嗜虐西遊記【完結】 (ドン・ドナシアン)
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第1章【東帝国~烏斯(うし)国(巡礼の仲間)篇】
1   女三蔵の鬼畜旅【地図有】


「ひううっ、さ、三蔵様……、ご、ご主人様、お許しを……。お、お許しだください、ひううっ」

 

 股間を流れる電撃の苦痛に、素っ裸のままで沙那(さな)はのたうち回った。

 電撃は強いものではなかったと思う。

 だが、沙那も戦士を名乗ってはいるが、ひとりの女でもある。

 いくらなんでも、股間に道術による電撃を直撃されれば、哀れに泣き叫ぶしかない。

 

 もっとも、この三蔵こと、宝玄仙(ほうげんせん)という巫女法師にかかれば、このくらいの電撃は、持っている力のほんの少しを使っているにすぎない。

 三蔵というのは、神学に精通し、道術に優れ、さらに霊気の操りに長ける法師、つまり神官に与えられる尊称だ。その三種に関して、三個の蔵を満杯にできるほどの功績の記録を蓄えられるという意味なのだ。

 つまり、宝玄仙は、それだけの能力のある法師というわけだ。

 

 もしも、この法師が全力の道術を発揮すれば、沙那など失神では済まないだろう。

 まさか、殺すまではしないと思うが、ほとんど死の一歩手前まで追い込まれるのは間違いない。

 沙那の身体には、この法師の恐ろしさがしっかりと染み込まされている。

 

「ふん、まったく、いちいち、電撃で責めなければ、尻穴に張形くらい入れるつもりになれないのかい。まったく、調教のやりがいがある鬼娘だよ。ほら、今夜はこれだ。昨夜までのものよりも、ひと回り大きくしといたよ。これが入れられるようになれば、次は、わたしの怒張だ。しっかりと、尻穴で感じる変態にしてやるから、愉しみにしてな」

 

 寝台に腰かけている宝玄仙が手元に置いてあった張形を床にしゃがみ込んでいる沙那に放り投げた。

 

 ここは、帝国の西州と呼ばれている地域を西の国境に向かって伸びている街道沿いの小さな宿場町にある宿屋だ。

 沙那は、この宝玄仙という高位法師の唯一の連れとして旅に同行しているのだが、宿屋に着くなり、衣類を脱がされて素裸にされた。

 一方の宝玄仙は黒い法師の装束をまだ身に着けているものの、金縁の刺繍がある立派な袈裟だけは外して、寝台に無造作に置いている。

 

 宝玄仙という名だか、それは道士としての戒名であり、本名ではない。

 本当の名がなんであるか沙那は知らないし、年齢すら教えられていない。

 

 また、装束を身に着けている見た目の宝玄仙は、長い黒髪をした絶世の美女だった。

 沙那も故郷の愛陽の城郭では城郭一の美形だと言われていたが、その沙那から見ても、宝玄仙は溜息がでるほど美しい。

 また、年齢も若く見える。

 沙那の年齢は十八だが、その沙那とそれほどは離れていはいないだろうという肌の若々しさもある。

 

 ただ、三蔵こと宝玄仙は、八仙と称される道教界の最高峰の高位道士であり、その八仙が二十や三十そこそこの若い女ということはあり得ないだろう。

 八仙ほどになれば、優れた道術で外見を自由自在に変えることができると耳にしたことがあるので、おそらく宝玄仙もそうしているのだろう。

 

 それに、沙那は、この宝玄仙が女ではなく、本当は男だとしても、なにも驚きはしない。

 なにしろ……。

 

「さっさとしな。それを尻に入れるんだ。やることはいっぱいあるんだからね。早く、決められた調教をこなさないと、また飯抜きにするよ」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに床を踏んで大きく音を鳴らした。

 ここは、宿屋の二階だが、この部屋でどんなに大きな声や音を出しても、階下や外に漏れることはない。

 この宝玄仙が、部屋を包む結界を刻んでいて、外には室内の音が聞こえないようにしているからだ。音だけではなく、宝玄仙の結界は絶対であり、外部からの侵入者が勝手に入ることも不可能だ。

 宝玄仙は、とてつもない道術の能力を持つ法師なのだ。

 

 もっとも、どうしようもない変態であるが……。

 

 とにかく沙那は、慌てて張形を手に取る。

 

 こうやって、沙那の意思で淫具を自ら挿入させるのは、もちろん宝玄仙の嫌がらせだ。

 そんなことをしなくても、沙那の首には、この宝玄仙が嵌めた『服従の首輪』という操り具が装着されている。

 外見では首輪というよりは、首に嵌める金属の装飾具なのだが、実は恐ろしい支配具であり、これを装着して、主人と刻まれれると、その相手の「命令」に絶対に逆らうことができなくなるという恐ろしい霊具だ。

 これを騙されて装着されたことで、沙那はこの宝玄仙の奴隷に仕立てられた。

 一箇月前までは、愛陽の鬼娘とまで呼ばれて、城郭でも有名な女戦士の沙那が、宝玄仙という変態女にいたぶられ、尻を調教されるような哀れな立場にされてしまったのだ。

 

「うう……」

 

 沙那は手に取った張形に顔をしかめた。

 ただの張形ではない。

 帝都では、道術界の頂点である八仙のひとりに数えられ、その中でも霊具作りの大家と称される宝玄仙が霊気を込めて作った淫具だ。

 男根そっくりの形状の表面に小さな触手がびっしりとうごめていて、それが粘性のある分泌物を表面に浮き出させており、しかも気味悪く糸を引いている。

 

 これを自分で肛門に入れる……。

 沙那は、思わず顔をしかめた。

 そのとき、宝玄仙がすっと指を動かした。

 沙那は竦みあがった。

 

「い、入れます。入れますから、もう、電撃は堪忍してください」

 

 慌てて叫んだ。

 立膝になり、手に持っている触手の張形を後ろに持っていく。

 こんなものを排泄器官に入れるなど、おぞましさに身体が竦む。

 

 だが、命令に従わなければ、残酷な拷問が待っているだけであり、結局は無理矢理に従わされる。

 沙那は、この一箇月の旅のあいだに、この宝玄仙という女法師の残酷さと鬼畜さを十分に味わわされた。

 もはや、逆らうという感情は沙那には湧き起らない。

 

 沙那は触手張形を慎重にお尻に当てた。

 

 こんなものをお尻に入れるなど信じられない……。

 これでも沙那は、たった一箇月前までお尻どころか性経験が皆無の生娘だったのだ。

 だが、この一箇月、この鬼畜法師に毎日のように犯されるとともに、延々と受けている調教により、沙那のお尻はしっかりと異物を受け入れることのできる身体になってしまっている。

 

 受け入れるだけじゃない……。

 沙那の身体は……。

 

「あっ」

 

 沙那は身体を伸びあがらせた。

 張形の表面には、触手の先端から出されている粘性物がたっぷりと浮かんでいるので、それが潤滑油になり、それほどの抵抗もなく、お尻の中に入っていく。

 だが、張形が体内に侵入すると同時に、表面の触手がお尻の中の内襞を柔らかく擦り始めたのだ。

 それがうねりのような疼きを身体に呼び起こす。

 

「ははは、気持ちよさそうな顔をするんじゃないよ、愛陽の鬼娘──。ほら、十数えるあいだに、根元まで挿すんだよ。それまでに入っていなければ、自動的に股ぐらに電撃を発するようにしてやる。ほら」

 

 宝玄仙が鬼畜な笑い声をあげながら、沙那に道術をかけたのがわかった。

 沙那は、ぐいと張形を押す手に力を入れた。

 

「ああ……はあ……うふう……」

 

 恥ずかしい声がどうしても口から出てくる。

 

 感じる……。

 

 お尻が裂けるかと思うような痛みの方がましなのだが、すでに沙那のお尻は、すっかりと張形を受け入れられるようされており、狂おしいほどの快感を覚えてしまう。

 

 なんとか、根元まで深々と張形を入れ終わった。

 お尻の中では、触手がうねうねと動いて、気持ちのいい刺激を沙那に沸き起こす。

 沙那は、必死で声を我慢した。

 

「その調子じゃあ、わたしの一物を受け入れるのは十分のようだね。じゃあ、一発抜いたら、食事をするために下におりるけど、そのあいだ、それをずっと入れっぱなしにしてな。夕食後に、尻を犯してやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那はぐいと拳を握りしめた。

 この鬼畜法師は、触手張形をお尻に入れさせたまま、衆人のいる食堂に沙那を連れていき、辱めるつもりだとわかったからだ。

 

 だが、逆らえない……。

 逆らえば、宝玄仙は喜々として、それを口実に沙那に拷問を加えるだろうし、首輪の力で「命令」されれば終わりだ。

 張形どころか、素っ裸で階下に降りろと言われても、沙那の身体は、沙那の意思に関わりなく、大勢の客たちのいる食堂に裸で行くだろう。

 

「じゃあ、とりあえず舐めな。少しは上達しただろうねえ。心を込めてしゃぶりな」

 

 宝玄仙が装束を脱ぎ始めた。

 

「ああっ、だ、だめえ」

 

 一方で沙那は奇声をあげてしまった。

 陰核の根元に嵌められている『女淫輪』が振動を始めたのだ。

 『女淫輪』というのは、ほとんど見えないくらいの銀色の細い糸の輪であり、それが沙那の肉芽の根元に喰い込まされている。

 それは、沙那を四六時中発情させるだけでなく、こんな風に宝玄仙の道術で振動もさせることができるというわけだ。

 さっきの電撃も、この『女淫輪』を通じて流していたのである。

 

「と、とめてください……。んふううっ」

 

 沙那は両手で股間を押さえて、身体を弓なりに曲げた。

 お尻の中では、触手がうごめく張形……。

 股間では、淫らに振動する『女淫輪』……。

 沙那は裸身を悶えさせた。

 

「舐めな。わたしを満足させたら、淫具を止めてやると言っただろう。だが、心がこもっていないようなら、両方とも動かしたまま下に連れていく。お前がどんなに嫌がっても、首輪に“命令”するからね」

 

 すっかりと装束を外して素裸になった宝玄仙が寝台に腰かけたまま、股を開いた。

 同性の沙那が嘆息するほどの美しい身体だ。

 特に、乳房は大きくてそれでいて垂れることなく、ぴんと乳首を上に向けている。

 腰はどこまでも細く豊かで、服を着ているときの宝玄仙が、若々しさがみなぎる娘の面影さえ残す若い美女だとすれば、服を脱いだときの宝玄仙は熟しきった大人の色香を漂わせる大人の女だ。

 

 ただ、その股間には隆々と勃起している立派な男の性器がそびえたっている。

 最初に接したときには、女の外見をした男なのかと驚愕したが、実際には、男の性器の下には、女の性器もしっかりと持っている。

 

 つまり、男であり、女でもある“ふたなり”という性別なのだ。もちろん生まれつきではなく、これも道術だ。

 八仙ほどにもなれば、女である自らの身体に男根を生やすとも簡単なんだそうだ。

 また、ふたなりというのがちゃんとした言葉なのか、あるいは下品な俗称なのかは、その手の知識のない沙那にはわからない。

 ただ、この宝玄仙が、自分は“ふたなり”だと大きな声で笑いながら、沙那に教えたのだ。

 最初にその身体を見て驚愕し、やがて、沙那をいたぶるためだけに、わざわざ道術を遣っていると知って呆れた。

 本当に変態なのだ。

 とにかく、本当にこの女は得体が知れない。

 

「うう……」

 

 沙那はお尻と股間の激しい疼きに耐えて、宝玄仙の怒張を口を近づけた。

 

 最初は先端に優しく口づけ……。

 そして、舌先で触れるか触れないほどの強さで、つんつんと先に当てて唾液をまぶしていく……。

 次は、口全体で咥えて、唾液の膜で包むように、先っぽを覆う……。

 そこから先は、宝玄仙の反応を見ながら、少しでも気持ちがよくなるように、刺激のやり方や場所を変化させていく……。

 

 沙那は教えられたことを懸命に頭で反芻しながら奉仕を続けた。

 

「なかなか、いいじゃないかい。口奉仕だけは合格を出せそうだよ。これなら、立派な娼婦にもなれるさ」

 

 宝玄仙が満足そうに言った。

 だが、沙那のはらわたは煮えかえっている。

 本当であれば、こんな一物など、たとえ殺されてもいいから、噛み千切ってやりたい。

 

 しかし、沙那はこの宝玄仙には、いっさいの危害を加えることができないように、首輪に『命令』されている。

 沙那にその意思があっても、それは不可能だ。

 

 ただ、いまは、その「意思」さえも、怪しくはなっているが……。

 

 この法師に囚われて一箇月……。

 

 沙那には、この変態女男に従うことについて、諦めのような感情が芽生えて始めている。

 とにかく、沙那は懸命に口による奉仕を続けた。

 ともすれば、前後を責めている淫具に気を取られて奉仕がおろそかになり、しかも、達しそうになる。

 

 それがつらい……。

 

「……よし、もういい。今度がわたしに跨れ。わたしを股で満足させな。ただし、わたしよりも早くいくんじゃないよ。もしも、わたしよりも先にいけば、やっぱり、食堂には淫具の刺激つきで行かせるからね」

 

 しばらくしてから、宝玄仙が寝台の上にあがりなおして、胡坐になった。

 

「そ、そんなあ……」

 

 沙那は声をあげた。

 自分が感じやすいということを沙那はすでに知っている。

 最初からそうなのではなく、『女淫輪』を嵌められてからこうなったのだが、四六時中沙那を欲情状態にするこの淫具は沙那の全身をどうしようもなく敏感なものにしていて、ちょっとの刺激で沙那は呆気なく達してしまう。

 

 いまでも、淫具に責められ、必死になって我慢している。

 このうえに、膣に刺激を受ければ、沙那がそれに耐えられるわけなどない。

 しかし、意地悪な宝玄仙は、それを承知で沙那に、先に達するなと言っているのだ。

 

 だが、やるしかない……。

 宝玄仙は、この手のことで手加減はしない。

 淫具を作動させたまま、部屋の外に連れていくと言ったなら、本当にそうするだろう。

 

 沙那は、宝玄仙の両肩に手を置き、胡坐の中心で直立している宝玄仙の男根の上にしゃがみ込んで、慎重に挿入していった。

 そのあいだも、淫具は沙那を限界まで追い詰めている。

 沙那は歯を食い縛った。

 

 そして、ついに膣の入口に宝玄仙の亀頭の先端が触れた。

 

「早く、おし──」

 

 宝玄仙が中腰を支えていた沙那の両踵に手をやり、同時にさっと弾いた。

 

「うわっ」

 

 沙那は体勢を失い、怒張の上に落ちてしまった。

 

「はひいっ、んふうううっ」

 

 力強く奥まで突き刺さった宝玄仙の男根が、沙那の子宮の入口部分にどんと突き当たった。

 その衝撃で、沙那は一気に絶頂してしまい、がくがくと身体をゆすぶらせた。

 

「ははは、さっそく達したかい。じゃあ、食事をしながらの淫具責めは決定だね。とりあえず、まだ飯前だ。三回ほど昇天するくらいで精を放ってやるよ。手を後ろに組みな。命令だ」

 

 宝玄仙の“命令”という言葉に反応して、沙那の両手は勝手に動いて、背中側で左手首を右手で掴む。

 そして、宝玄仙が対面になっている沙那の腰を掴んで、怒張を挿入したまま揺すり始めた。

 

 膣を犯す宝玄仙の怒張、肉芽の『女淫輪』、お尻の張形……。

 

 淫らすぎる三箇所責めに沙那は、たまらず奇声をあげた。

 早くも二回目の絶頂の兆しが迫ってきている。

 

「だ、だめ、ご主人様、いくっ、いくうっ、いきます──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「いくらでもいきな、愛陽の鬼娘」

 

 宝玄仙は沙那が嫌がることを知って、わざとらしく、かつての二つ名で沙那に声をかける。

 そして、腰を前後左右に動かして、どんどんと沙那の子宮を突きあげる。

 沙那はからかいの言葉を耳にしながら、すぐに二度目の絶頂を極めてしまった。

 

 三回で終わるだろうか……。

 

 沙那は連続の絶頂で気が遠くなるのを感じながら、またもや身体を震わせて、貫いた快感の槍に全身を突っ張らせた。




【嗜虐西遊記・地図】

【挿絵表示】



【西遊記:解説】


 各小話の最終話の後書きに、各エピソードの元になった『西遊記』のあらすじを記載していきます。
 あわせて、お愉しみください。

 *

 西遊記の登場人物である「三蔵法師」ですが、三蔵法師は仏教の学問を極めた僧侶に対する尊称であり、名前ではなく普通名詞です。
 これまでの歴史で何人もの三蔵法師が存在します。

 西遊記に登場する三蔵法師の戒名(僧侶としての名)は、「玄奘(げんじょう)」であり、俗名(出家する前の名)は、「陳江流(ちんこうりゅう)」です。
 宝玄仙の名は、玄奘から一字をとりました。


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 第1話    五行山の盗賊【孫空女(そんくうじょ)
2   鬼畜巫女


「退屈だねえ。沙那、なんか、愉快なことないかい?」

 

 山街道が三脚に差し掛かって勾配が急峻になってくると、宝玄仙(ほうげんせん)のあくび交じりの声が後ろから聞こえてきた。

 沙那(さな)は、背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「ありません。なんにも、あるわけありません」

 

 沙那は急いで言った。

 

「だって、ずっと同じ景色じゃないかい。茶屋のひとつだってありやしない。ほとんど行き交う旅人だっていないし、どうなっているんだい。なんで、こんな寂しい道を歩いているんだよ。とにかく、退屈だ。なにかしな」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに言った。

 沙那は嘆息した。

 この頭のおかしな女法師は、これでも帝都では有名な天教の高位の法師であり、れっきとした貴族巫女なのだそうだ。

 

 天教というのは、この帝国を中心に広まっている信仰であり、その最高峰が八仙と呼ばれる人智を越えた道術を駆使するという集団である。

 この宝玄仙は、その八仙のひとりであり、爵位こそないが、その地位は、この帝国では皇族に匹敵するほど高い。

 だが、旅慣れており、武道で鍛えた健脚を持つ沙那に引けを取らないほどに立派に歩く。

 ただ、とんでもない変態であり、ちょっと退屈になると、すぐに沙那の身体を玩具にして、淫靡な悪戯を仕掛けてくる。

 

 しきも、この声は、その退屈の虫が沸き起こったときの声だ。

 沙那はぞっとした。

 

「この辺りは、五行山(ごぎょうさん)と呼ばれる難所に近くて、大きな盗賊がふたつも巣食っている街道なんです。それで昼間でも、こんなに人通りが少ないんです。峠を越えて山を下り終わるまで宿屋はおろか、人家は一軒にありません。とくかく、急ぎましょう。陽が暮れる前に、山をすぎなければ、盗賊の横行する五行山で、野宿をしなければならなくなりますから」

 

 沙那は早口で言った。

 言外に、ここでは、おかしな悪戯は封印してくれと頼んだつもりだ。

 

 五行山の盗賊団といえば、この界隈では有名な存在らしく、峠を挟んで、ふたつの大きな盗賊団が縄張りを作っているということだった。

 旅の行程を管理するのは沙那の役目であり、昨夜宿泊した宿屋を出立する前に、沙那はしっかりとその情報を仕入れていた。

 それによれば、本当に五行山の盗賊は危険な存在であり、この辺りを支配する地方軍も手を焼いているようだ。

 沙那としては、危険を避けるために、できるだけ早く出発して、十分に明るいうちに五行山を通過してしまいたかったのだが、またしても、宝玄仙はいつもの嗜虐癖を発揮して、朝から性愛の相手をさせられ、結局出発したのは、十分に陽が中天近くにあがってからだった。

 

 それで、かなり急いでいるが、このままでは、五行山を越えるどころか、峠に辿り着くのかも怪しい。

 とにかく、できるだけ先に進もうと、沙那は足を速めていた。

 

「五行山の盗賊? なんで、そんなところを進んでいるだい? 旅程を管理するのはお前の仕事だろう。おかしな道を進むんじゃないよ。そもそも、野宿? この八仙の地位を持つ宝玄仙に野宿をしろを言うのかい、沙那──。はっ、いい根性じゃないかい。だったら、それ相応の罰があると思いな。どんな罰がいいんだい……? そうだねえ……。だったら、陰核に糸を繋いで、一晩中木の枝に繋げて吊りあげてやろうか。お前は体力だけはありそうだからね。根性入れて、ずっと立ち続けてみな」

 

 宝玄仙が歩きながら鬼畜に笑った。

 沙那は竦みあがった。

 この宝玄仙なら、本当にやりかねない……。

 

「そ、そんな……。この五行山のことについては、昨夜もちゃんとお話ししましたよ。それに、早朝に出発すれば、楽に山を通り抜けられたんです……。とにかく、急ぎましょう。陽が暮れれば、この五行山は歩けません。本当に野宿するしかなくなります。だいたい、そもそも、ご主人様が朝から悪戯なさるから……」

 

 沙那は、背中に旅の荷物を背負ったまま振り返った。

 そもそも、こんなに微妙な時間になったのは、宝玄仙のせいだ。

 

「ひっ」

 

 だが、宝玄仙の顔を見て、沙那は恐怖の声をあげてしまった。

 宝玄仙は顔に満面の笑みを浮かべていたのだ。

 この鬼畜巫女が、この顔をしたときは碌なことはない。

 沙那は、それを知っている。

 

「よくぞ言ったね、沙那。なかなか、頼もしいじゃないかい……。とりあえず、女淫輪を動かしてやろうか……。いや、自慰にしよう。『服従の首輪』に命令してやるよ。下袴を脱いで、下半身は股布一枚になりな。布の隙間から指が入るだろう。ここで自慰をするんだ。一番感じるように指を動かすんだよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那はぞっとした。

 冗談じゃない。

 ほとんど人の通過することのない五行山の山街道とはいえ、街道には違いないのだ。

 そこで股布一枚になるなど……。

 ましてや、自慰をする……?

 沙那は、顔が引きつるのがわかった。

 

「め、い、れ、い……だよ……」

 

 宝玄仙はにやつきながら言った。

 

「ああ、そんなあ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 “命令”という言葉を言われれば、もう終わりなのだ。

 その単語が合言葉になり、どんな理不尽な命令であろうと、沙那の身体は首輪に刻まれた道術により、勝手に“命令”に従うために動き出す。

 

 いまもそうだ。

 沙那は、宝玄仙の破廉恥な命令に服従し、いったん歩くのをやめて、下袴を脱ぐために、背負っている荷をおろし始める。

 

「や、やめて、やめて、お、お願いします。なんでもします。なんでもしますから、外で辱めるのだけはやめてください。お願いします、ご主人様」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 しかし、宝玄仙は笑うだけだ。

 沙那の手は、下袴の腰紐を解いて、呆気なく足首から抜いてしまう。

 しかも、沙那は護衛のために、腰に革帯で剣を吊っていたが、それについては、ご丁寧にも股布一枚の腰にぶら下げ直している。

 

「じゃあ、荷を背負い直しな。命令さ」

 

 宝玄仙が沙那が脱いだ下袴を取りあげた。

 

「ああ、そんな……」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 だが、沙那にはなんの抵抗もできない。

 沙那は、上着は身につけているものの、小さな股布以外には腰から下にはなにも着ていないという破廉恥な姿のまま、再び荷を背負った。

 そして、さっきの「命令」により、股布の隙間から指を入れて、股間に触れる。

 

「んふうっ」

 

 沙那は声をあげた。

 宝玄仙の命令は、「一番に感じるように自慰をしろ」だ。

 だから、沙那の指は懸命に、沙那がもっとも感じる場所である肉芽をくすぐるように動かし始めた。自分の身体がどんな風に感じるかは、沙那が一番よく知っている。

 自分の手から逃れることなど不可能だ。

 

「んふうっ、はううっ、あふう」

 

 沙那は、すぐに腰から下が痺れたようになってがくりと膝を折ってしまった。

 そのあいだも、沙那の指は快感を少しでも拡大しようと、股布中で動き回る。

 

「相変わらず、感じやすい身体で愉しくなるねえ。それから、恥ずかしかったら、そんなに大きな声を出すんじゃないよ」

 

 宝玄仙が沙那の痴態を見て、笑い続ける。

 

「も、もう……や、やめて……。ご、ご主人様、こんなことをしている……ば、場合じゃ……。陽、陽が暮れます……。ここは、五行山ですから……」

 

 沙那は懸命に訴えた。

 

「五行山がどうしたんだい? やっぱり、女淫輪も動かしてやるよ。だけど、こうやって見ていると、一箇月間、調教しまくっているのに、やはり肉芽が一番感じるのかい? じゃあ、肉芽はいいや。そこは女淫輪に任せて、お前は尻に指を入れな。尻で自慰だ。命令だよ」

 

 沙那の股間で女淫輪が振動を開始する。

 それとともに、沙那の指は一度抜かれて、今度は後ろからお尻の穴を探して、股布に入っていく。

 

「お、お尻は堪忍を……。ほ、本当に急ぎましょう──。ここは本当に物騒なんで……」

 

 しかし、沙那の意思とは無関係に、勝手に指がお尻に挿し込まれて、うねうねと動き始める。

 女淫輪の刺激と相まって、沙那は完全にその場にうずくまってしまう。

 宝玄仙は手を叩いて笑った。

 

 本当にこの変態巫女め……。

 沙那は唇を噛んだ。

 

 これで口さえ開かなければ、絶世の美女の巫女として、誰からも尊敬と羨望の眼差しを向けられるほどの外見の地位を持つ天教の巫女なのに……。

 沙那は思った。

 

 いや、そうじゃない……。

 

 この巫女は、道術を駆使して女を苛めて喜ぶ変態だが、それは沙那といるときだけのものだ。

 天下のど変態だが、猫を被るのは超一級であり、沙那を罠に嵌めた愛陽の城郭でも、この鬼畜巫女は、県知事に頼まれて立派に敬虔な天教の巫女としての役割を演じてみせた。

 だからこそ、沙那も騙されたのだ。

 こんな変態だと知っていれば、絶対に宝玄仙の供になることなど承知しなかった……。

 

「そんなに気持ちがいいかい、沙那? 本当に、お前は全身が性感帯みたいに感じやすくて面白いよ。とにかく、早く行こうじゃないかい。そろそろ、進みな。お前の言い草じゃないけど、陽が暮れてしまうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は歯噛みした。

 

「……あ、ああっ、あっ、だ、だったら、や、やめさせて……。め、命令の解除を……んはああ」

 

 沙那はしゃがみ込んだまま、宝玄仙を見あげて訴えた。

 しかし、その沙那に宝玄仙がさらに鬼畜な笑みを浮かべる。

 

「歩けるさ。“命令”してやればね。さあ、沙那、命令だ。自慰をしながら歩くんだ」

 

 宝玄仙が鬼畜に言った。

 沙那は悶え泣いた。

 

「いやあ、いや、いやあ」

 

 沙那は指で尻を自慰をしながらという屈辱の姿で立ちあがった。

 本来であれば、とても歩くことのできないような疼きの中、一歩一歩と沙那の脚は前に進みだす。

 

「このまま歩きながら、達し続けな……。そうだね。五回ほど絶頂すれば、許してやるよ」

 

 宝玄仙が沙那の下袴をぽんと投げ寄越しながら、すたすたと前を歩きだす。

 沙那は、肛門に入っていない側の手で下袴を受け取るも、それをはくことはできない。

 脱げというのがさっきの命令なので、それを解除しなければ、このままで歩くしかないのだ。

 

「ま、待って……」

 

 先に進むと危ない……。

 

 沙那は、そう訴えようとしながらも、さっそく最初の絶頂を迎えてしまい、その言葉は口から出る嬌声によってかき消されてしまった。

 

 

 *

 

 

 孫空女(そんくうじょ)は、遠くの焚き火のそばの二人連れの旅人を奇妙な思いで眺めていた。

 

 夜は完全に更け、わずかに月明かりがあり、しかも、「獲物」まではかなりの距離があったが、夜目の利く孫空女には十分な明るさだ。

 

 どうやら、旅の巫女のようだ。

 おそらく、もうひとりは護衛だろう。

 身体の横には、腰から外した剣を置いている。

 

 いずれにしても、あの巫女が天教の神官というのは間違いない。

 しかも、それなりの身分だというのもわかる。遠目だが、孫空女の眼は、しっかりと巫女が髪留めに使っている青色の宝石を捉えていた。

 あれ一個だけでも、この盗賊団には、十分な実入りだ。

 このところ、五行山の盗賊団のことが完全に知れ渡ってしまい、「獲物」になる旅人もすっかりと少なくなっていた。

 実入りがなければ、大勢いる盗賊たちを養っていけないし、養っていけなければ、こいつらは、またどこかで勝手に悪さをして、そこら中に迷惑をかけまくることになるだろう。

 孫空女としては、この連中をしっかりと押さえておくためにも、あの久しぶりの獲物についてはちゃんとものにしたい。

 

「どうですか、姐御?」

 

 子分のひとりが孫空女を見上げてささやいた。

 孫空女は女だが背が高く、ここに集めている十数人の男たちよりも首が上にある。

 彼らにとっては、目の前に拡がる景色は、ただの夜の闇らしい。

 自分が人並み外れた視力を持つというのは、この盗賊団を乗っ取って、五行山の盗賊団の女頭領になってから気がついたことだ。

 

「若い女ふたりだよ……。巫女がひとり、護衛がひとりだ。剣を持っているのは護衛だけのようだね。ただ金子はそれなりに持っていそうだ。巫女はいい身なりをしているね」

 

 孫空女はささやいた。

 若い女という孫空女の言葉に、周囲の盗賊たちが舌なめずりをするようにざわめいた。

 孫空女は大きな舌打ちした。

 すると、慌てたように賊たちが静かになる。

 

 まったく……。

 

 この連中は、放っておくと、なにをするか本当にわからない。

 孫空女が半年前に、以前の頭領を叩き出して頭領になる前は、本当に悪事の限り尽していたらしい。

 旅人を奪って荷を奪うということだけじゃ飽き足らず、女とみれば、若かろうが年寄りだろうが犯し、男とみれば殺して、鍋の具にして食っていたという……。

 もちろん、孫空女の代になってからは、そんな非道はさせていない。

 だからこそ、この連中を大人しく従わせるためには、定期的に獲物を得て、ちゃんと分け前を与えなければならないのだ。

 

「いいね。勝手なことをするんじゃないよ。荷は奪うけど、命まで奪うつもりはないからね」

 

 孫空女は念を押す。

 もっとも、着ている物については脱がして奪わないとならないだろう。

 若い女の身で、旅の途中で服を奪われてしまうのは恥ずかしい思いをするのかもしれないが、この界隈では、衣類は貴重品だ。

 高値で売買できるし、それにあの巫女の装束は高価なものに間違いない。

 

 可哀想だが、服は奪う。

 悪名高い五行山を女ふたりで、しかも、山中の途中で野宿をしてすごそうなどというのが無茶なのだ。

 

 それにしても……。

 

 孫空女はさっきから続いているあの巫女と護衛の動作に首を傾げずにはいられなかった。

 

 焚き火の後ろでは、巫女が太腿を露わに巫女服の下袍をまくり、脚を拡げている。

 その巫女の股に、護衛の女が四つん這いになって顔を突っ込んでいて、ずっとなにかをやっているのだ。

 こっちからでは、護衛女の顔が巫女の股間で動いているのしかわからないが、まるで巫女の股間を護衛女が口で奉仕をしているようにも見える。

 

 だが、あのふたりは、女同士だ。

 だから、孫空女の首を傾げるしかなかった。

 

 まあいいか……。

 

 孫空女は剣を抜いた。

 それを合図に周りの十数人が一斉に剣を抜く。

 

「行くよ。声を出すんじゃないよ」

 

 孫空女はゆっくりと女たちに向かって歩き出す。

 ぞろぞろと、盗賊たちがついてくる。

 

 この男たちが、若い女である孫空女を“頭領”だと認めるまでには、ひと悶着も、ふた悶着もあった。

 しかし、孫空女は、武器でも素手でも、どんな男にだって武芸で負けることはない。

 結局、盗賊たちは、強い孫空女を頭領と認めて、従うことになった。

 それに至るまでには、孫空女を舐めて襲い掛かった者を完膚なきまでに叩き潰してやった。

 

 やがて、焚き火の光でふたりの女の姿がはっきりと見えるまでの距離になった。

 女護衛は、さっきの行為はすでに中断していて、巫女を守るように背で隠して剣を抜いている。

 巫女の後ろは岩の壁だ。

 

 盗賊たちが孫空女の合図で、ふたりの逃げ場を封じて、さっと取り囲む。

 

「大人しくしな。命までは奪いやしないよ……。抵抗しなければの話だけどね」

 

 孫空女は剣をちらつかせながら言った。

 

 それにしても、なんという美しい顔立ちのふたり連れの女たちだろう。

 孫空女は思った。

 

 剣を抜いている女護衛は、軍装を思わせる白い上下の服装をしていて、気が強そうな顔立ちをした栗毛の娘だ。

 体つきは若い女としては平均的な体形だが、剣の構えから相当の手練れというのはわかる。

 

 もうひとりの巫女は、ちょっと得体が知れない。

 孫空女がこれまでに接したこともないような美人だというのは確かだが、年齢は若くも見えるし、逆にずっと年齢を重ねているようにも感じる。

 服装は黒い巫女装束であり、黒くて長い髪をしていて、その髪をあの青い宝石のついた髪留めで束ねている。

 

「ほら、ご主人様……。言った通りじゃないですか……。出ましたよ。五行山の盗賊です……」

 

 護衛女が巫女にささやいた。

 

「そのようだね。だけど、随分と可愛らしい顔をした盗賊女じゃないかい。身体が細い割には胸も大きそうだね。気も強そうだ。わたしの大好物だよ……」

 

 巫女がにやりと笑った。

 孫空女は驚いてしまった。

 

 岩壁を背にしているふたりを囲んでいる盗賊は、二十人近くはいる。

 それだけの人数に剣を向けられて、あんな風に落ち着いていられるというのは不気味だ。

 しかも、あの巫女の目線には、なんともいえない好色なものを感じる。

 

 孫空女も自分がそれなりの女だということは自覚しているので、男があんな視線を自分に向けるのは慣れているが、女からあんな風にみられるのは不気味だ。

 

 とにかく、孫空女は余計な考えを振り払った。

 女たちに剣を指し向ける。

 

「お前たち、服を脱ぎな。そうすれば、綺麗な身体で逃がしてやる。ただし、峠は越えるんじゃないよ。このまま逆戻りしな。峠を越えたら、別の盗賊団がいるからね。そいつらは、あたしのように優しくはないよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 だが、女護衛はともかく、背後の巫女もまた落ち着き払ったままだ。

 それが、なぜか不安を感じさせる。

 どうにも、おかしい……。

 それにしても、女巫女の孫空女を舐めまわすような視線……。

 

 やな、目つきだ……。

 すると、女巫女がくすくすと笑いだした。

 

「……ふふふ、女ながら、これだけの数の男たちを従えているんだ。さぞや、腕っぷしもあるんだろうし、もちろん、肝も据わっているに違いないさ。そうでなければ、こんなたちの悪そうな男たちの指図はできないだろうしねえ……」

 

 女巫女が喋り続ける。

 孫空女は、予想と異なる相手の反応に当惑するしかなかった。

 

「……さぞや、気性の激しいだろうさ……。自尊心も強いだろう……。わたしはねえ……。お前みたいな気の強い女を苛めて泣かせるのが大好きなのさ……。お前が屈辱で恥辱で、ぼろぼろと泣きべそをかくのを想像すると、股間がぎゅっとなって、一物も固く勃起してしまうよ」

 

 女巫女が高笑いした。

 孫空女は唖然とした。

 

「お前、頭がおかしいのかい──」

 

 質問ではない。

 確信だ。

 この巫女は絶対に頭が変なのに違いない……。

 

「どうかねえ……」

 

 女巫女がにやりと笑った。

 孫空女はなぜか、その笑みにぞっとしてしまった。

 

 理由はない……。

 だが、これは危険だ。

 絶対になにかある──。

 生まれつき、勘だけはいい。

 それが孫空女をここまで生かしてくれたといえる。

 

「うりゃあ──」

 

 そのとき、ずっと巫女を守るように立っていた女護衛が、不意に飛び出してきた。

 凄まじい剣撃だった。

 

 だが、殺気がない……。

 

 孫空女はそれを剣で受けるとともに、身体を捩じって体勢を変え、女護衛の剣を持つ腕の手首をぐっと掴む。

 これで動けないはずだ。

 女護衛の顔が驚きで染まるのがわかった。

 

 いずれにしても、こうなってしまえば、こっちのものだ。

 孫空女は手首を掴む手に力を入れた。

 

「うっ」

 

 女護衛の顔が苦痛で歪む。

 

「ほう……。あの沙那が手もなく、捻られるとはねえ……」

 

 女巫女が感嘆の声をあげた。

 だが、その顔にはまだ余裕がある。

 

 とにかく、こうなったらいくところまでいくしかない。

 

「お前たち、いいから、女巫女の服を引きはがしな。構わないから素っ裸にしていい。その代わり、傷はつけるんじゃない」

 

 孫空女は沙那と呼ばれた女護衛を掴んだまま叫んだ。

 どっちにしても、あの巫女のすまし顔は気に入らない。

 ここで素っ裸にされれば、あんなすまし顔はできないだろう。

 

 男たちがわっと歓声をあげて、女巫女に我先に駆け寄っていく。

 

「……あんた、逃げなよ……。こ、これは罠だから……」

 

 すると、不意に沙那が小声でささやいた。

 

 罠……?

 

 孫空女は意外な言葉に訝しんだ。

 

「……あいつはあんたを気に入ったのよ……。言っておくけど、とんでもない変態巫女だからね……。悪いことを言わないから……。ひぎいいっ、あがあああ──」

 

 途中までささやいていた沙那が、いきなり悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「な、なんだ?」

 

 そして、女巫女に視線を向け、そこに拡がっている光景に、さらに度肝を抜かれて叫んでしまった。



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3   輪姦ごっこ

「ご、ごめんなさい、ご主人様──。ふぎゅう──、お、お許しを……あがああ──ひぎいい──」

 

 沙那と呼ばれた女護衛が股間に両手をやってのたうち始めた。

 孫空女は呆気にとられた。

 とにかく、沙那はすでに剣を落していて、すでに脅威ではない。

 孫空女は、巫女にけしかけさせた手下たちに視線を向けた。

 

「うわっ、お前たち、なにやってんだい?」

 

 だが、孫空女は目の前に拡がっている光景に大きな声をあげてしまった。

 女巫女を前にして、孫空女の手下の男は全員が地面にうつ伏せに倒されていたのだ。どの男も苦しそうな呻き声をあげていて、まるで見えない力によって押し潰されているかのようだ。

 

「お前たち……」

 

 孫空女は慌てて、子分たちに駆け寄ろうとした。

 

「うわっ」

 

 しかし、数歩進んだ刹那、孫空女はとてつもなく巨大な力を身体に感じて、その場に崩れ落ちた。

 

「な、なに、これ……?」

 

 うつ伏せになってしまった孫空女にさらに力が加わり、頭の先からつま先まで、さらに両手についても見えない力が加わる。

 立つことはおろか、四つん這いになることもできない。

 指一本も動かせないほどの力だ。

 孫空女は、うつ伏せに地面に貼りついた状態で身体を動かせなくなってしまった。

 

 なんだ、これ……?

 

「どいつもこいつも、間抜けな連中さ。揃いも揃って、この三蔵とまで呼ばれている宝玄仙の結界術の力場にのこのこと飛び込んでくるんだからね」

 

 この場で、ひとりだけ立っている女巫女がけらけらと大笑いした。

 

 三蔵……法師……?

 宝玄……仙?

 結界……?

 

 孫空女は息さえもできない巨大な力に上からのしかかられながら、自分たちの迂闊さにやっと気づくことができた。

 

 なんのことはない……。

 この巫女は、道術を扱う道術遣いなのだ。

 法師というのは、道術遣いの別名であり、そういえば、天教の神官の中には、道術と呼ばれる人智を越えた不思議な力を発揮できる者がいると聞いたことがある。

 どうやら、この巫女は、その道術を扱うことができるようだ。

 

 だが、これだけの人間を一度に押し潰してしまうような道術などというのは、これまでに接したことはない。

 だが、結界術というのは、術者を中心とした周囲一帯の場所の力場を自由自在に操る技だ。

 おそらく、あの巫女はあらかじめ力場の結界を周囲に刻んでいて、その中心で休んでいたのだと思う。

 それにもかかわらず、孫空女は部下とともに、その結界に向かって自ら入っていってしまったのだ。

 

 孫空女は歯噛みした。

 

「……それにしても、なかなかに生意気なことをしてくれるじゃないか、沙那……」

 

 宝玄仙と名乗った巫女が、呻き声をあげて倒れている男たちをすたすたと通り抜け、いまは悲鳴をあげることもできずに、ひくひくと下半身を痙攣させている沙那に歩み寄った。

 孫空女は懸命に顔を動かして、沙那と宝玄仙の方に視線を向けた。

 

「……ゆ、許して……ゆ、許してください……」

 

 沙那が眼に涙を浮かべて、消え入るような声で哀願した。

 なにをされているかわからないが、とてつもない苦痛に苛まれている感じだ。

 

「お前への調教はまだまだ不十分だったようだね、沙那。わたしが、この赤毛を狙っているのは気がついていだろう? それにもかかわらず、わざと結界の外に押し出そうとするとはね」

 

 宝玄仙が沙那の身体の下に足の先を差し込んで蹴った。

 

「あぐうっ、いたいいっ、あ、ああああっ」

 

 沙那は仰向けになって、さらに苦痛の絶叫をした。

 

「痛いだろう、沙那? お前に刻んでいる内丹印でこんなこともできるんだ。身体の内側で血が流れるたびに、まるで身体の下から無数の針で刺されているような激痛が走るだろう? 生意気な真似をするから、こんな目に遭うのさ」

 

 宝玄仙が沙那の股間をぐいと踏んづけた。

 

「んぐううう」

 

 沙那が絶叫した。

 そして、その股間から水の染みが拡がり、沙那の下袴とその下の地面を濡らす。

 どうやら、沙那は失禁したようだ。

 

「おやおや、小便を垂れたかい……。可哀想だから、これくらいで許してやるよ。その代わり、全身の性感帯を一斉に活性化させてやるよ。今度は息をするたびに全身に恐ろしいほどの快感の疼きが走るよ。悶え泣きな」

 

 宝玄仙がその言葉を告げ終わるとともに、今度は沙那の声が甲高い嬌声に変化した。

 今度は全身を抱くようにして、腰を激しく悶えさせ始める。

 孫空女は呆気にとられた。

 すると、今度は宝玄仙がつかつかと、孫空女の身体の横にやって来た。

 

「さて、どうしてやろうかねえ? ところで、なんて名なんだい、赤毛女?」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女の髪の毛は真っ赤な燃えるような赤だ。

 

「と、とっとと殺せ、化け物」

 

 孫空女は悪態をついた。

 とんでもない道術を遣う巫女をうっかりと襲ってしまったのが、孫空女の運のつきだ。

 こうなったら、もう命は諦めた。

 宝玄仙が孫空女の横に、すっとしゃがみ込んだ。

 そして、身動きできない首筋に指をとんと置いた。

 

「ぎゃあああ、ひいいい、いぎいいいっ」

 

 孫空女は首に走った激痛に絶叫した。

 耐えられるという痛みではない。

 まるで、首の内側から痛覚そのものが抉られるような感じだ。

 孫空女は叫び続けた。

 

「道術で痛覚そのものを弄られるのはつらいだろう? 人間であれば、痛点をそのまま弄られる拷問に耐えることなどできないんだ」

 

 宝玄仙が指を離した。

 痛みが一瞬にして消滅する。

 だが、孫空女は息をするのに必死で、もうなにも考えることなどできなかった。

 

「名前を言いな。それとも、今度は尻の穴に指を置いてやろうか? 下袴の中で糞便を垂れ流す羽目になっても知らないよ」

 

 宝玄仙が指をすっと尻側に移動する気配を示した。

 孫空女は慌てて、口を開く。

 

「そ、孫空女だよ」

 

「へえ、面白い名前だね」

 

 宝玄仙が孫空女の肛門の上付近に指を置いた。

 孫空女は竦みあがったが、予想していた激痛が襲ってはこなかった。

 しかし、いつ襲うかわからない、激痛の予感が孫空女を緊張させる。

 口惜しいが、さっきの痛みは本当に耐えられるものじゃない。

 あれをもう一度味わわされるなど、冗談じゃない。

 

「この五行山に巣食う盗賊団かい?」

 

 宝玄仙が指を置いたまま言った。

 

「そ、そうだよ」

 

 孫空女は仕方なく叫んだ。

 相変わらず、身体は指一本動かない。

 動かすことのできるのは、首から上だけだ。

 

「盗賊団はこれで全員かい?」

 

「まだ、砦にいるよ。大勢ね」

 

「へえ、じゃあ、頭領はどんな奴だい?」

 

「あ、あたしだよ。あたしが頭領だ」

 

 孫空女がそういうと、宝玄仙は驚いたような声をあげた。

 

「へえ……。そんなに若くて、しかも、女でありながら、これだけの数の男だけじゃなく、さらに砦にいる連中まで束ねているのかい……。驚いたねえ……。まあ、確かに、呆気なく、沙那が動きをとめられたくらいだから、腕っぷしは並みじゃないんだろうけどね……。もっとも、沙那はお前を逃がそうとしただけのようだけどね」

 

 宝玄仙が愉快そうに笑った。

 孫空女は怪訝に思った。

 そういえば、さっきもそんなことを言っていたし、あのときの沙那の剣は激しかったものの、孫空女を傷つける意図がなかったように感じた。

 

「あ、あたしを逃がす? な、なんでだい──?」

 

 孫空女は、「逃げろ」とささやいた沙那の言葉を思い出していた。

 

「さあね……。お前を気の毒に思ったんだろう」

 

「だ、だから、なんでだよ?」

 

 孫空女は言った。

 そのとき、宝玄仙の指が尻の上からすっと移動して、股間の亀裂側に動いた。

 しかも、そこでもぞもぞと動き始める。

 指から引き起こされる得体の知れない疼きに、孫空女は顔をしかめた。

 

「や、やめろよ……き、気持ち悪い……」

 

 孫空女は言った。

 

「気持ちいいの間違いだろう、孫空女? 色っぽく腰が動き出したよ。だけど、どうやら、このところ、男日照りが続いていたかい? この宝玄仙にしらを切っても通用しないよ。生娘ではないようだけど、このところ、ご無沙汰だね? ここにいる男連中には、お前の性の相手はさせていないようだね」

 

 宝玄仙が孫空女の股間を下袴の上から、ぐいぐいといじくりながら笑った。

 そして、ついに淫核の場所を探し当て、そこを押し揉み始める。

 

「んふっ」

 

 孫空女は思わず甘い声をあげた。

 すると、宝玄仙が爆笑した。

 孫空女は、そんな声をあげさせられたことに、かっとなった。

 

「や、やめろって、言ってんだろう──」

 

 孫空女は力の限り身体を暴れさせようとする。

 しかし、かすかに身じろぎできるだけで、まったく宝玄仙の指をどけることなどできない。

 それをいいことに、宝玄仙はさらに淫らな動きを指に加えてくる。

 孫空女は、懸命に荒くなる息を堪えた。

 

「まあ、とにかく、沙那はお前を助けたかったのさ。自分と同じ境遇にすることを避けようとしたのかもしれないね……。そうだろう、沙那?」

 

 宝玄仙が孫空女から手を離して、その手をさっと沙那に向けた。

 

「ひぐううう」

 

 すると、沙那が猛獣の鳴き声のような奇声を発して、身体を弓なりにした。

 それがしばらく続き、やがて、沙那はぐったりと脱力した。

 またもや、沙那は恐ろしい苦痛に襲われたようだ。

 宝玄仙が手をおろす。

 沙那がまるで気を失ったかのように動かなくなった。

 

「……お、お前、な、なんてことを……。お、お前の……じゅ、従者だろう……」

 

 孫空女には、宝玄仙が怖ろしい激痛を与える道術を沙那にかけたということがわかった。

 仮にも、沙那はこの巫女の護衛のはずだ。

 それにもかかわらず、さっきからの宝玄仙の沙那の扱いは酷すぎる。

 

「従者?」

 

 宝玄仙は呆気にとられたような声を出したが、すぐに笑いだした。

 

「従者だって? そんな上等なもんじゃないよ、こいつはね……。この沙那は奴隷だよ。一箇月前に偶然手に入れた武芸者でね。これでも、愛陽という城郭の官軍の女将校だったのさ。だけど、わたしに逆らえないように、支配の霊具を装着してやったんだ。心の底じゃあ、このわたしを恨み続けているはずだよ。可能ならば、殺そうとしているだろうね。まあ、そんなことは不可能だけどね」

 

 宝玄仙が立ちあがって、まだ苦しそうに息をしている沙那の身体を蹴りあげて転がす。

 沙那が、ごろごろと地面を転がって、孫空女の横に仰向けに並ぶ。

 

「……こいつの首にしている輪っかがわかるだろう? これは『服従の首輪』という霊具だ……。これを嵌められると、どんなに頭では逆らいたくても、身体は勝手に命令に従ってしまうのさ。自殺することもできない。つまりは、人間を奴隷どころか、生きた人形にしてしまう霊具だ。これを騙して嵌めてやってから、この沙那はわたしの玩具なのさ」

 

 宝玄仙が孫空女にしか聞こえないような声でささやいた。

 

「あ、操りの霊具?」

 

 霊具というのは、道術遣いが霊気を込めて作る不思議な道具であり、大抵は道術遣いにしか扱うことのできない高価で貴重なものだ。だが、孫空女は、人を完全に支配してしまう霊具などというものは聞いたことなどない。

 本当にそんなものがあるのだろうか……?

 

「本当さ。沙那、いつものように自慰をしな。自分で下袴の中に手を入れて、自分が一番感じるように股を弄るんだ。命令だ」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 沙那が悲鳴とともに哀願の声をあげた。

 だが、沙那の身体は、尻をあげて腰を浮かすようにして、自ら下袍の腰紐を緩めて、その中に右手を突っ込む。

 そして、その手がもそもそと動き出す。

 

「や、やめて……、ご、ご主人様……。お、お願いです……。こ、こんなところでは……」

 

 沙那が泣き声をあげた。

 だが、その声がだんだんと喘ぎ声混じりのものになる。

 孫空女はびっくりした。

 沙那が、自分の意思とは無関係に身体を操られているのは確かだ。

 

「お、お前、な、なんてことを……」

 

 孫空女はかっとなった。

 人をこんな風に支配し、意思を持たせたまま身体を操るなど……。

 無道にも程がある。

 こいつも巫女の恰好をしているのだから、仮にも天教の神官なのだろう。

 それなのに、こんな鬼畜なふるまいを……。

 

「他人のことよりも、自分の心配をした方がいいんじゃないのかい、孫空女?」

 

 宝玄仙が孫空女を見た。

 孫空女は舌打ちした。

 

「こ、殺せよ」

 

 孫空女は呻いた。

 とにかく、これは余程の力場のようだ。

 孫空女の力でもまったく抵抗できない。

 

「まさか……。殺しなんてするものかい……。勿体ない……」

 

 すると、宝玄仙がふっと笑ったような声を出した。

 次の瞬間、すっと身体が突然に軽くなる。

 

「畜生──」

 

 孫空女はその気を逃さず、宝玄仙を捕まえようとした。

 だが、自由になったと思ったのは胴体だけだ。

 手足は地面に貼りついたままだった。

 ちょうど四つん這いの恰好になった孫空女は、それでも宝玄仙の足に噛みつこうとした。

 しかし、宝玄仙の足がさっと避けられる。

 

「おっと危ない──。随分と気性が荒いねえ。この宝玄仙の結界に捕らわれれば、大抵は恐怖に身体が竦んでしまうものなんだけどね……。まあいい。とにかく、懲らしめだ。そういえば、さっき、手下どもに、わたしを素裸にしろとけしかけてたね……」

 

 宝玄仙が意味ありげに笑うと、手を今度はいまだに地面に貼りついている手下の方に向ける。

 三人ほどが、自由を取り戻して、むっくりと起きあがった。

 しめたと思ったが、孫空女は、その三人の表情を見て、がっかりした。

 自由を得たからといって、とてもじゃないが、宝玄仙に襲い掛かって、孫空女を助けようという雰囲気じゃない。

 三人は、完全に宝玄仙の道術に恐怖を抱いてしまっている。

 抵抗の素振りなどない。

 

「お前たち、いまから、この女頭領の服を剥ぎ取りな。なにもかも奪って素っ裸にするんだ。逆らえば、今度は力場の術で内臓が口から出るほどにぺちゃんこにするからね。裸にしたら、順番にお前たちの珍棒で孫空女を犯していい」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫空女はびっくりした。

 

「や、やめろっ」

 

 怒鳴った。

 一瞬、当惑した三人の部下たちだったが、すぐにその三人の顔に卑猥な色が浮かびあがったからだ。

 その三人が四つん這いで動けない孫空女の周りを取り囲む。

 

「へへへ、すみませんね、頭領……。頭領を犯さないと殺されるんです」

 

「そういうことでしてね。それにしても、前から思ってたんですけど、頭領って、いい女ですよね」

 

「じゃあ、さっそく、股ぐらを拝ませてもらいますね」

 

 三人がそれぞれに刃物を取った。

 一斉に孫空女が身に着けている衣類を切断し始める。

 

「や、やめろって言ってんだろう──」

 

 孫空女は喚き散らした。

 だが、手足が地面に貼りついているので、まったく抵抗できない。

 どんどんと衣類が切断され、びりびりになって横に捨てられていく。

 そして、まだ衣類が残っている段階で、股布が剥ぎ取られて、いきなり尻側から膣に男根を突き立てられた。

 

「はぎいい──。んぐうう」

 

 なにも濡れていない女陰に、男の怒張を突き入れられ、孫空女はその痛みに絶叫した。

 

「ははは、じゃあ、ほかの者も参加しな。沙那──。お前もだ。命令だからね。お前は積極的に男を受け入れ、いきまくれ。股でも尻でも、口でもあらゆる場所で男の性器を受け入れるんだ。しかも、自慰を続けながらね……。これも、わたしの玩具としての修行さ──」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 すると、ほかの男たちものそのそを起きあがりだす。

 孫空女はぞっとした。  

 

「さあ、お前たち、ここには三人の女がいる。一度や二度で精が出せなくなったりしたら、とんでもない目に遭わせるからね。腰が動かなくなるまで、わたしたちを犯しまくりな」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑い続けながら、自ら服を脱ぎ始めた。

 だが、孫空女はそれどころじゃない。

 馬鹿みたいな奇声をあげて、孫空女に後ろから抱きついて腰を動かし続ける手下から与えられる股間の痛みに、四つん這いのまま、ひたすらに悲鳴をあげ続けた。

 

 

 *

 

 

「ほおおっ」

 

 宝玄仙は、咥えていた男根を思わず口から離して、あられもない声をあげて顔を仰向かせた。

 大きな絶頂感に襲われたのだ。

 これで三度目の昇天だろうか。

 

 このところ、男根を生やして“男”として、沙那の相手ばかりやっていたので、本来の女の身体に戻り、“女”として犯されるのは久しぶりだ。しかも、体力だけはある性欲剥き出しの盗賊男たちを大勢相手にするのだ。

 さすがに、宝玄仙も余裕のようなものはなくなった。

 体力が削ぎ落されるように、全身が気だるくなるのを感じる。

 

 全部で二十人足らずの盗賊の男たちを相手にする“輪姦ごっこ”も、そろそろ、ひと周り目くらいにはなる。

 いま、宝玄仙の裸身にとりついている男は三人だ。

 ひとりは、宝玄仙の下で仰向けになり上に宝玄仙を跨らせていて、もうひとりは乳房を背後から揉み、もうひとりは宝玄仙の口を男根で犯している。

 

「勝手に離すんじゃないよ、巫女さんよ。ほれっ」

 

 すでにすっかりと調子に乗っている前の男が、宝玄仙の黒髪を掴んで怒張を宝玄仙の口に入れ直した。

 そのまま、ごしごしと宝玄仙の口腔で亀頭と棹を擦ってくる。

 宝玄仙は持ち前の舌技を発揮して、舌だけでなく口全体を使って、吸い出すような最高の刺激を与えてやった。

 一転して余裕のなくなった前の男が、呆気なく宝玄仙の口の中に精の塊を発射した。

 

「他愛無いねえ。それでも、この界隈で有名な五行山とやらの盗賊かい──。わたしを満足させる前に果てんじゃないよ」

 

 宝玄仙が口の中に放出された男の精を飲んでから笑った。

 堪らない悪臭のする汚らしい盗賊の精だ。

 そんなものを飲むなど、身震いするほどの嫌悪感が込みあがるが、逆にそれがいいのだ。

 宝玄仙の中にある被虐心が呼び起こされて、宝玄仙をさらに激しい欲情の中に誘い込む。

 

 精を放って男根が萎えた男が残念そうに、宝玄仙の前から退いた。

 しかし、すぐに次の男が空いた宝玄仙の口に別の怒張を差し込んでくる。

 宝玄仙は鼻が曲がるような悪臭のするその男の股間にむしゃぶりついた。

 

 孫空女とかいう長身の赤毛女が率いていた五行山の盗賊男たちだ。

 全部で十数人だが、宝玄仙はその全員を捕らえ、宝玄仙と従者の沙那、そして、盗賊団の女頭領の孫空女を全員で輪姦するように命じたのだ。

 そろそろ、一刻(約一時間)というところだろうか。

 宝玄仙の始めた三人の女に対する「輪姦ごっこ」は佳境を迎えていた。

 十数名の盗賊たちは、宝玄仙のほか、孫空女と沙那に群がり、三個の集まりに分かれて、それぞれに女を責めている。

 

「どけっ」

 

 そのとき、ひとりの身体の大きな男が、宝玄仙に群がる男たちに割り込むように入ってきた。

 

「尻だ。尻──。二本挿しをしてやるよ。これでさっきの栗毛も泣いて悦んだぜ」

 

 栗毛というと沙那のことだろうか……。

 その男は宝玄仙の尻たぶを掴むと、いきなりぐいと亀頭を挿し入れようとしてきた。

 

「ひいっ」

 

 ぞわぞれと全身におこりのような震えが走り、宝玄仙は気が動転した。

 

「な、なにすんだよ。そこに触んじゃない」

 

 宝玄仙はかっとして感情を爆発させた。

 気がつくと、宝玄仙はさっきの男だけでなく、周囲の男たちの全部を道術の衝撃波で吹き飛ばしていた。

 宝玄仙の真下から宝玄仙の股間に男根を挿入していた男だけは残ったが、その代わりにまともに衝撃波を受けて白目を剥いて気絶してしている。

 

 宝玄仙は舌打ちして、男から股間を抜いて立ちあがった。

 癇癪に驚いて、もはや男たちは宝玄仙にはやって来ない。逃げるように散っていく。

 仕方なく、宝玄仙は沙那と孫空女の様子を眺めた。

 

 沙那は股間だけでなく、尻も口も犯され、毬のように抱えられて犯され続けていた。服従の首輪の力で自慰をしながら犯されろと命じたが、沙那の両手はだらりと下にさがっている。命令に逆らえるわけがないので、命令に服従したくても、手足がすでに弛緩して動かすことができないのだろう。

 もともと身体が敏感なうえに、宝玄仙の装着した『女淫輪』で怖ろしいほどに身体の感度があがるように細工をしている。

 平素は、自分の力で、ある程度の制御をしているようだが、ひとたび淫情を覚えると、その制御ができなくなり、絶頂人形のように感じまくってしまうのが沙那だ。

 その身体でああやって、大勢の男たちの相手をするのは大変だろう。

 すでに息も絶え絶えの状態だ。

 

 一方で孫空女には、かなりの人数が集まっている。

 四つん這いの姿勢から動かすことができないので、使える穴は一度にひとりだけなのだが、それでも順番を待って犯そうをしているのようだ。

 頭領とはいえ、若くて、しかも、あれだけの美貌なのだ。

 さぞや人気があったのだろう。

 その孫空女を犯せる機会とあって、盗賊たちも争って孫空女に集まっているに違いない。

 

 宝玄仙は裸身のまま、つかつかと孫空女に向かって歩いていった。

 

「くふうっ、ううっ、はあっ、ううっ」

 

 孫空女の口から呻き声のような声が出続けている。

 その孫空女と視線が合った。

 孫空女は背後から犯されながらも、宝玄仙に向かって唾を吐いた。

 その唾が、宝玄仙の足先に当たる。

 宝玄仙はほくそ笑んでしまった。

 

 これだけの目に遭わされれば、普通は絶望や屈辱に押し潰されて、怒りの感情など持続はできないものだ。

 しかも、いまだに犯されている最中だ。

 宝玄仙は、孫空女の気の強さに舌を巻くとともに、どうしようもない欲情を覚えてしまった。

 こんなに精神力の強い女であれば、これは嬲りがいがある。

 沙那同様の「雌奴隷」にして、旅をさせるのは愉しいだろう。

 最初はちょっとからかって追い払うつもりだったが、いまは気が変わった。

 

 孫空女が欲しい──。

 自分の「女」にしてやる。

 宝玄仙は道術を遣って、自分の股間に男根を発生させた。

 

「うわっ、な、なんだ、お前?」

 

 それに気がついた孫空女が驚いたような声を出した。

 ほかの盗賊たちも、ちょっとびっくりしている。

 

「ちょっと、退きな」

 

 宝玄仙が怒張を勃起させたまま孫空女の横に立つと、孫空女を犯していた男が慌てたように退いて場所を空けた。

 何人かは何事が起きるのだろうかと残っているが、ほかの者は仕方なく沙那の方に回っていく。

 さらに新しい男を相手にする沙那も大変だろう。

 宝玄仙はくすくすと笑った。

 

「さて、面白いことをしてやるよ、孫空女」

 

「い、いい加減にしろ──。あ、あたしを自由にしろ──」

 

 孫空女が懸命に首を回して、宝玄仙に視線を向けようとする。

 宝玄仙は構わずに、手を孫空女の背中の真上にかざした。

 

「ぐえっ」

 

 またもや力場に押し潰された孫空女が、まるで蛙が潰されたような恰好になって悲鳴をあげた。

 

「おや?」

 

 そのとき、宝玄仙はちょっと離れた隅で股間を押さえてうずくまっている男を見つけた。

 どうやら、孫空女の口に性器を突っ込んで男根を思い切り噛みつかれたようだ。

 怒っている女を相手にするのに、口の中に性器を入れるとは阿呆な男だ……。

 それで、沙那にも宝玄仙にも、男たちは口の中も男根を蹂躙させていたのに、孫空女の前に回っていた男が皆無だったというわけだ。

 とりあえず、宝玄仙は治療術を施して、血が流れているその男の股間を治してやった。

 男がきょとんとして、身体を起こした。

 宝玄仙は意識を孫空女に戻す。

 

「ううっ、はあっ、あぐう」

 

 凄まじい力で押さえつけられている孫空女が、激しく呼吸をしながらもがいている。

 おそらく、なんとか脱出しようともがいているのだろう。

 本当に気が強い女だ。

 

「お前のことは、ゆっくりと心を屈服させることに決めたからね。このわたしから離れられない術を刻んでやるよ。内丹印という道術だ。沙那の身体にも刻んでいるけど、お前の全身をわたしの思い通りに操ることのできる術さ」

 

「な、なにをする……んだ……」

 

 孫空女が呻いた。、

 だが、宝玄仙は孫空女を無視した。

 

 術を刻む。

 これは、孫空女の身体に道術を刻むための結界を描くという術だ。

 道術の源は、霊気という自然の中にたくさんある見えない力のもとなのだが、実は宝玄仙のように道術を扱う者でなければ、大抵の人間には、そもそも霊気が身体に蓄えることができないので、道術を施すことができない。

 だから、そのままでは道術はかけられない。

 

 道術をかけるには、いま地面にあらかじめ描いていたような結界の紋様を先に刻み、霊気の出入り口を作らないとならない。

 あるいは、道具に霊気を込めて、霊具を作ることにより、それを使って術をかけるかだ。

 常人に道術をかけるのは、結構、面倒くさいのだ。

 

 だから、孫空女にやっているのは、その霊気の出入り口となる結界の紋様を身体に描いてしまうということだ。

 それをやると、孫空女はいつでも宝玄仙の道術で操れる存在になる。

 同じことを沙那にもやり、毎日のように調教に使っている。

 

「うがああ」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 激痛が走っているに違いない。

 孫空女の白い背中に、道術の紋様である複雑な線が描かれていく。

 それがまるで蜘蛛の糸のように拡がり、孫空女の身体を包んでいく。

 

「んぐうっ、や、やめろおっ、あぎいい」

 

 孫空女がもがき続けている。

 苦しいのだろう。

 内丹印を描くのは、まるで身体の中を炎で炙られるような苦しみらしい。

 すぐに楽になるのだが、どうしても、この苦しみだけはなくしてやることはできない。

 

「もうすぐ終わるよ」

 

 宝玄仙は孫空女の身体にはっきりと内丹印が刻まれたのを確認した。

 

「終わったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、一時的に強めていた力場を弱くして、さっきのように四つん這いの恰好になれるようにした。

 

「起きな。尻をあげるんだ」

 

 宝玄仙は声をかけた。

 だが、孫空女は荒い息をするだけで寝そべったままでいる。

 宝玄仙は孫空女の尻の穴に指を入れて、無理矢理に身体を起こした。

 

「ひいっ、な、なにすんだよ、こ、この変態──」

 

 孫空女が叫んだ。

 宝玄仙は、笑いながら尻から指を抜いた。

 

「それだけ元気なら十分さ。わたしの相手をしな。わたしの玩具になった証にね」

 

 宝玄仙は男根を勃起させて、尻の下から孫空女の股間に先端をあてがった。

 それだけじゃなく、さっそく内丹印を使って、孫空女の身体の性感を十倍に引きあげる。

 普通の女なら、ちょっと触られただけでいき狂うほどの感度だ。

 どんな恥態をしてくれるか愉しみだ。

 

「はっ、はああっ……な、なに? あ、あんた、あたしになにかしたのかい……? か、身体が、身体が……」

 

 孫空女が狼狽えた声を出している。

 また、身体があっという間に充血して赤くなり、全身から汗が噴き出してもいる。

 宝玄仙はぐいと腰を出して、孫空女の股間に怒張を貫かせた。

 

「あはああっ、はあああっ」

 

 孫空女が大きな甘い声を出した。

 律動を始める。

 最初は口惜そうに暴れる気配を示したが、ちょっと突いてやると、すぐに腰をしなしなと、いやらしく揺り動かし始める。

 

 当然だ。

 女である限り、愛撫に対して、とても我慢できないような敏感な身体にしてやったのだ。

 思ったよりも女らしい反応を示す孫空女に、宝玄仙は嬉しくなってしまった。

 

「堪らないだろう? しっかりと調教してやるからね。沙那同様に、わたしの操る性人形だ。こりゃあ、道中も愉しくなるねえ」

 

 宝玄仙は笑いながら犯し続けた。

 孫空女はあられもない声を出してよがり続ける。

 そして、あっという間に絶頂して、身体をがくがくと震わせた。

 

 宝玄仙は股間から怒張を抜いた。

 怒張を抜いたときには、もう男根はなくなっている。

 もともとの身体は女なのだから、術を解けば男根などない。

 ふたなりは、沙那を犯すときだけだ。

 これからは、孫空女の調教にも使うことになるのだろうが……。

 

「さて、今度はその敏感になった身体で、自分の手下たちの相手をしな。よがりまくる頭領の姿に、手下の男たちも輪姦が盛りあがるさ」

 

 宝玄仙が孫空女から離れると、いつの間にか再び集まっていた男たちが、争うように孫空女の身体に群がった。

 第二回戦の始まりだ……。

 

「じゃあ、わたしのところにも来な。まだまだ満足していないからね。尻さえ触らなければ、どこをどうしてもいいよ。さあ、おいで」

 

 宝玄仙が言うと、沙那や孫空女からあぶれている男たちが何人かやって来て、宝玄仙の腰や胸にむしゃぶりついてきた。



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4   ふたり目の供

「んっ……」

 

 孫空女は冷たい刺激で意識を戻した。

 そして、自分の肌が濡れた布で拭かれ続けていることに気がついた。

 その手つきはとても優しい。

 

 近くでは鳥の鳴き声も聞こえるし、肌を触れる風が心地いい……。

 とても静かだ……。

 温かい陽の光も感じる……。

 朝か……?

 

 眼を開く……。

 

「気がついた、あんた? 身体は大丈夫?」

 

 ぼんやりとした視界に、栗毛の可愛らしい顔つきをした女が見えた。美人だが、まだ少女の面影さえ残している若い女だ。

 ふたつの丸い乳房がぶるりと揺れる。

 それなりに大きな乳房なのだが、しっかりと鍛えているらしく、乳房はしっかりと張り、乳首がつんと上を向いている。

 

 裸……?

 

 確か、あの女道士の従者の沙那……。

 孫空女は思い出した。

 

 どうやら、あの輪姦から解放されて、いつの間にか朝になっているようだ。

 そして、孫空女は大きな岩の平らな場所の上に寝かせられていた。

 どこからか水の流れる音がする。

 孫空女には、ここがどこかのかすぐにわかった。

 ここは、昨夜、大勢の手下たちから輪姦された場所とは違っているようだが、すぐ近くの湧き水の出る崖岩の上だ。

 街道からは少し奥まっている場所だが、この五行山は孫空女の庭のようなものだ。

 だから、すぐに孫空女にはわかった。

 

 とにかく起きあがろうとした。

 だが、がっしりと両手が背中側で拘束されていることに気がついた。

 

「あ、あれっ?」

 

 しかも、革靴を除いて完全な素裸だ。両手首には、なにかを嵌められていて、それが背中側でくっつているようだ。

 さらに、足首に赤い足環も嵌められている。

 

 今度は足を使って、身体を起こそうとした。

 しかし、足環と足環のあいだに見えない鎖でも嵌められているような感じで引っ張れる感触が襲った。なにもないのに、足環が一定の距離以上に離れないのだ。

 

緊箍具(きんこぐ)という霊具だそうよ。あんたの足首だけじゃなく、手首にも嵌まっているわ。あいつの道術じゃないと離れないわ。手首はぴったりと離れないと思うけど、足首については、歩くには支障はないけど、走ることができないほどに離れなくしたそうよ」

 

「あいつ……?」

 

 そう口にして、孫空女はそれが、あの女道士のことだとわかった。

 道術の遣い手のことを「道士」と呼ぶ。

 道士といえば、天教の巫女だ。

 天教というのは、この帝国を中心に広がっている信仰組織だが、その頂点には道術を駆使する者たちがいるのが特徴だ。

 その天教に属する道士のことを「法師」とも称する。

 あの女は、自分のことを「三蔵法師」だと名乗り、宝玄仙とも言ったはずだ。

 孫空女はだんだんと記憶が蘇ってきた。

 

 その宝玄仙は恐ろしい道術の遣い手であり、うっかりとその宝玄仙を襲ってしまった孫空女は、手下の男たち共々結界の力場に捕らえられてしまったのだ。

 だが、なにをするのかと思えば、あの女道士は孫空女の手下たちをけしかけて、孫空女や沙那を輪姦させたのだ。

 それだけでなく、自分自身も……。

 

「あ、あの変態巫女……」

 

 とりあえず、孫空女は身体を捩じって上体を起こそうとした。

 すると、沙那が背中に手を当てて手伝ってくれた。

 その沙那も孫空女と同じように、靴以外にはなにも身に着けていない素裸だ。

 孫空女と沙那は、岩に囲まれた場所で裸で並んで座るかたちになった。

 

 孫空女はちらりと沙那を見た。

 首に銀色の金属の輪が嵌まっている。

 これが『服従の首輪』か……。

 

 宝玄仙の言葉によれば、沙那はこれを嵌められて、宝玄仙に逆らうことのできない状態にされているとのことだった。

 そのとき、孫空女は沙那の両乳首の根元にも金属の輪が食い込んでいることに気がついた。糸のように細くて、色も肌に同化するような感じだが、確しかに金属の輪だ。

 しかも、なんだか、その輪は沙那の乳首を勃起した状態に保持させているような気配だ。

 沙那の乳首は、これという刺激を受けているわけでもなさそうなのに、こっちが赤面してしまうくらいに勃起して尖っている。

 すると、沙那を見ていた孫空女の視線が沙那の視線と交差した。

 

「ご、ごめん、じろじろと見ちゃって……」

 

 孫空女は慌てて、視線を逸らした。

 しかし、沙那が破顔した。

 

「いいのよ。おあいこよ。わたしも、あんたの身体を見たしね」

 

 沙那が白い歯とともに、手に持っていた布を見せた。

 それで、沙那が孫空女の身体を湧き水を使って洗ってくれたのだと知った。

 そういえば、あれだけ犯されて、全身に男たちの精液を浴びたようになっていたはずだが、孫空女の身体はすっかりときれいになっている。

 

「あんたが拭いてくれたのかい。ありがとう……」

 

 とりあえず、孫空女は言った。

 

「沙那よ。あんたは孫空女ね……。あいつが言っていたから……。よろしくね」

 

 沙那が微笑んだ。

 だが、その笑みにはほのかな哀しみのようなものがあった。

 その表情で、孫空女には、この沙那もまた、あの変態巫女に捕らわれた犠牲者だということを確信した。

 

「……ところで、それ……?」

 

 孫空女は好奇心を抑えられずに、沙那に乳首の根元にある輪について訊ねた。

 すると、沙那の笑みが苦々しいものに変化した。

 

「目がいいのね……。これは『女淫輪(じょいんりん)』という淫具よ。霊具ね……。あいつが嵌めたのよ」

 

「霊具の淫具?」

 

 霊具というのは、道術の技を発揮するためにあらかじめ霊気を込めた道具のことだ。

 滅多に存在しないものであり、霊具というのは例外なく高価だ。盗賊稼業をしている孫空女には、霊具の貴重さも、その価値もわかる。

 だが、その霊具を淫具に……?

 

 孫空女は訝しんだ。

 

「女を常に欲情状態にする淫具よ。あいつは、わたしの乳首だけじゃなく、股間にも嵌めているわ。道術を込めて、勝手に外せないようにしてね。おかげで、わたしは四六時中、身体が火照っている状態から逃げられないということよ」

 

「え、ええっ?」

 

 孫空女はびっくりした。

 確かに、沙那の乳首は欲情したようにぴんと上を向いている。

 さらに、沙那の股間に視線をやった。

 沙那の股間は完全な無毛だったが、少し開いた股間では桃色の陰核がぷっくりと顔をもたげていた。しかも、股はねっとりと淫液で濡れているようだ。

 沙那は孫空女の視線に気がついて、恥ずかしそうに膝で股を隠した。

 孫空女も急いで顔を戻す。

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

 孫空女は訊ねた。

 沙那の身体の様子を観察すれば、その『女淫輪』という霊具の淫具がただならぬ影響を沙那に強いているのがわかる。

 しかし、沙那の様子はいたって平静であり、淫情に悶え狂っている気配は皆無だ。

 

「まあ、慣れればね……。それに、わたしは少しばかり気を扱うことができるの……。武術の修行で身に着けた技なんだけど、いまは、あいつの淫具からなんとか身体を正常に保たせることに役立っているわ」

 

 沙那が自嘲気味に笑った。

 

「気を……」

 

 孫空女はまともに武術を習ったことがあるわけじゃないから、気功というのはよくわからないが、それを操るというのは、この沙那がそこらの武芸者とは格が違うほどの実力があるということだ。

 そういえば、宝玄仙は、この沙那について、もともと、どこかの城郭にある地方軍の女将校だと言った気もする……。

 

「そういうことをするのよ、あの女はね……。天教の最高位にある法師であり、八のひとりで?霊具作りにかけては、この世に右に出る者がいないと言われているそうよ……。でも、その能力をこんな風に遣う大変態なのよ。昨夜の乱交を覚えているでしょう? わたしも、あれほどに変態だとは知らなかったわ。女好きなのかと思えば、男も大好きなのね。まったく呆れたわ──」

 

 沙那が声をあげた。

 しかし、すぐに、自分の声に驚いたような表情になり、口をつぐむ。

 次いで、さっと視線を心配そうに岩場の外に向けた。

 もしかしたら、その方向にあの宝玄仙がいるのだろうか……。

 

 それにしても、八仙?

 孫空女は驚愕した。

 

「八仙って、どういうこと、沙那? あの変態女は何者なの? やっぱり、あいつ本物の法師?」

 

 八仙というのは、帝都にある天教の総本山にいる八人の道術の最高術師のことだ。また、八仙は、帝国だけでなく、さらに西に拡がる諸王国にまで影響を及ぼす天教教団の最高権力者でもあるはずだ。

 その権威は、皇族にも匹敵しており、それがたったひとりの従者だけを連れて、こんな山街道を旅するなど考えられない。

 

 だが、一方で、確かにあの結界術の力場はすごかった。

 孫空女も、これまでに何人もの道術遣いに出逢ったが、あんな結界術は桁外れだし、想像すらしたことはない。

 あの実力を思うと、宝玄仙が八仙のひとりというのも、頷けないこともない。

 

 しかし、あの変態女が……?

 

「だ、だけど、八仙がなんでこんなところを旅しているのさ?」

 

 孫空女は当然の疑問を口にした。

 

「西に向かう旅の途中だそうよ。もともとは、教団の従者たちを大勢連れた旅だったみたいだけど、わたしの故郷の城郭にやってきたときにはひとりだったわ。災難に遭って逃げていったと言っているけど、多分、あの道術で追い払ったのだと思う。あいつは、ただ、自由に旅ができる状況を作りたかったのよ……。」

 

「自由に旅?」

 

「あの変態を満足させるためにね……。そのためには、行儀のいい教団の従者は邪魔でしょう? だから、さっさと追い払って、それで、改めて玩具にする者を捕まえたのよ。つまり、わたしをね──」

 

 沙那が口惜しそうに口元を歪めた。

 孫空女には、沙那に対する同情の気持ちが沸いた。

 

 あの巫女が本当は何者であるかはともかく、正真正銘の変態女であることは間違いない。

 たったひと晩のあの乱痴気騒ぎだけで、孫空女はもうすっかりとげんなりしている。

 その宝玄仙とずっと一緒に旅をしている沙那が、毎日、どんな目に遭っているかは想像して余りある。

 『女淫輪』かなにか知らないが、おかしな欲情を強要する霊具を装着したり、命令に逆らえない首輪を嵌めさせたリと、まったく人をなんだと思っているのだろう。

 

「沙那の故郷って、どこさ?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

愛陽(あいよう)の城郭よ」

 

「愛陽……」

 

 愛陽というのは、ここからずっと東に向かったところにある大きな城郭のはずだ。すでに、ここは帝国の西の国境に近いので帝都はずっと遠くだが、愛陽なら帝都はすぐだ。

 愛陽で暮らしていた沙那ならば、帝都にいる八仙たちに接する機会も少しはあるのかもしれない。

 その沙那が、宝玄仙は八仙だというのだから、本当なのだろう。

 

 いずれにしても、どうやら、とんでもない女を襲ってしまったのだということはわかった。

 八仙ほどの力を持った存在が、沙那という女従者ひとりだけを連れて旅をしているなど予想外だが、とにかく、孫空女の運はこれで尽きたらしい。

 

 だが、あれだけの輪姦を受けながらも、思ったよりも身体は楽だ。

 輪姦のときには、かなり乱暴なこともされた記憶もあるが、負傷らしいものもない。

 

「あいつはわたしに命じて、あんたに回復剤を服用させたのよ。それだけじゃなく、治療術も遣ったみたい」

 

 孫空女の表情で疑念が伝わったのか、沙那がそう言った。

 膣も尻も凌辱により裂けたのかと思ったが、いまはまったく違和感はない。

 

「そうだ……。ごめん、沙那」

 

 孫空女は思い出して、頭をさげた。

 

「ど、どうしたの、孫空女?」

 

 沙那はきょとんとしている。

 

「あたしは、あんたを襲おうとした。それに、沙那を凌辱したのは、あたしの部下だった男たちだ。あたしのことは自業自得だけど、あんたは優しい……。あんなことをするんじゃなかった。本当にごめん」

 

 孫空女は頭をさげたまま言った。

 すると、沙那がくすりと笑った声がした。

 

「いいのよ」

 

 沙那が孫空女に頭をあげさせた。

 そして、言葉を続ける。

 

「……それよりも、休憩は三刻(※ 約三時間)のみだそうよ。そうしたら、出発。あんたもね」

 

 沙那が言った。

 

「そうか……。軍にでも突き出すのかい?」

 

 盗賊を捕らえるのは城郭の軍の仕事だ。

 やっと年貢の納めどきが来たということらしい。

 生き飽きたというほどでもないが、それなりに、なんとか死なないでこれた。

 盗賊の頭領などをやっていたのだから、捕らえられれば、首を斬られるのはわかっている。

 覚悟はできている。

 しかし、沙那は首を横に振った。

 

「あの女は、あんたを旅の供にするそうよ。そう言っていたわ」

 

「連れていく? あたしを?」

 

 孫空女は首を傾げた。

 だが、そういえば、あの凌辱のとき、そんなことを言っていたような……。

 

「気に入ったんでしょうね。あなたって、可愛らしい顔をしているし……。それに、あいつは、あんたみたいに、気の強い女を苛めるのが大好きなのよ。そういう変態なの」

 

 沙那は困ったように言った。

 その物言いがなぜかおかしくなり、孫空女はぷっと噴き出した。

 沙那は、孫空女が笑ったことに驚いたようだったが、すぐに沙那も微笑んだ。

 

「……この状況で笑えるなんて、あなたって面白いのね……。でも、残念ながら、わたしもあんたも、あの変態巫女の供になるのよ……。そして、あいつの気紛れで性の玩具にされる慰み者……。つまりは、性奴隷になるということよ。昨夜まで、わたしはあいつを股間に男根を生やしたふたなりだと思っていたけど、昨夜の様子だと、本当は女の身体のようね。いずれにしても、今日からはずっと一緒に旅をすることになるのよ。よろしく、孫空女」

 

 沙那は言った。

 あの変態巫女の慰み者……?

 

 ぞっとしない想像だが、いまは逃亡のしようもない。

 両手は相変わらず背中から離れないし、足首の輪も少しでも両脚を離そうとすると、見えない鎖に阻まれたようにお互いに引っ張られる。

 これでは逃げられない……。

 とりあえず、様子を見るしかないか……?

 

 いや、だが……。 

 

「ところで、その宝玄仙は?」

 孫空女は訊ねた。

 

 いずれにしても、近くにはいない気がする。

 この湧き水の出る岩地は、昨夜の輪姦の場所からは、ちょっとだが距離があるのだ。

 宝玄仙がまだ昨夜の場所に留まっているとすれば、もしかしたら、このまま逃げることは不可能じゃないかもしれない……。

 

 そういえば、この近くには、手下たちにも知られていない秘密の隠れ家が作ってある。

 そこなら、まず見つからない。

 

 孫空女は思い直した。

 ひとりでは無理だが、沙那を連れていけばいい。

 この沙那が、実際には宝玄仙に心腹していないのは明らかだし、沙那自身が自分も犠牲者だということを口にしている。

 

 ならば……。

 

「あいつは、昨夜の場所よ。あたしたちを輪姦をした男たちの数名に、気絶したわたしたちをここまで運ばせると、わたしを起こして、あんたの世話をしろと命じたのよ。自分は昨夜の場所でもう少し休むと言っていたわ。まだ寝てんじゃないかしら……。身分の高い貴族巫女のくせに、野宿も粗食も気にしないのは楽でいいんだけど……」

 沙那が言った。

 

「じゃあ、手下たちは……? いや、元の手下たちは?」

 

 もう、手下なんかじゃあり得ない……。

 孫空女は自嘲気味に笑ってしまった。

 宝玄仙に強要されたとはいえ、頭領の自分にあれだけのことをしたのだ。向こうも、すでに孫空女を頭領とはみなしていないだろうし、孫空女も同じだ。

 ただ、これでも孫空女は、あいつらのことを親身に面倒を看てやったつもりだ。

 無念の思いが心に交錯する。

 

「用が済んだから脅かして去らせたようよ。あたしたちを運んだ男たちも、あいつが追い払った……。とにかく、わたしにあいつの身体を洗わせると、あんたとあたしの身体についた精液を洗っておけと言い残して、戻っていったわ」

 

「じゃ、じゃあ、ここにはいないんだね?」

 

「そうね……」

 

 沙那が頷いた。

 孫空女の心に希望の光が灯った。

 

「沙那、逃げよう」

 

 孫空女は短く言った。

 ここは、孫空女に庭だ。

 あの巫女がどんな神通力を持っていようと、さっきの場所が絶対に見つからない場所だという自信はある。

 うっかりと近づけば、ただで済まない罠だって仕掛けている。

 孫空女は早口でささやいた。

 

 沙那は一瞬だけ目を輝かせたように見開かせたが、すぐに諦めたように嘆息した。

 そして、孫空女の言葉が終わるのを待ち、静かに首を横に振った。

 

「逃げるのは不可能よ……。諦めて、孫空女……」

 

 沙那が静かに言った。

 

「なんで──?」

 

 孫空女は声をあげた。

 沙那さえ、その気になれば逃げられる。

 それは、沙那としても、盗賊の頭領の孫空女を信用できないというのはわかるのだが……。

 孫空女は説得をしようと、口を開いた。

 だが、沙那がそれを遮るように、自分の首輪を指さした。

 

「これよ……。わたしは“命令”によって、逃亡することを禁止されている。それどころか、あんたが逃亡しようとすれば、全力で阻止せよとも命じられた。逃がしてあげたいけど、いまのわたしには、それはできないわ」

 

 沙那がそう言って、がっしりと孫空女の腕を掴んだ。

 孫空女ははっとした。

 

 首輪の力というのがどれほどのものなのかは想像できないが、あの巫女の作る霊具なのだから、怖ろしいほどの力を持つのは間違いないだろう。

 孫空女が逃亡しようとすれば、沙那はそれを阻む……。

 

 そうか……。

 そんな命令も……。

 

 身のこなしだけで、沙那がかなりの武術の遣い手だというのはわかる。

 手首と足首に『緊箍具』という霊具の拘束具を装着された孫空女が、沙那から逃亡できるわけがない。

 

「わかった、逃げないよ、沙那……。約束する」

 

 孫空女は言った。

 沙那がほっとしたように孫空女の腕を離した。

 

 それにしても、『服従の首輪』というのは、本当に恐ろしい魔具なのだろう。

 同じように捕らえられた身の上らしい沙那をこれ以上困らせたくはない。

 そのとき、沙那が孫空女の裸身に目をやり、大きく息を吐いた。

 

「それにしても、あんたも内丹印(ないたんいん)を刻まれたのね。これで、毎晩……、ときには、昼間さえも、あいつの玩具よ……。身体の感度を数十倍にあげたり、痒みでも、尿意でも、便意でも、好きなときに、好きなように身体を道術であいつに支配されるのよ」

 沙那が言った。

 

 それで、孫空女はやっと自分の身体になにかの紋様のような赤い線がびっしりと描かれているのことに気がついた。

 

 そういえば、昨夜、あの巫女におかしな術をかけられ、その直後、異常なほどに身体が火照り、わけがわからなくなった。

 覚えているのは、最初に男根を股間に生やした宝玄仙に犯され、それを皮切りに、次々に手下たちに絶頂させられたことだ。

 どこをどんな風に触られても、孫空女はよがりまくった。

 それが恥ずかしいとか、屈辱であるとか思考することもできなかった。

 全身が性器そのもののようになり、面白がった手下たちが、孫空女の敏感になった肌に珍棒を擦りつけて、孫空女の顔や身体に精をかけ合ったりした。

 そして、挙句の果てに、いき狂いになって意識を保てなくなり……。

 いまこそ、昨夜の恥辱をまざまざと思い出した。

 

「な、内丹印──? あ、あいつ、あたしの身体になんてことをしやがったんだ──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「すぐにその紋様は消えるわ……。わたしもそうだったし……。まあ、だからと言って、あいつの操り人形であることには変わりないけどね」

 

 沙那は首を竦めた。

 

「畜生、あの糞女──。絶対に仕返ししてやる」

 

 孫空女は激昂して怒鳴った。

 

「こ、声が大きいわよ、孫空女」

 

 沙那が狼狽えた声で言った。

 孫空女は口をつぐんだ。

 しかし、ふと見ると、沙那の顔のは、心なしか孫空女に対する称賛のような表情が混じっている気がした。

 もちろん、気のせいかもしれないが……。

 

「……とにかく、機会を待ちましょうよ、孫空女……。わたしも希望は捨てていないわ。西に向かう巡礼の旅だそうだから、長い旅の途中では、なにか機会があるはずよ。まあ、わたしたちを殺すほどには、残酷でも冷酷でもないようだから……。とんでもない変態ではあるけどね……」

 

「西に向かう旅って……。どこに向かう旅なのさ?」

 

 孫空女は何気なく言った。

 西ということは、帝国の国境を越えるということか……?

 

 帝国の西側は、諸王国と総称されている小さな国々が大陸街道沿いにずっと続いている。

 そこのどこかか……?

 

「ここから国境を越え、諸王国を通り抜けた遥かに西にある大河のさらに西だそうよ」

 

「大河って、まさか通天河(つうてんが)のこと? その西──? それって、妖域じゃないか? 冗談だろう」

 

 孫空女はびっくり仰天した。



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5   女武芸者の涙

通天河(つうてんが)の向こうって、妖域だよね? 冗談だろう」

 

 孫空女は声をあげた。

 通天河というのは、人界と妖界を隔てる大河であり、さすがに孫空女もそこまでは旅をしたことはないが、その通天河の向こうは「亜族域」、あるいは、「妖域」、「魔域」といい、頭に角を持つ非人種たちが棲む場所のはずだ。

 その非人種たちを総称して、こっちでは「亜族」、あるいは、「妖魔」、「魔妖」、「魔族」などとも呼ぶが、それは、彼らが人間族と異なり、「魔術」と呼ばれる不思議な術を駆使する種族であることからきている。

 また、争いの絶えない危険な場所とも耳にする。

 

 いずれにしても、妖域に行って戻る旅など、何年もかかる旅だ。

 そんなに長い期間、あの変態巫女に同行するなど、冗談ではない。

 そもそも、妖域に行って、戻って来れるのか?

 孫空女は、沙那の言葉を疑った。

 

「希望を持ちましょう、孫空女」

 

 沙那は嘆息した。

 孫空女は、沙那の顔に、なにもかも諦めたような影があることに気がついた。

 

「まあいいや……。とにかく、そのうち、あいつは殺す。覚えておいてよ」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 沙那がくすりと笑った。

 

 だが、急にその沙那の表情が一変した。

 なにか伝えたいことがあるように、そわそわとした態度を取り始める。

 

「どうしたのさ?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「うん……。そ、その……。言いにくいんだけど……。お、お願いがあるのよ……。そのう……」

 

 沙那は顔を真っ赤にした。

 孫空女は驚いた。

 

「わ、わたしの汚れをとって欲しいのよ……。か、身体のほとんどは自分で拭いたんだけど……。あ、あいつが、『女淫輪(じょいんりん)』が装着している乳首と股間には、わたし自身が触れないように、さっき、『服従の首輪』で暗示をかけたのよ……。だから、自分で拭こうとすると、硬直して手が動かなくて……。……かといって、男たちの汚れをそのままにすると、それを口実に、またとんでもない罰を与えてくるし……」

 

「あっ、そ、そうか……」

 

 孫空女はなんで、沙那が困惑したような表情をしたのか意味がわかった。

 どうやら、沙那は自分の乳首や股を孫空女にきれいにして欲しいようだ。

 つまりは、あの変態巫女は、なにかの思いつきかなにかで、沙那自身が自分の乳首や局部に触ることができないようにしたらしい。

 だから、沙那は自分では身体を拭けない。

 それをきれいにして欲しいと、孫空女に頼んでいるのだ。

 確かに、沙那の乳首の付近には、男の精液が固まったような白いものがこびりついている。

 

「だけど、あたし、これだし……。外せる?」

 

 孫空女は、緊箍具(きんこぐ)が嵌まって拘束されている背中側の両手を沙那に示した。

 

「無理よ。あいつの道術よ。わたしが外せるわけないわ」

 

 沙那は首を横に振った。

 

「だったら、どうしていいのか……」

 

 孫空女も困って言った。

 すると、沙那はますます、顔を赤らめた。

 

「そ、それが……。あいつが言うには、舌で舐め取ってもらえと……」

 

 沙那が恥ずかしそうに言った。

 孫空女は嘆息した。

 

「なるほど、そういうことか……。つまんない嫌がらせをするんだね、あいつも……」

 

 孫空女は舌打ちした。

 やっと、孫空女は、事の次第を理解した。

 これは、宝玄仙が沙那を苛めるために仕組んだ嫌がらせなのだ。自分の乳首や股間を孫空女に舐めてくれと、沙那が頼まなければならないように仕向けて、沙那を困らせようとしているのだ。

 孫空女が断れば、沙那は宝玄仙に折檻をされるのだろう。

 とにかく、孫空女は、この心根の優しそうな沙那を困らせるつもりはない。

 

「いいよ、横になって」

 

 孫空女は言った。

 すると、沙那は「ごめんね」と口にして、岩の上に横たわった。

 孫空女は沙那の上に覆いかぶさるようにして、白い汚れのついた沙那の乳首に舌を伸ばす。

 根元を『女淫輪』の金属の糸で結ばれている沙那の乳首は、可哀想なくらいに勃起していた。

 

「うふうっ」

 

 孫空女の舌が触れた瞬間、沙那がまるで電撃でも浴びせられたかのように、激しく身体を跳ねあげた。

 

「あっ、ごめん」

 

 孫空女はびっくりして顔をあげた。

 しかし、沙那は慌てたように、首を横に振った。

 

「ち、違うのよ……。が、我慢できると思ったんだけど……。じ、実を言うと、『女淫輪』を装着されているわたしの身体は、ほんのちょっとの刺激で激しく反応してしまうように敏感になっているの……。ふ、普段は、気を操って制御しているんだけど……。そ、そのう……。し、刺激を受けると……それができなくなって……」

 

 沙那は申しわけなさそうに口にした。

 また、沙那は、自分が激しく感じてしまう姿を見られるのが、ひどく恥ずかしそうだ。

 孫空女は、あの変態巫女にこんなことを強要される沙那がとても可哀想だと思った。

 そして、改めて、あの宝玄仙に対する憎しみを大きくした。

 

「……そんな顔をしなくていいよ。あたし、嫌じゃないから……。実のところ……、沙那みたいな可愛い子と愛し合うの……嫌いじゃないんだ……」

 

 孫空女は、沙那が少しでも安心するように、にっこりと微笑みかけた。

 沙那がちょっとだけ、眼を大きくした。

 

「本当だよ……。もしかしたら、あたしは男よりも女の相手をする方が好きかもしれない……。だから、そんな顔をしなくていい。ねっ、沙那」

 

 孫空女が言い聞かせるように沙那にささやくと、やっと沙那がにっこりと笑い返した。

 

「ありがとう……。優しいのね」

 

 沙那が身体の力をすっと抜いて、眼を閉じた。

 孫空女はもう一度、沙那の乳首に口を寄せる。

 

 男の相手と女の相手……。

 女の方が好きかもしれないと沙那に言ったのは、沙那の心を楽にするためのまったくの方便ではない。

 盗賊団を乗っ取る前、もっと若い少女時代を孫空女は旅芸人の一座ですごした。

 そこでは、一座の信頼関係を作るために、毎夜のように乱交をするのが常だというところであり、孫空女もそこで最初の破瓜をした。

 それから、ほかの座員と同じように性愛をしたが、その相手は男のときもあったし、女のときもあった。

 だが、孫空女は相手が女のときの方がほっとしたと思う。

 とにかく、男を相手にすると、大抵は乱暴だし、自分が気持ちよくなることだけで孫空女は気持ちよくないし、いつしか孫空女は、女の相手しかしなくなった。

 孫空女は腕っぷしも強かったので、孫空女を無理矢理に襲う男の座員がいるわけもなく、二年余り所属した旅芸人の一座では、専ら女を相手にしてすごしたと思う。

 

「んんっ、んふうっ」

 

 孫空女の舌の刺激に、沙那が懸命に歯を食い縛って耐えている。

 そんなに我慢しなくてもいいのに……。

 孫空女は、なんだか沙那のことが愛おしい気持ちになった。

 

 両方の乳首の周りの掃除を終わり、孫空女は顔をあげた。

 

「脚を開いて」

 

 孫空女はそれだけを言い、沙那の下半身側に上体を移動させる。

 沙那は立膝をして左右に脚を開き、孫空女に身体を迎え入れるようにした。

 

 だが、孫空女は少し驚いてしまった。

 『女淫輪』の刺激を気功術で制御していると言ってはいたが、沙那の股間がはたっぷりの愛液で濡れていて、無毛の股間では女陰が熟れきったように真っ赤になっていたのだ。

 これは、いまの乳首への刺激だけでこうなったわけじゃないだろう。

 孫空女は思った。

 

 ともかく、女淫輪というのは、四六時中、淫情させられる淫具と説明していたものの、これは大変なものだ。

 よく我慢できるなあ……。

 孫空女は息をのんだ。

 

「き、気にしないで……。わ、わたしの股は、『女淫輪』のせいで、いつもこんなものだから……。う、疼きを快感に結びつかないようには……制御できるんだけど、さすがに『女淫輪』が装着されている身体の部位そのものはだめね……」

 

 沙那が恥ずかしそうに言った。

 

「いくよ……」

 

 孫空女はそれだけを言い、沙那の身体に舌を伸ばした。

 

「はうっ」

 

 いきなり、沙那が身体を弓なりにして大きな声をあげた。

 激しい反応だ……。

 とにかく、孫空女は少しでも早く、汚れを取り除いて沙那を楽にしてやろうと、男の精液がたくさんついている沙那の股に舌を這わせ続ける。

 

「ああっ、な、なに、ああっ、こんなときに……。ああっ、だ、だめええっ」

 

 そのとき、急に沙那が不自然に激しく悶え始めた。

 孫空女は驚いて、顔をあげた。

 

「わっ、なに、これ?」

 

 沙那の腹から胸にかけて、赤い紋様が浮かびあがり、それが沙那の裸体を舐めるように動いているのだ。

 そして、沙那は全身を真っ赤にして、まるで毛穴という毛穴から一斉に汗が噴き出したかのように、一瞬にして汗びっしょりになっている。

 

「こ、こんなときに……。あ、あいつめ……。くうっ」

 

 沙那が苦しそうに、自分で両手を股間と乳房にやろうとした。

 だが、それは寸前でぴたりととまり、両手が硬直したようにとまる。

 

「ああっ、な、なんてことを……。ううっ、く、苦しい……はああっ」

 

 沙那が荒い息遣いとともに呻いた。

 しかし、どう見ても、沙那の姿は苦しいというよりは、異常なほどの淫情に襲われているという感じだ。

 沙那は、動かない両手を宙に浮かべたまま、太腿の付け根をいやらしく擦り合わせる。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「ど、どうしたのさ、沙那──。ねえっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「い、淫情の呪い……。あ、あいつが仕掛けたのだと……お、思う……。あ、あんたの舌が……『女淫輪』に触れるのをきっかけにして……。わ、わたしの身体を発情状態に……うううっ」

 

 沙那が悶えながら言った。

 孫空女は驚いた。

 

 とにかく、沙那が発作のような発情に襲われているのは間違いない。

 それは、またもや、宝玄仙とかいう女法師の悪ふざけのようだが、それにしてもどうしたらいいのだろう。

 

「ねえ、どうしたらいいの、沙那?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「い、一度、絶頂すれば、発作は収まるの……。い、いつもは、そうやって、わたしに無理矢理に自慰をさせて、あいつはわたしを笑い者に……。で、でも……」

 

 沙那が呻いた。

 その両手は沙那の股間と乳房の前でとまっている。

 さっき、自分の局部などには、沙那自身には触れらないように暗示をかけられたと言っていたから、沙那は自分ではどうにもできないのだと悟った。

 

「わかった。絶頂させればいいんだね」

 

 孫空女はもう一度、沙那の股間に顔を埋める。

 さっきは、汚れをとるだけの舌の動きだったが、今度は沙那を昇天させるための動きだ。

 孫空女は懸命に舌を動かした。

 

「んふううっ」

 

 沙那が腰を突きだすように突きあげ、あられもない声をあげた。

 随分と大きな嬌声だと、ちょっとおかしくなったが、そのまま、舌を動かし続ける。

 

 やがて、尾を引く熱い息を吐きながら、沙那はがくがくと身体を震わせて絶頂した。

 沙那の身体ががっくりと脱力した。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 沙那は肩で息をしている。

 

「大丈夫?」

 

 孫空女は身体を起こして声をかけた。

 沙那の身体に浮かんでいた真っ赤な紋様は消滅している。

 絶頂をしたので、呪いが解けて発作が収まったのだと思う……。

 

 すると、沙那がさっと両手で顔を覆った。

 

「わ、わたし……も、もう、死にたい……。一日中、身体をこうやって玩具にされ……。恥ずかしい目に遭わされ……。それでも抵抗できなくて……。みんなに痴態を見られ……。宿屋でも……街道でも……。立ち寄った城郭や村でも感じさせられ……。痴女だと蔑まれ……。それで、あんたにまで……。で、でも、死ぬこともできないの……。ううっ」

 

 沙那が顔を両手で隠したまま、消え入るような声で言った。

 その肩は震えていた。

 もしかしたら、沙那は泣いているのだろうか……。

 

 でも、死ぬだなんて……。

 とにかく、孫空女は意を決した。

 

「さ、沙那──。あ、あたしの股も舐めて──。あたしをいい気持ちにしてよ──」

 

 孫空女は思い切って言った。

 

「えっ?」

 

 沙那はびっくりしたように、手をどけて顔をあげた。

 その表情は、きょとんとしている。

 その眼は真っ赤だ。

 

「いいから、して──。沙那だけずるい。あたしも気持ちよくなりたいよ。それに、沙那が恥ずかしいことをさせられるなら、あたしも同じ目に遭ってやるよ。だから、死ぬなんて言うんじゃない。あいつのことは、そのうち、あたしが殺す──。とにかく、うまくいえないけど、沙那はひとりにしないから──。だから、泣くな」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「孫空女……?」

 

 沙那が目を見開いている。

 

「いいから、沙那もして──。ほら、見て。沙那があんまり、可愛いから、あたしの股間も濡れているんだよ。あたしも、ここで沙那に気持ちよくしてもらって、いきたい──」

 

 孫空女は仰向けになった脚を沙那に向けて開いた。

 股が濡れているというのは本当だ。

 あんなにいやらしい姿を見せられては、孫空女としても平静でいるのなんて不可能だ。

 

「あの……そ、孫空女……。あ、ありがとう……で、でも……」

 

 沙那が当惑した声で言った。

 

「でも、じゃない──。いいからして。お願いだよ」

 

 孫空女はもう一度言った。

 なんで、こんな気持ちになったのかわからないが、ここでは沙那だけじゃなく、孫空女も恥ずかしい姿を晒さないと、沙那が可哀想だと思ったのだ。

 

 言葉じゃない──。

 態度で示す。

 そもそも、孫空女は自分が馬鹿なのを知っている。

 まともに、親に育てられたこともなく、もちろん文字だって読み書きできない。

 そんな孫空女にできるのは、言葉でなく、態度で気持ちを示すことだ。

 

 第一、沙那は可愛い。

 男よりも、女が好きかもしれないというのは本当だし、沙那のように心根の優しそうな女を相手にしたいというのは嘘じゃない。

 

「そ、孫空女……」

 

 沙那が起きあがって、孫空女の股間に顔を覆い被せた。

 

「んふうっ、あああっ」

 

 沙那の控えめな舌が股間をすっと這い、孫空女はぞくぞくと身体を貫いた戦慄に、思わず顔を仰向かせた。

 

 

「ああ、沙那、気持ちいいよ」

 

 孫空女は、思わず股間を沙那の顔に押しつけるようにした。

 もともと、孫空女の両手は背中側で拘束されていたので、自然と腰が浮きあがるようになっていたのだが、それをさらに突きあげてしまったのだ。

 沙那の顔に、思い切り腰を当ててしまい、孫空女ははっとした。

 

「ご、ごめん」

 

「いいの……。そ、それよりも……」

 

 沙那が再び孫空女の股間に顔を埋めて、口づけをするように肉芽を吸ってくる。

 孫空女は、襲ってきた甘い戦慄に耐えられなくなり、ぶるぶると身体を震わせた。

 沙那の舌は、気持ちよかった。

 ぴちゃぴちゃと水音が股間で鳴り、狼狽するような大きな疼きが全身を駆け巡る。

 

「はあっ……」

 

 沙那が孫空女の股間の上で大きな吐息をした。

 その息が微妙な刺激になり、孫空女はまた声をあげてしまった。

 

 そして、沙那の舌の愛撫が続く……。

 

 孫空女はますます、快感に耐えられなくなりよがった。

 一方で沙那も、孫空女の股間で舌を激しく動かしながら、荒い息を吐き続けている。

 沙那も興奮しているのだ……。

 そう思うと、もっと沙那と深く愛し合いたいと思った。

 

「ね、ねえ、下になって……」

 

 孫空女は身体を起こしながら言った。

 

「えっ?」

 

 沙那は顔をあげて、当惑したような声を出したが、とにかく、孫空女に言われれるままに、孫空女と身体を入れ替えるように、岩に横たわる。

 孫空女は、沙那に片脚だけを曲げさせ、自分の片脚を沙那の脚のあいだに入れて、膣肉と膣肉をぴったりと一致させるようにした。

 むかし、旅芸人の一座のときに教わったことがある女同士の愛し方だ。

 そのまま、女陰と女淫を擦りつけるように腰を動かす。

 堪らない快感が走り抜ける。

 

「ああっ」

「んふううっ」

 

 孫空女と沙那は同時に声をあげていた。

 

 次いで、舌と舌を合わせる。

 沙那の口の中は甘くて柔らかく、とても心地いい。

 

 そうやって、孫空女と沙那はお互いの舌を絡め合い、乳房を擦りつけ合い、そして、股間と股間を密着して淫らにうねらせ合った。

 

「ああ、も、もう、いくわ、孫空女……」

「あ、あたしも──」

 

 沙那の嬌声と淫らな身体の動きに引き摺られるように、孫空女も恍惚の極みに達した。

 孫空女の身体の下の沙那が、弓なりにのけぞる。

 沙那と孫空女は同時に昇天し、そのまま身体を重ねたまま、お互いに脱力した。

 孫空女は、横になっている沙那の横に添い寝するように、まだ絶頂の余韻に襲われている熱い身体を横たえた。

 

 しばらくのあいだ、ふたりで荒い息をした。

 

「また、身体を拭かないとね……。あんたもあたしも、汗びっしょりよ」

 

 やがて、沙那がくすくすと笑いながら裸身を起きあがらせた。

 孫空女も、拘束されている身体を捻って、上体を起こす。

 

「また、舌で舐めるかい?」

 

 孫空女は軽口を言った。

 すると、沙那が白い歯を見せた。

 

「もういいわよ。きりがないわ」

 

 沙那が笑った。

 屈託のない明るい笑いだった。

 孫空女はちょっとほっとした。

 

 沙那はそばの湧き水に布を湿らせて、まずは孫空女の身体の汗やお互いの体液などを拭いてくれた。

 それが終わると、沙那は自分で身体を拭き始める。

 相変わらず、自分の乳房と局部だけは、自分では洗うことができないようだ。

 それについては、宝玄仙が『服従の首輪』によって、暗示を取り消さない限り、そのままのようだ。孫空女は、舌でなく、口で布を咥えて沙那の胸や股を拭いてやった。

 感じやすい沙那は、それだけで悶えるような仕草をした。

 

「ありがとう、孫空女……」

 

 改めて身体を拭き終わったところで、再び並んで座り込んだ。

 すると、沙那が口を開いた。

 

「お礼を言われるようなことはないさ。あたしは気持ちよかった。ありがとう、沙那……。いずれにしても、くよくよと考えないことさ。気持ちいいことはいいことだ。そういうことにしとこう」

 

 孫空女の言葉に、沙那がにっこりと微笑んだ。

 

 よかった……。

 

 さっきのように、なんだか思いつめたような影が顔から消えている。

 少し元気が出たようだ。

 

「ねえ、あんたは、どうして、盗賊なんかに?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「あたしの生まれた場所なんて、とても貧しい農村でさあ……。少しでも不作になれば、すぐに口減らしで、子供は殺されたり、奴隷に売られたりしたんだ……。あたしが七歳のときも、どうしても税が払えなくなったときがあってね……。奴隷に売られかけたんだけど、そのまま逃げだしたのさ。でも、七歳の子供が生きていくには、盗賊にでもなるしかない……。まあ、いつの間にか、人のものを盗んで生きるようになってたよ」

 

 孫空女は言った。

 もともと、孫空女は親のない子供だった。

 ふた親は流行り病で死んだということだったが、物心ついたときには、孫空女は名主の屋敷の庭に作られた小屋に預けられていて、村の全員の共同の世話になって育てられるという暮らしをしていた。

 親のない孫空女のことを村人が同情して、みんなで育ててくれたということではない。

 そうやって、親のない子供を確保しておいて、税の払えないときや不作のときに、人売りに渡して金子に変えるのだ。

 つまりは、家畜と同じだ。

 

「奴隷? 奴隷というのは禁止されているわ」

 

 沙那が当然の疑念を口にした。

 確かに、この帝国全土を天教の教義が支配するようになって、罪のない者を奴隷にすることは禁止され、この帝国から奴隷制度は消滅した。

 だが、それは表向きのことだけであり、実際には厳然と存在している。

 女であれば、娼婦として売られて、事実上の奴隷として、定められた奉公期間が終わるまで自由を奪われ、男の性の相手をしなければならないということもあるし、天教の教義の浸透していないずっと西側の国に売り飛ばすということもある。

 そこまでしなくても、「奴隷」という言葉を使わないだけで、金で売られて、奴隷扱いをされて生きている人間は、この帝国には溢れている。

 沙那は、おそらく、この帝国の表の姿しか知らないから、奴隷など存在しないというのだろう。

 

「でも、禁止されていても、そいうこともあるのさ。そもそも、天教の最高位の巫女が、あれだしね」

 

 孫空女は言った。

 いまでも、あの宝玄仙が、天教の最高位である八仙のひとりであるというのは信じられないが、その宝玄仙からして、沙那を奴隷扱いだ。

 沙那も、納得したように首を竦めた。

 

「……とにかく、それで五行山にやって来たの?」

 

「いや、もちろん、最初から五行山にいたわけじゃないよ。むしろ、それ以外の場所の方が長いさ。東帝国だけじゃない。諸王国を巡ったこともあるし、ほかの土地だって行った。盗賊だけじゃなく、生きるためにいろいろなこともやった。旅芸人の一座だったこともあるしね。五行山にやって来たのは、半年前さ」

 

「旅芸人?」

 

 沙那が興味を抱いたような声をあげた。

 

「うん──。まあ、剣舞とかね。剣を持って、舞をするのさ。結構、稼いだよ」

 

「わたしも剣舞はできるわ。帝都からの貴人を前にして、剣舞を披露したこともあるのよ」

 

 沙那が嬉しそうな声をあげた。

 孫空女は苦笑した。

 

 おそらく、沙那の剣舞というのは、きちんと修行をした本格的なものだと思う。だが、孫空女の剣舞というのは、裸に細い布を巻くだけで踊り、淫らな仕草をして客を悦ばせるというものだ。身体こそ売ったことはないが、それに近いものだ。

 沙那には理解できないだろう。

 孫空女は、細かい説明はやめた。

 

「いずれにしても、半年前にふらりと五行山に立ち寄ったときに襲われたんだけど、逆に前の頭領を叩き出して、乗っ取ってやったのさ。まあ、だけど、これで終わりだね。あんなこともあったし、もう頭領ではいられないしね」

 

 孫空女は言った。

 わずか半年だが、手下たちのほとんどは、若い女にすぎない孫空女のことを頭領としてやっと認めるようになってくれてきていたし、五十人以上はいる盗賊たちを飢えさせないようにするのは、それなりに大変だった。

 放っておけば非道はするし、乱暴でどうしようもない連中だが、だんだんと彼らも孫空女を認めるようになってきていて、やっといい関係が築いていけそうだと思っていた矢先だった。

 宝玄仙という狂い巫女にけしかけられたといえ、孫空女を夢中になって犯し続ける彼らの顔は、もはや、孫空女を頭領とは見ていないものだった。

 別に惜しい貞操ではないが、なんとなく、裏切られたという無念はある。

 

「……ところで、あんたは、沙那? あの変態女は、あんたのことを地方軍の女将校だと言っていたと思うけど」

 

 部下に輪姦されたという事実を思い出すと、口惜しさで涙が出そうになった。

 孫空女は、慌てて話を沙那に振った。

 

「……そうね。確かに、わたしは、愛陽の城郭で軍の将校をしていたわ。これでも千人隊長よ」

 

 沙那が言った。

 孫空女はびっくりした。

 千人隊長といえば、高級将校ではないが、下級将校ではない。地方軍であれば、千人隊長ともなれば、数名しかいないだろう。沙那が、地方軍では相当の地位にあった軍人だったということだ。

 

「……そこにあいつがやって来たのよ……。約一箇月前のことね。旅を始めたばかりのあいつがやって来て、愛陽の城郭に立ち寄ったのよ。たったひとりでね。あいつが八仙だというのは、愛陽では知られていたから、その訪問だということで城郭は、大きな騒ぎになったわ……。とにかく、滞在のあいだ護衛が必要ということで、わたしがその任につくことになったの。わたしには武芸の腕があるし、女のあいつを四六時中護衛するには、同じ女のわたしが都合がいいから……」

 

「それで、なんで、そのまま、供をすることになったのさ?」

 

 孫空女は声をかけた。

 すると、沙那は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 当時のことを記憶に思い起こしたのだろう。

 

「……天教の神事を頼まれたあいつが儀式に使う大切な霊具が紛失したのよ。全員で探し回り、やっと見つかったわ……。わたしの荷の中から……」

 

「それって、まさか……」

 

「ええ……。仕組んだのはあいつ……。でも、当時のわたしは、そんなこと夢にも思わなかった。それまでは、優しく接してくれてたし……。まさか、天教の巫女でありながら、女の身体にも興味がある変態だなんて……。だから、その後でわたしは、ころっと騙されたのよ──」

 

 沙那が声をあげた。

 その表情は口惜しさで歪んでいる。

 

「なにかあったの?」

 

「霊具がわたしの荷から見つかったことで、もちろん、わたしは連行されたわ。ただ、大抵の者は、普段のわたしを知っているから、わたしの無実の訴えを信じてくれた……。でも、そこにあいつが面会に来たの……」

 

「面会?」

 

「うん……。人払いしたあいつは、わたしに、ある霊具を受け入れれば、嘘がつけないことが証明されて、わたしの無実の訴えを全員が信じると言ったのよ。馬鹿だったわたしは、あいつの口車に乗せられて、その“嘘がつけなくなる”という霊具を受け入れたの」

 

「それって、まさか……?」

 

 孫空女は、沙那の首に嵌められている銀色の金属の輪を見た。

 『服従の首輪』だ。

 もしかしたら……。

 

「そうよ──。その霊具というのが、この『服従の首輪』……。だけど、あいつの言うことは嘘だった。この首輪は、嘘がつけなくなるのではなく、どんなことでも服従させられる首輪だったのよ。この首輪で命令されれば、逆に嘘でも、わたしの口からは偽りの言葉が出てくる。そうやって、わたしは、あいつに逆らえない人形になり、罪を認める供述をしたわ」

 

「そんな……」

 

 孫空女は唖然とした。

 

「首輪を嵌められたことも、道術で支配されていることを訴えることも、命令で禁止された。罪を犯したということになったわたしは、あいつの“とりなし”で流刑を免れ、あいつの供になって、罪を償うことになったの……」

 

「ひ、ひどいよ……」

 

 孫空女は呻いた。

 無実でありながら、自分が犯してもいない罪を自白するというのは、どんなに口惜しかっただろう。

 しかも、完全に心を支配されるのではなく、心についてはしっかりと自我を保っているのだ。どんなに惨めで我慢ならないことだっただろう。

 孫空女には、沙那の口惜しさが理解できた。

 

「わたしが愚かだったのよ……。そんな得体の知れない霊具を簡単に受け入れるなんて……。でも、わたしは天教のことを詳しく知っていたわけじゃない。人を完全に服従させる『服従の首輪』というのが、あり得ない霊具だと考えられていたのはわからなかった。それを知らないのは、わたしが無知のせいだと考えた……」

 

 

 沙那の言葉がちょっと詰まったようになった。

 かなり、感情的になってるみたいだ

 孫空女は沙那が落ち着くのをを待った。

 やがて、沙那が口を開き直す。

 

「……だけど、わたしだけじゃなく、城郭中の誰もが、首輪を見ても、それが霊具ということさえわからなかった──。そりゃあ、そうよ。『服従の首輪』なんていうのは、存在も知られていない禁忌の霊具だったのよ。だから、わたしの供述が突然に変化しても、それを不自然に考える者なんていなかったのよ」

 

「許せない……。沙那は、首輪のことを誰にも訴えられないのかい?」

 

「無理ね……。そういう術がかけられているわ。だから、誰にも、わたしがあいつに捕らわれていることさえ、口にできないの」

 

「でも、あたしには、話している……」

 

 孫空女は言った。

 

「そうね。それは、ちょっと意外だった。多分、あんたは、あいつから直接に、首輪のことを事前に教えられたんで、例外なのだと思うわ」

 

「だけど、そんなものが存在するなんて」

 

「でも、装着するのも簡単ではないわ。この首輪が効果を発揮するのは、ある条件を満たしたときだけなの」

 

「ある条件?」

 

「この首輪を嵌める者が、“首輪を受け入れる”という言葉を発することよ。それを言の葉の誓いとして、主従の関係が刻まれるの。わざわざ、あいつが罠をかけて騙したのは、わたしに、その言葉を口にさせたかったからなのよ……。ああ、いまになっても、口惜しい……。あそこで、あの言葉さえ、口にしなければ……」

 

 沙那が唇を噛んだ。

 孫空女には、慰めの言葉も見つからないでいた。

 しかし、しばらく、首輪をじっと見つめていて、あることを思いついた。

 

「ねえ、沙那……。その首輪って、もちろん、道術だから、道術遣いにしか外せないとは思うけど、あいつが死んだらどうなるの?」

 

「えっ?」

 

 沙那が顔をあげた。

 

「死ねば、首輪の支配はなくなるのかということだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「そりゃあ……。さあ……。でも、少なくとも、命令する者がいなくなれば、支配をする者はいなくなるとは思うけど……。この首輪は、あいつ以外については、命令を受けつけないようだから……」

 

「だったら、あたしがあいつを殺す……。機会があれば……」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 

「で、でも……」

 

「沙那の言うとおりさ……。機会を待とう……。望みを捨てずに……。あたしは、もう首輪の秘密は知った。だから、あいつは、あたしには首輪の呪いを刻むことはできないということさ。あたしは、どんなに拷問されても、首輪を受け入れるとは言わないからね。そして、大切なのは、沙那は首輪の力であいつを殺せないかもしれないけど、あたしには殺せるということさ……」

 

 孫空女は言った。

 

「い、いつか、これを外してくれる、孫空女?」

 

「機会を待とう」

 

 孫空女の言葉に、沙那がしっかりと頷いた。

 

「そろそろ、戻りましょう、孫空女……。許された時間が終わるわ」

 

 沙那が陽を見あげた。

 孫空女は立ちあがった。

 

 あの変態巫女のところに、沙那とともに向かうために……。



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6   全裸街道

「ふたりとも、遅かったじゃないか。待ちくたびれて、先に朝食にしていたところさ……。沙那、焼き加減を見ておくれよ。こんなものでいいのかい?」

 

 孫空女とともに、宝玄仙が待っている街道沿いの木の下に、沙那が戻ってくると、干した肉が焼かれるいい香りが漂ってきた。

 どうやら、宝玄仙自身が荷から干し肉を出して、焚き火で焼いているようだ。

 珍しいこともあるものだと思った。

 

「あっ、すぐにやります。その前に服だけ着させてください。孫空女にもなにか着るものを……」

 

 沙那は宝玄仙のところに駆け寄った。

 沙那も孫空女も、足に革靴をはいている以外は、一糸もまとわぬ素裸だ。

 孫空女など、さらに両手首を拘束されて、背中側に束ねられたままであり、手で身体を隠すこともできないのだ。

 

「服? そんなものもうないよ。わたしは、お前とは違って、立ち木から薪を作るなんて芸当はできないからね。ちょうどいいから、お前たちの服を燃やしているところさ。どうせ、びりびりに破れて、しかも、男どもの精液臭い服じゃないか。そんなもの着られやしないよ。山を越えれば、村でもあるんだろう? そこで新しいのを購いな。それまでは、そのままで我慢するんだね」

 

 宝玄仙が高笑いした。

 それでやっと、肉を焼くために燃やされているのが、沙那と孫空女が身に着けていた衣類だと気がついた。

 沙那は驚いて悲鳴をあげた。

 

「そ、そんな──。裸で歩けだなんて、勘弁してください──。そ、そんなこと、できるわけがありません」

 

 沙那は叫んだ。

 

「そんなこと、できるわけがありません……かい?」

 

 宝玄仙が細い木の枝で作った箸で、器用に焚き火に寄せた石の上に乗せた肉をひっくり返しながら、沙那の口調を物まねして、からかった。

 そして、沙那を睨む。

 

「……だったら、できるようにしてやるよ……。沙那、命令だ。別命あるまで、裸で歩くんだ」

 

 宝玄仙がせせら笑いながら言った。

 

「ああ、そんなあ」

 

 沙那は絶望にうちひしがれた。

 “命令”という言葉を口にされたことで、宝玄仙の喋った言葉が沙那の身体に逆らうことのできない道術の縛りとして刻み込まれたのがわかったのだ。

 何度も経験しているからわかる。

 自分の身体なのに、他人の身体として支配が移る気色の悪い感覚──。

 『服従の首輪』の恐ろしい効果が、沙那に入ってきてしまった……。

 沙那は愕然とした。

 

「お願いです。そんなこと……」

 

 沙那は慌てて、宝玄仙の前にひれ伏した。

 土下座でもなんでもする──。

 そんな気持ちだ。

 

 宝玄仙は、やらせると言ったら、本当に素裸で沙那たちを歩かせるだろう。

 そんなことに躊躇などない。

 これが、現時点で脅しでも冗談でもないことは、この一箇月の宝玄仙との旅で身に染みてわかっている。

 だが、一方で、宝玄仙は、とても気まぐれで気が変わりやすい。

 土下座でもなんでもして、宝玄仙の気を変わらせれば、また言うことが変わることもある。

 沙那は、なんとか宝玄仙に許しを乞おうと、とにかく地面に頭を擦りつけた。

 

「あ、あんた、いい加減にしなよ──。そんなことできるわけないだろう──。ここは、天下の街道だよ。そこをあたしと沙那に素裸で歩けと言ってんのかい」

 

 激昂した声が後ろから聞こえた。

 孫空女だ。

 沙那はぎくりとした。

 宝玄仙相手に、なんという口のききかただ。

 しかし、沙那は、怒っている孫空女よりも、宝玄仙が怖くて、思わずそっちを見た。

 顔を孫空女に向けた宝玄仙が、不気味な笑みをしていた。

 

 やっぱりだ……。

 

 あの顔をしたときの宝玄仙は、とんでもなく残酷な気持ちになったときだ。

 沙那にはわかる。

 

 あんなことを言うのは逆効果なのだ。

 火に油を注ぐようなものであり、さらに宝玄仙の残忍さに刺激を与えるだけだ。

 

「そ、孫空女、あんたもお願いするのよ。宝玄仙……いえ、ご主人様は、やると言ったことは本当にやらせるわ。あんたも、お願いして」

 

 沙那は必死で言った。

 ここで、孫空女が頭でも下げれば、あの変態巫女の感情も収まるかもしれない。

 

「こんな変態女にぺこぺこする必要などあるものかい。冗談じゃない」

 

 孫空女が怒鳴った。

 沙那は絶望的な気持ちになった。

 

「……頭をさげるのをやめな、沙那……。お前らは、全裸で五行山を越えてもらう。まあ、こんなところ、滅多に旅人なんていないし、いたところで、お前らの裸を見て、悦んだり、笑ったりする者はいても、怒る者はいないさ。それよりも、さっさと飯を食いな。食ったら、出発だ」

 

 宝玄仙が箸で肉を掴んで、道の上で宝玄仙を睨んで立っている孫空女に干し肉を放り投げた。

 街道の土の上に、焼けた肉がばさりと落ちる。

 

「食いな、孫空女。手は使えないだろうから、口で食べるといいよ。犬のようにね」

 

 宝玄仙が意地悪そうに笑った。

 孫空女が怒りで真っ赤になるのがわかった。

 

「そ、孫空女、怒っては駄目よ──」

 

 沙那は叫んだ。

 しかし、次の瞬間、驚くことに、孫空女が後手のまま飛びかかって来たのだ。

 沙那は驚愕した。

 

「うわっ」

 

 だが、孫空女の両足首の緊箍具(きんこぐ)は、数歩もいかないうちに、ぴったりとくっついてしまい、孫空女は体勢を崩してひっくり返ってしまった。沙那は慌てて飛びつき、孫空女が顔から地面に叩き付けられるのを防いだ。

 

「……まともに怒らないで……。ご主人様のことは、大きな子供だと思って……」

 

 沙那は孫空女を抱え起こしながら、耳元でささやいた。

 孫空女はいくらか落ち着いた様子を示した。

 

「わかったよ、畜生──」

 

 孫空女が足を閉じ合わされたまま、地面に落ちている干し肉に向かって身体を向ける。そのまま、地面に顔をつけて、さっきの干し肉を食べ始める。

 沙那は、ほっとするとともに、孫空女に申し訳ないという気持ちになった。

 

「孫空女も、ちょっと血の気が多いから、刃向かってくるんだろうさ。沙那、これを股に塗ってやりな。そうすれば、いくらもいかないうちに、泣いて哀願するようになるさ」

 

 宝玄仙が荷から小さな容器を取り出して、沙那に手渡した。

 渡されたものを見て、沙那はびっくりしてしまった。

 

「ご主人様、これは『随喜油(ずいきゆ)』です」

 

 沙那は声をあげた。

 これを局部に塗られて、沙那も何度も死ぬような目に遭ったことがある。これを塗ると、怖ろしいほどの痒みに襲いかかられて、宝玄仙に犯してもらうか、あるいは道術で解放してもらうまで、どんなことをしても痒みがなくならないのだ。

 

「いいから、あの赤毛の股に塗るんだよ。孫空女、抵抗するんじゃないよ。抵抗すると、電撃で痛めつけるからね」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「な、なにしようとしてんだよ、この変態」

 

 孫空女が顔をあげて、宝玄仙に叫び返した。

 

「あぎゃあああ」

 

 次の瞬間、沙那の身体に凄まじい電撃の衝撃が襲いかかった。

 沙那は激痛にひっくり返った。

 

「わっ、沙那?」

 

 横で孫空女が声をあげるのが聞こえた。

 

「ひぐうっ、あぐううっ、があああ」

 

 沙那は全身を抱いて地面に転がりまわった。

 

「あの赤毛の教育係はお前にするよ、沙那。あいつが口答えするたびに、お前を折檻する。だから、あいつの性根を責任を持って叩きなおすんだ」

 

 宝玄仙の声が聞こえた。

 そのあいだも、電撃は続いている。

 沙那は悲鳴をあげ続けた。

 

「や、やめろよ。わ、わかったよ。言うことをきくから、沙那を痛めつけるのはやめろ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 すると、ぴたりと電撃がとまった。

 しかし、沙那はすぐには起きあがれないでいた。

 

「ほう、盗賊のくせに、一応は他人のことが気の毒と思うような心根もあるんだね。それとも、沙那が気に入ったかい、赤毛?」

 

「う、うるさい。あたしにはなんでもやりな。その代わり、沙那を痛めつけるな」

 

 孫空女が言った。

 その直後、突然に孫空女の大きな悲鳴が聞こえた。

 沙那は顔をあげた。

 

「わっ」

 

 見ると、孫空女が大股開きで仰向けでひっくり返っている。

 どうやら、さっきまでぴたりと接触させられていた足首の輪を今度は逆に、限界まで開かされたようだ。

 

「塗りやすくしてやったよ、沙那。ほら、こいつの股ぐらに塗るんだ。たっぷりとね。わたしは、この生意気な赤毛が泣きべそをかいて、わたしに謝るのを見たいんだよ。手を抜くんじゃないよ」

 

「で、でも、ご主人様、これは……」

 

 沙那はとりあえず、随喜油を手には取ったものの、これを孫空女に塗るのは躊躇った。

 この随喜油の痒みの恐ろしさは、沙那自身が骨身に染みている。

 

「うがあああ」

 

 だが、また電撃が襲った。

 沙那は再びひっくり返った。

 

「誰が口応えを許したんだい、沙那──。お前は、孫空女の股にそれを塗れと言われたら、塗ればいいんだよ。お前の意見なんかこれっぽちもきいていないよ」

 

 宝玄仙が苛ついたように声をあげた。

 

「さ、沙那、いいから、塗りな。どうせ、禄でもないものなんだろう。なんでもすればいいのさ」

 

 孫空女のやけっぱちの声がした。

 沙那の身体の電撃が停止する。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「埒が明かないねえ。仕方ない……。命令してやるよ……。沙那、いいというまで随喜油を塗るんだ。孫空女の股にね」

 

 宝玄仙が溜息交じりに言った。

 

「ああ……」

 

 沙那は思わず声を出してしまった。

 これで、もう沙那は、手に持っている痒み剤を孫空女に塗るしかない。

 沙那は、孫空女が気の毒になった。

 

「ご、ごめん、孫空女……」

 

 沙那は道の真ん中で大股開きをさせられている孫空女の足のあいだにしゃがみ込む。

 手に持っている随喜油の入った小壺の蓋を取り、中にある油剤を指にすくう。

 

「いいよ、沙那……。あんたの優しい気持ちはわかったから……。とんでもない薬ということはわかったよ……。どうせ、媚薬のたぐいだろう……」

 

 孫空女が捨て鉢のような口調で言った。

 

「べらべら、喋る暇があったら、さっさとやるんだ、沙那」

 

 宝玄仙が声をかけてきた。

 いずれにしても、沙那には、もう首輪の命令が刻まれた。

 許可が出るまで、孫空女の股間に、この痒み剤を塗る以外にできることはない。

 沙那は、薬剤を載せた指を孫空女の股間に触れさせる。

 

「んっ」

 

 孫空女の身体がぶるりと震えた。

 声を出すのを我慢しているようだ。

 

 沙那は淡々と塗り続けた。

 途中で、宝玄仙が陰核の皮をめくれとか、女陰の肉にたっぷりと乗せろとか、もっと指で奥まで突っ込めとか、次々に卑猥な命令を飛ばす。

 その都度、“命令”という言葉を足されるので、沙那は抵抗できずに、孫空女を苦しめることになる薬剤をどんどんと足さねばならなかった。

 だんだんと、孫空女の息遣いも、甘い声が混じるようになり、宝玄仙がそれを指摘してからかい、孫空女は真っ赤になって言い返したりした。

 

 やっと作業が終わった。

 宝玄仙が道術をかけ、開いていた孫空女の足が霊具の足環により、再び小さく閉じ合わされた。

 

「さて、じゃあ、出発だよ。沙那、荷を持ちな。お前の干し肉は、歩きながらでも食いな。ほら、いくよ」

 

 宝玄仙が立ちあがる。

 沙那は慌てて、焚き火のそばの肉を口の中に押し込むとともに、小さくなっていた焚き火を完全に消す作業を開始した。

 

 

 *

 

 

「ち、畜生……。こ、こんなのって……」

 

 後ろから孫空女の呻き声がまた聞こえてきた。

 五行山の山街道は、やっと峠を越えて下り坂になっていたが、孫空女の脚は眼に見えて遅くなり、だんだんと宝玄仙と沙那と距離が開くようになっていた。

 

「ご、ご主人様、ちょっとゆっくり進んであげてください。孫空女が……」

 

 沙那は声をかけた。

 だが、この状況を面白がっている宝玄仙は、わざとらしく足早に進み、どんどんと孫空女と距離を開けようとする。

 だが、孫空女には、宝玄仙と一定の距離が開くと、怖ろしい電撃が自動的に流されるように、道術をかけたようだ。

 少しでも距離が開くと、激痛に襲われる孫空女は、いやでも、宝玄仙と沙那についてくるしかない。

 だが、股間に随喜油をたっぷりと塗られて放置されたままである孫空女は、もう脚を進めるのもつらそうだ。

 全身は真っ赤であり、おびただしい汗をかいている。

 歩きながら懸命に内腿を擦り合わせているのは、すこしでも痒みを紛らわせたいと必死なのに違いない。

 

「おや、誰か前から来たね」

 

 そのとき、宝玄仙が前を見て答えた。

 沙那も顔をあげた。

 確かに、向こうから二人組の男の旅人がやってくる。

 この五行山越えで、初めて出逢う他の旅人だ。

 しかし、沙那は、全くの全裸に背に荷を背負い、腰帯で剣を吊っているだけの姿だ。

 思わず、横の草むらに隠れようとした。

 

「どこにも行くんじゃない、命令だ。手で身体を隠すのも禁止だよ。命令だからね」

 

 宝玄仙がすかさず言った。

 

「ひっ、そんな」

 

 沙那は愕然とした。

 脚が地面に貼りついたように、沙那の意思では動かなくなり、両手はだらりと横に垂れ下がった状態で動かせなくなる。

 

「わっ、わっ」

 

 一方で孫空女は驚いて、横の草むらに飛び込んで、裸身を隠した。

 だが、沙那は動けない。

 どんどんと旅人が近づいてくる。

 

「……なにを言われても、“はい”と言うんだ。命令さ……」

 

 宝玄仙が意地の悪い笑いをして、沙那の耳元でささやいた。

 沙那は嫌な予感がした。

 

 やがて、旅人は沙那たちの目の前にやって来た。

 だが、素っ裸の沙那を見て、ふたりの旅人はびっくりして、眼を見開いている。

 

「ちょっと、待っておくれ、あんたら。この先に村はあるかい? こいつが服を失くしてしまってねえ。なんとか、購いたいのさ」

 

 驚きながらも通り過ぎようとしていた旅人を、わざわざ宝玄仙が呼び止めた。

 沙那は悲鳴をあげそうになったが、辛うじて自重した。

 とっさに、身体を捻って裸身を隠そうとするものの、さっきの命令でそれができない。

 仕方なく、沙那は顔を必死で伏せて眼を閉じた。

 禁止されていないのは、それくらいしかなかったのだ。

 

「そ、そりゃあ、気の毒にな……。麓に村はある……。結構、大きな村だから、金子でも、ほかのものでも、服と交換はしてくれるとは思うが……」

 

 眼を閉じているが、男たちの視線が沙那の裸身に突き刺さるのを感じる。

 沙那はあまりの羞恥に、気が遠くなりそうだった。

 

「ああ、これかい? 見る分なら、いくらでも眺めてやっていいよ。実はちょっと頭がおかしいのさ。裸で歩くと気持ちがいいんだってよ。そうだね。お前?」

 

 宝玄仙が沙那に声をかけた。

 驚いたが、沙那の口は勝手に開いて、さっきの命令に従い「はい」と応じていた。

 沙那は、宝玄仙のあまりの意地悪に歯噛みした。

 

「き、気持ちがいい……?」

 

 旅人の男のひとりが驚いたように言った。

 

「そうさ。ほら、見てごらんよ。こいつの乳首、おっ勃っているだろう? こうやって、裸を見られて、興奮している証拠さ……。そうだね?」

 

「は、はい……」

 

 沙那はそう言っていた。

 口惜しさで涙が出るのを耐えた。

 それから、しばらく、宝玄仙は、沙那を見世物のように裸体をふたりの男に晒させたあと、やがて、追い払うようにふたりの男との会話を打ち切った。

 ふたりの男は、沙那に飛びかかって来るような真似はせず、この先にも盗賊団がいるので、気をつけるように声をかけて立ち去っていった。

 

「ひ、ひどいです……。あんまりです、ご主人様」

 

 旅人が立ち去ると、命令が解けて、沙那は自由を取り戻した。

 しかし、宝玄仙は大笑いするだけだ。

 

 だが、沙那は、この宝玄仙の気性を知っている。

 淫乱で嗜虐好きだが、悪意の固まりというよりは、純粋に面白いことが好きなだけだから、嗜虐心が満足されれば、それでからりと気が収まるのだ。

 

 この全裸歩きも、いまので、かなり嗜虐心が満足したのではないだろうか……。

 機会はいまだ。

 

「……ご主人様、もう、わたしも懲りました。もう逆らいませんから、わたしと孫空女に服を着せてください。お願いです。このとおりですから」

 

 沙那は腹が煮えかえるを我慢して、その場に土下座をした。

 案の定、宝玄仙はすっかりと機嫌がよくなっていた。

 

「わかったよ、沙那。そんなに言うなら、試しに作った霊具の下袴(かこ)(※)がある。それを貸してやるから、麓の村に、ふたりの服を買いに行っておいで。上半身を覆う布も貸してやろう」

 

 宝玄仙が呆気なく言った。

 かこというのは、脚にはく男物の衣類だが、動きやすいので、沙那は軍人時代から、常にそれを着ていた。だが、宝玄仙の霊具だというのが気になった。

 しかし、これ以上、なにか言うと、服を買いに行っていいという宝玄仙の気がまた変わるかもしれない。

 沙那はとにかく、それを受け入れることにした。

 なんにせよ、全裸で村に行かされるよりましだ。

 

「こらっ、いつまでも隠れていないで、出てこないかい、赤毛──。沙那ひとりに恥をかかせて、それでも、旅の供かい──」

 

 宝玄仙が草むらに向かって怒鳴った。

 相変わらず、股間の痒みに苦しんでいる様子の孫空女が、腿を激しく擦り合わせながらやって来る。

 

「ああっ、ひ、ひどいよ……。も、もう、我慢できない……。た、助けて……」

 

 道に出てきた孫空女は、その場に崩れ落ちるように膝を落とす。

 その身体は、苦しそうに悶え続けている。

 

「ご主人様、孫空女を許してあげてください。孫空女は、まだ一日目です。心の整理がつかないのだと思います。でも、孫空女はわたしよりも強いですから、きっとご主人様のお役に立ちます。どうか、もう許してあげてください」

 

 沙那はもう一度頭を地面に擦りつけた。

 自分のことなら、これほど素直になれないが、孫空女を助けるためだと思えば、いくらでも惨めな思いができそうな気がした。

 

「さ、沙那……?」

 

 孫空女が沙那の名を呼んだ。

 

「へえ……」

 

 宝玄仙も感嘆した声を出す。

 

「そんなに言うんなら、そろそろ許すかね……。まあ、条件次第だけどね」

 

 宝玄仙が意味ありげに言った。

 

「条件?」

 

 沙那は顔をあげた。

 

「沙那に刻んだ内丹印を完成させるよ。お前に刻んだのは、応急的なもので、いつでも消滅させられる簡易的なものなんだ。だが、昨夜、孫空女に刻んだものは違う。一度刻んでしまえば、わたしの力でも消滅させられることのできない、完全な内丹印だ。それをお前にも刻む。つまりは、お前は、これで二度とわたしから離れられない人形になるということさ」

 

「受け入れます」

 

 沙那は間髪入れずに言った。

 簡易であろうが、完成版であろうが、沙那にはその違いなど無意味だ。

 それよりも、この全裸歩きをやめさせてもらうことしか、頭にない。

 すると、宝玄仙がにやりと笑った。

 

「ふたりとも、林の中に入りな。もう少し、人目のないところに行くよ……」

 

 宝玄仙が言った。




※下袴=ズボン


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7   百合調教の洗礼

 孫空女は、沙那ととともに、まるで連行されるように、街道を外れて林の中に入った。

 この辺りは、立ち木が茂っている場所であり、空が葉で隠れて木陰になっている。草も短くて平らな地面が出ていた。

 

「ほら、その樹でいいから、背中をつけて立っていな、孫空女」

 

 孫空女は宝玄仙によって、一本の樹木にどんと押された。

 

「ふ、ふざけるなよ。て、手を外せよ」

 

 孫空女は懸命に内腿を激しく擦り合わせながら声をあげた。

 得体の知れない薬剤を塗られた股間の痒みは、のっぴきならないものになっていた。自制など不可能の痒みが襲い続けている。

 痛みにも似た苛酷な掻痒感により、孫空女はなにも考えられなくなっていた。

 

「うるさいねえ。言われたとおりにしな。そうしたら手を外してやるよ」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 その横では、沙那が両手で裸体を隠すようにしながら、心配そうにこっちを見ている。

 仕方なく、孫空女は後ろの樹木に背中をつけた。幹の太さは、ちょうど孫空女の身体と同じくらいのものだ。

 

「お前は背が高いからね。ちょっと屈みな」

 

「うわっ」

 

 宝玄仙の言葉が終わるとともに、擦り合わせていた両脚がいきなり大きく開いて、今度は閉じられなくなった。

 

「ちょっと腰をさげるんだよ。手を外して欲しくないのかい?」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 こんな鬼畜女の言葉に従うのは、はらわたが煮えかえるほどの屈辱なのだが、この股間の痒みにはどうしようもない。

 これ以上、痒みを放置されたら、孫空女は狂ってしまう。

 それくらいの強烈な痒みなのだ。

 孫空女は腰をぐっとさげて、中腰の恰好になる。

 自然に脚はがに股になり、開いている膝を曲げるかたちになる。

 

「それくらいでいいだろうね」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、樹木に接しているお尻に、なにかの粘性の物質が発生して、樹木の幹とくっついた。孫空女は、お尻を中途半端な高さで固定されて、動けなくされてしまった。

 

「いい格好じゃないか、孫空女。髪の毛が赤いと、下の毛も真っ赤なんだねえ。ただ、いずれにしても、わたしの供にはいらないものさ。そのうちに、全部剃ってやるよ。愉しみにしてな」

 

 宝玄仙が近づいてきて、孫空女の股間をすっと触った。

 

「ううっ、さ、触るなよ」

 

 孫空女は思わずぶるりと身体を悶えさせてしまった。

 

「可愛らしくよがるじゃないか。調教が愉しみだよ。沙那同様に、しっかりと感じる身体にしてやるよ。性技だって、ひと揃い仕込んでやる」

 

「な、なにが調教だよ。ふざけるな」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「ご、ご主人様、もう孫空女は許してあげてください。可哀想です」

 

 すると、沙那が声をかけてきた。

 

「なにが可哀想なものかい。まだ、随喜油(ずいきゆ)を塗って、二刻(※)も経っていないじゃないか。お前のときなんて、昼間塗って、気絶するまで夜まで放置し、さらに塗り足し、朝まで放っておいたろう。それに比べりゃあ、まだまだ我慢できるさ」

 

 宝玄仙が沙那を向いて笑った。

 これを塗ったまま、朝まで放置……?

 孫空女はぞっとした。

 

「そ、孫空女、ご主人様に許してくれと、お願いして──。そうすれば、ご主人様も慈悲をくださるわ」

 

 沙那が今度は孫空女に声をかけてきた。

 確かに、沙那の言う通りなのだろう。

 しかし、孫空女は、どうしても、この鬼畜女に憐れみを乞う気にはなれないのだ。

 

「お前は黙ってな、沙那。もうちょっと、孫空女をからかってから、本物の内丹印(ないたんいん)を刻んでやるから、そこに毛布を敷いてうつ伏せになってるんだ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 沙那は、孫空女に心配そうに視線を送りながらも、背負っていた荷や装具をおろして、毛布を出し、そこに寝そべって待つ態勢になる。

 

「さてと、じゃあ、孫空女、腕を外して欲しいかい?」

 

 正面に立っている宝玄仙が孫空女の苦しそうな顔を覗き込みながら言った。

 だが、すぐに、用心深く離れた。

 その距離は、ちょうど孫空女が足を延ばしても届かないくらいだ。もっとも、足は緊箍具のために、開いた状態で固定されており、動かすこともできないのだが……。

 

 畜生……。

 思い切りぶん殴ってやりたい……。

 それが叶えば、殺されたっていい……。

 孫空女はそんな気持ちにさえなっている。

 

「は、外してよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 とにかく、この痒みだ。

 もはや、一刻の猶予もない。

 

「外して、どうするんだい? まさか、気の強いお前が、ここで自慰をしてみせてくれるんじゃないだろうねえ?」

 

「う、うるさい、変態」

 

 孫空女は喚いた。

 次の瞬間、木の幹と身体のあいだに挟まれていた両手首が音を立てて外れた。

 孫空女は、一瞬だけ躊躇ったが、すぐに自由になった手で股間に指を喰い込ませた。

 

「あらあら、大してもたなかったね。もう自慰を始めたかい? まだ本格的な調教にはほど遠い、洗礼程度だよ。こりゃあ、落ちるのも、手間はかからなそうだね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「や、やかましい。お、お前にこの苦しみがわかるか──」

 

 孫空女はかっとなって叫んだが、股間を擦る指の動きをやめることはできなかった。

 痒みが消えていく快感は、なにものにも代えがたい。

 

「腰まで使い始めたかい? 思ったよりも、淫乱なんだねえ」

 

「う、ううっ、はああっ、あああっ」

 

 もう、孫空女には、宝玄仙のからかいの言葉はどうでもよくなりつつあった。

 自制することもできずに、孫空女は指を使い続けた。

 

 しかし、一方で孫空女は、この状況について、不思議な高揚感に陥りかけてもいた。

 目の前の宝玄仙の術中に嵌まって、昼間から自慰をするなど、屈辱以外のなんでもない。

 だが、その屈辱感が、なぜか孫空女を不思議な酔いのような心地に誘う気もするのだ。

 孫空女は、自分の身体と心の反応に戸惑った。

 

 その刹那だった。

 いきなり、両手が、見えない力により思い切り左右に引っ張られて身体から離された。

 

「ああ、そ、そんなあ」

 

 孫空女は声を張りあげた。

 両手は左右に分かれて後ろに引かれ、そのまま樹木の幹の後ろで、再びぴたりと手首の輪が密着して離れなくなったのだ。

 孫空女は、樹の幹を後ろ手で抱くような体勢に固定された。

 

「これでも咥えてな。随喜油がたっぷりと表面に塗ってある『痒み棒』だ。締めつけていれば、振動で痒みは癒える……。ただし、振動しているあいだは、新しい随喜油をまき散らし続けるけどね」

 

 宝玄仙が手の中に、道術で男根を思わせる張形を出現させた。

 その表面には、ねちゃねちゃとした物質が糸を引いて浮かんでいる。

 宝玄仙がそれを抵抗することのできない孫空女の股間に思い切り突っ込んだ。

 

「ううっ、おおっ、あああっ」

 

 孫空女はほとんど無意識にそれを締めつけた。

 途端に、ぶるぶるという振動が開始し、発狂しそうな痒みがちょっとだけ癒えた。

 

 だが、ちょっとだけだ。

 振動はあまりにも弱々しく、孫空女の股間の掻痒感を完全に消滅させてくれるほどの刺激ではない。

 だが、それでも、孫空女は、その些細な癒しのために、懸命に股間に挿入された張形を締めつけずにはいられなかった。

 同時に、新たな油剤が張形の表面から、どんどんと膣全体に散りまかれるのを感じる。

 

 孫空女の股間の掻痒感は、振動で与えられるちょっとの痒みの癒しと引き替えに、さらに新しい股間の痒みを産みだしていた。

 しかし、締めつけをやめるわけにはいかない。

 振動がとまれば、地獄の焦燥に見舞われるのだ。

 

「しばらく、遊んでな」

 

 宝玄仙が笑いながら離れていった。

 もう、なにかを言い返す気力もない。

 孫空女は、ひたすらに張形を股間で締めつけ、ただれるような痒みが、ほんの少し癒える快感に、悦びの声をあげ続けた。

 

 

 *

 

 

 沙那は、孫空女が宝玄仙によって、残酷にいたぶられる声をじっと耳にしていた。

 

 可哀想な孫空女……。

 

 しかし、沙那の心には、孫空女に対する奇妙な連帯感が生まれるのを感じていた。

 宝玄仙との地獄のような旅の生活……。

 それは、沙那に死を望ませるほどに、屈辱と恥辱にまみれたものだったが、それを同じことを孫空女がされているのだとも思うと、なぜか心が休まるのだ。

 

 ひとりでは耐えられないかもしれないが、ふたりなら耐えられる……。

 そんな気持ちが沙那の中に芽生えようとしている……。

 他人の不幸を望ましいものに感じるなど、自分を嫌悪したくなるが、どうしても孫空女の存在は、沙那にとっては、地獄の生活の光明のように思えてならなかった。

 

「待たせたね、沙那」

 

 宝玄仙がやって来た。

 いつになく、上機嫌だ。

 孫空女という新しい「玩具」を手に入れて、愉しくて仕方ないのだろう。

 どうやら、この鬼畜巫女は、嗜虐心が満足されて、かなり機嫌のいい状態になっているようだ。

 

「すぐに終わるからね……。ただ、簡易的な内丹印と異なり、本格的なものは刻むときに身体の痛みを伴うよ。どうしても、それは避けられないんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 すぐに背中を中心に熱い刺激が襲った。

 

 いや、熱い……?

 あるいは、疼き……?

 

 そのどちらなのかわからなかったが、やがて、熱さそのものに変化した。

 背中だけでなく、身体全体が炎で炙られているような衝撃になる。

 

「ひぎいいっ」

 

 沙那は身体をのたうちかけた。

 

「動くんじゃない──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 しかし、静止していることなど不可能だ。

 沙那は、絶叫しながら全身を弓なりにした。

 

 だが、その直後、あれだけの激痛が嘘のように収まる。

 その代わり、股間にむずむずとした疼きが襲ってきた。

 

「終わったよ……。もう、起きていいよ、沙那……」

 

 宝玄仙の声に沙那は身体を起こした。

 身体の変化を確かめるために、自分の裸体を見る。

 朝、孫空女を見たときにあったのと同じ紋様が、沙那の身体に刻まれていた。

 ただ、朝には、真っ赤な紋様があった孫空女の身体には、もうなんの線も見えない。すでに孫空女の内丹印は肌に同化しているようだ。

 ならば、沙那の紋様も、半日足らずで、すっかりと肌と同じ色に変化するのだろう……。

 

「すぐに、紋様はわからなくなる。その頃には、完全に、お前と孫空女の内丹印は効果を発揮するだろうさ……。ところで、どこか、身体の異常はあるかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「か、身体の異常というか……。ま、股の付近がちょっと変な感じで……」

 

 沙那は正直に言った。

 さっきから、だんだんと股間がむず痒くなる気がした。

 それが一瞬ごとに、少しずつ大きくなるような……。

 

「そうだろうねえ。ちゃんと、お前らの内丹印が機能している証拠だよ……。まあいい。じゃあ、麓の村に行ってきな。金子も好きなだけ持って行っていい。お前たちの服をひと揃い手に入れておいで。ついでに、食料も手に入れてくるんだ」

 

 全部で四個ある葛籠(つづら)については、背負子で運ぶ以外に、勝手に開くことは許されていないが、路銀の管理は沙那の役割なので、それが入っている葛籠は、沙那は自由に開けることができる。その中から、一緒に背負い袋も取り出して準備した。村で手に入れた衣類や食料を持って来るためだ。

 それらを準備していると、大きな布と、真っ白い下袴(かこ)が放り投げられた。

 

「それをはいていっていい。さっさと行きな。裸でいろと言った命令は解除する」

 

 沙那はやっと着るものを与えられて安堵した。

 とにかく、全裸で歩かなくて済むのだ。

 沙那は立ちあがって、下袴をはこうとした。

 

「ひいいっ」

 

 しかし、次の瞬間、驚愕して下袴を放り投げてしまった。

 下袴の股間の内側の部分のちょうど沙那の女陰が当たる部分に、親指の先ほどの長さの触手が無数にうごめいていたのだ。

 

「な、なによ、これ?」

 

 沙那は思わず怒鳴って、すぐにはっとした。

 仮にも、宝玄仙の霊具だ。

 それを粗末に扱ったことで、宝玄仙が機嫌を悪くしないかと思ったのだ。

 だが、宝玄仙は嬉しそうに高笑いした。

 

「わたしの道術を込めた霊具だと言ってあったろう。いいから、はきな。新しい衣類を手に入れても、着替えるんじゃないよ。命令だ。それをはいて村に行くんだ。実験中の触手下袴だ。歩いているあいだずっと、その触手は媚薬をまき散らしながら、お前の股をいじくってくれるよ」

 

「い、いやです。こ、この大きな布だけでいいです。これだけ巻いて行ってきます」

 

 沙那は懸命に言ったが、宝玄仙が許すはずもなく、「さっさとはけ」ともう一度、首輪の力で命令されてしまった。

 

「はあ、ああっ、んん」

 

 下袴をぴったりとはき終わると、さっそく股間に接している触手が活動を開始した。

 

 気持ち悪い───。

 

 おぞましい触手に股間を這い回られる感触は嫌悪感でしかなかった。

 だが、沙那の股間に接触している触手の全部がざわざわと活発に動きだし、沙那の陰部と肛門に入り込むように先端がうごめきはじめた。

 しかも、触手の長さも自在に変化するのか、股間や肛門の中に潜り込んだものが、だんだんと奥に奥にと進み込んでも来る。

 

「ううっ」

 

 沙那は思わず腰を落とした。

 すると、宝玄仙の声が降ってきた。

 

「その触手は開発中のものなのさ……。女の愛液が餌だから、餌を与えると、どんどんと激しく動くよ。それがいやなら、愛液を垂れ流すのを我慢することだね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「そ、そんな───。ひゃあっ」

 

 しかし、そんなことできるわけがない。

 触手は女陰といい、陰核といい、さらに肛門など、とにかく、ありとあらゆる場所に淫らな刺激を加えてくる。

 しかも、だんだんと激しくなり……。

 

「あっ、ああっ、だ、だめえっ、だめええっ」

 

 『女淫輪(じょいんりん)』の嵌まっている陰核の内側にまで、無数の触手が伸びてきた。

 巧みに陰核の皮までめくりあげて、くすぐり動く触手の洗礼に、沙那は堪らず腰を落とした。

 

「ひうううっ」

 

 だが、その沙那の動きさえ邪魔するように、下袴の内側の触手がさらに動きを増す。

 これ以上、快感を制御できない……。

 沙那は気功術で『女淫輪』の疼きを防ぐのを諦めた。

 たちまち、我慢できない快感が全身を席巻する。

 沙那は、耐えられずに、大きな絶頂の渦に身体が引き込まれるのに任せた。

 

「あ、あああっ……。……えっ……?」

 

 しかし、まさに絶頂しようとしていた刹那だった。

 不意に触手が動きをやめて、ぴたりと静止したのだ。

 絶頂寸前で快感を突如として中断された沙那は、呆気にとられてしまった。

 呆然としている沙那に、宝玄仙が大笑いした。

 

「なんて顔をしているんだい。寸止め喰らったのが、そんなに残念だったかい?」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「い、いえ……」

 

 沙那は顔が赤らむのを感じながら、首を横に振った。

 そして、はしたないことを考えた自分を恥じた。

 

「一応、絶頂寸前で触手は活動を静止するように調整してあるよ。安心して行ってきな。他人の前でいき狂いの恥をかかなくて済むということさ。それから、どんなに物足りなくなっても、自慰なんてするんじゃないよ。そんなことをすれば、触手が怒って、お前の股に電撃を浴びせ続けるからね。じゃあ、戻ってくるまで、脱ぐんじゃないよ。命令だ」

 

 なにが“安心しろ”だ……。

 

 沙那は心の中で悪態をついた。

 仕方なく、もうひとつ与えられた布で乳房などを隠して、立ちあがった。

 金子を入れた袋も背負う。

 

「うっ」

 

 すぐに触手が活動を再開した。

 ただ、今度はまだ動きが控えめだ。

 おそらく、まだかなりの火照りが沙那の身体にあるので、それに応じて、刺激を弱めているのだろう。

 本当に、意地の悪い霊具だ。

 

 とにかく、早く行って戻ろうと、沙那は林から街道に戻る方向に脚を進めた。

 

 

 

 

 

 孫空女は、樹木を背にがに股で立たされたまま、股間に挿入された張形を力一杯に股間で締めつけていた。

 締めつけている限り、ほんの少しだが張形は振動を続けていて、少しだが痒みは癒える。その代わりに、新しい痒み剤を膣の中でまき散らすので、ますます痒みは大きくなる。

 さらに苦しくなるのがわかっていながらも、孫空女は張形を締めつけずにはいられなかった。

 なんという意地の悪い淫具だろうと思った。

 

 とにかく、痒みの苦しさの限界は遥かに超えた。

 もう、視界は朦朧として、なにをしているのかという意識もない。

 ただ、必死になって、張形を締めつけるだけだ。

 しかし、いきなり、その張形が引き抜かれた。

 

「ああ、な、なにすんだよ」

 

 孫空女は思わず言った。

 だが、目の前には宝玄仙が立っていて、大きな声で笑った。

 

「なにをしようが勝手だろう。これは、わたしの持ち物だから返してもらうのさ。だけど、随喜油が気に入ったなら、塗り足してやるよ」

 

 宝玄仙はさっきまで孫空女の股間に挿入されていた『痒み棒』とかいう張形を地面に放り投げると、今度は、小壺を取り出した。朝、出発前に、宝玄仙の命令で沙那が孫空女に塗ったものだ。

 それを乳房にまで塗り始める。

 

「や、やめろ」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、宝玄仙は愉しそうに、孫空女の大きな乳房に随喜油を塗っていく。しかも、乳首にはまるで油剤の膜ができあがるくらいにたっぷりと塗られた。

 宝玄仙の指は、信じられなくらいに、しっとりとして滑らかであり、しかも、指遣いが恐ろしくいやらしくて気持ちいい。

 孫空女は喘ぎ声をあげさせられてしまった。

 

「身体はかなり、淫乱にできているんだねえ。気の強い心に、淫乱な身体……。沙那と同じだね。こりゃあ、毎日の調教が愉しみでしょうがないよ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 そして、痒みに狂っている股間にもたっぷりと油剤を塗り足した。ご丁寧にも、密着している尻の狭間にまで擦り込む。

 

「後は、お前が音をあげるまで、待つだけさ。沙那が戻るまで、かなり時間はかかるだろうからね……。さあ、孫空女、わたしのことを“ご主人様”と呼びな。そうしたら、痒みを癒してやるよ。随喜油はわたしの霊気に反応するように調合してあるからね。わたしの精液をたっぷりと女陰に注ぎ込まれれば、嘘のように痒みは癒えるよ。それ以外に、痒みをとめる方法はないからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「せ、精液?」

 

 孫空女は樹木を背負わされるように拘束された身体を左右に捩るようにしながら、顔をあげた。

 精液を注ぐと言っても、宝玄仙は女だ。

 すると、宝玄仙がその場で真っ黒い法師の装束を脱ぎ始めた。

 呆気にとられる孫空女の前で、宝玄仙は内衣から下袍まで外し、さらに股間の股布まで取り去った。

 生まれたままの恰好になった宝玄仙の股間には、紛れもない男の性器がそそり勃っている。

 

 ふたなり……?

 

 びっくりしたが、孫空女の手下たちだった男たちを相手にさせたときの昨夜の乱交のときには、完全な女の股だったので、これは道術で生やしているのだろうと思った。

 

「これが欲しいかい、孫空女? 痒みから解放されるよ」

 

 宝玄仙が意地の悪そうな笑みを浮かべながら、亀頭の先で孫空女の女陰をとんと突いた。

 孫空女の腰の高さは、ちょうど宝玄仙の股間に高さに合うように、がに股で調整されてあったのだ。

 

「はうっ」

 

 孫空女がたったそれだけの刺激で腰が抜けそうになった。

 とにかく、痒いのだ。

 なんとかしてもらわなければ、発狂してしまう。

 しかし、こんな変態巫女に屈服するなど、孫空女の自尊心が許さない。

 

「早く、わたしに哀願しな……。別にいつまでも待ってもいいんだけどね。沙那が戻っても、続けてもいいし、今夜はここに野宿してもいい。お前が屈服するまで待ってやるよ」

 

 女の身体に怒張を勃起させた宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「そ、そんなこと……」

 

 孫空女は歯を食い縛ったが、狂おしい痒みは、もう一分(※)だって耐えられそうにない。

 しかし、宝玄仙はにやにやしながら、ただ孫空女を見つめるだけだ。

 確かに、宝玄仙はいくらでも孫空女が屈服するのを待つことができる。

 それに比べて、孫空女には、もうほんの少しも我慢する猶予はない。

 この戦いは、孫空女に分がなさすぎる。

 

「お、お願いだよ……。精を注いで……」

 

 結局、ついに孫空女は赤い髪を打ち振って哀願した。

 汗と涙で宝玄仙の姿はぼんやりとしか見えないくらいになっている。

 

「ご主人様はどうしたんだい、孫空女? 内丹印を使って、痒みが倍に感じるようにしてやろうか」

 

 宝玄仙が言い終わるととともに、突如として痒みが倍化した感覚が襲った。

 孫空女はなにも考えられずに、絶叫した。

 

「か、痒い、ああ、あああっ、た、助けて、助けてよ──」

 

 孫空女は少しでも痒みを忘れようと、苦悶の声をあげながら、身体をくねらせた。だが、お尻の上で樹木に密着させられているし、後ろ手でしっかりと幹を抱いて拘束されているので、そんなには動くことはできない。

 痒みを癒す足しにもならない。

 それに、絶対的に痒い胸と股間を擦る手段はなにもないのだ。

 全身を蝕む痒みに、孫空女は嗚咽のような悲鳴をあげるしかなかった。

 

 畜生──。

 こんな女を絶対に、“ご主人様”などとは呼ぶものか──。

 その意地の一心だけで、孫空女はこの苦痛を耐え続けていた。

 

「本当にしぶとい女だねえ。ここまで待っても、“ご主人様”くらい言えないかい」

 

 やがて、宝玄仙が根負けしたように呆れ声をあげた。

 そして、指で乳首の片側をちょんと触った。

 ばしんと音がして、小さな電撃のようなものが乳首に加わる。

 

「ふううっ」

 

 眼が覚めたようになり、孫空女は身体を反らして声をあげた。

 宝玄仙が電撃の道術を遣ったようだが、いまの孫空女には痛みよりも、痒みを忘れさせてくれるありがたい刺激だ。

 

「も、もっと──」

 

 孫空女はそう叫ばずにはいられなかった。

 

「もっとかい?」

 

 宝玄仙が反対側の乳房に指をくぼませる。

 再びばちんと音がして、痛みで一瞬痒みが飛ぶ。

 

「も、もっと打って、もっとだよ」

 

 孫空女は声をあげながら、いつの間にか宝玄仙の電撃を期待するように、自分が胸を大きくせり出していることに気がついた。

 

「内丹印を刻んだということは、お前の身体は、もうわたしの一部のようなものになったということだよ。すでに、お前のものじゃないんだ。わたしのものをどうしようが、わたしの勝手だろう? そう思わないかい?」

 

 宝玄仙は今度は脇腹に電撃を打ち込んだ。

 

「ううっ」

 

 痒みの場所に直接ではなかったが、それでも痒みを忘れさせてくるのに十分な痛さだった。

 だが、残念なのは、痛みが一瞬で消え去り、すぐに痒みの苦悶が襲いかかってくることだ。

 だから、繰り返し電撃を浴びなければならない。

 

「はううっ」

 

 今度は腰の横だ。

 孫空女は脂汗まみれの裸身を仰け反らせた。

 

 しかし、なんという気持ちよさなのだろう……。

 衝撃と同時に、身体が甘く痺れて、頭の隅々にまで甘美感が響き渡るようだ。

 

「どうやら、お前はかなりのまぞっ子のようだね。でも、自分がそんな性癖だとは知らかったろう?」

 

 宝玄仙が再び乳首に直接に電撃を放った。

 

「はああっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 “まぞ”という言葉の意味はよくわからなかった。

 だが、痛めつけられることで、甘い衝撃が四肢全体に流れ渡る。

 また、孫空女は、自分が出す声が、明らかに欲情した女の声であることにも気がついていた。

 なんで、そんな声が出るのか、自分でも理解できないが、とにかく、電撃を浴びるたびに、震えるような気持ちよさが孫空女を襲う。

 

「さあて、今度はもっと苦しいよ。一度、痒みを癒される快感を覚えてしまったら、人間というものは、それを受ける前の自制心を保持なんかできるもんじゃないのさ」

 

 宝玄仙が笑いながら離れていった。

 孫空女は愕然とした。

 これでまた、放置されれば、今度こそ発狂する。

 

 それに、あの気持ちよさ……。

 

「ま、待ってよ、ご主人様、もっと打ってよ──」

 

 孫空女はほとんど無意識に絶叫していた。

 すると、宝玄仙がにやりと笑った。

 

 ご主人様……?

 

 孫空女は自分でも驚いたが、確かに、宝玄仙のことをそう呼んだ。

 絶対に、そう呼んでやるものかと、あれだけ固く心に誓っていただけに、孫空女は唖然とする思いだった。

 

「ふふふ……。やっぱり、お前はまぞ女だよ……。しっかりと味わいな」

 

 宝玄仙が近づいてきて、女の身体にそびえ勃つ男根を孫空女の股間に突き入れた。

 

「んふううっ」

 

 我慢など不可能の快感が弾け飛ぶ。

 随喜油の痒みで爛れるようになっていた身体は、押し込まれるままに、宝玄仙の怒張を甘美な衝撃とともに受け入れていく。

 

「ほら、感じるかい、孫空女? 少しくらい、正直になりな。気持ちいなら、気持ちいと言うんだ」

 

 宝玄仙が孫空女の乳房に舌を使いながら、腰を前後させて怒張を出し入れする。

 

「うう、ああっ……い、いい、き、気持ちいい……く、口惜しいけど……気持ちいい……ああっ」

 

 孫空女はそう言わざるを得なかった。

 掻痒感が消滅する気持ちよさだけでなく、身体の性感という性感が沸騰するくらいに熱くなるのだ。

 

「もっと、よがり泣きな、淫乱な女頭領。これがいいかい……。それとも、これかい?」

 

 宝玄仙がからかうような口調で声をかけながら、深々と怒張を突き入れたかと思えば、浅く入り口部を擦るだけにしたり、そうかと思えば、いきなり限界まで貫いて、円を描くように入り口部を押し入れたりする。

 とにかく、孫空女は翻弄されて、甘い声をあげ続けた。

 

「はあ、はううっ、あふううっ」

 

 巧みな宝玄仙の抽送に責めあげられ、孫空女の脚はがに股のまま、がくがくと激しい震えをするようになった。

 突かれては声をあげ、引かれては声をあげる。

 孫空女はひたすらに快感を貪られる。

 こんなに気持ちのいい性交は初めてだ。

 

「いきそうかい、孫空女?」

 

 宝玄仙が突きながら訊ねた。

 

「ひいっ、ううっ、い、いく……。う、うん、いきそうだよ、ご主人様……」

 

 孫空女はいまにも昇りつめそうな夢心地の中で言った。

 また、“ご主人様”と呼んだか……?

 そう思ったが、さっきほど心に抵抗はない。

 

 それよりも、気持ちがいい。

 とにかく、気持ちがいい……。

 

「だったら、いきな」

 

 宝玄仙がにわかに抽送の速度をあげた。

 一気に快感が上昇する。

 強烈で芳烈なうねりに襲われ、孫空女は大きく腰を揺らした。

 

「ふわああっ、いくうっ、いくよお、ご主人様」

 

 孫空女は悲鳴のような声を放って、絶頂に昇りつめた。

 宝玄仙が怒張を抜いて、すっと孫空女から離れていった。

 孫空女は絶頂の余韻に浸りかけたが、それはほんの少しでしかなかった。

 

 再び、あの随喜油の痒みが襲いかかって来たのだ。

 

「ああ、か、痒い、痒いよお──。ご、ご主人様、痒みが消えない」

 

 孫空女は身体は激しく揺すりながら叫んだ。

 すると、宝玄仙が大笑いした。

 

「当り前だろう。精をもらわないと、痒みは消えないと言っただろう。お前は達したけど、わたしは精を放っていないんだ。だから、痒みが消えるわけないじゃないか」

 

 宝玄仙は笑い続ける。

 孫空女は歯噛みした。

 だが、哀願するしかない。

 孫空女は、もう一度犯してくれと、宝玄仙に訴えた。

 

 そのときだった……。

 得体の知れない違和感──。

 

「上──」

 

 孫空女ははっとして、声をあげた。




※時間の単位

 一刻=一時間
 一刻=六十(ふん)
 一分=六十秒


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8   仇敵登場

 そのときだった……。

 

 得体の知れない違和感──。

 

「上──」

 

 孫空女ははっとして、声をあげた。

 

「上?」

 

 しかし、宝玄仙はきょとんとしている。

 その宝玄仙の顔に、突然に真っ黒い布が落ちてきて、くるくると巻きついて、宝玄仙の首から上をすっぽりと包んだ。

 

「うわっ」

 

 その直後、まるで糸人形の糸が切れたように、宝玄仙が崩れ落ちた。

 

 同時に、孫空女背中側で密着していた緊箍具(きんこぐ)が音を立てて外れ、樹木と密着されていたお尻も離れた。

 両脚も自由になる。

 孫空女は樹木から外れて。地面に投げ出されるかたちになった。

 

「な、なんだい? なにが起こったんだい?」

 

 布の下から狼狽えた声をあげた宝玄仙が、手で布をむしろうとした。

 だが、布に手がかかりそうになると、がくりと宝玄仙の両手が力を失ってだらりと垂れる。

 おかしな感じだ。

 どうやら、宝玄仙はあの布に触れると、力を失ってしまうようだ。

 

 そして、樹木の上から飛んできた縄が宝玄仙の両手首をまとめるように巻きつき、さらにぐいと持ちあがって、宝玄仙の身体を引きあげた。

 宝玄仙は、黒い布に顔を包まれたまま、樹木の上から両手首を吊られる体勢になった。

 

 縄が引きあがる。

 宝玄仙の両脚が地面からほんの少し離れた。

 そこでやっと縄の引き上げがとまった。

 

 道術──?

 

 いや、間違いなく道術だ。

 さもなければ、布や縄が勝手に動くなどあり得ない。

 

「だ、誰だ?」

 

 孫空女はとっさに身構えた。

 樹木の上に誰かいる──。

 茂った葉に隠れていてわからないが、何者かが樹木にいるということだけはわかる。

 

 その樹木の葉ががさがさと揺れ、黒い装束に身体を包んだ美女がふわふわと降りて来た。

 やっぱり道術だ……。

 

 孫空女は得体の知れない女の出現に眉をひそめた。

 

「相変わらず、あたしの『霊気封じの布』には弱いわね、宝ちゃん。これを身体に触れさせれば、それだけで、道術が遣えなくなるのよね。そうやって、たっぷりと調教してあげたものよねえ……。久しぶりだけど、あたしのことを覚えている?」

 

 女は宝玄仙と同じ真っ黒い髪をした美人だった。

 その女は地面に降り立つと、両手を引きあげられて宙吊りになっている宝玄仙の前に立った。

 

「そ、その声は……、く、黒女(くろじょ)かい……。つまり、御影(みかげ)……」

 

 宝玄仙が口惜しそうに言った。

 

 黒女……?

 御影……?

 

 誰かわからないが、どうやら、この女が宝玄仙の頭にかけた黒い布のために、宝玄仙は道術を封じられてしまったようだ。

 それで、突如として孫空女は自由を得ることができたに違いない。

 

 とにかく、孫空女は、性交の余韻の気だるさにに耐え、樹木から少し離れたところにある荷の場所に駆けた。

 そこに沙那が外した剣があるのだ。

 沙那は、村に買い出しにいくときに、剣は持ってはいかずに置いていっていた。

 その剣を取り、鞘を抜く。

 

「だ、誰だ、お前──?」

 

 孫空女は剣を抜いて叫んだ。

 そのとき、孫空女はあれだけ苦しめていた痒みが消失していることに気がついた。

 いや、正確にいえば、少しのむず痒さは残っているが、これなら十分に我慢できる程度だ。

 

「落ち着きなさい、あんた……。あたしは、別にあんたと戦うつもりはないのよ。あんたも、このあたしと同じで、この狂い巫女の犠牲者なんでしょう? ほら、これをあげるわ」

 

 黒女と呼ばれた女が木製の小さな薬壺を投げた。

 孫空女はそれをとっさに手に取った。

 

「……宝玄仙の痒み剤を無効にする解毒剤よ。もっとも、宝玄仙の薬剤は、こいつの道術で増幅してあるから、霊気が消失したいまでは、痒みはすでに、かなり効果が低くなっていると思うけどね」

 黒女が言った。

 

 霊気というのは、道術の源であり、不思議な術の原動力のことのはずだ。

 道術の遣えない孫空女だが、それくらいの知識はある。

 やっぱり、あの宝玄仙の顔に巻かれた布が、宝玄仙の道術を封じているのだ。

 

 いずれにしても、この黒女という女は、敵ではないらしい。

 孫空女は剣を手にしたまま、その場にしゃがみ込んで解毒剤という油剤を局部に塗ってみた。

 残っていたむず痒さもすっと消えていく。

 慌てて、孫空女は乳房にも解毒剤を塗っていく。

 

「な、なんで、お前がここにいるんだよ、黒女……。いや、御影……」

 

 宝玄仙が呻いた。

 その声はひどく苦しそうだ。

 おそらく、両手だけで宙吊りになっているので、かなり痛いに違いない。あるいは、完全に道術が遣えない状態というのは、宝玄仙の身体になんらかの苦痛を与えているのかもしれない。

 とにかく、宝玄仙はすでにかなり弱っている感じだ。

 

「別にどうということもないわ。あなたの罠で帝都で処刑されたけど、こうやって復活したということだけよ。もっとも、いまさら天教には戻れないし、とりあえず盗賊団に身を寄せただけのことね。わたしこそ、五行山みたいな辺鄙な場所に、あんたがやってくるなんて驚いたわ。あんたこそ、なにやってんの?」

 

「お前の知ったことかい、御影──」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 とにかく、このふたりはよく知っている間柄の感じだ。

 それにしても、宝玄仙は、この女のことを“黒女”と呼んだり、“御影”と呼んだりする。

 なぜだろう──?

 御影というのは、男の名前のような気がするのだが……。

 

「とにかく、こんなところで会ったんだから、また、昔のようにあんたを調教してあげるわ。いつぞやは、あんたの罠のために、雌犬調教が途中だったからね」

 

「ふざけるんじゃないよ。このわたしを調教しようなんて、舐めたことするから、殺してやったのさ。まだ、懲りないのかい、御影」

 

 宝玄仙が悪態をついた。

 一方で孫空女は呆れる思いだった。

 どういう関係なのか検討もつかないが、調教だの、雌犬だの、この女も宝玄仙と同じ変態の気配がする。

 

 そのとき、今度は四方から、大勢の人間が出てくる気配がした。

 孫空女は慌てて、しゃがんだまま剣を持ちなおすとともに、空いている片手で乳房を隠し、片膝をあげて裸身を隠すようにした。

 

「おう、そこにいるのは、孫空女じゃねえか。随分と涼しそうな恰好をしていじゃねえか」

 

 現われたのは、十人ほどの子分を率いた眼看(がんかん)だ。

 孫空女が率いていた盗賊団が、五行山の東側が縄張りだったのに対して、眼看は、こっちの西側を縄張りにしている盗賊団の頭領だ。

 

 孫空女が東側の盗賊の女頭領になって以来、なにかとちょっかいを出してきたりしていたが、その都度、こっぴどく懲らしめてやった。

 だが、よりにもよって、こんな格好をしているときに出逢ってしうとは……。

 孫空女は歯噛みした。

 

「どうやら、(とら)将軍の言うことは本当だったようだな。東の盗賊団は、寅将軍の野郎が代を継ぎ、孫空女は犯しまわしたあげくに、追い出したんで、これからは仲良くやりたいということだったが、なにかの罠じゃねえかと訝しんでいた。だが、そんな恰好をしているところを見ると、本当だったようだな。じゃあ、俺たちも相伴にあずかるか」

 

 寅将軍というのは、孫空女のいた盗賊団の副頭領みたいな立場の男であり、身体が大きくて力が強いだけが取り柄の能無しだ。

 もちろん、あだ名であり、虎の模様を思わせる傷痕が両頬にあり、身体が大きいからそう呼ばれてる。

 もっとも、腕っぷしでは孫空女が上回り、孫空女がしっかりと手綱を抑えていたのだが、昨夜の今日で、もう頭領の座を奪ったつもりで、眼看に使いをやっていたらしい。

 そういえば、昨夜の輪姦のときも、寅の野郎は混じっていたか……。

 調子に乗ったあいつに、尻の穴まで犯されたような……。

 

 そして、眼看たちが、それぞれの得物を抜いて、素裸の孫空女ににじり寄って来た。

 

「そ、それ以上、近づくな。あたしの強さを知っているだろう?」

 

 孫空女は、座ったまま必死に裸体を隠し、取り囲んだ男たちに剣を向けた。

 座ったままでいるのは、素っ裸だからというのもあるが、さっき激しく達したばかりなので、まだ腰にうまく力が入らないのだ。

 

「まあ、そう言うなよ、孫空女。ちょっとばかり、いい思いをさせてくれよ。寅野郎ばかりずるいじゃねえか。まあ、悪いようにはしねえよ」

 

 眼看が舌舐めずりするような声を出し、さっと手をあげた。

 

「警告したよ……。それ以上近づけば容赦しないからね」

 

 孫空女は凄んだ。

 

「大人しく犯される気はねえようだな……。よし、捕まえろ、お前ら──。手足は斬ってもいいが、股には傷つけるな。全員で犯し終わるまで、生きてもらわねえとならないしな」

 

 眼看(がんかん)の大声が放たれた。

 槍を持った男がふたり、突きかかってくる。

 孫空女は剣で跳ねあげて、次の瞬間、そのふたりを斬り倒した。

 血しぶきをあげて、地面に彼らの身体が倒れる。

 

「やりやがったぞ」

 

 誰かが驚くように叫んだ。

 

「当り前だよ。さっさと消えな。どいつもこいつも、殺すよ。あたしに二言があると思うんじゃないよ」

 

 孫空女は立ちあがった。

 こんな連中、束になったところで孫空女の敵じゃない。

 血がたぎれば、絶頂の余韻など気にならない。

 孫空女は、周囲を囲む眼看たちに向かって、血のついた剣を突き出した。

 そのとき、樹からぶらさげられている宝玄仙の前にいる黒女が笑い声をあげた。

 

「ふふふ、加勢してあげるわ、眼看……。霊気を持っていない孫空女とやらに直接ぶつける道術はないけど、生のない“物”であれば、むしろ、霊気が染み込んでいるのよね」

 

 さっと手を伸ばしたと思った。

 次の瞬間、孫空女の持っていた剣が、突然に弾き飛ばされて、遠くに飛んでいった。

 

「うわっ、く、くそおっ」

 

 空身になった孫空女は、痛みの走った手首を押さえて叫んだ。

 見えない力が加わって、孫空女の手から剣をもぎ取っていったのだ。

 

「しめた──。こうなりゃあ、こっちのものだ。全員で身体を押さえつけろ」

 

 眼看が声をあげた。

 男たちがわっと駆け寄って来る。

 孫空女は跳躍した。

 男たちの頭を飛び越えて、輪の外に出る。

 そのまま駆ける。

 

「えっ?」

 

 駆けた先は、黒女の前だ。

 黒女の当惑した声がした。

 構わず、首を掴む。

 力の限り横に捻った。

 ぼこりと音がして、首の骨が折れる感触が伝わった。

 

「黒女殿──」

 

 崩れ落ちる黒女の姿に、眼看たちが悲鳴をあげた。

 これで邪魔する者はない。

 孫空女は再び眼看たちに飛びかかった。

 手近な男の顔を宙で膝蹴りする。

 倒れる男から剣を奪い取る。

 

 背中──。

 後ろから襲い掛かったひとりを振り向きざまに袈裟斬りにする。

 

「うぎゃああ」

 

 さらに跳躍する

 目の前に三人──。

 全員を斬った。

 

 残りは四人──。

 

 明らかに怯えている。

 孫空女から距離をとるように、そいつらが離れた。

 逃げ腰になっている眼看に向かって、持っている剣を投げつけた。

 

「んがあっ」

 

 剣はものの見事に眼看の喉に当たり、そのまま倒れる。

 残りは、一目散に逃げていった。

 立っているものがいなくなると、孫空女は大きく息を吐いた。

 

 孫空女が斬った男たちは、全員が致命傷を受けて、すでに死んでいるか、あるいは、死にかけているかだ。

 いずれにしても、すぐに全員が屍体になるだろう。

 

 とりあえず、倒れている男から、血の付いていない下袴(かこ)(※)と上着を探して身に着けた。

 やっと、素っ裸から開放されて、ほっとした。

 

「……そ、孫空女……」

 

 そのとき、宝玄仙の弱々しい声がした。

 振り返ると、宝玄仙の下で、崩れ落ちた格好のまま、黒女がなにかをぶつぶつと呟いているのがわかった。

 孫空女は、投げた剣の代わりを拾って、ゆっくりと近づく。

 

「……ざ、残念よ、宝ちゃん……。あんたを調教しなおしてやろうと……思ったのにね……」

 

 孫空女がやってくると黒女が宝玄仙に言った。

 

「ふん──。わたしの供は強いだろう……。二度と近づくんじゃないよ、御影」

 

 宝玄仙が宙吊りのまま、布に包まれたくぐもった声で言った。

 孫空女は、足で蹴って黒女の身体を仰向けにすると、心臓に向かって剣を突き下ろした。

 黒女から生の気配が消滅する。

 

「……もう、近づけないよ。この女は死んだからね」

 

 孫空女は宝玄仙に言った。

 

「い、いや……。お前が斬ったのは、御影の影法師だよ……。そのひとりで黒女と名乗っているが、あいつの分身のひとりだ……。『分身術』が御影の得意でね……」

 

「分身術?」

 

「御影は、自分以外に、いくつかの分身を作れるのさ。それを離れた場所から操る……。それが、『分身術』だ……。本体の御影は、多分、ずっと離れた場所にいると思う……。いずれにしても、お前が分身を斬ったおかげで、本体との接点は消滅したようだね……」

 

「御影って、誰だよ?」

 

「わたし同様の天教の男法師さ。もっとも、破門になって処刑されたけどね。だけど、道術で生き返ったんだろうさ。まあ、わたしに恨みを持っているのは確かだね……。とりあえず、ひと先ずは、これで大丈夫さ……。感謝するよ……。ところで、そろそろ、おろしておくれ、孫空女」

 

 よくわからないが、天教の法師にも、どうしようもない連中が多いようだ。

 この宝玄仙といい……、御影とかいう男といい……。

 まあいい……。

 もう、孫空女には、関係ない話だ……。

 こんな変態巫女とは、これでお別れだ。

 しかし、その前に、仕返しだけはしないと、気が収まらない。

 

「気安く、あたしの名前を呼ぶんじゃないよ、宝玄仙……」

 

 孫空女はにやりと笑って、剣先で宝玄仙の白い腿をすっとなぞった。

 宙吊りの宝玄仙の脚に赤い線が走る。

 

「ひぎいいっ、い、痛いじゃないか、孫空女──」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげて、脚をばたつかせた。

 

「さて、どこから刻んで欲しい、宝玄仙……。ゆっくりと殺してやるよ。あんたは、その黒い布で包まれると、道術が遣えなくなるんだろう? まずは、そのでかい乳房からいこうかな……。それとも、足首だけ切断して、放っておいてやろうか。血がだんだんと下から抜けていって、自分が弱まっていくのを感じながら死んでいけるよ」

 

 孫空女は今度は剣の腹で、宝玄仙の足首を叩いてやる。

 宝玄仙が、またもや悲鳴をあげた。

 

 気持ちいい……。

 

 このひと晩で味わわされた恨みつらみが、一気に消滅する気がした。

 孫空女は笑い声をあげてしまった。

 

「お、お前、わ、わたしを殺すつもりじゃないだろうねえ?」

 

 宝玄仙が怯えた声で言った。

 

「殺すつもりじゃないだろうねだって? お前、それを質問しているのかい? 当たり前のことを訊くんじゃないよ、宝玄仙。あたしは、あんたを殺すかどうかなんて、迷っていないよ。どうやって、殺すのかを迷ってんだ」

 

「じょ、冗談じゃない……。そ、そうだ。お前、身体に異常はないのかい? 御影の影法師の黒女が死に際に、呪文を唱えていたよ……。あれは、お前の身体になにかの霊気の入口の紋様を刻んだように思ったけどね……。道術を仕込む紋様を刻まれて、悪意のある霊気を入れられていないかい? 早くわたしをおろして、ちょっと身体を見せるんだ。あいつも、わたしと同じことができるんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は鼻を鳴らした。

 

「その手には乗らないよ、宝玄仙」

 

 孫空女は応じた。

 そのとき、ふと足元に、随喜油の容器があることに気がついた。

 孫空女はにやりと笑った。

 そして、指にたっぷりとその薬剤を載せると、宝玄仙の股に指を入れて股間に塗る。

 

「ひゃああっ、うわっ、お、お前、なにしてんだよ?」

 

「なにしてんだよじゃないよ。あんたにも、随喜油を塗ってやろうと思ってね……。あたし自身が殺してやりたいと思ったけど、それじゃあ、沙那に悪いさ。あんたを殺す役目は沙那に任せるよ……。それよりも、もっと、股を開くんだよ。股に薬が塗れないじゃないかい」

 

 孫空女は笑いながら薬を足していく。

 しかし、宝玄仙が必死になって、脚を閉じ合わせて妨害をしようとする。

 仕方なく、孫空女は後ろに回った。

 

「ちょ、ちょっと待つんだ。な、なんで、後ろに行くんだい? し、尻に触るんじゃないよ」

 

 そのとき、宝玄仙がひどく動転した声をあげた。

 孫空女は、そういえば、輪姦のとき、宝玄仙がやたらに尻を触られるのを嫌がっていたのを思い出した。

 そんな記憶がかすかにある。

 

「へえ……そんなに尻に塗られたくないのかい、宝玄仙? だって、股に塗るのを脚で邪魔するから仕方ないじゃないかい……。幸いにも、尻たぶは手でめくれば簡単に、尻穴に触れるしね」

 

 孫空女は片手で宝玄仙の尻を掴むと、ぐいとめくってやる。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「わ、わかった……。あ、脚を開く。だ、だけど、尻は嫌なんだ。や、やめるんだよ」

 

 宝玄仙が脚の力を抜いて、わずかに開くようにした。

 孫空女は、ちょっと驚いた。

 だが、余程に尻に薬剤を塗られたくないのだと悟った。

 孫空女はにんまりとしてしまう。

 

「へえ、そんなに嫌なんだね? 尻に触られるのが……」

 

 孫空女は薬剤を塗っていない指でちょんと宝玄仙の菊座を触ってやった。

 

「あ、ああっ、んあああっ」

 

 すると、宝玄仙がこっちが驚くくらいに大袈裟に身体を左右に振って、激しい悶え声をあげた。

 孫空女は思わずたじろいでしまった。

 同時に、なんで、宝玄仙がそんなにお尻に触られるのを嫌がるのがわかった。

 どうやら、宝玄仙は、お尻の穴が異常に感じてしまう体質のようだ。

 

「ここは、あんたの性感帯かい? それなら、そうと教えておくれよ。たっぷりとこの薬剤を塗ってやるからね」

 

 孫空女は今度は薬剤を塗った指をお尻の穴に突っ込んでやった。

 宝玄仙がけたたましい声をあげて、身体を弓なりにした。

 

 すごい反応だ……。

 

 それにしても、宝玄仙のお尻はまるで膣そのもののように柔らかくて、しかも、熱かった。

 孫空女はちょっと驚いていた。

 

「や、やめておくれ……。そ、そこだけは嫌なんだ……。ねえ、孫空女……。お願いだから……」

 

 すると、今度は宝玄仙が急に哀願するような声を出してきた。

 これには、孫空女もすっかりと満足感を覚えることができた。

 もっと、恥をかかせてやろう……。

 孫空女は、思い切り、宝玄仙の尻を平手ではたいた。

 

「……あふうっ」

 

 宝玄仙が激痛に声をあげた。

 

「それが人になにかを頼むときの言葉遣いかい、宝玄仙? あたしのことをご主人様と言ってみな。あたしに向かって、奴隷の言葉を使うんだ」

 

 孫空女は笑った。

 

「くっ、お、お前、こ、こんなことをしてただで済むと思ってるんじゃあ……」

 

 宝玄仙が憎々し気な声を出した。

 

「じゃあ、その気になるまで、ひっぱたいてやるよ。あたしの力は強いからね」

 

 孫空女は平手で宝玄仙の尻たぶを叩いた。

 宝玄仙が音をあげるのに、三発しかかからなかった。

 

「いぎいっ、わ、わかった。ご、ご主人様、もう、やめてください」

 

 宝玄仙が泣き声をあげる。

 そのお尻は、孫空女に叩かれて真っ赤になっていた。

 

「ほかになにをやめて欲しい、宝玄仙?」

 

 孫空女は再び薬剤を指にもって、宝玄仙の肛門に当てた。

 

「う、うわあっ──。そ、それも嫌です、ご主人様──。お、お尻にはどうか、随喜油は……」

 

「お尻だけは嫌なんだね、宝玄仙?」

 

「は、はい、い、嫌なんです……。ねっ、お願いですから……」

 

 愉しい……。

 世の中にこんなに面白いことがあるだなんて……。

 孫空女は、必死になって、孫空女に哀願する宝玄仙の姿を見て、心の底からそう思った。

 

「……だったら、薬剤の残りを全部、股に塗るよ。それでいいね、奴隷?」

 

「ど、奴隷……?」

 

 宝玄仙がむっとした声を出した。

 孫空女は無言で、尻穴に薬剤を塗り足してやった。

 

「いやあっ、や、やめて──。そ、それは塗り足せば足すほど、痒くなるんだよ──。わ、わかりました。わたしは奴隷です。孫空女様の奴隷です──」

 

 宝玄仙は大声で言った。

 孫空女はいつの間にか、大笑いをしてしまっていた。

 しかし、もう少し遊んでいたけど、このくらいが潮時だろう。

 

「わかったよ、宝玄仙。でも、あたしは、やっぱり、残りの薬剤を全部、あんたの尻穴に詰めることにするよ。沙那に殺されるまでの短い時間、せいぜい、尻穴の痒みにのたうち回るといいよ」

 

「ひ、卑怯者──」

 

 宝玄仙の怒りの声が響き渡った。

 孫空女はその声を心地よい音楽のように耳にしながら、次々に指で薬剤をすくっては、宝玄仙のお尻の詰めていく。

 宝玄仙の怒声が、甘い喘ぎ声に変化するのに、いくらもかからなかった。

 

 

 *

 

 

 歩くたびに、触手の粘液が膣と肛門を舐めつけられる。

 それは地獄のような快感だった。

 

「う、うううっ」

 

 沙那はまたもや、達しそうになり、近くの立ち木に思わずもたれかかった。

 しかし、意地の悪い下袴の触手は、沙那の絶頂の寸前でぴたりと動きをとめる。

 

 沙那は恨めしさとともに、樹木から手を離した。

 この状態のときに、少しでも距離を稼がなければ、いつになったら、宝玄仙たちのところに戻れるかわからない。

 

 沙那は山道を登り始めた。

 

 宝玄仙たちを別れて五行山と降り、村でなんとか買い物をするまでは、ここまで触手の責めは酷いものではなかったのだ。

 しかし、山を登り始めた途端に、状況が一変した。

 触手の責めが容赦のないものに変化して、沙那は満足に歩くこともできなくなってしまったのだ。

 

 おそらく、これは宝玄仙のあらかじめの細工だろう。

 村で買い物をするまでは、少し手加減をするように設定し、宝玄仙のところに戻る頃合いになるのを待って、本格的な責めを開始させたということに違いない。

 

 それにしても、本当に底意地の悪い霊具の下袴だ。

 股間の内側の触手は、絶対に沙那を快感の極みに達しさせないくせに、快感だけはどこまでも上昇させるのだ。

 淫靡な触手は沙那から愛液を搾り取るために、沙那の股間を狂おしい刺激を与え続け、そして、沙那が快感に達しそうになると、ぴたりと動きを止める……。

 しかも、そのあいだに、触手の表面から媚薬の放出をやめるわけではないのだ。

 だから、沙那の身体はどこまでも敏感になり、ますます感じやすくなる。

 

 そして、触手責め……。

 だけど、寸止め……。

 

 沙那はその責めをもう百回以上も繰り返させられていた。

 すでに、頭は朦朧として、なにも考えられない。

 白い下袴の股の部分は、すっかりと沙那の体液でびしょびしょになり、まるでおしっこを漏らしているみたいに、ぽたぽたと道に滴をたらしている、

 

 ここが旅人の少ない五行山の山街道でよかったと思う。

 さもなければ、こんな恥ずかしい姿で道を歩くなど、とても耐えられるものじゃない。

 

「ああ、またっ」

 

 沙那はびくりとして、足を竦ませた。

 またもや、触手が活発にうごめき始めたのだ。

 

 とにかく、歩く……。

 沙那は懸命によろける脚を進ませた。

 

 だが、これは……。

 

 膣に……。

 肉芽に……。

 お尻に……。

 

 容赦のない触手の同時責めに、沙那の脚はまたもや静止した。

 

 いく……。

 

 沙那は身体を仰け反らせた。

 

「ああっ」

 

 しかし、またしても、触手はぎりぎりの寸止めで動きをやめた。

 沙那は、絶望の声をあげてしまっていた。

 

 いくにいけない。

 いけないのに、快楽だけがどんどんと詰みあがる……。

 それは、まさに淫情の地獄だった。

 沙那は、泣きそうになるのに耐えて、再び脚を進めた。

 

「と、とにかく……戻れば……」

 

 沙那は呟いた。

 戻れば、なにがあるというのか……。

 沙那は自分の言葉に歯噛みした。

 

 しかし、口惜しいが、もう沙那はたったひとつのことしか考えられなくなっている。

 

 早く戻って、宝玄仙にこの寸止めの苦しさを開放してもらいたい……。

 戻れば、この寸止め地獄を許される……。

 思うのは、そればかり……。

 

 また、触手が動き出した。

 沙那は知らず、嬌声をあげていた。

 もう少し……。

 

「ああっ──。また」

 

 だが、触手がぴたりと動かなくなった。

 あと一瞬だけ動いてくれれば、沙那は達することができただろう。

 いまいましさに、沙那は唇を噛んだ。

 

 それにしても、なんという浅ましい身体に変えられてしまったのだろう……。

 

 故郷の町で、女ながらも若くして地方軍の将校になった沙那は、実は、男性経験はおろか、自慰さえもしたことのない初心な女だったのだ。

 軍人になったのは、沙那の両親が早世していて、身寄りのない沙那には、それくらいしか生きる道がなかったからだ。

 

 しかし、軍で沙那の才能は花開いた。

 武術に、軍の指揮、そして、用兵……。

 将軍にも認められて、すぐに千人隊長という責任のある地位につくことができた。

 順風満帆の軍人人生のはずだったのだ……。

 

 だが、城郭にやってきた旅の帝都の女法師の宝玄仙の罠に嵌まって、人生は一変した。

 彼女の旅の供という名の宝玄仙の異常な性癖を解消するための「性奴隷」にされたのだ。

 

 宝玄仙に騙されて『服従の首輪』を嵌められた沙那は、その霊具の力によって、やってもいない盗みの罪を自白させられた。

 そして、本来なら流刑となるはずのところを旅の護衛を兼ねた見習い巫女として連れていきたいという宝玄仙の申し出により、沙那の身柄は宝玄仙に委ねられることになったのだ。

 本当の悪人はこいつだと言うこともできず、思ってもいない宝玄仙への感謝と謝罪の言葉を口にさせられる屈辱……。

 寛大で慈悲深い巫女と感嘆される宝玄仙の横で、盗みを働いた女として蔑まれながら、生まれ育った城郭を出発したときの惨めさ……。

 

 こうして、宝玄仙との旅が始まった。

 

 そして、『服従の首輪』に支配され、逃げることのできない肉欲地獄……。

 それが始まった……。

 

 さっき孫空女に塗った「随喜油」を初めて使われたのは、故郷を離れてすぐだった。

 武道着と革の具足の下につけていた股布は、街道に出た途端に剥ぎ取られた。

 そのときに、さっき孫空女に使ったのと同じ痒み剤を塗られたのだ。

 

 薬が効いてくると猛烈な痒みが沙那を襲って、満足に歩けなくなった。

 しかし、『服従の首輪』をつけている沙那に、宝玄仙は歩き続けるように“命令”した。

 発狂するような痒みに耐えられずに、沙那は何度も宝玄仙に掻かせてくれと哀願したが、宝玄仙は愉しそうに笑うだけだった。

 

 その日は、宿町の小さな宿に泊まったが、どうやってそこまで辿りついたのか、いまだに記憶がない。

 そこで、宝玄仙にさんざんにいたぶられた後で、男根を生やした宝玄仙に処女を奪われた。

 狂ったような大声で嬌声をあげていたはずだから、声が外に洩れないように、宝玄仙は部屋に結界を張っていたのだと思う。

 

 だが、責めはそれで終わりではなかった。

 宝玄仙は、沙那を犯し終わった後に、再び『随喜油』を股間に塗って、四肢を寝台に縛りつけて放置したのだ。

 

 夜のあいだに気絶した沙那が、朝に目覚めると、股間の肉芯と乳首の根元になにかが嵌められていた。

 それが『女淫輪』と呼ばれる淫具だ。

 

 その瞬間以降、その股間と乳首に食い込んだ『女淫輪』は、沙那を性欲の疼きから一度も解放させることはなく、絶え間ない刺激を与え続ける。

 いまでこそなんとか普通に行動できるし、剣さえも遣えるが、装着されてからしばらくは、満足に動くこともできなかった……。

 

 そして、軍人をやっていた頃には、考えもしなかった恥獄を与えられた。

 呼吸もできないほどの連続絶頂……。

 人の多い宿の食堂で、右手で食事をしながら机の下の左手で隠れて行う自慰……。

 媚薬で敏感にされた身体を果てしなく筆で擽られるくすぐり地獄……。

 

 城郭の中で……。

 街道を歩きながら……。

 あるいは眠っているときでさえも、気まぐれで動かされる『女淫輪』……。

 

 小便や大便さえも、沙那に屈辱を与える材料にされた……。

 排泄器官としか考えていなかった肛門で快楽を貪ることも覚えさせられた。

 また、股間の恥毛は剃毛をして、二度と生えないように薬剤をすりこまれた。

 寝台に拘束され、媚薬を塗られた肉芽と乳首の淫具を糸で天井から限界まで吊るされて、ひと晩放置されたこともある。

 

 そして、昨夜の輪姦──。

 

 男に凌辱されることは屈辱ではあるが、それよりも沙那にとって恥辱だったのは、それを快楽として感じてしまった自分だ。

 恥辱には慣れることはできないが、淫欲には慣れ始めている。

 どんなに耐えようとしても、あの宝玄仙により必ず絶頂させられるのだ。宝玄仙の凌辱を愉悦として受け入れようとする自分が育ち始めていることも、諦めとして受け入れるようになっていた。

 

 あの孫空女も、いつかはこの自分のようになるのだろうか?

 きっとなるのだろう……。

 

 宝玄仙によって快楽を貪る雌に陥された女が、自分のほかにもできるのだと考えると、彼女には悪いが、嬉しさのようなものもある。

 ふたりなら、この理性とけだものの心に揺れ動く精神の拷問の日々にも、愉しさを見出せるかもしれない……。

 どうせ、逃れることができないのなら、果てしなく落ちてもいい。

 自分だけではなく、ほかにも地獄に落ちるそんな仲間がいるなら、それもいいとも思えた……。

 

 それに、孫空女とだったら……。

 

 それにしても、こうやっていかされないことがこんなにも苦痛とは考えもしなかった。

 いまの沙那には、一刻も早く、宝玄仙のもとに戻り、彼女にこの身体を癒して欲しいと思っている。

 それしか考えられなくなっていた。

 沙那は、進んでは襲う触手の寸止め責めに耐えながら、ひたすらに歩き続けた。

 

 もう少し……。

 

 やがて、やっと出発した場所の近くに戻ってきた。

 ここから街道を外れて少し進めば、宝玄仙と孫空女の待っている場所だ。

 

 沙那は樹木の繁る小道を抜け、宝玄仙と孫空女が待っているはずの場所に到着した。

 だが、そこにあったのは、思っても見なかった光景だった。

 

 大勢の男たちの死骸が血の海の中に転がっている。孫空女らしき者はいない。

 ただし、首から上を布で包まれた裸の女が、両手首を縄で束ねられて宙吊りになっている。

 あれは、宝玄仙?

 

「なにがあったの……?」

 

 沙那はしばらく呆然とそこに立ち尽くした。



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9   女法師の手のひら

「なにがあったの……?」

 

 沙那は思わず呟いた。

 目の前にある十人近くの男が全員屍体であるのは明らかだ。

 そして、樹木から両手首を束ねて宙吊りにされていて、顔に黒い布を巻かれている女が宝玄仙であることも間違いないと思う。

 宝玄仙は、苦しそうに呻きながら、しきりに腰を左右に振っている。

 少しもじっとしていられないという感じであり、全身から噴き出ている汗が足の指から地面に滴って、水たまりも作っていた。

 

 とりあえず、沙那は宝玄仙に寄っていった。

 

「さ、沙那かい? た、助かった。は、早く、助けておくれ──。ああ、よかった。と、とにかく、早く……」

 

 布で顔を隠されているが、沙那の気配はわかったのか、宝玄仙が嬉しそうな声をあげた。

 とりあえず、沙那は宝玄仙の両手を吊っている縄に向かって剣を一閃させた。

 落ちてくる宝玄仙を素早く宙で掴んで、地面に降ろす。

 一度剣を収めてから、まだ宝玄仙の手首を束ねている縄を解こうとした。

 だが、そんなにきつく縛っているわけでもなさそうなのに、沙那には解けない。

 沙那は当惑した。

 

「こ、これは『魔縄』の霊具だよ。道術で拘束しているから、道術でなければ解けない──。は、早く、顔に巻いている布を……。これが被さっているあいだは、わたしは道術が遣えないんだ。取り去ってくれれば、自分で魔縄は解ける」

 

 地面におろした宝玄仙が布の下から必死の声を出した。

 縄が解けない理由はわかったが、なぜ自分で布を取らないのだろうと疑問に思った。

 手首は束ねられていても、顔から布を取り去るくらいはできるはずだ。

 それなのに、宝玄仙は顔の布には手を伸ばそうとはせず、一生懸命に股間側から手を伸ばして、お尻を触ろうとしているようだ。

 だが、前手縛りの宝玄仙には、お尻にまでは手が届かない。

 だから、うつ伏せで股を開き、そのあいだに両手をぐいと入れて、高腰を激しく振るという愉快な恰好をしている。

 

 そのとき、沙那は、さっきまで宝玄仙が吊られていた足元に、『随喜油(ずいきゆ)』の容器が放り投げてあることに気がついた。

 中身は空っぽだ。

 どうやら、宝玄仙はそれをお尻に塗られてしまったようだ。

 

 やったのは、孫空女……?

 とにかく、沙那は、初めて見る宝玄仙の滑稽な姿に、くすりと笑ってしまった。

 

 それにしても、孫空女はどこに行ってしまったのだろう……?

 ここにはいないようだが……。

 

 そして、沙那ははっとした。

 

 さっきまで、腹立たしいくらいに股を責めていた下袴(かこ)の触手が沈黙している。

 いつの間にか、まったく動かなくなっているのだ。

 それどころか、触手の存在そのものが消えている感じだ。

 試しに、おそるおそる布の上から股に触ってみた。

 

 確かに触手がない……。

 

 気持ち悪いくらいに股の部分はびしょびしょで、しかも、沙那の愛液でぬるぬるとしていたが、触手はなく、普通の下袴だ。

 

 なんで──?

 

 宝玄仙の霊気が消滅している?

 

 沙那の頭にその言葉が浮かんだ。

 

 だから、下袴の触手が沈黙しているのではないだろうか。

 宝玄仙のような道士の遣う道術の力の源は霊気だ。

 道術には縁のない沙那だが、それくらいの知識はある。

 

 この下袴は宝玄仙の作った霊具の下袴なので、宝玄仙の霊気が刻まれていたはずだ。

 しかし、その宝玄仙の霊気が封じられてしまったので、下袴も力を失った……。

 そう考えれば、辻褄は合う。

 だとすれば、宝玄仙の霊気を封じているのは、顔に巻かれた黒い布だろう。

 さっきから、宝玄仙が顔の布を取りたがっているのは、見ていてわかる。

 だが、宝玄仙には、手で触れることもできないようだ……。

 

「さ、沙那、なにやってんだよ──。早く、顔の布をお取りったら──。お、お尻が痒いんだよ。あ、あいつ、ありったけの随喜油を詰め込みやがって……。ひ、ひいいっ、か、掻けない……。さ、沙那、頼むよ。顔の布を──」

 

 宝玄仙がうつ伏せの高尻姿で尻を振る恰好で、切羽詰まった口調で怒鳴った。

 

「やったのは、孫空女ですか? 彼女はどこに?」

 

「し、知らないよ──。いいから、話は後だ。は、早く、布を──。命令だったら──。顔の布を取るんだ」

 

 宝玄仙が喚いた。

 しかし、沙那は目を見開いてしまった。

 あれだけ、この一箇月間、沙那を苦しめ、悩ませ続けた“命令”という言葉が、沙那に影響を及ぼさないのだ。

 宝玄仙は、いま、確かに“命令”と口にした。

 しかし、沙那の身体は、それに従って、宝玄仙の顔の布を取ろうとしていない……。

 

 つまり、これは……。

 

 沙那は、一度鞘に収めていた剣をすっと抜いた。

 それを宝玄仙の首に伸ばす。

 

 「な、なにしてんだよ、沙那……?」

 

 異様な気配に気がついたのか、宝玄仙がぎょっとした声を出した。

 さすがに、動きが静止している。

 宝玄仙の身体を襲った恐怖心が、沙那にも伝わって来た。

 

「わたしは、その痒み剤を塗られて、一晩中放置されましたよ……。話が終わるくらいまで、我慢したらどうなんです、ご主人様」

 

 沙那は静かに言った。

 その口調が余計に宝玄仙を怯えさせたのか、宝玄仙の身体がぶるりと震えた。

 

「さ、沙那?」

 

 宝玄仙の困惑した声がした。

 

「答えてください。孫空女はどこです?」

 

「だ、だから、知らないよ。逃げていったんだ」

 

 やはり、そうだと思った。

 だが、孫空女は、宝玄仙の霊気を封じる布など、どうやって手に入れたんだろう……?

 

「その黒い布を巻いたのは、孫空女ですか?」

 

「そ、そんなわけあるものかい……。こ、これは、わたしの昔馴染みの御影(みかげ)という男が現われて……。それでいきなり、これを被せられて……。あ、ああっ、も、もういいじゃないか──。か、痒くて、気が狂いそうなんだよ──。いい加減に、た、助けておくれよ」

 

 宝玄仙はみっともなく尻を振り続けている。

 両手は狂ったように動いて、なんとかお尻の穴に届かせようとしていた。

 苦しそうな宝玄仙の姿に、沙那はちょっとだけ、これまでの溜飲が下がる気がした。

 

「だったら、さっさと説明することですね。その布はなんなんです?」

 

「み、御影の霊具だよ──。『霊気封じの布』……。しかも、これは、わたしの霊気だけを封じるように、細工がしてあるんだ。それを孫空女を抱いている最中に顔に被せられたんだよ……。た、頼むよ。もう、いいだろう──。そいつのことは、孫空女が退治したんだけど、あいつ、わたしに随喜油を塗って置き去りにして逃げていったんだ。あ、ああっ」

 

 宝玄仙が苦しそうな声をあげた。

 沙那は無視して、改めて男たちの死骸を見た。

 剣で斬られた者もいるし、首の骨を砕かれている者もいる。

 いずれにしても、すべてひと太刀か、一度殴っただけのようだ。

 すごい腕だ。

 

「この中にその御影という男がいるのですか?」

 

 沙那は言った。

 だが、並んでいる死骸は、どれも山賊風であり、道士という雰囲気のものはない。

 

「み、御影はいない……。襲ったのは、あいつの影法師でね……。ぶ、分身なんだ……。死ねば、本体と繋がる霊気が消滅して、姿が消える……。ね、ねえ、沙那、いい加減に──」

 

 跪いたままにじり寄って来た宝玄仙に、沙那は剣先で、ちょんと喉を突いてやった。

 

「ひいっ、い、痛いよ──。あ、危ないだろう」

 

 布のおかげで視界を失っている宝玄仙が怒ったように叫んだ。

 沙那はせせら笑ってやった。

 

「危ないのはご主人様ですよ。わたしは、ご主人様に喉に剣を向けています。わたしが腕を動かせば、あなたは、一瞬で死にますからね」

 

 すると、宝玄仙がぎょっとしたように身体を竦めた。

 

「ま、まさか、本当に、わたしを殺すつもりじゃないだろうねえ……」

 

 宝玄仙がごくりと唾を飲んだ。

 その一方で、お尻だけは、切なそうに左右に振られているのが愉快だ。

 

「いま、考えているところです……」

 

 沙那は言った。

 すると、宝玄仙の身体が束のあいだ静止する。

 

「こ、殺す……?」

 

 宝玄仙は信じられないという口調だ。

 だが、なぜ、この状況で沙那が宝玄仙を殺さないと考えるのだろう……?

 その思考の方が、沙那には信じられない。

 すると、宝玄仙が大きく嘆息した。

 

「……まあ、確かに、お前に殺されても仕方ないか……。殺したいという気持ちはわかるね……。だ、だけど、わたしは、この一箇月愉しかった……。久しぶりに、い、生きているという感覚を味わった……。本当に久しぶりにね……。もっと旅を続けたかったけど……、まあ、いいか……。お前になら、殺されてやるか……」

 

 宝玄仙が不意にすべてを諦めたような物言いをした。

 くそう……。

 なんだ、その観念したような物言いは……。

 狡いよ……。

 

 沙那は、大きく息を吐くた。

 そして、残りの生涯をずっと後悔して過ごすだろうと思う行為をした。

 手を伸ばして黒い布を宝玄仙の顔から取り去ったのだ。

 波だと汗と鼻水でぐしゃぐしゃの宝玄仙の引きつったような顔がそこから現われた。

 

「た、助かったよ――」

 

 宝玄仙が奇声をあげた。

 次の瞬間、宝玄仙の手首の縄が外れて、地面に落ちる。

 そして、一瞬だけ、宝玄仙の身体が震えた気がした。

 すると、あれだけ身体に噴き出していた脂汗がなくなった。

 身体の震えも止まり、腿に付いていた傷にようなものも消滅している。

 

 道術だ。

 

 沙那は思った。

 どうやら、痒み剤の効果も身体の影響も、すべて道術で癒してしまったようだ。

 相変わらず、すごい。

 

「は、はああっ、く、苦しかった……。と、とにかく、礼を言うよ、沙那」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 沙那はむっとした。

 

 この顔だ──。

 絶対に許せないと思ってるのに、この無邪気そうな表情にだけは、なぜかかなわないという気にさせる。

 まるで、子供のような笑顔であり、こんな顔のできる相手を殺すことはできないという思いに襲われてしまった。

 沙那は嘆息した。

 

「とにかく、命拾いしたね、沙那……。お互いにね」

 

 宝玄仙が意味ありげに言った。

 

「お互い?」

 

 沙那は首を傾げた。

 

「その首輪だよ」

 

 宝玄仙が沙那の首にある『服従の首輪』を指さした。

 首輪がどうしたというのだろう……?

 

「霊具とはなにか、ということを教えてやるよ、沙那」

 

 宝玄仙は全裸だったが、地面に放り捨ててあった法師の装束を身に着け始めた。

 宝玄仙の身体は、完全な女の身体だ。

 沙那を抱くときにはふたなりの姿だが、これがやっぱりこっちが宝玄仙の本当の姿なのだろう。

 

 それにしても、女の沙那から見ても、溜息が出るほどに美しい身体だ。

 ただ、股間には一本の恥毛もない。

 宝玄仙は、股間に毛がないのが、性奴隷に相応しい格好だといつも言うので、自分も剃っているということが、不思議に違和感がある。

 装束をつけ終わった宝玄仙が、座り込んでいた沙那の前に胡坐をかいた。

 

「……道術の源が霊気ということは知っているね、沙那?」

 

「は、はい……」

 

 霊気とは、自然に満ち溢れているすべての生の源である──。

 

 それは、沙那もこの世の真理として承知している。

 しかし、大抵の人間は、その霊気を自由に宿すことはできず、それを感じることはできない。

 ただ、ごくまれに、生まれながらにして、霊気の存在を認識できて、それを集めたり、逆に発散したりできる者が出現することがある。

 それが道士であり、その技を道術という。

 

 この帝国では、道士、すなわち、道術師は、天教の幹部になることができるので、道術を遣える者は、天教教団に入ることが多い。

 天教教団に仕える道士を特別に「法師」と呼ぶ。

 この宝玄仙は、その中で最高位の地位の八仙のひとりであり、しかも、道術を極めた者という意味の「三蔵法師」という異称も持っている。

 

「……だが、普通の人間の身体には、霊気を抽入して道術を及ぼすということできない……。そのままではね……。霊気を宿さない人間には、そもそも、霊気の出入り口がないからだ。だから、普通の人間に霊気を吹き込むには、まずは、その入り口を作ってやる必要がある。お前たちの身体に刻んだ『内丹印』というのがそれだ……。道術というのは、言い換えれば、霊気を集めて、術をかける対象にその霊気を移動させるという技術なのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は頷いた。

 

「……人間に内丹印を刻むように、物に霊気を吹き込んだのが『霊具』だ。霊具には、術師が力を失うと効果が消えるものと、術師が霊気を与えなくても、自力で霊気を取り込み続けて、効果を持続するものの二種類ある。だが、原理は同じさ。霊気を失えば、霊具はただの“物”に戻る……。お前の触手下袴も効果がなくなっているだろう? わたしの霊気が一時的に消滅してしまったからね……。しばらくは、わたしが流し込み続けていた霊気で動き続けたかもしれないけど、いまは霊気はない。だから、とまったんだ」

 

「で、でも、随分と離れていましたよ。ここから村までは遠いです。ご主人様の霊気は、そんなに離れた場所まで効果を与え続けるのですか?」

 

 沙那は疑念に思った。

 この下袴に、宝玄仙の霊気が注がれ続けていて、それで触手が動き続けていたとすれば、随分と遠くまで宝玄仙は、霊気を送り続けていたことになる。そんなことができるのだろうか……?

 すると、宝玄仙はからからと笑った。

 

「どの程度まで霊気を及ぼせるかということは、術師の能力によるさ。このわたしの道術は天下一だからね。麓の村までの距離なら、霊具を通じて、お前のことだって感じることさえできる。お前が帰り道で泣きべそをかいていたのも、ずっと感じていたよ」

 

 宝玄仙が笑い続けた。

 沙那は驚くとともに、改めて宝玄仙という道士の凄さを悟った。

 

「これがなにかわかるかい、沙那?」

 

 宝玄仙は懐から小さな指輪のような輪を取り出した。

 沙那は首を横に振った。

 

「……これは服従の首輪のもとさ。わたしは、この指輪に一年以上の歳月をかけて、霊気を吹き込んで術を刻んだんだ。その結果、指輪は大きくなって、人の首に嵌まるくらいにまでなった……。だけど、元はと言えば、これが本当の大きささ。だから、もしも、わたしが死んで、首輪から霊気が完全になくなったら、首輪は元の指輪の大きさに戻る……。お前の首に嵌まったままでね……。それがどういうことはわかるだろう?」

 

 宝玄仙がにやりと笑った。

 

「そ、そんな──。だ、だったら、わたしの首は引き千切れて死んでしまうじゃないですか──」

 

 沙那は叫んだ。

 宝玄仙が大笑いした。

 

「だから、お互いに命拾いをしたと言ったのさ。お前がわたしを殺せば、しばらくすれば、首輪が縮んで、お前も死んだということだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那は呆気にとられた。

 

「ご、ご主人様は、なぜ、それを先に言わなかったのです?」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙が、もしも沙那が宝玄仙を殺せば、道連れにしようとしていたことはわかった。

 それはいいのだが、解せないのは、なぜ、それを口にしなかったのかということだ。

 もしも、宝玄仙がそれを言えば、沙那はもっと早く、宝玄仙を殺さない決断をしただろう。

 

「……お前に殺されるのも……それもいいかと思ったからね……」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 時折見せる、厭世的な表情がそこにあった。

 沙那は眉をひそめた。

 

「まあいい……。それよりも、孫空女だ──。あいつ、逃げていったけど、どうも気になることがあるんだ。御影の奴……実際には、影法師の黒女だけどね……。その黒女が死ぬ直前に、孫空女に道術をしかけたような感覚がしたのさ……。気味の悪い霊気が流れるのを感じてね……。とにかく、早く見つけないと……。なにもなければいいけど……」

 

 宝玄仙が急に真顔になって言った。

 

「気味の悪い霊気ですか?」

 

 沙那は驚いたが、一方で、この五行山は孫空女の庭のようなものだという孫空女自身の言葉を思い出した。

 とても、見つかるとは思えない。

 

「じゃあ、孫空女を捕まえに行くよ……とにかく、手伝ってもらうよ、沙那」

 

 すると、宝玄仙がやけに明るい声で意味ありげに笑った。

 

「手伝ってって……。でも、どうやって?」

 

 しかし、沙那は当惑してしまっていた。

 この五行山は、孫空女の庭のような場所だ。

 孫空女は、誰にも見つけられないような隠れ処があると言っていたし、そこに身を隠されてしまえば、捕まえることができるとも思えない。

 

 だが、はっとした。

 宝玄仙は、さっき、沙那の淫具を通して、沙那のことを感じていたと口走っていた。もしかしたら、宝玄仙は、孫空女に装着している霊具を通じて、孫空女の位置がわかるのだろうか……?

 確か、孫空女は、宝玄仙の霊具である緊箍具(きんこぐ)を手首と足首に身に着けていたはずだ……。

 ならば……。

 

 すると、宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 

「……なにか悟ったような顔をしているね……。まあ、お前の想像は多分、当たっていると思うよ……。わたしには周囲一帯の霊気の流れが見える……。いまでもね。地から……樹から……あらゆるものから霊気が噴き出しり、吸い込んだりしているよ。お前自身からもね」

 

「わ、わたしからもですか? わたしは道術師ではありませんよ」

 

 沙那は、宝玄仙のような道術師ではない。

 霊気など無縁だと思っていたのだ。

 

「道術師かどうかは関係ないさ。この世に生のある存在は、大なり小なり霊気を宿しているし、外からそれを取り込んでいる。道士とそうでない者の違いは、それを感じて、意図的に動かすことができるかどうかと、身体に溜めることのできる霊気の容積の違いさ」

 

「はあ……」

 

 沙那は空返事をしてしまった。

 道術に関する講釈をする宝玄仙が、いつもの宝玄仙とまるで違っていたので、少し気後れしてしまったのだ。

 そういえば、愛陽の城郭で法事を受け持っていたときの宝玄仙も、この一箇月間に沙那を相手に淫情を振るう宝玄仙とは別人のように清楚そうだったし、高い地位の法師としての威厳に満ちていた。

 こんな変態巫女でも、やはり八仙であり、三蔵法師と異称を得るくらいの優秀な法師なのだから、当然といえば当然なのだろうが……。

 

 だが、実際のところ、愛陽を出て以来、宝玄仙はただの一度も天教の寺院には立ち寄らなかったので、真面目な一面の宝玄仙を見るのは久しぶりだ。

 そういえば、宝玄仙はこの道中で、不自然なほどに天教教団の施設に立ち寄るのを嫌うと思う。

 沙那が指示されたのも、まるで大きな教団施設を避けるような裏街道沿いの経路だ。

 そうでなければ、こんな五行山のような物騒な界隈を通過せずに、帝国の西に出る国境に向かうことができたのだ。

 

「……いずれにしても、お前にも、孫空女にも、わたしが内丹印を刻んでやっただろう。内丹印は人工的に作った霊気の出入り口だ。しかも、わたしの霊気を取り込むように作った印だからね。あいつに向かって、強い霊気を流してやれば、その流れを追って、あいつに辿り着ける……。どうせ、今頃は、身動きできなくなって、その辺で転がっているだろうけどね」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は訝しんだ。

 

「転がっているとはどういうことです?」

 

「あいつが手首と足首に装着している緊箍具があるだろう。実は、あれには、事前に細工をしてあったのさ。わたしから離れれば、自動的に霊気が消滅して、元の形に戻るようにね……。今頃は、あの緊箍具の霊気は完全に抜けて、元の形に戻っている……。元の形というのは、実は繋がり合った四個の輪なのさ。わたしは、それに霊気を込めて、四個の腕輪と足環にしたんだからね……。お前のその首輪と同じさ」

 

 宝玄仙が手を伸ばして、沙那の首に嵌まっている銀色の首輪を指で弾いた。

 

「あっ」

 

 沙那は声をあげた。

 そうであれば、孫空女の手首と足首に嵌められた緊箍具は、宝玄仙の与える霊気を失い、密着した四個の輪になるということだ。

 つまり、孫空女は、手足をぴったりと密着されて動けなくなっているに違いない。

 

「お前らが、いくらわたしから逃げようと思っても無駄なことさ。逃げたと思っても、所詮は、この宝玄仙の掌の中で踊っているようなものさ。諦めるんだね」

 

 宝玄仙がからからと笑った。

 沙那は嘆息した。

 

 もう、諦めている……。

 それが自分自身の命を救うことになるとは知らなかったこととはいえ、沙那は宝玄仙を殺すことのできる千載一遇の機会を捨てて、宝玄仙を自由にした。

 そのときに、もう、沙那は腹を括った。

 

「とにかく、もう少し、お前には頑張ってもらうよ。荷を担いで支度しな」

 

 宝玄仙がその場で立ちあがった。

 沙那も慌てて、腰をあげる。

 

 なにか嫌な予感がした。

 とにかく、身支度をする。

 着替える暇がなかったから、淫具の下袴はそのままだ。上半身を包んでいた布は、乳房を隠して巻きつけ、腰の括れのところでしっかりと結び直した。

 臍が丸見えの恰好だが、大きな荷を持てば、結ばなければ、はだけてしまう。それよりはましだ。

 

「じゃあ、お前から孫空女に向かう霊気の強い流れを作るよ。いいね」

 

 支度を終えて宝玄仙のところにやってくると、宝玄仙が言った。

 すぐに、宝玄仙は沙那に、なにかの道術をかける気配を示した。

 沙那は、慌てて口を開いた。

 

「ま、待ってください。な、なにをされるのですか。それだけ教えてください」

 

 この宝玄仙のことだから、悪ふざけと悪意に満ち満ちた行為をしようとしているような気がした。

 逃げることなど不可能とはいえ、せめて覚悟だけは先にしたい。

 

「だから、お前から孫空女に向かう霊気の流れを作るんだよ。実のところ、お前と孫空女には、まったく同じ内丹印の紋様を刻んだからね。同じ紋様の場合は、お互いの快楽が共鳴してしまうのさ。お前の快楽がまったく同じように孫空女に伝わり、孫空女の感じるものが、お前にも伝わる。それが快楽の共鳴だ。安心しな。共鳴するのは快楽だけだから……。それにしても、不思議なことなんだが、なぜか、昔から、快楽と霊気は相性がいいのさ。もしかしたら、霊気の極めて濃い状態のものが、快楽で発散される淫気なのかもしれないね。お前はどう思う?」

 

「し、知りませんよ」

 

 沙那はそう応じた。

 なにがおかしいのか、また宝玄仙が声をあげて笑った。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 宝玄仙が荷を担いでいる沙那の腰を軽くぽんと叩いた。

 その途端、ずっと鎮まっていた下袴の触手が再び動き始めた。

 

「あっ、いやあっ」

 

 沙那は腰が砕けてしまって、その場に膝を落としかける。

 

「命令だ──。座るんじゃない。快楽の大きくなる方向に歩き続けるんだ。何度絶頂しても構わない。ただ、足だけは動かし続けるんだよ」

 

 宝玄仙がすかさず言った。

 すると、沙那の意思から切り離された沙那の足が、勝手に進み始める。

 

 そして、手加減のない触手は、容赦なく沙那の局部やお尻を責め続けた。村への往復のときには、感じすぎるためか、あまり責めてこなかった陰核にも、二本三本、四本と小さな触手が刺激を与えてきた。

 沙那は、早くも達しそうになってしまった。

 

「あ、ああっ、ご、ご主人様……。い、いきそうです……。あ、ああっ」

 

 沙那は歩きながら身体を弓なりにして震わせた。

 それでも、足は動いている。

 歩いている方向が、宝玄仙の言う“快楽の大きくなる方向”なのか、どうかは知らないが、確かに沙那の脚は、どこかに向かおうとはしているようだ。

 ただ、ずっと寸止めをされてきた影響もあり、あまりにも感じすぎてしまっている沙那には、そんな自覚はない。

 

「いくらでも達しな。寸止めは解除しているからね……。お前と孫空女の距離が縮まれば、お前の快楽が孫空女に共鳴で伝わり、それがまた共鳴で跳ね返って、お前の快楽が増幅される。だから、快楽が大きくなる方向に進めば、自動的に孫空女のところに辿り着くということだ。人間探知機というわけだね」

 

 宝玄仙が、後ろからついてきながら笑った。

 だが、もう沙那には、その言葉の意味の半分も理解できない。

 快感が大きすぎて、まともな思考ができないのだ。

 沙那は大きな声をあげて、絶頂してしまった。

 

「もうちょっと感度をあげてみるかい……。ただし、気絶するんじゃないよ。気を失うと共鳴も止まってしまうからね。命令だよ」

 

 命令で気絶しないということができるかどうか知らないが、宝玄仙の言葉が終わると同時に、全身の血が沸騰したみたいに身体が熱くなった。

 身体の感度をあげられたのだろう。

 

「んあああっ、いふうううっ、いやあああっ」

 

 あっという間に二度目の絶頂をした。

 沙那は呼吸するのも苦しくなり、倒れかけた。

 しかし、それはできない……。

 

 宝玄仙の命令が沙那の身体に影響を及ぼしている。

 沙那の脚は、ひたすらにどこに向かって歩き続ける。

 なにも考えられないのに、足だけはどこかに進んでいる。

 

 そして、触手に責めで、すぐに三度目の絶頂に襲われた。

 

 気持ちいい……。

 心にあったのは、ただそれだけだった……。

 

 

 *

 

 

「な、なんてこった……」

 

 孫空女は歯噛みした。

 

 宝玄仙を置き去りにして、洞窟の隠れ家に近づいたときだった。

 不意に、手首と足首の緊箍具が密着して、四肢が完全に束ねられた状態になってしまったのだ。

 草の上に倒れ込むかたちになった孫空女は、力の限り輪を引き離そうとした。

 だが、緊箍具の輪は、密着しているというよりは、もともとそんな形であったかのように、継ぎ目のないひとつの金属に変化していた。

 いくらなんでも、それでは孫空女の力でも外すことなど不可能だ。

 宝玄仙の道術だと確信したが、こうなったらどうしようもない。

 

「だ、誰か、誰か──」

 

 仕方なく、孫空女は叫んでみた。

 だが、この一帯は、ほかの誰かが近づくことそのものができないように、入り口が行き止まりに見えるように偽装している小道を通り抜けてやって来た場所だ。

 孫空女がなにかのために準備しておいていたものだが、こんなところには、おそらく誰もやって来ないだろう。

 孫空女が巧みに準備した隠し場所だが、それが仇になった感じだ。

 もしも、このまま誰にも見つけられなかったら、孫空女は、このまま飢えて死ぬしかない。

 

「うっ……」

 

 孫空女は呻いた。

 今度は、また、あれがやって来たのだ……。

 

 よくわからないが、身体の手足から先が徐々に毀れていくような不思議な感覚だ。

 それがさっきから繰り返し襲っている。

 それは、最初はちょっとした違和感程度のものだったのに、時間が経つにつれて、はっきりとした苦痛に変化してきていた。

 

 これはなんなのだろう……?

 

 孫空女は身動きのできなくなった身体で、途方に暮れてしまった。

 この身体の苦痛もまた、拘束された四肢とともに、孫空女を絶望に追い詰めているものだ。

 

「う、うわっ、な、なに?」

 

 そのとき、孫空女はぎょっとした。

 緊箍具(きんこぐ)によりまとめられている手足の先がまるで、腐った果実のように真っ黒く変色していたのだ。

 しかも、それがだんだんと胴体に向かってせりあがってきている感じだ。

 

「な、なんだよ、これ?」

 

 孫空女は声をあげていた。

 そして、身体が苦しみそのものに覆われてきた。

 身体が重い……。

 気がつくと、全身が水に入っていたかのように濡れている。

 汗のようだ。

 喉が渇いて、水を飲みたいと思ったが、舌が上顎に貼りついたようになり動かない。

 

「う、うう……」

 

 孫空女は呻き声をあげた。

 苦しいのだ。

 懸命に身じろぎしようとしたが、それによって身体のどこかが毀れたような気がした。

 孫空女は大きく息を吸った。

 

「う、うう……、だ、誰か……た、助けて……」

 

 苦しい……。

 今度の呻き声は、それが自分の声だとは信じられないほどに弱いものだった。

 

 だが、その刹那、不思議な違和感が股間を襲い始めてきた。

 痒みのような疼きだ。

 しかも、すぐに、大きな快感に変化した。

 身体は苦しいのに、それとはまったく別に淫情が襲ってきた。

 孫空女は混乱した。

 

「はあ、ああ、ああ」

 

 しかも、だんだんと孫空女の女陰に深く染み込んでくる。なにもしていないのに、次々に肉芽や肉孔から快楽が沸き起こってきた。

 

 一方で、吐き気をもよおすような苦痛は、次第に孫空女を飲み込みかけていた。

 

 苦痛と快楽……。

 気持ちいい……。

 だが、苦しくもある。

 

 孫空女の中で苦痛と快感が攻めぎあっている感じだった。

 だが、だんだんと強くなる快感が、束の間、苦痛を塞き止めているという感覚でもあった。

 

 それにしても、なんで?

 

 まったく触れてもいない股間から沸き起こるこの衝撃はなんなのだろうか。

 とにかく、その暴力的な快感が全身を包み込み、愉悦の本流が身体中に駆け巡る。

 そして、この苦しさ……。

 まるで、少しずつ死んでいくような……。

 

「くわああっ、な、なにっ? ふあああっ」

 

 突然だった。

 不意に孫空女は絶頂していた。

 

 孫空女はわけもわからず、四肢をひとつにまとめたまま、弓なりにした。

 そして、またすぐに次の波が沸き起こってくる。

 しかも、今度はもっと強くなる。

 

「ひ、ひいっ、だ、誰か……」

 

 誰もいないはずの宙に向かって叫んだ。

 その声は、自分でも驚くほどに頼りない。

 

「あはあっ」

 

 その時、すぐそばから誰かの嬌声が聞こえてきた。

 その嬌声は孫空女から湧きだした声と重なり、次第に大きくなった。

 

 その人の気配がすぐそこまで来た。

 孫空女が虚ろな顔をあげると、眼の前に顔をぐしょぐしょにして淫らに呆けている沙那がそこにいる。

 

「見つけたよ、孫空女……。わたしから逃げようと思っても無駄さ。お前はしっかりと、わたしの手に捕らえられたままさ」

 

 沙那の後ろから宝玄仙が現れ、愉しそうに微笑んだ。

 だが、瞬時に、その顔が一変する。

 

「……お、お前、その手足は『死の呪い』──? やっぱり、黒女が消える寸前に、道術をかけられてたんだね。しかも、よりにもよって、死毒を刻まれるなんて」

 

 なぜか、宝玄仙が絶望的な声をあげた。






【西遊記:1~5回】

 天の神と地の神が交わったことにより、石から生まれた石猿は、やがて仙術を会得して、「孫悟空」の名乗りを得ます。
 やがて、神々をも凌ぐその強大な神通力を背景に、孫悟空は天界において、斉天大聖の官職を得ますが、実はそれが実体のない閑職であることがわかり、怒った孫悟空は、天軍を相手に大暴れをします。
 一度は、天軍に捕らわれた孫悟空でしたが、玉帝をもってしても、孫悟空には罰を与えることができません。
 やがて、玉帝の牢からも逃げ出した孫悟空は、逃避行の途中で釈迦如来と出逢い、「如来の手から逃げられるか」という賭けをします。

 その賭けに破れた孫悟空は、五行山という山に封印をされて、閉じ込められます。


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10  死の呪いと愛の行為

「……お、お前、その手足は『死の呪い』……。なんてこった」

 

 宝玄仙が焦ったような声を出した。

 次の瞬間、沙那の股間を責めていた触手が消滅した。宝玄仙が道術を解除したようだ。

 淫靡な責めは、とことんまで悪乗りする宝玄仙が、中途で責めをやめたことで、沙那も、どうやらいまはただならぬ事態だということを悟った。

 

「ほ、宝玄仙……?」

 

 孫空女が苦しそうな声を出した。

 その手足は、少なくとも袖の外の部分については、真っ黒になっている。

 よくわからないが、これが死の呪いというやつなのだろうか……?

 

 宝玄仙が孫空女の胸に手をどんと押した。

 かなり、余裕のない感じだ。

 ばちんと金属が弾ける音がして、孫空女の手足に嵌まっていた緊箍具が四個に分かれる。

 宝玄仙が引き千切るように、孫空女が身に着けているものを剥がし始めた。

 孫空女は、あの山賊たちから奪った衣類を身に着けていたようだったが、宝玄仙がそれらを脱がして完全に素裸にすると、手首と足首の周辺だけでなく、それぞれ付け根の近くまで真っ黒く変色している。

 

「な、なに、これ?」

 

 淫靡な責めから解放されて、我に返った沙那は、その孫空女の姿にびっくりして声をあげた。

 

「こりゃあだめだ……。思ったよりも進行している……。間に合わない。沙那、孫空女の手足を付け根から切断するんだ。こいつの手足はもう駄目だ。霊気の死毒が回ってしまっている。捨てるしかない。いまは、一時的にわたしが注いだ霊気が抵抗体になって、それでとまっているけど、すぐに胴体に回る。そうすれば、こいつは瞬時に死んでしまうだろう」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 

「だ、だけど……」

 

 沙那は驚いてしまった。

 いきなり、孫空女の手足を切断しろなどと……。

 

「話は後だ。手足なら、わたしが後でいくらでも復活して繋いでやる。だけど、死毒が胴体に回れば終わりだ……」

 

 宝玄仙が四方に結界を刻みだした。

 周囲一帯を宝玄仙の力場の結界で包んでしまうためのようだ。

 すぐに、準備が整った。

 宝玄仙が孫空女に向かって手をかざす。

 孫空女の身体がふわりと浮きあがった。

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女が弱々しく呟いた。

 もう虫の息だ。

 その眼にはほとんど生の色がない。

 沙那の目にも、孫空女が瀕死の状態であることはわかった。

 とりあえず、沙那は荷を全部おろした。

 

「わたしが治療術で止血をしているから、完全に付け根から手足を切り離しておくれ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 よくわからないが、沙那は覚悟を決めた。

 宝玄仙を信じるしかない。

 

「ごめん、孫空女──」

 

 沙那は剣を抜いて、宙に浮いている孫空女めがけて剣を一閃させた。

 

「んうっ」

 

 孫空女の右手が付け根から落ちる。

 確かに、まったく出血はない。

 孫空女は、わずかに小さな呻き声をあげただけだ。

 続いて、一閃。

 今度は左腕が落ちる。

 

「脚もだよ。急ぐんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女の両脚が空中で限界まで開かれた。

 宝玄仙の道術だろう。

 沙那が剣を振るいやすいようにしたに違いない。

 両足を付け根から落とす。

 

「孫空女を抱いてな」

 

 沙那が剣を収めると、それを待っていたように、宝玄仙が怒鳴った。

 胴体と顔だけになった孫空女が落ちてくる。

 沙那は慌ててそれを抱きとめた。

 手足のなくなった孫空女は、驚くくらいに軽かった。

 手足の切断面は、すでに肉が盛りあがって包まれている。

 これも宝玄仙の道術なのだろう。

 孫空女は、すでに意識がなかった。

 周囲でぱちんと音がした。宝玄仙が結界の道術を解除したようだ。

 

「限界までの霊気を使うよ。ちょっと周囲が揺れる感じがするからね」

 

 宝玄仙が怒鳴り声をあげた。

 よくわからないが、とりあえず沙那は地面に座って孫空女を守るように身体で覆う。

 いきなり突風のようなものを感じた。それとともに、地面がぐらぐらと揺れ出しもした。

 驚愕したが、それはただの錯覚だとわかった。

 しかし、沙那には確かに、地面と風が激しく揺れる感覚に襲われている。

 

 これも道術?

 

 沙那は度胆を抜かれた。

 宝玄仙は歯を食い縛って、沙那が切り落とした孫空女の四肢を一心に睨んでいる。その全身からは夥しい汗も噴き出していた。

 沙那は、宝玄仙がこれほどまでに真剣な表情をしているのを見たことはない。

 

 やがて、真っ黒く変色していた手足が、表面からしゅるしゅると音を立てて溶け始めた。

 そして、しばらくしていから、爆発するように、一気に四散して消失した。

 

「ふうっ、これで、とりあえず、大丈夫だ」

 

 宝玄仙が大きく息を吐いて、尻もちをつくように腰を落とした。

 

「だ、大丈夫ですか、ご主人様?」

 

 沙那は驚いて声をかけた。

 

「ぷはっ」

 

 そのとき、大きな息が孫空女から洩れた。まるで詰まっていた息がやっと通ったかのような息だった。

 孫空女の胸が大きく上下している。

 

「さ、沙那……?」

 

 孫空女の目が開いた。

 意識を戻したようだ。

 

「ふっ、目を覚ましたかい、孫空女? 手足を失くした気分はどうだい? 面白そうだから、残りの一生をそうやって暮らすのはどうだい? 大きな鞄に入れて運んでいってやるよ。淫具で責め立てながらね……。どうせ手足はないんだから、性交のことしか考えられない生活をさせてやるよ。それでいいじゃないかい」

 

 宝玄仙が寄ってきて、孫空女に笑いかけた。

 

「馬鹿なことを言わないでください、ご主人様。孫空女の手足は戻るんですよね」

 

 沙那は声をあげた。

 

「そんなことを言われても、死毒に覆われた手足は消滅させてしまったからねえ……。だけど、こいつは、わたしの玩具として暮らすんだから、その姿で別にいいんじゃないのかい? しっかりと胸はあるし、股もある。尻の穴だって残っている。ちゃんと調教できるさ。考えてみれば、性奴隷には手足なんて邪魔なくらいさ」

 

 宝玄仙は大きな声で笑った。

 さすがに沙那も、この状況で下品な冗談を続ける宝玄仙にむっとした。

 しかし、一方で、いつもの宝玄仙に戻ったということは、孫空女が危ないという状況は終わったということではないかとも思い直した。

 さっきの宝玄仙には鬼気迫るものがあったし、考えてみれば、それだけ危機一髪の状況だったということでもあるのだろう。

 

「とりあえず、連れてきな、沙那。その姿の孫空女を犯してやる。考えてみれば、随喜油(ずいきゆ)を尻穴に入れられた仕返しをしないとならないしね。孫空女を寄越して、随喜油を持っておいで」

 

「も、もう、ありません。容器は空になったので捨ててきました」

 

 本当のことだ。

 あのいまいましい痒み剤は、容器が空になったのを幸いに置いてきた。

 宝玄仙のことだから、あんなものはすぐに作れるのだろうが、沙那を苦しめた痒み剤を捨ててやったのだと思えば、少しは気も晴れた。

 

「なんだい。じゃあ、また作らないとならないね」

 

 なにがおかしいのか宝玄仙は、けらけらと笑った。

 だが、孫空女の手足を切断してしまった沙那としては、気が気でない。本当に孫空女の四肢は復活するのだろうか?

 

「……し、死毒……。あの黒かった手足は死毒というやつなのかい……?」

 

 孫空女が荒い息をしながら言った。

 自分の手足が腐ったように真っ黒く変色していたという記憶はあるようだ。

 

「わたしに感謝するんだね、孫空女。わたしがお前を道術で快楽責めをしている最中だったから、その霊気が御影の悪意のある霊気を跳ね返していたんだ。だから、手足以外にはなかなか死毒が浸透されずにすんだんだよ。わたしが、沙那の身体を使って共鳴術を仕掛けていなければ、本来なら、あっという間にお前は死んでいただろう」

 

「死んでた……?」

 

 孫空女はまだぼんやりとしていた。

 だが、すぐにはっとした顔をした。

 やっと、手足がなくなっていることに気がついたようだ。

 

「手足を斬ったのは沙那だからね。恨むなら、こいつを恨みな。そして、助けたのはわたしだ。わたしのことは恩に着るがいいさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ご、ご主人様、いい加減なことばかり言わないで、助けてあげてください。孫空女の手足は本当に復活できるんですよねえ?」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は、手足を切断する前に、そんなことを口走っていた。

 だから、できるのだろうと思う。

 

「まあね。だけど、切断した手足の再生は、さすがのわたしでも大施術だ。お前にも協力してもらわないとならないよ、沙那」

 

 宝玄仙の顔から笑みが消えて、再び真顔になった。

 沙那は、どんなことでもすると返事をした。

 すると、宝玄仙がにやりと笑った。

 

「そんなに緊張するようなことじゃないさ。お前と孫空女で、しばらく愉しい思いをしてくれていればいいのさ……。ともかく、ここじゃあ、なんだから、どこかに山小屋とか、隠れられる場所はないかい、孫空女?」

 

「……すぐそばに洞窟がある……。あたしの作った隠れ処だよ……。食べ物とか灯かりとか……。必要なものは揃ってる……。だ、だけど、よくここがわかったねえ……。ここまでやって来るのも大変だったじゃないのかい?」

 

 孫空女が思い出したように言った。

 時間が経つにつれて、口調もしっかりとしてきたと思う。

 意識もだんだんと明晰になってくるようだ。

 

「一度わたしに捕まれば、逃げるなんて言うのは無理なんだよ。覚えておきな、孫空女──。じゃあ、その洞窟に連れていくんだ」

 

 宝玄仙は立ちあがった。

 沙那は一度孫空女をおろしてから、荷を背負い直して、もう一度胴体だけの孫空女を抱えあげた。

 

 

 *

 

 

「なかなかの棲み処じゃないかい、孫空女」

 

 洞窟の中に入ると、宝玄仙が感心したように言った。

 孫空女を抱いている沙那も同じ感想を抱いた。

 

 孫空女が案内した洞窟は、入り口が巧みに隠されていたが、中に入ると意外にも広くて、しかも、物が揃っていて、保存のきく食べ物や青銅の水桶、燭台をはじめとして生活に必要なものが揃っていた。その量も、ひとり分ということはなく、少なくとも十数人はしばらくは隠れていられそうなものが揃っている。

 奥に進めば、さらに場所もあるようであり、おそらく、孫空女は、もしものときには、何人かの仲間を連れて隠れることができるように、ここを準備していたのだと思った。

 

 洞窟には乾いた毛布が何枚もあった。

 沙那は荷を下ろすと、洞窟の地面に毛布を重ね敷きをして、その上に手足のない孫空女を横たえた。

 

「じゃあ、ご主人様、お願いします。孫空女の手足を……」

 

「わかっているよ。ただ、これは難しい施術だということを知っておくれ。わたしとしても、かなりの体力のいる術なんだ。手伝ってもらうよ、沙那」

 

「わかってます。なんでも言ってください」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、とりあえず、お前も素っ裸になるんだ。そして、わたしの施術のあいだ、孫空女を犯し続けるんだ……。多分、ひと晩はかかるよ。そのあいだ、ずっとやり合ってもらわないとならない思うから、覚悟して責めるんだよ」

 

 宝玄仙はあっさりと言った。

 驚いたが、かっとなった。

 この状況にも関わらず、またしても、沙那に孫空女を責めさせるという淫らな行為をさせようとしていることに腹がたったのだ。

 

「ご主人様、真面目にやってください」

 

 沙那は声をあげた。

 

「わたしは真面目だよ──。いちいち、説明しないとならないのかい。面倒くさいねえ……」

 

 宝玄仙が頭を掻く。

 そして、話を続ける。

 

「いいかい、沙那──。孫空女の手足を復活させるには、大量の霊気が必要だ。わたしは、それを朝までかかって集めては供給し、供給しては集めるということをずっとしないとならないんだ……」

 

「はあ……」

 

 沙那は生返事をする。

 

「だけど、理由は知らないが、霊気というのは、突き詰めれば、人間が性交のときに生まれる淫気とほとんど同質なのさ。むしろ、霊気の極めて純度の高いものが“淫気”だということもできるかもしれない。とにかく、お前らが乳繰り合って、淫気を産みだしてくれれば、それだけ、わたしのやることも楽になる──。わかったかい。いいからやりな」

 

 宝玄仙が苛ついたようにまくしたてた。

 その表情には、いつものふざけたような感じはないので、もしかしたら、本当なのかもしれないが、それにしても、沙那と孫空女が淫らに愛し合うことが、道術に必要な霊気を確保することになるということなど、俄かには信じられるものじゃない。

 

 ただ、面白がって騙しているだけじゃないのだろうか……?

 

 ……とはいえ、沙那としても、これ以上、宝玄仙に質問したところで、道術や霊気のことなど、わかりようもないし、宝玄仙を怒らせれば、また機嫌を悪くしてしまうかもしれない。

 曲がりなりにも、いまは孫空女を助けようとしている気配ではあるし、大人しく従うことにした。

 

 とにかく、服を脱ぐ。

 すると、毛布の上で待っている態勢だった孫空女が口を開いた。

 

「あ、あんた……あたしを助けようとしているのかい……? い、いや、助けてくれたのかい? 魔毒というのは、あの黒女にかけられた道術なんだろう……? それに蝕まれたあたしを……あんたは助けた……。なんでだい?」

 

 孫空女が当惑したように言った。

 話しかけている相手は宝玄仙だ。

 沙那は、孫空女がなにかを訊ねようとしていることに気がついた。

 

 孫空女の意識がすでにはっきりしているのはわかっている。

 だが、ここまでやってくるあいだ、孫空女は沙那に抱かれながら、困惑した表情でずっと押し黙っていた。

 なにかを考え続けている感じだった。

 

「お前への罰は、後からだよ。とにかく、死なれては、罰も与えられないしね。それにしても、わたしがあのとき、言っただろう──。御影は、心の底からの性悪道士なんだ。影法師とはいえ、自分を殺した相手をただで許すわけないだろう。だから、行くなと言ったのに……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「答えになっていないよ。なんで、あたしを助けてくれたんだよ」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「なんだい……。助けてやったのが気に入らないような言い草だねえ……。まあいい。それにしても、これは厄介だよ。いずれにしても、これで終わりじゃないからね。魔毒は一度かけられれば、術者が解除するか、死ぬかしない限り、ずっと死の呪いとして、いつまでも、お前を追い続けるよ……」

 

「えっ?」

 

 孫空女が驚いている。

 沙那もだ。

 

「まあ、わたしといれば、問題ないさ。わたしの霊気は、あんな小物と比べものにはならないくらい強いからね。お前の身体が、わたしの霊気を吸い込み続ける限り、御影の魔毒は無効だ。その代わり、お前はわたしから離れられないということさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 だが、宝玄仙から離れれば、孫空女に魔毒が広まって死ぬなど、沙那には信じられない。宝玄仙が適当なことを喋っているだけの可能性もある。

 ただ、考えても仕方のないことを、これ以上考えることもやめにした。

 完全な素裸になった沙那は、孫空女の寝ている横に膝をついて座った。

 

「……孫空女、ご主人様を信じましょう……。ご主人様は、道術だけは、すごいお人よ。きっとあなたの手足を復活してくれるわ」

 

 沙那は孫空女にささやいた。

 

「“だけ”とはひどいね……。まあいい。じゃあ、いくよ。施術は数刻も続く長いものだからね。気合を入れて、性交を続けるんだよ。ただ、続けるだけじゃない。お互いに感じまくって、できるだけたくさんの淫気を長く放出し合うんだ」

 

 宝玄仙が苦笑しながら言った。

 次の瞬間、沙那はむず痒い感覚を股間に覚えた。

 そして、女の局部のすぐ上の部分に出現したものに驚愕して絶叫した。

 

「ひいいっ、いやああっ──。ご、ご主人様、悪趣味です──。や、やめて──。な、なくして──。消してください」

 

 沙那の股間に出現したのは、太い男性器だった。

 勃起こそしていなかったが、突如として自分の股間に生えた醜悪な男根に、沙那は動転してしまった。

 

「なに言ってんだよ、沙那。お前らは、内丹印で共鳴していると言っただろう。同じ女の身体同士だったら、快楽の共鳴のために、お互いの快感の増幅が沸き起こって、すぐに果ててしまうよ。ただ、どっちかに男根があれば、共鳴は解除される……。だいたい、さっきからつべこべと文句が多すぎるよ、沙那──。いいから、わたしが朝までやれと命じたら、さっさとやればいいんだ──。そうだ。命令しよう……。そうすれば、諦めてやるしかないからね」

 

「ま、待って、宝玄仙さん……」

 

 すると、孫空女がそれをとめた。

 そして、胴体だけの身体を器用にひっくり返してうつ伏せになると、沙那の身体ににじり寄って来た。

 

「……沙那、気に入らないかもしれないけど、あたしをその身体で犯してくれないかい……。この人がとんでもない変態女だということはわかっているけど、どうやら、さっきから言っていることは、本当のことのようだよ。あたしは、この人を信じる……。信じると決めたら、それ以上は疑わない。それがあたしのやり方だ。多分、あんたとあたしが愛し合うというのは、必要なんだよ……。あたしの勘がそう言っている。この人の言うことは正しいとね……。それとも、沙那はどうしても嫌かい……?」

 

 孫空女が言った。

 沙那は当惑した。

 

「い、嫌じゃないけど……」

 

 沙那としてもそう言った。

 今朝、この孫空女は、沙那を慰めるために、自ら進んで沙那を愛してくれた。

 あのときのありがたさを忘れてはいない……。

 

「だったら、いいじゃないかい……。それに……それに、こういうのも悪くないよ……。正直にいえば、あたしは、沙那に犯されるのは嫌じゃないんだ……。ちょっと、どぎまぎしてるよ」

 

 手足のない孫空女が沙那の股間に男根に口を伸ばして、ぱくりと咥えてきた。

 

「おう、やる気になったかい、孫空女──。沙那も、手足のない孫空女に負けんじゃないよ。まさかとは思うけど、孫空女よりも先に果てたりしたら、調教を最初からやり直すからね」

 

 積極的な行動に出た孫空女の態度に、宝玄仙が嬉しそうに声をあげた。

 だが、沙那はそれどころじゃない。

 孫空女から刺激を受けている男根のおかしな感覚に当惑していた。

 そして、むくむと先端を上にあげながら、大きくなっていく男根に驚いて、またしても悲鳴をあげてしまった。

 

 

 *

 

 

「だ、だめえっ」

 

 沙那は叫んだ。

 しかし、そのときには、孫空女の口の中に、なにかの塊のようなものを放出してしまっていた。

 突然に襲い掛かり、あっという間に股間を走り抜けていった得体の知れない感覚に、沙那はまったく対応できなかった。

 

「さっそく達したかい、沙那? だけど、安心しな。本物の男の身体なら、一度果てれば、しばらく復活するのに時間がかかるけど、本体は女だからね。いけばいくほど、むしろ、身体が熱くなるはずだ。遠慮なく、十回でも二十回でも達するといいよ」

 

 宝玄仙が大きな笑い声をあげたのが聞こえた。

 その宝玄仙は、洞窟の地面に胡坐をかいて、沙那と孫空女が愛し合うのを見守る態勢だ。

 沙那は、荒い息をしながら、ふと宝玄仙を見た。

 宝玄仙は笑ってはいたが、まるで頭から水でも浴びたかのように、びっしょりの汗だ。

 沙那は、宝玄仙がかなりの力を遣い続けながら道術を施しているということを悟った。

 

「本当だ……。沙那の股がすぐに大きくなった……」

 

 孫空女が自分の口の周りについていた白い分泌物を舐め取りながら笑った。その男の精のようなものが、沙那が放出したものなのだろうか……?

 

 まあいい……。

 こうなったら、毒を食えば皿までの気持ちだ。

 これが孫空女を救うためなら、沙那も馬鹿になったつもりで、孫空女との愛の行為をするだけだ。

 沙那も覚悟を決めた。

 

 孫空女に案内をされた山の洞窟だ。

 

 魔毒に犯された孫空女を救うために、宝玄仙の指示で沙那は、魔毒に侵されて黒く変色した孫空女の手足を切断したが、いまは失った孫空女の手足を復活させるための施術をやっている最中だ。

 宝玄仙曰く、手足を復活するための霊気を確保するためには、沙那と孫空女が淫らに愛し合って、“淫気”というものを可能な限り放出するのが必要だということであり、いま、沙那は、宝玄仙の道術で股間に男根を生やさせられて、手足のない孫空女と性愛を開始したところだ。

 

 だが、吹っ切れたように積極的になった孫空女に、男根を口で刺激され、呆気なく沙那は達してしまった。

 

「……じゃあ、沙那の番だよ。あたしにも淫らなことをしてよ。あたしも気持ちよくなりたいさ」

 

 孫空女が白い歯を見せた。

 その屈託のなさそうな笑顔に、沙那は苦笑しそうになった。

 なんて、可愛らしい顔をするものだろう。

 この孫空女には、沙那のようにうじうじと悩んだり、恨んだり、絶望にひしがれるということがないような気がする。

 

 笑うのも、怒るのも、そして、愛し合うことも、その場、その場で一生懸命だ。

 孫空女と一緒にいると、いじいじとしている自分の性格が嫌になり、そして、馬鹿馬鹿しいものに感じる。

 

 沙那も覚悟を決めた。

 孫空女と愛し合う……。

 そして、とことん、いい気持ちにさせてやろう。

 沙那は脚のない孫空女の股間に指を這わせた。

 

「あ、ああっ、いいよ、沙那。き、気持ちいい……」

 

 孫空女はすぐに反応した。

 眼を閉じて、胴体だけの裸身を悶えさせ始める。

 沙那はどきまぎした。

 孫空女が沙那の愛撫で気持ちよさそうによがっているのに接していると、沙那の心臓が苦しいくらいに高鳴ってきたのだ。

 

 孫空女の乱れ方は、ちょっと激しすぎるのではないかと思うほどだったが、それは演技というわけでもなさそうだ。

 沙那の指が触っている孫空女の股間からは、沙那が驚くくらいに大量の愛液が溢れ出てくる。

 それは、孫空女が激しい興奮状態にあるということに間違いなかった。

 

「ああ、さ、沙那の指……。き、気持ちいい……。ねえ、ねえ、もっとしてよ、沙那。もっとだよ」

 

「こ、こう?」

 

 沙那は当惑しながら、もどかし気に胴体を揺さぶる孫空女への愛撫を激しくした。

 すると、孫空女は額に汗を流しながら、顔を左右に振って甘い声をあげる。

 

「孫空女、手足のない状態で責められるのが快感なんだろう。もしかしたら、手足を復活させない方がいいんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙が身を乗り出してきて、にやにやと微笑んだ。

 沙那は、宝玄仙に顔を向けた。

 

「そんなことを言わないでください。孫空女をお願いします」

 

 沙那は声をあげた。

 宝玄仙はやれやれという表情で肩を竦めた。

 

「はいはい……。だったら、もっとねっとりとやりな。そんなものじゃあ、淫気はまだまだだよ……。そうだねえ……。じゃあ、指はそのままで、口と口でも愛し合いな」

 

 宝玄仙が言った。

 

 ただ、その口調にはあまり余裕のようなものはない。軽口も言葉だけで、宝玄仙は確かに全力で孫空女の手足を復活する道術をかけてくれている。

 それが沙那にもわかった。

 

「そ、孫空女、口づけしよう……」

 

 沙那は身体を傾けて、孫空女の顔に自分の顔を近づけた。

 

「う、うん」

 

 孫空女が小さく頷いた。

 こうやって孫空女と一緒に淫らになりきることが、孫空女を助けることになるのだと信じることにした。

 孫空女の言葉ではないが、信じると決めたら、徹頭徹尾信じるのだ──。

 沙那は、そう自分に言い聞かせて、孫空女の口に自分の口を重ねていった。

 そして、舌と舌を絡め合った。

 

「ああっ」

「はあっ」

 

 同時に甘い声が出た。

 孫空女の舌と唾液に触れると、なぜか沙那も異様な興奮を感じた。

 それをもっと得たくなって、さらに濃厚な口づけを重ねる。

 すると、沙那の興奮が伝わったのか、孫空女がもっと淫らに反応をしてくる。

 

 気がつくと、沙那と孫空女は、顔と顔を擦りつけるように、強くお互いの口を擦り合わせていた。

 まるで淫婦になったかのような錯乱が襲う。

 孫空女の甘い体臭と豊かな股間の樹液に引き摺られるようになってきた沙那は、孫空女の震える股間に熱っぽくて、ねちっこい愛撫を繰り返した。

 そして、お互いに唾液と唾液を交換してすすり合う。

 

 宝玄仙が驚きとともに揶揄する言葉を口にした気がしたが、もうなにを言っているか、わからないものになっていた。

 いまは、孫空女と沙那だけが愛し合う二人だけの愛の行為だ。

 孫空女は沙那の腕の中で、右に左にと顔を捩じりながら、淫らに喘ぎ続けた。

 

「ね、ねえ、来て、沙那……、さ、さっきから、ごつごつと股に当たって……。気になっちゃって」

 

 孫空女がくすくすと笑った。

 沙那は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。

 さっきから当たっていると孫空女が言及しているのは、沙那の股間に生えている男根のことだろう。すっかりと大きくなって固くなったその勃起した男根は、その存在を誇示するように、沙那の股にそそり勃っている。

 正直にいえば、痛いくらいに腫れあがっているそれを、どうしていいか、よくわからないでいたのだ。

 

「孫空女がおねりだよ。早くしてやりな」

 

 宝玄仙がからかうような言葉をかけた。

 

「は、はい」

 

 沙那はまるで、その言葉に操られるように、孫空女に覆いかぶさった。

 だが、いざ、孫空女の股間に挿入しようと思うと、どこをどうしていいかよくわからない。こんな風に男の視点で女の股など眺めたことなかったので、沙那はちょっとした混乱状態になってしまった。

 

「さ、沙那……。や、やだっ……。そ、そんなに……じ、焦らすような……」

 

 よくわからずに、あちこちを遠慮がちに突いていると、孫空女が悶えるようなよがった。

 

「じ、焦らしてなんかない」

 

 沙那は焦ってしまった。

 すると、大笑いが聞こえた。

 顔をあげると、宝玄仙だった。

 哄笑をしながら、むんずと沙那の怒張の幹を掴んだ。

 

「あ、あん、ご主人様」

 

 その刺激に今度は沙那が甘い声をあげてしまった。

 

「呆れた娘だねえ。女のくせに、どこが女の穴かもわからないのかい。まるで童貞と生娘の性行為じゃないかい……。ここだよ」

 

 宝玄仙がぐいと孫空女の股間に、沙那の股間を導いておしつける。

 ぴったりと合致した怒張を勢いのまま押し入らせると、孫空女は「あっ」と声をあげて、真っ赤に火照った頬をいやらしく左右に振った。

 

「沙那、男になったつもりで、前後に腰を動かすんだ。孫空女には手足はないんだからね。お前が主導するんだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら怒鳴った。

 沙那は、わけもわからずに腰を前後に揺さぶる。

 

「ああっ」

 

 沙那はまたもややって来た得体の知れない感覚に身体を仰け反らせた。まるで、激しい尿意が襲われたようなおかしな感覚だった。

 それでいて、尿意とは違うものであり、ぎゅっと股間が熱いものに突きあげられるような鋭い痺れでもあった。

 沙那はひたすらに狼狽した。

 

「尻の穴に力を入れな、沙那。そうすれば、呆気なく精を出さなくて済むよ」

 

 宝玄仙が愉しそうに声をかけてきた。

 とにかく、沙那はお尻をぐっとすぼめるようにする。

 すると、今度は律動を受けている孫空女が、一段高い声をあげて、身体を激しく振り、もどかし気に乳房をぶるぶると動かす。

 

「も、もう一回、舌を吸って、沙那」

 

 孫空女が切羽詰まった声をあげた。

 沙那は慌てて、身体を孫空女に向かって倒して、唇を合わせる。

 沙那と孫空女は、腰を密着させ、唇を吸い、さらに乳房と乳房を重ね合って、お互いに艶めかしく裸体と裸体をうねり合わせた。

 

 やがて、孫空女はがくがくと身体を震わせて気をやった。

 沙那は孫空女に股間に生やされた男根を挿入したまま、はっとしてしまった。

 孫空女の四肢の切断面のに、ぼんやりと白いものが浮かびあがっていたのだ。

 それは、まるで失われた四肢の続きがぼんやりと出現したような感じだった。

 

「その調子だよ、沙那。もっと尻を動かして、愉しみ合いな。お前らが達すれば達するほど、淫気が濃くなって、それで必要な霊気が膨れあがるんだから。今度は、声をかけ合って一緒に達しな。そうすれば、淫気は二倍にも、三倍にもなる」

 

 宝玄仙が大きな声で言った。

 沙那は言われるままに、孫空女に対する反復運動を繰り返した。

 孫空女のよがり声は、さらに甲高いものになり、沙那は自分がそれを耳にしていると、どんどん自分が激しく欲情していくことがわかった。 

 

「こらっ、孫空女、黙ってよがってないで、沙那を助けてやりな。沙那だって、必死なんだよ。甘えてんじゃないよ。一緒にいけと言っただろう」

 

 宝玄仙が叱るような声を出した。

 孫空女が潤んだ視線をねっとりと沙那に向けてくる。

 

「き、気持ちいいよ、沙那……。あ、あたし、す、すごく、気持ちいい……。さ、沙那は……?」

 

「わ、わたしも……」

 

 沙那は切羽詰まった感情が込みあがって、もう自制ができなくなった。

 理由なく、ぼろぼろと涙が出てくる。

 沙那は孫空女と連結している身体をがくがくと震わせた。

 

「ああ、いくっ、沙那──。いくよっ、いぐううっ」

 

 孫空女も大きな声をあげて身体を震わせた。

 沙那の身体にも、身体の芯まで溶かすような快美感が急速に込みあがった。

 

「ま、待って、沙那──。こ、今度は一緒に……」

 

 孫空女が昂ぶった声を張りあげた。

 沙那はその声に導かれるように、もう一度、接吻をした。

 お互いの舌を吸い合いながら、ふたりで腰を動かして、ついに沙那と孫空女は、まったく同時に絶頂を一致させた。

 

 沙那の股間からびゅっびゅっと何かが流れる……。

 一方で、孫空女の股間がぎゅっと絞り合わされ、男根の先に孫空女の膣から飛び出した淫液がどっと被さるのを感じた。

 

「いいよ、お前たち──。もう一度だ。淫気がどっと溢れた。その調子で頼むよ──」

 

 宝玄仙が嬉しそうに叫んだ。

 見ると、孫空女の四肢の切断面に浮かんでいた白いものがはっきりと腕と肢のかたちになっている気がした。

 沙那は全身を覆う気だるさに耐え、孫空女との愛を交わす行為をもう一度開始した。



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11  主従の誓い

 洞窟の外から聞こえる鳥の声で、沙那は夜が終わって、すでに朝であることに気がついた。

 

「起きたかい、沙那……。たった七回で気を失うとは、お前らも情けないよ、まったく……。おかげで、結局、わたしが朝までやらなければならなかったじゃないかい」

 

 宝玄仙の声がした。

 はっとした。

 沙那は自分が裸身であることに気がついたが、その上に毛布が被さっていたのだ。

 目の前には、沙那と同じように素裸で同じ毛布に包まれていた孫空女がいる。

 孫空女は、静かな寝息をかいていた。

 

 顔をあげて、宝玄仙の声の方向に視線を向ける。

 宝玄仙は洞窟の壁にもたれかかるようにして座っていた。

 顔に疲労の色がある。

 眼が赤いところを見ると、眠ってはいないのだろうか……?

 

 それにしても、もしかしたら、この毛布は宝玄仙が……?

 あり得ないような可能性だが、状況的にはそうとしか思えない……。

 沙那は眉をひそめた。

 

 そして、思い出した。

 がばりと起きあがって、毛布を孫空女から引きはがす──。

 

「あっ、孫空女──」

 

 沙那は声をあげた。

 孫空女の身体には、ちゃんと腕と脚が存在していた。

 宝玄仙は約束を守って、孫空女の四肢を復活させてくれたのだ。

 

「ちょっと、起きて、孫空女──。起きなさい」

 

 沙那は孫空女を揺り動かした。

 孫空女もまた、沙那同様に、最初はぼんやりとしていたが、はっとしたように自分の手足を見た。

 そして、呆然と自分の手と足をしばらく眺め続けた。

 しばらくすると、無言で手を握ったり開いたり、あるいは、足を不安そうに動かしたりし始めた。

 

 沙那はほっとした。

 

 孫空女の手首と足首には、昨日同様に緊箍具(きんこぐ)は嵌められているものの、手足の機能に問題はないように思えた。

 

「どうしたい、孫空女? 押し黙っちゃって──。忘れているかもしれないけど、御影(みかげ)に刻まれた魔毒の道術によって、お前は死にかけていたんだよ。命を救ってはやったものの、それでも手足を付け根から切断しければならなかった。だが、全部、元に戻してやったんだ。礼くらい言っても罰は当たらないと思うけどね。しかも、お前は、御影に魔毒を送り込まれる前に、わたしになにをやったか覚えているかい?」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 気性の激しい宝玄仙だが、今朝の機嫌はいいようだ。

 

「お、おはようございます、ご主人様。朝の掃除をさせていただきます」

 

 沙那は慌てて裸身のまま、宝玄仙に寄っていった。

 朝、起きたら、宝玄仙の口を舌で掃除をする──。

 それが、この一箇月、ずっと強要されていた躾だった。

 これまでは、激しい嫌悪感とともにやっていたが、昨日のことで、沙那は宝玄仙のことを見直した気分だ。

 孫空女の手足を復活させるという道術は、宝玄仙といえども、並大抵の術ではなかったのだろう。

 それをひと晩もかけて、やってくれたのだ。

 宝玄仙にもあんな一面があるなど、沙那は驚嘆していた。

 

「いや、ここは、新しい性奴隷の赤毛女にやってもらおうかね……。さあ、孫空女──。いつまで呆けてるんだい。お前はわたしの性奴隷だよ。いや、玩具かな……。とにかく、さっさとやって来て、わたしの口を掃除しな。寝起き、毎食後、就寝前……。欠かさずやるんだよ。わたしの供として覚えなきゃならない躾は、ほかにもまだまだあるからね。みっちりと調教で叩き込んでやるから、覚悟してな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 孫空女は、はっとしたように宝玄仙に身体を向けた。

 

「……あ、ありがとう、あ、あんた……」

 

 孫空女がぺこりと頭を下げた。

 その素朴なお礼に宝玄仙が苦笑した。

 

「なんだい。それだけかい。こっちは、徹夜で働いて、ありがとうの礼ひとつかい……。まあいいか……。礼には変わりないしね」

 

「……そ、そうじゃないんだ……。あんたが助けてくれたことは覚えている……。それと、夜中のあいだ、ずっと道術をかけ続けてくれたことも、薄っすらとだけ記憶にある。でも、なんでそんなことをしたのさ? あたしは、あんたが怒って仕返しをしに追いかけてくると信じ込んでいた……。まさか、助けてくれるとは思いもよらなかった、なんでだい?」

 

 孫空女は、いまだに信じられないという口調で言った。

 宝玄仙はからからと笑った。

 

「死なれでもしたら、調教できないからね……。お前も、沙那同様にみっちりと調教してやるよ。旅のあいだの暇つぶしだ。お前は気が強いけど、ものすごく淫らな身体をしているからね。なによりも、それがお気に入りさ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は首を横に振った。

 

「いいや、わかんない──。あたしは、あんたに殺されるようなことをした。そもそも、手下を率いてあんたを襲った盗賊のあたしだ──。そして、捕らえられて逃げるときに、あんなにひどい目にあんたを遭わせた。それなのに、殺すということもしないし、軍に突き出すということもしなさそうだ。なんで、そんなに優しくするのか、わかんないんだ」

 

「や、優しく?」

 

 横で聞いていた沙那は、びっくりして声を出してしまった。

 少なくとも、あの行為は、“優しさ”というような行為ではないだろう。

 感情のままの気紛れというのが正しい気がする。

 ふと見ると、宝玄仙も面食らった顔をしている。

 しかし、その顔がふっと綻んだ。

 

「優しいなんて言われたのは生れて初めてかもね。尻の穴が痒くなるよ。まあいい……。優しいというんなら、それでもいいさ。だったら、朝の挨拶くらいできるだろう? ほら、口を舐めな」

 

 宝玄仙が催促するように口を開く。

 孫空女が困惑したように顔を赤らめた。

 

「……あ、あんた、本当にあたしを愛人かなんかにするつもりかい……? つまり、性の相手に……」

 

 孫空女が顔を赤らめたまま、当惑した表情をした。

 すると、宝玄仙がぷっと噴き出した。

 

「誰が、愛人というような上等なものにしてやると言ったかい──。旅の供にはするが、お前の役割は、わたしの暇つぶしの性の玩具だ。間違って、人間並みに扱われるとは思わないことさ……。自分の立場がわかったかい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ほ、本当に、あたしをあんたらの旅に連れていくのかい……? そして、その……性の相手として……? 女のあんたが……女のあたしを……?」

 

 孫空女は首を傾げている。

 沙那は横から声をかけることにした。

 

「……このご主人様は、そういうお人なのよ……。もう、わかっているでしょう」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙はにやにやと笑ったままだ。

 すると、孫空女はしばらく考え込むように押し黙った。

 沙那は孫空女が顔をあげるのを待っていたが、それがかなりの時間になったので、沙那はちょっと心配になった。

 さっぱりとした気性の孫空女のようなので、こうなったら宝玄仙の供になることにすぐに同意するのかと思ったら、随分と考え込んでいる。

 もしかして、やっぱり孫空女は、こんな旅の供など、やはり承知しないつもりだろうか……?

 

 しかし、たった一日だが、沙那はこの孫空女と離れがたい気分になっていた。

 宝玄仙との旅が始まって以来、こうやって旅を続けるのもいいかなあ、と思ったのは昨日が初めてだったし、それは紛れもなく孫空女がきっかけだ。

 沙那は孫空女がこのまま旅に同行して欲しいと思っている。

 それに、昨夜は孫空女も、あんなに沙那と熱く愛し合ってくれたのに……。

 沙那は、ちょっとだけ、孫空女の迷いを不満に思った。

 

「なに考える必要があるんだよ。まあ、考えたところで同じだけどね。お前は、もう、わたしについていくしかないのさ。昨日も言ったけど、さもなければ、手足のない芋虫になるだけじゃなく、御影の魔毒が再び身体に回って死ぬことになるんだよ」

 

 宝玄仙が焦れたように言った。

 

「……そのことなんだけどさあ、あんたの供になる代わりに、ひとつだけ、条件があるんだ。それをさせてくれれば、あんたの供でも、奴隷でも、玩具でもなんにでもなるよ」

 

 孫空女が顔をあげた。

 

「条件?」

 

 宝玄仙は、面白い冗談でも聞いたような顔になった。

 沙那も孫空女がなにを言い出すのかと怪訝に思った。

 

「お前、自分の立場がわかってんのかい? お前が、望もうと望むまいと、お前がわたしの供になって旅の玩具になる運命は、もう決まっているんだ……。そうだ、忘れていたよ。これをしな」

 

 宝玄仙が懐から金属の輪っかを取り出した。

 沙那ははっとした。

 色こそ違って、沙那の首に嵌められている『服従の首輪』が銀色なのに対して、孫空女に近づけたものは、手首足首の緊箍具と対になったような赤色だったが、紛れもなく霊具だと思ったからだ。

 

 得たいの知れないものを首に嵌めるのを許して、この変態巫女の「性奴隷」にされてしまったのは、沙那の痛恨の極みだ。

 それと同じようなことをしている──。

 そう思った。

 

「嵌めるから髪をあげな」

 

 宝玄仙がその赤い輪を孫空女の首に当てるような格好をして言った。

 

「こうかい?」

 

 孫空女は素直に赤い髪を両手でたくしあげる。

 

「そ、孫空女」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 しかし、そのときには、その赤い輪は孫空女の素裸の首にがちゃりと嵌まってしまった。

 宝玄仙がにやりと笑った。

 

「沙那から、『服従の首輪』のことは聞いているんだろう? 得体の知れない霊具を首にされるのは怖くないのかい?」

 

 宝玄仙が意味ありげに微笑んだ。

 

「あんたのことは、もう信用することにした。だから、これがどんなものでも受け入れるさ。好きにしていい。だけど、ひとつだけ、条件がある。それだけはきいてもらう」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 感嘆するほどの度胸だと思った。

 宝玄仙の恐ろしさを孫空女は十分に知っているはずである。それにも関わらず、孫空女は宝玄仙の霊具を受け入れ、なおかつ、宝玄仙に対等の交渉を求めているのだ。

 しかも、孫空女は宝玄仙を挑むように視線をぶつけている。

 

 束の間、ふたりがお互いに睨み合った。

 だが、しばらくしてから、宝玄仙が根負けしたように笑った。

 

「……ふふふ……。わかっているかい、孫空女? お前を言いなりにするのは簡単なんだ。その身体には、わたしの内丹印が刻んである。お前が泣いて謝るまで電撃を浴びせることもできる。緊箍具(きんこぐ)で動けなくして、痒み責めにもできる。三秒に一回の連続絶頂だってね……。お前を屈服させる手段はいくらでもあるんだよ」

 

「でも、あたしの心は手に入らない。条件を受け入れてくれるなら、あたしは心からあんたに屈服する。性の相手をしろというならする。身体を売れというなら売るし、死ねと言われれば死ぬ。あたしに二言はない。あたしが誓うといえば、本当に誓うんだ。それは信用していい」

 

 孫空女がはっきりと言った。

 沙那はさっきから、宝玄仙が怒るのではないかとはらはらしていた。

 いまは機嫌がいいようだが、どんなきっかけで豹変するかわからない。

 本当にこの女法師は、気紛れで過激だ。

 沙那は、それをよく知っている。

 しかし、宝玄仙は急に笑いだした。

 沙那はとりあえず、ほっとした。

 

「まあいい……。それは『定心環(じょうしんかん)』だ。お前を守るものさ……。お前の首に嵌めたのは、沙那の首にあるものとは違う。服従の首輪というのは貴重品でね。作るのに時間もかかるし、幾つもあるわけじゃない」

 

「『定心環《じょうしんかん》』?」

 

 孫空女が自分の首にある金属の輪に触れた。

 沙那の首輪と同じように、道術でしっかりと嵌まっているように思える。

 

「昨夜も話したけど、お前に刻まれた『死の呪い』は消えたわけじゃないんだ。だが、その環をしていれば、わたしのそばで、わたしの霊気を吸収し続け、必要な一定の霊気を集めて、御影の道術くらい跳ね返し続ける。ただし、わたしが死ねば、御影の魔毒を待たずして、首輪が縮まってお前の首はもげ落ちるよ。そういうものさ」

 

「縮んで首が?」

 

 孫空女が顔をしかめた。

 

「ああ、そうさ。ちなみに、沙那の首輪にも同じ機能を付けている。だから、お前らは命懸けでわたしを守るしかないということさ。さもないと、自分たちも死ぬんだからね。かくして、わたしの旅は女傑ふたりに守られて安全が保てるということだよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫空女が驚いた顔になった。

 

「もしかして、沙那もそれであんたを殺さなかったのかい?」

 

「いや、沙那がそれを知ったのは、わたしを解放してからさ。沙那は自分の意思でわたしを殺さなかったのさ」

 

「ふうん……。まあいいや。とにかく、あたしの頼みをきいておくれよ、宝玄仙さん。そうしたら、あんたのいうことをきくから。お願いだよ」

 

 孫空女が言った。

 

「まあ、お願いとまで言うなら、話だけはきくよ。聞くだけならただだしね」

 

 宝玄仙が肩を竦めた。

 

「あたしをあいつらの仕返しに行かせて欲しいんだ。それをさせてくれたら、もうなにも言わない。黙ってあんたの奴隷になって生涯暮らす」

 

「あいつらって……もしかして、あんたの手下だった盗賊たちのこと?」

 

 沙那は口を挟んだ。

 すると、孫空女が大きく頷いた。

 

「そうだよ。あいつらは頭領だったあたしを裏切った。それだけは、きちんとけじめはつけたい。さもないも、あたしの女が立たないんだ」

 

「あいつらかい……。だけど、あれは、わたしのせいだろう。わたしが道術で脅したんだ。恨むならわたしじゃないのかい?」

 

 宝玄仙は顔をしかめた。

 

「いや、あんたのことは恨んでない。もともと襲ったのはあたしだから、仕返しをされるのは当たり前だ。それなのに、命まで救ってくれて感謝してる。でも、あいつらは別だ。あいつら、頭領のあたしを狂ったように犯したんだ。その仕返しだけはさせてよ。女の意地なんだ」

 

「女の意地ねえ……。あんなことくらいで、仕返しなんて気乗りしないねえ……。これでも一応は目的のある旅なんだよ。そいつらを探して、あちこち回るなんてわけにはいかないよ。とりあえず、この帝国の西の国境だけは早く越えたくてね」

 

 宝玄仙がちょっと複雑そうな表情をした。

 

「それには及ばないよ。あいつらがいるはずの砦に行くだけさ。あたしがひとりで乗り込み、それで戻ってくる。もしも、あいつらがそこからいなくなっていれば、それでいい。あたしはそのまま戻って、あんたの旅に加わる」

 

「なに言ってんのよ、孫空女。ひとりで乗り込むって、何十人そこにいるんでしょう? 返り討ちになったらどうするのよ」

 

 沙那は驚いて言った。

 孫空女の言葉はもう疑っていない。孫空女が砦に戻っても、彼らを従え直して、沙那たちを裏切るということはもうないだろう。

 孫空女は本気で自分が従えていた盗賊たちをやっつけにいくのだと思った。

 しかし、頭領だった孫空女だが、いまやどれくらい彼らに影響力を行使できるか不明だ。

 下手をすれば、返り討ちに合い、一昨夜の輪姦の繰り返しだ。

 

「大丈夫だよ。どいつもこいつも、意気地なんてない連中さ。面倒なのは数人だ。そいつらさえ叩きのめせば、あっという間に片付く。皆殺しにするのに、大した手間はかかんないよ」

 

「そうまで言うなら、盗賊退治を認めるけど、皆殺しは目覚めが悪いよ。ちょっと懲らしめるだけで勘弁してやりな」

 

「それでいい。ありがとう」

 

 孫空女がにっこりと微笑んだ。

 笑うと驚くほど可愛い顔になる。

 沙那はちょっとどきりとした。

 

 いや、それよりも盗賊退治だ。

 沙那は気を引き締めた。

 いずれにしても、これで盗賊団の砦への乗り込みは決まった。

 何十人もいるだろう盗賊団の砦に、たった三人で乗り込むのだ。

 どうなることか……。

 沙那は嘆息した。

 

「なら、沙那は、孫空女によく話を聞いて策を立てな。もとは千人隊長の女将校だ。こういうのは得意だろう?」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 沙那は頷いた。

 しかし、孫空女が首を横に振った。

 

「いや、これは、あたしの意地の話だから、そんな迷惑はかけられないよ。ひとりでいく。そして、終わったら戻ってくる。約束するよ。逃げたら死ぬから、戻るんじゃない。約束したから戻る。あたしのことは信用していい」

 

「いや、違うよ。これは、八仙たる三蔵法師こと、宝玄仙の仕事としてするのさ。五行山に巣くっていた盗賊をこの宝玄仙が、元頭領のお前を使って退治するんだ。お前らはわたしの供として、わたしの命令でそれをするのさ」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

「ご主人様……」

 

 沙那は宝玄仙のいきな物言いに、口を綻ばせた。

 どうしようない変態女で、鬼畜好きの気紛れ屋だが、それでも完全に憎みきることができなかったのは、こういう一面があるからだろうか。

 

「あ、ありがとう……。そ、そのう……ご主人様……」

 

 すると、孫空女が顔を真っ赤にして、照れたように言った。

 孫空女の仕草に、宝玄仙が微笑んだ。

 

「その代わりに、盗賊退治が終われば、なにをされても文句はないという言葉に、二言はないだろうね、孫空女」

 

「うん……。それに、いろいろあったけど、ご主人様に犯されたときは、本当に気持ちよかったよ。沙那もね。身体が溶けるようだった。あたしは、あんなにすごいの初めてだ」

 

 孫空女が赤い顔をしたまま言った。

 沙那は孫空女の赤裸々な物言いに、こっちが恥ずかしくなった。

 

 

 *

 

 

 砦に向かうのは、夜と決まった。

 孫空女が砦の造りと、周囲の地形を説明すると、沙那はあっさりと、背後の崖から侵入するのがいいだろうと言った。

 孫空女は、頭領として、かねがね砦の裏側が弱点だと思っていて、そのうちになんとかしないといけないとは思っていた。

 少人数なら、砦から死角になっている背後の接近経路から、砦の真上まで簡単に辿り着けるのだ。

 だが、孫空女はその弱点を悟るのに、頭領になって半年かかった。

 沙那は、実際に砦を見ることなく、孫空女の地形の説明だけで、それに気がついた。

 孫空女は、沙那はとても頭がいいのだと思った。

 

 とにかく、夜になる前に、孫空女の身体を試してみようということになった。

 孫空女の身体は、宝玄仙から伝わる霊気を充満させていて、再生した四肢をいわば、その霊気で繋ぎとめているような状態らしい。

 だから、身体がいままでのようにうまく動くかわからないと言われたのだ。

 

「手加減はしないわよ」

 

 沙那が剣を構えて言った。

 孫空女の武術が、我流の出鱈目なのに比べれば、沙那のはきちんと修業をした者の剣だ。

 それは、剣の持ち方だけでわかる。

 

 孫空女は、昨日やっつけた眼看(がんかん)たちから奪った剣を持っている。

 沙那と孫空女は、お互いに剣を抜いて、距離をとって向かい合っており、いまから試しの立ち合いをしようとしているところだ。

 宝玄仙は、それを見守る態勢であり、ちょうどふたりの真ん中にある石に尻を乗せて座っている。

 

「いつでもいいよ、沙那」

 

 孫空女は無造作に剣を持ったまま言った。

 確かに、宝玄仙の道術で四肢を再生してもらう前とは、身体が違う感じがする。

 やけに身体が軽いのだ。

 力もいくらでもみなぎる気がする。

 

「いくわよ」

 

 沙那が一気に間を詰めてきた。

 距離がなくなる。

 沙那の稲妻のような鋭い剣が伸びてきた。

 だが、孫空女は、さっと身体を開いてそれを避けた。

 沙那が咄嗟に構え直したときには、孫空女は沙那の斜め後ろに移動していて、すでに剣先を沙那の首に向けている。

 

「ま、参った……」

 

 沙那が信じられないという口調で言った。

 しかし、信じられないのは、孫空女の方だ。

 自分がこれだけ速く動けるとは信じられない。

 沙那の剣など止まっているようにしか見えなかった。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「いやあ、すごいねえ……。沙那、形無しじゃないかい。これなら、問題は無さそうだねえ。むしろ、力があり余っている感じじゃないかい、孫空女」

 

 宝玄仙が拍手をしながら言った。

 

「な、なんで、こんなに速く動けるんだい、ご主人様? 力だってすごいよ。これはびっくりだ。剣が軽すぎるくらいさ」

 

 孫空女は言った。

 

「本当に? わたしには、あんたが目の前から消えたようにしか感じなかったわ。それに、あんたが持っているのは、男が遣う両手剣よ。それを片手で操っているの?」

 

 沙那は目を丸くしている。

 

「まあ、お前が弱いんじゃないから、安心しな、沙那。孫空女はどうやら、霊気との相性がいいようだね。孫空女の身体には、『定心環』の影響で、わたしの霊気が充満しているんだけど、それが孫空女の身体能力を活性化しているようさ。つまりは、孫空女もある意味道術遣いのようなものなんだろうね。あれだけの動きができるのは、霊気の力で全身を動かしているからだと思うよ」

 

「はあ……」

 

 沙那はまだ呆然としている感じだ。

 

「しかし、もしかしたら、いまのお前なら、道術遣いのように、霊具を操れるかもしれないね。以前、わたしが作って、ちょっと持て余している武器があるんだが、試してみるかい?」

 

 宝玄仙が取り出したのは、小さな刺繍針ほどの金色の棒だ。

 

「これはなんだい、ご主人様?」

 

「それは『如意金箍棒(にょいきんこぼう)』、略して『如意棒(にょいぼう)』という魔具だ。わたしだって、たまには淫具以外の魔具も作るんだよ。それを握って、『伸びろ』と唱えてごらん」

 

 孫空女が言われたとおりに唱えると、孫空女の手に中で『如意棒』は孫空女の背丈ほどの長さになった。

 確かにこれは、霊具の武器だ。

 孫空女はびっくりした。

 

 突然大きくなったこの金の棒の武器に驚いたし、それを遣いこなしている自分にも驚いた。

 

「お前が頭で思い浮かべる長さにいくらでも伸びるし、逆に縮めることもできる」

 

「霊具の武器というわけだね……」

 

 孫空女は感心した。

 

「純金でできているし、魔術で圧縮もしてあるから、かなりの重さがある。男でも振り回すには骨が折れるだろうけど、いまのお前ならしっくりくるんじゃないかい」

 

 孫空女は如意棒を片手で持ち、頭の上でくるくると回転させた。風を切り裂く大きな音が辺りに響く。

 

「うん。これはぴったりだよ。あたしにこれを貸してくれるのかい、ご主人様?」

 

「わたしが持っていても仕方のないものだからね。今度は『縮め』と唱えてごらん」

 

 孫空女が「縮め」と言うと、如意棒は元の小さな大きさになった。

 

「普段は耳の中にでも入れておくといい。お前が望まない限り、耳に一体化して、耳を覗かれても武器を隠していることは誰にもわからなくなる……。耳を舐められても問題ないさ。それにしても、わたしも半信半疑だけど、なるほどねえ……。ああやって霊気で身体を充満すると、霊具が扱えるようになるんだねえ」

 

 宝玄仙も驚いているようだ。

 孫空女もびっくりだ。

 本当にこの身体はすごい……。

 

「じゃあ、そろそろ移動しましょう。峠のこっち側の盗賊は、孫空女が昨日やっけたので、孫空女のいた盗賊団を蹴散らせば、この五行山の街道も随分と使いやすくなるはずです」

 

 沙那が強い口調で言った。

 

「まだ、いいんじゃないかい。どうせ、砦に行くのは夜なんだろう? こっちの方も試させておくれよ。内丹印さ。ちゃんと、元通りに共鳴するかどうか試したいのさ。機能が損なってなければ、沙那を悪戯すれば、同じ快感が孫空女に伝わるはずだけどね」

 

 宝玄仙が言った。

 次の瞬間、沙那が股間を押さえて、奇声をあげた。

 すぐに『女淫輪(じょいんりん)』だと思った。

 宝玄仙が沙那の陰核の根元に嵌まっている淫具を急に振動させたに違いない。

 

「ふわっ、ああっ」

 

 そして、孫空女にもその刺激が瞬時に伝わってきた。

 孫空女もまた、股間を押さえて跪いてしまった。

 

「どうやら、ちゃんと機能するようだねえ。しかし、絶頂はどうかねえ? 共鳴がうまくいけば、お前たちはまったく同時に達するはずさ」

 

 宝玄仙が満足したような笑い声とともに言った。

 しかし、孫空女は、それどころではない。

 流れ込む快感の速度が速すぎる。

 とてつもない勢いで、無理矢理に絶頂に向かって駆け昇っていく。

 おそらく、これは、沙那の快感だろう。

 孫空女は、こんなに壊れるかと思うような速度で達したことはない……。

 

「んふううっ」

「はあああっ」

 

 呆気なく孫空女は、沙那と同時に達した。

 

「ほう……。うまく共鳴しているねえ。じゃあ、二回目はどうかねえ……。もしかしたら、三回目くらいから、ずれる可能性もあるし、もっとやってみようか」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 もはや、明らかに、ただ面白がってやっているだけであり、試しなどというのは口実だとわかる。

 

「ご、ご主人様、お、お願い……。こ、壊れる……。こ、これから……の、乗り込むのに……こ、こんなには……あああっ」

 

 沙那が身体を弓なりにして言った。

 

「そ、そうだよ。も、もう勘弁……」

 

 しかし、孫空女はそれ以上、哀願の声を発することができなくなった。

 二回目の絶頂が襲ってきたからだ。

 孫空女は、沙那とともに、むせび泣くような声をあげて達してしまった。

 



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12  五行山の山賊退治

「連中が出ていくわ……」

 

 沙那が小さな声でささやいた。

 

「いまのところ、沙那の策にすっかりと嵌まっているようだね。たった二本の手紙で二個の盗賊団を操るとは大したもんだ。さすがは、元千人隊長だよ」

 

 宝玄仙が沙那の横で笑った。

 

「怪しまれたときのことも見越して、二重、三重に仕掛けを準備していましたが、一番最初の手で引っ掛かってくれました」

 

 沙那も微笑んだ。

 孫空女が頭領をしていた盗賊団の砦の上になる崖の縁だ。

 そこで沙那は、宝玄仙と孫空女とともに、眼下の砦を見下ろしている。

 砦に向かう崖の斜面の下側には、侵入者を防ぐ逆茂木が尖端をこっちに向けているが、見張りのような備えはない。

 

 孫空女の説明の通りだった。

 また、逆茂木の下の広場になっている台上には平屋の建物が三棟ほど並んでいる。

 そのうち、真ん中の大きな建物が主立つ者が集まる場所であり、奪ったものを集めておく倉庫でもあるらしい。ほかの二棟は、下っ端の暮らす建物だそうだ。

 

 孫空女の案内で夜道を賭して、砦の真上に回り込む間道を進んできた三人だったが、月明かりのおかげで、大した苦労はしなかった。

 さらに、明るい月の光は、これから襲撃しようとしている盗賊団の砦の状況を詳しく教えてくれている。

 砦にいた連中が沙那の策に嵌まって、続々と出撃していく様子も丸見えだ。

 

「まあ、こいつが頭領をしていたくらいの連中だしね。あんまり、頭もよくないのさ」

 

 宝玄仙が皮肉っぽく言った。

 

「確かに、そうだね」

 

 すると、孫空女は気を悪くした様子もなく、にっこりと宝玄仙に笑いかけた。宝玄仙は、ちょっと拍子抜けしたような顔になった。

 そんなふたりの様子が、なんだか不思議におかしいものに感じ、沙那はくすりと笑ってしまった。

 

 沙那が仕掛けた策はそれほどのものではない。

 もともと、この五行山に巣くっていた二個の盗賊団を活用した撹乱だ。

 

 この五行山には、峠を境界にして、東側を縄張りとする孫空女の盗賊団と、西側を縄張りとする眼看(かんがん)の盗賊団があった。

 だが、孫空女は宝玄仙のせいで、頭領を追われるかたちになり、眼看については、孫空女を襲おうとして返り討ちに遭い、いずれも相次いで頭領を失うことになった。

 

 孫空女の方は、頭領だけが抜け、(とら)将軍というあだ名のという男が地位を継いだようたが、眼看については頭領以下首脳陣のほか、客人になっていた黒女もいなくなったので、残った部下たちの動揺は激しいもののようだった。

 それは、少し調査するだけでわかった。

 調査については、宝玄仙に協力してもらった。

 連中の隠れ処のそばまでいって道術で風を送り、中の話し声を風で拾ってもらったのだ。

 そんなことができるのだから、やっぱり天教で八仙に選ばれるくらいの法師なのだと思った。

 

 沙那は、まずは、西側の盗賊団の残った者にあてて、寅将軍の名で偽手紙を届け、夜のうちに全員揃ってやってくれば命は助けるが、朝までにそっちの砦にまだいれば、皆殺しだと脅した。

 残っていた者たちは、頭領の眼看をはじめ、指揮してくれる者を全部失った連中だ。

 最後通告に恐れおののき、いわれるまま、夜を賭してやって来るだろうと予想したが、案の定、そのとおりやって来た。

 砦のさらに下の街道に、たくさんの松明が移動するのが見えるので、それに違いない。

 

 一方で寅将軍の方には、財宝と美女を荷とする隊商が夜のうちに、密かに五行山を越えるという偽情報を流した。

 果たして、いま寅将軍以下、総動員で出ていったところを見ると、沙那の策に嵌まって、こっちにやって来る西側の盗賊たちを隊商と思い込んで、襲撃に行ったのだろう。

 まあ、精々殺し合えばいい。

 気がついて戻って来た頃には、こっちは砦の潜入を終わっているというわけだ。

 

「それにしても、本当に沙那の策に嵌まって、砦を無防備にして出ていったねえ」

 

 宝玄仙が呆れたように言った。

 

「寅は、新しく頭領になって、いいところを見せたいからね。沙那の策に嵌まるとは思ったよ。そのくせ、臆病だから、なるべく大勢で襲おうとしたのだろうさ」

 

 孫空女が肩を竦めた。

 

「そろそろ行きましょう」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、あたしから、行くよ」

 

 孫空女がぱっと崖を飛び降りた。

 片足を前に出すようにして、うまく体勢をとって、斜面を滑り降りていく。

 やがて、逆茂木のところに到達したが、滑り落ちながら、耳から如意棒を出し、正面を破壊して通り道を作って、そのまま下まで行った。

 

 孫空女が下から手を振る。

 安全だという合図だ。

 そのときにはすでに、如意棒は耳の中だ。

 孫空女が、完全に霊具の武器を遣いこなしているのに、沙那は感嘆した。

 

「では、わたしたちも降りましょう。わたしの背中にぴたりと身体を密着させてください、ご主人様」

 

 沙那は背後に宝玄仙を抱きつかせ、孫空女と同じように身体を斜めにして滑り降りていく。

 方向は孫空女の作った逆茂木の間隙だ。

 

「わっ、こ、これっ」

 

 怖がって狼狽え出した宝玄仙を途中で叱咤し、なんとか沙那たちも下に着くことができた。

 

「ひいっ」

 

 下まで着くと、宝玄仙が悲鳴のような声をあげて、くたくたとしゃがみこみかける。

 それを身体を支えて立たせ、沙那は剣を抜いた。

 

「とにかく、残っている者を探しましょう。いれば追い払う。その後は、建物に油をかけて焼き払う準備をするわ」

 

「油は真ん中の建物内の倉庫にあるよ」

 

 孫空女が歩き始めた。

 沙那もそっちに向かう。

 だが、ふと、宝玄仙を見た。

 

「縄かなんか使って、もっと、穏やかにおろしてくれるかと思ったよ……」

 

 宝玄仙は装束についた土を払いながら、ぶつぶつ言って、ついてきている。

 沙那は苦笑した。

 

「とにかく、ここから行こうか」

 

 孫空女が先導して、中央の大きな建物に入った。

 廊下があり、左右に扉がある。

 

「誰かいる……」

 

 奥に進みかけていた途中で、孫空女が立ち止まった。

 孫空女の目線には、扉がある。

 沙那は、扉の取っ手に手をかけた。

 鍵は掛かっていない。

 沙那は音がしないように、扉を開いた。

 部屋の中は倉庫のようだ。

 積み荷の箱で壁ができている。

 すると、奥から声がした。

 

「へへへ、ほれほれ、小便したいんだろう? 股を開けよ。股を開かなければ、小便ができねえだろう?」

 

「寅将軍には手を出すなと命じられてるから、せめて目の保養くらいさせてくれてもいいじゃねえか」

 

「た、頼む。後生じゃ……。こ、この黒い布紐をほどいてくれ。こ、これがあると、身体が動かんのだ。お、おしっこが洩れる」

 

 沙那はぎょっとした。

 尋常な様子ではない。

 男がふたり、女をいたぶっている声だ。

 

「お前ら──」

 

 孫空女が吠えた。

 駆け出して奥に飛び込んでいく。

 沙那も走る。

 

「うわっ、な、なんだ、お前ら……。あっ、姐御」

 

「姐御、なんで、ここに……?」

 

 男はふたりだ。

 どう見ても弱そうな連中であり、おそらく襲撃にも邪魔なので、置いていかれたのだろう。

 

「お前ら、その女はなんだ──?」

 

 孫空女はすでに如意棒を構えていて、ふたりに怒鳴った。

 

「な、なんだって、言われても……。そ、そのう……。ひ、昼間、のこのこと迷い込んできた雌妖でして……」

 

「頭領が……いや、いまの頭領……じゃ、ねえ……と、寅将軍が、夜の襲撃の後で味見するから、見張っておけと……。な、なんか、あっちの眼看の方から逃げてきた途中だったみたいで……」

 

 ふたりがすっかりと狼狽えた様子で言った。

 

 雌妖……?

 

 ふたりがいたのは、身体に布だけを巻きつけた半裸の女が入っている檻の前だ。檻は小さく、おそらく大型の獣を閉じ込める檻だろう。

 背を伸ばすことはできず、少女はしゃがんでいる。

 身体は小さくて、年齢は十二、三歳というところだろうかと思った。

 だが、男ふたりの“雌妖”という言葉にはっとした。

 少女の漆黒の髪に、はっきりと頭から突き出ている二本の角があったのだ。

 

 頭に角を持つ亜人種……。

 

 即ち、亜族だ。

 

 人間族とは異なり、すべての個体が、道術とよく似た「魔術」を遣う。だから、亜族のほかに、あるいは「魔族」、「魔妖」、「妖魔」などと呼ばれている。

 女の亜族なので、雌族だ。

 

 かつては、この帝国でも、亜族は珍しいものではなかったらしいが、天教が拡がるにつれて、大規模な亜人狩りがあり、この地域からはすっかりと存在が消えたとされている。

 

 だが、彼らの本来の棲み処は、「魔域」と呼ばれる遥かな西の地域であり、魔域には、亜族だけの国がたくさんあるという。

 その魔域が、亜族の発祥の地なのだ。

 書物によれば、帝国から西に向かうにつれて、人間族の国でも存在も珍しくなくなるようだが、帝国内では珍しく、沙那も目の当たりにするのは初めてだ。

 だが、頭にある角は確かに、この少女が亜族であることを意味する。

 

 よくはわからないが、この宝玄仙の旅の目的地は、亜族の地である魔域であり、そこで天教の布教をするのだそうだ。

 亜族の存在を認めず、かつてこの帝国で亜族狩りという残酷な殺戮の歴史を持つ天教教団が、その亜族に天教を布教するなど、沙那ですら理解不能だが、宝玄仙はそう言っている。

 

 とにかく、亜族とは危険で野蛮な存在だ。

 沙那は生まれたときから、そう教えられており、あらゆる書物にも、亜族の危険性が書かれている。

 

 しかし、この亜族は、とても弱っている感じだ。

 そして、首に黒い布を巻かれて、結ばれている。

 さっき、ほどいてくれと哀願しているようだったのは、あの首の布のことだろうか……?

 

「そりゃあ、御影……つまり、黒女の扱う霊気封じの布……。逃げてきたところを捕まえられたということだが、もしかして、眼看のところにいた黒女に捕らえられていたのかい?」

 

 宝玄仙が雌妖の少女に質問した。

 

「そ、そうだ。この不思議な布はわしの力を奪う……。しかも、触ると力が抜けて、自分で外すこともで……、できんのだ」

 

 雌妖は、妙に閉じ合わせた腿をもじもじと擦り合わせたりしている。そういえば、この男たちが、雌妖の尿意をからかっていた気がする……。

 なんとなく、もう一刻の猶予もないという感じだ。

 

「……だ、だが、黒女は死んだ……。わしは知らんが、眼看も死んだという話だ。それで隙ができたので、わしは逃げてきた……。だが、また、ここで捕まってしまって……。ところで、お前らは誰だ?」

 

 雌妖の少女が言った。

 妙に大人びた首の口調だが、それも亜族の特徴だろうか?

 沙那は首を傾げた。

 

 いずれしても、この雌妖の少女は、おそらく、孫空女に退治された黒女という存在によって、この五行山のもうひとつの盗賊団に囚われていたらしい。

 しかし、その黒女も眼看も死んだ。

 それで向こうで混乱が起こり、この雌妖は、能力を封じている首の布こそ外せなかったものの、なんとか逃げてきたのだろう。

 しかし、運悪く、今度はこっちの盗賊団に捕らえられた。

 相当の不運というほかない……。

 

「なんとなく話はわかったよ……。ところで、いま砦に残っているのは、他には誰と誰だ?」

 

 孫空女が怒鳴った。

 男たちは震えながら、自分たちふたりだけのはずであり、この雌妖の見張りを命じられたのだと答えた。

 嘘をついている雰囲気はない。

 孫空女が頷いた。

 

「……わかった。だったら、お前らの命は助けてやるから、たったいま、砦を捨てて逃げな」

 

 孫空女が不機嫌そうに言った。

 

「えっ?」

「はっ?」

 

 しかし、男ふたりはきょとんとしている。

 

 すると、大きな音がした。

 何事かと驚いたが、孫空女が如意棒で床に大穴を開けた音だった。

 だが、少なくとも、沙那には孫空女が如意棒を振った動作は目に止まらなかった。

 ふたりの男は引っくり返って泡を吹いている。

 ひとりなど恐怖に失禁までしていた。

 

「ならいいや……。ここで死にな。あたしのことは聞いてんだろう? あたしは、全員を皆殺しにするつもりで来たのさ」

 

 孫空女が如意棒を構えた。

 ふたりの賊は、すっ飛んで逃げていった。

 

「あんた、ちょっと揺れるよ」

 

 孫空女が檻の鍵を叩き壊した。

 鉄格子の扉が開く。

 

「か、感謝する……。だ、誰か知らんが……。よくぞ、男を追い払ってくれた……。だが、礼は待ってくれ」

 

 雌妖が開いた檻の扉から這い出してきて、しゃがんだ姿勢のまま、両足を開いた。

 そして、驚くことに、三人の目の前で、いきなり放尿を開始した。

 

「お、おおっ……。め、滅茶苦茶、き、気持ちいい……。が、我慢しておったからな。あいつら、わしの性器を覗こうと、張り付いて離れんかったのだ。お、おお……」

 

 雌妖は沙那たちに身体を向けたまま、股間から放尿を続けている。

 黒い陰毛に覆われた股間も丸出しだ。

 ちょっと、目のやり場に困る感じだ。

 しかし、力を封じられているとはいっても、危険な亜族であり、眼を離すわけにはいかない。

 

「お前、男に対してはすごく恥ずかしいのに、わたしたちの前では、平気なのかい」

 

 宝玄仙が呆れたように言った。

 

「お前たちは、女であろう? 恥ずかしくはないわ」 

 

 雌妖が笑った。

 宝玄仙は苦笑している。

 

「……ところで、わしの名は、小角(おづの)じゃ。最初に言っておくが、大して若くないぞ。人間族には、わしは随分と幼く見えるらしいがな」

 

 小角がおしっこをしながら言った。

 

「そうかい。まあ、ゆっくりしな」

 

 宝玄仙がからかうように言った。

 そのあいだも、小角の股間からは激しい小水が迸り続ける。

 

「ふう……」

 

 やがて、小角(おづの)が満足そうに嘆息した。

 床の上には、小角が作った小尿の水溜まりができている。

 余程、我慢していたのか、かなり激しい奔流だったし、大きな水溜まりだ。

 

「ははは、亜族のくせに、黒女のような影法師に捕らわれた間抜けかい。お前、我慢しているのは小便だけじゃないだろう。糞もしたそうさ。囚われて何日だ? ずっと我慢してるのかい?」

 

 宝玄仙が小角を眺めながら笑った。

 沙那は驚いたが、よく考えれば、亜族も人間族も、生理現象は同じなのかもしれない。

 ただ、沙那としては、狂暴で残虐で知られている亜族が、沙那たち人間と同じように排便をしたり、食事をしたり、さらに、性交をしたりというのが、ぴんと来ない。

 

「み、三日だ……。な、なあ、こ、この黒い布をはずしてくれ。これがなければ、魔術が遣える。排便など魔術で外に出せるのだ」

 

 小角が訴えた。

 確かに、小角の肌は粟立っていて、排便を耐えていると言われれば、そう見えないことはない。

 

「だけど、いまはその霊気封じのせいで、魔術は遣えないんだろう? 小便が恥ずかしくなければ、大便も恥ずかしくないはずさ。遠慮なく、そこでやりな。三人で見物してやるから」

 

「だ、大便は恥ずかしいに決まっておる──。な、なんということを言うのだ。お前は変態か」

 

 小角が顔を真っ赤にして言った。

 あれだけ排尿を堂々とやったわりには、羞恥心は強いようだ。

 

「だったら、助けてやってもいいけど、お礼に、わたしらの性の相手をして、三人に奉仕しな。そうしたら、助けてやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は悪乗りし始めた宝玄仙に、嘆息してしまった。

 しかし、とにかく、止めないと、どこまでも調子に乗ってしまう。

 

「ご主人様、こんなことしている場合ではありません。こうしているあいだにも、ここの連中が戻ってくるかも……」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は笑った。

 

「仕方ない、小角。じゃあ、性の奉仕なしに逃がしてやるよ。孫空女、黒い布を首からほどいてやりな。わたしは、どうも御影のその霊具は苦手でね。わたしが触ると、また行動不能になってしまうよ」

 

「わかった」

 

 孫空女が小角の首に手を伸ばした。

 沙那ははっとした。

 残酷で凶悪な亜族だ。

 力を復活させた途端に暴れださないだろうか?

 

「ま、待って」

 

 とにかく、沙那は身構えた。

 孫空女が手を止める。

 

「どうしたんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が首を傾げた。

 

「だって、亜族は狂暴で残酷なものです。力を戻したら、襲いかからないでしょうか?」

 

「そ、そんなことするか──」

 

 すると、小角は怒鳴った。

 宝玄仙が笑った。

 

「どうやら、お前は、天教の教義に毒されているようだね。亜族が乱暴で残酷というのは嘘っぱちだよ。むしろ、種族として狂暴なのは、人間族の方さ。どこまでも冷酷になれるからね。亜族の多くは善良さ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那はきょとんとした。

 

「外すよ」

 

 孫空女が黒布に手を伸ばす。

 

「うわっ?」

 

 しかし、いきなり孫空女が脱力して、両膝を床につけた。

 

「どうしたの、孫空女?」

 

 やっぱり亜族がなにかした?

 沙那は驚いて駆け寄った。

 しかし、そんな感じでもない……。

 孫空女の身体を起こすと、すぐに立ち上がった。孫空女も、わけがわからないという顔をしている。

 

「ど、どういうこと……。黒い布に触ろうとしたら、急に力が抜けて……」

 

 孫空女は呆然としている。

 そのとき、宝玄仙が口を開いた。

 

「どうやら、御影の魔毒を防ぐために、孫空女の身体に充満させているわたしの霊気が、御影の霊気封じの布に作用してしまったようだね……。沙那が取りな。お前なら大丈夫だ」

 

 そういうことあるのだろうか。

 沙那は、小角の首から布の紐をほどいた。

 苦労することなく、あっさりと外れる。

 

「お、おおっ……、か、感謝する」

 

 小角は叫んで、ぶるりと身体を震わせた。

 そういえば、排便を魔術で外に出せるとか言っていたので、それをしたのだろうか。

 随分とほっとした顔をしている。

 

「もう、いいよ。行っちまいな。あいにくと、たて込んでいてね。久しぶりに、亜族と遊ぶのもいいかと思ったけど許してやるよ」

 

 宝玄仙にしては、珍しくあっさり言った。

 

「い、いいのか?」

 

 小角は言った。

 だが、宝玄仙が行けという仕草をすると、目の前から突然に消滅してしまった。

 

「移動術かい。そこそこの亜族だったんだねえ……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご主人様は、亜族をよくご存知なんですか?」

 

 沙那は、なんとなく訊ねた。

 意外なことに、宝玄仙はなにかを思い出したかのような、切なそうな溜め息をした。

 

「昔、亜族に親しい知り合いがいてね……。それでわたしは、この国では誰よりも亜族に精通してると思うよ」

 

 宝玄仙はそれだけを言った。

 不思議な物言いだが、とにかく沙那は思念を消す。

 いまは、盗賊団退治だ。

 

「とにかく、孫空女……。手筈に戻りましょう。手分けして、油を撒こう」

 

 沙那は言った。

 孫空女は、この部屋の奥に油壺が山積みしてあるはずだと応じた。

 

 確かに、油壺の山が奥にあった。

 宝玄仙には、隠れていてもらい、分担して三個の建物のすべてに油を撒きまくる。

 

 作業の途中で、砦の下の街道を見た。

 

 戦いの喧騒のような騒ぎが続いている。

 争い合っているようだ。

 寅将軍たちに襲われ、仕方なく西の盗賊の連中も死に物狂いの抵抗をしているというところだろうか。

 一方的な殺戮という感じではない。

 

 三棟の全部に油を撒き終わった頃には、そろそろ夜が白々と明けかけていた。

 沙那と孫空女は、下の街道から登ってくる坂の上の砦の門にふたりで並んで立った。

 宝玄仙には建物の後ろに隠れてもらっている。

 

「そろそろ、行くわよ、孫空女。明るくなって、やっとあんたの元手下たちも、相手が隊商でないことに気がついたようよ。戦いの喧騒が収まりかけているわ」

 

「いつでもいいよ、沙那」

 

 孫空女は、沙那の隣で、如意棒を持って仁王立ちだ。沙那も剣を抜いている。

 沙那は合図を送った。

 三棟のうち、両側の二棟が燃え始める。

 宝玄仙が道術で油に火をつけたのだ。

 

 下の街道で次々に叫び声がするのが聞こえた。

 すぐに、慌てふためいた感じで、砦に向かって集団が駆けあがってくる様子に変化した。

 彼らも何事が起きているのかわからないと思うが、とにかく、砦に戻ることにしたのだろう。

 

 しばらくすると、人の姿がはっきりとわかるようになってきた。

 先頭を走ってくるのは、ひときわ大きな巨漢だ。

 沙那は、あの男に見覚えがある。

 あの輪姦のときに、異常なくらいに尻に固執していた男で、沙那も何度も肛姦された。

 あのときの口惜しさと惨めさが蘇ってくる。

 

 盗賊たちの先頭が砦の門の前に到着した。

 先頭はあの巨漢だ、

 走ってきたために息を荒くしている。

 

「なんだ、お前ら──。あっ、孫空女。もうひとりは、あのときの女……。どういうことだ? 火をつけたのはお前らか」

 

 その巨漢が怒鳴った。

 周りの者も憤慨した感じで、武器を構えた。

 しかし、沙那の見るところ、大部分の後続の盗賊は、女頭領だった孫空女の出現に戸惑っている感じだ。

 また、夜のあいだ、西の盗賊と戦い、かなり疲労している様子でもある。

 具足もぼろぼろで、傷を負っている者も多い。

 

「盗賊団は解散だよ。どいつもこいつも立ち去りな。さもなければ、皆殺しだ。あたしが強いのを知ってんだろう」

 

 孫空女が叫んだ。

 盗賊団の後ろ側がざわついた。

 戸惑いが動揺に変化している。

 さらに、一部には恐怖の色もある。

 孫空女も昨日まで頭領として、この盗賊たちをまとめていたのだ。大部分は、孫空女の強い言葉に、それだけで戦意を喪失した気配だ。

 

「やかましい。いまの頭領は俺だ。よくも砦を焼いてくれやがったな。俺たちに犯されてよがり泣いた分際で、頭領面するんじゃねえ。この酬いはくれてやるぞ、孫空女」

 

 例の巨漢が、怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「酬いってなんだい、寅?」

 

 孫空女がせせら笑った。

 やっぱり、こいつが寅将軍という男なのだと思った。

 

「知れたことよ。ふたり揃って、俺たちの厠女(かわやおんな)にしてやる。檻に入れて、全員の性処理女にするのよ。そのうち、孕むだろうが、そのときは首をはねてやる。だから、毎日、孕まねえように一生懸命に股を指で洗うんだな」

 

 寅将軍が卑猥な笑いをした。

 だが、同調したのは、周りの数名だけで、ほとんどはすでに戦意を失っている感じだ。

 これは、あっさりと片付きそうだ。

 沙那は思った。

 

「ねえ、兄貴、あの雌族もいますから、全部を共有にするのは勿体ないですよ。ひとりくらいは、幹部用にしませんか?」

 

 寅将軍の横の男が追従笑いを浮かべて言った。

 

「もう雌族の小角ならいないわよ。わたしたちが逃がしたわ」

 

 沙那は言った。

 

「な、なんだと──。あれには、まだ時間がなくて、手をつけてなかったんだぞ」

 

 寅将軍が喚いた。

 

「知ったことじゃないわね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 いずれにしても、沙那の忍耐もそろそろ限界だ。

 

「畜生、構わねえから、ふたりとも叩きのめせ。だが、顔と股には傷をつけるな」

 

 寅将軍が叫んだ。

 しかし、やって来るのは、周りの十人ほどだ。残りはやって来ない。

 

 孫空女が飛び込んだ。

 速い……。

 沙那が男たちのところに飛び込んだときには、寅将軍の両膝を如意棒で砕き終わったときだった。

 

「うがあっ」

 

 寅将軍が、地響きを立てて倒れる。

 孫空女はすでに後ろだ。

 

 男たちの肩や脛を砕きながら、突進する。

 背後の集団が怯み出した。

 

 沙那もふたりほどの男の肩を切って倒したが、もう出る幕はない感じだ。沙那は進むのをやめた。

 

「抵抗をやめるのよ。逃げ散りなさい。本当に全員、皆殺しよ」

 

 沙那は叫んだ。

 そのとき、後ろの中央の建物で、ぱっと炎があがった。

 手筈通りだ。

 今度も、宝玄仙が火をつけたのだ。

 

「ほっほっほっ──。お前ら、焼き殺されたくなかったら、さっさと逃げ散るんだよ」

 

 宝玄仙だ。

 燃え始めている建物の前に現れた宝玄仙が、笑いながら大声をあげた。

 盗賊たちが一斉にざわめく。

 そして、悲鳴が起きた。

 

「あのときの道術遣いの巫女だ」

「道術を遣うぞ」

「逃げろ──。逃げるんだ──。俺たちにも火をつけられる」

 

 この前の凌辱に参加した者たちが騒ぎ出した。

 宝玄仙は、油に火をつけただけだが、宝玄仙が道術遣いであることを知っている者から見れば、道術を遣ったようにも思えるはずだ。

 宝玄仙を知っている者たちが逃げ始めると、宝玄仙のことを直接には知らない者たちまで逃亡しはじめる。

 

「待て、逃げるな──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 だが、声だけだ。

 『如意棒』はもう彼女の耳の中にある。

 

 倒れた者も足を引き摺り、あるいは、肩を抑えて逃げ去っていく。

 寅将軍も苦痛に涙を流しながら、ふたりほどに肩を支えられながら、逃げようとしている。

 だが孫空女は、もう興味を失ったように寅将軍が横を通りすぎるのに任せている。

 

「沙那、なんだい、わたしのあの役目は──。馬鹿馬鹿しい。道術なんてのは、本当はそんなに簡単にはいかないんだよ。霊気を持たない人間には、霊具か結界印を通してでしか、道術はかけられないんだ」

 

 宝玄仙が呆れた口調で言った。

 

「そんなことは彼らにはわかりませんよ、ご主人様。あの半分は先日のことで、ご主人様の道術の恐ろしさを骨身に染みています。この砦に残っていた者も、ご主人様の道術のことを話に聞いて怖ろしい怪物のように考えていると思っていたはずです。だから、効果抜群でしたよ」

 

 沙那は笑った。

 

「怪物ねえ……」

 

 宝玄仙は苦笑している。

 すると、孫空女がゆっくりと、こっちに戻ってきた。

 すでに盗賊たちのすべては小さくなっている。連中は完全に逃げていった。

 宝玄仙が孫空女に視線を向けた。

 

「孫空女、お前の率いていた盗賊団は、これで根城も失い壊滅だ。盗賊をしていた者は、盗賊以外にはなれないだろうから、彼らもどこかでまた盗賊をするかもしれない……。だけど、それはお前とは関係のないことだ」

 

「そうだね、ご主人様……」

 

 孫空女が頷いた。

 沙那ははっとした。

 もしかしたら、孫空女が盗賊たちへの仕返しをしたいと宝玄仙に言ったのは、本当は仕返しが目的なのではなく、自分という頭領がいなくなったら、彼らがもっと非道を始めると思ったかもしれない。

 自分が彼らを抑えることができなくなった以上、その前にこの盗賊団を潰しておかなければと考えたのではないだろうか……?

 確かに、あの寅将軍という男は、無分別でどうしようもない悪党という感じだった。

 

「これで気が済んだだろう、孫空女」

 

「うん、気が済んだよ、ご主人様」

 

 孫空女はにっこりと笑った。

 

 そのとき、目の前の空間が捩れたと思った。

 気がつくと、小角が目の前に立っている。

 

「おうおう、盗賊どもを追い払ったのはいいが、派手に燃やしたのう。これでは、ここはもう使えんな」

 

 小角が言った。

 

「小角?」

「わっ、なんだ? まだ、いたのか?」

 

 沙那と孫空女は、ふたりで声をあげてしまった。

 

「お前、どこかに逃げたんじゃなかったのかい」

 

 宝玄仙も言った。

 

「なにを言う。礼がまだではないか。人間族とは違って、亜族は義理堅いのだぞ。忙しそうだから、隠れていただけだ」

 

「自分で言ってりゃ、世話ないね」

 

 宝玄仙は皮肉を込めた口調だ。

 だが、小角は気にする様子もない。

 

「まあいい。じゃあ、五行山を西に越えよう。わしが黒女に捕まる前に、住み処にしていた山小屋がある。そこで恩を返す」

 

 小角は言った。

 

「恩? なにかくれるのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 すると、小角はむっとした顔になった。

 

「なにを言う。恩は性奉仕なのだろう? それとも違うのか?」

 

 小角の言葉に宝玄仙は大笑いした。

 

「違いないね。じゃあ、その山小屋に行こうか。たっぷりと恩を返してもらうよ、小角」

 

 宝玄仙は嬉しそうに言った。

 沙那はうんざりした気持ちになった。

 ふと、横を見る。

 やはり、孫空女も当惑した顔になっていた。

 

 

 

 

(第1話『五行山の盗賊』終わり、第2話『雌妖の恩返し』に続く)

 






 *


【西遊記:14回】

 孫悟空が五行山に封印をされて、五百年後──。
 東帝国の皇帝が主宰する法要の実施を命じられた玄奘(三蔵法師)は、その法要の場に現れた観音菩薩に導きにより、真経を受け取るために、遥か西に位置する天竺にある「雷音寺」に向かって旅をすることを承知します。

 その旅の途中で難儀に遭い、玄奘は供を失います。
 しかし、五行山で、観音菩薩に封印されている孫悟空を見つけて、西行に供として同行することを条件に封印を解きます。

 眼看喜(がんかんき)というのは、孫悟空を供にして最初に出逢う盗賊の頭です。
 その盗賊たちを皆殺しにしてしまった孫悟空は、玄奘に叱られて、早速逃げ出してしまいます。
 だが、思い直して戻った孫悟空ですが、玄奘は、今後自分に刃向かえないように、孫悟空の頭に「禁箍児(きんこじ)」という逃亡防止の輪を嵌めてしまいます。


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 第2話    雌妖の恩返し【小角(おづの)
13  人族の奇妙な習性


「へえ、なかなかの家じゃないかい、小角(おづの)。山小屋とか言うから、もっと粗末な場所を想像していたけど、きれいなものさ」

 

 宝玄仙が感嘆の声をあげた。

 沙那も同じ感想を抱いた。

 

 五行山の盗賊団で捕らわれていた小角という雌妖を偶然にも助け、その小角に連れられてやって来た山小屋だ。

 だが、連れて来られたのは、山小屋というよりは、(いおり)であり、その平屋の建物には玄関もあり、囲炉裏があって、さらに縁側と野菜の植えてある小さな畠まであった。

 また、ひと繋がりの大きな室内の奥は衝立で仕切られていて、その向こうは寝室のようである。

 とにかく、中は清潔にされており、野蛮さのようなものは微塵もない。

 

 場所は五行山の山を西側に下った麓だ。

 人間族の麓の村とは、そんなには離れてなかった。

 むしろ、亜族の棲み処がこんなところにあるのかと、驚きたくなるような近さである。

 

 しかし、小角によれば、この小屋周辺には人避けの結界を刻んでいて、偶然近づいても、巧みにどこかに追い払われてしまう魔術がかけられているのだという。

 だから、安全なのだそうだ。

 

 ただ、小角の口振りには、人間の集団を野蛮で残酷なものだという決めつけが込められているようであり、それが沙那には違和感があった。

 確かに、人間は亜族という名の頭に角のある亜人種を嫌う。

 特に、この帝国ではそうだ。

 亜族というものは、見つけ次第に殺すべきものだとずっと教えられてもきた。

 さもなくば、逆に亜族は人間族を襲うのだ。

 沙那はそう信じてきた。

 

 だが、実際に接してみると、まったく普通だ。

 むしろ、小角の方が人間族の狂暴さを怯えている様子だ。

 そのくせ、正直そうで義理堅く、助けてくれた礼として、宝玄仙に言われた性奉仕に応じるのだという。

 

 沙那は亜族とは狂暴なものという固定概念が間違っていたという思いに襲われかけている。

 もっとも、幼少の頃から亜族とは粗野で暴力的な存在だと教えられてきたので、その思いからまだ抜けられないものの、頭に角があり、魔術に堪能なのを除けば、小角は人間の少女そのものに思えた。

 

 だが、小角は見た目が人間族の少女に見えるだけで、年齢はそれなりのようだ。

 それは話し方や仕草などに表れている。

 おそらく、かなりの年齢なのではないかと思う。

 

 一方で孫空女には、亜族に対する嫌悪感のようものは皆無のようだ。

 宝玄仙もそうだが、孫空女もまた、亜族に接した経験が多いようであり、沙那のように構える態度はない。

 だから、沙那は自分の警戒心が不当なもののように思えて、自分の亜族に対する猜疑心が醜いものに感じ始めていた。

 

 ここまでは、四人で歩いてきた。

 道のりでは、小角は角を巧みに隠すような髪形にして、さらに頭巾を被って、亜族である証拠である角が外に見えないように気を配っていた。

 

 小角は、魔術で瞬間移動をして、ここに来ようとしたが、他者の術で跳躍することを宝玄仙が嫌ったのだ。

 魔術にしろ、道術にしろ、一瞬にしてどこかに跳躍する術を『移動術』というらしい。

 

 『移動術』というのは、基本的には、術者が移動先にあらかじめ移動術のための印を刻んでおく必要があるらしく、まだ行ったことのとのない場所に移動することはできないようだ。

 つまり、移動術とは、術者の刻んだ印と印を術で繋ぐという作業であり、だから、宝玄仙もこの旅を術で進むわけにはいかない。

 また、印というものは、他人のものを使うことも難しく、しかも短期間で消滅してしまう。

 道術や魔術にも、案外制約があるようだ。

 

「さて、では約束の性奉仕だが、まだ陽が高い。とりあえず、食事にするか。そこに座ってくれ。庭の野菜と塩漬けの肉もある。一刻(※)もあれば、食べられるようにする」

 

 性奉仕というのは、小角を助けた見返りに、宝玄仙が小角に要求した謝礼だ。

 もっとも、宝玄仙としては冗談だったと思うが、この義理堅い雌妖は、宝玄仙の言葉を真に受けて、本当に性奉仕をするのだと言って、ここまで沙那たち三人を連れてきた。

 沙那としては、さっさと逃げてくれればよかったのにと、嘆息したくなる。

 

 小角が示したのは、天井から吊られている鍋のかかっている囲炉裏だ。鍋は空だが、小角が両手をかざすと、囲炉裏の灰から火がおこり、鍋に水が満たされた。

 何気無くやっているが、なにもないところから水や火を発生させるのは、簡単な術ではないはずだ。

 これだけで、小角が相当の高等亜族だということがわかる。

 

「いや、飯なんていいよ。すぐに始めるさ。じゃあ、お前たち、すぐに素っ裸になりな。小角が性奉仕してくれるとはいっても、少しはならしておかないとね」

 

 宝玄仙が機嫌よく言った。

 だが、その内容には驚いた。

 小角の言うとおり、まだ陽は高い。

 こんな日中から開始するとなると、夜までもたない。

 宝玄仙のことだから、一度始めると、しつこいくらいに長い責めになる。

 

「い、いえ、わたしはお腹が空きました。できれば食べてからの方が……」

 

「そうだね。それに夕べは徹夜だったし、ひと休みしてからにしようよ」

 

 沙那に次いで、孫空女も言った。

 もっとも、孫空女の物言いは、沙那のように計算ではないと思う。

 夕べは、孫空女の手下だった盗賊たちを始末するために、一晩中動いていた。

 それから、また歩いて来たので、確かにちょっと疲れてる。

 

「ひぎゃあああ」

「はがああはあっ」

 

 そのとき、当然に股間に電撃が迸り、沙那はその場にひっくり返った。

 孫空女も一緒にのたうったので、同じように股間に電撃を道術で流されたのだろう。

 

「こいつら……。なかなか演技がうまいじゃないかい。そうやって、罰を受けようと一生懸命なのはわかったよ。小細工をしなくても、ちゃんと痛めつけてやるから、心配せずに服を脱ぎな、糸屑ひとつ残すんじゃないよ。それとも、もう少し過激な罰がいいのかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 無論、宝玄仙特有の意地の悪いからかいだ。

 早く命令に従わないと、もっと酷い目に合わせると言っているのだ。

 

「そ、孫空女……」

「う、うん……」

 

 沙那と孫空女は、慌てて服を脱ぎ始めた。

 こうなったら、諦めるしかない。

 拒否しようとしとも、必ず服従させられるし、無駄な抵抗は宝玄仙を喜ばす材料にしかならない。

 

「演技だと?」

 

 すると、小角が声に不審の響きを込めて言った。

 どうやら、この雌妖は、宝玄仙の皮肉を言葉通りに受け取ってしまったようだ。

 

「そうさ。実のところ、こいつらは、本当は虐められるのが大好きなのさ。そして、抵抗する演技をすると、さらに気持ちよくなるんだよ。それが人間族の女の習性でね」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 

「か、勝手なことばかり言わないでください、ご主人様」

 

「そうだよ。そんなわけないよ」

 

 すでに最後の股布をほどきかけていた沙那と孫空女は、ほぼ同時に抗議の声をあげた。

 

「んぎいいいっ」

「あぐううっ」

 

 だが、またもや電撃が股間を襲う。

 しかも、今度は電撃だけでなく、肉芽と乳首の根元の女淫輪の振動も一緒だ。

 

「あ、あはああっ」

 

 沙那は、激痛に次いで起こった快感の疼きに股間を押さえて悶えてしまった。

 

「あ、ああっ、さ、沙那──」

 

 横で孫空女が甲高い悲鳴をあげた。

 宝玄仙の悪戯で、沙那と孫空女は「快感の共鳴」というものを結びつけられたままだ。

 沙那か孫空女のどちらかに快感が沸き起こると、なにもされていないもう一方にも同じ快感が起きるという仕掛けなのだが、沙那が女淫輪で急激に快楽を上昇させたことで、孫空女にも同じ快感が発生したというわけだ。

 

「おおっ、本当に気持ちよくなったのだな。いまのは、紛れもなく悶え声──。確かに、確かに……」

 

 小角が驚いた声をあげた。

 どうやら、小角には、宝玄仙が電撃を施したのはわかっても、淫具を動かしたのはわからなかったようだ。

 

「そうだろう、小角。人間族の女の習性は難しいのさ。だから、嫌だと口で言っても、責めをやめては駄目さ。そんなことをすれば、こいつらは怒りまくるよ」

 

 宝玄仙は大笑いしている。

 どこまでも、冗談を押し通すつもりのようだ。このなにも知らなさそうな雌妖をからかうのが愉しくなってきたらしい。

 そして、やっと淫具の振動がとまった。

 ぐったりとしている沙那と孫空女から、宝玄仙が股布を引き剥がした。

 

「立って、足を開け。腕は腰のくびれの後ろで水平だ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 言われたとおりにする。

 荷から縄束を取り出した宝玄仙が、沙那と孫空女の両手を背中で後手縛りにした。

 乳房の上下にも縄をかけられる。

 これは、ただの縄ではない。

 

 『魔縄』だ。

 

 霊気の込められた縄であり、一度縛られると、術者が解かない限り、ほどけることも、刃物でも切れることもないらしい。

 

「なるほど、蜜が垂れておるのう……。虐待で感じるというのは本当なのか……」

 

 小角が沙那たちの股を覗き込みながら言った。

 恥ずかしいし、口惜しいが、姿勢を無断で崩すと、喜んで宝玄仙がいたぶってくるに決まっているので、仕方なく、小角がしげしげとふたりの股間を眺めるに任せた。

 

 孫空女も横で恥ずかしそうにしている。

 だが、なんだかむず痒いような不思議な疼きがふつふつと沸き起こってきた気がした。

 沙那はそれがなんだかわからず、知らず腰をもじつかせた。

 

「ほう、孫空女……。お前、どうやら、露出狂の癖もあるようだねえ。こうやって、恥ずかしい裸身を晒ささせられると感じてくるのかい」

 

 見守っていた宝玄仙が、いきなり爆笑した。

 露出癖?

 つまり、裸を見られて興奮する変態……?

 

 孫空女が?

 沙那はびっくりした。

 

「ば、馬鹿なこと言わないでよ、ご、ご主人様──。そ、そんなことあるわけないよ」

 

 孫空女が顔を真っ赤にして大声を出した。

 

「だって、実際そうじゃないかい。小角が股ぐらを覗くだけなのに、どんどん蜜が垂れるのはどういうわけだい──? おおっと、勝手に股を閉じるんじゃない」

 

 ぴしゃりと肉が叩かれる音がした。

 宝玄仙が孫空女の尻を叩いたのだ。

 痛さは共鳴しないので、沙那にそれが伝わることはないが、ぐっと子宮を抉るような切ない刺激が沙那に起こった。

 これも、孫空女から伝わる快感の共鳴?

 孫空女には、もしかして、虐められて悦ぶ被虐癖がある?

 そんな風に見えないが、でもこの疼きの伝達は……。

 沙那は思わず、孫空女を見てしまった。

 

「ほら、被虐女、反応するんじゃないよ。共鳴で伝わる沙那が戸惑っているじゃないかい」

 

 宝玄仙が、笑いながら、もう一度孫空女の尻を叩いた。

 またもや、さっきのおかしな刺激が股間に起こる。

 

「んっ」

 

 沙那は思わず腰を捻った。

 

「あっ、さ、沙那……。ち、違うんだよ……。た、多分、そ、そんなことは……。だ、だって……」

 

 孫空が狼狽えた声をあげた。

 

「ふうん……。これはなかなか人間族の習性というのは難しいのう……。口と身体は別なのか……。奉仕というから、ただお前たちの性愛の相手をすればいいのかと思っておったが、そんな簡単ではないようじゃのう」

 

 小角が唸った。

 沙那も、もういちいち否定する気にもなれない。

 好きにしてくれの心境だ。

 

「じゃあ、小角、始めるかい。まずは綱渡りでもさせて遊ぼうじゃないかい。この綱をこの家の端から端まで繋げておくれよ。腰の上の高さに調整してね」

 

「縄を? それが性愛か?」

 

 小角はきょとんとしている。

 

「そうだよ。さっきも言ったろう。とことん侮辱的なことをさせるんだよ。人間族の女はそれが嬉しいのさ。とにかく、それを跨がせて歩かせるんだ。大きな縄瘤を作るのを忘れるんじゃないよ。面白いことになるから、見物してな」

 

 宝玄仙が魔縄をひとつにして長い縄にすると、それを小角に渡した。

 どうやら、沙那と孫空女に縄瘤のついた縄を食い込ませて歩かせるつもりらしい。

 沙那はげんなりとした。

 一方で宝玄仙は早くも自ら巫女服の装束を脱ぎ始めた。

 やる気満々のようだ。

 

 どうやら、長い一日になりそうだ。

 沙那は嘆息した。

 

「そういうことなら、それよりも、いいものがある」

 

 小角が言った。

 次の瞬間、沙那はぎょっとした。

 家の中が一変して、家の端から端まで貫く溝が出現したのだ。溝の幅は沙那の肩幅の倍はあり、しかも、溝の底から無数の触手が糸を引く粘着性の物質を表面に出しながら、うねうねと動いている。

 

「ひ、ひいっ、こ、こんなの嫌です」

「う、うわあ、や、やだよ、ご主人様。な、縄を跨ぐよ。触手なんて勘弁して」

 

 沙那はおぞましさにぞっとした。

 孫空女も顔をひきつらせている。

 だが、宝玄仙はひとり高笑いだ。

 

「こりゃあいい。じゃあ、溝渡りをさせようじゃないかい。だけど、ただ歩いてもつまらんからねえ。立ち止まったり、触手の刺激に負けて達したら、その都度、尻に排便を誘発する液体を注入しようじゃないか。それはできるかい、小角?」

 

「それは容易いが、しかし、そんなことをしてよいのか、宝玄仙? 人間族は排便姿を見られるのが恥ずかしくはないのか?」

 

 小角は驚いている。

 

「な、なん言ってんのよ。恥ずかしいに決まってるじゃない」

「そうだよ、ご主人様。悪趣味だよ」

 

 沙那と孫空女は喚いた。

 

「いい演技だねえ……。じゃあたっぷりと虐めてやるよ。小角、こいつらを悦ばせるには、できるだけ恥ずかしいことをさせるのがいいんだ。あるいは、屈辱を与えるとかね」

 

 宝玄仙が笑った。

 全く沙那たちに、取り合う様子はない。

 一方で、どんどんと装束を脱ぎ捨てていく宝玄仙の衣類を小角が甲斐甲斐しく集めていく。

 そして、「わしにできるかなあ……。難しいのう……」とぶつぶつ口にしていた。

 

「じゃあ、宝玄仙、始めるので、これをしてくれ。亜族用の術を封じる首輪じゃが、人間族の道師にも効果があることは確認済みだ」

 

 小角が、いつの間にか手にしていた金属の首輪を、最後の一枚を外した宝玄仙の首にがちゃりと嵌めた。

 宝玄仙がぎょっとした顔になった。

 沙那も驚いた。

 

「じゃあ、すまんが、できるかぎりの性奉仕をするので、そのふたりと同じ格好になってくれ、宝玄仙」

 

 その小角の言葉が終わると同時に、宝玄仙に向かって四方から触手が飛んできて、宝玄仙の両手を掴むと、強引に両手を背中側にねじ曲げる。

 

「わっ、な、なんだい。なんのつもりだい、小角?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 しかし、小角がさっきの魔縄を宝玄仙にかけ始めた。

 

「しかも、これは霊気を封じる首輪……。お、お前、なにやってんだよ。嗜虐するのはこいつらだけだ。わたしはいいんだよ──」

 

 宝玄仙が焦った声をあげた。

 沙那は驚いたが、なぜ小角が宝玄仙にそんなことを始めたのかわかった。

 さっきから宝玄仙は、虐められて悦ぶのが人間族の女の習性だと、ずっと繰り返している。

 宝玄仙は、沙那と孫空女のことだけを言及しているつもりだと思うが、小角は宝玄仙にもまた、同じようにしなければならないと思ったのだろう。

 宝玄仙も人間族の女だ。

 だから、宝玄仙の術を封じて身体を拘束したというわけだ。

 

「そ、そうなのか?」

 

 小角が手を止めた。

 しかし、沙那はすかさず横から口を開く。

 

「まあ、ご主人様も演技が上手ですねえ……。小角、特に、ご主人様には手加減をしちゃだめよ。責めが生ぬるいと、ご主人様は後でお怒りになるわ。とにかく、なにを喚いても、それはもっと苛めてくれという合図だから」

 

 沙那は言ってやった。

 

「そうだね。それから、ご主人様は特にお尻が弱いからね。うんと可愛がって……いや、虐めてやったらいいよ。ご主人様はとても悦ぶから」

 

 孫空女も皮肉っぽい口調で言った。

 さっき、露出癖とからかわれたことを少し根に持っている気配だ。

 

「お、お前らふざけるんじゃないよ。あ、後でどうなるか、わかってんのかい──。こらっ、小角──。これを外すんだよ──。ちっ、本当に霊気が封じられてる……。魔縄が外れない……」

 

 宝玄仙が焦った様子で怒鳴った。

 しかし、沙那は無視した。

 先のことなど知らない。

 それよりも、たまには責められる側に回るのも、宝玄仙にはいい薬だ。

 

「じゃあ、三人揃って溝を跨ぐがいい。ぼやぼやすると、電撃を帯びている触手をけしかけるぞ」

 

 小角が強い口調で言った。

 すると、左右からびりびりと音を立てて尖端を光らせている触手がさっと伸びてきた。

 

「うわっ」

「ひっ」

「な、なんだい?」

 

 沙那たちは追いたてられるように、股を拡げて溝を跨がらされた。

 

「さて、とまったり、達したりすると排便液の注入だったな。さっさと進め。とにかく、一生懸命に性奉仕するぞ。お前たちへの心からのお礼だ」

 

 すると、股の下から触手が一斉に延びて、沙那たちの股間を苛み始めた。

 

 沙那たち三人は、揃って甘い声をあげた。

 

 

 *

 

 

「ううっ、あううっ」

 

 沙那は部屋にできている溝を跨いで、おずおずと歩きだした。

 だが、すぐに腰が砕けるようになって足を動かせなくなってしまった。

 なにしろ、跨いでいる溝が肩幅よりもずっと広いのだが、大股を拡げている股間に向かって、溝から生えている無数の触手が糸を引く粘性物を擦りつけながら、陰核と秘肉と菊座を縦横無尽に下から刺激するのだ。

 そんなことをされながら、歩けるわけがない。

 

 しかし、跨ぐのをやめれば、左右から電撃の触手が襲ってくる。

 だから、下から責められるのがわかっていても、溝を跨いで触手に股間を晒すしかない。

 抵抗したくても、両手は縄で背中で括られている。

 沙那は無防備に触手に股間を責めさせるしかなかった。

 

「だ、だめ、だめっ、だめよ」

 

 だが、沙那の身体は、一度感じ始めてしまうと、宝玄仙に装着されている女淫輪(じょいんりん)の影響もあり、どうしようもなく欲情してしまう。

 

「だ、だめええっ」

 

 沙那は早くも軽い絶頂をしてしまった。

 

「んふううっ、さ、沙那、は、速いよ──」

 

 すぐ後ろを沙那と同じように大股を開いて進んでいる孫空女のあられもない声がした。

 快楽の共鳴を結ばれている沙那と孫空女は、どちらか感じれば、相手の受けた快感がもうひとりにも伝わってしまう仕組みだ。

 沙那が達すれば、孫空女も達するのだ。

 背後で孫空女が、沙那と同じように歩みをやめたのがわかった。

 体勢を崩した孫空女の裸身が、沙那の背中に倒れ込んできて、孫空女の乳房がぎゅっと沙那に押しつけられた。

 

「ご、ごめん、孫空女……。で、でも……」

 

 沙那は泣きそうになった。

 この一箇月の宝玄仙による調教で、すっかりと敏感になった沙那の身体は、一度火がつくと自分でもどうしようもないのだ。

 沙那は、もうそれを嫌というほど知り抜いている。

 しかも、こうしているあいだにも、沙那の股間を触手が苛み続けるし、それだけでなく、孫空女にも加わっている刺激が、共鳴により送り込まれてくる。

 こんなの我慢できない……。

 沙那はまったく身体に力が入らず、悶え狂った。

 

「さっそく、とまったねえ。じゃあ、排便液を送り込んでやるよ。とりあえず、宝玄仙、お前に三人分を抽入してやるね」

 

 小角(おづの)が腕組みをしながら言った。

 すると、三番目を進んでいる宝玄仙が怒りだした。

 

「な、なにっ……。ふ、ふざけるんじゃないよ。な、なんで、わたしに三人分なんだよ──。そもそも、とまったのは沙那じゃないか。沙那に三人分しな……。う、ううっ……」

 

 そのとき、宝玄仙の苦しそうな叫び声がした。

 そういえば、足をとめた場合は排便を促す液剤──すなわち、浣腸液を注ぐと言っていたので、さっそく、宝玄仙がやられたのだろうか……。

 もっとも、それを言い出したのは宝玄仙だ。

 

 しかし、小角という雌族は、「人間女の性愛は、ひたすら屈辱的な快感を与えることだ」とうそぶいた宝玄仙の言葉を真に受け、当の宝玄仙についても、その言葉の通りに嗜虐しようとし、宝玄仙の霊気を一時的に凍結して無力化して、沙那たちと一緒に、この触手の溝を宝玄仙にも跨がせたのだ。

 

 宝玄仙としては、小角と一緒に、沙那と孫空女をいたぶるつもりだったようだが、それが「恩返し」だと信じてしまった小角は、もう宝玄仙がなにを言っても、宝玄仙に対する責めもやめる気配がない。

 なにしろ、宝玄仙が小角に、人間女はもっと責めて欲しいと思っても、口ではやめてくれと言うと説明したために、それを信じ込んでしまったらしいのだ。

 

 馬鹿げた話だが、正直そうな雌族をからかった宝玄仙の自業自得だろう。

 この触手妖魔に身体を弄ばれるのは恥辱だが、いつも沙那たちを嗜虐して犯す宝玄仙も一緒に責められているのだと思うと、それだけで溜飲もさがる。

 

「そうしようと思ったのだが、お前たちが密着しているので、空いている尻が宝玄仙しかなかったのだ。まあ、その分、お前は屈辱が大きいはずだ。それがいいんだろう」

 

 小角が言った。

 

「じょ、冗談じゃないよ。そんなわけがないだろう、この雌族──。さっさと、わたしに装着している霊気封じを外すんだよ。さもないと、あとで泣きべそかくまで、逆さ吊りするよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 まずい……。

 どうやら、本気で怒っているようだ。

 沙那はぞっとなった。

 

「もしかして、本気で怒っておるのか? だ、だが、そうせよと申したのは、お前であろう……。どうすれば、満足するのだ……?」

 

 すると小角も、宝玄仙の態度の不自然さに気がついたようだ。

 小角の口調は、完全に当惑したものになっている。

 沙那たちを責めていた触手が、すっと消滅した。

 とりあえず、触手から解放されてほっとしたが、同時に沙那は嘆息した。

 ちょっとは期待したが、これで終わりか……。

 一方で宝玄仙は、怒りのあまり喚きたてている。

 

「……責めが生ぬるいんだよ……。ご主人様の口を塞ぎな、小角……。まずは、あんな喚き声を出せなくなるまで体力を削ぎ落すんだよ。構わないから十回くらい連続で絶頂させな……。そうすれば、大人しくなるから……」

 

 そのとき、孫空女がぼそりと言った。

 宝玄仙は、自分で喚き立てている最中だったから、孫空女の声が聞こえなかったと思うが、孫空女に後ろから身体を密着させられている状態だった沙那には、はっきりと孫空女の声が聞こえた。

 

 そして、小角もまた、孫空女の声が聞こえたようだ。

 

「おう、やっぱり、そうだったのか──」

 

 小角が一瞬にして、明るい表情になった。

 沙那はびっくりして、思わず顔を後ろに向けて、孫空女の顔を見た。

 孫空女が悪戯をしている子供のような顔で、ぱちりと片目を沙那に向けてつぶった。

 だが、沙那は自分の顔が強張っているのがわかった。

 孫空女は、宝玄仙のしつこさと怖さを知らないのだ……。

 あんなことを小角にささやいて、けしかけたことがばれたら、宝玄仙が沙那たちにどんな罰を与えようとするかわかったものじゃない。

 

 さすがに、いまのは、やりすぎじゃないだろうか……。

 

 子供のように無邪気な宝玄仙だが、怒るときの怒りは激しいし、容赦もない。

 そのさじ加減は微妙でなかなか難しいが、一箇月にして、やっと沙那にもわかってきたところだ。さっきまでだったら、宝玄仙は小角に対しても、沙那たちに対しても、そんなに怒りを激しくはしなかっただろう。

 だが、これ以上苛めると、本当に宝玄仙の頭の線が切れる気がする……。

 

「うわっ」

「ひいっ」

「な、なんだい、小角」

 

 しかし、沙那の思考はそこまでだ。

 今度は下からだけでなく、四方八方から触手が一斉に襲いかかって来たのだ。

 そして、口の中に細い触手の束が入り込んできた。

 孫空女が宝玄仙に対してけしかけた内容が、沙那と孫空女に対しても行われたのだ。

 余りに素直すぎる小角は、孫空女の言葉を頼りに、本当に責めに拍車をかけることにしたのだと思う。

 

 つまりは、連続絶頂十回だ──。

 しかし、そんなに続けて絶頂したりしたら、身体がばらばらになってしまう……。

 沙那は悲鳴をあげかけた。

 だが、その声は口に中に入っている触手のために、外には出ない。

 

 今度はさっきとは比べものにならない数の触手が全身を襲う。

 股間は当然として、肉芽や肛門など、糸のように細い触手が圧倒的な数で股間を襲ってきた。

 

 乳房も……。

 さらに内腿──。

 拘束されている脇──。

 横腹や背中──。

 首──。

 とにかく、ありとあらゆる場所を触手の胴体が擦りだす。

 触手には、太いものもあれば、細いものもある。

 それが巧みに責める場所を交換しながら、次々に異なる刺激を沙那の身体に襲わせる。

 

「んんんん」

「んあああ」

「んふうっ、んふうっ」

 

 沙那だけでなく、後ろの孫空女と宝玄仙も悶えまくっている。

 またもや、あっという間に達してしまった沙那は、がくりと身体を崩しかけた。

 そして、当然、孫空女も同時に絶頂した。

 だが、その沙那の身体を新しい触手が伸びて、雁字搦めに捕まえてしまう。

 これで沙那は、無数の触手に全身を掴まれて、まったく動けなくなってしまった。

 

 すぐに次の絶頂が襲ってきた。

 これが沙那自身の絶頂なのか、孫空女のものなのかはわからない。

 ただ、お互いに相手の絶頂感を受け取るということは、昇天するのも倍ということだ。

 実際には、二倍以上の快感を受け取らないとならないので、倍では終わらないはずだ。

 

 沙那はがくがくと痙攣のように全身を震わせた。

 だが、絶頂しているあいだにも、次の絶頂が襲っている。

 

 女陰で……。

 陰核で……。

 お尻で……。

 胸で……。

 

 とにかく、全身のあらゆる場所を同時に触手に責められて、沙那はわけがわからなくなった。

 

 ほとんど沙那と孫空女は密着していたのだが、お互いに争うように、共鳴によって完全一致した絶頂を繰り返した。

 あまりにも短い時間で達し続けたために、沙那も孫空女も呼吸困難になり、いつしか、ほとんど失神状態になってしまった。

 

 だが、突然に床に放り出された。

 頭が真っ白でそれがどういう状態なのかわからなかったが、おそらく、孫空女が小角にささやいた「十回」の絶頂が終わったからだと気がついた。

 

 正直で素直な小角は、どこまでも言葉通りに「責め」を実行しているようだ。

 

 とにかく、触手は一時的かもしれないが、沙那と孫空女を解放してくれた。

 しかし、沙那はもう指一本動かせないほどの疲労困憊状態だ。

 横の孫空女も同じのようだ。

 仰向けにひっくり返されている孫空女の開いた股からは、孫空女自身の淫液がいまだにどくどくと流れていて、顔も半分白目を剥きかけている。

 

「んぐうう、んぐうう」

 

 一方で宝玄仙はいまだに無数の触手に全身を苛まれている。

 まだ、「十回」が終わっていないのだろう。

 口と股間と肛門だけでなく、尿道や耳、鼻の穴にまで触手を突っ込まれている宝玄仙が、快感に襲われて全身を弓なりにして震わせた。

 

「んぐうう、ふううう」

 

 宝玄仙が涙を流しながら、懸命になにかを叫んでいる。

 なにか悲痛な訴えをしているようだ。

 

「ほら、存分にするがいい、宝玄仙。どうだ、恥ずかしいか? 屈辱か?」

 

 部屋の隅で、この部屋に発生している触手群を操っている気配の小角が言った。

 次の瞬間、宝玄仙の全身を捕らえている触手のうち、菊座を責めているものだけが、一斉に宝玄仙を解放した。

 

「んんんあああ」

 

 次の瞬間、宝玄仙のお尻から水分混じりの固形物の大便がぼたぼたと噴き出し、そして、宝玄仙は排泄をした。

 だが、宝玄仙は明らかに排便をしながら、激しい快楽で絶頂していた。

 しかも、排便は長く続き、宝玄仙は絶頂が終わっても、またもや次の絶頂の兆しを示し始めている。

 

 そのあまりに壮絶な光景に、沙那も言葉を失った。

 孫空女も唖然としている。

 宝玄仙が尻から放出した汚物については、床に落ちる前に消滅してなくなった。

 だから、匂いさえも、沙那には感じなかった。

 

 そして、宝玄仙への責めは続く。

 排便絶頂という、女としておよそ考えられる最悪の屈辱が終わっても宝玄仙は許されず、宝玄仙の汚れたお尻も触手が舐め尽くすように、また群がって擦りまくっている。

 お尻を触手に突っ込まれると、宝玄仙は派手すぎる反応をして、何度も繰り返し絶頂していった。

 

 やがて、その宝玄仙も沙那たち同様に突然に床に放り出された。

 

「では、わしも直接に加わって、お前たちに恩返しするぞ。今度は女の穴と口に、女の身体を欲情させる媚薬を注入する。さあ、愉しもうではないか」

 

 触手を身体から生やした小角が愉快そうに、服を脱ぎながら近づいてきた。




※ 本作品では、1刻=1時間。1時間は60分、1分は60秒


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14  純情雌妖のお礼

「あ……うう……う、ううう……。い、いいよ……。うんんっ」

 

 後手縛りの身体を床にうつ伏せにされている宝玄仙が甘え泣くような声をあげて悶えている。

 孫空女は、その光景にぼんやりと視線を向けていた。

 

 仰向けに身体を開いている宝玄仙に馬乗りになっているのは雌族の小角だ。

 小角は、身体の表面から十数本の触手を出して、それで宝玄仙の股間と菊座のふたつの穴を犯しながら、ほかの触手で宝玄仙の裸身を包み込むようにしてぬめぬめと舐めまわしているのだ。

 

 孫空女もすでに洗礼を受け済みだが、あれはただの触手ではなく、触手一本一本の表面に、さらに繊毛があり、触手の表面が肌を通過すると、その表面の繊毛が不規則な刺激を与え、狂うような刺激が与えられるようになっているのだ。

 あんなもので、全身を包まれて動き回されたらたまったものじゃない。

 

 すでに宝玄仙も、数回の絶頂を繰り返していて、もう息も絶え絶えだ。

 だが、小角(おづの)は、拘束された宝玄仙を犯すのをやめようとしない。

 宝玄仙は快感を通り越して、いまは苦痛の表情を浮かべている。

 

 だが、孫空女の思念は沙那によって中断された。

 しばらく、性交の疲れでぐったりと動かなくなっていた沙那が、再びのそのそと起きあがって来たのだ。

 

「だ、だめ……。そ、孫空女……。あ、頭が……ぼ、ぼんやりとして……。な、なにも考えられないの……。こ、ここはどこ……? わ、わたしたち、どうしているの……?」

 

 横で身体をくねらせながら鼻声をあげていた沙那が、孫空女に乗りかかってきた。

 明らかに様子がおかしい……。

 おそらく、さっき小角に口の中に無理矢理に突っ込まれた触手の先端から噴き出た怪しげな液剤のせいだと思う。

 それと、膣と尻の穴にも薬剤らしきものを抽入された。

 その直後は、朦朧となってしまって、孫空女も酔っ払ったようになった。

 

 もちろん、飲まされたのは酒ではない。

 間違いなく媚薬だ。

 孫空女自身の身体にも、狂うような疼きと火照りが荒れ狂い始めている。

 亜族の媚薬を身体に入れられて、さらに局部に塗られたのだと思う。

 沙那と宝玄仙など、すでにまともな意識すら保てない状態だ。

 

 もっとも、孫空女も一瞬はぼうっとなるような朦朧感を味わったものの、いまは少し楽になっている。

 もともと、孫空女は昔からなぜか薬剤のようなものに耐性が強く、普通なら昏倒してしまうような猛毒でも軽い症状で済む場合が多い。

 だから、今回もちょっとは効果があったものの、まともな頭を少しは保てるのだとは思う。

 しかし、同じように液剤を体内に注入された沙那と宝玄仙は、まるで泥酔したようなへべれけの状態だ。

 

「ああ、孫空女、おかしいの……。な、なんだかおかしい……。ね、ねえ、か、身体が……あ、熱いの……。ああ、おかしい……。身体が熱いわ……。ああっ」

 

 汗まみれの沙那が、乳房と股間を孫空女の身体に押しつけて、ごしごしと擦るように動かしてくる。

 

「あ、ああっ、そ、そんな風に動かしちゃだめだよっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 頭はまともとはいえ、ただれるように全身が敏感になっているのは、孫空女も同じだ。その身体をこんな風に擦られては、孫空女も堪らない。

 あっという間に、孫空女は悶絶するような悲鳴をあげてしまった。

 

「あはっ、孫空女、可愛い……。ああっ、で、でも、わたしも気持ちいい。んふうううっ」

 

 同時に、頭の線が切れたようになっている沙那もまた泣くような声をあげた。

 快感が共鳴しているので、沙那と孫空女は受ける快感がまったく同じだ。

 沙那の激しい疼きが、一気に孫空女にも流れ込んできた。

 しかも、媚薬に頭をやられている沙那が、孫空女に甘えねだるように、乳房を乳房で揉みつぶし、股の粘膜と粘膜を密着してくる。

 それで沙那が受ける快感が孫空女にも流れ込み、孫空女は沙那とともに悶え泣きをこぼした。

 

「あ、ああ……、気持ちいい……。く、口づけして、お願い……」

 

 沙那が頬をすり寄せてきた。

 どうも様子がおかしい。

 狂うような快感が全身に襲い掛かるのは確かなのだが、もしかしたら、小角の媚薬は、人間の理性のようなものを消失させてしまうような効果があるのかもしれない。

 とにかく、理性を失っている気配の沙那は、驚くほどに積極的だ。

 

「ああ、孫空女、あなたが仲間になって嬉しい……。ほ、本当よ……。ね、ねえ、どこにも行かないで……。行かないって約束して……」

 

 沙那が孫空女の唇に唇を重ねてきた。

 口の中に沙那の舌が入り込んで、孫空女の口の中を舐めまわす。

 それで、孫空女もぼうっとなるほどの甘い疼きに全身が支配されてしまう。

 おそらく、興奮状態の沙那の悦楽が孫空女に入り込むのだと思う。

 とにかく、こんなに可愛い沙那には驚きだ。

 夢中になったように孫空女に甘えてくる。

 

「お前たち、そろそろ欲しいであろう。これで繋がるがいい」

 

 宝玄仙に馬乗りになって触手で犯している小角が、思い出したように、孫空女と沙那に振り返った。

 

 次の瞬間、床から先端が二つに分かれている触手が、孫空女と沙那のあいだに出現した。

 接していた孫空女と沙那の股間に、二股の触手の両端が入り込んで、さらに別の触手がふたりの腰の括れに巻きついて、ぐいと股と股を密着させる。

 

 無数の繊毛の生えたぬるぬるの触手だ。

 それが押し入って来て、膣の内側のすべてを淫らに刺激し始める。

 

「ひ、ひいいっ」

「んわああっ」

 

 孫空女は白目を剥いた。

 触手の先がどんどんと深くまで伸びていき、ついに、子宮口にまで届いたのだ。

 しかも、さらに子宮そのものにまで触手が突き刺さり、容赦なくぶるぶると揺すった。

 

「うわあああ」

「はがあああ」

 

 孫空女も沙那も、わけがわからなくなり、奇声をあげて達した。

 沙那もまったく同じに絶頂している。

 ふたりで絶叫して果てた。

 

 だが、これは終わりではない。

 始まりだ──。

 膣の貫いている太い触手がふたりの股間を貫いて揺すり動かす傍ら、全身を新しい触手が包み込む。

 孫空女と沙那は、すぐに、続けて悶絶した。

 

「うあっ、ああっ」

「お、おおおっ」

 

 だが、それでも許されない。

 息も絶え絶えの孫空女と沙那に新しい刺激が加わった、

 触手がふたりの尻穴に潜り込み、淫らな刺激を加えてきたのだ。

 潤滑油をたっぷりと表面から放出している触手は、抵抗なく孫空女のお尻の中に入り込んできた。

 沙那も同じ責めを受けているのは、孫空女自身以外の刺激が尻穴に足されてくることからわかる。

 ふたつの穴が触手に犯され、ぐるぐると回転しながら抜き挿しをする。

 あまりの快感にもうなにも考えられない。

 

「いっ、いいい……」

「あ、ああ……そ、孫空女……す、素敵……」

 

 孫空女は激しく絶頂に向けた身悶えをし、沙那もびんと身体が硬直する。

 そして、密着している沙那が、孫空女の名を呼びながら、虚ろな視線を向けたと思った。

 次の瞬間、沙那の身体が脱力したのがわかった。

 

 一方で、孫空女も夢心地の中にいる。

 激しい快楽に、孫空女は自分が意識を保っているのか、それとも、すでに失神して夢の中にいるのかどうかもわからない。

 

 気がつくと、股間に生温かいものが当たっていた。

 沙那の放尿だとわかった。

 

 沙那は、本当に幸せそうな顔で孫空女の裸身に完全に身体を預けていた。

 その沙那の股間から、じょろじょろと放尿だけが滴っている。

 別に汚いとかいう気持ちはない。

 ただ、淫らに快感に酔い、悦楽のあげくに失禁までした沙那が、とても身近な存在に感じた。

 

 不思議な幸福感に襲われ、孫空女もまた、すっと意識を手放した。

 

 

 *

 

 

「……供ふたりは、意識を失ったようだな。あのふたりについては、十分に恩返しの性奉仕ができたと思う。残ったのは、そなただけだ……。それにしても、なかなかに淫乱な体質だな。なかなか意識を飛ばさんのう……。人間女への性奉仕というのは大変なものだ」

 

 小角がうそぶいた。

 だが、宝玄仙はもう小角の言葉の半分も理解できない。

 ただ、ひたすらに快楽の極みを味わい続けている。

 

 股間と菊門に挿入されて淫らな刺激を加え続ける小角の触手は、これでもかというほどに宝玄仙の内襞を擦りあげ、媚薬に狂った宝玄仙の粘膜に信じられないような快感を与えてくる。

 

 堪らない……。

 宝玄仙は狂ったように嬌声をあげながら思った。

 

 この触手を操る雌族に嗜虐的に責められてから、どれだけの時間がすぎたのだろう。

 最初は、ふたりで協力して、沙那と孫空女を責めて遊ぼうと思っていたのだが、なにを勘違いしたのか、この小角は、沙那たちだけでなく、宝玄仙に対しても触手責めを加えてきた。

 しかも、この高等亜族の霊具により、宝玄仙の霊気を凍結されているので、いまの宝玄仙には、小角に逆らう力がない。

 

 この馬鹿雌族のとんだ勘違いに、あとでどんな目に遭わせてやろうかと思っていたが、ここまで宝玄仙の官能を崩し、全身を八つ裂きにするかのような凄まじい快感を与えてくれるのであれば、これはこれでいい……。

 

 満足だ。

 一切の抵抗を奪われて、ただひたすらに快感を強要される。

 それは屈辱ではあるが、同時に途方もない快感であることには間違いない。

 

「ああ、い、いいよ……お、小角……。も、もっとだよ……。もっと……。あ、ああ、またいきそうだ……」

 

「何度でもいってくれ、宝玄仙……。お前たちのおかげでわしは救われた。魔術を封印されて、檻に監禁されたときには、酷い死を覚悟したものだ。だが、おかげで家族のところに帰れる……。ありがとうな」

 

 小角が触手を操りながら言った。

 

「お、お前にも、家族が……」

 

 なんとなく訊ねた。

 

「おお、いるぞ。子供もいる。実は夫婦喧嘩の真っ最中でな……。亭主を懲らしめてやろうと思って、洞府を出て、人間族の世界を旅しておったのだが、あいにくと、あの不思議な道具を使う黒女に襲われて、捕らえられてしまったのだ……。もう懲り懲りだ。亭主のところに戻ることにする」

 

 小角が言った。

 

 “洞府”というのは、人間族の世界に棲みつく亜族特有の物言いであり、亜族が集まって生活する棲み処のことだ。洞府と表現したところをみると、この小角の亭主である亜族もまた、人間族のどこかに集団で暮らす場所を持っている亜族なのだろう。

 

 これだけの高等亜族の亭主だ。

 あるいは、その洞府に集まる亜族集団の首領かもしれない。

 なんとなく、そんなことを思った。

 だが、それ以上は考えられない。

 

「おほおおっ」

 

 宝玄仙は拘束された身体を弓なりにして、全身を震わせた。

 股間と尻穴を犯している触手がぐるぐると回転して最奥の部分を先端でくすぐるように擦ったのだ。

 その狂おしい刺激に、またしても限界を超えてしまった宝玄仙は、奇声を発して達してしまった。

 

 もうこれが何回目の絶頂なのかわからない。

 いずれにしても、これだけ狂ったように官能を爆発させたのは久しぶりだ。

 

「……痛いくらいに触手を締めつけるな……、。少しくすぐったい……」

 

 宝玄仙に跨っている小角が苦笑するような顔になった。

 陶酔の極致を味わっていた宝玄仙だったが、その言葉で触手亜族の生態というのを思い出した。

 

 触手亜族の操る触手の数は、その魔力に比例する。

 これだけの触手を同時に操るということは、この小角が亜族としては、かなりの高等亜族であることを示している。

 おそらく、魔力の濃さを考えると、おそらく齢も百は越しているだろう……。

 

 とにかく、大変な雌族と関係することになったものだ……。

 しかも、その高等の触手亜族の全力の触手責めを味わうことになるとは……。

 だが、こうまで責められっぱなしでは、この雌族に失礼だ……。

 少しは一矢報いてやろう。

 

 宝玄仙の身体は、もはや完全に官能に溶けきっていたが、なんとか肩を揺すって身体を起こした。

 馬乗りになっていた小角が、宝玄仙の腰の上から腿の位置までずり落ちるかたちになった。

 

「おっ?」

 

 急に動いた宝玄仙に、ちょとだけ訝しむ視線を小角が示した。

 宝玄仙は、構わずうつ伏せに這う体勢になり、宝玄仙の周りの触手のうち、一本だけ桃色の濃い触手を見つけて口に咥えた。

 

「あ、ああっ、そ、それは……」

 

 途端に小角が狂態を示し始めた。

 触手亜族には、実は雄妖にも、雌族にも、人間族の男の男根に当たる機能をする触手が存在する。

 実はそれが触手亜族の急所なのだ。

 宝玄仙の舌責めで、急所の触手の先端を刺激された小角が喘ぎ声をあげた。

 

「ど、どうして……。どうして、わしの性器を……」

 

 小角が身悶えながら言った。

 さっきまで冷静な態度で、宝玄仙やふたりの供たちを触手でなぶり続けた小角はもういない。

 敏感な性感帯の触手を刺激され、余裕なく淫らに身体をくねらす可愛らしい雌族がいるだけだ。

 

「わ、わたしばかり満足してちゃ……わ、悪いしね……。それでわたしの膣を犯しな……。い、いい気持ちにしてやるよ……」

 

 宝玄仙は舌責めをしていた触手から口を離すと小角に言った。

 小角は、素直に宝玄仙の股間を埋めていた触手を解放し、今度は桃色の触手を挿入してきた。

 

「う、うう、んんん……」

 

 すぐに、小角は甘い声を出した。

 触手亜族は、この一本の触手だけは、とても感じやすくて、人間族の女の肉芽に匹敵する敏感さを持つ。

 それを性交に使っているのだから、小角が喘ぐのは当たり前だ。

 

 一方で、宝玄仙の命令に従って、躊躇する様子も示さずに、この触手を宝玄仙に晒したというのは、小角が完全に宝玄仙たちに、心を許している証拠だ。

 そうでなければ、急所となる触手を宝玄仙に触れさせるどころか、存在を隠したままでいるだろう。

 小角が宝玄仙たちに、心を開いているというのが、このひとつでもわかる。

 だが、これだけ心を開く理由は、ただ捕らえられていた檻から解放してやったという、それだけのことだ。

 

 大概にして、亜族というものは、性質は素直で純情だ。

 心では怒っていながら優しい態度で接したり、あるいは、その逆のような態度を示したりという複雑な思考と態度をとるのは人間族だけだ。

 宝玄仙は、それをよく知っている。

 ほとんどの亜族というのは、本当に純情なのだ。

 

「いくよ……」

 

 宝玄仙はにこりと笑うと、得意の三段締めで膣の中の触手を締めあげた。

 

「んふううっ、おほおおっ」

 

 小角が例の触手を宝玄仙の股間に委ねたまま、甘い声をあげて身体をのけぞらせる。

 触手の先端から、小角の体液がぴゅっと飛び出すのがわかった。

 性技にかけては、百戦錬磨の宝玄仙だ。

 その手管に、小角が我慢できるわけがない。

 

「まだまだだよ……」

 

 射精の快感に顔を呆けさせている小角が、触手を宝玄仙の膣から抜こうとするのを許さず、宝玄仙はさらにぐいと股間で触手を締めた。

 そして、逆に宝玄仙の腰を前後して刺激を続ける。

 

「あ、ああっ、宝玄仙、す、素敵だ……。あ、ああ……。いくっ、いきそうだ」

 

 小角が、全身を震わせて、感極まった声をあげた。

 形勢逆転だね……。

 宝玄仙は、小角の二度目の射精を誘う刺激を膣の中の触手に与えながら、大きな笑い声をあげてしまった。

 

 

 *

 

 

「こらっ、いい加減にしな、お前ら」

 

 脇腹を軽く蹴られた。

 沙那は目を覚ました。

 

 そして、驚いた。

 素っ裸の孫空女と完全に絡み合って寝ていたのだ。どうやら、孫空女と愛し合いながら、そのまま寝てしまったようだ。

 縛られていた縄はほどかれているが、両手はお互いの裸身を抱き、沙那の足は孫空女の足のあいだに入り、孫空女の足も沙那の足のあいだだ。

 この状況については、さすがに沙那も赤面してしまった。

 

「孫空女」

 

 揺り動かした。

 孫空女がやっと目を見開いた。

 その孫空女も、いまの状況に気がついて少しびっくりした表情になり、次いで、照れたように笑った。

 沙那もつられて微笑んだ。

 

「お、おはよう、沙那……。あっ、おはよう、ご主人様」

 

 孫空女が身体を起こして言った。

 沙那も起きあがって挨拶をした。

 

「まったく、仲がいいことだね。乳繰り合いをやりながら寝てしまうとはねえ。こっちが恥ずかしくなるような恰好じゃないかい」

 

 横で床に腰をおろしている宝玄仙が呆れたような口調で言った。

 宝玄仙は裸ではないが、裸に黒い巫女服の上衣を引っ掛けただけの姿だ。

 

 ここは、小角に連れられてやって来た小角の小屋だ。

 すでに朝のようであり、部屋の中は外からの光で明るかった。

 ただ、小角はいない。

 部屋の隅の囲炉裏には、鍋がかけてあり、いい香りがしていた。すでに食事の支度が終わっているようだ。

 まさか、宝玄仙がやるわけがないから、小角が準備してくれたのだろう。

 

「あ、あの……小角は?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「もう行ったよ。まだ陽が昇る前に出立していった……。人間が怖いからね。夜のうちに移動して、明るいうちは休むんだってさ。家族のところに帰るんだそうだ。お前たちによろしくと言っていたよ」

 

「そうかい……。小角はもう行ったのかい」

 

 孫空女が言った。

 

「もう、ここは使わないから、どうにでもしてくれと言い残していったが、まあ、わたしたちも旅の空だしねえ……。あっ、鍋の中は飯だそうだよ。食べ終わったら、残りは畠にでも捨ててくれってさ。井戸は裏だ」

 

「じゃ、じゃあ、水を汲んできます……。ご主人様の身体をお拭きしますね……。それと、わたしたちも……」

 

 沙那は立ちあがった。

 井戸に言及されて気がついたが、沙那と孫空女の身体の下には、薄っすらと濡れたような染みができている。

 ふたりの股間も、少しだがおしっこ臭い気がした。

 もしかしたら、失禁でもしたのかもと、ちょっと思った。

 

 おそるおそる部屋の横に畳んである服に手を伸ばして上衣だけを手に取る。

 だが、珍しくも、宝玄仙はなにも言わない。

 いつもは難癖をつけて、なかなか服を着させてもらえないのだが、今朝は機嫌がいいようだ。

 とにかく沙那は、裸身に上着だけを身に着けて外に出た。

 木桶は裏口の前にあったので、それを手に取る。

 

 外は気持ちのいい風が吹いていた。

 いい天気だ。

 井戸から水を汲んで木桶を一杯に満たす。

 

「あっ……」

 

 その途中で、口の中が舌で舐めまわされる感覚が襲ってきた。

 早速、始まったと思った。

 おそらく、孫空女が宝玄仙に「朝の挨拶」の洗礼を浴びているのだと思う。

 宝玄仙との朝は、寝起きに与えられる強烈な接吻から始まる。

 儀式のようなものだが、腰が砕けるような濃厚な口吸いだ。

 「共鳴」により伝わって来る身体の疼きは、孫空女が宝玄仙から口の中を舐めまわされているからに間違いない。

 

 沙那は水を汲んだ木桶をその場に置き、井戸のそばの大きな石に腰を下ろした。

 孫空女には悪いが、少し休ませてもらおう……。

 性欲が満たされれば、宝玄仙は大人しくなる。

 孫空女が朝の奉仕の相手を頑張ってくれれば、沙那にまで順番が回ってくることはない。

 

「んふううっ」

 

 だが、次の瞬間、沙那は腰を跳ねあげるようにして、石から滑り落ちてしまった。

 秘肉に強烈な快感の衝撃が迸ったのだ。

 しかも、膣全体を振動される刺激が続いている。

 

「な、なにをやっているの──?」

 

 沙那は思わず口に出した。

 慌てて、小屋に戻ろうとして数歩で立ち止まった。

 沙那と孫空女の快楽の共鳴は、距離が縮まれば縮まるほど共鳴の度合いが大きくなる。

 小屋に近づいたことで、股間に加わる衝撃が拡大したのだ。

 とにかく、水を汲んである木桶を掴むと、急いで小屋に戻った。

 あまりにも股間から噴き出す淫情は激しくて足元がよろけたが、なんとか辿り着く。

 

 すると、四肢を背中側にまとめて拘束されている孫空女が床に仰向けになっていて、凄まじい反応を示してのたうち回っている。

 股間には、宝玄仙の淫具である霊具の張形が突き挿さって、淫らな振動をしていた。

 共鳴により沙那の股間に伝わって来たのは、これが原因なのかと悟った。

 

「ご、ご主人様、こ、これ……き、きつい……。し、振動が……つ、強くて……。ちょ、ちょっと緩めて……」

 

 孫空女が悲痛な声で言った。

 いまにも達しそうな激しい悶えぶりだ。

 また、それを沙那にも同じ快感が襲ってきている。

 沙那はこれ以上立っておられず、尻もちをつくように、その場に座り込んだ。

 宝玄仙がこっちを見て嬉しそうに微笑んだ。

 

「……戻って来たね、沙那……。じゃあ、尻をこっちに向けな。ちょっと思いついてね。孫空女の膣を犯しながら、お前の尻を犯せば、共鳴で結びついているお前たちは、ふたりして二穴責めになるということだ。ちょっと、四つん這いになって尻を向けるんだ」

 

 孫空女の脇に座っていた宝玄仙が肩にかけていた巫女服の上衣を脱ぎ捨てて立ちあがった。

 宝玄仙の股間には、いつものふたなりの男根が隆々と勃起している。

 沙那は嘆息した。

 なんというくだらない思いつきなのかと思ったが、批判は無意味だ。

 こうなったら諦めるしかない。

 

「ご、ご主人様、い、いきそう……。ちょ、ちょっと許して……。こ、この淫具……へ、変……。お、おかしいよ……。き、気持ちよすぎる……」

 

 孫空女が悶え泣く。

 

「た、確かに……。あ、ああっ」

 

 それと同じ刺激を受けている沙那も、堪らず声をあげた。

 これは明らかに振動だけでなく、道術で無理矢理に快感を引っ張り出されているに違いない。淫具の刺激で湧き出す快感が異常すぎる。

 

「当り前さ。このわたしが特別に作った淫具だよ。安心してよがりまくりな……。それに、心配しなくても、その淫具では、どんなに感じようと絶対に達することはない。そういう仕掛けになっているんだ──。孫空女、お前は尻穴調教がまだだからね。まずは、沙那の身体を通じて、尻で欲情することを覚えな」

 

 宝玄仙が大笑いしている。

 沙那は、それを横で聞きながら、腰が砕けそうな淫情を我慢して、なんとか四つん這いになった。

 そして、お尻を宝玄仙に向ける。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 すると、膨れあがった宝玄仙の一物が沙那の裏門をいきなり貫いてきた。

 

「んんっ、あああ、くううっ」

 

 沙那のお尻は自分でも信じられないくらいの柔らかさで、宝玄仙の怒張を飲み込んでいく。

 貫く肉棒に潤滑油のような滑らかさを感じるのは宝玄仙の道術だろう。

 

 股間には孫空女の膣に挿入されている淫具の刺激が襲いかかっていたが、その薄い肉壁ごしに与えられる宝玄仙の肉棒の刺激に、沙那は淫らな大声を発してしまった。

 

 二穴を同時に犯される衝撃は凄まじかった。

 宝玄仙が抽送を沙那の肛門に開始すると、沙那はあっという間に絶頂した。

 その横では、やはり、拘束されて絶頂した孫空女が身体を弓なりにして、全身ががくがくと震わせている。

 

「……ふたりともいい反応だね……。そうだ──。今日は旅はやめにしようか──。ちょっとは孫空女の調教を進めないとね……。考えてみれば、この小屋はうってつけだ……。二、三日は集中して、孫空女の調教ができるよ。なあ、お前たち……。いい考えとは思わないかい?」

 

 宝玄仙が機嫌よく笑った。

 

 二、三日……。

 沙那はうんざりとした気持ちになった。

 

 しかし、その反面、孫空女と一緒に調教を受けるということについて、なぜか子宮の奥底から沸き起こって来るようなふつふつとした妖しい欲望を感じ、不思議な期待のようなものが身体に沸き起こった気もした。

 

 

 

 

(第2話『雌妖の恩返し』終わり)



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 第3話    狙われた女従者【陽明崔(ようめいさい)
15  山越えの悪戯


「さ、沙那……、あ、あんた、すごいよ」

 

 大陸街道を西に向かう、人気のない山道を進んでいるときだった。

 孫空女が、すっと沙那に寄ってきて、小さな声で沙那にささやいた。

 

「なにが?」

 

 沙那もささやき返す。

 

 山を下れば、伊府(いふ)と呼ばれる帝国の西州の城郭だ。

 孫空女との騒動の舞台だった五行山も遠くとなり、宝玄仙と沙那と孫空女の旅が始まって数日がすぎていた。

 伊府を過ぎれば、国境も近くなる。

 そして、国境を越えて、帝国の西に繋がる諸王国を通り過ぎ、遥か彼方にある通天河という大河を越えれば、そこが亜人域と称される亜族の暮らす国々がある場所となる。

 宝玄仙の旅の目的は、その亜人域で天教の巡礼活動をすることであり、それを考えれば、まだ旅は始まってもいないといえる。

 

「それだよ、それ……。よく我慢できるねえ……」

 

 孫空女は沙那に接するように歩きながら、こっそりと沙那に下袴(かこ)(※)の股間を指さした。

 宝玄仙は、少し遅れて歩いていたので、その隙を狙って、孫空女が話しかけてきたのだ。

 

 孫空女が言及したのは、沙那の肉芽の根元に喰い込んでいる『女淫輪(じょいんりん)』のことのようだ。

 宝玄仙がただの嫌がらせのために、沙那の股間と乳首の根元に装着している淫具であり、四六時中女を発情状態にさせるという効果がある。沙那もそれを装着されてしばらくは、とまることのない淫情の疼きに苦しんだが、いまは気の力で制御することに成功したため、身体の火照りを感じずに済むようになった。

 

 気を制御するというのは、幼いころから鍛えた武芸の技のひとつだ。

 その武芸をこんなことに使わなければならないというのは、沙那としては、哀しいものを感じざるを得ないが……。

 

 もっとも、それは頭で自覚せずに済むようになったということであり、身体で感じないということとは別だ。

 少しでも気を緩めれば、沙那は狂うような発情状態に立ち戻ってしまうし、制御に成功しているあいだでも、肉体の発情はそのままなので、一日の旅が終われば、沙那の股布の下の股間は驚くほどに、びしょびしょになっているのが日常だ。

 だが、それでも沙那は、気の力で宝玄仙の悪意ある淫具に、なんとか打ち勝つことができるようになったのは間違いない。

 

 しかし、孫空女は、そうもいかないらしい。

 それで困惑する日々が続いているようだ。

 悩みを打ち明けられたのもこれで最初ではないが、沙那としてはどうしようもない。

 唯一の解決策は、宝玄仙が沙那から淫具を外してくれるか、沙那と孫空女の快楽を共鳴させている魔道を解くことだが、「調教」と称して、女に淫らな悪戯をすることが大好きな宝玄仙は、いまのところ、その気配もない。

 

 沙那に装着された淫具ではあるものの、それが孫空女に効果を及ぼすのは、「快楽の共鳴」のせいだ。

 実のところ、沙那と孫空女は、いまはすっかりと肌に同化してわからなくなっているものの、同じ紋様の『内丹印(ないたんいん)』が刻まれている。

 それが効果を及ぼし、沙那も孫空女もお互いの快感を伝え合うようになっているのだ。

 つまり、沙那が淫情に疼けば、なにもされていない孫空女も、まったく同じ疼きで悶えてしまい、その逆もそうだということだ。

 だから、沙那の股間と乳首に装着されている淫具の疼きが孫空女も悩ますというわけだ。

 ただ、沙那については、気の力で制御できている女淫輪が、孫空女については、かなりの疼きとして伝わる仕組みはよくわからない。

 

 いずれにしても、沙那の股間などにある女淫輪は、いまは共鳴を通じて、沙那ではなく孫空女を悩ます仕掛けになっているのだ。

 

「ま、まあ、平気じゃないけどね……。あ、あんたが敏感すぎるのよ……」

 

「そうかなあ……」

 

「そうよ」

 

 沙那は言った。

 

 もっとも、実際のところは沙那にはわからない。

 宝玄仙の命令で、女同士で愛し合わされることも珍しくはないが、孫空女は愛撫に弱く、とても身体が敏感だ。

 

 だが、沙那と孫空女は、快楽の共鳴で結びついているために、ふたりで愛撫し合っても、それが沙那による快感なのか、孫空女の身体の快感なのかを判別することなどできない。

 お互いの快感を共有しあうためだ。

 沙那は孫空女が敏感とは言ったものの、実際には、沙那が敏感なために、孫空女が派手に感じすぎるのかもしれない。

 

 まあ、実際にどうであったとしても、孫空女の悩みの解決にはならないが……。

 

「……慣れるしかないのかもね……」

 

 沙那はそう言うしかなかった。

 

「ふふふ、確かにね……。慣れるしかないかもね……」

 

 そのとき、宝玄仙の嬉しそうな声がした。

 沙那はどきりとした。

 

 孫空女との話に夢中で、つい宝玄仙のことに気を配ることを忘れていた。

 いつの間にか、沙那たちのひそひそ声の聞こえる位置にまで近づいていたようだ。

 しかも、目に猟奇的なものがある。

 こんな表情をしているときの宝玄仙は危険だ。

 沙那は、もうそれを肌で知っている。

 

「だ、大丈夫です──」

 

 沙那は慌てて声をあげた。

 宝玄仙が怪訝な顔になった。

 

「なにが大丈夫なんだい、沙那? まだ、なにも言ってないじゃないかい」

 

 宝玄仙が首を傾げながら言った。

 だが、宝玄仙が考えるようなことはわかっている。

 どうせ、孫空女の耐性を鍛えるためだとかいう口実で、禄でもない悪戯をやろうとしているに決まっている。

 

「孫空女は、すぐに克服できます。なにもしなくても問題ありません」

 

 沙那ははっきりと言った。

 つまらないことに関わりたくないという言外の響きを込めている。

 しかし、宝玄仙がなにかを面白がるような顔になった。

 

「……なにを話しているんだい、沙那、ご主人様?」

 

 一方で、孫空女は、いま少し事態を理解していないようであり、きょとんとしている。

 

「手を貸そうと言っているのさ、孫空女」

 

 宝玄仙が嬉しそうに言った。

 

「手を貸す?」

 

 孫空女は首を傾げている。

 

「もう少し快楽に強くなるように練習しろということさ。もちろん、わたしも手を貸すよ」

 

 宝玄仙がけらけらと笑った。

 孫空女もやっと宝玄仙の意味することがわかったらしく、顔を真っ赤にして首を横に振った。

 

「だ、大丈夫さ、ご主人様」

 

 孫空女が慌てたように言った。

 

「そんなことを言っても、わたしの護衛をしている大切な供が、淫具ごときに気を取られて、力を発揮できないんじゃあ困るからね。しっかりと、耐性をつけさせないと」

 

 宝玄仙はにこにことしている。

 そんなこと少しも思っていないことだけは確かだ。

 本当に、それが心配なら、沙那の股間に装着している女淫輪を外してくれればいいのだ。

 しかし、そんな素振りは微塵もない。

 とにかく、宝玄仙を関心をほかに向けないと、この山街道でなにをさせられるかわかったもんじゃない。

 

「そんなことよりも、先日、お話したことについてはどうですか?」

 

 沙那は頭に浮かんだことをとっさに言った。

 

「先日のこととは、なんのことだい?」

 

「馬のことです。この山を下れば、伊府の城郭ですが、そこから先は、かなり険しい山越えになります。馬があれば、ご主人様も楽になると思うのですが」

 

 この旅のあいだ、この宝玄仙は、帝都でも有名な貴族巫女のくせに、馬にも乗ることなく、ずっと自分の足で旅をしている。

 だが、沙那は、宝玄仙が楽になるように、馬を購ってはどうかと提案をしていた。

 その方が宝玄仙も楽のはずだし、馬に乗らせておけば、徒歩で歩く沙那と孫空女とは目線が違ってくるので、おかしな悪戯が減るのではないかという思惑もある。

 

「馬ねえ……」

 

 宝玄仙が歩きながら、考えるような素振りをした。

 

「えっ、ご主人様は、馬を買えるほどの路銀を持っているのかい?」

 

 そのとき、孫空女が驚いたような声で口を挟んだ。

 

「そりゃあ、あるさ。お前、わたしをなんだと思っているんだい。これでも、帝都では名のある八仙の地位のある巫女なんだよ。そして、これは天教本部の指示でやっている西方行脚の布教だからね。路銀がなくなっても、天教の大きな神殿に立ち寄れば、いくらでも引っ張れる」

 

「だったら、沙那の言う通りに、馬を買いなよ。ご主人様。馬は便利だよ。水と草しか口にしないから、餌のことを気にしないで済むし、馬の手入れなんか、あたしがやってやる。そもそも、馬に乗っていれば、安全だよ。盗賊に襲われる回数がぐっと減るからね。断言するけど、帝国を越えて諸王国に入れば、ずっと物騒だ。女三人の旅なんて、盗賊に襲ってくれと言っているようなものさ。だけど、ご主人様が馬に乗っていれば、いくらか、危険が減るのさ」

 

 孫空女が訴えるように言った。

 しかし、宝玄仙は怪訝な表情になった。

 

「わからないねえ。なんで、馬に乗っていることが、盗賊避けになるんだい?」

 

「ご主人様が馬に乗っていれば、身分の高い天教の巫女が旅をしているのだということが、はっきりとわかるからさ。天教の巫女といえば法師だ。盗賊なんていうのは臆病だからね。法師だと知れば、あえては手を出さないさ。盗賊なんていうのは、だいたい臆病なものなんだ」

 

 孫空女は、五行山の盗賊団の元女頭領だ。

 盗賊の気持ちというのは、よくわかるのだろう。

 沙那も横で、そんなものなのかと思った。

 

「臆病な盗賊は、そうかもしれなけど、馬に乗っていて、貴族巫女だと思うんなら、かえって、たっぷりと路銀を持っているとわかってしまうんじゃないかい? 盗賊は余計に襲ってくるだろう」

 

 宝玄仙は孫空女に応じながら、孫空女には見えない角度で、沙那の胸にぐいとなにかを押しつけてきた。

 沙那はぎょっとした。

 

「……命令……。孫空女に気づかせないように、お前の股に、これをいいというまでたっぷりと塗りな。いいかい。絶対にばれるんじゃないよ……」

 

 聞き取れるかどうか、ぎりぎりくらいの小さな声だ。

 しかし、沙那の耳は、残念ながら、宝玄仙の「命令」を受け取ってしまった。

 沙那の首には、宝玄仙の「命令」には絶対に逆らえない『服従の首輪』が嵌められている。“命令”という単語を鍵にして、その内容を勝手に身体が実行してしまうのだ。

 それについては、沙那の意思はまったく関係ない。

 沙那は、自分の顔が明らかに引きつるのがわかった。

 

 宝玄仙に押しつけられたのは、随喜油(ずいきゆ)だったからだ。

 それを塗れば、地獄のような痒みが身体に襲い掛かる。

 これを塗られて、拷問まがいの調教を幾度となく受けさせられた沙那は、この油剤の恐ろしさが身に染みている。

 

 しかし、沙那の手は、宝玄仙の命令を実行するために、もう油剤の蓋を開けて、指にたっぷりと油剤を乗せている。

 孫空女と沙那を遮る位置で歩いている宝玄仙の身体を利用して、孫空女に隠れるようにして、下袴を緩めて股間に手を入れた。

 命令は、孫空女に気づかせるなということだったので、そっと股間に指を押しつけるようにして、なるべく刺激が加わらないようにした。性的疼きをしてしまうと、共鳴で孫空女に伝わってしまう。

 

 ゆっくり、ゆっくりと股間に乗せては、小瓶から薬剤を足して追加していく。

 沙那の意思に関係がないので、沙那としては、まるで自分の手に襲われているような感じだ。

 なんとも複雑な気分である。

 

 一方で、孫空女は、少し腰を左右に悶えさせるような仕草はするものの、まったく気がついていないようだ。

 女淫輪の疼きが、ずっと伝わり続けているということもある。

 多少の股間に刺激は、それのせいだと思ってしまってしまうのだろう。

 宝玄仙に向かって、一生懸命に馬を買うべきだという主張を続けている。

 

「……盗賊というのは臆病なんだ。危険だと思えば、襲ってこないよ……。それに、馬に乗っていようと、そうでなかろうと、あたしたちが財産を持っているのは明白さ。しかも、かなりの財だ。わかるかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「わからないね」

 

 宝玄仙は肩を竦めた。

 しかし、実のところ、宝玄仙が孫空女との話など、あまり気を払っていないのは明白だ。孫空女とは、話をしているふりをしているだけで、ちらちらと「作業」を続ける沙那に、愉しそうな視線を向ける。

 本当に忌々しい……。

 

「あ、あたしたち自身さ……。若い女三人──。し、しかも、美人とくれば、捕まえて奴隷に売ればひと儲けだ……。帝国では禁止されているけど、諸王国では奴隷制度のある国は多いしね。闇奴隷市が王都の広場で、堂々と開催されている国もある……。まあ、実際には盗賊に襲われたところで、沙那とあたしがいれば蹴散らせるけどね。ねえ、沙那……?」

 

 孫空女が沙那に声をかけてきた。

 言葉がどもったり、身体がもじもじしているのは、共鳴の効果で沙那の股間に痒みの疼きが孫空女に伝わっているからだろう。

 しかし、孫空女は、そのおかしな疼きが女淫輪のせいだと信じているのか、まだ気がついてはいないようだ。

 また、沙那の指は、慌てたように下袴から指を抜いていた。

 身体が勝手にやったことで、孫空女にばれるなという命令が効果を及ぼすのだ。

 

「そ、そうね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 だが、沙那は自分の顔がすでに真っ赤であり、かなりの汗をかいていることを知っている。

 すでに股間にはかなりの油剤が塗られてしまっている。

 それが猛烈な痒みを起こし始めているし、じんじんと痛みのような痒みが襲いかかっている。

 孫空女の目が大きく見開いた。

 

「あ、ああっ、沙那──。ま、まさか──」

 

 さっと孫空女の手が自分の股間に移動した。

 やっと、股間の疼きが、「疼き」というような生易しいものではなく、「痒み」そのものだということを自覚したようだ。

 

 そのとき、孫空女の手首でがちゃんという金属音がした。

 

「わっ、ご、ご主人様」

 

 孫空女の手首には、『緊箍具(きんこぐ)』という赤い輪は嵌められている。霊具の拘束具であり、宝玄仙の道術で、好きなときに好きな組み合わせて、密着することができるのだ。

 その霊具で孫空女の両手が背中側で拘束されたのだ。

 

「沙那、命令を解く。もう隠さなくていい。ただし、新しい命令だ。自分の股には絶対に触るんじゃない。孫空女の耐性を鍛えるための特訓だからね。伊府の城郭に着くまで、命令は解除しないよ」

 

 宝玄仙が笑いながら、沙那から随喜油を取りあげて、孫空女に見せびらかすように笑った。

 

「そ、そんなあ」

 

 孫空女ががくりと膝を曲げる。

 沙那も同じだが、猛烈な痒みのために、内腿を激しく擦り合わせている。さっきまでは、「気づかせるな」という命令のために、そんな動きをすることもできなかったが、こんな痒みなど、とても平然とできるものじゃない。

 

「えっ、ええっ?」

 

 しかも、沙那は宝玄仙の言葉に耳を疑った。

 伊府の城郭など、まだ一日以上先だ。

 そんなに耐えられるわけがない。

 

「どうしたんだい、ふたりとも。小便でもしたいのかい? そんなにもじもじしちゃってさあ」

 

 宝玄仙が意地悪そうに大笑いした。

 沙那は歯を食い縛った。

 

「ご、ご主人様、こ、このまま伊府の城郭までいけるわけありません。ゆ、許してください……」

 

 沙那は言った。

 股間で沸き起こる掻痒感に猛烈なものだ。

 全身から汗が染み出てきて、息を吐くたびに小鼻が開くのがわかる。

 孫空女も苦しそうだ。

 

「まあ、伊府までは勘弁してやってもいいか。その代わり、なにをやってもらおうかね……。いずれにしても、山を下るまでは、そのままだよ。そら、歩いた、歩いた」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那はもう諦めた。

 こうなったら、宝玄仙の気が変わるのを待つしかない。

 とにかく、歩き始める。

 

「う、ううっ」

「くっ」

 

 しかし、ふたりして少しも行かないうちに呻き声が出てしまった。

 

「ね、ねえ、ご主人様……」

 

 孫空女が訴えるような声を出す。

 だが、宝玄仙はにやにやと笑うだけだ。

 

「まあ、馬を手に入れるのもいいかもね。確かに、早く国境を越えたいというのはあるしね」

 

 宝玄仙が素知らぬ表情で言った。

 沙那はこんなことばかりやっているから、旅がなかなか進まないのだと言いたくなったが、黙っていた。

 そんなことを言っても通用する主人ではない。

 

「……それと、馬具作りには協力してもらうよ。また、お前たちの淫気をしっかりと溜めさせて、馬を大人しくする馬具の霊具を作るんだ」

 

 宝玄仙が喋り続ける。

 しかし、もう限界だ。

 沙那と孫空女は、道の真ん中で座り込んでしまった。

 

「あ、ああっ、もう駄目──。ご主人様、勘弁して」

「わ、わたしも……」

 

 孫空女も沙那も泣き声をあげた。

 だが、宝玄仙は愉しそうに笑うだけだ。

 

「痒い──」

「ああ、ご主人様、勘弁してください」

 

 しかも、もう限界だ。

 沙那も孫空女も、あまりの苦しさに耐えられずに、その場に座り込んでしまった。もう立てない。

 宝玄仙の命令で股間にたっぷりと塗った掻痒剤は、怖ろしいほどの威力で沙那を苦しめている。だが、意地の悪い宝玄仙の『服従の首輪』を使った命令により、沙那は自分の股間を掻くことを禁じられてしまった。

 一方で、快楽の共鳴により、沙那の股間の痒みが襲いかかっている孫空女も、手首に装着されている『緊箍具』を背中で密着されてしまい、やはり、痒みをほぐす手段を奪われている。

 

 宝玄仙は、このまま、とりあえず、山をおりることを命じたのだが、そんなことができるような痒みではない。

 沙那も孫空女も、ほとんど無意識に脚を擦り合わせて、腰を悶えさせていた。

 じっとすることなど不可能だ。

 股間を中心とする痒みの苦しさが身体の隅々にまで広がり、沙那たちを追い詰めている。

 

「おや、呆れたねえ。座り込んじまったのかい、お前たち……」

 

 宝玄仙が、やれやれという感じで、しゃがみ込んだ沙那たちの横にやって来た。

 

「ご主人様、お願いだよ。もう許して」

 

「ほ、本当です。もう勘弁してください」

 

 孫空女と沙那は、代わる代わる宝玄仙に訴えた。

 しかし、宝玄仙は笑うだけだ。

 

「……痒いなら、掻きながら歩けばいいじゃないか。とにかく、このままだと言ったら、このままさ……。幸いにも、ここは人のあまり通らない山道だ。思う存分、股ぐらを掻くといいさ」

 

 沙那と孫空女が苦しむ姿が心から愉しいのだろう。

 宝玄仙がけらけらと笑った。

 いまいましさに、かっとなる。

 だが、怒っても、宝玄仙にはかなわない。

 沙那は沸騰しそうな怒りをぐっと我慢する。

 

「だ、だって、あたしの手は後ろじゃないか──。さ、沙那だって……。ひ、ひどいよ、ご主人様」

 

 孫空女が抗議の声をあげた。

 沙那も孫空女も、自分の股間を掻く手段は封じられているのだ。

 それにも関わらず、自分で掻けというのは、宝玄仙特有の意地悪だと思った。

 

「はっ、お前たち、よく考えてみるんだね。沙那に禁じたのは、自分の股に触ることだけさ。別にほかのことを禁じたわけじゃないよ」

 

 すると、宝玄仙が意味ありげに言った。

 はっとした。

 宝玄仙の言葉がなにを意味しているのかが、わかったからだ。

 

 孫空女の両手は完全に封じられている。

 自由なのは、沙那の両手だけだ。

 だが、沙那は自分の股間に触ることは、服従の首輪で禁止された。

 しかし、確かに、触るのを禁止されているのは、沙那自身の股だけだ。

 孫空女の股間は、沙那も触ることはできる……。

 

 つまりは、ここで、沙那と孫空女に女同士で愛し合わせようという魂胆のようだ。

 しかし、ここは人の気配がないとはいえ、天下の街道だ。

 こんな野外で、自らそんな恥ずかしいことをするなど……。

 沙那は、宝玄仙の悪ふざけに、腹が煮える思いになる。

 

「さ、沙那……、してよ……」

 

 そのとき、沙那とともにしゃがみ込んでいる孫空女が、小さな声で、ささやいてきた。

 

「えっ?」

 

 沙那は、思わぬ孫空女の顔を覗き込んだ。

 だが、すぐに孫空女の要求を沙那は理解した。

 孫空女は、宝玄仙の思惑のとおりに、沙那が孫空女の股間を愛撫して欲しいと訴えているのだ。

 

 確かに、収まることのない股間の痒みは、刻一刻と抜き差しならない苦しみに増長していく。

 孫空女がどんなに苦しい状況なのかは、沙那が一番よくわかっている。

 沙那も同じ状況だからだ。

 これ以上、ほんの少しも猶予もない。

 それくらい追い詰められていることだけは確かだ。

 

「……沙那がして……。こ、こんなの我慢できるわけないよ……。ご、ご主人様は、沙那にあたしを責めさせようとしているのに間違いないさ……。どうせ、助ける気はないんだ……。だ、だから、沙那がして……。あ、あたしを……」

 

 汗びっしょりの孫空女が、震える声で言った。

 沙那も自分の全身から汗が玉のように噴き出しているのがわかっている。

 いくら歯を食い縛っても、どうにもならない猛烈な痒さだ。

 

 沙那も覚悟を決めた。

 宝玄仙の手の上で踊るのは忌々しいが、ここは屈服するしかなさそうだ。

 だが、いくらなんでも道の真ん中というわけには……。

 

 とりあえず、担いでいた荷を置く。

 そして、沙那は、隠れられるような道の横の手頃な草むらを探そうとした。

 

「沙那、孫空女に触れるのは、道の上だけだ。命令だよ」

 

 すると、すかさず宝玄仙の意地の悪い言葉が飛んできた。

 沙那は唇を噛んだ。

 これで、道の真ん中で孫空女を愛撫するしか手段はなくなった。

 

「さ、沙那」

 

 孫空女が切羽詰まった様子で訴えた。

 沙那も今度こそ、覚悟を決めた。

 もう恥ずかしいとか、口惜しいとかいう段階は通り過ぎている。

 沙那も、もう痒みを癒すことしか考えられない。

 

「ご、ごめん」

 

 沙那は孫空女の下袴を緩め始める。

 手が入るようになったところで、手を差し込んだ。

 股布をずらして、痒い部分を狙って指をごしごしと擦る。

 

「あ、ああっ」

「おおっ」

 

 沙那と孫空女の口から同時に声が出た。

 下肢は溶けだしそうなくらいに痒みにただれていたが、そこを指で擦ることで、当の孫空女だけでなく、沙那にも愉悦が迸る。

 

 快楽の共感だ。

 

 宝玄仙に使われた随喜油は、掻痒剤ではあるが、強烈な媚薬でもある。

 気持ちよさが全身に駆け巡る。

 沙那と孫空女はしゃがんだまま、お互いに身体を預け合うようにして激しく身悶えた。

 

「も、もっと、もっとだよ、沙那……。も、もっと──」

 

「う、うん……。はあ、ああっ、あああっ」

 

 狼狽えたような声を出す孫空女に、沙那も激しい指の愛撫で応じた。

 一番たくさん塗ったのは、肉芽とその周辺だ。

 痒みがそこに集中している。

 沙那は、痒みが癒されるのを求めて、狂ったように指を動かした。

 

「ああっ、ううっ、ああっ」

 

「んふうっ、ああ、なああっ」

 

 沙那と孫空女は我を忘れて甘い声をあげた。

 同時に、なにかがおかしいという違和感も走る。

 だが、上昇する快感になにも考えられない。

 

 そして、絶頂の快感が昇って来た。

 

「いいっ、ああっ、んんっ」

「あふううっ」

 

 沙那と孫空女はがくがくと身体を震わせた。

 激しい絶頂感があっという間に襲い掛かり、沙那も孫空女も同時に達したのだ。

 

「そ、そんなあ……」

「か、痒いよ──」

 

 しかし、達すると同時に、沙那と孫空女は絶望の悲鳴をあげてしまった。

 確かに激しい愉悦は、沙那と孫空女のふたりを共鳴によって、同時に女の快感の極みに連れていった。

 

 だが、少しも痒みは消えなかったのだ。

 気持ちよさに一瞬、鈍くなっていたからわからなかったが、沙那が孫空女の股間を弄っても、少しも痒みはなくなっていなかったのだ。

 それどころか、ますます痒みは強烈になる。

 

 痒い場所を擦っているはずなのに、少しも痒みは消滅せず、快感だけが膨れあがる。

 そんな不可思議な現象に、沙那は頭がおかしくなりかけている。

 

「ま、まだ痒い──」

「ご、ご主人様、助けて──」

 

 ふたりで悲鳴をあげたが、沙那はすぐにどうして、そうなってしまったのかを悟った。

 

 確かに痒みが癒えることは快感だが、痒みそのものは性感の疼きと同様なので、それがなくなる方向の刺激は、快楽の共鳴の対象にはならないのだ。

 だから、沙那の孫空女への愛撫は、沙那に刺激による気持ちよさは伝えたものの、痒みがなくなる刺激は伝えなかった。

 一方で、孫空女の股間は実際には、掻痒剤を塗られているわけじゃないので、いくら沙那が孫空女の股間を擦っても、沙那に塗られている掻痒剤の痒みがそれで癒えるわけがない。

 だから、結局のところ、沙那が孫空女を愛撫することで得たのは、痒みが消えることではなく、痒みが消えないまま、指の刺激による快感を足されることだったのだ。

 

 沙那と孫空女は、ますます追い詰められただけだ。

 

「なるほどね……。つまりは、この状況では、沙那が孫空女の股を擦っても、痒みは消えないわけかい。わたしも、初めてそれがわかったよ」

 

 宝玄仙もやっと事態を理解したようだ。

 しかし、笑うだけで、沙那たちを助けてくれようという気配はない。

 

「ま、待っていて、孫空女」

 

 こうなったら、恥も外聞もない。

 この苦しみから逃れるには、沙那の股間に直接の刺激を求めるしかないのだ。

 沙那は街道脇の一本の樹木に抱きついた。

 禁止されているのは、自分の股間に触れることだけなので、樹木を抱くことはできる。また、孫空女の愛撫は道の上という命令もあったが、これも命令の外だ。

 

「お前、なにをしようというんだい、沙那? まさか、恥知らずの真似をする気じゃないだろうねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 明らかにからかいの口調だ。

 沙那は、それを完全に無視した。

 片脚で樹木の幹を巻きつけ、股間を下袴越しに幹に当たるようにすると、身体を激しく上下させた。

 

「はうっ」

「あっ、ああっ」

 

 目もくらむような気持ちよさだった。

 樹木の荒い幹の肌に擦られて、痒みがなくなっていく。

 その大きな安堵感に、沙那は忽然と嘆息して、股間を上下に動かした。

 孫空女も道の真ん中で、今度こそ、痒みが癒される本物の快感に打ち震えている。

 

 二度目の絶頂もすぐにやって来た。

 

「んなあああっ、孫空女……」

 

「ああ、沙那、沙那、気持ちいいよ──」

 

 沙那は樹木に股を擦りつけながら……。

 孫空女は道のど真ん中でうずくまったまま……。

 沙那と孫空女は、快楽の共鳴という内丹印の効果により、離れているにも関わらず、完全に密着しているときよりも遥かにに巨大な一体感とともに、恍惚の歓喜に一緒に溶け込んでいた。




※:下袴=ズボン


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16  馬商人と県令の息子

 杜遷(とせん)は、住居代わりにしている小屋から出てきたとき、馬を集めている柵にひとりの女が寄りかかって、牧を眺めていることに気がついた。

 

 見知らぬ女だ。

 

 だが、まだ若く、ちょっと見ただけで忘れられなくなるような美女だった。

 女にしては背が高い方だと思ったが、身体の線はとても女性らしく色っぽい。胸も大きい。

 真っ赤な髪が鮮やかであり、杜穂は思わず唾を飲み込んだ。

 

 男をひと目でその気にさせるような女だ……。

 杜遷はそう思った。

 

「あんたの馬かい?」

 

 杜遷がやって来ると、赤毛の美女が顔だけを向けて言った。

 

「杜遷だ。馬は俺のものだ。俺のものというよりは商品だな。全部、売り物だ」

 

 伊府(いふ)の城郭から、一里(※)ほど離れた郊外だ。

 杜遷は、馬商人だ。

 

 ここにいる馬は、もっと郊外の山の中にある牧から買い取って連れてきたものだ。

 あちこちの牧を回って、いい馬がいれば買い取り、この牧に一時的に集めておく。そして、定期的に城郭内で開かれる馬市で売りさばくということをしていた。

 

 杜遷は、なんの取り柄もないが、馬を見る目だけはある。

 固定客もつき、まあ、そこそこ儲かっている。

 ただ、酒と女にだらしがないので、金持ちにはなれないが、人生を愉しく生きていくのに十分なものは手に入っている。

 そんな生活をしていた。

 

「馬を買いたいんだ。ご主人様から、全部、あたしに任せると言われていてね。この中で売り手の決まっている馬はあるかい」

 

 女は言った。

 

 馬を……?

 

 杜遷はちょっと驚いた。

 馬は高価だ。

 

 若い女がふらりとやって来て、余所行きの服の一枚でも買うような気軽さで贖うものではない。

 それに、女が「ご主人様」と口にしたことも気になった。

 

 ご主人様……。

 

 そんな物言いは、分限者に仕える侍女の物言いだが、女はどう見ても、侍女という雰囲気ではない。

 おそらく、旅人だろうし、身のこなしは、女といえども、それなりに腕がたちそうな雰囲気はある。

 杜遷は、女が何者だろうかと思って、首を捻った。

 

 そのとき、杜遷は、女が首や手首足首にしている赤い輪に、霊気が刻まれていることに気がついた。

 つまりは、霊具だ。

 霊具というは、道術師が霊気を込めて作った道具であり、そんなものを首輪にしているというのは、奴隷女なのではないかと思った。

 この辺りには、奴隷というものはいないが、帝都では罪人や異国人、ときには、亜族などを捕らえて、霊具の首輪で逆らえないようにして、奴隷にすることがあると耳にしたことがある。

 この女は、もしかして奴隷女なのではないだろうか……。

 そんなことをふと思った。

 

「これは全部、明後日、城郭で開かれる馬市に連れていく予定だ。売り手はそのときに決まる」

 

「だったら、ここで一頭売ってくれないかい。金子は預かっているんだ」

 

 女は言った。

 杜遷は、それにしてもいい女だと思った。

 いい女とあれば、抱いてみたくなる。

 それが杜遷の病気のようなものだ。

 突然にやって来たこの女は、かなりの上玉だ。

 杜遷は、こんなに心が浮き立つ気持ちになったのは、久しぶりだ。

 

 美人なだけじゃない。

 この女は随分と色っぽい。

 喋り方も粗野だし、仕草も男っぽいが、不思議な艶めかしさがある。

 杜遷は興味を抱いた。

 

「な、なんだい。じろじろ見んなよ。あたしがどうかしたかい」

 

 女が眉をひそめた。

 杜遷があからさまに、女の身体に視線を送っているのがわかったようだ。

 

「売ってもいいが、名前を教えてくれるかい、美人の嬢ちゃん」

 

「孫空女だよ」

 

 赤毛女が言った。

 

 孫空女か……。

 やはり、聞き覚えがない。

 余所者であることに間違いない。

 

「金はあるのか。あんたに払えるかい?」

 

「十分に持っているさ。足りなければ、貰ってくる。ご主人様は、城郭の中の宿屋にいるのさ」

 

「ご主人様か……。あんたは、さしずめ、主人に連れられて旅をしている奴隷か?」

 

 杜遷はかまをかけてみた。

 奴隷女であれば、小遣い程度の金で簡単に抱けるだろう思ったのだ。

 

「奴隷?」

 

「その首輪だ。それは霊具だ。奴隷女は大抵、首に霊具を付けられて、自由を奪われる。お前もそうなんだろう?」

 

「あんたは、道術師かい?」

 

 孫空女は表情を一変させて、目を大きく見開いた。

 だが、その表情には怒ったというよりは、図星を突かれたことに対して、驚いたという感じだ。

 

「道術師なんかじゃないさ。そうなら、こんなけちな馬商人はしてねえ。まあ、だけど、昔からなぜか、霊気のこもったものには、鼻が利くのさ」

 

 杜遷は言った。

 本当のことだった。

 道術とは、霊気という見えない力を動かす技であり、霊具とはあらかじめ術師が道具に霊気を込めて、不思議な効果を発生させるようにした道具のことだ。

 だが、霊具を作れるのは、道術師でも、天教に属するような高度の術師のみであり、普通の人間には、霊気を感じることさえできない。

 しかし、杜遷にはなぜか、それができた。

 霊気のかかっている物は、なんとなくわかる。

 もっとも、ただ、それだけのことであり、あまり、それで得をしたことはないが……。

 

「ふうん……」

 

 孫空女は半信半疑の顔をしている。

 とにかく、やっぱり、奴隷女のようだ。

 

 杜遷は内心で狂喜した。

 だったら、せっかくの女だ。

 なにがなんでも抱いてやろう。

 

 それにしても、どこの男主人なのかは知らないが、こんなにいい女を奴隷にするなど、羨ましい身分の男だ。

 この孫空女の妙な色っぽさも、女として毎日抱かれていることから、自然と醸し出されるものだとわかった。

 

「奴隷……なのかな……? まあいいや……。奴隷だとしたら、馬は売れないのかい、あんた?」

 

 孫空女が言った。

 おかしな物言いだが、孫空女はあっさりと奴隷であることを認めた。

 こりゃあ、いい……。

 杜遷はにっこりと微笑んだ。

 

「奴隷でも馬は売れる。金子と交換でな。馬だけじゃない。馬具もつけるぞ。鞭もな。鞭は馬を躾けるために使う。奴隷女を躾けるときにも使うがな」

 

 杜遷は白い歯を見せてやった。

 だが、孫空女が気分を悪くしたような顔になる。

 

「つまんないことを言ってんじゃないよ。売ってくれるなら、あれをおくれ。あの白い馬だ」

 

 孫空女が牧の中の一頭の馬を指さした。

 杜遷は少し驚いた。

 その白い馬は、確かに、ここにいる馬の中では、間違いなく一番いい馬だったからだ。

 

 馬を見る目はあるようだ。

 杜遷は思った。

 

「金両十枚だ。馬具もつける」

 

 この程度の馬一頭の値段としては、ちょっと高額だ。

 本来は、金両七枚で御の字だと思っている。

 相場に上乗せしたのは、ちょっと思惑があるからだ。

 

 孫空女はちょっと考える仕草になった。

 明らかに、高いと考えている顔だ。

 どうやら、馬の相場も承知している感じだ。

 馬の価値がわかるなら、相場もわかるのだろう。

 

「まあいいさ。どうせ、あたしの金じゃないしね。金両十枚を渡すよ。証文を書いておくれ」

 

 しかし、意外にも、孫空女はあっさりと承諾し、手にしていた袋をさっと差し出した。

 

 だが、杜遷は、首を横に振った。

 

「まあ、待てよ、孫空女。そう慌てるもんじゃない。証文は渡すし、売上書も書く。だが、売上書には、金両十枚と書くものの、実際には七枚でいい。残りの三枚はお前がとっておけよ」

 

 杜遷は言った。

 

「変なことを言うなあ、あんた」

 

 すると、孫空女がきょとんとした顔になった。

 

 

 *

 

 

「変なことを言うなあ、あんた」

 

 孫空女は、首を傾げた。

 杜遷は、馬を売るにあたって、金両十枚と書類には書くが、実際には七枚でいいと口にしたのだ。

 孫空女には、なんのためにそんなことをするのか、意味がわからなかった。

 

「……金両七枚でいいなら、そう書類に書きなよ」

 

 とりあえず、そう言った。

 

「わかっちゃ、いねえなあ」

 

 杜遷は、にやにやしながら、首を横に振った。

 なんだか、いやな感じだ。

 

 いずれにしても、この男が孫空女を見る目は気に入らない。

 目付きが、とてもいやらしいのだ。

 孫空女は、自分が女として、ある程度見てくれがいいのは承知しているので、男に眺められるのは慣れているが、杜遷が孫空女に向ける視線は、眺めるというよりは、視姦という感じだ。

 いまだって、孫空女の胸の膨らみから目を離さず、舐めるように凝視してくる。

 

「まあ、いいや。とにかく、小屋に来な」

 

 杜遷が孫空女の右手首をぐいと掴んだ。

 孫空女はかっとなった。

 

「手を離せよ」

 

 ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、懸命に耐えて、それだけを言った。

 宝玄仙には、馬を買って来いと命じられたのだ。

 いま、こいつを殴れば、馬は手に入らない。

 

「悪い話じゃないはずだぜ。書類には俺が十枚の金両をもらったと書く。だが、受けとるのは七枚だ……。つまり……」

 

 杜遷がすっと孫空女に寄ってくる。

 孫空女は、杜遷を睨みつけた。

 

「手を離せってんのが、聞こえないのかよ、お前」

 

 怒鳴りつけた。

 さすがに、杜遷がびくりと身体をすくませて、手を離す。

 

「おっかねえ、姉ちゃんだなあ。俺は誠意を持って話しているつもりだぜ」

 

 杜遷は、一瞬だけは恐怖に顔を歪めたが、すぐに、怒鳴られたのが不満そうな表情になった。

 孫空女には、なんで杜遷がそんな強気の顔をしているのかわからない。

 殴りたいのを我慢してやっているのはこっちだ。

 孫空女こそ、杜遷の遠慮のない好色な目付きに腹がたっているのだ。

 

「……まあいいや……。ちょっと奴隷には難しくてわかんねえか……。わかるように話してやるから、小屋に来な。俺が寝泊まりている場所だ」

 

 杜遷は大袈裟な素振りで肩を竦めると、顎で右を示した。

 そっちには、杜遷が出てきた小屋がある。

 

「なんで、そっちに行かないとならないんだい。やだよ」

 

 孫空女は言った。

 しかし、杜遷は、また、嫌なにやにや笑いを顔に浮かべた。

 

「小屋に行かないでどうするんだよ。証文は小屋じゃないと作れないぜ」

 

 杜遷が、からかうような口調で言った。

 むっとした。

 だが、言われてみれば、その通りなので、孫空女はそれ以上、なにも言うことができなくなった。

 

「わかったよ……。じゃあ、早くしておくれ」

 

 孫空女は、杜遷についていった。

 小屋の隣には納屋を兼ねた物置のような場所があったが、小屋そのものは、机と寝台があるだけの小さな場所だった。

 

 部屋はたくさんの酒瓶が転がっていて散らかっている。

 だが、なによりも、むっとするような悪臭がして、それが孫空女をいやな気分にさせた。

 その匂いは、間違いなく、男女が抱き合ったときのものに違いなかった。

 ふと見ると、寝台にもそれらしい染みがある。

 

「まあ、寝台にでも座ってくれよ。書類はすぐにできるさ」

 

 杜遷は机に向かう椅子に腰掛けた。

 孫空女は、宝玄仙から預かってきた袋を机の上に置いた。中はちょうど金両十枚だ。

 杜遷が中身を確かめてから、口笛を吹いた。

 

「確かに、金両十枚だ。奴隷女のわりには、よくもこんな大金を預かってきたなあ」

 

「なら、証文を書きなよ」

 

 孫空女は少し声を荒げてしまった。

 杜遷は、金両を数えた後、机に向かう様子もなく、孫空女の方を向いたままだったからだ。

 

「まあ、急ぐなよ。それより、さっきの話の続きだ。金両が欲しくねえのか? いいから、座りな」

 

 杜遷は言った。

 孫空女は、どこにも座ることなく、壁に背をつけて立ったままでいたのだ。

 あんな、寝台に座るなんて冗談じゃない。

 

 それにしても、どうも、こいつの言っていることはわからない。金両十枚だが、七枚でいいとか、だが書類は十枚と書くとか、変な発言ばかりだ。

 孫空女としては、もうどっちでもいい気分だ。

 早く証文を書かせて、馬を連れて帰りたい。

 

 そのとき、孫空女は、寝台の四隅に革紐があることに気がついた。

 すると、杜遷がにやりと微笑んだ。

 

「俺は女を縛って抱くのが好きでな。今朝までここにいた娼婦も、その革紐で縛って、筆で延々とくすぐってやったんだ。泣き叫んだが、それなりにいい思いもさせた。それに、俺は縛らせれば、約束の代金にかなりの上乗せをしてやる。朝、帰った女も満足して去っていったぜ」

 

「つまんないことをべらべら、喋るんじゃないよ」

 

 怒鳴った。

 証文を書かせないと馬が手に入らないから、我慢しているのだが、本当にこいつは虫が好かない。

 孫空女に対する視線は、本当に露骨なものになっていた。

 こうなると、孫空女も、この杜遷が孫空女の身体を狙っているのは、気がつかざるを得なかった。

 馬を売ってもらわないといけないということがなければ、とっくの昔に、蹴り飛ばしている。

 

「いいか、奴隷女──。よく考えろ。俺はお前が得になる話をしてるんだぜ……。たとえば、お前は幾らで奴隷になったんだ?」

 

 そのとき、杜遷が不意にそう訊ねた。

 

「お前に関係ないだろ」

 

 声をあげた。

 もちろん、金で奴隷に売られたわけじゃないから、値段などないが、本当のことを説明するために、これ以上、この男と話をする気にはなれない。

 だが、ますます杜遷がにやついた顔になった。

 

「まあいい。だったら、俺の言うことに従って、金両三枚を貰っておけ。ただし、主人には言うな。お前のものにして隠しておくんだ。金両三枚だぞ。もしかしたら、自分のことを買い戻せるかもしれねえぞ。もちろん、いまの主人がいるうちには難しいかもしれないが、金両は邪魔にはならん。いずれ、奴隷女のお前には絶対に役に立つ」

 

「はあっ? お前、なに言ってんだよ」

 

 孫空女は吐き捨てた

 馬鹿馬鹿しい……。

 

 この帝国の奴隷制度は複雑だ。

 金さえあれば、奴隷身分から開放されるわけじゃない。そもそも、奴隷が自分の財産を持つなどできないのだ。

 どうやら、そんなことは知らないようだ。

 

 だが、これでわかった。

 この杜遷は、つまりは差額の金両三枚をやるから、孫空女を抱かせろと言っているのだ。

 

「いいから、座れって。一回寝るだけで、金両三枚なんて、あり得ねえぞ。ほら、これが、お前の取り分だ」

 

 杜遷が袋から金両三枚を孫空女に向けて、机の隅に押しやった。

 そして、立ちあがる。

 さらに、孫空女の肩を抱いて、寝台に倒す仕草をする……。

 

「いたっ、痛いっ、いたたた……」

 

 次の瞬間、杜遷が悲鳴をあげた。

 孫空女が杜遷の片腕を掴んで、背中に捩りあげたのだ。

 

「触んじゃないよ。代金は十枚でいい。全部、持っていきな。だから、すぐに証文を書くんだ。それとも、腕をへし折られたいかい」

 

 孫空女は、腕が折れるぎりぎりのところで留めて凄んだ。

 杜遷が暴れるが、このくらいなら片手で抑えられる。

 

「わ、わかった。わかったよ。は、離してくれ。証文を書くから」

 

 杜遷が泣き叫んだ。

 孫空女は、手を離した。

 

「ち、畜生……。お、おっかねえ、女だ。おお、痛え……」

 

 杜遷は自分の腕を擦りながら、机に向かう。

 紙を出して、筆で書類を作り始める。

 孫空女は、じっとそれを見張った。

 やがて、二枚の書類ができあがった。

 

「ほらよ」

 

 杜遷が不機嫌そうに、二枚の書類をかざす。

 多分、どっちかが証文で、どっちかが売上げ書なのだろう。

 だが、孫空女は困ってしまった。

 孫空女は字が読めないのだ。

 すると、孫空女の困惑顔で悟ったのか、杜遷がにやりと笑った。

 

「もしかして、お前、字が読めねえのか? 呆れたな。お前の主人は、字の読めねえ奴隷を証文を交わす必要があるような使いに出すのかい」

 

 杜遷が笑いかけたが、孫空女が睨みつけると、顔を蒼くして黙り込んだ。

 孫空女は書類をとりあげて、準備していた油紙に挟んで、布袋に入れて肩にかける。

 

 そのとき、突然にばたんと馬小屋の扉が外から開いた。

 孫空女が視線を向けると、屈強そうな男がふたり、そこに立っていた。

 

「おや、(よう)家の家の方々……」

 

 杜遷が転椅子から立ちあがった。

 すると、さらに男が現われた。

 

 年齢は三十すぎくらいだろうか。

 随分と身なりがいい。

 腰にさげる剣や首にかけている装飾具も、一見して高価だとわかる立派なものだ。

 先に入ってきたふたりは、この男の護衛だろう。

 そして、孫空女は、さらに外には十名ほどの男たちがいることにも気がついた。

 

「こ、これは、陽明崔(ようめいさい)様──。こ、こんなところに、どうされましたか──?」

 

 杜遷は転がるように進み出た。

 陽明崔と呼んだ身なりのいい男に向かって、深々と頭をさげる。

 

「お前のところに、ほかに用事などあるか──。馬を購いに来てやったのだ」

 

 陽明崔が言った。

 

「へっ、馬が?」

 

 杜遷はぺこぺこしている。

 その態度から考えて、余程に身分の高い相手に違いない。

 おそらく、貴族だろう。

 

 孫空女は、杜遷が片膝をついて跪いたのに合わせて、両脚を床につけた。

 沙那から、八仙の宝玄仙の供をすることになった以上、最小限の礼儀作法は必要だと言われて、覚えたのだ。

 貴族に際しては、平民の男は片脚をついて、女は両膝を地面につける。

 それが礼なのだそうだ。 

 

「うむ。父上の生誕の宴の催し物として馬合わせをするのだが、どうしても一頭白馬が足りなくてな。あちこち、捜しまわっていたのだが、お前のところにも、白馬があると耳にしたのだ。すると、牧に、確かに白馬がいるではないか。ちょうどいいから、貰っていくぞ。値段は言い値でよい。ただし、吹っ掛けすぎるなよ」

 

 陽明崔が笑った。

 随分と親しそうだ。

 だが、牧にいた白馬というには、おそらくたったいま証文を書いてもらった馬のことだろう。

 外の牧にいた白馬といえば、一頭だけだった。

 

「だ、駄目だよ。あの白馬は、あたしがいま買ったんだ。あれは、もうあたしのご主人様のものだよ」

 

 孫空女は慌てて言った。

 陽明崔は、初めて孫空女の存在に気がついたような表情で、こっちに視線を向ける。

 

「なんだ、お前?」

 

 陽明崔の隣にいるふたりの部下のうち、ひとりが声を荒げて怒鳴った。

 だが、陽明崔がそれを手で制す。

 

「お前のものとはどういう意味だ、女? この牧にいるのは、そこにいる馬商人の杜遷のものだぞ。こいつは、だらしのない男だが、馬を見る目だけはあってな、陽明家の馬も、かなり杜遷から仕入れている」

 

 陽明崔は、「陽明家」という言葉に、いやに力を込めて言った。

 だが、もちろん、陽明家など知らない。

 

「知らないよ。たったいま、あたしが買ったんだ。ほら、これが証文だ」

 

 孫空女は、袋からさっきの書類を出して示した。

 どっちが証文で、どっちが売上げ書なのかはわからないので、両方出した。

 陽明崔は、眉をひそめた。

 

「本当か?」

 

 陽明崔が杜遷を睨む。

 

「ま、まあ、確かに、そういうわけなんですが……」

 

 杜遷が困ったように言った。

 陽明崔は嘆息した。

 

「仕方あるまい。じゃあ、お前から買ってやる。いくらで売ったのだ、杜遷?」

 

 陽明崔が杜遷に訊ねた。

 

「き、金両十枚です」

 

 杜遷が頭をさげる。

 陽明崔はくすりと笑った。

 

「吹っ掛けたもんだな。まあいい。じゃあ、女、金両十五枚で俺が買い直す。父上の生誕の宴で披露するのに必要なのだ。馬の色を揃える演出なのだが、どうしても白馬が足りなくてな……。おいっ」

 

 陽明崔が横の部下に声をかけた。

 その部下が、持っていた袋から金料を何枚か抜いて、数え直してから孫空女の前にぽんと投げた。

 どさりという音がした。

 

「これで、よいな。じゃあ、貰っていくぞ」

 

 陽明崔が外に出ていく。

 孫空女はびっくりして、後を追って小屋の外に出た。

 そして、陽明崔の前に立ちはだかる。

 

「無礼な。なんのつもりだ──?」

「女、なんだ?」

 

 すぐに両側の男たちが、さっと孫空女と陽明崔のあいだに入る。

 しかも、ふたりとも、すでに腰の剣に手をかけている。

 

「あれは、あたしが買った馬だと言っただろう。勝手に決めんじゃないよ。あれは、ご主人様に命令されて、あたしが買った馬だ。宿屋にこのまま連れて帰る。売らないよ──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「金両を十五枚渡したぞ。まだ、不足なのか?」

 

 部下の後ろの陽明崔が言った。

 

「値の問題じゃないよ。売らないと言っただろう。あれは、この牧で一番の馬だ。あたしは、一番いい馬をご主人様に届けるんだ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「ご主人様?」

 

 陽明崔は首を傾げた。

 

「……城郭に泊まっている旅の者の奴隷女のようです……。ご主人様というのは、こいつの主人らしくて……」

 

 追いかけてきた杜遷が陽明崔に耳打ちするように言った。

 陽明崔が、改めて孫空女を見る。

 

「俺はどうしても白馬がいる。俺に譲れ、女奴隷」

 

 陽明崔は言った。

 内容はともかく、口調は完全な命令調だった。態度も威圧的だ。

 孫空女は、むっとした。

 

「売らないと言ったら、売らないよ。じゃあ、あたしは行くからね」

 

 孫空女は、馬の柵を乗り越えて、買った白馬を連れていこうと思った。

 だが、いきなり、ぐいと肩を掴まれた。

 

「どこに行くか。崔様の話は終わっておらんぞ」

 

 護衛のひとりのようだ。

 

「なにすんだい」

 

 孫空女はそいつの腕を掴んで、地面に投げ飛ばした。

 

「うわっ」

 

 そいつが地面に叩きつけられて倒れる。

 

「こいつ──」

「女だが、なかなかやるぞ」

「なにをするか、お前は──」

 

 陽明崔の周りには、十名ほどの部下がいたが、そいらが色めきだって、一斉に剣を抜いた。

 孫空女も耳から、如意棒を出す。

 

「伸びろ──」

 

 如意棒を身長程の長さにする。

 一番、戦いやすい長さだ。

 

「うわっ」

「霊具遣いだ」

「気をつけろ」

 

 陽明崔の部下たちが斬りかかってきた。

 孫空女は、如意棒を一閃させた。

 それで、数名がまとめて倒れる。

 

 さらに、突っかかって来たのを如意棒の先で、軽く腹を突いて倒し、後ろから斬りつけてきたのを弾き飛ばす。

 あっという間に、向こうで立ってるのが半分になる。

 すると、明らかに残りの男たちがひるんだ。

 

「まだ、やんのかい?」

 

 孫空女はすかさず怒鳴った。

 

「やめよっ」

 

 陽明崔の声がした。

 

 男たちが一斉にとまった。

 それ以上は、孫空女にかかって来なくなったのを確かめてから、孫空女は如意棒を小さくして耳に隠した。

 

「霊具遣い……。つまり、道術師なのか?」

 

 陽明崔が孫空女に近づいてきた。

 

「そんなんじゃないよ。ただ、この如意棒だけは遣えるのさ。それよりも、もう部下をけしかけるのはやめな。あんたの部下が束になってかかってきても、あたしにはかなわないよ」

 

 孫空女は陽明崔に言った。

 

「そのようだ。俺の部下が突然に乱暴したのがきっかけだったな。失礼した。名を教えてくれるか?」

 

 陽明崔は苦笑はしているが、それほどに腹をたてているという感じではなかった。

 一方で、孫空女に倒された部下たちが、逐次に身体を起こし始める。

 手加減をしたから、骨は折れてはいないと思うが、何人かは上体を起こしただけで、地面に座ったままでいる。また、まだ元気な者は、陽明崔と距離を縮めて語り合い始めた孫空女を警戒するように、そばに来る。

 

「孫空女だよ」

 

 それだけを言った。

 

「おい、この方は、県令のご子息の陽明崔だぞ。さっきから、失礼な態度をとるな、孫空女」

 

 孫空女と陽明崔の部下が争い始めたのを驚愕して眺めていた杜遷が、寄ってきて怒鳴った。

 

「県令?」

 

 孫空女は驚いた。

 県令といえば、宝玄仙たちが待っている伊府の城郭で一番偉い男だ。

 その息子ということだから、かなりの影響力を持っていると思っていい。

 杜遷がぺこぺことしている理由がわかった。

 

「まあいい……。わかった。どうあっても、あの白馬は売らんというのだな、孫空女」

 

 陽明崔が言った。

 

「売らないよ」

 

 きっぱりと言った。

 すると、陽明崔が大きく頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、ここは引きさがろう。ところで、すごい腕だったな。こいつらは、俺の部下たちの中でも、特に力のある者たちだったのだ。それが子ども扱いだ。お前は強いな、孫空女」

 

 陽明崔がにっこりと笑った。

 

「まあね」

 

 孫空女は肩を竦めた。

 なんと返していいかわからなかったのだ。

 だが、なんとなく、納得してくれたようで、よかった。

 県令の息子だというが、いい人のようだ。

 ほっとした。 

 

「ところで、実は、白馬を見つけたら、そのまま連れ帰ろうと思っていたので、馬具を準備していた。素晴らしい武術の腕を見せてくれたお前に、これをやろう。あの白馬とともに、持っていくがいい」

 

 陽明崔が突如として言った。

 ふと見ると、柵に馬具がかけてある。

 一見して高級品だ。

 孫空女は驚いて首を横に振った。

 

「い、いいよ。こんなのをもらう理由がないよ」

 

「いや、理由はある。これは、口止め料だ。この陽明崔の部下が十人以上かかって、ひとりの女に倒されたと知られては、いろいろと支障があるのでな。いまあったことは、誰にも言わないで欲しい。その代わりに、その馬具をやる」

 

「で、でも……」

 

 黙っているということに異存はないが、随分といい馬具なので、まだ躊躇している。

 こんなものをもらってもいいのだろうか……?

 

「馬を買ったら、一緒にもらったと言え。それに、お前の主人が乗るのだろう? いい馬具だと、乗り心地も違う。お前の主人は喜ぶはずだ」

 

 陽明崔が言った。

 確かに、そうだと思った。

 馬があれば、歩かなくてもいいから楽になるが、確かに鞍がよければ、長く乗っていても疲れない。孫空女は、宝玄仙のために、この馬具を持っていってあげたくなってきた。

 

「わかった。じゃあ、貰う。その代わり、誰にも言わないよ」

 

「それでいい」

 

 陽明崔がにっこりと微笑んだ。

 

 

 *

 

 

 孫空女が去っていくと、にこやかだった陽明崔の形相が一変した。

 顔に怒りが込みあがっている。

 陽明崔の気性を知っている杜遷は、孫空女の前で機嫌がよさそうだった陽明崔が、実のところ、かなり、腹を立てているだろうと思っていた。

 やはり、そうだったようだ。

 

 どんなことがあっても、柔和そうな顔を崩さないのが陽明崔の武器だが、実は本当に恐ろしい男である。

 杜遷は、それを十分に知っている。

 

「なんという生意気な女だ──。確か、主人と一緒に旅をしている奴隷女だと言ったな、杜遷?」

 

 陽明崔が杜遷を見た。

 杜遷は、そのようだと答えた。

 残念ながら、それ以上は知らない。

 主人はどういう者なのかと訊ねられたので、まったくわかないと答えた。

 陽明崔は舌打ちした。

 

「まあいい。だったら、どこに泊まっている奴隷女か、突きとめて来い、杜遷。お前が売った馬だ。それが繋いである宿屋を探せばいい。難しい仕事ではないはずだ。見つけらた、すぐに俺の屋敷に報告に来い」

 

「そ、そりゃあ……。でも、なにをするので?」

 

 杜遷は呆気にとられた。

 

「知れたことだ。この伊府の城郭で、陽明家に逆らう者をただで済ますわけにはいかんだろう。こいつらが、もう少し、しっかりとしていれば、とりあえず、逃がすような面倒なことをしなくてもよかったが、あれは本当に強い。おそらく、どうあっても、この場で捕らえることはできんかっただろう。おまけに霊具遣いともなればな。道術を封じる拘束具もいる。しっかりとした軍に捕らえさせる」

 

 陽明崔が吐き捨てた。

 杜遷は、にんまりとしてしまった。

 

「つまりは、あの孫空女を逮捕するのですね? だったら、あっしにも、いい目をさせてもらえませんか? 俺も小屋の中で腕を折られかけたんですよ。まだ、痛いくらいで」

 

 杜遷は、孫空女に捻じ曲げられた腕を陽明崔に差し出しなら言った。

 実のところ、杜遷は陽明崔とは懇意だ。

 表立っては動きにくい陽明崔のために、影で動いて邪魔な相手を罠に嵌めたり、襲ったりするという仕事をしている。

 陽明崔は、そうやって裏で動く者を幾人か抱えているが、杜遷はそのひとりだ。

 

「お前のことだから、あの孫空女に言い寄ろうとしたのだろう。それで腕を捻じ曲げられたか?」

 

 図星を突かれて、杜遷は顔を赤くした。

 陽明崔が声をあげて笑った。

 

「……まあいい。あの孫空女を捕らえた後、牢に入れる前に、その機会をやろう。確かに、いい女ではあったな。すぐに罪人として処刑させてしまうのは惜しい。先に陽明家の別宅で弄んでから、営牢送りにするか」

 

「そう来なくっちゃ」

 

 杜遷は手を叩いた。

 あからさまに悦ぶ杜遷に、陽明崔が苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ、必ず、居場所を突きとめて来いよ、杜遷」

 

「もちろんです」

 

 杜遷は言った。

 伊府は大陸街道沿いにある城郭なので宿屋は多いが、それでも白馬を探すのは、手の折れる仕事ではない。

 白馬を見つけたら、宿屋の小僧にでも小遣いを渡せば、孫空女の居場所はすぐにわかるはずだ。

 杜遷は、さっそく城郭に向かうために、馬を一頭引き出して、城郭の向かう支度を開始した。




※:1里=1km。1里=100間、1間=10m=10歩、1歩=1m


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17  霊具作りの秘法

「奴隷か、だって?」

 

 宝玄仙が孫空女の質問に笑って応じた。

 

「……そんな上等なもんじゃないよ。お前たちは、わたしの遊ぶ玩具だよ。護衛兼暇潰しの人形さ。それよりも、さっさと寝台にあがりな」

 

 宝玄仙が、ぴしゃりと沙那と孫空女の尻たぶを続けて叩いた。

 沙那は、痛さに顔をしかめるとともに、縄掛けをされた裸身を宿屋の寝台に向かわせる。

 

 伊府(いふ)という城郭の中の小さな宿屋だ。

 宿屋としては格式の高い方ではない。

 帝国内の城郭としては中規模の城郭なので、もっと城郭の中心部に向かえば、貴賓が泊まるような立派な宿もあるのだが、いつものとおり、宝玄仙は一般の旅人が泊まるような普通の宿を好み、貴族街には近づこうとはしなかったので、今夜はここにいる。

 宝玄仙に言わせれば、とにかく目立つのが嫌いらしく、城郭内にある神殿にも、八仙たる宝玄仙の来訪を知らせるのは許されていない。

 

 それはともかく、三人で相談して、宝玄仙が山越えで使う馬を手に入れることになり、城郭に入る前に、孫空女は一時的にひとり離れて、少し遅れて、この宿屋にやってきた。

 その買い取ってきた馬も、宿屋の馬小屋に繋ぎ、その世話も終わったので、やっと、いつものように「調教」の夜が始まろうとしていた。

 いま、沙那と孫空女は、ふたりして全裸になり、揃って縄で後手縛りに括られている。

 

「ご主人様の霊具作りに協力させてもらえるなんて初めてだね。ただの調教じゃなくて、こういうことなら頑張り甲斐があるよ」

 

 寝台に先にあがった孫空女が嬉しそうな表情で言った。

 沙那も、嘆息しながら寝台にあがった。

 

 今夜、宝玄仙に言われているのは、霊具作りの手伝いだ。

 手伝いといっても、道士でもない沙那たちに、道術が遣えるわけでもなく、宝玄仙は沙那と孫空女が愛し合うことで発散する「淫気」を「霊気」として取り込み、それで霊具を作るのだという。

 しかし、沙那は、淫気が霊気に通じるとか、そもそも、人が快感によがったときに生み出すものが、道術の源である霊気と似ているとかいうのは、宝玄仙特有の出鱈目だと思っている。

 だが、孫空女は大真面目に信じている様子だ。

 宝玄仙が淫らな性愛こそが、霊具作りの秘法だと説明するのを、感心したように聞いていた。

 

「じゃあ、始めるよ。お前たちの頑張りが、そのまま、いい霊具作りに繋がるからね」

 

「わかっている。とにかく、あたしは頑張るよ。沙那も頑張ろう」

 

 孫空女が元気に言った。

 一方で、沙那は若干うんざりした気持ちで頷く。

 

 沙那と孫空女は、後手縛りのまま寝台の上で向かい合った。

 また、寝台の横の台には一個の鞍が置かれている。

 これが今夜の対象だ。

 

 孫空女が贖ってきた白馬は、沙那の眼か見てもなかなかの名馬であり、しかも、立派な馬具一式も一緒に持って来た。

 孫空女によれば、馬商人が馬とともに、くれたということだったが、それにしては質のいい馬具だった。台の上の鞍など、金を出しても手に入れるのが難しいのではないかと思うような、随分と手の込んだ細工の品物だ。

 とにかく、宝玄仙は馬よりも馬具を喜び、さっそく、鞍に霊気を込めて、馬を操るための霊具にするのだと言っている。

 馬に乗ったことのない者でも、馬を操れる霊具を作るのたそうだ。

 

 宝玄仙は、帝都では、霊具作りの才女とも呼ばれるくらいの霊具作りの名人だったらしい。

 だが、いい霊具を作るためには、大量の霊気を込めることが重要なのだそうだ。

 例えば、霊具には、道術を操れる道士でなければ扱えないものと、霊気のない一般人でも扱える物の二種類あるが、当然、誰でも扱える物は高価であり、数も少ない。また、効果も限定的で、せいぜい焚き火に火をつけるために炎を出すとか、小さなことができるくらいのものだ。

 

 しかし、宝玄仙の作る霊具は違う。

 

 確かに、沙那にでも操作できる霊具でありながら、驚くほどのことができたりするのだ。

 旅のために、宝玄仙が沙那たちに渡してくれる霊具は、沙那がこれまでに知っているものとは格が違うというほかなく、霊具作りについて「だけ」は、沙那は宝玄仙を尊敬している。

 宝玄仙に言わせれば、秘訣は大量の霊気を込めることであり、あれほどの霊具作りは、優れた道術遣いである宝玄仙だからこそできることなのだそうだ。

 

 ただ、霊気を込めるのは、大変に疲れることであり、宝玄仙はそれを沙那と孫空女に手伝えという。

 宝玄仙の話では、道術の力の源の「霊気」と、男女が愛し合うときに発する「淫気」は同質であり、沙那と孫空女が淫らに抱き合えば抱き合うほど、簡単に霊気が込められるという。

 

 宝玄仙の道術講座は、前半についてはもっともらしかったが、淫気などというものが霊気と同じであるという話辺りから、眉唾になってきて、沙那は信じることができない。

 まあ、そうはいっても、真実がどうあれ、やらされることには変わりないのだから、孫空女のように、無邪気に信じてしまえばいいのかもしれないが……。

 

「じゃあ、最初は沙那からだ。股を開きな」

 

 宝玄仙が寄ってきた。

 

「ひっ」

 

 沙那は大人しく両膝を立てて脚を開いたが、宝玄仙が手に持っているものを改めて見て、思わず声を出してしまった。

 宝玄仙は、両端が勃起した男根のかたちになっている一本の張形を手にしている。

 「双頭の張形」というものらしい。

 

 これを沙那の女陰に挿入して、孫空女の尻を犯せと言われているのだ。

 沙那と孫空女の快感は、快楽の共鳴により繋がっている。

 だから、沙那が双頭の張形を膣に挿入して、孫空女のお尻を犯せば、沙那も孫空女も、お互いの快感を受け合って、ふたりでお互いに、前後の穴を犯されるのと同じことになる。

 宝玄仙は、これを思いつき、「共鳴の二穴責め」だと称して喜んでいる。

 

「じゃあ、舐めな、孫空女。沙那の股が張形を受け入れることができるくらいまで濡らすんだ」

 

 宝玄仙が孫空女の首を乱暴に寝台に倒して、お尻をぴしゃりと叩いた。

 

「いたっ……。わ、わかったよ、ご主人様……。い、いくよ、沙那」

 

「うん……」

 

 孫空女が、お尻を掲げたような体勢で、顔を沙那の股に突っ込んできた。

 沙那は、孫空女が舌を這わせやすいように、脚をさらに開いて、少し腰を上にあげるような体勢になる。

 

「あん、んふうっ」

 

「はああ……ああ……」

 

 沙那と孫空女の口からが同時に甘い声が洩れ出た。

 

 同じことを沙那もさんざんにやらされたことがあるが、快楽の共鳴で繋がっている状態で、相手を愛撫するということは、手の込んだ自慰をしているのと同じであり、快楽の度合いが違うのだ。

 しかも、沙那がどんなに感じても、同じようによがり狂ってくれる孫空女が横にいる。その一体感は、身体の快感以上の幸福感を沙那にもたらしてくれる。

 

 孫空女と溶け合い、ひとつになる……。

 それは、とにかく、不思議な恍惚感なのだ。

 沙那が感じるときは、孫空女も感じ、孫空女が達するときは、沙那も達する。

 共鳴でお互いの身体の感じる場所がわかるし、快感の深さも知っている。いまや、おそらく、沙那は誰よりも孫空女のことをわかっているような気持ちだ。

 孫空女も同じだろう。

 この快楽の共鳴があるからこそ、常識では考えられないような深い親密感で、沙那と孫空女は結ばれていると思ったりする。

 

「いや、そ、そんなにしたら……ああ……、そ、孫空女……き、気持ちいい……」

 

「さ、沙那が……か、感じるのが……あ、あたしに……つ、伝わって……あ、ああっ」

 

 沙那と孫空女はお互いに腰を振り合って、よがり続けた。

 だが、しばらくして、ぴしゃりと孫空女のお尻で音がした。

 痛みは伝わらないので、沙那には感じないが、どうやら、宝玄仙が孫空女の尻たぶを思い切り叩いたようだ。

 孫空女が顔をあげて、顔をしかめている。

 

 しかし、その直後に女芯の奥がきゅっと切なく疼いた感覚が襲った。

 多分、これは孫空女だ。

 実のところ、孫空女には、少し被虐癖があるようなのだ。

 だから、宝玄仙から乱暴にされると、ちょっと感じてしまうみたいだ。

 痛みは伝えないが、快感は伝える「共鳴」がそれを沙那に教えるというわけだ。

 

 そんな恥ずかしい性癖さえも、お互いに知ってしまう。

 それが快楽の共鳴だ。

 沙那は悪戯っぽく、孫空女に笑いかけた。

 それだけで、孫空女は、沙那になにが伝わってしまったのか、わかってしまったようだ。

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうな顔になる。

 

 可愛い……。

 

「……それくらい、びしょびしょだったら、もういいさ。だけど、お前たちも、だんだんと淫らになっていくねえ……。お互いに武術を極めた女戦士のくせに、その正体は淫乱戦士かい」

 

 宝玄仙がからかうような言葉をかけてきた。

 そして、双頭の張形を沙那の股間に近づけると、ぐいと無造作に一気に奥まで挿し込んできた。

 

「あふうっ、そ、そんなに急に──」

 

 沙那はその乱暴なやり方に、かえって感じてしまって、大きな悶え声を出した。

 

「んふうっ」

 

 また、いったん沙那から離れた孫空女も、腰をがくがくと振って嬌声を洩らした。

 沙那が受けた快感が、孫空女に伝わったのだ。

 

「じゃあ、孫空女は尻を沙那に向けるんだ。沙那は孫空女の尻を犯しな──。すでに、張形の先には潤滑油が塗ってあるから、そのまま挿入もできるようにしているよ」

 

 宝玄仙が沙那の尻の下に指を伸ばして、下からくすぐるような仕草をした。

 沙那は悲鳴をあげて、慌てて腰をあげた。

 

「そ、孫空女、じゃ、じゃあ、いくね……」

 

 仕方なく沙那は、張形を股間に咥えたまま、膝で進んで、張形の先端を孫空女のお尻にぴったりと当てる。

 

「おっと、忘れてたよ。これは、わたしからお前たちへの贈り物だ。それは、ただの淫具じゃなくて霊具でね」

 

 宝玄仙が張形にぽんと触った。

 すると、双頭の張形全体が蛇のようにくねり始める。

 

「んああ、んああっ、ああっ、ご、ご主人様、こ、こんなのだめ……。と、とめてください」

 

 さっきの孫空女の愛撫ですっかりと濡れそぼっている膣肉を、張形の挿入している部分でこれでもかと掻きまわされて、沙那は絶叫した。

 しかも、張形の幹から小さな枝のようなものが出現して、沙那の肉芽をしっかりと掴んだのだ。それで張形の振動が、まともに陰核に伝わってしまい、沙那は身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 膣の奥の子宮に近い部分を張形の先がぶるぶると抉ってくる。

 どうしようもない快感が子宮に響き渡り、背骨を快感の槍が駆け抜けていく。

 

「あ、ああっ、さ、沙那……。そ、そんなに感じないで──」

 

 お尻をこっちに向けていた孫空女も腰を振って嬌声をあげた。

 沙那が感じるので、孫空女も強制的に快感を呼び起こされるのだ。

 

「そ、そんなこと言われても……。あっ、ああっ、ご、ご主人様、お、お願いです……。に、肉芽だけでも……。う、動けない……。あ、ああっ……」

 

 膣だけでなく、肉芽に伝わる振動が沙那の全身を脱力させる。

 強烈な痺れが腰骨を砕き、下半身全体を痺れさせる。

 

「いいから、やるんだよ」

 

 動きを止めた沙那の腰を宝玄仙がどんと突き押した。

 振動をする張形の先が孫空女の菊座に当たった。

 

「ひゃあ」

「んふうっ」

 

 沙那も孫空女も大きな声をあげた。

 張形の先が孫空女のお尻に当たった瞬間、沙那のお尻にも、孫空女が受けるぶるぶるという張形の振動の感触が伝わった。

 女陰と肉芽と肛門への怒涛の快感に、沙那の肉体はあっという間に熱くなり、意識が朦朧とするような夢心地の感覚に襲われる。

 

「これじゃあ、駄目かい。感じすぎて動けないとはねえ……。じゃあ、肉芽だけはとめてやるよ」

 

 宝玄仙が苦笑して肉芽を包んでいた枝を道術で動かしてくれた。

 まだ、幹から振動は伝わってくるが、さっきのように直接的に揺らされるよりましだ。

 沙那は、宝玄仙に促されて、張形を慎重に孫空女のお尻のすぼまりに埋めていった。

 

「あうっ」

「くっ」

 

 孫空女が呻き、沙那もまた声を出した。

 痛くて声がで出たわけじゃないのは、誰よりも沙那が知っている。

 沙那は宝玄仙と出逢ってからの一箇月以上……。

 孫空女も五行山の騒動以来、毎日毎夜、宝玄仙からの尻穴調教を受けている。

 ふたり揃って、排泄器官でしかなかった場所をすっかりと快感を覚える場所に変えられてしまった。

 

「も、もう少し……。そ、孫空女……」

 

「あ、ああ、沙那……。き、気持ちいいよ……。と、とても……ああ……」

 

 沙那と孫空女はお互いの名を呼びながら、津波のように襲い掛かる快感に耐えて、必死で腰とお尻を近づけ合う。

 なんで、こんなことをしているのかとか、なぜこんなに破廉恥な行為をしなければならないのかという思いはもうない。

 

 ただ、気持ちいい……。

 それだけだ。

 

 やがて、やっと張形が奥まで入った。

 沙那と孫空女はぴったりと繋がった。

 

「ああっ、ああん、そ、孫空女、ああ、孫空女」

「わ、わあああっ、沙那、沙那、沙那」

 

 沙那はわけもわからず、孫空女の名を呼んだ。

 孫空女の沙那の名を叫び返してくる。

 

 横で、宝玄仙がなにかを言っているが、もうそれは沙那の耳には入って来ない。

 いま、この瞬間、沙那が感じるのは孫空女だけだ。

 

 孫空女の快感……。

 孫空女の悶え……。

 孫空女の声……。

 孫空女が感じているお尻の気持ちよさ……。

 

 そういうものが一気に沙那に流れ込む。

 

「そ、孫空女、だ、だめえっ、いく、いく、いくう」

「わ、あたしも、いぐううっ」

 

 沙那と孫空女はぴったりと繋がったまま絶叫した。

 胎内でとてつもない快感の大波が炸裂する。

 目の前が真っ白になる。

 

「いぐううっ」

「んぎいいっ、沙那──」

 

 圧倒的な前後の穴からの快感……。

 恥ずかしいとか、みっともないという気持ちもない。

 なぜならば、孫空女が一緒だからだ。

 孫空女となら、快感を快感として、真っ直ぐに受け入れられる。

 

「いぐうっ、あふうう……」

「んんああ」

 

 ふたりで腰を密接にくっつけ合って一気に昇りつめた。

 

「お前ら本当に仲が良くなったよねえ……。こっちが妬けてくるほどだよ」

 

 呆れたような宝玄仙の声がした。

 

 そんなの知らない……。

 

 ただ、孫空女のことを誰よりも知っているのは自分だ。

 孫空女のことは誰にも渡したくないし、絶対に離れたくない……。

 そんな感情が、いまは燃えさかる炎のように心にあるのは事実だ。

 

 強烈な絶頂の波が収まっていきかけたが、とまっていない張形の振動が鎮まりかけていた身体を再び炎の中に引き戻した。

 沙那ははっとした。

 

「あ、ああ、とめて……とめてください。ちょ、ちょっと、休ませて……」

 

 沙那は狼狽えて張形を抜こうとしたが、まるで接着油でもつけられているかのように、孫空女のお尻から腰が離れない。

 

「ああ、ま、また、あがってきた……。ご、ご主人様、ま、また、昇ってくるよう」

 

 孫空女も動転した声をあげた。

 すると、宝玄仙がからからと笑った。

 

「当り前だよ。お前ら目的を忘れたんじゃないかい? なんで一回で許してもらえると思ってんだい。お前らに、男と女のように張形を出し入れして犯し合えというような無理はいわないよ。そのまま、くっついてな。わたしが道術を解かない限り、どんな格好になっても、張形は抜けないし、振動もとまらない……。肉芽への責めも復活してやるさ。だから、頑張って淫気を発散しておくれ。朝まで続ければ、十分な量は集まるだろうからね」

 

 宝玄仙が笑った。

 そして、驚いたことに、もうひとつあった寝台に向かって寝る態勢になる。

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 ある程度は、わざとそんな素振りをしているとしても、宝玄仙のことだから、本当にそのまま放置させられかねない。

 

「あっ、そ、そんなあ、ああ、あああっ」

 

 だが、沙那の言葉は、再び肉芽を包まれて、振動を送り込まれることで、口からこぼれ出た嬌声に消されてしまった。

 

「さ、沙那、そ、そんなに感じないでよ。か、身体が……ば、ばらばらになる……」

 

 沙那の快感を送り込まれている孫空女が悲鳴をあげた。

 

「あ、あんたのお尻だって……。ああん、ああっ」

 

 孫空女のお尻に腰を押しつけるようにしている沙那もまた声をあげる。

 こんな際どい軽口だって、孫空女と出逢う前の沙那には考えられないことだ。

 

 だが、恥ずかしいことでも、はしたないことでも、孫空女と一緒なら愉しい気持ちでいられる……。

 そんなように思う。

 

 だが、それ以上、沙那は考えらることができなくなった。

 二度目の絶頂感に襲われたのだ。

 沙那と孫空女は、ふたり揃って咆哮のような声をあげて、二度目の絶頂に達した。

 

 

 *

 

 

 孫空女は、昨日、馬商人から買った白馬を宿屋の前に連れていった。

 すでに、馬具も取りつけてある。

 改めて見ると、本当に上等の馬具だ。

 

 特に、鞍については、宝玄仙が霊気を込めた霊具であり、宝玄仙によれば、この鞍があれば、馬は乗り手に逆らうことがないうえに、馬の力を最大限に発揮するという。

 もっとも、馬の自在に操るには、そんな霊具を使うよりも、心を通わせた方がいいのだ。

 孫空女は、そう思う。

 ただ、宝玄仙は馬には乗れないらしい。

 それで、不安に思って、そんな霊具を作ったようだ。

 

 それにしても、昨夜は、その霊具を作るために、沙那ととことん愛し合わされた。

 沙那と双頭の張形を使って、無理矢理に女陰や肛門をお互いに犯し合わされたのだ。

 長時間の強制性交に身体は疲労困憊となったが、終わってみれば、悪いものではなかった。

 身体に刻まれている内丹印の刻みを通じて、お互いの快楽を共有してしまう孫空女と沙那は、何度も果てながら、その度に溶けるようにひとつになった。

 

 沙那の快楽をもらって絶頂し、孫空女の感じる場所をそのままの気持ちよさで沙那が受け取ってくれる……。

 そして、ふたりで狂ったように赤裸々に悶え合う……。

 

 あれはあれで、いいものだった。

 

 あまりにも昇天しすぎて、朝になったいまでも、まだ腰に力が入らないような感じがするのだが、不思議な充実感と幸福感もある。

 

 そのとき、宿屋の前の通りから慌ただしい物音が起こった。

 

 城郭軍のようだ。

 武装をしており、それぞれに五十人ほどの集団が左右から出現したのだ。

 孫空女は、邪魔をしないようにと思って、馬の手綱を持ったまま、道の端に避けたが、その孫空女の周りに、その一隊が押し寄せた。

 孫空女は、百人はいると思う軍に完全に囲まれてしまった。

 

「孫空女だな?」

 

 隊長らしき男が怒鳴った。

 孫空女に向かっている兵たちは、すでに棒を構えて、先端を孫空女に一斉に向けている。後ろには、剣を構えている者もいるし、ずっと後ろには大きな箱のような車を曳いた二輌の馬車があり、その屋根の上に弓兵までいる。

 物々しい光景だ。

 

「そうだけど、なんだい、お前ら?」

 

 孫空女は耳から、そっとまだ刺繍針ほどの大きさの如意棒を手に取り、右の拳の中に移した。

 

「気をつけろ。耳の中の霊具を持ったぞ──。孫空女、その手の中の物を離せ」

 

 その瞬間、隊長が大きな声をあげた。

 すぐに、棒を持った兵たちの前に、十名ほどの盾手が出てきて、孫空女から防護する態勢をとる。

 孫空女は驚いてしまった。

 

 そもそも、なんで耳の中に如意棒を隠していることを知っているのだろう?

 

「抵抗するな。お前を馬泥棒の咎で逮捕する」

 

「はあ?」

 

 孫空女は訝しんだ。

 

「なんの騒ぎだい?」

 

 すると、宿屋側から声がした。

 振り返る。

 宝玄仙だ。

 荷を抱えた沙那もいる。沙那は、目を見開いてびっくりしている。

 

「ご、ご主人様、危ないです。さがって」

 

 しかし、すぐに沙那は荷をその場に置いて、剣をさっと抜いた。

 

「抵抗する気か? 女といえども容赦はせんぞ」

 

 隊長が緊張した口調で叫んだ。

 

「沙那、剣をしまいな」

 

 宝玄仙が憮然とした表情で言った。

 沙那は、少し躊躇った気配だったが、大人しく剣を鞘に収める。

 

「武器を寄越せ。すぐにだ」

 

 隊長が横の兵に合図した。

 数名ずつの兵がさっと孫空女と沙那の前に進み出て、武器を奪う仕草をする。

 

「待ちな。どういうことだい?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 いつにない宝玄仙の迫力のある声だ。

 馬鹿にしたような蔑みの声はよく聞くが、こんな風に怒鳴るのは初めて接する。

 孫空女もちょっとびくりとなってしまった。

 寄ってきた兵が、その迫力に、たじろいて動きを止める。

 

「馬泥棒の罪で、この孫空女を捕縛するのだ。お前らは連れか? 邪魔だてすると、お前らも一緒に連れていくぞ」

 

 隊長が宝玄仙を睨んだ。

 宝玄仙は、口をぽかんと開いた。

 

「お前、この馬は盗んできたのかい、孫空女?」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は慌てて、首を横に振った。

 

「と、とんでもないよ。ちゃんと馬商人から買ったんだ。証文も見せたじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 もっとも、あれが本当に証文かどうかは、字の読めない孫空女にはわからない。ただ、沙那も確認していたから間違いないとは思う。

 

「その杜遷《とせん》は、馬を盗まれたと言っている。訴えがあった。孫空女に脅されて、無理矢理に証文を書かされたという主張している」

 

 孫空女は驚愕した。

 

「じょ、冗談じゃないよ。杜遷からはちゃんと買ったよ、金両十枚払ったんだ」

 

「そうです。これが証拠です」

 

 沙那が荷から、昨日の書類を二枚出した。

 証文と売上げ書のはずだ。

 杜遷から馬の代金と引き換えにもらったものだ。

 

「うるさい。言い分は訊問できいてやる。とにかく連行する。孫空女は、陽明崔(ようめいさい)様の一行を襲いもしたのだ」

 

「楊明崔?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「孫空女は、馬を盗んだだけでなく、県令のご子息の陽明崔様の護衛に暴力を振るったのだ。鞍に楊家の紋章が刻んである。その鞍が動かぬ証拠だ」

 

 隊長が白馬にある鞍に指を指す。

 

「紋章? ああ、なにか模様が刻んであったねえ。これは楊家の紋章かい。わたしは、落書きかと思ったよ」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 隊長はむっとしたようだ。

 

「楊家の紋章の鞍がここにあるということは、孫空女が暴力を振るって、馬を盗んだという証拠だ。いいから、大人しくしろ」

 

「そんな、無茶な。陽明崔は、ただで鞍をくれると言ったんだよ」

 

 孫空女は喚いた。

 すると、沙那が口を挟んだ。

 

「ちょっと待ってよ、孫空女。もしかして、諍いがあったというのは本当? 陽明崔というのは、この城郭の県令のご子息のはずよ」

 

「ま、まあ……。確かに、ちょっとした喧嘩はしたけど……。だけど、それは向こうが悪いんだ。謝られたし、その詫びの品として、鞍をくれたんだ」

 

 孫空女は仕方なく言った。

 

「呆れたねえ……。お前は、そんな騒動があったことを、なんで言わないんだい?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「だ、だって、口止めをされたし……」

 

 孫空女は困ってしまった。

 宝玄仙が溜息をついた。

 

「お前、馬鹿かい。口止めをされたとしても、県令の息子と争ったなんていう大事な話を黙っているものがあるかい。まあいい。お前への罰はあとで考える。いまは、こっちのことだ」

 

 孫空女は、罰といわれて、しゅんとなってしまった。

 宝玄仙が隊長に視線を向けた。

 

「……いずれにしても、手違いだろう。陽明崔のことはともかく、馬は馬商人から購ったと言っているし、証文もある。とにかく、一度、引きあげな。わたしらは、ここに留まるよ。お互いに、ちょっと調べようじゃないかい」

 

「やかましい。俺が命令を受けているのは、孫空女の捕縛だけだ。抵抗するなら、お前らも捕らえる。それだけだ」

 

 隊長が叫んで、業を煮やしたように合図をする。

 盾手がさっと距離を詰め、そのあいだから棒が突き出された。

 緊張が走ったが、宝玄仙の笑い声がそれを打ち破った。

 

「捕縛する? この宝玄仙をかい? お前ら、このわたしが誰か知らないんだね? まあいい。じゃあ、連れていきな。その代わり、ちゃんと県令に報告するんだよ。宝玄仙という天教の巫女を捕らえたとね。この城郭の神殿長のあの禿げにも言いな……」

 

 宝玄仙が神殿長らしき者の名を呼び捨てにした。

 その口ぶりは、なんとなく、知り合いのような雰囲気だ。

 

 孫空女と沙那は、宝玄仙が大人しく捕らわれろと命じたため、武器を兵に渡した。

 沙那は腰帯ごと剣を外し、孫空女はまだ小さいままの如意棒を渡す。

 すると、三人の周りを完全に兵に包まれた。

 

 後ろにあった馬車がゆっくりと前に出てくる。

 近くまで来てわかったが、罪人を護送するための檻車だ。

 側面には鉄格子の嵌まった小さな窓があるだけの頑丈そうな壁で作られた四角い乗り物だ。

 それを馬で曳いているのだ。

 

「大人しく乗れ。拘束はせん」

 

 隊長が宝玄仙に言った。

 

「大人しくするよ」

 

 宝玄仙が笑って、檻車に進み出る。

 どうやら、この事態を愉しんでいる気配だ。

 

 沙那が宝玄仙に続く。

 ふたりが馬車に乗り込んだ。

 孫空女も乗ろうとした。

 だが、数本の棒が孫空女の前を阻んだ。

 

「な、なんだい?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 

「お前はそっちだ」

 

 隊長がもうひとつの檻車を指さした。

 孫空女は肩を竦めてから、そっちに向かう。

 二名の兵が寄ってきて、孫空女の首にある赤い首輪の上から金属の首輪を嵌めた。その首輪には手枷が繋がっていて、それに両手首を嵌められる。

 孫空女は頭の後ろに手を回して、動けなくなってしまった。

 次いで、足首にも、やはり肩幅ほどの長さの鎖のある足枷をつけられた。

 

「なんだよ。そんなにあたしが怖いかい。大人しくすれば、拘束しないって言っただろう」

 

 宝玄仙が刃向かうなと言ったので、連中の好きなようにさせたが、さすがに腹がたつ。

 

「お前は霊具遣いだからな。念のためだ。おい、道術封じの腕輪もしろ」

 

 隊長が命じた。

 誰かが頭の後ろの手首にさらに、なにかを嵌めた。

 

「うわっ」

 

 その瞬間、急に孫空女は力が抜けたようになってしまった。

 道術封じというから、霊気を遮断するなにかの霊具なのだろうが、それを付けられることで、なぜか身体が少し弛緩したように、力が抜けたのだ。

 孫空女の身体には、御影の死の呪いを防ぐために、宝玄仙の霊気が充満しているはずだ。

 それで、霊気の遮断具がなにかの影響を及ぼしたのかもしれない。

 さらに目隠しをされた。

 

「念の入ったことだね」

 

 孫空女は嫌味を言った。

 

「乗れ」

 

 突然に背中を小突かれた。

 檻車に昇る梯子に身体がぶつかる。

 

「こ、これじゃあ、乗れないだろう」

 

 孫空女は悪態を突いたが、後ろと左右から棒で突かれ、仕方なく、なんとか梯子を昇る。

 すると、思い切り、背中を棒で疲れて、前に突き飛ばされた。

 

「うわっ」

 

 孫空女は檻車の中に転がり倒された。

 

「い、痛いよ」

 

 怒鳴ったが、もちろん返事はない。

 大きな音を立てて檻車の扉が閉まり、がしゃりと鍵がかかったのがわかった。

 

「な、なんだい……」

 

 孫空女はぶつぶつ言った。

 しかし、なにかの気配を感じた。

 

「ま、待て、誰がいるね?」

 

 叫んだ。

 

 檻車の中に人がいる。

 それは気配でわかった。

 

 だが、嵌められている手枷付きの鉄の首輪の後ろに、なにかを繋がれる。

 がらがらと音を立てて、それが引きあがった。

 

「んぐっ、や、やめろっ」

 

 首輪に繋がったのは鎖のようだ。

 天井に向かってどんどんと引っ張られて、孫空女は無理矢理に立たされる。

 しかも、つま先立ちになるまで引きあげられて、やっとそれでとまった。

 

 馬車が動き出す。

 身体が揺れて体勢を崩し、首輪で喉が絞まった。

 孫空女は呻き声とともに、なんとかつま先立ちを保持する。

 

「頑張って立ってろよ。さもないと首が締まるぜ」

 

 声がした。

 その声に聞き覚えがある。

 

「そ、その声は、あの馬商人だね」

 

 孫空女は言った。

 間違いないと思う。

 

 名は杜遷だ……。

 

「覚えてくれてたかい。光栄だな……」

 

 その杜遷が身体の後ろに回る気配がした。

 そして、孫空女の下袴(かこ)の腰紐を解き始める。

 孫空女はぎょっとした。

 

「な、なにすんだい──?」

 

 だが、抵抗しようとしても、身体が弛緩しているうえに、両手と両足首は拘束されているし、しかも、つま先立ちになっているので、なにもできない。

 あっという間に、下袴を足首までおろされた。

 

「ふ、ふざけるなよ。な、なんの……うぐっ」

 

 杜遷がさらに股間を包んでいる股布に手をかけたとき、孫空女は腰を振って阻止しようと思った。だが、その動きに加えて、馬車が揺れて首が絞まってしまった。

 

「ほらほら、暴れるなよ。陽明崔様の別宅は、城郭の外だからな。少しばかり時間がかかると思うぜ。まあ、そのあいだに、一発……。いや、二発はいけるな」

 

 杜遷が卑猥な声で笑った。

 股布が外されて、秘部に外気が触れる感触が襲う。

 孫空女はぎゅっと内腿を締めつけた。

 

「お前のような男勝りの女でも、股間をさらけ出されれば恥ずかしいかい。こりゃあいい」

 

 杜遷が大笑いした。

 孫空女は頭に血が昇って、もう一度怒鳴ろうと思ったが、鼻と口の上に布を被されて頭の後ろで縛られた。

 

 布が濡れている……?

 

 なんだろうと思ったが、息を吸った途端に、身体からさらに力が抜けるとともに、身体がかっと熱くなった。

 さらに、全身に虫がたかるような疼きが一斉に起こる。

 

 媚薬だ──。

 

 すぐにわかった。

 しかも、怖ろしく強烈なものだ。

 

「や、やだよ」

 

 頭を振って布を外そうとした。

 だが、取れない……。

 

 これを吸い続ければ大変なことになる……。

 

 それはわかったが、鼻と口に被せられているのだ。

 息をしないわけにはいかないので、どうしても、それを吸うことになる。

 孫空女は、無理矢理に媚薬を吸わされ続けた。

 

「くっ」

 

 あっという間だった。

 痒みのような猛烈な疼きが股に襲ってきた。

 なにもされていないのに、内腿にぬるりと蜜が滲むのも感じる。

 

「股ぐらが真っ赤になってきたぜ。面白いなあ……。じゃあ、さっそくいただくかな。陽明崔様に許されているのは、檻車が別宅に着くまでのことだしな」

 

 杜遷が言った。

 

 別宅……?

 そういえば、さっきもそう言っていた……。

 捕縛されて、軍営に連れていかれるわけじゃないのか……?

 孫空女は訝しんだ。

 

 だが、考えることができたのは、そこまでだ。

 右の膝に縄がかけられたのだ。

 そして、足首の枷が、突如として右足首だけ外される。

 しかし、足首から下袴が抜かれ、膝に掛けられている縄が引きあがった。

 

「んんぐうっ、あぐうっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 片足立ちになったために、首が鎖で思い切り絞まってしまったのだ。

 懸命に体勢を取り直す。

 

「そうそう……。しかっりと立ってな」

 

 杜遷が前に回ってきた。

 孫空女の腰に手を回して、秘部をなにかで突く。

 

 はっとした。

 男根だ。

 杜遷が孫空女を犯そうとしている。

 それを悟った。

 

「ふ、ふざけるなよ、お前──。や、やめろっ、やめろって」

 

 叫ぶ。

 だが、笑いながら杜遷が腰を前に出した。

 びっしょりと濡れている孫空女の膣に、杜遷の肉棒がしっかりと突き挿さる。

 

「んふううっ、ああっ」

 

 口惜しいが身体が、媚薬に蕩けている膣を擦られて、すさまじい快感が全身を駆け抜けた。

 杜遷が孫空女の反応に嬉しそうな声を出す。

 

「まあ、陽明崔様に逆らうから、こんなことになるのさ。おかげで、俺は嘘の供述をするだけで、お前を犯すことができるというわけだがな」

 

 杜遷が前後に腰を使い出す。

 孫空女の口からは、我慢しようとした喘ぎ声がだんだんと大きく洩れ出ていった。



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18  営牢への訪問者

「まあ、そのうち県令が慌ててやってくるさ。こんな地方城郭の県令程度じゃあ、八仙であるわたしに手出しして、天教の権威に歯向かう根性はないよ。これでも、天教の最高幹部だからね」

 

 石床に直接に座り込んでいる宝玄仙が、営牢の石壁にもたれかかりながら言った。

 

 薄暗い営牢の中だ。

 

 宿屋の前で檻車に入れられた沙那と宝玄仙は、そのまま軍営らしき場所に連れていかれて、この軍営に放り込まれた。

 沙那は武器は奪われたが、宝玄仙については、隠し持っている武器がないか調べられただけで、特に道術を防ぐような処置はされていない。もしかしたら、宝玄仙が道術使いであることに、思いが至らなかったのかもしれない。

 こんな地方城郭では、宝玄仙のような本格的な道士は珍しい存在だ。

 無理もない。

 また、ふたりとも拘束もなしだ。

 

 捕縛の狙いが孫空女であり、沙那と宝玄仙は単なる連れだと考えられたために、このような緩い処置になっているのかもしれないが、いずれにしても、宝玄仙は気楽そうにしている。

 営牢に入れられたというのに、少しも慌てる様子はない。

 だが、沙那は、ここにはいない孫空女のことを思うと、気が気じゃない。

 

「また、そんな呑気そうに……」

 

 沙那は不満を漏らした。

 

「……わかってないねえ……。わたしに危害を加えるということは、天教に刃向かうのも同じなんだよ……。それに、実のところ、ここの天教の神殿長をしている禿はわたしと懇意でね……。面倒だから知らんぷりをしていたけど、問い合わせれば、わたしが何者かはすぐに教えるさ。問題はないよ……。今頃、県令は、間違って、八仙であるわたしを捕縛してしまったことに蒼くなっているさ」

 

「でも、孫空女は、絶対にわたしたちとは別の場所に連れていかれましたよ。それは間違いありませんから……。わたしは後ろからついてきていたもう一輌の檻車が途中で、どこかに曲がっていくのを小窓から見てました。あれは城門の方でした。孫空女は、この軍営とはまったく別の場所に連れていかれたと思います」

 

 沙那は宝玄仙に言った。

 すると、さすがに宝玄仙も困った顔になった。

 

「だけど、なんで別の場所に行くのさ? 取り調べは軍営だろう。どうして、孫空女が城門の外に檻車で連れ出される道理があるんだい?」

 

「そんなこと、わたしにわかるわけないですよ、ご主人様。でも、孫空女を乗せた馬車は、間違いなく別の場所に向かいました。それだけは確かです」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 孫空女が、なぜ沙那たちとはまったく別方向に連れていかれたのかわからない。

 だが、とても嫌な予感がする。

 やっと宝玄仙も困惑した表情になった。

 

「……お前、なにか感じるかい?」

 

 宝玄仙が反対側の壁側にいる沙那に視線を向ける。

 沙那と孫空女は、宝玄仙の刻んだ内丹印の影響により、お互いに快楽が共鳴し合うようになっている。

 しかし、沙那にはなにも感じない。

 黙って首を横に振った。

 

「まあ、快楽の共鳴で伝え合うのは、純粋な快感だけだからねえ……。拷問の痛みは別か……」

 

 宝玄仙が口の中でぶつぶつと言った。

 もしも、孫空女が取り調べの兵から、ここで性的虐待を受け入ていたりすれば、それは共鳴を通じて沙那に伝わる。

 しかし、いまはなにも感じない。

 

 だが、共鳴で伝えるのは快感だけなので、拷問で孫空女が苦痛を覚えても、それが共鳴で沙那に伝わることはない。

 また、快楽の共鳴は、お互いの距離が離れすぎても、まったく影響がなくなってしまう。

 もしも、孫空女が沙那の予想通りに、城門の外に連れ出されたとすれば、やはり、共鳴はなにも沙那に伝えないだろう。

 とにかく、沙那の身体には、孫空女が近くにいることを示す感覚の伝達はなにもない。

 

「ご主人様が、大人しく捕まれなんて命じるから……。孫空女だったら、あんな兵くらい蹴散らせたんです」

 

 沙那は文句を言った。

 宝玄仙がびっくりした表情になった。

 

「お前、時々、過激なことを言うねえ……。あんなところで、城郭軍相手に暴れたりしたら、それこそ、手配されて、国境も抜けれなくなるじゃないかい」

 

「手配されたところで、国境くらい抜けれますよ……。とにかく、わたしは、孫空女が心配なんです。この壁、ご主人様の道術でぶち抜けませんか?」

 

 沙那は訊ねた。

 宝玄仙が目を丸くした。

 

「そんなことができるわけないだろう。わたしにできるのは、この牢内を結界で包んで、力場を支配することくらいだ。それはもうやっている。そもそも、ここは軍営だろう? 牢破りしても、城郭軍の中心に出るだけじゃないかい……。とにかく、冷静になりな、沙那……。お前らしくない」

 

「だ、だって……」

 

 沙那は声をあげた。

 こうしているあいだにも、孫空女がどんな目に遭わされているのか心配なのだ。

 あるいは、手遅れになるということも考えられる。

 

 そのとき、急に営牢の外から、慌ただしい気配が伝わって来た。

 大勢の人間がやって来る物音がする。

 

「おいでなすったよ」

 

 宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 沙那は、さっと宝玄仙の方向に移動して、横に立って宝玄仙を守る態勢を作る。

 扉がばんと開かれた。

 

 軍装をしている男たちをはじめ、役人らしき者たちが、その場に土下座をしていた。

 その中心に県令の装束を身に着けている初老の男がいることに、沙那は気がついた。

 

「こ、このたびは……」

 

 その男が口を開いたが、すぐに宝玄仙がそれを遮った。

 

「県令の楊明徳(ようめいとく)じゃな」

 

 いつもとは異なる宝玄仙の言葉遣いに、横に立っている沙那は少しだけ戸惑った。

 

「はっ、陽明徳です。知らぬこととはいえ、なんと申し開きをすればよいか……」

 

 県令の陽明徳は、営牢の外で平伏したまま言った。

 当然だ。

 この帝国で生まれ育った沙那は、天教という教団がどれだけの権威を持っているかということは、肌で知っている。

 天教に逆らう者は、この帝国では生きてはいけない。

 それは、大貴族でも同じだ。

 ましてや、こんな地方城郭の県令程度では、その天教の最高権威である八仙のひとりである宝玄仙の存在は、殿上人にも等しいだろう。

 

 陽明徳からは、宝玄仙に対する心からの怯えが伝わってくる。

 改めて思うが、この変態巫女は、やっぱり、それなりの権威の持ち主なのだ。

 

「わしは宝玄仙だぞ」

 

 宝玄仙が一喝した。

 陽明徳の身体がびくりと震えた。

 

「は、はっ」

 

「天教最高権威の八仙のひとりにして、三蔵の異名も持つこの宝玄仙に危害を加えるということは、天教に害をなす者も同じじゃ。八仙の名において、お前を天教の“天敵”と宣することもできる。わかっておろうな──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 天教による「天敵宣言」は、この帝国における死刑宣告も同じだ。

 その者を誰が殺しても、この国では咎める者はいない。

 帝国の法よりも、天教の教義が優先する。

 それは、この帝国の民衆であれば、身体に染み着いている価値観だ。

 天敵宣言をされてしまった相手を積極的に殺すことは、天教教徒である証になる。

 それが天敵宣言だ。

 

「も、申しわけございません。は、八仙様ほどのお方が、この城郭にお忍びでやって来ているとは夢にも思わず……」

 

「言い訳はよい。ならば、わしの供が馬を盗んだなどというたわ言の嫌疑は晴れたのであろうな?」

 

「無論でございます。そもそも、このことは、杜遷(とせん)という馬商人が嘘の供述ををしたのが発端で……」

 

「だが、たかだが馬商人の言い分を信じて、八仙たるわしらの物言いを無視して、馬商人を信じたのじゃな。こっちには、証文もあるのに」

 

 宝玄仙が皮肉を言った。

 

「な、なぜ、このようなことが起こったのか……。と、とにかく、杜遷は責任をもって捕らえ、天教の八仙に危害を加えようとした極悪人として処刑いたしますことになりましょう……」

 

 陽明徳が顔をあげてきっぱりと言った。

 杜遷という馬商人に、罪を全部被せて、あとは素知らぬふりをするつもりだろうと悟ったが、沙那は黙っていた。

 孫空女が無事に戻って来れば、文句はない。

 

「……まあよい。なにかの間違いであるというのであれば、それでよい。それよりも、もうひとりの供を早く連れて来い。これでも目的のある巡礼の旅じゃ。すぐに出立する」

 

「そ、それが……」

 

 すると、陽明徳が困ったような顔になった。

 沙那は、なにかを隠すような陽明徳の態度を訝しんだ。

 そのとき、宝玄仙がすっくとその場に立ちあがった。

 沙那は横目で宝玄仙を見る。

 驚いたことに、宝玄仙が激怒の表情をしていた。

 

「なんじゃ、陽明徳──。まさか、わしの供をすでに害したわけじゃないであろうな──。ならば、どうするか見ておれ──。天敵宣言をするまでもない。このわし手ずからお前を八つ裂きにしてやる。八仙たる宝玄仙を舐めるな──」

 

 宝玄仙が怒鳴りあげた。

 見たことのもないような宝玄仙の怒りの姿だ。

 沙那は横で目を丸くした。

 

「ひいっ──。い、いま、捜させております。だ、だが、何分にも連絡が取れず……」

 

 陽明徳が再び頭を床につけた。

 宝玄仙が大きく一度足を踏み鳴らした。

 

「捜すとはどういう意味じゃ──。わしの供をどこに連れていきおったか──」

 

 それとともに、営牢の中に突如として炎が噴きあがった。

 だが、まったく熱くはない。

 どうやら、結界を利用した宝玄仙の幻術のようだ。

 しかし、目の前で宝玄仙の道術を目の当たりにした陽明徳をはじめとした者たちは、その場で悲鳴をあげた。

 

「べ、別の場所で取り調べを……」

 

「なんでじゃ?」

 

 宝玄仙の大声に陽明徳がびくりとした。

 だが、沙那はそのとき、やっと違和感を覚えた。

 

 この県令は、態度ほどには、それほどに怖がってはいない……?

 むしろ、宝玄仙にすっかりと呑まれているふりをしているだけで、実際にはこの場をしたたかに、凌ごうと企てている……?

 そんな風に思ったのだ。

 

 もしかして、なにかを隠しているか、誰かを庇おうとしている……?

 

 陽明徳の態度から思いつくのはそれくらいだが、沙那には、こうまでして、県令の陽明徳が庇おうとしているその相手を思いつかない。

 

「そ、それゆえに、手違いと……。と、ともかく、なにか起きたときには、陽明家の全財産をもって、女奴隷の償いをいたしますので……。それで……それで……平にご容赦を……」

 

 陽明徳が床に額を擦りつけたまま言った。

 

 奴隷?

 

 孫空女のことに対して、おかしな言い方をするものだと思ったが、それではっとした。

 

 そういえば、昨夜馬商人のところから戻ったとき、孫空女が自分の身分が奴隷なのかと宝玄仙に訊ねたのを思い出した。

 宝玄仙は、いつものように鼻であしらったが、おそらく、馬商人の杜遷とかいう男のところで、孫空女が奴隷であるというようなやり取りがあったのでは……?

 だから、陽明徳は孫空女を奴隷だと口にした?

 

 さらに、孫空女は、杜遷のところで騒動を起こしたが、その相手が陽明徳の息子とだとか言っていたっけ……。

 

 沙那ははっとした。

 そのとき、横で宝玄仙が不快そうな声をあげた。

 

「奴隷? 貴様、よりにもよって、わしの供を奴隷と称したか──?」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 その迫力は、沙那でも竦みあがるほどだ。

 だが、いまはそれよりも、沙那は自分の推量に恐れおののいた。

 もしも、沙那の勘が当たっていれば、いま、孫空女はかなり危険な状況だ。

 

「ご主人様、孫空女が危険です。おそらく、この県令は、孫空女を殺せと命じたかもしれません。この騒動の張本人は、県令の息子の陽明崔(ようめいさい)です。もしかしたら、最初は、罪人に仕立てた孫空女を陽明崔と杜遷が連れていっただけかもしれません。でも、ご主人様の連れであることがわかって、この県令は、罪の全部を杜遷に擦りつけるために、杜遷ごと、孫空女を殺せと命じたに違いありません。孫空女が危ないです」

 

 沙那はわざと声に出して言った。

 確証のない当て推量だったが、それが当たっていることは、沙那の言葉に対する陽明徳の反応の十分だ。

 

 沙那は恐怖に襲われた。

 宝玄仙も顔色を変えている。

 

「陽明徳──。いまの沙那の言葉は本当だな? 死人に口なしというわけか──? それで、奴隷の対価を金子で償うなどと訳のわからんことを申したのだな──。だが、そうはいかんぞ。そもそも、わしの供を奴隷と言ったが、なにか勘違いをしておるな。八仙のわしが、奴隷を供にするわけがないであろう」

 

「あっ」

 

 陽明徳がはっとした声をあげた。

 

「言うに事欠き、わしの供を奴隷呼ばわりとは、それだけで、天教に対する許されざる罪ぞ、陽明徳」

 

 陽明徳の顔色が真っ白になった。

 宝玄仙がさらに言葉を続ける。

 

「……お前が奴隷と呼んだ孫空女は、わしの供となるために出家して、戒名は孫玉蔡(そんぎょくさい)。れっきした天教の幹部ぞ。その孫玉蔡に手をかけたりしたら、天教に戦いを挑むのも同じぞ。罪は、お前に留まらん。お前の家族、家人、部下とその妻子とにかく、関わったすべての者に天敵宣言をする。覚悟せよ──」

 

 陽明徳が宝玄仙の権幕にひっくり返った。

 だが、すぐに起きあがって、なにかを取り巻きのひとりにささやく。

 その男が脱兎のごとく駆けていく。

 

「ひ、平に……平に、ご容赦を……。す、すぐに居場所を探します。と、とにかく、もっとくつろげる場所を準備しておりますので、そこにご移動を……」

 

 陽明徳が再び床に頭をつける。

 沙那は、やはり、この県令は気に入らない。

 絶対に、孫空女の居場所を知っているに決まっている。

 さっきの男はそこに向かったに違いない。

 

「ご主人様、わたしが孫空女のところに行きます」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 宝玄仙が驚いた顔になった。

 

「だ、だが、どこに? 孫空女の居場所はまだわからんのだぞ」

 

 当惑した表情の宝玄仙の前に沙那は進み出る。

 陽明徳の前に立つ。

 

「あなたと腹の読み合いはごめんです。孫空女……いえ、孫玉蔡の居場所を言いなさい、県令殿──。孫空女を連れていったのは軍です。軍の動きをあなたが知らぬわけがありません」

 

「ほ、本当に確認できんのだ……」

 

 陽明徳が不貞腐れたように言った。

 沙那は、陽明徳の襟首を両手で掴むと、営牢の中に引き摺り込む。

 その場にいた全員が沙那の乱暴な行為に驚愕の声をあげた。

 

「ご主人様、こいつを締めあげてください。息子を守りたいから、のらりくらりと惚けているだけです。絶対に、こいつは、孫空女の居場所を知っています」

 

 沙那が県令に暴力を振るったことで、県令の部下たちが色めきだったが、沙那が睨みつけると、それで大人しくなった。

 

「なるほど……」

 

 宝玄仙がすっと手をあげた。

 営牢の中は宝玄仙が結界を刻んでいる。

 この場の力場を支配している宝玄仙が、県令の身体を宙に浮かべた。

 営牢の外で悲鳴があがる。

 

「さっさと言え、陽明徳……。わしの道術による拷問は、自白剤よりも効くぞ。全身の骨を一本ずつ砕いてやるからな。それでも知らんというなら、思い出すまで痛めつけるまでじゃ」

 

 宝玄仙が脅迫した。

 陽明徳の顔が苦痛に曲がる。

 やっと、その陽明徳が、城外にある楊家の別宅の場所を口にした。

 楊家の別宅というよりは、息子の陽明崔の別宅のようだ。

 

「行きます」

 

 沙那は営牢を出ようとした。

 宝玄仙がそれを留めた。

 

「待て、沙那──。陽明徳、わしらが買った馬と馬具は、一緒に軍営に連れてきているか?」

 

 宝玄仙が陽明徳の身体を宙に浮かべたまま言った。

 陽明徳は、この軍営の外に証拠として繋がれているはずだと、呻き声とともに言った。

 

「ならば、沙那、それに乗っていきな──。あの馬具は誰でも使えるように細工をしてある。風のように走るはずだ。それから、馬のところで少し待つんだ。逸るだろうが、この男にもう一仕事させる」

 

「わかりました。さあ、あなたたちは、わたしを馬のところに案内しなさい」

 

 沙那は後ろにいた兵たちに叫んだ。



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19  恥辱の取り調べ

 気がついたのは、床の上だった。

 最初は意味をなさなかった話し声が、頭が回ってくるにつれて、ゆっくりと意味のある言葉になって、孫空女の頭の中に入ってくる。

 

 素早く頭を巡らせた。

 すぐに、檻車の中で杜遷(とせん)に犯されて、途中で気を失ったのだということを思い出した。

 あまりにも媚薬を続けて吸わされ続けたために、身体が完全に弛緩して、両脚で身体をまったく支えられなくなったのだ。

 そのために、嵌まっていた首輪で首が絞まり、杜遷に犯されている最中に意識を失ったということを覚えている。

 最後の記憶は、「しまった」という杜遷が舌打ちととも発した言葉だ。

 

 どうやら、ここは、どこかの建物の中のようだ。

 杜遷が馬車の中で、陽明崔の屋敷に向かうと言っていた気もするから、ここがそうなのだろう。

 また、身体の痺れは続いていた。

 身体の燃えるような熱さもそのままだ。

 

 少し時間が経ったので、媚薬の効き目が多少は薄くなったかもしれないが、だんだんと意識がはっきりとするにつれて、じっとしていられないほどの疼きが局部を中心に駆け巡りだしてもいた。

 

 孫空女は滲んでくる汗に耐えて、じっとしていた。

 馬車の中では目隠しをされていたが、いまは外されている。

 孫空女は薄っすらと目を開いた。

 

 部屋の中には少なくとも五人以上の人間がいた。ほとんどは軍兵の服装をしている。

 孫空女は、部屋の真ん中にうつ伏せに寝かされていたので見えないが、顔の後ろ側にも兵はいる。

 おそらく、十人くらい者がこの部屋にいると思う。

 

 馬車の中で頭の後ろで拘束されていた両手は、いまは背中であり、両手を横に重ねられて革帯のようなもので腕を包まれているのがわかる。

 

 そして、はっとした。

 

 孫空女は上半身こそ上衣を着けているが、下半身はまったくの素裸だ。

 おそらく、杜遷に犯されるときに脱がされて、そのままここまで運ばれたに違いない。

 

「どうやら、目覚めたようですぜ、陽明崔(ようめいさい)様」

 

 杜遷の声がした。

 だが、孫空女は動かないでいた。

 少しでも勝機を増やすためだ。

 せっかく、身体の疼きに耐えて、気を失っているふりをして機会を伺っているのだ。

 わずかな希望であっても、無意味に反応することで、それを失いたくない。

 

 足音が近づいてきた。

 男だ。

 

「おい、起きたのか、女?」

 

 男の太い声がして、孫空女の顔を覗き込むように、身体を沈めて、頭を孫空女の顔に近づけてきた。

 

「こな、くそっ」

 

 次の瞬間、孫空女は仰向けに身体を反転させると、上体の力だけで、男の顔面に頭突きを叩きつけた。

 

「うがあっ」

 

 その男が尻もちをついてひっくり返った。

 だが、孫空女は自分が驚くほどに、力が入らないことに気がついた。

 本当なら、頭突きでも一発で、男のひとりくらい倒せただろう。

 しかし、目の前で倒れている男はひっくり返っただけだ。

 孫空女は、拘束されている両腕の一方の手首に、なにかが嵌まっていることがやっとわかった。

 

 そういえば、馬車に乗せられる前に、霊具封じの腕輪と称するものを右手首に嵌められた。その直後、身体から力が抜けたようになったことを覚えている。

 それが続いているのだとわかった。

 孫空女は立ちあがりながら舌打ちした。

 

孫定(そんてい)、手助けがいるか?」

 

 後ろ側からからかうような口調の声が響いた。

 孫空女は振り返った。

 陽明崔だ。

 

 豪華そうな椅子にひとりだけ腰かけて、横に置いた台に置いた果実のようなものを口にしている。

 酒も飲んでいるようだ。

 こいつを人質にできれば……。

 

「俺ひとりで十分です、楊明崔様」

 

 怒声がして、ひっくり返った男が起きあがって突進してきた。

 この男は孫定という名らしい。

 孫定は上半身が裸であり、身体にぴったりとした薄い下袴をしていた。性器の盛りあがりまではっきりとしている。

 随分と背の高い男だ。

 胸の厚さも尋常ではない。

 

 立ちあがることで、孫空女の股間は上衣の裾が辛うじて届いているだけの、腰から下になにも身に着けていない恥ずかしい恰好になる。

 しかし、恥ずかしいとか言っていられない。

 足首には、肩幅ほどの鎖が繋がった革枷がまだ嵌まっている。

 

 これではほとんど動けないが、孫空女は襲ってきた男をひらりとかわすと、鳩尾を狙って頭を突き出した。

 男が再び腰から落ちた。

 周囲から揶揄するような歓声があがった。

 

「それでも、拷問士か。拘束された女ひとりにやられるとはな」

 

 再び、楊明崔の面白がる声がした。

 孫空女は、素早く周囲を見渡す。

 

 やはり、部屋の中には十人──。

 楊明崔と杜遷ともうひとりを除けば、全員が軍装だ。しかも、今朝、宿屋にやって来た正式の軍の兵だ。

 

「あっ」

 

 そのとき、孫定の身体が目の前にあった。

 周囲の観察に気をとられて、孫定への注意が散漫になっていた。

 次の瞬間、孫定の太い腕を横殴りに頭の横に叩きつけられた。

 

「んぐうっ」

 

 孫空女は二回、三回と部屋の端まで弾き飛ばされた。

 立ちあがろうとしたが、頭が揺れてうまく姿勢をとれなかった。

 それに、両手も足首も拘束されている。

 そんなに素早くは動けない。

 やっと腰をあげたところに、孫定の足が下から腹を蹴りあげる。

 

「ぐえっ」

 

 激しい嘔吐感が襲って、孫空女はその場にうずくまった。

 髪の毛を掴まれて、部屋の中心に投げ出される。

 

「舐めやがって──。俺が本気を出せば、お前なんかすぐに殺せるんだ」

 

 激しく咳をする。

 その顔面に孫定が拳を振り下ろしてくるのがわかった。

 孫空女は、素早くうずくまると、孫定の脚のあいだに両足を差し込んで捻る。

 孫定が再び腰から落ちる。

 

「ははは、孫空女が拘束されていて、よかったな」

 

 猿みたいな笑い声をあげたのは杜遷だ。

 孫定が顔を真っ赤にして起きあがった。

 孫空女は注意深く、何気ない動作で後ずさって、椅子に座っている陽明崔との距離を詰める。

 

 まだ、遠い……。

 

「この女」

 

 孫定が駆けてくる。

 孫空女はひらりと身体を捻って、もう一度足を払った。

 やっぱり、力が入らない……。

 

 孫空女は、体重を使って、ひっくり返った孫定の膝に足首を絡ませて捻った。

 

「うがああっ」

 

 孫定の口から悲鳴が絞り出された。

 孫空女が力技だけだと思えば大間違いだ。

 こんな関節技だって使える。

 

「素晴らしいな。殺すのはやはり惜しい。なにがなんでも、(よう)家の奴隷にしよう……」

 

 陽明崔が感嘆した声をあげた。

 そのときには、孫定が唸り声をあげて立ちあがっていた。

 脚が飛んでくる。

 孫空女は当たる直前に後ろに飛んだ。

 

「おっ?」

 

 陽明崔が自分に向かって転がって来る孫空女に面白がるような声を出した。

 だが、すぐにそれが余裕のないものに変化するのがわかった。

 陽明崔は、孫空女が孫定に蹴られて転がったのではなく、自分の意思でやって来たことに気がついたのだ。

 

「うわっ」

 

 陽明崔が悲鳴をあげた。

 孫空女が椅子に座ったままの陽明崔に体当たりしたのだ。

 

「陽明崔様」

「坊ちゃま──」

 

 悲鳴が飛び交った。

 そのときには、孫空女はふたりで倒れ込んだまま、仰向けに倒れた状態で、足首の鎖を陽明崔の首に巻きつけている。

 

「動くんじゃない。こいつの首をへし折るよ──」

 

 叫んだ。

 孫空女を引きはがそうとした軍兵たちの動きがぴたりと停止する。

 

「おい、陽明崔、あたしを解放するように命令するんだ。すぐだよ」

 

 孫空女は鎖で首を締めながら叫んだ。

 そのとき、呻き声をあげている陽明崔の手が、無防備な孫空女の股に伸びた。

 

「んぎいいっ」

 

 孫空女は絶叫した。

 陽明崔の手が孫空女の陰毛を掴んで、思い切り毛を引き千切ったのだ。

 さすがに、孫空女は足を緩めてひっくり返った。

 周囲の兵がわっと孫空女と楊明崔に飛びついて、孫空女を楊明崔から引き離す。

 

「こいつ──」

 

 孫定が飛びかかって、孫空女の髪を掴んで、床に後頭部を叩きつけた。

 

「んぎいっ」

 

 一打目は耐えて、打ちつけられてから、すぐに身体を起こしたが、力任せに頭を床に二度目に打ちつけられて、力が抜けた。

 

「なんて、女だ」

 

 馬乗りになった孫定が、凄まじい平手打ちを加える。

 

 右……。

 左……。

 また、右……。

 

 視界が朦朧とすると、また髪の毛を掴まれて、頭を床に打ちつけられた。

 連続でだ。

 

 五回までは数えた。

 だが、それから先は何度、頭を床にぶつけられたのかわからなくなる。

 

「この女──。この女──」

 

 孫定が狂ったように、続けざまに孫空女の頭を床に叩きつける。

 孫空女は完全に脱力した。

 

「やめんか」

 

 やがて、陽明崔の声がした。

 やっと、孫定が孫空女を痛めつけるのをやめた。

 

「……孫空女を殺すつもりか、孫定? 殺すだけなら、お前じゃなくても誰でもいい。お前の役目は、孫空女に罪の告白をさせて、それを自白紙に刻まさせることだろうが」

 

 陽明崔は何人かの男たちに助け起こされながら、椅子に座り直している最中だった。

 孫定が舌打ちして、馬乗りになっていた孫空女の身体から下りた。

 

 だが、孫空女はもう起きあがれなかった。

 頭を打ちつけられて、いまだにぐるぐると視界が回っている。

 その孫空女に、一斉に五、六人の兵が群がる。

 

 後手に拘束されていた革帯に鎖が繋がれ、さらに胴体にも鎖が巻きついた。

 その鎖が天井から伸びる滑車から伸びる鎖に結ばれて、孫空女は宙に吊りあげられた。

 あっという間に、孫空女の両足が床から離れる。

 

「う、ううっ……」

 

 まだ、頭を何度も床に打った衝撃が孫空女の身体を痺れさせている。

 宙吊りになった孫空女の前に、ひとりの初老の男が一枚の紙を持って進み出てきた。

 孫定はいまだに不満顔で孫空女を睨んでいるが、その横に並ぶようにやってきた。

 

 はっとした。

 

 霊具の紙だ。

 そういえば、自白書に罪の告白を刻ませるとか言っていたのを思い出した。

 

 おそらく、あれに向かって孫空女が罪を告白すれば、道術であの紙に刻まれるのだと思う。それが、あとで動かぬ証拠となり、孫空女の罪が裁きで確定するということに違いない。

 そういう霊具の紙が取り調べで使われるというのは、耳にしたことがある。

 

「さて、孫空女、これからやることを教えてやろう。お前は、そこにいる杜遷から馬を奪ったことを告白するのだ。お前の罪は、たったいまの大暴れだけで十分なのだが、それでは、お前の主人から、お前を奪ってやるには不十分だからな。とにかく、なにも考えず自白しろ。あとはこっちの話だ。心配せずとも、命は奪わん。ただ、奴隷であるお前の主人が、いまの女主人から、俺に変わるだけだ」

 

 陽明崔が言った。

 孫空女は驚いてしまった。

 

 よくわからないが、どうやら、この陽明崔は孫空女の身柄を宝玄仙から取りあげて、自分のものにしようと企てている気配だ。

 もしかしたら、孫空女が馬を奪ったということになれば、それを口実に、馬の代金代わりに孫空女を取りあげてやろうとしているということだろうか……?

 とにかく、そんなことになるわけにはいかない。

 孫空女は、ぐっと唇を噛んだ。

 

「……こうなったら、観念して馬泥棒の罪を告白せい。これに向かって、“私がやりました”と一言喋るだけでいい。それが終われば楽になるだろう」

 

 陽明崔に続けて話しかけてきたのは、自白書といかいう霊紙を持っている初老の男だ。

 孫空女は返事の代わりに、そいつの顔に向かって唾を吐いた。

 

「うわっ」

 

 初老の男が悲鳴をあげて、その場に尻もちをついた。

 その無様な姿に、孫空女は思い切り笑ってやった。

 

「とことん、生意気な女だな」

 

 孫定が拳を孫空女の腹部に振りあげた。

 

「あぐうっ」

 

 まるで腹を棍棒が突き刺さったような衝撃だった。

 吊られた身体が大きく揺れて、戻ってきたところをさらに強く殴られた。

 

「あがっ、はがあっ」

 

 孫空女は吐くような声とともに、身体を曲げて咳込んだ。

 そこに容赦のない殴打が貫く。

 しかも、寸分違わずに同じ場所だ。

 

 孫空女は全身から力が抜けるのがわかった。

 

「女の腹を叩くというのはいつやってもいいぜ。じゃあ、本格的にいくか……。まずは鞭を十発だ。そのとき、自白する気になったかどうか、訊ねてやる。だが、そのときに自白をしなければ、倍の十発まで自白の機会はねえ。容赦なくいくぜ」

 

 孫定がすっと腕を横に出した。

 若い兵が駆けてきて、その手に丸まっている鞭を乗せる。

 孫定が鞭を伸ばして、慣れた手つきで鞭先で床をぴしゃりと一度叩く。

 

「か、勝手にしな。あたしが鞭で音をあげるかどうか、やってみるんだね」

 

 孫空女は啖呵を切った。

 余程に鞭に自信があるのだろう。

 孫定はにやりと笑うと、さっと鞭を振るった。

 

「んふうっ」

 

 鞭がさっと孫空女の横を掠めたかと思うと、返って来るときに、布越しの背中に鞭が叩きつけられた。

 孫空女は身体を揺すって、背を逸らせていた。

 殴られたときよりも、ずっと強い衝撃が全身を襲う。

 

「二発目だ」

 

 孫定が鞭を振る。

 鎖が上下に巻きついている乳房の上に、鞭が威勢よく鳴った。

 孫空女は、唇を固く結んで悲鳴が出るのを耐えた。

 

 三発目──。

 

 今度は腿──。

 布のない場所に当たる鞭は、そうでない場合とは比較にもならなかった。

 皮膚が炎に当てられたような衝撃が駆け抜ける。

 しかし、孫空女は声を出さなかった。

 

「おいおい、声を出さないつもりか? だったら、やってみな」

 

 孫定が鞭を一度おろして、孫空女につかつかと寄って来る。

 そして、鎖が巻きついている上衣の襟を両手で掴むと、いきなり左右に引き千切った。

 孫空女は服の下に胸当てもしていたが、それも掴み奪われる。

 ふたつの乳房を剥き出しにされた。

 

「じゃあ、勝負と行くか? あと十発、そのでかい乳房に鞭を打ってやる。本当に声を出さなかったら、褒めてやるぜ」

 

 孫定が鞭を持ちなおして、孫空女の乳房に鞭を叩きつけた。

 限界を遥かに超えた痛みが胸に弾け飛び、まるで失禁をしたかと思うような熱さが全身に襲い掛かった。

 

「くっ……」

 

 孫空女は辛うじて、口からこぼれそうになる悲鳴を堪えた。

 剥き出しにされた乳房に叩きつけられた鞭は、まるで炎をあげている松明であるかのように、熱くて凄まじい激痛だった。

 なぜ、この孫定という男があれほどまでに鞭に自信満々なのかがわかった。

 

 これを十発?

 孫空女は気が遠くなりそうだった。

 

「そらよ」

 

 鞭が飛ぶ。

 逃れようとしても、鞭先が正確に乳首を追いかけてきて、凄まじい激痛を乳首に引き起こす。

 それが繰り返す。

 

 彼の鞭の一発一発が、孫空女を打ち砕く苛酷な責め苦となって襲い掛かる。

 

 数が五発を超えたとき、孫空女の身体は完全に力を失って、だらりと身体を吊っている鎖に体重を預けるだけになった。

 しかし、声だけは出さなかった。

 洩れたのは苦痛の溜息だけだ。

 

「ち、畜生……」

 

 焦ったような孫定の声は七発目の後に漏れた。

 八発目の鞭が続けざまに飛んでくる。

 孫空女は朦朧とした視線でそれを捕らえていたが、乳房に激突する直前に鞭の先端が床に向かって角度をつけて曲がり、一度床を弾いてから、孫空女の股間をものの見事に跳ねあげた。

 

「んんっ」

 

 孫空女は気を失いそうになりながらも、なんとか口をつぐんで声が出るのを抑えた。

 こうなったら、孫空女にあるのは、十発だけはなんとか声を出すまいという意地だけだ。

 

「なんだい、文句あるのか。別に乳房だけ打つと言った覚えはねえぞ」

 

 孫定が言った。

 そうだったかなと思ったが、よく考えればどうでもいいことだった。

 いずれにしても、孫定はなんとしても、孫空女に十発鞭を打ち終わるまでに、自らの宣言通りに、孫空女に悲鳴をあげさせたいようだ。

 

「す、好きなだけ打ちな……。あんたの鞭は生ぬるいよ……」

 

 孫空女は荒い息をしながら言った。

 

「な、生意気な女だぜ」

 

 孫定の震えている声には、はからずも洩れてしまった屈辱感が滲んでいるような気がした。

 孫空女はちょっとだけ、満足した。

 

 九発目──。

 もう一度股間──。

 

「んぐうっ」

 

 孫空女は歯を食い縛って耐えた。

 

「それっ」

 

 間髪入れずに十発目が飛んできた。

 乳房──。

 しかも、尖った乳首を鞭が浴びせられて、血が迸った。

 

 だが、孫空女はぶるりと身体を震わせただけだ。

 孫定が怒りを剥き出しにた表情になり、鞭をさらに振る。

 

 十一発目──。

 十二発──。

 孫定が真っ赤な顔になって、滅茶苦茶に打ってきた。

 

 しかし、孫定が怒りで興奮状態になるにつれ、孫定の振りだす鞭は正確性を失ってきたような感じになってもいった。

 局部だけでなく、手や足、あるいは、孫空女の身体そのものを鞭先が外れることもあるようになる。

 ただ、力だけはすごい。

 不正確ながらも、当たれば孫空女の肌が破けて、血がそこから噴き出す。

 

 おそらく、二十発を超えたときだったと思うが、肩を弾いた鞭が跳ねて、孫空女の口の横を破いた。

 

「ひいっ」

 

 さすがに口が開いて悲鳴が迸った。

 だが、それは孫空女の意思とは別のものである。

 

「悲鳴をあげたな、お前」

 

 孫定が嬉しそうに言った。

 

「く、口が……開いたから……息が……も、漏れたんだよ……。お、お前の鞭……の……せいじゃない……」

 

 孫空女は息も絶え絶えに言った。

 口の中が切れて、かなりの血が漏れ出たのがわかった。

 孫空女は口の中のものを吐きだす。

 それは、ほとんど血の塊そのものだった。

 

「な、生意気な──」

 

 孫定が鞭を振りかぶった。

 

「やめろよ、この気の強い女が鞭で参るかよ。これでわかっただろう。今度は俺に任せな」

 

 後ろから声がした。

 それが杜遷の声だとわかるのに、多少の時間が必要だった。

 孫空女の意識は、この拷問士ひとりに集中しすぎていて、この部屋に、孫定以外の男が大勢いたということさえ失念していた。

 

「どけっ、馬商人──。お前の出る幕じゃねえ──」

 

 孫定が激昂して声をあげる。

 だが、それを陽明崔が遮った。

 

「面白い……。では、杜遷のやり方を見せてもらうか。この孫空女から“許してくれ”という言葉を引き出してみせろ」

 

 陽明崔が面白がるように言った。

 孫定が抗議するように不満を漏らしたが、陽明崔に叱られて、すごすごと下がっていく、

 孫空女は、ちょっとだけ溜飲が下がった。

 

「さて、前戯はどうだった、孫空女。これからが本番だぜ」

 

 孫空女ははっとした。

 二本の腕が背後からふたつの乳房をぎゅっと握ってきたのだ。

 

「んふうっ」

 

 孫空女が上体を弾ませて、露わな声を放ってしまっていた。

 杜遷の柔らかく包むような優しい手管は、限界を超える鞭打ちを浴びてきた孫空女には凄まじすぎた。

 

「あ、ああっ」

 

 孫空女は狼狽した。

 今度も声を出すまいと歯を食い縛ろうとしていた。

 だが、呆気ないほどにもろく、孫空女は声を口から放ってしまった。

 孫定の鞭打ちで、感覚がどうかしてしまったのかもしれない。

 

「ほら、お前があんなに出させようとした孫空女の悲鳴がこれだぜ、孫定? こいつは、気が強いが、身体はとても敏感でな」

 

 孫定がからかうような口調で、壁際までさがったらしい孫定に言った。

 周りからどっと笑い声がした。

 しかし、孫空女はそれどころではない。

 顔を引きつらせて、孫空女は力を股間に力を入れる。

 しかし、まるで力が入らない。

 

 つまりは、この杜遷の愛撫に対して、孫空女はなにも備えることができないということだ。

 杜遷の舌が、孫空女の耳の中にそっと伸びる。

 しかも、杜遷の片手が、孫空女の股間にすっと伸びてもきた。

 

「や、やめてよ……。そ、そこは許して……」

 

 孫空女は思わず口走った。

 

「言ったな」

 

 陽明崔が笑った。

 

「どうです、陽明崔様……。この孫空女を落とすのは、鞭じゃなくて、この好きものの身体を責めてやればいいんですよ。それで落ちます……。実は、面白い薬を準備してるんです。それを飲ませてから、全員で繰り返し犯せば、あることないことなんでも喋るようになりますって」

 

 杜遷が言った。

 そして、孫空女拘束されている肢を膝の後ろから抱えるように持ちあげた。

 

「や、やめろ」

 

 孫空女は叫んだ。

 杜遷がいつの間にかズボンをおろしていて、直立している男性器の先を孫空女の女陰に触れさせたのだ。

 

「鎖をおろせよ」

 

 杜遷が兵に向かって言った。

 すぐに身体を吊っていた鎖がゆっくりと下がっていく。

 

「う、ううっ、ああっ」

 

 孫空女は激しく暴れたつもりだったが、実際にはかすかに孫空女の身体は左右に動いただけにすぎない。

 もうどこにも抗う力は残っていないのだ。

 鎖が降りていき、剥き出しの杜遷の怒張が孫空女の花唇の中心にすっと擦りつけられる

 杜遷が孫空女の膝を抱えて、ぴったりの位置に修正した。

 

「ああっ」

 

 孫空女は身体を仰け反らせた。

 不思議なくらいに身体に力が入らない。

 杜遷の傘が奥まで収まる前に、孫空女はこれまでに経験のない愉悦に苛まれた。

 

「さっき抱いたときにも思ったが、お前は苛められれば、苛められるほどに、感じてしまう変態だぜ。その証拠に、さっきの鞭打ちが前戯代わりに、股ぐらに蜜を溢れさせているじゃねえか」

 

 杜遷がぱっと抱えていた膝から力を緩めて、孫空女の身体を落とした。

 

「はううっ」

 

 すとんと腰がさがり、膣の奥にずどんと杜遷の怒張が貫く。

 その衝撃の大きさに、孫空女はあられもなく叫んでいた。

 口惜しいけど、孫空女の身体が感じすぎるくらいに感じていることは事実だ。

 しかし、こんな下衆男にからかわれることだけには我慢できない。

 

「こ、これは、お前が馬車の中で得体の知れない薬剤を飲ませたからだろうが」

 

 叫んだ。

 

「そうだったかな、変態女……。じゃあ、いくぜ」

 

 杜遷が笑いながら孫空女の身体を上下に動かして犯し始める。

 孫空女は声を出した。

 

 腰を……。

 背筋を……。

 脳天を……。

 

 律動が繰り返すたびに、孫空女は喜悦の感覚が沸騰するような感触を味わった。

 

 孫空女は天を仰いで、ぶるぶると孫空女は身体をおののかせた。

 もう、達しそうなのだ。

 

 しかし、こんな男に馬鹿にされされながら犯され、そして、衆人の中で絶頂してしまうなど、死んでも嫌だった。

 必死で抵抗しようとする。

 

 だが、孫空女は知らず、気がつくと、腰を自分で動かし、杜遷の一物をぐいぐいと締めあげていた。

 それが自分でもわかると、どうしようもない恥ずかしさが身体を席巻する。

 

「う、ううっ……。し、締めつけが……」

 

 そのときだった。

 杜遷が恨めしそうな声を洩らしたかと思うと、ぶるりと身体を震わせた。

 その直後、膣の中に生温かい白濁液が噴き出されるのがわかった。

 どうやら、この男が先に孫空女の中で達してしまったようだ。

 

 こんな男に何度も犯されて、股に精を放たれるなど口惜しい限りだが、このときばかりは、ほっとした。

 杜遷が孫空女の股間から怒張を抜いて、孫空女から身体を離す。

 さっきは足が床についていなかったが、犯されいている途中で下げられた分だけ、孫空女のつま先が床に届くようになっていた。

 杜遷が後ろで袋からなにかを取り出す気配がした。

 孫空女は懸命に息を整えながら、後ろを振り返った。

 

「んぐうっ」

 

 次の瞬間、杜遷から顔を羽交い絞めにされて、小瓶を口の中に突っ込まれた。

 どろりとした得体の知れない液体が口の中に入って来る。

 

「ちっ、もったいねえことをしたぜ……。まあいい……。じゃあ、みんな、後を頼むぜ。この女を際限なく犯し続けてやってくれ。ちょっとばかり、強烈な薬剤でな……。これを飲まされて、犯され続ければ、頭の線が間違いなく切れたような状態になる。そうすれば、あることないこと、喋りまくるさ」

 

 だめだ……。

 これを飲んだら……。

 本能的に、口の中の薬剤の危険さがわかった。

 孫空女は顔を振って、瓶を口から離そうとする。

 

「お前ら、手伝え──」

 

 杜遷が声を出した。

 周りの兵たちがわっと寄って来る。

 四方から腕が伸びて、暴れようとする孫空女の身体を掴んでくる。

 

「俺に任せな」

 

 孫定の声もした。

 太い腕が孫空女に巻きつき、孫空女はほとんど動けなくなる。

 誰かが鼻を摘まんだ。

 結局、孫空女は瓶の中のものをほとんど飲み干させられた。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 瓶から口を抜かれて、孫空女は激しく咳込んだ。

 だが、途端に全身を異様すぎる感覚が襲いかかった。

 ぐにゃりと視界が曲がった。

 

「な、なにこれ……。あ、ああっ……、な、なんだよ、これ……」

 

 孫空女は呻いた。

 全身の毛穴から汗がどっと噴き出す。

 頭の中が焼け落ちたみたいになって、なにも考えられない。

 

 それよりも股間が苦しい……。

 熱いのだ……。

 

 股間だけじゃない……。

 胸も……

 お尻も……。

 全身が熱い……。

 

 疼きというには、激しすぎる全身の血の沸騰だ。

 気が狂う……。

 孫空女は絶叫していた。

 

「もう一杯あるぜ、孫空女。遠慮せずに、飲み干してくれ」

 

 杜遷がいやらしく笑って、さっきの小瓶を取り出す。

 孫空女は慌てて、首を横に振った。

 ひと瓶だけで、この状態なのだ。

 これをさらにもうひと瓶飲まされれば、杜遷の言うとおり、孫空女の頭は狂ってしまうと思った。

 

 しかし、またもや一斉に男たちの手が孫空女の身体に伸びる。

 だが、いまの孫空女には、それすらも激しい愛撫のように感じた。

 孫空女は男たちに身体を掴まれ、その刺激だけで軽く達してしまった。

 

「こりゃあ、さすがにすごい効き目だな」

 

 杜遷が瓶を孫空女の口に突っ込む。

 今度も、全部無理矢理に飲まされてしまった。

 

「じゃあ、順番にやってくれ」

 

 杜遷が離れていく。

 四方から孫空女の全身に手が伸びる。

 

「ひいっ、ひいっ、ひううっ」

 

 孫空女はのたうち回った。

 ちょっと触られるだけで、すぐに絶頂してしまうのだ。

 それくらい、全身が敏感になっている。

 連続する絶頂に、息が続かなくなり、孫空女は息をしようと、顔を上にあげる。

 集まっている兵たちは、もはや、欲情した雄の顔をしていた。

 すぐに誰かの性器が孫空女の股間を貫いてきた。

 

「んふううっ」

 

 孫空女は、たったのひと突きで、早くも悶絶してしまった。

 

「とんでもない女傑だと思ったが、こうなればただの女だな。早く罪を認めないから、こうなるんだぞ。まあ、しばらく、兵たちを遊んでいろ。ひと周りした頃に訊ねてやる。そのときまで、理性が残っていればいいな」

 

 陽明崔の笑い声が離れたところから聞こえた。

 しかし、もうなにも考えられない。

 兵たちに犯されて、ひたすらいきまくるだけだ。

 

 最初の男は、杜遷と同じように「締めつけが……」と言いながら果てた。

 すぐに、次の兵が孫空女を犯しだす。

 

 いつの間にか足首の枷が外れて、孫空女は片脚を抱えられるように犯されていた。

 またもや、急激に込みあがった絶頂感に、孫空女は吠えるような声を放つ。

 

「すげえな、この女、果てしなく絶頂を繰り返しているぜ」

 

 横で待っている兵が呆れたように笑った。

 

「穴はまだもうひとつあるぜ。馬車の中で試したが、後ろの穴もちゃんと男を受け入れるぞ」

 

 杜遷がからかうように言った。

 すると、争うように孫空女の後ろにも、数名が集まり、前を犯しているのをそのままにして、さっそく、お尻の穴に、その中のひとりが一物をねじ入れてきた。

 

「あ、あああっ」

 

 孫空女はあまりの恍惚感に、我を忘れて悲鳴をあげた。

 閉じることのできない口から大量の涎が零れ落ちて、孫空女の乳房を汚すのがわかった。



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20  救援と逃亡

 疾風のように駆けながら、沙那は馬が脚を痛めたのがわかった。

 宝玄仙の霊具の馬具は、馬の力を最大限に引き出すが、力の限界を超えたのだろう。宝玄仙の霊具はすごいが、こんな弊害もある。

 そんなことを思った。

 

「頑張って、お願い」

 

 沙那は馬にしがみつきながら言った。

 

 孫空女……。

 無事なのか……。

 

 拷問をされているとすれば、生きている可能性がある。

 しかし、県令の陽明徳は、馬商人の杜遷とともに、孫空女を殺せと命じたことを白状した。

 天教の最高神官である宝玄仙の供に、息子の楊明崔が危害を加えてしまったことを隠すために、杜遷にすべての罪を着せて、誤魔化そうとしたのだ。

 孫空女を殺すための使者は、県令が営牢に宝玄仙を訪ねてくるよりも、ずっと前に出立したという……。

 

 急がなければ……。

 馬ががくりと膝を折った。

 沙那は地面に投げ出された。

 

「ごめん──。本当にごめん」

 

 沙那は口から泡を吹いて横倒しになった馬に一言叫ぶと、そのまま駆けた。

 事前に聞いた話によれば、この先の丘陵を超えたところに、孫空女が監禁されている陽明崔の屋敷があるはずだ。

 とにかく、駆け抜けた。

 

 斜面にかかる。

 何度か膝をついたが、手で地面を掴んで進む。

 息が苦しい。

 だが、沙那は孫空女のことだけを考えた。

 

 やっと得られた本当の旅の仲間……。

 殺されてたまるか──。

 

 丘を越えた。

 眼下に広大な屋敷があった。

 門もある。

 そこには門兵のような一団もいるが、幸いにも門は閉じていない。

 沙那はそこまで駆け降りた。

 

「通しなさい──。県令の使者よ」

 

 沙那は書類をかざしながら、強引に門を抜けた。

 書類は、出発直前に宝玄仙に持たされたものだ。県令を脅して作らせたようだ。

 数名の者が驚きの声をあげるとともに追いかけてきたが、そのときには、沙那は屋敷の内庭に入っている。

 沙那の方が速い。

 

「あっ、な、なに?」

 

 そのとき、股間に違和感をが走った。

 

 疼き……。

 脳天を焼くような甘美感……。

 限度を超えた快感……。

 

「うわっ」

 

 襲われた股間の衝撃に、沙那はひっくり返ってしまった。

 これは、孫空女の身体から伝わる共鳴だと思った。

 

 沙那と孫空女には、宝玄仙がふたりの身体に刻んだ内丹印の紋章により、それぞれが抱いた快感がお互いに「快楽の共鳴」が引き起こすようになっている。

 それは、距離が近づくにつれて、まったく一致するのだが、それが沙那に伝わったのだ。

 

 あまりにも強いものだったので、沙那は足をとられてしまったが、どうやら、孫空女は犯されている最中のようだ。

 沙那の股間にも、男の肉棒を突っ込まれている感覚とともに、孫空女の抱く気の遠くなるほどの快感が伝わってくる。

 だが、これは尋常じゃない。

 おそらく、強い媚薬を使われている……。

 沙那はうずくまりながら思った。

 しかし、逆に考えれば、これは、孫空女が確かにこの屋敷内にいて、しかも、まだ生きているという証拠だ。

 

「お前、待て──」

 

 そのとき、後ろからがっしりと数名の者から肩を掴まれた。

 追いかけきた門兵だ。

 

「よ、寄るな──。たたっ斬るわよ」

 

 剣を抜いた。

 集まっていた門兵たちが、驚いて離れる。

 だが、ふと気づいて、門兵たちに顔を向けた。

 それにしても、身体の火照りと疼きが異常だ。

 頭が朦朧としそうなのを耐えて、沙那は懸命に口を開く。

 

「教えなさい。わたしよりも先に県令の使者が通った? それとも、まだなの?」

 

 かなり馬を飛ばした。

 まだ、孫空女が生きているということは、どこかで抜いたのだろうか……?

 

「うわっ、あはあっ」

 

 そのときだった。

 膣の奥の敏感な場所を無遠慮に擦られて、気の遠くなるような甘美感が全身を貫く。

 突然に、股間を押さえて嬌声を迸らせた沙那に、男たちが奇異の視線を向ける。

 

 沙那はとっさに手元の短剣を抜いて、太腿に突き刺した。

 白い下袴が血で染まり始める。

 痛みが走るが、おかげで少しは頭がまともになる。

 

「な、なんだ?」

「お、おい?」

 

 門兵たちが驚いて声をあげた。

 

「い、いいから……。さ、さっきの質問に……こ、答えなさい……」

 

 だが、沙那は必死で怒鳴る。

 

「たったいま……」

 

 すると、門兵のひとりが、沙那の気迫に押されるように洩らした。

 

 たった、いま……?

 沙那は気力を振り絞って、足を引きずりながら建物の中に飛び込んだ。

 

 

 *

 

 

 息ができない……。

 孫空女は懸命に顔をもがかせて、息を吸おうとした。

 しかし、顔に被せられている絹に水をかけられたために、どんなに口を鼻で息を吸おうとしても、入ってくるのは水だけだ。

 顔にぴったりと張り付いた布は、孫空女が息を吸おうとするのを阻み続ける。

 

「おう、おう、すげえ、すげえぞ。股間が猛烈に締りやがる……。お、おうっ、で、出る──」

 

 一方で股間を犯している男が感極まったように叫ぶのが辛うじて聞こえた。

 そして、膣に精を注がれたのがわかった。

 

 陽明崔の屋敷で行われている孫空女に対する拷問だ。

 最初は媚薬を使われて、意識が朦朧となっているところを繰り返し犯され続けていた孫空女だったが、どんなに身体を犯されても、なかなか正気を失って、罪を供述しない孫空女に対して、連中がやり始めたのが、輪姦と拷問を兼ねたこの仕打ちだ。

 

 天井から身体を吊られた状態で、ここにいる二十人ほどの男にひと回り犯された孫空女は、いまは床に降ろされ、仰向けになった状態で下半身を折り曲げられて、足首を手首側にくっつけるという恰好にされている。

 

 いわゆる、「まんぐり返し」だ。

 

 媚薬のために全身が弛緩している孫空女には、なんの抵抗もできなかった。

 そして、再び輪姦され始めたのだが、その途中で杜遷が思いつきでやったのが、濡れた絹布を顔に被せるという悪戯だ。

 そんなことをされれば、孫空女は息をすることができない。

 その状態で、男が孫空女を犯すのだ。

 

 孫空女は何度も死にかけた。

 

「ほらっ、孫空女、次の男が準備できるまで息を吸っておけ。ちんこが入ったら、また、水の底に行ってもらうからな。死にたくなければ、その得意の締めつけで、股に入れられたちんこから精を搾り取るんだ」

 

 杜遷が「がはは」と笑った。

 「水の底」というのは、この悪趣味な拷問に対して、杜遷が名づけた名称だ。

 水に濡れた布のおかげで息ができないので、そう呼ぶらしい。

 その杜遷が、孫空女の顔にある布を剥がした。

 

「ぷはあっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 なにも考えられない。

 孫空女はとにかく、口と鼻で盛大に息を吸った。

 

「……それとも、罪を認めるか、孫空女? そうすれば、こんな苦しいことはやめてやるぜ。もっと大切に扱ってやる」

 

 杜遷が笑った。

 

「ふ、ふりゃける……ふじゃ……け、るな……」

 

 悪態をついたつもりだったが、自分でも驚くほどに呂律が回らない。

 そのとき、孫空女の股間に、次の男が肉棒を突っ込んだ。

 

「んふううっ」

 

 たちまちに凄まじい淫情が孫空女を襲った。

 媚薬を飲まされてかなり時間が経ったので、最初のときのように、頭が破裂するような淫情の暴流は消えたものの、局部を刺激されれば、あっという間に理性が飛んでいくような快感が迸る。

 孫空女は、男が自分の身体の中に沈み込むのと同時に、大きな嬌声をあげて、狂ったように身を捩った。

 

「ほら、水の底だ」

 

 杜遷がまたもや、濡れた絹の布を孫空女の顔に被せた。

 

「んふうっ、んっ、んんっ」

 

 孫空女は突然に遮断された息を求めて、無意識にもがいた。

 だが、どんなに頑張っても、杜遷が布を取り去ってくれなければ、息はできないことはわかっている。

 しかし、もがかずにはいられないのだ。

 

「おお、ほ、本当だ……。こ、こりゃあいい……。が、我慢できねえ……。ほ、本当に絞られる……」

 

 犯している男が驚いたような声をあげている。

 だが、孫空女はそれどころではない。

 

 激しすぎる淫情……。

 遮断さられる呼吸……。

 孫空女は息を求めて、ひたすら口を開いた。

 

 だが、そんなものはどこにもない。

 入ってくるのは、水滴だけだ……。

 

 だんだんと頭が麻痺したようになって、なにも考えられなくなる……。

 なにもかもわからくなくなり、孫空女はなんでもいいから認めてしまいたくなった。

 

 罪を認めるだけだ……。

 それをすれば、この苦しみから逃れられる……。

 許されるのだ……。

 もういい……。認める……。

 孫空女は意識がすっと遠のくのを感じた……。

 

「おっと、危ねえ……。気絶しようとしたって、そう簡単には許さねえぞ。お前が楽になるのは、罪を認めたときだけだ」

 

 杜遷が布をさっと外した。

 孫空女を犯していた男が、一度怒張を抜く。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 孫空女は身体に息を盛大に吸い込む。

 もういい……。

 とりあえず、罪を認めよう……。

 こんなの耐えられるわけがない……。

 

「……もう一度、言え、孫空女──。罪を認めるな」

 

 突然に杜遷の大声が耳元で鳴った。

 孫空女ははっとした。

 自分はなにかを喋った……?

 

 わからない……。

 だが、そう言われてみれば、いまこの瞬間についても、孫空女の舌はなにかを呟き続けている。

 それは、確かに、馬を盗んだことを認める供述のような……。

 

 そのとき、不意に孫空女の周りから、さっと男たちが離れたと思った。

 とっさには状況がわからなかったが、この部屋に数名の別の集団が入ってきたようだ。

 それで、ここにいる全員がその者たちに注目をしている。

 

 孫空女は首を懸命に回す。

 入ってきたのは、黒い服装をしている男たちだ。

 なにかを陽明崔に言っている。

 孫空女には、その内容はわからないが、明らかに周囲がざわめきだした。

 なんだろう……?

 

「……そうか……。父上が……? わ、わかった……」

 

 陽明崔の焦ったような声がしたと思った。

 

「ぎゃあああ──」

 

 次の瞬間、部屋に絶叫が迸った。

 どんという物音がした。

 床に四肢を拘束されている孫空女の横に、血だらけの杜遷の身体が降ってきたのだ。

 孫空女は目を丸くした。

 

「……すまんな、孫空女……。事態が変化した。悪いが死んでくれ」

 

 陽明崔が溜息とともに言った。

 すると、孫空女の虚ろな視界に、血の滴った剣先が入ってきた。

 その刃の先は、明らかに孫空女の胸を向かっていた……。

 

 

 

 

「んはああっ」

 

 沙那は屋敷の奥に向かう廊下で倒れてしまった。

 この突き当りの拷問室で、孫空女が捕らえられている。

 それはわかっている。

 

 屋敷に入ったとき、先に出発した県令の使者たちが、そっちに向かうのが見えたのだ。

 慌てて呼び止めようとしたが、股間に迸った淫情に、沙那は、またしても言葉を吐くことができなくなった。

 屋敷の奥で拷問されている孫空女が、犯されだしたのだろう。

 快楽の共鳴で、孫空女の受ける淫情が沙那にも流れてしまい、沙那はその場でうずくまざるを得なかった。

 

「こ、こん畜生っ」

 

 沙那は快楽の疼きで痺れてしまった身体を叱咤し、さっき太腿に刺した短剣で、今度は横腹を思い切り抉る。

 

「ぐわっ」

 

 激痛が身体を駆け抜ける。

 だが、これで少しは動ける。

 沙那は立ちあがった。

 よろめくように進んでいく……。

 しかし、近づくにつれ、股間を突き抜ける快感がどんどんと激しくなり、どうしても身体が動かなくなる。

 

 とにかく、前に……。

 沙那は、刃物を脇腹に刺したまま、快感で腰が砕けかけると、それを乱暴に動かした。

 痛みで快感を誤魔化すためだ。

 

 孫空女……。

 無事でいて……。

 

 わたしが……。

 

 わたしがあんたを助ける……。

 死なせるもんか……。

 

 扉を開いた。

 いた……。

 

 股間を天井に向けた哀れな恰好で、床に拘束されている。

 孫空女は素っ裸であり、股間は大勢の男に輪姦された痕があった。

 だが、そして、孫空女の横には血だらけの男が倒れている。

 しかも、その男を殺したらしい男が孫空女に剣を向けていた。

 

「うわあああっ」

 

 沙那は叫んでいた。

 気がつくと、孫空女を殺しかけていた男を突き飛ばして、孫空女を守るように覆い被さっていた。

 

「しゃ、しゃな……?」

 

 朦朧としている様子の孫空女が舌足らずの口調で言った。

 おそらく、強い媚薬でも飲まされて、舌も麻痺しているに違いない。

 

「ま、待って……」

 

 沙那は孫空女の手首と足首に繋がっていた縄を切断して、床から孫空女を解放した。

 孫空女を抱き寄せる。

 

「な、なんだ、お前──?」

 

 この部屋でひと際いい身なりをしている男が血相を変えた口調で言った。

 こいつが陽明崔だろう。

 さっき突き飛ばした男を含めて、部屋には二十人以上の人間がいたが、全員が突然にやってきた沙那に、呆気に取られている。

 

「よ、陽明崔……あ、あんたに、捕縛命令が出ているわ……。こ、これが……け、県令の命令書よ……。あ、あんたの父親が……、あんたの捕縛を……命じたのよ……」

 

 沙那は懐に持っていた書類を床に投げた。

 そのあいだも、沙那の剣は周囲を威嚇するように動いている。

 ただ、股間の疼きが激しい……。

 孫空女が影響を受けている媚薬だろう……。

 股が爛れるように熱い……。

 あまりにもそれが強すぎる。

 沙那もあっという間に、共鳴効果により腰があがらなくなってしまった。

 

「ば、馬鹿な……。見せろ」

 

 沙那が突き飛ばした男が、沙那が投げた書類を拾って怪訝な表情になり、その様子に、陽明崔が驚いたように立ちあがった。

 ひったくるように陽明崔が書類を見る。

 

 だが、あれは本物だ。

 沙那が営牢を飛び出す直前に、宝玄仙が県令に無理矢理に書かせた息子である陽明崔を捕縛せよという命令書だ。

 

「馬鹿げている。父上が俺を捕縛させるなど……。もういい。この女ごと、孫空女を殺せ。この一件はこれで終わりだ」

 

 陽明崔が憤慨したように書類を投げ捨てた。

 

「そ、それは……ほ、本物よ……。あ、あんたは終わりよ……、陽明崔……」

 

 沙那は必死で言った。

 だが、この状況で、ここにいる全員に斬りつけられたら、孫空女を守ることなど不可能だ。

 沙那は息をのむ。

 

「しゃ……、さ……沙那だね……」

 

 孫空女が気力を振り絞るように言った。

 そして、沙那の胸から身体を起こした。

 床に腰をおろしたまま、沙那とは反対側を向いて素手で身構える。

 

「早く、殺せ」

 

 陽明崔が苛立ったように叫んだ。

 しかし、最初に書類を掴んだ男が首を横に振る。

 

「だが、この命令書は本物です。確かめた方がいいでしょう。殺すのはいつでもできます」

 

 男が冷静な口調で言った。

 

「確かめる必要などない──。殺せと言ったら、殺せ──」

 

 陽明崔が興奮したように叫んだ。

 そのとき、再び喧噪が起きた。

 集団が部屋の中に雪崩れ込んできた。 

 

「そこまでです、陽明崔殿──。あなたに捕縛命令が出ています。大人しくしてください」

 

 城郭軍の一隊だ。

 沙那の後から騎馬で追いかけてきたのだろう。

 その一隊が、沙那と孫空女を守るように取り囲むとともに、陽明崔を取り押さえる。

 沙那はほっとした。

 

「お前たち、無事かい──?」

 

 すると、一団の中から蒼い顔をした宝玄仙が出現した。

 かなり、慌てている。

 宝玄仙がこんなに焦った顔をしているのは初めて見たかもしれない……。

 沙那は、股間の疼きに耐えながら思った。

 

「わっ、沙那──。お前、その傷は?」

 

 宝玄仙が沙那にしがみついた。

 沙那は、自分で刺した短剣のために、服を真っ赤に染めている。

 

「じ、自分で……さ、刺しました……。しょ、正気を……た、保つために……」

 

 宝玄仙が目を丸くする。

 

「……そ、そうか……。わたしの道術に対抗するため……。お前、頑張りすぎだよ……。ちょっと、休みな……」

 

 宝玄仙が溜息をついた。

 なにか温かいもので身体を包まれるのを感じた。

 沙那は急速な睡魔に襲われて、あっという間に意識を失った。

 

 

 

 *

 

 

孫玉蔡(そんぎょくさい)? それが、あたしの名かい?」

 

 孫空女が声をあげた。

 伊府の城郭を出立して、西に向かう山街道でのことだった。

 

 ここからしばらくは、山越えが終わるまでは大きな城郭もなく、小さな部落のような集落が転々とあるだけだ。

 宿町のような場所もないはずなので、野宿をするか、その部落の有力者の屋敷などに頼んで宿を求めるしかないはずだ。

 山越えが終われば、いよいよ国境も近くなる。

 

「戒名というのさ。出家したときにもらえる名前だね。天教に入団すれば全員が神官としての戒名をもらうことになる。そして、天教の中で階級があがれば、それに応じて戒名も変わる。だけど、お前の蔡士(さいし)というのは、かなり上さ。いわゆる幹部だよ」

 

 宝玄仙が歩きながら笑った。

 せっかく買った馬だったが、沙那が潰してしまったので、旅には連れていけない。だから、宝玄仙も今まで通り、沙那たちとともに歩く旅だ。

 あの白馬については、いま頃は、傷ついた脚を養生するために、どこかの牧でゆっくりとしているはずだ。

 あの馬が限界を超えて駆け抜けてくれたおかげで、危機一髪で孫空女を救うことができた。

 早く、よくなってくれたらと思う……。

 

 いずれにしても、ぎりぎりのところだった。

 あとほんの少し遅ければ、孫空女は間に合わなかっただろう。

 

 沙那があの部屋に飛び込んだとき、県令の送った使者は、杜遷に引き続き、まさに孫空女を刺殺する寸前だったのだ。

 そして、媚薬責めに遭っていた孫空女のために、その快楽の共鳴に襲われた沙那は、孫空女とともに、あの場で動けなくなってしまった。

 

 沙那は、全身を襲う快楽の暴流に耐えるために、自分の身体に刃物を突き刺すことで、痛みを引き起こして、理性を保ち続けた。

 宝玄仙を連れてやってきた城郭軍の騎馬隊がやって来て、事なきを得たが、とにかく大変だった。

 

 もっとも、それからのことは、沙那の記憶にはない。

 目が覚めたときには、暴れた陽明崔の屋敷の一室で寝かされていて、すっかりと自分で作った傷も治療が終わっていた。

 宝玄仙の道術のようだが、あとで身体を見ても、傷痕ひとつない。

 『治療術』という道術らしいが、さすがに道術だけは、宝玄仙はすごい。

 

 父親に捕縛された陽明崔がどうなったかは、いまとなっては知る(よし)もない。

 沙那が回復をした今日の翌朝、宝玄仙に急かされるように、沙那たち三人は、一泊した陽明崔の別宅だった屋敷をを逃げるように出てきたのだ。

 

 取りあげられていた孫空女の如意棒も、沙那たちの荷もすべて、昨日のうちに戻っていた。

 それを持って、宝玄仙の道術で、まずは屋敷から移動術で屋敷の外に一度跳躍し、それから、そのまま街道を進んできた。

 

 まあ、県令の陽明徳としても、宝玄仙がいなくなってくれれば、息子を無理に処罰する理由もなくなり、ほっとしているに違いない。

 逃亡するように出ていった宝玄仙を追いかけてくる理由もないから、旅はすぐに、平穏ないつもの道中に戻った。

 沙那たちが選んでいる山街道は、主街道とは離れた滅多に旅人が通らないような辺鄙なところを通っているので、相変わらず、行き交う旅人もいない。

 

 それにしても、宝玄仙はつくづく不思議な女だと思う。

 県令があれほどに宝玄仙の権威にびびったことで、やはり、天教の最高神官なのだと改めて思ったが、その当人は、県令などの地方政府や、城郭内の天教施設に関わることを恐れるほどに嫌っている。

 今日出てきたのも、城郭内の神殿の神官たちが、宝玄仙に挨拶に来るというのを、沙那の負傷を理由に先延ばしにしていて、訪問を受け入れるという約束が今日だったのだ。

 宝玄仙は、それをすっぽかすために、わざわざ、あの屋敷から逃げ出すように、出てきたというわけだ。

 宝玄仙が天教に関わるのを嫌がるのは、なにかあるのだろうか……?

 

「でも、ご主人様、あたしは天教に入山した覚えはないよ」

 

 孫空女が不思議そうに言った。

 宝玄仙がいつの間にか、孫空女を天教の神官として出家したことにしていて、「孫玉蔡」という戒名を名付けていたことに対して、孫空女は合点がいかないようだ。

 

「この八仙の宝玄仙に仕えるということは、出家するということさ。ついでだから、幹部扱いにしておいた。文句があるのかい」

 

 宝玄仙がからかうような笑みを孫空女に向けながら言った。

 

 天教の階級は、五段階に分かれる。

 最下層は、「居士(こじ)」といい、戒名の末尾には、「(ぼう)」の文字がつく。出家したばかりの神官は、大抵はこれになる。

 次が「上士(じょうし)」。戒名には「上士」とつく。

 その上は、「高士(こうし)」となり、戒名の末尾には「高士」。

 孫空女の「孫玉蔡」は、高士の上の「蔡士」だ。

 蔡士の上は、「仙士(せんし)」であり、宝玄仙のように「仙」の文字が戒名につくのだから、いきなり、蔡士というのが、いかに出鱈目なことというのがこれでわかる。

 なお、多くの仙士の中で、特に優れた八人が「八仙」であり、天教界の最高権力者ということになる。

 

「もしかしたら、わたしも出家したことになっているのですか?」

 

 沙那はなんとなく訊ねた。

 

「沙那は、沙宝蔡(さほうさい)さ。きちんと届けてある正式の戒名だからね。そこらの自称蔡士とは格が違うよ。ありがたいと思いな」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那と孫空女は、「はあ」と生返事した。

 ありがたいと思えと言われても、なにがありがたいのかよくわからない。

 

 とにかく、なにもかも元通りだ。

 騒動が起こっただけで、馬は手に入らなかったし、やはり寂しくて、険しい山道を進んで、ひたすらに西の国境を向かう旅である。

 

 いや……。

 そういえば、元通りではないものがひとつだけある。

 沙那と孫空女の快楽の共鳴のことだ。

 

 孫空女を救出するために、沙那が自分で身体を傷つけることをしなければならなかったことについて、やっと宝玄仙が反省してくれ、沙那と孫空女の内丹印の刻みを調整して、ふたりの快楽の共鳴を消してくれたのだ。

 

 これで、沙那と孫空女が受けた快感をお互いに同じように伝わり合うということはなくなった。

 もっとも、ほっとはしたが、ちょっと寂しいような気持ちもある。

 

 あれには、大変苦労させられたが、孫空女とひとつになれるということは、悪いものじゃなかったと思う。

 快楽の共鳴のおかげで、沙那と孫空女は、本当に短い時間で、心から結びつき合ったと思う。

 

 あのとき……。

 

 もしかしたら、孫空女が殺されるかもしれないと考えたとき、沙那はまるで自分の半身が失われるかのように恐怖した。

 親兄弟のいない沙那には、誰かを失いそうになることで、あれほどに追い詰められたのは初めてだった。

 

 そのとき、沙那はふと、あることが頭に浮かんだ。

 沙那と孫空女のふたりの戒名のことだ。

 

 「沙宝蔡(さほうさい)」と「孫玉蔡(そんぎょくさい)」……。

 

 それぞれの頭の一字目は、沙那と孫空女の名前からとったのだろう。

 だが、「宝」と「玉」という二字目は……。

 

「もしかしたら、“宝玉(ほうぎょく)”あるいは、“玉宝(ぎょうほう)”が、ご主人様の出家前のお名前ですか?」

 

 沙那はなんとなく訊ねた。

 二つの戒名に含まれる文字が、宝玄仙の本名から取ったかもしれないと思った。

 弟子に自分の名の文字を分けるのは、よくある話のはずだ。

 すると、宝玄仙が驚いた顔をした。

 

「へえ、さすがは沙那だねえ。勘がいいよ。そうだね。わたしが親からもらった名は“宝玉”だ。お前たちの戒名に、一字ずつ与えたのさ」

 

「へえ、ご主人様には親がいるんだね。羨ましいよ。元気なの?」

 

 孫空女が明るく言った。

 

 孫空女もそうだが、沙那にも親はもうない。

 沙那の親は沙那が物心つく前に死んでいるし、孫空女も同じだ。

 親の話なんて、なんだか新鮮な感じがした。

 

「親はいないよ……」

 

 すると、宝玄仙が急に不機嫌になって、吐き捨てるように言った。

 沙那は、触れてはいけない話題に触れたということを悟って、それ以上、これについて触れることをやめた。

 孫空女も困惑した表情になっている。

 しばらく、沈黙が流れた。

 

「ところで、そろそろ、いいだろうね……」

 

 だが、しばらく、進んだところで、不意に宝玄仙が思い出したように明るい感じになった。

 沙那はどきりとした。

 まだ、長くはないが、宝玄仙とは、十分に深く付き合っている。

 毎日毎晩、この気紛れ女主人のご機嫌をとりながら生活をしているのだ。

 この変態巫女が、よからぬ悪戯を思いついたときの口調は、すぐにわかる。

 

 いまがそうだ。

 

 すぐに、前で孫空女の小さな悲鳴がした。

 沙那が視線を向けると、孫空女の両手首にある『緊箍具(きんこぐ)』の赤い輪がお互いに密着している。

 宝玄仙の仕業に間違いない。

 

「な、なにさ、ご主人様?」

 

 孫空女が当惑している。

 

「なにさじゃないよ、お前。そういえば、罰がまだだろう。そもそも、今回の騒動は、お前が原因なんだからね。しっかりと罰を受けな」

 

 宝玄仙が孫空女に寄っていく。

 沙那は攻撃の対象となった孫空女を気の毒と思うとともに、ほっとした。

 宝玄仙の悪戯の対象が沙那ではないのは、孫空女には悪いが、とりあえずよかった。

 

 なにをされるのかは知らないが……。

 

「ひいっ、ひっ、か、痒いよ。な、なにをしたのさ、ご主人様──。痒い──」

 

 次の瞬間、孫空女が悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 沙那は、宝玄仙が、道術で孫空女の股間に強烈な痒みの感覚を送り込んだのだとわかった。

 座り込んだ孫空女が狂ったように、内腿を擦り合わせ始める。

 あの反応は間違いない。

 沙那は、大きく溜息をついた。

 

「孫空女、この前、沙那がやったやつを見せておくれよ。樹に股を擦りつけて自慰をするやつさ。幸いにも、樹木はたくさんある。好きなのを選びな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那は呆れてしまった。

 

「や、やだよ。あんな、みっともないの……」

 

 すると、孫空女が追い詰められた口調で呟いた。

 しかし、沙那は、その言い草にかっとなった。

 

「な、なに、言ってんのよ、孫空女──。あれのおかげで、あんたも助かったんでしょう」

 

 叫んだ。

 あのとき、共鳴で快感を結びつけられていた沙那と孫空女は、沙那が樹木で股間を自ら擦るという恥ずかしいことをしたおかげで、痒み地獄から解放することができたのだ。

 

「あっ、ご、ごめん、つい……」

 

 孫空女がはっとしたように沙那を見た。

 

「なにが、ついよ……。ご主人様、うんと懲らしめてやってください」

 

 沙那は言ってやった。

 孫空女が「そんなあ」と、泣くような声をあげる。

 

「だったら、倍の痒みを尻穴に追加してやるよ……。孫空女、尻を樹木に擦りつけな」

 

 宝玄仙が嬉しそうに言った。

 その直後、孫空女が絶叫した。

 身体を反り返るようにして、腰を前に突き出し、さらに、その次の瞬間、今度は逆にお尻を後ろに出して、激しく左右に振り始める。

 

「こ、こんなのないよ。ご、ご主人様、沙那」

 

 孫空女が道の端に駆け寄り、一本の樹木にとりついた。

 そして、耐えきれないように、お尻に樹木を擦りつけて上下に動かしだす。

 

「だ、駄目だ……。あ、当たらない……。か、痒い場所に当たらないよう。沙那、沙那、助けて」

 

 だが、すぐに孫空女が必死の声を出し始めた。

 確かに、股間でも服越しに痒い部分を樹の幹に当てるのは難しかったが、尻たぶに包まれている肛門を、腰だけで樹木で癒すのは困難のような気がした。

 

 それに、宝玄仙のことだ……。

 魔道で作った痒みは表面でだけじゃないだろう。

 膣やお尻の穴の奥にまで、痒みを発生させているに違いない。

 誰かが、ほじってあげなければ、絶対に孫空女の痒みは消えない気がする。

 

「ほら、そろそろ助けてやりな、沙那。このままじゃあ、孫空女の気が狂うよ」

 

 宝玄仙が沙那に声をかけた。

 沙那は嘆息した。

 どうせ、ここで、沙那と孫空女に青姦をさせて、その光景を愉しもうと思ってたに違いない。

 

 仕方がない……。

 できるだけ道からは隠れた場所で……。

 沙那は、孫空女のいる樹木のさらに外側に進めば、少し隠れられそうな岩陰があることを確認して、孫空女に近づいた。

 

「……孫空女、待ってて……」

 

 沙那は荷を置いて、孫空女を岩陰の奥に導こうとした。

 

「沙那──」

 

 そのときだった。

 突然に孫空女が沙那に体当たりするように、のしかかってきたのだ。

 

「きゃあああ」

 

 沙那は孫空女に押し倒されてしまった。

 

「あ、ああっ、き、気が狂う。か、痒い。さ、沙那、な、なんとかして、ああっ、痒いよう」

 

 仰向けに倒れた沙那に、孫空女が馬乗りになる。

 そして、沙那の脚のあいだに、片脚を差し込み、痒い部分を沙那の股間に押しつけるように激しく動かしだした。

 

「ひっ、ちょ、ちょっと待って」

 

 敏感な部分を布越しとはいえ、激しく刺激された沙那は、思わず甘い声をあげてしまった。

 

「こりゃあいい。まるで、さかりのついた獣だねえ……。孫空女、沙那に口づけしな。そうすれば、痒い部分が掻けるように、お前らが下袴を脱ぐのを手伝ってやるよ」

 

 宝玄仙のからかうような声がした。

 すると、まるで操られたように、孫空女が沙那の口を貪りだす。

 

「んんっ……ああっ、あっ、ああ……」

「んふっ…あ、ああっ……」

 

 孫空女の唇で口を塞がれて、舌を差し込まれる。

 沙那の口の中を孫空女の舌がしゃぶりまわした。

 途端に、頭の中が痺れたようになる。

 そのあいだも、孫空女の股間は沙那の股間を激しく擦りあげている。

 

 だが、ここは天下の街道だ。

 さすがに、一瞬、沙那にも躊躇いのようなものがよぎったが、すぐに、もう、なにがどうなってもいいというような気分になる……。

 

「ああ、沙那、す、好きだよ。助けに来てくれてありがとう。あんとき、沙那のことが神様に思えた」

 

 しばらくして、口を離した孫空女が感極まったように言った。

 

「わたしも助けに来たんだけどねえ……」

 

 すると、背後から宝玄仙の苦笑する声がした。

 その宝玄仙が近づいて、孫空女の腰に手を伸ばす。そして、下袴を引き剥がす。一緒に股布まで取り去って、孫空女の下半身を剥き出しにした。

 孫空女は抵抗しなかった。

 むしろ、もどかしいように、宝玄仙が自分の下半身を全裸にするのを待っていた。

 沙那はその孫空女の股間に手を伸ばした。

 びしょ濡れになっている股間に指を二本差して激しく抽送してあげる。

 

「んぐううっ、さ、沙那──」

 

 孫空女が身体を弓なりにして絶叫した。

 

「こ、声が大きい、孫空女」

 

 沙那は驚いて声をあげた。

 

「……確かにね……。じゃあ、お前たち、もっと奥に行くよ。結界を刻んでやるから、三人で愉しむかい」

 

 宝玄仙があっけらかんと言って、孫空女を沙那から引き剥がして立ちあがらせる。

 沙那は、横に置いてた荷を持つとともに、孫空女から宝玄仙が脱がせた下袴を丸めて掴むと、慌ててその後を追いかけた。

 

 

 

 

(第5話『狙われた女従者』終わり)






 *


【西遊記:15回、玉龍】

 玄奘と孫悟空は、蛇盤山(だばんさん)という難所を進む途中で、谷川から現われた玉龍に襲われて、馬を食べられてしまいます。
 怒った孫悟空は、谷川に飛び込んで、水の中で玉龍と戦います。
 慣れない水中の戦いで苦戦した孫悟空ですが、観音菩薩の来援により、実はその玉龍が玄奘の供になることになっていた龍であることがお互いにわかり、玉龍は食べてしまった馬の代わりに、白馬になって旅を手伝うことを誓います。


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 第4話    古神殿の怪【黒風怪(こくふうかい)
21  三人の客人


「……お前に世話を命じた神殿の客人についてだ。観禅蔡(かんぜんさい)様からも、くれぐれも粗相のないようにとあった。それと、ささやかな夕食会を催すので、是非にと伝えて欲しいとのことだ」

 

 唐人高士(とうじんこうし)に呼ばれて赴くと、用件は三黒坊(さんこくぼう)が命じられている客人の世話のことだった。

 ほんの少し前にやって来た客なのだが、観禅蔡の指示とはいえ、わざわざ念を押すのは、余程に大切な客なのだろうと思う。

 観禅蔡というのは、この神殿の神官長の老人だ。

 道術を遣うことができるとともに、霊気のこもった霊具を蒐集するのが趣味という変わり者である。

 

 客人は三人の巫女だ。

 もっとも、巫女姿は黒衣の女性ひとりで、ほかのふたりは旅の男装をしていた。

 いずれも、大変な美女だった。

 

「……先方の申し出なので、詳しくは教えられんが、黒衣の巫女姿の宝玄仙様は貴人である。ほかのおふたりの女人は、孫玉蔡(そんぎょくさい)殿と沙宝蔡(さほうさい)殿であり、護衛姿ではあるが、やはり巫女だ。繰り返すが、粗相のないようにせよ。明日の朝まで、この神殿に滞在の予定だ」

 

 この唐人高士から、三黒坊が申し渡されているのは、夕刻前にやってきた客人の世話係だった。

 

 あの三人がこの古神殿に宿を求めたとき、三黒坊も、ほかの十数人ほどの居士とともに、こっそりと覗いていて、宝玄仙たち三人について、なんときれいな女性たちだろうと息を飲んだ。

 だから、その世話役を命じられて、心が浮きたった。

 ほかの居士たちが、口惜しそうな顔をして、羨ましがったのを覚えている。

 

 ここは、黒風山(こくふうざん)と呼ばれる峻険な山岳の麓にある「観院(かんいん)」という古い小神殿だ。

 天教の施設であるが、建てられたのは、この帝国を天教が支配するようになるよりもずっと以前のことであり、天教が帝国の国教となって天教以外の宗教が禁止されるに伴い、この神殿も天教の施設となった。

 いずれにしても、三黒坊が生まれるよりも、遥かに昔の話である。

 

 唐人高士は、この神殿では第二位の地位にある神官であり、事実上、神殿で行う祭事から日常のことまでのすべての実務を担っている。

 

 そして、神官長の観禅蔡は、なにもしない。

 日がな一日、私室に閉じ籠っていて、時おり顔を出すくらいだ。

 三黒坊は、この観禅院の近くの農村で生まれ育ったが、観禅蔡は、三黒坊が幼児の頃から老人であり、十六なって出家し、いまは二年がすぎたが、やはり、いまも老人である。

 観禅院が何歳なのかは知らない。

 噂によれば、百歳を超えているのではないかという話もあるが、道術遣いは、霊気によって年齢を重ねることがなくなるとも言われているので、本当にそうかもしれない。

 

 三黒坊は、この神殿に仕える居士の中で三番目に古い出家であり、三黒坊のような若い居士が十二人いる。

 居士というのは、天教の神官ではもっとも下位の地位であり、出家してすぐは大抵は居士だ。そして、大勢の居士から才能を認められた者は、「上士」「高士」「蔡士」「仙士」と戒名が出世していく。

 やってきた三人の巫女は、仙士と蔡士なので、それだけでも相当の実力があるのだとわかる。

 

 戒名とは、出家してもらう神官としての名前だ。

 最初の戒名のうちの一字は、出家を認めた神官の名前からもらうのが慣習なので、三黒坊の「黒」は、観禅蔡の本名の一部なのだと思う。

 三黒坊以外の居士の戒名は、「一黒坊」「二黒坊」と続いて「十黒坊」だ。適当なものだが、霊具以外に興味のない観禅蔡らしいとも思う。

 上士に昇任してほかの神殿に異動になった者の戒名は欠番にせずに、次に入ってきた居士に使う。

 最近、新しく十一人目と十二人目が入山し、そのとき、たまたま、一黒坊から十黒坊まで揃っていたから、どうするのかと思っていたら、「余一黒坊」「余二黒坊」と名づけられた。

 

 とにかく、三黒坊は浮き立つ気持ちとともに、神官服を二着持って、客の巫女がいる部屋に向かった。

 宝玄仙に、神官服を持っていない孫玉蔡と沙宝蔡のために、修行服を二着貸してくれと言われていたのだ。

 

 三人の部屋は、神官たちが寝泊まりする部屋とは少し離れた、渡り廊下で進む場所にある。離れの部屋というのは宝玄仙の望みであり、宝玄仙だけ最上級の部屋をあてがうのも断られた。

 だから、三人は数台の寝台が並ぶ広めの客室にいる。

 

「あっ、宝玄仙様。言われたものをお持ちしました」

 

 部屋まで辿り着くと、部屋の前に宝玄仙がひとりだけで立っていた。

 三黒坊は両手に修行服とも呼ばれる神官服を抱えたまま頭を下げた。

 修行服は、左右の合わせ目を紐で結ぶだけの簡単な上衣と、下袴(かこ)と呼ばれる足通しの組み合わせの麻地の灰色の服である。

 孫玉蔡と沙宝蔡は、神殿軍の幹部ということだったので、それに赤色の細帯が付くと思うので、それも持って来た。

 

 神殿軍というのは、帝都にある天教本部に所属する実力集団のことであり、帝都だけで三千人、帝国全土となれば総勢一万人はいると言われている。

 国軍には所属しない天教独自の軍であり、通常は神殿警護などを行うが、必要により、天教の教義に背いた者を取り締まるために動いたりする。

 孫玉蔡と沙宝蔡は、その神殿軍の幹部であり、天教の重鎮である宝玄仙を護衛するために、宝玄仙の巡礼に同行しているのだと説明を受けている。

 

「ああ、待っていたよ、三黒。これだね?」

 

 宝玄仙が三黒坊が持っていた服を点検するように確認し始めた。

 三黒坊はそのあいだ、じっとしていた。

 それにしても、美しい女の人だと思った。

 見た目は若いのだが、接していると、なんとなく年配の女性を思わせる雰囲気がある。仙士だというから間違いなく道術遣い、つまり、法師だろう。

 優れた道術遣いが見た目と実際の年齢がかけ離れている者が多いというのは、三黒坊も天教の神官の端くれだから知っている。

 

「これはいらないね。その辺に隠しておいて、後で持って帰りな……。帯はさせるか……。ちょっとは不自然でなくなるかもしれないしね……」

 

 宝玄仙は三黒坊が持っていた神官服のうち、二枚の下袴を取り除いて、廊下の物陰に隠した。

 三黒坊は驚いた。

 

「えっ? 下袴を……? 下袴については、別にお持ちなのですか?」

 

 三黒坊は首を傾げた。

 すると、宝玄仙が悪戯っぽい笑みを浮かべて、ぐいと三黒坊に顔を近づけた。

 三黒坊はどきりとした。

 

「……いいんだよ──。いいね。あいつらは修行中だ。淫心を戒める修行をしている。恥ずかしい目に遭っても心を乱さないことで、高位の精神を持続することを学ぶんだ……。とにかく、わたしの言葉にうまく話を合わせるんだよ。そうすれば、夜になったら、こっそりと、お前だけに、いい思いをさせてやろう」

 

 宝玄仙がにやりと笑った。

 驚いたが、淫心の修行などというのは、まったく耳にしたことがない。

 それにしても、夜にいい思い……?

 三黒坊は首を傾げた。

 まるで、娼婦が男を誘うような物言いだ。

 

「ちょっと、髪の毛を一本貰うよ」

 

 不意に宝玄仙が三黒坊の頭に手を伸ばして、一本ほどの髪の毛をぴんと引っ張り取った。

 

「いてっ」

 

 思わず声をあげた。

 

「……じゃあ、部屋に入りな。うまく話を合わせることができれば、あの女たちを犯させてやる……」

 

 三黒坊は驚愕したが、考える余裕もなく、宝玄仙に部屋に連れ込まれた。

 部屋の中には、赤毛で背の高い孫玉蔡と栗毛で胸の大きな沙宝蔡が、寝台ではなく、床に直接座って談笑をしていた。

 三黒坊と宝玄仙が入っていくと、さっと居ずまいを正した。

 

「お前ら、世話役の居士殿がお前ら用の神官服を持って来てくれたよ。わたしは、いつも巫女服だから問題はないけど、神殿に世話になるときには、必ず神官服を着るんだ。それが決まりなんだ。いいね」

 

 三黒坊が頭をさげているあいだに、宝玄仙がさっと説明した。

 すると、宝玄仙が目で三黒に合図をする。

 慌てて、三黒坊はふたりに修行服を差し出した。

 ただし、本来は下半身にはく下袴はなしだ。それは、さっき宝玄仙が取り去って廊下に置いてきている。

 

「こ、こちらの大きい方が孫玉蔡殿のものです。こっちは、沙宝蔡殿……。もしも、丈が合わなければ、お取替えします」

 

 三黒は坊できるだけ平静を装って言った。

 

「大丈夫だよ。たった一日だけのことで、文句を言うんじゃないよ、お前ら。そんなことをすれば、神罰が当たるからね。この宝玄仙のね」

 

 宝玄仙が鋭く言うと、孫玉蔡と沙宝蔡は目に見えて、怯える顔になった。

 ふたりの感じた緊張感が伝わってきて、三黒坊も思わず息を飲んだ。やはり、神殿軍の蔡士ともなれば、厳しい修行をするのだと思った。

 犯させてやると言われた気もするが、おそらく聞き間違いだろう。

 さっきの宝玄仙の言葉に、淫らなことを想像した自分を恥ずかしく感じた。

 

「そんなことは言いませんよ……。これですね? 孫空女のはこれよ」

 

 沙宝蔡がそれぞれの修行服を受け取り、そのうちの一着分を孫玉蔡に手渡す。孫空女というのは、孫玉蔡のことのようだ。

 そういえば、神殿にやって来たとき、沙宝蔡は、沙那と呼ばれていたと思う。おそらく、ふたりの出家前の名前なのだろう。

 三黒坊は、心に留めることにした。

 

「……では、私はこれで……」

 

 三黒坊は頭を下げて、退出しようとした。

 だが、宝玄仙に呼び止められた。

 訝しみつつも、三黒坊は振り返った。

 

「待ちな、三黒。実はこいつらは、武術の腕は確かだが、神官としての修行はほとんど経験がなくてね。悪いけど、修行服の着こなしについて、教えてやってくれるかい。こいつらが着替えるのを見てくれていればいいよ」

 

 宝玄仙がくすくすと笑いながら言った。

 三黒坊はびっくりしてしまった。

 

「ご、ご主人様、なにを言っているんだよ」

 

「そうです。この人の前で着替えろって……。そ、それに、この人に悪いですよ。余計なことに巻き込まない方が……」

 

 孫玉蔡と沙宝蔡が真っ赤な顔になった。

 なんだか、とてもふたりが可愛く思えてしまった。

 それで気がついたが、このふたりは間違いなく、三黒坊と年齢の大差はないだろう。天教の幹部なので、身構えてしまっていたが、同じ歳程度の男女なのだと思えば、大胆な気持ちになった。

 

「別に悪いことはありませんよ。わかりました。着替えてください。私にできることであれば、喜んでお教えします」

 

 言った。

 自分でも驚愕したが、恐ろしく気持ちが大きくなっている。

 それにしても、いま、目の前でこのふたりの着替えをしろと口にした?

 三黒坊は、自分でも信じられないと思った。

 いつもの三黒坊では、考えられないことだ。

 

「でも、あなたも忙しいでしょうし……」

 

 沙宝蔡が落ち着いた物言いながらも、宝玄仙の目を盗むように三黒坊をきっと睨む。その鋭い視線に、三黒坊は思わず身震いしてしまう。

 

「こらっ、沙那──。まったく、お前は……。まあいい……。早く着替えな。命令だよ」

 

 宝玄仙が舌打ちして言った。

 どうやら、沙宝蔡が三黒坊を脅すように睨んだことに気がついたようだ。

 

「ひっ」

 

 なぜか、沙宝蔡が急に顔色を変えた。

 だが、すぐにその場で本当に服を脱ぎ始める。

 

「さ、沙那……? くっ……、し、仕方がない……」

 

 すると、孫玉蔡も隣で諦めたように服を脱ぎだす。

 三黒坊は息を呑んだ。

 

「お前、後ろ向くんじゃないよ。せっかく、この居士殿が着こなしを教授してくれるんだ。前を向きな」

 

 沙宝蔡と孫玉蔡は、三黒坊に背を向けるようにしていたが、宝玄仙がたしなめの言葉を告げた。

 それとともに、沙宝蔡と孫玉蔡が床に置いた神官服を宝玄仙がすかさず回収する。

 

 次いで、宝玄仙は含み笑いをしながら「命令」という言葉を小さくささやく。

 すると、すぐに沙宝蔡は、三黒坊に真っ直ぐに身体を向けた。

 孫玉蔡がそれを見て、溜め息をつきながら、同じように身体をこっちに正面する。

 

 ふたりの身体は見事なものだった。

 しっかりと鍛えてあるのがわかるとともに、身体の線はとても女らしい。

 やがて、ふたりが上衣と下袴を脱いで、胸当てと股布だけになった。

 つまりは、下着姿だ。

 

 胸当てとは、戦闘や運動のときに乳房が揺れてじゃまにならないように、胸全体だけをすっぽりと包む、いわゆる下着だ。首と背中に紐を通して、前側で結ぶようにして身体に巻くのだ。

 また、股布はこの帝国で一般に使われている腰の下着であり、拡げた手のひらほどの幅の布紐を巻いて股間を覆いて、腰の横で結んで縛るものだ。三黒坊も同じものを使っているが、ふたりのしている股布は、女性用の小さなものであり、股間を隠すだけで、美しい脚は腿の付け根まで、しっかりと露わになっている。

 いずれにしてに、若い女の下着姿をここまでまじまじと近くで眺めるのは、三黒坊は初めてだ。

 とにかく、ふたりの美女の下着姿という光景を二度と忘れまいと、三黒坊はしっかりと凝視し続けた。

 

「神官服を……」

 

 沙宝蔡が両手で身体を隠しながら、宝玄仙に手を伸ばした。

 神官服は脱ぐときに一度床に置かれたが、すぐに宝玄仙がそれに手を伸ばして、いまは宝玄仙が持っていたのだ。

 

「なにやってんだい。神官服を着るときには、生まれたまんまの恰好に直接着るんだよ。そういう決まりなんだ」

 

 宝玄仙が、沙宝蔡が伸ばした手をぴしゃりとはたいて言った。

 沙宝蔡だけでなく、孫玉蔡も驚いた表情になる。

 次いで、ふたりとも、怪訝な表情を三黒坊に向けた。

 どうやら、宝玄仙の言葉を信じていないようだ。

 

 当然だろう。

 そんな決まり事など聞いたこともない。

 実際に、いまも三黒坊は、身に着けている居士用の神官服の下には、男用の太めの股布を巻いている。

 

「……その通りです。浮き世のけがれが神官服に接しないように、肌に直接、神官服をまといます。ご存じなかったのですか?」

 

 だが、そう口に出していた。

 まるで、自分の口であって、自分の口ではないような感じだ。

 三黒坊は、びっくりしてしまった。

 

「そ、そうなのね……。し、仕方ないわね……。孫空女、脱ぎましょう」

 

 沙宝蔡が真っ赤な顔になって言った。

 

「う、うん」

 

 孫玉蔡も胸当ての紐を外し始める。

 まもなく、ふたりとも股布まで外して、一糸まとわぬ素っ裸になった。

 

「早く、服を」

「ご主人様、それをちょうだい」

 

 今度こそ、全身を羞恥で真っ赤にして、ふたりが宝玄仙に手を伸ばす。

 そのため、ふたりの裸身はほとんど三黒坊に対して露わになった。

 なにしろ、沙宝蔡も孫玉蔡も、しっかりと三黒坊に対して身体を向けているのだ。

 

 ふたりと、もとても女らしく、胸も腰もしっかりとしていた。

 背は孫玉蔡がずっと大きいが、やはり胸は沙宝蔡が大きめ目だ。

 いずれにしても、どちらもこんもりと丸い乳房であり、その豊さのわりには、ほんの少しも垂れていなかった。乳首は小さくて桃色をしている。

 腰は細く括れていて、そのためにお尻が余計に大きく見えた。

 また、太股の肉付きはよく、しっかりと締まっている……。

 

 どちらも、片手だけはしっかりと下腹部を隠しているので、はっきりとはわからないが、沙宝蔡に恥毛はないように思えた。それに比べれば、孫玉蔡の股間には、ちらちらと髪の毛と同じ赤い陰毛が覗き見える。

 

 とにかく、本当にきれいな身体だ。

 三黒坊は、眼が離せないでいた。

 気がつくと、下袴の中の股間が大きくなっている。

 慌てて、身体を半身にして、それを隠そうとした。

 

「……お前、童貞かい……?」

 

 修行服をふたりに手渡した宝玄仙が、つっと寄ってきて、三黒坊の耳元でささやいた。

 

「えっ?」

 

 質問の内容に驚いて声をあげたが、一方で三黒坊はしっかりと首を縦に振った。

 十六で女を知らずに出家し、二年間、女のいないこの観院ですごした。

 だから、これまで、女性に触れる機会はなかった。

 三黒坊が女を知らないというのは事実だ。

 

「……いいねえ。だったら、今夜、筆下ろしをさせてやるよ。あいつらでね……。心配ない。これも修行さ。煩悩を抱えたままでは、高い精神の極みには辿り着けないよ。煩悩は耐えるんじゃなく、克服するんだ。食事が終わったら、寝る前にこの部屋にもう一度おいで……。そのときねえ……」

 

 宝玄仙がささやいた。

 そのときに、準備して欲しいものを宝玄仙から伝えられた。

 三黒坊は驚きで、自分の目が大きくなるのがわかった。

 一方で、沙宝蔡たちは、服を着るのに一生懸命で、こっちでひそひそと話していることについては、気に留めていないようだ。

 

「ちょ、ちょっと、これ、なんです?」

 

「下がないよ。下袴はどうしたのさ」

 

 突然にふたりが悲鳴のような声をあげた。

 

 上衣だけの修行服を身に着けたふたりは、上衣の丈だけで下腹部を隠しているという恰好であり、長めの丈が辛うじて、ふたりの股間とお尻を隠してはいる。

 

 だが、それだけだ。

 

 太腿は付け根近くまで出ており、座ったりすれば、上衣がさらにたくしあがって、股の中も見えそうだ。

 また、上衣は左右の合わせ目を重ねて紐で留めるものなので、乳房の谷間が合わせ目の上からしっかりと見えている。

 

 娼婦でさえ、こんな恥ずかしい恰好はしないだろう。

 しかも、その上衣の下には、なにも身に着けていはいないのだ。

 三黒坊は乾き切った口を何度も舌で舐めた。

 

「神殿軍の女幹部の修行服は、それで終わりです。それ以外に、身につけるものはありません」

 

 だが、三黒坊はすかさず、そう口にしていた。

 今度こそ、確信した。

 これは、三黒坊自身の言葉じゃないと思う。

 そんな嘘など思いつきもしなかったし、思いついたとしても、三黒坊がこの蔡士の巫女たちに、それを口にするわけがない。

 

「そ、そうなの?」

「うう……」

 

 沙宝蔡と孫玉蔡が観念したように唸り声をあげる。

 どうやら、信じたようだ。

 

「夕食の支度が整いましたら、お呼びに参ります。今夜は、ささやかながら夕食会を用意しております。そのときに、神官長の観禅蔡様が是非、帝都の話などを聞かせて欲しいと申しておりました」

 

 三黒坊はもう一度、恥ずかしそうに懸命に上衣の丈を引っ張るふたりの姿を目に焼き付けて、部屋を後にした。

 すると、宝玄仙がまた部屋の外までついてきた。

 

「……くくく……。いい感じだったよ、お前……。じゃあ、ほかの神官たちが騒がないように、あいつらの恰好のことは修行だと念を押しておいておくれ。そして、一切、質問もするなとね。うまくやれば、今夜はたっぷりといい思いをさせてやる……。それと、わかっていると思うけど、部屋の中のことは他言無用だよ……。もっとも、話そうと思っても、話せないと思うけどね」

 

 宝玄仙が意味ありげに笑った。

 

「お任せください」

 

 三黒坊はしっかりと応じていた。



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22  霊具自慢

「まあ、面白いですね。もう一度、詳しく教えてください」

 

「そうだね。その後は、こっちの丸い霊具について教えてよ。これはまだ説明してもらっていないよ」

 

 沙那と孫空女が愉しそうな表情で、観禅蔡(かんぜんさい)に言った。

 観禅蔡は、自慢の霊具に、若いふたりが興味を持ってくれたのが余程嬉しいのか、身を乗り出して、いっそう熱心に語り始める。

 宝玄仙は閉口した。

 

 ふたりの魂胆は明らかだ。

 夕食が終わって、部屋に戻れば、今夜は孫空女の股の毛を剃りあげる「儀式」をすると申し渡している。

 それで、どうせなら、可能な限り、その開始を遅らせてやれと、ふたりで目論んだに違いない。

 こいつらが、こんなに霊具に興味があるわけなどないのだ。

 

 帝国の西側の山道沿いにある小さな神殿だ。

 神殿の名は観院といい、神殿長は目の前の観禅蔡という老人である。

 宝玄仙としては、この西方行脚の道中で、あまり天教には関わりたくないのだが、一応は命を受けての旅なので、少しは居場所を天教本部に知らせておく必要もある。

 それで、この小さな田舎神殿であればと判断して、宿泊をすることにした。

 観院は、観禅蔡という老神官のほかひとりの上士と十数名の居士がいるだけの小さな神殿だ。

 煩わしさはないし、宝玄仙の居場所が天教本部にあがる頃には、間違いなく、宝玄仙は別の場所にいる。

 

 だが、夕食会とやらが終わって始まった、この観禅蔡の霊具自慢には、宝玄仙は参ってしまった。

 さっさと立ち去って部屋に戻ろうとする宝玄仙を押しとめて、この老人がいきなり、蒐集している霊具自慢を始めたのだ。どうやら、この老人の趣味は霊具集めのようであり、居士に霊具を持ってこさせると、それをひとつひとつ、宝玄仙たちに説明し始めたというわけだ。

 

 霊具というのは、あらかじめ霊気を込めて作った道術の道具のことであり、術者が扱うことで、道術の技を道具を使って発揮できるというものである。

 しかし、宝玄仙は、帝都では、霊具作りの天才と称されたほどの、霊具作りの才人だ。その宝玄仙を相手に、霊具を自慢するなど厚かましいにもほどがあるが、当人は気にした様子もない。

 

「……へえ、そんなことができるのですか。素晴らしいです」

 

「確かにねえ……。じゃあ、これは?」

 

 沙那と孫空女が、その霊具自慢をはやし立てる。

 なかなか話が終わりそうにないのも、観禅蔡の話が途切れそうになると、巧みにこいつらが口を挟んで、霊具自慢を続けさせるだ。

 

 それにしても……。

 

 宝玄仙は、わざとらしく、観禅蔡の霊具話に相槌を打つふたりにちらりと視線を向けた。

 

 名目だけは、沙那と孫空女は、それぞれ、沙宝蔡、孫玉蔡をいう戒名を与え、天教の幹部ということになっているが、実際のところ天教のことなど、なにも知らない。

 だから、騙して、上着でしかない神官服を裸に直接に着させただけの破廉恥な姿で、ここまで連れてきた。

 上衣の合わせ目からは、ふたりの乳房の半分が出ており、なにも身に着けていない股は、本来は上着の裾が辛うじて隠しているだけなので、いまのように椅子に腰かけると、お尻の亀裂が背後から、ちらちらと見え隠れするほどだ。

 

 目の前の観禅蔡は、色気など枯れ果てているのか、沙那たちの恰好を目の当たりにしても、まったく無関心の様子を示したが、食事の世話をする居士たちなど、目のやりように困ったように、そわそわしている。

 当人たちも、いつもは男っぽいが、しっかりと股を閉じ、両手で股に手を固く押さえた仕草をしていて、珍しくも女らしい。

 しかも、恥ずかしがっているせいか、妙に色っぽくもある。

 

 いずれにしても、このままじゃあ、本当にかなりの夜更けまで話が続きそうだ。

 そろそろ、終わりにしようと思った。

 

「……なかなか、興味深かったが、そろそろ、わしの霊具も見てもらおうかのう……」

 

 宝玄仙はいつもの天教の八仙としての口調で口を挟んだ。

 すると、沙那がすかさず口を開き聞ける。聡い沙那だけに、宝玄仙が話を終わらせようとしていることに気がついたのだろう。

 邪魔できないように、沙那の肉芽に嵌まっている『女淫輪(じょいんりん)』をゆっくりと動かしてやった。

 

「んふうっ」

 

 沙那が真っ赤な顔になって、身体をびくりとさせた。

 加減はしてあるので、沙那が声を我慢できるか、できないかのぎりぎりの刺激のはずだ。

 沙那は必死に股間の振動に耐える表情になって黙りこくる。

 

 これで、ひとり……。

 

「沙那?」

 

 孫空女が沙那の様子に気がついたようだ。

 怪訝な顔になって、沙那を見た。

 宝玄仙は、孫空女には、内丹印(ないたんいん)の刻みを使って、孫空女のお尻に人が舌で舐めるような感覚を与えてやる。

 

「ひやっ」

 

 孫空女が悲鳴をあげて、びくりと身体を伸ばした。

 そして、慌てたように、口を閉じて、沙那と同じように真っ赤な顔になって黙りこくる。

 

 これでいい……。

 

「どうしたのじゃ?」

 

 観禅蔡が沙那と孫空女の様子に首を傾げた。

 

「なんでもない……。じゃあ、沙那、部屋に戻って、わしの霊具箱を持って来い。二番目の葛籠(つづら)にある竹編みの白い箱だ。間違えるなよ」

 

 宝玄仙は沙那に命じた。

 手っ取り早く目の前の老神官の話を終らせるには、宝玄仙の所有する「本物」の霊具を見せて、自慢の蒐集品が、それに比べて、玩具のようなものだということを教えてやればいい。

 そうすれば、いくらなんでも黙り込むだろう。

 

「……で、でも、ご、ご主人様……」

 

 沙那が股間を押さえながら、躊躇するような物言いをした。

 その表情は、股間を苛んでいる女淫輪のことよりも、宝玄仙が霊具を観禅蔡に見せようとしていることを危ぶんでいるようにも感じた。

 宝玄仙は返事の代わりに、ほんの少し女淫輪の振動を強めてやった。

 

「あっ」

 

 沙那が激しく反応させて、椅子から滑り落ちそうになった。

 

「それは愉しみだ。名高き宝玄仙殿の所有の霊具じゃ。是非、わしの蒐集品と競わせて欲しいのう」

 

 観禅蔡が言った。

 沙那は、それ以上はなにも口を挟まずに、腰をもじつかせながら部屋を出ていく。

 

「……ご、ご主人様……」

 

 待っているあいだに、一度だけ孫空女が音をあげたように、ささやいてきた。

 孫空女のお尻の穴は、ずっと誰かに舐められるような刺激が続いているはずだ。

 

「なにか用かい、孫空女?」

 

 宝玄仙は孫空女の股間を責める刺激の場所を股間にも増やしてやった。

 孫空女が小さな悲鳴をあげて、上体を前に倒す。

 宝玄仙はその様子ににんまりした。

 

「……も、持って来ました」

 

 しばらくすると、沙那が戻ってきた。

 手には霊具の入った竹編みの箱がある。

 宝玄仙はそれを置かせて、ひとつひとつ中の霊具を説明し始めた。

 

 最初こそ、目を輝かせていた観禅蔡だったが、すぐに顔色が変わった。

 その表情には、驚愕と苦悶の色が滲み出ている。

 観禅蔡の心情は明白だ。

 これでも、霊具の蒐集家として、この辺りでは一線を画してきたのだろう。だが、宝玄仙の持ち物を見て、自分の所有物の粗末さをやっと理解したに違いない。

 すっかりと顔色が悪くなって、大人しくなった。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「では、そろそろ休ませてもらおうかのう」

 

 宝玄仙は立ちあがった。

 横のふたりについても、道術による悪戯を解放してやる。

 沙那と孫空女が、ほっとしたように大きく息を吐いて、宝玄仙に続いて腰をあげた。

 だが、ふたりとも、まだ少し息が荒い。

 感じやすい沙那など、しっかりと閉じ合わされた内腿を伝って、膝辺りまで蜜が垂れ落ちしている。

 宝玄仙はにんまりしてしまった。

 

「い、いや、待ってくれ、宝玄仙殿……。こ、これらをどこで手に入れたのかを教えてくれ……。例えば、これなど……。この中では、一番の霊力がこもっているのはわかる。こういうものはどこで手に入るのだ?」

 

 すると、観禅蔡が焦ったような声をあげた。

 ふと見ると、観禅蔡が掴んでいるのは、『操人形(そうにんぎょう)』だ。

 見た目は、片手で持てるほどの小さな人形であり、人間の手足と頭のようなものが胴体についているだけの布製ののっぺらぼうの人形である。

 だが、観禅蔡も道術遣いの端くれではあるので、これに詰まっている霊気の大きさに、さすがに気がついたようだ。

 

 宝玄仙の霊具の大部分は、沙那と孫空女を調教するための淫具だが、淫具とそうではない霊具は、ちゃんと区分をしてしまっているつもりだった。

 沙那に持って来させた白い竹編みの箱には、見せても大丈夫な霊具だけを入れている。

 だが、さっき操人形のひとつを三黒坊に使ったので、こっちに紛れてしまったようだ。

 実は操人形は、淫具そのものではないが、目的は嗜虐のための操り具だ。

 宝玄仙は思わず、小さく舌打ちした。

 

「これは……」

 

 どこで手に入るものだという質問に、宝玄仙はすぐに、これは自分で作ったのだと口にしようとしたが、直前でそれを躊躇った。

 こんな場末の古神殿の神官といえども、宝玄仙がこの手の霊具を扱うことは、あまり知られたくない。

 

「……まあ、いいじゃろう。忘れたわい」

 

 宝玄仙は誤魔化した。

 そして、沙那に箱を回収するように指示した。

 沙那が宝玄仙の霊具が入っている箱に手を伸ばす。

 

「いやいや、頼むから、もう少し話を……。この人形はどのように扱うものなのじゃ?」

 

 観禅蔡が沙那を阻むように、操人形をさっと手に取った。

 沙那が困ったように、箱に手を出しかけた動きをやめて、宝玄仙を見る。

 宝玄仙は嘆息した。

 早く、この場を終らせて、こいつらと部屋に行きたい。

 今夜は、色々と趣向を凝らしている。

 こんな老人の話に、いつまでも付き合いたくない。

 

「……これは、操人形といって、一種の支配具じゃな」

 

 宝玄仙は仕方なく言った。

 

「支配具? 素晴らしい……。霊具の中でも、支配具というのは、真に作成が難しいとされる……。もう少し、見せてくだされ」

 

 観禅蔡が操人形を掴んで、しげしげと眺め続けている。

 どうも、すぐに返しそうにない気配だ。

 宝玄仙は苛ついてきた。

 

「そんなに興味があるのであれば、ひと晩中見てるがいい。明日の朝まで渡しておくから、いつまでも見ておれ。譲るわけにはいかんが、貸すくらいはよかろう」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ま、まことか?」

 

 観禅蔡が目を見開いた。

 その表情は、まるで操人形に憑りつかれたかのようだった。

 

「ご、ご主人様──」

 

 そのとき、沙那が強い口調で声をかけた。

 振り返ると、小さく首を横に振っている。

 どうやら、操人形を観禅蔡に貸すことが気に入らない気配だ。

 宝玄仙は、小生意気な沙那の女陰輪を再び振動させてやった。

 しかも、今度は我慢できないくらいに振動を強くする。

 

「んふうっ」

 

 沙那ががくりと膝を割った。

 

「沙那?」

 

 孫空女が沙那の腰を掴んだ。

 

「どうしたのじゃ、沙宝蔡? 具合が悪そうじゃな。これはいかん──。旅の疲れでも出たか? 早く休ませねばな」

 

 宝玄仙が笑いを堪えながら言った。

 沙那はがくがくと膝を震わせて、必死になって声を我慢している。

 孫空女が心配そうに、沙那の腰を支えた。

 

「……では、本当に休ませてもらう。素晴らしい夕食会だった」

 

 宝玄仙は軽く頭をさげて、沙那と孫空女を促す。孫空女が片手で沙那を支えたまま、竹編みの箱を持つ。

 女淫輪の激しい振動を受けている沙那は、自分では歩けないようだ。

 その沙那を孫空女が支えながら進ませようとした。

 

「もうひとつだけ──。この操人形はどのようにして、他人を支配するのだ?」

 

 観禅蔡が言った。

 

「支配したい者の身体の一部を操人形に込めるのだ」

 

「ほほう……」

 

 そのとき、じっと操人形を見ている観禅蔡の目が輝いた気がした。

 すっかりと操人形に見入った感じであり、もう宝玄仙たちには注意を払っていない。

 宝玄仙は安堵した。

 

「じゃあ、いくぞ、お前たち」

 

 宝玄仙は歩き出す。

 

「んんんっ」

 

 そのとき、沙那の切羽詰まった声が響いた。

 どうやら、達してしまったようだ。

 

「おや、どうしたのじゃ、沙宝蔡?」

 

 宝玄仙はわざとらしく言った。

 

 

 *

 

 

「あ、ああっ……。も、もういい加減に……や、やめさせて……く、ください……」

 

 沙那は自慰をしながら、もう十数回目になるかもしれない哀願をした。

 だが、ふたつの寝具の真ん中に胡坐で座っている宝玄仙は、沙那が苦しそうな反応をするのが心の底から愉しいのか、せせら笑うだけだ。

 

 こうやって、宝玄仙に自慰を命じられてから、かなりの時間が経っている。

 秘肉や肉芽には、ただれるような疼きの痺れが襲いかかり続けていた。

 

 観院という山の中にある小さな古神殿だ。

 

 そこで一夜を求めた沙那たちは、あてがわれた寝所で、またもや宝玄仙の理不尽な嗜虐と戦っていた。

 三人がいるのは、神殿に住み込みで修行をしている三黒坊という若い神官に案内された部屋であり、ここで生活をしている神官たちの居室とは、少し離れた場所にある一室だ。

 寝具は、寝台ではなく、“布団”と称する床に直接に敷物を敷いて、その上に掛け布を被って寝る形式のものだ。

 それが並べて三組準備されている。

 天教の最高位神官のひとりである宝玄仙は、もともと、ひとりだけ別室が準備されていたのだが、宝玄仙が断ったのだ。

 もちろん、それは、いまやっているように、沙那と孫空女を寝る前に「調教」して愉しむためだ。

 

 ここの神官長である観禅蔡という老人との夕食会が終わると、沙那と孫空女は、すぐに素っ裸にされて、さっそく理不尽な仕打ちを命じられた。

 すなわち、沙那は寝台に膝を曲げて腰をおろし、両脚を左右に大きく開いて、宝玄仙に見えるように性器を晒しながら、自慰をしろという命令だ。

 

 ただし、いきそうになったら、できるだけぎりぎりで、自慰を寸止めしなければならない。

 そう命令されたのだ。

 

 拘束はされていないが、『服従の首輪』を嵌められていて、どんな命令にも逆らうことができない沙那は、その首輪の力でなにかを命令されてしまえば、まったく抵抗できない。

 いまも、煌々と燭台が照らす部屋の中で、宝玄仙に向かって股ぐらを開いて、片手で乳房を揉み、もう一方の手でねちゃねちゃと股間をまさぐり続けるということから、自由になることができない。

 

 なにしろ、沙那の身体を一番よく知っている沙那自身が、「一番感じるように自慰」をしているのだ。

 宝玄仙の『服従の首輪』で命じられていることであり、沙那には逆らいようがない。

 

「ああ、うくう……、い、いきそうです……。ほ、本当に……も、もう……」

 

 沙那は泣きそうな声をあげた。

 これを何十回続けたことだろう。

 しかし、気紛れの宝玄仙が「命令」を解除してくれる言葉を告げてもらわない限り、沙那は何万回であろうとも、この理不尽な自慰を続けるしかない。

 

「いけるものなら、いってごらんよ。命令はまだ取り消さないよ」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 

「ああ……」

 

 沙那は今度こそ、泣き声をあげた。

 すでに股間は、沙那がこれまでに感じたことがないほどに、熱く疼いていた。

 駆け昇る快感も、上限知らずのようにせりあがってくる。

 

「んぐうっ、はううううっ」

 

 沙那は大きな声をあげてしまった。

 宝玄仙の結界により、どんな声も部屋の外には漏れないようになっているのだが、さすがに嬌声を響かせるのは恥ずかしい。

 だが、そんなことには頓着していられない激しい快感が全身を貫くのだ。

 

「あ、あああっ……ああっ、あっ──。ま、また……」

 

 だが、沙那はまさに絶頂をしようとする直前で、愕然とした思いを味わわなければならなかった。

 沙那が達しようとした一歩手前、いや、半歩手前で、沙那の両手がぴたりと静止し、沙那から絶頂の感覚をとりあげてしまったのだ。

 いまはもどかしく腰を振っても、沙那の指は快感を与えまいと逃げてしまう。

 自慰をして絶頂寸前まで感じて、達する寸前でやめる──。

 それを延々と繰り返す──。

 服従の首輪で強要されていることであり、沙那にはどうしようもない。

 しかも、沙那には、自分が絶頂しようとする感覚が、当然自分でわかってしまう。

 だから、必ず自慰は昇天寸前の一番もどかしいところで静止してしまうし、間違って達するということもあり得ない。

 沙那は、寸止め責めという性の拷問を続けるしかなかった。

 

「あ、ああ、もうおかしくなりそうです。ご主人様、犯してください。お願いします」

 

 沙那はもう恥も外聞も捨てて、宝玄仙に哀願した。

 この果てしない寸止めを前にしては、沙那の自尊心など、すでに完全に砕け散ってしまっている。

 

「いいから、続けな。今日は特別な客人を呼んでいるんだ。お前を犯すのはその人だよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 なにを言っているのか、ちっとも頭に入って来ない。

 とにかく、達したい。

 沙那の頭にあるのはそれだけだ。

 

「ああ、ご主人様、いく、いくよ──。あ、あああつ、ひぎいいっ」

 

 一方で宝玄仙の向こう側にいる孫空女が、あられもない声をあげたかと思うと、次に絶叫して苦痛の声をあげた。

 孫空女が受けているのは、沙那以上に理不尽な拷問だ。

 

 孫空女は、左右の手首と足首をそれぞれに縄で縛られて、大きく股間を上にあげた状態で身動きできないようにされていた。

 いわゆる“まんぐり返し”という恰好らしい。

 宝玄仙がそう言っていた。

 その状態で、孫空女は上を向いている股間の肉芽を宝玄仙に勃起させられ、固い糸で根元を縛られて、天井から吊るされたのだ。

 しかも、その糸は宝玄仙の道術で激しく振動をして、孫空女に快感を強要している。

 だが、ちょっとでも動けば激痛が走る孫空女は、悶えて身体を動かすことも許されないというわけだ。

 さらに残酷なのは、宝玄仙が孫空女が絶頂しようとすれば、思い切り糸が引きあげられる仕掛けにしたことだ。

 これによって、孫空女また、絶頂しようとすれば、激痛により、それが中断されるということが繰り返すことになり、沙那同様に寸止め地獄に遭っているということだ。

 

「ああ──。あんまりだよ、ご主人様。もう、解放して。ねえ、なんでもするよ。ご主人様の足を舐める。股も舐める。お尻だって舐める。犬になる。お尻だって調教していい──。だから、もう許して」

 

 孫空女が叫びだした。

 わけのわからないことを言っているのは、それだけ孫空女の頭が追い詰められているということだろう。

 だが、一度引きあがった糸がまた緩み、またも振動を再開した。

 孫空女の悲鳴は、奇声のような嬌声に置き変わった。

 

「うるさい女だねえ……。お前のやることは、お客さんが来るまで、その股を愛液でびしょびしょにすることだ。お前の股間から出る蜜が油剤代わりだ。たっぷりと出しておきな。さもないと、毛を剃るときに痛いよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 今夜、孫空女はついに、股間の剃毛をすることになっている。

 

 そして、沙那は、はっとした。

 自分自身が股間の毛を剃られたときのことを思い出したのだ。

 

 確か、故郷の愛陽の城郭を出立して、二晩目だったと思うが、いまの孫空女とまさに同じ恰好に拘束された沙那は、宝玄仙の連れてきた宿屋の亭主によって、股毛を剃られたのだ。

 わざわざ他人を連れてくるのは、宝玄仙特有の嫌がらせであり、沙那はその見知らぬ男に股間を剃られた挙句に、宝玄仙の目の前で犯された。

 思い出すのも苦痛の恥辱だ。

 

 それと同じことをしようとしている?

 沙那は愕然とした。

 

「ご、ご主人様、ま、まさか、誰かを呼んで来ようとしているんじゃあ……」

 

 沙那は宝玄仙に声をあげた。

 だが、沙那の両手が自慰を再開してしまったために、またもや思考ができなくなるくらいの快感が迸った。

 

「あああ、んんんっ」

 

 どんどんと絶頂までの間隔が短くなる。

 それだけ、沙那の身体が繰り返す寸止めにより、敏感になっているのだろう。

 だが、どんなに頑張っても、自慰は最後までいかない。

 また、寸前で止まるのだろう。

 沙那は大きな絶望とともに、逃げることのない快楽に身を任せた。

 

「いいんだよ。お前たちは、ただよがってな」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 それで、沙那は自分の勘が正しいということを悟った。

 これは、なんとしてもやめさせなければ──。

 沙那は気力を振り絞って、込みあがる快感から思考を取り戻そうとした。

 なんとか、宝玄仙の気が変わるようななにかを……。

 必死で頭を絞る──。

 

「あ、ああ、そ、そうだ……。ご、ご主人様、き、危険です。ご、ご主人様の霊具……。あの操りの人形を渡したままです……。も、もしも、悪用されたら……」

 

 沙那は言った。

 夕食会の最後に、宝玄仙が観禅蔡に渡した「操人形」という霊具……。

 あれは、沙那も知っているが、非常に危険なものだ。

 あの操人形に操りたい対象の身体の一部……。例えば、爪や髪の毛を術を遣える者が込めると、たちまちに、その相手が術者の操り状態になるというものだ。

 沙那が剃毛をされたときの宿屋の主人も、宝玄仙はそれで連れてきたのだ。

 

「なにを言うかと思ったら、また、その話かい──。それはさっき説明しただろう。あの観禅蔡は道術者としては低級の能力しかない。相手がどのくらいの霊気を操れるかということは、わたしのような上級道術者となれば、会っただけでわかる。あの操人形を観禅蔡が使いこなすことは無理だ。安心しな」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「で、でも、なんらかの方法で……」

 

 沙那はさらに食い下がった。

 

「うるさいねえ。寸止め自慰だけじゃあ、責めが不足かい? だったら、これをしてやるよ、沙那」

 

 宝玄仙が横の霊具入れからなにかを取り出した。

 今夜、観禅蔡に披露した白い籠ではなく、淫具としての霊具がびっしりと詰まっている黒い色の籠だ。

 宝玄仙が沙那の前に持って来たのは、筆で紋様が書いてある小さな紙片だ。

 

「な、なんです、それ?」

 

 沙那は思わず身震いした。

 見たことのないものだが、宝玄仙の霊具など、得体の知れない凄まじい効果があるに決まっている。

 

「『繰り返しの護符』という霊具だよ。もういい。寸止め自慰の命令は解除する。その代わり、両手を背中に回しな。右手で左手首を掴んで握るんだ。足はそのまま開いてな。命令だよ」

 

 乳房と股間をまさぐっていた両手がさっと背中に回った。

 ほっとしたが、さっきの『繰り返しの護符』という紙が、ぴたりと乳房と乳房のあいだに貼りつけられる。

 紙片はまるで沙那の肌に吸い付くように取れなくなった。

 

「な、なんです、これ?」

 

 沙那は恐怖で竦みあがった。

 

「まあ、味わいな。これを貼られると、剥がしてもらうまで、一度受けた刺激が果てしなく繰り返す。それでいて、どんなに繰り返されても、その刺激が発散することもない。ただ溜めるだけだ。快楽だって、絶頂することなく、風船のように膨張するだけになるんだ。まあ、究極の寸止め具だね。ほらっ」

 

 宝玄仙が沙那の股間に手を伸ばして、くるりと肉芽を回す。

 

「ひやっ──。えっ、ああっ、な、なに──? ああ、やあああっ」

 

 沙那は嬌声交じりの悲鳴をあげた。

 宝玄仙に加えられた刺激はただ一度だけだ。

 すでに宝玄仙の指は沙那の股から離れている。

 それなのに、同じ刺激がいつまでも続いているのだ。

 まるで、ずっと宝玄仙に肉芽を弄りまわされている感じだ。

 これは堪らない──。

 

「ああ、ああっ、あああっ、だ、だめええっ」

 

 あっという間に絶頂感が襲ってきた。

 沙那ががくがくと身体を震わせた。

 

「いきそうかい? だけど、心配入らないさ。いくら昇天しそうになっても、これを貼られている限り絶頂はできないからね。いつまでも溜まるだけだ。別名、『溜め袋の護符』ともいってね……。ほらっ、もっと溜め込みな」

 

 宝玄仙が乳首をすっと擦る。

 電撃を浴びせられたような気持ちよさが、沙那を襲う。

 そして、それもまたいつまでも繰り返す。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「反対もだ」

 

 宝玄仙が笑って、すっすっと乳首を擦る。

 宝玄仙の指は、それそのものが道術のような不思議な快感を生む。

 沙那は身体を仰け反らせた。

 

「ほら、こっちも……」

 

 完全に面白がっている宝玄仙が沙那の全身を触りまくる。

 そのたびに、快感を受けている場所が増えていく。

 確かに、すべての刺激が消えることなく続いている。

 あっという間に沙那は絶頂するのに十分な快感に襲われた。

 

 だが、またもやいけない。

 

 護符の力なのだろう。

 発散できない快感の衝撃が、どんどんと大きくなって、沙那の身体を焦がす。

 沙那は痙攣のような震えを止められなくなり、ただひたすらに宝玄仙に許してくれと哀願した。

 

「まだまだ、次は尻だよ──」

 

 宝玄仙が沙那のお尻に手を伸ばして、一度だけくちゅくちゅとお尻の穴に指を挿入して動かした。

 それで恐ろしい全身の刺激の襲撃に、尻穴の快楽も加わった。

 沙那は大きな声で吠えた。

 

 そのとき、部屋の外から声がした気がした。

 宝玄仙の結界は、内側の音を外に対して遮断するが、外の声が内側に防がない。普通に聞こえるのだ。

 

「入って来な」

 

 宝玄仙が言うのが聞こえた、

 

「う、うわっ、ご主人様」

 

 沙那には、ほとんどなにも知覚することはできなかったが、孫空女の悲鳴が聞こえた気がした。

 同時に、若い男の悲鳴もだ。

 

 沙那はかすむ視界で入って来た人物を見た。

 果たして、それは三黒坊だった。

 驚きはない。

 そんなことだろうという予感はしていた。

 それよりも、沙那は、もうこの寸止め地獄の苦しみを解放してもらうことしか考えられなかった。

 

「……あ、あの毛剃りの道具を……」

 

 三黒坊がどぎまぎした口調で言った。

 どうやら、三黒坊は孫空女の剃毛をするための道具を盆に抱えて持って来たようだ。

 おそらく、指示したのは宝玄仙だろう。

 

「そこに置きな。それよりも、そこの沙宝蔡を見なよ。わたしの道術で狂ったような快楽地獄に陥っている。お前の珍棒で救ってやりな。それが神に仕える者の慈悲というわけだ」

 

 宝玄仙がけたたましく笑った。

 なにが神の慈悲だと、沙那の中に残っている一片の理性が、沙那の心の中で悪態をつかせた。

 

「で、でも……」

 

 三黒坊は戸惑っている。

 無理はないだろう。

 突然にやって来て、この状況に接すれば、冷静でいる方が無理がある。

 この三黒坊は、大きく取り乱さないだけすごい。

 

「沙那もお願いするんだ。そうすれば、護符を外してやるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 それで沙那の覚悟は決まった。

 ほかになにも考えられない。

 いまだに、全身を襲う刺激は続いている。

 気の遠くなるような快感が身体を席巻し、膨れあがっている。

 

「お、お願いします。後生よ──。わたしを犯して」

 

 沙那は言った。

 三黒坊が大きく目を丸くする。

 だが、その股間が大きな膨らみを作ったのを沙那は見逃さなかった。 



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23  黒風山の妖魔

「女道士はどうしておる?」

 

 黒風怪(こくふうかい)は訊ねた。

 

「離れの客室だ。向こうで結界を張っているので、部屋の中の様子を伺うこともできん。まあ、もう休んでおると思うがな……」

 

 観禅蔡(かんぜんさい)が言った。

 いつものように、観禅蔡は完全に人払いしている。

 この観院という古神殿の神殿長である観禅蔡の私室だ。

 

 黒風怪は、この観院を含む黒風山(こくふうざん)一帯を縄張りとする亜人族の族長だ。

 

 亜人とは妖魔だ。

 人間族とは出自が違うというだけの同じ人族なのだが、魔術を駆使し、頭部に一本から二本の角があるのが特徴だ。

 だが、この帝国では、亜人族を「妖魔」と呼び、迫害と抹殺の対象にしている。

 特に、天教がこの国の国教となってからはそうだ。

 

 天教は、この東方帝国を事実上支配する宗教集団であり、これが妖魔族、すなわち、亜人の抹殺命令を出しているのだ。それで、この数十年、罪のない亜人族があちこちで集団で根絶やしにされるということがはびこっていた。

 

 人間族の亜人狩りは残酷だ。

 まずは、里全体を密かに封鎖し、軍に混じっている道士たちが亜人側が魔術を使えないように地域一帯の霊気を乱してしまう措置をする。

 それからは、一方的な虐殺だ。

 男の亜人は残酷に殺され、女や子供は人間族の兵に強姦されてから、やはり殺される。

 財は奪われ、里は焼かれてから二度と作物が育てられぬように土に大量の塩をまかれる。

 そうやって、この帝国から亜人族が消滅されていった。

 

 だが、この黒風山一帯については例外だ。

 この古神殿は、天教の出先機関であるが、この古神殿の神官長である観禅蔡とはいい関係が続いており、天教本部に黒風山が亜人の巣になっていることを報告しない代わりに、霊具蒐集を趣味とするこの観禅蔡に、定期的に亜人族の珍しい霊具を提供するということをしていた。

 それで、黒風怪は、なんとかこの黒風山に隠し里を拓き、ほかの地域から逃げてきた亜人を匿って、生活の手段を整えさせるということができていた。

 

 この国の人間族は、亜人族を妖魔と呼称して、まるで魑魅魍魎のように称するが、実際には亜人族は、角があるということと、人間族よりも魔術に長けているという点を除けば、人間族と大差はない。

 親から産まれ、農耕や狩猟や採集をして食物を確保して生き、そして、男女の交合により子を産み、子孫を作る。

 同じだ──。

 

 そもそも、この帝国でこそ、黒風怪のような者たちを「妖魔」といって蔑むが、ずっと西に行けば、妖魔は、「魔族」「亜族」などとも称されて、人間族と共同して社会生活をしていたりする。

 さらに西に向かえば、人間族のいない「魔域」という地域もあるそうだ。

 すべての亜人族、あるいは、魔族は、その魔域が出自ともいわれているが、黒風怪をはじめとして、黒風山に集まる亜人の故郷はこの国だ。

 

 生きる場所が必要であるし、頭に角が生えているというだけで、妖魔と蔑称して殺戮の対象とするのは許せない。

 だが、個々の人間族はともかく、集まれば人間族ほどに集団の戦いに長ける種族はいないし、なによりも天教は、人間族では珍しい道術遣いの集団だ。

 魔術を駆使する亜人族といえども、人間族の道術遣いの集団には歯が立たず、あちらこちらで、残酷に「妖魔狩り」をされていった。

 いまでは、この国の中の亜人の里は、黒風山をはじめとして、数えるほどしかないはずだ。

 

「それで、その女道士が、天教の最高神官というのは本当なのだな? それがお忍びでやって来たと?」

 

 黒風怪は言った。

 この観禅蔡には、天教本部に黒風山のことを黙っている代わりに、定期的に貢物をするという関係を保っていたが、今夜は、決まった訪問日でもないのに、観禅蔡に渡している霊具によって呼び出された。

 そして、いま、この観院に、天教の最高神官が泊まっているということを教えてもらったところだ。

 

「本当じゃ。女戦士をふたり連れておる。おかしな三人だが、その三人がとんでもない女傑だということは確かじゃな」

 

 観禅蔡が意味ありげに言った。

 黒風怪は腕を組んだ。

 もしも、彼女たちが黒風山のことを探るためにやってきた天教の一行だとすれば、黒風山にとっては死活問題だ。

 天教による妖魔狩りが行われる前に、大勢の亜人が集まっている黒風山の里を捨てて、新たなねぐらを確保しなければならない。

 だが、やっと手に入れた安住の地だ。

 帝国各地で迫害されて黒風怪を頼って集まった亜人族は、老若男女を合わせて、すでに千人は超えている。

 亜人族の隠し里を別名「洞府(どうふ)」ともいうが、黒風山の洞府を捨てて、新しい隠れ里を探すのは容易なことではないだろう。

 

「……あいつらを殺せ、黒風怪。それですべては収まる。お前は天教狩りから逃れることができ、わしは、霊具を手に入れることができる。お互いに希望のものを得ることができるというわけじゃ」

 

 観禅蔡が笑った。

 

「霊具?」

 

 黒風怪は訝しんだ。

 この人間族の老人は、異常なほどに霊具集めを趣味とする。

 

 霊具とは、人間族の物言いであるが、道術の源である「霊気」をあらかじめ込めた道具のことであり、それがあれば、道術師でなくとも、道術を利用することができるというものだ。ただ、込められた霊気によっては、道術師でなけれな扱えない物も多く、人間族のあいだでは、宝物のように扱われていたりする。

 観禅蔡は、人間族の中では、中級程度の道術師だが、その霊具を蒐集を趣味をしていた。

 

 黒風怪は、亜人族であるので、人間族が「道術」と呼ぶ力を「魔術」と呼び、「霊具」を「魔具」というが、つまりは同じものだ。

 亜人族の力で作った魔具を定期的に観禅蔡に差し出すことが、黒風山のことを見逃す条件になっている。

 いずれにしても、観禅蔡の霊具好きは、常軌を逸したところがある。

 あるいは、今夜、黒風怪を呼び出したのは、天教の幹部がここにやって来たことを知らせることよりも、その天教の幹部が持っていた霊具を横取りさせることが目的ではないか……?

 

 おそらく、そうなのだろう……。

 

「宝玄仙の持っていた霊具じゃ。わしは、それが欲しい。なんとしても欲しい。いいから、あいつらを殺せ、黒風怪」

 

 観禅蔡は言った。

 しかし、黒風怪は驚いた。

 

「宝玄仙? 今夜やって来た天教の幹部というのは、宝玄仙なのか? あの八仙の巫女か」

 

 黒風怪は声をあげた。

 

「宝玄仙を知っておるのか?」

 

 観禅蔡はきょとんとしている。

 

「お前は、それだけの霊具好きでありながら、宝玄仙のことをよく知らんのか? ならば、宝玄仙を殺しても、霊具は手に入らんぞ。宝玄仙は、別名“霊具作りの神女”という二つ名があるくらいの霊具作りの名人だ。宝玄仙の作った霊具であれば、込めた霊気が大きすぎて、宝玄仙の手物から離れれば、霊気が発散し、霊具としての機能を失ってしまう。有名な話ではないか」

 

 黒風怪は説明した。

 おそらく、観禅蔡の言うとおりに宝玄仙を殺せば、持っていた霊具というものは、霊気が消滅して、霊気を込める前の状態に返ってしまう。

 観禅蔡はがっかりした仕草をした。

 

「なんじゃ。だめか……。だが、なんとしても欲しいのう……」

 

 観禅蔡が唸った。

 だが、すぐに、なにかを閃いたように眼を大きくした。

 

「そうじゃ。これだ。この『操人形(そうにんぎょう)』──。これで、宝玄仙を操ろう。そうすれば、宝玄仙を奴隷のように言いなりにできる。そして、どこかに監禁して、霊具を作らせるのじや。それがいい。もしかしたら、お前ならこの操人形を使いこなせるのではないか?」

 

 観禅蔡が小さな布人形を取り出した。

 八仙のひとりでもある宝玄仙を監禁するなど、その無謀さには、阿呆ではないかと思ったが、黒風怪は黙っていた。

 それよりも、操人形という目の前の霊具に興味があった。

 とりあえず、黒風怪はそれを手に取る。

 外観はなんでもないようなのっぺらぼうの人形だが、凄まじい霊気に溢れていた。

 さすがは、宝玄仙の霊具だけある。

 黒風怪は感嘆した。

 

 また、確かに、操り具であるようだ。

 黒風怪には、それがわかった。

 ただ、その機能は限定されてもいるようだ。

 この操人形で、思考を操ることもできそうだが、これを使って本人を殺すということはできそうにない。そういう安全機能もついている。

 黒風怪は、物の価値を知ることができる『鑑定術』の力がある。

 それを駆使することで、ある程度のことを知ることができた。

 

「なるほど、操人形か……」

 

 しかし、黒風怪は、術で知り得たことを隠して、それだけを言った。

 

「操りたい者の身体の一部を人形に刻むのだそうだ。それで操人形で宝玄仙を操れる。だが、わしがやってもだめじゃった。おそらく、霊気が足りんのだと思う」

 

 観禅蔡が言った。

 黒風怪は、観禅蔡の手元にある皿に目をやった。

 そこには、大量の「仙丸薬(せんがんやく)」がある。

 仙丸薬というのは、一時的に体内の霊気を増幅する薬剤であり、これ自体に霊気が込められた珍しいものだ。

 どうやら、黒風怪を呼び出す前に、観禅蔡は仙丸薬を使って、自分の霊気を増幅して試していたようだ。

 しかし、操人形を扱うだけの霊気を得るというところまではいかなかったに違いない。

 

「宝玄仙の身体の一部はあるか、観禅蔡?」

 

「髪の毛だ。湯浴びをした後でこっそりと採集した。三人の中で黒髪は宝玄仙だけじゃ。これが宝玄仙の髪であることは間違いない」

 

 観禅蔡が布に乗せた数本の黒髪を差し出す。

 黒風怪はそれを受け取って人形に密着させて、まずは念を込めた。

 しかし、だめだった。

 

 黒風怪は、この辺りの亜人族を束ねる者として、それなりの魔力を自負していた。

 その黒風怪をしても、宝玄仙の作った霊具を使いこなせないのだ。

 このことだけでも、宝玄仙の霊力の強さを悟ることができる。

 

「仙丸薬をもらうぞ」

 

 黒風怪は皿の仙丸薬を無造作に掴んで、口に放り込んだ。

 仙丸薬のおかげで、身体に力がみなぎってくる。

 念を込めた。

 今度は、操人形の中に宝玄仙の髪が溶けるように入り込んだ。

 

「できた」

 

 黒風怪はほっとした。

 

「おう、いいぞ。じゃあ、宝玄仙を操れ。まずは、ほかの霊具を持って、ここに連れて来い」

 

 観禅蔡は大喜びした。

 だが、黒風怪は、とてもじゃないが、宝玄仙を操るというところまではいかないということには気づいていた。

 とにかく、魔力が足りないのだ。

 おそらく、操ろうとしている宝玄仙の霊力が巨大すぎるためだと思う。

 これでは、宝玄仙を操ることは無理だ。

 せいぜい、人形を通して五感に影響を与えるくらいだろう。

 思考や感情を制御することはできそうにない。

 

 それをするためには、操る側の黒風怪の力をさらに増幅するか、あるいは、宝玄仙の霊力をもっと弱らせるかが必要そうだ……。

 黒風怪の霊力を増幅するには、この仙丸薬をさらに大量に手に入れればいい……。

 あるいは、部下の亜人たちに手伝わせるかだ。

 

 宝玄仙の霊力を弱らせるには……。

 

「わかった……。そうしよう」

 

 黒風怪は観禅蔡を見た。

 こいつを利用してやろうと思った。

 宝玄仙を殺すことができれば御の字だし、それができなくても、負傷くらいをさせることができれば、霊力は弱まる。

 体力が不足すれば、霊気もまた減少する。

 そういうものなのだ。

 

「……宝玄仙たち一行は、この神殿の離れにいるのだろう? 俺が『紅蓮(ぐれん)の火付け石』という霊具を貸してやる。これで、お前が夜中にその離れに火を付けろ。そうすれば、連中はあっという間に、火の海に包まれて焼け死んでしまうだろう。宝玄仙については、俺が操って霊具を持たせて脱出させる。宝玄仙を操ったところで、ふたりの女戦士がいるのだろう? そいつらが邪魔をするに決まっているからな」

 

 黒風怪は、さっと魔術で『紅蓮の火付け石』を出した。

 観禅蔡が相好を崩して、それを受け取った。

 これ自体が貴重な黒風怪の魔具だ。

 霊具好きの観禅蔡が興味を示さぬわけがない。

 

「おうおう、これは紅蓮の石というのか……」

 

 観禅蔡は、その石に見入っている。

 

「いいか。すっかりと寝静まった頃を見計らって、火をつけるのだぞ。一瞬にして逃げられないくらいの巨大な炎が離れを包むだろう。俺は、一度洞府に返る。支度があるのだ。だが、お前が火を付ければ、すぐにやって来る。そして、宝玄仙を操って、離れの外に出す。しかし、残りの女戦士は、操った宝玄仙の力を使って置き去りにする。朝になって、宝玄仙に嘘の供述をさせれば、お前のやったことを疑う者はないさ」

 

 黒風怪は言った。

 聞いているのか、聞いていないのか、観禅蔡は紅蓮の石を眺めたまま、「わかった、わかった」と繰り返した。

 

 まあいい……。

 

 実際には、宝玄仙を操ることはできないので、脱出させることも、嘘の供述をさせることも不可能だ。

 そう言わないと、この観禅蔡が協力しそうにないので、そう言っただけだ。

 

 とにかく、これで宝玄仙を殺せれば終わりだし、そうでなくても、弱らせればいい。

 

「……では、今宵の月が西の山に沈んだときを刻限にしよう」

 

 やっと顔をあげた観禅蔡が言った。

 今夜の月は、確か夜中すぎに西に沈むはずだ。

 黒風怪は頷いた。

 

「では、そのときに……」

 

 黒風怪はさっと手を振って、移動術で黒風山めがけて跳躍した。

 

 

 *

 

 

 三黒坊は混乱の中にいた。

 いま、三黒坊は身体の下にある沙宝蔡(さほうさい)を鬼畜に抱いている。

 

 目の前にあるのは、夢のようであって夢でなく、現実のようで現実ではないようだが、しっかりとした本当の出来事なのだ。

 だが、これが本当に起こっていることではないと思ってしまうのは、三黒坊の意思は三黒坊にあるのに、三黒坊の身体は三黒坊の意思とは関わりなく動いていることだ。

 さもなくば、女を知らなかった三黒坊が、こんなに堂々と目の前の絶世の美女を抱けるわけがない。

 

「お、お願い。も、もう……、ゆ、許して……、さ、三黒坊さん……。あ、ああっ」

 

 沙宝蔡が眉間に皺を寄せて、苦しげな息をしながら、三黒坊の背中にしがみついてくる。

 かなりの力であり、おかげで三黒坊は沙宝坊の乳房にぴったりと、胸板を密着させている状態だ。

 また、怒張はしっかりと沙宝蔡の女陰に深く貫いている。

 

「まだまだですよ、沙宝蔡さん。僕は達してませんからね。早く解放されたければ、僕を早くいかせることです。さもないと、寸止めの護符で絶頂感覚が溜まりすぎて、大変なことになりますからね」

 

 三黒坊は沙宝蔡の股間を激しく突きおろしながら言った。

 だが、三黒坊自身の口から出ている鬼畜な言葉に、三黒坊は驚愕していた。

 どう考えても、三黒坊が、帝都からやってきた高位巫女の女護衛に、こんな失礼なことを言うわけがないし、第一、いくらせがまれたからといっても、躊躇なく犯すということなどありえない。

 

 そもそも、三黒坊は女に触れるのは初めてだ。

 だが、三黒坊はまるで女体を知りきっているかのように、平然と、かつ、問題なく目の前の美女を抱き、あまつさえ、腰を巧みに動かしたり、わざと沙宝蔡の快感を焦らしたりと、技巧さえ弄している。

 これが夢でなくて、なんなのだというのだ。

 

「はあああっ」

 

 沙宝蔡が背中を限界まで反らせて、がくがくと痙攣をした。

 しかし、何度も同じ姿を眺めているので、これからが沙宝蔡の苦痛の始まりというのは知っている。

 達したと思っても、沙宝蔡はいけないのだ。

 それは、三黒坊の胸の下にある沙宝蔡の乳房のあいだの護符のせいらしい。

 それは、宝玄仙が沙宝蔡の淫欲の修行のために貼り付けものであって、これが貼っているあいだに受けた刺激は、果てしなく繰り返し、しかも、絶頂感覚のすべてを溜めてしまうとのことだ。

 それが発散されるのは、護符を剥がしたときであり、それまでは繰り返す刺激と巨大に膨れあがる寸止めに耐えなければならないという仕掛けらしい。

 沙宝蔡は完全に狂乱している。

 

「あ、ああ……。い、いけない……。いけない……。も、もういやあ……ひがあ、あああっ」

 

 護符で寸止めされた沙宝蔡が号泣し始めた。

 夕方までの知的そうな沙宝蔡の面影の欠片もない、剥き出しの感情を爆発させた姿だ。

 

 三黒坊は、その沙宝蔡を欲望のままに犯し続けた。

 紛れもなく、これは三黒坊の初めての女体である。

 それにも関わらず、三黒坊はまるで女の身体を知りきった男娼のように、堂々と沙宝蔡を抱いている。

 

 わけがわからない……。

 

 この観院の本堂から少し離れた客室である。

 三黒坊は、宝玄仙の求めに応じて、今夜は孫玉蔡の股の毛を剃る道具を準備して、この離れの客間にやって来たのだ。

 この言いつけ自体、とんでもないことだと思うが、なぜか三黒坊は、唯々諾々と宝玄仙の命令に従って、ほかの神官にばれないように、毛剃りの一式を準備してしまった。

 

 そして、三黒坊は、事前の指示により、夕食会のあと、この客室を訪れた。

 客室自体には、宝玄仙の道術によって、結界が張ってあり外からはなにもわからなかったが、一歩踏み込むと、そこは驚くべき状況だった。

 

 宝玄仙こそ、肌も露わであるものの、一応は薄物を身につけていたが、沙宝蔡と孫玉蔡(そんぎょくさい)はまったくの全裸だったのだ。

 しかも、沙宝蔡はよくわからないが、寸止め自慰を道術で強要されていたらしく、三黒坊が入ってくると、すぐに性交を求めてきた。

 孫玉蔡は、股間を上に向けた糸吊り責めの最中であり、三黒坊は度肝を抜かれてしまった。

 

 だが、それから後がよくわからない

 この部屋に入った瞬間に、三黒坊は、三黒坊であって三黒坊でなくなったのだ。

 

 動揺が消滅し、まるで人が変わったように、鬼畜なことが次々に頭に思い浮かぶ。

 そして、次の瞬間には、口に出し、さらに、行動に移しているのだ。

 操られているといえばそうなのだが、三黒坊にとっては、ちっとも操られているという感じはしない。

 しっかりと、沙宝蔡を犯している心の揺れはあるし、それに興奮している自分の感情と快感も本物だ。

 だが、紛れもない事実は、目の前の沙宝蔡のような美女を圧倒している三黒坊は、たったいままで童貞だったということだ。

 しかし、いまの三黒坊は、女に体してほぼ無敵の心地しかしない。

 なにをして、なにを喋れば、目の前の沙宝蔡がどんな反応をするか頭にわかる。そして、その通りにすれば、沙宝蔡が思った通りの反応しかしないのだ。

 愉しくて仕方がない。

 

「そろそろ、許してやっておくれ、坊や。これ以上、溜め込ませると、本当に狂ってしまうかもしれないからね」

 

 横で三黒坊が沙宝蔡を犯すのを見守っていた宝玄仙が苦笑混じりに言った。

 

「わかりました」

 

 三黒坊は頷くと、我慢していた快感を解放して、沙宝蔡の中に精を放った。

 同時に、精を放つと同時に剥がせと言われていた護符を沙宝蔡から剥がす。

 

「はぎいいい、いぎいいい、んがああああ」

 

 沙宝蔡が絶叫して、四肢を一斉に伸ばして痙攣した。

 それがあまりにも激しいので、三黒坊は沙宝蔡の胴体に突き飛ばされるようになってしまった。

 沙宝蔡は、かなり長いあいだ悲鳴と痙攣をしていたかと思うと、寝台の上で噴水のように尿を洩らし出す。

 そのときには、完全に白眼を剥いて、口からは泡まで吹いていた。

 沙宝蔡がすでに失神状態にあるのは明らかだ。

 しかし、身体だけは、別の生き物であるかのように、痙攣を続けている。

 

 やがて、やっと沙宝蔡の身体が静止した。

 同時に尿もとまる。

 

「だ、大丈夫でしょうか……。死んだんじゃないですよね……?」

 

 思わず言った。

 それくらい激しい沙宝蔡の反応だった。

 いまはぴくりとも動かない、

 

「心配ないさ。これでも、身体だけは丈夫なんだよ。ほら、息してるだろう?」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 確かによく見ると、胸が軽く上下している。

 三黒坊はほっとした。

 

「ほら、お前の番だよ、孫空女。いつまでも、気絶してんじゃないよ」

 

「ひぎゃあああ」

 

 孫玉蔡が跳ね起き、その動きでまた、肉芽を引っ張って悲鳴をあげた。

 

 孫玉蔡は、仰向けで寝台の頭側に手首も足首も繋げられ、女陰も肛門も天井を向いている格好……、いわゆる“まんぐり返し”の体勢であり、さらに、肉芽の根元に固い糸が食い込み、それが天井の金具ど引っ張りあげられている。

 しかも、その糸は、宝玄仙の道術で延々と強い振動をしていた。 そのため、孫玉蔡もまた、半狂乱だ。

 沙宝蔡のように、寸止めはされていないので、さっきから何度も絶頂し、失神と覚醒を繰り返していた。

 たったいまは、失神していたようだが、宝玄仙が張っている糸を無造作に引っ張ったので、奇声をあげて起きる羽目になったのだ。

 

「ひっ、ひっ、ひっ」

 

 孫玉蔡はおかしな息をしながら、顔をひきつらせている。

 

「お待たせしましたね、孫玉蔡さん。それにしても、綺麗なお股ですねえ。じゃあ、早速、剃りますよ」

 

 三黒坊は準備していた刷毛で真っ赤になっている孫玉蔡の股間をすっと掃いた。

 

「あぐうっ」

 

 孫玉蔡が目を剥き出しにして、身体を跳ねた。

 だが、そのために、糸がぴんと伸びきり、孫玉蔡にすさまじい激痛を与えたようだ。

 

「な、なにすんだよ」

 

 孫玉蔡が絶叫した。

 

「駄目じゃないですか、孫玉蔡さん。これも修行なんでしょう? 刷毛くらいの刺激でそんなに反応してたら、剃るものも剃れませんからね。しばらく、刷毛の刺激に慣れましょう。剃るのはそれからです」

 

 三黒坊は刷毛をさわさわと、限界まで吊り上げられている肉芽やぱっくりと開いている女陰、つぼみのように可愛いお尻の穴など次々に掃いていく。

 もちろん、内腿やへそ、横腹などを悪戯するのは忘れない。

 

「んぎいっ、ふ、ふざけんな、お、お前──。あぐうううっ、ふぐううっ」

 

 孫玉蔡が悪態を突きながら、刷毛が動くたびに身体を反応させてしまい、糸で肉芽を引っ張られる痛みに泣き叫び出す。

 宝玄仙が大笑いした。

 

「ほらほら、しっかりしないかい、孫空女。自分から糸を引っ張ってどうするんだよ。我慢するんだ、我慢」

 

 宝玄仙が横ではしゃいでいる。

 

「そ、そんなこと言われても……。あがああっ」

 

 またもや、三黒坊の刷毛のくすぐりで肉芽を引っ張ってしまい、ついに、孫玉蔡は、あまりの痛みに涙を流しだした。

 

 一方で、三黒坊は、刷毛を動かしながら、驚愕を通り越して、いまや、恐怖していた。

 やはり三黒坊は、まるで別人であるかのように、勝手に動いている。

 いまのように、糸で肉芽を吊られた女体を、残酷に刷毛でいたぶり、悲鳴をあげさせて嘲笑うなど、三黒坊にできるものではない。

 だが、いまの三黒坊はそれを嬉々としてやっているのだ。

 

 一体全体、どうしたというのだろう。

 

「ねえ、宝玄仙様、先にこの孫玉蔡さんを犯してはいけませんか? こんな色っぽい彼女を前にして、普通ではいられませんよ」

 

 三黒坊は笑いながら言っていた。

 

「おう、いいねえ。お前も文句ないね、孫空女?」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫玉蔡は、歯を剥いて怒りを示した。

 

「じょ、冗談じゃ……」

 

「んぎいいっ」

 

 だが、宝玄仙があっさりと孫玉蔡に繋がっている糸を摘まんで、孫玉蔡の言葉を中断させてしまう。

 

「じゃあ……」

 

 三黒坊はまんぐり返しの孫玉蔡に股がるように、怒張を貫いた。

 

「んひいいっ、ゆ、許しててぇ、三黒坊──」

 

 孫玉蔡が泣きながら、絶叫した。

 しかし、構わず、三黒坊は欲望のままに、孫玉蔡の女陰を突き続ける。

 どうして、こんなに残酷なことができるのだろうかと戸惑いつつ、三黒坊は激しく孫玉蔡を犯し続ける。

 三黒坊が怒張を押しつけるたびに、糸が動いて泣き喚く孫玉蔡を犯すのが愉しい。

 今度は、あっという間に孫玉蔡に精を放った。

 

「あれ? 出しちゃいました」

 

 三黒坊は言った。

 宝玄仙がくすくすと笑った。

 

「ほら、なにか言うことないのかい、孫空女? この坊やがお前の股の髭を剃ってくれれば、糸は解放してやるよ。だけど、いつまでも、駄々を捏ねると、また、けしかけるよ」

 

 宝玄仙が孫玉蔡に言った。

 

「も、もう十分……。さ、三黒坊……、な、なにも文句言わないから……は、早く剃って……」

 

 孫玉蔡はぐったりしている。

 三黒坊は、鬼畜心が満足されて、やっと股の毛を剃る気になった。

 手に剃刀を持ち、ぞりぞりと孫玉蔡の毛を剃り始める。

 

「よかったら、記念にその赤毛の陰毛を持って返ったらどうだい? 今夜の記憶はぼんやりとだが、心に残るようにしたからね。その赤毛の陰毛を見るたびに、狂乱の一夜を思い出すさ。その代わり、誰かに語ることはできないけどね」

 

 宝玄仙が笑った。

 なぜか、その言葉の意味が頭に入ってこない。

 それなのに、後になればわかるという予感もする。

 三黒坊は、剃刀を動かしながら困惑した。

 

「いいね、孫空女──。お前の股毛は、この坊やにやるからね」

 

 宝玄仙は大きな声で怒鳴った。

 

「す、好きにして……。その代わり……、も、もう糸を……動かさないで……」

 

 孫玉蔡が弱々しく言った。

 

 やがて、すっかりと孫玉蔡の股間は無丘のそれになった。

 女っぽく成熟した女の部分と、女の亀裂を真一文字に割っている童女のような亀裂は、本当に色っぽい。

 気がつくと、孫玉蔡の股間の糸は消滅していて、孫玉蔡は気を失ったように脱力して、ぐったりとなっている。

 三黒坊は、またもや、むくむくと自分の怒張が頭をもたげるのがわかった。

 

「おう、さすがは若いね。二度や、三度じゃあ、終わらないかい。じゃあ、次はわたしの番だね。わたしについても、泣かせてくれるかい? よかったら、わたしも縛ってもいいよ。いまは、欲望を全解放している状態だろうけど、どうやら、お前には鬼畜の性癖があるようだね。お前に知識と経験は与えたけど、その欲望と度胸は本物だよ。自信持ちな」

 

 本玄仙が言った。

 だが、ますます、三黒坊の中の鬼畜の炎が燃えあがっている。

 こんなもんじゃあ、収まらない。

 もっともっと、鬼畜をしたい。

 三黒坊は、宝玄仙の胸ぐらをつかんで、一気に左右に薄物を引き破って、その豊かな乳房を露わにしてやった。

 

「だったら、縄を準備してください、宝玄仙様。珍棒が破裂しそうですよ」

 

 三黒坊は椅子に座っていた宝玄仙を床に引き倒した。

 

「おおう……。乱暴だねえ……。どうやら、愉しい夜になりそうだね……縄は準備したよ。いまのお前には、使いこなせるはずさ。その知識はあるからね。好きなように扱ってごらん」

 

 いつの間にか、手元に数束の荒縄があった。

 三黒坊は、それを掴むと、びしりと宝玄仙の胸を縄で打った。

 

「う、ううっ……。す、すごいね……。欲望を解放しすぎたかねえ……。ちょっと怖くなってきたよ……。これは、とんだ鬼を起こしてしまったようだね」

 

 宝玄仙が自嘲気味に笑った。

 

「いいから、舐めろ」

 

 三黒坊は、宝玄仙の髪を掴んで、自分の一物を口にさせた。

 なんで、そんな恐ろしいことができるのか、自分でも理解できないが、どうしても、それをしたかったのだ。

 

 やはり、三黒坊であって、三黒坊ではない。

 こんなこと、三黒坊にできるわけがない……。

 だが、やりたいことをやっている。

 これは、操りなどではない……。

 これも、三黒坊だ。

 

「両手は後ろだ、宝玄仙」

 

 三黒坊は言っていた。

 すると、宝玄仙はその言葉を待ち望んでいたように、細腕をさっと背中に合わせた。



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24  深夜の業火

 三黒坊は、宝玄仙をうつ伏せにして後背位で後ろから女陰を突いていたが、その宝玄仙の乳房を持って抱えあげると、股間に挿している怒張を支点にして、身体をくるりと回転させた。

 そして、あぐらになった三黒坊と向い合わせの体勢にする。

 

「ああっ、そんなことされると、一気に狂うよ」

 

 両手と胸を後手縛りで縄掛けされている宝玄仙が大きくのけ反った。

 

「狂うなら、いくらでも狂ってください。これがいいんですか?」

 

 三黒坊は宝玄仙を対面座位の状態で、無理矢理に左右に身体を動かしてやる。

 

「うううっ、お、お前、すごいいっ」

 

 宝玄仙の女陰に包まれている三黒坊の怒張がこれでもかと収縮した。

 感じているのだ。

 三黒坊は、嬉しくなってさらに乱暴に宝玄仙を責めたてる。

 宝玄仙はますますよがり狂った。

 

 一行が宿泊している観院の離れの客室である。

 この高位巫女の一行の世話を命じられた三黒坊は、思わぬことに、彼女たち美女三人の性の相手をすることになり、いまもそれが続いているところだ。

 沙宝蔡と孫玉蔡はすでに抱き潰し、ふたりとも寝具の上で、彼女たち自身の蜜と三黒坊の精で光る股を拡げたあられもない格好で、失神している。

 かなりの時間が経つのに、まだ起きる気配もない。

 

 三黒坊と宝玄仙は、ふたりの真ん中の床の上で、長い交合の真っ最中だ。

 宝玄仙の両手は背中であり、縄でしっかりと緊縛している。

 三黒坊のやったことであり、その縛った絶世の美女を相手に、三黒坊は様々な体位を強要しながら、女体を征服する悦びを骨の髄まで味わっていた。

 

 それにしても、帝都からやってきた高位巫女の宝玄仙が三黒坊の手管で翻弄され、これほどまでに感じてくれているのかと思うと、心の底からの悦びと、自信がみなぎる。

 同時に、さらに宝玄仙を鬼畜によがらせたいという黒い欲望が沸き起こる。

 

「んんんっ、ああっ、上手……。う、うまいよ、お前……あ、ああっ」

 

「全部、宝玄仙様ご自身の性の技ですけどね……。ほら、これはどうです? これは?」

 

 三黒坊は頭と身体に浮かぶままの技巧で怒張を巧みに操り、あぐらの上に乗せている宝玄仙の腰を浮かしては落として深く貫いたりしてやる。

 あるいは突く深さや角度、あるいは速度を変化させたりと宝玄仙を翻弄した。

 宝玄仙は、我を忘れたように乱れ、黒髪を揺らして荒々しく悶えて、喜悦の声を放つ。

 

 愉しい……。

 

 生まれて初めての女体との関係だったが、こんなに愉しいものとは、思いもよらなかった。

 特に、沙宝蔡と孫玉蔡をなぶり責めにした後で始めた宝玄仙との逢瀬はいい。

 宝玄仙が心の底から、三黒坊に縛られて抱かれるのを愉しんでくれているのがわかるし、これほどの巫女を淫らに狂わせているのかと思うと、三黒坊の男としての自負心は満足させてもらえる。

 

 すでに、かなりの時間が経ってる。

 宝玄仙は五回、三黒坊は二回達しているが、いまだに欲望は収まらない。

 

 三黒坊がこんなにも、主導的に三人を抱き、翻弄し、性や縄扱いの技巧を駆使しているのは、『操人形(そうにんぎょう)』という宝玄仙の霊具のおかげらしい。

 宝玄仙と一対一の性行為が始まるとすぐに、宝玄仙が三黒坊にくすくすと笑いながら教えてくれた。

 

 つまりは、『操人形』には人を操る効果があり、やはり宝玄仙は三黒坊を密かに操っていたらしいのだ。

 最初に会ったときに、宝玄仙から髪を抜かれた。

 それを使って、宝玄仙は三黒坊を操人形に刻んだようだ。

 だが、宝玄仙は単純に三黒坊を人形のように操ったわけではなく、操人形の力で、宝玄仙の持っている性や嗜虐の技巧を使えるようにし、女体への好奇心と自信を与え、さらに三黒坊自身の性癖を大解放したとのことだった。

 操人形は、単純に人を操るだけでなく、そういうこともできるらしい。

 だから、三黒坊はまるで人が変わってしまったかのようになったというわけだ。

 驚いたが、悪い気持ちはない。

 こんな操りなら大歓迎だ。

 

「ま、まあ、い、いきそう……。お、お前、い、いっていいかい……」

 

 宝玄仙が息を弾ませながら言った。

 三黒坊もそうたが、宝玄仙は長い性交と重なる絶頂で脂汗にまみれている。

 それは、本当に美しかった。

 

「どうぞ。いけたらですけど……」

 

 三黒坊は宝玄仙が八合目から九合目まで昂っているのがわかると、わざと奥まで突っ込んでいた肉棒を引きあげて、入り口部だけを擦るようにした。

 そのため、宝玄仙は焦らされている感じになり、切なそうに身をよじる。

 

「あ、ああっ、それはないよ。意地悪」

 

 宝玄仙が拗ねたような声を発した。

 

「でも、これは宝玄仙様の操りなんですよ。つまり、宝玄仙様がやっていることですから……」

 

 三黒坊は苦笑した。

 

「ち、違う……。こ、これは正真正銘……おっ、お前がやってること……。の、能力をあ、与えた……だ……けで……、そ、操人形をこんな風に使ったのは、は、初めてだけど……おっ、おっ、お前がやっているには……か、変わりないんだ……。あ、ああっ」

 

「嬉しいことを言いますね……」

 

 三黒坊はしばらくのあいだ、宝玄仙の快感を落としてはあげ、あげては落とすということを繰り返した。

 だが、そのうち、あまりの宝玄仙の股間の締めつけに我慢ができなくなった。

 

「だ、出します……。こ、これで最後です」

 

 三黒坊はうっと呻くともに、力の限り怒張を宝玄仙の膣深くに貫く。

 そして、子宮めがけて精を放った。

 

「はああっ」

 

 宝玄仙もまた、それに合わせて究めたようだ。

 弓なりにした身体を三黒坊の腕に預けて、骨が砕けるのではないかという勢いで身体を震わせた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 荒い息をしている宝玄仙から身を引き、三黒坊は怒張をすっと抜く。

 夥しい量の愛液と精が流れ出てきて、三黒坊は思わず苦笑してしまった。

 

「ありがとうございます、宝玄仙様……」

 

 なにを言っていいかわからず、三黒坊はそう言った。

 とりあえず、横たわっている宝玄仙を抱えあげて、縄を解いていく。

 

「こっちこそ、久しぶりにいい遊びをしたよ……。お礼に、お前に与えた性の技巧と知識はそのままにしておいてやろう……。役には立つさ。その代わり、今夜のことは他言できない。その縛りを結ぶよ。そのために、性交の最中に、お前の身体に内丹印(ないたんいん)を刻んだ。いいね」

 

「どんなことでもしてください」

 

 三黒坊は言った。

 宝玄仙の言ったことが、これからの三黒坊にどういう影響を与えるのか検討はつかないが、三黒坊は愉しかったこの一夜を覚えていられることができれば満足だ。

 もちろん、道術の刻みなどなくても、今夜のことを秘密にしてくれと言われれば、三黒坊は今夜の出来事は墓場まで持っていく。

 

「寝所に戻る前に、水差しの水を入れ換えておいてくれるかい」

 

 宝玄仙が身体を横たえて、気だるそうに言った。

 つまりは、それが終われば、もう来るなということだろう。

 三黒坊はうなずくと、すぐに見支度を始めた。

 

 

 *

 

 

 なにかの違和感で目を覚ました。

 

 孫空女は身体を起こした。

 頭がぼんやりとしている。

 異常なまでに身体がだるい。

 

 そういえば、宝玄仙が連れてきた三黒坊というこの古神館の若者に、糸吊り責めされながら陰毛を剃られ、途中で気を失ってしまったのだ。

 大人しそうな態度だったくせに、いざ営みが始まると人が一変して、嗜虐癖を全快にして孫空女を責めたてた。

 あの若者に、泣いて許しを乞いたかと思うと、忌々しさに口に苦いものが込みあがる。

 

 燭台に照らされた部屋を見回したが、あいつはいないようだ。

 孫空女のほかには、沙那と宝玄仙がいるだけだった。

 身体には掛け布がかかっているが、三人とも全裸だ。

 孫空女は、ふと自分の股間を見た。

 一本の毛もないつるつるの無丘だ。

 宝玄仙は、二度と生えないように毛穴を殺す処置をすると言っていたので、孫空女の股間は死ぬまで、この童女のような状態のままなのだろう。

 亀裂から顔を出している赤い肉豆まではっきりと見える股間に、孫空女は深く嘆息した。

 

 そして、はっとした。

 

 頭が働くようになるにつれ、違和感の正体をはっきりと自覚したのだ。

 

 焦げ臭いような……。

 そして、熱い……。

 かすかだが、確かに変だ。

 そして、ごうごうと物が燃える音と、周りが崩れ落ちる音もする。

 

「えええっ?」

 

 孫空女は叫んだ。

 びっりくした。

 

 この離れの客間全体が外側から猛火で包まれているのだ。

 すでに火は壁や柱に走っていて、まるで炎の建物にいる状況になっている。

 

「ご主人様、沙那、起きて──。火事だ。この建物が燃えてるよ──」

 

 孫空女は沙那の身体を蹴り飛ばすとともに、宝玄仙を揺すり起こした。

 ふたりとも、最初はぼんやりとしている状況だったが、すぐに状況を呑み込み、慌てたように起きあがった。

 

「どういうこと、これ?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「わかんないよ。あたしも、さっき、起きただけなんだ」

 

 孫空女は叫び返す。

 そのあいだも、孫空女も沙那も身に付けるものを着ていっている。

 

「これは、普通の炎じゃないよ……。道術の臭いがするね……。いずれにしても、わたしの結界に入っていれば大丈夫だ。建物が燃え落ちても、残骸も炎も中には入ってこれない」

 

 宝玄仙の落ち着いた声がした。

 いつも沙那と孫空女に下着まで身支度をさせる宝玄仙だが、さすかにいまは、自分で服を身につけている。

 

 孫空女も、宝玄仙の結界という見えない膜のようなものの力は承知している。

 宝玄仙は自分を中心に、何者も通さない透明の力場のようなものを作り、それを保持できるのだ。

 野宿などをするときでも、見張りなどを立てなくても、盗賊や野獣から襲われなくてすむので重宝している。

 

「でも、どういうことでしょう……?」

 

 沙那が首を傾げた。

 宝玄仙の言葉で、沙那も少し安心したようだ。

 

「さあね。まあ、誰かがわたしらを殺そうとしているということは確かだろうねえ……。まあ、燃えるものがなくなって、炎が落ち着くのを待ちな。この外にそいつがいるに違いないさ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は、耳から如意棒を出して構えた。

 いまは、業火の真っ最中だ。だが、確かに、少し待って離れの建物が完全に崩れれば、炎は小さくなる。

 そうしたら、炎に飛び込んで外に出てやろうと思った。

 

「うはっ、はうっ」

 

 そのとき、突然、宝玄仙が奇声をあげてしゃがみこんだ。

 

「ご主人様?」

「どうしたのさ?」

 

 驚いて駆け寄る。

 しかし、宝玄仙は自分の身体を抱いて、悶え狂っている。

 よく見れば、苦しそうに笑っているようだ。

 

「う、ううう……。いやあっ、くっ、ぐふふふふ……あはははっ、や、やめて……、や、やめてぇ……んふふふ……」

 

 宝玄仙が笑い続けている。

 孫空女は、呆気にとられた。

 

「な、なんで?」

 

 孫空女は、宝玄仙を助け起こしたが、どうにもならない。

 宝玄仙の身体を這い回っているようなものはなにもないのだ。

 

「わ、わかんない……。と、突然に……か、身体が……くすぐられる……か、感覚が……んふふふふ」

 

「ご、ご主人様、それ、操人形では?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「そ、操人形……? んははは──。ひ、ひいっ、ま、股を舐められた──」

 

 宝玄仙が沙那に対応しようとしたが、急に両手で股間を押さえて、もんどり打った。

 孫空女は、慌てて、宝玄仙を抱き止める。

 今度は、くすぐったさに加えて、股間の淫らな刺激に襲われているようだ。

 

「操人形って?」

 

 宝玄仙の代わりに、孫空女は沙那に訊ねた。

 

「ほら、この神館の神館長がご主人様の霊具の操人形を持っていったでしょう。きっと、それに違いないわ。これは間違いなく道術よ。でも、ご主人様ほどの道術遣いに道術をかけるのは簡単じゃないわ。だけど、ご主人様自身の霊具なら、それも可能なのよ。だから、そうに決まってるわ」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「だけど……。確か、ご主人様はあの操人形は、ご主人様しか扱えないって言ってなかったなかあ……?」

 

 孫空女は、うろ覚えながらも、宝玄仙がそんなことを沙那に言って、問題ないと説明していたことを思い出していた。

 

「でも、現に扱ってるじゃない──。ねえ、ご主人様、これはご主人様の操人形じゃないですか? ご主人様なら、わかりますよね?」

 

 沙那が、うずくまって、くすぐりに耐えている宝玄仙の耳元で怒鳴った。

 

「そ、そうかも……う、ううっ……。こ、今度は脇かい……いやああっ、ああはは、く、くうっ」

 

 宝玄仙が悶えまくる。

 

「ほらっ、ご主人様、だから、わたしが危ないって言ったじゃないですか」

 

 沙那が呆れた声を発した。

 

「そ、そんなこと……い、いまさら……、い、言われても……。ひいいっ」

 

 今度はお尻を押さえている。

 孫空女は、宝玄仙がかわいそうになってきた。

 

 そのときだった。

 ぐらりと景色が揺れた気がした。

 次の瞬間、猛烈な熱気が孫空女たちに、襲いかかってきた。

 

「ご、ごめん……。け、結界が……ほ、保持……できない……。あふうあっ、くはははは、ははははは……。た、だめえ──」

 

 宝玄仙が苦しそうに笑いながら叫んだ。

 すると、また景色が一瞬揺れ、肌を焼くような熱さがさらに襲った。

 

「ご主人様の結界が壊れる──」

 

 沙那が焦ったような悲鳴を発する。

 

「でも、逃げられないよ」

 

 周囲の業火は、いま、一番激しい状況だった。

 いま、結界が破れれば、三人とも一気に猛火に包まれるだろう。

 孫空女は息を飲んだ。

 

 

 *

 

 

「ひいっ、お、お尻はだめえ」

 

 宝玄仙が情けない声を出しながら、両手でお尻を押さえてのけ反った。

 

「ご主人様……」

 

 孫空女が、床でのたうっている宝玄仙に駆け寄って、心配そうに身体を助け起こしている。

 だが、沙那にも、どうしようもない。

 宝玄仙を襲っているくすぐりの刺激は、ここではないどこからか、遠隔で送られるのだ。

 助けたくても、助ける方法はここにはない。

 

「ひ、ひっ、ひいっ、く、くそう……。お、お尻ばっかり集中的に……」

 

 宝玄仙をが泣くような声で歯噛みしている。

 だが、次の瞬間、またもやけたたましい悲鳴で自分の身体を抱き締めた。

 

「あはははは、いひひひひ、わ、脇を……両脇を……ど、同時に……うふふふ、んははは……く、くすぐってる……あははは、ち、畜生……、だ、誰だか……う、うふふふ……知らないけど……や、やりたい放題……んんん……んふふふ……ははは……こ、殺してやる……ははは……」

 

 宝玄仙が口惜しそうに罵っているが、笑いながらでは迫力もなにもない。

 

 いずれにしても、突然に襲った業火と、宝玄仙への攻撃……。

 これは偶然ではない……

 何者かが、宝玄仙を含む沙那たちを殺そうとしているのだ。

 

 おそらく、少なくとも、あの観禅蔡(かんぜんさい)は、一枚噛んでいるだろう。

 宝玄仙の操人形を持っていったのは観禅蔡だし、操りたい人間の人形へ刻み方も、宝玄仙は教えていた。

 

 しかし、それだけではない……。

 宝玄仙は、あの観禅蔡には、宝玄仙の霊具を使いこなすのは無理だと言っていたし、それについては、沙那は疑わない。

 こと道術に関することであれば、宝玄仙は間違ったことは言わない。

 つまりは、ほかに宝玄仙の霊具を扱えるくらいの道術遣いがいるのだと思う。

 

 沙那は自分の勘が正しいと確信している。

 

 宝玄仙を襲っている何者かは、『操人形』という宝玄仙自身の霊具を観禅蔡から受け取り、それを操って、宝玄仙にくすぐりの感覚や全身を舐め回す感覚を送り込んでいるものだと思う。

 それを業火に包ませる時機に合わせて開始したのも、宝玄仙が術で逃亡するのを防ぐためだと思う。

 

「ひいいっ、も、もうだめ……」

 

 またもや、宝玄仙の声が笑い声から悶え声に変化する。

 そのとき、すさまじい熱風が沙那たちを襲った。

 

「うわっ」

「熱い──」

 

 孫空女と沙那は声をあげた。

 

「あ、ああ……。す、すまない……」

 

 宝玄仙が弱々しく言った。

 熱風がなくなる。

 いまや、業火から沙那たちを守っているのは、宝玄仙の道術による結界だ。

 それが操人形を使ったくすぐり責めによって、宝玄仙の集中が途切れ、ややもすると結界が破れそうになる。

 さっきから、それが繰り返されているのだ。

 

「げほっ、げほっ……、お、おかしいよ、沙那……。こ、これだけの業火……。と、とっくの昔に、この小さな別宅など焼け落ちてもいいのに……」

 

 孫空女が咳き込みながら言った。

 それは、沙那も同じことを思っていた。

 沙那たちが考えていたのは、こんな小さな離れなど、これだけの炎であれば、あっという間に焼け落ちる。

 そうなれば、当然に業火は小さくなるから、その隙に脱しようとしているのだ。

 だが、かなり時間が経つのに、いまだに炎の勢いは衰えない……。

 

「ひやっ、ひやっ、ひゃっ、ひいいい」

 

「ご主人様、しっかり」

 

 宝玄仙がもがき苦しむのを孫空女が懸命に押さえている。

 このままでは、宝玄仙がもたない……。

 死ぬようなくすぐり責めに合いながら、結界を維持する霊力を出し続ける宝玄仙は、真っ赤な顔を涙と鼻水と涎でいっぱいにしてすごい形相だ。

 

 沙那はふと思いつき、宝玄仙の荷を漁った。

 すると、果たして、もうひとつ操人形があった。

 沙那はそれを宝玄仙の胸に押しつけた。

 

「これは、三黒坊さんを操っていた操人形ですよね──? これを使って、危機を三黒坊さんに報せてください。腕かなんかにちょっとした痛みを与えれば起きます。早く──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「えっ、操りって……そうなの?」

 

 三黒坊を操人形で宝玄仙が操っていたと聞いて、孫空女が目を丸くしている。

 

「その話は後よ。さあ、ご主人様──」

 

 沙那は宝玄仙の腕を力一杯に握る。

 

「あ、ああ……。わ、わかった……」

 

 宝玄仙が操人形を手に取った。

 

「んふうっ、うはあっ」

 

 しかし、宝玄仙が全身をびくりと跳ねあげて操人形を落としてしまった。そして、またもや、けたたましく笑いだす。

 沙那は宝玄仙の巫女服の下袍に下から手を入れた。

 

「なんしてんの、沙那?」

 

 訝しむ孫空女を無視して、沙那は作業をする。

 当の宝玄仙は、遠隔で送られる刺激に激しい反応をするのに忙しくて、沙那がなにかをやっているのを知覚することもできないようだ。

 

「ふぎいいっ、な、なにすんだい──」

 

 やがて、宝玄仙が絶叫して、のけ反った。

 沙那は手を宝玄仙の下袍から出す。

 その沙那の手には、宝玄仙から剥ぎ取った股布と、引っこ抜いた陰毛が握られている。

 沙那はその両方をその場に捨てた。

 

「痛みでくすぐったいのも忘れますよね……。とにかく、お叱りも、お仕置きも、あとで甘んじて受けます。もしも、生き残ったらですが……」

 

 沙那は言った。

 

「はあ、はあ……。そ、その言葉……、わ、忘れんじゃないよ、沙那……」

 

 宝玄仙が股間を押さえながら、宝玄仙が落とした操人形を拾う。

 そして、荒い息をしながら沙那を睨んだ。

 ちょっと恐怖が背中に走ったが、この場合は仕方がない。

 もっと、いい方法があるかもしれないが、この場では思いつかなかった。

 操人形の刺激から一時的にでも、宝玄仙を脱しさせるためには、それを遥かに上回る刺激を与えればいい。

 例えば、陰毛を手でむしられる激痛とか……。

 

「くそっ、これでいいかい……。この痛みで起きなければ、あの坊やは生きてないさ」

 

 宝玄仙が操人形を投げ捨てた。

 

「ひいっ、またっ──」

 

 次の瞬間、またもや、宝玄仙が身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 すると、今度は孫空女が宝玄仙の下袍に手を入れる。

 

「わっ、わっ、や、やめないか。多少なら、結界を強めれば、刺激を防げるんだよ。それでも、防げなかったものだけが、襲ってくるんだ。いちいち、痛みで紛らしてくれなくても、自分で刺激を排除できる」

 

 宝玄仙が孫空女の手を阻止しようとした。

 

「まあまあ、遠慮しないでよ……。それより、もっと怒るといいよ。霊力のことは知らないけど、人間、怒ることで普段の何倍も力が出るからね。怒って、霊力を振り絞って」

 

「んぎいいっ」

 

 だが、非力な宝玄仙が孫空女の怪力に勝てるわけもなく、次の瞬間、孫空女に黒々とした陰毛をむしられてしまった。

 

「あら、孫空女、一度にむしりすぎよ。なくなってしまうわよ」

 

 沙那は孫空女が捨てた陰毛の量を見て吹き出した。

 そして、またもや宝玄仙の巫女服に手を入れる。

 こんな機会じゃないと、日頃の仕返しなどできない。それに、ここで死ぬなら、やっぱりこれまでの鬱憤だけは晴らしておきたい。

 

「や、やめておくれ、もう。ほ、本当にあとで仕返しするよ。罰だよ、罰だ」

 

 宝玄仙が両手で股間をしっかりと押さえる。

 陰毛むしりを阻止しよとしているのだ。

 相変わらず操人形が刺激は続いている気配だが、いまは陰毛をむしられる痛みがまさっていて、なんとか正気を保てるようでもある。

 

「仕返しなら沙那と受けるよ。だけど、むしる陰毛はもうないけどね……。それにしても、ご主人様、抵抗しないでよ……。ねえ、沙那、ご主人様の腕、縛っちゃう?」

 

 宝玄仙の手を孫空女が呆気なく後ろから羽交い締めにしてどかしてしまう。

 孫空女もこの状況を愉しんでいる気配だ。

 

「そうね。腕を縛っても道術には関係ないしね。ご主人様から取った、この股布使ったら?」

 

 沙那は股間から取り去って紐状になっている宝玄仙の股布を孫空女に放り、改めて宝玄仙の下袍に手を突っ込んで陰毛を探った。

 

「や、やめてっ」

 

 宝玄仙がまるで女のような悲鳴をあげた。

 そのとき、なにかの気配を外に感じた気がした。

 

「神官長、なにをなさってるのです──」

 

 そのとき、外から金切り声がした。

 三黒坊の声だ。

 宝玄仙の結界は、あくまでも外からの侵入や影響を防ぐのであり、声や物音を遮断するわけじゃない。

 三黒坊の声はしっかりと、炎を割って耳に届いた。

 

「三黒坊さん、助けて──。わたしたちは炎の中よ──」

 

 沙那は絶叫した。

 

「三黒坊──」

 

「三黒坊、そいつが炎が出る霊具を持っているはずだ。取りあげるんだ」

 

 孫空女、そして、宝玄仙も叫んだ。

 すぐに、なにかを争うような物音が始まる。

 そして、いきなり炎の壁の一角が消滅した。

 その隙間から見えたのは、大きな法螺貝のようなものを挟んで取っ組み合っている観禅蔡と三黒坊の姿だ。

 あの法螺貝は霊具だろう。

 口の部分から炎が出ているが、三黒坊がしがみついて、炎の先がいまは空を向いている。

 だから、炎が弱まる場所が一時的に発生したのだ。

 

「よくやったよ、三黒坊」

 

 そのときには、すでに如意棒を抱えた孫空女がそこから飛び出している。

 沙那も宝玄仙を抱えて、外に飛び出した。

 

「やや? 宝玄仙も中に? 女の部下だけじゃなかったのか──」

 

 宝玄仙を認めた観禅蔡がすっとんきょうな声を出した。

 そこにいたのは、観禅蔡と三黒坊だけだ。

 ほかの者はまだいない。

 

「つまんないこと、言ってんじゃないよ──」

 

 孫空女が如意棒を法螺貝に叩きつけ、その霊具が粉々になった。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 沙那はひざまずいている宝玄仙に声をかけた。

 

「あ、ああ……。ぼ、坊や……さ、三黒坊……助かったよ……」

 

 宝玄仙が汗ばんだ顔を三黒坊に向ける。

 ふと見ると、もう炎はない。

 すでに、完全に離れの部屋は焼け落ちて、燃えるものなどなくなっていたのだが、あの炎を出す霊具が業火の壁を作っていたのだとわかった。

 

「うわああ、貴重な霊具が──」

 

 孫空女に突き飛ばされるかたちになっていた観禅蔡が、壊れた霊具に駆け寄っていく。

 いずれにしても、助かったのだ。

 沙那はほっとした。

 そのとき、どやどやと、大勢の人が近づく気配がした。

 やっと、騒動に気がつき、この神殿のほかの者がやってきたようだ。

 

「なにが、霊具だい──。お前、ご主人様を焼き殺そうとは、どういう魂胆だい──?」

 

 孫空女が片手で如意棒を掴んだまま、反対の手で観禅蔡の胸ぐらを掴んで宙にぶら下げた。

 それにしても、片手で大の男を持ち上げるとはすごい怪力だ。

 沙那は苦笑した。

 

「なんだ、なんだ、どうしたのだ、これは……?」

 

 ほかの居士たちとともにやってきた唐人高士(とうじんこうし)が声をあげた。

 この古神殿では、観禅蔡に次ぐ、第二位の地位にある男だ。

 

「神官長様が、宝玄仙様たちを焼き殺そうと……」

 

 三黒坊が言った。

 

「ち、違う……。わ、わしは宝玄仙でなく、女の供ふたりを……」

 

 観禅蔡が苦しそうに言った。

 

「なんだとう」

 

 孫空女が怒鳴った。

 神殿の者たちは茫然としている。

 

「孫空女、構うことない、そのじじいを逆さにぶら下げな。なんでも話すさ」

 

 宝玄仙が喚いた。

 

「わかったよ」

 

 孫空女がにやりと笑うと、ひょいと観禅蔡を上に投げて、落ちてきたところを、頭が地面にぶつかるぎりぎりで片側の足首を持って本当に逆さ吊りにした。

 

「ひいいっ、わ、わしは、そそのかされたのじゃ──。う、うわあっ、た、助けて──」

 

 観禅蔡が泣き声をあげる。

 

「誰によ──?」

 

 沙那はすかさず怒鳴った。

 この顛末には、もうひとりの道術に長けた存在がいるはず。

 そいつこそ、宝玄仙を苦しめている首謀者のはずだ。

 

「……こ、黒風怪(こうふうかい)……」

 

「黒風怪?」

 

 誰彼となく、そこにいた者の何人かが呟いた。

 そのとき、一陣の強風が突然に吹いたと思った。

 

「うわあっ」

 

 孫空女が突き飛ばされるように地面に倒れた。

 気がつくと、人の丈が並みの人間の二倍はある巨漢が観禅蔡を守るように立っていた。

 見ると頭に角がある。

 妖魔だ──。

 

「俺の名を出すとはな……。長年の縁もこれまでだぞ、観禅蔡」

 

 その巨漢の妖魔が言った。

 沙那は宝玄仙を背中に守るようにして剣を抜く。

 

「宝玄仙、取引をしようじゃないか……」

 

 その妖魔がにやりと笑った。

 

「なにが取引だい──。ふざけんな」

 

 そのとき、孫空女が如意棒を構え、妖魔目掛けて飛び込んだ。

 

「だめっ、孫空女──」

 

 沙那は咄嗟に叫んだ。







【西遊記:16回】

 玄奘と玄奘(三蔵法師)は、270歳の老僧が完了する山寺に立ち寄ります。
 孫悟空は、老僧の求めに応じて、玄奘が観音菩薩から授かった金袈裟を見せます。老僧はその袈裟に魅入られて、ひと晩だけ預からせて欲しいと頼み、玄奘はやむなく承知します。
 その夜、金袈裟を返したくなくなった老僧は、玄奘の寝る庵を焼き払ってしまうことを企てます。
 しかし、猛火に包まれながらも、孫悟空は仙術で炎を逆進させて、逆に老僧は焼死してしまいます。


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25  妖魔の要求

「だめっ、孫空女──」

 

 如意棒を黒風怪(こくふうかい)という妖魔に叩きつけようとしたとき、沙那の大声がした。

 それで、孫空女は目の前の黒風怪に、少しも気配のようなものを感じないのを悟った。

 

 幻影……?

 

 しかし、すでに如意棒は勢いのまま振り下ろしている。

 途中で止まらない……。

 

 孫空女の如意棒は、黒風怪をものの見事に捉えたが、なんの手応えのないまま、そのまま地面に食い込んだ。

 同時に、黒風怪の姿が煙のように消滅する。

 

「ちっ」

 

 舌打ちした。

 やっぱり、目眩ましか……。

 そのとき、うなりのようなものが無防備な横腹に向かってくるのを感じた。

 見えるものはなにもない……。

 幻影を出しておいて、本体は姿を消していたのだろう。

 身体を避けようと思ったが、間に合わない……。

 孫空女はなにかが身体に当たるのを覚悟した。

 

 次の瞬間、身体に衝撃を感じる代わりに、激しい金属音がすぐそばでした。

 沙那だ。

 

 孫空女を庇うように、沙那の剣が見えないなにかを受けとめている。

 沙那は、武術の達人で、気を読むことにかけては天才だ。それで、姿を隠している黒風怪の動きがわかったのだろう。

 

「くっ」

 

 沙那が強い衝撃で押された身体を孫空女に預けてきた。

 

「沙那──」

 

 そのときには、やっと孫空女は、体勢を直している。

 今度は間違わない……。

 姿はないが、薄い光のもやのようなものがあり、それがひと際濃い場所がある。

 沙那の横……。

 

 孫空女は、沙那の身体の隙間から、そこを思いきり如意棒で突く。

 

「ぐあっ」

 

 衝撃を手に感じるとともに、大きな声がした。

 腹を押さえた黒風怪が出現する。

 右の手の五本の指が剣のように伸びていた。

 あれが、襲っていたのだ。

 ぞっとした。

 まともに喰らっていたら、孫空女の胴体はふたつに分かれていたかもしれない。

 

「出たわね」

 

 沙那が剣を出す。

 黒風怪が剣の爪で沙那の剣を受け、それをそのまま捻る。

 

「うわっ」

 

 剣を黒風怪の爪と爪に挟まれたまま、沙那が倒されそうになった。

 孫空女はくるりと身体を回して沙那の前に出ると、また如意棒を出す。

 

「おっと」

 

 黒風怪が沙那を離して、さっと後ろに跳躍した。

 

「逃がさないよ」

 

 孫空女は前に出た。

 だが、力の塊のようなものが飛んでくるのがわかった。

 とっさに、身体をひねって、横に跳んでかわす。

 たったいま、孫空女がいた場所に大きな衝撃波が当たった。

 道術の波動だ……。

 いや、妖魔だから魔力か……。

 

「道術戦をお好みかい、お前──」

 

 宝玄仙の声がした。

 さっきの黒風怪が放った衝撃波とは比べ物にならない強くて大きな霊気の塊が、宝玄仙から妖魔に向かって飛ぶ。

 なぜ霊気が見えるのか、孫空女には内心理解できなかったが、確かに見える。

 

「ふんぬっ」

 

 黒風怪が身体の正面に、透明の大きな盾のようなものを出す。

 これも霊気だ。

 実際にはなにもない。

 だが、見えた。

 

 宝玄仙の放った霊気の塊が黒風怪の作った盾にぶち当たり、そのまま黒風怪の身体ごと吹き飛ばした。

 

「うわあっ」

 

 黒風怪が飛ばされて、中庭を通り抜けて、すごい音とともに、本殿の壁に胴体を叩きつけられた。

 そっちには、集まってきていた神殿の若い神官たちがいる。

 彼らが悲鳴をあげて逃げる。

 孫空女の横を風のようなものが過ぎた。

 剣を構える沙那だ。

 孫空女も、黒風怪を目掛けて走る。

 

「こりゃあ、堪らん」

 

 黒風怪が立ちあがって、ふわりと浮いた。

 そのまま、空を飛ぶように飛翔し、本殿の屋根まであがる。

 

「ひええっ──、黒風怪、は、離せえっ」

 

 悲鳴がする。

 観禅蔡(かんぜんさい)だ。

 いつの間にか、黒風怪は片手に観禅蔡を抱えていたのだ。

 

「来るな。この観禅蔡を殺すぞ」

 

 屋根の上の黒風怪が爪の剣先を観禅蔡の喉に突き立てた。

 

「うわあっ、な、なにをする。や、やめよ、黒風怪。やめるのじゃ」

 

 観禅蔡が情けない声をあげた。

 

「そんな(じじ)いなんて、勝手に殺せばいいだろう。霊弾を喰らいな」

 

 宝玄仙が怒鳴るとともに、さっきの波動の塊を自分の頭の上に作った。

 そのまま、観禅蔡ごと黒風怪に当てるつもりだ。

 

「なるほど、では、こっちでは?」

 

 黒風怪から爪の剣が消滅して、普通の手になった。

 その手に、頭の大きさほどの透明の球体が現れる。

 

「あっ」

「ご主人様、あれっ」

 

 沙那と孫空女は、同時に屋根を見て声をあげた。

 透明の球体の中に、紛れもなく、宝玄仙の『操人形』があったのだ。

 

「あっ、お前──」

 

 霊気の塊を頭の上に作っていた宝玄仙も叫んだ。

 神殿の者たちも含めて、全員が屋根の上にいる黒風怪と観禅蔡を下から見ているという状況だ。

 その次の瞬間、黒風怪のかざす球体の内側の表面から、細い触手のようなものが十本ほど出て、操人形の表面を一斉にまさぐりだした。

 

「んひいっ」

 

 その瞬間、宝玄仙ががっくりとその場にうずくまる。

 両手で自分の股間を押さえて悲鳴をあげている。

 さっきの波動の塊は、宝玄仙がしゃがみ込むとともに、完全に四散してしまったようだ。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいいっ、や、やめて、ひいいっ」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔になって、身体を抱いて悶える。

 ふと見ると、球体の触手は操人形の股間を前後から襲っている。

 なるほど、ああやって、宝玄仙を苦しめていたのかと思った。

 

「ひいっ、ひっ、な、なにしてんだよ、お前たち──。あ、あれをあいつから取り返すんだ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 それとともに、小さな結界で自分だけを包む。

 すると、宝玄仙が少しだけ、ほっとした表情になる。

 結界を張ると、操人形の刺激をある程度は遮断できるようだ。

 

「おっと、そうはいかんぞ。ずっとやってるからな……。宝玄仙よ。お前の弱いところはわかってきた。特に、尻が弱いようだな。ここを責められると、気はとても練れんだろう」

 

 操人形を責める球体内の触手が、今度は人形のお尻側に集まった。

 それとともに、黒風怪が懐からなにかを出して、口に放り込む。

 丸薬?

 一瞬だが、黒風怪が丸い薬のようなものを口に入れたように見えた。

 

「あれは、仙丹(せんたん)……」

 

 近くにいた唐人高士が呟くのが聞こえた。

 

 仙丹……?

 

 耳にしたことはない。

 黒風怪の身体から発散している見えない煙のようなものが瞬時に強まる。

 多分、あれは霊気だと思う。

 霊気とは、道術や魔術の力の源であり、宝玄仙のような道術師や黒風怪のような妖魔は、その霊気を集めて能力を発揮する。

 その霊気を孫空女も感じることができるというのが不思議だが、実際、孫空女は、確かにさっきから霊気を感じられるようだ。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 宝玄仙が女そのものの声を出して、お尻を押さえて絶叫した。

 一度、結界が消えたが、すぐに復活する。

 しかし、宝玄仙はかなりの汗をかいている。結界を維持するために、ありったけの気力を振り絞っている感じだ。

 このままでは宝玄仙がもたないだろう。

 孫空女にも、それくらいはわかる。

 

「目的を言いなさい、黒風怪」

 

 沙那が屋根の上の黒風怪に叫んだ。

 黒風怪がにやりと微笑む。

 

「取引きだ」

 

 黒風怪が言った。

 そのあいだも、操人形に対する触手責めは続いている。

 宝玄仙は孫空女と沙那に挟まれるようにして、苦しそうに悶え続けたままだ。

 

「取引き?」

 

 沙那が顔をしかめるのがわかった。

 

「宝玄仙、俺に対する『主従の誓い』を受け入れよ。そうすれば、操人形で苦しめるのをやめてやろう」

 

「ふ、ふざけるな、お前……。な、なんで……お、お前なんかを……」

 

 宝玄仙が顔をあげて睨む。

 すると、黒風怪が再び、さっきの仙丹を数粒出して口に入れた。

 またもや、黒風怪の放つ霊気が拡大する。

 

「はあああっ」

 

 宝玄仙がお尻を押さえたまま、身体を弓なりにしてがくがくと身体を震わせた。

 黒風怪の霊気が強まることで、宝玄仙に加わる刺激も大きくなったようだ。

 どうやら、気をやってしまったらしい。

 その瞬間、完全に結界が消滅した。

 

「ご、ご主人様、しっかり──。結界を消しちゃ駄目だよ。あいつにつけ込まれるよ」

 

 孫空女はとっさに言った。

 荒い息をしている宝玄仙が、懸命に集中する表情になる。

 すぐに、宝玄仙の周りに結界の覆いが現れた。

 

「どこまで頑張れるかな、宝玄仙……。まあ、主従の誓いを受け入れる気になれば、俺を主とする契約を受け入れると口にするがよい。いま、操人形で俺とお前は繋がっているからな。お前が口の葉に誓いを乗せれば、離れていても、それで契約が成立する」

 

 黒風怪だ。

 

「じ、冗談じゃないと言ってるだろう……」

 

 宝玄仙が顔をあげて、黒風怪を睨んだ。

 しかし、その声は弱々しい。

 

「そうかな。まあ、どれだけ頑張れるか、やってみることだ。触手責めは、朝、昼、晩……もちろん、夜も途切れなく続けてやる。夜は寝れんだろうし、飯も食えまい。三日もすれば、お前は誓いを受け入れると口にすると思うがな」

 

 黒風怪が笑った。

 そのとき、沙那がすっと近寄ってきた。

 

「……わたしを屋根まで飛ばして……」

 

 沙那が小声で言う。

 孫空女は小さく頷いた。

 

「い、いい加減に、わしを離さんか、黒風怪」

 

 そのとき、黒風怪に胴体を抱えられたままだった観禅蔡が喚いた。

 だが、黒風怪はそれを無視して、唐人高士たち神官に視線を向けた。

 

「俺のことをどこかに訴えてみよ。そのときは、観禅蔡の身体をばらばらにして、この神殿に送り返してやる」

 

 黒風怪が吠えた。

 周りの唐人高士たちが一斉に顔を蒼くした。

 いまだ……。

 孫空女は思った。

 

「如意棒に載って、沙那」

 

 怒鳴った。

 沙那が空中に跳ぶ。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女は如意棒の先端に沙那の両足を載せると、叫んで如意棒をぐんぐん伸ばす。

 棒の先の沙那が一気に屋根まで進む。

 

「おおっ?」

 

 黒風怪が目を丸くしたが、そんなに焦った感じはない。

 霊気が黒風怪に集まりだす。

 あれは、術を遣うときの兆候だ。

 

「沙那、そいつ、また術を遣おうとしてるよ」

 

 孫空女は棒の先の沙那を支えながら叫んだ。

 

「承知よ」

 

 沙那が短く叫んで、構わず剣を振る。

 剣先が向かうのは、操人形の入ってる球体だ。

 

「誓いを口にせよ、宝玄仙。待ってる──」

 

 その言葉を残して、黒風怪の姿が観禅蔡と操人形ごと消える。

 沙那の剣は空振りで終わった。

 

「ちっ、逃げられたわ……」

 

 沙那が屋根の上で、口押しそうに舌打ちするのが聞こえた。

 

 

 *

 

 

「ご主人様、孫空女、戻りました……」

 

 沙那が戻ってきた。

 とりあえず、あてがわれた本殿の一室である。

 昨日寝ていた離れが焼けてしまったので、改めて別の客間を与えられたのだ。

 

 部屋にいるのは、孫空女と宝玄仙。そして、戻ってきた沙那。さらに、三黒坊だ。

 三黒坊は、宝玄仙の看病をさせるために連れてきたのだが、色っぽく悶え続ける宝玄仙を目の当たりにして、顔を真っ赤にしてもじもじしている。

 夕べは、あんなに堂々としていたくせに、宝玄仙の操りがなくなってしまうと、また、うぶな態度をとるようになった。

 だが、宝玄仙に言わせれば、女を抱く技は三黒坊の知識の中に埋め込んだままだという。

 しかし、性の技は備わっても、付け焼き刃では度胸までは身につかないらしい。

 孫空女は、なんとなく、それが面白かった。

 

「孫空女、屋根の上の黒風怪が何度も飲んでいたのは、やっぱり、仙丹という道術薬だそうよ。一時的に霊気を強める効果があるようね。観禅蔡も霊具を操作するために愛用していて、凌虚子(りょうきょし)という薬法師に、この神殿に定期的に届けさせていたみたい。唐人高士殿が教えてくれたわ」

 

 沙那が宝玄仙の寝台の横に座りながら言った。

 ただ、宝玄仙は聞こえているのか、いないのか、さっきからあまり口をきかない。いまも、沙那の言葉に返事はしなかった。

 それよりも、全力で自分だけを包む小さな結界を保持し続けている。

 少しでも気を抜くと、一気に触手のくすぐりと愛撫が襲いかかってくるようだ。

 夜が明けたが、黒風怪はいまだに、どこからか操人形で宝玄仙に刺激を送り続けているらしい。

 当然に、宝玄仙も徹夜でそれに対抗し続けている。

 宝玄仙も荒い息で苦しそうだ。 

 

「凌虚子?」

 

 孫空女は沙那に視線を向けた。

 

「この辺りでは、仙丹を作れるのは、その男だけだそうよ。わたしの勘だけど、黒風怪はその凌虚子に接触しようとすると思うわ。操人形を責めるとき、黒風怪は何度も、その仙丹を口にしてた。きっと、本来の自分自身の力だけでは、ご主人様の操人形を使うだけの霊気の力が足りないのよ。だから、仙丹で力を増幅しながら使っていたのだと思う」

 

 沙那が言った。

 

「じゃあ、その凌虚子を見張っていれば、黒風怪の居場所がわかるかもしれないね、沙那」

 

 孫空女は声をあげた。

 ふたりで相談し、沙那と孫空女が黒風怪の洞府に乗り込んで、宝玄仙を苦しめている操人形を取り返すという基本方針を決めた。

 洞府というのは、この帝国における妖魔の隠れ里の特殊な呼称であり、周囲から妖魔の集まりを悟られないように術が駆使されている空間というだけじゃなく、洞府内は妖魔が力を発揮する魔力に溢れているらしい。

 そこに忍び込むのは非常に危険であるが、宝玄仙がこの調子なので仕方がない。

 ただ、問題は、その洞府がどこにあるかだ。

 近くにある黒風山の奥地だということまでは予想がつくが、洞府はわからないように隠れているだけに、簡単に見つかるものではない。

 

「黒風怪が自分で仙薬を作れる可能性もあるけどね。そのときは、凌虚子を見張っていても、黒風怪には辿りつかないかもしれない」

 

 沙那が付け加えた。

 

「い、いや……」

 

 すると、宝玄仙が首を横に振った。

 

「……はあ、はあ……。せ、仙丹をつ、作るのは……それ自体が……大量の霊気を遣う……。そ、それを……す、するくらいなら……直接に霊具に霊気を込めるさ……。操人形を操りながら、仙丹なんて作れない……。沙那の……狙いは……いいね……。仙丹を作れるのが……近くにいるなら、黒風怪はそいつを呼ぶさ……」

 

「だったら、凌虚子が黒風怪と接触する可能性は大きいです。凌虚子は極端な人間嫌いで、唯一の例外が観禅蔡だったみたいです。なにしろ、半妖の噂があるようで……」

 

「半妖?」

 

 孫空女は思わず、顔をしかめた。

 半妖というのは、妖魔と人間の合の子のことだ。

 この帝国に限らず、存在そのものが忌み嫌われている。

 宝玄仙が属する天教の神殿法では、「妖魔は抹殺すべし」とあるが、半妖については「可能な限り、残虐に駆逐すべし」とあるくらいだ。

 神の理念に反する呪いの子として、存在を見逃せば災いがあると言われている。

 

 だが、妖魔が頭に角があり、一目瞭然の存在なのに対して、半妖には角もないことが多く、見た目は人間族と変わらない。半妖であることを隠せば、人の中に混じってしまい、見分けは困難だ。

 それも、世間から忌み嫌われる理由のひとつだろう。

 もしも凌虚子が半妖なのであれば、人間よりも妖魔側に近く、むしろ、黒風怪たちともこそ、頻繁な付き合いがあるかもしれない。

 

「決まりだね。じゃあ、早速、そいつのところに行ってみようよ、沙那」

 

 孫空女は立とうとした。

 しかし、沙那が押し留める。

 

「待って……。ご主人様に訊きたいことがあるの……。ねえ、ご主人様、黒風怪が言っていた、主従の誓いとはなんですか? 道術の契約とも言っていたと思いますけど」

 

 沙那が宝玄仙を見た。

 

「あ、ああ……、霊気契約かい」

 

 ずっと閉じられていた宝玄仙の目が開いた。

 

「霊気契約?」

 

 沙那が首を傾げる。

 

「霊気……あるいは、魔力を介する色々な魂の契約を総称してそう言うのさ……。術を遣う者同士しか結べないが……、そ、それをお互いに交わすことで、両者の間に絶対に破れない約束が成立する……。霊気のない人間同士がする口約束とは別物だ。魂と魂が結びつくんだよ……。だから、一度交わせば、お互いが破棄に同意しない限り、絶対に破れない約束が……両者を拘束し続ける……」

 

 宝玄仙が説明した。

 

「じゃあ、主従の誓いというのは、ご主人様が黒風怪という妖魔の家来になって、操り状態になるということですか?」

 

 沙那が驚いたように言った。

 

「い、いや……。霊気契約は一方通行でなく……、はあはあ……、両者を約束で拘束するんだ……。しゅ、主従の誓いの場合は、従側が……相手を主人と認める感情が芽生えて……服従心が沸くが、そ、それは操りとは違う……。主人側にも……相手を家来として……大切にする感情が……発生する……。ま、まあ、わたしの作った沙那にしている首輪こそ完璧さ。これぞ、究極」

 

 宝玄仙が汗びっしょりの顔で笑った。

 沙那が大きく嘆息した。

 その首には、宝玄仙の『服従の首輪』がある。

 確かに、なんの代償もなく、相手に命令を服従させてしまうこの霊具こそ、完璧な操り具に違いない。

 

「まあ、いいです……。と、とにかく……じゃあ、行ってきます、ご主人様……。三黒坊さん、ご主人様を頼むわね」

 

 今度は沙那が腰を浮かせた。

 孫空女も立つ。

 

「は、はい」

 

 沙那の言葉に、部屋の隅でずっと大人しくしていた三黒坊が慌てたように返事をした。

 

「た、頼むよ……。お、お前たちだけが頼りだ……。なっ、頼むね……。お願いだからさあ……」

 

 傍若無人の宝玄仙だが、弱くなってしまえば、可愛いものだ。

 孫空女は、「心配ないよ」と声をかけてあげた。

 

「……ま、待ちな……。そ、それと……さ、さっきから、孫空女の話を聞いていたんだけど、どうやら孫空女には……わたしの放つ霊気が充満して、ま、まるで、本物の道術師のような体質になっているようさ。だ、だったら、わたしの霊具が使いこなせるかもしれない……。ほ、本来はただの人間のお前には、霊具なんて使えないけど、孫空女の中にあるのはわたしの霊気だしね……。まあ、試してみな」

 

 孫空女は以前、宝玄仙と因縁のある御影(みかげ)という男の道術師に死の呪いという術ををかけられた。

 とりあえず、宝玄仙のお陰で、その呪いが活性化することは免れているのだが、呪いそのものは御影が解除するか、死なない限り消えないらしい。

 だから、孫空女は宝玄仙の霊具を首に装着してもらって、身体に宝玄仙の霊気を溜め続けなければ生きていけない。

 宝玄仙が倒れれば、孫空女も死ぬということだ。

 

 ともかく、ここで沙那を待っているあいだ、霊気が見えるようになったことを宝玄仙に説明すると、宝玄仙が調べてくれて、それが孫空女が身体に霊気を溜めていることから起きる現象であることを教えてくれた。

 それだけじゃなく、すでに宝玄仙の霊具も使いこなせるようになっていることまで調べてくれた。

 

 その宝玄仙が枕元にあった荷に手を伸ばして、指輪のようなものを出す。

 とりあえず、孫空女はそれを受け取って指に嵌めた。

 

「『変化(へんげ)の指輪』だ……。お前にやるよ、孫空女……。それに……念を込めながら……、変身したい相手の唾液を飲むといい……。そうすると、相手そっくりの姿と声をした存在に変身できる……。高い霊気を必要とする高級霊具だけど、わたしの霊具を……わたしの霊気を遣って操るんだ……。間違いなく使いこなせる……」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

「唾液?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 変身とはすごいが、唾液とはなんだ?

 

「まとまった体液ならなんでもいい。小便でもいいよ。もちろん、精液でもね」

 

 宝玄仙が笑った。



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26  黒風山の戦い

 山道を登りながら、凌虚子(りょうきょし)は、さっきから感じている違和感に、またまた首をひねった。

 

 つけられている……?

 

 そんな気がするのだ。

 だから、何度も後ろを振り返ったり、ときには、わざと回り道をしたり、物陰に隠れてみたりするのだが、そのたびになんの変化もないので、気のせいかと思う。

 

 しかし、しばらく進んでいると、やはり誰かにあとをつけられている気がしてならなくなるのだ。

 

 それを繰り返していた。

 

 黒風山の奥地に進む山道であり、凌虚子は黒風怪(こくふうかい)という黒風山の主に呼び出されて、仙丹(せんたん)を届けにいくところだ。

 仙丹とは、一時的に霊力を拡大する道術薬であり、凌虚子は薬法師として、仙丹作りを得意としていた。

 黒風怪から伝えられた注文は、ありったけの仙丹を持って来いということだ。

 

 凌虚子は定期的に黒風怪のところに、仙丹を届けるということをしていた。黒風怪は妖魔だが、仙丹のお得意様だ。

 払いも一応はしてくれる。

 しかし、今回は急に大量の仙丹が入用になったらしい。

 それで、凌虚子は黒風怪の洞府と称される隠し里に向かっている。もちろん、いつも通っているので、黒風怪の隠し里の場所は承知している。

 

 たが、結局、もうすぐ隠し里への入り口というところに差し掛かったところで、凌虚子は迷った末に完全に立ち止まった。

 生まれつき、勘がいい。

 

 やはり、やめた。

 

 黒風怪には。平素から絶対に洞府の位置を余人に洩らさぬように念を押されていた。

 うっかりと人間の誰かに知られれば、黒風怪のところに集まっている妖魔が、人間たちの妖魔狩りを受ける可能性があるのだ。

 黒風怪はそれを極度に恐れていた。

 

 凌虚子はくるりときびすを返すと、通ってきた道を引き返し始めた。

 すると、木陰からすっとひとりの武装した女が現れた。

 栗毛の若い美女であり、腰に剣を下げている。

 いきなりのことで、凌虚子は驚いてしまった。

 

「どうして、戻るの? 随分と警戒をしてくれたから、隠れてついていくのが大変だったけど、もう面倒になったわ……。作戦変更よ、孫空女」

 

 栗毛の女が言った。

 

「やれやれ、結局、手荒いことやるのかい、沙那。あまり、強盗のような真似は、気が進まないんだけどね」

 

 すると、反対側……、すなわち、たった今まで進もうと思っていた側の木陰からも、赤毛の美女が登場した。

 つけられているという勘は正しかったようだが、まさか、こんな近くで……。

 しかも、前後に張りつかれていたとは思わなかった。

 凌虚子は驚いた。

 

「なに言ってんのよ、元盗賊団の頭領のくせに」

 

 栗毛が笑った。

 そして、さっと剣を抜く。

 

「う、うわっ、わ、わしを殺すつもりか──」

 

 叫んだ。

 そして、その場に尻餅をついてしまった。

 

「どうかしら……。場合によっては、そうなるかもね。正直に喋れば、命は奪わないわ。黒風怪の洞府の場所を吐きなさい。さもないと……」

 

「喋るよ──」

 

 凌虚子は栗毛の女の言葉を遮ると、すぐにぺらぺらと話した。

 なにかと思えば、そんなことかと思った。

 

「随分と簡単に秘密を洩らしたわねえ。それは誰にも言うなと、黒風怪に念を押されているんでしょう」

 

 栗毛の女は、あまりにもあっさりと凌虚子が黒風怪の洞府の場所を白状したので、意表を突かれたようだ。

 

「そうだが、命をかけてまで守るほどの義理はない。仙丹を買ってくれる貴重な客には違いないがな」

 

 凌虚子は首をすくめた。

 黒風怪を守るために、ほんの少しでも痛い目を味わうことはあほらしい。

 向こうも、そんなことには期待してないはずだ。

 いずれにしても、そろそろ、この土地も潮時だった。

 凌虚子が半妖であるという噂が流れ始め、住みづらくなってきていたのだ。

 こんな山奥の人寂しい場所だが、半妖とわかれば、凌虚子を殺そうと人間が殺到するだろう。

 

 半妖は見付け次第、残酷に駆逐すべし──。

 それがこの国に限らず、すべての人間族の世界の常識だ。

 呪われた存在……。

 それが、凌虚子たち半妖なのだ。

 

 ただ、外見は人間と同じなので、半妖であることを偽って、人間とともに暮らすことは可能ではある。

 しかし、それでも、霊気を読み取ることができる高位の道術師にかかれば、一発でばれる。

 半妖の醸し出す霊気は、人間族とも違い、妖魔とも異なり、独特なのだそうだ。

 だから、半妖が暮らせるのは、道術師などあり得ない田舎だけということになる。

 だが、もしも、道術師がやって来るという話があれば、逃げるようにその土地を去らなければならない。そして、誰も知らない田舎にまた住み着く。

 それを繰り返すのだ。 

 半妖であることが、ばれやしないかとびくびくしながら……。

 それが、半妖と生まれた者の人生だ。

 

 だが、それでも人間族の世界で生きるしかない。

 妖魔のように、角という外見もないので、妖魔の仲間にもなれないからだ。妖魔からすれば、角のない半妖は人間に近いものとされている。

 妖魔として生きることも許されず、人間でもない。

 それが半妖だ。

 

「……嘘はついてないね」

 

 すると、赤毛の美女が言った。

 

「わかるの、孫空女?」

 

 もうひとりの栗毛の女が不審そうに、赤毛の顔を見る。

 

「わかる。あたしはこういうことにかけては、勘がいいんだ」

 

 赤毛の言葉に、栗毛が首をすくめた。

 

「いいわ……。じゃあ、取引きといきましょう。その箱に入っているのは仙丹ね。全部、買い取る。箱ごと置いていって。これで不足するなら、足りない分は、あんたの命が代償よ。不承知なら、あんたを殺して、黙って奪うまでね」

 

 栗毛が金板一枚を凌虚子に放った。

 凌虚子は相好を崩してしまった。

 

「足りないもんか。こりゃあ、すまんな」

 

 凌虚子はありがたく金板を拾った。

 貴重な仙丹だが、観院の観禅蔡にしても、黒風山の黒風怪にしても、霊気を見る力によって、凌虚子が半妖であることを見抜いて、それを世間にばらすと脅されて、仙丹を安く買い叩かれていた。

 こんなに払ってもらったのは初めてだ。

 

「なら、商談成立ね……。じゃあ、始めちゃてよ、孫空女」

 

 なぜか、栗毛がぷっと吹き出す。

 すると、赤毛が不機嫌そうに、顔を赤くした。

 

「あんたの唾液を貰うよ」

 

 赤毛がそう言って、いきなり凌虚子の首に両手を回して、口づけをしてきた。

 凌虚子は目を白黒させた。

 

 

 *

 

 

「いつもの薬法師が来ましたよ、黒風怪様」

 

 洞府の中にある黒風怪の居室に部下がやって来て告げた。

 居室というが、山をくり貫いて築いた巨大洞窟宮殿の王の間といったところだ。

 この巨大洞窟宮殿を作ったのは黒風怪であり、洞窟に張り巡らせた迷宮内につくった部屋に、集まってきた老若男女の魔族たちを住まわせている。

 洞窟であれば、出入り口を隠してしまえば、洞府の場所はわからないし、いざというときには魔族狩りから守りやすい。

 ここを提供する代わりに、洞府内の魔族は、黒風怪に絶対服従の主従の誓いをしてもらう。

 そういうことにしていた。

 だから、ここが「王の間」ということだ。

 

「おう、凌虚子か。待ってた──。通せ」

 

 黒風怪は言った。

 帝都から派遣されてきた宝玄仙を従わせるため、その宝玄仙から奪った操人形で触手責めをすると脅したものの、黒風怪の本来の霊力では、宝玄仙の霊具は扱えない。

 それで、観禅蔡から取りあげた仙丹で霊力を増幅しながらやっていたのだが、そろそろ尽きてきたところだったのだ。

 しかし、追加の補充があれば、もう大丈夫だ。

 宝玄仙が屈服するまで、操人形への責めを継続できる。

 

 なんでもいいから、宝玄仙を一度従わせるのだ。

 そうしてしまえば、こっちのものだ。

 あとは、そのまま追い払ってもいい。

 とにかく、この洞府のことを天教本部に報告されないという保障を得たい。

 主従の誓いをさせれば、もう宝玄仙は、主人である黒風怪に不利なことはできなくなる。

 

「なあ、黒風怪……。宝玄仙を屈服したとして、わしはどうなるのじゃ? もう、わしが妖魔のお前と付き合いがあったことが、観院の弟子たちにもばれてしまった」

 

 観院蔡(かんぜんさい)だ。

 観院で宝玄仙たちと争いになったとき、そのまま連れてきて、ここにいる。

 一応、客室代わりに、洞窟内の一室を与えているが、妖魔の巣の中でひとりでいるのは不安なのか、夕べからずっとここにいる。

 

「知らんな。宝玄仙を殺すのに失敗するから、こうなったのだ。多少の路銀なら融通もしてやる。どこになりとも、立ち去ったらよかろう」

 

「そんな……。冷たいぞ。わしとお前の仲であろう」

 

「どんな仲だ。ともかく、宝玄仙を焼き殺そうとしたのはお前だ。宝玄仙が生きておれば、天教を裏切った無法者として、宝玄仙どころか、天教そのものから、手配人にされるだろう。せいぜい頑張って生き延びるのだな」

 

 黒風怪は笑った。

 

「そんな。お前がそそのかしたのじゃ。なあ、黒風怪、宝玄仙を殺せ。もう、霊具のことなどよい。わしの身が大事じゃ」

 

「お前の霊具のことなど、最初から気にしておらん」

 

 黒風怪は吐き捨てた。

 そのとき、部下が凌虚子を伴ってやって来た。

 

「おう、待ちかねたぞ、凌虚子……。これか? おうおう、確かに……。じゃあ、全部買い取る。値はいつもの通りでよいな」

 

 やって来た凌虚子は、挨拶もそこそこに、早速、箱に入っていた仙丹の黒風怪に示した。

 箱には百粒くらいの仙丹がある。

 十分な量だ。

 

 黒風怪は銀両で三枚を凌虚子に渡した。

 銀両十枚で金両一枚だから、その三割以下だ。

 相場に比して随分と安いのは、黒風怪が凌虚子が半妖であることを知っていて、それを黙っている代わりだ。

 凌虚子はいつものように、特に礼も言わず、不満そうに鼻を鳴らして、銀両を懐にしまった。

 そして、視線を同じ部屋にいる観禅蔡に向ける。

 

「夕べの観院での騒動は耳にしたぞ。こんなところにいたのだな、観禅蔡。あんたの弟子の唐人高士殿は、あんたを天教の教えに背いた破門者として告発したそうだ。これからは、気をつけて道を歩くのだな。そのうち、天教が賞金をかけて手配書を回すだろう」

 

 凌虚子が冷笑した。

 観禅蔡の顔が真っ赤になった。

 

「半妖風情が誰にも向かって口をきいておる」

 

 観禅蔡が怒鳴りあげる。

 

「いままで黙っていたが、わしはお前が嫌いでな」

 

 凌虚子が冷笑を浮かべたまま言った。

 観禅蔡がますます真っ赤になった。

 

「待て待て……。ともかく、新しい仙丹も来た。一気に宝玄仙を落とそうぞ」

 

 黒風怪は、透明の球体に包んでいる操人形を目の前に出現させた。

 十本ほどの細い触手で適当に場所を変えながら責めていたが、仙丹で霊力を増幅して、触手の数も刺激の大きさも一気に倍にしてやろうと思った。

 いくらなんでも、気をやり続けるような刺激を間断なく与えられては、八仙の宝玄仙といえども、膝を折るしかないだろう。

 黒風怪は凌虚子の持ってきた仙丹を無造作に掴むと、十粒ほど一気に飲み込んだ。

 

「んっ?」

 

 しかし、違和感があった。

 なにかが、おかしい……。

 

「うがああっ、はがああっ」

 

 これは仙丹ではないとわかったときには、もう遅かった。

 腹から猛烈な痛みが沸き起こっている。

 仙丹に似せた毒だ──。

 黒風怪は、慌てて魔術で毒消しをした。

 

「黒風怪様──」

「大丈夫ですか──?」

 

 室内にいた数名の部下が驚いて駆け寄ってくる。

 

「黒風怪、操人形が──」

 

 そのとき、観禅蔡の血相を変えたような悲鳴がとどろいた。

 顔をあげた。

 球体の中の操人形がなくなっている。

 目を疑った。

 

「凌虚子が持って逃げた」

 

 観禅蔡が叫んだ。

 

 

 *

 

 

「くそうっ、この身体は動きにくいよ……」

 

 孫空女は駆けながら、変身を解いて元の身体に戻った。

 如意棒を出す。

 洞府内は妖魔の力があがるので、できるだけ早く洞府の外に逃げろと、宝玄仙に出発の直前に言われた。

 

 左手に操人形、右手に如意棒を持ちながら走りつつ、孫空女はその言葉がこういうことかと悟った。

 重々しいような霊気の重圧のようなものを感じる。

 おそらく、洞府内は黒風怪の結界のような場所なのだろう。

 

「いたぞ」

 

 そのとき、横から通路を塞ぐ、数名の妖魔兵が現れた。

 

「退きな」

 

 如意棒を振り回して、瞬時にそいつらを叩き伏せて突破する。

 やって来た入り口まで、もう少し……。

 

 それにしても、沙那の策で、とりあえず、凌虚子に化けて洞府に入り込んで、操人形を奪い返すとともに、黒風怪にうまく仙丹に似せた毒を飲ませることには成功した。

 しかし、予定では、黒風怪の回復に時間がかかり、混乱に乗じて逃げ出せるつもりだったが、逃げてくる一瞬の感じだと、すぐに魔術で毒抜きをしそうだった。

 

「孫空女──」

 

 出口が見えた。

 

 沙那が外から飛び込んで、門衛のような妖魔兵たちを倒して、出口を確保してくれている。

 これなら、すぐに逃げられる。

 あそこの外に出れば、あとはなんとかなる。

 

「逃がさんぞ」

 

 そのとき、孫空女の背後に黒風怪が魔術で姿を出現させた。

 同時に、沙那が確保していた出口が岩で閉鎖される。

 

「しまった」

 

 沙那が焦った声を出す。

 孫空女も沙那のところまで辿り着いたが、それだけだ。

 出口は閉鎖された。

 沙那と二人で、岩の扉を背にして黒風山に武器を向ける。

 あっという間に、黒風怪だけじゃなく、数十人の妖魔兵が集まってきて、沙那と孫空女を囲んでしまった。

 

「もう逃げられんぞ、お前たち。さあ、俺から奪ったものを返せ」

 

 兵を割るように、黒風怪が出てきて言った。

 

「……孫空女、操人形からご主人様の身体の一部を刻んだものを人形と分離できる……?」

 

 沙那が黒風怪に武器を向けたまま、ささやいてきた。

 そのやり方も、ここに来る前に宝玄仙から教えられている。

 本来は、簡単なことではないらしい。

 しかし、孫空女の中にある霊気は、宝玄仙自身の霊気だ。

 だから、孫空女にも、宝玄仙の霊具が自在に扱えるだろうと言われていた。

 やってみた。

 手の中で、操人形と髪の毛が二つに分かれる。

 

「……できたよ……」

 

 小さな声で沙那に伝える。

 

「貸して──」

 

 すると、沙那が操人形をさっと取りあげて、剣で真っ二つにした。

 

「あっ、なんてことを──」

 

 黒風怪が叫んだ。

 切断されて地面に落ちている操人形を黒風怪が呆然と見つめる。

 

「残念ね。操人形は壊れたわ。もう、ご主人様を脅すことはできないわね」

 

 沙那が笑った。

 

「それで、このあとどうすんのさ……。教えてよ、沙那……」

 

 孫空女は小さな声で訊ねた。

 すでに、妖魔たちでびっしりと周りを囲まれている。

 すごい数だ。

 沙那は困ったような顔になる。

 

「……そんなものあるわけないわ……。ご主人様が助かるのと引き換えに、わたしたちは捕まったということよ。よくて拷問。悪けりゃ死ね」

 

「やっぱり?」

 

 孫空女は苦笑して、肩をすくめた。

 

「あわっ」

「あぐうっ」

 

 そのとき、ものすごい重圧が上から襲いかかり、孫空女と沙那は地面にうつ伏せに潰されてしまった。

 

「こうなったら、操人形の代わりに、お前たちを人質にする……。俺が押さえつけているから、こいつらの服を一枚残らず脱がせよ。宝玄仙に送り届けてやる」

 

 黒風怪が部下に命じると、十数人の妖魔兵が一斉に飛びかかって、孫空女と沙那の服に掴みかかってきた。

 

 

 *

 

 

 大勢の妖魔たちによって、なにもかも剥がされて、沙那は孫空女ともども素っ裸にされた。

 だが、そのあいだ、黒風怪の魔術によって、地面に強い力で押し付けられて動けない。

 そして、黒風怪の部下たちが離れていく前に、沙那と孫空女の手首と足首に金属の枷を嵌められた。

 鎖はない。

 やっと、身体を押し付ける見えない重圧がなくなったので、身体を起こそうとしたが、枷を嵌められた手が地面から引っ張られるように持ち上げられない。

 

「な、なんだい、これ?」

「手も足も地面から離れないわ」

 

 孫空女と沙那は戸惑いの声をあげてしまった。

 二人で大勢の妖魔たちに囲まれたまま、四つん這いの体勢から、身体を起こせないのだ。

 すると、黒風怪が笑った。

 

「人間族を獣のように四つ足でしか動けなくする霊具だ。ここにいる間は、せいぜい獣なみに扱ってやろう」

 

 黒風怪が合図して、沙那と孫空女の首に鎖のついた首輪がつけられようとする。

 抵抗しようにも、手があがらないのでできない。

 ふたりとも簡単に首輪を装着された。

 

「連れてこい」

 

 黒風怪が歩きだした。

 周りを囲んでいる角のある妖魔兵が首輪の鎖を持って進み始める。沙那たちから取りあげた装束を持っている者も同様だ。

 

「うっ」

「くっ」

 

 ふたりで一緒に呻いた。

 首輪が引かれて、素直に歩かないと首輪が絞まるようになっているようだ。

 仕方なく、妖魔たちに囲まれて洞府の洞窟を四つ足で歩く。

 

「くっ、殺すんなら殺せよ、黒風怪。ご主人様はあたしらを人質にしても気にもしないさ。この洞府ごと、お前らを吹き飛ばすよ」

 

 孫空女が隣で言った。

 すると、前を歩く黒風怪が笑い声をあげる。

 

「そうかな。まあ、やってみるさ。宝玄仙はお前たちを大切にしているように感じたがな。服とともに、お前たちの身体の一部を切断して送る。宝玄仙は、きっと反応すると思うぞ」

 

 黒風怪が意地悪く笑った。

 

「ふ、ふざけんなよ、(つの)野郎──。腕でも、脚でも何でも切りな」

 

 孫空女が怒鳴った。

 角野郎というのは、ここにいる妖魔に対する蔑称だ。

 挑発するようなことを言っても、なにも得をすることなどないのに、孫空女は悪態をやめない。

 孫空女も男の妖魔たちに囲まれたまま、素っ裸で雌犬のように歩かされるということに、激しい羞恥を感じているのに違いない。

 それが、孫空女に悪態をつかせるのだと思った。

 

「おう、そうしよう。だが、最初は髪の毛だ。服と一緒に髪の毛を送り届けてやる……。こっちだ」

 

 黒風怪が洞窟を左に曲がった。

 洞窟の表面には、光る苔があり、それが通路全体を明るく照らしている。

 そのため、四つん這いの沙那と孫空女が高く浮かせているお尻の底からは、性器も尻の穴も無防備にさらけ出されているはずだ。

 後ろ側にいる妖魔兵のにやついた顔が見えるようで、沙那も恥ずかしさにいたたまれなくなっていった。

 

「ここだ。お前たちは、もういい。戻れ」

 

 しばらく進んだところで、突然に黒風怪が立ち止まった。

 顔をあげると、正面側の洞窟の壁に木製の扉が埋め込んである場所だった。

 前側は、その扉以外は洞窟の岩壁だけであり、要するに突き当りだ。

 黒風怪が兵から沙那と孫空女の首輪に繋がっている鎖を受け取る。

 妖魔兵たちが、ぞろぞろと引きあげていく。

 

 ここで襲い掛かって、黒風怪そのものを人質にして、この洞府から逃げるという手もあるが、手首も足首も、数寸以上は地面から離れないようになっている。

 これでは、襲えない。

 孫空女も同じようなことを考えていたのだろう。

 すぐ横で、真っ赤な顔をして手首の枷ごと手を地面から離そうと格闘している。 

 

「入れ」

 

 黒風怪は、そんな孫空女を一瞥してにやりと微笑むと、ぐいと鎖を引いた。

 

「うっ」

「くっ」

 

 また、首輪がきゅっと締めつける。

 仕方なく、鎖に従って歩く。

 すると、すっと首輪が緩む。

 なんという屈辱だろう。

 沙那は、身体が冷えるような心地になった。

 

「わっ」

「なにこれ?」

 

 中に入って驚いた。

 そこは、洞窟とは思えない薄桃色の天井と壁の広間だった。

 足元もさっきまでの岩床ではなく、絨毯のような柔らかい感触だ。

 

「お前、いいものを連れてきたぞ。ある人間族とちょっと争いになっておってな。このふたりは、人質だ。しばらく、遊んでやってくれ」

 

 黒風怪が大きな声をあげた。

 誰に向かって喋っているかわからない。

 部屋の中には誰の姿もなかったのだ。

 しかし、たったいままでの威厳のある喋り方ではなく、まるで媚びを売るような優しい物言いだ。

 沙那は訝しんだ。

 

「まあ、沙那と孫空女ではないか──。一体全体、どうしたのだ?」

 

 すると、突然に女の声が轟き、目の前にひとりの女妖魔が出現した。

 

小角(おづの)──?」

「えっ、小角?」

 

 びっくりして声をあげた。

 そこにいたのは、五行山の騒動のとき、人間族に捕らわれていた迷い雌妖の小角だ。

 

「なんだ、知り合いか?」

 

 黒風怪が驚いた声をあげた。

 

 

 *

 

 

「すまなかった。まさか、小角を助けてくれたのが、お前たち一行だとは、夢にも思わなかった。このとおりだ」

 

 黒風怪が大きな身体を小さくし、床に頭を付けて謝っている。

 

「もういいよ」

 

 孫空女は、腕をさすりながら言った。

 しばらく、四つん這いで歩かされたので腰と脚が強張っているが、奇妙な枷も首輪も外してもらったので、やっと普通の姿勢で座ることができた。

 いまは、沙那とともに、小角の部屋らしい場所に腰をおろして座っている。

 相変わらずの素っ裸だが、とりあえず、身体の自由は取り戻すことができた。

 

 驚くことに、あのとき五行山で助けた小角は、黒風怪の奥さんだったようだ。

 そういえば、夫と大喧嘩をして、棲み処にしていた洞府を逃げてきたのだと言っていたと思う。しかし、その道中で御影の分身に捕らえられてしまい、孫空女の部下だった男たちによって、獣の檻に監禁されていたのだ。

 そして、孫空女が、宝玄仙と沙那とともに、孫空女の部下だった者たちにお礼参りに行ったときに、助けてやった。

 最後には、宝玄仙の悪ふざけで、小角の術による触手責めで弄ばれたが、まあ、それはいい。

 

 いずれにしても、その小角とこんなところで再会するとは思わなかった。

 孫空女も、この偶然には驚きだ。

 世間とは案外に狭いものだ。

 

「本当に悪かったな。どうやって償えばよい、そなたら? とにかく、うちの人には二度と宝玄仙には逆らわないと誓わせる。だから、命だけは許してやってくれ。これでも、わしの大切な夫なのだ」

 

 小角も黒風怪とともに、床に頭をつけて謝罪した。

 

「もういいのよ……。とにかく、ご主人様には都合よく説明しておくわ。いずれにしても、わたしたちは、帝都からやって来た妖魔の洞府の調査団じゃないわ。西に向かう巡礼の途中なの。ご主人様は、あなたたちのことを教団本部に届けたりすることもないと思うわ。面倒の嫌いな方だし……」

 

 沙那が言った。

 黒風怪が、なぜ宝玄仙を襲ったのか──。

 その理由はわかった。

 

 黒風怪は、人間族、とりわけ、天教教団による妖魔狩りを極度に恐れている。

 なにしろ、妖魔側からすれば、人間族というのは、圧倒的な数の力で一族を襲撃し、残酷に虐殺していく、醜悪な妖魔殺し集団なのだ。

 この洞府は、そうやって、あちこちで妖魔狩りにあった者たちが逃げ込んできた妖魔の里なのだそうだ。

 その集団の長である黒風怪は、天教の手から妖魔たちを守る責任があり、妖魔の里を調べるためにやって来たと思い込んでしまった宝玄仙をなんとしても支配して、ここには妖魔の里などないと報告させたかったようである。

 沙那が、自分たちは旅の途中であり、この帝国を西に超えて遥かな遠方に向かう旅をしているのだと説明すると、黒風怪はほっとした表情になった。

 黒風怪に対して、宝玄仙を殺せとけしかけたのは、あの観禅蔡(かんぜんさい)だったらしい。

 

 いずれにしても、黒風怪は、別に追い詰められているわけでもなかったのに、勝手に宝玄仙を妖魔狩りについて調べに来たと思い込み、慌てふためいただけということだ。

 お互いに説明することで、争い合う必要など最初からなかったことがわかった。

 

 殺されかけたのは腹もたつが、沙那は彼らの事情を聞いて、もう許す気になっているようだ。

 沙那がいいのであれば、孫空女としても依存はない。

 また、こうやって膝を突き合わせて語り合ってみると、この黒風怪にしても、小角にしても本当に悪気のない純粋さがある。

 どうも、手酷く仕返しをしようという気にならない。

 

 ともかく、宝玄仙と約束したのは操人形を取り戻すことであって、黒風怪たちそのものをどうにかすることについては、宝玄仙にはなにも言ってない。

 操人形を使ったくすぐり責めで酷い目に遭った宝玄仙が、このままなにもなく許すというのは考えにくいが、沙那がなんとかすると言っているのだから、まあ、なんとかするのだろう。

 孫空女は、この一件については、沙那に任せることにした。

 

「ありがたい。それと、わしらの洞府のことを喋らんと約束してくれたことも感謝する……。なあ、どうやって、お礼をすればいいのだ? 言ってくれ。なんでもする──。そうだ。性奉仕でよいか? 宝玄仙も一緒に来ればいい。わしの夫だが、こいつにも奉仕をさせる。ああ、そうしよう。すぐに、行って連れてくるとよい」

 

 小角が顔をあげて、自分の思いつきを嬉しがるように微笑んだ。

 だが、黒風怪は性奉仕と聞いて、目を丸くしている。

 

「絶対に駄目──。いいから、性奉仕がお礼になるなんて、ご主人様の嘘っぱちだからね──。そんな習慣は人間族にもないわ──。絶対になにもしないで──」

 

 沙那が大きな声で怒鳴った。

 そのあまりの権幕に、黒風怪と小角は呆気に取られてしまっている。

 そう言えば、宝玄仙は人間族の女は、お礼として性奉仕という名の嗜虐責めが喜ぶと小角に教えて、孫空女も沙那も、とんでもない目に遭ったのだ。

 そのときの騒動を思い出して、孫空女はぷっと噴き出した。

 

「そうなのか? やっぱりか……。なんとなく、おかしいとは後で思ったのだがな……。そうか、性奉仕というのは、お礼にはならんかったのか……」

 

 小角が当惑した顔になった。

 しかし、沙那は「性奉仕」の話題を打ち切るように口を開いた。

 

「……だけど、わたしたちが黙っていたとしても、観院の人たちには、あなたのことが知れたんじゃないの? わたしたちは、ただ通り過ぎるだけで、この土地に戻ることもないかもしれないけど、観院の人の口を封じることまで約束はできないわよ」

 

「それについては大丈夫だ。もともと、黒風山に妖魔が棲みついているということは、近傍の里の人間族は知っておることだ。俺たちは、人間族には迷惑が掛からんように大人しくしているし、それぞれの里には、こっそりと貢物もしておる。人の噂には蓋はできんが、それでも、これまで知られずに済んだのは、誰も地方政府や教団地方本部に、俺たちのことを言わんかったからだろう。俺たちが恐れるのは、外からやって来る者だけだ」

 

 黒風怪はからからと笑った。

 どうやら、怖そうな外見とは異なり、ここにいるのは極めて平和的な種族のようだ。

 考えてみれば、孫空女たちを焼き殺せとけしかけたのは黒風怪だが、実際に殺そうとしたのは人間族の観禅蔡だ。

 また、残酷な妖魔狩りの話は、孫空女も知っている。

 本当に悪いのは、人間族の方なのかもしれない。

 そんなことを思った。

 

「観禅蔡はどうするの? 観院に返せば、それこそ黒風山のことを本部に話すかもよ。自らが妖魔に関わっていたことを知られた以上、それを中央に知られる前に、すべてを葬ってしまおうと考えるかも」

 

 沙那が訊ねた。

 観禅蔡は、昨夜の騒動以来、ここに匿われている。

 孫空女も、凌虚子(りょうきょし)に変身して、ここに潜り込んだとき、黒風山のそばにいた観禅蔡のことを見ている。

 

「あいつは気の毒だが、すべてを忘れさせて、遠くに追い払う。記憶を失わせるから、観院に戻ることもできんだろう。まあ、仕方ない」

 

 黒風怪は言った。

 おそらく、殺してしまった方が楽なのではないかと思うが、やはり、平和的な種族なのだと孫空女は思った。

 

「おっ、そろそろ、返す服や持ち物の準備ができたようだ。破ったり、切ったりした部分は、すべて元通りに縫合させた。持ち物も、部下たちがすでにそれぞれに持ち去った後だったが、全部揃えさせた。本当にすまんかった」

 

 黒風怪の言葉とともに、霊気が大きく動くのがわかった。

 次の瞬間、二個の籠に入れられた孫空女と沙那の装束と武具などが出現した。

 沙那とふたりで立ちあがり、とりあえず衣類を身に着け始める。

 

「それと、これは改めて、俺たちからのものだ。重くて大きな金板のようなものは、却って旅の邪魔になるかと思い、価値のある宝石を集めた。路銀代わりに受け取って欲しい。貴重な霊具を譲ることも考えたが、霊具作りで名高い宝玄仙が受け取って嬉しがるようなものは俺は持ってない。せめてもの気持ちだ。受け取ってくれ」

 

 黒風怪が、続いて術で子供の頭ほどの袋を出現させた。

 まだ、下着姿の沙那が取って、さっと中を開く。

 大小さまざまな色とりどりの宝石がぎっしりと入っているのが見えた。

 大変なものだ。

 孫空女は感嘆した。

 

「じゃあ、これは貰っておくわ」

 

 沙那はあっさりと受け取った。

 そして、衣類の着替えに戻る。

 

「……それにしても、さっき言っておったが、宝玄仙の巡礼の目的地が、俺たち亜族、つまり、妖魔の生地と称されている魔域というのは本当か? あんなところに人間族が行ってどうする? 無事に帰れることなどないぞ。あそこは、妖魔の中でも、心の荒んだ者たちが集まる修羅の世界だ。ましてや、妖魔そのものを否定している天教の教えを、その妖魔に拡げようというのは、どういうことだ? 死にに行くだけだと思うがな」

 

 すると黒風怪が言った。

 

「そんなことは知らないよ。ただ、あたしらは、ご主人様の進むところに一緒に行くだけさ。あたしそのものは、天教なんてどうでもいい。神様なんて信じてもいないよ」

 

 孫空女は言った。

 だが、言われてみると、孫空女は心配になった。

 確かに、妖魔を否定している天教の教えをその妖魔に拡げるというのは、どういうことなのだろう?

 宝玄仙はそれを天教本部に命じられているのだという……。

 だが、冷静になって考えてみれば、まるで死にに行けという命令にも等しい。

 しかも、宝玄仙はたったひとりの旅だった。

 孫空女もそうだが、沙那も旅の途中で加わっただけだと言っている。

 いくら、宝玄仙の道術が桁外れだとしても、女の宝玄仙に対して、あまりにも苛酷な命令ではないだろうか。

 

 孫空女は沙那を見た。

 沙那も、ちょっと考え事をしているような複雑そうな顔をしている。

 

 

 *

 

 

「そもそも、妖魔という呼び方そのものが蔑称さ。ずっと以前は“亜人”と呼ばれていたんだよ、まあ、それも蔑称には違いないねどね。だけど、妖魔という怪しげな呼び方は、さすがにこの帝国だけのことだよ。そもそも、幽霊のような魑魅魍魎の存在とは違うんだ。連中は立派に生きていて、家族を持ち、性交をして愛し合って、腹に子を孕んで一族の血を残す。人間と一緒さ」

 

 宝玄仙がからからと笑った。

 西に向かう旅の途中だ。

 山道はまだまだ続いている。

 

 いつものように先頭を孫空女が歩き、真ん中を宝玄仙が進み、最後尾を荷を担いだ沙那が歩くという順番だ。

 沙那ばかり荷を担がせるのは悪いとは思うのだが、危険はどこにあるかわからない。

 そのために、孫空女はなるべく身軽な恰好をするべきだと沙那が言うのだ。

 沙那の言うとおりにしていれば、まあ、間違いはない。

 少ない日数だが、これまでの旅で、孫空女はすっかりとそう考えるようになっていた。

 

 観院に戻ったときもそうだった。

 黒風怪の洞府から宝玄仙の待つ観院に戻ってから、なんと説明するのかと思っていたが、沙那は、黒風怪が、壊れたものの、謝りながら操人形を返した宝玄仙に語るとともに、そもそも、黒風怪が宝玄仙を襲ったのは、宝玄仙が妖魔狩りの尖兵だと思い込んだためだと言い、そうではないと黒風怪に教えると、あっさりと謝ったと沙那は言った。

 小角のことを口にしなかったのは、それを教えると、小角のところで、また馬鹿げた性の遊びをしようと宝玄仙が言うのではないかと警戒したからだろう。

 

 ともかく、沙那の説明に、宝玄仙はあっさりと納得し、黒風怪に対しても、あまり怒りを出さなかった。

 気性の激しい「ご主人様」だけに、宝玄仙が簡単に仕返しを諦めたことには、孫空女は少し驚いた。

 なかなかの「ご主人様扱い」だと、沙那のことにも感心したものだった。

 宝玄仙は、妖魔狩りの言葉に顔をしかめ、「この国の人間族は随分を彼らに残酷なことをしたからね」と静かに言っただけだった。

 

 いずれにしても、また、旅の時間になった。

 観禅蔡のいなくなった観院がどうなるかも知らない。

 まあ、なるようになるのだろう。

 宝玄仙は、一切を天教本部には報せずに、旅を再開することにしたようだ。

 

「ご主人様は、妖魔……じゃない、亜族のことを随分と知っているんだね」

 

 孫空女は歩きながら振り返って訊ねた。

 宝玄仙が、妖魔、すなわち、亜族に対して随分と同情的ということに孫空女は気がついていた。

 そういえば、小角のときにも、宝玄仙は肌を触れ合って愛し合うことに、まったく抵抗がないようだった。

 だが、大抵のこの国の人間にとっては、角が生えていて術を遣う亜族は、恐怖と忌避の対象だ。

 怖気の相手なのだ。

 しかし、宝玄仙は驚くほどに、亜族に対して理解力がある。

 

「まあね。連中と親しい者がいてね。そいつを通じて、結構、亜族とは知り合いもいる……。実際のところ、純粋で扱いやすい連中さ。乱暴で残酷な連中もいるけど、そいつらは純粋に乱暴で残酷なんだ。普段は優しいけど、時折残酷だというような複雑性を示すのは人間族だけさ」

 

 宝玄仙が言った。

 亜族に親しい知り合いというのは驚きだ。

 孫空女は口を再び開いた。

 

「亜族に親しい人間族ってすごいね。誰なのさ」

 

「うるさいねえ、誰だって、いいだろう──。退屈なら、地獄責めにするよ、孫空女」

 

 途端に、なぜか宝玄仙が不機嫌そうな口調になって怒鳴る。

 孫空女は慌てて口をつぐんだ。 

 

「妖魔というのは、帝国特有の呼び方ですが、魔域を生地とするので、魔族という呼称もあるのですよね」

 

 沙那がすかさず、口を挟んだ。

 

「おっ、さすがは学があるねえ。じゃあ、“鬼族《きぞく》”という呼び方は知っているかい? 随分と古い呼称だけど、角の生えている者を“鬼”と呼ぶ習わしがどこかにあり、それが拡がったものらしいけどね」

 

 宝玄仙が再び機嫌がよくなる。

 孫空女はほっとした。

 

 それからしばらく、亜族の話になった。

 宝玄仙は、亜族の男と何度も性交をしたことがあるとも言い、彼らとの怪しげなまぐわいを赤裸々に語った。

 多淫の宝玄仙のことだから、それほど意外ではなかったが、やはり、性を交わすほどだから、宝玄仙は亜族、この国の多くの者が“妖魔”と呼んで忌み怖れ、嫌っている存在には、まったく抵抗はないようだ。

 

「……ところで、ご主人様、黒風怪が言っていたけど、ご主人様が向かおうとしている魔域って、亜族だけの世界なんだろう? そんなところで、天教の布教なんて、本当にできるの? どうしても、そこに行かないとならないのかい?」

 

 孫空女は訊ねてみた。

 あれから、ずっと気になっていたことだ。

 いまは、孫空女と沙那という護衛もいるが、元々はたったひとりで遥かな西の魔域に行けという苛酷な命令だ──。

 

 なんで、宝玄仙は、そんな命令を諾々と受けたのだろう……?

 なんで、天教本部は、八仙という天教の最高幹部に対して、そんな命令を与えたのだろう……?

 

「魔域に行くのは怖いかい、孫空女?」

 

 すると、宝玄仙が急に優し気な口調になって言った。

 振り返ると、宝玄仙は口元は笑っているものの、眼は少しも笑っていなかった。

 とても複雑そうな表情だ。

 孫空女は戸惑った。

 

「ま、まあ、怖いかもしれないね……。ねえ、そんな旅、なんでやんなきゃならないのさ。別に行かなくていいんじゃない。適当にぶらついて時間を潰してさあ……。そのうち、知らん顔をして戻って、行ってきたよって言えば?」

 

 孫空女は言った。

 すると、宝玄仙はけらけらと声をあげて笑った。

 

「……まあいいさ、とにかく、西に向かうのさ。この国の国教を越えるんだ。だけど、それからしばらくは、まだまだ天教の影響力が強い諸王国が続く……。旅の目的地を決めるのはそれからさ……」

 

 宝玄仙がぽつりと言った。

 それは、ほとんどひとり言であり、とても小さな声だった。

 おそらく、後ろを歩く沙那には聞こえなかっただろう。

 しかし、孫空女は耳がいいので、宝玄仙の呟きをしっかりと聞いた。

 そして、びっくりした。

 まるで、なにかから逃亡をしているような物言いだったからだ。

 

 やがて、山道が二つに分かれる場所になった。

 沙那が前に出てきた。

 手に小さな帳面を持っている。

 出立前に、観院の連中に、先の道のことを根掘り葉掘り訊ねていた。その内容について書いていあるのだ。

 沙那は、旅をするあいだ、本当に先の道のことを事前によく調べる。

 感心してしまう。

 

「右に向かえば、大きな城郭がある本街道に繋がります。城郭や宿町も多いですし、天教の寺院もかなり存在します。天教に対して、ご主人様の居場所を報告することもできると思います……。左は、かなり奥深い山街道になります。城郭はありません。頼れるような天教の施設もありません。ほぼ野宿になるかもしれない厳しい道です……。ただ、どの経路を使っても、関所のある国境の城郭に通じます」

 

 沙那が帳面を目にしながら言った。

 

「左だね。それにしても、今回のことで褒めてやりたいのは、黒風怪から路銀をせしめてきたことさ。おかげで、路銀を得るために、天教の寺院に近づかないで済むよ」

 

 宝玄仙が嬉しそうに笑って、すたすたと左に進みだす。

 なんとなく、そう言うような予感がしたが、なんで、宝玄仙はそんなに天教に関わるのを嫌がるのだろう……?

 孫空女は首を傾げたくなった。

 

「……ご主人様は、なにかから逃げているのね……。ご主人様の旅の目的は魔域じゃないわ……。多分、天教から逃れることよ……」

 

 そのとき、沙那が孫空女にそっと近づいて、孫空女の耳元でささやいてきた。

 孫空女は驚いてしまった。

 

 

 

 

(第4話『古神殿の怪』終わり)






 *


【西遊記:17回、黒大王】

 老僧が玄奘から奪おうとした金袈裟は、火事のどさくさの最中に、老僧と付き合いのあった黒大王に奪われてしまいます。
 金袈裟を取り返すために黒大王のいる黒風山の洞府に乗り込んだ孫悟空ですが、黒大王は孫悟空を怖れて、洞府閉じこもります。
 黒大王を捕えるために一計を考えた孫悟空は、黒大王の貢ぎ物を運び入れようとした凌虚(りょきょ)という妖魔を倒し、成り変わって洞府に入り込み、黒大王を退治します。


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 第5話    仇敵再び【御影(みかげ)
27  黄風嶺(おうふうれい)の山道


 いい香りが漂ってきた。

 

「ご主人様、もうすぐさ」

 

 孫空女が小さく刻んだ香草を鍋に足すと、途端にいい匂いが辺りに漂い始めた。

 鍋の中では、沙那が仕留めた鳥の肉が小さく刻まれて煮えている。肉のほかに鍋に入っているのは、この山を登り始める前に、麓の里で分けてもらった米と野菜の切れだ。

 

 まだ、陽は中天をすぎたばかりだが、沙那が山道を歩く途中で樹木の枝にいる数羽の鳥を見つけ、小弓で射たのだ。

 小弓はいつもはばらばらにしているが、簡単に弦を張って使えるようにできるようになっている。

 

 弓に矢を二本つがえ、同時に二羽の鳥を射抜いたときには、宝玄仙も孫空女も拍手喝采をしてくれた。

 そして、宝玄仙が喜び、早いがここで食事をしようということになった。

 急いで進んでも、数日はどこの里にも辿り着くことのない、人里離れた山道だ。

 それで、まだ夕方には間があるものの、今日の旅はこれで終わって、野宿の支度をすることにした。

 

「いい匂いじゃないか。お前に料理の腕があるとはねえ。棒を振り回すだけが取り柄の女じゃないんだね」

 

 草の上にあぐらをかいて座っている宝玄仙が、鳥肉と米の雑炊の支度をしている孫空女をからかった。

 宝玄仙はそういうが、実は孫空女は料理が上手だ。

 随分と野宿の経験があるらしく、荷の中に入れている小鍋ひとつで何でも作るし、道端の香草や食べられる茸などにも詳しい。

 沙那は、料理では孫空女にはかなわない。

 

「じゃあ、蓋をして味を閉じ込めるよ」

 

 宝玄仙の嫌みなど聞こえなかったように、孫空女がにこにこしながら、蓋代わりの大きな葉っぱを鍋の上に敷き詰める。

 

 しばらくして、孫空女が出来上がりを宣言した。

 椀に分けてもらって、焚き火を囲んで食事となる。

 相変わらず、孫空女の料理はうまい。

 宝玄仙も「うまい、うまい」と褒めていた。

 

「ところで、沙那、しばらくは、この山道は続くのかい?」

 

 宝玄仙が椀の雑炊を頬張りながら言った。

 

「この黄風嶺(おうふうれい)と呼ばれる山道を抜けるには、二、三日は歩かなければならないと思います。そして、流郷(るさ)の辻という場所で本街道とぶつかります。そこから国境の関のある高老府(こうろうふ)の城郭までは、それほどはありません。それを抜ければ、五王国ですね」

 

 沙那は地図を思い出しながら言った。

 地図は、沙那が宝玄仙から受け取ったものであり、天教教団の作成したものだ。

 東帝国と通称されるこの唐和(とうわ)帝国から始まり、西に続く「五王国」と称される国から、さらに通天河(つうてんが)という大河までの地域が記されている。

 通天河の向こうが、「魔域」と呼ばれている亜人たちの世界、この帝国の物言いであれば、妖魔の世界だ。

 宝玄仙の巡礼の旅の目的地である。

 そこまで辿り着くには、どんなに急いでも二年はかかるはずだ。

 

 いずれにしても、この国どころか、故郷の愛陽(あいよう)の城郭から離れたことのなかった沙那にとっては、地図などというものを見るのは初めてだった。

 地図はご禁制のものであり、一般には流通していない。

 宝玄仙に言わせれば、天教の作成する地図は、この帝国で手に入れることのできるものとしては、最高級のものだそうだ。

 沙那は、道中の管理を宝玄仙に押しつけられたときに、ほぼ暗記した。

 

「まあ、五王国までは、天教教団の影響が強いからね。まだまだ、帝国の一部にいるようなものだね。だけど、天教の寺院があるのも、五王国までだ。そこから先はさすがに、天教の影響はなくなるね」

 

 宝玄仙が何気なく言った。

 しかし、沙那は驚いてしまった。

 

「天教のない場所があるのですか?」

 

 生れたときから、天教は身近なものとして沙那の周りにあった。

 この国には、皇帝がいて、皇帝のいる宮廷の作った法があり、その法に基づいて、皇帝が命じる州長や県令が地方を治め、地方政府に属する軍があって、治安を司るのだが、そのほかに天教があるのだ。

 天教の最高機関は八仙のいる天教本部とも呼ぶ「大仙院」であり、その大仙院の作った天教法がある。また、地方には天教の派遣している地方神官が神殿で人の暮らしを管理している。それだけでなく、天教には教団兵という独自の軍もある。

 つまり、この帝国には、皇帝の管理する地方政府以外に、天教という別の支配が存在しているのである。

 沙那は、地方政府に税などを管理され、さらに地方神殿にも生活全般を管理されるというのが当たり前だと思っていたので、教団のない状態というのが想像できなかった。

 すると宝玄仙が大笑いした。

 

「教団のない場所があるのは当たり前だろう。天教の教義が広まっているのは、この帝国とその西にある五王国だけさ。そこから先は、天教以外の宗教もあるんだろう。お前は物知りのようで、時々、抜けたことを言うね」

 

 宝玄仙が小馬鹿にしたような言い方をした。

 沙那は思わず、頬を膨らませた。

 

「だって、わたしは旅なんてしたことないんです。五王国どころか、帝国のこんな西側に来たのもこれが最初なんです」

 

 沙那は言った。

 

「そうだったね。いつも、随分と道に詳しいから、旅慣れているような感じになるよ。そもそも、孫空女の方が帝国の外に出た経験があるんだろう。お前が道案内をしたらどうなんだい」

 

 宝玄仙が孫空女を見た。

 だが、孫空女は首を横に振った。

 

「道案内といっても、沙那みたいに、地図や道しるべを読みながら、知らない道を進むということはできないよ。あたしは字が読めないんだ」

 

 孫空女は孤児であり、しかも、生まれた村から、税代わりに奴隷として売られそうになって逃亡したという経歴の持ち主だ。読み書きを教えてくれる人もいなかったために、字は読めない。

 その後は、盗みや時には強盗のようなことをしながら、なんとか生き抜き、少女時代は旅芸人の一座ですごしたということだった。

 旅はそのときのことだ。

 

「役に立たないねえ。旅芸人をしているときには、どのくらいまで遠くに行ったことがあるんだい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「まあ、万寿(まんじゅ)国かな」

 

 万寿国というのは、この帝国のすぐ西にある烏斯(うし)国の向こうだ。

 

「なんだい。旅の経験があるといっても、そんなものかい。わたしの若い頃の方が、もっと遠くまで行ったよ。なにしろ、天教で出世するには、修行として巡礼の経験が絶対なんだ。わたしは、一応は五王国までなら全部回っている。まあ、随分と前のことだけどね」

 

 宝玄仙が椀を置いた。

 沙那は空になった宝玄仙の椀に、お代わりを入れる。

 

「若い頃っていつだよ、ご主人様? なんだかんだ言っても、ご主人様って、あたしと年齢は変わらないだろう?」

 

 孫空女が笑った。

 孫空女もまた、空になった自分の椀に二杯目を入れている。

 

「お前こそ、なに言ってんだい。お前、わたしを何歳だと思っているんだい。お前にしても、沙那にしても、やっと二十を超えるか、超えないかだろう? お前らみたいに、昨日今日、生娘でなくなった娘と一緒にするんじゃないよ」

 

 宝玄仙が噴き出した。

 しかし、沙那は首を傾げた。

 

「じゃあ、ご主人様は何歳なんですか? 随分、若く思えるのですか……」

 

 訊ねた。

 

 宝玄仙の年齢など気にしたことはなかったが、孫空女の言う通り、そんなに変わりないと思っていた。

 沙那は十九歳だが、孫空女は二十三歳だ。

 宝玄仙の年齢は教えてもらっていないが、見た目は若い。口を開かなければ、沙那と同年齢だと言っても通用するだろう。

 言葉遣いや態度に、年齢を重ねた雰囲気があるので、歳上だろうという感じはしていたが、大きく離れているという自覚はなかった。

 

「馬鹿だねえ。わたしは、これでも八仙だよ。天教の最高位さ。そこそこの年齢に決まってる。見た目なんか関係ないよ。八仙ともなれば、見た目はいくらでも変えられるしね。八仙の中には、藍采仙(あいさいせん)という女もいてね。そいつは、なにを思ってか知らないけど、十歳の童女の姿をしているよ。でも、もう百を超える婆さんなんだ。まあ、それは珍しい例かもしれないけど、ともかく、道教遣いを見た目で判断しないことだね」

 

 宝玄仙が二杯目を口にしながら言った。

 

「へえ……」

 

 沙那はそう言うしかなかった。

 年齢を教える気はなさそうだが、やはり、それなりの歳なのだろうか?

 

「まあ、見た目の年齢と実際がかけ離れるということじゃあ、そのうち、お前たちもそうなるけどね。内丹印(ないたんいん)を刻んだからね。これからは、どんなに歳をとっても、見た目の年齢は変わらないんだ。あと二十年もすれば、同じようなことを言われるようになるよ。それにしても、本当に孫空女の鍋はうまいねえ。これからは、野宿のときは、お前が料理当番をしな」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那はびっくりして声をあげた。

 

「えっ、それはどういうことです、ご主人様?」

 

「どういうことって、どういうことだい? 料理当番を孫空女に命じたのが不満なのかい?」

 

 宝玄仙が眉をひそめた。

 

「料理なんてどうでもいいです。わたしたちの見た目が変わらないということです。それはそういう意味なんですか?」

 

「どういう意味もなにも……。お前らには、簡易的なものじゃなく、本格的な内丹印を刻んだろう。本来は霊気を宿せない常人に本格的な内丹印を刻めば、その影響で見た目の年齢は変化しなくなる。そんなの当たり前だろう」

 

 沙那は驚愕した。

 

「あ、当たり前なんかじゃないですよ。そんなの知りませんでした」

 

「言わなかったかい? まあ、別に実害はないだろう。いつまでも、その若いままなんだから。お礼を言われたいくらいだね」

 

 宝玄仙はあっけらかんと言った。

 沙那は孫空女を見たが、孫空女もまた唖然としている。

 

「じゃあ、もしかして、これも説明してなかったかい? わたしの内丹印は避妊効果もあるからね。いくら、男に犯されても、孕むことはないから安心しな。子種が欲しくなったら、内丹印を刻み直してやるけど、まあ、それは先だね。内丹印は見た目だけでなく、身体の若さも保持されるから、まあ、子供を産むのは、二、三十年先でもいいさ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那は唖然とした

 

「まあいいさ。じゃあ、食事も終わったし、今日は、ちょっと趣向を変えようじゃないか。ちょうどこの界隈は旅人もいなさそうだしね。青姦をしようか。お前ら、ここで乳繰り合いな。そうだ。早く相手を達しさせた方には、今日の調教を許してやる。ほら、始めるんだ」

 

 宝玄仙が椀を横に置いて、いきなり言った。

 沙那は困惑した。

 

「な、なんで、そんなことになるんですか。それに、まだ昼間です。しかも、人気(ひとけ)がないと言っても道端じゃないですか」

 

 抗議した。

 こんなところで、昼間から孫空女と抱き合うなど、恥ずかしい。

 

「お前、物知りなのか、そうでないのかわからないねえ。それを青姦というんだよ。じゃあ、お前の不戦敗でいいかい? やらないなら調教するよ。にわとり芸を仕込んでやろうかねえ。股に卵代わりの玉を入れて、にわとりの鳴きまねをしながら玉を出すんだ。股でできるようになったら、尻の穴で同じことをするよ」

 

 沙那は顔がひきつるのを感じた。

 

「嫌です。そんな馬鹿馬鹿しいこと──」

 

「馬鹿馬鹿しかろうと、嫌だろうと、その服従の首輪に命じれば、お前は明日の朝までだって、それを繰り返すよ。じゃあ、そっちにするかい」

 

 宝玄仙が手をかざした。

 すると、道術で荷から取り出したのだろう。本当に手のひらの上に、大人のこぶし大の白い玉が出現した。

 沙那は顔を蒼くした。

 

 冗談じゃない。

 これは、やるしかない。

 早く達した方に、にわとり芸の調教をするというのは、決して冗談じゃないと思う。

 沙那は自分の顔が蒼ざめるのがわかった。

 

「わっ、わっ、や、やります。やりますけど、まともにやったら対等じゃないですよ。孫空女に条件を付けてください」

 

「条件?」

 

「わたしには、女淫輪(じょいんりん)を装着しているじゃないですか。それでは勝負にはなりません。孫空女は拘束をするとか……。そうでなければ、対等とはいえませんよ」

 

 すかさず言った。

 女淫輪は、沙那の身体を恐ろしいほどに欲情させる淫具だ。普段は気の制御により効果を殺しているが、一度愛撫を受けると、逆にその気が逆流して、沙那は自分でも呆れるほどに敏感に感じてしまうのだ。

 まともにやれば、絶対に孫空女に勝てない。

 

「な──。沙那こそ、なに言ってんだよ。あたしが拘束されて、沙那が自由だなんて、それこそ卑怯じゃないか」

 

 黙って成り行きを見守っている気配だった孫空女が不満を言った。

 

「つべこべ言うんじゃないよ、孫空女──。ほらっ」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫空女の両腕にある緊箍(きんこ)具ががちゃりと音を立てて背中にくっついた。

 孫空女の両手両足と首には、緊箍具と称する赤い輪があり、それは宝玄仙の術で好きなように、好きな組み合わせで密着させることができる。

 孫空女はこれで、後ろ手に拘束されてしまったのだ。

 

「じゃあ、これで対応ですね」

 

 すぐに、沙那は孫空女に抱きついて押し倒した。

 横向きの孫空女に対して、さっと縦になるように姿勢を作って覆い被さり、口の攻撃を受けることがない体勢で、孫空女の股間をまさぐりだす。

 いつもお互いに愛撫をさせられるので、孫空女の弱いところは知っている。

 たちまちに、孫空女はよがり始めた。

 

「なにが、対等だい。ひ、卑怯だよ、沙那──」

 

 孫空女が悶えながら叫んだ。

 

「ご主人様の調教を前にしては、卑怯もなにもないわ。悪く思わないでね、孫空女。頑張ってにわとり芸を覚えるのよ」

 

 沙那は孫空女の下袴(かこ)を緩めて手を差し込む。

 さらに股布に指を突っ込むと、すでに孫空女は濡れていた。

 

「そのままじゃ、駄目だよ、沙那。孫空女の下は脱がすんだ。そして、お前も脱ぎな。勝負はそれからさ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「わかりました」

 

 沙那は孫空女の下袴に手をかけた。

 

 そのときだった。

 妙な違和感が襲ったのだ。

 沙那は孫空女を捕まえていた手を離して、身体を起こした。

 

「ご主人様、結界を刻んで」

 

 起きあがった孫空女も真顔になって怒鳴った。

 山道の西側の向こうで、土煙があがっている。

 盗賊の集団だ。

 こっちに近づいてくるようだ。

 

「ご主人様、遊びは中止です。全部、解放してください」

 

 沙那は服装を整えて、さっと剣を抜く。

 宝玄仙も真面目な顔になる。

 ばちんと音がした。

 孫空女の緊箍具の拘束を宝玄仙が外したのだ。

 

「あのくらいなら、あたしだけでいい。沙那はご主人様と一緒にいて」

 

 孫空女が立ちあがりながら、如意棒を伸ばした。

 

 

 *

 

 

 孫空女が盗賊たちをあしらいに行ってすぐに、反対側からも盗賊が出現した。

 沙那は舌打ちした。

 

 始末の悪いことに、そっち側の盗賊は道の両脇の樹木の陰に隠れるようにして、弓矢を準備している。実のところ、宝玄仙の結界は、生きているものや道術の類いは跳ね返して通過できないのだが、弓矢のように素早くすり抜けるものは、うまく防げないのだ。

 だから、普段は樹木のあいだや岩陰などの弓矢の影響のない場所に結界を張ってもらって野宿するが、いまは、もともと昼餉のつもりだったから、広い草の上だ。

 矢を防げるものはない。

 

「ご主人様、あいつらを追い払ってきます。結界の外から出ないでください」

 

 沙那は剣を抜いた。

 

「ああ、行っておいで」

 

 宝玄仙は、周りに結界を作りながら気楽そうに言った。前後に盗賊の襲撃を受けながら、まったく心配をしていないようだ。

 沙那は苦笑した。

 

 駆けた。

 

 だが、連中は沙那が近づくと、さっと引きあげて、後ろに退がっていく。

 しかし、逃げるという感じではない。

 そのまま、追いかけていくと、またもや、退がった。

 沙那は立ち止まった。

 

 おかしい……。

 まるで、沙那を誘っているような動きだ。

 しかも、目の前の連中になにも気配を感じないのだ。

 まるで、そこには誰もいないような……。

 

 そのとき、沙那が止まったことで、今度は一度後退した盗賊たちがぞろぞろと前に出てくる気配を示した。

 沙那はきびすを返した。

 これは罠だ。

 罠だとすれば、ひとりにした宝玄仙が心配だ。

 

「うわっ」

 

 すると、今度は振り返った前側に盗賊たちが不意に出てきた。

 後ろを確かめると、さっきまで存在していた弓矢を持った男たちがいない。

 

「目くらまし?」

 

 なにかの幻術だろう。

 確信した。

 やはり、男たちに気配のようなものを感じない。

 

 沙那は、賊の存在を無視して走った。

 男たちの前をすぎるとき、男たちは煙のように消滅してしまった。

 

「やっぱり」

 

 沙那は呟いた。

 しかし、すぐにその場で立ちどまってしまった。

 目の前に大きな崖が立ちはだかっていたのだ。

 たったいままで、そんなものはなかった。

 そもそも、この向こうから普通に走ってきたのだ。

 崖の前に立った沙那は、呆然としてしまった。



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28  招かれた洞窟

 孫空女に次いで、沙那が行ってしまってから、宝玄仙はなにかの違和感を覚えた。

 誰かが近くにいるような気がするのだ。

 

「あっ」

 

 そして、思わず叫んだ。

 影だ。

 三つある。

 そう思ったときには、後ろに誰かが立っていた。

 慌てて振り返る。

 黒い服を着た若い男がいた。

 

「宝ちゃん、久しぶりね」

 

 今度は前側から女言葉で男の声がした。

 しかし、そっち側には誰もいない。

 そのときには、さっきの男によって、後ろから首に細い布のようなものを巻かれて、きゅっと堅結びをされてしまっていた。

 あっという間に、宝玄仙の身体は弛緩して、その場に崩れ落ちる。

 

「こ、これは……」

 

 慌てて首から布をもぎ取ろうとする。

 身体の弛緩どころか、霊気が一瞬にして凍結されてしまった。

 完全に道術が遣えない状態だ。

 首にある布に触ろうとすると、手が痺れたようになってだらりと力を失ってしまった。

 

「相変わらず、あたしの霊気封じの布には弱いわね、宝ちゃん。この前は黒女(くろじょ)の姿で会ったけど、今度は本物よ。また会えて嬉しいわ。しっかりと復讐してあげるわね」

 

 目の前のふたつの影のうちのひとつが起きあがって人間になった。

 女のように白い肌をした端正な顔立ちの髪の長い男だ。

 もちろん、宝玄仙は、女言葉を使うこの男を知っている。

 

「み、御影(みかげ)……」

 

 宝玄仙は愕然とした。

 どうやらこの男は、最初から影になって近くに潜んでいたのだろう。 

 結界を張ったものの、その御影ごと包んでしまったようだ。

 しかも、宝玄仙にとっては、この御影の『道術封じの布』は鬼門中の鬼門だ。

 これを巻かれるどころか、触れるだけで宝玄仙は、霊気も身体も凍結されたように動かせなくなる。

 完全に弛緩してしまうのだ。

 これを使って、これまでも散々に煮え湯を飲まされ続けてきた。

 

「沙那が来ます、御影様。幻術がばれてしまいました。幻術の崖で一応は足止めしましたが、すぐにそれも幻術だと気がつくでしょう」

 

 後ろの男が言った。

 

「じゃあ、急ぐわよ」

 

 御影は手に持っていた霊気封じの布を紐状に破ると、数枚を背後の男に渡す。

 そいつが、受け取った布をさらに紐状にしながら、しゃがみこんでいる宝玄仙の足首に布を巻き付けて結んだ。

 すると、やはり足が完全に動かなくなった。

 目の前の御影もまた、布を破きながら、宝玄仙の手首に同じように黒い細布を結んでいる。

 首に御影の布を巻かれた宝玄仙は、それだけで全身が弛緩したようになっていたのだが、それで手足とも完全に動かせなくなった。

 

「お、お前、わたしをどうするつもりだい?」

 

 宝玄仙は反対の手首に布を巻かれるのを許してしまいながら言った。

 ふたりの男がいるが、実は両方とも御影だ。

 これが御影の得意の道術なのだ。

 つまりは、分身術と操り術だ。

 御影は、自分の完全な分身を一度にふたり作り、完全な別人格として動かせるだけでなく、同時に自分の意思のひとつとして操れる。

 背後の分身は、“黒男”と名乗っているが、宝玄仙にとっては馴染みの存在だ。ほかにも、この前、孫空女に殺された“黒女”がいるが、御影は一度性的関係に陥った相手の身体を能力ごと丸写しに、自分の影として複製できるという力もあって、このふたり以外についても自由自在に分身を出現できる。

 本当に厄介な力なのだ。

 

「まあ、相変わらず人の話を聞かないのね。さっき復讐だと言ったでしょう。あたしは、そのために生き返ったのよ。それにしても、あの赤毛のおっかない女とどうなってんの? あんなに仲悪かったのに、すっかりと仲良しじゃないのよ。驚いたわ」

 

 御影が宝玄仙の巫女服に手をかけながら言った。

 一方で後ろにいる黒男も、宝玄仙の身体から衣類を剥がそうとしている。

 前後からふたりがかりで、次々に服を剥がれて、地面に放り投げられていく。

 

「ちょ、ちょっと何しているんだい、お前ら」

 

 声をあげた。

 だが、すでに巫女服は完全に脱がされて、黒男が胸当てを外し、御影は腰布を解いている。

 いま、宝玄仙の両手は、大きく両手を上にあげた状態だ。

 さっき、黒男がその体勢にしてそのままにしたので、おろせなくなったのだ。

 布を巻かれてしまえば、どんなにそれがつらい体勢でも、誰かが布を解いてくれるか、手をさげてくれるまで、絶対にそのままだ。

 それが、霊気封じの布の効果なのだ。

 

「決まっているでしょう。あんたを連れていこうとしているのよ。あたしの隠れ家に連れ帰って、しっかりと調教してあげるわね。昔のようにね。調教するのに服はいらないわ。だって、あなたは、あたしの飼う家畜だもの」

 

 御影が喉の奥で笑った。

 宝玄仙は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 素行が悪く、人格にも問題があって八仙にはなれなかったが、こいつは帝都時代は、御影仙士という戒名をもらっていた優秀な法師だった。

 能力だけなら、十分に宝玄仙と同じように八仙の器だったと思う。

 だが、少しばかり、宝玄仙と諍いがあり、宝玄仙が罠を仕掛けて、天教から破門の上に帝都の広場で処刑されるように仕向けた。

 

 しかし、生き返った。

 そして、宝玄仙はいつか御影が生き返るだろうということもわかっていた。

 

 御影が、自分が死んでも、どこかで生き返ることができるようにしていたことを宝玄仙は知っていたのだ。

 

 すなわち、『魂の欠片(かけら)』だ。

 

 自分の魂かの破片を分裂させ、それをどこかに隠しておいて、霊気の繭のようなものに包むのだ。

 すると、本体の魂が消滅したとき、魂の欠片が成長して新たな本体として育つ。

 生半可な術じゃないが、宝玄仙はその術ができる人間をひとり知っている。

 そして、御影もまた、その人間を知っていたのだ。

 

「ふざけんじゃないよ。お前みたいな、三流法師があたしを調教しようなんて、一千年早いよ。後悔しないうちに、どこかに行きな」

 

 怒鳴りあげた。

 

「三流法師なんてひどいわね。だけど、そのあたしに、手も足も出ないあんたがそんなこと言っても、笑うことしかできないわ」

 

 御影はすでに宝玄仙の股間から布を取り去り、履き物と脛巻きを外している。

 これで、宝玄仙は文字通り、生まれたまんまの素裸だ。

 また、黒男は、巫女服をびりびりに破いて細紐状にしている。脱がしたものをああやって破くのは、たちの悪い嫌がらせだろう。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

 御影が上にあがったままだった宝玄仙の両手を背中側で組むように姿勢を直させた。

 両手が後手縛りにされたような体勢で固定される。

 

 そのとき、目の前に、先日出現した黒女が出現した。

 孫空女が首の骨を折って殺したが、本体さえ生きていればいくらでも複製できる。

 

「御影様、孫空女も追っていた盗賊が幻術であることに気がつきました。戻ってきます」

 

 黒女が言った。

 

「だったら、急がないとね。じゃあ、宝ちゃん、行きましょうか。仲良しになった供の女たちに、さよならを言わせてあげられないのは残念だけど、これでお永遠の別れよ」

 

 黒女が宝玄仙の髪を掴んで、身体を引きあげて立ち上がらせた。

 御影本体に黒男も寄っていく。

 宝玄仙を道術でどこかに連れていこうとしているということわかった。

 

 移動術だ。

 

 一瞬してあらかじめ刻んである刻印の場所に跳躍する道術だが、御影はそれを駆使する。

 しかし、それで、はっとした。

 沙那と孫空女のことだ。

 

 いまのいままで、あのふたりがなんとかしてくれることを期待していたが、よく考えれば、このまま御影に知らない場所に連れていかれたりしたら、あのふたりがとんでもないことになる。

 逃亡防止のために、沙那の首にも孫空女の首にも、宝玄仙から遠く離れれば、首輪が縮まって死んでしまう霊具を装着させているからだ。

 

「ま、待っておくれ──。このまま、連れていかれたら……」

 

 思わず叫んだ。

 すると、御影がにやりと宝玄仙に笑いかけた。

 

「……知っているわよ。あんたがいなくなれば、あの沙那と孫空女は、首輪が縮まって死ぬんでしょう。本当に、だれも信用しない女よね。そうやって支配しなければ、みんなあんたを裏切るんじゃないかと不安になるのよね。だけど、それは、あんたが悪いのよ……。ところで、いなくなって、どのくらいで死ぬの? 三日、それとも五日くらい?」

 

 御影が酷薄そうな顔をした。

 宝玄仙は血の気の引くのがわかった。

 

 こいつ……。

 それを知っていて、あえて宝玄仙ひとりだけを連れていこうとしているのだ……。

 

「宝玄仙、贈り物よ」

 

 黒女が宝玄仙の股間にぽんと触った。

 すると、股間の中に小さな球体のようなものが出現して、ごろごろと動き出したのだ。

 しかも、宝玄仙の感じる場所を擦るように動きまくる。

 

「んはあっ」

 

 宝玄仙が思わず声をあげた。

 

「俺からはこれだ」

 

 黒男が首筋にちくりとなにかを刺した。

 すると、瞬時に宝玄仙の身体が燃えるように熱くなった。

 

 媚薬か……。

 

 宝玄仙は歯を食い縛った。

 恐ろしいほどの効き目の媚薬だ。

 あっという間に宝玄仙の身体からは汗が吹き出し、乳首と陰核が固く勃起した。

 

「あたしからはこれよ」

 

 御影が宝玄仙の後ろに回り、すっと手をお尻に近づける。

 

「うわっ、なにするつもりだい。や、やめておくれ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 なにか棒のようなものを持っているのが見えたのだ。

 

「あんたのお尻をきれいにしてくれる便利な棒よ。隠れ処に着いたら、しっかりと肛門調教をしてあげようと思ってね」

 

 粘性を感じさせる棒状のものがお尻の穴にずぶずぶと入ってくる。

 宝玄仙は狼狽して声をあげた。

 

「すごいわね。なにもしていないのに、簡単に太い棒を受け入れるじゃないのよ。さすがは、闘勝仙(とうしょうせん)たちに、二年間も調教されただけあるわね」

 

 御影が言った。

 こいつ、闘勝仙のことまで知っているのか……。

 宝玄仙は前後の穴を御影とその分身の怪しげな術と淫具で責められながら思った。

 次の瞬間、宝玄仙は移動術を特有のはらわたが捻られるような感覚を覚えた。

 

 

 *

 

 

 孫空女が戻ったとき、ちょうど沙那が反対側から駆けてくるところだった。

 

「沙那、ご主人様は?」

 

 声をあげた。

 ここにいたはずの宝玄仙はいなくなっている。

 なにかが起きたことは明白だ。

 荷が置きっぱなしだし、なによりも宝玄仙の身に着けていたものがずたずたに引き裂かれて、地面に捨てられている。

 

「……やっぱり」

 

 沙那は苦虫を噛み潰したような苦い顔をしている。

 そして、宝玄仙の服が裂かれて捨てられている方向を眺めて、はっとしたように顔色を変えた。

 

「どうしたのさ?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「字よ」

 

「字?」

 

「ご主人様から脱いだ服で字が書いてあるのよ。“黄風洞(おうふうどう)”ってね……。ご丁寧にも、その場所まで書いてあるわ……」

 

 沙那が言った。

 孫空女はびっくりした。

 なにか記号にように思えたけど、どうやら細く切断した宝玄仙の服を使って、宝玄仙をさらった者が伝言をしているということのようだ。

 どういうことだろう?

 

「それよりも、ご主人様はどうしたのさ、沙那? 沙那が一緒にいたはずじゃないか」

 

 すると、沙那は、孫空女が盗賊に向かってすぐに、今度は反対側から弓矢を持った賊が出現して、それで沙那も宝玄仙から離れてしまったと説明した。

 孫空女は唖然とした。

 どうやら、罠だったようだ。

 

「だけど、わたしが追いかけた賊は幻術だったわ。あなたは?」

 

「あたしもだよ」

 

 孫空女は言った。

 追いかけていった賊は、まるで孫空女をさそうような不自然な動きをしながら、逃げては構えるということを繰り返し、最後には孫空女が如意棒を打ち込んだことで、風に溶けるように消滅してしまった。

 

「あれっ」

 

 そのとき孫空女は、散乱している布の切れ端の中に、ひと際霊気を放っている黒い布があることに気がついた。

 孫空女は沙那にそれを告げた。

 

「……本当にあなたって、道術師のように霊気が普通に見えるようになったのね」

 

 沙那が感心したように言った。

 孫空女は、その霊気を帯びた黒布の破片を拾おうとした。

 

「うわっ」

 

 そのとき、得体の知れない力が加わったようになり、孫空女はその布に触ったまま腰が抜けたように動けなくなった。

 

「孫空女──」

 

 沙那が慌てたように、黒布を孫空女から離す。

 すると、嘘のように金縛りが溶けた。

 

「わっ、なんなんだい、いまの……。あっ──」

 

 身体を起こしながらぶつぶつ言いかけたが、孫空女ははっとして沙那を見た。

 

「これ、確か……。いつか、五行山でご主人様を捕まえようとしたときのやつのものだよ。ご主人様は、これに触ると身体が動かせなくなって、道術も封じられるんだ……。確か……御影……」

 

 孫空女は思い出しながら言った。

 あの御影の分身とか宝玄仙が説明した黒女のことは、沙那にも教えている。

 沙那もはっきりと思い出した顔になった。

 

「どうやら、そいつがご主人様を黄風洞というところに連れていったということに違いないわね」

 

「ご主人様に復讐するためかい」

 

 孫空女は沙那に言った。

 沙那は険しい表情のままだ。

 

「……もちろんそれもあるけど、わざわざ、ご主人様を連れていった場所を教えているというのは、もうひとつ目的を果たすためよ」

 

 沙那は言った。

 

「もうひとつの目的?」

 

「わからない? ご主人様だけでなく、あなたにも復讐をしたいのよ。その御影という男はね」

 

 沙那が孫空女の顔を見た。

 

「あたし? なんで?」

 

 孫空女は驚いて言った。

 

「呆れたわね。忘れたの。あなたは、分身とはいえ、黒女とかいう御影の一部を殺したのよ。だから、御影は、ご主人様を連れていっただけでなく、あなたを誘っているのよ。ご主人様を取り返したければ、罠にかかりに来いってね。その罠が黄風洞という場所にあるのよ」

 

 沙那が御影が残した服の切れ端による伝言にもう一度目をやりながら言った。

 

 

 *

 

 

「ほら、こんなの久しぶりでしょう、宝玄仙? でも、身体が覚えているわよね。これが調教の味よ」

 

 御影の道術によって、身体が吊りあげられた。

 

「うわあっ」

 

 思い切り叫んだ。

 宝玄仙の身体は、両手を両足を背中側で縄によって束ねられて、うつ伏せの状態だ。四肢をまとめた縄に鎖が繋がれて、それが天井からぶら下がっている。

 つまりは宝玄仙は、逆海老状態で宙吊りにされているのだ。

 全体重が四肢にかかり、ずどんという重圧が背骨から腰にかかってくる。

 御影の道術なら、宝玄仙を道術で浮かべることもできるとは思うが、こっちの方が体重が四肢にかかってつらいのでそうしているのだと思う。

 

 どこか見知らぬ洞窟の中だった。

 だが、きれいに岩壁を削って広い部屋のようになっている。

 さっきの場所からどれだけ離れているかわからない。

 気になったのは、そのことだ。

 移動術は大きな霊力を使う術だ。

 距離があればあるほど、巨大な霊力を遣うことになり、一度に遠くには飛べないと思う。

 一度しか跳躍していないということは、そう遠くではないと思うのだが、あまり沙那や孫空女と離れるわけにはいかないのだ。

 あいつらが宝玄仙から逃げられないように、一定の距離以上離隔すれば、自動的にふたりの首に嵌まっている首輪が締まって、首を捩じ切る仕掛けにしている。

 もちろん、沙那も孫空女もそれを知っているから、宝玄仙から逃げることはできない。

 だが、宝玄仙の意思に反して、こうやって連れていかれる可能性を考えていなかった。

 宝玄仙は、自分の失敗であのふたりが死んでしまうことを思って、ぞっとした恐怖を感じていた。

 

「そ、それよりも御影、ここはどこだよ。さっきの場所から離れているのかい。それとも遠いのかい。早く言うんだよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 宝玄仙の手首と足首、そして、首には御影の道術が刻まれた道術封じの布が紐状になって巻きついている。

 それが宝玄仙が一切の霊力を感じることを防いでいた。

 もちろん、身体を自由に動かすことも、道術を遣うこともできない。

 

 そして、完全な素っ裸だ。

 また、目の前にいるのは御影本体ただひとりだ。

 ここに着いたときには、すでに分身はいなくなっていた。

 御影が分身を消したのか、あるいは、どこかほかの場所に向かっているのかはわからない。

 一方で、股間と肛門に挿入されているおかしな淫具の責めは続いている。

 身体を灼くような媚薬の火照りもそのままだ。

 

「どこだっていいじゃない」

 

「いいから、教えるんだ、御影」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 御影が苦笑した。

 

「それよりも、まだ元気ね。ちょっと体力使ってみようか」

 

 御影が気持ちの悪い女笑いをしながら、宝玄仙の身体を逆海老につっている鎖に道術をかけたのがわかった。

 くるくると身体がゆっくりと回り始める。

 

「な、なにをするんだよ?」

 

「味わえばわかるわ」

 

 十回ほど回転したところで、もう一度御影が道術を放った。

 

「うわっっ、な、なんだい、これ、うわああっ」

 

 鎖が緩んで宝玄仙の身体はぐるぐると回り始める。

 

「うわああっ」

 

 それは初めて味わう恐怖だった。

 数度回転すると、手がつけられないくらいに高速で回りだす。

 まとめて縛られている手首を足首が引き千切られそうだ。

 

「い、いやだあ、や、やめておくれっ」

 

 宝玄仙がぐるぐると身体が回る恐怖と激痛に悲鳴をあげた。

 

「ほら、これもどう?」

 

 御影が笑いながらどんと身体を突いた。

 すると、どういう仕掛けになっているのかわからないが、横回転に縦回転が加わる。

 宝玄仙は悲鳴をあげ続けた。

 四肢が付け根から抜けてしまいそうだ。

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 

 しばらくすると、やっと回転がゆっくりになる。

 だが、惰性により身体はさらに回る。

 

「も、もうたくさんだよ。降ろすんだよ。頼むよ、御影。は、早く、降ろしておくれ」

 

 回転が遅くなったところで、やっと口がきけるようになった宝玄仙はたまらず叫んだ。

 

「あたしの言うことを聞きなさい。そうすれば、こんなことは終わりにして、その火照り切った身体を犯してあげるわ。さもないと、いつまでも続けるわよ」

 

 回転がなくなったところで、御影が宝玄仙の黒髪を掴んで、顔をあげさせて言った。

 

「な、なんだい……。な、なにがしたいんだい……」

 

 宝玄仙は荒い息をしながら言った。

 逆海老にされて回転させられるのが、こんなにつらいとは思わなかった。

 もうすでに、宝玄仙の身体の節々は痛みで悲鳴をあげている。

 道術封じの布で動くことができないとはいえ、痛みはあるのだ。

 

言玉(ことだま)よ。これに言葉を入れなさい。御影の言葉には絶対服従。どんなことにも逆らってはいけない。命令よ……てね」

 

 目の前に拳ほどの透明の球体が浮かんだ。

 言霊というのは、喋った言葉をしまい、好きなときに破裂させて言葉を再現する術だ。

 なんのために、そんなことをさせようとしているのか、さすがに宝玄仙でもわかる。

 

 沙那だ……。

 

 沙那の首には、服従の首輪が嵌まっている。

 宝玄仙の言葉に絶対服従の支配具だが、その沙那に宝玄仙の声で、御影に従えと言えば、その瞬間に、沙那は御影の人形になる。

 御影の狙いはそれにあるのだと思った。

 こいつのことだ。

 宝玄仙の供を自分の奴隷にして、宝玄仙を調教させるというだけじゃなく、宝玄仙を打ちのめすためだけのために、沙那に自殺させるということくらいやりかねない。

 そういうねじ曲がった根性の男なのだ。

 

 しかし、逆に考えれば、沙那を罠にかけようとしているということは、沙那たちは遠くではないということだと思う。

 それだけはほっとした。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ……」

 

 宝玄仙はそれだけを言った。

 

「あら、やっぱり、天教の八仙様は、くるぐると回るのがお好きなようね」

 

 御影が再び道術で宝玄仙の逆海老状態の身体を回し始めた。

 横回転だけじゃなく、高速で縦回転も加えられる。

 

「うわああ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 やめてとも叫べない。

 ただ悲鳴をあげるだけだ。

 

 これを五回続けられると、もう両腕に感覚がなくなってきた。

 体力はすでに限界を迎えている。

 だが、どんなことがあっても、言霊に言葉を入れるわけにはいかないと思った。

 沙那を渡せば、この卑劣男は沙那になにをするのかわかったものじゃない。

 

「うげええっ」

 

 十回目の回転のときに、ついに宝玄仙は吐いた。

 御影が猛烈な平手を宝玄仙の頬に打ってきた。

 

「汚いわねえ。なに勝手に吐いてんのよ。さっさと、言玉に言葉を入れるのよ。あんたの玩具をあたしが使うだけじゃないのよ。あんたみたいな変態女の慰み者になるよりも、あたしの方がましよ」

 

 御影が道術で宝玄仙が吐いたものを始末するとともに、金属の細い棒のようなものを宝玄仙の片方の鼻に差す。

 

「な、なにすんだい」

 

 宝玄仙は慌てて顔を避けようとしたが、御影は髪の毛をがっしりと掴んでそれを防ぐ。

 いずれにしても、箸のような棒は鼻の奥まで入っていて顔を動かして外れるようなものじゃない。

 

「さあ、言玉に言葉を入れなさい」

 

 御影が怒鳴った。

 

「や、やなこった」

 

「あっ、そう」

 

 御影が棒をぐいと突き差した。

 

「んがあっ」

 

 鼻の奥で頭の内側に刃物を刺されたような激痛が走る。

 どろどろと鼻から血が出てくる。

 

「せっかくきれいな顔をしているんだから、あまり無様なことはやめといた方がいいんじゃない」

 

 御影が笑いながら、もうひとつの鼻の穴に棒を差す。

 

「ひいっ、や、やめて、もうやめてくれよ」

 

 宝玄仙は泣き声をあげた。

 しかし、御影の命令を拒否すると、容赦なく棒を鼻の奥に突き刺された。

 

「あがああっ」

 

 宝玄仙が両方の鼻から血を流しながら、泣きじゃくった。

 

「今度はつらいわよ。鼻で息ができないようにしてあげるわ」

 

 御影が地面から土を拾って、鼻の中に押し込む。

 

「回りなさい」

 

 ぐるぐると身体が回転された。

 宝玄仙はもはや悲鳴をあげることもできなかった。

 

 

 *

 

 

 やっと見つけた洞窟の前にやってくると、男がひとり立っていた。

 沙那は素早く剣を抜いた。

 孫空女も耳に触れてから、ぶるりと腕を回す。

 すると、孫空女の手にも金色の如意棒が出現する。

 

「落ち着きな。お前たちと戦うつもりはない。取引きといこうじゃないか」

 

 男が言った。

 武器のようなものは持っていないが、間違いなく道術師だろう。

 抜け目なく気を集めているのが沙那にはわかった。

 

「ご主人様は洞窟の中かい?」

 

 孫空女が棒を構えて言った。

 

「いま、拷問をしている。だが、俺たちが恨みを持っているのは宝玄仙だけだ。お前たちのことは、まあ、あの狂い巫女の被害者だと思っている。協力してくれれば、お前たちの自由を奪っている首輪を外してやる。それだけじゃなく、宝玄仙に恨みを晴らさせてやる。悪い話じゃないと思うがな」

 

「抜かせ──。とっとと、ご主人様を解放しな」

 

 孫空女が如意棒を男に突きつけた。

 沙那はそれを制した。

 

「な、なんだよ、沙那」

 

「わたしに話をさせて」

 

 沙那は孫空女の前に出て、男に改めて視線を向けた。

 

「話はわかったわ。宝玄仙のところに連れていきなさい」

 

「沙那──」

 

 後ろで孫空女が声をあげた。

 だが、沙那はそれを無視した。

 

「話に乗るというのだな?」

 

 男がにやりと笑う。

 

「そうね。この首輪を外してくれるなら、なんでも話を聞くわ」

 

「沙那──」

 

 また、孫空女の声──。

 今度ははっきりとした非難の響きがある。

 沙那は後ろを振り返って、眼で「任せてくれ」という仕草をした。

 孫空女は口をつぐむ。

 

 そのときだった。

 

 男の手から気の塊のようなものが発生するのがわかった。

 振り向きざまに剣を縦に一閃する。

 なにかを斬った手応えがあった。

 沙那の両側でなにかが弾ける音がした。

 

「驚いたな。道術を剣で斬れるのか?」

 

 男が呆気にとられた顔になった。

 沙那は男を睨んだ。

 

「どういうこと? わたしは話に乗ると言っているのよ」

 

 すると、男は気味の悪い笑い声をした。

 

「宝玄仙の供にしておくのは惜しいな。俺の部下になれ。それなりの報酬もする」

 

 男が言った。

 

「ご主人様……宝玄仙のところに、わたしたちを連れていくのよ──」

 

 怒鳴った。

 

「沙那だけだ。沙那だけが入って来い。ただし、武器は持って来るな。そうでなければ、宝玄仙は殺す」

 

 男が消えた。

 

「な、なんなんだい、あいつ」

 

 孫空女は不満そうな声をあげた。

 

 

 *

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 宝玄仙は朦朧としていた。

 自分が気を失いかけているのはわかった。

 回転はもう二十回は超えただろう。

 四肢は血の気を失い、頭には血が昇ってぐらぐらと視界が揺れている。

 

「そろそろ、言玉に言葉を入れる気になったんじゃないの?」

 

 御影が手に人間の頭の倍ほどの球体を出現させたのが見えた。

 

 なんだ、あれ?

 思う間もなく。球体が首から上に被せられた。

 水だと思ったときには、すでに顔全体を水球で覆われていた。

 

「んがっ、があっ」

 

 必死になって首を振る。

 だが、水球は完全に宝玄仙の首から上を包んでいて外れる気配はない。

 ただでさえ呼吸が苦しいのに、水のために息を止められてしまい、宝玄仙はもがいた。

 息を吸おうと必死になる。

 しかし、水が口に入ってくるだけだ。

 ほどなく、身体がぶるぶると痙攣を始めた。

 手で水を取ろうとした。

 もちろん、それは不可能だった。

 手は背中側で両足首とともに縛られているのだ。

 頭の中から意識がこぼれそうになる。

 気がつくと、必死になって水を飲んでいた。

 飲めばいいのだ。

 全部の水がなくなれば、きっと息ができる。

 考えるよりも、本能が宝玄仙を動かしたという感じだった。

 

「ぷはあっ、はああっ」

 

 やがて、やっと水がなくなり息が吸えるようになった。

 身体を反らせたまま、宝玄仙は激しい呼吸を繰り返した。飲み下した大量の水で、ぱんぱんに腹が張ったような状態になっている。

 

「どのくらい水を飲んだら、あんたは素直になるのかしらね、宝玄仙。いくらでもお代わりはあるのよ」

 

 御影が笑いながら、さっそく次の球体を準備している。

 宝玄仙はぞっとした。

 すぐに、その球体が再び顔に被せられた。

 

 

 *

 

 

 注意深く洞窟の中を進んだ。

 もちろん、ひとりだ。

 御影の要求は、沙那がひとりでやって来ることだった。

 もちろん、罠だとは思うが、宝玄仙が捕らわれている以上、罠だとわかっていても進まなければならない。

 

 洞窟の中は明るかった。

 壁に光り苔という発生体植物があり、それが洞窟の中を明るく照らしている。また、洞窟は最初は自然にできたという感じだったが、途中から断面が矩形になり、人工的に掘られた感じになった。

 いずれにしても、中は迷路のように入り組んでいた。

 

「次は左だ」

 

 男の声がする。

 さっき洞窟の前に出てきた男の声だ。

 おそらく、あれは御影の「影」なのだろう。

 姿の見えないその男の声の誘導に従って、右に左にと進む。

 やがて、行き止まりになった。

 

「行き止まりだわ」

 

 壁に向かって叫んだ。

 

「慌てるな。目の前の壁は幻像だ。まずは頭から差して、腰から上をゆっくりと壁の向こう側に入れろ」

 

 男の声──。

 言われるとおりにする。

 すると、すっと上体が通り抜けた。

 壁の向こう側も同じような洞窟の通路になっている。

 しかし、そのまま通り抜けようとすると、腰が抜けなくなった。

 驚いて、上体を戻そうとしたが、今度は通り抜けたはずの壁に阻まれて動かない。

 土壁を腰に挟まれて、上半身と下半身で内側と外側になった状態で身動きできなくなった。

 

「な、なに? 動かないわ」

 

 怒鳴った。

 すると、土壁の後ろ側に誰かがやって来たのがわかった。

 下袴(かこ)に手をかけて腰紐を緩め始める。

 

「な、なにやってんのよ──」

 

 悲鳴をあげた。

 そのあいだにも、壁の後ろの下半身側に立つ誰かが、下袴を引き下ろしていく。股布に手がかかるのがわかった。

 

「落ち着きなさい。ちょっと弱ってもらうだけよ。道術を剣で斬ってしまう猛者なんて初めて会ったわ。このまま、御影のところに連れていくのは危険だしね。ここで体力を奪っておくわね」

 

 目の前に女が出現した。

 この女は知っている。

 黒女だ。

 少し離れた手の届かない位置で、こっちを見ながらにやにやと微笑んでいる。

 

「ご、ご主人様は無事なんでしょうねえ」

 

「命があるという意味ではね。殺すのは簡単だけど、あたしたちは、そんなことじゃ満足しないわ。あいつを奴隷にして、物のように扱ってやる。心の底から生まれたことを後悔するような目に合わせてから、完全に人としての感情を失ったとき、初めて息の根を止めるつもりよ。それまで生かしておくわ」

 

「な、なんで、そんなにご主人様を恨みに思っているの? ひいっ」

 

 訊ねた。

 そのとき、思わず声をあげてしまった。

 壁の後ろの誰か──おそらく、さっき洞窟の前に出てきた男だと思うが、そいつが剥き出しにした股間を指で後ろから愛撫を始めたのだ。

 そして、はっとした。

 男の指は股間とアナルを入念な抽送をしているのだが、なにかを塗っている気配なのだ。

 

「あっ、い、いいっ、や、やめな……や、やめるのよ……」

 

 じっと耐えるにはあまりにも屈辱感が大きかった。

 

「即効性の媚薬よ。それを塗られれば、腰も立たなくなるはずよ。大丈夫よ。黒男(くろお)がいい気持ちにさせてくれるから」

 

 黒女が笑った。

 股間に男の怒張が突き挿されたのがわかった。

 すぐに激しい抽送が開始する。

 媚薬のためだろうか。あっという間に、絶頂感がやって来て、気がついたときには最初の気をやってしまっていた。



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29  愉しき拷問

「さあ、早く、命じた言葉を言ってよ、お宝」

 

 御影(みかげ)がまたもや球体を手に浮かべながら言った。

 もう、五回目になる。

 すでに限界は超えている。

 宝玄仙は屈服するしかないと思った。

 

「そ、その……よ、呼び方するんじゃないよ……。む、虫唾が……は、走るんだよ……」

 

 しかし、口から出てきたのは、自分でも思ってもいない悪態の言葉だった。

 それで、改めてわかったが、やはり自分は御影が心の底から嫌いだということだ。

 

「まだ、水を飲み足りないみたいね」

 

 御影が球体を逆海老状態で吊られている宝玄仙の顔にずっぽりと被せた。

 

「んぐうっ、んぐうっ」

 

 顔に被せられた水は、宝玄仙が飲み干さない限り顔の前に留まり続ける。

 息をするために、宝玄仙は水を飲むしかなかった。

 もういい……。

 一瞬でも早く楽になりたい……。

 宝玄仙は水を飲みながら思った。

 限界だ……。

 自分の腹が妊婦のように大きくなっているのがわかる。

 

「また、回してあげるわね。そうして欲しそうな顔をしているもの」

 

 やっと水がなくなって盛大な息をしていると、御影が喉の奥で笑いながら女言葉で言った。

 ぞっとした。

 もはや、微塵の容赦もない。

 そういえば、そういう男だった……。

 

 この男の罠に嵌まって半月ものあいだ調教され続けたことがある。

 随分と昔のことで、まだ宝玄仙が八仙ではなく、地方からやってきたばかりの若い神官に過ぎなかったころだ。

 あのときも、容赦のない拷問まがいの調教で、心を折られ続けた。ねちねちと陰湿的ないたぶりが好きな男であり、宝玄仙を監禁して性奴隷にしようとしたのだ。

 それで、こっちも罠にかけて、王族の姫を御影が手を出すように仕向けた。もちろん、御影は王女とは知らなかったのだが、すぐに発覚して御影は王兵に捕らえられた。

 まさか、そのまま処刑されるとは思わなかったが、王都の広場でこいつが首を斬られたときには、まったくの罪悪感も生じなかった。

 復活してくるとは思わなかったが……。

 

「うわああ」

 

 回り始めた。

 回転しながら宝玄仙は水を口から嘔吐していた。

 御影が顔をしかめて、後ずさったのが見えた。

 しかも、回転しながら宝玄仙は失禁までしてしまった。

 口と股間から水流を迸らせながら宝玄仙は回り続けた。

 途中から、御影が大笑いをした。

 

「美人が哀れねえ。まあいいわ。もっとやりましょうか。いくらでもお代わりはあるしね。あんたの供の沙那がやって来るのに、もう少し時間もあるだろうしね」

 

 やっと回転が止まったとき、御影が言った。

 はっとした。

 

 沙那?

 こっちに来ているのか?

 

「さあ、さっさと言霊に言葉を入れなさい。どうせ、いやでもそうするしかなくなるんだから。次は電撃責めよ。あんたも、これだけは弱かったわよね。ほかの拷問だと耐えるくせに、これをするとぼろぼろと泣いたものだったわ。いまなら、あんな思いをすることなく、解放してあげるわ。ちゃんと人間並みに扱ってあげる」

 

 御影が次に取り出したのは、一本の細い杖だ。

 先端でびりびりと電撃の火花が飛んでいる。

 かつて、この男に嗜虐されたときのことが記憶に蘇る。

 宝玄仙は悲鳴をあげていた。

 御影が宝玄仙の身体の下に杖を差し込み、片側の乳首にぐいと杖を押しつけた。

 

「うぐうううっ」

 

 不快な電撃が乳首に襲い掛かってきた。

 

「いやああ」

 

 身体を振って必死に避けた。

 だが、こんな状態で逃げられるものじゃない。

 杖の先は押し当てられ続け、宝玄仙は拘束された身体を限界まで弓なりにした。

 

「こんなのは序の口よ」

 

 いったん杖が離れる。

 しかし、すぐに押し当てられる。

 今度は反対の乳首だ。

 

「んぐううっ、ああああっ」

 

 絶叫した。

 またもや、尿が股間から流れるのがわかった。

 そして、一瞬だけ電撃がとまる。

 だが、すぐに繰り返される。

 五度、六度と執拗に続く。

 宝玄仙はそのたびに、もう限界だと思った。

 しかし、言霊にさっきの言葉を入れたら最後、こいつは沙那にそれを聞かせて、自分の奴隷状態にするだろう。

 そんなことをすれば、この人非人(ひとでなし)は、沙那になにをするかわからない。

 

「胸だけじゃ寂しいのかしらね。尻の穴にする?」

 

 御影が笑いながら、宝玄仙の下半身側に回った。

 

「い、いやああ──。それだけはやめておくれ」

 

 必死で声をあげた。

 だが、ぐいと尻の穴に杖が挿し入れられた。

 

「ひぎゃあああ」

 

 お尻の穴に流された電撃の想像を越える苦しさに、宝玄仙は喚いた。

 そして、杖が抜かれる。

 

「十数えるまで待つわ。言玉はそこよ」

 

 御影が言った。

 宝玄仙の顔は頭が下げられないように、髪の毛を後ろ側に向かって縄で引きあげられている。 

 言霊は、その宝玄仙の顔のすぐ前で浮かんでいた。

 御影が涎を流している宝玄仙の顔をその言霊に向けさせる。

 束の間の静寂が流れる。

 宝玄仙の荒い息だけが、洞窟の部屋に響いた。

 

「十数え終わったわよ」

 

 御影が杖の先を宝玄仙の顔の前に示した。

 相変わらずびりびりと電撃の火花が飛んでいる。

 

「さ、沙那に……あ、あいつらに……て、手を出さないで……お、おくれ……。お、お前の……ふ、復讐は……わ、わたしだけで……」

 

「そんなことを口にしろと言っているんじゃないわ……。仕方ないわね。電撃をあげるわね」

 

 御影がまたもや後ろに回った。

 お尻の穴に、杖が挿し込まれる。

 

「うぐううっ、ああああ、あがあああ……」

 

 今度は本当にもの凄い電撃だった。

 杖が抜かれても、宝玄仙の裸身はがくがくと痙攣を続けていた。

 

「言玉よ──」

 

「い、いやだっ──」

 

 必死に叫んだ。

 杖が肛門に喰い込む。

 

「んがあああ」

 

 絶叫──。

 杖が抜かれる。

 宝玄仙のお尻から糞便が流れ出た。

 小尿も一緒だ。

 尻穴に入れられていた玩具も外に出たようだ。

 

「まるで豚ね。次から次へと」

 

 御影が手を振った。

 汚物の臭気があっという間に消滅した。

 道術で消したのだろう。

 すぐに冷たい噴流が股間とお尻に強く当たる。

 洗浄されているらしい。

 だが、その感覚も消えつつある。

 

「世話が焼けるわねえ。まあいいわ。これからは、豚のように過ごしてもらうつもりだしね。だけど、また糞便されると嫌だし、次は肉芽にするわ」

 

 御影の杖が股間に向かったのがわかった。

 

「ううっ、も、もう、やめて……」

 

 宝玄仙はがくりと項垂れて言った。

 本当にもう抵抗の力は残っていない。

 

「うぎゃあああ」

 

 すぐに股間に電撃が流し込まれた。

 

「あぎゃああ、言うう──。言うよお──。だ、だから、もうやめてえっ」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 御影がすぐに杖を股間から離した。

 またもや、尿が股間から流れ出た。

 

 宝玄仙は、命じられた言葉を口にするために口を開く。

 だが、言葉は出ない。

 沙那を陥れる言玉に入れてしまったら終わりだという考えが浮かぶ。

 こいつに沙那を渡したら、どんな残酷なことを沙那にさせるか……。

 

「観念したと思ったけど、空耳だったようね」

 

 御影が再び股間に杖を押しつけた。

 宝玄仙は絶叫した。

 

 

 *

 

 

 く、くそう……。

 

 びりびりに破かれた服をまとったまま、洞窟の中を歩き続けた。

 腰から下にはなにも身につけていない。壁に挟まれた状態で犯されたとき、腰から下についてはすべて破り取られたのだ。

 そして、さんざんに犯されて、足腰に力が入らない。

 すると、またもや、いきなり、少し離れた先に男が出現した。

 さっき壁の後ろから犯したのは、こいつだと思った。

 

「お、お前──」

 

 とっさに足元の石を拾って飛びかかった。

 

「落ち着けよ、沙那。宝玄仙に恨みを返すんじゃないのか」

 

 男は動じる気配も見せずに突っ立ったままだ。

 

「な、なに言ってんのよ。あんな目に合わせて、ただで置かないわよ」

 

「それにしちゃあ、悦んでいたじゃないか」

 

「うるさい──」

 

 距離が半分ほどに詰まったところで、力の限り石を投げつけた。

 しかし、石は男の目の前で、がんと跳ね返って戻ってきた。

 呆気にとられた。

 透明の壁のようなものが存在するようだ。

 

「落ち着けと言っているだろう。これじゃあ、話もできん」

 

 そのとき、悲鳴のようなものが天井から聞こえてきた。

 

「な、なに?」

 

 驚いて顔をあげたが、そこにはなにもない。

 だが、声が確かに聞こえてくる。

 声の主は宝玄仙だ。

 とても苦しそうだ。

 

「ご、ご主人様になにをしているの?」

 

「別に当たり前のことをしているだけだ。犯している。女が男に捕らわれれば、犯されるに決まっている。ましてや、あの宝玄仙は、御影殿の復讐の相手だ。ただ犯すのではなく、苦しませながら犯している。それだけのことだ」

 

 男が顔色も変えずに言った。

 だが、これはどう聞いても、犯されているときの声じゃない。

 拷問を受けている悲鳴だ。

 

「御影? そいつがご主人様を捕らえているのね?」

 

「まあ、そういうことだな、沙那」

 

 男は表情ひとつ崩さない。

 それが苛つく。

 

「こ、ここを開けなさいよ」

 

 目の前にある透明の壁を蹴った。

 これは結界のようなものではなく、限りなく透明に近い壁だ。ただ、怖ろしく堅そうだ。それに道術の力ようなものも感じる。

 

「開けてもいい。壁に四個の杭がある。それを同時に押し続ければ開く。真下と真上だ。よく見ろ」

 

 探すと確かに、目の前の透明の壁の床側と両手をあげたくらいの高さの左右に、全部で四個の杭がある。ちょうど両手両足を拡げてやっと四つ全部に届くくらいの位置だ。杭の長さは親指ほどだ。試しに、足元のひとつを足先で押すと、簡単に壁に喰い込んだ。離すとすぐに戻って来る。

 つまりは、透明の壁に両手両足を拡げて身体を押しつけ、一定時間そのままでいろということのようだ。

 間抜けな仕掛けに鼻白んだ。

 

「くだらないことはやめてよ。わたしはあんたらに協力すると言っているのよ。宝玄仙はわたしを騙して連れまわしている憎い相手よ」

 

「その首輪のことか? 服従の首輪というのだろう」

 

 男がくくくと笑った。

 相手が服従の首輪のことを知っていることに驚いた。

 

「そ、そうよ。これを外してくれたら、なんでも協力するわ。もともと、宝玄仙に義理はないのよ」

 

「そうだろうな。それよりも、早くしろ。四個の杭を同時に押さえなければ、前には進めんぞ」

 

 男が言った。

 

「くっ」

 

 観念して四肢を大きく拡げて杭を手先と足先で押しつけた。

 ぶーんという唸る音が体に密着している壁から聞こえてきた。

 下を見ると、じわじわと透明の壁が赤く染まって来ていた。

 もしかしたら、これが全部赤く染まったら、壁が開くのだろうか。

 それにしても、本当にゆっくりとした速度でしか赤い部分は上にあがらない。

 

「ところで、あんたは黒男ね?」

 

 そういえば、黒女が壁の後ろにいるのは黒男と口にした気がする。

 

「そうだ」

 

「そして、あんたらの仲間は三人ね?」

 

 すると、黒男がくすくすと笑った。

 

「その質問には、“そうだ”であり、“違う”だな」

 

「どういう意味よ?」

 

「俺も黒女も御影様の影法師だ。つまり、分身なのだ。もともとは御影様ひとりだ」

 

「なるほど、分身だから、殺しても死なないということね。黒女は以前に孫空女に首の骨を折られたはずだものね」

 

「そういうことだ。じゃあ、奥で待っている」

 

 透明の壁の向こうの黒男が、後ろを向いて立ち去っていく。

 呼び止めようと思ったが、不意に違和感を覚えて、身体を密着させている壁に視線をやった。

 身体の周りに房毛の玉のようなものが取り巻いていた。

 それが一斉に全身をくすぐり始めた。

 

「うわああっ」

 

 思わず身体を壁から離して飛びのいた。

 扉から鳴っていた唸り音もぴたりと止む。

 

「杭からちょっとでも手足を離せば、最初からやり直しになるぞ」

 

 黒男が振り返った。

 ふと見ると、透明の壁の赤い部分はなくなり、再び全部が透明に戻っている。

 

「あ、悪趣味ねえ」

 

 怒鳴った。

 そのときには、黒男は先の曲がり角の先に姿を消してしまっていた。

 仕方なく、もう一度四肢を拡げて、壁に密着する。

 またもや唸り音がして、房玉が同時に全身をくすぐり始める。

 

「く、くくく……ふふふふ……んふふふ……」

 

 出したくもない笑い声をあげさせられる。

 堪らず身体を悶えさせるが、杭だけは押し続けるように我慢した。

 だが、房玉は無数にあり、くすぐったい部分やいやらしい部分を次々に責めてくる。

 

「ひやああっ」

 

 しばらく耐えたが、股間と乳首の表面の壁が房毛に変化して振動をし始めたところで、またもや手を離してしまった。

 足首くらいまであがっていた赤い部分が、完全な透明に戻る。

 

「本当に、悪趣味ねえ──」

 

 天井に向かって叫んだ。

 そこからは相変わらず、宝玄仙の苦しそうな声が聞こえてきている。

 その声のする場所に、御影の本体がいるに違いない。

 黒男でも、黒女でもなく、本体の御影が……。

 

 そして、もう一度壁に身体をつけて杭を四肢で押す。

 すぐに房玉が全身をまさぐってきた。

 

 

 *

 

 

「……さ、沙那に……命令……。そ、その御影の言葉に……絶対服従……」

 

 宝玄仙はなにも考えられずに、耳元で怒鳴られる言葉を繰り返した。

 意識は朦朧としている。

 ただ、立て続けに流された電撃に、全身は激しい痙攣をいまでも繰り返している。その震えだけが激しい。

 

 そして、はっとした。

 いま、自分は沙那に対する「命令」を言玉に入れてしまった?

 

 愕然とした。

 眼を開く。

 すでに視界はかすんでいるが、言霊を手にした御影が愉しそうに笑っている。

 

「あっ、し、しまった──。だ、駄目だ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 

「なにが駄目なのよ。じゃあ、これを使って、沙那をあたしの奴隷状態にしてくるわ。あんたの目の前で、沙那に自殺をさせるから見ててね」

 

 御影がくすくすと笑った。

 宝玄仙はぞっとした。

 御影がそのままどこかに行き始める。

 

「わっ、ま、待つんだ、御影──。ど、どこに行くんだよ。待つんだよ──」

 

 慌てて呼び止める。

 

「どこに行くって、沙那を迎えに行くのよ。言玉があっても、あたしの姿を見せないと、誰が御影だかわからないでしょう。連れてくるから待っててね」

 

 御影は今度こそ、どっかに行ってしまいそうだ。

 

「待つんだ、待ってたら──。そうだ──。と、取引だよ。取引きしよう──」

 

 宝玄仙は言った。

 振り返った御影が怪訝な顔になった。

 

「あんた馬鹿じゃないの? この状況で、あんたがどんな取引をするのよ」

 

 御影が呆れた顔になった。

 

「あ、あいつらは逃がしておくれ。そ、そうだ。奴隷の首輪を受け入れる。言の葉に乗せてやる。わたしにそれをしな。そうすれば、わたしはお前に逆らえなくなる。だから、あいつらに手を出すんじゃない」

 

「つまんないこと言わないでよ。奴隷の首輪は、ただ主人に反抗できなくなったり、逃亡できなくなったりするだけじゃないのよ。面白みはないわね……。それよりも、あんたの『服従の首輪』だったらいいわ。あれは面白いわね。言葉で理解できることをすべて自分の意思と無関係に実行するんだからね。あれこそ、絶対の支配魔具よ。あれを出しなさい」

 

「そんなものが二個もあるわけないだろう」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 本当にないのだ。

 宝玄仙がこの世に生みだした『服従の首輪』は、正真正銘、沙那の首にある一個だけだ。

 二個目はない。

 

「だったら、沙那の首を捩じ切って手に入れるまでね」

 

 御影が鼻を鳴らした。

 そして、出ていこうとする。

 宝玄仙は慌てて呼び止めた。

 

「だ、だったら、お前の分身の術を遣いな。わたしの手足を操ったらいい。それを受け入れてやろう。それで、服従の首輪をしているのと同じ状態だ。だから、沙那たちのことは……」

 

 宝玄仙は必死で言った。

 御影は自分のほかに「分身」を作って、それを自分自身でありながら、別人格のように動かす能力がある。

 それを応用した力で、御影は他人の手や足を自分の分身化して、勝手に動かすということもできる。

 かつて、御影に捕らわれたとき、それをやられて驚愕したことがあるのだ。

 ただ、宝玄仙の場合は、宝玄仙自身の霊力が強いので、簡単には御影の道術では宝玄仙は操れない。御影の道術封じの布は、宝玄仙の体内の霊力を凍結させてはいるが失くしてはいない。だから、他者の道術を跳ね返すという防護機能は、まだ生きている。

 あのときだって、御影の霊力を受け入れさせられるために、空っぽになるまで霊力を放出してから、それをされたのだ。

 しかし、宝玄仙の意思で受け入れれば別だ。

 そのときは、宝玄仙の霊力は、御影の霊力の侵入を邪魔をせず、御影の道術を受け入れることができる。 

 御影が目を丸くするのがわかった。

 

「そんなに供が大切なの? あんたのような冷血漢の嗜虐好きがねえ……。だけど、あたしは、一度にふたつの分身しか使えないのよ。あんたの両手を操れば、黒男と黒女が使えなくなるわ……。だけど、まあいいか。そんなに言うなら、遊んであげるわ。言の葉に乗せなさい」

 

 御影が宝玄仙に近づいてきた。

 そして、一瞬、御影の両側に黒男と黒女の姿が現われ、ふたりが御影自身に吸い込まれる。

 

「……み、御影の分身を受け入れる……」

 

 宝玄仙は口にした。

 道術遣いの霊力を込めた「言の葉」だ。

 それは、当然に道術師に抵抗のできない力を生む。

 途端に御影の分身が宝玄仙の両手に入り込むのがわかった。

 これで、宝玄仙の両手は御影の操り状態になった。

 

 御影が宝玄仙を縛っていた縄を解いて、宝玄仙の身体をやっと下におろした。

 すぐに手首の黒布も解く。

 だが、首と片脚だけは外されなかった。

 

「首に残しているのは、あんたの道術を封じるためよ。それと片脚だけは動かないようにしておくわ。万が一でも、片脚だけじゃあ逃げられないだろうしね」

 

 御影が操れる分身の数はふたつまでだ。

 宝玄仙の両手をそれぞれに支配すれば、脚は分身化することはできない。

 いずれにしても、すでに宝玄仙には、自分の力で立つ力は残っていない。

 

「仰向けになりなさい」

 

 御影が足で宝玄仙の身体を仰向けにひっくり返した。

 すると、両手が勝手に両腿を開くように抱える。

 御影が宝玄仙の両手を「分身」として動かしているのだ。

 

 御影が怒張を出して、宝玄仙の秘部を串刺しにした。

 

「あ、あああっ」

 

 拷問のあいだも、最初に挿入されていた淫具の玉が股間を暴れまわっていた。

 それが御影の怒張に押されて、ぐりぐりと宝玄仙の感じる場所を抉る。

 もはや、身体の耐性などない。

 宝玄仙はあっという間に、一度目の絶頂をしてしまった。



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30  脅迫と屈服

「ほほほほ、いいわあ、こんなに気持ちのいいお尻は初めてよ。これは病みつきになりそう。まるで、女性器そのものじゃないのよ」

 

 御影が愉悦いっぱいの様子で腰を振る。

 怒張を貫いているのは、宝玄仙の尻の穴だ。

 口惜しいのは、腸内をかき乱される苦痛や屈辱よりも、遥かに快感がまさることだ。犯されるのは仕方ないが、この卑劣漢に犯されて、女の極みを見せることが口惜しい。宝玄仙は必死で歯を食い縛って首を横に振る。

 

「なに、もしかして、我慢しているつもり? だったら、今度は豆を刺激してあげるわね。昔からそうだったけど、あんたって、少々痛くした方がむしろ感じるのよね。ほら」

 

 宝玄仙は四つん這いんになって御影を後ろから尻で受け入れ、両手で自分の乳房と股間を愛撫していた。自分の意思でやっているのではなく、両手を御影の「分身」として受け入れ、御影そのものとなっている自分の手で責められているのだ。

 だから、逃げられない。

 命令に逆らえば、「手」が宝玄仙の陰毛をむしりだす。

 実際に、逆らえばこうすると言われて、両手で次々に陰毛をむしられた。

 

 逆らったわけじゃない。

 そんなことは無駄だし、その気もなかった。

 しかし、逆らえばこうなるのだという脅迫の手段として、まずは陰毛むしりをやられたのだ。

 自分の手によって襲われるので逃げようもなく、口惜しいが宝玄仙は泣いて許しを乞わされた。

 それで、こうやって尻姦を大人しく受け入れているというわけだ。

 

 乳房と肉芽を刺激する指が乱暴な愛撫をする。

 さらに快感が増大する。

 

「はあ、はあっ、んんんっ」

 

 快感が迸り、声が出てしまう。

 口惜しい……。

 懸命に口を閉じようとする。

 だが、力が緩んで口が閉じない。

 

「あ、ああっ、あぐうっ、んふうっ」

 

 駄目だ……。

 気持ちよすぎる。

 宝玄仙は貫いた快楽の矢に背中をのけぞらせた。

 

「声を出すのが嫌なの? 可愛いところあるじゃないの。ところで精を出すわよ」

 

 御影が腰を震わせて、宝玄仙の尻の中で射精したのがわかった。

 

「んふううっ」

 

 それとともに、宝玄仙の身体にも絶頂が沸き起こり、宝玄仙はがくがくと身体を震わせて達してしまった。

 

「それにしても、しっかりとお尻を調教されているのね。あたしが調教した頃に比べて、随分と感じやすくなっているし、きっと全身のあらゆる場所を調教されたのね」

 

 御影が小馬鹿にしたような笑いとともに、宝玄仙の尻穴から一物を抜く。

 それだけで、達したばかりの身体に、またもや大きな疼きが襲いかかり、宝玄仙は淫らな反応をした。御影が後ろで笑い、宝玄仙は口惜しさで歯を食い縛った。

 

「さて、じゃあ次はどんな風に恥をかいてもらおうかしら……。とりあえず、小便でもしてもらおうかなな……。片脚をあげて、おっしこしなさい。片脚は霊力封じの布で動かないと思うけど、もう片脚は自由でしょう。犬みたいに小便するのよ……」

 

 御影が宝玄仙の横に立って言った。

 突然の命令に驚くとともに、激怒が全身を貫いた。

 冗談じゃない。

 調子に乗りやがって──。

 

「ふ、ふざけるな。くだらないこと喋るんじゃないよ。わたしはもう観念してやってんだよ。いくらでも気が済むだけ、犯せばいいだろう──。そして、殺しな──。もう茶番は飽きたよ」

 

 怒鳴った。

 しかし、宝玄仙の悪態に、御影は満足したようにせせら笑うだけだ。

 

「男好きのあんたを犯しても、あんたが満足するだけじゃないのよ。それよりも、あたしはあんたが、惨めに泣くところを見たいのよ。早く小便してちょうだい」

 

 御影が言った。

 宝玄仙は言い返してやろうと思ったが、思い直して口をつぐんだ。

 逆らえば、逆らうほど御影が満足するのがわかったからだ。

 

「うわっ、んぐうっ」

 

 すると、突然に手が動いて、片手が宝玄仙の鼻を掴み、もう一方は口をしっかりと押える。

 宝玄仙の両手は御影の「分身」状態だ。

 勝手に動き出した両手は、宝玄仙の意思ではなく、御影が動かしているのだ。

 

「ん、んんっ、んんん」

 

 息ができなくなって、宝玄仙はびっくりして顔を振る。だが、全力で押さえている手の力に、顔だけで抵抗することができるわけがない。

 それでも手はしっかりと宝玄仙の鼻と口を押さえたまま動かない。

 だんだんと息が苦しくなり、宝玄仙はさらに必死に顔を動かす。

 

「んんんっ、んんんっ」

 

 宝玄仙は必死で御影に訴えた。

 だが、御影は愉しそうな笑顔を向けるだけだ。

 宝玄仙は観念して片脚をあげた。

 尿意はなかったが、力を抜いて股間から尿をする。

 すると、やっと両手が顔から離れた。

 

「はあ、はあ、はあ、な、なにを……」

 

 なにをするんだと悪態をつこうとして、さすがに宝玄仙は自重した。

 逆らったり、怒鳴ったりすれば、御影は同じことをするだろう。宝玄仙は口をつぐんだ。

 ゆがて、やっと尿が終わる。

 御影が口を開いた。

 

「逆らうことができないのがわかったかしら? まあ、霊力だけは高いくせに、頭は犬猫並みに低いからね。逆らうたびに厳しく躾をして、繰り返しわからせるしかないでしょうね……。じゃあ、次は、自分がやった小便を掃除しなさい。舌でね」

 

 今度こそ、激怒した。

 考えられる限りの悪態をつく。

 すると、手が動いて再び鼻と口を塞ぐ。

 今度は失神寸前まで解放してもらえずに、全身から力が抜けてその場に倒れるまで手は顔を押さえたままにされた。

 本当に死ぬと思って、意識がなくなりかけた瞬間に手が離れる。

 宝玄仙はなにも考えずに、ひたすらに息をむさぼった。

 さすがに、もう抵抗する気力は沸いてこなかった。

 宝玄仙は、土に混じった自分の小便を舌で舐め始めた。

 

「こうやって、みじめそうな顔をされると、昔を思い出すわねえ。ねえ、覚えてる? あんたを調教してやったときは愉しかったわ。残念ながら、あんたの裏切りで終わっちゃったけど……。あっ、そうだ。これは雌犬調教だから、言いつけに従ったときには、ご褒美をあげないとね。あたしも、調教には飴と鞭が大事ということはわかっているのよ……。ほらっ」

 

 宝玄仙が地面を舐めている頭上から御影の言葉が降ってくる。

 そして、両手が動いて股間と尻穴に指を突っ込む。

 

「うっ、や、やめ……」

 

 御影がわざと宝玄仙を侮辱するためにやっているのはわかっている。

 だが、口惜しいのはたちまちに快感が襲いかかってくることだ。

 さっき尻を犯されて絶頂したばかりだし、最初に飲まされた強烈な媚薬は、時間が経つにつれて効果が弱まるどころか、ますます強くなる。

 

「勝手に掃除をやめるんじゃないわよ。いいというまで地面を舐め続けなさい。さもないと、沙那を殺すわよ」

 

 御影が言った。

 

「沙那?」

 

 すると、不意に目の前が揺れて、白い煙のようなものが現われ、そこに像が出現する。

 

「あっ──」

 

 声をあげた。

 そこには、下半身を露出した半裸状態で歩いている沙那が映っていたのだ。

 音は聞こえないが、顔は赤く息も荒そうだ。

 歩いているのはどこかの洞窟であり、宝玄仙は間違いなく、捕らわれているこの洞窟のどこかだと思った。

 沙那がこっちに向かっているのだ。

 

「沙那、沙那──」

 

 大声で叫んだ。

 御影が横で笑った。

 

「無駄よ。こっちの声は聞こえないわ……。あんたに恨みがあるから、あたしに従うと言うから、ひとりだけ洞窟に入るのを許したのよ。もっとも、あの沙那が簡単に落ちるとも思わないけどね。あたしに従うふりをして、隙を突いて、あたしを殺して、あんたを助ける……。まあ、そんなところでしょうね」

 

 御影はさっきの言玉(ことだま)を出現させた。

 宝玄仙は背に汗が流れるのがわかった。

 すでに、宝玄仙は、御影に従えという言葉を言霊に入れてしまっている。御影が沙那の前で、言霊を聞かせれば、沙那は御影の奴隷状態になってしまう。

 また、どうやら、孫空女は一緒にはいないようだ。

 おそらく、御影は、『服従の首輪』を使って、まずは沙那を奴隷状態にするに違いない。

 あとは好きなように料理するだろう。

 

「もう少し、からかってから、あいつをこれで支配してあげるわ。そして、ここに連れてきて、あんたの前で自殺させてやる」

 

 御影が笑った。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「さ、さっき、それはしないと約束しただろう──。だから、分身を受けれてやったんだ」

 

「そんな約束した覚えはないわね。分身を受け入れれば殺さないと、勝手にあんたが思い込んだんでしょう。あんたの供はふたりとも、残酷に殺してやるわ。あのとき、あたしを殺したことを後悔するといいわ」

 

 御影が酷薄に笑った。

 宝玄仙は、いずれにせよ、御影は沙那たちを殺すつもりなのだと、それで悟った。

 もしかしたら、すぐには殺さないかもしれないが、最終的には、こいつは沙那と孫空女を残酷に殺すと思う。

 それは、ただ、宝玄仙に昔のことで復讐したいというだけの理由でだ。

 宝玄仙はぞっとした。

 

「ま、待っておくれ。わ、わかった……。なんでもする……。なんでもするから、あいつらは殺さないでくれ──。このとおりだよ」

 

 宝玄仙は地面に額を擦りつけた。

 御影が驚いたように息をするのか聞こえた。

 顔をあげると、御影の目が大きく見開かれている。

 

「そんなに、あの供が大切なの?」

 

 御影が呆れたように言った。

 だが、すぐに嗜虐の笑みが頬に浮かぶ。

 

「……まあいいわ。沙那とは、もう少し遊んでやってもいいしね」

 

 御影が手を振った。

 すると、沙那を映していた白い煙が消滅する。

 

「奴隷の言葉を使いなさい。あんたが奴隷らしいあいだは、沙那は殺さないであげるわ」

 

「や、約束を……」

 

「約束なんてしないわよ。あたしの気紛れのあいだは沙那と孫空女を殺さないと言っているだけよ。孫空女はともかく、沙那に恨みはないしね」

 

 御影がせせら笑った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 しかし、ここは言葉だけでも屈するしかない。

 

「……わ、わかりました……。み、御影様の奴隷です。だ、だから、どうか……」

 

 宝玄仙は頭をさげた。

 御影が満足そうに笑った。

 

「ところで、あんたがさっきおしっこしているところを見ていたら、あたしも小便したくなったわ。ちょっと、口を開けて便器になってくれない」

 

 御影が事もなげに言った。

 宝玄仙は絶句した。

 

「なっ」

 

「あら、なにか言いたいの、宝ちゃん? もしかして、拒否?」

 

 御影がにやりと笑った。

 宝玄仙はぐっと歯を噛みしめた。

 強く噛み過ぎたのか、口の中に血の味が少し広がる。

 

「い、いえ……。ど、どうか、この宝玄仙の口でよければ、便器としてお使いください……」

 

 御影が爆笑した。

 そして、下袴(かこ)から一物を出す。

 宝玄仙は口を開いて、それを受け入れた。

 すぐに、口の中で御影の尿が迸りだす。

 宝玄仙は必死になって、口の中のものを飲み下した。

 やっと御影の放尿が終わる。

 宝玄仙は最後の一滴まで吸い取るようにして喉に入れた。

 

「驚いたわねえ。小便を一滴残らず飲み干すなんて、できそうで簡単にはできないわよ。闘勝仙(とうしょうせん)は、そんなことまであんたを躾けたの?」

 

 御影は本当に驚いたような表情だ。

 それにしても、こいつは宝玄仙と闘勝仙の関係をどこまで知っているのだろう。

 どうせ、復活したのは最近のはずだが、帝都に入れば、処刑された御影のことを覚えている者も多いだろう。だから、帝都には入れなかったはずだが……。

 

「聞こえないの? 無視していると沙那を殺すわよ」

 

 御影が苛ついたように言った。

 宝玄仙は慌てて口を開く。

 

「い、いえ……。で、でも、闘勝仙のことは……」

 

 それだけを言った。

 

「闘勝仙のことを話したくないの? 帝都には戻れないあたしだけど、影法師の能力もあるしね、いろいろと噂は耳したわ……。あんたと縁があると噂だった闘勝仙は死んだのよね。なんで死んだの、あいつ?」

 

「じ、自殺です……」

 

 宝玄仙は仕方なく言った。

 そうだった。

 御影には、影法師という別人に変身して、それを遠くから操るの道術も遣えるんだった。それならば、自由に帝都にも入れただろう。

 御影が大笑いした。

 

「すごい自殺があったものよねえ。自分の睾丸と男根を引き千切って、口の中に入れて自殺したのよね。あれが、自殺だなんて誰も信じてないわよ」

 

 御影が笑いながら喋る。

 畜生……。

 こいつ、なにが言いたいんだ……。

 ねちねちと、闘勝仙の名を出すのは、宝玄仙が嫌がるからだろう。

 宝玄仙としても、思い出したくもない名前であることは確かだ。

 

「自殺です……。天教の教団はそう結論しました……」

 

 宝玄仙は仕方なく言った。

 もっとも、それは事実である。

 闘勝仙というのは、宝玄仙が帝都で八仙をしていたときの同じ八仙のひとりであり、帝仙といって、八仙の第一位の地位にある男だった。

 だが、ある日突然、闘勝仙は気が狂って、自分の性器を引き千切って自殺をした。

 一応、あの事件の公式記録はどうなっている。

 

「そうかもしれないわね。まあ、それしか結論できないものね。帝仙をしていた闘勝仙が道術で狂わせられたりしたというのは考えられない……。教団としては、それしか結論できないでしょう……。だけど、教団も知らないんでしょう? あんたが、『服従の首輪』という究極の支配霊具を作ったこと」

 

 心臓が激しく高鳴るのがわかった。

 やっぱり、こいつはよく知っている。

 闘勝仙のことも知っているし、服従の首輪のこともいつの間にかわかっていた。

 つまりは、闘勝仙に宝玄仙がなにをしたのかもわかっているのだと思う……。

 

「もしも、教団があんたの霊具の存在のことを知ったらどうなるかしら……。自殺ということで片付けられたあの事件の結論も変わるんじゃない……。そもそも、あれが自殺だなんて、誰も信じちゃいないわ……。あっ、心配しなくても、教団にはそれとなく知らせてあげようかしら。あんたが信じられないくらいに強力な支配霊具を作ったこと……」

 

「お、お前、なにするつもりだい──。い、いえ、な、なんでも……」

 

 興奮して声をあげたが、御影が愉快そうに宝玄仙に視線を向けたので、慌てて口をつぐむ。

 御影は宝玄仙の慌てぶりに満足そうに微笑んだ。

 宝玄仙はぐっと口をつぐむ。

 

「……まあ、そんなことしても愉しくないから、教団にはまだ情報は入れてないけどね。だけど、魔域への巡礼なんて、事実上の追放処置を受け入れて、追及をかわしたかもしれないけど、あたしが影法師を使って密告すれば、教団はあんたの処置も考え直すわね。もちろん、あんたの供をしている沙那と孫空女もとばっちりで酷い目に遭うんでしょうね」

 

「……く、くそう……。どいつも、こいつも、わたしのことを虚仮(こけ)にして……」

 

 呟いた。

 本当に小さな声だったので、御影には聞こえていないと思う。

 宝玄仙は眼の前の景色がゆらりと動いたような気がした。

 そして、はっとした。

 涙だ……。

 慌てて、ぐっと堪える。

 

「あらあら、泣いたの? 泣かんのよ、宝ちゃん。泣かんの」

 

 しかし、御影は目ざとく、宝玄仙の涙を見つけてしまったようだ。

 小馬鹿にしたように言った。

 宝玄仙はひたすらに屈辱を堪えた。

 

「……まあいいわ。じゃあ、いいものあげるわね」

 

 すると、不意に御影が言った。

 手の中に長細い棒状のものが出現した。

 なにかの霊具のようだ。

 棒状の表面は白い毛のようなものがあり、まるで尻尾だ。

 

「尻尾よ。あんたが闘勝仙たちに、徹底的に尻を調教されたのは知っているのよ。だから、それを思い出すように、あたしも徹底的に尻で遊んであげるわね」

 

 御影が宝玄仙の尻に、その尻尾の霊具の片側を挿し入れたのがわかった。

 どういう仕掛けになっていたのか、背後なのでわからなかったが、宝玄仙の尻穴にそれが入る直前に、ぐにゅぐにゅと内部に入る部分の形状と材質が変化した気がする。

 かなり深くまで、あっという間に尻尾が挿し込まれた。

 だが、次の瞬間、衝撃が襲いかかった。

 

「んんほおお、いひいいい」

 

 絶叫した。

 なにがどうなったのかわからなかった。

 その尻尾が肛門に挿し入れた瞬間に、怖ろしい快感がお尻に沸き起こり、宝玄仙は一瞬にして絶頂してしまったのだ。

 

「はははは、びっくりした? これはあんたへの贈り物よ。入れられただけで、お尻の淫情が止まらなくなり、この尻尾をぐっと強く掴むと……」

 

 御影がそう言いながら、尻尾の外に出ている部分を無造作に掴んだのがわかった。

 

「ああがあっ、んぎいいっ、や、やめてええ」

 

 またもや獣のような声をあげて、宝玄仙は絶頂した。

 よくわからないが、どうやら尻尾を掴まれると、無理矢理に絶頂をする仕掛けになっている霊具のようだ。

 しかも、じわじわとせりあげるのではなく、強引に一瞬にして絶頂させられる。そんなものは、快感ではなく苦痛でしかない。

 そのあいだも、御影は宝玄仙の尻穴に挿入された尻尾を掴み続けるので、宝玄仙は連続絶頂をしっ放しだ。

 宝玄仙はがくがくと全身を震わせて叫び続けた。

 御影が手を離す。

 宝玄仙はその場に脱力した。

 

「はあ、はあ、はあ……。な、なに……なにが……」

 

 なにが起きたのだと訊ねようとするが、舌がもつれて動かない。

 宝玄仙の無様な姿が気に入ったのか、御影は嬉しそうだ。

 

「これを掴んでいる限り、いつまでも無理矢理連続絶頂するという仕掛けよ。気絶しても無駄よ。尻尾を掴めば、またまた絶頂して、失神から解放させられるからね」

 

 御影が笑いながら再び尻尾を掴む。

 

「あがあ、や、やめ──。んぐううっ」

 

 やめてくれとも言えずに、宝玄仙は昇天した。

 しかし、絶頂しても快感が終わらないし、あがった快感が下がってくることもない。

 御影が尻尾を掴み続けているからだ。

 

「とりあえず、十回いっておく? でも、心の臓を止めてしまって、死んじゃわないでね。つまんないから」

 

 御影が嬉しそうに尻尾を掴み続けながら言った。



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31  罠対罠

「た、頼む……。い、いや、頼むよ……。あいつらには……て、手を出さないでくれ……」

 

 宝玄仙は息も絶え絶えに言った。

 もう、何十回も尻穴に入れられた霊具の淫具で絶頂させられたのだ。

 息をするのも苦しい。

 視界は朦朧として、心臓の鼓動はその音が聞こえるほどだ。

 しかし、気絶することもできない。

 おそらく、御影はなんらかの道術をかけているのだろう。

 これだけ繰り返し絶頂させられて、意識を失わないというのもおかしすぎる。

 

 だが、とにかく、沙那と孫空女だけは助けたいと思った。

 御影のことだから、口でどんなことを言っても、ふたりを許すわけがない。そもそも、孫空女は影法師とはいえ、一度は御影の分身を殺している。

 性根が腐りきっているこの男は、自分を陥れた相手をとことん許さない。

 特に、女に対してはそうだ。

 根本的に女を「物」のようにしか考えていない御影は、女が自分よりも能力が高かったり、ましてや、してやられることが絶対に許せないのだ。

 だから、これだけのしつこさを宝玄仙に発揮するのだろう。

 

「あんたは、供のことなんて考えなくていいのよ。勝手によがってなさい」

 

 御影が宝玄仙のお尻に挿入されている「尻尾」の先をぎゅっと握った。

 尻尾を掴むだけで、宝玄仙に絶頂を強いる霊気のこもった淫具なのだ。

 

「うはあっ、も、も、もう、やめてえっ」

 

 あっという間に絶頂が襲った。

 宝玄仙は四つん這いの姿勢のまま、背中をぐいと反らして、頭を跳ねあげた。

 

「おおおっ、いぐうっ」

 

 宝玄仙は犬が遠吠えをしたような恰好で喜悦を極めてしまった。

 そして、股間から潮のようなものを噴き出させた。

 

「ははは、情けないわねえ。いき過ぎて失禁? だったら、次は脱糞しなさい。そうすれば許してあげるわ」

 

 御影が大笑いしながら、言玉を出現させたのがわかった。

 宝玄仙ははっとした。

 あの言霊には、沙那の首に嵌めている『服従の首輪』を使って、御影に絶対服従を命令する宝玄仙の言葉が入っている。あの言霊を沙那の前で解放すれば、たちまちに沙那は御影の奴隷に陥るのだ。

 せめてもの望みは、沙那と孫空女が御影に関わり合うことなく、逃亡してくれることだが、どうやら、沙那は律儀にも宝玄仙を迎えに行こうと、こっちに向かっているらしい。

 

「……はあ、はあ、はあ……。ま、待って……」

 

 御影がどこかに行こうとするのに気づいて、宝玄仙はもう一度哀願した。

 

 どうすれば、助かるのか……。

 どうすれば、御影の罠から沙那を救えるのか……。

 どうすれば、あいつらを巻き込まないで済むのか……。

 

 懸命に考えるのだが、何ひとつ知恵は浮かばない。

 

「お尻ばっかりで達するのも飽きたでしょう。これを味わっていなさい。あたしが戻るまでに、せいぜい体力を使っておくといいわ。まだまだ、今日は終わらないわよ。次は三人揃ったところで、犯してあげるわね」

 

 待って──。

 そう叫ぶまもなく、御影が目の前から姿を消した。

 もちろん、言玉も持っていった。

 

 そして、宝玄仙はそれ以上、なにも考えることはできなくなった。

 御影の分身と化している宝玄仙の「手」が御影が残していったものを掴んで股間に持っていったのだ。

 それは巨大ななめくじのような小さな触手だった。

 それが三本ある。

 触手は宝玄仙の股間に接すると、むさぼるように股間に入り込んでもぞもぞと動き出した。

 

「うわああっ」

 

 宝玄仙が奇声をあげてしまった。

 

 

 *

 

 

 御影は、半裸姿で歩いている沙那の前に出現した。

 結界で石壁を作った状態でだ。

 こっちからは沙那の姿は見えるが、沙那からはただの岩壁にしか見えないはずだ。

 

 かなり体力を削り取ってやったとはいえ、この沙那が元は愛陽の城郭の千人隊長であり、気道まで使う達人であることは調べがついている。

 頭もよく、あんな宝玄仙の女奴隷にしておくのは勿体ないほどの女だ。

 

「だ、誰?」

 

 沙那がなにかの気配に気がついたのか、はっとしたように身構えた。

 やはり、勘の鋭い女だ。

 御影は沙那を透明の結界の檻壁にすっかりと包んでやってから、姿を現してやった。

 

「沙那ね? あたしは御影という男よ。あんたとは、さっき会ったわね。もっとも、会ったのはあたしの分身である影法師だったけどね」

 

「御影?」

 

 沙那がいまにも飛びかかろうとする仕草をみせたが、すでに周囲が見えない壁に阻まれて動けない状態になっていることを悟ったようだ。

 沙那は諦めたように構えを解く。

 御影は言玉を破裂させた。

 

『……さ、沙那に……命令……。そ、その御影の言葉に……絶対服従……しなさい……』

 

 息も絶え絶えの宝玄仙の言葉が洞窟内に響き渡る。

 沙那の眼が大きく見開かれたのがわかった。

 

「これで、あんたは、あたしに絶対服従……。そうよね。正直に答えないさい──。命令よ」

 

 御影は言った。

 心なしか、沙那の顔が蒼くなった気がした。

 

「……そ、そうね……。あなたが……御影……なのであれば、絶対服従……。そのようね」

 

「あたしは御影よ──。それを認めなさい。すでに認めているでしょう? 抵抗しても無駄よ。これから、あたしと会話するときは、絶対に真実のみを喋るように命令する。隠し事や、駆け引きのような喋りも禁じる。未来永劫によ」

 

 御影は強調した。

 宝玄仙の霊具が絶対的な力を持っていることは疑ってはいない。

 なにしろ、この霊具で、史上最強の道術師とも称された闘勝仙(とうしょうせん)を陥れ、自らの命を断たせたのだ。

 あの霊具は、言葉で理解したことを装着した対象に行動を強要する絶対的な支配具のようだ。だから、わざわざ、最初に名乗ったのだ。沙那が御影のことを御影と認めない状態であっては、宝玄仙の言葉で「御影に絶対服従しろ」と命じても、意味がない。

 だが、逆には沙那が御影を認めていれば、逃れられない絶対的な服従の力を発揮するはずだ。

 なんの取り柄もない女だが、霊具作りの才能は疑ってない。

 

「……み、認めているわ……。あなたは御影よ……。で、でも、どうして……?」

 

 沙那は口惜しそうだ。

 どうやら、宝玄仙の声で御影の奴隷状態にされたことについて、まだわけがわかっていない様子だ。

 

「質問をするのも命令をするのも、あたしよ──。それとあたしには、丁寧な言葉遣いをしなさい。それとあたしのことは“ご主人様”と呼ぶこと。命令よ。あたしの命令に従うわね?」

 

「し、従います……」

 

 沙那が無念そうに言った。

 その表情が沙那が罠に陥ったことに動顛していることを物語っている。

 沙那としても、宝玄仙のところに到着する前に、まさか、服従の首輪で奴隷状態にされるとは思わなかっただろう。

 

「ご、ご主人様は無事なのですか……、ご主人様?」

 

 すると、沙那が口を開いた。

 御影はにやりと笑みを沙那に向ける。

 

「ご主人様がふたりいてはややこしいわね。宝玄仙のことは“汚らわしい雌豚”と呼びなさい。命令よ」

 

 御影は笑いながら言った。

 沙那なんか、宝玄仙の当てつけとして、すぐに目の前で自殺でもさせるつもりだったが、自分の供だった女に、雌豚呼ばわりされるときの宝玄仙の気持ちはどんなものだなのだろう。

 それを愉しんでから、沙那を殺しても遅くはないなあと、ちょっと思った。

 

「き、汚らしい雌豚は無事でしょうか、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 御影は大笑いしてしまった。

 

「雌豚は元気よ。一応ね──。今頃は狂ったように自慰をしているはずよ」

 

「自慰?」

 

 沙那はきょとんとしている。

 

「自慰よ自慰。すぐに会えるわ。そうだ。あんたも自慰をしてもらおうかしら。宝玄仙の供は、誰も彼も、狂ったような自慰人形にしてやるわ。そこで跪いて自慰をしなさい。一番感じる場所を刺激するのよ。そして達しなさい。命令よ」

 

「くっ」

 

 沙那が歯ぎしりのような仕草をする。

 だが、命令には逆らえないのだ。

 その場で跪いて股間を愛撫し始める。

 すぐに喘ぎ声が始まった。

 

「う、うう、あっ、ああ……」

 

 御影の前で、沙那は股間と乳房を淫らに刺激し始める。

 確かに、『服従の首輪』は効果を及ぼしているようだ。

 御影は満足した。

 

「達したら、そのまま引き返して、孫空女を捕縛して連れてきなさい。おかしな仕掛けは解除してあげるわ。真っ直ぐに戻って、真っ直ぐに最奥までやって来れるはずよ。そこで雌豚が待っているわ。あんたらの元のご主人様がね」

 

「わ、わかりました……。つ、連れてきます……」

 

 沙那が声を上ずらせながら言った。

 

「だけど、孫空女はあんたよりも強いでしょう?」

 

「はい」

 

「捕縛して、連れて来れる?」

 

 沙那はできないとは言わなかった。

 どうやって連れてくるのか確かめようと思った。

 いまの沙那は、御影には嘘はいえないし、隠し事もできないはずだ。

 それでも、小細工をしないように、考えていることを口にさせようと思った。

 

「ち、力では無理です」

 

 沙那の身体が真っ赤になり、息が荒くなっている。

 さすがは、あの変態巫女が調教している女だ。随分と敏感のようだ。

 

「どうするの?」

 

「さ、策を……策を弄します……。あ、ああ……はあ、はあ、はあ……」

 

「策とはなに? 全部、言いなさい。命令よ」

 

「ご、ご主人様の……ぬ、布を……つ、使います……」

 

「あたしの布? 魔道封じの布のこと?」

 

 宝玄仙を捕まえるのに使った罠だが、そういえば、あの場所に残したままだった。

 

「あ、あの布を持って来ています……。なにかの……役に立つかと思ったのです……。そ、孫空女は……、あ、あの布に……ふ、触れると……う、動けなく……なります……。こ、この目で見ました……。隙をみて……か、被せます……。あ、あいつが……わ、わたしを疑うことは……な、ないので、うまくいくと……思います……」

 

 沙那の身悶えがかなり激しいものになった。

 そろそろ達するのかもしれない。

 それにしても、なかなかの策士だと思った。

 やはり、元千人隊長だ。

 

「達したら、戻りなさい──。孫空女を捕まえて連れてくること──。それと、いまから言うことは、未来永劫に続く命令よ。お前は、あたしを攻撃してはならない。そして、もしも誰かがあたしに危害を加えそうになったら、身を挺してでも、あたしを守りなさい。命令よ。いいわね──」

 

「わ、わ、わかりました……。と、ところで……、い、いきます……」

 

 沙那の身体がぶるぶると震えた。

 そして、弓なりになり、噛み殺したような悶え声を出しながら、沙那が昇天したのがわかった。

 

 

 *

 

 

「うう、いいわあっ、気持ちいい……。気持ちいいわあ……。やっぱり、あんたの身体はいいわねえ。この気持ちよさがある限り、生かしておいてあげるわね。いくわあっ」

 

 御影は宝玄仙を背後から犯しながら、思わず感極まって声をあげてしまった。

 あの淫具の尻尾は抜いたが、やはり、生はいい。

 何度犯しても、この女の道具は最高だ。

 それは認めざるを得ないだろう。

 

「う、うううっ、んあああっ」

 

 一方で宝玄仙は、御影に改めて犯されだしてから、何度目かの絶頂をした。

 なにしろ、跪いて尻を高く上げた状態で御影に尻側から犯されながらも、宝玄仙の両手は宝玄仙の股間と乳房をこれでもかと責めたててるのだ。

 見た目は自慰をしながら犯されている姿だが、宝玄仙の両手は御影が支配している。

 これは、御影が分身を操ってやっている行為である。

 

 そして、いま、宝玄仙の口には、意味のある言葉を封じる道術をかけた。

 沙那が戻ってきたとき、御影に絶対服従だと言った命令を取り消されては困るからだ。

 口惜しいが、宝玄仙の霊気は、御影よりも上だ。だから、宝玄仙の意思に反しては御影の道術はかけることはできない。

 しかし、宝玄仙については、死の一歩手前まで追い詰めるような連続絶頂責めにさせていた。そこまで弱らせてしまえば、さすがに宝玄仙は抵抗するほどの心を保つことはできなかった。

 弱った心のときには、どんな強い道術師であろうとも、道術を抵抗なく受け入れるしかなくなる状態になってしまう。

 宝玄仙も例外ではなかった。

 

 それにしても、うまくいった。

 宝玄仙は完全に支配下だ。

 沙那も捕らえた。

 もうすぐ、孫空女も無力化されて、やって来るだろう。

 

 これで復讐の土台はすっかりと整ったということだ。

 どんな仕打ちで、この三人を痛めつけてやろう。

 いまから愉しみだ。

 

「うおおっ、あ、あんまり締めつけないでよ、あんた」

 

 そのとき、すごい勢いで宝玄仙の膣が収縮するように動いて、御影の男根をぎゅっと締めつけた。

 御影は一瞬にして精を搾り取られてしまった。

 

「まあいいわ。じゃあ、舐めてもらおうかしらね……。掃除してちょうだい。噛みきってなにかをしようと思っても無駄よ。一応は性器を結界の膜で包んでいるからね。それに歯形ひとつつけたって、沙那を自殺させるわ。それでもいいなら、なんでもしなさい」

 

 御影は宝玄仙の口に精を出したばかりの男根を向けた。

 宝玄仙は、なにか言いたそうだったが、結局、なにも言わなかった。

 大人しく、御影の性器を口に咥えて、舌で掃除をし始める。

 

 そのとき、洞窟の入口に何者かが侵入した反応を感じた。

 御影は霊気を研ぎ澄まして、それを追った。洞窟全体を御影の結界で覆っている。だから、離れたここからでも、気配を感じることが可能だ。

 

 入ってきたのはふたりの女だ。

 ひとりは上半身全体を布で巻かれている。

 もうひとりは沙那だ。

 沙那は上半身を包んだ相手を縄で布の上から縛って、その縄尻を持って進んで来る。

 

 どうやら、沙那は孫空女を捕らえるのに成功したようだ。

 

「沙那は孫空女を無事に捕らえたわよ。こっちに呼ぶわね」

 

 御影は満足して、性器を宝玄仙の口から抜いて服装を整えた。

 そして、四つん這いになっている宝玄仙の背中にどしりと腰をおろす。

 

「うっ」

 

 重みで宝玄仙が潰れそうになったのがわかった。

 だが、必死になって身体を保持したようだ。

 潰れれば、なにをされるかわからないと思っているのだろう。

 やはり、この女は心のどこかで、徹底的な奴隷根性を叩き込まれていると思った。

 二年間の闘勝仙の奴隷生活でもそうだったようだが、その前に御影が宝玄仙を罠にかけて慰み者にしたときも、そんな感覚があった。

 平素の強気の外観は、自分自身の被虐心を嫌悪する心の裏返しだ。

 この女の本質は被虐だ。

 御影はそう思った。

 

「通路を開くわ……。そのまま、真っ直ぐに来なさい、沙那」

 

 御影は洞窟を進んで来る沙那に、道術で言葉を送ると、結界を動かして進入路を解放した。

 解放しない限り、いつまでも迷路のような洞窟が続くのだが、解放すれば、あっという間にここに辿り着く。

 そんな仕掛けにしていた。

 

「……沙那と孫空女がやってきたら、全員で改めて、あたしの隠れ家に移動するわ……。そこで、お前には生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてあげる……。自殺もさせない……。そのうちに、お前自身の服従の首輪をもうひとつ作らせて、お前に嵌める。まあ、教団に引き渡されるよりはいいでしょう?」

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、あれは……も、もう作れない……。そ、それよりも……、重いよ……。もう、くたくたなんだ……。も、もう、堪忍……」

 

 宝玄仙は本当につらそうだ。

 御影は返事の代わりに、背中にさらに身体の重みをかけてやった。

 宝玄仙が「ううっ」と苦しそうに呻いた。

 

 すると、この場所を封鎖している岩壁の前に、沙那たちが到着したのがわかった。

 御影は結界を解く。

 ここは二重の結界になっていて、岩壁に見える結界が最後の防壁なのだ。

 それを消滅させる。

 すると、目の前に、沙那と黒い布に包まれている孫空女が現われた。

 

「んん?」

 

 しかし、思わず、御影は首を傾げてしまった。

 なにかが不自然だったのだ。

 

 そして、その違和感の正体はすぐにわかった。

 沙那よりも背が高いはずの孫空女が異常に背が低かったのだ。

 ほとんど、沙那と同じくらいだ。

 いや、まったく一緒だ。

 

 どういうこと──?

 

 口に出そうとして、なぜか喋れなかった。

 代わりに、口から血の塊が噴き出した。

 

 なんだ──?

 

 叫ぼうとした。

 やっと、自分の胸に沙那が繰り出した『如意棒』が突き刺さっているのがわかったからだ。

 如意棒は、御影の胸を貫き、後ろの洞窟の壁まで貫いるようだ。

 

 また、血の塊が口から噴き出した。

 

「やったわ、孫空女……」

 

 沙那の声がした。

 だが、それは如意棒を貫かせている側ではなかった。

 黒い布に包まれている方からだ。

 

 黒い布と縄を自ら外した沙那がそこから現われた。

 沙那がふたり……?

 

 そして、御影はすべてを悟った。

 ずっと、沙那だと思っていたのは、霊具かなにかで、沙那に変身をしていた孫空女だったのだ。

 服従の首輪も、なんの効果もない偽物だ。

 だから、言霊により支配に陥るわけもなく、ずっと支配されたふりをしていただけだったのだろう。そして、御影が宝玄仙のところまで、ふたりを連れていくのを待っていたのだ。

 

 沙那だと思い込んでいた女が孫空女の姿に変わった。

 そして、その孫空女が、一度如意棒を御影の身体から抜いてから、もう一度貫かせた。

 

 視界が失われ、すべてが闇に包まれた。

 

 

 

 *

 

 

 

「死んだ……?」

 

 沙那は宝玄仙の背中から転がり落ちて、いまは洞窟に横たわっている御影の屍体を見下ろしながら呟いた。

 

「そのように見えるね。この洞窟の結界がまるでなくなった。霊気も消えている」

 

 孫空女が言った。

 

 沙那はいまだ四つん這いの格好で身動きできない宝玄仙に駆け寄った。ちらりと宝玄仙の股間に眼をやる。精液の垂れが内腿につたっている。

 

 犯されたのだろうな……。 

 沙那は思った。

 

 沙那は宝玄仙の首と足首を包んでいた『道術封じの布』を剥ぎ取った。

 手足の布が取り去られると、宝玄仙はぐったりと倒れた。

 宝玄仙の身体は汗まみれであり、死んだ御影から流れた血が身体に降り注がれた状態になっていた。

 だが、それを拭こうとすると、汗とともに血が宝玄仙の裸身から消えていくのがわかった。

 宝玄仙の道術だ。

 しばらくすると、染みひとつない宝玄仙の身体になった。

 

「あ、ありがとう……本当に……ありがとう……、お、お前ら……」

 

 やがて、宝玄仙が言った。

 彼女の飾りのない感謝の言葉に、沙那は思わず微笑んでしまった。

 

「いえ……。大丈夫ですか、ご主人様?」

 

「あまり、大丈夫じゃないけど……。まあ、たまにはいい刺激だよ」

 

「服は洞窟の入口です。すぐに持って来ます」

 

 沙那は言って、立ちあがろうとした。

 しかし、それを宝玄仙が押し留める。

 

「……いいよ……。自分で歩いていく……。だけど、まだ身体が痺れていてね……。ちょっと休んでからだ」

 

 宝玄仙が荒い息をしながら言った。

 

「はい」

 

 沙那はぐったりと沙那に身体を預けてきた宝玄仙を支えるように抱えた。だが、すぐに宝玄仙の股間の状態に気がついた。

 孫空女に目で合図する。

 孫空女は無言で御影の衣服から端の血の付いていない部分を切り割いて持ってきた。

 

「拭くよ」

 

 宝玄仙は、孫空女にされるままにじっとしている。

 まるで、失われた霊気を取り戻そうとしているかのようにも見えた。

 やがて、孫空女の手により股間をきれいにしてもらった宝玄仙は、視線を洞窟の隅で横たわる御影の屍体に向けた。

 

「こいつは死んでいないよ……」

 

「ええっ?」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 

「これも、こいつの分身ですか?」

 

 自分の分身を操るという御影の能力を聞いていた沙那は、宝玄仙に訊ねた。

 

「違う。これは間違いなく本体だよ。このわたしを犯すという役割を自分の分身なんかにやらせはしないよ……。これは御影の本体だよ」

 

「だったら死んでいるよ、ご主人様。あたしも、この屍体がまるっきり霊気を失くしていて、霊気が動いていないのがわかるよ」

 

「うん、そうだね、孫空女。お前はどうやら完全に道術遣いと同じような身体になったようだね。しかも、一流の……。霊気の流れが見えるというのは、実は道術遣いでも、このわたしや御影程度以上の力がなければできないのだよ」

 

「だったら──」

 

「わたしたちのような道術遣いにはねえ……。万が一にも、死んだ場合に備えて、魂の欠片(かけら)をどこかに隠しておく者がいる。それで、本体が生命を失われたとき、その欠片が少しずつ魔力を集めて、やがて復活するのさ。そういう意味でこいつは死んでいない。いつかは復活するだろうよ」

 

「いつかって……」

 

「こいつは、以前、帝都で首を斬られた。それは、間違いなく御影だった。だけど、それから数年……。いつの間にか復活して、わたしにつきまとってきた……」

 

「また、やって来るのでしょうか?」

 

「しつこい男だからね……。それにしても……」

 

 宝玄仙はいきなり立ちあがると、御影の屍体を蹴飛ばした。

 沙那は驚いた。

 

「こうしてやる──。こうしてやる──。こうしてやる──」

 

 宝玄仙は狂ったように御影の屍体を繰り返し踏みつけた。

 沙那は孫空女とともに、呆気にとられてその行動を眺めていた。

 

「とっとと復活して来い、この男女──。どうしてやるか、覚悟していろ。お前こそ、生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやる──」

 

 やっと、屍体に対する冒涜をやめた宝玄仙は、激しく息をしながらそう言った。

 

「そろそろ、出ましょうか、ご主人様」

 

 沙那は宝玄仙の背中に声をかけた。

 

「そうだね。その前に、こっちにおいで、沙那」

 

「はい」

 

 沙那は、宝玄仙の前に立った。

 

「今回の策はお前が考えたのかい、沙那?」

 

「そ、そうです……。ご主人様が捕えられた時点で、わたしの行動が制約される危険がありましたから……」

 

 沙那はおずおずと言った。宝玄仙はなにか怒っているのだろうか。

 宝玄仙は沙那を鋭い視線でにらんでいる。

 

「わたしが脅迫されて、お前に裏切るように命じるという危険だね?」

 

「そ、そうです」

 

「そうだね。実際のところ、そうなった。わたしは、そういう事態がありうることを想像していなかったよ」

 

「それは……」

 

「これは、もう外しておく……」

 

 宝玄仙は沙那の首にあった『服従の首輪』を取り去った。呆気ないくらい簡単にそれは外れて、もう、宝玄仙の手の上にある。

 

「あ、あの、どうして……?」

 

 沙那は自分に起こったことが信じられなかった。ついに『服従の首輪』が外されたのだ。

 宝玄仙はそれをじっと手の中に握っていた。やがて、それは、宝玄仙の手の中から小さな指輪のような大きさとなってこぼれ落ちた。

 

「孫空女、これを砕いておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「うん」

 

 孫空女が地面に落ちた“それ”を如意棒で突いた。『服従の首輪』であった魔具はそれでばらばらに砕けた。

 

「これで、お前を縛っていたものはない、沙那……。だけど、わたしの旅についてきてくれるね?」

 

「あ、あの……」

 

 沙那は自分の首を擦った。

 なにもない……。

 あれほど、沙那の心と身体を苦しめた首輪がなくなっている。

 

「一緒に来てくれるね、沙那──?」

 

 宝玄仙がもう一度同じことを言った。なにか、あの宝玄仙がすがるような視線を沙那に向けてくるのがおかしかった。

 沙那はうなずいた。

 すると、宝玄仙はほっとした顔になり、今度は孫空女を見た。

 

「そして、孫空女──。御影は死んだ。お前にかかっていた死の呪いはもうない。あいつが復活したとしても、生き返る前にかけていた呪いなど無効だ。わたしの道術で作った手足もそろそろ安定して、わたしの霊力がなくても、お前も大丈夫だ。お前も、わたしに縛られるものはなくなった。それでも、ついてくるね?」

 

「あたしはいっぺん誓ったら、なにがあっても裏切らないよ。ご主人様の性奴隷になると約束したから、ご主人様がもういいって言うまで、性奴隷とやらをするよ」

 

 孫空女は屈託のない口調でそう言って、明るく笑った。

 宝玄仙は嬉しそうに微笑んだ。

 

「……ついでに『女淫輪(じょいんりん)』も外して貰っていいですか、ご主人様?」

 

 機嫌がよさそうだ。沙那はこの機会にお願いしてみようと思った。

 沙那の乳首と陰核の根元には、『女淫輪』という魔具が締めつけられている。それは、常に沙那を軽い欲情状態にしている。

 

「それは駄目」

 

「ひやっ」

 

 『女淫輪』が不意に振動しはじめて、沙那は悲鳴をあげた。

 

「孫空女もだよ」

 

「うわあっ」

 

 孫空女がお尻を抱えてうずくまった。

 このところ、宝玄仙は孫空女のお尻ばかり責めている。いまや、孫空女も沙那と同じように、後ろが肉芽と同じくらいの快感の場所となっているはずだ。

 

「このわたしの苛々を解消させるために、少しばかり、お前たちで遊ばせてもらうよ」

 

「ひ、酷いよう……。た、助けたのに……ああっ」

 

 孫空女が喚いた。

 

「さあ、さっさと戻るよ。こんな屍体なんかと同じ場所に、いつまでもいられるもんかい」

 

「だったら、もうとめてください──。ああっ」

 

 沙那も言った。

 

「さあ、行くよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は歩き出したが、どうしても中腰のみっともない恰好にしかなれない。ふと見ると、同じような姿勢で孫空女も歩いている。

 

「このくらいで音をあげるお前たちじゃないだろう? ちゃんと、いくにいけないくらいの刺激に弱めてやっているはずだ。さあ、行くよ」

 

 宝玄仙がすたすたと歩きだした。

 

 ひとりで行くと危ない。

 沙那はそう思い、慌てて後を追った。

 

 

 

 

(第5話『仇敵再び』終わり)






 *


【西遊記:20・21回、黄風大王】

 うっかりと黄風大王の縄張りに入ってしまった玄奘一行(すでに猪八戒も供になっています。)は、黄風大王の部下の罠に嵌まって、幻の敵をふたりで追いかけるうちに、残してしまった玄奘を浚われてしまいます。
 玄奘は、妖魔の洞府に連れ込まれますが、孫悟空はなんとかその洞府を見つけて、虫に化けて囚われている玄奘を安心させます。
 しかし、黄風大王は強く、一度は孫悟空は撃退されます。
 孫悟空は、黄風大王の術を封じることのできる霊吉菩薩の助力を受けて、再度殴り込みをし、今度は洞府の外で黄風大王を倒します。
 そして、待機をしていた猪八戒とともに洞府に入り、囚われていた玄奘を救出します。


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 第6話    「呪い」の里【お(らん)
32  真言の誓約


 やってきたのは、浮屠(ふと)という山だ。

 西の国境に向かう街道からかなり外れており、脇道というよりは獣道のようなうっそうと茂った草のあいだを進んでかなりになる。

 先頭を進むのは孫空女だが、方向を示すのは宝玄仙だ。

 孫空女は、如意棒(にょいぼう)を片手に、遮る樹木や草を払いながら、宝玄仙の指示で道を作りながら進んでいる。

 

「本当に方向は合っているのですか、ご主人様? これは、道というよりは、ただの森地ですけど」

 

 沙那は後ろから荷を担いでついていきながら言った。

 孫空女が広めに道を開いてくれるのだが、さすがに道なき道を重い荷を背負って歩くのは重労働だ。沙那の背中には背負子(しょいこ)に結び付けた六個の葛籠(つづら)が乗っている。

 

「心配ない。大丈夫だよ。それにしても、あいつめ……。わざわざ、道を消してしまいやがって……。わたしがやって来るというのは手紙で知らせてあっただろうに」

 

 宝玄仙がぶつぶつと文句を言っている。

 沙那はその内容に気を留めた。

 

「ご主人様は、これから行く場所を知っているのですか?」

 

 訊ねた。

 

「ここには以前に二度やって来た……。そのたびに大喧嘩になってね。そして、どうやら二度と近づけないように、こうやって道を消してしまったようさ。まあ、そんなことじゃあ、この宝玄仙を追い払うことはできないけどね」

 

 なにがおかしいのか宝玄仙が声をあげて笑い出した。

 沙那はひとりで肩を竦めた。

 そのときだった。

 前を進む孫空女が急に立ち止まって、息を吐いたのがわかった。

 

「どうしたの、孫女(そんじょ)?」

 

 沙那は声をかけた。

 あの御影の襲撃から約一箇月ほどが過ぎている。

 宝玄仙から、日がな一日中淫らな調教や悪戯を受けながら旅をする毎日は相変わらずだが、そのあいだに、沙那は孫空女のことを“孫女”と呼ぶようになっていた。

 まあ、なんだかんだと、孫空女とは裸体を重ね合ったり、並べられて宝玄仙の嗜虐を受けたり、ときには宝玄仙の命令で、お互いを責めさせられあったりしている仲だ。

 これだけ、身体を重ね合えば、女同士であろうとも情のようなものも感じるようになる。

 親しい呼びかけになったのは、その表れのようなものだ。

 

「どうやら、終わりだよ。道が出てきた」

 

 孫空女が如意棒を大きく振って、目の前の背の高い草を打ち払った。

 すると、一変に景色が変わり、きちんと草刈りをされた山道が現われた。その先には田畑のある集落が見える。

 

 いま進んでいるのは、宝玄仙の知り合いだという人物のいる隠し村に行くためだ。

 宝玄仙によれば、その隠し村にいる人物は、宝玄仙に勝るとも劣らない大変な道術の持ち主であり、その道術師に頼んで、「魔法石」という魔石を作ってもらうのだそうだ。

 その魔法石を使えば、道術を遣えない沙那でも、身体に霊気を帯びて、ある程度の霊具を使いこなせるようになるらしい。

 

 宝玄仙はいずれ、あの御影は復活すると思っている。

 御影は復讐の権化のような男であり、復活すれば間違いなく、宝玄仙だけでなく、孫空女や沙那も標的にするだろうと言っている。

 そのときに、道術に対抗できるくらいの準備をしておこうということだった。

 孫空女は、五行山の騒動のときに、宝玄仙の霊気を帯びる身体になっているので、宝玄仙の道術の加護を身につけているが、沙那は霊気を帯びないただの人間だ。だから、宝玄仙は、この先の集落に住む仙人の手を借りて、沙那も宝玄仙の霊気を帯びさせたいと思っているようだ。

 そして、そのためには、その仙人の作る「魔法石」が必要らしい。

 

「あれ?」

 

 如意棒を耳にしまって進み始めた孫空女が、再び立ち止まって不審そうな声をあげた。

 

「どうかしたの?」

 

 沙那は声をかけた。

 振り返った孫空女は警戒したような表情になっている。

 

「ご主人様、結界だよ。しかも、とんでもなく強烈なやつだ。それが里全体を覆っている」

 

「ええ?」

 

 沙那は荷を下ろして剣を抜こうとした。

 だが、宝玄仙がそれを静止した。

 

「そうだよ。結界だよ。あの里全体が、そいつの結界で覆われているのさ。つまりは、ここから先は、さすがのわたしでも道術は制限される。あいつの独壇場ということだ」

 

 宝玄仙は溜息をついた。

 だが、沙那は驚いた。

 結界というのは、宝玄仙がいつも寝泊りをするときに作ってくれるが、術師のいる場所からある程度の範囲を包んで、侵入を制限したり、他者の道術を制限したり、あるいは力場そのものを操って、中にいるものを拘束したりすることのできる霊気が満ちた空間のことである。

 しかし、里全体を覆うような巨大な結界など、道術に詳しくない沙那でも、それがとんでもないことだというのはわかる。

 

「これ……。このまま進んでも、大丈夫なのかい、ご主人様?」

 

 孫空女が心配そうに言った。

 

「もちろん大丈夫じゃないね。言っていくけど、これから会いにいく相手は、相当の変わり者だからね。そのくせ、道術については、わたしを上回るくらいの力を持っているんだ。まあ、ちょっとくらいの面倒は覚悟するさ。なにせ、魔法石は必要だしね」

 

 宝玄仙が先を促した。

 孫空女が進み始める。

 それにしても、宝玄仙が自分よりも力があるとはっきりと認めるというのは珍しいと思った。そもそも、宝玄仙自身が沙那からすれば、桁外れの道術遣いだ。その宝玄仙が自分よりも上だというのは、もはや沙那には想像もつかない。

 

「ところで、その道術師様は、なんというお方ですか?」

 

 沙那は歩きながら訊ねた。

 宝玄仙は、いまだにその人物の名を語らないのだ。

 しかし、宝玄仙は沙那に背を向けたまま、首を竦めた。

 

「さあね。今度はなんという名に変わっているんだろうね。なにしろ、わたしが訪問するたびに、次に行くときには姿も名も変えてしまうんだ。本当に変わり者なのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は唖然としてしまった。

 

 集落にやってきた。

 村にある建物のほとんどはすべて平屋であり、沙那たちが進む道に沿って両側に二十軒ずつほど並んでいる。さらにその外側には、耕作をしている田畠が拡がっており、向かって右側が田園であり、左側が畠だ。

 だが、それほど大きくはない。

 田畑の広さと、家の数から、この里の住民の人数は、百人から二百人程度ではないかと推測した。

 里の住民たちの中で、家の外や田畠で働いていた者については、やっていた仕事の手を休めて、物珍し気にわらわらとこっちにやって来た。

 男もいるし、女もいる。

 だが、不思議なことに老人や子供はいない。

 それはいいのだが、沙那たちを眺める住民の視線が気になった。

 

 なんとなくいやらしいのだ。

 まるで、服の下を覗かれているような嫌な気分になる。

 しかも、男だけじゃなくて、女もだ。

 どことなく、表情が卑猥だ。

 

「なんか、気味の悪い視線を向けてくるような気がするんだけど、ご主人様……。気のせいかい?」

 

 孫空女が振り返って、小声で言った。

 どうやら、孫空女も同じことを感じていたようだ。

 

「気のせいじゃないよ。この里の連中は、どいつもこいつも、この隠し里の主人の影響を受けているからね。もしかしたら、この結界に長く居続けると、おかしくなるのかもしれない。隙を見せれば、容赦なくお前らを強姦しようとするからね。絶対に気を許すんじゃないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は驚愕した。

 

「や、やめましょうよ、ご主人様……。危険です」

 

 沙那は言った。

 

「大丈夫さ。あいつの結界内といっても、わたしだって道術は遣えるし、お前たちだって、男の十人や二十人に襲われても、軽くあしらえるだろう」

 

「でも……」

 

「でもじゃない──。もう、遅い。着いたよ」

 

 宝玄仙が道の先にある建物を指さした。

 低い丘上になっている道の先に、この里の中で唯一の二階建ての建物がある。

 かなり立派な屋敷だ。

 ただし、柵のようなものはない。

 道がそのまま、その屋敷の入口のような場所に繋がっている。

 そこにひとりの老いた男が立っていた。

 屋敷の前に仁王立ちになり、真っ直ぐにこっちを眺めている。

 

「久しぶりじゃな、お宝。もう、ここには来ないと言ったんじゃなかったか?」

 

 その老人がむっとした表情のまま言った。

 

「用件は手紙で伝えたろ。こいつが沙那だ……。お前の魂の術で魔法石を作っておくれ。それを沙那の身体に入れる。それで沙那に霊気が帯びるはずだ。せめて、霊具くらいは使える身体にしたくってね。さっさとしな。終われば、すぐに帰ってやるよ。そして、二度と来ないと約束してやる」

 

 沙那は横で聞いていて、びっくりした。

 なんという無礼な物言いだと思ったのだ。

 案の定、目の前の老人は明らかに気分を害したように、顔を真っ赤にした。

 

「それが五年ぶりにやっと訪ねて来て、口にする言葉か」

 

 老人が奮然とした表情のまま言った。

 

「そんなになるかねえ……。それにしても、その姿はお前には似合わないよ。元の姿になりな。目障りだ」

 

 元の姿?

 つまり、目の前の老人の姿は、道術かなにかで変身している姿ということ?

 

「わしは、烏巣禅(うそうぜん)じゃ」

 

 老人が言った。

 

「烏巣禅?」

 

 宝玄仙が訝しむような声を出した。

 

「そうじゃ。烏巣禅じゃ。いまはそう名乗っておる。わしの意思に反して、それ以外の名を呼べば、お前の頼みなど知らん。金輪際、魔法石など作らんことを約束する。お前の頼みなど知ったことか──。その代償として、お前がわしを烏巣禅と呼ぶ限り、この里の滞在を認めよう」

 

 烏巣禅が片手をさっとあげたのがわかった。

 なにをしたのかはわからない。

 しかし、大きな気の塊のようなものが烏巣禅の身体から放たれた気がする。

 

「あっ、お前、呪いを放ったね。ふざけるなよ」

 

 すると、宝玄仙が焦ったような声で叫んだ。

 だが、呪い──?

 それはなんだろう……。

 

「ご主人様、いまのなにさ? 大きな理力が飛んだよね。危ないよ。こいつ、なにかしたよ──」

 

 孫空女が叫んで如意棒を出した。

 烏巣禅が孫空女を見ることなく、さっと手のひらだけを孫空女に向ける。

 

「孫女、危ない──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 いや、実際にはなにかをみたわけではない。

 ただ、巨大な気の塊が孫空女に向いたのがわかったのだ。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、孫空女の身体が吹き飛んだ。

 いや、ひっくり返ったのだ。

 しかも、足を仰向けの頭の横に持ってきた、いわゆる“まんぐり返し”の体勢だ。

 そして、ぎょっとした。

 孫空女の両手が肩の付け根からなくなっているのだ。

 着ていた服の袖の部分がぷらんと垂れ下がり、なんにもなくなっている。

 

「そ、孫女──」

 

 沙那は孫空女に駆け寄った。

 

「うわっ、重いのう。こんなものを振り回しておったのか。こりゃあ、堪らん」

 

 ずどんとなにかが地面に落ちる音がした。

 ふと見ると、烏巣禅の腕が四本になっている。そのうちの二本は紛れもなく孫空女の腕だ。どうやら、その腕が握っていた如意棒を地面に放り投げたようだ。

 

「ここはわしの結界じゃぞ。なにを勝手なことをしておる」

 

 烏巣禅が高笑いした。

 道術で孫空女の両腕を奪い取ったということか?

 沙那は孫空女を抱え起こしながら、目を丸くした。

 

「な、なにすんだよ、この糞じじい──」

 

 腕のない孫空女が悪態をついた。

 すると、烏巣禅がさっとまた手を振った。

 とっさに、沙那は孫空女を庇う体勢になる。

 だが、予想していた念のようなものは襲ってこなかった。

 その代わりに、烏巣禅の手に、手のひらくらいの大きさの真っ白い人形が握られている。

 

「生意気な女じゃな。それ以上、わしを愚弄するような口をきけば、この人形をどうするかわからんぞ。火にでも放り込んで焼いてしまうか? それとも、尖った針で突きまわすか?」

 

 烏巣禅が笑いながら、人形の股の部分をぺろりと舐めた。

 

「うふうっ」

 

 すると、沙那の腕の中の孫空女がびくりと身体を跳ねさせて、身体を弓なりにした。そして、いきなり淫らな声を発し始める。

 

「ほう、ほう、随分と感じやすい身体じゃのう。さすがは。お宝の供じゃな。これは愉しい」

 

 烏巣禅は人形の股間を舌で舐め続ける。

 

「や、やめてよお」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして、腰を左右に悶えさせる。

 もしかして、あの人形に与えられる刺激が、孫空女の実際の身体に飛んでいるのか?

 沙那は呆気にとられた。

 

「なに、わたしの玩具どもに、勝手なことをやってんだい──」

 

 そのとき、宝玄仙の不機嫌な声が飛んでいた。

 今度は宝玄仙から念のようなものが飛んだ。

 

「あっ、戻った……」

 

 すると、孫空女の身体に両腕が戻った。

 一方で、烏巣禅の腕は二本に戻っているし、手に持っていた得体の知れない人形は消滅している。

 烏巣禅の舌打ちが聞こえた。

 

「お宝の玩具──? こいつらが……?」

 

 烏巣禅は不満そうに言った。

 

「そうだよ……。沙那に孫空女だ。あたしの旅の供だ。それよりも、さっきの話はよろしく頼むよ。沙那に魔法石を作っておくれ……、烏巣禅」

 

 宝玄仙が老人を烏巣禅と呼んだ。

 すると、一応は満足したのか、老人が鼻を鳴らして、顎を屋敷の方向に向かった。

 「入れ」という意味だろう。

 沙那は、並んで屋敷に向かっている烏巣禅と宝玄仙の後ろから、孫空女とともについていった。

 

 入った部屋にはなにもなかった。

 ただの板張りがあるだけの広い部屋だ。

 先に入っていった宝玄仙と烏巣禅が入り口で履き物を脱いで素足になったので、沙那と孫空女も同じように中に入った。

 

 烏巣禅が入口の反対側になる奥側に胡坐をかいて座る。

 宝玄仙がその向かい側に腰をおろした。やはり胡坐だ。

 沙那と孫空女は無言のまま、宝玄仙の後ろ側に腰をおろした。

 

「それにしても、随分と変わったじゃないかい、烏巣禅。里の人間も増えたかい? 前にやって来たときには、この半分もいなかったかと思うけどねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「五年も遊びに来んからじゃ。結界を使って苦労して隠しておるのに、噂を聞いて時折、この隠し里を探し当てて入って来る者がおるのじゃ。それがだんだんと増えていって、このざまじゃ」

 

「噂ってなんだい?」

 

「税も払わん──、徴兵にも行かんですむ隠し里が、この浮屠(ふと)山あるという噂じゃ。ここには役人もおらんし、盗賊も寄りつかん。ついでにいえば、天教といかいう性質(たち)の悪い教団もない。そんな場所に行きたいという者はいくらでもおるということじゃ」

 

「それで、居ついたってわけかい。ここに住むということは、お前の奴隷になるということことを知らないでね。気の毒なことだ」

 

 宝玄仙は烏巣禅のからかいを無視して、からからと笑った。

 

「別に問題無用に奴隷にしているわけじゃない。ちゃんとした正当な勝負の末に奴隷にしているわけだからのう」

 

「正当な勝負?」

 

「呪いじゃ、呪い──。わしと勝負をして、勝った方が負けた方を奴隷にできるという勝負じゃ。それをせねば、ここには住めんという誓約を里の大地に刻んでおる。その代わり、わしも負ければ、その者の奴隷になるというわけじゃ。一方的な強制では呪いの術式は完成せんからのう。呪いを敷くのに相応しい代償──。それをもってせねば、呪いは成立せん。わしだって、やって来た連中を相手に、一対一の勝負をしておるのだ」

 

 烏巣禅も笑った。

 それにしても、一時はどうなることかと思ったが、どうやら宝玄仙と烏巣禅は随分と親しそうだ。沙那はほっとしていた。

 一方で、隣の孫空女は大人しい。

 おそらく、なにもできずに腕を消失させられたことに、かなりの衝撃を受けているようだ。

 まだ動揺している感じで、かなり息も荒い。

 

 それにしても、さっきから、ちょっと気になっているのが、「呪い」というのはなんだろう?

 この屋敷に入る前にも、「烏巣禅の名で呼ばなければ里を追放するが、その名で呼べば屋敷に招く」と烏巣禅が唱えていた。その通り、宝玄仙が「烏巣禅」と呼びかけた途端に、屋敷に入ることを許された。

 なんとなく「呪い」というのは、言葉通りの意味ではない気がする。

 それで、話が途切れたのを狙って、「呪い」とはなにかを訊ねてみた。

 

「呪いの術じゃ。真言(しんごん)の刻みとも呼ぶ。つまりは、一定の地域全部に効力を及ぼす広域術じゃな。わしはこの里全体に結界を作って、この中に逆らうことができん“真言の刻み”を刻んだということだ」

 

 烏巣禅が屋敷の外とは打って変わって、機嫌よさそうに言った。

 

「真言の刻みって、なにさ?」

 

 孫空女が横から言った。

 すると、今度は宝玄仙が口を開く。

 

「真言の刻みというのは、何人といえども、半永久的に破ることのできない道術の誓いのことさ。ふつうは道術師が一対一で結ぶものだが、こいつは、それを里全体というような途方もない広さで刻んでしまうのさ。それで、その地域に存在する者は、全員がその約束事に支配されてしまうということさ」

 

「真言の刻みのことは知っています。でも、それを地域全体にかけることなどできるのですか? そもそも、真言の刻みというのは相互誓約ではないのですか?」

 

 沙那は道術師ではないか、それくらいの知識なら書物で得ている。

 道術師というのは、なにかの約束事をするときに、それを言の葉に乗せて、お互いに道術で誓い合うのだ。すると、それぞれの身体にある霊気がその行動を束縛し、絶対に破ることのできない約束事が成立するという仕組みだ。

 しかし、それが地域全体に及ぼすなどということは知らない。

 それに、真言の刻みというのは、相互に誓い合うものだ。どちらか一方だけの誓いでは成立しない。約束を結ぶ者の両者が誓い合わなければ、刻みは成立しないはずなのだ。

 

「へえ、よく知っておるのう。察するところ、平民のようじゃがな。ただ、その赤毛は道術遣いだな。身体に霊気が充満しておる」

 

「いや、孫空女も平民だよ。わけあって、身体をわたしの霊気で満ちさせているのさ。それで、沙那にも同じことをしたいと思ってね。わたしの魂の欠片で魔法石を作っておくれよ。それを沙那の身体に入れるんだ」

 

 烏巣禅と宝玄仙が言った。

 やっぱり、このふたりは仲がいいのだろうか。

 随分と親しい感じだし、昔からの知り合いという感じだ。

  

「……とにかく、沙那。“呪い”というのは、その真言の誓いを大地そのものと結ぶんだよ。まあ、そんなことができるのは、わたしはこいつ以外じゃ知らないけどね。わたしはもちろん、天教の八仙にもできるやつはいなかったよ。まあ、天才なのさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は眼を丸くした。

 宝玄仙を越える道術遣いというのも驚きだが、なによりも、この宝玄仙がこれだけ堂々と他人を褒めるのに接したことはない。

 

「だが、簡単ではないのじゃ。真言の誓約を大地に刻むためには、それに匹敵する誓いを代償として結ばねばならんのだ。たとえば、わしは、この里に入った者と勝負をして、勝った者が負けた者に従うという呪い、すなわち真言を刻んでおる。この場合は、わしが負けた場合は、このわしも相手の支配に入らねばならん。これが呪いの術の厄介なとこでな。問答無用で全員を奴隷扱いはできん」

 

「なんの勝負であろうと、お前の結界の中で、お前に勝てる者などいるかよ。そうやって、対等の勝負のように錯覚させて、次々に奴隷にしているんだろう……。まあいいさ。そんなことよりも、早く、魂の術をやりなよ。できあがった魔法石を沙那に入れるんだからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「残念ながら、それはできんな、宝玄仙」

 

 烏巣禅が白い歯をこっちに向けた。

 すると、宝玄仙が明らかにむっとしたのが後ろからでもわかった。

 

「な、なんでだい──。代金なら支払うよ。いくらでも吹っ掛けな。言い値で支払ってやる。教団に支払わせるけどね。西方巡礼の必要経費だ」

 

 だが、烏巣禅は首を横に振った。

 

「金銭はいらん。間に合っておる。そもそも、そんなものが欲しいなら、こんなところに世捨て人のようにこもってはおらん……。それと、どうせ、ならば地位と言ってくるかもしれんが、それもいらん。天教になど入らん。これまでに何度も誘いはあったがのう」

 

「そうかい? じゃあ、金銭でも地位でないなら、なにが望みだい。まさか、作る気はないとか言わないだろうねえ。こんな辺鄙なところに、わざわざ来てやったんだい。手ぶらで帰らせりゃあ、このわたしもちょっと怒るよ」

 

「ご、ご主人様、その言い方は……」

 

 沙那はさすがにたしなめた。

 宝玄仙の物言いは、とても人にものを頼む態度のものではない。

 

「まあ、ほかならぬ、お宝の頼みだから、きいてやりたいのはやまやまなんだけど、こっちとしても、以前に厄介な呪いをかけてしまってね。このわしから魔法石を作ってもらうには、わしと勝負をしてもらわねばならんのだ。わしに勝てば、無条件で魔法石を作る。……というよりも、魔法石を望む者とは、必ず勝負の末にそれを行うというのは、このわし自身でも破ることのできない真言の誓いなのでな。勝負なしに魔法石を作ってやることはできんということじゃ」

 

 烏巣禅が笑った。

 宝玄仙が舌打ちしたのが聞こえた。

 

「つまらない呪いをかけるじゃないかい──。まあいいや。なんの勝負かしらないが、勝てばいいんだろう──。勝負しようじゃないかい。それで、なんの勝負なんだい──?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 だが、烏巣禅は余裕あり気ににこにこしている。

 

「まあまあ、焦るな……。では、正式に勝負を挑むということでよいのじゃな、お宝? お前が勝てば魔法石、わしが勝てば、お前はわしの言うことにひとつ従うということにしようか──。その勝負でよいな」

 

「ああ、いいよ──。それで、なんの勝負かって訊いてんじゃないかい」

 

 宝玄仙が苛ついた口調で言った。

 沙那は、慌てて口を挟む。

 

「ご主人様、先になんの勝負かを聞いた方が……」

 

「よし、受けよう──」

 

 烏巣禅がすかさず叫んだ。

 そのときだった。

 部屋一帯に、なにかの衝撃のようなものが襲った気がした。

 

「ご主人様、腕に紋様が──」

 

 すると孫空女が声をあげた。

 ふと見ると、宝玄仙の右腕に、赤い螺旋模様が浮きあがっている。さらに見れば、烏巣禅の手にも同じものがあった。

 あれは、真言の誓いが成立した証の道術の縛りだ。真言の誓いが成立しているあいだは消えないはずだ。

 

「宝玄仙との勝負は、宝玄仙が勝負を挑んだ者として、ここに成立した。この里にかけられた呪いの誓約により、勝負の内容は、挑戦をされた者が選択することができる。さて、なんの勝負にしようかのう」

 

 烏巣禅がにんまりと笑った。

 

 

 *

 

 

「勝負の方法は、挑戦を受けた側が決定するだって?」

 

 宝玄仙は呆気にとられた。

 そんなのは、いま初めて聞いた。

 それなら、挑戦を受ける側が圧倒的に有利なのは決まっている。

 なにしろ、自分が得意なやり方で勝負をすればいいのだ。

 

「もう逃れられんぞ、お宝。すでに、呪いの誓約は結ばれている。勝負を拒否してもお前の負けだ。お宝が負ければ、なんでも言うことをひとつ従うのだったな。お前がわしの奴隷となる誓約を結ぶように命令してやる。お前が勝てば、魔法石を作ってやろう」

 

 烏巣禅と名乗っているこいつが得意気に笑った。

 宝玄仙はかっとなった。

 しかし、すでに右手には真言の誓いが成立しているという螺旋の紋様がついている。確かに、勝負をしないという選択肢は、もはや許されない。

 

「なにが、奴隷だよ。勝負に勝てばいいんだろう、勝てば──」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「まあ、そういうことだ。じゃあ、勝負の方法を言うぞ。これから三日間、お宝は道術を遣えないことを受け入れる。わしに道術を一時的に譲渡するのだ。それを返すのは勝負が終わった後だ……」

 

「ふざけるなよ。三日も、お前に道術を渡すだって──。三日も、道術なしで、この結界ですごせるかよ──。そんなのは受け入れられるわけないだろう」

 

 怒鳴った。

 こいつのからくりがやっとわかった。

 対等の勝負をするような出任せを言って、相手に挑戦の言葉を口にさせ、あとは出鱈目な勝負で無理矢理、訪問者を奴隷にしてきたのだろう。

 なんという奴だ。

 

「落ち着かんか、お宝。お前はもう勝負を受け入れるしかないのだ。勝負のやり方を決めるのは、挑戦を受けた側の権利でな。この里に刻んだ呪いでそうなっておる」

 

 烏巣禅が平然と言った。

 宝玄仙は唸るしかなかった。

 そのとおりだからだ。

 

「……そして、その三日間のあいだに、お宝がわしに“奴隷となることを誓う”と真言の誓約を結べば、お前の勝ちだ。だが、お前が誘惑に勝ち、奴隷となるという真言をあくまでも拒否すれば、わしの勝ちということにしよう」

 

「なんだって?」

 

 意味がよくわからず、宝玄仙は首を捻った。

 

「そ、そんなの狡いです──。無効です──。それでは、勝っても負けても、いずれにしても、ご主人様が奴隷となる誓約を結ぶことになります」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙は耳を疑った。

 だが、まだよく理解できない。

 

「その顔はわかっとらんな。つまりは、お前が勝つということは、奴隷の誓約を受け入れるということだ。そのときは、お前は奴隷になるが、誓約に従って魔法石は作ってやる。だが、お前が頑張り抜いて、三日間、奴隷となる誓約を結ばねば、わしの勝ちだ。そのときには、わしは、お前に奴隷の誓約を結べと命じてやる」

 

 烏巣禅が大笑いした。

 宝玄仙はやっと、この勝負の馬鹿さ加減がわかった。

 

「じょ、冗談じゃない──」

 

 立ちあがった。

 無理矢理にでも、こいつを黙らせようとした。

 こうなったら、拷問にかけてでも……。

 

「問答無用じゃ。勝負開始──。期限は三日後のいま──」

 

 烏巣禅が叫んだ。

 全身に痺れのようなものが走った。

 はっとした。

 道術が抜き取られたのだ。

 宝玄仙は自分が完全に道術が遣えない状態になっていることを悟った。

 

「ほうほう、なかかなに強烈な道術じゃな。いいもん貰ったわい。まあ、三日後に返してやろうぞ。それとも、勝負が終わったらな。勝たしてやるから、わしの奴隷となると誓え、お宝」

 

 烏巣禅が満足気に笑った。

 

「お、お前──」

 

 宝玄仙は歯ぎしりした。

 

「ご主人様、烏巣禅殿の本当の名を喋ってください。そうすれば、さっきの呪いにより、ご主人様は、この里にいることができなくなります。里の外に出れば、呪いの効果はなくなり、勝負は無効です」

 

 沙那が素早く言った。

 とっさには意味がわからなかったが、すぐに理解した。

 この屋敷に入る直前に、烏巣禅と名乗っているこいつは、宝玄仙がこいつが烏巣禅であることを認めれば屋敷に入れるが、そうでないほかの名を口にすれば、里から出すと呪いをかけた。

 だったら、沙那の言うとおり、本当の名を口にすれば、その瞬間に、宝玄仙は里から出されることになる。

 里の外に逃げてしまえば、もう呪いの誓約の影響の外だ。

 

「わしの本当の名を口にすることを許す──」

 

 しかし、宝玄仙がその名を出すよりも早く、烏巣禅──すなわち、お蘭がそう言った。

 宝玄仙はしまったと思った。

 それもまた、呪いだ。お蘭は、あのとき、「わしの意思に反して」という言葉を使っていた。だから、お蘭が認めれば、宝玄仙がその名を口にしても、呪いは動かない。

 

「危ないところだったな……。お(らん)というのが、わしの本名じゃ。まあ、烏巣禅でも、お蘭でも好きな方で呼ぶとよいぞ」

 

 お蘭が大笑いした。

 もう、我慢できない──。

 宝玄仙の腹は煮え返っている。

 

「冗談はやめな、お蘭──。お前のおかげで、とんでもない目に遭っているんだ。そもそも、御影の馬鹿垂れに、魂の欠片を作ってやったのはお前だろう──。あの道術はお前にしかできない。だから、あいつがころころと、何度も死んでも生き返ってくるんだ。あいつは、生き返るたびに、わたしに復讐をしようと、つきまとってくるんだよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 孫空女の呆気にとられたような声がした。

 

「そう言うな。いろいろあったんじゃ。まあ、寝物語で頼まれては、わしも嫌とは言えずにな」

 

 お蘭が悪びれることなく言った。

 ますます、宝玄仙は腹がたってきた。

 お蘭のつくる作る「魔法石」は、別名「魂の欠片(かけら)」ともいわれ、道術師にとっては、蘇りの源にもなる。つまり、もしも、魂の欠片を事前に作って、特別な方法でどこかに隠しておけば、本体が死んでも、その欠片が核となり、やがて復活するのだ。

 御影は、お蘭と知り合いになり、自分自身の魂の欠片をいくつか作ってもらっている。

 あいつがなかなか死なないのは、そういうからくりがあるのだ。

 

「あ、あのう、この烏巣禅様は、本名はお蘭様で、ご主人様のお知り合いということですよね……。お蘭様ということは、女の方? つまりは、どういうご関係で?」

 

 沙那だ。

 

「妹だよ」

 

 宝玄仙は仕方なく言った。

 沙那と孫空女はびっくりしている。

 

「縁は切られたがな。わしこそ、お宝姉さんには恨みもある。それを晴らすことのできる機会など、逃さんぞ。聞いたところによると、魔域に巡礼を命じられたそうじゃないかい。そんな馬鹿げたこと不可能に決まっておろう。くだらん。それよりも、わしが奴隷として飼ってやる。観念せい」

 

「お前がわたしを奴隷にするなんて、千年早いんだよ。一昨日(おととい)来な」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 孫空女と沙那のひそひそ声が聞こえる。

 

「……つまり、これって、姉妹(きょうだい)喧嘩ってこと……?」

 

「……そうみたいね……」

 

 宝玄仙は咳払いした。

 

「とにかく、馬鹿げた勝負は終わりだ。さっさと、魔法石を作りな──。それで立ち去ってやる」

 

「姉さんもわからないわねえ。すでに呪いの誓約は始まっているのよ。それを終わらずして、なにもできないのはわかっているじゃないのよ。終わらせたいなら、このわたしと奴隷の誓約を結ぶのね。それで、姉さんの勝ちが決まって、誓約の勝負は終了になるわ」

 

 お蘭が烏巣禅としての言葉でなく、女言葉で応じた。

 

「うう……」

 

 宝玄仙は唸った。

 確かに、お蘭との勝負は始まっている。

 宝玄仙に勝ち目のない馬鹿げた勝負だが、呪いの誓約はこの勝負を認めてしまったようだ。

 勝負から逃げることはできない。

 

「まあ、話は終わりだ。ところで、面白いことをしてやろう。さっき、話に出てきた御影だがな。この御影がこの里にやって来たとき、やはり、わしと勝負をしたのじゃ」

 

 再びお蘭は、烏巣禅の言葉遣いで喋り出した。

 

「……御影がどうしたんだよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 だが、次の瞬間、突然に全身が金縛りになったようになり、直立不動の恰好から動かなくなった。

 お蘭の道術だ。

 

「う、うう……。や、やめな……」

 

 宝玄仙はやっとのこと言った。

 だが、強い力で全身を押さえつけられたような感じが続いていて、うまく声も出せない。

 

「一度吸いとれば、わしはその者の道術を写しとれる能力もある。御影の道術には面白いものがあるのう。分身を操る術じゃ。あいつは一度に三個の分身しか操れんが、わしには、その倍は動かせる。お前の手足をわしの分身にしてやる。それ」

 

「や、やめな──。そんなこと──」

 

 叫んだが、もう遅い。

 御影に拷問されたときのように、自分の手足が他人のものになる感覚が襲いかかる。

 すると、宝玄仙の両手は勝手に、身に着けている巫女服を脱ぎ始めた。

 

「や、やめておくれ、お蘭──。お蘭──」

 

 宝玄仙は悲鳴混じりの抗議をするが、どうにもならない。宝玄仙の意思とは外れた宝玄仙の手はどんどんと衣服を剥ぎ取っている。足もお蘭に動かされているために、まったく抵抗しない。

 

「ちっ、伸びろ──」

 

 そのときだった。

 孫空女が吠えるような声をあげて、如意棒を抜いてお蘭に飛びかかっていた。

 静止のいとまもなかった。

 一瞬後には、孫空女の手足が消滅して、犬のような短い手足だけになって、如意棒だけがころころと床に転がっていた。

 

「うわっ、な、なにこれ──?」

 

 さすがに孫空女が愕然とした表情になった。孫空女の腕は肘の手前で消滅し、脚も腿の途中で消えている。四つん這いの「人犬」だ。

 お蘭が首輪を取り出して、ぽいと沙那にそれを投げた。

 

「お宝と一緒に、お前らも調教してやろう。沙那だったな……。その犬に首輪をつけよ」

 

 首輪を受け取った沙那は呆気に取られている。

 

「ふざけるなよ」

 

 すると、またもや孫空女がお蘭に飛びかかった。

 手足を奪われたが、それでも噛みつこうと思ったようだ。

 すごい形相で襲いかかろうとした。

 だが、やはり呆気なく潰された。

 お蘭の結界で無謀すぎる。

 

 一方でそのときには、宝玄仙の腕は宝玄仙を素っ裸にしてしまった。

 一糸まとわぬ裸になった宝玄仙の身体に、今度は両手が股間と胸をまさぐりだした。

 自慰をさせようというのだろう。

 

「や、やめないか、お蘭……。う、ううっ」

 

 宝玄仙は歯を食い縛りながら言った。

 抵抗のしようのない愛撫が襲うことで、宝玄仙の身体はあっという間に被虐の火がついたようになってきたのだ。

 口惜しいが全身が疼くような快感がだんだんと込みあがる。

 

「少しばかり、お前の供の相手をしようと思ってな。そのあいだ、退屈だろうから、自分の手足と遊んでくれ。気が向かんなら、抵抗すればよかろう、お宝姉さん」

 

 お蘭がけらけらと笑った。

 

 

 *

 

 

 沙那は呆然としてしまっていた。

 呪いの誓約という広域誓約によって、拒否することのできない勝負をすることになった宝玄仙は、烏巣禅こと、実の妹らしいお蘭の罠により、勝っても負けても、奴隷の誓約を結ぶしかない勝負をさせられることになった。

 しかも、すでに宝玄仙の道術は、一時的とはいえお蘭に奪われてしまっている。

 

 さらに、分身の術という得体の知れない道術により、宝玄仙の手足はお蘭に乗っ取られてしまったらしい。

 宝玄仙は、自分の手足に服を脱がせられて、いまは自慰の真っ最中だ。

 正確にいえば、宝玄仙の手はいまはお蘭のものなので、自慰ではないのだろうが、やっている行為は自慰そのものである。

 

「なにをしておる、沙那。孫空女の首に首輪を嵌めんか。心配せんでも、ただの首輪だ。霊具などではない。ただの犬用の首輪だ」

 

 お蘭だ。

 しかし、いくらなんでも……。

 沙那は首輪を持ったままでいた。

 そのときだった。

 

「んがあああっ、ああああああっ、んぎいいいい」

 

 ものすごい苦痛が全身に襲いがかってきた。

 まさに「苦しみ」そのものだった。

 それが全身で暴れまわる。

 

「ひぎいいいっ、あがががががが──」

 

 沙那はなにをすることもできずに、のたうち回った。

 

「さ、沙那──」

 

「やめないか、お蘭──」

 

 孫空女と宝玄仙の声がする。

 だが、沙那は獣のような声をあげて暴れることしかできない。

 全身に襲いかかる苦痛は、とても耐えられるものじゃない。

 やがて、床に仰向けに貼りつけられた。

 沙那は床に縛りつけられたまま、悲鳴をあげ続けた。

 

「犬、手を一本戻してやる。自分で服を脱げ。そうすれば、沙那の苦しみをとめてやる」

 

 お蘭の声が聞こえた。

 「畜生──」という孫空女の罵り声もする。

 しかし、次の瞬間、その孫空女の絶叫もした。

 

「なにをしておるか。勝手に身体を起こすな。お前は犬だ。四つん這い以外の恰好になったら、いまのような電撃が飛ぶからな。犬の姿勢のまま服を脱ぐんじゃ」

 

 再びお蘭の声。

 だが、それから先は、もう自分の悲鳴でなにも聞こえなくなった。

 永遠とも思える時間がすぎて、突如として苦痛が収まった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 身体を縛りつけていたような感覚も消える。

 だが、沙那は動けないでいた。

 そして、気がついた。

 股間が冷たかった。

 ふと見ると、いつの間にか失禁をしていた。

 また、横で孫空女が裸になっている。相変わらず、短くなった手足のままだ。

 

「小便を垂らしたか……。犬、掃除しろ。舌でな。掃除は犬の仕事じゃ」

 

 お蘭の酷薄な声がした。

 

「な、なんだって──」

 

 よせばいいのに、孫空女が悪態をついた。

 すぐさま、お蘭の電撃が襲われたようだ。

 しばらく、孫空女の悲鳴も続いた。

 沙那は慌てて起きあがる。

 

「わ、わたしがします。わたしが舌で掃除をしますから」

 

 仕方なく言った。

 だが、お蘭の侮蔑の言葉が戻ってくる。

 

「なにを言う。お前は言われたことだけをしておればいい。さっき、言ったであろうか。犬の首輪をつけろとな」

 

 沙那はそばに落としていた首輪を拾う。

 逆らうことは無意味だ。

 とりあえず、しばらく様子を見て、状況の変化を狙う機会を待つしかないと思った。

 

「ご、ごめん、孫女……」

 

 沙那は沙那のおしっこを懸命に舌で舐め取っている孫空女の首に首輪をつける。

 

「い、いいよ……」

 

 孫空女が顔をあげた。

 

「んぎいいっ」

 

 その瞬間、またもや、孫空女が苦痛に呻いた。

 

「犬、勝手にやめるな。掃除を続けんか、馬鹿犬め──」

 

 孫空女の顔が口惜しさに曲がる。

 だが、今度はなにも言わずに、床を舐める作業に戻った。

 

「うう、うう、んふうううっ」

 

 そのとき、自分の手に愛撫されている宝玄仙が立ったまま全身をぶるぶると震わせた。

 ついに達したようだ。

 

「やっと達したか。姉さんは、三日間、家畜ということにしてやろう。家畜、汚れた床を掃除するので水を汲んで来い。井戸は里の入口近くにある。場所がわからんなら、里の者に教えてもらえ」

 

 お蘭が一個の木桶を出現させた。

 宝玄仙のところに、その桶がするすると流れ進んでいく。

 手元にやってきた桶を見て、宝玄仙が呆気に取られている。

 

「水? お、お前、まさか、この恰好で行けと言っているんじゃないだろうねえ──?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「拒否できると思っているの、姉さん? 男好きの姉さんじゃないのよ。せいぜい見せつけてやるといいわ。まあいいわ。わたしだって、慈悲はあるしね。姉さんが里の者に犯されまくるのは心が咎めるかも……。それだけは勘弁してあげる──。沙那──」

 

 お蘭が突然に沙那の名を呼んだ。

 今度はなんだと思っていると、突然に手の中に真っ白い大小の二本の張形が出現していた。刺激臭のする油剤の入った小壺も一緒にだ。

 

「それで家畜の股と尻の穴を塞げ。そうすれば、犯されんですむ。それと、その油剤を塗るんじゃぞ。余れば、そっちの赤毛の犬の股にも塗れ。とにかく、ふたりの股に塗りたくって、壺の油剤を使い切るんじゃ。拒否は許さん」

 

 お蘭が言った。

 

「なんですか、この油剤は?」

 

 呆気にとられて訊ねた。

 

「ただの媚薬だ。塗れば、恐ろしいほどの痒みが襲い、身体がただれるほど疼くことになる。塗り足せば塗り足すほど、効き目が大きくなり、持続時間も長くなる。わかったら、家畜と犬に塗れ。どっちに、どれだけ塗るかは沙那に任せる」

 

 お蘭がけらけらと笑った。

 沙那は愕然とした。



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33  家畜と雌犬

「お、お蘭……、お、お前、いい加減に……」

 

 沙那(さな)宝玄仙(ほうげんせん)の前に、張形と小壺を持ったまま近づくと、宝玄仙がわなわなと震え始めた。

 恐怖ではない。

 どうやら、あまりの怒りのためのようだ。

 全身が真っ赤になり、顔は憤怒そのものになっている。

 沙那は、ここまで激怒した宝玄仙に接したことがない。

 さすがに恐怖に竦んでしまった。

 

「なんじゃ? なにか言いたいことがあるのか、お宝? それっ」

 

 だが、その宝玄仙の身体が、沙那の目の前でがに股になった。

 しかも、両手の指を自分自身の性器に入れて、横に大きく拡げたのだ。

 宝玄仙の性器が膣の奥まで露わになる。

 さっき、聞いていた話によれば、宝玄仙の手足は、この烏巣禅(うそうぜん)こと、お蘭に操られているということだろう。

 これは、お蘭がやっているに違いない。

 

「早うせんか、沙那──。どんどんと塗れ。家畜と犬でそのひと瓶を使い切るのだぞ。よく考えて使え。その掻痒剤は強烈だからな。お前が気に入らん方にたくさん塗ってやるがいい」

 

 お蘭が笑った。

 いやな物言いをする。

 そんなことを言われれば、沙那はどちらにも油剤を塗りにくい。

 だが、ここで哀願したところで、お蘭が許すとも思えない。

 

「ひぎいっ」

 

 そのとき、突如として服の下のお尻に、針で刺されたような激痛が襲いかかった。

 思わず、手で押さえると、その手にも針の激痛が走る。

 

 さらに、二の腕──。

 乳房──。

 股間──。

 脇の下──。

 ありとあらゆる場所が、次々に痛くなる。

 

「あああっ、いやああっ、や、やめええっ、んぎいいっ」

 

 沙那は自分の身体を抱き締めるようにして、声を張りあげた。

 

「お前がもたもたしているからだ。やりたくなければ、いつまでもこれを続けるぞ。見えない針で刺す速度をもっとあげて欲しいか?」

 

 お蘭の冷酷な声に、沙那に心の底からの怯えが走る。

 

「さ、沙那──。いいから、薬を塗るんだ。こいつの結界ではなにもできん。殺されてしまうよ」

 

 宝玄仙が声をあげる。

 

「は、はい……」

 

 沙那はとりあえず、油剤を指ですくうと、宝玄仙の乳房にたっぷりと塗り込んだ。

 股間に塗るよりは、こっちがましだろう。

 すると、やっと痛みもとまる。

 

「手をとめるんじゃないよ、沙那──。手を休めたら針地獄だ。いいね」

 

 お蘭の声が飛ぶ。

 沙那は手を動かし続けた。

 何度も乳房に重ね塗りしていく。

 とりあえず、小壺の半分ほどを乳房に使った。

 

「……いい加減にしな、沙那。宝玄仙が自分で大きく股間を拡げて晒しているじゃないか。そこに詰め込まないか」

 

 お蘭の苦笑交じりの声がした。

 どうやら、沙那の思惑はばれていたようだ。

 仕方なく、股間に指を向かわせようとしち。

 

 そして、はっとした。

 たったいままで、半分ほどに減っていたと思って油剤が、すっかりと元の量に戻っているのだ。

 

「こ、これは──」

 

 沙那はびっくりした。

 すると、お蘭の大笑いの声がした。

 

「誰が乳房に塗っていいと言ったんだい。わしはその家畜の股に塗れと言ったんだ。余計なことをして少なくなった分は足しておく。わかったら、つまらない小細工は諦めて、その家畜の股に塗りたくるんだ。こいつが泣いて悲鳴をあげるくらいにな」

 

 お蘭が高笑いを続ける。

 沙那は唖然とした。

 

「い、いいから、遠慮するんじゃないよ……。い、いつも、お前たちを苦しめているわたしじゃないかい……。腹癒せのつもりで塗るといい……」

 

 宝玄仙が歯をがちがちを震わせながら言った。

 今度は怒りの震えじゃない。

 たったいままで乳房に塗り続けた薬剤の効果が早くも効果を発揮し始めたのだ。

 宝玄仙は相変わらずのがに股姿を強要されたまま、一方で苦しそうに胸を左右に動かしだした。

 

「家畜、どうした? まだ始まってもおらんぞ……。苦しければ、さっさと屈服して、わしの奴隷になると誓え。この家畜生活が死ぬまで待っておるけどな」

 

 お蘭が愉しそうに言った。

 とにかく、沙那は覚悟を決めた。

 宝玄仙の股間に油剤を塗り始める。

 

 しかし、この半分を使い切るのも容易ではない。

 沙那は宝玄仙の股間からお尻の穴にかけての部位に、少なくとも十回は重ね塗りをしなければならなかった。塗るというよりは載せるという作業に近い。

 さらにお蘭に厳しく命じられて、肉芽の内側にも塗ったし、膣そのものやお尻の穴にはこれでもかというほどに油剤を挿入した。

 最後に、二本の張形を宝玄仙の股間とお尻に挿す。

 

「うはああっ──。だ、だめええっ」

 

 さすがに宝玄仙が大きな悲鳴をあげて、全身を仰け反らせた。

 挿入した白い張形は、沙那が先端を挿すと、あとはまるで生きているかのように、勝手に奥まで入り込んで固定されてしまった。

 

「ああっ、はああっ」

 

 宝玄仙が膝をがくがくと揺する。

 それともとに、白い張形の脇からどっと熱い蜜が噴き出した。

 ふと気がつくと、白い張形は宝玄仙の前後の穴の中でぶるぶると淫らな振動とうねりを続けているようだ。

 しかも、かなりの激しさだ。

 そして、それに対する宝玄仙の反応も常軌を逸した感じだ。

 沙那はあまりの宝玄仙の反応に、たじろぎさえ覚えた。

 

「どうやら、前よりも尻穴の張形が効果があるようじゃな。遠慮はいらん。一度達しておけ……。まあ、その油剤は痒いだけじゃないからのう。その油剤をそれだけ塗れば、さすがのお宝も狂ったように身体を悶えさせるしかないということじゃな」

 

 お蘭が満足そうに言った。

 一方で、宝玄仙は、沙那の目の前で激しく身体を震わせて絶頂してしまった。

 すると、ずっとがに股状態だった宝玄仙の脚が脱力して、宝玄仙がその場に膝をついた。

 

「脚の操りを一時的に返しておこう。さっきも言ったが、井戸は里の入口だ。水を汲みに行って来い、お宝」

 

 お蘭が言った。

 

「くっ」

 

 跪いたままの宝玄仙が険しい表情でお蘭を睨む。

 だが、今度は悪態をつかなかった。

 覚悟を決めたように、無言のまま木桶に向かう。

 だが、木桶の前ではっとしたように、お蘭に顔を向けた。

 

「な、なにしているんだい、お蘭。手を自由にしておくれよ。木桶が持てないじゃないかい」

 

 宝玄仙が言った。

 だが、お蘭はそれを嘲笑で返した。

 しかし、それはともかく宝玄仙はすごい汗だ。身体も一時もじっとしていられないくらいに、小刻みに動いている。

 本当にあんな状態まで追い詰めている宝玄仙をお蘭は外にいかせるのだろうか……?

 

「なぜ、わしが家畜の仕事を手伝わねばならんのだ。お前の両腕は、わしのものじゃぞ。足を返してやっただけでも、ありがたいと思え──。口じゃ口──。口を使わんか、この家畜」

 

 お蘭が言った。

 宝玄仙の口惜しそうな歯ぎしりがここまで聞こえてくる。

 

 本当に姉妹か……?

 どう見ても、憎しみ合っているとしか思えない。

 いや、宝玄仙の実の妹だから、このお蘭なのだろう。

 とにかく、呆れてしまうほどのお蘭の残酷さだ。

 宝玄仙が盛大に舌打ちしてから、口で木桶の取っ手の部分を噛んで、立ちあがった。

 屋敷の外に向かう。

 

「そうじゃ、忘れておった。里の者がお前が何者がわからんといかんからな」

 

 お蘭がその場に座ったまま、宙に文字でも書くように指を動かす。

 

「んぎいいいっ」

 

 すると、宝玄仙が突如として悲鳴をあげて、その場に仰向けにひっくり返る。木桶は口から離れて、床に転がっていく。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ご主人様、どうしたのさ?」

 

 ずっと見守っているかたちだった孫空女も声をあげた。

 

「や、やめええっ、あがああっ、んぎいいっ」

 

 宝玄仙の絶叫が続く。

 そして、沙那は見た。

 お蘭の手の動きをなぞるように、それに応じて、宝玄仙の腹に真っ赤な蚯蚓腫れの線が浮かんでいる。

 それはだんだんと文字のかたちになり、やがて、乳房の下から下腹部の手前にかけての場所に大きな文字となった。

 

 “家畜的宝(家畜の宝)”──。

 

 最後には、それは蚯蚓腫れの文字でそうなった。

 沙那は眼を見張った。 

 

「じゃあ、行って来い、家畜──」

 

 お蘭がまたもや大笑いした。

 宝玄仙は荒い息をしながら、なんとか立ちあがって、再び木桶を口で持つと、外に向かう。

 歩くあいだも、股間の媚薬と張形が苦しいのか、足はおぼつかなくよろけ、腰を引いたようにみっともない格好をしていた。

 

「ついでだ。手持ちぶさたの両手で乳房を揉み続けてやる。井戸まで行って戻るまでに、何回達したか覚えて報告するんじゃぞ、家畜。ちゃんと見張っておる。間違えたら、やり直しにする」

 

「んんっ、ん、んぐっ」

 

 宝玄仙が桶を噛んだまま悲鳴をあげた。

 両手が本当に胸を淫らに揉み始めたのだ。

 だが、宝玄仙はそのまま、外に出ていった。

 沙那は唖然としてしまった。

 

「ほら、呆けるでないわ、沙那──。犬にも薬を塗らんか。ぼうっとしているから、増えたぞ」

 

 お蘭の声──。

 そして、またもや、唖然とした。

 小壺の媚薬は、再びほとんど満杯になっている。

 

「んぎいいっ、あがあああ──」

 

 そして、今度は孫空女が絶叫をはじめた。

 孫空女の手足は、お蘭の道術によって、二の腕の半分から先と、太腿の半分から先が完全に消失している。

 だから、孫空女は四つん這いになるしかないのだが、その孫空女の背中に、さっきの宝玄仙のように蚯蚓腫れの文字が浮かでいる。

 

「そ、孫女──」

 

 沙那は声をあげて、孫空女に駆けよった。

 

「し、しっかり──」

 

 沙那が孫空女のところに辿り着いたときには、孫空女の白い背中には、“我是一個女的狗(私はただの雌犬)”という大きな文字ができあがっていた。

 

「こ、このう、な、なにすんだよ、くそったれがあっ──」

 

 孫空女がお蘭に噛みつかんばかりの罵倒を浴びせた。

 

「だ、だめよ、孫女」

 

 慌てて、孫空女を抱えて、口を塞ぐ。

 しかし、お蘭がにやりと微笑んだ。

 

「十分に元気そうじゃないか、犬。ご褒美じゃ。それっ」

 

 お蘭の手に人の頭ほどの液体の球体が浮かんだと思った。

 しかし、それはあっという間に消えてしまう。

 

「うわあっ」

 

 だが、次の瞬間、孫空女は悲鳴をあげた。

 沙那は孫空女を抱いたまま驚いた。

 

「な、なんてことを……」

 

 孫空女の顔がみるみる真っ白になる。

 沙那は呆然としてしまった。

 

「糞垂れはお前だ。大量の浣腸液を一気に尻の中に送られた気分はどうじゃ? 犬の厠は裏庭にある。沙那に薬剤を塗ってもらったら、行って来い。ただし、ここで洩らせば、一滴残らず、お前でなく沙那に口で掃除させる。それがいやなら、必死で尻に力を入れることじゃ」

 

 お蘭は酷薄に笑った。

 

「……なにをしておる、沙那? お前がそれを犬の股に塗り終わるまで、犬は動けんのだぞ。早く塗ってやらんか。それとも、犬を苦しめたくて、そんなにぼやぼやしておるのか」

 

 お蘭が言った。

 沙那ははっとした。

 

「そ、孫女、ごめん」

 

 沙那は一言声をかけると、今度は大急ぎで油剤を孫空女の股間に塗り始める。

 

「う、うううっ」

 

 手足が短くなっている孫空女が、沙那の指の刺激に反応して、ぶるぶると身体を振るわせだす。

 

「尻に塗るときは気をつけるのだぞ、沙那。あまり、刺激をすると、呆気なく垂れ流すかもしれん。その犬に送り込んだのは、かなりの強烈な排便剤でなあ」

 

 お蘭が笑った。

 そのあいだも、沙那は必死で薬を塗っていく。

 さっきの宝玄仙の比ではない。倍以上の薬剤を塗り込めたかたちになった。

 やがて、なんとか油剤がほぼ空になる。

 

「ああっ、こ、こんなの……。か、痒いっ……」

 

 孫空女が大きな声をあげた。

 余程に痒いのだろう。

 孫空女のお尻が左右に激しく動き続けている。

 

「じゃあ、裏庭じゃ、行って来い。鎖を引っ張ってつれていけよ、沙那」

 

 お蘭が手を振った。

 次の瞬間、孫空女には、いつもの赤い首輪とともに、さっき装着した犬の首輪に繋いだ鎖がついていた。

 

「……と、とにかく、行こう、孫女」

 

 孫空女は苦しそうだ。

 滝のような脂汗に加えて、あまりの苦痛に目に涙まで溜めている孫空女のために、沙那は鎖を引っ張った。

 さっき宝玄仙が出ていったのとは反対側の裏口に向かう。

 

「そうじゃ、言い忘れておった。そこで、今日の当番の男がふたりが待っておるからな。必ず、その者たちの前で粗相をせいよ。あちこちで垂れ流すではないぞ──。よいな、犬。どこでしようとも、その者たちの前がお前の厠だ。そこ以外ですれば、沙那はお前の糞を食わねばならんのだ。気をつけるのじゃぞ」

 

 裏口の前まで辿りつたとき、お蘭の声がした。

 

「な、なんだって──」

「そんなあ」

 

 孫空女だけでなく、沙那も悲鳴をあげた。

 あまりの仕打ちである。

 誰が待っているのか知らないが、孫空女に見知らぬ男たちの前で排便しろというのだ。

 

「いやなら、いつまでもそこにおれ。だが、いつまで我慢できるかのう。ぼやぼやしておると、液剤を追加するぞ」

 

 お蘭が言った。

 

「ち、畜生……。ううっ」

 

 孫空女が四つん這いで歩き出す。

 沙那は慌てて、鎖を持ったままついていく。

 そして、裏庭に着いた。

 

「おう、来たな──。こっちは、まずは赤毛がお蘭様の遊びの相手か」

「厠はここだ。準備しておいたから、跨ってやってくれ」

 

 裏庭に着くと、本当に村人の男がふたり待っていた。

 里を歩いているときにはわからなかったが、ふたりの首には「奴隷の首輪」が嵌まっている。以前、沙那が宝玄仙に嵌められていた「服従の首輪」とは違うが、本当の奴隷に装着するものだ。

 これを嵌めると、主人の命令に逆らったときに苦痛が生じるだけでなく、逃亡や主人への攻撃もできなくなるというもののはずだ。

 ここは、お蘭の里なので、おそらく、ここにいる全員がこうやって、お蘭の奴隷にされているに違いない。

 それにしても、お蘭は、本当に実の姉の宝玄仙を本物の奴隷にしたいのだろうか……?

 

 そして、ふたりが示した地面には大きな穴が開いている。

 嫌味なことに、かなり広く作ってある。

 いまの孫空女には、ここに跨るためには、限界まで脚を拡げないとならないだろう。

 また、そのそばには、木桶に入った水も準備されている。

 しかも、すぐ横には井戸まであった。

 お蘭は宝玄仙に里の入り口まで、わざわざ水汲みを強要したが、なんてことはない。ここにもあったのだ。

 

「お、お願いよ。よそを向いていて。後生よ」

 

 とにかく、沙那は頼んだ。

 一方で、孫空女はもう言葉を喋ることもできないのか、呻き声のような声を出すだけで、なにも言わずに穴に跨ろうとしている。

 

「そうはいってもなあ……。お蘭様にしっかりと、犬の排便を見るように命令されているしな。そのあとは、尻を洗うことも命令されている」

 

「……もっとも、あんたが俺たちに悪戯でもさせてくれるなら、そのあいだ、眼をそむけるかもしれねえぞ。俺たちだって、いくら美人とはいえ、大便を垂れ流すのを見たいわけじゃねえ」

 

 男たちがげらげらと笑った。

 

「い、いいわ……。じゃあ、こっちに来て……。その代わり、彼女のお尻はわたしが洗うわ……」

 

「いいぜ」

 

 男たちが頷く。

 沙那は穴から少し離れた場所に男二人を導いた。

 男たちが沙那の身体を触り始める。

 気色の悪い感覚に、沙那は歯を食い縛った。

 

「なんだ、これ? 随分と股が濡れているじゃねえか」

 

 卑猥な表情をしている男のひとりが沙那の下袴に手を入れながら首を傾げた。

 もうひとりは、沙那の上衣に下から手を入れて、乳房を無遠慮に揉んでいる。

 

「う、うるさいわねえ、おしっこよ」

 

 沙那は怒鳴った。

 そのとき、孫空女の泣くような小さな声とともに、水便のようなものが激しく噴き出す音が耳に入ってきた。

 

「尻を出しな」

 

 男たちが沙那の下袴をおろして、股布をほどいて取り去った。

 すぐに、お尻の下に男根が挿し込まれて、女陰に深々と入ってくる。

 

「んっ、んんっ」

 

 思わず声が漏れた。

 律動が始まったのだ。

 

「随分と感じやすい穴だぜ」

 

 沙那を犯している男が嬉しそうに言った。

 

 

 *

 

 

「う、ううっ、んふうう」

 

 沙那はまたもや気をやってしまった。

 お蘭の卑劣な意地悪から、少しでも孫空女を楽にしてやろうと、半ばやけになって、裏庭で待っていた男たちの相手を引き受けたが、沙那は改めて、自分の身体が宝玄仙から与えられる調教によって、すっかりと淫らな身体になってしまっていることを悟った。

 

 あまりにも呆気なく気持ちよくなりすぎるのだ。

 おそらく、乳首と肉芽の根元に喰い込んでいる『女淫輪』という淫具のせいだと思う。この淫具は女を常に発情状態にする怖ろしい霊具であり、沙那はこれを付けっ放しにされている。

 普段はなんとか普通にしていられるが、それは沙那が武術の鍛錬のおかげで気を操ることができるので、それでなんとか抑えているのだ。

 しかし、ひとたび発情すると、その気が暴発したようになり、いまのように馬鹿みたいに身体が敏感になる。

 そのためだと思う。

 

 とにかく、ちょっと前後から刺激されて、たて続けに三回くらい絶頂をしてしまうと、あとは全身が官能の火がついたようになってしまった。それからは、沙那はただただ、なにもできずに狂態を示してしまうだけだ。

 

 いまは、沙那は壁に両手をつけて、お尻を背後に突き出すような恰好で、後ろから男に犯されている。ずっと、この状態で男たちの相手をさせられているのだ。

 服はその辺に散らばっている。

 最初は下だけ脱いで相手をしていたが、最初の男が交代して、相手を変わったときに、全部脱がされた。

 そうやって、交代で沙那を犯しているのだが、実際にはどちらの男も一度も達していない。

 沙那の反応がよすぎて、その暇がないらしい。

 とにかく、いまはちょうど一巡したところだ。

 

「こいつ、ちょっとばかり擦っただけで、あっという間にいっちまうのな。実に愉しい玩具だぜ」

 

 後ろから沙那の股間を貫かせているその男が、沙那の股間を律動しながら笑った。

 沙那は、なんでこんなに感じてしまうのだろうと思いながら、発作のような苦しさが収まるのを待とうとした。だが、男がそんな余裕を沙那に与えてくれない。

 さらに、助走をつけるように襲いかかってくる。

 またもや、沙那は頂上に向かって押しあげられていった。

 

「ま、待って、ちょ、ちょっとだけ、待って」

 

 さすがに沙那は音をあげた。

 しかし、男は沙那が息をするのを邪魔するように、胸を揉み、腰を動かし、舌で首筋を刺激する。

 沙那は狂乱した。

 

「ほらほら、それで俺たちを満足させられんのか?」

 

 すると、もうひとりの男が近寄ってきて、背後から貫かれている沙那の肉芽を前側から指で揉むように刺激した。

 

「ひいっ──」

 

 沙那は身体を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 だが、その動きがまたもや、沙那に快感を与えてくる。

 沙那は苦悶の声をあげ続けた。

 

「おいおい、くすぐってぇぜ」

 

 沙那を犯している男が苦笑まじりに言った。

 だが、沙那はそれどころではない。

 

「ああっ、ああんっ、そ、それは、だめえっ」

 

 がくがくと腰を震わせて、またもや気をやってしまう。

 もう情けなくて仕方がない。

 

「ちょ、ちょっとだけ休ませて、お願いよう──」

 

 沙那はついに悲鳴をあげた。

 

「ははは、どうした? 俺たちをすっきりとさせてくれるんじゃないのかい。さっさと終わらねえと、相棒が手持無沙汰で待ってんじゃねえかよ」

 

 前から気紛れのように沙那を責めた男が離れてくれた。

 安堵したが、すぐにはっとした。

 その男が孫空女の方に向かったのだ。

 

 糞便を穴にさせられた孫空女は、お蘭の道術により手足を短くされてしまって、自分で始末をすることもできないでいる。しかも、そのお蘭の命令で掻痒剤の媚薬をたっぷりと股間なお尻に塗り込んでいるので、いまでも苦しそうだ。

 穴の横で汗みどろになって泣きそうな顔で呻き声をあげている。

 

「心配するなよ。俺が始末しておいてやるぜ。ほら、赤毛、こっちに来な」

 

 沙那の相手をしていなかった側の男が木桶に入れた水を持って孫空女に近づくのが見えた。

 孫空女がぎょっとして竦んでいる。

 

「ま、待って、約束が違うわ──」

 

「なにが約束だ。お前がふたりの男を相手してやるからと言ったから見逃してやったんだ。それなのに、自分ばかり達しやがって、ひとり分だって終わらねえじゃないか」

 

 後ろの男が股間を突きながら笑った。

 沙那はほとんど脱力している最後の力を振り絞って、男の股間を引き抜いた。

 

「おっ?」

 

 男が意外そうな表情で目を見開いたときには、沙那の拳が男の腹に喰い込んでいる。

 呻き声さえもあげずに、その男は失神してその場に崩れ落ちた。

 

「うわっ、なんだ?」

 

 もうひとりの男がぎょっとして身を竦めている。

 だが、沙那は飛びかかって、その男の首にも手刀を叩きつけた。

 糸を切断した操り人形のように、そいつも崩れる。

 

「そ、孫女、大丈夫……。ごめん」

 

 沙那は木桶で短くなっている孫空女の股間を洗い出す。

 ついでに、塗りたくった媚薬を洗い落とすようにした。

 

「う、ううっ、さ、沙那、あ、ありがとう……。で、でも、もう……もうちょっと……ゆ、ゆっくり」

 

 孫空女も沙那の指で感じてしまうのか、沙那の指が触れると、とても色っぽく悶え始めた。

 たじろいだが、その孫空女の緊張感のなさが、沙那を不思議にほっとさせる。

 沙那は、ちょっと孫空女に悪戯したくなった。

 

「我慢しなさいよ、孫女……。だって、きれいに洗い落とさないと、大変なことになるのはわかっているでしょう」

 

 沙那はわざと孫空女のお尻の穴に指を挿し込んで二、三回続けて素早く指を出し入れしてあげた。

 

「んひいっ、さ、沙那──。わ、わざとやっているよね。ぜ、絶対だよ──」

 

 孫空女がびくびくと快感を込みあげた感じになって、全身を震わせる。

 沙那もなんだかおかしな気分になる。 

 ただ、実際のところ、こうしているあいだにも、烏巣禅(うそうぜん)、すなわち、お蘭がやって来るかもしれないのはわかっている。

 実は、そんなに悠長なことをしている状況でもない。

 沙那は、遊ぶのやめて、必死になって、孫空女の痒み剤を洗い落としていった。

 やがて、孫空女もやっと落ち着きを取り戻した感じになった。

 

「だ、だけど、これ、どうするの?」

 

 孫空女が顔を向けた、

 その視線の先は、完全に白目を剥いて気を失っているふたりの男だ。

 お蘭が見れば、烈火のごとく怒るのは目に見えている。

 沙那としても、かっとして思わず手が出てしまったが、冷静に判断すれば、こんなことをすれば、お蘭がなにをするかわからない。

 それを免れるための妙案などあるわけない。 

 

「さて、どうしようか? いっそのこと、逃げちゃう?」

 

 沙那はお道化て言った。

 

「逃げるってなにさ? お蘭のところから? まさか、ご主人様のところから?」

 

「両方よ──。逃げて、どっかでふたりで暮らそうよ。あんたが髪を短く切って、旦那さんということでどう? それとも逆がいい? 髪でも染めて、名前も変えて、夫婦ってことにでもしとけば、案外にわかんないじゃない。わたしをお嫁さんにしない? 結構、尽くすよ」

 

 沙那は笑って言った。

 それで孫空女も、沙那が軽口を言っているのがわかったようだ。

 孫空女の顔がふっと緩んだようになった。

 つまりは、沙那としても、これはどうしようもないと言っているのだ。

 考える限り絶望的な状況だし、もはや、お蘭がこれを見てどうするかなど、怖ろしすぎて考えたくもない。

 孫空女もわかってくれたようだ。

 彼女もぷっと噴き出した。

 

 だが、一方で沙那の心にちょっとしたことがよぎった。

 宝玄仙など見捨てて、孫空女とふたりで逃げてしまおうというのは冗談ではあるものの、口に出してみると随分と魅力的な考えのようにも思えたのだ。

 孫空女と夫婦のふりをして、どこかで静かに暮らす……。

 まったくいい案だ。

 本当に……。

 それができるなら……。

 

「それはいいけど、これはどうするのさ。お蘭に戻してもらわないと、あたしの手足はずっとないままだよ」

 

 孫空女は完全に短くなっている四肢を動かした。

 沙那は首を傾げた。

 

「だったら、わたしが飼い主、あんたは人犬。大切にしてあげるから」

 

「やだよ、そんなの──」

 

 孫空女が笑った。

 そのとき、大きな音がした。

 憤怒の形相をした烏巣禅が立っていた。

 いや、老人に変身しているお蘭か……。

 

「お前の仕業じゃな、沙那?」

 

 お蘭が言った。

 沙那は観念して、「そうだ」と言おうとした。

 しかし、急に、お蘭に遮られた。

 沙那は怪訝に思った。

 お蘭がにやりと笑う。

 

「……いや、やはり違うな。これは犬の仕業じゃ。間違いない──。犬、この罰は重いぞ。庭の樹に首に縄をかけて吊るしてやろう。心配せんでも、わしの結界で、死にかけたら蘇生して回復術で治してやるようにする。つまりは、死の苦しみを何度も何度も繰り返し味わうというわけじゃ。死にはせんというのに、人というのは、死の感覚を何度も味わうと狂ってしまうのじゃ。刻限は明日の朝までじゃ。そこれまでに狂うことがなかったら、次の刑罰を与えてやる」

 

 お蘭が言った。

 沙那はびっくりした。

 

「なにを言っているのよ、お蘭……様……」

 

 呼び捨てになりかけて、慌てて“様”を付け加える。

 

「……わたしがやりました。孫女にできるわけがないじゃないですか」

 

 お蘭がなぜ、孫空女の仕業だと口にしたのかわからない。

 沙那がやったのは明らかなのに……。

 

「んぎいいいいっ」

 

 その瞬間だった。

 凄まじい電撃が沙那に襲い掛かってきた。

 沙那は素っ裸のまま、ひっくり返ってのたうち回る。

 孫空女の悲鳴のような叫びが聞こえた気がしたが、自分の悲鳴でよく聞こえない。とにかく沙那は暴れ続けた。

 すると、視界が一瞬にして消滅した。

 気がつくと、広間の中に戻っている。

 道術か──?

 

 それでも、電撃は止まらない。

 やがて絶叫で声が枯れ、手足が麻痺して動かなくなる。

 しばらくすると、すっと視界が消えていった。

 そのとき、やっと電撃が止まった。

 

「ひっ、ひっ、ひっ……」

 

 沙那はこれ以上ないというほどに目を剥き出しにして、ぶるぶると身体を震わせていた。

 身体がそんな反応をして止まらないのだ。

 これまでに経験したことがないような電撃だった。

 これに比べれば、宝玄仙が「調教」で与える電撃は優しいのだと思った。

 痛みなんてもんじゃない。

 一瞬で沙那を恐怖に突き落とすほどのものすごい死の苦しみだった。

 

「孫空女がやったという事実を白状する気になったか、沙那?」

 

 再び部屋の奥側に胡坐で座っているお蘭が酷薄な口調で言った。

 沙那は、やっとお蘭の陰湿な責めの意図を理解した。

 

 お蘭は、里の男ふたりに暴力をふるったのが沙那だと承知しておいて、沙那に無理矢理に「孫空女の仕業だ」と口にさせようとしているのだ。

 それを理由に、孫空女を折檻する。

 ただ、責めるだけじゃなく、そうやって沙那と孫空女の関係を潰してやろうとしているのだろう。

 なんという意地悪だろう。

 沙那は、死んでも、そんなことをいうかと心に決めた。

 

「まだ、孫空女を庇っているのか? でも、無駄じゃ」

 

 再び電撃が全身を襲った。

 今度はさっきよりも強かった。

 沙那の心身からすべての余力と気力のすべてが奪い去られた。

 床の上で、陸に落とされた魚のように、沙那は暴れ続けた。

 そして、電撃がとまる。

 

「孫空女です……。ただ、それだけを言えばよい……。そうすれば、お前には楽な役割を与えてやろう。家畜と犬をわしと一緒に調教する役目じゃ」

 

 お蘭が言った。

 もはや、なんのためにお蘭がそんなことを言っているのかわからなかった。

 ただ、考えられるのは、お蘭は、宝玄仙と沙那と孫空女の関係をぐちゃぐちゃにしたいと思っているということだ。

 ずっとやっているの責めの内容で、そんなお蘭の意図が見え隠れしている気がする。

 

「わ、わたしよ──。くだらないこと言うんじゃないわよ、くそったれ」

 

 さすがに沙那にも、もう計算や駆け引きなどない。

 ただの意地だ。

 耐えることに何の意味があるのかもわからないが、絶対に屈服してはならないという決意だけはある。もしも、ここで沙那が孫空女のせいだと口にしてしまえば、沙那は自分を二度と許せない気がした。

 

「うぎゃあああ──」

 

 またもや電撃──。

 悲鳴が自分の口から迸った。

 そして、長い──。

 いつまでも終わらないような電撃がひたすら続く。

 もっとも、実際には沙那がそう感じているだけで、そんなに長時間ではないのだろう。

 継続する苦痛には、人は慣れてしまう。

 慣れさせないためには、断続的な苦痛こそがもっとも効果的なのだ。

 沙那の一部の、まだ冷静な部分が沙那にそれを教えていた。

 電撃与えて、それを切る。

 しかし、間髪入れずに今度は再開する。

 沙那なら、相手の心を折るためにそうする。

 

 そして、がくりと突然脱力する。

 沙那は電撃が一時的に止まったことを知った。

 しかし、すかさず電撃が襲いかかる。

 思ったとおりだ。

 沙那はちょっとだけほくそ笑んだ。

 絶叫しながらそれを思った。

 しばらくすると電撃がとまる。

 だが、またすぐに始まるだろう。

 

 案の定、息を吸う時間だけ挟むと、また始まった。

 沙那は吠えた。

 

「まだ、やるか、沙那? 孫空女の仕業じゃな? そう言え」

 

 お蘭が愉しそうに笑った。

 電撃がとまった沙那は、床に倒れたまま歯噛みした。

 

「さ、沙那──。ち、畜生──。あたしがやったよ。そういうことにしたいんだろう──」

 

 すると、孫空女の叫び声がした。

 裏庭から四つ足のままやってきたようだ。

 さっき、転送術でこっちに沙那が送られたときには、孫空女は置いてけぼりにされたのだろう。だが、沙那とお蘭の会話は聞こえていたみたいだ。

 

「なんじゃ、その手足でよく戸が開けられたのう」

 

 お蘭が笑った。

 しかし、孫空女は一目散に、獣のようにお蘭に突進していく。

 なにをするつもりだ──?

 沙那はびっくりした。

 

「ふん」

 

 お蘭が不快そうに鼻を鳴らすのは聞こえた。

 次の瞬間、孫空女の首から下が消滅し、首から上の生首だけになった。

 沙那は眼を見開いた。

 

「わわあっ、わっ、な、なに?」

 

 勢いのままころころと床を転がる孫空女の首から、驚愕と恐怖の声が出る。

 

「感謝せいよ。糞尿をしなくてよい身体になったんじゃ。その辺に転がっておれ。ほら、お前の身体はここじゃ」

 

 お蘭の手に真っ白い人形があった。

 ほんの手の平くらいののっぺらぼうの人形だ。ただ、首の上の頭に当たる部分がない。沙那はぎょっとした。

 すると、お蘭が自分の前に小さな壺を出現させた。

 蓋を開いて、どぼんと人形を中に浸ける。中には液体が入っていたようだ。その壺にすぐに蓋をした。

 

「んふうっ、んふうう、うわああ──」

 

 首だけの孫空女が絶叫した。

 

「ひやっ、ああっ、はああっ、あああああっ」

 

 そして、すぐに嬌声そのものの声が迸る。

 その顔は真っ赤だ。

 だが、孫空女はどうすることもできずに、ただただ欲情に追い詰められたような悲鳴をあげるだけだ。

 お蘭が立ちあがって、その孫空女の生首の髪の毛を掴んで持ちあげた。

 天井に縄を吊るして、孫空女の髪を縄で結んでしまう。

 

「や、やああ、やめて、ああ、あああ、ああああっ、はひいいい」

 

 天井からぶらさげられた孫空女の口が悲鳴を絶叫し続ける。

 

「壺の中に、このお蘭特性の強烈な媚薬が入っていて、しかも、人形の表面を壺に詰め込んだ魔蛭が肌を舐めまわしておるのだ。ひと刺し、ひと刺し、人形の身体に媚薬の毒液で感度を上昇させながらな……。犬──、いや、首か……。首、人形ではとまる心臓もないから、気絶もできなければ、死ぬこともできん。狂うまで、そこで千回でも、一万回でも絶頂しておれ」

 

 お蘭は嘲笑った。

 沙那は唖然とした。

 

「待たせたな、沙那──」

 

 お蘭が沙那を見た。

 ぎょっとした。

 だが、そのお蘭の顔が曇った。

 

「ちと、うるさいのう、首──。黙っておれ」

 

 部屋の中に孫空女の悲鳴が迸り続けていたのだ。

 しかも、ひたすら哀願を乞う言葉も洩れていた。

 あの孫空女があれほどに必死で泣き叫ぶなど、余程につらい責めを小壺の中で受けているに違いない。

 限度を超えた快感というのは、限度を超えた苦痛に等しいというのは沙那も知っている。

 そして、お蘭が手をひと振りした。

 孫空女の声が消失した。

 だが、苦悶の孫空女の顔の表情は変わらない。

 こうやって、視線を向けているあいだにも、二度、三度と絶頂をしている様子なのがわかる。

 

「うがあああ──」

 

 だが直後に、全身を引き千切るかと思うような電撃の苦痛が沙那に襲いかかってきた。

 電撃が消えるまでのあいだ、沙那は声をあげ続けた。

 悲鳴を出し続けていないと、頭がどうかなりそうだったのだ。

 そして、また止まる。

 だが、間髪入れずに、すぐに電撃をかけられる。

 

 それが十回……。

 

 そして、十五回と続く……。

 

「も、もういやああ──」

 

 沙那はついに泣き出してしまった。

 ぼろぼろと涙が落ちる。

 あまりに苦しさに、いっそ殺してくれとさえ思った。

 

 そのときだった。

 蹴られるような大きな戸の音がして、誰かが入ってきた。

 沙那は涙で滲む視線を向けた。

 木桶を口で咥える宝玄仙だ。

 しかし、驚いた。

 宝玄仙の身体は、びっくりするくらいの精液でいっぱいだったのだ。

 全身だけじゃなく、黒い髪が顔にもたくさん精液がかけられている。

 

「な、なんだい、これは──?」

 

 宝玄仙が木桶をその場に置くと、孫空女と沙那の姿を見て唖然としたような声ををあげた。

 

「もどったか、家畜──。ほう、いい姿じゃのう。全身を精液まみれにして。どうやら、わしのところの住民は、お前を可愛がってくれたようじゃな」

 

「ふん──。どいつもこいつも、ど変態どもだよ。わたしの姿を見ると、争って犯そうとしやがる。だけど、張形に阻まれてできないとわかれば、身体を弄って邪魔をするは……。精液をかけるは……。さんざんだったよ。それよりも、この状況はなんなんだい──。答えるんだよ、お蘭──」

 

「あまり遅かったからな──ちょっとばかり、お前の供を責め殺そうとしただけじゃ……。まあ、正確には責め狂わすかな。さすがのお前でも狂った人間を元には戻せまい?」

 

 お蘭がけらけらと笑った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ──。こいつらに手を出すんじゃない。お前の目的はわたしだろう──」

 

 宝玄仙が激怒して叫んだ。

 

「わしの里でわしがなにをしようが勝手じゃ。お前はわしに慈悲を乞うことしかできないんだ。それを自覚せい」

 

 お蘭が言った。

 宝玄仙の顔が屈辱で歪んだ気がした。

 しかし、その顔が真っ白になる。

 沙那はどきりとした。

 あれは、感情が限界まで昂ぶったときの宝玄仙の顔だ。

 なにかするつもりだ……。

 沙那は思った。

 

「じゃ、じゃあ、お前に慈悲を乞えば……。こ、こいつらには手を出さないね」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「なに?」

 

 お蘭はきょとんとした。

 宝玄仙の口走った言葉の意味が理解できなかった感じだ。

 しかし、宝玄仙がその場に両ひざをついた。

 そのまま床に正座をする。

 

「このふたりを殺さないでおくれ。こ、このとおりだよ──」

 

 宝玄仙が床に頭をつけて土下座をした。

 正確には、両手はだらりと両脇に垂れたままだったので、頭だけを床に擦りつけたのだが、とにかく、沙那は驚愕した。



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34  この姉にして、妹

「このふたりを殺さないでおくれ──。このとおりだよ」

 

 宝玄仙がその場に跪いて、床に頭をつけた。

 沙那は驚愕した。

 

「……もう、わたしの負けでいい。降参だ。お蘭の奴隷になるよ」

 

 さらに言った。

 すると、なにか大きな気の塊のようなものが周囲で吹き起こるのを感じた。

 そして、はっとした。

 

 真言の盟約で続けられていた勝負が終わったのだ。

 宝玄仙が負けを宣言したことにより、宝玄仙はお蘭の奴隷状態になり、それに伴って、お蘭が勝負のあいだ取りあげると言っていた道術の力が、宝玄仙に戻ったのだと思う。

 道術のことはわからないが、宝玄仙の身体になにかの気が満ち溢れている。

 

「な、なに? もう終わり?」

 

 烏巣禅(うそうぜん)の姿のお蘭が呆気に取られている声を出した。

 

「そうだよ。もう終わりだよ。これで道術が戻ったね。いまいましい身体の操りは返すよ。それと、こいつらは返してもらうよ──。お前の玩具じゃない。わたしの玩具なんだ」

 

 宝玄仙が手をあげた。

 髪で吊られていた孫空女の生首から縄が解けて、首が床に落ちてきた。

 慌てて受け止めようとしたが、床に辿り着くときには、もう孫空女は五体の戻った状態になっている。

 

「うわあっ」

 

 だが、しこたま強くお尻を打ったようだ。大きな声をあげた。

 しかも、全身が爛れたように真っ赤だ。

 おそらく、魔蛭とかいう生き物入りの媚薬漬けにされていた影響だろう。

 

「ひいいっ」

 

 孫空女が全身を掻きむしりだした。

 だが、その力は弱々しい。

 

「ほらよ」

 

 宝玄仙が道術を孫空女に掛けたのがわかった。

 孫空女の身体が落ち着きを取り戻して、身体の赤みも小さくなる。

 

「孫女、大丈夫?」

 

 沙那は孫空女を抱き起こした。

 

「う、ううう……。さ、沙那──」

 

 素っ裸の孫空女が童女のように、沙那にしがみついてきた。

 こんなに恐怖に包まれている孫空女など初めてだが、余程に怖かったのだろう。

 

「な、なにをするか──。勝負に負けたなら、お前はわしの奴隷じゃ──。勝手なことをするな──」

 

 烏巣禅が真っ赤な顔をして怒鳴った。

 すると、宝玄仙がにこりと笑った。

 そして、なにかを床に放った。

 たったいままで宝玄仙の股間とお尻に埋まっていた白い張形だ。それを抜いて捨てたのだ。

 

「じゃあ、お前がご主人様だね、お蘭──。煮るなり焼くなり好きにしな──。だけど、ふたりには手を出すんじゃないよ。こいつらは関係ないんだから」

 

 宝玄仙がその場で胡坐に座った。

 どうなるかと思っているが、なかなか烏巣禅は動かない。

 なにか衝撃を受けたように、小刻みな震えさえ始めた。

 

「ご主人様、どうしたんですか? なにか困っていることでも? いろいろと趣向があったんじゃないですか? どうぞ、この宝玄仙めに罰を与えてください、ご主人様」

 

 宝玄仙が胡坐に座ったまま言った。

 だが、その口調には悲痛なものはない。

 それどころか、どことなく、お蘭をからかっているような雰囲気さえある。

 そして、烏巣禅の身体の震えが大きくなった。

 

「お、お宝姉さん──。な、なによ──。そ、そんなに、このふたりの供が大事なの──。あ、あたしがこんなにしたのに、な、なんで怒らないのよ──。そんなに、あたしが嫌いなの──」

 

 烏巣禅が絶叫した。

 いや、これはお蘭の本物の声だ。

 男の老人の声じゃなく、間違いなく若い女の声だ。

 

「やかましいよ──。いつ、わたしがお前を嫌いと言ったんだい──。勝手に、お前がわたしを絶交したんだろうが──」

 

 宝玄仙がいきなり怒鳴った。

 そして、立ちあがる。

 次の瞬間、ものすごい力で烏巣禅の頬を張り飛ばした。

 

 沙那は眼を見張った。

 烏巣禅がその場にひっくり返る。

 さらに、宝玄仙は烏巣禅の股ぐらを力の限り踏みつけた。

 

「あぐううっ」

 

 烏巣禅が悶絶して白目を剥いた。

 

「ま、待って、ご主人様──。お、落ち着いて──」

 

 慌てて、宝玄仙に掴みかかった。

 怒りのあまり行動したのだろうが、すでに宝玄仙はこの烏巣禅こと、お蘭の奴隷状態なのだ。

 言葉ひとつで、命令に従わせられ、それを拒否すれば凄まじい苦痛が襲いかかってくる立場のはずだ。

 お蘭に殺されてしまう。

 

「うるさいよ。あっち行ってな、沙那──。こいつは、本当はこうしてもらいたかったんだ。だから、わざと、わたしを怒らせるようなことばかりやってたんだ。仕返しをしてもらいたくてね──。ほら、満足かい、お蘭──。いつまでも、糞じじいの恰好をしていると、金玉がめり込むくらいに、蹴り続けるよ──。ほら、ほら、お蘭──」

 

 押さえようとして手を宝玄仙に払いのけられた。

 宝玄仙は狂ったように烏巣禅の股を踏み続ける。

 白目を剥きかけている烏巣禅の身体が白い光に包まれたと思ったら、その姿が若い少女のような姿に変わった。

 年齢は十六、七というところだろうか。

 宝玄仙同様に神々しいくらいに美しい。

 顔立ちも似ている。

 これが本当のお蘭の姿なのだろう。

 

「んぐうっ、や、やめてえっ、ご、ごめんなさい、お宝姉さん──。ゆ、許して……。あ、あああっ」

 

 それでも宝玄仙はお蘭の股を蹴るのをやめない。

 ものすごい力で蹴ったり、踏んだりしている。

 お蘭は立つこともできずに、のたうち回っている。

 

「ほら、今度は顔だ──。ちゃんと、上を向きな──。命令だ。奴隷にしたところで、わたしに逆らえると思っているんじゃないだろうねえ。染み込ませてやった奴隷根性は、そんなものじゃあ消えやしないよ。もう、わたしを奴隷にしたんだ。したかったら、仕返しをしてみな、この馬鹿垂れが──」

 

 宝玄仙が今度はお蘭の顔を蹴る。

 

「ぐふうっ」

 

 お蘭の鼻が曲がり、血が噴き出た。

 しかし、一瞬後には、それが光に包まれれて、きれいな顔になる。

 だが、そこにまた宝玄仙の蹴りが飛ぶ。

 また、光で治療される……。

 

 沙那はやっとわかったが、宝玄仙はお蘭を蹴りながら、一方で回復術で治療もしているのだ。治療しては顔を蹴り、蹴っては治療術をかけるということを繰り返しているということだ。

 おそらく、股間を蹴っていたときも、同じようにしていたのだろう。

 

 もう、沙那はこの状況が理解できずに、孫空女と抱き合うようにしながら、呆然とそれを眺めていた。

 

 しかし、しばらくすると、お蘭の様子が変わってきた。

 蹴られて顔を壊されるたびに、恍惚とするような顔になり、だんだんと甘い声を出すようになってきた。

 お蘭は宝玄仙に拷問のような暴行を受けて欲情しているのだ。

 沙那にはそれがわかった。

 

「お、お許しを……。お、お、お宝姉さん、お、お許しを……。んぎゃああ──」

 

 泣きながら許しを請い始めたお蘭の顔をさらに宝玄仙が蹴った。

 それでも、噴き出した鼻血とともに、あっという間に顔がきれいになるのだから、ある意味すごい責めだ。

 

「お前はたったひとりの肉親だ。そして、わたしの最初の性奴隷だ──。お前のことは好きに決まってんだろう──。だから、責めを受けてやったんだ。長く邪見にしていた罪滅ぼしだとも思ってね──。それなのに、調子に乗りやがって──。誰が沙那と孫空女に手を付けていいと言った──。勝手なことをして、わたしを本当に怒らせたら、二度と構ってやらないよ。奴隷だろうが、なんだろうが、知ったことか──」

 

 宝玄仙がお蘭を蹴りつづける。

 本当に力任せだ。

 その迫力に、沙那が口を挟むこともできなかった。

 

「ゆ、許して──。な、なんでもする……。ひぎいっ、ふぐうっ、ごめん、ふぎいっ、ごめんなさい、お宝姉さん……。う、嬉しい……ぶぎいっ──。あ、ああ、も、もっと──」

 

 お蘭が宝玄仙に暴力を振るわれながら悶えだした。

 沙那は眼を疑った。

 さっきまで、あんなに威張り散らしていたお蘭が、宝玄仙に蹴られて、なにもすることができずに一方的にそれを受け止めるだけでなく、それによって興奮しているのだ。

 

「……な、なにこれ……。いきなり、どうなってんの……?」

「さあ、わたしにも、さっぱり……」

 

 孫空女とともに、沙那も唖然としてしまった。

 

「わかったかい、お前ら──。こいつは嗜虐者のように振るまっていたけど、心の底からの被虐癖のど変態なのさ。さっきのわたしへの責めだって、ずっと以前にこいつにやってやった躾の焼き直しだ。骨の髄まで、わたしがこいつを躾けてやってるから、本当は逆らうことなんてできないのさ。ちょっとばかり、付き合ってやろうかと思ったけどやめだ。飽きたよ──。ほら、見てみな、沙那──。こいつには、痛みを快感として感じるように、しっかりと調教してやったのさ。道術じゃないよ。こいつは十年以上も、わたしの性奴隷だったからね。毎日のようにいたぶってやって、そういう変態にしてやったのさ。そうだね。変態?」

 

 蹴り疲れで、肩で息をしている宝玄仙がやっと蹴るのをやめた。

 だが、その代わりに、お蘭にさっと片手を向ける。

 

「うぎゃあああ──」

 

 お蘭の口から獣のような苦痛の声が迸った。

 

「なにをしているんだい、お蘭──。本当の調教というのを味わわせてやるよ。さっさと服を脱がないかい。さもないと、この苦しみはいつまでも続くよ」

 

 お蘭は苦しみ続ける。

 必死で手を衣類にかけようとしているけど、道術で苦しめられているので服を脱ぐことができないようだ。

 お蘭は仰向けのまま、暴れ回っている。

 

「お前たち、お蘭の服を脱がしてやりな。お蘭、お前からも頼みな。お前のために、服を剥ぎ取ってくれるんだから」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女を見た。

 

「は、はい──」

「うん……」

 

 急に振られて、沙那と孫空女は慌ててお蘭に駆け寄る。

 

「お、お願い、服を……。脱がせて──。うぐうううっ、ひぎいいいっ」

 

 苦しみ続けて暴れるお蘭から服を脱がせるのは大変だった。

 それでも、なんとかふたり掛かりでお蘭から一枚一枚服を剥ぎ取っていく。

 そして、股布だけになると、お蘭が苦しみながらも、激しい淫情に襲われているのがわかった。お蘭の股間は布の色が変わるくらいに愛液でびっしょりだったのだ。

 その股布も取る。

 お蘭は素っ裸になった。

 やっと、宝玄仙が道術をやめたのか、お蘭がもがくのをやめて、がっくりと脱力した。

 

「お蘭、お前に、ご主人様は似合わないよ──。もうちょっと付き合ってやろうかと思ったけど、茶番はやめだ──。望み通りに、久しぶりに躾けてやろう──。これっぽっちも道術を使うことは許さないよ。躾を受けたくないなら、反撃してごらん。くだらない呪いを里にかけて、このわたしを奴隷にしたんだ。いくらでも、やめさせればいい。それとも、わたしの調教を受けたいのなら、奴隷の姿勢だよ。もしかしたら、久しぶりなんで忘れたかい──」

 

「わ、わたしが……お、お宝姉さんの調教を……い、嫌がるわけがない……じゃない……。さっきまで、ごめんなさい……。十分に罰してください……」

 

 お蘭はまだ足腰が立たないのか、ふらふらと一度立ちあがり、その場で正座をして、両手を頭の後ろで組んだ。

 これが奴隷の姿勢というやつなのだろう。

 

 すると、お蘭の首に赤い糸のような線が浮かびあがった。

 お蘭が苦しそうに呻く。

 よく見ると、頭の後ろで組んでいるお蘭の指の何本かにも、赤い線が浮かびあがっている。なんとなくだが、手を動かすと、赤い線のある首が締まるような仕掛けのように感じる。

 腕をかすかに動かすたびに、お蘭は苦しそうに息を吐いている。

 いずれにしても、宝玄仙の道術だろう。

 

 それにしてもだ……。

 

 いま、宝玄仙はお蘭の奴隷状態だ。

 それなのに、なんの躊躇もなく、お蘭を痛めつけ続けている。

 お蘭もまた、この瞬間にも、宝玄仙を無力化して反撃できるのに、それをしない。

 道術だって遣おうともしていない。

 

「脚を開きな」

 

 宝玄仙が正座をしているお蘭の脚を蹴る。

 「うっ」と呻いて、お蘭は正座をしている腿を開いた。

 そこに宝玄仙が脚を差し込み、脚の指でお蘭の股間を弄り始めた。

 

「は、ああっ」

 

 お蘭がびくりと身体を震わせる。

 宝玄仙がお蘭の頬をまた張った。

 

「ひぎいっ、ううっ──」

 

 最初に頬を張られて声をあげ、次いで手が動いてしまったことで、道術の線で首が締まってお蘭が苦痛の声をあげる。

 

「勝手に、淫汁を出すんじゃないよ、それよりも、久しぶりに見たら、しっかりと陰毛を生やしているじゃないかい──。これは後で処分するからね。半分は引きちぎる。半分は燃やす……。わたしに断りもなく、股間の毛を生やした罰だ。十年躾をされなかろうと、二十年されなかろうと、お前はわたしの性奴隷なんだ。勝手なことを許さないよ」

 

「んぎいいいっ」

 

 お蘭が絶叫した。

 股から足を抜いた宝玄仙の脚の指には、十本ほどの陰毛が絡まっていた。

 挟んで引き千切ったのだと思った。

 

「ほ、本当に……わ、わたしは、お、お宝姉さんの奴隷……?」

 

「当たり前だろう」

 

 宝玄仙がにっこりと微笑んだ。

 すると、お蘭が感極まったようにぶるぶると震えた。

 しかも、それが大きくて長い。

 やがて、背をぴんと伸ばすようにして、背中を弓なりにした。

 言葉ひとつで達したのだ。

 

「うわあ……」

 

 孫空女も横で驚いている。沙那も眼を見張った。

 

「見たかい、お前ら──。十年もわたしから調教を受けるとこうなる。しかも、この女は十歳から二十歳まで、わたしに飼われ続け、それからも時折、こうやって躾けてやっている。心の芯からわたしの奴隷なんだよ」

 

 宝玄仙がけらけらと笑った。

 その宝玄仙がお蘭の桃色の片側の胸の突起をぎゅっとひねりつぶす。

 

「うぐうっ、ひぎいいっ」

 

 懸命にお蘭が歯を喰いしばっている。

 だが、お蘭は被虐の声を押しとどめることができないようだ。

 苦しそうでありながらも、どことなく幸せそうな顔で唇のあいだから細い呻きを洩らし続ける。

 

「どうしたんだい、お蘭? わたしを奴隷にしたんだろう。逆らいなよ。わたしに命令してみな。お前はむかしから、わたしよりも道術の能力は高かった。いまでもそうだ。そんな首絞めの術くらい、簡単に振りほどけるだろうが──」

 

 さらに宝玄仙は反対の乳首も捻る。

 

「ひいいっ」

 

「わたしは奴隷だよ。お前のね──。だから、やっぱり、責めるのはお前で、責められるのはわたしの方がいいと思うけどね……。そろそろ、交代しようか……。ねえ?」

 

 宝玄仙がお蘭の乳首をぐいぐいと捩じりながら言った。

 

「そ、それは後で──。い、いまは、このまま……。あ、ああ──。も、もっと──。お、お宝姉さん……。ひ、久しぶりに、お宝姉さんの責めが受けられて嬉しい……。あああっ」

 

「だったら、今度はお前が道術をわたしに寄越しな。わたしは数刻ほど、お前の調教を受けたしね。お前には十日はやめないよ。そのあいだ、さまざまな調教やお仕置きをするけど、ひとつ終わるごとに、服従の誓いをさせてやる。さあ、道術を渡せ──。さもないと、ここでやめるよ」

 

「ほ、本当に十日──? 十日間、お宝姉さんの調教を受けられるの──?」

 

 お蘭が目を輝かせたように見えた。

 

「ああ、約束だ。この里にかけた呪い……。お前がかけた広域の真言の誓約に結んでもいい」

 

「誓う。誓います。このお蘭はお宝姉さんに道術を渡して奴隷になる。その代わりに……」

 

「十日間の地獄の責めだ。誓おう──」

 

 宝玄仙が言った。

 お蘭と宝玄仙の腕に再び、真言の誓約が成立したことを示す赤い線が走った。



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35  嵐の十日間

 最初の一日目、お蘭はさっそく、宝玄仙に素っ裸に剥かれて外に連れていかれ、里の者の相手をすることになった。

 実のところ、里の者は、お蘭の本当の姿を見たことがなかったらしく、十六歳くらいの少女のお蘭が出てきても、それが自分たちを支配している「お蘭」だとは思わなかったらしい。

 また、お蘭は本当は「少女」ではない。

 沙那たちが宝玄仙に内丹印を刻まれて、老化をしない身体になっているのと同じように、お蘭もまた、それくらいの年齢のときに、宝玄仙に内丹印を刻まれて、それ以来、見た目の年齢が変化していないのだそうだ。

 もっとも、お蘭は道術で自由自在に見た目の姿を変えられる。

 幼女の姿にもなれば、老婆にもなるし、男の姿にだってなる。

 だから、不都合はなかったようだ。

 

 それはともかく、宝玄仙は、お蘭を素っ裸にして、後手に拘束に拘束し、魔道でがに股でしか歩けないようにして、“私を強姦してください”と背中に書いて、里の中に連れ出したのだ。

 そして、まずは百人の相手をするように命じた。

 

 百人と聞いて、お蘭は蒼くなっていたが、すぐにその理由はわかった。

 お蘭は、宝玄仙のように房事に耐性はなく、多数の男の相手ができるような女ではなかったのだ。むしろ、肌がものすごく敏感であり、ちょっと触られただけでよがりまくった。

 宝玄仙によれば、お蘭については十歳のときから宝玄仙が調教してやったし、それよりも以前の幼女時代は、宝玄仙たちの実の母親が、宝玄仙やお蘭を調教していたという。

 まあ、さすがに、母親が幼女の娘を性調教するというのは宝玄仙の嘘かもしれないが、ともかく、お蘭が常識外れくらいに感じやすいのは確かだった。

 なぜ、知っているかというと、沙那と孫空女は、お蘭の調教につき合わされたのだ。

 ずっとである。

 

 とにかく、里の男たちによるお蘭の輪姦が始まった。

 もともと、お蘭によって、平素から乱交体質に仕立てられている里の者は、宝玄仙が引きたててきたひとりの裸の美少女を前にして、大した躊躇もすることなく、次々にお蘭を犯し始めた。

 しかも、どこをどう触っても激しすぎるくらいによがるお蘭に群がって悦んだ。

 

 だが、お蘭はたまったものじゃなかったようだ。

 ただでさえ、感じやすい身体で大勢の男の相手をするのだ。

 ひとりの男に精を放ってもらうあいだに、お蘭は二回三回と絶頂する。中には、面白がって十回近くも昇天させてから、やっとおもむろに精を放つ者もいる。

 お蘭は十人も終わらないうちに、泡を吹いて気絶した。

 

 だが、宝玄仙がそれで許すわけもなく、すぐに道術で回復術をかけて、お蘭を引き起こす。

 しかも、ただの起こし方ではない。

 『鼻芯輪(びしんりん)』という霊具を取り出し、牛の鼻輪のようにお蘭の鼻に装着したのだ。しかも、それに念を込めると、鼻の奥に激痛が走るようになっているようだ。

 

 お蘭は倒れては、回復術で元に戻り、鼻の激痛で泣き叫び、また犯されるということを繰り返した。

 しかし、いくら回復術をかけても、身体の疲労は確実に蓄積していく。

 五十人を超えたときには、もうお蘭はふらふらで、泣きながら宝玄仙に許してくれと哀願した。

 その姿には、喜々として宝玄仙を責めた鬼畜女の姿はなかった。

 もちろん、宝玄仙が解放するはずはなかったが、その頃には真夜中近くになっていたので、それで解散となった。

 とにかく、お蘭はひとりひとりの相手に時間がかかりすぎるのだ。

 

 宝玄仙は、沙那たちに命じて、お蘭を拘束する板の枷を作らせた。

 大きな板であり、それを里の中央の広場に建てさせたのだ。

 それには五個の穴があり、お蘭の首と四肢を嵌めて拘束するというものだ。

 

 里の者たちがぞろぞろと引きあげるときに、終わらなかった罰だと言って、お蘭をそれに拘束した。

 お蘭はお尻を後ろをに突き出したようなかたちで、手足と首を板の向こう側に出した状態で動けなくなった。

 宝玄仙は、そのお蘭の股間にたっぷりと痒み剤を塗って立ち去ったのだ。

 痒みを癒したければ、朝から男を呼んで、犯してもらえと言い捨てて……。

 お蘭は狂ったように悲鳴をあげたが、宝玄仙は笑いながら引きあげた。

 

 それが第一日目だった。

 

 *

 

 二日目は、「百人斬り」の続きから開始になった。

 お蘭は、一晩中痒みの苦しさでもがき続けて、息も絶え絶えの状態になっていた。枷が嵌まっている四肢と首には、暴れたことによる擦り傷がたくさんできていた。

 宝玄仙は、それを治療術で治し、お蘭の顔側に卓と椅子を備え付けさせて、そこで食事を始めた。

 沙那たちも相伴したが、里の者に後ろから犯されて、苦しそうに嬌声をあげる少女姿のお蘭を見ながら、平然と食事をする宝玄仙は、本当に鬼畜だと思った。

 

 気絶しては回復させられ、回復しては失神を繰り返したお蘭が、前日から続いていた百人の相手がやっと終わったのは午後だった。

 すると、宝玄仙は、「じゃあ、裏だ。裏百人──。心配しなくても、ひとり終わるごとに術で治してやる。その代わりに百人だ」と宣言した。

 なんのことかわからなかったが、どうやら、今度は尻の穴で百人の相手をしろということのようだった。

 枷に拘束されているお蘭は、その言葉だけで気絶しそうになっていた。

 

 だが、沙那も我慢の限界だった。

 宝玄仙にいい加減にしろと言ってしまったのだ。

 あまりにも、醜悪で悪趣味な見世物だと思ったのだ。

 それに対する宝玄仙の反応は、怒りではなく、愉悦の笑みだった。

 沙那は、その瞬間、自分がやってはならない失敗をしたのだと悟った。

 

 お蘭は枷から解放され、今度は沙那がそこに拘束された。

 孫空女は顔色を変えたが無言を貫いた。

 なにか喋れば、孫空女も同じ目に遭うのは目に見えているし、沙那が同じ立場なら、孫空女を庇わない。

 自業自得だと思うだろう。

 

 とにかく、沙那は、そのときまでのお蘭のように、建てた板に拘束されて、後ろから里の者に犯されることになった。

 昨日のお蘭と同じように、背中に、“嫌がりながら犯されるのが好きです”──と道術で文字を入れられた。

 肌が敏感なことでは、沙那もお蘭と変わりない。

 弄られると、あっという間に気持ちよくなってしまい、沙那もよがり狂った。

 

 宝玄仙は、お蘭と孫空女を連れて、屋敷に戻っていき、沙那はそのまま取り残された。

 沙那だけになると、里の男たちは、膣だけじゃなく、尻まで犯し始め、さらに、前側に回り込んで、沙那の口にも性器を突っ込みだした。

 噛み千切ってやろうかと思ったが、そのときには、もう沙那にはそんな気力も残っていなかった。

 おそらく、お蘭同様に、十人も終わらないうちに失神しただろう。

 お蘭と違ったのは、気絶しても回復術をかける者はいないということだ。

 しかし、里の者は、沙那が失神しても凌辱をやめず、失神から意識を戻すと、後ろからを前から性器と口を蹂躙されているという状態が繰り返した。

 

 宝玄仙が沙那を迎えに来たのは、夜だった。

 気の毒そうな顔をした孫空女を伴っており、なにか言うことはないかと沙那に訊ねた。

 沙那は謝罪し、二度と逆らわないと、息も絶え絶えに言った。

 

 宝玄仙は沙那の頭を撫ぜ、全身を汚している男の精と沙那の体液などを自ら拭いてから、沙那を解放した。

 沙那はぶっ倒れ、一緒に来ていた孫空女に背負われて、屋敷まで連れて戻された。

 

 すると、屋敷の中では、手足を伸ばして、仰向けに床にぺったりと貼りつけられたお蘭が、毛虫のようなものを百匹ほど裸体に載せられて、発狂したような笑い声をあげていた。

 『くすぐり虫』という淫具であり、全身を這い回って女の身体をくすぐるのだそうだ。

 背負われた沙那がやって来たときには、お蘭はおしっこどころか、大便まで垂れ流していた。

 宝玄仙は、「また洩らしたのかい」と不満げに言うと、道術で掃除をするとともに、お蘭の顔をしばらくのあいだ、足の裏で踏み続けた。

 痛めつけられているにもかかわらず、恍惚とした表情をするお蘭がちょっと不気味に思えた。

 

 宝玄仙と孫空女は一階に残ったが、沙那は二階で寝ることを許された。

 

 二日目が終わった。

 

 *

 

 三日目の朝は、あれだけの疲労だったというのに、ちゃんと早朝に起きることができた。

 まあ、寝る前に宝玄仙に、回復術をかけてもらったというのもあるが、規則正しい生活は、軍人時代からの習慣なのだ。

 一階に降りていていくと、木製の卓が置かれていて、宝玄仙はそれで食事をしていた。

 椅子はお蘭だ。

 驚愕することに、お蘭はお尻の穴に鈎を挿入されて天井から吊るされ、頭側でに髪の毛で吊られて、背中を上にし、身体を横にして宙に浮いていたのだ。

 手首と足首は、胴体の下で枷でひとつに束ねられている。

 そのお蘭の背中に、宝玄仙は胡坐に座って、食事をしていた。

 もう、なにを見ても、驚かないし、反応しない決心をしていた沙那は、なにも言わずに、卓の反対側で居心地が悪そうに普通の椅子で食事をしている孫空女の隣にあった椅子に座って一緒に食事をした。

 昨夜は食事もせずに休んだ。

 空腹だったのだ。

 

 自分の食事が終わると、やっと宝玄仙はお蘭を床におろして、平らな器を取り出し、なにをするかと思えば、まだ残っていた食材を口に入れては器に出し、器に出しては口に料理を入れて吐き出すということをした。

 唖然として見守っていたが、宝玄仙はその唾液混じりのものを食事だと言って、床に伏しているお蘭の前に置いたのだ。

 沙那は眼を丸くした。

 お蘭はそれを文句を言わずに口だけで食べ始めた。

 

 しかも、「お宝姉さんの味がする。おいしい……」とか悦んでいる風情だ。

 もう、この姉妹に関わりたくなくなった。

 食事は、ずっと同じような感じで続いた。

 九日目と十日目を除き、お蘭が口にしたものは、必ず、誰かの口に一度入ったものを食べさせられていた。

 

 そして、お蘭が器を空にすると、それをこっちに渡してきて、水分を取らせるので、それに沙那と孫空女がおしっこをしろと命じてきた。

 顔が引きつったが、宝玄仙に逆らったことによるお仕置きは、昨日で十分だ。

 沙那は、すぐにそれを掴むと、大急ぎで下を脱いで、器に跨っておしっこをした。

 恥ずかしいとかいう問題じゃない。

 沙那は気がついていた。

 宝玄仙がなにかを企んだ表情になっていることに……。

 

 孫空女に器を渡すと、孫空女もかなり動揺している様子になったが、大人しく沙那と同じように下を脱いで器に跨った。

 すると、宝玄仙がいきなり、お蘭に孫空女の尻をいいというまで舐めろと言い出したのだ。

 お蘭は言うとおりにして、すぐに器に跨っている孫空女のお尻の穴を舐めだした。

 悲鳴をあげたのは孫空女だ。

 だが、さっさと器に小便をしろと命じられ、顔を真っ赤にして器に放尿する態勢になった。

 しかし、刺激を受けながらだと、うまくできないのか、なかなか出さない。

 しびれを切らした宝玄仙は、器にちゃんと入れないと罰だと大きな声で叱った。

 さすがに、孫空女もやっとおしっこを開始したが、お尻を舐められてよがるので、大半は器の外に出てしまった。

 

 宝玄仙は罰だと言って、下半身になにも身につけていない孫空女を外に連れ出した。

 もちろん、孫空女は嫌がったが、宝玄仙の道術で無抵抗にされて、そのまま出て行った。

 沙那は、お蘭を連れて着いて来いと言われたので、お蘭の首にあった首輪に鎖を繋げてついていった。そうしろとも言われたのだ。

 お蘭は抵抗することなく、四つん這いで着いてきた。

 

 孫空女に与えられる罰というのがなにかは見当がついていた。

 おそらく、宝玄仙は、沙那が一日前に枷に拘束されて、里の者の輪姦罰を受けたので、孫空女にもやらせたいと思っていたのだと思う。

 そういう意味では、おそらく、尿を器にするのに失敗しなくても、なにかの口実で結局は孫空女は、罰を与えられたかもしれない。

 もっとも、宝玄仙は気紛れだ。

 沙那が対応を誤れば、やはり、生贄になったのは沙那だったかも……。

 

 孫空女は昨日の孫空女と同じように、板枷によって、尻を突き出す恰好で里の広場に拘束された。

 だが、そのとき驚いたのは、同じような板枷が向かい合うように作られていたことだ。しかも、板と板のあいだがかなり狭い。

 おそらく、宝玄仙が里の者に作らせたのだろう。

 そして、宝玄仙は孫空女が拘束された板枷の向かいの枷に、お蘭も繋がるように命じた。

 

 顔をひきつらせたお蘭に言い放った宝玄仙の言葉は「裏百人がまだだろうが」だった。

 お蘭もまた、孫空女と向かい合う体勢で板枷に拘束された。

 里の者による輪姦が開始となる。

 

 孫空女は女の性器を──。

 お蘭は尻を犯されることになった。

 宝玄仙は間違わないようにね、と口にして、孫空女の尻穴とお蘭の女陰に、それぞれ白い張形で封鎖した。

 挿入されると、それはうねうねと動き出し、すでに集まっている里の者の前で、ふたりは嬌声をあげさせられていた。

 しかも、宝玄仙が説明するには、気を失えば電撃を流して覚醒させる機能もあるということだった。

 つくづく、昨日でよかったと思った。

 ふたりはそれぞれに、背中に“前の穴用”、“尻の穴用”と書かれた。

 

 ふたりの輪姦が終わったのは、完全に夜になってのことだ。

 百人に達したかどうかは知らないが、とりあえず、それで終わりになった。

 

 それが、三日目だ。

 

 *

 

 四日目は孫空女とお蘭は、午前中を休むことを許された。

 昨日の輪姦罰だった孫空女もそうだが、お蘭は三日間、ほとんど寝ることも許されておらず、かなり朦朧としている状況だったのだ。

 回復術による強制覚醒も限度になっていたようだ。

 

 沙那は宝玄仙の暇つぶしの相手をさせられた。

 

 おかしな霊具で四つん這いの体勢から起きあがれなくさせられ、股間とお尻に掻痒剤をたっぷりと塗られて、さらに股間の周りに結界をかけられたのだ。

 宝玄仙の結界術は、かなり精度の高いものであるらしく、目の前の相手であれば、沙那にやったように、身体の一部にかけて、そこに触れなくするくらいのことは朝飯前とのことだ。

 

 だが、それによって、痒い場所に触れなくなってしまった沙那は泣き狂った。

 宝玄仙は、部屋を十周するごとに、ほんの少しの時間だけ、手が股間に届くようにしてやると沙那に言った。

 仕方なく、沙那は言われたとおりに、四つん這いで這っては、束の間だけ指で股間と尻穴を弄ることを許され、すぐに結界をかけ直されて触れなくされて、また犬のように十周するということをした。

 

 それを午前中続けたのだ。

 沙那は疲労困憊になり、全身から汗を噴き出させた。

 

 お蘭と孫空女が休息の場所である二階から降りてきたときには、もう沙那はしばらく動くこともできない状態になり、ただ痒い腰を振って呻き声をあげるだけになっていた。

 ぎょっとしているふたりにも、宝玄仙は同じことをして、裸になったお蘭と孫空女が沙那とともに部屋を回らされた。

 

 そのうち、宝玄仙がここでは狭いとい言い出し、沙那たちを外に連れ出した。

 屋敷の前の庭に、表面が荒くなっている棒を三本出して、沙那たちが四つん這いのまま、股間を押しつけられるようにし、少し遠くにある樹のところまで行って帰ってくると、少しの時間、その樹木を擦りつけることができるということにした。

 

 そんなことはしたくないが、やらなければ痒みで気が狂う。

 沙那たち三人は、四つん這いで里の道を駆け、そして、戻ってきて浅ましくも股間を横材で擦るということを繰り返すことになった。

 

 すぐに里の者たちが見物に現れた。

 面白がった男たちが揶揄する中を汗だくになって、四つん這いで駆けることは限りなく屈辱だった。

 しかし、道術の霊具でその姿勢を崩せないようにされているのだ。

 

 そのうちに、里の者の一部が、沙那たちを襲おうと手を出し始めた。

 そのときは、心置きなく蹴り飛ばして追い散らせた。

 すると、意地悪く網を準備したり、棒で進むのを邪魔をしたりし始める。

 そういう障害物を突破したり、ときにはそれを仕掛ける里の者を叩きのめしたりしながら、いつまでも道の往復を繰り返した。

 

 四日目はそんな感じで終わった。

 

 *

 

 五日目は、三人で、またもや外に連れていかれた。

 

 両腕を背中で拘束されて、肉芽に糸を結びつけられた。

 絶対に切れない堅い糸であり、それを敏感な場所の根元に結ばれただけで泣き狂ったのに、宝玄仙と里の者は、それをどこからか連れてきた小型の山犬の首輪に繋いだのだ。

 離されるとすぐに、山犬は里を駆けまわりだした。

 だが、首輪に結んだ糸が沙那たちの肉芽に繋がっている。

 沙那たちは、山犬に合わせて全力疾走することになった。

 

 それが午前中のことだ。

 

 午後は、三人で里の者の見物をする前で愛し合わされた。

 手足は自由になったが、それで逃げられるわけもない。

 そして、一番不甲斐なかった者には、特別の罰だと申し渡されたので、諦めて三人で愛し合った。

 悪いが、お蘭は孫空女とふたりがかりで責めたてた。

 宝玄仙の罰など、とんでもないことに決まっている。

 心の底から嫌だった。

 そもそも、これはお蘭の調教なのだ。

 なんで、自分たちも参加させらているのだろうという気分だった。

 

 しかし、これはこれで苛酷だった。

 宝玄仙はすぐには許さず、陽が傾くまで三人の愛し合いをさせたのだ。

 もう疲労困憊だ。

 

 また、結局、ふたりに一方的に責められることになったお蘭は、そのあいだに何度も気絶して、宝玄仙に電撃で覚醒させられていた。

 

 夕食は屋敷の外で食べることになった。

 燭台はお蘭だ。

 不甲斐なさの罰として、横の樹木の枝に、股を開いて後手に逆さ吊りをされたお蘭の股間と尻穴には、太い蝋燭が突き立てられた。

 

 熱い垂蝋を限りなく股間に受けなければならないお蘭は、ずっと悲鳴をあげ続けていた。

 そして、沙那は知らなかったのだが、どうやら、あらかじめお蘭の股間には、可燃性の油を塗ってあったらしい。

 蝋燭が短くなり、炎がお蘭の股間に近づくと、あるとき、ぱっとお蘭の股間が燃えだした。

 お蘭は狂気のように逆さ吊りで暴れ、そのまま失禁までした。

 宝玄仙は手を叩いて笑い、沙那と孫空女は、ただただ恐怖で硬直してしまった。

 

 樹木からおろされたお蘭は、宝玄仙の治療術を受けて、火傷など全く消滅してもらっていた。

 もちろん、そのときには、お蘭には意識はなかった。

 

 それが、五日目だ。

 

 *

 

 六日目は里のみんなの前で排便をさせられた。

 

 人の背丈ほどのふたつの台を作られ、沙那はかなりの見物人の前でその上にしゃがまされて大便をさせられた。もちろん、さすがに抵抗した。

 だが、道術で跨っているふたつの台から動けなくされて、大量の浣腸をされたのだ。

 野次を飛ばされながら、人前で大便を噴出してしまったときには、あまりの惨めさに死にたくなった。

 しかも、そのまま大便とともに、かなりの時間、放置されたのだ。

 さすがに、この恥辱には沙那も号泣してしまった。

 

 だが、それもましな方だ。

 孫空女とお蘭は、梯子に手足を拡げて縛りつけられ、浣腸されて上下をひっくり返されていた。

 宝玄仙は、片方が大便をしたら、もうひとりは上下を元に戻してやると言って、さらに里の者に羽根でくすぐりをさせた。

 

 もたなかったのはお蘭であり、お蘭は逆さまになったまま大便をして、自分の汚物まみれになった。孫空女は逆さまの体勢は元に戻してもらったが、全身をくすぐられながら大便をしたということに変わりはない。

 大便まみれのお蘭は梯子のまま川に放り込まれて、全身を完全に水に浸けられた。

 しかも、宝玄仙は残酷なことに、お蘭に水面に出ている管だけを口に咥えさせて、そのまましばらく放置したのだ。

 死なないようには見張っていたらしいが、あまりの残酷さに、沙那も声を失った。

 

 沙那と孫空女は、大便も片付けてもらえず、午前中いっぱい放置されてから、やっと身体を洗うことと、自分の便を始末することの許可を受けた。

 

 さらに、六日目にやったのは、道術で膀胱におしっこを溜めさせられての失禁芸の練習だ。

 夜までかかって、おしっこが自由自在に遠くに飛ばせたり、唄に合わせて、おしっこを出したり、止めたり、高く飛ばしたり、ちょっとだけ出したりという芸を仕込まれた。

 

 最後は、里の者の前での芸の披露だ。

 膀胱に尿を道術で溜めさせれて、夜のかがり火の中で、里の者を相手に放尿芸をした。

 

 六日目が終わった。

 

 *

 

 七日目は卵芸を言い渡された。

 

 朝になって三人が連れ出されると、すぐに里の男たちが集まってきた。

 沙那たち三人は、まずは大勢の者のいる前で、樹木の枝に両手を掲げて縛られ、股間に縄を通されて、自慰をするところからやらされた。

 

 惨めだが、股間に恐ろしいほどの痒みを内丹印(ないたんいん)で送られたのだ。

 嫌でも股間に喰い込んだ縄をむさぼるしかない。

 しかも、縄を擦っても擦っても、痒みは消えてはいかない。

 そんな術なのだ。

 

 二、三回ずつ気をやると、やっと卵芸の開始だ。

 股間に卵を入れて、合図によって、にわとりの鳴きまねをしながら産み落とすというものだ。

 嫌がってもやるしかない。

 痒みの苦しみを送られたままだからだ。

 

 それが、午前中……。

 

 午後は吊るされたまま、『刺激珠』という霊具でいたぶられた。

 刺激珠というのは、直径が人の親指の先端ほどの珠であり、それに身体の感覚の一部を転移することができるのだ。

 すなわち、それで転移すると、その部分を触られてもなにも感じず、逆に刺激珠を刺激されると、その感覚が身体に襲いかかってくるというものだ。

 沙那たち三人は、ふたつの乳首、肉芽、膣内の子宮の入口、お尻の奥の五個の刺激珠を作られて、里の者たちの手によって遠隔でよがりまくらされた。

 

 それは里の者たちが飽きるまで続いた。

 すなわち、夜までだ。

 

 *

 

 八日目は、昨日使った刺激珠を探す遊びというものをさせられた。

 この里のあちこちで、五人の刺激珠の五個を別々の場所で刺激をしていて、それを探すというものだ。手掛かりは、ある刺激珠に近づけば、その部分の刺激が強くなる。だから、刺激が大きくなる方に進めば、見つかるということだ。

 刺激珠は、初日にお蘭が孫空女を拷問するのに使った魔(ひる)を充満させた小壺にそれぞれ入れられることになった。

 死ぬ気で探すしかない。

 

 沙那たちは、のたうち回りながらも、数刻かかって全部の刺激珠を探し出し、やっと感覚を元に戻してもらった。

 

 それが終われば、くすぐり責めだ。

 三人で拘束されて、たっぷりと水を飲まされて、失禁するまで里の者にくすぐられた。

 最初に失禁すると五人、二番目は三人、最後まで我慢できればひとりだけに犯されるという競争にさせられた。

 しかも、最初の失禁者は全身の感度十倍、二番目は五倍、一番目は二倍にあげられることにもなった。

 

 一回目と二回目は、お蘭が負けたが、三回目からは沙那が負け続けた。

 どうやら、三人の中では沙那が一番くすぐりに弱かったのだ。

 息も絶え絶えになりながらも、沙那は繰り返し感度十倍の身体を犯された。

 

 結局、沙那はぶっ倒れたので、それからはお蘭と孫空女だけでやったらしい。

 それが、どうなったかは知らない。

 

 八日目だ。

 

 *

 

 九日目はなんの気紛れか、宝玄仙が「少しくらいは、わたしもお前らの調教を受けてやってもいいねえ」と冗談ぽく言った。

 沙那はすかさず、それをお蘭のかけている広域の真言の誓約、つまり「呪い」のかたちにして、『宝玄仙は、道術が遣えなくなって一日三人の責めを受けるという挑戦を受け、屈服したらお蘭の奴隷状態を解放される』という勝負事に変えてあげた。

 

 屈服しようが、するまいが、どうでもよかったのだが、最初の盟約によって、なんだかんだといって、宝玄仙はお蘭の奴隷状態になっている。

 それを解放してあげる必要があったのだ。

 沙那たち三人は、宝玄仙を里の広場の台に連れて行き、例の板枷に拘束した。

 しかも、嫌がる宝玄仙の口に布を突っ込んで猿ぐつわをして、下半身を晒させた。

 もちろん、掻痒剤も塗った。

 

 そして、さすがは、お蘭の集めている変態集団の里の者たちである。

 昨日まで一緒になって三人を責めさせた中心人物の宝玄仙が生贄になったというのに、躊躇もすることなく、宝玄仙を犯し始めた。

 

 最初こそ、余裕がありそうな感じだったが、思い出して、宝玄仙の身体に文字を入れる代わりに、“お尻が弱いです”と看板を横に立ててやった。

 すると、里の者が誰も彼も尻を責めだした。

 後ろを直接に犯さなくても、指で愛撫くらいは必ずするくらいになった。無論、尻を犯すのが好きな猛者も大勢現われた。

 すると、お尻が特別に弱い宝玄仙は、そこを責められると一切の余裕がなくなった。

 すぐに屈服すると言いたそうだったが、それは猿ぐつわで阻止している。

 参ったということができない宝玄仙は、勝負事が終わらないので道術も戻らず、延々と犯され続けることになる。

 そもそも、降参をすると、奴隷状態から解放されるという勝負なので、宝玄仙には、簡単に降参をさせない工夫をあらかじめしておく必要があったのだ。

 

 沙那は宝玄仙の犯される枷の前に卓を準備して、よがり狂う宝玄仙の顔の前で食事をした。

 孫空女とお蘭は呆れていたが、そのくらいしないと気が収まらない。

 それに、宝玄仙を観察して、時々は水をあげたり、あるいは掻痒剤を塗り足したりする必要があった。

 水が必要だと思ったときには、猿ぐつわの布にたっぷりと水を湿らせた。

 絶対に口からは布を出させなかった。

 

 沙那が宝玄仙の口から布を外してあげたのは、すっかりと夜になっていた。

 おそらく、宝玄仙もまた、百人くらいを相手にしただろう。

 板枷に拘束されている宝玄仙の口から布を出す。

 

「……参った……」

 

 宝玄仙は息も絶え絶え言った。

 その瞬間、お蘭の奴隷状態だった宝玄仙は、やっと解放された。

 宝玄仙を担いで屋敷に連れ帰り、三人がかりで宝玄仙の身体を洗った。

 

 *

 

 十日目は、責めとか、調教とかなしで、四人で愛し合おうということになった。

 昨日はあんなにひどい目に遭わせたのに、思いのほか、宝玄仙は上機嫌だった。

 まあ、こんな人なのだ。

 

 そして、食べ物も飲み物も適当に準備しておき、飲み食いしては、愛し合いということを繰り返した。

 朝から夜中まで、四人の全員、あるいは誰かしらがよがり狂うということをした。

 

 こうして十日間が終わった。

 今度こそ誓約による、お蘭に対する調教の十日間が終わったのだ。

 

 そして、いま、その翌朝を迎えている。

 

 

 *

 

 

「さて、では、頼まれていた魂の術の施術をしようか」

 

 お蘭がにこにこと言った。

 沙那と孫空女にとっては、大変な十日間だったが、お蘭はすっかりと満足したようだ。

 本当に愉しかったとも言っていた。

 

「じゃあ、まずはお宝姉さんから“魂の欠片(かけら)”を分離させる。次いで、その欠片を沙那殿の中に入れる。それでいいのね?」

 

 お蘭が言った。

 沙那は驚いてしまった。

 十日の嗜虐を一緒に受け、沙那と孫空女はお蘭を呼び捨てにして、お蘭は“殿”をつけて呼ぶようになっていた。お蘭の方から、そうして欲しいし、そうしたいと言ったのだ。被虐癖の強いお蘭は、最初の傲慢な物言いや里の者への態度は無理して作ったものであり、実際にはあまり威張ったりするのは苦手らしい。だから、見た目はともかく、自分たちよりも歳上であり、宝玄仙を凌ぐ道術師であるお蘭を呼び捨てにしている。

 それはいいのだが、魂の欠片という言葉に驚いた。

 

「えっ、なんですって、魂? どういうことですか、ご主人様? 魔法石を入れるんじゃないですか」

 

 沙那は声をあげた。

 霊具を使いこなしたり、ある程度の道術に対する耐性をつけるために魔法石を使うとは聞いているが、魂がどうのこうのとは聞いていない。

 

「なに? 知らなかったの、沙那殿? 魔法石というのは、能力の高い道術師から分離した魂の欠片のことよ。これがあれば、本体が死んでも、少しずつ魂の欠片が霊気を吸収して、やがて復活するということね。ただ、自分よりも能力の高い道術師の魂の欠片を身体に入れれば、能力が跳ねあがる。それで魔法石とも呼ばれるのよ」

 

 お蘭だ。

 

「ねえ……。だったら、もしかしたら、御影(みかげ)が何度も復活するのって……」

 

 孫空女が口を挟む。

 

「そうだよ。この馬鹿たれが御影に魂の欠片を作ったんだ。それで、わたしはあいつにしつこく追い回されているというわけだよ」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに言った。

 そう言えば、この里にやって来た初日に、宝玄仙とお蘭がそんな話をしていたような気がする。

 

「だって、お宝姉さんって、ちっとも構ってくれないし。それでなんとなくね。あいつに力を与えれば、お宝姉さんが困ると思って……。文句を言いに、ここにも来るだろうし……」

 

 お蘭が悪びれた様子もなく頭を掻いた。

 その仕草は、見た目の年齢の少女そのものであり、とても宝玄仙と歳もそんなに離れていない大道術師とは思えない。

 もっとも、その宝玄仙ですら、一見するだけではとても若く美しい。

 そもそも、この姉妹は何歳なのだろう。

 

「だから、あいつにとっておきの施術を教えたのかい。まったく、なんという考えなしなんだよ」

 

「施術を教えったって?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「そうだよ。自分の魂の施術を御影も使えるようにしてやったんだ。だから、あいつはいまでは、自分で自分の魂の術を遣い放題なんだ。いくつ、欠片を準備しているかわかりゃしない」

 

「大丈夫よ、お宝姉さん。魂の欠片を分離するのは利点ばかりじゃないのよ。何度も欠片を割れば、それだけ、復活したときに道術の能力が下がるの。それに欠片は保管が難しいから、とても壊れやすい。生身の身体からずっと離れているような欠片は、それだけで復活の妨げになるし、欠片から復活をした身体からの魂の分離は難しいの。御影殿がたくさん欠片を作ったところで、いつかは復活できなくなるわ」

 

「あいつに、“殿”なんてつけるんじゃない。それに、いつかって、なんだい──。そもそも、わたしの敵だって知っておきながら、ほいほい股を向けやがって。この尻軽女」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「お、お宝姉さんに、女の慎みのことを言われたくないわよ。だいたい、御影殿がお宝姉さんを追い回すようになったのは、若い時期の帝都時代に、お宝姉さんが彼と寝たからでしょう」

 

「あいつは、生意気にもこのわたしを性奴隷にして、調教しようとしたんだよ。だから、罠をかけて犯罪人にしてやったんだ。まあ、皇帝があんなに怒りまくって、処刑するとは思わなかったけど」

 

「でも、そのために恨みを買って、復活してつきまとわれたんでしょう。それがなんで、わたしのせいなのよ」

 

「そもそも、お前が御影に魂の欠片を作ってやってなければ、あの処刑であいつは死んでたんだ。復活なんてしなかったんだ」

 

「お宝姉さんが御影殿に性奴隷にされかけたのは、わたしが御影殿と寝た後じゃない。お宝姉さんを性奴隷にしようとするなんて、わかるわけないわ」

 

「だけど、その後も、また、御影と寝たんだろう──。魂の術の施術をあいつにを付与したのは、復活後なんだろうが」

 

「ちょっと寂しかったのよ。お宝姉さんにも、付与するわよ。ほかの術も姉さんが遣えるようにするわ。沙那殿に魂の欠片を入れるなら、それを管理するのに必要なんでしょう」

 

「そういう問題じゃない」

 

 怒鳴り合う宝玄仙とお蘭を、沙那は孫空女とともに、唖然として眺めた。

 まったく、この姉妹は……。

 

「この馬鹿女──。ああ、思い出したら、また腹がたってきた」

 

 宝玄仙がなにかの道術を発したのがわかった。

 気の塊のようなものが、宝玄仙からお蘭に流れたのだ。

 

「ひいいっ、ひいっ、ああ、ああ、お、お宝姉さん──」

 

 すると、突如として、目の前のお蘭が淫らに悶えだした。両手で自分の身体を抱いて身体を前に倒して突っ伏した。

 沙那はぎょっとした。

 

「な、なんてことを……。や、やめてえ」

 

 そして、お蘭は自分で着物の裾を払って、秘部に指を突っ込んだ。沙那は眼を丸くした。

 

「な、なに? なんだよ」

 

 孫空女も驚愕している。

 突然にお蘭が自慰を始めたのだから、沙那も孫空女も呆れ返るしかない。

 

内丹印(ないたんいん)を使った操りだからね。これについては、さすがのお前でも、道術で拒否できないだろう。指の届かない子宮の入口に猛烈な痒みを送ってやったよ。苦しいかい?」

 

 宝玄仙が愉快そうに笑った。

 

 まったく……。

 沙那は嘆息した。

 これでは、いつ施術が始まるやら……。

 

「孫女……」

 

 目で合図する。

 このふたりが落ち着くまで待つしかない。

 とりあえず、離れていようと思った。

 そばにいると、また巻き込まれる。

 下手をすると、また十日間の嗜虐をしようとも言いかねない。

 

「ほら、痒みを癒したければ、これを突っ込むしかないよ。むさぼってやるから、入れな」

 

 宝玄仙が巫女の装束をまくって、絹の下着を脱いで股間を露出する。

 そこには、道術で生やした「ふたなり」が隆起していた。

 宝玄仙の道術だ。

 そういえば、最初の頃、沙那はあれでずっと調教されていた。

 沙那も、一時期は宝玄仙のことを本当は男なのかと想像したくらいだ。

 

「あ、ああ、お、お宝姉さん」

 

 お蘭が宝玄仙に飛びつく。

 胡坐に座っている宝玄仙に抱きつき、体面の体勢で宝玄仙の男根に腰を沈めた。

 

「あふううっ、と、届いた。届いた。か、痒いい──。ああっ、き、気持ちいい──」

 

 お蘭が狂ったように、宝玄仙の腰の上で身体を上下する。

 

「簡単に許してもらえると思わないことだね。そら、もっと痒みを送ったよ。一度や二度の気じゃあ、解放しないからね。五回は……。いや、十回いきな。そうしたら、痒みを消して、精を注いでやる」

 

 宝玄仙はお蘭の身体を抱えながら、出現させた手枷をお蘭に手渡し、自分の背中側で嵌めさせた。

 

 長くなりそうだ。

 

「孫女、朝食の支度をしようか」

 

「そうだね」

 

 沙那と孫空女は立ちあがった。



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36  お蘭の予言

 宝玄仙とお蘭が落ち着いたのは、昼に近い頃だった。

 沙那と孫空女は、随分と前に食事を終わり、片付けも済ませた。

 宝玄仙には、お蘭との性交の最中に、箸で口に入れて食べさせた。お蘭には、宝玄仙が口移しで食べさせていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。き、気持ちよかった……。や、やっぱり、お宝姉さんの調教は最高……。ね、ねえ、魔域に行くなんてやめなさいよ……。ず、ずっと、ここで一緒に暮らそう……。い、一生懸命にかしずくから……。ほ、本当に奴隷になってもいいわよ……。奴隷の首輪も嵌める」

 

 汗びっしょりのお蘭が肩で息をしながら言った。

 そのお蘭はいまは服は着ていない。

 宝玄仙が脱がせてしまって、その辺に散乱していたのを沙那と孫空女が畳んでいて、それはお蘭のそばにある。

 しかし、いまは、突っ伏していて起きるのも辛そうだ。

 

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。さっさと施術をしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい、はい……」

 

 お蘭は深く息をした。

 横になったまま、腕だけを動かす。

 すると、宝玄仙の身体から三個の金色の幼児の拳くらいの球体がころころと出てきた。

 あれが、魂の欠片なんだろうか。

 

「お、お前、なんで勝手に三個も作ってるんだい。一個でいいんだよ。一個で──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 お蘭が驚いて顔をあげた。

 

「な、なんで? わたし、一回しかしてないわよ。一個しか欠片はできるわけないもの」

 

「だったら、なんで三個もあるんだよ。まったく、呆けて施術を間違ったね」

 

 宝玄仙は怒っているが、これは宝玄仙が悪い。

 そもそも、お蘭を半日近くも犯したりしなければ、お蘭も施術を間違わなかっただろうし、あるいは、少し休ませてから施術をすれば、三個も出さなかったと思う。

 

「……い、一度に三個もできないわよ……。そんなに連続で魂を分離できないわ。おかしいわねえ……。それに、これ……。三個とも別の魂みたいよ。お宝姉さんのはこれね……。でも、ほかのふたつって……」

 

 お蘭は首を傾げている。

 手に持ってのは、三個のうちのひとつだ。

 ほかは手元に引き寄せて、目の前に置いている。

 

「まあいいよ。それがわたしのなら、さっさと、沙那に入れな。このわたしの魂だ。たっぷりと霊気を吸い続ける。これで沙那は霊気が充満した身体になるはずさ」

 

「まあね。じゃあ、沙那殿……」

 

 お蘭に呼ばれた。

 寄っていくと、胸を出せというので、胸元を拡げて乳房を出す。

 すると、すっとお蘭が球体を押しつけた。

 あっという間に、さっきの金色の球が消滅する。

 

「も、もう終わり?」

 

 びっくりするくらいに呆気ない。

 だが、終わったようだ。

 

「終わりだよ。あとは、その欠片が定着するのを待つだけだ。まあ、二、三日もすれば、霊気が身体に充満して、どんな霊具も遣えるようになる。なんといっても、わたしの魂だからね。いい武具も作ってやろうか」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「いえ、間に合ってます」

 

 沙那は服を直しながら、首を横に振った。

 宝玄仙の作る武具など、淫らな仕掛けがあるに決まっている。

 

「そうかい」

 

 宝玄仙はただ笑った。

 

「でも、残りはどうするの?」

 

 お蘭は二つの球体を手にして途方に暮れた顔をしている。

 

「知らないよ。適当に処分しな」

 

 宝玄仙は言った。

 お蘭は首を傾げながら、球体を消す。

 特殊な方法で保管したのだろう。

 そして、服を身につけ始めた。

 まだ、かなりだるそうだ。

 しばらくして、やっと服装を整えると、今度は一転して、いずまいを正した。

 

「ところで、お宝姉さん、そもそも、なんで魔域なんて行くのよ。あそこは人外地よ。妖魔、すなわち、亜人しか住まない場所よ。そんなところに巡礼なんてありえないでしょう」

 

 お蘭が改まったように言った。

 

「仕方ないだろう。行けっていう教団の命令なんだから。わたしはこれでも、高位の道術の遣える三蔵の異名を持つほどの法師だからね。わたしなら、なんとかなると思ったんだろう。これも布教活動さ」

 

 宝玄仙は笑った。

 しかし、お蘭はむっとしたような顔になった。

 

「馬鹿げているわ。そもそも、角の生えた亜人族を妖魔とか、魔族とか称して虐殺の対象と見なしている天教を、その亜人たちに布教するとか、あり得ないわ。誰が考えても、この巡礼には裏がある。教えてよ。なんなら、わたしが協力するから。わたしと姉さんが組めば、教団が相手でもなんとかなるわ」

 

「つまんないことを言うんじゃないよ。相手はこの国の最高権力と結びついた宗教教団だよ。ふたりだけでなんとかなるわけないさ」

 

「とにかく、訳を言って──。なんで、お宝姉さんがこんな危険な巡礼を命令され、そして、文句も言わずに受けたのか──」

 

 お蘭が怒鳴った。

 すると、宝玄仙の顔から笑みが消えた。

 

「そうだね。ちゃんと説明するかい。そろそろ、ふたりにも言わないとならないと思っていたし、実は、お蘭にも頼みたいことがある……。だけど、それはともかく、説明した後で、お前ら逃げようとしたら、承知しないよ」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女を睨んだ。

 

「逃げませんよ……」

「大丈夫だよ……」

 

 沙那と孫空女は溜め息とともに言った。

 そんなことが可能とも思わない。

 もう諦めている。

 それにしても、宝玄仙の秘密……。

 異常なくらいに、天教の施設に関わるのを避けるような宝玄仙の西行行脚の旅……。

 絶対に、なにかあると思っていた。

 

「……帝都で八仙のうちの三人が死んだ。一度にね。その話は知っているかい?」

 

 そして、宝玄仙がおもむろに語りだした。

 

「あ、ああ、そういえば、病死だとか……」

 

 沙那は思い出して言った。

 愛陽で宝玄仙に騙されて捕らわれる少し前に、そんな報せが軍にも届いたような気もする。まあ、離れた帝都のことだったし、そんなこともあるかぐらいにしか思っていなかったが……。

 

 なにしろ、八仙というのは、天教の最高峰であり、全員が齢百をはるか前に超えたような老人だと耳にしていた。だから、歳をとって死ぬなんてこともあるのだろうなと思った。

 宝玄仙がやって来たときには、三十歳にも見えないような美しい女性の姿に驚愕したものだった。

 それはともかく、八仙というのは、天教の最高幹部である。

 八仙というくらいなので、基本的には八人なのだが、この帝国だけでなく、周辺諸王国にも拡がっている天教は、その八人の合議が最終意思決定なのである。

 目の前の宝玄仙もそのひとりだ。

 とても、そんな大それた人物には思えないが……。

 

「冗談じゃない。八仙といえば、全員が道術を極めたような大法師だよ。ちょっとやそっとの病気や怪我くらい自分で治してしまう。簡単に死にはしないよ。ましてや、三人同時になど」

 

「あいにくと、わたしも世間のことには疎くて……。なにしろ、ここに閉じこもっているばかりだし、外の報せといえば、ここにやって来る居住希望者から知らされるくらいよ。だけど、天教の八仙が三人死んだ。それがどうかしたの?」

 

 お蘭が宝玄仙に言った。

 

「これは天教が隠していることだがね……。でも、帝都では当たり前に誰でも知っている。そのうちに、教団の箝口令も効果がなくなって、噂は全土に拡がるだろうさ。三人は殺されたんだ。正確には、ひとりがふたりを殺し、そいつは自殺をした。自分の睾丸を引き千切って喰ったんだ。凄まじい死に方だろう?」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那は眉をひそめてしまった。

 ちょっと、想像してしまったのだ。

 

「確かに凄まじいと思うけど、それがどうかしたの? その自殺をした八仙の男が狂ったというだけのことでしょう」

 

 お蘭がちょっと苛ついた調子になった。

 

「なにを言っているんだい、お蘭。狂ったりするものかい。そいつは八仙の中の八仙。帝仙とも称される男でね。闘勝仙(とうしょうせん)という男さ。史上最高の八仙とも言われていて、まあ、性格は最悪だったけど、とてもじゃないが、自殺をするような男じゃなかった。つまり、殺されたんだ。誰かに操られてね。だけど、八仙ほどの男が操られて殺されたなど、天教の名を貶める汚点だ。だから、教団はひた隠しにしようとしているんだよ」

 

「殺されたって、姉さん……」

 

 お蘭が訝しむ表情になる。

 沙那もはっとした。

 

 天教最高峰の八仙の内の三人の死……。

 宝玄仙の逃避行とも呼べるこの旅……。

 それが沙那の中で結びついたのだ。

 つまり……。

 

「犯人として、疑われたのはわたしだよ。なにしろ、わたしには強い動機があるのさ。連中を殺すね……。だけど、その手段はない。さすがのわたしも、闘勝仙には道術で劣るし、そもそも、さまざまな手段をもって、わたしはあいつに逆らえないようにされていた。それも、密かに知られていたことでね」

 

 宝玄仙がにやりと笑った。

 そして、言葉を続けた。

 

「……わたしは、闘勝仙を含めて死んだ三人の性奴隷だったのさ……。罠を使われて、逆らえない道術をかけられた。二年間もね」

 

「えっ、性奴隷って──。ご主人様が──?」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那もさすがに、それは驚愕した。

 だが、宝玄仙の顔は冗談を言っている雰囲気はない。

 お蘭も呆気に取られている。

 

「……いろいろと、させらたねえ。それこそ、徹底的になぶられたよ。連中は、直接抱くのに飽きたら、自分たちの息のかかった手下のような者に抱かせたり、秘密の宴をして見世物にしたり、ときには、動物とまぐわせて、酒の肴の笑いものにもしたよ……」

 

 宝玄仙はあっけらかんと言った。

 沙那たちは言葉を失った。

 

 

 *

 

 

「信じられないよ……。ご主人様が性奴隷って……」

 

 孫空女が唖然とした顔で言った。

 宝玄仙は軽い感じで肩をすくめた。

 

「そうだよ、孫空女……。まあ、とにかく、いろいろと、させらたねえ。それこそ、徹底的になぶられたよ。連中は、直接抱くのに飽きたら、自分たちの息のかかった手下のような者に抱かせたり、秘密の宴をして見世物にしたり、ときには、動物とまぐわせて、酒の肴の笑いものにもしたよ……」

 

 宝玄仙はあっけらかんしている。

 だが、沙那たちは言葉を失った。

 宝玄仙はさらに続ける……。

 

「……お前らがやられた十日間など、わたしに比べれば生易しいものさ。わたしは二年間だ──。毎日だよ──。自殺さえ禁じられた。わたしの道術は、連中に対しては無効にされ、命令に逆らえば、気が狂うような苦しみが襲うようなこともされたね……。十日に一度以上、三人の精と小便を飲まないと発狂するようないき狂いになる呪いをかけられたんだ。逆らえば精と小便がもらえないわたしは、連中の玩具さ……」

 

「な、なんで、そんなことを……。ご主人様とその闘勝仙は、敵対してたんですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 なにがあって、そんなことになったのかと思ったのだ。

 宝玄仙は肩を竦める仕草をした。

 

「敵対というほどじゃなかったけどね。わたしは、生意気だった。八仙は同列というけど、闘勝仙は別格に道術が高かったから、本当は上下はないんだけど、闘勝仙は天教会の王のように振る舞ってた。わたしは、それが気に入らないから無視してたんだ。その挙げ句がそれさ……」

 

「ひどいよ」

 

 孫空女が憤慨している。

 

「……好きなように犯され、大勢の男、あるいは女の嬲り者になった……。ときには動物にだって……。馬鹿げた宴に出さされて、醜態を晒されたり、天教の式典に出るときにも、媚薬や淫具を仕掛けられて、いたぶられたりもした……。屋敷にも乗り込んできてねえ。わたしが使っていた家人たちは追い払われて、連中の息のかかった者たちに入れ替えられたんだよ。蓄財だって使われ放題さ。それどころか、わたしの名で借金までしやがって……」

 

 宝玄仙がふうと息を吐いた。

 淡々と口にしているが、あまりにも壮絶な内容だ。

 沙那たちには言葉もない。

 宝玄仙が続ける。

 

「……わたしのものなのに、わたしは下着一枚もらうにも、土下座をして哀願をしなくちゃならなかったのさ……。その下着だって、なかなか与えられなかったよ……。わたしよりも遥かに力の劣る連中に、奴隷のようにかしずくように連中は命じたんだ……」

 

「ま、まさか、お宝姉さんがそんな目に……」

 

 お蘭は呆然としている。

 

「まさかじゃないよ……。本当さ……。つまり、三人が殺されたとき、誰もがわたしを疑った。同時に、それはわたしじゃあり得なかった。なにしろ、わたしは連中に逆らえないようにされてたんだ。少なくとも、わたしの道術は連中には効果がない」

 

 宝玄仙は、さらに、自分がどんな仕打ちを受けたかを語った。

 沙那は、孫空女やお蘭とともに耳を疑った。

 

「わかったかい……。教団は三人を殺したのがわたしだと思っている。だけど、どうやって殺したのかがわからないから、捕らえることもできない。八仙のわたしを疑いだけでは捕縛できない……。しかし、帝都には闘勝仙たちと一緒に、わたしをいいように扱った者もまだ残っている。その連中はわたしを捕縛しろと喚いたよ」

 

「なんでだよ。悪いのは闘勝仙たちじゃないか」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「だって、わたしが自由にしているということは、そいつらも、いつ仕返しをされるかわからないと戦々恐々するしかないじゃないかい……。だから、教団はわたしに、西行巡礼の命令を与えた。事実上の追放令だよ。天教からすれば、わたしがどこかでのたれ死ねばいいと思っているさ」

 

 宝玄仙はけらけらと笑った。

 なんで、こんな話をしながら笑えるのか知らないが、宝玄仙は自分の壮絶な帝都での仕打ちについて、まるで愉しい思い出でも語っているかのように話す。

 

「そ、それで、それをお宝姉さんは、その追放を受け入れたということ……?」

 

 お蘭が言った。

 

「ああ、受け入れたね。実際のところ、わたしが殺したのさ。闘勝仙を操り、そいつにふたりを殺させ、自分の睾丸をむしり取って喰わせたんだ。ざまあみろ──」

 

 絶対にそうだと思った。

 宝玄仙なら、それくらいの復讐をする。

 でも、まだ疑念がある。

 

「で、でも、お宝姉さんにはその手段がないって……。連中に逆らうことを封じられていたんでしょう。道術も効果がないようにされたって……」

 

「ああ、そうだね。わたしの道術は効かない。どんな能力保持者でも、すべての者を操れるような操りの霊具でもあれば別だけどね。そんなものは存在しないし、存在したとしても、史上最高の法師と称された闘勝仙が自ら操り具を受け入れるというようなことをしなければ、その操りは成り立たない。教団も必死でわたしを調べたけど、なにもわからなかったよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 だが、沙那には、宝玄仙がどうやって、その闘勝仙を殺したのかわかった。

 いや、正確には、その方法はわからないが、その道具はわかったのだ。

 人を意思に反して言葉通りに行動させる絶対の操り具……。

 「奴隷の首輪」とは違う。

 奴隷の首輪は、高位道術師には通用しないし、命令に逆らったら苦しみを感じるだけで、意思に反して行動をさせるというものじゃない。あれで自殺はさせられない。そういう支配具じゃないのだ。

 沙那も、その存在を知らなかったあの霊具……。

 自分が無知だから、知らなかっただけだと思っていたが、実は、帝都にある教団本部でさえも、存在が予想されていないほどの霊具だったのだ。

 

「服従の首輪……」

 

 沙那はぼそりといった。

 

「あ、ああ、あれっ」

 

 孫空女も合点がいった口調で声をあげた。

 お蘭だけが、首を傾げたままだ。

 沙那は、簡単に『服従の首輪』のことを説明した。お蘭は驚いている。

 

「あれは、この世に一個しか存在しなかった、わたしの究極の霊具だ。この前壊したから、もう存在していないけどね。わたしは、あれを二年近くかけて作ったんだ。いつか闘勝仙たちを殺すことを夢見てね……」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那は嘆息した。

 

「でも、よく発見されませんでしたね」

 

 沙那は皮肉を言った。

 その殺人の証拠を、宝玄仙は堂々と沙那の首に嵌めて嗜虐の道具に使っていたのだ。御影のときに、どうして慌てたように破壊させたのかもわかった。

 

「誰がわかるんだい。闘勝仙はいないんだ。残った八仙など、わたしからすれば小者だ。わたしが施した施術を見破って、霊具だと見破ることなんてできないさ。実際、わたしは、あの首輪を隠してなんかなかったよ。連中は、それを見ても、ただの金属の輪っかとしか思わなかっただけさ。隠蔽された霊気を見破れなかったのさ」

 

 宝玄仙はけらけらと笑い続ける。

 

「お宝姉さん……」

 

 お蘭は呆れたという顔をした。

 

「その結果、魔域への巡礼命令さ。実際のところ、教団に圧力をかけたのは皇太子でね。闘勝仙は、あの下衆男に何度もわたしを抱かせたのさ……。下品なやりかたでね。ついでに殺してやりたかったけど、まあ、勘弁してやった。いずれにしても、教団の命令は、ちょうどよかったよ。わたしもさっさと逃げたかったしね……」

 

「……それで、お宝姉さんはこれからどうするの?」

 

 お蘭が静かに言った。

 宝玄仙は肩をすくめた。

 

「とにかく、教団の手の届かないところまで逃げるよ……。本当のことを言うとね。闘勝仙を殺し終わったとき、逃げることはまったく考えていなかったんだ」

 

 宝玄仙がぼそりと言った。

 

「えっ?」

 

 沙那は思わず声を出した。

 その宝玄仙の顔に、これまでにはない感情が浮かんだように思えたからだ。

 

「……闘勝仙を殺せれば、もう死んでもいいと思っていた……。服従の首輪だって、別に隠していたわけじゃない。普通に荷とともに置いていた。だけど、天教の連中には見破れなかった。てっきり、すぐに捕まると思ったのに、なかなか捕縛されないわたしは、それで初めて欲が出た。生き残る欲さ……。もしかして、死ななくて済むんじゃないかと思ってね……。そんなときに、捕縛じゃなくて、魔域への巡礼命令だ。わたしは二つ返事で受けたよ」

 

「冗談じゃないよ──。死ぬ必要なんかあるものか──。ご主人様が死ぬ理由なんて、これぽっちもない」

 

 大声をあげたのは孫空女だ。

 彼女は本当に怒っているようだ。

 だが、沙那には思い出すことがある。

 愛陽の城郭に宝玄仙がやって来たとき、どことなく宝玄仙は厭世的だった。孫空女が加わって、随分と明るくなった気もするが、それには、そんな背景があったのだと思った。

 

「ありがとうよ、孫空女。だけど、八仙殺しは大罪だ。ばれれば、ただの処刑じゃすまないよ。教団の力を総動員して、考えられる限りの残酷な手段で処刑になるはずだ。とにかく、帝国からだけじゃない。教団の手の届かない場所まで逃げなきゃ」

 

「わかっている。あたしたちに任せてよ。ねえ、沙那──」

 

 孫空女がはっきりと言った。

 沙那も頷く。

 

「……まあ、そういうわけだ、お蘭──。どこに落ち着くかは、これから考える……。西方帝国なんてのはどうかと思っている。耳にしたところによれば、人族と亜人族が共存している国ともいうしね……。そこまでに辿り着くまでに、どこか安住の地が見つかれば、それでもいい」

 

 西方帝国……。

 遥かな西だ。

 この帝国を西に抜け、その属国の五王国をすぎる……。

 さらに、黒水河、通天河という大河をわたり、この帝国でもよく知られていないさまざまな土地を踏破して、ずっと先にあるという帝国だ。

 何年かかるのだろうか……。

 いや、そもそも、辿り着けるのか……?

 

「まあ、ご主人様がそこに行きたいというなら、あたしたちも、一緒に行くだけさ」

 

 孫空女が気楽な口調で言った。

 沙那も苦笑するしかない。

 だが、ひとり、お蘭はぽかんとしていた。

 

「そんな遠くに……」

 

 そして、ぽつりと呟いた。

 お蘭は完全に肩を落としていた。

 西方帝国に逃げるなど、つまりは今生の別れということだ。

 二度と会うことなどないかもしれない。

 

「……それで頼みがあるんだ、お蘭。本当は、沙那の魔法石のこともあるけど、これを頼みにきたんだ。いままでは、わたしが、こっそりと、やってきたことだけど、もうわたしにはできない……。だから、お前に頼みたい」

 

 すると、宝玄仙が準備していたらしい小さな木箱を後ろから取り出した。

 蓋を開くと、小さな水晶の方形体が現われた。箱の中には布で作られたふたつの窪みがあるが、そのひとつに方形体は埋まっていて、もうひとつの窪みは空だ。

 

「これは?」

 

 お蘭が怪訝な顔になった。

 

「わたしたちの母親から奪った記憶を封印したものだ。もともと、ふたつあって、ひとつはわたしに関する記憶だったが、それは癇癪を起して壊してしまった。だから、もうあいつがわたしのことを思い出すことはない。だけど、お前に関する記憶はここにある」

 

 宝玄仙はすっと方形体を箱ごと差し出した。

 

「えっ? ええっ?」

 

 お蘭は目を白黒させている。

 

「これをあの女に戻せば、すぐに封印していた記憶が戻る……。とにかく、これを渡す。どうするかは任せる……。でも、どうも、あいつは危なっかしいからね。密かに守ってやってもいいし、これで記憶を戻して、また一緒に暮らしてもいい。いずれにしても、あいつを頼む。ただし、わたしの身内だということは隠し抜いておくれ。お前についてもね……。殺人はいずれ発覚する。迷惑がかかるはずだ」

 

 宝玄仙がお蘭に頭をさげた。

 

「え、ええっ──。お、お宝姉さん。これって……。だ、だって、御前(ごぜん)の記憶を戻す方法はないって、言っていたじゃない──」

 

 お蘭が怒鳴った。

 

御前(ごぜん)って?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「わたしたちの母親のことさ。あいつは、お母さんとか、母者とか呼ばれるのが嫌で、娘にそう呼ばせていたのさ……。とにかく、お蘭、手段がないといったのは嘘さ。そう言わないと、お前も諦めないからね」

 

 宝玄仙は笑った。

 そして、沙那たちに、宝玄仙たちと母親の関係のことを教えてくれた。

 宝玄仙によれば、ふたりの母はとんでもない女性だったらしい。

 

 美人だったが享楽に溺れるのが大好きで、いつも複数の恋人がいて、ときには亜人と交わったりもしていたらしい。

 宝玄仙もお蘭も父親は違う。

 しかし、誰がふたりの父親かということはわからないらしい。ただ、少なくとも、違うということは明白なだけだ。それぞれのときの愛人がまったく違う男たちだったからだ。

 

 そして、さっきも言っていたが、ふたりの母親が娘である宝玄仙とお蘭のことを性調教していたというのは事実だったようだ。

 まだ童女だったふたりを自分の男に犯させたりもしたそうだ。

 その母親にとっては、娘たちも、自分たちの享楽の道具だったのだという。

 

 そういうこともあって、宝玄仙が一人前になる頃には、宝玄仙と母親の関係は最悪だった。その結果、宝玄仙は家を飛び出して、天教教団に加わった。

 そして、さらに道術を磨き、すぐに若くしてかなりの天教の地位にもあがったのだそうだ。

 また、宝玄仙はひとり立ちをすると、すぐに母親との縁を切り、自分と母親の関係を封印したらしい。

 仲が悪かったというのもあるが、若くして出世する宝玄仙には敵も多かった。まあ、この性格のせいでもあるが、宝玄仙を陥れようと画策する工作もかなりあったのだそうだ。

 

 その宝玄仙にとって、母親は困り者であり、頭痛の種だった。

 なにしろ、その母親は、快楽のためなら、天教が人として認めていない亜人でさえも、交わってしまう。屋敷には亜人の召使、つまりは愛人もいたという。

 亜人と性交するなど、天教教団からすれば、破門宣言のすえに、処刑命令をしてもおかしくはない行いだ。

 それなのに、宝玄仙の母親は、それをあまり隠そうとしないし、それどころか、娘が天教の幹部だということも吹聴する。

 宝玄仙は閉口したようだ。

 そして、あるとき、決定的な喧嘩をした。

 

 宝玄仙が地方寺院の寺院長をしていたときという。

 母親のところにやってきた宝玄仙は、母親の見た目の若さを取り戻させ、しかも、老化をしないようにする代わりに、母親の記憶から、宝玄仙とお蘭の記憶を抜いたのだ。

 宝玄仙ほどの術師だからできた道術だろう。

 さらに、二度と亜人とは性交はしないという呪いも受け入れさせた。

 母親は、いずれも二つ返事で応じたそうだ。

 そのときに、お蘭は宝玄仙に引き取られた。それまでは、お蘭は母親の性奴隷のような立場だったという。

 だが、それを境に、お蘭の「主人」は宝玄仙になった。

 お蘭が十年間、宝玄仙に調教されたというのは、この時期のことらしい。

 

 しかし、いろいろあって、そのお蘭とも宝玄仙は別れた。

 お蘭は、母親のところに戻ろうとしたが、そのとき、やっと宝玄仙が母親の記憶を抜いたことを知ったという。

 以来、お蘭と宝玄仙は、会うたびに喧嘩のようなことになった。

 まあ、実際には、この里で会ったときと同じで、すぐに宝玄仙がお蘭をいたぶり抜く嗜虐になるのだが、宝玄仙が出て行くときには、またお蘭が癇癪を起すということの繰り返しだったそうだ。

 

 だが、いま、宝玄仙は自分の母親から封印したはずの、お蘭に関する記憶を戻す手段をお蘭に渡した。

 さらに、母親のことを頼むと頭をさげている。

 もはや、二度とこの国には戻らないという宝玄仙の覚悟がそれでわかった。

 

「お宝姉さん……」

 

 お蘭はまじまじと宝玄仙を見つめている。

 

「あの馬鹿女を頼むよ」

 

 宝玄仙はにっこりと笑った。

 

「この里は、里の連中にあげるわ。お宝姉さんが立ち去ったら、わたしはすぐに御前のところに行く」

 

 お蘭が決心したように言った。

 

「好きにしな」

 

 宝玄仙は肩をすくめた。

 だが、すぐに服を脱ぎ始める。

 沙那は驚いた。

 

「な、なにをしているんですか?」

 

 沙那は言った。

 

「なにじゃないよ。わかったろう──。これがお蘭との別れだよ。明日の朝まで三人とも嬲り抜いてやる。今夜は寝かさないよ」

 

「寝かさないって……。まだ昼前だよ」

 

 孫空女がぽつりと言った。

 

「それがどうかしたかい……」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 そのときだった。

 

「ひいいっ」

「あひいっ」

「ううっ」

 

 沙那たち三人は、ほとんど同時に悲鳴をあげた。

 突如として、お尻の奥がものすごく痒くなったのだ。

 痒いなんてものじゃない。

 とてつもない痒みだ。

 しかも、ずっと奥……。

 お尻の中が痒いなど信じられないが、事実だ。

 三人揃って、お尻を押さえて暴れた。

 

「先に素っ裸になって、わたしに尻を向けたものから、張形で痒みを癒してやるよ。一番最初はすぐだ。二番目は一刻ほど放置してからだ。三番目はさらに二刻後……。それまでのたうち回るしかないよ。自分で指を使ったって、絶対に届かないからね。道具も無駄だ。封印したからね。癒してくれるのは、わたしの操る淫具だけだ」

 

 宝玄仙が高笑いした。

 沙那は必死に服を脱ぎ始めた。

 残りのふたりよりも早く裸にならないと、痒みで死んでしまう。

 

 

 *

 

 

 朝に出立しようとしたが、沙那たちが眼が覚めたときには、陽がかなり昇っていた。

 昨日は、それほどに激しい行為だった。

 別れに際して、お蘭は屋敷の外に見送りに立った。

 

「お宝姉さん、わたしの道術で遣えそうなものは、お宝姉さんにも術式を移したわ。魂の欠片の術だって、もう遣えるはずよ。きっとなにかの役に立つはずよ。それにしても、本当に行くの? 決心は変わらない? この里でも暮らせるわよ。わたしの結界術なら、たとえ、数万の帝国の軍隊がやって来ても、一歩も入らせはしないわ」

 

「何度も同じことを言わせるんじゃないよ、お蘭。できるだけ、お前を巻き込みたくないのさ。それに、わたしは、もう帝国なんて飽き飽きだ。どこかで、新天地を探すよ。それが西域なら、西域に行くだけさ」

 

 宝玄仙が高笑いした。

 お蘭が小さく嘆息する。

 

「わかったわ。里の外まで見送りたいけど、ここでやめるわ。今生の別れとは思わないわよ。まあ、わたしたちは長生きするだろうから、死ななければ、またいつか会うわ」

 

 お蘭が言った。

 宝玄仙がにやりと笑う。

 

「それはお前の予言かい?」

 

「違うわよ」

 

 お蘭が顔を赤くした。

 

「予言?」

 

 孫空女だ。

 

「ああ、お蘭は予言ができる道術師でね……。もっとも、予言といっても、よくわからないたわ言さ。だが、ありがたがる者も多いよ」

 

「姉さんだけよ。わたしの予言をたわ言なんていうのは……」

 

 しかし、すぐにお蘭はその場で瞑想をするような仕草をした。

 両手を胸の前で交差させて、じっと眼を閉じている。

 

「お宝姉さんを守る三人の女の供が見えるわ……」

 

 お蘭が目を閉じたまま言った。

 

「わたしの供はこいつらふたりだよ」

 

 宝玄仙が呆れたという声を出した。

 

「だったら、これから増えるのかもね……。黙って……」

 

 お蘭が強く言った。

 宝玄仙も口を閉じる。

 

「……道は難儀、苦難に限りなし……」

 

 お蘭が突然に唄うように言葉を放ち始めた。

 

 

 

 “道は難儀(なんぎ)にして苦難に限りなし

  幾山河(いくさんが)を越えゆくほどに、山中に災難増す

  古き友は石を投じ、古き恋人は(あだ)をなす

 

  骨は折れ、顔は潰れ、四肢は千切(ちぎ)れて

  獣同然の姿となって卑しき者の(ちく)になる

  さらに、偉大な邪鬼(じゃき)の憎しみを買うだろう

 

  三人の供が身を守るが

  裏切らぬと信じた者の裏切りで

  全員が卑怯な敵の虜となる

 

  だが、三個の宝がひとつになるとき

  万の苦痛が消滅し

  お前は、束の間の幸福を支配する”

 

 

 

 お蘭が目を開いた。

 宝玄仙は唖然としている。

 

「なんだい、いまのは? 相変わらず、なにを言っているかわからないね。わかるように説明しな、お蘭」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 だが、お蘭は困惑している。

 

「啓示よ、掲示……。啓示を受けているときに、わたしは、わたしであって、わたしじゃないのよ。説明を求められても困るわ……。あっ、また、なにか頭に浮かんだ」

 

 お蘭はもう一度、さっきと同じように目を閉じた。

 そして、口を開く。

 

 

 

 “清廉(せいれん)の人どんどんといなくなり

  淫魔(いんま)やたらに増えゆく……”

 

 

 

「それはわかるね。お前らの清廉さは、どんどんなくなって、ますます淫乱になるということさ」

 

 今度は宝玄仙が、沙那と孫空女を見ながら、喜んで手を叩く。

 

「やな、予言だね」

 

 孫空女が不満そうに鼻を鳴らした。

 

 

 

 

(第6話『「呪い」の里』終わり) 






 *


【西遊記:19回】

 猪八戒という新たな供を得た一行は、烏斯象国の国境を越えた浮屠山の仙人を訪ねます。
 その仙人は、玄奘にこの旅が危険であるという予言を受けるとともに、旅に難儀すれば、いつでもここに戻ればいいと激励します。


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 第7話    女主人の悪夢
37  蘇る悪夢


 夢を見ている。

 これが夢だというのは、すぐにわかった。

 

 宝玄仙は、素っ裸で右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれまとめて縛られている体勢で、汗びっしょりになりながら、部屋の端に転がっていった小さな鶏の卵ほどの球体を追っていた。

 それを投げたのは闘勝仙(とうしょうぜん)だ。

 

 どうやら、また、あの三人組にいたぶられているときの悪夢のようだ。

 数日間、ずっと繰り返し見ている「記憶」である。

 この夢の中で、宝玄仙は、帝都で闘勝仙の「性奴」にされていたときのことを思い出し、それを追体験させられるのだ。

 お蘭と別れてすぐに始まった悪夢であり、宝玄仙は、寝るたびに、様々な恥獄を繰り返していた。

 

「ほら、すぐに時間切れになるぞ、宝玄仙。今度の玉は、“吐気”だ。少しのあいだ、猛烈な吐気に襲われる。だが、実際には嘔吐物は口からは出んから心配するな。部屋を汚されてはかなわんからな。ただ苦しいだけだ」

 

 椅子に腰かけている闘勝仙が大笑いした。

 その横に座っている腰ぎんちゃくの漢離仙(かりせん)呂洞仙(りょどうせん)も、宝玄仙の醜態に大喜びである。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯噛みしながら、必死で転がっていく球体を追った。しかし、左右で手首と足首をそれぞれに縛られているので、屈んでいる窮屈な体勢でしか歩けない。だが、急いで球体を追わなければならないのだ。

 すでに、球体は最初の白色から緑色に変化している。

 白い球体はだんだんと青みがかかり、次いで、短い時間で緑から黄色、黄色から赤色に変化していく。

 完全に赤くなれば、それで終わりだ。

 球体が弾けて消滅し、三人がそれぞれに込めた「念」が宝玄仙の肉体に迸るという仕掛けである。それを受けないためには、球体が完全に赤くなる前に、持ち帰って三人の足元にある皿に戻すのだ。

 それで、苦しみを受けないで済む。

 

 そんなことを半刻ほど、ずっと繰り返し繰り返し、やらされているのだ。

 もうくたくただ。

 追いついた。

 球体は黄色……。

 もう時間がない。

 宝玄仙は必死になって、球体をなんとか手で掴むと、それを自分の股間に押し込んだ。縛られているが、そのくらいの余裕は作ってもらっている。

 球体を運ぶのは、宝玄仙の性器でなければならない──。

 それ以外の手段で運搬すると、すぐに球体が弾けるように、この連中が道術をかけたのだ。

 

「ううっ」

 

 女陰に球体をねじ込むと、今度は淫らな振動を球体がしはじめる。宝玄仙は思わず身体を悶えさせてしまった。

 こういういたぶりだけは、細かくねちねちとしつこくやってくる。

 嫌な奴だ……。

 この三人の嗜虐を受けるようになって、もう二年が経とうとしている。

 宝玄仙は、この悪夢の中でそれを思い出していた。

 

 それはちょっとしたきっかけだった。

 

 天教の最高位である八仙は、天教における最高意思であり、本来はその地位に優劣はない。ただ、事実上の第一の地位はあった。それが「帝仙」である。

 本来は、八人の合議のための話し合いが行われるときに、最初に発言をする役割の意味であったのだが、次第に八仙の中の最高位と認識されるようになった。

 老衰で死んだ先代の帝仙がいなくなると、空席となった八仙のひとつに宝玄仙が推挙されるとともに、新しい帝仙に、当然のように闘勝仙がついた。

 闘勝仙は、先代の帝仙がいた時代から、史上最高の八仙と称されており、闘勝仙がその地位に就くのは、もはや当たり前のことになっていたのである。

 しかし、この闘勝仙は、高い法術とは裏腹に、その性格は最悪だった。

 他人が自分に媚びへつらうのは当然とし、ちょっとでも刃向かう者には容赦なく徹底的に潰した。

 それが闘勝仙という男だった。

 

 それに対して、宝玄仙は生意気だった。

 もともと、自分の道術に自信があったというのもあるが、そもそも、他人に風下に立つのをよしとしなかった。

 だから、闘勝仙に対して不遜な態度は崩さなかったし、ましてや、ひと晩、寵をせよという失礼な物言いは完全に無視した。

 それで罠をかけられた。

 

 八仙として、この天教で最高の道術の実力を誇る宝玄仙たちだが、実はそれぞれに得手不得手もある。

 例えば、宝玄仙の得意なのは、霊具作りだ。

 霊具というのはあらかじめ霊気を込めて道術を発揮する工夫をした道具のことだが、霊具作りであれば、宝玄仙は誰にも負けなかった。それは闘勝仙が相手でも同じである。

 それに対して、闘勝仙の得意は、「呪い」だった。

 他人に対して、逆らうことのできない誓いを強要するのだ。それについては、かなりの大家だ。また、闘勝仙の取り巻きのひとりの漢離仙は、道薬作りの第一人者だった。

 このふたりと、呂洞仙に仕掛けられた。

 

 宝玄仙は、定期的に、三人の精と小便を飲まなければ、半日ものあいだ、いき狂いの発作が起きる毒薬を飲まされてしまい、それで三人に逆らえなくされてしまったのだ。

 三人に逆らったり、三人のいる前で道術が遣えなくなる「呪い」も受け入れされた。

 そして、宝玄仙の地獄が始まった。

 すべてを奪われ、自殺も、誰かに救いを求めることも封じられ、ただただ、三人に蔑まれる日々が始まったのだ。

 

 そして、二年……。

 この悪夢は、その屈辱の帝都時代の最後の時期のことのようである。

 

「ううっ、うっ、うっ」

 

 宝玄仙は激しく振動する球体を股間で運びながら、やっとのこと闘勝仙の足元に戻ってきた。

 皿を跨ぐ。

 

「こ、こけこっこう──」

 

 大きな声で叫びながら、股間から皿の上に球体を排出する。

 この馬鹿馬鹿しい叫びまでが、一連の行為なのだ。それをやらなければ、球体に込められた「悪意」が発動する。

 涙が出るほどの屈辱だがやるしかない。

 外に出た球体は、もう桃色がかっていた。

 皿に戻った球体は、元の真っ白な色に戻る。

 とりあえず、ほっとする。

 

「休む暇はないぞ、宝玄仙。俺は“便意”だ」

 

「こっちは“股間への電撃”だ」

 

 漢離仙と呂洞仙が同時に、しかも、別々の方向に球体を投げた。

 

「あっ、そんな、二個も──」

 

 宝玄仙は一瞬、絶句した。

 球体を拾って戻るために与えられている時間は少ない。二個も同時など、ほとんど不可能に近い。

 迷ったが、「便意」を優先的に追いかけることにした。

 以前にもやらされているので、出すことができないのに、便意だけで襲いかかってくるのはかなりつらい。それに比べれば、「痛み」の方がましだと思ったのだ。

 

「宝玄仙、二個入れろ。そうすれば、二個目を入れたときに、両方とも色が変わる制限時間が倍になる」

 

 そのとき、闘勝仙がすかさず言った。

 倍に……。

 だったら間に合うかも……。

 宝玄仙は、片方だけを拾って、もう片側の苦痛を受け入れようという打算をやめ、両方を追いかけることにした。

 幸いにも、「便意」の球体は、それ程に転がらずに、すぐ近くにあった。

 これなら……。

 

「あっ」

 

 だが、近くまでやって来たときに、思わず声をあげた。

 遠くまで転がらなかったのは、球体の表面にべっとりと掻痒性の油剤が塗ってあったからだ。

 これを塗ると、猛烈な痒みが襲いかかってくるのは、何度も嗜虐されたので、十分に知っている。

 なんという嫌がらせ。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「なにを呆けておる。さっさとせんと、時間切れになるぞ」

 

 漢離仙が一瞬凍りついたようになった宝玄仙に対して、皮肉たっぷりの声をかけてくる。

 宝玄仙はぐっと唇を噛みしめて、油剤の塗られた球体を股間に入れた。

 

「う、ううっ」

 

 すぐに振動が始める。

 一転して、きびすを返して、もうひとつの球体に向かう。

 間に合うか……。

 そのときだった。

 なにかが足に当たったのだ。

 

「あっ」

 

 宝玄仙は声をあげて、頭側からひっくり返ってしまった。

 わざと足をかけられたとわかったのは、仰向けにひっくり返ってしまってからだ。

 急いで起きあがろうとするが、この体勢からでは縛られたままでは、なかなか起きることができない。

 やっと起きたときには、まだ股間に入れていない球体が完全に赤色に変ったときだった。

 

「ひぎいいいっ、んがあああっ──、うわああ──」

 

 それらは同時に襲ってきた。

 股間に加わった怖ろしいほどの電撃の痛みとお尻を襲う便意だ。

 宝玄仙はのたうち回った。

 その醜態に、三人が大笑いする。

 

 限界を超えるほどの苦痛の末に、やっと「便意」と「電撃」が終わる。

 宝玄仙は息も絶え絶えになりながら、這うように球体のところに行き、拾うことができなかった球体を膣に入れる。

 失敗しても拾わなければ、今度は十倍の時間、その苦痛が流されるのだ。

 

「ううっ、ううう」

 

 強い振動が始まる。

 二個の球体が暴れまわって、宝玄仙に途方もない快感を与え出す。

 宝玄仙は懸命に、三人のところに戻る。

 

「こけこっこう──」

 

 一個……。

 

「こけっこっこう」

 

 もう一個──。

 

 なにも考えられない。

 宝玄仙はがっくりと脱力した。

 

「そら、行け」

 

 しかし、闘勝仙がまた球体を放った。

 行くしかない。

 今度の苦痛がどんなものかわからないが、それがえげつないものであることだけは確かだ。

 

「……ところで、闘勝仙様、例の噂は本当でしたよ……。道術師の体内にあるすべての霊気を完全に消失させてしまう首輪があるというのです」

 

 そのとき、呂洞仙の声が聞こえた。

 球体を追いかけながら、宝玄仙はびくりと身体が反応するのを感じた。

 連中が語っているものが、なんについてのものであるかがわかったのだ。

 

 この三人は、しばらく前から、闇の霊具市に出現したという噂を追って、謎の霊具である「霊気消しの首輪」というものを探していた。

 これを装着すれば、宝玄仙の身体の中にあるすべての霊気を消失させることができ、完全に宝玄仙をただの女に成り下がらせることができるというわけなのだ。

 実のところ、宝玄仙の道術は三人に封じられてはいるものの、それは、彼らに対して、あるいは、彼らを害する目的のために遣えなくされているだけで、道術師としての霊気がなくなっているわけではない。

 ただ、「凍結」されているだけだ。

 彼らは、それを完全に消失させようとしていたが、それは彼らにもできなかった。

 三人が宝玄仙の霊気の完全消失を企てている理由は簡単だ。

 宝玄仙の霊気を「消失」させれば、それが妨害している、宝玄仙の「護り」が一切なくなるからだ。

 

 宝玄仙の霊気には、特殊な防護があり、それが宝玄仙を妊娠させないようにしているというのがわかったのだ。ほかにもあるのだが、連中の狙いはそこだった。

 三人は、なんとか宝玄仙を孕ませたいと考えていて、あの手この手で成し遂げようとやっているのだが、いまのところ、闘勝仙たちでさえ、宝玄仙の潜在的な男の精に対する「防護」だけは消すことができないでいる。

 そんなときに、他人の霊気を完全に消失させることができるという霊具が現われたのだ。

 闘勝仙たちは、それを色めきだって追っている。

 嗜虐の一環として、宝玄仙を孕ませるという目的のためにだけにだ。

 

「まことか?」

 

 闘勝仙が興味を抱いた口調で応じた。

 呂洞仙が、おそらく、入手できると思うと答えている。

 

「うっ、くっ」

 

 だが、宝玄仙はさっき膣に入れてしまった掻痒剤付きの球体によってもたらされた、新たな苦痛と戦わなければならなかった。

 それどころではない。

 さっそく、猛烈な痒みが襲いかかってきたのだ。

 膣に球体を入れる。

 すると、振動によって痒みが癒え、大きな甘美感がやってくる。

 宝玄仙は、甘い声をあげてしまった。

 

「おっ、いい声を出すな。やっと雌の声が出たようじゃ。だが、早くした方がよいぞ。今度の球体には“痒み”を刻んだ。間に合わんと、猛烈な痒みが一刻は消えなくなる」

 

 闘勝仙が笑った。

 宝玄仙は自分の顔が引きつるのがわかった。

 冗談じゃない……。

 

「じゃあ、俺も次の球体には、痒みを刻むか。“尻穴の痒み”にするかな」

 

「俺は“尿道の痒み”にしよう」

 

 漢離仙と呂洞仙だ。

 なんてことを……。

 いま入っている球体を戻すために、宝玄仙は必死に三人のいる卓の下に歩みながら、腹が煮えるのを我慢した。

 しかし、ふたりはもう投げようとしている。

 

「ま、待っておくれ──。せめて、これを置くまで待って──」

 

 情けないが哀願した。

 いま、両方投げられては、ふたつとも間に合わない。

 だが、ふたりは笑いながら投げる。

 ふたつの球体が床を転がっていく。

 宝玄仙は歯噛みした。

 とりあえず、いま身体にある一個を戻そうと思った。

 

「こけっこっこう──」

 

 叫びながら球体を出す。

 すぐに二個の球体を追った。

 

「宝玄仙、もうすぐ、やっと妊娠ができるぞ。妊娠したら、少なくとも胎児として育つまでは、腹の中に留めてやろう。ただし、生まれる前に取り出すがな」

 

 闘勝仙が言った。

 

「そうなのですか?」

 

 呂洞仙の声だ。どうやら、驚いているようだ。

 

「そうじゃ。新しい趣向を考えておってな。新しい呪いをかける。宝玄仙はいき狂いになったら、自分の赤ん坊の死骸で作った張形でないと、それが止まらんという呪いだ。それを受け入れさせる。面白い見世物になると思うぞ。生まれなかった赤ん坊で自慰をする宝玄仙じゃ。皇太子殿下も大喜びするじゃろう」

 

 闘勝仙が笑った。

 残りのふたりも、それはいいと笑い合った。

 そんな三人の会話を宝玄仙は他人のことのように聞いていた。

 

 くっそう……。

 あの皇太子……。

 この三人組とともに、宝玄仙を玩具として苛めるのを心からの悦びにしているくず男だ。

 あんな卑劣漢が、次の皇帝など、この帝国も終わりだ。

 心からそう思う。

 しかし、それよりも球体だ。

 今度は、すぐには終わらず、一刻も続くらしい。

 この三人のことだから、その一刻、宝玄仙がのたうち回るのを解放することはないだろう。

 宝玄仙はひたすら二個を追いかけた。

 

 それにしても、肛門と尿道の痒みだって……?

 冗談じゃない……。

 

「宝玄仙、一個追加だ。これは“肉芽の痒み”だ。急いで持って戻れ」

 

 闘勝仙が新しい球体を床に投げた。

 宝玄仙は絶望的な気持ちになった。

 三個も取れるわけがない。

 

 宝玄仙は目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「も、もう、許して──」

 

 宝玄仙が悲鳴のような声をあげて、がばりと起きあがった。

 

「大丈夫かい、ご主人様……?」

 

 孫空女は、汗拭き用の布を宝玄仙の顔に当てる。さっきから、苦しそうな寝言を呟き続けていた。だから、もしかしたら、また起きるのではないかと思って、準備していたのだ。

 

「あ、ああ……、孫空女かい……。つまりは、夢か……」

 

「また、悪夢ですか?」

 

 沙那も身体を起こして、声をかけてきた。

 目を覚ましていたようだ。

 まだ、真夜中だ。

 ここは、山道を越える途中で見つけた岩の切れ間であり、孫空女たち三人は、その岩と岩の狭間に集まって横になっていた。

 野宿だが、宝玄仙が一帯に結界を刻んで、野獣や盗賊などが近づけないようにしているので、三人一緒に眠ってしまっても問題はない。それで見張りも置かずに、宝玄仙を真ん中にして、三人で重なるようにくっついて眠っていたのだ。

 

 しかし、いつものように、宝玄仙が眠りながら、苦しそうに呻きだしたので、目を覚ました。

 この数日、お蘭の里を出てから、ずっとである。

 眠るたびに、かつて、闘勝仙(とうしょうせん)という男に凌辱されていた時代のことを夢で見てしまうらしく、それで、よく眠ることもできず、眠ってもすぐに、こうやって起きてしまうということが続いている。

 

 眠れなければ疲れも蓄積する。

 宝玄仙は眠れなくても、回復できない疲労は道術で癒しているようだが、それでは、そのうち倒れてしまう。

 孫空女も心配だ。

 

「ああ、沙那……。夢だよ……。また、あの悪夢だ……。ちくしょう、なんなんだい。嫌がらせのように、毎晩毎晩……。せっかく、都合よく、忘れていたのに、わざわざ、その記憶を蘇らせるように……」

 

 月の光に、宝玄仙の口惜しそうな表情が映る。

 いまは、三人で一枚の毛布に腰から下を覆われ、上体だけ起こして並んで座っている体勢だ。

 なんとかしてあげたいが、宝玄仙の夢の中のことなので、孫空女もどうしていいかわからない。

 あるいは、お蘭の里で、宝玄仙がこの旅をすることになった理由を語ってくれたとき、孫空女たちに、闘勝仙という法師に、どんな目に遭わされ続けたのかいうことを口にしてくれたせいかもしれない。

 そのことが、宝玄仙の思い出したくない記憶を呼び起こしてしまったのだとしたら、孫空女は宝玄仙に申し訳ないという気持ちになる。

 

「……ねえ、沙那、なんとかならないかい?」

 

 孫空女は沙那に訊ねた。

 沙那は物知りだ。

 孫空女にわからないことでも、沙那なら、なんとかしてくれるかもしれない。

 

「なんとかといっても……。まあ、わたしの場合は、ぶっ倒れるまで剣の素振りをして、それで悪夢からは解放されましたけど……」

 

 沙那も、宝玄仙が心配そうに言った。

 

「なんだい。お前も、悪夢に悩まされたことがあるのかい、沙那?」

 

 宝玄仙の口調はちょっと、興味を抱いた感じだ。

 

「そうですね……。軍に入ってすぐに大抜擢され、千人隊長になりました。就任したばかりの頃は、寝るたびに穴に入れられて、だんだんと土を埋められる悪夢を見ました。そんなときは、剣の素振りを倒れるまでするんです。そのうちに、そんな夢は見なくなりました」

 

 沙那は、宝玄仙に悪辣な手段で強引に供にさせられる前は、愛陽の城郭で千人隊長だったらしい。

 千人隊長といえば、地方軍でも数名しかいないはずの高級将校になる。沙那の年齢で、しかも、女の沙那が千人隊長になれば、他者から感じる嫉妬や責務の重みでかなり心労をしたはずだ。

 だから、そんな悪夢に悩まされたのかもしれない。

 

「なるほどねえ。お前は、孫空女……? いや、これは失礼したね。沙那みたいに、物を考える性質じゃないから、悪夢なんて高尚なものをは無縁だろう。悪いことを訊いたよ」

 

 宝玄仙が孫空女を見て笑った。

 

「ひ、ひどいよ……。あ、あたしも悪夢に悩まされたときはあるよ」

 

 孫空女は憤慨していった。

 

「へえ、あんのかい? じゃあ、言ってみな」

 

「ううん……。まだ、十歳ばっかしのときかなあ……。そのころ、あたしは、旅芸人の一座にいたんだけど、それを盗賊が襲ってね。それでみんなで戦ったんだけど、あたしは、そのとき、最初に人殺しをしたんだ。それまでも戦ったことがあるけど、人殺しは初めてだった。しかも、十人……」

 

「十人? 十歳で? やっぱり、あんたってすごいのね」

 

 沙那が感嘆した声をあげた。

 

「まあ、それはいいんだけど、我に返ってねえ……。夢中だったからわかんなかったけど、殺した盗賊の中には、その頃のあたしと年端も離れていないような子供もいたんだ。女もいた。その日は寝れなかった……。そして、やっと眠れたと思ったら、あたしが殺した連中が、追いかけてくるんだ。顔を血だらけにしてね……。あれは怖かったな」

 

 孫空女はぽつりと言った。

 

「それで、お前の場合は、どうやって悪夢を見なくしたんだい? お前も素振りでもしたかい?」

 

「いや、周りの芸人仲間の大人に相談したら、そんなときは……をすればいいと言われたんだ。疲れるまでね……。そうしたら、なんとか……」

 

「なに? 聞こえなかったよ。なにをしたって?」

 

 宝玄仙が大きな声を出した。

 孫空女は自分の顔が夜闇に赤らむのを感じた。

 口にすれば、絶対にからかわれるに決まっている。

 だから、言いたくなかったのだ。

 

「じ、自慰だよ……。疲れるまで、自慰をしろって言われたんだ。それでやったんだよ。おかげ様で悪夢は一日で解放されたよ」

 

 孫空女は言った。

 

「沙那は剣の素振りで、お前は自慰かい……。さすがはお前だよ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 孫空女は頬を膨らませて、無言の抗議をした。

 

「まあでも、悪夢に対する対処法はそれですね」

 

 沙那が冷静な口調でぽつりと言った。

 

「えっ、自慰が?」

 

 孫空女は思わず言った。

 

「ち、違うわよ。疲れて眠るまで、ってことよ。わたしの場合も、孫女の場合も共通するのはそれよ。つまり、疲れて眠るまでなにかをすればいいってことよ……。ねえ、ご主人様、なにか運動でもなさってはどうでしょう……。お付き合いしますから……」

 

 沙那はそう言いながら、なにやら悲痛な表情で嘆息した。

 そして、服を脱ぎ始める。

 孫空女もやっとわかった。

 宝玄仙に、「疲れるまで運動」とか口にすれば、なにをするかわかりきっている。

 孫空女と沙那を相手に限界までの性愛だ。

 

 まあ、仕方がない。

 宝玄仙のためだ。

 孫空女も、自分の着ているものに手をかけた。

 だが、どうでもいいけど、宝玄仙も、もっと普通に愛し合うということはできないのだろうか。

 いつもいつも、孫空女たちが失神して意識を失うまで続けるとか、やることが極端すぎるのだ。そうでなければ、まあ、宝玄仙と愛し合うという行為は、そんなには嫌ではないのだが……。

 

「……いや、いいよ……。そんな気になれない……。ちょっと横になるよ。眠りはしないけど、身体は休める。お前たちは寝ていいよ」

 

 しかし、宝玄仙はそう言うと、ごろりと横になってしまった。

 孫空女は沙那と顔を見合わせた。

 宝玄仙が性愛を拒否した……。

 これは重症だ。

 唖然として、孫空女は沙那と眼で語り合った。

 

 

 *

 

 

「真似事ですよ、真似事……」

 

 沙那が懸命に言った。

 宝玄仙は眉をひそめた。

 

 流郷(るさ)という宿町だ。

 やっと山越えを果たして、ここまで来れば、帝国の西の国境はすぐだ。

 あと一日歩けば、高唐府(こうとうふ)という国境を監視する城郭に辿り着き、それを越えれば、烏斯(うし)国という王国になる。

 天教の影響は続くが、一応は外国だ。

 まずは、ひと段落というところだ。

 

 それはともかく、久しぶりの宿屋である。

 このところ、ずっと野宿が続いていたせいもあり、やっと屋根のあるところで休めるのはありがたい。相変わらず悪夢の影響による不眠は続いているものの、温かいお湯で身体を洗い、調理をされた食事を食べて、屋根のある場所で寝具に包まれて眠ることは嬉しい。

 しかし、夕食を済ませて、借りた部屋にやって来ると、突然に沙那が久しぶりに、三人で愛し合おうと誘ってきたのだ。

 

 沙那から誘ってくるなど珍しい。

 ……というよりも、初めてだろう。

 しかも、攻守を逆転しようというのだ。

 つまりは、いつもは宝玄仙が責める側で、沙那たちが受ける側だが、今夜はそれを交代しよう提案してきた。

 宝玄仙はちょっと驚いてしまった。

 

「ねえ、いいだろう、ご主人様。たまには、あたしたちに責めさせてくれたってさあ……。どうせ、ご主人様は道術であたしらを支配しているんだから、やめさせようと思ったら、好きにできるじゃないか。遊びだよ。遊び」

 

 孫空女も一緒になって迫ってくる。

 どうやら、このふたりは、あらかじめ示し合わせていたようだ。

 宝玄仙は肩を竦めた。

 

「まあ、いいけどね。だけど、わたしは、やっぱり責められる側よりも、責める方が好きでね。途中で気が変わってやめるかもしれないよ」

 

 宝玄仙はにやりと笑った。

 だが、沙那も孫空女もにこにこしている。

 なんだか、ちょっと気味が悪い。

 

「それで結構です。着ているものを脱いでいただけますか……? それと、この部屋の物音や声が外に漏れないように結界を……」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙はとりあえず、結界をかけた。

 これで、この部屋は完全に封鎖され、誰も侵入できないし、この部屋の物音は外には出ない。それにも関わらずに、内側の者は自由に外に行ける。もっとも、一度出れば、結界を解除しないと戻っては来れないが……。まあ、これはそういう道術なのだ。

 

 そのあいだに、沙那と孫空女は生まれたままの姿になっている。

 ふたりが、宝玄仙を寝台の上に引き寄せた。

 前後から挟むようにして、宝玄仙の服を脱がせていく。

 あっという間に、三人揃って、生まれたままの姿になる。

 

「あっ、そうだ。沙那、折角だ。霊具を使えるかどうか試してごらん。霊具入れから、手枷と、あと黒い色の細い鎖があるはずだ。それを持って来るんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「これですか?」

 

 沙那が一度寝台を降りて、荷の葛籠(つづら)の中から、言われたものを持ってくる。

 

「その手枷も鎖も、霊具だ。しかも、仙具だ。霊気を注がなければ使えないものだ。いまのお前なら扱えるはずだ。やってごらん」

 

 宝玄仙は使い方を教えた。

 一般に、霊気をあらかじめ込めて道術の力を刻んでいる道具のことを「霊具」と呼ぶ。しかし、その霊具は、さらに大きく二種類に分かれる。「仙具」と「術具」だ。

 仙具というのは、道術師しか扱うことができないものであり、効果を発揮するためには、道術師が霊気を注がなければならない。それに比べて、術具というのは、道術を帯びていない一般の人間にも扱えるようにしたものであり、霊具自ら霊気を吸収したり、あるいは、あらかじめ込めている霊気のみで効果を発揮するというものだ。

 もちろん、術具の方が作るのが難しく、しかも、大した効果は込めることはできない。それに比べて、仙具は、かなりの複雑な道術を刻むことができるので便利なものだ。

 

「こうですか……。じゃあ、ご主人様、両手を出してください」

 

 沙那は宝玄仙の前に座ると、仙具の革枷を嵌めた。

 すっと、宝玄仙の手首に合わせて縮まり肌に密着したようになる。

 

「できた」

 

 沙那は感動したように声を洩らした。

 宝玄仙は思わず笑ってしまった。

 

「じゃあ、次だ。手枷に鎖を繋いでご覧。それは『自在の鎖』という仙具でね。長さも自在に調整できる。ただ念を込めるだけだ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那が一度天井の梁材に回して固定した自在の鎖の先を、宝玄仙が嵌められている手枷の鎖に近づけた。

 その瞬間に、鎖と鎖が密着して繋がる。

 

「大したものだ。もう、仙具の扱い方がわかったようだね」

 

 宝玄仙も満足した。

 

「そうですね……。縮め……」

 

 沙那の言葉が終わった瞬間に、天井から伸びている鎖が短くなり、宝玄仙の両手は吊りあげられて頭の上にまで引き上げられる。

 

「うっ」

 

 ぐんと勢いよく身体があげられ、膝立ちした体勢になる。宝玄仙も思わず声を出してしまった。

 

「孫女、前を頼むわね」

 

「あいよ」

 

 沙那が宝玄仙の後ろ側に行き、孫空女が前に出てきた。

 なにをするのかと思えば、孫空女は耳の中から如意棒を出して、膝立ちになっている宝玄仙の膝に如意棒の両端を当てると、縄で縛ってしまった。

 孫空女が使ったのも仙具は「魔縄」だ。

 術を込めて縛るので、緩くなっていても、術を込めないと解けない。

 孫空女の如意棒は、大の男でも三人がかりでなければ、持ちあがらないほどに重い。宝玄仙の霊気を吸い込んで怪力になっている孫空女だから、軽々と扱えるが、宝玄仙の力では如意棒を括りつけられると、ほとんど動けなくなってしまう。

 

「伸びろ」

 

 孫空女が声をかけた。

 

「い、痛たたた……。も、もう開かない。んぎいいっ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 一気に真横に近いくらいまで引き裂かれたのだ。

 孫空女が慌てたように、ちょっと緩める。

 

「な、なにすんだい──」

 

 怒鳴りあげた。

 

「ごめんよ」

 

 孫空女が笑いながら謝った。

 宝玄仙は孫空女を睨んだ。

 

「お前ら、あんまりいい加減なことすると交代だよ。このところ、眠れなくて苛々しているんだ。そういえば、お蘭の里を出てから、調教らしい調教もしてないしね。地獄責めもいいんじゃないかい」

 

 宝玄仙は言った。

 ちょっと、孫空女の顔が心なしか蒼くなった気がする。

 

「孫女──」

 

 背中側にいる沙那が孫空女をたしなめるような声をかけた。

 なにか嫌な感じだ。

 沙那があんな風に、思わせぶりな態度をするときには、きっとなにかを企んでいる。

 

「ところで、ご主人様、かねがね不思議に思っていたんですけど、ご主人様って、結界をかけたまま、そのままお眠りになりますよねえ。眠っていても、結界は大丈夫なんですか?」

 

 沙那が後ろ側から訊ねた。

 

「わたしを見くびるんじゃないよ。これでも三蔵の異名のある法師だよ。八仙だよ。この部屋を封印するくらいの結界術なら、一度霊気を込めれば一日だってもつよ。問題ないさ」

 

「つまりは、いまこの瞬間に、ご主人様の霊気が遮断されても問題ないということですね?」

 

「まあ、そういうことだね」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 宝玄仙の首にがしゃりと何かが嵌まった。

 首輪?

 しかし、その瞬間に、全身の霊気が完全に凍りつくのを感じた。

 道術封じの首輪──? 

 しかも、強力なものだ。

 宝玄仙の強い霊気を凍結させるような道術封じなど、そう簡単には存在しないはずだ。

 

「うわっ、な、なにしたんだい、沙那──?」

 

 さすがに狼狽えて怒鳴った。

 

「お蘭にこっそりと作ってもらった霊具です。ご主人様の霊気の波動に合わせてもらいました。ほかの道術師には無効ですが、ご主人様に限り、これを嵌められると、一切の道術が遣えなくなります。もちろん、ご主人様には外すことなど不可能です……。じゃあ、覚悟はいいですか」

 

 沙那が言った。

 後ろから両手が伸びて乳房を握ってくる。

 はっとした。

 なにかをべっとりと塗っている。

 それを乳首を中心とした乳房全体に塗りたくられる。

 

「ひいっ、な、なにを塗ってんだい、お前──」

 

 びっくりした。

 だが、おおよその見当はついている。

 塗られた途端に、胸全体が燃えるように熱くなってきた。

 おそらく、これは……。

 

随喜(ずいき)油です……。ご主人様の合成した痒み剤ですね」

 

 沙那が淡々と言った。

 それをどんどんと重ね塗りしてくる。

 

「あたしにも頂戴、沙那……。へへ、ご主人様、覚悟はいいかい? そう簡単に許さないからね。今夜はとことん、疲れさせてあげるよ」

 

 孫空女が宝玄仙の股越しに受け取った随喜油の小壺から、たっぷりと指に油剤をすくう。

 

「うっ」

 

 その量を見て、宝玄仙は自分の顔が引きつるのを感じた。

 こいつ、とんでもない量の油剤を宝玄仙の股間に塗りたくろうとしている……。

 

「や、やめないか──。それは量が多いよ──。そんなにたくさん使うものじゃないんだ」

 

 声をあげた。

 だが、孫空女はにやにやしながら、宝玄仙の股間に油剤を塗りたくる。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「……夢なんて見る余裕がないくらいに、音をあげさせてあげますね……。悪夢を見そうになったら、このことを思い出してください。今夜は、ご主人様は、いつも嗜虐している供に、徹底的に苛められて、泣きべそをかくんです。その屈辱を頭に焼きつけてあげます」

 

「今度、悪夢を見るとしても、このことしか出てこないよ」

 

 沙那に次いで、孫空女がそう言った。

 

 こいつら……。

 どうやら、ふたりして結託し、宝玄仙を嗜虐して、それで悪夢から解放させようということか……。

 まあ、心配してやってくれようとしていることとは思うが、この量の痒み剤は……。

 

「んひいっ、はあっ、そ、そこは……」

 

 宝玄仙は奇声をあげて腰を振った。

 沙那の指がお尻の穴に入り込んで、油剤を塗り込み始めたのだ。

 

「本当に、ご主人様はお尻が弱いですね」

 

 沙那が後ろで笑った。

 

「沙那ばかり狡いよ。あたしも、お尻を責めさせてよ」

 

 孫空女もまた、背後に回っていく。

 一方で、早くも痒み剤の洗礼に襲われ始めた宝玄仙は、全身を振って、その苦しみに声をあげた。

 だが、容赦なく、今度は孫空女が油剤をお尻につめ始める。

 そのときには、宝玄仙は全身を蝕むような痒みに狂いそうになり、ただただ、大きな声で呻くことしかできなくなっていた。

 

「あとは待つだけね。どうですか? いつも、わたしたちにやっていることをたまにはやり返されるのもいいもんでしょう」

 

「ご主人様、屈辱かい? この屈辱が大きければ大きいほど、後でご主人様がよく眠れるって、沙那が言うんだよ」

 

「わたしのせいにしないでよ、孫女……。それは狡いわ」

 

「考えたのは、ほとんど沙那じゃないか……。痒み責めは、古典的だけど一番効くって提案したのも沙那だ」

 

 沙那と孫空女が宝玄仙の前に戻って来て言い合いを始めた。

 どうでもいいけど、ふたりとも離れてただ見ているだけだ。

 脳天を焼き尽くすような痒みが襲い続ける。

 宝玄仙は、もう恥も外聞も捨てる気分になった。

 沙那と孫空女の前で、苦悶と哀願とさらに脅しを繰り返す。

 そして、なんとか痒みから逃れようと身体をくねらせ続けた。

 だが、このふたりは、とことん宝玄仙を追い詰めようと話し合っていたようであり、いつまで経ってもなにもしない。

 宝玄仙は本当に、このまま狂ってしまうかと思った。

 

「あ、ああ……、か、痒いい……。ゆ、許しておくれ──。ね、ねえ、お願いだよ……、あああっ、あああっ……」

 

 やがて、宝玄仙はなにも考えられなくなって、それを繰り返す。

 

「……ふふ、かなり、頭にきているようね。じゃあ、最初の責めにいきましょうか。ここに筆と棒があります。どっちで責めてもらいたいですか? まずは選ばせてあげます」

 

 沙那が持ち出したのは、二本の筆と、二本の竹鞭だった。

 宝玄仙はぞっとしてしまった。



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38  供に責められる夜

「……ここに筆と棒があります。どっちで責めてもらいたいですか、ご主人様? まずは選ばせてあげますよ」

 

 沙那がにんまりと笑った。

 

「うう、た、竹鞭を……」

 

 仕方なく、宝玄仙は歯を喰い縛りながら言った。

 気が狂うほどの痒みなのだ。

 せめて、竹で打たれれば、ちょっとでも気が紛れるだろう。

 少なくとも、筆でくすぐられるよりはましだ。

 

 とにかく、こいつらは今夜は、宝玄仙を悪夢から解放させるという大義名分を得て、徹底的に自分をいたぶり抜くつもりに違いない。

 沙那にしても、孫空女にしても、すっかりと目が座っている。

 

 それにしても、このふたりがこれだけの嗜虐女になりきれるとは知らなかった。痒み責めにもがき苦しむ宝玄仙を動じることなく、じっと眺め続けるふたりの顔には、完全に悦にこもったものがある。

 おそらく、とことん追い詰めるまで、責め手を緩めることはないように思った。

 

 いずれにしても、痒い。

 だが、頭上に吊られている両腕は下ろすことができないように、鎖で天井に引きあげられているし、膝立ちの両脚は、孫空女の如意棒がしっかりと両膝を固定している。宝玄仙の力では、重い如意棒をびくともさせることもできない。

 この状態で、道術を封じる首輪を嵌められてしまったのだ。

 さすがの宝玄仙もどうしようもない。

 

「ふふふ、孫女、ご主人様は竹鞭がいいそうよ」

 

 沙那がくすくすと笑った。

 

「わかったよ、ご主人様、後で道術が復活したら、傷は自分で癒してね」

 

 孫空女が竹鞭を一閃させて、宝玄仙の尻たぶをばしりと打ち放った。

 

「ううっ」

 

 目の覚めるような一撃だった。

 なんとか悲鳴は飲み込んだが、その痛みが皮膚の下まで染み込んだ痒みを忘れさせてくれた。

 その快感に、宝玄仙は我を忘れるほどの快感を覚えた。

 

「じゃあ、次はこれですね」

 

 沙那が筆でさわさわと股間をくすぐりだした。

 しかも、痒みの頂点のようになっている肉芽や女陰そのものには触れずに、その寸前をくすぐるように動かしてくるのだ。

 宝玄仙は今度は悲鳴をあげた。

 

「や、やめておくれっ」

 

 思わず、汗びっしょりの顔と身体を揺さぶった。

 

「いつも、わたしたちをしつこく調教をなさるご主人様じゃないですか。こんなことで音をあげちゃ駄目ですよ」

 

 沙那がからかうような物言いをしながら、筆を局部で動かし続ける。

 

「ああっ、そ、それよりも、竹鞭を──。竹鞭をおくれったら──」

 

「こうかい?」

 

 孫空女が宝玄仙の乳房に鞭を喰い込ませた。

 

「はああっ」

 

 今度は全身を走った快美感に、思わず甘い声をあげてしまった。

 

「可愛い声を出されるんですね」

 

 すると、沙那がたったいま孫空女の竹鞭が炸裂した場所をなぞるように、そこに筆を動かしてきた。

 激痛で敏感に敏感になっている乳首に、筆を這わされて、宝玄仙が気が狂うようなくすぐったさを覚えた。

 

「んひいいっ」

 

 しつこく筆を動かされて、宝玄仙は全身を弓なりにして泣き叫んだ。

 

「も、もっと、もっと続けておくれよ、孫空女」

 

 宝玄仙はそう叫ばずにはいられなかった。

 すると、孫空女が真横の位置から前側に回ってきた。

 

「じゃあ、竹鞭で股間をぶっ叩くよ。それでもいい?」

 

 孫空女が宝玄仙を見て微笑んだ。

 宝玄仙はぞっとした。

 怖い……。

 さすがに股間そのものを叩かれるのは、怖ろしいほどの恐怖だ。

 しかし、このままじゃあ、痒みで気が狂うことも確かだ。

 宝玄仙には選択肢などない。

 

「あ、ああ……。い、いい、やっておくれ──」

 

 宝玄仙は頷いた。

 沙那が場所をあけ、孫空女の竹鞭が振り下ろされる。

 

「んぎいいいっ」

 

 孫空女の竹鞭は寸分違わずに、宝玄仙の肉芽そのものを引っぱたいた。

 脳天を貫く激痛が走る。

 

「もう一発だよ」

 

 間髪入れずに、孫空女は、振り下ろした竹鞭を今度は下から上に向かって跳ねあげさせた。

 今度も肉芽だ。

 

「はがあああっ」

 

 宝玄仙は白目を剥きかけた。

 そのくらいの痛みだった。

 我に返った。

 気がつくと、じょろじょろと小便を漏らしてしまっていた。

 寝台の敷布が宝玄仙の尿でぐっしょりと汚れていく。

 

「あらあら、明日は、宿の主人に洗濯代を追加で支払わないといけませんね……」

 

 沙那が笑った。

 そして、視線を孫空女に向ける。

 

「鞭はもう十分じゃない。きっと、もう、ご主人様は満足されているわ」

 

 沙那が筆を孫空女に渡している。孫空女も竹鞭を置いて、筆に持ち替えた。

 

「ま、満足してない。も、もっと鞭をおくれよ。気持ちいいんだよ。もっとだよ。もっとくれないと、あとで折檻だよ、孫空女」

 

 宝玄仙は必死で言った。

 凄まじいとしか言いようのない痛みだが、痒みが消えていく快感は身体が蕩けるほどだ。もっと打って欲しい。

 

「えっ、折檻?」

 

 すると、その言葉に、孫空女がびくりと反応した。

 

「孫女、だめよ──。とことんするのよ。それに、どうせ折檻は覚悟のうえじゃない。ご主人様が後で、わたしたちをお仕置きなされないはずはないわ」

 

 沙那がすかさず言った。

 すると、孫空女は「そうだね」と再び腹を括った表情に戻ってしまった。

 

「じゃあ、あたしも参加しよう」

 

 筆を持っている孫空女が宝玄仙の背後に回る。

 

「ひ、ひいいっ、ひいいっ」

 

 宝玄仙は身体を伸びあがらせて奇声をあげてしまった。

 沙那が前から股間を責めているのと連動して、孫空女が尻の亀裂に添って筆を動かしだしたのだ。

 がくがくと震えを走らせだした宝玄仙の腰を前後からふたりが責める。

 すぐに、宝玄仙の口から、あまりの切なさに、荒い鼻息が洩れるようになっていた。

 

「じゃあ、いきますよ」

 

 沙那が声をかけた。

 なにをするのかと思ったら、舌を宝玄仙の肉芽を這わせだした。

 

「あああっ」

 

 宝玄仙は火がついたような声を張りあげた。

 

「じゃあ、あたしもいくよ」

 

 背後の孫空女の筆も離れた。

 すぐに、尻たぶがぐいと力強く割られて、孫空女の舌が宝玄仙の尻穴にすぼめられて入ってくる。

 さすがに前後からの舌責めに、宝玄仙はなにも考えられなくなり、拘束されている裸体を激しく震わせた。

 ふたりが舌をしつこく動かす。

 どんどんと快感が上昇する。

 そのうちになにも考えられなくなった。

 

「あううううっ」

 

 そして、ついに宝玄仙は、気をやってしまった。

 頭が真っ白になるような凄まじい絶頂だった。

 宝玄仙はここまで深く絶頂したことなど、初めてではないかと思ってしまった。

 責めそのものは、痒み責めと筆責めと舌責めというありきたりのものだ。だが、沙那と孫空女に責められているということが、宝玄仙をして、ここまで被虐に酔わせてしまったのかもしれない。

 宝玄仙はしばらくのあいだ、喋ることもできないくらいに脱力して、腕の縄に身体を預けるようにしてしまった。

 少しの時間が経った。

 寝台の下でごそごそと何かをしていると思っていた沙那と孫空女がふたりで寝台にあがってきた。

 ぎょっとした。

 ふたりとも張形を持っている。

 しかも、その張形にはたっぷり油剤が塗られていた。

 それが、さっきの随喜油であることは明らかだ。

 

「さあ、次はこれですよ。まだ、奥が痒いですよね。これで弄ってあげましょうか?」

「あたしもこれでね。どこを悪戯されるかわかるよね、ご主人様」

 

 沙那と孫空女がにんまりと微笑んだ。

 痒み剤を足されるということに、宝玄仙は流石に顔を蒼くしてしまった。

 だが、宝玄仙の返事を待たずに、沙那は陰毛を割るように、ぐいと女陰に張形の先をねじ込ませた。

 

「ああっ」

 

 宝玄仙は無意識のうちに、その張形の先端に腰を押しつけて、自分で揺さぶってしまっていた。

 確かに、奥が痒い。そこは竹鞭などで癒されないし、舌も届いていない。ずっと放置されて、狂うような掻痒感に疼ききってるのだ。

 だが、さっと沙那が張形を引く。

 

「入れて欲しいかと訊いているですよ、ご主人様」

 

 さらに張形の先で沙那がなぞる。

 だが、宝玄仙が腰を突き出そうとすると逃げてしまう。宝玄仙はいよいよ、焦れったさに泣き叫びたくなった。

 

「上手だなあ……。沙那、すごいねえ」

 

 孫空女が感嘆の声を洩らした。

 すると、沙那が真っ赤な顔になる。

 

「そ、そんなこと言ってないで、あんたもご主人様を責めるのよ」

 

 沙那が声をあげた。

 孫空女が慌てたように、再び背後に回った。

 

「も、もう許しておくれ……。わ、わかったよ……。入れておくれ」

 

 宝玄仙は観念して言った。

 すると、痒み剤を潤滑油にした張形がねっとりと、前後の穴に突き入れられた。

 

「ほおおおっ」

 

 宝玄仙の身体は押し込まれるままに、二本の張形を受け入れていく。

 その二本がゆっくりとした律動を開始する。

 滑らかな前後運動から与えられるあまりもの愉悦に、宝玄仙は我を忘れた。

 

「あっ、あああ……いいいっ、いああ……」

 

 掻痒感の消えていく気持ちよさに加えて、性感を強く刺激される快感に、宝玄仙はなにも考えられずに、甘い声を洩らせた。

 

「もっといい声で泣いてください、ご主人様……。わたしたちはご主人様の奴隷ですが、今夜は、ご主人様がわたしたちの奴隷です……」

 

 沙那が張形を操りながら、耳元でささやく。

 その張形は深々と子宮の入口まで貫いたかと思うと、大きく揺さぶられて、すっと引いては入口を拡げるように円を描き、そして、また奥に入るというようなことをして、宝玄仙を翻弄する。

 一方で、孫空女の張形は単純な前後運動でありがならも、宝玄仙を崩壊させるような圧倒的な快感を宝玄仙に送り込んでくる。

 

「ああ、ふうっ、ほおおっ」

 

 ふたりの抽送に突きあげられるままに、宝玄仙はぶるんぶるんと身体を悶えさせながら、嬌声をあげ続けた。

 股間と尻穴を引いては押され、押されては引かれることによって生み出される途方もなく峻烈な快感に、宝玄仙は甲高い悲鳴をあげるしかなかった。

 その肉が溶けるような気持ちよさに、愉悦の溜息を吐き続ける。

 これだけの気持ちよさ……。

 本当に、こいつらの奴隷になってもいいかも……。

 いま、この瞬間は心の底からそう思っていた。

 

「ご主人様がまたいきそうだよ、沙那」

 

 孫空女の声が聞こえた。

 

「徹底的に疲れさせるのよ。とにかく、死んだように眠るにはそれがいいんだから」

 

 沙那が言った。

 そして、沙那側の張形の速度が激しいものに変化する。

 孫空女の方は一定の速度を保っているが、それに伴って快感が一回の抽送ごとに倍にないっていくかのようだった。

 

「いくときには、いくというんですよ、ご主人様」

「は、はい」

 

 思わず敬語を使ってしまっていた。

 沙那がさらに律動を加速させる。

 それに伴って、快感が膨れあがる速さも一気に上昇する。

 

「ふうっ、あああっ」

 

 押しあげられるままに、さっきよりも大きな快感のうねりに襲われた。

 宝玄仙は大きく腰を揺らせた。

 

「ううう、いくうっ、いぐううっ」

 

 悲鳴のような声とともに、宝玄仙は絶頂の頂点に昇りつめた。

 二本の張形が抜かれて、がくりと項垂れたものの、絶頂の余韻に宝玄仙が浸れたのは、ほんのちょっとだった。

 掻痒剤を塗られていた張形を受け入れていた宝玄仙の前後の穴は、当然のように新しい痒み剤が染み込み、さっき以上の痒みが沸き起こっていたのだ。

 

「ううう、か、痒いいっ、痒いよお……。続けて、続けておくれよう」

 

 宝玄仙はすぐに身体を揺すって泣き叫んだ。

 

「いいですよ……。身体がバラバラになっても知りませんけどね」

 

 沙那はさっき抜いたばかりの張形にまた新しい痒みの油剤を塗りたくっている。

 孫空女も同様だ。

 ふたりがかりの責めがまた再開する。

 宝玄仙が絶頂に達するのに、こんどはいくらもかからなかった。

 

「ふふふ、今度はご主人様が自分でやってください」

 

 三度目には沙那と孫空女は張形を入れっぱなしにして、まったく動かしてくれなかった。

 

「はじめ──」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙は狂ったように腰を使い始める。

 

「ううう、ああああっ」

 

 腰を自ら動かすことによって、獣のような声が迸るとともに、淫靡な水音が大きな音を股間で響かせている。

 まるで甘美感が滝のように流れ進んでいく。

 そのまま溶けるような気持ちよさだ。

 

「ああ、気持ちいい──」

 

 突きつける愉悦の連続に、宝玄仙は絶叫した。

 

「おあずけ──」

 

 すると、突如として沙那が耳元で怒鳴った。

 なにを言われたかもわからなかったし、それよりも、この快感で死んでしまいそうだった。

 

「孫女、抜いて──。すぐに──」

 

 沙那が叫んだ。

 ふたりの張形がさっと抜かれる。

 宝玄仙の身体にすぐに発狂するような痒みが襲いかかる。

 

「な、なにすんだよ──。痒いよお──。痒いったらあ──」

 

 宝玄仙は腰を振って叫んだ。

 しかし、張形が抜かれてしまったいまとなっては、痒みを癒してくれるものはなにもない。

 

「おあずけといったら、身体をとまらせるんです。いうことをきかないと放置ですよ」

 

 沙那が厳しい口調で言った。

 

「……沙那、なんか人が違ったみたいだよ……。すごいね……」

 

 孫空女が感心した声を出している。

 

「そ、そんなことはいいのよ──」

 

 一瞬沙那が恥ずかしそうな顔になった。

 

「じゃあ、罰として、しばらくそうやって、反省してください。痒み剤を足しますね」

 

 沙那によってまたもや前後の穴に痒み剤を押し込まれた。

 そして、放置される。

 宝玄仙はあまりの痒みの苦しみに、涙を流して哀願した。

 沙那たちが張形責めを再開したのは、かなりの時間がすぎてからだった。

 すぐに恐ろしいほどの速さで絶頂がやって来た。

 

「ふうっ、ああっ、ああっ」

 

 切羽詰まった息遣いとともに、宝玄仙は我を忘れて小刻みに腰を振り続けた。

 

「おあずけ──」

 

 沙那がまたもや叫んだ。

 宝玄仙は腰の動きをとめた。

 今度、またもやさっきの放置責めをされると本当に狂う。

 宝玄仙は必死になって、張形が挿し込まれている腰の動きをとめ続けた。

 

「よくできましたね、ご主人様……。さあ、いってもいいですよ」

 

 沙那が優し気な声をかけると、今度は沙那自ら張形を前後してくれだした。

 

「はああ」

 

 宝玄仙はあられもなく、奔放な悲鳴をあげて、大きな絶頂に駆け巡った。

 がくがくと腰を揺すって、宝玄仙はがっくりと脱力する。

 すると、沙那から乳首を思い切り抓られた。

 

「んぎいいっ、な、なんだよ──」

 

「誰が休んでいいと言いました? いきまくってください。やめというまで、やめてもだめです」

 

 沙那が張形を動かしだす。

 宝玄仙は愕然とした。

 たったいま達したばかりの身体が、またもや絶頂寸前まで引きあがったのだ。

 自制しようとしてできない腰の動きがまた始まる。

 

「今度はお尻だけで達してもらおうよ」

 

 孫空女が後ろから言った。

 

「そうね。じゃあ、二度続けてお尻で達してください。それから、前で二回。それが終われば、縄を股間に喰い込ませますから、それで自慰をしてもらいますね。それが終わったら、ご主人様の身体の点検を筆でします。反応のあった場所には媚薬をぬってあげます」

 

 沙那が張形を抜いて語りだした。

 お尻の穴に入っている張形を上下に擦りながら、宝玄仙は、そんなにやったら死んでしまうと、心の底から思ってしまった。

 

 

 *

 

 

 

 身体が熱い──。

 全身に塗られた媚薬は、まるで身体中に虫がはいずるような異常な触感を与えている。

 虫に感じるのは、宝玄仙の身体に流れる血液だ。拘束された宝玄仙の体内に血が走るたびに、そこに異常な熱を帯びた虫が這いずるのだ。欲情の塊りが、暴れ回っている。

 

 疼く──。全身が疼く──。苦しい──。

 その苦しみが快楽になっている。

 ただ呼吸をするのでさえ、それが身体のどこかの情欲に結びついてしまう。

 それは、沙那と孫空女に塗りたくられた媚薬のせいだ。

 

 正直に言えば、屈辱感はそれほどでもない。

 ただ、驚いている。

 沙那や孫空女に、自分が心配をされているとは思いもよらなかった。

 このところ、どういう理由なのかわからないのだが、封印したはずの闘勝仙(とうしょうせん)に責め苛まされた時代の記憶が眠ると悪夢として呼び起こされ、宝玄仙を苦しめていた。

 それをこのふたりなりに心配し、今夜は徹底的に宝玄仙を疲れさせて、安眠させるのだという。

 うっかりと受け入れたものの、道術を封じる道具まで準備しついて、何度も痒み剤を塗った張形で自慰のような絶頂をさせられ、いまは、さらに全身に痒み剤を塗られ、四肢を広げて拘束されて、放置をされている。

 かなりの嗜虐者ぶりであり、宝玄仙もふたりの責めにたじたじだ。

 

 それにしても……と思う。

 あいつらは、いつから、こういう追い詰め方ができるようになったのだろう

「そろそろ、気分がでてきましたか、ご主人様……?」

 

 沙那が耳元でささやくとともに、突然、耳に息を吹きかけてきた。

「くうっ」

 

「ご主人様、気がついていないかもしれないけど、さっきから胸と腰をいやらしく振るわせているよ」

 

 孫空女の息も反対側から吹きかけられる。宝玄仙は、身体を震わせた。

 

「ふ、ふ、ふ……」

 

 それと同時に、急に笑いが込みあげてる。

 

「ど、どうしたんですか、ご主人様?」

 

 沙那の呆気にとられたような声が返ってきた。

 

「そ、そうだね。なかなかの言葉責めだと思ってね……。つい、この間までは、男どころか自慰も知らないお嬢ちゃんだったのにねと思ってね、沙那」

 

「ご主人様が、教えてくれたんですよ……。どこをどうやれば、気持ちよくなり、どんな風に語りかければ、屈辱を人が感じるか……。そして……」

 

 沙那の手が宝玄仙の股間に触れた。宝玄仙は思わず声をあげた。

 

「その屈辱が、どんな風に身を焦がすような快楽に繋がるかを……」

 

「あっ、ああっ──あふうっ──」

 

 沙那の控えめな股間への愛撫が、焼けただれたように熱い宝玄仙の陰部をさらに熱くする。

 

「ずるい、あたしも……」

 

 孫空女の指が沙那の指に加わった。

 

「ああっ──、いくっ──、いくよっ──」

 

 たちまちに頭の中のものが消えた。あとはかすみのようなもやもやがあるだけだ。それが、どんどん増えていく。

 そして、膨れあがる──。

 膨張する──。

 なにかが爆発する──。

 

 しかし、沙那と孫空女もわかっている。宝玄仙の絶頂寸前で宝玄仙の股間から手を離す。そして、手を両側の内腿に動かして、宝玄仙の身体がとろ火になるのを待つ。

 自分が「玩具」にした女たちに翻弄される。それは屈辱だ。だが、その屈辱がどろりとした快楽に繋がる。屈辱が全身を貫く興奮に変わっていく。

 

 苛められたい……。

 この沙那と孫空女から責められたい……。

 このふたりから気も狂うような屈辱を与えて欲しい……。

 

「ご主人様、もう、いきたいですか?」

 

 沙那がささやいた。

 

「ああ、もういきたいよ……。お前たちの手で昇天させておくれ……」

 

「どうしようかなあ……。でも、少しでも……長く……。もう少しご主人様が、そうやって乱れるのを見るのもいいなあ……」

 

 沙那が右側から身体を重ねてきた。自分の乳首で宝玄仙の乳首を愛撫する。

 そして、孫空女も左側から宝玄仙に身体を重ねて、自分の乳首で宝玄仙の乳首を弾く。両側からふたりの指が宝玄仙の股間を襲ってきた。

 

「ああっ……ああっ──ご主人様──」

 

「気持ちいいよ、ご主人様──。今夜は、何度でもやってあげるね」

 

 自分の乳首を刺激しはじめた沙那と孫空女がそれぞれに感極まった声を出す。そして、ふたりの息遣いも興奮したものに変わっていく。

 

「ああっ……このまま、いか……せておくれ、お前たち……。ねえ、もう、いいだろう……?」

 

 孫空女が宝玄仙の太腿を自分の股を挟んだ。沙那もまた、反対側から宝玄仙の肢を股で挟む。そして、激しく擦り合せている。宝玄仙の股間を愛撫しながら、宝玄仙の肢と乳房に自分たちの股間と乳首を擦りつけて自慰をしている。

 宝玄仙は迸る快感に身を委ねたかった。なにも考えない。ただ沙那と孫空女に身を委ねたい……。

 沙那と孫空女の声と呼吸が荒くなっている。

 

「ま、まだです、ご主人様──。三人で一緒にいきましょう。……ああ、あっ……孫女、一緒にいこう──」

 

「あ、あたしは、いつでも……いいよっ──」

 

 孫空女が吠えるように叫んだ。

「じゃ、じゃあ、いってください、ご主人様。浅ましく声をあげながらいってください──」

 

 沙那は興奮したように宝玄仙の身体に自分の身体を重ねあわせて、激しく揺り動かしている。孫空女も汗まみれの身体を宝玄仙に押し付けてくる。

 

「いくよ──、いくよ──、ああっ──、いくうううっ──」

 

 真っ白なものが宝玄仙を包んだ。

 宝玄仙の声に沙那と孫空女の吠えるような嬌声が重なる。

 気持ちいい──。

 それしか、考えられない──。

 とにかく、気持ちいい。

 

 沙那と孫空女の悲鳴のような嬌声が聞こえる。

 ふたりの快感が伝わってくる。

 長くいつまでも続くような嬌声――。それが、沙那と孫空女の感極まった声を重なる。

 あまりにも甘美で激しい高揚感だった。

 宝玄仙は、その痺れるような快感にいつまでもひたり続けた。

 しばらくすると、まだ、余韻の残る宝玄仙に沙那が唇を重ねてきた。

 

「まだまだ終わりませんよ、ご主人様──。さあ、口を開けてください。わたしの唾液を飲んでもらいます」

 

 宝玄仙は口を開けた。その口の中に、沙那が自分の唾を注ぎ入れる。

 

「まだ、唾を飲んだじゃ駄目だよ、ご主人様。あたしのも受け入れて……。そしたら、全部飲むんだよ──。ご主人様、命令だからね」

 

 孫空女が言った。

 宝玄仙の唇が孫空女の唇と重ねられる。混ざり合った沙那と宝玄仙の唾液に孫空女の唾液が重なる。

 

「飲んでいいよ、ご主人様」

 

 宝玄仙は口の中にあった三人の唾液を飲みくだした。

 

「これから、わたしと孫空女は、体力の続く限りご主人様を責めます。ご主人様、覚悟はいいですか?」

 

「そうだよ、ご主人様──。これから、なにか嫌なことを思い出しそうになったら、今夜のことを思い出してよ。『玩具』に苛められた今夜のことをさ──」

 

 孫空女がそう言いながら、また唾液を宝玄仙の口に注いだ。今度は沙那がそれに自分の唾液を追加する。三人の唾が十分に混ざったところで、宝玄仙はそれを飲み干した。

 

「わかったよ……。今夜は、この宝玄仙をめちゃくちゃにしておくれ──」

 

 宝玄仙は言った。

 このふたりの気持ちはわかった──。

 

 ただ、主従関係だけはしっかりとしておく必要があるだろう……。

 もちろん、このままで済ませる宝玄仙ではない。

 一方で、再びふたりの激しい愛撫が始まった。

 たまらない快感に、宝玄仙のすべての思念は吹き飛んでしまった。



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39  女主人の逆襲

 けだるさを追い払い、沙那は起きあがった。

 気がつくと朝になっていた。

 沙那は自分が床の上に横になっているのに気がついた。

 どうやら、沙那は寝台ではなく、床の上でそのまま眠ってしまったようだ。

 昨夜は、寝台に拘束した宝玄仙を孫空女とふたりで責め続けた。やがて、ついに失神してしまった宝玄仙の拘束を解き、そのまま寝入った気がする。

 宝玄仙はどうしただろう──?

 

「眼が覚めた、沙那?」

 

 孫空女の声がした。そちらに視線を向けると、すっかりと身支度の終わった孫空女が、椅子に座って横たわる沙那を見下ろしていた。

 

「ああ、おはよう、孫女──」

 

 起きあがろうとして、沙那は自分の手が後ろ手に拘束されていることに気がついた。腕全体が拘束されているのではない。どうやら、両手の親指だけが硬く縛られているようだ。

 また、ふと気が付くと、沙那は自分が今までに着たことのない服を着ているのに気がついた。

 いつもは、動きやすい上下とも白の上衣と下袴(かこ)の格闘服と茶色の革の具足だが、いま着ているのは、身体の前でぼたんで留める桃色の薄物。そして、丈が肢の付け根からほんの少し下くらいの異常に丈の短い下袍(かほう)だった。

 しかも、上衣は沙那の胸の大きさに比べて随分と大きさが小さく、胸の部分のぼたんは、沙那の胸によって、いまにもはじけ飛びそうだ。

 それだけでなく、生地が薄くて、よく見れば、沙那の勃起した乳首が突き立っているのがわかる。

 とにかく、裸に近いような恥ずかしい格好だ。

 

「こ、これ、どうしたの、孫女? わ、わたし、どうして縛られてるの? それに、この服……? それとご主人様は?」

 

 沙那は驚いて、孫空女に矢継ぎ早やに訊ねた。

 

「ご主人様は出掛けたよ、沙那。用事があるとか言っていた。それと今日は、ここにもう一泊して明日出発だってよ」

 

「それはいいけど、どうしてわたしは、こんな格好しているの?」

 

「ご主人様が今日は、沙那にこれを着させろって。覚えているかどうか知らないけど、沙那は裸で寝たんだよ。それで、それをあたしが着せたんだ」

 

 孫空女はにやにやしている。なにか変な感じだ。

 こんな破廉恥な服は宝玄仙の嫌がらせだろうか。まあ、昨夜の今日だから、なにか仕返しを企んでいるのかもしれないが……。

 

「じゃあ、手を後ろでくくられているのはなぜ?」

 

「ああ、それ?」

 

 孫空女が首にかけている奇妙な首飾りを揺らした。見たことのない不思議な首飾りだ。よく見ると親指大ほどの小さな人間の頭のようなかたちをしたものが九個ほど紐で繋がっている。

 

「それは、今日一日、沙那で遊ぶためだよ。これでね……」

 

 孫空女が言った。

 

「ど、どういうこと、孫空女?」

 

 沙那は呆気にとられた。孫空女の表情は、まるで孫空女が宝玄仙になったかのようだ。なにかこれから沙那に嗜虐的な悪戯でもしようかというような顔だ。

 沙那はとても嫌な予感がした。

 

「ちょ、ちょっと待って。遊ぶってなによ、孫空女? それにその首飾りはなに? 霊具なの?」

 

「味わってみる?」

 

 孫空女は首飾りの一個をぱちんと指で弾いた。

 

「いたあっ」

 

 沙那は股間に走った激痛に悲鳴をあげてひっくり返った。孫空女が、首飾りのひとつを弾いたとき、沙那の股間にも強く叩かれたような衝撃が走ったのだ。

 

「気をつけた方がいいよ、沙那。その服でそんなにはしたなくひっくり返ると恥ずかしいからさあ」

 

 孫空女がけらけらと笑いながら言った。

 沙那はひっくり返ったために、ただでさえ短い下袍がまくれ上がって陰部がもろ出しになっているのに気がついた。

 股間を覆う下着は身につけていない。慌てて身体を起こす。

 

「だいたい予想がつくだろう、沙那? この首飾りの霊具は沙那の身体に繋がっていて、いろいろなことができるのさ。それは、おいおい教えてあげるけど……」

 

「ねえ、どういうこと? わたしにはさっぱり事態が呑み込めないの。なぜ、あなたがそれを持っていて、わたしをこれからどうしようというの?」

 

「わからないの、沙那?」

 

「わからないわ──」

 

「今日はあたしが、沙那を調教するんだよ。ご主人様にそう言われたからね」

 

 孫空女は肉食獣が獲物を前にして舌なめずりするような表情をした。沙那は呆然とした。

 

「さあ、下に食事に行こうか、沙那」

 

 孫空女が立ちあがった。

 ここの宿は二階が宿で一階が食堂になっている。一階の食堂には泊り客だけではなく、食事だけをする客もやってくる。

 沙那は、昨夜ここで夕食をとったとき、かなりの客が食堂にいたことを覚えていた。朝だから夕食程ではないだろうが、料理で評判の店らしく、それなりの客はいるだろう。

 

「ちょっと待ってよ、孫女──。わたし、こんな格好で下になんか行かないわよ──」

 

 冗談じゃなかった。こんな短い下袍で下着もつけず、しかも、いまにも弾け飛びそうな小さな薄物の上衣──。ある意味、裸よりも恥ずかしいかもしれない。

 

「行くんだよ──。そうじゃないと、あたしがご主人様に怒られるんだよ」

 

 孫空女は後ろ手の沙那の腕をとり、強引に立ちあがらせる。孫空女の力にかなうわけもなく、沙那は無理矢理に部屋の外に連れ出された。

 

 そのまま、階下に降りる階段に連れて行かれる。

 

 

「お、お願い、孫女──。は、離して」

 

 やっぱり、一階の食堂ではかなりの客が食事をとっていた。こちらに目を向けているわけではないが、もしも、見られたら、この丈では沙那の下着を着けていない股間が丸見えだろう。

 

「いいよ──。じゃあ、ひとりで歩いてくるんだね」

 

 二階と一階の中間の踊り場の部分で孫空女が沙那の手を離した。そして、勝手にどんどん歩いていく。そのとき、急に股間に衝撃が走った。まるで、肉芽が前後左右に滅茶苦茶にゆすぶられている。それだけではない。膣や肛門の中になにか異物が入ったみたいな感じになり、それも激しく揺り動かされる感覚が沸き起こった。

 

「ひうっ──」

 

 沙那は大きな声をあげて、そこにしゃがみこんだ。沙那は自分の声で、一階のかなりの客の注目を集めてしまったことに気がついた。慌てて、立とうとするが、股間で暴れ回る刺激に立つことができない。

 ふと、孫空女が目に入った。孫空女は、もう空いている席を見つけて座っている。食事を頼みながら、これ見よがしに首飾りのいくつかの飾りこすり合わせている。どうやら、あの飾りを擦り合せている間、沙那の股間に強烈な快感が走るようになっているようだ。

 

「いひいっ──」

 

 あまりの強烈な刺激に嬌声を止められない。多くの客たちが呆気にとられて、沙那の痴態に目を奪われているのがわかる。

 

「いやっ──、やあっ──、いやあ──」

 

 恥ずかしい──。

 こんなところで──。

 みんなが見ているところで──。

 どうしよう……。

 でも、快感が昇ってくる──。

 我慢できない……。

 

 どこかが刺激されて快感で身体が溶けていくのとは違う。

 快楽そのものが下半身から脳にせりあがるのだ。

 耐えるとか我慢するのとかとは次元の違うものが沙那に襲い掛かる。

 不意にその股間の刺激がぴたりと止まった。

 

 顔をあげる──。

 孫空女は、首飾りから手を離している。

 沙那は、上気した顔を隠すように下を向くとともに、立ちあがり二階に向かって踵を返した。

 冗談じゃない──。

 あんな痴態を見られて一階なんかに行けるものか──。

 

「ひがああああ──」

 

 全身に走った電撃に沙那はそのままひっくり返った。

 これも、あの首飾りの力というのは間違いないだろう。いったい、幾つの効果があるというのだろう。

 

「おい、あの女、下着を着けてねえぜ──」

 

「尻が丸出しだ。おい、見ろ──」

 

 はっとした。ひっくり返ったせいで、尻が剥き出しになったのだ。慌てて、起きあがる。

 もう、一階の人間のほとんどが沙那に注目している。

 ふと見上げると、いつの間にか孫空女が怖い顔をして、そばに立っている。

 

「いま、戻ろうとしたよね、沙那──」

 

「し、したわよ──。当たり前でしょう──」

 

 沙那は言った。また、部屋に戻ろうとした。しかし、その腕を孫空女が掴んだ。

 

「一緒に食事をするんだよ。言うことをきかないと食堂の真ん中で素っ裸にするよ」

 

 孫空女の物言いに沙那はびっくりしてしまった。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、孫女……? あなたが、わたしにそんなことを言うなんて……」

 

 沙那は困惑した。いつもの孫空女なら絶対に言わない言葉だ。いくら、宝玄仙に命令されているからとはいえ、沙那に対するこの仕打ちは信じられない。

 

「嘘だと思うのかい?」

 

 孫空女は沙那を睨んだ。

 

「て、手を離してよ、孫女」

 

 沙那も孫空女を睨み返す。

 

「一緒に食事をするかい?」

 

「いい加減にしてよ──。怒るわよ、孫女──」

 

「そう……。じゃあ、罰を与えることにするよ。逆らうとどういうことになるか、肌身で知るといいよ……」

 

 いきなり口の中になにかを入れられた。するとそれが口の中で拡がり、口が閉じられなくなる。

 

「んんんっ──」

 

 沙那は言葉にならない抗議の声をあげた。

 しかし、孫空女はいつもの馬鹿力でぐいぐいと沙那を一階の食堂に引っぱっていく。

 沙那は無理矢理一階の食堂の真ん中に連れれて行かれた。食事をしていた者が一斉に沙那と孫空女を取り囲むように卓の向きを動かす。

 

 これはどういうことか──?

 宿の亭主が、あらかじめ打ち合わせをしていたように、入り口を閉じて、内側から鍵を閉めたのだ。

 よく見ると食堂にいるのは男だけだ。人数が三十人くらいだろう。孫空女に引きずってこられた沙那に全員が歓声をあげる

 いや、これは本当に打ち合わせをしていたのだ。孫空女がなにも言わないのに、沙那のいる場所に空いた卓が運ばれてきた。

 

 ど、どういうこと──?

 さっきは気がつかなかったが、一階の食堂の天井から一本の太い縄が垂れさがっている。

 すると、孫空女が沙那を担ぎあげて、真ん中の卓の上に載せた。その卓の上で、一度、指を結んでいた縄が解かれ、高後手に縛り直された。さらに、その天井から伸びた縄に繋がれる。沙那は激しく逃げようとするのだが、あの孫空女の馬鹿力で抑え込まれると、どうしても逃げることができなかった。

 

「んふう──」

 ついに、後手縛りで天井から吊りされた沙那は、異物で塞がれた口の中で抗議の言葉を叫んだ。

 

「そんなに暴れると、みんなに下袍の中を見られちゃうよ、沙那」

 

 孫空女がにやりと笑う。いつの間にか卓の周りにびっしりと男たちが集まっていた。

 沙那は、それだけで動けなくなってしまった。動くと下袍の中が丸見えになる。

 『女淫輪』の力でいつも発情しているようなみっともない股間を見られたくはない。

 

 すると、後ろ手に結んだ天井から伸びる縄がぐいぐいと引き上げられる。背中側の腕が天井方向に引っぱられる。沙那は無理矢理に卓の上に立たされてしまった。

 沙那は周りに集まる男たちの刺すような視線に気を失いそうだった。

 懸命に股を擦りあわせる。

 

「んんっ、んんんっ──」

 

 沙那は孫空女に哀願の視線を向ける。孫空女は素知らぬ顔だ。そして、にやりと微笑むと、集まっている卓の上から水の入った杯をとった。そして、首飾りのひとつをその中に漬ける。

 なにが起きるのか、とてつもなく嫌な予感がする。

 そして、孫空女は首飾りを浸していた杯の中の水の半分を沙那の片方の足首に注いだ。そして、残りの半分の杯の水を、思い切り振りあげて、天井に投げた。

 

「んふん──」

 

 その直後、水に濡らされた片方の足首が凄い強さで天井に引っ張られ始めた。沙那は不自由な全身を懸命に暴れさせた。逃げられるはずのない態勢だが逃げようとした。

 どうやらさっき孫空女が投げた飾りのひとつが天井にくっつくことで、水で濡らされた片脚の足首だけが、その天井の飾りにくっつこうとしているようだ。霊具による道術だとは思うが、卓の上に立たされている沙那は、当然、片脚を大きくあげた姿勢を強要されることになる。

 しかし、この態勢で片足だけ上にあげたりしたら、どんな格好になるか予想はつく。

 懸命に力を入れる。

 それでもじわじわと片脚が引きあがる。限界まで使っている筋肉がぶるぶると震える。

 

「さすがは、会陽の鬼娘という二つ名をもつ沙那だね。頑張るじゃない」

 

 孫空女が言った。

 引っ張られる足がつるように痛い。

 回りの男たちの揶揄の声が響きわたる。

 嫌だ。こんなところで、股倉をさらけ出すなんて──。

 沙那は懸命に足を力入れた。

 

「じゃあ、これには耐えられるかなあ?」

 

 孫空女は首飾りを外すと、紐を外して、九つの飾りをばらばらにした。それを沙那の足元に並べる。

 

「みんな──。この飾りはねえ、この若い女のあちこちの敏感な部分に繋がっているのだよ。舐めまわすのもよし。擦るのもよし。振るのもよし。なんでもやっていいよ。早い者勝ちだよ。どれがどれだかわからないけど、この女をこの霊具でいかせることができる男はいるかい──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「ふぐんんんんんん──」

 

 やめてっ──。

 沙那は悲鳴をあげる。

 男たちの手が一斉に卓の上に伸びる。あっという間に飾りはなくなった。

 次の瞬間、全身のあちこちから衝撃が走る。

 

 舐められる。

 触られる。

 擽られる。

 甘噛み。

 擦られる──。

 それが身体中の敏感な部分から襲ってくる。

 

「うおおおお──」

 

 部屋中から雄叫びがあがった。沙那の足があっという間に限界まで引きあがったのだ。

 気を失うような羞恥の姿で、耐えようのない快感が込み爆発する。

 

 お尻が──。

 胸が──。

 両方の乳首──。

 肉芽──。

 膣の最奥と中間──。

 尿道の入口──。

 

 そこにばらばらの刺激が加わる。

 そして、もう一箇所──。

 全身のあちこちを痒みのような疼きのような得体のしれないなにかが動き回る。

 耐えられない──。

 肢がびくびくと震える。

 

「んんんん──」

 

 訳のわからないなにかが、脳天を貫いた。

 

「いったぞ──」

 

 男たちがはやし立てる。

 それでも全身のおこりはやまない。

 いま、あの霊具はどこの誰が操っているのか。滅茶苦茶な刺激が次々に襲い、そして、変化する。

 こんなの耐えられるはずがない──。

 

 二度目の絶頂もやってきた。

 もう、やめて───。

 沙那は消えゆく意識の中で絶叫した。

 三度目の連続絶頂と同時に、大勢の見知らぬ男たちに見られながら達し続けるという羞恥の限界に沙那の意識は飛んだ。

 

「この女、潮を噴いたぞ──」

 

 意識を失う直前に、沙那はそうどっとはやし立てる男たちの嘲笑を聞いた気がした。

 

 

 *

 

 

 けだるさを追い払い、孫空女は起きあがった。

 気がつくと朝になっていた。

 孫空女は自分が床の上に横になっているのに気がついた。

 

 どうやら、孫空女は寝台ではなく、床の上でそのまま眠ってしまったようだ。

 昨夜は、寝台に拘束した宝玄仙を沙那とふたりで責め続けた。やがて、ついに失神してしまった宝玄仙の拘束を解き、そのまま寝入った気がする。

 宝玄仙はどうしただろう──?

 

「眼が覚めた、孫女?」

 

 沙那の声がした。そちらに視線を向けると、すっかりと身支度の終わった沙那が、椅子に座って、横たわる孫空女を見下ろしていた。

 

「ああ、おはよう、沙那──」

 

 起きあがろうとすると、両手首と両足首が突然に背中方向に勝手に動いた。

 『緊箍具(きんこぐ)』の力だ──。完全に身体の後ろで、四肢の手首足首がくっつき合う。もう、ほとんど動くことができない。孫空女の四肢は逆海老状態で固定されてしまった。

 このとき、孫空女は自分が全裸であることに気がついた。

 

「こ、これ、どうしたんだよ、沙那? それにこれなんだよ? それと、ご主人様は?」

 

 孫空女は驚いて、沙那に矢継ぎ早やに訊ねた。

 

「ご主人様は出掛けたわ、孫女。用事があるとか言っていたわ。それと、今日はここにもう一泊して明日出発だって」

 

「それはいいけど。いま、『緊箍具』を沙那が動かしたの?」

 

「そうよ──。これを見て、孫女」

 

 沙那が首にかけている奇妙な首飾りを揺らした。見たことのない不思議な首飾りだ。よく見ると親指大ほどの小さな人間の頭のようなかたちをしたものが九個ほど紐で繋がっている。

 

「これは霊具よ。これをつけていると、わたしでもご主人様のような道術が使えるのよ。この部屋に限ってだけどね」

 

 沙那が言った。

 

「なにをする気なの、沙那?」

 

「今日一日、孫空女で遊ぶのよ」

 

 孫空女は呆気にとられた。まるで、沙那の表情は、まるで沙那が宝玄仙になったかのようだ。なにかこれから、孫空女に嗜虐的な悪戯でもしようかというような顔だ。孫空女はとても嫌な予感がした。

 

「ちょ、ちょっと待って、遊ぶってなんだよ、沙那?」

 

「使ってみる?」

 

 沙那は、ぞっとするような残酷な色を浮かべた笑みを浮かべた。

 

「な、なにをする気だよ?」

 

 孫空女は、じゃらじゃらと首飾りを鳴らす、沙那に向かって言った。

 

「でも、その前に、これをつけてあげるわ」

 

 沙那は、どこからか、真っ黒いベルトを取り出すと、孫空女の腰に巻いた。

 

「これで、あなたは、そのベルトの部分が床から離れなくなったはずよ。逃げてみて、孫女」

 

 沙那は、孫空女の眼の前に小さな筆を取り出した。そして、孫空女の背後に回ると、剝き出しになっている孫空女の股間を筆でひと撫でした。

 

「いひいっ──」

 

 いきなり、敏感な肉芽を柔らかな毛先で擦りあげられる快感に孫空女は悲鳴をあげた。身体を思わずのけぞらせようとするが、ベルトの部分だけがぴたりと床にくっついて離れない。その結果、孫空女は、ほとんど沙那の筆から逃れる手段がない。

 

「ほら、孫女、逃げられたらやめてあげるわ。逃げられない限り、ずっと続けるわよ」

 

 沙那の筆が背後から孫空女の股間を動き回る。肉芽の周りを円を描くように動いたかと思うと、肉襞の周りをさすりあげる。そして、いまや、孫空女の最大の急所になりかけている肛門の入口をなぞる。

 

「ああ……っ……。も、もうやめてよう、沙那──。今日の沙那はおかしいよ──」

 

 孫空女は 身体を仰け反らせた。

 

「お尻とお豆とどっちがいい、孫女?」

 

い、意地悪……し、……しないで……うわあっ──、あ、あ、あ、ああっ」

 

 沙那に肛門と陰核を交互に刺激されて、あっという間に、孫空女は絶頂に達した。

 

「ふ、ふ、ふ、いやらしいわね、孫女も。こんな朝から愛液を噴き出しちゃって」

 

「も、もう、なんで、こんなことするんだよ、沙那──?」

 

 孫空女は、いったばかりの余韻にひたりながら、うらめしく言った。

 

「だから、遊びよ───。あ、そ、び」

 

 沙那は孫空女から離れると、首飾りをじゃらじゃらっと鳴らした。

 すると、孫空女の周りに突然低い壁が出現した。

 孫空女はぎょっとした。壁といっても高いものではない。せいぜい、大人の腰くらいの高さしかないだろう。だが、孫空女がぎょっとしたのは、壁のせいではない。

 下から急に沸き起こって来た水のせいだ。

 なぜだかわからないが、じわじわと水が床から沸き起こり、少しずつ容器の中に溜まっていく。

 

「な、なにこれ?」

 

「水はどんどん増えていくわ。わたしは食事をしてくる。その間どうやったら、溺れなくて済むか考えてね。あっ、それから、この部屋はご主人様の結界が生きているから、いくら叫んでも無駄だからね」

 

 沙那は、そう言うと部屋の外に出ていった。

 抗議の暇はなかった。

 孫空女は、水嵩の増えていく容器の中に身動きのできないまま、ひとり残された──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、水は、孫空女の口を完全に沈め、鼻の穴ぎりぎりのところまであがってきている。孫空女は、精一杯に身体を仰け反らせているのだが、どうやってもそれ以上、身体を上にあげることができない。

 

 無駄だとわかっていても、孫空女は水の中で叫んだ。もしかしたら、これをどこかで見ていて、助けてくれるに違いない。沙那がこんなことをするわけがないのだ。

 

 もう、水は鼻のぎりぎりまであがった。

 死ぬ。そう思った。

 その時、部屋の扉が開いた。

 

 助かった──。

 

 そう思った。やっぱり、これはただの、「遊び」だった。沙那がこんなことするわけがない。ちょっとばかり脅かしただけだ。それにしても、これは怖かった。後で文句を言ってやろう──。

 

 だが、いつまで経っても、沙那はなにもしようとしない。

 水が鼻の穴に入ってきた。孫空女は、水の中で悲鳴をあげた。

 

「さっき、言ったことを覚えている、孫女?」

 

 沙那の声がした。

 

「わたしは、どうやったら、生き延びられるか考えろと言ったのよ」

 

 沙那の声は冷たかった。孫空女は水の中で叫んだ。

 しかし、どうしろというのか──。

 

「死にたくなければ、水の飲むのよ──。ほらっ」

 

 沙那は言った。

 孫空女はやっと、この仕掛けの意味がわかった。どれくらい飲まなければいけないかわからないが、とにかく、水を飲んだ。

 

 水を飲む───。

 飲む──。

 飲む──。

 飲む──。

 苦しい──。

 それでも、飲まなければ──。

 

 どれくらい、水を飲んだだろうか。

 お腹が苦しい。

 やっと、鼻の穴が水面から出た。

 しかし、放っておくと水かさは増える。

 飲まなければ死んでしまう──。

 

 どうしたの、沙那──?

 このままじゃ、本当に死んでしまうよ──。

 孫空女は水の中で叫んだ。

 水を飲みすぎて苦しい。吐きそうだ。

 もう飲めない──。でも飲まなければ死ぬ──。

 

 飲むのをやめて、溺れかけたら、沙那は助けてくれるだろうか。

 もう、やめたい。

 お願い──。

 沙那───。

 

「頑張っている、孫女に贈り物よ」

 

 孫空女の淫孔になにかが突き刺さった。それが霊具の張形だとわかったのはすぐだ。ぶるぶると厭らしく振動しはじめたのだ。ただでさえ、限界まで仰け反らせている身体を張形の振動が妨害する。加えられる股間の刺激に力が抜ける。姿勢を崩すために、鼻に水が入りはじめる。

 

 鼻息が荒くなる──。

 

 もうひたすらに水を飲むだけだ──。

 しかし、張形の振動が孫空女の力をだんだんと奪っていく。

 

「孫空女、まだ、聞こえている?」

 

 沙那の声──。

 孫空女は、水の中からの呻き声で返す。

 

「この首飾りねえ、あなたの例の内丹印も操作できるんですって。とりあえず、感度二十倍でどうかしら。あっという間に沈んじゃうかなあ──」

 

 やめて───。

 すぐに全身が熱くなった。

 水だと思っていたものがまるで熱湯にでもなったようだ。

 

 張形の振動で孫空女はたちまちにのぼりつめる。そして、もう、顔を水の上に出すことができなくて、水の中で絶頂に達した。

 

 それでも全身の震えはやまない。

 胯間の霊具は、まだ動き続けている。

 こんなの耐えられるはずがない──。

 二度目の絶頂もやってきた。

 

 もう、やめて──。

 

 孫空女は消えゆく意識の中で絶叫した。

 もう、鼻は完全に水の中だ。

 水の中での三度目の絶頂──。

 ついに、孫空女の意識は完全に失われた。

 

 

 *

 

 

「眼が覚めたかい、沙那、孫空女?」

 

 宝玄仙は、全裸で肌をくっつけ合って横たわっていたふたりに声をかけた。夢の中の話とはいえ、現実との区別がつかないふたりは、わけがわからないのだろう。

 沙那と孫空女は呆然としている。

 

「ご、ご主人様……?」

「こ、これは……?」

 

 沙那と孫空女がそれぞれに口を開く。

 

「いいから立ちな──」

 

 宝玄仙は手の持っていた乗馬鞭を床に打ちつけた。ふたりが身体をびくりと反応させた。そして、慌てて、身体を起こそうとする。

 

「痛あっ──」

「いぎいいっ──」

 

 沙那と孫空女が絶叫した。ふたりの向かい合った乳首と乳首を糸で結びつけていたのだ。無造作に起きようとして、それぞれが乳首を引っ張られたのだ。

 

「ぐずぐずしないんだよ」

 

 宝玄仙は手近だった沙那の白い尻に乗馬鞭を打ちつけた。

 

「ひぎいいっ───」

 

 沙那が仰け反った。

 

「うぎいっ」

 

 それとともに、乳首を思いっきり引っ張られた孫空女も悲鳴をあげる。

 

「ご、ごめん、孫女」

 

「さ、沙那───。と、とにかく、立とう」

 

「うん」

 

 孫空女と沙那が抱き合いながら身体を起こす。ふたりに拘束はしていない。

 だが、たった二本の糸で、沙那と孫空女というふたりの女傑が、ほとんど身動きできなくなっている。面白いものだ。

 宝玄仙は、ふたりに道術を送り込み、血の滲んだふたりの乳首と、鞭による沙那の傷を治療する。血も傷もなくなり、ふたりは元の真っ白な肌と薄桃色の乳首を取り戻す。

 

「も、もしかして……ご主人様、昨夜のこと根に持っている……よねえ……?」

 

 孫空女がおずおずと言った。

 

「ふたりの気持ちはよくわかっているつもりだよ。そして、久しぶりに眠れた。悪夢なしでね。本当にありがとう……。だから、思いっきりお礼をしたいと思っているのさ」

 

 宝玄仙は、また、鞭で空気を鳴らした。裸で向き合って抱き合う沙那と孫空女がびくりと震えた。

 

「せ、折檻は覚悟していました。でも、鞭でぶつなんて、ご、ご主人様らしくないのでは……」

 

 沙那がおずおずと言った。

 

「お黙り──」

 

 宝玄仙は、沙那の白い尻にまた鞭を打ちつけた。

 

「ひぎいいいっ──」

 

 沙那が悲鳴をあげた。それとともに、がくがくと身体を震わせた。

 

「さ、沙那──?」

 

 沙那を抱きしめながら、ただの痛みではない沙那の様子に孫空女が眼を白黒させている。

 沙那の股間から迸った愛液の垂れが足をつたい落ちている。

 

「ご、ご主人様……。こ、これは……?」

 

 沙那が上気した顔をこちらに向けた。

 

「たったいま、ふたりには強い痛みを感じると、それが快感に変化するようにしてやったよ。今日は、鞭で打たれるたびに、絶頂に達することができるはずだ。嬉しいだろう? そのうち、道術なんてかけなくても鞭で尻を打たれれば、快感を絞りとれるようになるかもね」

 

 宝玄仙は孫空女の尻に二度続けて鞭を打ち据えた。

 

「ふぐううっ──」

 

 孫空女が膝を震わせて、身体を崩れ落ちさせた。それを慌てて沙那が掴む。

 

「ほらっ、しっかりおし──。お前が倒れたら、沙那の乳首が千切れ落ちちまうだろうが──」

 

 宝玄仙は、もう一度孫空女の尻を引っ叩いた。孫空女が股間から白間液を噴き出しながら、白目を剥く。

 

「いたっ」

 

 沙那が支える手から孫空女の身体がこぼれ落ちた。孫空女に吊られるように、沙那がその身体に覆いかぶさる。沙那もまた、乳首が引っ張られることで強い淫情を感じてしまい嬌声をあげた。

 

「ほら、立ちな──」

 

 宝玄仙は上になっている沙那の尻に乗馬鞭を四、五回連続で鞭を叩きつけた。激しい快感に次々に襲われた沙那が身体を仰け反らせた。今度は、沙那によって乳首を引っ張られた孫空女が乳首の刺激に快感の声をあげた。

 続けざまに絶頂を味わったふたりは、抱き合ったまま激しく呼吸をしている。そのふたりの傷を宝玄仙の道術が癒す。

 

「ところで、わたしの淫夢はどうだった、沙那、孫空女?」

 

「淫夢?」

 

 顔をあげたのは孫空女だ。沙那もまだ虚ろな視線をこちらに向ける。

 

「淫夢だよ──。淫らな悪夢を見なかったかい、沙那に孫空女?」

 

「あ、あれは、ご主人様の仕業なのかい?」

 

「そうさ、孫空女。目が覚めてはこうやって淫乱な調教を受け、眠ったり、気を失ったりしても、やはり、淫夢に襲われる。夢と現実の両方でこうやって責められると本当に屈服してしまうのさ───。覚悟をしな。動機はどうあれ、二度と宝玄仙の上に立とうなんて思えないようにしてやるよ」

 

 宝玄仙は鞭で空気を鳴らした。

 

「そ、そんな。もう許して……く、ださい……」

 

 沙那が息も絶え絶えに言った。沙那にはさっき達したばかりの余韻がまだ残っているようだ。

 

「今度はもっと激しくやるよ──。次の一発目から激痛でいってしまったら、もうひとりの相手の身体に最大級の電撃が加わるようにする。だから、耐えるんだよ。思わずいってしまったら、とんでもないことになるからね──。さあ、立つんだ」

 

 沙那と孫空女が、恐怖の表情をしながら立ちあがった。

 

「さて、どちらにしようかねえ──。どっちがぶたれても、いくんじゃないよ。いくとどうなるかわかるかい?」

 

 沙那と孫空女の尻を交互に鞭の先で撫ぜる。ふたりが身をすくませる。

 

「じゃあ、それ行け──。絶頂の渦巻き地獄だよ──。気を失ってこい。淫夢が待ってるよ」

 

 宝玄仙は力の限り沙那と孫空女の尻に鞭を一回ずつ叩きつけた。

 

「あああ……うぐううっ──」

「はがああっ──」

 

 どちらが鞭による激痛を快感に変えられたことにより絶頂してしまったのかわからない。あるいはふたり同時にいってしまったのかもしれない。

 とにかく、ひとりが達してしまったことで、もうひとりの人間の身体に怖ろしいほどの電撃が迸った。痛みを歓喜の欲望に感じるように道術を加えられているために電撃の痛みで絶頂に達してしまう。

 

 そして、絶頂に達したことで、もうひとりに電撃が加わって絶頂し……。

 これにより、相手に電撃が加わりまた絶頂し……。

 一度どちらかが絶頂してしまうと、ふたりとも完全に気を失うまで、連続絶頂をするしか快楽から逃げる方法はない──。

 

「ほ、ほ、ほ、絶頂の渦巻き地獄から解放されるには、気を失うしかないよ」

 

 聞こえているのか聞こえていないのか、沙那と孫空女が股間から潮のようなものを噴き出しながら、口から泡を吐き出し始めた……。

 

 

 *

 

 

「起きなさい、沙那」

 

 全身に冷たい水を浴びせられた。沙那は我に返った。

 沙那は自分が卓の上で立たされたまま気を失っていたのだということがわかった。そして、沙那の片脚は大きく引きあげられたままだ。

 

「そ、孫女──。い、いい加減に解いて──」

 

 口の中の異物は取り除かれていた。沙那は卓の前で腕組みをしてにやにやしている孫空女に叫んだ。

 沙那の周りには、まださっきの男たちが取り囲んでいる。沙那は羞恥で気が遠くなりそうだった。

 男たちは、沙那の無毛の股を覗いている。そして、『女淫輪』により勃起した沙那の陰核を指差しながらげらげらとはやし立てている。

 その沙那の肢の下に孫空女は小さな桶を置いた。

 

「ど、どういうことよ、これは?」

 

「別にどうということはないよ、沙那。みんなが、ちょっとした見世物を披露して欲しいと言うからさあ。みんなで話し合った結果、沙那に、立小便でもして貰おうと思ってね」

 

 そう言いながら、孫空女は、いつの間にか元の形に戻った首飾りをいじくりながら言った。また、その霊具を使って沙那に道術を加える気だというのがわかった。

 

「あ、あんた、なに考えているのよ──。ば、馬鹿なことを言わないで、縄を解いてよ──。そ、それよりも脚をおろさせて」

 

「駄目だね」

 

 孫空女が首飾りを鳴らした。すると、沙那の頭が透明の仮面のようなものに包まれた。

 

「な、なに?」

 

 沙那は声をあげた。自分の声が透明の仮面に反射して、こだまとなって耳に届く。その仮面の中に水が出現して、その水面が沙那の顔をせりあがってくる。水面が沙那の口にまで上昇し、沙那は慌てて口を閉じた。

 

「その水には沙那がもの凄く、おしっこがしたくなる『仙薬』が入っているよ。飲まない方がいいかもね。みんなの前で立小便するのがそんなに嫌ならね……」

 

 そう言って、孫空女がにやにやと笑っている。その間にも水嵩はどんどんあがってくる。もう、水は鼻の孔のぎりぎりまでせりあがった。

 沙那は上を向いて、水が鼻にかかるのを防いだ。だが、耳の下から上に向かって、どんどん水面があがってくるのがわかる。

 この透明の仮面も道術の力らしく、どうやっても沙那の前から水が逃げていかない。そして、顔の前が水嵩がどんどん増える。

 

 孫空女の狙いはわかっている。このままであれば、いずれは沙那の顔の全部が水でいっぱいになる。水面に口と鼻が隠されないようにするには、眼の前の水を飲むしかない。

 そうやって尿剤の入った水を飲ませる気なのだ。

 こんなに大勢の見知らぬ男たちの前で立小便をさせられる──。

 そう考えただけで、沙那は羞恥に気が狂いそうだ。

 

 ついに、上を向いていた沙那の鼻の穴に水面が到達した。

 仕方なく、沙那は、ひと口ふた口と水を飲む。甘い味のする水が沙那の胃の中に入っていく。

 さすがは『仙薬』の効果だ。

 それが胃に到達した途端に猛烈な尿意が沙那を襲った。

 たったの数口飲んだだけの水でたちまちの効果が現れたその水を、沙那は、続けて飲まなければならない。そうしなければ顔が水に浸かり切り、沙那は窒息してしまう。

 

 死んだって、立小便なんかするものか──。

 沙那は歯を食いしばる。

 しかし、水を飲まなければ死ぬ。

 仕方なく、また、飲む。

 さらに尿意が増す。

 

 もう駄目……。

 激痛が膀胱に走る。

 そして、ついに限界がきた。

 

「おう──、始まったぞ」

 

 男たちの歓声が起こった。

 沙那は片足立ちになった脚に伝わる自分の尿を感じながら、絶望的な気持ちになった。

 だが、さらに追い打ちをかけるような、孫空女のひと言が沙那を襲った。

 

「じゃあ、次は、水に含まれる『仙薬』を下剤に替えてあげるよ、沙那」

 

 思わず上に向けていた顔を孫空女に向けた。孫空女の顔が嗜虐の笑みをたたえていた。

 

 

 *

 

 

「起きなさい、孫女」

 

 沙那の声をともに、全身に冷たい水を浴びせられた。孫空女は我に返った。

 気がつくと大きな水槽のような大きな容器の中に立たされていた。両手首と両足首に鉄枷を嵌められ、さらにその鉄枷が鎖で繋がれていた。

 もちろん、全裸のままだ。

 水槽の中は孫空女の身体が浸かるくらい水がいっぱいで、孫空女の首だけを水面にあげている状態だ。

 孫空女の首には、身体が沈まないように、天井から吊るされている首輪が嵌まっている。

 

 魚──?

 ふと気がつくと、水中には、びっしりと蛇のような細長い魚が動き回っている。孫空女は、びっくりして身体を震わせる。

 

「な、なにこれ───? ちょ、ちょっと、出してよ、沙那」

 

 容器の壁は透明になっていて、壁越しに沙那の姿が見える。どうやら、道術で作られた容器のようだ。沙那は、嗜虐の笑みを湛えながら、首飾りをいじくっている。

 沙那が首飾りを激しく動かした。それとともに、水中の魚が活発な活動を始め出す。

 魚たちが孫空女の膝の裏をするりと撫ぜた。その途端、孫空女の肌に痺れるような刺激が走った。

 

 熱い──。

 

 魚に触れられた場所が急激に熱を帯びたようになる。その得体の知れない感覚に孫空女は戸惑った。

 

「あふっ──」

 

 魚が孫空女の閉じられた肢の間を抉じ開けるようにすり抜ける。すると、その肌がなにかにかぶれたようにじんじんと疼き出す。

 

「ね、ねえ──。この魚なんなの、沙那──?」

 

 孫空女は叫んだ。その間にも、魚は孫空女の裸体にまとわりつくように、触れてくる。その度に、得体の知れない感覚に孫空女が身体をくねらす。

 

「気がついた、孫女? その魚の肌にはね、もの凄く強力な媚薬効果があるの。あまり触られ過ぎると、身体が敏感になりすぎて、大変なことになるわよ。逃げた方がいいわよ」

 

「そ、そんな、逃げるっていっても……」

 

 両手と両足を鉄枷で拘束された孫空女は、自由奔放に孫空女の身体を這い回る魚から逃げるなど不可能だ。

 魚たちは孫空女の身体に媚薬を塗りつけていく。

 

「それから、孫女、言っておくけど、あまり、感じない方がいいわよ。魚の肌からの媚薬に感じてしまって、淫液でも染みさせようものなら、それを狙って、魚が群がるわよ」

 

 沙那が愉しそうに言う。

 しかし、その言葉が言い終わるか否かで、三、四匹の魚が孫空女の膣孔に向かって頭を潜りこませようとする。

 

「や、やああ──」

 

 孫空女は、不自由な手を使って、それを引き離す。

 だが、魚は、五匹──、十匹──、二十匹と数を増す。

 そして、その魚の肌が触れた場所が猛烈な快感となって、孫空女を襲う。

 

「た、助けて──」

 

 あまりの甘美な衝撃に水中で身体を砕けそうになり、孫空女は叫んだ。孫空女の抵抗が弱まったのを狙いすますかのように、孫空女の女陰に二匹の魚がついに入り込んだ。

 

「ひぎいいいっ──」

 

 わけのわからない官能の衝撃に孫空女はたちまちに絶頂に跳ねあげられた。

 凄まじい快感の暴発に孫空女は一瞬頭が白くなる。

 だが、快感に身を委ねることは許されなかった。孫空女がいっている最中にも、別の魚が孫空女の後ろの孔に入り込む。

 孫空女は絶頂に達しながら新たな絶頂を受けなければならなかった。ほかの魚も孫空女の乳首や脇や臍や横腹……。

 とにかく、ありとあらゆる場所に魚が群がってくる。

 

「ま、また、いぐうう──」

 

 絶叫しながら、孫空女はただただ全身を魚に襲われながら、焼き焦げるような身体を硬直させた。

 

 

 *

 

 

 沙那は、気がついた。

 なにがどうなってしまったのか──。

 そして、思い出した。

 

 孫空女に「調教」される淫夢を見たのだ。そして、眼が覚めると、その孫空女の乳首と沙那の乳首を結ばれていて、鞭で叩かれた。

 沙那も孫空女も、鞭の痛みを途方もない快楽として感じるように霊力をかけられていて、激しい痛みを与えられるたびに、痛みとともに、血液が沸騰するような絶頂に達し、それを繰り返された。

 そして、最後には相手が達したら、自動的に電撃の痛みが襲うように術をかけられて、痛みと絶頂を交互に孫空女と繰り返して、完全に意識を失った。

 

 ふと、身体をうごめく“なにか”に気がつき、沙那は絶叫した。

 身体中を『魔蛭』がたかっている。その数は何千、何万という数だ。その『魔蛭』の海に全身をつけている。

 その『魔蛭』が沙那の全身を吸っている。

 

 痒みだが激痛なのかわからないものが沙那を襲っている。『魔蛭』は、沙那の孔という孔から入り込み、毒液を撒き散らしながら沙那の体内に侵入してくる。

 

 孫空女──。

 

 沙那の隣で、完全に白目を剥いてもがいている孫空女を認めて、叫ぼうとした。しかし、その口の中に『魔蛭』が入ってくる。

 身体を起こそうと全身をばたつかせる──。

 しかし、その身体もどんどん、『魔蛭』の海に引きずり込まれる。

 全身がただれる──。

 溶ける──。

 全身がただ一個の淫核と成り果てたようだ。

 

 ご主人様──。

 

 完全に『魔蛭』に呑み込まれる寸前──。

 沙那は、面白そうにげらげら笑い続ける宝玄仙の声を聞いた気がした。

 

 

 *

 

 

「やっと、目が覚めたのね、孫女」

 

 沙那が言った。

 孫空女は、全裸で天井から吊るされていた。足元には、ぶよぶよとうごめく巨大な触手の塊りがあった。

 その塊りの中に、全裸で拘束された孫空女がゆっくりと降ろされている。

 

「もう、いやだ──。助けて──助けて──助けてえっ──」

 

 孫空女は足元に迫る触手に絶叫した。

 触手の先っぽが、孫空女の股間を狙い打ちするように襲ってくる。

 その孫空女の姿を見て、沙那がげらげらと笑っている。

 いや、沙那じゃない。沙那の姿をしているが、あれは紛れもない宝玄仙だ。

 沙那の姿をした宝玄仙が馬鹿みたいに笑っている。

 孫空女は触手の巨大な口に呑み込まれた。

 

 夢なら覚めて欲しい──。

 いや、覚めても淫獄が待っている。

 

 助けて──。助けて──。助けて───。

 

 孫空女は触手の吐き出す媚薬の粘液で、まさに身体を溶かされながら、心の中で叫んだ。

 夢に違いないのはわかっている──。

 だが、この拷問そのものの淫夢はいつまで続けられるのか……。

 それとも、いまは現実で気を失ったときが淫夢の中なのか……。

 消えていく意識の中で孫空女が思ったのはそれだった。

 

 

 

 

(第7話『女主人の悪夢』終わり)






 *


【西遊記:22回、沙悟浄】

 玄奘一行は、流砂河という大河に差し掛かります。
 その流砂河には、沙悟浄という妖怪が棲んでいて、岸辺で河を渡ろうとしていた玄奘に襲いかかります。
 しかし、陸の戦いで孫悟空に敗れた沙悟浄は、今度は孫悟空を水中の戦いに誘います。
 孫悟空は、水中の戦いが得手ではなく、沙悟浄との戦いに苦戦します。
 だが、そこに観音菩薩が現われて、この沙悟浄もまた、玄奘の供になることが決まっていたと教えられます。
 沙悟浄も、自分が襲ったのが観音に供になるように命令されていた玄奘であることを知り、供になることを誓うとともに、反省のために剃髪をします。

 *

 なお、沙悟浄の姿が河童であるというのは、児童書として日本語訳をした際の創作であり、原作には、「怖ろしい形相の剃髪の醜い妖怪」とあるだけで、具体的な姿はあまり描かれてしません。
 また、三人の供のうち、もっとも強いのが孫悟空で、次が猪八戒です。沙悟浄は三番目であり、あまり武芸が達者な設定ではありません。 


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 第8話    商家の豚妖怪【猪公(ちょこう)】~烏斯(うし)
40  路上お漏らし命令


 帝都の西の国境の城郭である高老(こうろう)の城郭にある地方神殿で数日を過ごし、いよいよ、帝国の国境を越えて烏斯(うし)国に入った。

 帝国領地を出たとはいえ、まだまだ、帝国の属国と呼べる国が続く。そういう意味では、まだまだ、帝国領にいるようなものだ。

 

 孫空女(そんくうじょ)も少女時代を旅ですごしたので、帝国領だけではなくこの烏斯国にも入ったことがある。烏斯国よりももう少し西側の諸王国の旅の経験もある。

 旅については、宝玄仙(ほうげんせん)も若い修業時代に西方諸国を流浪した経験があるようだ。

 宝玄仙自身がそう言っていた。

 

 もっとも、宝玄仙の外見で「若い頃」などと言われるとおかしみしか感じない。実際の年齢がいくつなのかわからないが、見た目だけなら宝玄仙も二十歳前後の孫空女や沙那(さな)と大差ないとしか思えないからだ。

 

 それに比べれば、沙那はこれが生まれて初めての国境越えらしい。国境どころか、故郷の愛陽(あいよう)の城郭周辺しか行ったことがなかったらしく、関所を越えるときの沙那の緊張の様子がとてもおかしかった。

 帝国領と烏斯王国を結ぶ関所は、宝玄仙の名を出すとあっさりと通過することができた。

 

 沙那によれば、以前、帝国領内の自治領などに入るときの関所の方が、むしろ厳しかったらしい。宝玄仙はともかく、供の沙那など裸にさせられて身体検査まで受けていたと言っていた。

 しかし、孫空女は、おそらくそれは、宝玄仙の「遊び」だと思っている。そういうことをする女なのだ。

 

「まだ、怒っているのかい、沙那?」

 

 宝玄仙が後ろから荷を担いでついてくる沙那に言った。

 

「怒っていません」

 

 沙那は言った。その声は明らかに不機嫌だ。孫空女は忍び笑いをした。

 発端は、帝国領で最後の教団の施設である高老の神殿に行ったときのことだ。ただの一度も天教教団の修行などしたことのない沙那と孫空女であるが、宝玄仙の供ということで、教団の一員としての地位と戒名を貰っている。

 孫空女が「孫玉蔡(そんぎょくさい)」で、沙那が「沙宝蔡(さほうさい)」だ。

 

 教団ではそこそこの幹部神官の地位らしく、また、ふたりには帝都にある教団兵の将校の地位もあるようだ。

 もっとも、それは、宝玄仙が帝都で犯した「八仙殺し」の大罪により、教団の糾弾を受ける立場に変わるまでの話で、いつまで続くことかはわからないとのことだ。

 

 そういう事情もあるので、この西域に向かう旅をしている宝玄仙が教団の施設に立ち寄ることは多いことではない。

 むしろ避けてきたようだ。

 だが、八仙という教団最高幹部の宝玄仙は、その気になれば各地方にある地方寺院でそれなりの優遇を受けることができる。路銀の融通もその優遇のひとつだ。

 

 しかし、今後、教団の宝玄仙に対する態度が変化すれば、状況も変わるだろう。

 また、帝国国境から先には天教教団の施設はそれほど多くない。天教教団に頼れないということは、旅に必要な路銀を得る手段が制限されるということだ。だから、高老の城郭で神殿に立ち寄ることにしたのだ。

 

 その高老の寺院で、孫空女と沙那はそれまでの旅において、修行巫女の正式の装束だと教えられていた巫女装束を着ていった。

 以前から、随分と下袍(かほう)(※スカート)の丈が短いものだとは思っていたが、それは教団兵の女性巫女の装束だと教えられていたので、そう信じていたのだ。

 教団の装束を身に着けるときは、下着をつけないということでさえ……。

 それが、その高老の地方寺院で過ごす二日目で訊ねられたのだ。

 

 “なぜ、そんな破廉恥な恰好をしているのか?”――。

 

 どうやら、孫空女と沙那が着ていたのは、教団兵の修行巫女の服装は服装でも、本来はあの短い丈の下袍の下に下袴(かこ)(※ズボン)をはくのが普通だったのだ。

 いや、それどころか、あの下袍と思っていた部分は、ただの上衣の裾であり、下袍ですらなかったのだ。

 騙されていたことに沙那はまだ怒っている。

 

「いつまで機嫌が悪いんだい、沙那? あんなことよりももっと恥ずかしいことたくさんやっただろう」

 

「沙那として恥ずかしいのはもういいんです。でも、沙宝蔡として恥ずかしいことは我慢できないんです」

 

「街道を素裸で歩かされたことよりも、お蘭の里のことよりも、あの短い丈の下袍が恥ずかしかったのかい?」

 

「もちろんです──。まさか教団の装束で辱められるとは夢にも思いませんでした」

 

「よくわからないねえ……」

 

 宝玄仙は苦笑している。

 沙那は腹を立て続けているようだが、

 今回ばかりは、孫空女は宝玄仙の意見に賛成だ。

 ただ、下袍の丈が異常に短かかっただけで、やはり、素裸で歩かされたときの方が恥ずかしかったし、お蘭の里で受けた仕打ちの方が恥ずかしいと思う。

 だが、帝国領内の経験しかない沙那には、天教というのはそれだけ特別な存在のようだ。

 まあ、沙那の感覚は孫空女にも理解できない部分がある。

 

「それよりも、ここから先は路銀のことも考えないとね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「路銀は十分だと思いますけど……」

 

 沙那が言った。いま、この旅で路銀の管理をしているのは沙那だ。

 

「それは、帝国貨幣が通用する場合の話だろう、沙那?」

 

「えっ、帝国貨幣が通用しないところもあるのですか、ご主人様?」

 

「帝国領から離れるに従って帝国貨幣は通用しなくなるよ。少なくとも額面ではね。しばらく続く諸王国は帝国の属領みたいなものだから、使えないわけじゃないけど使うためには、それぞれの王国の貨幣に交換する必要があるところも多いね……」

 

「えっ、金子をいちいち交換するんですか?」

 

 沙那はびっくりしている。

 どうやら、知らなかったようだ。

 

「そのたびに手数料がとられるから使用できる額はずっと減る。それでも、帝国貨幣は属国のどの国でもその国の貨幣と交換できるから便利さ。それに比べればこの烏斯王国の貨幣は次の鉢露(はちろ)国では交換すらできないよ」

 

「知りませんでした」

 

 沙那は驚いている。

 

「そんなことも知らなかったとは不勉強だよ、沙那」

 

 しかし、宝玄仙との旅を始める前の沙那は、帝国領の外の世界のことは知らなかったのだ。無理はない。沙那はとても頭がいいが、旅のことやほかの世界のことは、孫空女の方が知っているくらいだ。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様……」

 

「その様子じゃあ、西方諸国を抜ければ、帝国紙幣が交換できないどころか、無価値になるということも知らないようだね」

 

「そうなんですか?」

 

「路銀の中には帝国紙幣のほかに金貨や銀貨もあるだろう?」

 

「はい」

 

「そういうものは貨幣としての価値ではなく、金や銀としての価値があるから、本当はどの国でも通用するはずなのさ。もちろん、純粋な金や銀としての価値だから、帝国領内で通用するほどの価値はないけどね。それでも、そういうものは物々交換の手段として非常に有効だ。ただ、紙幣などただの紙屑だよ。鼻紙にもなりはしないさ」

 

「な、なんでそんなことになるんですか?」

 

 沙那は、まだ驚いている。

 ずっと帝国領内で育った沙那には、国境を越えることで貨幣に価値がなくなったりするということが実感としてわからないのだろう。

 

「金や銀にはそれそのものに価値があるけど、紙幣なんかただの紙だからね。紙には価値はないよ。そういうことだよ、沙那――。だけど、金貨や銀貨だって絶対に大丈夫とはいえないよ。国によっては、帝国の刻印があるだけで使えないところもあるよ。確か、北方帝国がそうだったと思うよ。北方帝国は帝国とは国境を断絶しているから、帝国貨幣の使用を禁止しているんだ……。まあ、禁止されていても闇両替商とかもあるから、実際には交換できるけどね」

 

 孫空女は言った。

 

「金や銀じゃないと駄目なの……?」

 

 沙那が呆然としている。

 こんなに驚いている沙那は珍しいと思った。頭がいい沙那に孫空女がなにかを教える機会があるなんて珍しいことなのだ。孫空女はなんだか嬉しくなった。

 

「そう言えば、“帝国”という名称もそうだよ。いままでは、“帝国”といえば、あたしたちの故郷の国のことでしかなかったけど、これからは、“東方帝国”と呼ばないと、みんなどっちのことかわからないと思うよ。ずっと、北には北方帝国という国もあるしね。それに、噂でしか聞いたことがないけど、遥か西には、西方帝国と呼ばれる国もあるらしいよ。そこに行けば、“帝国”と言えば、自分たちの国のことを指すことになるんだけどね」

 

 孫空女は言った。

 

「よく知っているねえ、孫空女――。まるっきり馬鹿というわけじゃないんだねえ……」

 

 宝玄仙が感心したように言った。

 

「これでも、ずっと五行山(ごぎょうさん)で盗賊をやっていたわけじゃないんだよ。むしろ、あちこち旅をしてたんだ。そういうことだから、沙那、多分、これからの旅で、本当に役に立つのは、帝国貨幣でも帝国金貨や帝国銀貨などではなく、金粒や銀粒だと思うよ。粒だったら刻印もなにもないから、どこでもそのまま通用すると思うよ」

 

「旅慣れているんだったら、旅で路銀を稼ぐ方法も知っているんじゃないかい、孫空女?」

 

「まあ、思いつくことはあるけどね、ご主人様……」

 

 孫空女は考えていたことを喋ろうとした。だが、それは沙那の大きな声で遮られた。

 

「ご主人様──。申し訳ありません──」

 

 沙那が蒼い顔をしている。

 

「どうしたのさ、沙那?」

 

 宝玄仙は呆気にとられている。

 孫空女もだ。

 この旅は始まって以来、あれほどの沙那の悲痛な表情は初めてだ。この変態巫女に恥ずかしい調教で苛められたときでも、あんなに切羽詰ったような顔を沙那はしなかった。

 

「わ、わたし、高老の城郭で、ほとんどの金貨や粒を帝国紙幣に交換してしまいました」

 

「な、なんだって──?」

 

 これには、宝玄仙もびっくりしている。

 

「どうして、そんなことをしたんだい──? そもそも、高老の寺院でも路銀は金粒と銀粒でと、わたしは頼んでおいたのだよ」

 

「そ、そのう……。朝、それを渡されそうになったとき、わ、わたし、断ってしまいました。それどころか……、わたし、この旅のあいだ、機会さえあれば、ずっと金貨や銀貨も帝国紙幣に替えていたんです。いまは、紙幣ばかりで、金貨とか、銀貨とか、その……孫空女の言っていた粒も、あんまり残っていません」

 

「あらあら……」

 

 宝玄仙も呆れ顔だ。

 

「申し訳ありません」

 

 沙那は頭を下げた。その顔は真っ蒼だ。多分、自分の失敗をひどく後悔しているのだろう。

 

「理由を訊きたいね、沙那……」

 

 宝玄仙が静かな口調で言った。

 ここは、関所と接する烏斯国側の入口の辻に入ったところだ。

 ここから先は関所を出入りする旅人が目当ての旅館や食堂が並んでいる。往来も多い。道の途中で立ちどまっている女三人の旅姿に視線を送りながら通り過ぎていく旅人も少なくない。

 

「だって……重いから……」

 

 沙那は小さな声で言った。

 

「そんな理由?」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は三人分の旅の荷物をいつも全部背負っている。

 宝玄仙を襲う者があれば、すぐに孫空女が対応しなければならないからだ。荷を背負っていては、咄嗟の行動ができない場合がある。

 だが、沙那と孫空女の荷物はほとんどないものの、やはり、三人分ともなれば、それなりの重量になる。着替えや野宿をするときの毛布や調理器具一式。宝玄仙の魔具も多く、荷物は全部で竹編の葛籠[つづら]六個だ。

 それを大きな背負子に載せて運んでいる。鍛えているとはいえ、沙那も女だ。少しでも重量を減らそうと、重たい金や銀そのものを避けようとするのは、わからないでもない。

 

 考えてみれば、荷の中で金貨や銀貨が一番重いのは確かだ。

 だが、帝国の外に出ようとするのに、逆に、わざわざ金銀を帝国紙幣に替えてしまうとは非常識だ。

 孫空女も呆れる思いだ。

 

「やってしまったことはどうしようもないねえ……。さて、でもどうするかねえ?」

 

 宝玄仙も困った顔をしている。

 

「あのう……、わたしが引き返して、帝国領に戻って高老の寺院で事情を説明して……」

 

「沙那、国の国境を越えるというのは実は大変なことなんだよ。教団の準備した手形も、一度入りもう一度戻るというものしか準備しないのさ。もう一度国境内に戻ってしまえば、新しい手形を帝都から取り寄せなければならなくなる……。わたしは、もう帝都と接触したくないのさ。それに、帝国領内で、もうあまり時間をかけたくもないしね……」

 

 宝玄仙が嘆息しながら言った。

 この西方巡礼は、帝都にある教団本部の指示によるものであると同時に、宝玄仙にとっては、少しでも教団の手の届かない場所に向かうという逃避行でもある。

 いまのところ追手がかかる気配もないし、高老における宝玄仙への対応もきちんとしたものだった。

 だが、宝玄仙は、いずれ発覚するかもしれない自分の犯した“八仙殺し”という大罪が、自分と結びつけられる前に、少しでも帝国領から離れておきたいという気持ちがあるに違いない。

 

「ああ……わたし、どうしたらいいでしょうか……」

 

 沙那はうな垂れている。

 

「まあ、お前だけの責任でないというのは認めるよ、沙那」

 

 宝玄仙は言った。

 

「すみません、ご主人様」

 

 沙那はまた頭を下げた。

 

「まあ、なんとかなるんじゃない、ご主人様、沙那───。ここは、まだ、帝国領に接する宿町だよ。ここだったら、逆に帝国紙幣を必要とする旅人も多いさ。どこか分限者に帝国紙幣を買い取ってもらい、金粒や銀粒に交換してもらうという手もあるよ。少しは値減りすることは仕方ないと思うけど……」

 

「わたし、なんでもするよ、孫女」

 

 沙那は言った。

 

「いずれにしても、罰を与えないとねえ……」

 

「は、はい……。罰を与えてください、ご主人様……」

 

 沙那の怯える声がした。

 これは仕方がないだろう……。

 ただでさえ、この巫女は機会さえあれば、沙那や孫空女に恥ずかしい罰を与えようとその理由を探している。今回は正真正銘の沙那の大失敗だ。見逃すはずがない。

 沙那はもう諦めているだろうが、そう言いながらも辺りを見回している。この辺りは帝国領の国境の関所と接している宿町だ。人通りも多い。

 宝玄仙の罰といえば、淫靡なことと決まっている。

 沙那には悪いが、こんな人通りの多い場所で辱められるのは孫空女も嫌だ。

 下手に庇って巻き込まれるのも気が進まないので、孫空女は関わらないことを決めた。

 

「あっ」

 

 沙那が後ろで小さな悲鳴をあげた。そして、真っ赤な顔をして下を向いた。

 沙那の股間と乳首に装着されている『女淫輪』が動き出したのだろうというのはすぐにわかった。沙那はこの変態巫女によって、両乳首と肉芽の根元を『女淫輪』という細い糸のような金属で締めつけられている。それは、宝玄仙の気まぐれいつでも振動させることができる。

 沙那は内股を摺り寄せてもじもじし始めた。まあ、これくらいで済めば、宝玄仙の与える罰としては優しい方だろう。

 

「おう、そこの綺麗な姉さん方、もしかしたら、あんたらは──」

 

 見知らぬ男が、いつの間にかそばにいて声をかけてきた。横には、下男のような背の低い少年も一緒にいる。

 

「ひいっ」

 

 びっくりしたらしい沙那が悲鳴をあげた。

 

「わあっ。驚いた。なんだ、急に大きな声を出して──」

 

 男が沙那を振り向く。それと同時に沙那が口に手を咥えてしゃがみ込んだ。身体がぶるぶると震えた。

 

 欲情しているところを間近で見られたという衝撃で、軽く達してしまったんだなと孫空女は思った。

 

「おお、大丈夫か、あんた? おい、能生(のうう)、看てやれ」

 

「はい、高才(こうさい)さん。お姉さん、顔が赤いね」

 

 少年が沙那に駆け寄った。

 

「さ、触っちゃ駄目──」

 

 まだ痙攣をしている沙那が悲鳴をあげた。

 ふと見ると、宝玄仙が満足そうに笑みを浮かべている。

 そして、沙那に近づいて、なにごとかをささやいた。

 あまりにも小さな声なので、さすがに聞き取れなかった。

 真っ赤な顔をして上気している沙那の顔が、一瞬でこわばる。

 

「……罰を与えて欲しいと言ったろう。やらなかったら宿町のど真ん中で、自慰をするほどの欲情をさせるよ……」

 

 今度は聞こえた。しかし、やはりほんの微かな声だから、すぐそばにいるその見知らぬ男と少年にも聞き取れなかっただろう。人並はずれた聴力を持つ孫空女の耳だから聞き取れただけだ。

 

「でも……」

 

「宿町の真ん中の方がいいかい?」

 

 宝玄仙が低い声で言った。

 沙那は立ちあがった。まだ、沙那の腰はいやらしく動いている。

 

「ところで、あんたは?」

 

 宝玄仙が男に声をかけた。

 

「ああ、これは失礼しました。巫女姿のあなたを見かけたものですから、もしかしたら、高名な神官様ではないかと思い声をかけました」

 

「この人は天教教団の貴族神官様だよ」

 

 孫空女は言った。

 

「おお、やっぱり──。それなら、法力もお遣いになられるので?」

 

「法力とは魔力のこと? それだったら……」

 

 不意に孫空女の身体のあちこちが疼き出した。

 しかも、左右の乳首、肉芽、膣の中、お尻と、疼く場所が一瞬ごと不規則に変わっていく。しかも、強弱もまちまちだ。

 どうやら「黙れ」ということらしい。

 それにしても、この仕打ちは酷い。

 同じ場所を疼かされるのなら我慢もできないこともないが、次にどこが襲われるかわからないのでは対応のしようがない。それも、滅茶苦茶に刺激を強くされたり、弱くされたりされる。

 

「ひいっ」

 

 ついに、嬌声をあげてしまった。孫空女は、あわてて沙那と同じように口に手を咥えさせた。

 

「こっちもどうしたんだ?」

 

 男は驚いている。平静を装おうと思うのだが、しかし、孫空女にも余裕はない。ただ、強く手を噛むだけだ。横の少年は呆気にとられている。

 

「わたしは、いかにも天教教団の巫女だけど、あなたは?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ああ、俺は……」

 

 女ふたりの嬌態に呆然としていた男が視線を宝玄仙に戻した。

 

「実は、俺は高才という者で、この宿町の分限者の手代なんですが……」

 

「おや、沙那、どうしたのさ?」

 

 宝玄仙が急にわざとらしく大きな声をあげた。

 次々に襲ってくる不規則な情感の嵐に耐えながら、孫空女も沙那に視線を向けた。

 沙那は立ったまま両手で顔を覆っている。その足先に下袴から伝わり落ちる液体の染みがどんどん大きくなり水たまりを拡げている。

 

 おしっこ──?

 

 さっき、沙那が宝玄仙に囁かれた命令は、“この男たちのいる前で、立ったまま小便を洩らせ”ということだったのだ。

 沙那は顔を覆ったまま、泣いているかのように身体を小刻みに震わせていた。

 ぽたぽたと沙那の尿が、下袴の裾から地面の小さな水たまりにひた落ちている。

 

「と、とにかく、能生、お前は、この女の人が持っていた荷を担いでやれ。なんか、具合が悪そうだ──」

 

「はい」

 

 少年は沙那が横に置いていた荷を取り上げて担いだ。

 

「お、重いいい──」

 

 だが、すぐに悲鳴をあげて尻餅をついた。



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41  妖魔退治の依頼

「妖魔退治?」

 

 宝玄仙(ほうげんせん)は、客室に茶菓子を持ってやってきた能生(のうう)に向かって声をあげた。

 ここは高太公(こうたいこう)という名の分限者の屋敷だ。

 

 宝玄仙たちをここに案内をしてきた高才(こうさい)という男は、本人が言った通りに、この高太公に使われる手代であり、事情があって、力のある道術師を探していたというのだ。それで、帝国領からやってくる旅人で、教団の法師に見える者に片っ端から声をかけていたということらしい。

 天教教団の法師なら道術を遣える者が多い。高才のいうことによれば、ああやって声をかけはじめてから十日ほどになるとのことだった。

 そして、宝玄仙が、どうやら帝都から出発して巡礼の旅をしている本物の道師と知ると、高才は絶対に離すものかというように、宝玄仙以下の三人をこの屋敷に連れてきた。

 

 結局、沙那の持っていた荷物は高才が担いで、能生は高才が元々持っていた荷を担いだ。

 また、高才は、お連れさんは大変に具合が悪そうだからとしきりに言っていたが、それは親切心だけではなく、荷を人質にし、沙那の看病にかこつけて、なんとしてもこの屋敷まで宝玄仙を連れてこようという高才の魂胆だったに違いない。

 屋敷の敷地に入ると、宝玄仙は供の沙那と孫空女とともに、屋敷の客室に案内された。もちろん、沙那は具合が悪いのではなく、宝玄仙の道術による淫靡な悪戯に必死に耐えていただけなので、どうということはない。わざと、やらせた道端でのお漏らしも相当に堪えたようだが、いまは身体を洗うために湯船とやらに案内をされて、さっそくいなくなった。

 湯船に向かうときには、すでにけろりとしていたから、まあ、まったく問題ないだろう。

 

 また、高才によれば、高太公はこの宿町の分限者だと言うことだったが、確かに街道沿いに店を構えている大きな商家だった。

 扱っているのは衣類で、多くの番頭や小僧が忙しく客を相手に働いていた。宝玄仙たちはその店の反対側にある屋敷の入口から通されたのだ。

 そもそも、王候貴族でもないのに、湯船がある屋敷とはすごい。それだけ、高太公に力があるということに、ほかならない。

 

 高太公からは一度挨拶を受けた。

 宝玄仙に深刻な相談があるということだったが、少し落ち着いてから食事の席にでもということになった。

 高太公はでっぷりと太った老人であり、いかにも人を使うことに慣れたやり手の商人という感じだった。

 

「そうだよ。妖魔退治だよ──。うちのご主人は、それを法師様にお願いすると思うよ」

 

 能生が言った。

 

「この宿町に妖魔が出るのかい?」

 

 孫空女が部屋の隅に荷を片づけながら訊ねた。

 

「いや、宿町に姿を見せるというわけじゃないよ、孫さん。この屋敷だけにときどき出没するんだ。ご主人が調べさせたけどよくわからないらしい。本当は近くの裏山の奥に棲んでいると言われているけど」

 

「この屋敷に出現する? どういうことだい?」

 

 宝玄仙は驚いて言った。

 

「それがよくわからないんだ、法師様。不意に出現して、不意に消える。まるで幽霊みたいに」

 

「じゃあ、幽霊なんだろう」

 

 宝玄仙は言った。

 

「幽霊じゃないよ。妖魔だ。身の丈は人の二倍。猪の顔をした恐ろしい妖魔だ」

 

「なにか、悪さをしているのかい?」

 

「勝手にこの屋敷に現れるんだ。それが悪ささ」

 

「それで、屋敷で乱暴でも?」

 

「さあ、特に家人を襲ったという話は聞かない。ご主人に話をしに来るみたいだけど、ご主人は迷惑がっている」

 

「この家の者は、その妖魔を見ているのかい?」

 

「そりゃあね。みんな怖がっている。なにせ、急に出現しては、屋敷をうろうろしてから消えてしまうんだ。いまのところ、暴れるわけじゃないけど、なんだって妖魔だからね」

 

「妖魔が屋敷に出現するようになったのは、ずっと、昔からかい?」

 

「さあ、最近のようだよ。もっとも、僕もこの宿町にやってきて、まだ二箇月くらいなんで……」

 

「二箇月?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「この宿町で行き倒れかけていたところをこの店に引き取られたんだ」

 

「この宿町の出身じゃないんだね、お前は?」

 

「故郷を出てからずっと、ひとりで旅をしていたんだ」

 

「ずっと旅をしていたって……。両親は? 故郷とはどこ?」

 

「ごめん。それは言いたくない」

 

 能生は暗い顔をした。

 

「じゃあ詳しいことは聞かないよ。事情もあるんだろうしね……。それで、二箇月前からこの店で働いているのかい?」

 

「計算ができるので、店の手伝いもさせてもらうようになったけど、本来は、こちらの屋敷の雑用が仕事なんだ。ここに滞在しているあいだは、僕になんでも申しつけてね」

 

「まあ、行き倒れていたところを、こんな大きな商家で働けるなんて運がよかったというところかね」

 

「そうなかあ……」

 

 能生は面白くなさそうな顔をした。

 

「おや、どうしてだい、能生? なにか気に入らなさそうじゃないかい? 命を助けられたんだろう?」

 

「まあ、感謝はしているよ───。でも……あいつ……」

 

「あいつ?」

 

 宝玄仙は、自分の雇い主を「あいつ」と呼んだこの身体の細い少年に興味を抱いた。よく見れば、幼い面影を残しているが随分と整った顔立ちをしている。

 

「な、なんでもない──」

 

 能生は慌てて首を横に振った。

 

「お前、歳は幾つ?」

 

「十六だよ、法師様」

 

「十六──? もっと歳下かと思った」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 

「よく、言われるよ、孫さん。童顔だから」

 

 能生は顔を隠すように下を向いた。

 

「ふうん」

 

 宝玄仙はじっと能生を見た。なるほどそういうことらしい──。

 

「まあ、いいよ……。ところで、妖魔のことをもう少し教えてくれるかい、能生?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それは、ご主人様が説明すると思う。僕が先にいろいろと言ったら怒られるし……」

 

「でも、なにかを伝えたくて、妖魔退治を高太公が依頼することをわたしに教えたんだろう、能生?」

 

 宝玄仙は、能生の顔を覗き込む仕草をした。

 

「うん……」

 

「言いたかったことを口にしてごらん、能生」

 

 宝玄仙は、じっと能生の顔を見つめたまま、能生が口を開くのを待った。

 

「わかった。じゃあ言うね。その妖魔というのは、“猪公(ちょこう)”というんだ。だけど、とても強いから手を出さない方がいい──。言いたかったのは、それだけ」

 

 能生は顔をあげた。

 

「その猪公という妖魔は、強いから手を出すなということかい?」

 

「うん、そうだ。とても強いよ」

 

「だけど、屋敷で暴れたことはないだろう?」

 

「うん」

 

「じゃあ、なんで強いとわかるんだい?」

 

「だって、人の倍の背丈もあったよ──。それに、力も強そうだったし……」

 

 能生は急に慌てたような仕草をする。宝玄仙はじっと能生の眼を見た。すると、不意に能生が鋭い視線で宝玄仙の眼を見返した。だが、驚いた表情になり、首を傾げて眼を逸らす。

 

「どうした、能生?」

 

「な、なんでもない──。どっちにしても、あいつの勝手な都合で、法師様たちが命を張る必要はないよ」

 

「あいつというのは、高太公のことだね?」

 

「あっ」

 

 能生は口を押さえた。

 

「高太公とお前とになにがあったのかい、能生?」

 

「な、なにもないよ」

 

 能生は顔を赤くした。宝玄仙は、まだじっと能生を観察していた。その視線に耐えられないのか、能生は居心地が悪そうな仕草をしはじめた。

 

「当ててやろうか……? お前、高太公というその男に言い寄られたね?」

 

 宝玄仙は言った。能生がびっくりした表情になる。

 

「ええっ──。男が男に──」

 

 だが、叫んだのは孫空女だ。

 

「声が大きいよ、孫空女」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「……まあ、そういうこともあるか……。女が女にというのもあるし……」

 

 孫空女は、そう言って口をつぐんだ。

 

「それで高太公に抱かれたかい、お前?」

 

「だ、だ、だ、誰が……。お、男なんて──」

 

 能生はますます顔を赤くした。

 しかも、すごく興奮している。

 宝玄仙は、能生のあまりの剣幕がちょっと愉快になった。

 

「冗談だよ。なにをむきになってるんだい、能生」

 

 宝玄仙は笑った。からかわれたのがわかったのか、能生は頬を膨らませている。

 

「と、ところで、法師様は西方に向かう巡礼の途中というのは本当?」

 

 だが、すぐに気を取り直したように能生は言った。そういうことをここに来るまでの道すがら話したのだ。

 

「そうだよ、能生」

 

「だったら、宝玄仙様という偉い法師様たちじゃないの、あなた方は?」

 

 まだ、名乗っていないはずの名を指摘されて、今度は宝玄仙が驚く番だった。

 

「なぜ、わたしの名を知っているんだい、能生?」

 

「う、噂だよ。噂──。だけど、だったらお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「僕を弟子にしてくれない?」

 

「弟子?」

 

「僕にも道術が使えるんだ。大した道術じゃないけど……」

 

「道術遣い? ふうん。あまり魔力は感じないねえ」

 

「大した道術遣いじゃないからね。できるのは、ちょっとした暗示を相手に与えることくらいなんだ……。でも、僕は能力のある道術遣いになりたいんだ」

 

 宝玄仙には、この能生から強い道力は感じていなかった。つまり、ほとんど普通の人間と変わりない。

 道術遣いに必要なのは、修行ではなく素質だ。素質のない道術遣いは、いくら修行しても無駄だし、逆に素質があれば修行など必要ない。自分の持つ力に見合った道術であれば、教わればすぐにできる。

 能生はそれを知らないのだろう。残念ながら、この能生が能力のある道術遣いになれる可能性はない。

 

「それは、やめた方が……」

 

 孫空女が口を挟んだ。宝玄仙は身体中のあちこちをくすぐる魔力を孫空女に与えた。

 

「ひいいっ──」

 

 孫空女は全身を自分の手で抱いてうずくまった。

 

「どうしたの、孫さんは?」

 

 歯を食いしばって、声が漏れるのを防いでいる孫空女に、能生が不審な表情を向ける。

 

「なんでもないよ、能生。それよりも、本当にわたしの弟子になりたいのかい?」

 

「うん。偉大な道術遣いなんでしょう。僕も道術力を磨きたいんだ」

 

「お前が道術を使えることをこの屋敷の者は知らないのだね?」

 

「教えていない。僕はこの道術を安売りしたくないんだ」

 

 そうだろうと思った。大した道術師でなくても、道術師なら霊具が使える。それだけで道術師は重宝されるから、高太公が知っていれば、能生を雑用なんかに使うわけがない。

 

「なるほどね……。だけど、わたしは男の弟子はとらない。お前が可愛い女の子なら別だけどね」

 

「お、女なんかじゃないよ──」

 

 能生は急に立ちあがって、そのまま部屋を出ていった。

 

「孫空女」

 

 能生がいなくなると宝玄仙は、孫空女に振り向いた。

 内丹印を使って、急激な快感を送り込む。

 

「あっ、ああっ……。も、もうやめてよう……」

 

 孫空女は真っ赤な顔で身体を震わせた。

 

「お前、能生についてどう思う?」

 

「ど、どう思うって……」

 

「可愛い顔をしていたよね」

 

「ご、ご主人様は、も、もしかして、あいつに興味を……?」

 

 孫空女が自分の身体を抱きながら、眼を見開いた。

 

「ああいう少年に無理矢理、女の格好をさせて連れて行くのさ。きっと屈辱で顔を歪めるのだろうねえ。そう考えただけで、ぞくぞくするだろう?」

 

 すると淫情に耐える孫空女が顔を引きつらせた。

 

 

 *

 

 

「妖魔退治とな」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は食べ物を口にする手を休めて話に集中した。

 尿を垂れ流したことによって汚れた身体は、「湯船」と呼ばれる場所で湯浴みをさせてもらい綺麗になった。あれは宝玄仙は気に入るだろうと思いながら、沙那は束の間の幸福を味わった。

 

 そして、宝玄仙たちが待つ客室に行ったときに、宝玄仙から妖魔退治のことを聞かされたのだ。

 この屋敷の主人の高太公は、どうやら妖魔退治をさせるため、ここに沙那たちを連れて来たらしい。それを事前に教えたのは、あの能生という少年とのことだ。

 高太公の言葉に宝玄仙が沙那に頷いた。話をしろという指示だ。

 

「話はここにおる沙那が聞く。話せ、高太公」

 

 宝玄仙が高太公に言った。宝玄仙のその言葉に高太公が沙那に視線を向け直した。

 

「事情を説明してください」

 

 沙那も話を促した。

 人前で小便を洩らすという醜態をやらされた沙那だったが、身体を洗ったことで少し気も晴れた。

 いずれにしても、それくらいで音をあげていては、この変態巫女の供は務まらない。

 高太公は年齢はもう六十は超えているだろう。

 顔には、黒い斑点のようなものが浮き出ている。でっぷりと太った身体は分限者らしい風格も漂わせている。

 だが、孫空女によれば、この高太公は男が好きな男色家かもしれないとのことだ。

 本当だろうか?

 

 しかし、逆に、この高太公は、気のせいか沙那にじろじろと身体を舐めまわすような視線を送ってくる気がする。

 沙那に淫情を抱いているような視線だ。

 なにかうっとうしい。

 

 その高太公が部屋の外に声をかけた。

 部屋の中に、十五、六歳くらいであろうか。白い装束を身につけた可憐な娘がやってきた。両膝をついて宝玄仙に向かって頭をさげる。

 

「堅苦しい挨拶は好かん。そこに座るがよい」

 

 宝玄仙が高太公の横の席を指した。

 

「はい」

 

 娘が席に着き顔をあげる。同性の沙那から見てもはっとするほどの美少女だ。

 しかも、宝玄仙が気に入りそうな可憐な顔をしている。

 宝玄仙が、この娘にちょっかいを出さなければよいがと沙那は思った。

 そう思って、隣の宝玄仙に視線をやると、やはり、高太公が沙那を見るのと同じような、舐めまわすような視線を朱に向けている。

 

 まったくこの巫女は……。

 沙那は嘆息する。

 

「これなるは、末娘の(あかい)と申します。この娘を救って頂きたいのです」

 

「この(あかい)さんを救う?」

 

 沙那は言った。

 

「実は、猪公という妖魔に、この朱は結婚を迫られております」

 

 高太公が言うと、朱が俯いた。

 

「どういうことでしょう、高太公殿?」

 

「はい、沙那殿……。話は十三年前に遡ります」

 

 高太公は口を開いた。

 

「十三年前?」

 

 沙那は言った。

 

「この朱が三歳の頃です。こいつは重い病気なり死にかけました。高名な医師を呼び寄せて、治療を行わせましたが治りませんでした。そのうち、その医師も見放し、この朱は死の淵にありました」

 

「それで……?」

 

「そこに猪公(ちょこう)という化け物が、朱の枕元に突然に出現したのです。醜い豚の顔をした馬鹿でかい妖魔でした。屋敷の者はそばにはおりませんでした。叫ぼうとした私の口を押さえて、そいつが言ったのです──。将来、この娘をこの猪公の嫁にすると約束すれば、術で治療してやると……。半信半疑ながらも私は頷きました。その猪公という妖魔は朱に手を翳しました。すると、朱の顔が心なしか生気が戻った気がしました」

 

「その治療が効いたのですか?」

 

「そうだと思います。それから、毎晩、人払いをすると、猪公は枕元に出現するようになりました。朱はどんどん解放に向かい、十日ほどで起きあがれるほどになりました……」

 

「猪公はどうなったのです?」

 

「最後の晩、朱が十六になったら迎えに来るという約束をして消えました。それきり、屋敷に出現することはありませんでした。しかし……」

 

「しかし、十三年経って突然にやってきた……。そういうことか、高太公?」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「はい。それから、十三年──。約束をしたことは覚えていましたが、もう、随分も音沙汰なかったので、私ももうあのときの約束など気にも留めておりませんでした。しかし、私の枕元に、猪公は不意に出現しました。そして、十三年前の約束を果たせと要求してきたのです」

 

「枕元に? この屋敷のか?」

 

「そうです、宝玄仙殿」

 

「現れたというのはどんな風にですか? 部屋の中にどうやって入ってきたのです?」

 

 沙那は言った。

 

「言葉の通りです。突然、出現したのです。ぱっとね──」

 

 高太公は両手を拡げた。

 

「ぱっと?」

 

「そうです、沙那殿。ぱっとです──」

 

「その言葉を告げた後でどうなったのです?」

 

「眼の前から当然に消えました」

 

「やはり、ぱっとですか?」

 

「ぱっとです……。それから、何度も屋敷に出現するようになりました。どこからやってくるのか、皆目見当もつきません」

 

「ねえ、ご主人様……」

 

 沙那は宝玄仙に顔を向けた。

 

「うん……。なんらかの術だろうな。屋敷内のどこかに事前に結界を刻み、『移動術』で出現しては消える。それをやれば可能だね……。後で孫空女に調べさせよう……。わかったね、孫空女──」

 

 話を聞く様子もなく、食べ続けている孫空女に宝玄仙が言った。

 

「ふ、ふふぁい──」

 

 孫空女が口に物を詰めながら応じる。

 

「猪公は屋敷の決まった場所に出現するのですか?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「いいえ、いつも気まぐれのように違った場所に現れます。そして、早く朱を寄越せと迫るのです」

 

「孫空女──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「わかっているよ──。後で屋敷中を全部調べる。くまなくね……。それでいいんでしょう、ご主人様?」

 

 孫空女が応じた。宝玄仙が頷いている。

 

「妖魔からの具体的な指図はあるのですか? つまり、朱さんを寄越せというのは、具体的にどうせよということなのです?」

 

「朱を雲桟洞(うんせいどう)に連れて来いと……。雲桟洞というのは、この宿町の外れにある祠のことです、沙那殿」

 

「それでは、その猪公はその祠に棲んでいるのですか?」

 

「そうではありません……。そこも王軍に調べてもらいましたが、妖魔が棲みついている兆候もなく、怪しいものはありませんでした」

 

「王軍? この話には王軍が関わっているのですか?」

 

 沙那は少し驚いた。

 これまでの話だけのことなら、妖魔といっても宿町全体に迷惑がかかっているような話ではなく、この屋敷内に限ったことだからだ。

 それだけで、烏斯国の王軍を動かすとは、この高太公は分限者として、それなりに王宮に影響力のある人物ということになるのだろうか。

 

「実は、王軍に出動してもらい裏山を山狩りしてもらったのです。もちろん、そのときにこの宿町の外れにある雲桟洞についても徹底的に調べてもらいました」

 

「その王軍には道術師は同行したのか?」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「い、いいえ。道術師まではさすがに……。普通の城郭軍ですから……」

 

「では妖魔は狩れんぞ。先程の話であれば『移動術』も遣えるのであろう。気配を察して姿を消してしまう。それに山狩りまでして妖魔の棲み処に手を出したとあっては、妖魔を逆に刺激するだけなのではないか?」

 

「その通りでした、宝玄仙殿。山狩りがなんの効果もなく終わった夜、猪公がまた、この屋敷に出現し……」

 

 高太公は暗い顔をした。

 

「その猪公がどうしたのです、高太公殿?」

 

「この朱を殺すと──。それが嫌なら持参金をつけて、すぐに朱を嫁に差し出せと──」

 

「ほう……。持参金も要求されたか。それで幾ら要求された?」

 

 なにが面白いのか、宝玄仙が愉快そうに言った。

 

「ご主人様、額などどうでもいいではありませんか」

 

 沙那は言った。

 

「いや、興味があってな……。それで妖魔の要求する持参金とは幾らだ?」

 

「金粒二袋です」

 

「二袋?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい」

 

「金粒二袋とはな。大金には違いないがこの屋敷程の分限であれば、大した額ではなかろう。娘の命と引き換えにしては、随分と要求も小さのう」

 

「とんでもありません、宝玄仙殿。私にとっても金粒二袋といえば、大金です」

 

 高太公は言った。

 

「まあ、いずれにしても貨幣ではなく、金粒を要求するところは、沙那よりは、物事をよくわかっているようだな……。のう、沙那?」

 

 宝玄仙が嫌味な顔をこちらに向けてくる。沙那はむっとした気持ちをなんとか表情に出さないように努力した。

 

「それで、それはいつのことじゃ?」

 

「十日前のことです」

 

「なるほど、それで術を遣う魔術遣いを慌てて探したか。妖魔退治といえば、魔術遣いがおらねば話にはならんしな」

 

「なんとかしていただけないでしょうか、宝玄仙殿?」

 

 高太公は頭を下げる。

 

「そうだのう……」

 

 宝玄仙が考えるような表情をしたが、だが、宝玄仙はどうやら妖魔退治に大した興味を抱いてはいないようだ。それよりも、さっきから興味深く視線を送り続けているのは、朱に対してだ。途方もなく嫌な予感がする。

 

「あのう、法師様……」

 

 それまで黙っていた朱が口を開く。

 

「なんだい、朱?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「朱はその妖魔の嫁にいくべきだと思うのです……」

 

「なにを言うのだ、朱――」

 

 隣の高太公が飛びあがらんばかりに怒鳴った。

 

「どうして、そう思うんだい、朱?」

 

 宝玄仙は朱に視線を向けた。

 

「お父様が約束をなさったのですから……。相手が妖魔といえども、それは守るべきだと思います」

 

 その気丈な物言いに沙那も驚いた。

 

「だ、だが……」

 

 高太公が感情を激して口を開きかけたが、すかさず宝玄仙が手でそれを制した。

 そして、宝玄仙は朱に言葉を促すような視線を向けた。

 朱が頷く。

 

「お父様のいうことが正しいのであれば、朱の命は、その妖魔により助けられたのです。しかも、その妖魔は特段の悪いことをしたわけでも、暴れたわけでもありません。幼かった朱の命を救い、十数年後の約束以外には、なにひとつ奪うことなく去ったというじゃありませんか。そして、約束の期限が来た───。妖魔はそれを果たしてもらいたくて再び屋敷にやってきた。それにも関わらず、お父様は、王軍まで出動させて、妖魔の棲み処を荒らさせた……。妖魔に落ち度はなく、むしろ、こちらに否があるように思います」

 

 朱はきっぱりと言った。なかなかに気は強い性質のようだと沙那は思った。口調もしっかりとしているし、妖魔の嫁になるということについても物怖じする様子もない。

 むしろ、激しく狼狽えているのは、父親の高太公だ。

 

「わ、わしは、お前のために……。それにお前を妖魔の嫁になど……」

 

「信義は果たすべきです。相手が人間であれ、妖魔であれ……」

 

 朱はきっぱりと言い切って、高太公に強い視線を向けた。その表情に悲痛なものは存在しない。沙那は正直感心していた。

 

「よい覚悟だな……。よい娘ではないか。のう、高太公?」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 

「はい……。し、しかし、宝玄仙殿、親の私が言うのも厚かましいですが、高家の四姉妹といえば、近隣でも聞こえた美姉妹でございます。上の三人は、すでに嫁にいきましたが、末のこの朱は四姉妹の中でも、特に心優しく器量よしでございまして……。幸深い人生を送ることができる良縁をと、探し求めております……。それなのに、どこの出自かわからぬ……、ましてや猪の化け物に娘をやるわけには……」

 

「とは言え、その猪の化け物がおらねば、なかった命なのであろう? それに、当の朱も同意しておる話だ──。問題はない……」

 

 宝玄仙が眼の前の料理を口にしながら言った。

 

「そ、そんな……」

 

 高太公の顔がみるみる真っ赤になった。余程、感情が激しているようだが、宝玄仙は素知らぬ振りだ。

 

「いずれにしてもこれですべて解決したな……。約束通りに、朱はその猪の妖魔の嫁に行く──。まあ、どっちにしても持参金くらいはつけねばなるまい。金粒二袋ならこのくらいの商家であれば普通であろう。なにせ、可愛い末娘なのだから……」

 

「ご主人様」

 

 沙那は大慌てて口を挟む。眼の前の高太公はいまにも気を失わんばかりの顔をしている。

 

「なんじゃ、沙那──? なんで口を挟む──? 妖魔がこの朱を求め、この朱もそれでよいと申しておる。さすればわたしら余所者が口を挟むようなことではないわ……。それともなにか。沙那は、相手が妖魔であれば、嘘八百を並べて利用するだけ利用し、用が済めば約束など反故にして、それで文句をいうようであれば、王軍でもなんでも差し向けて殺してしまえばいいというのか……? 妖魔といえども虫けらではないぞ。家族もあり、妖魔なりの社会を築いている知性をもった存在じゃ。わたしには、妖魔を退治しなければならない理由を見いだせぬな──」

 

 宝玄仙はきっぱりと言い切った。

 

「だって、それでは余りにも朱さんが……」

 

 沙那は困って言った。

 ある意味、宝玄仙の言うことももっともだからだ。だが、れっきとした分限者の娘を妖魔の嫁にするなど……。

 

「仕方ありません、沙那殿……。約束を守るのは、人として当然のことです……」

 

 朱ははっきりと言った。

 

「お願いします、宝玄仙殿──。妖魔退治を引き受けてください。この通りです───。こちらに理がないのは百も承知です。犬畜生の見下げた心根と蔑まれても構いません。私には眼の中に入れても痛くない程に可愛い娘なのです。なんと言われても、娘を妖魔の嫁に差し出すわけにはいきませぬ」

 

 高太公は椅子から転がるように降りて、床に頭をつけた。

 

「でも、お父様──」

 

「お前はもう黙っていろ、朱──」

 

 高太公が怒鳴った。朱は不機嫌そうな表情をした。

 

「なら、わたしにどうしても妖魔退治をせよというのだな、高太公?」

 

 宝玄仙が興味無げな表情で言う。

 

「はい。信義にもとるとしても朱を妖魔に渡すわけにはいきません」

 

「ねえ、高太公殿?」

 

 沙那は思いついたことを申し出ようと、強い視線を高太公に向けた。

 

「なんでしょう、沙那殿?」

 

「もしも、この妖魔退治に成功したら、わたしたちが困っていることを解決してくれることは可能ですか?」

 

「と、申しますと?」

 

 高太公が首を傾げた。

 

「実は、わたしたちはこれから西に向かって旅をする途中なのです。しかし、わたしがうっかりして、帝国紙幣をこの西側でも通用する財に交換するのを忘れてしまったのです。でも、高太公殿は帝国の国境に関所を挟んでいるこの宿町の分限者。わたしたちの持っている帝国紙幣を買い取り、銀や金の粒に交換してもらうことは可能ですか?」

 

「ほう、帝国紙幣を……。いや、もしも、本当に妖魔を退治してくれるのであれば、引き受けましょう。もともと、この高家の父祖は帝国領の高老の出身なのです。だから、姓も“高”を名乗っております。高老には、まだまだ付き合いのある親族も多いですから、帝国紙幣をそちらで価値のある物に交換することは可能です。わかりました。もちろん、相場で──ということになりますがそれは請け負います──。では、妖魔を退治を引き受けてくださるということでよろしいですね。ありがとうございます──」

 

 高太公が喜色満面の表情を浮かべて叫んだ。

 

「え? 妖魔退治をするのかい、沙那?」

 

 宝玄仙がまるで他人のことのような感じで言った。

 

「人助けですよ、ご主人様──。いいじゃないですか」

 

 沙那は言った。

 

「おお、沙那殿──」

 

 高太公は声をあげた。朱はまだなにか言いたげだったが、高太公がそれを険しい視線で制している。

 

「仕方ないねえ……」

 

 宝玄仙もそれだけを言った。

 どうやら納得してくれたようだ。

 いずれにしても、ここで帝国紙幣を交換しておけば後の手間が楽になる。

 路銀がなくなってしまえば、宝玄仙にとっても旅も面倒になるはずだ。

 

「まあ、お前がそう言うならいいだろう、沙那……。しかし、報酬を決めないとねえ」

 

 宝玄仙がそう言い出した。

 

「報酬ですか……?」

 

「そうだ、高太公……。報酬だ」

 

「そ、それについては、いま沙那さんが、帝国紙幣を金粒や銀粒と交換すればよいと……」

 

「それのどこが報酬だ、高太公──。もったいぶったことを言っておったが相場で引き取るのだろう──。お前に損はあるまい──。この宝玄仙をただ働きさせようと思ったかもしれんがそうはいかんぞ」

 

「きょ、教団への寄進は毎年欠かしておりません──」

 

「寄進など知ったことではないわ──。わたしに対する報酬を訊ねておるのだ──」

 

「まあまあ、ご主人様……。その話は、とりあえず後日相談ということで……」

 

 沙那は嗜めた。ここでとやかく言って宝玄仙の評判を落とすのは得策ではないだろう。

 宝玄仙は納得のいかない表情だが、とりあえず、それ以上は報酬の話はしなかった。それよりも、なにか考えることがあるような感じで黙り込んだ。

 

「じゃあ、とりあえずここにしばらく滞在して、その妖魔が現れれば、ぼこぼこにすればいいんだね」

 

 孫空女が横から口を挟んだ。

 

「現れればね……。でも、神出鬼没に出現するということは、向こうもこっちにわたしたちがいるということをすでに知ったかもしれないわ……。だったら、簡単には現れない可能性もあるわ、孫女」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、なにか手を考えているのかい、沙那?」

 

「そうねえ、孫女……。とりあえず、その妖魔の本当の棲み処を見つけることが肝心と思うわ……。ねえ、ご主人様、この屋敷のどこかに妖魔の刻んだ魔法陣が『移動術』の出口として隠されているとして、そこから、逆に辿って妖魔の本来の居場所を見つけることは可能ですか?」

 

「状況によるね……。だが、『移動術』の結界は、術者の意図により遮断がしやすい。余程にすぐに魔術を追いかけることができれば逆に辿れるかもしれんが、今回の場合は向こうも警戒しておるだろう。簡単には魔術を辿ってはこれない措置をしている可能性がある」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ならば別の手も考えておく必要がありますね……。ところで、こちらから妖魔と連絡をとる手段はありますか、高大公殿?」

 

「先程言及した雲桟洞という祠があります。そこに伝言を残せば、向こうから返事が戻ってきます、沙那殿」

 

「ならば、明日の朝にでも猪公に向けた伝言を祠に残してください──。“朱さんが妖魔のもとに赴く準備ができた”と──」

 

「ああ、わかった。そうやって、猪公を誘き出したところをぼこぼこにするんだね、沙那」

 

 孫空女が言った。

 

「それは無理ですよ、孫空女殿。妖魔の伝言は鳴戸(なると)と呼ばれる小妖が持ってくるようです。おそらく、猪公は、自分で迎えには来ずに、その鳴戸に朱を連れて来させると思います。鳴戸に手を出せば、猪公がもっと警戒するでしょう。怒れば朱を殺しに来るかもしれません」

 

 高太公が言った。

 

「鳴戸という小妖は、どんな妖魔ですか?」

 

「巨大な栗鼠の姿です。大きさは人間くらいで言葉も喋ります」

 

「猪公の部下なのですか?」

 

「そうです、沙那殿」

 

「猪公の部下は多いのですか?」

 

「わかりません。知られているのは鳴戸だけです」

 

 高太公は言った。

 

「じゃあ、その鳴戸を捕まえて、猪公の棲み処を白状させれば……」

 

 孫空女だ。

 

「お前、ちょっと黙ってな、孫空女──。どうせ、役に立たないんだから、頭を使って考えるんじゃないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は不平顔で口をつぐんだ。

 

「それで、どうするのです。朱を猪公のもとにやるのですか?」

 

 高太公は心配そうに言った。

 

「それには及びません。妖魔のところには、わたしが行きます」

 

 沙那は言った。

 

「沙那が?」

 

「はい、ご主人様」

 

 沙那は宝玄仙に向かって頷いてから、視線を朱に向けた。

 

「その代わり、朱さんには、ちょっとしたことをしてもらいます」

 

 沙那は朱に言った。

 

「なんでしょうか?」

 

 朱が顔をあげた。

 帝都でも見ることのできない可憐な美少女には違いない。

 

「大したことではありません……。伝言に対する妖魔からの返事が来たら、わたしと口づけをしてもらうだけです」

 

 沙那はあっけらかんと言った。

 

「ええっ──」

 

 朱が大きな声をあげた。



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42  隠し部屋と豚の化け物

 (あかい)は薄暗い部屋にいた。

 窓もないこの部屋は小さな蝋燭だけが唯一の灯りだ。その部屋の真ん中にある寝台に朱は横になっていた。

 ここは屋敷に存在する隠し部屋だ。

 朱がここを見つけたのは最近のことだ。

 この屋敷にこんな場所があることは、父親の高太公(こうたいこう)くらいしか知らないはずだ。

 ほかの家人は知りもしない……。

 もしかしたら、気がついている者もいるかもしれないが、少なくとも、朱がここに毎夜のように出入りしているとは、家人たちはもちろん高太公も思いもしないだろう。

 

 壁が叩かれた。小さくふたつ……。

 いつもの合図だ。

 

「いるわ」

 

 朱が応じると、壁が割れて誰かがが入ってくる気配がした。

 

「来たよ、お嬢様」

 

「その呼び方はやめてと言ったはずよ」

 

「じゃあ、朱……。来たよ」

 

 声で相手が誰だか確かめなくてもわかる。

 朱は寝台に横たわったままでいた。

 自分の鼓動が激しくなっているのを感じる。これから始まることにはしたなくも期待している自分がいるのだ。

 だが、相手は寝台になかなかやってこない。

 どうしたのかと思い、顔をあげかけると不意に蝋燭が消えた。部屋がまったくの闇に変わった。

 

「あっ」

 

「もう、こっちの姿が見えなくなった、朱?」

 

「な、なったわ……。どうして灯を消したの?」

 

「灯を消してもこっちには見える……。妖魔だからね」

 

「こんな闇の中で見えるの?」

 

 朱は驚いて言った。

 

「見えるよ……。朱のほんのり上気している顔も……うっすらと汗をかいている肌も……。欲情しているんだろう、朱?」

 

「や、やめてよ……。そんな恥ずかしい言い方……」

 

「それに、見えない方が朱は感じるからね……?」

 

 横になっている朱の乳房に手が触れた。

 

「あっ……」

 

 薄着の布越しに与えられたそれだけの刺激に、朱は声をあげてしまった。

 胸を揉まれる……。

 全身から力が抜ける……。

 もう、それだけで抵抗できない。すでに股間がじわりと濡れ始めている。

 自分の太腿を擦り合せる。快感がもぞもぞと沸き起こる。

 

「どうして、そんなに腰を動かすのさ、朱……?」

 

 乳房が円を描くように手で撫ぜられる。ちょんちょんと乳首の上を弾かれて、また声が出た。

 

「ああっ……。わかっているくせに……い、意地悪言わないで……」

 

「言いなさい……。言わないと縛るよ……」

 

 しかし、その言葉が終わると同時に、闇の中で朱の寝巻を締めていた細帯が外されて抜かれた。

 あっという間に朱の両手首はその柔らかい細帯によって束ねられる。

 

「ど、どうして、縛るのよ……」

 

「その方が朱が悦ぶからさ……。見えなくて……動けなくて……。そして、いいようになぶられる。そういうのが好きなんだろう、朱?」

 

 手首を縛った帯が寝台の上部の柵に結び付けられたようだ。

 朱の両腕は、万歳をした格好で動かなくなった。

 寝巻の前がはだけられる。ひんやりとした空気が朱の乳房に直接当たる。

 

「ま、待って──。い、いつものを……。こ、声が洩れないようにして……」

 

「駄目だよ……。屋敷にはあの宝玄仙(ほうげんせん)がいる……。『結界術』を遣えば妖力の流れでこの場所を感づかれる……。却ってまずい……」

 

「そ、そんな……。だったら……」

 

「だから声を出すのを我慢するんだよ、朱……。もっとも、こんな姿を見られてもいいんだったら別だけど……」

 

「我慢なんて……。あっ──」

 

 朱の股間を覆っていた股布が脱がされる。

 素裸になったのがわかった。

 

「ふ、ふ、ふ……、ちょっと胸に触っただけで、こっちはぐしょぐしょだね……。さすがは淫乱なお嬢さんだ」

 

「ひ、酷いわ……、淫乱だなんて……。あ、あなたが朱をこんな風にしたのよ……」

 

「それは違うよ。朱は、もともと淫乱だった。それに気がつかせてあげただけだ……」

 

 朱の裸身に接している相手の手が動いたような気配がした。

 

「あふうっ」

 

 不意に、闇の中で乳首がくねくねと捻りあげられた。

 しかし、そこから快感をもっと搾り取ろうとすると、さっと手が離れる。

 しばらくすると、また指がやってくて身体のどこかを刺激する。だが、やはりすぐに離される。

 それを十数回続けられると、もう朱はどうしようもなくなった。

 

「ひ、ひどいわ──。そ、そんな風に……」

 

 朱は悲鳴をあげた。

 こんな風に焦らしては責められ、責められては焦らされるという責めに朱は弱い。

 そんなことをされれば、あっという間に朱の身体には痺れるような愉悦が走り込んでくる。

 しかし、それは出口のない愉悦だ。

 昂ぶっては鎮められ、鎮まっては昂ぶらされる。

 いくら悶えてもなかなか与えてもらえない切なさに、朱は自分の悶え声に泣き声のような響きが混じるのがわかった。

 

「じゃあ、やめる……? やめてもいいよ……。それとも、もっとやる……?」

 

 乳房が少し激しく揉まれ始める。

 込みあがった快感のまま、朱は激しく身体も悶えさせた。

 全身に痙攣のような震えが起こる。

 息も止まるような快美感に朱は、自分でも生々しいと思うような呻き声をあげた。

 

「駄目だよ……。声をあげちゃあ……。朱が淫乱なのはわかっているけど、いくらなんでもはしたなさすぎるよ……」

 

 耳元で嘲笑のようなからかいの言葉を効かされた。

 その卑猥なからかいに、朱は身も心も打ち砕かれたような恥辱感に襲われる。しかし、その恥辱はどこまでも朱を燃えあがらせてくれる快感の炎に変わる。

 

「そんなにだらしなく口を開けちゃって……。そんなに気持ちいいの?」

 

「き、気持ちいい──ああっ──ああう──」

 

 腰がうねる……。

 我慢できない……。

 股間が熱い……。

 十六歳の朱の身体は、いまやこの身体に刻み込まれてしまった全身がばらばらになるような肉の悦びに酔っている。

 

「だから、そんなに声を出しちゃだめだって……。今日は結界をしていないんだよ」

 

「いや、いや、いや──、あああっ──、ああっ、あっ、ああっ」

 

 声を堪えようとは思っている……。

 でも、耐えられないのだ……。

 乳首を弾かれる。

 押し込まれる。

 捻り回される。

 強く──。

 そして弱く──。

 やがて、ぺろぺろと舌で舐められはじめた。

 乳首からやってくるものが全身を駆け巡る……。

 

「言っておくけど、人がやって来たら、こっちは『移動術』であっという間に消えるからね……。そんな股間に淫液を溢れさせているところを見られるのは朱だけだよ……。そしたら驚くだろうねえ……。こんな純情そうな朱のそんなに乱れた姿って……」

 

「ああっ──。お、お願い……。な、なにかを……ああっ……なにかを口に───お、お願い」

 

「いいよ……」

 

 朱の口に布の塊りが押し込まれた。

 少しはましになった。

 しかし、口に布を押し込まれることで、呼吸が苦しくなった分、さらに身体の感度があがった気がする。

 

「気持ちいいんだね、朱……?」

 

 朱は激しく首を縦に振った。

 気持ちいい……。

 もっと……。

 もっと──。

 

「じゃあ、ずっとこのいままでいいよね……。この宙ぶらりんのままで……」

 

 身体の上の相手はくすくすと笑った。

 このままなんて惨い──。

 股間を触って──。

 もう、朱の股間は指の刺激を求めて破裂しそうだ。

 だが、朱の両胸を愛撫する両手は、朱の乳房からなかなか動かない。胸だけで与えられるこれだけの快感に朱は怖ろしくなる。

 ならば本格的な愛撫を与えられればどうなるのか……。

 朱はひたすら脚を閉じたり開いたりしながら、なんとか下半身の疼きを止めようとした。

 だが、いつの間にか下腹部は与えられない刺激を求めて弓なりに反ってしまう。

 

「んふううっ」

 

 朱は叫んだ。

 もう頭がおかしくなりそうだ。

 朱の口から布が引き抜かれる。

 

「も、もう許して……」

 

「なにを許すのさ? 今夜はこれで終わりでいいということ?」

 

「そ、そんな……。もう、朱はおかしくなっちゃう」

 

「だったらおかしくなれば……? もっと続けてもいいよ……。それとも、どうしていいか言えたらやってあげるよ……」

 

「下を……、下を触って」

 

「下? 足の指のこと?」

 

 小さな笑い声とともに、足の指の間に指による刺激が与えられた。

 くすっぐたい──。

 だがそれも気持ちいい……。

 でも、欲しいのはもっと直接的な刺激だ。

 

「そうじゃない。もっと、上なの」

 

「ここ?」

 

 首筋を舐められた。もう、それで朱の理性は崩壊した。

 

「あ、あそこを──。朱の下のお豆をいじくって欲しいの……。そこを触られると気持ちいいの──」

 

 声をあげた。

 もう見栄も外聞もない。

 

「やっぱり淫乱じゃないか、朱……。いいよ……。触ってあげる……。これ以上、おかしくなっても可哀そうだし……」

 

 だが、朱の足首に縄がかけられた。寝台の下の柵に結ばれて脚を開かされる。 

 反対側も同じように──。

 朱の脚はまったく閉じることができなくなる。

 

「ど、どうして……?」

 

「わかっているくせに……。朱がそうして欲しいと願うからだよ」

 

 乳首になにかが載せられた。

 いつも使われる霊具だとわかった。『振動片』いう小さな丸い布のようなものは、朱の乳首を勝手に包んで吸い付くように貼りつく。そして、ぶるぶると激しい振動を与えはじめた。

 

「いひいいいっ──」

 

 凄まじい刺激に朱は身体を仰け反らせる。その口にまた布が押し込まれる。

 

「そんなに叫ばないの──。なんど教えればわかるんだい、この淫乱──」

 

 淫乱なんかじゃない──。

 心の中で叫ぶ。

 こんなに感じる身体にされたのは、こいつのせいなのだ。

 しかし、もう一方の乳首にも『振動片』が置かれる。両乳首の刺激にもうなにも考えられなくなる。

 

「闇の中でも、いやらしく動く腰がよく見えるよ、朱……。みっともなく下の口から垂れ流す涎もね」

 

 その言葉の屈辱と乳首の刺激がどうしようもない股間の疼きに変化していく。

 さっきは、まだ太腿を擦ることで紛れていたものが、脚を開かされていることで逃げ場を失っている。朱の股間は上下左右に確かに淫乱な動きを続ける。

 

「じゃあ、そろそろ、ここだね……」

 

 『振動片』が、ついに朱の肉芽に載せられる。

 

「んんんんっ──」

 

 朱は脳天にまで達するような刺激に全身を震わせた。

 やっといける───。

 待っていたものが与えられる悦びに朱は快楽を爆発させた。

 だが、その絶頂が頂点に達する前に、三枚の『指導片』は急に緩やかな振動にと変化する。

 そして、朱の中で暴れ回っていた快楽の波が穏やかに鎮まっていく。

 そんなあ──。

 朱はぎりぎりで中断された激しい刺激に歯噛みする。

 

「簡単にいかせてもらえるとは思っていなかったよね、朱……?」

 

 朱を責めている相手が愉しそうに笑った。

 ひどい──。ひどい──。ひどい──。

 朱は口の中で訴えた。

 

「じゃあ、口づけして、朱……」

 

 朱の口から布が引き出される。そして、朱の唇に生温かい唇が触れる。唾液とともに舌が入ってくる。朱は懸命にそれを舐める。

 『刺激片』の振動は止まっていない。

 しかし、朱を達しさせてくれるには、あまりにも弱い刺激だ。

 いつまでも逃げることのない快感が朱の身体を震わせる。

 だが、やっぱりいけない──。

 生殺しの状態──。

 この責めでほんの短い時間に朱はこんなにも快楽を貪る色情狂のようなものにされた。自分はもうこの妖魔から離れられない。

 

「上手な口づけだよ──。じゃあ、ご褒美」

 

 『刺激片』の振動が大きくなる。

 

「ああううっ」

 

 嬌声をあげる朱の口の中に再び舌が入ってくる。それが口の中を舐め回す。

 息苦しい──。

 乳首と肉豆から与えられる凄い刺激──。

 なにもかも消える──。

 あるのは気を失うような快感だけ──。

 だが、また現実に引き戻される。

 『振動片』がまたゆっくりになったのだ。

 口から離れていく舌……。

 

「もう……いやあ……意地悪──」

 

 朱は呟いた。

 

「そうさ。意地悪だよ──。一刻(約一時間)だけで、戻らなきゃいけない……。だから、ぎりぎりまで朱を焦らすんだ。本当に限界までね……。そして、最後に一回だけいかせてあげるよ……。だけど、その一回はおよそこの世のものとは思えない快美感を与えてあげる。それは約束するよ……」

 

 また動きを速める『刺激片』──。

 朱の身動きできない身体中に這い回る舌の刺激──。

 淫靡な霊具とは別に朱の身体を責める指の攻撃──。

 引いてはあがり、そして、あがっては引きおろされる。

 快楽の絶頂寸前ととろ火をひたすら繰り返される。

 もう、耐えられない。

 頭がおかしくなる。

 

「……もう限界。いかせて──。お願いよう──」

 

 もう苦しい。

 『刺激片』が激しく動く時間はどんどん短くなっていく。

 あっという間に朱が達しそうになるからだ。

 短い間隔で強い振動と弱い振動が繰り返されるようになっていた。

 

「そんなにいかせて欲しい、朱……?」

 

「いかせて、なんでも言うこときく。どんなことでもするわ……」

 

 口に出していた。

 

「いいよ。だったら、霊具なんかじゃなく、口と手でいかせてあげる──。だから、本当になんでも言うこときくんだよ、朱?」

 

「言うこときくっ。いくうっ───」

 

 霊具の『刺激片』が肉芽から外された。

 肉芽が口に含まれる。

 肉芽が舌でこねまわされた。

 乳首の『刺激片』がこれまでにないくらいに強い刺激に変化する。

 

「いひいいいっ」

 

 朱は悲鳴をあげた。

 股間を吸っていた舌が離れた。

 朱の口の中に布が押し込まれる。朱はその布を噛みしめる。

 今度は舌ではなく指だ。

 巧みな指さばきにあっという間に、朱は絶頂寸前の状態につきあげられる。

 

「なんでもいうことをきくね、朱……?」

 

 のぼってくる──。

 それでも、まだゆっくりだ。

 朱の反応を待っている。

 快感の頂点がそこまでやってきている……。

 もう、それを逃したくはない……。

 朱は懸命に首を縦に振る──。

 この快楽のためならどんなことでもする──。

 この人のためにどんなことでもできる──。

 朱は心の中で叫んだ……。

 

「じゃあ、一緒に旅に出よう……。一緒にだよ……」

 

 また、首を縦に振る。

 愛液に溢れる股間に与えられる刺激がほんの少し強まる。

 一緒に旅をする……。

 一緒に──。

 いつまでも──。

 嬉しい……嬉しい──。

 朱の身体は快感を求める痙攣とともに悦びに震える。

 

「でも、あの女法師が邪魔だね……。あの供たちも……。法師はあまり乗り気ではなかったようだけど、彼女たちは妖魔退治を引き受けてしまった……」

 

 女法師と供が邪魔──。

 その言葉が朱の頭に刻み込まれる。

 

「協力するよね? 一緒に旅に出るためだよ……」

 

 指の動きが激しくなる。

 待ち望んだものがそこまで来ている。

 逃げないで──。

 このまま──。

 

「協力するね……? あいつは殺さなきゃ……。全部終わったら一緒に妖魔の里に行こう──。大丈夫、一緒だから……。ずっと一緒だ……」

 

 朱は首を縦に振る。

 何度も振る。

 この幸せのためならどこにでもいく。

 それとともに、肉芽への責めが熾烈なものに変化した。

 爆発するような快感──。

 一気に昇天する──。

 

「うあっ──」

 

 一瞬にして眼がくらんで、朱はこれまでにない雄叫びをあげた。

 相手は慌てたようにその口を塞いだ。

 腰から背中の骨にかけて電撃のような鋭い快感が貫き、朱の身体がなにかの発作のように激しく二度三度と大きく震えた。

 朱はついに限界を突破した快感とともに、自分の身体が宙に飛翔している錯覚を感じていた。

 

 そして、絶頂の一瞬前にささやかれた言葉がしっかりと、朱の心に刻まれたのを感じた。

 

 女法師とふたりの供……。

 この三人を殺さなければならない……。

 

 

 *

 

 

「これは、やみつきになるね」

 

 たっぷりと湯がたまった湯舟に浸かりながら宝玄仙が言った。

 沙那は、その湯舟の外の洗い場の板間で正座をして待っていた。

 朝から湯浴みとは贅沢だが、宝玄仙の我が儘に、あの能生(のうう)という少年は快く応じてくれた。

 湯舟の中の宝玄仙は、まさに愉悦の表情をしている。

 沙那も昨日の夕食前に身体を洗ったときに湯殿に浸かってみたが、確かに気持ちがよかった。宝玄仙が気にいるのがよくわかる。

 沙那の故郷である愛陽(あいよう)をはじめとして、これまでの帝国領を横断してきた旅では、こういう湯殿はなかった。湯殿というのは、身体を洗う場所と、身体を洗うために使う小さな湯溜めがあるというのが普通で、湯そのものに身体を沈めてしまうという発想は帝国にはない。

 

「もしも、なにもかもうまくいき、いつか帝都に戻ることができれば、これを神殿に取り付けようかねえ……。霊具を使えば、もっと広い湯舟に湯を常にいっぱいに保つということもできるしね。この湯舟もいいんだけど、残念ながら人がひとり入れるくらいの広さしかないことよね。そのときは、お前たちも一緒に入るさ」

 

 帝都に戻る──。

 それが、果たせそうのない望みになるかもしれないというのは、宝玄仙も沙那も知っている。

 知っていて、ときどき、宝玄仙はそんなことを言う。

 なんだかんだ言っても、帝国は長く宝玄仙が生まれ育った故郷だ。やはり、そこを捨てて、遠い、そして、危険な西域にいくというのは、葛藤もあるのかもしれない。

 

「はい」

 

 湯舟の外で待たされている沙那はそれだけを言った。湯舟の外も暖かい蒸気が充満して、寒くはない。むしろ、身体がかなり火照っているので熱いくらいだ。

 

「じゃあ、そろそろ、身体を洗って貰おうかね」

 

 宝玄仙が湯舟から出てきた。

 いつ見ても見事な裸身だと思う。

 大きすぎず、さりとて、豊かさを感じさせるふたつの乳房は、なにも支えないのにお椀型の丸みを抱いたまま保たれ、その乳房の先には小さな乳首がつんと上を向く。

 また、均整のとれた見事な白い肢体は、湯に温められてほんのりと薄く赤みが差し、それが濡れた湯が滴り落ちる様子はなんともなまめかしい。

 長くきれいな手足、細い手首と足首、量感のあるお尻と太腿──。

 

 同性の沙那から見ても、美しいとしか感じない宝玄仙の裸体が、もしも自分のものにできるのであれば、世の男性はことごとく、その代償として、すべてをこの巫女に差し出すのではないかと思う。

 ただ、残念なことに、この美身に入っているのは、気まぐれで移り気なわがままな性格と、若い女が恥辱に顔を歪めるのが大好きだという変態的な性癖だ。

 男には興味がなく、沙那や孫空女のような女の「玩具」を苛んでは愉悦に身体を震わせるのだ。

 

 最初の犠牲者として、この変態巫女に供として、仕えるようになった沙那は、それこそ、宝玄仙の変態的な性的嗜虐と、「調教」と称して与えられるさまざまな淫具や仙薬には、身震いするほどの嫌悪しか抱いていなかったが、最近ではそれも馴れてきている気がする。

 他人の目がある場所で辱められる恥辱は、恥辱としか感じないが、それとは別に、快楽を快楽として受け入れている自分もいる。

 

 宝玄仙が沙那に背を向けて、木製の小さな湯殿椅子に白い双臀を置く。黒く長い髪が腰まで垂れる。

 最初に湯桶で湯をとり、宝玄仙の髪を濡らす。

 顔にかからないように注意をしながら、髪を濡らしていく。

 次に両手の指を使って頭皮を揉む。

 そうやって、頭の毛孔をほぐして垢を出すのだ。

 それをまた湯で洗い落す。

 次に、沙那はその黒髪を指ですきながら、髪と髪の間に髪用の洗い粉をまぶしていく。

 宝玄仙の髪は長いから手入れが大変だ。

 その髪に少しも汚れや脂が残らないように、丁寧に確認しながらやらなければならない。

 そして、洗い粉が髪の汚れをすべて吸着していくのを確認し、次にそれらをすべて洗い落とすために、数度お湯を使う。

 それが終わると、手と手で髪をはさむように水分を擦り落としていく。

 

「髪は終わりました。次はお身体を洗います、ご主人様」

 

「頼むよ」

 

 背中を向けたままの宝玄仙が言った。

 ここから先の作業が沙那にはつらい。

 いつもは、ここから先は、孫空女に代わってもらうことが多いが、いまは、孫空女は屋敷の探索で忙しい。

 

 石鹸をとり、それを湯に濡らして泡を作る。

 それを沙那の乳房に載せていく。

 宝玄仙の身体を洗うのに、布や湯具を使うことを禁止されているのだ。

 髪を全部手で洗ったのもそのためだ。

 そして、さらに、宝玄仙の身体を洗うときには、手ではなく沙那の乳房を使う。

 少し前までは、沙那は『服従の首輪』という魔具により、身体を動かす意思を支配されていて、自分で乳首や股間に触ることを禁止されていた。

 その「呪い」が解けて、自分の乳首にも触ることができるようになった。

 そうすると、以前は手のひらを使って洗っていた奉仕を、乳房でやるように命じられた。

 自分の乳首に泡を載せることができるようになったからだ。

 

 馬鹿馬鹿しいとは思うが、逆らえば、この変態巫女になにをされるかわからない。

 沙那も孫空女も、この変態巫女によって、身体に内丹陣を刻まれていて、宝玄仙の道術により自由に身体の快楽を操作される。この変態巫女の身まぐれで、沙那も孫空女も、人前で自慰に耽る色情狂にでもされかねない。

 乳房に載せた泡を宝玄仙の背中にこすりつけていく。

 

「ああっ」

 

 思わず口から声が漏れる。沙那の乳首と肉芽の根元には、『女淫輪』という淫具がつけられていて、常に、沙那を軽く欲情させているのだ。

 平素は耐えられるが、少しでも刺激を与えられると、普段耐えている分まで欲情が爆発してしまうのだ。

 

「一度、擦ったくらいで、いい気分になるんじゃないよ。今度こそ、最後までやり遂げるんだろうね」

 

「だって……くうっ──」

 

 乳首を宝玄仙の背中に押し付けて、泡を伸ばしていく。直接に刺激を受けている乳首だけではなく、なぜかもうひとつ淫具を付けられている肉芽に快楽が伝送される。

 何度もいきそうになり、そのたびに少しだけ作業を中断する。あまりにも待たせると宝玄仙の叱咤が飛ぶので、休むのはひとつかふたつ息をして、呼吸を整える間だけだ。

 

「ところで、報告を訊こうか、沙那?」

 

「は……はい……ああっ……宿町で……聞き込みを……ああっ……しま……した」

 

「それで、聞き込みの結果は?」

 

「……か、皆無です……」

 

「皆無?」

 

「まったく……手掛かりはあ……うっ……ありません……」

 

 やっと背中の全部に泡を拡げ終った。もう、沙那の股間はどろどろだ。

 乳房に泡を付け直すと、宝玄仙の細く長い腕をとり、それを肩から手首にかけて乳房に挟み滑らす。

 なるべく、乳首に触れないようにしながら、乳房と乳房の谷間を使って泡を伸ばす。そのため背中を洗うときよりはつらくない。

 

「その猪公という妖魔は、この宿町のあちこちに出現しているわけじゃないんだね?」

 

「……はい……妖魔のことなど……誰も……」

 

「じゃあ、この屋敷のどこかに出入口があるということしか考えられないね」

 

「……で、でも、孫空女は……この屋敷には、そんな結界のようなものは、なにも感じないと……ああっ……言って……、言っています」

 

 沙那はだんだんと苦しくなる快楽の高みに耐えながら説明した。

 聞き込みの結果わかったことは、妖魔のことなど、誰も知らないということだ。妖魔を警戒している様子もない。高太公(こうたいこう)のいうことよれば、身の丈が人の倍もある化け物らしい。そんなものが宿町をうろうろしていれば、あっという間に噂は広まるだろう。

 この屋敷に結界で描かれた移動術の出入口がないとすれば、屋敷の外のどこかにあると考えたのだが、いまのところ、屋敷の外を妖魔がうろついた形跡がない。

 だから、やはり、妖魔の出入口はこの屋敷内にあるはずだ。

 やっと、もう一方の腕が終わった。

 さらに泡を乳房に載せる。

 

「し、失礼します……」

 

 宝玄仙の身体の前に回り、宝玄仙を抱くように腕を宝玄仙の首に回す。そして、宝玄仙の裸身に密着し、上から下に泡を移していく。

 

「いいっ……ひいっ………くうっ……」

 

 耐えようとしても、どうしても口から出てしまう嬌声が洩れる。

 

「じゃあ、やはり、屋敷の中に仕掛けがあると考えるしかないねえ。孫空女に徹底的に調べさせるさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「いまでも、やっています」

 

 身体に泡に伸ばすために、どうしても足を拡げて屈みこまなければならない。

 宝玄仙が、その沙那の股間に指を伸ばして、つんと突き出た小さな肉芽の先っぽを弾いた。

 

「あふううっ」

 

 その衝撃で、沙那は、大きな声をあげながら腰を落としていってしまった。

 

「勝手に気をやるんじゃないよ。肢は乳房ではなく、お前の素股でやりな」

 

「そ、そんなあ……」

 

 素股で同じことをすれば、乳首ではなく陰核を宝玄仙にこすりつけることになる。

 あっという間に、快楽の絶頂に達してしまうだろう。

 沙那の身体は、宝玄仙により、この巫女に関わる以前の身体の何倍もの感度に作り直されている。

 

「命令だよ」

 

 宝玄仙は言った。その言葉には、なぜか逆らえない。

 以前は、『服従の首輪』により、逆らうことができなかった。だが、それがなくなったいまでも、宝玄仙の命令には、勝手に身体が動いてしまう。

 

「とにかく、孫空女には手掛かりが見つかるまで這いつくばってでもなにかを探せと言っておきな。霊気力の流れが見えるんだから早く見つけろってね。移動術は必ず結界を使用する。だけど、移動先を追えないとはいえ、移動してしまえば道術師でも妖魔でも、こちら側には残れないんだから、結界の痕は残るんだ」

 

「は、はい……」

 

 少しは、手伝ってくれてもいいのに……。

 霊気の流れは、宝玄仙だったら、ずっと微小なものでも感知できるから、ちょっとした痕跡でもすぐにわかるのに……。

 

「なにか言ったかい、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 どうやら、沙那は思ったことを思わず呟いてしまっていたようだ。

 

「なにも言っていません」

 

 沙那は手で石鹸を擦り、股を泡でいっぱいにして、宝玄仙が伸ばした肢に跨った。

 そして、股を滑り落とす。

 たちまちに訪れる快楽の爆発に、沙那は悲鳴をあげた。

 

「こらえ性のない女だね。そんなことでは、この宝玄仙の供は務まらないよ。じゃあ、感度を二倍にしてやるよ」

 

「そ、そんなやめてください」

 

 沙那は悲鳴をあげた。だが、宝玄仙の指が肉芽をくちゅくちゅと刺激した。

 あっという間に激しい快楽が混みあがる。稲妻のような衝撃が全身を貫き、沙那は身体を仰け反らせた。

 

「ひいいい──いくう──」

 

 沙那は身体をがくかくと震わせて絶頂した。

 

「ほら、一度いけば、少しすっきりしたろう──。とっとと、わたしの脚を跨ぎな」

 

 沙那は、まだ絶頂の余韻に震える身体を起こして、宝玄仙の脚の上に股間を乗せる。ぐいと身体を宝玄仙に向かって動かす。

 

「ひぐううううっ──」

 

 宝玄仙の腕の上を陰核がつっつっつっと擦りおりた。

 その凄まじい刺激に、再び沙那は身体を揺らしながら、またもや快感の頂点に達してしまった。

 

 

 *

 

 

 孫空女は十回くらい屋敷の中を歩き回って、やっと不自然さに気がついた。

 一階部分の屋敷の広さに比べて、二階部分の部屋が少ない気がする──。

 ……というよりも、外から見ると一階と二階の広さは同じであるはずなのに、二階の部分が一階に比べて狭いのだ。

 つまり、二階のどこかに、探していない空間があるということだ。

 

 隠し部屋──?

 孫空女が考えたのはそれだ。

 そう気がついてしまえば、あとは簡単だった。

 一階の間取りに二階の間取りを重ねあわせていくことにより、その空間の場所は、一階の浴室の真上あたりだと察しがついた。

 

 そう言えば、今頃は沙那が宝玄仙の身体を洗っているはずだ。

 昨夜は孫空女が宝玄仙と一緒に湯浴みをした。

 あの変態巫女は、孫空女の胸や股間を使って自分の身体を洗わせるのだ。

 沙那も苦労しているのだろう。沙那の陰核や乳首には、刺激されると通常の数倍も感じてしまう『女淫輪』という霊具が嵌められている。あんなものをつけたまま、そんなことをすれば、たちまちにいってしまうに違いない。

 大丈夫だろうか……。

 

 浴室の真上方向に面するはずの壁を注意深く見ていく。

 そして、やっと一箇所、空気の微かな流れを感じた。

 ほんの少しだが、壁と天井の隙間から空気が流れている。

 その真下を探る。

 すると一箇所だけ周りの部分と板の色が少し違う場所を見つけた。

 軽く押すと上下に回転して隙間ができた。

 内部に小さな取っ手がある。取っ手を動かすと壁が横に開いて、人が入れる隙間が開いた。

 

「やっぱり、隠し部屋かい……」

 

 一瞬、沙那と宝玄仙に話してからにしようかと迷ったが、そのまま入った。中からうっすらと光が漏れていたからだ。

 

 中に入る……。

 部屋の真ん中に大きな寝台がある。

 この匂いは……。

 微かな淫靡な香り──。

 

 これは、あの匂いだ。

 孫空女は直感した。

 宝玄仙が毎夜のように孫空女や沙那から出させる快楽の蜜の香りだ。

 女の淫液の香りだ。

 でも、なんでこんなところで?

 孫空女はその部屋の奥に、更に向こう側に進む扉があることに気がついた。

 少しだけ扉が開いている。

 光はそこから漏れているのだ。

 孫空女は、そこに進み入った。

 

「な、なんだ、これ?」

 

 思わず声をあげた。

 その部屋の床の一部が透明の床になっている。

 そして、そこから階下の浴室が丸見えなのだ。

 孫空女も昨夜、宝玄仙とその浴室を使ったが、普通の天井であり、こんな透明な場所はなかった。

 だから、この床は上から見るときだけ、こんな風に透明な部分があり、浴室が覗けるようになっているのだとわかった。

 

 事実、真下には、宝玄仙の身体を洗いながら何度も達したらしい沙那が、湯船の横の床にぐったりとなって倒れているのが見える。宝玄仙がいないところを見ると、沙那を置き去りにしてさっさと浴室を出たのだろう。

 

「沙那──」

 

 大声で呼んだが、声は通じないようだ。下にいる沙那は動かない。

 その時、なにかが動く気配を感じた。

 その湯殿の真上の部屋とさっきの寝台のあった部屋の仕切りのところで誰かが動いたのだ。

 

「誰だ──?」

 

 女──?

 孫空女の頭に走るものがあった。

 確信があったわけではない。しかし、咄嗟に感じたのは女の気配だ。

 孫空女は寝台の部屋に飛び込んだ。

 

「お前が、孫空女か?」

 

 声は背中からだ。

 さっきまで孫空女がいた小部屋だ。そこに巨大な猪の化け物がいた。頭に小さな角もある。妖魔だ。

 いつの間に背後に?

 

「お前が猪公かい、豚の化け物──。でも、どこから入った?」

 

 結界のようなものの存在は感じない。どうやって現れたのか?

 孫空女は『如意棒』を耳から出す。

 

「伸びろっ」

 

 だが、その瞬間、まるで煙のように孫空女の眼の前でその猪公が消滅した。

 一瞬だけ霊気が働くのは感じたが、結界魔法ではない──。

 だから、『移動術』じゃない。

 しかし、消えた──。

 なぜだ?

 

 不意に部屋の香りに違うものが混ざった。

 煙──。

 部屋の隅に拳くらいの大きさの草の玉がある。

 そこから激しく煙が出ている。

 その煙を吸うと途端に腰が抜けた──。

 床の上に身体が崩れ落ちる。

 これは──。

 

 毒煙──?

 

 孫空女はこの匂いを知っている。

 身体を痺れさせたり、気を失わせるための煙ではない。

 人を殺すための煙だ。

 その煙が部屋に充満している。

 

「さらに伸びろっ──」

 

 完全に身体が麻痺している。

 孫空女は気力を振り絞って叫んだ。

 外に通じる隠し扉のある壁に向かって、『如意棒』を突き出す。

 そういえば、開いたままにしておいたはずだ。

 なぜ、いま閉まっている?

 

 『如意棒』が壁に跳ね返された。

 道力がかかっている──。

 強い術が壁にかけられているのだ。

 閉じ込められた──。

 

 煙がどんどん充満する。

 もう、立てない──。

 脱出しなければ死ぬ──。

 

 『如意棒』を向こうの部屋の透明の床に向ける。

 だが、もう意識が遠くなっている……。

 力が入らない。

 手から『如意棒』が落ちる。

 

 立たなければ……。

 煙の噴き出す音──。

 それもだんだんと聞こえなくなる……。

 

 立たなければ──。

 起きなければ……。

 

 孫空女は自分が死に近づいているのを感じながら、すっと眠りの中に入っていった。



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43  妖魔の影と覗きの正体

 妖力?

 

 湯浴みを終えて客間に戻る途中で、宝玄仙(ほうげんせん)は気がついた。

 二階に微かな妖力の流れを感じたのだ。つまり、妖魔の遣う魔力だ。

 妖力を感じた方向に向かい、二階に駆けあがる。

 

能生(のうう)、なんでここにいるんだい?」

 

 妖力の変化を感じた二階の廊下に能生がいた。

 

「あっ、法師様」

 

「なぜ、ここにいるんだい?」

 

 宝玄仙はもう一度言った。

 能生はぎょっとした顔をしている。

 

「そ、そのう……、この壁でなにか音がしたような気がしたんで……」

 

「壁に?」

 

 宝玄仙はその廊下の壁に視線を向けた。

 はっとした。

 壁に結界が刻まれて道術がかかっている。

 『施錠術』だ。

 基礎術だが、扉などに道術の施錠をかける術だ。

 さっき感じた妖力はそれだったのだ。

 

「どきな、能生──」

 

 宝玄仙はその壁に霊力をぶつけた。

 宝玄仙の道術で壁にかかっていた施術が破壊されるのがわかった。だが、なにも変化がない。相変わらずのただの壁だ。

 扉ではない──。

 

「これはどうやって開くんだい、能生?」

 

 『施錠術』はただの壁にはかけられない。『施錠術』がかかっていたということはここが扉かなにかがあるということなのだが……。

 

「あっ、それ、僕わかるよ」

 

 能生が壁の下側の一画を押した。

 すると、そこに内部に操作部位がある空間が出現する。

 能生がそれを操作すると、壁に人がひとり入れるくらいの隙間が出現した。

 隠し部屋だ――。

 部屋の中は真っ暗だ。

 しかし、こっちから差し込んだ光で中が少し見えた。

 誰かが倒れているようだ……。

 そのとき、やっと宝玄仙は違和感に気がついた。

 

「これは? 能生、息を止めな──。煙を吸うんじゃない──」

 

 宝玄仙は慌てて鼻と口を押さえる。

 毒煙だ──。

 

 しかも、致死性のある『毒草』だ。それが内部に充満していて、その毒煙が廊下に溢れ始めている。

 

「誰かいるよ──」

 

 鼻と口を押さえている能生が叫んだ。

 能生が中に飛び込む。

 宝玄仙も息を止めたまま入る。

 倒れているのは、孫空女(そんくうじょ)だ──。

 すでに息をしていないようだ。

 

 宝玄仙は恐怖に包まれた。

 煙の元を見つけた。

 ふたつの『仙薬草』の球体だ。

それが燃焼して煙が出続けている。そこに発生している妖力を逆流させる。

 すぐに煙の発生が止まって、今度は室内に充満している毒煙が『仙薬草』に吸収されはじめる。

 

 一方で、能生は息を止めたまま、懸命に孫空女の身体を引き摺っている。

 宝玄仙も手伝って廊下に出した。

 能生が窓を開ける。

 外の空気が室内の空気に混ざった。

 

「ぷはあっ」

 

 もう廊下にも部屋の中にも毒気がほとんどなくなっている。

 宝玄仙は動顛する気持ちを懸命に落ち着けながら孫空女の身体に屈みこんだ。

 孫空女に最大限の霊力を送り込む。

 

 間に合うか──?

 孫空女の胸が微かに上下を始める。

 ほっとして全身の力が抜けた。

 

 よかった……。

 死んではいない……。

 全身の毛穴から一斉に汗が流れた。

 本当によかった……。

 

 いまだに宝玄仙の霊力は孫空女に注ぎ込み続けている。だんだんと赤みの差してきた孫空女を見て、あの数瞬遅ければ、もしかしたら間に合わなかったかもしれないと思ってぞっとした。

 

「もう、大丈夫だよ、能生。ありがとう……」

 

 宝玄仙は横で心配そうな視線を向けている能生に微笑を向けた。

 

「い、いえ……。で、でもこれはどいうことですか……?」

 

「孫空女は罠に嵌って殺されかけた……。そういうことだろうね……。ところでここはどういう部屋だい?」

 

「こ、ここは、あいつが……、高太公(こうたいこう)殿が性癖を満足させる部屋さ」

 

 能生が吐き捨てるように言った。

 

「性癖?」

 

「部屋の中には下の湯殿を覗ける部屋がある。そこで覗くんだ。それに性の相手を連れ込むための寝台もね。ここに監禁もできるように、そとから鍵もかけられるんだ」

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちをした。

 あの狒狒爺め──。

 

「とにかく、悪いけど何人か呼んできておくれ。孫空女の身体を客室に運ばせたいんだ……。霊力を使って回復させたけど死にかけたんだ。数日は起きあがれないだろうからね」

 

「わかったよ」

 

 能生が駆け出した。

 

 

 *

 

 

 高太公が蒼い顔をしている。

 沙那(さな)が問い詰めると、簡単に二階の隠し部屋のことを白状した。

 ついでに、初日に沙那が入浴したときに、そこで沙那の湯浴みを覗いていたことも白状した。

 沙那は呆れかえった。

 

 ここは屋敷にある一階の一室だ。これまで使っていた二階の客間には、孫空女を休ませているから、別の部屋を使わせてもらっているのだ。

 宝玄仙から事情を確認した沙那は、すぐに高太公をここに呼び出して詰問した。

 高太公は、あの覗き部屋のことをあっさりと告白した。

 

「つまりは、あの部屋はお前が淫靡な行為をするための部屋ということだな、高太公」

 

 宝玄仙も呆れた様子で言った。

 

「い、いまは、使っておりません……。妻が死んでからは……」

 

「使っておったろう───。その沙那の裸を見たのであろう?」

 

「それは……、そうですが……」

 

 高太公は顔中にびっしょりと汗をかいている。

 

「それでどうであった、沙那の身体は? この聡明そうに見える美女の内側の淫靡な肉体を覗き見した結果は──?」

 

「ご主人様──」

 

 話があらぬ方向に行くようで沙那はたしなめた。隅に座っている能生は、なぜか腹をたてている様子で高太公を睨んでいる。

 沙那の言葉に、宝玄仙が肩をすくめた。

 

「と、とにかく、高太公殿──。もう隠していることがあっては困ります。わたしたちはこの屋敷のどこかに、妖魔の出入口になる結界が刻んであると思っています。しかし、いまのところ、それは見つかりません」

 

「その妖魔の出入口とは……?」

 

 高太公がおずおずと訊ねた。

 

「『移動術』という術があります。あらかじめ刻んだ結界から結界に道術で移動するのです。つまり、この屋敷のどこかに、その妖魔が刻んだ結界の紋様があれば、そこに妖魔が出現することが可能になるのです」

 

「それが、あの部屋に?」

 

「残念ながら、あそこにはそういう結界の出入口はありませんでした……。でも、孫空女はあの部屋に出現した猪公(ちょこう)に遭ったようです。それに、孫空女が殺されかけた『仙薬草』も霊具です。霊具は妖力がある者しか扱えません。だから、この屋敷になんらかの道術を扱える存在が出入しているのは間違いありません」

 

 沙那は言った。

 

「確かにあの隠し部屋には『移動術』の結界紋はなかったな。あったのは簡単な『施錠術』の施術痕だけだった。それはわたしが確認した……。しかし、その代わりに浴室が覗ける透明の床の部屋はあったがな……。驚いたぞ、高太公」

 

 宝玄仙が腕組みをしながら高太公を睨んだ。

 高太公はますますうな垂れた。

 だが、宝玄仙は怒っているというよりは、事態を愉しんでいる気配すらある。

 孫空女が死にかけていたときの宝玄仙は、すっかりと動揺していたようだが、もう大丈夫と悟った途端、いつもの調子に戻った。

 沙那と一緒に隠し部屋に戻って、浴槽を天井から覗ける仕掛けを見つけたときには、怒るのかと思えば大笑いしていた。

 沙那は呆気にとられて、それを横で見ていた。

 

「それで、わたしの身体も見たか、高太公?」

 

 宝玄仙が高太公をからかうように言った。

 

「とんでもありません、宝玄仙殿──」

 

 高太公がびっくりしたように首を振る。

 

「なぜだ。興味がないか? この沙那に勝るとも劣らぬ身体だと自負しておるのだがな……」

 

「いや……、き、機会がなくて……、たまたま……」

 

「では、機会があれば覗いたのだな?」

 

 宝玄仙がさらに言った。狼狽える高太公の顔の汗が酷いものになった。

 

「覗きのことは、もういいじゃないですか、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙が高太公の覗き趣味をからかって遊んでいることはわかっている。

 裸身を見られていたことには腹は立つが、どうやら覗きのことと妖魔とのかかわりは薄いようだ。

 

「それで、高太公殿、ほかに隠していることはありませんか? ほかにも隠し部屋があるとか……?」

 

「そ、それはありません、沙那殿」

 

 高太公が言った。

 

「本当ですね?」

 

「誓って」

 

 高太公が嘘を言っている様子はない。

 すると、やはり妖魔の出入口となる結界は屋敷にはないのだ。

 沙那も調べてみたが二階の隠し部屋を含めれば、一階の広さと二階の広さは一致する。地下室でもあれば別だがほかに部屋はないはずだ。

 宝玄仙もあの隠し部屋には、『移動術』の術痕はないと断言したし、あの隠し部屋以外の屋敷のあらゆる場所については、孫空女が調べ尽くしている。

 つまり、この屋敷には『移動術』の形跡はない。

 しかし、孫空女は、あの隠し部屋で不意に出現した妖魔と遭遇している。なんらかの手段で妖魔は、この屋敷にやってきているのだ。

 

「ところで、この屋敷に出入りする女には、誰と誰がおるのだ?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「女ですか……? いまは娘の(あかい)だけです」

 

 高太公が言った。

 

「朱だけ? 店で働いている女は?」

 

「屋敷側には来ません」

 

「朱を世話するような女中は?」

 

「あれは自分のことは自分でやります。以前は女中も雇っておりましたが、妻に先立たれて、上の娘三人が片付くと、屋敷のことについては手間がかからぬようになり使わなくなりました。まあ、食事の支度などをする者が交替で来ることはありますが、常時、おるのは、わしと朱、そして、その能生くらいでしょう」

 

「じゃあ、ここ数日の間に、お前は娼婦でも屋敷に連れ込んだか?」

 

「まさか――。宝玄仙殿らがおられるのに……。しかも、この妖魔騒動のさなかにそんなことを──」

 

「誓って本当だな、高太公?」

 

「誓ってです。もう、隠し事も偽りもありません」

 

「すると、朱ということになるな……」

 

 宝玄仙が呟いた。

 

「なにがですか、宝玄仙殿?」

 

 高太公が宝玄仙の呟きに反応した。

 

「父親のお前には、まだ言えんな。確証があれば教えてやる」

 

「はあ……」

 

 高太公が不審な表情をした。

 

「行ってよいぞ、高太公」

 

 宝玄仙がそう言うと、高太公は部屋を出ていった。

 

「屋敷にいる女の存在がなんだというのです、ご主人様?」

 

 沙那は扉が閉まって高太公がいなくなると、沙那は宝玄仙に訊ねた。

 

「あの隠し部屋だよ、沙那」

 

「あそこがどうかしましたか、ご主人様?」

 

「お前は気がつかなかったかい? あの部屋に寝台があったろう、沙那」

 

「もちろん、寝台には気がつきましたが……」

 

 寝台がなんだというのだろうか……。

 

「あの寝台から蜜の香りがしたよ。女が情交のときに発するあの独特の淫靡な香りがね……。あの部屋で性をむさぼった女がいるよ、沙那……。しかも、ここ数日のうちにね……」

 

「えっ?」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 

「少なくとも、あの隠し部屋の存在を知っていたのは高太公だけじゃないということさ。この屋敷で働いている淫乱な女中が、仕事の最中に隠れて情事するために使っていたということも考えられるけど、普段は女は朱しかいないのであれば、あの部屋を使ったのは朱の可能性が高いさ」

 

 宝玄仙が言った。そして、能生に視線を向けた。

 

「能生、朱をここに呼んできな」

 

「お嬢さんを? なぜです?」

 

 能生がびっくりしたような声をあげた。

 

「高太公がこの数日の間に屋敷にいた女は娘の朱くらいだと言っている。ならばあの隠し部屋で性を貪ったのは、朱しかありえないからだよ──。妖魔に関係があるかどうかわからないが、誰と性を貪ったか白状させてやるよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。まさか、お嬢様に限って──」

 

 能生が首を横に振った。

 

「お前の意見なんて聞いちゃいないよ、能生──。朱を詰問すればわかることだ。それよりも、早く行くんだ、能生」

 

 宝玄仙が能生を促すように片手を振った。

 

「あ、あいつが隠している可能性もあるでしょう。高太公が──」

 

 能生が叫ぶように言った。

 

「それはないな、能生……。高太公からすれば、女を連れ込んだことを隠してどうなる? あれが娼婦を隠し部屋に連れ込もうと、いまさら咎める者はおらん。わたしらも、それを聞いて、とやかく思ったりはせん」

 

「相手は娼婦じゃなく、ここで、働いている者かもしれないよ。もしかしたら、お客様の場合だって……」

 

「働いている者や客だって……?」

 

 宝玄仙が眉をひそめた。

 

「だ、だから、隠しているのかもしえないよ……。客に手を出すなんて評判に関わるからね──」

 

「なぜ、そう思うんだ、能生?」

 

 宝玄仙がじっと能生に視線を向ける。

 

「だって……」

 

「だってなんだい、能生?」

 

「わ、わかったよ。言うよ……。あいつは僕が屋敷に行き倒れかえていたのを助けてくれた後……」

 

 能生が顔を赤くして俯きながら言った。なんだか言い難そうだ。

 

「どうしたのだい?」

 

「この屋敷で僕を犯そうとしたんだ──」

 

「お前をかい?」

 

 宝玄仙が目を丸くしている。

 

「僕は抵抗して逃げたから助かったけど、ほかにも手を出している可能性もあるよ──。だからあの隠し部屋を使ったのは、やっぱりあいつなんだよ……」

 

 能生が主人である高太公を“あいつ”呼ばわりするのは、そういうことだったのだと沙那は思った。

 

「だけど、あの蜜の匂いは女の匂いだよ。男と男が情事をしたときの匂いじゃないね」

 

 宝玄仙が能生を見る。

 

「だ、だから僕だけじゃなくて、ほかにも店の者や客を連れこんでいるんだよ」

 

 能生は声をあげた。

 

「ならば、もう一度、高太公を詰問するか、沙那?」

 

「無駄でしょう……。娼婦を連れ込んだことは隠す必要はありませんが、働き手や客に手を出すとなれば別です──。商売をしている高太公殿からすれば隠しておきたい秘密です。妖魔と関わりがあるという証拠でもあれば別ですが、そうでなければ知らぬ存ぜぬで押し切るでしょう」

 

「まあいい……。いずれにしても、妖魔がどこから出現しているかだねえ……」

 

 宝玄仙が息を吐いた。

 

「とにかくご主人様も気をつけてくださいね。孫空女でさえ、死にそうになったのですから……。高太公殿にお願いしてこの屋敷をご主人様の結界で包ませてもらってはいかがですか?」

 

「そうだねえ……。でも、わたしの結界で包んでしまえば、逆に屋敷には妖魔も出てこれなくなるね。妖魔がこなくなるのはいいのだろうけど、それじゃあ、手掛かりもなくなってしまう。わたしらが旅を再開すれば、結界の力もなくなり、また出てくる。そうすると、なんにもならない……」

 

「そうですねえ……」

 

 沙那も頷くかなかった。

 宝玄仙の言うとおりであり、防護結界としては宝玄仙の『結界術』は強力すぎるのだ。宝玄仙の結界で屋敷を包んでしまえば、妖魔の出入りは不可能になり、手掛かりを掴む可能性がほとんどなくなってしまう。

 

「まあ、“あれ”さえ、手放さなけりゃあ、妖魔が、このわたしを狙っても大丈夫だろうけどね……」

 

 宝玄仙が不意に言った。

 

「“あれ”……ですか?」

 

 沙那は宝玄仙に視線を向けた。

 

「このわたしを護っている“あれ”だよ。流石に“あれ”がなくなれば、このわたしも妖魔の妖力に抵抗できなくななるかもしれないけど、肌身離さずもっているから問題はないよ、沙那」

 

 宝玄仙は胸を軽く叩いて笑った。

 

 

 *

 

 

(あかい)です」

 

 部屋の外から言った。

 

「どうぞ───」

 

 沙那の声がする。

 部屋に入ると沙那がひとりでいた。宝玄仙はいないようだ。

 

「食事は二階のこちらの部屋でなさるとお伺いをしましたので……」

 

 小さな車輪の付いた運搬台に乗せて運んできた食事を室内に運び入れる。

 これまでの宝玄仙たち三人の食事は、店側の厨房で支度したものを店の者が運び入れて屋敷の一階に準備していた。

 しかし、今日からは二階で食べたいというので朱が運んできたのだ。

 高太公は一階はともかく、二階部分に店の者が出入りすることを嫌う。それで朱が運んできたのだ。

 

「そこに置いてください、朱さん……。それにしても、あなたがわざわざ?」

 

「はい」

 

 沙那が立ちあがり食事を載せた膳を部屋の卓に並べだす。朱も一緒に配膳をする。

 

「ところで、少しお話しない、朱さん」

 

 料理の配膳が終わると沙那が言った。

 朱は自分の振動が激しく鼓動をはじめるのがわかった。隠し部屋の騒動のことは朱も当然知っている。だから、なんらかの探りを入れてくる可能性があると覚悟はしていた。

 しかし、なんとしても白を切り通さなければならない。

 あの人のためにも……。

 仕方なく沙那と向かい合う長椅子に腰掛ける。

 

「あのう……。神官様と孫空女殿は?」

 

 とりあえず、朱は言った。毒気にやられて起きあがれない孫空女はともなく、あの宝玄仙がなにかに気がついて動いているということであれば、その情報を得て、あの人に警告をしなければならない。

 

「ご主人様は二階で孫女を診ているわ……。なにしろ、毒煙を吸って死にかけたから、まだまだしばらくは、定期的に霊力を送り続けなければならないんだって……」

 

 ほっとした。ならば宝玄仙もまた自由には動けないのだ。

 

「だったらおふたりの食事は、そちらに持っていった方がよかったでしょうか……。いずれにしても、孫空女殿には病人食がよろしいでしょうから、別に流動食を準備しているのですが……」

 

 ここに持ち込んだ食事は、沙那と宝玄仙の分だけだ。孫空女の分は指示を受けてから運ぶつもりだったのだ。

 

「いいのよ……。ご主人様は終わればすぐにここに来るわ。孫女は多分、まだ食事はできないと思うの───」

 

「そうですか」

 

 朱は頷いた。

 

「ところで、朱さん。孫女……、いえ、孫空女が災難に遭ったことを聞いたわね」

 

 沙那がじっと朱を見た。

 やはり、探りを入れてきたのだと思た。

 沙那は口元に微笑みを湛えているが視線は鋭い。朱からなにかを引き出そうとしているということは間違いないだろう。

 

「はい……。隠し部屋ですね」

 

 すると沙那の視線が朱に突き刺さってくる。思わず視線を避ける。

 

「あの場所の目的を知っていた?」

 

「も、目的って……」

 

「隠し部屋の目的よ。あの部屋には寝台があるのよ……。男女が情事をするね……。もちろん、男女だけとは限らないだろうけどね……。それに浴室を上から覗ける仕掛けもあるの……。わたしも覗かれていたらしいわ。あなたのお父さんに……」

 

「そ、それは──」

 

 朱はなんと応じていいかわからずに口ごもった。

 

「あなたも、知っていたわね──。あの隠し部屋が存在していて、わたしたちが湯殿を使えば、そこから覗き見される可能性があることを……」

 

 沙那がじっと朱の顔を見てくる。

 

「そ、そんなことは知りませんでした──」

 

 朱は声を荒げた。

 しかし、本当は知っていた。それに使っていた……。

 あの部屋───。

 あの寝台を───。

 朱はあそこで性欲の塊りのような身体にされたのだ。寝台に縛りつけられ、全身を手や舌や魔具で愛撫されて、狂ったような淫情に耽る色情狂のような肉体に調教されたのだ。

 いまでも股間が疼いている。行き場のない快楽への渇望が朱の身体を沸騰させている。

 自分の手ではもう満足できない。あいつでなければなぜか満足にいけないのだ。だからいくら自慰をしても快楽を止められたような欲求不満しか感じない。

 この性の乾きを癒すには、あの部屋に行き、あいつに抱かれるしかないのだ。

 あの途方もない愉悦が欲しい……。

 

 それなのに、あの騒動のお陰でしばらくはもう使えなくなった。少なくともこの巫女たちが屋敷を出ていくまでは……。

 だからこの乾きは癒えない。

 こいつらがいなくならなければ……。

 

「あなた自身が使ったことはある?」

 

「あ、ありませんよ──」

 

 慌てて言った。

 

「でも、高太公殿は使っていたそうよ。しかも、わたしの裸身を覗いていたこを白状したわ……」

 

「ち、父がですか?」

 

 朱は驚いた表情をわざとを示したが、実はずっと前から、父の高太公の覗き趣味のことは気がついていた。

 宿町一の分限者というだけあり、時折、客は来る。

 そして、若い女の客が来れば自慢の浴室で湯を使わせ、それを覗くのだ。

 もっと若い頃には、あの部屋に女を連れ込んだこともあったらしいが、いまでは覗き見だけで満足してしまうようだ。

 

 それを知ったときは、生まれて初めて父親を軽蔑した。

 汚いものだと思った。

 いまはそう思わない。

 父親にも性欲がある。

 朱にもあるように──。

 誰でもそういう部分がある。

 男でも……。

 女でも……。

 堪えきれない淫らな欲望は存在する……。

 

「わたしや孫空女はねえ……。ご主人様の身体を自分たちの身体で洗うのよ。それは知っていた……?」

 

 沙那が妖しい視線を向けながらそんなことを言った。

 朱は驚いたが、もっとびっくりしたのは、沙那が立ちあがって、朱の腰掛ける長椅子にやってきたことだ。

 沙那は朱のすぐ隣に身体を密着させるように腰掛けてきた。

 居心地が悪くなり朱は身体をずらそうとしたが、沙那の手が朱の腕を軽く掴んで朱が離れることを妨げた。

 

「ねえ、知っていた?」

 

 沙那の顔が朱の顔に密着するように寄ってきた。

 

「し、知りません」

 

 朱は、慌てて首を横に振る。

 だけど、実は、それも朱は知っていたのだ。

 この沙那が宝玄仙の身体を洗う様子をあの部屋から見ていたのだ。

 この強そうな供の女剣士が奴隷のような振舞いで宝玄仙を奉仕していた。

 それを見て、息の止まるような興奮を覚えた。

 

 この沙那のような女にもあんな面があるのだと思った。

 貞節な外見の宝玄仙という教団の女法師にも、朱と同じような淫らな部分がある……。

 

 それを見ながら、あの隠し部屋で朱は自慰をした。だが絶頂には達しなかった。

 いや、達するのだが、朱が求めていた頂点ではない。

 朱を愛撫するのが、あいつの指でないからだ。

 一度達してからも、朱は狂ったように朱は自慰を続けた。

 

 宝玄仙たちが湯殿で淫らに戯れるのを見ながら自慰を……。

 決して絶頂に達することのない自慰──。

 それは狂おしく精神を蝕む。

 

 あいつに抱かれていると思いながら、股間をまさぐった。縛られた身体を触られて、いやらしい言葉を耳元でささやかれながら、あいつに抱かれているのだと想像した。

 

 そこに孫空女がやってきた。

 咄嗟に隠れたが、猪公が出現しなければ、すぐに見つかっただろう。

 だが、猪公が出現した後のことを朱は知らない。猪公に孫空女の注意が集まった隙に隠し部屋を脱出したからだ。

 その直後、孫空女が殺されかけるとは、もちろん知る由もない。

 

「あの奉仕は大変なのよ……。なにせ自慰をしながらご主人様の身体を洗うようなものだから……」

 

 なぜ、この女はわざわざこんなことを言うのだろう……。

 朱とあいつの関係について、どこまで気がついているのだろうか……。

 緊張で背に冷たい汗がどっと流れるのを感じた。

 あまりもの緊張に耐えきれなくなり、朱はもう逃げようと思った。しかし、立ちあがろうとした朱の腿をぐいと沙那の手が押さえた。

 

「ちょ、ちょっと沙那さん──」

 

 朱はびっくりして声をあげた。いまや、沙那は完全に朱に半身を預けるような感じで身体を朱に摺り寄せてくる。

 

「淫らな匂いがするわ……」

 

 沙那がぽつりと言った。

 

「えっ?」

 

 不意に身体が揺れた。

 なにが起きたのかわからなかった。

 視界に天井が映った。

 沙那が朱の身体を長椅子倒したのだとわかったのは、沙那の手が朱の下袍の下から入ってくるのを感じてからだ。

 

「ちょ、ちょっと、いやよ──」

 

 朱はもがいた。

 しかし、沙那の身体は完全に朱の上になっている。しかも、沙那の指は、すでに無遠慮に朱の股間をまさぐっていた。

 股布の中に沙那の指が侵入した。

 朱の股間の亀裂から陰核の添って、すっと沙那の指が動いた。

 しかも、二度、三度……。

 

「や、やめてくださいっ」

 

 朱は絶叫して、そのまま身体を長椅子から床に転げさせた。そして、床を這って沙那の腕から逃げた。

 しかし、沙那はすぐに椅子に座り直して、なにもなかったかのように最初に座っていた長椅子の向かいの椅子に座り直した。

 朱に向かって指を見せた。

 その指の先にどろりとしたものがついている。

 たったいま朱の股間をまさぐっていた指だ。

 その指先に粘性の汁がべっとりとついている。

 

「こんなに濡れている……。淫らね……。あなたもわたしと同じ……」

 

 沙那が淫靡に笑った。朱は自分の背筋が舐められているような錯覚に陥った。

 

「も、もう、行きます──。沙那さんがこんなことをするとは思いませんでした──」

 

 朱は叫んだ。

 そして、部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

「ご、ご、ご主人様──」

 

 朱が部屋を出ていくと、隠れていた沙那が飛び出してきた。

 

「そんなに興奮するもんじゃないよ、沙那……」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「じょ、冗談じゃありません──。わたしの姿であんなことしないでください──」

 

 沙那が真っ赤な顔をして叫んだ。

 宝玄仙は『変化(へんげ)の指輪』の効果を解いて、沙那の姿から宝玄仙の姿に戻った。

 

「なんでだい? 別にいいだろう?」

 

「よくありませんよ。朱さんに変態だと思われたじゃないですか──」

 

「変態だろう、沙那は……」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 

「ご主人様ほどじゃありありませんよ──。だ、だいたい、わたしの姿になる必要が本当にあったんですか……?」

 

「あったよ。宝玄仙という貞節な教団の法師が実は変態だと思われたら困るしね……」

 

「わ、わたしならいいんですか──。それに、いまさら……」

 

「いまさら、なんだい……? それに、さっきから耳元で怒鳴るんじゃないよ──。お前に実害はないだろう。それよりも、これ……」

 

 宝玄仙は朱の淫液のついた指を示した。

 

「そ、それがどうかしたんですか?」

 

 沙那が顔を赤らめた。

 

「あの隠し部屋に残っていた匂いと同じ匂いだよ……。やっぱりあの部屋を使っていたのは朱だね」

 

 宝玄仙は指についたものを口に含んだ。

 

「それと、微かだけど、この愛汁には、ほんの微かだけど妖魔の妖力を感じるよ、沙那」

 

「妖魔?」

 

 沙那が真面目な表情になった。

 

「朱は妖魔に憑りつかれているよ。すでにね……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「しゅ、朱さんをもう一度、問い詰めます」

 

 沙那が部屋の外に出ようとした。

 その時、部屋の外から、けたたましい朱の悲鳴が聞こえた。



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44  男装少女の変態志願

 悲鳴が聞こえたのは二階の隠し部屋の方向だ。

 沙那(さな)は細剣を掴むと階段を駈けあがる。

 宝玄仙(ほうげんせん)も一緒についてきた。

 階段をのぼったところに能生(のうう)が倒れていた。

 耳の横に血が滲んでいる。

 沙那を認めて、能生が沙那の脚を強く掴んだ。

 

「どうしたの、能生──?」

 

 沙那は能生の身体にしゃがみ込んだ。

 

「この先に猪の妖魔が……。そ、それに……、お、お嬢様を……」

 

 能生がそれだけを言ってぐったりとなった。

 慌てて、能生をそのままにして廊下を走った。

 

「沙那、探し物の移動結界だよ」

 

 宝玄仙が後ろから叫んだのが聞こえた。

 廊下の突き当たりに栗鼠の化け物がいた。

 猪公(ちょこう)じゃない――。

 別の妖魔だ。

 身体の大きさは人間と同じくらいだろう。だが姿は栗鼠そのものであり大きな茶色の房尾もある。随分と小さいが頭に妖魔の特徴である角がある。

 

「お前は誰だい──?」

 

 宝玄仙が言った。

 

鳴戸(なると)だね」

 

 その栗鼠の化け物が言った。

 

(あかい)さんはどうしたの──」

 

 沙那は剣を構えたまま言う。

 

「猪公が連れて行ったね。もう、遅いね──。俺を殺すと、向こうで猪公が娘を殺すね。そういうことになってるね。そう言えと言われたね」

 

 沙那は舌打ちをした。

 宝玄仙に振り返る。宝玄仙はすでに沙那のすぐ後ろまで追いついている。

 

「作ったばかりの結界紋のようだ……。その壁が『移動術』出入り口になっている。だが、もう閉鎖されている。どこに行ったかは、もう追えないよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「お前は妖魔ね?」

 

 沙那は剣を鳴戸に構えた。

 

「そんなようなものだね。だけど違うね」

 

「違う……?」

 

「そうだね……。妖魔じゃないね」

 

「妖魔じゃなけりゃ、なによ――?」

 

「それ以上は近づくんじゃないね、沙那……。それよりも伝言があるね、宝玄仙と沙那にね……」

 

 鳴戸が言った。

 

「伝言? 猪公からの?」

 

「誰からでもいいね。用件は身代金だね。金粒の入った袋三個……。それを持って、雲桟洞(うんせいどう)に持ってくるね」

 

「身代金? 持参金じゃなくて?」

 

 沙那は言った。

 

「身代金だね……。俺たちは最初からそれしか言っていないね──。雲桟洞は知っているかね?」

 

「宿町の外れの祠でしょう?」

 

「そうだね……。そこに身代金を持ってくるね」

 

「わ、わかったわ……。わたしが持っていくわ」

 

「駄目だね……。お前は強いね……。あの男が持ってくるね。さっきの弱い男ね」

 

「能生のこと……?」

 

「そうだね……。その能生が持ってくるね。どうせ大した怪我じゃないね」

 

「能生は関係ないでしょう──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「お前らは、もっと関係ないね」

 

 鳴戸は言った。

 

「わ、わかったわ……。とにかく、能生に伝えるわ……。でもそうすれば、朱さんは返すのね、鳴戸?」

 

「身代金を貰えば文句はないね。俺たちはまた旅に出るね。朱は人間だから連れて行けないね……。連れていっても仕方がないから置いていくね」

 

「猪公は朱さんと結婚するつもりなんじゃないの?」

 

 高太公(こうたいこう)の話によれば、そういうことになっていたはずだ。

 猪公が要求していたのは朱を嫁として猪公に差し出すためであり、その約束を反故にしようとした高太公の態度に腹を立てて、持参金を追加して要求したのだいうことだったはずだ。

 だが、この鳴戸の言うことは、それとは若干異なる気がする。

 

「猪公は人間じゃないね……。朱は人間だね……。結婚するわけがないね。お前、おかしなことを言うね」

 

 やっぱり、どうも話が違う……。

 どういうことだろう……?

 

「猪公は、朱さんを嫁にもらうと言ったんじゃないの? 幼いときの朱さんを助けたときの条件はそういうことだったんでしょう?」

 

「確かにそういうことになっているね……。でも、いくらなんでも娘を妖魔の嫁に差し出せなんて可哀そうだね──。だから俺たちは代わりに身代金でもいいと言ったね……。だけどそれを支払いたくない高太公が山狩りをしたね……。そして、それが駄目だとあんたらを雇ったね」

 

 そういうことかと思った。

 そう言えば、最初に宝玄仙が報酬の話をしたときに随分と抵抗していた。高太公は、ただ財を使いたくなかっただけなのだ。そして、もともとこの話は高太公が素直に財を使えば済むことだったのだ。

 なんだか急に馬鹿馬鹿しくなった。

 

「金粒を三袋持って来ればいいのね? 高太公殿にそう言うわ」

 

「能生が持ってくるね……。ひとりでね。そうじゃないと朱は死ぬね」

 

「能生の安全は保障するんでしょうね……?」

 

「娘は身代金を貰えば解放するね……。そう言っていたね──。能生のことは知らないね。俺は言われたことを伝えているだけだね」

 

 鳴戸は言った。

 

「じゃあ約束できないわ」

 

「ぼ、僕なら。大丈夫です……。い、行くよ……」

 

 頭を押さえながら能生がやってきた。まだ、少し頭から血が流れている。

 

「能生?」

 

「だ、大丈夫だよ、沙那さん……」

 

 能生が苦痛に歪んだ顔に笑みを浮かべた。

 

「なら、これで問題ないね。後は、高太公が素直に金を払うかだね」

 

「払わなければ、この細剣を高太公殿に向けるわ──」

 

 沙那は言った。

 今度こそ、とっちめてやる──。

 

「ならいいね……」

 

 鳴戸の顔に表情はないがなんだか微笑んだように感じた。

 

「……沙那、結界で向こうに行かせるんだ……。『移動術』を使った直後ならわたしには行き先を追うことができる……。このまま追うよ……」

 

 宝玄仙が耳元で囁いた。

 沙那は微かに頷いた。

 

「行っていいわ、鳴戸──。わたしはあなたを攻撃しない」

 

「じゃあ、雲桟洞の祠で能生を待っているね」

 

 鳴戸は蒸発するように消滅した。

 

「ご主人様──?」

 

 沙那は振り返った。

 

「しまった──。これは、『移動術』の術じゃない。あいつは使い魔だよ──」

 

 宝玄仙が口惜しそうに言った。

 

「使い魔?」

 

「“使徒”とも呼ぶよ。普段はなんでもないものに憑依して術で姿を出現する技だ……。だからわからなかったんだ。『移動術』で結界を使って出入りをしていたわけじゃないんだ。最初からこの屋敷にあるなにかに憑依していたんだ。それで出現したり、消えたりしていたんだね」

 

「だったらこの場所のどこかに?」

 

 沙那は周囲を探した。

 

「探してもわからないよ……。憑依する対象は本当になんでもないものでいいのさ。石ころでも、砂粒でも、ただのがらくたでもね……。普段はその憑依している対象から霊気は発散しない。だから妖力の流れを追えないよ」

 

「そうだとしても、鳴戸を憑依させている対象物は、この近くにあるのではないのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「沙那、ここから先はわたしの当推量だけど、おそらく、鳴戸を憑依させていた対象物は、もうないと思う。おそらく猪公が朱と一緒に持っていったはずだ……。使徒が出現した後で憑依対象物が移動しても、どんなに使徒と憑依対象物が離れても、その対象物に戻るからね。さっきの鳴戸が消滅したとき、この屋敷のどこにも鳴戸が戻る妖力の流れを感じなかったよ」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「なるほど、つまり、あの伝言のために使徒の鳴戸を残しておいたのですね。それなら『移動術』のための結界を封鎖しても、使徒の鳴戸は彼らの棲み処に戻って来られるし……」

 

「それだけじゃないよ、沙那。使徒だったら危険はない。やられても憑依対象物に戻るだけさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「と、とにかく、お嬢様のことだよ、法師様、沙那さん……」

 

 能生が口を挟んだ。

 

「そうだね……。じゃあ、まずは、父親の高太公に、朱が誘拐されたことを話して身代金の金粒五袋を準備させないとね……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ? 確か鳴戸の要求は金粒三袋では……」

 

「お前は馬鹿かい、沙那。三袋準備して連中に三袋渡せば、わたしらには、なにも残らないじゃないかい。残りはわたしらの駄賃よ」

 

「だ、だって、そんな……」

 

 それでは詐欺だ。犯罪ではないか……。

 

「黙りな、沙那──。元を糺せば、お前が路銀を帝国紙幣に替えてしまったことから始まるんだよ……。お前は命令された通りに、高太公にその剣を突きつけて金粒を五袋準備させるんだよ。くだらないお説教はやめな──」

 

「はい……」

 

 沙那は不承不承頷いた。

 

 

 *

 

 

 高太公はやっとのこと、金袋を準備したらしい。

 かなり渋ったようだが、本当にあの沙那は細剣を突きつけたようだ。

 これについては、店側でもかなりの話題になっていた。

 なにせ、あの吝嗇で有名なこの店の主人が、娘のためとはいえ金粒五袋も準備したのだ。

 とにかく、金粒五袋は宝玄仙の部屋に運ばれた。

 そして、能生は宝玄仙に呼ばれて、いまふたりがいる部屋に向かっていた。

 おそらく、高太公が準備した金袋を受け取るためだろう。それを持って、雲桟洞の祠に行く。

 それですべてが終わるはずだ。

 

「能生です」

 

 宝玄仙たちが待っている部屋の戸を叩いた。

 返事があり、能生は中に入った。

 部屋の中ではと宝玄仙や沙那が待っていた。ふたつの一人用の椅子とそれに向かい合うように長椅子があり、宝玄仙は一人用に座り、沙那は長椅子に座っていた。

 宝玄仙はなにかにやにやしている。それに比べて、沙那は少し不機嫌そうだ。

 

「わかっているね、沙那……。情熱的にだよ……。逆らうと能生の前で地獄の連続絶頂だ……。わかっているね」

 

「わ、わかっていますよ、ご主人様……。ああ、能生……。そこに座ってくれる」

 

 沙那は自分の腰掛ける長椅子の横を示した。

 なんだか様子がおかしい。

 能生はおかしな違和感を覚えた。

 

「はい……」

 

 とにかく言われるままに沙那の隣に座った。

 するといきなり沙那に抱きつかれた。

 沙那の唇が能生に近づく。

 

「な、なに?」

 

 思わず両手で沙那の顔を引き離す。そして、沙那の身体を横に押しのけた。

 

「い、痛い。あ、あなた結構力強いのね、能生……。で、でもなんで……?」

 

 口づけをしようとして能生に力づくで横に押しやられた沙那が、眼を白黒させている。

 いったいなんなんだ。

 

「なんでもいいんだよ、能生……。さっさと、この沙那と口づけするんだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「り、理由を言ってよ──」

 

「ええっ。ご主人様が説明してくれたんじゃないの?」

 

 沙那も当惑している。

 宝玄仙は相変わらず大笑いしている。

 どうやら、この宝玄仙のなにかの悪ふざけに沙那も能生も乗せられたようだ。

 能生もすでに気がついていたが、貞節な天教の巫女だという宝玄仙の外面は偽者だ。実際には、この屋敷の主人の高太公以上の変態ではないかと思い始めていた。

 

「ご、ごめんさない、能生。説明するわ。わたしにあなたの唾液を飲ませてくれる? そうすれば、あなたに変身できるの。そして、わたしは、あなたになって雲桟洞の祠に行くわ」

 

「ええっ、どうして──?」

 

「もちろん、危険だからよ──。妖魔の棲み処にあなたに行かせるわけにはいかないわ」

 

 沙那は言った。

 

「で、でも、僕の仕事だ」

 

「あなたの仕事じゃないわ。わたしたちの仕事よ。妖魔退治を引き受けたのはわかしたちだから……」

 

 沙那の口調には妥協の余地も、付け入れる隙もなさそうだ。沙那は、どうやら本当に能生の代わりに、雲桟洞に向かって妖魔と接触するつもりなのだ。

 

「もう、妖魔退治の駄賃の金袋二袋も手に入れたしね……。まあ、少しは働いてやらないと完全に騙したみたいで目覚めも悪いしね。一応、朱は取り戻してやるさ……。心配しなくても、沙那は剣の達人なんだよ。体術だって極めている。そこらの男じゃかなわないほどに強いのさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そ、それにしても、変身ってなにさ?」

 

 能生はまだ身を護るように、両手で自分の胸を抱くように手を置いている。

 

「だから、ここに『|変化[へんげ]の指輪』という霊具があるのよ。これをつけて変身したい相手の唾液を飲むと、相手の姿に変わるの……。だから、少しだけ我慢して」

 

 沙那が能生にまた顔を寄せてくる……。

 

「わあっ。待ってたらあ……」

 

 能生は声をあげた。

 

「能生、沙那に与えるのは、唾液じゃなくてもいいんだよ。そっちにするかい……」

 

「唾液じゃなければなに?」

 

「精液だよ……。その下袴(かこ)を脱ぎな。わたしが命令すれば、沙那はお前の股間をしゃぶってくれるよ。そっちがいいかい……?」

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那が真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「お前に聞いていないよ、沙那……。わたしは、この坊やに訊ねているんだよ」

 

 宝玄仙がにやにやしている。やっぱり変態だ……。

 

「だ、唾液でいいよ……」

 

 仕方なく言った。

 

「じゃあ……」

 

 沙那の唇が迫る。

 

「そ、その前に、ひとつだけ言っておかなければならないことが……」

 

 能生が言うと沙那の顔が止まった。

 

「まだなにかあるの、能生……? 気持ちはわかるけど、我慢してよ。別に変な気持ちで口づけをするわけじゃないのよ……」

 

 沙那が当惑したように言った。沙那の顔は能生の顔の眼の前だ。息もかかるような距離にある。

 

「口づけを先にしな。お前の言いたいことはもうわかっているよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ?」

 

 能生は声をあげて、視線を宝玄仙に向けた。

 沙那が嘆息して顔を離したのがわかった。

 

「このわたしが、そんなこともわからないとでも思ったのかい、能生? まあ、正直に言えば、最初はわからなかったけど、途中からわかった。面白いから、黙ってただけさ」

 

 宝玄仙がけらけらと笑った。

 

「ほ、本当に……?」

 

 能生は呆気にとられた。

 

「当たり前だよ。わかったら、さっさと沙那と口づけしな」

 

「ご主人様、どういうことですか?」

 

 沙那はわけがわからないという顔をしている。

 

「さっと始めな、ふたりとも……。沙那、能生の唾液をすするんだ」

 

「は、はい」

 

 沙那が頷いた。また沙那が顔を近づける。

 

「情熱的にだよ……。さっきの命令は生きているからね……」

 

 宝玄仙がさらに言った。

 

「……ごめん、能生、我慢して──」

 

 沙那がそうささやくと、能生の口に自分の唇を重ねた。

 沙那の舌が能生の口の中に入ってくる。

 その舌は口の奥の歯の裏側を這い回る。

 息が苦しくなり離れようともがく。

 しかし、沙那が抱く腕に力が加わる。

 顔を離せない。

 唾液が吸われる。

 沙那の唾液も入ってくる。

 全身に痺れが走る。

 かなり長い口づけの後で、やっと沙那が離れた。

 びっくりするくらいに馴れた口づけだった。

 

 すると、眼の前に自分と瓜二つの顔があった。

 能生の顔にそっくりになった眼の前の沙那が驚いている。

 そして、不意に自分の胸と股間を押さえた。

 

「あ、あなた、女の子だったの、能生?」

 

 その様子に宝玄仙が大笑いした。

 

「うう……」

 

 能生は、なにかいたたまれない気持ちになって唸った。

 

「旅をしていたと言っていたね、能生。だから、男の格好をしていたのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「そ、そうです……。女ひとりの旅は面倒に巻き込まれやすいし……。男だって通してきたんです……。沙那さんなんかとは違って都合のいいことに、胸だってないし……」

 

 能生は自分の胸を指で丸くなぞった。

 

「ないことはないさ……。その胸は布かなにかで押し潰しているんだろう? そりゃあ、孫空女や沙那は普通よりも胸がでかい方だと思うけど……。まあ確かに、お前はあまり胸がない方かもしれないねえ……。ただ、女としては十分に器量よしじゃないか。よくも男で通せたものさ……」

 

「女であることがばれたこともあります……。大抵、面倒なことになりました……。男なんて大嫌いです……」

 

 能生は言った。

 

「そうかい……。だけど、最初にこの屋敷に助けられたときに高太公に襲われたというのは本当のことだね?」

 

「はい……、。あいつはあたしが女であることを見抜いて助けたんです……。下心があって……」

 

「犯されたかい?」

 

「犯されません」

 

 能生は声をあげた。

 

「まあいいさ……。それよりも、朱のことさ……。なんとか、妖魔から貰い受けてこないとね。鳴戸の言い草だったら身代金さえ払えば、素直に返しそうだけど……」

 

 宝玄仙はまだにやにやしている。

 

「ねえ、法師様……。これがすべて終わったら、僕……いや、あたしも一緒に旅に連れて行ってくれませんか? 道術の修行をしたいというのは本当なんです」

 

 能生は言った。

 

「そ、それは……」

 

 沙那がびっくりしたように手を横に振っている。

 

「だって、男だから供にしないと、あのとき言ったじゃないですか……か。あたしはこれでも女です」

 

「そうだね……。しかも、顔立ちも可愛らしいしねえ……」

 

 宝玄仙が舐めまわすような視線を向けてきた。

 なにか嫌な感じだ。

 

「だけど。わたしの供になるには、もうひとつ条件があるんだよ」

 

「条件?」

 

「わたしの性奴隷になることさ──。いま、ここで素っ裸になって、自慰でもしてみせな。そうしたら考えてやるよ。それくらいの変態じゃないと、この宝玄仙の供は務まらないよ」

 

 宝玄仙が、また馬鹿笑いをした。

 

「じゃ、じゃあ……この沙那さんも?」

 

 変態なのかと訊ねようとしたが、さすがに口にできない。

 

「ああ、この沙那は変態で淫乱さ。そりゃあ大変なものさ」

 

「わ、わたしも孫女も変態なんかじゃありません──」

 

 沙那が真っ赤な顔をした。

 

「そんなに一生懸命に取り繕わなくてもいいんだよ、沙那。いまはこの能生を供にはできないという話をしているだけさ」

 

「もういいです。それよりも『遠口』を貸してください、ご主人様」

 

「その『遠口』ってなんですか?」

 

 能生は訊ねた。

 

「ご主人様の霊具よ──。それを耳と口に入れれば、離れた場所でも話ができるらしいわ、能生……。それをつけていけば、猪公の棲み処に連れて行かれた後でも、わたしからご主人様に連れて行かれた場所を伝えられるのよ」

 

「へえ……。便利な霊具もあるんだね」

 

 能生は言った。

 

「これだよ、沙那」

 

 宝玄仙が沙那に黒いごま粒のようなものを渡す。沙那がそれを自分の口に中に入れた。そして、舌で歯の外側にでも貼り付けているようだ。

 

「これでいいんですか、ご主人様?」

 

「そうだね」

 

 宝玄仙がその魔具のごま粒をひとつ取り、自分の耳に入れた。

 

「変な副作用はないですよね、ご主人様?」

 

「副作用?」

 

「はい、後でもの凄く感じるようになるとか、全身が痒くなるとか……」

 

「心配しなくていいよ、沙那……。これを耳に入れれば『遠耳』になって、『遠口』からの声を聞き取れるけど、『遠耳』の場合は副作用はないね」

 

「『遠耳』にはないって……。じゃあ、『遠口』にはあるんですか──? ま、まさか……」

 

「ああ、口に貼りついた『遠口』は絶対に取れない。そして、装着してから約一日で体内に吸収されて、一刻(約一時間)ほどいき狂いの状態になる。まあ一種の媚薬だね」

 

「そ、そんなあ──」

 

 沙那が悲鳴をあげた。

 能生も驚いた。

 

「一日以内に解決しな──。いき狂いになったときはちゃんと面倒見てやるよ、沙那。妖魔の巣でいき狂いになったときのことは知らないけどね……」

 

「つ、つける前に言って下さい」

 

「つける前に言ったらつけないだろう。だったら、面白くないじゃないか」

 

「よ、妖魔を退治する気はあるんですか、ご主人様──」

 

「朱が無事に戻ってくればいいだけだよ」

 

 宝玄仙は沙那の抗議にも素知らぬ顔だ。

 さすがに能生も呆れてしまった。

 

「ほらっ、能生。こういう人なのよ、このご主人様は……。それでも供になりたいの?」

 

 沙那が能生に顔を向けて、八つ当たり気味に怒鳴った。

 

「や、やっぱり……やめとくかな……」

 

 能生はそう言った。



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45  淫靡な拷問と妖魔の正体

 夜だった──。

 能生(のうう)以外は誰も残ってはならない──。

 そういう指示だった。

 

 能生の姿になった沙那(さな)は祠の前で待った。

 とにかく、猪公(ちょこう)という妖魔の棲み処を見つけることだ。そのために考えた策は、『変化(へんげ)の指輪』を使って沙那が能生に変身をして妖魔のいる場所に行くという策だ。

 そして、能生と口づけをすることにより、能生の唾液を呑んだ沙那は能生の姿になった。

 お蘭の里で沙那の体内に宝玄仙の魂の欠片を埋め込むという儀式を受けた。それで、本来は道術師しか使えない霊具も使えるようになったのだ。

 

「……聞こえますか、沙那です。まだ、妖魔は来ません」

 

 沙那は口の中で呟いた。

 返事はない。

 それはそうだ。沙那の話し相手である宝玄仙(ほうげんせん)は『遠耳・遠口』を口にはつけていない。

 口に装着しているのは沙那だけだ。

 

 宝玄仙の魔具である『遠耳・遠口』という魔具は、ほんの小さな粒で沙那の口の中に貼りついている。同じものを耳につけて『遠耳』として使っている者に対して、沙那が喋ったことがその『遠耳』を通して聞こえてくる。

 

 だが、宝玄仙の魔具である『遠耳・遠口』には致命的な問題がある。耳と口に貼りつけた『遠耳・遠口』は、実は外すことができないのだ。耳の場合は問題ないが、口に装着した場合は約一日で溶けて体内に入ってしまうらしい。

 そして、その溶けた『遠口』が強烈な媚薬となり、一刻(約一時間)程、ほとんどいき狂いの発情をしてしまうようだ。

 だから、一日以内に事件を解決して、妖魔を片づけなければならない。

 もっとも、妖魔を片づけても宝玄仙のいるところに戻れば、発情した身体をあの変態巫女の玩具にされるには違いないが……。

 まったく、あの変態巫女は碌なものを作らない。

 

「き、来ました。鳴戸(なると)です……」

 

 祠の奥の森から鳴戸が歩いてきた。沙那は『遠耳』を通して宝玄仙が沙那の喋ることを聞いていることを信じて、口に出して説明した。

 

「お前さんを迎えに来たね、能生」

 

 鳴戸は手に持っていた灯りを能生の姿になっている沙那にかざした。

 

「迎えに?」

 

「一緒に棲み処に行くんだね、能生」

 

「わかった。そこで身代金を渡せばいいんだね」

 

 沙那は言った。身代金をここで奪われて追い払われる可能性も考えていた。

 だから、どうやって棲み処まで連れて行かせるかを考えていたのだ。とにかく、(あかい)の居場所を確認しなければ、なんにもならない。

 向こうから、沙那を猪公の棲み処に連れて行くというなら好都合だ。

 

「とにかく一緒に来ればいいのさ、能生」

 

「どこに行くんだい?」

 

「行けばわかるね。俺はそれを教えられないね」

 

「そこに、朱さん……、お嬢さんもいるんだね?」

 

「いるね……。猪公と一緒だね」

 

「猪公の棲み処?」

 

「そうかもね」

 

「わかった。お嬢さんはその猪公の棲み処にいるんだね……。そこはどこにあるんだい?」

 

 沙那は言った。沙那が話したことは向こうで宝玄仙に聞こえているはずだ。

 残念ながら沙那が話しかけられた言葉は『遠口』は拾わないので、沙那が見聞きしていることは、沙那が会話の中で伝えるしかない。

 

「さっきも言ったけど、俺には教えられないね」

 

「でも……」

 

「猪公にでも、教えてもらえばいいね」

 

「わかったよ。猪公に会うまでは教えられないんだな」

 

「じゃあ、手を後ろに回すんだね」

 

「な、なんで?」

 

 沙那は驚いた。

 

「縛るからだね」

 

「な、なぜ手を縛るんだ? 僕は猪公に渡す身代金を運ばなければならないんだ……」

 

 金粒の袋三袋は、ひとつにまとめて手に持っていた。

 

「知らないね……。身代金はそこに置くね。行くのはお前だけだね。俺はそうしろと言われているだけだね……。さあ、手を後ろに回すね」

 

 仕方なく沙那は身代金の入った荷を足元に置いて手を背中に回した。

 鳴戸が灯りを地面に置いて、能生の姿の沙那の手首を縛る。縛られるときに、わからないよう手首の合わせ方に細工をした。

 左右の手首を合わせる角度を斜めにするのだ。

 こうすれば手首を真っ直ぐに戻すと縄が緩み外れやすくなる。鳴戸はなにも考えずに、そのまま沙那の手を縛っていく。

 

「じゃあ、行くね……」

 

「ちょっと待って、荷がそのままだよ……。身代金を持っていかないと」

 

「いらないね……。それは持ってくるなと言われているね……」

 

「だってそれを持ってきたんだろう? それを渡さないとお嬢さんが……」

 

「身代金はここに置けば、ほかの者が回収するね。それにその金粒の袋には、居場所を追跡する霊具があるかもしれないからね」

 

 沙那はどきりとした。その通り金粒の袋には霊具が混ざっている。なんでもない霊具だが強い霊力の流れを作り、妖魔の居場所を探しやすくするものだ。

 

「ほかの者とはなんだ? 身代金をここに置きっぱなしにして誰が取りに来るのさ?」

 

 宝玄仙たちには聞こえているだろうか。

 ここで待っていれば、その身代金を誰かが回収に来る。

 それでこの事件に関係している存在が判明する。

 それが、他の妖魔か、使徒か、それとも人間なのかはわからないが……。

 

「じゃあ、行くね……」

 

 縄尻を取られて引っ張られた。祠の裏に進む。どんどん奥の林の中に入っていく。

 

「祠の裏の林の中になにかがあるのかい?」

 

 これは『遠口』で伝えるためにわざと口にしている言葉だ。

 

「来ればわかるね──。ここら辺でいいね」

 

 眼の前に大きなくすの木がある。鳴戸がじっとくすの木を見ると根元に三尺(約一メートル)大の道術紋が出現したのだ。

 

「その太い大きなくすの木になにか出現したわ」

 

 沙那は言った。

 

「眼がいいな……。夜なのに……。行くぞ、能生」

 

 紋の色が変わった。

 

「模様が赤くなった……」

 

「口を開くと舌を噛むね……」

 

 鳴戸が言った。

 一瞬、真っ暗になり頭がくらくらした。

 急に眩しい光に包まれ、沙那は目がくらんだ。

 

「ここは?」

 

「よく来たな」

 

 眼の前に巨大な豚の顔があった。

 

「うわっ」

 

 思わず声をあげてしまった。眼の前にいるのが、猪公という妖魔だということはすぐにわかった。

 背丈は沙那の倍はあるだろう。

 首から下は白なのか、灰色なのか茶色なの原色のわからない一枚布の大きな貫頭衣を身に着けている。

 腰にさげた剣がやたらに大きいのが目に映る。剣の大きさだけでも、沙那と同じ背丈はあるだろう。

 

「これはどうしたのだ、鳴戸?」

 

 猪公が驚いた口調で鳴戸に視線を向けた。

 沙那にはどうして猪公が驚いているのかわからず、内心で首を傾げた。

 

「大きい……。背丈は僕の倍くらい……。あんたが猪公か?」

 

 『遠耳』で聞いているのを信じてなるべく説明を加えながら口にした。

 

「猪公だが、お前は本当の能生か?」

 

 猪公がそう言ったので驚いた。

 術で能生に変身しているのがばれたのだろうか。

 

「の、能生だ──。僕は能生だ、猪公」

 

 沙那は言った。

 

「能生なのか、鳴戸?」

 

「そう言っているね、猪公……」

 

「能生は来ないのではなかったか?」

 

「違うね。後で能生が来るんだね、猪公」

 

「おかしいな……」

 

「おかしくないね……」

 

 その様子に沙那は首をますます傾げた。

 二匹の様子はなにかおかしい。

 それに、この猪公には高い知性が感じられない。

 図体が大きいだけで、ぼんやりとした鷹揚さしか伝わらない。これが事件の黒幕だろうか……。

 

「こいつは、能生ではないのではないか、鳴戸」

 

「そうだね……。能生ではないね。でも能生だね」

 

 二匹で言い合っている。沙那は慌てて口を開いた。

 

「僕は能生だ。指示に従ってここにやってきた──。お嬢さんを返して欲しい」

 

「ううん……。やっとわかってきたぞ。やはり、お前は能生じゃないようだな」

 

 猪公がきっぱりと言った。

 もういい……。

 こうなったら実力行使しかない。

 

「それよりもここはどこだ お嬢さんは──?」

 

 頭の悪そうな妖魔二匹に向かって沙那は叫んだ。

 その一方で後ろ手に縛られた手の縄抜けをする。

 このくらいの拘束なら時間はかからないはずだ。

 

「お嬢さんとは誰だ?」

 

 猪公が言った。

 

「馬鹿だな、猪公……。ほら、高家の娘だよ。朱だよ」

 

 鳴戸が言った。

 

「ああ、朱のことか……。そういえば、朱は高家のお嬢さんだったな。能生はそこで働いているから、お嬢さんと呼ぶんだな……」

 

「だから違うんだよ、猪公。その能生は能生だけど、こいつは、能生じゃないのさ」

 

 鳴戸がそう言い、猪公は混乱したように迷惑顔になった。

 いずれにしても、猪公と鳴戸は主従の関係というよりは同格という気がする。

 やはり、猪公が黒幕というわけではないだろう。かといって、鳴戸がすべての糸を引いているという感じでもない。沙那は当惑していた。

 

「とにかく、お嬢さんを返せよ、猪公──」

 

「返す?」

 

 猪公がきょとんとした表情で首を傾げた。

 

「身代金を渡せば返すという約束だったじゃないか──。鳴戸の指示で身代金は祠に置いてきた。だからお嬢さんを渡せ──」

 

「朱は別に奪っていないぞ」

 

「奪ったよ──。お前たちが連れていったはずだ」

 

「それは違う。朱はやってきたんだ」

 

「なんでもいい。早くここに連れて来い──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「向こうにいるよ……」

 

 猪公が言った。

 

「向こう?」

 

主殿(しゅどの)がやって来るのを待っている」

 

「主殿? お前たちには、主人がいるのか──? それは誰のことだ──?」

 

 沙那は猪公が言ったことを繰り返した。主殿とは誰のことだろう──。そいつが黒幕には違いない。

 

「駄目だろね、猪公──。“主殿”と口にしたらね。さんざんに主殿に念を押されたね」

 

 鳴戸が猪公に言った。

 

「そうだった。そう言われたな、鳴戸」

 

「主殿に怒られるね」

 

「すまん、鳴戸」

 

 さっきから二匹とも、主殿、主殿と言っている。その“主殿”というのがこの使徒を使っているのだろう。

 どう考えても、この頭の悪そうな猪公が黒幕のわけがない。おそらく、この猪公も鳴戸と同じ“使徒”だろう。

 

「とにかく、お嬢さんは無事なのだな?」

 

 沙那は言った。なぜかまだ縄は解けない。沙那は少し焦っていた。

 

「やっぱり、よくわからないな」

 

 猪公が言った。

 

「なにがわからないんだ、猪公……?」

 

「本当にこいつは能生か?」

 

「そうだよ」

 

 沙那は叫んだ。

 猪公は大きな顔をまた横に傾げた。

 

「能生にしては話すことがおかしい」

 

「何度も説明したね、猪公……。能生だね……。でも、能生じゃないね。だけど、能生だね」

 

 猪公と鳴戸が言い合いを始めた。なんなのだろう。この二匹は……?

 

「それよりもここはどこだ? どこかの洞窟のようだがけど……」

 

 沙那は口にした。人間が載るような大きな卓があるだけで、ここには、ほかにはなにもない。あとは岩肌が剝き出しになっていてるだけで、ここは洞窟の中の広くなった場所ようだ。洞窟はもっと深くまで続いていて、どうなっているかわからない。

 

「ここは、宿壮(しゅくそう)だよ」

 

 猪公が言った。

 

「宿壮?」

 

「お前を閉じ込めるために作った場所だ」

 

「僕を閉じ込める? ここは、どこかの洞窟なのか?」

 

「そうだ」

 

「高家のある宿町とは遠い場所か?」

 

「高家のある宿町?」

 

「主殿が狙っている分限者のある宿町だね」

 

 鳴戸が横から猪公に言う。

 

「ああ、遠いな……。二十里(約二十キロ)は南かな?」

 

「馬鹿、北だね、猪公」

 

 沙那は内心で舌打ちした。そこまで離れているんじゃあ『遠耳・遠口』で通話ができるだろうか。

 

「なら、ここはなんという場所?」

 

黄風(おうふう)だったかな、鳴戸?」

 

「そうだね。ここは黄風の巌だね」

 

 鳴戸が言った。

 

「ここは、黄風の巌……、つまり、黄風山(おうふうざん)──」

 

 沙那は口にした。

 洞窟の奥になにかの気配がした。

 誰かがやってくる。

 猪公と鳴戸が洞窟の奥に目を向けた。

 

「朱さん……」

 

 そこに朱がいた。

 ひとりだ。

 別に拘束をされているとか、閉じ込められていたというわけでもないようだ。

 

「猪公、鳴戸、さっさとその女を卓に縛りつけるのよ──。拷問にかけるんだから……」

 

 朱が猪公と鳴戸に命令した。

 沙那は驚いた。

 

 

 *

 

 

「猪公、鳴戸、この女を机の上に縛りなさい」

 

 朱は言った。

 

「縛る?」

 

 猪公だ。

 馬鹿力のある使徒だが頭が弱い。

 きちんと説明しないとなにもできない。

 何度か一緒に過ごしたので朱はそれをよく知っている。

 

「まず、この沙那を台の上に仰向け載せなさい。そして、縄で手と足をそれぞれ机の脚と結びつけるのよ」

 

 猪公が沙那に近づいた。

 

「や、やめなさい──」

 

 能生の顔をした沙那が叫んだ。縛られた後手をもじもじしている。縄抜けをしようとしているのがわかった。その縄尻は鳴戸が掴んでいる。

 猪公がぴたりと止まった。

 

「なにをしているの、猪公?」

 

 怒鳴りつける。

 だが、猪公は困ったような顔をしている。

 

「だって、“やめろ”と……」

 

「わたしの命令に従えと言われたでしょう──。さっさとやるのよ」

 

「や、め、な、さ、い」

 

 沙那がゆっくりと猪公に言う。

 また、ぴたりと猪公が止まる。どうやら、沙那ではなく能生の顔なので混乱しているようだ。

 

「しょうがないわねえ」

 

 朱は近づいて、能生の姿の沙那の貫頭衣を切り裂く。服の下の胸巻きに包まれている乳房と腰布が露になる。

 どこかに、変身の霊具かなにかがあるはずだ。

 しかし、わからない。

 それにしても、身体まで能生のままだ。

 忌々しい。

 

「いったい、どういうこと、朱さん?」

 

 特に抵抗する様子もない沙那が睨んだ。

 

「どういうこととは?」

 

「あなたがこの使徒を仕切っていることよ。あなたが関与していることはわかっていたけど、こいつらに操られているんだと思っていたわ……」

 

「こんな頭の悪い使徒にわたしが操られているわけないでしょう。わたしがここにいるのは、わたしの意思よ──。一緒に旅に出るんだから」

 

 見つけた。

 指輪だ。

 沙那が指にしていた指輪を抜く。術が解けて沙那の姿になった。これが変身の霊具だったのだ。

 

「ほかの女になったぞ──」

 

 猪公が嬉しそうに言った。

 

「わかったらわたしの命令に従って、その台にこの女を縛るのよ」

 

「旅に出るって……。こいつらと?」

 

 沙那が言った。

 

「こいつらも来るんだろうけど、そんなの関係ないわ」

 

「じゃあ、誰とよ?」

 

 沙那が身体をもじつかせながら言った。

 

「誰でもいいでしょう。さっきから縄抜けをしようとしているけど、それは霊具らしいから軽く縛っているようでも絶対に解けないわよ」

 

 沙那の動きが止まった。

 

「どおりで……。いつまでたっても縄が解けないと思ったわ……」

 

「わかったら大人しく拷問を受けてもらうわ、沙那……。あまり時間はかけたくないのよね……」

 

「拷問? 拷問にかけるって? わたしを?」

 

「宝玄仙の弱点を教えてもらうのよ。さあ、猪公、さっさと沙那を縛りなさい」

 

 猪公が沙那の身体をひょいと掴みあげた。そして、大きな卓の上に押さえつける。

 

「うわあ。ちょっと降ろしてよ……」

 

 沙那が斬られた衣服に構わずに、はしたなく身体くねらせて悲鳴をあげて暴れる。

 

「鳴戸、お前も協力して、まず『魔縄』で脚を縛るのよ。それから後手を解いて両手をそれぞれ机の脚に向かって拡げて縛りなさい。沙那の四肢それぞれに縛って、卓のそれぞれの脚に繋いでしまいなさい──」

 

 朱は声をあげた。

 沙那は暴れていたが、拘束されている身体を馬鹿力の妖魔二匹によってかかってはどうしよもない。たちまちに卓の上に両手両足を拡げて拘束された。

 

「鳴戸はもういいわ。やる事があるでしょう……。行きなさい」

 

「わかったね」

 

 鳴戸が結界を洞窟の壁に作った。そして、そこから消えた。

 

「鳴戸が『移動術』を?」

 

 顔を横に向けてそれを目にしていた沙那が言った。

 

「鳴戸は『移動術』が使える使徒よ」

 

「どこに行ったの?」

 

「あなたが知る必要はないわ……」

 

 沙那の胸当ての中心を小刀で切った。沙那の乳房が剝き出しになる。

 思わず朱は小さな声をあげた。

 胸当てがなくなって沙那の裸身が現れると、そこからむわっとした女の色香が漂って気がした。なぜか乳首がぴんと勃起して天井を向いている。

 

「み、見ないでよ……。恥ずかしいから……」

 

 しかし、沙那がまっすぐとこっちを睨む。その視線は強い。

 

「ねえ、嫌がっているよ、朱殿……。可哀想だよ」

 

 猪公が横で言った。

 

「しょ、しょうがないでしょう。命令なんだから──」

 

「あなたは誰の命令で動いているのよ、朱さん?」

 

 縛られた沙那が叫んだ。

 

「質問するのはわたしよ──。それを聞き出さないと、わたしは一緒に連れて行ってもらえないのよ……。さっさと言いなさい。宝玄仙を護っている“あれ”というのはなに? なにかの護符? それとも霊具?」

 

「ふ、ふ、ふ、ふ……」

 

 沙那が笑った。

 

「なにがおかしいのよ、沙那?」

 

「どうやら、あなたが誰の命令を受けているのかわかったからよ、朱さん。もしかしたらと、予想していたけどね……。いまので完全にわかったわ」

 

「な、なにを言っている、沙那……? 随分、余裕があるようだけど、お前はこれから拷問を受けるのよ」

 

「好きにしなさいよ……。なにが聞きだせるのかしら? あなたがわたしをどんなに拷問したって、なにも情報は得られないわよ。だって、あなたが得たい情報はわたしは持っていないもの……。というよりも、そんな情報は存在しないのよ」

 

「なに言ってんのよ、沙那──。猪公、この女の顔を押さえなさい──」

 

 猪公が嫌そうな顔で沙那の顔を両手で掴んだ。軽く持っているだけだが、猪公の馬鹿力は凄い。それだけで沙那は動けないはずだ。

 朱は胸の間に隠していた小瓶を取り出した。蓋を開いて沙那の口にその小瓶を向ける。

 

「口を開けなさい、沙那──」

 

 沙那がぎょっとした表情で閉じている口に力を入れた。

 朱は沙那の鼻をつまむ。

 沙那は耐えている。

 だが、いつか口を開けるしかない。

 沙那の顔が真っ赤になり震えだした。

 そして、ついに口を開けた。

 すかさず、小瓶を口に突っ込み押さえつける。

 小瓶の中の液体が口の中に入っていく。

 沙那はその液体を口の中に貯めているようだが、そのまま口の中に瓶に入れたままで鼻をつまみ続ける。

 やがて、ほとんどの液体が沙那の身体の中に入った。

 

「あふっ──。な、なにを飲ませたのよ、朱──?」

 

 沙那が咳込みながら言った。

 

「身体が熱くなる薬よ。あの人は女を痛めつける拷問は好きじゃないんだって──。でも、喋るわ……。女だったら我慢できないものね。特に、あんたみたいに感じやすい女は……」

 

 隠し部屋から湯浴みを覗いたとき、この女が異常なほど感じていた。

 だからわかる──。

 この女は絶対に快楽責めに弱い。気が強そうだが少し責めれば、どんなことでも話すに違いない……。

 

「あの人っていうのは、能生のことね」

 

 沙那は言った。

 朱から余裕が消えた。

 

「な、なんで──?」

 

「なんでわかったかって……? 簡単よ。ご主人様の身体を“あれ”が護っているなんていう出鱈目を教えたのは能生だけだからよ」

 

「出鱈目?」

 

「そうよ。馬鹿ね。あんな話を信じたりして……。どうやら屋敷の中に道術遣いが絡んでいるのはわかったわ。それしか可能性がないからね……。そして、あの屋敷にいた道術遣いはご主人様と能生だけよ。だから、ご主人様が試したのよ──。もっとも、あなたが妖魔側に絡んでいたのは意外だったけど……。さあ、ご主人様を護っているものなんてなにもないわ……。一体全体、拷問をして、わたしからなにを訊き出そうというのかしら?」

 

 沙那がけらけらと笑った。

 

「ち、畜生」

 

 朱は歯噛みした。

 

「なるほど、出鱈目なのかあ……」

 

 洞窟の奥から声がした。

 鳴戸を伴った能生がそこにいた。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、別の方法を考えるよ──。あの変態巫女の供になるのも気も進まないけど、弱点を見つけるまでの辛抱だしね。やっぱり、あたしを供にしてもらうことにするわ」

 

 能生は言った。

 

「供に? 進んで? あの変態巫女の?」

 

 沙那が驚いている。

 

「ねえ、能生、あの巫女の供ってどういうこと? わたしを旅に連れて行ってくれるんでしょう?

 

「もちろんよ、朱。一緒だよ。ただ、あたしはあの巫女を狙っているのよ。あたしが強い妖魔になるためにね……。あの巫女の肉を食らったら、すぐに迎えに来るわ」

 

「そ、そんな……。や、約束が違うわ、能生。わたしの父から路銀を奪って一緒に旅をしようと言ってくれたじゃない。だから協力したのに」

 

「嘘なんか言わないわよ……。きっと戻って来るから……。約束するわ、朱……」

 

「嘘よ。戻ってくるつもりなんかない癖に──」

 

 朱が怒声をあげた。

 能生の性の技の虜にした娘だが勘はいい。

 本当は旅になど連れて行くつもりなど、まったくないということに薄々気がついていたかもしれない。

 いずれにしても、常軌を逸した様子で喚き出した朱に能生は少し閉口した。

 

「ねえ、朱……。あたしの眼を見て……」

 

 朱が能生の眼を見た。すぐにその眼が虚ろになる。

 唇に能生の唇を近づけると自分から能生の口に吸い付いてきた。朱の口の中を舌で愛撫する。

 能生の腕の中でぐったりとなった朱を地面に倒す。

 

「鳴戸──。朱を屋敷に連れて行きなさい。例の隠し部屋に寝かせておくのよ。金袋は確かに受け取って隠してきたわ。だから、もう屋敷に戻していいわ」

 

「わかったね、主殿──」

 

 鳴戸が朱を両手で抱えあげた。すぐに結界で『移動術』の出入口を作る。

 そして、朱とともにその中に消えた。

 

「な、なにをしたの、朱に……?」

 

 拘束された沙那が驚いている。

 

「『縛心(そうしん)術』よ……。大丈夫よ。眠ってもらっただけだから。少し邪魔になりそうだったし……」

 

「ど、道術で人間を操れるの? どうして? 道術では、直接に人を操れないはずよ。霊具か道術紋がなければ……。もしかしたら、朱さんに道術紋を?」

 

「人の身体に道術紋を? そんな方法なんて考えたこともなかったわ……。朱の身体にはなにもしてないわ。でも、あたしは人を操れる。正確に言えば、朱に使ったのは『縛心術』という道術じゃない。それに近いものだけどね……。眠らせたり記憶を変えたりするのは、道術を持たない人間でもできる者はいるわよ……」

 

「道術なしで?」

 

 沙那は少し驚いている。

 

「そうね。もちろん、あたしは道術でも同じことができる。そして、道術師相手ならもっと強力に心を操れる──。お前には道術があるようね。だから本物の『縛心術』をかけてあげるわ……」

 

 能生は言った。

 そして、顔に恐怖の色の浮き出た沙那の顔に触れた。

 強引に視線を合わせる。

 だが効かない……。

 やはり、この沙那も宝玄仙と同じように道術の攻撃に対する防護によって護られている。

 

「『縛心術』というのはなによ?」

 

 台上に拘束されている沙那が声をあげた。

 

「人の心に入り込んで記憶を操作する術よ」

 

「記憶を操作?」

 

 沙那の眼が丸くなった。

 

「そうよ……」

 

「道術もなしに人間を相手にそんなことができるの?」

 

「霊力を持たない人間の場合には魔術は遣えないから大したことはできないわ……。ちょっと感情を操るとか、急に眠たくさせるとか、さっきも言ったけど偽の記憶をまるで事実であったかのように暗示をかけることね……」

 

「も、もしかしたら……。高太公や朱さんのこともそれで操っているの?」

 

「だから操りじゃないのよ。高太公はあたしを襲おうとした仕返しに、路銀でも巻き上げてやろうとして、猪公と朱の十三年前の婚約という偽の記憶を植え付けてやっただけよ……。娘を妖魔の嫁に差し出すくらいなら、金粒三袋くらいすぐに支払うと思ったけど、まさか、それが惜しくて王軍を山に入れたり、宝玄仙みたいな強力な魔術遣いを送り込んでくるとは思わなかったわ──」

 

 能生は吐き捨てた。

 まったく、こんなに面倒なことになるなんて思わなかった。

 

「まったく、どうしようもない吝嗇家ね。娘よりも金粒が大事なんて呆れるわ……。朱には別に術は使っていないわ──。ただ、毎夜、毎夜、あの隠し部屋に連れ込んで色責めにしただけよ……。それよりも、そろそろ朱が飲ませた薬が効いてきてない? あれは『仙薬』じゃなくて、あの屋敷にあったもので、高太公が女を苛むときに使うものよ。強力な媚薬らしいけど、そろそろ効いてくる頃だし……」

 

 沙那の表情が歪んだ。もう薬が効いているのはわかっている。それを悟られまいと耐えていることも──。

 しかし、本人は気がついていないようだけど、腰の部分がさっきから淫らに震えている。かなりの疼きが走っているのだろう。

 

「そ、そんなことないわよ──」

 

「まあ、剥いて見ればわかることだけど……」

 

 能生は臍の下まで切り裂かれていた沙那の衣服を股間の下まで全部切り裂いた。

 むっとするほどの淫臭が沙那の身体から漂ってきた。腰の薄い股布など、もう下着の役を果たさないほどにびしょびしょになっている。

 能生はそれを取り去った。

 淫液は垂れ落ちるほどに沙那の股間に溢れている。

 無毛の股間の中心には勃起した淫核が沙那の激しい欲情を主張してた。

 

「これなに? どうしてつるつるなの? あの巫女に剃られたの?」

 

「う、うるさい、この変態娘──」

 

 沙那が羞恥で顔を赤くした。

 能生は沙那の尖った陰核の先っぽを指で弾いた。

 

「ひぐうっ」

 

 沙那が仰け反った。

 

「生意気いうとこうよ……。だけど、これでわかったわ。あなたを堕とす方法が……。思ったよりも手間はかからないと思うわ」

 

「な、なによ──」

 

 沙那が歯を喰いしばって歪んでいる顔を能生に向けた。

 全身は湯気が出るかのように上気している。

 耐えてはいるが、どうやら限界近くまで性感があがっているようだ。

 

「もうわかったのよ、沙那……。少なくとも、沙那にどうして術が効かないのかね……。そして、どうやったら、その効果がなくなるのかも……」

 

「な、なんですって?」

 

 沙那の表情な不安なものに変わった。

 能生はほくそ笑んだ。

 こんな美女が能生みたいな歳下の少女に嗜虐されるのは屈辱だろう。

 それもまた愉しい。能生の内心に捩じれた欲望が沸き起こる。

 

「多分、沙那の中にはほかの道術師の術を撥ね返すような霊気があるのよ──。おそらく、宝玄仙の霊気じゃないのかしら。このあたしの『縛心術』が通用しないのだもの……。完全に通用しないとは思わないけど、かなりの調整の時間が必要だと思うわ……。でも、その術封じの効果を無効にするのは簡単よ……」

 

 能生は言った。すると、媚薬の疼きと戦っている沙那の表情が変化した。

 

「そういう霊力は人がそれぞれに持つ精神力と結びついているのよ……。だから心が弱れば、霊力を受け入れるようになるわ……。つまり、快楽で絶頂すればするほど心が弱まって抵抗力がなくなるのよ……。術が効くようになったら、あたしの『縛心術』で、沙那にはあたしに受けたこの仕打ちの記憶を失くしてもらうわ……。そして、あの変態巫女にあたしを供にさせるように勧めるように暗示をかける──。沙那の言うことなら、あの巫女もその気になるようだし……。ついでに旅の間、あの巫女の毒牙からも守ってよね」

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ」

 

 沙那が大声をあげた。

 だが内心の動揺は丸わかりだ。能生は沙那の突起した肉芽に手を伸ばした。沙那のその陰核をゆっくりと動かす……。

 

「ああっ──、くううっ──、ひいいっ──」

 

 すぐに乱れ始める。やっぱりとてつもなく快楽に弱い。

 これならいける。すぐにあの朱と同じように能生の手に落ちるだろう。

 

「いかない方がいいわよ、沙那……。いけばいくほど、精神力の抵抗力がなくなるわ……。そして、最後にはあたしの『縛心術』に支配されてしまうわ……」

 

 沙那は懸命に歯を食いしばっている。

 いくのを我慢するつもりなのだろう。

 こんな強い女戦士が自分のような少女に翻弄されるのを眺めるのは、本当にぞくぞくするほどの痛快なことだ。

 

 快楽によって絶頂すれば、精神力が弱くなって封じの力が弱くなるなんて実は出鱈目だ。

 本当は、心が折れれば抵抗力がなくなるのだ。快楽とは必ずしも関係はない。

 だけど、激しい快楽は相手に対する屈服の気持ちに通じることは本当だ。能生の手管に沙那が陥されれば、それは能生に対して心を追ったのと同じことになる。

 つまり、沙那がどう思うかなのだ。

 

 快楽については能生は、あっという間に沙那など陥落させる自身がある。

 そして、沙那自身がいま自分を追い詰めている。

 能生の嘘で沙那は、なんとか快感を我慢しようとしている。だが、実は快感はそれを受け入れることよりも、焦らされる方が堪える。

 沙那が自らいくのを耐えようとすれば、逆に自分で自分を焦らし責めにかけるようなものであり、屈服を早めることにしかならない……。

 

 むしろ、能生の与える愛撫などすっぱりと諦めて快楽は快楽として受け入れ、それでいて、能生に屈服することとは別のものというように思考をすれば、能生の色責めは沙那の術封じを破れないことになる。

 しかし、沙那は懸命に与えられる快感に耐えようとしている──。

 つまりは、能生の仕掛けた罠に陥ろうとしているということだ。

 

「ほら、いっちゃうの……? もう、いきたいわよね……? どんどん達していいのよ……。なにも気にすることはないわ。『縛心術』にかかってしまえば、あなたは自分が術にかけられたことなんて、なにも覚えていないはずだから……」

 

 沙那に与える刺激をほんの少し強くする。

 すると、沙那は身体から込みあがった愉悦を振り払おうと、身体を暴れさせた。しかし、能生の指は沙那の股間の敏感な突起から離れない。そして、絶対にいかない程度の刺激にわざと抑えている。

 本当は沙那などあっという間に絶頂させることくらい簡単だ。しかし、いまくらいの刺激では、沙那はいくら絶頂に達するのを望んでもいけないのだ。

 だが、沙那は自分が我慢をしていると思っているはずだ……。

 そして、ますます追い詰められていく──。

 

「あ、あんたは……くうっ……。なんなの? ほ、本当に……ああっ……ただの──、はうううっ──人間の……少女なの……?」

 

「そんなわけないでしょう……。こんなに人を操ることに長けた人間の娘なんていないわよ……」

 

「ああっ……。だ、だったら──?」

 

「まだ若いけど、これでも魔族、つまり、妖魔よ」

 

「妖魔──? あんたが──? だって角がないわ。」

 

「半妖だからね。それよりも、まだ我慢できるの、沙那?」

 

「う、うるさい──。し、質問に答えろ──ああっ──」

 

 すでにすっかりと翻弄されている……。

 これでも耐えているつもりなのだろうか。

 このまま、あと半刻(約三十分)もこれを続ければ、逆に快感を拒絶するのではなくて、快楽を求めてどうしようもなくなる──。

 そうなれば沙那は落ちる。

 宝玄仙を殺す道具として洗脳できるだろう。

 

「は、半妖って……。つ、つまり、人間と妖魔の合いの子……。呪われた子……」

 

 沙那が口にした。

 かっとなった。

 呪われた子……。

 能生はそう言われ阻害され続けた。人間の社会からは追い出され、かといって、妖魔特有の角がなければ、妖魔には認められずに、妖魔の社会には居場所が見つけられない。

 妖魔でもなく、人間でもない──。

 人間の社会には妖魔の血を持つ存在として忌避され、妖魔からは不完全な存在として蔑まれる。

 

 呪われた子──。

 それは半妖に対する人間族と妖魔共通の差別言葉だ──。

 しかし、能生は呪われた子などではない。愛し合う両親から生まれ、両親の愛情に育まれた。

 十歳までは……。

 

「そうよ、沙那──。あたしは呪われた子よ。半妖よ──。あたしの親はふたりとも殺された──。人間によってたかって撲殺されたのよ──。なにもしていないのに……。呪われた子を産んだ忌むべき存在だと言ってね。本当はあたしもその場で殺されるはずだった──。だ、だけど、生き延びてやったわ。あたしに言わせれば、罪もない家族を襲って殺したあんたら人間こそ、呪われた存在よ──。いずれにしても、それで人間としてのあたしは死んだ──。ここにいるのは妖魔としての能生よ」

 

 あの光景をいまでもまざまざと思い出すことができる。

 父親が実は妖魔であり、産まれた能生が半妖であるということを知り、天教の法師に率いられて集団でやってきた村人たち──。

 まず、母親を棒で殴り殺し、それを庇おうとした父親も殺された。恐怖で身体がすくみそうになりながらも、持って生まれた高い道術により、なんとか能生は、その場から逃亡した。そして、生き延びた。

 

「ご、ごめんなさい……。呪われただなんて言ってしまって……」

 

 沙那が恥じ入ったような表情を見せた。

 それで能生は自分が興奮のあまり、沙那への責めを中断してしまっていたことに気がついた。

 すぐに沙那への責めを再開する。

 

「も、もう、だめえ──」

 

 沙那の身体が震え始めた。能生はさっと肉芽から手を離した。沙那がはっとした表情になる。

 

「どうしたの、沙那……? いきたくなかったんでしょう……? だったら、そんなに残念な顔をしないものよ」

 

 能生は笑った。

 

「くっ……。あなたの目的はなによ……?」

 

 沙那がじっと自分を見て気丈に言った。だが、再び肉芽をさすってやると、顔が快感に耐える切ない表情に変化する。

 その変化が面白い……。

 能生はぞくぞくするような興奮を感じていた。さっきは、忘れようとしていた過去の記憶に対する怒りの興奮だった。いまは、嗜虐の対象としての純粋な沙那への興奮だ。

 

「宝玄仙の肉を食らうことよ……。そうすれば、あたしはもっと強い本物の妖魔になれる……。つまり、半妖ではなく、本物の妖魔になるのよ。そして、あたしの親を殺した天教の連中に復讐するのよ。そのために、宝玄仙に近づくのよ」

 

「ご主人様を食べる──?」

 

 苦しんでいた表情の沙那が不意に目を丸くするとともに、怒りの浮かぶ。

 しかし、その沙那に与える愛撫を強くしてやると、沙那の口から嬌声が迸り、あっという間に沙那の顔が淫情に染まる。

 本当に面白い玩具だ……。

 

「それよりも、早くいってみせてよ。それともいきたくなった? いきたいと言ったらいかせてもいいよ」

 

「も、もう、いい加減にしてよ──」

 

 沙那がこれまでよりもずっと激しく暴れ回りはじめた。

 しかし、『魔縄』で縛った手足は絶対に解けない。

 

「ああ──。誰か、誰か、助けて──、これ、本当にまずいわ──。助けて──助けてってばあ、孫女──ご、ご主人様──。もう、いいでしょう? ねえ、助けて──」

 

 沙那は叫んでいる。

 

「無駄よ──。あのふたりがここに来れるわけがないわ。それに孫空女は、毒煙でまだ寝ているんでしょう? あたしも簡単な『結界術』は遣えるのよ。この洞窟の中からでは沙那が使っている『遠口』は外には通じないはずよ」

 

「孫空女──。ご主人様──。助けてください──」

 

 沙那が絶叫している。

 能生は沙那に与える快感をさらに強くした。

 まだまだ、沙那は限界じゃない。もっとぎりぎりまで引きあげてやろう。

 だけど、ぎりぎりまでだ。

 そして、突き落とす。

 それを繰り返すのだ……。

 

「呼んだかい、沙那? お待たせ。やっと、洞窟の入口を見つけたよ」

 

 能生が驚いて顔をあげると、洞窟の入り口側に孫空女の姿があった。

 

「ど、どうして、ここに? それに……ここには結界が──」

 

 驚いて叫んだ。

 

「あのちゃちな結界なんて、結界には入らないよ、能生」

 

 孫空女の後ろからやってきた宝玄仙が言った。



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46  妖魔の真名と寸止めの数字

 孫空女(そんくうじょ)能生(のうう)の命令で飛びかかってきた二匹の妖魔を『如意棒』で叩いた。

 すると、ひと叩きしただけで二匹とも消滅した。

 

「なにこれ、消えちゃったよ?」

 

 孫空女は呆気にとられた。

 

「『使徒の術』だよ、孫空女───。猪公(ちょこう)も、それから栗鼠の化け物のような鳴戸(なると)もそこにいる能生が操っていたのさ。屋敷に猪公が出現したり消えたりしていたのは、この能生が術で出したり引っ込めたりしていたのさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「『使徒の術』って?」

 

「いまのように、小さな板のようななんでもないものに憑依させた小妖を操る術のことさ……。そこにいる能生の術のようだね」

 

「ち、ちくしょう──」

 

 能生は声をあげたが、孫空女が『如意棒』を突きつけたら、腰が抜けたように、へなへなとそこに座りこんでしまった。

 

「だいたい、孫空女はまだ虫の息のはずじゃあ……」

 

 能生は目を白黒させている。

 

「虫の息だったのは、あの瞬間だけだよ。ご主人様がすぐに治してくれたから元気になったんだけど、まあ、虫の息ということにしておけば、妖魔も油断するだろうからね?」

 

 孫空女は能生に突き出している『如意棒』をさらに鼻先に突きつけた。

 

「さあ、どうして欲しい? 沙那(さな)をどうするつもりだったんだい──?」

 

 能生の顔が恐怖で引きつる。

 

「孫空女が倒れたままなら、次は沙那にでも手を出すと思ったよ、能生」

 

 宝玄仙が能生を見ながら言った。

 

「あれっ? もしかしたら、あたしを殺しかけたのは、この能生かい、ご主人様?」

 

「そういうことだろうね……。だけど、お前は、この状況でやっといま、それに気がついたのかい、孫空女?」

 

「へえ……。じゃあ、あたしに殺される覚悟はいいね、能生」

 

 孫空女は一度『如意棒』を能生の顔から離した。

 そして、すぐに勢いをつけて能生の鼻の先に『如意棒』を突きつけた。

 能生は悲鳴をあげて、力を失ったようにさらに崩れる。

 

「孫女、それよりも早くこれを──」

 

 縛られた沙那が叫んでいる。縄を解いてやると、沙那は、裸体を両手で隠した。

 

「くうっ」

 

 沙那がつらそうな悲鳴をあげた。

 

「どうして欲しい、沙那……? 絶頂できる快楽を与えてやるかい? それとも、身体の中の媚薬による快楽を外に出しちゃうかい?」

 

 宝玄仙が沙那の肩を抱いてささやいた。いつになく優しい物言いだ。

 

「い、一度いかせて下さい……。その後、媚薬の火照りを抜いてくれませんか、ご主人様……」

 

 沙那は真っ赤な顔をして、ほとんど聞き取れないような声で言った。

 

「わかったよ」

 

 宝玄仙がそう言った途端、沙那は身体を仰け反らせて大きな声をあげた。

 そして、ぐったりと身体の力を緩めさせてから、次にほっとしたような安堵の表情になった。

 沙那が台の上でぐったりと脱力した。

 さっきまでの苦しそうな表情が消えている。もう大丈夫のようだ。

 

「さて、じゃあ、こっちだね」

 

 宝玄仙が能生を睨んだ。

 

「あたしが猪公を操っていたって、いつ見破ったのさ──?」

 

 能生が叫んだ。

 孫空女は、『如意棒』を能生が座り込んでいる股間の地面にいきなり叩き込んだ。『如意棒』は能生の股のすれすれの場所に突き刺さり、深々と岩肌のこの洞窟の地面を抉った。

 

「ひいいいっ」

 

 能生が真っ蒼になり全身を硬直させた。

 見ると『如意棒』が突き刺さっている直前の能生の股間がみるみるうちに濡れはじめる。

 

 どうやら失禁してしまったようだ。

 

「口の利き方に気をつけな、能生──。こんどは睾丸を潰してやるよ──」

 

 孫空女は怒鳴りつけた。

 能生はおかしな声をあげながら、がくがくと身体を震わせ出した。

 すると宝玄仙が横でぷっと失笑した。

 孫空女は首を傾げた。

 

「確信したのは、朱をお前が連れていった頃かねえ。あれは、わたしたちが朱を訊問すると都合が悪いから急遽、連れていったんだろう? まあ、もっとも、お前については最初から怪しんでいたよ。男の格好したり、いろいろと隠してたからね」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 

「くそうっ……」

 

 能生が悔しそうに顔を歪めた。

 

「だいたいご主人様も意地が悪いですよ……。能生が怪しいと知っていたなら、先に教えてくれてもいいのに……」

 

 沙那もぶつぶつと言っている。

 

「いいんだよ……。いい退屈しのぎだったろう、お前ら」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「冗談じゃありませんよ───。ねえ、孫女」

 

 不機嫌そうな沙那が孫空女に視線を向けた。

 

「ところで、お前、半妖だって?」

 

 沙那の不満顔を無視して、宝玄仙が能生に言った。

 

「半妖とはなにさ、ご主人様?」

 

「人間と妖魔の間に生まれた子のことだよ、孫空女。わたしも接するのは初めてさ……。どうやら道術師や妖魔のように霊力が発散して目立つというものでもないようだね。わたしは、最初こいつからほとんど霊力を感じなかったのだよ。だけど、実際はそこそこの術を遣うようだね。普段、目立たない分だけ、ただの妖魔や人間の道術師よりもたちが悪いかもね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「人間と妖魔の子……。ああ、呪われた子か……」

 

 孫空女がそう言うと、能生の顔が一変した。いままで恐怖を怯えたような表情から怒りを露わにした顔になった。

 

「呪われた子なんかじゃないよ──。あ、あたしは生きているのよ──」

 

 しかし、すぐに自分の怒声にびっくりしたような顔になった。慌てて、睨みつけた孫空女から視線を逸らす。

 

「うう……。だいたい、宝玄仙と孫空女が、なんでここに……」

 

 うな垂れている能生がひとり言のように呟いた。

 

「ここにわたしらが辿りついたのが不思議に思うかい、能生?」

 

 宝玄仙が能生を見た。

 

「お、思う……。い、いえ……、お、思います……」

 

 能生は言った。

 

「お前の喋ったことは、わたしには筒抜けだったよ」

 

「筒抜け……?」

 

「お前の口の中にはわたしの霊具である『遠口』が装着されているからね……。お前が使徒や朱に喋ったことは、全部、わたしの耳につけている『遠耳』に聞こえていた。ここで沙那に話したこともね……。お前の作ったくらいの結界がこの宝玄仙の霊具に通用すると思わないことさ」

 

「あたしの口の中に『遠口』? い、いつの間に……?」

 

 能生が驚いている。

 

「沙那がお前と口づけをしただろう……」

 

「あっ」

 

 能生がはっとした表情をした。

 孫空女は、沙那が『変化の帯』で能生に変身するために能生の唾液をすすったときに、能生の口の中に舌で『遠口』を装着したのを知っていた。

 その前の夜、宝玄仙の眼の前で孫空女と沙那は、さんざんにその練習をさせられたのだ。

 

「……ということでお前が喋ったことはずっと聞いていたよ、能生」

 

「じゃ、じゃあ、あの副作用とかいうやつは……」

 

 能生が心配そうに言った。

 副作用とはなんだろう?

 

「心配しなくてもお前の口に入った『遠口』は、あと数刻でお前を発情させるよ。一刻(約一時間)のいき狂いだ。この宝玄仙の霊具がどれだけ恐ろしいか、その身で味わうといいよ」

 

「えええっ」

 

 能生が悲鳴をあげた。

 

「孫空女、沙那、こいつを裸にして沙那が縛られていた台にこの娘を縛ってしまいな」

 

「娘?」

 

 孫空女は驚いた。

 

「あれっ? お前には言っていなかったかね、孫空女。この十五、六の人間の少年に見える能生は立派な女さ。ただし、半妖のね───」

 

「ふうん……。まあ、そういうことだからさっさと素っ裸になりな、能生」

 

「そうよ──。お前がわたしの服を破ったんだから、そのお前の服はわたしが着るからね───。だけど、その下袴(かこ)は履けないか……。」

 

 沙那が能生が失禁で汚した下袴にちらりと目をやった。

 

「とにかく、裸になりな、能生──。それともこの『如意棒』で一本一本骨を折りながら無理矢理脱がしてもいいんだよ──。まずはその小便臭い下袴を脱ぎな」

 

 そう言うと能生は真っ蒼になった。

 孫空女は逃げようとする能生の腕を捕まえた。沙那も反対の腕を掴んでいる。

 

「孫空女、せめて上衣は破らないでよ。わたしの服はこいつに切り裂かれたからこれを着るんだから」

 

「やめて──やめて──やめてください──」

 

 能生は暴れ回る。

 そこそこの力だが、孫空女からかかれば赤子も同じだ。無理矢理に服を剥がして机に拘束するくらいの作業はなんでもない。

 しかし、抵抗を続ける能生にだんだんと腹が立ってきた。

 

「大人しくしないかい、能生──。本当に一本くらい骨を叩き砕くよ──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 能生は大人しくなった。

 『如意棒』に突きつけられながら、能生は半泣きで服を脱いでいった。裸になった能生は確かに女の子だった。胸は布で膨らみを隠していたようだ。その布を能生が取り去ると、彼女のふっくらした乳房が露わになった。少し胸は小さ目だは、裸身は完全に普通の美少女だ。

 

 孫空女と沙那は、能生を台に仰向けにすると四肢を台に縛りつけた。

 台に『魔縄』で縛られた能生は、もうすでに泣きだしそうな顔している。

 

「ところで、ご主人様、この能生は、ご主人様を食べると言っていましたよ」

 

 沙那が言った。

 

「そう言えば、そんなことも『遠耳』から聞こえたねえ……。わたしを食べるというのはどういうことだい、能生?」

 

「こ、高名な法師のあんたを食べると魔力があって、強い妖魔になれると聞いたからです……。あたしは本物の妖魔になりたいんです……」

 

「わたしを食べると強い妖魔になれる……? なんだい、その出鱈目な話は?」

 

「違うんですか?」

 

 台に縛られている能生が眼を見開いた。

 

「法師を食らうことで妖魔の力があがるなど聞いたことがないね。妖魔の力を増大させるのは、『魂の欠片』つまり、高位の道術師の魂から分離された『賢者の石』さ。肉体そのものはただの肉と骨だ」

 

「ええっ」

 

 能生はがっかりした声をあげた。

 

「さて、どうしてやろうかねえ、この娘を?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ゆ、許してください……。あ、謝まりますから」

 

「謝らなくてもいいさ、能生。あたしはご主人様に言われて、しばらく、これを集めに行っていたんだ。あたしも経験があるけど、これは効くよ……」

 

 孫空女は横に置いていた小さな桶を見せた。能生はきょとんとしている。

 

「それはなんなの、孫女?」

 

 沙那が訊ねた。

 能生から取りあげた上衣を着ている。ただ、沙那には少し小さそうだ。下半身にはなにも身に着けていないから、孫空女には裸よりも卑猥な姿に見えた。

 もちろん、そんなことは口にはしないが……。

 

「お蘭の里であたしらがやられたやつだよ、沙那……。あの魔蛭。野生のね」

 

「何匹くらい捕まえたの?」

 

「残念ながらたったの五匹──。客室で寝ていることになっている間に、探しに行かされていたんだけど、こういうことに使う気だったんだね、ご主人様」

 

「まあ、そういうことさ」

 

 宝玄仙はにやにやしている。少年のように見えた能生も裸にしてしまえば、まだ女になりきっていないくらいの少女にしか見えない。

 それによく見れば大変な美少女だ。

 その能生を拘束して苛むという状況が、宝玄仙は愉しくてしょうがないに違いない……。

 

「魔蛭だって──? じょ、冗談じゃない──」

 

 能生は叫んで縛られた身体を暴れさせた。

 孫空女は木の棒の先に一匹魔蛭を乗せた。その魔蛭を能生の裸身に近づける。

 

「その様子じゃあ魔蛭の恐ろしさをあんたも知っているんだね、能生。だったらどこに置いて欲しい? 殺されかけたお礼に好きなところに置いてあげるよ」

 

「やだ、やだ、やだ──。やめてください──。ち、近づけないで──ひいいっ──」

 

「早く言いな、能生……。あたしをあんな毒煙で殺そうとした酬いだ。この魔蛭を味わいな──。どこに乗せて欲しいか言わなけりゃあその股の中心に乗せるよ。その肉芽の真上辺りなんてどうだい……?」

 

「わ、わかりました……。い、言います……。じゃ、じゃあ、足の甲にお願いします──」

 

「はい、じゃあ、ここだね」

 

 孫空女は能生の開いた股間の中心に魔蛭を置いた。もちろん、能生の肉芽の真上だ。

 

「ひぎいいいいっ──。う、嘘つき──。いぎいっ──。ああっ、さ、刺した……。くう……あう……ああっ───も、もう、やってきた……か、痒い──痒い──。ひ、ひどいよう……。取って、取ってください──。お、お願いします──。あはああっ──」

 

 一番敏感な陰核を魔蛭に刺されるとともに猛烈な痒さを与える毒がすぐに回ったはずだ。

 文字通りのたうち回っているが、四肢を拘束された能生は魔蛭を振り払うことなどできない。

 魔蛭はちょっとやそっと身体を振ったくらいでは絶対に離れてくれない。どんどん毒液を身体に送り込んで、発狂するような痒みを全身に拡げていく。

 

「じゃあ、わたしもさっきのお礼をするわね、能生」

 

 沙那が孫空女から棒を受け取り、次の魔蛭を取った。

 

「じゃあ、ここの中にでも入れようかな」

 

 沙那は一匹目の魔蛭の下の部分……。

 魔蛭の効果により、あっという間にだらだらと涎を垂らし始めた能生の可愛い淫孔に棒を挿し込もうとする。

 

「や、やめてえ──。やめてください──。そんなところ──」

 

「暴れると痛いわよ。暴れなければ優しく、突き挿してあげるわ、能生……」

 

 暴れ回る能生に沙那が冷たく言った。

 

「ほ、本当にやめてください──。ひいいっ──。き、生娘なんです。ほ、本当です──。ご、後生です──。そ、そんなものそこに挿さないでください──」

 

 能生が絶叫してぼろぼろと涙をこぼしだした。

 

「生娘? あんな手管でわたしを責めたくせに──? 朱さんのことだって、完全にたらしこんでいた感じだったじゃないの」

 

 沙那が棒を引っ込めた。

 

「ほう……。お前、まだ生娘かい、能生……。それでいて朱を性の技でたらし込んだのかい……?」

 

 宝玄仙も興味深そうに言った。そして、沙那から棒を取りあげる。その棒を能生の股間に棒を近づける。

 

「ほ、本当です──。ああ、か、痒い──。もう、取ってください──。そ、それに挿さないで──。お、お願いします……こ、怖い──。や、やああ──」

 

「泣きべそかくんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が能生の淫孔の入口の部分に魔蛭をぽんと置いた。そのとき、棒の先端が女陰の入口に触れる感触で能生の顔が激しい恐怖に包まれた。

 生娘というのは本当なのかもしれないと孫空女は思った。

 

「ご、ごめんなさい、宝玄仙様──。も、もう、許してください──。許してください……」

 

「魔蛭をどけて欲しいかい、能生──?」

 

「は、はい、どけて欲しいです──。ど、どけてください。ど、どうかお願いします──」

 

 能生が声をあげた。

 

「それとも、このままほったらかしておいてもいいんだよ。こんな山奥の洞窟で、偶然人が通りかかって助けられる可能性は皆無だろうね。魔蛭の毒の痒みで狂いながら何日もかけて死にたいかい?」

 

「あああっ──、そんな怖ろしいこと──。い、いやあ──。それにもう駄目──。か、痒い──。お願い、取って──取ってください──。ご、ごめんさない──ごめんなさい──」

 

 能生は完全に泣き出してしまった。

 こうなると半妖といっても、まだ少女にすぎないのだろう。

 

「じゃあ、いろいろと喋ってもらおうかねえ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「なんでも喋ります──。喋ります──。は、早く質問してください。だ、だから、魔蛭をどけてください──」

 

 能生は絶叫した。

 

「そうかい……。じゃあ、最初の質問だ。お前が初めて自慰をしたのは何歳だい、能生?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、ええっ?」

 

 能生が当惑して真っ赤になった。

 

「ご主人様、い、いま、そんなこと聞かなくても……。それよりも、今回の一連の事件の背景について訊問すべきでは……?」

 

 沙那も呆れたように言った。

 

「いいんだよ……。どうせ、今回の事件の背景になんか大した背景なんてないよ──。それよりも、わたしはこいつに興味あるのさ……。さあ、言いな、能生、初めての自慰は何歳なんだい? ついでに自慰のときは、いつもどこを触るのかを言いな……。さっさと答えるんだ。言わなければここに置き去りだよ」

 

「ひいいっ──。十一歳……。さ、触るところは、お実のところ──」

 

「お実ってこれかい?」

 

 宝玄仙が陰核の真上にいる魔蛭を指で弾いた。

 

「ひぎいいいっ」

 

 能生が悲鳴をあげた。おそらくさっきの衝撃で魔蛭が、また、蝕芯を深く刺したに違いない。そして、さらに大量の毒液を能生の身体に注入したはずだ。

 

「あっ……。お、お願いです──。もっと……普通のこと……あっ───き、訊いてください……」

 

 能生の痒みによる苦しさに耐える表情に情感に震える表情が加わった。魔蛭の毒液の怖さは痒みだけじゃない。どうしようもなく快感が燃えあがらされる媚薬の効果もある。

 

「自慰のときには皮を剥くのかい。それとも、そのままかい?」

 

「……そ、そのまま……」

 

 孫空女も呆れてしまった。

 

「乳首は? 自慰のときは乳首には触らないのかい?」

 

「あ、あまり触りません……さ、触らなくても……。い、いけるし……」

 

 いつまで続けるつもりなのだろう……。

 孫空女も、なんだか興冷めしてきた。

 

「ご主人様、その能生は人間の村で暮らしていた子供時代に村人たちによって両親を殺されたようです。しかも、天教の法師に恨みがあると口にしてましたよ」

 

 沙那が横から言った。

 放っておけば、宝玄仙はいつまでも能生に自慰のことを訊き続けそうだった。沙那もそう思ったに違いない。

 

「そういえば、そんなことを遠口で語っていたねえ……。それ以来、妖魔として生きてきたのかい、能生?」

 

 宝玄仙がやっと自慰以外のことを言った。

 

「ああ……そうです……。色々なことがあって。それでも生き延びて──。あの屋敷で助けられて……、はああっ……そしたら……宝玄仙様が、あんたが……やってくるという噂を聞いて──」

 

「高太公と猪公の昔の話など嘘だね?」

 

「……あ、あたしの……術の……ああくっ……記憶操作……。お願いです。もう、なんとかしてよう……。痒い───。た、助けて……」

 

「それで、天教に恨みってなんだい? お前の親を襲わせたのは天教の法師なんだね?」

 

「もうやだあ──。痒い──痒い……痒い──。解いて……解いてえ──」

 

 能生は呻き始めた。

 

「ちっ、これじゃあ、話もできないね……。たった二匹で音をあげるなんて、情けない半妖だねえ……。孫空女、沙那、ちょっとばかり癒してあげな」

 

 孫空女は沙那とともに、能生を苦しめている痒みを癒すため、指で彼女が苦しんでいる部分を刺激した。能生の声が情感のこもったものに変わり、裸身がはっきりとした欲情を示し始める。

 

「もういいだろう──。全部、癒す必要はない。さあ、答えな、能生。天教とお前の関わりは?」

 

「す、住んでいた、さ、里にやって来た天教の法師……。あたしの母さんが……妖魔なのを見抜いて……。あ、あたしが半妖だから……。こ、殺さないと里が滅びるって……。、く……くくっ……」

 

「なんという法師かわかるかい?」

 

「……わ、わかりません……。で、ても、顔は覚えてる……」

 

「ちっ、仕方ないねえ……。まあ、天教の連中は妖魔と知ったら見境ないからねえ……」

 

「か、痒いです。ああっ、ま、また、刺激してくださいっ」

 

 能生が泣き叫んだ。

 

「まだだよ……。ところで、最初から、お前はわたしに取りついて復讐を考えたのかい?」

 

 宝玄仙は能生の胸の膨らみの先を弾いた。

 能生が悲鳴をあげる。

 

「早く喋るんだよ、能生──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「最初はどうしようとも……。だけど、偶然に……屋敷にやってきたから……はあ……はあ……食べようかと……。食べれば……本物の……妖魔に……ううっ……なれるという……噂を思い出して……。そ、それに、一緒にいれば、復讐の手掛かりも見つかるかもと……」

 

「そもそも、どうやって食べるつもりだったんだい? お前程度の半妖がこのわたしやこいつらを相手に?」

 

「……お、思ったのは術で……術で暗示を刷り込もうと……。情報もそれで手に入れようとして……。だけど、効かなかった……」

 

「わたしの霊力には、もともとほかの術遣いの術を撥ね返す力があるんだよ。わたしの霊力を分けている孫空女も沙那も一緒さ。ちょっとやそっとの魔力じゃあ、わたしたちには効かないよ」

 

「さっき……知った……沙那から……。でも……知らなかったから……朱に……調べさせた……。湯殿だったら……はあ……は、裸になる……。それで、わかるはずだし……」

 

「その時に隠し部屋で覗いていた朱に、孫空女が出くわしたわけだね?」

 

「うん……。咄嗟に……あたしが……猪公を出して……気を逸らした隙に……」

 

「こいつが気を逸らせた隙に隠し部屋から朱を出して、その後で『毒草』を放り込んだのだね。発火させた状態で……」

 

「そ、そうです……。ねえ……なんでも答えています……。さっきのをもう一回……」

 

「孫空女、沙那───」

 

 宝玄仙がこちらに視線を向ける。

 また、ふたりで能生を愛撫する。

 

「はあああああ──」

 

 半妖の少女が淫欲に悶える。溜まりきった掻痒感と情感を少しばかり放出させてからさっと手を引く。

 

「記憶を操作しても、お前なんかに大人しく食べられるわけないだろう、能生」

 

「わかっています……はああ……。でも、三人の記憶を操作して……供に……加えてもらおうと……。そしたら、隙も見つかるかもと……」

 

「供かい? そういえば、そんなことを言っていたねえ」

 

「そう……供なら……襲い掛かる……、ふうう……、機会も……見つかる……かも……」

 

「供って……このご主人様の?」

 

 孫空女は思わず言った。こんな淫靡な変態巫女と知って進んでなろうというのか。

 

「そう……です……」

 

「でも、こんなご主人様なのよ、能生……」

 

 沙那も横から口を挟んだ。沙那の顔には能生に対する怒りのようなものはもうない。

 この能生はどこからどう見ても外見は人間の少女だ。その少女を裸にして、宝玄仙が魔蛭をけしかけて訊問している光景は、どうしても宝玄仙が悪者であり、能生の方が哀れな犠牲者にか見えないのだ。

 それで、どうしても能生に同情のようなものを感じてしまうのだ。

 同じ宝玄仙の犠牲者としての仲間意識のようなものだろうか。

 沙那も同じ気持ちなのかもしれない。

 孫空女も死にかけたことは、どうでもよくなった。

 

「……確かに……。正直言うと……もう……怖い。ところで……ねえ……もう、一回……」

 

 能生は言った。

 

「もう少し我慢しな、能生……。まあいい。わかったよ。供にしてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ええっ?」

「えっ?」

 

 孫空女と沙那は同時に声をあげた。

 

「あっ……で、でも……」

 

 能生は呆けた顔に戸惑った表情を浮かべた。

 

「ただし」

 

 宝玄仙はずいと能生に向かい顔を近づけた。

 

「は、はい……」

 

「わたしのことは“ご主人様”と呼ぶこと。それに、わたしの命令は絶対服従だ。いいね。それと、天教のことはなんでも教えてやるけど、復讐は諦めな。そもそも、このわたしからして、天教を恨んでるし、逃げてる最中なんだ」

 

「ええっ?」

 

 能生が眼を丸くしている。

 

「まあいい……。もしかしたら、機会もあるかもしれないから、そのときは復讐も手伝うよ。だけど、これは天教から逃げるための逃避行だ。まあ、とにかく、一緒に来な」

 

「い、いえ、や……やっぱり……やめときます」

 

 能生は言った。

 しかし、宝玄仙はそれを無視ししている。

 

「その代わりにお前の“真名”を教えな──。どうやら、お前は誰にもまだ真名を支配されていないようだからね」

 

 宝玄仙が能生の言葉を遮った。

 

「真名?」

 

 能生の顔が恐怖で引きっった。

 

「ご主人様、真名とはなに?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「真名というのは妖魔としての本当の名のことさ、孫空女。妖魔は真名を最初に教えた相手に支配されるという性質があるんだよ。妖魔たちは、それを使って、部下を増やし組織を維持する──。強い妖魔は部下の真名を知り、それに代わる新しい名を与えるんだよ。妖魔はねえ……、真名を与えられた者には逆らえないんだよ」

 

「能生というのは、こいつの名じゃないの?」

 

「それはただの呼び名だよ、孫空女。誰にも支配されていない妖魔は、真名なんてそう簡単に口に出しはしないよ。まあ、支配されてしまえば隠しても仕方がないから使うけどね、例えば、あの“黒妖魔”なんていうのは呼び名さ。本当の真名は誰も知らないのだろうよ。真名というのは符合のようなものでね。お前が持っている戒名のようなものだね。名前らしくもないものさ」

 

「戒名ですか?」

 

 沙那が首を傾げた。

 孫空女も意味はよくわからない。

 

「い、嫌です──。真名なんか教えたら本当に支配されてしまいます──」

 

 能生が叫んだ。

 

「だって供にして、お前に裏切られたら困るしねえ──。わたしもお前に喰われたくないんでね──」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「い、嫌よ──。か、勘弁して……。騙したことは謝ります……。孫空女さんにも沙那さんにも──」

 

 能生はまた涙を流し始めた。

 

「孫空女、あと、三匹、能生の身体の上に乗せな。そしたらこいつはもう放っておいて、西に向かうよ。旅の再開だ──。高太公からの金袋五袋も手に入れたしね」

 

 この能生が雲桟洞に隠した金粒の袋は、すでに孫空女と宝玄仙で回収して、こっちの手元にある。

 

「言う──。言います──。言うから──。こんなところに捨てていかないでください──。羅姫(らき)──羅姫です───。あたしの真名は羅姫です──」

 

 能生がついに自分の真名を叫んだ。

 

「こいつう……。しつこく粘るじゃないかい……。それは親にもらった呼び名だろう。嘘の真名を教えて、操られている振りで誤魔化そうとしたかい。その言葉じゃあ、わたしの霊力が反応しなかったよ。真名か、真名じゃないか、簡単にわかるんだ。勿体ぶってないで、さっさと、本当の真名を言いな」

 

「ううっ……」

 

 能生が呻いた。

 

「孫空女、追加だ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 能生が悲鳴をあげた。

 

八戒姫(はっかいき)──。八戒姫だよう」

 

 能生が絶叫した。

 

「じゃあ、八戒姫──。たったいまからお前の真名は、お前が騙そうとしたあの娘の“朱《あかい》”と、さっきの親の名づけである“羅姫”と真名の八戒姫から取って、“朱姫(しゅき)”だ──。名を名乗る度に娘にしようとしたことを後悔しな。さあ、新しい名である“朱姫”を受け入れるね、羅姫──」

 

「い……いや……」

 

 能生はすぐには返事をしなかった。まだ、躊躇いが残っているようだ。

 

「孫空女、残りの魔蛭をこいつの身体に乗せな──」

 

「ひいっ──認めます──。認める──。あたしは朱姫です──」

 

 能生……いや、朱姫は絶叫した。

 その瞬間、ふたりの間になにかの霊力が走ったのがわかった。おそらく、これで主従関係が結ばれたのだろう。

 

「これで、お前はわたしの家来だよ、朱姫……。わたしのことはご主人様と呼びな──」

 

「わ、わかりました、ご主人様……」

 

 朱姫となった能生は絶望的な表情をした。

 

「じゃあ、もう少し朱姫で遊ぼうかね──」

 

 宝玄仙が孫空女から桶と取り箸を取りあげて朱姫の右の乳首の上に魔蛭を置いた。

 孫空女はびっくりした。

 沙那も横で驚いている。

 

「ひひゃああっ──。また、新しいのを──。どけてええ──どけてください──ご主人様──」

 

 朱姫となった半妖の娘が暴れ回っている。だが、もう宝玄仙は次の魔蛭らに朱姫の裸身の上に載せようとしている。

 

「こうなったら諦めなよ、朱姫」

 

 孫空女は嘆息して言った。

 

「朱姫、わたしたちじゃあ、どうしようもないのよ。ご主人様は、お前が、完全に屈服するまでやめないと思うわ……。ご免ね……」

 

 沙那も言った。

 

「助けて──助けて──助けて──」

 

 朱姫の悲痛な声がいつまでも洞窟に響き渡った──。

 

 

 *

 

 

「妖魔退治も面倒だと思ったけど、引き受けてみるものだねえ。金粒が五袋も稼げたし、そのうえに新しい奴隷まで手に入れた」

 

 宝玄仙が歩きながら言った。

 旅の空だ──。

 高太公の屋敷を出発して半日というところだった。

 

 身代金は奪われたものの、妖魔に奪われた娘の朱は無事に戻り、一応、高太公は満足した。

 妖魔は西に去ったという宝玄仙の言葉も高太公は信じた。

 

 それで昨夜はお礼の宴もあった。

 吝嗇家の高太公にしては豪華な歓待だった。

 それで、高太公が本当に喜んでいるということはわかった。

 約束の帝国紙幣も引き受けてくれて、金粒と銀粒の路銀に交換してくれた。

 これで旅の路銀の心配は当面ない。

 朱姫となった能生を手放すことについては、高太公はなんの抵抗もなかったようだ。

 

 また、出発にあたり、朱姫は高太公の娘の朱から自分に関する記憶を一切消したようだ。

 そうなってしまえばただの雑用人にすぎない「能生」との別れのことを朱が気にすることもなく、宝玄仙を見送るときにも、朱は一度も朱姫に視線を移さなかった。

 朱姫は少し寂しそうだった。

 限られた時間とはいえ、身体を愛し合った仲になったのだ。その記憶がなくなってしまったのは少し残念だったのだろうか。

 

「ねえ、奴隷、お前もそう思うだろう?」

 

 宝玄仙が荷を担いで沙那の横を歩く朱姫に振り向いた。

 

「は、はい……」

 

 朱姫が諦めた様子で頷く。朱姫が担ぐ荷物は二個。沙那が四個。数の違いは体力の差だ。

 ただ朱姫の荷には、この一行の路銀が入っている。この旅の会計係は沙那から朱姫に移った。朱姫の方が計算ができるからだ。

 

「まあ、奴隷でもいいじゃない、朱姫。わたしたちなんて、『玩具』って言われているのよ」

 

 沙那は慰めるように言った。

 この朱姫とは色々とあったが、宝玄仙の供になるとなれば、同じようにこの変態巫女の嗜虐に耐える犠牲者だ。仲良くしていきたいと思う。

 

「もう、あたしは、どうでもいいんです、沙那姉さん……」

 

 朱姫は、沙那と孫空女のことを“姉さん”と呼ぶようになった。朱姫には別になんの意味もないことなのだろうが、姉妹のいない沙那には、なんだかそれが心地よい。

 いずれにしても、朱姫は宝玄仙の名づけた新しい名を受け入れたときに宝玄仙から壮絶な魔蛭責めを受けた。

 それは絶対的な恐怖として朱姫に刷り込まれたようだ。

 

「それにしても朱姫が妖魔というのはいまでも信じられないよ。どこからどう見ても普通の少女だしね。角もないし……」

 

 前を歩いている孫空女が言った。

 

「半分は人間ですから、孫姉さん」

 

 朱姫はぽつりと言った。

 まだまだ、朱姫とは打ち解けるには時間がかかるかもしれないと沙那は思った。

 いきなり仲良くしようというのも無理があるだろう。

 まあ、そのうち宝玄仙の「玩具」同士打ち解けもするだろう。

 

「でも、妖魔のようだね……。普段は霊力の発散はないけど、あれだけの術が使えるということは、確かに妖魔の持つ強い霊力が隠されているのだねえ、この朱姫には……。『移動術』だの、『結界術』だの。あるいは『使徒の術』だって、そう簡単な術じゃないしね。『縛心術』だって、わたしに効かなかっただけで、あそこまで完全に高太公や朱の記憶を操作するというのは大したものさ……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「でも、ご主人様──。どうして朱姫の『縛心術』は、霊力のない人間を操作できるのですか?」

 

 沙那は訊ねた。沙那は魔力と道術の関係については、宝玄仙から教えられたことしか知らないが、霊力を持たない人間に術を及ぼすことができるというのは、どうしてもこれまでに教わった知識に合致しないのだ。

 

 宝玄仙の説明によれば、道術というのは相手に備わる霊気を意図的に操作する術のことであり、最初から霊気が体内に備わっていない人間に術が効果を及ぼすわけがないのだ。

 だからこそ、宝玄仙も沙那や孫空女に術を及ぼすようにするために、内丹印を身体に刻んだのだ。

 ふたりに刻まれた内丹印は、もう完全に沙那と孫空女の肌に同化してしまいいまでは、まったく紋様の存在は見た目ではわからない。

 しかし、実際には、もうどんな力を費やしても消すことのできない宝玄仙の道術紋が沙那と孫空女に刻まれているのだ。

 

「“霊力のない者の術は直接には効かない”というのは確かに常識だよ。だけど、朱姫がやったような記憶操作術は、別に相手の霊力を動かしているわけじゃないのさ。まあ、『支配術』一般に言えることだけど、これはよくわからないことが多くてね。道術原則の例外と言われている……。いずれにしても朱姫が霊力を帯びない人間に『縛心術』をかけるときは、霊力は使っていないはずさ」

 

「霊力を動かしていないとはどういう意味なのです、ご主人様?」

 

 すると、朱姫が口を開く。

 

「だから、あたしの人に対する『縛心術』は、実際には人の中の霊力を動かすわけじゃないんです、沙那姉さん……。動かしたのは“記憶”であり、霊力で新しいものを産みだすわけじゃないんです……。それで人にも通じるんです。だけど普通の人間相手の場合は大したことはできません。それに比べれば相手が道術師なら、本物の『縛心術』の霊力が通じるから、できることも多くなります……」

 

 朱姫は呟くように言う。

 

「どんな偽の記憶でも刷り込みができるの?」

 

「いや、なんでもというわけじゃありません、沙那姉さん。本人が受け入れることができそうなものに限定されます」

 

「記憶を変えてしまうこと以外には、どんなことができるの?」

 

「感情を操作すること。なんでもないものを怖がらせるように暗示をかけるとか、逆に好きでもないものを好きにさせるとか……」

 

「ふうん、もしかしたら、あの高太公の娘の朱にも、その『縛心術』を使ったの?」

 

 沙那は訊ねた。思い出してもあの朱は、完全に朱姫の虜になっていた。

 

「何度も言いますけど、道術も『縛心術』も使っていません。そんなことをする必要がなかったんです……」

 

 朱姫はきっぱりと言った。

 

「ほかにどんなことができるの、朱姫?」

 

「あとは感覚も操作とかですね……。その相手が体感したことがある感覚なら、呼び起こせます」

 

 朱姫は言った。

 

「ほう、面白いね……。じゃあ性的な快楽を感じたことのない人間に、お前の『縛心術』で快楽を与えることはできないんだね?」

 

 宝玄仙が意味ありげな口調で会話に入ってきた。

 沙那はなにか嫌な予感がした。

 宝玄仙があんな口調のときは碌なことを考えていない。

 

「まあ……、そういうことです、ご主人様……」

 

「じゃあ、逆に性的な快楽を感じたことがある女に、それをたったいま起きたことのように味あわせることはできるね」

 

「できる……と思います……。あまりそういうことに使ったことはありませんが……」

 

 朱姫は、また、なにか酷い目にあわされるのではないかと考えているのか、ひどく警戒した表情になった。

 だが、沙那は、宝玄仙がなにを思いついたのかわかる気がして、ひどく不安になった。

 

「沙那と孫空女で試してみるかい? お前もこの前はこのふたりに魔蛭で苛められた仕返しをしたいだろう?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ご主人様──。あれはご主人様が……」

 

 孫空女が抗議しようとした。あれは宝玄仙が朱姫を魔蛭責めにしたのであり、沙那も孫空女も途中からは、強制的に手伝わされたのだ。

 

「本当ですよ。大部分はご主人様じゃないですか」

 

 沙那も言った。

 

「黙りな、孫空女、沙那──」

 

 宝玄仙が鋭く言った。孫空女は口をつぐんだ。

 沙那も慌てて口を閉じる。

 下手に文句を続けるとなにをされるかわからない……。

 まあ、黙っても同じかもしれないが……。

 

「で、でも、ふたりにはあたしの術は通じませんよ。撥ね返されてしまいます……」

 

 朱姫は言った。

 

「わたしの霊力には余程の強力な術使いの術でなければ撥ね返してしまう効果があるからね……。わたしの霊気を身体に蓄えている沙那と孫空女には効かないさ。だけど、このわたしは沙那と孫空女の身体を操作できる。こいつらには内丹印を刻んでいるからね。お前の術だけは受け入れるように変えることはできるさ。ほら───」

 

 宝玄仙はそう言った。

 いまなにかをしたのだろうか。

 しかし、なにも変わったことは感じない。

 

「これで、沙那姉さんや孫姉さんたちに、あたしの『縛心術』が通じるようになったのですか……?」

 

 朱姫は半信半疑のようだ。

 しかし、沙那はそれどころじゃない。

 得体の知れない不安が爆発しそうだ。

 

「もう“感覚”を自由に操作できようになっているはずだよ──。やってごらん、朱姫」

 

「やってみるとは……?」

 

「生娘にすぎないお前が、高太公の娘をたらし込んだ手腕を見せな……」

 

「手腕……?」

 

 すると朱姫の表情が変わった。

 ぺろりと自分の口を舐める。

 朱姫の顔が急に宝玄仙のような嗜虐者のそれに変化する。

 沙那はぞっとした。

 

「どっちで試したい、朱姫? 沙那かい? 孫空女かい?」

 

「朱姫、駄目よ──」

 

 慌てて朱姫に向かって首を横に振る。孫空女も蒼い顔をして、手で「駄目」という仕草をする。

 

「じゃ、じゃあ、まずは沙那姉さんで」

 

 朱姫が満面の笑みを浮かべて言った。あっという間に生気を取り戻したような朱姫に、沙那は凄く不安になった。

 

「そ、そんなあ」

 

「口答えするんじゃないよ、沙那」

 

 宝玄仙がぴしゃりと言った。

 

「じゃあ、沙那姉さん。まずはあたしの眼を見てください」

 

 朱姫が言った。

 仕方なく朱姫の顔に視線を向ける。

 その途端になにかざわりと頭の中が刺激された気がした。

 

「あたしがいまから数を数えます……。沙那姉さんがこれまで感じた最高の絶頂があたしが“十”まで数えたときに身体に発生します……。数は一から数える。それに従い、だんだんと沙那姉さんは、与えられる身体の快楽があがっていきます……。じゃあ、数をかぞえますね……。一……」

 

「あっ」

 

 なにか熱いものが身体に発生した。じわりと股間が濡れてくる。

 

「二……」

 

「うくっ」

 

 思わず股間を押さえてしまう。

 

「三……四……五……六……」

 

「いひいぃ──」

 

 沙那はしゃがみ込んでしまった。

 まるで、洪水のような快感が身体に沸き起こる。

 

「七……八………九……」

 

「ひああああああああっ──」

 

 襲い掛かる暴力的な快感──。

 絶頂の一歩手前の波濤のような快楽の嵐が全身で暴れ回る──。

 大きな波が沙那を包み込もうとしていた。

 

「これからですよ、沙那姉さん。面白いのは……」

 

「ちょっと――。ああっ、こ、こんな……。こんなところでとめないで…………ああっ……あっああ──ああっ……」

 

 絶頂寸前の快楽が沙那を襲い続ける。

 

「最後の数字をあたしが言わない限り、沙那姉さんは達することができません──。じゃあ、しばらくそのままでいてくださいね……ふふふ……」

 

「そ、そんなあ……。待って……待って、朱姫──。待って──」

 

 沙那は、うずうまったまま悲鳴をあげた。

 だが、朱姫は沙那から離れていく。

 

「次は孫姉さんですよ」

 

 朱姫の言葉──。

 孫空女が嫌がる声──。

 宝玄仙の叱咤──。

 

 そんな様子を耳にしながら沙那は股間を押さえていた。

 気の遠くなるような快楽の拷問を受けながら──。

 

 

 

 

(第8話『商家の豚妖怪』終わり)






 *


【西遊記:18・19回、猪剛鬣(ちょごりょう)(猪八戒)】

 玄奘(三蔵法師)と孫悟空は、高老(こうろう)という町で高才(こうさい)という男に呼びとめられます。そして、妖怪退治ができないかと相談され、とりあえず、話を聞くことにします。

 高才は、高太公(こうたいこう)という分限者の家人でした。
 高太公が退治を依頼する妖魔は、娘婿の猪剛鬣(ちょごりょう)です。高太公は、猪剛鬣という男が高家にやって来て、働き者であることが気に入り、娘と結婚させて娘婿にしたところ、実は妖魔が化けていたことがわかり、いまでは離れに娘を監禁して出てこないのだと訴えます。

 孫悟空は、術で娘とうまく入れ替わり、自分に抱きつく猪剛鬣を打ち倒します。
 猪剛鬣はびっくりして、雲桟洞(うんせんどう)という祠に逃げ込みます。
 さらに、追いかけてきた孫悟空に、猪剛鬣は悪いのは自分ではないと訴えます。
 猪剛鬣によれば、確かに自分は妖怪だが、働いて高太公を分限者にしたし、娘とは正当に結婚したのだと言います。しかし、猪剛鬣が妖魔だと知ると、世間体を気にして、高太公が猪剛鬣を離縁させて追い出そうとしたため、妻を監禁しただけだと主張します。

 さらに話をしているうちに、猪剛鬣が観音菩薩から、玄奘の供になることを命じられて、ここで待っている者だとわかります。
 玄奘は、猪剛鬣を出家させ、娘とは離縁をさせて旅の供に加えます。
 玄奘は、猪剛鬣に「猪八戒」という戒名を与えます。

 *

 初期の西遊記では、猪八戒の名は、「朱八戒」でした。
 しかし、明代となり、皇帝家の姓が“朱”であったため、豚の妖魔が朱姓では都合が悪いとして、「猪八戒」に改められたと伝えられています。


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 第9話    繰り返す時間【黎山(れいざん)四王】~烏致(うし)
47  奪われた絶頂


「お前には、猪公(ちょこう)鳴戸(なると)のほかに使徒はいるのかい、朱姫(しゅき)?」

 

 焚火の反対側にいる宝玄仙(ほうげんせん)が言った。

 夜だった……。

 

 沙那(さな)孫空女(そんくうじょ)は夕食の片づけをするために、近くにあった泉に行った。おそらく、ふたりはしばらく戻ってこない。わざと戻って来ない──。

 そんな気がした──。

 

 旅を初めて最初の日──。

 眼の前の宝玄仙の命令で『縛心術』という術を遣い、調子の乗って沙那と孫空女に快楽責めをした。だから、あのふたりは朱姫の苦悩を助けてくれるわけがない。

 そもそも、朱姫は半妖だ。

 人間族と妖魔族の合いの子……。

 呪われた子……。

 誰からも受け入れられることはない……。

 

「……はあ……。も……もう……一匹……」

 

 朱姫は吐息とともに答えた。自分の口からいやらしい声が混じるのがわかる。

 朱姫は立膝の脚を抱く自分の腕に力を入れた。

 このところ、毎夜のように受けている「調教」という性的拷問だ。

 情欲の暴流に支配されている朱姫を宝玄仙は愉悦いっぱいの表情で眺めている。

 

「どんな使徒だい?」

 

「も、もう勘忍してください……。はああ……」

 

 朱姫は言った。

 

「なにを勘弁するんだい、朱姫? なんにもしていないのに……」

 

 宝玄仙は愉しそうに言った。

 そう……。

 宝玄仙はなにもしない。そのなにもしないというのが、いま朱姫が受け続けている「調教」だ。

 

 この天教の法師の旅の供になって十日──。

 朱姫は、毎食毎食ずっと食事とともに媚薬を飲まされていた。

 最初はそれほど強烈な薬ではないのでわからなかった。

 夜ごとに身体に戸惑いと苦痛を感じていただけだ。

 わけもわからず疼く身体──。

 そして、宝玄仙が、朱姫だけを除け者にして、沙那や孫空女を苛む光景を毎夜見させられる淫靡な光景……。

 ほかの三人が寝静まった後で密かに自慰に耽ることが朱姫の習慣になるのにそれほど長い時間はかからなかった。

 朱姫自身が「焦らし責め」にかけられているということには、さすがに気がつく。

 だが、耐えられると思っていた。

 

 しかし、そんな生やさしいものではないことはすぐにわかった。

 全身がとろ火のような淫情の熱で犯されように疼き、四六時中淫靡なことした思考できないようになっていくと、朱姫はなんとかその火照りを夜中にこっそりと行う自慰で紛らわせるようになった。

 

 そして、五日前──。

 今夜のように野宿をしていたその日──。

 朱姫が布を口に咥えながら自慰に耽っていたとき、朱姫はじっと自分に視線を向けている宝玄仙に気がついたのだ。

 赤面して硬直してしまった朱姫は、宝玄仙の強い視線に動けなくなってしまった。

 もしかしたら、そのときも、なにかの道術をかけられたのかもしれない。

 

 そのとき、宝玄仙は、朱姫の首に手を伸ばすとなにかを首に巻いた。

 その場ではなにが巻かれたのかわからなかったが、後で茶色の細い革紐を巻かれたのだとわかった。そして、首輪の後ろの部分には小さな宝石が嵌められているようだ。

 それが朱姫の調教用の霊具であり、その効果がわかったのはすぐだった。

 朱姫は、少しのあいだ、躊躇っていたが、やっぱり自分の股間に手をやってしまうのを止めることができなかった。

 しかし、なにも感じないのだ。

 触ってもまるでなにも感じない。どんなに刺激しても朱姫の指は、朱姫の身体になんの反応も与えてはくれなくなっていたのだ。

 

 すぐにそれが首に巻かれた霊具のせいだとわかった。外そうとしたが、宝玄仙の装着した霊具はどうしても外せなかった。

 宝玄仙によれば、その首輪は自慰を禁止する首輪らしい。

 他人に触れられれば、普通に感じることはできるが、自慰に限ってはなにも感じることができなくなる首輪なのだそうだ。

 それから朱姫の性の地獄が始まった。

 翌朝から食事とともに必ず与えられる媚薬が強いものに替えられたようなのだ。

 そして、はっきりと食事にも水にも媚薬が含まれていると教えられた。

 どういう仕掛けになっているのかわからないが朱姫が口にするものを、霊力により媚薬の性能が含まれるものに替えているのだ。

 それにより身体はどうしようもなくどんどん熱くなっていく。

 

 しかし、自慰という手段でそれを癒すことはできない。

 宝玄仙は沙那と孫空女に朱姫を慰めることも禁止した。天教教団のこの巫女に絶対服従しているふたりが命令に逆らうことはない。

 朱姫は媚薬により発情させられた身体のまま、宝玄仙にしか股間を触れられてない。

 そして、宝玄仙はそう簡単に朱姫の溜まった快感を解放してくれないのだ。

 

「その首の紐を外して欲しいかい、朱姫……?」

 

 焚火の向こうの宝玄仙が微笑んだ。

 

「は、はい……」

 

「もしも、外したらなにをするつもりなんだい?」

 

 宝玄仙はにやりと微笑む。

 朱姫は思わず自分の股間に伸ばしそうになる手を懸命に自制する。

 

「やってごらんよ……自慰を……」

 

 まるで操られているように朱姫の手が動く。

 この巫女の供になる前は朱姫はいつも男のような姿をしていたが、いまは逆に女の格好しかしていない。

 朱姫は下袍(かほう)の裾をまくって自分の手を入れた。

 そして、股間を愛撫する。

 一番、敏感な部分を触っているはずなのに、なにも感じることができない。

 

「もう……ゆ、許してください、ご主人様……」

 

 朱姫は自分の言葉に泣き声が混ざっているのがわかった。

 もう、朱姫の心も身体も暴れ回る欲情でおかしくなっている。この首輪をしている限り、朱姫の淫情を解放できるのは宝玄仙の指だけなのだ。

 

「触って欲しいのかい、朱姫?」

 

「触って……。触って欲しいです──」

 

「そんなにつらいのかい、朱姫?」

 

「は、はい……」

 

「いいよ……。おいで……」

 

 朱姫は焚火を回って、椅子代わりの小さな石に座っている宝玄仙の前に立った。

 

「足を開いて、下袍をまくりな」

 

 言われた通りにする。

 下着を着けさせてもらっていない朱姫の股間が露わになる。

 これからなにが始まるのか朱姫はよくわかっている。

 この五日間、ずっとこれをやらされていたのだ。

 最初は性器を露出させるという行為に抵抗があったが、首に霊具を巻かれてから五日間、夜になるたびに、あるいは、出発前、そして、道中の休憩のたびにやっているこの行為について、いまは焦燥感が解放されることへの渇望しかない。

 

「ふ、ふ、ふ……。凄いわね……。こんなになっているんだ……」

 

 自分でもむっとするような淫靡な匂いが股間から湧いてくる。視線をそこに落とさなくても愛液にまみれる自分の股間がわかる。

 朱姫は羞恥に唇を噛む。

 

「わかっているね……」

 

 宝玄仙の指が朱姫の肉芽の寸前で止まる。

 

「わ、わかっています、ご主人様……」

 

「じゃあ、いつものように言ってごらん、朱姫」

 

「あ、あたしは、決して声を出しません……。腰も動かしません……。ああ……。お願いです、ご主人様──。もう、我慢できないんです──」

 

「まだだよ……。それだけじゃないだろう?」

 

 宝玄仙の指は朱姫の肉芽の寸前で止まったままぴくりとも動かない。

 朱姫は、もう腰を屈めて、その指に股間を擦りつけてしまいたい衝動を耐える。

 そんな勝手なことをすれば、この焦燥感を発散できる機会は二度と来ないかもしれない……。

 

「も、もしも、あたしがいやらしく声を出したり、はしたなく腰を動かしたら……ば、罰として、あたしに対するお情けは中止してください……」

 

 朱姫は涙声で言った。五日間、その条件で何度も挑戦させられた。一度も耐えられたことはない。

 必ずどこかで中断される。つまり、耐えて耐えてどうしようもなくなるまで耐え、そして、それが限界を越えて、声を出すか腰を動かしてしまうのだ。それで止められる。発散することのできなかった淫情だけが朱姫の身体に取り残される。

 そして、次の機会は数刻待たなければやってこないのだ。

 

「わかったよ、朱姫」

 

 宝玄仙の指が朱姫の淫豆を撫ぜた。

 強烈な刺激が全身を貫く。

 口からほとばしりそうになる嬌声をかろうじて抑えた。

 

「やって欲しいことを言いな、朱姫……」

 

 宝玄仙の指は止まる。

 意地の悪い宝玄仙は、いつもどうやって愛撫してもらいたいかを朱姫に言わせる。

 言わないと愛撫はしてもらえない。

 朱姫は口を開く。

 だが、そうすると歯を食い縛れないので声を我慢できないのだ……。

 半妖の朱姫はたった十日の宝玄仙との旅で淫乱な肉体と精神に替えられようとしている。

 

「そこを……」

 

「そことはどこだい?」

 

「さ、さっき触ったところです……」

 

「教えた言葉でいいな、朱姫」

 

「あ、あたしの……肉芽をくりくりと動かして……」

 

 朱姫が言い終わる前に肉芽が宝玄仙によって回された。

 

「あひいっ」

 

 言葉を最後まで言ってから動かされると思っていた。

 前回まではそうだったのだ。油断をしていた朱姫は思わず声を出してしまった。

 そして、はっとなる。

 

「も、もう一度――。もう一度、機会を――」

 

「駄目だよ。次の機会は明日の朝だね……。それよりも、なぜできないか考えたかい?」

 

「そんなこと……」

 

 朱姫は泣きそうな顔を横に振った。

 

「お前が淫乱だからだよ……。言ってみな……。自分が淫乱だね」

 

「あ、あたしは淫乱です……。だ、だから、ご主人様のいいつけに従えない……。お、お願いです。も、もう一度、お情けを……」

 

 この身体をどうにかして欲しい。

 

「明日の朝だよ」

 

「お、お情けを……」

 

 朱姫はその場にうずくまった。股間に手をやる。やっぱりなにも感じない。身体中が熱い。疼いて疼いて仕方がないのだ。

 

「仕方ないねえ……。じゃあ、そうやって自分の股間を擦りながら『朱姫は淫乱だ』と百回言ってごらん──。百回言えば、その魔具はお前の手の刺激を股間に伝えることを許してくれるよ──」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 朱姫に選択の余地はない。

 この気紛れの宝玄仙がやっと与えてくれた慈悲だ。

 朱姫はすぐに股間に手をやった。

 

「朱姫は淫乱だ……。朱姫は淫乱だ……。朱姫は淫乱だ……」

 

 自分は淫乱だと言いながら、下袍の上から股間を指で愛撫する。

 

「誰が服の上から擦れと言ったんだい──? 淫乱なら淫乱らしく、下袍をまくりあげて直接触るんだよ」

 

 朱姫は跪いたまま、片手で下袍をまくり、もう一方の手で股間の陰核を擦った。

 なにも感じない……。

 これだけ淫情の炎に焼けるように熱い身体なのに、全身のどこに触れてもそれを解放させてはくれない。

 それに、なんという浅ましい姿なのだろう──。

 恥ずかしい──。

 だが、この身体の苦しみから解放されるなら……。

 

「朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……」

 

 同じ言葉を繰り返しながら、ひたすらなにも感じない股間を刺激する。

 

「はっはっはっ、浅ましいねえ……。とにかく続けな。お前には苛められて悦ぶ性癖は小さいようだけど、この宝玄仙にかかれば、ちゃんとそんな体質にかえてやるよ。とにかく、その調子で続けな。そのうちに、いいこともあるさ」

 

 宝玄仙が訳のわからないことを言って大笑いした。

 とにかく、やめられない。

 

「……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……朱姫は淫乱だ……」

 

 もう何十回目か、わからない。

 だが、ある瞬間、凄まじい快感が沸き起こった。

 

「……ひいいいっ──」

 

 待ちに待った快感だ。朱姫は狂ったように肉芽を動かす自分の手を早めた。だが、たったの一回だけで終わってしまった。

 もう、なにも感じることができない。

 

「こ、こんなひどい……。たったの一回だなんて……。ご、ご主人様」

 

「お前の頭がおかしくならないように、『朱姫は淫乱だ』と呟きながら擦れば、百回に一回はちゃんと感じられるようにしてやったよ……。身体が火照って眠れないなら一晩中擦ってな。そのうち、いけるかもしれないよ」

 

「そ、そんな──。やっぱり、お情けを……」

 

 百回ごとにたったの一回など、絶対にいくことなどできない。却って苦しくなるだけだということくらいわかる。

 

「駄目だよ。明日の朝のお情けは沙那と孫空女の前でだよ。さっきと同じ条件でね。今度こそ、最後までいけるといいね。一晩中、擦り続けて少しは溜まりきった快楽を発散させておけば、次は感じすぎないですむかもしれないよ……。それにしても、いい顔になってきたじゃないかい。さすがの半妖も、この宝玄仙の責めにかかれば、こんなものさ。とにかく、行きな──。もう終わりだ」

 

 宝玄仙が高笑いした。

 

「ああ……」

 

 朱姫は絶望に視界が暗くなるのを感じた。

 身体はどろどろに溶けてしまうのかと思うくらい熱かった……。

 宝玄仙の前にひれ伏して哀願したが突き飛ばされた。

 さっさと寝ろと促されて仕方なく横になる。

 

 百回に一回など……。

 それが朱姫をもっと追い詰めるための仕打ちだということはわかっている。

 自慰をしてはいけない。

 自慰をすれば百回に一回の刺激を求めて、自分は一晩中股間を擦り続けるだろう。

 それこそ本当の淫乱になってしまう。

 

 朱姫は淫乱だ……。朱姫は淫乱だ……。

 しかし、知らず朱姫は、そう口の中で呟きながら股間に手をやっていた。

 

 

 *

 

 

 最初は、朱姫は発狂したのだと思った。

 なにしろ食器や鍋を洗って戻ってきたら、朱姫が地面の上に寝ていて、自分は淫乱だとすすり泣きをしながら言い続け、ひたすら自慰をしているのだ。

 宝玄仙の霊具のためにどんなに自慰をしても決して感じなくされているのは知っていた。

 

 朱姫をその霊具をはめさせながら、さらに宝玄仙は朱姫の口にするものすべてに、宝玄仙は道術で媚薬を混ぜていると言っていた。

 なんという追い詰め方なのだと、沙那も鼻白んだ。

 

 朱姫に関わっているあいだは、宝玄仙の嗜虐趣味が沙那や孫空女に回ってこないのはいいのだが、宝玄仙の朱姫に対する責めは少々、常軌を逸しているようにも思う。

 半妖である朱姫には内丹印もなしで宝玄仙は道術が通じる。

 だから、媚薬については宝玄仙が朱姫の口に道術をかけているのだと沙那は思っていた。

 媚薬が急に効果的に作用し始めたのは、首の霊具が関係しているのかもしれない。

 それにしても、眼の前の朱姫の姿はなんだろう?

 ついに、おかしくなってしまったのだろうか……。

 あまりの朱姫の異常さに声をかけられないでいた。

 

 だが、やがて朱姫の身体がびくりと跳ねた。甘い呻き声を朱姫があげたのだ。

 そして、再び狂ったような自慰と自分が淫乱だという呟き……。

 

 やっと沙那は、宝玄仙が朱姫になにをしたのかわかった。

 おそらく何十回か自慰により股間をこすり続ければ、一回くらいは感じることができるように細工を変えたのだろう。

 だが、あまりにも残酷な仕打ちに、沙那はぞっとした。

 朱姫が、この数日ほとんど一睡もしていないのは知っている。眠れないのだ。

 媚薬を与え続けられて火照りきった身体が眠ることを拒否している。

 

 そして、この新しい淫靡な仕掛け。

 数十回に一回の刺激を求めて、朱姫は自分の股間を擦り続けいている。そっと覗くが、眼が常軌を逸している。

 孫空女と眼で合図をし、朱姫をそのままにしておいた。

 自分は淫乱だと呟き続けている朱姫は、もう、沙那のことも孫空女のことも気にならないようだ。

 

 孫空女とふたりで寝支度をした。

 野宿をするときは宝玄仙用に厚めの敷布を二枚置く。

 そして、特別なマントを掛布代わりに置き、さらに上に毛布を置く。

 宝玄仙はその中に横になるのだが、大抵は寝る前に、沙那と孫空女に宝玄仙の相手をさせる。

 宝玄仙の狂った欲望を満足させるためだ──。

 

 嗜虐の性癖を持つ宝玄仙は、自分の「奴隷」たちが羞恥と屈辱にまみれる姿を見ることで性的欲望を満足させる。

 稀に自分の股間に肉棒を生やして、沙那や孫空女を犯すこともあるし、宝玄仙の女自身をふたりに舐めさせたりすることもある。

 しかし、それは、あくまでも沙那や孫空女を辱める手段であり、宝玄仙が愉悦に浸って恍惚の境地になるには、宝玄仙自身の肉体的な絶頂は必要ではないのだ。

 宝玄仙が求めるのは精神的な絶頂であり、それは、彼女の「玩具」たちが求めぬ肉欲に溺れる姿に興じるのを観ることなのだ。

 この夜は、宝玄仙は沙那にも孫空女にはなにも求めず、そのまま寝入ってしまった。

 つまり、朱姫に与えた仕打ちで彼女の嗜虐心は満足されたのだ。

 

 しかし、そのため朱姫は淫靡な拷問により、精神がおかしくなりかけている。

 朱姫は、一日に三回か四回──。

 宝玄仙の陰湿なやり方でいたぶられている。

=朱姫が媚薬により高まった性感を解放できる機会はそれだけなのだ。

 しかし、それは、朱姫が嬌声もあげず、身体を身動きせずに絶頂に達するという条件があるのだ。それができなければ、容赦なく宝玄仙は朱姫への愛撫を中断する。

 もう、限界だろう……。

 

 宝玄仙は、どちらかというと嗜虐癖のある朱姫を被虐に染め変えるのだと大張り切りなのだが、もうやり過ぎだ。

 あれだけ焦らしに焦らせた身体で、愛撫に耐えて声も身体も動かさないことなど、朱姫にできるとは思わない。

 そして、達することのできない渇望はどんどん朱姫を追いつめて、彼女の身体を極限まで敏感にしている。

 あれでは朱姫は永遠に達することなどできない。

 

 そしていま──。

 何十回も股間を擦る続け、やっと与えられるたった一度ののわずかな快感を求めて、朱姫は狂ったように股間を擦っている。

 自分が苦しくなるだけなのがわかっていても、朱姫は朝まであのまま股間を愛撫し続けるだろう。

 沙那は、自分の身体を「朱姫は淫乱です」と啜り泣きながら自慰の仕草を続ける朱姫の背中に寄せた。

 びくりと跳ね上がる小さな半妖の身体──。沙那はそれを抱きしめる。

 

「静かにして、朱姫……。ご主人様は寝ているわ」

 

 朱姫の耳元でささやいた。沙那の腕の中で朱姫が大人しくなる。

 焚火の反対側では三枚の野外用毛布とマントに挟まれた宝玄仙が寝ている。

 それに対して、沙那と孫空女と朱姫の三人は一枚の毛布を横にして並んで寝ていた。

 宝玄仙の作った結界の中にいるので、四人が同時に休んでも問題はない。盗賊や獣に襲われる心配はまずないのだ。

 

「布を噛んで、朱姫……」

 

 沙那は小さな布を朱姫の口に咥えさせた。

 反対側を向いて横になっていた孫空女が身体を反転させて真ん中に寝ている朱姫に身体を向ける。朱姫は、背中から沙那前から孫空女の両方から抱かれるような格好になった。

 

「大丈夫、沙那……。あたしも気配を探っているよ……。ご主人様は確かに寝ている……」

 

 孫空女も同じ気持ちのようだ。

 宝玄仙から朱姫が受けている仕打ちはあまりにも可哀そうだ。

 朱姫が沙那の腕の中で微かに身体を震わせる。

 それでも朱姫の手は自分の股間に触れ、いやらしく指を動かし続けたままだ。

 感じることのない刺激を求めて狂ったように自慰に耽っている。

 もう、自制が効かないのだろう。

 沙那は朱姫の手を彼女の股間から離して、沙那の手を朱姫の股間に滑らせる。

 

「んんんっ」

 

 朱姫の身体が跳ねた。

 

「静かにして……。ご主人様が起きてしまうわ」

 

 朱姫が沙那の腕の中で動きを止める。

 沙那は朱姫の股間から肉芽を探り当てて、それをを優しく撫ぜた。

 勃起した少女の陰核は彼女自身の愛液によりどっぷりと濡れている。煮えたぎったように朱姫の陰部は熱かった。

 朱姫の身体が小刻みに痙攣を始める。

 彼女の身体に彼女が何日も渇望していた絶頂が訪れようとしているのがわかる。

 

 沙那は朱姫の股間を愛撫しながら、彼女の首に巻かれている革紐にある宝石に視線を向けた。

 それが気になった。

 あの変態巫女の霊具が一筋縄でいかないことは、沙那が身体で知っている。

 首の後ろ側になる革紐の宝石は、朱姫の髪によってあまり見えないのだが、ちらりちらちと見えるたびに青色に光っていた。

 朱姫の首の霊具は朱姫自身の自慰による刺激を無効にするだけではなく、この宝石の色がなんらかの意味を持っているには違いない。

 

 だが、いまは朱姫のことだ。

 彼女を苦しめているものから、なんとかして解放してあげたい。

 朱姫の身体が弓なりになって大きく震えた。

 これで朱姫は達することができたはずだ。

 だが、様子がおかしい。

 布を噛んだ口は、まだなにかを求めて愛らしい呻き声をあげているし、おこりのような震えは止まず、むしろひどくなっている。

 

「……沙那、朱姫──。ご主人様が……」

 

 孫空女の警告──。

 沙那は、さっと朱姫の股間から手を放した。

 朱姫はまだ苦しそうだ。

 鼻息が荒い。

 そして、激しい震え。

 

「だ、駄目よ、朱姫──。静かにして」

 

 沙那は焦った。

 

「言いつけに背いて朱姫に触ったね、沙那……」

 

 背中から冷たい宝玄仙の声がかけられた。

 沙那の全身に冷たい汗が流れる。

 

「ご、ご主人様……」

 

 沙那は振り返ることができないでいた。

 宝玄仙の声には、面白がるような響きがある。だが、逆らえない。

 

「こっちにおいで、沙那……」

 

「は、はい」

 

 沙那は、仕方なく宝玄仙の前に立った。

 

「罰を受けるための格好になりな、沙那」

 

「はい……」

 

 宝玄仙は毛布の上に胡坐で座り直している。

 そして、小さくなっている焚火に向かって指を伸ばす。消えかけていた焚火の炎が大きくなる。

 沙那はその炎に照らされながら服を次々に脱いで足元に置いた。

 一糸まとわぬ姿になりその裸身を宝玄仙に晒す。

 それが、宝玄仙に罰を与えられるときの格好なのだ。

 

「両手を首の後ろに回して、その恰好のまま膝を下げな」

 

 手を頭の後ろで組み、腰をいいと言われるまで下げる。両腿が水平になったところで停止を命じられた。がに股に開いた沙那の膝の上に、宝玄仙は杖を載せた。

 

「この杖を落とすんじゃないよ。手も放すんじゃない。もしも、その姿勢を崩したり、杖を落としたりしたら、明日は三人とも欲情させたまま素っ裸で歩かせるよ」

 

 やると言ったら絶対にこの変態巫女は実行する。沙那は苦しい姿勢を保つためにぐっと力を入れる。

 以前だって、本当に宝玄仙に、素っ裸で歩かされた。

 

「さて、沙那……。お前が愛撫して絶頂を与えてやったはずの朱姫が、なんでまだ苦悩に呻いているのかわかるかい……?」

 

「い、いいえ……」

 

 首を横に振る。

 背中からまだ悶え続ける朱姫の声が聞こえる。

 

「あの霊具の機能は自慰による快楽を感じなくさせてしまうだけじゃないんだ……。朱姫の首の紐についている宝石の色によって、外から与えられる刺激や道術に対する効果が変化する。いまは何色だった?」

 

「た、確か、青です……」

 

 無理な姿勢を強要されて、だんだんとつらくなる。膝の上の杖を落としたらいけない。

 それだけを集中する。

 

「青の光とときには、自慰を感じないばかりでなく、他人に股間を擦られても朱姫は絶対に絶頂に達することはできない。そして、外からの刺激や道力をひたすら繰り返す。つまり、いまは、お前が与えた刺激をひたすら繰り返しているということさ。朱姫は、お前によって、絶頂するはずの快楽を与えられた。しかし、霊具の力でそれを寸前で止められ、元に戻されている。だから、朱姫はお前に刺激を与えられたときから絶頂寸前に至るまでの過程をひたすら繰り返している状態なんだよ」

 

「な、なんてことを……」

 

 沙那は呻いた。

 沙那が朱姫の苦痛を癒してあげたいと思った行為は、どうやら、もっとひどい状態に朱姫を追い込んでしまったようだ。

 

「なんとかしてあげるわけにはいきませんか、ご主人様……。もう可哀想ですよ」

 

「他人のことよりも自分のことを心配しな、沙那」

 

 宝玄仙が立ちあがって沙那の下腹部の臍の下付近を指で軽くついた。

 次の瞬間、猛烈な尿意が沙那を襲った。

 

「あんっ」

 

 不自由な姿勢でいる沙那は、思わず腰を揺らしそうになり、懸命に耐える。

 

「許可なく小便を洩らしたりしたら、やっぱり欲情したまま全裸行進だよ」

 

「ああ、許して……、ご、ご主人様……」

 

 沙那は宝玄仙の魔力により、猛烈に高まった尿意の猛威に歯を食い縛る。

 苦しい──。苦しい、苦しい。

 魔力による尿意があっという間に限界に迫る。

 股間を締め付ける筋肉に力を込める。

 

「さて、罰を与える必要のある者がもうひとりいるね……。孫空女、こっちに来な──」

 

 後ろで毛布から人が外に出る気配がする。

 

「孫空女は、沙那の股の下に寝そべりな。ちょうど、沙那の股間の真下に顔がいくようにね」

 

「そ、そんな、ご主人様──」

 

 命令された孫空女よりも、沙那が悲鳴に近い抗議をあげてしまった。

 

「動くんじゃないよ、沙那──。お仕置きを追加されたいかい?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「言われたとおりにするよ、ご主人様……。ご免よ、沙那、恥ずかしいだろうけど……」

 

 孫空女がそう言いながら、沙那の股の間に上を向いて寝そべる。さすがに、羞恥に沙那は震える。

 宝玄仙は、那の膝の上に載せていた杖を取り上げた。だが、姿勢を崩していいという許可はないので、沙那はまだ同じ姿勢でいた。

 

「孫空女、沙那がいまどんな気分かはわかるだろう……?」

 

「ああ……。だけど、これなに?」

 

 沙那の股の下の孫空女が言う。確かに、宝玄仙は沙那と孫空女になにをさせようというのだろう?

 

「沙那──」

 

「は、はい、ご主人様」

 

「おしっこがしたいだろう……?」

 

「い、いえ……」

 

 本当はしたい。

 道術により高められた尿意は普通の尿意ではない。

 もう崩壊寸前だ。鍛えられている筋肉でかろうじて耐えているというところだ。身体は、不自然な姿勢で痙攣を始めた筋肉の震えとは違う理由により小刻みな痙攣を繰り返す。

 全身は尿意に耐える脂汗にまみれている。

 

「していいよ……。ただし、孫空女の口の中にね」

 

「なっ?」

 

「ええっ」

 

 沙那と孫空女は同時に叫んだ。沙那は俄かには信じられない宝玄仙の言葉に恐怖した。

 

「孫空女、一滴残らず飲み干せたら、ふたりへの罰はそれで許してやる。それから、朱姫の身体を癒してもやろう」

 

 宝玄仙の冷たい宣告がなされた。その口調から、沙那は宝玄仙が絶対に言葉を翻す気がないことを知った。

 

「わかったよ、ご主人様……」

 

 沙那の股の下に顔を置いている孫空女が言った。

 

「そ、孫女?」

 

 沙那は孫空女を見下ろす。

 孫空女は、蒼い顔だがやや引きつる微笑みを浮かべている。

 

「い、嫌かもしれないけど……あたしの口にして、沙那……」

 

「孫女……」

 

 それしか言うことができなかった。

 

「き、汚いことも恥ずかしいことも……沙那と一緒なら……」

 

「ごめんね、孫女……」

 

 沙那は腰を落として股間を孫空女の顔に近づけていく。

 

「も、もうちょっと下に……」

 

「う、うん」

 

 沙那はさらに腰を落とした。孫空女の息が股間に感じるくらいになった。

 

「い、いいよ……」

 

 股のすぐ下で孫空女の口が大きく開かれたのがわかった。

 沙那は股間を絞めつけていた力を少しずつ緩めていった。



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48  果てしなき尻調教

 朦朧とした視線で、朱姫(しゅき)は自分を助けようとしてくれた沙那(さな)孫空女(そんくうじょ)が惨い目に合っているのを眺めていた。

 沙那はおよそ考えられないくらいにみっともない姿勢で、孫空女の顔の上に跨り、孫空女の口に向かって尿をしている。

 孫空女はそれを大きく口を開けて、懸命にそれを飲んでいる。

 沙那は、一度に全部出してしまわないように、少し出しては止め、少し出しては止めという具合に尿をしているみたいだ。

 

 それにしても朱姫はもう狂いそうだった。

 いきそうになり、またそれが消滅し、すぐに湧き起こる。

 爆発しそうで達することのできない快感がひたすら続く。

 絶対に満足することができない。

 

「こっちにおいで、朱姫───」

 

 宝玄仙(ほうげんせん)の大きな声がした。

 朱姫は混濁する意識のまま、三人のいる方向に向かう。

 熱い───。

 苦しい───。

 沸騰するような疼きが全身に充満している───。

 

 解放されたい。

 この昂ぶりから救い出して欲しい。

 沙那と孫空女は宝玄仙の横で座っていた。

 

「ご、ごめん、孫女……」

 

「い、いいよ、けほっ、けほっ、あ、あたしと沙那の仲さ……」

 

 沙那は全裸の胸を手で覆い、恥ずかしそうに宝玄仙や孫空女に顔を避けるように下に向けていた。

 孫空女は四つん這いになり、苦しそうに咳込みながらも笑っている。

 

「さて、こいつらが頑張ったからね、その身体を癒してやるよ、朱姫……」

 

 すると、宝玄仙が朱姫に声をかけた。

 

「ほ、本当ですか──? お、お願いします……」

 

 朱姫は、歓びに宝玄仙の前に身体を倒れさせた。

 

「それよりも、このふたりに言うことがあるだろう」

 

 宝玄仙が少し大きな声で怒鳴った。

 朱姫は慌てて、沙那と孫空女の前に向き直った。

 

「あ、ありがとうございます───。あ、あたしのために……。あ、あたしなんかのために」

 

 地面に這いつくばって頭をさげる。

 いまなら、たった一回の絶頂のために、なんでもできる。

 足を舐めろと言われれば躊躇なく舐めるし、這いつくばれと命じられれば、いくらでもできる。

 

「あ、あたし、なんかって、なんだい……」

 

「そうね……。この数日思っていたけど、朱姫って、わたしたちに壁を作っているところがあるわよね。もう、今更でしょう……。ところで、それよりも、ご主人様、もう堪忍してあげるんですよね?」

 

 孫空女に続いて、沙那が朱姫に少し困惑した口調で朱姫をたしなめるような物言いをし、さらに宝玄仙に意見するような言葉を吐く。

 だが、それよりも、朱姫は沙那の言葉が引っ掛かった。

 朱姫が壁を作っている?

 沙那たちじゃなく?

 

「ああ、もちろん、勘弁するさ。もうすっかりと、朱姫もお前ら同様に、被虐癖を植えつけてやったしね。みてごらん、この惨めそうな顔を……」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 その横で、沙那が呆れたような視線を向けている。

 朱姫は、さっきまで孫空女の口の中に放尿をさせられるという仕打ちを受けた沙那が、いつの間にか、意外なほどにあっけらかんとした感じになっていることに驚いた。

 

「ほらよ」

 

 その朱姫の眼の前になにかが投げられた。

 朱姫はそれを手にする。

 長さは朱姫の指三本分くらいだろうか。先端から半分までは小さな銀の玉が繋がっている細長い棒だ。

 

「お前の首の霊具の設定を変更した。お前が自慰をしようと、ほかの者が愛撫をしようと、絶対に絶頂の寸前以上の快楽を与えないようにした。だけど、それだけは別だ───。お前がそれを使えば絶頂に達することができる。お前が渇望していた高みにお前を連れていってくれるよ、朱姫」

 

 朱姫はその言葉にほとんど無意識にその性具を手に取っていた。

 短い下袍の下の愛液にまみれた自分の股間にそれを当てがった。

 だが、やはり躊躇った。

 そんなものを自分自身に挿すというのは恐ろしい。

 朱姫はまだ、玩具であろうと、男であろうと、自分の膣内にそれらを受け入れたことがないのだ。

 

 怖い───。

 その朱姫に宝玄仙の冷たい言葉が降りかかる。

 

「ただし、それを前の穴に使っても駄目だよ。それは尻用だ。それを尻に突き挿してほじくり続けたときだけ、お前は絶頂に達することができる。その熱い身体から解放されるだけではなく、首の霊具の力により身体の媚薬の効果も抜けて、正常な状態に戻れるよ」

 

「そ、そんな……。お、お尻で気持ちよくなれるわけがない……」

 

 朱姫は火照りきった身体を震わせた。

 

「そんなことはあるものか。そこにいるお前の姉さんふたりはお尻だけで、見事に絶頂に達するよ。それこそ何度でも続けてね」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 

「あ、あたしは、お尻でなどでやったことはないんです」

 

 朱姫は込みあげた涙を堪えられずに、泣き出してしまっていた。

 

「じゃあ、沙那に頼むんだね───。いや、孫空女にしようか……。孫空女、朱姫の尻の穴をほじってやりな。朱姫、一度で憶えるんだよ。これからは、ずっと自分でやらなければならないのだからね」

 

「ず、すっと、自分で───?」

 

 この巫女はなにを言っているのだろうか? 

 それよりも、またせりあがる情感が朱姫を狂わす。

 ゆっくりと込みあがる快感……。

 だが、絶対に最後までいくことはない。

 やがて、沸騰寸前までいくがそこで平静に近いところまで突き落とされる。そして、また快感が沸き起こっていく。

 それがまだずっと繰り返しているのだ。

 

「一度、尻で気をやれば身体の媚薬は中和されて抜ける。ただ、数刻で媚薬の影響は復活し、またその熟れきった身体に逆戻りだ。その度に、その道具で尻をほじらなければならない。いまの状態が良ければ別だけどね。その霊具をつけている限り、お前が妖魔だろうが半妖だろうが人間だろうが、わたしの媚薬の効果からは逃れられないよ」

 

「い、嫌です……。も、もう、これは嫌……ご主人様……」

 

 朱姫は泣いてしまった。

 

「ご主人様、いい加減にしてあげたらいいじゃないですか」

 

 沙那が口を挟む。

 

「うるさいねえ。また、折檻されたいかい、沙那──。とにかく、やるんだよ、朱姫──。これからは日に三度その道具で自分を癒すんだ。お前の半分は妖魔だが、もう半分は人間の女だ。人間の女としては、お前は未通女(おぼこ)だろ?」

 

「未通女?」

 

「男とまぐわったことはないだろうと訊いているんだよ?」

 

「な、ない……。そんなものはありません」

 

 朱姫は頭を振った。

 人間の男となど考えられない。

 天教の法師が率いた村の男たちに両親を殺され、朱姫自身も殺されそうになった子供時代を思い出し、朱姫は身震いした。

 あのとき、母親を殺す前に、あの男たちは獣のように、母を犯したのだ。

 母親が犠牲になって、朱姫を逃す隙を作らなければ、幼かった朱姫まで犯されていただろう。

 男に犯されるなんて、冗談じゃない──。

 

「お前の女の部分には、身体中に気持ちがよくなる場所があちこちにある……。だけど、その身体中の性器のどこよりも先に尻を開発してやるよ。面白いだろう? 未通女のまま、尻で欲情する尻奴隷になるんだ。本当に、これこそ、わたしの弟子に相応しい淫靡さじゃないかい───」

 

 宝玄仙は愉悦に浸った笑い声をあげた。

 しかも、なにが面白いのか宝玄仙は笑い続ける……。

 この巫女は狂っている。朱姫は地面についたままの手を強く握りしめた。

 

「ご主人様……」

 

 沙那は完全に呆れ顔だ。

 

「これからしばらくは、朝昼晩、食事の後に尻で自慰をするんだ。そのうち、嫌でもお前の尻は快楽を覚える。そして、尻が一番の場所になる。その尻棒はお前を癒してくれる大事な道具だ。ちゃんと洗って手入れするんだよ、朱姫」

 

 朱姫は歯噛みした。

 自分がこれから世にも浅ましい身体に作り直されようとしていることはわかった。

 その朱姫の身体を温かいものが触れた。

 

「まあ、仕方なさい。あたしたちのご主人様はこんなんなんだ。とにかく、お尻だっていいじゃないか」

 

「そうね……。大丈夫よ、朱姫……。わたしたちに任せて。もうなにも考えないで───」

 

 孫空女と沙那だった。

 地面にひれ伏したままの朱姫を孫空女と全裸の沙那が、両側から両手で抱いてくれている。

 

「孫姉さん? 沙那姉さん?」

 

 すると、背後から下袍がまくられた。

 孫空女が朱姫の股間に顔をつけようとしているのだ。

 朱姫は、びっくりして、立ちあがって身体をどけようとした。

 だが、それを沙那が手で押さえつける。

 

「朱姫、こんなもの馴れてしまえばどうということはない……。お尻だって気持ちいいよ。そして、気持ちいいのも、悪いもんじゃない」

 

「孫姉さん?」

 

「いいじゃない……。お尻が一番気持ちよくても……。わたしもそうよ……。あんな風にひねくれ者だけど、朱姫の処女を大切にしようとしているんだと思いましょうよ。わたしも、孫女も、ご主人様に無理矢理に大勢の男に輪姦させられたことがあるのよ。多分、そんなことはしませんよね──」

 

 沙那が朱姫を抱いたまま言った。しかも、最後の言葉は宝玄仙に向かっている。完全は奴隷扱いだと認識していた沙那が、意外にも宝玄仙に強気の態度を示すのに呆気にとられた。

 

「ひねくれ者ってなんだい──」

 

 宝玄仙が苦笑している。

 そして、また、宝玄仙もそれほどに怒ってもいないのだと思った。

 なんなんだろう。

 この三人に関係は……?

 

「んひいいっ」

 

 だが、その直後、朱姫の後ろの穴に衝撃が走る。

 孫空女が朱姫のお尻の穴を舌で本格的に舐めはじめたのだ。

 

「う、うわ……うわあっ……うわあ───」

 

 身体に甘美で圧倒的なものが走った。それがどんどん肛門から拡がる。全身を蝕んでいた疼きが、その愛欲の暴流と混ざり合い爆発する。

 

「朱姫、お尻が気持ちいいだろう?」

 

 宝玄仙の声だ。

 そうだ───。

 お尻が気持ちいい。

 孫空女が朱姫のお尻の穴を舐めまわしている。

 その舌が朱姫のお尻を撫ぜるたびに背骨にまで響くような官能の波が朱姫を襲う。

 

「き、気持……ち、いい……です」

 

「だったら、お尻が気持ちいいと言いな……。いいというまで繰り返すんだよ」

 

「お、お尻が……気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……お尻が……」

 

 朱姫は訳もわからずそれを繰り返す。

 甘美ななにかが朱姫を包む。

 

「もう、ご主人様は……」

 

 沙那はぶつぶつ言っているが、溜息をしただけで、それ以上は宝玄仙に意見をするつもりはないみたいだ。

 その代わりに、朱姫をぎゅっと抱き締めてくれる。

 一方で、朱姫の下袍の中に顔を潜り込ませている孫空女が朱姫のお尻を執拗に舐め捲る。

 

「あ、。ああっ、あああっ」

 

 朱姫はせりあがった快美感に甘い声をあげた。

 

「朱姫……いくよ───。力を抜いて……。あれっ? これって、自然に棒の周りになにか油剤のようなものが出てくるよ」

 

 朱姫の下袍の中の孫空女の声が聞こえた。

 

「便利なものだろう。おかしなものじゃないよ。ただの潤滑油だ。朱姫のお尻を痛めないようにね。朱姫のために作った尻棒だ」

 

 宝玄仙が高笑いした。

 それに対して、孫空女がなにかを言ったみたいだ。

 でも、もうなにもわからない。

 とにかく、お尻が気持ちいい。

 

「……気持ちいい。お尻が……───。あぐっ───」

 

 朱姫のお尻の穴に、なにかが突き挿さった。

 痛いと思ったのは一瞬だった。

 魔具が朱姫の肛門深くに挿入される。

 棒の圧迫感が朱姫の全身を蕩けさせる。

 

「……お尻が気持ちいい……。お、お尻が……気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……お尻が……。お尻が気持ちい……いいっ……」

 

 朱姫のお尻に入ったものがゆっくり優しく前後する。それによって走る快感の波に合わせて、朱姫は命じられた言葉をただ繰り返した。

 朱姫になにかがのぼってくる。

 信じられないなにかが朱姫の身体を包む。

 それは、待ちに待ったもの───。

 この数日、朱姫が望んでいたものだ。

 

 それがこれだったのだ。

 どんどんそれが身体中に拡がる。

 そして、脳天を焼け焦がす。

 

「お……じ……り───が……ぎ───も───じ───いいっ───」

 

 頭が真っ白になった。

 そして、すべてが、その白い光に包まれた。

 

 

 

 

「これが、(かなで)です───」

 

 宝玄仙に朱姫はそう説明した。

 朱姫が『魔板』から出したのは、真っ黒い羽毛で全身を覆われた雌の使徒だった。

 もっとも、人間の乳房に当たる部分も黒い羽毛の下に隠されている。

 腕もあるが背中には大きな翼もある。額の上あたりに、ほんの小さな突起がある。角なのだろう。

 鳥妖だ。

 いずれにしても、朱姫の使徒の術は、正直にいえば、宝玄仙でも舌を巻く。

 目の前の奏という鳥妖にしろ、あの猪公にしろ、鳴門にしろ、おそらく、本来は魔力が弱すぎて、肉体を保つことができない妖魔の成りそこないなのだろう。

 本来であれば、そのまま自然の中に溶け込んで終わるだけのはずだった存在だと思う。

 朱姫の術は、それを「命」として取り込んで、限られた時間だけのようだが、こうやって、具象化して表に出すことを可能にしたものだ。

 しかも、鳴門という巨大な栗鼠のような使徒は、朱姫の固有の能力である「移動術」までも憑依させている。

 高位道術師の証である「移動術」も使いこなすし、操心術については、おそらく、宝玄仙の能力を上回る。

 実際にすごい道術使いだ。

 それでいて、半妖のせいなのか、通常なら道術師だったらすぐにわかる身体に帯びる霊気がわかりにくく、道術を扱う存在であることが宝玄仙でも見破れない。

 大したものだ。

 

 一方で、朱姫の身体は熱い。頬も火照っているのがわかる。

 まだ、尻で自慰をしなければならない時間ではないが、だんだん欲情で身体が疼いてきたみたいだ。

 尻で気をやることを教えた最初の夜、最初の尻への張形の挿入で朱姫は気を失う程の快感を覚えさせた。

 そして、朝起きた時と昼食の後にも、宝玄仙の与えた道具で、沙那と孫空女にお尻への癒しを受けさせた。

 それで熱病人のような状態からは解放させた。

 

 それから、この数日───。

 宝玄仙は、朱姫に宣言したとおりの「尻自慰」を続けさせている。

 それをしなければ欲情した色情狂のようになってしまう仕掛けにしている。

 朱姫は命令に従うしかない。

 

 ところで、ここまで身体が熱く疼く理由について、朱姫は媚薬を飲まされていると思っているようだが、実は朱姫を定期的に欲情させている正体は首に巻いた魔具だ。

 それが朱姫を発情させているのである。

 そして、首に巻いた魔具と朱姫に与えた肛門用の張形の魔具が連動し、肛門で達すると一時的に首の魔具の影響が朱姫の身体から抜けるというわけだ。

 だが、時間が経てば、再び欲情に朱姫は苦しむことになる。

 これを仕掛けている限り、朱姫は尻で欲情する変態女の身体になるしかない。

 いや、もう、なっている……。

 いま、ほんのりと上気してきたのは、そろそろ中和された媚薬の効果が沸き起こっているのだろう。

 後数刻もすれば、それは本格的な情欲の熱となって朱姫の中で暴れ回るはずだ。

 

 嗜虐者としては、そこそこの腕を持つ朱姫だが、被虐される女としては初心で開発されていない───。

 その朱姫の肛門を宝玄仙は開発してやるつもりだ。

 そのうち、朱姫はお尻という異常な性行為しか受け付けない身体になってしまうかもしれない。

 それが愉快だ。

 

「お前が奏かい?」

 

 宝玄仙は、思念をやめて、朱姫が出した鳥妖に訊ねた。

 

「そうだよ───。お前は誰だ?」

 

「宝玄仙だよ。お前の主殿の主人だ。お前はわたしの命令に従うね?」

 

「あたしが従うのは、主殿(しゅどの)だけだよ」

 

「だけど、その朱姫の主人がわたしなんだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「朱姫とは誰だ?」

 

「朱姫とはあたしの新しい名だ」

 

 朱姫が横から口を出した。

 

「主殿の名か?」

 

「そうだ、奏───」

 

「じゃあ、あたしが従うのは主殿の朱姫だけだ」

 

 鳥妖は言った。

 

「ねえ、奏───。この人はあたしのご主人様よ。あたしの命令だと思って、この人のいうことに従うのよ」

 

 

「あたしが従うのは、主殿の朱姫だけだよ」

 

 鳥妖は三度(みたび)同じことを繰り返した。

 その表情には困惑の色がある。

 

「ねえ、ご主人様、こんなものです……。猪公にしろ、鳴戸にしろ、この奏羽にしろ、あたしの術が生み出しているのだから、そんなに頭は良くないんです」

 

 朱姫はそう言って肩をすくめた。

 

「まあ、いいさ……。お前がわたしの言う命令をそいつらに伝えればいいのだからね」

 

 烏斯(うし)国を西に向かうにつれて、人里が少なくなった。

 このところは十日以上も続けて野宿だ。

 さすがに、そろそろ湯浴みをして身体の汚れを落としたいし、地面の上ではなく柔らかい寝台の上で眠りたい。

 

 沙那、孫空女、朱姫の三人の女の供は、野宿もそんなに苦にはならないようだが、宝玄仙はさすがにこれ以上の野宿はつらく感じていた。

 いずれにしても、今日一日歩いても里らしい里は見つけることができなかった。それで朱姫の「使徒」を使って、この一帯を探らせることにしたのだ。

 

「じゃあ、(かなで)、どこかにあたしたちを受け入れてくれるような里や部落がないか探して来くるんだ」

 

 朱姫が命令すると、奏羽はばたばたと羽根をはばたかせて空に舞いあがっていった。

 

「空を飛べるというのは便利なものだねえ……」

 

 あっという間に空に消えていった奏羽が向かった先に視線をやりながら宝玄仙は言った。

 

「使徒というのは、妖魔とは違うものなのかい?」

 

 孫空女だ。

 

「妖魔ですよ、孫姉さん。ただ普通の妖魔が独力で生きていけるほどの魔力を自分で蓄えられるのに対して、使徒は魔力を妖魔や魔術遣いを通じてしか得ることができません。使徒を支配する妖魔や魔術遣いの能力によって違いますが、あたしの使徒は普段は板の中にでも憑依させて眠らせていないと、生きていけません……」

 

「板ってなに?」

 

「これです」

 朱姫は懐から擦り切れた一枚の板切れを出した。

 

「この板一枚にあの猪公や鳴戸も、あの奏も眠っているの?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「そうです、沙那姉さん?」

 

「猪公と鳴門も出してみな、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。

 猪公とは、通常の人間の倍ほどの巨大な猪の化け物で、鳴戸は人間の大きさに近い栗鼠の化け物だったと記憶している。

 しかし、この二匹を使って朱姫が沙那を浚ったときには、孫空女があったという間にやっつけたので、よく考えれば、あまり見ていない。

 

「はい」

 

 朱姫は板を顔の前にかざすと息を吹きかけた。

 すると、そこに猪の化け物と栗鼠の化け物が出現した。

 

「これは、主殿……。あっ───」

 

「おう、こいつは───」

 

 猪公と鳴戸は朱姫に向かって話しかけようとしたが、視線に孫空女が入ると、頭を抱えて板の中に戻ろうとする仕草をした。

 

「怖がらなくていい、猪公に鳴戸───」

 

 それを慌てて朱姫が止める。

 背丈の変わらない鳴戸はともかく、十尺(約三メートル)はあろうかという巨大な猪公が自分の半分の大きさもない孫空女を怖がって頭を隠す姿は滑稽だ。

 

「紹介するよ、お前たち───。これはあたしの新しい旅の仲間だ。こちらがご主人様の宝玄仙様。そして、こっちは孫姉さん、こっちが沙那姉さんだ」

 

 朱姫がそれぞれを紹介する。

 二匹の使徒は恐る恐るという感じで、きょろきょろと視線を泳がせた。

 朱姫は、さらに自分が朱姫と名を改めたことも説明している。

 

「じゃあ、あの高家で暮らすのは、終わったんだな?」

 

 鳴戸が大きな尾を振りながら喉の音を鳴らした。

 

「そういうことだ。あたしたちはこのご主人様の供として、西域に行くことになった。当分は、また旅の生活だから、お前たちの力を借りることも多くなると思う」

 

 朱姫は言った。

 

「こいつらはなにができる、朱姫?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい、ご主人様。猪公は見た通りの馬鹿力です。それと見た目の恐ろしさが武器です。ただ気が弱く、戦うことは実は苦手です。鳴戸は『移動術』が使えます。それに戦うこともできます。実際に戦うことなら猪公より、鳴戸の方がましです。ただ猪公を見れば、大抵は戦わずして逃げていきますから使い道はあります」

 

「俺は『移動術』のための結界ならあっという間に刻めるね。そして、結界と結界ならあっという間に移動できるね。まあ任せるね」

 

 鳴戸が喉を鳴らす。

 

「俺は荷物持ちなら……」

 

 猪公が言った。

 

「馬鹿言ってんじゃない、猪公。あんたみたいな馬鹿でっかい妖魔が、街道を歩いていたら、それだけで、あたしたちまで軍に討伐されるじゃないか。お前は図体がでかいから戦いに向いているんだ。その馬鹿力でなんでも振り回せばいいと、いつも言っているじゃないか」

 

「そんなあ、俺は怖いよ、主殿───。そんなこと……」

 

「お前ねえ……」

 

 朱姫が両腕を腰に置く。

 

「まあ、待ちなよ、朱姫……」

 

 孫空女が口を挟む。

 

「はあ、孫姉さん……」

 

 朱姫が孫空女に視線を向けた。

 

「ねえ、朱姫、こいつらは、跳んだり跳ねたり、それとも、踊ったりはできるかい? それとも音楽とか」

 

「踊る? 音楽?」

 

 意外な言葉に朱姫が驚いている。宝玄仙も孫空女の言葉を訝しんだ。

 

「こいつらに踊らせてどうするんだい、孫空女?」

 

「いや、ほら───、前に言っていたじゃないか、ご主人様。路銀のことだよ」

 

「路銀とこいつらが踊るのとなんの関係があるんだい?」

 

 路銀については、すぐに解決しなければならない問題というわけでもない。

 高太公から得た路銀もかなり残っている。

 だが、いつまでも教団には頼るわけにはいかないからいつかは路銀も尽きる。

 いつまで旅を続けなければならないかわからないし、自力で路銀を稼ぐ方法を得ることは必要だ。

 

「いや、踊るのはあたしでもいいんだ。使徒たちはほかの芸でもいい。あたしは剣舞ができるんだ。沙那は?」

 

「えっ……。わ、わたし?───」

 

 突然に話を向けられて沙那も戸惑った声をあげた。

 

「剣舞なら踊れるわ。武芸家の嗜みのひとつだしね」

 

「そう言えば、愛陽(あいよう)に立ち寄ったときの、わたしの歓迎の宴にはお前も見事な舞を見せていたねえ」

 

 宝玄仙は思い出しながら言った。宝玄仙に捕えられる前の沙那は、帝都に近い愛陽という城郭の若い千人隊長だった。

 県令からも信頼の篤い将校であり、若いが大勢の部下を持つ女隊長だったのだ。

 そんな沙那に眼をつけた宝玄仙が騙して犯罪者に仕立て宝玄仙から離れられない立場にして、宝玄仙の嗜虐趣味の相手として旅の供にしたのである。

 

「だったら、あたしと合わせる練習をするさ。あたしと沙那が剣舞でも舞えば、そこそこの見栄えがすると思わないかい、ご主人様?」

 

「そりゃあ、お前ら二人は並ぶだけで、そこそこの見栄えがするとは思うが、舞をしてどうするんだい、孫空女?」

 

「金をとるんだよ、ご主人様───。みんなで旅芸人をするんだ」

 

「旅芸人?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「なあに、あたしも盗賊をする前にやったこともあるけど、大した芸がなくても多少は稼げるよ。踊りなんてうまくなくてもいいんだ。天教の女法師の修行服みたいな短い下袍をはいて、あたしらが剣舞でもすりゃあ、食い扶持くらいは……」

 

「冗談じゃないわよ、孫女。わたしは嫌よ。それに、あれは天教の修行服じゃないわ。ご主人様が騙していたのよ」

 

 声をあげたのは沙那だ。

 それを聞いて、思い出し笑いしてしまった。

 宝玄仙の旅の供である沙那と孫空女は教団幹部としての地位を与えてある。

 しかし、実際に修行をしたことのないふたりは、修行服がどういうものなのかを知らなかったのだ。

 それで、道中でどうしても教団施設に立ち寄る必要があった時には、本来は下に下袴(※ズボン)をはくはずの教団兵用の巫女服の上だけを着させていた。

 恥ずかしい恰好とは思っていたようだが、沙那もそれも修行なのかと思い、我慢して短いスカートから脚を剝き出しにして過ごしていたのだ。

 それが、怖ろしく破廉恥で滑稽な姿だったのだとわかったとき、沙那は怒りと羞恥で、卒倒しそうな衝撃を受けていた。

 

 一方、孫空女については騙されていたとわかって怒ってはいたが、沙那のように激しい反応はなかった。

 むしろ、いつも陰湿な責めばかりする宝玄仙にしては、大人しいくらいだと感じただけだったようだ。

 

「なんで? 身体を売って男から金を稼げと言っているんじゃないよ、沙那。ちょっとばかり脚でも見せてやれば、踊りなんてどうでもいいんだよ。あたしたちの脚を目当てに世の男というものは小銭くらい払うさ───。そんなのは、帝国領でもどこでも変わるもんか」

 

「あんな破廉恥な服を着て剣舞をするなんて嫌よ。それにわたしの剣舞は、ちゃんとした本格的なものよ。城郭に帝国貴族が訪れる度に披露していたのよ」

 

「本格的な舞で金を稼げるもんか。ちょっとばかり、ちらちらと見せればいいんだよ。減るもんじゃなし───」

 

「そういう問題じゃないわよ。無理矢理に辱められるんじゃなく、自分から大勢の人の前で恥ずかしい恰好をするなんて───」

 

「恥ずかしいって───……。なにも人前で裸になろうと言っているんじゃないよ、沙那。そんなのはあたしだって嫌だよ。でも、旅芸人の女なんて、大なり小なり同じようなことをやっている。そうやって身銭を稼ぐんだよ。それこそ、もっと裸に近い恰好で踊る踊り子もいるよ。そうやって稼がなければ生きていけないからね───。沙那だって愛陽の城郭にやってきていた旅芸人を観に行ったことくらいあるだろう? そいつらはお上品で少しも下品ではない芸をやっていたかい?」

 

「そりゃあ……」

 

 宝玄仙は市井の旅芸人など縁がない。

 だが、面白いことになったと思って聞いていた。

 こいつらを辱める手段が増えるというものだ。

 思いつく嗜虐の手段があり過ぎて、どうしても頬が綻ぶ。

 

「まあ、いよいよのときは孫空女に任せるさ。沙那もいいね」

 

 宝玄仙は言った。沙那はしぶしぶという感じで頷いた。

 

「それで、使徒たちに踊りをさせるというのは、どういうことですか、孫姉さん?」

 朱姫が言った。

 

「あたしと沙那のふたりの剣舞だけじゃあ、芸も飽きられてしまう。こいつらが踊りでもできたら出し物の足しになるじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 すると、猪虚と鳴戸はお互いに顔を見合わせたかと思うと、朱姫の持つ板の中に消えてしまった。

 

「あっ───。待て、お前ら───」

 

「これは無理ですね、孫姉さん。さすがに主のあたしでも、あの様子じゃあ、芸などさせるのは無理です。それに妖魔は人間の敵───。城郭や農村になんか連れて行けば大騒ぎになるんじゃないですか?」

 

「じゃあ、朱姫、お前だ。なにか芸はできないのか?」

 

「あたしはなにもできませんよ、孫姉さん。あたしは半妖なのです」

 

 だからなんだと言いたいが、朱姫にとっては説得力があると思っている言葉なんだろう。

 

「楽器かなんかは、朱姫?」

 

 まだ、孫空女は旅芸人にこだわっているようだ。

 

「せいぜい竜笛くらいです」

 

 竜笛というのは竹でできた笛だ。

 

「それはいいよ。出し物になる」

 

「いえ、孫姉さん、人に聴かせて満足させられるものかどうかわかりませんよ。自分のためにしか吹いたことがないですし……」

 

 朱姫は困った顔をした。

 

「それよりも、孫空女……。真面目な話、お前たちの剣舞がどれほどのものかは知らないが、それだけじゃあ、旅芸人の一座の出し物としては寂しくはないかい? 朱姫に竜笛を吹かせるとしてもだ」

 

「そうだね、ご主人様。じゃあ、ご主人様になにか霊具を借りて、火を出すとか、水を出すとか……」

 

「孫女───」

 

 沙那が大きな声を出した。

 

「なにさ、沙那───?」

 

「ご、ご主人様に旅芸人の出し物など手伝ってもらうわけにはいかないわよ……。芸事をやって、日銭を稼ぐなんていう仕事などとんでもない。わたしたちが、もしも旅芸人の真似事をするとしても、ご主人様には、そのあいだ、宿で待っていてもらうとか───」

 

 聡い沙那は、人を集めて芸をするなどということに宝玄仙を巻き込めば、宝玄仙の嗜虐趣味がどういう風に暴発するのか想像できるのだろう。

 そして、沙那は正しい。宝玄仙には大勢の観客の前で、恥辱の踊りをする沙那と孫空女が目に浮かぶようだった。

 

「心配ないよ、沙那……。お前たちばかりに苦労をさせるわけにはいかないね。できるだけ協力しようじゃないか。霊具も使ってね。お前たち用の霊具も準備しておくさ。きっと、淫靡さが増して、客も喜ぶことだろうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ほらっ、孫女───。こうなったじゃない───」

 

 沙那は顔を空に向けた。

 

「なにが“こうなった”なの、沙那?」

 

「ご主人様のあの顔よ。あの眼。あの口元───」

 

「あっ……」

 

 孫空女もやっと困惑した表情になった。

 いつの間にか、宝玄仙は客の前で辱められる三人の供の姿を想像して悦の表情をしてしまっていたようだ。

 

「やっぱり……、他のことを考えようか……」

 

「いや、面白い思いつきさ、孫空女───。しかし、帝国領のように大きな城郭と城郭を繋ぐ街道などないからね。どうしても険しい山河を越える旅になる。でも、大きな城郭に寄ることができれば、そうやって路銀を稼ぐのも悪くないさ」

 

 孫空女は慌てた様子でなにかを言おうとしたが、それは、ばさばさという大きな羽根の音で遮られた。

 朱姫が放った奏羽が戻ってきたのだ。

 

「二里(約二キロ)ほど先に、立派な建物があるね───」

 

 奏が言った。

 

「いいね、じゃあ、今夜はそこに泊ることにしようか」

 

 宝玄仙は立ちあがった。

 

「でも、断られたら?」

 

 沙那が心配そうに言う。

 

「そのときは勝手にずかずかとあがるだけさ。文句でもいったら、ちょっとばかり沙那の剣で脅してやりな」

 

「そんな追剥のような真似ができるわけないじゃないですか、ご主人様」

 

「宿に応じてくれるかどうかは、頼んでみないとわからないよ───。まだ、頼んでもいないのに、断られたときのことを心配しても仕方がないだろう。さあ、行くよ、お前たち───」

 

 宝玄仙は言った。



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49  時を動く館

「これは、立派な屋敷だね」

 

 屋敷の前で、宝玄仙(ほうげんせん)が言った。

 四人で門楼の前に立ったのだが、その飾りも東西の花や動物の文様が施された立派なものだ。

 門は開け放たれていて、中の様子は簡単に覗き見ることができる。

 屋敷らしい建物は、ずっと遠くにあり、夕暮れの前庭に拡がる小塔や庵は、まるで絵に描かれたように美しい。

 庭も大きく、建物も大きい。まるで城だ。

 沙那(さな)は思わず感嘆の声をあげた。

 

「なにか書いてあるよ、沙那。なんて書いてあるの?」

 

 門柱のそばにいた孫空女(そんくうじょ)が言った。

 孫空女は文字が読めない。

 沙那は門柱に近づいた。

 

 

 

  “黎山(れいざん)の老王、俗界と分かれて入る

  文殊王(もんじゅおう)普賢王(ふげんおう)もまた客となり

  南海王(なんかいおう)も訪れしその時の館

  時の四王となれどもこの地に閉ざされる

  色の翼で虚空を貫き

  色の馬で那辺を追いかけ

  色の檻で朱獣を縛せん

  そして、色の剣で刺して得るは美宝

  いざ放たん。そして、この地から去らん”

 

 

 そこにはそう書いてあった。

 沙那は孫空女に説明した。

 随分と古いものらしく、最初は赤文字だったようだが、いまほとんど色が剥げて、それぞれの行の最後くらいしか赤色は残っていない。

 書かれてからどのくらい経っているのだろうか。

 眼の前の庭が美しいだけに、この門柱の詩の板だけが、不似合いに古ぼけているのに違和感がある。

 そのとき、急に宝玄仙が姿勢を崩した。

 驚いた沙那は、宝玄仙に手を伸ばしてその身体を支えた。

 

「大丈夫ですか、ご主人様───?」

 

「大丈夫だよ。なんか急に何かが動いた気がしたんだ、なんだろうね?」

 

 宝玄仙は自分に起こったことに首を傾げている。

 

「霊力のようなものを感じますか、ご主人様?」

 

「いや……」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「それにしても、なんて書いてあるかはわかったけど、意味はわからないよ」

 

 孫空女が言った。

 それは、沙那も同様だ。

 

「面白いねえ───。それに、黎山王……南海王、文殊王に普賢王かい」

 

 宝玄仙が呟いた。

 

「この詩に出てくる四人の王のことをご存じなのですか、ご主人様?」

 

「大昔のどこかの王様の名前だよ、沙那。それになぞらえているんだろうさ」

 

「どんな王だったのです」

 

「そうだね。そう言えば、この辺りの土地に所縁のある王家だったかねえ。黎山王は、偉大なる王で、有能な三人の息子を持った。それが、南海王、文殊王、普賢王さ。南海王は力で敵を征服すること、文殊王は人を支配すること、普賢王は冷徹な判断することに秀でていた。だが、ある時、父親の黎山王は、後継者を指名することなく失踪した。父王を探しに三人の息子の王たちも旅立った。そして、ついには、四人とも戻らなかった。偉大な王家は滅亡した……。まあ、そんな話だったねえ」

 

「お詳しいですね、ご主人様」

 

 朱姫(しゅき)が感心した様子で言った。

 

「もう生きていたからね」

 

「いつ頃の話なのですか?」

 

「三百年前だよ」

 

「幾らご主人様でもそんな昔に生きているわけがないじゃないですか───」

 

「冗談だよ、朱姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 そして、朱姫の首に手を伸ばすと、何気ない仕草で朱姫の首にある霊具を取り去った。

 

「ご、ご主人様、魔具を外してくれたのですか───?」

 

 朱姫は身体の快感を支配されていた霊具を突然に取り去られて、驚いている。

 沙那も驚いた。

 この意地悪な法師が「玩具」を支配している霊具を外してくれることなど大変なことなのだ。

 長く『服従の首輪』で苦しめられていた沙那だったが、宝玄仙がそれを外してくれたのは、宝玄仙の供になり数箇月が経ってからだ。

 

「さて、なんでだろうね……。なんとなく、そういう気になったんだよねえ」

 

 宝玄仙自身が自分のやったことに戸惑っているようだ。だが、やはり、朱姫に付け直すことなく、自分の服の下にその革紐の霊具を隠した。

 

「まあいい、行こうか」

 

「……でも案内も請わずに───」

 

 沙那は躊躇った。

 

「だって、やたらに静かじゃないか。いつまで待っても人なんか出てきそうもないよ。もしかしたら無人かもしれない」

 

 こんなに手入れがいきとどいた前庭のある屋敷が無人のわけがない。

 

「ねえ、ご主人様、これはあたしたちの名ではないですか?」

 

 不意に朱姫が言った。

 

「なにを言っているんだい、朱姫?」

 

「だって、これ……」

 

 朱姫が、さっきの門柱に彫ってある詩の文字を指差した。

 

「“色の翼で虚空を貫き、色の馬で那辺を駆け、色の檻で朱獣を縛せん、そして、色の剣で刺して得るは美宝”───。あたしたちの名が一文字ずつ入っていますよ」

 

「本当だ───」

 

 沙那も気がついた。

 

 “虚空(きょくう)”──。

 “那辺(なへん)”──。

 “朱獣(しゅじゅう)”──。

 “美宝(びほう)”───。

 

 すべて四人の名の一文字が入っている。

 

「ご主人様、気味が悪いですよ。やめましょうよ」

 

 沙那は主張した。

 

「そんなことは一番最初に気がついたよ。だけど、また、野宿なんて冗談じゃない。それに、まるで、わたしたちを名指しで歓迎しているようじゃないか。これは宿を頼まない手はないよ、沙那」

 

「でも……」

 

 躊躇したが、宝玄仙がずかずかと入っていくので、仕方なくついていく。

 孫空女、そして、朱姫が続く。

 前庭を通り抜け、ついに大きな屋敷の玄関に着いた。

 

「ご主人様───」

 

「わかっているよ、朱姫」

 

 朱姫が指差したものに、宝玄仙が今度は真顔で頷く。

 そこには、外門に彫ってあったのと同じ詩が、小さな板に彫られたものが飾られている。

 

「さっきから見ていると、もしかしたら、朱姫って文字が読めるの?」

 

「文字? 読めるに決まっています。孫姉さんは読めないのですか?」

 

 朱姫にそう言い返された孫空女は嫌な顔をした。沙那はくすりと笑ってしまった。

 

「沙那、呼び紐を引きな」

 

 入口の扉には、中の者に訪問者を知らせるための鈴を鳴らす紐がある。それを沙那が引こうと思ったとき、その扉がひとりでに開いた。

 

「どなた───? 男やもめの四人の家に……」

 

 そこに背の高い美貌の若者が立っていた。

 そして、四人に視線を向ける。

 

「は、はい。わたしたちは東方帝国領からやってまいりました者で、天教に仕える者として、西に向かう巡教の旅の途中です。一行四人、ご当地に差し掛かったところで陽が暮れましたので、一夜の宿をお借りいたしたく、この屋敷に参りました」

 

 残り三人の前に立つようなかたちになっていた沙那はそう言った。

 

「当方は、男四人暮らしだが、それでよければどうぞ……」

 

 美貌の若者は、沙那を飛ばして、宝玄仙に視線を向けて言った。

 すぐに、宝玄仙が一行の主人であることがわかったのだろう。

 そして、孫空女に顔を向ける。

 

「申し訳ないが、屋敷には家人がひとりもおらん。客人に手伝ってもらうのは申し訳ないが、ご家人のひとりには、裏から薪を運ぶのを手伝ってもらえまいか。すぐに私が向かう。裏で待っていて欲しい」

 

 いきなり、仕事を手伝えというのは違和感もあったが、主人然としている宝玄仙に対して、沙那たち三人はすぐに、従者だと認識をしたのだろう。

 名指しをされた孫空女も、気にする様子もない。

 

「お安いごようだね。裏に回ればいいのかい、お兄さん」

 

「私は、(れい)家の三子で、普賢(ふげん)という」

 

 黎家に普賢───。

 やはり、あの詩に書かれていた四王のことをなぞらえているのだろう。

 

「じゃあね、普賢さん」

 

 孫空女が裏に回っていく。

 

「荷はそこに───」

 

 孫空女がいなくなると、普賢がそう言った。

 

「えっ?」

 

 沙那は問い返した。

 一行の荷は沙那と朱姫が背に担いでいる。

 

「その荷を入口の外に置いてもらいたい。あなたの剣もだ」

 

 普賢は沙那の剣を指差した。

 

「だって、家人はいないのでしょう?」

 

 沙那は訝しんだ。剣を外すのは当然として、荷を外に置いていくというのは……。

 

「心配ない。すぐに我々で運び入れる」

 

「でも……」

 

「そこに」

 

 普賢の口調には有無を言わせぬものがある。

 だが、ここに荷を置けというのも怪しいし、躊躇うものもある。そもそも、路銀も張っているのだ。

 沙那は、迷ってしまった、宝玄仙に顔を向けた。

 宝玄仙が小さく頷いた。

 沙那は嘆息した。

 

「ここに置けばいいの?」

 

「そして、そこに───。屋敷内には人のみが……」

 

 沙那は玄関の外に荷を置いた。朱姫もその横に荷を並べる。

 すると、普賢がほっとした表情になり、身体を開いて、屋敷の奥に宝玄仙を促す。

 沙那は宝玄仙と朱姫とともに、屋敷に入っていき、案内のまま廊下を進む。

 そして、そのまま客間に招き入れられた。

 客間は柔らかそうな長椅子を囲む卓がある。

 部屋には誰もいなかった。

 とりあえず、示された椅子に座る。

 

「改めて言う。よく当館を訪問してくれた。歓迎する。ここは黎家の館だ」

 

 普賢が立ったまま言った。

 

「宝玄仙。旅の法師だ」

 

 いつものような口調ではなく、身分の高い法師然とした喋り方だ。

 

「供の沙那です」

 

「朱姫です」

 

「では、私は、孫空女殿のところに……」

 

 それぞれに挨拶をする。普賢は会釈をして部屋の外に出ていった。

 沙那は、ふと違和感を覚えた。

 なぜ、孫空女の名を?

 誰か、名を呼んだだろうか?

 

 その途端に、入れ替わるように、卓を挟んで宝玄仙の正面の席に人が現われた。

 沙那はびっくりした。

 どこから入ってきたのか、不意に椅子の上に出現したようにしか沙那には見えなかったのだ。

 その男───この屋敷の亭主らしい老境にやや差し掛かった男が言った。

 平服だが堂々とした体躯は平服でさえもなにかの衣装のように感じる。

 

「当家の亭主の黎山(れいざん)だ」

 

 男はそう言った。どうやら、この一家は四王と同じ名を名乗っているらしい。

 黎山と名乗った男は、宝玄仙の前の席についた。

 

「どうぞ」

 

 その宝玄仙と黎山の前に、ふたりの若者が茶と菓子を置いた。

 

「えっ?」

「きゃっ」

 

 沙那と朱姫は思わず悲鳴をあげてしまった。

 さっきいきなり出現した黎山もそうだが、茶を配る若者たちも突然に横に出現したのだ。

 彼らも一見して亭主の黎山の息子というのがわかる。顔立ちがよく黎山と似ている。

 次いで、沙那と朱姫の前にも香りのよい茶と菓子が並べられた。

 とにかく、明らかに怪しい。

 沙那は緊張したが、宝玄仙は優雅な仕草で菓子を口にして、茶をすすっている。

 とりあえず、沙那はそれにならった。朱姫もちょっと怯えた様子で、茶に口をつけた。

 

「この二人は、夕餉の支度をさせるために退がらせる」

 

 黎山が言った。息子らしき若者たちも頭を下げる。

 ふたりは、それぞれに沙那と朱姫に向かい頭を下げた。

 慌てて沙那もお辞儀をする。

 ところが、頭をあげたときには、彼らはもう部屋にはいなかった。

 部屋から出ていった様子はなかった。部屋から消滅したようにしか見えなかったのだ。

 

「ところで、お主ら……、なに者だ?」

 

 宝玄仙もこの屋敷の怪しさに警戒する口調で言った。

 

「この土地の主だ」

 

「この土地とは?」

 

烏斯(うし)国の西午貨(さいごけ)という土地だ。ここには、私を含めて四人のやもめがいる。そこにお前たち四人が来た。ちょうどいい。あなたたち四人と私たち四人の婚姻を承諾して貰えるな?」

 

「こ、婚姻───?」

 

 沙那は声をあげてしまった。

 

「ここには水田があり、畠もあり、裏山には果樹園もある。裏には、馬に牛に羊に豚に鳥の家畜がおり、屋敷の中にも十年かかっても食べきれない穀物があり、一生かかっても着尽くせない衣服があり、使いきれない金銀もある。得体の知れない妖魔の棲み処にいくような旅よりも、余程、ましだと思うが? 結婚を承諾して貰えれば、それを世話する家人も集めよう」

 

「……なぜ、わしらが西に行くと? ……ああ、息子の普賢殿に訊いたのか? いや、違うな。沙那は、西に向かうとしか言わなかった。妖域とは言わなかったが……」

 

「訊かずともお前たちのことはわかる。天教教団の最高神官の八仙の宝玄仙。そして、元は愛陽の千人隊長で宝玄仙の最初の供の沙那。そっちは、三番目の供で朱姫───。元は羅姫という名の半妖。真名は猪八戒……」

 

 沙那は立ちあがった。眼の前の男に警戒の姿勢をとった。

 その沙那の眼の前に真っ白い壁が現れた。

 沙那は、自分が入口もない出口もない壁だけの部屋の中にいることに気がついた。

 小さな行燈の光が、その壁だけの部屋を照らしている。

 さっきまでの場所じゃない。

 一瞬にして、どこかに転送された?

 しかも、部屋の中には誰もいない。

 それよりも、ここには出入り口そのものがない。

 どこだ、ここ?

 

「落ち着けよ、沙那」

 

 沙那は文字通り飛びあがった。後ろに人がいたのだ。

 武芸者として気を操れる沙那は、これまでの人生で、人がそばにいたのに気がつかなかったという経験がないのだ。

 

「誰よ?」

 

文殊(もんじゅ)だ。黎家の次男だ」

 

 そこにさっき茶を運んできた若者のひとりがいた。

 

「ここはどこ?」

 

「どこでもない。ここは、お前がさっきまでいた場所だ」

 

「嘘よ。わたしは、客間でご主人様と朱姫とお茶と菓子を貰っていたわ。二人はどこ?」

 

「だから、その場所だ。ここはさっきまでお前がいた場所で、お前はずっと同じところにいた。ただ壁がそこにあっただけだ」

 

「訳のわからないことを言わないでよ。ここはどこ? あんたらは何者? 妖魔? 目的はなに?」

 

「最初の質問と最後の質問にだけ答えよう───。ここは時の館。俺の目的は、お前を犯すことだ」

 

 文殊は眉ひとつ動かさない無表情で言った。

 沙那は注意深く構えたままだ。

 武器はないが、この男なら素手でも勝てる。

 

「時の館とはなに?」

 

「土地に縛られ、過去と未来───それを永遠に行き来する館だ。私たちが、お前たちを犯し、屈服させて嫁にすることができれば、それも終わる」

 

 文殊が消えた。沙那は誰もいない密室にひとり残された。

 次の瞬間、沙那は自分が、さっきの密室とは違う周囲を透明の壁に囲まれた小さな部屋の中に入っていることに気がついた。

 それとともに、猛烈な熱気が周囲から伝わってきた。

 

 

 *

 

 

 薪は運びやすいように束ねられており、孫空女はとりあえず、ひと抱えの薪を抱いて、勝手口らしい場所から館に入った。

 そこに待っていたかのように普賢が現れた。

 

「おう、相変わらずの力持ちだな……。案内しよう、孫空女。薪はそこでいい」

 

 なぜ、名を知っているのかと思ったが、おそらく宝玄仙らが教えたものだと思った。

 とりあえず、薪を入ってすぐの場所に置く。

 そのまま、普賢の案内で屋敷の奥に進んでいく。広い屋敷だが、ひっそりとして人の気配を感じない。

 だが、そのとき、ふと気がついた。

 さっき、この普賢は、「相変わらず」と孫空女のことを称した。

 初対面にしていは、不思議な物言いだ。

 まあいいか……。

 

「こんなに広い屋敷なのに家人もいないのか?」

 

 ところで、表でこの普賢がそう言っていたことを思い出して言った。

 

「いまはな、孫空女───。孫女と呼んでよいか?」

 

「駄目だよ」

 

 そんなに親しげに名を呼ばれる理由はない。その呼び方は沙那にしか許していない。

 

「相変わらずだな───」

 

「相変わらず?」

 

 また言った。

 孫空女は眉をひそめた。

 

「気にするな───。家人はいまは必要ない。というよりも、ここで暮らせる家人などおらんのだ。しかし、もうすぐ必要になると思う。裏には水田もありし、畠もある。牧も管理する者が必要だ。呪縛が解かれれば、管理する者がいなければならない……」

 

 普賢がなにを言っているのか、さっぱりわからない。

 ただ、屋敷の裏には、普賢の言うとおり裏山まで拡がる水田や畠や牧があった。

 人も雇わずに、あれだけの土地をどうやって管理しているのだろう。

 

「でも、馬を納屋をちらりと見たときに、結構たくさんの馬がいたみたいだね。馬草もきちんとしていたし、馬たちも手入れがされていた。外には畠や牧も見えたし、あれはいったい誰が世話をしているの?」

 

「“(とき)”だ」

 

「時?」

 

「そう“時”。屋敷の裏は、裏山まで屋敷の一部だ。時に支配される。時から放たれれば、そうもいかないから人を雇うことになるだろう。それだけの財はある」

 

「さっきからなにを言っているんだ? 誰も管理しないのなら、どうしてあんなにきちんとしているんだよ?」

 

「後で教えよう。ここには、時間だけは無限にある───。ところで、この部屋だ」

 

 普賢は客間らしい部屋に案内した。

 しかし、そこには誰もいない。

 

「ご主人様は? それに、沙那や朱姫は?」

 

 孫空女は、部屋の前で立ちどまった。

 

「入らんのか?」

 

「三人はどこ?」

 

「もうすぐこの部屋に来る」

 

 普賢は言った。普賢は、その客間に先に入り、孫空女を手招きする。

 なにか、とてつもなく嫌な予感がする。

 

「もうすぐ来る? じゃあ、いまはどこ?」

 

 

「まだやって来ていないのだから、そんなことはわからない」

 

「はあ? 言葉遊びは好きじゃないんだ。三人はどこだよ?」

 

 孫空女は怒鳴りあげた。

 

「……すぐに癇癪を起す。また、『如意棒』を振り回すか?」

 

「なぜ、『如意棒』のことを───?」

 

 『如意棒』は、孫空女の得物だが、普段は耳の中に隠しているので、他人には孫空女が武器を持っていることはわからないはずだ。

 そして、この普賢は、“また”と言った。どこかで会ったことがあるのだろうか。

 

「私はお前のことを知っているぞ、孫女」

 

 孫空女の心を見透かしたのか、普賢が言った。

 

「……そんな風に呼ぶなとあたしは、さっき言ったよ」

 

 孫空女は耳の中にあった『如意棒』を右手の拳の中に移した。

 

「だが、そう呼び馴れているのでな」

 

「あんたに会ったことなどないはずだけど?」

 

 随分と親しげな口ぶりだが、孫空女は、眼の前の美男子に見覚えがない。ひと目で忘れようのない美貌だ。

 そして、孫空女はこれまでに“孫女”と呼ばれたことはない。

 

「確かに、“今”は会ったことはない。だが、私はお前のことをよく知っている。お前のその服の下の身体も。どこをどうすれば感じ、どうすれば淫情に溺れるのかも知っている。陰部の形やほくろの場所さえも全部知っていると思う」

 

「ふざけるな───。お前なんか知らないよ───」

 

「知らないだろうな。だが、私は知っているぞ。じゃあ、言ってやろう。お前の下の毛は宝玄仙に剃られてなにも生えていない。あの女の悪だくみで、天教の教団の若い僧に剃られたのだろう?」

 

 かっと頭に血がのぼるのがわかった。

 しかし、なぜ、そんなことがわかるのか───?

 

「もっと、言おうか。お前はその強気の性格とは裏腹に、苛められるのが好きだ。受けた仕打ちが恥辱的であればあるほど、お前の淫部は濡れていく……」

 

「伸びろ───」

 

 『如意棒』が手の中で大きくなった。

 普賢に向かい飛びかかる───。

 その普賢の姿が不意に横になった。

 『如意棒』はころころと眼の前に転がっている。

 孫空女は床の上に倒れていた。なにが起こったのかまったくわからない。

 

「ふう……。なかなかに加減が難しいな。今度はうまくいった」

 

 普賢が大きく息を吐いた。

 今度は───?

 どういう意味だろう───?

 そして、孫空女は自分の手足がなくなっていることに気がついた。脚はつけ根から先が、手は肘から下が消滅していた。

 同じようなことをお蘭の里でされた。あのときは、その後首に鎖をつけられて、酷い目に遭ったっけ……。

 

「お前……道術使いか……?」

 

 孫空女は床に腹這いになったまま言った。

 こんなことができるのは、道術遣いに間違いない。

 しかし、ここには、道術の源の霊気のようなものは感じていない。

 お蘭の里に入った時には、あの里全体が大きな結界の中で、すべてのものから霊力が満ち溢れていた……。

 

「道術など仕えん。使えたら便利だとは思うがな。そうすれば、お前を拘束するのに、こんな面倒なことなどいらん。これは後で返してやる。以前に、手足を切断してしまえば、さすがに大人しくなるだろうと試したことがあったのだ。そのときに戻しただけだ。もっとも、このくらいでお前が屈服しないのはわかっている。」

 

 やっぱり、なにを言っているのかわからない。

 ただ、こんな胴体と顔だけの姿では、抵抗のしようもない。

 普賢は孫空女からはずれた霊具を拾うと、小さな刃物を取り出した。

 そして、孫空女の背中側から孫空女の着ているものを上から下まで切り裂きはじめた。

 口惜しいが抵抗する方法がない。背中側にひんやりとした外気を感じた。

 

「や、やめろよ───」

 

「お前の股間から雌の匂いがしてきたぞ、孫女」

 

「……こ、殺すぞ、お前───」

 

「どうやって、殺すのだ。文字通り、そんな手も足もない状態で」

 

 普賢は足を孫空女の身体の下に差し込んで、仰向けにひっくり返した。孫空女は、肘のない腕を普賢に向かって振り回した。

 

「おっと危ない───。前のときには、これで脛の骨を折られたのだったな。それで、その後、付け根まで切断したんだった……。ちょっと、“時”の修正が必要か……」

 

 普賢の脚はさっと避けられた。

 前の時とは、どういう意味だ───?

 孫空女は、懸命に考えるのだが、どうしても普賢のことを思い出せない。

 注意深く近づく普賢が孫空女の口の中に、液体の入った瓶を押し込んだ。

 二の腕をばたつかせてそれを避けようとするが、うまくいかない。その液体は少しずつ体内に入っていく。

 やっと口から瓶が外され、孫空女は咳込んだ。胃の中に熱いものが沸き起こる。

 そして、気持ちが悪い。

 なにを飲まされたのか───?

 

「媚薬や弛緩剤のたぐいではない……。そんな便利なものがあればいいのだがな。残念ながらこの館にはない。いまのは、ただの酒に混ぜた眠り薬だ」

 

「眠り薬?」

 

「お前というじゃじゃ馬は、少し弱らせないと、危なくて拘束もできん」

 

「ふ、ふざけるな───」

 

「薬が効いてくるまでに、もう少しあるか……」

 

 普賢は、孫空女から少し離れた場所に椅子を持ってきて座った。

 

「お前は何者だ? どこであたしと会った?」

 

「いや、さっき初めて会ったはずだ。お前もそう思ったろう、孫女?」

 

「そう呼ぶなと言ってんだろうっ───」

 

「しかし、お前がそう呼んでくれと言ったのだぞ」

 

「お、お前、さっきから馬鹿にしているだろう?」

 

 初めて会ったということを認めておきながら、孫空女と何度も会ったようなことを言う。

 

「馬鹿になどせん。お前は、私の妻だからな」

 

「妻?」

 

「そうだ。お前は、私の妻になる」

 

「冗談を言ってんじゃないよ───」

 

 この男は頭がおかしいに違いない。

 

「しかし、そうなる。時間はかかるが、結局、お前は俺に屈服する。“孫女”と呼んで欲しいと最初に言ったのはお前だ」

 

「お前、馬鹿だろう?」

 

「私がお前の夫だということを信じないのか?」

 

「信じるもなにも、結婚なんかしたことはない」

 

「わかっている。だが、これからするのだ」

 

「しないね」

 

「する───。お前は、私に屈服する」

 

「するわけないだろう。この馬鹿───。いい加減に手と足を戻せよ。いったい、なにをやったんだよ」

 

「時を戻した……。かつて、過去に戻して、手足を切断したことがある。その時間に戻した。この事件は特別なのだ。特別な措置をして、そのときの状態がお前に反映されるようにしている。だが、時を移動すれば、元に戻る……」

 

「時を戻る? 進める?」

 

 わけがわからない。

 

「ここは“時の館”だ。自由自在に時を移動する館……。だが、呪われた館……。私たち、四人は、もう無限の時間をここですごしている。死ぬこともなしに……」

 

 普賢が言った。だんだん、身体から力が抜けていく気がする。眠り薬が効き出したのだろうか。

 

「“時の館”? なんだい、それは?」

 

「いつもそうだな。同じことを何度も説明させる。だから、ここは、時間を自由に行き来する館ということだ……。そういうことだ……。そして、私たち四人の父子は、時を自由にする代償として、この館に縛られている」

 

「はあ?」

 

 時間を自由に行き来する?

 やっぱりわからない。

 

「孫女、お前は、最初にこの館を訪れた時と、いまここにいる時とどのくらい、時間が離れていると思っているのだ?」

 

「時間が離れている? ご主人様たちと一緒に、この館の入口までやってきて、それで、お前に言われて馬を置いて戻ってきた。それだけだ。半刻(約三十分)もかかっていないよ」

 

「違う。お前は、さっき、勝手口からこの館に入った時に、時間をさかのぼって、百年前の時間に戻った。客間に誰もいなかったのはそのためだ。宝玄仙たちが、この客間にやってくるのは、百年後だからな。前に百年前に連れて行ったとき、この時間の中では、お前は俺に手足を失わせる施術をさせた。お前の屈服の役には立たなかったが、自由を奪うには最適だ。それ以来、便利に利用させてもらっている」

 

「百年前?」

 

 孫空女は怒鳴った。

 だが、その声は自分でも驚くほどに力がなかった。 

 眠り薬が効いてきたのだと思った。

 そして、急に身体中がだるくなった。

 しかし、眠ってしまえば、どうなるか想像はつく。

 眠るわけにはいかない。

 

「早く眠れ───。寝たら元の時間に戻してやる。もちろん、頑丈な鎖で拘束しておく。お前は、本当に乱暴で叶わん。最初のときには、油断したために『如意棒』とやらで、屋敷中を壊されたからな」

 

「さっきから、“最初のとき”とか“また”とか……。あたしは、以前もお前と会っているのか?」

 

「会っている。何度もな。残念ながら、その都度、お前たちは逃げ出してしまった。しかし、逃亡をしても、うまい具合に時間が遡って、次にもお前たちを捉える機会を得ることができている。だから、だんだんとこちらもどうすればいいかがわかってきた。なぜ、お前たちが逃げてしまうのかも」

 

「時間を遡るとか───何度も繰り返すとか、どういうことだよ?」

 

「信じられないのか、孫女? 無理はないがな。だが、何度も繰り返している時間の繰り返しの中で、前回、やっとお前は私と結婚した。ただ、お前たちは、時間を遡って逃げたので、記憶が消えているだけだ。いや、記憶が消えているというのは正確ではないな。経験したのだが、時間を遡ったために、経験していないことになったのだ。だが、私は、前回のお前との結婚生活のことをよく覚えている。強い心と厚い情───そして、淫靡さ。妻としても女としても、最高だと思うぞ」

 

「お、おぞましいこと……を言うな……」

 

 睡魔が襲ってくる。

 もう限界だ……。

 孫空女は懸命に意識を保とうした。

 

「わかっている……。前回もそうだった。お前を屈服させるには時間がかかる。屈服したと思っても、実は心は折れていない。お前の心を折るには時間がかかる」

 

「し、死ね───」

 

 そろそろ限界だ。意識が遠くなる。

 

「だが、時間だけはある。それだけは無限にな。だが、俺も時間はかけたくはない。面倒くさいからな。今回は、別の方法を準備している」

 

「……やっぱり、お前は道術遣いなのか……? そ、それとも……よ、妖魔か……?」

 

「どちらでもない。我らは囚われた人間だ。時間を支配し、永遠の生を得た代償として、この館に縛られた───」

 

「地に……縛られた……?」

 

「……私たちが、この呪縛から逃れるためには……」

 

 もう、なにも聞こえない。

 孫空女は、襲い掛かる睡魔に抵抗する力を失った。



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50  館の呪い

 さっきまで、沙那(さな)がいた場所から沙那が消えた。

 朱姫(しゅき)は眼の前のことが理解できなかった。

 だが、なにか危険なことが起こったのはわかる。

 隣にいた宝玄仙(ほうげんせん)は、もう足で円を刻み、結界を張ろうとしている。

 朱姫もはっとして、自分の周りに防護の術をかける。他の人間も含んで護るような特別な結界には時間がかかるが、自分が入れるだけの狭いものなら、それほどの時間はかからない。

 だから、宝玄仙もそうしているのだろう。

 

 次の瞬間、なにか空間が揺れた気がした。

 道術ではない。道術なら、それが働く前に朱姫にわかる。

 揺れたのは風景だ。

 同じ部屋だが、なにかが違う。

 宝玄仙と黎山(れいざん)という館の主人がいなくなっている。

 その代わり、床に孫空女(そんくうじょ)がいる。

 

「孫姉さん──?」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 全裸の孫空女は、天井から吊るされた鎖で逆さに吊るされており、大きく開いた脚が左右に分かれて天井に引っぱられている。首の部分は、床についていて、全身の重みが足にかかることはないようだが、両手は首輪に手錠で拘束されている。

 

 だが、朱姫が悲鳴をあげたのは、その惨たらしい傷跡だ。

 鞭で叩いたのだろう。

 孫空女の全身は、もう傷のない部分を探すのが難しいくらいに皮膚が破れて、血にまみれている。

 その血と孫空女の尿のようなものが床に拡がっている。

 孫空女は、まったく動かない。意識がないようだ。

 その孫空女のすぐ近くに、この館で最初に会った美貌の男が汗にまみれた姿で椅子に座っている。

 

「孫姉さん、しっかり」

 

 朱姫は、もう一度叫んだ。結界は刻み終わったが、音までは遮断されていない。

 ただ、物理的なものを遮断するだけだ。

 孫空女は、やはり気がつかない。しかし、かすかに胸が上下に動いている。死んではいないようだ。

 そばにいる男は、確か、普賢とかいう名だったはずだ。その普賢が頭をあげた。

 

南海(なんかい)、一日前の時間は、私が使っている。遠慮してくれないか」

 

 普賢(ふげん)は、結界の中の朱姫を通り越して、その後方の人物に喋っていた。朱姫が振り向くと、そこにもうひとりの黎家の息子がいた。

 

「先の時間の客間には黎山王がいる。さすがにまずいからな」

 

「ここもまずい。私がいる」

 

 普賢が不機嫌そうに言った。

 

「な、なにを言ってるの、お前たちは? 孫姉さんになにをしたの? それにご主人様はどこなの?」

 

 朱姫は叫んだ。

 

「だったら、先の時間を進めればいいじゃないか。確か、その半妖は、宝玄仙に媚薬を飲まされていて、時間を進めれば、勝手に尻で発情するんじゃなかった?」

 

 どうして、この男たちは、朱姫が宝玄仙に媚薬を飲まされていて、一日に三回、尻で自慰をしなければならない身体になっていることを知っているのだろう。

 

「そうでもないぞ、普賢。朱姫の首を見てみろ」

 

 この男たちはさっきから、朱姫がいないもののように喋り続けている。それがなんだか腹が立った。

 

「あたしたちになにをする気? ご主人様……、宝玄仙様はどうしたの? 孫姉さんになにをした? それに沙那姉さんはどこにいるの? 早く答えて――」

 

 朱姫は大きな声で叫んだ。

 その朱姫を普賢がじっと見た。

 

「……首の霊具がなくなっているか? 確か、茶色の革紐だったかな」

 

「そうだ、普賢。前回はあれがあったから楽だった。だから、最初に落ちた。だけど今度は違う。霊具をしてないのだったら発情はしない。実は、宝玄仙の飲ませていた媚薬は、あの霊具をしていなければ効果がないのだ」

 

 朱姫は驚いた。それと同時に恐怖を感じた。

 このふたりは、なぜか、朱姫が宝玄仙から淫具と媚薬による調教を受けていたのを知っているのだろう。

 それに、この屋敷に来る直前まで、首に革紐の霊具をつけていたことまで知っている。

 

「いずれにしても邪魔だ。時間を進めるのが嫌なら、もっと過去に戻ってくれ」

 

「わかった、わかった……」

 

 次の瞬間、また、風景が変わった。同じ客間なのだが、一瞬で、孫空女も普賢も消えてしまった。それに、さっきまで夕方だったのが、明るい昼間に変化した。

 

「いま、どうなったの? 早く答えろ──。あたしたちをどうするの?」

 

 やっと、南海がこちらを見た。その顔は、余裕ありげににやにやと笑っている。

 

「その結界から出てきたら、知りたいことはなんでも教えてやる、朱姫」

 

 南海が言った。

 

「結界の中にいても話はできるよ」

 

「結界の中にいたら、お前に触れん」

 

「さ、触ってどうするのよ?」

 

「朱姫の淫臭のする肉孔に俺の淫棒を突き挿す。ああ、それとも、朱姫は後ろの孔をほじられるのが好きだったか?」

 

「な、なにを……あたしを馬鹿にするのか」

 

「馬鹿になどせん。大切な花嫁だからな」

 

 南海は笑った。

 

「じょ、冗談じゃない」

 

「もちろん、冗談じゃない、朱姫。早く結界から出てこい。お前の心を砕き、俺を夫にすることを承知させる。多少は、俺のやり方は、ほかの者と比べれば荒っぽいかもしれんが」

 

「あたしを妻に? なぜ?」

 

 話しながら、朱姫は、さっきから感じているものに戸惑っていた。

 どうやら、結界から出ることはできない。出ればなにをされるかわからない。この男には得たいの知れないなにかを感じる。

 しかし、このままでは、どうしても自分から結界から出ることになりそうだ。

 

「仕方ないのだ。それしか、俺たちがこの館から解放される術がないらしい。どういう呪いなのかよくわからん。とにかく、父の黎山王を含めて、俺たち四人が四人、俺たちを心から愛する妻を迎えるとができれば、俺たちはこの館の呪縛から離れることができて自由になれる」

 

「はあっ? 館の呪縛? 妻? なによそれ?」

 

「さあな。だが、そうらしいのだ。この屋敷にあった文献にはそう書いてあった。妻を迎えたときに解放されるなど、どういう神が、そんな甘ったるいことを考えたかは知らないがな」

 

「いい加減してよ。なにを言っている、お前?」

 

 館の呪縛とはなんだ?

 

「俺の名は南海だ」

 

「じゃあ、南海、よくはわからないけど、お前たち四人が妻を迎えたいというのなら、ほかを当たりなよ。あたしたちは、西に向かい旅をする途中なんだよ。お前たちの妻になどなれないよ」

 

「それは、そうもいかないのだ、朱姫」

 

「なぜ? これだけの財がある家であれば、無理矢理に、あたしたちを嫁にしなくても、幾らも嫁のきてはいるでしょうに?」

 

「最初は俺たちもそう思った。だが、お前たちだけなのだ。だから、無理矢理に手籠めにしてでも、お前たちを嫁にせねばならん」

 

「だから、なぜよ?」

 

 苛々していた。朱姫は、いよいよ自分が切羽詰った状況になってきたことを知った。

 しかし、それを悟られるわけにはいかない。

 相手は狂人かもしれないが、自分たち四人を手籠めにしようと画策していることは確かなようだ。

 そして、朱姫は、ほかの三人に比べれば、多少の道術が使えるくらいで、一番非力だ。

 結界から出てしまえば、力で大の男には抵抗できない。道術なら対応できるかもしれないが、いやな予感もする。

 ここは使徒を使うべきだろうか。

 だが、相手の力量がわからなければ危険かもしれない。

 そもそも、あの使徒たちは、それほど戦闘に得手なわけではない。

 

「この三百年。この屋敷に入ってきた女はお前たちだけだ。これから先の五十年も同じだ。それ以上先は、試していないからわからないが、おそらく同じだろう。だから、俺たちは、お前たちに眼をつけ、屈服させることにした。幸いにも失敗をしても何度でも同じことができる」

 

「いったい、この屋敷にはなにがあるの?」

 

「ここは呪われた屋敷だ。俺たち四人を呪縛し、ここから離れることができなくしている。つまりは、“時の館”。そして、俺たちは、お前たちを待っていた。今度こそ、ものにしてやる。家の前の詩を読んだか?」

 

「読んだよ」

 

「だったら、俺たちがお前たちを待ち続けていたということがわかるはずだ」

 

「馬鹿な」

 

「これから先の話は、結界の外でやろう。どうせ、出て来なければならないのだろう、朱姫?」

 

 南海がにやりと笑った。

 

「話など無駄だ。結婚などするわけがない」

 

「じゃあ、別の話をしよう──。さっきから、脚をもじつかせているが、小便をしたいのだろう、朱姫?」

 

 朱姫はどきりとした。話の途中から、猛烈な尿意を感じて困っていたのだ。

 しかし、結界の外に出れば、眼の前の南海に捕まってしまう。

 一度、捕まれば、結界に隠れる機会はないかもしれない。だが、尿意はどうしようもないところまで、朱姫を追いつめようとしていた。

 

「さっき、朱姫が飲んだお茶だが、朱姫のお茶だけは、強い利尿剤を混ぜておいた。この屋敷には、女を調教するのに便利なものは少ないが、これは使えると思ったのでな。多分、お前と宝玄仙は、結界をすぐに組んで出てこなくなるだろうと思った」

 

「利尿剤──? ひ、卑怯者」

 

「さあ、出てこい。厠に案内してやる、朱姫」

 

 南海は愉しそうに言った。

 

 

 *

 

 

 

「お前が、あの黎山王(れいざんおう)自身じゃと──?」

 

 宝玄仙は、椅子に深く腰掛けたまま言った。眼の前に座っているのは、この館の主人の黎山だ。その男は、自分が三百年前に失踪したこの州の王であると言ったのだ。

 三人の息子が伝承どおりの三人の息子王であり、南海王《なんかいおう》、文殊王《もんじゅおう》、普賢王《ふげんおう》だとも。

 

「わしのことを覚えてはおらんか、宝?」

 

「気安く呼ぶな」

 

「そう言うな、宝」

 

「呼ぶなと言っておろうが」

 

 宝玄仙は苛々して言った。結界を組んだため、誰も宝玄仙の三尺(約一メートル)周囲には入れないが、それだけだった。

 眼の前の男は、「人間」に間違いがなく、結界の外にいる限り、道術は通じない。相手が、道術師か妖魔であったら、その身体に充満している霊力を反応させることで、宝玄仙の道力が通じるのだが、霊力のない人間ではどうしようもない。

 

 黎山が霊力を持っていないことは、宝玄仙から見れば一目瞭然だ。眼の前の男は、絶対に道術師でも妖魔でもない。

 それは、三人の息子も同じだ。

 だが、ただの人間に過ぎない黎家の男たちが、なぜ、道術師のようなことができるのだろう?

 確かに、眼の前から忽然と沙那が消えた。慌てて結界を刻んで身を防いだが、同じように結界を刻んでいた半妖の朱姫も消えた。

 

「こっちに来て話をせんか、黎山?」

 

 試してみた。

 

「お前がその結界から出るがいい、宝」

 

 やはり、結界を刻んだことを知っている。黎山はぴくりともしない。

 結界の中に入って来れば、相手に魔術が使える。

 だが、わかっていては、入っては来ないだろう。

 逆に、宝玄仙が結界の中にいる限り、宝玄仙の身は安全だが、結界の外に出れば、どんな罠が待っているかわからない。

 

「お前の供がどうなっているか知りたいか、宝?」

 

「三人をどうしたのじゃ?」

 

「じゃあ、質問ひとつにつき、服を一枚だ。結界の外に投げろ」

 

「な、なんだと──?」

 

「なんだ、服を脱ぐのが恥ずかしいのか? 宝玄仙ともあろうものが、初心(うぶ)な反応を見せるではないか」

 

「下衆が──」

 

 宝玄仙は、巫女服の上衣である黒い貫頭衣を首から外した。

 その内側の隠し部分には、館に入る直前に朱姫から取りあげた霊具が入っていた。

 その霊具を手の中に隠して、貫頭衣を結界の外の黎山に放り投げる。

 霊具は背中側に隠す。

 

 いまの姿は、やはり黒色の内衣と切袴だ。その下には上下の下着を着けているが、それも脱げと言うのだろうか?

 いま結界は、ただ霊力を充満している状態にしてあるだけで、なにも浸透の制御はしていない。

 黎山は、いつでも結界の中に入れるし、物の出入りも自由だ。だが、宝玄仙が望めば、一瞬で、結界は何ものの通過も許さない防護壁にもなりうる。

 黎山は、宝玄仙の投げた衣類には見向きもしなかった。ただ、宝玄仙をじっと見るだけだ。それにも苛つかされる。

 

「早う言え、黎山」

 

「誰の行方を知りたい?」

 

 黎山は言った。孫空女も含めて、三人ともどこかで捕えられているのは間違いないだろう。

 しかし、孫空女については、最初から別々だったから手掛かりに乏しい。

 眼の前から消滅した沙那か朱姫のことがわかれば、この怪現象の正体に結びつくかもしれない。

 

「沙那じゃ──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「この館がいつ建てられたか知っておるか、宝?」

 

「関係のない話をするな、黎山。わしは、沙那の行方を訊いておる。約束を違えるか?」

 

「そんなに苛々するな。それほど、供が捕まったのが不安か?」

 

 宝玄仙は舌打ちをした。

 

「ちゃんと説明するのだな」

 

「しよう。この館が建てられたのは、約三百年以上前だ。だが百年前に、思うところがあって、この部屋の一部に出口のない密室を造った。だが壊した。八十年前には、この館にあった特殊な材で透明の壁の小部屋を造った。透明の部屋というのも面白かったが、やはり壊した。そして、いまのように広い客室になった」

 

「なにを喋っておるのだ、黎山?」

 

「まず、この場所の一部に密室があったのが百年前。透明の壁の部屋があったのは、八十年前だ」

 

「黎山、お前の趣味で、どういう風にこの屋敷を修繕していったのか、三百年分話すつもりか? お前がこの屋敷に囚われていることはわかった。三百年生きていることもな。信じ難いが、そういうこともある。この屋敷にあるなんらかの神意の影響がお前たち人間にそのような現象を与えたのだろう」

 

「ならば、沙那がどこにいるかを教えてやろう。百年前にあった壁の密室と八十年前にあった透明の壁の部屋。いまは、“いま”という言葉は、この屋敷ではまったく意味のない言葉だが……。そのかつてあった壁の密室と透明の部屋のどちらかにおろう」

 

「お前たちは、時間を移動できるのか?」

 

「貫頭衣で説明できるのは、ここまでだ。もっと、話を聞きたければ、次を脱げ」

 

 黎山は言った。

 宝玄仙は、足から草履を脱いで、放り投げた。

 

「なんだこれは、靴ではないか。駄目だ。着ているものを脱げ」

 

「身に着けているものには変わりない」

 

「ならば、なにも教えられん。供たちがどういう目に遭っているか知りたくないのか?」

 

「なに?」

 

「よく考えよ、宝。お前の供を生かすも殺すも、わしの裁量の内ということだ。とりあえず、ひとり殺してみるか? そうすれば、残りのふたりの命乞いもしたくなるか?」

 

 宝玄仙は、迷った末、黒い切袴を腰から脱いで放り投げた。しばらくは、この馬鹿馬鹿しい遊びに付き合ってやろう。

 

「相変わらずいい脚をしているな、宝」

 

「ふんっ」

 

 この男とは初対面だ。

 それにも関わらず、この男は、ずっと以前から宝玄仙のことを知っているかのような口調だ。

 それが、なにか癪に障る。

 宝玄仙は、腰の部分を内衣の裾で隠しながら肢を組んだ。

 

「そんなにわしの裸を見たいなら、こっちに来たらどうなのだ、黎山」

 

 宝玄仙は挑発した。半分は、この眼の前の男の言いなりにならざるを得ないことに対する腹いせだ。せめて、供たちがどういう状況にあるのかを把握しなければ、動きも取れない。

 

「いや、お前が、結界の外に出てくるのを待とう。ゆっくりと陥してやる」

 

「わしが堕とせるのか、黎山?」

 

「時間さえかければな──。そして、時間ならたっぷりある」

 

 黎山は言った。

 

「それで?」

 

「それでとは?」

 

「供の行方だ」

 

「そうだったな──。沙那はもういいか?」

 

「だから、沙那はどこにいるのだ? 沙那は? 孫空女は? 朱姫は?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「だから、ここにいた沙那は、百年前に連れて行ったはずだ。文殊が連れていった」

 

「じゃあ、朱姫は?」

 

「もう一枚だ」

 

 黎山王は言った。

 

「な、なにを言っている。さっき脱いだであろう」

 

「同じ質問を二回するからだ。質問は無駄に使うな。後がつらいぞ」

 

「つらいとはなんじゃ?」

 

「それを知りたかったら、さっさと素っ裸になれ。それとも、結界を解いてこっちに来い」

 

 宝玄仙は内衣を脱いだ。結界の外に投げる。

 

「誰の行方を知りたい?」

 

「朱姫はどこに消えた?」

 

 黎山は、なにかを探るような仕草をした。やがて、口を開く。

 

「あの半妖の娘は、とりあえず十年前のようだな」

 

「十年前のこの客間ということか?」

 

「そうだ」

 

 やはり、時間を自由に行き来できる能力を持つということだろう。

 信じられないことだが、言っていることが本当ならそういうことになる。

 言っていることが真実ならばだ。

 あるいは、なんらかの仕掛けがあるのかもしれない。

 だが、道術ではないはずだ。ここには、道力は感じない。

 ここにあるのは、もっと別のものだ。

 

「時間を支配できるじゃと? 戯言を──」

 

 しばらくしてから宝玄仙は言った。

 

「信じていないのか、宝?」

 

「信じられるか」

 

「ならば、証拠を見せてもいいぞ」

 

「証拠?」

 

「ただし、いまつけている下着を脱いで、こっちに投げよ」

 

「素裸になれと言うのか?」

 

「そこまで脱げば、素裸でも変わりあるまい」

 

「それよりも、わしを抱いてみたらどうだ、黎山? この身体を抱いてみたくはないか?」

 

「いや、やめておこう」

 

 黎山は、顔を横に振った。

 

「なぜじゃ? あるいは、もうお前の股の一物は役に立たぬのか?」

 

 宝玄仙はせせら笑ってみせた。

 

「わしの一物の心配をしてもらわんでもよい。それに、わしは、何度もお前に煮え湯を飲まされておるのだ。うっかりと、手を出し、お前に裏を掻かれるのには飽いたわ。供を人質にして、無理矢理、結界の外に出してもよいのだが、それよりもお前の心が……、いや、身体が屈服して結界から出てくるのを待った方がよい。それが確かだ」

 

「何度も?」

 

 宝玄仙は、黎山の言葉の中で、その言葉に眉をひそめた。

 

「いいから、下着を投げよ。素裸になっても結界の中であれば護られておるのだろう?」

 

 宝玄仙は胸当てを外した。そして、片手で乳房を隠しながら、腰にはいていた薄い布をとり、ふたつ丸めて結界の外に投げた。

 

「そそるのう、宝。やはり、いい身体をしておる。早う、こっちに来い。さっき気にしてくれていたが、このとおり、わしの一物は元気だぞ」

 

 黎山は立ちあがると、いきなり下袴(かこ)をずり下げ、股間のものを露出した。

 ぞっとするような大きな巨根がそこにあった。

 その先端はぬめぬめと精液で濡れている。

 

「し、しまわんか。そんなもの──」

 

 宝玄仙は慌てて叫んだ。すると黎山が笑った。

 

「希代の嗜虐者で変態巫女の宝玄仙も、意外に男に無理矢理に犯されるのには馴れとらんのよのう。それとも、なにか心の傷のようなものがあるのか?」

 

「う、うるさい──。早う、しまえ──」

 

 黎山は笑いながら下袴をあげた。

 

「わしらが時間を自由に行き来できるという証拠だったな。見せよう。その代わり、そこで自慰をしろ」

 

「なに?」

 

「自慰だ。いいと言うまで続けろ。拒否できると思うな」

 

 宝玄仙は、仕方なく自分の胸と股間の愛撫を始めた。このくらいの恥辱は耐えねばならんだろう。三人はもっと酷い目にあっているに違いない。

 しばらくすると、熱いものが込みあげてくる。

 

「もういい、やめろ」

 

 黎山が不意に言った。

 一瞬、まだだと抗議したくなったが、黎山の狙いもわかった。

 そうやって、いきそうだ、いかさないということを続けさせて、屈服の材料にしようというのだろう。宝玄仙は歯噛みしながら、手を身体から離した。

 黎山は満足気に微笑むと、なにかの合図でもするように手を振った。

 

 そこに沙那が現れた。

 しかし、なにか変だった……。



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51  繰り返される死

 黎山(れいざん)は、満足気に微笑むと、なにかの合図でもするように手を振った。

 

 そこに沙那(さな)が現れた。

 なにかの違和感を覚えた。

 だが、その違和感の理由はすぐにはわからなかった。

 とにかく、沙那は素裸だった。両腕は後手手錠で拘束され、手錠に繋がった鎖の端を黎山の息子のひとりが握っている。

 それが突然、部屋に出現した。

 

「沙那──」

 

 とにかく、宝玄仙(ほうげんせん)は叫んだ。

 

「ご主人様……。い、いえ……宝玄仙様……」

 

 沙那はそう言い、両眼からぼろぼろと涙をこぼした。

 

「ご、ご無事……だったのですね……」

 

「無事……?」

 

「お、お変わりありませんでしたか……?」

 

 沙那は言った。いったいなにを言っているのだろう。

 それで、やっと、違和感の正体に思い当たった。

 沙那は、さっき見たときよりも、かなり髪が長くなっている。

 そして、心なしか下腹部が膨らんでいるようにも見える。

 

「沙那、わたしと別れてからどのくらい経った?」

 

「えっ?……」

 

 沙那は、戸惑った表情をした。

 

「じ、時間ですか……。半年くらいまでは、ある程度正確に数えていたのですが……。おそらく……一年くらいかと……」

 

「一年――?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「一年と一箇月だ」

 

 沙那の横にいた息子が言った。

 

「お前は誰だい?」

 

 宝玄仙はその息子に言った。

 

文殊(もんじゅ)だ。沙那の夫だ」

 

「夫?」

 

 すると沙那が眼を伏せた。

 

「どういうことだい、沙那?」

 

 宝玄仙は結界の中から言った。

 沙那が、文殊を睨んだ。

 

「約束です、文殊様。わたしを宝玄仙様の結界の中に入れて、ふたりきりにさせてください。それが婚姻を承諾した代償だったはずです」

 

「わかっている……。時間は、一刻(約一時間)だけだ」

 

 文殊が言い、部屋の外に出た。

 続いて黎山も続く。

 ふたりきりになると、沙那が宝玄仙のそばに歩み寄ってきた。

 宝玄仙は、結界の中に沙那を招き入れた。

 それにしても、まだ沙那が消えてから数刻も経っていない。しかし、明らかに眼の前にいる沙那は、あれから多くの時間を過ごしているようだ。宝玄仙は沙那の膨らんだ下腹部に手を置いた。

 

「……六箇月になります」

 

「赤子が?」

 

「文殊の子です」

 

 沙那はそう言った。沙那が母親となることを望んでいるのか、望んでいないのか、それは、あまりにも複雑な沙那の表情からは読み取れなかった。おそらく、その両方なのだろう。

 そして、宝玄仙は確かに眼の前の沙那は、宝玄仙とは別の時間を生きた沙那なのだと確信した。

 沙那の考えていることがわからないなど、沙那と初めて会って以来感じたことはなかったのだ。

 

 だが、それしてもなぜ妊娠したのか。

 沙那には宝玄仙の霊力が体内にあったはずだ。沙那の身体の中の宝玄仙の霊力は。宝玄仙の魔力を常に吸収し続け、その影響により男の精を受けても、絶対に妊娠をしない働きがあったはずだ。

 その沙那が妊娠したということは、沙那の生きていた時間の中に宝玄仙が存在していないということになる。どういうことなのであろうか。

 

「お前は、この部屋でわたしと別れ別れになった。そして、それから一年以上の時間をすごした。そうなんだね?」

 

「毎日のようにあの文殊に抱かれました。それから、しばらくして。妊娠したことがわかりました……」

 

 妊娠しているというのは本当のようだ。

 道術師の宝玄仙には、触ればわかる。

 どんな術を使おうとも、たった数刻で六箇月の胎児を腹につくることはできない。

 この沙那は本当に宝玄仙とは違う時間をすごしていたのだ。

 

「……それで婚姻を承諾したのかい?」

 

「いいえ……。それが彼らの狙いだと知っていましたから。絶対に婚姻の承諾だけはしてやりませんでした」

 

「連中の狙いというのはなんだい、沙那……?」

 

「わたしたち四人と彼ら四人が婚姻することです。形だけではなく、わたしたちが心からそれに同意をして、結婚の儀を受け入れること……。そうすれば、彼らはこの館の呪縛から解放されると信じています」

 

「なんだい、それ?」

 

「知りません……。でも、この館にある書院にそのような古い文献が残っています。わたしも読みました」

 

「本当に、あの四人は時間を移動できるのかい?」

 

「この館の中に限り……。そして、永遠に生きます。でも、この館以外の場所には出られません、それが、彼らの呪縛なのです」

 

「そういうことかい……」

 

 宝玄仙は後手に拘束された沙那を抱き寄せたまま言った。

 

「ご主人様に久しぶりにお会いして嬉しいです。正直に言うと、一緒に旅をしていたときは、嫌だなと思ったこともありましたが、それなりに充実もしていた日々だったと思います……」

 

「まだ、わたしをご主人様と呼んでくれるのだね?」

 

「さっき“宝玄仙様”と呼んだことですか……? 彼らのいる前に、ご主人様をそう呼ぶわけにはいかないのです……。わたしは文殊との婚姻を承諾してしまいましたから……」

 

 沙那は下を向いた。

 

「さっきは婚姻の承諾だけはするつもりはなかったと言っていたじゃないか?」

 

「文殊が婚姻を承諾すれば、ひとつだけ願いを叶えると約束したのです」

 

「願いとは?」

 

「ご主人様ともう一度会うことです」

 

 沙那は言った。そして、再び涙を流した。

 

「ご、ご主人様は、いったいどこにいたのですか……? わたしは、さんざん捜したのですよ――」

 

「お前の言うことが本当なら、わたしはお前のいる時間には存在しなかったのだろうね……。もしもいれば、お前が妊娠するわけがないのだよ」

 

「いなかった? では、どこに?」

 

「お前はわたしとここで別れて一年以上の時間をすごしたと言っていたね?」

 

「はい……」

 

「わたしがこの館に入ったのは、まだ数刻前だ」

 

「えっ?」

 

 沙那は驚いている。だが、すぐに悟ったようだ。

 

「なるほど……。彼らは、まだ、この館にやって来たばかりのご主人様に、わたしを会わせたのですね。情報を交換させたくなかったのでしょうか……。ほかの三人の女にも、婚姻を承知させる必要があるのですから……。わたしは、すでに承知してしまいましたけど」

 

 沙那は、自分のお腹を見た。

 宝玄仙は、もう一度、そのお腹に手を触れた。

 本当に沙那の胎内には新しい命が宿っている。

 

「この子が男の子か、女の子か知りたいかい?」

 

「わかるのですか……?」

 

「わたしほどの道術師ならね……。特に教団の神官は生まれてくる子供の名付け親になることも多いかし……」

 

 沙那はしばらく考えていたが首を横に振った。

 

「知りたくありません」

 

「そうかい……」

 

 宝玄仙はそれだけを言った。

 そのまま、手に沙那の子供を感じていた。

 

「ねえ、ご主人様……」

 

 しばらくして、沙那が言った。

 

「なんだい、沙那」

 

「また、わたしを愛して貰えませんか? 以前のように……。たった一年前ですが、わたしには遠い昔のように感じるのです」

 

「以前のようにかい……?」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「わたしの膣をほじくってください。指で掻いて──。お願い──、ご主人様。もう一度、なにもかも忘れるような、あの快感を──」

 

 宝玄仙は沙那の股間に触れた。

 沙那の淫膣は、もうびっしょりと濡れていた。

 それにしても、こんな風に淫らにねだるなんて、これはあの沙那なのだろうか。

 また、股間と乳首の『女淫輪』がなくなっている。宝玄仙と離れることで霊力を失い消滅してしまったのだろう。

 宝玄仙が沙那の中に指を入れた。

 

「はあああっ──いいいいっ──ひいいっ──」

 

 沙那は大きな声をあげて仰け反った。

 あまりもの派手な反応に、宝玄仙が驚くほどだ。しかし、感じやすかった沙那だが、これは違う。

 これは、なにかを隠すためにわざとしているのだ。

 咄嗟に宝玄仙は、それを感じた。

 沙那が興奮した仕草で、ぐいと腰を突き出して、宝玄仙の指を膣の奥に押し込むような動きをする。

 

 その宝玄仙の指になにか異物がぶつかった。

 沙那が宝玄仙の顔に自分の顔をうずめるふりをしながら、宝玄仙の耳元でささやいた。

 

 “……この館の呪いに関する文献を見つけたとき、これが意味ありげに置いてありました。黎家の四人には意味のあるものには思えなかったようですが、わたしには、これがご主人様の魔具であると確信しました……。”

 

 そう耳元でささやくと、それを自分の嬌声に紛れ込ませた。

 どうやら、この部屋のことは、なんらかの手段により黎家の男たちに監視されているのだろう。

 だから性愛の行為に寄せて、自分の膣の中に隠していたなにかを手渡したいのだ。

 

「ご、ご主人様──、ああっ──」

 

 沙那は震えている。

 それは、紛れもない沙那の快楽の迸りだった。

 それにしても、書簡とともに置いてあった宝玄仙の霊具とはなんだろう?

 沙那が自分の膣の中に隠して渡してくれた霊具──。

 それは、小さな布の破片のようだった。

 宝玄仙の腕の中で、いつまでもいつまでも、沙那は震えていた。

 

 

 *

 

 

「訳のわからないことを言わないでよ。ここはどこ? あんたらは何者? 妖魔? 目的はなに?」

 

 なにが起きたのか、沙那は正確には理解できていない。

 とにかく、怪しげな屋敷に入ったときから、不思議なことが起き続けている。

 そして、沙那は突然に、不思議な力で宝玄仙たちから引き離されて、文殊と名乗る男とふたりきりになった。

 

「最初の質問と最後の質問にだけ答えよう───。ここは時の館。俺の目的は、お前を犯すことだ」

 

 文殊は眉ひとつ動かさない無表情で言った。

 沙那は注意深く構えたままだ。

 武器はないが、この男なら素手でも勝てる。

 

「時の館とはなに?」

 

「土地に縛られ、過去と未来───それを永遠に行き来する館だ。私たちが、お前たちを犯し、屈服させて嫁にすることができれば、それも終わる」

 

 文殊が消えた。沙那は誰もいない密室にひとり残された。

 次の瞬間、沙那は自分が、さっきの密室とは違う周囲を透明の壁に囲まれた小さな部屋の中に入っていることに気がついた。

 

 それとともに、猛烈な熱気が周囲から伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい経っただろうか──。

 呼吸をするのもの苦しいくらいの熱気で溢れている。

 男の狙いはわかっていた。この熱気責めにより、沙那の衣服を脱がせるのが目的だ。

 わかっていても、脱がざるを得ない。

 脱がなければ、身体中の水分が抜けきって死んでしまうだろう。

 沙那は下着以外のものをすべて身体から取り去った。

 

 それでも、熱気はどんどん部屋の中に注がれる。

 透明の壁の外に文殊が座っている。

 これ見よがしに、冷えた果実水を見せびらかしている。

 やがて、眼の前がだんだんと暗くなっていった。ついに、死ぬのだと思った。

 そして、なにもかもわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと素裸だった。腕は背中で拘束されている。

 そして、部屋の真ん中の床の上に皿に注がれた水があった。

 沙那は、飛び付いた。しかし、首の鎖により、それをぎりぎりで阻まれる。首に首輪が装着されていて、首輪につけられた鎖が壁と繋がっているのだ。

 いまいましいことに、首の鎖が届かないぎりぎりのところに水の入った皿が置かれていたのだ。

 

「沙那、飲みたいか、水を?」

 

 頭の上で声がした。

 

「だ、誰──?」

 

「お前のご主人様だ」

 

「……わたしのご主人……様……は」

 

 その瞬間、沙那の眼の前で水がこぼれた。

 沙那の顔のほんの少し届かない場所で──。

 顔が掴まれる。

 上に向けられた。ひとりの男の顔がそこにあった。

 

「この俺が、お前のご主人様だ。お前のご主人様は、この文殊だ」

 

「お、お願い……水──」

 

 限界だった。

 おそらく、水を飲まなければ、このまま死ぬ。

 

「俺は誰だ、沙那?」

 

「も、文殊」

 

「違う。ご主人様だ」

 

 次の瞬間、さっきの透明の部屋の中にいた。猛烈な熱気──。

 猛烈に立ち込める熱気──。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたら、文殊の足元だった。

 

 やはり、手は後手。

 首には壁に繋がった鎖──。

 髪の毛が引っ張られて、眼の前に文殊の男根があった。

 

「な……なに……?」

 

 その男根にじょろじょろと水がかけられた。

 

「あっ……」

 

「水が欲しいだろう? 舐めろ」

 

「えっ……?」

 

「水が飲みたいだろう、沙那? 欲しければ、これを舐めろ」

 

「そ……そんな……」

 

 なんでもいい。水が欲しい──。

 しかし……。

 

 次の瞬間、透明の部屋に戻されていた。

 猛烈な熱気──。

 

 嫌だとは言っていない──。

 沙那は悲鳴をあげた───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 水の音……。

 垂れ落ちる水はぎりぎりすぎて、顔を床につけても届かない。いやらしい場所で、意地悪をやるものだ。

 

「水だ」

 

 眼の前に文殊の男根がある。

 そこには、沙那が欲しい水が滴っている。

 喰らいつきたい。

 だが、さすがに躊躇うものがある。

 

「舐めろ」

 

 口を開ける。

 だが、もう、少しの行動ができない。

 

「迷わず、口に咥えられるようでなければ駄目だ」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 身体中の水分という水分が蒸発するのがわかった。

 もう、汗も出ない──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 水の音……。

 垂れ落ちる水はぎりぎりすぎて、顔を床につけても届かない。いやらしい場所でやるものだ。

 

「水だ」

 

 眼の前に文殊の男根がある。

 

「覚えているか、沙那? お前はさっき死んだ。時間を戻して、生き返らせた。何度やって同じだが、死の恐怖はお前の心に刻み込まれる。舐めろ」

 

 口を開けた。

 だが、もう、少しの行動ができない。

 

「迷わず、口に咥えられるようでなければ駄目だ」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 水の音……。

 垂れ落ちる水はぎりぎりすぎて、顔を床につけても届かない。いやらしい場所でやるものだ。

 

「水だ」

 

 眼の前に文殊の男根がある。

 

「覚えているか、沙那? お前は二度続けて死んだ。時間を戻して、生き返らせた。舐めろ」

 

 二度死んだ?

 なんのことだろう?

 しかし、この圧倒的な恐怖はなんだろう?

 だが、それでも、沙那は口を開けなかった。

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 水の音……。

 垂れ落ちる水はぎりぎりすぎて、顔を床につけても届かない。いやらしい場所でやるものだ。

 文殊が男垠に水を垂らした。

 理由のわからない恐怖が沙那を襲う。

 

「水だ」

 

 沙那は、それに喰らいついていた。

 

「もっと水をやろう」

 

 その男根から、沙那に向かって迸るものがあった。

 それが文殊の尿だと考えたのは一瞬に過ぎない。

 水だ。

 水だとしか思えなかった。

 一滴残らず飲み干していた。

 

「じゃあ、もう少し頑張れるな」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 

「また、死んだぞ、沙那」

 

 なにを言われているのかわからない。

 しかし、その声を耳にしているだけで、得たいの知れない恐怖が沙那を包む。

 

「俺は誰だ?」

 

「えっ……?」

 

 思い出せない。

 

「俺は、ご主人様だ」

 

「……ご主人様?」

 

「次は間違えるな」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 

「今度は死ななかったが、いま、死にかけているぞ、沙那」

 

 なにを言われているのかわからない。

 しかし、その声を耳にしているだけで、得たいの知れない恐怖が沙那を包む。

 

「俺は誰だ?」

 

「ご主人様」

 

 口に出していた。

 わからない。

 だが、この男に対する恐怖だけが、身体を支配している。

 

「そうだ。犯してくださいと言え」

 

「犯してください──」

 

 文殊は、少し考えていた。

 

「いや……。あと、二、三回殺してみるか。恐怖がお前を永遠に支配するように……」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 

「また死んだな、沙那」

 

 男は嬉しそうだ。

 しかし、その声を耳にしているだけで、得たいの知れない恐怖が沙那を包む。

 

「なにか言いたいことはあるか?」

 

「水……」

 

 わからない。

 だが、この男に対する恐怖だけが、身体を支配している。

 

「間違えたな。犯してくださいだ。そうすれば、水を貰える」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 

「犯してください」

 

「わかった」

 

 しかし、その声を耳にしているだけで、得たいの知れない恐怖が沙那を包んだ。

 

 股間になにかが突き刺さった。それとともに頭に水がかけられる。

 また、水がかけられる。

 股間が揺れる。

 沙那に突き刺さったものが揺れる。

 心地いい──。

 気持ちいいのは、頭に掛けられる水か……。

 それとも淫孔に突き刺さる文殊のものか──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 文殊が部屋に入ってきた。

 沙那は、文殊を睨みつけた。

 

「どうした、沙那?」

 

 文殊は愉悦に浸った顔だ。

 

「ご主人様に……、みんなに会わせて」

 

「また、あれを繰り返すのか、沙那?」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 身体中の水分という水分が、一気に蒸発するのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文殊が部屋に入ってきた。

 沙那は、文殊を睨みつけた。

 

「どうした、沙那?」

 

 文殊は愉悦に浸った顔だ。

 

「みんなに会わせて」

 

「また、あれを繰り返すのか、沙那? 忘れるな。俺を見たら、犯してくださいだ。記憶は繰り返さなくても、身体は覚える。お前は、そうやって支配される」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 身体中の水分という水分が、一気に蒸発するのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文殊が部屋に入ってきた。

 沙那は、文殊を睨みつけた。

 

「どうした、沙那?」

 

 文殊は愉悦に浸った顔だ。

 

「みんなに会わせて」

 

「また、あれを繰り返すのか、沙那? 忘れるな。俺を見たら、犯してくださいだ。記憶は繰り返さなくても、身体は覚える。お前は、そうやって支配される」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 身体中の水分という水分が、一気に蒸発するのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文殊が部屋に入ってきた。

 沙那は、文殊を睨みつけた。

 怖い――。

 最初にそれを感じた。理由はわからない。

 

「どうした、沙那?」

 

 文殊は愉悦に浸った顔だ。

 

「みんなに……」

 

 しかし、舌が恐怖で動かなくなる。

 

「俺を見たら、犯してくださいだ。記憶は繰り返さなくても、身体は覚える。お前は、そうやって支配される」

 

 気がつくと透明の部屋の中にいた。

 猛烈な熱気──。

 身体中の水分という水分が、一気に蒸発するのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 男がいた。

 怖い――。

 最初にそれを感じた。理由はわからない。

 

「犯してください」

 

 今度は間違えなかった。

 文殊が沙那を抱いた。

 思い切り肉棒が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 文殊が部屋に入ってきた。

 

「お願いです。犯してください──」

 

 沙那は言った。

 それ以外の言葉を発言することは許されていない。他の言葉を喋れば、死ぬまで身体中の水分を抜かれる部屋に放り込まれる。

 

 そして、生き返らせられる。

 

 『女淫輪』は、いつしか消滅していた。

 そのことで沙那は、ここにはもう宝玄仙はいないのだということを悟った。

 いなくなることで霊力を失い、消滅したのだと考えるしかない。

 だが、その日は、意外なことを文殊は言った。

 

「今日からは、お前を犯さない」

 

「な、なぜですか?」

 

 決められた言葉以外を喋ったのはいつ以来だろうか。

 

「お前のお腹に赤ん坊ができたからだ。俺と沙那の子だ。あの部屋に入れることができなくなった」

 

「そうですか」

 

 もちろん、受胎したことには、沙那自身がとうに気がついていた。

 ただ、教える気にならなかっただけだ。

 文殊は、沙那の身体がかわってきたことで気がついたのだろう。

 

「これからは、しばらく、自由にしていい。ただし、屋敷の中だけだ。まあ、どうせ、屋敷以外の場所には行けんのだが」

 

 後ろ手の鎖が外された。

 

 

 *

 

 

「まだ、婚姻を承諾する気にはなれか、沙那?」

 

「やめてください……」

 

 思わず、お腹を庇う。

 もう、目立つようになったお腹。

 欲しくて授かった子供ではないが死なせたくもない。

 だが、産ませてらえるのだろか?

 いや、自分は、この文殊の子どもを産みたいのだろうか?

 

 それよりも、宝玄仙に会えないだろうか。

 屋敷をうろうろしていて見つけた品物を渡せないだろうか。

 どうやったら会えるのか。

 一応、屋敷中を探しても宝玄仙はいない。

 宝玄仙だけではない。孫空女も朱姫もいない。

 しかし、文殊の口ぶりから、三人もこの屋敷に囚われたままでいることは間違いないのだ。

 

 それに、あれは、間違いなく宝玄仙の霊具だ。

 いつか、黒風怪(こうふうかい)の騒動のときに、宝玄仙が沙那に使った淫具の霊具だ。

 確か『溜め袋の護符』とか言っていたと思う。

 それが、なぜ、三百年以上も前から置かれている書籍の裏表紙に縫いつけられてあったのか……。

 知らない者から見れば、ただの布だ。

 だが、沙那は、それが宝玄仙の霊具のひとつであることがひと目でわかった。

 

 懐かしい──。

 その時、知らずに涙が出た。

 すぐに文殊から隠すことを考えた。

 しかし、常に素裸でいる沙那に隠す場所はひとつしかない。

 幸いにも文殊との性交は妊娠がわかって以来ない。

 それから、ずっと、沙那は、それを自分の身体の中に隠していた。

 

「婚姻を承諾しろ。そうすれば、宝玄仙に会わせてやる」

 

 沙那は、もう頷いていた。

 宝玄仙に会えるのだ──。

 

 

 *

 

 沙那は宝玄仙の顔に、自分の顔をうずめるふりをしながら、宝玄仙の耳元でささやいた。

 

「この館の呪いに関する文献を見つけたとき、これが意味ありげに置いてありました。黎家の四人には意味のあるものには思えなかったようですが、わたしには、これがご主人様の霊具であると確信しました」

 

 そう耳元でささやくと、それを自分の嬌声に紛れ込ませた。

 伝えるべきことはすべて伝えた。

 後は、ひたすらに溺れていいのだ。

 

「ご、ご主人様──、ああっ──」

 

 沙那は快楽の迸りに全身を奮るわせた。

 宝玄仙の腕の中で、いつまでもいつまでも沙那は震えていた。



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52  屈服する女たち

「おしっこさせてよ──」

 

 朱姫(しゅき)は喚いた。

 

「だから、結界から出てくればさせてやると言っているだろう。だいたい、結界の外に出ないと厠にいけないだろう?」

 

「ううっ……」

 

 朱姫は股間を押さえたまま呻いた。あまりにも小さな結界なので、朱姫は座ることもできない。宝玄仙くらいの道術師になれば、本人が寝ころべるくらいの結界をあっという間に刻むことも可能なのだが、朱姫の能力ではこれが精一杯だ。

 

「使徒たち──。こいつに襲い掛かれ」

 

 朱姫は結界から三枚の板を投げた。

 だが、出てくるはずの使徒たちが現れない。

 南海(なんかい)はにこりと笑った。

 

「お前はいつも同じことを繰り返すな。以前捕まえたときもそうだった。残念ながら、この屋敷は外の世界と隔離されている。外の世界と結びついている使徒をここに呼び寄せることはできない」

 

 朱姫は歯噛みした。もう、尿意は猛烈な痛みになって、朱姫に襲い掛かっている。

 

「いつまで続けるんだ。どうせ、お前の結界は、宝玄仙(ほうげんせん)のものとは違いお前が寝ればなくなってしまうんだろう? 頑張るだけ無駄だあ」

 

 南海が言った。

 朱姫はなんとか逃亡する方法を模索し続けている。

 ならば、『移動術』だ。移動先は、数日前に旅の途中に刻んだ『移動術』の結界がある。しかし、『移動術』の結界は消滅しやすく、朱姫もその結界が刻み直せるかどうかの自信はない。

 とにかくやってみるだけだ。そして、屋敷の外に逃げる。

 朱姫は、いまの結界に『移動術』の結界を重ねた。

 『移動術』を心に念じる。

 もう、どうにでもなれだ。

 

 跳躍した。

 しかし、なにか不自然だ。

 なにか硬いものがぶつかった。身体が異常に小さく畳まれている。

 朱姫は自分が小さな檻の中にいることに気がついた。

 しかも、ここは屋敷の玄関だ。

 そして、朱姫は玄関の天井から吊るされた小さな檻の中に閉じ込められている。なにが起こったのだろう。朱姫はこの屋敷の客間から先日旅の途中に刻んでおいた結界に飛んだはずだ。

 

 足音がした。

 南海だ。

 手足を折り曲げたまま小さな檻に入っている朱姫は、ちょうど文殊の顔の高さで天井から持ち上げられている。逃げようにも、檻が小さすぎて身動きすらできない。

 

「朱姫は、必ず同じように行動する。『移動術』を使っても、なぜか、この屋敷の玄関で止まって、出られないのだ。だから、あらかじめ檻を仕掛けておいた。何度も同じことをしているから、どこに檻を仕掛ければいいかわかっている」

 

「だ、出して」

 

 朱姫は喚いた。尿意はもうどうしようもないところまで来ている。

 

「そもそも、そのまま、『移動術』をしたらまずかったんじゃないのか。俺は、魔術のことは知らないけど、お前の『移動術』は、結界から結界に飛ぶのだろう? ここは、お前がいた場所から十年程度は過去の時間だ。そこには、お前の結界はないんだろう?」

 

 そんなことはどうでもいい。もう、出る。

 

「小便がしたいのか?」

 

「したい──。させて──。出して、出して──」

 

「俺に服従すると誓えば、出す」

 

「馬鹿を言うな──。早く出して──」

 

「じゃあ、そのまま垂れ流すのだな」

 南海が朱姫の檻を下から見上げられる位置に動かした。朱姫は縦になっている小さな細長い檻の中に身体を畳んでいる。両腿は上半身に密着しているのでお尻が直接に檻の下の部分についている状態だ。宝玄仙の命令で下着を着けていない。あの巫女は、よく気まぐれで下着を取り上げる。沙那も孫空女も下着なしで歩いていることは多いようだ。だから見上げられると、直接性器を見られてしまう。

 

「そんなところから見ないでよ。もう出る」

 

「服従すると誓え、朱姫」

 

「やだ──」

 

 朱姫は喚いた。

 

「ひやあっ」

 

 檻の下から南海の指が股間に触れたのだ。その刺激で、耐えていた膀胱が緩んだ。尿が檻の下に流れ落ちる。

 

「おお、出てる、出てる。よおく、見えるぞ、朱姫」

 

「見るな──、見るな」

 

 朱姫は喚いた。だが、尿を止めることもできないし、手で隠すこともできない。

 やっと尿が止まった。小便をするところを下から見られたという羞恥が朱姫を襲う。

 南海の指が檻の下から朱姫の股間に差し込まれる。

 逃げられない。

 下側の檻の格子は人の手が簡単に差し込めるくらい広くなっているようだ。懸命に手で防ごうとするが、その手を下に持っていくことができない。

 ついに、南海の指が朱姫の淫芽を探し当てた。それをくすぐられる。

 

「んんっ」

 

 朱姫は発しそうになる声を堪えた。じわりと痺れるような快感が拡がる。それと同時に生まれて初めて触れられる男の肌は気持ち悪い。同じことを宝玄仙や沙那や孫空女にやられているときは、ただ、気持ちがよかった。いまはどちらかといえば、嫌悪感が強い。でも、それとは別の疼きがじわじわと込みあがることも確かだ。

 

「人の男が嫌いか?」

 

「き、嫌い」

 

 いつまで続くのかと思うくらいの長く朱姫の股間をいたぶりの後、やっと朱姫は指責めから解放された。

 

「さて、出してやろう」

 

 ガラガラと天井から吊るされていた檻が降ろされた。

 檻の扉が開き、朱姫は急いでそこから這い出た。そして、逃げようとした。その腕をいとも簡単に南海が掴む。

 

「や、やだ、離せ──」

 

 その朱姫の身体を南海は、玄関の戸に叩きつけた。戸に当たって、崩れ落ちた朱姫は、起きあがり、戸を開けようと取っ手にしがみつく。だが、びくともしない。

 

「それは開かない。鍵がしてある。それに、どうせ屋敷の外には出れん」

 

 南海が壁の仕掛けを操作すると、檻が天井に吊りあがる。

 

「く、来るなっ──」

 

 朱姫は、戸を背に悲鳴をあげる。

 半妖といっても、所詮は女の力だ。力では抗いようがない。

 残る手段は……。

 『縛心術』を使うために南海の視線に自分の視線をぶつける──。その頬に衝撃が走った。頬を思い切り平手打ちされたのだ。玄関にあった飾り棚にしこたま頭を打ちつけた。脳天まで揺れるような打擲に朱姫はしばらく動くこともできないでいた。口の中に血の味がした。

 髪が掴まれて引き上げられる。

 

「い、いや……」

 

 朱姫の短めの髪を持った手が離された。崩れ落ちる朱姫の頬に今度は拳が飛んできた。

 

「いま、術を使おうとしたな、朱姫」

 

 朱姫は慌てて首を振った。血とともに折れた歯を吐いた。

 怖い。

 殺される。

 

「術を使ってみろ、朱姫……」

 

 身体が震えた。恐ろしい。

 恐ろしくて南海を見た。ほんの少し視線がぶつかった。

 戸に頭が叩きつけられた。

 

「本当に術を使おうとするとはな」

 

 頭の後ろにぬるりとした感じがした。

 少し頭が割れたのかもしれない。

 

「ち、違うの」

 

「口答えをするなあ」

 

 また、平手打ち──。

 死んでしまう。

 そう思った。

 服の胸倉を南海が両手で掴んだ。

 そして、強引に左右に引き破った。

 

「い、いやっ」

 

 その手を振り払おうともがいた。

 するとまた殴られた。

 倒れたお腹を蹴られる。

 二度、三度──。

 意識が遠くなる……。

 また、南海が朱姫の服を脱がせようとする。上半身が剝き出しになり、残り布が腰に貼りついている。南海がそれに手をかけた。

 朱姫は這って逃げた。

 その身体を南海が蹴り転がした。

 

「うげええええっ」

 

 朱姫は嘔吐物をその場に吐いた。

 その嘔吐物の上に向かって顔を蹴られた。顔の眼の前にたったいま吐いた嘔吐物がある。

 

「お前が汚した床だ……。拭け。さっきの小便もだ。血も拭いておけ」

 

 南海が言った。

 

「は、はい……」

 

 怖ろしくて朱姫は慌てて掃除をするものを探そうとした。しかし、それらしいものは見当たらない。

 その朱姫の髪をまた、南海が掴んで強引に引きあげた。

 腰に貼りついていた服を取り払われ、それが嘔吐物に投げられた。

 

「そこら辺に散らばっている布を拾え。お前のまき散らした汚れだ。お前の服で床を拭け」

 

 全裸にされた朱姫は引き裂かれた布を集めて嘔吐物を掃除し、さらに床の尿を拭き取った。

 頭からひと筋ふた筋と血が流れ落ちる。

 慌てて、それも拭き取る……。

 涙が出てくる。

 なんでこんな目に合わなければならないのか。

 ある程度綺麗になったところで後ろから髪を掴まれた。そのまま、後ろに引きずられる。

 

「ひぎゃあ──。ゆ、許して──」

 

 廊下の床に投げ捨てられた。

 這って逃げようとした朱姫の後頭部が踏みつけられる。

 

「お前は放っておけば、すぐに『縛心術』を使おうとする。始末が悪い」

 

 目隠しをされる。その目隠しの上からさらに紐のようなものが巻きつけられた。そして、両手を背中でくくられる。

 足で蹴られて仰向けにされた。

 朱姫の両足が掴まれて強引に開かれる。

 

「い、いや──」

 

 朱姫は両足をばたつかせてそれを拒んだ。

 犯される。

 その恐怖が身体を襲う。

 顔にもの凄い衝撃が走った。殴られたのだ。

 

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 

 永遠と続くかと思った顔への打擲──。

 奥歯の一本が口の中で折れた。

 朱姫の意識が飛ぶ。

 

「うがあああ」

 

 股間を蹴りあげられた。

 朱姫は後ろ手の身体でのたうち回った。

 

「勝手に気を失うな」

 

 朱姫の脚が開かれる。

 抵抗すれば殴られる。

 また、胃と口の中のものを吐いた。

 突然、股間にもの凄い痛みが走った。

 身体が二つに裂かれるような衝撃だった。なんの愛撫もなしに自分の膣の中に南海のものが貫かれたのだと知った。

 

「ひぎいいっ──。い、痛い──痛い──」

 

「半妖といっても、この中は人間と同じだな」

 

「ひぎゃあああっ――。うご、う、ご、か、さ、な、い、で──」

 

 あまりの痛みに気を失いそうになる。

 だが、そう叫ぶ朱姫に南海は容赦なく腰を打ちつけていく。快感など皆無だ。破瓜の痛みしかない。朱姫は悲鳴をあげ続けた。

 身体がばらばらになるかと思うような激痛がしばらく続いた後、不意に朱姫は床に投げ捨てられた。

 

「俺の妻にしてやろう。承知しろ、朱姫」

 

 それだけは承知してやらない。

 たとえほかのことを許しても……。

 その瞬間に朱姫はそう決めた。

 目隠しをされた顔を横に振った。

 その顔に、また平手が飛んできた。

 

「いいだろう。今日から毎日、同じ質問をしてやる。承諾するも拒絶するもお前の自由だ。しかし……」

 

 南海は朱姫の身体をうつ伏せにした。

 そして、後手になった朱姫の指の一本を掴んだ。その指を関節の逆方向に曲げた。

 

「うがあああぁぁぁ」

 

 指の骨が折られたのがわかった。

 

「拒否するたびに、指の骨を折る」

 

 南海が折れたばかりの朱姫の指をぐりぐりと動かした。

 絶叫した。そして、あまりの痛みに意識が遠のいていった。

 

 

 *

 

 

「あがっ、があっ、んがああ」

 

 孫空女(そんくうじょ)は、悲鳴をあげた。

 肉芽の根元に喰い込んみ天井の金具に繋がっている堅糸が股間に食い込んだのだ。

 だが、上に乗っている普賢(ふげん)が容赦なく、股間に怒張を埋めて律動しているので、身体を揺らされるたびに激痛が走るのだ。

 

「や、やめろ、がっ、んぎいいっ」

 

 ぴんと伸びた糸は一直線で孫空女の女芯に結びついている。

 本当は動くこともきできないのだ。

 だが、性交のときにはこうすると、孫空女が大人しくなるという理由で、こいつはわざわざ股間を天井から吊り下げるのだ。

 ぶっ飛ばしてやろうと思うが、寝台の四隅に四肢が引っ張られるように革紐が繋げられている。

 もっとも、拘束などなくても、いまの孫空女には抵抗の手段はない。

 肩から先の腕と、腰から下の脚の骨の間接を全て外されているのだ。

 医術の心得もあるらしく、こいつに監禁されるようになっておそらく半年くらいになると思うが、かなり早い段階で「処置」された。

 痛みはない。

 だが、力も入らない。

 

「く、くそがっ、ああっ、う、動かすな、糞ったれ──」

 

 孫空女は力の限り喚いた。

 だが、普賢は知らぬ顔だ。これもいつものことだ。

 

「すぐ、終わる。暴れ、ないなら、外して、やっても、いいが、こうして、吊して、おけば、大人しく、なって、楽だ」

 

 普賢が孫空女に怒張を埋めたまま、それを律動させながら言った。

 身体が揺すられるたびに激痛が襲う。

 孫空女に快感はない。

 この男も孫空女を感じさせようとしているわけじゃない。

 だから、事前の愛撫もない。

 潤滑油のようなものを使って挿入し、勃起した男根を動かすだけだ。

 ただ、関節を外されたところで、孫空女は犯されようとするたびに死ぬほどに暴れてやった。

 だが、こうやって肉芽を糸吊りにすると孫空女が動かなくなるので、こうやって犯すのが定番となっているのだ。

 

 つまりは、この男が孫空女を犯している理由──。

 それは性処理だ。

 いつの頃からか、この普賢は孫空女を堕とすための行動をしなくなった。

 一日に一回ほどの時間、こうやって自慰のような性交の道具として孫空女を使うだけである。

 それと鞭打ちだ。

 鞭打ちは毎日やる。

 これも、こいつの自慰と同じで、女を鞭打つと興奮するらしい。今回も打たれたが、犯される前の儀式のようなものだ。

 

「は、早く、終われよ、んぐうっ」

 

 孫空女は糸で肉芽を引っ張られる苦痛に歯ぎしりしながら言った。

 同じことをされても、相手が宝玄仙なら、気持ちよくなることもあったが、この普賢については、まったくそう言うこともないから不思議だ。

 

「出すぞ」

 

 いつものように、行為の終わりは唐突にやって来た。

 普賢が孫空女の中で射精するのを感じた。

 ぶるりと身体が震えたかと思うと、二度、三度と腰を震わせ、孫空女の中から男根を抜いて離れた。

 寝台からおりた普賢の股間を見ると、射精したばかりの男根が粘性物の糸を引いていた。

 

「く、くそが……」

 

 孫空女は吐き捨てた。

 衣類を整えながら、普賢に吐き捨てた。

 すると、普賢が孫空女に顔を向ける。

 

「両手の関節が繋がっている時間に戻してやろう。身体を洗って、食事も済ませておけ。逃げようとしても不可能だから無駄なことをするな。時間は四刻だ。四刻すれば、また、関節が外れている時間に戻される。糞尿も終らせておけよ」

 

 普賢が事も無げに言った。

 この普賢たちが、この屋敷内に限り、時間を自由に移動できる能力を保持していることはもうわかった。

 なぜか、そういうことができるらしいのだ。

 そうやって、こいつは孫空女の身体の関節を外している時間軸と、まだ繋がっている時間軸を移動させることにより、孫空女を自由に操っている。

 

 また、その目的も知っている。

 孫空女たち四人がこの屋敷の住人の四人が婚姻の誓いをすることを承知させるためだ。よくわからないが、そうすれば、普賢たちは、この屋敷に囚われている呪いが解けるらしい。

 調べたわけじゃない。

 なんのために、こんなことをするのかと普賢に訊ねたら、隠すことなく教えてくれた。

 よくわからないが、普賢の物言いによれば、これまでに繰り返した時間の中で孫空女については、「呪い」について隠す場合と、隠さない場合では、比較的、隠さない方が堕ちる確率が高いらしい。

 冗談じゃないと思った。

 正直に教えられようと、普賢たちの同情して、婚姻とやらに同意してやるものかと思う。

 こんなことをされれば、尚更だ。

 

「くっ、い、いつまで、こ、こんなことすんだよ。の、呪いとやらのために、あ、あたしを口説かないのかよ」

 

「口説いて欲しいのか?」

 

 普賢が天井に繋がっている糸を外しながら、目を丸くした。

 

「そんなわけないだろう──。こんなこと、いつまでやっても無駄だと言ってんだよ──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 普賢がほんの少しだけ、口元を緩ませた。

 

「な、なんだよ?」

 

 その表情が気に入らなくて、孫空女は大きな声をあげた。

 

「毎回思うのだが、面白い女だと思ってな。だから、いつも、処置をする前の時間を愉しんでしまうのだろうな。処置が終わったお前は、まったく別人の女だからなあ……。なあいい。今回もそろそろ、その措置をするか。お前の身体も飽きてきたしな。湯浴みのための四刻が終われば、人形化の施術をする」

 

「人形化?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 すると、普賢が孫空女の頭のこめかみ部分に指をさした。

 

「眼のこの部分に人間の脳に至る隙間を開ける。ここに長い金属の棒を差し入れて、能の一部を欠損させる。そうすると、怒りや悲しみなどの感情を発生することができなくなる。従順以外の感覚を失うのだ。多少、喋り方が稚拙になったり、思考に不自由を覚える副作用はあるが、婚姻の承諾には問題ない」

 

「はあ?」

 

 突如として言い渡された訳のわからない言葉に、孫空女は驚いた。

 頭に棒を刺して、脳みそを……けっそん?

 なに言ってんだ、こいつ?

 

「心配いらん。百回ほどは失敗して死なせたが、最近の施術では、ほぼ成功している。失敗すれば、やり直せばいいことだ。時間はいくらでもある」

 

「そ、そんなこと心配するもんか──。ふ、ふざけんな」

 

「お前の意見はどうでもいい。時間の無駄だ」

 

 次の瞬間、孫空女の前から普賢は消滅し、手足の関節も元に戻っていた。

 

 

 *

 

 

 おそらく密室なのだと思う。

 見えないのでわからないが、まるで空気の流れを感じないのだ。

 ここに閉じ込められてどのくらいの時間が経ったのか。

 朱姫はもう随分と光を見ていない。眼にはなにか金属のようなもので覆われていた。鍵がしてあるらしく、なにをどうやってもその目に装着されている覆いを外すことができない。

 手足は自由だったから手探りで壁を触ってまわったが、その部屋にはどこにも出入口らしきものを感じなかった。

 

 食事は一日に一回のようだ。

 そう言われた。

 南海が運んでくるのだが、それが決まった時間なのか、そうでないのかがわからない。もしかしたら時間を決めていないのかもしれない。

 この屋敷に時間というものが関係すればだが。

 屋敷のことを黎家の四人の男が、“時の館”と呼んでいて、館から逃れられない代わりに、館の中であれば自由に時間を移動できるというのは理解した。

 

 いま、朱姫は、部屋の真ん中でひたすらに自慰をしていた。

 したくてしているわけではない。いつ来るかわからない南海は、ここにやってくると必ず、朱姫の膣孔に自分の男根をねじ込んだ。朱姫が濡れていようが濡れていまいが関係ない。容赦なく挿入するのだ。だから、少しでも痛みをやわらげるために、朱姫はいつでも自分の股間を濡らしておかなければならないのだ。

 朱姫は啜り泣きとともに、自分の股間を濡らすためのだけの行為を続けていた。

 左手は完全に使いものにならなくなっていた。五本の指の骨は、それぞれ二回ずつ叩き折られた。

 

 朱姫が南海との結婚に同意したのは、明日からは右手だと言われた次の日だった。

 それからも、南海はこの地下室らしき部屋に朱姫を閉じ込めていた。そして、一日に一度、食事を持ってくるときに朱姫を抱く。

 いや、朱姫の股間に自分のたぎったものを挿入しにくるのだ。

 それは性交というものではなかった。ただ、突き挿して滅茶苦茶に動かして、そして、自分が果てたら抜く。

 それだけの行為だ。

 

「朱姫」

 

「ひいっ」

 

 声がかけられて朱姫はすくみあがった。この男の恐怖は心に染み込まされている。声を聞くだけで全身に恐怖が走る。

 しかも、まったく、気配もなく出現するのだ。どこかの出入口から入ってくる様子もない。

 朱姫は股間を愛撫していた手を離して、声のする方向に身体を向けた。そして、仰向けになり脚を開く。そうしなければ死ぬほど殴られるのだ。

 

「今日はいい。それよりも来い」

 

 腕をとられた。どこかに歩いていくようだ。朱姫がひとりでいるときにあった壁もない。いったいどういう仕掛けになっているのか。

 どこかに立たされた。

 余計な口を効かないことも、もう覚えてしまった。喋ろと命じられない限り、朱姫は喋らない。余計なことを言って殴られたくはない。

 なにか温かい。

 頭の後ろで鍵が外される音がした。眼の部分を覆っていた金属が外されようとしているのだ。

 

「眼を開けろ」

 

 金属が外され、南海の両手が朱姫の顔を掴んだ。

 そして、強引に朱姫の眼を開いた。

 

「あがああ──がががああ──」

 

 そこにあったのは、窓から見える太陽の光だった。

 おそらく目隠しをされていたのは、十数日にもなるだろう。

 そこにいきなりの太陽の強い光──。

 朱姫は自分の目の中でなにかが焼けるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「くふっ──。はうっ──。んんっ──」

 

 宝玄仙(ほうげんせん)は、自らが刻んでいる強力な結界の中で自分の股間をひたすらに愛撫していた。

 込みあがる快感。

 もう少し……。

 宝玄仙は、自分の股間に突き刺さる指をさらに激しくした。

 それとともに乳房を掴む力を強くした。

 いく──。

 

「そこまでだ、宝」

 

 結界の外からいまいましい黎山(れいざん)の声がした。

 だが、今日の宝玄仙は、それに付き合う気はなかった。この半月余り、遊んでやっていただけだ。

 命令をされたら自慰をする。ただし、やめろと言われたらやめなければならない。

 その命令が守られなければ、結界の中にいる宝玄仙に食事と水は与えない。

 本当にそんな命令が宝玄仙に通用すると思っていたのだろうか。

 

「そこまでだと言っているだろう──」

 

 苛々した黎山の怒鳴り声がした。この半月ばかりずっと言うことをきいてやっていたから、自分の「調教」がうまくいっていたと思っていたのだろうか。

 いい気味だ──。

 成功していると思っていた気持ちを打ち砕く──。

 その悔しげな顔が心地よい。

 

「三日間、食事をやらんぞ」

 

 馬鹿が結界の外で騒いでいる。

 

「ああっ、いくよっ」

 

 宝玄仙はその声を肴に最後まで達してみせた。

 軽い高揚感とともに、宝玄仙は達したばかりの股間を大きく開いて、黎山に見せつけた。黎山の顔が真っ赤になり怒りに打ち震えている。

 しかし、結界を強めてあり、いまは声以外のものが出入りはできない。

 

「どう、ここに、あんたのものをぶち入れたくはないかい? 結界を緩めてやろうか?」

 

 宝玄仙は自分の股間から淫液を手ですくい顔の前で指を拡げた。指と指の間に宝玄仙の愛液がねちゃりと拡がる。

 

「み、水もやらん」

 

「兵糧攻めということだね。受けて立ってやるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 最初の頃のような「よそいき用」の巫女言葉はもう使っていない。あれは面倒だ。

 

「いままでは、遊んでいやっていたのさ。わたしくらいの道術師になれば、結界の中で水も作れるし、魔術により身体に必要な栄養も注入できるんだよ」

 

「な、なにいっ?」

 

 黎山は驚いている。

 

「あなたのお得意の“前の失敗”のときのわたしは、それを教えなかったのかい? だいたい、半月もわたしは、この結界にいながら、一度も糞尿をしていないんだよ。おかしいとは思わなかったのかい?」

 

 この男によれば、この屋敷では、ずっと同じことが繰り返されているという。

 この屋敷が建てられて三百年目に、宝玄仙一行が立ち寄る。黎山たちはそれを捕えて、それぞれの妻にしようとする。それで、呪いを解こうとする。しかし、もう少しのところで失敗して逃げられてしまう。

 その度に黎山たちは館の時間を逆転させて宝玄仙が訪れる前に戻り、やり直しを図っている。

 “時の館”の住人である黎山たちにはそれができる。それこそ何度でも。

 だから、この男たちは宝玄仙たちのことをよく知っていたのだ。過去の──“発生しなかった未来”というべきか──宝玄仙たちから知った知識のようだ。

 この男たちは時間を支配できる。

 だが、支配できるのは時間だけだ。支配されてやるつもりはない。

 

「結界を解け──、宝玄仙」

 

 黎山が拳を椅子の手摺に叩きつけた。

 

「お断わりだよ」

 

 宝玄仙は股を開いたまま、指で股間に触れた。陰毛を掻き分け二本の指で肉芽を挟む。被っている皮を上げ下げしながらすでに溢れていく淫液にまぶす。だんだんと痺れるような快感が全身に拡がる……。

 

「やめろと言っているだろうが、宝」

 

「い、や、だ、ね」

 

 見られている……。

 見せつけている……。

 眼の前の男に対する嫌悪感でさえも、それが快感に変化する……。

 もっと、淫靡に──。

 もっと情熱的に──。

 魅せつける……。

 宝玄仙は意識をして淫らに悶えた。

 顔を振る。

 胸を揉む。

 腰をくねらせる。

 

「んあああっ──。うはぁぁああ」

 

 激しい嬌声をあげてみせた。

 吐息でさえも魅惑的に感じさせるように。

 心の底から本気で自分を責める

 

「また、いくよ、いくうっ」

 

 ひと際大きな声を出しながら、宝玄仙は身体を弓なりにして絶頂に身を投げた。

 

「わしに服従する気はなくなったということか、宝……?」

 

 宝玄仙の嬌態の様子をじっと見ていた黎山が静かに言った。

 

「最初からそんなものは皆無だよ。その気になれば、この結界の中で、十年は過ごせるよ」

 

「お前の供を殺すぞ」

 

「殺したら、呪いは解けないだろう」

 

「それでも殺す」

 

「殺しても時間を戻せるんだろう。だったら、連中は大丈夫だよ」

 

 宝玄仙は鼻を鳴らした。

 

「わかった……。ならば殺さずとも、殺せるということを教えてやろう」

 

 黎山が言って立ちあがり部屋の外に出て言った。

 しばくしてから部屋の扉が開いた。

 そこにいたのは、黎山と三子の普賢に挟まれた孫空女だ。

 丈の短い貫頭衣を着ていて、両手は前手錠で拘束されている。だが、あの最初の日以来、初めて見る孫空女は眼が虚ろで様子がおかしい。

 

「孫空女?」

 

 宝玄仙は声をかけた。しかし、なぜか反応が小さい。視線をこちらに向けて、小首を傾げて可愛らしく微笑んだ。

 孫空女のあんな仕草は宝玄仙は見たことがない。宝玄仙は呆気にとられた。

 

「あの人は……?」

 

 孫空女が言った。随分と口調がゆっくりだ。

 なにかおかしい。

 

「宝玄仙という巫女だ……。黎山王の妻になる方だ……」

 

 普賢が言った。

 

「そうですか。よろしくお願いします。普賢様の妻の孫女です」

 

 孫空女が微笑んだ。

 

「お前、わたしを覚えていないのかい、孫空女?」

 

「孫空女? あたしのことですか?」

 

 孫空女は答えた。顔には微笑みが浮かんだままだ。

 

「……お前、少し、こっちに来て身体を見せてごらん」

 

 宝玄仙は言った。すると、孫空女は視線を普賢に向けた。

 

「行くのは駄目だ。だが、身体は見せてやる。孫女、服を脱げ」

 

 普賢が言った。

 孫空女は服をたくしあげると、すっぽりと頭から脱いだ。

 孫空女の裸身が現れた。そこには、惨たらしいほどの傷があった。

 

「こ、これは……。お前がやったのかい、普賢……?」

 

 宝玄仙は結界の内側からそれを見て言った。

 

「趣味だ」

 

 普賢は無表情で言った。

 

「孫空女が鞭で言いなりになるわけないだろう」

 

「わかっている……。だから、鞭打ちは趣味だ。屈服させるためではない。面倒は嫌いなのだ。だから手術をした」

 

「手術?」

 

「人間を服従させる手術だ」

 

 普賢は孫空女に横を向かせると、彼女の髪を上げた。孫空女のこめかみになにかを突き刺したような小さな傷がある。

 

「そのこめかみの傷はなんだい、普賢?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「これがその手術の痕だ」

 

「だから、なんの手術だよ?」

 

 宝玄仙は苛ついて叫んだ。

 

「我ら一族に昔から伝えられていた術式だ。こめかみから細い金属棒を突き刺して頭の中をめちゃくちゃに抉る。すると、なぜか、どんなに反抗的な人間でも順応な人間に変化する。よく、罪人や政敵に施していた術だ。ただ、やり過ぎるとこんな風に記憶を失い、知的能力を著しく低下させてしまう」

 

 黎山が応じた。

 

「つ、つまりは、人間を作り変えたということかい……。孫空女を生かしたまま、孫空女を消したと言いたいのかい?」

 

「その女は孫女だ、宝玄仙……。そう呼んで欲しいと言ったぞ」

 

 普賢が言った。

 

「そうなのかい、孫女?」

 

「はい、そう言いました」

 

 孫空女がにっこりと笑った。その微笑みには一切の余分な感情の混じり気のない純粋な微笑みだ。

 

「わたしのことを覚えていないんだね、孫空女……?」

 

「黎山王様の妻の方です……。先程教えてもらいました」

 

「せめてわたしに傷の治療をさせてくれないかい、普賢?」

 

「断る。お前の力があれば、頭の術の効果も失わせて元に戻すこともできるだろう。それで、以前は酷い目に合った」

 

 宝玄仙は考えていたことを見透かされて、内心で舌打ちをした。

 おそらく、こめかみから突き刺した金属針で意図的に頭の中を壊したのだ。だが、肌の傷と同じで宝玄仙の力があれば、元に戻すこともできるかもしれない。

 

「お前の知っている孫空女は、もういないということを教えたかっただけだ。殺さなくても殺せるのだ」

 

 黎山は言った。

 普賢と孫空女が部屋の外に去った。

 

 

 *

 

 

 十数日以上も目隠しをされてから、強い太陽の光を見させられる。

 数度も同じことをされると、朱姫の視力は完全に失われた。最初はぼんやりと見えていた光ももうなにも感じない。

 なぜ、南海がそんなことをしたかは理解できる。

 朱姫は『縛心術』を相手の眼を見ることで行う。朱姫の視力が失われては、『縛心術』は、完全に使えない。

 

 『使徒』もいない。

 『移動術』は意味がない。

 『結界術』はもう使う気もない。

 

 朱姫の『結界術』は、宝玄仙のものと比べてあまりにも弱いため、自分を閉じ込めるだけの意味のないものだ。

 そして、『縛心術』も永遠に失われた。

 残る術は『獣人』の術くらいのものだが、この黎家の一族には通じないだろう。

 あれは一度使えば、二度目を使うには五日はかかる。そうすれば間違いなく、朱姫の腕は切断されるだろう。一矢報いることはできるが意味はない。

 そんなとき南海が現れた。

 この数日出現せずに、食事だけがいつの間にか置かれる日が続いていたから、油断していた。

 朱姫は慌てて、股間を擦ろうとした。少しでも濡らしておかなければ……。

 そんな朱姫をあざ笑う南海の声がした。

 

「今日はなにもせん。お前は、宝玄仙のところに行くのだ」

 

 宝玄仙──。

 その懐かしい言葉に朱姫の心は震えた。

 おそらく半年くらいぶりだろうが、ずっと昔のような気がする。

 

「それだけではない。孫空女も沙那もいる。懐かしいだろう?」

 

 南海は言った。



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53  遡る時間

 宝玄仙(ほうげんせん)黎山(れいざん)に取引を申し出したのは、結界への籠城を開始して一箇月経ったときだった。

 もちろん、それは宝玄仙の時間であり、沙那(さな)孫空女(そんくうじょ)朱姫(しゅき)には、別の時間が流れているのだろう。

 しかし、そろそろ決着をつける時期だと感じてもいた。

 

「朱姫を連れてくれば、結界の外に出るというのだな、宝?」

 

 黎山が言った。

 

「そうだよ。それと沙那と孫空女もね。三人と話すよ。三人が同意すれば、このわたしも結婚に応じる。お前のいう“婚姻の誓い”とやらをやってやるよ」

 

 婚姻の誓いという特殊な儀式がこの館の呪縛を解く鍵となっているらしい。

 彼らは、それを宝玄仙の道術による誓約で行うことを望んでいる。

 つまりは、「真言の誓約」だ。

 

 いかに宝玄仙と言えども、一度行えば道術の誓約には逆らえない。本来、真言の誓約術は道術師同士の間で行うものだが、それを宝玄仙と“屋敷”とで行うことにより、彼らの呪縛は解けるらしい。

 それにより、黎家の四人は、屋敷に囚われる呪いから解放される。

 ただし、婚姻の誓いを結んだ宝玄仙たちは解放されない。婚姻の誓いは宝玄仙たちの心を彼らに拘束するからだ。解放された黎家の四人が宝玄仙たちをどう扱うかはわからない。

 

 いずれにしても、四人はそれぞれの夫に縛られることになる。

 だから、黎山はどうしても宝玄仙を屈服させなければならない。ほかの三人は、無理矢理でも構わないが、宝玄伝だけは、正気を保ったまま婚姻に本気で同意してもらわなければならない。

 本当の“誓約術”を結べるのは宝玄仙だけだからだ。

 

「……会わせてもいい。ただし結界の外でだ。結界の外で四人揃うのであれば同意しよう」

 

 しばらくしてから黎山が言った。

 

「危険ではないか、王よ」

 

 口を挟んだのは普賢(ふげん)だ。いま、ここには、南海(なんかい)文殊(もんじゅ)、普賢の三人の息子も揃っている。

 

「だが、話すだけではなにもできまい。いずれにしても、いつかは四人を会わせることは必要だ」

 

 黎山は言った。

 

「四人を会わせた途端に、また結界を張り直されたらどうする?」

 

「いや、文殊よ。結界術というものは、術師本人だけを護るだけなら時間はかからぬが、他人を含めるとなると相当の手間がかかるものらしい。それに、宝玄仙だけなら、結界の中に閉じこもって、数年でもいられるだろうが、ほかの者はそうはいかない」

 

 南海が言った。南海は宝玄仙と同じように『結界術』を使える朱姫を相手にしていたらしい。

 術のことは、いくらか朱姫にも説明させたのだろう。

 

「そういうことだよ、黎山……。それに結界を作ったところで、もう、意味はないだろう……。それはもうわかったよ……。わたしは、ただ供の三人の顔を見たいだけだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかった……。応じよう、宝」

 

 黎山はうなずいた。

 三人の息子たちは、それぞれの女を連れてくるために部屋の外に出た。宝玄仙は、黎山とふたりだけになると、結界を解いて全裸姿で黎山に歩み寄った。

 

「籠城も随分と長くかかったな、宝……」

 

「もう、わたしの望みは三人に会うことだけだよ。少しだけ話をさせてくれれば、この身体を抱かせてやる」

 

 宝玄仙は、黎山のそばまで進むと首に手を回して口づけをした。

 口のなかに舌を差し入れ、思う存分に蹂躙する。

 黎山の股間が固くなるのがわかった。

 

「あ、相変わらず、口づけが上手い」

 

 黎山を解放すると、すっかりと欲情した感じで、黎山が言った。すでに息が荒い。

 

「上手いのは口づけだけじゃないよ。極楽を味わわせてやろう。過去のわたしはお前を抱いたかい?」

 

「お前と身体を合わせたのは数回ある。だが、同じ過程を繰り返しても、なぜか繰り返さない。お前はいつも、不確定な行動をする」

 

「そうかい。まあ、実際のところ、あの三人がいれば、ここで永遠に暮らすのも悪くない。今回こそ、屈服してやるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 すると、部屋の扉が開いた。

 最初に入ってきたのは孫空女だ。普賢もいる。

 宝玄仙は黎山から距離をとり、部屋の隅に孫空女を手招きした。

 孫空女は、普賢の顔をちらりと見て、頷くのを確認して、こっちにやってきた。宝玄仙は孫空女の手首を握った。

 そして、立ったまま抱き寄せる。

 裸と裸の身体をくっつける。

 宝玄仙の乳首で孫空女の乳首を擦る。

 孫空女は抵抗しない。

 股間に手を伸ばしまさぐる。

 感じやすい孫空女の身体は以前のままだ。

 たちまちに、孫空女の股間は彼女の愛液でぐっしょりと濡れる。

 

「はああっ……」

 

 孫空女が声をあげ始めた。孫空女に嬌声をあげ続けさせたまま、霊力を送り込む。

 孫空女の表情が戻っていく。

 『治療術』で破壊された脳を復活させているのだ。

 目つきの戻った孫空女を握る手に力を入れる。

 

「そのまま声をあげ続けるんだ……」

 

 耳元でささやいた。

 孫空女は悟ったのか、さらに大きな声をあげる。

 

「ああっ……。いいいっ──」

 

「これをわたしの手首に嵌めて、その手首をお前の手で隠すんだ──」

 

 黎山が同じ部屋にいる。

 小細工をしようとしているの悟られたら終わりだ。

 手を握る振りをして、ずっと宝玄仙が隠し持っていたものを孫空女の手に握らせる。

 以前、この屋敷に入る直前に朱姫の首にしていたものを外したものだ。

 偶然に服の内隠しに入れていたので、黎山の前で服を脱ぐときに密かに隠し持った。

 それが孫空女の手に渡る。

 孫空女は身体で隠しながら宝玄仙の手首にそれを巻きつけた。

 その上に孫空女の手が重ねられる。

 

 沙那と文殊が入ってきた。沙那のお腹はこの前と同じくらいのようだ。前回、再開したときの時間軸と同時期の沙那なのだろう。

 

「孫女、ご主人様――」

 

 沙那は宝玄仙と孫空女が立ったまま愛し合うのを見て、眼を見開いていたが、すぐに駆け寄ってきた。

 

「沙那?」

 

 孫空女が沙那の腹を見て、眼を見開いたが、とりあえず、口をつぐんだ。

 三人で跪く──。

 

 宝玄仙は、孫空女の股間に手を伸ばしたまま、沙那の股間にも手を伸ばす。

 孫空女の両手は、宝玄仙の手首に巻かれた霊具を上から覆ったままだ。

 沙那の口を吸う。

 その唾液を孫空女の口の中に注ぐ。

 そして、孫空女の唾液を今度は沙那の口の中に──。

 ふたりの身体が赤く火照りだす。

 相変わらず、宝玄仙の与える刺激に弱いふたりだ。宝玄仙が育てて調教してやった淫らな身体だ。

 本当に嬉しくなる。

 

 やがて、朱姫が南海と入ってきた。

 宝玄仙は朱姫の様子が不自然であることに気がついた。

 

「こっちだよ、朱姫。おいで──」

 

 声をかける。

 おそらく視力を潰されている。

 朱姫は、眼で『縛心術』を使う。

 それを怖がったのだろう。

 

 孫空女と沙那が真ん中に朱姫を招き入れた。

 四人の男たちは、じっとこちらの様子を見ている。

 ただ、四人で愛し合っているだけに見えるだろう。少なくとも宝玄仙を除く三人については、すっかり「調教」したと油断しているのかもしれない。

 だが、この三人はまったく「調教」されていない。

 たったいま、孫空女と沙那と口づけしただけで、それはわかった。ふたりはまだ、宝玄仙のものだ。宝玄仙の支配からちっとも解放されてない。

 身体は宝玄仙の与える快感にこそ、屈服している。

 

 あの男たちには、どんなに時間をかけても女を本当に屈服させることはできないだろう。

 沙那と孫空女が交互に朱姫の唇を吸い合う。

 そして、宝玄仙も──。

 四人の唾液を混ざり合わせ、それをみんなで(すす)り合う。

 

「……『獣人』を使えるね、朱姫?」

 

 女の嬌声が混じり合う中で、宝玄仙は朱姫にささやいた。

 

「……道術は長く使わなかったから、霊気は十分に使えるだけのものは溜まっています。でも、ただの一回です。意味はありません……。あいつらを殺しても生き返るでしょうし……」

 

 朱姫も低い声で宝玄仙の耳元で言う。

 

「……意味はなくはないよ。一回で十分だ……」

 

 宝玄仙は朱姫の拳を自分の乳房の横に招き置いた。宝玄仙の心臓のある場所だ。

 

「……ここだよ。ここで解放するんだ……」

 

「……でも……」

 

「……わたしは死なないよ。みんなで帰るだけだよ……」

 

「……帰る?……」

 

「……あの場所……。最初のあの時間に……」

 

 宝玄仙と朱姫の会話を沙那と孫空女の嬌声が隠してくれている。

 なにかを相談しているのを黎家の四人には、まだ悟られてはいないはずだ。

 

「……わたしを信用しな」

 

 すると朱姫が微かに頷いた。

 次の瞬間、なにかが宝玄仙の心臓を貫いた。

 朱姫のもうひとつの術である『獣人』が発生している。

 彼女の右手から長い爪の刀が出現して宝玄仙の心臓を貫いている。

 これで死のうが、生きようが黎山の思い通りにはならない……。

 ざまあみろ……。

 宝玄仙は消えていく意識の中で思った。

 

 

 *

 

 

「あんな術が使えたのか。知らなかったな」

 

 南海の声は意外に冷静だ。朱姫の担当は南海だ。

 

「朱姫の腕は切断しておいた方がいいだろうな、南海……。それと、宝玄仙は孫空女の頭を治してしまったようだぞ、普賢……」

 

 文殊が言った。

 

「どうってことはない……。また、宝玄仙のいない時間に飛ばせばいいだけだ。手術もやり直せば済む」

 

 黎山は息子たちの会話を聞きながら、四人──正確には三人とひとりの屍体の女を見ていた。

 

 殺したのは朱姫だ。

 死んだのは宝玄仙。

 

 朱姫が道術で自分の爪を刀のように伸ばして、宝玄仙の心臓を貫いたのだ。

 少女のようにしか見えなかった朱姫の姿は、いまや獣に近くなっている。

 また、顔の横の耳は大きく上に伸びて、唸り声をあげる口の中には、明らかに肉食動物の牙がある。そして、全裸の身体の四本の手足は、先の部分だけが毛むくじゃらとなり、両方の爪の三本だけが大きく刀のように伸びているのだ。

 尻の部分には、房毛のついた狼の尾まである。

 人間の身体の倍程もあるまさに、獣だ。

 

 宝玄仙の心臓を貫いた右手の爪が引き抜かれて、左の爪とともにこちらを近づけまいというように、左手の爪ともにこちらを向けた。

 沙那と孫空女は、宝玄仙の屍体を彼女の血だまりの中で両側から支えている。

 

「無駄なことをしたな、朱姫……」

 

 黎山は朱姫に言った。

 

「お前の調教は、最初からやり直しさせる……。心配ない。時間だけはあるのだ、わしらには……」

 

「よ、寄るな──」

 

 朱姫が言った。

 その身体が少しずつ人間の少女に戻っていく。

 

「あまり長い時間はさっきの姿ではいられないようだな、朱姫」

 

「そうだよ──。しかも、一度使うと数日は使えない術だ。ほかの術で消費しない霊気を充填する五日間も必要なの……。だから、あまり使える術ではないのさ」

 

 朱姫の姿はもう人間の少女に戻っている。

 

「なんのためにやったのだ、朱姫? 宝に頼まれたのか? 殺してくれと」

 

「そうだよ」

 

「無駄なことだぞ。わしらは時間を支配しているのだ。時間を戻せばいいだけだ。宝が死んではいない時間に戻ろう」

 

 黎山はそれを心に望んだ──。

 時間が戻った。

 血だまりの中から宝玄仙が起きあがった──。

 その顔が笑っている。

 宝玄仙特有の愉悦の表情だ。

 人を陥れたときや苛むときに見せる表情だ。

 これまで何度も、繰り返し逃げられてきた。

 そのとき、この女はいつもこの顔をした。

 

 そして、ふと思った。

 時間が止まっていない──。

 

 なぜだ? 

 どんどん遡っている。

 時間が停止していない。

 だから黎山と四人の女だけが、時間の流れの中にいる。

 三人の息子は離れた場所に立っていたので、この時間の急流の中には乗り損ねてしまったようだ。

 息子たちの姿はない。

 まわりの風景もない。

 ただ、時間が流れるなにもない空間があるだけだ。

 

「なにをしたのだ、宝……?」

 

「その名で呼ぶなと言ったはずだよ、黎山」

 

 宝玄仙が、孫空女が握っていた手首の下に巻いてある茶色の革紐を見せた。

 

「なんだ、それは?」

 

「ちょっとした霊具だよ。この革紐についた宝石が青いだろう。この霊具の玉の色が青いときは、この霊具をした者が受けた術的な影響をひたすら繰り返すんだよ。本当は快楽だけだけど道術も同じだ」

 

「繰り返し?」

 

「そうよ。そしてこれだ」

 

 宝玄仙は、足の裏を見せた。

 

「こっちは、『溜め袋の護符』という霊具だ。この霊具は受けた快楽を逃がさずに貯めるという効果がある。淫具だけど、こっちもまあ、受けた術を逃がさないという効果もあるね」

 

「そのふたつの霊具の力により、お前にかけた時間を戻すという効果が繰り返すともに溜められて効果が拡大しているのだな。それで時間が止まらずに暴走しているということか……」

 

 黎山は唸った。

 どうやら、また出し抜かれたようだ……。

 この巫女は、いつもぎりぎりで黎山を出し抜く。

 追い詰めるのに、一度として成功しない。

 必ず出し抜かれる。

 

 まあ、いい……。

 また、やり直せばいいだけだ。

 いつか、その機会はあるだろう。

 次こそ……。

 いずれにせよ、同じことをさせなければいいだけだ。

 

「それにしても、どこに霊具を隠してたのだ? 今度は旅の荷物は、持ち運びせずに、屋敷の外に置かせたはずだが?」

 

「お前に教える必要はないね、黎山」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ねえ、ご主人様、このまま時間が逆戻りすればどうなるんでしょう?」

 

 沙那が言った。膨らんだお腹はすでにへこんでいる。

 時間が逆戻りした影響だろう。

 

「屋敷ができる前まで戻ることで、屋敷の効果はなくなり、わたしたちは館から解放されると思うね」

 

「解放されると、どうなるんですか?」

 

「館の支配している時間の外に出る。ただし、原因と結果が逆転することになるけど、多分、それぞれが生まれた時よりも過去には遡らないはずだ。時間を遡ったことが無効になるのだからね……。時間が戻ったうえに館の影響の外に出されて、それぞれが産まれたときに飛ぶだろうね……。そして、やり直し──。また、時間が進み始めたときに、出会った場所で会おうよ」

 

「やり直せるんなら、ご主人様に会わないという選択肢もあるのかなあ?」

 

 孫空女が言った。

 

「この宝玄仙から逃げられると思っているのかい、孫空女」

 

 宝玄仙がにやりと笑う。

 時間を遡る感覚はどんどん速くなっている。

 

「ご主人様、眼が見えるようになりました──」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 

「それよりもお前の調教は、まだ始まったばかりだったね、朱姫。今度の時にゆっくりと続きをやってやろうか」

 

「ご免こうむります、ご主人様──。今度こそ、宝玄仙という法師には捕まりません。宝玄仙という八仙を食らって、本物の妖魔になろうと考えたのが間違いだったんです」

 

「それでも出遭うさ。そして、また、わたしの玩具になるんだよ」

 

「ご主人様、そろそろのようです。感覚でわかります……」

 

「じゃあ、お前が生まれてから十六年後だね、朱姫」

 

能生(のうう)です。宝玄仙という三蔵法師に出遭う以前はその名でした……。ご主人様と逢わなければ、朱姫にはなりませんでした」

 

 そう言って朱姫が消えた。

 黎山はじっとその様子を見ていた。

 

「次はわたしですね」

 

 沙那が言った。

 

「じゃあ、愛陽でね」

 

「絶対に『服従の首輪』をつけられるようなへまはしません」

 

 沙那も消えた。

 

「またね、ご主人様……」

 

 すぐに孫空女も消えた。

 時間の流れはどんどん速くなる。黎山も凄まじい時間の逆流を感じる。

 

「焦っていないようだね、黎山……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「失敗することはある程度、予想していたな。もしかしたら、今度は成功するのかもしれないと思ったが、いつも失敗するのでな」

 

「だったら、もう諦めたかい?」

 

「失敗の度に我々は学べる。強引だったが、今回は持ち物を屋敷に運ばせなかったのはよかった。失敗の原因はお前たちが隠し持っていたさっきの霊具を見逃していたことだ。次はうまくやる」

 

「次なんてないよ──」

 

「ある──。我々は失敗から学べる。しかし、お前たちは学べない……。だから、またやってくる……」

 

「今度はわたしもこの屋敷には入らない選択を選ぶよ。一度でもそれがあれば、今度はお前たちは、何度時間を遡ってもわたしたちに会えない過去にしか、行き着けなくなるよ」

 

「そんなことできるものか──」

 

「できるね……。わたしを誰だと思っているんだい。わたしだって、多少は、過去に影響を与えることもできなくはないのさ……」

 

 宝玄仙が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「これは、立派な屋敷のようだね」

 

 屋敷の入口の前で宝玄仙は言った。

 四人で門楼の前に立ったのだが、その飾りも東西の花や動物の文様が施された立派なものだ。門は開け放たれていて、中の様子は簡単に覗き見ることができる。屋敷らしい建物は、すっと遠くにあり、夕暮れの前庭に拡がる小塔や庵は、まるで絵に描かれたように美しい。

 沙那が感嘆の声をあげている。

 

「なにか書いてあるよ。沙那、なんて書いてあるの?」

 

 門柱のそばにいた孫空女が言った。孫空女は文字が読めないのだ。

 沙那が、孫空女のそばに近づいて、門柱に書かれている言葉を読み始めた。

 

「“黎山(れいざん)の老王俗界と分かれて入る

 文殊王(もんじゅおう)普賢王(ふげんおう)もまた客となり

 南海王(なんかいおう)も訪れしその時の館

 時の四王となれどもこの地に閉ざされる

 色の翼で虚空を貫き

 色の馬で那辺を追いかけ

 色の檻で朱獣を縛せん

 そして、色の剣で刺して得るは美宝

 いざ放たん。そして、この地から去らん”」

 

 沙那が読んだ。

 宝玄仙もその門柱の詩に目を留めた。

 随分と古いものらしく、最初は赤文字だったようだが、いまほとんど色が剥げて、それぞれの行の最後くらいしか赤色は残っていない。書かれてからどこくらい経っているのだろうか。

 眼の前の庭が美しいだけに、この門柱の詩の板だけが、不似合いに古ぼけているのに違和感がある。

 

 そのとき、なにかが起こった。

 急に身体が揺れたのだ。

 道術───?

 そう思ったのは一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った。

 

「ご主人様──、大丈夫ですか?」

 

 沙那が心配そうに覗き込んでいる。

 

「どうしたんだい、わたしたちは?」

 

「わかりません。なにかの道術が働いたようです。どうやら、ひと晩中、ここで眠っていたようです」

 

「なんだって──?」

 

 宝玄仙は驚いて辺りを見回した。

 どうやら、もう朝のようだ。本当に、このまま夜を明かしたのだ。

 

「ほかの者は?」

 

「まだ寝ています。ただ、寝ているだけで、いまのところ特に問題はないように感じます。起こしますか?」

 

「あ、ああ……。ところで、お前はどうしていたんだい、沙那?」

 

「わたしもさっき、気がついたところです。なにが起こったのでしょうか。見たところ、荷物にも問題はないようです。路銀にも手はつけられてません」

 

「物取りでもないのかい……。倒れる瞬間になにかとりあえず、術が働いたと思ったけどね……」

 

 しかし、一瞬感じた術の波動は、宝玄仙自身のものと酷似していた気がした。しかし、宝玄仙はこんなところに来るのは初めてだ。修行時代の旅のときもここには寄らなかった。

 宝玄仙の道術の残骸がここにあるはわけはないのだが……。

 

「いまはどうですか? 辺りにおかしな術の罠とかは?」

 

 宝玄仙は周囲の気配に神経を磨ぎしました。しかし、特に違和感はない。

 

「なにもないね……」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「どうします、ご主人様? やっぱりこの屋敷に寄りますか? 本当は、昨日の夕方に寄るはずだったのですが──」

 

 宝玄仙は、昨夜、立ち寄るはずだった屋敷を見た。

 静かだった。

 誰もいないように見える。

 少し考えて、何気無くもう一度、門の文字に眼をやってから、宝玄仙は首を横に振った。

 

「やめておこう……。もう朝だ。そこら辺で食事をして先に進むとしようか。それになにかこの屋敷は縁起が悪いからね」

 

「縁起?」

 

「ほら、沙那。この門柱を見てごらんよ。それぞれの最後が赤文字になっているだろう?」

 

「そうですね……。もともとは、全部が赤文字だったのでしょうが随分と年月が経っているのでしょうね」

 

 沙那が門柱の詩に視線を向ける。

 

「……でも、それぞれの行の最後の部分だけ赤文字が残るなんて、不自然な色の剥げ方だよねえ……。赤文字の部分だけをつなげてみな」

 

「……入る……なり……時の館……閉ざされる……き……け……ん……宝……去らん。本当ですね。文章になっています。面白いですね」

 

 沙那が笑った。

 

「偶然だろうけどね……。朝になったとあっては別に立ち寄る必要はないね。それよりも朱姫を起こしな──。昨夜の分を飛ばしたから、溜まってるだろう。また、尻で自慰をやらせなきゃね」

 

「まだ、続けるんですか……。少し、可哀そうじゃないですか?」

 

 沙那は言った。

 

「なにが可哀そうなもんか。あいつの半分は妖魔だよ。ちょっとやそっとの調教でへこたれるもんかい」

 

「ただの少女ですよ、朱姫は」

 

「お前たちが知らないだけさ。あいつは、狼人間にも変身できるんだよ」

 

「本当ですか?」

 

 沙那が驚いている。

 

「ああ……。まあでも、知らないふりをしてやりな。朱姫はそれを隠したがっているようだしね」

 

「そうですか……」

 

「それよりも、尻だよ──、尻。朱姫の尻だ。かなり、尻の快楽を覚えてきたようだしね」

 

 沙那が深い深い溜息をつきながら立ちあがった。

 

 

 

 

(第9話『繰り返す時間』終わり)






 *


【西遊記:23回、四人の華人】

 沙悟浄という新しい供を迎え、白馬と四人となった玄奘一行は、西午貨州(さいごけしゅう)という土地で、山中にぽつりとある一軒家を見つけます。
 玄奘はその家に宿を求めます。
 その家には、四人の独身の若い美女が住んでいました。
 四人は自分たちと結婚して、ここで暮らして欲しいと、四人にそれぞれに迫ります。

 玄奘は女たちに、自分たちは役目があり、そのために西行している途中であるので、結婚はできないと断ります。
 しかし、猪八戒は、こっそりと泊まっている部屋から抜け出し、自分は結婚してもいいと応じます。
 四人の女は喜び、猪八戒を別室に案内して歓待しつつ、誰と結婚をしてくれるのかと質問します。
 猪八戒が四人全員でもいいと笑うと、四人は猪八戒が目隠しをして、捕まえた女と結婚することにしましょうと提案し、猪八戒は応じます。
 そうやって、追いかけっこをして遊びましたが、しばらくすると、女たちは猪八戒に目隠しをさせたまま、ふざけて柱に縛ってしまいます。

 翌朝、玄奘たちは、いつの間にか家が消滅して、自分たちが草むらの上に寝ていたことを発見します。
 また、離れた場所に、目隠しをされている猪八戒が樹木に縛られてもいます。
 全員が呆気にとられます。

 とりあえず、猪八戒を助けようと近づくと、実は四人の華人は、それぞれ、黎山(れいざん)老母(有名な女仙人)、文殊菩薩、南海天、普賢天であり、修行の心が強いのかどうかを試したのだという意味の詩が樹木に残してあるのを発見します。


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第2章【西方諸王国(天教闘争)篇】
54  処断命令


 東亜帝国の帝都に位置する天教教団本部は、珍しく緊張感に包まれていた。

 出院した鎮元仙士(ちんげんせんし)は、ほかの教団幹部の間を通り抜け、広間の最前列の中央に席した。

 すでに百人ほどの教団幹部たちも入っている。

 天教教団の最高幹部たる八仙の拝謁である。八仙の全員が揃うのは、数年前の先々代の帝仙の法要以来のはずだ。

 ただし、現在の八仙の人数は四人である。西方に向かう行脚中の宝玄仙(ほうげんせん)を加えれば、五人でしかない。

 

 「八仙」というのは、天教最高幹部であり、その名称のとおり八人を上限とする。天教教団でも最上級の道術の能力がある法師たちであり、戒名の末尾に「仙」の号を有する。また、八仙の筆頭のことを「帝仙」といい、すなわち、それが天教の最高位を意味する。

 その権威は、人の最高位である「皇帝」をも凌ぐというのは、過言ではない。

 

 彼らに対して、鎮元仙士の「仙士」の号は、第二階級を意味する。

 だが、それはしばらくのことだ。

 今回の鎮元仙士の提案が通れば、空位となっている八仙に、この鎮元が選ばれることは間違いない。

 絶対だ。

 

 いずれにしても、考えてみれば、先々代の帝仙の引退直後の崩御が教団の栄光の頂点であったろう。

 すなわち、先々代が引退と引き換えに、若い美貌の女法師の宝玄仙を八仙を指名してからだ。

 確かに、その法術、特に、霊具作りに関しては、宝玄仙は天才であり、その功績は、霊具作りに関するあらゆる常識を覆したといっていい。

 だが、やはり八仙には早かった。

 結果から鑑みると、そう結論せざるを得ないであろう。

 

 とにかく、あれから、変事が続いた──。

 まさか、八人の八仙の半分が、わずかのあいだに欠けるなどということを誰が想像したであろうか。

 八仙の寿命は長い。不老不死とまで称される八仙が、一年のうちに四人もいなくなるなど、天教の歴史でも初めてのことだ。

 もっとも、欠けた四人の八仙のうち、命を失ったのは、帝仙だった闘勝仙(とうしょうせん)漢離仙(かんりせん)呂洞仙(りょどうせん)の三人だ。

 もうひとりの欠けた八仙が遠い西方巡礼の道中にある宝玄仙というわけだ。

 

 鎮元仙士は、八仙のいる台座に身体を向けた中央先頭の位置で、ただ頭を下げて四人の八仙のその登場を待った。

 不意に、眼の前の台座に霊気の歪みが生じるのを感じた。

 

「頭をあげよ、鎮元──」

 

 甲高い声がした。

 頭をあげた。

 すると、そこに八仙がいた。

 ひとりは老人――。

 ひとりは青年――。

 ひとりは口髭に覆われた四十ほどの男――。

 最端のひとりは十歳の少女そのままだった。

 

 いずれも、神に近い道術の能力を持った天教の最高の法師たちである。

 もっとも、鎮元仙士も、道術だけのことなら、そこにいる八仙に負けるとは思っていない。

 たまたま、前の四人が時と運に恵まれただけのことだ。

 ましてや、鎮元仙士よりも遥かに若い年齢で八仙になった宝玄仙よりも、ずっと自分が八仙に相応しいはずだ。

 

「鎮元──」

 

「はっ」

 

 鎮元仙士は、かすかに頷く。

 八仙を代表して最初に声を発したのは、老人の姿をした曹国仙(そうこくせん)だ。わずか、二年で終わった闘勝仙の地位を継いだ現在の帝仙だ。

 

 帝仙というのは、別段、教団の最高の権力者というわけではない。

 教団の最高決定は、あくまでも、八仙全員一致の合議による。

 帝仙というのは、本来、彼ら八仙の話し合いにおいて、最初に発言をする権利を有するに過ぎない。

 八仙のただひとりでも、反対すれば、いかなる提案も否決される。

 十万とも二十万ともされる天教教団の頂点に立ち、ただひとりの意思で教団のすべてを否定もできる者たち──。

 それが八仙なのだ。

 

「お前の報告については、四名の八仙が興味深く読んだ。いずれも、覆せない理がそこにあるということで一致した」

 

「それでは──」

 

 鎮元仙士は、心に喜色が湧きたつのを感じた。

 ついに、機会が訪れたのだ。

 宝玄仙の捕縛──。

 これに成功すれば、その功績により、空席となっている八仙に鎮元仙士が選ばれるのは間違いない。

 

 この一年──。

 鎮元仙士は、三人の八仙の死という前代未聞の変事の調査を担当した。

 八仙のうち、帝仙の地位にある者が、なんの理由もなくふたりの八仙を殺し、自らは完全に生命を絶ったのだ。

 しかし、この三人の死に対し、もっとも動機のあった宝玄仙は、その時、それが不可能な場所にいた。

 だから、誰もが怪しいと思いつつも、教団は宝玄仙に手を出せなかった。

 

 ほかの八仙たちは、次善の策として、宝玄仙に西方巡礼の誘いをした。

 西方において急激に沸き起こって妖魔群の出現──。

 いまだ、帝国には大きな影響はないとはいえ、天教教団が見て見ぬふりをするというのは、世間への対面がよくない。

 大義名分はある。

 だが、ただひとりで、妖魔の巣とも言われる西域、すなわち魔域に向かうのは、いかに八仙の実力を持つ宝玄仙でも荷が重いことはわかっている。

 当然、断るはずだった。

 

 断われば、それを口実に、八仙たちの不審死に疑いのある宝玄仙を、八仙の地位から追い落とせる。

 そう計算していたはずだ。

 だが、宝玄仙は、あっさりと西方巡礼を応諾し、慌ただしく出発していった。

 肩透かしを食う格好になった残りの八仙だったが、宝玄仙が妖魔騒動を収めてくれればそれでよし。妖魔に討たれて死んでもそれもまたよしと考えることにしたというところだろう。

 

 だが、ここに、鎮元仙士は宝玄仙があの三人の八仙の死に関わっていたという証拠を揃えることに成功した。

 帝都の八仙たちは、西域に向かう旅の途中である宝玄仙の捕縛命令を出すはずだ。

 当然、その任には鎮元仙士が指名される。

 八仙の宝玄仙だが、術で引けを取るとは思っていない。あの巫女は、もって生まれた道術返しの能力と、霊具作りの才があるだけだ。

 純粋な道術力の強さなら鎮元仙士が勝ると思っている。

 

「……お前の出した報告の理はある程度は認める。これにより、求めたのは教団兵の出動であったな、鎮元?」

 

 曹国仙がさらに口を開いた。

 

「はい」

 

「結論から言おう──。宝玄仙が捕縛のための教団兵の出動は認められん」

 

「な、なんと言われますか──。私の提出した報告では不足と?」

 

 鎮元仙士は唖然としてしまった。

 宝玄仙は、闘勝仙らが死ぬ二年も前から、ひそかに支配術の研究をしていたことがわかっている。

 支配術など珍しいものではないが、八仙ほどの道術力の強い者を操る霊具など考えられなかった。

 だが、実は、あの女は、その支配具の製作に成功していた。

 それにも関わらず、宝玄仙は一切のことを隠していた。

 そして、宝玄仙が支配具の制作に成功したと考えられる時期の直後、あの闘勝仙ら三人の死は発生している。

 

 誰がどう考えても、闘勝仙らの死に宝玄仙は関わりがあると考えるはずだ。

 

「ありえんな──。ありえるわけがない。八仙ともあろう者が同じ八仙を殺めるなど」

 

 青年姿の韓子仙(かんしせん)が首を横に振った。

 

「しかし、現に闘勝仙は、それを犯しておりますよ」

 

 鎮元仙は皮肉を込めて言った。

 闘勝仙はふたりの八仙を殺してから自殺をした。

 形の上ではそうだ。

 宝玄仙が作成に成功したと考えられる究極の支配霊具を認めなければ、闘勝仙が漢離仙と呂洞仙を殺したという事実だけ残る。

 

「控えよ、鎮元」

 

 鎮元仙士は声のする方に注目した。声を発したのは十歳の少女の外見の藍采仙(あいさいせん)だ。姿は子供だ。

 

「はい」

 

 十歳の少女に畏まるなど馬鹿馬鹿しいことではあるが、実は藍采仙が帝仙の曹国仙以上の老齢だということを鎮元仙士は知っていた。

 道術力では曹国仙にやや劣るかもしれないが、眼の前で居並ぶ四人の八仙の中でもっとも古い八仙である。

 

「この天教において、八仙の判断というものは絶対だということを知っておるか、鎮元?」

 

 藍采仙は言った。

 

「と、当然です」

 

「鎮元仙士は、忘れたのか? 宝玄は八仙ぞ」

 

「そ、それは──」

 

「教団兵を動かすには、八仙の同意が必要ということを忘れたわけではあるまい、鎮元? 宝玄もまた八仙。教団への出動、ましてや、相手が八仙というほどの重要時であれば、当然、宝玄仙の同意も必要じゃ」

 

「しかし、それでは……」

 

 宝玄仙が自分の捕縛のための教団兵の出動を命じるわけがない。八仙の捕縛に八仙の同意が必要と言うことになれば、いったい、どうせよというのか。

 

「八仙に対する裁きは、八仙においてのみなされる。いかなることがあっても例外はない。人智を越えた存在であるからこそ八仙であるのだ。ましてや、宝玄は妖魔騒動の調査のために、八仙自ら西域へ向かう重要な任の途中──。これを妨害するのは、教団の本意ではない──。そういう結論に達した」

 

 ならば、なんのために呼び出したのか。わざわざ、朝議を開いて、鎮元仙士の訴えを退けるのになんの意味があるのか──。

 そう考えたとき、鎮元仙士は、やっと、この朝議の意味がわかった。

 

 八仙は八仙──。

 

 ほかの八仙たちは、八仙の身分にある者に、捕縛の裁きが下るなどという査定をするつもりがないのだ。

 人智を越えた存在とあっても、所詮は壮絶な権力争いの結果、そこにあるに過ぎない。いつ、自分たちが政争の俎上に載るとも限らない。そのために、八仙という者は、いかなる場合でも討伐の対象とならないということを確認しておく必要がある。

 それが第一の目的──。

 

 もうひとつは、この朝議の存在そのものにより、宝玄仙の罪は事実上、確認されたも同様である。

 宝玄仙が、西方巡礼から戻っても、この帝都に宝玄仙の居場所はない。彼女は引退するしかない。

 それが第二の目的──。

 

 それを教団幹部の前で確認すること──。

 そんなところであろう。

 鎮元仙士は頭を下げた。どうやら、鎮元仙士の出世の機会は、まだ先のようだ。

 

 朝議が終わり散会すると、鎮元仙士はすぐに別室に呼ばれた。

 驚いたことに、そこには曹国仙をはじめとして、四人の八仙が揃っていた。

 

「お前の率いる教団兵は、明月と清風の隊ということになった、鎮元」

 

 朝議のときとは打って変わって砕けた口調になった帝仙の曹国仙が言った。

 

「どういうことでしょうか、曹国仙殿? 宝玄の……いえ、宝玄仙殿の捕縛については、否決されたのでは?」

 

「八仙を捕縛するなどということを朝議で決定できるわけがないでしょう、鎮元。これ以上、八仙の地位を貶めることなどできないよ」

 

 張香仙(ちょうかせん)だ。

 線の細い四十男の姿をしている。喋る言葉も、どこか艶めかしい。

 

「なれば、なぜ、教団兵を?」

 

「お前の集めた証拠に、見過ごすことのできない重要なものがあると認識したからだ、鎮元。宝玄仙は黒だ。お前の知らない事実もあるが、それとも符合する。あの巫女は闘勝仙を操り、漢離仙と呂洞仙を殺させてから自殺をさせた。八仙ほどの道術師をそこまで操る霊具というのは想像もできんが、あの女はそれに成功したのだろう。あっさりと西方巡礼を承知した理由もこれで理解できた。つまりは、復讐を果たして、逃げておるのだ」

 

 美青年姿の韓子仙だ。

 

「まあ、殺した理由は理解できるけどね。宝玄仙が、闘勝仙ら三人を殺害したとすれば、あの噂も本当だったということかしら」

 

 張果仙が言った。

 すると、童女姿の藍采仙が口を開く。

 

「あの男たちは、最低の連中よ。みんな知ってるんでしょう。わたしは、あいつが死んでくれて、ほっとしたわ。もしも、宝玄仙が闘勝仙たちを殺したとしても、まったく咎める気にはならないし、その権利もないと思うけど」

 

 気まずい雰囲気が束の間流れた。

 殺された闘勝仙ら三人は、「呪い」を使って宝玄仙を支配し、何年も凌辱し続けていた。

 それで宝玄仙に復讐された。

 実際のところ、鎮元仙士の調査でも事実だった。

 かなり公然としたものだったようだから、同じ八仙の彼らは知っていただろう。知っていて、闘勝仙の無法を見逃していたのだ。

 だが、鎮元仙士は、それでも、罪は罪だと思う。

 闘勝仙たちについては、自業自得と言えないこともない。しかし、それでも、八仙といえども教団の最高幹部への殺人など認められない。

 

「いずれにしても、それで、教団兵を動かす許可をもらえるのですね? しかし、それはどういうことです? いったい、教団としては、宝玄仙の罪を不問にするつもりなのですか? それとも、罪を鳴らすつもりなのですか?」

 

 鎮元仙士は言った。

 すると、帝仙の曹国仙がかっと眼を見開いた。

 

「よく聞け、鎮元──。教団は、なにも許可など与えてはおらん。ここにいるのは、この曹国仙、張果仙、韓子仙、そして、藍采仙という四人の個人だ。教団としてではなく、八仙の地位にある個人として話しておる。我らの結論は、これ以上、教団の評判を落としてはならんということだ。そして、そのために最も都合がよいのは、宝玄が西方巡礼の途中で死ぬことだ」

 

 沙弥仙が言った。鎮元仙士はやっと別室に呼ばれた理由がわかった。

 宝玄仙を闇に葬れ──。

 それが鎮元仙士に与えられた真実の役割にほかならない。

 

「勝手に名前を出さないでよ。わたしは同意してないわ。ただ、曹国がやるとこに、反対しないと言っただけよ」

 

 藍采仙が不満そうに言った。

 どうやら、藍采仙は巡礼中の宝玄仙への関与には消極的のようだ。もっとも、断固として反対まではしないらしい。

 まあいい。

 いずれにせよ、鎮元仙士に機会が与えられたというのはわかった。

 

「鎮元、あんたの得意は、神がかり的な移動術。それがあれば、宝玄仙に追いつけるんでしょう? 教団の情報網によれば、宝玄仙はすでに帝国の西の国境を抜け、最初の国の烏斯(うし)国から、すでに次の万寿(まんじゅ)国に入ったらしいわよ。まあ、どこまで正確かわからないけどね」

 

 張果仙が言った。

 鎮元仙士の得意は「移動術」だ。

 目の前の八仙たちであろうと、鎮元仙士ほどの移動術は駆使できない。普通は移動先と移動元の両方に、移動術のための結界紋がなければ、跳躍できないのだが、鎮元仙士だけは、移動先を頭に思い浮かべれば、移動術で跳躍できるのだ。

 そして、鎮元仙士は若い頃、西帝国と称する遥かなる西の果ての国まで旅をしたことがある。

 つまりは、いまこの瞬間でも、鎮元仙士は、宝玄仙の居場所さえわかれば、そこに跳躍することができる。

 

「……お前につける明月(めいげつ)清風(せいふう)の隊の全員は、今回の任の途中で起こったことの一切を発言することはない。無論、お前がこの任務に成功すれば、我らは鎮元仙士が鎮元仙となることを心から喜ぶであろうよ」

 

 曹国仙が付け加えた。

 鎮元仙士は、承知したという言葉の代わりに頭を一度さげた。

 大いなる歓喜とともに……。

 

 

 *

 

 

「ご、ご主人様──。もう、ゆ、るじで……」

 

 両手首を緊箍具(きんこぐ)により、背中側で拘束された孫空女が、ついに歩けなくなってその場に跪いた。

 

 帝国を越えた二つ目の国である万寿国を西に向かう山道だった。

 両側には、うっそうと茂る森が迫っていて、宝玄仙、沙那、孫空女、朱姫のほかに、行き交う旅人もいない。

 沙那は、いつもの最後尾ではなく、宝玄仙の悪戯を受けている孫空女の代わりに先頭を進みつつ、うずくまった孫空女を振り返った。

 

 可哀想に孫空女の下袴(かこ)(ズボン)の股間の部分は、思わず目を背けたくなるほどに、彼女の淫液でべっしょりと濡れている。まるで尿を洩らしたかのようだ。

 それだけじゃなく、孫空女の淫汁は、さらに下袴の裾を伝い落ちて、孫空女の足先まで繋がっている。

 しかも、あれほどの恥汁を垂れ流しておきながら、孫空女はもう、三日間も一度も絶頂に達していないのだ。

 沙那は、その苦しさを想像すると、とても孫空女を正視できなかった。

 

 孫空女の両方の鼻には、小さな綿のようなものが詰められている。孫空女の欲情の原因はそれだ。孫空女が、それを鼻に詰められてから三日になる。

 その綿は宝玄仙の淫具のひとつであり、常に女を欲情させる淫霧を放出させる。つまり、それを鼻の孔に詰めている限り、四六時中、それこそ、眠っているときでさえ、その淫霧を吸い続けなければならないのだ。

 

 もちろん、鼻で息をするのをやめて、口だけで息をすれば、淫霧を吸わなくてもすむのかもしれないが、生きている限りそうはいかない。

 それに、最初の一日のとき、宝玄仙は鼻からしか呼吸ができないように、半日以上、孫空女の口を道術で閉ざしてしまった。

 それで、もう全身が脱力したような状態になった孫空女は、それから先は淫霧を防ぐのは諦めて、媚薬が身体を蝕むのに任せるしかなかったのた。

 ただ、この間、一度も両手の拘束を解かれていないので、孫空女は身体中が沸騰するように情欲しながら、ただ放置されている状態が続けている。

 生活に必要なことは、沙那と朱姫がやってあげているが、それだけに孫空女への責めの惨さはわかる。

 

 その結果がついに道に倒れ込んだ孫空女の状態というわけだ。

 これは、もはや、新しい霊具の試験とはいえない。

 調教ですらない。

 拷問だ──。

 残酷な性の拷問だ。

 

「も、もう、そのくらいでいいんじゃないでしょうか、ご主人様」

 

 沙那は思わず声をかけた。

 

「そうはいかないよ。これは新しい霊具の試験なんだ。この『淫霧の綿』がどれくらい雌を発情させるかを測っているんだ。最低、あと二日は続けるよ。それとも、お前がやるのかい、沙那? また、初日からやり直しだけどね」

 

 宝玄仙はぴしゃりと言った。

 気丈な孫空女をあれほどに変えてしまう淫霧の恐ろしさを目の当たりにしてしまうと、沙那も黙り込むしかない。

 

「ほうらね。身代わりの覚悟もないくせに、下手に庇おうなんて気心を持つんじゃないよ、沙那──。やるときは徹底的にやる。それが『調教』というものだよ。それで心の底から恐怖を受けつけるのさ」

 

「は、はい……」

 

 沙那は下を向いて返事をしながら、自分はなぜこんな理不尽で残酷な女主人に大人しく仕えているのだろうかと疑問に思った。

 つまり、これが宝玄仙のいう調教の結果なのだろうか。

 自分はこの変態巫女に調教され、そして、洗脳されてしまったということになるのかもしれない。

 

 故郷の愛陽(あいよう)の城郭で、この変態巫女に騙されて『服従の首輪』という霊具を取り付けられた。

 それから、宝玄仙の沙那への「調教」と称する性的な淫虐を受け続けた。

 やがて、供として宝玄仙と沙那を襲おうとした女盗賊の孫空女が加わり、やはり、宝玄仙に取り憑こうとした半妖の朱姫も加わった。

 それまでの過程において、沙那の逃走防止の役割をしていた『服従の首輪』は外されたが、いまだに、沙那は、この変態巫女から逃亡を図らずに、一緒に旅を続けている。

 沙那を縛るものは、いまはなにもなくなったのに、すでに沙那には宝玄仙から逃げようという気にはなれない。

 それが「調教」されてしまったということなのだろうか。

 

「さあ、立つんだよ──、孫空女」

 

 孫空女は宝玄仙の強い叱咤で立ちあがった。だが、その足はもう覚束ない。

 

「……お、お願いだよ、ご、ご主人様。一回でいいから……」

 

 孫空女が悲痛な表情で言った。余程に苦しいのだろう。

 

「仕方ないねえ」

 

 宝玄仙が舌打ちした。

 

「朱姫──」

 

「は、はい」

 

 沙那の横に立っていた朱姫が、宝玄仙の怒鳴り声でびくりと姿勢を正す。

 朱姫は最後に供に加わった娘だが、骨の髄まで宝玄仙に対する恐怖が染みついていることにかけては三人のうちで一番だろう。

 武芸の修練により、肉体も精神も鍛えきっている沙那や孫空女に比べれば、道術を遣えるだけで、朱姫の精神はただの少女にすぎない。

 

 朱姫が供になって一箇月――。朱姫は宝玄仙による道術で支配され、定期的に自慰をしなければ身体の疼きが止まらない身体にされてしまっており、全員の前で毎日一日三回の自慰をさせられている。

 しかも、その場所はお尻だ。

 いまだ、破瓜はしていないのだが、いまや、尻で狂う尻人形と化している。

 

 宝玄仙と出遭ったときには、性技で(あかい)という分限者の娘を虜にした百合壁の嗜虐性も持っていた朱姫だったが、いまは完全に宝玄仙の嗜虐の性奴隷である。

 

「孫空女も、あれじゃあ、もう歩けはしないだろうから、お前が慰めてやりな──。ほら、孫空女、お情けだよ。下半身を丸出しにしてもらって、跪きな──」

 

「お、お願いだよ、朱姫──」

 

 孫空女は、苦悶の表情を浮かべる上気した顔を朱姫に向けた。

 朱姫は小走りに孫空女に駆け寄ると、孫空女の下袴の腰紐に手をかけて引き下ろす。

 孫空女は下着はつけていない。

 足首に下袴がさげられると、孫空女はその場に跪いた。

 

「ちょ、ちょっとこんなところで……」

 

 さすがに驚いて沙那は、たしなめの言葉を発した。

 なにしろ、人通りのない山道とはいえ、西の国境に向かう街道のど真ん中だ。

 

「いいから、お前は離れて見張りでもしてな、沙那――。さて、朱姫──。手を使うことは許さないよ。舌でやるんだ。いいね」

 

「は、はい……。じゃあ、孫姉さん、いきます」

 

「うん……。お、お願いだよ、朱姫……」

 

 孫空女が汗びっしょりのが淫情に狂ったような表情で、切なそうに言った。

 朱姫の舌が孫空女の股間に伸びる。

 仕方なく沙那は、見張りがしやすい位置に移動して、行き会う旅人に警戒する態勢をとることにした。

 

「うはああああっ──」

 

 孫空女の感極まった声が響いた──。

 

「ちょっと、孫女、声が大きい――」

 

 沙那はあまりの大声に驚いて叫んだ。 

 

「しまった──。孫空女、お前への術を解くよ──」

 

 不意に宝玄仙の悲鳴のような叫び声がした。

 次の瞬間、凄まじい衝撃音と閃光が続けざまに起き、突然に地面が大きく揺れた。



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 第10話   天教軍の襲撃【鎮元(ちんげん)仙士(せんし)】~万寿(まんじゅ)
55  女戦士への色責め


 突然に地面が揺れた。

 なにが起こったか、沙那にはわからなかった。ただ、とてつもない衝撃を受けて、身体を吹き飛ばされた。

 そして、背中を思いっきりなにかに叩きつけられる。

 次々になにかが破裂して、白煙とともに衝撃が炸裂する。

 

「ぐほっ──」

 

 凄まじい土煙──。

 地面が爆発したのだ。

 道術ではない──。火薬だ──。

 匂いでわかる。

 沙那もかつては、愛陽の城郭軍の千人隊長だ。

 これは、打ち上げ式の筒を使った砲撃だ──。

 

 沙那は細剣を抜いた。

 叩きつけられたのは、近くにあった岩だった。爆風で沙那は岩に飛ばされたのだ。

 しかし、うまく受け身をとったので、なんとか動ける。

 

 みんなは──?

 沙那は土煙ごしに周囲を探した。

 しかし、白煙と砂埃が激しくて、視界が確保できない。

 とりあえず、激しい爆発はやんだようだ。

 

 そして、はっとした。

 人の気配──。

 しかも、ひとりやふたりじゃない。

 少なくとも、数十人。

 もしかしたら、百人近いかもしれない──。

 それだけの人数がいつの間にか気配を消して接近していた。

 だが、ほとんど足音もないし、しわぶきひとつない。

 明らかに異常な集団だ。

 その時、上になにかを感じた。

 

 網──。

 

 かろうじて避けた。

 たったいま、沙那が転がっていた場所に網が落ちた。

 地面に落ちた網はまるで生き物のように丸まっていく。

 捕縛用の霊具だ──。

 単純な盗賊でも、通常の兵でもない。霊具を操る極めて特殊な戦士の集団が襲ってきているのだ。

 

 また、上から網──。

 横に飛んだ。

 そこになにか空気の塊りのようなものがぶつかった。

 だが、それだけだ。

 もしかして、なにかの道術?

 そんな感じだが、跳ね返した?

 

 さらに殺気を感じて、沙那は細剣を突き上げた。

 人の腕が血しぶきとともに宙に舞う。

 悲鳴もあげずに倒れたのは武装した兵だ。

 どうやら、沙那は剣で襲ってきた兵の腕を斬り落としたようだ。

 しかし、腕を切り落とされても声も出さないなど、ぞっとした。

 何者たちだ?

 

「ちっ──。道術が効かん。撥ね返すぞ──」

 

 誰かが叫んだ。

 やはり、道術か。

 しかし、跳ね返した?

 

 また、剣──。

 襲ってくる。

 

 沙那は剣を外側にして、刃物を突き出した車輪のように横に転がった。

 沙那に足の腱を斬られて三人ほどの兵が倒れる。

 身体を起こし事態を把握した。

 いつの間にか武装した大勢の兵に囲まれている。

 沙那の周りには、沙那に斬られた数名の兵の身体が転がっている。

 

 ほかの仲間がどうなっているかわからない。

 とにかく、兵の数が多すぎる。

 本当にいったい何人いるのか──。

 十や二十では済まない。

 

 街道の前後、そして、両側の樹木の中──。

 とにかく、大勢だ。

 襲ってくる──。

 沙那は無意識のうち跳躍していた。

 上から降って来ていた三人の兵が屍体となって落ちてくる。

 

 横の森──。

 十人ほどが襲い掛かる。

 斬れたのは二人──。

 残りは避けるのが精一杯だ。

 

 避けながら沙那は、彼らの具足の紋様を認めた。

 丸に太陽の印──。

 その印は天教のものだ。

 なら、襲撃しているのは天教の教団兵なのか──?

 教団兵は見たことはなかったが間違いない。

 なぜ、天教の教団兵がここに?

 

 混乱した。

 なにかが来る。

 背を屈める。

 斬り上げる──。

 斬り落とす。

 

 彼らは、ほとんど気配を感じさせない。

 ただ、沙那に斬りかかる瞬間だけ殺気が光る。

 沙那はそれに向かって剣を出しているに過ぎない。

 

「わたしたちは、天教教団の八仙である宝玄仙が一行よ──。お前たちは天教の教団兵であろう。なぜ、襲う──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「抵抗するのは、たったひとりだ──。囲んで捕えよ──」

 

 指揮官らしき男の声がする。

 ひとり──?

 

 宝玄仙は?

 孫空女は?

 朱姫は?

 

 とにかく、宝玄仙の一行と知って、天教の教団兵が襲ってきている。それだけはわかった。

 

 宝玄仙──。

 いた──。

 道の横の森中で樹木の陰に倒れている。

 頭から血を流しているが、大きな怪我ではないようだ。

 だが、動いていない。

 気を失っているのか?

 とにかく、まっしぐらにそこに向かって駆ける。

 立ちはだかった教団兵を斬る。

 

 斬る。

 斬る──。

 最後には数名の教団兵の頭上を跳躍した。

 

「いたぞ、宝玄仙だ――」

 

 沙那の動きで、教団兵も宝玄仙の居場所を認めた。

 倒れている宝玄仙に敵が殺到する。

 しかし、沙那が早い。

 

「ご主人様──」

 

 横たわる宝玄仙に辿りついた。

 すかさず、剣を振る。

 宝玄仙に剣を向けていた教団兵たちが屍体に変わる。

 また、風の塊り──。

 

「やはり、道術が効かん。仕方がない。ふたりとも殺して構わん──」

 

 その声とともに、沙那を囲んでいた兵の輪がすっと退いた。

 矢が来る──。

 沙那は悟った。

 

 宝玄仙の襟首を掴み、横の森に飛び込む。

 草や樹木が矢の飛来を邪魔するはずだ。

 背に大量の矢が襲い掛かる──。

 剣で払う。

 大部分は避けたが、数本が肩を掠めた。

 眩暈のようなものを感じる。

 

 毒か──?

 

 少なくとも、弛緩薬くらいは矢尻に塗ってあるのだろう。

 まずい……。

 宝玄仙を引き摺って樹木の間に身を伏せた。

 その上を矢が通り抜け、音を立てて樹木の幹に突き刺さる。

 

「……さ、沙那かい?」

 

 宝玄仙の声がした。

 苦しそうだ。

 

「教団兵の襲撃です──」

 

 沙那は叫ぶ。

 身体の向きを変えた。

 向かってきた矢を払う。

 力が抜けてきた。

 もう長くはもたないかもしれない。

 

「『移動術』で跳ぶよ──。少しの間、防いでおくれ」

 

 さっきよりも強い宝玄仙の声がした。

 

「はいっ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「移動術で逃げるぞ──。行かせるなっ」

 

 その声とともに矢がやみ、兵が跳びかかってくる。

 ひとりを斬り、次のひとりに飛びかかられた。

 身体を捻って別の兵に向かって投げ飛ばした。

 その上から掴みかかってきた兵の首を斬り払う。

 辺り一面に血の雨が降る。

 沙那は再び眩暈に襲われた。

 いよいよ、矢の毒が効いている。

 眼の前が一瞬暗くなる。

 

「繋いだ──。とりあえず跳ぶ、沙那」

 

 宝玄仙の声。

 沙那はそっちに向かって走った。

 もう、視界が消えかかっている。

 

「沙那、孫空女と朱姫はどこだいっ?」

 

 宝玄仙の大声──。

 わかりません──。

 沙那はそう叫ぼうとして、身体が崩れるのがわかった。

 さっきの矢毒だ。

 

「ちっ」

 

 一度舌打ちをした宝玄仙が、沙那の身体を掴んで引き摺りはじめた。

 なにかに包まれる。

 沙那は次第に薄くなる意識の中で、身体が捻じれるような気持ち悪さを感じた──。

 

 

 *

 

 

「報告しろ」

 

 鎮元仙士(ちんげんせんし)は静かに言った。

 

「宝玄仙と沙宝蔡(さほうさい)は逃がしました。すでに道術紋は閉じられており、行き先は追えません」

 

 明月が言った。

 

「沙宝蔡ひとりにやられました。死んだ者は五名。負傷は二十人を越えます。負傷については『治療術』で対処しております。出発できるのは、二刻(約二時間)後です」

 

 清風がさらに付け加えた。

 

「奇襲で宝玄仙を殺せなかったのは残念だな。まあ、次の機会もあるか──」

 

 鎮元仙士は足元の網に包まれた“もの”を眺めながら言った。

 

「……それにしても、お前はなぜ、そんなに汗びっしょりなんだ、孫玉(そんぎょく)?」

 

「う、うるさいよ──」

 

 網で包まれている孫玉蔡が呻くように言った。顔が上気している。

 股間に染みを作っているのは、どうやら孫玉蔡の淫液のようだ。

 淫靡な術でもかけられていたに違いない。

 懸命に網から出ようともがいているが、この霊具の網からは絶対に逃げられない。

 

「そして、お前は誰だ?」

 

 鎮元仙士は、孫玉蔡に覆いかぶさるようにして、一緒に網に包まれたもうひとりの少女に声をかけた。

 歳は十五、六というところだろうか。

 しかし、孫玉蔡とともに網に包まれているその少女はじっと睨むだけで口を開こうとはしない。

 

「酷い目に会いたくなくなければ、名を言え──」

 

 鎮元仙士は言った。

 

「……朱姫」

 

 少女はぽつりと言った。

 

「朱姫か……。では、朱姫、お前は宝玄仙のなんだ?」

 

「……あ、あたしは……」

 

 朱姫は震えている。

 怖いのだろう。

 だが、同じ網の中の孫玉蔡が朱姫の手を掴んだ。

 すると、朱姫の震えがとまった。

 

「どうやら、猫ですな」

 

 清風が、くすくすと笑いながら言った。

 

「猫?」

 

「宝玄仙の性の相手と言うことですよ。最初に攻撃をしたとき、このふたりがなにをやらされていたか、見せたかったですよ、鎮元仙士殿。この孫は網の中で、下袴(かこ)を一生懸命にはき直していましたよ。苦労しながらね。それに轟天砲を撃ち込む直前までは、この孫は後手に拘束までされていたんですよ」

 

 轟天砲というのは霊具ではない。

 帝国兵も使用する武器だ。

 兵二人で操作し、爆発する弾を撃ち込む。

 清風の言葉に孫玉蔡が、恥ずかしそうに眼を伏せた。

 気の強そうな孫玉蔡のその仕草に思わず鎮元仙士は噴き出した。

 

「まあいい。お前たちは宝玄仙を捕えるための餌だ。餌として働いてもらうぞ」

 

「ふ、ふざけるな──」

 

 孫玉蔡が睨んだ。

 

「そんな目で睨んでも無駄だ。お前たちは俺の道具に成り下がる」

 

 孫玉蔡は、いつまでも罵り声を出していたが、それにも関わらず、かなりのつらい状況であるということを見抜いていた。

 この女たちは宝玄仙との情交の途中だったらしい。

 孫玉蔡の状態は、媚薬でも使われていたのだろう。

 これなら心を屈服させるのに、それほどの時間はかからない。

 

「清風、お前を含めた精鋭を十人揃えよ。ひと足先に拠点の五荘観院(ごそうかんいん)に『移動術』で戻る。残りは全員の出発準備が整った段階で続行──。後続隊の指揮は明月」

 

 ふたりの教団兵の隊長が頭を下げた。

 

 

 *

 

 

 孫空女は部屋の中央にある太い柱に立った状態で拘束されていた。

 服は脱がされていなかったが、手を柱の後ろに回された状態で柱にぐるぐる巻きに縛られている。

 身体に巻きついているのは、どうやら拘束用の霊具の縄らしく、びくともしない。

 縄脱けもできる孫空女でも、抜け出せない。

 なにをされても抵抗は不可能だ。

 しかも、両足の間には柱を挟まれて、脚が閉じないように柱の後方を回って拘束されているので、股間を突きだすような格好だ。

 

 その股間は、三日間も吸わされ続けた宝玄仙の『淫霧』のために、自分自身でもみっともないと感じるくらいに熟れきっている。

 あの襲撃の直前に、宝玄仙だと思うが、『緊箍具(きんこぐ)』と『淫霧の綿』からは、解放された。

 だが、それだけだ。

 抵抗することもできずに、呆気なく捕えられた。

 

 そして、この砦のような場所に『移動術』で、朱姫とともに運搬された。

 すぐに朱姫とは離されて、この部屋に連れて来られて拘束された。

 まるで小便を洩らしたように淫液で濡れている股間をさらけ出したくはないが、いまの孫空女にはどうしようもない。

 こんな連中に戦うこともできずに捕えられたことには腹も立つ。

 

 すべて宝玄仙のせいだ──。

 なにから、なにまで、宝玄仙のせいだ。

 恨みのような感情が孫空女の中に拡がる。

 なにしろ、霊具らしい網をかけられたときには、宝玄仙の霊具である緊箍具により後手に拘束されていたのだ。やっと、それが外れるのとほぼ同時に網に捕えられた。

 

「孫──。宝玄仙の『猫』などやめて、俺の『犬』になれ」

 

「だ、誰が──」

 

 孫空女は、孫空女の正面に向かい合って椅子に座る鎮元仙士に向かって唾を吐いた。

 だが、余りにも余裕のない孫空女の身体は、その唾を鎮元仙士の身体のずっと横に向かわせてしまった。

 

「どうした、孫? 強いと聞いていたが、それはただの噂に過ぎなかったようだな。それとも、強いというのは、“淫乱”という意味か? あの宝玄仙の連れに相応しい熟れぶりだがな」

 

 鎮元仙士は、持っていた白い張形で布越しに、孫空女の股のつけ根をちょんと突いた。

 

「ひゃあっ」

 

 孫空女は仰け反った。

 三日間、媚薬を嗅がされ続けて放置された孫空女のその身体は、孫空女の心とは裏腹に、ほんのわずかな刺激を求めて、もう爆発しそうだ。

 

 せめてもの救いは、鼻の中からとれなかった『淫霧の綿』という名の綿が、戦闘直後に鼻から外れたことだろう。

 ただ、これで、それ以上の媚薬効果のある霧を嗅がなくてすむようになったが、三日間、練りに練られて、疼きの塊りのようになった孫空女の身体は変わりがない。もう、息をすることさえ、股間に響くような淫情を覚えてしまう。

 

「情けないな、孫。やっぱり、俺の『犬』になるか? そうしたら、いかせてやってもいいぞ」

 

「ふ、ふざけるなあっ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 その股間をまた、鎮元仙士が突く。

 たちまちに、また嬌声をあげてしまう。

 この時ほど、宝玄仙のことを恨めしく思ったことはない。

 三日間も焦らしに焦らされてなければ、こんなにはしたなく声をあげることもなければ、こんな連中にほとんど無抵抗に捕らえられることなどあり得ないのだ。

 

「俺たちの道具になるか、孫? そうすれば、いい気持ちになれるぞ?」

 

「じょ、冗談いうんじゃないよ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「だが、いきたくはないのか、本当か? 素直にならないといつまでもこうしておくぞ」

 

 鎮元仙士が張形の先で、続けざまに、孫空女の股間を突く。

 

「ふ、ふざけ……あいっ──ふぐっ──ひいっ──」

 

 その度に耐えようのない嬌声が口から出てしまう。

 

「くはっ……。な、なにをやっても……無駄だよ──。あ、あたしは……ご、ご主人様を裏切らないよ──」

 

 孫空女は、吼えるように言った。

 だが、鎮元仙士は、その言葉を聞いて、にやりと笑った気がした。

 

「誰もそんなことは言っていない」

 

 鎮元仙士は言った。

 

「えっ?」

 

「お前が裏切るのは、一緒に捕えたあの少女だ」

 

「ど、どういうことだい? ……あぐっ」

 

 鎮元仙士の持つ張形が、また、孫空女の股を突いた。

 たったそれだけで、さっきから翻弄されている自分が情けない。

 

「清風の報告によれば、あれは生娘のようだな」

 

 立ちあがった鎮元仙士が、孫空女の耳元でささやいた。

 この男はなにを言っているのだ?

 孫空女は鎮元仙士の喋ったことが一瞬理解できなかった。

 

「ここには、帝都から連れてきた教団兵が百名ほどいる。さっきの戦いでは、沙宝ひとりに五人が殺され、二十人以上が負傷した。挙句の果てに、その沙宝には逃げられた。宝玄仙にも一緒にだ」

 

「……だ、だから、なんだよ──?

 沙宝というのは、沙那のことだろう。

 そういえば、そんな戒名だった。孫空女は孫玉蔡だ。

 

「だからな……。兵の連中の殺伐とした気持ちを癒してやらねばならん」

 

 鎮元仙士は孫空女の股間に張形をぐいと押し付けた。

 

「あいっ……くうっ。な、なにこれ? ええっ?」

 

 張形が孫空女のびしょびしょの下袴の布に消えていく。

 そして、孫空女の股間に入り込んでいく。

 布の中に消えて、孫空女の熟れきった膣の中に出現している。

 

「い、いやだあ──。うっ──くうっ──」

 

 まるで生き物のように勝手に孫空女の淫孔に張形が潜り込む。

 おそらく霊具なのだろう。

 それが、三日間、焦らし責めにされ続けて、だらだらと淫液の洪水を起こしている源に突き挿さる。

 もういい。

 孫空女は、とりあえず、震えるような欲情に身を任せようとした。

 

「……絶対に気をやったらいかんぞ。いってしまったら、百人の兵の相手をあの朱姫にやらせる」

 

 鎮元仙士がまた耳にささやく。

 孫空女は、知らずに振っていた自分の腰の動きをとめた。

 

「な、なに……?」

 

「だから、お前が絶頂に達したら、あの娘を素裸で、百人の飢えた兵のいる兵舎に放り込む。宝玄仙の性の相手として飼われていたようだが、まだまだ、育ち切っていない女の身体だ。百人の相手などしたら、身体も心も壊れてしまうだろうな」

 

 鎮元仙士は、喉の奥で笑った。

 

「あ、あたしにやらせればいいだろう──。百人でも二百人でも相手をしてやるよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 しかし、さすがに孫空女も百人もの性の相手をするのは怖い。

 啖呵を切ったものの自分の顔が引きつるのがわかる。

 

「それでは、なんにもならんのだ、孫。俺はお前の心を折りたいのだ」

 

 鎮元仙士は孫空女の顎を掴んで、ぐいと自分の顔に向けた。

 孫空女はその顔に向かって唾を吐いた。今度は真っ直ぐに鎮元仙士の顔に唾が当たる。

 鎮元仙士は別に感情を動かした様子はなかった。

 その代わり、なにかの道術で自分の手の中に、細い紐のついた小さな鈴を出現させた。その鈴を揺らして、ちりん、ちりんと音を鳴らした。

 

「あっ」

 

 孫空女は、ぎちぎちに拘束されている身体を左右に捩じった。

 股間に挿入された張形が淫らに動き始めたのだ。それとともに耐えていた腰が自然に動いてしまう。

 

「ほら、いくんじゃないぞ……。霊具に負けて、いってしまえば、朱姫は兵の群れに放り込むぞ。いいのか? それとも、仲間を売っていい気持ちになるか?」

 

 鎮元仙士が囁く。そして、手の鈴が鳴り続ける。

 どうやら、鈴の音に共鳴して張形が動くようだ。

 

「こ、この……く、糞……く、糞野郎──」

 

 腰の動きをとめられない。

 孫空女は耐えようとするが、それにも関わらず、孫空女の身体は快楽の極みを欲して、張形から与えられ刺激を搾り取ろうとしている。

 腰の動きがとめられない。

 孫空女が身体を動かす度に、子宮の底にずどん、ずどんという快楽の塊りが突き刺さる。

 

 もっと──。

 もう少し──。

 

「ああっ、あっ──あっ──」

 

 口から嬌声がこぼれる。

 

「いくと、朱姫を百人に凌辱させるぞ。いくなっ。三日も、四日もだ。朝昼晩、交替で犯し続けさせる──。あの娘の精神が完全に崩壊するまでな。いかに、宝玄仙が偉大な法師でも、ぶっ壊れた頭を元には戻せんぞ」

 

「だ、だって──、い、いくうっ──、い、いやだ……あああっ」

 

 鈴の音は続いている。

 昇ってくる……。

 なにかが孫空女の全身を貫く。

 腰に咥えさせられている張形の動きは激しくなる。

 閃光のようなものが孫空女の視界に拡がる……。

 

「喋る言葉は汚いが色っぽい声を出すものだ──。鈴をとめて欲しいか? それとも、このまま鳴らし続けるか? どっちでもいいぞ。だが、いったら、朱姫は百人の相手だ」

 

「やめろ──ああっ──す、鈴をとめろ──」

 

 叫んだ。鈴の音がとまる。そして、張形もとまる。

 孫空女はがっくりと首を垂れた。

 

「本当に、とめてよかったのか? あのままいきたかったのではないのか、孫?」

 

 鎮元仙士が鈴を一瞬だけちりんと鳴らした。張形が振動する。

 

「くわあっ──」

 

 鎮まりかけていた身体の火照りが暴発する。

 しかし、すぐに音の消滅により張形がとまる。

 

「孫、お前が、朱姫を売れば、お前が欲しがっている快楽を与えてやろう。しかし、売らずに勝手にいったら朱姫を壊す──。孫、返事をしろ。どうしたい。いきたいか? そのために朱姫を売るか? お前の口から朱姫を百人の相手をさせろという言葉が出れば、その火照りきった身体をいかせてやろう」

 

「ふ、ふざけるなっ」

 

 叫んだ。

 また、鈴を振られる。

 張形が動く。

 孫空女の口から嬌声がこぼれる。

 しかし、音がやみ張形がとまる。

 どうしようもないもどかしさにくすぶる身体。

 激しくなる息切れ。

 

「どうせ、いつか、お前は朱姫を売ることになる。その次は宝玄仙を裏切る約束をさせる。いずれそうなる」

 

 鈴が降られた。

 孫空女は仰け反った。

 今度こそ、いってしまう 。

 また、張形がとまる。疼きで身体が焼けてしまいそうだ。全身が快楽を求めて荒れ狂っている。

 

「孫、とりあえず、朱姫を売れ?」

 

 鎮元仙士が言った。

 

「しゅ、朱姫には、手を出すな……。あ、あたしを使えよ……」

 

 孫空女は息も絶え絶えに言った。

 

「お前は使わん。お前の役目は、その心を折ることだ。心が折れれば、お前の身体に流れている宝玄仙の『道術返し』の力も弱まる。心が屈服すれば、俺の道術を受け入れるようになるのだ。そうしたら、さらに道術をかけて、宝玄仙を殺すための道具にお前を仕立てる」

 

「ふざけるな──。うああっ」

 

 鈴が鳴らされた。

 張形が動く──。

 鈴が鳴り続けるので、だんだんと張形の振動が激しくなる。

 

 いく──。

 いってしまう──。

 快感がつきあげる。

 

「と、とめろ──。くうっ──鈴をとめてえ──」

 

 孫空女は叫ぶ。だが、本当にとめていいのか。もう、いきたい。絶頂に身を委ねたい。

 

「い、いくううっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 だが、その瞬間、ぴたりと張形がとまった。

 

「よかったな、孫。股間の淫具がとまってくれて。それとも、いきたかったか?」

 

 まだ、鎮元仙士は孫空女の顎を掴んでいる。だが、もう睨み返す気力もない。

 

「ふ、ふざけるな──」

 

「頭の悪い女だな。同じ言葉しか言えんのか? ならば、そうだな……。“気持ちいい。このまま、いかせてください”と言うのだ。そうすれば、張形はとまるようにしてやろう。だから、いかなくてすむぞ。いってしまえば、朱姫を壊すからな」

 

 鎮元仙士の手から鈴が消えた。ふと気がつくと、孫空女の首の赤い首輪に鈴がぶら下がっている。

 その鈴が揺れ始めた。張形も動く。

 

「き、気持ちいい──。このまま、いかせてください」

 

 孫空女は慌てて叫ぶ。だが、張形はとまらない。どんどん激しくなる。

 

「言った──。言ったのに──。気持ちいい。このまま、いかせてください……。気持ちいい。このまま、いかせてください……。い、言った。言ったよ。とめて──。とめてえ──。ねえ、ほら──気持ちいい。このまま、いかせてください……。言った。言ったってばあ。ああああああっ──」

 

 突きあがる。

 なにかが爆発する。

 鈴がとまった。

 

「心配するな。その言葉を一度唱えれば、必ず張形はとまる。だが、お前が絶頂を迎えるぎりぎりでな──。本当にいきたかったら、朱姫を売るしかない。だが、いくということが、朱姫を売ることなのだ。だから、これには終わりがない。どうやっても、朱姫は壊されるのだ。壊されないためには、この中途半端な状態をずっと継続することだ」

 

「糞が……」

 

「これを終わらせたければ、朱姫を凌辱してくれと口にしろ。口にすれば、お前は、好きなように快楽に溺れればいい」

 

「兵どもには、お前の尻の孔でもやれよ」

 

 孫空女は吠えた。

 鎮元仙士が指を鳴らした。

 顔も見たことのない兵三人が部屋に入ってきた。

 その兵たちが、孫空女の姿を見て驚いた表情をする。そして、にやついた。

 

「この孫を屈服させろ。この女の口から、朱姫を裏切るという言葉を吐かせるのだ。吐かせることができたら報告しろ。こいつを操るための操心術をかける。宝玄仙を捕えるための罠に使う」

 

 鎮元仙士がわざわざ孫空女に聞こえるように、それを言っている理由がわかった。朱姫を裏切ることは宝玄仙を裏切ること。そう説明しておいて、朱姫を裏切らせるつもりなのだ。そうすることで、孫空女の心を折ろうとしている。心を折って、『道術返し』を弱らせようとしている。

 

「俺は行く。なにをしても構わん。ただし、犯すな。犯していいのは、屈服の言葉を言わせてからだ」

 

「わかりました」

 

 三人の兵が、孫空女の周りに集まった。

 卑猥な表情を浮かべて……。



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56  半妖少女

「ぐひいっ──」

 

 乳首になにかが軽く突き刺さる。

 そして、思い切り引っ張られる。

 

「動くな──。皿の分際で」

 

 叱咤が飛ぶ。

 朱姫は身体を緊張させた。

 裸体に載せられた食べ物が、ぐりぐりと股間になすりつけらえる。

 ぴたりと閉じた股間に肉のたれがあるのだ。

 それを朱姫の身体に載せた肉をつけて兵たちが食べる。

 

 なぜ、そんなことをしているかというと、朱姫が皿になることを選んだからだ。

 孫空女とともに、鎮元仙士(ちんげんせんし)という男の率いる天教教団の兵に網で捕えられた。

 激しい戦闘が起こったが、最初に捕えられてしまった朱姫と孫空女には、その戦闘は無関係に発生し、そして、終了した。

 沙那と宝玄仙は、なんとか『移動術』で逃亡に成功したようだ。

 

 いずれにしても、自分が半妖であることは、まだ感知されていないようだ。

 だから、連れていかれた孫空女とは違い、警戒は緩かった。雁字搦(がんじがら)めに拘束されていた孫空女に比べて、朱姫への拘束は緩い。

 いまも、まったく拘束はされていない。

 おそらく、侍女代わりの平凡な人間族の少女と考えられていると思う。

 拘束しなくても逃げられないと考えているのだろう。

 朱姫の身体からは、霊気の探知が難しいというのもあるだろう。道術を封じる霊具のようなものもない。

 

 だが、孫空女と引き離された以上、朱姫は機会を持つことにした。

 囚われた場所は、五荘観院(ごそうかんいん)という天教の施設らしい。

 ちょっとした砦だ。

 助けに来てくれるだろうか……?

 だったら、大人しくしておくべきかとも考えた。

 

 帝国に拡がり、圧倒的な権威として君臨する天教だが、帝国領を抜けた諸王国領となると、その影響も天教本院のある帝国から離れるにつれ、教団施設の数も少ないはずだ。

 そうだとすれば、逃亡に成功した宝玄仙が、この場所を特定し、ここに辿りつくのは難しいことではないだろう。

 沙那もいる。

 問題は百人もの天教の教団兵が詰めているこの砦に対して、あの気まぐれな変態巫女が、朱姫や孫空女を救出するために乗りこむ気があるかどうかだ。

 

 ともかく、朱姫はこの五荘観院に連れ込まれてすぐ、地下室のような場所にあった牢に放り込まれた。

 孫空女は網に入った状態で厳重に拘束され直してから、網から出されて、鎮元仙士が、そのままどこかに連れて行った。

 一方で朱姫は、しばらくしてやってきた兵たちに、牢の中でよってたかって素裸にされた。

 そのとき、誰かが、朱姫の耳と口に中になにかを入れた。

 すると、孫空女の声が聞こえてきた。

 

 どこか別の場所で、孫空女は性的な拷問を受けているようだ。

 責めているのは、やはり教団の兵のようで、孫空女に「朱姫を凌辱にかけることに同意せよ」と迫っている。

 朱姫には、彼らがなぜそのようなことをしているのかがすぐにわかった。

 孫空女の中にある宝玄仙の『道術返し』を消失させようとしているのだ。

 道術の源である霊気は、自然の中にあり、道術遣いや妖魔、即ち亜人族に備わる力の一種であるが、それを動かすのは“精神力”だ。

 だから、精神が弱まれば、霊気も弱まり、道術の防護力も薄れてしまう。

 鎮元仙士たちは、「色責め」で孫空女の精神力を削ごうとしているのだ。

 精神力が削がれれば、道術力が弱まり、敵の道術を受け入れる身体になる。

 

 兵たちに素裸にされた朱姫は、再び現れた鎮元仙士から、ここにいる兵の全員に凌辱されるのがいいか、“皿”になるのがいいかと言われた。

 “皿”になるという意味がわからなかったが、朱姫は、当然、それを選んだ。

 

 その結果がこれだ──。

 朱姫は大きな台の上に仰向けに寝かされ、裸体の上に食べ物を並べられた。

 料理を載せる皿ということらしい。

 拘束はされていないが、皿であることを拒否して動けば凌辱だと言われた。朱姫は逃げるわけにはいかなくなった。

 

「あくうっ」

 

 朱姫は、またもや悲鳴をあげた。

 股間の敏感な場所にぐりぐりと肉が擦りつけられたのだ。

 朱姫に手を出すなと命令されている兵たちの欲求不満による嫌がらせだ。

 わざと刺激して、朱姫を感じさせようとしているのだ。

 

 台に横たわったまま連れてこられたのは、兵が詰める兵舎の食堂のようだ。

 裸体に肉を並べた朱姫が現れると、ものすごい数の男たちのどよめきが起きた。

 しかし、食べること以外に手を出してはならんと清風(せいふう)という名の隊長が大喝すると、少しだけ静かになった。

 直接触ってはならんという命令も出された。

 その代わり、なにをされても、朱姫はじっとしていなければならない。

 “皿”になりきれず、耐えられなくなって、暴れ出せば、本当に百人を相手に犯されることになる。

 

 そして、始まった。

 兵たちは、裸体に載った肉を取る振りをしながら、股間に乳首に無遠慮に箸を延ばす。

 とにかく、許される限りの嫌がらせで、朱姫に抵抗を強要しようとしてきた。

 十人ずつくらいの集団が次々に交替で朱姫に載った肉を囲む。

 無遠慮に身体中を箸で突かれたり、肉を擦りつけられたりしながら、身体中を刺激される。

 肉がなくなれば交替らしい。

 また、肉が並べ直されて別の集団がやってくる。

 

 いったいどれだけの長い時間続ければいいのだろう。

 些細な刺激ではあるが、刺激され続けることで、兵たちの攻撃が疼きとなって、朱姫の身体に積み重なる。

 しかも、耳からはずっと聞こえ続ける孫空女の嬌声や兵たちが朱姫の身体を批評する嘲笑の言葉が聞こえ続けるのだ。

 それらのすべてが、朱姫の身体と心を蝕む。

 

 しかも、それだけじゃない──。

 日に三回やることを義務付けられているお尻の自慰をまだやっていない。

 朱姫の身体は途方もなく疼き始めていた。

 肛門が熱いのだ。

 じわじわと痛みのような疼きがそこから全身を蝕んでいく。

 

「ここは感じるか、どうだ、皿?」

 

 ひとりの兵が、肉を朱姫の脚の下に肉を掴んだ箸を差し込み、朱姫の肛門をぐりぐりと刺激した。

 

「あひいっ。だ、駄目えっ」

 

 宝玄仙に開発され尽くした肛門から電撃のような快感が迸った。朱姫は身体を仰け反らせた。

 

「ほう、この皿は、尻が弱点のようだな」

 

 ほかの兵の掴んだ肉が一斉に、朱姫の肛門を襲う。

 

「か、勘忍して――。そ、そこだけは――」

 

 朱姫は思わず叫んだ。

 しかし、ますます抉るような朱姫の肛門への攻撃は激しくなる。

 

「ほら、もっと動け。身体の肉を振り落とせ――。そして、俺たち全員といいことしようぜ」

 

 朱姫は拳を握りしめて、その快感に耐え続けた。

 だが、こうしているあいだも、宝玄仙に装着されている首の霊具のために、身体が淫らに欲情する。

 反応が大きくなった朱姫の身体を面白がって、兵たちが拍車をかけて悪戯する。

 

「皿のくせに、みっともなく達っしたら、“皿”じゃなくて、俺たちに犯されることを選んだということにしませんか、清風隊長」

 

 ひとりの兵が声をあげた。

 

「……いいだろう。一度でも、この娘がいったら、お前たちに凌辱させる」

 

 室内に爆発するような歓声が起こった。

 

「ひっ」

 

 朱姫は血の気が引くのを感じて、悲鳴をあげそうになった。

 だが、慌てて、声を飲み込む。勝手に声を出しても、皿でないと見なされるかもしれない。

 また、次から次へと延びてくる肛門へのいたぶりが始まった。

 朱姫は歯を食いしばった。

 

「朱姫、ここにいる男たちに犯されたいか──?」

 

 無遠慮な尻への愛撫に耐えている朱姫に、清風という隊長が言った。

 

「い、いやだよ──。か、勘忍して……、ひいいっ」

 

 その清風の指が朱姫の肛門に突き刺さったのだ。

 朱姫は尻の穴を指で抉られて、思わず跳ね除けそうになった。

 だが、皿でいなければ犯される。

 なんとか耐える──。

 

「嫌だったら、お前の代わりに、孫玉蔡(そんぎょくさい)を凌辱しろと言え。お前が仲間を裏切ったら、勘弁してやろう」

 

 孫玉蔡?

 孫空女のことか?

 だけど、孫空女を裏切れ?

 

「な、なんで?」

 

 なぜ、そんな取引を言ってくるのかわからない。

 どういう罠なのだ?

 

「あひいっ」

 

 清風の指が肛門の内側を指で掻くように動く。猛烈な快感があがってくる。

 

「だ、だめっ。も、もう──、ああっ」

 

 あがってくる……。

 容赦のないものが込みあげる……。

 今度は耐えられない。

 

「孫玉蔡の声が聞こえるだろう、朱姫? あいつは、もうすぐ、お前を凌辱しろと口にするぞ。それよりも早く、お前があの孫玉蔡を売れ。お前が孫玉のどちらか、先に仲間に売られた方が凌辱されて売った方は助かる。どっちがいい?」

 

「そ、そんなこと──くああぅ」

 

 そんなこと絶対にできない──。

 孫空女を売るなど。だけど、

 このままでは……。

 また、耳からは、ほかの場所にいる孫空女が淫らな責めで追い詰められている声が聞こえる。

 確かに、朱姫を売れと強要されている。

 

「ならば、このまま達するか? 達すれば、その瞬間から凌辱される。ここにいる全員の兵がお前を犯す。それこそ、何十日も続けてな──。お前のような小娘など確実に壊れるだろうな。ほらっ、もう、いきそうだろ? 早く、孫空女を犯してと、口にしろ」

 

 我慢できない……。

 清風の指の動きが激しくなった。

 周囲の兵の歓声も激しくなる。

 

「うああっ──ああっ──ああっ──うくうっ──」

 

「よがっていないで口にしろ。お前の喋る言葉は、孫玉にも聞こえている。お前が裏切る言葉を聞かせてやれ。それとも、お前がここにいる全員に犯されるか?」

 

 指一本なのに……。

 朱姫は、歯を食いしばる。

 だが、もう我慢できない。

 いく──。

 いきそうだ──。

 犯される。

 自分は、壊される。

 耳の中からは、孫空女の嬌声と悲鳴が聞こえ続けている。

 孫空女だって耐えられるわけがない。

 あんなに媚薬でどろどろの身体だったのだ。

 清風の指がお尻の中を掻きしごく……。

 いく──。

 やだ。

 嫌だ。

 男になんか犯されたくない。

 嫌だ――。

 嫌だ――。

 嫌だ――。

 

「もう崩壊寸前だな。どうせ、俺たちの狙いは孫玉だけだ。お前は助けてやる……。孫玉を売ればな──。孫玉を裏切る言葉をあいつに聞かせてやれ」

 

「そ、孫姉さんを……」

 

 朱姫は口にしていた。

 もう限界だ。

 これ以上、時間を延ばすことは不可能だ。

 込みあげる……。

 快感が全身を支配する。

 孫空女を屈服させる材料として、朱姫が裏切る言葉を孫空女に聞かせようというのだろう。

 わかっている……。

 だけど、このままでは朱姫が犯されるのだ。

 

「孫姉さんと呼んでいるのか? 孫姉さんをどうする? それとも、お前が犯されるのか? どっちだ? 孫玉か、それともお前か?」

 

「孫姉さんを……」

 

 清風の指が朱姫の肛門を出入りする。

 朱姫の股間から垂れ下がった淫液がびしゃびしゃと音を鳴らすのが聞こえる気さえする。

 肛門の内部で指が曲がった。

 

「んひいっ」

 

 指でぐりぐりと抉られる。

 もう、駄目──。

 絶対にいく──。

 だけど、裏切れない──。

 孫空女を裏切れない──。

 でも、このままではいってしまう。

 

「孫姉さんを……を凌辱して──」

 

 朱姫は迸った快感とととともに、その言葉を叫んだ。

 

 

 *

 

 

 孫姉さんを凌辱して──。

 

 耳の中に、朱姫の悲痛な叫びが飛んできた。

 

「ふふふ……どうやら、お前の仲間は、先にお前を売ったようだな」

 

 鳴り響く鈴の音とともに、耳元でささやかれた。

 

「き、気持ちいい……。このまま、いかせてください……」

 

 孫空女は、もう何十度目かのその言葉を口にした。

 しかし、張形は止まらない。

 孫空女の股間の中で跳ね回る。

 快楽から逃げられない。

 いや、逃げたくない……。

 逃げたくないけど逃げたい。

 つきあげる──。

 頭が真っ白になる……。

 

「くはあああっ」

 

 だが、ぴたりと張形がとまる。

 孫空女はがっくりと身体の力を抜いた。

 

「本当に、これでいいのか? そうだ。次からは、張形をとめる言葉を変えてやろう。“もっと、もっといじめてください”。次からはそう言え。そうすれば、股間の淫具はお前をいじめてくれる。寸止めでな」

 

「う、うるさいよ、く、くそが……」

 

 孫空女は熱い息とともに悪態をついた。

 

「いきたいか、孫? いきたければいかせてやるぞ。お前を売った仲間を凌辱しろと言えばな」

 

「く、……糞野郎……」

 

「わかった。だったら、無条件にいかせてやろう……。一回だけな。一回だけなら許可してやる。一回だけは仲間を売ったことにはならない。これでどうだ?」

 

「ほ、本当か?」

 

 孫空女は頭をあげた。

 

「ああ、だから、口にしろ。朱姫を犯し殺してくれ、とな……」

 

 その男が言いながら、布越しに孫空女の股間の淫具を揺すった。

 三人のうち、その男だけがやたらにしつこい。

 孫空女の心をもてあそぶようにねちっこく追い詰める。

 

「あひっ」

 

「口にしろ。朱姫を殺せと。もう、朱姫はすでにお前を裏切ったぞ」

 

 別の男が孫空女の首輪の鈴を指でいじくった。張形が動く。

 

「いひいいっ」

 

 喉から声が迸る。だが、男が手を離すと、張形がとまる。

 

「裏切りの言葉を言え。もう、限界だろう?」

 

 男の指が鳴った。

 張形が激しく動き出す。

 

「あはああっ──はああっ──ああぁああああ──」

 

「次は、そのままいっていいぞ」

 

 いってもいい……。

 その言葉が頭で繰り返される……。

 この三日間の宝玄仙の責めの後に加えられたこの性の焦らしの責め苦……。

 孫空女は自分の身体も心も限界だということがわかっていた。

 だから、一度だけいっておけば……。

 

「だから、朱姫を殺せと言え……」

 

 耳元で囁かれた。

 

「もっと……」

 

 股間の中で張形が跳ね動く。

 限界を過ぎている孫空女の意識が飛んでいく。

 

「なんだ?」

 

 耳元で言葉をささやいていた男が不審な声を吐いた。

 

「もっと……いじめて……ください……」

 

 張形がとまった。

 孫空女はもう絶頂の寸前だったのだ。

 精神力──。

 それだけで支えていた。

 一度、心が折れれば、もう立ち直れない。

 

「しぶといな……。熟れきった雌のくせに……。おい、しばらく身体をいじくってやろうぜ。隊長は、犯すなとは言ったけど、裸にしてはならんとは言わなかったぜ」

 

「そうだな」

 

 ひとりの男の言葉に同調して、残りのふたりも孫空女の身体に手を伸ばした。

 孫空女は、もうなにか言葉を言い返す気にはなれなかった。勝手にしろと思っただけだ。

 廊下から慌ただしい物音がした。

 誰か近づいてくる。

 孫空女の身体から衣類を引きはがそうとしていた男たちが手を止めた。

 部屋の扉が開いた──。

 

「妖魔が──」

 

 叫んだ兵がそこで崩れ落ちた。その背後に獣人がいた。

 いや、妖魔だ。小さいが額に角がある。

 

「何者だ──?」

 

 部屋の中で孫空女をいたぶっていた三人の兵が身構える暇もなく獣人が跳んだ。

 獣人の爪が三人の兵の喉を斬り割く──。

 

「孫姉さん──」

 

 獣人が叫ぶ。

 

「しゅ、朱姫なの?」

 

 もう、人間の姿に戻りかけているが、それは朱姫だった。

 

「あたしのことを半妖だとは、思っていなかったようです。だけど、それ程長い時間は、この獣人の姿を保てません」

 

 朱姫の腕が孫空女が縛られていた柱を砕いた。

 拘束しているものの一部を失った『魔縄』が下に落ちる。

 朱姫は、もう娘の姿に戻った。

 

 朱姫は裸だ。

 全身が返り血にまみれている。

 孫空女は立とうとしたが立てなかった。

 長い時間、色責めをされていた身体がいうことをきかない。

 

「あたしの眼を見て、孫姉さん──。あたしの『縛心術』で孫姉さんの身体を石みたいに感じなくします」

 

 すぐに身体が楽になる。

 暴発寸前の疼きの塊りのようなものがなくなったわけではないが、これなら動ける。

 

「『如意棒(にょいぼう)』伸びろ──」

 

 耳から取り出した『如意棒』を振りあげた。

 これは、見つからず、取りあげられなかったのだ。

 

「ここにいたぞ」

「捕えろ──逃がすな──」

 

 武器を構えた兵たちが、部屋に雪崩れ込んだ。

 『如意棒』をひと振りする。

 五、六人の男が吹き飛ばされて、さらに後方の集団に飛ばされる。

 

「逃げるよ──、朱姫」

 

「はい」

 

 孫空女は壁を砕いた。

 その空いた穴に飛び込む。

 朱姫も続く。

 どこかの空き部屋だ。

 孫空女が開けた穴から兵が追ってくる。

 穴を追ってきた兵を『如意棒』で穴に押し返す。

 その兵が穴に挟まり、少しだけ時間が稼げる。

 

 孫空女は反対側の壁を砕いた。

 廊下に出た。

 出くわした三、四人の兵がぎょっとした表情をした。

 『如意棒』を振る。

 それで、もう兵たちは動かなくなる。

 

 窓が見えた。

 いまは夜のようだ。

 その窓を砕く。

 外に通じる穴が開く。

 ここは三階だ。

 穴から覗くと、この館のあちこちから兵たちが武器を持って、眼下の広場に出てくるのが見える。

 館を囲む外壁に配置し、孫空女たちの逃亡を防ごうとしている。また、この建物も囲みつつある。

 

「朱姫、あたしの背に乗って――」

 

「わかりました、孫姉さん」

 

 朱姫の体重が背中に感じるのを待ち、孫空女は、外の広場に向かって飛んだ。

 空中で孫空女は『如意棒』を振り回しながら着地する。

 地上に降りると同時に『如意棒』に触れた兵が、宙に舞う。

 

「あたしに、もう容赦はないよ。死にたくないなら道を開けな──」

 

 孫空女は、朱姫を地面におろした。

 走る──。

 朱姫もついてくる。

 『如意棒』を振り回す孫空女を阻める者などいない。

 

 五人、十人と前を阻む兵を跳ね飛ばす。

 やがて、兵が逃げ出した。

 孫空女の駆ける前が、潮が引くように開ける。

 

 この館を囲んでいる壁が見えた。

 門は兵で固められている。

 関係ない──。

 眼の前に敵兵はいない。

 壁があるだけだ。

 ぶち抜く──。

 孫空女は『如意棒』を構えた。

 

 しかし、不意に股間の中の張形が激しく動き出した。

 官能の嵐が稲妻のように全身を貫く。

 全身の力が抜ける……。

 

「くあああっ」

 

「孫姉さん──。あたしの『縛心術』が取り消された──。猪公(ちょこう)鳴戸(なると)、出てこい」

 

 朱姫が後ろで叫んだ。

 孫空女は片手で股間を押さえて、その場にうずくまってしまった。

 張形が跳ね回る。

 これまでに感じたこともない最高の愉悦が全身を貫く。

 

「鳴門、跳躍先はどこでもいい。移動術の門をここに開け――」

 

 朱姫が怒鳴った。

 

「駄目だね。ここには結界が張ってある。移動術を邪魔するね」

 

 鳴門の返事に、朱姫が舌打ちしたのがわかった。

 

「だったら、猪公──。お前が孫姉さんを担げ」

 

 身体が浮きあがる。

 猪公に身体を抱きあげられた。

 

「孫姉さん、しっかり」

 

 朱姫が泣きそうな声で叫んだ。

 猪公の背中で、快楽の絶頂が孫空女の身体で爆発する。

 とにかく、孫空女は、この三日間待ち望んでいたものについに達することができた。

 それでも張形はとまらない。

 もう、次の波が孫空女の中に襲い掛かる。

 

「お前は、妖魔だったのだな、朱姫」

 

 鎮元仙士の冷静な声が近づいてくる。

 焦りのない鎮元仙士の声で、孫空女はもう自分たちが逃亡できる機会が逸したことを悟った。

 大勢の武器を構えた教団兵に囲まれた。

 

「駄目だね、主殿──。もう、逃げる場所がないね……」

 

「……しゅ、朱姫、さっきのお前自身の変身の道術は……?」

 

「駄目です、孫姉さん。『獣人術』の魔術は、あたしの道術の全力なのです。あの術を使うと、しばらく、なんの術も使えないのです。遣えるのは、使徒の術くらいで……」

 

「……なら、朱姫、(かなで)を出せ……。いっ、ひいいっ──ま、また、いくうっ」

 

「孫姉さん──、待って」

 

 朱姫が奏を出した。朱姫の操る三匹目の使徒だ。

 ばさばさという羽根がはばたく音がする。

 

「……お前は、奏に担がれて逃げろ、朱姫──。あひいいっ──」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 そして、絶頂に達した。

 すぐに三度目もきそうだ。

 もう身体が壊れてしまう。

 

「そんな、孫姉さんを置いていくなど──」

 

「迷うんじゃない、朱姫――。早く――」

 

 奏一匹では朱姫ひとりなら抱えられるが、孫空女までは無理だ。

 

「か、必ず、ご主人様と戻ってきます──。猪公、鳴門、孫姉さんを頼む」

 

 奏が飛びあがった。

 羽音があっという間に遠くなる。

 

「しまった。逃げたぞ──」

「矢を使え──。射ち落とせ──」

「追え、追うのだ。追跡隊を編成しろ──」

 

 飛び交う命令を耳にしながら、孫空女は快楽の爆発と戦っていた。

 膣で暴れる張形は肉芽も同時に前後左右に動かし続けている。

 

「ひぎいいいっ」

 

 また達した。

 もう、いやだ──。

 それでも、張形は孫空女の淫孔の中で跳ね回る。

 猪公と鳴門に向かって、数十名の教団兵が一斉に棒を向ける。

 二匹が姿を消す。

 孫空女は地面に投げ出された。

 

「おおおおっ」

 

 またもや絶頂だ。

 孫空女は快楽に任せて獣のように吠えた。

 

「……やってくれるではないか、孫玉」

 

 鎮元仙士の声がすぐそばにあった。

 縄が身体の上に被される。

 その縄が勝手に動いて孫空女の身体を拘束した。

 やっと股間の淫具がとまる。

 

「お前の心を砕いて、俺の道術を受け入れるようにすることはやめる。お前は、殺す、孫」

 

 もうどうでもいい。

 とっとと殺せ……。

 

「この広場の真ん中に穴を掘って、首だけ出して埋めておけ」

 

 鎮元仙士が言った。

 

「ついでに、そこに『小便場』と立札を立てましょう、鎮元仙士様。頭だけ出した孫空女の顔は上を向かせておいてね。小便がよく飲めるように」

 

 そう言ったのは、明月という鎮元仙士の部下だ。

 

「好きにしろ、明月。こいつの処刑は明日だ。それと、朱姫を逃がすな。どうせ遠くには逃げれん」

 

「わかりました。それと、朱姫については、すでに清風が追っています。すぐに朱姫も戻るでしょう」

 

「わかった」

 鎮元仙士が立ち去ると、明月の足で孫空女の腹が蹴りあげられた。

 二度──三度──四度──。

 

「お前の処刑は明日だ、孫──。それまで、腹いっぱいに兵どもの小便を飲んでおけ」

 

 また、明月の足が腹に食い込んだ。



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57  狩る者と狩られる者

「ご主人様のせいです。それは認めてください」

 

 沙那は、宝玄仙の前に、両肩に担いでいたふたりの教団兵の身体を放り投げた。

 岩陰に隠れていた宝玄仙が、その兵たちから髪の毛を抜き取り、手に持っていた『操人形』の中に入れる。

 少し前に、黒風怪(こくふうかい)との騒動に発展した観院という帝国の西方の寺で、宝玄仙が若い僧侶を操るのに使ったものだ。

 それを大量に、宝玄仙が急遽量産したのだ。

 

「ほら、終わりだよ。また、五荘観院(ごそうかんいん)に戻しな、沙那」

 

「ご主人様──」

 

 沙那は地面に胡坐で座っている宝玄仙を睨んだ。

 

「わかったよ、沙那。今回のことは、全部、わたしのせいだよ。道中に淫靡な責めを孫空女にしなければ、孫空女も朱姫も教団兵に捕えられるようなことはなかった──。これでいいのかい? 認める。認めるよ」

 

「結構です。直接、孫女と朱姫にも謝ってくださいよ、ご主人様」

 

 沙那は倒れているその兵の上半身を抱き起こし、背中から喝を入れる。兵が虚ろな表情で目を覚ます。

 

「お前たちは、わたしたちの諜者よ。なにくわぬ顔をして、五荘観院に戻るのよ。いざというときは、孫空女と朱姫を護るの。ただし、それまではお前が諜者であることを気づかれちゃ駄目よ。わかったわね」

 

 沙那は耳元で囁いた。

 

「わかりました」

 

 その兵たちは立ちあがって五荘観院に向かって歩いていった。

 五荘観院まではすぐだ。

 外周警戒の途中でいなくなったことさえ、気がつかれてないだろう。

 

「これで、十五人だったかね、沙那?」

 

「はい」

 

 沙那は言った。

 襲撃から宝玄仙の『移動術』で逃れてすぐに、捕らわれた孫空女と朱姫を追った。

 また、その襲撃で沙那は毒矢を受けたが、それはすぐに宝玄仙が治療してくれた。

 問題は連れて行かれたふたりをどうやって救出するかだ。

 

 なにせ、ふたりは火砲まで装備している百名もの教団兵に連れて行かれたのだ。

 しかも、その隊は、鎮元仙士(ちんげんせんし)という教団の法師が指揮をしているようだ。

 とにかく、五荘観院という山中にある教団の施設を砦にしていることは、すぐにわかったから、宝玄仙とともに、そのそばの洞窟に拠点を張った。

 

 それで、まずやったことは、こうやって警戒に出てきている教団兵をひとりひとり捕えては、宝玄仙の魔具である『操人形』で支配しては、五荘観院に送り返すことだ。

 『操人形』は、あの『服従の首輪』ほどの完全な支配魔具ではないが、宝玄仙ほどの力があれば、普通の人間が相手なら、ほぼ同じくらいの完全な支配に置いてしまう。

 もともと、宝玄仙が嗜虐趣味の余興として、沙那たちを第三者を操って責めさせるために作ったものらしい。

 

「それで、兵を率いている鎮元仙士というのは、どういう男ですか? 内部かどういう状況かわかりますか?」

 

 沙那は訊ねた。

 宝玄仙は『操人形』を刻んだ兵を通じて、砦の様子を見聞きすることができるのだ。

 

「いや、兵を率いているのは、むしろ、清風(せいふう)明月(めいげつ)という教団兵の将校のようだね。鎮元は、そのふたりを通じてこの襲撃隊を動かしている。鎮元というのは、そうだねえ……。ひと言で言えば、自惚れ屋だよ」

 

「自惚れ……ですか?」

 

「ああ、大した実力はないくせに、自分は八仙の器だと信じ込んでいる。帝都にいたときも、このわたしに、露骨な嫌味を言っていたものさ。嫉妬していたのさ。自分の道術の実力が上なのにわたしが先に八仙に選ばれたことにね」

 

「ご主人様よりも道術の力は上なのですか?」

 

 沙那は驚いた。宝玄仙よりも強い道術師だとすれば強敵だ。

 

「冗談じゃないよ。鎮元の取り柄は『移動術』くらいだよ──。まあ、『移動術』にかけては、そこそこのものかもしれないね。それは認めるよ。それこそ、どこにでも跳んでいくからね。普通は『移動術』は、結界紋と結界紋の間しか往復できないし、結界紋はすぐに消えてしまうから、なかなか使いこなすのは難しい。ましてや結界を刻んでいない道中の先に『移動術』で飛ぶなんてことはできない」

 

「まあ、そうですね。そんなことができれば、こうやって、旅をする必要はありませんものね」

 

「だが、あいつは『移動術』の出口に結界紋がなくても、『移動術』が使えるんだよ。過去に訪問したことがある場所なら、その記憶だけで『移動術』で飛べる。だから、どこにでも出現できるのというわけさ」

 

「そんなことが……。もしかしたら、この教団兵も、その術で帝都から来たのでしょうか?」

 

「おそらくね……。まずは、鎮元ひとりが『移動術』で飛び、その先に作った結界紋で兵どもを送り込んだのだろうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 そういうことであれば、今後も同じ方法で、いくらでも教団兵が襲撃できるのかもしれない。

 

「その鎮元の『移動術』は、鎮元が行ったことのある場所にしか行けないのですね?」

 

「まあ、そういうものらしいね。自分のその能力が、いかに凄いかという自慢をさんざんに聞かされたものさ。ほかの八仙にも、そんなことができるのはいないからね。わたしになんか、霊具作りしか才能がないくせに、八仙になったのは闘勝仙に身体を差し出したからだと言いやがって……」

 

「ちょっと、ご主人様、声が大きい……」

 

「ああ、思い出したら腹が立ってきた。あいつ、このわたしが闘勝仙の『呪い』で苦しんでいたときに、それを知っていて、からかいやがったんだよ。手は出さなかったが、助けようともしなかった」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「わかりました……。落ち着いてください、ご主人様」

 

 宝玄仙はこの巡礼を始める直前、八仙と呼ばれる三人の教団の最高幹部を殺した。殺した理由は、その闘勝仙(とうしょうせん)漢離仙(かんりせん)呂洞仙(りょどうせん)という八仙が、宝玄仙を罠に嵌めて、二年間も宝玄仙を凌辱し続けたからだ。

 その復讐だ。

 この経緯については、まだ帝国領を旅しているとき、宝玄仙が話してくれた。

 

「ところで、鎮元の『移動術』は、どこまで可能なのでしょうか? つまり、今後とも先回りされる可能性があるのでしょうか?」

 

「ああ、その可能性はあるね……。あいつは若い時代に西域の入口まで行ったことがあると言っていたからねえ。だから西域にだって飛べるさ。いまいましい」

 

 やはり、もしも、この危難を乗り越えたとしても、またやって来る可能性があるのだ。

 沙那は嘆息した。

 

 それにしても──と思う。

 沙那たちを奴隷のように扱うこの宝玄仙を、逆に奴隷の境遇に二年間も置くとは、教団の最高位の世界はなんと恐ろしい場所なのだろう。

 

 考えてみれば、以前は宝玄仙も沙那たちと同じような仕打ちを別の人間から受けていたということだ。

 自分が受けて嫌だったことを自分の供に加えるというのはどういう思いなのだろうか。

 もっとも、沙那には、この宝玄仙の性癖もわかってきた。

 宝玄仙は、決して沙那たちを嗜虐することで最高の愉悦を覚えるだけじゃないのだ。

 自分が被虐されたときも、同じように快楽に酔う。

 流沙の宿町で、孫空女とともに宝玄仙を嗜虐したとき、あのときの宝玄仙は、明らかに沙那と孫空女の責めに悦び震えていた。

 

「なにを考えているんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が鋭い視線を送っている。考えていたことを見抜かれたような気持ちになり、沙那は慌てて口を開く。

 

「いえ……。なんでも……。ところで、孫女と沙那の様子はどうですか、ご主人様?」

 

 宝玄仙は、すでに『操人形』を結んだ教団兵を通じて砦の中を見ることができる。

 なにしろ、『操人形』は、支配する側とされる側の魔力の差によりできることが違ってくるらしい。

 つまり、最高度の魔力の持ち主である宝玄仙と『魔人形』を結ばれた教団兵では、宝玄仙の分身と同じだ。

 

「犯されてはいないよ。まだね……。ただ、愉しそうさ。色責めにかけられているね。どうやら、鎮元は孫空女を自分の道具にしようと思っているようだね」

 

 宝玄仙が喉の奥で笑った。

 

「呑気そうにしないでください。早く、助け出しましょうよ、ご主人様」

 

「まあ、焦ることはないさ。すぐには殺すつもりがないようだから──。それに、あの砦には百人の兵がいる。鎮元仙士については、わたしが抑え込めるが、清風と明月が率いる教団兵はそうもいかないんだ。用心してかからないとね」

 

 道術遣いである鎮元仙士には、道術で宝玄仙が圧倒するとしても、道術を持たない大部分の教団兵には術は効かない。

 彼らを抑え込むには、宝玄仙の術以外の手段しかない。

 確かに、現状では、沙那にも良案はない。

 

「色責めって、なんですか? 本当に、まだ大丈夫なんですか、ご主人様?」

 

「だから、心配ないよ。孫空女は三人の男に淫具で遊ばれている。色責めであいつが落ちると思っているらしいけど、おめでたい男だよ、鎮元は――。あの女の根性には、この宝玄仙でも屈服させるのは苦労したんだ。そう簡単に孫空女は心を折らせはしないよ」

 

「心を折るとか、落ちるとか、どういうことです?」

 

「鎮元は、孫空女に支配術をかけたいのさ。わたしを殺す罠にするためにね。だけど、わたしの『道術返し』が効いていて、孫空女に術が効かない。だから、色責めにかけているのさ」

 

「だから、その色責めとかいうやつで、孫女が屈服するとどうなるのです?」

 

「道術も所詮は精神力の一部さ。精神力が弱まれば、当然に、わたしがかけている道術返しも弱まる」

 

「だったら、多少危険でも、やっぱり急ぎましょうよ。孫女は、ご主人様のあの新しい淫具の実験台になっていたお陰で、普通の状態じゃないんです──。孫女が操られでもすれば、わたしにもどうにもなりません」

 

「だから、心配ない──。孫空女を責めている三人の教団兵のうちのひとりはわたしだよ。つまり、わたしが操っている『操人形』を結んで送り返した兵さ。ちゃんと手加減してやっているよ」

 

「なんですって──」

 

 沙那はびっくりした。

 

「なんで、ご主人様が孫空女を責めているんですか? 助ければいいじゃないですか。せめて、責めるのをやめさせてください」

 

「冗談じゃないよ──。横にはふたりの教団兵もいるし、鎮元が眼を光らせているんだ。落ちず、落とさずのぎりぎりのところを維持しておく方が安全だよ。下手な行動させるよりも、そっちが確実さ」

 

 いや……。

 絶対に孫空女の安全など最優先にはしていないと思った。

 この変態巫女は、この状況を愉しんで孫空女を責めて遊んでいる。

 そういう女なのだ。

 

「……まあ、いいです。じゃあ、朱姫はどうなんです?」

 

「大勢の兵のいる食堂に全裸で連れて行かれている。身体の上に肉を乗せられて“皿”にされているよ。あれは、面白そうだね。今度、やってみようか……」

 

 宝玄仙が笑い声をあげた。

 

「ご主人様──」

 

 沙那は宝玄仙を睨んだ。

 

「そんな大きな声を出すんじゃないよ──。ここは連中の砦のすぐそばなんだよ。気づかれるだろう、沙那」

 

「気づかれたら、また、『操人形』を結ぶ兵が増えるだけです。いくらでも倒してやります。とにかく、朱姫と孫女は敵に捕らわれているんです。それを忘れないでください」

 

「わかっているよ、沙那……。妙に真面目なんだから……」

 

 宝玄仙は口の中でぶつぶつ言っている。

 だが、沙那が腰に手を当てて睨むと肩をすくめた。

 

「……それにしても、ついに、天教教団はご主人様の捕縛に踏み切ったんですね」

 

 沙那は嘆息しながら、宝玄仙のすぐ隣に腰を降ろした。

 

「そのようだね。目的が捕縛かどうかは知らないけどね」

 

「捕縛じゃなければ、なんなんですか?」

 

「殺すことだよ。帝都に残っている連中からすれば、それが一番都合がいい」

 

「ご主人様を殺す……」

 

 沙那はそう呟きながら膝を抱えた。

 いや、確かにそうだ。

 いまの状況において、教団が宝玄仙を捕えるよりも殺すことを考えるのは当然だ。

 

 だが、改めて言われると、やはり恐ろしい。

 これから、沙那たちは、宝玄仙たちとともに、あの天教教団とも戦わなければならないのだ。

 帝国にいたときは天教教団は絶対だった。

 ある意味では宮廷よりも権威があり、そして、強力だった。

 教団に逆らうなど夢にも思ったことはないし、八仙という最高位の者たちは、神にも等しいものだと信じていた。

 しかし、この宝玄仙といい、宝玄仙を慰み者にし続けた三人の八仙といい、教団の最高位たちは、偉大な道術が遣えるが、実は碌でもない連中ばかりだ。

 そして、ただの人間だ。

 教団もまた同じだ。

 恐ろしくて、碌でもなく、そして、ただのつまらない組織だ──。

 

「おやっ?」

 

 宝玄仙が声をあげる。

 

「なんですか、ご主人様?」

 

「朱姫が暴れはじめたね」

 

「暴れはじめた?」

 

「道術を遣って、“獣人”になったんだ。だが、つまらないことをするねえ……。あの術は大した時間は続かないんだよ。その割には、朱姫には大きすぎる術で一度あれを遣うと、あいつはしばらく道術を使えなくなるのさ」

 

「そんな言い方ないじゃないですか──。とにかく……」

 

 沙那は立ちあがった。

 こうなったら、このまま砦に乗りこむしかない。

 

「待つんだよ、沙那──。ここで飛び込んでも死ににいくだけだ」

 

 宝玄仙が強い口調で言った。

 

「で、でも……」

 

「冷静になりな。お前らしくない。策を弄するのは、お前の専売特許だろう。無策で飛び込んでどうすんだい」

 

 宝玄仙が静かに言う。

 沙那は一度眼を閉じ、そして、大きく息を吸って吐く。眼を開けたときには、少し冷静さが戻ってきた。

 また座り直す。

 

 

「……朱姫は、あの『獣人術』の魔術じゃなくて、『移動術』で逃げればよかったんだけどね。孫空女を気にして、ひとりで逃げるという選択はしなかったんだろうかねえ……。あるいは、朱姫の移動術を妨げる結界でもあるかだ。さすがに、ここからではわからんね」

 

「いまは、どういう状況ですか、ご主人様?──。朱姫は、まだ無事ですか?」

 

「無事どころか……。『獣人』になっているあいつは無敵に近いよ。お前だってかなわないだろうね。ただ、長く続けられないだけさ……。あれっ? しまった──」

 

 宝玄仙が、舌打ちした。

 

「ど、どうしたのです?」

 

 沙那は慌てた。

 

「『操人形』を結んだ教団兵が、十五人から十四人になっちまった。朱姫が孫空女のところにいた教団兵を殺しちまった」

 

「もう、そんなことですか。じゃあ、孫女と合流したんですね?」

 

「ああ。ふたりで逃げ始めた……。ああ、建物から出て来たね」

 

 宝玄仙は『操人形』を結んでいる別の兵に視点を変えたようだ。

 

「逃げて来そうですか──?」

 

 沙那は細剣の柄を思わず掴む。

 自力で外に出て来れるようなら救出も可能だ。

 

「いや、鎮元仙士が迫っている。ふたりは気がつかないようだけど……。ちっ、これは逃げられないね……。まずいことになった……。この逃亡未遂で色責めではなく、さっさと殺しておこうという選択に変えるかもしれない……」

 

 宝玄仙も焦った表情になってきた。

 そのときは、もう、策など考えずに飛び込むしかない。

 宝玄仙は、しばらく、眼をつぶっていた。中に入りこませた『操人形』を刻んだ兵を通じて状況を眺めているのだ。

 

「……孫空女が倒れた……。あの様子じゃあ、おそらく、仕込まれていた張形を動かされたね……。朱姫は使徒を出したよ……。駄目だ。孫空女は捕まる。もう、逃げられない──。いや、朱姫だけは逃げる。あの羽根のある使徒の(かなで)を使って空から逃げそうだ──。よし、逃げた──。だけど、孫空女は捕まった」

 

「わたしは朱姫を迎えに行ってきます──」

 

 沙那は再び立ちあがる。

 

「待つんだよ、沙那──。砦の外に、清風が出てきた──」

 

 また、宝玄仙は視点を変えたのだ。

 

「……追撃隊を編成している。人数は十人。それを清風が指揮するよ」

 

「清風ですね。わかりました」

 

 沙那は頷く。

 

「十人の中に、できるだけこっちの手の者が混ざるようにやっている。ちょっと待っておくれ……」

 

 沙那が捕えて『操人形』を刻んだ教団兵は、警戒のために五荘観院の外に出ていた連中だ。

 当然、外に配置されている連中が多い。

 

「四人だ──。四人混ざった。十人のうちの四人──。覚えておきな、沙那」

 

「承知しました──。わたしが彼らに接触したら、お互いに殺し合わせてください。ただ、清風は放っておいてください。どうせ、兵の能力では清風は倒せません。清風はわたしが仕留めます」

 

「頼むよ、沙那──。わたしも、後ろから、追うから」

 

 沙那は、全力疾走で駆け出した。

 

 

 *

 

 

 朱姫を見つけた。

 あの黒い鳥妖の力では、さすがに人を抱えては遠くに飛んではいけないようだ。

 はっきりと見えるくらいの高度しかあがっていかなかったし、砦から少し離れただけで、もう高度が落ちかけている。

 

「すぐに落ちてくる。それまで見失わなければいい」

 

 清風は駆けながら言った。

 食堂で朱姫に抉られた腕の肉はまだ傷む。

 まさか、妖魔だとは思わなかったから油断したが、かろうじて避けた。

 避けきれなかった兵の三、四人が、あの巨大な爪で胸や喉を抉られて死んだ。

 このお返しはさせてもらう──。

 

 だが、あの妖魔に変身する術を遣われると面倒だ。

 しかし、見たところ、あの魔術はそう長くは続けられないようだ。そうでなければ、孫空女を置いてはいかなかっただろう。

 

 だったら怖くない。

 獣人になっても、時間をかせげばいい。

 それで娘に戻った朱姫を捕縛すればよい。

 今度は、ちゃんと『術封じの首輪』をつける。

 それは服の下の内隠しに入っている。

 

 朱姫を抱えた鳥妖が森の樹木の中に消えた。

 着地するのだ。

 朱姫はすぐに見つかった。

 

 全裸だ。

 樹木の間にうずくまっている。

 もう鳥妖はいなかった。

 力を失って消滅したのだろう。

 五荘観院の広場で暴れていた二匹の妖魔もそうだった。

 朱姫がこっちに気がつく。

 駆け出した。

 

「お前たち──。捕まえた後は、あの娘を犯していい。好きにしろ。もう、連れ帰っても殺されるだけの娘だ」

 

 清風の言葉に兵たちの目の色が変わった。

 獣の眼だ。

 

「く、来るな──」

 

 朱姫が駆けながら叫んでいる。

 怖がっている──。

 声に激しい恐怖が滲んでいる。

 清風は少し速度を緩めた。

 朱姫は懸命に駆けている。

 全力で駆ければ、逃げられるかもしれないと思っているのかもしれない。

 だが、逃げられない。

 捕えようと思えば、すぐに捕まえられる。

 だが、しばらく、ああやって全力で駆けさせてやろう。

 たっぷりと疲れるがいい。

 

「……ほら、もっと走らんと追いつくぞ」

 

 清風は速度の落ちた朱姫に言った。

 もう、普通の声でも届くくらいの距離だ。

 朱姫の荒い息遣いも聞こえる。

 

「もっと走れ、走れ。こいつらはお前を捕えて、犯し尽くすぞ」

 

 周囲の教団兵たちが歓声をあげている。

 もう、すっかりと囲まれている。

 それでも朱姫は裸身を揺らしながら駆けている。

 だが、もう限界のようだ。

 

 朱姫が足を取られた。

 白い肌が泥で汚れる。

 ふたりの兵が朱姫の足を掴んだ。

 

「離せ──。離せ──。離せ──」

 

 朱姫が兵たちの身体の下で暴れる。

 清風は、鎮元仙士から預かった『術封じの首輪』を朱姫の細い首に嵌めた。清風は道術遣いではないが、この霊具は朱姫自身の霊気により、本人の術を封じるらしい。

 外すためには清風が持っている鍵が必要だ。

 金属なので剣では斬れないだろう。

 

「あとは好きにしろ。砦に戻るのは朝でいい」

 

「いやだっ」

 

 朱姫が絶叫した。

 兵たちは、もう我先に装具を外して、朱姫に群がっている。

 朱姫の裸身が兵たちの身体の下に消えた。

 清風は、少し離れた場所に腰を降ろした。

 

「ぐえっ──」

「おがあっ──」

「な、なにする──」

 

 しかし、朱姫を襲っていた兵たちが急に争い始めた。

 

「なんだ?」

 

 突然の狂乱に清風は、すぐに行動ができないでいた。

 いきなり、兵たちがお互いに殺し合いを始めたのだ。

 一瞬、女を犯す順番を争って、喧嘩を始めたのかと思った。

 だが、殺している兵たちは、しっかりと装具をつけて、朱姫を犯すために武器を外してしまった兵を一方的に剣で突き刺している。

 

「な、なにをしている――。やめんか」

 

 清風は、剣を抜いて怒鳴った。

 そこに一陣の風――。

 清風は、転がってそれを避けた。

 

「さすがに教団兵の隊長ね。あんたの相手はこっちよ」

 

 細剣を構える若い女がそこにいた。

 確か、沙宝蔡だ。

 取り逃がしたもうひとりの宝玄仙の従者だ。

 

 斬撃――。

 

「くっ」

 

 沙那の繰り出す剣を剣で払う。

 態勢の崩れた沙那に、剣を突きつけた。

 沙那が後ろに跳躍してそれを避ける。

 

「結構やるな、沙那──。最初の襲撃で、お前を先に殺すんだったよ」

 

 清風は剣を脇に構えながら、沙那ににじり寄った。

 

「大袈裟な話をするんじゃないわよ。あんたなんかが、わたしたちを殺せるんならやってみなさい」

 

 沙那が動いた。

 清風も動く。

 

 一合――、二合――。

 

 馳せ違う。

 思ったよりも強いと思った。

 隙はない。

 

 清風は叫びながら突進した。

 沙那の剣が屈んだ清風の背中を通り過ぎる。

 

 斬り込む。

 沙那の足の皮に剣の先が掠る。

 いや、服を斬っただけだ。

 皮膚には届いていない──。

 

 身体が離れる。

 沙那はすでに肩で息をしている。

 清風は額にうっすらと汗をかいている程度だ。

 

 沙那が脇に剣を引きつけて構える。

 清風はやや剣を下げて構えている。

 

 そのまま膠着する。

 沙那も不用意には突っかけてはこない。

 清風はわざと隙を見せて誘った。

 

 沙那が声をあげて踏みこんでくる。

 清風は退がる。

 

 さらに沙那が前に出る。

 清風も出た。

 

 一度、剣と剣がぶつかる。

 離れる。

 ふたりの位置が入れ替わって、また膠着する。

 

 今度は、清風から動いた。

 跳躍する。

 

 胴に向かって剣を横に払う。

 沙那が地上を這うように身体を沈めた。

 相手の剣が清風の膝の上に入った。

 

 一瞬だけ鋭い痛みを感じたが大したことはない。

 掠っただけだ……。

 ふたりの身体が離れる。

 沙那が後方に跳躍するようにして、大きく距離をとった。

 

「わたしの剣が当たったわね……」

 

 すると、沙那が言った。

 かなり息遣いが荒くなっている。

 おそらく、実力なら互角。

 だが、ここから先は体力の戦いだ。

 男と女では身体が違う。

 清風が有利になる。

 

「あれくらい……。俺の剣は少しも変わらん」

 

「そうかしら……?」

 

「それよりも、いつまで俺の剣をかわし続けられる、沙那? もう、肩で息をしているじゃないか。まあ、女のわりには強い方だと言ってやろう、沙那」

 

 清風は剣を構えて、一歩だけにじり寄った。

 

「そりゃあ、どうも」

 

 沙那が不意に剣を背中側にずいと伸ばした。

 呆気にとられていると、背後の樹木の影から、宝玄仙が出現した。手に小さな人形を持っている。

 はっとした。

 なにかの霊具か?

 宝玄仙がその人形で沙那の差し出した剣についている清風の血を擦る。

 

 その瞬間、清風の意識はなくなり、目の前が急に真っ暗になった。



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58  残された虜囚

「ほら──。うまいか、孫、俺の小便は──?」

 

 頭だけを地面から出されている孫の口の中に、その兵の小便が注ぎ込まれる。

 頭は後頭部側に討ち込まれた木杭に髪の毛で結ばれ、上を向いて固定されている。

 口も金属の開口具を嵌められるために閉じることができない。

 その孫空女の口の中に、容赦なく小便が入ってくる。

 夜中の間はそうでもなかったが、朝になると、兵たちは行列を作って孫空女の顔に小便をかけにくるようになった。

 

「うげっ、がっ」

 

 その男の小便が終わると、孫空女は喉で咳をしながら、口の中にたまった小便を吐き出す。

 

「ほらほら、休む隙はねえぜ」

 

 だが、その孫空女に、もう、次の男の小便が振り注ぐ──。

 

「あぶっ、がっ、く、くひょっはれ、がっ」

 

 口に入る小便を懸命に吐き出す──。

 しかし、その吐き出す口の中に小便が入ってくる。

 

「ほらよ」

 

「んあっ」

 

 不意に小便の注ぐ場所が、口の中から孫空女の鼻の孔に変わった。

 苦しさに顔を振る。

 だが、髪の毛で固定されている孫空女の頭はほとんど動かない。

 さらに口の中にも新しい小便が降ってきた。

 後ろの男が小便をかけはじめたのだ。

 

「いあっ、かはあっ」

 

 顔を鼻と口に同時に小便をかけられて、苦しさに悲鳴をあげた。

 いくらかを飲んでしまう。

 男たちが小便を終えて孫空女から離れる。

 だが、すぐに次の男たちがやってきて、孫空女に小便をかける。

 

「いい顔になったじゃないか、孫」

 

 声は明月だ。そばにやって来たみたいだ。

 しかしら孫空女に対する男たちの放尿はまだとまっていない。

 明月は、小便を口で受け続ける孫空女に話しかけている。

 

「おい──。ちょっと、次は待て」

 

 明月が小便をかけるために待っていた次の兵にそう言った。

 なにをやる気だろうと思っていたら、その明月が、孫空女の鼻の孔に土をねじ込んだのだ。

 

「んあああっ」

 

 孫空女は開口具を嵌められた口から悲鳴をあげた。

 しかも、土が埋まった鼻になにかを貼られて、土が出てこないようにされた。

 

「これで小便を吐き出しにくくなったろう。たっぷりと飲め」

 

 また、口の中に小便が入ってくる。

 口の中に溜まる。

 舌と息で吐き出そうとするがうまくいかない。

 ひとりが終わっても、すぐに次の男が新しい小便を注ぎ入れる。

 

 息が苦しい──。

 ある程度我慢するが余りにも長く、途切れなく連続で注がれる小便──。

 仕方なく飲む。

 

 飲んでも苦しい。

 呼吸をする余裕を与えられないのだ。

 小便をかける男が交替する間に息をするしかない。

 吐き出すよりも飲んだ方が早い。

 そのために飲む。

 吐気が孫空女を襲う。

 

 どれくらい続いただろうか。

 さすがに、孫空女に小便をかける男たちは少なくなった。

 孫空女から開口具が外された。

 

「腹いっぱいになったか、孫? なにか言ってみろよ」

 

「くそったれが……」

 

 孫空女は呟いた。

 それ以上の悪態を吐く気にはもうなれない。

 

「もうすぐ、朱姫が戻ってくるそうだ。清明から報告が入った。そしたら、仲良く、ここで処刑だ。教団に逆らうとどういうことになるかを思い知りながら死ぬがいい」

 

 鼻に貼ってあったテープが剥がされる。

 孫空女は、懸命に鼻息で鼻の中の土を出す。

 

「朱姫はあれから、すぐ捕えたそうだ。この五荘観院の近くでな。だが、戻ってきたのは朝だ……。なぜ、そんなに時間がかかったかわかるか、孫?」

 

「知るかよ──」

 

 孫空女は鼻の土を飛ばす。

 まだ、異物が残っている。

 

「たっぷり連中は愉しんだようだ。こっちに残っていた俺たちとしては羨ましいが、まあ、運がなかったようだ。お前たちは、もうすぐ殺される。愉しむのは、沙那でするさ」

 

「さ、沙那は強いよ──。お前なんかに捕えられるかよ」

 

「お前も強いだろう。だが、ここでみっともなく、男たちの小便器になった。教団にはかなわんのだよ。どんな奴でもな」

 

「ご主人様は別さ。教団が束になってもかなうものかよ」

 

「宝玄仙のことか? 二年間も男の性奴隷になっていた女ではないか。なにができる?」

 

「ここにお前たちを殺しに来る」

 

「そうであればいいがな。手間も省ける。だが、もう、懸命に逃亡していると思うぞ。まあ、どこに行っても捕まえてやるがな」

 

 そのとき、周囲がざわめきが耳に入ってきた。

 兵たちの話し声で、朱姫が戻ってきたのだということがわかった。

 やっぱり、逃げられなかったのだ……。

 孫空女は歯噛みした。

 

鎮元仙士(ちんげんせんし)様」

 

 明月が姿勢を正す。

 鎮元仙士も広場に現れたようだ。

 

「明月、孫空女の顔を自由にしてやれ」

 

 鎮元仙士が言った。

 孫空女の頭を固定していた髪が解かれた。

 鎮元仙士の姿が孫空女の視界に入った。

 

「ゆ、許さないよ、あんたを……」

 

 孫空女は、鎮元仙士を睨んで、それだけを言った。

 

「どう許さないんだ? これから、お前の眼の前で朱姫を殺す──。だが、朱姫を助ける方法がひとつある。俺の道術を受け入れることだ。どうだ? 俺の術を受け入れれば、朱姫は助けてやるぞ」

 

 駄目だ──。

 孫空女を術で支配して裏切らせ、宝玄仙を殺すつもりなのだ。

 それに、どうやっても、孫空女も朱姫も助けるわけがない。

 宝玄仙を捕らえ終って用済みになれば、孫空女も朱姫も処分されるだけだ。

 

「……簡単なことだ。俺の術を受け入れてもいいと考えればいいだけだ。それだけで、お前の身体の中にある『道術返しの術』は効果がほとんどなくなる」

 

「あたしの足の裏でも舐めな、鎮元」

 

 孫空女は唾を鎮元仙士の足に吐いた。

 

「朱姫を見殺しにするか。それもいいか……」

 

 広場の騒乱が大きくなった。

 朱姫が戻ったのだ。

 城壁は後ろなので、近づいてくる朱姫の姿は、拘束されている孫空女にはまだ見えない。

 だが、数名の人間がこっちに歩いて来るのは、気配でわかった。

 すぐ背後で足音がとまった。

 

「しゅ、朱姫なのかい――?」

 

 孫空女は背中に向かって叫んだ。

 

「そ、孫姉さん……」

 

 朱姫の弱々しい声がする。やはり朱姫だ……。

 

「清風、ご苦労だったな」

 

 鎮元仙士が言った。

 清風も孫空女の後ろ側らしい。

 

「苦労という程でも……。まあ、愉しませてもらいましたよ」

 

 清風の声が返ってきた。

 

「朱姫と戻ったのは、お前以下五名か、清風? 追手の数はもう少し多くなかったか?」

 

 明月が言った。明月は、鎮元仙士とともに、孫空女の前側に立っている。

 

「この朱姫が、また獣人に変身したのだ。それで、六人やられた。術が切れたので、やっと捕えて、道術封じの首輪を嵌めた」

 

 清風が言っている。

 

「朱姫を孫の眼の前に跪かせろ──、清風」

 

 鎮元仙士がそう指示をする。

 朱姫を囲んでいたらしい兵によって、朱姫は孫空女の前に跪かされた。

 全裸だ。

 身体は泥や草で汚れている。股間には凌辱を受けた痕がありありと残っている。

 孫空女は歯噛みした。

 

「孫、もう一度訊ねるぞ。宝玄仙を裏切るつもりになれないか?」

 

「ないよ──」

 

 孫空女はきっぱりと言う。

 

「仕方ない……。朱姫を殺すか、清風」

 

「はい」

 

 清風が剣を抜く。

 

「ま、待てよ──」

 

 孫空女は慌てて叫んだ。

 

「どうした、孫? 宝玄仙を裏切る気になったか?」

 

「な、ならないよ。あたしを殺しなよ、鎮元――。朱姫は関係ないだろう」

 

「心配するな。お前も殺す。だが、お前が宝玄仙を裏切れば、朱姫もお前も助けてやるぞ、どうする?」

 

「そ、それは……」

 

 どうしていいかわからない。朱姫を殺したくない。だけど、宝玄仙を裏切るわけには……。

 

「清風、朱姫の首を落とせ」

 

「待って──」

 

「裏切りを承知するな、孫?」

 

 鎮元仙士が孫空女を見て微笑む。

 

「か、考えてる。考えるから、待って」

 

「考えるんじゃないよ、孫空女……。馬鹿のくせに」

 

 朱姫の縄尻を捕えていた兵のひとりが、そう言ってにやりと笑った。

 

「いいよ」

 

 その兵が言った。

 清風が剣を振る。

 朱姫の首が地面に転がり、血が地面に噴き出した。

 

 

 *

 

 

 朱姫の首が呆気なく切断されて地面に転がった。

 跪いていた朱姫の身体が前のめりに倒れた。

 

「な、なにをする、清風──」

 

 鎮元仙士は怒鳴った。

 まだ早い──。

 もう少しで孫空女が屈服したかもしれないのだ。

 

「うわあああ」

 

 孫空女が絶望の悲鳴をあげた。

 鎮元仙士は、ぼろぼろと涙をこぼしだした孫空女に視線を向けた。

 その孫空女が涙を流し続けたまま、憎しみのこもった表情で鎮元仙士を睨む。

 まずいな……。

 かなり心が頑なになっている。

 これでは、術の受け入れの抵抗が強化されてまっただけだ。

 仕方ない……。

 また、色責めで弱らせるところからやるか……。

 宝玄仙を捕らえる餌は必要なのだ……。

 それにしても、なぜ、清風は勝手に……?

 

 そのとき、鎮元仙士の首に、不意になにかが巻かれた。

 清風の横で朱姫を押さえていた兵が、さっと鎮元仙士に寄ってきて、紐のようなものを巻いたのだ。

 

「お前──。くっ──」

 

 怒鳴ろうとした。

 だが、首に巻かれた細い鉄線のようなものによって、それを阻まれた。

 

「……喋るんじゃないよ、鎮元。そうやって、馬鹿みたいに突っ立てな。それとも、その鉄線によって、首を絞り斬られたいかい?」

 

 耳元で囁かれた。鎮元仙士の首に妙なものを巻きつけた兵だ。

 

「お、お前……?」

 

「久しぶりだね、鎮元。このわたしの霊気の波動も見抜けないのかい? それじゃあ、まだ、この八仙と張り合うのは早いね」

 

 そいつは言った。

 

「もしかしたら……。宝玄仙か……? 変化(へんげ)の術か……?」

 

 その兵に呟いた。

 

「当たりだよ」

 

 鎮元仙士は、自分の首に巻かれている金属線らしき霊具を道術で外そうとした。宝玄仙の霊具くらいすぐに無効にできると思った。

 だが、却って鉄線が絞まる。

 鎮元仙士は喉を潰されかける痛みに呻いた。

 

「お前ごときの道術で、この宝玄仙の霊具が外せるわけがないよ。却って苦しくなるだけだから、抵抗するんじゃないよ」

 

 道術なら互角──。

 そう思っていた。

 しかし、鎮元仙士の道術力をもってしても、首を絞める霊具には、まったく歯が立たない。

 

「鎮元仙士様──。動かないで──」

 

 明月の大声──。

 鎮元仙士の後ろに位置することになった明月が、なにかを投げたのがわかった。

 目の前の宝玄仙の眼が見開かれる。

 十本ほどの手刀が鎮元仙士の身体をすれすれにすり抜ける。

 

「うぎゃああああ───」

 

 手刀が背後の宝玄仙に突き刺さった。

 首を絞めていた鉄線が弱まる。

 術の力を込めた。

 首の鉄線が外れた。

 

「ご主人様──」

 

 清風が叫んだ。

 剣を抜いている。

 

「明月──。この清風は沙宝だ」

 

 鎮元仙士は叫んだ。

 宝玄仙が兵に化けていたということは、清風はもう外で倒されたに違いない。

 それに、この清風は兵に化けた宝玄仙を“ご主人様”と呼んだ。すると、この清風は沙那だろう。

 

 明月は、清風に向かって跳躍している。

 清風も跳んでいる。

 

 交差した。

 清風、即ち、沙宝の右手がなくなっている。

 

 倒れる清風の首に明月の剣が背後から振りおろされた。

 清風の首が胴体から離れた。

 鎮元仙士は、身体中に手刀を刺されて、血だらけでのたうちまわっている兵───つまり、宝玄仙を振り向いた。

 明月が兵の姿の宝玄仙に剣を向けた。

 

「よろしいですか?」

 

 明月が兵を見下ろしたまま言った。

 

「待て……。術をかける──。よし、やれ」

 

 明月の剣が「宝玄仙」の胸に吸い込まれる。

 すぐに兵は動かなくなった。

 

「お怪我は、鎮元仙士様?」

 

「大丈夫だ」

 

 鎮元仙士は、首のなくなった兵の指に、指輪があることに気がついた。

 それに霊気を注いで、術の効果を解く。今度は抵抗はない。

 兵の首が、宝玄仙の顔に変わった。

 

「ご主人様ああっ──」

 

 孫空女の絶叫が聞こえた。

 

「死んでいますか?」

 

 明月が訊ねた。

 

「死んでいはいない……。宝玄仙は首だけで生きている」

 

 鎮元仙士は喉だけで笑った。

 明月が驚いている。

 

「驚くな、明月……。道術師には『魂の欠片』という術で、死んでも生き返るように処置してい者がいる。だから、うかつに殺せば復活するのだ。従って、宝玄仙は俺の術で、首だけで仮死状態のまま生かせている。教団への報告に必要でもあるしな」

 

「ならば、首桶を準備させます」

 

 明月が兵に合図をした。

 すぐに数名の兵が駆けていく。

 鎮元仙士は、清風の身体に向かって歩いていった。

 やはり、宝玄仙の霊具の指輪をしている。それを外すと、切断された首が沙那に変わった。

 首だけを地面から出した孫空女が呆然としている。

 

「これは、俺の方で始末をつけときますよ。本物の朱姫は、どこかこの近くに隠れているんでしょうから、山狩りをして、そっちも始末しておきます」

 

「頼む、明月──。俺は、いったん先に帝都に戻る」

 

「すると、この朱姫も偽者でしょうな」

 

「うむ」

 

 朱姫の裸体の指にも指輪がある。

 

「あれだ、明月……。あの指輪だ。あの指輪が宝玄仙の変身の霊具だったのだろう。あれを外せば、おそらく、あの朱姫の姿はほかの姿に変わる。おそらく、追手の兵を身代わりに使ったのだろう」

 

「すると清風は……?」

「生きてはいまいな」

 

 首桶を持ってきた数名の兵が宝玄仙の首を桶にしまった。

 そして、布で覆われる。

 鎮元仙士は、それを受け取ると足元に結界を刻んで、『移動術』を念じた。



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59  三蔵法師の生首

「行ったね、あの馬鹿は……」

 

 兵の姿の宝玄仙はにやりと笑った。

 すぐそばに、沙那の首が転がっている。

 もちろん偽物だ。

 沙那に変身させていた教団の兵だ。

 鎮元仙士が大事そうに持ち帰った首も宝玄仙ではない。

 今頃は、元の兵の首に戻っているはずだ。

 

 まず、『操人形』で支配している兵を宝玄仙の術で、宝玄仙と沙那に変身させた。

 そのふたりの兵に、さらに『変化の指輪』の霊具の効果で、もう一度、元の自分に変身させていたのだ。

 操人形の効果で宝玄仙の霊気を注ぎ込めたことで、本来は霊気を帯びない兵たちにも、宝玄仙の道術が効果を及ぼしたのだ。

 また、兵に化けた宝玄仙と沙那は、襲撃には参加していない。

 すべては『操人形』で操り、宝玄仙ひとりがやったことだ。

 

 すぐ隣にいた明月がぎょっとしている。

 だが、兵に変身している沙那が、すでに明月に短剣を喉に突きつけている。

 それを十人ほどの兵が周りを囲んでいる。

 いずれも宝玄仙の魔具である『操人形』で操られている教団兵だ。

 これでほかの兵からは、こっちで起こっていることは見えないだろう。

 

「お、お前は──」

 

「黙りな、明月。少し、大人しくしてもらうよ。ちゃんと生きて帰してやるから心配しなくていいよ。清風と一緒に、朱姫と孫空女からちゃんとお礼をさせてからね」

 

 明月の顔が恐怖に歪む。

 宝玄仙は明月の髪を一本抜いた。

 それを隠し持っていた『操人形』に刻む。

 これで明月は無力になった。

 

「さあ、兵どもを解散させるんだよ、明月」

 

 宝玄仙は命じた。

 明月が大きな声で叫ぶと、広場に出て来ていた兵たちが館の中に戻っていく。

 残っているのは兵に化けている宝玄仙たちと、明月。そして、すでに『操人形』により宝玄仙に操られている教団兵だ。

 その操られた教団兵たちが、孫空女を掘り出している。

 

「もしかして……。お前……。ご主人様?」

 

 地面から出された孫空女が驚いている。

 

「悪いけど、このまま縛られていてもらうよ、孫空女。この五荘観院から出たら外してやるから、それまで辛抱しな」

 

「本当に、ご主人様かい? じゃあ、あの屍体は? さっきの首は?」

 

「あれは『操人形』で操っていた教団兵さ。簡単に説明すれば、変身の術を二重にかけてたのさ」

 

「どういうこと、ご主人様? わかんないよ」

 

 孫空女は言った。

 

「だから、殺されたさっきの沙那とわたしは、教団兵にわたしらに変身させた後に、もう一度、別の兵に変身させたのさ。わたしの道術と『変化の指輪』の二重効果だ……。鎮元はまさか、二重に変身術が刻まれてるなど思わなかったから騙されたのさ。いいから、理解しようとするんじゃないよ、馬鹿のくせに」

 

 孫空女が少しだけ、むっとした表情になった。

 宝玄仙は、思わず笑ってしまった。

 

「じゃあ、このまま脱出しましょう、ご主人様……。孫女、心配しないで……。わたしが沙那よ」

 

 兵の姿の沙那がこちらに寄ってきて、孫空女にささやいた。

 

「よかった……。明月に斬られた兵は沙那にしては剣が鈍かったから、もしかしてとは思ったんだけど……。じゃあ、みんな無事なんだね。朱姫も?」

 

「朱姫も無事だよ、孫空女。清風を相手に憂さを晴らさせてやっている。お前もこいつに、鬱憤をぶつけるといいよ」

 

 宝玄仙は明月の股間を布越しに力一杯握りしめた。『操人形』に刻まれて意識のない明月の顔が苦痛に歪む。

 

「これもやるよ、明月」

 

 宝玄仙は、明月の鼻に準備していた霊具を詰めた。

 

「ご主人様、それは、もしかしたら『淫霧の綿』?」

 

 孫空女が目を丸くした。

 

「ああ、清風にも詰めてやっている。今頃は朱姫がきっちりと躾をしているだろうさ。本当は鎮元仙士にもしてやりたかったけど、あいつにはわたしの贋の首を持ちかえるという大事な役割があるからね」

 

「でも、大丈夫でしょうか? 帝都に戻る頃には、教団兵の首に戻るんでは?」

 

 沙那だ。

 

「いいんだよ、沙那。鎮元仙士が、あの首を持ちかえればいいのさ。あれは、わたしから教団への伝言だよ。それよりも、そろそろ、脱出するよ」

 

「ねえ、ご主人様、お願いがあるんだけど……。あ、あのさあ……あたしに股に……」

 

 歩き出そうとすると、孫空女が腰をくねらせた。

 

「ああ、そうだったね。お前は鎮元に妙なものを挿入されたままだったね」

 

 宝玄仙は孫空女の股間に触れ、孫空女の股間に嵌ったままだった鎮元仙士の魔具を孫空女の服の外に出した。

 

「な、なんで、それをご主人様が知っているの?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「ご主人様とわたしは、たくさんの『操人形』を刻んだ教団兵をここに送り返していたの。いま、ここに集まっている兵がそうよ。『操人形』を通して、中の様子を探っていたのよ」

 

「ふうん、そういうことか……」

 

「ああ、そうさ───さて、こいつは、どうするかねえ」

 

 宝玄仙は白い張形を振った。

 

「そいつの尻に突き差してやってよ、ご主人様」

 

 孫空女が怒りをそのまま顔に出して言った。

 

「……そういうことだから、お前が持っていきな」

 

 宝玄仙は、張形を明月の尻の中に道術で移動させた。

 操り状態の明月は、ぼうっとしている。

 

「うおおっ」

 

 明月が呻いた。

 『淫霧の綿』により、すでに下袴の中で勃起していた陰茎から精液が噴出したらしく、明月のスボンの前に丸い染みができた。

 宝玄仙は笑ってしまった。

 

「じゃあ、さっさと、おさらばしようかね」

 

 宝玄仙がそう言うと、孫空女、そして、その縄尻を掴む教団兵の姿の沙那、明月が進みだす。最後尾を教団兵の姿の宝玄仙が進む。

 明月は尻に異物を入れられ、おかしな恰好で腰を引きながら歩いている。

 宝玄仙が喉の奥で笑った。

 

 

 *

 

 

「沙那、食べないのかい?」

 

 孫空女は洞窟の入り口にいて、ここから離れている沙那に叫んだ。

 沙那は大股で歩いてやってくる。

 そして、明月と清風にちらりと目をやる。

 だが、顔を引きつらせて、すぐに眼を逸らす。

 沙那は焚火で温めている鳥肉をひとつ掴むと、また、洞窟の入り口に戻っていった。

 

「沙那──。見張りなんてしなくても大丈夫だよ。洞窟には結界が張ってある。見つかることもないし、見つかったとしても誰も入ってこれないよ」

 

 宝玄仙もにやにやしながら叫んだ。

 

「お願いですから、放っておいてください、ご主人様」

 

「だけど、その肉はまだ焼けきっていないんじゃないかい、沙那?」

 

「大丈夫です。焼けています。それから、“それ”が終わったら教えください。それまでは、こっちにいます」

 

 沙那の大声だけが返ってきた。

 

「やれやれ」

 

 宝玄仙が肩を竦めた。

 

「……嫌われたもんだね、ふたりとも」

 

 孫空女は全裸で直立不動でいる明月と清風の一物を棒で軽く叩いた。

 猿ぐつわをされているふたりが悲鳴をあげる。

 別に縄や鎖で拘束されているわけではないが、宝玄仙の結界の中にいるので、宝玄仙の道術により、動けなくされているのだ。

 

 すでに『操人形』の支配からは解除されていて、意識は戻っている。

 だが、意識が戻ったときは、ふたりとも、こうやって、全裸で宝玄仙の結界の中にいたので、抵抗のしようがなかったのだ。

 

「ほら、孫姉さん、また、射精しようとしたみたいだよ。こいつら、ぶるぶると震えたもの」

 

 朱姫が手を叩いて笑った。

 ふたりの股間は、これ以上もないというくらいに、勃起した怒張がそそり立っている。

 ふたりの鼻には、宝玄仙の『淫霧の綿』が挿入されており、そこから出る媚薬の霧が、明月と清風の身体を発情させているのだ。

 だが、いくら欲情してもふたりは射精することができない。

 勃起した淫茎の根元を細い革紐で強く縛っている。

 だから、いくら出したくても、出せないのだ。

 

 この状態で、ふたりは、朱姫の淫具で身体中を嬲られている。

 朱姫の淫具は、『振動片』という小さな布であり、それが身体に貼りついて、朱姫の道術で淫らな振動をしてるのだ。

 それをふたりは身体中につけられて、最大限の刺激を与え続けられている。

 睾丸や陰茎などは、もう肉の部分が見えない程にびっしりと、たくさんの『刺激片』が貼られている。

 その状態で、もう数刻も、ふたりをいびり続けている。

 

「じゃあ、あたしたちも食べようよ。ねえ、ご主人様」

 

 孫空女が言うと、宝玄仙と朱姫が、それぞれに肉をとった。

 ふたりが着ていた衣類は、すでに焚火で灰になっている。

 具足も武器もすべて途中で捨ててきた。

 孫空女と朱姫が気の済むまでいたぶった後は、全裸で放り出すことになっている。

 

 明月がまた呻いた。明月の尻には、宝玄仙の埋めた張形が挿さっていて、それが暴れ回っている。

 だから、いきそうになる回数は明月が遥かに多いようだ。

 だが、一度も射精させてもらえないことについては、明月も清風も同じだ。

 

「でも、こいつら、最後はどうするのですか、ご主人様? あたしの『縛心術』で、記憶を忘れさせますか?」

 

 朱姫が清風のそそり立った淫茎に、横にあった壺の液体を注いだ。清風が動けない身体を懸命に暴れさせる。

 

「まあ、記憶を失くす必要はないさ。喋るなら喋ってもいいし、仕返しをしたけりゃしにくるがいいさ。どうせ、もう教団とは喧嘩別れさ」

 

「ふうん……」

 

 朱姫が壺の液体を清風の肉棒に注ぎながら言った。

 さっきから身体にかけているのは、かけられた部分が猛烈に痒くなる液体だ。

 それを朱姫はこれでもかというくらいに、清風の肉棒にかけている。

 いくらかけても、壺の中の液体は宝玄仙の道術で補充される。

 

「こっちにも貸してよ、朱姫」

 

 孫空女は、朱姫から受け取った壺を明月のそそり立った肉棒にも注ぐ。

 

「んんぐううう──んぐうううう──」

 

 明月が絶叫して暴れる。

 だが、その液体はほんの少しだけ粘性がある。

 いくら暴れても身体から取れることはない。

 一度、身体に貼りつくとひとりでに乾くまで、発狂するような痒みを与え続ける。

 手でも布でも拭き取ることはできないらしい。

 

 おそらく、結界から解放すれば、このふたりは、皮が破けるまで掻きむしるかもしれない。

 皮を剥いでしまえば、やっと痒みは収まるのだろうが、果たして、解放してやったとき、ふたりはどうするのだろう。

 

「さて、お前ら、いい加減に解放してもらいたいかい?」

 

 宝玄仙がそういうと、ふたりは猿ぐつわを嵌められた顔を激しく数度頷かせた。

 

「だったら、この宝玄仙に逆らったらどういうことになるかはっきりとわからせてから、解放してやるよ」

 

 宝玄仙が二本の小刀をふたりの足元に放り投げた。

 

「孫空女、朱姫、こいつらの右手にそれを握らせな」

 

 言われた通りにする。ふたりの体側にくっついている右手がしっかりと小刀を掴んだ。

 

「いまから、右手だけが自由に動くようにしてやろう。それで自分たちのいきり勃った一物を切断しな。そうしたら解放してやるよ」

 

 宝玄仙がそう言うと、ふたりが蒼白になった。

 

「心配しなくても、わたしの道術で繋ぎ直しやる。だけど、機能に問題なくても、かなりの精神的な衝撃だからね。もしかしたら、二度と勃起できなくなるかもね。とにかく、やってみな」

 

 宝玄仙がけらけらと笑った。

 ふたりは、猿ぐつわのまま、ぼろぼろと涙をこぼして泣き出してしまった。

 

 

 *

 

 

「そうか、宝玄が死んだか……」

 

 曹国仙(そうこくせん)は言った。

 

「はい。これに」

 

 鎮元仙士が首桶を前に置き、中から首を出そうとした。

 これは鎮元仙士の宝玄仙を討ったという報告に際し設けた集まりだ。

 帝都の中心にある曹国仙の屋敷の一室である。

 帝仙である曹国仙と鎮元仙士のほかには、韓子仙(かんしせん)藍采仙(あいさいせん)がいる。もうひとりの八仙である張果仙(ちょうかせん)は理由を作ってやってこなかった。

 おそらく、こうなることは予想していたのだろう。

 

 鎮元仙士の報告に安堵した曹国仙だったが、いまは失望している。

 この男は、もう少し有能だと思っていたが、所詮は八仙の器ではなかったようだ。

 

「いや、よい。やめよ……」

 

 首桶の蓋を開けようとした鎮元仙士を藍采仙がとめる。

 鎮元仙士が訝しむ視線を藍采仙に向けた。

 

「しかし……」

 

「人の死に首など見たくはないわ」

 

 少女の姿の藍采仙が、わざとらしく身体を震わせる。

 

「生きておりますよ。意識はありませんが、藍采仙殿。検分をしていただき、この首をどうするか見ていただけませんと……」

 

 鎮元仙士は得意気な表情だ。

 おそらく、藍采仙が臆病な感情で生首を見るのを嫌がっていると考えていると思う。

 鎮元仙士の顔には、はっきりとした藍采仙に対する侮りが浮かんでいる。

 

「黙れ、鎮元」

 

 藍采仙がじろりと鎮元仙士を睨む。

 

「このような首を……」

 

「待て、藍采仙よ」

 

 罵りの言葉を吐こうとした藍采仙を曹国仙は押しとどめた。

 

「いや、言わせてらうよ、曹国仙。この男の賢しげな顔が不愉快なのよ。こんな汚らしい生首なんて、わざわざ持ってきてさあ──」

 

「な、なんということ、藍采仙殿──。この首を得るために多くの教団兵が犠牲になり……」

 

 理不尽な罵倒を浴びたと思っている鎮元仙士が、怒りを隠さずに言い放つ。

 

「鎮元、お前は本当になぜ、藍采仙が腹を立てたかわからないのか?」

 

 韓子仙が口を挟んだ。

 

「は?」

 

「その首桶に入っているのが、宝玄の首だと本当に思っているのかと訊いている?」

 

「と、当然です。私には、この首桶の中から発散している霊気も感じることができます」

 

「確かに、なんらかの霊気は感じるな。しかも、宝玄仙のあの独特の禍々しいほどに強い霊気がな。しかし、そこに入っているのは、宝玄仙自身ではない。そのくらいのこともお前にはわからんのか、鎮元?」

 

「な、なにを言われます、韓子仙殿。これは間違いなく、宝玄仙の首です。やはり、ご覧になってもらいましょう」

 

 鎮元仙士が首桶から人間の生首を取り出して、盆に載せる。

 

「いかがです」

 

 鎮元仙士がにやりと微笑んだ。

 だが、やはり首桶から出てきたのは、宝玄仙とは似ても似つかない男の首だ。

 おそらく、宝玄仙らを襲った教団兵のひとりだろう。

 

「これで、私の功績をお認めになっていただけますね」

 

 鎮元仙士が言った。

 

「お前は、どうやら、宝玄から幻術をかけられているようだな、鎮元」

 

 曹国仙は嘆息しながら言った。

 この教団兵の首を宝玄仙の首だと思い込まされているのだ。

 つまり、完全に手玉に取られたということだ。

 もともと、格が違い過ぎたということか──。

 

「宝玄の幻術?」

 

 鎮元仙士が眉をひそめた。

 

「口で説明してもわからんだろう。どれ、わしが術を解いてやる」

 

 曹国仙は、鎮元仙士の中に刻まれている道術を探った。

 やはり、宝玄仙の幻術が鎮元仙士を縛っている。

 だが、それほど、複雑なものではない。

 おそらく、八仙の誰かによって、術を解くことを可能にしていたのだろう。

 あの宝玄仙が本気になれば、曹国仙といえども、簡単には術は解けない。

 なんとか、宝玄仙の幻術を、鎮元仙士から切り離した。

 

「やっ、こ、これは──」

 

 鎮元仙士は眼の前の教団兵の生首を見て、仰天している。

 そのとき、その生首がかっと目を見開いた。

 これには、さすがの曹国仙も驚いた。

 ふたりの八仙も息を飲んだのがわかった。

 

「……鎮元の術が解けたということは、この首の前におそらく、八仙の誰かがいるんだね……」

 

 その生首が喋りはじめた。

 鎮元仙士はもちろん、藍采仙や韓子仙も眼を見開いている。

 

「……わたしからの伝言を言うよ。あの闘勝仙、漢離仙、呂洞仙の三人は、確かにこの宝玄仙が殺したよ。連中は、それに匹敵する仕打ちをこの宝玄仙にやったとだけ伝えとく。それから、わたしやわたしの供に、今度、手を出すと承知しないよ。八仙であろうと教団であろうと、わたしがすべて返り討ちにする。わたしは、もう帝国には戻らないし、教団には関わらない。わたしは死んだということにすればいい。それで教団は文句ないだろう?」

 

 生首がけたけたと笑った。

 宝玄仙も趣味の悪いことをする。

 

「……それと、鎮元もそこにいるだろうから、お前にも伝言だ。明月と清風には宝玄仙の一行を襲った酬いをたっぷりとしてやる。もしも、お前が今後、わたしの道術の範囲内に入ったら、同じ目に遭わせる。それが嫌なら、二度とわたしに近づかないことだね、鎮元」

 

 生首の口と眼が閉じ、今度こそ本当の生首になった。

さっきまで感じていた魔力はもう発散していない。

 しばらくの間、八仙の誰も口を開かなかった。

 鎮元仙士だけが、わけのわからない呟きを洩らし続けていた。

 

「宝玄からの教団への離別状というわけか……」

 

 しばらくしてから、韓子仙がぽつりと言った。

 

「も、もう一度……。もう一度、行きます」

 

 鎮元仙士が蒼白な顔で言った。

 

「行ってどうするのよ、鎮元。教団兵を率いていた清風と明月はいないのよ。あの様子じゃあ、宝玄仙に捕まっているわ。どんな残酷な目にあっているか目に見えるようよ。まあ、命だけは助けるつもりなんでしょう。さっきの生首の言葉から判断するとね」

 

 藍采仙だ。

 

「さて、どうするかな」

 

 曹国仙は呟くように言った。

 

「どうするかとは、どういう意味、曹国仙?」

 

 藍采仙が言った。

 

「だから、宝玄仙に対する今後の処置を話し合わなければならん。やはり、張果仙も呼び出して、意見を訊くか……」

 

「呼んでどうするよの。処置など決まっているじゃない。たったいま、宝玄仙の伝言をその生首が言ったわ。死んだということにして、もう宝玄仙には関わるなと宝玄仙は言ったじゃないの。だったら、そうしなさいよ」

 

「いや、そう単純にはいかん、藍采仙……。皇太子殿下のご意向もある」

 

「あの変態皇子がなによ。あれは、宝玄仙が闘勝仙に酷い目に遭っていた時期に、調子に乗って宝玄仙に一緒に手を出して、それで復讐を怯えているだけよ。でも、多分、宝玄仙は眼中にもないわ。あれば、帝都を出ていくときに始末してるわよ」

 

「滅多なことをいうな、藍采仙」

 

 曹国仙は窘めた。

 すると、藍采仙は不機嫌そうに黙り込んだ。

 

「藍采仙の言う通りだ、曹国仙。宝玄仙が縁切りなら、それでいいではないか。死んだということにすればいい。こちらとしても不都合はないではない。そうすればいい。宝玄仙は西方巡礼の途中で死んだ。あるいは行方不明になった。宝玄仙はもう帝国には戻らんという。じゃあ、好きにさせればいい」

 

 韓子仙も言った。

 

「しかし、それでは、教団として示しが……」

 

「なんの示しよ、曹国仙」

 

 藍采仙が声をあげた。

 

「帝仙の闘勝仙を確かに殺したと、いま宝玄仙は白状したのだぞ。それを放置するのか?」

 

「なに言ってんのよ。もともと、闘勝仙たちは悪党だった。わたしたちでさえ、歯が立たない偉大な法力を持っていたかもしれないけど、死んで当然の奴だった。正直に言って、わたしはあいつらが死んでほっとしたわ。あいつの矛先がこっちに向いたら、逆らえないと思っていたからね」

 

「おい、藍采仙……」

 

 興奮気味の藍采仙を冷静にさせようと?曹国仙は口を挟もうとするが、藍采仙は無視して、さらに続ける。

 

「喋らせてよ――。あいつが生きていた方が教団の汚点よ。だけど、宝玄仙に逆に殺された。殺した宝玄仙に理があり、闘勝仙にはない。それで宝玄仙が教団からも帝国からも去らなければならないのは残念だけど、彼女がそれでいいと言っているのならばいいじゃない」

 

 藍采仙が激しく声をあげた。

 

「だが……」

 

「だが、じゃないわ、曹国仙。それでも宝玄仙を追うというのなら好きにすればいい。だけど、わたしは、もう関わらない。今度、宝玄仙に対して教団兵を動かすことについて同意を求められれば、反対という意見を出すわよ」

 

 藍采仙が言った。

 

「俺も同じ意見だ」

 

 すると、韓子仙も言った。

 

「わかった。教団兵はもう動かさん。だが、わしの責任において、けじめはつける。文句は言わさん」

 

 曹国仙は、はっきりと言った。

 いずれにせよ、教団兵で宝玄仙を殺せないことがわかった。それに、ふたりがはっきりと反対と主張する限り、教団兵は動員できない。

 

「鎮元──」

 

 曹国仙は、まだ蒼白の鎮元仙士に向かって口を開いた。

 鎮元仙士は顔をこちらに向ける。

 

「は、はい」

 

「名誉挽回の機会をやろう。まず、最初に教団兵は撤収させろ。そして、今度は、お前の『移動術』で、ひとりだけ魔域に行け……。宝玄仙を確実に殺す手段をお前に与える。ある魔妖に会え。魔妖だが、役に立つ連中だ。利用しろ。それの協力を得て、それで宝玄仙を殺すのだ」

 

 曹国仙は、じっと鎮元仙士の眼を覗き込んだ。

 

「魔域?」

 

 緊張した表情の鎮元仙士がごくりと唾を飲み込むのがわかった。

 

 

 

 

(第10話『天教軍の襲撃』終わり)






 *


【西遊記:24~26回、鎮元大仙】

 玄奘(三蔵法師)一行は、玄奘の知人である鎮元大仙(ちんげんたいせん)という仙人と会うために、彼の館である五荘館(ごそうかん)に立ち寄ります。
 あいにく、鎮元大仙は留守でしたが、鎮元の弟子の明月と清風が「人参果」という珍しい果実を玄奘に振る舞い歓待します。
 しかし、接待を受けたのは玄奘のみであり、供たちへのもてなしはありませんでした。
 孫悟空と猪八戒は、こっそりと人参果の樹木から、実を盗み食べてしまいます。
 しかし、すぐに発覚し、明月と清風は玄奘たちを捕らえて、牢に監禁します。

 四人は、孫悟空の術で脱出しますが、そのときの騒動のときに、孫悟空は貴重な人参果の樹木を叩き潰してしまいます。
 そのまま、玄奘たちは逃亡をしますが、館に戻って事態を知った鎮元大仙に追いかけられて、再び捕らわれてしまいます。

 四人は、鎮元により、釜茹でや鞭打ちによって処刑されることになりましたが、なんとか孫悟空の仙術でかわします。しかし、それも限界に達し、孫悟空は人参果の樹木を持ってくるから許して欲しいと提案します。
 鎮元は、本当に人参果の樹木を手に入れることができれば、全てを水に長そうと応じます。

 地上だけでなく、天界中を探し回り、孫悟空はやっと、人参果の樹木を手に入れることができました。
 鎮元大仙の館の人参果の樹木は復活し、全員で仲直りの宴をし、玄奘と鎮元は義兄弟の契りを結びます。


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 第11話   妖魔王と王女【黄袍魔(おうほうま)】~椀子山
60 【前日談】妖魔の(むくろ)


「もう、飽いたわ」

 

 青蔡(あおさい)が、娼館の地下にある特別の部屋に顔を出すと、若い国王はそう言った。

 それは、“処刑宣告”だった。

 

 目の前の宝象国(ほうぞうこく)の国王は、ぼろ雑巾のようになった雌妖を寝台から蹴り落とした。

 娼館の若主人である青蔡は、一瞬だけ、その雌妖に視線を移したが、すぐに完璧な仕草で、その身分を隠し忍んでやってきている国王に恭しく礼をした。

 

 雌妖は蹴り落とされた状態から、ほとんど身動きしない。

 一見しただけで致死量を超える媚薬を投与されたのだということがわかる。

 その状態でも、快楽を求めて暴れないのは、それをするだけの力が身体に残っていないのだ。

 人間の女なら既に致死量で死んでいる。

 死なないのは妖魔の力だ。

 だが放っておけばいずれそうなる。

 早いか遅いかの違いでしかない。

 

 この若い国王の嗜虐趣味に付き合うようになって、三年になる。

 三年前に青蔡がこの娼館を買い取ったとき、この娼館は王都に数多くある平凡な娼館のひとつにすぎなかった。

 だが、三年後のいま、この娼館は王都でもっとも高級の娼館になっている。

 

 それは、この娼館に国王が密かに通うようになったからだ。

 国王が通うという噂が、この店に箔をつけ、王が抱いた女を抱いてみたいという客が殺到するようになった。

 身分の高い客が集まるようになると、保全のために客を選ばざるを得ないようになり、それも店の評判を高くした。

 儲けが出るようになると、いい女が集まるようになり、女たちにもつらい思いをさせる必要もなくなる。

 そうすると、さらにいい女が集まり、また、客も集まる。

 だから、店が儲かる。

 

 この店がここまでのものになる評判を作ったのは、確かにこの男だ。

 だが、いまは、もう必要がないとも思っている。

 「国王が通う店」という看板がなくても、十分にやっていける……。

 

 それよりも、この男の性癖には、実のところ持て余しもしている。

 世間では全く知られていないことだが、なにしろ、この男は普通の女は抱かないのだ。

 この店に通い始めたのも、この青蔡の地下の檻には、ある特別の「女」が集められていたからだ。

 国王は、その「女」を目当てに、秘密の地下道を使ってこの地下の特別室にやって来る。

 

 つまり、その「女」とは「雌妖」だ。

 

 人間の姿に似ているが人間ではない。

 “獣”だ。

 雌の妖魔のことであり、ほとんどが、獣を思わせる外観の一部があり、人間とは異なる耳と牙を持つ。また、大きさや数に個体差があるものの、例外なく頭部に角がある。だから、『鬼族』、『角族』という呼び名もある。

 いずれにせよ、この宝象国では妖魔族は獣だ。

 牛と馬の価値と同位である。

 

 しかし、実際には違う。

 人間族が道術と呼ぶ能力が長けた個体が多いということと、多少の外観が異なるだけだ。

 生殖行為も可能だ。

 呼び名も、妖魔族蔑視で、存在すら否定する天教の文化圏では、『妖魔』、『魔妖』などとして、魑魅魍魎扱いだが、遠い西の通天河という大河を隔てて、それよりも西の世界では『亜人』と呼び名が変わり、人間族と共存する世界となる。

 さらに、西域という西の秘境世界では、逆に人間族が亜人であり、ここでいう妖魔は『魔族』だ。

 

 とにかく、青蔡がやっているのは、万寿国では獣姦扱いの雌妖を仕入れて密かに抱かせるという商売だ。

 これが繁盛した。

 青蔡が集めているのは、それでいて白い裸身の乳房や性器を持つ雌妖だ。

 雌妖は、強い道術の能力を持つ者が多いが、それは青蔡が雌妖に嵌めた首輪で封じている。

 道術遣いである青蔡だからこそできることだ。

 だから、ほかの娼館は雌妖を扱うことはできない。

 真似をしたくても、青蔡のような力を持つ道術遣いを探さねばならず、探し当てても、多くの引き手がある術遣いは、娼館の雇われ人にはならない。

 だから、自らが道術遣いである青蔡の娼館は、雌妖を扱うことについては独壇場だ。

 

 雌妖はいい。

 奴隷はこの宝象国では禁止されているが、妖魔は別だ。

 法律で認められているし、たとえ、殺しても罪に問われない。

 だから、雌妖を捕えることができれば、首輪で能力を封じて、「調教」して客を取らせる。

 給金を支払う必要はないし、人間とは違い丈夫だから、ひと晩で何人も相手をさせられる。

 弱って客を取れなくなれば、殺して交換すればいい。

 殺してもいいから、かなりの行為もさせることができる。まあ、実際には、青蔡もそれなりに、「商品」を大切には扱っているつもりなのだが……。それにしても、この国王の雌妖扱いは酷い……。

 

 青蔡は、たったいま国王が蹴り落とした雌妖に再び視線を移した。

 四肢には獣を思わせる毛があり、ふさふさの髪からも、狼を思わせるふたつの耳と短い二本の角が飛び出ている。

 それでいて、白い肌には人間の女と同じ乳房があり、性器も少しくらい毛深いことを除けば、上の階で出している人間の娼婦とまったく変わらない。

 青蔡が扱っている雌妖の中では、かなりの上級の雌妖だ。

 

 そういえば、この雌妖だけは「調教」により支配されなかった。

 どんなに責めても、心だけは屈しなかったのだ。

 雌妖といってもわずか十八歳だ。

 寿命の長い妖魔からすれば、まだ、子供としかいえない年齢だ。なぜ、それだけの精神力があるのか不思議に思ったものだった。

 だが、この王の趣味に満足させるのは、ほかの雌妖では駄目なことはわかっていた。

 この雌妖を出すしかなかった。

 青蔡は嘆息した。

 

「承知いたしました。処分しておきます」

 

 青蔡は言った。

 この若い国王は、自分が抱いた雌妖をほかの男が抱くことを許さない。

 だから、一度でも手のついた雌妖は、そのまま処分しなければならない。

 それが約束事だった。

 だが、高い金をかけて妖魔市で手に入れ、手間をかけて調教した雌妖を少しばかり抱いただけで、次々に殺さなければならないのは、青蔡には堪らないことだ。

 もちろん、それなりの代価は支払われているが、「調教」に費やした手間は別のものだ。

 

 王が手を付けた雌妖ということであれば、それだけでかなりの価値がつく。「王の通う店」という評判で大きくなった青蔡の店だが、実際のところ、そういう事情であり、本当に王の抱いた「女」を抱いた客はいない。もっとも、若く人気のある国王の性癖が、人間の女ではなく雌妖だというのもまったく知られていはいない。

 

「待て、青蔡。そういえば、お前は術遣いであったな?」

 

「はあ」

 

 青蔡は、男衆を呼ぶための鈴を鳴らそうとするのを止めた。

 とりあえず、王に向かって頭を下げる。

 なぜ、いまさら、そんなことを訊ねるのかわからない。

 

 道術遣いでなければ、雌妖を性処理の道具として扱えるわけがないのだ。

 寝台から蹴り落とされて身動きしない雌妖の首に装着している術封じの霊具がなければ、こんな若い王などあっという間に、妖魔の爪で切り割かれているはずだ。

 

 寝台の上で裸身のまま胡坐をかいている若い王は、ただの人間の男だ。

 しかし、部屋の隅に立っているふたりの武装の警護兵の存在が、この裸身の男が本物の国王であることを青蔡に知らしめる。

 この国王がやってくるときの警護は、必ず、このふたりだ。青蔡は警護の兵だと思っているが、実際は兵などではなく、もっと身分の高い貴族なのかもしれない。

 特に、ふたりのうちのひとりには、霊気のようなものを感じる。

 もしかしたら、王宮付の道術師なのかもしれない。

 いずれにしても、国王が青蔡の僧館に通うようになって三年が経つが、青蔡はこのふたりの名を知るどころか、ただの一度も声を聞いたことがない。

 

 青蔡は視界をそのふたりから王に戻した。

 やはり、ただの男だ。

 本当に、この男がこの宝象国の王であり、多くの家臣と軍隊を従えて、数百万という人民を支配し、そして擁護する人物なのだろうか。眼の前にいるのは、ただの被虐趣味で、人間の女ではなく、雌妖が好きだというただの変態男だ。

 そして、その白い肌には傷ひとつない──。

 本当に透き通るようなきれいな肌をしている。肌だけは、そこら辺のどんな高級娼婦よりも美しいだろう。

 

「どうせ、この雌妖も処分するのであろうが、それを余にやらせてはもらえんか?」

 

「えっ?」

 

 思わず、青蔡は聞き返してしまった。それは、たかが娼館の主人としては、非常に無礼な行為だったが、若い国王は意にも返さなかったようだ。

 

「……陛下ご自身がおやりになるのですか?」

 

 青蔡は国王の真意がわかりかねて質問した。

 この王は、いまここで、床に倒れておる雌妖を殺そうというのだろうか。

 しかも、自分の手で──?

 

「一度、人を殺してみたい。まあ、妖魔ではあるが、こうやって抱き潰した相手だ。余にとっては人間と変わりはない。だから、これで試してみたいのだ。人を殺す感触というものをな」

 

 若い王の顔が気味の悪い笑みで歪んだ。

 

「感触など……。陛下は、いくらでもご経験がおありでしょう」

 

 青蔡は言った。

 この若者が隠れた嗜虐趣味の性癖を除いて、国王としては、とりあけ残虐ではないことは知っているが、慈悲深い王というわけでもない。

 多くの臣民がそれなりに処刑もされているし、家財を没収されて、王都の広場で死刑になった貴族も少なくはないはずだ。

 

「経験はないのだ、青蔡。余は人を殺すように命じることはできる。だが、余自らの手でそれをやったことはない。余は、父上とは違い、戦場にも出たことはない。だから、余は人を殺すということを経験する必要があるのだ……。余は……」

 

「そうですか」

 

 青蔡は眼を輝かせるようにして語り続ける若い王の言葉の半分も聞いていなかった。殺すなら勝手に殺せばいい。

 青蔡に断る必要を感じない。その気になれば、床の雌妖どころか、青蔡の命を絶つことも、この若者には可能だ。

 

「……だが、簡単に死んでは面白くない」

 

 国王は言った。

 

「しかし、簡単に死にますよ、陛下。妖魔であろうと、人であろうと」

 

「わかっておる。だから、お前に頼みたいのだ。余はこの雌妖を殺す。だが、できるだけ苦しみを長引かせるように、術をかけて欲しいのだ。余は、一寸刻みに妖魔の身体を斬り刻もうと思う……。お前は、それを術で治療する。そうやって、少しずつ身体を小さくしていくのだ……。どうだ、面白いとは思わんか?」

 

 ぞっとした。そんなことに巻き込まれるのは嫌だ。青蔡は首を振った。

 

「申し訳ありません、陛下。私の術では、そのようなことはできません。所詮は娼館を経営するくらいの能力しかない道術遣いなのですから……」

 

「そうか、青蔡には、できぬか」

 

 国王は明らかな失望を顔に浮かべた。

 もちろん嘘だった。『治療術』は、道術としては、最高難易度に近い術のひとつだが、青蔡はそれを使える。

 無理な扱いで身体を毀した雌妖を術で治すなどいつものことだ。

 いまも国王が去れば、床に転がっている雌妖は、その『治療術』で身体を治すつもりだった。

 そして、『縛心術』で記憶を完全に消滅させて野に放つ。

 「処分」することになっている妖魔は、大抵はそうやって逃がしていたのだ。

 自分が抱いただけで殺さなければならないという、この国王の論理にはついていけない。その必要性も妥当性にも納得できない。

 

(こう)よ」

 

 この娼館に国王が通うようになって初めて、国王が随行の「兵」のひとりを呼んだ。その男が国王の前に進み出てきた。

 近くで見ると、やはり、兵の顔つきではない。

 

「紅、その雌妖に術をかけよ。少し、生気を戻すのだ。この瀕死の状態で殺しても面白くはないからな」

 

「かしこまりました」

 

 紅と呼ばれたのは、やはり、国王付の宮廷魔法遣いのようだ。しかも、強い道術力を持っている。それが青蔡にはわかった。その紅から強い道術が雌妖に注がれたのがわかった。

 青蔡は、これ以上、ここで起きるであろう蛮行に関わりたくはなかった。

 部屋の入口の近くに戻り、これからの行為を見守る態勢に戻った。

 

 雌妖が暴れはじめた。身体を動かす力が戻ったことにより、体内で暴れている媚薬が効果を現わしはじめたのだ。獣のように吠えている。

 青蔡は、その雌妖の眼を見て、もう、完全に発狂しているということがわかった。

 なにをしたかはわからないが、数刻で妖魔の頭を完全に破壊してしまうような行為とはなんなのだろうか。

 若い国王は紅から剣を受け取っていた。その紅が腰に佩いていたものだ。

 

 雌妖の右手首に若い王の剣が振り下ろされる。

 人を殺したことがないとは言っていたが、剣筋はいい。

 国王だけあり、腕のいい師範がついているのだろう。

 雌妖の手首は簡単に身体から離れた。

 血が吹き出す間もなく、傷口が紅により治療された。

 だが、雌妖が味わう痛みは、そのままのようだ。

 雌妖は暴れ回っている。

 それとともに股間から愛液を噴出した。

 媚薬のせいであろう。

 右手首を切断された激痛を味わいながら、雌妖はそれを快楽に変化させているのだ。

 その結果が尿を洩らしたかのような潮吹きだ。

 それが面白かったのか、若い王は狂ったような笑い声をあげている。

 

 狂気の笑いだ。

 動き回るからまず、肢を切断してしまおうと、紅と語っている。

 

 肢は右手首ほどうまくはいなかったようだ。

 何度が失敗をしながら、やっとのこと両方の肢を内腿の半分のところで切断をして終えた。

 

 雌妖は、その間に、さらに三度、潮を噴いた。雌妖の顔に苦痛は浮かんでいない。

 あるのは途方もない快楽に身を暴れさせている愉悦だけだ。

 もはや、頭が壊れてしまって、痛覚と快楽の区別ができないようだ。

 

 壊れていく。

 いや、もう壊れている。

 妖魔であろうと、まだまだ若い個体だ。

 頭もよく、妖魔とは思えないほどに、いい性質もしていた。

 それが完全に壊れて、そして、死んでいく様を、青蔡は見せられている。

 

 吐気さえ感じるその蛮行が終わったのは、それから三刻(約三時間)後だった。

 若い王は、狂気の眼を宿したまま、紅ともうひとりの護衛を率いて、地下道から出ていった。

 残ったのは、床に散らばった肉片の塊りと、寝台に置かれた金粒の袋だ。

 いつもの額よりも多いようだ。

 だが、もう、それにはもう興味はない。

 この地下の出入り口は封鎖する。

 青蔡は、そのとき、そう決心した。

 しかし――。

 

 生きている……?

 そのとき、肉片の一部から、青蔡はなにかの生命力を感じたのだ。

 だが、そんなはずはない。

 すでに、首と胴体が離れている。

 心臓は三度も抉られて、完全に停止している。

 道術遣いである青蔡には、それがわかる。

 だが、はっきりとした生命のようなものを手足のない胴体から感じていた。

 

 胎児──?

 青蔡は、その生命力の正体が雌妖の子宮から流れているのを悟った。

 雌妖が生きている間は、雌妖の生命力に隠されて気がつかなかったが、死んだ雌妖には、小さな生命を身体に宿しかけていたのだ。

 

 この雌妖の子宮に新しい生命が?

 あの王の子だろうか?

 だが、それはすぐに青蔡の中で否定される。

 国王がこの雌妖を抱いたのは、この三日間だけのことだ。

 この雌妖と子をなすにはあまりにも短い時間だ。

 

 ……ということは、この雌妖は、青蔡に捕らわれる前にすでに妊娠をしていたということだろう。

 青蔡も妊娠している雌妖に接するのは初めてだった。

 だから、見落としてしまったのかもしれない。

 

 だが、その胎児もまた、死にかけている。

 母親が生命を失ったことで、生命を保つことができなくなりかけているのだ。

 青蔡は、とっさに、その雌妖の死骸の中にある生命を道術の繭に包んだ。



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61  虜囚となった王女

 黄袍魔(おうほうま)は、妖魔城の一室でまどろみから目を覚ました。

 夢を見ていた。

 悪夢だ。

 まだ、生まれる前の黄袍魔の母親が殺される場面であり、殺したのは、この国の王だった男だ。

 もちろん、黄袍魔がそれを覚えているわけじゃない。

 だが、黄袍魔を育ててくれた青蔡(あおさい)が教えてくれた母の死の情景だ。

 それは、血が沸騰するような復讐心とともに、黄袍魔の頭に染みついている。

 

「妖魔王よ……」

 

 すると、部下が入ってきて、“品物”が届いたという知らせをした。

 いずれにせよ、どうやら、居眠りをしていたらしい。

 

「わかった、行く」

 

 黄袍魔は、執務室のような部屋から、最上階の私室に跳躍する。

 

 すでに、品物は最上階の私室に届けられているという。

 白骨(はっこつ)を見張らせていた小妖から、白骨が品物を入手したという報告を受けたのは昨夜のことだったから、約束通りに白骨は手を付けないまま、この椀子(わんし)山の妖魔城に運んできたのだろう。

 

 自分は、あの“品物”をどうするべきだろうか。

 あれほど渇望した品物だ。

 だが手に入れてみると、黄袍魔は自分の戸惑いに驚いていた。

 “白骨夫人”という名で通っている冷酷無比の女奴隷商人に、宝象国の第三王女を浚わせたのは、それが現国王が眼の中に入れても痛くないくらいに、愛情を注いでいるという噂を耳にしたからだ。

 それも、近隣の諸国にも伝えられるくらいの美女のようだ。

 また、気も強くてお転婆だとも聞いた。

 

 だからこそ、一介の人間の奴隷商人に浚われてしまうという隙を作ってしまうのだろう。

 もっとも、その第三王女の性格などどうでもいい。

 黄袍魔にとっては、その品物があの王家の大切な娘だという事実さえあればいいのだ。

 

 王家にとって、もっとも大切にされている娘をこの妖魔王の慰みものにして、最後には最下層の妖魔の奴隷にする。

 それだけが目的だ。

 

 三人いる王女のうちから、百花(ひゃっか)姫という第三王女に狙いをつけたのも別段の意味があるわけではない。たまたま、現国王がもっとも可愛がっているという噂があったからだ。

 それに、第一王女と第二王女は、すでに人の妻となり子もなしていた。

 それに比べれば、年齢の離れている第三王女は、まだ十八で、子はおろか、まだ伴侶もいない。

 だから、その百花姫に決めた。

 そういえば、黄袍魔の母親だったという雌妖が殺されたのも、同じ十八歳だったはずだと思った。

 

「妖魔王様、ご機嫌うるわしゅう……」

 

 跳躍すると、そこには美しい人間族の女性がいた。

 歳は三十を超えているはずであり、人間族の女としては若い個体ではないらしい。

 だが、美貌の女ということで有名とのことだ。黄袍魔はちっともそう思わないが……。

 なんとなく、心の汚れが外観に浮き出ているような気がするのだ。

 まあ、仕事の相手としては有能なのは理解しているが……。

 一方で、可憐としかいいようのない少女が目の前の結界に包まれた部屋の中に横たわっている。

 

 百花姫だ。

 その百花は、準備してあった部屋の寝台に寝かされている。

 薬でも使って眠らされているのだろう。

 まったく目を覚ます気配はない。

 ところどころ着衣が乱れているのは、この奴隷商人の白骨によって、この椀子山にある波月(はつき)城に連れて来られるまでに随分と抵抗したのかもしれない。

 この波月城は、宝象(ほうぞう)王国の領域であるが、辺境のさらに外として、人外地とされている奥深い山中にある黄袍魔の城だ。

 家来の妖魔は千匹程いるが、当面は、この百花の世話をする雌妖以外は、この最上階の部屋に近づかないように申し渡してある。

 

 この部屋は、百花を監禁するために特別に準備させた部屋であり、この最上階には下に降りる階段がない。だから、『移動術』を使える妖魔でなければ、ここには来れないし、立ち去ることもできない。

 特に道術力などない人間の娘である百花には、この階から逃げる手段がないはずだ。

 それだけではなく、百花にはこの階だけではなく、部屋からも出られないようにした。

 

 この部屋で百花を抱き潰す――。

 

 そして、飽きたら、階下の妖魔たちの慰み者に落とすのだ。

 かつて、宝象国の国王だった男が黄袍魔の母親だった雌妖にやったように――。

 

 それにしても、美しいという評判の姫だったが、黄袍魔は、百花が世間の噂以上の美女だと思った。

 黄袍魔は人間の女にそんな感情を抱いてしまった自分が意外だった。

 

「さすがは白骨だな」

 

 白骨は人好きのするであろう笑顔を見せた。

 美貌の人間族の女だが、その白骨がどこにでもいる市井の中に埋もれている女にも化けられる。

 だが、実際は、依頼があれば、人間であろうと妖魔であろうと、非道な手段を使ってでも手に入れてくる希代の奴隷商人だ。

 腕もいい。

 依頼料は高いが、それなりの実力もある道術遣いでもある。

 

 もっとも、白骨も妖魔の依頼を受けるのは、初めてだと言っていた。

 しかし、その妖魔の依頼で、人間の娘――しかも、この国の王女を浚うというのは、白骨にとって躊躇いの対象ではなかったようだ。

 だが、人間族が妖魔王の依頼を受けるなど怪しい。そもそも、妖魔の地位の低い宝象国で、妖魔と対等の付き合いをするなど異常でもある。

 もしかしたら、黄袍魔を嵌める罠かと思い、念のために、密かに見張りの小妖を付けてもいたがそれは杞憂だったようだ。

 

「苦労しました。とにかく、この王国の本物の第三王女ですから……。まさか、王宮に忍び込んで浚うわけにもいかず、今回の依頼は難しいと考えていた矢先でした」

 

「苦労の分は支払う。約束のものは受け取ったか?」

 

「さきほど、黄袍魔様の家妖殿から……。約束にものにさらに上乗せして頂いきました。お礼申しあげます」

 

 家妖というのは、この波月城の束ねをさせている妖魔だ。

 椀子魔(わんしま)といい、この城の名にもなっているが、もともとは、この椀子山を支配していた妖魔だったが、黄袍魔に屈してからは、完全な黄袍魔の筆頭家来となっている。

 千匹を超える面倒な妖魔たちの支配は、この椀子魔に一手に引き受けさせている。

 

「確かに、それに見合った仕事はしてくれたな。よくやってくれた」

 

 黄袍魔は短く言った。

 

「恐れ入ります」

 

「評判に違わぬ美しい人間の姫のようだ。さぞや、国王は悲しむのであろうな」

 

「しかし、美しさの中には、かなりのじゃじゃ馬が隠れていますよ。なにせ、国王に外出を禁止されていたのに、侍女たちを脅してまで王宮を抜け出てくるくらいですから。もっとも、そのお陰で、考えていたよりも、ずっと簡単に連れて来れましたが」

 

「ところで、ここに百花を連れてきたことは誰にも悟られていないだろうな、白骨?」

 

「それは勿論。この白骨の仕事ですよ。王宮の道術師が相手でも、ここまで辿ることはできないでしょう。それに、この白骨の仕事が確かであることは、あたしにつきまとっていた小妖が報告したのではないのですか?」

 

 白骨が試すような視線を黄袍魔に送った。

 黄袍魔は驚いた。

 白骨を見張らせた小妖は、影に隠れることにかけては、一流の能力を持つ。悟られているとは考えもしなかった。

 

「知っていたのか?」

 

「これでも、術遣いです。消したつもりでも、妖魔の気配はわかります。あたしほどの能力を持つ術遣いは大勢おります。それが思わぬ仕事の失敗に通じることもあります。今後もこの白骨に仕事を依頼するつもりがあるのであれば、あたしらへの監視はお慎みください。はっきりいって、迷惑です」

 

 白骨は、初めて厳しい視線をした。

 これが、奴隷商人としての白骨の本当の顔なのだろう。

 このくらいの眼ができなければ、部下を束ねることはできないし、浚った女奴隷たちの管理はできないのだろう。

 

「ならば、はっきりと言おう。俺は、人間族を信用する気にはならない。だが、お前の仕事は評価した。こうやって、依頼した品物を届けてくれたからな。だから、いままでに、お前がやった雌妖狩りは水に流してやる。今後、同じことを繰り返すことがなければ、俺はお前の友人でいてやれるだろう」

 

 女奴隷商人の白骨の裏の本業は、人間でも妖魔でも浚っては奴隷に仕立てる奴隷商人だが、表の顔は、妖魔を家畜として売買する妖魔商だ。

 この国では、人間を売り買いすることは犯罪だが、妖魔を売り買いすることは合法なのだ。

 

「黄袍魔様の縄張りであるこの椀子山の支配域内で、妖魔を狩ったことはありませんが?」

 

「この百花の父親が、宝象国内の人間族の庇護者なら、この黄袍魔は、宝象国内で虐げられているすべての妖魔の庇護者のつもりでいる。この辺境域は、人間どもが勝手に、妖魔の巣の人外地として線を引き、自分たち人間が立ち入ってはならない場所としただけのこと。俺は、この椀子山のみが、妖魔域と思ったことはない。妖魔域であろうと、その外であろうと、妖魔もまた、人と同じように生きる権利を持つ」

 

 白骨は、しばらく黙って黄袍魔を見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「……新しい妖魔の王は、随分と情け深い王なのですね?」

 

「俺を慕って集まる妖魔たちに対してはな」

 

「しかし、この白骨にもほかの仕事があります。妖魔の注文も……」

 

「黙れ」

 

 黄袍魔は声をあげた。さらに続ける。

 

「お前を使ってやったのは、この黄袍魔の慈悲だと思え。本当なら、これまで妖魔を家畜として売り買いしてきたようなお前は、俺の爪を突き立てる対象でしかないのだ」

 

「ふん、あの青蔡のじじいだって、昔は、あたしと同じ仕事をやってたんだよ」

 

 白骨が、表情を一転させて、不満な顔をすると鼻を鳴らした。

 黄袍魔は、爪を刃物のように尖らせると白骨の首に突き立てた。

 白骨の首から、ひと筋の血が流れる。

 だが、白骨は身じろぎひとつしなかった。

 ただ、不敵に黄袍魔を睨み返してくる。

 

「……この宝象国の中では、妖魔狩りはしない……。それでいいのかい、黄袍魔?」

 

 白骨は、黄袍魔に視線を向けたまま静かに言った。

 黄袍魔は、白骨に突きつけていた爪を引っ込めた。

 白骨は、首の傷を手でひと撫でした。

 すると、なにもなかったかのように、傷が消滅した。

 

「それでいい、白骨」

 

 黄袍魔は言った。

 

「だけど、商売もしなくちゃいけないからね。ほかの国から手に入れた妖魔は、今まで通り、売り買いをさせてもらうよ。この国では、妖魔を売買するのは、合法なんだよ。文句があるなら、こんなところに隠れていないで、堂々と人間族の国王にでも喧嘩を売りな、妖魔王」

 

「隠れているつもりはない。いまは、宝象国では、この椀子山のみが、我ら妖魔が安心して、生きることのできる場所だが、いずれは、すべての場所を同じくするつもりだ。そのときには、お前たち人間が、妖魔によって、家畜として売り買いされる対象になるのであろうな。いまの俺の力では無理だ。だが、いつかはそれだけの力を手に入れて見せる」

 

「結構なことさ。どうせ、そんな時代になる頃には、このあたしの寿命も尽きている。知ったこっちゃないね」

 

「そうだな……。お前には関わりのないことだった……。お前は、俺の依頼に応じて、本当にこの国の王女を浚ってきた。感謝をすべきことだ。いまはまだ、表立って国王と争うつもりはない。この国の王も、俺には一応の敬意を示して、椀子山に入り込んだ人間については、狩り捕り自由という約をしているしな。だから、お前の表の商売は、気に入らんが、俺の庇護を受けている妖魔に手を出さなければ、文句は言わん」

 

「あんたが、本当にこの国の王になれば、あたしは、妖魔ではなく、人間を家畜として売り買いする商売をするよ。あたしにとっては、人間族も妖魔族もないさ。どちらも、飯の種さ」

 

 白骨は言った。

 黄袍魔は、思わず微笑んだ。

 

「ならば、俺たちは協力し合えるということだな。表の商売にする妖魔なら、この地下には、俺に逆らった妖魔が牢に繋いである。どうせ、餌として食べるだけの存在だが、あれの中でよければ、餌代程度の代価と引き換えに譲ってやろう。家畜として売り飛ばそうが、檻に入れて見世物にしようが、好きにすればいい」

 

「慈悲に感謝いたします、黄袍魔様」

 

 白骨は、にっこりとほほ笑んで、口調を改めた。

 その豹変ぶりには、黄袍魔も呆れてしまった。

 

「ところで、なぜ、王女になど構うのです? それも、妖魔の売買を許している国王への酬いというわけですか、黄袍魔様?」

 

「それは、お前が知る必要があることなのか、白骨?」

 

 黄袍魔は、白骨を睨んだ。

 「いいえ」白骨は首を横に振った。

 

「……ただの好奇心ですわ。なにしろ、この仕事は、あの青蔡殿の口添えですから。昔はともかく、いまの青蔡殿は、人にも妖魔にも情けある善人の塊りのようなお方。それが、妖魔の慰み者にするために、第三王女を浚えという黄袍魔様の依頼を仲介してきたのですから――。あたしじゃなくても、仰天しますわ。王家と青蔡殿と黄袍魔様と、どのような因縁がおありなのですか?」

 

「つまらん話だ。お前にとっては、聞く価値もない……」

 

 黄袍魔はそれだけ言った。それ以上、黄袍魔が口を開かないので、やがて、白骨は、微笑みを浮かべたまま小さく息を吐いた。

 

「まあ、確かに、あたしには関わりのない話ですね。それで結構ですが……。話は戻りますが、国王が、百花姫の行方を探し当てるなんの痕跡も残してはおりません。それは、この奴隷商人の白骨が請け負います」

 

「だが、おそらく、あの国王は、百花の行方に莫大な賞金を懸けるに違いない。欲にかられて、お前が情報を売れば、それこそ、妖魔の矛先が、まずは、お前とお前の仲間に向かうと思っておいてくれ」

 

「依頼人を売るようなことはしません。これでも、白骨夫人といえば、裏の世界では、名の売れた存在なのです」

 

「だが、人間族だ。人間は信用ならん。お前は、信用できても、お前の仲間はわからん」

 

「あたしの部下が、裏切れば、黄袍魔様の手を煩わせる必要はありません。あたしが殺します。あたしに仕事を依頼するに当たっては、あたしの評判もお調べになったのでは、黄袍魔様?」

 

「調べた」

 

「それで?」

 

「人柄は信用はならん。だが、仕事は信用できる。依頼料を支払った客を裏切ることはない」

 

 すると白骨が微笑んだ。

 

「黄袍魔様は、多くのものを頂きました。だから、この白骨が裏切ることはありませんよ」

 

「仕事振りは評判以上だ。まさか、こんな短い時間で百花を連れてきて来れるとは思わなかった。この仕事は、俺自身の手でやってもよかったが、それでは、どうしても、妖魔の魔力の痕が残ってしまう。できれば、家来の妖魔たちを関わらせたくはなかった。俺自身も問題だからな」

 

「代価は頂きました。黄袍魔様の事情は、もうお伺いしません。どうぞ、ご存分に。もう、黄袍魔様の品物です」

 

 ふたりで結界の刻んでいる部屋に入る。

 白骨は、百花を視線で指した。

 百花姫は確かに美しい。

 銀色の長い髪、細い顎、桃色の唇、細く白いうなじ。服に包まれた胸は若さに相応しい均整のとれた膨らみがあり、その下の腰は細く抱けば簡単に壊れてしまいそうだ。

 

「いまは、お前の道術の力で眠らせておるのか、白骨?」

 

「あまりにもうるさいので……。喚き散らす状態のまま、黄袍魔様の前に連れて行くのは失礼かと思いまして……。しかし、本当に、調教してからでなくてよろしいのですか? あたしは、普通、浚った雌妖や女は、それなりの調教をしてからお渡しするものですから」

 

「必要ない」

 

「余分な代金は頂いております。こんな小娘の心を砕くくらい数日もあればできる仕事です。この白骨にお預けになりませんか? あっという間に、家畜としての躾をしてみせますが?」

 

「それは、どうでもいい。この娘は、ただ俺が犯すためだけに浚わせただけだ」

 

 黄袍魔は、魔術で百花の身に着けている衣装を斬り割いた。

 あっという間に、眠っている百花は、下着だけの姿になる。

 黄袍魔は、百花の右の腕に黒色の腕輪を嵌める。

 

「それはなんですの、黄袍魔様?」

 

「この百花を、この城に繋ぎとめるための霊具だ。この霊具をつけている限り、俺の霊気が示す範囲でしか動くことはできん。当面は、この部屋に繋ぎとめる。牢などなくても、これで百花は、この部屋に囚われの身ということだ」

 

「面白い霊具でございますね」

 

 白骨は、にこやかに笑った。

 だが、この白骨こそ、人間の裏社会はおろか、妖魔の世界にも名を届かせているもっとも有名な奴隷商人だ。

 非道な手段を使い、依頼された対象を誘拐しては奴隷として売り飛ばす。

 この女にかかれば、たとえ、一国の王女といえども、哀れな獲物でしかなかったということだ。

 その本来の白骨は、さっきの会話の中で、少しだけ垣間見ることができた。

 

「それよりも、そろそろ、起こせ、白骨」

 

「わかりました」

 

 道術が、眠っている百花に注がれたのがわかった。

 白骨は部屋の隅に退き、木の椅子を引っ張って来てそこに腰を降ろした。

 どうやら、黄袍魔が、百花を犯すのを見物する気でいるようだ。

 

 百花の眼がゆっくりと開いた。

 事態が把握できないのだろう。

 身体を起こして、周りを見回している。

 その視線が、腕組みをしている黄袍魔に向く。

 

「えっ? えっ、えっえっ、きゃああああ」

 

 百花が悲鳴をあげた。

 そして、自分が小さな胸当てと股間を覆う薄物だけの下着姿であることにやっと気がついた。

 

 百花は、両手で胸を覆うと、解放されている部屋の出口に向かって走り出した。

 だが、すぐに見えない力に遮られて撥ね返される。

 ぎょっとした顔をしている。

 何度か同じことを繰り返し、やっと、戸口はおろか、この部屋の壁にすら触ることができないのに気がついたようだ。

 百花は恐怖の色を顔に浮かべて、黄袍魔を見た。

 そして、部屋の隅に座っている白骨を認めた。

 

「ど、どうして、妖魔が――? 百虎(ひゃっこ)夫人――。こ、これは、どういうことです」

 

「このお方が、あなたを買い取ったこの妖魔の城の支配者であられる黄袍魔様です、百花姫」

 

 白骨が言った。“百虎”というのは、この奴隷商人の女が、白骨を捕えるために使った偽名なのだろう。

 

「か、買い取るとはなんですか? わ、わらわは、品物ではありません。ひ、人です」

 

「いいえ、姫様は商品です。品物です。奴隷なのです」

 

「奴隷?」

 

 怒りのせいか、百花の顔が真っ赤になった。

 

「百花、お前の相手は俺だ」

 

 黄袍魔は、ゆっくりと百花ににじり寄った。

 その百花の顔が急に恐怖に染まる。

 

「こ、来ないで」

 

 百花は、あとずさりして、逃げようとするが、見えない力に押し戻されて、行く手を阻まれる。

 

「く、来るな、け、けだもの。こ、この(けもの)――」

 

 百花は叫んだ。

 

(けもの)か……」

 

 黄袍魔は、身を護るように自分を抱く百花の腕を二本の腕で掴んだ。

 妖魔にとっては人間の女の力など、まるで存在しないのも同じだ。

 簡単に百花の腕は胸からもぎ取られて、空中に引きあげられる。百花の身体は宙に浮く。

 

「よく聞け、百花。お前は俺に犯される。そのために、俺はこの奴隷商人からお前を買ったのだ」

 

「買った? わらわをか――。わ、わらわを誰だと思っているのです。わらわは、宝象国第三王女にして……」

 

 黄袍魔は、百花を二本の腕で宙吊りにしたまま、道術を使ってさらに胴体から二本の腕を出した。

 百花が、それを見て悲鳴をあげた。

 

 その口を黄袍魔の口が塞ぐ。

 百花は暴れて逃げようとするが、宙に引きあげられた両腕だけではなく、黄袍魔のもう二本の手が、ぐいと百花の細い腰を抱き寄せている。

 四本の腕に抱かれる百花には逃げることなど不可能だ。

 

 口から黄袍魔の唾液を注ぎ込む。

 黄袍魔の唾液は、猛毒にもなれば、万病を治す薬にもなる。

 百花に飲ませた唾液は、老婆であろうとも、たちまちに発情し、淫欲に支配されるほどの強力な媚薬だ。

 それを百花の口中に注ぎ込む。

 

 顔を捩じって逃げようとする百花の顔を腕で固定する。

 百花は、黄袍魔の二本の腕で宙にあげられ、もう二本の腕で、腰と頭を固定されている。

 黄袍魔から与えられる唾液を受けとめるしかない。

 

 百花にとっては、永遠にも感じるほどの時間だろう。

 黄袍魔は飽きるほどの時間、百花の口の中を堪能した。

 その頃には、媚薬が効き始めた百花の顔が虚ろになり、激しかった抵抗が弱いものに変わっている。

 黄袍魔はやっと口を離し、腰を抱いていた腕で、下着を引きちぎる。

 あっという間に、百花は黄袍魔により空中に吊りあげられたまま全裸になる。

 

「いやああああ――。た、助けてええ――だ、誰かあ、誰かあ――」

 

「誰が、助けるというのだ、百花。ここは、妖魔の城だぞ」

 

 黄袍魔は、もう、淫液で涎を流し始めている股間に触れた。

 百花の身体がびくりとなった。

 

「もう、濡れているのか?」

 

 すると、百花が逃れようと、また暴れはじめた。

 だが、空中に吊られている身では、抵抗にも限界がある。

 黄袍魔は、ゆっくりと百花の股間をほぐしていく。

 股間に愛撫を受ける百花の声が、次第に艶めかしいものに変化する。

 

「聞こえるか、百花。これが、お前の淫液の音だ。ちょっと、触っただけで、これ程の悦びを示すとはな。お前は、ただの下品な雌だ」

 

「け、汚らわしい――。離して――は、離して――お、おぞましい……。お、お前のような獣が――」

 

「そうだ。おぞましいであろう。俺は妖魔の王にして、この辺境域を支配する黄袍魔だ。お前たち人間族が蔑み、虐げ続け――、そして、非道な扱いを受けてきた妖魔だ。その妖魔に、お前は犯されるのだ」

 

「ああ……や、やめて……き、気持ち悪い……。け、汚らわしい……」

 

 言葉とは裏腹に、百花の口調には、はっきりとした情感が混じりはじめる。

 全身はすでに上気し、すでに体内で暴れはじめた黄袍魔の与えた媚薬の効果により、百花の全身は、汗で濡れはじめる。

 

「汚らわしければ、たかが妖魔の愛撫で、こんなにも濡らしているお前はなんだ? それでも、一国の王女か――。近隣の王国にも聞こえた美貌の姫として名高い百花姫なのか」

 

「ああっ――な、なんで……こ、こんなにも……」

 

 百花は、黄袍魔の唾液に媚薬の効果があることなど知らない。

 自分の身体の変化に、激しく動揺するとともに、恐怖すら感じているだろう。

 

「なにも考えるな、百花。お前は、俺に犯されるだけの品物だ。奴隷らしく、ただ、俺の与える快感に溺れておれ。せいぜい、俺に気に入られるように励むのだな。飽きれば、この下に巣食っている妖魔たちの性処理用に回す」

 

 黄袍魔は、百花を部屋の端にある寝台に投げつけた。

 百花は上に重なろうとする黄袍魔から逃げようとするが、簡単に黄袍魔はその身体を掴み、片手で百花の両腕を頭上に抑え込む。

 残った三本の腕で、両方の乳房と、股間を刺激する。膣孔からはびっくりするほどの淫液で溢れている。

 媚薬の効果もあるのだろうが、もともと、こういう刺激に弱いのかもしれない。

 

「いやあ……これ、これ以上……や、や、やあ……ああっ――あああ……」

 

 百花の声が、彼女が快楽の絶頂に向かっていることを示しはじめる。反応が激しくなる。

 

「堕ちよ、百花――。無様だな。俺の与える快楽に溺れる雌になれ」

 

「ああ……ああ――あああ――。な、なんですか、これ……。なにが……ああ――」

 

 百花の反応が激しくなる。震えはじめる。

 

「どうした、百花。感じているのか。お前たちが卑しむ妖魔に抱かれて、情欲を感じているのか?」

 

「そ、そんな……こと――ああ、あああ――」

 

 黄袍魔は、百花に与える刺激を強くする。

 

「い、嫌……。い、嫌……。妖魔に抱かれる……など――。はああ――ああ――ひゃああ――」

 

 肉芽の皮を剥く。

 そこに軽く指を当てて、魔力を注ぐ。

 百花にはなにが起こっているか理解できないだろう。

 

「ひぎいいいい――」

 

 たちまちの大きく百花の身体が弓なりになり、愛液が淫孔から噴き出した。

 

「はああ……。い、いま、いまのは……」

 

 百花が、激しく息をしながら虚ろな表情で天を仰いでいる。

 

「いまのが“いく”ということだ。百花は、初めていったのか?」

 

「は、初めて……。な、なに……が……」

 

 百花の身体の震えはまだ続いている。

 その四本のうちの二本の腕で、百花の両足を掴み左右に開く。

 片手はまだ、百花の両腕を掴んだままだ。

 

「もう、十分だな――」

 

「いやあ――。お願い……それだけはやめてください――百虎、百虎夫人――お、お願い、助けて、助けて――」

 

 なにをされるのかわかっているのだろう。

 百花は、まだ絶頂の余韻が残っているだろう身体で死にもの狂いの抵抗をしようとしている。

 だが、黄袍魔にとっては、まるで力が入っていないのも同じだ。魔術で全裸になり、露出して勃起している肉塊を百花の秘裂に押し当てた。

 

「ひぎぎいいいい――」

 

 ゆっくりと黄袍魔の肉棒が百花の淫口に埋まっていく。

 生まれて初めての“男”を受け入れる痛みに百花の顔が苦痛に歪んでいる。

 黄袍魔は、この圧倒的な征服欲の感情に任せて、一気に突き差したい欲求に耐える。

 しかし、焦らずに、じわじわと突き挿していく。

 唾液と同じように、黄袍魔の精液は強力な媚薬でもある。

 滲み出た淫液が直接に体内に刷り込まれて、あっという間に、百花の股間は欲情の塊りに変化するはずだ。それまで待つ。

 すぐに百花の様子が変わりはじめる。

 王国の第三王女としての清楚な百花の表情が、完全に“雌”の顔になった。

 

「百花、性奴隷がいくときは、“いく”と叫ぶのだ。わかったな――」

 

 黄袍魔はそう言いながら、いよいよ最後まで自分自身を百花に埋めていく。さっきとは違う反応を百花が示し始める。

 

「ああ……や、やめて……。こ、怖い……、だ、誰か……怖い……い、やあ……ああ……あああ――」

 

「いくと言え、百花。気持ちがよければ、いくと叫べ。それが奴隷だ。叫ぶのだ」

 

 百花の様子がどんどんと浅ましいものに変わっていく。

 黄袍魔の男根から染み出る強力な媚薬が身体を犯しているのだ。

 百花の態度と声が狂乱したものになる。

 

「いぐうううう――」

 

 半分ほどのところで、吠えながら百花が果てた。

 それでも、深く突き入れる。

 黄袍魔の肉棒が百花の子宮口に届いたのがわかる。その入口をほんのかすかに突く。

 強力な魔力の籠った媚薬とともに与えられる官能の刺激に、百花の身体は、また、絶頂の痙攣を起こし始めた。

 

「ひぎいいいいい――。いぐううっ――」

 

 百花は、教えられたばかりの言葉を叫びながら、仰け反って、白目を剥いた。

 

「百花、俺の子を産め――」

 

 気を失いかけている百花の身体の中に、黄袍魔はそう言いながら、熱い精の塊りを注ぎ込んだ。

 黄袍魔は、ひくひくと震える百花の身体から自分の肉棒を抜いた。真っ赤な血を混じった淫液がどろりと百花の股間から垂れ落ちた。

 

「素晴らしいですわ、黄袍魔様――。処女の百花を最初の性交で快楽に気を失わせるとは」

 

 白骨が両手を叩きながら、そう言った。

 

「なにが言いたい、白骨?」

 

 黄袍魔は、白骨の微笑みの中にある揶揄のような響きがあることに気がついた。

 

「王家に恨みのあるような感じだったので、どんなに荒々しく百花を犯すのかと思ったら、あの娘に性の快感を教えてしまうとは……」

 

「悦ばせたつもりはない。この姫は、妖魔に犯されるという屈辱にまみれた。汚らわしい妖魔に、自分の純潔を奪われたのだ」

 

「殿方の本質は、女の抱き方でわかります」

 

「俺の本質がなんだというのだ、白骨?」

 

 白骨の物言いがなにか、黄袍魔になにか不快なものを与える。

 

「随分とお優しい方であられますね、黄袍魔様は」

 

 白骨が言った。

 黄袍魔はむっとした。



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62  操り言葉と妖魔王の求婚

「け、ん、れ、ん、か、は、く」

 

 朱姫の声がした。

 その直後、沙那は、思わずがくりと腰を地面に落としてしまった。

 

「や……やったわね……、朱姫……」

 

「なにが、“やった”なのです、沙那姉さん? くふふ……」

 

 宝玄仙の寝床を準備していた朱姫が笑った。

 岩に囲まれて風が避けられる谷地だ。

 宝玄仙とともに、西方に向かう旅も、帝国の国境を越えてから、烏斯国(うしこく)万寿国(まんじゅこく)、と越えて三箇国目の宝象(ほうぞう)国に入っていた。

 相変わらず、野宿の多い旅だ。

 

 まだまだ、天教の影響は強い。

 万寿国で鎮元仙士(ちんげんせんし)の率いる天教の教団兵に襲撃されたということもあり、それで、なるべく人里を避ける旅をしているのだ。

 宝玄仙は死んだことにしろと言って、宝玄仙が天教に絶交宣言を鎮元を通じて送り込んだものの、天教が宝玄仙を破門して、手配状を全天教施設に通知したことは間違いないだろう。

 天教の影響力は、もちろん諸王国にも強く浸透している。

 だから、こうやって、人里をなるべく避けた旅で、とにかく天教の支配を逃れるために、西に西にと進んでいるのだ。

 そして、今夜も、この山の中で野宿をすることになり、寝床をつくるために孫空女や朱姫ともに働いているところだった。

 

 孫空女は、洗い物をするために少し離れている。

 いまは、宝玄仙の寝床の準備は朱姫に任せて、沙那は三人の寝支度の準備をしていた。

 宝玄仙の寝床の準備に比べれば、女三人の寝床の準備は簡単に終わる。

 大きめの敷布を拡げて、それに毛布を一枚拡げるだけだ。その一枚の毛布に三人の女がくっついて寝る。

 一方、宝玄仙の寝床は、厚めの敷布の上に、もう一枚の敷布を重ねる。

 そこに薄い布を拡げて寝床をつくり、その上に、掛布を拡げるのだ。

 

 そして、自分たちの寝床の支度は終わったので、朱姫を手伝うために、そっちに向かったところだった。

 沙那たちの寝床と宝玄仙の寝床の間には、まだ燃えさかる焚火が挟まれている。

 闇の中の焚火の灯りに朱姫の顔が浮かんだ。

 その朱姫が沙那に顔を向けて、妖しく微笑んだ。

 すると、突然に「けんれんかはく」と言って、指を鳴らしたのだ。

 

 言葉の意味は不明だ。

 しかし、その直後に、それはやってきた。

 沙那の身体中が淫欲に火照りはじめたのだ。

 突如としてせり上がりはじめた股間に感じる欲情に、沙那は思わず膝をついてしまった。

 

「ば、『縛心術』よ……。わ、わたしになにかしたわね……?」

 

 沙那は、思わず股間を手で押さえる。

 だが、身体の内側からせりあがる快楽には逆らえない。

 

「あたしはご主人様のように、沙那姉さんの身体の身体を自由にはできませんよ」

 

 朱姫は微笑んでいる。だが、その微笑みは妖しいものが浮かんでいる。

 

「あ、暗示よ――。暗示。わかっているのよ。さっきの言葉と音で、欲情するように暗示をかけていたんでしょう。い、いつの間にやったのよ。す、すぐに解きなさい――」

 

「証拠でもあるのですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫は、また、ぱちんと指を鳴らした。

 沙那に与えられる快楽が跳ね上がった。

 

「くああああっ」

 

 沙那は思わず身体を仰け反らせた。皮膚を無数の舌で這い回られる感覚――。

 いや、触手のようなものが全身を包んでいる。逃げることはできない。実際には、触手など存在しないのだから、逃げようもないのだ。

 

「いつ見ても、沙那姉さんの欲情する姿は色っぽいですね。あたしも、いつか、姉さんのように綺麗になれるといいんですけど……」

 

 また、指を鳴らす音――。

 沙那の身体にまとわりついている触手の動きが激しくなる。

 股間や乳房や、とにかく、服に包まれているあらゆる部分が快感に燃えあがる。

 朱姫が、指を鳴らす音で欲情するように、沙那に、いつの間にか暗示を与えていたのは間違いない。

 暗示をかけられていたのを覚えていないので、その記憶を消していたのに違いない。

 だが、そんなことを朱姫がひとりでやるわけがない。

 

「ご、ご主人様ですね――。朱姫に、これをやらせているのは?」

 

 与えられる触手責めに耐えながら、できあがったばかりの寝床に胡坐で座っている宝玄仙に沙那は言った。

 

「わたしは、別に朱姫に許しただけさ。朱姫がお前を苛めたいと言うんでね」

 

「う、嘘を言わないでください――」

 

 その耳にぱちんと指の音。

 沙那を襲う快楽が倍になる。

 服が肌に擦れて、瞬時に快感が弾ける。

 

「ひゃあああ……」

 

「ご主人様にけしかけられたのは本当ですけど、あたしがそうしたかったのも本当ですよ、沙那姉さん――。もっとも、こんな怖いことはご主人様の許可がなければできませんけど」

 

 さらに指の音――。

 もう、訳がわからないくらいに性感があがる。

 普段は制御している『女淫輪』の猛威まで襲いかかる。

 

「まだ、動けますか、沙那姉さん? でも、念のために、もう少しあげときます?」

 

 指が三度続けて鳴る。

 

「や、やああ――うああああ――」

 

 沙那はその場にうずくまってしまって。

 この小さな宝玄仙のような少女は、時折、こういう悪乗りをする。

 宝玄仙がいなければ、沙那と孫空女にこういう悪戯を仕掛けないのは事実だが、こういう状況になれば、心から愉しみ始める。

 調子に乗ることについては宝玄仙以上だから、朱姫の責めは、ある意味で宝玄仙よりも、始末が悪い。

 

「沙那姉さん――。沙那姉さんを襲っている触手は、沙那姉さんが着ている服ですよ。それを脱げば、触手を身体から外せますよ……。でも早く脱がないと、どんどん、触手の表面から染み出てくる媚薬に襲われますよ……」

 

 朱姫が囁くように言った。

 沙那に、まとわりついていた触手がはっきりとしたかたちになって出現した。

 沙那の身体が数十本の触手がまとわりついている。

 慌てて、それを剥ぎ取ろうとするが、どうしても取れない。

 触手の毒液が皮膚越しに身体に入り込む。

 乳房を揉みしだき、乳首を吸いあげる。

 全身が性感帯になったかのような錯覚となり、身体中の感度があがり続ける。

 股間を触手が襲う。肉芽を這いまわり、前後の孔に容赦なく触手が入ってくる。

 沙那の陰部の菊門を深く抉る触手の存在に、沙那は暴れ回った。

 

「沙那は、なにをやっているんだい、朱姫?」

 

「服を脱ごうとしているんですよ、ご主人様。でも、触手と思い込んでいるから、ぼたんや紐を解かないと脱げないことがわからないんです」

 

 宝玄仙と朱姫の声が聞こえた。喋っていることの内容はわからない。

 

「ああっ――あああ……。そ、そこにいるんですか、ご主人様――朱姫――た、助けて――」

 

 沙那は叫んだ。触手は沙那を襲い続ける。襲い掛かる快楽に、触手を剥がす力が失われていく。

 なぜ、自分がこんな化け物に襲われているのか――。

 なにかがおかしい。

 それを冷静に観察しているような宝玄仙と朱姫の口調も不自然だ。沙那の中で、それは不自然なものとして整理されるのだが、次第に触手は、沙那から判断力を奪っていく。

 

「い、いくうううう」

 

 ついに沙那は、触手により絶頂までせりあげられた。

 

「いけませんよ、沙那姉さん。その触手は、いつまでも沙那姉さんを感じさせるだけです。絶頂寸前の状態まではいけますが、それ以上は駄目です。その触手は、沙那姉さんの絶頂ぎりぎりの淫液の味が好きなんですから」

 

 朱姫の声――。

 その声で、達しようとしていた沙那の快楽がとめられる。

 いや、快楽はとめられていない。

 いくことだけがとまったのだ。沙那は、のたうち回った。

 

「沙那? な、なにしているの? 朱姫、ご主人様――。これは、なに?」

 

 孫空女の声だ。

 触手に顔を覆われている沙那の視界に、孫空女の驚いている顔が見え隠れする。沙那は、孫空女に手を伸ばした。

 

「そ、孫女――。ひいいいいっ――。た、助け……あああ――」

 

「孫姉さん、沙那姉さんは、服を脱ぎたいみたいですよ。でも、脱ぎ方がわからないみたいです」

 

「お、お前、また、沙那に『縛心術』使っているね、朱姫――。ご主人様に命じられているからって、調子に乗ると承知しないよ――」

 

「そ、そんなに怖い顔をしても、大丈夫ですよ。孫姉さんにも、暗示はかけてあるんですよ」

 

「なんだって、朱姫――?」

 

 孫空女が怒鳴っている。

 しかし、声はわかるのだが、内容を知覚できない。

 それよりも、身体にまとわりつく触手がどんどんと沙那の理性を削り取っていく。

 なんでもいい――。

 早く、触手を剥がして欲しい。

 このままではおかしくなる。

 

「そ、孫女――んあああっ……こ、これを……この触手……化け物を……くあああっ――と、取って……お、お願い――」

 

 沙那は、絶頂に向かってひたすら情感をひきあげられている。

 もう、耐えるような段階は超えている。

 沙那の身体の中で快楽の化け物が暴れ回っている。

 それに、このわけのわからない感覚――。

 絶頂しているのにできない。それが何度も続く。恐ろしいほどに繰り返す。

 

「じゃあ、試してみますよ、孫姉さん――。ひ、ん、ば、おん」

 

「ひいいいっ――」

 

 孫空女のけたたましい悲鳴が聞こえた。どうしたのか?

 

「お前は、孫空女に、どんな暗示を与えていたんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙だ。

 

「さっきの言葉で、孫姉さんのお実が締めつけられます。それで、悲鳴をあげているですよ、ご主人様」

 

「へえ、面白いねえ、“ひんばおん”かい? 意味はあるのかい?」

 

 宝玄仙の言葉で、孫空女の悲鳴が大きくなった。

 

「意味はありません。なにかの弾みで暗示の言葉が耳に入ることがないように、意味のない言葉にしてるんです」

 

「なるほどねえ。それで、“ひんばおん”かい」

 

「あひゃあああ」

 

 またもや、孫空女が絶叫した声が聞こえた。

 すると、朱姫の笑い声も響く。

 

「駄目ですよ、ご主人様。その言葉を聞く度に、孫姉さんの感じる痛みは、どんどん大きくなるんですから。“ひ、ん、ば、お、ん”という言葉の度に、孫姉さんのお実は、偽物の痛みを感じます」

 

「ひぎゃああああ」

 

 孫空女のもの凄い絶叫が響く。

 いったい、なにがどうなっているのか。

 

「孫姉さん、あたしの命令に従いますか? 断れば、何度も言いますよ、“ひんばおん”って――」

 

「ぎゃああああ――。し、従うううううっ」

 

 孫空女が叫んでいる。

 

「じゃあ、手を叩いたら、耐えられるだけの痛みに変わります。痛みが小さくなったら、沙那姉さんの服を脱がせるんです。そしたら、孫姉さんも服を脱いでください。いいですね?」

 

 ぱちんと手を叩く音がした。

 孫空女の悲鳴も止まった。

 

「お、憶えておくからね、朱姫――」

 

 孫空女が激しく息をしながら、沙那に近づいてくる。

 

「無理です。覚えていられません。後で、記憶は全部消します」

 

 朱姫の声――。

 孫空女が、沙那にまとわりついている触手を剥がし始める。

 襲い続けてきた触手が身体から外されることに、沙那はほっとする。

 

「さあ、ふたりともおいで。久しぶりに、この宝玄仙が慰めてやるよ」

 

 沙那は、霞のかかった視線をあげる。

 いつの間にか裸になった宝玄仙の股間から、男根がそそり立っている。

 まだ身体は火照りきっている。

 沙那は、這うように宝玄仙に近づいていった。

 孫空女は、自分の服を脱ぎ捨てている。

 

「まだ、これが怖いかい……、朱姫?」

 

 宝玄仙が朱姫に向かって言っている。

 

「い、いいえ……」

 

 朱姫は首を横に振っている。

 だが、炎に照らされているその顔は、心なしか恐怖の色が浮かんでいる。

 

「今夜は、見ているだけでいい……。でも、もう少し、お前の身体に与える調教を進めてから、この宝玄仙が、お前を女にするよ。いいね。今夜は、この宝玄仙が沙那と孫空女を犯すのを見ながら、いつもの道具を使って、尻で自慰をしな」

 

「は、はい」

 

 朱姫が力なく答えた。

 

「さあ、口に咥えな、沙那」

 

 沙那の口の前に、宝玄仙の男根が突きだされた。

 嫌も応もない。

 逆らえば、それを口実になにをされるかわからない。

 沙那は、それを急いで口に含んだ。

 

 

 *

 

 

「いくうううううう」

 

 股間を背後から貫かれている百花(ひゃっか)姫が、敷布を掻きむしりながら絶叫した。

 そして、栗色の髪を振り乱して、かぐんがくんと腰を跳ね上げる。

 

「あぐううう……おおおううっ」

 

 絶頂に達した女膣は、この夜で最高の締め付けを黄袍魔(おうほうま)に与えながら痙攣をしはじめた。

 もう、五度目の絶頂で百花はほとんど失神状態だ。

 黄袍魔は、それを激しく怒張を動かして覚醒させる。

 

「ぼう……も……もう、や……め……てええええっ――うごあああああっ」

 

 百花は、王女らしからぬ獣のような声を張りあげて、身体を仰け反らせる。

 さらに黄袍魔の男根は、さらに百花の女肉に食い絞められる。

 

「俺の子を産め――。わかったな、百花。けだものの妖魔の子を孕むのだ」

 

 黄袍魔は、百花の中に精を注ぐときに、必ず告げる言葉を吐きながら、百花の子宮に精を放出させた。

 百花の膣の律動が激しくなる。

 そして、今度こそ、完全に失神した。

 

 黄袍魔は、がっくりとなった百花の身体を仰向けにしてから、ゆっくりと自分の肉棒を抜く。

 中から吹き出そうになった淫液を道術で子宮に押し戻す。

 そして、天井から伸ばした二本の鎖に百花の両足首を繋ぎ、百花の膣が天井を向くように吊りあげた。

 こうしておけば、失神から目を覚ました時、百花は、黄袍魔の精液を確実に自分の中に受け入れさられているのがわかるだろう。

 王家の娘が妖魔の子を産む。

 それこそが、最大の復讐ではないか。

 妖魔どもの慰み者にするよりも面白い。

 

 これでもう、半月になる――。

 半月の間、毎夜毎夜、黄袍魔は、この部屋で百花を抱き続けた。

 最初の夜で、初めて男を知った百花の膣は、いまは黄袍魔の男根のかたちを覚え込まされ、黄袍魔を悦んで受け入れて悶絶し、狂ったように嬌声をあげ続けるようになった。

 毎夜毎夜、気を失うまで、いや、たとえ気を失おうとも、黄袍魔は、百花を抱き続けていた。

 黄袍魔に抱かれている間、百花は完全に淫女となって黄袍魔の下で踊り続ける。

 しかし、終わると、冷たい軽蔑の視線――。

 まだ、心は屈していないというのがわかる。

 

 最初は、適当に数度抱いた後で、すぐに妖魔の兵舎にでも放り投げるつもりだった。そうすれば、朝昼晩と妖魔たちに凌辱され続け、おそらく、数日でかい毀れるか、死ぬかのどちらかになっただろう。

 

 百花を誘拐させたのは、自分の出生と母妖魔の死への復讐心の発作による激情のようなものであり、もともと百花を浚って、明確になにかをさせるという計画性はなかった。

 せいぜい、母親の仇である王家から王女を奪い、母のように惨たらしく殺してやろうと思っただけだ。

 

 いずれにせよ、黄袍魔がこの辺りのはぐれ妖魔を束ね、人間族の領域外に支配域を作ることにより、やっと力を手に入れ、母の復讐の基盤が整ったとき、すでに、母を残酷に殺した人間族の王はもう老去していなかった。

 だから、その代わりに、仇の血を継ぐ王家のひとりに目をつけたのだ。

 

 だが、最初の晩に百花を抱き潰し、なぜか妖魔たちに百花を与える気がなくなった。

 それよりも、気がつくと、百花のことを考えている自分がいることに気がつく。

 昼間は百花に会わない。

 しかし、眼を閉じるたびに、閨で淫らに悶え狂う百花の恥態と正気に戻ったときのあの凛とした美貌を思い浮かべてしまう。

 そのことに黄袍魔はうろたえていた。

 

 これまでに、異性に心を傾けたことはない。

 ましてや、凌辱して殺すためだけに浚った女だ。

 それも人間族の女――。

 復讐の対象の女になるはずの女だった。

 母となるはずだった雌妖を惨たらしく殺した父祖の血を引く人間の娘なのだ。

 

 黄袍魔の出生が、人間によって惨たらしく血に染まったものから始まったのだと知ったのは、十年前のことだ。

 自分を育ててくれたのは、青蔡(あおさい)という人間の道術遣いだ。

 人間族の道術遣いだといっても、ほとんど、人間のいる場所とは離れ、かといって、妖魔の集まる場所で暮らすわけでもなく、世間とはまったく隔離した生活をしている人間だ。

 

 妖魔の寿命は長い――。

 しかし、人間族でも、優れた道術遣いの寿命もまた長い。

 だが、その青蔡もいまは老人だ。

 

 その青蔡から告白を受けたのが十年前だったのだ。

 そのとき、孤高人のような生活をしていたこの老人が、かつては、雌妖を使って娼館を経営していたという話を聞いた。

 

 驚いた――。

 人間に育てられた黄袍魔は、ほかの妖魔に比べれば、人間に対する憎悪や偏見は強いものではなかった。

 むしろ、人間の中には青蔡という老人のように、妖魔を慈しむ存在もいる。

 それが黄袍魔の思いだった。

 

 無償の奉仕――。

 それが青蔡に対する黄袍魔の尊敬の理由であり、人間族を育ての親に持つことは、黄袍魔の誇りだったのだ。

 それが一度に裏切られた思いだった。

 青蔡が人里離れた山の中で黄袍魔を育ててくれたのは、かつて、惨い目に合わせてしまった雌妖に対する罪滅ぼしでしかなかったのだ。

 

 青蔡は、黄袍魔に殺されるつもりで、それを黄袍魔に告げたのかもしれない。

 だが、もちろん、父親のように育ててくれた青蔡を殺せるわけがない。

 その代わりに、黄袍魔は、それから青蔡に会っていない。

 

 青蔡と別れた黄袍魔がやったのは、まずは虐げられている妖魔たちの居場所を作ることだ。

 復讐を考えないわけではなかったが、青蔡と別れて流浪するうちに、人間族に虐げられている妖魔たちに次々に接し、彼らを助けたりしているうちに、いつのまにか、彼らに望まれて、この国に隠れる妖魔たちの救世主のような存在になってしまったのだ。

 黄袍魔の魔力――人間族は同じ力を“道術”と呼ぶが――は強く、強い者に盲目的に従う傾向にある妖魔たちは、こぞって黄袍魔のもとに集まってきた。

 

 この国で妖魔族の地位は低い。

 奴隷でもなく、獣として扱われ、知性のある便利な道具として残酷に扱われる。

 ひとりひとりは、人間族よりも身体も強く、術にも長けるのだが、集団で徒党を組み、妖魔の能力を無効化する道具を駆使する人間族は、妖魔が集まる隠れ部落を見つけては襲撃して狩り、売買の商品として連行していくのだ。

 彼らは、そんな自分たちを守ってくれる存在を心の底から求めていたのだ。

 

 黄袍魔は、そんな妖魔族をひとつにまとめあげ、大きな集団にした。

 そうすることにより、人間族が簡単に手を出せないようにしたのだ。

 人間族の支配域の辺境のさらに外側に、城と妖魔の領域まで作り、妖魔王を名乗った。

 侵入してきた人間族の狩人たちを片っ端から殺してやった。

 そうやって十年かかって、やっと妖魔の生きる場所を作ったのだ。

 

 しかし、十年かかって、人間族との争いが一段落を迎えると、忘れていた、忘れようとしていた人間族の王への恨みが頭をもたげてくる。

 復讐など醜いことだと思い込もうとしても、残酷に殺された、そして、顔を見ることなく死んだ母の無念が心を抉る。

 それは、妖魔の生きる場所の象徴として築いた|破月城で、日に日に黄袍魔を蝕む心の闇として拡大していった。

 

 そして、ついに、先日、十年ぶりに青蔡に手紙を届けた。

 本当に母の死に償いをしたければ、黄袍魔が行う人間族への復讐を手伝えと書いたのだ。

 かつては、女衒(ぜげん)のようなことをしていたらしい青蔡だが、いまはそれを知る者も人間族にはおらず、孤高の道術遣いとして、人里離れた山中で暮らす仙人のようにみなされ、その高い道術力から、歴代の王から何度も王家に仕えるように要請されている人間族の尊敬の対象であることを知っている。

 

 その青蔡に、王家の女を誘拐して、母親と同じ目に合わせるので、人浚いに協力しろと書いたのだ。それで青蔡への恨みは忘れると……。

 世間から離れたといっても、強い道術遣いである青蔡は、人間族の中で大きな影響力を持っている。

 その青蔡がどういう態度をとるのか、知りたかったということもある。

 

 その結果、青蔡は、白骨夫人(はっこつふじん)という闇の人浚いを黄袍魔に紹介してきた。

 黄袍魔の気持ちがそれで収まるなら、いくらでも協力しようとも返事を送ってきた。

 そうやって、復讐の土台は整った。

 

 いま、呆気なく浚われた王家の王女は、黄袍魔に凌辱されて、目の前で死んだように横たわっている。

 

「黄袍魔……」

 

 百花の声とともに、百花の肢を吊っている鎖の音が鳴った。

 

「やっと、眼を開けたか、百花」

 

 百花を見た。百花の冷たい視線がそこにあった。

 

「い、いつまでこんなことを続けるのです、黄袍魔?」

 

「お前が孕むまでだ。お前には、俺の子を産んでもらう。こうやって、毎夜たっぷりと俺の精液を子宮に注ぎ続けている。もう、すでに孕んでいるかもしれんがな。王家の娘が妖魔の子を産む。愉快ではないか」

 

「う、恨みでもあるのですか、この百花に?」

 

 百花がそう言って、黄袍魔を睨んだ。

 だが、その顔には恐怖の色がある。

 妖魔の子を産まされるということに怯えているのかもしれない。

 

「お前にはなんの恨みもない」

 

「だ、だったら、なんで、こ、こんな惨いことができるのです――?」

 

「それが、妖魔というものだと知らないのか、百花? お前たち人間族が俺たち妖魔にずっとやっていることだろう」

 

「そ、それは……。で、でも、わらわのせいでは……」

 

「それに、お前をこうやって凌辱するのは、それが愉快だからだ。ただの気まぐれであり、それ以外ものではない。いまは、こうやって、お前の腹に俺の子種を宿らせようとしているが、いつ、気まぐれで、妖魔たちの性処理の道具に落としこむとも限らんぞ」

 

「だったら、そうしなさい、黄袍魔。お前に抱かれ続けるくらいなら、死んだ方がましです――。いいえ、死にます。死んでみせますから、それよりも、自害させてください」

 

 百花は言いきった。

 

「それは無理だな。お前の腕にはめてある霊具は、お前をこの部屋に監禁させているだけではなく、自害も防いでいる。最初の日に、お前が自害をしようとして、霊具により意識を失わせられたという報告は受けている。自殺もできないというのがわかっただろう」

 

 百花が顔に悔しさを滲ませる。

 こうやって、毎晩のように妖魔に抱き潰されることしかできないのが悔しいのだろう。

 黄袍魔は魔力を集中して、百花の肢を天井から吊りあげていた二本の鎖を消滅させた。

 吊られていた二本の肢が、寝台に落ちる。

 黄袍魔は、寝台の上に肢を投げ出せられた百花を寝台から蹴り落した。

 

「ひいっ」

 

 床に激突した痛みに百花が悲鳴をあげた。

 その百花の足元に、木桶を出現させる。

 

「いつものように、さっさとやれ。俺は忙しい。今夜は、小便だけか? それとも、大便もしたいのか?」

 

 うずくまった百花の顔が恥辱に歪む。

 

「……ち、小さい方だけで結構です」

 

 百花は、消え入るような声で言った。

 百花は、ここに監禁されてから、小便と大便をこうやって、性行為の後に、黄袍魔に見られながらでしかやらせていない。

 それ以外は、霊気を帯びた張形で肛門と膣を塞いでしまうのだ。

 最初の数日は黄袍魔の前で排尿することを拒否したために、小便のできない七転八倒の苦しみを百花は味わった。

 それから、仕方なく、百花は小便を黄袍魔の眼の前でするようになった。

 最初に大便をしたのは、五日目のことだ。

 

 あのときは、抱くためにやってきた黄袍魔に、大便を出させてくれと懇願した百花の肛門を張形で塞いだまま、いつものように気を失うまで抱いた。

 やっと、百花が外に大便を出すことができたのは、黄袍魔から解放されてからのことだった。

 それからは、数日置きに大便もするようになったが、それでも、まだ、黄袍魔の前でやらされるのには激しい抵抗があるようだ。

 

 百花が、木桶を跨ぐと、すぐに水が勢いよく放出される音が木桶から聞こえ始める。

 百花のすすり泣きも同時に聞こえてくる。

 

「お、終わりました……」

 

 桶に小便をし終わった百花が黄袍魔に告げた。

 黄袍魔は、寝台の横の台にある鈴を鳴らす。

 部屋の外から三匹の雌妖が入ってくる。

 百花の世話をさせるために、待機させている山猫の小妖であり、彼女たちは、すでに百花の身体を洗うための布やお湯も持ってきている。

 

 黄袍魔は、小妖たちに身体を拭かれるままにされている百花を眺めていた。

 本当にきれいな髪だ。

 いや、髪だけではない。

 抜けるように白い肌も、まだ火照りの余韻が残っている顔もいい。

 なによりも、この美しい人間の娘が、黄袍魔に抱かれる時には、淫欲のけだもののようになってしまうのが堪らない。

 

「百花、この生活から解放されたいか……?」

 

 諦めたような表情をしていた百花がびくりと顔をあげる。

 そして、すがるような視線を黄袍魔に送ってくる。

 黄袍魔は、突然に自分の心に浮かんだ思いつきに驚いていた。だが、考えてみれば、それこそが、この王家の娘に与える最高の恥辱なのかもしれない。

 

「俺の嫁になれ。そうすれば、この黄袍魔の妻としての礼遇をもって扱ってやろう」

 

「じょ、冗談ではありません。わらわをなんだと思っているのです。わらわは、この宝象国を治める王の娘であり……」

 

「だが、もう妖魔の王である俺に抱き潰され、もうすぐ妖魔の子を産まされようとしている。いや、もう孕んでいるかもしれん。いまさら、王家に戻れると思っているのか? もう、王家になど戻れるものか」

 

「王家に戻れない……? どういうこと……?」

 

「考えてみろ。万が一、救出の手がここにやってきたとして、お前は、どんな顔で宮廷に戻ろうとしているのだ? 妖魔と耽る淫情を覚えさせられ、この黄袍魔に抱かれて、何度も悶絶し、小便どころか、大便をするところも見られ――それでも、まだ、王都に戻りたいのか? 卑しい妖魔と交合したお前を人間族は受け入れるのか?」

 

「お、お前のせいだ――。お前の、こ、こんな――」

 

 百花は泣き出した。

 

「『婚姻の誓い』という道術による契約術がある。それを俺と結べ。どちらかが死なない限り、心が相手に拘束される絶対の支配術だ。術で心が結ばれてしまい離れることができなくなる。それを結ばせてやろう。お前が心から承知すれば、それが結べる。そうすれば、お前は、ここで俺に飼われる家畜ではなく、妖魔の妻になる」

 

「な、なんの違いがあるのです――。お前の妻であることと、いまと――」

 

 百花が泣きながら叫んだ。

 

「嫌なら、本当の家畜に落とす。お前は、この部屋を出されて、地下牢に繋げる。人間の娘――ましてや、王女を抱けるとあっては、お前の淫孔に精を注ぐ妖魔は絶えんだろうな。そうやって、どの妖魔のものともわからぬ種を宿すのがいいか?」

 

 もう百花は答えなかった。

 ただ、顔に手を当てて、泣き声を大きくした。

 雌妖たちは、そのあいだも、ただ黙々と百花の身体を拭いている。

 

 黄袍魔は立ちあがり、百花の股間にふたつの小さな張形を近づけた。

 百花の淫孔と菊門にその張形が挿入される。

 そして、蓋となって百花の股間を封鎖する。

 

「明日から五日間、留守にする。それまでに、考えておけ、百花――。その間のお前の世話は、雌妖に任せておく。排便の管理もな」

 

「だったら……この城の牢に繋がれる家畜にして――」

 

 百花は泣き叫んだ。

 黄袍魔は、それには答えず部屋を出た。

 

 『婚姻の誓い』を強要して、妻にする――。

 面白いではないか。

 あの娘が屈辱に染まるのを毎日見ることができるのだ。

 王家の娘なら、『婚姻の誓い』という契約術の絶対性は知っているはずだ。

 

 妖魔の正式な妻になる――。

 一生離れられない道術の契約をこの妖魔とさせる――。

 その方がよほど、王家の娘に与えることのできる復讐のはずだ。

 黄袍魔は、百花を妻にするという自分の思いつきをそういう風に整理した。

 部屋の外まで聞こえる百花の泣き声はますます大きくなるだけで、いつまでも終わる様子はなかった。



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63  王女発情地獄

 疼く――。

 今夜はここには来ないというのがわかっている。

 でも身体が疼くのだ。

 苦しい……。

 つらい……。

 

 この妖魔城に監禁されてから、毎夜果てるまで、黄袍魔(おうほうま)に抱かれ続けた。

 黄袍魔は妖魔だ。

 妖魔といえば、人のかたちはしているが人ではない。

 動物と同じけだものだ。

 そう思って生きていた。

 

 その妖魔に抱かれ続ける。

 おぞましいとは思う……。

 おぞましいと思うが、夜になるたびに、その黄袍魔がこの部屋に来るのを待っている自分もいる。

 

 淫らな身体にされたのだと気づくしかなかった。

 

 いま、人の気配があった。

 もしかしたら、黄袍魔かもしれないと思った。

 百花(ひゃっか)の食事や身体を世話をする山猫の雌妖は、明日の朝までやってこないはずだからだ。

 

 しかし、黄袍魔ではないかと、想像したその瞬間から身体がさらに激しく疼いた。

 でも、黄袍魔ではないはずなのだ。

 一昨夜、しばらく留守にすると言っていた。

 それでも、黄袍魔なのではないかと、身体が期待で反応する。

 

「姫様、ご機嫌いかがですか? 半月ぶりですね」

 

 しかし、開け放たれた部屋の戸口から顔を覗かせたその女の声に、百花は、かっと頭に血がのぼった。

 次の瞬間、椅子から立ちあがり、そばにあった花瓶を投げていた。

 しかし、花瓶は、女のすぐ横の壁に当たって粉々に砕けた。

 だが、女は少しも動揺した様子もなく、平然としている。

 

「は、百虎夫人(ひゃっこふじん)――、は、恥知らず。よ、よくも、このわらわをこんな目に……」

 

「申し訳ありませんね、これも商売でして――。それと百虎というのは、あなたを騙すための仮の名です。本当の通り名は白骨(はっこつ)と申します。以後、お身知りおきを……」

 

 女は身体を折って深々と頭をさげた。

 わざとらしいその仕草に、百花は堪えようのない怒りが沸き起こる。

 ここが、椀子山(わんしざん)という奥深い山中にある妖魔の城であることは、この妖魔の館の主人である黄袍魔に教えられた。

 椀子山といえば、百花の父親である宝象(ほうぞう)王の領地には違いないが、人知の及ばぬ“外界地”として、幼い頃より教えられていた王国の蛮地だ。

 望んでも、王家の救出など簡単にはあり得ない。

 

 考えてみれば、王都で捕えられて椀子山までやって来るのに、ひと晩しかかかっていない。

 しかし、なぜ、一夜にして、王都から椀子山まで移動できたのかはわからない。

 本来であれば、かなりの日数が必要となる距離であるはずなのだ。

 しかし、ここが、話に聞いていた妖魔の巣であることは間違いない。人間ではない家来の妖魔たちが大勢この城に巣食っているし、なによりも、百花にもはっきりと認識できる妖気が漂っている。

 王宮でも見ることのない得体の知れない強力な霊具もたくさんある。

 

 百花が、鍵どころか扉のないこの部屋に監禁されているのもその霊具のせいだ。

 百花の左の腕には、革の腕輪が装着されている。

 この妖魔城の主人である黄袍魔に最初の夜につけられたもので、百花をこの部屋に縛りつけている。

 開け放たれた出口から出ようとしても、見えない力で押し戻されるのだ。

 しかも、どうしても自分の力では外すことができない。

 

 そして、いまも百花を苛んでいる股間と肛門を塞いでいる霊具の淫具……。

 それは、どうしようもなく淫らな心地に百花を突き落とす。

 用便こそ許してもらっているが、いずれにせよ、黄袍魔がいなくても、雌妖たちに見られながら、小便や大便をしなければならないというのは変わりがない。

 そして、それが終われば、彼女たちにまた栓をされるのだ。

 再挿入されるときに、思わず淫らな声をあげてしまうことの屈辱……。

 

 百花がいる場所は、黄袍魔の寝室の隣であり、ここに捕らわれてからすっと、百花は夜のたびに黄袍魔に身体を抱かれていた。

 抵抗するが、四本の腕で押さえつけられ、愛撫されて欲情させられる。

 百花が気を失うまで、何度も何度もこの身体に精を注ぎ込まれる。

 最後には、肢を天井に吊られて、百花が受け入れたものが外に漏れないようにされてしばらく放置される。

 いまは、数日不在して、黄袍魔から抱かれることは免れているが、夜を迎えるたびに続けられるその淫獄が発生することがわかっているこの部屋から百花は逃げられない。

 そして、抱かれないことが、さらに百花を追い詰めるとは、黄袍魔がいなくなってから、初めて気がついた。

 

 とにかく、もう半月だ。すでに涙も枯れた。

 いずれにせよ、百花をこんな惨めな境遇に追い込んだのは、目の前の百虎、いや白骨夫人なのだ。

 百花は、白骨夫人を憎悪を込めて睨みつけた。

 

 そう――あれは、たった半月前の夜のことだった。

 百花は、「月見の祭り」を愉しむために侍女数名とともに、王都の大通りを歩いていたところだった。

 月見の祭りとは、一年に一度、王都の住民がこぞって唄い踊る華やかな庶民の祭りだ。

 百花は、その祭りに王女であるという身分を隠して参加していた。つまりは、お忍びだ。

 ちょっとした冒険のつもりだった。

 そのとき、百花は、この百虎と名乗った白骨に声をかけられたのだ。

 この女は、数名の店子とともに、祭りに並ぶ屋台のひとつで肉串と果実汁を売っていた。

 優しげな微笑で近寄ってきた彼女に、つい心を許してしまい、百花は彼女が「おごりよ」と言って差し出した肉串を食べた。

 

 その直後だった。

 すると急に眠くなり、気がつくと、鎖で縛られて馬車に乗せられていた。

 何度か、乗り物を乗り換え、そして、『移動術』で転送され、そして、また、眠らされて、いつの間にか、この城の中に捕えられたというわけだ。

 そして、この部屋で、黄袍魔という妖魔の王と会った。

 

「黙れ、なら、白骨――。こんなことをしてただで済むと思っているのですか――。わらわが、この宝象(ほうぞう)国の第三王女の百花姫というのは、もうわかったのでしょう。いまなら、まだ間に合います。早く、わらわをこの妖魔の城から連れて出るのです。さもなければ、後悔することになりますよ」

 

「さて、どう大変なことになるのか、教えてもらいたいものですね、姫様。あたしにとっては、あなたが、王家に戻った時の方が大変になるような気がしますけどね」

 

「戻ったとき?」

 

 百花は白骨夫人の物言いを訝しんだ。

 なにが大変だというのだろう?

 

「だって、あなたは事もあろうに、妖魔王にその身体を汚されたのですよ。あなた方の王国が獣として、蔑んでいるものに。そのように汚れたあなたを国王陛下は、以前と同じように慈しむでしょうか?」

 

 白骨夫人が嘲笑の声を放った。

 またもや、かっとなったが、一方で百花は、白骨夫人の言葉に、急に心配にもなった。

 確かに、妖魔に汚された百花を父親である国王は、許すであろうか……。

 

「そ、それは……。い、いや、それもお前が――」

 

「いずれにせよ、王室をこっそりと抜け出して月見の祭りに行こうとしているのは知っていました。だから、あのような場所で、待ち受けていたのです。あなたが王女と知って浚ったのですよ。だから、あたしが、姫様を都に戻すなどありえないというわけです」

 

 白骨が立っている場所は、腕に嵌められている霊具により拘束されている部屋のぎりぎり外だ。

 だから、百花は、白骨に飛びかかって怒りをぶつけることはできない。

 もっとも、非力な百花では、白骨に叶うわけもない。

 

「くっ。な、なぜ、そんなことをしたのです。なにが目的ですか?」

 

「だから、言ったじゃないですか? 商売ですよ、商売」

 

「商売?」

 

 百花は、眉をひそめた。

 

「そうです。もちろんわたしの仕事は、屋台の物売りなんかじゃありません、あたしは、奴隷商人――。妖魔を家畜として売る妖魔商人というのが本来の仕事です。ですが、それも偽の肩書きでして、本当は、若い女専門の闇奴隷商人というのが、あたしの商売なのですよ」

 

 白骨は微笑んだ。

 いかにも人懐っこそうな笑顔だ。

 その朗らかな表情が、なんとなく警戒心を解かせてしまう。だから、ついつい、百花も油断したのだ。

 

「に、人間を奴隷にするなど――。わらわの父上の治めるこの国では認めておらん。遠き蛮国ではいざ知らす。ま、ましてや、わらわは……」

 

 人間を奴隷にして、動物や道具のように扱うなど、百花には信じられない野蛮な制度に思える。

 だが、それが無法ではない場所もあることは知っている。

 例えば、あの東帝国だ。

 その帝都では、一部の下層階級を貴族たちが奴隷にするのを許されるのだという。

 ただ、この宝象国では、奴隷を売るのも買うのも大罪だ。

 奴隷商人などは、死刑に値する罪なのだ。

 

「そうでしょうか? 結構、商売になりますのよ。美しい娘を愛玩用の女奴隷にしたいという殿方は大勢いるのですから」

 

「愛玩用?」

 

「抱くための女ですよ。調教して、性技を仕込みます。淫欲の処理の道具として使ったり、あるいは、商売としての淫業をさせるのですよ」

 

「な、なんということを――。お前は、そんなことをしている女なのですか。同じ女がそんな風に扱われるのにどうして耐えられるのです」

 

 百花は叫んだ。

 

「だから、商売ですよ。わたしにとっては、若い女を浚って、それを欲しがる殿方に売り飛ばすことは、漁師が魚を獲って市で売るのと同じです。姫様をかどわかしたのも、そういう注文に応じたものでしてね――。ここの主の黄袍魔殿の依頼というわけです。随分と高額の礼金ももらいました。あなたを浚って売り飛ばすことでね」

 

「許せない――。人をそんな風に商品として扱うなど……」

 

 百花は白骨を睨んだ。

 

「そうでしょうか? じゃあ、妖魔はどうなのです。あたしは、時折王都で開かれる妖魔市には、首輪で能力を封じた妖魔を売りますよ。連中も、言葉も喋りますし、個体によっては、人よりも知性のあるものもおります。それとなんの違いがあるのです?」

 

「しかし、妖魔は……」

 

 百花は、言い返そうとした。

 だが、言葉が出てこない。

 確かに、王家は妖魔の売り買いを認めている。

 だが、それは妖魔だからであり……。

 

「妖魔は売り買いしても、人は売り買いはしては駄目だというのですか、姫様? 黄袍魔様が聞けば、それこそ、激怒しそうな論理ですね」

 

 百花も、それには黙るしかなかった。

 白骨夫人は、さらに言葉を続ける。

 

「ところで、さっきあなたについている見張り役の雌妖たちに会いました。黄袍魔様は、あなたに面白い提案をしたそうじゃありませんか。最初の夜、あの黄袍魔様は、姫様を、一、二度抱いたら、家来の妖魔の性処理の道具として捨てるようなことを言っていましたが、なぜか、妻にすることにしたそうですね」

 

「汚らわしい、わらわは、妖魔の妻になど――」

 

「ならば、ここの妖魔たちの性処理用として扱われるのがいいと? これは、これは、随分と淫乱なお姫様ですね。あの黄袍魔様ひとりでは満足できないのですか?」

 

「もう、黙りなさい――」

 

 百花は頭にかっと血がのぼった。

 

「じゃあ、あの黄袍魔様の嫁になる決心はつきましたの、百花姫様?」

 

「冗談じゃありませぬ」

 

「その割には、夜の営みでは随分とお愉しみのようではありませんか。はしたなくも何度も黄袍魔様の腕の中で昇天し続けておられたと聞きましたが?」

 

「な、なにを」

 

 百花は絶句した。

 百花は羞恥で全身の血が沸騰した。

 

「もう、いまさら、王宮になど帰れはしませんでしょうに……。結婚など承諾しておしまいなさい……。どうせ、この城から逃げることなど不可能です……。それに当ててごらんにいれましょう。この白骨にはわかるのですよ。姫様は、いま、欲情しておられますね」

 

「な、なにをいうか、無礼な」

 

 百花は怒鳴ったが、身体が淫らに疼いているのは事実なので、言い当てられて、かなり動揺してしまっていた。

 そんなにわかりやすいのか?

 羞恥のために、かっと顔に血がのぼるのがわかった。

 

「ふふふ……。毎夜、黄袍魔様に抱かれ続けて、途方もない愉悦を味わわされ続けたのに関わらず、昨夜も今夜も、黄袍魔様がいないために抱かれていない……。それで、身体が疼いておいででしょう? この奴隷商人の白骨からすれば、いまの姫様の状態は一目瞭然です」

 

「い、言わないで――。も、もう黙れ――」

 

 百花は思わず叫んだ。

 だが、白骨夫人の指摘は本当だ。

 

 黄袍魔は憎い……。

 だが、この身体の疼きを癒してくれる黄袍魔が戻ってくるのを待っている自分もいる。

 それを人に知られてしまっているということに愕然する。

 

「だから、今更、『婚姻の誓い』を拒否してどうするというのですか? 断言しますが、妖魔に汚されたあなたが戻る場所は王宮にはありません。それに、あんな快楽を与えてくださる殿方などおりませんよ。わたしに売られた女は、大抵は男の慰み者として惨めな生活をするのですよ。それに比べれば、妻にしたいなどという黄袍魔様は、大変お優しいのに……」

 

「う、うるさい」

 

 百花は、もう聞きたくなかった。

 

「それに、姫様と一緒に捕えられた侍女たちは、異国に連れて行かれたのですよ。奴隷売買を認めている国に向かう別の闇商人に、女奴隷として売り飛ばしました」

 

 はっとした。

 侍女たちについては、てっきり無事だと思い込んでいた。

 まさか、売り飛ばしていたなど……。

 

「おお――。あ、あの胡蝶(こちょう)芙蓉(ふよう)を奴隷として売ったと――。な、なんということを」

 

 胡蝶と芙蓉というのは、百花と一緒にいた侍女の名だ。

 

「だって、侍女たちも、この王国にはいられませんでしょう。あの侍女たちは、百花姫様が王宮から抜け出して、庶民の祭りを見物に行く手助けをし、奴隷商人に誘拐されるのを防ぎきれず、姫様が、遠い魔域で妖魔の嫁に成り果てる原因を作ったのです。王宮に戻っても、重い処罰が待っているだけです」

 

「ああ、なんてこと」

 

 百花は、顔に手を当てて涙をこぼした。宮廷を抜け出すとき、あの侍女たちは百花を諌めた。

 それを強引に出てきたのは百花だ。

 侍女たちは、仕方なくついてきたのだ。

 百花が我が儘を言わなければ、彼女たちは……。

 

「あ、あなたを呪います――。一生涯――。たとえ、あなたがこれから千回生まれ変わろうとも」

 

 百花は、白骨夫人に怒鳴った。

 

「ほ、ほ、ほ……。お気の強いお姫様ですね。実は、この白骨は、今日、黄袍魔様に雌妖を分けてもらうためにきたのです。黄袍魔様には、この国では、妖魔狩りをしないと約束させられたのでね。雌妖を妖魔市に出すためには、この妖魔城の地下に囚われている雌妖を貰い受けるしかなくなったのです。そうしたら、黄袍魔様が、あなたを妻にしようとしているという面白い話を聞きましたので、様子を見に来たのです。ねえ、本当に黄袍魔様はあなたに求婚を?」

 

「お前には関係ない。そ、それに、あれは求婚というものじゃない。わらわを辱しめるために……」

 

「へえ、やっぱり事実なのですね? いいでしょう。それなら、そのお手伝いをすることにしましょう。姫様が黄袍魔様の妻にはなりたくないという、その高い自尊心を折ってみせます。黄袍魔様の戻るのは、三日後の夕方ですね。そのときに、姫様には、どうか、黄袍魔様の嫁にしてくださいと言ってもらいましょう」

 

「うるさい。わらわがそんなことを言うわけない」

 

「いいえ、言います。そして、黄袍魔様は、お悦びになり、あたしらの雌妖狩りについても、もう少し妥協していただけるかもしれないし……」

 

「もう、黙りなさい、白骨――。たとえ、身体はどんなに凌辱されても、心は折りません。わらわが、黄袍魔の嫁になることを承諾することなどあり得ません」

 

「姫様は、お若いし、王宮でかしずかれて過ごしてこられた。だから、おわかりにならないのでしょうね。世の中には、どうしても屈服してしまうということなどいくらでもあるのですよ」

 

「わらわは、屈服などしません」

 

「試してみますか?」

 

 白骨がにやりと笑った。

 そして、指を鳴らした。

 すると、部屋の中に薄い霧のようなものが出現した。

 それが、部屋の中にたちこめる。

 百花は、びくりとした。

 

「この香は、あたしの道術で精製したものです。浚った娘を調教するためによく使うものです。これを吸うと、どんな貞節な娘でも狂ったように発情します。それを三日間ずっと吸い続けて貰います――。三日後に、黄袍魔様が戻った時、百花様を抱いてもらう代償は、百花様が黄袍魔様との婚姻に承諾することと、黄袍魔様が言えば、姫様はすぐに承諾すると思いますけどね」

 

「ひ、卑怯な――」

 

 百花は震えた。

 この香の恐ろしさは、もう、すでにわかりかけてきた。

 まだ、ほんの少ししか吸っていないはずなのに、百花の股間は、もう、淫情で濡れ始めている。

 

「ええ、卑怯な闇奴隷商人の白骨夫人です。道術遣いでもあります。道術の遣える奴隷商人ということで、この世界では、かなり名も通っております……。では、わたしはもう行きます。この香は、いつまでもこの部屋に充満させますから、存分にお吸いください。それと、どんなに発情しても、自慰などなさいませんように。それから、これからの三日間は、城中のすべての鏡に、姫様の姿を投影させます。常に、妖魔たちに見られていますからね。それをお忘れなく」

 

 この部屋には、たくさんの鏡がある。それを使って、この部屋の風景を城中に流すというのだ。

 百花は、心の中で悲鳴をあげた。

 

「こ、この、人でなし――」

 

「嬉しいですね。この白骨に対して、人でなしというのは、最高の褒め言葉ですよ」

 

「くうっ……」

 

 身体が焼けるように熱くなる。

 思わず、股間に手をやりそうになり、はっとして、握りこぶしを膝の上に置く。

 

「どうしました、姫様? もう発情しておいでですか?」

 

 百花が笑った。

 

「……お、お前は、白骨、お前は、わらわに恨みでもあるのですか?」

 

 百花は叫んだ。

 

「恨み? とんでもありません。姫様には、感謝しております。侍女のことといい、黄袍魔様からの礼金のことといい、随分と儲けさせていただきましたから――。まあ、恨みといえば、黄袍魔様が王家に抱いている恨みにかなうものはないでしょうが……」

 

「お、黄袍魔が、王家に恨み? それはどういうことですか、白骨?」

 

「おやおや、なにも聞かされていないのですね、百花姫様。先々代の王の時代のことですよ。黄袍魔様の母親だった雌妖は、その先々代の国王に殺されたのです。惨たらしくね。まだ胎児だった黄袍魔様をお腹に宿していたその雌妖は、ただの遊びのために、身体中を斬り刻まれながら死んだのですよ」

 

「ま、まさか、そんなことがあるわけが……」

 

 先々代の王といえば、百花の祖父にあたる人物だ。

 百花が幼い頃に崩御したので、あまり覚えていないが、若くして王位についた偉大な王だったと聞かされていた。

 

「黄袍魔様こそ、王家には恨みを持っているでしょう。そして、いまだに、妖魔を家畜のように売り買いを続けるあたしたち人間にもね――。でも、黄袍魔様は、その恨みの対象である百花姫様を妻にしようという……。あたしには、よくその理由がわかりませんが、そうしたいと黄袍魔様が言うのであれば、その手助けをしたいと思います」

 

「そ、そうだとしても、わらわがこんな仕打ちを受ける理由などないではありませんか?」

 

 百花は言った。

 股間が熱い。

 身体中が欲情しはじめた。

 こんな香の中で無事に三日間も過ごせるわけがない。

 

「そうですね。理由はないかもしれせんね。でも、王家の誰かは黄袍魔様の復讐を受けるべきでしょう。その復讐が王家の姫との婚姻でいいというなら、優しき慈悲じゃないですか……。とにかく、話は終わりにしましょう。おやすみなさい、姫様――。よく、お眠りください。もしも、寝られればですが……」

 

 白骨夫人はそう言いながら、去っていった。

 百花は、もう、激しい欲情の疼きに絶望的な思いを抱き始めていた。



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64  四人語りと自慰狂い

 沙那が、剣を抜いて、朱姫に突きつけた。

 野宿をしていた山中でのことだ。確か、沙那がもうすぐ、宝象(ほうぞう)国という土地に入るとか言っていた。ただし、ここは人里からずっと離れた山の中である。

 出発間近の早朝だ。

 とにかく、孫空女は驚いた。

 

「な、なにしてんのさ、沙那――?」

 

「うるさい、孫女。わたしは、この朱姫に用があるのよ」

 

 沙那が激怒しているというのはわかる。

 しかし、いつもは冷静な沙那だから、こんな風に感情を剝き出しにして怒ることは珍しいと思った。

 

「沙那、奴隷同士で殺し合いは、感心できないねえ」

 

 朝食を終えて、出発の支度が終わるのを待っていた宝玄仙が、呑気そうな声をあげた。

 

「黙っていてください、ご主人様。これは、わたしたちの問題です。大丈夫です。殺しはしませんから」

 

 沙那は、朱姫を睨んだまま、宝玄仙に振り向きもせずに言った。

 

「さ、沙那姉さん……。な、なにをそんなに怒って……」

 

 朱姫の顔は真っ蒼だ。

 無理もない。

 食事を終えて、出発の支度を終え、いつもの見られながら自慰をするという「儀式」の後、いきなり、沙那が朱姫に剣を突きつけたのだ。

 

「このわたしを見くびらないことね、朱姫――。あんた、このところ、わたしや孫女に『縛心術』を使っているでしょう?」

 

「縛心術?」

 

 孫空女は声をあげる。

 このところ?

 沙那や孫空女に?

 

「そうよ、孫女。こいつは、この数夜、いえ、もしかしたら、ずっと前から、わたしたちを術で操って遊んでいたのよ。慰み者としてね――」

 

 沙那が、しゃがんでいる朱姫に剣をずいと近づけた。朱姫が、尻餅をついたまま、後ずさりした。

 

「本当、朱姫かい?」

 

 孫空女は言った。

 朱姫は真っ蒼の顔のまま、首を横に振るでもなく、縦に振るでもなく、微妙な動かし方をした。

 そして、助けを求めるように、宝玄仙の方を見ようとする。

 

「こっちを見なさい、朱姫――。このわたしから眼を逸らすと、ご主人様がなんと言おうが、お前を殺すわよ」

 

 沙那のその言葉には、ぞっとするような響きがあった。

 恐怖で身体がすくんだのか、朱姫が硬直したように動かなくなる。

 孫空女は、なんでこういうことになったのかわけがわからず、宝玄仙を見た。

 宝玄仙は、なにかにやにやしている。

 なにかおかしい。

 沙那が、急に激しく怒るなどおかしい。

 ましてや、仲間に剣を突きつけるなどおかしい。

 これには、なにか裏がありそうだ。

 

「どうも、このところ、記憶がおかしいのよね。どうしても、繋がらない記憶がある。多分、『縛心術』で操っておいて、それから記憶を消しているのね。そうでしょう、朱姫?」

 

「で、でも……そ、それは……ご、ご主人様が……」

 

「眼を逸らすな、朱姫――」

 

 沙那が、大きく足を踏み込んだ。

 

「ひいっ」

 

 朱姫が硬直した。

 

「どうするの、朱姫? また、わたしの『縛心術』をかけて記憶を消す? もちろん、そんなことをすれば殺すけど」

 

「ご、ごめんな……さい」

 

 朱姫の顔は引きつったままだ。

 

「認めるわね、朱姫」

 

 沙那が静かに言った。

 

「み、認めます……。で、でも、そ、それは……ご、ご主人様が……」

 

「人のせいにするな――」

 

 その朱姫に、沙那は稲妻のような剣を放った。

 

「や、やめろ、沙那――」

 

 孫空女は、『如意棒(にょいぼう)』を抜こうとした。

 だが、間に合わない――。

 沙那の剣は、真っ直ぐに朱姫に突かれた。

 しかし、髪の毛一本くらいのすれすれで、剣は朱姫の顔の間でとまっていた。

 

「ひっ、ひっ、ひっ」

 

 朱姫が引きつった表情のままで、おかしな震え方をしはじめた。

 ふと見ると、朱姫の股間から水たまりが拡がっている。

 おしっこを洩らしたようだ。

 すると、宝玄仙が突然に大笑いをしはじめた。

 

「な、なに?」

 

 孫空女は呆気にとられて、宝玄仙の様子を見ていた。

 

「お、お前、怖すぎだよ、沙那。演技が上手すぎだ」

 

 宝玄仙は手を叩いて悦んでいる。

 朱姫はきょとんとしている。

 

「ごめんなさいね、朱姫。怒ってはいないわ。どうせ、このご主人様がやらせたんでしょう? でも、こっそりと教えてくれてもいいじゃない、朱姫。同じように、ご主人様に苛められている仲間なのに」

 

 沙那が表情をやわらげて、剣を鞘にしまった。

 

「ご、ごめんさないいいっ」

 

 ほっとしたのか、それとも、感情が戻せなくなってしまったのか、朱姫は、洩らした小便の上に尻餅をついたまま、泣き出してしまった。

 

「もう、するなとは言わないわ、朱姫。ご主人様の命令には従わなければいけないから……。でも、わたしたちの中で秘密はやめましょう。いいわね、朱姫」

 

 沙那は言った。

 

「は、はい……」

 

 朱姫は嗚咽を繰り返しながら、顔を何度も縦に振る。

 余程怖かったのだろう。

 無理もない。

 孫空女だって、さっきの沙那の迫力には度肝を抜かれた。

 

「ご主人様、もういいですよね?」

 

「ああ、ご苦労さん、沙那」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、ど、どういうこと、沙那、ご主人様? いまのはご主人様がやらせたの?」

 

「わたしは、沙那に、朱姫の感情を発散させてやれと言っただけだよ、孫空女……。だけど、剣を突きつけろなんて言わなかったよ」

 

「感情を発散? なんのために?」

 

 孫空女は言った。

 

「このところ、朱姫は塞ぎこんでいたからね。このわたしが近いうちに、朱姫を破瓜させると言ったのが怖いんだろう? そうだね、朱姫、正直にお言い」

 

「そんなことは……。もう、覚悟もできているし……」

 

 朱姫は、俯いたまま宝玄仙に言った。

 

「それだよ、それ。覚悟ってなんだい、朱姫? あれほどの性の手管を見せるお前が宝玄仙の男を受け入れるというだけで、そんなに沈み込んでしまうのがわからないね、朱姫。今日はなんでも言いな。とにかく、溜め込んでいるものがあるだろう。それを口にしな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それよりも着替えなさいよ、朱姫。孫女、朱姫の着替えを取ってくれる?」

 

 沙那は、くすりと笑うと、尿の上から朱姫を立ちあがらせた。

 孫空女は荷の中から朱姫の着替えを出す。

 朱姫がいつも来ているのは、上衣と下袍がひとつながりになった女の服だ。

 薄い下着もひとつ出す。

 

「お前たち集まりな」

 

 宝玄仙が言い、荷の周りに孫空女と沙那と朱姫が集められた。

 四人で車座になる。

 

「ここにいるのはわたしたち四人だ。なんでも言おうじゃないか。さっき、沙那も言ったけど、四人で秘密はなしだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「なにを言っているんですか、ご主人様が一番秘密が多いじゃないですか」

 

 沙那が呆れた口調で言う。

 

「そういうところもあるかねえ。とにかく、身体も心もわたしたちは一心同体になろう。そのためには話し合いだ。じゃあ、沙那からいこうか。最初の自慰はどういうものだった? みんなに教えてやりな」

 

「な、なんでそんなことを言わなくちゃならないんです――?」

 

 沙那が真っ赤になった。

 

「今日は、なんでも話す日だからだよ、沙那。わたしたちが腹を割る。すると、朱姫も腹を割る。そういうことだ」

 

「な、納得できません。なんの脈絡かもわからないし、ご主人様が愉しんでいるだけでしょう」

 

 沙那は声をあげた。

 孫空女は何気なく朱姫を見た。

 確かに心なしか緊張をしているように見える。

 そう言えば、ここ数日はずっとそんな感じだった。

 命を預け合う仲間なのだから、心の底から打ち解けることが確かに必要だ。

 しかし、考えてみると、朱姫はまだそんな感じではないのかもしれない。

 もしかしたら、宝玄仙は、それを気にして、朱姫にいろいろとやらせているのだろうか。

 まあ、宝玄仙らしいというか……。

 よし――。

 だったら……。

 

「あ、あたしは、十二歳だよ」

 

 孫空女は思い切って言った。

 三人の視線が集まる。

 

「な、なに言っているの、孫女?」

 

 沙那があたふたしている。

 それでも孫空女は喋り続けた。

 

「だから、あたしは、十二歳が最初の自慰だと言っているんだ、沙那。十二の頃、あたしは、仲間と一緒に、旅芸人の一座に入っていた。そこで、大人たちが夜に性交をするのを毎夜見ていた。一座に綺麗な踊り子がいてね。その踊り子が、毎夜、ひとりずつ、違う芸人の男の精を受け入れるのさ。それが彼らの仲間意識を作っていたんだ。あたしは、それを見ながら、最初に自慰をした」

 

 孫空女はまくし立てた。

 自分の顔が上気するのがわかる。

 沙那が諦めたように一度大きく嘆息した。

 そして、口を開いた。

 

「……わたしは、ご主人様に会うまでは、そんなことしたことはなかった。本当よ、孫女。そんな顔しないでよ。まったく、疎かったのよ。そっちの正面には……。こんな風に淫乱になったのは、このご主人様のせいよ……」

 

 沙那が小さな声で言った。

 

「じゃあ、わたしも言おうか。わたしが最初に自慰をしたのは、帝都で闘勝仙(とうしょうせん)たちの慰み者になっていたときだね」

 

「慰み者?」

 

 朱姫が驚いた声をあげた。

 

「お前には、教えていなかったかね、朱姫。このわたしは、帝都で二年間、わたしよりも力の強い道術遣いに奴隷のように飼われていた時代があったのさ」

 

 宝玄仙が朱姫の眼を見ながら言った。

 

「し、信じられません。ご主人様が……飼われるなど……」

 

「本当さ。そして、その連中は、わたしが皆殺しにしてやった。だけど、そいつらは、天教の教団の重鎮だったからね、少しばかり、立場の悪くなったわたしは、教団から離れて、こうやって、その手の届かない西域に向かって逃げているところというわけさ」

 

「そ、そんなことが……。だから、この前、教団兵が襲撃してきたのですね。沙那姉さんや孫姉さんは知っていたのですか?」

 

「ごめんなさい、朱姫……。知っていたわ。あなたに秘密にしていたつもりはないけど……」

 

 沙那が言った。

 

「そんなことより、嘘だろう、ご主人様。それが最初の自慰なんて。あたしよりも遅いじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 

「なにが嘘なもんか、孫空女。本当だよ」

 

「あのお蘭のことは?」

 

「お蘭がどうしたんだい?」

 

「もっと若い頃に、お蘭を調教したって」

 

「だったら、なんだい? そうだね。身体が疼くときは、お蘭にわたしの股間を舐めさせればよかったしね。そういう意味で、自分ではやったことはないのさ。男に不自由したこともないしね。まあ、いまは、男はもういいって感じだけど……。お前たち玩具もいるし」

 

 宝玄仙は笑った。

 自慰の話はなんとなく嘘っぽい。

 まあ、この際どうでもいいことだが……。

 

「あ、あたしは……」

 

 話の順で朱姫が口を開いた。

 

「朱姫、お前の自慰の話しはいいよ。最初に南風山で捕えたときに『魔蛭』に襲わせながら、さんざん喋らせたしね。お前はこれまでの間に人を殺したときのことを話しな」

 

「えっ?」

 

 朱姫は顔色を変えた。

 

「そうね、聞きたいわ。あなたのことをもっと」

 

 沙那も言った。

 朱姫が三人の顔を見る。

 孫空女は朱姫と視線があったときに小さく頷いた。

 

「……人を最初に殺したのは、両親を眼の前で殺されたときです。母が妖魔であるということが発覚して、突然、天教の法師に率いられた村人が襲ってきたんです……」

 

 朱姫は語りはじめた。

 孫空女は、ほかのふたりとともに、聞き入る態勢になる。

 

「……そいつらは、よってたかって棒で殴って母を殺し、そして父を殺しました……。そのとき、あたしは最初の『獣人』の術を遣いました。気がついたときには両親を殺した男たちは全員あたしが殺していました。次は、村を逃げ出して旅を始めて三年目くらいでした。万寿(まんじゅ)国と烏斯(うし)国の国境近くの山でした。そこに棲んでいた人間族の老人に助けられて、そこで暮らし始めました……。その老人が二回目です……」

 

「二回目……?」

 

 沙那が静かに口を挟む。

 

「……はい、沙那姉さん……。最初は、親切で……。孤児で旅をしていたあたしに親切にしてくれて、食事も、寝る場所も……。あたしは、ほんの少しの間、その猟師の男を父の面影に重ねていたんですが……」

 

「襲われたのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい。力でねじ伏せられて縛られました。薬も飲まされて……。もう、どうしようもなくて……。あ、あたしは―――」

 

「術を使ったのね、朱姫」

 

 沙那がそっと朱姫の手に自分の手を重ねた。

 

「はい、沙那姉さん。『獣人』を解放して、縄をちぎり、気がつくとあたしは、その猟師を殺していました……。最初の人殺しよりも、二度目の人殺しの方があたしは衝撃でした。最初の人殺しについては、あたしはなんにも覚えていません。でも、二度目は違うんです。あたしは、殺そうとして殺しました。その人を……」

 

「いいのよ。あなたは悪くない」

 

「でも……」

 

「そうだよ、朱姫。そんなやつ、死んで当然だ。あたしが人を殺したのは、もっと、前だよ。九歳だ。飢饉のために、人減らしのために処分されかけた、住んでいた村を逃げて、一年もしないうちに、最初の人殺しを覚えた。仲間を襲った盗賊を返り討ちにしたのさ」

 

「たった、九歳でですか、孫姉さん?」

 

「力は強かったからね、朱姫。それで、その盗賊が持っていた金子や服を手に入れた。正直に言えば、そのとき、盗賊というのは、結構、割のいい仕事かもしれないと思ったよ。それから、盗賊稼業さ」

 

「お前の子供の頃は、旅芸人じゃなかったのかい?」

 

 宝玄仙が微笑みながら軽く首を傾げる。

 

「いや、最初も盗賊だったのさ。子供だし、ほかに生きる手段なんて思いつかなかった。でも、あるとき旅芸人の一座に仲間と一緒に拾われてね。それこそ、あちこちを旅した。やがて、大人になりきる前に、その一座とも離れて、また放浪……。そのうちに、五行山の盗賊団を乗っ取って、女首領になった。そして、ご主人様と沙那を襲ったところを返り討ちになり、こうやって、供になったということだ」

 

「なんだい、根っからの悪党じゃないかい」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「まあ、上等な人生じゃなかったのは認めるよ、ご主人様」

 

 孫空女は苦笑した。

 誉められた人生じゃなかったのは認めるが、ほかに生きる手段があった気もしない。

 もう一度、人生があるとしても、やはり同じように罪を犯しながらも、生きていくかもしれない。

 孫空女は必死に生き抜こうとしただけだ。

 

「じゃあじゃあ、次は、皆さんの最初の男の話をしてください」

 

 朱姫が言った。

 心なしか、ちょっと明るくなってきた気もする。

 いい傾向かなと孫空女は思った。

 

「えっ、ええっ?」

 

 しかし、声をあげたのは、意外にも宝玄仙だ。

 

「喋るのが嫌だとは言いませんよね、ご主人様」

 

 横から沙那が釘を刺した。

 

「沙那の言うとおりだよ、ご主人様。ちなみに、あたしは十八のときさ。旅芸人の仲間とね……。好きとか嫌いとかは関係ない。とりあえず、済ませておくという感じだったかな。気持ちよくもなかったね。自慰の方がよっぽど気持ちよかった。一番気持ちのよかった性交はご主人様や沙那に襲われたときさ……」

 

「わ、わたしは襲ったりしないわよ――」

 

 沙那が真っ赤になった。

 

「そうだね。沙那には、ねだられたんだ」

 

「あ、あれはご主人様が……」

 

「えっ、えっ、なにがあったんですか?」

 

 朱姫が笑って、興味深そうな顔になる。

 

「後で言うわよ……。それよりも、ご主人様です」

 

 沙那が赤い顔のまま、宝玄仙に視線を向ける。

 孫空女も頷いた。

 

「そうだね。じゃあ、次はご主人様の番だ。沙那や朱姫からは、この話題じゃあ、なにも新しい話は出て来はしないだろう?」

 

「わ、わたしのことを語るのかい?」

 

「そうだよ、ご主人様。語らないと、出発しないからね」

 

 孫空女は言った。

 

「わかったよ。言うよ、言う。わたしの最初の男は、流れ道師だよ。犯されたんだ。つまり、強姦されたのさ……」

 

「ええっ」

 

 三人で同時に叫んだ。

 

「黙って聞きな。相手は、真面目な変態の道術遣いでね……」

 

「真面目な道術師がご主人様を犯したのかい?」

 

 孫空女は首を捻った。

 横で沙那も「真面目で変態で強姦って……」とぶつぶつ言っている。多分、理解の外なのだろう。

 

「そうだよ。そいつが、まだ若かった宝玄仙を見染めて、つい襲ったというわけだ。天教の法師には、上にあがるためには、諸国流浪の巡礼が義務でね。そして、ある旅の空で出会ったある男が、真面目にこの宝玄仙を無理矢理犯したのさ。それでねえ……」

 

 宝玄仙はなんだか懐かしそうに語りはじめた。

 

 

 *

 

 

「いい加減に自慰をおやめになってはいかがですか、姫様」

 

 呆れたような白骨夫人(はっこつふじん)の声――。

 すぐ、そばに立っている。

 白骨がどうして、この淫情の香に平気なのかは知らない。

 だが、この空気に混じった媚薬は、白骨には影響を与えないようだ。

 とにかく、なにも考えられない。

 身体が疼きまくって、気が狂いそうなのだ。

 なにが、どういう状況かも思い出せない。

 ひたすらに股間を愛撫して、快感をむさぼる。

 気持ちいい……。

 それしか、考えられない……。

 

「やめろと言っているのがわからないのですか」

 

 百花(ひゃっか)の腕が掴まれた。

 その腕が、白骨によって、下袍の裾から強引に引き出された。

 

「な、なに……?」

 

 まだ満ち足りてない。

 達した回数がどれくらいなのかはわからないが、満足しきっていない。

 それを邪魔されて、百花は恨めしい気持ちになった。

 

「まったく、さかりのついた畜生のように、恥ずかしくはないのですか、姫様? 妖魔たちのいい笑い者ですよ。この鏡は、城中の鏡に投影されていると言ったじゃありませんか。それにも関わらず、まさか、自慰を始めるとは思いもしませんでしたよ。しかも、まるで狂ったように、連続で自慰をやり続けるなど」

 

「お、お願い……は、白骨……。まだ……、まだ足りないのよ……」

 

 百花は、白骨により握られている右手に力を入れた。

 だが、白骨の手が離れない。

 とっさに、左手を股間に動かす。

 しかし、その左手も掴まれた。

 右手とともに背中に回される。

 金属音――。

 背中で手錠をされたのだとわかる。

 

「そ、そんな……」

 

「なにが、そんなですか、姫様。これ以上、黄袍魔(おうほうま)様の婚約者が、色情狂のようにみっともなく自慰をするところ家来の妖魔に見られても困りますからね。残念ですが、拘束しておきます。この様子なら、もう、この白骨がいなくても、黄袍魔様によい返事ができるしょう。明日の夕方には、黄袍魔様は戻ってくるそうです。そのとき、婚姻を承諾なさい。そうすれば、黄袍魔様は、姫様に抱いてもらえます」

 

「結婚……」

 

 それではっとなった。

 そうだ――。

 百花は、この城の主人である妖魔と結婚をしろと迫られているのだ。

 妖魔は、王国の姫である百花を、ここにいる白骨という奴隷商人の女に誘拐させた。

 そして、この異境にある妖魔の城に百花を監禁し、百花を凌辱した……。

 

「わ、わらわは……、こ、婚姻など……しない」

 

 やっと言った。

 だが、二日前までは、絶対の信念として吐いた言葉が、いまは、自分でも信じられなくなっていることを知っている。

 このまま、白骨の香を吸い続ければ、もっと百花の身体は淫靡な情欲でいっぱいになる。

 いや、すでに、もう、性のこと以外考えられなくなってしまうだろう。

 すでにそうなっている。

 

 白骨からは、この部屋の様子は、城中の鏡に投影されて見られていると教えられていた。

 それにも関わらず、百花の指は、いつの間にか下袍の中に伸びて、自分の股間を触っていた。

 

 一度始めたら、やめられなかった。

 何度も絶頂に達し、そして、いき続けた。

 それでも欲情は収まらず、百花はいつまでも自慰を続けた。

 そして、呆れ顔の白骨が部屋に入ってきたのだ。

 

「一昨日は、人前で自慰をするなんて思いもしなかったでしょう、姫様。でも、いまは、こうやって、見られているとわかっているのに、括られなければ、自慰をやめられないではありませんか」

 

「も、もう、自慰は……見られても……いい……。でも、でも結婚だけは……しない」

 

「まあ、せいぜい、意地を張ることですね。黄袍魔様には、結婚を承諾しなければ、手錠は外さないようにと伝言しておきます。このお香は、いつまでも流れ続けますから、姫様がどれくらい意地を張れるか見ものですね。それを最後まで見守れないのは残念ですけど」

 

「ど、どっかに行くの、白骨?」

 

 百花は、手錠で拘束された身体を白骨に向きなおらせた。

 

「黄袍魔様に挨拶をしてから去りたかったのですが……。地下の牢には、いい雌妖はおりませんでした。王都の市に出す雌妖は、別の方法で手に入れます」

 

「王都の妖魔市?」

 

 定期的に開かれている市だ。

 妖魔を売り買いするための競りが行われる。

 この妖魔城に来るまではなんとも思っていなかったが、考えてみれば、妖魔の奴隷市など、妖魔たちの尊厳を無視した恥ずべき人間の所業のような気がした。

 

「そういうわけですから、これでお別れです。明日の夕方、黄袍魔様によいご返事をなさいませ」

 

「そ、そんな。待って、わらわも……わらわも王都に連れ帰ってください。後生です。もう、浚われたことは恨みません。誰にも言わないと誓います。お金も払います。ですから、お願いです。王都にわらわも……」

 

「無理ですよ、姫様。姫様には、その腕輪がおありでしょう。それは、わたしではなく、黄袍魔様につけられたのでしょう? わたしでは外せませんわ」

 

「そ、そんな――」

 

「ともかく、その腕輪をしている限り、姫様は、黄袍魔様から離れられませんし、この部屋以外のどこにも行くことはできません。ですから、もう、諦められてはいかがですか? それとも、そうやって、いつまでも苦しみたいのですか」

 

 白骨の手が百花の下袍の裾をまくった。

 そして、もう、どろどろに愛液で濡れほそぶ股間の中心に触れる。

 すでに下着は、黄袍魔に何度も犯されたときに剥がされている。

 

「ひいいっ」

 

 百花は嬌声をあげた。

 

「よいのですか、姫様? 鏡に映っているのですよ。我慢なさいません。こんな姿を妖魔たちに見られてよいのですか?」

 

「そ……そんな……ああっ――いいいいっ――」

 

 敏感な肉芽の部分をぐりぐりと布越しに愛撫される。

 快感が一気に沸騰してせりあがる。

 気持ちよさは、自慰の比ではない。

 百花は、絶頂に向けて、がくがくと身体を揺すった。

 

「姫様の穴は、霊具で封鎖されているのですね。お可哀そうに。でも、こうやって動かしたら気持ちいいですか?」

 

 百花が、膣に挿入されている淫具をぐりぐりと動かした。

 頭に閃光が走った。

 気持ちいい――。

 頭に閃光が走る。

 もう、なんでもいい――。

 見られていようと……そうでなかろうと……。

 百花は、快楽に身を委ねようとした。

 だが、さっと、白骨の手は離れてしまう。

 

「そ、そんなあ……」

 

「どうしたのです、姫様。わたしは、黄袍魔様の依頼により、あなたを王都から浚って、この異境にある妖魔の城まで連れて行き、金粒と交換にあなたを売り飛ばした奴隷商人ですよ。そんなわたしに、凌辱されたいのですか?」

 

「も、もう、おかしくなりそうなんです……。お、お願いします、白骨」

 

 百花は、半泣きで言った。

 いや、もうおかしくなっているのかもしれない。

 身体はただれたように熱い。

 もう、身を焦がすような疼きを癒すことしか考えられない。

 

「確かに、これでは、明日の夕方まで持ち堪えられそうにありませんね。じゃあ、どうですか。そこに、この部屋で一番大きな鏡がありますね。その眼の前で一度いけば、お香を止めてあげましょう。いかがです。その代わり、姫様の性器を城中の妖魔に晒け出すことになりますけど……」

 

 考えたのは束の間だった。

 

「……そ、それでいいです」

 

 口に出していた。

 白骨がにやりと微笑んだ気がした。

 

「よろしいでしょう。ならば、こちらに……」

 

 白骨が百花を促して、大きな鏡の前に百花を立たせた。

 欲情しきった淫らな百花の姿がそこにあった。

 それを、見られている。この鏡の向こうでは、大勢の妖魔がこの欲情したこの百花を眺めているに違いない。

 

「下袍をまくります。それを口に咥えてください。もしも、口を離せば、約束はなしです。お香をそのままにして、わたしは去ります。いいですね?」

 

「わ、わかりました……」

 

 膝まである下袍がまくられ、裾を口に咥えさせられる。

 鏡の中で、百花の秘部が露わになる。

 百花の陰部は真っ赤に充血して、白濁液が股間から膝まで垂れ落ちている。

 

「ふ、ふ、ふ。塞がれているのに、隙間からだけで、こんなにも物欲しそうに淫涎をこんなにも溢れさせて……。さぞや、お辛いのでしょうね……。ほら、よくご覧になってください。これが、いまの百花姫様ですよ」

 

 白骨が、ぐいと百花の顎を掴んで、鏡に向けさせた。

 みっともない――。

 情欲に溺れて、ただ物欲しそうに欲情しきっている雌――。

 それが映っている。

 それがいまの百花――。

 妖魔の嫁に相応しい――。

 汚れて卑しい女……。

 

「それでは、これは、白骨からの贈り物です」

 

 白い布片が勃起した肉芽に貼られた。それは、勝手に小さくなり、百花の敏感な陰核をぎゅっと絞るように吸いついて小さくなる。

 

「んぐうううううっ」

 

 その肉芽が激しく振動を始めた。

 百花は仰け反って悲鳴をあげそうになる。

 だが、口を開いたら、香を止めてもらえないという微かな理性が、百花を耐えさせた。

 

「よく、我慢できましたね、姫様。感心いたしました。でも、もう、口を離してもよいですよ。どうせ、お香をとめる気はありませんから」

 

 白骨夫人が大笑いした。

 

「そんな……あああっ……ああっ」

 

 百花は、口を開いて抗議の言葉を言おうとした。

 だが、動きの激しくなった股間の振動に思わず腰を落としてしまい、なにも言えなくなる。

 あとは、もうただ股を擦り合せて耐えることしかできない。

 強烈な快感が、百花を貫く――。

 

「気持ちいいですか、姫様?」

 

「あああっ、あががあああああっ――ひぎいいいいいいっ――」

 

 なにも考えられない。肉芽が弾ける。頭が白くなる――。

 

「いぐうううううっ」

 

 百花は、暴発する快楽にもう身を委ねた。

 だが、その絶頂の寸前に突然に振動がとまったのだ。

 いや、とまってはいない。ただ、動くか動かないかという程度の緩やかな動きに変わっただけだ。

 まるで、百花の苦しみと嬌態をなぶるかのように、静かな振動に変わっている。

 

「そ、そんな……」

 

「いかがですか、姫様。いまのは、『振動片』という霊具で、女奴隷を調教する場合に使うのに一般的な淫具です。お別れの贈り物に差しあげます。この部屋のお香もさらに焚き込めておきますね……。淫具を外すのも、お香をとめるのも、黄袍魔様にお願いなさいませ」

 

「あああっ、そ、そんなああ、ああああっ」

 

 百花は泣き狂った。

 

「それと、姫様の肉芽を包んでいる『振動片』の振動は、装着している間は絶対にとまりません。寝るときも、食事をするときも、たとえ、排便の最中でも動き続けます。でも、ご安心ください。姫様が絶頂に達しそうになると、いまのように、緩やかになり、身体の火照りが少し収まるのを待ちます。そして、また激しく動きます。それをつけている限り、永遠にそれを繰り返すのです」

 

「や、約束が……、ひぎいいっ」

 

 また、少し激しくなった。

 百花は、大きく身体を仰け反らせた。

 

「姫様にご忠告申しあげます。まだ奴隷の分際で、奴隷商人との約束などしないことです。お香はとめません。さらに、その淫具もそのままにします。あと、二日……。絶頂寸前のぎりぎりの快楽をお愉しみください。もしも、黄袍魔様の花嫁になられましたら、お会いすることもあるかもしれません。そのときは、必要になった奴隷の注文でもしてください。この白骨に……」

 

「待って――。後生です……。ああっ……。わ、わらわも、王都……に……ああああっ――そ、それよりも……こ、これを……外してっ……」

 

 しかし、白骨は、振り返ることもなく部屋を出ていった。

 百花は、後手に拘束された身体を苛む香の香りと、股間の淫具による刺激に、いつまでも、終わることのない嬌声をあげ続けた。



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65  半妖少女の破瓜と人間狩り

 なにも見えない。

 朱姫は、全裸で目隠しされている。

 腕は背中に回して、縄で拘束されていた。

 

「はっ、はっ、はっ、ああ」

 

 朱姫の荒い息遣いが周りの森林に響いている。

 拘束されて目隠しをされた状態で、朱姫は沙那の愛撫をひたすら受けているのだ。

 山の風が、汗にまみれた朱姫の身体をこする。

 

 朱姫は沙那の膝の上だ。

 沙那のかく胡座の上でうつ伏せになり、ひたすら、沙那の性の責めを受ける。

 

「あ、ああっ、さ、沙那姉さん、も、もうっ」

 

「なにも考えない……。わたしたちに心を委ねて、朱姫……。いい気持ちでしょう……?」

 

「き、気持ち、い、いいですけど、ああっ」

 

 沙那の指は朱姫の肛門に突き刺さっていて、粘膜の内側を擦り続けるのだ。

 開発され尽くした朱姫の肛門は、そこからいくらでも快楽を引きこんでしまう。

 ひと掻きひと掻きが、朱姫の意識を飛ばすような衝撃――。

 だが、快感がぎりぎりのところで留まっている。

 朱姫が簡単にいってしまわないように、沙那の指の動きは調整されているからだ。

 

「あ、ああっ、沙那姉さん、も、もう許してえっ」

 

「いいから、ただただ、快感を受け入れるのよ……」

 

「そ、そんなこと言われても、あはあっ、いくつっ、もういかせてえっ」

 

 吹きあがった快感により、朱姫はがくがくと身体を震わせて、うつ伏せの裸体を弓なりにした。

 しかし、またしても、絶頂寸前で沙那の刺激がなくなる。

 朱姫は泣き声あげた。

 

「ごめんね、朱姫……。でも、もう少し、可愛い声を聞かせてね……」

 

 沙那がくすくすと笑う。

 優しげな笑いだが、やっていることは酷い。

 

 永々と敏感なお尻ばかり刺激され、快感が爆発しそうになる……。

 でも、達しようとすると、すっと刺激がとまる……。

 そして、動く……。

 また、せりあがる。

 だが、それが頂点に達しそうな直前にまたとまる……。

 ひたすら、それを繰り返されているのだ。

 もう、いきたい……。

 だが、いかせてもらえない……。

 

「また、始めるわね……」

 

「あっ、あっ、あはあっ、さ、沙那姉さん――」

 

 もう何十回も同じことをされているので、ほんの少しの刺激で、もう朱姫の快感は爆発しそうになる。

 お尻に挿入したままの沙那の指が、ゆっくりと朱姫のお尻の中の粘膜を掻くように動く。

 

「ああっ、いやあっ」

 

 瞬時に快感がのぼってくる……。

 しかし、やっぱり、またとまる。

 

「お……お願いです、さ、沙那姉さん……。あ、あたし……もうっ」

 

「駄目よ。ご主人様の許しがなければ……。わたしが怒られるわ……。でも、快楽ならいくらでも感じいいのよ……。たくさん、たくさんよ……。だから、溜めこみなさい、朱姫」

 

 沙那の舌が朱姫の小さな胸の膨らみを這い回る。

 舌がもう尖りきっている乳首を乳房に押し込み、そして、舌が離れて乳首が尖りを取り戻す。

 また、押し込まれる。

 弾かれる。

 

 乳首も乳房も朱姫の強いの性感帯だ。

 宝玄仙によって、後ろの孔の快楽とともに、淫情の源にされたのだ。

 猛烈な興奮が朱姫に突き起こる。

 

「いいよ、沙那――。一度、いかせな」

 

「はい、ご主人様」

 

 朱姫の尻たぶに突き挿さった指の動きが激しくなった。

 沙那の舌が朱姫のうなじを這う。

 そして、耳――。

 最後に沙那の唇が朱姫の唇に重なってきた。

 舌が挿入してきた。

 口の中の敏感な場所が蹂躙される……。

 大人の口づけ……。

 

「んんんっ――んぐうっ……――んんっ――んああっ――」

 

 なにかが突き抜けた。

 激しい痙攣が朱姫の身体を揺らす。

 朱姫はついに快感を極めた。

 そして、熱い情欲の香が身体に溶けていく。

 じわじわとそれが全身を包む。

 淫情の嵐が次第に収まり、そして、静かなうねりに変わる。

 それでも、まだ、朱姫の中に溜まった疼きは消えていない。

 沙那の口が離れた。

 

「沙那、もういいよ。孫空女と交替だ。お前は、その辺で鳥か兎でも狩っておいで。今日は、ここで野宿する。朱姫には精がつくものを食わしてやりたいんだ。暗くなるまでに戻るんだ。いいね」

 

「わかりました」

 

 沙那が朱姫の身体を地面に敷いた大きな布の上に、仰向けに降ろした。

 目隠しのために視界がないので、無防備に裸体で横になるのは怖い……。

 

「じゃあ、行ってくるわ、朱姫。またね……」

 

 沙那の唇が再び、朱姫の唇に軽く当たった。

 

「次は、あたしかい?」

 

 孫空女の声が離れた場所からした。

 

「そうだよ。これで朱姫の身体中を磨きあげな。先端から媚薬が滲み出る霊具だ。それで朱姫に全身をくまなく擦りあげるんだ。塗り残しでもあろうものなから承知しないよ、孫空女」

 

「わかったよ、ご主人様」

 

 孫空女の声が聞こえる。

 

「ご、ご主人様、す、少し休ませてください……。そ、それに、霊具って……。しかも、媚薬って……」

 

 朱姫は、荒い息を吐き出しながら言った。

 

「いいからお前はなにも考えずに、感じまくっていればいいのさ、朱姫。すべては、この宝玄仙に委ねるんだ」

 

 宝玄仙に強く言われるとなぜか逆らえない。

 身も心も支配されるというのはこういうことなのだろうか。

 

「あっ」

 

 朱姫は小さく叫んでしまった。

 仰向けに寝かされていた身体が不意に勝手に動き、仰向けのまま、両膝は立膝になって大きく左右に開かれたのだ。

 

「あんっ」

 

 右の耳に柔らかいものが当たった。

 ひんやりとした感触――。

 筆?

 そして、くすぐられる。

 とっさに、身体を捻って避けようとしたが、なぜか背中が張りついて動けない。

 

「いひいっ」

 

 思わず、顔を反対に向ける。

 すると、反対の耳にもそれが……。

 

「や、やだあ――ああっ……ああ……ああっ……」

 

 逃げ場を失った朱姫は、ただ!強烈な刺激をただ受け入れるしかなく、はしたなく声をあげる。

 

「朱姫、いくら、わたしの結界の中とは言え、ここは街道からちょっとばかり外れただけの岩場だよ。まっ昼間からそんなはしたない声をはりあげるんじゃないよ」

 

 宝玄仙のからかいに慌てて口をつぐむ。

 だが、孫空女の持っているなにか……おそらく、刷毛のようなものだろうが、それが朱姫の顔中を這いまわる。

 くすぐったい。

 声をあげずにはいられるもんじゃない。

 

「んんんっ――うふう……くううっ……んんっ――」

 

 刷毛が顔から離れて大きく伸ばされた手に進む。

 指の間、そして、手のひら……。

 手の甲……。

 本当に少しの隙間もなく、身体中が擦られていく。

 そして、塗られた部分が、なにかじわじわと虫が這いまわるような感覚が湧き起きる。

 そして、熱い――。

 朱姫は怖くなった。

 ただ、顔と手に塗られただけで、湧きあがるこの異常な火照り――。

 これをもっと敏感な部分に塗られたらどうなるのか……。

 

「そ、そこは……だめえっ――、そ、孫姉さん」

 

 両脇に穂先をねじ込むようにして同時にくすぐられ、朱姫は仰け反った。

 

「わたしも参加しようかね」

 

 宝玄仙が近づく気配がした。

 不意に股間全体が、刷毛でひと撫でされた。

 

「ひぐううううっ」

 

 朱姫は獣のような声をあげえしまう。

 

「堪え性がないねえ。吠えるような声をあげるなというのがわかんないのかい、朱姫」

 

 宝玄仙が持っていると思うわれる刷毛が、二度、三度と、朱姫の股間全体を上下する。凄まじい衝撃が突きあがる。

 

「いぐううっ」

 

 朱姫は吠えた。

 

「心配ないよ、朱姫。この霊具は、いくら性感を与えても絶対に気をやったりはさせないからね。さっきの沙那の言い草じゃないけど、いくらでも快楽を溜め込みな」

 

 宝玄仙の刷毛が容赦なく股間を擦る。

 一気に絶頂に達したかのような淫情が爆発する。

 だが、いってはいない。

 そうでないというのが直後にわかる。

 いくらでも、さらにのぼりあがる。

 だが、それは頂点ではない。

 さらに高く高くのぼっていく。

 

「あっ、ああっ、だめ、だめえっ」

 

 そのあいだにも、孫空女の刷毛の方は、乳首や乳房を這いまわっている。

 そして、乳房の間――。

 横腹――。

 臍の周り――。

 

「あふうっ」

 

 快楽の槍が全身に突き刺さる。

 刷毛から染み出ている媚薬は、全身に流れる血を淫情の疼きに変化させている。

 凄まじい最高潮の波が朱姫を襲う。

 だが、次の瞬間にさらに最高潮に突きあがり、そして、また、絶頂の寸前……。

 何度も果てたかと勘違いするかのような崩壊寸前の快楽の壁――。

 崩壊しては、復活し、また、すぐに崩壊する……。

 

「ほら、ほら、もっとだ。もっと、溜め込むんだ。破瓜の痛みなんて感じないくらいに、前戯で狂いな」

 

「いやああっ、はうううっ」

 

 繰り返す津波――。

 信じられないほどの高みにまで朱姫はあがっている。

 もう、喉が割れるほどの嬌声をあげ続けている。

 なにも考える余裕はない。

 ここが四周が解放された昼間の奥深い山中にある岩場の影であろうが、天下の往来であろうが、それとも、人込みの激しい城郭の大通りのど真ん中であろうが関係ない。

 

「ああっ、も、もう許してえっ、ああああっ」

 

「朱姫、頑張れ。ご主人様は、朱姫がつらくないように、こんなにやってんだ」

 

「余計なこと喋るんじゃないよ、孫空女。お前は手を動かしな」

 

「う、うん……」

 

 宝玄仙と孫空女が朱姫を責めながら語りかけてくる。

 でも、なにも頭に入ってこない。

 

「あはあああっ」

 

 朱姫は絶叫して、身体を跳び跳ねさせた。

 しかし、いけない。

 寸前でとまっている。

 この沸騰するような快楽――。

 宙を舞いあがる――。

 どこまでもどこまでも高く。

 怖い――。

 降りるのが怖い――。

 このまま、絶頂したらどうなるのか――。

 

 本当なら、もう何度も絶頂しているに違いない。

 まだ、霊具の力でそれがとめられ、その分、快楽が膨れあがっている。

 いまの朱姫は、限界まで膨れ上がった快楽の風船だ。

 崩壊する――。

 この快楽が弾ければ発狂する。

 

 それくらい気持ちいい。

 そして、追い詰められている。

 こんな凄まじいものがこの世にあったのか。

 また、あがる。

 

 宝玄仙の刷毛は、いつまでもただ単調に股間を上下するだけ。

 孫空女の刷毛は、全身をこれでもかというように丹念にこすりあげる。

 もう駄目――。

 もう、なにをされているのか理解する力もなくなってきた。

 

 肉芽が――。

 膣孔の口が――。

 尿道の周り――。

 肛門――。

 そして、いま、孫空女が擦っている足首が熱い――。

 熱い――。

 熱い――。

 熱い――。

 孫空女の刷毛が足の裏と足の指のあいだ――。

 

「ひひゃああああ」

 

「孫空女、間違って指で直接に朱姫の肌に触るんじゃないよ――。いまの朱姫は、ただ指で足の裏を撫ぜただけで絶頂するよ」

 

「わ、わかったよ、ご主人様」

 

「いぐうううう――」

 

 もう何十度目かの錯覚の絶頂が朱姫を襲う。

 ふたりの刷毛がやっと離れた。

 そして、朱姫の身体を縛っていた宝玄仙の道術も解けた。

 すっと、朱姫の目隠しが外された。

 まだ、ぼんやりとした朱姫の視界の中に全裸の宝玄仙が入ってきた。

 その横の孫空女も全裸だ。

 

「……ご、ご主人様……」

 

 ただ、呼び掛けた。

 それだけだ。

 身体が熱い――。

 快楽で引きちぎられる――。

 気がつくと、朱姫はすすり泣いていたようだ。

 どこにもいけない淫情の嵐が、朱姫の全身で暴れ回っている。

 

「朱姫、これを見てごらん」

 

 宝玄仙だ。

 虚ろな視界で見上げる。

 宝玄仙の全身は、うっすらと汗をかき、白い肌が上気している。

 その股間には、勃起した男根がそそり立っている。

 朱姫の意識は、宝玄仙の怒張に吸い込まれた。

 

「……怖いかい、朱姫。これが、いまから、お前の股間に突き刺さる。これまで玩具を与えられていた尻の孔じゃない。お前の女の孔だ。そこに突き刺す。この宝玄仙が朱姫を犯すよ」

 

「こ、怖い……」

 

 宝玄仙に犯されて、限界以上に溜め込んだ快楽を爆発させたい。

 だが、男として宝玄仙をを受け入れのは恐ろしい。

 ただ、怖ろしい――。

 理由はない。怖い。

 

「……お前は、幼い頃に人間の男たちにより、眼の前で親を殴り殺された……。それがお前を心に傷を作っているんだ。それが普通の娘以上の恐怖を作るようだね」

 

「そ……それは……」

 

 そんな風に考えたことはなかった。

 ただ、男とは汚らわしいと思っていただけだ。

 だから、朱姫の性の対象は女だ。

 男に触れられると思っただけで身体が凍る。

 性行為を男とするなど朱姫の中では考えられない。

 

 長い旅の間に強姦されかかったことはたくさんある。

 男の格好をしていたのもそのためだ。

 犯されそうになったときは、容赦なく対応した。

 

 朱姫には普段は隠れている妖魔としての能力もある。

 『獣人』の魔術で男を殺したこともある。

 だけど目の前にあるのは……。

 女だ。

 でも男のものがある。

 

「お前は、今日女になる……。お前には、この宝玄仙のように男になって女を征服する者になる素質がある。だが、それには女としての悦びの知る必要がある」

 

「は、はい……」

 

「これは、宝玄仙の一部だ。男のものしゃない……」

 

 その怒張が朱姫の顔に突きつけられる。

 

「舐めるんだよ。お前の唾で濡らすんだ。宝玄仙をお前たちが受け入れるときの儀式だよ」

 

 朱姫は身体を起こして、膝立ちしている宝玄仙の股間から生えている男根を口に含んだ。

 両腕は背中で緊縛されているな、それ以外は、いつの間にか自由になっていた。

 

 舌で舐め回す。

 なぜか痺れるような快感が、朱姫の股間に伝わる。

 

「そうだ。上手だよ、朱姫……。愛情を込めて舐めまわしてごらん。舐めるだけじゃない。先っぽから出るものを吸い取ったり、それとも軽く力を加えたりするんだ。力を加えるときには、自分の唾液で厚く包んでからだ……。そうそう……上手だ。男によっては、感じ方が違う。女にも気持ちのいいやり方が違うように、男もいろいろだ。先端が気持ちいのか。筋の部分が気持ちいのか……。それとも、強く刺激を与えた方がいいのか、弱い方がいいのか……。よく相手を見るんだ。あるいは舌で感じてごらん、朱姫……。このわたしは、どうやったら気持ちよさそうだい?」

 

 朱姫は口の中のものを頬張りながら、宝玄仙を感じようと集中した。強くする――。

 弱くする。先っぽ――。

 それとも奥――。

 先から宝玄仙の蜜が染み出てくる。

 

 わかってきた……。

 先端の膨らみ――。

 それを全部、頬張る。

 そして、少しだけ強く……。

 

 宝玄仙は先端の膨らんでいる部分を口で包まれて、そして、強めに刺激されるのが好きみたいだ。

 その宝玄仙から染み出る蜜の量が多くなった。

 先端に入っている割れ目の部分も弱いようだ。

 

「……い、いいよ……、しゅ、朱姫……。き、気持ちいいよ……。そ、そうだ。男を口の中でいかせようと思ったら、苦しくても亀頭の全体を包む……。つ、強くしてもいいけど、絶対に……歯を立てちゃあ……だ、駄目だ。男は、女以上に……弱い……」

 

 宝玄仙の声がうわずっている。

 朱姫の舌で感じているのだとわかる。

 もっと、感じさせたい。

 もっと、宝玄仙を翻弄させたい――。

 朱姫の口で、宝玄仙を犯す。

 犯してやる――。

 全部吸い尽くす――。

 

「く、くうっ……。お、お前、教えもしないのに……どうして、そんな技が……。だ、駄目だ――。くうっ」

 

 宝玄仙の欲情を感じる。宝玄仙の顔が欲情で歪んでいる。

 吸う――。

 舐める――。

 吸う。

 なにもかもを奪い取る――。

 喉の奥に当たるような苦しさ。

 それでも耐える。

 

 宝玄仙が震えた。

 

 そして、だらりとした蜜の塊りが朱姫の口の中に迸った。

 

「……た、大したものさ……。最初の一回で、宝玄仙をいかせてしまうとはね。それは飲み込みな。嫌でも飲み込むんだ」

 

 朱姫は頷きながら、宝玄仙の怒張から出たものを喉に流し込んだ。

 

「じゃあ、いくよ。朱姫、横になりな」

 

 宝玄仙が言った。

 言われた通りに仰向けになる。

 視界に青い空が映った 。

 それが宝玄仙の顔で隠された。

 宝玄仙の顔は、上気している。

 息も少しあがっているようだ。

 

「お前は、途中から快楽を与えられることよりも、この宝玄仙に快楽を与えることに夢中になったね?」

 

 宝玄仙が言った。

 そうかもしれない。

 よくわからない。

 ただ、やりたいと思ったことをしただけだ。朱姫は、明確な返事をすることもできなかったので、ただ、宝玄仙を見返していた。

 

「お前にも、そのうち嗜虐側の快楽を教え込んでやろう。征服して翻弄させ、屈服させる悦びだ。だけど、いまは与えられる悦びを覚え尽くすんだ」

 

 宝玄仙の肉棒が、朱姫の淫孔の先端に触れる。

 

「……もう、前戯めいたことはしない。ただ、突き入れるだけだ。いいね」

 

「き、きてください、ご主人様……」

 

 ぐいと先端が挿入される。ゆっくりと入ってくる。

 

「……破瓜の痛みなんか与えやしないよ、朱姫。わたしの道術でね。わたしとの性交で味わうのは快楽だけだ」

 

「いいい――ひいいいい……いいいっ――」

 

 入ってくる。

 宝玄仙が――。

 溜められていたものが爆発する。

 突き刺さる。

 朱姫の最奥に宝玄仙の怒張の先が当たる。

 

 突き刺さる――。

 痛みなど存在しない。

 そんなものよりも、凄まじい快楽――。

 

 子宮が――。

 焼ける――。

 なにかが拡がり――。

 それが、朱姫を覆い尽くす。

 朱姫の中でなにかが弾け飛び、そして、爆発した。

 

「ご、ご主人様――、いぐううう―――」

 

 朱姫は大声で叫んでいた。

 だが、また、のぼってくる。

 再び、絶頂――。

 

 

 *

 

 

 兎どころか、鳥さえもいない――。

 沙那は焦り始めていた。

 野宿をしている場所からは、随分と離れることになったが、沙那は、獲物を求めてずっと、森の奥へ奥へと歩き続けていた。

 

 宝玄仙が、今日を朱姫にとっての特別な日にしようとしているのはわかっていた。

 だから、干して乾かした保存食を水に漬けて戻すだけの食べ物ではなく、少しでもおいしいものを朱姫に食べさせたいと考えているのだろう。

 

 沙那にとっても、最初の交合は宝玄仙だった。

 やはり、自分の道術により股間に男根を生やした宝玄仙に犯されたのだ。

 もっとも、宝玄仙のときは、ほとんど記憶にないくらいの快楽の嵐に翻弄されてからの破瓜だった。

 覚えているのは、圧倒的な暴力にも思える快楽だけで、ほかにはなにもない。

 

 いまにして思えば、それも宝玄仙の優しさなのだろう。

 最初の交合が苦痛でしかなければ、淫情の行為を愉しめないものとして記憶してしまうかもしれない。

 だから、痛みなど感じる余裕のないくらいの快楽の洪水に襲いながらの破瓜をさせる……。

 

 ただ、沙那に言わせれば、宝玄仙の与える快楽は限度を過ぎている。

 度を過ぎた快楽は苦痛でしかない。

 ただ、宝玄仙は、そこのところがよくわかっていないのかもしれない。

 

 ともかく、宝玄仙と愛陽で会ったばかりの頃の沙那はもういない。

 まだ、一年ほどに過ぎないが、宝玄仙の「調教」により変わってしまった。

 それに、沙那の身体は、宝玄仙以外の様々な男も受け入れさせられた。

 性交を快楽として愉しむことも覚えた。

 一年前の沙那には理解もできないだろうが、宝玄仙に対して、愛情に近いものを感じている自分も存在している。

 

 それにしても、とにかく、なんでもいいから獲物を捕らえて戻らなければ大変なことになる。

 あの宝玄仙の本質は、嗜虐に心を震わせる変態法師だ。

 だから、どうやって、沙那や孫空女や朱姫に、恥辱を与えようかとそればかりを考え続けている。

 言いつけを守れず、手ぶらで帰ったとあっては、どんな罰を宝玄仙に与えられるかわからない。

 このところの宝玄仙の的先は朱姫だった。

 だが、どんなきっかけで、沙那が的になるかわからない。

 だから、かなり、宝玄仙たちから離れることになったが、獲物を求めて、森深く深くと進んでいるのだ。

 

 なにかの気配を感じた。

 生き物の気配だ。

 

 よかった――。

 獲物だ。

 

 だが、希望を感じていた沙那に緊張が走った。

 近づいてくる気配は獣の類ではない。

 “妖魔”?

 

 沙那は、持っていた小弓を肩に持ち替えて、細剣を抜く。

 それとともに、腰を屈めて、身体を草の下に隠した。

 その沙那の横を矢が通り過ぎる。

 

「消えたぞ」

 

「いや、姿勢を低くしただけだ。動いていねえ」

 

 妖魔の声。

 かなり近い。

 沙那は気配を殺して、移動していく。

 

 移動しながら周囲を観察する。

 ここは草の生い茂る樹木がまばらに生えている山林の中だ。

 山道からはかなり離れている。

 草の高さは人間の腰ほどなので、屈んでしまえば、姿を隠すことができる。

 矢も通り難い。

 

 声がした方向に数匹の妖魔の気配がある。

 沙那は、反対側に向かって、草の間を這い進む。

 

 さっきの矢が、草の間の地面に突き刺さっていた。

 抜いて、矢じりを観察する。

 やはり、毒が塗ってある。

 

「雌の人間だ――」

 

「久しぶりの獲物だ。逃がすんじゃねえぞ。人間が手に入ったとあっては、黄袍魔(おうほうま)様が戻ってこられたときに、お悦びになられるぜ」

 

 声が近づいてくる。

 沙那は内心で舌打ちした。

 よくわからないが、どうやら、獲物を探しに来て、妖魔の巣に入ってしまったようだ。

 しかも、人間に敵意を持っている。

 捕らえる気満々のようだ。

 

 沙那はさらに移動しながら、気配の反対側に向かい草の下を進む。

 だが、沙那の肌がなにかを感じた。

 

 前からも矢――。

 転がって避ける。

 たったいま、沙那がいた場所に数本の矢が突き刺さっている。

 驚いた。

 前後に挟まれているとしたら、矢は遣ってこないと思ったのだ。

 だから、反対側にも妖魔がいる可能性はあまり考えなかった。

 前後に挟んでいるのに関わらず、躊躇なく矢を遣うところをみると、かなり、正確に沙那の居場所を特定しているのかもしれない。

 気配を探る。

 

 やはり、反対側からも妖魔の気配――。

 沙那は、息を殺して、自分の気配を殺すことに専念した。

 動けば草が動く。

 それで場所が特定される。

 

 それにしても、いつの間にか囲まれてしまったらしい。

 妖魔たちは、自分を“獲物”にするつもりなのかもしれない。

 

 いずれにしても、どれくらいの勢力なのか。

 話し声から判断すると、前後に数匹ずつ。

 それくらいなら、どうということもないと思うが、もしも、それ以上の勢力だとすれば、迂闊に出ていくことは危険かもしれない。

 

 また、なにかが肌に刺さる。

 沙那は、身体を起こして、横に跳躍した。

 沙那がいた場所に投網が降りかかっている。

 

「いたぞ――。あそこだ――」

 

 声のする方向に振り向く。

 広く展開する妖魔が五匹――。

 用心深く樹木を盾にして、こちらを囲んでいる。

 それぞれに角があり、さまざまな動物の顔をした身体の大きな妖魔だ。

 真ん中が弓――。

 残りは剣――。

 

 だが、沙那はとっさに持ち替えた小弓を樹上に向けていた。

 投網を抱えた鳥妖がそこにいる。

 

 射る――。

 悲鳴をあげて、鳥妖が落ちる。

 

 そこに、矢が飛んでくる。

 剣で払う。

 

 反対側――。

 今度は身体を低くする。

 草に阻まれて、矢の方向が変化して逸れた。

 

 身体を低くしながら、沙那は反対側の様子も確認していた。

 反対側にも五匹……。

 隊形はやはり、樹木を盾に広く展開している。

 

 ……ということは、少なくとも十匹。

 

 いや、鳥妖を含めれば、十一匹。

 あるいはそれ以上の勢力に囲まれているかもしれない。

 

 いや、もっとだ――。

 沙那は、上にさらに二匹の鳥妖が飛んでいるのを確認した。

 樹木の影に隠れているが、上から沙那の居場所を見ている。

 沙那は、もう隠れるのをやめた。

 上空から探られては、隠れても仕方がない。

 これ以上の勢力が集まる前に強行突破すべきだ。

 

「どけええっ――」

 

 立ちあがって、前方の妖魔に向かって駆ける。

 

 正面から矢――。

 細剣で払う。

 

 駆ける。

 もう、弓を持っている妖魔が眼の前だ。

 剣を一閃。手応えがある。

 確認もせずに、横を通り過ぎる。

 

 突破した――。

 次の瞬間、なにかが起こった。

 景色が消滅する――。

 

「罠に嵌ったぞ――」

 

 妖魔の歓声――。

 この胃が捻じれるような感触――。

 沙那には経験がある。

 道術陣――。

 

「くっ、しまった」

 

 沙那は声をあげた。

 『移動術』で飛ばされるときの感触だ。

 どうやら、包囲網の後方に、さらに、結界による罠が準備されていたようだ。

 

 『移動術』でどこかに飛ばされる。

 捕まった――。

 

「ご主人様―――、助けて――」

 

 沙那は叫んでいた。

 だが、その声が残ることはなかった。



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66  人外地の妖魔城

「ご、ご主人様……こ、これ……」

 

 孫空女が、宝玄仙から長い張形を挿し込まれながら、苦痛だか、官能だかよくわからない表情をしている。

 

「いちいち、反応するんじゃないよ、孫空女」

 

「だって、ご、ご主人様……」

 

 朱姫は、その様子をぼんやりと眺めていた。

 宝玄仙とはいえ、初めて自分の身体に男根を受け入れた。

 想像していたような痛みも恐ろしさもなにもなかった。

 もちろん、宝玄仙の道術のおかげでもあろうが、与えられたのは圧倒的な快楽だけだ。

 女としての最大の悦び――。

 宝玄仙との性交で受けたのは、そういうものだった。

 

 そしていま、宝玄仙は、孫空女にも、朱姫を犯させようとしている。

 そのための男根を模した張形を孫空女に差し込んでいるのだ。

 張形は黒くて長いもので、中心を挟んで前後に逞しい男根を模した形をしている。

 つまりは、双頭の張形だ。

 孫空女は、それを宝玄仙によって挿入されつつある。

 朱姫はぼんやりとその光景を眺めていた。

 

「ねっ、ねえってばあ、ご主人様……。あっ、あんっ」

 

 

 しかも、孫空女は、両手を背中で『禁箍具(きんこぐ)』により拘束されている。禁箍具とは、いつも孫空女が首と四肢の手首足首に装着させられている赤い環であり、宝玄仙は道術でいつでも、その禁箍具を自由な組み合わせで接合できるだ。

 孫空女は、その後ろ手の格好で肢を拡げて立たされている。両足は手首とは逆に、一定の距離よりも接近させることができなくなっている気配である。さっきから、孫空女は反発する両足首に動揺してもがいている。

 まあ、いずれにせよ、すっかりと宝玄仙に服従を誓っている孫空女は、どんな破廉恥な行為であれ、宝玄仙には、最終的には逆らわないのだが……。

 

 しかも、どうやら、宝玄仙が孫空女に挿入しようとしているのは、ただの張形ではなく、霊具のようだ。

 微かな振動をしているその霊具の淫具が、孫空女の無毛の陰部に近づくと、孫空女は、がくがくと膝を震わせはじめ、淫孔から急にだらだらと涎を流し始めた。

 すると、ほとんど前戯もないのに、孫空女はするすると、その張形を受け入れていく。

 

「ああ……だ、だめえ……」

 

 孫空女が、女性っぽい悩ましい声を出しながら仰け反った。

 それとともに、受け入れた張形の反対側の先から、まるで男性のそれのように、白い分泌液が飛び出した。

 朱姫はちょっとびっくりした。

 

「ただ、淫具をいれるだけでいっちまったのかい、孫空女? もう少し、自分の性感を管理できないのかね」

 

 宝玄仙が、孫空女の双臀の横を平手でぴしゃりと叩いた。

 

「ひ、ひどいよう――。ご、ご主人様が、変な風に入れるからじゃないか」

 

「変な風というのは、こうかい?」

 

 宝玄仙は、孫空女の股間から生えているものを掴むと、無造作に揺すった。

 

「あひいいいっ」

 

 孫空女は、また、膝をがくりと折って内股になった。やはり、足首は閉じられないみたいだ。

 

「お前は、本当に淫乱だねえ。大したことはしてないだろう、孫空女」

 

 宝玄仙が、孫空女の股間に突き刺さっている張形の上に重なっている肉芽を上から張形に向かって、ぐりぐりと押す。

 

「ひぎいいいい」

 

 また、孫空女の張形から白い白濁液がぴゅっと飛び出した。

 

「やれやれ、無駄射ちをしたね、孫空女。後でお仕置きだよ」

 

「そ、そんなあ、ご主人様」

 

 もう、荒い息をしている孫空女が言った。

 

「とにかく、今日のお前の役目は男だよ。朱姫を犯しな。うまくやれれば、お仕置きは考え直してやるよ」

 

「お、お仕置きを勘弁してくれるの、ご主人様?」

 

 もう、上気している孫空女の顔が、後手拘束のまま、宝玄仙に向けられる。

 

「少し優しくしてやるだけだよ。足首は自由にしてやる。さっさと、行きな――。まずは、朱姫の身体をほぐすんだよ。存分に舌を使いな」

 

 また、宝玄仙が孫空女のお尻を思い切り叩いた。

 孫空女は苦痛に顔を歪めたが、朱姫は、その表情の影に隠れた愉悦が混ざっているのを見逃さなかった。

 

「じゃあ、朱姫」

 

 孫空女が、横になっている朱姫の足側に屈んだ。

 

「い、いいです、孫姉さん……。来てください……」

 

 朱姫は、身体を倒して立膝の肢を開き、孫空女を迎え入れる態勢を取った。

 

「い、いくね……、朱姫」

 

 孫空女の頭が朱姫の股間に被さる。孫空女の舌が朱姫の股間を這う。

 ゆっくりと孫空女の舌があがってくる。

 舐めあげられる。

 肉芽に当たるか当たらないかのところを孫空女の舌が這い回る。

 ゆっくりと、しつこく、丹念に……。

 まるで、朱姫のすべてを舐め尽くすかのように……。

 

「ああっ――。き、気持ちいいです――、そ、孫姉さん――」

 

 朱姫は声をあげた。

 舌で淫唇の周りは舐められる。

 自分の股間が蜜で溢れかえるのがわかる。

 ぴちゃぴちゃと音がする。

 孫空女の唾液だけじゃないだろう。

 それだけ、朱姫の股間も濡れているのだ。

 ちょんと、舌が肉芽に当たった。

 

「きゃんっ」

 

 朱姫は身体を仰け反らせた。

 だが、それを狙うかのように舌はずっと下がって、朱姫の肛門の周りを舐めた。

 

「ひぐうううっ」

 

 宝玄仙によって最大の性感帯にされた肛門への刺激に、朱姫は激しく身体を震わせた。

 だが、孫空女の舌は肛門への攻撃をやめない。

 上に、下に、そして、左右に――。

 さらに、舌が肛門の内側に入り込む。

 

「ああっ――ああっ――ああぁぁ―――」

 

 身体の痙攣がとまらなくなる。

 もう、いきそうだ。

 いく――。

 

 だが、孫空女の舌は、ぎりぎりのところで離れていった。

 朱姫の心には、逃してしまった絶頂に対する渇望感が拡大する。

 しかし、孫空女の舌は朱姫の陰核をまともに舐めあげる。

 再び、沸き起こる絶頂への余震。

 孫空女が朱姫の肉芽に口づけをする。

 吸われる――。

 

 今度こそ――。

 朱姫は、激しく痙攣して、やってくる絶頂に心と身体を委ねる。

 しかし、また、孫空女の舌と口は離れていく。

 ぼんやりと眼を開けた朱姫に、孫空女の顔が迫った。

 

「い、いくね、朱姫」

 

「は、はい、孫姉さん……」

 

 朱姫は、孫空女が挿入しやすいように、体勢を作る。

 孫空女は、自分が朱姫を犯しているのに、まるで犯されているような表情をしている。上気した赤い顔で、小さく身悶えしつつ、半分が埋まっている股間の張形を朱姫の亀裂に当てた。

 ぐいと孫空女の腰に力が入った。

 

「あっ」

「んんっ」

 

 ふたりで同時に声をあげた。

 朱姫の肉襞に孫空女の股間に生えた張形が沈んでいくのがわかる。

 孫空女の顔がさらに歪む。

 突き挿さる。

 膣の内側が圧迫される。

 気持ちいい……。

 たったいま、破瓜を迎えたばかりとは自分でも思えない。

 宝玄仙は、まだ道術を使って、痛みを飛ばしているのかもしれない。

 孫空女から受けるものは快楽しか感じない。

 膣の最奥の部分がずんと突かれた。

 激しい激情が朱姫を襲う。

 

「うわああっ」

 

 突きあげられた快感に朱姫は声をあげる。

 

「ひゃああんん」

 

 孫空女も声をあげている。

 いつもと違うその可愛らしい声に、思わず朱姫はどきりとしてしまう。

 それで、ちょっと悪戯心が浮かんで、繋がっている自分の腰を左右に振ってみた。

 それにより、朱姫の中に快楽が拡がる。

 

「あっ、そ、それだめぇ」

 

 だが、孫空女の反応はそれ以上だ。

 背中を仰け反らせたかと思うと、大きな嬌声をあげた。

 

「ふふふ、孫姉さん……。朱姫を犯してくれるんでしょう? 休んじゃ駄目じゃないですか……」

 

 朱姫がそうささやくと、孫空女は少しだけ嫌な表情をした。

 だが、また朱姫が下から張形を突きあげて、前後左右に激しく振ると、たちまちに情感の籠った表情に変わる。

 

「ああっ、いいっ」

 

「ほらっ、孫姉さん。朱姫をもっと犯してください。大丈夫ですから。もっと激しく――」

 

 孫空女も沙那も、とても強くて怖いが、優しいし、なによりも、ものすごく感じやすい。朱姫からすれば、反応のよすぎる玩具みたいだ。

 とても、愉しい。

 

「ああ……、わ、わかってる……」

 

 孫空女は腰を前後に動かして、朱姫を突きあげ始めた。

 朱姫は与えられる快楽に懸命に抵抗しながら、逆に孫空女を押し返す。

 腰を振る。

 密着した肉芽を肉芽で揺さぶる。

 

「ひんんん――」

 

 孫空女が大声をあげて、朱姫の身体の上で限界まで身体を仰け反らせた。

 朱姫は、自分の股間の奥に孫空女から噴出したものが子宮の入り口に当たるのを感じた。

 

「お前が、逆にいかされて、どうするんだい、孫空女」

 

 宝玄仙の呆れたような声がした。

 朱姫はぐったりとしている後手の孫空女を両手でかかえると、接合したままくるりと反転した。

 上下が逆になり、今度は朱姫が上だ。

 

「な、なに、朱姫……?」

 

 孫空女は、まだ絶頂の余韻に浸っている。

 朱姫は、それを上から張形で突きおろす。

 

「はぐうっ――いぎっ――いいいっ――いぐうっ――」

 

 孫空女は、すぐに朱姫の攻撃に翻弄された。

 しばらくしつこく続けていると、再び始まった孫空女の痙攣――。

 それを逃さないように、さらに張形の動きを速めていく。

 さらに、舌で孫空女の豊かな乳房を舐め回る。

 張形は回すように前後する。

 舌は、孫空女の乳房の突起を這う。

 口をつけて吸う……。

 腰を小刻みに振動させる……。

 

「だ、駄目えええっ」

 

 孫空女がまた絶頂に身体を揺らせた。

 

「まだですよ、孫姉さん。朱姫は、一度もいかせてもらっていませんよ」

 

 間髪入れずに、激しく朱姫は腰を動かす。

 

「も、もう、勘忍――。朱姫、もう――や、休ませて……。そ、そんなに立て続けに……」

 

「立て続けにいっているのは、孫姉さんだけですよ。朱姫はまだです。朱姫を犯すんでしょう。それとも、朱姫が孫姉さんを犯してあげましょうか?」

 

「だ、だから――。な、なんで、お前……そ、そんなに……じょ、上手で……、あああっ」

 

 もう、孫空女は息も絶え絶えだ。

 三度目の絶頂もすぐに迎えたようだ。

 それとともに、朱姫も声をあげて果てた。

 

 朱姫は、ぐったりとしている孫空女から身体を離れた。

 孫空女の淫孔の中から張形が引き出される。

 黒い張形が出されるとき、孫空女の愛液と混じった朱姫の淫液も孫空女の股間から垂れ落ちた。

 朱姫は、自分の中からも張形を外して、横に置いた。

 激しく息をしている孫空女の股間に屈んだ。

 蜜と汗で汚れた孫空女の股間を舌できれいにしていく。

 孫空女が身じろぎする。

 

「呆けていないで、お前も朱姫の股間をきれいにしてやりな、孫空女」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙の大きな声に、やっと孫空女も身体を起こす。

 そして、朱姫の前に屈んで股間に舌を這わせる。

 くすぐったさと気持ちよさに、朱姫も少し身体を震わせた。

 

「お前が完全にいかされてどうするんだよ、孫空女。これじゃあ、お仕置きは優しくするどころか、上乗せだね」

 

 宝玄仙は笑っている。

 

「もう、どうにでもして、ご主人様」

 

 孫空女が恨めしそうな表情をした。

 

「んっ、なにっ?」

 

 笑っていた宝玄仙が、急に真面目な口調で声をあげた。

 

「どうしたのですか、ご主人様?」

 

 朱姫は顔を宝玄仙に向けた。

 だが、宝玄仙の表情は、いままでのようなものとは違う真剣ものだ。

 

「沙那?」

 

 宝玄仙は首を傾げている。

 

「沙那が、どうかしたのさ――?」

 

 孫空女も起きあがった。

 そして、宝玄仙の表情でなにかを察したのか、脱いでいた服と具足を身に着けはじめた。

 朱姫も慌てて、服を着る。

 

「沙那の気配が突然消えたんだ」

 

 宝玄仙も身支度をしながら言った。

 

「消えた?」

 

 孫空女が言った。

 あっという間に支度が終わっている。

 とりあえず、衣服だけつけた朱姫は、慌てて、宝玄仙が服を着るのを手伝う。

 

「ここから離れていっているのはわかっていたんだ、孫空女。おそらく、獲物が見つからないのだろうと思っていた。だけど、突然に消滅した。こんなことは普通じゃあ、ありえないんだ」

 

「消滅とはどういうことさ、ご主人様?」

 

「もしかしたら、『移動術』かもしれないね、孫空女。なんらかの罠に嵌ったのかも。そうでなければ、『移動術』を沙那が使うなど考えられないからね」

 

「さ、探さなきゃ――。でも、誰が? また、天教の教団ですか、ご主人様?」

 

 朱姫も口を挟んだ。

 

「確か、そう言われてみると、この辺りには、妖魔の巣があったからねえ……。でも、確か、椀子魔(わんしま)っていう小者妖魔だったかねえ。忘れてたけど……」

 

 よくわからないが、宝玄仙はこの辺りの土地に覚えがあるみたいだ。

 それにしても妖魔の巣?

 そんなところで、呑気に遊んでいたことになるのか?

 とにかく、宝玄仙の言葉に、朱姫は、すぐに反応した。

 

「探します。(かなで)――」

 

 朱姫は『使徒の術』を使って、自分の使徒のひとつである奏という名の鳥妖を出した。

 奏は、全身が黒い羽根で覆われた雌の鳥妖だ。

 

「奏、この周囲を探れ――。空から見て、妖魔の集まっている場所とか、建物とか探すんだ。もしも、沙那姉さんらしき者を見つけたらすぐに戻ってこい」

 

「わかった」

 

 奏はあっという間に空に消えた。

 朱姫は、すぐに、もう一匹、鳴戸(なると)という使徒を出す。

 鳴戸は人間の大きさ程の栗鼠の化け物で、『移動術』が使えるだけでなく、魔術や法術へ鼻が利く。

 

「鳴戸、沙那姉さんが消えた。お前は、道術や魔術の匂いがわかる。この近くで、術の匂いがする場所を探して来い」

 

「ここがするね。道術の匂いでいっぱいだね」

 

 鳴戸が言った。

 

「ここはわかっている。ここ以外の場所を探すんだ、鳴戸――。ご主人様、沙那姉さんが消えただいたいの場所はわかりますか?」

 

「ああ」

 

 宝玄仙は頷いた。

 そして、道術力を使って、鳴戸と朱姫にその場所に関する情報を伝送してきた。

 

「その場所を探して、なにがあったか調べて報告すればいいね?」

 

「そうだ、行って来い。もしも、なにかを見つけたら、すぐに移動術で戻れ」

 

「わかったね」

 

 鳴戸もあっという間に走っていく。

 ただ、走っていく前に、鳴戸には、この場所で自分の結界を刻ませた。

 結界を刻んでおけば、次には『移動術』でここに戻れるからだ。

 

「さて、もしも、沙那が浚われたということになれば、わたしたちは探しに行く。その場合、朱姫はここに待機しているんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「でも……」

 

 朱姫だって、沙那が心配だ。なにかあったのなら朱姫も助けにいきたい。

 

「気持ちはわかるけど、荷の番をする者も必要だ、朱姫。それと、この結界はこのままにしておく。道術を使って、結界を維持できるのは、お前だけだ」

 

「わかりました、ご主人様。じゃあ、使徒たちを預けます。なにか伝言があれば、それを使って知らせてください」

 

「知らせるんなら、『遠耳・遠口』という魔具もあるよ」

 

 宝玄仙がにやりと笑う。

 

「あれは、もう、ごめんです」

 

 朱姫は身震いした。

 『遠耳・遠口』は、遠くにいる者同士が言葉を伝達し合うことができる便利なものだが、猛烈な副作用があり、使い終わった後しばらくしてから、一刻(約一時間)程、いき狂いの状態になるのだ。

 この女法師に捕えられた日、騙されて『遠口』を口にさせられ、同じように『遠口』を口にしていた沙那とふたりでいき狂いの苦しみを味わった。

 これまでに宝玄仙から受けたどんな仕打ちよりも、あれが一番苦しかった気がする。

 すると、奏が戻ってきた。

 

「もう、戻ってきたの、奏? なにかあったの?」

 

 朱姫は言った。

 

「妖魔の集まるところを探せと言ったよ。もう、見つけた」

 

「もう? どこに?」

 

「大きな館があった。たくさんの妖魔が集まっていた。鳥妖もいた。西に五里(約五キロ)の山中だよ、主殿」

 

 奏が言った。

 

「たった五里(約五キロ)?」

 

 孫空女が声をあげる。

 

「あらあら、じゃあ、わたしらは、妖魔の巣のすぐそばに彷徨い込んでしまっていたというわけかい。とにかく、その場所を、わたしの頭に転送しな、奏」

 

 宝玄仙が言った。

 奏は、指示の通りにしたようだ。

 そこに鳴戸が出現した。『移動術』で戻ってきたのだ。

 出発前に、ここに結界を刻んだので、向こうから結界を刻んで、そこを通って、戻ってきたのだ。

 

「行ってきたね。これが落ちていたね」

 

 鳴戸が、小弓を朱姫に差し出した。

 すぐに、宝玄仙に渡す。

 

「間違いない。この弓は、沙那が狩りに遣うやつだ」

 

 喋ったのは孫空女だ。

 真剣な表情だ。

 

「そこには、なにがあった、鳴戸?」

 

 宝玄仙だ。

 

「地面に矢が刺さっていたね。何本もね。それから、あちこちに、たくさんの結界罠があったね」

 

「結界罠?」

 

 孫空女が言った。

 

「動物の狩りで遣ったりするものです、孫姉さん。基本的には、『移動術』と同じですけど、あらかじめ、『移動術』の入口となる結界を刻んでおいて、そこに、特定の獲物が入ったら、自動的に檻なんかに転送するように仕掛けるものです。あたしも使えます」

 

 朱姫は言った。

 

「じゃあ、沙那はそれに捕えられたということ?」

 

「そういうことだね、孫空女。沙那は、獲物にされたのかもしれない――」

 

 宝玄仙は言った。

 もう、出発しようとしている。

 

「獲物にされたって、どういうこと、ご主人様?」

 

「鈍いねえ、孫空女。妖魔の餌にされようとしているんだ。沙那が狩りをしにいったのと同じように、連中も狩りをしていたのさ。そこに、たまたま、沙那が入ってしまったのだろう。妖魔は人間を食う。この朱姫だって、この宝玄仙を食べるつもりだったって言っていたじゃないか」

 

「もう、言わないでください、ご主人様。それよりも、沙那姉さんが……」

 

 朱姫は言った。

 

「冗談じゃない。沙那を食われてたまるものか。早く、助けなきゃ」

 

 孫空女は、厳しい表情をした。

 

「待って、ご主人様――。お前たち、戻れ」

 

 朱姫は、(かなで)鳴戸(なると)を板切れに戻した。

 板切れに意味はない。

 たまたま、衣服の内隠しに入りやすいから使っているだけだ。

 他のものにも転送できる。

 三枚の板切れを宝玄仙に差し出した。

 

「これを持っていってください。猪公(ちょこう)鳴戸(なると)(かなで)です。ご主人様なら、使えるでしょう? 大した役には立たないかもしれませんが……」

 

「預かっておくよ、朱姫」

 

 宝玄仙は、使徒の憑依した板を黒い法衣の内隠しに入れた。

 

「じゃあ、行こうか、孫空女」

 

「うん」

 

 ふたりとも、あっという間にいなくなった。

 朱姫は、待つ以外にやることがなくなった。

 

 

 *

 

 

「二日? ずっとか?」

 

 波月城(はづきじょう)と呼んでいる妖魔城に帰ってすぐに、家妖の椀子魔(わんしま)から黄袍魔は報告を受けた。

 椀子魔は、もとはこの山の山妖で、いまは、この波月城に集まっている家来の妖魔を束ねさせている。

 

 報告の内容は、百花姫(ひゃっかひめ)白骨(はっこつ)夫人のことだ。

 どうやら、白骨夫人は、以前の約束により、黄袍魔の不在中に、ここを訪ねてきたらしい。

 王都の妖魔市に出す雌妖を地下牢から貰い受けに来たようだ。

 だが、目ぼしいものがなく、なにも貰い受けずに立ち去った。

 そのときに、百花姫に淫靡な置き土産をしていったとのことだ。

 なんと、二日前に、百花の部屋を媚薬の香でいっぱいにしたというのだ。

 

「すっかりと熟れきっている様子ですよ、黄袍魔様。もう頭の線も切れてるでしょう。あそこを犯されることしか、もう考えられん様子で……」

 

 黄袍魔は、報告をした家妖の顔を張り飛ばした。

 鼻血を出した椀子魔が床に転がる。

 

「も、もちろん、見てはいません。お言いつけに、逆らってはいませんよ、黄袍魔様。いまのは、世話係の雌妖の話でして――」

 

 椀子魔は床に倒れたまま、打たれた鼻を押さえて、慌てたように言った。

 

「ならいい。白骨には、商人としての義務があるというから、鏡で観察することを許したが、俺は百花を見世物にするつもりはない。俺の留守のあいだに、雌妖の部屋に赴き、百花の部屋を眺めた妖魔がいないか、お前が調べて報告しろ。もし、いれば俺が処分する」

 

「はい」

 

 立ちあがった椀子魔が、恐怖の色を顔に浮かべながら頭を下げる。

 

「百花の部屋に行く」

 

「お待ちください。もうひとつ、報告が……」

 

「なんだ?」

 

 黄袍魔は、『移動術』を念じるのを中断して、椀子魔を見た。

 

「獲物を狩りにいっていた隊から、面白い報告がありました」

 

「面白い?」

 

「獲物を捕らえたと」

 

 椀子魔が意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「それのどこが面白い。まあ、この周域は、あまりにも妖魔の魔力が強くなりすぎて、食料となる獣や鳥もめっきり減った。獲物を捕らえること自体は、珍しいことではあるが」

 

「違うのです、黄袍魔様。獲物は獲物でも、人間の雌です」

 

「人間がこの黄袍魔の支配域に入ったのか?」

 

 黄袍魔は驚いた。

 この宝象国の人間は、ここが妖魔の棲み処であることを知り抜いていて、この山一帯を「人外地」として、立ち入ることも禁止し、立ち入った場合は、妖魔の狩り取り勝手とし、保護の対象外という触れまで出しているのだ。

 だから、人間はこの椀子山には入ってこない。

 間違って入ってくれば、妖魔に食われるということがわかっているからだ。

 

「旅の途中だったようです。そこそこの遣い手のようですが、『結界罠』に嵌り、檻に入れています」

 

「ひとりか?」

 

「捕えたのは……」

 

「ほかにも連れがいそうか?」

 

「いるかもしれません。その雌は、結界罠に捕えられたときに、“ご主人様”と口走ったということです」

 

「ご主人様か……」

 

 黄袍魔は思案した。

 そして、思い当たることがあった。

 留守にしている間に、それについて、思い当たる噂に接していた。

 もしも、嫌な予感が当たれば、面倒なことになるかもしれない……。

 

「遣い手だったと言っていたな」

 

「はい。偶然にも『結界罠』を踏まなければ、捕えることはできなかったと、その隊長も言っておりました。妖魔が二匹やられています。怪我だけですが」

 

「うむ……。その人間の雌はどこにいる?」

 

「地下牢です。確認されますか?」

 

「会おう」

 

「では、ご同行します」

 

 黄袍魔は、地下牢に『移動術』で飛ぶ。

 

 

 *

 

 

 次の瞬間、黄袍魔は、地下の廊下にいた。

 廊下の両側に小さな檻が百ほど並んでいる。

 大抵は、妖魔に対する懲罰に使っており、それぞれの檻の広さは、人がひとり入れるだけの小さなものだ。

 奥行きもないので、中に入れられた者は、横になることはできない。

 休むときには、石の壁にもたれるだけだ。

 廊下側には鉄の格子が嵌っている。

 そもそも、扉などないので、魔術でなければ、檻の外に出る手段がないが、檻には壁にも鉄格子にも、『魔術返し』がかかっている。

 檻の中の者は、魔術も法術も封じられるので、檻の外に出るには、外の者に魔術で移動をさせてもらうしか出る方法がない。

 

「どこだ、椀子魔?」

 

「奥の端です。ほかの懲罰中の妖魔とは離してあります」

 

 黄袍魔は、椀子魔の案内で地下牢の奥に向かって進んだ。

 両側の檻には、ところどころに懲罰用の妖魔が入れられている。

 黄袍魔が通ると、命乞いの声が鳴り響くが、黄袍魔は無視する。

 懲罰といっても、ここに入れられた妖魔が生きてここを出ることはほとんどない。 

 ここにいる妖魔は、食料になる順番を待っているだけで、死ぬことは決まっている。

 

「こいつです」

 

 椀子魔が言った。

 檻の中には、白い上下の格闘着に革の具足をつけた肩まで伸びた茶色い髪をした女戦士が壁にもたれて座っていた。

 そばには、女剣士の持ち物らしい細剣が床に置いてある。

 

 黄袍魔は、女剣士のいる檻の前に立った。

 眠っていたと思った女剣士が不意に動いた。

 次の瞬間、女剣士の細剣は鞘から抜かれて、鉄格子のこちら側の黄袍魔に向かって差し出されていた。

 ただ、檻の持つ魔力により、鉄格子のある空間で阻まれている。

 

「無駄だ、人間の雌よ。この檻には、魔力がかかっている。この檻からは、なにも外に出ることはできない。逆に外から中に物は入れられる。不用意な行動はせんことだ」

 

「……あんた、誰よ?」

 

 女が細剣を鞘に戻して、また壁にもたれかかった。

 

「ほう、妖魔を見ても、怖がらんな」

 

「今更」

 

「妖魔を見慣れているか?」

 

「少しはね。ところで、あなたは誰?」

 

「この妖魔の城の主だ。黄袍魔という」

 

「横の妖魔は?」

 

「椀子魔という名の俺の家妖だ。この城のことを取り仕切っている」

 

「それで、その妖魔城の主人がここになんの用? 助けてくれるのかしら?」

 

「餌が捕えられたと報告を受けたのでな。検分に来たのだ」

 

「餌?」

 

 餌と聞いても、やはり、この人間の女は、動揺する様子は見せない。

 それなりに度胸は座っているようだ。

 ただ、冷静に情報を探って、自分のいまの立場を見極めようとしている。

 

「当然だろう。ここは妖魔の城だ。しかも、ここは、宝象国の認める人外地で、この山に入った人間は、問答無用で食ってもいいという取り決めもなされている」

 

「知らなかったのよ」

 

「知らなかったとしても、お前が餌になることには、変わりはない」

 

「大人しく、餌になると思う? ここを開けてみる?」

 

「そこは、開かん。開ける方法などない」

 

「えっ?」

 

「なぜ、武器も具足も取り上げないか不思議に思わんのか? その必要がないからだ」

 

「必要がない……?」

 

「そこは、魔術以外で外には出られん。そして、お前が外に出るときは、そのまま、調理釜に転送される。そこで、焼けあがってから、初めて外に出す。食べ物としてな」

 

 女の顔に初めて焦りの色が映った。

 

「……ところで、お前は、不思議な存在だな。強い霊気があるのに、魔術は遣えんのか?」

 

 黄袍魔は言った。

 

「大きなお世話よ」

 

「お前は、沙那だな?」

 

 黄袍魔の言葉に、沙那が目を丸くした。

 

「なんで、わたしのことを知っているの、黄袍魔?」

 

「なるほど……わかった」

 

 黄袍魔は踵を返した。

 

「待ちなさい、黄袍魔――。なんで、わたしの名を知っているのよ。答えなさい。まって、待てってばあ――」

 

 沙那の叫び声を背に聞きながらしばらく歩き、やがて、黄袍魔は、椀子魔に顔を向けた。

 

「俺の指示があるまで、あの雌に手を出すな。よいな」

 

「承知しましたが、理由を教えていただけますか?」

 

「あの人間の女は、宝玄仙という天教の教団の法師の供だ。あれに手を出すと面倒なことになる」

 

「宝玄仙?」

 

「宝玄仙は、教団の八仙を三人を殺すほどの術遣いだそうだ」

 

「では? 解放を?」

 

「それも待て。考えていることがある」

 

「はい」

 

 黄袍魔は、再び『移動術』を使った。

 最上階の私室だ。

 むっとするような濃い香が部屋に充満している。

 そこ中に、気を失っている百花がいた。

 ただ、呻き声をあげ続けている。

 黄袍魔は、百花の下袍をまくりあげた。

 そこには、黄袍魔の霊具の張形により塞がれた膣とその上の肉芽に貼られた『振動片』がある。

 股間はまるで尿を洩らしたように、淫液で溢れかえっている。

 

 この媚薬の混じった部屋で、『刺激片』を陰核に貼りつけられて、二日間も放置するとは……。

 あの女は、百花を毀すつもりか……?

 黄袍魔は、怒りを覚えた。

 

 百花は完全に気を失っているらしく、身動きひとつしない。

 黄袍魔は舌打ちをして、白骨が置いていった淫霧を魔力で部屋から消し去った。

 

 百花が眼を開けた。

 その眼は虚ろだ。

 黄袍魔は、百花の陰部と肛門を塞いだ張形と、白骨の『振動片』を魔術で消し去った。

 

 百花の顔は、涙と涎で、みっともない顔になっている。

 黄袍魔のことがわからないのか、それとも、もう、眼を開けても、視線にはなにも映らないのか、百花は無反応だ。

 

「……、お、おれ……おひぇがい……で……す。……お……願い……。して、くりゃ……はい……」

 

 やっと、百花は呂律の回らない舌で、それだけを言った。

 黄袍魔は服を脱いだ。そして、体液でまみれた百花の服も脱がす。百花は身体に触れられることで反応を示すが、嫌がるそぶりはない。

 

「……おひぇ……がい……し……ま……しゅ……。お……れが……い……」

 

 憑かれたように、哀願を繰り返す百花を抱えると、黄袍魔は百花の淫孔に、いきなり自分の肉棒を突き入れた。

 

「うごおおおお――」

 

 獣のような声をあげて百花は吠えた。

 そして、身体を弓なりにして、あっという間に絶頂の行動を示す。

 黄袍魔は、魔術により、百花を拘束していた手錠を消滅させた。

 黄袍魔の下にいる百花は、腕を黄袍魔の背に回し、しがみついてくる。

 黄袍魔が、二度、三度と自分の腰を百花の腰に叩きつけると、百花は激しく痙攣して、また果てる。

 だが、百花は、まだ満足しないようだ。

 それでも、また、求めてくる。

 

 その要求に応じるように、黄袍魔は腰を動かし続ける。

 やがて、百花は口から泡を吹いて、動かなくなった。

 再び気を失ったようだ。

 その表情には、満足したようなものが浮かんでいる。

 

「仕方ないな……」

 

 黄袍魔は、百花の右肩に自分の手を置いた。

 百花の身体に内丹印を刻むためだ。

 結界の中とはいえ、身体の中に直接に魔術を注ぐためには、それが一番いい。

 

 内丹印が刻まれると、黄袍魔は百花が犯されている香の影響を百花の身体から消し去った。

 結界を通して、百花の身体の異常を探る。

 やはり、神経や精神がかなりずたずたに損傷している。

 所謂、“発狂”した状態にかなり近かったようだ。

 白骨は、百花が黄袍魔との結婚に同意させやすくするために、そうしたのかもしれないが、黄袍魔はここまでの仕打ちを望んではいない。

 

「とりあえず、休め」

 

 黄袍魔は、ぐったりと横になった百花の頬に口づけをした。

 

「百花の身体を洗え。それと、部屋の掃除だ。この部屋の品物も百花の服も、すべて、新しいものと入れ替えろ」

 

 黄袍魔は、百花の世話をするために待機している雌妖の部屋に、自分の声を飛ばした。

 百花の部屋に入れるのは、妖魔では百花の世話をするために集められている五匹ほどの雌妖だけだ。

 部屋の鏡から投影されたものを見れるのも、黄袍魔を除けば、その雌妖たちだけだ。

 

 すぐに、品物を持った雌妖たちが部屋に現れた。

 入れ替わるように、黄袍魔は、百花の部屋から『移動術』で飛んだ。



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67  妖魔王の花嫁と浚われた仲間

 若い女の悲鳴が聞こえたのは、宝玄仙と孫空女が、沙那を探すために立ち去ってからしばらくだった。

 朱姫は、その声のする方向に向かった。

 結界を出ることについては、ほんの少し躊躇ったが、ただならぬその声の様子に、切羽詰ったものを感じたのだ。

 朱姫は、声のする方向に飛び出した。

 道の真ん中にひとりの女性が倒れていた。

 

「どうしたのですか?」

 

 朱姫は、近づいていった。

 その女性が顔をあげて、朱姫を見た。ほんの微かに微笑んだ気がした。

 なにかが、頭上から身体に被される。全身がそれに包まれていきなり、身体が丸められる。

 

「うわっ」

 

 咄嗟に『魔網』だと気がついた。

 すぐそばの樹の上に人間がふたりいる。

 

「よくやったよ、お前たち」

 

 その女性が、声をかけると、樹上からひとりの老人と若い男が降りてきた。

 

「な、なんだよ、お前たち――?」

 

 朱姫は叫んだ。

 懸命にもがくが、さすがに『魔網』からは逃れられない。

 しかも、もがけば、もがくほど拘束が強くなる。

 

「ほう、なかなかの上玉だね、これは……。こんな人外地でなにをしていたかわからないけど、とんだ拾いものだったさ」

 

「お、お前、なんだよ。あたしをどうする気だよ?」

 

「あたしは奴隷商人の白骨(はっこつ)という者だよ。だったら、どうする気かわかるはずさ。お前を連れて行って、売り飛ばす。まあ、この国では人間の奴隷は禁止されているけど、お前くらいの上玉なら、幾らでも買い手はつくさ」

 

「じょ、冗談じゃないよ。出して――。出しなさい――」

 

「出すもんかい。ところで、お前は、さっき妖魔城に向かって行った、やたらに霊気の強い巫女の連れだろう? 誰だい、あれ?」

 

「宝玄仙様だよ――。あたしに手を出すと、大変なことになるよ。さあ、出すんだ」

 

 朱姫は暴れるが、ますます『投網』は強くなる。もう、ほとんど動けなくなっていしまった。

 

「宝玄仙?」

 

 白骨が驚きを顔に浮かべた。

 

「白骨様、宝玄仙といえば……」

 

 老人が白骨に声をかけた。

 

「わかっているよ。例の天教の教団に追われて、西に逃げているという八仙だね。しかも、知り合いさ……。確かに、これは面倒だね……。本当に面倒だねえ……」

 

「どうします、逃がしますか?」

 

 老人の言葉に、白骨が朱姫をじっと見つめた。

 

「……ほら、わかったでしょう。さっさと解放して」

 

「お前の名は、娘?」

 

「……朱姫だよ」

 

 朱姫は言った。

 すると、白骨は、にやりと笑った。

 

「だけど、こんな上玉……。幾らになることか……。やっぱり、連れて行くさ。ほんの少し誤魔化せばいいんだ。道術でお前の偽の気配を残してから、『移動術』で飛んでしまえば、いくら宝玄仙でも追っては来れないさ」

 

 朱姫は焦った。

 このままでは、本当に、この奴隷商人に連れて行かれてしまう。

 

 『獣人』を唱える。妖魔に変身した朱姫は、爪で『投網』を引き破った。

 

「うわっ、こりゃあ、娘じゃない。妖魔じゃないか――。いや、この魔力……。もしかして、半妖かい? 珍しい――」

 

 白骨の喜々とした声がした。

 

 跳躍して逃げようとした朱姫の首になにかが飛んできた。

 それとともに全身に衝撃が走る。

 朱姫は、地面に倒れて動けなくなった。

 身体を弛緩させるなにかの霊具のようだ。

 

 く、来るな――。

 

 朱姫は、叫ぼうとした。

 だが、自分の口から出るのは、獣のような唸り声だけだ。

 朱姫は驚いた。

 改めて、身体を見る。

 いつもの『獣人』の姿よりも、ずっと獣に近い姿になっている。

 手足は短くなり、完全な四つ足の獣に変わっている。手足の先にしかない毛が全身を包んでいる。

 

 いったい、どういうことだろう――。

 しかも、いつもだったら、あっという間に人間に戻ってしまう『獣人』の魔術が解けない。

 倒れている朱姫の首の霊具に鎖がつけられた。

 

「これは驚いた。やっぱり半妖だったのだね。そうとわかったら、どうあっても連れて行くよ。黄袍魔(おうほうま)のところで、雌妖が手に入れられなくてどうしようかと思っていたんだ。今度の王都の妖魔市では、どうしても雌妖を出さなくちゃならなかったんだ。そうじゃないと、市に参加する資格を失うところだった。お前だったら問題ない」

 

 朱姫は、これはどういうことだと叫んだ。

 だが、口から出るのは獣の吠え声だけだ。

 

「この首の霊具は、お前を妖魔のままにしておく道具だよ。この首輪をしている限り、お前は人間の言葉を喋れない妖魔さ――。さあ、行こうか」

 

 白骨が首輪の鎖を引っ張った。

 朱姫は抵抗しようとしたが、なぜか身体が反応して、白骨の引っ張る鎖に従ってしまう。

 四つ足で白骨に引っぱられて、勝手に身体が歩いていく。

 朱姫は吠えた。

 しかし、どうしても、人間の言葉が喋れない。

 

「そんなに吼えるんじゃないよ。まあ、王都の妖魔市には、もう少しある。調教の時間もあるだろうから、少しは躾けてやるけどね」

 

 白骨は、くっくと笑いながら、どんどん朱姫を引っ張って山を降りて行く。

 朱姫は、なすすべもなく、ただ従うしかなかった。

 

 

 *

 

 

「気分はどうだ、百花(ひゃっか)?」

 

 黄袍魔が入ってきた。

 百花は、寝台に座ったままの姿勢で、黄袍魔に身体を向ける。

 黄袍魔は、いつものように、いきなり百花を抱こうとはしなかった。

 百花が横になっている寝台に向き合うように、椅子を動すと、そのに腰掛ける。

 

「ど、どうなったのですか、わらわは……?」

 

 白骨の淫靡な香と『振動片』の責めで、完全に正気を失っていたはずだ。

 ところが、いまは、すべての霊具が外されて、頭もすっきりしている。股間の淫具もない。

 身体も綺麗にされて、服も着替えさせられている。

 

「白骨の置き土産のお陰で、お前は酷い状態にあった。だから、魔術で元に戻すしかなかったから、仕方なく、お前の身体に内丹印を刻んだ。悪く思うな」

 

「内丹印……?」

 

「肩に小さな模様があるはずだ。そこから、俺の『治療術』を送り込んだ。お前は、それくらいひどい状態だった。ほとんど、狂いかけていて、神経もずたずたになっていた。あの白骨も惨いことをする」

 

 百花は、服の襟もとをはぐって身体を覗いた。右肩になにかの刺青のような紋様が刻まれている。

 いずれにしても、黄袍魔は、白骨の施した百花への責めの影響をすべて取り去ってくれたようだ。

 しかし、なぜだろう………

 この黄袍魔は、百花を言いなりにしたかったはずだ。

 白骨に与えられた責め苦の最中であれば、迷うことなく、百花は妖魔の嫁どころか、妖魔たちの餌になることさえ、歓んで同意したであろう。

 

「ど、どこに行っていたのですか? この五日間……」

 

 なんとなく訊ねていた。

 この妖魔城に置き去りにされたために、惨い目にあった……。

 そんな恨みのような気持ちが沸いたのだ。

 

「西だ。外国に向かっていた。結局、思ったよりも、早く用事が済んだ。それよりも、返事を聞こう」

 

 心臓が高鳴った。

 返事というのは、この妖魔の嫁になることを承知しろということに違いない。

 拒否すれば、この妖魔城にいる大勢の妖魔たちの慰み者になる。

 百花からすれば、選択の余地のない話だ。

 

「か、勝手にすればよいではありませんか。わ、わらわの意思など、お前には関係ないでしょう。どうせ、お前は、わらわを自由にできるのですから……」

 

 百花は言った。

 なぜか、声が震えてしまう。

 激しく自分が動揺しているのが百花にはわかった。

 

「俺との婚姻に同意しろ。そうすれば、『婚姻の誓い』と呼ばれる契約術を結ぶことになる。これには、お互いの意思が必要だ。しかし、一度『婚姻の誓い』を結べば、お互いの心が縛られる。術によって、心が離れなくなる。一種の支配術だと思え」

 

「支配術ですって――」

 

 百花は声をあげていた。

 

「お前の心は術によって支配され、お前が俺を忌み嫌う感情は消え去り、俺を夫としてしか見ることができなくなる。王家でも使う術であろう。『婚姻の誓い』のことを知らないのか?」

 

 知ってはいるが、心まで変える術だというのは初めて知った。

 黄袍魔の口調は、いつものように冷淡だ。

 だが、冗談ではない。

 この百花の感情が消えるということなのか。自分が自分でなくなる――。

 そのことに百花は恐怖した。

 

「じゅ、術で、わらわの心を支配するというのですか?」

 

 百花は、黄袍魔を睨んだ。

 

「だが、支配されるのは、お前だけではない。俺も同じだ」

 

「えっ?」

 

 それで気がついた。

 黄袍魔の言うことが正しいとすれば、契約術による支配は、百花を黄袍魔が縛るということだけではなく、黄袍魔を百花が縛るということでもあるらしい。

 ある意味で、対等の関係で契約を結ぶということになるようだ。

 だが、それは黄袍魔にとって、あまり利点のある申し出ではないような気がした。

 

「お前だけではない。俺の心もまた、術に支配されることになる。『婚姻の誓い』を結んでしまえば、それを解消するのは、どちらかが死ぬしかない」

 

「ほう、じゃあ、お前は、この百花を殺せるから、飽きたら処分するのでしょうね」

 

 百花は、口調に皮肉を込めて言った。

 

「心が縛られている以上、殺すことはできんだろう」

 

「なぜ、そんなことをする必要があるのです、黄袍魔。そんなことをしなくても、お前は、わらわを支配している。お前は、わらわを好きなように抱き、好きなように扱い、そして、捨てることができる。わざわざ、『婚姻の誓い』とやらで、お前が、契約術を結ぶ必要があるのですか?」

 

「……そうだな。最初は、そうするつもりだった。だが、なぜか、そうしたくなくなった。その理由は、実は自分でもわからん。だが、俺は別段、凌辱する人間の雌を欲しているのではない。生涯を愛し合う妻を欲している相手として、お前を選ぼうとしている。そう思え」

 

 百花は黄袍魔をじっと見た。

 その表情からは、どんな感情も読むことはできなかった。

 この妖魔王が、対等の相手のように百花に結婚の申し出めいたことを口にするのが、まだ、納得できないでいた。

 同時に、なぜか身体に熱いものが沸き起こっていた。

 それは、この黄袍魔が毎夜この部屋を訪れる度に感じていた疼きに似ていた。

 だが、その身体の疼きとはまた違うものだ。

 

「わ、わらわを愛すと――?」

 

 百花は、黄袍魔を睨んだまま言った。

 

「そうだ」

 

 平然と黄袍魔は言った。

 百花の心には、隠しようのない動揺が走る。

 なぜ、こんな妖魔にこのような感情を抱くのかわからない。

 だが、黄袍魔の言葉は、それがたとえ嘘であっても、女としての悦びを百花に与えるものだった。

 だが、百花は、自分の心とは別の言葉を口にした。

 

「お断りよ。お前は、わらわをすでに支配しています。だが、心まで支配される気はありません。わらわを妖魔の餌にでも、性処理の道具にでも、好きにするがよいでしょう。だが、妖魔の嫁……。いや、お前の嫁になどなりません」

 

 すると黄袍魔の顔が蒼ざめたような気がした。

 その瞬間、百花はたったいま、自分が言ったことを激しく後悔していた。なんということを言ってしまったのだろう。

 そこまで言うつもりはなかったのに――。

 

「……ならば、殺す」

 

 黄袍魔はぽつりと言った。

 

「殺す? ああ、なるほど、結構です。殺してくれるのですね。感謝します」

 

 一度、問い返して、すぐに、黄袍魔が百花を殺すと言ったことがわかった。

 それには不満はない。

 この妖魔城に浚われてから、何度、自殺をしようとしたかわからない。

 だが、右腕に嵌められた腕輪の霊具がそれを防止していただけだ。

 

「お前ではない。これを見よ」

 

 黄袍魔が手を振った。

 その先には、壁にある大きな鏡があった。

 百花が、白骨により恥部をさらけ出さされたあの鏡だ。

 あの羞恥を思い出して、顔が上気した。

 だが、その鏡の映像が急に歪み、どこかの薄暗い部屋が映し出された。

 映っているのは、膝を抱えて床に座っている茶色い髪の女戦士だ。

 とても凛々しくて美しい顔をしていた。

 

「彼女は?」

 

「偶然にも、この人外地に侵入して囚われた女だ。お前が、俺との結婚に同意しなければ、この女を妖魔の餌にする」

 

「な、なにを言っているのです、黄袍魔。わらわには、まったく関係のないことではありませんか」

 

「そうだ。関係がない。だから、お前がどうするのか興味がある。お前が『婚姻の誓い』に同意しなければ、この女は死ぬ。どうだ?」

 

 百花は、呆気にとられてしまった。

 

「そ、それが脅迫? お前と結婚しなければ、まったく関係のないこの女を殺すと? それにわらわが応じると思うのですか?」

 

「応じると思わん。だが、この女が死んだのは、お前のせいだということをいうことを覚えておけばいいだけだ。お前が、拒否し続ける間、三日に一度、ああやって、関係のない人間を妖魔城に連れてきて殺す。お前が、『婚姻の誓い』に同意するまで続ける」

 

「なんということを――。殺すなら、わらわを殺しなさい」

 

 百花は叫んだ。

 

「お前が妖魔の嫁になることが意味があることだということだ。お前が犠牲になることで、救われる命もある。それでも、同意せんか?」

 

「馬鹿馬鹿しい、関係のない女の命と引き換えに結婚しろとなど……」

 

「同意するのか、せんのか?」

 

「同意します」

 

 百花は答えていた。

 それとともに、全身の気力が抜けた。

 ほっとしたというのが正直な気持ちだろうか。

 黄袍魔の表情が初めて崩れた気がした。

 百花の座っている寝台の横の台に、二枚の手紙が置かれた。

 

「これは?」

 

「花嫁への贈り物だ」

 

 黄袍魔がにやりと笑った。

 ちょっと驚いた。

 おそらく、黄袍魔が笑ったこを見たのは、初めてだったからだ。

 そして、手紙を開いてはっとした。

 それは、百花とともに白骨に浚われた胡蝶(こみょう)芙蓉(ふよう)のふたりの侍女からの手紙だった。

 

「こ、これは、なんなのですか、黄袍魔?」

 

「五日間、留守にしたのはこのためだ。あの白骨が、お前の侍女を奴隷として売り飛ばしたと聞いて、外国まで追いかけていた。なんとか、買い戻すことに成功した」

 

「ふ、ふたりは無事なのですね?」

 

 涙がこぼれた。

 それを知って、なにか力が抜けた。

 

「どうして、これを最初に言わなかったのです、黄袍魔?」

 

 人質にするのであれば、鏡に映ったあの見知らぬ女よりも、侍女のふたりの方が百花には効果があっただろう。

 だが、黄袍魔は、その切り札を使わずに、百花が拒否もできる材料で、百花に交換条件を持ちかけた。

 

「侍女たちを人質にすれば、お前はすぐに同意しただろう。俺は、お前が、どこで妥協して、俺の結婚に応じるかを知りたかったのだ」

 

「わ、わらわは……」

 

 本当は、最初から『婚姻の誓い』に応じるつもりだった。

 だが、なぜか拒否の言葉が口から出ていた。

 しかし、すぐに黄袍魔が、それを取り消すきっかけを与えてくれただけだ。

 おそらく、自分は、本当にあの鏡の女を助けたいと思ったわけではないだろう。

 ただ、自分が屈服する材料を探していただけだったに違いない。

 

「ところで、残念ながら、ふたりは王都に戻すわけにはいかない。だが、青蔡(あおさい)という俺の知人の術遣いの老人のところにいる。妖魔ではない人間だ。術遣いといっても、ひとり暮らしの老人だ。不自由も多い。あの娘たちは役に立ってくれるだろう。そのうちに、会う機会もあると思う」

 

「青蔡様――?」

 

 青蔡といえば、父の代から、王家で何度も仕官を求めている孤高の仙人様だ。

 しかし、宮仕えを疎んじて、世間を離れて山奥に暮らしていると聞く。

 あの青蔡と黄袍魔は、知り合いなのか?

 

「なんだ、知っておるのか。青蔡もそれなりに有名なのだな」

 

 黄袍魔が笑った。

 笑うと、まるで少年のような無邪気な顔になる。

 それは、百花には好ましいものに思えた。

 

「黄袍魔、どうか、わらわと『婚姻の誓い』を結んでください」

 

 百花は言った。

 今度は迷いはなかった。

 

 

 *

 

 

「おい、人間」

 

 沙那は顔をあげた。小妖が二匹、牢の前に立っていた。

 その小妖の顔は、なにか虫のようなものを感じさせた。

 額には、ほんの小さな角が突き出ている。

 

「なにか、用事?」

 

 そうは言ったものの、もしかしたら、食事の時間だろうかと思った。

 もちろん、沙那の食事ではない。

 沙那が、妖魔の食事になる時間だ。

 あの妖魔の王が言った通りであれば、沙那は、この狭い牢から直接に、釜に転送して放り込まれるらしい。

 反撃か脱出の機会はあるのだろうか。

 

「退屈そうじゃねえか」

 

 一匹の小妖が、き、き、きという不快な音を出して笑った。

 

「そうでもないわよ」

 

「いいものをやるぜ。人間には、いつもいつも、本当に酷い目に遭わされているからな。お礼だ――」

 

 どうやら、まだ、釜に送られるというわけでもないようだ。

 だが、なにをするつもりなのだろうか。

 小妖は、人の頭ほどの壺を沙那のいる牢に向かって傾けた。壺からは、なにかどろりとした物体が流れ落ちてきた。

 この牢は、内側から外にはなにも外に出すことはできないが、外側からは、なんでも放り込むことができるようだ。

 沙那は、外から侵入したその粘性のものを見て、思わず立ちあがって身体を壁につけた。

 

「な、なによ、これ?」

 

 泥と水の混じり合った黒色の物体だ。不定形のそのぶよぶよとしたものは、ゆっくりと壁にへばりついている沙那に向かってくる。

 

「腹を空かせた夷屠(いど)だ。これでも生き物だぜ。なんでも食っちまう。限界まで腹を空かさせているから、お前を餌にしようとしてるのさ」

 

 小妖たちが愉しそうに笑った。

 

「わ、わたしをこいつに食わせて、殺す気?」

 

「そんなことはしねえよ。剣があるだろう。殺せばいいじゃねえか。そいつに勝てば、次の魔物をけしかけてやるぜ」

 

 沙那は舌打ちした。

 こんな形の定まらない生物に、剣が効くとは思えないが、取りあえず、手に持っていた剣で鞘ごと、その夷屠という生物に突き刺してみる。

 だが、その突き刺した部分が、あっという間に呑み込まれて、吸収されてしまう。それだけではなく、剣が呑み込まれて、そこをつたって、夷屠がどんどん沙那に向かってくる。沙那は、慌てて剣を離した。

 剣が夷屠に吸い込まれていく。そして、その身体の中で溶かされてしまったようだ。剣を消化している間、夷屠は止まっていた。

 だが、短い消化の時間が終わると、またじわりと迫ってくる。

 

「い、いやあ――来ないでっ――」

 

 沙那は悲鳴をあげてしまった。その声を聞いて、外で小妖たちが大笑いしている。その間にも、本当にゆっくりだが、夷屠は沙那に向かって近づいてくる。あまりにも狭いこの牢では、ほとんど逃げる場所がない。

 

「あ、あ、あ、あんたたち、こ、こんなことしちゃあ、妖魔王に怒られるんじゃないの? この夷屠に、わ、わたしを食べさせていいの?」

 

 沙那は叫んだ。もうそこまで、迫っている。

 

「どんどん、なんでも、放り込みな。その間、夷屠はとまってくれるぜ」

 

 沙那は、すぐに具足を外して、夷屠に投げた。

 すると、確かに、夷屠が停止してそれを飲み込んでいく。

 だが、すぐに完全に溶けて、再び夷屠がのっ反りと動き出す。

 慌てて沙那は、次の品物を投げた。

 夷屠が近づいてこないように、籠手、脛当てというように、ひとつずつ、放り投げる。

 少しは時間が稼げたが、もう投げる具足はなくなった。あとは、上下の格闘服とその下の下着だけだ。

 

「お、教えてよ――。この生き物は、どうやったらいなくなるのよ」

 

 沙那は、小妖に叫んだ。

 

「そいつは、人間の小便が嫌いさ」

 

「小便?」

 

 沙那は声をあげていた。

 

「ああ。小便をかければ、それが嫌いで逃げていく。もっとも、もう入ってしまったからには、結界で、牢の外には出ていけねえから、牢のこちら側で、完全に小便が乾くまでじっとしているだけだと思うけどな。また、動き出したら、小便をかけてやりな」

 

「なっ――。わ、わたしに、ここでおしっこをしろというの?」

 

「嫌なら、その夷屠に喰われちまいな」

 

 沙那は、歯噛みした 。

 だが、またもや夷屠はだんだんとこっちにやってくる。あまり、迷っている時間はない。

 沙那は、ズボンの紐を解いて、下着ごとずり下げると、さっとしゃがみ込んだ。

 

「ほうほう、やる気になったかい」

 

「もう、ちょっと、股を拡げてくれよ」

 

 外からの揶揄に悔しさと羞恥に顔をあげることもできなかった。

 しゃがんだ沙那の股から、尿が迸り、床に流れていった。それとともに、夷屠があっという間に、牢の反対側に去っていく。尿に追いかけられるように、牢から出ようとしているが、魔力によりそれを阻まれている。身体に沙那から流れ出た尿が触れると、まるで石になったように動かなくなった。

 

「ひいっひひひひっ――。まあ、数刻は大丈夫だからな。動き出したら、また、小便をかけてやんな。もっとも、小便が出なくなったら、終わりだけどな」

 

 小妖が手を叩いて笑った。

 

「お前たち、なにをしているの?」

 

 廊下で女の声がした。沙那からは、その姿は見えない。沙那は、慌てて服を直した。

 

「あっ、お前は、黄袍魔様のところにいるはずの雌じゃねえか――」

 

「なんで、こんなところにいやがんだ――?」

 

 小妖たちが険悪な口調で叫んだ。

 その小妖が、なにかに弾かれて、後ろに転がっていった。たったいま、小妖たちが立っていた場所に、黄色い衣装を身につけた若い女が歩いてきた。

 手を前にかざしている。どうやら、その女の道術が、二匹の小妖を吹き飛ばしたようだ。

 

「口の利き方に気をつけなさい。わらわは、黄袍魔様の妻の百花だ」

 

 その女が、小妖に向かって強く言っている。転がって視界から消えたので姿は見えないが、小妖たちの呆気にとられたような声が聞こえてくる。

 百花と名乗ったその若い女はちょうど檻の前に立ったかたちになった。その百花が、沙那に向かって顔を向ける。

 

「沙那さん……というのは、あなたですか?」

 

「そ、そうですけど……。あなたは?」

 

 沙那は、その百花を見た。美しいというだけではなく、なにか高貴な雰囲気を持った女性だ。沙那よりも歳下なのは確かだが、それにも関わらず、圧倒するものを沙那に与えてくる。

 

「この妖魔城の主人である黄袍魔の妻の百花です。主人の黄袍魔には、もう会っていますね?」

 

「ええ……。ところで、あなたは、道術遣い? いえ、妖魔?」

 

 妖魔王の妻と言ったからには、同じ妖魔だとは思うのだが、どう見ても、人間の女性にしか見えない。角もない。もっとも、朱姫のような例もある。外見ではわからないかもしれない。

 百花は首を横に振った。

 

「ただの人間です。道術も遣えませんでした。でも、妖魔王と『婚姻の誓い』を結んだことで、この妖魔城内に限り、簡単な魔術を使えるようになっただけです。よくわかりませんが、そういうことになるんだそうです。実のところ、わらわも驚いているところです」

 

 百花は、にっこりと微笑んだ。屈託のない自然な笑顔だった。

 その百花が、牢に向かって手をかざした。牢と廊下の間の格子が消滅した。

 

「……本当に魔術って、面白いものですね。これは、ちょっと病みつきになりそう」

 

 百花が笑った。

 

「あ、あのう……。助けてくれるのですか?」

 

 沙那は、なにが起ろうとしているのか、よくわからずに、さっきの夷屠を踏まないように気をつけながら、牢の外に出た。

 

「廊下をこのまま、さらに奥に突き抜ければ、外に出る洞窟にぶつかります。そこを行くといいでしょう」

 

「に、逃がしてくれるのですか?」

 

「あなたが、この妖魔城に危害を加えないのであれば……」

 

 百花は言った。

 

「……どうして?」

 

 なぜ、助けるのかと訊ねようとした沙那に、百花は一枚の手紙を差し出した。

 

「その代わりに、この手紙をわらわの父のところに届けてはくれませんか?」

 

「お父様?」

 

「この宝象国の国王です」

 

「ええっ?」

 

 沙那は驚いてしまった。

 

「あなた方は、西に向かうのでしょう? それであれば、宝象国の王都は、あなた方が向かう街道筋にあります。なんとか、この手紙を直接に渡して欲しいのです。この手紙には、わらわが無事であることを書いてあります。せめて、わらわが生きていることを伝えたいのです。それと、わらわが浚われたことについて、わらわの侍女になんの落ち度もなかったことを伝えたいのです」

 

「浚われた? 本当に百花様は、宝象国の姫君様なのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「いまは、妖魔の王の妻です。『婚姻の誓い』というものを結びました。黄袍魔の力の一部が流れ込んでいるのが、わたしたちが夫婦の契約術を交わした証拠です……。さあ、もう行ってください。沙那さんが、妖魔城の門を出るまでは、妖魔王も小妖も手出しはしません。でも、戻ってくれば、容赦なくあなたを討ち取るでしょう。残念ですが、そのときには、わらわもあなたを庇うことはできません」

 

「……百花様、このまま、一緒に逃げましょう」

 

 沙那は言っていた。百花は首を横に振った。

 

「それが不可能なことというのは、あなたもおわかりなのでは、沙那さん? いずれにしても、わらわは、もう、『婚姻の誓い』で黄袍魔と心が結びついてしまいました。それはできません。くれぐれも、孝行のできなかったことを父に百花が詫びていたと伝えてください。お願いします」

 

 沙那は、百花に押し出されるように、妖魔城の地下の廊下を歩いていく。

 百花が言っていた外に通じる洞窟はすぐにわかった。

 特に、沙那を咎めたり、とめようとする妖魔も出現せず、あっという間に、沙那は妖魔城の外門の外に出ていた。

 

 

 *

 

 

「沙那――?」

 

 妖魔城に突入する算段を宝玄仙としていた孫空女は、平然と出てきた沙那に呆気にとられてしまった。

 

「どういうことだい、沙那? 無事なのかい?」

 

 宝玄仙も岩陰から出てきて、沙那の肩をばんばんと叩いた。

 

「沙那、剣と具足は?」

 

「失くしたのよ、孫女。でも、それ以外は、なんともないわ」

 

 沙那が、孫空女と宝玄仙に説明を始める。

 それによれば、沙那は狩りをしていて、妖魔と出くわし、結界罠で飛ばされて、妖魔城の地下牢に転送されたということだ。

 そこで、妖魔王と名乗る黄袍魔と会った。

 さらに、人間であり、宝象国の王女でもあって、その黄袍魔の妻だと名乗る百花に命を助けられたそうだ。

 

「妖魔王の妻の百花が、この先の宝象国の王女だって?」

 

 宝玄仙も驚いている。

 

「手紙を預かりました。宝象国の国王に渡して欲しいと頼まれました」

 

 沙那が手紙を差し出した。

 宝玄仙はその封のしてある手紙をじっと見ていたが、やがて、頷いて、それを沙那に返した。

 

「じゃあ、王都に立ち寄ることに決めようか。その手紙は送り届けてあげる必要があるね。沙那の恩人に違いないし……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご主人様と孫女がいれば、百花姫様を助け出せるのではないですか? わたしを救ってくれた百花姫様を妖魔から救ってはもらえませんか、ご主人様」

 

 沙那が言った。

 

「沙那、お前の話によると、ただの人間であるはずの、百花が魔術を使ったと言っていたじゃないか。それは、妖魔王と婚姻の誓いを結んだ恩恵だと……」

 

「はい、ご主人様」

 

「なら、無理だよ、沙那……」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「どうしてだよ、ご主人様。魔術に対抗するなら、ご主人様がいる。武術なら、あたしと沙那がいる。なんとかしてあげようよ」

 

「そういう問題じゃないのさ、孫空女……。まあ、いずれにしても、まずは、沙那が助かったことを待っている朱姫に伝えてやらなければね」

 

 宝玄仙が、鳴戸(なると)を出現させた。

 

「鳴戸、お前の主殿(しゅどの)の朱姫に、沙那が無事だったことを知らせてやりな。朱姫は、さっきの場所にいる」

 

「わかったね」

 

 鳴戸は、あっという間に結界を刻んで、その中に消えていった。

 

「さて、わたしらも行こうか」

 

 宝玄仙が、鳴戸の作った結界から移動しようとして、その道術紋に向かう。

 

「待ってください――」

 

 沙那が、宝玄仙の腕を掴んだ。孫空女は驚いた。

 

「お願いです。百花様を助けてあげてください、ご主人様。彼女は、この妖魔王に浚われたのです」

 

「だから、その百花は、黄袍魔とかいうこの妖魔城の主人と『婚姻の誓い』を結んだのだろう? そして、もう効果が発動している。その証拠は魔術を使ったことだよ。つまりは手遅れだ」

 

「でも……」

 

「でもじゃない、沙那。これは大事なことだよ。百花は救出を望んでいたかい?」

 

 すると、沙那はしばらく考えていたが、やがて、首を横に振った。

 

「本人が望まないのに救出はできない……。というよりも、いまの百花からすれば、妖魔王と離されることの方が“誘拐”だ。まあ、『婚姻の誓い』というものが、どういう契約術であるかは、後でゆっくりと説明してやるよ。いずれにせよ、その百花とやらは、妖魔王……黄袍魔だっけ? そいつと心が繋がってしまった」

 

 宝玄仙は言った。

 そこに鳴戸が戻ってきた。

 

「どうしたんだい、鳴戸? みんな、すぐに朱姫のところに戻るところさ」

 

 孫空女は結界から出現した鳴戸に言った。

 

「その主殿がいないね」

 

 鳴戸が言った。

 

「いない? どういうこと?」

 

「だから、いなくなっているね、孫さん。なにか争った跡もあったね」

 

「ふたりとも行くよ」

 

 宝玄仙が結界に急ぎ足で向かう。孫空女と沙那も続く。

 あっという間に、朱姫と別れた場所に戻った。荷物はそのままだ。確かに、朱姫の姿がいない。

 

「朱姫――?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「こっちだね」

 

 最後に出てきた鳴戸が、荷から少し離れた場所に連れて行った。

 確かに、そこには、争った気配が残っている。

 

「ご主人様――」

 

 沙那が顔色を変えて、宝玄仙を見た。

 

「道術の残留波があるね……。朱姫は道術を使う者に襲われたのかもしれない……」

 

「もしかしたら、妖魔王が?」

 

 沙那が顔色を変えた。

 だが、孫空女は首を捻った。

 孫空女には、霊気の波がなんとなく見える。宝玄仙の霊気を身体に受け入れることで、そうなったのだ。

 その霊気の残像に接していると、妖魔ではないように感じた。

 

「いや、沙那――。人間の足跡がある。そして、獣のようなものの足跡が残っているけど、それは朱姫の霊気の流れと一緒だ。ほかには、妖魔の痕跡はない」

 

 孫空女は言った。

 四つ足の生き物の足跡に朱姫特有の霊気の流れが繋がっている。

 半妖である朱姫の霊気は、ほとんど霊気を感じさせないのに、実際は強い。そんな不思議な霊気なのだ。

 間違えることはない。

 そして、ほかには、妖魔の魔力の残りはない。

 やっぱり、ここを妖魔が襲ったわけじゃないような気がする。

 

「主殿の主殿――。これがあったね」

 

 鳴戸が、破れた『魔網』を持ってきた。

 宝玄仙は、それを受け取って、顔色を変えた。

 

「この霊具から出ている霊気には記憶があるねえ。もしかして……、いや、間違いない……。あいつか……。こんなところに……。あっ、そうか。ここは宝象国か……。だけど、もしも、これを使っている者に浚われたなら、面倒なことになったかもしれないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「どういうことだい、ご主人様」

 

白骨(はっこつ)夫人……。裏の世界では有名な道術遣いの女だよ。希代の奴隷商人だね。あいつの道術の波には記憶がある。そいつに、朱姫は浚われたに違いない。だとすれば、行き先を辿る方法はあるよ」

 

「だったら、追いかけましょう、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 

「だが、白骨がいま、どこで商売をしているか確かめないとね。まずは、あいつを頼るのが早いだろう。いろいろと情報を知っているに違いない」

 

「あいつとは誰ですか、ご主人様」

 

「この前、話をした古い知り合いさ」

 

「この前話した?」

 

「この宝玄仙の最初の男だよ、沙那。支度しな。出発するよ」

 

 宝玄仙が厳しい表情で言った。

 

 

 

 

(第11話『妖魔王と王女』終わり、第13話に続く)






 *


【西遊記:27回、白骨夫人】

 旅をする玄奘たちの前に、白骨夫人という女妖魔が出現します。
 白骨夫人は、人間の女、青年、老人と次々に姿を変えて、玄奘を騙して浚ってしまおうとします。
 だが、妖魔であることに気がついた孫悟空は、玄奘を襲おうとした白骨夫人を叩き殺します。
 しかし、孫悟空が人間を殺したと思い込んだ玄奘は、孫悟空を破門にしてしまいます。
 怒って、とりつく島もない玄奘に、孫悟空は仕方なく、みんなと別れて、故郷の花果山(かかざん)に戻ることにします。



【西遊記:28・29回、黄袍怪】

 孫悟空のいない玄奘一行は、うっかりと、黄袍怪(おうほうかい)という妖魔王の城に近づいてしまいます。
 しかも、玄奘は、猪八戒が食べ物を探しているあいだに、妖魔城に向かってしまい、あっさりと黄袍怪に捕らわれてしまいます。

 戻った猪八戒たちは、玄奘が妖魔王に浚われたと知りますが、その黄袍怪に沙悟浄も捕らわれます。
 猪八戒は、孫悟空に助けを求めるために、ひとり花果山に向かいます。

 一方で、その玄奘は、黄袍怪の妻の百花(ひゃっか)姫に、逃がされます。
 実は、百花は、宝象(ほうぞう)国の王女であり、十三年前に月見をしているときに浚われ、無理矢理に妻にされたのだと言います。いまでは、ふたりの子供もいます。
 百花は、玄奘に、このまま逃げて、自分の父である宝象国王に手紙を届けて欲しいと頼みます。


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 第12話  【前日談】女法師への罠
68  没落の貴族娘


 宝玄仙が闘勝仙の呪いをかけられる「前日談」です。
 第1話から、2年以上前の話となります。


 大神殿の神官長としての務めが終わり、宝玄仙は館に戻った。

 馬車から降りた宝玄仙が入口に立つと、ひとりでに玄関の扉が開く。

 

「おかえりなさいませ、宝玄仙様」

 

 桃源(とうげん)という名の老執事が宝玄仙を出迎えた。

 四年前に宝玄仙が、教団の歴史上、もっとも若くして八仙のひとりとなったときに迎え入れた老人の道術遣いだ。

 もっとも、道術の腕は最低級だ。もちろん、宝玄仙に遥かに及ばない。

 しかし、館の家人の仕切りを任せておいて頼りになる。

 四年前に地方の女神官長だった宝玄が、八仙として帝都で暮らすことになったために、手に入れたこの館についていた。

 代々、この屋敷の主人に仕える家系だそうだ。

 別の家宰の当てはなかったので、そのまま使っている。

 帝都のことについても館のことについても、この桃源は生き字引だ。

 いまでは、宝玄仙の屋敷の面倒なことは、すべてこの桃源に頼っている。

 

「あいつは、変わりはないかい、桃源?」

 

「これといって……」

 

 桃源は頭を下げた。

 三日ぶりの女主人の帰宅に、並び集まった十人ほどいる家人たちが立礼で対応する。

 宝玄仙が軽く頷くとすぐに、幾人かが仕事のために散り、幾人かは、宝玄仙の世話をするために集まってくる。

 桃源以外は、すべて、宝玄仙が地方神官時代から一緒だった女たちだ。

 彼女たちは、宝玄仙の世話をするためにここにいるのだ。

 宝玄仙が私室に向かって進むと、彼女たちもついてくる。

 

「お疲れですか?」

 

 桃源は、女たちに世話をされる宝玄仙の横にいる。

 一方で、宝玄仙は歩きながら法衣を脱ぎ捨てた。周囲についている女のひとりが、宝玄仙が脱ぎ捨てた法衣の片割れをさっと拾う。

 

「疲れたね。あの闘勝仙(とうしょうせん)が自分の権威を見せびらかすための法会だよ。あの男は、帝仙というものを勘違いしてないかい。帝仙は八仙の代表に過ぎず本来同格──。なのに自分の大神殿の法会の催しに、すべての八仙の参加を強要するなんてね」

 

「しかし、応じないわけにはいきますまい。闘勝仙様といえば、その権威は、いまや飛ぶ鳥の勢い。皇帝陛下でさえも、うやうやしく振る舞われるのです。敵にするには得策とは思えません」

 

 宝玄仙の私室に向かう廊下の途中だ。

 外出用の巫女服を脱ぎ散らかしながら歩いている。それを家人の女たちが拾い追っている。

 まあ、いつものことだ。

 

「敵だなんてとんでもない──。わたしだって分別はあるよ。だから、こうやって、三日もあいつの顔を我慢して隣に座っていたじゃないかい。だから、愚痴くらい言ってもいいはずさ」

 

「おわかりならば問題はありません。しかし、闘勝仙様には気に入られるように努力することがよろしいでしょう……。ところで、今度こそ、月例会には参加された方がよいのでは?」

 

 月例会というのは、八仙同士の親睦を深めるという目的で、闘勝仙が始め出した集まりだ。

 ただの私的の宴であり、教団の行事ではないので、強要されるものではない。

 だから、宝玄仙は一度も参加したことはない。

 もっとも、闘勝仙が帝仙となって半年経つが、いまだに月例会に赴いたことがないのは、宝玄仙くらいだろう。

 

「嫌だね」

 

 宝玄仙はひと言でそれを片づけた。桃源は嘆息した。

 

「次の例会の招待状が届いておりますよ。使者の言葉によれば、次は是非、ということでしたよ」

 

「捨てておくれ」

 

「宝玄仙様」

 

 老執事の強い物言いに宝玄仙は、仕方なく立ちどまった。

 すでに法衣を脱ぎ、軽い内着だけになっている。

 脱ぎ終わったので、後ろに従っていた女たちの姿もふたりだけになっている。

 

「お願いだよ、桃源。正直に言うよ。わたしは、あの男が嫌いなのさ。あの男の体臭が嫌いなんだ。顔もね。あいつが、わたしを小娘扱いして、軽んじるのも気に入らないね。わたしは、これでも八仙なんだよ」

 

「軽んじてなどおられないでしょう。宝玄仙様は、有名な霊具作りの才女でございますし」

 

 霊具作りの才女というのは、宝玄仙の二つ名だ。

 道術力はともかく、霊具を作る才能にかけては、帝仙の闘勝仙でも宝玄仙には遥かに及ばない。

 宝玄仙が特異とするのは、なんの霊気も帯びない人間が扱うことができる道具を作ることだ。宝玄仙は、この霊具作りの才能で八仙になったといってもいい。

 

 道術は日常空間に存在する霊気を身体や物に取り込んで、具体的な効果を発揮する。

 だから、本来は、まったく霊気を帯びない人間は、道術を扱うことはできない。攻撃的な道術も効果はないが、逆に治療術などの恩恵的な道術も施せない。

 これが道術の原則だ。

 

 それをするひとつの方法は、結界を刻んで、その中で術を行うという方法なのだが、結界を刻むには時間がかかる。

 あるいは、霊気の出入り口を作るために、『内丹印』という道術紋を肉体に刻んでしまうとかだ。

 

 これに対するもうひとつの方法が霊具だ。

 霊具というのは、道術を限定的に行えるようにした道具のことである。

 結界や内丹印に比べれば、効果が限定されるという欠点を除けば、軽易に術を発揮できる霊具とは便利なものだ。

 ほとんどの術遣いは、大なり小なり、自分の道術の発揮を霊具によって行うし、八仙ともなれば、自ら霊具をつくることも容易だ。

 しかし、その霊具も、道術を扱えない者には、普通は動かせない。霊具の効果を及ぼすためには、使用に先立ち霊気を注ぎ込む必要があるからだ。霊気を帯びてないのだから、常人には霊具に霊気を注ぐことなど不可能だ。

 

 その例外が宝玄仙の作る霊具だ。

 特殊なやり方で自然界にある微量の霊気を自動的に吸収させる紋様を装着することにより、霊気を扱えないただの人間にも扱える霊具を宝玄仙が発明したのだ。

 その功績により、宝玄仙を八仙となった。もちろん、たぐいまれな道術遣いだというのもあるが、若くして八仙にまで出世したのは、なによりも霊具作りの才能によるものだ。

 天教の法師である宝玄が社会に果たした功績は大きい。

 それが先代の帝仙に認められて、宝玄仙は史上最年少の年齢で八仙になったのだ。

 

「闘勝仙はわたしを軽んじているに決まっているだろう――。じゃあ、言おうか。闘勝仙の取り巻きの呂洞仙(りょどうせん)、あいつは、この法会の途中で、この宝玄仙に闘勝仙の伽をするようにと言ったのだよ」

 

「まさか……」

 

 桃源はさらりと言った。

 

「本当だよ――。一度くらいいいじゃないかとね……。わたしは娼婦じゃないんだよ」

 

「闘勝仙様は、若い頃はかなりの色好きというご噂ございましたが、もうかなりのご年齢。それに、同じ八仙の宝玄仙様に伽をせよなど、真のこととは思われません」

 

「でも真実だよ――。もちろん、断ったけどね」

 

「どのように?」

 

「こっぴどくね。わたしの術で呂洞仙の首を絞めてやったよ。あいつ、眼を白黒させてたよ。いい気味さ──」

 

「本当にそんなことがあったのですか?」

 

 桃源はまだ半信半疑のようだ。

 

「あったのさ……。ついでに言えば、あの藍采仙(あいさいせん)は応じたようだね……。今朝も、疲れた表情で闘勝仙や取り巻きたちが集まる部屋から出てきた彼女をわたしは見たよ」

 

 藍采仙というのは、宝玄仙と同じ女八仙だ。八仙の経歴はもっとも長い。女法師は巫女ともいい、教団では珍しくはないが、いまの八仙では、巫女は宝玄仙と藍采仙だけだ。

 最近まで知らなかったが、藍采仙は定期的に、闘勝仙の求めに応じているようだ。

 一年ほど前から、藍采仙は姿を幼女姿に変えていたが、自分の中からできるだけ、「女」を消すためにやっているのかもしれない。

 

「このことをほかの八仙の方々は……?」

 

「みんな知っているよ、桃源。でも、見て見ぬふりだ。闘勝仙の力が桁外れであることは全員が知っている……。だから、藍采仙も仕方なく、身体を許したのかもね」

 

「それならば、宝玄仙様も……」

 

「ならばなんだい――?」

 

 宝玄仙は、床を足で踏み鳴らして怒鳴った。

 

「ならば、わたしも抱かれればいいというのかい? もう一度、訳知り顔で同じことを言ったら、お前でも許さないよ。その口が二度と開かないように術をかけてやる」

 

「これは、申し訳ありませんでした……」

 

 桃源は頭を下げた。

 だが、口に出した言葉とは異なり、態度には少しも動じた様子はない。

 

「まあいいよ……。とにかく、忘れたいのさ。二刻(約二時間)ほど、鳴智(なち)で遊ぶ。ほかの家人を遠ざけておくれ。その後で身体を洗う。湯を準備させておきな」

 

「かしこまりました。身体を拭く者についてご使命はございますか?」

 

「鳴智さ。そのまま、あいつにやらせる。嫌がるだろうけどね」

 

 宝玄仙は笑いながら言った。

 

「ならば、湯を準備した後は、湯殿からも人を遠ざけておきます」

 

「わかっているじゃないかい、桃源」

 

 宝玄仙はにやりと微笑んだ。

 桃源は、それ以上はついてこようとはしなかった。残っていた女たちも去る。

 宝玄仙は、ひとりで自分の寝室を開いた。

 

 鳴智がそこにいた。

 苦しそうだ。

 床に倒れ伏している。

 身につけている女中服は、宝玄仙が外出する前の三日前と同じだが、発汗と体臭でひどく汚れているし、匂いもする。

 ここに監禁をされて、三日間も連続で霊具の淫具により責められ続けていたのだ。

 無理はない。

 

 宝玄仙が入ってきても、鳴智はそれに気がつかないのか、身じろぎしなかった。

 鳴智の両手は、ぼたんを外した上衣の中に入っている。

 乳首を弄っているのだ。

 もちろん、そうしたくてやっているわけではない。

 だが、鳴智が、そうしなければならない理由がある。

 それも、宝玄仙が仕掛けた霊具のせいだ。

 

 見たところ、小便は床の上でしたようだ。

 股間の部分が変色して、ひと際ひどい匂いを漂わせている。

 だた、霊具でもある絨毯が、部屋の床には、小便の跡を残していない。

 さすがに大便はしていないようだ。

 床には、ほとんど手を付けられていない食事が皿に置いてある。

 いまは、昼過ぎだから、昼餉の食べ残しだろう。

 三日間の食事をきちんととったのかはわからないが、あの桃源のことだから、弱らせるようなことはしないはずだ。

 必要なら、無理矢理にでも食べさせているだろう。

 

「鳴智、戻ったよ」

 

 宝玄仙は大きな声をあげた。

 鳴智が、びくりとして身体を起こし、慌てて手を胸から離した。

 その途端、小さな喘ぎ声とともに、身体をくねらせはじめた。

 そして、宝玄仙を認めて、近づこうとする。

 だが、床に描いた白い線に阻まれて阻止されてしまう。

 

「……ほ、宝玄仙様、お、お願いです。お情けを……」

 

 鳴智が虚ろな顔で言った。

 宝玄仙は、哀れな鳴智の姿に、嗜虐癖が満足する大いなる快感を味わった。

 鳴智の周りには、五尺(約百五十センチ)四方の白い線が描かれている。

 また、鳴智の両足には黒の足輪もある。

 この足輪が、鳴智がこの白い床の枠から出られなくなっている理由であり、宝玄仙が三日前にそうしたものだ。

 両方とも宝玄仙の道術がかかっており、足輪は自分では絶対に外せないし、それを付けていると白い線を通り過ぎることができない。

 だから、鳴智は、この部屋に描いた白い枠線から出られない。

 言わば、この小さな四角の線は鳴智の牢屋なのだ。

 もっとも、足輪をしていない者は、誰でも通り抜けられはする。

 

「じゃあ、返事を聞かせてくれるかい?」

 

 宝玄仙は椅子を鳴智に近づけて、腰を降ろした。

 ただ、椅子は、白い線のすれすれのところにあり、鳴智はそこに座った宝玄仙に触れることはできない。

 

「あ、ああ……。お、応じます……」

 

 鳴智は、上気した顔で言った。

 淫情の浮かぶ鳴智の顔は、この少女の美しさをさらに引き立てていた。

 四日前に拾った娘だ。

 ただの人間であり、術遣いではない。

 もともとは、貴族の家柄らしいが、没落して一家のために、彼女が身を売らなければならない境遇にまでなったらしい。

 しかし、娼館に売られるところを宝玄仙が偶然に見つけて買い取り、彼女をこの館に引き取った。

 ひと目見て、その顔が気に入ったからだ。

 顔が……。

 鳴智の顔がこの顔じゃなかったら、宝玄仙は見向きをしなかっただろうし、逆に、この鳴智の顔である限り、たとえ、借金奴隷になりかけていなくても、おそらく罠に嵌めてでも、宝玄仙のものにしたと思う。

 幸いにも、宝玄仙が鳴智を見つけたとき、すぐに娼館に売られそうな境遇だった。

 だから、なんの苦労もなく、手に入れることができた。

 

 もっとも、娼婦にはなりかけてはいたが、まだ覚悟は不十分だったようだ。

 宝玄仙が自分の性奴隷になれと言うと、鳴智は拒否した。

 だから、淫靡な仕掛けをしてここに閉じ込めてやったのだ。

 

「この宝玄仙の性奴隷になることに応じるんだね?」

 

「お、応じます……」

 

 鳴智は床に腰を降ろしたまま頷いた。

 

「じゃあ、四日前に教えたとおりの奴隷の誓いをしな、鳴智」

 

「はい……」

 

 鳴智は立ちあがった。

 そして、汚れた女中服を脱いで足元に置く。

 この館にやって来る前から着ていたもので、どこかで雇われ女中をしていたときのもののようだ。

 元は貴族の娘のはずだが、落ちぶれてからは随分と苦労もしたのだろう。

 

「足元じゃない。白い線の向こうに投げるんだ」

 

 宝玄仙は厳しい声で言った。

 白い線を通り抜けられないのは、鳴智の肉体だけだ。

 物はいくらでも通り抜けられる。

 鳴智は言われた通りに脱いだ服を床に投げた。

 

 下着姿になった鳴智を、宝玄仙はじっくりと眺めまわした。

 なかなかによい身体をしている。

 十六だと言っていたが、身体はそれなりに女の身体だ。

 染みひとつないきれいで白い肌に、宝玄仙は彼女の育ちの良さを感じた。しかし、手はかなり荒れている。没落してからは苦労もしたというのが、それでわかる。

 鳴智が胸当てを外して、同じように投げた。

 形のいいふたつの乳房を隠すように、鳴智が腕を身体の前で交差する。

 

「いちいち隠すんじゃないよ。どうせ、たっぷりと視姦されるんだ──。手を身体の横につけて真っ直ぐに立ちな」

 

 宝玄仙の声に鳴智は諦めたように、交差していた腕を降ろして、裸身を宝玄仙に向ける。

 全身が汗にまみれている。

 明らかに欲情している鳴智に、宝玄仙は嗜虐の炎を昂ぶらせた。

 鳴智が、身に着けているのは、宝玄仙がつけさせた絹の下着だ。

 下着といってもただの下着ではない。

 霊具だ。

 

 普通の薄物の下着のように鳴智の股間に張り付いているその霊具の下着は、一見しただけでは、ただの絹の下着のようにしか見えない。

 だが、それでいて、頑丈な金属で覆われているかのように、一切の外からの刺激を受けつけなくなる仕掛けになってる。

 しかし、大便と小便については、それをしようとすると、霊具が反応して、その部分が開くのだ。

 だが、そのときに手で触れようとすると、たとえ排出の途中であっても、穴を塞いでしまう。

 そんなものとは知らないはずの鳴智も三日間、困惑したに違いない。

 そして、鳴智を欲情させたこの下着の淫靡な仕掛けは、下着の内側に仕掛けられた小さな触手てある。

 その触手は、鳴智の敏感な部分を四六時中休みなしに弄り続けている。たが、絶対に絶頂はできない。そういう道術をかけている。

 つまりは、とことん凝った霊具の淫具なのだ。

 

 これをはかせたまま放置して三日間だ。

 いくにいけないくらいの弱々しい刺激だが、三日間も敏感な部分を責められ続ければ、鳴智を屈服させるには十分だったようだ。

 しかも、どんなに欲情して自慰をしようとしても、下着の防護がそれを阻んでしまう。

 三日間、鳴智は欲情しっぱなしで、しかも達することはできないという地獄の苦しみを味わったに違いない。

 三日前とは異なり、この鳴智も随分と素直になったみたいだ。

 

「下着の中はどんな具合なんだい、鳴智?」

 

「あ、熱いです……。そ、それに疼いて……」

 

「疼くなんて生易しいものじゃないだろう? 女孔と女芯を弄りたくてどうしようもないんじゃないのかい? あまりにも淫液が多くて凄まじい匂いだよ、鳴智」

 

 宝玄仙は嘲笑った。

 鳴智は歯噛みして手を握りしめて震えている。

 

「それよりも、触手をとめて欲しいかい? それとも激しくして欲しいかい?」

 

「と、とめてください」

 

 鳴智は顔をあげた。

 いまでも鳴智の股間は、触手の攻撃を受け続けているはずだ。

 欲情しきった身体にとってはその弱々しい刺激はもっともつらい責めに違いない。

 いっそのこと激しく動いてくれれば、わっといってしまえるのだ。

 じわじわと嬲り殺すような触手の動きでは、鳴智はひたすらに翻弄されるしかない。

 

「だったら、教えたとおりにやりな──。そして、奴隷の誓いだよ。できなければ、いつまでもそのままだからね」

 

 鳴智は俯きながら自分の乳首を両手で掴んだ。

 そして、指でいじりはじめる。

 

「ああっ」

 

 すぐに官能の声を出し始める。

 

「触手はとまったかい、鳴智?」

 

「と、とまりました」

 

 鳴智が乳首を弄り感じ始めると、触手はとまる。

 それも、その霊具の仕掛けだ。

 いやらしい触手をとめるには乳首を弄らなければならない。

 だが、まだ性には未成熟のようである鳴智には、乳首だけでいってしまうことは難しいだろう。だから、自分で乳首を弄るのは、触手の焦らし責めをさらに効果的にしてしまうことになるだけだ。

 また、乳首を触ると股間の刺激はとまり、与えられる快楽が減る。

 それにより、やはり、絶頂に達するよう刺激を受けることができないという仕掛けでもある。

 逆に、乳首から受ける快感が不足すると、それを感知した下着がゆっくりと活動をはじめもする。

 

 鳴智は、下着の触手をとめたくて、乳首を擦って快感を感じ、乳首責めに馴れて、感じることができなくなると、また、下着の攻撃を受けるということを繰り返したはずだ。

 いま、下着の内側の触手がとまったということは、乳首を弄って、鳴智が感じ始めたということになる。

 

「じゃあ、奴隷の誓いだよ。そのまま、乳首を弄りながらだ」

 

「わ、わたし……鳴智は、宝玄仙様……を……ああっ……ご、ご主人様と呼び……ど、奴隷としてかしずくことを……ち、誓います……」

 

 鳴智は情感のこもった声で言った。宝玄仙は満足した。

 

「じゃあ、外してやるよ」

 

 宝玄仙は指を鳴らした。

 鳴智の愛液で重量を持っていた下着がばさりと床に落ちる。

 

「同じように白い線の外に投げるんだ」

 

 鳴智が言われたとおりにする。

 全裸の身体を恥ずかしそうにふたつに折っている。

 だが、右手は股間に伸びている。

 限界を越えている淫情が膨れあがっていることで、無意識のうちに右手を動かして自慰を始めたようだ。

 宝玄仙はそれを知らないふりをして、横の台の上の鈴を鳴らす。

 

「桃源――、ちょっと来な」

 

 鈴も霊具だ。

 これを鳴らすと、屋敷のどこにいようとも宝玄仙の声が届く。

 

「そ、そんな……。ひ、人を呼ぶなんてやめてください──」

 

 鳴智が股間に触れる手を慌てて離し、両手で胸を隠してうずくまった。

 若い娘が裸身を見られるのは恥ずかしいに違いはない。

 

「どうせ、これから屋敷中の人間にその裸を見られ続けることになるんだ。いまから馴れておきな」

 

「見られ続けるって……どういうことですか?」

 

 鳴智が声をあげた。

 

「当たり前だろう。お前は奴隷になったんだ。この屋敷の中では奴隷は常に素っ裸だ」

 

「そ、それは酷すぎます」

 

「なにを言っているんだい、鳴智。奴隷の分際で服を着させてもらえると思ったのかい──。お前が着られるのはさっきの霊具の下着の類いくらいだ。それ以外は常に素裸でいると思いな──」

 

「そ、そんな……」

 

 部屋の扉が外から叩かれた。

 鳴智が身を固くした。

 桃源が入ってくる。

 鳴智は素っ裸の身体を両手で抱いて縮こまらせている。

 

 だが、桃源はそれをちらりと見ただけで、表情ひとつ変えなかった。

 宝玄仙の嗜虐趣味を知っている桃源にとっては、いつもの見慣れた光景でもあるはずだ。屋敷で宝玄仙の身の回りの世話をしている十人の女たちも、全員が宝玄仙の性の相手なのである。

 だが、鳴智にとっては、それどころじゃないだろう。

 必死に形のよい乳房を腕で覆いながら、片脚を立て、熟れきった自分の羞恥の源泉を桃源の視線を隠そうとしている。

 

「お呼びですか、宝玄仙様」

 

「ああ……。そこに鳴智の汚れ物があるから誰かに取りに来させて洗わせな……。それと、こいつはたったいまからわたしの奴隷になった。正式の身分替えの手続をしておくれ」

 

「かしこまりました」

 

 桃源は頭を下げた。

 奴隷というのはこの帝都では貴族だけに許されている特権制度であり、相手の生殺与奪の権利を握る「もの」の身分にするということだ。

 宝玄仙は本来、奴隷を持てるほどの上級貴族ではないが、八仙になったことで、上位貴族を越える特権階級になった。

 

 一方で、奴隷にするのは犯罪者か叛乱を起こした敵軍の捕虜にしか許されていない。

 鳴智の場合は家族の作った多額の借金のために、人頭税が長く未払いで罪人と同じ扱いになっている。

 すなわち、借金奴隷だ。

 従って、鳴智を奴隷にするのは手続き上問題がなく、簡単な書類仕事で終わると思う。

 そもそも、八仙である宝玄仙がそれを望めばそれに異を唱える者は帝都にはいないだろう。

 八仙の権力はほとんど皇帝と同じなのだ。

 

「そ、そんな奴隷だなんて……」

 

 鳴智が身体を隠したまま顔をあげた。

 

「なにを言っているんだい、鳴智。さっき誓ったじゃない。それとも、お前は嘘をついたのかい?」

 

「だ、だって、本当に奴隷の手続きをするなんて……。まさか……」

 

 まさか、本当の奴隷身分にされるとは思っていなかったのだろう。

 “奴隷”という名の慰み者にでもなるだけだと考えたに違いない。

 だが、正式の奴隷身分になれば、身体に刻印を押されて、大抵は、術遣いの施す支配霊具により、逃亡防止の仕掛けをされる。

 あとは、殺すも傷つけるも、主人の思いのままだ。

 もっとも、奴隷の持ち主以外の者が他人の奴隷に手をかけると処罰の対象にはなる。

 

「すぐに処置します。夕方には手続きが完了するでしょう。刻印はいかがなされますか?」

 

「書類が揃えば、わたしがやるよ」

 

 通常は奴隷の刻印は公証人が行う。

 ただ、公証人というのは教団の神官でその資格を持った者がそれを務め、大抵は場所は神殿だ。

 宝玄仙の場合は、教団の最高神官でもあるので、自ら行うこともできる。

 

「かしこまりました。では……。汚れ物はすぐに女たちを寄越します」

 

 桃源が部屋を出ていく。

 

「そんなに本当の奴隷にされるのが嫌かい、鳴智?」

 

 欲情しているくせに顔を蒼くして、がたがたと震える鳴智が面白くて、宝玄仙は含み笑いをしながら言った。

 

「それにしても、そんなに隠されては面白くないね。ちょっとどんな道具だかお見せ」

 

 宝玄仙は立ちあがって、鳴智に近づくと立っている片膝に手をかけて、股を開かせようとした。

 

「な、なにをするのよ――」

 

 次の瞬間、鳴智が逆上したように胸を覆っていた手を解いて、ぴしゃりと宝玄仙の頬を張った。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 しかし、宝玄仙以上に驚いたのは鳴智自身のようだ。

 信じられないことをやってしまったという表情で、顔に恐怖を浮かべている。

 

「も、申し訳ありません。で、でも……」

 

「いや、案外に気も強かったんだね。ますます、気に入ったよ」

 

 宝玄仙は身体の前で自分の指を交差させた。

 この部屋には、宝玄仙の結界が刻んである。

 この部屋に限りに、宝玄仙の力は使い放題だ。

 鳴智の両手が、鳴智の背中で交差してぴたりとくっついた。

 

「あっ――。いやっ――」

 

 背中を向いていた鳴智の身体がしゃがみ込み、床にお尻をつけて、宝玄仙に向けて身体が正面になるように、くるりと回転する。

 鳴智は、狼狽して両膝と内腿を閉じて、股間を隠そうとした。

宝玄仙は、その両膝に道術を注ぎ、徐々に開いてやる。

 

「あっ、いや、いや、いや――」

 

 鳴智が泣き声をあげた。

 そのあいだも、宝玄仙は霊気を注いでいく。

 鳴智の両脚がゆっくりと開いていく。

 

「もっと力を入れないと、股が晒け出てしまうよ」

 

 さらに、ほんの少しずつ、ゆっくりと鳴智の両膝は割れる。

 鳴智は、必死に脚を閉じ合せようとしているが、次第に濡れそぼった股間が見え始める。

 股を開くまいと鳴智は懸命だが、そのはかない抵抗が宝玄仙にとっては痛快だ。

 本当は、あっという間に大股開きをさせることが可能なのだ。だが、鳴智の羞恥に歪む顔が見たくて、ゆっくりとなぶっているのだ。

 

「ああっ」

 

 しかし、ついに、両脚は大きく割れて、この美少女の股間が完全に露わになった。

 じっとりに濡れた鳴智の漆黒の繊毛が悩ましく盛りあがっている様子には、宝玄仙でも息を呑んでしまうような色香を感じる。

 

「いい身体をしているじゃないかい、鳴智。味もよさそうだね」

 

 宝玄仙は、服の内隠しからひとつの小さな容器を取り出した。

 その中には、二匹の『刷毛虫(はけむし)』が入っている。毛虫を思わせる小さな身体には、柔らかい繊毛で覆い尽くされていて、これに身体を這い回られると、堪らない刺激を受けるのだ。

 

「お愉しみですね、宝玄仙様」

 

 ひとりの女中がくすくすと笑いながら入ってきた。

 入ってきたのは、恵圭(えけい)という女中だ。宝玄仙が地方寺院の院長だった頃から仕えており、宝玄仙の家人の中ではもっとも古参になる。

 無論、宝玄仙の愛人のひとりだ。

 

「み、見ないで――」

 

 鳴智が身体をくねらせた。しかし、宝玄仙の道術によって、鳴智の両脚は、大きく開いたまま閉じることはない。

 

「わたしのことは気にしないで、鳴智。宝玄仙様は、ちょっと意地悪だけど、本当はお優しいわよ」

 

 床に捨てられている鳴智の服を拾いながら、恵圭が明るく言った。

 鳴智は羞恥に裸身を震わせている。

 

「その下着はいいよ、恵圭。汚れたまま、鳴智に履かせるからね」

 

「わかりました。では、ここに置いてきます……」

 

 恵圭は、宝玄仙の作った霊具の下着を小さく畳み直すと、それを宝玄仙の横に置いた。

 あんなに大量の鳴智の淫液を吸い続けたのにも関わらず、すでに乾いて綺麗になっている。洗ってないので、悪臭はすごいが……。

 濡れているのが乾いたのは、宝玄仙の霊具としての道術の力だ。本当は汚れも消滅させられるが、染みや匂いがひどいままはかせた方が、鳴智が堪えるだろうから、そうするつもりだ。

 宝玄仙は鳴智の瞼を閉じさせて、開かないようにした。

 

「ほら、お前たち遊んでおいで」

 

 そして、そう言ってから、二匹の『刷毛虫』を鳴智に放った。

 

 

 *

 

 

 いやっ――。

 

 瞼が塞がれて視界が失われた鳴智の身体に、なにかが放り投げられた。

 そして、そこが猛烈にくすぐったくなったのだ。

 

「鳴智、その『刷毛虫』に責められて、絶頂することなく、一刻(約一時間)耐えられたら、お前は淫乱ではないと認めて解放してやる。わたしが肩代わりした家族の借金もそのまま返さなくてもいい。だけど呆気なくいったら、一生、この宝玄仙の玩具にするからね」

 

 宝玄仙の声がした。

 えっ?

 もしかして、奴隷ならなくてすむ?

 しかも、借金も返さなくていい――?

 あまりの好条件の提案に鳴智は狂喜しかけた。

 

 だが、すぐに、一刻(約一時間)も耐えるということなど、ほとんど不可能だということに次の瞬間気がつかざるを得なかった。

 宝玄仙が『刷毛虫』と呼んだ“なにか”は、鳴智の大きく開いた鳴智のふたつの足の指に落ちた。

 そこから、くすぐったさとともに、なんともいえない気持ちよさがせりあがってきたのだ。

 ただでさえ三日間も、生殺しのような刺激を受け続けた身体だ。

 絶対に無理――。

 得たいの知れない刺激が本格的に始まり、鳴智は思った。

 

 足の指を動き回るその虫が、とてつもないほどの快感を呼び起こしながら、ゆっくりと脚を這いのぼってくる。

 

「あっ、あっ、ああっ」

 

 鳴智は声をあげていた。

 この『刷毛虫』とかいう淫具は、恐ろしい責め具だ。

 こんなの耐えられるわけない。

 必死に振り払おうとするが、離れそうにない。

 すぐに、膝近くまで来た。

 股間に到達すれば、すぐに達すると思う。

 いまでも限界くらいだ。

 

 だが、簡単に宝玄仙に屈してしまうのも癪だった。

 宝玄仙に拾われたとき、ある程度、こういうことは覚悟していた。

 ただ、貞節な巫女という表の評判の美人の女法師でもあるし、まさか、それ程のことはするまいと高をくくっていた。

 あんな下品な下着を着けさせられて三日も焦らし責めにされるとは思いもしなかった。

 しかも、必要もなく、家人たちをこの部屋に呼び寄せては、鳴智を見物させるという陰湿さ――。

 鳴智は、完全に宝玄仙が大嫌いになった。

 

 『刷毛虫』が、内腿の付け根すれすれをするすると撫でると、ついに感極まった声を鳴智は出してしまった。耐えていたものが崩壊した瞬間だ。

 

「あれあれ……。このくらいね、そんなに音をあげたら、続かないよ」

 

 宝玄仙のからかいの言葉がかけられる。

 『刷毛虫』が股間の周りから、さらにもっと奥に向かって進んでくる。

 

「くああぁぁ――」

 

 そして、『刷毛虫』が股間をくすぐりだしたとき、とうとう、鳴智ははしたなく大声をあげた。

 なんとか、達してしまうことは避けられたが、鳴智は愕然とした。

 まだ、股間への責めは始まったばかりだ。それなのに、こんなに追い詰められていては、ひとたまりもない。

 

「そこが弱いんだね。後でじっくりとなぶってやるよ……」

 

 宝玄仙の冷静な声が聞こえる。

 それではっとなる。

 なんとか心を落ちつけようと奮い起こす。

 だが、二匹の『刷毛虫』が股間と肛門にそれぞれに向かい始めると、腰が突きあがるような衝撃を鳴智は受けた。

 

「いひいっ――。だ、駄目ええぇっ――」

 

 震えがとまらなくなり、鳴智は叫んだ。

 

「こりゃあ、随分とやりこんでいるねえ。生娘であることは匂いでわかるけど、自慰は何度も経験しているみたいさ……。というよりも数は多いだろう? 自慰は毎日やっていたね、鳴智?」

 

 宝玄仙の言葉なぶりだ。

 三日前も同じようなことを言われた。

 身体はすでに崩落寸前だった。

 だが、こんな変態巫女に追い詰められるのは嫌だった。

 鳴智は、激しく首を横に振った。

 

「隠してもわかるのさ、鳴智。ほらこれでも認めないかい?」

 

 不意に、宝玄仙の指が肉芽に伸びて、その表皮をぺろりとめくる。

 

「はあううっ」

 

 鳴智は訛らず声をあげた。

 身も解けるような愛撫に鳴智はもう限界寸前になった。

 

「いくんじゃないよ、鳴智。いった瞬間に性奴隷だよ。いかなければ解放するよ」

 

 宝玄仙はそう愉しそうにそう言いながら、肉芽の表皮をあげたり下げたりする。

 もう限界だ。

 

「ふふふ……。それで、我慢しているつもりかい? じゃあ、これでどう?」

 

 『刷毛虫』が宝玄仙によって、肉芽の真上に摘まみ落とされたのがわかった。

 

「ひゃああぁぁぁ」

 

 そこから沸き起こった快感に貫かれ、鳴智は生まれて初めて味わうような、全身を溶かしてしまったと錯覚するほどの強烈な絶頂に包まれた。

 身体を弓なりにして、がくがくと身体が震える。

 

「奴隷決定だね」

 

 畜生――。

 鳴智は、途方もない快感に焼かれながら、心の中で悪態をついた。

 

「眼を開けていい」

 

 宝玄仙がそう言うと、閉じられていた眼が開いた。

 眼の前の宝玄仙は小さな銀の輪っかを鳴智にかざしている。

 

「これがなにかわかるかい?」

 

「い、いえ……」

 

 すると宝玄仙はにやりと笑った。

 そして、その輪っかを持った指が、すっと鳴智の股間に伸びた。

 

「ひぎいいいっ」

 

 鳴智は敏感な感覚の塊りをなにかに絞めあげられて、悲鳴をあげた。

 そして、突然、震えはじめた肉芽に、再び激しい嬌声をあげさせられた。

 

「『女淫輪』という霊具だ。お前のために作った霊具だよ。嬉しいよね、鳴智?」

 

「そ、そんな……。こ、これは……。だ、駄目です。こ、こんなの、は、外して――、外してください」

 

 鳴智は悲鳴をあげた。

 それに、肉芽を襲った『刷毛虫』が二匹揃って、肛門を這い回っている。

 『女淫輪』はそんなに大きな振動ではないが、確実に鳴智を追いつめる。

 それだけじゃなくて、なによりも、お尻からやってくる微妙な刺激が堪らない。

 

「はふうううっ」

 

 鳴智は、二度目の絶頂をした。

 

「淫乱な雌の奴隷ができあがったようだね」

 

 宝玄仙は言った。

 局部とお尻の刺激が続く。

 またもや、新しい快感が襲ってくる。

 

「なんとか言いな、鳴智?」

 

 鳴智は唇を噛みしめた。

 死んでも、この宝玄仙に屈服したくない――。

 

「じゃあ、もう少し素直になるまで続けようかね……」

 

 宝玄仙が指を鳴らした。

 すると、『女淫輪』が激しく振動しはじめる。

 それだけではなく、二匹の『刷毛虫』がそれぞれ分裂し、四匹になる。

 さらに、八匹……。

 十六匹……

 その倍――。

 あっとい間に、鳴智の全身は『刷毛虫』に包まれた。

 

「ひ、ひやああぁぁあ――。た、助けて――。だ、誰か……。た、助けて――ひいいぃ――」

 

「面白いねえ……。誰が助けてくれるというんだい?」

 

 鳴智は全身を襲いかかる凄まじい官能の嵐に我を忘れた。

 あっという間に、言葉にならない衝撃が身体を包む。

 大きく身体が震える――。

 絶叫しながら、鳴智は果てた。

 

 だが、余韻に浸る暇はない。

 もう、次の波が鳴智を襲っている。

 『女淫輪』がさらに大きく振動する。

 なんで、こんなに感じるのかわからない。

 もう、なにも考えられない。

 

 四度目の絶頂だ――。

 

 さずがに、鳴智は屈服した。

 やめてくれと泣き叫んだ。

 それでも、宝玄仙は笑うばかりで、やめようとしない。

 

 たて続けに絶頂させされる。

 頭が真っ白になる……。

 

 

 そして、鳴智は意識を失った。



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69  女奴隷の逆襲【闘勝仙(とうしょうせん)

「ただいま、鳴智(なち)

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

 神殿の務めから戻った宝玄仙は、すぐに寝台に腰掛けると、寝室の床で正座で待っていた鳴智(なち)に足を投げ出した。

 鳴智は、裸身に乳首と股間がぎりぎり隠れるだけの一枚の前掛けしか身につけていない。

 宝玄仙が与えている奴隷の衣装というわけだ。

 定期的に趣向を変化させて辱しめているが、この十日ばかりは、この格好だ。

 これで庭仕事もさせるから、鳴智は死ぬほど恥ずかしがる。

 それがいいのだ。

 

「そらよ」

「ご奉仕させていただきます」

 

 鳴智は、宝玄仙が投げ出した靴と靴下を脱がせると、すぐに口に宝玄仙の足の指を自分の口に含んで舐めはじめた。

 最初のときに、同じことをさせたら、屈辱に顔を歪ませて、悔し涙まで流していたが、いまはこうやって、陶酔の表情まで浮かべるようになった。

 つまりは、それだけ「調教」も進んでいるということだ。

 この少女を奴隷として飼い始めてから三箇月が経っていた。

 

 最初は反抗的な態度を見せていた鳴智も、いまではすっかりと宝玄仙の「玩具」になった。

 嬉しそうに宝玄仙の足をしゃぶっている様子には、裸身を宝玄仙に見られそうになり、思わず、宝玄仙の頬を張った気の強さの片鱗もない。

 

「明日から三日間は、神殿の仕事もない……。三日の休みさ――。鳴智と思い切り遊ぶことにするよ。嬉しいかい?」

 

 宝玄仙がそう言うと、一心に口で奉仕をする鳴智が頬を染めたような感じになった。

 本当に可愛らしい。宝玄仙は、そっと鳴智の頭を撫でた。

 

「終わりました……」

 

 しばらくしてから、すべての足の指の掃除が終わった鳴智が顔をあげる。

 続いて、宝玄仙の足の指に残る鳴智自身の唾液を丹念に唯一与えている前掛けで拭き取りだした。

 すべてが終わると、鳴智が床に両手をついて頭をさげた。

 

「じゃあ、今度は口だ。お前の舌で、わたしの口を洗っておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「かしこまりました。では、口を漱いで参ります。お足を掃除させていただいたばかりなので……」

 

 鳴智は立ちあがる。

 しかし、宝玄仙はそれを呼び留めた。

 

「いいよ……。そのままで……」

 

「そうはいきません。ご主人様の足を舐めた舌のまま、ご主人様の口を奉仕するわけにはいきませんよ」

 

 鳴智は、部屋の隅にある水差しを容器に注ぐと、口の中を漱ぎ始めた。

 その水を横の桶に出す。

 随分と従順になった鳴智の姿を宝玄仙は心からの満足とともに眺めた。

 

 顔が気に入り、三箇月前に気まぐれで拾ったこの少女だが、宝玄仙は自分のものにしてよかったと思っている。

 最初の初心(うぶ)さと反抗心の強さはもうない。

 その代わりに、この少女は、嘘のような素直さと淫靡さを示して、宝玄仙の責めに淫らに応じる。

 あらゆる要求に応じる。

 どんな屈辱的な行為にも従う。

 それでいて、まだ羞恥心は失っていない。

 最高の素材になった。

 かなりの性技も教え込んだ。

 最近では、この宝玄仙もたじろぐほどの技を見せることもある。

 

「それでは、お口を頂きます」

 

 鳴智が宝玄仙の前にやってきた。

 

「ああ……」

 

 宝玄仙は唇を半開きにする。

 鳴智の顔が迫り、唇が重なる。柔らかな舌が宝玄仙の口中に入ってくる。

 ねっとりした鳴智による舌の愛撫……。

 宝玄仙は自分の股間が熱くなるのを感じた。

 

「んんっ、んん……」

「はあ、はあ、んあっ、んああ…。」

 

 鳴智の舌が、歯茎と歯を一本一本丹念に舐っていく。

 その丁寧な鳴智の仕事に、宝玄仙はぼうっとしていた。

 

 そのときだった……。

 なにかが、喉の奥に入れられたような気がした――。

 はっとした。

 

「ちっ――」

 

 宝玄仙は、強引に鳴智を押し離す。

 鳴智は宝玄仙から、床に突き飛ばされた。

 だが、その鳴智が勝ち誇ったような微笑みを浮かべたまま、蔑みの視線で宝玄仙を見た。

 これまでに見たことのない鳴智の表情に、宝玄仙はとにかく不愉快になった。

 

「な、なにかを飲ませたね、鳴智──?」

 

 宝玄仙の問いに、鳴智は黙って微笑んだままだ。

 身体の違和感が続いている。

 なにが……?

 宝玄仙は混乱の中だ。

 

「なにを飲ませたんだい――? 訊いてんだろう」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげた。

 

「ちょっとしたものを飲ませただけよ、宝玄仙」

 

 すっと立ちあがった鳴智は、宝玄仙のいつもの椅子を引っ張ると、それにどっかりと座って足を組んだ。

 自分の椅子を奴隷が使ったくらいで逆上はしないが、宝玄仙が驚いたのは、その態度だ。

 鳴智は宝玄仙を呼び捨てにし、馬鹿にしたような表情をしてこっちを見ている。

 

「鳴智、その態度はなんだい? また、調教をやり直したいのかい――」

 

 かっとして宝玄仙は叫んだ。

 そして、鳴智を椅子から引きずり降ろそうために、道術をかけようとした。

 

「ひぎいぃぃぃ――」

 

 しかし、突如として股間から起こった激痛に、宝玄仙は寝台から床に、転げ落ちてしまった。

 道術を発揮しようとした瞬間、怖ろしいほどの痛みが身体を襲ったのだ。

 宝玄仙は股間を両手で押さえたまま、しばらくは動くこともできなかった。

 

 やがて、やっと息ができる程度まで痛みが治まった。

 さっきの一度の激痛だけで、すでに全身は脂汗にまみれている。

 それくらいの衝撃だった。

 なんだ、いまのは……?

 

 すると、鳴智が宝玄仙の身体に跨った。

 しかも、宝玄仙の腕を強引に背中に捩じり曲げようとしている。

 

「ちょ、ちょっと、お前――」

 

 宝玄仙は、突然のことに動転した。

 

「ほら、あんたなんて、道術が遣えなければ、わたしなんかでも軽くあしらえるくらいの非力なんだよ。ほら、抵抗してごらん、宝玄仙」

 

 馬乗りになった鳴智は、どこに隠していたのか、縄で宝玄仙の両手を背中側で縛ろうとしている。

 しかも、持っているのが縄の霊具だとわかった。

 宝玄仙が発明したものであり、道術の使えない常人でも扱えるように細工がなされている。いまではすっかりと世間に拡まり、帝国中で買える拘束具だ。

 世間では『魔縄』と呼ばれていて、一度縛られると、誰かにほどいてもらわないと縄脱けも、縄の切断も不可能になる。

 

「やっ、やめないか――」

 

 あっという間に、背中側で両腕を水平にさせられて、ぎゅっと束ねて縛られた。さらに縄が身体に食い込む。

 

「な、鳴智、こんなことして覚悟はできてんだろうねえ――」

 

 宝玄仙は癇癪のまま叫んだ。

 一度縛られれば、もう拘束からは逃れられない。

 しかし、宝玄仙であれば、道術の流れを反転して無効化できるのだ。なにしろ、もともと、魔縄は宝玄仙が発明したものだ。

 宝玄仙は、魔術で鳴智と縄を払い避けようとした。

 

「うぎゃああぁぁぁ――」

 

 今度は全身の激痛だ。

 あまりもの衝撃に、宝玄仙はのたうち回りかけた。

 だが、体重を乗せた鳴智によりそれを阻まれる。

 鳴智が力の抜けた宝玄仙の腕を完全に後手縛りにしてしまった。

 

「お、お前――。なにを飲ませたんだいっ――? 道術封じの薬かい――」

 

 間違いなく鳴智に飲まされた薬が影響していると思った。

 だが、単純な道術封じじゃない。しかし、道術を遣おうと、意識を集中するたびに、死ぬような激痛が走るのだ。

 おかしな薬を飲まされたのは間違いない。

 

 道術を込めた道具を「霊具」と呼ぶのに対し、道術を込めた薬を「仙薬」という。

 おそらく、宝玄仙が飲まされたのは、激痛で道術を遣えなくする仙薬に違いない。

 だが、そんなものが世間に流通しているわけがなく、鳴智がどうやってそれを手に入れたのかわからない。

 そして、すっかりなびいていると思っていた鳴智の裏切りに、宝玄仙は愕然ともしていた。

 

「ほら、道術はどうしたの、宝玄仙。この三箇月間、さんざんにいたぶってくれたじゃない。その道術を遣ってよ」

 

 鳴智は、宝玄仙の腰から下袍を引きおろした。

 宝玄仙の下半身が下着姿になる。

 

「抵抗しろって、言ってんだろう、この変態女が――」

 

 鳴智が宝玄仙の腰を蹴り飛ばす。

 

「ぐあっ」

 

 宝玄仙は壁に叩きつけられた。

 

「く、くそう……」

 

 なんとか宝玄仙は、後手に縛られた身体を起こして、片膝で鳴智から身を護るような格好になった。

 この部屋には、結界が刻んである。

 道術が遣えさえすれば、あっという間に「魔縄」など切れるし、鳴智の反抗を抑えることも可能だ。

 だが、その度に走る激痛――。

 これでは、道術が遣えない。

 

「それにしても、そののたうち回り方からすれば、余程、痛いらしいわねえ。身体の痛みは、発揮しようとする道術の大きさに比例するそうだから、お前の道術の大きさが仇になったわね。いずれにせよ、もう、お前は術は遣えないわ。さあ、この三箇月の仕返しをたっぷりとさせてもらうわね」

 

「こ、こんなことして、後でどうなるか、わかっているだろうねえ、鳴智」

 

 宝玄仙は、下半身が下着だけというみっともない姿で、鳴智を睨んだ。

 だが、昨日までだったら、この視線だけで宝玄仙を怖がった鳴智が、逆に愉しそうに宝玄仙を眺めて笑っている。

 宝玄仙はぞっとした。

 

 仕方ない……。

 宝玄仙は決心した。

 こんなみっともない格好を見られるのは嫌だが、ここはやむを得ない。

 

桃源(とうげん)――。桃源――。誰でもいい――。助けて――。助けておくれ――。鳴智の反抗だよ――」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 この屋敷には、鳴智のほかにも十人以上の家人がいる。

 誰かには声が届いたはずだ。

 すぐに廊下に足音がして部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは桃源だ。

 宝玄仙のあられもない姿に目を見開いている。

 

「これは……。随分といい格好になりましたな、宝玄仙様」

 

 桃源はじろじろと宝玄仙の脚を見ながら言った。

 

「呑気なことを言ってんじゃないよ。鳴智を取り押さえな。そして、この縄を解くんだ」

 

「ご自分でおやりになればいいでしょう?」

 

 桃源は、いつもの無表情な顔で言う。

 

「できないんだよ。へ、変な薬を飲まされたんだよ――。ああ、いいから説明は後だ。早く鳴智を取り押さえないかい――。ぼやぼやしていると逃げてしまうよ――」

 

「逃げやしないわよ、宝玄仙」

 

 鳴智がどっかりと再び椅子に座り直す。

 桃源がやってきたのに慌てる様子もない。

 その落ち着きぶりに、宝玄仙は嫌な予感がした。

 また、桃源も少しも驚いた様子はない。

 そして、鳴智に詰め寄る仕草もない。

 

「ど、どういうことだい……、お前たち……?」

 

 宝玄仙はそう言った。

 すると、桃源がすっと宝玄仙に近づく。

 手になにかを持っている。

 足輪のようだ。

 それを宝玄仙の足首に嵌めようとしている。

 宝玄仙は、足を引っ込めて避けようとした。 だが、すぐに足首を掴まれて、簡単に嵌められた。

 

「な、なにをするんだい――?」

 

 一体全体、なにが起っているのだ――?

 宝玄仙の理解を超えることが起っている。

 

 ずっと従順だった奴隷の鳴智が、宝玄仙に仙薬を飲ませて宝玄仙の道術を封じて、宝玄仙を拘束した。

 家宰の桃源は、宝玄仙を助けるどころか、その手伝いをしている。

 

 桃源は、もうひとつ同じ霊具の足輪を取り出すと、その足輪を宝玄仙の反対の足首に嵌めた。

 途端に、ふたつの足輪が反撥して、宝玄仙の足は肩幅の倍以上に大きく開く。

 

「せ、説明しな」

 

 宝玄仙は冷静になろうとした。

 一方で、必死に脚を閉じようするが、どうしても足首の輪が反発して閉じれない。

 そのため、下着だけの股間を隠すこともできない。

 

「ほう、もしかして、股が濡れておるのではないですか? まさか、宝玄仙様が被虐癖でもあるとは知りませんでしたよ」

 

「まあ、本当じゃない。傑作ね――」

 

 鳴智が宝玄仙の股間を見入るようにして爆笑した。

 宝玄仙は顔が真っ赤になるのを感じた。

 嗜虐好きの多淫が宝玄仙の性癖だが、母親に躾られた被虐癖はもうひとつの宝玄仙の性癖である。

 こんな目に遭ったことで、宝玄仙の身体はそれに反応してしまったのだ。

 宝玄仙は歯噛みした。

 そのとき、再び廊下に通じる扉が開いた。

 

「説明はわしがしよう」

 

 開かれた扉から入ってきた人物に、宝玄仙は、慌てて大きく開脚した股間を閉じようとした。だが、やっぱり反撥し合う足輪は、それを阻んで許さない。

 

「と、闘勝仙(とうしょうせん)――。な、なんでここに?」

 

 宝玄仙は仰天した。

 とにかく、身体を動かして、闘勝仙の視線から股間を隠そうとする。

 だが、椅子から立ちあがった鳴智が、それを抑えて真っ直ぐに宝玄仙の身体を闘勝仙に向けさせた。

 反対側の肩を桃源が抑える。

 宝玄仙は、下着だけでの大きく開脚した下半身を闘勝仙の視線に晒すことを防げなくなった。

 

「これはなかなかの果報な光景だな、(ほう)

 

 闘勝仙が、短い棒を取り出すと、避けることのできない宝玄仙の股間にそれを伸ばす。

 

「は、離せ――。や、やめろ――。ひ、卑怯だよ、闘勝仙――。これはお前のすべて仕業だね」

 

 宝玄仙は喚いた。

 やっとわかった。

 こんな大それたことを鳴智や桃源ができるわけもないし、宝玄仙を陥れるほどの霊具や仙薬を準備できるわけがない。

 つまりは、こいつが糸を引いていたのだ。

 動機は、八仙の中で唯一、宝玄仙が、闘勝仙の権威に逆らい続けたからだと思う。

 しかし、こんなことをするなど……。

 闘勝仙の棒は、正確に薄い下着の上から宝玄仙の肉芯を突いた。

 

「あうっ」

 

 思わず宝玄仙は声をあげた。

 その棒が振動を始める。

 たちまちに宝玄仙は甘い息を出してしまう。

 脚を閉じようとするのだが、どうしてもできない。

 本当なら、こんな霊具をはね返すことなど簡単なのだ。だが、それをしようとしてあの激痛があると思うと、怖くて集中できない。

 普段、道術に頼りきっている宝玄仙には、ふたりの人間に抑えられれば、それを跳ね飛ばす力はない。

 

「お、お前、こ、こんなことをして……。くああっ――」

 

 宝玄仙がもがくので、闘勝仙が肉芯を差す棒に力を入れる。

 それとともに、与えられる刺激は大きくなり、官能の波は大きくなっていく。

 

「お前も、藍采仙(あいさいせん)のように、素直にわしらに身体を差し出せばよかったのだ。そうすれば、こんな面倒なことをしなくて済んだし、お前も召使いどもに裏切られるというような屈辱を味わなくて済んだのだぞ」

 

 やはり、藍采仙は、この闘勝仙によって、身体を奪われたのだと思った。

 ここ一年ほどのことであるが、藍采仙はずっと年端のいかない少女の姿をしている。

 自分の中の女をそうやって隠しているのだ。

 おそらく、せめてもの抵抗なのだろう。

 だが、最近だけでも、法要のような行事のたびに、疲労困憊で服を乱した姿で、藍采仙が闘勝仙と取り巻きが休憩する部屋から出てくるのを何度も見ている。

 間違いなく、闘勝仙たちは、同じ八仙の藍采仙を慰みものにしているのだ。

 そして、いま、宝玄仙も……。

 

「お、お前たちは、い、いつから、結託していたんだい――?」

 

 宝玄仙は、鳴智と桃源に怒鳴った。

 ふたりに答えはない。

 ただ、にやにやするだけだ。

 

「他人のことはよい。それよりも、自分のことに集中せんか」

 

 闘勝仙が笑いながら、棒をぐいぐいと押す。

 口惜しいが快感があがってくる。

 避けられないものが沸き起こる。

 宝玄仙は全身が震えはじめるのを感じた。

 闘勝仙の棒の振動だけではない。

 内側から沸き起こるものもある。

 おそらく、飲まされた仙薬は、宝玄仙の術を封じるだけではない。媚薬の効果もあるに違いない。

 それが証拠に、脳が焼けるような疼きが全身を走り始めている。

 そして、宝玄仙自身の心の反応……。

 このままだと、闘勝仙の眼の前ではしたなく絶頂するしかない。

 それだけは嫌だ――。

 

「こ、答えるんだよ、桃源―――。いつからだよ? お、お前はいつから、わたしを裏切って闘勝仙になびいたんだよ?」

 

 宝玄仙は大声を出した。

 もう、そこまで来ている。

 呆気なく達するのを防いでいるのは、気力のようなものだけだ。

 

「裏切ったつもりはありません。最初から闘勝仙様は、私の本当の主人でございます。何度もご忠告したはずです、宝玄仙様。闘勝仙様は敵に回してはならぬと――」

 

「な、なんだって?」

 

 どういうことだ――。

 この桃源に屋敷のことを任せるようになったのは四年も前だ。

 だが、考えてみれば、宝玄仙はこの家宰がどういう人間であるかをまるで知らない。

 ただ、屋敷に付属するものだという気持ちしか抱いていなかった。

 実は、闘勝仙の息のかかった人間であったということか。

 

「お前のことは、実に興味深くいつも報告を受けていた。ほかの八仙にもすべて、わしの手の者が周りに入り込んでいる。八仙と言えども、万能ではない。なんらかの弱みはあるものよ。しかし、霊具遣いの才女の裏の顔が、若い女の身体を貪る嗜虐趣味だとはな……。いや、被虐癖もあるのだったな……」

 

 闘勝仙が大笑いした。

 もうぎりぎりだ。

 凍るような屈辱が圧倒的な快感とともにせりあがる。

 だが、宝玄仙を支えているのは、絶対に屈服したくない。

 その強い意思だけだ。

 

「なかなか、しぶといな、宝」

 

 闘勝仙が、宝玄仙の女芯を突いている棒を左右に強く動かした。

 

「はうぁあっ――」

 

 宝玄仙は、身体を弓なりにしなごら、声をあげた。

 

「お、お前はなぜ裏切ったんだよ、鳴智……?」

 

 宝玄仙は激しく息を吐きながら、鳴智に顔を向けた。

 なにかを喋って、気を紛らせないといないと持たない。

 もう、絶頂の壁がそこまで来ている。

 もう崩壊する……。

 

「なぜだって? もしかして、わたしをたらし込んだと思っていた? わたしは、お前に、心をなびかせたのは一度もないわ、宝玄仙。そう見えたのは、そうしろと、このご主人様が言ったからよ」

 

「ご主人様?」

 

 宝玄仙は驚いた。

 鳴智が「ご主人様」と呼んだのが、闘勝仙ではなく、桃源だったからだ。

 桃源が“ご主人様”?

 

「桃源様よ。桃源様こそ、わたしの本当のご主人様よ……。そして、帝仙様は、そのご主人様のご主人様……。ご主人様の命令でなければ、お前の身体なんか舐めるのは嫌だったに決まってるじゃない、宝玄仙」

 

「お、お前……、と、桃源? お前が鳴智を……」

 

「お気づきにはならなかったのですな、宝玄仙様? 三箇月前にこの館にやってきたときから、ずっと、この鳴智は、この桃源に調教されておりました。いまは、完全に私に屈服しております」

 

「そ、そんな……」

 

「ねえ、だから、ご主人様、あとでご褒美を……」

 

 鳴智は宝玄仙を抑える手に力を入れながら、甘い声で言った。

 

「わかっている。お前はよくやった」

 

 桃源は言った。

 そんな以前から今日の罠が準備されていたとは知らなかった。

 まったく気がつかなかった自分にも腹が立つ。

 

「しかし、よくも、こんなに我慢できるな、宝? 驚いたぞ」

 

「宝は性技については、一流のものを持っております。性感を抑制することもできます。霊具だけではなく、その方面も一流ですよ」

 

 桃源だ。

 わざとらしい丁寧語に腹が立つ。

 

「……でも、お尻が弱点よ。この女は隠しているけど、最大の弱みが実はそこよ。わたしは、この三箇月間、ずっと、この女の身体を舐めさせられてきたからわかるの」

 

 鳴智が言った。

 宝玄仙は愕然とした。

 もしかしたら、自分は女芯よりも、肛門が弱いのではないかと宝玄仙は危惧していた。

 だから、いままでに、そこだけは性技に使ったことはない。

 怖いのだ。

 そこを触られると、宝玄仙は冷徹な嗜虐者でいられなくなる。

 

「どれどれ」

 

 闘勝仙の棒がすっと肉芽から離れた。しかし、鳴智と桃源がふたりがかりで、宝玄仙の身体をうつ伏せにして、頭と膝を床につけて、尻だけを高くあげる姿勢に変えた。両足は相変わらず閉じることができない。

 

「や、やめて――」

 

 闘勝仙が尻のすぐ後ろに来る。

 さっきの棒が背中側から下着の中に入り込み、宝玄仙の菊門を探り当てて、また激しく震えはじめた。

 

「じゃあ、ここはわたしが」

 

 鳴智がさっきまで棒で責められていた宝玄仙の肉芽を、空いている片手で擦り出す。

 

「これは、これは……。では、私は、胸でも揉ませていただきますか」

 

 桃源が服越しに宝玄仙の乳房を揉み始める。

 

「あああっ」

 

 三箇所同時の攻撃に、さすがの宝玄仙も我を忘れるほどの衝撃を受けた。

 宝玄仙はあっという間に昇天してしまった。

 

「桃源、宝を広間に連れていけ。そして、家人を全員集めよ」

 

 闘勝仙がまるで、自らがこの館の主人であるかのような物言いで命令した。



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70  裏切りの日【恵圭(えけい)

 宝玄仙を広間に移動させ、そこで天井から両手を吊らせた。

 全裸だ。

 足先は爪先がかすかに床から浮くくらいのものだ。

 しかも、馬鹿みたいに脚を大股で拡げており、闘勝仙(とうしょうせん)は、その宝玄仙の局部が丸見えになる正面の位置に、椅子を準備させて座っている。

 闘勝仙は、屈辱に顔を歪める宝玄仙の姿に笑ってしまった。

 

 宝玄仙の両脚が開いているのは、足首にお互いに反撥し合う足輪を嵌めさせているからだ。

 だから、開脚した脚を閉じられないのだ。

 

 宝玄仙に目を付けたのは、この巫女が八仙候補となり、何度か地方から帝都に顔を出すようになった四年前からだ。

 あまりの美しさと醸し出す色香の強さに闘勝仙は息を呑んだものだった。

 そして、美しい外見とは裏腹の気の強さにも魅了された。

 闘勝仙は、たちまちに、この美貌の女法師の虜になった。

 

 だが、隙はなかった。

 簡単には男に靡くような女ではない。かつては、恋の多い女として有名だった時期もあったらしいが、いまでは、男嫌いと称していいくらいに、男を受け入れない。

 だが、多淫の性質は変わらず、若い女を苛むのが好きで、地方神殿長の館に若い女を集めて、女主人として、毎日のように百合の性に興じているということもわかった。

 なかなかの変態ぶりの性癖は、手の者に調べさせて、すぐにわかった。

 試しに口説いてみたが、けんもほろろに断られた。

 さらに興味を抱いた。

 そういう女を逆に苛め抜くというのも面白い。

 

 宝玄仙の八仙の昇格について話し合うにあたり、空席となっていた八仙の椅子に、宝玄仙をもっとも推薦したのは、当時の帝仙だった玉龍仙(ぎょくりゅうせん)だ。

 確かに、宝玄仙の霊具作りの才能と貢献は顕著なものがあったし、道術力には非凡なものがあった。

 それだけでなく、他人の道術を受けつけないという術返しの能力は、持って生まれた血によるものであるらしく、それだけは闘勝仙よりも勝ると思った。

 だが、全員が百歳を越える八仙に、宝玄仙の若さで加わるというのは異例だった。

 

 だが、結局は、それは全員の了承により、宝玄仙の八仙昇格は決定された。

 玉龍仙の推薦もさることながら、次の帝仙候補と目されている最大の実力者の闘勝仙の賛意も大きかった。

 宝玄仙は、八仙のひとりと認められた。

 

 だが、闘勝仙の狙いは、宝玄仙を八仙の器と認めるのとは別のところにあった。

 術返しの強い宝玄仙を罠に嵌めるには、接触することの多い八仙同士である方がやりやすいと思ったからだ。闘勝仙の狙いは、最初から宝玄仙の身体だった。

 

 帝都にやってきた宝玄仙に、自然なかたちで桃源(とうげん)をそばにつけることにも成功した。

 新たな宝玄仙の帝都の館に、桃源を家宰として潜り込ませたのだ。桃源は闘勝仙の「犬」だ。

 宝玄仙は、桃源がおり、闘勝仙の息もかかっている館に、地方神館から、飼っていた若い女たちを連れてやってきた。

 あとは、いつでも料理できるはずだった。

 

 だが、闘勝仙の狙いを狂わせたのは、宝玄仙が闘勝仙が考えていた以上の道術遣いであったことだった。

 簡単には術にはかからないし、霊具にも抵抗できる。

 罠に嵌めるのは、「呪い」だと最初から決めていたものの、問題はその手段だった。

 宝玄仙が霊具作りに長けるように、闘勝仙の得意は他人に呪いをかけて、支配してしまうことだ。

 ただ、宝玄仙の場合は、術封じの体質が強すぎて、そのままでは、闘勝仙の呪いをかけられない。

 なんらかの手段で、弱らせてから呪いをかける必要があるが、その手段が問題だった。

 

 なにしろ、口にする料理や水には気を使っているし、人前で決して食べ物を口にしない。

 桃源を通じて、悪意のある罠に嵌めることも考えたが、その機会はなかった。

 宝玄仙は、自分の身の周りの世話は、地方から一緒に連れてきた女中たちにしかやらせない。

 それは徹底されていて、彼女たちは宝玄仙を護るために、絶対に、桃源を含めて部外者には宝玄仙に近づかせない。桃源は話をする程度しか接近することはできないようだった。

 女たちの忠誠心高く、隙がない。

 宝玄仙が口にするものに毒見をする者も交替で決められている。台所に桃源が入ることもできない。

 そもそも、宝玄仙自身が術遣いとして一流なので、桃源といえども屋敷でおかしなことをやるとすぐに発覚しそうだった。

 

 そうこうしているうちに四年も経った。

 帝仙だった玉龍仙は老去し、闘勝仙は新しい帝仙になっていた。

 ひとりひとりと、ほかの八仙たちを支配していき、もっとも古株の藍采仙(あいさいせん)でさえも、闘勝仙の権力の前には、娼婦のように身体を差し出すしかなくなっていた。

 

 闘勝仙の狙いは、宝玄仙だけになっていた。

 そして、その機会は訪れた。

 宝玄仙が新しい奴隷を手に入れたのだ。

 

 宝玄仙の若い娘に対する嗜虐趣味は、すぐにわかったが、この四年、宝玄仙はその嗜虐趣味を地方から一緒に連れてきた女中で済ませていた。

 しかし、気心の知れた娘たちでは、満足しきれなくなったのか、宝玄仙は、鳴智(なち)という娘を買い取って、奴隷にした。

 闘勝仙は、桃源を動かした。

 桃源に、鳴智を支配するように指示したのだ。

 

 その鳴智を宝玄仙は調教して服従させたが、本当にそれをやったのは桃源だ。

 宝玄仙が大神殿における女法師の役目を果たしている間に、この桃源が宝玄仙の調教を上塗りしていた。

 これにより、桃源は完全に鳴智を意のままにすることに成功した。

 

 それからは簡単だった。

 今日という機会を狙って、鳴智が宝玄仙に口移しで仙薬を飲ませ、宝玄仙は道術が遣えなくなった。

 もっとも、一時的なものであり、いずれは仙薬の効果は切れる。

 それまでに、宝玄仙を支配してしまう必要がある。

 

 いずれにしても、もう宝玄仙は落ちたも同じだ。

 闘勝仙は、ついに捕らわれの身にした宝玄仙を満足とともに眺めていた。

 

「ん、んんっ、んんんっ」

 

 その宝玄仙が、拘束された裸身を弓なりにして、また果てた。

 自分が使っていた女中に、張形で責められているのだ。

 それをさせているのは闘勝仙である。

 闘勝仙の指示で動いているのが桃源と鳴智だ。

 

 そして、いまや、この館の結界は、宝玄仙はなく闘勝仙によるものに刻み変えた。

 そこまでの準備を密かにやったのは桃源であり、今日、なんなく館に入った闘勝仙は、自分の道術で宝玄仙たちの女たちを無力化した。

 そして、宝玄仙を拘束した桃源と鳴智と合流し、宝玄仙をいたぶり始めたというところだ。

 もちろん、宝玄仙が術を遣えない状態はまだ続いている。術を遣おうとすれば、全身に電撃が流れて術が中断される仕掛けだ。

 宝玄仙は、もはや術を遣おうとも思えないみたいだ。

 

 また、足に嵌めた足輪は、お互いに反撥し合うので、宝玄仙は十数回も続けて気をやらされて汗と愛液まみれの身体を惜しげもなく晒すしかなかった。

 その宝玄仙を、拘束している女中たちに、ひとりひとり、張形で責めることを要求した。

 それに応じて宝玄仙に気をやらせることができれば、女たちは解放されるだけでなく、かなりの財を持たされて故郷に戻ることを許されるというとこにした。

 宝玄仙を責めることに同意しなければ、女奴隷として、遠い西域の果てに向かう奴隷商人に売ると脅すと、女中たちは蒼い顔をして宝玄仙を責め始めた。

 嬉々として宝玄仙の責めを統制しているのは、鳴智だ。

 

「交代だよ。次の女、まずは尻責めをしろ。逆らえば呪い殺す。わしに二言はない」

 

 何度も繰り返している脅しの言葉を闘勝仙は発する。

 いまは、この館の全員が集まっている。

 宝玄仙に仕える女たちは、術を封じられて、拷問まがいの嗜虐を受けさせられている宝玄仙の姿に、すっかりと怯えきっている。

 

「ほら、次だよ、次――。お前だ――」

 

 まるで新しい女主人のように、この場を支配しはじめた鳴智が怒鳴った。

 ひとりの女中が進み出る。

 さっきからやっているのは、ひと廻り目として、集めた女たちに交代で責めさせ、宝玄仙に繰り返し絶頂をさせるということだ。

 調教をするには、まずは、体力を根こそぎ奪う。

 それが基本だ。

 

「ほら、張形に油剤を足して、この雌の尻に突っ込みな。ほら、宝玄仙、嬉しいだろう? どうでもいいけど、ほんっとに、お前はいやらしい変態だよ」

 

 鳴智が張形を次の女に渡すとともに、宝玄仙の黒髪を引っ張って、強引に自分に向けさせた。

 宝玄仙の口には、言葉が喋れないように、小さな穴の空いた丸い球体を噛ませて顔の後ろで縛って外れないようにしている。

 穴から糸の引く大量の涎を垂れ流している宝玄仙が必死の様子で鼻息をしつつ、鳴智を憎々しげに睨む。

 

「なんだい、その生意気そうな顔は――。そら、悔しければ少しでも我慢してみな、変態女――」

 

 交代した女に宝玄仙の尻責めを始めさせ、鳴智は吊られていれ宝玄仙の前に前に回って、尻責めに使わせている油剤の壺に指を入れて、たっぷりと油剤を指にまぶして、肉芽をいじりだす。

 

「んふうっ、んんんっ、んんんっ」

 

 前後責めを受ける宝玄仙が泣くような声をあげて、またまた悶えだす。

 それにしても、この鳴智という少女……。

 この宝玄仙を相手になかなかの女調教師ぶりだ。

 三箇月間、宝玄仙の調教を受け続けたということだが、実際には根っからの嗜虐性なのだと思う。

 それが、三箇月も性奴隷のように扱われ、怒りが脳天に達しているようだ。

 この女は使えるな……。

 立場が逆転した鳴智と宝玄仙の様子を眺めつつ、このまま鳴智を宝玄仙の調教役にしてもいいなと考えた。

 

「んんん、んんっ」

 

 宝玄仙ががくがくと震えて、早くも絶頂の兆しを示しだした。

 もう十回以上も達しており、身体が異常に敏感になっているようだ。また、おそらく全身は脱力状態と思う。

 特に尻責めには弱いようだ。

 眺めていれば、それは明らかだ。

 

「んぐううううっ」

 

 口に丸い球体を入れられている宝玄仙が裸身を跳ねさせた。

 実のところ、さっきから鳴智が女たちに使わせている油剤は、強力な媚薬でもある。

 それを繰り返し塗り足される宝玄仙の身体は、いまや狂ったような官能の猛威に晒されていると思う。

 

「んふうっ」

 

 そして、達した。

 宝玄仙の身体が脚を拡げたまま、がくりと垂れ下がる。

 すると、鳴智が桃源に視線を送って、合図のような仕草をする。

 

「これで一巡です、闘勝仙様」

 

 すると、闘勝仙同様に、鳴智が宝玄仙を責めるのを見守っていた桃源が恭しく頭をさげた。

 

「ならば、次に二巡目だ。次からは絶頂させた後で、十発ずつの鞭打ちだ。終わった者から追い出せ」

 

「はっ」

 

 桃源が恭しく頭をさげた。

 鳴智が再び宝玄仙の髪を掴んで、自分に向けさせる。

 

「聞いた通りだよ、宝――。嬉しいだろう? 全員に鞭打ってもらえるよ……。さあ、お前らは支度しな」

 

 鳴智が宝玄仙の髪を掴んだまま、女たちに向かって、大きな声をあげた。

 

 

 *

 

 

 闘勝仙の前で、宝玄仙への責めの二巡目が続いている。

 今度は、絶頂をさせたら鞭打ちである。

 すでに、八人まで終わった。

 宝玄仙を責め終わったその八人は、すでに金粒を持たされて放り出された。今日のうちに、帝都の外門を出ていなければ、やはり、西域に売り飛ばすと言っているので、今頃は慌てて旅支度をしているはずだ。

 

「ほ、宝玄仙様、申し訳ありません。お別れです……」

 

 がくがくと絶頂をしたばかりの宝玄仙に、九人目の女中が乗馬鞭を手に取り、宝玄仙の裸体を打ち始める。

 もはや、抵抗する力もない宝玄仙は、それを諾々と受け入れる。

 そして、十発が終わる。

 

「ご苦労さん。じゃあ、そこにある金粒の袋を持って、出ていくのよ。このことを口外するんじゃないわよ。もっとも、口外したってどうしようもないだろうけどね」

 

 鳴智が女に言った。

 そして、がくりと顔を垂らしている宝玄仙の陰毛をつかむと、無造作に引き抜いた。

 

「んぎいいいっ」

 

 宝玄仙が目を見開いて悲鳴をあげた。

 

「勝手に目をつぶるんじゃないよ。さもないと、また陰毛をむしるよ――。ほら、悔しいかい、宝玄仙? 長年使っていた女たちに、次々に責められて、鞭でぶたれるのは?」

 

 さすがの宝玄仙も、鳴智に応じる気力はないようだ。

 それはそうであろう。

 もう、数刻も休むことなく責められ続けている。達した回数は、二十じゃ足りないはずだ。

 気を失った回数も三回だ。

 そのたびに、鳴智に頬をはたかれている。

 そして、今度は陰毛むしりか……。

 なかなかに冷酷な娘のようだ。

 

「行きなさい……」

 

 桃源が役目の終わった九人目に声をかけた。

 女が泣きそうな顔で部屋を飛び出ていく。荷をまとめて館から立ち去るためだ。

 

 最後の女中の番になった。

 恵圭(えけい)だ。

 ほかの女は知らないが、闘勝仙はこの女中の名だけは記憶している。

 宝玄仙が一番お気に入りの女中であり、もちろん、宝玄仙とは身体の関係でもある。

 その恵圭に鳴智が張形を渡した。

 

「やっぱり、もう嫌です、宝玄仙様を裏切るなど――」

 

 恵圭が鳴智の持たせた張形を投げ捨てた。

 

「お前の名は?」

 

 闘勝仙は、椅子に腰かけたまま、その恵圭を睨んだ。

 名は知っているが、確認のようなものだ。

 

「恵圭です……」

 

 恵圭が震える声で言った。

 

「よいのか? 西域に連れていく奴隷商人に売り飛ばすぞ? 二度とは戻れんぞ?」

 

「お、お世話になった、宝玄仙様を裏切れません」

 

 宝玄仙がなにかを叫んでいる。

 だが、口を塞がれているために、なにを叫んでいるのかわからない。

 

「いいの、恵圭? 西域なんて、妖魔の巣よ。そんなところに売られたら、あっというまに死んでしまうわよ。妖魔の相手をさせられるのよ。そこまでの義理があるの? この変態巫女に?」

 

 鳴智が呆れたというような声をあげた。

 

「お、お前には、宝玄仙様のことがなにもわかっていないのよ、鳴智――。こんなことして、恥知らず――」

 

 恵圭が鳴智の頬を張った。

 すると、鳴智が恵圭の頬を張り返した。

 恵圭の身体が崩れ落ちた。

 

 その恵圭を闘勝仙は、道術で床に張り付けた。

 恵圭が床に押し潰される苦痛に悲鳴をあげる。

 そして、床から一度浮きあがらせて、くるりと反転して今度は仰向けに床に張りつけられた。

 その身体がずるずると動いて、丁度、宝玄仙の股間の真下に来る位置で再び固定をしてやる。

 

「宝に浣腸をしてやれ」

 

 闘勝仙は指示をして、鳴智に宝玄仙の尻穴に浣腸液を注がせた。

 ももとも、女たちがいなくなったら、浣腸責めの予定になっていた。だから、準備をしてあった。

 鳴智が浣腸器をとって、宝玄仙の尻穴に注ぎ込む。

 

「んんっ、んぐう……」

 

 宝玄仙がぶるぶると震えて、苦しみだす。

 しかし、一回目の浣腸液の注ぎ込みが終わると、鳴智はすぐに二回目を開始した。

 そして、三回……。

 吊られている宝玄仙の下腹部がぽこりと膨らんだ。

 

「鳴智、宝玄仙の口に嵌っているものを外してやれ」

 

 すぐに宝玄仙の口が解放される。

 

「お、お前……たち……。しょ、承知……しない……からね……」

 

 宝玄仙が喘ぎ喘ぎに言った。

 

「それよりも、お前の足の真下には、お前を裏切ることを拒否した恵圭の顔があるんだからね。その恵圭の顔の上に、糞便を巻き散らすんじゃないよ」

 

 そう言って、鳴智が宝玄仙の肛門を指で擦りはじめた。

 

「なっ、なにを……ひいっ」

 

 宝玄仙は、感極まった声をあげた。

 だが、糞便と聞いて、宝玄仙の股間の真下に張りつけられている恵圭がぎょっとした表情をした。

 

「や、やめてぇ」

 

 恵圭が悲鳴をあげる。

 闘勝仙は恵圭の顔を道術で固定して動かせないようにした。

 恵圭の顔が恐怖に染まるのがわかった。

 一方で、宝玄仙も苦痛に顔を歪める。

 

「恵圭、この宝玄仙に大量の浣腸を施したのは見ていたわよね……。つまり、お前の顔は、いまにも大便を洩らしそうな宝玄仙の真下にあるということさ。こいつが大便を洩らせば、どうなるかわかるわよね?」

 

 鳴智が言った。

 

「ひっ、いやあああっ」

 

 恵圭が驚いて、顔の前を自分の手で覆った。

 その手を闘勝仙は道術で取り払う。

 それだけではなく、大きく口を開いて閉じられないようにした。

 

「ああぁ、ああぁぁ――」

 

 恵圭が口を開けたまま悲痛な叫びをあげた。

 

「や、やめておくれ」

 

 闘勝仙のやったことに気がついた宝玄仙が、血の気を失った顔でひきつった。

 もう、限界に近いだろう。

 その状態にある肛門を鳴智が刺激を加え続けている。

 肛門の真下には、口を開けている恵圭の顔だ。

 

「宝玄仙よ、恵圭をどかして欲しいか?」

 

 闘勝仙は静かに訊ねた。

 

「か、彼女を……許してやっておくれ、お願いだよ」

 

 宝玄仙は身悶えしながら叫んだ。

 その間も、鳴智はの肛門をなぶり続けている。

 

「だったら『盟約の紐』だ。拒否すれば、お前が糞尿を撒き散らすまで、鳴智は肛門をなぶり続けるぞ」

 

「そうよ、宝玄仙。お尻の弱いお前がこんなことにいつまでも耐えられるわけがないでしょう? 恵圭の口に中に糞便をしたくなければ、早く、誓うのよ」

 

「あ、わかったから、やめておくれ、もう…」

 

 宝玄仙は歯を噛み鳴らして震えながら言った。

 鳴智が肛門から手を離した。

 これ以上の刺激は危ないと思ったのだろう。

 宝玄仙の全身は脂汗もまみれている。

 すでに二十回は気をやっていて、肛門を締め付ける体力などないはずだ。

 ここまで耐えられたのが奇跡に近い。

 

「誓ってもらいたいことは簡単だ。お前は俺に犯されて身体を許すことを受け入れる。つまりは、俺の一物がお前の膣をほじり、精を放つことを受け入れるのだ。それが条件だ。それが終わるまで、お前は俺と俺の示す者に対して、いかなる道術も遣えない。それだけだ」

 

「わ、わかった。受ける……。だ、だけど、恵圭を……恵圭を解放してあげておくれ……」

 

 『盟約の紐』というのは、いわゆる道術による契約行為であり、そのもっとも簡易なものだ。

 だが、契約者が闘勝仙と宝玄仙という稀代の道術師ふたりなのだから、結びつく霊気も強力だ。

 誓いを破ることは、事実上不可能だろう。

 しかし、命を脅かすほどの契約はできないので、道術による約定としては軽い方ということと、結ぶ契約が、闘勝仙が一度宝玄仙を犯すだけなので宝玄仙としては、受け入れ易いはずだ。

 案の定、あっさりと宝玄仙としては、受け入れた。

 闘勝仙は、ほくそ笑んだ。

 

「それは二つ目の契約だな……。とにかく、さっきの盟約を結べ。お前はわしに犯される。犯され終わるまで、わしとわしの示す者にいなかる術も遣えない。その代わり、一度犯されれば、盟約は破棄され、お前に飲ませた薬の解毒剤もやろう。術に対する縛りもない。わしとお前の関係はなにもなしだ」

 

「……む、結ぶよ」

 

 宝玄仙は言った。

 宝玄仙とすれば、いまの状態でも、闘勝仙が犯そうと思えば、抵抗はできない。

 いまさら、身体を奪われることくらいは覚悟しているはずだ。

 一度、身体を許せば、解放すると約束すると言ってくれているのだから、宝玄仙からすればむしろありがたいはずだ。

 術の縛りが、お互いの身体に走るのがわかった。

 闘勝仙は満足した。もうひとつだ。

 

「は、早く。早く――。え、恵圭を」

 

 宝玄仙の下では、まだ、恵圭が口を開けたまま悲鳴をあげている。宝玄仙の呻きもいよいよ切羽詰ったものになってきた。

 

「そうだな。では、恵圭を解放するための道術契約だ……。もうひとつの約定だ……。お前は、さっきの『盟約の紐』が終わるまで、俺の術を受け入れ続ける。お前の術返しは、俺の術に限りに無効になる。たとえ、お前の結界の中であってもだ」

 

 これは、どうだろう?

 宝玄仙も一度犯されるまでの我慢とはいえ、闘勝仙が術を受け放題になるのは嫌だろう。

 

「……え、恵圭が、お前と一緒にいる状態では……駄目だ。え、恵圭を追い出しな……。手放すことが……すべての絶対条件……。恵圭を手放すこと……。そうでなければ、なにもお前はできない……」

 

 宝玄仙の顔は真っ白だ。

 もう、限界に違いない。

 それを盟約に含ませることで、先に恵圭を解放させるつもりだろう。

 

「いいだろう。結ぶ」

 

「む、結ぶよ……」

 

 二つ目の盟約も結ばれた。

 『盟約の魔術』は絶対だ。

 闘勝仙は、宝玄仙の真下の恵圭を解放した。

 身体の自由を得た恵圭が、宝玄仙の下から転がり出る。

 開けっ放しだった顎がつらそうだ。

 口の周りは涎で汚れている。

 

「や、約束が違うじゃない――。も、もう少しで、こいつの大便を口に入れられるところだったわ。ひ、酷いですよ。闘勝仙様、それに桃源」

 

「まあ、そう言うな、恵圭。お前を護ろうとして、宝玄仙様は、『盟約の紐』を受け入れたのだ。そうでなければ、簡単には同意しなかったでしょう」

 

 桃源が笑った。

 

「その代わり、礼金は上乗せしてもらうわよ、桃源。お前も、お前だよ、鳴智。思い切り頬を張りやがって痛かったよ」

 

「悪かったわね、恵圭さん。だけど、恵圭さんも真に迫っていたじゃない。あんたを護ろうと、宝玄仙は、闘勝仙様に犯されるという約束も、闘勝仙様の道術に対して術返しが無効になるという約束までしたのよ」

 

 鳴智も笑った。

 宝玄仙が蒼白な顔で呆気にとられている。

 

「ど、どういうことだい?」

 

 宝玄仙が、急に悲壮感のなくなった恵圭と鳴智の顔を交互に視線を移す。

 

「……も、もしかして、ぐるなのかい、お前ら?」

 

「そういうことです、宝玄仙様。ごめんさないね……。宝玄仙様を追いつめるのに協力してくれと頼まれたの。宝玄仙様に恨みはないけど、礼金もよかったし……。お金に目がくらんじゃいました」

 

 恵圭の声はあっけらかんとした声だ。

 宝玄仙はびっくりしている。

 それはそうだろう。

 

 宝玄仙は、いつの間にか味方だろ思っていたありとあらゆる周りの人間に裏切られていたのだ。

 執事の桃源――。

 奴隷の鳴智――。

 そして、愛人にしていた女中の恵圭――。

 このすべてが、一致協力して、宝玄仙を闘勝仙に売り渡すために画策していたというわけだ。

 

「じゃあ、行くわね。桃源殿。あたしの取り分を頂戴」

 

 恵圭は立ち去ろうとした。

 それを闘勝仙は留めた。

 

「待て、そんなに急ぐ必要はないだろう。お前が渡した宝玄仙への引導だ。最後のひと押しをしていけ」

 

 闘勝仙は言った。

 恵圭が首を傾げた。

 

「どうするのです?」

 

「宝玄仙はもう排便したくて仕方がないはずだ。だから、餞別代わりに、お前も、薬液を追加してから行け」

 

「ちょ、ちょっと待っておくれ。お、お願いだよ。こ、これ以上は――」

 

 宝玄仙は逆上したような声をあげた。

 闘勝仙がなにを恵圭に命じたのか理解したのだ。

 もう限界を超えている宝玄仙にさらに浣腸液を追加しろと闘勝仙は言ったことで、宝玄仙は完全に狼狽した。

 恵圭が鳴智から浣腸器を受け取る。

 

「ち、畜生。と、闘勝仙――。ふ、ふざけるなあっ。さっさと犯して帰れええ。ここまでわたしを愚弄することはないだろう――」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 

「そう言うな、お前のような女を辱めること……。それだけがわしの愉しみなのだから。わしの一物はもう役に立たんでな」

 

「なっ?」

 

 宝玄仙は驚いてる。

 

「……だから、役に立たんのだ……。従って、残念だが、お前を犯すことはできん。こうやって、いい女を見つけては、冷酷にいじめることだけがわしの性欲の発散方法なのだ。射精なしでな……。特に、お前のような気の強く、才能のある女がそうやって、泣き声をあげるのがなによりの愉しみなのだ」

 

「お、犯せない……? 役に立たない? 精を放てない? ちょ、ちょっと、待ってよ。だったら……」

 

 宝玄仙の表情が本当に悲痛なものになった。

 

「そういうことだ、宝玄仙。最初の盟約だが、わしがお前を犯すまでは、わしに術は遣えんのだったな。だったら、永遠にお前はわしに術は遣えん。そして、ふたつ目の盟約は、最初の盟約が成就するまで、お前は、わしの術を受け放題だったな。ならば、同じく、永遠にお前は、わしの術から逃れられんというわけだ」

 

 闘勝仙は大笑いした。

 宝玄仙は真っ青になった。

 一度精を受ければ、終わりという盟約のつもりだったはずだから、永続性のある契約であると悟り、顔がひきつっている。

 

「き、汚いぞ。い、いや、やってみてはどうなんだい? わ、わたしがなんとかするよ。わたしの性の技で……」

 

 宝玄仙もだんだんと結んでしまった盟約の内容の重大さに気がついたみたいだ。

 闘勝仙が一度、宝玄仙を犯すのを我慢すれば、闘勝仙の罠から脱出できるが、逆に、犯されない限りに、宝玄仙は闘勝仙の「玩具」のままだ。

 そして、闘勝仙は宝玄仙を犯すつもりはない。

 これで、宝玄仙は術に無防備になった。

 あとは、徹底的に調教して心を折り、永遠に解けることのない闘勝仙の「呪い」を受け入れさせるのみである。

 

「それよりも、恵圭、早く、浣腸液を追加してやれ。宝玄仙が、物欲しそうに尻を揺らしておるわ」

 

「え、恵圭。や、やめな――」

 

 宝玄仙は首を仰け反らせて呻くように言った。

 恵圭は、そんな宝玄仙に容赦なく、追加の浣腸液を注ぎ込んだ。

 

「さて、美貌の八仙の排泄姿を皆で拝もうか」

 

 闘勝仙は、真っ蒼な顔の宝玄仙の前に立った。

 桃源、鳴智、恵圭も、宝玄仙を囲んで立つ。

 宝玄仙は美しい顔をしかめて、歯ぎしりをしている。

 

「もう、限界なのではありませんか、宝玄仙様。足の下に桶をあてがいましょう」

 

 桃源が準備してあった木桶を宝玄仙の開いた股に、木桶を置こうとした。

 

「駄目よ、桃源様。ちゃんとお願いさせなきゃ」

 

 鳴智がくすくすと笑った。

 

「宝玄仙、三箇月間、嬲り者にして申し訳ありませんでしたと、その鳴智に謝って、木桶をあてがって貰え」

 

 闘勝仙は言った。

 もう、限界を遥かに通り過ぎて、腹の中を抉るような苦しさであろう。

 宝玄仙は、もうどどうでもいいようだ。

 鳴智に向かって悲痛な表情で口を開いた。

 

「……な、鳴智――。も、申し訳――」

 

「わたしのことは、鳴智様とお呼び」

 

「ぎひいっ」

 

 鳴智が宝玄仙の乳首を捩じったのだ。

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 

「な、鳴智様、もう、駄目。あ、謝る。謝ります。桶を――桶を――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「待て、鏡だ、桃源」

 

「準備してあります」

 

 桃源が、二枚の大きな姿見を宝玄仙の前後に置いた。

 

「宝玄仙、この二枚の姿見は、『映し身の鏡』という霊具でな。ここに映った光景をわしの術でいつでも再現することができるのだ。それにお前の排便姿を刻んでやろう。お前がわしに逆らえば、これを帝都の広場で繰り返し流す」

 

「早く、早く、鳴智様」

 

 もう宝玄仙は、言われていることが判断できないのだろう。

 血走ったような眼で叫んだ。

 

「ああっ」

 

 鳴智が便器をあてがと同時に、宝玄仙が慟哭しながら、排泄を開始した。



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71  十日置きの解毒剤【呂洞仙(りょどうせん)

 最初の排便が終わってから、三度続けて浣腸され、宝玄仙は精根尽きたような気持ちになった。

 そのあいだに、浮いていた足先は床に届くほどに、やっとさげられた。

 だが、両手が天井吊られて、足環の霊具で大股開きを強要されているのは変わらない。

 

 それにしても、これからどうなるのだろうか……?

 どうしたら、この闘勝仙の罠から逃げられるのか……。

 それとも、もうこの境遇から逃れる手段はないのか……。

 それだけを考えていた。

 

「さて、そろそろ、あたしは、行ってもいいですよね」

 

 恵圭(えけい)がそう言っていた。

 この女も調教の終わっているはずの「玩具」のはずだった。

 だが、いつの間にか、闘勝仙に買収され、宝玄仙を陥れるのに一枚噛んだ役目を果たしていた。

 

 鳴智(なち)もそうだ。

 三箇月間、色責めにどっぷり漬けこんで、宝玄仙から逃げられない身体にしたつもりだった。

 だが、結局、自分の責めの甘さを思い知った。

 その挙句、このざまだ。

 

 そもそも、屋敷を始め、財産管理のすべてを任せていた家宰の桃源(とうげん)からして、闘勝仙の手先だったのだ。

 自由を奪われただけでなく、八仙となるまでに貯めた財の全ては、もはや奪われてしまっている可能性が高い。

 

 そして、宝玄仙は、八仙という天教の最高幹部にして、闘勝仙の奴隷に成り下がってしまったというわけだ。

 

「そうだな……。確かに、次の段階に進むためには、恵圭には去って貰わねばならんな……。桃源――」

 

 闘勝仙が桃源に声をかける。

 

「はい」

 

「恵圭を西に向かう奴隷商人に売り渡すように手配しろ。最終的には西域まで連れていって奴隷にするのだ。すぐにやれ」

 

「かしこまりました」

 

 桃源が動揺した様子もなく返事をした。

 そして、宝玄仙の見ている前で、驚愕している恵圭になにかを投げつけた。

 

「えっ?」

 

 恵圭は呆然としている。

 宝玄仙も呆気にとられた。

 恵圭に投げられたのは、彼女を拘束するための縄だ。

 霊具であり、勝手に恵圭に巻きつきだした縄は、あっという間に、恵圭を雁字搦めにして身動きできなくした。

 

「きゃあああ」

 

 恵圭が悲鳴をあげる。

 手足を胴体に縛られた恵圭が床に転がった。

 

「や、約束が違うわ。ほ、宝玄仙様を陥れることに協力したら、大金持ちにして、故郷に戻してくれると言ったじゃない」

 

 恵圭が叫んでいる。

 宝玄仙も驚いた。

 恵圭が闘勝仙側の一味だと思っていたのだ。

 それをなぜ、闘勝仙は奴隷商人に売り飛ばそうとしているのか。

 

「済まんな、恵圭。事情が変わったのだ」

 

「じ、事情とはなんですか、闘勝仙様?」

 

 恵圭の悲痛な叫びが屋敷に響く。

 

「二つ目の盟約を成立させるためには、お前をわしは手放さなければならん。それが条件となったからだ。お前が礼金を貰って故郷に行っては、わしがお前を手放したことにはならん。それでは、居場所が変わるだけで、お前が、わしの手の者になったという事実は変わらんからな」

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

 恵圭は全く何を言われたか、わかってないみたいだ。

 しかし、宝玄仙は、盟約の際に交わした言葉を思い起こして、闘勝仙がなにを言わんとしているのかわかってきた。

 つまりは、宝玄仙が確実に、恵圭を守ろうとした条件が、逆に恵圭を追い詰めることになったのだと思う。

 

「……つまり、わしが、お前を奴隷商人に売り渡して初めて、“手放した”という状態になるということだ。それが成立すれば、この宝玄仙にわしの術がかけ放題になる」

 

 闘勝仙が淡々と言った。

 恵圭は泣き叫んでいる。

 その口を桃源は霊具で塞いでしまった。

 声の出なくなった恵圭の身体を軽々と担いで、桃源は屋敷を出ていった。

 

「……ほ、本当に、恵圭を西行きの奴隷馬車に乗せるのかい……?」

 

 いまだに天井から吊られて拘束されたままの宝玄仙は言った。

 

「お前が心配することではない、宝」

 

「……そうだね」

 

 多分、売り渡すのだろう。

 偶然だが、恵圭を闘勝仙から護ろうとして、逆に、恵圭が不幸になる理由を作ってしまったのだ。

 だが、それほどまでに『盟約の紐』で結ばれた約束は絶対なのだ。

 

 とにかく、闘勝仙が宝玄仙を犯さなければ、一生、宝玄仙は、闘勝仙に逆らえない人形に成り果てる。

 たとえ、宝玄仙の道術の力が上回ろうとも、宝玄仙は闘勝仙に術が遣えず、逆に、宝玄仙は闘勝仙の術に逆らえない。

 

「……わ、わたしを支配できて、満足かい、闘勝仙?」

 

 宝玄仙は闘勝仙を見た。

 次の瞬間、尻に激痛が走った。

 宝玄仙の尻が乗馬鞭で打たれたのだ。

 叩いたのは鳴智だ。

 

「ひいいっ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「口の利き方に気をつけなさい、宝玄仙。お前は、まだ、闘勝仙様と対等のつもりなのかい。お前は、闘勝仙様はおろか、この屋敷の執事の桃源様よりも、このあたしよりも最下層の生き物だ。わかっているのかい」

 

 そして、もう一度、尻を叩かれた。

 宝玄仙は歯を食い縛って、その激痛に耐えた。

 

「もうよい、鳴智。いいのだ。屈服していようと、してなかろうと、これから宝玄仙は永遠にわしの嗜虐物になった。できれば、少しでも長く抵抗し続けて欲しいものだ。簡単に屈服してしては面白くないのでな」

 

 闘勝仙は言った。

 

「はい」

 

 鳴智が頭をさげる。

 

「ところで、そろそろ来るころかな?」

 

 闘勝仙が呟くように言った。

 なんのことだろうと考えていると、屋敷の玄関が開いて、誰かが入ってきた。

 複数の男たちのようだ。

 しかし、宝玄仙は、入り口に背を向けるようにされていたので、誰が入ってきたのかわからない。

 とにかく、複数の男の足音に宝玄仙は総毛だった。

 宝玄仙は両手を天井から吊られて、全裸で大きく足を開いた姿で立たされているのだ。

 

「おお、これはいい眺めだ」

 

「まったく、巫女服もいいとは思っていたが、それを剥いた姿がこれほどまでとは思わなかった」

 

 入ってきた男たちは、宝玄仙のすぐ後ろに立ち、背後から宝玄仙の裸身を眺めまわしだした。

 宝玄仙は、それが誰の声であるのかがすぐにわかった。

 闘勝仙の取り巻きのふたりであり、同じ八仙の漢離仙(こんりせん)呂洞仙(りょどうせん)だ。

 あまりいい評判を耳にしないふたりであり、宝玄仙に言わせれば、腰巾着“一号“”二号”だ。

 

 同僚である彼らまで、惨めな姿を見られたのだと思うと、悔しさが火の玉のように込みあがる。

 しかし、この言語に絶する屈辱的な姿を隠す方法はなく、屈辱に宝玄仙の全身は、小刻みに震えてきた。

 

「ふざけるな――。な、なんで、お前らがここに来るんだい?」

 

 宝玄仙は背中側にいるふたりに向かって叫ぶ。

 

「もちろん、お前と遊ぶためさ、宝玄仙」

 

 ふたりのうちのどちらかの指が宝玄仙の肛門の入口に触れた。

 そして、寸刻みで指を中に挿し込んでいく。

 

「いひいっ」

 

 心構えのできていなかった宝玄仙は嬌声をあげてしまった。

 そもそも、少し回復してきたとはいえ、女たちによる張形責めによる連続絶頂で、宝玄仙の肉体は快感の疼きが暴れ狂っている。

 

「ほう、随分といい声で鳴きますね、この宝玄仙は」

 

 身体の前に出てきて肉芽を摘まみ始めたのは呂洞仙だ。

 だったら後ろから尻をなぶっているのは、漢離仙なのだろう。

 さすがに前後から責められて、瞬く間に快感がせりあがってくる。

 さっき女中たちに責められたときに使われた媚薬の影響も残っているせいでもあると思う。

 あっという間に切羽詰った身体になってしまった宝玄仙は、自分でも恥ずかしい悩ましい声を出してしまった。

 そして、その声は、どんなに耐えようとしても、口から漏れ出るのを防ぐことができない。

 宝玄仙に嬌声をひとしきりあげさせると、ふたりの手がやっと離れた。

 

「わしは、お前を犯すことができんからな。代わりにこのふたりに来てもらった。これから、長い付き合いになるのだ。挨拶をしろ、宝」

 

 闘勝仙が言った。

 

「な、長い付き合いとはなんだい?」

 

「お前は、この闘勝仙だけではなく、この漢離仙と呂洞仙の奴隷にもなるのだ。盟約はわしの息のかかった示す者にも、逆らわんということだった……。それだけじゃない。ほかにも指名するぞ。この屋敷の家人はすべてわしの息のかかった者に入れ替える。そのすべての人間の奴隷になってもらう。無論、この鳴智、そして、桃源の奴隷にもな……。さらに命令だ。奴隷になったことは、誰にも言うな。わかったな」

 

 闘勝仙が、宝玄仙の髪を掴んで、宝玄仙の顔を自分の顔に向けて言った。

 『呪い』だとわかった。

 縛心術に似ているが、闘勝仙の呪いはもっと強力だ。

 こうやって、言葉を魂そのものに刻んで、人の心や身体を操るのだ。

 

 受け入れてはならない――。

 

 わかっていたが逆らえない。

 宝玄仙の頭に闘勝仙の『呪い』が刻まれたことがわかった。

 これで、宝玄仙は、いまの境遇を誰にも喋ることはできない。

 もっとも、こんな恥ずべきことを誰にも言うつもりはない。

 こんなことが知られるなら、それこそ死んだ方がましだ。

 

「自殺も許さん」

 

 闘勝仙が言った。

 それも、魂に刻まれた。

 

「では、いいぞ、漢離仙、呂洞仙……。宝玄仙を愉しむがいい」

 

「ありがとうございます、闘勝仙様。では、さっそく……」

 

 漢離仙と呂洞仙の手が、再び宝玄仙に伸びる。

 

「宝玄仙はお尻が弱点ですよ。可愛がってあげてください」

 

 鳴智が声をかけた。

 その言葉にふたりの視線が宝玄仙の尻に注目した。

 肛門に指がまた挿し込まれる。

 そして、激しく動かされる。

 

「あっ、いやっ」

 

 痺れるような肛門の感触にすぐに宝玄仙は、啜り泣きのような声を出してしまっていた。

 

「おうおう、あの宝玄仙が真っ赤になって泣き始めたぞ」

 

「漢離仙、変わってくれ。俺も宝玄仙の尻を味わいたい」

 

「いいとも。じゃあ、俺は乳でも揉んでやるか。どうだ、ふたりで、尻と胸だけで、いかせてみるか、呂洞仙?」

 

「いいだろう」

 

 ふたりが本格的に愛撫の刺激を加えだす。

 漢離仙と呂洞仙の手管に、あっという間に宝玄仙は追いつめられた。

 そして、大きな声を出しながら、この日、何十回目かの絶頂に達した。

 

「おお、潮を噴いた」

 

 漢離仙と呂洞仙が手を叩いて笑った。

 もう宝玄仙はあまりの恥辱と羞恥に気を失いそうだった。

 

「ところで、頼んだ仙薬はできたか、呂洞仙?」

 

 闘勝仙が言った。

 宝玄仙が霊具作りの才女であれば、呂洞仙は、仙薬作りの天才という二つ名を持つ。

 最初に鳴智に飲まされたおかしな薬も、この男が調合したに違いない。

 

「もちろんです。これです。ただ、やはり、闘勝仙様の“呪い”の味つけが必要です。お願いできますか?」

 

 呂洞仙が宝玄仙の視界にも入るように、気味の悪い緑色の液体の入った瓶を出した。

 

「無論だ。逆らえない呪いに変えてやろう。宝の口に瓶を咥えさせろ」

 

 闘勝仙の言葉で、呂洞仙が宝玄仙の口の中に、蓋を開けたその瓶を突っ込んだ。

 文句を言う余裕もなかった。

 

「お手伝いします」

 

 鳴智が宝玄仙の髪をまたもや掴んで、宝玄仙は上を向かされた。

 口でしっかりとその瓶を咥えてさせられてしまい離れない。呂洞仙と鳴智がふたりがかりで、宝玄仙の顔と液薬の入った瓶を押さえている。

 もちろん、飲みくだしたくない宝玄仙は、口の中で喉に入れるまいと抵抗した。

 

「どんな効果があるのですか?」

 

 鳴智が、そう言いながら、宝玄仙の鼻をつまんだ。

 宝玄仙は顔を振って、鳴智の指も口の瓶も振り払おうとするのだが、万力にでも挟まれているように宝玄仙の顔は動かない。

 息ができない。

 宝玄仙は苦しくなる。

 もう、飲みくだすしかない。

 

「強力な媚薬だ。これを飲むと、解毒薬を飲まなければ、いき狂いの発作がとまらなくなるのだ。一日に三千回も五千回も絶頂してしまう。苦しいぞ。それに、この薬のすごいところは、飲んだ毒が身体から抜けることがないことだ。いき狂いの発作をとめるのは、特殊な解毒剤を飲むしかない。もっとも、解毒剤の効果は、約十日だ。十日に一度、その解毒剤が必要になるのだ――。お前も飲むか、鳴智?」

 

 呂洞仙が笑った。

 随分と親しげだ。

 もしかして、すでに何度も会っているのか?

 ならば、桃源を通じて知り合ったのだと思う。 

 そして、結局、宝玄仙は、その仙薬を全部飲み干さされてしまっていた。

 

「冗談じゃありません。そんな哀れな女は、この宝玄仙だけで十分ですよ」

 

 鳴智はやっと宝玄仙の鼻をつまんでいた手を離した。すべてを身体に受け入れてしまった宝玄仙は、苦しさに咳込んだ。

 

「呪いで薬液の影響を魂に定着させる。宝玄仙が生きている限り、宝玄仙の魂は、この毒の発作を十日に一度ごとに繰り返す。生きている限り、解毒できない。魂に刻まれた」

 

 闘勝仙が言った。

 言葉が魂に刻まれるのがわかった。

 

「ああ、飲んじゃったな、宝玄仙……。まあ、発作は、十日に一度くらいだ。その間に、俺たちの三人からひとりずつ解毒剤を貰い歩くんだ。わかったな」

 

 呂洞仙が大笑いした。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「じょ、冗談を言うんじゃないよ。もう、わたしが逆らえないことはわかっただろう。あんたたちの玩具にでもなんにでもなる。だけど、解毒剤くらいは、与えておくれよ」

 

「ところが、そうはいかないのだよな、宝玄仙……。解毒剤は、ここに置いていくことはできないんだ。お前がもらい歩くしかない」

 

 呂洞仙は言った。

 

「なんでだい?」

 

「解毒剤は、俺たちの精液だ。そういう具合に調合した。十日に一度だ。それらの全部を十日ごとに飲むことができなければ、恐ろしいいき狂いの発作というわけだ。解毒剤を置いていけない理由がわかったか、宝玄仙」

 

「まあ、だったら、この宝玄仙は、精液を求めて、お三方を通い歩かないとならないわけですね? 十日ごとに」

 

 鳴智が哄笑した。

 宝玄仙は眼の前が真っ暗になる思いだった。

 

 仙薬作りの天才である呂洞仙のことだ。その言葉の通りのものを作りあげたのだろう。闘勝仙によって、呪いの上乗せまでされている。

 そうであれば、これから十日ごとに、この恥辱を受けに三人の元を回らないとならないということだ。

 

「な、なにを言ってるんだい――。じゃあ、闘勝仙は、どうするんだい? あれが役に立たないから、わたしを抱けないんじゃなかったのかい?」

 

 口惜しさに宝玄仙は怒鳴った。

 

「わしの場合の精液は小便だ。十日に一度、わしの小便を飲みに来い、宝。さっそく、後で飲ましてやる」

 

 もう、なにも応じる気力もない。

 こいつらの精液と小便をすする立場に成り下がったのだと思うほかない。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、改めてこいつの調教をはじめますか、闘勝仙様」

 

 漢離仙が言った。

 

「そうだな」

 

「あたしも手伝っていいですか?」

 

 鳴智だ。

 

「もちろんだ、鳴智。男では連続で数をやるのも限界があるしな。これから、宝玄の尻を徹底的に開発していく。ほかのどこにも触らずに、尻だけをいたぶって三日間責め抜くんだ。俺と呂洞仙で中心にやるが、お前には俺たちが休んでいる間に、道具でと媚薬で尻を責め抜いてやってくれ。三日間、眠らせずに、尻を責める。そんな調教を受ければ、さすがの宝玄仙も三日後には、尻を触られただけで、気をやってしまう尻人形になるだろう」

 

「この宝玄仙が、そんなに浅ましい身体になるのですか? 愉しみです。もともと、尻が弱点ですから、こいつは本当に素晴らしい尻人形になるの思いますよ」

 

 鳴智が媚びるように言った。

 しかし、宝玄仙は、そんな会話をもう他人のように聞いていた。

 いや、他人事のように聞かなければ、耐えられるものじゃなかった。

 

「じゃあ、行くぞ。まずは、この霊具からだ」

 

 宝玄仙の肛門の中になにかが入ってきた。

 背中側で見えないが、張形のようなものだということがすぐにわかった。

 宝玄仙の尻の内側で、その内襞に吸い付くように形を変化させたかと思うと、小刻みに振動を始めた。

 

「ふごあぁぁ」

 

 宝玄仙は沸き起こる快感に咆哮した。

 もう、何十回も頂点にのぼり詰めさせられている。

 快楽に歯止めがつかなくなっている。

 強烈な刺激にもう対処出来ない。

 奥深い淫密な快感が背筋を這いあがって、宝玄仙の身体の芯を燃えあがらせる。

 こ、こんな……。お尻が――。

 

「もう、いきそうか、宝玄仙。いくらでもいっていいぞ。お前は、今日から俺たちの性奴隷だ」

 

 漢離仙が笑った。

 

 ここにいる者たちから責めなぶられて、惨めな性奴隷になる――。

 その言葉が合図であるかのように、宝玄仙の中でなにかが起こった。

 気持ちがいい。

 その圧倒的な快感を受け入れる宝玄仙が、宝玄仙の中に誕生した。

 

「い、いくううぅぅ」

 

 身体を限界まで仰け反らせて、宝玄仙は叫んだ。



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72  肛虐始め【漢離仙(かんりせん)】 

「起きんか」

 

 横腹に激痛が走った。

 同時につんとした刺激臭が鼻に刺さる。

 瞬時に、意識が覚醒するのがわかった。

 気絶していたわけではないが、おそらく、近い状態になったかもしれない。

 意識の覚醒とともに、とてつもない疲労感に襲われた。

 そして、自分の身体が床にうつ伏せになっているのを発見した。

 左右の手首をそれぞれの足首に手枷で繋がれている。

 そのため、尻を天井に高くあげたようなかたちでうつ伏せになっているのだ。

 

 そういえば、闘勝仙(とうしょうせん)たちの支配を受け入れ、さらに「呪い」によって、魂に従属を刻まれたあと、天井から両手を吊るされたまま、漢離仙(かんりせん)たちによる肛門調教を受けることになったのだ。

 わけのわからない触手付きの淫具を挿入され、体力が尽きるまでお尻の穴で快感を繰り返し極めさせられた。

 それで一度目の意識を失った。

 だが、いまのように強引に覚醒させられ、いったん拘束を解かれてから、いまの状態に床にうつ伏せにされて、さらに尻穴に媚薬を塗られて、またもや繰り返し絶頂させられたのだ。

 もう、失神など何度繰り返したのかもわからない。

 

「ほら、宝玄仙、何度も何度も、不甲斐なく意識を失うんじゃないよ。いいものを見つけてみたからね。あんたが、わたしを調教するために使った掻痒剤だよ。それを塗ってやるよ。そしたら、今度こそ、気を失うなんてできないよ」

 

 鳴智(なち)が後ろから声をかけてきた。

 次の瞬間、たっぷりと油剤が塗ってある指が宝玄仙の無防備な尻穴に入り込んできた。

 

「うわっ、そ、それは──」

 

 はっとした。

 宝玄仙が調合した痒み剤の効果は、誰よりも宝玄仙自身が知っている。

 しかも、一度塗られると、半日はなにをされても、気が狂うほどの痒みが消えていかないという恐ろしい効き目の媚薬だ。

 それを使われたら……。

 

「ああ、や、やめておくれ──」

 

 唇を噛みしめ、腰を必死を打ち振るって、宝玄仙は鳴智の指を抜こうとした。

 

「ほう、宝玄仙の媚薬か」

 

「面白そうだな」

 

 漢離仙と呂洞仙(りょどうせん)が両側から押さえつける。

 宝玄仙自身の強い道術が込められている強力な痒み剤だ。

 まだ、塗っている最中でありながら、早くも痒みが襲いかかってきた。

 さらにたっぷりと塗りこめられてから、鳴智の指が離れていく。

 そして、地獄のような痒みが始まった。

 

「ああ、か、痒い──。いやああ」

 

 沸き起こった激痛のような痒みに、宝玄仙はどうにか痒みを忘れようと身体をくねらせた。

 

「ほう、痒み責めか──。面白そうだな。しばらく、放っておけ。宝がのたうち回るのを見たい」

 

 椅子に座って、漢離仙たちが宝玄仙を責めるのを眺めて愉しんでいる闘勝仙が笑い声をあげた。

 床に顔をつけるようにしている宝玄仙の視界には、ちょうど闘勝仙が見える体勢にある。闘勝仙は、宝玄仙の家宰だった桃源(とうげん)に酒を注がせながら、くちゃくちゃと音をたてながら果物を口にしている。

 

「わかりました。では、しばらく休憩にしてやろう、宝玄仙」

 

 鳴智、漢離仙、呂洞仙が離れていく。

 だが、左右の手首と足首をそれぞれに縛っている縄はそのままなので、宝玄仙が痒みの源を掻くことができない。

 

「ああ、うわああ、こ、こんなの──。ち、畜生──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげて、腰を振りたくった。

 もちろん、そんなものでは痒みは消えていかない。

 

「ははは、元はと言えば、自分が他人にやっていることさ。たっぷりと苦しみな。それをわたしに塗って、何日も放置した恨みは忘れてないからね」

 

 鳴智が蔑むように言った。

 さらに、男たちが揶揄の言葉をかけてくる。

 

「美貌の女八仙ともあろうものが、情けないだろう。もっと大人しくせんか」

 

「だが、なかなかに淫乱な腰の振り方だな。これは我々だけで愉しむのは惜しいですな」

 

「心配ない、呂同仙。いろいろと趣向も考えてある。そのうち、この奴隷の宝をもっと大勢に紹介する機会もあるというものだ」

 

 闘勝仙の笑い声がした。

 しかし、もう宝玄仙にはなにも頭に入って来ない。

 とにかく、狂うようなお尻の痒みに泣き狂うだけだ。

 そうやってしばらく放置された。

 そのあいだ、宝玄仙は口惜しいが、繰り返し哀願の言葉を代わる代わる周りの嗜虐者たちに叫び続けた。

 

「ねえ、闘勝仙様、わたしは、本当にこの女には、口惜しい思いをさせられ続けたんです。ちょっと仕返しさせてもらえませんか?」

 

 鳴智が宝玄仙の首に鎖のついた首輪を嵌め直し、その鎖を長椅子の脚に短く繋げ、宝玄仙の顔が床から離れないようにした。

 

「存分にするといい」

 

 闘勝仙が嗜虐的な笑い声をあげながら言った。

 宝玄仙はほとんど床に口を密着させそうな体勢だ。

 

「な、鳴智――。お前、闘勝仙なんかの言いなりになるんじゃないよ。こいつは根っからの悪党だ。性根が腐ってんだよ。女をいたぶって悦に入るような性悪だ。こいつになんか媚びを売っても……」

 

 気が狂うような尻穴の痒みは続いている。

 少しもとめるとこができない尻を振りながら、宝玄仙は視線に入る鳴智の足に向かって叫んだ。

 

「うるさい――。もう遅いよ。わたしはお前に復讐するためなら魂だって売るさ」

 

 鳴智ががんと宝玄仙の頭を力強く上から踏んだ。

 

「あがっ」

 

 激痛で一瞬意識が遠くなる。

 だが、すぐに痒みで覚醒される。

 

「あ、ああっ、か、痒い……。痒いよお……。ち、ちくしょう、痒いっ」

 

 頭を踏まれる屈辱も、闘勝仙たちの罠にかかって道術を封印された悔しさも忘れて、宝玄仙は必死に尻を振って痒みを癒やそうとした。もちろん、意識してしまった痒みは、収まることなく増長する。

 

「そうか、痒いか、宝」

 

 闘勝仙が愉しそうに笑うのが聞こえた。

 

「これは面白いな。古くさい責めだが、宝玄仙のような生意気な女を調教するには、ぴったりだな」

「どこが痒いんだ、宝玄仙? 具体的に教えてもらえれば、そこをいじってやらんでもないぞ」

 

 漢離仙と呂洞仙も、闘勝仙におもねるように、宝玄仙をからかう。

 宝玄仙はあまりの悔しさで気が狂いそうだ。

 また、いつの間にか、頭の上の重みはなくなっている。視界が低いのでよくわからないが、鳴智は近くにいると思う。

 

 そして、そのまましばらく放置された。

 暴れる宝玄仙の身体を闘勝仙が道術で押さえ込み、動かせるのは尻だけにされ、宝玄仙は恥も外聞なく、尻を振り、闘勝仙たちに痒みを癒してくれと哀願した。

 

「あ、あああっ、お、お願いだよ――。な、なんとかしておくれよ」

 

 やがて、宝玄仙は、どうしようもなくなって、ついに泣き叫んでしまった。

 激しく慟哭する宝玄仙の姿に、三人の男たちが一斉に大笑いした。

 

「奴隷の誓いを口にしろ。今度は『真言の誓約』だ。条件は無条件。隷属の誓いを魂に刻んでもらう」

 

 闘勝仙が言った。

 「呪い」により、すでに隷属状態だが、今度は相互契約による従属関係の誓いだ。

 闘勝仙は、あらゆる方策を重ね掛けしてして、宝玄仙の自由を奪うつもりのようだ。

 躊躇したが、耐えられたのは、ほんの少しのあいだだけだ。

 結局、宝玄仙は『真言の誓約』という道術師同士の魂の誓いをさせられることになった。

 

「わ、わたし……ほ、宝玄仙は……こ、これから、一匹の……せ、性奴隷になり……と、闘勝仙……に……絶対服従し……ど、どんな命令でも……よ、喜んで……ち、誓う……」

 

「誓おう」

 

 闘勝仙が笑いながら言った。

 霊気の結びつきが走った。

 これで、真言の誓約上でも闘勝仙の奴隷だ。

 次の瞬間、誰かの指がすっと尻穴に挿さってきた。

 

「はあっ、んぐううっ……」

 

 極限を超えた痒みの源泉を刺激される甘美さに、宝玄仙の口から悲鳴のような嬌声がこぼれ出るとともに、首がぐいと伸びあがった。

 漢離仙か呂洞仙のどちらかの指かわからないが、宝玄仙の尻たぶを割り裂き、肛門の中に指を入れてきたのだ。しかも、ゆっくりと律動する。

 宝玄仙の尻は大きな抵抗もなく、その指をするりするりと受け入れていく。

 全身が溶けるような愉悦に宝玄仙は我を忘れた。

 痒みが癒される気持ちよさと安堵感、燃え出した性感の痺れが一気に身体を貫く。

 

「ああっ、ううっ、あああっ」

 

 宝玄仙は指の律動のままに、甘い声ですすり泣きをしてしまった。

 尻穴を調教されるのは血も凍るような恥辱だが、この気持ちよさは、これまでのどんな性愛の経験よりも激しくて快感だ。

 おそらく、自分はこのまま、尻でよがり狂う浅ましい身体に作り替えられる。

 おぞましいが、いまやめられたら、本当に狂ってしまう。

 しかし、すっとその指も抜かれてしまった。

 

「ああ、や、やめないで――。やめないでおくれよ」

 

 たちまちに甦った痒みに、宝玄仙はそう叫ばすにいられなかった。

 

「奴隷の誓いがまだよ、宝玄仙。お前は漢離仙様、呂洞仙様、桃源様、そして、わたしの奴隷よ。全て誓いなさい」

 

 鳴智が宝玄仙の顔の前にしゃがみこみながら言った。

 その鳴智の指が、床につけている宝玄仙の顔に伸びる。

 そして、二本の指を宝玄仙の鼻の穴にぐいと差し込んで左右に大きく振った。

 

「んぐうっ――んや、やめ――」

 

 鼻の穴を深く抉られる痛みに宝玄仙が苦悶に声をあげた。しかも、鼻の穴を塞がれているためにおかしな声になっている。

 

「……鳴智、そのまま、全員への奴隷の誓いを言わせろ。もっと、惨めな目に合わせるのだ。この闘勝仙を軽んじた罰だからな」

 

 闘勝仙の声だ。

 さらに誓わせられる。

 ひとりひとりの名をあげて、隷属の誓いを真言で結ばされる。

 ほかにも、自殺すること、財産のすべてを譲り渡すこと、許可なくこの屋敷のものに触らないこと、下着一枚まで与えられるものしかにつけられないこと、誰にも助けを求められないこと、とにかく、あらゆることを術で禁止され、それらを誓わせられた。

 闘勝仙やここにいる全員の声には、どんなことでも絶対服従――。

 それをあの手この手で強要される。

 

「もう一度、わたしたちへの奴隷の誓いをしな、宝玄仙。今度はもっと、でかい声でね」

 

 鳴智が愉しそうに笑った。

 鳴智……。

 宝玄仙は痒みに歯を食い縛りつつ、煮え返る怒りを我慢した。

 

「なるほど、鳴智に鼻の穴を塞がれて奴隷の誓いを述べるなら、我らも下の穴を塞いでやるとしようか」

 

 狡猾そうな笑い声で呂洞仙が言う。

 その間にも肛門には誰かの指が入って内襞を揉みほぐすように油を塗り伸ばしている。

 もうひとつの女の穴である女陰にも指が入ってきた。

 

「んああっ……」

 

 ふたりの男から股間のふたつの穴を同時にいたぶられる屈辱と汚辱は途方もなかった。

 それでいて、宝玄仙の身体は激しい快楽で骨まで砕かれるような淫情に襲われる。

 こんな連中に身体を好きなように弄ばれるのは身が千切れる程に悔しいのだが、それでも宝玄仙の身体は快感に酔いしれている。

 

「ほら、早く、言うのよ……」

 

 鳴智の鼻の穴に入った指がさらに奥の粘膜を突き差した。

 

「んんっ」

 

 宝玄仙は思わず悲鳴をあげた。

 

「奴隷の誓いだ、宝玄仙、ほれっ、ほれっ」

 

「これだけいたぶれば、もう、宝玄仙の弱い部分はわかってきたな。女陰をこうしていじくればもういきそうになるだろう」

 

 漢離仙と呂洞仙もふたつの羞恥の源泉をいじくりながら揶揄する。

 女陰の上側の内襞を擦られいきなり激しい激情が襲ってくる。

 宝玄仙は拘束された身体をがたがたと震わせて身体を仰け反らせた。

 

「やりな」

 

 鳴智が鼻の穴をえぐるように深く突き刺す。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

 そして、またもや、何度も奴隷の誓いを叫ばされた。

 だが、声が小さいと罵倒されては、何回も指の刺激を中断される。

 すると、しばらく放置され、痒み地獄の再開だ。

 やめられると、宝玄仙は痒みに泣き叫ぶしかなく、やっと再開してもらうときには、必死になって声をあげた。

 だが、途中で駄目だと言われて、またもや放置される。

 それを繰り返された。

 宝玄仙は、またもや号泣してしまった。

 

「ふ、ふ、ふ、そろそろ俺たちへの服従心が育ってきたような……。ところで、開発はされているが、女陰に比べれば、肛門はまだまだ感じる場所ではないようだ。だが、この穴を身体のどこよりも感じる性感帯にしてやるぞ。愉しみにしていろ、宝玄仙」

 

 漢離仙だ。

 それとともに、いきなり肛門の深度でも測るように、指が肛門の奥に入り込んだ。

 宝玄仙の口から悲鳴が漏れ、奴隷の誓いが中断される。

 

 それに合わせるように女陰を抉っている指……。

 これは呂洞仙の指だと思うが、それが肛門側に擦りつけるように内襞を擦ってくる。

 宝玄仙は、あられのもない嬌声をあげさせた。

 

 もう、全身が痛いほどにだるい。

 それでいて襲いかかる官能には逆らえない。

 恍惚とした淫情が全身に襲いかかっていて、魂まで蕩けさせるような気がした。

 宝玄仙は全身にやってくる快感と一所懸命に戦いながら強要されている奴隷の言葉を大声で言った。

 

 被虐の悦び……。

 

 ふと、その言葉が過ぎる。

 

 いま襲われている淫情は、まさに被虐の悦びに違いない……。

 宝玄仙は、実際のところ、命じられた奴隷の言葉をそれほどの躊躇いもなく口にしていることにも気がついていた。

 確かに放心状態のような意識朦朧とした嗜虐の酔いの中にいる。

 夢うつつのように喋る言葉は、屈辱以外の何物でもないはずなのだが、一方でそれを快感に変えている自分がどこかにいる。

 この連中に嗜虐の悦びを覚えさせられようとしている……。

 

 いや……。

 

 宝玄仙は気がついていた。この連中によって嗜虐の心を覚えさせられているわけではない……。

 

 思い出させられているのだ……。

 

 宝玄仙の性愛の原点は、母親に施された調教だ。

 快感という言葉も知らなかった幼い時代に沁みつけられた嗜虐の悦びは、宝玄仙の心の芯に沁みついている。

 それがわかる。

 これまで宝玄仙の中にある被虐の心は、この連中から与えられたのだと思って嫌悪の対象でもあったのだが、その原点が母親なのかと思うと、心地よいものにも感じてくる。

 

「汚れちゃったわ。舐めてちょうだい」

 

 鳴智が宝玄仙の鼻に突っ込んでいた指を宝玄仙の口に入れた。

 宝玄仙に舐めさせて、指先についた宝玄仙の鼻汁をきれいにさせる。

 この間もふたつの羞恥の源泉を弄んでいる漢離仙と呂洞仙の指が宝玄仙に刺激を与え続ける。

 

「も、もう許して……ああっ……」

 

 宝玄仙はその被虐の酔いのまま叫んだ。

 自分の声に情感が籠っているのを感じた。

 間違いなく、自分はこの気も遠くなるような被虐に酔っている……。

 そう思った……。

 

「この穴になにかを入れるのは初めてではないようだが、男の性器そのものを受け入れたことはあるか、宝玄仙?」

 

 漢離仙の指が肛門の内部で掻くように動いた。

 

「ひぐううっ」

 

 たちまち襲ってきた大きな刺激に宝玄仙は身悶えした。

 

「言わんか」

 

 漢離仙の声とともに指の動きが強くなる。そして、一方の指で宝玄仙の肛門を抉り動かしながら、もうひとつの手で尻たぶを平手で打ち据えた。

 

「な、ないよ――」

 

 宝玄仙はもはやどうでもよくなって叫んだ。

 指や道具については、母親が幼い宝玄仙に開発を施したことはある。

 また、前に短い期間だけ、宝玄仙を調教した御影(みかげ)にも、淫具で尻をいじられたこともある。

 だが、生の男性器を受け入れたことはない。

 とにかく、宝玄仙はそこを性交の道具とすることを徹底的に避け続けていた。

 

「そうか、初めてか……。ならば、お前の後ろの処女は、俺がもらおう……。よろしいですか、闘勝仙様?」

 

 漢離仙が宝玄仙の肛門を抉りながら言った。

 

「ああ、構わん。どうせ、わしの一物は役には立たんからな。どうせだったら、呂洞仙とともに穴兄弟になってはどうだ。宝玄仙を間にしてな。漢離仙が後ろ、呂洞仙が前を犯すのだ」

 

 闘勝仙が哄笑した。

 

「なるほど、しかし、穴兄弟ということであれば、本来は同じ穴にいれるのではないかな」

 

「いや、呂洞仙、だったら、お互いに一度終われば交替するということでどうだ」

 

 漢離仙が笑った。

 

「なるほど、それなら間違いないな」

 

 呂洞仙も笑った。

 宝玄仙は自分について語られている言葉をどこか遠くのものの話のように聞いていた。

 

「では、さっそく……」

 

 漢離仙に背後から抱えられる。

 左右の手首をそれぞれの左右の足首に繋げられている宝玄仙は抵抗もできずに易々と抱えられる。

 それに手足の筋肉が弛緩しきっていてまったく力が入らない。

 床に足を拡げて座っている漢離仙の怒張の先が宝玄仙の双臀の亀裂に割り入ってくる。

 

「ほら、逃げないのよ」

 

 無意識にそれから逃れようと動かすのをさっと鳴智が寄ってきて支え動かす。

 

「あ、ああっ、そ、そんな……」

 

 生まれて初めて肛門に男根を迎えることに、大きな恐怖が宝玄仙に走った。

 これまで数限りなく性交はしたが、そこを責められるのは避けてきた。

 その部位がなぜか途方もない愉悦を産むのを当時の宝玄仙は知っていた。

 

 だから嫌だったのだ……。

 宝玄仙が肛門から受ける快感が大きいのは、それが母親に覚え込まされた愉悦だからだ。

 そこから始まるのだ……。

 自分の性愛の原点は母親の調教だ……。

 それを思い出したくない。

 

「あぐううっ」

 

 鳴智に押し支えるように身体を持ちあげられて、そそり勃つ漢離仙の怒張に腰をあてがわれる。

 一気に怒張に肛門を突き挿される。

 

「ほおおおおっ」

 

 油剤を十分に塗っている宝玄仙の後ろの穴は抵抗もなく漢離仙の一物を受け入れた。

 激烈な感覚が悔しい。

 口惜しいが激烈な感覚が倒錯の快感となって宝玄仙の身体は火で炙られているかのように熱くなる。骨が砕けるような快感……。

 これが初めての肛虐とは思えない快感が走る。

 

 いや、この肛虐は最初ではあるが、あの母親から与えられる快感だ……。

 まだ、五歳か……六歳……。

 何気なく母親が始めた幼い宝玄仙の肛門の調教……。

 あの得体の知れない感覚が蘇る。

 痛みはない……。

 いつか訪れるであろう破瓜の痛みも感じないように、あの女は宝玄仙の女陰も肛門についても何年もかけて調教していったのだ。

 そして、十二歳……。

 その夜を境に本格的な調教が始まるはずだった日――。

 宝玄仙は母親との縁を切った。

 

「そんなに後ろの穴が気持ちいいのか、宝玄仙……? 激しい嬌態だな……。さて、じゃあ、俺も仲間に入れてもらおうかな」

 

 呂洞仙が言った。

 

「わかった。待ってくれ、呂洞仙」

 

 肛門に怒張を挿入したまま、漢離仙が仰向けに寝転んだ。宝玄仙は股間を開いて漢離仙の上に寝そべったようなかたちになる。その上に呂洞仙が重なってくる。

 

「あはああっ」

 

 すでに後ろの穴を塞がれている宝玄仙の女陰に深々と呂洞仙の怒張が侵入してきた。上下からふたりが動き出す。宝玄仙は漢離仙と呂洞仙に挟まれて大きく身体を揺さぶられた。

 

「ひぐううっ」

 

 呼吸もとまるような衝撃に宝玄仙はあっという間に気をやった。

 しかし、上下のふたりは容赦なく宝玄仙に責めかかる。

 もはや、意思の力ではどうにもできない。全身の感覚は麻痺し、それでいて、激しく研ぎ澄まされ、魂ごと宙に浮かんだようになり、宝玄仙は半ば失神の状態になっていく。

 

「ま、またいくううぅぅぅ」

 

 宝玄仙はまた襲ってきた快美感に全身を飛翔させた……。

 眼の前が白くなる……。

 そして、ふたりからそれぞれに、精を注がれた。

 やっと、ふたりの身体が離れる。

 

「休む暇はないわよ、宝玄仙。今度はわたしがあんたの尻を犯してあげるわね。この山芋で」

 

 だが、漢離仙たちが離れると、すぐに身体を仰向けにひっくり返される。そして、鳴智がいつの間にか準備した皮を剥いた山芋をこれ見よがしに宝玄仙に示してきた。

 

「ひっ」

 

 その見た目にも痒そうな粘性の粘りりに、宝玄仙は思わず恐怖した。

 だが、あっという間に、それが宝玄仙の尻穴に突っ込まれる。

 

「うおおおっ」

 

 目も眩むような気持ちよさに、宝玄仙は吠えるような声を吐き出してしまった。



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73  奴隷になった女主人【鳴智(なち)】 

「お帰りなさいませ、宝玄仙様」

 

「お帰りなさいませ」

「お疲れ様でした」

「ご苦労様でした」

「お帰りなさい、宝玄仙様」

 

 宝玄仙が屋敷に戻ると、執事の桃源(とうげん)とともに、見知らぬ四人の若者がいた。これからは、こいつらが闘勝仙(とうしょうせん)鳴智(なち)が追い出した十人の宝玄仙の侍女たちの代わりを務める者たちになる。

 いずれも術遣いだということはわかった。おそらく、闘勝仙の飼っている小者だろう。

 つまりは、闘勝仙の息のかかった者たちだ。

 

 「闘勝仙の息のかかった者」と宝玄仙が知覚した相手に対しては、宝玄仙は術を発揮することができない。そういう真言の誓約で、宝玄仙は心を縛られている。

 だから、彼らよりも遥かに高い道術の力を持つ宝玄仙ではあるが、彼らには通じない。

 

「紹介します。宝玄仙様、この者たちは、今日から、この屋敷において、宝玄仙様の世話をする者たちです」

 

 わざとらしい慇懃な態度で桃源は言った。

 この屋敷で宝玄仙の身の回り一切を取り仕切る老執事だ。

 宝玄仙は信頼していたが、実は、教団の新しい帝仙である闘勝仙の手の者と知ったのは数日前のことだ。

 その闘勝仙と桃源、そして、鳴智の罠にかかり、宝玄仙は、闘勝仙の「呪い」、屈辱的な「真言の誓約」、さらに身体を苛む「仙薬」という手段により、闘勝仙たちの慰み者という立場にされた。

 帝国において強大な権力を誇る天教教団の最高神官である八仙の称号を持つ女奴隷というのが宝玄仙の新しい立場だ。

 

 表では、霊具作りの才女にして、美貌の八仙として人々の崇拝と羨望を受ける女法師。

 そして、裏では、この桃源をはじめとして、彼の連れてきた四人の下級僧侶にも逆らえない女奴隷……。

 なんということになってしまったのだろう……。

 

「この者たちの本当の名を宝玄仙様が知る必要はありません。ただ、“目”、“鼻”、“耳”、“舌”とお呼びください。それとも、“一”から“四”までの番号でも。誰をなんと呼ぼうがお好きになさって結構です。“あなた”でも、“お前”でも、“ご主人様”でもなんでも結構です。どうせ、本当のこの者たちの名ではありませんし、この四人を宝玄仙様が区別をなさる必要はないでしょう。この屋敷においては、この者たちの全員が、同じように宝玄仙様のお世話をし、そして、同じように支配します。この者たちには絶対服従するようにと、闘勝仙様から宝玄仙様へのご伝言です」

 

「わかったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

 闘勝仙と闘勝仙の示す者には、道術も遣えず、絶対服従──。

 

 それが闘勝仙との命令だ。あらゆる道術的な手段で重ね掛けされて、魂に強要されている。

 だから、宝玄仙は逆らえない。

 

「それでは、早速ですが、ここで着ているもののすべてをお脱ぎください」

 

 四人組のひとりが言った。

 

「ここで?」

 

 宝玄仙は問い返した。

 ここは屋敷の玄関だ。最高神官としての勤めが終わって屋敷に戻った直後、桃源と四人組に囲まれたのだ。

 

「これからの毎日の日常です。お勤めからお戻りになられたら、この場で服を脱いで頂きます。屋敷におけるお召し物は、すべて、私らが示したものに限定させていただきます」

 

「お前たちが示したもの以外を身に着けるなということかい。それで、どうしたらいいんだい。わたしは素っ裸ですごせばいいということ?」

 

 宝玄仙が吹きあがる憤怒に耐えながら、精一杯の冷静さを保ちながらそう答えた。

 

「もちろん、毎日、趣向を凝らせていただきます。私どもは、宝玄仙様に手を出すことは許されておりませんので、それくらいしか愉しみがないのです。今日のお召し物は、これです」

 

 そう言って両手で差し出したのは、ただの一本の赤い布だ。

 

「なんだい、それ?」

 

 宝玄仙は思わず言った。

 すると、四人組が、一斉に噴き出した。

 宝玄仙は歯噛みしながら、仕方なく屋敷の玄関で巫女服を脱ぎ始めた。

 脱いだものが一枚一枚その場で四人組から取りあげられる。

 やがて、宝玄仙は、ついにその裸身を露わにして、頭の先から脚の先まで、まさに一糸まとわぬ素裸になった。

 宝玄仙の手は、乳房と股間を隠すように置かれている。

 

「胸はそのままお隠しになって構いませんが、股間の手はどけていただけますか。それと脚を少し開いてください」

 

 恥ずかしがる仕草は、却ってこの連中を悦ばせるだけだとわかっている宝玄仙は、言われた通りに、両手で胸を覆い、脚を開いて股間を曝け出した。

 四人組のうちのふたりが、宝玄仙の前後に回った。

 そして、赤い布を捩じって紐のようにしたものを前後に渡す。

 

「それにしても、宝玄仙様、この股間の毛は、伸ばし放題に伸ばしておられるようですが、これからは、きちんとお手入れをなさった方がよろしいかと思われますよ」

 

「もちろん、私どもがきちんと管理いたしますので、宝玄仙様はなんのご心配することもありませんが」

 

「のちほど、お股の穴の大きさや距離も正確な記録を取らせていただきます」

 

「それと締めつけの強さなども」

 

「そうそう、これも大事なことでした。糞尿については、勝手になさいませんように」

 

「もっとも、宝玄仙様には開くことのできないように、屋敷内の厠にはすべて鍵を付けさせていただきましたから、勝手にしようと思ってもできないとは思いますが……」

 

「いやいや、庭でできる。それから、お部屋にある壺も危ない。その中にするかしれん」

 

「ならば、壺なども隠さねばならんな。なにせ、眼の前でしていただかなければ、我らとしても、宝玄仙様の健康の管理ができないからな」

 

「だが、闘勝仙様によれば、堪え性のない雌犬だというしな。早めに躾けねば、そこら辺に垂れ流すかもしれない。どうやって調教するか考えねば」

 

「確かに、確かに」

 

 桃源や四人組たちが、口々にそんなことを言いながら笑う。

 宝玄仙は、唇を強く噛みしめて、この仕打ちに耐えた。

 

「では、いきますよ」

 

 宝玄仙の股間に通されている布は、すでに一本の紐になっている。

 その後ろ側の紐が宝玄仙の細い腰にひと巻きした。それが縦になっている紐と宝玄仙の臀部の上側で結ばれる。そして、今度は、腰に横巻きにした紐の下になっている前側の縦紐が、横紐から返り、宝玄仙の股間にぐいと食い込んだ。

 股間に食い込んだ布が、宝玄仙の臀部の上の結び目と結ばれた。しかも、いま気がついたが、股間の敏感な部分に当たる場所は大小の結び瘤がわざわざ作られていた。それがぐいぐいと食い込む。

 

「くっ」

 

 その結び目が股間の敏感な場所に喰い込む刺激に、宝玄仙は思わず甘い声をあげて膝を崩しそうになった。

 だが、動くとそれだけで、結び目の瘤が淫らな刺激を与えてきたため、慌てて身体を伸ばす。

 宝玄仙のみっともない動きに、桃源をはじめとする五人が一斉に笑い声をあげた。

 屈辱にぐっと耐える。

 

「これが宝玄仙様のお召し物でございます。いかがですか?」

 

 後ろ側の男が、宝玄仙の生尻をぴしゃりと叩いた。

 宝玄仙はあまりの恥辱で一瞬眼がくらんだ。

 

「帝国の東側の島嶼国家に伝わる“(ふんどし)”という衣装です」

 

 四人組のひとりが言った。

 なにが「衣装」だ――、と宝玄仙は思った。

 ただ、全裸の股間に紐状の布を締めただけだ。

 その布は、宝玄仙の股間に食い込んでいるだけで、羞恥の部分をほとんど隠してはいない。

 

「それでは、この屋敷の新しい女主人に挨拶に行って頂きます。これも、これからは毎日の日課になりますので、よろしくお願いいたします、宝玄仙様」

 

 じっと四人組の行為と宝玄仙の恥辱を見守っていた桃源が言った。

 

「女主人? こ、この屋敷の女主人はわたしのはずだよ」

 

 そう言うと、四人組が大笑いした。

 宝玄仙は、悔しさに乳房を手で覆ったまま身体を震わせた。

 

「表向きにはそうですが、実体としてはそうではありません。闘勝仙様が決めたのです。そのような恰好をするのも、それを自覚して頂くためだと思って下さい……。あなたは奴隷なんだです……。いや、家畜かな?」

 

 四人組のひとりが笑いを堪えながら言った。

 宝玄仙は黙っていた。

 口を開いたら、感情が爆発しそうな気がした。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 宝玄仙の白い首になにかが伸びた。

 思わず、宝玄仙は、それを手で払い除けた。

 

「なにをするんです―――」

 

 宝玄仙の抵抗に、明らかな怒りを顔に示した四人組のひとりがそう言った。

 その手には、宝玄仙に嵌めようとようと紐付きの首輪があった。

 

「ご、ごめんなさい。もう、抵抗しないよ」

 

 抵抗は無意味だ。

 道術を使えない以上、宝玄仙は無力な女に過ぎないし、いずれにせよ「命令」という形の言葉にされれば、それで隷属の術が発動するだろう。

 

「ならば、首輪を嵌めますから、髪をどけてもらえますか」

 

 ひとりが言った。

 宝玄仙は胸を隠していた手をどかして、長い髪をたくし上げ、彼らに首を差し出した。

 がちゃりと首輪が嵌まる。

 宝玄仙はぎりぎりと歯を噛みしめた。

 

「さあ、歩いてください」

 

 背中をどんと押されて、首輪に繋がった紐を強めに引っ張られる。

 

「ああっ、ちょ、ちょっと」

 

 宝玄仙はすぐに狂ったように首を振り、その場に身を沈めそうになった。

 歩きだした瞬間に、淫らな刺激が股間に沸き起こったのだ。

 だが、首輪の縄がそれを阻む。

 

「おや、どうしたのですか、宝玄仙様。なにか問題でもありましたか?」

 

 わざとらしく左右の男が宝玄仙の顔を覗き込むようにした。

 

「ふ、ふざけんじゃないよ……。わ、わかっているだろう」

 

 宝玄仙は両手で股間を押さえながら言った。

 だが、その手を左右から強く払われる。

 

「勝手に股間に触るな──。両手は頭の上だ──」

 

 桃源に怒鳴られた。

 宝玄仙は恨みのこもる視線を向けながら、言われるままに両手を頭の後ろに置く。

 そして、首輪を引っ張られる。

 宝玄仙は一歩一歩と床を踏みしめるように歩く。

 桃源と男たちは、真っ赤になっていると思う顔を横に伏せるように歩く宝玄仙の周りを囲んで、愉しそうに進んでいく。

 やがて、階段だ。

 階段を歩くときには、さらに股間に刺激が強く走り、宝玄仙はみっともないへっぴり腰の姿勢でのぼるしかなくなった。

 なによりもつらいのは、女陰以上に淫らな疼き沸き起こるお尻だ。

 数日前に、幾日も連続で漢離仙を中心として徹底的な尻穴調教を受けた。

 それにより、宝玄仙は早くも前側よりも、お尻で感じてしまう浅ましい身体に作り変えられた気がする。

 このことが、この連中の罠にかかってしまった自分の立場を思い起こさせて、腹が煮えくり返りそうになる。

 やがて、やっとのこと、宝玄仙は這うような思いで、二階の奥の部屋に辿り着いた。

 

「いい格好じゃない、宝玄仙」

 

 部屋で待っていたのは鳴智だ。

 数日前まで宝玄仙のものだった私物の服を身に着けている。

 その鳴智が、四人組に首輪を引っぱられながらやってきた宝玄仙を見て大笑いした。

 ここは、宝玄仙がこの前まで使っていた部屋だ。

 今日からは、ここが鳴智の部屋だということになったのだろう。

 

「改めて、わたしに服従すると誓ってごらん、宝玄仙」

 

 椅子に座ったままの鳴智が言った。

 その鳴智の前に、腰に布を食い込ませただけの姿の宝玄仙は立たされていた。

 四人組のひとりが持っていた宝玄仙の首につながれたロープを鳴智が受け取る。

 宝玄仙の両手は頭の後ろのままだ。

 拘束はされていないが、なんとなく動かしてはいけないような気がした。

 

「お前に服従するつもりはないよ、鳴智。わたしは誰にも服従しない。闘勝仙にもね……。術師同士の契約で道術をお前には遣えないけど、お前に屈服する誓いをした覚えはないさ」

 

 宝玄仙の精一杯の強がりだ。

 実際には、宝玄仙は、闘勝仙の言いなりにならなければならない理由がある。

 闘勝仙の「呪い」、真言の誓い、縛心術──。

 幾重にも隷属支配が宝玄仙の魂には刻まれている。

 その隷属の力により、鳴智や桃源を始め、闘勝仙に仕える小者にも逆らえないように命令を受けている。

 だから、宝玄仙は、この三人に服従しなければならない。

 そういう幾重の処置により、宝玄仙は、鳴智たちには本当は逆らえない。

 

「そんな態度でいいのかしら、宝玄仙? 闘勝仙様からこれを預かっているわ。漢離仙様と呂洞仙様はともかく、闘勝仙様がお前に次に会えるのは、半月後だそうよ」

 

 鳴智は、小さな瓶に入った液体を揺すった。

 

「半月後?」

 

 宝玄仙はびっくりした。

 この屋敷に闘勝仙が乗りこんできたとき、宝玄仙は、仙薬作りの天才である呂洞仙のある薬を無理矢理に飲まされたのだ。

 

 定期的に解毒剤を飲まなければ、数日間も続くいき狂いになる仙薬の毒だ。

 すなわち、十日に一度、呂洞仙と漢離仙からは精液を──。

 闘勝仙からは小便──。

 それを定期的に貰って飲まなければ、一日中いき続ける「いき狂い」の発作が発生するというわけだ。

 闘勝仙は、数日前にこの屋敷に乗りこんだ後、三日に渡って、漢離仙と呂洞仙と、この鳴智に宝玄仙を徹底的に調教させた。

 調教の場所は宝玄仙の肛門だ。

 肛門に媚薬入りの浣腸をし、排便させ、媚薬を塗り、霊具や男根を抜き差しして宝玄仙に気をやらせる。

 そして、また媚薬入りの浣腸をして放置して、しばらくして、また犯し……。

 そういうことを三日間、寝ることも許されずに宝玄仙はやられたのだ。

 

 最後に、三日間の仕上げとして、「発作」を受けさせられた。

 三日間の尻穴調教の後、数刻のみ宝玄仙は寝ることを許された。

 そして、眼が覚めると、この屋敷の一階の客間の床に宝玄仙は闘勝仙の術により仰向けに貼りつけられていた。

 そして、発作が始まった。

 

 次々にせりあがっては頂点に達する快感──。

 宝玄仙は、自分を陥れた人間の前で、ひたすら術の力によりいき続けた。

 最初は、十数える間に一回だといって、宝玄仙の周りで数をかぞえていた彼らも、やがて飽きて宝玄仙の周りに卓と椅子で囲って、談笑しながら見守るだけになった。

 

 それでも宝玄仙は絶頂し続けた。

 絶頂した瞬間に、待っていた次の波が襲ってくる。

 呼吸もできないような連続絶頂の地獄に、宝玄仙は吠え続けた。

 そして、ついには声も枯れ、嬌声を発することもできなくなった。

 淫液はもちろん、汗とともに小便も鼻水も涎も、ありとあらゆる体液を撒き散らした。

 糞便も垂れ流した。

 胃液さえも吐いた。

 

 絶頂の連続で、酸欠状態の宝玄仙は、意識の混濁した状態ですべてのものを吐き続けた。

 体内の内臓そのものを吐き出すような感覚だ。

 失神したい。

 だが、それは術で封じられているらしく、気を失うこともできない。

 狂うこともできなかった。

 

 ひたすらにいき続けた。

 いき続ける身体の掃除をされながら、体液を撒き散らせる。

 そして、絶頂する──。

 

 地獄だ。

 地獄そのものだった。

 

 闘勝仙たちは、床に張りつけられていき続ける宝玄仙を囲んで食事をし、そして、帰った。宝玄仙は、この鳴智や桃源の前でさらにいき続けた。

 ついには、その鳴智さえもいなくなり、誰もいなくなった部屋で宝玄仙は快楽の地獄に浸かり続けた。

 

 翌朝、宝玄仙の口の中になにかが入れられて、発作が止まった。

 口に中に入れられたのは、あらかじめ準備してあった精液と尿を混ぜたものだったらしい。それを宝玄仙の口に注いだのは鳴智だ。

 宝玄仙は、それで、自分が発作を続けていた時間が、まだ半日に過ぎないことを知った。あの地獄はもう味わいたくない。

 「発作」の恐怖は宝玄仙の骨の髄まで刻み込まれた。

 

「ま、待っておくれよ。半月って……」

 

 唖然とした。

 半月後では、その間に、「解毒剤」が切れる十日が経ってしまう。

 だが、すぐに鳴智が持っているのが、闘勝仙の尿が入った小瓶だとわかった。

 つまり、闘勝仙は、十日に一度、闘勝仙の尿を飲まなければならない宝玄仙のために、その尿を鳴智に渡したのだろう。

 

「闘勝仙様は、もう帝都にはいないわ。急務ができて東部地方に向かったそうよ。さっき、使者がきて、これを置いていったの。でも、宝玄仙が素直にならないなら捨てちゃおうかなあ―――」

 

 鳴智は、小瓶の蓋を開けて、床に中身を捨てる仕草をした。

 

「ま、待って」

 

 宝玄仙は慌てて叫んだ。

 

「じゃあ、服従の言葉を言いなさい、宝玄仙」

 

 鳴智は言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 呂洞仙の毒の発作の恐ろしさは、身を持って味わわされた。

 あれは嫌だ。

 怖ろしい。

 

「な、鳴智様の……奴隷になります……」

 

 宝玄仙がそう言うと、背後の四人組が歓声をあげた。

 宝玄仙は、懸命に涙を堪えた。

 

「じゃあ、挨拶代りに、おしっこをしてもらうわ。そして、明日の朝まで、おしっこで汚れた布をしたまま過ごすのよ、宝玄仙」

 

「な、なんだって?」

 

 宝玄仙は、閉じ合せている内腿をさらに密着させた。

 

「お前たち、この奴隷の両手をその首輪に結んでしまいなさい」

 

 鳴智は言った。宝玄仙の身体に四人組が群がり、あっという間に宝玄仙は手首に手錠をかけられて、それを首輪の後ろ側の金具に接続された。

 宝玄仙は、物理的にも両手を頭の後ろから動かせなくなった。

 

「足を開きな、宝玄仙。本当に捨てるよ、これ?」

 

 鳴智が小瓶をまた手に取った。

 仕方なく、宝玄仙は足を肩幅に開く。

 

「もっとだよ」

 

 鳴智が声をあげた。

 宝玄仙はさらに脚を拡げる。

 

「もっと」

 

 宝玄仙の脚はこれ以上開かないという限界まで開いた。

 

「いいよ。じゃあ、そのままやりなさい」

 

 宝玄仙の全快に開いた下肢の真ん中に、鳴智は木桶を置いた。

 宝玄仙は、顔をあげて、鳴智を睨みつけた。

 

「このまま立ったままやれというのかい?」

 

 宝玄仙は鳴智を睨んだ。

 

「そうだよ、宝玄仙。お前も、わたしに、さんざんにやらせただろう。お前もどんな気分か試しにやってみな。わたしは片脚をあげて犬のように小便をさせられたよ。お前の家人の前でね。忘れたとは言わせないよ──」

 

 鳴智が怒鳴った。

 宝玄仙は自分の顔から血の気が失せる気がした。

 

「わかったよ……。わたしには、厠で排便をする自由もないということだね。さっき、こいつらにも言われたよ」

 

 宝玄仙は、悔しさに耐えきれずに言った。

 

「そうだね。今日からは、お前は、この屋敷では犬猫同然の存在だ。そうやって扱ってやる。外では貞節な美人八仙。一歩屋敷に戻れば、家人に奴隷として調教され、同じ八仙の精液をすすり、小便を飲み歩く哀れな捕らわれ女……。とにかく、小便しな」

 

 宝玄仙は諦めて目をつぶって、股間の力を抜いた。

 

「眼を開けるんだ、宝玄仙。わたしから、眼を逸らすな」

 

 鳴智の大きな声──。

 宝玄仙は鳴智を睨んだ。

 そして、尿をとめていた股の力を完全に緩めた。

 布に当たる尿の音は、小さいが確実に宝玄仙の耳にも聞こえてくる。宝玄仙は、その音と股間に感じる尿の気持ち悪さを感じながら、込みあげる悔しさと戦っていた。

 

「どう、宝玄仙、さっぱりした?」

 

 鳴智は言った。

 宝玄仙は黙っていた。

 目の眩むような恥辱は、ひとたび口を開けば、もう腰が砕けそうだ。

 

「さっぱりしたかと訊いているのよ、宝玄仙?」

 

 鳴智が苛々したような口調で言った。

 それでも宝玄仙は口をつぐんだままでいた。

 

「そうかい。口を開かないつもり? いいよ。じゃあ、どれだけ、黙っていられるか頑張ってみな、宝玄仙」

 

 両側に回った四人組たちが、宝玄仙の大きく開いた足の周りの床に白い線を描いた。 宝玄仙は、思わずはっとした。簡単な結界術を込めた霊具だが、これで宝玄仙の脚は大きく開いたまま、それぞれの丸く描いた線から出せなくなった。

 本来であれば、四人組程度の下級の術使いの弱い術など宝玄仙には通じない。

 しかし、闘勝仙との契約術により宝玄仙は、闘勝仙の魔術に逆らえない。

 この四人組が使ったのは、闘勝仙の霊具だ。

 だから、宝玄仙は逆らえない。

 だが、せめてもの抵抗として、宝玄仙は、大きく足を開いて両手を頭の後ろに回した姿勢で、口をしっかりとつぐんで鳴智を睨み返す。

 その鳴智が、四人組に目配せをした。

 四人組が、さっと宝玄仙の股間を巻いている布に手を伸ばす。

 

「あっ――。な、なに、するのさっ」

 

 思わず宝玄仙は声をあげた。

 しかし、あっという間に宝玄仙の下半身からは布が外された。

 尿で濡れた股間にひんやりとした外気が伝わる。

 

「心配しなくても、あとで、小便まみれの布は絞め直してやるよ。だけど、まずは調教だ。じっとしてな」

 

 鳴智が宝玄仙の頬を張った。

 宝玄仙は抵抗を諦めた。

 

「しかし、こうやって大股拡げてすべてを曝け出している姿をしていても、さすがは、帝都は無論、地方都市にまで評判の届く宝玄仙様ですな。白い肌、見事に張りのある乳房、柔らかい桃の実のような尻、なんともおいしそうな女です」

 

「でも味わうのは駄目よ、“口”。わたしたちに許されているのは、この女をこれ以上ないという程に辱めることまでなんだから」

 

 鳴智が言った。

 

「出しはしませんよ、鳴智殿。しかし、宝玄仙殿のお身体を管理するのは俺たちの役割。女といえば、やはり、ここの出来が大事だから、毎日点検をせねば」

 

 口と呼ばれた男は、大きく左右に広げられ、隠すすべもない宝玄仙の股間にある女の谷に指を伸ばした。

 長い時間をかけて丹念に女の道具を隅々まで調べられるのに宝玄仙は耐えていた。

 だが、次第に身体が燃えあがらされて、つぐんだ口から少しずつ息が漏れるのを防ぐことができない。

 

「しかし、宝玄仙殿の弱い場所は、さっきの場所ではなく、もうひとつの穴の方だと伺いましたよ」

 

 別の男が、背後から宝玄仙の双臀に手を伸ばして割れ目を左右に抉じ開けた。

 

「や、やめて――。そ、そこだけは」

 

 宝玄仙の悲鳴が部屋に響いた。

 

「見てみろ、みんな。なかなかの尻穴だぞ」

 

 ほかの三人も、宝玄仙の背後にまわりしゃがみこんで覗き込み始めた。

 

「後ろの穴は、花の風情を伺わせますなあ。おちょぼ口で、恥かしげにぴくぴくと動いておりますよ」

 

「ひいいっ」

 

 ひとりの指が菊花をくすぐると、宝玄仙は頭をのけぞらせて悲鳴をあげてしまった。

 その指がゆっくりと指を深く突き刺さって左右に動き始める。

 

「ひっ――。ひいいっ」

 

 宝玄仙は大きく声をあげて、尻肉をふるわせた。

 

「喰い締め方もなかなか――。そんなによがる程、気持ちがいいですか、宝玄仙様?」

 

「よ、よがってなど、いないよ」

 

 宝玄仙は、快感を振り払おうと、左右に首を振りながら、悔し紛れに言った。

 

「恥かしがるその風情もなんともいいですな」

 

 四人組がはやし立てた。

 やがて、やっと尻穴から指が抜かれると、再び四人が宝玄仙の周りを囲った。

 いつの間にか、手に鳥の刷毛を二本ずつ持っている。

 

「さて、宝玄仙様の検査を始めるぞ。どこが性感帯かを徹底的に調べるのだ。少しでも反応を示した場所があれば、誰でもいいから申し出よ。そこを中心に調べるぞ。今夜は、宝玄仙様の身体の地図を作りあげる」

 

 ひとり二本、合計八本の鳥の羽根が、宝玄仙の両脇や横腹、口腿の内側、そして、膝の後ろに一斉にくすぐりはじめた。

 

「わあはっははははっ――。や、やめておくれ――。はははっ、わはははははは――」

 

 あまりのくすぐったさに、宝玄仙は狂ったように身体を捩じらせて笑った。

 

「ほら、宝玄仙、少しは我慢しないかい」

 

 鳴智の馬鹿にしたような声が聞こえた。

 その言葉に凍るような恥辱を感じながら、宝玄仙は、這いまわる男たちのくすぐりに耐えられず、いつまでも笑い続けた。

 

「まったく、うるさいねえ」

 

 しばらくしてから、鳴智が呆れたように言った。そのあいだも男たちの持つ鳥の羽根は宝玄仙の裸体のあちこちをまさぐり続ける。

 すると、桃源が床に捨てた布を拾って、尿が染みている布を宝玄仙の口に寄せた。

 

「この布で猿ぐつわをさせよう、鳴智。少しは静かになる」

 

「それはいいわ、桃源様」

 

 鳴智が手を叩いて笑った。

 

「あははは、んくふふふ、あっははは、や、やめないか、あ、いいっ、んぐっ、んぐうううっ」

 

 宝玄仙は抵抗しようとしたが、あっという間に濡れた布を口に押し込まれて頭の後ろでぎゅっと結ばれる。

 そして、全身を這う羽根の刺激に狂ったように裸体を悶えさせ続けた。

 

 

 

 

(第12話『【前日談】女法師への罠』終わり)



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 第13話   復讐の行方【白骨(はっこつ)夫人】~宝象(ほうしょう)
74  半妖娘の獣化処置


十全(とうぜん)、さらにひと目盛、伸長しな……」

 

 白骨(はっこつ)夫人が言ったのが辛うじて聞こえた。

 だが、ほとんどは朱姫自身の激しい悲鳴のため、よく聞こえない。

 しかし、やはり、耳に入ってきた通りの指示を白骨夫人がしたようだ。

 十全という見習いの妖魔遣いの青年が、滑車を操作したのがわかった。

 滑車に繋がれた朱姫の獣の肢と腕が外側に引っぱられる。

 限界まで伸びきった身体が、さらに伸ばされる。

 

「イガアアアッ、グガアアア――」

 

 その激痛に朱姫は吠える。

 口から出るのは人間の言葉ではない。

 獣の鳴き声だ。

 朱姫の首に嵌められた霊具が、朱姫の人間の姿をほとんど雌の狼に近い姿に変化させているのだ。

 

 朱姫は大きな鉄の台に四肢を上下に引っ張られて仰向けに拘束されていた。

 つまり、半分獣の姿の前脚を頭の上に鎖で引き伸ばされ、後肢もまた、脚側の大きな滑車に繋がれていて、それぞれどんどんと引っ張られているのだ。四肢に繋がった滑車が回転することで、朱姫の身体がどんどんと引き伸ばされるというわけだ。

 腕と股に信じられないほどの激痛が走る。

 朱姫は吠え続けた。

 

 白骨夫人と名乗る妖魔奴隷商の屋敷である。

 椀子山(わんしざん)という辺境で、たまたま宝玄仙たちと離れていたときに、この白骨たちの妖魔狩りに遇ってしまった朱姫は、霊具によって、妖術で変化(へんげ)した半獣の姿から戻れないようにされ、そのまま獣姿のまま、数日間輸送されて、ここに連れ込まれた。

 道術を遣うことも、暴れて逃亡することも、術で封じられた。

 おそらく、首に嵌められている首輪が、なんらかの手段で朱姫の力を封印しているのだと思うが、とにかく、一切の抵抗ができない。

 ただ、命令に従うことしかできないのだ。

 

 ここがどこなのか判然としないが、連中の会話によれば、朱姫が捕らわれた椀子山から、さらに西に向かったところにある『宝象国(ほうぞうこく)』という王国の王都の近くであるみたいだ。

 

 とにかく、この建物に連れ込まれて、すぐに拷問が始まった。

 朱姫になにかを白状させるとか、強引に魂の契約を強要する目的のようなものではない。

 近く行われる妖魔奴隷市までに、完全に朱姫を屈服させて、大人しくさせるためたの拷問だ。

 つまり、拷問のための拷問ということだ。

 朱姫は苦しみ続けるしかなかった。

 

「なかなかに丈夫な身体だねえ。しかも、股の道具の方は人間の女と同じとはねえ。獣のような妖魔の雌を抱きたいという変態もたくさんいるしね。こりゃあ、思った以上の高値で売れるさ」

 

 白骨の指が無造作に朱姫の淫孔に突き挿さった。

 その指が前後左右に動く。

 激痛と快感が同時に襲う。

 指には、朱姫が感じやすいように、強力な媚薬を塗っているのだ。

 もう何度も重ね塗りをされているので、ほんの少しの刺激で気が狂うほどに感じてしまうのだ。

 激痛とともに与えられる快感に、朱姫は咆哮し続けた。

 

 それでも、白骨による朱姫の陰部なぶりは終わらない。

 少しで身体をよじらせれば、腕と肢の間接が外れてしまうと思う。

 それくらい限界まで、四肢を上下に引っ張られている。

 だから、朱姫は白骨の愛撫を避けることができない。

 

「先程、身体を洗浄をしたときには、こいつは、前の穴よりも、後ろの穴が敏感そうじゃったぞ」

 

 愉しそうに口を挟んだのは、千鬼(せんき)という男だ。

 口調も外見も、かなりの老人にしか見えないが、それは他人を油断させるための変装でしかなく、実際は、まだ四十ほどの壮年の男だ。

 それは、さっき身体を洗われたときに、犯されて知った。

 それなりに若々しい性器だった。

 

「どれどれ?」

 

 膣を愛撫されたまま、白骨の別の指が肛門に突き挿さった。

 

「ンギャアアアア」

 

 朱姫の身体に閃光のような快感の迸りが貫く。

 無意識に身体が震えた。

 

「ハボガアアア」

 

 それによって、肩と腰に激痛が加わる。

 口と膣からなにかの塊のようなものが噴き出た気がした。

 

「面白いねえ。こいつ、下の口で潮を噴きながら、上の口からも泡を吹き出したよ。余程、あの巫女に淫乱に躾けられていたようだ」

 

 白骨の笑い声を朱姫は気の遠くなりかけた意識で聞いた。

 

「さて、もう少し、身体を伸ばしてみるかい。どのくらいが限界なのかを、これからの調教のために、知っておかなければならないからね――。十全、もう一段階伸ばしな」

 

「はい、白骨様」

 

 これ以上は無理――。

 朱姫は言葉の代わりに、必死に首を横に振って、涙目で哀願した。

 そして、泣き叫んだ。

 しかし、それはほとんど獣の呻き声でしかなかった。

 すでに、朱姫の身体には大声で吠える力さえも残っていなかったのだ。

 ごりごりと鎖の引かれる音がして、全身が伸びていく。

 しばらくすると、両方の肩にがつんと巨大な棍棒で殴られでもしたような衝撃を感じた。

 

「アギャハアアア――」

 

 さらに、信じられないような激痛が続く。

 息もできないほどの痛みだ。

 意識が遠くなる。

 

「ついに、肩が抜けたね。ついでだ。股の関節も外しちまいな。後でくっつけるから。そのまま皮膚を焼いちまおう」

 

 皮膚を焼く?

 わけがわからなかった。

 もう、思考することはできない。

 気を失う寸前、滑車がまた回転して、また身体を引っ張った。肩の痛みは信じられないものになり、さらに、股間から脚の骨が音を立てて外れるのがわかった。

 

 朱姫はやっと失神した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 気がつくと、全身がなにかに包まれていた。

 熱い――。

 

 熱い――。

 

 なんだ?

 

 熱い。

 熱い。

 熱い――。

 

「ッ――」

 

 皮膚が溶かされる。

 朱姫は悲鳴をあげた。

 いや、あげたつもりだったが、口からなにもでてきはしない。

 それよりも、眼も開けられない。

 全身になにかの膜のようなものが密着している。

 

 なにが起きているのか、もう朱姫には理解する力もない。

 ただ、皮膚が焼けただれているというような感覚に襲われているだけだ。

 だが、呼吸には問題はない。

 息だけは、苦しくはないのだ。

 

 本当に身体を焼かれているのか――。

 それとも、そういう錯覚を与えられているのかわからない。

 やがて、朱姫の口の中になにかの管のようなものが入ってきた。

 それが喉の近くまで突き刺さる。

 大きくえずく。

 しかし、容赦なく管は喉の奥に入っていく。

 すぐに、その管から、なにか動くものがやってきた。

 

 虫――?

 

 朱姫が口の中で感じたのは、手足のない小さな芋虫のようなものだ。

 それが無数に身体に入っていく。

 

 助けて、助けて――。

 

 朱姫は絶望の叫びを頭の中で吠え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「白骨様」

 

「なんだい、十全?」

 

 白骨は朱姫を包んでいる(まゆ)を見守りながら言った。

 手足の関節を外されたままの獣の姿の朱姫を台に固定したまま、獣化の最初の処置を施している最中だ。

 

「これは、どういう作業なのですか?」

 

 十全は指示された通りに、繭の中にいる朱姫の口に管を差し込んで、臙脂(えんじ)虫を次々に体内に送るという作業を続けている。

 

「これは、朱姫の皮膚の発汗機能を殺しているのさ。買い手の中には、雌の妖魔が体液を全身から放出させながらいき狂うというのを悦ぶ変態もいるけど、大抵は嫌うからね。どんなに発情しても、汗を身体から流さないようにしてしまうのさ」

 

 この好奇心の旺盛な見習い妖魔遣いは、どんな些細なことでも、白骨から知識や技を吸収しようと一生懸命だ。

 それが白骨には微笑ましい。

 

「でも、そうすると、体温の調整ができなくて死んでしまうのでは?」

 

 十全がそう訊ねたので、思わず白骨は噴き出してしまった。

 

「馬鹿だねえ。それは人間の場合だろう……。こいつは、獣にしてしまうんだよ。体温調整なんて、口ですればいいのさ。ほら、よく、犬が舌を出して、はあはあやっているだろう。この朱姫も、そういう風になるだけさ」

 

「それもそうですね……。じゃあ、この長虫はどういう役割を与えるのです?」

 

臙脂(えんじ)虫という寄生体には、ふたつの作用がある。覚えておきなさい。ひとつは発汗作用の補填よ。いくら口から熱を出すといっても、本来は人間に近い身体の構造を持つ妖魔の場合は、どうしてもそれだけでは、体温調整はできない。その役割を臙脂虫がするのよ」

 

「どういうことですか?」

 

 十全は訊ねながら、長虫を蓄えている容器を交換した。

 朱姫の身体の中に新しい虫が入っていく。

 

「発汗作用をできなくしたことによる体温調整のできない熱を、身体の中の臙脂虫が吸収するのよ。熱を吸収した臙脂虫は死んでしまい、それは、この半妖の糞便と一緒に、体外に出されることになるけどね」

 

「もうひとつの機能は、なんですか?」

 

「それは、もちろん、こいつの内臓を強くするためよ。まさか、こいつに、人間と同じものを食べさせるわけにはいかないでしょう?」

 

「いまは粗末ですが、こいつにも通常食を与えてますよ」

 

 十全は首を捻った。

 確かに、この雌の半妖に与えているのは、まだ人間の食事と言えるものだ。家畜の餌に近いが、そのものではない。

 十全はそれを言っているのだろう。

 

「まだ処置が終わってないからね。内臓処置が済めば次は給餌調教よ……。とにかく、家畜としての妖魔の餌は、腐ったものや、普通の家畜用の餌がほとんどさ。しかし、最初からそうすることはできない。なぜだかわかるかい?」

 

「さすがに、腹を壊してしまうのでは?」

 

「そうだね。こういう最初から家畜ではない妖魔は、内臓が鍛えられていないから、そういうものを食べさせればすぐに弱ってしまう。だから、わざとそれに耐えられるように、売り物にする前の処置として、寄生体を注入してしまうというわけよ」

 

「なるほど、よく、わかりました」

 

 十全が嬉しそうに頭をさげた。

 新しいことを覚えたのが、本当に嬉しいみたいだ。

 なかなかに真面目だ。

 こういう前向きな若者に接すると、白骨の能力をもってして、早く一人前にしてやりたいと思う。

 

 そのときだった。

 朱姫の意識が弱いものとなってきたのを白骨は感じた。

 おそらく、肉体改造による一時的なものとは思うが、強引な内臓の改造処置が、朱姫の生命力を大きく奪いつつあるのだと思う。

 このままでは、朱姫は死んでしまうだろう。

 

「わかりましたが、熱の吸収により臙脂虫が死滅してしまうと、臙脂虫による消化作用もなくなってしまうのではないのですか?」

 

 十全がさらに質問を加えてきた。

 白骨はそれを制した。

 

「ちょっと待って、十全。それよりも、朱姫に薬剤を投入した方がよさそうね。生命力が弱まっているわよ。一度、虫の注入をやめなさい。管は喉に入れたままでいいわ」

 

「えっ? は、はい」

 

 十前が、慌てて管を朱姫の肛門部分の繭に差し込んだ。

 霊具である管は、自分で朱姫の肛門を探し当てて、深く突き刺さる。

 手際はいい。

 十全は、すでに肛門に刺さった管の反対側に薬剤の入った桶を繋ぎ終わっている。

 白骨は満足した。

 十全は、桶の中の薬剤を注入を止めていた留め具を外す。薬剤が、朱姫の肛門から流し込まれる。

 

「強心薬を投与」

 

「はい」

 

 十全が繭の上から大きな針を心臓近く目掛けて突き刺した。

 針の先端には強い効果の薬剤が塗ってあり、それを心臓付近に投与したのだ。

 白骨はさらに、朱姫の全身に道術で強い電撃を与えた。

 二度……。

 三度……。

 

「いいようよ。尻の管を抜いていいわ。虫の注入も再開」

 

 白骨は言った。

 朱姫の失われそうだった生命力が急上昇して、心臓の動きも強まったのを道術で感じる。

 意識も取り戻したようだ。

 朱姫の頭から流れてくる悲鳴を白骨は感じる。

 

「すいませんでした、白骨様。僕には、この個体が弱まっているのがわかりませんでした」

 

 十全はうな垂れている。

 ただ、やはり、尻管を抜菅と臙脂虫の注入再開処置の手際は、円滑で素早い。

 多分、相当に自主練習をしていると思う。

 

「いいのよ。お前は、まだ駆け出しだからね。だけど、いま朱姫の生命力が変化したのは、わかるでしょう?」

 

「はい。ぼんやりとですが、変化したのは、わかりました」

 

「だったらいいわ。何度か経験を積めば、微妙な違いが区別できるようになるわ。もっとも、その違いがわかるようになるまでは、生命力の変化を感じたら、例外なく肛門から薬剤を与えなさい。この薬剤は、発狂するほどの痛みにより、個体に苦しみを与えるだけのことだから、暴れなければ問題はないわ」

 

「あっ、もしかしたら、さっき腕と肢の関節を外したのも、そういうときのために、必要だったのですね?」

 

「そういうことよ。痛みで暴れまわったら、管が外れて面倒になるからね。さっき、朱姫の関節は外したから、暴れたくても暴れられないのよ。この娘が、発狂するほどの苦しみを感じているのは、道術力を通じてわかるわ」

 

 白骨は笑った。

 

「ああ、僕も、白骨様のような大きな道術力があればいいのですが……」

 

 十全は顔をしかめた。

 

「大丈夫よ、お前には天性の勘の良さと手際の良さがある。妖魔遣いには、必ずしも強い道術力は必要であるわけではないわ。もっとも、まったく道術が遣えなくても困るけどね」

 

「僕程度の力でも、一流の妖魔遣いになれますか?」

 

「このあたしが、お前には素質があると認めたのよ。自信を持ちなさい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 十全は、嬉しそうに破顔した。本当に可愛らしい。

 

「そういえば、さっきの話の続きだけど、臙脂虫の繁殖力はとてつもないわ。この朱姫の腸全体にあっという間に卵を植え付けてしまい、もしも数が少なくなれば、その分だけ孵化をして勝手に補うのよ」

 

「なるほど、わかりました」

 

「さて、そろそろ、処置が終わったようね。じゃあ、十全、繭から朱姫を出して、檻に入れておきなさい。関節も戻しておいてね。できるわね?」

 

「お任せください、白骨様」

 

 十全は言った。

 道術を通じて伝わってくる朱姫の強い苦しみは、まだ白骨に届き続いていた。

 

「次は給餌調教だけど、お前に任せるわ。臙脂虫が完全定着するまでに丸二日かかるから、給餌訓練はそれからよ。それまでは食べ物はもちろん、一切の水分も与えないこと。大丈夫よ。妖魔の身体は丈夫だから、しばらく干からびさせても死にはしないわ」

 

「了解しました」

 

 仕事を与えられたのが嬉しいのか、十全が顔に満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 首に弱い痛みを感じた。

 首輪から伝わる痛みだ。

 朱姫は、慌てて首を開いた檻の穴に出した。

 檻の穴ががしゃんと閉じて、朱姫の首を床に固定する。

 身体は檻の中なので、檻の外に出ているのは、顔の部分だけだ。

 朱姫は、檻の中でお尻と尾を上に向けた状態で、床に腹這いになった。

 屈辱的な格好だが、抵抗すれば痛みはさっきのようなものではすまない。

 それこそ、全身をのたうち回らせるような激痛が走る。

 

「ほら、餌だぞ、朱姫」

 

 十全という若い男が朱姫の顔の下に皿を置いた。

 強烈な悪臭が朱姫の鼻を襲う。

 何度食べても、この匂いだけは慣れない。

 

「まだだぞ、我慢だ」

 

 食べていいという合図がなければ、口にしてはいけない。

 逆に、食べろという言葉で、すぐに口に入れる。

 動物のように躾けられているのだということくらいはわかる。

 

「おうおう、やっておるな、十全」

 

 階段を千鬼が降りてきたのが声でわかる。

 朱姫はこれからはじまることを想像して、屈辱に震えた。

 

「ちょっと、檻の後を解放しろ、十全」

 

「またですか、千鬼さん。売り物の妖魔を勝手に性処理に使ったら、白骨様に叱られますよ」

 

 十全が不満そうな声を出している。

 

「まさか告げ口をするんじゃないだろうな、十全?」

 

「しませんよ」

 

「だったら、さっさと解放しろ。お前も言わない。俺も言わない。もちろん、この雌も喋ることはできない。だったら、ばれやしないよ」

 

「もう……、早くしてくださいよ」

 

 十全は壁にかけてある鍵を千鬼に渡したようだ。

 朱姫の後ろに千鬼が回った。

 鍵が開けられて、曝け出されている朱姫の股間に千鬼の指が触れる。

 

「ヒギイッ」

 

 思わず声が出る。

 哀しいことに、出るのは動物の声でしかない。

 この首の霊具が、雌の狼の妖魔に朱姫の姿も声も固定しているのだ。

 

「食べろ――」

 

 十全の声がする。

 朱姫は皿の中の餌に舌を伸ばす。

 粘性のあるその餌はもの凄い悪臭だ。

 だが、なぜか味はおいしい。

 ひと舐めすれば、もう、舌を止めることなどできない。

 この世のものとは思えないくらいに味がいいのだ。

 

 しかし、それは身体に入れられた大量の寄生虫による錯覚らしい。

 こんな臭くて、不味いものをおいしそうに食べる朱姫に、白骨が朱姫がますます動物に近くなったと嘲笑ったのを思い出す。

 こうやって、動物の餌のようなものを口にする訓練を受け始めて五日くらいだろうか?

 

 その傍ら、さまざまな拷問調教も受けている。

 四つん這いで鞭打たれながら、半日以上も全力疾走させられたり、股間や口に焼き鉄杭を挿入されたり、得体の知れない薬剤を大量投与されて死の縁を何度も歩まされたりだ。

 そういうことに、どういう意味があるのかもわからない。

 ただ、とにかく、丈夫な肉体になったということだけはわかる。

 膣を大火傷したりしても、翌日には痛みもなく回復したりする。

 白骨たちが施した肉体改良の調教がそんな変化を朱姫にもたらしているのだと思うが……。

 

 そのとき、朱姫の女陰に、後ろから千鬼の男根が突き挿さった。

 朱姫は、呻き声をあげて、身体を仰け反らせた。

 

「ヒギイッ」

 

 朱姫は首の激痛に悲鳴をあげた。

 餌を食べるのを途中でやめたからだ。

 慌てて、舌を皿に戻す。

 

「おう、おう、おう」

 

 一方で、そのあいだも、朱姫の肛門は千鬼の激しい凌辱を与えられている。

 千鬼が馬鹿みたいな奇声をあげて、朱姫の尻を犯し続ける。

 

 食べ物を口にしながら犯される――。

 気の遠くなるような、あまりの恥辱に意識が混濁さえする。

 それとともに、快感の暴流が身体で暴れ回る。

 朱姫は口の中のものを懸命に咀嚼しながら、次第にお尻からせりあがっていく淫らな快楽に身を任せるしかなかった。

 

 いくうううううっ――。

 

 朱姫は、心の中で叫んだ。

 だが、朱姫の反応とはまったく関係なく、千鬼は果ててしまい、朱姫は、もう少しのところで取り残された。

 

「ははは。どうやら、この雌、まだ達していなかったのに、終わっちまったんで、残念そうな反応を見せやがったぜ」

 

 朱姫の肛門から一物を引き抜いた千鬼は、ぴしゃりと朱姫の尻を叩いた。

 餌を食べながら、朱姫は内心で歯噛みした。

 もしも、許されるのならば、とうに屈辱の涙をこぼしていたかもしれない。

 だが、もう、朱姫の身体からは、涙も汗も出ない。

 いつの間にか、そういう身体に作りかえられていたのだ。どうやら、肌からあらゆる体液が出ないようにされたというのは、地獄のような処置が終わって数日してから、やっと気がついた。

 

「どうだ、続きをお前がやってやったらどうだ、十全?」

 

 千鬼がまだ、いやらしく朱姫の股間をまさぐりながら言う。

 

「よしてください。僕は雌妖となんかやりませんよ」

 

「雌妖といっても、ついているものは人間の女と変わりはねえぞ。それに、こいつは、もともと人間に近かったんだ。なかなか、いいものを持っているぜ。そもそも、これは性処理としての愛玩用の雌妖として売られるんだろう? だったら、こっちも、ちゃんと開発しておくことも妖魔遣いの役目のひとつだぜ」

 

「わかったようなことを言わないでください。とにかく、僕は、白骨様の教えにしか従いません」

 

「わかったよ、頭の固い坊やだぜ。とにかく、また、内密に頼むぜ」

 

 千鬼は、濡れそぼったままの朱姫の股間を指でさんざんにいたぶったまま、さっと手を引っ込めて戻っていった。

 その頃には、朱姫の顔の下の皿も空になっていた。

 

「よくできたぞ、朱姫。ほら、ご褒美だ」

 

 十全は用具袋から黒色の張形を出して、朱姫の前にかざした。

 朱姫は、激しく首を振って拒否した。

 

 そんなのいらない――。

 いらないのだ。

 躾に従った褒美として快楽を与えるつもりらしいが、この十全は極端すぎるのだ。

 それこそ、数刻くらい淫具の刺激を与えっぱなしにしたりする。

 まともに女を抱いたことがないのか、限界を超える快感もまた、拷問と同じということがわからないみたいだ。

 

「今日は錬成はないから、次の給餌までつけたままにしておいてやる。たっぷり感じるんだぞ。よかったな。しかも、特別だぞ。お尻も気持ちよくしてやるな。朱姫はお尻が大好きだものな」

 

 十全が朱姫の背後に回り、先ほど千鬼に弄ばれた股間に、その張形を差し込んだ。

 準備の終わっている股間は、つるりとそれを飲み込んでしまう。

 たとえ、準備ができていなくても、霊具であるその張形は、あっさりと朱姫の膣の中に入ってしまうのだ。しかも、術がかけられているので、どんなことをしても抜けることはない。

 さらに、細い張形もお尻の穴に……。

 二つの淫具が朱姫の中で暴れだす。

 

「ヒギイイイィィィ――」

 

 白骨がよく豚の鳴き声だと揶揄する悲鳴を朱姫はあげてしまった。

 張形が朱姫の陰部の中で回転しながら暴れ回る。

 張形には小枝のようなものもついていて、振動が肉芽にも容赦なく加えられる。

 

「いまみたいに、いい子にしていたら、こんな風に気持ちよくなれるんだぞ。よく、憶えるんだ、朱姫」

 

 十全のそんな言葉を聞きながら、朱姫は、早くも一回目の絶頂に達した。

 それでも張形は止まらない。

 十全の宣言のとおりに、次の給餌調教まで、数刻間も続けて、張形は朱姫を責め続けるのだろう。

 

 こんなのは、ご褒美でもなんでもない――。

 ただの拷問だ。

 言葉さえ喋れれば、そう訴えたかった。

 

 やがて、二度目の絶頂――。

 

「はっ、はっ、はっ、ハギャアアアッ、キュワワワアアッ」

 

 朱姫は三度目の絶頂に、ぶるぶると身体を震わせて咆哮した。

 いつの間にか、朱姫の舌はだらりと口の外に垂れさがり、自分が、はあはあと、犬のように息をしていることに朱姫は気がついた。



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75  妖魔奴隷市

 一匹目は美しい鳥妖だった。

 

 ただし、片方の羽根を切断されていて、跳べないように処置をされていた。

 それでも真っ白な翼と身体を覆う白い羽毛は、気品さえ感じるほどの美しさだった。

 小さな角が浮かんでる真っ白で真っ直ぐな髪も、それに包まれた顔もまさに美少女そのものだ。

 

 朱姫は、競り台の下に備え付けられた檻に入れられたまま、それをぼんやりと眺めていた。

 鳥妖は、羽根があるというのを除けば、いまの朱姫よりもずっと人間に近かった。

 羽毛は全身を覆っているものの、乳房から股間に駆けた部分は完全に無毛だった。人間の少女を思わせる股間には、恥毛は生えていない。

 

 その鳥妖は、競りの主催者たちにより、やたらに高い位置にある腰掛けに、無理矢理に羽根を畳んで座らせられていた。

 口に嵌められた猿ぐつわからは、はっきりとした人間の悲鳴が出ていたから、あの鳥妖が人語を使うということは朱姫にもわかった。

 人語を喋るものと喋らないものが、家畜にしてもよい妖魔とそうではない妖魔を分けているらしいが、事実上は無視されているようだ。

 この宝象国(ほうぞうこく)では、妖魔は売買のできる家畜と同じらしい。

 

 また、妖魔は大抵は魔術を使えるのだが、あの雌の鳥妖の首にも、朱姫と同じ首輪が嵌められている。

 おそらく、あの鳥妖の娘も、それで魔力も抵抗も封じられているに違いない。

 

 鳥妖の娘は、椅子に上半身を縛りつけられると、両足を高い腕掛けに掛けられて拘束された。

 妖魔といえども、若い少女には違いない。

 性器を大勢の人の目に晒け出さされた、あまりにも可哀そうなその恰好に、朱姫は思わず目を背けてしまった。

 鳥妖のの少女も、酷い仕打ちに猿ぐつわをされたまま、泣きじゃくっている。

 

 競り市に参加した人間は、見物客も含めて、数百人はいるだろう。

 ここは、宝象国の王都の広場だ――。

 年に四回開かれる妖魔市であり、それは王都の住民にとっては、娯楽の一種でもあるらしい。

 ああやって、見世物同然に扱われる妖魔を見ては愉しむのだ。

 売られた挙句の妖魔がどういう末路になるのかまでは、朱姫は知らない。

 白骨(はっこつ)たちには、朱姫は、性処理用の妖魔として、そういう愛好家に売られるのだと教えられただけだ。

 

 この国の妖魔は惨めだ。

 家畜と同じ扱いしか受けない。

 朱姫の生まれ育った烏斯(うし)国では、妖魔は蔑みと忌みの対象でしかなかったが、この宝象国よりは遥かにましだった。

 ここでの妖魔は、生き物としての扱いは受けられずに、単なる“もの”でしかない。

 

 競りの台上では、鳥妖の娘がはしたない嬌声をあげさせられ始めた。

 買い手たちの要望で、女としての反応を確かめるため、局部を筆で擽られだしたのだ。

 しかも、かなりしつこく責められた。

 観客たちの揶揄の中、その鳥妖は大きな声をあげて、何度か気をさせられた。

 随分と反応もよかったので、あるいは売り手の奴隷商が、あらかじめ媚薬でも飲ませていた可能性もある。

 敏感な方が高く売れるという判断もあるだろう。

 

 やがて、競りがはじまった。

 あの鳥妖は、宝象国の金貨で十一枚の値がついた。

 購ったのは、貴族女のようだ。

 

 道術遣いに間違いない従者が、抵抗する鳥妖の足首に足輪を嵌めた。

 たちまちに鳥妖は大人しくなり、貴族の女の準備した檻のついた馬車に入れられて運ばれた。

 

 二匹目は双子の妖魔の少年だった。

 二匹とも二歩脚で立っていて、顔が山猫のような顔をした。やはり頭に角があり、そして、身体に体毛と斑点の模様があった。

 ふたりのそれぞれの両足は鎖のついた足枷が嵌められていて、ふたりの足枷もまた、鎖で繋がっていた。

 腕は、手枷で後手に拘束されている。

 この二匹は人間の言葉は喋れないようだ。

 吠える声は動物そのものだ。

 

 二匹とも股間の部分に、布切れが巻かれていたが、競台にあがると同時に引きはがされた。

 二匹の股間には、人間の男とまったく同じような男根があった。

 暴れはじめた二匹を屈強な数名の男たちが現れて押さえつける。

 

 そして、売り手の老婆が大きな声で説明をしながら、妖魔の少年のひとりの男根を小さな杖で叩いた。

 なんらかの術を加えたのだろう。

 妖魔の少年の男根は、あっという間に勃起して空を向いた。

 そして、もう一匹も同じようにされる。

 

 空を向いたふたつの妖魔の少年の男根――。

 観客の叫び声はひと際高まる。

 妖魔の少年たちの顔が屈辱に歪んだ。

 

 代わる代わる、とんとんと、老婆は妖魔の少年たちの男根を突いた。

 そのたびに、少年たちは顔を真っ赤にして震わせた。

 そして、何回目かの刺激ときに、二匹が続けざまに射精をした。

 凄まじい笑い声が周囲を覆った。

 それとともに、二匹とも、その場で啜り泣きを始めた。

 

 朱姫は可哀そうだと思うよりも、あの少年たちは、まだ涙を流すことができるのだなあとだけ思った。

 もう、朱姫には、涙を流すことさえできないのだ。

 

 その後、さらに数回ずつ、その二匹は、衆目の中で射精をさせられた。

 そして、二匹は、一匹ずつ、競売にかけられ、それぞれが金貨三枚で売れた。

 それぞれの買い手に連れて行かれた。

 引き離されるときの二匹の悲痛な叫びが、朱姫の耳にいつまでも残った。

 

「さあ、大人しく出なさい。出番よ、朱姫」

 

 白骨が朱姫の首に鎖を繋いだ。

 この霊具の鎖に繋がれると、なぜか一切の抵抗ができなくなる。

 朱姫は、四つん這いの獣に近い身体で、鎖に曳かれるまま競りの台にのぼった。

 いまの朱姫は、『獣人の技』を遣うときに近い獣の姿だ。しかし、大きさはいつもの朱姫の身体と同じ程度だ。

 そんな風になるように獣化の程度を調整されたみたいだ。

 台上にのぼったときの、圧倒的な観客の威圧感に朱姫は、眼がくらみそうな感覚を覚えた。

 

 怖い――。

 

 すべての蔑みと、侮蔑の視線が朱姫に集まる。

 朱姫の前脚が肩幅の広さで、一本の棒に結ばれた。

 その棒が準備された台に架けられる。

 朱姫は、狼形の獣の身体を前脚で吊られ、身体の腹側を観客たちに曝け出すように固定された。

 

「金袋をひとつ――」

 

 すぐに、声があがった。

 金袋ひとつというのは、宝象国の金貨なら十五枚に匹敵する額だ。

 朱姫は声の方向を見た。

 声をかけたのは、茶色い布のマントで身体を覆ったひとりの老人だ。

 観客たちから一斉に失望の声が漏れた。

 観客は、この美貌の妖魔師の白骨がいつも愉しくて残酷な見世物を商品を使ってやるのを知っている。

 だから、買い手が過早についてしまい、白骨の演出が見れなくなりそうなことに、不満の声をあげているのだ。

 

「ありがとうございます。しかし、競りについては、この雌妖の紹介をさせていただいた後で、させていただきたいのです。ほかの観客たちも、それをお望みでしょうし……。趣向を凝らした見世物になると思いますよ」

 

 白骨は言った。

 

「金貨ふた袋……。いや、三袋だ」

 

 すると、老人がしわがれ声で言った。

 今度は観客からどよめきが起こった。

 妖魔一匹に出す額としては破格に違いない。

 

「いい値だと思うがな、奴隷商のご夫人? ただし、その雌を見世物にしたら、わしは競りには参加せん。見世物にしてもよいが、わしのほかに、金貨三袋以上出す者がいると思わんがな。それでもよければ、いくらでもやればいい」

 

 老人ははっきりと言った。

 白骨が息を呑む音が聞こえた。

 だが、しばらくしてから、口に満面の笑みを浮かべた。

 

十全(とうぜん)千鬼(せんき)、この雌妖をおろしなさい」

 

 白骨は言った。

 朱姫は呆然としていた。

 その朱姫の腕の拘束が解かれる。

 

「じゃあ、これを……」

 

 台にあがってきた老人が、主催者の机に金の袋を三個置く。

 

「これで、この雌妖は、わしのものだな」

 

「……お、お買い上げありがとうございます」

 

 破顔の白骨の顔が、その老人の顔を覗き込んで、少し首を傾げた。

 

「あの……もしや――?」

 

「行くぞ、雌」

 

 老人が、朱姫の首輪から鎖を外した。

 

「お、お待ちください。実は、そいつは、まだ未調教です。その鎖がなければ……」

 

「不要だ」

 

 慌てる白骨をうさん臭そうに手で払い、老人は朱姫の額に指二本を置いた。

 なにか、熱くて不可思議なものが流れてくる。

 

 次の瞬間、それが『縛心術』だと気がついた。

 他人に施したことは数多くあるが、自分が受けるのは初めてだ。

 もう、この老人から逆らえない。

 売られた直後が、逃げ出すための最後の機会だと思っていただけに、朱姫の心に絶望が拡がる。

 

「ついて来い」

 

 老人が台から降りて歩き始めた。

 雑踏が分かれる。

 その間を朱姫は、四つん這いで歩いていく。

 妖魔市の競りの賑わいから離れると、後ろにすっと人影を感じた。

 誰かが後ろからついてくる。

 

「振り返るな、雌」

 

 老人の強い声――。

 朱姫は、後ろを振り返れなくなった。

 気配から考えて、朱姫のすぐ背後を歩いているのは、ふたりのようだ。

 すぐ後ろに回られれば、曝け出した股間が丸見えだ。

 恥ずかしいが、いまの朱姫は恥ずかしくても隠すことなどできない。

 性器を晒したまま、そのまま歩くしかない。

 

「宿まではしばらくあるが、繋いでいない雌妖をそのまま、城郭内で歩かせるわけにはいかんだろうね……。お前たちは後からゆっくりと歩いて来な」

 

 老人が振り向いて、さっと朱姫の全身をマントで覆った。

 後方の人間の抗議の声を感じた気がした。

 

 身体が捻られる感覚――。

 『移動術』だと感じたのは、すぐだ。

 気がつくと、見知らぬ部屋にいた。

 

「さてと、雌妖。そのまま動くな」

 

 老人の足が眼の前にあった。

 四つん這いの朱姫の頭の上に、その老人の足の裏が乗せられる。すると、手足が勝手に朱姫を「伏せ」の状態にした。そのまま、頭を踏んづけられる。

 だんだんとその足に力が入る。

 『縛心術』に縛られた朱姫には、その足をどかせることができない。

 

 老人の手が、朱姫の首に伸びた。

 首輪が外された。

 朱姫は吠えた。

 全身に激痛が走り、身体がつった。

 手と足が延びる。

 だが、それを阻むなにかが、全身を貫き、それが猛烈な痛みに変わる。

 朱姫は泣き叫んだ。

 

「こりゃあ、かなりの施術を受けたね――。戻すには、骨が折れそうだ」

 

 老人の声――。

 だが、足は頭の上からどかせてもらえない。

 それどころか、嫌味のようにぐいぐいと力を入れてくる。

 

「あ、足を――」

 

 朱姫は、そう叫んではっとした。

 人間の言葉が出る。

 ふと気がつくと、手足も人間のものに戻っている。

 どうやら、やっと獣の姿から解放されたのだ。

 

「言葉を封じていた霊具は外してやった。とりあえずは、姿かたちは人間の娘に戻った。ただし、身体の中の改造はそのままだ。このままじゃあ、だんだんと妖気が捻じ曲げられて、本当に獣の姿に固定されてしまう。身体を元に戻して欲しいか?」

 

 老人は言った。

 

「は、はい」

 

 朱姫は、思わず言った。

 

「じゃあ、まずは足の指を舐めろ。履き物を脱がせてな。一本一本舌で掃除しろ」

 

「あ、あのう……。じ、実はあ、あたしは、無理矢理にさらわれて……」

 

「そんなことは関係ない。お前は、わしが買った家畜だ。あの白骨は人浚いだ。お前がまっとうなやり方で捕えられたのではないことは予想がつく。しかし、わしが金貨三袋も支払ったのも事実。その時点でお前は、正式にわしの所有する道具ということになっているのだ」

 

 顔を履き物の裏でぐいくいと踏まれる。

 顔を床のすぐそばから離すことができない。

 

「で、でも、あたしは……、宝玄仙(ほうげんせん)というお方の持ち物で……」

 

 朱姫は訴えた。

 苦しい姿勢を強いられているせいか、口から舌がべろりと出る。

 みっともないとは思うが、それをやめると苦しいのだ。

 

「足を舐めるんだよ、朱姫」

 

 老人が自分で履き物を脱いで、足の指を朱姫の開いている口に押し付けてきた。

 朱姫は顔を捩じってそれを避けた。

 思ったような悪臭はない。

 むしろ、なにかいい香りまでする。

 しかも、老人の男とは思えない、綺麗な足の指だ。

 朱姫は戸惑った。

 だが、ぐいぐいと朱姫の口に足の指が突っ込まれる。

 

「舐めるんだよ――、ほら、朱姫」

 

「やああっ――」

 

 顔を激しく左右に捩じって、懸命に朱姫は足の指を顔から出そうとする。

 そうしながら、なぜ、この老人が朱姫という名を知っているのか疑問に思った。

 背中側の部屋の扉が、勢いよく開いた。

 

「なにをしているんです、ご主人様――?」

 

 背後で叫び声がした。

 

「さ、沙那姉さん――?」

 

 朱姫は歓びのあまり叫びんだ。

 背後の声は沙那の声に間違いない。

 

「ひどいよ、ご主人様、あたしたちを置いていくなんて」

 

 孫空女の不満そうな声もあった。

 

「もういいよ、朱姫。術を解いてやろう。身体を起こしていい」

 

 老人の声が変わり、宝玄仙の声そのものになった。

 その瞬間、身体の呪縛が解けて、身体を起こすことができた。

 やっと、朱姫は自分の身体を触ることができた。

 顔や頭も触ったが、牙や尖った房耳も角もない。

 お尻の尾も消えている。

 

「ああっ、ご主人様、沙那姉さん、孫姉さん――」

 

 朱姫は悦びのあまり、感極まって泣いてしまった。もっとも、施術をされたままの朱姫の身体からは、涙がこぼれることはなかったが……。

 

「よかったね、朱姫」

 

「本当だよ。心配したよ。やっと王都にいるとわかったときには競りの直前で、間一髪だったんだ」

 

 沙那と孫空女が両側から全裸の朱姫を抱いてくれた。

 

「とりあえず、奴隷の奉仕をしてもらおうか。その後に、あの白骨にどういう仕打ちをされたか教えてもらおうか。あいつに仕返しをしないとならないしね。時間がなかったから、手っ取り早く有り金はたいて競り落としたけど、さっきの金貨も取り返さなければならないし」

 

 眼の前の老人が宝玄仙に変わっている。

 『変化の指輪』で変身をしていたのだ。よく見れば、手の指には特徴のある指輪が嵌まっている。

 朱姫の顔に再び宝玄仙の足の指が延びた。

 心からの満足とともに、朱姫はその指を口に含んだ。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙によれば、朱姫はかなり酷い状況にあるらしい。

 沙那は、孫空女とともに宝玄仙から説明を受けた。

 

 最大の問題は、身体に注入された臙脂(えんじ)虫という魔性生物の寄生虫のようだ。

 それは、朱姫の身体中に無数の卵を産みつけていて、生半可な退治はできないようだ。

 それこそ、無数に産みつけられている卵を一個でも生き残らせてしまえば、あっという間に復活し、元の数だけの個体が増えてしまうらしい。

 しかし、放っておけば、次第に臙脂虫は、身体だけではなく、脳も犯していき、だんだんと朱姫の身体は獣のようになるのだという。

 なんというものを身体に注入したのだと、沙那は腹が煮え返った。

 

 しかも、完全な駆除は、実質的にはどんな方法でも難しいようだ。

 臙脂虫の卵の破片が、もう朱姫の身体の一部になりきっていて、死滅させるには朱姫の血を全部入れ替えるくらいしか方法がないらしい。

 

 もともと、半妖である朱姫が普段、人間の姿であるのは、微妙な血の傾きがそうなっているに過ぎないのだそうだ。

 血の平衡が崩れれば、朱姫は簡単に獣のような姿に変わるのだという。

 もともと、妖魔というのは獣が魔力を帯びて知能や能力が向上した生き物なのだそうだ。

 

「『治療術』じゃあ、駄目だね。お前の身体に道術紋を刻むしかないね。それで、わたしの強力な霊気を常に注ぎ込むようにする。そうやって、卵の孵化を抑えるしかない」

 

 宝玄仙が嘆息した。

 

「お願いします、ご主人様」

 

 朱姫が頭を下げた。

 

「その代わり覚悟をするんだね、朱姫。この宝玄仙の道術紋を刻まれるということは、それこそ身も心もわたしに支配されるということだよ。一生、この変態巫女から逃げられないということさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「覚悟はできています」

 

「まあ、そりゃあそうだね。ほかには方法はないしね。もっとも、この埋め合わせは、あの白骨にしてやるさ。とにかく、朱姫の身体の処置が終わったら、すぐに白骨のところに乗り込むからね」

 

 宝玄仙が憤慨している感情を隠すことなく言った。

 

「でも、その白骨夫人とやらのいる場所はわかるんですか? 調べる限り、かなり用心深いみたいですし、下手に接近すれば逃げられるかも……。朱姫も詳しい場所まで知っているわけじゃなさそうだし」

 

 沙那は白骨夫人とやらの追跡のあいだ、可能な限りの彼女の一味についての情報を集めた。

 それでわかったが、彼女たちは、かなり有名な闇奴隷商だが、なかなか尻尾を掴ませない用心深さもあるということだ。

 おそらく、朱姫が監禁されていた場所も、彼女たちの隠れ家のひとつであり、こっちが追いかけようとすれば、向こうは簡単に逃げてしまうだろうという予測している。

 もともと、幾つもの国を跨いで動いているらしく、そうなると、どこに逃げたのか検討はつけにくく、それこそ、連中を見つけることが困難になる。

 

「まあ、なんとかはなるさ。協力するような地元の男をひとり知っている。あいつには貸しがあるからね。白骨探しに協力させるのに、嫌とは言わせないさ。この姿でうろついていれば、向こうから見つけるさ」

 

 宝玄仙は白い歯を見せた。

 沙那は首を傾げた。

 

「ねえ、それよりも、ご主人様の施術で、本当に朱姫は脳を侵されなくてすむのかい?」

 

 孫空女が心配そうに口を挟んできた。

 

「わたしと一緒にいる限りね。朱姫に刻んだ内丹印がわたしの抵抗力の強い霊気を吸い続ける。それで、臙脂虫の活動と孵化は抑えられる。ただし、わたしから離れれば、霊気が吸えなくなるから、たちまちに臙脂虫が活性化する。まあ、そういうことさ」

 

「わかんないけど、大丈夫ということなんだね、ご主人様?」

 

「とりあえずはね……。さて、じゃあ、横になりな、朱姫」

 

「はい」

 

 朱姫が裸の肌を晒して、うつ伏せに横たわる。

 沙那と孫空女は、それを部屋の隅で見守っていた。

 宝玄仙が、杖を出して朱姫の背中に紋様を刻み始めた。

 

「いいっ――」

 

 すると、朱姫が苦悶の悲鳴をあげた。

 

 激痛と熱さ――。

 同じ紋様を刻まれている沙那には、内丹印という道術紋を刻まれるときの苦しさをよく記憶している。

 あれは痛い……。

 だが、その痛みは、やがて焼けるような欲情にも変わっていく。

 術式が終了した直後は、まるで情欲の頂点に達したような錯覚を覚えるのだ。

 

「あっ、あがっ、がっ、はっ、はあああ……。んぐううっ、ふわあっ」

 

 朱姫の呻き声に甘い声が混じりはじめた。

 それとともに、宝玄仙の道術紋の紋様が朱姫の身体全体を覆うように拡がっている。

 やがて、全身を覆い尽くした内丹印が真っ赤になった。

 

「もう少しだよ、朱姫――」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「はがあああっ」

 

 朱姫が絶叫した。

 

「頑張って、朱姫」

「頑張るんだよ、朱姫――」

 

 沙那と孫空女は、代わる代わる朱姫を激励する。

 そして、ぐったりと朱姫の身体から力が抜けた。

 沙那と孫空女は、ふたりでがっしりと朱姫を抱き締めた。

 朱姫の身体に刻まれた道術紋は、ほとんど肌の色と変わらなくなり、よく見なければわからないものに変わっている。

 

「ふうっ……、終わったよ、朱姫。とりあえず、身体を起こしても構わない」

 

「は、はい……。あ、ありがとうございます……」

 

 朱姫が甘い息とともに、舌を大きく出して身体を起こした。

 舌を出して体温を調製するのは、改造された朱姫の可哀想な肉体改造の影響だ。

 

「まだだよ。お前の身体を蝕んでいる寄生虫を殺して、術式を施された身体を元に戻すのはこれからさ――。大丈夫だ。白骨程度の道術だったら、このわたしなら払い除けられる。それで元通りになる。でも、少しばかり痛いよ」

 

「わかっています、ご主人様」

 

 朱姫は、片腕で自分の胸を隠しながら、自分に刻まれている内丹印という道術紋に目を落としている。

 

「さあ、そろそろ、お前たちの出番だよ。服を脱いで朱姫のところに行きな」

 

 宝玄仙がこっちに視線を向けた。

 

「えっ?」

「なんで?」

 

 沙那も孫空女も思わず声をあげた。

 すると、宝玄仙の顔に怒りが走った。

 沙那はぞっとした。

 

「このところ、お前たちは、この宝玄仙が甘やかしていると思って、気を抜いていないかい? いつから、この宝玄仙の命令を訊ね返すような偉い身分になったんだい。裸になれと言われたら、さっさとなるんだよ。ぐずぐず言うと、沙那、孫空女、ふたりして地獄責めを始めるよ。欲情させたまま、この結界の外に放り出してやるから、覚悟しな」

 

 宝玄仙の権幕に、急いで沙那は身につけたものを脱ぎ始める。

 横を見ると、孫空女も蒼い顔をして、服を次々に脱いでいる。

 あっという間に全裸になった沙那と孫空女は、言われたとおりに、朱姫の両側に座る。

 

「お前たちに預けてあった『共鳴封じの指輪』を外して、こっちによこしな」

 

 これから、やらされそうなことの予想がついたが、いま、口答えしたら、なにをされるかわからない雰囲気なので、黙って指輪を外して宝玄仙に渡す。

 孫空女もひと言も喋らずに、指輪を差し出している。

 

 もともと、同じ道術紋を刻まれている沙那と孫空女は、本来は、相手が受けた快感を自分の快感として受けてしまうという作用が発生してしまう。

 だが、それを封じているのが、さっき渡した指輪の霊具だ。

 それが取りあげられたということは、快楽の共鳴状態になったということだ。

 同じ道術紋を刻まれた朱姫もまた、沙那と孫空女の共鳴に参加することになったはずだ。

 

「あ、あのう……。なにが始まるのですか……?」

 

 朱姫が遠慮がちに言った。

 最近の宝玄仙になかった激しい迫力に、朱姫もまた、なにか戸惑っている様子だ。

 

「舐めな、朱姫――。孫空女と沙那の身体を代わる代わる舐めるんだ」

 

「えっ? なぜ……」

 

 朱姫がそう言いかけた途端、宝玄仙が思い切り強く足を踏み鳴らした。

 

「ひいっ――」

 

 朱姫が顔を引きつらせた。

 このところ、垣間見られる優しさに、安心していたところもあり、朱姫だけではなく、沙那も宝玄仙の恐ろしさを忘れていたような気がする。

 少なくとも、沙那は最初の頃のようなぴりぴりとした緊張をすることはなくなっていた。

 

「舐めろと言われたら、床であろうと、こいつらの尻の穴だろうと、その舌が動かなくなるまで、舐めればいいんだよ――」

 

「は、はいっ」

 

 朱姫が慌てて、沙那と孫空女に向かい合うように姿勢を変えた。

 

「い、いきます、沙那姉さん」

 

 朱姫の腕が沙那の背中に軽く回り、沙那の乳首をひと舐めした。

 

「んんっ――」

「あひいっ」

「うわっ、ああっ」

 

 三人で声をあげる。

 覚悟をしていた沙那よりも、共鳴についてなにも知らない朱姫が大きな嬌声をあげた。

 つまり、『女淫輪』に苛まれている沙那は、普段耐えている分だけ、ただのひと舐めで激しい衝撃を乳首に感じてしまうのだ。

 それと同じ快楽が、共鳴により、朱姫の乳首に加わったのだと思う。

 朱姫がすでに息を荒くしている。

 

「な、なんですか、これ?」

 

 朱姫がびっくりしている。

 

「きょ、共鳴なのよ、朱姫……」

 

 沙那は言った。

 

「共鳴?」

 

「ほら、休むんじゃないよ、朱姫。次もお前が孫空女を舐める番だ」

 

「は、はい」

 

 朱姫は、今度は孫空女に近寄る。

 ぺろりと乳首を舐める。

 

「んふうっ」

「ひやっ」

「わっ」

 

 伝わってきた快感に沙那も声をあげる。

 また、孫空女と朱姫が、ふたり同時に嬌声をあげた。

 

「次は、沙那と孫空女が朱姫を舐めな」

 

 沙那は朱姫の右の乳首、孫空女が朱姫の左の乳首に舌を伸ばす。

 

「ああっ」

「んはああっ」

「んふううう」

 

 同時に舐められることで、朱姫の味わう強い刺激が、沙那にも感じる。

 たった数度の舌の愛撫で、朱姫はもちろん、沙那も孫空女も、もう官能にどっぷりと包まれ始めたのがわかる。

 

「朱姫……。朱姫が感じる気持ち良さがわかるよ……」

 

 孫空女が言った。

 

「じゃあ……。これが……?」

 

「そうよ、これが快感の共鳴よ……。朱姫とわたしと孫女の……」

 

 沙那は孫空女とともに、朱姫の乳首に舌を動かす。

 朱姫に伝わる快感が自分たちにも伝わる。

 共鳴だ――。

 三人の快楽が共鳴してひとつに交わるのだ。

 その激しい快楽と一体感は味わった者にしかわからない。

 

「そうさ、朱姫……。同じ内丹印をご主人様に刻まれたあたしらは、快楽を共鳴するのさ。朱姫があたしに与える快楽も、あたしたちが朱姫に与える快楽も、沙那が感じる気持ちよさも、みんなお互いに伝わるのさ……」

 

 孫空女が朱姫に向かって白い歯を見せた。

 沙那は激しく身体を震わせてしまっている。

 まだ、乳首を舐めあっているだけだが、本当に身体が溶けてしまいそうだ。

 

「も、もう、気持ちよくて、胸だけでいきそう……」

 

 朱姫が悲鳴をあげる。

 

「あ、あたしもだよ――。多分、沙那も――」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「あたしにもさせてください……」

 

 朱姫が孫空女に体重を預けて倒した。

 そして、身体を反転させて、孫空女の股間に顔をうずめる。

 朱姫の股間は、孫空女の顔の前にある。

 

「ひぎいいい」

 

 あまりの快楽に沙那は動物のように叫んだ。

 孫空女も朱姫も嬌声をあげている。

 朱姫が孫空女の肉芽を擦りあげた衝撃と、孫空女が朱姫の陰部を舐めた快感の気持ちよさが、同時に伝わったのだ。

 

 共鳴は三人の誰かが取り残されたり、誰かが主導権を持つということはない。

 責める者も受ける者もまったく同じだ。

 同じようにしか達しないし、別々にいくということはありえない。

 三人でひとつなのだ。

 

「ほら、沙那、朱姫のお尻が空いているよ」

 

 沙那は誘導されるかのように、朱姫の白いお尻に顔を近づけた。

 孫空女が舐めている朱姫の股間に上から口を近づけると、朱姫の菊門に舌を挿入した。

 三人で同時に声をあげた。

 

「お前たち、しばらく、そうやっているんだよ。そろそろ、朱姫、道術をかけるよ――。少しばかり激しいからね。なにしろ、お前の血や肉に巣食っている虫をお前の身体ごと焼きつくすようなものなのさ。一気にいくよ」

 

 朱姫はもう聞こえていないのか、それにはなにも言葉を返さなかった。

 沙那もまた、それをぼんやりと聞いていただけだ。

 ただただ、一心不乱に三人でお互いの股間を舐め続ける。

 すごい……。

 身体中の快楽という快楽が暴れる。

 朱姫が総身を跳ねはじめる。

 もちろん、孫空女も沙那も全身におこりがかかったように震えている。

 急激な快感が襲った。

 

「ひいいいい」

「あがあああっ」

「あひいいいっ」

 

 それぞれがそれぞれに悲鳴をあげながら昇天する。

 三人分の絶頂だ。

 それをまったく同時に三人で味わっている。

 

「うぎゃあああああ」

 

 そのとき、朱姫の身体が真っ赤になり朱姫の全身から体液が一斉に飛び出してきた。

 それまで、朱姫はまったく汗をかいていなかったのだ。それが一度に放出されたような感じだ。

 

「やめるんじゃない――、沙那、孫空女。続けな――」

 

 沙那は慌てて朱姫の肛門に舌を戻す。

 孫空女もまた、朱姫を腰を抱きしめて一心に舌を動かしている。

 朱姫は快感とともに食らう激痛に暴れ回っている。

 

 どれくらいの痛みが朱姫を襲っているかわからない。

 共鳴は快楽だけで、痛みは共鳴しないのだ。

 だが、これ程の激しい快楽の中でも、朱姫は苦悶の絶叫をあげている。

 朱姫の感じている激痛は並大抵ではないのだろう。

 

 おそらく、朱姫の身体からとてつもない量の汗が流れている。朱姫が暴れ回る。

 沙那と孫空女にできるのは、それを快楽で少しでも癒すことだけだ。

 痛みの中であろうと、沙那と孫空女が達することができれば、朱姫も達する。

 その一瞬は、朱姫も激痛を忘れられるはずだ。

 

 沙那は、とにかく、朱姫を昇天させようと、肛門を刺激する自分の舌の動きを激しくした。

 朱姫のお尻の深くまで舌を突き差し、すべてを掻きだそうとするばかりに内側を舌で抉る。

 

 それとともに、再びもの凄い絶頂――。

 朱姫の身体が弓なりなり、ふっと力が抜けた。

 

 沙那が、孫空女とともにぐったりと身体を預けるのと同時だ。

 それとともに、沙那の頭の中は真っ白になり……、そして、意識を失った。



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76  囚われた奴隷商

 いつものように近所の料理屋で朝食を済ませて、「牧」に戻ろうとしたところで、不意に違和感を覚えた。

 

 白骨(はっこつ)が妖魔を捕えて調教するための場所は、宝象国(ほうぞうこく)の王都の郊外にある。

 同じような奴隷調教施設を十数箇所持っているが、宝象国のものはそのひとつだ。

 白骨は、その建物を“牧”と呼んでいた。

 

 もっとも、本当に広い牧があるわけではない。

 ただ、妖魔を監禁して、調教や術式を行うための設備があるだけだ。

 周りに、畠も民家もなく、広い荒れ地が周りにあるだけのその場所を白骨は気に入っていた。

 もともとは、貴族の別宅だったらしいが、没落して土地と屋敷を手放したらしい。

 そこを安く手に入れ、妖魔を飼育するための材料や設備を整えた。

 広い地下室もあり、本当にうってつけだった。

 ここは、まさに白骨の縄張りだ、施設の内部には白骨の道術の防護結界も張り巡らせている。

 とにかく、施設の中まで行けば安心だ。

 白骨は足を急がせた。

 

 奴隷商人の白骨にとって、妖魔の売買を認めている宝象国は、いい商いの場所だ。

 妖魔には、強い妖魔もいるが、大抵は弱い。

 それを捕えて、調教し、高く売り払う。

 妖魔は忌み嫌われている存在だし、手ひどく扱っても誰も文句は言わず、むしろ感謝される。

 さすがに、人間を売買するほどの儲けにはならないが、人間を売買する闇商売のいい隠れ蓑にもなる。

 

 そう考えると、この前の朱姫のときは、いい商売だった。

 ああいう妖魔市は、妖魔を性の見世物にするのが習いになっており、それをすることなく、買い手に渡ったのは、集まった市民には不満そうだったが、それは白骨のせいではない。

 それに、道端で拾った雌の半妖を売り払って、金の粒三袋、金貨にすれば四十五枚から五十枚の値だ。

 処女で十代で調教の終わった人間の美少女を売っても、そんなに高額では売れやしない。

 

 それにしても、あれは、錯覚だったのだろうか。

 あの時、朱姫を買った老人――。

 顔を覆いに包んでいたから顔はよく見えなかったが、ちらり覗いた面影は、あの青蔡(あおさい)のように見えたのだが……。

 

 そう考えて、白骨は自分の思いを内心で打ち消した。

 青蔡が世捨て人となって、もう百年以上の歳月が流れている。

 いまさら、王都に戻るとは思えないし、ましてや、性処理用の雌妖を買うなどあり得ない。

 

 じゃあ、あの老人は誰だったのか――?

 実はあれから、白骨は、すぐに千鬼(せんき)に跡をつけさせた。

 だが、風のように消えてしまい、まったく、どこの誰なのか、わからなかった。

 しかし、あの気配は、確かに道術師を思わせる。しかも、かなりの高位の術師ではないだろうか。

 白骨自身がそれなりの道術師なので、術者の持つ霊気の大きさなどは、ある程度は感じる。

 あれは、高位道術師だった。

 青蔡のような……。

 

 そんなことを考えているうちに、白骨は、何事もなく、根城にしている建物に到着していた。

 誰かにつけられていると思ったのは、杞憂だったようだ。

 白骨は、結界の中に足を踏み入れた。

 

「異常はない?」

 

 入口に座って外を見張っている千鬼に声をかけた。

 千鬼も十全(とうぜん)も、白骨ほどではないが、道術師だ。

 それなりに気配を感じることもできるし、余程の強い術遣いでもなければ、結界に包まれているこの施設内では十分に戦える。

 

「なんにもありませんよ、白骨様」

 

 千鬼が退屈そうに欠伸をした。

 

「十全は?」

 

「中ですな。この間捕まえた妖魔の世話をしてますよ。本当に真面目なやつですねえ。あいつは、この仕事は向かないんじゃないですか?」

 

「どうしてよ。あたしは、あいつを買ってんのよ。なんたって、真面目だからさ」

 

「糞真面目な女衒なんて、聞いたことありませんよ。あいつには悪心が足りない。なんだかんだで、俺たちの稼業は他人を不幸にすることだ。その点、あいつは真面目すぎる」

 

「それが、あの坊やの見込みのあるところなのよ」

 

 すると、千鬼は鼻を鳴らして、また居眠りをするような姿勢になった。

 もっとも、ああいう格好ながらも、千鬼が少しも油断などしないというのを知っている。

 

 白骨はそのまま建物の中に入っていった。

 建物は、地下層のある二階建てになっていて、二階部分は白骨たちが誘拐した人間の女を閉じ込めるための部屋があり、一階には妖魔を閉じ込める檻がある。

 また、地下には、調教や人体改造のための拷問具や装置が揃っている。

 

 果たして、十全は一階の奥にある三匹ほどの妖魔を放り込んである檻に前いた。

 朱姫を売り払った金の一部で買い求めた雄の妖魔だ。

 ほとんど白痴だが、家畜用の雌妖の種付けとして飼育して、高く売るつもりだ。

 すでに、性交の相手を極端に妊娠させやすく、また、雌を孕ませても、遺伝的には雌側の種族特徴しか幼体に受け継がせないような肉体改造処置を終わっている。

 いまは、精力を絶倫にするための調教をしている。

 

「どうだい、調子は?」

 

 白骨が声をかけると、十全が立ちあがって頭を下げた。

 

「あっ、お帰りなさい、白骨様。順調だと思います。かなり、命令に従うようになりました。ご覧になりますか?」

 

 白骨を認めた十全は、微かに頬を赤くしている。

 白骨は、密かにこの十全が自分を慕っているのを知っていた。

 もちろん、こんなにも歳の離れた少年を性の対象として感じることはできないが、一人前の妖魔遣いとして、大事に育ててやろうとは思っていた。

 

 なによりも、妖魔遣い、あるいは、調教師としては、十全は、なかなかの非凡なものを持っていると白骨は思っている。

 千鬼は向いていないとか言っていたが、実は違う。

 むしろ、この十全の生真面目さと気の回りようは、この仕事に向いている。

 この仕事は、常に相手の心情に丁寧に向き合い、対象物の心に対するきめの細かい調整を必要とする。

 細心さがなければ、うまくいく仕事ではない。

 

「見せてもらおうか」

 

 白骨は座椅子に腰掛けて、妖魔の入っている檻に向かい合った。

 檻は全部で十個あったが、妖魔が入っているのは、そのうちの三個だけだ。

 

 これらの妖魔は、いわゆる、亜人とか鬼族とか称されることもある異人種ではなく、熊と虎と蜥蜴が特殊な魔力を帯びて人間化したものだ。

 本当は、頭に角がある人族に近い知性の高い異種族たちと、目の前のように動物が人間化した個体は、まったく異なるものだ。

 だが、人間はそれをまったく区分せずに、両方とも「妖魔」と呼んで区別しない。

 それはともかく、檻の中の三匹は巨体であり、背丈は通常の人間の男の二倍近くある。

 力は人の十倍はあるだろう。

 しかし、檻には道術が込めてあるから、破るのは不可能だ。

 

 この三匹には、常時、欲情した状態にあるように、淫霧を常に嗅がせている。

 そのために、そびえたった巨根が天井を向いて、いまにも暴発しそうであり、その先っぽは、勇み汁でねっとりと濡れている。

 その根元に勝手に暴発しないように、やはり、霊具の金輪で絞っているのだが、それでも溢れた精液が先端に溢れ出ているのだ。

 

 三匹の妖魔は、白骨の雌の匂いを感じて、檻の中で咆哮して、暴れはじめた。

 妖魔であろうと、人間の女であろうと、女は女だ。女が近づけば、無条件に発情するように洗脳処置をしている。

 だが、十全がぴしゃりと棒鞭を床に鳴らすと、顔に恐怖の色を浮かべて、三匹とも檻の奥に退がってしまう。

 

「ほう、よくも、この低能の連中をここまで仕込んだね」

 

 白骨は褒めた。

 

「まだ、不十分なんです、白骨様。ちょっと、見てもらえますか?」

 

 十全は、真ん中の檻に近づいて、檻を二度叩いた。

 真ん中の妖魔は悦びの雄叫びをあげて、檻に近づき、そそり立った肉棒を檻の外に出した。

 十全が、肉棒の根元の霊具を棒鞭の先で軽く叩くと、金属の輪が外れて下に落ちた。

 その妖魔が咆哮した。

 

「射精練習用の『贋体(がんたい)』を使います」

 

 十全が白骨に振り向いて言った。

 白骨は黙って頷く。

 

 十全が壁の戸から出したのは、人間の女を形どった人形だ。

 質感や形は雌妖や人間の女に似せてはいるが、模様もなにもないただののっぺらぼうだ。

 ただ、股間に当たる部分には、膣の構造の穴がある。

 また、人形全体の色は薄い白みがかった透明になっていて、挿入された男根の射精の様子も観察できるようになっている。

 

 十全は、その『贋体』に霊気を注いで真ん中の檻に近づけるとともに、取り出した小瓶の液体を股間の部分にかけた。

 この液体には、妖魔が雌を感じる強い成分が混じっている。

 それにより、妖魔は、この『贋体』を本物の雌の妖魔と錯覚してしまうのだ。

 雌の匂いを感じさせられたことにより、再び三匹が興奮状態になった。

 しかし、十全の鞭の音でまた静かになる。

 

 十全は、真ん中の妖魔に、まっすぐに棒鞭の先端を向けている。

 妖魔の顔に強い恐怖が浮かんでいる。

 それと同時に、十全と一緒にいる『贋体』の発する匂いに、激しく欲情もしているようだ。

 

 十全が、棒鞭で檻の中の妖魔を差したまま、檻の入口を開いた。

 この瞬間がもっとも危険な状態だと言っていいだろう。

 白骨は、もしも妖魔が暴れ出して逃げ出そうしたら、自分の道術で助けようと構えた。

 だが、その必要はなさそうだ。

 

 開いた檻の中の妖魔は暴れ出さなかった。

 涎を垂らしながら、じっと十全の横の『贋体』を見ている。

 十全が檻の中に『贋体』を入れた。

 すばやく、檻の戸を閉ざす。

 

「よしっ」

 

 十全のひと言で、妖魔は吠えながら『贋体』に飛びかかり、巨根を『贋体』の“膣の穴”に挿入した。

 透明の人形の身体を通して、妖魔の精液が『贋体』の内部に注がれるのが見えた。

 そのまま抜くこともなく、妖魔は、二度、三度と続けざまに精液を放出した。

 

 十全が棒鞭で檻を再び強く叩いて、大きな音を出す。

 それでも、妖魔は『贋体』から離れない。

 まだ、放出は続いている。

 十全は、苛々した様子で床を二度叩き、最後には、棒鞭の先端から電撃を妖魔に向かって放出した。

 悲鳴をあげた妖魔が、やっと『贋体』の股間の部分から一物を抜いた。

 

「ご覧のとおりです。まだ、調教の進み具合は、いま少しといったところです」

 

「いや、ここまでできれば上出来よ。短い時間で、よくここまで仕込んだものよ。もう、十分、種付けとしては使えるわ」

 

「でも、一度、性交をはじめさせたら、もう、命令を利かなくなります。歯止めがなくなるのです。もう、強引に痛みを与えるしかなくなるのです」

 

「まあ、この低能どもじゃあ、難しいわね。もう少し、徹底的に棒鞭に対する恐怖を植えつけるといいわ。性交の飴と鞭の罰を使い分けることも大事だけど、まずは、徹底的な恐怖よ」

 

 白骨は立ちあがりながら言った。

 十全の仕込みには概ね満足していた。

 あそこまで、ひとりで調教ができたのなら、もう、一人前に近いと言っていいだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 十全が元気な声で言った。

 

「じゃあ、あたしは、地下で休むわ」

 

 地下は、施術と調教をする場所であるが、白骨の私室のある場所でもある。

 いずれにしても、この宝象国で雌妖狩りをしない約束を黄袍魔(おうほうま)と交わしたために、ここでは、すっかりと雌妖が入り難くなってしまった。

 ついこの間までは、一階の妖魔の檻など、調教待ちの雌妖でぎっしりだったのだ。

 大した儲けにもならない、あんな種付け用の妖魔の育成などする必要もなかった。

 

 白骨は、空っぽの調教部屋を通り抜けて、私室に戻った。

 部屋に戻ると、すぐに妙に眠くなった。

 白骨は、部屋の片隅の寝椅子に横になった。

 

 

 *

 

 

「起きなさいよ、白骨――。あたしのこと覚えているでしょう?」

 

 その声で、白骨はまどろみから目を覚ました。

 ぎょっとした――。

 

 寝椅子のすぐ横には、足を組んで椅子に座っている朱姫がいたのだ。

 その朱姫がじっと白骨を睨んでいる。

 起きあがろうとした。

 だが、なぜか寝椅子に縛りつけられでもしたように動けない。

 しかし、白骨を縛っているものなどなにもないのだ。

 

「無駄よ、白骨――。あたしの『縛心術』がかかっているわ。いくら、あたしとあんたほどの道術力の違いがあっても、さすがに眠っていては、かけやすかったわ。縛心術と眠りは相性がいいのよね。先日のお礼をしにやってきたわよ」

 

「ど、どういうこと――? どうやって……」

 

 眼の前の朱姫は、ここで施術をして獣同然にしてやった面影はまったくない。

 最初に黄袍魔の魔域で捕えたときに戻っている。

 

「面と向かったって、負ける気はしなかったけど、うっかりと眠り込んでしまうとは、ついていなかったね、白骨」

 

 声は朱姫の反対側からあった。

 白骨は、首を回して、その方向を見た。

 黒い巫女服に身を包んだ美貌の女がそこにいる。

 白骨でもぞっとするような、なんともいえない残酷な笑みを浮かべるその女のことを、白骨はよく知っていた。

 

「あ、あんたは――」

 

「久しぶりだね、白骨。覚えているかい? 宝玄仙だよ。少し前までは、天教の教団の八仙を名乗っていたけど、いまは追放の身でね……。いずれにしても、よくも、わたしの供に手を出してくれたね」

 

「な、なんで、あたしのことが……」

 

「今度、わたしの供に手を出すときには、あんなに、自分の霊気の匂いをさせた霊具を残していかないことだね。お陰で、追いかけるのは簡単だったよ。お前が、青蔡(あおさい)と親しいのは知っていたから、すぐに青蔡を訪ねていったさ。そうしたら、あんたについては、最近の仕事から、いまの居場所まで、なにからなにまで詳しく教えてくれたよ」

 

「あ、青蔡の爺さんが裏切ったのかい――」

 

 驚いて白骨は叫んだ。

 

「裏切ったというのは酷いじゃないかい? いつ、青蔡がお前みたいな三流の奴隷商人の女なんて本気で相手にした? わたしと青蔡がどれくらいの付き合いだか知っているのかい? わたしに敵対するようなことをするなんて、青蔡も怒っていたよ」

 

「あんたと、青蔡が?」

 

 白骨は絶句した。

 

「昵懇さ。青蔡は、わたしには頭があがらないのさ」

 

 宝玄仙が白骨に向かって、白い歯を見せた。

 

 びっくりした。

 この道から手を引いて長いといっても、この世界で青蔡といえば、誰もが一目も二目も置く大物だ。

 青蔡に立てつけば、この諸王国の裏の世界ではやっていけないのも常識だ。

 だが、青蔡と宝玄仙に接点があったとは知らない。

 しかも、昵懇?

 そんなの知らない。

 知っていれば、宝玄仙の供になど手を出さない。

 

「あんたと青蔡の爺さんとはどういう関係なんだい?」

 

 白骨は言った。

 それとともに、なんとかこの危機を脱する方法がないかと思って一生懸命考えている。

 だが、どうしても身体が動かない。

 それだけじゃない。

 朱姫の言った『縛心術』が効果を及ぼしているのか、自分の結界の中だというのに、一切の道術の力が宝玄仙にも朱姫にも及ぼさない。

 

「さっきから、道術を遣おうとしているようだけど無駄だよ、白骨。この宝玄仙の結界の中で、道術でわたしに勝とうというのはおこがましい話さ」

 

「あ、あんたの結界? な、なんで――?」

 

「おやおや、やっぱり本当に眠りこけてたんだねえ。そうなると、この朱姫の道術も大したもんかもしれないね。白骨、お前は、この朱姫の『縛心術』の効果により、眠ったまま捕まって、一日以上寝てたのさ。わからないのかい。そろそろ、腹も空いたし、膀胱も溜まってんじゃないかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「一日?」

 

 白骨は驚いた。

 ほんのちょっとのまどろみの記憶しかない。

 だが、そう言われてみると、空腹だし、尿ももよおしている。

 

 そのとき、いきなり、白骨の頬が思い切り引っぱたかれた。

 叩いたのは朱姫だ――。

 襟首を掴まれて、力一杯に顔を叩かれたのだ。

 いきなりのことで、火の出るような激痛が顔に走った。

 

「いつまでも、お喋りしてるんじゃないよ、おばさん。あたしにやったことを忘れていないよね」

 

 朱姫が怖ろしい剣幕で怒鳴った。

 その迫力は、とてもじゃないけど、十五、六の小娘とは思えない。

 

「こ、これは、本当にお前の術かい――? 身動きできないよ」

 

 すると、今度は逆の頬を引っぱたかれた。

 

「口の利き方を直すんだよ、おばさん」

 

 朱姫に寝椅子から床に蹴り倒された。

 だが、本当に身体が動かない。

 蹴り落とされたままの恰好で、白骨は床に横たわった。

 下袍が腰までまくれ上がり、両足ががに股にみっともなく開いたままだ。

 そんな格好にも関わらず、白骨は自分の衣服の乱れを直すこともできない。

 

「朱姫、暴力は感心しないね。それは、宝玄仙のやり方じゃないよ」

 

 宝玄仙が愉悦のこもった口調でたしなめた。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様」

 

 朱姫がうな垂れた。

 白骨は、一体全体、どうしてこんなことになったのか懸命に考え続けた。

 隠れ家としていたこの施設を奇襲されて、不覚にも眠り込んでいるところを術にかけられたということは確かだろう。

 だが、この施設は千鬼が警戒をしていたし、一階には十全もいたはずだ。

 千鬼が警告くらいしてくれてもよかった。

 彼らはどうしているのだろう。

 

「宝玄仙の責めは、色責めと決まっているのさ。これを貸してやるよ」

 

 宝玄仙がなにかを朱姫に手渡した。

 白骨は嫌な予感がした。

 すると、朱姫がにやりと微笑んでから、白骨の両方の鼻の穴になにかを詰め込んだ。

 

「ご主人様の淫霧は効くよ、おばさん。『淫霧の綿』という霊具だけど、たっぷりと嗅ぐといいよ。おばさんの腐れ陰部が、熟れきった柘榴(ざくろ)みたいに真っ赤になるからね」

 

 朱姫が説明するまでもなく、鼻になにかを詰め込まれた途端に、白骨は得体の知れない感覚に襲われ始めた。

 どろどろと身体をあっという間に蝕みはじめた疼きに白骨は恐怖した。

 懸命に鼻息で出そうとするが、鼻から出る気配さえない。

 

「ご主人様の霊具は、そう簡単に外れはしないよ、おばさん。無駄無駄」

 

 朱姫がそう言って、白骨の口を手で塞いだ。

 そうされてしまうと、もう白骨は、宝玄仙の霊具から流れる媚薬の霧を吸い続けるしかない。

 あっという間に全身が熱くなって、激しく汗が出てくるとともに、股間にじっとりの淫液が流れるのを感じた。

 

「だけど、白骨、ここはなかなかにいい場所じゃない? 一緒に来た青蔡も勧めてくれているし、しばらく、お前と遊び飽きるまで、ここをねぐらにすることにするよ。青蔡もそのうちに戻るだろうしね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、青蔡の爺さんが、ここに?」

 

「ここの結界を破るのに、少しばかり手伝ってもらったのさ。あっという間に、結界が破られた理由がわかったかい、白骨。お前は、わたしだけじゃない、青蔡という術遣いの仙人にまで敵に回したんだよ。もっとも、お前への仕置きは任せるといって、出掛けたけどね。お前が売り渡そうとした百花(ひゃっか)の侍女のふたりも、いまは青蔡が面倒を看ているそうだよ」

 

「青蔡はどこなのよ?」

 

 白骨が雌獣として売り飛ばした朱姫は宝玄仙の供なのだから、なにをどうしても、白骨を許さないだろう。

 当然に朱姫も同じだ。

 白骨が助かるためには、青蔡の慈悲にすがるしかない。

 

「用足しだよ。百花に頼まれたことがあってね。その百花が国王に伝言を頼んで、沙那が引き受けたのさ。うちの沙那は律義にも、わざわざ国王に会いに行ったよ。だけど、いきなり向かっても門前払いだろうから、青蔡がついていったのさ。まあ、そんなことどうでもいいよ」 

 

 白骨はもう声も出なかった。

 あの青蔡が完全に宝玄仙についたのだということを信じるしかない。

 白骨が誘拐した百花をことも知っているみたいだ。そもそも、百花の誘拐に協力したのは青蔡だから、青蔡なら白骨がいるこの場所のことは知っている。

 青蔡が宝玄仙についたなら、白骨があっという間に捕らわれるのは当然だ。

 それにしても、宝玄仙と青蔡がどういう間柄なのかわからないが、青蔡は宝玄仙の味方のようだ。

 宝玄仙の術がどれほどのものなのかは、実際はわからないが、青蔡だったら白骨の結界が破られたのは納得するしかない。

 

「ところで、そろそろ、ここはどうなの、おばさん?」

 

 朱姫が無造作に白骨の股間を撫ぜた。

 

「ひいいっ」

 

 股間に走った衝撃に、思わず白骨は嬌声をあげた。

 下着はもうはっきりと冷たさを感じるくらいにびしょびしょに濡れきっている。

 それでいて、股間は燃えるように熱い。

 股間だけじゃない。全身が欲情の塊りのような状態になっている。

 

「ほら、ほら、こんな小娘相手に、そんなはしたない声を出さないでよ。この道じゃあ、百戦練磨の白骨夫人なんでしょう?」

 

 朱姫が白骨を言葉でなぶりながら、白骨の股間を愛撫する。全身にとろけるような陶酔が襲う。

 こんな娘に、簡単にいかされるなんて屈辱だ。

 だが、淫霧は絶対的な力で白骨の全身を喜悦の果てに送り込む。

 

「いひいっ。ひっ。ひいいっ――」

 

 いく――。

 白骨は身体を弓なりに反らせた。

 だが、その絶頂の寸前に、さっと朱姫は手を離した。

 

「そんなに優しくないのよ、あたしは……」

 

 朱姫が快感の極みを寸前に取り上げられた白骨の髪を掴んで、自分に向けさせた。

 

「いいかしら、白骨のおばさん。これから、おばさんには、ご主人様とある盟約を結んでもらうわ。『真言の誓約』よ。術遣いなら知っているわよね。あんたは、自分の意思、いい、自分の意思よ――。すべての道術力をご主人様に渡すという誓約を結ぶのよ」

 

「自分の意思?」

 

 わからない。

 突如として、白骨から思考力が消滅したみたいになった。

 言葉は頭に入ってくるのに、それが意味のある内容として入ってこない。

 

「『真言の誓約』は、お互いの自由意思で結ばれた誓約を絶対の契約として、相互を拘束するのよね。お前は、ご主人様に道術力を渡すことにより、今後、永遠に力を持たない術遣いに成り果てる。ただの人間よりも始末が悪いわよ。なにしろ、自分で術が遣えないだけで、道術の捌け口は残っているから、どんなに力の弱い術遣いからの術も効果があるものね。でも、仕方ないわよね。自分の意思で、そういう存在になることを選ぶんだから」

 

 朱姫にその言葉を告げられた瞬間、頭を霧のようなものが覆った。自分の意思で宝玄仙とすべての力を渡す誓約を結ぶ――。

 その言葉だけが、頭で繰り返される。

 髪の毛を引っ張られた顔が ぐいと宝玄仙に向けられる。

 

「ほら、口に出してごらん、白骨。あんたの道術の力をどうするの……? ちゃんと言の葉に載せなさい。それと、代償はなし。無条件よ……」

 

 朱姫が耳元で囁いた。

 

「……あ、あたし……白骨は、自分の意思で……道術の力を……宝玄仙に渡す……誓約を……無期限で……結ぶ……」

 

 頭で繰り返しているその言葉を、言われるままに口に出す。なんでそうしているのか、わからない。そうするべきだという感情しかない。

 

「よく言えたね、白骨。誓約を結ぶよ」

 

 宝玄仙の声がした。

 自分の身体から、なにかが失われる凄まじい力を感じた。

 髪の毛が離された。身体が床に崩れ去る。

 耳元で、手が叩かれた。

 

「術を解くわ、おばさん」

 

 朱姫の声がした。

 白骨ははっとした。

 たったいま、自分はなんという誓約を結んでしまったのか――。

 しかし、理不尽な誓約を無期限で結んでしまったというのは、自分の身体に感じるものでわかる。

 

 朱姫が微笑んで、こっちを見ている。

 ぞっとするような酷薄そうな笑みだ。

 この間、調教して、肉体改造の術式までやった相手に、いま、隠しようのない恐怖を感じている。

 そして、朱姫を支配している宝玄仙――。

 

 怖い。

 怖い――。

 怖い。

 

 いやだ――。

 彼女たちと一緒にいたくない。

 力を失うということが、これ程までに恐ろしいものとは思わなかった。

 幸いにも身体は動くようになってた。術を解くとか言ったから、とりあえず、縛心術は解かれたのだろう。

 自然と身体が地下室を脱出する階段に向かっていた。

 

「動くな、白骨――」

 

 朱姫の声がした途端、足が急に凍りついたように動かなくなった。

 

「お前への『縛心術』は、いつだってかけられるんだ。もう、お前はあたしの完全な操り人形なのよ。逃げられるがわけないでしょう。こっちを向くのよ、おばさん」

 

 白骨の身体が勝手に向きを変えて、宝玄仙と朱姫に向き直る。

 

「ねえ、ご主人様、こいつは、ここであたしのことを家畜扱いしたんです。だから、あたし、こいつをあたしの家畜にしたいです」

 

「いいとも、朱姫。好きにしな。とりあえず、どうしてやるつもりなんだい?」

 

「まずは、服を脱がします。素っ裸にです。それから、この建物にあるこいつの服という服を集めさせて、燃やしてしまう……。これから、こいつは家畜になるんだし、服を着る必要なんてないものね」

 

「そりゃあ、いい考えさ、朱姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「……じゃあ、雌、さっそく、素っ裸になりなさい」

 

 朱姫が白骨を睨んだ。

 勝手に白骨の手が動き出す。

 両手が上衣の衣服のボタンにかかる。ひとつ、ふたつと外しだす。

 

「待て――」

 

 朱姫の声――。

 白骨の手が止まる。

 

「最初に脱ぐのは下からよ、雌。しかも自分の股間を愛撫しながら脱ぐのよ」

 

 白骨の手がひとりでにくるぶしまである下袍をたくし上げて、股間をまさぐりはじめる。

 

「ひいっ」

 

 火傷するかと思うくらいに熟れきった股間に、自分の手が触れただけで、白骨は嬌声をあげた。

 がくがくと肢が震えはじめる。

 嗅がされ続ける淫霧に、もう全身が痛みのような疼きで溶けるようになっている。

 

「勝手に達するんじゃないのよ、雌――。あたしの眼を見なさい」

 

 朱姫の声に逆らえない。

 視線が合う。

 

「お前は、絶対に自分の手じゃあ、達することはできない。どんなに感じてもよ――。さあ、繰り返してごらん、雌」

 

「あ、あたしは……自分では達することはできない……」

 

「そうよ。でも、すごく気持ちはよくなるわ。だけど、他人の手じゃないと感じないの。いや……妖魔にするわ。お前は、妖魔に犯されなきゃ、絶頂に達しない。絶対によ。自分の手でも、人間の手でも達しない。お前が達するのは妖魔だけ。さあ、繰り返すのよ、雌」

 

 朱姫が睨む。

 やはり、その視線を逸らることがない。

 

「あ、あたしは……妖魔だけしか絶頂に達しない……。自分の手でも、人間の手でも達しない……。妖魔だけが……あたしの相手……」

 

「そうよ、雌。でも、気持ちはいいのよ。触る度に、自分でも他人でも、あそこを触る度に気持ちがよくなるわ。だけど、快感に身が震えるような満足を感じられるのは、相手が妖魔のときだけよ……。さあ、もう一度、言うのよ」

 

 その間も白骨の指は、自分の股間をまさぐり続けている。気持ちいい――。

 せりあがる。

 だけど、多分いけない――。

 それは妖魔じゃないから……。

 

「よ、妖魔でなければいけない……。はあっ……。で、でも、き、気持ちはよくなる……」

 

「そろそろいいわね。じゃあ、雌、自慰を続けながら、服を脱ぎなさい。素っ裸になったら、自分の服を集めて来るのよ。下着も含めて、一枚残らずよ。千鬼と十全の衣類もあれば持ってきなさい。あいつらも家畜よ。当然に服などいらないわ。全部、ここで焼き捨てる」

 

 白骨は片手で肉芽をいじくりながら、もう片方で服を脱ぎ捨てていく。

 宝玄仙が手を叩いて、大笑いしている。

 なぜ、笑っているのかわからない。

 ところで、千鬼と十全について言及したが、ふたりはどうなっているのか……。

 

 わからない。

 

 やがて、股間から拡がる衝撃に白骨は身悶えさせた。

 全身が震えはじめる――。

 だけど、いけない――。

 なぜか、絶頂に達しない。

 白骨は、狂ったように、ひたすら自慰を続けた。

 朱姫が近づいて、白骨の鼻の穴から、『淫霧の綿』を取り出した。

 

「これはもういいわ。あたしは、じっくりと責めたいのよ。さあ、そのまま、自慰を続けながら、素っ裸で服を探しておいで、雌。一階の妖魔がいる檻の中に、お前の部下の十全と千鬼を素っ裸で鎖でつないでいるわ。そいつらの前で、少なくとも四半刻(約十五分)は、お前の自慰を見せておいで。そして、服を持ってくるの。全部終わったら、今度こそ、『縛心術』を解いてあげるわ」

 

「は……はい。ああっ……。ああ……。ああ」

 

 白骨の足が動き始める。

 もう、なにも考えられない。

 告げられた言葉の通りに動くだけのことしか考えられない。

 

「念のためにもう一度。お前が絶頂に達することができるのは、どういうとき、雌?」

 

「うくうっ……。妖魔が相手のときだけ……。ああ、あっ、はあっ」

 

「この暗示だけは解いてあげないわ。苦しむのよ、雌。死ぬまでね……。絶頂したくても、できないのは、最高に苦しいわよ――。じゃあ、行っておいで」

 

 白骨は、ひたすらに股間を愛撫しながら、部屋をあとにした。

 足の指に股間から流れ落ちる愛液が垂れ落ちて、ぬるりと滑りそうになった。

 

「そうそう、この施設にある蓄財も全部、ここに運んでおいで、雌。あたしを買うために、ご主人様が使った金貨は回収しないとね」

 

 白骨の背中に朱姫の声が追ってきた。



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77  国王への伝言

 幾つかの部屋で待機させられて、何人かの文官らしき者に、同じことを質問された。

 

 なぜ、宝象国(ほうぞうこく)の国王の龍鳳(りゅうほう)王に面会する必要があり、本件にいかなる関与を沙那がしているのか――。

 質問の趣旨はほぼ同じだった。

 その度に、沙那は同じ解答をした。

 

 なんの後ろ盾のない異国からやってきた女の旅人が、一国の王に目通りが叶うというのは、やはりかなりの面倒が伴うことのようだ。

 だが、次第に沙那たちに会う文官の身分が高くなっていくのはわかった。

 門前払いをされず、その日のうちに対応してくれているのは、同行している青蔡(あおさい)の存在が大きいだろう。

 なにしろ、この青蔡は、世捨て人のように人里離れて暮らしているが、長い歳月において、“徳者”あるいは、“仙人”という評判を得ていて、この国でもっとも長く生きている術遣いとして高い評判を持っているみたいだ。

 しかも、その高い道術の能力を見込まれ、いまの国王には何度も、仕えよと使者を送られていたようだ。

 だが、頑として、一切応じなかった。

 

 その青蔡が、ついに山を降りて、向こうから国王に面会を求めてきた。

 それは、驚くべきことらしい。

 沙那の伝言の内容もさることながら、同行した青蔡が本物なのかということを王宮の者たちは、見極めようとしてたようだった。

 ともかく、だんだんと対応する者の服装が上等になり、部屋も豪華になっていった。

 いまいるここも、かなりの格式のある部屋だというのはわかる。

 

「……それにしても、青蔡さん。本当は、ご主人様とどういう関係なのさ。いい加減にもう教えてよ」

 

 孫空女が、隣の椅子に腰掛ける白髪の長髪の老人――、すなわち、青蔡に声をかけた。

 

「わしは、お宝の最初の男……。ということになるらしいのう」

 

 青蔡は含み笑いをしながら言った。

 

「ええ?」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那も驚いた。

 

「ご、ご主人様の最初の男って……。ご主人様は、最初のときは、無理矢理に凌辱されたと言っていたよ」

 

 孫空女が目を丸くしながら言った。

 

「ほう、あのお宝が、そんなことまでお前たちに教えたのか? わしこそ、訊ねたい。そんなに、お宝と親密なお前たちは、お宝とどういう関係なのだ?」

 

 青蔡はまだ笑っている。

 

「た、ただの『玩具』だよ――。そうだったよね、沙那?」

 

「そうね、孫女……。それとも、奴隷だったかしら」

 

 沙那は肩をすくめた。

 少し前までは、宝玄仙の奴隷であるということなど、血も凍るような屈辱としてしか受けとめられず、絶望とともに諦念の中に押し込めていた。

 しかし、いまは淡々とこれを受け入れられる。

 多分、孫空女がいて、宝玄仙の奴隷であることを当たり前のように受け入れて過ごしている影響もあるだろう。

 

 千人隊長の身分を不当に奪われ、冤罪で無理矢理に奴隷にされたことを思い出すと、いまでも忸怩たるところもあるが、孫空女がいれば耐えられる。

 孫空女と一緒なら、この旅を愉しいものと感じることができると思うし、朱姫という新しい仲間もできた。

 宝玄仙のことも、いまでは同じ旅の仲間として、心を許せる存在になってきた気もする。

 沙那にとっては、それらのすべてが孫空女の存在によるところが大きい。

 いまでは、こうやって、宝玄仙の奴隷であると、あっさりと、そして、なんの葛藤もなく口にできるまでになった。

 

「『玩具』に『奴隷』? それこそ、嘘をつけ――。お前たちのような女戦士が、そんな立場に甘んじているわけがないじゃろう」

 

「それはそれで、いろいろとあったんだよ、青蔡さん」

 

 孫空女は言った。

 すると、また、青蔡が愉快そうに笑った。

 

「それにしても、あなたが、ご主人様の……、その最初の方……というのは本当ですか?」

 

 沙那も好奇心に負けて訊いてしまった。

 

「そうじゃ。お宝に口止めされておるから、どのくらい前の話しなのかは教えられんがな、沙那殿」

 

「無理矢理……ですか?」

 

 本当だろうか?

 

「形の上ではな、沙那殿」

 

「形の上?」

 

「知っているとおり、お宝は、希代の術遣いじゃ。その気になれば、わし程度の術遣いをやりこめるのは、簡単じゃったろう。だが、お宝はそれをせんかった。それに比べれば、当時のわしは、女となれば、相手が人間であろうが、雌妖であろうが見境のない男でな――。実力の違いもわからず、ただの慰み者にするつもりで、その若い旅の巫女に手を出したということじゃ」

 

「本当に、それがご主人様の初めてだったのかい、青蔡さん?」

 

 孫空女だ。

 

「おそらく、あの初心な反応は間違いなかったろうのう。処女の証もあったな……。あの希代の女三蔵の最初の男がわしだったと思うと、それだけで、わしは、いまでも心が震えるわい」

 

 青蔡はにこにこしている。

 

「ところで、あなたは、この宝象国では、“徳者”と呼ばれている慈悲のお方という評判のお方なのですね? さっきまでの文官のお話によるとそういうことでしたが……」

 

 沙那が百花(ひゃっか)姫からの手紙のことを説明するときに、同行者の青蔡のことを紹介すると、文官たちが青蔡を、そのように称して、驚愕していたのを思い出していた。

 

「なにが、“徳者”なものか。確かに、わしは、人間であろうと、妖魔であろうと、弱っている者を見捨てず、また、差別もせん。それは、わしの罪滅ぼしのようなもので、決して人に褒められるようなことではないわ。もっとも、“徳者”という評判も、こうやって、役に立つこともあるので、そのときは、せいぜい利用してもらっておるが」

 

「でも、あなたが、山を降りるというのは大変なことなのでしょう? 文官たちも、本当に青蔡殿なのかと、驚いておりましたが?」

 

「なんの、沙那殿。お宝に頼まれれば、嫌とは言えんじゃろう。それこそ、罪滅ぼしじゃ。お宝の若い頃に、わしがやった仕打ちを、あの時のお宝は許してくれた。それを言われれば、お宝の頼みの十や二十は、躊躇なく応じねばならんじゃろう」

 

 青蔡は、なにかそれが愉しいことであるかのように言った。

 

「でも、ご主人様の言うことを、いちいちまともに聞いていては、大変なことになるよ。とっても我儘なんだ。子供みたいに」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 すると、青蔡が爆笑した。

 

「なるほど、なるほど、本当に、お前たちは、あのお宝の真の友じゃな。わしが言うのも変じゃが、あのお宝を見捨てんでやってくれ。お宝が、あの帝国でやらかした騒動のことは、わしも耳にしている。お宝が西に逃げている理由も知っておる。わしも同行して、お宝を助けてやりたいが、わしでは役には立たんし、お宝も、それを望みもせんじゃろうしな」

 

 青蔡が頭を下げた。

 

「や、やめてください――」

 

 沙那は驚いて言った。

 

「そうだよ、青蔡さん。あたしらが、ご主人様の友だなんて……。ご主人様に聞かれたら、それこそ、つけあがるなと、どんな罰を与えられるかわかんないよ」

 

 孫空女も言った。

 

「ははは――。まあ、あれも、お宝の酔狂のひとつじゃ。付き合ってやってくれ」

 

「どうせ、あたしらは逆らえないんだよ、青蔡さん。青蔡さんは、わかっていないよ」

 

 孫空女は言った。

 また、青蔡が笑った。

 

「それにしても、大丈夫かのう、あいつら?」

 

 少し間があってから青蔡が静かに言った。

 

「あいつらとは……ご主人様と朱姫のことですか?」

 

「そうじゃ、沙那殿。無茶をせんといいが――。あの朱姫という半妖の娘は、お宝以上に危険な匂いがしたのう。復讐に歯止めのきく感じではなかった……。かといって、お宝は、さらに火に油を注ぎまくる女じゃしなあ……。あの白骨も、少しはわしに縁がある女じゃ。ある程度は仕方がないが、あまりにも手酷いことはして欲しくないのう」

 

「やっぱり、あたしは残った方がよかったかなあ、沙那?」

 

 孫空女が言った。

 

「な、なに言ってんのよ、孫女。あんたが残っても一緒でしょう。あの鎮元(ちんげん)に襲われたとき、あんた、ご主人様と一緒になって、明月(めいげつ)清風(せいふう)のふたりになにをしようとしたか、憶えているの? あのとき、わたしがとめなきゃ、本当にやっていたでしょう? あんただって、歯止めがきかないわよ」

 

 沙那は言った。

 

「だ、だって――。沙那は連中に捕らわれていないから、そう思うんだよ。あたしが、あの五荘観院で、どんな目にあったか……」

 

「それでも、あんたらがやろうとしたあれは、やり過ぎよ」

 

「なにをしようとしたのじゃ?」

 

 青蔡が興味深そうに、口を挟んだ。

 

「……い、いえ。以前、ご主人様やわたしたちを襲撃した教団兵がいまして……。なんとか撃退したんですが、最後に、その教団兵を率いていたふたりの隊長をわたしらは生け捕りにしたんです。そのときに、仕返しに……そのう……ご主人様や、この孫空女が……」

 

「一物を斬り落としてやろうとしたんだよ」

 

 言い難そうにしていた沙那に代わって、孫空女がはっきりと言った。

 

「一物?」

 

 青蔡も驚いている。

 

「そうだよ。沙那がとめなきゃ、やっていたね。今度、襲ってきたら、本当にそうしてやる」

 

「そのときには、もう、とめないわ」

 

 沙那は、嘆息した。

 

「それで、その教団兵の隊長は、それから、どうしたのじゃ?」

 

「三日ほど苛め抜いてから放逐したよ、青蔡さん。全身の毛という毛をむしって、素っ裸でね。二度と剣なんて握れないくらいの痛めつけ方はしたから、実際のところ、あのまま山で、獣にでも食われたんじゃないかな」

 

「恐ろしいのう……。わしも、孫空女という女戦士を怒らせんようにするよ」

 

「青蔡さん。この沙那だって、結構、残酷だよ。一物を斬る代わりに、自分で陰毛をむしらせろと提案したのは、沙那だったんだよ。あいつら、泣きながら、自分の陰毛を一本残らず、引き抜いたんだ。あたしは、すっぱりと斬り落としてやった方が、男としての対面は保てたと思うけどね」

 

「それくらいのことをさせないと、ご主人様がやめないじゃない。ご主人様は、そっちの方が面白いと思ったから、あれを斬り落とすのをやめたのよ」

 

「どっちも、どっちじゃ――」

 

 青蔡が呆れた声を出した。

 そのとき、不意に、ひとりの役人らしき男が入ってきた。

 沙那は、孫空女と青蔡とともに立ちあがった。

 これまでに会った文官は、全員が揃いも揃って、権力を笠に着たような厳粛な顔つきをしていたが、眼の前の壮年の男からは、そういう印象は受けなかった。

 もっとも、身につけている衣服や装飾具から判断すると、かなりの身分の高い人物というのがわかる。

 沙那は、どれくらいの敬意を相手に示せばよいのかわからなかった。

 

 横の青蔡をちらりと見る。

 その青蔡は無反応だった。

 しかし沙那は、青蔡も宮廷のことはなにもわからず、宮廷の文官たちどころか、国王の顔も知らないとは言っていたことを思い出した。

 なにしろ、数十年も自分の隠棲する山から降りたことはなかったのだ。

 それが宝玄仙の頼みで、王宮への仲介と白骨を捕える手伝いをするために、山を降りただけなのだ。

 

「お前たちが、青蔡に、そして、沙那に孫空女だな?」

 

 その役人が言った。

 

「そうです」

 

 三人を代表する立場である沙那が応じた。すると、その役人がにこりと笑った。

 

「本来であれば、“そうです、陛下”と応じるべきだな。まあよい。儀礼に縛られるのは、嫌だし、余の娘の行方を知っておるらしい大切な人間じゃ。それで、このような場を準備させてもらった。とりあえず、無礼講でいこう。この宮廷の術遣いでさえもわからんかった百花の行方だが、青蔡であれば、確かに宮廷付の道術遣いでも知り得ぬこともわかるのかもしれん。とりあえず、座れ」

 

 沙那は、眼の前の男が国王自身と知って驚いた。

 改めて儀礼をした方がよいのか迷ったが、“座れ”という言葉で、さっさと孫空女と青蔡は椅子に腰かけてしまった。

 沙那も仕方なく儀礼なしに座る。

 

「ところで、そなたがあの青蔡というのは真か?」

 

 国王が言った。

 

「いかにも、陛下」

 

 青蔡が応じる。

 

「青蔡といえば、この国でもっとも古い術遣いだ。なれば、余の百花の行方を探し当ててくれるか?」

 

「そのようなことをわしが行うには及びますまい、陛下。この沙那殿は、その百花姫様の行方を知らせに来たのですぞ」

 

「では、お前は、なんの用件で来たのだ、青蔡? てっきり、偉大な術遣いの青蔡が、この一件に能力を貸してくれると思っていたのだが?」

 

「まずは、その沙那殿と話をされるべきでしょう、陛下」

 

 青蔡が言うと、宝象国の国王である龍鳳王(りゅうほうおう)が不審な顔でこちらを見た。

 

「どっちが、沙那だ?」

 

「わたしです」

 

「いま、青蔡が、お前が百花の行方を知っていると言ったが?」

 

「まずは、これをご覧ください」

 

 沙那は、内袋に持っていた百花の手紙を差し出した。父親に当てた百花の私信であるので、これまで文官には渡さずに持っていたのだ。

 それを眺めていた龍鳳王は、やがて、震えはじめた。

 

「こ、これは……。本当に百花の文字だ。間違いがない。余にはわかる。お、お前は百花に会ったのじゃな」

 

「会いました。わたしは、その百花姫様に命を救われたのです」

 

 沙那は言った。

 王は一心に手紙を読み続けた。

 やがて、顔をあげた。

 

「……この手紙には、百花が元気であること。一緒に浚われた二人の侍女の胡蝶(こちょう)芙蓉(ふよう)に罪がないこと。そして、余に対する孝行ができないことを詫びておる。だが、肝心の居場所が記されてはおらん」

 

「百花姫様は、もう王都に戻る意思はないとわたしにおっしゃられました、陛下」

 

 沙那は、まっすぐに龍鳳王を見た。

 

「なぜだ? い、いや、そなたは、百花とどこで会ったのだ?」

 

椀子山(わんしざん)波月城(はづきじょう)という妖魔の城です」

 

「おおっ」

 

 龍鳳王は卒倒せんばかりに絶望的な表情をした

 

「で、では、百花は、黄袍魔(おうほうま)に捕えられたのか――」

 龍鳳王は叫んだ。

「おお、なんということか。それにしても、なぜ……」

 

「それについての説明は、わしがした方がよいでしょう」

 

 青蔡が言った。

 

「青蔡殿も、この一件について知っておるのか?」

 

「多少は」

 

「説明をしてくれ、た、頼む」

 

 龍鳳王が頭を下げた。

 

「頭を下げるなど、おやめください、陛下……。陛下は勘違いをされているようです。この一件にもっとも関係があり、そして、もっとも罪の深いのは、この青蔡なのです。わしは、処刑されるために、ここに来たのですぞ」

 

 青蔡がそう言ったので、沙那は驚いてしまった。

 

「……ど、どうして、そんなことを言うのさ、青蔡さん」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「物語は、二代前の王の時代のことになります」

 

 青蔡は静かに語りはじめた。

 

「二代前……?」

 

「はい、陛下。陛下の祖父に当たるお方です。当時、わしは、この帝都で娼館を営んでおりました。その娼館に、当時の王陛下はよく、お忍びでやってこられました。いまは、閉ざされておりましょうが、王宮の地下道には、宮廷の外に通じる隠し通路がおありでしょう? もともとは、あれは、わしの娼館に繋がっていたのです」

 

 龍鳳王が驚いている。

 思い当たることがあるのだろう。

 

「……陛下は、ある特殊な性癖がおありでした。わしの娼館は、それを満足させることができるので、陛下は、お気に入りになられたのです。陛下の求める相手は、特殊でございまして、後宮に入れるわけには、いかなかったのです」

 

「特殊な相手とは、青蔡殿?」

 

 龍鳳王は言った。

 

「雌妖です。陛下は、人間ではなく、雌の妖魔を相手にするのがお気に入りだったのです」

 

「ま、まさか……。あ、青蔡、お前は、王家を愚弄するか。先々代の国王といえば、無敵王とも称される偉大な王……。それが、雌妖を好んでおったと言うか――」

 

 龍鳳王は椅子の手摺を力一杯叩いた。

 だが、青蔡は、少しも動じる気配はない。

 

「真の話です。確か、“紅”という名の部下がいつも一緒でした。わしには、あの男が王宮付の道術遣いのように思えましたが……」

 

「紅だと――? それは、無敵王の“影”の名だ。いつも一緒にいた。老いてからは、ふたりとも長年連れ合った夫婦だと見まがうほどに、仲良く暮らしていた。余も幼かったが覚えている」

 

「影?」

 

「諜報をし、謀略をする者たちのことじゃ。無敵王は、そういう存在をうまく操って、敵対する勢力や帝国との交渉に利用した……。いや、しまったな。これはそなたらに明かしてもよい話ではなかった……」

 

 龍鳳王がうっかり口走ってしまい、都合が悪いという顔をした。

 

「聞くべきではないというお話であれば、わたしたちは失念します。ねえ、孫女?」

 

 沙那は口を挟んだ。

 

「うん」

 

 孫空女も頷く。

 

「では、話の続きをしましょう。ある夜のことです……。それは、わしが、王都で過ごした最後の夜になりましたが……。陛下は……無敵王でしたかな? 無敵王は、ひとりの雌妖を犯しながら殺しました。それが愉しいとおっしゃられて……。ところが、殺されたその雌妖の死骸には、まだ、生きている胎児がおりました」

 

 青蔡は再び語り始めた。

 

「……わしは、その胎児を道術の力で包むと、山にこもり、生命を繋ぐ役割を果たしました……。それはわしの償いでもありましつ。幸いにも、その雌妖の胎児はなんとか命を取り留め、無事に育ちました……。このわしとともに、その山で育ち、わしが術を教え、わしが愛情を込めて育てた息子です」

 

「もしや、それが……?」

 

「黄袍魔です、陛下」

 

「なんと――」

 

「あの黄袍魔……、つまり、椀子山で妖魔を集め、強大な力を示して、妖魔の支配域である魔域を陛下に認めさせた強力な妖魔の王――。あの黄袍魔は、わしの育てた息子なのです」

 

 沙那は驚いた。

 あの黄袍魔が、この国とそんな因縁を持っていたとは想像もできなかった。

 

「そ、その復讐のために、黄袍魔は余の娘を浚ったというのか?」

 

「出生の秘密を教えたのは、わしです。わしは、黄袍魔に対する罪滅ぼしのつもりで真実を語ったのです。だが、黄袍魔は、わしに手をかけず、山を降りました。数年後、黄袍魔は、椀子山において、妖魔の王になっておりました」

 

 龍鳳王は絶句している。

 

「……それだけではありません。その黄袍魔から、人間の女を浚いたいから手を貸せと、わしに手紙が届きました。まさか、黄袍魔の狙っている相手が百花姫様とは思わず、わしは、ある奴隷商人の女を紹介しました。その奴隷商人の女は、見事な仕事をやったようです。百花姫様を直接浚ったのは、その奴隷商人の女のようですな」

 

 龍鳳王は指を鳴らした。

 部屋に数名の衛兵が入ってきた。

 すでに剣を抜いている。

 

「なるほど、話はわかった。他にも余でなければわからぬこともあるが、それについてもすべての辻褄は合っておるようだ。ならばこそ、百花が浚われた一件については、お前が関与しているということも信じるしかない、青蔡」

 

 龍鳳王は立ちあがり、衛兵の背後に退がった。衛兵の中には、宮廷の道術遣いも混ざっているようだ。

 

「お待ちなされ、陛下。わしはともかく、このふたりの女には、関係のないこと。それに、この沙那殿は、百花姫様からの手紙を持ってきてくれたのでしょう? 黄袍魔と百花姫様がどうしているが、訊ねるべきでは? わしも、それを聞いて、山を降りる決心をしたのです。わしも、あの夜の一件の出来事について、そろそろ決着をつけたいのです」

 

「黄袍魔と百花がどうしたというのだ?」

 

 龍鳳王が沙那を睨んだ。

 

「百花姫様は、黄袍魔の妻になったとおっしゃられました。実際に、百花姫様が術を使うのをこの目で見ました。わたしは、その百花姫様の道術で助けられたのです」

 

 沙那は言った。

 

「百花が道術を?」

 

 龍鳳王は声をあげた。

 

「『結婚の誓い』という契約魔術です、陛下。陛下も、『結婚の誓い』を結ぶということが、いかなる意味を持つかくらいは、ご存じでありましょう。そうでなければ、姫様が、妖魔城の中で、自ら魔術を遣うというのは考えられません」

 

 青蔡は言った。

 

「な、なんということだ。あの百花が妖魔の……黄袍魔の真実の妻に成り下がったというのか」

 

 龍鳳王の悲痛な叫びが起きた。

 

「だから、この件に決着をつけたいのです、陛下。わしの逮捕は大人しくお受けします。しかし、この沙那殿と孫空女殿のふたりは、解放すべきでしょう。そして、王の手紙を黄袍魔に届けさせるのです」

 

 青蔡は龍鳳王を見ながら言った。

 

「手紙?」

 

 龍鳳王が眉をひそめた。

 

「わしを逮捕したと伝えるのです。黄袍魔が百花とともに、結婚の挨拶に来なければ、わしを処刑すると……。黄袍魔がやって来る可能性は、五分五分ですが、『結婚の誓い』は、黄袍魔をも、百花への愛で縛る魂の誓約術――。百花を愛する黄袍魔は、わしの釈放に加え、結婚の挨拶を父親である陛下にするという名目であれば、百花とともにやって来ると思います」

 

「し、しかし、黄袍魔が来ても、この王宮には、あの恐ろしい妖魔の魔力に抗しうる者などおらん」

 

「ご安心ください、陛下。妖魔城の外であれば、この青蔡は、黄袍魔を無力にできる武器を握っております。それで黄袍魔を捕えればよいのです。百花姫様も取り返せます」

 

「それは、本当だな、青蔡?」

 

 龍鳳王は言った。

 

「わしは、黄袍魔を育てた親ですからな。黄袍魔の弱点もわかってます……。陛下、わしを信じてくれれば、百花姫を取り返せます」

 

 青蔡の言葉に、龍鳳王が考え込む表情になる。

 束の間、完全な沈黙が部屋を包んだ。

 衛兵たちもたちも、龍鳳王の言葉を待っている。

 

「よかろう……。青蔡殿を信じよう。いずれにせよ、余の力だけでは、黄袍魔の力には対応できん。椀子山も遠すぎる。余の力の外だ」

 

 龍鳳王の言葉に、青蔡も満足気に大きく頷いた。

 その青蔡が沙那と孫空女に顔を向けた。

 

「……沙那殿と孫空女殿には済まんが、もう一度波月城に戻ってもらいたい。手紙と一緒にな。わしの手紙があれば、少なくとも絶対に黄袍魔は、そなたらふたりには手を出さんと思う」

 

 沙那の返事を待つことなく、青蔡は龍鳳王に視線を向け直した。

 

「できれば、陛下の私信を百花殿宛に準備していただくと、ありがたい」

 

「それはわかった」

 

 龍鳳王は頷いた。

 再び、青蔡が沙那と孫空女に強い視線を向けた。

 

「やってくれるな、沙那殿、孫空女殿?」

 

「それは、構いませんが……。でも、ご主人様に許可を貰わなければ……」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、それは、大丈夫だ、沙那殿。わしの企みについては、すでにお宝には説明し、承知も受けておる。お宝からそなたらへの伝言もある。“白骨のことで手がかかりきりと思うから、しばらく戻ってこなくてもいい”ということじゃぞ」

 

 青蔡はにやりと笑った。

 

「わかりました」

 

 沙那は嘆息した。



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78  発情の檻

「おはようございます、ご主人様」

 

 宝玄仙が一階にある居間にあがっていくと、すでに起きていた朱姫が頭をさげた。

 服の上に前掛けをしている。

 家事の真似事でもしていたのだろう。

 幼い頃に両親を失ってから、あちらこちらで奉公のようなことをしていたらしい朱姫は、沙那や孫空女よりも、余程器用になんでもこなす。

 この部屋は、厨房に接した場所にあるのだが、奥から、料理のいい匂いも漂ってきたいる。

 

「食事は、そこに準備をしてあります。すぐに召し上がられますか?」

 

「もらうよ」

 

「では、すぐに」

 

 朱姫が一度引っ込み、すぐに盆に載せてきた食事を持ってきた。

 おいしそうな朝食が卓の上に並ぶ。

 温かい汁もある。

 

「……ところで、地下の家畜の様子はどうですか、ご主人様?」

 

 朱姫が給仕のために横に立ったまま言った。

 

「踊っていたよ、朱姫。お前も残酷なことを考えるねえ」

 

「ご主人様程じゃないですよ」

 

 そして、なんとなくふたりで笑い合った。

 宝玄仙は、地下にあった白骨の寝室を使って休んでいたのだが、ここに来るには、白骨を閉じ込めてある「調教部屋」を通らなければならなくてはならず、丁度いいので様子を覗いた。

 

 そこには、両手を束ねて天井から宙吊りで放置されている白骨(はっこつ)の姿があった。

 彼女は、裸身を狂ったように空中で踊らせていた。

 なにしろ、あの白骨の優美な裸身には、百匹ほどの『魔蛭(まひる)』がたかっていたのだ。

 『魔蛭』は、この施設に調教用として管理されていたもののようであり、それを見つけた朱姫が嬉々として、一日目の「調教」が終わって、ぐったりとしている白骨の身体にくっつけたのだ。

 

 あの魔虫に身体を刺されると、怖ろしい痒みとともに、激しい淫情に襲われる。

 たった一匹でも発狂するような『魔蛭』の毒液を白骨は、百匹も身体に受け続けていた。

 そのまま、一晩中放置されていたのだ。

 床には、おびただしい汗と白骨の股間から垂れ落ちている愛液が大きな水分の溜まりを作っていた。

 何匹かは振り落とせたらしく、足元に魔蛭が落ちていたものの、大部分はいまだに白骨の身体にくっついて、白骨に発狂するほどの痒みを与えているに違いない。

 喚き続けている悲鳴はもう弱々しかったが、なにを喋っているのかまったくわからなかった。

 白骨にとって、人生でもっとも長い一晩だったと思う。

 

「だけど、ちょっと見ただけだから、生きていたのを確認しただけで、元気かどうか知らないよ。頭の線の十本や二十本は切れててもおかしくはないだろうし」

 

 宝玄仙は朝食を口にしながら言った。

 

「狂ったら狂ったでいいですけど、そんな簡単には人間は狂えませんよ」

 

「確かにね」

 

 宝玄仙は相づちしながら、汁をすすった。

 出汁は魚だろう。よく味が染み込んでいる。おそらく、料理は三人の供の中では一番だと思う。

 孫空女もそこそこ料理はするが、山賊料理であり、朱姫のような繊細な味は出せない。

 沙那はまるで駄目だ。本人は認めたがらないが、沙那には料理の才能は皆無だ。

 

「ところで、沙那姉さんと孫姉さんは、昨夜は戻りませんでしたね、ご主人様」

 

 朱姫が宝玄仙の手元の杯に果実水を足した。

 

「ああ、あいつらなら、数日は戻らないよ。青蔡(あおさい)と一緒に黄袍魔(おうほうま)の一件に取り組んでいるはずだからね」

 

 黄袍魔のことにについては、国王との面会の成り行きによっては、沙那たちをそのまま数日借り受けたいと、青蔡から事前に伝えられていた。

 好きにしていいと言ったが、昨夜三人が戻って来なかったとことを考えると、向こうの状況については、青蔡の思惑の通りに進んでいるのだろう。

 もっとも、青蔡がなにを考えているのかということについて、宝玄仙は知らない。

 青蔡が説明しようとしたが、面倒なので宝玄仙が拒否したのだ。

 なにが可笑しいのか、青蔡はそのとき、宝玄仙の反応に愉しそうに笑ったが……。

 

 とにかく、黄袍魔のことなどどうでもいい。

 宝玄仙の関心は、いまや白骨のことだ。

 この朱姫が優れた嗜虐者だというのは、嬉しい誤算だ。

 それこそ、徹底的に残酷なことを思いついて、嬉々としてそれを実行する。

 宝玄仙自ら責めるよりもずっと、朱姫が白骨を追い詰める様子を見学するのが愉しい。

 今日も、どんなことを朱姫が白骨にさせるのだろうか考えると、本当にわくわくする。

 

「黄袍魔といえば、沙那姉さんが、一度捕まったあの妖魔王じゃないですか。大丈夫なんですか?」

 

 朱貴が言った。

 そう言えば、朱姫には、詳しいことは伝えていなかったかもしれない。

 

「まあ、青蔡がいるんだ。心配はないだろうさ。隠棲していたとはいっても、そこそこの術遣いだからね、あの男も。まあ、一流の部類に入るだろうね」

 

「ご主人様とどっちが上ですか?」

 

「わたしは、一流の道術遣いの中には入らないね。それより上だ。別格さ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「いずれにしても、じゃあ、まだ、何日も時間があるんですね」

 

「そういうことだよ、朱姫。孫空女はともかく、沙那は妙に真面目だからね。なんだかんだいっても残酷なことはできないから、なにかと邪魔をするしね。そう言いながら、剣を持たせれば、相手の喉笛でも腕でも、容赦なくぶった斬るくせにねえ。わたしは、血を見るのは嫌だねえ……。ねえ、朱姫、お前は、わたしと沙那とどっちが残酷だと思う?」

 

「冗談じゃないですよ。比べものになりません。文句なくご主人様です。沙那姉さんは、優しいです」

 

 朱姫は言った。

 

「でも、人を殺すだろう?」

 

「沙那さんが人を殺めるときは、ご主人様やあたしたちを護るときです。やはり、お優しいです」

 

「じゃあ、孫空女は?」

 

「孫姉さんは、残酷とはほど遠い性格です。からっとして、陰湿さはありません」

 

「それなら、わたしとお前ならどうなんだよ?」

 

「あたしは、ご主人様の方が、陰湿で残酷だと思うんですが」

 

「そうかい? じゃあ、白骨は、あのままでいいのかい? あれは、もうす頭の線が切れちまうよ。もう、そうなっているかもしれないけど」

 

「あたしは、ご主人様が助けてくれなければ、あの白骨に獣に変えられていたんです。だったら、同じ目に合わせてやります。沙那姉さんが戻るまでは、死んだ方がましな目に合わせ続けます」

 

 朱姫はきっぱりと言った。

 やっぱり、残酷で陰湿な娘だと思った。

 まあ、今回、沙那がこの場にいないのは、白骨の不幸というものだろう。

 朱姫ではないが、沙那たちが戻ってくるまで、たっぷりと遊んでやろうと宝玄仙は思っている。

 

「ところで、ご主人様、面白いものがありましたよ」

 

 食事が終わると、朱姫が卓の上のものをさげながら言った。

 

「面白いもの?」

 

「少しお待ちください」

 

 朱姫は、食器を厨房に片づけにいった。

 戻ってきたときには、同じ形の三本の茶色の小瓶を盆に乗せてきた。

 

「これです」

 

 朱姫は、それを卓の上に置いた。

 

「これはなんだい、朱姫? 開けても大丈夫かい?」

 

「開けても構いませんが、中の液体には触らないでください。大変なことになりますよ」

 

「大変なこと?」

 

 宝玄仙は、蓋を開けた。中には透明の液体が入っている。少し甘い蜜のような香りがする。

 

「発情した雌妖の分泌液です。魔力で合成したもののようですが、これをかけると、雄妖が襲ってきますよ」

 

 朱姫が妖しく微笑んだ。

 

「ほう、どうするんだい。これを?」

 

「妖魔の檻に放り込んでいるふたりのどちらかに使おうかと……。でも、ご主人様が、それは、残酷すぎるからやめろと言うならやめますが……」

 

 朱姫はそう言って、意味ありげな視線を宝玄仙に送ってきた。

 

「そりゃあ、残酷だね。これ以上、ないくらいにね――。さすがのこのわたしも、そんなことは思いもつかないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、立ちあがった。

 やっぱり、朱姫はいい。

 こんなこと、宝玄仙には思いもつかなかった。

 

「だから、すぐやるよ。男をいたぶるのは趣味じゃないけど、お前を酷い目に合わせた酬いだ」

 

 すると、朱姫が嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 *

 

 

 ふたりで、一階の最奥の部屋に向かった。

 そこには、ここにいた白骨たちが集めた雄の妖魔三匹が檻に入れられていた。

 千鬼(せんき)を取り押さえた後、次に拘束した十全(とうぜん)という若者によれば、その三匹は、繁殖用に調教していた妖魔だということだ。

 だから、常に欲情させていて、いつでも射精ができるように飼育しているところだったようだ。

 

 部屋に入った。

 十ほどある檻の中に、三匹の妖魔が別々に閉じ込められている。

 そして、残りの空いた檻に全裸にした千鬼と十全を別々に入れている。

 壁に拡がっている檻の右端が十全で、左端が千鬼だ。

 宝玄仙たちがやってくると三匹の妖魔が咆哮した。

 この妖魔は、人間でも雌妖でも、近くに寄れば狂ったように発情する。

 そういう風に調教されているらしい。

 

 その喧騒の中で、檻の中の十全と千鬼がこっちに苦しそうな表情を向けた。

 ふたりとも、鎖で繋がった鉄輪を足首に嵌められている。

 そして、腕はやはり鉄の手錠を後手に嵌めている。

 ふたりの股間には、根元を霊具の革紐で締めつけていて、ふたりの男根は、みっともなく勃起していた。

 なにしろ、その檻の中には、内部の妖魔を激しく発情させる淫霧が常に充満されているのだ。

 別に、宝玄仙と朱姫がそうしたわけではなく、最初からそういう仕掛けになっていた。

 そのまま、このふたりを、全裸にして拘束してから、放りこんだだけだ。

 

「は、白骨様は……?」

 

 檻の中の十全が虚ろな眼をしながら言った。

 宝玄仙は、朱姫とともに十全のいる檻に歩み寄った。

 

「お前が心配することじゃないよ、十全。それよりも、あたしのあげた食事がまだ、残っているじゃない。次に様子を見に来るまでに、皿を空にしておけと言ったはずよ」

 

 朱姫が言った。

 見ると、檻の中に餌用の皿があり、その中に悪臭のするどろどろのなにかが乗っている。

 宝玄仙には、それが食べ物のようには思えなかった。

 動物の吐いた嘔吐物と言われた方が納得できる。

 それでも、半分くらいは、十全は食べたようだ。

 口の周りには、その「食物」のかすがついている。

 

「さっさと、食べるのよ、十全」

 

 朱姫が、檻の格子を思い切り蹴飛ばした。

 十全が怯えたような顔になり、泣きそうな顔で皿に口をつけた。

 

「なんだい、あれは?」

 

 宝玄仙は、悪臭に鼻を押さえながら言った。

 

「妖魔用の餌です。ここにいるときには、あたしも食べさせられました。もっとも、寄生虫を身体に植え付けられた後でしたけど……」

 

 朱姫は反対側の端の千鬼に向かって歩いていく。

 千鬼は、十全ほどは屈服しきっていないようだ。

 朱姫がそばによると、不貞腐れたような顔を朱姫に向けた。

 

「お前は、食事にまったく手を付けていないね、犬」

 

 朱姫が言った。

 どうやら、朱姫は、千鬼については“犬”と呼んでいるようだ。

 

「ふ、ふざけるな。妖魔の餌じゃねえか。こんなものが食えるか」

 

 全裸で怒張を勃起させられている十全が喚いた。

 服を着ているときには老人に見えた千鬼は、裸に剥いてみれば、意外に若い身体をしていた。

 実際には、まだそれほどの老境ではないのだろう。

 相手を油断させるために、わざと老人に見せかけているに違いない。

 

「よくも、あたしに、そんな口をきけたわね、犬」

 

 朱姫は、腰に提げていた鍵束で千鬼の入っている檻の扉を開けた。

 千鬼がすぐさま動こうとするが、朱姫がぱちんと指を鳴らすと、急に動かなくなった。どうやら、縛心術による暗示を事前にかけていたようだ。

 そして、ずかずかと入っていくと、胡坐をかいて壁にもたれていた姿勢で動かなくなっている千鬼の男根を足でいきなり踏みつけた。

 

「がぐああああぁぁぁ──」

 

 千鬼が絶叫した。

 それにも構わず朱姫は、ぐりぐりと千鬼の男根を床に踏み潰している。

 千鬼はもがいているが、朱姫は容赦なく力を入れているので、男根を足の下から取り出すことができないでいる。

 凄いことをするものだと、さすがの宝玄仙も驚いた。

 

「汚れたわ。舐めな、犬」

 

 やっと足をどけた朱姫は、草履の裏を、横に倒れている千鬼の顔につきつけた。

 朱姫の草履の裏には、千鬼の男根の先から漏れ出ている精液がついている。

 

「ふ、ふざけるな、小娘──。調子に乗りやがると容赦しねえぞ」

 

 千鬼が怒りの表情を朱姫に向けた。

 

「躾けてあげるわ、犬。とにかく、こっちに出ておいで。この檻の空気はこのあたしもおかしくなりそうだから」

 

 朱姫は、持っていた腰袋から、なにかを出して、千鬼の男根の先端に差した。

 

「あがあぁぁっ──」

 

 千鬼が絶叫した。

 朱姫は、千鬼の男根の先端の尿道口に太い釘のようなものを差し込んでいたのだ。

 霊具だ。放出している霊気でわかる。

 どうやら、霊具を突き差した千鬼の尿道の中で、その釘の先端が拡がったようだ。

 これで、もう朱姫が霊気を注がなければ、その釘が千鬼の男根から外れない。

 その釘の男根から飛び出している部分には、丸い小さな輪があり、朱姫はそこに細い鎖を繋げた。

 

「おいで、犬……。もう動けるはずよ」

 

 朱姫は、その鎖を引っ張って千鬼を檻から引っ張り出した。

 千鬼が悲鳴をあげながら出てくる。

 

「跪くのよ、犬」

 

 朱姫は、持っていく鎖を思い切り床に向かって引いた。

 

「ひぎいぃ――。や、やめてくれえ――」

 

 さっきまでの威勢の良さはなくなり、千鬼は情けない泣き声をあげた。ふと見ると、十全が、上気した顔をこちらに向けて震えている。

 宝玄仙と視線が合うと、慌てて顔を皿に戻した。

 

「すみません、ご主人様。あたしは、こうやって押さえていますから、例の液体をこの犬のお尻にかけてもらえますか?」

 

「これかい?」

 

 妖魔の淫欲液とかいう液体の入った瓶は、この部屋の入口にあった台に置いていた。

 宝玄仙は、瓶を持ってくると、ひと瓶全部、千鬼の尻にぶちまけた。

 その途端、匂いを嗅いだ檻の中の妖魔たちが興奮して騒ぎ始めた。

 

「あら、ご主人様、ほんの少しでいいんですよ。そんなにかけたら、半日は、匂いが取れずに、妖魔に犯され続けることになっちゃいます」

 

 朱姫は言った。

 

「おや、そうかい。まあ、知らなかったんだよ。でも、かけてしまったものは、仕方ないじゃないね。あの妖魔たちに半日も尻を掘られれば、肛門は裂けてしまうと思うけど、そのときは、わたしが『治療術』で直してやるさ。そのくらいの情けはあるよ。お前と違ってね、朱姫」

 

「酷いですよ、ご主人様。それに、妖魔は三匹もいるんです。沙那姉さんたちが、戻るまで数日はあるでしょうから、少しずつ使わないと……」

 

 朱姫は、事もなげに言った。

 

「や、やめてくれ―――。た、頼む」

 

 やっとこれからなにをさせられるかわかり、千鬼は絶叫した。

 だが、この小さな嗜虐者は容赦ない。

 再び、腰の袋に手を入れると、小さな壷を出して、蓋を開けてから、千鬼の後手に渡した。

 

「あたしにも情けはあるわ、千鬼。それは、お前たちの調教部屋にあったものよ。多分、お尻の穴の滑りをよくする潤滑剤でしょう? それを身体の敏感な場所に塗ると、猛烈な痒みが生まれるのよね。少しだけ、待ってあげるわ。自分のお尻に擦りこみなさい。少しは、ましになると思うから」

 

「そ、そんなこと……。ほ、本当にこのまま、妖魔の檻に放り込むつもりか、朱姫? か、勘弁してくれ」

 

「塗らないなら、そのまま入れるわ。あたしには、そうしたでしょう」

 

 朱姫は、千鬼の男根に繋がっている鎖を引っ張った。

 

「ひいっ――。待ってくれ。塗る。塗るから――」

 

「早くしなさい。歩きながらでも塗れるでしょう?」

 

 朱姫は、千鬼を手近な妖魔の檻に引っぱっていく。

 千鬼は、泣き顔で後手で懸命に自分の肛門に潤滑剤を塗りたくっている。

 朱貴と千鬼が近づくと、淫欲液の匂いが強くなったのか、もの凄い声で妖魔が咆哮した。

 

「ご主人様、申し訳ありませんが、少しの間、妖魔を抑えていただけますか?」

 

「おやすい御用さ」

 

 この建物内は、白骨の結界から、宝玄仙の結界に置き換わっている。

 いくらでも宝玄仙は魔力を自由に操れる。

 檻の中の妖魔が、宝玄仙の道術により壁側に貼り付けられた。

 朱姫が檻を開き、男根に繋がった鎖の端だけを格子に通した。

 そして、格子から檻の外側方向に出ている端末をこちら側に出して引っ張る。

 

「ひいっ、や、やめくれえっ、助けてくれ──」

 

 さすがに千鬼が泣きわめく。

 構わずに、朱姫は格子から出ている鎖をどんどんと外に引く。

 自然に千鬼の身体が檻の中に引き込まれ、さらに男根を格子の外に出して、妖魔に背中を向ける態勢になった。

 朱姫は、千鬼の淫茎の先に繋いだ鎖を檻の格子に巻きつけて結んで、千鬼が格子に密着した状態から逃げられないようにした。

 

「また、昼ごろ覗きに来るわ。それまで愉しむのね。あんたにはさんざんにお尻を犯されたものね──。この朱姫様の仕返しの恐ろしさを思い知るといいわ、犬」

 

 朱姫が、檻の鍵をしてから眼で合図をした。

 宝玄仙は、妖魔を抑えていた道術を消滅させる。

 

「アギャギャギャギャギャ」

「ぎゃあああ―――」

 

 妖魔が千鬼の尻に飛びかかった。

 千鬼は悲鳴をあげて仰け反る――。

 朱姫は、もう千鬼を見てもいなかった。

 今度は、十全に向かって歩いて行く。

 十全の皿は空になっている。

 

「さて、次は、お前よ、十全」

 

 朱姫は檻の外から十全を睨んだ。

 十全は恐怖の色を顔に浮かべている。

 

「お前には、自分の運命を選ばせてあげるわ。あそこで泣き叫んでいる犬と同じ目に遭うか、それとも、地下にぶら下げている雌を壊すのに協力するかよ。どっちでもいいわ」

 

 十全が考えていたのはほんの少しだった。

 

「め、雌を壊すのに協力します……」

 

 十全は言った。

 妖魔の狂ったような雄叫びに混じった千鬼が泣きじゃくる声は、この部屋中に響いている。

 同じ目に遭いたいとは考えないだろう。

 もちろん、雌というのが、白骨のことだというのは理解しているに違いない。

 白骨を裏切る決心をしたということだ。

 

「いいわ。枷を外してあげる。そして、股間の霊具もね。あの雌を妖魔専用の繁殖用の雌にしたいの。できる?」

 

「できます。地下の道具を使えば、人間の女に妖魔の子が産めるよう身体を作りかえることはできます。子宮や膣内に特殊な寄生虫を植え付ける必要がありますけど……」

 

 十全は、今度ははっきりと言った。

 

「じゃあ、やってちょうだい。それほど時間がないの。三日くらいしかないと思うだけど、そこにいる妖魔の精を受胎させるまでできる?」

 

「寄生虫により、受胎可能日を調整できますが、さすがに三日では受胎を確認することは不可能です。確実に妊娠させるには、二箇月は必要です」

 

 十全は言った。

 

「それでもいいわ。じゃあ、早速初めて――。そのたぎったものは、地下の雌を使って癒してきて構わないわ」

 

 白骨に妖魔の子を妊娠させるという発想に、宝玄仙はさすがにぞっとして、朱姫の横顔を眺めた。



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79  妖魔王への罠

 黄袍魔(おうほうま)は、じっと、二枚の手紙に見入っていたが、やがて、それを玉座の真横の王妃の座に座る百花(ひゃっか)に手渡した。

 百花は、眼を見開いていたが、黄袍魔の反応を待つつもりのようであり、なにも喋らなかった。

 

 椀子山(わんしざん)波月城(はづきじょう)――通称、妖魔城の「謁見の間」と呼ばれる部屋らしい。

 この妖魔城には、千匹以上の妖魔がいるようだが、沙那と孫空女がこの部屋に入る前に、彼らはすべて遠ざけられていたようだ。

 

 ここまでやって来るにあたっては、青蔡(あおさい)から渡された「移動術の巻状」という使い捨ての羊毛紙の霊具を使った。

 青蔡が羊皮紙に自らの道術を刻み込んだものであり、それに描かれている紋様を手でなぞると、移動術が発動して、沙那たちを特定の場所に跳躍させてくれるのだ。

 どうやら、青蔡は、黄袍魔を訪問したことは、一度もないが、そこに辿り着くための移動術のための道術紋は、以前から椀子山までの道のりを辿るように刻みつけていたようだ。

 しかも、さらに、移動術を刻んだ巻状まで準備してあったのだ。

 また、青蔡が刻んだ移動術の結界紋は、簡単には消滅しないような処置をしており、沙那たちは、巻状を使い、それを連続で辿ることで、一日ほどで妖魔城に戻ることができた。

 これがなければ、またまた、十日以上の旅をして、椀子山まで戻らなければならないところだった。

 

 青蔡が刻んだ連続移動術であれば、王家の軍を椀子山に送ることも可能だったと思うが、青蔡は王国にこれを教える気はないようだ。

 沙那たちも、椀子山まですぐに辿り着く手段があることは、くれぐれも内密にしてくれと頼まれた。

 沙那と孫空女は、そうやって、歩いて到着できる距離まで、青蔡の霊具に送り届けてもらってから、ふたりだけで、黄袍魔のところに向かうことになった。

 

 そして、妖魔城までやってきたのだが、妖魔城にに近づくことで、案の定、すぐに沙那は、孫空女とともに武装した妖魔兵たちに囲まれた。

 だが、椀子魔(わんしま)という妖魔兵の隊長らしき妖魔に青蔡の手紙を渡すと、待遇が変わった。

 それで、とりあえず、牢ではなく、小さな部屋に孫空女とともに監禁された。

 青蔡は、黄袍魔は評判のように無分別に残酷でもなければ、衝動的な殺戮をすることはないと言っていた。

 非常に冷静な妖魔であり、話は聞くはずだと――。

 その通り、以前に一度は捕えて食料にすると言っていた沙那を孫空女とともに、あっさりと謁見の間に通したのだ。

 

「……決着をつけたい――。そう青蔡が言ったのだな?」

 

 黄袍魔は言った。

 沙那と孫空女は、妖魔の前で片膝をついている。

 騎士が国王の前でとる儀礼と同じだ。

 

「ええ、言いました」

 

 沙那は言った。

 すると、また黄袍魔が唸り声をあげて考え込んだ。

 

「青蔡がそういう言い方するときは、俺に、来いと命じているのだ。しかし……。その青蔡が人間の王の王宮にいるということか?」

 

「とりあえず、軟禁されております、黄袍魔様。黄袍魔様が、龍鳳(りゅうほう)王の要求に応じなければ、処刑されることになります。もともと、青蔡殿は処刑を望んだのです。それを王が黄袍魔様と百花姫様が王都を訪問することを条件に、助命の可能性を仄めかしたのです」

 

「なぜ、青蔡が罪に問われる、沙那? 百花を浚ったのは俺であり、青蔡ではない」

 

「青蔡殿は、白骨(はっこつ)という奴隷商人の女を黄袍魔様に紹介し、百花姫様の誘拐に手を貸しました。その場で処刑されてもおかしくない罪です」

 

「黙れ、沙那。青蔡は、誘拐の対象が百花であることなど知らぬこと」

 

「それについては、青蔡殿は申し開きをなさいませんでした。その辺りの事情は、わたしは知りません。百花姫様のいる場所を知っているということで、わたしたちは、単に手紙を運んできただけです」

 

 沙那はすらすらと口上を述べた。

 

「人間の王の望みはなんだ?」

 

「わたしたちは、手紙を持ってきただけです。用件は、王の手紙に記されているのでは?」

 

 沙那がそう応じると、黄袍魔は舌打ちした。

 

「確かに書いてあるな。百花と俺の婚姻を祝福したいそうだ。娘が妖魔の王と結婚をしたことをな。一度、訪問すれば、婚姻を認めるだけではない。青蔡に預けた百花の侍女の胡蝶(こちょう)芙蓉(ふよう)の罪も許し、家族の元に戻ることを許すとある。逆に、百花を連れて行かねば、青蔡も死ぬし、青蔡の庵も討伐され、ふたりの侍女も王命により捕えるとな」

 

 百花がなにかを言いたげに口を開きかけた。

 だが、自重したらしく、すぐに口を閉ざす。

 

「罠だな。馬鹿馬鹿しい」

 

 黄袍魔は不快そうに鼻を鳴らした。

 

「だから、なんだよ、黄袍魔?」

 

 これまで黙っていた孫空女が言った。

 

「ああ?」

 

 黄袍魔が孫空女を見た。

 

「罠かもしれないけど、それがどうしたんだよ、黄袍魔。もちろん、あたしたちは、連中がなにを考えているかなんて知らないよ。だけど、青蔡殿が捕まったのは本当さ。あたしたちが行かないと青蔡殿を殺し、無事に戻れば、許すというんで、沙那と一緒に来ただけさ。こんな妖魔の巣にね」

 

「ああ? なんだ、お前は」

 

「うるさい――。あたしたちだって、大して縁もないのに、青蔡殿のために、命張ったんだよ。聞けば、あんたは、青蔡殿に、背負って背負いきれない、返すに返しきれない恩もあるらしいじゃないか。つべこべ言わずに、一緒に来なよ」

 

「罠だとわかっているのに、罠に嵌まりに行けと?」

 

「罠だからなんなんだよ? 得意の妖術で逃げればいいだろう? いずれにしても、あんたが王都に来れば、青蔡殿や侍女さんたちは助かるんじゃないのかい?」

 

 孫空女は捲し立てた。

 黄袍魔が不愉快そうに孫空女を睨む。

 だが、孫空女の無礼な言葉にも、言葉や態度を荒げることはない。

 沙那は、これは妖魔の王にしては、かなり手強いかもしれないと考えていた。

 しばらく沈黙があったが、それを百花が破った。

 

「こんなことをあなたにお願いするのは心苦しいのですが、わらわのために、胡蝶と芙蓉が惨い目に遭うなど耐えらないのです。あのふたりを助けてくれたあなたなのですもの。もう一度だけ、慈悲を与えてくれませんか。もしも、王があなたになにかをすることがあれば、わらわは全力で止めます。あなたが死ぬことがあれば、わらわも後を追います。もう一度、それを誓約を結んでも構いません」

 

 沙那は百花を見た。

 口から出まかせを言っている様子はない。

 浚われ、そして、凌辱された妖魔を心から想っているようにも見える。

 それが『婚姻の誓約』の力なのだろうか。

 その百花が黄袍魔をすがるような視線を向けている。

 

「……よかろう。では、罠にかかってやろう―――。椀子魔」

 

 黄袍魔は大きな声をあげた。

 玉座の横に椀子魔が出現した。

 

「数日、百花とともに留守にする。その間、妖魔城と魔域の管理をしろ」

 

「承知しました、黄袍魔様。それにしても、いずこに?」

 

「百花の父親に、百花の夫としての挨拶に行ってくる」

 

 すると、椀子魔が驚いた表情をした。

 

「百花、では行くぞ」

 

 黄袍魔は立ちあがり、百花の手を取った。

 そのまま、沙那と孫空女のいる場所にやってくる。

 沙那は、顔をあげて、黄袍魔と百花が近づくのを見ていた。

 黄袍魔が、沙那たちのすぐ前に立った。その腕が大きく振られた。

 なにか身体が捩じられるような感覚が沸き起こった。

 気がつくと、外にいた。

 

「な、なに? どうしたの? ここは?」

 

 孫空女が立ちあがり、きょろきょろしている。

 沙那も、身体を起こして周囲を見回した。

 どうやら、妖魔城の屋上にいるようだ。

 不意に、風を切り裂くような巨大な音がした。

 びっくりして、沙那は音の方向を見た。

 

「なにあれ――?」

 

 孫空女が叫んだ。

 屋上の大きな小屋から地響きをあげて、真っ赤な肌と全身を鱗で覆われた翼のある生物がやってきたのだ。

 大きな首と大きな尾を持ったそれは、二本の足でずしんずしんと音を立ててやってくる。

 身体の大きさだけで、大きめの屋敷一軒分はあるだろう。

 沙那は、その生物の背中に小さな建物のようなものが乗っていることに気がついた。

 

「これは龍だ。そして、これが妖魔王の乗り物である龍馬車だ」

 

「龍馬車?」

 

「これを乗りつけて、度肝を抜いてやろう。どんな罠かは知らんが、大抵は、これを見れば、その気もなくなる――。さて、乗りこむか」

 

 黄袍魔は、再び腕を振った。

 

 

 *

 

 

 龍鳳(りゅうほう)王は、眼の前で完璧な儀礼に従って挨拶の終えた貴公子を呆然とした気持ちで眺めていた。

 

黄袍(おうほう)と申す者でございます。陛下のご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じまする――」

 

 片膝をついて、頭をさげる若者は、どう見ても人間の男にしか見えない。

 妖魔の特徴である角もないし、肌の色も体毛も、人間と異なるものはなにもない。おそらく、魔術によって姿を変えているのだと思う。

 しかも、これほどの完璧な作法で儀礼ができるというのは、どこかの王族と言われても信用しただろう。

 だが、妖魔なのだ――。

 

「黄袍魔。茶番はやめよ」

 

 龍鳳王は言った。

 

「茶番?」

 

 黄袍魔が顔をあげた。微笑んでいる。

 

「茶番とは、心外。百花(ひゃっか)の夫として挨拶に来いというからやってきただけのこと。手紙によれば、挨拶に来れば、この百花のことは、この黄袍魔に預けるということであった。王よ。よもや、人間の王の言葉に偽りはあるまない」

 

「黙れ――」

 

 龍鳳王は叫んだ。

 だが、黄袍魔は、まだ、口に微笑みを浮かべたままだ。

 

「陛下、この黄袍魔様との結婚をお許しください。いえ、百花は、すでに黄袍魔様の妻であります」

 

 黄袍魔の横で両膝をついて儀礼をとっていた百花が言った。

 

「な、なにを言うか、百花――。この黄袍魔は、お前を浚った妖魔であるぞ。お前がこの妖魔に脅されているのであれば、もう、心配はない」

 

「違うのです、陛下。わらわは、黄袍魔様に浚われたのではありません」

 

「なんだと?」

 

 龍鳳王は思わず声をあげた。

 

「わらわを浚ったのは、白骨(はっこつ)という女妖魔師。あの祭りの夜、こっそりと王宮を抜け出した百花は、不幸にもその白骨という女に捕えられ、奴隷として売り飛ばされることになったのです。その白骨、妖魔師というのは仮の姿で、実は、若い女を浚っては、女奴隷として売り飛ばすのを生業としている奴隷商人だったのです」

 

「妖魔ではなく、白骨という女にお前は浚われたと申すのか?」

 

「はい。百花は侍女とともに、遠い西域に売られるところでした。それを救い出してくれたのが、この黄袍魔様――。この妖魔王は、わらわの恩人でございます。この黄袍魔様は、その白骨に拷問され、弱っていた百花を治療し、身体を癒してくれました。それどころか、わらわに食べ物と衣類と住む場所を与えてくれて助けてくれたのです」

 

「ならば、なぜ、この黄袍魔は、このわしに、それを教えず、お前を妖魔城に捕らえたままにしておったのだ?」

 

「それも誤解でございます。わらわは、この黄袍魔様に、本当の身分を言わなかったのです。黄袍魔様は、わらわのことをただの市井の娘だと思い込まれていたのです。わらわも、黄袍魔様に家はどこかと何度も訊ねられましたが、決して申しませんでした」

 

「な、なぜじゃ?」

 

「それは……百花は、もう二度と王宮に……陛下にお会いするつもりがなかったからです。もう会わせる顔がないと……」

 

「会わせる顔がない?」

 

 龍鳳王は、百花の言葉を繰り返した。

 

「百花は、白骨に捕らわれている間に、凌辱されたのです。わらわは、死ぬつもりでした」

 

「な、なにを……」

 

 龍鳳王は絶句した。

 そして、百花を見つめた。

 しかし、とても、脅されてそう言っているようには見えない。

 

「その通りである、王よ。俺は知らなかった。この自殺をしようとした娘を妖魔城に留め、よい娘と思えばこそ妻にした。もしも、王家の第三王女と知っていれば、勝手に夫婦になりはしなかった。されど、妖魔には、『婚姻の誓約』という契約術がある。これは、何人といえども、生きている限り、逆らえない。夫婦であることは、たとえ、人間の王の命であってもやめることはできん。だから、最早、認めてもらうしかない」

 

「ならば、百花、お前は、強要されたのではなく、自らの意思で妖魔王の妻になったと申すのか?」

 

「はい」

 

「しかし、妖魔を夫になど――」

 

 龍鳳王は唸った。

 そして、驚いた。

 青蔡や沙那の説明した内容とは随分と違う。

 だが、百花の言葉に澱みはなく、こっちも本当のことを喋っているように見える。

 

「妖魔なれども、黄袍魔様は立派なお方です。百花は、ふたなき方と思っております。いまでは、憎き白骨さえも、このお方に引き合わせてもらった、媒人に感じるほどです」

 

 百花は、そういうとぽっと頬を綻ばせた。

 それは、わが娘の本当の心のように感じる。

 しかし……。

 

「わかった、黄袍魔。百花がそういうのであれば信じよう……。いや、百花の命を救ってくれて感謝する。言葉もない」

 

「わかってくれて、嬉しい」

 

 黄袍魔が頬に笑みを称えたまま、軽く頭をさげた。

 

「……だが、わしも、百花をそれこそ、家臣や兵に命じて、探し回らせておったのだ。久しぶりの愛娘との対面。しばし、ふたりで話をさせてはくれんか? そののちに、そなたを歓迎する宴を開くとしよう」

 

「わかった」

 

 黄袍魔は頷いた。

 百花は、少し躊躇っていたようだが、黄袍魔に促されて、こちらにやってきた。

 

「百花――。無事でよかった」

 

 龍鳳王は玉座を立ち、腕を拡げて迎い入れ、娘の身体をしっかりと抱きしめた。

 百花もまた、龍鳳王を抱いた。

 

「百花、部屋で待ってくれ。わしは、婿殿ともう少し話がある。すぐ来る」

 

 百花はそう言われて、静かに退出していった。

 

 「さて、黄袍魔――」

 

 龍鳳王は合図をした。

 玉座の間に、準備されていた兵が雪崩れ込む。

 その数、およそ、百人。

 それが、手に槍に剣に弓を構えて、広間の中心にいる黄袍魔に武器を向ける。

 部屋の外にも、さらに大勢の兵がいる。

 

「やはり、罠か。人間の王のやることも下品だな」

 

 黄袍魔は、立ちあがった。

 

「百花をどうやって、操っているかは知らんが、いずれにしても、妖魔などに王女を嫁にやるわけはなかろう。そこで死ね」

 

「いいのか、百花が泣くぞ、王よ」

 

「妖魔ごときが、その口で、百花の名を呼ぶな。汚れるわ」

 

「百花の喋ったことを聞いたであろう。俺は、あいつを救ってやったのであり、浚ったのではないぞ」

 

「そんなことは、どうでもいい。よくも、そうやってあんな出鱈目を百花に喋らせたのかは知らんが、たとえ、真実であってもどうでもよいのだ」

 

「どうでもいい?」

 

 黄袍魔は言った。

 

「お前のような妖魔が、百花に手をつけたということが問題なのだ」

 

 すると黄袍魔の顔が曇った。

 その代わり、険しい表情になり、こっちを睨みつけてくる。

 

「弓矢ごときで、この妖魔王を殺せると思うのか、王よ。それに、広間に繋げている龍馬車が、俺が死ぬとともに暴れはじめるぞ。王都は破壊されてもよいのか?」

 

 黄袍魔には、まだ動じる気配はない。

 

「心配ない――」

 

 声は玉座の後からだ。

 玉座の影に隠れていて青蔡だ。

 

「お前の魔力は、わしが抑えておる。龍もだ。もう、逃げられんぞ」

 

 青蔡が言った。

 すると、初めて黄袍魔の顔色が変わったように思った。

「青蔡よ……」

 

 黄袍魔が青蔡を睨んだ。

 

「知っておろう。お前の育ての親であるわしはお前の魔力を抑え込める力があるのを」

 

「お前が、俺を人間の王に売るのか?」

 

「百花姫を浚ったであろう。そして、惨い目に遭わせた。その罪は、お前を育てたわしの罪でもある。だから、わしの手で始末をつける。心配いらん。お前が死ねば、すぐに後を追ってやろうよ。のう、わしと一緒に死んでくれるか、黄袍魔?」

 

「この老いぼれが……」

 

 黄袍魔が身体を沈めた。

 こちらに飛びかかってこようとしているのがわかった。

 

 龍鳳王は、片手をあげた。

 一斉に黄袍魔に向かって矢が放たれる。

 黄袍魔の身体に数十本の矢が突き刺さって倒れた。

 そして、動かなくなった。



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80  ただいま復讐中

 宝玄仙は、部屋の脇の椅子に座り、卓の上にある菓子を口にしながら、朱姫とともに、白骨(はっこつ)の様子を見守っていた。

 その部屋の真ん中では、全裸の十全(とおぜん)が白骨を犯している。

 白骨は獣のように吠えながら、絶頂に達したかのような咆哮をあげている。

 だが、一度も達してはいない。

 達したように感じるだけで、一瞬後にはまったく達していないことを知覚する。

 そういう責めをもう数刻続けられている。

 気を失ってもおかしくはないのだが、朱姫の『縛心術』がそれさえも防いでいる。

 

 毎日の拷問まがいの調教に加えて、夜ともなれば、天井からぶら下げられたまま、一晩中『魔蛭』を身体につけられて放置されている白骨は、掻痒と欲情に発狂寸前になっているだけじゃなく、満足な眠りさえ与えられていない。

 今日で三日目になるが、白骨は最早生きる屍のような状態だ。

 一切の反抗的な態度が消滅している。

 

 三日目の今日に始まった朱姫による白骨への拷問もなかなかのものだ。

 二夜連続で魔蛭の洗礼を受けた白骨は、朱姫により、朝になって、やっと宙吊りから解放されて、床に降ろされた。

 もっとも、両手は背中で組まされ、後手縛りに縄で括られた。

 床に降ろした狂乱状態の白骨に、朱姫は妖魔用の餌をすべて食べ、その後、十全の前で大便と小便をしろ命じた。

 そうすれば、痒みを取り除いてやると――。

 白骨は、躊躇わずに両方ともやってのけた。

 もはや、抵抗する力が心に残っていないのだろう。

 

 朱姫は、ご褒美だと言って、その白骨の身体のあらゆる部分に、『振動片』を貼りつけ、痒みを取り除いてやっていた。

 それだけで、白骨は愉悦にどっぷりと浸かった表情で、歓喜の涙を流し続けた。

 

 そして、この十全による凌辱だ。

 『振動片』で全身の愛撫を受けている白骨を、朱姫は、さらに十全に犯させている。

 十全は、朱姫に股間のものが役に立たなくなれば、千鬼と同じ目に遭わせると言われているので、精力剤の媚薬の液体を飲み続けながら、白骨の股間や肛門を犯し続けている。

 十全にとっても、性の地獄だろう。

 

 しかし、十全以上に地獄を感じているのは、間違いなく白骨だ。

 白骨は、朱姫の『縛心術』により、いけなくされた身体で快楽責めに遭っている。

 その結果、数十回もの絶頂をしていながら、達したという満足を感じることができない状態なのだ。

 白骨は、自分が達していないと思っているだろう。

 つまり、身体は性の絶頂を味わうが、心はそれを感じることができないのだ。

 それで、絶対に満足することを許されない、快楽と転落を激しく繰り返している。

 

 そのふたりのそばに椅子に腰かけて見守っている朱姫がいる。

 朱姫は、十全の動きが少しでも衰えると、竹鞭でびしりとその背を叩くということを繰り返している。

 十全は、そのたびに精力剤を飲み直して、白骨を激しく突きまわすのだ。

 その朱姫の姿は、まさに残酷に動物を躾ける「調教師」そのものにほかならない。

 

 基本的に、白骨への調教は朱姫が行い、宝玄仙はそれを見物し、ときにやりすぎを咎めるという役割だ。

 それにしても、自分が、嗜虐の責めをたしなめる側になることがあるとは思わなかった。

 残酷な責めをすることでは、誰にもひけをとるつもりはなかった宝玄仙だったが、いまの朱姫だけは例外だ。

 復讐に燃える朱姫は、本当に白骨に妖魔の子を孕ませるつもりだったようだ。

 だが、宝玄仙はそれをやめさせた。

 

 妖魔であろうと人であろうと、「命」は「命」だ。

 命を嗜虐の材料にするというのは、宝玄仙にとっては、超えてはならない一線だ。

 そう言われた朱姫は、うな垂れて意気消沈していた。

 それで、朱姫は、白骨を完全に屈服させることに方針を変えたようだ。

 

 まずは、他人が知れば、身の毛もよだつような痒み責めをする――。

 その後、その痒みを癒す。

 癒しながらも、身体の絶頂を頭が否定してしまう性の地獄を味あわせている――。

 徹底的に苦しみを与え、その苦しみが癒される苦しみを与える……。

 それをしているのだ。

 これをやられれば、白骨は苦しみが癒される苦しみこそ、快感だと思うしかない。

 そうやって、苦痛を悦ぶ変態をつくりあげるのだ。

 

 そして、おそらく、次は、白骨が渇望している絶頂を与えるだろう。

 もちろん、次の苦しみを与えながら……。

 

 白骨が完全に朱姫に屈服するのに、そう時間はかからないはずだ。

 おそらく、沙那と孫空女が戻る頃には、白骨は、朱姫の奴隷に成り下がっているはずだ。

 まったく、大した「調教師」だ。

 朱姫の歳でこれほどの残酷で冷徹な責めができるのは、天性のものなのかもしれない。

 この若い半妖に備わっている「悪魔」の血だ。

 朱姫がこれほどの調教師というのは、宝玄仙にとって嬉しい誤算だ。

 これなら、今後は朱姫を沙那や孫空女を調教するときの助手として育てるのもいいかもしれない。

 あのふたりは嫌がるだろうが、それはそれで、また面白い。

 まったく、これからの旅がさらに愉しくなりそうだ。

 

「……ほら、雌。そろそろ、昇天したい? 絶頂したいの?」

 

「ひいっ……ひいいいっ……いひっ――。し、したい……。させて……ひいいっ……させて、ください――ひいっ」

 

 白骨は十全に激しく突かれながら叫んだ。

 

「だったら、あの種付け用の妖魔の檻に入れるわ。あそこでは、千鬼が二匹目に犯されているけど、もう、一匹はお前に使わせてもいいわ。どう? その代わり、妖魔が相手なら、お前は絶頂できるのよ。この世のものとは思えない快楽よ」

 

「あ、ありが……。ありがとう……ありがとう……ご、ござい……ます……」

 

 白骨が、身体を震わせて悦んでいる。

 それくらい、いまの状態はつらいのだろう。

 妖魔に凌辱されるということに対して、白骨は心からの嬉しさにうち震えている。

 

「いいわ、雌……。でも、始まれば、すぐには終われないわよ。もう妖魔の檻から出さないかもしれないわよ。朝昼晩、妖魔の気が済むまで犯されるのよ。あそこにある淫霧を吸いながら……」

 

「お……お願い……します――はああっ――あはあっ――。お願い、朱姫様――朱姫様――慈悲を――。白骨を……妖魔の……檻に……」

 

「いいわ。お前を完全に壊してあげるわ、白骨」

 

 朱姫が白骨の名を呼んだ。

 その眼は、冷酷で、残酷で……そして、嗜虐の悦びに充ちている。

 

「……もういいわ、十全……。白骨に首輪をつけて、妖魔の部屋に連れて行きなさい。千鬼はもう出していいわ。さっき見たとき、肛門が破れて血と汚物で床が汚れていたから、掃除もしておいて」

 

「わかりました、朱姫様」

 

 ほっとした顔の十全が、白骨の中から一物を取り出した。

 

 

 *

 

 

「ああっ、いぐううう、いがあああっ」

 

 白骨の口から淫らな大声が放たれ、もう十回目近くになった絶頂を極めたのがわかった。

 もともとここにいた繁殖用の妖魔の檻であり、その中に白骨を放り込んで、そろそろ二刻になる。

 相手が妖魔というのに、白骨は嬉しそうに、股間を妖魔に貫かれて腰を振り続ける。

 丸二日間も絶頂を許されなかった性の拷問を取り戻すかのように、白骨は悦楽に呆けきった姿だ。

 あまりの快感に涎を流し、涙まで流して、快感をむさぼり続ける。

 

「浅ましいねえ。こうなると、泣く子も黙る冷酷非道の奴隷商の面影はないねえ」

 

「気持ちよくって仕方がないみたいですね。これじゃあ、ちょっとつまんない」

 

 朱姫は膨れ顔だ。

 宝玄仙は苦笑した。

 妖魔に犯されることに白骨を同意させ、妖魔が興奮する薬剤をぶっかけて、同じ檻に放り込んだのはいいが、自分を凌辱しはじめた妖魔を白骨が嬉々として受け入れたのが、朱姫には不満らしい。

 とにかく、徹底的に苛め抜きたいみたいだ。

 肝心の白骨が嬉しがったのでは、興醒めという気分のようだ。

 

「だが、快感を過ぎれば拷問さ。種付け妖魔の精力は底無しみたいだし、そのうち、また泣き出す。そのときは、また苛めてやりな」

 

「そうします」

 

 朱姫は真面目な顔で頷いた。

 宝玄仙は小さく笑った。

 いま、宝玄仙たちがいるのは、種付け妖魔の檻の前だ。

 ここで、さっきまで、千鬼(せんき)という男の尻を妖魔に犯させていたのだが、いまはそれを白骨に入れ換えたところだ。

 もっとも、やらせたのは朱姫であり、宝玄仙ではない。

 宝玄仙には、いくら復讐とはいえ、男の尻に妖魔が発情する薬剤を塗り、無理矢理に白痴の雄妖魔をけしかけるなど思いつきもいなかった。

 面白いことを考える娘だと、感嘆してしまった。

 

 とにかく、その千鬼は、完全に尻の穴が破れてしまって、血だらけになって意識朦朧になっていた。

 いまは、とりあえず、治療術で傷を治して、別の檻に入れて、十全に面倒を看させている。

 いまだに、朱姫は千鬼の性器に金属棒を挿し込んで、首輪代わりにして、格子に繋いでいるので、逃亡はできないだろう。

 まあ、一見したところ、その気力もないみたいだ。

 正気を保っているかどうかも怪しい。

 

「うあああっ、うあああっ」

 

 またもや、耐えきれなくなった白骨が悲鳴のような嬌声をあげて、妖魔の背中にしがみついた。

 繁殖用の種付けとして、際限なく欲情して精を放てるように改造されている妖魔もそうだが、檻の中には性感を蝕む淫霧がたち込められていて、白骨も狂ったように欲情している。

 身体も信じられないくらいに敏感になっているので、恐ろしいほどの速度で快感を極めまくっている。

 堰を切ったものが押し留められなくなったようになり、白骨の声は明らかな喜色に染まっている。

 朱姫にはそれが気に入らないらしい。

 

「それにしても、恥知らずですね。妖魔を相手にこんなに感じまくるなんて」

 

 十全だ。

 どうやら、千鬼の治療を終えて、こっちの様子を見にきたみたいだ。

 白骨を慕っていた若者ということ聞いた気がするが、いまの物言いには、白骨に対する心の底からの侮蔑の響きがあった。

 宝玄仙や朱姫に媚を売るための言葉という感じはない。

 まあ、確かに醜い妖魔を相手に、知性の欠片もなく腰を振り続ける白骨の姿に接すれば、百年の恋も醒めるというものかもしれない。

 

「あがあああ、いぐうう、ぎもじいい――」

 

 白骨がまたもや絶頂して、今度はがっくりと全身を脱力させた。

 どうやら、気を失ったようだ。

 体力の限界がないかのように、激しく性交を続けていたかと思ったが、まるで糸が切れたかのように、突然に気絶してしまった。

 

「やれやれ、もう終わりだね。これ以上は無理かい」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「冗談じゃないですよ、ご主人様。さっき、ご主人様自身が言ったじゃないですか。限界を越えてもやらせますよ。快感が苦痛になるまでやるんです」

 

 朱姫が怒ったように言った。

 

「えっ、まだ、やんのかい?」

 

 宝玄仙は呆れた。

 しかし、朱姫は本気だ。

 格子越しに、小瓶の中の液体を妖魔と白骨の顔にぶちまける。

 

「ウギアアウッ、ンギャアアアッ」

 

 まだ、妖魔の性器は白骨の中にあり、意識を失っている白骨を妖魔は構わず犯していたのだが、朱姫に液体をかけられた途端、狂ったように暴れ犯しだした。

 白骨も同じだ。

 失っていた意識を取り戻し、眼を血走らせて、奇声をあげる。

 

「うわあああっ、あがあああっ」

 

 犯されながら白骨は口から泡を吹いている。

 眼も血走り、自ら激しく妖魔の腰を咥えたままの腰を動かす。

 多分、さっきのは興奮剤だろう。

 強い覚醒効果もあるのだと思う。

 

「十全、あの雌が気を失うたびに、これをぶちかけなさい」

 

 朱姫がそばの台を差した。

 さっき朱姫が投げた瓶が二十本はある。

 

「……瓶が尽きたら、電撃鞭を遣いなさい。とにかく、なんでもいいから、あの雌を覚醒させ続けるの。少なくとも夜まで犯させ続けるのよ。雄妖魔の一物が役立たなくなったら、別の檻から交換して。ただし、死なないように、逐次水だけは補給させといて」

 

 朱姫が十全に怒鳴った。

 本当に続けるのようだ。

 宝玄仙は苦笑した。

 

「お任せください。休ませもしません。死なせもしません。きっちりと、白骨を調教してみせます」

 

 十全が力強く応じた。

 やれやれ、白骨もとんだ相手に復讐されることになったようだ。

 宝玄仙は黙って、ひとりで肩を竦めた。

 

 

 *

 

 

 白骨の長く美しい髪が、ばさりばさりと床に落ちていく。

 両手両足を拡げた立ち姿で拘束されている白骨には、特に、抵抗する様子も、泣き叫ぶ様子もない。

 朱姫は呆然として反応のない白骨の髪を十全に切らせながら、注意深く白骨を観察している。

 自分の髪を剃られるという辱しめだが、白骨は諦めたように呆然と自分の髪がなくなるのを感じているだけのようだ。

 

 白骨を妖魔に丸一日犯させたのは、昨日のことだ。

 妖魔により丸一日犯され続け、何度も気を失い。それでも、妖魔の精液を子宮に注がれ続けた。

 淫霧の流れ続ける檻の中では、白骨に対する妖魔の欲情は収まらない。

 しかも、その妖魔の精に激しい絶頂を感じるように白骨には、『縛心術』で暗示を与えている。

 白骨は、妖魔の精により、いままでの分を取り戻すかのような激しい性交を行い続けた。

 だから、終わらない。

 

 そして、百回を超える絶頂に達し続けて、ついに、白骨は完全に正気を失ったようになった挙げ句に失神し動かなくなった。

 朱姫はとりあえず、寝ている白骨を犯し続ける種付け用の妖魔を十全に追い出させて、別の檻に白骨を引きあげた。

 そして、その白骨を蹴りあげたうえに、強力な気付け薬で強引に覚醒させると、狂ったように、もう許してくれと号泣し始めた。

 だから、朱姫は休ませて欲しければ、身体中の毛を剃りあげてくれとお願いをせよと言ったのだ。

 すると、すぐに白骨は応じた。

 朱姫は、やっと白骨に休むことを許した。

 

 いずれにしても、その時点で丸二日間眠らせていなかった。

 白骨の体力から考えても、それが限界だと思った。

 宝玄仙から、殺してはならないと釘を刺されていたこともあり、死なさないためには、白骨の体力を回復させることが必要と判断した。

 

 そして、朝になって戻ってきたときには、白骨はまだ眠っていたが、朱姫は、檻を蹴飛ばして、外に出てくるように命令した。

 白骨は、大人しく檻から裸身を這い出らせた。

 そのまま、地下に連れて行き、鎖で拘束すると、十全に毛剃りを命じた。

 

「白骨、お前の暗示を解いてあげるわ。あたしの気も済んだし、妖魔だけしか感じないという心の縛りは解いてあげる。その代わり、別の暗示を与えるわ……」

 

 聞こえてはいるのだろうが、白骨の眼は虚ろだ。

 白骨はほんやりとした表情で頷いた。

 

「……そうねえ、名前にしよう。名前を呼ばれると、お前は、気をやってしまう。そういうことにするわ。名前を変えても駄目よ。お前が自分が名前だと思っているものが、お前が鍵となる言葉になるからね。これらかは、誰かに名を呼ばれるたびに、いい気持ちになれるわ」

 

 結局、股間の恥毛を剃られたときも、眉毛を剃られたときにも大した反応しなかった。

 白骨が顔をあげた。白骨の髪の毛の大部分は、すべて床に切り落ち、頭は丸坊主になった。

 つるつるの肌と眉さえもない顔はまるで人形のようで、さらに間が抜けて見える。

 

「じゃあ、これから、また、髪の毛に泡をつけますからね。それから、頭をつるつるに剃りあげます。いいですね、白骨様」

 

 十全が刷毛で白骨の頭に泡を拡げながら言った。

 

「あひいいっ」

 

 白骨が可愛らしい声を出しながら、眼を見開いて、身体を震わせた。

 その仕草は、数日前まで、「白骨夫人」として、残忍な奴隷商人として知られていた女の姿はない。

 

「そんなに、動いてはいけませんよ。剃刀が当てられないじゃないですか、白骨様」

 

 わざとらしく、十全は名前を呼ぶ。

 白骨は、両手で股間を押さえて、椅子に座っている身体を弓なりにしてから、またもや身体をぐったりとさせた。

 絶頂したのだ。

 それにしても、わざわざ名前を連呼するのは、十全の悪戯だろう。

 もう十全には、白骨を女主人として尊敬する気持ちは消失してしまっているようだ。

 

「面白いことをしておるのう」

 

 声がした。

 朱姫は、どきりとした。

 振り向くと、宝玄仙と歩いている青蔡だ。

 他人を責めている姿を見られるのは、自分の恥部や性行為そのものを見らたような気がするのだ。

 

「あ、青蔡さん……。どうして、ここに?」

 

 朱姫は言った。

 

「お前は十全じゃな。続けよ、続けよ――。むしろ都合がいいわい」

 

 硬直してしまった十全に青蔡は声をかけた。

 宝玄仙はにやにやしている。

 多分、朱姫が嫌がることを知っていて、ここに青蔡を連れて来たのだろう。

 本当に意地が悪い。

 青蔡と宝玄仙が部屋の隅の卓の前の椅子に腰を降ろす。

 朱姫は十全に続けるように命じると、ふたりの前に歩みよる。

 

「沙那姉さんと、孫姉さんはどこに?」

 

 朱姫は訊ねた。

 

「まだ王宮らしいよ。黄袍魔(おうほうま)のことで、まだやることがあるそうだ。王軍も向かってくるらしいしね」

 

 青蔡ではなく、宝玄仙が応じた。

 

「軍……ですか?」

 

 朱姫は驚いた。

 すると、青蔡が口を開いた。

 

「ふむ。白骨夫人が百花(ひゃっか)姫の誘拐の首謀者だったことが発覚してな……。というよりも、わしが説明したのじゃがな。王宮がごたごたしておったから手が回らんかったが、騒動も終わったので、すぐにここに、白骨の一味を捕えるために兵がやってくる」

 

「まあ、そういうことらしいよ、朱姫。ここも、いい場所だと思ったんだけどね。退屈しのぎの玩具にも事欠かないし……。もっとも、この小さな半妖が、壊しやしないかと見張っていないとならなかったけどね」

 

「ひ、酷いですよ、ご主人様――。あたしは、ただ、やられた仕返しを……」

 

「わかっているよ、朱姫。だけど、お前には、このわたしと同じ性癖があるね。白骨を責め尽くしているお前は、それこそ、なにかに憑りつかれたような妖しい表情をしていたよ。恍惚の表情さ」

 

 宝玄仙がにやりと笑う。

 簡単に心の底を見抜かれて、朱姫は思わず視線を逸らせた。

 

「そうだ――。あのう……、なにか、お茶でも……」

 

「気にするな、朱姫。お前も忙しいのじゃろう?」

 

 青蔡が意味ありげな表情をする。

 朱姫は、自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「お前の責めぶりは青蔡にも説明しておいたよ、朱姫。この宝玄仙も形無しの残酷な嗜虐者だってね」

 

「やめてください、ご主人様」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「……ところで、青蔡――。宮廷の騒動が終わったと言ったかい?」

 

「そうじゃ、お宝。国王は、黄袍魔(おうほうま)の身体に数十本の矢を貫かせた。その結果……。まあいいか。とにかく、片付いた。いずれにせよ、黄袍魔が死んだということで、わしは無罪放免になった。だから、こうして、宝に会いに来れたということだ」

 

 青蔡は、意味ありげに微笑んだ。

 

「でも、軍が来るって……。あたしたちは逃げなくていいんです?」

 

 朱姫は寛いだ態度のふたりに、少し不安になって訊ねた。

 すると、宝玄仙が声をあげて笑った。

 

「もちろん逃げるさ。白骨の仲間だと思って捕まっても面倒だ。そうじゃないとしても、巻き込まれたくないね。もう、潮時だろう」

 

「だったら、ご主人様……」

 

「だけど、大丈夫なのさ。そのために、沙那たちが残ってるらしい。出立もあいつらが戻ってからでいい」

 

「そうですか」

 

 朱姫はほっとした。

 

「いずれにせよ、とにかく、うまくいったということだね、青蔡?」

 

 すると、宝玄仙が青蔡に向かって言った。

 

「おそらくな。お前のところの沙那殿が、随分とうまく処理をしてくれたようだ。わしも驚いたが、なかなかの策士じなゃ」

 

「それにしても、お前も思い切ったことをしたねえ、青蔡。隠居を決め込んだ爺じゃなかったかい?」

 

「隠居もしてられんて。あの黄袍魔はわしの子供じゃ。血は繋がっておらんが、確かにわしの子じゃ。暴走するのをとめんとなあ」

 

「まあ、これからは、忙しくなるよ、青蔡」

 

「確かにのう。支えなければならんものもできた。孤高を愉しみ続けるのみではいかんようじゃ」

 

「だいたい、その爺臭い喋り方と、姿はなんなのよ――。お前は、わたしの最初の男でもあるんだよ。それが、こんな爺だと、わたしも体裁が悪いじゃないかい」

 

「事実、歳だから仕方あるまい。それにしても、相変わらず、美しいのう、お宝。若い頃と同じ……。いや、若いとき以上じゃ」

 

「ふん、その爺くさいお前が、若いときのわたしを犯したんだろうが」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「もう、勘弁せえ。随分前の話だし、こうやって、お前の頼みはなんでもきいておるじゃろうが」

 

「こんなもので済むとは思わないことだね、青蔡。とことん、尽くさせるよ。どうせ、もう帝国には戻れん身だからね。もしかしたら、また、旅先でも呼び出すかもしれない」

 

「お前に尽くさせて貰えるなら、こんな爺じゃなくて、もっと若い姿になってもいいのう」

 

「なら、なってみてはどう? 男に抱かれるのは、こりごりだけど、あんたなら、もう一度、抱かれてもいいよ」

 

 宝玄仙は、そう言ってまんざらでもない表情をした。朱姫は驚いてしまった。

 

「……ほ、本当か、お宝?」

 

 同じことを朱姫も思った。

 

「ああ、ただし条件がある」

 

 宝玄仙がじっと青蔡を見た。

 すると、青蔡が少し気遅れた表情をした。

 

「条件?」

 

「わたしを無理矢理に犯すこと。わたしの道術の力でも逆らえないような道術でわたしを押さえつけ、それで犯すのさ。そうしてくれたら、わたしは、お前のものになってやってもいい」

 

「冗談じゃない。わしの力程度で、お前に叶うわけがないだろう」

 

「だったら、この話はなしだね」

 

 宝玄仙は大きな声で笑った。

 

「……あのう。終わりました……」

 

 十全が声をかけた。

 ふと振り返ると、作業の終わった十全が剃刀を手にしてこちらに視線を向けている。

 十全の横には、髪の毛を剃られても、無反応の白骨が身体をこちらに向けて、がっくりと首を垂らしている。

 恥毛と眉毛は全部剃りあげさせたが、髪の毛は頂点に髪はないが裾の部分には、一寸(約三センチ)だけ残させた。

 ただ全部剃りあげるよりも、ずっと恥辱的な顔だ。

 いまの白骨を見て、もう美しいと思う者はこの世にひとりもいないだろう。

 

「それで、どうするんです? あれを兵に引き渡すんですか?」

 

 朱姫は言った。

 

「いいや。こいつは青蔡に託すことにしたよ、朱姫……。引き渡しには、身代わりをたてる」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫が青蔡に視線を向けると、青蔡が軽く頷いた。

 

「青蔡さんのところですか、ご主人様?」

 

「そうだよ、朱姫。こいつには、まだ罪が残っている。百花の侍女で、青蔡が預かっている胡蝶(こちょう)芙蓉(ふよう)とかいう女も仕返しをしたいだろう。その後は百花だ。兵に引き渡して、あっさり殺させるなんてとんでもない。この宝玄仙を虚仮にした酬いはくれてやるさ。よろしく頼むよ、青蔡――。簡単に、殺したり、逃がしたりするんじゃないよ」

 

「わしのところにいる娘ふたりは、お前の供みたいに残酷ではないぞ。あんなのをつれて行っても、怖がるだけじゃぞ」

 

 青蔡が言った。

 

「残酷って……」

 

 朱姫は、否定をしようとしたが、やっぱり、そうかもしれないかもしれない。

 酷い目に遭わされた仕返しのつもりだったが、白骨を責め抜いているときには、確かに、朱姫は性的な興奮状態にあった。

 気がつくと、股間がどろりと濡れていたことは本当だ。

 

「いいのさ、十全をつけるよ。朱姫が仕込んだから、こいつを適当にいたぶってくれるよ。ねえ、十全?」

 

「お任せください」

 

 十全が言った。

 

「可愛がっていた部下に裏切られた気分はどうだい、白骨?」

 

 宝玄仙が大きな声で言った。

 

「あはあっ」

 

 名前を呼ばれたことで、気をやってしまった白骨が仰け反る。

 宝玄仙が立ちあがって、拘束されている白骨の顔を掴んだ。

 

「……これでお別れさ。二度と、わたしのものを奪おうとするんじゃないよ。そんな連中は容赦なく潰してきた。わかったね、白骨?」

 

「あはああっ、いやああっ」

 

 また、達してしまった白骨が顔を左右に激しく振る。

 その顔を宝玄仙がしっかりと掴んでいる。

 

「聞いてるのかい、白骨?」

 

「ひぎいいいっ、や、やめてえっ」

 

 白骨が苦悶の表情で、またもや、気をやった。

 こうなると哀れなものだ。

 名前を呼ばれるたびに絶頂するとなれば、もう普通の日常生活は不可能だ。

 

「き、聞いています――。だ、だから、もう、やめてっ」

 

「よかったねえ。朱姫に完全に壊されて口もきけなくなったのかと思ったよ、白骨――。青蔡の小屋にいったら、一生懸命に詫びな、白骨。ねえ、白骨……」

 

「ひがあはえお、んげえええ」

 

 白骨が化物じみた奇声をあげて白目を剥いた。

 ついに椅子から転げ落ちて、床でのたうち回っている。

 しかも、嬌声をあげる口が閉じない。

 絶頂しているあいだに、名前を呼ばれて絶頂を重ねられ、そこにさらに絶頂を加えられて、白骨はほとんど悶絶状態になった。

 

「朱姫の『縛心術』で刻まれた命令で発情するお前は、これからは、名前を呼ばれただけで、この最高の愉悦を味わうんだ。まともに生きるのは不可能だろうから、髪の毛が生えたら娼婦にでもなりな――。白骨」

 

「んはああはあえげええ――」

 

 白骨が絶叫して果てた。

 そして、がっくりと脱力して動かなくなった。



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81  復讐の結末  

【時系列は、黄袍魔に無数の矢が突き刺さった直後に遡ります】





百花(ひゃっか)姫様――」

 

 部屋を出ようとすると、扉の外にいたふたりの兵に前を立ちはだかれた。

 大きな騒動がさっきまでいた玉座の間で起こったことは知っている。

 とりあえず、それを確かめたかった。

 

「どきなさい」

 

「申し訳ありませんが、陛下の命令ですので、お出しするわけにはいきません」

 

「その陛下に用があるのです。すぐにどくのです」

 

「姫様、どうか、お部屋に」

 

 兵がぐいと扉を押し戻そうとする。

 しかし、それを阻止するように、強引に身体を隙間に強引に割り込ませる。

 

「待て――」

 

 そのとき、龍鳳(りゅうほう)王の声がした。

 兵たちが直立不動になる。

 扉が開く。

 すると、そこに龍鳳王がいた。

 

「陛下――」

 

「なにも言うな、百花。すべてが終わったのだ」

 

「終わった?」

 

「終わったのだ、百花――。部屋に入ってよいか?」

 

 龍鳳王はそう言った。

 身体を避けると、龍鳳王が部屋に入って来る。

 

「扉を閉じて、ここには誰も入れるな」

 

 王がそう言うと、外から扉が閉じられていく。

 部屋はふたりだけになる。

 

「あの黄袍魔(おうほうま)と『婚姻の誓約』を結んだということだな、百花?」

 

 王は、部屋にある椅子に腰をおろし、百花と向かい合うように座った。

 

「はい」

 

「だが、どちらかの死により術は解ける。黄袍魔(おうほうま)は死んだ。術はもう解けているはずだ」

 

 王がじっとこっちを見る。

 百花は、王の言葉に返事をせず、部屋の隅を指差した。

 

「……そこに」

 

「そこ?」

 

 王が、その方向に視線を向けた。

 

「……そこに結界があります。『移動術』の出入り口になる結界です。これで黄袍魔の出入りが自由になります。黄袍魔も百花も、妖魔城からいつでも出入りできますので、寂しい思いはしないはずです」

 

「なにを言っている、百花?」

 

 王が不審な表情をした。

 

「人払いをしてくれたのは、助かったぞ、王よ」

 

 腕を振った。

 結界に百花と沙那と孫空女が出現した。

 龍馬車で、隠れて待機をしていた三人を『移動術』で呼んだのだ。

 

「ひゃ、百花――。なぜ――?」

 

 龍鳳王は、ふたりの百花を見比べて、眼を白黒させている。

 黄袍魔は顔をつるりと撫ぜた。

 百花の顔が消えて、黄袍魔の顔がそこに現れたはずだ。

 玉座の間で見せた貴公子の顔ではない。

 本物の黄袍魔の姿だ。

 

「お、お前が黄袍魔か――。なぜ、ここに?」

 

「声を荒げるな、王よ。広間で死んだのは、俺が操っていたただの人形だ。もっとも、王宮の術遣い程度では、あの死骸が偽物であることは見破れんだろうがな。青蔡(あおさい)はすぐにわかるだろうが、あの調子では、うまく、口裏を合わせてくれそうだ」

 

 黄袍魔は、刃物でもある爪を王の喉に突きつける。

 

「百花の父親を傷つけるつもりはない。だから、大声を出さんでくれ、王よ」

 

 黄袍魔は言った。

 王は、恐怖の色を浮かべて頷く。

 

「なに言ってんだよ、黄袍魔。待っている間に、声が漏れないようにする結界でも張ったんだろう? この部屋は、霊気の匂いがぷんぷんするよ」

 

 孫空女が言った。

 黄袍魔は、笑って爪を引いた。

 

「そういうわけだ、王よ。大声を出しても、外には聞こえない。百花が会いたがっているからやってきた。百花の夫の黄袍魔だ。」

 

「妖魔ふぜいがなにを言うか――。汚らわしい」

 

 龍鳳王は喚いた。

 その顔は真っ蒼だ。

 

「陛下、百花は……」

 

「黙れ、百花」

 

 王は荒げた声をあげた。

 恐怖が龍鳳王を興奮させているのだろう。

 

「陛下」

 

「この不幸者が――。妖魔に汚された身体になりおって――。どうせ、黄袍魔が死ねば、そのまま王都から遠い地方の尼院でも幽閉するつもりだった――。わかった、百花はくれてやる。どこにでも連れて行くがいいわ。だから、わしを解放しろ、黄袍魔」

 

 すると百花が、哀しみをいっぱいにした表情をした。

 

「王よ、それが娘に対する言い草か? まあ、汚した張本人の俺が言えることではないが、もう少し言い方があろう」

 

「黙れ――、黙れ――、黙れ――。誰か――、誰かあるか――」

 

 王は叫んだ。

 恐怖で完全に冷静さを失っている。

 暴れて逃げようとするのを黄袍魔は、椅子に押さえつけた。

 

「これは……参ったな。これでは、冷静に交渉できるような感じではないな。ここで交渉をして、妖魔の売り買いを禁止させる触れを出させるつもりだったのだが……」

 

 黄袍魔は、手の下で暴れる王に途方に暮れてしまった。

 

「あなた構いません。王の指輪に魔術紋を刻んで、支配してしまってください。その指輪は、王位の象徴でもあります。絶対に外すことはないはずです。それで、操って、あなたの望む法律を出させればよいのです」

 

 百花が言った。

 黄袍魔は驚いた。

 

「よいのか、百花?」

 

「はい。妖魔と人間は同じ生き物として同等――。あなたが正しく、わらわたちこの国の人間が間違っています。いまは、心からそう思っています」

 

 百花は、まだ哀しみを抱いた表情をしているが眼は真剣だ。

 

「わかった」

 

 それほど強力な支配魔術を遣うつもりはない。

 ただ、妖魔に対する悪い感情を消すだけだ。

 あっという間に、王位の指輪に魔術が刻まれた。

 龍鳳王の表情が落ち着きを取り戻した。

 

「王よ、俺と百花の婚姻――。認めてもらうぞ」

 

「……わかった」

 

 王は頷いた。

 口調にも動作にもおかしなところはない。

 これなら支配されていると、ほとんど気がつかれないはずだ。

 

「……今後、この王国内で、妖魔の売り買いは禁止させろ。いま、人間が飼っている妖魔は、すべて妖魔城で引き取る。そこで癒す。妖魔は、ただ追放すればよい」

 

「……それもわかった」

 

 王は頷いた。

 

「……青蔡のところにいる胡蝶(こちょう)芙蓉(ふよう)の侍女の罪は問うな。すべてを許し、家族のところに帰るのを許してやれ」

 

「……言うとおりにしよう」

 

「ところで、百花のことを尼院に入れようとしたというのは、本当か?」

 

「そうだ……。この場から連れて行くはずだった。すでに手配が終わっていて、わしは、それについて因果を渡すためにここに来たのだ。すでに、馬車を待たせている」

 

 王は言った。

 黄袍魔は嘆息した。

 百花は顔を蒼くしている。

 

「……ならば、そうしたことにしろ。ただし、百花は、すぐに俺が連れていく……。それで、お前が俺に支配されていることを誰にも、怪しまれないですむ」

 

 王は頷いた。

 王は黄袍魔に言われて、部屋を出ていく。

 命令したとおり、外の兵には中の変化に気がつかれないようにしたようだ。

 

「ところで……」

 黄袍魔は沙那に視線を向けた。

「……礼を言おう、沙那。俺の案では、王宮で暴れて、無理矢理に要求を呑ませるつもりだったが、龍馬車で提案されたお前の案が、これ程うまくいくとは思わなかった」

 

「契約魔術だかなんだかしらないけど、百花さんが、お前のことを大切に思っているようだからそうしたのよ。本当は、お前がやったことは許していないわ……。もっとも、この国の妖魔の立場については、わたしも酷いとは思うけど……」

 

 沙那が言った。

 

「もう、言わないでください。わらわは、幸せですから」

 

 百花はにっこりと微笑んだ。

 その微笑みを見て、黄袍魔もまた、幸せな気分になった。

 

 

 *

 

 

【時系列は元に戻ります。青蔡が宝玄仙のところに戻り、さらに一日ほど経ってます。】

 

 

 施設の周囲を囲んだ兵を待たせて、沙那は孫空女とともに、白骨がいるはずの施設に入った。

 国王に、沙那の指示に従うように命じられている隊長は、特に、なにも言わずに、沙那の言葉に従って、施設の周りに兵を展開させたまま待機するように指示を出している。

 

 考えてみれば、宝玄仙と朱姫との再会は数日ぶりだ。しかも、この建物に入るのも実質初めてだ。

 なにしろ、最初に百鬼(ひゃっき)十全(とおぜん)のふたりを倒して、宝玄仙に言われるままに、ふたりを妖魔のいた部屋の檻に放り込むと、すぐに宝玄仙に王宮に向かわされた。

 だから、地下にあると教えられた「調教部屋」という場所も見ていない。

 地下に立ち入るのも、いまが初めてだ。

 

「戻りました、ご主人様」

 

 孫空女とともに階段をおりていくと、沙那は言った。

 そこには、得体のしれない装置が壁一面に置かれ、人を拘束する革紐のついた寝台が四つほどあった。

 部屋の一画には、なにかを操作するための仕掛けのある台もある。

 

 その部屋の隅にある卓と椅子に宝玄仙と朱姫がいた。

 宝玄仙の足元には、後手に鉄の枷を付けられて首輪をはめられた白骨が、上気した顔で身体を震わせている。

 灰色の貫頭衣を身につけている。

 このふたりのことだから、下袍の中の股間を淫具や媚薬で責めているのだろう。

 白骨の欲情した表情とびっしょりとかいた汗がそれを物語っている。

 ひと足先に戻ったはずの青蔡はいない。

 

「青蔡さんは?……」

 

 沙那は、宝玄仙と朱姫に訊ねた。

 

「ちょっとわけありで、先に出ていったよ。お前たちによろしくとのことさ」

 

 宝玄仙が言った。

 なるほど……。

 まあ、青蔡は、ほとんど話せなかった宝玄仙と話をするために、沙那たちに後始末を託して、先に城を出たのだから、だったら、宝玄仙と話もできたのだろう。

 青蔡は、とにかく、宝玄仙と昔話をしたがっていた。

 一連の騒動が終われば、すぐに宝玄仙がまた旅を再開するのは予想がついていたので、青蔡は沙那たちに、王宮の後事を託して、ひとりで先に戻ったのである。

 

「へえ、青蔡さんは行ったのかい……。ところで、白骨も案外まともじゃないかい。ご主人様と朱姫のことだから、もっと滅茶苦茶していると思ったよ」

 

 孫空女が言った。

 すると、なぜか朱姫が顔を背けた。

 

「滅茶苦茶ってなんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙がにやにやしながら言う。

 

「いやあ、それこそ、ここにあるものを使って、白骨を妖魔か動物に変えてしまうとかさあ。それとも、この白骨の綺麗な顔を醜くしてしまうとか……。そんなことをしているんじゃないかと沙那と言っていたんだよ……」

 

「そうかい?」

 

 宝玄仙はけらけらと笑った。

 沙那は首を傾げた。

 

「ああ……。だけど、見たところ、ちょっとばかり、意地悪されているみたいだけど、このくらいで済めば、ご主人様にしてみれば、優しい方なんだよ、白骨……。朱姫もかわいい顔をしているけど、ご主人様に負けず劣らず、残酷だからね」

 

 孫空女がそう言って、白骨の髪を掴んで顔をあげさせた。

 白骨は口を開いてなにかを言おうとしているが声だけで言葉は出てこない。

 

「どうして、この白骨は喋れないのです、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 白骨は、懸命になにかを訴えようとしている。

 それでも、白骨の口から漏れ出るのは、ただの音だ。

 言葉ではない。

 

「ちょっと強めの薬を使って舌を潰したのさ、沙那。道術力じゃないから、もう、こいつは一生、喋れないね。ついでに、指の筋も切ったから、もうなにも持てない。物を食べるには、少し不自由だろうけどね。まあ、犬のように口で食えばいいのさ。それにそれだけ、綺麗な顔をしてりゃあ、世話をしてくれる男にも事欠かないだろうさ。尻の穴まで綺麗にしてくれるよ」

 

 宝玄仙は、そう言って笑った。

 やっぱり、なにかを隠している感じだ。

 沙那は訝しんだ。

 

「でも、白骨は、外の兵に捕まえられて、処刑されるんじゃないの? あたしらは?白骨を捕らえる兵と一緒に来たんだ」

 

 孫空女だ。

 

「そんなことはないよ。一応は捕えるが、王の命令で、こいつは放り出される。すべての財を失ってね……。青蔡は王とそう取引きをするはずさ。それで城にも戻ったんだ。まあ、女が身ひとつで生きていくには、できることは限られている。おまけに声も出ない。指も動かないんじゃあ、放っておいても娼婦にでもなるしかないだろうね。まあ、せっかく綺麗な顔にしてやったんだ。男の玩具になる悦びを味わえばいいのさ」

 

「ふうん。まあ、あたしらも、ついてきただけだからねえ……。後のことなんて知らない……。そうかい。こいつは、娼婦になるのか。まあ、そのくらいは仕方ないね、白骨。ところで、こいつ、さっきから、どうして腰をくねらせているの、ご主人様?」

 

 孫空女は、白骨の髪を掴んだまま言った。

 

「朱姫、見せてやりな」

 

「はい」

 

 朱姫は、床に座っている白骨の下袍を思い切りまくり上げた。

 床に座る白骨は、悔しそうな表情をしたが、後手に拘束されている身では抵抗はできない。

 

 白骨は下着をつけてなかった。

 股間は、恥毛がびっしょりとなるくらいに、ぐしょぐしょに淫液で濡れている。

 沙那は、少しそれを見て、思わず自分の下袴(かこ)の上から自分の股間に手をやってしまった。

 

 白骨の肉芽には、あの『女淫輪』が嵌められている。

 しかも、見たところ、微かに振動しているようだ。

 気をやってしまう程の振動ではないかもしれないが、この淫具は、常に女を発情した状態にし続ける。

 

 宝玄仙という変態巫女に捕えられて以来、ずっと、それを嵌めさせられている沙那だが、いまでこそ、やっと耐えられるようになったものの、最初は、欲情した身体を持て余して苦しかった。

 それに、いまでも、ほんの少しでも振動を加えられると、腰が抜けたようになってしまう。

 ああやって、ずっと振動を加えられるのはつらいだろう。

 

「ところで、千鬼(せんき)十全(とおぜん)は、どうしたのですか? 先程、一階の妖魔のいる檻を覗いたときにはいませんでしたが? それに、三匹いた妖魔もいなくなっていたようですし……」

 

 沙那は言った。

 

「妖魔は青蔡が連れていったよ。黄袍魔が引き取るそうだ。あいつは、この国のあちこちで家畜のように飼われていた妖魔を全部、引き受けるつもりらしいからね。それと、十全については、その青蔡と一緒に山に行った。本物の白骨の世話をさせないといけないからね」

 

「本物の白骨?」

 

 孫空女が驚いて、白骨の髪から手を離した――。

 沙那もちょっとびっくりした。

 いまの宝玄仙の言葉を判断すれば、目の前の白骨は本物じゃない?

 つまりは、偽者?

 こいつは白骨の姿をした何者か……?

 すると、宝玄仙が爆笑した。

 

「お前たち、この朱姫がいたんだよ。五体満足で、白骨がいられるわけがないじゃないかい。この朱姫の責めは、そりゃあ、凄まじかったよ。さすがの宝玄仙がもう少し手加減しろと、途中で言わなくちゃならない程だったんだよ。本物は、全身の毛という毛と剃られて、あそこの毛も眉毛も髪の毛まで剃られてから青蔡に引き渡されたさ……。ああ、いや、髪の毛の裾だけは、申し訳程度に残したかねえ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 なにか恐ろしい話を聞いたような気がして、沙那は朱姫をじっと見つめてしまった。

 

「そんなに見ないでください、沙那姉さん。沙那姉さんだって、あたしと同じ目に遭わされたら、同じことをしたと思います」

 

 朱姫は、不満気に言った。

 

「ごめんさない、朱姫。別に批判したつもりはないのよ。ただ、ご主人様の言い方が、その……ねえ……」

 

「いいんです。さっきから、あたしは、ずっと、ご主人様にからかわれているんです。残酷だとか……冷酷だとか……」

 

 朱姫は言った。

 さんざんに宝玄仙が意地悪を言うので拗ねているようだ。

 沙那は苦笑した。

 

「じゃあ、こいつは誰?」

 

 孫空女が言った。

 

「千鬼だよ。こいつは傑作品さ」

 

 宝玄仙が言いながら、床に座っている白骨の姿をした千鬼の股間の部分をぐりぐりと踏んだ。

 千鬼が、白骨の顔で苦悶に顔を歪める。

 

「この千鬼には、腹の中に『変化(へんげ)の珠』という霊具を飲み込ませている。あの『変化の指輪』と同じ作用があって、他人に変身してしまうんだけど、身体の中なので取れないのだよ。こいつに埋め込んだ霊具は、霊具と一緒に埋め込んだ寄生虫を通してどんどんと霊気を集める。だから、いつまで経っても霊気切れにならない。腹から珠を出さない限り、こいつは一生ずっと白骨のままだろうね」

 

「ええっ? 男なのこいつ。しかも、あの千鬼――?」

 

 孫空女は叫んだ。

 沙那もあの武骨な老人という印象だった千鬼の元の姿を思い出して、気味が悪くなった。

 

「でも、こうやって責めていると、女のようだろう。欲情も性感も女そのものになっているし、こいつも満更でもなくなってきているようだしね」

 

 宝玄仙がそう言うと、千鬼が吠えたて、恨めしそうな顔をした。

 

「さて、じゃあ、引き渡しておいで、沙那、孫空女。ついでに、街に行って羊の肉でも買って来ておくれよ。今夜は、腹いっぱい肉でも食べようじゃない。そして、明日には出発だ。黄袍魔に関わってから、考えてみれば随分と長居をしたものさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わかったよ……。それじゃあ、行くよ。千鬼」

 

 孫空女が千鬼の首の鎖を引っ張って立たせた。

 そして、腰を引いて歩く千鬼をぐいと引っ張って無理矢理に前に進ませる。

 その刺激により、『女淫輪』に苛まれる千鬼が、女そのもの嬌声をあげた。

 それを聞いて、宝玄仙と朱姫が同時に嘲笑する。

 

 本当に、このふたりは最近似てきた――。

 沙那は、孫空女の隣を歩きながら思った。

 嗜虐の癖も災いを呼び込んでしまう悪運も――。

 

 そして、階段を昇りはじめると、刺激を受け続けている股が感じてしまうのか、また、千鬼が欲情しきった声をその口から洩らした。

 

 

 

 

(第13話『復讐の行方』終わり)






 *


【西遊記:29~31回、黄袍怪(続き)】

 孫悟空は、猪八戒に諭されて、玄奘たちを救うために、黄袍怪のいる椀子山にやって来ます。
 しかし、黄袍怪に撃退されます。

 また、黄袍怪は、玄奘が百花の故郷である宝象国に行ったことに気づき、一計を企てて、捕らえ直そうとします。
 そこで、人間の貴公子に変身して、宝象国の国都に向かいます。

 一方で、玄奘はひとりで宝象国の国都にやって来て、国王との面会に成功します。しかし、そこに貴公子としてやって来た黄袍怪に、こいつは虎の化物だと訴えられ、国王の前で虎にされて、獣として檻に入れられます。

 また一方、孫悟空と猪八戒は、黄袍怪の城に二度目の襲撃をします。
 黄袍怪が不在だったこともあり、簡単に、沙悟浄の救出に成功します。孫悟空たちは、黄袍怪の向かった宝象国に向かいます。そのとき、孫悟空は、黄袍怪のふたりの子供を誘拐して連れていきます。

 空からやって来た孫悟空は、宝象国の王宮の上空から、黄袍怪と虎にされた玄奘を認めます。
 孫悟空は、黄袍怪に戦いを挑むために、黄袍怪のふたりの子供を空から黄袍怪の前に投げ捨てて殺してしまいます。
 激怒して我を忘れた黄袍怪は、妖魔の姿に戻り、孫悟空に襲い掛かりますが、空中戦に分がある孫悟空に倒されてしまいます。

 黄袍怪は天帝の兵に引き渡されるとともに、百花姫は宝象国に戻り、玄奘は孫悟空によって人間に戻ります。
 孫悟空の破門も解け、再び一行は旅を再開します。


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 第14話   魔域からの軍団【金角(きんかく)銀角(ぎんかく)】~平頂山
82  女三蔵の悪癖


「申し訳ありません、ご主人様」

 

 焚火の前に座る宝玄仙は、うな垂れて戻ってきた沙那を一瞥した。

 そして、口元を綻ばせた。

 獲物を捕らえた肉食獣の気分だ。

 

「罰だね。裸になりな。下着もなにもかも全部だ。生まれたまんまになるんだ」

 

「はい」

 

 沙那は、うな垂れたまま服を脱ぎ始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ご主人様──」

 

「そうですよ。狩りで獲物が獲れないのは、沙那姉さんのせいじゃないじゃないですか」

 

 孫空女と朱姫が騒ぎ始めた。

 だが、宝玄仙が睨みつけると黙ってしまう。

 その間に、沙那は着ていた服を次々に脱いで、足元に畳み置いていっている。

 

 この沙那を罠に陥れ、宝玄仙の慰み者にしてから、もう一年近い時間が過ぎようとしている。

 あとから供に加えた孫空女や朱姫よりも、時間的に宝玄仙と過ごした時間が長いだけではなく、おそらく、宝玄仙を加えた四人の中で一番に頭がよくて聡い。

 だから、この宝玄仙の嗜虐趣味に対しては、なにを言っても無駄だということも知っているのだと思う。

 

 そして、それは正しい──。

 

 宝玄仙は、若い女ながらも、故郷の城郭軍では千人隊長に任じられていたほどの女傑が、自分の理不尽な命令に逆らうこともできずに、夜闇の中とはいえ、野外である山の中で素っ裸になっていく光景を大いに嗜虐欲を満足させながら眺めた。

 おそらく、頭のいい沙那は、口答えなど無駄だとわかっているのだ。

 だから、ひと言も弁解や抗議の言葉を喋らずに命令に従っているに違いない。

 

 その沙那が下着姿になり、さらに胸当てに手をかけた。

 だが、ほんの少し動作が遅くなる。

 理不尽な命令で全裸になることに対する躊躇を消し去ることができないのだ。

 

 しかし、宝玄仙はなにも言わない。

 その代わりに、膝に置いていた自分の手をほんの少し動かす。

 それで、沙那に緊張が走る。

 この宝玄仙に対する恐怖が染みついているのだ。

 沙那の深い観察力が嫌でも宝玄仙の細かい動作に注目してしまう。

 また、沙那の動きが早くなる。

 

 胸当てが地面に置かれた。

 沙那の乳房が露出した。

 乳首が震えている。

 そして、勃起している。

 ちょっと見ただけではわからないが、沙那の乳首の根元には『女淫輪(じょいんりん)』の細い線がある。

 その効果が沙那の乳首に及ぼし、怖ろしく敏感になっているのだ。

 この『女淫輪』は、常に沙那を苛み、眠っているときでさ、沙那の乳首を勃起させるほどの欲情を与えている。

 沙那は、その欲情を彼女自身が“気”と呼んでいる力を使って抑え込んでいるのだ。

 それはそれで、大したものだと思う。

 

 宝玄仙の霊具の淫具の力を見事に抑えきるとは、さすがというほかないが、それがなんなのか宝玄仙にはわからない。

 だが、武道を極めた沙那には、それが操れるらしい。

 気というものは、人間だけではなく、大地や植物、あるいは、路傍の石からも感じることができるそうだ。

 そういう意味では、道術と似ている。

 もしかしたら、沙那は、ただの人間でありながら、独自の鍛錬で道術の源である霊気を感じているのかもしれない。

 それを沙那は、“気”と呼ぶのだ。

 

 それほどの猛者をこうやって、睨むだけで服を脱ぐほどに支配をしている。

 宝玄仙は、その事実に、どうしても頬が綻んでしまう。

 

 沙那の手が腰につけている下着にかかった。

 さすがに、沙那の手が止まる。

 この女戦士は、これほど毎日のように宝玄仙に裸体を見られ、恥辱的なことをさせられているというのに、まだ、下着をとるときに躊躇いをみせる。

 その沙那の羞恥心がなによりも宝玄仙を悦ばせるのだが、いまだに、沙那は恥ずかしさを感じてしまうらしい。

 

 宝玄仙は、ふと、孫空女と朱姫に視線をやった。

 ふたりは沙那に申し訳なさそうに下を向いている。

 実のところ、この一行の中で、今夜のように食べ物がないときに、森や林に入って狩りをして食料になる獲物を調達するのは、沙那の役割だ。

 こういうことで、このふたりは役に立たない。

 

 孫空女は腕は立つが、狩りという繊細な仕事はできない。

 一度させたが酷いものだった。

 猛獣でも出れば、孫空女にも仕留められるのだろうが、ふつうの兎や鹿では、孫空女が獲物に辿りつく遥か前に獲物は逃げてしまう。

 朱姫にも使徒を使ってやらせたが、そもそも、あの使徒は、狩りというものがなんのことかということでさえ知らなかった。

 

 そういうわけで、食料調達は沙那の役割だ。

 獲物さえいれば、沙那はあっという間にそれを捕えてくる。

 得意の“気”を探って、動物がどこにいるのかがわかるし、自分の気配を消して、獲物に近づくことができる。

 その沙那に獲物が捕えられないということは、そもそも、この一帯に動物がいないということだろう。

 

 それはともかく、いまは沙那との遊戯だ。

 正直にいえば、獲物などどうでもいい。

 二、三日、まったく食べなくてもいいし、はっきりいえば、沙那が「罰」に値する失敗をしたなど、夢にも思ってない。

 ただ、そういう口実があった方が面白いし、さらに正直にいえば、宝玄仙の嗜虐趣味を満足させてくれるなる、相手は沙那でなくてもいい。

 

 さて、その沙那がやっと全裸になり、恥ずかしそうに裸身を焚火の明かりに照らす。

 日頃から隠すなと命じているので、あからさまには隠さないが、微かに身体をねじり、宝玄仙に対して正面から身体を見せるのを避けている。

 ほとんど無意識にやっているのだろうが、いくら調教しても、決して慎みは忘れない。

 それは、沙那の女としての魅力であろうが、それが宝玄仙を悦ばせるということを知っているだろうか……。

 

「軽く足を拡げて、手を頭の上で組みな」

 

 宝玄仙が命じると、沙那は、その通りの格好になる。

 

「はうっ」

 

 沙那ががくりと膝を崩した。

 ほんの少し、『女淫輪』を動かしたのだ。

 沙那を苛む『女淫輪』は、沙那の股間の肉芽の根元にも嵌められている。

 そのため、沙那の股間は、年中ぐっしょりと濡れているが、沙那は、それを自分に影響を与えないように、快感をとめることもできるのだ。

 

 だが、いま『女淫輪』を動かした。

 考え得る限り、もっとも弱い刺激だ。

 宝玄仙は、この淫具の振動をいくらでも強く振動させることができるが、いまは、それで十分だ。

 

 沙那が全身を朱く染めて、甘い吐息をしはじめる。

 普段は、“気”というもので、快楽を制御しているが、ほんの微かな刺激を感じてしまうと、沙那はなにも耐えられなくなる。

 しかも、気の制御を失えば、普段無理に鎮めている気が暴発してしまい、沙那の身体には、どうしようもない欲情の炎が荒れ狂ってしまうらしい。

 つまり、一度、火がついてしまうと、沙那はもう快楽を耐えることができないようだ。

 普通の女よりも、遥かに感じやすい“雌”になる。

 沙那は、そうやって、雌になり官能を貪る自分が嫌いだ。

 嫌いだが、そうなってしまう自分を防ぐことができない。

 その戸惑いと苦悩を表情に浮かべる姿もまたいい。

 

「ひいっ、あ、ああ、あはあっ」

 

 沙那が裸身をその場で弾かせた。

 さらに、『女淫輪』の振動を強くしたのだ。

 乳首の淫具も刺激する。

 

「はっ、はっ、あふう、ああっ、んくうっ」

 

 沙那の息遣いが荒くなる。

 それとともに、ひと筋の淫液が内股を流れていく。

 こんなにあっという間に、欲情してしまう女もいないだろう。

 そういう身体にしたのは宝玄仙だ。

 

 初めて会ったときの沙那は、ひたすらに自分の武術を磨き、そして、千人隊長として武人としての能力を向上させることだけために生きていて、自分の身体の中にどんな淫靡な血が流れているかを知らなかった。

 自慰も知らず、自分の秘部を排泄以外の目的で使ったことさえなかったのだ。

 その沙那の股間を、宝玄仙はどんな女よりも快感に弱い淫靡な場所に変えてやった。

 

 気高い精神と篤い心──。

 そして、淫らな性欲に支配もされている美女── 。

 それが沙那だ。

 宝玄仙は、もっと『女淫輪』を強くする。

 

「ああっ──あひゃあっ──ひぃん──」

 

 食いしばっていた沙那の口から、可愛らしい声が漏れるとともに、その口がだらりと開いてきた。

 みっともなく涎が口から流れ出す。

 沙那は気がついていないだろう。

 もう、両膝はまっすぐに立っていられずに、内股にがっくりと折れている。

 

「さて、これじゃあ、罰にならないね──。生殺しの罰でも与えようかねえ……。孫空女に朱姫――」

 

「なに?」

「は、はいっ」

 

 ふたりがびくりとする。

 宝玄仙の淫らな仕置きが始まれば、それがほかの者に拡がるのは珍しいことではない。

 だから、ふたりとも、それを嫌がるのだ。

 いまも、名を突然に呼ばれて、いやそうな表情になっている。

 

「この縄を使って、倒れてしまわないように、そこの木の枝から沙那をぶらさげな」

 

 宝玄仙は縄束をふたりに放り投げた。

 『魔縄』と呼ぶ縄で、これで拘束されると絶対に解けない。

 もともとは、朱姫が持っていたもので、宝玄仙が取りあげたのだ。

 

「や、やだよ」

 

 孫空女が躊躇いの表情を見せた。

 宝玄仙は、孫空女に霊気を送り込んだ。

 

「うわっ」

 

 孫空女が悲鳴をあげて、ひっくり返った。

 宝玄仙の道術により、孫空女の背中で手首と足首につけている『金箍具(きんこぐ)』がひとつに接続されたのだ。

 孫空女の首にもつけている首輪と同じ色の真っ赤な輪であり、まるで、ひと揃いの装飾具のようだが立派な拘束用の霊具だ。

 宝玄仙の道術ひとつで、いつでもどこでも、好きなように孫空女を拘束できる。

 いまは、四肢を背中側でひとつに束ねたが、左右の手と左右の足、あるいは、交差させるなど、あらゆる組み合わせで接続することが可能だ。

 背中で四肢をまとめられた孫空女が、夜空を向いて地面に転がる。

 

「このわたしに口答えするなんて、お前への『調教』はまだまだ不足だったようだね」

 

「ご、ご主人様──、や、やめてよう──。わ、悪かったから……」

 

 孫空女だけではなく、沙那にも朱姫にも、その身体に宝玄仙の道術を受け入れるための内丹印という道術紋を刻んでいる。

 だから、この三人のあらゆる感覚を宝玄仙は支配できる。

 その内丹印を使って、孫空女の股間に大量の「痒み」の感覚を注ぎ込んだ。

 

「きひいいぃぃぃっ」

 

 孫空女が絶叫した。

 媚薬の類いだと、徐々にやってくる痒みの感覚だが、道術による感覚制御は、それを一気に発生させることができる。

 

「か、痒いいいっ──。ご、ご主人様あああ──、ひぎいいっ」

 

 孫空女が獣のような声をあげて暴れ回る。

 宝玄仙は立ちあがり、孫空女の身体の下に足を入れて、身体の前が下になるようにひっくり返した。

 

「ひいいっ──、ご、ご主人様、や、やめてええ──」

 

 孫空女が痒みを癒そうと、地面についた身体を擦ろうともがく。

 もっとも、そのくらいの刺激で、怖ろしい宝玄仙の道術による痒みの感覚が癒されるはずがない。

 

「そ、孫姉さん──」

 

 朱姫はおろおろしている。

 

「朱姫、お前は言われたことがあるだろう──」

 

 宝玄仙は一喝した。

 すると、朱姫は、はっとしたように『魔縄』を拾いあげ、沙那のところに走る。

 

「ご、ごめんなさい。沙那姉さん……。手を前に……」

 

 朱姫が、沙那にそう言うと、沙那は身悶えながら、大人しく手を前に出す。

 

「沙那、朱姫に縛って貰う前に倒れたら罰だからね」

 

 宝玄仙はそう言って、沙那の肛門の中にも、霊気を注ぎ込んで強い快感を送り込んだ。

 

「あはああっ」

 

 沙那は呆気なく倒れ込んでしまった。

 その股間から淫液が噴き出す。

 尻の刺激で達してしまったのだ。宝玄仙は大笑いした。

 

「なんて、堪え性のない娘だろうねえ。朱姫、早く吊りあげな」

 

「は、はい」

 

 朱姫が倒れた沙那の両手首を前側で束ねて縛る。そして、その縄尻を握る朱姫は、縄を丸めて頭上の高い枝に投げた。

 うまい具合に、その太い枝をひと回りして縄尻が落ちていく。

 朱姫は、体重をかけて、それを引き下ろし、沙那の裸身を引き上げる。

 

「んあああっ」

 

 その沙那が、また、声をあげて仰け反った。

 またもや、達したようだ。

 ああなってしまうと、沙那はもう歯止めが効かなくなる。

 もの凄く感じやすくなり、いき狂いになるのだ。

 しかも、普段、身心を鍛えあげている分、気を失うことも遅い。

 それで、長く性感の地獄を味わうことになるのだ。

 

 朱姫が跳ね回る沙那を吊りあげる縄尻を、懸命に樹に縛りつけようともがくあいだ、宝玄仙は、孫空女を引き摺って沙那の脚元まで移動させる。

 

「うわあ、あっ、あっ」

 

 地面に身体が擦られて痒みが癒される気持ちよさに、引き摺られながら孫空女が感極まった声をあげる。

 だが、その孫空女を宝玄仙は、もう一度上を向かせるようにひっくり返した。

 その孫空女の腹の上に宝玄仙は座る。

 眼の前には、愛液を撒き散らしながら立ったまま踊り続ける沙那の裸身がある。

 その沙那の足先が、やっと地面から離れた。

 朱姫は沙那を宙吊りにしている縄を樹木の幹に縛る。

 

「お、終わりました、ご主人様」

 

 朱姫が言った。

 

「ああ、その辺に座ってな、朱姫──。孫空女、暴れるんじゃないよ」

 

 宝玄仙は、悲鳴をあげて動き回る孫空女に言った。

 そして、一枚の札を取り出して、沙那の眼の前にかざす。

 

「……ところで、沙那への罰がまだだったよね。これがなにかわかるね?」

 

 沙那の虚ろだった目が見開いた。

 

「……そ、それだけは……ああっ。お、お許しを……」

 

 沙那が腰をくねらせながら言った。

 その顔はひきつっている。

 この札の恐ろしさがわかるのだ。

 

「よがってないで、なんの霊具か言うんだよ、沙那」

 

 宝玄仙は、沙那の右の乳首を捻った。

 

「ひぎいっ──。た、『溜め袋の護符』ですっ──」

 

 沙那が叫んだ。

 

「どんな効果があるかもわかっているね、沙那?」

 

 宝玄仙は、反対側の乳首もひねる。

 

「んんんんっ──。は、はい──」

 

 沙那が身体を跳ねあげながら叫んだ。

 『溜め袋の護符』は、それが身体に貼られている間、快楽が決して逃げずに繰り返し身体で暴れ続ける。

 しかも、決して絶頂に達することはない。

 それでいて、快楽の度合いは、頂点を遥かに超えてあがり続ける。

 おそらく、宝玄仙が作った霊具の淫具の中では、最大の苦しみのある霊具だろう。

 

「沙那、お前に選ばせてやるよ。わたしは、お前か、孫空女のどちらかに、これを貼る。お前が言った通りにしてやろう。どっちがいい?」

 

「わ、わたしに……貼って下さい」

 

 沙那は半泣きの声で言った。

 それでいて、その顔は欲情しきった淫乱な雌の顔だ。

 沙那がそう言うのはわかっていた。

 痒み責めにあっている孫空女に、こんなものを貼れば、大変なことになるのを知っている。

 優しい沙那が、ほんの少しでも孫空女を犠牲にしようと考えるわけがない。

 

「おっと、落としちゃったよ」

 

 宝玄仙は、手にしていた溜め袋の護符を孫空女の身体に置いた。

 

「はがああっ──ひぎゃああ──」

 

 孫空女が狂ったように暴れはじめた。

 それはそうだろう。

 『溜め袋の護符』を貼ることで、数瞬ごとに痒みが倍になる。

 放っておけば、あっという間に痒みで、孫空女は発狂するだろう。

 結界の力で暴れる孫空女を押さえつける。

 

「ご、ご主人様、早く、早く──。わたし……に……貼ってくだ……ざいいい」

 

 沙那が、孫空女の様子に驚き、必死に叫び続ける。

 その沙那の身体の感度を上昇させた。

 沙那は、吊られた身体をのたうつ。

 宝玄仙は、孫空女の身体に乗せた札を外した。

 こいつらの苦悶の表情が愉しくて仕方がない──。

 これがあれば、嫌なことも、なにもかも忘れることができる。

 

「そんなに貼って欲しいかい、沙那……。それとも、また、孫空女の上に落とそうか?」

 

 宝玄仙は沙那の顔の前で、ひらひらと札をちらつかせる。『女淫輪』を動かし続けられている沙那だって、こんなものを貼られれば、大変なことになる。

 

「……貼って……あああっ……貼ってください──、あはあっ──」

 

「ご、ご、主人様あああ──、か、痒いっ」

 

 沙那は、がくがくと身体を震わせながら叫び、宝玄仙のお尻の下では、孫空女も泣き叫んでいる。

 宝玄仙は、沙那が次に達しようとするその瞬間に、『溜め袋の護符』を貼るつもりだ。

 そうすると、沙那は、絶頂寸前のもどかしくも、快楽が爆発する瞬間の感覚を次々に拡大させていくことになるのだ。

 それで、この普段は慎み深い沙那が、どんな痴態を見せるのかを知りたい。

 

「ご、ご主人様──」

 

 不意に朱姫が背中側で叫んだ。

 

「なんだい──、朱姫。立て込んでるんだよ。それとも、お前も相手して欲しいのかい?」

 

「ち、違います。なにかが近くにいます──。結界のすぐそばに──。魔力を背負った得たいの知れないなにかが──。魔獣か、それとも妖魔かも」

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 妖魔の朱姫は夜目が利く。

 さすがの孫空女も遥かに及ばない。

 

 しかし、いまはいいところなのだ──。

 どうせ、結界の中だったら、妖魔だろうが、魔獣だろうがなんだろうが、入ってこられない。

 

「どんな、魔力だい?」

 

 宝玄仙は、ほんの少し、沙那と孫空女を責めている刺激を緩めた。

 

「はっきりとした姿までは……。でも、まだ魔力の気配が小さくて……。魔獣か、妖魔だとしても、小妖だろうとしか……」

 

「じゃあ、お前が行っておいで─」

 

「あ、あたしがですか?」

 

「『使徒』がいるだろ。追い払っておいで──。手に負えなければ戻ってくりゃあいいよ」

 

 宝玄仙は言った。

 両手を頭上に吊られている沙那が、再び感極まった声を出し始めた。

 背中では、まだ、朱姫がなにかを言っている。

 宝玄仙は、「早く行け」とばかりに、片手で追い払った。

 

 沙那の身体が弓なりになった。

 そして、大きな痙攣を起こしそうになる。

 その瞬間を逃さず、宝玄仙は、沙那の乳房の真ん中に『溜め袋の護符』を貼った。

 沙那が、眼を見開いた。

 

「いやあああああ」

 

 次の瞬間、沙那が狂ったように吠えた。



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83  石化の霊具

鳴戸(なると)――。猪公(ちょこう)――」

 

 結界の外に出た朱姫は、二匹の使徒を出した。

 人の二倍以上はある巨大な猪公と、人間大の背丈の栗鼠(りす)の姿の鳴戸が現れる。

 

「主殿……。おお――」

 

「そっち見るな、猪公――。鳴戸もだ」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「だって、ありゃりゃあ……。あの主殿の主殿が、孫さんの下袴を緩めて、中に手を入れているね。樹に吊るされている素っ裸の沙那さんは、苦しそうだね」

 

「見るなって、言っているだろう――」

 

 朱姫は絶叫した。

 猪公と鳴戸が、視線を慌てて視線を外に向ける。

 

「鳴戸、行け――。この先に、魔力を担ったなにかがいる。確認しろ――。猪公はあたしと一緒だ。声をかけたら、走って相手を捕まえろ」

 

「わかったね」

 

 鳴戸があっという間に樹にのぼって、枝と葉の間に身を隠した。

 そのまま、樹木から樹木を渡って進んでいく。

 鳴戸によって動く樹木の葉の音が遠くなる。

 

「行くよ、猪公――」

 

 朱姫は走った。

 猪公の大きな足音が、背中を追ってくる。

 五間(約五十メートル)ほど先で、鳴戸が地上に向かって跳んだ。

 そこで声がする。妖魔の声だ――。

 獣じゃない。

 人だ。

 魔力を帯びた人間……。

 つまり、妖魔だ。

 草むらに飛び込んだ鳴戸がなにかを捕まえている。

 

「フガアアァァァ――」

 

 猪公が吠えた。

 戦いの嫌いで、本当はとても臆病な猪公は、その恐怖を振り払うために、その前に大声をよく出す。

 だが、巨大で凶暴な顔をしている猪公の咆哮は、それだけで身体が動かなくなる相手は多い。

 今度の相手も、猪公の大声で身がすくんでしまったようだ。

 鳴戸の腕の中で動きが小さくなった。

 

「猪公、剣を抜け――」

 

 猪公が駆けながら剣を抜く。

 剣の大きさだけで、朱姫よりもでかい。

 もっとも、猪公は剣は遣えない。

 できるのは虚仮脅しだけだ。

 朱姫も猪公が剣を振るのは見たことない。

 

 鳴戸が取り押さえている“もの”に、猪公の大剣が伸ばされる。

 猪公ができるのはここまでだ。ただ、突き刺すということだけだって、余程のことがなければ猪公できないだろう。

 だが、そんなことはわからない相手は完全に静かになった。

 鳴戸がその相手から離れる。

 ただ、逃げられないように、猪公と鳴門に挟ませる。

 

「誰だ、お前?」

 

 鳴戸と猪公のあいだから、朱姫は言った。

 緑色の上下の服に身を包んだ痩せた妖魔が、こっちに視線を向けた。

 

「あれ?」

 

 その顔に思わず朱姫は声をあげる。

 

「や、やっぱり、お前は、能生(のうう)?」

 

 そいつは地面に倒れたまま言った。

 

「あんた……」

 

 朱姫は、その顔に見覚えがあった。

 

「……もしかして、日値(ひち)?」

 

 数年前に、ほんのしばらくだけ一緒に旅をしたことのある小妖の少年だ。

 いまは、青年といっていいくらいに背も高くなっている。

 

「なんで、ここに?」

 

「そんなことより、お前――」

 日値は、目を丸くしている。

「能生、お前、女の子だったのか?」

 

「そ、そうだよ」

 

 そう言えば、日値と旅をしている間は男で通していた。

 いまは、宝玄仙の命令で、膝までの丈の貫頭衣を身につけた女の格好をしている。

 

「か、可愛い……。こ、こんな可愛い雌妖と旅をしながら、俺は、それに気がつかなかったなんて――。俺は、なんという愚か者だ」

 

 日値が頭を抱えている。

 

「それより、なんで、ここに日値がいるんだよ? 西域に向かうと言っていたじゃない」

 

 旅をしていた時間は、それほど長いものではなかった。

 西域というのは、魔域ともいい、そこでは妖魔と呼ばれている魔力を帯びた亜人間たちが、自分たちの国を作って暮らしているらしい。

 日値は、その西域で強い妖魔の家来になると言って、西に向かった。

 妖魔の家来になるなど、絶対に嫌だった朱姫は、同行を拒否した。

 また、日値は、妖魔の中でも珍しい植物の妖魔であり、自分ひとりだけなら、森や林の緑に自分を憑依させて、物凄い速さで自分を運ぶことができるのだ。

 とてもじゃないが、その移動法には、朱姫は同行できない。

 それで別れた。

 

「そうだよ。俺は、あれから、魔域……つまり、こっちでいう西域に入って、そこで、運良く金角(きんかく)様と銀角(ぎんかく)様の家来になれたんだ。金角様は魔域に領土がある魔王様のひとりなんだ。銀角様はその妹様さ」

 

「じゃあ、魔王の家来になれた、そのお前がここにいるんだ?」

 

 西域なんて、ここからずっと先だ。

 建前上は、宝玄仙はそこに巡礼のために向かうことになっているらしいが、とても遠い場所であり、まともに進んでも、おそらく一年以上はかかる。

 随分と距離がある。

 

「移動術だよ。おふたりが、こっちに出てくることになったので、みんなと一緒にやってきたんだ。俺はこっちの土地のことにそれなりに詳しいし」

 

「こっちにって? 西域に勢力を持っている妖魔王が、人間の世界の東側に棲み家を移すの?」

 

 妖魔は、世界のあちこちにいるが、西域以外では、蔑み、あるいは、虐げられる存在だ。

 特に、妖魔を忌み嫌っている天教の影響が強いこの東側世界は、妖魔にはとても棲み難い世界なのだ。

 わざわざ出てくるというのは、どういうことなのだろう?

 

「違う――。ある仕事を請け負ったらしい。こんな遠くまで、大勢の妖魔軍を移動してくれたのも、その依頼人の能力なんだ。でも、請け負った仕事が終われば、また、魔域に戻ると思う。まあ、もしかしたら、このまま、この一帯を根城にするかもしれないけど。そんなことを言ってたかも……」

 

「妖魔軍? 妖魔軍って、なにさ?」

 

 朱姫はびっくりして言った。

 そんなものが、この山のどこかにいるのか?

 

「妖魔軍は妖魔軍さ。金角様と銀角様の家来さ。すごくたくさんいるよ。俺もその中のひとりだけど……」

 

「ふうん……。それで、その金角と銀角って強いの?」

 

「まあね。魔域にいる妖魔の中でも強い方だと思う。それに美人だ」

 

「美人? 銀角だけでなく、金角も雌妖なの?」

 

「そうだよ。でも、俺は能生の方がいいな。なんで、雌妖だと教えてくれなかったんだよ――。しかも、こんなに可愛いだなんて。知っていたら、別れやしなかったのに」

 

 日値は顔を膨らませる。

 なぜか、朱姫は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「そ、そんなこと、どうでもいいじゃない。それで、なにしに来たのさ? その金角、銀角っていう妖魔が妖魔軍と一緒に、この近くにいるの?」

 

 とにかく、これは大変なことだ。一刻も早く、宝玄仙たちに知らせなけれは……。

 沙那や孫空女をいたぶっている場合じゃない。

 

「いるどころじゃない――。この一帯は、すでに、おふたりの妖魔軍の領域だ。能生たちは、その真っ只中にいるんだ」

 

「妖魔軍の領域?」

 

「そうだよ」

 

 日値ははっきりと言った。

 朱姫は、とにかく大変なことだというのを理解した。

 

「鳴戸――。お前、ご主人様に、いまの話を知られて来い」

 

 そばでずっと、ふたりの話を聞いていた鳴戸に朱姫は怒鳴った。

 

「わかったね」

 

 鳴戸が走り去ろうとした。

 その鳴戸の身体に、地面に生えていた草が延びて絡み始める。草に捕らわれた鳴戸は動けなくなった。

 

 日値の得意の術であり、『草縛り』といって、草に魔力を送り込んで、それを自在に操って、相手を拘束する技だ。

 あらゆる自然地物には、魔力が備わっているが、自然地物そのものに魔力をかけるのは誰でもできる魔術ではない。

 植物の妖魔である日値だからこそ、できる技だ。

 

「動けないね、主殿」

 

「主殿――」

 

 そして、『草縛り』で身体を絡まれているのは、鳴戸だけじゃない。

 巨大な猪公も、身体中を草に絡まれている。

 しかも、朱姫の両膝から下も草が絡んで地面と拘束された。

 

「ど、どういうこと、日値? 離しなさいよ」

 

「ねえ、能生……。お前も、金角様と銀角様の家来になれ」

 

 日値が言った。

 

「あたしは、宝玄仙様の家来だ」

 

「あの女法師は死ぬ。金角様と銀角様に捕えられ、教団からやってきた鎮元(ちんげん)とかいう男に渡される。多分、殺されると思う。だから……」

 

「鎮元って……。鎮元仙士?」

 

 あいつが戻ってきたのか――。

 朱姫は、孫空女とともに鎮元仙士に捕まって、さんざんになぶられたことを思い出した。

 

「そう言えば、金角、銀角が仕事を請け負ったって言っていたね、日値?」

 

「ああ」

 

 日値は懐から一枚の羊毛紙を出して朱姫にかざした。

 闇の中だったが、朱姫の眼には、そこに描かれている宝玄仙の顔がはっきりと見えた。

 

「こ、これは、ご主人様……」

 

 朱姫はじっとそこに描かれている宝玄仙の顔を見ていた。

 なんだろう、これ?

 

「鎮元仙士が持ってきた。いまは、金角様と銀角様だけじゃなく、たくさんの妖魔が持っている。俺でさえ持っているくらいだ。宝玄仙を捕えれば、あの天教教団が、貴重な宝物を渡す。そういうことになっているんだ。金角様はそれに興味を抱かれて、今回の仕事を引き受けたんだ」

 

「冗談じゃないよ」

 

「そうだよ、能生。冗談じゃない――。あの天教の女法師を捕えようと、たくさんの妖魔が待ち構えている。西に向かうらしいが、生きて辿りつけるわけがない。もっとも、東側の妖魔にも、いまは同じ話が知れ渡っているらしいから、こっちの世界でもあの女の居場所はないと思う。いくらなんでも逃げ切れないよ。金角様と銀角様だけじゃなく、どんどん妖魔が来るはずだ。そんなのと能生が一緒にいたら大変なことになる」

 

「ふざけるな――」

 

 朱姫は叫んでいた。

 日値に言ったわけじゃない。

 教団の仕打ちに腹が立ったのだ。

 宝玄仙は、帝都にいたときに、闘勝仙(とうしょうせん)とかいう術遣いたち三人に騙されて、呪いの毒薬を飲まされた。

 その挙句、彼らに「調教」されるという屈辱を二年間味わったのだ。

 しかし、宝玄仙は、二年間それに耐えながら、彼らを殺すことに成功し、帝都を脱出して、西方に向かうことを決めた。

 闘勝仙らは、天教教団の最高幹部だったから、彼らを殺した宝玄仙には、教団の支配する地域には、もう生きていける場所がないからだ。

 それなのに、宝玄仙が唯一、安住できる可能性のある場所――、西方からも宝玄仙の生きる場所を消そうとしている。

 

「……主殿、誰か来るね」

 

 もう完全に草に絡まれている鳴戸が言った。

 確かに、なにかの集団が近づいてくる足音がする。

 

「ものすごく、大勢いるよ、主殿」

 

 猪公も言った。

 その猪公と、そして、鳴戸が突然に炎に包まれた。

 

「鳴戸――。猪公――」

 

 朱姫は絶叫した。

 朱姫の二匹の使徒が火だるまになっている。

 

「戻れえっ――」

 

 朱姫は叫んだ。

 胴体と足は『草縛り』のために動かないが、術は遣える。

 二匹の使徒が板に戻った。

 しかし、その板はまだ燃えている。

 板から感じる使徒の気配が微かになった。

 

 そして……。

 ……消えた――。

 

 朱姫は、膝から下を草の蔓に捕らわれたまま、その場にがっくりと跪いた。

 

 その朱姫の眼の前に、銀の具足に身を固めた美しい雌妖が立った。

 背後には、百匹ほどの妖魔軍の集団がいる。

 

「銀角様――」

 

 日値が直立不動の姿勢をとった。

 

「こいつは宝玄仙の供のひとりだね……。お手柄だよ、日値」

 

「あっ……。は、はい。あのう……。この先に宝玄仙も……」

 

 日値が言った。

 

「わかってるさ。女戦士ふたりを相手に遊んでいるらしいね。よく知らせてくれたよ、日値。宝玄仙は、結界の中というので安心しきっているらしいさ。だけど、天教の術遣いから預かったこいつで、石にしてやるよ」

 

 銀角が瓢箪の形をした霊具らしきものを見せて、けらけらと笑った。

 

「それはなによ――?」

 

 朱姫は跪いたまま叫んだ。

 

「ほう、こりゃあ上玉じゃないか。可愛らしい顔をして、なかなかの美形だね。人間? いや、まとっている魔力は妖魔のものだね……。何者だい……?」

 

 銀角が朱姫の前にしゃがみこんだ。

 そして、いきなり、朱姫の貫頭衣の裾をまくって、朱姫の股間に手を伸ばす。

 

「ひ、ひゃあ――。な、なにすんのよう――」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 銀角の手をどかそうとするが、もの凄い力で朱姫にはびくともしない。

 

「どれ、味見をしようかね。いい味だったら、この銀角様の飼い猫にしてやってもいいよ。まあ、飽きて殺すまでの短い間だけたけどね」

 

 あっという間に、下着を引き千切られて捨てられる。

 股間に風が当たり、羞恥に襲われる。

 

「いやだっ」

 

 朱姫は捲られている裾を懸命に、両手で押さえようとした。

 しかし、銀角の力が強くて、裾を持ちあげている銀角の腕はびくともしない。

 すると、銀角のもう片方の手が貫頭衣の裾の中に入り込んで、朱姫の肉芽をさすりあげながら、淫孔に入り込んできた。

 上下左右に動かされる指を朱姫は避けることができない。

 しかも、足は『草縛り』のために閉じられない。

 

「いやっ……。ひゃん……ああっ……」

 

 たちまちに情感が込みあがる。

 とにかく、朱姫は懸命に貫頭衣の裾を押さようとした。

 だって、すぐそばに日値がいるのだ。

 だが、やっぱり、銀角の力は強い。

 銀角は、朱姫の恥ずかしがる仕草が愉しいらしく、さらに貫頭衣の裾を上にあげて、股間を剝き出しにする。

 

「あの女三蔵の仕込みだけあって、かなり感度もいいねえ。お前をあたいの猫にするよ」

 

「は、離せっ――。ああっ……あはあ……」

 

 朱姫はもがくが、うねうねと指を動かされて、どうしても感じてしまう。

 股間がびっしょりと濡れるのがわかる。

 

「お前の真名は?」

 

 真名を知って、支配しようとしているのだろう。

 だが、すでに朱姫は宝玄仙と真名を介した主従契約術を結んでいる。

 真名の支配を二重に受けることはないはずだ。

 しかし、教える気はない。

 

「う、うるさい――」

 

「の、能生(のうう)です」

 

 日値が横から言った。

 

「それは、真名じゃないね、能生」

 

 銀角は、朱姫の股間に指を入れたまま言った。

 

「い、……いい加減に……」

 

 朱姫は喘ぎながら言った。

 銀角は、にやにやしながらやっと指を抜いた。

 その指を朱姫の眼の前にかざす。

 指には、べっとりと朱姫の愛液がついている。

 

「汁も多目のようだね。へえ……」

 

 その指をぺろりと舐めた。

 

「まあいい。お前のことは後だ。そのまま捕まえていろ、日値――。みんな、行くよ」

 

 銀角が声をあげた。

 その銀角を先頭に、妖魔軍が動き始める。

 その背を見ながら、朱姫は、銀角が天教の霊具を遣うとか言っていたのを思い出した。

 いま、宝玄仙は、沙那と孫空女に対する淫行に耽っている。

 知らせなければ――。

 

奏羽(かなで)――」

 

 朱姫は、最後の使徒を出した。

 横の日値がなにかを叫んだが無視する。

 

「ご主人様に知らせろ。妖魔軍が迫ってるって――」

 

 奏羽はすぐに夜の空を飛んでいった。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙の前に吊りあげられている沙那が、小便を洩らしながら、口から泡を吹き始めた。

 しかも、白眼を剥いている。

 さすがに、宝玄仙は、慌てて『溜め袋の護符』を取り払った。

 

「はぎゃげがぎいいいいっ」

 

 すると、霊具の護符を外すことで、それまで溜まっていた快楽が一気に爆発したようだ。

 沙那は、この世の者とは思えない奇声をあげて、さらに小便を洩らしながら激しく痙攣した。

 そして、今度こそ完全に気を失った。

 

 ふと気がつくと、孫空女の叫び声も常軌を逸した響きに変わってきている。

 宝玄仙は、我に返って、痒みを与えていた道術を取り除く。

 四肢を束ねていた『拘束環』も外して、宝玄仙は椅子代わりにしていた孫空女からおりた。

 だが、ほとんど孫空女は姿勢を変えない。

 気を失っているわけではないが、ほぼ同然の状態にあるようだ。

 

「こりゃあ、やり過ぎたね……」

 

 宝玄仙は、屍体のようになったふたりの供を前にして呟いた。

 

「ねえ、朱姫……、あれっ?」

 

 朱姫に後始末をさせようとして、宝玄仙はその朱姫がいないことに気がついた。

 そう言えば、朱姫を妖魔の偵察に行かせたような気がする。

 争いごとには不慣れな朱姫だ。大丈夫だろうか。

 考えてみれば、随分と時間がかかっている。

 

「宝様――」

 

 その時、結界の外から闇を貫いて、空を駆ける鳥妖の声を聞いた。

 朱姫の操る『使徒』の一匹の奏羽(かなで)だ。

 遠目で様子はわからないが声は血相を変えている。

 瞬時に、朱姫になにかがあったのだと悟った。

 その奏羽が、結界の目前の空中で炎に包まれた。

 

奏羽(かなで)――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 襲撃――?

 

 しかし、眼の前には、使いものになりそうのない女猛者ふたりが、あられもない恰好でいるだけだ。

 宝玄仙は、沙那を吊るしていた『魔縄』を道術の力で消滅させた。

 沙那の身体は、その場で崩れ落ちる。

 だが、やはり、身動きひとつしない。

 

 結界の周囲をあっという間に、数十匹の武装した妖魔に囲まれた。

 いや、もっといるか?

 百匹はいるんじゃないだろうか?

 とにかく、結界の周り全体を夜闇のずっと向こうまで、妖魔兵が続いている。

 なんだ、これ?

 

 宝玄仙は、結界を強くした。

 もう一度見るが、やはり、足元のふたりは役に立たない。

 仕方なく、結界の中に『移動術』のための道術紋を刻む。

 『移動術』は、跳躍のための道術紋から道術紋のあいだを瞬時に移動する術だ。

 原則として、あらかじめ両方に移動術のための道術紋を刻んでおかなければならないので、いつでもどこにでも移動できるわけではない。

 なにしろ、道術紋などは一度刻んだだけでは、時間が経てば、簡単になくなってしまうのだ。安定させるためのやり方もあるが、非常に処置に時間もかかるものであり、旅では簡単には設置できない。

 それほど自由にどこでも行けるわけじゃないのだ。

 

 だから、いつかの天教の襲撃以来、宝玄仙は『移動術』の出口を、昼間、道中で昼餉をとるために休息をした場所など選んで、道術紋を刻むということをしている。

 そのやり方だと、道術紋を半月も保てないが、食事のついでに簡単に刻むことができる。

 それで、出口側の道術紋が残ってるうちに、こちら側に新たに道術紋を刻んで繋げば、移動術で逃亡できるというわけだ。

 

 結界を取り囲んでいる妖魔兵たちは、宝玄仙の道術に阻まれて、入ってこれない。

 しかし、彼らが敵意のあるものなのは、態度でわかる。

 宝玄仙は、開いた移動術の出口の向こう側に、まずは沙那、次いで、孫空女を蹴り転がして転送した。

 

 このまま宝玄仙も移動をしてしまえば、宝玄仙自身は守れるが、しかし、朱姫を取り残してしまうことになる。

 まあ、結界の中にいる以上、妖魔も手出しはできない。

 宝玄仙は、このまま残って、妖魔たちに向き直った。

 

 すると、大勢の妖魔兵の中からひとりの雌妖が現れた。

 口に牙がある。

 全身を銀の具足と兜で身を包んだ美しい女の妖魔だ。

 だが、怖ろしいほどの魔力が漲っている。

 もっとも、宝玄仙には遥かに及ばない。

 

 宝玄仙はほっとした。

 これなら、それほど恐れる必要はない。

 軽くあしらえるだろうし、場合によっては、この雌妖でちょっとばかり遊んでもいい。

 

「お前、なんだい?」

 

 宝玄仙は結界越しに言った。

 

「あたいは、この平頂山(へいちょうざん)に巣食うことにした銀角っていう雌妖だよ」

 

 銀角と名乗った妖魔は、結界の外でにやにやと笑っている。

 その笑う口元が月明かりに照らされて、大きな牙が光った。

 もはや、結界の周りには、風景が見えない程にびっしりと、武器を前に出した妖魔がいる。

 これだけの数の妖魔だ。

 結果の外にいる朱姫は、連中に捕えられたと考えて間違いない。

 その危険を知らせるために、朱姫は奏羽を送ったのだろう。

 だが、その奏羽は宝玄仙の眼の前で炎に変わっている。

 もう、奏羽が落下した場所は、小さな炎があるだけで、奏羽の姿はない。

 

「その銀角が、わたしらになにか用かい?」

 

「ああ、用だよ。あんたには、あたいらに捕らわれてもらう。褒章が出てんだよ、あんたにはね」

 

「褒章?」

 

「そうだよ。あんたは、あの天教から手配されている。それだけじゃない。あんたらを捕えれば、大層な身分を貰えるらしくてねえ。あたいは、銀鎮坊(ぎんちんぼう)って名前を貰えることになっているんだよ。姉貴の金角(きんかく)は、金鎮上士(きんちんじょうし)さ。姉貴もなかなかに喜んでいるよ」

 

「坊士に、上士だあ? それは天教の戒名じゃないかい?」

 

 宝玄仙は驚いた。

 天教の敵である妖魔に戒名――。

 いったいどういうことだろう?

 

「あんたという法師を捕えれば、そういう身分になるのさ。別段、あたいら妖魔は、あんたらに恨みがあるわけじゃない。でも、姉貴は天教の戒名が貰えるということに有頂天になっているのさ。なんたって、あたいら妖魔を、あの天教の神官として高く迎え入れるというんだからね」

 

 銀角は言った。

 肩には、なにかの霊具のようなものをぶら下げている。

 しかし、その霊具が背中側なので、なにを持っているのか判断できない。

 

「馬鹿じゃないか、お前。坊士に、上士といえば、天教では下っ端の階級だよ。天教に入って、廊下磨きや庭掃除でもしたいのかい?」

 

 教団の階級は、上から“八仙”、“仙士”、“蔡士”、“高士”、“上士”、“坊士”だ。銀角が言った階級は、最下層の階級とそのひとつ上だ。

 銀角の顔色が変わった。

 

「下っ端? それなりの戒名と聞いたよ――。あたいは?」

 

「さっきまでいた、沙那と孫空女でさえ、蔡士の階級を持っていたんだよ。上士というのは、その二個下。坊士なんてのは、さらに下で、十歳で出家した子供が最初にもらう戒名じゃないか。もしかしたら、お前は、まだ十歳の娘さんなのかい?」

 

 銀角の顔がますます赤くなる。

 それにしても、妖魔に戒名というのはどういうことなのだろう?

 しかも、宝玄仙を捕えれば、天教の戒名を与える――?

 教団と妖魔がそういう取引きをしたということなのだろうか?

 

「ところで、お前の戒名をもう一度教えてくれるかい、銀角?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「うるさいねえ。銀鎮坊だよ」

 

 銀鎮――。

 鎮元仙士(ちんげんせんし)の名を最初に思い出した。

 弟子に戒名を与えるときに、自分の名の一字を含ませるというのはよくある。

 沙那と孫空女の戒名の“沙宝蔡(さほうさい)”の“宝”と“孫玉蔡(そんぎょくさい)”の“玉”は、宝玄仙の本名である“宝玉(ほうぎょく)”から一字ずつとった戒名だ。

 

 間違いない。

 あの鎮元仙士だ。

 あいつなら、得意の移動術で、道術紋なしで記憶だけでどこまでも瞬時に跳躍できる。

 宝玄仙たちを大きく先回りして、西域まで行って、妖魔軍を連れてくることだってできると思う。

 どうやら、教団は、まだ宝玄仙を殺すということを諦めてはいなかったようだ。

 

「ところで、お前たちは、さっき鳥妖を殺したね? なぜだい?」

 

 朱姫がどうなったのか?

 気にしているのはそれだけだ。

 無事だということがわかれば、このまま、目の前に道術紋からから『移動術』で飛ぶだけだ。

 

「朱姫? もしかして、能生(のうう)のことかい?」

 

「能生?」

 

 能生というのは、朱姫が宝玄仙の供になる前に使っていた呼び名のはずだ。

 一方で朱姫というのは、宝玄仙がつけた名前だ。

 朱姫は“八戒姫”という真名を宝玄仙に知られ、さらに、それを変えることで、宝玄仙に支配されたことになっているのだ。

 宝玄仙の家来となり、いまは“朱姫”で通しているが、能生というのは、少し前まで朱姫が使っていた名だ。

 それを銀角が口にするということは、朱姫が銀角の手に渡っていると判断すべきなのか、それとも、まだ、無事だと判断すべきなのか……。

 

「能生はどこだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それよりも、宝玄仙――。これを見て、返事しな――」

 

 銀角が言った。

 宝玄仙は、銀角の持っているものを見た。

 なにかの容器の口の部分をこっちに見せている。

 

「ああ? なんだい、それ?」

 

 その瞬間――。

 なにかが起こった。

 

 銀角が向けているのは瓢箪(ひょうたん)のような霊具の口だ。

 そこから、強い風が出て、結界の中の宝玄仙に当たったのだ。 

 吹き飛ばされてもおかしくない風にも関わらず、宝玄仙は、まったく、身動きすることができない――。

 

 いや、身体が動かない――?

 

 どういうことだ――?

 

「大したものだねえ。天教の最高神官の霊具とかいうやつは――。この女法師の霊気もすっかり消えちまったよ」

 

 銀角が結界のあった場所を通り抜けて、宝玄仙のすぐ前に立った。

 それでも、宝玄仙はまったく動くことができない。

 それだけではない。

 口を開くことさえできないのだ。

 

 銀角が、宝玄仙の胸に手を伸ばした。

 だが、なにも感じない。

 触られているという感覚さえ存在しない。

 

「これじゃあ、役にも立ちやしない。折角、こんな人間の美女を捕えたというのにさあ。天教に引き渡す前に、たっぷりと可愛がってやろうと思ったのにねえ――」

 

 銀角は不満そうに言いながら、宝玄仙の股間の部分にも手を伸ばした。

 だが、なにも宝玄仙は感じることができなかった。

 それどころか、首を曲げることもできやしない。

 

「いずれにしても、あの鎮元(ちんげん)とかいう教団の法師が戻るのは時間がかかるだろうさ。まあいい。その分、さっきの半妖の娘に伽をさせるよ。さあ、こいつを蓮花洞(れんかどう)に運んじまいな」

 

 身体が数名の妖魔たちによって持ちあげられた。

 やっと宝玄仙は、自分の身体が石像のように固まっていることに気がついた。

 そのとき、銀角が肩に担いでいた霊具がはっきりと目に入った。

 

 紅い|瓢箪――。

 『紅ひさご』――。

 

 思い出した。

 あれは間違いなく、いまの教団の最高神官の八仙の中の八仙――つまり、現在の帝仙である曹国仙(そうこくせん)の霊具だ。

 

 瓢箪の口を見た者を石像に変えてしまうという宝具である。

 なぜ、この世にひとつしかないはずの、曹国仙の宝物を妖魔が持っているのか――?

 

 宝玄仙は「物」のように担がれながら、懸命にそれを考え続けた。



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84  蛇姦行進

 朱姫は、鳴戸(なると)猪公(ちょこう)の燃えかすを呆然と眺めていた。

 鳴戸と猪公の気配は完全に消滅している。

 憑依させていた小板とともに、灰になったと考えるしかない。

 宝玄仙の供として旅をする間は、人間の旅に妖魔を同行させるわけにはいかないので、板に眠らせたままでいさせることが多かったが、ひとりで旅をしているときは、頻繁に出現させていた。

 ずっと、一緒に旅をしていたのだ。

 

 それがいなくなったということが信じられない。

 それで、はっとした。

 

 奏羽(かなで)――。

 

 宝玄仙に異変を報せにいかせた奏羽はどうなったのか?

 奏羽を憑依させていた板は、本体が外に出たので、ただの板切れとして地面に落ちている。

 だが、それなりに時間が経ったのに、奏羽が戻る気配はない。

 空を飛んでいった奏羽なら、宝玄仙のところに辿り着くまですぐだ。

 とっくに戻っていてもおかしくない。

 

 その板を日値(ひち)がさっと拾った。

 鳴戸と猪公が憑依していた板の燃えかすと一緒に朱姫に差し出した。

 

能生(のうう)、俺と逃げよう――。いましかないよ」

 

 日値が言った。

 

「逃げる?」

 

 それで我に返った。

 するも、朱姫を拘束していた草が消滅した。

 

蓮花洞(れんかどう)に行けば、お前、銀角(ぎんかく)様の玩具になってしまう。だから、逃げるしかない」

 

「玩具?」

 

 朱姫は顔をあげた。

 

「性奴隷だ。銀角様は可愛い娘を自分の性愛の対象にして愉しむんだ。それも普通に愛するんじゃない。嗜虐するんだ。相手が嫌がったり、苦しんだりするのを見るのが好きなんだ。変態なんだ――。そして、飽きたら殺してしまう。お前、大変なことになるぞ」

 

 どこかで聞いたような性癖だ。

 もっとも、飽きたら殺して捨てるというところは、宝玄仙とは違うようだが。

 

「一緒に、逃げよう、能生」

 

 日値が朱姫の手を取った。

 

「逃げるって、どこによ?」

 

「どこだっていいだろう。とにかく、遠くに行くんだ」

 

 日値は森の中を走り出した。

 手を取られたまま朱姫も走る。

 

「でも、ご主人様が……」

 

 朱姫は駆けながら言った。

 

「お前と一緒だった女法師のことだったら諦めるんだ。金角様と銀角様に狙われて、逃げられるわけがない。ここは、あのおふたりの新しい領域なんだ」

 

「駄目だよ――」

 

 朱姫は、日値の手を振り払って立ちどまった。

 日値が驚いて、朱姫を振り返る。

 

「ご主人様を見捨てられないよ」

 

「ご主人様って……。お前、もしかしたら、あの宝玄仙という女法師と主従の契約を結んだのか、能生?」

 

「……朱姫よ。いまは、朱姫というの――。ご主人様から貰った新しい名乗り名よ。真名を教えて、支配されてる……」

 

「真名? まさか――。真名を知られて、それで、新しい名乗り名……。つまり真名の支配をされたということ?」

 

 日値がじっと朱姫を見た。

 真名の支配の重みは、妖魔なら誰でも知っている。

 

「日値は……。日値は、日値のままなんだね……。名乗りを以前から変えてないということは、まだ、真名は支配されてないんだ」

 

 朱姫は言った。

 

「まさか、真名なんて……。もちろん、真名までは教える気もない……。でも、主従の契約をしてもらおうと思ってる。まだ、下っ端だから本当の家来にしてもらうところまではいっていないけどね……。でも、手柄を立てれば、主従の契約をして、本当の家来になることになっているんだ。金角様は俺たち下っ端でも、奴隷にするんじゃなく、主従契約をしてくれるんだ。いい魔王様なんだ」

 

 真名の支配による一方的な支配と異なり、主従の契約というのは、一種の契約術であり、真言の誓約により、主従の関係をお互いの魂に刻み込むというものだ。

 主従の契約を結ぶと、従側は主側に服従して裏切れなくなるが、主側も従側を見捨てたりはできなくなる。

 主従の関係が魂に刻まれるからだ。

 妖魔のあいだでは、一般的な主従の関係だ。

 人間族は、従側の忠誠心はともかく、主側の心が縛られるのは不都合らしく、滅多には行われないという。

 いずれにせよ、妖魔なら魔力、人間なら霊気という力を帯びた者同士でないと、『主従の誓い』は結ぶことはできない。

 

「……そいつらに支配されたいの、日値?」

 

「金角軍団と言えば、妖魔の支配する魔域でも、最強の軍のひとつだ。こっちには、一千ほどしか連れて来ていないけど、魔域に帰れば、一万の大軍だ。そこに所属できるというのは、魔域の妖魔の中では、誇りと憧れなんだ」

 

「それで、あたしたちを見つけて、手柄を立てたということね」

 

 この一帯に入ってきた宝玄仙を見つけたのは、この日値なのだろう。

 植物の妖魔である日値は、草木のあるところなら、その草木の感覚に憑依して、一瞬にしてかなりの地域のことを感じることができる。

 その力で捜索を任されて、朱姫たち一行を見つけたのだと思う。

 そして、金角軍の一部を銀角が率いて出動した。

 そういうことに違いない。

 

「能生……、いや、朱姫がいるということは、知らなかったんだ。報告の報せを発してから、朱姫に気がついたんだ……。ほら、俺は、お前のことを男だと思っていたから、女の格好の朱姫には、すぐには気がつかなかったんだ……」

 

 日値は苦しそうに言った。

 朱姫を危うい目に遭わせることになってしまったことに後悔をしてくれているようだ。

 

「……あたしは、行けないよ、日値……。ご主人様たちと一緒にいなきゃ……」

 

 朱姫は言った。

 

「えっ?」

 

「ご主人様のところに戻るよ」

 

「冗談じゃない――。もう、銀角様に石にされているよ。天教の術遣いが、すごい霊具を置いていったんだ。『紅ひざご』といって、その霊具を見た者を石にしてしまうんだ。どんな術遣いでも、あの霊具は防げないと言っていた」

 

「とにかく、様子を見に戻る」

 

 朱姫は反転した。

 宝玄仙たちのいた場所に向かって走る。

 その身体を日値が掴んだ。

 

「やめろって――。お前も捕まるだけだ。銀角様に弄ばれた末に殺されてしまうんだ。飽きたら殺しちゃうんだ。そういう噂だ」

 

「いいから、離せ、日値――」

 

 朱姫は叫んだ。

 だが、胴体を掴まれて振りほどけない。

 この日値は、いつの間にこんなに力が強くなったのだろう。

 数年前に一緒に旅をしていた頃は、まだ、ふたりとも少年と少女で、力の差などほとんどなかったに――。

 

「朱姫、来る――」

 

 朱姫を掴んでいた日値が声をあげた。

 なにかを感じたのだろう。

 だが、すぐに、確かに、妖魔の集団が森の中を近づいているのが見えた。

 

「こっちに――」

 

 妖魔の近づく気配の反対側に日値が引っ張った。

 朱姫も日値とともに走る。

 だが、反対側にも一隊がいる。

 

「駄目だ、もう囲まれている」

 

 日値が絶望的な声をあげた。

 朱姫も、いつの間にかすっかりと包囲されているという事実に気がついた。

 あっという間に、妖魔は周りを取り囲み、逃げ場が失われた。

 妖魔たちの影から銀角が進み出てきた。

 

「日値、これは、どういうことだい? あたいは見張ってろと、言ったはずだけどね」

 

「ぎ、銀角様……。そ、そのう……、この朱姫は俺の友達なんです……」

 

 日値が言った。

 

「朱姫? そうか、もしかして、お前はこいつに真名を支配されて、この女から名乗り名を貰ったのかい? なんか、お前の帯びる魔力には、宝玄仙の魔力の香りを感じるよ」

 

 銀角はにやりと朱姫を見て笑った。

 朱姫は、銀角の視線の先を追った。

 

「ご主人様ああああっ――」

 

 朱姫は絶叫した。

 そこには、三匹の妖魔によって、横倒しに担がれている宝玄仙の姿があった。

 完全に石になっている。

 

「銀角様、お願いです。この朱姫だけは……」

 

 日値が銀角の前に立ちはだかった。

 銀角が、日値の顔に向かって腕を振った。

 殴られた日値の身体が二回、三回と地面に転がる。

 

「日値――」

 

 朱姫は日値に駆け寄ろうとした。

 だが、その腕を銀角が掴む。

 そして、朱姫の服の襟もとを掴むと、下まで一気に引き下ろした。

 

「きゃああああ――」

 

 服の前側を全部引き裂かれた朱姫は両手で胸を隠して、うずくまった。

 しかし、銀角は、次いで、朱姫の服の背中側を掴んで引き裂く。

 朱姫の服は、前と後ろを完全に引き裂かれて、ただの布きれに変わった。

 下着ごと破られた朱姫は、全裸同然の格好になった。

 その朱姫の髪を銀角が掴んで、無理矢理に立たせる。

 

「ひいいっ」

 

 朱姫は、両手で前を隠しながら悲鳴をあげた。

 銀角は、朱姫の裸身を倒れている日値に見えるようにかざしているのだ。

 

「日値、この娘はお前の女かい?」

 

 銀角が朱姫を髪の毛を掴んで吊りあげたまま言った。

 朱姫は、苦痛に呻く。

 

「い、いえ……。だ、だけど、好きです……」

 

 身体を起こした日値が口から血を流しながら言った。

 

「そうか。じゃあ、そこで見ていな――。おい、お前たち四人、こっちに来い」

 

 銀角が背後にいた四匹の妖魔兵に声をかける。

 その妖魔たちは、すぐに銀角と朱姫の前にやってきた。

 

「それぞれ、この朱姫の手足を一本ずつ掴め。そして、日値に、こいつの股ぐらがよく見えるように晒しな」

 

「嫌だ――。嫌だよう――」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 しかし、四匹の妖魔が朱姫の四肢をそれぞれに掴んで、裸身を空中で大きく開げられる。

 さらに松明を持った別の妖魔が朱姫の裸身を照らす。

 日値の視線が突き刺さる。

 

 嫌だ――。

 見られている。

 恥ずかしい。

 

「毛は一本も生えてないね。あの巫女に剃られたかい?」

 

 銀角は、朱姫の前側にやってきて、朱姫の股間を覗き込んだ。

 

「離して、離してったらあ――」

 

 朱姫はもがいた。

 だが、四匹の妖魔に身体を掴まれては、びくともできない。

 朱姫は、空中で四肢を開かれたまま、なにもすることができない。

 銀角は、具足の間からなにかを取り出した――。

 ……というよりも、魔力で霊具のようなものを出現させたのだ。

 

「供のふたりを襲っていた、あの女法師の変態ぶりから考えると、結構、お前も調教されているんだろう、朱姫?」

 

 そう言えば、沙那と孫空女はいないようだ。

 宝玄仙は石にされてしまったようだが、ふたりは無事なのだろうか?

 

 だが、その思考は、銀角が朱姫の陰部に近づけたものを見て、かき消された。

 銀角が持っているのは霊具じゃなかった。

 一匹の白蛇だ。

 それが頭をもたげて朱姫の股間に迫っている。

 

「な、なにするつもりなのよ――。やめてえっ――。来ないで――」

 

 銀角の手に握られた蛇が朱姫の股間に向かって口を開けるのが見えた。

 朱姫は絶叫した。

 だが、予想したような蛇の牙の痛みはなかった。

 その代わりに、朱姫の陰部を這い回るおぞましい舌の感触が朱姫を襲う。

 

「ひいいいっ――。ふぐうっ――、ああ……や、やめて……。や、やめ……」

 

 蛇の舌が朱姫の股間を舐め続ける。

 たちまちに、身体が砕けるような快感が朱姫を包む。

 

「なかなかの感度じゃないか、朱姫。この蛇は魔力で改良している特殊な生き物だ。歯は抜いてあるから安心しな。その代わり、とても感じる舌を口の中に入れている。この蛇もなかなかの性技だろう、朱姫? あたいが仕込んだんだよ」

 

 銀角がくすくすと笑った。

 朱姫はもがく。

 だが、朱姫を掴む妖魔の力が強くなるだけだ。

 

「ああ……はあ……あはああ……ああ……」

 

 快感がせりあがる。

 我慢できない声が口から出てしまう。

 官能の疼きが全身を覆い、それは、痛みのように全身を苛む熱に変化する。

 股間が小刻みに震える。

 朱姫は、それを止めることができない。

 

「やめて……。誰か……誰か、助けて――」

 

 朱姫は呻くように言った。

 

「そんなに嫌かい、朱姫? おや、泣いているのかい?」

 

 朱姫の顔を銀角が掴んだ。

 銀角の顔が眼の前にある。

 

「お願い。ひ、酷いことしないで……」

 

 朱姫は銀角に言った。その間も蛇の舌は、朱姫の股間を舐め回している。蛇が、朱姫の淫孔から流れ出る愛液を舐め吸っているのだ。

 

「ふふふ。この蛇はねえ、雌の淫液が大好物なのさ。久しぶりに、こんなに多くの食料にありつけて喜んでいよ。だけど、こんなものじゃないよ。こいつに貫かれれば、お前は、これまでに知らなかった別の世界に行けるよ」

 

「貫く――? いやあ――。か、勘忍――。堪忍してください」

 

 朱姫は喚いた。

 

「じゃあ、宝玄仙と別れて、あたいの性奴隷になると誓うかい。そうしたら、考えてやってもいいよ。真名だったら、主従契約の魔術を取り消すのは大変だけど、できないわけじゃない。あたいが、お前に新しい名乗り名をやってもいいよ」

 

 冗談じゃない。

 こんな雌妖に支配されたくない。

 

「ひいいっ、いやああああ――」

 

 朱姫は首を横に振った。

 

「……まあいい。ゆっくりと仕込んでやるよ……」

 

 銀角が朱姫の顔から手を離す。

 そして、次の瞬間、朱姫は戦慄した。

 蛇の頭が朱姫の淫孔に頭をつけたのだ。

 そして、ゆっくりと身体を振りながら、胴体を這い動く。

 一方で、蛇の頭は、強引に秘部の中に入ってくる。

 

「ひぎいいいっ」

 

 朱姫は声をあげた。

 ずいずいと入ってくる蛇の感触に、朱姫は内腿を引き攣らせた。

 朱姫の淫孔の中で、左右に身体を振りながら進む蛇に、朱姫は我を忘れるような衝撃を受けた。

 どういう魔力を帯びているのかわからないが、蛇の肌にふれた淫孔の内側の粘膜は、蛇が進むのに従い、白蛇と一体になるように溶けていくような感覚に変わっていく。

 蛇に朱姫の秘肉が犯されるのではなく、朱姫の秘肉そのものが、朱姫を襲う淫具に変わっていく感じだ。

 

「あがあぁぁぁ――」

 

 朱姫はのけ反って果てた。

 だが、まだ蛇はゆっくりとした蠕動運動の途中だ。

 途中で達してしまった朱姫を銀角が嘲笑っている。

 それでも、快感はとまらない。

 次の波が朱姫を襲う。

 

 蛇の頭が朱姫の子宮の手前に到達した。

 そこから沸き起こったわけのわからない感覚に、朱姫は二度目の絶頂に達した。

 

蓮花洞(れんかどう)に着くまで、それを入れっぱなしにしてやるよ、朱姫。向こうに着いたら、本格的に遊んでやるからね。あたいのねこにしてやるよ」

 

 銀角は言ったが、もう、朱姫は、銀角の言っていることの半分も理解できない。

 三度目の波に朱姫は咆哮した。

 自分の身体が妖魔たちに拘束され、しかも蛇に犯されたまま、どこかに連れていかれようとしているのだけが、かろうじてわかった。

 

「ああっ、いやだ、ああっ、ああっ」

 

 朱姫は無理矢理に与えられる快感の激しさと、裸体を露出させられ、さらに絶頂する姿を晒されながら運ばれるというあまりもの屈辱に意識さえ失いそうだ。

 そして、わけのわからない感覚が次々に襲いかかって、まともに思考することもできなくなっていく。

 秘部の中は蕩けきっている。

 おそらく、この大蛇の持つ特殊な能力のせいと思うが、とにかく、朱姫はそのために、息もできないような快感に襲われている。

 しかも、大蛇の頭が敏感な子宮の奥の快感のつぼのような場所を刺激し、それだけで朱姫は絶頂を向かえそうになる。

 

「ああん、いやあっ」

 

 しかも、大蛇の入りきっていない胴体は、朱姫の肉芽やお尻の辺りまで、うねうねと這って刺激を送り込む。

 

「こりゃあ、大した淫乱娘さ。気にすることはない。周りの雄妖魔どもに、見せつけてやりな」

 

 銀角が朱姫の横を進みながら揶揄の言葉をかけてくる。

 だが、朱姫はそれどころじゃない。

 四肢を掴まれながら、身体を宙で仰向けにされて移動しているので、身体が前後左右に激しく動いて、胎内の大蛇がそれで動くたびに、衝撃のような甘い痺れが襲うのだ。

 

「それ、どんどん舐めな、(はく)

 

 白というのは大蛇の名前なのか、銀角のその言葉を合図にするように、子宮に頭を届かせている大蛇が中で舌を動かしだしたのがわかった。

 

「あはああっ、はああ、いやああああ」

 

 蛇の舌が動き、頭が子宮口を持ちあげることによる、あまりもの快美感に、朱姫は悲鳴のような嬌声をあげてしまった。

 

「あんっ、うふううっ」

 

 そのときだった。

 歩く速度が変化して、身体が上下に跳ねた。

 

「ひゃっ、ひゃん、だめえっ、いくうう」

 

 とてつもない快感の衝撃が貫く。

 朱姫は全身をがくがくと震わせて達してしまった。

 銀角がげらげらと笑った。

 

「浅ましいねえ。ちょっとは恥ずかしいとか感覚はないのかい? ちょっとくらい、慎みを見せたらどうなんだい?」

 

 銀角がからかう。

 しかし、大蛇の頭が奥で激しく動き続け、さらに全身の揺れが加わって、朱姫はすべての快楽の衝撃を子宮で受けることになり、とんでもない痺れが腰骨や背骨を駆け抜けていく。

 

「やめてえっ、許してぇ、いやだあああ」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 もう、頭がおかしくなる。

 

「こりゃあ、面白いねえ。こいつ、身体が動くたびに絶頂してんのかい? 面白いから、歩きながら上下に振ってやりな」

 

 銀角が声をかけた。

 すると、朱姫を掴んでいる妖魔たちや、周囲の妖魔兵が一斉に爆笑した。

 

「そうれっ」

「そうれっ」

「それいっ」

 

 すると、掛け声があがり、まるでお神輿のように、朱姫は大きく身体を上下される。

 大蛇も驚いて、激しく膣の中で暴れだす。

 

「ひいいいっ、ひぎいいい」

 

 蛇の頭が何度も何度も子宮を抉り、それがとてつもない快感になって、朱姫の脳に押し寄せた。

 

「んふうううっ」

 

 大勢の妖魔兵の前で、またもや、朱姫は達してしまった。

 しかし、それでも、終わらない。

 次の波が、もうそこまで来ている。

 

「それいっ」

「そうれっ」

「そうれ――」

 

 愉快がる妖魔兵が容赦なく朱姫の裸体を揺らす。

「あはああああ、また、いくううう」

 

 朱姫は全身を痙攣させて、快感の極みに達する。

 信じられない絶頂感に、朱姫は悶え狂う。

 だが、大蛇の責めは終わらない。

 朱姫は吠えるように声をあげ、三度連続の絶頂の衝撃で、今度こそ、頭が真っ白になるのを感じた。



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85  昨日の敵は今日も敵

「ここに間違いないわね……」

 

 沙那は言った。

 

「物凄くたくさんの妖魔の魔力が存在した気配はあるけど、すでにほぼ消滅している。もちろん、ご主人様の霊気もだ……。ご主人様の結界は、突然なにかの理由で強引に消滅させられれたんだ。それで、こんな風に、道術の残留波が乱れているのだと思う」

 

 神経を集中させた様子で孫空女は言った。

 孫空女は、妖魔と魔術や人間の道術師の能力の源である魔力や霊気の流れを感じることができる。

 それで、宝玄仙の流す霊気の行方を探している。

 

 ここが、昨夜、宝玄仙が沙那と孫空女を嗜虐した山中の場所だ。

 ここで、沙那と孫空女は、拷問まがいの嗜虐を宝玄仙から受けて、正気を失う程の快楽責めをされた。

 その最中に、なにかが起こった。

 そして、宝玄仙の責めが中断された。

 

 覚えているのはそれだけだ。

 なにが起ったのかということについては、沙那も孫空女もまったく記憶がない。

 それくらい、昨夜の宝玄仙の責めは凄かった。

 

 気がつくと、いつの間にか、昼間に休息をした場所まで戻っていて、宝玄仙も朱姫も、どこにもいなかった。

 荷物すらなかった。

 それで、孫空女とともに、すぐにここまで戻った。

 

 だが、駆けどうしで山まで戻って来たのだが、やっとここに辿り着いたのは、もう朝とは言えない時間だった。

 そして、ここで見つけたのは、誰もいない野宿の痕跡だ。

 荷も食事の準備の途中の鍋もそのまま放置されている。

 沙那をぶら下げていた『魔縄』でさえも、無造作に地面に落ちていた。

 ただ、宝玄仙と朱姫だけがいない。

 

「どういうことかなあ、沙那?」

 

「どういうことも、なにもないわよ。ご主人様は襲われたのよ。丸わかりよ」

 

 孫空女の霊気や魔力の波動を感じる能力に頼るまでもなく、ここには、多くの兵――、おそらく、百人程度の軍が動いたの名残の痕が残っている。

 隊列を組んだような大勢の足跡があり、宝玄仙が結界を組んだ一帯を中心に、大勢で取り囲んだような痕跡もある。

 軍隊のような集団であることは間違いないだろう。

 問題は、それがどういう勢力かということだ。

 考えられるのは、大きく三つ……。

 

 ひとつは、近隣の諸王国の軍……。

 天教は東方帝国を動かし、帝国の影響を及ぼせる諸王国に、宝玄仙の捕縛の協力を要請させている。また、天教自身が宝玄仙に天教の教敵宣言をし、信者にも見つけ次第に殺すか、天教教団に報せるように促している。

 まずは、そういう諸王国の軍の可能性……。

 

 もっとも、それはない。

 この一帯は、丁度、宝象国(ほうぞうこく)烏鶏国(うけいこく)の勢力範囲の緩衝地帯であり、いずれの国境とも遠い。

 たかが、帝国の求めに応じるためだけに、国境を越えて軍を送るなど考えにくい。

 

 次の可能性は、また、天教軍を送り込まれたという可能性だ。

 だが、天教軍は一般の軍とは異なり、暗殺や襲撃などに能力特化した特殊な軍だ。

 ここにある足跡に残っているような斉々とした部隊行動はしない。

 あの鎮元仙士(ちんげんせんし)さえいれば、彼の特殊な移動術でいつでも、本国から天教軍を送り込めるので、可能性もなくはないが、孫空女によれば、多量の妖魔の魔力の残痕があるというのが気になる。

 

 三番目の可能性は、襲ったのが妖魔の軍ということだ。

 もともと、天教の影響の強いこの界隈に、まとまった妖魔の集団など滅多にはいないが、黒風怪の例もあったように、皆無ではない。

 この平頂山と呼ばれる山岳一帯は、人間族の国の勢力の間隙なので、ここに妖魔の集団が巣食っていた可能性は大きい。

 孫空女が感じるたくさんの魔力の残痕という情報にも合致する。

 ここにあった結界に、妖魔軍と言えるほどの数の妖魔の集団に襲撃されたのだろう。

 

「可能性は三個……。諸王国の軍、天教軍、そして、妖魔の集団よ。もっとも可能性が大きいのは妖魔軍かも……」

 

 沙那は自分の分析を説明した。

 

「妖魔軍?」

 

 孫空女は半信半疑という感じだ。

 

「この辺は、旅芸人の一座と一緒だった頃に、通過したことがあるけど、妖魔の集団なんて、聞いたことがなかったよ」

 

 孫空女は、まだ少女といえる時代は、旅芸人の一座で旅をしたことがあるそうだ。帝国だけでなく、諸王国も旅をしたそうだから、ここら辺も通ったことがあるのだろう。

 

「じゃあ、いつの間にか、妖魔の集団の巣ができていたのかも……」

 

 いずれにしても、宝玄仙はその襲撃を受け、『移動術』で沙那と孫空女だけを安全な場所に跳躍させたのだろう。

 しかし、なんらかの理由で、宝玄仙と朱姫については逃亡しなかった。

 あるいは、できなかった。

 そう考えるしかない。

 

「ご主人様と朱姫は、その妖魔軍によって、連れていかれたのだと思うかい、沙那?」

 

「わからないわね。妖魔軍というのさえも、いまは憶測だもの」

 

 しかし、相手が妖魔軍だとしても、宝玄仙が簡単に彼らに捕らわれるとは思えない。

 だが、孫空女の言う通り、宝玄仙が結界を強引に消滅されるほどのことが起きたのだとすれば、その襲撃に屈したということも考えられる。

 

「……とにかく、手掛かりを探しましょう、孫女」

 

 沙那は言った。

 そのとき、近くの草むらに気配を感じた。

 

「誰――?」

 

 沙那は細剣を抜いた。

 孫空女は、沙那の言葉に、耳の中の『如意棒(にょいぼう)』を手に握り直している。

 

「妖魔?」

 

 孫空女が声をあげて、そいつに如意棒を向けた。

 草むらから出てきたのは若い妖魔だ。

 緑色の肌をしていて、身体を黒い外套で覆っている。

 武器らしい武器は持っていない。

 孫空女に棒を向けられて、明らかに怯える仕草をした。

 よく見ると、口元が殴られたように腫れている。

 

「沙那さんと孫空女さんですよね……?」

 

 そいつが言った。

 

「誰だい、お前は? 妖魔だね」

 

 孫空女が『如意棒』を耳にしまいながら訊ねた。

 沙那も同じように思ったが、目の前の若い妖魔には、あまり危険なものは感じなかった。

 沙那も細剣を鞘に収める。

 

日値(ひち)といいます。能生(のうう)の……。いえ、朱姫の知り合いです」

 

「朱姫の以前の知り合い?」

 

 沙那は言った。

 なにしろ、こいつは朱姫のことを能生と言いかけた。

 朱姫は、いまは能生という呼び名は使っていないから、能生と名乗っていた時期の昔馴染みとの妖魔なのだと思う。

 半妖である朱姫は、妖魔としての顔と人間の娘としての両方の顔を持つ。

 生きてきた世界もふた通りだ。

 

「はい、そうです。あなたは沙那さんですね。そして、こっちが孫空女さん」

 

 日値が確かめるように言う。

 

「そうだけど。何者よ? 近くに巣食う妖魔軍のひとり?」

 

 沙那は訊ねた。

 妖魔軍の一部と断定した物言いをしたのは、かまをかけたのだ。

 

「そうであるし、もう、そうでなくもあります」

 

 日値は意味あり気に言った。

 ただ、妖魔軍については否定しなかった。

 やはり、近くに妖魔の集団がいるのだと思った。

 

「どういう意味?」

 

 沙那は凄んだ。

 すると、殺気を向けられて、また日値が怯える反応を示した。

 これは、演技ではない……。

 元来、争い事の苦手な性質なのだと思う。

 

「俺は、この平頂山(へいちょうざん)を拠点としている金角(きんかく)様と銀角(ぎんかく)様の率いるの妖魔軍の兵のひとりです……。いえ、ひとりでした」

 

「妖魔軍?」

「どういうことだい?」

 

 沙那に次いで、孫空女も声をあげた。

 いずれにしても、やはり、宝玄仙たちを襲撃したのは、妖魔軍ということか……。

 それにしても、金角と銀角?

 

「つ、つまり、朱姫と、それから、宝玄仙という人は、その妖魔軍に連れていかれたんです」

 

 日値が気弱そうに言った。

 

「……説明して」

 

 沙那は静かに言った。

 とにかく、三人で適当な石を見つけて座る。

 

 日値は語りはじめた。

 その話によれば、金角、銀角というのは、西域、すなわち、魔域と称する妖魔たちの世界において、魔王を称することができるほどの勢いのある妖魔軍の首領らしい。

 金角が姉で、銀角が妹の女魔王の妖魔軍団なのだそうだ。

 驚くことに、彼女たちは、天教教団の使者の誘いで、一隊を率いて、この東側の世界にやってきたというのだ。

 天教教団は、なんと魔域で、宝玄仙の顔の似顔絵を撒き散らし、天教の宝物を賞金代わりにして、宝玄仙をその賞金首にしているらしい。

 また、さらにわかったのは、西域、つまり、魔域では、魔王を称する妖魔の王が何人もいて、それぞれ勢力争いをしているのだということだ。

 金角はそういう魔王のひとりなのだ。

 

「すでに天教の勢力の一部が、西域に先回りしているということ?」

 

 沙那が驚いたのは、天教が妖魔の巣である魔域に先回りしているという事実だ。

 確かに、沙那たち供をいたぶりながら旅を続ける宝玄仙の歩みは遅い。

 だが、ずっと西に向かい続けている自分たちよりも、遥かに速く、西域に到着するとはどういうことなのだろう。

 

 そして、沙那は、ひとりの道術遣いの名を思い出した。

 『移動術』の達人で、あらかじめ道術紋を刻むことなしに、記憶がある場所に『移動術』で飛べるという男だ。

 そんなことは、宝玄仙も含めて、八仙でもできる者はいないらしい。

 

「……もしかしたら、その天教の使者って、鎮元仙士(ちんげんせんし)? 」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、そう言えば、そんな名前だったかもしれません。その鎮元という天教の使者から戒名をもらったと、金角様と銀角様が喜んでいました」

 

「鎮元仙士――? あいつの仕業なのかい?」

 

 孫空女は大きな声をあげた。

 以前、鎮元仙士が連れてきた教団兵に襲われたときには、孫空女は、朱姫とともに捕らえられて酷い目に遭った。

 兵を率いてきた明月(めいげつ)清風(せいすう)のふたりの男には、仕返しをして気が晴れたようだが、鎮元仙士そのものは、そのまま逃がした。

 そのとき、孫空女は、あいつこそ、逃がすべきじゃなかったと言って、地団駄踏んで口惜しがっていたものだ。

 

「だから、息の根止めておきゃあ、よかったんだ。ご主人様も、おかしなところで優しいんだよ。あんなに、あたしらには冷酷で残酷な癖に、向かってきた敵を殺したがらない――。だから、こんなことになるんだ」

 

 孫空女は、右の拳を左の掌に打ちつけた。

 その孫空女の苛立ちには、沙那も同意できる。

 沙那も敵を殺すことに躊躇を感じたことはない。

 それは、愛陽の城郭で、何度も賊徒退治をしてことから身についたことだ。

 盗賊などに情けをかけても、それは仇で戻ってくる。

 盗賊を許したために、その盗賊がまた別の罪のない人間を殺すということはよくあることなのだ。

 

 それに比べれば、たとえ敵でも、宝玄仙は命を奪うことには少し抵抗があるようだ。

 自分の罠に陥れた三人の八仙を自分の手で殺したことが、なにかの枷になっているのだろうか。

 

「それにしても、あなたはなぜ、それをわたしたちに知らせに来たの、日値? もしかしたら、わたしたちが戻ってくるのを待っていたの?」

 

 沙那は言った。

 

「うん。お願いだよ。俺と一緒に、蓮花洞(れんかどう)に行ってよ。朱姫を助けてあげて――」

 

 日値はそう言って、がばりと頭をさげた。

 

「……もちろん、朱姫もご主人様も助けるわ。だけど、なぜ、あなたがそれを頼むの? 朱姫たちを浚ったのは、あなたのいる軍なのでしょう?」

 

「そうだけど、もう抜ける。とにかく、あれが能生だと知らなかったんだ……。いや、違った、いまは朱姫だった……。ともかく、俺は、少し前にしばらく、まだ能生と名乗っていた朱姫と旅をしていた仲なんだ。お願いします。俺が案内するから、朱姫を助けてください」

 

 日値は繰り返した。

 

「あなたが、案内をしてくれるということ? 金角と銀角という妖魔の根城に? 確か、蓮花洞だったかしら」

 

「そうです。俺が案内します、沙那さん」

 

「場所を教えてくれれば、あたしらふたりで乗りこんでいくよ。どこにあるのか言いな、日値」

 

 孫空女が言った。

 

「俺がいないと無理です、孫空女さん」

 

「なんでだい?」

 

「蓮花洞は、金角様と銀角様が岩山の天頂近くに築いた洞府ですが、歩いて近づくには、隠れる場所のない剝き出しの岩山を登らなければなりません。そこを一千の妖魔兵が護っています。洞府に通じる坂の幅は、三十間(約三百メートル)しかなく、両側は切り立った崖です。横から回り込むことも無理です。どうしても、正面から突破するしかありません。とても入口には辿りつけないでしょう。それでは、朱姫を助けられません」

 

「朱姫だけじゃないよ。ご主人様も助けるんだ」

 

 孫空女が口を挟む。

 

「それで、どうしようというの、日値?」

 

 沙那は言った。

 

「俺の術で直接、洞府の中に飛びます。大丈夫です。兵のいない場所に飛びますから。その後は、おふたりで朱姫を助けてください――」

 

「ふうん……。じゃあ、とっとと、行こうよ」

 

「待って、孫空女。その金角、銀角って、何者? もしかしたら、あんた、ご主人様……つまり、宝玄仙様が、その妖魔に捕えられるのを見てた?」

 

「見ていませんが、どうやって、宝玄仙さんが捕まったかは、知っています。朱姫が連れていかれるとき、石になった宝玄仙さんの姿を見ましたから」

 

「石になった?」

 

 沙那はびっくりした。

 孫空女も目を丸くしている。

 

「鎮元という教団の使者が、金角様と銀角様に渡した霊具です。なにやら、帝都にいる偉大な術遣いの品物だそうで、『紅ひさご』という霊具です。紅い瓢箪の形をしていて、それを向けられて、その霊具を見つめてしまうと石化してしまうのです」

 

「そんなものがあるのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「ご主人様は、石化されて、蓮花洞にいるのね? 朱姫は?」

 

「朱姫は、連れていかれただけです。でも、銀角様が気に入ってしまって……。自分の“飼い猫”として飼うと言っていました」

 

「飼い猫?」

 

「銀角様は、若い女をなぶるのが好きなんです、沙那さん。いたぶって泣かせるんです。そういう性癖なんです」

 

「……どっかで聞いたような話ね」

 

 沙那は苦笑した。

 

「……だけど、飽きれば殺してしまいます。朱姫もいつか、捨てられて殺されます。お願いですから……」

 

「わかったから――。朱姫は、もちろん助けるわよ。だけど、ご主人様は……。その『紅ひさご』で石化された者は、どうやって元に戻るの?」

 

「金角様が持っている『浄瓶(じょうびん)』という水壺です。その中の水をかければ、元に戻ります。それも鎮元が持ってきた霊具で、水はいくらかけても『浄瓶』からなくなることはないそうです。本来はふたつでひとつの霊具だそうです」

 

「それは、どこにあるの、日値?」

 

「蓮花洞の中の金角様の私室です。石化した宝玄仙様も、そこに置かれているのだと思います、沙那さん」

 

「朱姫は?」

 

「銀角様の私室に――」

 

「ちょっと待って、あなた随分と詳しいわね?」

 

 いくらなんでも詳しすぎる。

 日値は一介の妖魔兵じゃないのか。

 

「俺は植物の妖魔なんです。草木のあるところなら、その草木の身体を通じて、周囲一体のものを感じることができます。その力があるので、最初にあなた方を見つける任務を与えられたんです。この能力であなた方も見つけました」

 

「なるほど」

 

 沙那はとりあえず納得した。

 

「蓮花洞の中は広いのかい、日値? 洞府の中もわかるのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「洞府の中も植物が持ち込んであったり、苔のようなものがあれば、それを通してわかります――。もちろん、広いですよ。千匹の妖魔兵が寝泊りをする場所ですから。洞窟をくり抜いた洞府ですが、中は砦です。三層になっていて、最下層には牢もあります。朱姫と宝玄仙様もそこにいる可能性はありますが、おそらく、金角様と銀角様のお部屋だと思います。おふたりとも、綺麗な女の人は好きですから」

 

「わかった、日値。あなた、その蓮花洞の中の地図を描いてちょうだい。描ける範囲でいいわ」

 

「それよりも、俺が、おふたりに念を送ります。蓮花洞に関する知識を魔術で送ります」

 

「そんなことができるのかい、日値?」

 

 孫空女だ。

 

「できますよ。いいですか? 抵抗せずに、魔術を受け入れてください」

 

「いいわ、日値」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、おふたりに念を送ります」

 

 次の瞬間、頭の中に突然に、蓮花洞に関する知識が入ってきた。

 確かに、蓮花洞は外敵の侵入を拒みやすい岩山の山頂付近にある天然の要害だ。

 洞窟の入り口は切り立った崖の上にあり、簡単には接近できない。

 正面突破はまず無理だ。

 入口部分は、三層ある洞府の一番上で、金角と銀角の私室は、一層下がった二層目の最奥にある。

 さらに下の三層目には、牢と拷問部屋もある。妖魔兵の詰所は、各層に分かれている。

 

「……それで、蓮花洞のどこに『移動術』で飛ぶの、日値?」

 

 沙那は言った。

 

「金角様と銀角様の部屋の間にある宝物室です。そこなら、まず誰もいませんし、照明に使っている光り苔があるので、そこに向かって移動術で跳躍もできます。隣は、金角様と銀角様の部屋ですから、朱姫と宝玄仙様を助けやすいと思います。助けた後に、また、宝物室の結界から、『移動術』で外に出ればいいと思います」

 

「便利な能力ね」

 

 沙那は言った。

 植物のあるところなら、遠くのものも見えるし、移動術で跳躍もできるらしい。

 もちろん、距離的な問題はあるのだろうが、偵察にもってこいの力だと思った。

 

「まあ、最悪、強行突破になっても、狭い洞府の中では、一度に妖魔兵に群がられる心配もない。弓矢も限定される。大丈夫さ、日値」

 

 孫空女だ。

 

「じゃあ、わたしは、ご主人様の霊具で使えそうなものを持ってくるわ」

 

 沙那はそう言って、立ちあがった。

 そして、荷のある場所に行き、適当な霊具を探す。

 それを雑嚢に入れて腰に固定する。

 その後、孫空女とともに、荷を片づけて草の中に隠した。

 すべての準備を整えると、孫空女とともに、もう一度、日値の前に立った。

 

「いいわよ、日値。お願い」

 

 沙那は、あらかじめ細剣を抜いた。

 万が一のときは、そのまま戦闘になる。

 孫空女も『如意棒』を耳から出し、拡大させて手に持った。

 

「じゃあ、跳びますね」

 

 沙那と孫空女に日値は言った。

 視界が揺れる。

 そして、別の場所にいた。

 

 すぐに、『移動術』で洞府の中に飛んだのだとわかった。

 だが、なにかおかしい――。

 

「えっ?」

「なに?」

 

 宝物室ではないようだ。

 かなり広い場所であり、予想していたような狭い空間ではない。

 しかも、周囲をびっしりと大勢の妖魔兵に囲まれている。

 さらに、全員が剣や槍をこちらに向けていた。

 槍先は、沙那と孫空女の身体に触れんばかりになっていて、動くこともできない。

 

「よく来たね、お前たち……。沙那と孫空女だね」

 

 兵の間から銀色の具足の美しい雌妖がけらけらと笑いながら現れた。

 日値がさっと離れて、その雌妖の背後に隠れる。

 

「あっ、日値――」

 

 孫空女が叫んだ。

 だが、その動きでさらに、別の槍がこちらに向けられる。

 

「ここで串刺しにされたいかい? それとも、武器を捨てるかい、どっちがいい?」

 

「あんたが銀角?」

 

 沙那は言った。

 銀色の体毛と銀色の具足でなんとなくそう思った。

 

「そうだよ。宝玄仙も朱姫も、こちらで丁重にもてなしている。武器を捨てな。暴れるなら、お前らだけじゃなく、ふたりも痛めつける。朱姫にしたって、手足の一本や二本引き千切っても、あたいの性の相手はできるだろうしね」

 

 沙那は舌打ちをして、細剣を床に置く。

 孫空女も『如意棒』を捨てた。

 

「ご主人様と朱姫は、無事なんでしょうね、銀角?」

 

「無事さ。あの女法師は、とりわけ金角姉さんが気に入ってね。金角姉さんが部屋に連れ込んで遊んでいるよ。朱姫はあたいの部屋だ……。いまは媚薬風呂に漬けてよがり狂っているよ。あの雌妖は尻が弱点なんだね。よくわからないけど、日に三度の発作があって、尻に刺激を貰わないとよがり狂うらしいね。尻をちょっと刺激しただけで、面白いように跳ねまわったよ。本当に可愛い雌さ」

 

 銀角は笑った。

 朱姫は宝玄仙の悪戯で、日に三回尻を慰めないと、身体が怖ろしく発情してしまう身体にされている。

 一日三度の尻の自慰は、朱姫の日課だ。

 それを知ってるということは、間違いなく朱姫は銀角の手元にいる。

 

「銀角様――。約束です。このふたりをつれて来ました。朱姫を解放してください――」

 

 日値が叫んだ。

 その日値を銀角が思い切り殴りつけた。

 

「ふぎゃあああ」

 

 口から血を出して倒れた日値をまた銀角が蹴りあげる。

 さらに、二度、三度と蹴る。

 

「日値をこっちに連れてきな」

 

 蹴り飛ばされて、遠くに転がっていった日値が、ふたりの兵に引きずられて、銀角の前に連れてこられた。

 無理矢理に引き起こされた日値は、虚ろな眼で呻き声をあげている。

 その日値の腹を銀角は、さらに思い切り蹴り飛ばした。

 日値が、吹き飛び兵の中に埋もれていく。

 

「お前なんかに朱姫を渡すわけがないだろう。馬鹿が――。なにが約束だ。お前が朱姫を逃がそうとした罪を、こいつらを罠に嵌めることで帳消しにしてやると言っただけだ――。まあいい。一応、このふたりをちゃんと罠に嵌めて連れて来たんだから、お前の処分は勘弁してやるよ。誰か部屋に放り込んどきな」

 

 銀角は言った。

 ほとんど意識のない日値が引きずられて、どっかに連れていかれた。

 銀角が沙那と孫空女に振り返る。

 沙那も孫空女も、さすがにこれだけの武器を向けられては、どうしようもできない。

 

「ここで身に着けているものを取りな。すっぽんぽんになるんだ。拒否すれば、お前たちの大事な宝玄仙は死ぬよ。石化した身体をばらばらにする」

 

「くっ」

 

 沙那は歯噛みした。だが、どうしようもない。

 腰の雑嚢をおろし、自分の服に手をかける。

 孫空女も服を脱ぎ始めた。

 脱ぎながら、日値から送られた念を頼りに、ここがどこなのか考えた。

 そして、部屋の感じから、ここが最下層の「拷問部屋」と呼ばれる広間だということがわかった。

 

「なかなかのいい身体じゃないか――。もしかしたら、金角姉さんが気に入るかもしれないねえ。もっとも、金角姉さんは、しばらくは、宝玄仙に夢中だと思うから無理か……。だけど、気に入るね――。わかった。命だけは残しておくよ」

 

 沙那と孫空女は、銀角や大勢の妖魔兵の視線を感じながら一枚一枚着ているものを取り去っていく。

 

「さっさと脱ぎな――。しばらく、お前たちは衣服を着ることなどないけどね」

 

 銀角があざ笑った。

 下着姿になったときに、さすがに次の行為には躊躇して手の動きを止めてしまった。

 

「さっさと、脱げ――」

 

 銀角が怒鳴った。

 仕方なく、下着の股布に手をかける。

 そして、それを床に落とした。

 

「脱いだよ」

 

 隣の孫空女がやけくそのように言った。

 孫空女は全裸だ。

 沙那も全裸になって、両手で胸と股間を隠した。

 その足元に短い鎖のついた四組の鉄の手錠が投げられた。

 

「自分たちで、それを嵌めな」

 

 仕方なく沙那は、孫空女とともに、その手錠を手に取る。

 

「付け方は、右手首と右足首。左手首と左足首だ。間違えるんじゃないよ」

 

「なんだと――」

 

 怒鳴ったのは孫空女だ。

 

「ぐずぐずするんじゃないよ、孫に沙那――。右手首と右足首。左手首と左足首だ。さっとと繋げ。それが終わったら、ここで、ここにいる兵どもに犯される。自分たちがやられることくらいわかってんだろうが――。時間の無駄だ。それとも、本当に宝玄仙を粉々にしてやろうか―――」

 

 銀角が叫んで地面を踏んだ。

 言われたとおりにするしかない。

 命令されたとおりに、自分の右の手首と足首、左の手首と足首と繋げた

 地面に座ったまま動けなくなった。

 動くには、四つん這いになるしかないだろう。

 それを見届けると兵たちが、武器をおろした。

 何人かが、さっそく装具を取りはじめる。

 

「沙那は一班から五班。孫は六班から十班だ。ひと回りしたら交換して、同じ順でやっていい。後がつかえているから、長々とやるんじゃないよ。これからも定期的に使わせてやるから、今日は、一回ずつ出すだけで我慢しな」

 

 妖魔兵たちから歓声があがる。

 

「ちっ、勝手にしやがれ」

 

 孫空女が唾を床に吐いた。

 だが、その顔は蒼白だ。

 沙那も恐怖で身体が震えるのを隠すことができないでいた。

 集まっている妖魔兵だけで、ここに何百人いるのか……。

 それに、犯されているうちに、ほかの妖魔兵もやってくるかも……。

 全員に輪姦されるなら、一千の相手……。

 生き残れるのか……。

 

「全部、終わるのは夜になるかねえ、沙那に孫……。ところで、お前たちは、牢に入れられることになるけど、うちの新しい牢番とお前たちは、知り合いらしいから紹介をしておくよ。お前たちを知っているというので、人間だけど雇ったのさ」

 

 銀角が言った。

 そこに袖のない革の上着との革の短い下袴をはいたふたりの男が現れた。

 手になにかを持っている。

 つるつるに剥げた頭のふたりに、沙那は見覚えがある気がした。

 

「久しぶりだな、孫空女、沙那――。俺たちのこと覚えているか?」

 

 ひとりが言った。

 その声で、沙那はそれが誰であるかわかった。

 ぞっとした。

 

「お、お前ら、明月(めいげつ)清風(せいふう)かい――。い、生きていたのかよ」

 

 孫空女が叫んだ。

 その顔は引きつっている。

 これは、まずい……。

 

 明月と清風というのは、鎮元仙士が教団兵を率いて宝玄仙を襲ったときに、その教団兵を率いていた隊長だ。

 鎮元仙士を追っ払った後、あのふたりは、宝玄仙が手酷い目に遭わせて放逐した。

 ふたりに対する拷問の中心になったのは、孫空女と朱姫で、宝玄仙は、このふたりの一物さえ切り取らせようとした。

 沙那が止めたので、それは免れたが、その代わり、沙那は陰毛を自分で抜かせるように提案した。

 そのくらいさせなければ、宝玄仙は本当にこのふたりの一物を切り落としていただろう。

 その後、髪の毛も剃りあげて全裸で放り出したのだ。

 どうやって、この銀角たちに拾われたのかは知らないが、あれから生き延びて、ここで妖魔の下で働くことになったようだ。

 

「お前らが、ここにいる間、お前らの面倒は俺たちが見ることになる。俺たちが、この蓮花洞の牢番をしているからな。俺は、明月だ。覚えているか、孫?」

 

 明月が手錠を四肢の手首足首につけて動けない孫空女のふたつの鼻の穴に小さな金具のようなものを引っかけた。

 鼻鉤だ。

 その孫空女の鼻の穴に突っ込んだ鼻鉤の金具についている小さな鎖を明月が思い切り引っ張った。

 

「ひぎいいいいっ――。痛い、痛い、痛いっ――。ひいいっ――」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 明月は容赦なく、孫空女につけた鼻鉤を上に引っぱっているが、屈んだ状態で動けない孫空女は、鼻だけで身体を吊りあげられようとしている。

 

「やめてっ。やめてあげて、明月……さん――」

 

 沙那は言った。

 ちょっとだけ鼻を引っ張る手を緩めた明月は、孫空女の鼻を頭の上を通して、後ろ側の首に向かって引っ張った。孫空女の鼻の穴がみっともなく拡がる。

 

「お、お前、や、やめろよ――。い、いい加減に……。ひぐうっ」

 

 孫空女の首に細い紐が巻きついたのだ。

 その首の紐に、鼻を引き上げている鎖を明月は繋いだ。

 そして、首の紐をぐいぐいと絞めあげている。

 

「ひぐうっ――。ぐ、ぐ……る、じい……」

 

 孫空女の顔が真っ赤になる。

 

「やめてえっ」

 

 沙那は絶叫した。

 明月は首紐を絞める手を離した。

 

「まあ、沙那は、一応は庇ってくれたからな。この鼻鉤はしないでいてやろう」

 

 明月は言った。

 孫空女は、激しく咳込んでいるが、首に絞めた紐がそれを邪魔している。

 息がしにくくて苦しそうだ。

 

「そのうち、孫には鼻輪をつけてやる。その鼻鉤は、それまでの仮だ。そして、これは、俺からだ」

 

 清風は、孫空女の身体を蹴り倒して、仰向けにすると、孫空女の股間になにかの液体を垂らし始めた。

 孫空女の眼が見開かれる。

 

「そいつは、お前のあそこを恐ろしいほど、敏感にしてくれる薬だ。これから大勢の兵に輪されるんだろうが、その間、この液体は、発狂するほどの快感をそれはお前に与えてくれるはずだ。たっぷりと愉しみな、孫。それが終わったら、俺たちがたっぷりと仕置きをしてやる」

 

 清風は言った。

 孫空女は、もう薬が効いてきたのか、鼻の穴を拡げた顔で、もうよがり狂い始めている。

 

「さあ、そろそろ、いいだろうさ――。それよりも、清風に明月。兵たちの準備はできているんだ。お前たちはいくらでも、牢でこいつらをいたぶれるだろう。だから、いまはこいつらに譲ってやりな――。お前たちが鬱憤を晴らす機会は、これから、幾らでもある」

 

 銀角は笑った。

 清風と明月は深く頭を下げると兵たちの群れの後ろに戻る。

 そして、沙那と孫空女の裸身に一斉に妖魔兵たちの手が伸びてきた。



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86  石尻なぶり

「宝玄仙、聞こえているよね? お前たちの供は全員、捕えられたようよ……。いずれ、順番に引き合わせてやるよ……。変わり果てた姿でね……」

 

 金角は言った。

 ここは、金角が魔域から率いてきた妖魔軍が根城としている岩山の砦だ。

 人間族の作った小国と小国の緩衝地帯であるらしく、この辺り一帯を「平頂山(へいちょうざん)」と呼ぶらしい。

 この中で、金角たちが地下砦を築いた場所は、「蓮華洞(れんかどう)」という地名だそうだ。

 金角は、その蓮華洞をそのまま、自分達の地下砦の名とした。

 

 そして、宝玄仙を立たせているのは、その砦にある金角の私室だ。

 声をかければすぐに、世話をする雌妖もやってくるが、いまは、部屋にいるのは金角ひとりである。

 いや、金角ひとりと、人形のように動けなくなった石像の宝玄仙だ。

 宝玄仙は、目の前でまったく身動きができないでいる。

 確かに、身体は石化している。

 だが、意識はあるのだ。

 眼の前にあるものを見ることもできるはずだ。

 それは、辛うじて動いている宝玄仙の身体の中の「魔力」の動きでわかる。

 魔族は、「魔力」と呼び、人間族なら「霊気」と呼ぶはずだが、要は同じものだ。

 宝玄仙は生きているし、すべてを知覚している。

 

 しかし、目の前の宝玄仙は、動けないのだ。

 一切の反応も示すことはできない。

 思考することができながら、まったく動けないというのは、さぞやつらいだろう。

 もちろん、自慢の魔術……、いや、人間族は、道術というのか……。その道術は遣えない。石像のままでは、術の源である力、人間族が「霊気」といい、金角たちのような魔族が「魔力」がまったく集められないからだ。

 つまりは、金角が宝玄仙の石化を解かない限り、宝玄仙は一切なにもできない。

 その苦しみは想像して余りある。

 

 だが、金角はこの宝玄仙に会いたかった。

 天教という集団が、この宝玄仙を敵視する理由を聞き、俄然興味を抱いた。

 なにしろ、この宝玄仙は、魔族であれば魔力と呼ぶ「道術」に長けていて、ひとりで数百人もの天教の襲撃を追い散らせるほどの女傑なのだそうだ。

 それにも関わらず、そいつは騙されて二年もの間、徹底的な性的虐待を受け続けたのだそうだ。

 その宝玄仙という人間族の女のことを知って、金角は大して得をすることもない鎮元とやらの依頼を引き受けることにした。

 ただただ、宝玄仙という二年間、嗜虐されていた人間族の女に会うために……。

 そして、手に入れるために……。

 

 そもそも、遥かな東世界のことでありながら、こっちの妖魔を通じて、それなりに宝玄仙のことは有名だった。

 その神がかり的な魔力の強さも、それなりに噂が伝わっている。

 東世界では、「妖魔」と呼ばれている「魔族」に対して、珍しくも偏見を持っていない者というのも、耳にしたことがある。

 だから、宝玄仙を得られるかもしれないという機会に、金角は応じたのだ。

 

「つらいだろうねえ、宝玄仙……。意識があるのに、石になって動けないというのは、本当に苦しいと思うよ。だけど、あたしは会いたかったのさ。お前という女にね……」

 

 金角はくすくすと笑った。

 もちろん返事はない。

 それにしても、美しい女だと思った。

 金角も雌妖としては美しいと評価されているようだが、大柄の雄妖魔ほどに身体が大きく、自分では女らしい部分などないと思っている。

 それに比べれば、宝玄仙は本当に美しい女の身体だ。

 まだ、服ごと石にしたので見えないが、きっと肌もきれいなのだろう。

 金角は、大勢の男たちが面白おかしく刻んだ魔力紋で、刺青だらけの身体になっているので、美しい女の身体というものは、眺めるだけで満足なのだ。

 本当にうらやましい。

 

「さて、宝玄仙、そろそろ、調教の時間さ。うちの銀角は、あんたのところの朱姫という半妖の娘に興味を抱いたみたいだけど、あたしの望みはあんただよ。あのお喋りの鎮元がこの話を持ってきたとき、あたしはあんたに興味を抱いた。あんたが欲しくなったのさ」

 

 金角は宝物の並んでいる棚から、一個の青磁の水差しを取った。

 その中の水を宝玄仙の横の台の上にある平らな器に注ぐ。

 かなり勢いよく水が注ぎ落ちているが、いくら注いでも、水差しの中の水がなくなることはない。

 

 これは、銀角に武器として手渡した『紅ひさご』という石化の霊具とは一組のものであり、石化を解く効果がある。

 鎮元という男から、預かって以降、何回か部下で実験したので、このひと組の霊具の能力は十分にわかっている。

 あの鎮元という人間族の男は、媚びを売る体を装いながらも、傲慢で妖魔を見下しているのが明け透けで、気に入らなかったが、この宝具は本物だ。

 この宝具が得られるということと、あの男が話した宝玄仙の過去の話がなければ、こんな馬鹿げた依頼には乗らなかったし、あのいけすかない人間族の男は四肢をばらばらにして、魔獣の餌にでもしてやったと思う。

 

「ところで、宝玄仙、これは『浄瓶(じょうびん)』という霊具さ。鎮元が、『紅ひさご』と一緒に持ってきたんだ。ふたつでひと組の宝具の霊具だそうだ」

 

 金角は、浄瓶から器に注いだ水に布を一度浸して、固く絞った。

 それで宝玄仙の胴体の服の部分を拭く。

 すると、湿った布が触った表面だけが、石から普通の巫女服に戻った。

 

 金角がやろうとしているのは、こうやって、少しずつ、宝玄仙の服の部分だけを『浄瓶』の水で布に戻し、宝玄仙自体は石像のままで、衣服だけを取り去るという作業だ。

 銀角は、衣服を身につけさせたまま、宝玄仙を石化したので、当然に、その姿のまま、宝玄仙は石になっている。

 だから、まずはこうやって、裸の石像に変えていくのだ。

 金角の目的は、宝玄仙という興味ある人間族の女を手に入れることだが、そのためには調教して屈服させるという過程を踏まなければ、宝玄仙は素直にはならない気がする。

 

 金角は、彫像の表面を覆う膜を剥ぐかのように、布で表面を濡らしては、注意深く服を剥ぎとり続けた。

 裸にされていく過程の中で、わずかだが布の湿り気が宝玄仙の皮膚の部分にも触る。

 すると、そこだけが生身になる。

 宝玄仙の身体の中に、その生身になった部分を通じて、魔力、つまり霊気が吸収されていっていくのがわかる。

 なんという道術師だ。

 たったこれだけ石化を戻しただけで、自ら石化を解除しそうな感じだ。

 必要な魔力量が集まるには、まだまだ時間がかかるだろうから問題ないが、あまり石化を解除した部分が増えると、一気に必要量を集めそうな気配だ。

 

 それにしても、まったく、なんというやつだ。

 本来、魔力の多い種族である魔族よりも、遥かに魔力も魔術力も高い人間族など……。

 おそらく、石化の霊具などで罠にかけることなく、まともにやり合えば、間違いなく、金角は宝玄仙にかなわない。

 それだけでなく、おそらく魔力だけなら、宝玄仙は、魔域における、もっとも強力な魔王よりも魔力が強いと思う。

 石化して無力化してるとはいえ、宝玄仙を目の当たりにして、金角にはそれがわかった。

 

 金角は、長い時間をかけて、注意深く、衣服に当たる部分のみだけ石化を解除し、切り破いては服だけを取り除くというやり方を。繰り返した

 そして、最後の下着まで剥ぎ取り、やっと宝玄仙を全裸の状態にした。

 そのあいだ、『浄瓶』の水はほどんど、肌には当たらなかった。

 まだ、溜まった魔力は零に近いようだ。

 すると、部屋の扉が外から叩かれ、誰かが部屋に入ってきた。

 

「おう、姉さん、いい感じになったじゃないか」

 

 銀角だ。

 赤い棒と細剣を持っている。特に棒は重いらしく、銀角は棒を重そうに両手で持っていた。

 そのふたつの武器を宝玄仙の石像の視界方向に置く。

 また、腰には「紅ひさご」という瓢箪(ひょうたん)のかたちの宝具をぶらさげている。

 この宝具で銀角は見事に、宝玄仙を生け捕りにしてきたのだ。

 

「なんだい、その武器は?」

 

 金角は訊ねた。

 

「沙那と孫空女の武器さ。連中を捕らえた証拠に、宝玄仙にも見せてやろうと思ってね」

 

「なるほど……。ところで、そのふたりはどうしているんだい?」

 

「妖魔兵の相手をさせているよ、姉御。一匹一回ずつで、とりあえず、千回だ。千発分の精子をぶちこめさせている」

 

 銀角は笑った。

 金角は思わず、顔をしかめてしまった。

 

「馬鹿な――。ふたりを殺すつもりかい? 丁重に扱えとは言わないけど、殺しちゃならないと言ったはずさ」

 

 金角が考えているのは、最終的には、宝玄仙を隷属支配して、手下にすることだ。

 供の連中も、その宝玄仙の一部だろう。

 すると銀角が笑い出した。

 

「わかってるよ。冗談だよ、姉さん。そんなに、できるわけない。今日は、百匹だけだ。明日からは五十匹。必要によって、魔力で最低限の回復だけはさせる。その程度だったらいいだろう?」

 

 金角は嘆息した。

 もともと酷薄な性格をしている銀角だ。

 妹とはいえ、長く離れていたから、完全に一心同体というほどの間柄ではない。

 妖魔軍を束ねさせてはいるから、銀角が金角に背けば、面倒なことにはなる。

 あまり抑え込んでも、暴発してしまうかもしれない。

 まあ、多少の拷問は許容範囲だ。

 それに、銀角には、宝玄仙を手に入れたいという金角の考えは、まだ伝えていない。

 だから、銀角は宝玄仙にしても、その供たちについても、最後には殺すか、それとも、鎮元という天教の法師だという男に、宝物と引き換えに手渡すとしか思っていないはずだ。

 最後には処分するのだから、それほどには大切には扱う気もないと思う。

 まあいい……。

 

「やりすぎないようにしな。殺さないなら、なにをしてもいい」

 

 金角は頷いた。

 

「鎮元もここに来るまでだね。それまで、ここでゆっくり過ごすよ。それとも、ここに定住するのも悪くないね。西から残りの兵を呼びよせるかねえ」

 

 金角は言った。

 無味乾燥して、ほとんど植物も生えないような魔域の土地に比べれば、本当にこちら側は土が肥えていて、山の実りも豊かだ。

 魔王同士の争いの絶えない魔域に比べれば、ここは随分と平和にも感じる。

 人間族との戦わないですむなら、ここを魔族の生息地にするのは悪くない気もする。

 

「そうかい、金角姉さん。だったら、すぐにでも、残兵を率いてる倚海龍(いかいりゅう)に連絡しようか?」

 

「いや、まだいい……。鎮元が刻んだ魔域とここを結ぶ『移動術』の結界も、安定させることもできた。呼び寄せるのはいつでもできる。それよりも、近隣の人間族がどういう反応をするのか、もう少し見極めたい。天教とやらも、わたしら魔族が新しくここに勢力を築くのを傍観するのか不明だし」

 

「まあ、考えるのは姉さんに任せるよ。あたいにできるのは、暴れることくらいだ……。ところで、あたいも触っていいかい、姉さん?」

 

 銀角が『浄瓶』の水が注がれた容器に自分の手を浸した。

 そして、その濡れた指で、宝玄仙の片方の乳首の部分に触れた。

 すると、触られた宝玄仙の右乳首だけが生身になった。

 

「ほらほら、姉さん、反応してるさ。乳首が勃起しやがった。こいつ、結構、いたぶられて感じるなのかもね」

 

 銀角が指で濡れているほんの少しだけ生身になった片側の乳首をいじりながら笑った。

 確かに、宝玄仙は感じているようだ。

 銀角の言葉のとおりに、びんとそこだけ勃ってきた。

 

「多分、宝玄仙は“まぞ”というやつさ。嗜虐されると欲情するのさ。どれ、声を出させてみようかね」

 

 鎮元が嘲笑しながら語った言葉によれば、宝玄仙は二年ものあいだ、嗜虐的な調教により、考えられるあらゆる恥辱と屈辱を味わわされ続けたそうだ。

 宝玄仙の本当の性癖がなんであれ、性癖を心の底からの“まぞ”に作り替えられるには十分な期間だ。

 金角にはわかる。

 

 金角は、小さな杯を取り出すと、一個の杯に『浄瓶』から水を注ぎ、さらに紅い丸薬を器に入れた。

 その杯を持った手を振って、石像の宝玄仙の視界に映るように水に薬を溶かす。

 さらに、銀角がやっているのと同じように、指先だけ浄瓶の水に浸すと、その指で宝玄仙の唇に触れた。

 宝玄仙の口が生身に戻る。

 

「もう、口が開くだろう、宝玄仙。口を開けな。これを飲むと、喋れるようになる。もっとも、さっきの丸薬も一緒に飲むことになるけどね。この丸薬は生意気な雌を、あたしたちが、調教するときに使う薬だよ。飲めば、その固まった身体でも、怖ろしいほどに火照りきる。石でなければのたうち狂うほどにね」

 

 金角は杯を宝玄仙の口に杯を近づけた。

 宝玄仙の逡巡を感じた。

 媚薬とわかっていて飲みたくはないだろうが、生身の部分が多ければ、魔力を蓄えるのが早くなると思っていると思う。

 無理矢理に飲ませる手段はいくらでもあったが、宝玄仙は結局すぐに生身に戻された唇と静かに開く。

 金角は、その宝玄仙の口の中に、杯の水が注いでいく。

 石そのものだった口の石化が解け、舌も動くようになったみたいだ。

 水が喉の奥に入り、その場所の石化もなくなっていってるのがわかった。

 

「あっ、はああっ、ああっ……」

 

 声が出せるようになった途端に、宝玄仙は口から甘い声を出した。

 ずっと、銀角により乳首を刺激され続けていたのだ。

 大した愛撫ではないが、宝玄仙の反応は大きい。

 かなり感じてしまってるようだ。

 やはり、嗜虐に対する耐性はかなり弱いみたいだ。

 

「二年間、人間族の下衆の慰み者にされていたらしいからね。そんな風に躾られたのさ」

 

 金角にはわかる。

 嬲られて感じたくないのに、どうしようもなく疼くようにされてしまった身体……。

 宝玄仙は、かなり性格のきつい女だというが、もしかしたら、それも心と離れている感じやすい肉体がもたらす跳ね返りなのだろうか……。

 

「くっ」

 

 宝玄仙が口惜しそうに喉で音を鳴らすのが聞こえた。

 宝玄仙の唇が固く閉じられる。

 どうやら、声を出すのが屈辱のようだ。

 可愛いものだ。

 金角は、宝玄仙の反応に微笑みを浮かべた。

 

「随分、いい声で泣くじゃないか。供たちも随分と淫乱に仕上がっているしねえ」

 

 銀角が乳首を握る指に力を入れたのがわかった。

 

「痛いっ」

 

 唇の部分だけが生身の宝玄仙の口が動いて、悲鳴をあげる。

 金角はくすりと笑った。

 

「へえ、痛いかい、宝玄仙。じゃあ、これはどうだい?」

 

 一転して、銀角が柔らかく触りはじめる。

 

「あっ、くっ、はうっ」

 

 今度は甘い声を出した。

 すでに、浄水とともに飲ませた媚薬が効いているのだろう。

 生身になっている乳首の周囲と、脇からの部分から汗が一斉に滲みだしている。

 これは、かなり効いているようだ。

 

「こりゃあ、いい声で泣く玩具だねえ。面白いよ。こんなに綺麗だし、手放すには惜しいねえ。魔域に生き人形として、持ち帰りたいさ」

 

 銀角は浄瓶の水を溜めてある器に指先を濡らし直して、宝玄仙の反対の乳首に触れた。

 またしても、柔らかく擦りだす。

 宝玄仙の口から、口惜しそうな喘ぎ声が迸った。

 

「こいつは鎮元には渡さないよ。あたしの人形にするのさ」

 

 金角は言った。

 

「人形に? 鎮元はどうすんのさ、姉さん? こいつを引き渡す約束で、『紅ひさご』と『浄瓶』を借りたんだろう?」

 

「借りたつもりはないね。これは貰ったのさ。いや、やっぱり借りたことにするか。ただし、返すのは二千年くらい経ってからだ」

 

 金角は微笑んだ。

 

「そりゃあ、いいよ。あたいから、鎮元には伝えておくよ」

 

 銀角が大笑いした。

 そのあいだも、銀角は、金角と話しながらも、執拗な攻撃を宝玄仙の乳首に加えてくる。

 

「うう、はっ、くっ、ああっ、お、お前ら、いいかげんに……。はあっ」

 

 宝玄仙は震えるような声を出し続けている。

 無抵抗の状態でいたぶられる口惜しさに、宝玄仙が屈辱を噛みしめているのを金角ははっきりと感じた。

 

「あの男の怒る顔が目に浮かぶよ。もともと、気に入らない男だった。姉さんが話を受け入れたりしなければ、あたいは、多分、あいつをその場で殺していたと思うよ……。さて、そろそろ、股間も触ってやろうかな……。姉さん、いいかい?」

 

 銀角のくすぐるような巧みな愛撫に、宝玄仙はすでにかなり息を荒くしている。

 石化している間は、本来は呼吸の必要はない。

 だから、宝玄仙の口から出るのは、絞り出された官能の息だ。

 

「ほんの少しだけだ。生身にしすぎると、こいつは魔力を身体に集めて、自分で石化を解いてしまう。それほどの女なんだよ。こいつは」

 

「ほんの少しで十分さ」

 

 銀角が部屋の隅に行き、小さな絵筆を持ってきた。

 筆先を浄瓶のに浸けて、宝玄仙の股間を穂先でくすぐりだす。

 宝玄仙の股は、陰毛まで石化しているが、筆で濡れて柔らかさを取り戻した。銀角は肉芽の部分をすっすっと、筆で水に濡らす。

 

「や、やめないか──」

 

 宝玄仙は、生身になっている部分で、戦慄めいた身震いを示した。

 筆の穂先でくすぐられる肉の豆が小さく尖る。

 宝玄仙は切なそうな喘ぎ声を出し始めた。

 

「ねえ、宝玄仙、さっきも言ったけど、お前さえ承知すれば、教団には引き渡さないでおいてやるよ。お前の供も殺さない……。ただし、このあたしと『真言の誓約』を結んでもらう。隷属支配の契約をね」

 

 金角は、だんだんと声が昂ぶりだしている宝玄仙に言った。

 真言の誓約を使った「主従の誓い」にはいろいろとあるが、宝玄仙に結ばせようと思っているのは、限りなく、奴隷の誓いに近いものだ。

 この宝玄仙は、実際には魔力の力で、遥かに金角を上回っているのだ。

 それくらいしておかないと危険だ。

 

「じょ、冗談、言うんじゃないよ――。くあっ……」

 

 宝玄仙が喋り出すのを待っていたかのように、銀角が筆の動きを早くする。

 

「んああっ――」

 

 宝玄仙はたちまちに声をあげる。

 

「奴隷くらい誓っちまいな。そうしたら、お前の供の待遇も少しは考えてやるよ」

 

 銀角が宝玄仙の股間で筆を操る。

 

「ああっ、あああ──」

 

 宝玄仙がなんともいえない悲鳴をあげ、生身の局部と乳首をぶるぶると痙攣させた。

 その震える宝玄仙の局部を銀角は、遮二無二筆で愛撫を続ける。

 

「もう、やめてえ――」

 

 宝玄仙が吠えるように叫んだ。

 

「どうしたのさ、宝玄仙? ちょっと、筆でくすぐられたくらいでさあ」

 

 銀角が一度筆責めをやめて、宝玄仙の顔を覗き込みながら言った。

 そうしないと、顔を動かせない宝玄仙は、目の前の相手の顔を見ることはできない。瞳だって固定されているので、宝玄仙の視界は真っ直ぐ前だけなのだ。

 

「その感じなら、あたしと『隷属の誓い』を結んでくれそうだね?」

 

 金角は言った。

 本当は、支配関係はあるが主人側にも対価を求める『主従の誓い』でもいいかと思ったが、どうせなら『隷属の誓い』がいい。

 なにせ、相手は宝玄仙だ。

 通常の主従の誓いでは、こいつはいつの間にか、高い魔術力で強引に破棄し、逆に金角を乗っ取ってしまいかねない。

 それくらいの女のはずだ。

 下手に妥協せずに、しっかりと隷属した方がまだ安心だ。

 

「お、お前ら、ふ、ふざけるんじゃ……。ひいいっ――」

 

 宝玄仙が火のように昂ぶった悲鳴をあげた。

 後ろに回った銀角が今度は宝玄仙のお尻に筆を向けたのだ。

 すると、股間をくすぐったときとは比べものにはならないくらいに、激しく宝玄仙が反応した。

 

「うわっ、びっくりした」

 

 銀角が驚いている。

 金角も、まさかちょっと触っただけで宝玄仙があんなに悲鳴をあげるとは思ってもいなかった。

 銀角の筆はまだ宝玄仙のお尻を本格的に悪戯をしていない。

 まだ、その部分を生身に変えるために、少し濡らしただけだ。

 それなのに、宝玄仙はこれまでで最大の反応をした。

 

「どうやら、ここが宝玄仙の弱点のようだね、銀角。徹底的に責めるよ。それでこいつは堕ちる……」

 

 金角は、浄水に指を濡らして、宝玄仙の肛門の中に指を挿し入れた。

 排泄器官とは思えないくらいに、宝玄仙のお尻の中は柔らかくて、熱くて、いとも簡単に金角の指を根元まで受け入れた。

 こんなの金角でなくても、たっぷりと調教されたことがある尻の穴だということがわかる。

 金角は挿さっている指を尻穴の中で鈎状に曲げた。

 指先で粘膜を掻くように動かす。

 

「ひ、ひいいっ、んんっ――」

 

 宝玄仙が激しく反応した。

 

「ここがいいんだね、宝玄仙?」

 

「ち、違うっ――」

 

 宝玄仙は懸命に歯を食いしばって声を耐える仕草をした。

 どうやら、自分の弱点を隠したいみたいだ。

 金角は噴き出してしまった。

 

「なにが違うんだい、宝玄仙?」

 

 銀角だ。

 金角がお尻を責め出すと、銀角は筆責めの場所を再び股間に戻している。

 局部と尻穴を同時に責められて、宝玄仙は明らかに絶頂に向かう反応を示しだした。

 

「ひぎいっ―――」

 

 しかし、突然に宝玄仙が悲鳴をあげた。

 銀角が一転して肉芽を軽く捻ったのだ。

 頂点に達しそうだった宝玄仙の官能の波は、一気に冷めたはずだ。

 

「勝手にいくんじゃないよ、宝玄仙。いくのは、金角姉さんと“隷属”を結んでからさ」

 

 銀角が宝玄仙の肉芽を強くつねったまま、上下左右に振る。

 

「ひぎいっ、あぎいいっ、やめえっ、やめないか──。あがあああ」

 

 さすがに宝玄仙が悶絶するような悲鳴をあげる。

 だが、そろそろ終わりだ。

 金角はだんだんと蓄積していっている宝玄仙の中の魔力量に意識を向けた。

 わずか、これくらいの肌の部分だけで、しかも、この短時間のみで、これだけ魔力を集めるなど、本当に規格外の人間族だ。

 本当に魔族ではないのか?

 正直に、金角も息を呑む思いになった。

 

「今日はこれで終わりさ。明日の調教の時間まで、しばらく、これで遊んでおくれ、宝玄仙。隷属の誓いをするかどうかの返事はそのときに聞くよ」

 

 金角の指を肛門から抜き、尻穴用の淫具を出した。

 その表面にたっぷりと媚薬の油剤を塗りたくる。

 錯乱するほどに淫情に疼くだけじゃなく、かなりの痒みも発生させる媚薬だ。

 宝玄仙は発狂するほどの掻痒感に襲われるだろう。

 だが、石化すれば狂うことも、気絶もできない。

 受け入ていた感覚ごと石化するので、苦しみも永遠だ。

 これに耐えられるわけがない。

 金角は、宝玄仙の肛門にその油剤付きの張形を挿し込んでいった。

 

「うはあああっ―――。そ、それは……、あああっ、ああああっ」

 

 はやり反応は激しい。

 すっかりと張形が挿入されてしまうと、金角は張形に魔力を注いだ。

 張形がぶるぶると蠕動運動を開始する。

 

「ああっ、あああっ、いやあああ。だめえ、だめだようう」

 

 宝玄仙が甲高い嬌声をあげた。

 すぐにでも絶頂しそうな感じだ。

 本当に尻の穴が弱いのだと思った。

 

「簡単には昇天させないよ。ほら、こうだ──」

 

 銀角が肉芽をまた激しく抓った。

 だが、今度は、それさえも宝玄仙を追いつめる材料に変わってるみたいだ。

 ほとんど石化しているので、明確には判断できないが、おそらく、すぐにでも宝玄仙は快感を極めてしまうと思う。

 

 金角は銀角に視線を向けた。

 銀角が頷いて、宝玄仙の前に立った。

 小筆を戻して、腰の紅ひさごを手に取る。

 先端を宝玄仙の目の先に向ける。

 

「宝玄仙、こっちを見な」

 

 銀角がにやりと笑った。

 その手に持っている『紅ひさご』の口と視線を合わせると術が結ばれるのだ。

 だが、動けない宝玄仙には、真っ直ぐ前からそれを向けられれば、それを見る以外のことはできない。

 眼を閉じることさえできないのだ。

 すぐに、強い風が吹き抜けた。

 宝玄仙の身体で生身になっていた一部が石に戻った。

 もちろん、尻穴の淫具も一緒にだ。

 石になった以上、振動はしていないが、その刺激の感覚と達しそうだった快感のせり上がりについては、そのまま固まったと思う。

 その感覚は、次に一部を生身にして開放するまで、石像になった宝玄仙を襲い続ける。

 また、宝玄仙の中で溜まりかけていた魔力がまったく消滅したのもわかった。

 魔力については、完全に消失してしまう仕組みでもあるのだ。

 

「なかなかに哀れな顔だよ」

 

 銀角は笑った。

 宝玄仙が口を開いていたため、そのままの形で再び石化したのだ。

 確かに、物欲しそうで切なそうな情感たっぷりの艶っぽい表情をしている。

 

「ところで、さっきの尻穴の淫具はどうなっちゃたのさ、姉さん?」

 

「張形ごと、石化しちまったから、今頃は尻で欲情しまくっているよ。だけど、石になってしまったから、絶頂に達するどころか、一切の欲情が発散できない。激しい痒みも消えることなく味わい続けるしかない……。そのまま溜まるだけだ。次に、石化を解いたときには、いかせてくれと泣くんじゃないかい」

 

 金角は笑った。

 

「そりゃあ、いいよ。絶対に、一緒に見せておくれよ。こんな強そうな術遣いが泣くなんて、滅多に見れるもんじゃない。勝手に身体を開かないでおくれよ、姉さん」

 

「お前は、朱姫を気に入ったんだろう。それで、我慢するのよ」

 

 金角は苦笑した。

 

「そんなあ――。あの娘もいいけど、こいつもいいよ。気が強そうだけど、その分苛め甲斐もあるし……」

 

「いいから、それよりも、沙那と孫空女の様子を見ておいで。妖魔兵たちが調子に乗っている可能性もあるし、あの雇った人間族のふたりも、放っておくと毀しそうだ。まだ毀すんじゃないよ。壊れる寸前まではいいけど、その後は回復させる。やっていいのはそこまでだ」

 

 金角は釘を刺した。

 

「わかっているよ」

 

 銀角が腰に紅ひさごをぶらさげ直しながら出ていった。

 もちろん、石像の宝玄仙には反応はない。

 ただ、この世のものとは思えないほどの情欲の苦しみが襲いかかっているはずだ。

 金角は大きな布を取りだして、宝玄仙の頭から全身を包み、宝玄仙の視界を完全に閉ざしてしまった。

 

「なあ、宝玄仙──。もう、供の助けも期待できない。さっきはもしかしたら、魔力、いや霊気が溜まり直して、自力で石化を排除できるんじゃないかと思ったんじゃないかい? まあ、そういう希望というものは、下手な絶望よりも、余程に自分を追い詰めるよね……。とにかく、たっぷりと絶望しておくれ」

 

 一切の希望を失う絶望を金角はよく知っている。

 希望があるから絶望するのだ。

 与えられては消される絶望……。

 それは、人から助かりたいという心を完全に奪い去ってしまう……。

 ふと、身体に刻まれている消えない紋様を手で触れた。

 

 

 

 

 金角は、希望を与えられて、それを失っていく絶望をよく知っていた。

 調教する相手の心を折ろうとする者は、そうやって調教する相手の心を潰していくものだということも……。




「宝玄仙、聞こえているよね? お前たちの供は全員、捕えられたようよ……。いずれ、順番に引き合わせてやるよ……。変わり果てた姿でね……」

 目の前の金角が言った。
 もっとも、宝玄仙には返事をすることもできないし、視線を避けることもできない、逆に、同じ部屋にいる金角を見れるのも、金角が静止している宝玄仙の視界にいどうしてくれてきたときだけだ。
 とにかく、一切動くことができない。
 いまの宝玄仙は完全に石化された状態なのだ。

「つらいだろうねえ、宝玄仙……。意識があるのに、石になって動けないというのは、本当に苦しいと思うよ。だけど、あたしは会いたかったのさ。お前という女にね……」

 なんでこうなったのか……。
 とにかく、あの銀角と名乗った雌妖に、おかしな霊具を向けられ、それに意識を向けた瞬間に、強い風を感じて、気がつくと完全に石化をしてしまっていた。
 霊気だって消滅した。
 だが、死んだわけじゃない。
 こうやって、思考もできるのだ。
 つまりは、生きたまま人形にされてしまったというわけだ。
 なんてことだ……。

 それにしても、やはり、どう考えても、宝玄仙を石化するほどのあの霊具は、帝都にいるはずのいまの帝仙の曹国仙(そうこくせん)の宝具に間違いないと思う。
 『紅ひさご』だ。
 銀角の語ったことによれば、銀角もこの金角も、西域からやってきたらしい妖魔集団のようだ。
 しかも、あれだけの数の妖魔兵を率いてきた軍団長なのだから、おそらく、金角は「魔王」と呼ばれる存在のひとりに違いないと思う。
 つまりは、あの天教と西域の魔王のひとりである金角が結びつき、宝玄仙を襲撃したというわけだ。
 また、遥かに遠い西域から、ここまで金角たちを連れてきたのは、鎮元仙士(ちんげんせんし)だろう。
 あいつの移動術なら、それが可能なのだ。
 だが、天教が忌み嫌っている妖魔、つまりは魔族と、人間を蔑んでいるはずの西域の魔族の女王のひとりが結びつくなど、一体全体なんの冗談だ。
 そこまでして、天教は宝玄仙を討伐しようとしているのか……。

 いずれにせよ、ここは宝玄仙を捕えた妖魔軍が根城としている岩山の地下砦のようだ。
 そして、宝玄仙が立っているのは、その砦と妖魔軍を支配する金角という雌妖の私室らしい。
 豪華な調度品とさまざまな魔具が部屋には並んでいて、その部屋の中心付近に、宝玄仙は、まるで置物のように置かれていた。
 横には侍女の待機する部屋に通じる扉もあるようだが、金角もあまり呼ばないので滅多には来ない。

 朱姫も捕えられて、宝玄仙とともにここに連れ込まれた。
 宝玄仙は石化した状態でそれをずっと見ていた。
 朱姫は、銀角という妖魔軍の指揮官に捕まり、大勢の兵の前で服を破かれ、銀角の操る白蛇に凌辱されながら運ばれたのだ。
 それから朱姫がどうなったかはわからない。
 銀角というこの金角の妹が、自分の部屋に連れていった気配だったが、細部は不明だ。
 いずれにせよ、朱姫を助ける手段も朱姫の無事を確認する手段もない。
 沙那と孫空女については、もっとわからない。
 襲撃のときに、あのふたりだけは逃亡させたので、無事でいてくれればいいと思う。
 助けがあるとすれば、あのふたりしかない。

「さて、宝玄仙、そろそろ、調教の時間さ。うちの銀角は、あんたのところの朱姫という半妖の娘に興味を抱いたみたいだけど、あたしの望みはあんただよ。あのお喋りの鎮元がこの話を持ってきたとき、あたしはあんたに興味を抱いた。あんたが欲しくなったのさ」

 金角が宝玄仙に語りかけながら、視界の外から一個の青磁の水差しを取ってきた。
 はっとした。
 あれは、『紅ひさご』と一対の宝具である石化解除用の『浄瓶』だ。
 浄瓶は一個の水差しであり、傾けると注ぎ口から無限の水が出て、それで身体を濡らすると、あっという間に石化が解除されるのだ。
 金角は、その浄瓶の水を宝玄仙の横の台の上に持ってきたある平らな器に注いだ。

「ところで、宝玄仙、これは『浄瓶(じょうびん)』という霊具さ。鎮元が、『紅ひさご』と一緒に持ってきたんだ。ふたつでひと組の宝具の霊具だそうだ」

 宝玄仙の心中に応じるかのように金角がそう言った。
 そして、金角は、布を水に一度浸して固く絞った。
 それで宝玄仙の胴体の部分を拭く。
 すると、湿った布が触った表面が石から普通の巫女服に戻った。
 その布になった部分を金角が引き破る。
 宝玄仙は、やっとなにを金角がやろうとしているのかわかった。
 石化した宝玄仙の服の部分だけを『浄瓶』の水で、元に戻して服を取り去ろうとしているのだ。
 それを宝玄仙自身には、水が触れないように注意しながらやろうとしているらしい。

 しかし、宝玄仙はしめたと思った。
 金角は布だけを濡らしたいようだが、服の石化が解けると、どうしても肌の部分に微かに水が染みて、肌の一部が生身に変わったからだ。
 これは、反撃の機会だ。
 なにしろ、少しでも石化した肌が戻れば、そこから霊気を吸収できる。

 少しずつでもいい……。
 しっかりと、身体に貯めていけば、いつかは石化を自分で戻せるだけの霊気が集まるはずだ。

 金角は彫像の表面を覆う膜を剥ぐかのように、布で表面を濡らしては注意深く服を剥ぎとり続ける。
 裸にされていく過程の中で、わずかずつだが、布の湿り気が宝玄仙の皮膚の部分にも触る。
 すると、そこだけが生身になる。
 宝玄仙は、懸命にその生身になった肌を通して霊気を集めた。
 あまりにもわずかな霊気しか吸収できないので、かなりの時間はかかりそうだが、これで希望は生まれた。

 一方で金角は美しい顔立ちをしている雌妖だ。
 だが、身体は大きい。
 おそらく、妖魔としても巨漢女であり、逞しい筋肉をしている。
 また、肌も露わな薄物を身に着けており、そこから肌がよく見えていた。
 金角の肌には、たくさんの刺青があり、おそらく、それらは金角の身体を他人が操るための魔術紋だと思う。
 呪術のようだから、通常の術では消滅させることができないのだとは思うが、魔王ほどの存在でありながら、なんでわざわざ他人が自分を弄ぶための手段のような魔術紋を身体に刻ませているのか……。
 宝玄仙は首を傾げたくなった。

 長い時間をかけて、宝玄仙は全裸の状態にされた。
 見かけによらず、この金角は繊細な仕事をやった。
 宝玄仙の肌には残念ながら、ほとんど『浄瓶』の水は当たらなかった。
 まだ、溜まった霊気は石化術を解除するにはかなり少ない。
 すると、部屋の扉が外から叩かれ、誰かが部屋に入ってきた。

「おう、姉さん、いい感じになったじゃないか」

 銀角の声だ。
 その銀角が、宝玄仙の前に回り込んで、裸身の彫像になった宝玄仙を眺めまわした。

「なんだい、その武器は?」

 金角は訊ねた。
 一方で、宝玄仙は目を見張った。
 銀角が持っているのが、沙那の剣と孫空女の『如意棒』だとわかったからだ。

「沙那と孫空女の武器さ。連中を捕らえた証拠に、宝玄仙にも見せてやろうと思ってね」

 銀角が笑い声をあげながら、ふたつの武器を宝玄仙の視界に入るように壁に立てかける。
 宝玄仙は、内心で歯噛みした。
 あいつらまで捕らわれたのは、間違いなさそうだ。
 先に捕まった宝玄仙と朱姫を救出しようとして、逆に拿捕されたのかもしれない。

「なるほど……。ところで、そのふたりはどうしているんだい?」

「妖魔兵の相手をさせているよ、姉御。一匹一回ずつで、とりあえず、千回だ。千発分の精子をぶちこめさせている」

 銀角が事も無げに言った。
 宝玄仙はびっくりした。
 そんなに大勢を相手にできるわけがない。
 さすがの沙那と孫空女も、身心ともに毀されてしまうだろう。

「馬鹿な――。ふたりを殺すつもりかい? 丁重に扱えとは言わないけど、殺しちゃならないと言ったはずさ」

 金角が顔をしかめた。
 すると、銀角が笑い出した。

「わかってるよ。冗談だよ、姉さん。そんなに、できるわけない。今日は、百匹だけだ。明日からは五十匹。必要によって、魔力で最低限の回復だけはさせる。その程度だったらいいだろう?」

 宝玄仙は少しだけほっとした。
 だが、百匹を相手にするということさえ、あのふたりには限界を超えるかもしれない。
 明日からは五十匹だと言っているが、一日の五十人の性の相手をさせるということだろう。
 回復はさせると言っているが……。

「やりすぎないようにしな。殺さないなら、なにをしてもいい」

 金角は諦めたように言った。
 なぜか、金角はふたりを酷く痛めつけるのは乗り気ではないようだ。
 しかし、銀角がやろうとしている拷問のような責め苦を積極的にやめさせる気もない気配だ。
 まあ、命までは奪わないということのようだが……。

「鎮元もここに来るまでだね。それまで、ここでゆっくり過ごすよ。それとも、ここに定住するのも悪くないね。西から残りの兵を呼びよせるかねえ」

 金角は言った。
 その言葉で、やはり鎮元戦士が絡んでいることが宝玄仙の中で確定した。
 ならば、あの霊具は、帝仙である曹国仙の宝物に間違いない。

「そうかい、金角姉さん。だったら、すぐにでも、残兵を率いてる倚海龍(いかいりゅう)に連絡しようか?」

「いや、まだいい……。鎮元が刻んだ魔域とここを結ぶ『移動術』の結界も、安定させることもできた。呼び寄せるのはいつでもできる。それよりも、近隣の人間族がどういう反応をするのか、もう少し見極めたい。天教とやらも、わたしら魔族が新しくここに勢力を築くのを傍観するのか不明だし」

 ここに妖魔の領域を築く?
 天教や人間族の影響の及ばない西域とは異なり、ここは人間族の国とは離れている緩衝地帯とはいえ、ここに大勢の魔族、つまり、妖魔が棲みつくなど、天教が許すわけがない。
 それがわかれば、大規模な戦争になるのは間違いない。
 天教も、宝玄仙を捕えるのに利用したことなど忘れたように、手のひらを返して、妖魔討伐の檄を発するに決まっている。
 こいつら馬鹿か──。

「まあ、考えるのは姉さんに任せるよ。あたいにできるのは、暴れることくらいだ……。ところで、あたいも触っていいかい、姉さん?」

 銀角が『浄瓶』の水が注がれた容器に自分の手を浸した。
 そして、その濡れた指で、宝玄仙の片方の乳首の部分に触れる。
 触られた宝玄仙の右乳首だけが生身になる。
 その生身の乳首から甘い衝撃が全身に伝わった。
 ほかの部分が石化している分、たったひとつだけ生身にされた場所に全身の神経が集中している感じだ。

「ほらほら、姉さん、反応してるさ。乳首が勃起しやがった。こいつ、結構、いたぶられて感じるなのかもね」

 宝玄仙を嘲笑する銀角の指が乳首から離れようとしない。
 宝玄仙は、たちまちに、そこから身体に流れ出す官能に翻弄されはじめた。
 石化されていなければ、とっくに宝玄仙は屈辱的な声をあげていただろう。
 それくらい、銀角の指使いは巧みだった。

「多分、宝玄仙は“まぞ”というやつさ。嗜虐されると欲情するのさ。どれ、声を出させてみようかね」

 一方、金角は小さな杯を取り出すと、『浄瓶』から水を注いで、さらに、紅い丸薬を器に入れた。
 その杯を持った手を振って、水に薬を溶かしている。
 次いで、金角は指先を浄瓶の水で濡らしてから、その指で宝玄仙の唇に触れた。
 宝玄仙の口が生身に戻った。

「口が開くだろう、宝玄仙。口を開けな。これを飲むと、喋れるようになる。もっとも、さっきの丸薬も一緒に飲むことになるけどね。この丸薬は、生意気な雌を、あたしたちが、「調教」するときに使う薬だよ。飲めば、その固まった身体でも、怖ろしいほどに火照りきるはずさ」

 金角は、そう言って宝玄仙の口に杯を近づけた。
 媚薬とわかっていて飲みたくはない。
 だが、生身の部分が多ければ、霊気を蓄えるのが早くなる。
 喉が生身になれば、口で息もできる。
 集められる霊気も桁違いになるはずだ。
 ここは、飲んでおく方がいい。
 宝玄仙は口を開いた。
 その宝玄仙の口の中に、杯の水が注がれる。

「あっ、はああっ、ああっ……」

 声が出せるようになった途端に、口から嬌声が洩れ出てしまった。
 ずっと、銀角により乳首を刺激され続けていたのだ。
 もう、右の乳首は蕩けるように熱くなっている。

「二年間、人間族の下衆の慰み者にされていたらしいからね。そんな風に躾られたのさ」

 金角の口元が蔑むように笑ったように見えた。
 宝玄仙は口惜しかった。
 そんなことを金角が知っているのは、あの鎮元仙士がべらべらと宝玄仙の恥を風潮しているのだろう。
 天教にしても、鎮元仙士にしても、どこまでも宝玄仙を愚弄する。

「くっ」

 宝玄仙はまたもや、声をあげてしまった。
 銀角の乳首への刺激が強くなったのだ。
 これ以上、醜態をさらすのが嫌で、宝玄仙は懸命に口をつぐんだ。

「随分、いい声で泣くじゃないか。供たちも随分と淫乱に仕上がっているしねえ」

 銀角が乳首を握る指に力を入れた。

「痛いっ」

「へえ、痛いかい、宝玄仙。じゃあ、これはどうだい?」

 一転して、銀角が柔らかく触りはじめる。
 また、乳首から全身を震わすような快感が拡がる。
 宝玄仙の口から、すぐにくぐもった悲鳴が漏れてしまった。

「こりゃあ、いい声で泣く玩具だねえ。面白いよ。こんなに綺麗だし、手放すには惜しいねえ。魔域に生き人形として、持ち帰りたいさ」

 銀角が指に浄瓶の水を漬け直して、反対の乳首への刺激を始めた。

「ああっ」

 宝玄仙は耐えられずに、声を張りあげてしまった。

「こいつは鎮元には渡さないよ。あたしの人形にするのさ」

「人形に? 鎮元はどうすんのさ、姉さん? こいつを引き渡す約束で、『紅ひさご』と『浄瓶』を借りたんだろう?」

「借りたつもりはないね。これは貰ったのさ。いや、やっぱり借りたことにするか。ただし、返すのは二千年くらい経ってからだ」

 金角は微笑んだ。
 すると、銀角が大笑いした。

「そりゃあ、いいよ。あたいから、鎮元には伝えておくよ」

 その銀角のくすぐるような巧みな愛撫に、宝玄仙はだんだんと息を荒くした。
 石化しているあいだは、必ずしも呼吸の必要もないようだ。
 だから、宝玄仙の口から出るのは、絞り出された官能の息なのだ。

「うう、はっ、くっ、ああっ、お、お前ら、いいかげんに……。はあっ」

 宝玄仙は震えるような声を出した。
 無抵抗の状態でいたぶられる口惜しさに、宝玄仙は屈辱を噛みしめた。

「あの男の怒る顔が目に浮かぶよ。もともと、気に入らない男だった。姉さんが話を受け入れたりしなければ、あたいは、多分、あいつをその場で殺していたと思うよ……。さて、そろそろ、股間も触ってやろうかな……。姉さん、いいかい?」

 銀角が一度宝玄仙から離れる。
 戻って来たときには、小さな絵筆を手に持っていた。
 銀角が小筆を浄瓶の水に浸けて、宝玄仙の股間に持ってくる。
 そして、その筆が股間でくすぐるように動かされる。
 
「や、やめないか──」

 宝玄仙は悲鳴をあげた。
 筆の穂先でくすぐられた生身になり、その肉の豆が小さく勃起したのがわかる。
 自分の意思を裏切って、身体が燃えたちだしたことを宝玄仙は意識した。

「ねえ、宝玄仙、さっきも言ったけど、お前さえ承知すれば、教団には引き渡さないでおいてやるよ。お前の供も殺さない……。ただし、このあたしと『真言の誓約』を結んでもらう。隷属支配の契約をね」

「じょ、冗談、言うんじゃないよ――。くあっ……」

 宝玄仙が喋り出すのを待っていたかのように、銀角が筆の動きを早くする。
 口から大きな嬌声が迸る。

「んああっ――」

 せめて、口を閉ざそうとする。
 だが、銀角の筆がそれをさせない。
 口からは声が出続ける。
 筆の愛撫と呼応して、じんじんとする陶酔が身体の内側から込みあげる。
 
「奴隷くらい誓っちまいな。そうしたら、お前の供の待遇も少しは考えてやるよ」

 銀角が宝玄仙の股間で筆を操る。

「ああっ、あああ──。もう、やめてえ――」

 宝玄仙は自分でも情けない声を出した。
 石化された身体の一部だけを生身に戻されて、そこに愛撫をされてよがらせられる屈辱──。
 その汚辱が宝玄仙に、息もとまらせるような快感を送り込む。

「どうしたのさ、宝玄仙? ちょっと、筆でくすぐられたくらいでさあ」

「その感じなら、あたしと『隷属の誓い』を結んでくれそうだね?」

 ふたりが宝玄仙を嘲笑するように会話をする。
 口惜しい──。
 だが、この屈辱が宝玄仙をさらに追い詰める。

 そのときだった。
 宝玄仙の背後に回った銀角が、濡らし直した筆で宝玄仙の肛門に当てたのだ。
 宝玄仙はまるで火で炙られたかのような熱さを感じてしまい、これまでで一番大きな声を迸らせた。

「お前ら、ふ、ふざけるんじゃ……。ひいいっ――」

「うわっ、びっくりした」

 一瞬、筆を離した銀角がきょとんとした口調で言った。
 宝玄仙は激しい反応を示してしまった自分に羞恥した。

「どうやら、ここが宝玄仙の弱点のようだね、銀角。徹底的に責めるよ。それでこいつは堕ちる……」

 金角が宝玄仙に見えるように、にやりと微笑みかけた。
 冗談じゃない――。
 宝玄仙は否定しようとした。
 しかし、金角が宝玄仙の尻の穴に指を入れて、鈎状に曲げて内側を刺激する。
 宝玄仙はこれに弱い。
 この尻で受ける快楽が宝玄仙は嫌いだ。
 感じたくない肛門を身体のどこよりも感じる場所に変えさせられたあの恥辱の日々を思い出すからだ。
 だが、それがいい。
 この屈辱こそが、宝玄仙に震えるほどの愉悦をもたらすのもたしかだ。

「ひ、ひいいっ、んんっ――」

 宝玄仙が激しく反応した。

「ここがいいんだね、宝玄仙?」

「ち、違うっ――」

 宝玄仙は叫んだ。
 そんな場所は、宝玄仙の弱点じゃない――。
 そう自分に言い聞かせる。
 この荒れ狂うような欲情は、金角が浄瓶の水とともに飲ませた薬のせいだ。
 だが、もうひとりの宝玄仙がもっと触って欲しいと、宝玄仙の心の中で主張している。
 あいつは、この恥辱の快感を求め欲している。

「ああっ、あああっ、ああああっ、いやだ──。いやなんだ──。もういじめられるのは嫌だよお──。いやあああ、あああっ」

 宝玄仙は声をあげた。
 こんな妖魔に翻弄されることが悔しい。
 だが、その恥辱が宝玄仙の中で拡がると、なぜかそれが宝玄仙を興奮させる。
 股間が疼くのだ。
 石化しているはずの全身に妖しい快感が生まれ出る。

 宝玄仙の中に焦りが拡がる。
 いつもそうだ――。
 認めたくはない。
 だが、あの二年間、三人の八仙に刻まれた被虐の種子が宝玄仙から消え去ってくれない。
 供を激しく責めたときは、そこから感じることのできる心からの嗜虐の愉悦で宝玄仙は、あの恥辱を忘れ去ることができる。

 だから、宝玄仙は三人の供を苛めなければならない。
 あれがあることで、宝玄仙は宝玄仙でいられる。
 三人の供の存在は、宝玄仙を宝玄仙でいさせてくれるために大事なものだ。
 だが、ひとたび被虐を受け入れると、もうどうしようもなくなるのだ。
 不本意にも恥辱を求めてしまう別の自分が生まれてくる。

 そして、その別の自分――宝玄仙ではない、もうひとりの宝玄仙に身体を乗っ取られそうになる。

 いや、その宝玄仙は、ずっと存在していたのだ。
 二年間の嗜虐に耐え、それを受け入れることで、宝玄仙を護ってきた宝玄仙の別の人格――。
 その人格を自分の中に作ることで、宝玄仙は本来の人格を闘勝仙たちから護りきった。
 あの嗜虐の日々にも耐え、復讐の努力を続けさせ、そして、それを果たした。
 宝玄仙の作りあげた人格は、完全に闘勝仙らに被虐を覚え込まされて、屈服し調教された。
 だが、本来の人格は、お陰で無傷だったのだ。
 宝玄仙は勝ったのだ。

 だが、使命の終わったその人格は、いつまでも消滅しなかった。
 本来の宝玄仙の人格と融合もせず、厳として存在し続けた。
 宝玄仙は、その人格を眠らせるしかなかった。

 だが、じわりと再び存在を示し始めたもうひとりの宝玄仙の人格――。

 それは、恐怖でしかない。
 自分が別の自分に変わるのだ。
 狂おしく震えるほどの被虐の快楽の向こうにあるもうひとりの宝玄仙──。
 それが姿を見せ始める。
 その人格が、いまの宝玄仙を消し去ろうとするのではないか……。

「なにが違うんだい、宝玄仙?」

 銀角が筆責めの場所を再び股間に戻した。
 局部と尻穴を同時に責められて、宝玄仙はいよいよ宝玄仙は追い詰められた。

 だめだ──。
 いきそう──。
 こんな雌妖たちの前で──。

 宝玄仙は歯を喰い縛ろうとしたが、快感に翻弄されてそれができない。
 この雌妖たちめ――。
 調子に乗りやがって……。
 腹が煮え返るが、なにもできない。
 なにもできないことが、別の宝玄仙をさらに表に押し出してくる。

 銀角の筆が肉芽をくすぐり、こすり、弾く。
 金角の指は、肛門を抉って、内側の粘膜を柔らかく掻き続ける。

 込みあがる―――。
 いよいよ、あがってくる―――。
 絶頂がやってくる。
 被虐の絶頂だ。
 嫌だ―――。
 これは被虐の絶頂だ。

 闘勝仙たちはいない。
 御影もいない──。
 みんな殺した──。
 皆殺しにした。

 しかし、連中は、殺してもなお、宝玄仙を苦しめる亡霊だ。
 その亡霊だけは、宝玄仙から消えてくれない。
 宝玄仙が眠らせていた別の人格さえも、こうやって石化されていたぶられることで、起きあがり出している。

 全身に愉悦が走る。
 金角と銀角から与えられる快楽で達しそうだ。

 しかし、いきなり股間を抓られて、激痛が身体を貫いた。
 
「ひぎいっ―――」


「勝手にいくんじゃないよ、宝玄仙。いくのは、金角姉さんと“隷属”を結んでからさ」

 銀角が宝玄仙の肉芽を強くつねったまま、上下左右に振る。

「ひぎいっ、あぎいいっ、やめえっ、やめないか──。あがあああ」

 激痛に宝玄仙は悲鳴をあげた。
 頂点に達しそうだった宝玄仙の官能の波は一気に冷める。

「今日はこれで終わりさ。明日の調教の時間まで、しばらく、これで遊んでおくれ、宝玄仙。隷属の誓いをするかどうかの返事はそのときに聞くよ」

 金角の指が肛門から抜かれた。
 ほっとしたのも束の間、なにか細い棒のようなものが、宝玄仙の肛門に差し込まれ始めた。
 それを防ぐ手段は宝玄仙にはない。

「うはあああっ―――。そ、それは……、あああっ、ああああっ」

 肛門の中の棒は、宝玄仙のお尻の中で膨れあがるように、強い存在感を示す。
 それが、いきなり宝玄仙のお尻の中で暴れだした。

「ああっ、あああっ、いやあああ。だめえ、だめだようう」

 宝玄仙が甲高い嬌声をあげた。
 あっという間に、再び宝玄仙は達しそうになった。

「簡単には昇天させないよ。ほら、こうだ──」

 銀角がまた肉芽を激しくつねった。
 だが、今度は、それさえも宝玄仙を追いつめる材料に変わる。
 嗜虐の火がだんだんと拡がっていく。

 嫌だ――。
 このままでは――。

 しかし、もう少しでもある――。
 そろそろ、霊気もそれなりに溜まる。
 まだ、十分ではないが、このまま屈辱に耐えてさえいれば……。

「宝玄仙、こっちを見な」

 銀角がにやりとしている。
 その手には『紅ひさご』があった。
 その霊具の口と視線を合わせると術が結ばれる。
 それはわかっている。
 だが、動けない宝玄仙には、真っ直ぐ前からそれを向けられれば、それを見る以外のことはできない。
 眼を閉じることさえできないのだ。
 強い風が吹き抜けた。
 溜まりかけていた霊気が体内からまったく消滅した。

 しかも、口を開いていたため、そのままの形で再び石化している。
 だが、唯一、肛門に挿し込まれている魔具だけが暴れ回っている。
 いや、実際には動いていないのかもしれないが、宝玄仙はそれをしっかりと知覚している。
 それに痒い──。
 お尻が痒くて狂いそうだ。
 さらに、この絶頂寸前の追い詰められている快感のせりあがり──。
 それさえも、そのまま凍結して宝玄仙に襲いかかり続けている。

 消えない──。
 それらが逃げていかない──。
 助けて──。
 こんなもの耐えられるはずがない。

 石化した宝玄仙の中で圧倒的な淫情が爆発する。
 だが、どこにも出ることのない官能の嵐だ。
 宝玄仙の内部のみで沸き起こり、どんどんと膨れあがる。

「なかなかに哀れな顔だよ……。ところで、さっきの尻穴の淫具はどうなっちゃたのさ、姉さん?」

 銀角が金角に訊ねている。

「張形ごと、石化しちまったから、今頃は尻で欲情しまくっているよ。だけど、石になってしまったから、絶頂に達するどころか、一切の欲情が発散できない。激しい痒みも消えることなく味わい続けるしかない……。そのまま溜まるだけだ。次に、石化を解いたときには、いかせてくれと泣くんじゃないかい」

「そりゃあ、いいよ。絶対に、一緒に見せておくれよ。こんな強そうな術遣いが泣くなんて、滅多に見れるもんじゃない。勝手に身体を開かないでおくれよ、姉さん」

「お前は、朱姫を気に入ったんだろう。それで、我慢するのよ」

「そんなあ――。あの娘もいいけど、こいつもいいよ。気が強そうだけど、その分苛め買いもあるし……」

「いいから、それよりも、沙那と孫空女の様子を見ておいで。妖魔兵たちが調子に乗っている可能性もあるし、あの雇った人間族のふたりも、放っておくと毀しそうだ。まだ毀すんじゃないよ。壊れる寸前まではいいけど、その後は回復させる。やっていいのはそこまでだ」

「わかっているよ」

 銀角は出ていった。
 だが、いまの宝玄仙には、沙那や孫空女のことを心配する余裕はない。
 逃れられない荒れ狂う淫情の暴風と、少しずつ存在感を示し始めたもうひとりの宝玄仙と戦っていた。

「なあ、宝玄仙──。もう、供の助けも期待できない。さっきはもしかしたら、魔力、いや霊気が溜まり直して、自力で石化を排除できるんじゃないかと思ったんじゃないかい? まあ、そういう希望というものは、下手な絶望よりも、余程に自分を追い詰めるよね……。とにかく、たっぷりと絶望しておくれ」

 その宝玄仙を大きな布が包み、目の前が真っ暗になった。
 宝玄仙を深い絶望が襲いかかったのがわかった。


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87  復讐開始と第二の人格

「初日から、途中でくたばんじゃねえ――」

 

 顔面に水をぶつけられた。

 気がつくと、薄暗い部屋で仰向けになっていた。

 

「気がついたか、孫空女」

 

 顔の上に、明月(めいげつ)清風(せいふう)の顔があった。

 自分は、どうしたのだろう……?

 確か……?

 いや――。

 そうか……。

 

 確か、数十匹もの妖魔に凌辱された。

 媚薬を股間に塗られていた孫空女は、不本意にもよがり狂ってしまい、犯されることで肉欲に狂う自分を制御できなかった。

 次から次に欲情しきった股間に肉棒を突っ込まれて、半狂乱になったことだけは覚えている。

 それから、どうなったかわからない。

 

「……こ、こ……こは?」

 

 自分の声が信じられないくらいに枯れていて、しかも、全身のどこにも力が入らないくらいに疲労困憊していることに気がついた。

 

「ここは調教部屋だ。今日からお前たちのねぐらになる牢には、後で連れていく」

 

 明月が言った。

 

「さ、沙那は……?」

 

「沙那は、牢で休ませているぜ。可哀そうに、気を失ったお前の分も引き受けたんだ。完全に白目を剥いていたが、それでも百五十匹の妖魔兵との性交を終わらせた。それに比べれば、お前なんてえのは、半分の五十匹目で気を失うから、その分を沙那が受け持たなくちゃあならなかったんだぜ」

 

 驚いた。

 孫空女は身体を起こそうとしたが、両手と両足を台の四隅に伸ばして拘束されている。

 頑丈な鎖で逃げることはできない。

 あの鼻鉤は外されているようだ。

 もちろん、全裸だ。

 股間に違和感がある。

 大量の精液が膣内に残ったままでいるのは間違いないが、少しは裂けているのかもしれない。

 

「明日からは、ひとりにつき一日五十匹がお前たちの受け持ちになった。今日の半分だ。ありがたく思うんだな――。お前らが壊れてしまわないようにという銀角様の配慮だ。今度、お会いしたら、しっかりと礼を言うんだぜ。それと、しっかり励むんだ」

 

 明月が言った。

 

「沙那は……、ろ、牢にいるの……かい……?」

 

「お前が心配することじゃねえ。お前は、これから、俺たちに拷問されるんだ」

 

「ご、拷問?」

 

 次の瞬間、明月の両手が手首を拘束されている右の親指を掴んだ。

 清風は左の親指だ。

 その指がそれぞれに体重をかけて、関節の反対方向に曲げられた。

 容赦なく親指がありえない方向に無理矢理にねじ折れる。

 

「ひぎゃあああっ」

 

 孫空女は絶叫した。

 両方の親指が完全に折れる感触が伝わった。

 折れた親指を乱暴に動かされる。

 

「がああぁぁぁっ――ひぎゃあああっ――あがああああ――」

 

 孫空女は恥も外聞もなく悲鳴をあげた。

 味わったことのない激痛が走る。

 その孫空女の顔の上に、絹の布が被せられる。

 

「水が飲みてえだろう、孫空女。たっぷりと飲みな」

 

 布の上から水が被せられた。

 孫空女は、口の中に絹布を通して水が浸透してくるのを感じた。

 だが、ぺったりと鼻の穴と口に絹布が張り付き息が遮断された。

 孫空女は慌てた。

 四肢を拘束されている孫空女には、顔の布を払いのけることができない。

 降りかかる水は止まったが、布は避けて貰えない。

 だんだんと苦しくなる――。

 孫空女は、思い切り吠えた。

 

「これから、お前は声を出すな。悲鳴もあげるんじゃねえ。お前が悲鳴をあげなけりゃあ、布は取ってやる。だが、声を出せば、いつまでもこのままだ」

 

 明月の声だ。

 右手の折れた指が、また乱暴に動かされる。

 孫空女は、必死に悲鳴をあげそうになるのを耐える。

 

 もう苦しい――。

 頭の中にもやのようなものが拡がる。

 

 意識が遠くなる。

 

 そして、だんだんと……。

 

 不意に顔の布が除けられた。

 息が入ってくる。

 孫空女は懸命に息を吸った。

 

「盛大に息をしているな――、孫。そんなに生きたいか?」

 

 明月だ。

 その明月が、今度は両手で薬指を握った。

 孫空女の心に恐怖が拡がる。

 

 薬指がだんだんと手の甲に向かって曲げられる。

 

「や、やめろ――」

 

 孫空女は叫んだ。

 すると、清風が孫空女の顔に濡れた布を置いた。

 布に水がかけられる。

 また、呼吸が遮断される。

 

 孫空女は、恐怖を感じて力の限り口で息を吸う。

 だが、濡れた布が口に張りつくだけで、息は入ってこない。

 

「喋んじゃねえって、言っているだろう。言っておくが、俺たちは、お前なんか死ねばいいと思っている。金角様、銀角様に禁止されているから、指で我慢している。本当なら、その赤い髪を一本一本むしるところだ――」

 

 そんな声を耳にしながら、孫空女は新鮮な息を求めて布を吸う。

 しかし、そんなものはどこにもない。

 また、頭の中に霧がかかる。身体の感覚も次第になくなっていく。

 

「俺たちは死のうと思ったんだ。だが、この妖魔軍に拾われた。孫空女。お前らがやってきたとき、俺たちは、夢じゃないかと疑ったくらいだ」

 

「あれから、つらい目にあった。教団には戻れず、惨めに彷徨(さまよ)った。死ななくてよかった。こうやって、復讐の機会が得られるのだからな」

 

「知らねえだろうけど、あれから、俺の一物は一度も勃起したことがない。清風のものは知らないけどな。多分、そういう機能は壊されちまったんだろうな。いろいろなことをしてくれたものな――」

 

「そういえば、覚えているか、孫……。あの変態女法師が、俺たちに、自分で勃起した肉茎を斬り落とせと言ったときには、お前は手を叩いて笑ったものな」

 

 清風と明月が変わりばんこに喋りかける。

 もう、ほとんど身体の感覚がない。

 息を求める喉の奥が鳴る。

 

 もうすぐ死ぬ――。

 孫空女は死を覚悟した。

 

 苦しさが消えていく……。

 だんだんと……。

 すると、すっと楽になり……。

 

「ぷはあっ」

 

 そのとき、布が外された。

 息が入ってくる。

 それとともに、意識も戻っていく。

 そのとき、孫空女は自分の股間から尿が流れていることに気がついた。

 

「小便もらしたのかい――、孫空女。それとも、妖魔どもの精液を自分で洗い落したかったのかよ?」

 

「心配しなくても、後で俺たちが洗ってやるよ。俺たちの仕事だしな。もう、お前らの身体を見ても欲情しやしねえ。動物の身体を洗うようなものだ」

 

 明月と清風が笑った。

 孫空女は、ふたりの顔を睨みつけた。

 

 必ず、また復讐してやる――。

 だが、清風が薬指を掴んだとき、屈辱よりも恐怖が走った。

 すぐに、指が折れる音がはっきり聞こえた。

 孫空女は、獣のような悲鳴をあげた。

 

「本当に物覚えの悪い“もの”だな」

 

 また、顔に布――。

 濡れている布は、顔に乗せられただけで、息を遮断する。

 

 助けて――。

 孫空女は、叫ぼうとして思い留まった。

 喋ったら、今度は布をどけてもらいないかもしれない。

 布の上から水がかけられる。

 

「孫空女、身体を傷つけてはならんと命じられているが、指だけはいいと言われているんだ。お前らは武器を持つと強いからな。二度と武器を持てない身体にすることは、むしろやって欲しいことらしい」

 

 明月が、もう折れている親指を掴んだ。

 そして、折れている骨を今度はさらに捩じり折った。

 

 信じられないような激痛が走る――。

 

 悲鳴を我慢する必要はなかった――。

 その痛みで孫空女の意識は失われた。

 

 

 *

 

 

 今日で、三日目……。

 

 唇を濡らした途端、宝玄仙がなにかを求めるように口を開けた。

 その唇は震えている。

 なにかを喋りたいのだ。

 

 だが、まだ喋れない。

 舌が石化したままだ。

 『浄瓶』の水を飲めば、喋れる。

 

 金角は、小さな杯に『浄瓶』の水を溜めた器からとる。

 石化して動けない宝玄仙の前にこれ見よがしにかざす。

 だが、まだ飲ませない。

 

 宝玄仙がよく認識できるように、丸薬を水に溶かす。

 この薬が身体を溶かすような強力な媚薬であることは、わかっているだろう。

 だが、飲まなければ、このまま放っておかれるだけだ。

 宝玄仙の尻には、宝玄仙を追いつめる張形が暴れ回っている。

 石化している宝玄仙だが、一緒に石化している張形の刺激は感じなければならないのだ。

 

 快感だけは与えられるのに、絶頂することのできない宝玄仙は、もう発狂寸前の状態だろう。

 それが石化の恐ろしさだ。

 石化している宝玄仙は、はっきりと口にすれば、尻でいかせてやると教えている。

 石化しているといっても、眼も見えるし、耳も聞こえる。

 ただ、外見が石のように固まるだけだ。

 

 毎日、少しずつ宝玄仙の身体の一部を解放しては、快楽責めをして石化の封印をするということを続けている。

 もう、三日目だ。

 だんだんと宝玄仙が追い詰められているのがわかる。

 

 宝玄仙は媚薬を飲むし、いかせてくれと口にするはずだ。

 それしか望みがないからだ。

 器を口に近づけると、宝玄仙は躊躇なくそれを飲み干した。

 すぐに、甘い声を出し始める。

 

「……お、お願いだよ……。き、金角……」

 

 宝玄仙の震える声が口から出た。

 

「この指で尻をひと撫ぜする。すると尻が生身になり、溜まったものを発散できるかもしれないね」

 

「……撫ぜて……おく……れ」

 

 宝玄仙の声は震えている。

 おそらく、怖ろしいほどの精神力で耐えているのだ。

 本当は、欲情で爆発しそうに違いない。

 泣き叫び、懇願したいだろう。

 だが、自制心がそれを阻止している。

 それをゆっくりと剥ぎ取ってやる。

 時間はいくらでもる。

 じわじわと「希望」というものを砕いていく。

 それをされれば、どんな者でも堕ちる。

 

「まずは、口の利き方だね、宝玄仙。お前は、こうやって、石化されて、妖魔のあたしに、その身体を自由にされているんだ。溜まった性感さえも、石化を解放してもらわなければ発散できないのさ。だから、嘘でもいいから、丁寧な口の利き方をしな。そうした方がいいくらいは頭のいいお前なら、わかるだろう、宝玄仙?」

 

「お尻を撫ぜろおおっ――」

 

 宝玄仙の絶叫が口から迸った。

 金角は、口調とは逆に、かなり宝玄仙が追い詰められているのがわかった。

 こんな、やけくそのような叫びは、そんな自分を打ち払いたいのだ。

 

「そうかい、じゃあ、残念だったね。もう一度、お前を閉じちまう。銀角に預けてある『紅ひさご』を持ってくるさ」

 

 金角は立ちあがった。

 

「ま、待って……。待ってよ」

 

 扉に向かい始めた金角に、宝玄仙の焦った言葉がかけられた。これも予想通りだ。

 

「どうしたんだい、宝玄仙?」

 

 金角は、宝玄仙の裸像の前に立った。

 本当にいい女だ。

 こうやって石化していると、これが本当は人間ということは誰にも想像できないだろう。

 腕のいい芸術家が美の理想像を石で表現したとしか思わないだろう。

 だが、宝玄仙は人間だ。

 そして、術遣いだ。

 道術にかけては、金角や銀角などよりもずっと上だ。

 『紅ひさご』によって、捕えられなければ、金角でも歯が立たなかっただろう。

 それはわかる。

 

「ほ、本当に……。口の利き方を……あ、改めれば、お、お尻を……解放……して……くれるんだね?」

 

 一語一語ゆっくりと喋るのは、一度に長く話すと、どうしても嬌声が漏れてしまうからに違いない。

 そんなところは、この偉大な術遣いが妙に可愛く感じる。

 

「そうだよ、嘘は言わないさ、宝玄仙。お尻を撫ぜて、生身に戻してやるよ。嘘でいいのさ。嘘で――。仕方ないだろう、宝玄仙。お前は、こうやって媚薬を飲まされ続け、身体の中で一番の弱点の尻に張形を入れられて、しかも、ずっと刺激を受け続け、それなのに、発散させてもらえないでいる。このままじゃあ、狂ってしまうだろうよ。脱走の機会を待つには、少しでも身体をまともな状態に戻しておく方がいいだろう」

 

 金角は、宝玄仙に諭すように言う。

 

「あ……」

 

 宝玄仙の口が開く。

 だが、それから先の言葉が出ないようだ。

 金角は微笑んだ。

 

「ほら、ほんの少し悔しいのを我慢するだけだ。この『浄瓶』の水で濡れた指ですっとお前の尻を撫でる。すると、尻は生身になる。いまの苦しさから解放されるかもしれないよ……。そりゃあ、ちょっとだけ胸は痛むさ。自尊心が傷つく痛みだ。だけど、そんなことがなによ。あんただって、随分と苦労はしたんだろう? そんな胸の痛みくらい」

 

 宝玄仙の口がもう一度開く。

 

「……お、お願い……です。……お尻を……撫ぜて……ください……」

 

 宝玄仙の口からやっと哀願の言葉が出て。

 

「いいよ、宝玄仙」

 

 金角は、もう一度、指を『浄瓶』の水に浸け、そして、宝玄仙の尻を割れ目に沿って撫ぜた。

 すると、宝玄仙の菊門がそこだけ別の生き物のように動き始める。

 

「あああっ――」

 

 宝玄仙の口から激しい嬌声が出始めた。

 唇が震えているは。

 そこだけが生身だからだ。

 本当なら、全身で打ち震えているのだろう。

 

 宝玄仙の嬌声は、悲鳴のようなものに変わりはじめた。

 いけないのだ。

 

 いまだに、宝玄仙の肉襞では霊具の張形が暴れ回っている。

 それでも、いけないはずだ。

 とっくの昔に、本当なら三日も前に絶頂に達している快楽を受け続け、一度も宝玄仙は達していない。

 それが欲しくて、宝玄仙は金角に哀願までしてみせた。

 それで、いけなかった宝玄仙の衝撃は大きいだろう。

 

 希望を潰す。

 これが調教だ。

 心の拷問だ。

 宝玄仙は、もうすぐ堕ちるだろう。

 金角には、それがわかる。

 

「お、お前……嘘を……嘘をついたね……。この宝玄仙を……騙した……。よ、よくも……」

 

「騙してなんかいないさ、宝玄仙」

 

 金角は笑った。

 宝玄仙の唇が震えている。

 口惜しいのだ。

 いけると思っていて、いなけなかったことの絶望と恥辱が宝玄仙を追い込んでいる。

 

「確かに、尻は生身に戻してやった。だけど、お前は尻で淫液を噴き出すわけじゃないだろう? 女は子宮で感じるんだ。どこで快感を覚えるかはそのきっかけでしかない。淫汁は、膣襞から出るんだよ。そこが石化したままなのに、いけるわけないだろう」

 

「だ、だったら……。か、解放しておくれよ――。前を――。前の孔を解放してえ……お願いです……。お願い……。お、お願いですから―――。お願い……ああっ……します……、金角様」

 

 宝玄仙の口調が、はっきりと泣き声に変わった。

 金角は驚いた。

 いきなり、人間が変わったような感じがしたのだ。

 

 金角も宝玄仙ほどではないが、大きな魔力を持つ妖魔だ。

 人や妖魔の持つ魔力の波を感じることができる。

 魔力や霊気というものは、それぞれの持ち主の独特のものだ。

 ひとりとして、同じ波というものはない。

 

 魔力や道術力を持たない人間が、顔で人を見分けるのと同じように、大きな魔力を持つ者は、魔力や霊気の波で相手を見分ける。

 

 さっきまでの宝玄仙といまの宝玄仙は、魔力の波が違う――。

 魔力の量は同じだが、質が微妙に違うのだ。

 

 金角は混乱した。

 宝玄仙は哀れな口調で哀願し続ける。

 だが、そこに屈辱感のようなものは感じない。

 

「お前は、誰だい……?」

 

 思わず訊ねた。

 次の瞬間、その質問の馬鹿馬鹿しさに気がついた。

 眼の前の人間の女は宝玄仙――。

 ほかの人間であるわけがない。

 

宝玉(ほうぎょく)……です」

 

 宝玄仙が小さな声で言った。

 

「宝玉?」

 

「宝玄仙の昔の名……。宝玄仙が使わなくなった名……。だから、わたしが使って……います……」

 

「なんのことだい?」

 

 金角は驚いた。

 しかし、やはり、眼の前で石にされている法師は、宝玄仙であって宝玄仙ではない。

 金角は混乱した。

 しかし、また、宝玄仙が発散する霊気の質が変化した。

 元に戻ったのだ。

 いまのは、なんだったのか――。

 

「金角……。頼むから解放して……。膣を――」

 

 その宝玄仙の口がそう言った。

 今度は、最初からずっとそこにいた宝玄仙だ。

 金角は、いまの現象の理由がわからず、途方に暮れた。

 

「……解放してもいい……。お前が、少しだけ心を開いたらね」

 

 とりあえず、もう少し宝玄仙と話をしてみたいと思った。

 さっきのは、なんだったのか?

 

「心を……開く……?」

 

 宝玄仙が呟くように言った。

 

「あんたみたいな力の強い天教の術遣いが、なんで天教から追われているのか教えておくれよ」

 

 金角は言った。

 宝玄仙の口が、なにかに耐えるように閉じた。

 その口が震えている。すると、また霊気の波が変化した。

 これは、宝玄仙じゃない――。

 

「か、身体が、おかしくなるの。お願い……。か、解放してよ。お、お尻で……お尻で……いきたいの……」

 

 金角にとって、眼の前のことは、すでに理解を超えている。

 目の前のは、違う宝玄仙だ。

 

 なぜ?

 宝玄仙の中に、別の人物がいるのだろうか――?

 いや、違う。

 あれは、性質の異なる他人の人格じゃない。

同一人物のものだ。

 同一人物だが、明らかに異なるふたつの人格――。

 

 宝玄仙がふたり――。

 宝玄仙の中には、ふたつの人格が存在する。

 

 そう考えれば、宝玄仙の力の質が、ころころと変化する理由が説明できる。

 

「……なんで、あたしらが鎮元の持ってきた話に乗ったのかわかるかい……?」

 

 金角は静かに宝玄仙に語りかけた。

 いや、宝玄仙の中にいた、もうひとりの宝玄仙に……。

 

「知り……ません……。天教の階級か……それとも、宝具が欲しかったのか……。お、お願いです。もう…」

 

 宝玄仙の言葉に甘い口調が混じる。

 苦しいのだ。

 すっかり、熟れきった身体を発散できないことで苦しんでいる。

 石化されていなければ、のたうち回っているはずだ。

 そして、また、霊気の波が変化した。

 

 こっちは、最初からいた宝玄仙だ。

 さっき垣間見せた別の宝玄仙ではない。

 しかし、ころころと中身の人間が変わるように感じるのは、錯覚なのだろうか。

 

「ほ、宝玄仙……、聞いているね?」

 

 金角は言った。

 

「き、聞いているよ……。た、頼むよ、金角……。ご、後生だよ……」

 

「宝玄仙だよね?」

 

 金角は確信した。

 これは、宝玄仙だ。

 

「お、お前、馬鹿か……。ほ、宝玄仙に決まっているだろう。こ、これ以上、なぶるのかい」

 

「そうじゃないよ。話をしたいのさ。どうして、あたしが天教の持ってきた話に乗ったか教えてやろうと思ってね」

 

「し、知るかよ。あのくだらない戒名が欲しかったんだろうが……」

 

「戒名はどうでもいいのさ。欲しがった素振りをしただけさ。興味があったのは、お前のことさ、宝玄仙。鎮元が、お前は罠に嵌り、二年間、調教されたことがあると言ったからね。それが、同じ八仙を殺害した動機だと――。そんなことをあいつは洩らしたんだ」

 

 金角は言った。

 

「それが……どうしたんだい……。笑いたいのかい……」

 

 宝玄仙は悔しそうだ。

 動くのは口元だけだが、それはわかる。

 金角は、身体にまとっている薄物をとった。金角の裸身が、宝玄仙に見えるはずだ。

 

「たくさんの魔術紋が刻んでいるだろう、このあたしの身体には……」

 

「……ああ」

 

 金角の身体には、大小合わせて魔術紋の刺青が百以上ある。それが、消えることなく刻まれている。

 どんな魔術をかけても、永遠に消えることのない金角の呪縛だ。

 

「妖魔の寿命は長い。この金角はねえ……。十年間、この身体に刻まれた結界の数と同じ数の雄の妖魔に支配されていた。このあたしは、そいつらの性奴隷だったのさ。厠女さ……」

 

「厠女――?」

 

 宝玄仙は信じられないという口調で言った。

 

「驚いたかい。嘘だと思うなら、信じなくてもいいけどね。この身体を面白おかしく遊ぶために、連中がやったのさ。合言葉ひとつで絶頂する呪縛や、壮絶な痒みが生まれる呪縛、犬のように四つん這いにしかなれなくなる呪縛……。なんでもあるよ。そういえば、いまのお前のように、人形のように動けなくなる呪縛紋もあるねえ。よくがに股になって、尻を突き出した格好とかで、固められたっけ」

 

 金角は乾いた笑いをした。

 本当のことだ。

 銀角でさえも知らない。

 あの当時、銀角はまだ子供で、一緒に生活をしていたわけじゃない。

 そんな奴隷同然の身分から這いあがり、魔域で軍団を率いる身分になったとき、銀角を金角自身が探し出して、金角軍の副将に据えたのだ。

 銀角にとっては、金角は、最初から一万もの軍団の頂点に立つ偉大なる雌妖だった。

 哀れな性処理用の道具にすぎなかった時代の金角のことは知らない。

 

「……そ、そいつらはどうしたのさ」

 

「殺したよ。それこそ、何十年もかけてね。この金角の肌に、遊び半分で魔術紋を刻んだ連中は、この世にはいない……。それを知っている者もいない……。皆殺しにした……。家族も全部……。とにかく、殺しまくった……。この金角の過去を知る存在は許さない。いまでは、知っているのは、このあたし自身だけだ。随分と昔のことだからねえ……。それと、お前だ。宝玄仙……」

 

「……だ、だったら、なんで、そんなことを……わ、わたしに……教えるのさ」

 

「なんでだろうねえ……?」

 

 金角は薄物を着直した。

 

「……境遇が似ていたからかねえ。ねえ、宝玄仙、どうせなら、魔域に来る気はないかい? このあたしと一緒に、面白おかしくやろうじゃないか」

 

「一緒に?」

 

「あたしと『真言の誓約』で忠誠を誓いな。お前を副将にする。銀角の上だ。お前の部下も助ける。それぞれ、この金角軍の幹部にする。悪い話じゃないはずさ……。あんたとあたしは、似た者同士……。助けてやるよ。まあ、隷属はしてもらうけどね……。あんたは力がありすぎる……」

 

「ふざけやがって……。わたしの昔を知って、いいように話を作りやがって……」

 

 宝玄仙は言った。

 だが、動揺している。

 それはわかる。

 

「あたしに言わせれば、お前の境遇の方が、このあたしに合わせやがってという感じだよ。騙されて魔術で縛られる。自分を慰み者にした雄に支配される。その雄が連れてきた別の雄にも支配される。だが、その境遇に耐えて、復讐を果たす――。なにからなにまで一緒だ。慰み者だった期間が、お前は二年。あたしは、十年という違いだけだ」

 

 そう言って、金角は笑った。

 鎮元仙士から聞いた宝玄仙の身の上話は、昔の金角の境遇とそっくりだ。なにからなにまで――。

 だから、宝玄仙を手に入れたいと思った。

 もちろん、宝玄仙を魔域に連れていくことは、ほかの魔王を刺激する大きな騒動になる。

 しかし、金角はそうするつもりだ。

 

「……ところで、そろそろ、いかせてやるよ。宝玄仙。でも、一度だけだ……。そして、また、尻に張形を入れたまま石化する。張形の振動は倍にする。それでいいね」

 

「……それでいい。お願い……」

 

 宝玄仙は、もう眼の前の絶頂――。

 それしか頭にないようだ。

 

「だから、さっきの話、考えておくれよ」

 

「さっき?」

 

「あたしの右腕になることよ」

 

「奴隷だろ」

 

「奴隷だ。だけど、片腕だ。あたしがあんたの居場所を作る。その代償だ。奴隷を誓えば、なにか、受け入れられる条件の誓約なら飲んでもいい……。無条件の隷属でなくていい。あたしも誓約しよう」

 

「考えるよ」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 金角は満足した。

 宝玄仙は、明らかな拒否をしなかった。

 “考える”と言ったのだ。

 以前は、あからさまな拒否をしていた。

 それが折れた。

 

 金角は『浄瓶』の水を手に取った。

 そして、少しずつ、膣の入口から内側にかけて水を拡げながら、石化を解いていく。

 そのまま、指で膣の中を愛撫した。

 宝玄仙が震える。

 『浄瓶』の水が子宮に届いた。

 

「はがあああああ――」

 

 宝玄仙が獣のような声をあげて、最初の絶頂をした。

 金角は指を抜き、『紅ひさご』を受け取るために、部屋を出ていこうとした。

 その金角の背中側で二度目の咆哮を宝玄仙が発していた。

 尻の玩具を入れっぱなしだ。

 それで達したのだろう。

 それは、宝玄仙の心からの満足そうな絶頂の声に間違いなかった。



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88  ぴよぴよ拷問と新しい石像

 五日目の「仕事」が終わった。

 にやにやと孫空女に嘲笑を見せる明月(めいげつ)が真ん前に立った。

 

「おう、お疲れ、孫」

 

「ふ、ふざけやがって……。お、憶えてろよ、明月……」

 

 孫空女は。

 だが、その悪態は空元気に過ぎない。

 さすがの孫空女も、もう気力を失いそうだった。

 五日間続けて、五十匹ずつの妖魔に犯されたのだ。

 股を大きく開いて仰向けに拘束され、調教部屋の広間に作られた小部屋に入れられる。

 抵抗の隙は与えられない。

 そして、そこにやってくる妖魔に犯されるのだ。

 一日に処理しなければならない妖魔の数は五十匹――。

 その五十匹に数刻に渡り、犯され続ける。

 気を失えば、頬を叩かれて無理矢理起こされる。

 それが日課だった。

 

 それが終われば、股を大きく開脚されたまま、股間を明月か清風に洗われる。

 股間や尻の穴が切れていれば、そのときに特殊な魔剤で完全な治療を受ける。

 性病の防止効果もあるようだ。

 もともと、宝玄仙の霊気の影響でしないらしいが、子種が宿りかけてれば、それもその薬剤で消滅せるとのことだ。

 しかし、股に薬を塗る手管には、丁寧さのかけらもない、容赦のない洗浄と薬剤の塗布だ。

 沙那も隣の小部屋で同じことをさせられているはずだ。

 

 そして、終われば、拘束されたまま牢に連れていかれる。

 牢には食事が置かれているはずだ。それが一日に与えられる唯一の食事だ。

 沙那は、洗浄が終われば、そのまま牢に放り込まれる。

 しかし、孫空女には、その前に、明月と清風による拷問が待っている。

 このふたりは、孫空女を恨んでいる。

 だから、わざわざ孫空女だけをそうやっていたぶるのだ。

 

 孫空女は、そういう境遇に陥りながらも、なんとか、ここを逃亡できないかと探っている。

 沙那もだろう。

 

 だが、妖魔軍の牢番に落ちぶれたとはいえ、明月も清風も、教団兵の上級将校として、数百の兵を率いていたほどの力を持っている。

 さすがの孫空女や沙那でも、鎖で縛られた身で逃亡する隙を見出すことはできない。

 孫空女だけが受けるこの拷問の初日には、指の骨を全部折られた。

 折れられた骨の痛みで、翌日は孫空女の身体は高熱を発していたようだったが、それでも容赦なく、一日中妖魔に犯された。

 

 そして、その二日目の凌辱後の拷問で、鼻の穴内側の肉に釘で穴を開けられ、鼻輪を取りつけられた。

 清風と明月のふたりは、鼻輪を引っ張り打回しながら、孫空女に、豚の鳴き声をすることを要求してきた。

 最初は、抵抗した孫空女だったが、足枷で満足に歩けない後手の孫空女を走るような速度で引き回すのだ。

 最後には、観念して豚の鳴き声をした。

 

 ふたりは満足し、孫空女に浣腸をして、ふたりの眼の前で大便をさせた。

 大便をしながら、鼻輪を上に吊りあげられ、孫空女は、豚の鳴きまねをしながら、大便をひり出させられたのだ。

 

 その後、ふたりに解放された後、沙那に見られないように、後手のままこっそりと泣いた。

 泣いたのだ。

 記憶する限り、生まれて泣いた。

 悔しくて泣いたんじゃない。

 耐えられなくて泣いたのだ。

 生まれて初めて……。

 沙那がびっくりして、孫空女を抱き締めにきたのを覚えている。

 

 今日は、“ひよこ”と言っていた。

 なにをさせられるかは、わからない。

 しかし、清風が沙那を牢に連れていく間に、明月は、孫空女の淫核に器用に糸を繋げだした。

 さらにその糸の先をふたつの乳首の根元に結んだ糸と連結していく。

 

「すっかりと大人しくなったな、孫。数日前は悪態をつきまくってたのにな」

 

「どうしたって、拷問するんだろう。好きにしな」

 

「おう、好きにするけどな。ほら、立ちな。準備ができた」

 

 明月が嘲笑う。

 そして、四肢の拘束をしてから、輪姦用の台からおろし、孫空女を立たせる。

 しかし、陰核と乳首を結ぶ糸を非常に短くされた。

 孫空女は極端な前屈みでなければ立つことができない。鼻輪に細い鎖を繋げられていて、それを明月に持たれているので、暴れることも無理だ。

 

「くっ」

 

 少しでも身体を反らせれば、陰核と乳首の糸が引っ張られて激痛が走る。

 そういう状態の孫空女を明月は、さらに、調教部屋の端から端に貫いている一本の長い鉄の棒につけた金属の輪に鼻輪の鎖を繋げた。

 やはり、それも短く、孫空女は、上から鼻輪を引っ張られて顔を上にあげ、胴体は、陰核と乳首に結ばれた糸で前屈みを強いられた格好で動けなくなった。

 もっとも、鼻輪に繋がる鎖は鉄の棒に輪を作って巻かれたので、孫空女は、鉄の棒に沿ってなら前後に動くことは可能だ。

 

「憶えてろって言ったな、孫空女。もちろん、憶えているに違いねえじゃねえか。こんなみっともない恰好でいるお前を、忘れろと言われても無理だ」

 

 明月は笑った。

 

「……ほう、いい格好になったじゃねえか、孫空女」

 

 清風が戻ってきて、孫空女の背後に回り、肛門にいきなり指を差し込んだ。

 

「な、なにを――。いぎいっ――」

 

 暴れようとして、身体を反ってしまい、陰核に激痛を感じてしまった孫空女は悲鳴をあげた。

 なにか、強い香辛料のようなものを尻になすりつけたに違いない。

 

「お前が尻が弱いのはわかっている。そのうち、沙那とふたりで尻比べをしてやる。だけど、今夜は別の芸だ」

 

 清風が言った。

 その間もぐりぐりと尻襞を刺激する。

 だが、反応して身体を動かすと乳首と肉芽に激痛が走る。

 だから、逃げ場のない快楽が尻を席巻する。

 痛いが快感もある。

 孫空女は、よがり声を出していた。

 

「今日の芸は“ひよこ”だ」

 

 明月が孫空女の肉芽と乳首に張っている糸を強く弾きながら言った。

 孫空女は悲鳴をあげた。

 

 清風は、孫空女の肛門から指を抜いてくれない。

 孫空女は、宝玄仙により、肛門が最大の弱点になっている。

 それを知っているから、わざと嫌がらせをしているのだ。

 このふたりの前でいやらしく感じてしまうなど、孫空女の最大の恥辱だ。

 だから、恥辱を与えるためだけにやっている。

 別に、孫空女に快楽を与えるためにしているわけじゃない。

 孫空女もそれがわかっているが、どうしても、臀孔から込みあがる快楽を抑えることができない。

 我慢しても口から嬌声が漏れ出てしまう。

 

 しばらく、尻穴をもてあそび、無理矢理に孫空女から泣き声に近い嬌声をついに引き出すと、もう、満足したのかやっと孫空女の肛門から指が出された。

 

「あああっ――」

 

 でも、指が出ていく瞬間、思わず声が出る。

 お尻の愛撫は、入るときより、中で遊ばれているときよりも、なによりも、出ていくときが気持ちいい。

 我慢したいけど、どうしても声が出る。

 それを聞いて、明月と清風が爆笑した。

 孫空女は、自分の顔が悔しさに真っ赤になるのを感じた。

 指が抜けた孫空女のお尻に、なにか冷たいものが注ぎ込まれた。

 

「く、くっ」

 

 後ろを見ることができなくても、なにをされたのかはわかる。昨日も、それで辱められた。

 浣腸液を尻に入れられたのだ。

 孫空女は歯噛みした。

 今日も浣腸で辱められる。口惜しさと恐怖を感じる。

 

「お前には、毎日、浣腸をしてやる。そのうち浣腸なしではいられない体につくりあげてやるよ」

 

「馬鹿なまねをすんじゃねえよ――」

 

 孫空女は声をあげた。

 しばらくして、やっと、管が抜かれた。

 すでに、便意で下腹部が痛みだした。

 首を曲げて清風の足元を覗き込むと、桶の中の液体を浣腸器で吸いあげている。

 まだ、注入するつもりなのだ。

 孫空女は体を激しく動かし、浣腸器の先端から逃れようとする。

 だが、身体を動かすと激痛が走る。

 そんな孫空女の突き出している双臀の間に浣腸器を刺すと、清風は、また一気に液を注入した。

 とちかく、浣腸の効き目は強烈だった。

 あっという間に、孫空女の腸壁をかきむしり、荒々しい便意となって渦巻きはじめる。

 

「う、うう」

 

 あぶら汗がにじみ出るのがわかった。

 唇が震える。

 

「もう出したいんだろう。ここで、垂れ流すんじゃねえぞ。もしも、垂れ流しやがったら。沙那を連れ戻して、あいつの舌で掃除させるからな、孫空女」

 

「ああ、お、お願いだよ。これを、これ解いて。桶にするから。見ている前で桶にするから――。さ、沙那にはなにもしないで」

 

 もう、そこまでかけ下ってきた便意に耐えきれず、孫空女は哀願した。

 じっとりと汗ばんだ双臀がブルブルと震え出す。

 

「だったら、十往復だ、孫空女。拒否しても、失敗しても、沙那に舌で糞掃除をさせる。お前の便を喰わせる。嘘だと思うな」

 

 明月が言った。

 ぞっとした。

 嘘じゃないだろう。

 こいつらは、孫空女を辱しめるためになんでもする。

 確か二日目だったが、こいつらは沙那を連れてきて、沙那の前で孫空女の手足の爪を一枚一枚金具で剥ぎだした。

 そして、片足と片手分が終わったところで、孫空女の失禁で汚れた床を舌で掃除することと、ふたりの小便を舐めろと、床に小便した。

 さもないと、孫空女をさらに痛めつけると脅して……。

 沙那は全部やった。

 今度も、こいつらは本当にするに違いない。

 

「十往復ってなんだよ――」

 

 孫空女は叫ぶ。

 

「その恰好で、端から端まで十往復だ。それが終わったら、桶をあてがってやる」

 

「ひ、ひどいよ――。あんまりじゃないか。こんなことして何が面白いんだい」

 

「面白いさ。お前が、そうやって、泣きっ面をしているのを見るとな」

 

「ち、畜生――」

 

 孫空女は仕方なく歩きはじめる。

 その孫空女の両側にいつの間にか手に刷毛を持った明月と清風が挟む。

 

「や、やめておくれ」

 

 このふたりの企みがわかり、孫空女は悲鳴をあげた。

 

「いいから、“ひよこ”だ。“ぴよぴよ”と鳴きながら歩け。鳴かないと、この刷毛でくすぐりだ」

 

「もっとも、鳴いてもくすぐるけどな。ほら、ぴよぴよ、鳴け――」

 

 それが合図のように、ふたりの持っている刷毛が孫空女の無防備な乳首の周りを撫ぜはじめる。

 

「ひいっ、ひっ、ひいい――」

 

 そこから感じる衝撃に、孫空女は思わず身体を仰け反らせた。

 しかし、陰核を引っ張られる激痛に、身体が崩れそうになる。

 すると、鼻輪に体重がかかり、そこに痛みが走る。漏れ出そうになる肛門を懸命に締める。

 十往復なんて絶対に無理だ――。

 

 それでも、孫空女は、言われた通りに“ぴよぴよ”と叫びながら、屈辱の歩みを続けた。

 

 三周目になり、ついに孫空女は動けなくなった。

 もう、一歩でも歩けば、漏れ出る。

 しかし、止まると容赦なく刷毛が身体のあちこちに伸びる。

 孫空女は、ついに泣き出した。

 明月と清風が手を叩いて喜んだ。

 

「わかったよ。お前ほどの女傑が、泣いてくれたのに免じて、十往復に遥かに足りねえが、一度、そこでさせてやるよ。股を開きな。だが、終わったら、また、最初からやり直しだからな。その腐れ尻の締りがよくなるまで続けるぞ」

 

 清風が孫空女の脚の間に糞尿用の桶を置いた。

 

「返事は――」

 

 明月が、孫空女の尻を平手で思いきり叩いた。

 

「ひいっ――。わ、わかったよ」

 

「ぴよぴよ、忘れているだろうか――」

 

 また、叩かれる。

 

「わかったよ、ぴよぴよ」

 

「ただし、孫空女、礼を言うんだ。そして、ぴよぴよと言葉の最後につけるんだぞ」

 

 明月が笑いながら言った。

 

「……桶にさせてもらい、ありがとうございます、ぴよぴよ」

 

 孫空女は言った。

 悔し涙が、ひと筋、ふた筋と床を濡らす。

 だが、肛門を緩めようとしたその瞬間に桶をずらされた。

 孫空女は、慌てて、尻を引き締める。

 

「終わったら、どうするんだ、孫空女?」

 

「お、終わったら、もう一度やる、ぴよぴよ……。だから、また、浣腸してください、ぴよぴよ……」

 

 桶が戻された。

 孫悟空は、股間の下の桶に大便を噴出させた。

 

「ぴよぴよ、言いながらやるんだよ――」

 

 糞尿をしている孫空女の尻が叩かれる。

 孫空女は、ぴよぴよと言いながら大便を排出した。

 激しい嗚咽がどうしても止まらなかった。

 

 

 *

 

 

「たまには、原点に返るってのもいいさ。朱姫は媚薬風呂がお気に入りのようだしね」

 

 銀角は息も絶え絶えの朱姫の姿を肴に、火酒を飲んでいる。

 可愛い少女が性拷問で苦しむのを眺めるのは、本当に最高に酒の味を美味くする。

 朱姫を飼い猫にして、六日目の朝だ、

 

 もう六日目というのに、朝から激しく抵抗をしていた朱姫だったが、それは十回連続で気をやらせるまでの話だった。

 媚薬風呂で敏感になった身体の震えがとまらなくなった頃には、朱姫もすっかりと従順になった。

 銀角は、すっかりと、可愛くなった朱姫に満足していた。

 

「ひいぃぃいいっ――。い、いか……じで――いかぜて……ください。お願い……。お願いです――。銀角様ああ――」

 

 目隠しをした朱姫が叫ぶ。

 朱姫は、背凭れのある椅子に縛りつけられて、その手摺に両足を乗せられ、そこに足を拘束されているのだ。

 その格好にした朱姫を、銀角はもう二刻半(約二時間半)は、三匹の銀角の部下の雌妖たちが刷毛でくすぐるせている。

 

 しかも、雌妖たちが刷毛でこすりあげているのは、陰核や肉襞の敏感な部分ではなく、その周辺の中途半端な場所だけだ。

 これでは、とろ火のような快感が永遠と続くだけで、決して絶頂には達しないのだ。

 半刻(約三十分)で、どろどろの淫液を垂れ流した朱姫は狂乱を見せ始めた。

 それから、二刻同じことを続けられている。

 朱姫は、涎どころか鼻水まで流し始めて、快楽を哀願しはじめた。

 

「だって、お前、このあたいが嫌いなんだろう? そう言ったじゃないか、朱姫」

 

 銀角は、朱姫の肛門に突き刺さったままの張形の先を弾いた。

 朱姫の最大限が肛門であることがわかったのは、ここに監禁してすぐだった。

 どうやら、この朱姫は、宝玄仙の霊具により、尻で気をやらなければ、欲情がとまらなくなる呪術にかけられているのだ。

 日に三度も無理矢理、尻で自慰をさせられているのも白状させた。

 面白いことをするものだと思った。

 

 朱姫の弱点が肛門であることがわかると、すぐに銀角は朱姫の肛門に張形を深々と突き刺した。

 だが、突き刺しただけで、なにもしない。

 つまり、焦らしだ――。

 そして、前の孔と肉芽を刷毛責めにしてまた焦らす。

 朱姫は、正常な判断などできなくなった。

 そうやって、もう数日遊んでいる。

 

「あひいいぃん――」

 

 朱姫が拘束された身体をまた仰け反らせた。

 だが、今度の朱姫の動きはこれまでのものとは違った。

 これまでは、達するにはわずかすぎる刺激で朱姫は達しようとしている。

 ちょっと肛門の張形を動かしただけでいってしまうと思わなかった銀角は焦った。

 焦らし責めはたっぷりと三日は続けてもいいと思っていたのだ。

 慌てて、朱姫に魔術をかける。

 身体の感覚が鈍くなる術だ。

 朱姫が戸惑っている。

 なにをされたのかわからないのだ。

 朱姫の快楽の波が静まったきた。

 銀角は、それで魔術を解こうと思ったがやめた。

 よく考えれば、いまの状態ではこっちの方が面白い。

 

「朱姫は、いま、なにが欲しい?」

 

「い、いか……せて……」

 

 目隠しをした朱姫の顔が上気を逸している。

 もう、正常な感覚がないのだろう。

 いまは、ただ、欲情した身体を癒されることだけを求める一匹の雌だ。

 

「よしよし、いかせてやるよ」

 

 家来の雌妖の刷毛を一本取ると、皮を剝き出しにした肉芽を直接擦りあげた。

 

「いぐううう――」

 

 朱姫が大きな声をあげる。

 だが、すぐにはいけないはずだ。

 銀角のさっきの魔術がそれを阻んでいるのだ。

 本当ならあっという間に昇りつめるはずの快感が、ほんの少しずつしかあがらない。

 

 朱姫の快感と苦痛の混じった顔が歪む。

 嬌声が、正体をなくしたような喚き声になる。

 苦しいはずだ。

 呼吸も止まるような最高の絶頂をゆっくりと味わうのだ。

 そして、銀角は、刷毛による愛撫をやめた。

 銀角に促されて、ほかの雌妖も手をとめる。

 

「……なん、でえ……。やめないで……やめ――やめないでえ――。ああああ――」

 

 朱姫が悲鳴をあげる。

 あがるのもゆっくりなら、冷えていくのもゆっくりだ。

 朱姫は、半狂乱となった絶頂寸前の高みにあがっていく過程を今度は逆に味わっている。

 

「お前たち、わかったね。いまみたいに続けるんだよ――。朱姫、この雌妖たちは、お前を焦らしに焦らそうと責めたてるからね。その代わり、いままでみたいに、中途半端な場所しか刺激しないなんて意地悪はさせないでやるよ。お前の感じる場所をちゃんと刺激させる。ただ、寸前でやめるだけだ。その責めの中から、お前は、絶頂を引き出してごらん」

 

「そ、そん……な――、ぎ、銀角様――お願いですから……」

 

「うるさいよ。お前の心から宝玄仙が消えて、完全に銀角に変わるまで続けるさ。それよりも、どこを刺激して欲しいか言いな、朱姫」

 

 銀角は言った。

 

「お、お尻いいいっ」

 

 朱姫は呻くように言った。

 銀角は爆笑した。

「そうか、尻かい――。こうだね」

 

 銀角は、朱姫の肛門に刺さったままの張形を激しく動かした。

 

「ふががあああ――」

 

 朱姫は猛獣のような声をあげて仰け反った。

 銀角は、少女の朱姫が浅ましくも獣のように快楽にのたうつのを満足感とともに眺めながら、回転をさせるように尻襞をこする。

 朱姫が、これ以上ないというほど、拘束した身体を暴れさせる。

 そして、限界に達したかと思うところで、またやめた。

 

「あがあああ――。またあ――。お、お願い――。行かないでえ――」

 

 朱姫が泣きだした。

 銀角は手を叩いて笑った。

 “行かないで”は笑える。絶頂寸前の快感がだんだんと遠くなる感覚は、確かに待ち望んでいたものがどこかに去っていく気持ちだろう。

 

 美少女の涙はいい。

 銀角は、部屋の隅にある椅子に座り直すと、卓の上の火酒を呷った。

 美少女が快楽責めにのたうつ姿は、最高の酒の肴だ。

 

「さあ、お前たち、容赦なく続けるんだ」

 

 銀角は雌妖たちに言った。

 朱姫の泣き叫ぶ声が大きくなった。

 

 そのとき、私室の扉が叩かれた。

 銀角が返事をすると入ってきたのは、巴山虎(はざんとら)という妖魔隊の隊長のひとりで、金角、銀角に次ぐ地位にある、この遠征軍の将校だ。

 

 部屋に入ってきたとき、ちらりといたぶられる朱姫に目をやったが、反応はそれだけだ。銀角や金角が、美少女や美女、あるいは、美しい雌妖を見つけては苛め抜く様を知っている。いつものことであり、馴れたものだ。

 巴山虎の報告は、この蓮花洞(れんかどう)鎮元仙士(ちんげんせんし)がやってきたということだった。

 

「鎮元が? 随分、早いじゃないか。あの男の耳に入るのは、少なくとも、まだ五日はかかると思っていたよ」

 

 やってきた用件はわかっている。

 宝玄仙を渡せということだ。

 もともと、それが条件で、『紅ひさご』と『浄瓶』のふたつの霊具が渡されているのだ。

 その代償は、天教教団の正規の地位――。

 そういうことになっている。

 銀角自身は、天教教団の地位などどうでもいいが、金角は単純に喜んでいるようだった。

  

 だが、鎮元仙士は、天教が妖魔に戒名を与えるなど、天教の長い歴史を通じてなかったことだと言って、恩を売るようなことをしきりに口にしていた。そのことが鼻につく。

 姉の金角が、この話に乗り気のようだったから、我慢していた。

 しかし、いざ、宝玄仙を手に入れてみると、金角は宝玄仙に完全に執着してしまった。さっきも確かめたが、もう天教に宝玄仙を渡すつもりはないようだ。

 『隷属の誓い』を結ばせて、そのまま、自分の部下にしようとしている。

 銀角も立ち合って、『浄瓶』の水で、一時的に生身にした尻を二度ほど責めたが、屈服がもう少しというのは間違いない。

 

 宝玄仙は落ちる――。

 何十人もの獲物を屈服させてきた銀角の勘がそう告げている。

 希代の術遣いらしいが、あの巫女を屈服させるのは、それほど難しい仕事ではなさそうだ。

 それよりも、牢に繋いで、毎日、併せて百匹ずつ妖魔兵の相手をさせている沙那と孫空女の方がしぶとそうだ。

 

 いずれにしても、もう、金角が宝玄仙を手放さないということは決まっているから、後は、鎮元を追い払うだけだ。

 だが、あの教団の術遣いを野放しにするというのも面倒だ。

 銀角は、鎮元仙士をここに連れてくるように巴山虎に言った。

 鎮元仙士が、やってきたのはすぐだ。

 部屋に入るなり、大股を拡げて椅子に拘束されている朱姫に眼を見開いた。

 

「朱姫――」

 

 鎮元仙士は声をあげた。

 朱姫は、半狂乱になり嬌声をあげ続けている。

 三匹の雌妖に股倉を刷毛で擽られ続けている。

 媚薬で溶けそうな身体を焦らし責めにかけられ、目隠しをされたうえに、感覚を遅くする魔術で絶頂寸前までの快感をゆっくりと往き来させられてる朱姫には、眼の前の鎮元仙士を知覚することができないだろう。

 

「朱姫がこうして捕えられているということは、やっぱり、宝玄仙もいるということだな。よくやったぞ、銀角。褒めてやる」

 

 鎮元仙士は誇らしげに言った。

 銀角に対するまるで自分の部下のような物言いに銀角は内心の不愉快さを隠すことができなかった。

 

「褒めてもらう必要はないよ。こうやって、あたいも、可愛い猫を手に入れた。感謝したいくらいさ。姉さんも宝玄仙がお気に入りでね。だけど、まあ、もう少し待っておくれ」

 

「待つとは、どういうことだ、銀角?」

 

 鎮元仙士は声を荒げた。

 銀角は、火酒をとって、それを空の杯に注ぐ。

 

「まあ、一杯飲みなよ――、鎮元仙士さん」

 

「話などいい。宝玄を渡せ――。あれを連れて戻らねば、俺は帝都に帰れんのだ」

 

「渡さないと言っているんじゃないよ、鎮元。少し、待ってくれと言っているのよ」

 

 呼び捨てにしたことで、鎮元仙士は顔に明らかな怒りを現わした。

 本当は、妖魔と対等に付き合うことなどしたくはないのだろう。

 鎮元仙士のこれまでの話から推測すれば、この鎮元仙士は、教団の上層部から魔域の魔族を動かして、宝玄仙を捕えるか殺すかすることを命じられている。

 だから単身、魔域にやってきたのだ。

 そして、比較的、人間族に優しい魔族の魔王と会い、その中で金角と銀角に目を付けた。

 おそらく、宝玄仙を捕えるということにもっとも乗り気だったからだろう。

 だから、天教教団の最高幹部から預かった霊具を渡して、宝玄仙を捕えることを促した。

 簡単に渡したのは、魔族などいつでも駆除できると思っているのだ。

 持ち逃げすることも難しい。

 どこに存在しようとも、この霊具の存在する場所はわかるらしい。

 

 銀角は、ふと自分の腰紐に吊っている『紅ひさご』に目を落とした。

 宝玄仙を捕えることができたのは、この霊具のお陰だというのはわかっている。

 単純な魔力だけなら、宝玄仙が遥かに勝る。

 それは、会ってすぐにわかった。

 鎮元仙士もそうだ。

 さすがに教団の高級幹部だけあり、強い魔力を持っている。

 

 だが、この『紅ひさご』は、ここにあるのだ。

 だから、もう下手に出る必要はない。

 あのまま金角が、宝玄仙の屈服に成功すれば、この軍団に強力な戦力が加わることにもなるだろう。

 

「許さんぞ、銀角――。早く、宝玄仙を渡すのだ……。いや、もういい。お前など駄目だ。金角に会わせろ」

 

「いいから、座んだよ、鎮元――」

 

 銀角は怒鳴った。

 鎮元仙士の顔が、怒りでさらに浅黒くなる。

 だが、なにかが思い留まらせたのか、銀角の隣の椅子に勢いよく座った。

 渡された火酒をぐいと飲み干す。

 

「……会えばわかる。宝玄仙は、もうすぐ、落ちる。金角姉さんと“隷属の誓い”を結びそうだよ」

 

「嘘をつけ。あの宝玄が殺されてもそんなことをするか」

 

「するね」

 

「しない。あの巫女が妖魔の奴隷になることを承知するわけがない」

 

「じゃあ、証拠を示そうか。宝玄仙の本当の名を知っているかい?」

 

「本当の名?」

 

「生まれたときの名だよ。“宝玉”というのさ。“蘭玉”という名の妹もいる。両親はもういないことになっているが、実は母親がひとりいる。宝玉という術遣いの女が、出家して教団から与えられた名が、“宝玄”だ。妹も魔術遣いだが、それは教団とは無縁だ」

 

「なぜ、それを知っている――? 宝玄仙の妹のことなど、事件を調査した俺くらいしか知らんはずだ」

 

 鎮元仙士がびっくりしている。

 

「だから、宝玄仙が喋ったのさ。金角姉さんと宝玄仙は、それくらいの身の上話をするくらいは、打ち解けかけているんだ。姉さんが、どうやって心を開かせているのかはわからないけどね……。だから、少し、待てと言っているのさ。宝玄仙を渡さないとは言っているわけじゃない」

 

 渡すともいっていないが……。

 心の中で舌を出す。

 銀角は、鎮元仙士の杯に火酒を足した。

 

「……とにかく、会わせろ」

 

「駄目だよ。いまは、微妙な時期だ。お前なんかに会ったら、開きかけている宝玄仙の心が、また閉じてしまう。少しくらい、待ってくれてもいいだろう」

 

「……じゃあ、見るだけだ」

 

「見るだけならな。とにかく、その態勢を整えるよ」

 

 銀角は言った。

 

「わかった。ところで、あいつらは?」

 

「あいつらって?」

 

「宝玄仙の強力な供だ。沙那と孫空女だ。あいつらは強いぞ。必ず、宝玄仙を取り戻しに来る」

 

 それを聞いて銀角は笑いを堪えることができなかった。

 

「な、なにがおかしい、銀角」

 

「そりゃあ、おかしいさ。そのふたりだったら、とっくの昔に、捕まえている。毎日、五十匹ずつの妖魔の性処理をさせているよ。今頃は、その日課の最中だから、見に行くといい。ただ、あんたの肉棒を挿すのはやめときな。妖魔どもも、品のいいお坊ちゃんじゃないからね。ふたりの道具を通じて、変な病気にでもなったら、教団の仙士様が大変だ」

 

「あのふたりもここにいるのか?」

 

「いるさ。いまのところ、大人しいものさ」

 

 鎮元仙士は、立ちあがろうとした。

 

「どこにいくのさ?」

 

 銀角はそれを留める。

 

「ふたりを見に行く。この目で見たい。そっちは、いいんだろう?」

 

「すぐに見られるよ。それよりも、この朱姫も見ておくれよ」

 

 銀角は言った。

 朱姫は、さっきから泣いている。

 頑張って快楽を搾り取るなどできるわけがない。

 何度も、ぎりぎりまでのぼらされて、そして、ゆっくりと引き戻されている。

 まさに、性の地獄だ。

 

「わかっている。これは朱姫だ。宝玄仙の三番目の供だ」

 

「そうじゃないよ。この娘で遊んでいきなよ。さっきも言ったけど、地下のふたりの道具は、もう、妖魔以外には、使い物にはならないよ。それに比べれば、朱姫のものは、新品に近い。ちょっと、やっていきな――。あれだって、結構な美少女じゃないかよ」

 

 鎮元仙士が、淫液でぐしゃぐしゃに濡れている朱姫の股間に目をやっている。

 もう鎮元仙士は、欲情でどうしようもなく男根がたぎり始めているはずだ。

 鎮元仙士が、飲んでいる火酒には、強力な媚薬が混入している。

 それに、さっきから朱姫が放っている淫靡な雌の匂い……。

 鎮元仙士が欲情を暴発させる材料は揃っている。

 もう、鎮元仙士は、精液を放ちたくてうずうずしているはずだ。

 

「……それも、いいだろう」

 

 鎮元仙士が立ちあがった。

 そして、朱姫の前に立ち、下袴(かこ)と下着を脱ぐ。

 やはり、鎮元仙士の男根は、はち切れんばかりに、天井を向いて勃起している。

 

「鎮元、こっち見な――」

 

 銀角は笑いを堪えながら、鎮元の名を呼んだ。

 鎮元が振り向いた。

 そして、その顔が驚愕の色に染まった。

 銀角が持っていた『紅ひさご』の口が向いているのだ。

 鎮元仙士に、『紅ひさご』の風が吹き当たる。

 次の瞬間、鎮元仙士は、完全に石化していた。

 

 あの宝玄仙さえも抵抗できない『紅ひさご』の石化だ。

 鎮元仙士が抵抗できるわけがない。鎮元仙士は、朱姫の前で、一物を天井にそそりあげたまま固まっている。

 銀角は手を叩いて笑った。

 

「休憩だ。お前たち――。この洞府の入口に、この鎮元を置いといで。ほかの妖魔兵たちにも、見せてやるさ――。そうだ。よく見えるように台の上に乗せろ。それで、こいつの一物のところに、“金角軍”の看板をぶら下げてやれ。今日から、この鎮元は、この金角軍の看板立てに成り下がりだ」

 

 すると雌妖たちが、くすくすと笑いながら石化した鎮元仙士に歩み寄った。

 雌妖といえども魔族だ。

 石像になった鎮元仙を数名で軽々と持ちあげる。

 

「そうだ。言い忘れていたよ、鎮元。ここには、お前の部下だった明月と清風もいる。あいつらが、お前を恨んでいるのか、懐かしがるかわからないけど、いずれにしても、その姿で看板をぶら下げているお前を見れば、面白がるんじゃないかねえ。後で教えておくよ。洞府の入口にいるってね――」

 

 もちろん、鎮元仙士の表情はわからない。

 だが、聞こえているのだ。

 見えもする。

 だが、『浄瓶』の水で、石化を解かない限り、永遠に鎮元は、男根で看板をぶら下げた姿だ。

 鎮元仙士が運び出されると、銀角は朱姫に向き直った。

 

「随分と、待たせたねえ、朱姫――。この銀角が犯してやるよ」

 

 銀角は服を脱ぎ去ると魔術で自分の股間に男根を生やした。

 すっかりとできあがっている朱姫の中に、その怒張を埋めていく。

 これから、銀角は、二、三発は朱姫の中に精を放つつもりだ。

 だが、朱姫は達することはできないだろう。

 ゆっくりとしか快感をあげることができない朱姫を達しさせないように、精を放つのは簡単だ。

 それでも、朱姫は、次こそは絶頂に達するかもしれないと、銀角との性交を渇望することになる。

 そうやって、責め続ければ、もう、朱姫は、銀角に犯されること以外のことを思考することはできなくなるだろう。

 

 銀角は、朱姫の膣の中を擦りあげるように、肉棒を挿し込んだ。

 朱姫が、長く尾を引くような叫び声になる。

 

 狂ってしまえ――。

 銀角は思った。

 完全に狂ってしまえば、捨てればいい――。

 銀角は、朱姫をいかせないように注意しながら、ゆっくりと朱姫の膣の中の怒張を擦りはじめた。

 朱姫の震えが、不自然な具合に激しくなった。



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89  転機到来、攻守逆転

 いまが、何日目なのか、正確には、よくわからなくなっていた。

 八日目か、九日目というところのはずだ。

 だが、沙那には、まるで数箇月もここにいるような気がする。

 陽の光がないので、一日の時間の流れがよくわからないのだ。

 ただ、妖魔兵の性奉仕をさせるために、明月(めいげつ)清風(せいふう)が朝にやってくる。

 それで、一日が始まったのだとわかるだけだ。

 

 妖魔兵の相手は、一日つきふたりで百匹。

 場所は、牢に連接した調教部屋と呼ばれる部屋だ。

 沙那と孫空女は、銀角に捕らえられてから、この牢と調教部屋を往復する日々しか送っていない。

 宝玄仙と朱姫が、どうしているのかわからない――。

 ふたりに、彼女たちのことを教えようとする妖魔はいない。

 

 牢には窓はない。

 廊下から漏れ入る蝋燭の光だけが唯一の光だ。

 地面が土で壁が岩の小さな石牢だ。

 孫空女と並んで横になれば、それでいっぱいだ。

 

 糞尿は部屋の隅にある桶にして、石壁の下の小さな溝を流れている水に流す。

 洗うのもその水だ。

 凌辱された股間を洗うのもその水だ。

 身体もそれで洗う。

 そして、飲み水もそれで補う――。

 

 ただ、ここで糞尿をするのは沙那だけだ。

 孫空女はなにも言わないが、妖魔の相手が終わった後に孫空女だけが受ける拷問で、明月と清風の前で、糞尿をさせられている気配がある。

 そして、その就寝前の拷問で、尊厳という尊厳を全て破壊されるような惨めな拷問をされているようだ。

 一度だけ、連れていかれて、孫空女や明月たちの尿を舐めさせられるということがあったが、そのときに見せられた光景は凄まじいものだった。

 孫空女は、全部で二十個の手足の爪を剥がされ、治療術で復活しては、また剥がすということをされていた。

 沙那はもちろん舐めたが、孫空女はそれで許されず、拷問がほかのものに変わっただけだった。

 その後の拷問は沙那が牢に戻されたので、わからない。

 

 その日の深夜だったが、孫空女がなにかに怯えたようにすすり泣いていたのが忘れられない。

 あんな泣き方をする孫空女は初めてで、沙那は思わず抱き締めにいった。

 できることなら、明月たちの拷問も変わってやりたいが、連中の狙いは孫空女ひとりなのだ。

 いまは、孫空女と一緒に、拷問を受けられないのがつらい。

 

 いずれにしても、その溝から脱出するのは不可能だ。

 水が流れる穴は、せいぜい拳ひとつ分くらいのものだ。

 それに、沙那は前手錠だが、孫空女はずっと後ろ手錠を嵌められている。

 ふたりの足首にも、短い鎖で繋がれた足枷が嵌められている。

 このまま脱出することは不可能なのだ。

 

 一日が終わってこの石牢に戻されれば、明月と清風がやってくるまで、沙那も孫空女も、この牢で死んだように寝る。

 外に繋がる扉は鉄だ。

 鉄扉が、思い切り外から叩かれるのが合図だ――。

 沙那たちふたりが日課として強要されている丸一日の性奉仕の始まりである。

 

 性奉仕をする場所は、牢から連行される先であり、調教部屋というところだ。

 そこで沙那と孫空女は仰向けになり、脚を曲げ開く格好で固定される。

 そして、大抵は股間にたっぷりと薬を塗られる。

 妖魔から受ける可能性がある感染病を防ぐ目的らしいが、媚薬としての効果もある。

 媚薬により、すっかり身体の受け入れ態勢ができた頃に、妖魔たちがやってくる。

 後は、ひたすら一日中犯されるだけだ。

 

 そして、牢に連れていかれて孫空女が戻るのを待つ。

 やがて、ぼろぼろになった孫空女が明月と清風に連れられて戻ってくる。

 朝と同じ手順で沙那は鉄の扉に拘束され、その間に孫空女は壁に繋がれる。

 日に日に元気のなくなる孫空女に食事をさせ、自分も食べるとそのまま寝る。

 やがて、また、朝が来る――。

 この繰り返しだ。

 

「時間だ――。準備しろ――」

 

 そして、今日も鉄の扉が蹴られた。

 沙那は、まだ苦しそうに呼吸をして、寝ている孫空女をそのままに、鉄の扉に近づく。

 

 この石牢の中であれば、自由に動ける沙那だったが、孫空女は違う。

 孫空女は、初日、この牢に入れられる前に、調教部屋で拷問を受けて、指を全部折られた。

 次の日は、鼻の穴の間に穴を開けられて、鼻輪をつけて戻ってきた。

 その鼻輪は、横の石壁に埋まっている金具に、短い鎖で繋げられている。

 だから、沙那は横にはなれるが、孫空女は座ったままでしか休むことができない。

 

 それに、沙那は、妖魔五十匹の性の相手をすれば、それで終わりだが、孫空女は、連日、妖魔兵を相手にした後に、さらに調教部屋で明月と清風の拷問を受けている。

 そして、ぼろぼろになった身体を、横になって休むことも許されずに、壁の金具に鼻輪を繋がれるのだ。

 横になって休めないことで、体力をほとんど回復できない。

 だから、孫空女の衰弱は激しい。

 

 一日一度の食事は、凌辱の後に与えられるのだが、孫空女がそれを口にできるのは、明月と清風の拷問の後だ。

 拷問の後は、鼻輪を壁に繋がれてしまうから、孫空女の口に食べ物を運ぶのは沙那がやっている。

 食べ物で弱らせるつもりはないらしく、肉や穀物の量は十分なものが与えられる。

 だが、孫空女は、それを口にするのが億劫そうだ。

 しかし、体力を少しでも戻さないと回復など及びもしないので、沙那は無理矢理にでも孫空女の口に入れる。

 空の木の杯も食事の時に与えられるので、壁の溝から掬った水も汲んで飲ませる。水だけは孫空女はよく飲む。

 もう、沙那とも口をきくことがなくなった。

 この部屋にいるときは、いつも、死んだように眠っている。

 

「早くしろ――、沙那」

 

 また、鉄扉が外から蹴られた。

 沙那は、鉄扉に下側にある小さな穴に、手錠のままの両手を差し出し、手首から先を外に出す。

 扉の向こうで、沙那の手首に木の板を嵌められる。

 これで、沙那は扉の穴から手を戻せなくなる。

 

 鉄の扉の鍵が開錠されて扉が開く。

 扉に繋がれている沙那は、扉に引っ張られて身体を移動させる。

 その背後を明月と清風のふたりが通り抜けていく。

 

「孫女……孫空女は弱ってるわ。乱暴にしないでよ。今日は休ませてあげて」

 

 無駄だとわかっている哀願を沙那はふたりにした。

 しかし、完璧に無視される。

 このふたりは、とにかく孫空女をいためつけていじめ抜くことに悦になっている。

 そのため、沙那などあまり危害を加えないし、最低限の接触しかしない。

 

「まだ、寝てんのかい――。まったく、手間かけさせんなよ」

 

 孫空女の鼻輪の鎖を壁の金具から外して、ふたりが、孫空女を引っ張り出す。

 今日は、孫空女を引っ張っていくのは明月のようだ。

 その明月が、孫空女の鼻輪を容赦なく引っ張っていく。

 

「ひぎいいっ――。や、やめておくれよ。ちゃんと、毎日、言うこと、きいているじゃないかあ」

 

 孫空女が叫んでいる。

 その孫空女の悲鳴を気にせず、明月は足首を拘束されている孫空女が歩けない程度の速度で調教部屋に連れていっている。

 鼻輪を引っ張られる孫空女の苦痛の喚き声が、調教部屋に去っていく。

 気の強い孫空女らしくない、心からの哀願の泣き声だ。

 沙那はつらくて、耳を塞ぎたいが、拘束されているためにそれもできない。

 調教部屋に運ばれる孫空女の声がだんだんと遠くなる。

 

 清風は、沙那とともに残っている。

 次に沙那に首輪をするはずだ。

 その首輪に鎖を繋ぎ、それを鉄の扉の金具に結ぶ。

 扉の向こう側の板が外されるのはその後だ。

 そして、手錠を付けたままの手首を扉のこちら側に戻す。

 次に、今度は首輪に手錠を装着される。

 それでやっと、首輪が扉から外されて調教部屋まで引っ張って行かれるのだ。

 

 だが、この日はなぜか、いつもと手順が違った。

 いきなり扉の向こう側の板が外されたのだ。

 首輪は、まだしていない。

 しかも、手錠まで外されている。

 沙那は、呆気にとられた。

 

「……俺です。日値(ひち)です。遅くなりましたが、助けに来ました……」

 

 清風の顔がそう言った。

 

「日値ですって?」

 

 沙那は眼を見開いた。

 眼の前の男の姿は清風だ。

 だが、その清風が沙那の足枷に屈んで枷を外した。

 沙那は、ここにやってきて以来、初めて手足が自由になった。

 

「すぐに助けるつもりでした……。でも、機会がなくて……。あのとき、騙して罠にかけてすみません。でも、朱姫を助けたくて……」

 

 そもそも、沙那と孫空女が捕らわれたのは、日値に騙されて、この妖魔軍の洞府である蓮花院(れんかいん)の調教部屋――、妖魔兵が待ち受けるどその真ん中に『移動術』で連れてこられてしまったからだ。

 それで、すぐに武装解除されて、妖魔兵に毎日犯される身になったのだ。

 

「それよりも、どうやって清風になっているの? 本物の清風は?」

 

 沙那は手首をさすりながら言った。

 

「『変化(へんげ)の指輪』を使っています。沙那さんたちの荷物の中にありました。沙那さんたちの荷物も服も俺が預かっています。捨てられるところだったのを回収したんです。ただ、武器だけはありません。あれは銀角様が持って行ってしまいましたから」

 

 よく見れば、目の前の清風は、指に見覚えのある指輪をしている。確かに、宝玄仙の『変化の指輪』だ。

 清風の身体から、その指輪が外されると、日値の姿になった。

 

「よく使い方がわかったわね」

 

 『変化の指輪』は、変化をしたい相手の唾液か精液を使用して、その姿と声を指輪に刻む。

 指輪をした状態で、自分の身体の中に、変身したい相手の唾液か精液を入れるのだ。

 一度、刻めば、あとは別の人間が使っても、その刻んだ人間に変化できる。

 

「清風が知っていたんですよ。聞き出したんです――」

 

「聞き出した?」

 

「本物の清風は、自分の寝室で、俺の『草縛り』で拘束されています。油断したところを術にかけたんです――。とにかく、これを……」

 

 日値が、いつの間にか、清風のものらしい服を差し出した。

 全裸の沙那はそれを身に着ける。

 そして、素早く、日値から受け取った『変化の指輪』を指に嵌める。

 身体が変わった。

 顔は見えないが、沙那は清風の姿かたちになったはずだ。

 

「とりあえず、あのとき、沙那さんが持っていた雑嚢は持ってきました」

 

 日値が沙那の雑嚢を差し出した。

 この蓮花洞に忍び込むつもりで、役に立ちそうな霊具などをそこに入れていた。

 中を確かめると、ほとんど、そのときのまま中に揃っている。

 

「ありがとう、日値。でも、どうやって清風に近づいたの?」

 

「三日間、あいつの部屋に通いました」

 

 日値は苦しそうに言った。

 

「三日間?」

 

「あいつは、女には欲情しないけど、男ならできるんです。俺は、三日、あいつの部屋に抱かれにいきました……」

 

「抱かれるって……」

 

 沙那は、思わず日値の顔に見入った。

 

「そんな目で見ないでください。俺だって、男に抱かれたいわけじゃありません。でも、それ以外に、あいつらに近づく方法を思いつけなくて――。朱姫には、言わないでくれませんか」

 

 日値は、小さな声で言った。

 

「……苦労かけたわね。いいわ、わたしたちを騙したことは、帳消しにしましょう」

 

 清風の男色がいつからなのか知らない。

 宝玄仙が結界で拷問したことがきっかけだったのか、もっと前からの性癖だったのか――。

 とにかく、日値は、同じ男色家のふりをして、清風の寝室に通ったのだろう。

 そこで、信用もされ、『変化の指輪』の使い方も知った。

 沙那が清風の唾液を使って、変化をしたことがあるので、清風は、宝玄仙の作ったこの霊具の使い方を知っている。

 それに、清風に抱かれたのなら、唾液も精液も集め放題だ。

 

「待って。隠れて、日値――」

 

 調教部屋から明月がやってきた。

 沙那がやってこないので、不審に思ったのだろう。

 日値が、沙那たちがいた牢の中に隠れた。

 

「おい、どうしたんだ、清風?」

 

 明月がこっちに近づきながら言う。

 

「いや、ちょっと、沙那がな……。それよりも、孫空女は?」

 

 清風の姿の沙那は言った。

 

「準備は終わっている。沙那が我が儘言っているのか? なら、今夜から、夜の躾に沙那も参加させるか。あれも、それを望んでたしな」

 

 明月が沙那のすぐそばまで来た。

 まったく、警戒をしていない明月の股間を沙那は、力一杯蹴りあげた。

 明月は、たった一言、呻き声をあげると、そのまま口から泡を吹いて気を失った。

 

「うわあ、怖ろしいことしますねえ。死んだんですか?」

 

 牢から顔を出した日値が言った。

 

「死んじゃいないわ。やってもらうことがあるからね」

 

 沙那は倒れている清風の腰に、雑嚢から出した別の『変化の指輪』を嵌めると、自分の唾液を清風の口に注ぎこんだ。

 すると、明月が沙那に変わる。

 服を剥ぎ取って全裸にする。

 自分の裸を自分で見るというのは嫌な感じだ。

 

「日値、清風は、完全に拘束しているの?」

 

 さっき沙那から外したばかりの手枷と足枷を、沙那の姿の明月に装着しながら言った。

 

「大丈夫です」

 

「じゃあ、調教部屋に連れて来れる? あまり、時間がないわ」

 

「すぐに」

 

 日値が駆け出した。

 清風の姿の沙那は、沙那になった明月を肩に担ぐ。

 しばらくは、起きあがることはないだろう。

 そのまま、調教部屋に進む。

 

 沙那と孫空女が、妖魔兵を相手にするための部屋でもあるそこは、ちょっとした仕切りが作られている小部屋がある。

 そこに沙那と孫空女は、股を開いて仰向けで拘束されるのだ。

 

 沙那は、いつも自分が拘束される側の仕切りの中に、明月を運び入れた。

 そして、いつも自分がされていたように、股を開いて拘束する。

 性器を剝き出しにした自分の姿は、さすがに恥ずかしい。

 だが、仕方がない――。

 

 調教部屋でもあるここには、女を調教するための道具がいくらでもある。

 沙那は、沙那の姿の明月に頑丈な革製の口枷を嵌める。

 まあ、沙那の姿の明月が、なにを喋ろうとも妖魔兵が相手にするとは思えないが、念のためだ。

 そして、壁にかかっている鍵束を手にして、孫空女がいるはずの仕切りに入った。

 

 孫空女が虚ろな視線をこちらに向けた。

 しかし、すぐに視線を逸らす。

 沙那は、その孫空女に驚いた。

 いつも強気で挑戦的な孫空女が明月を怖がったのだ。

 それは、孫空女の仕草でわかる。

 

「孫女、つらいだろうけど、ここからが正念場よ。頑張ってもらうわよ」

 

 沙那は、孫空女の前にしゃがみこんだ。

 

「か、勝手にすれば……。な、なにすんだよ――」

 

 沙那が、孫空女につけられている鼻輪に触ったとき、孫空女の顔に恐怖の色が映った。

 なにかをされると思ったのだろう。

 毎夜、凌辱が終わった後で、どういうことをされていたのか、孫空女は教えてくれなかった。

 だが、これほどに孫空女を追いつめるだけのことを孫空女はされていたのだ。

 可哀そうに……。

 

「落ち着いて、孫女。わたしよ……。沙那よ」

 

「沙那?」

 

 孫空女の眼が見開いている。

 やっぱり、鼻輪は簡単には外れそうにない。

 清風も明月も大した術遣いではないが、霊具が扱えるほどの道術の能力は持っている。

 この鼻輪も霊具だ。

 

「駄目ね、これは……。ご主人様を救出してから、道術で外してもらうしかないわね」

 

 沙那は、鼻輪を外すことを諦めて、孫空女につけられている拘束を次々に外した。

 

「本当に……本当に、沙那なんだね……」

 

 孫空女が呟くように言った。

 ずっと後手だった孫空女が手を前にやりながら言った。

 孫空女の指は、まだ使いものになりそうもない。

 折られた指は、まだ蒼く、そして、おかしな具合に曲がりまくっている。

 

「連れてきました、沙那さん」

 

 日値だ。

 肩に清風を担いでいる。

 布で口を塞がれているので喋ることはできないが、懸命に草の縄を解こうともがいている。

 

「ちくしょう、お前」

 

 自由になった孫空女が、日値に詰め寄る。

 

「待って、孫空女。わたしたちを助けてくれたのは、日値よ」

 

 沙那は、孫空女と日値のあいだに入った。

 

「だって、こいつが罠に嵌めなければ、こんなことには――」

 

 孫空女が睨みつけた。

 その気迫に、日値が数歩退く。

 

「いいから、孫女。いまは喧嘩をしている暇はないわ。こいつとあんたと、ふたりとも『変化の指輪』をして、唾液を交換してちょうだい」

 

「どうするのさ?」

 

 清風を孫空女が拘束されていた台に繋げようとするのだが、暴れ回って抵抗する。

 面倒くさいので、清風の股間を掴むと思い切り握り絞めた。

 清風は白目を剥いて動かなくなった。

 

「この手じゃなければ、あたしがやりたかったよ、沙那」

 

 孫空女がにやりと笑うと、ぐしゃぐしゃにされた指をみせた。

 

「ご主人様さえ助ければ、あっという間に治してくれるわよ」

 

 動かなくなった清風を全裸にすると、台に拘束してから『変化の指輪』をする。

 そのあいだに、孫空女は、たったいま脱がせた清風の革の服を身につけている。

 指が満足に動かなくてうまく着られないようだ。

 日値が、孫空女を手伝い、服を着させてから『変化の指輪』を嵌めていている。

 折れている指に指輪をするのは、本当につらそうだ。

 でも、やってもらうしかない。

 

 沙那が清風の猿ぐつわを外すと、孫空女は、屈んで清風と唾液を交換した。

 お互いの姿が入れ替わる。

 すべてが終わったところで、明月と同じように口枷を嵌める。

 

「自分の姿の人間が、股ぐらを全開にしているのも、気持ちのいいもんじゃないね」

 

 孫空女が、自分の姿の清風をしげしげと見ながら言う。

 

「わたしもそう思ったわ、孫女……。とにかく、ご主人様のところに行きましょう。日置、居場所はわかる?」

 

「朱姫も、宝玄仙さんも、ほとんど同じ場所です。それぞれ、銀角様と金角様の部屋です。案内します」

 

 沙那は頷いた。

 そして、三人揃って調教部屋の外に出る扉に向かった。

 扉を開けると、今日、沙那と孫空女を犯す権利を持っている妖魔兵が行列を作っている。

 

「今日は、ひとり、何回でもいいぞ――。許可を貰っている。ほかの妖魔兵にも声をかけてくれ。今日は無制限だとな」

 

 横を通り抜けるとき、清風の姿の孫空女が言った。

 並んでいる妖魔兵から歓声があがり、そして、調教部屋に殺到していった。

 

 

 *

 

 

 今日で九日目……。

 

 銀角は、数日前から、やっと朱姫に油断のようなものを向けるようになってきた。

 朱姫は、それに気がついている。

 

「舐めな、朱姫……」

 

 その銀角の足の指が朱姫の前に投げ出された。

 

「ご奉仕します。銀角お姉さま、嬉しいです。今日こそ、お姉さまを泣かしてさしあげますからね」

 

「やれるものなら、やってみるさ」

 

 銀角が声をあげて笑った。

 朱姫はその足の指に飛びついて口に含む。

 舌で銀角の足の指と指の間をこすりあげる。

 朱姫は必死だ。

 

 この舌遣いに満足してもらえるかどうかで、朱姫の運命は変わる。

 ちょっとでも機嫌を損ねると、発狂するような強力な媚薬を与えられ、徹底的な焦らし責めをされる。

 逆に、銀角を満足させられる性の技を見せれば、朱姫は苦しいことを強要されることがない。

 

 いま、朱姫を拘束しているのは、首にされている鉄の鎖だけだ。

 それは、銀角の寝台に繋がれている。

 しかし、鎖の長さもかなりあるので、この部屋の中なら、ほとんど自由に動ける。

 

 ここに連れて来られてから、朱姫は一歩もこの部屋の外に出ていない。

 宝玄仙や沙那や孫空女がどうなっているかわからない。

 

 だが、銀角の話すことを総合すれば、三人とも、この洞府に監禁されているらしい。

 沙那と孫空女など、三層目の調教部屋で、連日、それぞれ五十匹もの妖魔の性の相手をさせられているようだ。

 それに比べれば、銀角の相手だけをしていればいい朱姫は幸せだと何度も銀角に言われた。

 

 銀角は、少女好きだ。

 朱姫が銀角に気に入られたのは、朱姫の外観が銀角の性癖そのものだったからしい。

 しかし、銀角は単なる少女好きではない。

 捕まえた少女を徹底的にいじめ抜いて、最後には毀してしまうという、とんでもない雌妖なのだ。

 だから、銀角が与える責めも、途方もなく残酷なものだ。

 

 果てしなく連続絶頂をさせられたかと思うと、媚薬風呂に漬けられて、一転して、数日間も焦らし責めにかけられたりする。

 魔術をかけて、いきにくい身体にされたうえで、させられる銀角の性の相手は、地獄そのものだ。

 

 とにかく、銀角の機嫌を損ねないこと――。

 何日目からか、朱姫はそれに徹底することにした。

 

 いきにくい身体になっていることについては、変化はないが、手が使えることで自慰ができる。

 だから、このところは、火照った身体は自分で尻を慰めている。

 だが、いつまた、銀角の気まぐれで、手を拘束されるのかわからない。

 そうなったら、また、あのお尻での性の飢餓地獄が待っている。

 

「いいねえ、お前の舌遣いから、愛情を感じるようになってきたよ。そんなに、あたいの足を舐めたいかい?」

 

 銀角の言葉に、朱姫は銀角の足の指をくわえたまま頷く。

 

「本当に可愛いねえ……。お前は、あたいがこれまで飼った猫の中で一番だよ。もう、決して手放しやしないよ」

 

 銀角は嬉しそうに、朱姫の裸身を抱き寄せた。

 朱姫の口に顔を近づける。

 口づけをしろということだ。

 朱姫は、さんざんに脚を舐めた口を自分の手のひらで拭くと、銀角の口に朱姫の舌を這わせた。

 

 銀角の口の中を舌で舐めあげる。

 舌の表から裏まで、すべてを舐めるかのように朱姫の舌を動かす。

 そのあいだ、銀角の唾液を懸命に自分の中に入れる。

 舌が終われば、歯だ。

 歯の裏から表。歯茎――。

 とにかく、口の中のすべてを舐め尽くすのだ。

 

 銀角の身体から力が抜けていくのがわかる。

 銀角もまた、朱姫の技に感じているのだ。

 

「胸を……、胸を頂いてもいいですか、銀角お姉さま……」

 

「あ、ああ…。いい……よ」

 

 銀角の眼がうっとりとなっている。

 朱姫は、銀角の上衣の紐を解いて、胸を剝き出しにした。

 銀角の褐色の肌に朱姫の舌を這わせる。

 

 意外だが、銀角は乳首への攻撃が弱い。

 だが、いきなり乳首を吸うようなことはしない。

 わざと焦らすように、それでいて、ぎりぎりのところを攻撃するのだ。

 

「あっ、ああ……。いいよ、朱姫……。ああ……」

 

 銀角の声に甘いものが混ざりはじめる。

 肌からもじっとりと汗が噴き出してきた。

 その汗の滴のひとつひとつを舌で舐めとる。

 

 あの地獄の焦らし責めから解放された後、朱姫は、次の機会に、一転して、銀角を朱姫の知っている技のすべてで責め立てた。

 銀角は、いつもと勝手の違う性交に戸惑っていたが、面白がって、朱姫の攻撃を受けた。

 そして、翻弄された。

 銀角は朱姫に満足して、何度も果てた。

 

 それから、朱姫の拘束は首輪の鎖だけの最小限度のものになった。

 次第に、性交に限り、朱姫と銀角の関係は、逆転しつつある。

 銀角もまた、一方的に少女を嗜虐するのではなく、逆に相手に責められるという、これまで感じたことのない世界に入り込むことを望んでいる。

 

「……朱姫、そろそろ……」

 

 銀角の声が震えた。

 

「はい、お姉さま……」

 

 朱姫は、銀角の乳首を口に含んだ。

 銀角が、おこりが起ったように震えはじめた。

 しかし、さっと、朱姫は口を離す。

 銀角から悔しがるような嬌声がこぼれる。

 朱姫の手が、銀角の股間に伸びる。

 服の上からでも、熱くなっているのがわかる。

 

「……いいよ。お前はすごいよ……。い、いままで、こんなに……あたいを満足させてくれる……猫はいなかった……」

 

 朱姫は、銀角の下袴(かこ)の腰紐に手をかけた。

 銀角は怒らなかった。

 それどころか、朱姫の動きを期待しているように、腰をあげる。

 

 いままで朱姫に翻弄されながらも、絶対に身に着けているものに朱姫が触ることを許さなかった銀角が、夕べくらいから朱姫に気を許すようになってきた。

 

 朱姫は、一気に腰から、下着ごと、下袴を銀角の脚から抜く。

 銀角の股を開かせ、そこに口づけをする。

 

「うはああっ」

 

 銀角が吠える。

 朱姫が銀角の肉芽を吸ったのだ。

 銀角の股間から溢れるような愛液が迸りはじめる。

 

 そのあいだ、朱姫の片手は、さっき脱がせた銀角の下袴の腰紐を探っている。

 銀角は、下袴の腰紐に、あの『紅ひさご』を装着しているのだ。

 それを忘れているのか、朱姫が銀角の霊具を手で探すのに気がついていない。

 

 銀角の身体の震えが大きくなる。

 このところの数日の銀角との性交で、銀角の性感のなにもかも知り尽くした。

 朱姫の舌ひとつで、自在にいかせたり、焦らしたりできる。

 さらに陰核を這う舌の動きを早くした。

 絶頂のぎりぎりのところで、銀角の快感を保持する。

 

「あくううっ」

 

 銀角が腰を浮かした。

「気持ちいいですか、銀角お姉さま?」

 

 銀角の股間から口を離した朱姫は、銀角の顔の前に自分の顔を寄せた。

 

「ああ、最高だよ……お前は……」

 

 銀角が喘いだ。

 

「もう一度、口の中をご奉仕させてください。そして、やり直します。口の次は、胸……。そして、おへそ……。その次は、また、お股をご奉仕します……。終わったら、身体中を舐めます。今日は、朱姫の技をすべて受けてください、銀角お姉さま。最後は足の指で昇天させてあげます」

 

「……足の指? 愉しみだよ」

 

 銀角がうっとりしたように微笑んだ。

 しかし、朱姫の手には、すでにあの『紅ひさご』が握られている。

 

 朱姫は銀角の口を吸った。

 口の中を愛撫しながら、銀角の視界を朱姫の顔で隠す。

 銀角がうっとりと眼を閉じる。

 朱姫は、自分の背中の後で『紅ひさご』の栓を抜いた。

 

「銀角お姉さま――。眼を開けてください――」

 

 朱姫は、銀角の口から舌を出すと言った。

 銀角は言われるがままに、虚ろな視線を朱姫に見せる。

 次の瞬間、銀角の顔が恐怖の色に染まった。

 眼の前に、『紅ひさご』の口が向いているのだ。

 その銀角に凄まじい風が吹きつけた。

 

「ざまあみろ、朱姫様を舐めるな――」

 

 朱姫はそう呟くと、事前に脱がせた銀角の下袴から、朱姫の首輪の鍵を探した。

 それは、すぐに見つかった。

 首輪を外す。

 

 しかし、それで困った。

 銀角を石化したのはいいが、これからどうすればいいのだろう?

 この状態を見られたら、非力な朱姫では『紅ひさご』を取りあげられて終わりだ。

 そこに扉を叩く音がした。

 朱姫は緊張した。

 

「俺たちです。明月と清風です。沙那と孫空女が大変なことになりまして……」

 

 なにが起こったのだろう――。

 だが、困った。

 銀角は、あられもない恰好で寝台の上で石になっている。

 朱姫は、『紅ひさご』を握りしめて、扉の影に隠れた。

 

 いざとなったら『紅ひさご』ひとつで乗り切るしかない。

 だが、『紅ひさご』で石化できるのは、ひとりずつのはずだ。

 鎮元仙士を洞府の看板立てにしたときに、後で銀角が自慢げに、『紅ひさご』の使い方を説明したのだ。

 だから、複数の妖魔兵に一斉に襲われては、どうしようもない。

 そして、扉の外には、明月と清風のふたり……。

 なんとか、ひとりずつにする方法はないか……。

 

 返事はしてないのに、勝手に扉が開いた。

 入ってきたのは三人だ。明月と清風――。

 そして、日値までいる。

 どうしたらいいのだ――?

 

 とにかく、朱姫は、三人に向かって『紅ひさご』を向けた。

 

 三人の視線が、最初に寝台の上の石化した銀角、そして、朱姫の持つ『紅ひさご』に向けられた。

 

「動くと、石にするわよ――。静かに、扉を閉じて中に入りなさい」

 

 朱姫は言った。

 三人のぎょっとした表情がそこにある。

 作動させてしまえば、ひとりずつしか効果がないのがばれてしまう。

 このまま、脅迫で乗り切るしかない。

 だが、その三人の顔が綻んだ。扉が閉じられる。

 朱姫は呆気にとられていた。

 様子がおかしい。

 

「お手柄よ、朱姫」

 

 明月と清風が指に触りさって、姿が変わった。

 そこに沙那と孫空女の姿があった。

 どうやら、ふたりとも『変化の指輪』で、明月と清風に化けていたようだ。

 

「沙那姉さん――。孫姉さん――」

 

 朱姫は、ふたりの胸に飛び込んだ。

 

「待って――」

 

 それを沙那が制する。

 

「あんたの口の横についているのは、こいつの淫液ね?」

 

 沙那が言った。

 

「淫液? 顔に? まあ、そ、そうかもしれませんけど……」

 

 さっきまで、銀角の股間を舐めていた。

 そんなこともあるかもしれない。

 朱姫は、手でそれを拭こうとした。

 その手を沙那が抑えた。

 

「さらに、お手柄よ――、朱姫」

 

 沙那がそう言って、『変化の指輪』を嵌め直した。



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90  語り合うふたり

「今日の返事を聞きたいねえ、宝玄仙……」

 

 いつものように、金角が言った。

 石化された身体の中では、肛門にずっと挿入されている張形が相変わらず宝玄仙を苦しめている。

 金角は、最初に媚薬入りの水を宝玄仙に飲ませる。

 そして、石化した状態で数日も続けて肛門を責め続けられている宝玄仙に、『真言の誓約』を使った『隷属の誓い』をしろと迫るのだ。

 

「きょ、今日で何日目だい……?」

 

「九日目だね」

 

「あいつらは、げ、元気だろうねえ……?」

 

「まあ、生きてはいるさ。それで、返事は?」

 

 いつもと同じ会話……。

 まあ、儀式のようなものだ。

 ただの約束事だ。

 

 宝玄仙は、半ば朦朧とした気持ちで“考える”と応じる。

 金角は、その返事に満足して宝玄仙に快楽を与える……。

 必要以上に宝玄仙を苦しめることはないし、与えるのは宝玄仙をさらに苦しめることになる程度の快感でしかない。

 それでも快感は快感だし、金角は一応は、宝玄仙に誠意は示しているのかもしれない。

 

 金角は、最初に『浄瓶』の水で、尻の割れ目に沿って指で撫でて、その部分を撫ぜて生身にする。

 それだけでは、宝玄仙は石化の間に溜まった快楽を発散できない。

 溜まった快楽を発散するには、前の膣の石化を解いてもらわなければならないのだ。

 それをしてもらえなければ、宝玄仙は絶対にいけない。

 

 もしも、膣の解放を条件に『隷属の誓い』を要求されれば、宝玄仙は、とっくに応じていただろう。

 そんな官能責めに、宝玄仙はもう耐えられない。

 しかし、金角はそこまでのことを要求しない。

 宝玄仙の考えるという答えで満足するのだ。

 

 肛門を生身にした後、金角は宝玄仙の膣の石化を解く。

 溜まりきった快楽の苦痛が、震えるような甘美感となって発散していく。

 しかし、宝玄仙が一度発散すれば、金角はまた、石化をして、宝玄仙の快楽を封鎖する。

 

 そして、数刻――。

 場合によっては、一日以上、尻穴に張形の刺激を受けた状態で放置される。

 その官能の拷問を宝玄仙は、受け続けなければならない。

 だが、それは、必ず解放させてもらえる機会がある。

 

 奇妙な信頼関係だった。

 金角は、絶対にこのことで宝玄仙を裏切らない――。

 

「口惜しいだろうねえ、宝玄仙……。自分よりも、魔力が遥かに劣るこの金角に、こうやって、何日も責め続けられる気持ちはどうだい?」

 

「さ、最悪だよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 尻の解放をされた直後の絶頂では、淫具ごと石化している状態の数倍もの快楽が宝玄仙を襲う。

 だが、これだけでは、宝玄仙の閉じ込められた快楽は外に出ていかない。

 発狂しそうな快楽を外に出すには、金角の慈悲に頼るしかないのだ。

 

 もしも、金角が、宝玄仙に、「慈悲」の代償を要求すれば、このときに、宝玄仙は『隷属の誓い』――、つまり、“奴隷契約”に応じていただろう。

 宝玄仙の中にいる、もうひとりの宝玄仙が、簡単にそれに応じたに違いないのだ。

 

 なにもできない――。

 なにもできないのだから仕方がない――。

 もうひとりの宝玄仙が、それを主張する。

 本来の宝玄仙には、それを拒絶する力が残っていない。

 

 そう――。

 金角は、とっくの昔に宝玄仙を堕とせたのだ。

 だが、金角は、それをしなかった。

 金角が、宝玄仙の尻を解放し、宝玄仙の膣孔を解放させる間にすることは、宝玄仙とただ語ることだけだ。

 

「性奴隷の二年の月日は、長かったかい、宝玄仙?」

 

 金角は宝玄仙の前に座り、じっと宝玄仙を見ている。

 いまの宝玄仙の生身の部分は、口と肛門――。

 それだけだ。

 

 前から見える宝玄仙は、ただの人形だろう。

 だが、その人形を通して、金角は、宝玄仙の心に触れようとしている。

 いや、もう触れている。

 金角は、とっくに宝玄仙の弱点を掴み、切り札を握っている。

 だが、それを使わない。

 

「お、お前は……どうだい、金角? 十……年は、長かったかい……?」

 

 お互いに、罠に嵌って、望まない「調教」を受け続けた経験を持っている。

 宝玄仙は二年……。

 金角は十年……。

 それだけの時間の後に、ふたりとも自分を陥れた男たちへの復讐を果たした。

 それも同じだ。

 

「十年に必要だったのは、自分を保つことだったよ――。十年間、あたしは、ただの一度も本当の奴隷契約には応じなかった……。拒否し続けることで、いつか誰かが殺してくれることを願っていた。自分では死ぬことは禁止されていたからね……。お前は、宝玄仙?」

 

「わたしかい……?」

 

 宝玄仙は呟くよう言った。

 なんで、自分はこんなことを語っているのだろう。

 あの二年間のことは、供の三人にもほとんど語らなかったことだ。

 二年間、宝玄仙と同じ八仙の地位にあった三人が、宝玄仙を罠に嵌めて「調教」した。

 連中が知っているのはそれだけだ。

 その三人にも言わなかったことを宝玄仙は、自分を苛むだけの雌妖に喋ろうとしている。

 

「……わ、わたしは屈したよ……。三箇月でね……」

 

「屈した?」

 

 金角の声に不審の響きが混じった。

 

「三箇月で……、ひとり目と真言の誓約で奴隷契約をした……。屈服……したのさ……。八仙同士の……道術を通した“隷属”……。どんな“誓約”よりも強力な……誓いだよ。ひとり目と……結んだ後は、二人目……、三人目と……同じことをするのに躊躇は……、なかった……。わ、わたしは……、そうやって……、三人の奴隷になったんだ……」

 

「だけど、あんたは、その三人を殺したんだろう?」

 

 金角が訝しむ言葉を発した。

 それは、そうだろう。

 いったん結べば、奴隷の誓約は絶対だ。

 二年後であろうと、宝玄仙が彼らの殺害に成功したこととは、辻褄が合わないのだ。

 

「“奴隷の誓約”を……したのは……、わたしが生み出した……もうひとりのわたし……。わたしを……護るために……作りだした……もうひとりの……わたし……。わたしは……、それを表に出すことで……、そ、そして、か、彼女の人格を……強化することで……わたしを護った……」

 

「別の人格? そんなことができるのかい?」

 

「……できる……。できなければ……いまの……わたしはない……」

 

「お前の中に、もうひとりのお前がいるということ?」

 

「そう……。いつもは、眠っている……。でも、時折……存在感を示す。本来の……わたしを……消そうと……」

 

「こうやって、恥辱の中にいるときは、お前のもうひとりの人格が強くなっていくんだね、宝玄仙?」

 

「……そう……かも……。あああっ――。そ、そろそろ、限界よ……、金角……」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 もう、耐えられない。

 これ以上は、正気を保てない。

 

 ここで『隷属』を要求されれば、絶対に断れない。

 しかも、いま、宝玄仙の中に、もうひとりの別人格が眠っていることさえ喋ってしまった。

 金角は、いまの宝玄仙ではなく、その宝玄仙に要求すればいい。

 その瞬間に別人格の宝玄仙が、いまの宝玄仙を乗っ取るだろう――。

 

 宝玄仙を護るために――。

 そして、宝玄仙は、また、眠らされる――。

 

 すると、宝玄仙の中のもうひとりの人格――、宝玉(ほうぎょく)の存在が大きくなった。

 宝玄仙は、慌てて自分を保つ。

 

「今は、この辺にしようか、宝玄仙……。膣の石化を解くよ。思う存分に発散したら、また、石化して封鎖する……。尻に張形を挿したままね」

 

 やっぱり、金角は“奴隷契約”を要求しなかった。

 その理由はわからない。

 宝玄仙の頭の中で、宝玉が残念そうな顔をしている。

 

「わ、わかったよ、金角……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「この続きの話は、また、今日の夜にでもやろう」

 

「ああ……、夜だね。それまでに、さっきの話は考えておく――」

 

 宝玄仙は言った。

 

 そのとき、扉が叩かれた音がして、勢いよく開かれた音がした。

 誰かが入ってきた感じがしたが、宝玄仙の背中側なので、その侵入者の姿を見ることができない。

 

「どうしたんだい、銀角?」

 

 金角が言った。

 どうやら入ってきたのは銀角のようだ。

 

「金角姉さん――。これが……」

 

 銀角の声だ。

 

「ちょうどよかった、銀角。もうすぐ、その『紅ひさご』を使おうと思っていたから……」

 

 もの凄い風が吹き抜けた感覚があった。

 眼の前の金角が石化している。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 どたどたと複数の人間の入っている足音……。

 すぐに扉が閉じられる。

 

 眼の前を孫空女と沙那が通り過ぎた。

 宝玄仙は眼を丸くした。

 

 そして、金角の侍女がいる部屋に飛び込んだ。

 束の間の喧騒――。

 あっという間に静かになり、ふたりが出てくる。

 

 朱姫が『浄瓶』を手に取った。

 宝玄仙の頭から『浄瓶』の水を直接注ぐ。

 石化している宝玄仙の全身が戻っていく。

 

「ああっ、ああ……ああぁ……」

 

 石化から解除されて、生身になった宝玄仙はがっくりと跪いた。

 全身が震えた。

 沙那が崩れ落ちた宝玄仙を前から抱きかかえる。

 

「ご主人様――、ご無事ですか――?」

 

「い、いくうううっ」

 

 宝玄仙は、沙那に裸身で掴みかかった。

 そして、全身を震わせながら叫んで、沙那に身体を預ける。

 宝玄仙は達した。

 絶頂しながら涙を流した。

 助かったのか?

 いや、助かったに違いない。

 だから、こいつらがここにいて、宝玄仙は石化から解放されたのだと思う。

 

 沙那が驚愕した様子で宝玄仙を抱きしめてきた。

 宝玄仙は、さらに力一杯沙那を抱きしめる。

 誰かに支えてもらわなければ、いまの宝玄仙を保つことができそうにない。

 心地いい……。

 沙那に抱き締められる心地の、なんと甘美なこと……。

 

 それと同時に、もの凄い勢いで宝玄仙の身体に霊気がみなぎる。

 宝玄仙の人格が完璧に戻る。

 

 あのもうひとつの人格――。

 被虐を求めるあの宝玄仙……。

 宝玄仙が意図的に作り……、強化し……、はっきりとした人格となりかけていた別の宝玄仙が、再び深い眠りにつく。

 

「あ、あのう……ご主人様……?」

 

 沙那が、宝玄仙を抱いたまま、狼狽したような声を出した。

 だが、宝玄仙は、沙那を抱きしまたまましばらく離さなかった。

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 やがて、宝玄仙は言った。

 肛門を苛んでいた張形を身体の外に出す。

 十日近くも宝玄仙を悩まし続けた金角の淫具がやっと身体の外に出た。

 

 次に、みなぎった霊気で沙那の身体を探った。

 股間に妖魔の気が充満している。

 おびただしい数の妖魔の精を受けたのだろう。

 膣内もかなり傷んでいる。

 宝玄仙は、それを全力で癒した。

 

 腕の中の沙那が震える。

 『治療術』の道術を受けているからだ。

 あっという間に、沙那の身体から妖魔の気は消滅した。

 股間もきれいなものになった。

 宝玄仙は沙那を離した。

 

「みんな無事かい……?」

 

 宝玄仙は、顔をあげて、全員を確認した。

 三人の供の全員がいる。

 もうひとりは、確か、日値(ひち)という小妖だ。朱姫が銀角の白蛇に襲われたときに、この日値が朱姫を庇おうと張り倒されたのを宝玄仙は石化したまま見ていた。

 

「朱姫、銀角はどうした?」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫は宝玄仙とともに浚われて、金角に引き取られた宝玄仙に対し、朱姫は銀角に連れられていった。

 その朱姫は、裸体に銀角のものらしい上着を羽織っている。

 

「金角と同じです、ご主人様」

 

「固まっているということかい」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「朱姫がやったんだよ。あたしらが飛び込んだときには、もう、石になっていた」

 

 孫空女だ。

 宝玄仙は、改めて、沙那と孫空女のふたりを見た。

 孫空女も、眼の前の沙那も、黒革の袖のない上着と短い下袴だけを身に着けている。

 そして、孫空女は鼻に奇妙なものをしている。

 宝玄仙は噴き出した。

 

「なんだい、その鼻の素敵な飾りは、孫空女?」

 

「あの明月と清風にされたんだ」

 

 孫空女が怒ったように言った。

 

「明月と清風?」

 

「ここにいるんです、ご主人様。わたしと孫空女は、ここにいる間、ずっと、そのふたりによって、何百匹もの妖魔の性処理の相手をさせられていました。この孫空女は、さらに手酷い拷問も……」

 

 沙那が言った。

 それで、やっと気がついた。

 孫空女は手酷い怪我をしている。

 

「来てごらん、孫空女」

 

 宝玄仙は、孫空女を呼び寄せた。

 

「こりゃあ、酷いねえ……」

 

 道術で探るまでもない。

 孫空女は酷い状態だ。

 宝玄仙は、孫空女を沙那の横に座らせて、『治療術』を施す。

 拷問の影響か、あるいは、妖魔との性交の影響か、膣も肛門もかなり損傷している。

 とりあえず、それを治す。

 

 そして、指だ――。

 十本の指がぐしゃぐしゃにされ、ほったらかしにされたせいで奇妙な具合に繋がりかけている。

 わざと、変形するように繋げられていているのだ。

 爪も全部ない。

 普通なら、もう使いものにならない。

 

 だが、宝玄仙の治療術なら問題ない。

 『治療術』を施すついでに、ちょっと悪戯もする。

 孫空女の身体に、激しい快楽を同時に送ったのだ。

 

「ひゃああああ――」

 

 孫空女は、自分の胸を抱きしめながら身体を折った。

 がくがくと震えている。

 気をやってしまったのだ。

 この強い女が、少女のような声をあげて、達する姿を見るのはいつもながら最高だ。

 

「強い『治療術』を送ったからね。だけど、そんなもので、達したのかい? 妖魔どもに犯されすぎて、淫乱に拍車がかかったかい?」

 

 本当は快楽の大波を送り込んだのだが、『治療術』だけと思い込んでいる孫空女は、ばつの悪そうな表情をした。

 

「ところで、どれどれ……」

 

 孫空女についている鼻輪を手に取り、ぐいと引っ張った。

 

「ひぎいいいっ、痛い、痛い――。痛いってばあ、ご主人様」

 

 しかめっ面を膨らませて孫空女は抗議した。

 構わず、ぐいぐいと引っ張り、孫空女の顔を宝玄仙のすぐ前まで寄せる。

 

「こりゃあ、駄目だね。さすがのわたしの道術でも外せやしないよ、孫空女。この鼻輪は、一生そのままでいな」

 

「う、嘘だよ――。手があっという間に治ったのに、明月と清風程度の霊具が外せないわけがないじゃないか――」

 

 孫空女は叫んだ。

 宝玄仙は笑って、鼻輪を引っ張ったまま、孫空女の口を自分の口に寄せた。

 孫空女の口の中を吸う。

 宝玄仙は孫空女に奉仕をするように、丁寧に孫空女の口を吸った。

 しばらく、孫空女を堪能した後、孫空女の唇から唇を離す。

 孫空女が眼を白黒している。

 そして、孫空女から鼻輪を外した。

 鼻の穴の中に強引に作られた穴も治療する。

 

「あ、ありがとう……」

 

 孫空女が鼻をさすりながら言った。

 

「お前もおいで、朱姫」

 

 朱姫が孫空女と入れ替わって、宝玄仙の前に座る。

 こっちは問題なさそうだ。

 茶色の革紐は、まだ朱姫の首にある。

 ならば、毎日、尻の発作で苦しんだだろう。

 

「ああっ、ご主人様……」

 

 宝玄仙は、朱姫の肛門に指を入れた。

 朱姫は抵抗しない。

 

「ああっ」

 

 あっという間に宝玄仙の指で達し、宝玄仙の胸に倒れ込んだ。

 部屋の隅では、日値が、どこに視線を移していいかわからないという感じで、おろおろしている。

 

「それで、いまは、どういう状況なんだい?」

 

 宝玄仙は、崩れ込んできた朱姫を起こしながら言った。

 沙那が、これまでのいきさつと、いまの状況を簡単に説明した。

 さらにそれを日値が補足した。

 

「つまり、金角と銀角は、それぞれ石化したが、わたしらが、妖魔軍の真ん中にいるという状況は変わらないというわけだね?」

 

「そういうことです、ご主人様」

 

「とにかく、石化している銀角が、こいつらの部下の妖魔兵に見つかったら面倒だ。銀角をここに持っておいで」

 

 銀角の部屋は、すぐそこらしい。

 四人が駆けていった。

 金角と銀角の部屋がある一帯は、この洞府の中でも、このふたりの個人的な空間だ。

 滅多なことでは、妖魔兵はやってこないし、入ってくるのは身の回りの世話をする小妖と、金角軍の中でも最高幹部に当たるものだけのようだから、まだ、ここに異変は気がついていないはずだ。

 だが、時間の問題だろう。

 銀角が運ばれるのを待つあいだ、宝玄仙は『移動術』の結界を刻む。

 行き先は、最初に金角軍に襲撃をされたあの場所だ。

 あと数日すれば、向こう側の道術紋も霧散していたと思うが、まだ辛うじて、移動術を繋げることができそうだ。

 とにかく、あそこに荷が置いているし、都合がいい。

 

「戻りました」

 

 沙那だ。四人で銀角を運んできたのだ。

 

「こりゃあ、まあ、はしたない恰好で固まったものだねえ」

 

 宝玄仙は、固まった銀角を見て笑った。

 上着をはだけ、乳房を露わにして、裸の下半身は大きく股を開いている。

 宝玄仙は、手元にあった金角の張形を手に取った。

 

「わたしの使い古しだけど、よかったら使っておくれ、銀角」

 

 宝玄仙は、そう言うと、その張形を道術で石化した銀角の膣の中に送り込んだ。

 そして、激しく暴れさせる。

 もっとも、外見上じゃあ、まったくわからない。

 今頃、石化した銀角は、霊具によって与えられる快楽に恐れおののいているはずだ。

 

 石化しても、一緒に石化した霊具による快感は生身のときと同じように感じる。

 しかも、溜まった快楽を外に出せないので恐ろしく苦しいのだ。

 

「移動の準備はできたかい? とりあえず、洞府の外に出るよ」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女と沙那は、部屋にあった自分の武器をすでに取り戻している。

 宝玄仙を含めた五人と、石化した金角と銀角、そして、『紅ひさご』と『浄瓶』が、『移動術』の結界に乗った。

 

 宝玄仙は、移動術を発動した――。



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91  羲姉妹の誓い

 宝玄仙の術により、地下砦の外に転送された。

 どこかの森の中だ。

 蓮崋洞(れんかどう)のすぐそばだとわかる。

 

 いずれにしても、不覚をとったものだ。

 まさか、銀角がやられていたとは思わなかった。

 どうやら、宝玄仙の供が、先に銀角を石化して倒し、その銀角に化けて、金角にあの『紅ひさご』を仕掛けたということらしい。

 その銀角に対する拷問はすでに開始されている。

 残念だが、逆転の目は思いつかない。

 

 金角も石化した身体を樹木の下に運ばれ、顔が『浄瓶』の水で洗浄された。

 だが、洗浄されたのは、金角の首から上だけだ。

 首から下は相変わらず固まったままだ。

 眼の前には、最初に運ばれたときの黒い法衣姿の宝玄仙が座っている。

 顔に不気味な笑みを浮かべている。

 手になにか小さな綿を持っている。

 それを金角の鼻の穴に詰め込んだ。

 

「な、なにをしたんだい、宝玄仙?」

 

「口の利き方に気をつけるんだね、金角。まだ、宝玄仙を虜にしているつもりかい? お前の鼻に入れたのは強力な媚薬だよ。『淫霧の綿』というね。石化しても生身に戻された部分の機能は戻るんだろう。たっぷりとこの宝玄仙の淫霧を味わいな。そりゃあ、怖ろしいものだよ」

 

「け、形勢逆転というわけだね……」

 

「そういうことだ、金角……。朱姫、おいで、可愛がってやりな」

 

 宝玄仙があの半妖を呼んだ。

 その朱姫はすぐにやってきた。

 一方で、少し離れた眼の前では、銀角の悲鳴が続いている。

 銀角は、あられもない恰好で石化したのだが、ここに連れられてから、『浄瓶』の水で、金角と同じように首から上と、そして、乳首と股間の陰核だけの石化を解かれている。

 それを沙那と孫空女、そして、日値(ひち)まで加わっていじくりまわされている。

 だが、膣内の石化を解かれないと、どんなに快楽を受けても発散できない。

 地獄のような快楽が続くだけだ。

 すでに銀角は狂乱状態だ。

 

「銀角の様子が気になりますか、金角様?」

 

 朱姫がくすくす笑いながら、金角の口に舌を入れた。

 

「抵抗するんじゃないよ、金角。あの銀角も翻弄された朱姫の舌技だ。味わうといいよ。この宝玄仙ですら、朱姫の舌の技には弱いんだ」

 

 宝玄仙は、嗜虐の笑みを浮かべて、こちらを見ている。

 確かに朱姫の舌技は巧みだった。

 

「くっ……、あっ……んふっ」

 

 たちまちに翻弄される。

 口中を刺激されて、たちまちに高まる性感に金角は恐れおののいた。

 しかも、鼻の淫霧は確かに強力だ。

 あっという間に、淫らな感覚が金角を支配する。

 口の中がこんなに感じるものかと思った。

 こんな口づけは初めてだ。

 朱姫の舌が離れた後、金角はしばらく、口が閉じられなかった。

 

「涎を垂らすほど、強烈だったか、金角?」

 

 我に返って、慌てて口を閉じる。

 

「行っていいよ、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はーい。じゃあ、銀角と遊んでいます。三日もあれば、銀角を調教してみせますね。あの銀角は、見かけによらず、“受け”ですよ。自分でも気がついていないと思いますが」

 

「好きにおやり、朱姫。ただ、三日経ったら、『紅ひさご』と『浄瓶(じょうびん)』は破壊する。それまでに仕上げるんだ」

 

「ええ――? 壊すんですか? もったいないなあ。貴重な霊具なんじゃないですか?」

 

「貴重には違いないけど、いまの教団の帝仙の曹国仙(そうこくせん)の一族に伝わる霊具だからね。それを手元に置いていると、曹国仙には、わたしらがどこにいても、居場所が知られてしまう。あいつにとっては、この霊具は、自分の一部でもあるのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうなのですか?」

 

 口を挟んだのは沙那だ。

 すぐ背後で、銀角を弄んでいたのだ。

 手に持っているのは小さな刷毛で、それを生身にした銀角の乳首をくすぐっていたのだ。

 いまでもまだ、孫空女と日値が銀角を責めている。

 銀角の狂ったような嬌声が周囲に響き渡っている。

 

「ああ、一族の霊具というのは、そういうものさ、沙那。ほら、御影が自分の分身を使って、遠くのものを見聞きできるのと同じさ。これが手元にあると、曹国仙の手の中にいるのと同じということさ。残念だけど、壊すしかないね。壊してしまえば、いまの曹国仙には、これを復活できる能力はない。この霊具を作ったのは、曹国仙の祖先だしね。一族の重要な霊具を壊すのは、いい腹いせにもなる」

 

「そうですか」

 

 沙那が朱姫にも刷毛を渡した。

 朱姫は沙那とともに、銀角の方に向かった。

 

「眼の前にいるのは、宝玄仙かい? それとも、宝玉(ほうぎょく)かい?」

 

 金角は言った。

 この宝玄仙が本来の宝玄仙であるのはわかっている。

 金角が相手をしていたときに見え隠れしていた、宝玉と名乗った弱々しい宝玄仙はここにはいない。

 きっと、また、眠ってしまったのだろう。

 宝玄仙の手が金角の顔に伸びた。

 顔に怒りが浮いている。

 

「金角、眼の玉をくり抜かれたいかい?」

 

 宝玄仙が恐ろしい形相で睨んだ。

 こんな顔もできるのかと驚いた。

 そして、恐怖を感じた。

 

「あ、あたしらをどうするつもりだい……?」

 

 金角は言った。

 

「どうもしないよ。適当な日にちが経てば、いずれ解放してやる、金角。ただし、この宝玄仙の一行を襲った落とし前はつけさせるよ」

 

 宝玄仙は一度立ち、金角のすぐ前に座り直すと、懐から小さな板切れを出して、金角にかざした。

 板切れは三枚あり、そのうちの二枚は黒焦げだ。

 

「お前たちは、西域に戻らせてやる。そのときに、これを持っていくんだ。この中には、朱姫の家族にも等しい三匹の使徒が眠っている。いまは、銀角のお陰で、ほとんど死んでいるのと同じだ。この宝玄仙でも復活できない。だけど、西域でなら、また、この中の使徒を復活できるだろう。それをしな。いずれ、わたしたちも西域に行く。そのときまでに、復活させておくんだ。朱姫もそれで許すと言っている」

 

「いずれ来る? そ、そうなのかい? それよりも、あたしたちがいなくなったことは、部下たちも、そのうちに気がつくよ……。そ、そうすれば追ってくる……。に、逃げられりゃしないよ」

 

 話ながらも、どんどんと身体が熱くなり、蕩けるように疼いてくるのがわかる。

 なんだ、この強烈な淫霧は……。

 

「だったら、部下を追い返すんだね。部下たちの前で色責めに遭いたくなければね。辺りをすでに結界で包んだ。あの宝具で不覚をとらなけらりゃあ、この宝玄仙を相手にお前ら雑魚が大勢かかってきても、かなうわけないだろう」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 まあ、そうだろう。

 それに、金角の私室には、こちらから呼ばない限り、絶対に入ってこないように躾ている。

 銀角も同じのはずだ。

 不審に思って、強引に部屋に入ってくるには、半日以上先だろう。

 部下による捜索が始まるのは、それからだ。

 それに、金角と銀角が人質になったら、連中は手を出せない。

 金角たちの命を最優先に行動するはずだ。

 連中と結んでいる『主従の誓い』がそうさせるのだ。

 

「……わ、わかったよ。使徒とやらの復活の方法は探してみる……。と、ところで、そ、その条件だけで、あたしらを解放するのかい?」

 

「そんなわけがないだろう、金角――。第二の条件は、お前がわたしと『真言の誓約』を結ぶことだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「……隷属を誓えというのかい? そんなことをするわけがないだろう、宝玄仙。このあたしは、十年間も責め続けられて、誰とも隷属の誓約を結ばなかったのだよ」

 

「わかっているよ、金角。だけど、お前は結ぶ……。それに、誓うのは、隷属じゃない。主従の誓いでもない。対等の羲姉妹でいい。ただし、わたしが姉で、お前が妹だ」

 

「羲姉妹? 魔族のあたしと、人間族のお前とかい? そもそも、お前をあんな風に拷問したあたしと?」

 

 金角は驚いてしまった。

 

「……魔族と人間だからなんだっていうんだい。それに、お前とわたしは、あの拷問を通じて、あんなにも語り合った……。多分、いい関係になれる……。そうは思わないかい……」

 

「い、いい関係って……」

 

「ねえ、金角」

 

 宝玄仙がさらに近づいて、金角の頬に手で触れた。

 金角は口を閉じた。

 

「……正直に言うよ。わたしは、お前と隷属を結んでもいい気になっていたよ……。それは、お前も知っていただろう? しかし、お前はそれを強要しなかった。しようと思えば、させられたのに、お前はわたしを隷属させることを躊躇ってたんだ」

 

 宝玄仙の唇が金角の唇に触れた。

 そうかもしれない……。

 宝玄仙の言葉を聞いて、金角は思った。

 いや、そうなのだろう。

 確かに、金角は躊躇していた。

 宝玄仙をもっと冷酷に追い詰めれば、簡単に宝玄仙は堕ちただろう。

 だが、しなかった。

 そうか、自分は宝玄仙をあんな手段で奴隷にしたくなかったのだ。

 いま、やっと自分の心情がわかった。

 

 宝玄仙の舌が金角の舌に触れる。

 それとともに、金角の唾液を吸われる。

 金角もまた宝玄仙の舌を絡めて、宝玄仙の唾液を吸う。

 お互いの唾液をしばらく吸い合う。

 宝玄仙の口が離れた。

 痺れるような疼きが全身を駆け回る。

 

「あ、あたしたちは、姉妹になるのかい、宝玄仙……」

 

 金角は溜め息をつきながら言った。

 身体が溶けるような口づけだ。

 さっきの朱姫といい、この宝玄仙といい、この主従は、本当に性技が巧みだ。

 それよりも、身体が溶けそうだ――。

 『淫霧の綿』から与えられる淫靡な香が、石化した金角の身体に充満し続けている。

 

 つらい――。

 

 この燃えたぎる身体が淫靡な責めを求めている。

 乳房を揉んで欲しい。

 膣孔を激しく掻きほじってもらいたい。

 

「だから、羲姉妹になろう……。それを、結ぼうや……。実は、これもお前がわたしに強要したことと同じなんだよ……。奴隷でも……、主従でも……、羲姉妹でも……。お前が上でわたしが下でも……、わたしが上でお前が下でも……。ちょっとした違いだ……。さあ、あのとき、結びかけていた誓いをしようじゃないか」

 

 宝玄仙は『浄瓶』を手に取った。

 『浄瓶』は、宝玄仙のすぐ横にある。

 

 宝玄仙が『浄瓶』の水を金角の股間にかけた。

 金角の股間が生身に戻った。

 その股間に宝玄仙の手が触れる。

 道術なのか、金角の股間から衣類が消滅させられた。

 

 宝玄仙の指が金角の膣に触れる。

 陰毛を掻き分け、淫襞を擦られ、陰核をいじられ、そして、膣内に指が入れられた。

 なんという優しい愛撫だろう。

 あっという間に金角は追いつめられた。

 

「金角、ほら……」

 

 宝玄仙の甘い声――。

 

「ああ……」

 

 金角は震えた。

 宝玄仙の優しい愛撫……。

 それが続く……。

 

「いきそうかい……、金角……?」

 

「い、いく……。いきたい……」

 

 宝玄仙の指が激しくなる。

 それでいて優しい。

 宝玄仙の指から伝わる愛情――。

 それが、金角を震わせる。

 

「じゃあ、そう言いな……。宝玄仙の弟子は、みんなそう言うんだ……。いくときには、宝玄仙にそれを伝える……。それを合図に、この宝玄仙は、いつも最高の快楽を注ぎこむ」

 

「い、いくっ、宝玄仙――。い、いかせて……、く、ください」

 

 叫んだ。

 宝玄仙がふっと笑った気がした。

 あがってくる……。

 なにかが拡がる……。

 触っているのは、たった数本の指だ。

 

 もっと大勢の人間に愛撫をされたことがある。

 もっとたくさんの淫具に責められたこともある……。

 もっと強い媚薬を大量に使われたこともある……。

 もっと陰湿な恥辱を味わった……。

 

 そのときには、一度も与えられなかった圧倒的な官能の矢が金角に突き刺さる。

 こんなに愛情を注ぎこまれた愛撫がなかった。

 そんなものはあり得なかった。

 しかし、ここにあるものは……。

 

「お前の魔力を戻す、金角……。だから、誓おうよ、金角。お前とわたしと語り合ったときの続きだ……。お前は、わたしに、隷属を強要しなかった。だから、わたしもしない。結ぶのは羲姉妹の誓いでいい。わたしたちは敵対しない。盟約はそれだけだ……」

 

「あ、あたしと……姉妹になって……く、くれるのかい……」

 

 突きあがる快楽――。

 もう、なにも考えられない。

 確かに、魔力が戻っている。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ただ、気持ちがいい。

 

 羲姉妹だって?

 お人好しの女だ……。

 いまの金角は、強要されれば、奴隷になることも受け入れたかもしれない。

 宝玄仙には、それがわかっていると思う……。

 しかし、宝玄仙が求めるのは、羲姉妹の誓いだ。

 

 あの十年間、奴隷になれと言われ続けた……。

 こんなやつらの奴隷になんかなるものかと思った。

 奴隷になってもいいと思った相手はひとりもいなかかった……。

 だけど、宝玄仙となら……。

 なってやってもいいかもしれないと考えた……。

 ましてや、羲姉妹なら……。

 まあ、宝玄仙にとっては、性奴隷も、羲姉妹も同じ意味なのだろう……。

 

「お前は、あの宝玉からも宝玄仙を救ってくれた。わかっていたんだね。だから、感謝をしている。このわたしの奴隷になりな。悪いものじゃない。あの三人が、わたしを慕っていることは見ればわかるだろう?」

 

「ど、奴隷じゃなくて、ぎ、羲姉妹だろう、あああっ」

 

 金角は喘ぎながら言った。

 

「そうだったね。でも、同じことだろう」

 

 宝玄仙が笑った。

 同じことなのだ。

 金角も笑いそうになった。

 そのとき、金角を襲う愛撫が強くなる。

 

「あ、ああっ、はああっ」

 

 快感が強くなる。

 石化した全身に愉悦が走る。

 

「誓うね?」

 

 宝玄仙の声が耳元で囁く――。

 誓う……。

 そして、この快楽を永遠に……。

 

「誓うね、金角?」

 

「ち、誓うから……、も、もっと、宝玄仙――。もう、少しで――」

 

 なにも考えられない。

 やってくる。

 圧倒的な甘美感が金角を襲う。

 一条の快感の光が金角に刺さる。

 

「ぐあああっ」

 

 金角は吠えた。

 強烈な快美感が全身を包む。

 

「誓うね、金角? わたしたちは羲姉妹だ。わたしが姉、お前は妹分だ――」

 

 宝玄仙の声だけが聞こえる。

 ほかにはなにもない。

 

「ち、誓う。誓うよ――」

 

 金角は叫んだ。

 

「わたしも誓うよ、金角」

 

 金角の中でなにかが爆発した。

 爆風が金角を掴み、どこかに連れていく。

 

 昇天した。

 同時に魔力が宝玄仙の霊気と交差し、そして、真言の誓約が結ばれた。

 

 宝玄仙の姉妹になれた……。

 甘美な充実感が金角を包んでいた。

 

 

 *

 

 

「朱姫、すまなかったね。責任を持って、使徒は復活させるよ」

 

 銀角が朱姫にそう言っている。

 沙那はそれを横でそれを聞いていた。

 

 蓮花洞の一室だ。

 金角と銀角の部屋のそばに設けられた宝玄仙一行のための部屋だ。

 そこに、金角と銀角がいる。

 別れの挨拶をするためだ。

 

 金角が宝玄仙と羲姉妹になる『真言の誓約』を結んだことで、宝玄仙一行は、金角軍の捕虜の立場から一転して、主賓という扱いになった。

 銀角もまた、納得してそれを受け入れた。

 

 朱姫は、宣言のとおり、三日で銀角をたらし込んだ。

 銀角は、朱姫の三日間の責めに完全に屈して、完全に朱姫を受け入れた。

 最初ときは、銀角が朱姫を白蛇で責めたとも聞いたが、調教の三日目には、朱姫の要求のまま、自ら白蛇を出して、自分を責めさせるまでに、銀角は「調教」されてしまった。

 いまでは、朱姫と銀角は親友といっていい仲だ。

 

「うん、一次預ける。そのときには、また遊んであげるよ、銀角」

 

 朱姫がそう応じた。

 銀角が頬を染める。

 その光景は、百歳近い妖魔とたった十六歳の半妖の関係とは思えない。

 

「それにしても、宝玄殿たちも一緒に戻ると思ったのにねえ」

 

 今度は、銀角が宝玄仙にそう言った。

 

「それについては、話し合っただろう、銀角」

 

 金角だ。

 

「だって、名残り惜しいじゃないかい、姉さん」

 

「だけど、鎮元の馬鹿があちこちの魔王に、宝玄仙の手配書のようなものをばらまいて、賞金をかけたしねえ。いまは、まずい。ほとぼりが覚めるのを待った方がいいし、しばらくすれば、あんなの意味がないとわかる。そうすれば、宝玄仙を迎えに来れる」

 

 金角が言った。

 宝玄仙と金角は、羲姉妹の契りを結び、いずれ、金角が宝玄仙を迎え入れることになったが、一緒には行かない。

 いま、西域にいる各魔王のところには、鎮元仙士が自分自身や妖魔を使役してばら蒔いた宝玄仙の人相書きが出回っていて、宝玄仙がのこのこと行けば、大騒ぎになることが予想されるからだ。

 時間さえ経てば、ほとぼりも覚めて、宝玄仙が西域入りしても、問題はなくなる。

 そのときに、金角は改めて、宝玄仙を迎えに来る。

 そういうことになった。

 

 そもそも、宝玄仙自身がまだ旅を続けることを望んでいる。

 帝都で貴族扱いだった宝玄仙には、この野宿ばかりで、人里を避け続けるような旅がつらいのではないかと思うのだが、宝玄仙は愉しいらしい。

 まあ、いい……。

 

 しかし、旅を続けたとして、向こうの態勢が整ったとき、どうやって、金角が宝玄仙と接触をするのか……?

 鎮元仙士なしに、遥かな西域から沙那たちのいる場所に移動術でやってくる手段はなにか――?

 沙那にはわからないが、宝玄仙と金角が話し合っていたので、なにか方法があるのに、違いない。

 

 とにかく、金角が戻ることになったのは、宝玄仙の居場所をできるだけ早く作るという目的もある。

 いま、西域は宝玄仙を迎い入れる状況にない。

 西域で人相書きが出回った宝玄仙が、いま西域に進めば、金角全軍が宝玄仙を護ったとしても、とても守りきれるものではないかもしれないようだ。

 だから、金角と銀角が戻り、それを少しでも整える努力をする。

 まあ、そういうことだ。

 

「言っておくけど、銀角――」

 

 孫空女がぐいと銀角の肩を掴んだ。

 銀角がぎくりとしている。

 

「みんなが許したから、あたしも許すけど、本音じゃあ、お前の仕打ちをあたしは許していないよ。あたしと沙那を妖魔どもの性処理に使いやがって……。一日、五十匹だって? 呆れるよ」

 

「そ、その報いは受けたじゃないか、孫空女」

 

 銀角が顔を引き攣らせながら言った。

 沙那は、そのやり取りを横で聞いて、苦笑した。

 銀角の言うとおり、三日間の朱姫の責めを受けた最後に、銀角は『変化の指輪』で適当な人間族の娘に変身させられ、調教部屋に拘束されて、妖魔兵の相手をさせられた。

 つまり、沙那や孫空女がされたのと同じように、台に開脚で拘束されて、次々にやってくる妖魔の性処理をさせたのだ。

 朱姫と孫空女は、その銀角にたっぷりと媚薬を塗りたくっていたから、ただ、妖魔の精を受けるだけではなく、味わってしまう快感で、銀角は半死半生の状態だった。

 

 もちろん、わざわざ変身させたのは、これからも銀角には、この妖魔軍の副将でいてもらわないとならないからだ。

 一方で、あの清風と明月もまた、沙那と孫空女以外の姿の女に変えて、妖魔の性処理をさせ続けた。

 そもそも、自分たちと同じ姿の者が犯されているのは、正直、気持ちが悪い。

 宝玄仙に頼み込んで、別の姿に変えてもらった。

 

 また、日値(ひち)は、金角軍の将校扱いになった。

 日値は、宝玄仙の一行に加わりたがったが、宝玄仙がにべなく断った。

 男は供にしないというのが理由だ。

 日値は残念そうだったが、朱姫と別れを済ませ、ひと足先に西域に帰る軍の先遣隊と行動を共にした。

 実は、金角軍の主力もすでに大部分がここを去り、残りは、金角の親衛隊と銀角の直轄隊くらいなのだ。

 それも、沙那たちが出立すれば、とりあえず、西域に帰る。

 

 あの清風と明月も、性処理用の奴隷のまま、一緒に連れていかれた。

 沙那は、孫空女とともに、今度こそ清風と明月を殺してしまうことを提案したが、その意見は宝玄仙に拒否された。

 それから、この洞府の入口で看板掛けにされていた鎮元仙士もとりあえず、この部屋に運び入れられている。

 どうするかと言えば、このまま放置だ。

 この鎮元仙士もまた、宝玄仙はここで殺すのを拒否した。

 道術を封印して放逐すると言っている。

 殺さなければ、絶対に遺恨が残ると思うが、宝玄仙はどうしても、命を奪うことに躊躇いがあるみたいだ。

 死ぬよりもつらい目に遭わせているのだから、そっちの方がいいと言うのだ。

 沙那は、もう宝玄仙が甘いことには、諦めの境地だ。

 

「じゃあ、待っているよ、宝玄仙」

 

 金角が言った。

 

「ああ、いずれ、わたしらが到着する頃には、環境を整えていておくれ、金角」

 

「わかったよ、宝玄仙」

 

「それと、これを持っていっておくれ、金角」

 

 宝玄仙が金角に銀色の縁取りがある小さな袋を渡した。

 袋は中身が丸く膨らんでいて、中に丸いなにかが入っている気配だ。

 

「なんだい、これは?」

 

 金角が言った。

 

「なんでもないさ。再会を願う御守りさ、金角。大事にしてどこかに仕舞っときな。わたしがお前の勢力地に着くまではそれを預けとくから、わたしがお前の姉であることを忘れるんじゃないよ」

 

「気味が悪いねえ。得たいの知れないものじゃないだろうねえ、宝玄仙?」

 

「得たいの知れないものに決まってるだろう、金角。お前がわたしを裏切れば、全身にいき狂いの発作が起きるようにするための呪い具だよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「羲姉妹を誓約したあたしだ。どうやって、誓いを破って裏切ればいいんだよ、宝玄仙。裏切れるわけないだろう」

 

「馬鹿言うんじゃないよ。誓約を破る方法はいくらでもあるよ」

 

「まあいい。とにかく、御守りとして持ってりゃいいんだね?」

 

 金角が苦笑しながら、その小さな袋を受け取った。

 いずれにしても、今回は、天教教団は、西域まで出向いて、妖魔軍をけしかけて、宝玄仙を襲わせたが、それは余技のようなものだろう。

 諸王国の領域だったら、教団の影響力で各国の王軍を動かして宝玄仙を逮捕させることも、再び、教団兵を送る込むことも可能だ。

 教団が、宝玄仙の討伐を諦めないのであれば、これからも、宝玄仙は逃亡の道を選ぶしかない。

 これから進む諸王国も、同じように宝玄仙の手配書がばら蒔かれていると考えた方がいい。

 西域で妖魔の魔王を相手にやったのだ。

 同じことを諸王国の王室相手にやらないわけがない。

 

 もう、沙那は宝玄仙がどこ行こうとも、どこまでも運命を共にするつもりだ。

 すでに、覚悟はできている。

 今回のような目に遭ったとしても、それは選んだ道だ。

 

「それと、もうひとつ頼みがある、金角」

 

 宝玄仙はこれまでにない真面目な表情で言った。

 

「なに、宝玄仙?」

 

恵圭(えけい)という名の人間族の女を探して欲しい。帝都から娼婦として売られてきたはずの女だよ。調べた結界、そう耳にした。なんとかして身柄を引き取ってもらいたいのさ」

 

「東方帝国の帝都から? それは、どのくらい前のことだい?」

 

「もう、三年になるね」

 

「帝都から売られきた人間族の奴隷が三年も生き延びるわけはないよ。残念だけど、宝玄仙……」

 

「わかっている。探してくれれば、それでいい。死んでいるとしても行方を知りたいんだ」

 

「まあ、努力はしてみるけど……」

 

 金角は言った。

 

「それと、桃源(とうげん)鳴智(なち)という夫婦の行方も……。こっちは行き先が西域とは限らないから、気を留める程度でいい。もしも、西域にいるなら、この宝玄仙が挨拶をしたいだけだ」

 

 恵圭とは何者だろう?

 桃源と鳴智という夫婦とは、なんだろう。

 そして、宝玄仙とはどういう関係なのだろう。

 沙那は疑問に思ったが、必要だと思えば、宝玄仙は自分から説明するだろうと思って、敢えてなにも訊ねなかった。

 

「じゃあ、これを壊すよ」

 

 宝玄仙が『紅ひさご』と『浄瓶』を床に置いた。

 簡単に壊せるような霊具ではない。

 だが、宝玄仙が魔力を注ぎ込めば、完全に破壊できるのだという。

 

「待って、ご主人様」

 

 沙那は、はっとして叫んだ。

 しかし、宝玄仙の足元でふたつの霊具が粉々になった。

 

「なんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が顔をあげた。

 

「ああ、もう、壊しちゃって……。これ、どうするんです?」

 

 沙那は、まだ石化したままの鎮元仙士に目線を送った。

 『浄瓶』が壊れてしまえば、鎮元仙士は、元に戻れない。

 

「ははは、忘れていたよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 絶対に嘘だ。

 

「ここに置いときゃいいよ。二度と近づくなというご主人様の警告に逆らって、いろいろと動きまわったんだ。じっくり、反省すればいいのさ」

 

 孫空女だ。

 

「じっくりと反省する時間はあるだろうねえ。多分、この一物を勃起させた姿で、永遠にこのままだ……。もっとも、この霊具は曹国仙の一族に伝わる大事な霊具だ。ここに破片を散らばせておけば、いずれ、曹国仙の手の者が霊気の流れを頼りに、回収に来るかもしれない。もしかしたら、石化を解く別の手段で助けられる可能性もあるさ――。まあ、大切な霊具を壊させてしまった鎮元仙士を曹国仙が許すかどうかは知らないけどね」

 

「じゃあ、曹国仙の手の者が、ここに来るんですか、ご主人様?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「多分ね。もっとも、この鎮元のように『移動術』を使いこなせるわけじゃないから、手の者が帝都からここに来るのは、早くとも数箇月はかかるね」

 

「では、ここに、伝言でも残しませんか? せめて、天教には敵対しないことを伝えましょう。放っておいてくれと。これだけ、追ってくるのも、そもそも、ご主人様の仕返しを怖れているんじゃないですか?」

 

「そうかもしれないね、沙那。まあ、やっておこうか」

 

 宝玄仙が鎮元仙士の肉棒に掛かっている看板を外した。

 沙那が、荷物の中から取り出した筆と墨を宝玄仙に渡すと、宝玄仙は、看板の裏側に文字を書いた。

 

 

 “八仙返上 絶縁御免 宝玄”

 

 

 宝玄仙が八仙の地位を返上して、教団とは絶縁するという意味だ。

 

「なんて書いてあるんだよ、朱姫?」

 

 孫空女が言った。

 朱姫が説明している。

 

「お前たちの名も書きな」

 

 宝玄仙が沙那に筆を渡す。

 沙那は、宝玄の文字の横に“沙宝蔡”と書く。そして、その下に、“孫玉蔡”とも記す。

 

「あなたの名は書いたわ、孫空女」

 

 そう言って、筆を朱姫に渡した。

 

「やっぱり、あたしも書くよ」

 

 朱姫が名を書いた後、孫空女が筆を取りあげた。

 そして、板ではなく、鎮元仙士の石の肌に落書きをしはじめた。

 すると、孫空女だけではなく、銀角も面白がって、その筆で訳の分からない絵を描きはじめた。

 宝玄仙が喜んで笑っている。

 

 すると、沙那の肩に金角がそっと触れた。

 振り返ると、その金角に少し離れた場所に呼ばれ、耳打ちで、宝玉の存在について教えられた。

 それは驚くべき話だった。

 

「……本当なの、金角?」

 

「間違いない。似ているがまったく別の人格だよ……」

 

「そんな……」

 

「宝玄仙は隠している。宝玉を抑えておけるから問題はないと思っているようだけど、供の誰かは知っておいた方がいいと思ってね……」

 

「そう……」

 

 金角から告げられたのは、驚くべきことであり、なんと、宝玄仙の中には、もうひとりの宝玉という人格がいるという話だ。

 たとえて言えば、宝玄仙が嗜虐の性癖であれば、被虐を性癖とする別の宝玉もまた存在し、それがひとつの身体に共存しているというのだ。

 普段は、宝玉は眠っているが、それは、ともそれば、存在を主張し、本来の宝玉に変わろうとしている――。

 

 もともと、二年間の「調教」の日々の中で、宝玄仙が故意に作り出した人格らしい。

 本来の宝玄仙を闘勝仙たちから護るために作りあげた別人格……。

 だが、一度、作り出した人格は、そのまま別の人間として、存在が残ってしまった。

 俄には信じられない。

 しかし、真実なのだろう。

 金角は、石像化した宝玄仙をとことん追いつめて、その秘密を知ったとのことだ。

 

「どうしたらいいと思う、金角?」

 

「どうしようもない。どちらも、宝玄仙であることには、変わりはない。どちらが表に出ても、受け入れるしかないだろう。あんたらが受け入れるなら、宝玄仙の心は安定し、ふたつの人格を共存させられる」

 

「共存?」

 

「覚えていた方がいい、沙那。いまのまま、もうひとつの人格を封じ込めておけるなら、それでもいい。だけど、ふたつの人格が争い始め、存在を奪い合うことがあるかもしれない。そのときは、どちらかに加担するのではなく、共存させる方がいい。さっきも言ったけど、どちらも本物の宝玄仙だ。裏と表……」

 

 金角は静かに言った。

 

「なにやっているの? 沙那、金角、書かないのかい?」

 

 孫空女が声をかけてきた。

 ふと見ると、鎮元仙士の身体は、卑猥な言葉と絵で埋まっている。

 

「な、なにやっているのよ、あんたたち。そんな品のない落書き」

 

 沙那は叫んで、まだ落書きを続けようとしている三人から筆を取りあげた。

 

 

 

 

(第14話『魔域からの軍団』終わり)






 *


【西遊記:32~35回、金角・銀角】

 平頂山という難所を進んでいた一行は、その途中でひとりの木こりと出会い、この先で、金角と銀角と妖魔の率いる妖魔軍が、玄奘の似顔絵を持って、捕らえようと待ち構えていると教えられます。
 実は、その木こりは、警告を与えに来た日値功僧(ひちこうそう)という神でした。

 とりあえず、猪八戒が偵察に行きますが、銀角の率いる一隊に猪八戒は捕まります。
 さらに、進軍してきた銀角隊は、孫悟空を術で山に押し潰させて、玄奘と沙悟浄を浚ってしまいます。

 目的の玄奘を捕らえて喜ぶ金角と銀角でしたが、まだ孫悟空が残っていては安心できないと話し合い、部下の精細鬼(せいさいき)怜俐虫(れいりちゅう)に、「紅ひさご」と「浄瓶」という宝具を渡し、孫悟空を捕らえて来いと命じます。このふたつの武器は、名を呼んで返事をした者を紅ひさご(瓢箪)や浄瓶の中に閉じ込めることができるというものです。

 銀角の術で山に潰されていた孫悟空でしたが、なんとか抜け出し、さらに銀角の部下が来ることを千里眼で見抜いて、ひとりの道士に化けて、うまくふたつの宝具を取りあげます。

 宝具を孫悟空に奪われたことに焦った金角は、助力を受けるために、巴山虎(はじんとら)倚海龍(いかいりゅう)という部下に、老母を迎えに行かせます。
 しかし、やはり先回りした孫悟空は、老母を殺してすり変わります。
 銀角は、老母を出迎えるときに、偽者であることに気がつきます。そこで、老母の武器である「幌金縄」という武器に術をかけ、孫悟空が拘束されたことろで、紅ひさごと浄瓶を取り戻すことに成功します。
 銀角は紅ひさごを向けて、孫悟空を呼びます。
 孫悟空は、呼び掛けの名が偽名だったので、安心して返事をしますが、偽名でも術が発動して、孫悟空は紅ひさごに閉じ込められます。

 紅ひさごという瓢箪の中で、上半身だけの死体の偽物を準備した孫悟空は、銀角がこっそりと中を覗いた隙に、虫になって飛び出して脱出します。しかし、銀角は、溶けかけている孫悟空の死骸を見つけたことで安心しきってしまいます。

 さらに、孫悟空は紅ひさごの偽物を作って本物とすり替え、孫悟空の弟と称して、銀角に挑みます。
 紅ひさごが偽物だと気がつかなかった銀角は、孫悟空の呼び掛けに返事をしてしまい、紅ひさごに吸い込まれてしまいます。

 孫悟空は、銀角を失った金角を襲撃し、金角は玄奘たちを置いて逃亡します。
 しかし、体勢を取り直して、金角は妖魔軍を率いて逆襲します。
 攻防の末、金角も浄瓶に捕らわれ、戦いは孫悟空が勝利します。


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 第15話   幽霊王の依頼【雷王(らいおう)】~烏鶏(うけい)
92  肩透かしの襲撃


「やっぱり、気が進みません」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「この後に及んで、なにを言っているんだい。やるんだよ、沙那──。あいつらは敵だ──。なんの遠慮がいるものかい」

 

 宝玄仙が呆れたような声を出した。

 ここは、烏鶏(うけい)王国の王都に近い山寺に向かう階段の前だ。

 天教教団の寺院であり、看板には宝林道館(ほうりんどうかん)と書いてある。

 帝国領から巡教の旅をした法師が開いたもので、この道館が起点となり、多くの寺院が烏鶏国に建立されたそうだ。

 烏斯国の王都には、教団の最上級の格式の寺院まで存在するとのことだ。

 つまり、烏鶏国は、ほかの諸王国に比べれば、教団の影響力が遥かに大きいのだ。

 

 教団が、各地の教団施設を通じて、諸王国の王室に宝玄仙の手配書を回したらしいことがわかってからは、関所も使わずに僻地を越境し、大きな街道や城郭も避けて、ひたすらに西に向かうというのが常態になっていた。

 特に、天教の影響が強いこの烏鶏国では、特に、人との接触には用心していた。

 宿町にも入らず、農村でさえも避け、可能な限り人に触れないように旅をした。

 無論、すべて野宿だ。

 

 だが、宝玄仙のいつもの我が儘と鬱憤がついに暴発した。

 教団の寺院を襲って、しばらく乗っ取って休むと言い始めたのだ。

 逃げ回るような旅には飽きた。

 溜まった疲れの腹いせに、教団から一個くらいは寺院を奪ってやろうというのだ。

 その襲撃目標として選ばれたのが、眼の前にある“宝林道館”だ。

 

 烏鶏国ではもっとも古い教団寺院であり、深い山の中にある。

 周りに人家もない。

 その点では、襲撃して占拠するにはうってつけかもしれない。

 だが、烏鶏国では最初の教団の寺院ということで、多くの修行中の坊士や僧士がいる。

 管領するのは、能力のある教団の法師のはずだ。

 王都からは半日ほどの距離であり、ここを襲えば、王兵が必ずやってくることは間違いないと思う。

 まあ、あっという間に完全に制圧し、ひとりも外に出さずに一切の外部との連絡を遮断させられれば大丈夫かもしれないが、下手すれば、夜休んでいるうちに周囲を囲まれる。

 

「でも、わざわざ、騒動を起こさなくてもいいのではないでしょうか、ご主人様」

 

「なに言っているんだい。わたしは、今夜はここに泊ると決めたんだ。この道館に何十人いるか知らないけど、お前と孫空女の武術で蹴散らす。そして、全員集めて、朱姫の『縛心術』で、わたしらのことは、帝都からやってきた大神官だと思わせ、手配中の宝玄仙だというのは忘れさせる。それで、しばらくは、ここに逗留すればいい。何度も説明しただろう。この策に問題があるとでもいうのかい?」

 

「わたしには、あまりにも大雑把すぎるように思えます。朱姫の『縛心術』が失敗すれば終わりです。霊気を帯びない人間に対する『縛心術』は不安定です。それに、ここに何人いるのかわかりません」

 

「問題ないだろう。とにかく、全員捕まえちまえばいいんだよ。かかるまで、縛心術なんて、何度でもやり直してかければいいじゃないか」

 

「しかし、最初に全員を拘束すると言っても、ひとりでも逃してしまって、その人間が王都に異変を報せにでもいけば、数刻後には、この道館は、王兵の包囲下です」

 

「まあ、いいじゃない、沙那。そのときには、また、蹴散らして逃亡すればいいし、ご主人様の『移動術』もあるしね」

 

 孫空女は気楽なものだ。

 

「なに言っているのよ、孫女。王兵を蹴散らすたって、わたしとあなたしかいないのよ。ご主人様と朱姫を護りながらそれができるの? それに『移動術』だって、包囲されたときに、王兵の中の道術師たちに『移動術』を妨げる『逆結界』を刻まれれば終わりじゃないのよ」

 

 『逆結界』というのは、「結界」を刻んだ術遣いを、逆にその結界から逃げられないようにする包囲術だ。

 ひとりの術遣いではできないが、数名の術遣いが四方から同時にそれをすることで、『逆結界』が刻める。

 そうなれば、宝玄仙の道術といえども、それをはね返すことは難しいはずだ。

 

「お願いだよ、沙那……」

 

 急に宝玄仙が哀れな表情をした。

 芝居だとはわかっているが、逆に怖ろしい。

 

「……わたしは、お前たちのように、鍛え抜いたような身体でないし、野宿に馴れた旅人でもない。ただの巫女だったんだよ。しかも、お前は忘れているかもしれないけど、貴族巫女だったんだ」

 

「わ、忘れてはないですけど……」

 

 明らかに演技だ。

 沙那は、この女三蔵が異常なほどに旅慣れていることを知っている。

 

「野宿が耐えられないわけじゃないんだけど、こうも続くと疲れが取れないんだよ。旅がつらいんだ。数日でいいんだ。床の上で寝かせておくれ。温めたお湯で身体を洗わせておくれよ」

 

 まるで両手を合さんかのような哀願に、沙那もそれ以上は強くは言えない。

 ただ、閉口した。

 それほどに野宿が嫌なら、無理して金角に同行して、そのまま西域に隠れ住むという選択肢もあった。

 それをまだ、旅が続けたいから、西域に向かうのは後でいいと言ったのは宝玄仙だ。

 金角としても、現段階で宝玄仙が一緒に来るのは、必ずしも安全ではないので、態勢を整えて迎えに来るということになり、平頂山で別れたのだ。

 

「ご、ご主人様、そんなに言わなくてもいいから……。沙那もわかってくれてるって」

 

 単純な孫空女は、宝玄仙の悲痛そうな物言いに、いまにももらい泣きでもしそうな雰囲気だ。

 

 朱姫を見た。

 なんだかぼうっとしているように見える。

 これは駄目だと、沙那も諦める。

 いつもの発作だ。

 朱姫の茶色の革の首紐は、朱姫を一日三度、身体を激しく欲情させる効果がある。

 宝玄仙が悪戯で施した淫具の霊具だ。

 尻で達することができれば発作はなくなるが、その数は一日に三度だ。

 旅をしながら、日に三度、野外で尻の自慰をする朱姫の姿は、哀れというほかない。

 

「だったら、宿に泊まりましょうよ、ご主人様。ここからなら、宿町も遠くはありません。変化(へんげ)の指輪を使えばいいですから」

 

「嫌だよ。わたしはここがいいんだよ。理屈じゃないんだ。それに教団の動向を知っておくには、寺院のひとつでも奪って、帝都から出回っている触書きでも眺めるに越したことはないんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 確かに、それは正しい。

 教団が帝都から、諸王国の寺院に触書きを回して、教団はもちろん、諸王国まで動かしているのは間違いない。

 どういう指示を流しているかを知ることができれば、もっと楽な旅もできるのかもしれない。

 沙那は嘆息した。

 

「わかりました。やりましょう。この宝林道館を奪いましょう。でも、むやみやたらに襲うのは危険です。まずは、誰かが情報を取るために、中に入りましょう。それによって、内部から手引きするなり、外から襲撃するなり、考えましょう――。まずは、わたしと朱姫が行きます。ご主人様と孫空女は、隠れて待機していてください」

 

「あたしですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「うん。あなたは、まだ教団に顔がそれほど割れていないし、『移動術』が使える。なにかのときは逃げられるし、『移動術』を使えば、ここで待機しているご主人様と孫空女にも連絡ができるわ」

 

「なんだよ、だったら、あたしが行くよ。沙那も強いけど、あたしだったら、そんじょそこらの兵隊どもくらい、いくらでも蹴散らせるよ」

 

「あんたは、精細さの欠片もないでしょう、孫女。偵察なんて仕事は向かないのよ」

 

「連絡手段なら『遠口』をしておいき」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あれは、一日経ったら、いき狂いの地獄が待っているという副作用があるじゃないですか、ご主人様――。早く、改良してくださいよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「なんだい、たった一刻(約一時間)程度じゃないかい。わたしなんて、帝都にいたときには、もっとひどいものだったよ……。帝都で闘勝仙の凌辱を受けていた時代さ……」

 

「帝都時代?」

 

 沙那は驚いた。

 秘密主義の宝玄仙が、自分のことを語るのは数の多いことじゃない。

 ましてや、宝玄仙が帝都で闘勝仙とかいう八仙たちに嗜虐を受けていた時代に、どんな仕打ちを受けていたかを話したことはない。

 

「あいつらに、一刻(約一時間)どころか、二日以上もいき狂いにされたものさ。おかしな仙薬を飲まされてね……。たった一日だけでも数千回も気をするんだよ。それも、鳥肌の立つように嫌いな連中の前でね――。しかも、連中はそれを飯を食いながら見物して笑いものにするんだ。快楽なんかじゃない。拷問だよ。それをとめてもらうために、その虫酸の走るような連中の小便を飲まされるんだ。小便だよ」

 

「そ、それは……。酷いね……」

 

 孫空女だ。

 だが、呆気にとられている。

 朱姫も驚いた表情だ。

 宝玄仙が、ここまで自分のことを赤裸々に語るとは、どういう心境の変化だろう。

 

「……それに比べれば、たった一刻(約一時間)じゃないか。しかも、気心の知れているわたしら仲間の前だし」

 

「仲間?」

 

 沙那もびっくりした。

 宝玄仙は、沙那たちのことを“奴隷”だの、“玩具”だの、“家来”など、好き勝手に呼ぶが、“仲間”なんて言ったのは初めてではないだろうか。

 

「お前たちは仲間だよ。そう思っている」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あ、ありがとうございます。もちろん、わたしたちは、ご主人様の供であり、玩具であり、そして、仲間です」

 

 三人を代表するような感じで沙那は言った。

 横で孫空女と朱姫が頷く。

 

「うん。これからもよろしく」

 

 宝玄仙はにこにこしている。

 まったく、気味が悪い。

 

「……じゃあ、行っていきます……。朱姫、行くわよ」

 

 沙那に促されて、朱姫は立ちあがった。

 ふたりで並んで山の階段を昇る。

 ただの旅の女として、訪ねるつもりだから、隠れてはいない。

 堂々としたものだ。

 

「驚きました。ご主人様が、あんな仕打ちを受けていたなんて。沙那姉さんたちは、知っていましたか?」

 

 階段をのぼりながら朱姫が言った。

 

「とんでもない。あなたに出遭う直前に、帝都で教団の八仙の三人を殺したと教えられただけよ。そして、殺した理由はご主人様を二年間も凌辱し続けただと言われたわ。それくらいはあなたも知っているでしょう? だけど、さっきみたいに具体的な話は初めて」

 

「なら、ご主人様には心境の変化があったんでしょうね」

 

 朱姫がそんなことを言った。

 

「心境の変化?」

 

「石化した身体を金角になぶられていたときに、ご主人様は、随分と金角といろいろ喋ったみたいです。銀角がそんなことを話していましたから」

 

「そうなの?」

 

 石化された宝玄仙は、金角にいたぶられながら、いろいろと喋らされたのだろう。

 宝玄仙からすれば、嫌な思い出のことをほじくり返されるのは屈辱だったに違いない。

 だが、金角もまた、宝玄仙に無理矢理に語らせながら、自分のことも語ったようだ。

 別れる前にそんなことを沙那に金角は言った。

 そういう風に語り合ったから、金角は、宝玄仙と“羲姉妹の契り”を受け入れた。

 そういうことが、宝玄仙の頑なな秘密主義の殻を破らせるきっかけになったのだろうか。

 

 階段の頂上に到着した。

 麓にあった階段の前の看板よりも、遥かに大きな木の看板があり、“宝林”と書かれている。

 門は開かれていて、内部は見える。

 道館というが、かなりの規模のようだ。

 中は広く、数百人は並べるような広場もある。

 門から見える範囲でも建物は五棟だ。

 まっすぐ正面のひときわ装飾の美しい平屋の建物が祭殿であり、ほかは神官たちが暮らすための建物に違いない。

 

「これ、おかしいですよ、沙那姉さん」

 

 門の内側に入るなり、朱姫が言った。

 

「そうね。このまま探ってみましょう、朱姫」

 

 沙那もこの異変に気がついていた。

 人がいないのだ。

 これだけの巨大な施設にも関わらず、人の気配がない。

 だが、争ったような形跡もない。

 もぬけの殻の教団施設だ。

 

「誰も……いないですよね、これ?」

 

 朱姫が、不安な口調で沙那に確認するように言った。

 

「いないわ」

 

 ふたりで一棟一棟回った。

 なにかの罠だったら大変だ。

 宝玄仙を入れるわけにはいかない。

 だが、誰もいない。

 私物品のようなものはなにもない。

 すべて外に搬出されているようだ。

 逆に簡単に運び出せない大きなものは残っている。

 天教の宝物や神具がある中央の祭殿にも行った。

 状況は同じだ。

 

「なにかの理由で、慌ただしく、この寺院は放棄された。ただ、その時間があまりにも短かったため、大きなものは持ち出せず、身の回りのものを含めて大切な物はとりあえず運び出した。そういうことのようね」

 

 沙那は言った。

 最後に向かったのは、祭殿の裏にある井戸だ。

 この寺院では唯一の井戸のようだが、厳重に蓋がしてある。

 それを朱姫とふたりで外して中の水を汲んだ。

 

 朱姫が、釣瓶の桶からとった水を手ですくって、指につけて舌に触れさせている。

 毒などがないかどうかを確かめるためだ。

 沙那にもある程度わかるが、半妖の朱姫の舌は特別だ。

 どんな毒も見破れるし、魔力や霊気を探知する力も宝玄仙並だ。

 

「どうかした、朱姫?」

 

 沙那は、水を舐めた朱姫が静止していることに気がついた。

 硬直しているようにも見える。

 

「朱姫――?」

 

 もう一度言った。

 今度は、怒鳴るような大声だ。

 

「なんでもありません、沙那姉さん。ご主人様を迎えに行きましょう」

 

 朱姫はにっこりと笑った。

 別段、その朱姫に変わった様子はなかった。

 

 

 *

 

 

「まあ、教団の準備してくれる豪華な温食ともいかなかったが、床と屋根があるだけ満足としようかね」

 

 夕食が終わると、宝玄仙は言った。

 外はすっかりと夜も更けている。

 

 宝林道院という名の烏鶏国の国都に近い山の廃寺だ。

 襲撃して乗っ取ろうと考えた天教教団の施設だったのだが、沙那と朱姫の偵察の結果、廃寺だということがわかった。

 それほど昔ではない時期に、突然、ここは放棄されたようだ。

 なにがあったのかは、わからない。

 

 お陰で、ここで新鮮な食事にありつけるという目論見は外れて、旅用の保存食ということになったが、寝具の類いは残っていたので、それは使えそうだ。

 

「さて、じゃあ、わたしは、今夜は休むよ。わたしの寝支度の準備をするのはひとりでいい。残りふたりは、片づけをしてから休むんだ。数日はここで休むつもりだからそのつもりでいておくれ、みんな」

 

「はい」

 

 三人が返事をした。

 そして、沙那と孫空女が、さっと眼を逸らす。

 宝玄仙の寝支度をする役に選ばれたくないのだ。

 

 すなわち、宝玄仙の寝支度ということは、その言葉の通りのことを意味しない。

 夜の性の相手をするということだ。

 宝玄仙の性といえば、嗜虐に決まっているから、それを嫌がっているのだ。

 そのわかりやすい反応が嬉しくて、宝玄仙はこのふたりのどちらかからそれを選ぶ気になった。

 

「ご主人様、あたしが寝所の準備をします」

 

 不意に朱姫が言った。

 宝玄仙は驚いた。

 

「そ、そうなの、朱姫――? だったら、お願い――。ご主人様、わたしは明日の朝早く、近所の村に行ってきます。この寺院になにがあったのか、噂を集めてきます」

 

 すぐに沙那が立ちあがった。

 

「ご主人様、別の幹部用の宿棟には、ご主人様の好きな湯桶があったよ。今夜は無理だけど、明日の朝には入れるようにしておくよ――」

 

 孫空女もすかさず立つ。

 あっという間にふたりは、卓を片づけて消えてしまった。

 宝玄仙は苦笑した。

 

「じゃあ、行こうか、朱姫」

 

 宝玄仙は、朱姫に声をかけた。

 

「はい。ご主人様」

 

 寝所に選んだのは、数棟あった宿棟のうちの下級神官用の棟の中の入口に近い部屋だ。

 幹部用の宿棟もあったが、そこには寝台が残っていなかったのだ。

 だから、ここを選ぶことになった。

 隣の部屋には、沙那と孫空女が休むはずだが、当然、まだいない。

 

 部屋は、ふたつの寝台に二組の卓と椅子という簡易な部屋だ。

 燭台もあり、そこにはすでに明かりが灯っている。

 荷は部屋の隅に整然と並べられている。

 

 また、食事の前に、隣の部屋を含めて、宝玄仙の結界に包む準備をしておいた。

 宝玄仙は、道術を念じた。

 

 結界が組まれる。

 まだ、人の出入りは自由だが、宝玄仙が念じれば、あっという間に何者も通過できない道術の壁が出現する。

 

 宝玄仙が寝台に腰を降ろすと、すぐに朱姫が跪いて、宝玄仙の靴と靴下を脱がせた。

 次に朱姫がやるのは、宝玄仙の足の指を一本一本舌で掃除をすることだ。

 身体の汚れや脂くらい宝玄仙は、道術を遣えば取り除けるが、供に世話をさせるために敢えて術は遣っていない。

 宝玄仙の身体を拭くという行為が前戯となり、激しい性交に移行することになる。

 どんな風に責めるかというのは、そのときの気分次第だ。

 

 だが、今夜の朱姫は宝玄仙の足を舐めるということをしなかった。

 その代わり、いつの間にか準備していたらしい縄で、宝玄仙の右の足首を縛っている。

 反対の足首も別の縄で縛った。

 

「なにをしているんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙は、驚くでもなく、怒るでもなく、ただ、そう言った。

 

「今夜は、この朱姫が、ご主人様を責めるというのはいかがですか……?」

 

 朱姫はそう言って、また別の縄を取り出して、宝玄仙の腕をとった。

 どうやら両手首を束ねて縛りたいらしい。

 使っているのは普通の縄で魔縄ではない。

 だから、道術では解けない。

 

「それはいいけど、前にもこんなことがあってね。流沙(るさ)という帝国の西の国境に近い宿町に立ち寄ったときのことだったね。そのときも、沙那と孫空女に責めさせてやったけど、その後には、こっぴどい目に遭わせたものだよ。その話は聞いたかい、朱姫?」

 

 宝玄仙は、両腕を朱姫に向かって差し出した。

 その両手首を朱姫は縛っている。

 確かに、責められてもいい。

 そんな気分だ。

 

 屈辱的な責めを長く受けた後は、そんな気持ちになることもある。

 宝玄仙の中の被虐の癖がそれを望むのだ。

 ひとつの人格の「宝玉(ほうぎょく)」とは違う。

 宝玄仙の本質の部分にも、嗜虐だけではなく、被虐を悦ぶ性癖がある。

 それが疼くのだ。

 

「聞きました。気を失った後でも苛まれるとわかると、気を失うことさえも怖くなり、快楽を受けることが怖くて仕方がなくなるそうです。二度と嫌だと言っていました」

 

 朱姫の返事には、少し間があった。

 

「それでも、やるのかい、朱姫?」

 

「はい」

 

 両手首を縛られた宝玄仙の身体が、寝台の上に仰向けに優しく倒される。

 両手首の縄尻が寝台の上側の手摺に固定された。

 朱姫は、さらに、左右の足首を結んだ縄を左右に拡げて固定する。

 宝玄仙は、服のまま仰向けに寝台に張りつけられた。

 朱姫が、宝玄仙の身体の上に立て膝で跨る。

 すると、朱姫の右手が、宝玄仙の襟首を握る。

 

 朱姫の眼の色が変わった。

 宝玄仙の黒い巫女服が引き裂かれた。

 

「朱姫?」

 

 宝玄仙は驚いて叫んだ。

 朱姫がそんな乱暴をしたことに対してではない。

 『獣人』の術によって、妖魔そのものの姿になっていない朱姫に、片手で数枚の衣類を引き破るような力があるわけがないのだ。

 

 朱姫は、宝玄仙に構わず、残った巫女服や内衣を次々に引き裂く。

 胸当ても下半身を包む下着もむしり取られた。

 あっという間に、宝玄仙は生まれたままの姿になった。

 

「お、お前、どうかしたのかい、朱姫――?」

 

 どう見てもおかしい。

 朱姫ではない。

 

「久しぶりの女じゃのう」

 

 朱姫がそう叫んだかと思うと、自分の服を荒々しく脱ぎ始めた。

 宝玄仙は、寝台に仰向けに固定された姿で、呆気にとられていた。

 

 そして、素裸になった朱姫を見て驚いた。

 朱姫の股間には、女の部分のほかに、怒張した男根がそそり勃っていたのだ。

 しかも、大きい。

 巨根だ。

 

「お、お前は、誰だい――?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 股間に男根を生やすなどという術は、朱姫は遣えないはずだ。

 それに、相手の醸し出す雰囲気は、朱姫であって朱姫ではない。

 

「いいから女。まずは、やらせろ。話はそれからだ――。女など久しぶりだ。この腐れ道館には、女がいなかったからな」

 

 男根を生やした朱姫が迫ってくる。

 宝玄仙は、朱姫の身体に道術を送り込んだ。

 霊気の出入り口を持っている朱姫には、宝玄仙は簡単に道術を注ぎ込んで自在に苦痛を与えたり、動きを止めたりすることができる。

 ましてや、朱姫には『内丹印』を刻んでいる。

 

「……なにか、しているのか……? そうか、お前は、道術遣いか。余の中に封じ込めている朱姫は暴れ回っておるぞ」

 

 身体の小さな朱姫が、宝玄仙の裸身に跨る。

 その手が宝玄仙の乳房に触れた。

 そして、荒々しく揉みくだし始めた。

 

「……い、痛い――。朱姫を封じ込めている? や、やはり、朱姫じゃないのかい、お前は……?」

 

 朱姫の手は、宝玄仙に快感を与えようというよりは、その弾力を確かめているという感じだ。

 痛いだけで、気持ちよさの欠片もない。

 愛撫のうまい朱姫の手管とは、かけ離れた性技だ。

 

「なかなかの身体だが、いまはゆっくり味わうよりも先に、とにかく欲しい――。よし、女、少しだけ待ってやるから、早く、ほとを濡らせ。濡らさねば、そのまま突き挿すぞ」

 

「濡らす? ま、待て―。そんなこと……」

 

 宝玄仙は濡れていない膣にいきなり男根を突き入れるという言葉に焦った。

 朱姫に注ぎ込む道術を強める。

 とにかく、動きをとめるのに十分すぎる道術を注ぎ込んだ。

 だが、宝玄仙の乳房を揉んでいる朱姫の手はとまらない。

 宝玄仙の道術が効かないようだ。

 

「霊気を注ぐのはよいが、余はすでに幽体だから、そんなものは効かんぞ。しかし、この朱姫とかいう半妖の雌の身体は、余の中で眠っておるといっても、存在はしているのだ。苦しそうで不憫だ。やめてやれ、宝玄仙」

 

「お、お前は幽体? つ、つまり、朱姫の身体を乗っ取っているのかい?」

 

「それよりも、もう待てん。入れるぞ。二年ぶりなのだ」

 

 朱姫が何者かに身体を乗っ取られているのは、間違いないだろう。

 しかも、その相手には、宝玄仙の術が通じない相手のようだ。

 幽体と自分で言ったが本当かもしれない。幽体とは、肉体が滅んで魂だけが残っている存在のことだ。

 肉体がないのだから、道術など当然通じない。

 つまり、朱姫は幽体に身体を乗っ取られているのだ。

 

「ま、待って。まだ、濡れていない。た、頼む。もう少し待って……」

 

 宝玄仙は、乳房から手を離して、男根を宝玄仙の女陰の入口に当てがったその「相手」の行動に焦った。

 そんなことをされてはたまらない。

 縛られている縄を揺するがびくともしない。

 黙って、普通の縄で縛らせてしまったのを宝玄仙は後悔した。

 せめて、『魔縄』にしておけば、宝玄仙の道術で簡単に外せたのだ――。

 

「いいから……大人しくしろ……。おや?」

 

 朱姫の身体を乗っ取っている幽体が、なにかを探るような表情をした。

 そしてにんまりと微笑む。

 

「ほう、この朱姫の記憶によれば、お前は面白いものを持っているようだな――。あの葛籠(つづら)の中か……」

 

 宝玄仙から離れて、葛籠に向かった「相手」に、宝玄仙は視線を送っていた。

 そして、口を開く。

 

「お前は、朱姫の記憶が使えるのかい?」

 

「使える。だから、余は、お前のことを宝玄仙と呼んだろう」

 

 そいつは、そう言いながら、宝玄仙の荷が入っている葛籠を探っていた。

 そして、すぐに、右手に短刀。左手に茶色の小瓶を持って戻ってくる。

 

「な、なにをするつもりだい?」

 

 再び宝玄仙の裸身の上に乗った「相手」に宝玄仙は言った。

 朱姫の身体の幽体は、短剣を横に置き、小瓶の蓋を開けた。

 その小瓶に入っている粘性の薬品がなにであるかを宝玄仙はもちろん知っている。

 『ずいき油』といい、塗った部分に猛烈な痒みと情感を与える薬だ。

 それを宝玄仙に塗りつけて、手っ取り早く濡らせたいのだろう。

 だが、そんなものを塗られては堪らない。

 

「わ、わかった。そ、そんなものを使わなくても、濡れせられる。道術を……道術をわたし自身の女陰に注げば、淫液を出せるから……」

 

「なら、そうしろ。とにかく、これは塗ってやろう」

 

 そう言うと、そいつは、たっぷりと薬剤を手に乗せると、宝玄仙の股間に塗りつけた。

 

「ひ、ひひゃああ――。そ、そんなにたくさん……。そ、それは、ほんの少しだけ使うものだよ。一度に、そんなに塗るんじゃない……」

 

 宝玄仙は焦った。

『ずいき油』は媚薬だが、強力な掻痒剤でもある。

 あんなに大量に使うものではない。

 だが、そいつは、どんどん新しくすくっては塗りたくっていく。

 あっという間に、宝玄仙の股間は『ずいき油』で覆われた。

 

「どれ……ここにも塗るか」

 

 また『ずいき油』をのせたそいつの指が、宝玄仙の後ろ側の孔に伸びた。

 宝玄仙は愕然となった。

 

「そ、そこは駄目っ――」

 

 宝玄仙の大声に、手がとまった。

 朱姫の顔が妖しく微笑む。

 

「そんなに嫌か、宝玄仙?」

 

「嫌だ」

 

 宝玄仙は本気で言った。

 

「……ふふふ、なら、余に頼んでみよ」

 

 そいつが笑った。

 

「……()って――。お前……お前、誰だい?」

 

「余は、雷王(らいおう)だ。この烏鶏王国の王だ」

 

「王?」

 

「話は後だ、宝玄仙。塗るぞ――」

 

 朱姫の姿の雷王の手が、宝玄仙の後の穴に伸びる。

 

「うわあ――。待ってったら。言うよ――、言う。そこに塗るのはやめておくれ。お願いです、雷王」

 

「おう、宝玄仙、そんなに嫌か?」

 

「本当に嫌だ。それよりも、早く、終わらせてくれ。もう、入れていい」

 

 膣はもう濡れている。

 濡れていなくても、あれだけの薬剤を塗れば、潤滑油としては十分だ。

 

「おう、わかった。そんなに嫌なら、残りの全部を塗ってやろう」

 

 雷王は、大量の薬剤を宝玄仙の尻の孔に指で挿入した。

 

「や、やめろっ」

 

 宝玄仙は仰け反って叫んだ。

 だが、容赦なく、雷王は宝玄仙の尻穴の薬剤を追加する。

 宝玄仙は、舌打ちをして、自分に霊気を込めようとした。こんなものは、簡単に道術で効果を無効にできる。

 しかし、その宝玄仙の首筋に、短剣の刃が向けられた。

 

「なっ?」

 

「この朱姫は、霊気の流れを探知できるようだな。お前が、自分の身体に霊気を注いで、道術をかければ、この短剣で喉を掻き斬る――」

 

 宝玄仙はぞっとした。

 朱姫の顔の雷王の眼は本気だ。

 宝玄仙の命など、なんとも思っていない。

 あっという間に、宝玄仙は屍体に変えられるに違いない。

 屍体に変えられれば、当然、術など遣いようもない。

 

「どんなかたちでも術は遣うな。遣えば、お前は殺す。この朱姫も殺す。わかったな、宝玄仙?」

 

「わ、わかったよ……」

 

 仕方なく宝玄仙は頷いた。

 朱姫の能力に探知されずに、道術を遣うのは無理だ。

 宝玄仙自身に逃げる機会があったとしても、朱姫は殺されるだろう。

 

「まずは、挨拶代りの一発だ、宝玄仙」

 

「挨拶って……おほうっ」

 

 宝玄仙は口を開きかけたが、膣が裂けるかと思うような巨根の苦痛に、言葉を継ぐことができなかった。

 だが、それとともに、媚薬で蕩けている肉襞を擦られる快感も走る。

 どくどくと波打つような巨根の感触に宝玄仙は、身体を痙攣させた。

 

「ぐわああ――。朱姫……、いいよ――いいっ――」

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 

「朱姫ではないわ。余は、雷王だ――」

 

 子宮が雷王の巨根で強く抉られる。

 宝玄仙は、吐気さえ感じる息のとまるような巨根の暴力から、快感をむしり取り、全身を震わせて吠えた。



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93  見えない敵

 最初に、異変に気がついたのは孫空女だった。

 孫空女は耳がいい。

 だから、沙那よりも先に気がついたのだ。

 三人の供のうち、誰が宝玄仙の犠牲、すなわち、夜の伽を命じられても、基本的には、耳を塞ぎ、眼も閉じ、気にしないことにする。

 

 それは三人の暗黙の了解だ。

 どんなに悲鳴をあげようと、快楽の拷問にのたうち回ろうとも、知らないふりをする。

 そして、万が一、宝玄仙に責め側に参加するように命じられれば、それは許される。

 恨みっこなし――。

 

 だから、なんの酔狂なのかはわからないが、自分から進んで宝玄仙の夜の相手をすることを申し出た朱姫の悲鳴は受け付けない――。

 

 そう決めていた。

 だから、洗い物と翌朝の風呂の支度をふたりでしていたときに、悲鳴は宝玄仙のものだけだと、孫空女が言ったときには、多少は驚きもした。

 

「まあ、そういうこともあるんじゃない。朱姫が責めているとか。わたしたちもやったじゃない。流沙の宿町で……」

 

 沙那は言った。

 ここは、湯桶のある教団幹部用の宿棟の裏だ。

 ふたりで闇の中、月夜を頼りに薪の準備をしていたところだった。

 

「ああ、ご主人様も、このところ、ちょっと大人しかったものね。金角の一件以来。少しだけね」

 

 孫空女が短い丸太の横の一点を『如意棒(にょいぼう)』で突いた。

 丸太が十数本に砕ける。

 沙那はそれを取り、手斧で大きさを整えて、薪のかたちにする。

 

「そうね。ちょっと心配ね」

 

 沙那は、新たに作った薪を置き場に積みあげていく。

 もう、かなりの量になった。

 薪はほとんど残っていなかったのだが、薪になる前の丸太はたくさんあった。

 それを孫空女の技で、木端微塵にしてかたちを整えていくと、あっという間に必要な量が積みあがる。

 

「心配なら、またやるかい、沙那? あのときは、お陰さまで、ご主人様は、あっという間に復活したよね……。まあ、あの仕返しはつらかったけど……」

 

 流沙という宿町で、孫空女と企んで、動けなくした宝玄仙を責めたのは、もう半年以上前になる。

 あのときは、お蘭の里を出てから、余りにも大人しくなった宝玄仙が心配で、ふたりして責めたのだ。

  

 だが、その翌日、宝玄仙により、淫夢を使った責めによる仕返しを受けた沙那と孫空女は、文字通り、寝ても覚めても責め苛まれるという恥獄を味わうことになった。

 宝玄仙の嗜虐癖は復活し、気力も回復したが、しばらくは、普通に寝るのが怖かったものだ。

 

「でも、金角の言ったことも気になるし……」

 

 沙那は、宝玄仙を責めて、元気を取り戻してもらおうかと提案した孫空女に言った。

 金角は、宝玄仙の中に、“宝玉(ほうぎょく)”という人格が隠されていると言っていた。

 それは、帝都で宝玄仙が二年間の凌辱に耐えるために、故意に作り出した別人格だというのだ。

 彼女は被虐を愉悦として悦び、仙薬と道術、そして、真言の誓約で抵抗できなくなった宝玄仙に対する嗜虐者たちの性の拷問と恥辱を一身に引き受けた。

 彼らの精液をすすり、尿を飲み、奴隷のように彼らの言いなりになった。

 彼らに絶対に逆らわないという支配術も受け入れた。

 

 その一方で、その盟約に縛られない宝玄仙の本来の人格は、二年という時間を使って、八仙という強力な道術遣いでも逆らえない、『服従の首輪』という支配魔具を作りあげた。

 盟約に縛られているはずの宝玄仙が、逆らうと思っていない闘勝仙という悪党は、本来の人格の宝玄仙により、その『服従の首輪』を嵌められて、共謀していたふたりの八仙を殺し、自殺させられた……。

 そういう話だった。

 

 だが、それは本当だろうか。

 故意に別人格を作り、それにより支配術の攻撃を防ぐということが可能なのだろうか。

 

「まあ、朱姫が責めているならそれで問題ないか……。ご主人様は、朱姫に仕返しをするだろうし、それで心の張りを取り戻す。矛先はあたしたちには来ない。朱姫には悪いけど、万々歳だ。朱姫が解放されたら、まあ、優しくしてやるさ」

 

 孫空女が突いた丸太が、また木端微塵になった。

 本当にこの技は凄い。

 力で砕いているのではなく、術で砕いているのだ。

 

「でも、ご主人様の悲鳴って……。どうやっているの、朱姫は?」

 

「どうやっているのかって……? さあ?」

 

 流沙の宿町では、沙那と孫空女は、お蘭から貰った宝玄仙が道術を遣えなくする『道術封じの首輪』をして、宝玄仙の道術を封じた。

 しかし、あれは、その後、それは宝玄仙に取りあげられて隠されから、もう持っていない。

 従って、朱姫が宝玄仙の術を封じる手段はないはずだ。

 だが、宝玄仙が遊びで朱姫の攻撃を受け入れたとしても、悲鳴をあげるほどの仕打ちに耐えるとは思えない。

 宝玄仙の道術の能力は、朱姫の道術とは比べものにはならないのだ。

 朱姫が道術でなにをしようとも、あっという間にはね返すだろう。

 つまりは、宝玄仙は、朱姫から悲鳴をあげるほどの責め苦を受けているのに、我慢しているということになる。

 でも、あの宝玄仙に限って、そんな可愛げのあることはしないと思うが……。

 

「……じゃあ、使っているのかなあ? 『道術封じの首輪』を……」

 

 孫空女が『如意棒』を縮めて、耳の中に隠した。

 

「行くの、孫空女? 怖いもの見たさ?」

 

「沙那も行く気じゃないか」

 

 孫空女がにんまりと笑う。

 沙那ももう、手斧と薪を片づけていた。

 

「まあ、ちょっとだけ……」

 

「そうだね。ちょっとだけ……」

 

 ふたりで、寝所にしている宿棟に向かって歩いて行く。

 

「朱姫って、どちらかというと“受け”じゃなくて、“責め”だよね」

 

 歩きながら、孫空女がそんなことを言った。

 

「まあ、そうね……。朱姫を相手にするときには、いつも翻弄されるわね。結構、ご主人様に劣らず、残酷な責めをすることもあるし」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙に命じられて、お互いを愛する行為をさせられるのは日常茶飯事だ。

 そんなとき、朱姫は積極的だ。

 いつの間にか、あの半妖の少女に犯されているという気分になる。

 

「沙那は、“受け”だよね」

 

「あんただって、“受け”じゃない。責められる方がいいでしょう、孫女?」

 

「まあ、否定はしないよ。気持ちいいの好きだし……。一度、沙那の本気の責めを受けたいかな」

 

 孫空女が笑った。

 だが、沙那は孫空女の言葉に大きく動揺して、それ以上、言葉が続けられなくなってしまった。

 いまの本気だろうか……。

 かっと身体が熱くなる。

 

 そして、寝所にしている宿棟に着いた。

 宝玄仙の苦痛の混じった悲鳴は、宿棟中に響いていた。

 せっぱつまった宝玄仙の声に沙那は驚いた。

 宝玄仙と朱姫が寝所にすることになった部屋の戸は開け放たれている。

 孫空女とともにそっと覗く。

 

 沙那は自分の眼に映ったものを疑った。

 寝台に仰向けに縛られた宝玄仙が、大きな男根を生やした朱姫に犯されている。

 寝台の周りには、宝玄仙の使う淫具が散乱していて、宝玄仙は、『振動片』を身体中につけられている。

 それは、小さな白い布の破片だが、それを身体につけると、つけられた身体の部分を包み込み、淫らに振動するのだ。

 それが宝玄仙の美しい乳房に所狭しと貼りついている。

 お尻には、張形の霊具だ。

 宝玄仙の使う張形の中で一番巨大なやつが宝玄仙の肛門に挿さっている。

 それが、宝玄仙のお尻の中で踊り狂っているようだ。

 

 その状態で、宝玄仙は朱姫に、男根で犯されているのだ。

 ほとんど白目を剥いたような状態だ。

 その朱姫の右手には、短剣が握られている。

 

「やっと来たな、沙那と孫空女……。武器をこっちに投げろ。逆らえば、この宝玄仙の股をこの短剣で抉るぞ」

 

 朱姫が残酷な笑みをこちらに向けた。

 

「朱姫?」

「えっ?」

 

 沙那と孫空女はほとんど同時に叫んだ。

 

「朱姫ではない」

 

 朱姫の口がそう言った。

 

「どういうことよ――? とにかく、ご主人様に向けている短剣を離しなさい、朱姫」

 

「朱姫ではないと言っておろう」

 

 宝玄仙の膣に深々と男根を貫かせている朱姫が、短剣の刃先を宝玄仙の白い肌の腹に向けた。

 

「朱姫、やめなよっ。それはやり過ぎだよ」

 

 怒鳴ったのは孫空女だ。

 すでに『如意棒』を抜いている。

 

「こ、こいつは……ら、雷王(らいおう)……。朱姫の身体に入っている……幽体……」

 

 息も絶え絶えの宝玄仙が、半ば白目を剥きながらそう言った。

 

「幽体?」

 

 幽体というのは、肉体を持たない妖魔、あるいは人間のことだ。

 話には聞いたことがあるが、接するのは初めてだ。

 それが、朱姫の身体に入っているということなのか。

 

 それで沙那ははっとした。

 この僧院を朱姫と偵察したとき、井戸の水を舐めた直後、一瞬、朱姫の様子がおかしかった。

 あのときに、乗っ取ったのか――。

 

「ひぐううっ」

 

 宝玄仙が白目を剥いて、引き絞るような悲鳴をあげた。

 そして、朱姫の股間の男根に貫かれたままの白い身体を繰り返しこわばらせ、そして脱力した。

 だが、ぐったりとしている宝玄仙から、朱姫の身体に入っている幽体は、男根を抜こうとしない。

 さらにひたすら激しい往復運動を続けている。

 宝玄仙の口から発する声が嬌声から悲鳴に変わった。

 

「雷王というのが、お前の名なの?」

 

 沙那は言った。

 

「口の利き方に気をつけろ。余はこの国の王だ」

 

「国王?」

 

 確かに、この烏鶏(うけい)国の国王は、雷王という名だったはずだ。

 だが、死んだという話は聞かない。

 

「道術を遣うなよ、宝玄仙。遣えば、殺すぞ」

 

 朱姫の口がそう叫んだ。

 おそらく、幽体には術が効かないのだろうと沙那は思った。

 道術で抵抗できるならば、すでに朱姫は、この部屋の床に張り付いている。

 ここは、宝玄仙の結界の中だ。

 

 再び宝玄仙が大きな痙攣をしながら悲鳴をあげた。

 そして、ぐったりと動かなくなった。

 激しい暴力的な性交に気を失ったのだろう。

 

「それよりも、武器を捨てろ、沙那と孫空女」

 

 その雷王が叫んだ。

 叫びながら、軽く震え、そして、恍惚の表情を顔に浮かべた。

 どうやら、宝玄仙の中に精を放ったようだ。

 

 雷王は、やっと宝玄仙から男根を抜いた。

 それと同時に、宝玄仙の膣から大量の精液が流れ出た。

 いったいどのくらいの数の精を放ったのか……。

 

 そした、沙那は、その男根の大きさに少しだけ息を呑んだ。

 すごく大きい……。

 

「さて、じゃあ、ちょっと切り裂いてみるか。死なん程度にな」

 

 その雷王が、宝玄仙の顔の横に胡坐をかき、宝玄仙の白く細い首に短剣を突きつけた。

 

「やめて。武器を捨てるわ」

 

 沙那はそう言って、まだ腰に佩いたままだった細剣を鞘ごと放った。

 孫空女も『如意棒』を床に捨てる。

 

「いいだろう。お前ら余の眼を見ろ」

 

 『縛心術』だと思った。

 朱姫の中の幽体の雷王は、朱姫の魔術を遣えるようだ。

 朱姫の『縛心術』が沙那の頭に刻まれたのがわかった。

 

「沙那、これまずいよ……。朱姫の『縛心術』を受けちゃった」

 

 横で孫空女が呻くように言った。

 本来、沙那と孫空女の身体に入っている宝玄仙の霊気は、大抵の攻撃的な道術のたぐいをはね返すのだが、宝玄仙によって、朱姫の『縛心術』については受け入れられるようにされている。

 それで、朱姫の『縛心術』で心を縛られてしまったのだ。

 

「ふたりとも、部屋に入って来い」

 

 言われるままに部屋に入った。

 朱姫に入っている雷王は、まだ、宝玄仙に短剣を向けている。

 沙那と孫空女は、朱姫に向かい立つ。

 宝玄仙は、ぐったりして、まだ身じろぎもしない。

 

「なるほど……。『縛心術』という術は、身体を自由にするのではなく、感情や感覚を自由にするのだな……。こんな感じか?」

 

 朱姫の顔がなにかを探るような表情をしたかと思うと、さっと強い視線が孫空女に剥いた。

 

「ひっ」

 

 孫空女が、いきなり跪いた。

 

「孫女?」

 

 沙那はびっくりした。

 

「や、やめろよ――。ひいいっ――」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして、お尻を手で押さえている。

 

「なるほど、この朱姫の記憶のとおり、異常に尻が弱いのだな。尻が一番感じるというよりは、尻を悪戯されるという行為に興奮するようだ。見かけによらず、責められるのが好きなのだな、孫空女」

 

「なにをしたの?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「お、お尻を……舐められてる――」

 

 跪いた孫空女が真っ赤な顔で声をあげた。

 

「沙那、お前は、感じやすいと朱姫の記憶にある。宝玄仙の淫具を付けられているお前は、普段は欲情を抑えている分、一線を越えてしまうと淫乱に歯止めがつけられなくなってしまう。面白い身体をしているな」

 

 不意に、急に全身が熱くなる。

 『縛心術』で身体を操られているのだというのはわかる。

 身体の感度がどんどんあげられているのだ。

 全身に沸き起こった淫らな疼きに、沙那は身体を抑えてしゃがみ込んでしまった。

 

「さて、お前たちには、少しやってもらいたいことがある……。だが、これだけの美女が揃うことは、宮廷にいた頃もなかったな。どれ、余興代わりに、乳繰り合ってみろ」

 

「なっ?」

 

 沙那は身体を押さえたまま絶句した。

 

「ふ、ふざけるな、朱姫」

 

「しゅ、朱姫じゃないのよ、孫女……。朱姫は、か、身体を乗っ取られているのよ。ら、雷王よ……」

 

 沙那は、孫空女に囁いた。

 

「早く、やらんか。この術遣いの女を殺すぞ」

 

 宝玄仙は、さんざんに犯されて、死んだように倒れたままだ。意識がないのかもしれない。

 

「さ、沙那。ああっ、あいつ……本気だ。殺気を感じる……。う、くうっ……。嘘じゃない……。た、多分……躊躇わずに……短剣を刺す」

 

 孫空女が、まだ、お尻を押さえながらつらそうに言った。

 それは沙那にもわかる。

 朱姫の身体の雷王からは、確かに殺気が漲っている。

 幽体ならば、人質を失ってもどうということはない。

 もともと、剣による攻撃は通用しないし、さらに宝玄仙の術が効かないのでは、対抗しようがない。

 

「早く、ふたりとも、服を脱げ。余を愉しますことができれば、この術遣いの女も、余が入っている半妖の娘も無事に返してやる」

 

「わ、わかったわ」

 

 沙那は言った。

 仕方がない。

 とりあえず、言いなりになるしかないだろう。

 

「よし。では、『縛心術』をとめてやろう」

 

 身体に流れていたおかしな術が去った。

 もっとも、燃えあがった身体はそのままだ。

 

「孫女……」

 

 沙那は、自分の衣服に手をかけながら、孫空女に視線を向けた。

 孫空女も小さく頷いて、服を脱ぎ始めた。

 

「なるほど。この女法師ほどではないが、それに劣らず、なかなかの身体をしておるのう。しっかりと鍛えられている分、身体の線も美しい。後で抱いてやるぞ」

 

 雷王が言った。

 

「うるさい。気が散るよ」

 

 もう、素裸の孫空女が悪態をついた。

 沙那も服を脱ぎ終わった。

 

 ふたりで跪くと、沙那は、孫空女の裸身に腕を回す。

 孫空女の腕も沙那を包む。

 考えてみれば、霊具や道術を介さずに、孫空女と愛し合うのは初めてのような気がする。

 

 孫空女と最初に会ったとき、宝玄仙の仕打ちにより、沙那の乳首と陰核を孫空女に舐めてもらったのを思い出した。

 宝玄仙の淫具を仕掛けられている沙那は、孫空女の舌であっという間に達してしまったが、そんな沙那に孫空女は眼を白黒していた。

 

 孫空女の唇に口を寄せる。

 いつもそうだが、気の強い孫空女は、こういう性交のときにはとても受け身だ。

 相手にされることを受け入れる。

 沙那が孫空女の口の中に舌を入れて、孫空女の舌を舐める。

 そうすると、孫空女もやっと舐め返してくる。

 孫空女の舌を唾とともに吸う。

 沙那の唾もまた、孫空女に吸われている。

 唾液と唾液が混ざり合い、それがお互いの口の中を舌とともに往き来する。

 ようやく口を離す。

 蕩けるような口づけに呆然としてしまう。

 孫空女もそんな表情をしている。

 

「なかなかに魅せるではないか。早く、続きをやれ」

 

 雷王が言っているのだが、声は朱姫そのものだ。

 そのせいか、恥ずかしさも悔しさもあまりない。

 孫空女と愛し合っているという事実があるだけだ。

 

 孫空女の乳首を吸う。

 孫空女がびくりと身体を震わせた。

 沙那を抱く孫空女の腕に力が入る。

 そのまま孫空女の乳首を口に含む。

 唾液をまとわりつかせて、口の中で転がす。

 孫空女の震えが大きくなる。

 

 そうやって、交互にふたつの乳房に口を移動させながら、片手を孫空女の股間に伸ばす。

 すでにびしょびしょだ。

 肉芽の皮を優しく剥いて軽く動かす。

 

「ああっ――。さ、沙那……す、素敵だよ――」

 

 孫空女が情感のこもった声をあげた。

 沙那は、乳首と肉芽を愛撫する舌と指の動きを激しくする。

 孫空女の身体の震えが大きくなる。

 それとともに、孫空女は、沙那の股間に自分の手を伸ばしてきた。

 沙那がやっているのを真似て、同じように孫空女が指を沙那に使う。

 

「そ、そんなにしちゃあ……うわああっ」

 

 あっという間に膨れあがった快楽が、堰を切って沙那の身体中に流れ込んできた。

 こうなったら、もう、歯止めはきかない。

 

 もう達しそうだ。

 沙那は、慌てて、もう片方の手を背中から孫空女の股間の肛門に向かって動かす。

 昇天するなら、孫空女も一緒に……。

 舌と同時に両手で孫空女の前後の孔を刺激する。

 

 孫空女が好きだ――。

 強くて、それで優しくて……。淫らで……。沙那と同じように感じやすくて……。

 好き……。

 宝玄仙に騙されて、死ぬことさえ望んでいた沙那が、いま笑って、宝玄仙と旅ができるのは、孫空女のお陰だ。

 孫空女を愛してる。

 沙那は、孫空女を刺激する手を激しくした。

 

「あはあああっ」

 

 孫空女が、ひと際大きな声を放ったかと思うと、身体を大きく仰け反らせて激しく震えた。

 いったのだ。

 沙那も孫空女の愛撫に身を任せた。

 そのまま、一緒に絶頂しようとした。

 

 だが、いきなり、ぐいと髪が後ろに引っ張られた。

 我に返って顔をあげる。

 朱姫だ――。

 

 いや、朱姫の身体に入った雷王が、沙那の髪を掴んで床に押し倒した。

 その大きな男根が沙那の股間に迫る。

 だが、無防備だ。

 

「孫女、いまよ――」

 

 沙那は叫んだ。

 まだ、全身に汗をかいて上気した顔の孫空女が、朱姫の首に背後から掴んで引き倒す。

 

「この野郎。捕まえたぞ」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「や、やめんか――。余は烏鶏(うけい)国の王にして……」

 

「わかった、わかった。雷王だろう」

 

 孫空女が暴れる朱姫の身体をうつ伏せにひっくり返すと、両腕を背中側に捩じりあげた。

 沙那も起きあがって、散らばっている宝玄仙の霊具から、『魔縄』を引っ張り出す。

 あっという間に、背中で両腕を縛り上げて、ついでに両足首も背中に向けさせて手首と一緒に結ぶ。

 これで、朱姫には手が出せないはずだ。

 

「こいつ、手間かけさせやがって」

 

 孫空女が足で朱姫の身体を押した。

 朱姫の身体は、両手両足を背中に回したまま仰向けにひっくり返る。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 沙那は寝台に縛られている宝玄仙に駆け寄った。

 手首と足首の縄を解く。

 宝玄仙は、すでに意識を取り戻してはいたが、まだ、荒い息だ。

 なにかの道術を動かしたのがわかった。

 宝玄仙の身体がやっと落ち着きを取り戻した。

 

「……こいつ……。さかりのついた犬猫みたいに、人の身体をほじくりまわしやがって、どうなるかわかっているだろうね、雷王?」

 

 全裸の宝玄仙が、やはり全裸の朱姫に怒鳴った。

 小柄な朱姫の股間には、不釣り合いな巨根がそそりあがっている。

 

「ははは、どうなるかというのは、どうするつもりなんだ、宝玄仙?」

 

 仰向けの朱姫の中にいる雷王が笑った。

 

「まずは、朱姫の中から出ておいで。幽体としての姿を見せるんよ、雷王」

 

「それよりも、宝玄仙、さっきの続きをやろうか。このいきり立った余の棹を舐めよ」

 

 朱姫の股間の巨根がぶるりと振られた。

 

「お、お前、自分の立場が分かっているのかい、雷王? お前は、沙那と孫空女に縛りあげられたんだよ――」

 

 宝玄仙が寝台から飛び降りて、四肢を背中に捩じりあげて仰向けになっている朱姫に詰め寄った。

 そのまま、蹴り飛ばすような仕草を見せたが、さすがに自重したようだ。

 眼の前の身体は、雷王が乗っ取っているというものの、朱姫なのだ。

 

「立場を理解していないのは、お前の方だ。宝玄仙。余が入っている小娘を殺してよいのか?」

 

「殺す?」

 

 宝玄仙が雷王に言った。

 

「どんな死に方をさせたい。息を止めて死なせようか? それとも、舌を噛み切るか? ああ、心臓を止めるということもできるぞ。こうだ」

 

 朱姫の顔が蒼白になり、あっという間に脂汗が浮かんだ。

 

「な、なにしているんだい、雷王」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 

「こいつの身体の中で、じわじわと心臓を握りしめている。もうすぐ、死ぬぞ」

 

 朱姫の口から出る言葉は、まったく平然としている。

 それにも関わらず朱姫の表情はまずます青黒くなる。

 朱姫の身体が痙攣し始めた。

 沙那は内心で舌打ちした。

 しまった。

 四肢を拘束しても、こういう風に朱姫を攻撃できるなら、拘束そのものが無意味だ。

 

「ご主人様――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「わかっている、沙那――。いま、道術で追い出す」

 

 宝玄仙が口の中でなにかを呟いた。

 次に、身体の前で指を交差した。

 そうしている間にも、どんどん朱姫の苦悶の表情は酷くなる。

 

「早く、舐めろ、宝玄仙」

 

 雷王が愉快そうに言った。

 

「あ、あたしがやるよ――」

 

 孫空女が叫んで、朱姫の股間の前に跪いた。

 

「お前はいい。近づくな。余は宝玄仙に命じておる――。ほら、宝玄仙、供を殺してもいいのか?」

 

「ち、畜生。術がまったく効きやしない。わかったよ、勝手に殺しな、雷王」

 

 宝玄仙がそう言った。

 

「ご主人様――」

 

 もう一度、沙那は叫んだ。

 宝玄仙の舌打ちが聞こえた。

 そして、宝玄仙は、朱姫の脚の間に跪くと、その大きな男根を口に含んだ。

 口に男根を頬張っている宝玄仙は、その男根の大きさに苦しそうだ。

 朱姫の顔が元に戻った。

 呼吸も次第に静かになる。

 

「おお……。なかなかの技ではないか。宝玄仙……」

 

 びくびくと男根が震える。

 そして、さらにひと際太さを増した気がした。

 その男根が跳ねた。

 精を宝玄仙の口の中で放ったのだ。

 

 宝玄仙が男根から口を離す。

 口の中で出された精液は飲み込んだようだ。

 宝玄仙は、当たり前のように、舌で朱姫から生えた男根を掃除している。

 

「ほほう。男を悦ばす技は、すべて持っておるのだな。ただ、見た目だけの女というわけではないようだ」

 

 雷王が言った。

 

「道具はお前のものでも、吐き出した精は朱姫のものだね。味でわかるよ」

 

 舌による奉仕の終わった宝玄仙が顔をあげて言った。

 

「よし、決めた、宝玄仙。余がここにいる間、お前は、余の妾にしてやる。よいな」

 

「め、妾だと」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「よいのか? 逆らえば、この朱姫を殺すぞ。縛られようが、なにをされようが、殺すのは簡単だ。あっという間だ」

 

「くっ」

 

 宝玄仙が顔を歪めた。

 

「おい、沙那と孫空女、この縄を解け──」

 

 雷王が言った。

 仕方なく、朱姫の身体を縛った縄を解く。

 自由になった雷王がその縄を手に持った。

 

「宝玄仙、こっちに来て、足を開け」

 

 雷王が言った。

 

「な、なんでだい?」

 

 宝玄仙の顔に怒りの色が走る。

 

「いいのか? 殺すぞ?」

 

 朱姫の顔に、また苦悶の表情が浮かぶ。

 

「ふん、わたしじゃなくて、こいつら使いな」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女を顎で指した。

 

「ちょ、ちょっと、ご主人様……」

 

 孫空女が不平顔をする。

 

「なんだ、孫空女。文句でもあるのかい?」

 

 宝玄仙が孫空女を睨んだ。

 

「お前だ――。宝玄仙、余は、お前に言っておるのだ――」

 

 朱姫から出る雷王の言葉がひと際大きくなる。

 それとともに、朱姫の顔がまた青黒くなる。

 

「や、やめないか、雷王――」

 

 宝玄仙がそう言って、やっと朱姫の前に立って、肩幅に足を開いた。

 

「おう、宝玄仙、余の妾に相応しい姿にしてやろう。余が生身のときには、気に入った女は、こうやって服の下に縄掛けをして遊んだものだ」

 

 そう言って魔縄を握った。

 

「おい、孫空女。寝台にある縄を全部持って来い。寝台に結んだままなのを解いて持ってくるんだ。肝心な部分は、道力では動かせない普通の縄を使ってやろう」

 

 孫空女がぶつぶつ言いながら立ちあがった。

 沙那は、仕方なく大人しくしていた。

 

「おい、宝玄仙――。髪が邪魔だ。たくし上げろ」

 

 なにか呪いのような言葉を呟きながら、宝玄仙は自分の腰まである黒髪をたくし上げた。

 朱姫の手が宝玄仙の白い首に『魔縄』をふた巻きする。

 そして、胸の前で結ぶと、宝玄仙の乳房に枠を嵌めるように胸縄をした。

 胸縄により、宝玄仙の乳房が大きくくびれた形になる。

 そして、その豊かな両乳房を包むようにかけられている縄にさらに新たな縄を繋いで、腰を中心にひし形に結んでいく。

 宝玄仙の白い身体にひし形の縄掛けによる縄化粧があっという間にできあがった。

 

「ほらよ」

 

 孫空女が戻ってきて、雷王が乗っ取っている朱姫の前に、縄束を投げた。

 その孫空女は、胸を隠して床に座っている沙那の横に並んで座る。

 

「宝玄仙、覚悟はいいな」

 

 朱姫の手は、『魔縄』ではない普通の縄を手に取ると、しごきながら捩じり、宝玄仙の股間にあてがいながら調整し、小さな結び玉を作っていく。

 

「な、なにやってんだよ、お前?」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をして声をあげた。

 

「いいから、これは“股縄”というやつだ。しばらくしていると病みつきになるぞ、宝玄仙」

 

 沙那は、やっと雷王が結び玉を作った理由がわかって、はっとした。

 そして、これから宝玄仙がされることを想像して怖ろしくなった。

 最終的に宝玄仙の恥辱を晴らすために矛先は、沙那や孫空女や雷王がいなくなった後の朱姫に向かうしかないのだ。

 朱姫の身体は、大小三個の結び玉のついたその縄を宝玄仙の胴縄に繋ぐと、両腿の間を潜らせて、宝玄仙の恥毛に食い込ませる。

 

「いいっ」

 

 宝玄仙の口から短い悲鳴が放たれた。

 

「こうやって、割れ目に食い込ませるのだ。ちゃんと豆にも当たっているだろう、宝玄仙?」

 

「ちょ、ちょっと待て、こ、これは……」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をして、腰を沈めた。

 それに関わらず、宝玄仙の背後に回った朱姫は、宝玄仙の双臀に強く縄を食い込ませた。

 一番大きな結び玉が、宝玄仙の肛門の場所に当たっている。

 

「うわっ」

 

 宝玄仙が今度は、縄を避けるように仰け反った。

 朱姫は、ぐいぐいと縄を引っ張ると、背中側の腰縄に繋いだ。

 

「うっ」

 

 宝玄仙が膝を割りかける。

 

「終わりだ、宝玄仙。その縄を勝手に解けば、朱姫は死ぬと思え」

 

「うう……。んあっ」

 

 宝玄仙がしゃがみ込んだ。

 しかし、その途端、一度、びくりと身体を震わせて甘い声をあげる。

 

「ちょ、ちょっと、これは……」

 

 そして、屈辱と苦痛の混じった真っ赤な顔で、朱姫を睨みつけた。

 

「お、お前、目的はなんだい、雷王? ただ、彷徨(さまよ)い遊ぶために、ここに出て来たわけじゃないだろうが。それを言え――」

 

 宝玄仙が少し上気した表情で言った。

 

「おう、そうだった。お前たちに命じるのは、余の姿に化けて、いまの王座にいる偽の雷王を追い出すことだ」

 

 雷王である朱姫がそう言った。



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94  股縄舞

「偽の雷王ですって?」

 

 沙那が横で声をあげた。

 百合の交わりを強要されていたときの隙を狙って、雷王(らいおう)が憑依した朱姫に襲いかかったので、孫空女も沙那も全裸だ。

 結局、朱姫を人質にされて、折角拘束した雷王を自由にせざるを得なかったが……。

 宝玄仙など裸体に、「亀甲縛り」というやり方で縄化粧されて、股縄まで施されている。

 孫空女の横では、その宝玄仙が不貞腐れている。

 

「そうだ、沙那」

 

 雷王が言った。

 だが、喋っている姿も声も朱姫なのだ。

 どうも勝手が悪い。

 

「偽王って、なんだよ?」

 

 孫空女は言った。

 

「黙れ、孫空女。余は、沙那に喋っておるのだ。お前は口を出すな――」

 

「なっ」

 

 孫空女は絶句した。

 

「いいから、黙っておれ。この朱姫の記憶によれば、こういう話は、お前たち三人の中では、沙那にするのが一番いいようだ。頭もいいし、心根もいい。真面目だから話もしやすい。話によっては同情もしてくれる。それに比べて、宝玄仙など真面目に他人の話など聞くことはないし、お前は単純すぎて無策だから、戦闘以外は役立たずだそうだ」

 

 雷王が笑う。

 そんな風に思ってたんだな、朱姫め……。

 孫空女は心の中で思った。

 とりあえず、口を閉ざす。

 

「まずは、あなたが本物の王である証拠を示してください。それに、なぜ、本物の王であるあなたが、幽体なのですか?」

 

 乳房を手で隠しながら、沙那が言った。

 

「それは、最後まで、話を聞いてからにしてもらおうか、沙那」

 

「わかりました。では、わたしが納得のいく理由を示してもらうまでは、わたしは、あなたが、この烏鶏(うけい)国王であるということを信じません」

 

「よかろう、沙那」

 

 雷王は語りはじめた。

 本物の王である雷王が、このような幽体に変わることになった契機は、三年前の日照りによる旱魃であったらしい。

 それこそ、ひどい日照り続きで雨が降らず、草木は育たず、民は次々に餓死という有様になったようだ。

 

 その旱魃はなんと半年も続き、烏鶏国は疲弊しきった。

 そこに、鐘南山(しょうなんざん)という山からひとりの老人がやってきたそうだ。

 その老人は、まずは、文武の諸官にまみえると、そのまま、雷王の前に連れてこられた。そして、自分は雨を自由に降らせることができ、官位をくれるなら、雨を降らせようと申し出たらしい。

 

「国王であったあなたが、それに応じたというのですね?」

 

 沙那が言った。

 

「そうだ、沙那。その老人は、早速壇上にのぼると、雨乞いの儀式を始めた。すると、まもなく雨が降り始めた。久しい旱魃で乾ききっていた大地に水が染み込み、枯れ川は再び流れを取り戻した。この国は救われたのだ」

 

「ご主人様、そんなことが可能な術がありますか?」

 

「あるわけないだろう、沙那。天候を左右するような術なんか聞いたことがないね」

 

 縄掛けをされている宝玄仙が、やはり沙那と同じように両胸を手で覆った姿で応じた。

 かなり、機嫌が悪いのがわかる。

 

「だが、やったのだ。その老人は――。余は、その老人に、宮廷主席道術師の官位を与えるとともに、余の義弟の契りも結んだ」

 

 雷王は言った。

 

「なんという名なのです、その老人は?」

 

 沙那だ。

 

「本当の名は名乗らなかった。ただ、“青獅子(あおじし)”という名乗りだけした。それから、一年、余は、その青獅子と随分と親しくなり、しばしば寝食を共にするまでになった。確かに、偉大な術遣いではあったな。そして、話のわかる男でもあった。妃嬪(ひひん)たちとの遊びも幅が増えた」

 

「なんだい、その増えた“妃嬪たちとの遊び”というのは?」

 

 宝玄仙が口を挟む。

 

「もしかしたら、その青獅子という術遣いが、あなたという雷王を殺して、入れ替わったというのですか?」

 

 しかし、沙那が強引に話を戻す。

 宝玄仙が、嫌な顔をしたが、大人しく口を閉ざしている。

 

「そうだ。そうやって一年経ったある春の日のことだった。青獅子は、急に東方帝国の天教の神殿に巡礼に向かうと言って暇を告げたのだ。余は驚いて引き留めたが、青獅子の決意は固かった。それで、巡礼に向かう青獅子を余は、直々見送ることにした。青獅子には、この国を旱魃から救ってくれた恩義もあるしな」

 

「それで、どうやって、あなたと、入れ変わったのですか、その青獅子は?」

 

 沙那は言った。

 

「実は、見送りと別れの宴はここでやったのだ。ここは、この国の天教教徒にとっては特別の場所でな。青獅子も出発前にここに立ち寄りたがった」

 

 そう言えば、この道館に入る前に宝玄仙がそんなことを言っていたのを孫空女は思い出した。

 この国の天教はここから拡がったのだと――。

 

「別れの宴も終わり、青獅子は、突然、ふたりきりになりたいと言い出した。この道館の井戸には、特別な霊具があると……。別れの品としてそれを進呈したいと言うのだ。だが、あまりにも特別なものだから、ほかの家臣には知られたくないとも……」

 

「罠だったのですね?」

 

「そうだ。それで、余は人払いをして、青獅子とふたりきりで、その井戸に向かった。青獅子の言われるままに井戸を覗くと、確かに、眩い金色の光が井戸の底から放たれていた。余が驚いて、さらに身体深く覗き込むと、青獅子はいきなり余を井戸に突き落としたのだ」

 

「目撃者は?」

 

「おらんな。それで余は殺されたのだ。余は死んだが、なぜか魂は残り、こうやって幽体になったというわけだ」

 

 雷王は続けた。

 

「でも、それから二年でしょう。あなたが死んだということをどうして、宮廷の文武の役人や妃様や王子、あるいは、後宮の女たちは気がつかないのです?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「それが、青獅子の法力のすごいところだ。この世に、あれ程のものがあるとは知らなかった。これは、すでに幽体になった余が見たものだが、あいつは、余を殺害した後、井戸の前で身体をひと揺すりしたかと思うと、余にそっくりの姿になった。それはもう、寸分の違いのない余の姿なのだ」

 

「変身術ですか。それは、道術としては、珍しいものなのですか、ご主人様?」

 

 沙那が宝玄仙に視線を向ける。

 宝玄仙は、肩を竦めた。

 

「まあ、変身術が駆使できれば、超一流の術師だろうね。滅多に接しない術だと思えばいいよ。こんな田舎国じゃあ、珍しいだろうさ」

 

 宝玄仙が言った。

 他人そっくりになりすます術と言えば、宝玄仙の『変化の指輪』がある。

 指に嵌めて、その相手の唾液か精液を飲めば変身できるのだ。

 いずれにしても、他人に成りすますというのは、それなりの術なのだろう。

 そういうものを何気無く遣うというのは、それだけ、宝玄仙が凄いのかもしれない。

 

「いまでは、あいつは、余のふりをして、この国のすべてを支配しておる。支配する権利はなにひとつないのに関わらずな。文武百官、後宮の后妃もすべてやつのものということだ」

 

「……それで、わたしたちになにをしろと? 先程は、その偽王を追い出せと言っていましたが、わたしたちに、どうしろというのです?」

 

 沙那は言った。

 

「この国にも人物はいる。余の息子にして、王太子の(こう)だ。光は、書物に通じ、学者と親しく、また、国を想うことにかけては、あれ程の者はおらん。この真実を知れば、きっと手を打つであろう。光と協力してなんとかせよ」

 

「でも、どうやって、王太子殿下に会えというのです? わたしたちは、一介の旅の女連れです。王太子殿下が王宮のどこにおられるか知りませんが、わけのわからない女たちが訪ねていっても門前払いです」

 

「心配ない。王太子は明日、狩猟のためにこの宝林道館(ほうりんどうかん)の近くに出てくる。だが、獲物は獲れん。そのくらいの法力は、幽体になったことで余もできるようになった。そこで、お前が獲物を献上に行け」

 

「獲物の献上ですか?」

 

「そうだ。お前が献上する獣についても余が手配しておこう。義理堅いあいつのことだ。きっと、直接、お前に礼を言おうとするであろう。そのときに、真実を言え。あいつに信じさせることができれば、後は、太子がなんとかするはずだ。さっきも言ったが、あいつは出来がいい」

 

「なぜ、狩猟に出てくると知っているのです?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「幽体になった余は、宮廷でもどこでも出入りできるのだ。もっとも、『妖魔除けの護符』の貼っている場所は別だがな。あれは、どうも幽体の余にも影響を及ぼすようだ。そして、宮廷は、その『妖魔除けの護符』だらけでな……。まあ、いずれにしても、幽体の余は、宮廷の内部に入り、ある程度の情報を得ることはできる。それで知ったのだ」

 

「だったら、自分で伝えればいいじゃないですか」

 

 沙那は言った。

 それはもっともだと孫空女も思った。

 たとえ幽体でもその方が早い。

 雷王の言うことが真実なら、王太子の光は、父親の雷王の言うことを信じるだろう。

 

「それができるならそうしておる。余がこうやって、娑婆と繋がっておられるのは、なぜか、この宝林道館近辺だけなのだ。余は、宮廷の中を覗けても、姿を現すことができん」

 

「声は?」

 

「宝林道館近辺以外では、声も届かん……。だから、ここを管領する道士や弟子どものところにさんざんに頼んだが、連中は、怖がるだけで余の話を聞こうとせんかった。挙句の果てには、この道館を空っぽにして、全員が逃げ散ってしまいおった。真に意気地のない連中よ。それで困っておるところに、お前たちがやってきたということだ」

 

 なるほど、それで人っ子ひとりいない廃寺になってしまったのかと思った。

 

「……だいたいの事情はわかりました。とにかく、明日、外の原野に出かけていって、獲物を狩って待ち、やってきた王太子殿下に目通りをして、あなたの言葉を伝える。やることはそれだけですね? それで、朱姫を解放するのですね?」

 

 沙那がじっと朱姫、つまり、雷王を睨んで言った。

 

「王太子に信じさせよ。やることは、そこまでだ。失敗すれば、この朱姫は殺す」

 

「じゃあ、どうせよと言うのです? あなたが、王太子殿下の立場なら、初めて会った庶生の女の言葉を信じますか? しかも、いまの王が偽物だなんていう途方もない話を……」

 

「信じさせよ」

 

「だったら、王宮に入り込んだあなたなら、幽体のあなたしか知りえないことを知っていませんか?」

 

「いまいましいことに、青獅子の周りには、『妖魔除けの護符』だらけだ。あいつ自体が妖魔のくせに、その中で暮らしておるのだ」

 

「だったら、太子については?」

 

「王太子の周りにも近づけん。狩猟のことを知ることができたのは、一緒に出動する兵の周りを彷徨ってやっと掴めた情報だ」

 

「だったら、馬鹿にされて終わりです。下手をすれば殺されます。王が偽者などと言って、誰が信じますか」

 

「仕方ないのう――。では、王の王たる証の品をお前に貸す。それを王太子に見せよ。それを見せれば、正統の王権の存在がここにあることを、王太子は信じるであろう。信じずとも、なぜ、お前がそれを持つのか不審に思い、この宝林道館に自らやってくるくらいのことにはなるだろう」

 

「確かですか?」

 

「ああ、なにせ、あいつは、なんでも興味を示して、好奇心が強いからな。ここに王太子がやって来てくれれば、それでいい。後は余がやる。この宝林道館内であれば、余は幽体として出現できるからな」

 

「わかりました。それで失敗しても、必ず朱姫を解放すると約束するなら、わたしが、明日、狩猟をしに来た王太子殿下に会いに行きます」

 

「それでいい――。おい、宝玄仙、寝台の横の卓に、白玉の(たま)が置いてある。持って来い」

 

 雷王が支配している朱姫が宝玄仙に視線を向ける。

 確かに、寝台の横の卓に金で縁どりされた白い球体がある。

 

「お前、持っておいで、孫空女」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は立ちあがろうとした。

 

「お前に言っておるのだ、宝玄仙――」

 

 雷王が大声をあげた。

 宝玄仙が舌打ちをして立ちあがる。

 

「うっ」

 

 しかし、一歩進んだところで、宝玄仙は呻いて、身体を曲げて立ち止まってしまった。

 

「ふふふ、どうした、宝玄仙? 股の縄瘤が本領を発揮し出したか?」

 

 しかし、宝玄仙は縄化粧をされた裸身を曲げたまま、悔しそうに黙っている。

 その顔はほんのりと上気もしている。

 

「なぜ、歩けないか供の女たちに教えてやれ、宝玄仙」

 

 雷王が愉しそうに笑った。

 

「お、憶えてなよ。この宝玄仙にこんなことをするなんて……」

 

 宝玄仙は、一歩一歩ゆっくりと歩いて、「白玉の珪」を持って戻ってきた。

 白玉の珪を受け取ると、雷王である朱姫の手が宝玄仙の股間の縄の後ろを掴んで、無造作に揺すぶった。

 

「きひいいっ」

 

 宝玄仙は倒れそうになり、だが、それは却って縄の刺激を強くする結果になったらしく、慌てて身体を起こした。

 そんな宝玄仙を見るのが愉しいのか、朱姫の手はさらに強く股縄を動かす。

 

「あ、あああっ、いやっ」

 

 宝玄仙は、小さく震えたかと思うと急に脱力した。

 軽くいったのだろう。

 朱姫がやっと縄尻から手を離した。

 宝玄仙がその場に座りこむ。

 そして、また、小さな悲鳴をあげて、びくりとなる。

 

「股縄が気に入ったようだな。では、余興代わりに、少し舞でも踊れ、宝玄仙」

 

「な、なにい――? ちょ、調子に乗るんじゃないよ、雷王」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をあげた。

 

「いい加減に自分の立場を理解せい、宝玄仙――。ほら、供が死んでもよいのか?」

 

 朱姫の顔が青白くなった。

 身体の中でまた心臓を締め付けたのだろう。

 

「く、くそうっ、わ、わかった――。わかったよ。踊るよ。踊ればいいんだろう」

 

 宝玄仙は立ちあがった。

 

「じゃあ、孫空女は唱え。それに合わせて、宝玄仙は舞をしろ」

 

 雷王が言った。

 

「歌? な、なにを?」

 

 不意に言われたので、驚いて孫空女は問い返した。

 

「なんでもいい。唄わんか」

 

 雷王が不機嫌そうに言った。

 咄嗟に頭に浮かんだのは、昔、旅芸人をしていた時代に覚えた歌だ。

 孫空女は、それを唄い始めた。

 

「勢は鎮める海原を――、威は定めるわだつみを――、勢が海原鎮めなば――」

 

「ば、馬鹿、孫空女、そんなに節回しの激しい歌は……」

 

 隣で沙那が怒鳴った。

 それではっとして、唄うのをやめた。

 歌に合わせて裸踊りをしようとしていた宝玄仙が、怖ろしい剣幕で睨みつけている。

 これは失敗したみたいだ。

 孫空女は、背中に冷や汗をかいた。

 

「いや、いいぞ、やめるな。唄わんか、孫空女。それ以外の歌は禁止だ。宝玄仙、そら、踊れ、踊れ」

 

 仕方なく、孫空女は、再び、その節回しの速いその歌を唱う。

 宝玄仙が苦しそうに身体をねじりながら、縄に引き出された乳房と手足を動かして、舞い踊った。

 

 しばらくして、やっと、歌を唄い終わった。

 全身を上気させて、汗びっしょりの宝玄仙が倒れ込むように横になった。

 

「ご、ご主人様――。ごめんなさい、大丈夫?」

 

 孫空女は駆け寄ろうとしたが、雷王がそれを制止した。

 

「どれ、そろそろ、熟れきったようだな。じゃあ、続きをやるか、宝玄仙――。お前たちふたりは、行っていいぞ」

 

 朱姫が手を振った。

 そして、宝玄仙の股間の縄尻を掴むと、小さく嬌声をあげる宝玄仙を再び、寝台に連れていった。

 

「そうだ、沙那。明日は、この宝玄仙の宝飾品を付けていけ。身なりは、いつもの格闘服でも、飾りが一流であれば、見る者が見れば、ただの庶民でないと想像するだろう。これでいいか……」

 

 朱姫の手が、宝玄仙の髪を束ねている宝石付きの髪止めを奪うと沙那に投げた。

 沙那がそれを慌てて空中で受け取る。

 

「代わりに、さっき、油紙に包んであった黒い首輪があったな。それでもつけていろ、宝玄仙。余の飼う雌犬だ、お前は」

 

 一度寝台から降りた雷王が、床に投げ散らかしているたくさんの霊具の中から、その黒い首輪を手に取った。

 孫空女は、それがなにであるのかがすぐにわかった。

 以前、流沙(るさ)の宿町で宝玄仙に嵌めた『道術封じの首輪』だ。

 それをつけると宝玄仙は、力を失ってしまう。

 

「それは駄目だよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 その口を沙那が塞いだ。

 しかし、雷王の朱姫が訝しむ表情をこちらに向けた。

 

「……この朱姫の記憶には、この首輪ことはなにもない。だが、なにか秘密があるようだな」

 

「な、なにも秘密なんてないよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「そうか……。なにか秘密があるのか。まあ、使ってみればわかるか……」

 

 宝玄仙がまた、孫空女を睨みつけている。

 かなり、怒っているというのがわかる。

 でも、どうすればよかったのだろう。 なんの意味のない物だと一生懸命に訴えたのだ。

 その宝玄仙の細い首に、朱姫の手が『道術封じの首輪』を嵌めた。

 

「霊気がほとんどなくなったな。そうか、これを身につけると抵抗できなくなるのか。面白いものを見つけたな――。さあ、じゃあ、ふたりとも行け」

 

 孫空女は、沙那とともに部屋の外に追い払われた。



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95  庇い合う主従

 宝玄仙は、裸身を寝台に仰向けに拘束され、さらに敏感な女芯を糸で吊り上げられて、唇をかみしめて呻いた。

 

「痛いい――。お、お願いだよ、孫空女。もう少し、じっとしていて……」

 

 女芯を限界まで吊りあげている糸は、天井に取り付けた小さな滑車を通して、全裸で立たされている孫空女の束ねた両手首に繋がっている。

 だから、孫空女は、爪先立ちをしてさらに両手を懸命に上に伸ばしてくれているのだが、それでも孫空女が動くので、糸が引かれるのだ。

 糸が引かれるたびに、釣糸で引き絞られた女の芯が疾痛に襲われる。

 

 引き千切られる――。

 吊りあげられるのは、敏感で繊細な女の芯である。

 その苦痛に耐えきれず、宝玄仙は腰をあげようとしているが、両手と両足を寝台に縛りつけられているので、それほど上にあげることができない。

 

「ご、ごめんなさい、ご主人様……。いひいっ――」

 

 孫空女が頑張ってくれているのはわかっている。

 しかし、爪先立ちをして限界まで引き延ばした身体を朱姫によって、くすぐられているのだ。

 孫空女も必死だ。

 

「ほら、宝玄仙が悲鳴をあげているぞ。動くな、動くな」

 

 朱姫の手が笑い声とともに、孫空女の両脇をくすぐる。

 

「や、やめろよ――」

 

 孫空女が悲鳴をあげる。

 身体が揺すられて糸が動く。

 とたんに釣糸が猛烈にくい込む。

 

「ひぎい――。痛い――」

 

 そんなことが何度も繰り返されている。

 その度に宝玄仙は、雌さながらに泣き喚いた。

 

「ご、ごめん――、ご主人様」

 

 無防備の脇を朱姫の指でくすぐられている孫空女が、半泣きで言った。

 『道術封じの首輪』は、まだついたままだ。それを身体につけられると、宝玄仙は術を完全に封じられるのだ。

 道術にかけては、宝玄仙すら上回る能力を持つお蘭の作った霊具であり、忌々しいくらいに完璧に作動し、しかも、流石の宝玄仙にも効果を跳ね返せない。

 つまりは、この首輪をされている限り、宝玄仙は、まったくの無力の存在になってしまうのだ。

 

 昨夜、それをつけられた宝玄仙は、朱姫の身体を乗っ取った雷王により、それこそ半死半生の状態になるまで犯された。

 宝玄仙の弱点が肛門であり、想像以上の弱みであることを知った雷王は、興に乗って潤滑油を塗りたくった宝玄仙の後ろの穴を繰り返し犯した。

 宝玄仙は、何度も気を失い、その度に頬を張られて起こされ、そして、雷王の巨根を受け入れさせられたのだ。

 

 そして、朝、目を覚ますと、いまのような状態で女芯を糸で吊られていたもいうわけだ。

 どうやら、沙那は、朝早く出掛けたらしい。

 残された孫空女は、こうやって、宝玄仙を苦しめる道具にされている。

 

「じゃあ、お前の忠誠心がどの程度か試してみるか、孫空女」

 

 やっと、孫空女から離れた朱姫が言った。

 

「こ、これ以上、なにをするつもりなんだい……」

 

 宝玄仙は恨みを込めて言った。

 

「なに、簡単なことだ。この孫空女の女芯を『振動片』で包む。この朱姫の中の法力で十分に遣えそうだからな。『振動片』は孫空女の女芯を苛み続けるが、気をやりそうになるととまるのだよな。そうやって放っておく、昨日からずっとやりっぱなしで余も疲れた。だから、余は別の部屋で寝るが、その間、孫空女にそうやって我慢させるだけだ」

 

「ふ、ふざけんな、この野郎――」

 

 孫空女が喚いた。

 だが、朱姫はせせら笑いながら、霊具の入った葛籠(つづら)から『振動片』を取り出すと、孫空女の股間に張りつけた。

 たちまちに『振動片』は、孫空女の肌に吸い込まれるように小さくなり、孫空女の女芯を襲い始める。

 

「ひいいっ――」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「いぎいいいっ」

 

「あっ、ご、ごめん――。あっ、ああっ」

 

 宝玄仙は、その動きで女芯を強く引っ張られて悲鳴をあげさせられた。

 

「じゃあな、隣の部屋で寝る。ここは、お前たちの悲鳴でうるさいからな」

 

 朱姫はそう言って部屋を出ていった。

 

「が、頑張っておくれよ、孫空女……。あ、後で優しくするから……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わ、わかっているよ……。くうっ――うう」

 

 孫空女は歯を食いしばっている。

 全身を限界まで伸ばして爪先立ちを続ける姿勢だけで苦しいのだ。そのうえに、女芯を『振動片』でいたぶり続けられれば堪らないだろう。

 どのくらい放っておかれるのかわからないが、孫空女に限界が訪れて、身体を崩せば、宝玄仙の女芯は引きちぎられる。

 

「そ、それより、孫空女、よくお聞き……。た、多分、お、お前は、この後で解放される……。そ、そうなるように仕向ける……。あ、あいつの相手は……、わたしが、ひとりでやる……。その間に、お前は雷王が放り投げられたという井戸を探っておいで……。痛っ――」

 

 女芯が引っ張られたのだ。

 

「ご、ごめん……。うっ、うくっ、そ、それでなに……探すのさ?」

 

 孫空女の身体が震えている。

 声に喘ぎ声が混ざってきた。

 

「が、頑張っておくれよ――、あ、お願いだから――。探すのは、雷王の屍体だ……。き、きっとそこにある……。ひ、引きあげて、どこかに隠すんだ……」

 

「し、屍体って……。二年も……前だよ。水の中で腐って……、ほ、骨になっているよ――。あ、ああっ……ああ……あううっ」

 

 孫空女の震えが激しくなった。

 

「そ、孫空女――。あぎいっ――いぎっ――」

 

 女芯を引きちぎる痛みが、二度、三度と加わる。

 だが、限界前に『振動片』はとまるのだ。

 孫空女はかろうじて、倒れ込むのを耐えてくれたみたいだ。

 

「……ご、ご主人様……。これ、もちそうにないよ――」

 

 孫空女が悲痛な表情をこっちに向けた。

 

「じょ、冗談を言うんじゃないよ。お前が倒れたら、わたしのお(さね)は引き千切られるんだよ。し、死んでも、倒れるんじゃないよ――」

 

「う、うん……。が、頑張るけど……。ああ、また、動き出した……いいっ」

 

 歯を食いしばっている孫空女の口から、嬌声が漏れた。

 

「し、屍体を使って『復活の儀』をする……。や、やったことはないけど、お蘭の術は、わたしの中に入っている……から、や、やれるだろう。もっとも、首輪を外さないと駄目だけど……」

 

「……はあ……。『復活の儀』って、誰の?」

 

 孫空女が喘ぎながら言った。

 

「ら、雷王のだよ。あ、あいつが幽体になっているのは、多分、『賢者の石』……、つまり、『魂の欠片』が関係ある」

 

「け、『魂の欠片』って……。ああっ、ひいっ、あ、あのお蘭の作る……? ああ、また……」

 

 孫空女の身悶えが激しくなった。

 『振動片』の動きが大きくなったのだろう。

 

「あぎいいいい」

 

 肉芽が引っ張られて、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 度重なる疼痛に宝玄仙もだんだんと官能の波に包まれる。

 じわじわと濡れてくる自分の股間を自覚してしまう。

 

「あお、孫空女……うぐうっ……」

 

 肉芽が引っ張られる。

 

「が、頑張るよう――。頑張るから……。ああぇっ――」

 

 孫空女の身体が弓なりになった。

 ひと際大きな嬌声をあげた孫空女が、微かに脱力した。

 絶頂できたのではないだろう。

 寸前で止まって、孫空女の身体は再びとろ火の状態に戻されている。

 つらいのは、これからだ。

 とろ火と絶頂寸前の状態を永遠に繰り返すことになる。

 それを孫空女は、爪先立ちで受けるのだ。

 

「そ、孫空女、お聞き―――。お、おそらく、『魂の欠片』と似た効果のあるものを作れる者がいたのだろう……。それで、雷王は、魂を現世に刻まれた……。そ、そして、死んだ……。だが、肝心の『復活の儀』をしていない……。だから、幽体になってこの世に留まっている……」

 

「そ、そんなこと……あ、あいつ……言って……なかったじゃないか……」

 

 また、孫空女の脚が震えだす。

 股間の『振動片』が動きはじめたのだろう。

 

「ほ、本人も……ああっ……知らなかったのだろう……。あるいは……隠している。いずれにしても、『復活の儀』をすれば……。あいつは、幽体でいられない……。朱姫から出ていく」

 

 何度も肉芽を刺激されると、痛みがはっきりとした快感に変わる。

 引っ張られるたびに、痛みが愉悦に変化している。

 

「しゅ、朱姫は助かる……んだね……、ご、ご主人様……」

 

「た、助かる……。も、問題は……肝心の魂の欠片を宿している石が……どこにあるかだよ。それが……わからないと……『復活の儀』は……できない……」

 

 宝玄仙の魂の欠片は、沙那の身体に入れている。

 もしも、宝玄仙が死ねば、おそらく、沙那の身体の中に一時的に復活し、そして、『復活の儀』を行って、なんらかの肉体に憑依させることになる。

 沙那と孫空女の魂の欠片は、お蘭が預かっている。

 二人が死ねば、お蘭のところに戻ることになるだろう。

 そして、お蘭が復活させる。

 

 いずれにしても、魂を復活させるには、復活をさせる身体という土台が必要だ。

 いろいろな条件があるが、一番簡単なのは、元の身体に復活させることだ。

 本来の肉体だから、簡単に術式が完了する。

 損傷した部分は、宝玄仙の術でいくらでも元に戻せる。

 雷王の死体と雷王の魂の欠片が見つかれば、あとは宝玄仙がそれを使って復活できる。

 朱姫も解放される。

 

「そ、その石って……。あ、あ、あ――」

 

「うぐうう、あああっ」

 

 孫空女が声をあげ始める。

 宝玄仙の肉芽もぐいぐいと引っ張られる。

 もはや、それは快感だ。

 痛みでもあり、強く宝玄仙を苛む攻撃だ。

 宝玄仙も嬌声をあげた。

 孫空女と宝玄仙の嬌声が重なる。

 

「くうっ――」

 

 孫空女の震えが少し大人しくなった。

 また、絶頂寸前まで引き上げられて、また気をやる直前で『振動片』とまり、身体の火照りを鎮められているのだろう。

 

「ご、ごめん……、ご、ご主人様……さ、さっきから……」

 

 孫空女がつらそうな表情で言った。

 

「わ、わかってるよ、そ、孫空女……。お、お前は、頑張っている」

 

「う、うん」

 

 孫空女が引きつった笑みを向けた。

 もう、全身が汗びっしょりだ。

 爪先立ちの足の下にも汗が滴り始めている。

 

「あ、あとは……、あ、あいつの魂の宿る……石を……見つけなきゃね……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「い、石って……。沙那が持って……いった……白玉の(たま)みたいな……?」

 

 何気ない感じで孫空女が言った。

 それではっとした。

 考えてみれば、簡単なことだ。

 

 あれは、代々の王に伝わるものだと雷王は言っていた。

 おそらく、あの白玉の珪には、現王の魂が宿るという性質があるのだろう。

 言わば、お蘭の『魂の欠片』の術の変型判だ。

 お蘭の『魂の欠片』が特定の人間の魂を刻むのに対して、あの白玉の珪は、「烏鶏国の王という役割の人間の魂」を刻むのではないだろうか。

 だが、王の死とともに、王は交替する。

 すると、宿っているものが、次の王の魂に入れ替わるのだ。

 そういった王家の秘宝は、ほかにも例がある。

 

「そ、それだよ……。その白玉の珪に……違いない。お手柄だよ……。そ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、苦痛の表情の孫空女が、少し、嬉しそうな顔をした。

 雷王が、魂の欠片のことも、『復活の儀』のことにも言及しなかったのは、白玉の珪の本来の性質は、すでに王家では知識が途絶えているのだろう。

 本当は、次の王が即位する前に、『復活の儀』をすれば、歴代の死んだ王は蘇るのだが、次の王でそれを選択した者はいなかった。そうやっているうちに、王家の知識としてはすたれた……。

 

 だが、雷王の場合は、死んだが白玉の珪が宿る対象の王が偽者で、本来の王ではない。

 だから、雷王の魂は残ってしまったのだ。

 

「あ、あ、ああっ――」

 

 孫空女の喘ぎが大きくなった。

 宝玄仙は、また肉芽に激痛が走るのを覚悟した。

 だが、今度は、それはなかった。

 孫空女は大きな嬌声をあげたまま、身体をほとんど動かさず、そして、荒い呼吸から深い吐息に変化させた。

 今度の波は、宝玄仙の肉芽に繋がった糸を引っ張らないまま、やり過ごしたのだ。

 

「あ、あたし頑張っているよ……。ご、ご主人様……。あ、あたし……頑張っているから……」

 

「ああ、お前は、頑張っている」

 

 宝玄仙は言った。

 

 

 *

 

 

「苦しゅうない。頭をあげよ。ここは、宮廷の中ではない。天下の野っ原の真ん中だ。堅苦しい儀礼も馬鹿馬鹿しいわ」

 

 王太子は言った。

 原野の真ん中に陣幕を張っただけの簡単な王太子の陣所だ。

 その中に沙那はいた。

 四名ほどの護衛が王太子の周りを囲っているが、陣幕の中にいるのは、ほかには王太子と沙那だけだ。

 

「王太子直々のお言葉とは、恐れ多いことでございます」

 

 沙那は両膝をつけた姿勢で、頭を下げたまま言った。

 雷王の言葉の通り、王太子が率いる一隊は、宝林道館(ほうりんどうかん)の下の原野で早朝から狩猟を始めたようだ。

 だが、半日かかっても一匹の獲物も見つからず、がっかりしていたところらしい。

 そこに、大きな鹿を仕留めた沙那が現れた。

 鹿の遺体は、道館にあった荷車に載せてきた。

 すべて、幽体の雷王の喋った通りになった。

 

 沙那は、予定通り、鹿を狩猟にやってきた王太子に献上したいと申し出た。

 すると、それも雷王の言う通り、あっという間に、ここまで連れて来られて、王太子と対面ということになったのだ。

 

「そんなに、頭をさげられると、俺もつまらん。部下の話によると、大層美しい女人ということであった。俺にも顔を見せてはくれぬか、紗希(さき)殿とやら?」

 

 紗希というのは、沙那が咄嗟に思いついた偽名だ。

 教団が手を回していて、この烏鶏(うけい)国でも、宝玄仙をはじめ、沙那たち供も手配の対象となっている可能性が高い。

 それで、偽名を使った。

 いずれにしても、王太子の光というのは、気さくで明るい人物のようだ。あの雷王とは大違いだ。

 

「美しいとは恐れ入ります。ただの旅の女でございます」

 

 沙那は顔をあげた。

 王太子の光は、歳は三十程度であろうか。

 優しく微笑む顔は、気性の穏やかさだけではなく、底知れない心の深さも感じさせる。

 ちょっと見ただけで、引き込まれるような人物だ。

 このような人間もいたのかと、沙那は感心していた。

 

「俺の顔になにかついているか、紗希殿?」

 

 王太子が微笑んだ。

 沙那は、思わずじっと見つめてしまったことについて赤面した。

 

「申し訳ありません。その、つい……」

 

「責めておるのではない。あなたのような綺麗な女性に、じっと見られるのも悪いものではない」

 

 王太子は笑った。

 沙那は、ますます、自分の頬が熱くなるのを感じた。

 いったい、なにをこんなに自分は動揺しているのか――。

 

「それにしても、見事な鹿だった。あれは、どうしたのだ、紗希殿?」

 

「仕留めました。女ですが、些かは武芸の嗜みもございます」

 

 沙那は言った。

 

「確かに見事な腕だった。俺も献上してくれた鹿を見たが、眉間にただの一矢だった。あれほどの腕は、王軍にもおらんだろう。お前に仕官の望みがあれば、すぐにでも将校としてとりたてるが、紗希殿?」

 

「驚きました。素性のわからぬただの女をいきなり、王軍に採用するのですか?」

 

「これでも、人を見る眼はある。もっとも、さすがに正式の王軍にいきなりというわけにはいかん。当面は、俺の私軍の扱いである一隊に所属ということになるだろう。そこでしばらく働いてもらい、功績によって正式に王軍ということになる。どうだ?」

 

 沙那はおかしくなった。

 ここで、承諾すれば、あの変態巫女の供という立場から離れて、この烏鶏国王軍の将校という人生が始まるのだろう。

 この聡明そうな王太子に仕えるのは、あの始終騒動ばかり起こす敵だらけの変態巫女に仕えるよりは、余程に充実した人生だろう。

 

「有難すぎるお話ですが、わたしには分の過ぎる任のようです」

 

「そうか。残念だ。だが、俺は本気だ。気が向いたら、いつでも王太子府を訪ねてくれ、沙那(さな)

 

 王太子はそう言うと、にやりと笑った。

 沙那は驚いた。

 

「な、なぜ……?」

 

 なぜ、沙那という本名を知っていたのだと言おうとして、うまく言葉が出なかった。

 微笑んだままの王太子がさらに言葉を継ぐ。

 

「すぐにわかった。天教教団からの手配書には、宝玄仙だけではなく、三人の供の人相書きもあるのでな。天教教団から手配されている宝玄仙の供の沙那であろう? もっとも、本物は似顔絵以上の美人であるな。手配書は回っているが、気にも留めていなかった。しかし、美女四人の似顔絵は、嫌でも眼を引く。記憶にはあった」

 

「わたしたちの手配書も?」

 

 名前程度については、手配の可能性は十分に予想していたが、宝玄仙だけではなく、供の自分たちまで似顔絵が出回っているとは予想していなかった。

 天教教団はそこまでやっているのだ。

 

「そう、身構えるな、沙那。ここにいる四人の護衛は、俺の分身も同様だ。それに、俺にもそれなりの情報網はある。あなたらが同情すべき立場でもあるということは知っている。確かに、わが国は天教とはよい関係を持っているが、すべて、天教のいいなりというわけでもないのだ」

 

「……わたしが、教団に手配されている宝玄仙の供であるということを承知で、わたしの目通りを許したのですか?」

 

 沙那は警戒しながら言った。

 それなら、ここで逮捕されてもおかしくはない。

 だが、この王太子には、そのような雰囲気はない。

 感じるのは、大らかな穏やかさだ。

 もっとも、決して油断しているというわけでもない。

 ちょっとした仕草だけで、沙那には、王太子がかなりの武芸の持ち主であることもわかる。

 

「今日ここに、いまの事態を打開してくれる人物が訪れると予言をした者がいる。それが、宝玄仙に関与する者とまでは思わなかった」

 

「いまの事態とは?」

 

 沙那は言った。

 

「詳しい事情は知る必要はない。お前たちにやって欲しいことは、ひどく単純なことだ。だが、その前に、これを装着してもらう」

 

 四人の護衛のうち、もっとも王太子の近くにいた者が、沙那の前に小さな台を置いた。

 その上には、白い金属の輪がある。

 片側が大きく開いているが閉じれば輪になる。

 なんらかの霊具であるのは明白だ。

 

「察しの通り、それは霊具だ。それを自分の首に嵌めてもらう。霊具が使えるあなたにはできるだろう。もっとも、一度、装着をすれば、特殊な解除の言葉を暗唱しなければ外れない。おそらく、宝玄仙にも無理であろう。無理に別の術を込めようとすれば、その首輪の中に充満している火薬が爆発する」

 

「ば、爆発?」

 

「それを嵌めてもらう。それくらいの脅迫をしなければ、俺は安心して話ができない」

 

「嫌だと言ったら?」

 

 沙那は王太子を睨んだ。

 

「ここにいる一隊を宝林道館に差し向ける。さしずめ、宝玄仙は、そこにいるのだろう? ここには、千人ほどの兵がいる。ただの兵ではない。俺が鍛えた精鋭たちだ。並みの軍の一万にも匹敵する」

 

 この王太子の軍が精鋭であることは、この陣幕にやってくるまでにわかった。

 王太子の護衛の立ち振る舞いひとつだけでも違う。

 彼らもまた、かなりの手練れだ。

 

 もっとも、沙那に霊具の首輪を持ってきたひとりだけは違う。

 そいつは、武芸の嗜みはない。その代わりに術遣いだ。沙那には、帯びている霊気を探知する力はないが、おそらく間違いないだろう。

 

「その前に教えてください。これをわたしの首に嵌めて、どうするのです?」

 

 そう言って、沙那は王太子の顔をじっと見る。

 得体の知れない首輪を巻いて、支配されるのはもう御免だ。

 そもそも、あの宝玄仙の供になったきっかけは、『服従の首輪』という支配霊具をうっかりと自分の首に嵌めるのを許したお陰なのだ。

 

「俺は、沙那にある仕事を依頼する。沙那が、こちらの申し出を拒否したり、これから俺が話すことを口外したりしなければ問題はない」

 

 王太子の表情に嘘はない。

 沙那の勘がそう告げた。

 

「もしも、拒否すれば?」

 

「その首輪が爆発する。大した薬量ではないが、あなたの首と胴が離れるには十分な量のはずだ」

 

 沙那は、首輪を手に取った。

 

「その依頼というのは、この首輪をするまでは伝えてもらえないのですね?」

 

「その通りだ。ついでに言えば、仕事に失敗しても、俺は、その首輪を発動させるつもりだ」

 

 沙那は、諦めてその首輪を自分の首に嵌める。

 がちゃりという金属音がした。

 

「それで、なにを依頼するというのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「なかなかの度胸だな。やはり、部下になることは考えておいてくれないか? それはさておき、お前たちが、宝林道館に寝泊りしているのはわかっている。昨日の夕方前に、何者かがその山寺に入っていったということの報告を受けている――」

 

「えっ?」

 

「なにを驚いている、沙那? あの教団の施設から神官たちを撤退させたのは俺だ。幽体騒動があったのはちょうどよかった。無人にした寺院でゆっくりと探し物をするつもりだったからだ。だから、人を配置して見張らせていた」

 

「見張りとは……建物内に……?」

 

 見張られてたのは構わないが、かなり恥ずかしい恥態を晒している。

 見られてたとすれば、恥ずかし過ぎる。

 

「いや、外からだ。だが、予言によれば、それでは探し物は見つからんらしい。その予言が告げるには、探し物を手に入れるには、今日、ここにやって来る訪問者に依頼するのが一番いいらしい。それで、俺は探しているものを手に入れることができる。半信半疑だったが、本当に、訪問者はやってきた。それがお前だ、沙那」

 

「なるほど、それでは、わたしたちが手に入れる物というのは、あの宝林道館にあるのですね?」

 

 沙那は言った。

 

「そうだ。探して欲しいのは白玉の珪という王家に伝わる秘宝だ」

 

 王太子は言った。

 沙那はびっくりした。

 その白玉の珪という王家の秘宝は、いま、沙那の服の下に隠している。

 

「どうした、沙那?」

 

 王太子も沙那の動揺を察したようだ。

 

「なんでもありません。それよりも、その白玉の珪という秘宝が、その宝林道館に存在し、あなたはそれを欲しがっているのであれば、なぜ、ご自分でそれをやらないのです、王太子殿下?」

 

「実は、教団に潜り込ませた手の者を使って何度かやらせたが、探し出すことはできなかった。そのうちに、幽霊騒動が起こったものだから、手が出せなくなったのだ。もっとも、その幽霊騒動も役に立った。理由をつけて、神官の連中を追い出すことができた。お前たちは、昨夜、宝林道館に寝泊りしたようだが、幽霊騒ぎはなかったか?」

 

 なかったどころじゃない。

 出現した雷王の幽体は、朱姫に乗り移って、宝玄仙を相手にやりたい放題だ。

 今頃だって、宝玄仙と孫空女は、その雷王にどんな目に遭わされているかわからない。

 

「立ち去った僧侶どもの荷は徹底的に探したがなかった。だから、必ず道館のどこかにある。それで、ゆっくりと探すつもりだったが、俺の使っている予言者が、もっと確かなやり方があるというのでな。見知らぬ者に大事を託すのは不本意ではあるが、それがもっとも確かなやり方だというのだ」

 

「予言……ですか? しかも、わたし……」

 

 予言など信じられないが、そういう魔道もあるのだろう。

 そういえば、お蘭も予言の魔道を持っていた。

 いずれにせよ、予言は当たっている。

 沙那は、いま白玉の佳を持っている。

 

「だが、その王家の秘宝は大事なものなのでな。俺としても、それを赤の他人に託すのは不安すぎて、首輪の爆薬で脅迫くらいしなければ信用はできんのだ。悪く思うな」

 

 沙那は、首輪に手を振れた。

 確かに頑丈な造りだ。

 触ってみる限り、鍵穴のようなものはないから、道術でなければ外れないだろう。

 

 どうやら、王太子は予言ができる者を使っているようだ。

 それで、昨夜の雷王の言葉から思いつくものがあった。

 もともと、雷王を殺して入れ替わった青獅子(あおじし)は、雨乞いをして宮廷に地位を得たと言った。

 だが、宝玄仙は、雨を降らせるような術は存在しないも言った。

 そうだとすれば、合理的な説明はひとつしかない。

 それで、かまをかけてみることにした。

 

「……その予言のできる者というのは、青獅子という妖魔のことですか?」

 

 すると今度は王太子の顔色が変わった。

 

「お前たち三人は幕の外に出よ」

 

 王太子が言った。

 残ったのは、王太子と沙那、そして、術遣いらしい護衛ひとりだ。

 

「お前は、青獅子について、なにを知っている、沙那」

 

 王太子が沙那に近づき、小さな声で言った。

 

「大したことは知りません。三年前の日照りの被害のとき、雨を降らせることができると言って、その妖魔は人間に化けてやってきた。だが、その妖魔は、雨を降らせることができたのではなく、予言の力により、これから雨が降るのを知っていただけだった。それに合わせて、雨乞いの儀式の真似事をしただけ……。そして、うまく国王に近づくことができた青獅子は、宝林道館で本物の王を殺し、王に成りすました……」

 

 王太子の顔が真っ赤になり、その手が腰の剣に触れた。

 その瞬間、沙那は悟った。

 王太子は、その青獅子が本物の王が入れ替わったことを知っているのだ。

 そして、それを隠そうとしている。

 

 ここに来る前に、雷王に言われいたとは大きく異なる。

 雷王は、真実を王太子の光が知れば、偽王を廃して追放するだろうと言っていた。

 そして、本来の王である雷王をしかるべき扱いをするに違いないとも。

 だが、それは違う。

 操られているかどうかまではわからないが、王太子は、あの雷王殺しに加担している。

 

「殺しては、なりませんよ、殿下」

 

 声をかけたのは、ひとりだけ残っていた護衛だ。

 ほかの三人が去り、彼だけ残ったのを考えても、彼が特別な存在であることはわかる。

 

「しかし」

 

 王太子の手は剣に触れたままだ。

 

「なりません。ご忠告申しあげたはずです。彼女たちが、すべてを解決してくれると」

 

「だが、想像以上に知り過ぎている」

 

 王太子はじっと沙那を睨んでいた。

 沙那もじっと睨み返す。

 もう達観していた。

 ここで暴れても、一切が無駄だ。千人の精鋭に囲まれている場所で、王太子が沙那を殺そうと思えば、沙那は逃れようがない。

 

「沙那殿に、なぜ、それを知っているか訊ねるべきです、殿下」

 

 護衛が言った。

 その言葉で、王太子の顔が冷静さを取り戻す。

 そのやり取りで、その護衛と王太子が単純な主従の関係ではないことがわかる。

 

「その前に教えてくれない? あなたはなに者?」

 

 沙那は、護衛に言った。

 

「私のことは、私の質問に沙那殿に答えてもらってから教えます。それよりも、あなたは、いまの王座にいるのが、青獅子という偽者であることをどうして知っているのです、沙那殿?」

 

 護衛が言った。

 

「本人に聞いたからよ、誰かさん」

 

 沙那は言った。

 

「本人?」

 

「雷王陛下よ。幽体になって宝林道館を彷徨っているわ」

 

「陛下が幽体に?」

 

 声をあげたのは、王太子だ。

 

「やはり、そうでしたか。よもやとも思いました。だからこそ、妙な噂が流れる前に宝林道館から人間を急ぎ退館させたのです。幽体の王は、少しずつ力を蓄え、ついに、現世に出現するまでの能力を身に着けることができたのですね」

 

 護衛の声は落ち着き払っている。

 

「雷王陛下の幽体と会ったのか、お前は?」

 

 王太子が沙那に言った。

 

「いまもおられます、殿下。わたしは、その雷王陛下に命じられてきたのです。王太子殿下に、いまの玉座にいるのが、偽王であることを伝えよと」

 

 命じられるとよりは、実際には脅迫だ。

 失敗すれば、憑依している朱姫は殺すと言われている。

 

「そういうことであれば、この沙那殿を殺してもなにもなりません。王は、これからは、他の者にそれを伝えることができます。いずれ、噂は避けられないものになります」

 

 護衛が言った。

 王太子は、椅子に座り直して腕組みをした。

 

「ところで、あなたは誰なの?」

 

 沙那は護衛に言った。

 

「私は青獅子です。妖魔ですが、この王太子の光殿に見出されて、この国の危機を救うために力を貸しています」

 

「青獅子ですって?」

 

 沙那は驚いた。

 雷王の話が真実であれば、青獅子は、偽王となり、雷王の振りをして王座に座っているはずだ。

 

「青獅子、お前は」

 

 王太子が叱咤の声をあげた。

 

「よいのです、殿下。私の千里眼が告げるのです。いまは、この沙那殿に真実を告げて協力を求めることがもっともよい選択だと思います」

 

「お前の千里眼を疑ったことはないがな」

 

 王太子が嘆息した。

 

「そんなはずはないわ。青獅子という妖魔は、玉座にいるはずよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「普段はそうしています。しかし、今日は重要な出会いがあると卦に出ていましたので、こうやって、こっそりとついてきたのです」

 

「ええっ?」

 

「幽体の雷王に会ったのなら、青獅子は変身の名人だと言いませんでしたか、沙那殿?」

 

 青獅子はそう言って、沙那そっくりの姿に変わった。

 あっという間に、眼の前の護衛が自分そっくりの姿になったのを見て、沙那は驚いた。

 そして、次に、その沙那の姿が、ひと際身体の大きな王冠をつけた男に変わる。

 会ったことはないが、それが本来の雷王の姿のだろう。

 また、最初の護衛の姿になる。

 

「自在に、誰にでも、変身をする術と千里眼……。それが、この青獅子の術です。それをお認めになった王太子殿が、妖魔の私を部下にとお求めになったのです」

 

 青獅子は言った。

 沙那は、呆気にとられていた。

 

「ところで、あなたは、もう戻るべきです。私の千里眼によれば、宝玄仙殿は、惨い目に遭っていると出ています」

 

 沙那はびっくりして立ちあがった。



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96  無惨絵図

「おっ、おっ、おおっ、おおおおおっ」

 

 宝玄仙の股間にあった朱姫の顔が吠えた。

 それだけでなく、全身を弓なりにして、がくがくと震えながら、女の股間から愛液を噴き出している。

 かなり深い女の絶頂だ。

 しかも、いまは男の側からも、精を出させた。

 宝玄仙はそれを口で受けとめている。

 女として快感を極めるなど、雷王には経験がなかっだろう。

 人によって異なるが、女の快感は、男の十倍とも、百倍とも言われている。そこに、男の快感まで重ねてやったのだ。

 案の定、気絶してしまったらしく、雷王の憑依した朱姫は、脱力して、寝息をたてだした。

 ざまあみろ――。

 

 まあ、宝玄仙の本気の技にかかれば、こんなものだ。

 寝台に横になっている朱姫の股間には宝玄仙の顔、宝玄仙の股間には朱姫の顔があり、ふたりで上下を逆にして攻撃し合っているが、一方的に責めているのは宝玄仙ばかりだ。

 

 雷王が乗り移っている朱姫には、雷王のものである男根がそそり勃っているが、朱姫のものである女の部分もある。

 宝玄仙の自慢の舌技で、徹底的に女の部分に刺激をしてやった。

 ご丁寧にも、男根があっても、朱姫の身体には、ちゃんと肉芽まで残っている。

 そこを舌で皮を剥き、何度も焦らしまくって、快感を一気に解放した。

 すると、受けたことのない女としての愉悦に雷王である朱姫は悶絶して果てた。

 それを三回ほど続けてから、最後は男根からも精液を吸い取った。

 男女の快感の同時解放だ。

 それで、やっと雷王は意識を手放したようだ。

 

「ははは、ざ、ざまあみろ………。はあ、はあ……」

 

 宝玄仙は、口の中の大量の精液を処理してから、男根から口を離して呟いた。

 そもそも、一回の射精の量が多いんだよ、こいつ──。

 もう一度、朱姫を見る。

 ちゃんと、気を失っている。

 宝玄仙は、とりあえずほっとして、汗まみれで横たわる朱姫の身体から降りた。

 次いで、首にある首輪を外そうとした。

 元々は、あのお蘭が作ったものであり、宝玄仙の道術を封じる『道術封じの首輪』だ。

 

 だが、やはりどうしても駄目だ。

 やっぱり、自分では外れない。

 そういう仕掛けになっているのだ。

 孫空女なら外せるだろうが、孫空女は、いまは、井戸の中にあるはずの雷王の遺体を探しにいかせている。

 取りあえず、このまま戻ってくるのを待つしかないか……。

 できるのは、孫空女の仕事が終わるまで、こうやって雷王を見張っていることくらいだ。

 

 宝玄仙は、そっと自分の肉芽を手で触れた。

 まだ、しくしくと痛むが、耐えきれない程ではない。

 肉芽の根元を糸で結ばれて、爪先立ちで立つ孫空女の両手首に繋がれた時間は二刻(約二時間)ほどだった。

 孫空女は見事に耐え抜き、足元に全身から吹き出た汗と股間から滴り落ちた愛液の水溜りを作りながらも、宝玄仙を傷つけまいと体力と気力のすべてを使ってくれた。

 そして、やっと戻ってきた雷王に、宝玄仙はしなだれかかり、情愛たっぷりの仕草と声で擦り寄った。

 雷王は歓び、宝玄仙を拘束していた縄を解き、孫空女を解放した。

 すぐに、孫空女は部屋を立ち去った。

 指示した通りだ。

 

 孫空女に指示したのは、この寺院のどこか、おそらく、雷王が落とされて死んだ井戸の中に、雷王の死体があるはずだから、とにかく、それを拾って来いということだ。

 雷王の死体があれば、お蘭から伝授されている『魂の欠片』の術式で、あいつを復活できるはずだ。

 そのときには、雷王の魂は幽体をやめて、本物の身体に移動する。

 すなわち、朱姫の身体から出ていくということだ。

 宝玄仙は、孫空女が屍骸の捜索をしているあいだ、雷王を足止めする役目を引き受けた。

 そして、やっと性技を駆使して、気絶させることに成功したというわけだ。

 

 今頃は、孫空女は井戸に潜り、雷王の屍体を探しているはずだ。

 とにかく、それが捜し終えれば、あとは、沙那が戻るのを待ち、持っていった白玉の(たま)を使って『復活の儀』を行う。

 それだけだ。

 

 そのときだった。

 いきなり宝玄仙の腕が力強く掴まれた。

 

「あ、ああ、起きたのかい、雷王……」

 

 もう目が覚めたのか……。

 回復の速さは幽体ならではだろう。

 宝玄仙は内心で舌打ちした。

 

「奉仕をするよ。また、精をおくれ」

 

 もう一度、朱姫の股に屈みこみ、力を失ってだらりとなっている朱姫の股間の男根を口に含んだ。

 それにしても大きな男根だ。

 小さめの宝玄仙の口では、精一杯開けてやっと歯を当てずに頬張ることができるほどだ。

 正直に言えば、こんなものを受け入れるのは、口であろうと膣であろうと拷問に感じる。

 

「おお……。気持ちいいのう……」

 

 すぐに、雷王の巨根が宝玄仙の口の中で男根が元気を取り戻す。

 圧迫される喉による嗚咽を耐えながら、宝玄仙は懸命に奉仕する。

 

「な、なかなかの技だな……。余が玉座に戻った暁には、お前を後宮に入れてやろう……。おっ、おおっ」

 

 幽体になりながらも、まだ王に戻るつもりがあるのかと呆れながら、宝玄仙は、たっぷりと唾液を絡めた舌で亀頭の部分をしゃぶる。

 精液の味が濃くなり、先端の震えが大きくなるのを待って、すっと口から離す。

 

「ほおお……」

 

 朱姫の中の雷王が切なそうな声をあげた。

 雷王は、射精ぎりぎりのところで刺激をとめられたはずだ。

 宝玄仙は、その唾液とあふれ汁でまみれた男根の先を指でなぞった。

 

「あうっ……」

 

 また、雷王が震えた声を発する。

 その身体に静かに、雷王が入っている朱姫の身体を宝玄仙の体重をかけて横たえた。

 また、一物をまさぐっていた指を、今度は朱姫の女の秘所の部分に動かす。

 そこは溢れんばかりの淫液でまみれていた。

 指で朱姫の淫液で包む。

 

「あっ、ああっ、あああっ」

 

 雷横が女のような嬌声をあげだす。

 やはり、女側の快感は強烈なのだろう。

 しばらくすると、朱姫の身体が震えだした。

 指で朱姫の淫液を男根にも伸ばしていく。

 さらに、朱姫の乳首に口を当てて吸う。

 朱姫の身体の震えが大きくなる。

 

 そろそろだろう――。

 宝玄仙は、身体を起こして、朱姫の股間から生えている男根に自分の膣を当てた。

 ゆっくりと身体を沈めていく。

 

「んふっ」

 

 雷横の巨根に上から跨りながら、宝玄仙は息を吐いた。

 さすがにきついのだ。

 それでも股の力を抜いて、その巨根を受け入れていく。

 もちろん、宝玄仙の肉襞で刺激するのを忘れない。

 そして、上から律動を開始した。

 股の力で雷王の男根を搾りあげる。

 

「くっ、おおっ」

 

 雷横が声を出した。

 こいつが達しそうになったのがわかる。

 しかし、まだ、ここではいかさない。

 そのまま宝玄仙で包んだまま、しばらく待つ。

 すると、少し、雷王の息が余裕を取り戻す。

 それを待ち、宝玄仙は再び律動を始める。

 そもそも、まだ宝玄仙の最奥まで、巨根の先が到達していない。

 宝玄仙は、抽送を続けさせながら、だんだんと奥に奥にと、雷王の男根を咥えていく。

 

「んくっ」

 

 宝玄仙はぶるりと身体を震わせてしまった。

 やっと、雷王の亀頭が子宮の先端まで到達したのだ。

 少しつらい……。

 もう少し淫液を増やして、潤滑を……。

 宝玄仙は、自分の子宮の入り口近くにのある気持ちのいい部分に、男根の先端を誘導する。

 そこで突く──。

 

「あああっ、いいっ」

 

 自分が作り出した刺激で宝玄仙は声をあげた。

 自分の肉襞が一斉に淫液を迸らせたのがわかる。

 巨根を受け入れている膣襞は滑らかさを取り戻し、上下運動が楽になる。

 

 そうなれば宝玄仙の思うままだ。

 膣全体で男根に奉仕しながら、朱姫の女の部分にも背中から手を伸ばして愛撫する。

 男性の部分と女性の部分を同時に刺激していく。

 

「おごおおおおっ」

 

 朱姫の口から獣の声が迸る。

 一気に射精と絶頂を同時にさせた。

 宝玄仙の子宮にも、大量の雷王の精が放たれたのがわかった。

 雷横がぴくぴくと痙攣のような反応を示したかと思うと、がっくりと脱力した。

 

「ふう……」

 

 今度こそ、ぐったりと果てた朱姫の身体の上で、ぐったり宝玄仙は身体を倒れさせた。

 そろそろ、宝玄仙の身体自体がつらくなってきた。

 孫空女はまだだろうか――。

 宝玄仙は深く息を吐いた。

 

「……さてと、随分と愉しかったが、そろそろ、なにを企んでいるのか話してもらおうかな、宝玄仙」

 

 雷王の声──。

 宝玄仙はびくりと身体を震わせてしまった。

 ふと気が付くと、朱姫の眼が大きく開いている。

 こいつ、どこまで絶倫なんだ……。

 宝玄仙は息を呑んだ。

 

「お前がなにかを隠しているのは、とっくにわかっていた。このまま、奉仕を受け続けてもよいが、次は余の番だな。隠していることを語ってもらうか……。だが、すぐに喋らなくてもいいぞ。拷問というものは、長くやればやるほど愉しいのだ」

 

 宝玄仙の腕が強引に背中に回された。

 朱姫の目が暴力的な色を帯びている。

 背に冷たい汗を感じた──。

 

 

 *

 

 

「うわあ、気味悪い──」

 

 孫空女は、ずぶ濡れの身体を井戸から這いあがらせると、取りあえず、背中に縄で結わえていた雷王の遺体を本堂の縁の下に隠す。

 完全に骨になっていたが、頭蓋骨に残っていた王冠が、紛れもない雷王の骨であることを物語っていた。

 

 とにかく、宝玄仙が時間を稼いでいるあいだに、戻らなければならない。

 孫空女は、裸の身体で駆けて、宿棟に向かった。

 

 しかし、途中で立ちすくんだ。

 

 なにかを叩く音。

 鞭の音だ。そして、呻き声。

 慌てて、音の方向に向かった。

 宿棟の裏の庭で、後手に縛られた宝玄仙が乗馬鞭で追い立てられて、悲鳴をあげていいる。

 宝玄仙の両腕は背中に回して縛られていて、さらに首に回した縄が膝を束ねた縄で繋がっている。

 首と膝を繋げる縄はひどく短いので、宝玄仙は極端な前屈みでお尻を高くあげたような格好で歩かされているのだ。

 その尻には無数の傷跡があり、皮が破けて滴る血が宝玄仙の真っ白い肌と地面に散っている。

 

 それだけじゃない。

 身体中に殴られたり、蹴られたりしたような痣がある。

 顔だって、鼻血で血だらけだし、あちこちが腫れて、凄いことになっていた。

 かなりの惨い目に遭ったということがひと目でわかる。

 

「いぎゃあああ──。も、もうやめておくれ──」

 

 朱姫の持つ鞭が振りおろされ、宝玄仙の前屈みの乳首の先端に当たって、血を吹き出させたのだ。

 

「とまるからだ──。それに、遅すぎる。余は走れと言っておるのだ。誰がよちよち歩けと言っておる」

 

 朱姫の腕が宝玄仙の顔面に飛んだ。

 

「ひぎいぃぃいぃ」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげながら、ごろごろと横倒しに地面を転がる。

 それを雷王が追っていく。

 

「また、勝手に倒れおって、本当に堪えようのない女だ。立たんかあっ」

 

 朱姫が宝玄仙を蹴りあげ、朱姫の足が宝玄仙の傷だらけの尻に喰い込んだ。

 

「ぶぎいいっ」

 

 宝玄仙の眼が見開くとともに、鼻と口から同時にまとまった血を噴き出した。 

 それでも、起きあがろうともがくが、力が入らなくて、できないようだ。

 

「立て──。立たんか──。立たん限り、いつまでも蹴られるぞ」

 

 その宝玄仙に朱姫の蹴りが二度、三度と加えられる。

 朱姫の中の雷王は愉しそうに笑っている。

 笑いながら、宝玄仙の顔を蹴っているのだ。

 ついには、顔面に加えられた蹴りで、宝玄仙の品のいい鼻が曲がり、そこから、またもや、大量の血が噴き出した。

 

「ご、ご主人様――」

 

 孫空女は絶叫して走った。

 そして、宝玄仙の前に身体を入れる。

 

「おや? 孫空女じゃないか。この宝玄仙は、お前は逃げたと言ったが?」

 

 朱姫の口がそう言った。

 

「に、逃げるもんか。ちょっとした、用足しだよ。それよりも、なんてことするんだい」

 

 宝玄仙の顔は涙と鼻水と血と泥でくしょぐしょだ。

 蹴りを受けた顔面が変形している。

 全身の傷と痣は惨たらしく宝玄仙の裸身を覆っていて、あの美しい宝玄仙とは信じられない無残な姿だ。

 

「なに、お前を逃がしたと言ったから、罰を与えていたところだ。まあ、確かに、少しやり過ぎたかもしれんな。いずれにしても、こんなにも顔が崩れてしまっては、もう、こいつには興味もなくなった。次は、お前が余の相手をせい、孫空女」

 

 朱姫の中の雷王が言った。

 

「じょ、冗談じゃない。もう、我慢できない」

 

 孫悟空は、宝玄仙の首の『道術封じの首輪』を外そうとした。

 

「それに触るな。一瞬で朱姫は死ぬ。逆らってもいいのか、孫空女? 朱姫が死ぬぞ。この半妖の娘が死んでも、余は困らぬ」

 

 朱姫の声がかけられる。

 孫空女の手は、宝玄仙の首輪の寸前でとまる。

 

「くそうっ」

 

 孫空女は、地面に拳を叩きつけた。

 

「お、お願いだよ、雷王。ご主人様の道術をちょっとだけでいいから解放させてあげてよ。このままじゃ、ご主人様が死んじゃうよう。ご主人様は道術で自分の怪我をすぐに治せる。そうしたら、また首輪をすればいい。それだって、あんたが困ることはないじゃないか──。この通りだよ──」

 

 孫空女は跪いて地面にひれ伏すと、頭を地面に擦りつけた。

 全裸土下座だ。

 道術さえ遣えれば、『治療術』で宝玄仙は、自分の傷を治せる。

 しかし、このまま放っておけば、死んでしまうかもしれない。

 多分、顔面の骨が折れている。

 宝玄仙の鼻は曲がるだけではなく、その横側に赤黒い腫れが拡がっている。

 すると、朱姫の中の雷王が大笑いした。

 

「主人想いの供だな。よかろう。宝玄仙の縄を解いて、自分を縛れ。そうすれば、宝玄仙の首輪は余が外してやる」

 

「わ、わかった」

 

 孫空女は、地面に倒れ伏している宝玄仙の後手を解き、次に膝と首を結んでいる縄を取り去った。

 使ったのは、『魔縄』と呼ばれる霊具のようだ。

 この霊具は、軽く縛るだけで、自分では解くことのできない拘束を完了する。

 身体が動かす度に、宝玄仙は苦しそうに呻いたが、その眼も口も開かない。

 まずは、自分の両足首を束ねて縛る。

 次に両手にぐるぐる巻きに巻きつけた。

 一度、手首の間を通して、歯で引っ張る。

 この程度でも、この『魔縄』は外れない。

 

「やったよ」

 

 顔をあげた。

 

「まだだ。足首と手首を繋げ。できるだろう?」

 

 孫空女は、余った縄を足首を結んでいる縄に結ぶと、そのまま手首にも歯を使ってひと巻き結ぶ。

 これで、孫空女は両手と両足を束ねて動けなくなった。

 

「じゃあ、ご主人様の首輪を外してよ」

 

 地面に倒れたままの孫空女は言った。

 

「そうだな」

 

 朱姫の顔に残酷な笑みが浮かんだ。

 そして、宝玄仙に近寄ると、思い切り曲がっている鼻をぐりぐりと踏みつけた。

 

「ひぎいいぃっぃぃ」

 

 宝玄仙が喚き声をあげて暴れた。

 

「や、やめろよ――」

 

 孫空時は束ねた手足を激しく動かして叫んだ。

 しかし、自縛とはいえ、『魔縄』の拘束はびくともしない。

 

「気を失ったふりなどしおって、宝玄仙──。顔の壊れたお前には、もう興味はない。余の役に立ちそうのないお前など、そのまま死ね──」

 

 もう一度、雷王が宝玄仙を蹴る。

 宝玄仙がそれを避けようと手で顔を覆った。

 その動きは弱々しい。

 朱姫の足が無防備になった宝玄仙の下腹部に食い込んだ。

 

「おげええ」

 

 宝玄仙が嘔吐した。

 

「汚いのう」

 

 さらに蹴り──。

 

「やめろおおっ」

 

 孫空女は絶叫した。

 今度は、宝玄仙は失禁した。

 それでも、宝玄仙は失禁しながら逃げようと、懸命に這い動く。

 その背中を朱姫が踏みつけ、さらに、背後から宝玄仙の股間を二度、三度さらに蹴る。

 

「んげええ──」

 

 今度こそ、宝玄仙は動かなくなった。

 

「ご主人様あああっ」

 

 孫空女は泣き叫んだ。

 

「足が汚れたぞ。孫空女、舐めて、きれいにせい」

 

 孫空女の顔の前に、朱姫の履き物が突きつけられた。

 孫空女は首を横に振って、それを避けた。

 顔面に衝撃が走った。蹴られたのだとわかった。

 

「ひ、卑怯者――。嘘つき。それでも国王かよ。ご主人様を許すと言ったじゃないかよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 蹴られた頬がまだ傷む。

 

「王という者は、すべてが許されるのだ。不要であり、余の役に立たない者は処分する。ずっと、そうやってきたわ――。それより、舐めろ──。お前も、宝玄仙と同じように顔を壊されたいか?」

 

 また、履物のままの足が突きつけられる。

 その足先に、孫空女は力一杯噛みついた。

 

「い、痛いわ――」

 

 噛んでいる足が振りあげられた。

 それでも、離さない。

 履物を通して、朱姫の足に孫空女の歯が食い込んでいるのがわかる。

 反対側の足で蹴られるのに耐え、それでも口を開かなかった。

 最後には、鼻を押さえられて、強引に口を開けさせられた。

 

「き、き、貴様。こ、殺してやる──」

 

 怒りに震える朱姫の声が降りかかる。

 

「……ま、待ち……なさい……。わ、わたしを……最初に……殺しな、雷王……」

 

 孫空女は顔をあげた。

 いつの間にかそばまで這ってきていた宝玄仙が、朱姫の足首を両手で掴んでいる。

 顔面は血だらけだ。

 あの綺麗だった宝玄仙の顔が無残な姿になっている。

 

「おうおう、宝玄仙か。もう、お前は用済みだ。近寄るんじゃない。ここももういらん」

 

 朱姫の片手が宝玄仙の髪を掴んで引き上げた。

 そして、膝立ちさせた宝玄仙の股間に、掴んだ土を埋め込んだ。

 

「ひぎいいっ」

 

 宝玄仙が股間に乱暴に土を詰められる痛みに仰け反る。それを朱姫が投げ捨てた。

 

「ご主人様――」

 

 孫空女は叫んだ。

 それしかできることがないからだ。

 

 こんなやつ、王じゃない。

 そう思った。

 こんな雷王のような男が王であれば、死んでみんなほっとしているだろう。

 いや、実際には、死んだとは思っていないのだろう。青獅子とかいう妖魔がとって代わっているからだ。

 だが、いくら妖魔でもこいつよりはましだろう。

 こんな男が国王だというのは、それこそ最悪の事態だ。

 

「お、お前を……ふ、復活させる……。それで、王として……戻れる……」

 

 宝玄仙の弱々しい声が聞こえた。

 それで宝玄仙の顔に踏みおろされようとしていた朱姫の足が止まった。

 

「なんだと?」

 

「……お前を……復活できる……。こ、このままでは……、青獅子を追い出しても……、お前は、王には戻れない……。ここに縛りつけられた……幽体のままだ。それより、わたしが……儀式を行えば……生身の肉体に……戻れる……」

 

「嘘じゃないな、宝玄仙。助かりたいから口から出まかせを言っていないな?」

 

「本当だよ……。う、嘘じゃない。烏鶏(うけい)国の王に伝わる秘宝……。白玉の(たま)に眠る王の魂を死んだ肉体に刻み直す……。それで復活する……」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫はとまっている。

 身体の中の雷王がじっと考えているのだ。

 

「帰りました、雷王陛下……。そして、ご主人様……。ところで、これは、どういうことなのですか?」

 

 孫空女は、はっとして顔をあげた。

 沙那だ──。

 それだけじゃなく、ひとりの身なりのいい男と、その部下らしき兵ともにそこに跪いている。

 

 そして、沙那の顔は、怒りで真っ蒼だ。癇癪を耐えているようだけど、ぶるぶると身体を怒りで震わせている。

 目の前の光景に激怒してるのだ。

 孫空女にはわかった。

 

 いずれにしても、沙那が戻ってきたのだ。

 沙那は宝玄仙に駆け寄ると、宝玄仙を抱きかかえた。

 そして、宝玄仙の首輪に手を掛ける。

 

「待て、沙那──。その首輪に触れるな。余の中に眠っている朱姫を殺す──」

 

 朱姫の怒鳴り声がした。

 

「でも、このままでは、ご主人様が死んでしまいます。ご主人様が死ねば、朱姫も死ななければならない身体です。同じことです」

 

 沙那は、そう言い放つと、あっさりと首輪を外した。

 宝玄仙から、ほっとした声が漏れる。

 しばらくすると、孫空女の顔の痛みが引いてきた。

 宝玄仙が『治療術』で自分を治療しながら、孫空女の傷も治療してくれているのだと悟った。

 

「陛下なのですね……。お迎えにあがりました」

 

 沙那と一緒に来た男が言った。

 

(こう)王子か。言いたいことは山ほどあるし、余をこれほどまでに、待たせたのは、許すわけにはいかん。だが、いまはよく来た」

 

 朱姫の中の雷王が言う。

 光というのは、確か、雷王の言った出来のいい息子の王太子の名だ。

 沙那は、ここまで王太子を連れてくることに成功したのだと思った。

 

「沙那殿に教えられました……。雷王陛下は殺されて、いまの雷王は妖魔の変化の姿なのだと……。それで、すべて合点がいきました。あの王は、真実の王ではございません。沙那殿の言葉は、俺の疑念を納得させるのに十分でした……。重ねて、これまで偽王に気がつかなかったこの光の不孝をお許しください。申し訳ございませんでした」

 

 王太子が跪いたまま言った。

 

「……まあ、よかろう、光」

 

「俺の一隊をこの寺院の麓に展開させております。王には、一緒に戻って貰わねばなりません。王が復活し、その旗とともに、雷王がご帰還されれば、青獅子に抑えられている王軍もすぐに馳せ参じることでありましょう。これからの王権の奪回には、陛下のお身体が必要です」

 

 朱姫が頷き、そして、宝玄仙に視線を送る。

 

「余を復活できると言ったな、宝玄仙?」

 

「ああ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那に抱かれている宝玄仙は、もうかなり血色がよくなった。

 まだ顔に、血と泥がこびりついてはいるが、折られた顔の骨も鼻も戻っているようだ。

 

「では、やってもらおう」

 

 朱姫の中の雷王は、とても浮足立っているように感じた。



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97  幽霊王の復活

 宝林道館(ほうりんどうかん)に戻るあいだ、(こう)王子から、雷王(らいおう)という王は、粗暴を絵に描いたような男だと教えられていたので、沙那は心配はしていた。

 光王子は、実の父親である雷王に、欠片も親としての尊敬も感情に抱いていないようだった。

 それで、青獅子という変身術の得意な妖魔を組んで、雷王を排除した。

 これが、事件の真相だったのだ。

 

 しかし、その雷王が幽体として復活した。

 それは、光王子には計算外だったようだ。

 だから、調査をするために、まずは宝林道館から僧侶たちを退去させ、息のかかった者たちだけで、道館を調査しようと計画を進めていたのだそうだ。

 そこに、沙那たちが道館に入ってしまったというわけだったみたいだ。

 

 いずれにせよ、幽体となってしまった以上、そのままにしておくわけにはいかない。

 光王子は、沙那の案内で道館に一緒に向かってくれることになった。

 また、沙那は宝玄仙であれば、光王子の意に染まる対処が可能であり、幽体となった雷王の処置も可能だと説明した。

 光王子は、宝玄仙の名を知っていて、確かに、宝玄仙ならば、それが可能だろうということに納得した。

 青獅子も同意した。

 宝玄仙の道術については、人間族のみならず、妖魔の世界でもそれなりに鳴り響いているみたいだ。

 そして、道館の到着した。

 王太子は軍隊を下に留め、青獅子を含めた三人で、登ってきた宝林道館に入った。

 

 しかし、その光景は、沙那の想像を遥かに超えていた。

 宿棟の庭に四肢を束ねて全裸で転がっている孫空女──。

 そして、やはり、全裸の宝玄仙が、顔面が血だらけの半死半生の状態で横たわっていいる──。

 

 沙那はすぐに、宝玄仙の首に『道術封じの首輪』が装着されていることに気がついた。

 手酷い怪我をしている宝玄仙に駆け寄り、沙那は最初にそれを外した。

 

 また、王太子と雷王が話をしているあいだ、沙那は宝玄仙と孫空女を連れて、衣服を整えるために宿棟に戻った。

 こちら側のだいたいの事情も説明した。

 宝玄仙からは、幽体を消滅させるために、一度魂の欠片の施術をする必要があると教えられ、その準備を託すために、一度光王子のところに戻って説明をした。

 そして、再び、宝玄仙のところに戻って、いまに至っているというわけだ。

 

「わかったよ、沙那……。じゃあ、わたしのやり方でやらせてもらう」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかりました……。それにしても、孫女も大変だったわね」

 

「朱姫が復活したら、あいつの顔を見るたびに、あたしが頬を張り飛ばしはしないかと心配だよ」

 

「馬鹿ねえ、孫女。朱姫も被害者よ。身体を乗っ取られて、何度も心臓を止められそうになって……」

 

「でもさあ……」

 

「大丈夫だよ。お前たち。このわたしが、きっちりと落とし前はつけさせるから」

 

 宝玄仙が冷酷な笑みを浮かべた。

 沙那はぞっとした。

 

「とにかく、行くよ」

 

 衣装を整えた宝玄仙を先頭に、再び庭に出る。

 庭には、すでに蔡堂が整えられており、施術の準備が整えられていた。

 すなわち、白い布が敷かれて、その上に孫空女が井戸から引き揚げたという雷王の白骨死体が横たわっていた。

 横には、王太子の光とその部下に化けている青獅子、さらに、雷王が支配している朱姫がいる。

 

「始めるよ」

 

 光王子が白玉の(たま)を手に取って、屍体の前に跪く。

 狩場における謁見のあと、沙那は白玉の珪を光王子に渡していたのである。

 

「それにしても、この秘宝が実は、歴代の王を復活させるための魂のかけらを封じ込めていたとはのう」

 

 雷王が朱姫の口で言った。

 

「代々の王権の譲渡の中で、その知識が失われていたのでしょうね。そして、復活がで

きるのがわからぬまま、次の王が即位し、刻まれた王の魂は次の魂に入れ替わっていた……」

 

 光王子が呟くように言った。

 

「いくよ……。言っておくけど、この秘宝の魂の復活は一度だけだ。いま、それをやれば、もう、この珠が魂を歴代の王の魂を刻むことはない。ただの飾りになる―――。そういう宝具のようだ。それでも、いいね?」

 

「やってください、宝玄仙様」

 

 王太子の光が言った。

 

 すぐに、白骨死体が眩い光で包まれだした。

 長い時間が流れる。口を開く者は誰もいない。

 やがて、朱姫がふらりと倒れた。

 孫空女がそれを支えて、その身体を横にする。

 

 宝玄仙が深く息をした。

 もう終わったようだ。

 白骨だった眼の前の屍体は、いまや、生身を持った人間の身体になっている。

 雷王は人間として再び蘇ったのだ。

 その肉体の裸身を見て、沙那は苦笑した。

 宝玄仙らしいと思ったのだ。

 

 雷王であるその肉体が起きあがった。

 最初は、肉体を取り戻した悦びを示していたが、それは、一瞬だった。

 自分の身体を見下ろして、愕然としていた。

 信じられないという表情で、何度も自分の身体を触り、そして、険しい表情で宝玄仙を睨んだ。

 

「宝玄仙、どういうことだ、これは?」

 

 雷王が怒鳴った。

 だが、その声は少女の声そのものだ。

 雷王の身体は、朱姫と同じような少女の身体に作りかえられていた。

 その少女の身体が仰け反り、苦悶の悲鳴をあげた。

 

「いつまで、威張っているつもりだい。自分の立場をわきまえな。お前の身体はすでに骨だったんだ。その骨の損傷だって激しく、この宝玄仙だからこそ、復活させられたんだよ。ほとんど、一から肉体を造成するような作業だ。だから、このわたしが、一番恨みに思っている身体にしてやったよ。お前の名は、今日から“鳴智(なち)”だ。わかったかい、雷王」

 

「な、鳴智だと?」

 

 鳴智と呼ばれた雷王が怒りを顔に表した。

 その身体が、また絶叫とともに倒れた。

 

「立場をわきまえろと言っているだろう、鳴智。ついでだから、お前の身体にはわたしの内丹印を刻んでやったよ。それっ―――」

 

 “鳴智”がのたうち回る。

 

「じゃあ、この鳴智は、ご主人様が引き受けると思います、殿下。ご心配なさらずとも、殺すようなことまではしないと思います。仕返しするだけしたら、朱姫の『縛心術』で、雷王のときの記憶を消失させて放逐します」

 

 沙那は、王太子に頭を下げた。

 

「信用するべきです」

 

 すかさず、青獅子が横から言った。

 

「別にそのまま放逐してもらっても、殺してもらっても構いません。この姿では、こいつが王であったなど、誰も信用はせんでしょう。宝玄仙殿、王家を救ってくれて感謝します」

 

 光王子は言った。

 そして、青獅子に頷く。

 沙那の首にあった爆薬の詰まった首輪を青獅子は外した。

 

「王都に立ち寄って貰いたいが、王都には教団の眼も多い。俺が国王に即位しても、護りきれるとは約束できない。却って迷惑がかかる気がする。それほどに、天教の影響力は、この国では強いのだ。だが、数年待ってくれれば、俺は天教教団の影響を排除し、妖魔を受け入れることのできる社会を築くつもりだ。この青獅子の手も借りて」

 

「愉しみにしています、殿下」

 

 沙那は言った。

 

「光って言ったね、お前……」

 

 宝玄仙が光を振り返った。

 

「沙那から、だいたいの事情は聞いたけど、この宝玄仙にただ働きをさせるつもりはないだろうねえ? ここにはあと十日は滞在するよ。それまでに、今回の礼として、これまでの路銀の補填として金粒五袋。それから、新鮮な野菜と肉――。それに、葡萄酒もいるね。新しい服も欲しい。わたしのも、こいつらのもね。それだけ貰うよ」

 

「金粒と衣類は明日中に……。食べ物類は、ここにいるあいだは、毎日届けさせます、宝玄仙殿」

 

 王太子は微笑んだ。

 

「私が間違いなく手配します」

 

 青獅子が付け足した。

 

「ま、待て、どういうことだ、光? お前が王に即位するとか言わなかったか?」

 

 雷王だった鳴智が喚いた。

 こっちに詰め寄ろうとしたが、孫空女に蹴り戻される。

 

「言いましたよ、鳴智。もっと、早く即位の儀をするつもりでしたが、これがなかったので、できなかったのです。それで、仕方なく、青獅子を傀儡として、身代わりの王の役を演じさせていましたが、やっと、王権の印である白玉の珪が手に入りました。さっそく、雷王の死を公表して、即位式を行うつもりです」

 

 王太子は、白玉の珪を握っている。

 

「お、お前がやったことだったのか、すべて?」

 

 鳴智が叫んだ。

 

「鳴智であるあなたにこんなことを説明するつもりはありませんが、もう、お別れですし、どうせ、記憶を消失するのでしょうから言いましょう。そうです。すべては、俺のやったことです。あなたを殺させたのも、偽王を仕立てたのも――。すべて、この俺が権力を握るためです」

 

「そ、それでも、余の子か――? り、理由を言え、光」

 

「理由ですか? それは、あなたが、王として相応しくないからです。あの飢饉のとき、あんなにもお諫めしたのに、あなたは王家の食料庫のなにひとつも開かず、民を救おうとはしなかった。後宮だけではなく、宮廷でもどこでも、見境なく女を貪り、飽きては殺す。部下の扱いは惨く、少しでも逆らえば、有能な人材でも殺してしまう。ましてや、美貌の妻を後宮に入れたくて、その夫に罪を鳴らして処刑させたということもありましたね、雷王よ」

 

「そ、それは、王に許された権利なのだ――。よ、余は、この国の王だぞ」

 

「王とは民草のしもべであるべきです」

 

 王太子は言った。

 

「賢しげに戯言を言いおって。お前に書物を与えていたのは誤りだったわ。い、いや、お前にこんなことを吹き込んだのは、あの学者どもだな。連中の首を斬ってやる」

 

「あなたになにができるのです、鳴智よ。俺の不孝は、死んでから地獄で償いましょう。しかし、現世においては、信じているもののために生きるだけです」

 

 王太子は、まずは、宝玄仙、そして、沙那と孫空女に頭を下げて、麓に降りる階段に向かった。

 

「ちょ、ちょっと待て、光。待つんだ」

 

 雷王、いや、もう鳴智だ。

 鳴智が叫んだ。

 

「小うるさい娘だねえ。孫空女、後ろ手に縛ったら、首輪でもして連れておいで。たっぷりとふたりで調教してやろうじゃないか」

 

 宝玄仙が、鳴智を前にして言った。

 鳴智が文句を言ったが、また、宝玄仙が道術を送ったのか、絶叫して倒れる。

 

「首輪よりも面白いところがあるよ、ご主人様」

 

 鳴智を後ろ手に拘束しながら孫空女が言った。

 

「それはなにさ?」

 

「ご主人様が吊りあげられたところだよ。あたしの手に結んでさあ……。ひどい目にあったじゃないか。同じ目に遭わせてやろうよ……。ちょっとばかり、欲情させてくれれば、すぐに勃起すると思うから、あたしが根元に糸を結んでやる。さっき、戻った時、あの糸を持ってきたんだ」

 

 縛り終えた孫空女が、内袋から頑丈そうな糸をひと房、取り出した。

 

「面白いね。気に入ったよ」

 

 宝玄仙はそう言うと、なにかを口の中で呟いた。

 すると、鳴智がたちまちに官能に身体をくねらせはじめた。

 

 

 *

 

 

「コケコッコオオオ―――」

 

 立木に立姿で縛られた鳴智が叫んでいる。

 もう、数刻もああやって、鶏の声を叫ばされているから、すでに声は枯れている。

 それでも、孫空女は、少しでも声が小さくなれば、鳴智の肉芽の根元に結んだ糸をぐいぐいと引っ張る。

 それで、鳴智は、懸命に鶏の鳴きまねを絶叫している。

 

 その光景を日除けの大きな傘の下に卓と椅子を運ばせて座っている宝玄仙が満悦した表情で眺めている。

 沙那は、その横の椅子だ。

 また、朱姫は、宝玄仙の給仕をさせられていた。

 

「あ、あのう……、ご、ご主人様……」

 

 朱姫が腰をくねらせながら、何度目かの哀願の言葉を吐いた。

 

「動くんじゃないよ、朱姫。せっかくの葡萄酒がこぼれるじゃないか」

 

 朱姫は前に縛られた手で盆を持たされていた。

 盆の上には、宝玄仙が口にしている葡萄酒だ。

 宝玄仙は、それを口にしては、朱姫の持つ盆に戻す。

 盆の上には、水で冷やした果物の載った皿もある。

 葡萄酒の杯を卓の上ではなく、朱姫に持たせた盆に戻すのは、宝玄仙の嫌がらせだ。

 

 鳴智の叫ぶ鶏の声が響く。

 沙那は、横目であの少女の裸身を見る。

 どう見ても、朱姫と同じくらいの年齢の少女だ。

 宝玄仙の好きそうなかなりの美形だ。

 あれは、本当は、この国の元の国王で、幽体になっていたのを宝玄仙が復活させたときに、あの少女の姿にしたのだという。

 本当だろうかとも思ってしまう。

 

 それにしても……。

 沙那は嘆息した。

 

 あの鳴智は縄掛けされた全裸姿だが、朱姫のいまの格好は、むしろ全裸よりも恥ずかしい恰好だ。

 上半身は、王宮で働く侍女たちのようなきちんとした正装で、首には品のいい飾り布まで巻かされている。

 しかし、下半身はまったく剝き出しの全裸なのだ。

 

 そして、前手縛りだ。

 どうして、前手縛りにされたのかは、だんだんとわかってきた。

 つまりは、さっきから始まってきた疼きが朱姫を追いつめている。強要されているお尻の疼きの発作だ。

 しかし、前手に縛られた朱姫には、そこを触ることができない。

 だが、沙那にはわかる。

 宝玄仙の淫情の呪術は強烈だ。

 猛烈な疼きとむず痒さが襲い掛かり、狂うような焦燥に見舞われ続けるのだ。

 あの恐ろしいほどの快感への飢餓感の苦しさは、味わった者でなければわからない。

 

「……で、でも、そ、そろそろ、い、いつもの時間なんです……」

 

 朱姫は絶え絶えに言った。

 口にすると、意識してしまうので、疼きがさらに激しくなってくるのかもしれない。

 そして、自然に身体が震えるから、手に持っている盆が動く。

 だから、杯の葡萄酒の液面が揺れている。

 

「いつもの時間って、なんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙が、ひょいと果物を摘まんで口に入れた。

 もちろん、朱姫の持っている盆からだ。

 

「お前もどうだい、沙那?」

 

「い、いいえ、大丈夫です」

 

 沙那は、朱姫が気の毒で首を横に振る。

 今回のことは、朱姫に責任はない。

 切っ掛けとなった井戸の水の毒味だって、沙那が朱姫に指示してやらせたのだ。

 だが、そんなことを口にしようものなら、朱姫の横には、下半身だけを露出した沙那が並ぶことになるだけだ。

 だから、なにも言わないでいるが……。

 

「お、お尻です……。そろそろ、お尻で自慰をする時間なんです。あたしは、まだ、それをさせてもらっていません」

 

 ついに、朱姫は声をあげた。

 朱姫はこの宝玄仙によって日に三度尻で自慰をしなければ、全身が欲情してしまうように呪術を与えられている。

 それを施しているのは、朱姫の首に巻かれている革の首輪だ。

 首輪を外してもらえれば、朱姫もそんな醜態を晒さなくて済むのだが、この巫女は供になってすぐにそれを朱姫に装着して、ただの一度も外さない。

 お陰で、朱姫はどんなときでも一日に三回尻で自慰をしなければ、全身が発情してしまうのだ。

 さらに言えば、沙那だって、いまだに、股間と両乳首の根元に食い込んでいる女淫輪を外してもらえない。

 

「その尻穴をほじくって欲しいかい、朱姫?」

 

「は、はい――。ほ、ほじくってください。朱姫の尻の穴を――。お願いします、ご主人様」

 

「ふん、嫌だね。そのまま、明日まで尻を振ってな、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんなあ」

 

「なにが、そんなだよ。お前がこのわたしになにをやったか教えてやったろう。まず、その股間から生やした男根で、この宝玄仙を犯しまくり、次に、糸でわたしのお実を引っ張りあげて放置し、それから全身に鞭を加え、最後にこの宝玄仙の顔を蹴って、鼻ごと顔の骨を砕いたんだ」

 

「だ、だって、あたしの知らないことじゃないですか。何度も説明したように、あたしは、沙那姉さんと、この寺院に偵察に来て、井戸の水を舐めた時から意識がなかったんです。次に気がついたのは、さっきです」

 

 朱姫は泣き声をあげた。

 

「そうそう、裸踊りなんてのも、させられたね。股縄をしてね」

 

 宝玄仙は、顔を鳴智に向けたまま言った。

 また、鳴智の悲痛な鶏の鳴き真似は続いている。

 

「だって、だって、だって」

 

 朱姫は、もう涙が止まらくなったみたいだ。

 確かに、宝玄仙の怒りは当然なのだが、朱姫としても、どうしようもなかったろう。

 だが、この宝玄仙にかかっては、理屈は通用しない。

 沙那にはわかっている。

 

「ね、ねえ、ご、ご主人様……。だ、だったら、わたしに朱姫を責めさせてもらえませんか。たまには、わたしも、朱姫を苛めてみたいんです」

 

 沙那は言った。

 とりあえず、沙那は、それをすることで、朱姫の苦しみを救ってあげれないかと思ったのだ。

 この女法師の気まぐれに、乗せることができたならば、朱姫を助けられる。

 朱姫はが天の声でも聞いたように、ぱっと顔を輝かせた。

 

「黙ってな、沙那。お前の魂胆はわかっているよ」

 

 宝玄仙が、ぴしゃりと言う。

 朱姫はがっかりした表情になる。

 だが、その宝玄仙の頬に、すっと笑みが浮かんだ。

 

「……とはいうものの、朱姫に罪はないというのも事実だしね。じゃあ、沙那に免じて、救いの機会をやろう。いまは、ああやって、孫空女が、鳴智に鶏の鳴きまねをさせて遊んでいるが、あれよりも、面白い責めを考えついたら、沙那がお前の尻穴をほじくるのを許可してやるよ」

 

 朱姫がじっと鳴智を見た。

 沙那も目で追う。

 鳴智は、樹木に立木縛りをされていて、身動きできない状態だ。

 身体には、一糸もまとっていない。

 また、身体に身に着けているのは縄だけ。

 下は地面に直接に素足をつけている。

 朱姫がなにを思いつくのか……。

 

「あ、蟻の好きな液を鳴智の股間に塗って放置するとか……」

 

 朱姫が呟いた。

 宝玄仙の眼が見開かれる。

 どうやら、気に入ったようだ。

 

「さすがは、朱姫さ。それ、面白いよ」

 

 宝玄仙が葡萄酒の入っている杯を手に取る。

 その杯に宝玄仙の強い道術が加わったのが、沙那にもわかった。

 

「これを鳴智にかけといで、朱姫。蟻が好きな匂いの液体に変えておいた。それで、お前の懲らしめは勘弁してやろう」

 

 宝玄仙は、朱姫に道術を込めた葡萄酒の杯を渡すとともに、朱姫が持つ盆を卓の上に置くことを許した。

 朱姫は杯だけ持って、孫空女の責めている鳴智に近寄る。

 

「孫姉さん、交替です。ご主人様に言われました」

 

「ああ、任せるよ」

 

 孫空女が、鳴智の股間に繋がっている糸を離して、朱姫に渡す。

 

「お前のお陰で、酷い目に遭っているわよ、鳴智」

 

 朱姫がそう言いながら、鳴智の股間に杯の液体をかけたのが見えた。

 

「な、なにをする。や、やめんかあ」

 

 鳴智が喚く。

 声は女だが口調は男だ。

 さらに、朱姫はふたつの乳首にもかけている。

 蟻の好きな匂いの液体が鳴智の身体を伝わって、地面にも滴り落ちている。

 

 あっという間に、蟻が集まって、地面に黒い塊を作った。沙那は見ているだけでぞっとした。

 そこから続々と蟻が鳴智の身体を這いあがっていく。

 

「うわあああ、や、やめてくれええ、ひいいいい」

 

 鳴智が絶叫してもがき始めた。

 その鳴智の脚をどんどん大量の蟻が這いあがる。

 鳴智がさらに発狂したような声をあげた。

 もう鳴智の股間が蟻で真っ黒だ。

 朱姫は、鳴智から離れて、こっちに来る。

 

「あ、あの、ご主人様……」

 

 朱姫が卓に杯を戻しながら言った。

 一方で、鳴智の狂ったような悲鳴が辺りに響きわたる。

 

「ああ、いいよ。沙那」

 

 宝玄仙が沙那を見た。

 ほっとした。

 沙那は、朱姫を呼び寄せた。

 

「はい、ご主人様……。さあ、朱姫、こっちにおいで」

 

「ちょっと、待ったああっ」

 

 しかし、その朱姫の肩を孫空女ががっしりと掴んだ。

 沙那は、朱姫のお尻を責めようとした手をとめた。

 

「ねえ、朱姫――。ところで、お前、あたしのこと本当はどう思っている?」

 

「ど、どう思っているって……」

 

 不意にそんなことを言われても、朱姫も戸惑っている。

 沙那も困惑した。

 だから朱姫の肩に加わる孫空女の手の力が大きくなるのがわかった。

 

「強いだけの単純馬鹿だって思ってないかい、朱姫……?」

 

 孫空女が言った。

 朱姫は怪訝な表情になる。

 一方で、沙那はあのことかと思った。

 そう言えば、雷王が朱姫の中に入っているとき、朱姫の心を読んで、朱姫が孫空女をそんな風に評価していると口走ったのだ。

 もしかして、孫空女は、それを根に持っているのだろうか?

 

「そ、そんなことは、孫姉さん……」

 

 朱姫は否定しているが、明らかに顔がひきつっている。

 沙那はふたりの顔を見て苦笑した。

 孫空女も怒ってはないようだが、多少は朱姫に仕返ししたいみたいだ。

 まあ、沙那とは違い、孫空女も宝玄仙同様に、朱姫に入った雷王に散々に痛めつけられた。

 朱姫ではないといっても、理屈じゃないのかもしれない。

 まあ、孫空女なら、宝玄仙の責めよりもましなはずだ。

 沙那は、朱姫から身体を引いた。

 

「ご主人様、沙那……、悪いけど、朱姫を苛める役はあたしがやるよ」

 

 孫空女が言った。

 宝玄仙は笑っている。

 

「おいで、朱姫。尻を出すんだよ」

 

 孫空女が朱姫を前屈みにさせて、お尻を後ろに突き出させる。

 その尻に孫空女の手がかかる。

 

「単純馬鹿だけど、単純なりに、どうやって仕返しをするか考えたんだよ、朱姫」

 

 孫空女の指が朱姫の肛門に突き挿された。

 しかし、小指だ。

 これだと、それなりに快感が走るだろうが、刺激が小さいはずだ。

 むしろ、朱姫はかえって、淫情を拡大させてしまうんじゃないだろうか。

 そして、やはり朱姫が、腰をもじもじも動かしだす。

 

「そ、孫姉さん……、こ、これって……?」

 

 朱姫のお尻は物欲しそうに動いている。

 

「小指だよ。小指。でも、あたしの小指は小さいからね。こんなんじゃあ、朱姫はいけないかもしれないけど、一生懸命、そうやって、お尻を振り続ければ、いつかはいけるかもしれないよ」

 

 孫空女の強い力ががっしりと朱姫を掴んだ。

 

「ああっ……。そ、そんなあ……」

 

 小指は朱姫が求めている刺激としては、遥かに及ばないものしか与えないのだろう。

 朱姫が、なんとかして、そこから快楽をむしり取ろうと、懸命にその小指に臀襞を擦りつけはじめたのがわかった。

 

 

 

 

(第15話『幽霊王の依頼』終わり)






 *


【西遊記:36~39回、青獅子(幽体の王の依頼)】

 烏鶏(うけい)国の国都に近い宝林寺(ほうりんじ)にやって来た玄奘(三蔵法師)一行は、一夜の宿を求めようと考え、まずは玄奘のみが寺院を訪れて宿を乞います。
 しかし、玄奘の貧相な姿を蔑み、寺の者たちは玄奘を門前払いします。
 戻ってきた玄奘から、その顛末を聞いた孫悟空は激怒し、寺院に殴り込みをして制圧し、強引に玄奘を歓待させます。

 その夜、寺院に泊まっている玄奘の前に烏鶏国の国王の雷王(らいおう)と称する幽霊が現れ、国都にいる国王は青獅子という妖魔が化けている偽者であり、自分は青獅子に殺されたのだと語ります。
 そして、自分が本物である証拠として、国王に代々伝わっている「白玉の珪」という宝物を示して、玄奘に渡します。

 翌朝、玄奘は孫悟空に調査を指示するとともに、宝物を手渡します。
 孫悟空は、国都に赴いて王太子の光に会って宝物を見せます。王太子は、孫悟空の話を信じ、王が偽者であることを納得するとともに、孫悟空に助力を乞います。

 一方、寺院では、玄奘の命を受けた猪八戒が、井戸から本物の雷王の遺体を引き揚げることに成功し、さらに国都から戻った孫悟空が、仙薬で雷王を生き返らせることに成功します。

 雷王とともに、国都に戻った孫悟空は、王太子と協力して、国王の偽者である青獅子を退治して、王宮から追い出します。

 しかし、そこに文殊菩薩が現れ、実は一連の騒動は、かつて、貧僧に化けた文殊菩薩を雷王が水責めにした罰だったと教えられます。
 青獅子は、文殊菩薩に引き取られ、雷王も罪を許されることになります。


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 第16話   拷問奇談【黒夜叉(くろやしゃ)】~衛陽(えいよう)
98  訊問のための破壊拷問


 湧いて出たというのが印象だ。

 衝陽国(しょうようこく)とう小さな城郭都市だ。

 

 衣類や食料などを買い込むために、ひとりで城郭に入っていた沙那は、目的を果たして、城郭を出ようと、大通りを城門に向かって進んでいたところだった。

 

 そこで、いきなり大勢の兵に囲まれたのだ。

 その数は数百人くらいだろうか。

 前後はもちろん、両脇の建物も含めて、隙間なく兵が沙那を取り囲んでいる。

 いつの間にそうなったのか気がつかなかった。

 沙那は腰の細剣を抜いた。

 

 だが、大勢の兵の中には弓兵もいる。

 すでに包囲されてしまった以上、逃げるのは難しいかもしれない。

 

「逃げられやしないよ、沙那だろう、あんた?」

 

 正面の隊列から、片目に黒い眼帯をした黒い肌をした女将校が出てきた。

 この隊の指揮官だろう。

 

「人違いよ」

 

 沙那は細剣を握る手に力を込めた。

 

 宝玄仙とともに西域に向かう旅も、このところ厳しさを増し、諸王国の軍に追いかけ回されるということがずっと続いていた。

 だから、こういう城郭に入ることは、なるべく避けていたのだが、どうしても旅のために必要な衣類や保存食などを手に入れなければならない。

 それで、こうやって調達にやってきたのだ。

 

 東帝国の宮廷を通じて、諸王国の王宮に、天教教団の回した宝玄仙の手配書が出回っていることは知っている。

 だから、どこであろうと城郭に入るのは危険というのは承知していた。

 だが、この衝陽国は、国とはいっても、城郭がひとつの城郭国家だから、大した警備はないだろうと高をくくっていたのだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙とともに、孫空女と朱姫のふたりは、この城郭の郊外の山中に隠れさせている。

 そして、沙那がひとりで買い出しにやってきたのだ。

 

 手配されている宝玄仙はもちろん城郭には入れない。

 それで、誰かがこっそりと行くということになったが、背の高い孫空女はどうしても目立つ。

 武芸のできない朱姫は、ひとりでは危険だ。

 それで、沙那ということになった。

 だが、こうなってしまっては、沙那でも逃げるのはつらい。

 

「あんたらには、東帝国と天教教団から多額の賞金がかけられているわ。もの凄いわねえ……。あんたら四人の身柄を差し出すだけで、あの帝国と教団から、この衝陽国の一年分の国費に匹敵する財が支払われるのよ」

 

「人違いと言ってるでしょう。わたしは、烏鶏国(うけいこく)の者よ。賞金って、なんのこと?」

 

 沙那は叫んだ。

 だが、女将校は、沙那の言い分を聞く様子もない。

 手配書を見て、にやにやしている。

 

「……手配書には、無辜の女子供を数百人も殺したということになっているわ……。あたしは、そんな人間が嫌いなのよ。容赦しないからね」

 

 そんなことになっているのかと思った。

 もちろん、出鱈目だ。

 宝玄仙がやったのは、宝玄仙を罠に陥れ、二年もの間、言語を絶するような恥獄を味あわせ続けた闘勝仙、呂洞仙、漢離仙を復讐のために殺したことだ。

 宝玄仙は、八仙という天教教団の最高幹部だが、三人もまた八仙だった。

 それで教団は、西方巡礼にかこつけて帝都を逃亡した宝玄仙を殺すことを決めた。

 そして、東帝国を使い、その権威を通じて、現在の宝玄仙の行き先である諸王国に、宝玄仙の捕縛依頼を出している。

 捕縛の目的が、帝都に護送する途中で、宝玄仙を殺すことにあるのは間違いない。

 それで、こんな風に軍に追われることが日常になってしまっていた。

 この衝陽国でも同じだ。

 

「知らないわ。人違いよ――。あっ、そうだ。烏鶏(うけい)国の発行した証明書があるわ」

 

 沙那は、荷物から烏鶏国から貰った身分証明書と旅行証明書の書類を出して、女隊長に向かって歩き出した。

 あわよくば、彼女を人質にして逃げることを考えた。

 考えられる逃亡の機会はそれしかないだろう。

 

 だが、数歩進んだところで、眼の前が黒いもので覆われた。

 一斉に放たれた矢の束だと気がついたのは一瞬後だ。

 

「うわっ」

 

 避けようはない。

 

「きゃああああ」

 

 沙那の全身に矢が突き刺さった。

 全身を串刺しにして倒れ落ちる。

 だが、はっとした。

 倒れたあと、そんな矢はどこにもないことに気がついたのだ。

 幻術――?

 

 あっという間に、全身をそのまま押さえ込まれる。

 地面に倒れた沙那の身体が両側から起こされて、膝立ちにされて抑え込まれた。

 両腕は背中だ。

 十数人の男たちに、寄ってたかって捕まれている。

 ちょっと逃げられそうにない。

 

 女将校が眼の前にいる。

 呆気にとられている沙那の口を上から手で押さえられる。

 すると、瞬時に口の中に液体が溢れた――。

 なに?

 道術――?

 そのまま、液体を吐き出せないように、強く口が手で塞がれる。

 

「んんっ」

 

 咄嗟に危険を感じたが、自由を封じられている。

 沙那は抵抗しようとするが、沙那を掴んでいるのは、屈強の数名の兵だ。

 しかも、両側と背後から身体を押さえられているので逃げられない。

 

「全部、飲むのよ、沙那」

 

 女将校が沙那の鼻をつむ。

 口の中の液体を身体に入れまいとしている沙那は、それで、ついに、液体を飲み干してしまった。

 すると、一気に身体の力が抜けた。

 動けないということはないが、手足がまるで重しでもつけられたようになった。

 沙那は小さく舌打ちした。

 どうやら、逃亡を防ぐための薬液だ。

 

「えほっ、ごほっ……、えっ?」

 

 しかし、気がつくと、あれほどにいた兵がいない。

 周りにいるのは、女将校のほかには、五、六人の兵だけだ。

 矢に貫かれたはずの身体には、傷ひとつない。

 地面にも矢はない。

 沙那は困惑した。

 

「あたしは、黒夜叉(くろやしゃ)って者さ。どうだった、あたしの幻術は?」

 

「幻術……?」

 

 鼻と口から手を離された沙那は、咳込みながら言った。

 囲まれていた人数は、黒夜叉を含めて、数名の兵だ。

 それだけなら、対応のしようは幾らでもあった。

 どうやら、黒夜叉というこの女が幻術遣いなのだろう。

 この女の幻術に惑わされたらしい。

 兵に囲まれたと思っていたのも、一斉に矢を放たれたのも、すべてが、幻だったようだ。

 黒夜叉は、沙那が手に持っていた烏鶏国の書類を取りあげると、その場でびりびりに破った。

 

「な、なにするのよっ」

 

 沙那は怒鳴った。

 偽物とはいえ、烏鶏国の現在の国王が父親の暴王の追放に加担したお礼に作ってもらった正式の証明書だ。

 大切なものなのだ。

 

「元気がいいわね。いずれにしても、沙那よね、あなた?」

 

 黒夜叉が沙那の顎を掴む。

 

「……わ、わたしは、烏鶏国の国軍の将校の千春(ちしゅん)よ。烏鶏国に問い合わせてくれればわかるわ」

 

 それはさっき破られた証明書に書かれていた偽の身分だ。

 あの国王には恩を売っている。

 話を合わせてくれるくらいのことはしてくれるだろう。

 

「でも、証明書はないわね。いまとなっては問い合わせようもないわ。逮捕するよ」

 

 黒夜叉は笑った。

 沙那は歯噛みした。

 これは、もう宝玄仙の供である沙那とばれている。

 誤魔化しは通用しない。

 だが、せいぜい黒夜叉を含めて、七人程度なら、沙那なら逃げられる。

 この衝陽の城郭は、城壁はあるが、河も通っているし、城壁の低い場所も多くある。

 それはあらかじめ調べてあるし、城郭の外にさえ出れれば、いくらでも逃げ切れる自信があった。

 

 とにかく、沙那は両腕を掴んでいる兵の振りほどこうとして力を入れた。

 だが、ほとんど力が入らない。

 沙那の腕は掴まれて背中に捻じ曲げられたままだ。

 

 やはり、さっき飲まされた液体のせいだ。

 おそらく、筋肉を軽く弛緩させる薬が入っていたのだろう。

 ほとんど身体に力が入らない。

 

「あら、逃げようとしたわ――。仕方がないわね。逃走防止の処置をさせてもらうわ。お前たち、こいつの服を脱がしなさい。逃走防止よ――」

 

 黒夜叉が沙那を掴んでいる兵に声をかけた。

 

「なにするのよ。ちょっと――」

 

 兵たちが、一斉に沙那の身体を押さえて、服を脱がし始める。

 抵抗しようにも、身体は薬で弛緩されて力が入らない。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「だ、誰か――、誰か、助けて」

 

 藁にもすがる思いで叫んだ。

 

「馬鹿だねえ、軍に逆らう人間が、この城郭にいるわけないだろう」

 

 黒夜叉は、城郭の大通りの真ん中で素っ裸にされそうになっている沙那をにやにやしながら見下ろしている。

 沙那は力を振り絞って、腰を掴んでいた兵を突き飛ばして、よろめくように逃げた。

 すでに、下袴(かこ)は剥がされて、下半身は下着だけだ。

 上衣は前側が完全にはだけている。

 

「まだ、逃げようとしてるよ。すっぽんぽんにしてやんな」

 

 黒夜叉が沙那の前に来て、悪いながら肩を蹴った。

 全身が遅緩してるので、避けることもできず、そのまま、仰向けにひっくり返される。

 再び、身体を捕まれて、膝立ちにされた。

 上衣が後ろから掴まれて脱がされる。

 それに腕をとられて、また、沙那は道に倒れ込んだ。

 

「あぐっ」

 

 地面に肌が削られて、痛みが走る。

 

「逃げるなよ。悪党――」

「結構、身体してるぜ」

「胸もいいぜ」

 

 あっという間に兵に群がられて、下着をすべて剥ぎ取られた。

 履き物まで剥ぎ劣られて一糸まとわぬ素っ裸にされた沙那は、身体を隠してうずくまった。

 

「ひっ」

 

 往来の大通りだ。

 黒夜叉と兵を避けて、周りには人通りはないが、まったくいないというわけではない。

 

 すると、その沙那の身体に向かって、黒夜叉がなにかの液体をかけた。

 いつの間にか、小さな壺のようなものを黒夜叉が持っていて、その中の液体を沙那の裸身に注ぎ落としているのだ。

 壺を見た瞬間、霊具だとわかった。

 

「ただの水よ……。でも、熱湯に感じるわよね。肌が溶けていくわよ」

 

「あぎゃああああ、ひがああああ」

 

 次の瞬間、全身の皮膚が焼きただれるような痛みが発生して、沙那は絶叫して、のたうち回った。

 すぐに、幻術だと悟ったが、熱で肌が溶けていくわよ痛みは本物だ。

 沙那は地面で暴れまわった。

 

「ほら、そんなに暴れるんじゃないよ。大事なところが丸見えよ、沙那」

 

 黒夜叉が笑っている。

 しかし、それどころじゃない。

 全身が焼けただれるような熱さだ。

 壺の液体は尽きることなく、沙那に注がれ続ける。

 沙那は狂ったように、地面で苦しみもがいた。

 

「ぎぎゃがあああ――。ひぎゃああ、ががあああ――」

 

 羞恥心など吹き飛ぶような激痛だ。

 沙那は、ひたすらに地面を転がり回った。

 実際にはなにも起きていないのはわかっているが、沙那の頭の中では、全身の皮膚が焼きただれている。

 それが続いている。

 

「沙那、膣と肛門に指を差し込むのよ。そうすると、痛みは止まるわよ」

 

 黒夜叉が笑いながら言った。

 沙那は、なにも考えることができず、前の穴と後ろの穴に指を差し入れた。

 しかし、痛みは、終わらない。

 

「深さが足りないのよ、沙那。もっと深く入れなさい」

 

 沙那は力一杯、指を差し込む。

 痛みがぴたりととまった。

 それで気がついたが、熱湯どころか、沙那の身体はあれほどに液体を注がれたのに、全く濡れてない。

 よく見れば、地面もにも、水やお湯が落ちた痕はない。

 液体そのものが幻術?

 沙那は困惑した。

 

「いい格好よ、沙那。そんなところに、指を入れたら、痛みがとまるなんて、嘘に決まっているでしょう」

 

 黒夜叉は、まだ笑っている。

 とにかく痛みは収まったが、どうやら、からかわれたようだ。沙那は歯噛みした。

 

「さあ、立つのよ」

 

 沙那の首に黒夜叉は縄をかけさせて、強引に沙那を立ちあがらせた。

 だが、はっとした。

 指が股間とお尻の穴から抜けないのだ――。

 沙那は、自分の膣と肛門に深々と差し入れている指を抜こうとした。

 しかし、なぜか、貼りついたように指が抜けない。

 沙那は焦った。

 

「こ、これ、な、なんで……」

 

 沙那は懸命に指を抜こうとした。

 やっぱり、だめだ。

 

「下手な拘束具よりも、余程、逃亡防止になるでしょう? さあ、行くよ、沙那」

 

 首に巻かれた縄が引かれた。

 

「こ、こんな姿で歩けというの? あ、あんたも、女でしょう」

 

 沙那は、全裸で股間の前後に指を入れたまま、城郭を引き回されそうになっていることに気がつき、その想像もしたこともない羞恥に凍りついた。

 

「さっき言ったでしょう。あんたらみたいな悪党には容赦なんてするつもりなんてないのよ。さあ、歩くんだよ、沙那。また、さっきの痛みを味あわすよ」

 

 首の縄が引かれる。

 抵抗のしようのない沙那は、その姿のまま、黒夜叉たちとともに歩き始めた。

 

「んふうっ」

 

 しかし、自分の指によって湧きあがった官能の刺激で、溜まらずその場にうずくまってしまった。沙那の股間には、あの『女淫輪』が嵌まっている。普段は気で抑えているが、刺激を加えてしまうと、それがとんでもない暴流を起こすのだ。

 

「ほら、どうした、沙那。さっさと、立ちなさい。お前が詮議を受ける軍府の建物は遠いんだよ」

 

 沙那は、あまりの屈辱感に力一杯歯を食いしばった。

 噛み過ぎた口の中に血の味がした。

 

 すぐに無理矢理に立たされて、首の縄で歩かされる。

 歩くと感じやすい沙那の身体は、稲妻のような快感を挿入している指で拾ってしまう。

 

「うっ、ま、待って――」

 

 沙那は膝を折りかけた。

 だが、首縄を引っ張られて前に進まされる。

 しかし、泣きたくなるような、強い疼きが全身を貫き、数歩歩いては、また、立ちどまりそうになる。

 

「ほらほら」

「歩くんだ、悪党め」

「いちいち、よがるんじゃねえ」

 

 しかし、よろめいたり、悶えたりするたびに、男の兵たちに、指を挿し込んでいる尻を棒で突かれたり、あるいは、乳首を捩じられる。

 それで発生する官能の刺激に嬌声を出してしまい、また、快感で痙攣し、満足に歩くことさえできない。

 やっぱり、数歩歩いては腰を落としてしまう。

 

 そもそも、もともと痺れ薬のせいで、足元がふらつくのだ。

 そのうえに、指を膣と肛門に深く入れたままなど歩けるわけがない。

 

 とにかく、歩くたびに自分の指に前後の敏感な部分を翻弄される。

 しかも、場所は、往来の道路だ。

 遠巻きだが大勢の見物人の視線も感じる。

 沙那は息もできないような恥辱に、眼の前が真っ暗になりそうだった。

 

「いい加減にしないか。ちょっと歩いては止まり、また、少し歩いては止まり……」

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃないよ」

 

 黒夜叉が沙那の両方の腕を掴んで、激しく揺さぶった。

 

「は、はああっ、あああっ、あはあっ」

 

 沙那は膝をがくがくと震わせて、ついに大通りの真ん中で気をやった。

 また、うずくまった沙那を、黒夜叉が髪の毛を掴んで引っ張りあげた。

 

「ほら、気をやってすっきりしただろう、沙那。ほら、行くよ」

 

 黒夜叉が絶頂したばかりで脱力している沙那の身体を強引に立ちあがらせた。

 

「ひっ、ひいい」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぎゃああああ、ああああ……」

 

 六枚目の爪が剥がされたとき、沙那は自分の股間から尿が流れ落ちるのを感じた。

 軍の詰所で始まった訊問だ。

 訊問といっても、質問はない。

 ただ、爪を剥がされる……。

 それが続いている。

 

 自分の指に翻弄されながら、城郭の大通りを歩かされるという恥辱を味あわされた沙那が、やっと軍の詰所に到着したときには、もう官能にどっぷりと浸かったような身体になっていた。

 そして、詰所に着いたところで、やっと暗示を解いてもらい、股間から指を外してもらえた。

 

 だが、その身体を休ませることも許されずに、沙那は軍の取調小屋の床に跪かされて、両手を台に乗せられて、手首と指の関節を全部革紐で固定された。

 両足首には重い足枷が付けられる。

 すると、すぐに数名の兵が交替で、沙那の指の爪を巨大な金具で一枚一枚、びりびりと爪を剥がしだしたのだ。

 

 沙那は絶叫した。

 しかし、黒夜叉は、なにも言わない。

 ただ、沙那の前に立ち、にやにやしながら見ているだけだ。

 その黒夜叉の指示で、次々に爪が金具で剥がされる。

 

「わ、わたし……は……う、烏鶏……国の将校で……」

 

「まだ、言うのかい、、沙那?」

 

 黒夜叉が爪を剥がされて、血の流れている指の一本をぐりぐりと掴む。

 

「はがあぁぁぁああ――。ひぎいぃぃ――」

 

 沙那は咆哮した。

 

「お前の名は?」

 

 黒夜叉が、沙那の指を掴んだまま言った。

 

「ち、千春(ちしゅん)……」

 

 沙那は、使っていた偽名を呻き声とともに口にした。

 

「しぶといわねえ。もういいわ。どうせ、残り四本剥がしたくらいじゃあ、白状しないだろう。油を持っておいで――」

 

 黒夜叉は、煮えたぎる液体の入った鍋を沙那の両手の上に運ばせた。

 沙那は顔をあげた。

 汗と涙で濁る視界に、まだ音を立てて沸騰している鍋が映った。

 

「湯じゃないわよ……。煮えたぎった油よ。二度と剣は持てなくなるわよ、沙那……。宝玄仙はどこに隠れているの?」

 

「し、知らない……。わ、わたしは……千春……」

 

「かけな」

 

 黒夜叉の声が取調小屋に響いた。

 沸騰した油が沙那の手に注がれる。

 沙那は限界まで口を開いて叫んでいた。

 肌は溶け、一気に骨まで露出した。

 

「あがががか――、うぎゃあああ――」

 

 沙那は奇声をあげ続けた。

 

「おかわりを持っておいで」

 

 黒夜叉の冷酷な声が沙那に聞こえた。

 二つ目の鍋が、また沙那の前に運ばれる。

 

「次は足よ、沙那。もう一度、聞くわよ。宝玄仙はどこ?」

 

「わ、わたしは……違う……」

 

「かけなさい」

 

 大量の煮えた油が足枷を嵌めた脚の膝から下にかけられた。

 沙那は咆哮した。

 もう、恥も外聞もなく泣き叫んでいた。

 

「信じて……。わ、わたしは、沙那じゃないの……」

 

 黒夜叉に哀訴した。

 だが、三杯目の大鍋を黒夜叉が沙那の前に運ばせたとき、沙那は恐怖で気を失いそうになった。

 

「次は顔よ、沙那。顔の半分を焼くわ。流石に二目と見られない醜い顔になるわね。さあ、さっさと言いなさい。宝玄仙はどこ?」

 

 沙那は震えた。

 そして、絶叫した。

 

「わたしは、千春です。烏鶏国の将校です――。し、信じて、信じて、信じて――」

 

「きれいな顔が、二目と見られないくらいに醜くなるのよ。言いなさい。宝玄仙はどこ?」

 

 鍋から金属の柄杓で油が注がれる。

 それが頭の上に持ってこられる。

 

「そ、そんな人……、知りません――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「かけなさい」

 

 黒夜叉は言った。

 

「し、しかし、黒夜叉様……」

 

 初めて黒夜叉以外の兵が口を開いた。

 

「命令よ、かけなさい」

 

 沙那の頭の上から油が被された。

 

「ひがあああああ――」

 

 沙那は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、起きるのよ、沙那」

 

 気がつくと、床の上に転がされていた。

 まだ、取調小屋の中だ。

 拘束は解かれている。

 だが、それは必要ないからだ。

 沙那は、皮膚がただれて肉が剝き出しになった手を見た。 

 おそらく足も同じ状態だろう。

 手も足も、まったく動かない。

 

「んぐうっ」

 

 横腹を力一杯蹴られた。

 沙那は呻き声をあげて、顔を痛みの方向に向けた。

 黒夜叉が立っていた。

 

「いいものを見せてやるわ、沙那」

 

 仰向けになった沙那の上に鏡が向けられた。

 そこに映っているのは、顔の半分が火傷でただれてしまい頭の半分の毛がほとんど抜け落ちている世にも恐ろしい顔だった。

 それが自分の顔だと気がつくのに、かなりの時間が必要だった。

 沙那は咆哮した。

 

「さっさと、言うのよ、沙那。宝玄仙はどこ?」

 

 黒夜叉の後には、大きな鉄の槌を持っている兵がふたりいる。

 

「わたしは……沙那……じゃない」

 

 黒夜叉が兵に頷いた。

 ふたりの兵が沙那の両脇に立った。

 

「や、やめて……」

 

 沙那は言った。

 もはや、大きな声を出す力はない。

 大槌が振り下ろされた。

 

「ぎゃああぁあああ――」

 

 両膝が大槌により砕かれたのがわかった。

 

「次は脛よ。宝玄仙はどこ?」

 

 沙那は黙っていた。

 口を開かないのがわかると、黒夜叉は沙那の脛を砕かせた。

 沙那はまた気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒夜叉の指が追い込みをかける。

 

「は、は、はぁ……い、いい……いいっ……あああ……いやああああ……」

 

 壮絶な声を出して沙那は喘いだ。

 そして、傷だらけの裸身を震わせた。

 快楽の波がまた沙那を襲う。

 だが、またもぎりぎりのところで、黒夜叉の指が沙那の股間から離れる。

 沙那は、仰け反らせていた首からがっくりと力を抜いた。

 

 熱湯で手足と顔の半分を火傷させられ、手足の骨を全部砕いたうえに、黒夜叉は沙那の右肘から先を炎の中に突っ込ませた。

 

 沙那がそれでも、宝玄仙の居場所を白状しなかったことで、次は拷問のやり方をかえた。

 一応、最低限の治療を受けた沙那は、翌日、牢から引きずり出され、大きな台の上に仰向けに貼りつけにされた。

 そして、色責めが始まった。

 

 まずは、無理矢理に口をこじ開けられ、大量の媚薬を飲まされて、身体を火照りきった状態にされた。

 そして、その身体に、黒夜叉による攻撃が始まった。

 熟れきった股間を責め、ぎりぎりまで昇りつめさせては、ぎりぎりで寸止めする。

 ひたすらそれを繰り返すのだ。

 沙那は、狂乱した。

 

「随分、頑張るわね、沙那。もう、いきたいでしょう? 宝玄仙はどこ? 言えば、いかせてあげるわよ」

 

 黒夜叉の持つ張形が、沙那の股間を出入りする。

 

「みんな、見ておくのよ。こいつの膣が収縮しはじめたでしょう? これが絶頂の兆候よ」

 

 黒夜叉は、部下らしき兵の数名に説明しながら、反対の手の指先で肉芽を撫ぜた。

 沙那は動けない身体をのたうたせた。

 

「張形の隙間から、かなりの淫液が溢れ出ましたね、黒夜叉様」

 

 興奮した口調の部下の声が聞こえるが、自分の獣のような嬌声で聞き取りにくい。

 

「ぎりぎりまであげるほど効果があるわ。焦らすだけ焦らすのよ。いかせてはなんにもならないわ」

 

 いきそうだ。そう思った。

 しかし、黒夜叉は、またしても、すっと張形を引き抜いてしまう。

 

「ああ、そ、そんなあ」

 

 沙那は狼狽した泣き声をあげしてしまった。

 めくるめく悦惚の中でひたすら快感の絶頂へ息をきらせていたのである。

 あと一歩というところで急に夢から現実に引き戻される。

 火照りきった身体には、地獄のような快楽への欲望が残る。

 

「ひどい、ひどい。あんまりだわ」

 

 紗那は拘束された四肢をひきつらせた。

 気も狂うような屈辱だった。

 

「女には色責めが、一番効果があるわ。でも、あんたらは男だから、どうしても女には欲情して犯してしまう。そうしたら、拷問にもなんにもなりゃあしない。だから、最初にこいつの顔を潰したのよ。さあ、お前、やってみなさい。焦らすだけ焦らして、質問する。それを繰り返しなさい」

 

 黒夜叉が、部下のひとりに張形を渡した。

 

「はい」

 

 張形が沙那の中に挿入された。

 

「はああっ」

 

 沙那は仰け反って大きく喘いだ。

 しかし、挿入された張形がすっととまる。

 失望した沙那は屈辱的な声をあげてしまう。

 

「どうした? これが欲しいのか、沙那。じゃあ、言うんだ。宝玄仙はどこだ?」

 

 部下は再び張形を数度前後させた。

 沙那が歓喜の声を出し始めると、とまる。

 

「お、お願い、ひと思いに……」

 

 沙那は言った。

 恥も外聞もない。いまは、ひたすらに絶頂したい。

 しかし、張形はすっと抜かれた。

 そして、内腿から下腹の入口に這わせはするがけっして肝心な部分には入っていこうとはしない。

 激しく内腿が痙撃する。

 

「お願い。焦らさないで……。それで犯して……」

 

 沙那はもはや我を忘れて言った。

 部下は張形をゆっくりと沙那に挿入していき、かすかに動かした。

 沙那は、快感を絞りとろうとして無意識のうちに腰を動かした。

 張形が前後する。

 いける――。あと、少し。

 

「宝玄仙は、どこだ?」

 

 男の声……。

 張形の動きがゆっくりになった。

 嬌声をあげていた沙那は焦った。

 それで愕然とした。

 聞かれたことを言いそうになったのだ。

 張形が引き抜かれた。

 あとは焦らすように内腿に軽く這わせるだけだ。

 

「ああ、あんまりだわ」

 

 沙那は泣きじゃくった。

 女にとっては、耐えることのできない性の地獄だ。

 

「上手かったわ。じゃあ、次の者」

 

 責め手を交替して、同じことを繰り返す。

 黒夜叉は、沙那を使って部下の教育もやろうとしているようだ。

 そのことも沙那を窒息しそうな屈辱になり、沙那を追い込む。

 

 次の部下も何度も同じことを繰り返した。

 沙那を追い上げては下げ、下げては追い上げ、決して昇りつめさせようとはしない。

 沙那は反狂乱だった。

 自分の全身がおぴただしい汗にまみれ、うねり、跳ね、玉のような汗が飛び散るのがわかった。

 

「宝玄仙は、どこだ? いかせてやるぞ」

 

「お願い、もう、いかせてえっ」

 

 沙那はそう口走り、股間を張形にぶつけるように動かした。

 その張形が抜かれる。

 

「宝玄仙はどこなの、沙那?」

 

 黒夜叉の声だ。

 

 もう、限界だ。

 意識も混濁している。

 このままでは、宝玄仙の居場所を口走ってしまう。

 

 沙那は息をとめた。

 息をとめて自殺はできない。

 しかし、気を失うことはできる。

 気を失えば、拷問は中断するしかない。

 

 張形が前後しはじめる。

 沙那は全身の気を集中して、呼吸を停止させた。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、視界が消滅し、ついに、音も消えた。



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99  調教のための洗脳拷問

 気がつくと、誰かの膝の上に抱かれていた。

 

 まるで遠い昔に、母親の膝にいたときのときのようだと沙那は思った。

 沙那の母は、沙那が幼い頃に死んだ。

 だが、その母の温もりだけは沙那の記憶にはっきりとあった。

 しかし、自分を優しく抱いているのが、宝玄仙だと気がつくと、沙那は驚愕した。

 

「動くんじゃないよ、沙那……。いま、『治療術』を施している。よくも、こんなに沙那を壊してくれたものだよ…」

 

「ご、ご主人様……」

 

「お前も、お前だよ、沙那。このわたしの隠れている場所を白状しろと、ずっと拷問されていたそうじゃないか。そういうときは、さっさと言うんだよ。あんなに可愛い顔が、こんなになるまで頑張るんじゃないよ……。まあ、もうすぐ元に戻るけどね……」

 

 宝玄仙が沙那を抱く力に力が入る。

 

「……た、助けに来てくれると信じていましたから」

 

 沙那はそれだけを言った。

 全身が温かいもので包まれている。

 宝玄仙の霊気が沙那の全身を充満しているのだ。

 感覚のなかった顔の半分に、気の流れを感じることができる。

 ふと見ると、手の先と脚の先も元の白い肌に戻っている。

 

 そして、どうやらここは、まだ牢の中のようだ。

 周囲は暗い。

 夜なのか……?

 だんだんと意識もはっきりしてくる。

 

「ご主人様、いまどういう状況ですか──?」

 

 沙那は宝玄仙に抱かれたまま声をあげた。

 

「朱姫が『縛心術』で、一時的にこの牢舎の中の連中を無力化した。ただ、強引に入り込んだので、ここが占拠されていることをもう知られていて、外を兵が囲んでいる状況だ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は、宝玄仙の腕の中で身体を起こした。

 

「孫女は?」

 

「外だ──。この牢舎に殺到した兵を孫空女が防いでいるけど、ひとりじゃあ幾らも持たないかもしれないね。『結界術』で飛びたいけど、この牢舎全体に『逆結界』がかかっていて、一度、牢舎の外の営庭まで行かなきゃならないんだ。立てるかい、沙那?」

 

 拷問をされていた取調室のある牢舎は軍の詰所の真ん中にあるのだ。

 脱出が遅くなれば、牢舎に兵が雪崩れ込んでしまう。

 急がなければ──。

 

「わたしも戦います、ご主人様」

 

 沙那は完全に身体を起こした。

 もう、身体は快復している。

 これなら戦える。

 

「無理はしなくていいよ、沙那。お前はたったいままで死にかけていたんだ」

 

「平気です――」

 

 沙那は立ちあがって、とにかく牢の外に出ようとした。

 そこに朱姫がやって来た。

 手に沙那の服と細剣を持っている。

 この牢舎の倉庫にでも保管されていたものだろう。

 

「ああ、沙那姉さん、よかった──。顔も元通りですね。最初はびっくりしました」

 

 朱姫が沙那の服を差し出す。

 それを急いで身につけながら、沙那は朱姫を見た。

 

「朱姫、片目に眼帯をした女はいなかった?」

 

「片目に眼帯……? ああ、いましたね。あの偉そうな女将校ですよね。ほかの兵と同じように眠らせていますけど」

 

「連れてきて。一緒に隠れ処に連れていきたいのよ」

 

 沙那は言った。

 

「連れていってどうするんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が微笑みながら口を挟んだ。

 

「この沙那にも、ご主人様に劣らぬ嗜虐ができるということを皆さんにお見せします」

 

 沙那は言った。

 あいつ、ただで済むものか──。

 絶対に同じ目……いや、あれ以上の拷問にかけてやる──。

 正面の朱姫が驚いた顔になる。

 

「行きましょう」

 

 とりあえず、沙那は宝玄仙とともに牢を出て、牢舎の出口に向かった。

 朱姫は途中で離れた。

 沙那の注文通りに、黒夜叉を連れてくるのだろう。

 

 駆けている途中で、ところどころに、廊下で眠っている兵がいた。

 すべて、朱姫や宝玄仙の『縛心術』だろう。

 牢舎は、囚人の逃亡を防ぐために出入り口が一箇所しかない。

 その唯一の出口の外で孫空女が戦っていた。

 

「孫女──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「沙那、大丈夫かい──」

 

 孫空女が一瞬だけ、こっちを一瞥して、すぐに前を向いて如意棒を振るだす。

 相変わらず、孫空女の戦いは凄い。

 殺到する兵をひとりひとり打ち倒すんじゃない。

 如意棒のひと振りで、五人、十人と一気に吹っ飛ばしている。

 それを続けているのだ。

 飛んでくる矢だって、如意棒を風車のように回転させて、全部弾き飛ばしている。

 

 また、孫空女の周りには、孫空女の『如意棒』で打たれた兵が山のように転がっていて、孫空女、その倒れた兵を積み重ねて壁のようにして、向かってくる槍や矢を防いでもいる。

 沙那は兵の詰所にあった大きな机を両手で担いで、牢舎の外の営庭に押し出した。 

 そして、それを立てる。

 

「ご主人様、ここで脱出用の移動術の道術紋を刻めますか?」

 

 沙那は細剣を抜いた。

 

「大丈夫だよ、沙那。すぐ終わる」

 

 沙那は宝玄仙のその言葉を確認すると、剣を抜いて、孫空女の横に出た。

 襲いかかってきた敵兵を次々に倒しまくる。

 十人ほど倒すと、敵の兵の波がさがっていく。

 ひと息つく。

 

「沙那、平気?」

 

 孫空女が叫んだ。

 いまは、孫空女に向かってくる兵はおらず、遠巻きに囲んでいる状況だ。

 

「顔半分を壊され、手を足の骨を砕かれて、右腕を焼かれたわ。でも、このとおり、ご主人様の治療術で元通りよ……。ご主人様がいてくれてよかったわ」

 

 沙那は、孫空女の横に並んだ。

 

「実は、ご主人様がいなければ、こんな苦労もないんだけどね」

 

「でも、わたしは、ご主人様を守りたいの」

 

 沙那は言った。

 本心だった。

 すると、孫空女が沙那に顔を向けて微笑んだ。

 

「お前たち、準備はいいよ」

 

 背後の宝玄仙だ。

 振り返ると、朱姫の連れてきた黒夜叉もいる。

 黒夜叉の片眼は虚ろだ。

 『縛心術』がかかっている状態なのだろう。

 

 朱姫の『縛心術』は、霊気を帯びていない人間にもかけられることはできるが、効果は限定的だ。

 だが、黒夜叉のように逆に霊気を帯びる術遣いや妖魔の場合は、却って術をかけやすいらしい。

 しかも、一度かかってしまえば、霊気を帯びていない人間にかけるときとは違い、余程のことがなければ呪縛から脱出できないということだ。

 ほとんど、術者である朱姫の言いなりの人形になるのだ。

 いまの黒夜叉も、意識はあるが、朱姫の術により周りの状況を認識できない状態だろう。

 

 沙那は、孫空女とともに宝玄仙の元に走った。

 遠巻きだった兵が、沙那たちの逃亡の兆候に気がついたのか、慌てたように向かってくる。

 

 しかし、もう遅い。

 宝玄仙、次いで、朱姫と黒夜叉が、道術紋に入って、『移動術』でどこかに跳んだ。

 そして、沙那と孫空女もそこに飛び込んだ。

 

 

 *

 

 

 黒夜叉は、眼の前で沙那が、黒夜叉が着ていたものを身に着けるのをただじっと見ていた。

 土に埋められた木の柱に直立の姿勢で縛られた黒夜叉の裸身は、一切身動きできず、黒夜叉は、沙那のすることを見守る以外のことができなかった。

 

「軍服というのはなかなかいいものね、黒夜叉。ありがたく貰っておくわ。衝陽国の紋章と階級章を剥がせば十分に使えるわ。下着もありがたく貰うわね。もっとも、胸当ては少し小さいから雑巾にでも使うわ」

 

 ここは、どこかの洞窟の中のようだ。

 洞窟の入り口はずっと遠いらしく、洞窟の外の様子はわからない。

 だから、いまが、昼なのか夜なのかも知る手段はない。

 灯りは、黒夜叉の背後に照明具が置かれていて、黒夜叉の周りを照らしている。

 そういう場所で、黒夜叉は全裸にされて、洞窟の外を見るように、柱を背に後ろ手にされて全身を縛られていた。

 

「お前のやったことは忘れていないわよ、黒夜叉。ところで、わたしの怪我はご主人様が治してくれたけど、『治療術』はかなりの高度な道術だから、衝陽国には、お前が顔を焼かれても直してくれる術遣いはいないわよね」

 

 沙那は、手に松明を持っている。

 黒夜叉は口をつぐんでいた。

 沙那の言ったことは本当だ。

 『治療術』という道術は、聞いたことはあるが、接したことはない。

 もちろん、黒夜叉にも遣えない。

 眼の前の沙那は、煮えた油で顔半分を損傷させ、手足の骨を全部砕かせた。

 しかし、いまは、その痕跡もなく元通りに動きまわっている。

 大した術だ。

 

「……だから、残酷な仕返しをするというのは、不公平だと思うのよね。だから、ここにしばらく監禁するだけにしてあげるわ。それとも手足の骨を砕いて、顔の半分を焼いてすぐに解放するというのでもいいわ。どちらがいい、黒夜叉?」

 

 黒夜叉は黙っていた。

 城郭の中の牢舎の前から『移動術』で転送したときには、この沙那だけではなく、宝玄仙とほかの供ふたりもいた。

 ただ、転送が終わると、再び意識を失わされ、気がつくと、この洞窟の中の柱に全裸で拘束されていたのだ。

 沙那が黒夜叉の乳首を捩じりあげた。

 

「ひぎいっ―――。痛いっ」

 

 黒夜叉は、激痛に悲鳴をあげた。

 

「質問しているのよ。答えなさい。ここに、しばらく監禁されるのと、手足と顔の半分を壊されてすぐに解放するのかどっちがいいの? わたしたちは、しばらく、ここに滞在するわ。どちらでもいいわ」

 

 沙那は、黒夜叉の乳首をつねり続ける。

 

「痛いっ……痛いっ――。ち、畜生、さっさと手でも足でも、顔でも壊せえっ」

 

 沙那が乳首を離した。

 

「馬鹿ねえ、黒夜叉……。こんな乳首くらいで、悲鳴をあげていたら、顔を焼かれる痛みはもっとすごいわよ……。じゃあ、ここに監禁にしてあげるわ。一日に二度、水と食べ物を持ってくるわ。わたしか、孫空女か、朱姫という者が持ってくる……。持ってきた者に、なにかを言いなさい。その言葉が適当な言葉だったら、お前を解放するわ」

 

「なにを言えばいいのよ、沙那」

 

 言葉が適当なら開放する?

 意味がわからずに、黒夜叉は思わず問い返した。

 

「自分で考えなさい、黒夜叉……」

 

 乳首をまたつねって黒夜叉に悲鳴をあげさせると、沙那は洞窟を出ていった。

 

 黒夜叉は、たったひとりで残された。

 

 

 *

 

 

「黒夜叉の様子はどう、朱姫?」

 

 交替で番をしていた朱姫に沙那は声をかけた。

 沙那は、黒夜叉のための食事を盆に載せていた。

 

「昨日までは、洞窟の外に向かって喚いてましたけど、今日は静かです。もう、三日目ですから、かなり弱っているみたいですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫がいるところは、黒夜叉を拘束している洞窟のすぐとなりの洞穴だ。

 沙那と孫空女と朱姫で、ここで黒夜叉を見張っている。

 主要な役目は、拘束している黒夜叉を狙って洞窟に入ってくる猛獣の類いを追い払うことだ。

 ここは、衝陽国の城郭都市に近い山中だが、人里離れた場所であるうえに、道から随分を離れているので、偶然にここを人が通る可能性よりも、黒夜叉を餌にしようする動物の方が危ないのだ。

 

「孫姉さんはどうしています、沙那姉さん?」

 

「ご主人様の相手をしているわ。今日から数日は、見張りはわたしがやるわ。孫空女のところに行ってあげて、朱姫」

 

 沙那がそう言うと、朱姫は蒼い顔をした。

 

「あ、あたし、あの黒夜叉の見張りでいいです。ここで十分に寝られますから」

 

 宝玄仙と三人の供が寝泊りをしている洞窟は、ここから少しだけ離れた場所にある。

 そこは、かなり広いし、宝玄仙の結界があるので、快適に過ごすことができる。

 

「わかっているわよ。孫空女も同じことを言っている。でも、ご主人様の相手をする負担は公平でいましょう。また、こっちの見張りに回してあげるから」

 

 宝玄仙の相手と言えば、宝玄仙の被虐趣味の相手に決まっている。

 また、この場所に留まって動かないのは、別に黒夜叉をいたぶるためだけが目的ではない。

 教団の追及をかわすため、しばらく、ほとぼりを覚めるまで、一時的に旅をやめる必要があったのだ。

 沙那が衝陽国で捕えられたことにより、宝玄仙の正確な居場所が教団に知られてしまった。

 教団は宝玄仙の行方を捕えようと、多くの情報網をこの付近に集中させるだろう。

 だから、このまま進んでは、旅の経路が特定されてしまう。

 従って、しばらくは、ここに留まって、教団の目をかわすのが一番いい。

 沙那の判断だ。

 基本的には、この手の沙那の判断に、ほかの者が異を唱えることはない。

 

 ただ、その代わり、宝玄仙の退屈を紛らわすため、宝玄仙の被虐趣味の相手をしなければならない。

 宝玄仙の責めは激しいので、ある意味、拷問と同じだ。

 とにかく、しつこいのだ。

 

 また、いくら責めての翌日の旅に影響しないとわかっていれば、責めはさらに過激になる。

 宝玄仙のいる洞窟にいれば、当然、そうなるが、黒夜叉の見張役でここにいる者はそれを免れるのだ。

 朱姫も、孫空女も、宝玄仙の相手をするよりは、ここで退屈な見張りをすることを熱望した。

 

「だったら、一日交替にしましょうよ、沙那姉さん。沙那姉さんがここで数日なんて、狡いですよ。一日交替にしましょうよ。どうせ、半月はここに留まるんですよね。お願いですよ」

 

 朱姫が沙那に向かって、手を合わせた。

 

「だって、あいつに恨みがあるのはわたしなのよ。わたしがけりをつけたいわ」

 

「沙那姉さんの指示に従います。この二日、言われたとおりに、どんなに黒夜叉が喚いても、放っておきましたよ。あいつの叫んでいたことによれば、半日に一度、食事を与えることになっていたのですか?」

 

「そうよ、朱姫。いいわ、じゃあ一日交代ね。とにかく、ここで待っていて。少し、黒夜叉の様子を覗いて来るわ」

 

「はい」

 

 沙那は、食事の入った盆を持って、黒夜叉のいる洞窟に入った。

 黒夜叉は、柱に縛られたままぐったりとしていて、死んだようになっていた。

 足元には黒夜叉の垂れ流した尿で汚れている。

 黒夜叉が死んではいないのは、沙那が入っていくと、顔をあげたことでわかった。

 

 その顔には目隠しをしている。

 黒夜叉は片目だが、その片目を使って術を遣うらしい。

 目隠しをしている限り、黒夜叉は術を遣えない。

 宝玄仙がそう言っていた。

 沙那は、腰にぶら下げていた鎖を黒夜叉の足元に投げた。

 

「だ、誰?」

 

 黒夜叉は叫んだ。

 

「沙那よ」

 

 そして、最初に黒夜叉の首に鉄の首輪を嵌める。

 次にその首輪に鎖を繋いで柱をひと巻きする。宝玄仙に借りた霊具だ。

 簡単な拘束だが、これだけで逃亡は不可能になるらしい。

 

 沙那は、柱に縛っていた黒夜叉の縄を解いた。

 ただし、後ろ手に縛った縄はそのままだ。

 黒夜叉の口に革の水筒を咥えさせると、黒夜叉はむさぼるように中の水を飲んだ。

 

 次に、水筒から口を離した黒夜叉の前に、沙那は皿に載せた食事を置いた。

 汁も肉も野菜も飯もごちゃまぜにしたものだ。

 後ろ手に縛られた黒夜叉は、犬のように口で食べるしかない。

 だが、黒夜叉は、すぐには食事に口をつけようとはせず、沙那にすがるような表情を向けた。

 

「……あ、あなたを捕えて……拷問して申し訳ありませんでした……。謝罪……します」

 

 黒夜叉は、苦しそうに言った。

 三日間も立ったまま縛られていたのだ。

 水もほとんど飲ませてなかった。

 かなり衰弱が激しい。

 体力もほとんど、残っていないだろう。

 

「なによ、それ?」

 

 沙那は、わざとらしく言った。

 

「あ、あなたが言ったことよ……。わ。わたしが……適切な言葉を言えば……解放するって」

 

「覚えているわ、黒夜叉。でも、わたしは、謝罪の言葉なんて、聞きたくないわ」

 

「じゃ、じゃあ、なにを言えばいいのか……教えて」

 

「自分で考えるのね」

 

 本当は、別になにを喋っても解放する気はない。

 ただ、希望を抱かせているだけだ。

 希望を抱かせては、それを潰す。

 それを続ければ、最後には、人は屈服する。

 黒夜叉の顔が苦痛に歪んだ。

 

「食べなさい、黒夜叉」

 

 沙那は皿を押しやって、皿の位置を黒夜叉に教えた。

 黒夜叉は、皿の中のものに口をつけた。

 

「……あなたに渡す食事を忘れていたのは、わざとじゃないわ。わたしたちのいる場所は、ここからかなり離れているの。それで交替であなたの世話をすることになっていたんだけど、わたしがちゃんと説明しておかなかったから、食事を渡さなければならないことを朱姫が知らなかったのよ。ごめんなさいね……」

 

 沙那は淡々とした口調で言った。

 黒夜叉はひと言も発しない。

 一心不乱で犬食いで食事を続けている。

 

「……もう大丈夫よ。これからは半日ごとに、食事を持ってくるわ。おそらく、また、朱姫になると思う。半日考えて、わたしたちの気に入る言葉を口にすることができれば、解放するわ……。約束する」

 

 沙那は立ちあがった。

 そして、壺を丸太の横に置いた。

 

「これは便壺よ。排便はこれにしてね、黒夜叉。柱の横にあるわ。手探りでも使えるでしょう?」

 

 すると、黒夜叉の顔が皿からあがった。

 その顔は蒼い。

 

「便壺って……。お、お前……わ、わたしを何日、ここに居させる気よ?」

 

「あなた次第よ。半日後に朱姫が来るわ。それまでに、なにを口にすれば解放されるのか、考えるのよ」

 

 沙那は立ちあがった。

 背後から黒夜叉がなにかを叫んでいるが、沙那は振り返らなかった。

 朱姫の待っている洞穴に戻った。

 

「もういいわ、朱姫。孫空女のところに行ってあげて。孫空女も大変よ」

 

「はい」

 

 朱姫は渋々という感じで立ちあがった。

 

「沙那さんの分の食事は運んできますね。それから、あの黒夜叉の分はどうします?」

 

「必要ないわ。次は二日後よ。泣いても喚いても、絶対にわたし以外の者が、あの洞窟に入っては駄目よ。孫女にも言っておいてね」

 

 沙那は言った。

 

 

 *

 

 

「そ、孫女、あ、あいつの様子は……?」

 

 沙那は股間の疼きに耐えられず、食事と水を載せた盆を置いて、孫空女の前にうずくまった。

 

「なにか、喚いていたね。朱姫の名前呼んでいたけど、食事を朱姫が持っていくことになっていたのかい、沙那? ところで、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫よ。一刻(約一時間)だけ、抜けることを許されたのよ……。お、遅れれば、罰が与えられることになっているの。本当に、もう、あのご主人様ったら……」

 

 沙那は、うずくまったまま呼吸を整えた。

 沙那の肉芽には、宝玄仙に被せられた『振動片』が張られていて、ほんの微かな動きを続けている。

 宝玄仙の許した時間以内に戻らなければ、その『振動片』が暴走することになっている。

 

「朱姫は?」

 

「朱姫は、ご主人様にいたぶられている最中よ。朱姫のお尻の穴を大きくするって、ご主人様は言っている。少しずつ、大きな張形に変えながら、責められ続けているわ。朱姫も、いまは半狂乱よ」

 

「お尻の穴って大きくなるの?」

 

 孫空女が眉をひそめた。

 

「なるわよ。わたしも、最初の頃にやられたことあるもの……。あなたが供に加わる少し前よ。かなり大きなものを受け入れられるようになるわよ。たとえば、こんなの……」

 

 沙那は、にやりと孫空女に微笑んでから、拳を握った腕を見せた。

 孫空女が引きつっている。

 沙那はその顔がおかしかった。

 

「だ、大丈夫よ……。しばらくすれば、元に戻るわ。開きっぱなしで大きなままにはならないから……。それに、壊れても、ご主人様が治してくれるわよ。朱姫にやっているくらいだから、あんたが戻れば、あんたのお尻にも始め出すんじゃない?」

 

「い、いいよ。そんなの」

 

 孫空女が蒼くなった。

 沙那は、黒夜叉のいる洞窟に入っていった。

 拷問側の人間が弱っているところを見せては台無しだ。

 沙那は、宝玄仙に責められている途中であることを隠すように努力した。

 

「……朱姫がまた、食事を忘れたようね。ごめんね。彼女はこういうことにはなれていないのよ」

 

 沙那は、黒夜叉の前に行くと、満水の革袋で水を飲ませながら言った。

 黒夜叉は、沙那が口に入れた革袋の水をまたむさぼるように飲む。

 

「……しゅ、朱姫にちゃんと言っておいてよ、沙那」

 

 水筒から口を離した黒夜叉は言った。

 

「でも、たった、一食分だけでしょう。こうやって、持ってきたじゃない」

 

「一食分?」

 

 黒夜叉は不審顔をした。

 ここに拘束されている黒夜叉には時間の感覚はわからない。

 沙那がやってくる感覚で時間の経過を知るだけだ。本当は二日経っているが、半日しか経っていないと言われれば、それを確かめる手段はない。

 

「そ、それよりも、あなた方が知りたいと思っていることを言うわ。だ、だから、解放して」

 

「言ってみれば?」

 

 沙那は言った。

 黒夜叉は、自分の知る限りの教団や東方帝国から回ってきた手配書に関する内容を教えた。

 

 黒夜叉の語った話によれば、情報をもたらした人間にも、身柄を差し出した国にも、教団と東方帝国のそれぞれから高額の賞金が支払われることになっているようだ。

 そもそも、城郭で沙那が捕えられたのも、沙那の手配書を見た商人の密告によるものだったようだ。

 東方帝国と天教教団からの宝玄仙の捕縛命令への対応は、国によりさまざまのようだが、多くの国が、一般市民にも懸賞金付の手配書を回しているらしい。

 少なくとも衝陽国ではそうしていたようだ。

 

「食事は置いていくわ、黒夜叉」

 

 沙那は、二日前に与えて空になっている食事の皿と、便壺を回収した。

 便壺には、尿しか入っていなかった。

 

「ま、待って、沙那。教えてよ。なにを言えばいのよ。もう、なんでも話すから」

 

 沙那が食事の皿を置き、新しい便壺を柱の横に置くと、黒夜叉は焦ったように叫び始めた。

 沙那は、洞窟を後にした。

 早く戻らなければ、宝玄仙がうるさい。

 

 

 *

 

 

 五日ほど、不規則な食事の運搬を続けた。

 丸一日開けることもあれば、日に四度運ぶこともある。

 黒夜叉はかなり弱ってきた。

 

 排便は下痢状だった。

 黒夜叉が肉体だけでなく、精神的にもかなり弱っていることがわかる。

 

 前回から丸一日後にやって来ると、黒夜叉の衰弱が激しいように感じた。

 かなり制限した食事しか与えていない。

 水も生命を保てるのに必要な最小限度だ。

 これ以上体力を削ぐことは、死に至る可能性があり難しい。

 そろそろ、次の段階に入ってもいいだろう。

 

 洞窟に燈台を置いた。

 黒夜叉は、相変わらず後手に拘束した全裸姿で、鉄の首輪を鎖で柱に繋がれている。

 横になって眠っているようだ。

 沙那がやって来ても起きなかった。

 

 沙那は悪臭のする便壺を外に出し、新しい便壺を同じ場所に置いた。

 そして、目隠しをした状態のままだった黒夜叉の身体を準備していた水と布で拭きはじめた。

 黒夜叉はびくりと身体を反応させた。

 

「……さ、沙那なの……?」

 

 黒夜叉の弱々しい声――。

 沙那は黙って、黒夜叉の身体の汚れを拭き続ける。

 

「沙那なんでしょう? ねえ、違うの?」

 

 黒夜叉の声に悲痛なものが混じっている。

 

「そうよ、黒夜叉。半日ぶりね」

 

「半日……」

 

 黒夜叉はほっとした顔をした。

 もはや、黒夜叉には、自分で時間を感じる能力は残っていない。

 それは、完全に破壊されているはずだ。

 沙那が半日といえば、半日であり、三日と言えば、三日と思うだけだろう。

 黒夜叉がほっとした顔をしたのは、時間を知ることのできた悦びだ。

 

「……ねえ、教えて沙那。いまは、昼間なの夜なの?」

 

「お前がそれを知る必要はないわ。それよりも、これでお別れかもしれないわ」

 

「お別れ?」

 

 黒夜叉の顔に恐怖が映った。

 

「ご主人様が、もう出発したがっているわ。あなたのことは放置して捨てていけと言っているのよ。わたしは、そんなことはしたくないと思っているんだけど……」

 

 それは嘘だった。

 単に、黒夜叉の不安を増大させようとするために言ったことだ。

 だが、この言葉に黒夜叉は劇的に反応した。

 

「お願い、沙那。捨てていかないで。なんでもするわ。なんでも教える……。そうだ。衝陽国の警備態勢について言うわ。越境して、西の大殷(だいいん)国に密入するんでしょう? 楽に国境を越える場所を言うわ」

 

 黒夜叉は、勝手に衝陽国と隣国の大殷国の警備態勢について喋りはじめた。

 一応、沙那はそれを頭に刻んだ。

 出発は、まだ先のことになるが、これはかなり役に立つ情報だ。

 

「目隠しをとるわ、黒夜叉。でも、それで、お前の得意の『幻術』を遣ったら終わりよ。お前は、ここに捨てるわ」

 

「遣わないわ、沙那」

 

 黒夜叉の顔に嘘は混じっていない。

 もう、沙那に逆らう気は消え失せたようだ。

 

 沙那は目隠しを取り去った。

 黒夜叉が顔をしかめる。

 燭台の弱々しい光だが、十日近くも目隠しをしていた黒夜叉には眩しい光なのだろう。

 

「……あ、熱いわ、身体が、沙那」

 

 身体を拭かれ続ける黒夜叉が甘い息を吐きながら言った。

 当然だ。さっきから拭いている水は、宝玄仙に分けてもらった媚薬が溶かされている。

 それで身体中を濡らしているのだ。

 黒夜叉の身体は火照りきるはずだ。

 

「ずっと裸のお前の身体が冷え切らないようにしているのよ」

 

 沙那は言った。

 

「そ、そうなのね……」

 

 黒夜叉が身体をくねらせ始める。

 媚薬の効果が出始めたようだ。

 沙那が黒夜叉の股間を拭いたときには、腰を激しく震えさせた。

 

「じっとしてなさい、黒夜叉」

 

「だって……。これ、おかしいわ。おかしな水でしょう?」

 

「ただの保温水よ。もしも、これで感じるようなら、お前が悪いのよ、黒夜叉」

 

「わたしが悪い?」

 

「そう、この水に感じるのは、お前が悪いの」

 

「わたしが悪い……」

 

 黒夜叉は呟いた。

 身体を拭き終った沙那は、黒夜叉の前に食事を置いた。

 空腹のはずだが、黒夜叉は皿の食事に口をつけようとしなかった。

 

「食べなさい」

 

 すると、黒夜叉は食べ物に食らいついた。

 

 

 *

 

 

 半日後、沙那が洞窟に顔を出すと、黒夜叉が破顔した。

 

「さ、沙那、来てくれて嬉しいわ」

 

「次は、来られるかどうか、わからないわ」

 

 沙那はそう言った。

 黒夜叉の身体は上気しきっていて、全身には大量の汗をかいている。

 

「まずは、水ね」

 

 沙那は水の革袋を黒夜叉に咥えさせた。

 中は水だが、無味無臭の媚薬も入っている。

 それを黒夜叉はむさぼるように飲んでいる。

 水を与え終ると、沙那は黒夜叉の身体を拭き始めた。

 例の水だ。黒夜叉は堪らず悶えはじめた。

 

「動くんじゃないわよ」

 

「だって……お願いよ、沙那……」

 

「なにをお願いしているの……?」

 

 沙那は黒夜叉の乳房を丹念に拭く。

 黒夜叉は、悩ましく声を出しながら悶え続ける。

 そして、沙那が黒夜叉の股間を拭き始めると、期待を込めた嬌声を出し始めた。

 だが、沙那は、機械的に拭くだけの行為しかせず、全身を拭き終ると、食事を黒夜叉の前に置いた。

 

「食べなさい、黒夜叉」

 

「ねえ、沙那……」

 

 黒夜叉が、うるうると沙那を見る。

 その眼は明らかに欲情しきった雌の眼だ。

 

「なによ?」

 

「……あ、愛して」

 

「愛する?」

 

「お願いよ。媚薬を使ったのは知っているわ。でも、それは、沙那がわたしを愛してくれようとしているからじゃないの? お願い、わたしの身体を弄って。ぐちゃぐちゃにして」

 

 黒夜叉は叫んだ。

 

「嫌よ」

 

 沙那は冷たく言った。

 

「えっ?」

 

 黒夜叉が悲痛な表情になる。

 

「お前は、わたしになにをしたか忘れたの、黒夜叉? わたしは、お前が嫌いよ――。さあ、食べなさい」

 

 沙那は、食事の入った皿を黒夜叉の前に、さらに押しやった。

 

 

 *

 

 

 さらに半日後、沙那は黒夜叉の様子を見にいった。

 黒夜叉が期待を込めた表情をした。

 

「わたしは、お前が嫌いよ。自分がなにをわたしにしたか、思い出しなさい」

 

 それだけを言った。

 黒夜叉は、悲痛な表情をした。

 

 

 *

 

 

 その半日後、沙那は同じことを繰り返した。

 媚薬浸けにされた黒夜叉の眼が常軌を逸しているのはわかった。

 

 

 *

 

 

 

 それから沙那は、丸一日、黒夜叉の入った洞窟には行かなかった。

 それどころじゃなかったのだ。

 

 宝玄仙の地獄責めで、半日以上動くこともできなかった。

 そして、宝玄仙がやっと嗜虐癖を満足させ、安らかな眠りについても、その相手をしていた沙那は、圧倒的な官能の余韻に浸り、孫空女とともに死んだように横になっていた。

 

 半日ほど休み、やっと気だるさから解放され始めた頃、黒夜叉を見張っていた朱姫が飛び込んできた。

 

「黒夜叉の様子がおかしいです、沙那姉さん――」

 

 朱姫は言った。

 宝玄仙がこっちを見る。

 

「黒夜叉っていうのは、沙那を拷問した例の女将校かい? そういえば、沙那が監禁して調教していたんだったね」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「調教ではなく洗脳です、ご主人様……。わたしたちに対する敵対心を完全に消滅させて、逆に、わたしたちに対する奴隷精神を植え付けて解放するつもりです」

 

「ほう? 道術の縛心術も使わずに、どうやって人の心を変えるんだい、沙那?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「まず、監禁して、食事と水を最小限にして、体力と気力を奪いました。それとともに、外の情報を一切遮断して、時間の感覚を失わせ、そして、外敵刺激に対する飢餓状態にしました。それで、黒夜叉はわたしに対する強い精神的な依存を抱くようになりました。なにしろ、監禁されて与えられる情報も、刺激も、食事も、すべてわたしからしか与えられていないのですから」

 

「なるほど、それで?」

 

「同時に解放されるかもしれないという望みを与え、それを潰しました。助けがくるわけがないことは、黒夜叉も最初に悟ったと思いますから、黒夜叉には、なにかを喋れば解放するという条件をちらつかせました。黒夜叉は、さまざまなことを喋りましたが、わたしはすべてを否定しました。黒夜叉は、いまは解放されることを要求しなくなっています」

 

「面白いねえ。それで、どうなっているんだい、いまは?」

 

「わたしに対する依存心と好意は、かなり、深くなっています。次は、黒夜叉を全否定をする段階です。黒夜叉の存在価値、そのものを否定し続けます。最終段階には、空っぽになった心に、わたしたちの愛情を注ぎ込むことになります」

 

「なんか、難しくなってきたねえ……」

 

 宝玄仙が眉をひそめた。

 沙那はとりあえず、話を続けた。

 

「それで、黒夜叉は、わたしたちへの服従心が刻み込まれます。数日後になると思いますが、黒夜叉をここに連れてきて、性の相手をさせるつもりです。愛情を注ぐというやり方にはいろいろありますが、肉欲の要求への対応はもっとも有効な手段で……」

 

「媚薬は使っているんだったね、沙那?」

 

 宝玄仙が口を挟んで、にやりと笑った。

 

「使っています」

 

「会陽で書物をたくさん読んだだけあって、言い回しがくどいけど、手っ取り早く言えば、つまりは、あの片目を色責めにして、心を作りかえようというのだろう、沙那?」

 

「洗脳です。敵であるわたしたちを心から奉仕する対象に認識をすり替えます。単なる性欲の解放だけではできません」

 

「どうでもいいよ。とにかく、もう、連れてきな。この宝玄仙が相手をしてやるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「それどころじゃありませんよ、沙那姉さん。黒夜叉が大変なんです。とにかく、来てもらえればわかります」

 

 朱姫が言った。

 沙那は立ちあがった。

 ふと、孫空女を見たが、起きあがる状況ではない。

 

 とりあえず沙那は、宝玄仙とともに、朱姫についていった。

 黒夜叉を監禁している洞窟に入る。

 沙那は驚いた。

 顔の半分を血だらけにした黒夜叉がいた。

 そばの丸太が血だらけだ。

 自分で丸太に顔を打ちつけたのは明らかだ。

 

「沙那……。沙那ね」

 

 顔の半分から血を滲ませた黒夜叉が沙那を認めて嬉しそうに微笑んだ。

 ふと見ると、手足の向きがおかしい。

 手首と足首の骨が折れている。

 

「黒夜叉、お前、その顔と手足は自分で傷つけたの?」

 

「そうよ、沙那。あなたにやったのと同じことをわたしもしたのよ。顔も自分でやったのわ。手足も自分で折った。だけど、縛られているわたしには、ここまでしかできない。煮えた油をくれれば、自分でかける。だから、お願い、沙那、わたしを愛して――?」

 

 黒夜叉は言った。

 その表情には、狂気の色がある。

 全身が媚薬により火照りきっているのは、ひと目でわかる。

 その股間からは、哀れなくらいの大量の愛液で溢れ、それが内腿に滴っている。

 あれだけ欲情すれば、もう正常な思考はできないだろう。

 その淀んだ思考の中で、黒夜叉が考えた結論がこれだったのだ。

 

「驚いたねえ。お前の洗脳とやらは、思った以上に進行していたようだよ」

 

 宝玄仙は小さな声で言った。

 沙那もそう思った。

 

「……黒夜叉、おいで。ご主人様にお願いして傷を治しましょう」

 

 沙那は言った。

 

「そ、そんなことは望んでいないのよ、沙那」

 

 黒夜叉は悲痛な声をあげた。

 

「もちろん、わかっているわ。愛し合いましょう。わたしの仲間をお前に紹介するわ」

 

 沙那がそう言うと、黒夜叉が心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「黒夜叉には、この世のものとは思えない快楽を与えてやるよ、沙那。だけど、その後、黒夜叉がわたしらから離れたくないと駄々をこねたら、お前が責任を持って追っ払うんだよ」

 

 宝玄仙が沙那に囁いた。

 黒夜叉がこの旅についてきたがるとは思わなかったが、沙那と愛し合えるという言葉だけで、歓喜に震えた黒夜叉の表情を見ていると、なんだか、本当にそうなりそうな気がして、沙那は心配になった。

 

「こいつの治療をする。そのあいだに拘束を解きな、沙那」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は、黒夜叉に近づいて、拘束している鎖や首輪を外していく。

 そのあいだにも、黒夜叉の身体の怪我は消えていく。

 

 拘束が解き終わると、宝玄仙が沙那の肩をぽんと叩いた。

 なにかの違和感を覚えて、沙那は自分の下袴(かこ)に手を入れ、股間に触れた。

 

「うわああっ――。うわああっ――うわあ――」

 

 沙那は自分の手に触れたものにびっくりした。

 勘違いでなければ、沙那の股間には男性器そのものがぶら下がっている。

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか、沙那。黒夜叉と愛し合いやすくしてやっただけだよ。十回ほど射精すればなくなるから、黒夜叉に相手してもらいな」

 

「十回……。死んでしまいます、ご主人様」

 

 沙那は悲鳴あげた。

 

「死にやあしないよ、沙那――。ほらっ、黒夜叉、お前の愛しい人の服を脱がしてやりな」

 

 宝玄仙は、にやにや笑っている。

 

「嬉しいです」

 

 黒夜叉が、沙那の下袴にとりついた。

 宝玄仙の『治療術』により、すでに自分で傷つけた怪我の治療は完全に終わっているようだ。

 

 沙那は諦めて、黒夜叉のなすがままに身を任せた。

 黒夜叉が、沙那の下袴をおろす。

 沙那に生えている男根は変な色をしている。

 先端が青い。

 黒夜叉がその剝き出しにした沙那の股間に生えたものを口に咥えた。

 

「な、なに、これ……」

 

 股間の男性器が勃起し始める。

 沙那は、股間の奇妙な感覚に、思わず悲鳴をあげた。

 

「さて、沙那、手を後ろに組んで、わたしの眼を見な」

 

 沙那は宝玄仙に言われたとおりにする。

 手が背中の後ろで張りついたように動かなくなる。

 宝玄仙の『縛心術』だ。

 沙那に生えている怒張を黒夜叉が吸い続けている。

 なにかが来る。

 強い圧迫感が怒張に集中する。

 

「ひっ」

 

「黒夜叉、口を離すんだ」

 

 憑かれたような表情の黒夜叉が、沙那の怒張から口を離した。

 沙那は、びっくりした。

 自分の股間に生やされた男根の先端の色が絵の具で塗ったように赤くなっている。

 そして、いまは黄色に変化しつつある。

 

「な、なにをしたんです、ご主人様?」

 

「わかりやすくしてやっただけだよ――。黒夜叉、男のものなんて舐めたのは初めてだろう?」

 

「はい」

 

 黒夜叉は頷いた。

 

「だから練習用の男根を沙那に生やしてやったよ。萎えているときは青。勃起しているときは黄。さらに興奮すれば赤くなり、射精寸前は黒になる。黒夜叉、色を頼りに、好きなだけ沙那の身体中を舐めてやりな。あっという間に、こいつは狂乱するよ」

 

「ありがとうございます」

 

 黒夜叉は狂気に染まった眼で沙那の男根を手のひらで触りはじめた。

 その手は緩慢で柔らかい。

 男根がそそり勃ち、その色が赤くなる。

 だが、こんなんじゃいけない。もっと強く……。

 

「黒夜叉さんの身体は、あたしが癒してあげますね」

 

 朱姫が黒夜叉の背中からその乳房を掴んだ。

 媚薬浸けにされていた黒夜叉が吠えるような声をあげた。

 

 後手に拘束されて、黒夜叉に男根をなぶられる沙那……。

 その黒夜叉を愛撫する朱姫……。

 なんでこんなことになったのか……。

 

「男根だけじゃなくて、沙那のあちこちを触ってごらん。男根が目印だ。赤が黄になれば刺激が足りない。赤が強調されれば、気持ちがいい。黒くなれば、射精寸前だ。それを目安に沙那を責めてごらん。簡単に嬲り方を憶えられる」

 

「そんな、わたしはどうなるんですか、ご主人様。そんなんで十回なんて」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「長い一日になりそうだね、沙那。孫空女を叩き起こしてくるよ。お前と同じものをあいつにも生やしてやろう。愉しくなりそうじゃないか」

 

 宝玄仙は嬉しそうに洞窟を出ていった。

 

 もうなるようになれ――。

 沙那は捨て鉢になって、覚悟を決めた。

 

 その瞬間、身体が解放されたようになり、沙那の中でなにかが拡がった。

 黒夜叉が沙那の怒張を横から舌で舐めあげている。

 沙那は、小さく震えながら声をあげていた。

 すると黒夜叉が、沙那の男根を舐めていた舌を離した。

 

「ど、どうして、黒夜叉」

 

「だって、簡単にいったら、もったいないんだもの」

 

 黒夜叉の眼が妖しく光った気がした。

 長い一日で終わればいいが……。

 激しい焦燥感とともに、沙那に嫌な予感が拡がる。

 

 

 

 

 長い二日……。あるいは、三日になるのではないか……。

 

 

 

 

 そして、その沙那の予感は、まったく正しいものだった……。

 

 

 

 

(第16話『拷問奇談』終わり)



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 第17話   もうひとりの女【宝玉(ほうぎょく)】~大殷(たいいん)
100 忌まわしき過去


 ここは……?

 

 宝玄仙は、呆然としてしまった。

 自分がどこにいるのか、咄嗟に判断がつかなかったのだ。

 どこかの屋敷の庭……?

 そんな感じだ。

 視界の先には、広い庭園が拡がり、その先には二階建ての豪華そうな屋敷が見える。

 また、周囲一帯は、高い壁で囲まれていて、背後には大きな門がある。門には衛兵のような者もいて、外側に対して警戒をしている。

 

「ほら、宝玄仙、さっさと両手を後ろに回しな」

 

 突然に声をかけられた。

 宝玄仙ははっとした。

 漢離仙(かんりせん)だ。

 その横には小さな馬車がある。

 

 そして、宝玄仙は、やっと自分がいる場所は、帝都の中にある皇太子の別宅であり、漢里仙に連れられて、ここに性奉仕にやってきたのだということを思い出した。

 一年前に、目の前にいる漢里仙をはじめとして、闘勝仙(とうしょうせん)呂洞仙(りょどうせん)という三人の悪党の罠にかけられて、宝玄仙は連中に逆らえない奴隷のような立場に陥った。

 三人は、八仙ほどの地位にある女三蔵の異名まで持つ宝玄仙を娼婦のように抱くだけでは飽き足らず、日々調教という名の性的嗜虐を繰り返しながら、宝玄仙から何もかも奪い、宝玄仙の家人まで入れ替えて、その家人たちにまで宝玄仙を嗜虐的に責めさせて、悦に興じるということをしているのだ。

 その嗜虐の相手に皇太子まで加わったのは、しばらく前のことだ。

 

 あの変態にまた抱かれるのか……。

 宝玄仙は暗い気持ちになった。

 

「聞こえんのか──。ちゃんとやらねば、精はやらんぞ。今日がそろそろ、刻限の時期ではないのか? いき狂いの呪術にかかりたければどうでもいいがな。淫乱で変態のお前のことだから、もしかしたら、それが望みなのかもしれんが」

 

 漢離仙が大笑いした。

 宝玄仙は歯噛みした。

 この連中には、一切逆らわない奴隷になることを誓った『真言の誓約』を始めとして、さまざまな手段で、絶対に逆らえない立場に陥らされている。

 その手段のひとつが、こいつらに呑まされた道術薬による「呪い」だ。

 すなわち、十日に一回の頻度で、宝玄仙は漢離仙、たち三人から、精か小便を飲ましてもらわないと、何日も続くいき狂いの発作に襲われるようにされているのだ。

 あれは苦しい。

 ほとんど数瞬に一度、強制的に絶頂させられ、小便どころか大便まで垂れ流しながら、繰り返し昇天を繰り返すのだ。

 呪術のせいで、失神すらできない。

 まさに地獄である。

 あれを一度味わわされたら、さすがに宝玄仙も、こいつらの命令に従わないわけにはいかない。

 この漢離仙のいうとおり、この十日で闘勝仙の小便と、呂洞仙の精液は集めて飲んだが、まだ、漢離仙の分はもらっていないのだ。

 

「し、縛らなくても、逆らえないのはわかっているじゃないか……。逃げられやしないし、今更、抵抗もしないよ……」

 

「縛って連れてきた方が、皇太子殿下も悦ぶんだよ。さっさとしろ」

 

 漢離仙が縄を出しながら言った。

 宝玄仙は、はらわたが煮えたぎるのに耐えながら、両腕を背中に回して、両手首を交差させる。

 皇太子の待っている屋敷にそのまま入らずに、わざわざ、入口の門で馬車を停めて、宝玄仙をおろしたのはこいつの嫌がらせだ。

 つまり、皇太子の家臣とはいえ、その連中の前で宝玄仙をいたぶることで、さらに宝玄仙の心を追い詰めようということだ。

 

 八仙という天教最高身分でありながら、同じ八仙の闘勝仙たちの性奴隷──。

 余人に知られるわけにはいかない恥ずべき宝玄仙の秘密なのだが、こいつらがこうやって、内密の宴などをして、広めるので、いまや宝玄仙の惨めな境遇は、帝都の貴人たちのあいだでは、公然の秘密だ。

 いまも、門衛に立っている衛兵がちらちらとこっちに視線をやるのがわかる。

 

「ほらよ、お前の好きな縄だ」

 

漢離仙が笑いながら、宝玄仙の背中の両手首に縄をかけ、女法師の装束越しに乳房の上下にぎりぎりと縄を喰い込ませる。

 

「うっ」

 

 苦しさに思わず呻いたほどの容赦のない縛めだ。

 さらに、首の左右にも縄をかけて、服の上から菱形に締めあげ、次いで縄尻に結び瘤を作り出した。

 

「や、やめておくれ。な、なにを考えているんだい──」

 

 宝玄仙は、漢里仙がやろうとすることがわかり、自分の顔色が変わるのがわかった。

 いつもやられていることだから、これから受ける仕打ちの想像はついたが、まさか、衛兵が見ているような門の真ん前でそれをするつもりなのだろうか。

 

「遠慮するんじゃねえよ、宝玄仙。お前もいきなり、尻を犯されちゃあ、たまんねえだろう。だから、わざわざ、屋敷に入るまでに気分が出るように手伝ってやろうとしてるんだ。逆らうな──。命令だ」

 

「くっ」

 

 縄掛けのまま、暴れてでも阻止しようとしたが、“命令”という単語が鍵となり、宝玄仙に暗示が掛かる。

 宝玄仙の心から、抵抗の意思が消滅させられた。

 漢離仙が宝玄仙の法衣の腰に手をやった。

 いま、着させられているのは外観では、当たり前の女法師の装束だが、上下が分かれており、簡単な操作で脱がすことができるようになっている。

 漢離仙は片手で腰の留め具を外して、ばさりと宝玄仙の下半分を地面に落とした。

 

「あっ、いやっ」

 

 家人たちに下着を隠されている宝玄仙は、もう一年くらいは一切の下着はつけさせてもらっていない。

 下半身の装束を脱がされた宝玄仙は、上半身の法師の衣装を着け、下半身は陰毛も剥き出しの全裸よりも恥ずかしい格好にされてしまった。

 後ろの衛兵たちが息を呑む声が聞こえる。

 宝玄仙は、あまりの恥辱にぶるぶると身体が震えるのがわかった。

 

「ほう、やっぱり、変態じゃねえか、わざわざ、下着なしで来るとはなあ。お前は変態だ。そうだろう。大きな声で言え。“わたしは変態だから、いつも下着はつけていませんとな”──。命令だ」

 

 漢離仙がげらげらと笑った。

 殺してやりたいと思ったが、“命令”と口にされたら、勝手に宝玄仙の身体と心は、その言葉に従うのだ。

 宝玄仙は、漢里仙の嗜虐が満足するまで、衛兵どころか、門の外の通行人にも聞こえるかもしれないくらいの大声で、「変態だから、いつも下着はつけていません」という言葉を何度も叫ばされた。

 

「さて、じゃあ、お待ちかねの縄瘤をしてやる。いつもの油剤もつけておいてやるぞ。痒くなるが腰を振りながら進むといい。皇太子殿下に癒してもらいな」

 

 しばらくして、やっと満足したのか、漢離仙が縄瘤を作った縄を持って、宝玄仙の前に屈みこんだ。

 そして、大小の瘤に、たっぷりと油剤を縫っていく。

 油剤の効果をいやというほど知り尽くしている宝玄仙は、これから味わわなければならない醜態を想像して、目の前が真っ暗になる。

 

「ね、ねえ、そんなことしなくても、言うことはきく……」

 

「うるさい──」

 

 有無を言わさずに、縄尻を宝玄仙の太腿のあいだに潜らせて、後ろにまわすと、ぐいぐいと縄を絞りあげてきた。

 

「ああっ、いやっ、あああっ」

 

 宝玄仙は伸びあがるようにして、ぶるぶると腰を震わせてしまった。

 きつく縄が股間に喰い込み、結び目の縄瘤は、しっかりと肉芽と女陰とお尻の穴にめり込んでいる。

 

「ひっ、いいいいっ」

 

 宝玄仙は呻いた。

 漢離仙がさらに力いっぱいに縄を引き絞ったのだ。

 そして、やっと後手縛りの縄尻に繋ぎとめた。

 

「くっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 宝玄仙は早くも息が荒くなり、顔を俯かせた。

 下半身を丸出しにして、股縄をされて、屋敷まで歩かされる……。

 想像しただけで、屈辱と羞恥にめまいがしそうだ。

 だが、皇太子の待っている屋敷の部屋に辿り着くまでには、大勢の男女の家人がいるだろう。

 箝口令が敷かれているだろうとはいえ、関係のない者たちの前で、こんな醜態をさらされるのは、あまりにも惨めだ。

 

「それじゃあ、そろそろかな」

 

 漢離仙はなにを思ったのが、宝玄仙の首に長くて細い鎖のついた首輪をつける。

 そのまま鎖を引っ張って歩かせるのかと思えば、なかなか動こうとはしない。

 ただ、なにかを待っているようだ。

 宝玄仙は首を傾げた。

 

 すると、屋敷側から大きな馬に乗った人物がやって来るのが見えた。

 宝玄仙は驚いた。

 それは、皇太子だった。

 ふたりほどの護衛騎士を従えている。

 でっぷりと肥って身体の大きい皇太子は、乗馬する馬も特別性の巨体だ。普通の馬の二倍もあるかと思うような馬に、大きな身体の皇太子が乗っている姿は圧巻だ。

 それが近づいてくる。

 

「漢離仙、大義だ」

 

 宝玄仙たちのところにやって来ると、乗馬のまま皇太子が大きな声で漢里仙に声をかけた。

 思わず、股間を隠そうと、宝玄仙は皇太子や護衛騎士たちに背中を向けようとするが、漢離仙に縄尻を取られて、真っ直ぐ前を向かされる。

 皇太子は、そんな宝玄仙の姿に、ほくほく顔で好色な視線を向けてくる。

 一方で、護衛騎士のふたりは、驚いて目を丸くしている。

 前に来たときとは違う騎士らしく、宝玄仙も初めて見る顔だ。

 わざわざ、事情を知らない者を連れてくるのは、この皇太子特有の宝玄仙へのいたぶりだ。

 

「皇太子殿下おかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極……。約束通りに連れて来ました」

 

 漢離仙が儀礼通りに頭をさげる。

 皇帝に匹敵するほどの権威の八仙といえども、一応は皇族には頭をさげる。

 まあ、宝玄仙も八仙なのだが……。

 

「おう、愉しみにしておった。この前、話の合ったことについては、宰相に伝えておいた。相談するがいい」

 

「有り難き」

 

 漢離仙が再び頭をさげる。

 こうやって、宝玄仙を抱かせる代償に、漢離仙がなにを皇太子と約束したかは知らない。

 しかし、なにかの裏取引があるのだろう。

 どうでもいいが……。

 

「では、ここに繋げておきます。朝には迎えに参りますが、それでよろしいですか。一切の魔道を封じておりますが、逆らうようなら“命令”と発しください。それで、これはなにもできなくなります」

 

 漢離仙は言った。

 闘勝仙には、彼ら同様に逆らえない人物を幾人か指名されている。宝玄仙の屋敷にいる鳴智や桃源もそうだが、この皇太子も少し前に、付け加えられた。

 だから、宝玄仙は、この皇太子に隷属する状態でもあるのだ。

 

「うむ」

 

 皇太子が鷹揚に頷くと、なにを思ったか、漢離仙は宝玄仙の首輪に繋がっている鎖を皇太子が乗馬する馬の鞍の後ろ側の金具に繋げた。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

「な、なんだい?」

 

 思わず声をあげる。

 

「かかりつけの医師に、多少運動するように言われておってな。いま、それで乗馬をしていたところだ。まだ一刻ほど続ける。一緒について来い、宝玄」

 

 皇太子が嗜虐の笑みを浮かべて、宝玄仙に向けて白い歯を見せた。

 

「なっ?」

 

 言われたことがあまり理解できずに、宝玄仙は思わず問い返した。

 しかし、すぐに皇太子は、馬の肚を蹴って、馬を進めだす。

 

「あっ、ま、待って、いやああっ」

 

 馬は走るというほどではなく、ゆっくりと進んでいく。

 しかし、馬の鞍と首輪を繋げられている宝玄仙は、当然についていくしかない。

 歩くと、縄瘤がさらに食い込んで、宝玄仙は悲鳴をあげてしまった。

 

「ほらほら、宝玄、どうした? もっと速くするぞ。慣れたら走ってもらうからな。なにしろ、さもないと、俺の運動にならん」

 

 馬の歩みが速まる。

 宝玄仙の足は、すでに小走りの状態だ。

 股縄をして、こんなに速くは進めない。

 股縄の瘤がこれでもかと、局部とお尻を刺激する。

 

「ああっ、あああっ、はっ、いやあっ、いやっ、あああっ、お願い、ああっ、はああっ」

 

 宝玄仙は必死に足を駆けさせるとともに、悲鳴をあげた。

 すぐに足がもつれて、その場に倒れてしまった。

 

「ひぎいいっ、痛いいっ、いいいいっ」

 

 だがすぐにはとまってもらえずに、少しのあいだ引きずられる。

 やがて、速度が落ちて、なんとか体勢を整えることができた。

 懸命に身体を起きあがらせる。

 

「宝玄、“命令”だ。全力でついてまいれ。倒れることは許さん」

 

 皇太子が笑いながら、馬から叫んだ。

 命令の言葉に反応する宝玄仙の身体は、それを最優先にして勝手に手足を動かしだす。

 しかし、縄目が女陰を擦り、肉芽とお尻に喰い込んで、激しい疼きが湧き起こる。

 宝玄仙は泣き声をあげた。

 

「よし、もう少し速度を増すぞ」

 

 皇太子が声をあげて馬を蹴る。

 鎖に首を引っ張られて、宝玄仙は全力疾走した。

 

 

 *

 

 

「いやあっ、はああっ」

 

 宝玄仙は目が覚めて、身体をがばりと起こした。

 

 夢……?

 全身にたっぷりと汗をかいていた。

 息も荒い。

 なにしろ、夢の中とはいえ、たったいままで、股縄をされて全力疾走をしていたのだ。

 

「はあはあ……。くっ」

 

 股間に手を伸ばした。

 まるで、本当に股縄をされて苛まれていたように熱くなっている。

 薄い下着には、ねっとりと愛液が噴きこぼれもいた。

 

「な、なんで……」

 

 宝玄仙はあまりの現実的だった夢に困惑してしまっていた。

 忘れていたはずのことを悪夢として思い出すとは嫌な気分だ。

 

 闇の中で眼を開けた宝玄仙は、自分が大殷(だいいん)国という小さな王国の西側の国境に近い城郭にいることを思い出した。

 城郭といっても、東方帝国の城郭のように、城壁で囲まれた明確な城郭内と郊外を持つわけではない。

 この国の城郭には城壁がない。

 だから、郊外と呼ぶ地域がどこから始まるのか定かではないが、宝玄仙たちが泊まる宿は、東帝国の基準であれば、郊外と呼んでいいほど、中心の部分から離れた場所にあった。

 宝玄仙は、その河川に近い郊外の宿屋の二階に泊っていたのだ。

 宝玄仙は、寝台から裸身を起こした。

 

 隣には、『拘束環』と『自在の鎖』で寝台の上側に両腕をまとめて拘束されて脇晒しになっている孫空女がいる。

 もちろん全裸だ。

 昨夜は、孫空女を相手にして遊んでいたが、そのままふたりで寝入ってしまったようだ。

 宝玄仙が身体を起こすことで、孫空女の胸元からも掛け布が剥がれた。

 闇の中で、孫空女のふたつの乳房が、彼女の呼吸で上下に動く。

 なんとなく宝玄仙は、孫空女の乳首を指でぐいと押し込んだ。

 孫空女がびくりと身体を震わせた。

 

「うわっ」

 

 孫空女は慌てて身体を起こそうとして、鎖に阻まれた。

 

「な、なに、ご主人様? いま、何刻頃?」

 

 孫空女は焦りと戸惑いの表情を浮かべている。

 宝玄仙は、その様子がおかしくて、乳房にめり込ませた指をぐりぐりと回す。

 

「も、もう、ご主人様……。か、勘弁して……よ」

 

 孫空女がすぐに甘い声を出し始めた。

 強い気性に潜む被虐の心――。

 それが孫空女だ。

 

 いや、宝玄仙が、孫空女をそういう身体にしたのかもしれない。

 もともと、宝玄仙を襲おうとした五行山の女盗賊だった孫空女は、女を捨てて生きていた。

 もちろん、処女ではないし、性に対して奥手というわけではなかった。

 

 ただ、孫空女は、多くの男を率いた若い女頭領だった。

 女は捨てなければならない。

 その孫空女に、宝玄仙は被虐の快楽を覚え込ませた。

 

 それが孫空女の不幸なのか幸福なのかは知らないが、孫空女の心の底には、拭い落とせない被虐性が染みついてしまった。

 だから、孫空女が、実は、宝玄仙から恥辱的に扱われれば扱われるほど、濡れてしまう。

 それでいて、宝玄仙以外の人間に責められても、大した愉悦も感じないようなのだ。

 

 おそらく、孫空女は、肉体的な快楽よりも、精神的な責めに孫空女は弱い。

 だから、誰に責められているかということが、孫空女が感じる快楽に大きく関係する。

 孫空女は、宝玄仙を含めた三人の前ならいくらでも淫らによがり狂う。

 

「ほんの少し、乳首を乳房に食い込まされただけで、下の口でもう涎を垂れ流し始めたのかい?」

 

「そ、そんなことないよっ」

 

 孫空女が慌てて顔を横に振った。

 だが、触らなくても、もう孫空女が濡れはじめているのはわかる。

 股間から孫空女の淫靡な雌の匂いが発散し始めている。

 

「そうかい、孫空女?」

 

 宝玄仙は、垂れ下がった掛け布を引きはがし、孫空女の下半身も剝き出しにした。

 肩幅に開いた孫空女の脚にも、『拘束環』と『自在の鎖』により、寝台の下側に繋がっている。

 身動きできない孫空女の股間を触るのは簡単だ。

 

「あっ……」

 

 孫空女が可愛らしい声を出して身悶えた。

 宝玄仙が孫空女の愛液を指にまぶしたのだ。

 やっぱり、孫空女の股間は、もうたっぷりと愛液を溢れ出していた。

 宝玄仙の指を感じた孫空女の腰が震えている。

 孫空女の淫液のついたその指を孫空女の口の前に持ってきた。

 

「舐めるんだよ。これが、お前の淫乱の味だよ」

 

 孫空女が、宝玄仙の指を咥えた。

 宝玄仙は、指で孫空女の舌を愛撫する。孫空女の鼻息が荒くなる。

 

「……どうだった?」

 

 宝玄仙は、孫空女の口の中から指を抜いた。

 

「あ、あたしの……味……」

 

「そうだよ、お前の味だよ、孫空女。お前は、この宝玄仙がなにをどうしても震えるような快感を受けてしまう。例えば、こんなのはどうだい?」

 

 宝玄仙は、愛撫をしている乳首の反対側の乳首を指で弾いた。

 

「痛っ――」

 

 孫空女が小さな悲鳴をあげる。

 それととともに、反対の手で撫ぜている乳首に与える刺激を大きくする。

 右で官能の刺激――。

 左で痛みの刺激――。

 それぞれに別の刺激を与える。

 対応のできなくなった孫空女は、すぐに荒い息をしながら、淫らに身体をくねらせはじめる。

 

「ご主人様……」

 

 そのときだった。

 部屋の外から沙那の緊張した声が聞こえた。

 その沙那の声から、宝玄仙は、ただならぬ事態が発生したということを悟った。

 それに、余程のことがなければ、沙那は宝玄仙の「愉しみ」を中断させるようなことはしない。

 宝玄仙は、孫空女へのいたぶりをやめた。

 

「どうかしたのかい、沙那?」

 

 宝玄仙は、もう孫空女から離れている。

 孫空女を拘束していた『自在の鎖』も消滅していて、孫空女も身体を起こした。

 

「申し訳ありませんが、大殷国の城郭軍に宿を囲まれました。気がつくのが遅れてしまい、朱姫によれば、すでに『逆結界』を刻まれているようです。もう、強行突破しかありません」

 

 道術によって、移動術用の道術紋から道術紋に身体を瞬間移動させるのが『結界術』であるのに対し、それを妨げるのが『逆結界』だ。

 宝玄仙のような術遣いを捕縛するときには、『逆結界』をかけられる道術遣いを複数加えるのが捕縛の基本だ。

 

「包囲している兵は、どのくらいの数なの、沙那?」

 

 まだ全裸の孫空女が、宝玄仙が服を着るのを手伝いながら、扉の向こうの沙那に叫んだ。

 

「わからない――。多分、二千を下回ることはないと思う、孫女」

 

 沙那が言った。

 

「二千だって? それじゃあ、城郭中の全軍が出動しているんじゃないの?」

 

「もしかしたら、この大殷国に入ってから、どこかの時点で見張られていたのかもしれないわね。こんなに手際よく軍を出動できるなんてね。あるいは、通報ひとつで全軍を動かせるだけの精鋭ということか……」

 

「いずれにしても、突破には骨が折れるね、沙那」

 

 宝玄仙は扉を開けた。

 沙那が扉の外に立っていた。

 半身になり、外に警戒をしながら、こちらの様子を伺っている。

 宝玄仙は衣服を整え終わったが、孫空女は、宝玄仙の身支度を手伝っていたので、まだ全裸だ。

 孫空女も、すぐに身支度を始める。

 

「それでも、強引に出るしかないわ、孫女。わたしが突破口を開く。あなたは、ご主人様をお願い――。ところで、大丈夫?」

 

「なにが“大丈夫”なのさ?」

 

 孫空女がやっと衣服を整え、その上に腰帯を締め終わった。

 その腰紐のさらに上に革の帯を巻き、脛を腕にそれぞれ革当てをつけて終わりだ。

 

「随分と気持ちよさそうだったからね。声をかけるのを迷ったわ」

 

 沙那が笑った。

 

「なに言っているのさ、沙那。今夜は、あんたの番だからね――。さあ、終わったよ」

 

 沙那と孫空女が、こんな軽口をわざわざと言い合うのは、むしろ、いまはかなり危険な状況なのだろう。

 軽口で宝玄仙に心配をかけまいとしているのだ。

 そうでなければ、わざわざ、宝玄仙の前で際どい冗談を言うような沙那と孫空女ではない。

 

「ご主人様、申し訳ありませんが、荷物は手に持てるだけのものしか持っていけません。残念ですが、大部分はここに捨てていくことになります」

 

 沙那が言った。

 

「捨てることで、この国の軍に押収されて、多くのわたしの貴重な霊具がまわり回って教団の連中の手に入るのも癪に障るね」

 

「この宿に置いていけば大丈夫です、ご主人様。ここの宿主には、申し訳ありませんが、この宿は、火をつけて燃やします。炎と煙に紛れて脱出するしかありませんから」

 

 沙那がそう言っている間に、宝玄仙は、雑嚢の中に適当な霊具を突っ込む。失った霊具は新しく作り直すことは簡単だ。

 詰め込んでいるのは、この危機を切り抜けるために必要だと思うものだけだ。沙那も荷を作り出した。やはり、小さな雑嚢だけの分だけまとめている。

 そして、それは、それほど多いものでない。

 

「ところで、宿の人間やほかの客はどうしたんだい、沙那?」

 

「気がついたら、みんないなくなっていました。だから、これは仕組まれていたものだと思います。だとすれば、気がつかなかったのはわたしの失敗です。申し訳ありません、ご主人様」

 

 沙那が頭を下げた。

 

「そうだね、沙那。だったら罰だよ。とりあえず、この危機を脱出できたらね」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「はい……」

 

 沙那は頷く。

 

「まあ、いずれにしても、この宿の亭主もぐるなら、遠慮なく、この宿を燃やせるね」

 

 宝玄仙は、行燈を蹴飛ばして部屋に油をぶちまけた。

 沙那が、それに火をつける。

 あっという間に、煙が部屋に立ちこめはじめた。

 宝玄仙は、沙那と孫空女に挟まれて、階下に降りる階段に進む。

 一階に到着する。

 沙那が、外に通じる扉に張りついて、外を伺う。

 

「宿をすでに兵で囲まれているのは確かです。ただ、朱姫が隙をみて河まで辿りつきました。そこまで辿りつけば、包囲を突破できる可能性があります」

 

 沙那が、背後の宝玄仙に囁いた。

 教団が手を回して、諸王国に宝玄仙を手配させたのはわかっていたし、捕縛のために軍を向けられるのは初めてではない。

 だが、ここまで本格的なものは初めてだ。

 

 もちろん、これまでも警戒をしていた。

 大殷国の手前の衝陽国では、沙那が捕えられて拷問にもかけられた。

 だが、その前の烏鶏国は、宝玄仙の手配は、教団や東方帝国の影響力の手前、仕方なくやっているという感じのおざなりのもので、烏鶏国の新しい国王は、宝玄仙らのために偽の手形まで準備してくれた。

 諸王国も、教団からの捕縛依頼には対応もそれぞれだ。

 

「孫女、ご主人様から離れないでね」

 

「わかっているよ、沙那。いつでも合図して」

 

 孫空女が、耳から『如意棒』を出して、大きくした。

 

「朱姫の待つ舟のある河のはしけまで十間(約百メートル)というところです。申し訳ありませんが、ご主人様、走って頂きます」

 

 沙那が言った。

 

「ああ」

 

「行きます――」

 

 沙那が飛び出した。

 宝玄仙と孫空女が続く。

 すでに大きく燃え始めている宿から出る炎の明かりに照らされる道を駆ける。

 

 両側の建物から、わらわらと兵が出てくる。

 沙那の細剣が動く。

 

 沙那はとまらない。

 全力で駆ける速度のまま剣を振るう。

 正面に立つ兵が次々に倒れる。

 道が拓ける。

 

 横からも兵――。

 孫空女が『如意棒』で突く。

 飛ばされたその兵が、ほかの兵を巻き込んで倒れた。

 

 河の水が見えてきた。

 河岸で小さな角灯の光が軽く一周するのがわかった。

 そこに朱姫がいるのだろう。

 沙那の脚がそっちに向かう。

 

 だが、眼の前に不意に梯子が出てきた。

 両側に梯子を持った兵が前に立ちはだかる。

 梯子の数は、五本、十本と増えていく。

 

 沙那が方向を変えて、梯子を持つ兵に斬りかかった。

 隊列が乱れる。

 

 その乱れの中に飛び込んで新たな道を拓く。

 突破した。

 

「沙那姉さん――」

 

 朱姫の声。

 はしけからだ。

 小さな船に棹を持った朱姫が立っている。

 こちらに手を振る姿が、背から照らされる炎の光によりにはっきりと視界に入った。

 

 沙那がはしけで身体を反転させた。

 宝玄仙の腰が掴まれた。

 身体が宙に浮く。

 孫空女が、宝玄仙の身体を抱いて、舟に飛び込んだのだ。

 宝玄仙と孫空女が舟に倒れると、その振動で舟が大きく傾いた。

 

「舟を出して、朱姫――」

 

 まだ岸にいる沙那の声だ。

 宝玄仙は顔をあげた。

 岸では、まだ、数名の兵と沙那は斬り結んでいる。

 それで気がついたが、朱姫が準備した舟以外は、岸から離れるか、浸水して傾くかしている。

 おそらく、朱姫が事前にほかの舟を処置したのだろう。

 岸で将校らしき男が舟がどうのこうのと騒いでいるのが聞こえた。

 

 その宝玄仙にさっとなにかが被された。

 おそらく、矢避けの布かなにかだろう。

 舟に横になった宝玄仙の視界が隠された。

 

 舟が一気に進む。

 岸から離れようとしているのがわかる。

 その舟がまた大きく揺れた。

 

「矢が来るわよ、孫女――」

 

 沙那の声だ。

 飛び乗ったのだ。

 孫空女の返事も聞こえる。

 剣と棒でそのふたりが、矢を払う音もした。

 

「とりあえず、矢の射程からは離れました、ご主人様。大丈夫ですか?」

 

 矢避けの布がはがされる。

 心配そうに宝玄仙の顔を覗いているのは沙那だ。

 宝玄仙は、沙那に手伝われて、舟の中央に座った。

 

「朱姫、変わるよ」

 

 孫空女が朱姫から棹を取りあげた。

 朱姫も宝玄仙の前に向かい合うように座る。

 それほど大きな舟ではない。

 四人も乗ればかなり沈んでいる。

 その舟に宝玄仙と朱姫が座り、前に剣を抜いたままの沙那、後尾に棹で舟を操る孫空女がそれぞれに立つ。

 

「あーあ。全部、荷物燃えちゃいましたね。路銀だって、あの宿が二軒でも三軒でも買えるくらいあったのに」

 

 朱姫が遠くになった岸の明かりを見ながら言った。

 城郭の郊外を流れるかなり大きな河だ。

 河の真ん中に出れば、両岸は遠い。

 月明かりに照らされる暗い水の上を四人を載せた舟だけが走っている。

 

「どのくらい路銀を持ち出せたの、朱姫?」

 

 沙那だ。

 

「金粒と銀粒の袋ひとつずつだけです、沙那姉さん」

 

「それだけあれば十分よ。よくやったわね、朱姫」

 

 この小舟は、万が一のためにあらかじめ準備してあったのだろう。

 そうでなければ、あの襲撃のさなかに都合よく舟が見つかるわけがない。

 宝玄仙は、改めて三人の供に護られている自分を自覚した。

 

「これからどうするんだい、沙那?」

 

 宝玄仙は、舟の床にごろりと横になった。

 空には満天の星が見える。

 帝都にいたときには、こんな風に夜空を見ることがあるとは想像していなかった。

 

「このまま城郭軍の勢力圏から離れることができれば、どこかで舟を捨てて対岸に渡ります。大殷国の西の国境も遠くありません。山越えで国境を越えれば、しばらくは、大規模に軍を動かせるような諸王国はないはずです」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙は返事をしなかった。

 星空に飽きて眼を閉じると急に睡魔が襲ってきたからだ。

 

「ご主人様、眠ったのかい?」

 

 孫空女の声だ。

 

 眠ってなんかいないよ――。

 

 そう応じようとしたが、睡魔に包まれている宝玄仙の口から、その言葉が出ることはなかった。



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101 自分自身からの要求

 やっと、馬の後ろを走ってついていく責め苦から解放された宝玄仙は、鎖を外された途端に、その場に倒れ込んでしまった。

 延々と馬に引きづられるように、股縄で走らされて、息も絶え絶えに苦しい。

 何度も引きずられて、足にはたくさんの擦り傷がある。

 また、全身は水でも浴びたように、汗びっしょりだ。

 

「傷は治療してよいぞ、宝玄。ただし、それ以外は道術は遣うな」

 

 馬を護衛に預けた皇太子が宝玄仙のところにやって来た。

 屋敷の裏側にあたる広場だ。

 宝玄仙は、そこ地面に倒れ、その宝玄仙の前に皇太子のでっぷりとした巨漢が立っている。

 宝玄仙は、全身の傷の治療を道術でした。

 道術は禁止されているだけなので、許可さえあれば、いつでも遣える。

 あっという間に、脚が元の真っ白い綺麗な肌になる。

 ほかにも、転んだときに打ちつけた肩や二の腕の痛みも消滅する。

 

「走りながら、何度達した?」

 

 皇太子が笑いながら訊ねる。

 

「さ、三回か、四回……」

 

「器用なやつだ」

 

 皇太子が大笑いする。

 宝玄仙はぐっと歯噛みした。

 

「さて、それよりも、なにか私に申すことはないか? それとも、漢離仙(かんりせん)にはお前があまり従順ではなかったと告げねばならんかな?」

 

 皇太子がにやにやしながら言った。

 こいつの言わんとすることはわかっている。

 漢離仙には、皇太子の前で言わなければならない口上を教えられていた。

 それに、こいつに抱かれるのは、すでに一度や二度じゃないので、どんなことを言えば、悦ぶかを知っている。

 とにかく、こいつは、娼婦のような女ではなく、人妻や貴人、宝玄仙のような、本来であれば、皇太子の身分でも抱けないような女を嗜虐的に抱くのが好きなのだ。

 根っからの変態だ。

 それで、このところのお気に入りが宝玄仙というわけだ。

 

「お、お尻を犯してください……」

 

 宝玄仙の声は泣き声に近かったと思う。

 とにかく、あまりの恥辱と、走り回らされた肉体的な疲労が宝玄仙をすっかりと追い詰めていた。

 

「聞こえんなあ、宝玄。それに、もっといやらしい言葉で俺を悦ばせんか」

 

 皇太子がわざとらしい苛つきな口調で声をあげる。

 仕方なく、宝玄仙は横になっていた身体を起きあがらせて、その場に正座をした。

 

「うっ」

 

 座ると縄瘤が食い込み、宝玄仙に惨めな声をあげさせる。

 宝玄仙は必死に口をつぐんだ。

 

「どうした?」

 

「な、なんでも……ない。お、お願いします……。ど、どうか、この宝玄仙を徹底的にいじめて……ください……。できるだけ恥ずかしいことを……」

 

 宝玄仙は顔をあげて、皇太子の顔を見ながら口上を告げる。

 それが命令されていることなのだ。

 

「……この宝玄仙のお尻を、うんと酷いことを……してください。ど、どんなことでも……」

 

「よかろう」

 

 皇太子が宝玄仙の前に屈みこみ、乳房を服の上から揉みくだしながら、股間に喰い込んでい股縄をぐいぐいと動かしてきた。

 

「いやっ、はあっ、ひいいっ」

 

 宝玄仙は正座の身体をのけ反らせて喉を搾った。

 それでなくても、すでに何度も気をやっている。

 しかも、縄瘤に乗られた油剤は、これだけ女の極みをしても、効果が衰えることなく、走るのをやめたことで、本格的な痒みを宝玄仙にもたらしていたのだ。

 

「ああっ、いいいいっ」

 

 身体の芯からずきずきと痺れが貫く。

 

「だが、しばらくのあいだ、もう少し遊ぶとしよう。四つん這いで来い。“命令”だ」

 

 だが、すぐに皇太子は愛撫の手をやめた。

 そして、宝玄仙の腕の部分の縄だけをほどき、まだ首輪についている鎖を短めに持って、鎖を持って歩き出す。

 逆らうことはできないので、宝玄仙はついていく。

 家人や護衛たちは、追い払われてはいるが、この屋敷裏の広場の隅で遠巻きにしているだけで、いなくなっていはいない。

 宝玄仙は、そんな場所で下半身を剥き出しにして股縄をされた惨めな姿を晒され続けた。

 そのあいだも、股間の縄瘤と油剤が宝玄仙を追い詰める。

 皇太子は、宝玄仙が口惜しそうな表情や素振りをするのが愉しいのが、ときどきとまってては愛撫をし、宝玄仙に嬌声をあげさせ、また歩くということを繰り返した。

 

 さらに、一度腰を振って、自家発電で自慰で絶頂もさせられたし、片脚をあげて小便もさせられた。

 いくらなんでも、絶対にするものかと思うが、“命令”という言葉を使われれば逆らえない。

 宝玄仙は醜態をさらし続けた。

 

 しばらくして、更なる疲労を重ねさせられて、宝玄仙が満足に四つん這い歩きさえできなくなってくると、皇太子が宝玄仙の背後に回って、股縄を外した。

 

「ああっ」

 

 縄瘤が外れる刺激で、甘い声をあげてしまった宝玄仙の双臀を皇太子が手のひらで叩いた。

 

「んひいっ」

 

「よがっていないで、なにか言うことはないのか──」

 

 怒鳴りあげてきた。

 宝玄仙はなにもかも諦めたような気持ちになり、口を開く。

 

「どうか……し、してください……。宝玄仙の……お尻に……」

 

「そんなものじゃあ、やれんな。もっと積極的におねだりをしてみろ」

 

 皇太子が笑った。

 ならば、やるなと言いたいのを我慢する。

 

「……こ、皇太子殿下……。ほ、宝玄仙の、お尻を串刺しに……うんと深く……。気持ちよくして……」

 

 身の毛もよだつように嫌いな相手に、尻を犯してくれと言うのは、耐えられないほどの屈辱だ。

 しかし、逆らうことに意味はないし、漢離仙に言いつけられでもしたら、あいつは本当に明日の朝に精をくれないだろう。

 そうすれば、あのいき狂いの地獄だ。

 あれだけは嫌だ。

 

「よかろう。尻の穴を拡げろ」

 

「はい……」

 

 宝玄仙は地面に身体を倒して、高尻の姿勢になると、両手をお尻にやって肛門が大きく拡がるように左右に引っ張った。

 惨めだった。

 本当に惨めだ。

 ふと気がつくと、目の前の景色が涙で潤んでいるのがわかった。

 宝玄仙は必死に泣くのを我慢した。

 

「前戯はせん。尻の力を緩めよ」

 

 皇太子の一物は身体同様に巨根だ。

 それを尻で受け入れるのは容易ではない。

 漢離仙の尻穴調教がなければ、絶対に受け入れられなかったに違いない。

 だが、調教済みの宝玄仙の肛門は、そんな皇太子の巨根を受け入れて、さらに絶息するような快感を生み出してしまう。

 そんな身体にされたのだ。

 皇太子の一物がゆっくりと宝玄仙の尻の中に吸い込まれていくのがわかる。

 

「ああっ、あああっ」

 

 宝玄仙は震えた声をあげた。

 それをからかうように、一度抜くような仕草をした。

 

「ああっ、やめええっ」

 

 宝玄仙はびくびくと腰を震わせて悶えてしまった。

 

「気持ちよさそうだな、宝玄仙」

 

 皇太子が腰を宝玄仙の尻に押しつけてくる。

 肛門が大きく拡がるのがわかる。

 宝玄仙はお尻を左右に引っ張っている手にさらに力を入れる。

 なんで、こんなことを……。

 

 お尻が裂けそうだ……。

 しかし、押し広げられる苦痛よりも、肛門を犯されて沸き起こる快感の方が遥かに大きい。

 

「あああ、ああああっ、うううっ、うはあああ」

 

 やがて、ぐっと奥まで皇太子の性器が食い込んだのがわかった。

 亀頭の先で腹を内側から圧迫されて、まるで本当に串刺しにされているような錯覚に陥る。

 皇太子が今度はゆっくりと抜き始める。

 

「ああっ、死ぬうううっ、ひ、ひいいいっ」

 

 宝玄仙は大きな声でよがった。

 半狂乱だった。

 もうわけもわからずに、全身の肉という肉が焼き尽される。

 

「ああ、ああっ、あああっ」

 

 亀頭が抜けかかるというところで、再び奥に貫かれる。

 そのときには、宝玄仙はのたうつような快感に襲われていた。

 泣きわめき、雌さながらに吠える。

 皇太子が宝玄仙の黒髪を掴んでぐいと上にあげさせる。

 

「なに?」

 

 気がつくと、大きな犬が目の前にいた。

 いつの間に連れて来られたのか、すでに真ん前にいる。犬は大きく、人間の大人くらいはあるんじゃないだろうか。家人のような男たちが三人がかりで押さえている。

 それでわかったが、巨体の犬はかなりの興奮状態だ。

 これは薬物かなにかで、強制的に発情させられているのだとわかった。

 宝玄仙は目を見張った。

 

「“命令”だ。決して逆らうな。俺の次は、この犬だ。お前のために探して調教をさせた犬だ。しかも、尻穴を犯せるように、この犬は調教されておるのだ。犬同士、仲良くするがいい」

 

 皇太子は笑うと、律動を少し早くして、宝玄仙のお尻の中に精を放った。

 宝玄仙は、浅ましくもその律動で気をやってしまった。

 

「交代だ」

 

 皇太子が宝玄仙から離れる。

 犬が後ろに連れて来られたのがわかる。

 

「いやああああ、それだけは、いやあああ、やめてえええ」

 

 宝玄仙は絶頂したばかりの脱力した身体を暴れさせようとした。

 だが、“命令”がそれを拒んでいる。

 犬が宝玄仙の身体にのしかかる。

 そして、さっきまで皇太子の怒張が入っていた場所に、勃起した犬の性器が入り込んでいた。

 

「いやあああっ」

 

 宝玄仙は文字通りに泣き叫んだ。    

 

 

 *

 

 

「いやあああっ」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 そして、はっとした。

 背中からのし掛かられていた大きな犬の感触は消滅している。

 そして、いまのは夢だったのだということを悟った……。

 宝玄仙は、意識を回復させた。

 

「あれっ?」

 

 いや、そう思ったのは錯覚だ。

 宝玄仙は、まだ闇の中にいる。

 いま、自分は、沙那たち供に護られながら、大殷(だいいん)軍の襲撃をやり過ごして、舟で河を進んでいたはずだ。

 だが、ここには舟の揺れも、あの供たちの気配もなにもない。

 ただの闇があるだけだ。

 

「久しぶりね、宝玄仙」

 

 闇の中に宝玄仙自身が出現した。

 そこだけ、別の光を浴びたように明るい。

 

「お前は……、宝玉(ほうぎょく)かい……」

 

 どうやら、ここが宝玄仙の意識体の中だということがわかった。

 つまりは、宝玄仙たちが「意識の部屋」と呼んでいる場所だ。

 ここは宝玄仙自身の心の中の世界だ。

 

 そして、眼の前にいるのは、宝玄仙のもうひとつの人格の「宝玉」だ。

 ふたりとも同じ宝玄仙では、こうやって話す時に不便なので、宝玉がそう自分に名付けたのだ。

 宝玉というのは、宝玄仙が生まれたときに親がつけた名であり、宝玄仙というのが、出家したときに師匠にあたる師匠から授かった戒名である。

 宝玄仙という戒名を得ることで、宝玉という名は必要でなくなった。

 それを宝玉が使っているというわけだ。

 

「どうだったかしら、昔の自分は?」

 

 宝玉が言った。

 

「数日前から、やたらに帝都時代の夢を見るのはお前がやっているんだね、宝玉?」

 

「そうよ。だって、あなたばかり狡いじゃないの。わたしは、信じていた者たちに裏切られて汚辱にまみれた記憶だけを受け持ち、あなたは、あんなに素敵な供の方々に囲まれた幸せな旅を続けるなんて。あなたも、わたしの受け持った悪夢を少しは受け持つべきだわ」

 

「幸せだって? なにが幸せなものかい。馬鹿じゃないか、宝玉。今夜だって、宿を襲撃されて、ほとんど着の身着のまま逃げているんだよ」

 

 宝玄仙はせせら笑った。

 

「沙那や孫空女や朱姫に護られてね。いい供たちね……。本当に命懸けでお前みたいな女を護ってくれてる……。それについて、あなたは幸せを感じている。嘘をついても無駄よ。あなたはわたしでもあるんだから。お前の気持ちはわたしにはわかるのよ」

 

「ふん、そうだとしても、あいつらは、仕方なくそれをしているんだよ。この宝玄仙という存在がなくなれば、あいつらはちょっとばかり困った立場になるからね」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「でも、そうは思っていないでしょう、宝玄仙? あなたは、あの娘たちの愛情を感じているわ……。いえ、あなたが愛情を抱いている」

 

 宝玉は言った。

 

「なにが愛情だい。そういうものじゃないよ。例えば、孫空女は、わたしから離れたり、わたしが死んだりすれば、死ぬ身体だよ。御影(みかげ)から、死の呪いをかけられんだ……。命懸けでわたしを護るしかないのさ。わたしが死ぬことは、自分の死ぬことでもあるからね」

 

「孫空女は、もっと単純よ。それもあなたは感じているでしょう。彼女は、そんな打算では行動はしないわ。孫空女が、命懸けで人を護るのは、そうしたいと思った時だけよ。彼女は、打算や計算を動機に行動したりしない」

 

 宝玉は言った。

 

「まあ、孫空女については、そうだろうね……」

 

「そもそも、孫空女にかけられかかった死の呪いは、解けてるでしょう。御影本人が死んだんだから」

 

「まあ、そうだね」

 

 宝玄仙もそれは認めるしかないと思った。

 そういえば、そうだ。

 改めて考えれば、孫空女には、もう宝玄仙から離れない理由はない。なんで逃げないんだろう。

 

「しかし、まあ、ほかの者はそれぞれに理由がある。朱姫は、真名をわたしに支配されている。沙那は、わたしについてこなければ居場所はない。故郷の会陽に戻っても、盗みを犯して追放された女だ。そんな場所に戻れるわけがない」

 

「それこそ、馬鹿馬鹿しい。朱姫が真名に支配されているですって? 自分でも否定していることをよくも自分自身に主張できるわねえ。半妖の朱姫が妖魔の掟に支配されるなんて、朱姫が信じ込んでいるだけで、半分以上も人間であるあの娘には、結局はそんなものは通じないわ」

 

「ふん」

 

 宝玄仙は品なく鼻を鳴らした。

 

「沙那に至っては、『服従の首輪』で支配していた時期ならともかく、いま、沙那があなたに従っているのは完全な彼女の意思よ。その気になれば、あの聡明な沙那だったら、どこにだって居場所を作れるわ。あなたみたいな、変態女の相手じゃなくてもね」

 

「そ、そんなことを言うために、わたしの頭の中に再び現れたのかい、宝玉? お前の役目は終わった。さっとわたしの無意識に戻れ」

 

「なにが無意識よ、宝玄仙。あなたこそ、わたしの無意識の中で休んだらどうなの?」

 

「なんだって?」

 

 宝玄仙は驚いた。

 

「なぜ、わたしがあなたの無意識の中で眠り、あなたが表に出ているのか、と訊いているのよ、宝玄仙。考えてみれば、逆でもいいんじゃないの?」

 

「逆?」

 

「わたしが、沙那や孫空女や朱姫と旅をするわ。彼女たちと過ごしたいのよ。だって、本当に素敵な方たちなんですもの。あなたは休んでいたらいいわ」

 

「ふ、ふざけるな、宝玉。あいつらは、わたしが見つけた供だよ」

 

「わたしは、あなたでもあるのよ。彼女たちは、わたしの供でもあるわ」

 

「い、い、か、ら、眠れ、宝玉」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あなたが初めて見つけた、心の底から信頼できる人間というのをわたしも味わってみたいのよ。人間不信に陥っていたあなたを救ってくれた彼女たちをね」

 

 宝玉は平然と言い返した。

 宝玄仙は苛々してきた。

 宝玉というのは、宝玄仙が作り出した別人格なのだ。

 闘勝仙の罠に落ちて、その言いなりになるしかなかった宝玄仙の恥獄を引き受け、彼らとの屈辱的な契約術にも応じた宝玄仙を護るために作った別人格だ。

 その別人格を完全に独立させることで、宝玄仙は闘勝仙との契約術による支配の束縛から独立し、二年をかけて自分の指にしていた無装飾の指輪を使って『服従の首輪』という霊具を作りあげた。

 それを闘勝仙に嵌め、闘勝仙に自らを殺させたのだ。

 

「なにが、わたしの人間不信を救った、だよ。冗談じゃないよ。あいつらは、わたしの旅の慰み者として見つけた玩具だよ」

 

「隠しても駄目よ、宝玄仙。帝都で闘勝仙の罠に落ちたとき、あなたは信じていた者のすべてに裏切られ、あるいは見捨てられた。調教したと思っていた鳴智(なち)桃源(とうげん)という数年来の執事に裏切られ、最後には、地方からあなたに従ってついてきた侍女たちにも見放された……」

 

「うるさいよ」

 

 思い出したくもない過去だ。

 どうして、こいつは、そんなことをわざわざ掘り起こして苛つかせるのか……。

 

「……そんなあなたは、供をなにかで縛らなければ信用できなかった。だから、供たちを支配しようとして、霊具を彼女たちに装着した。だけど、いつしか、彼女たちは、そういうものとは無関係にあなたに尽くし始めた。正直に言えば、あなたはそんな彼女たちにも、自分の心の変化にも戸惑っている……」

 

「もう、やめなと言ってるだろう、宝玉――」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「彼女たちの服従を得るには、霊具なんてもういらないでしょう?」

 

「うるさいって言ってるじゃないか、いつまでも、いつまでも」

 

「いまでは、彼女たちは、無条件でお前に尽くしてくれるわよ」

 

「だったら、どうなんだよ? それは、わたしの調教によるものさ、宝玉」

 

「調教なんかで、本当に人を支配できるの、宝玄仙? 調教で人を支配できるなら、あなたはすでに、闘勝仙の奴隷そのものになっていたわ」

 

「さっきから、本当にうっとうしいねえ。いい加減に消えておくれ、宝玉」

 

「そうはいかないわよ。わたしがいなくなれば、あなたは、あの帝都の記憶も、闘勝仙との契約術も全部引き受けなければならないのよ。闘勝仙は死んだけど、契約術は生きている。だから、わたしという存在を必要としているでしょう、宝玄仙?」

 

 闇に浮かんだ宝玉の存在が少し強くなった気がした。

 宝玄仙の心に反応するのか、宝玉の言葉に、宝玉仙が納得され始めると次第に宝玉は強くなる気がする。

 闘勝仙が死んだ直後、宝玉は、自分を支配していた存在を失い、途方に暮れるだけの弱い存在だった。

 あの姿が、闘勝仙たちの慰み者になっていた時代の宝玄仙の姿だったのだろう。

 

 その期間の宝玄仙が受けた調教の記憶は、あまり存在しない。

 すべてぼんやりとして、もやの中の出来事のように判然としない。

 宝玉が受け入れた記憶だからだ。

 

 宝玄仙側に存在するのは、闘勝仙の罠に嵌った直後の三日間の最初の調教、そして、その後、屋敷に四人組がやってきた直後の記憶、そして、宝玄仙が彼らの殺害を決意した最後の調教の場面だ。

 それ以外のすべての二年間の恥辱の記憶は、宝玉が受け持っている。

 調教の屈辱と飼い慣らされた奴隷の心とともに……。

 

「わたしは、もう、お前を必要としていない……」

 

 宝玄仙は、はっきりと言った。

 

「嘘ばっかり……。わたしがいなくなれば、あの忌まわしい記憶はあたなが受け入れることになるのよ。だったら、あの恥辱の記憶をまた分けてあげましょうか? 終わったこととはいえ、あなたの心は耐えられるかしら?」

 

「もういい。やめろ、宝玉」

 

「……屋敷の四人組に道具を使って身体をなぶられ続けた記憶はどう? 少し受け取ってよ。浣腸をされて、おしめをしたまま、大便をさせられた記憶はどう? そのまま法要をさせられたわ……。それとも、さっきの皇太子との思い出だったら、浣腸じゃなく、“命令”で自然排便を庭でしたというのもあるわ……。よく覚えてないでしょう? わたしがいなくなれば、昨日のことのように、明確な記憶にできるわ。それからねえ……」

 

「やめろって、言ってるだろう、宝玉――」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 やっと、宝玉が黙り込んだ。

 しばらく沈黙が続いた。

 その沈黙を最初に破ったのは、宝玉だった。

 

「時々でいいのよ。わたしと存在を代わって……。わたしの要求はそれだけよ。すべてをあなたに変わろうとは思っていない……。わたしはまだ弱い。わたしの望みは、あの供たちとわたしも、触れたいということだけ……。あなたが心を通わせはじめている、あの女性たちと、わたしも心を通わせたい……」

 

「ちっ……」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「……大人しく眠っていればいいじゃないか、宝玉。なんだって、いまさら……。それに、あいつらは、わたしの“性奴隷”どもだよ。お前の性癖を満足してくれやしないよ」

 

「いいの、宝玉仙? だったら、わたしにも考えがあるわよ……」

 

 宝玉が不敵に微笑んだ。

 そして、闇の中に消えた。



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102 逃避行の夜

「えっ?」

 

 宝玄仙は、自分が全裸でどこかの部屋の中にいるのを発見した。

 そして、すぐに、ここはある夜宴の会場の横の小部屋であり、その夜会において、これから晒し者になるために、全裸で待たされているのだということを漠然と思い出した。

 しかし、判然としない。

 なぜか、思考がついていかないのだ。

 

「覚悟はいいかい、宝玄仙。お前であることをばれたくなければ声を出すんじゃねえぜ。うまく夜宴を盛り上げてくれれば、後で、俺の精液をたっぷりと飲ましてやる」

 

 すると、夜会の会場側から呂洞仙(りょどうせん)が戻ってきて、宝玄仙に怒鳴った。

 

「そうだよ、宝玄仙。でも、ちょっとでも生意気な態度をとったら、顔の上の布を取り去ってしまうよ。そうすれば、明日には、美貌の八仙が、情けない姿を大勢の人間の前で晒したことが帝都の噂話に乗るだろうね」

 

 はっとした。

 鳴智(なち)だ。

 あの鳴智が宝玄仙の横にいて、細い枝で作った短い鞭をもっている。

 また、鳴智の横で、たったいま宝玄仙から脱がせた衣類を(かご)に入れて抱えているのは、桃源(とうげん)だ。

 このふたりは、宝玄仙の「世話」をする役目のために、一緒に来たのだった。

 そして、宝玄仙は、どうして自分がこうしているのかを、はっきりと思い出した。

 

 つまりは、十日に一度の精液を貰うため、呂洞仙の命令で、鳴智と桃源とともに、呂洞仙の屋敷にやってきたというわけだ。

 精液を貰わなければ、あのいき狂いの発作だ。

 あれだけはもう味わいたくない。

 すると、呂洞仙は、自分が主催する秘密の夜会に、宝玄仙が出演することを強要したのだ。

 そして、ここにいる。

 

 集まっているのは、帝都の貴族たちの中でも、嗜虐の性癖を持つ者たちの集まりで、呂洞仙は、そういう集まりをこの屋敷で定期的に開催していたのだ。

 そして、その夜会の催しのひとつとして、宝玄仙の身体を晒すというのだ。

 もちろん、宝玄仙であることがわかれば、大きな騒ぎになるから、顔には布を被せて晒さない。

 その代わり、顔以外の部分は、肉襞の皺の数までわかるほど露わにされる。

 宝玄仙に拒否する権利はない。

 ただ、受け入れるだけだ。

 

 そして、宝玄仙は、付き人としてやってきた鳴智と桃源によって、完全な素裸にされた。

 

「では、宝玄仙様、この服は隠させて頂きます。お仕事が終われば、お返ししますので、お励みください」

 

 桃源がこれ見よがしに、衣服をどこかに持って行ってしまう。

 なにが、お励みくださいだ。

 わざとらしい慇懃無礼の物言いに、宝玄仙のはらわたは煮え返る。

 しかし、これで、全裸の宝玄仙はどこにも逃げることができない。

 

「じゃあ、行くわよ、宝玄仙」

 

「ひぎっ」

 

 鳴智がびしりと、枝鞭で宝玄仙の生尻を叩いたのだ。

 激痛が走り、宝玄仙は思わず、声をあげた。

 

「ほら、前に行きなさい。もう諦めなさいよ」

 

「んぐっ、わ、わかったよ――」

 

 宝玄仙は、夜会の会場の裾まで進んだ。

 会場の小部屋を隔てるのは、緞帳代わりの大きな布一枚であり、布一枚の向こうには、立席の夜会に集まっている大勢の客の声が聞こえる。

 全裸で待たされる宝玄仙の脚は、さすがに恥辱で震え続けていた。

 

「さあ、台に乗って仰向けになれ、宝玄仙」

 

 呂洞仙が、宝玄仙の横に準備されていた台を指差した。

 宝玄仙は手で身体を隠しながら、台に横たわる。

 呂洞仙が、宝玄仙の腕を身体から外し、身体の線に沿っての台に真っ直ぐに伸ばさせる。

 

「あっ」

 

 すると、宝玄仙の腕は、台に固定されてしまった。

 呂洞仙の道術であろう。

 さらに、宝玄仙の身体に、霊気が流し込まれる。

 それにより、宝玄仙の両脚は天井に向かって高々と上がり、左右に大きく開かされた。

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 台の上に仰向けに横たわって両方の肢を大きく開いて上にあげるという羞恥だけではない。

 道術で強制されているその恰好が苦しいのだ。

 すぐに筋肉が引きつり、ぶるぶると震えだす。

 それでも、宝玄仙は脚を降ろすことができない。

 

「いい格好よ、宝玄仙。とっても、みっともなくて」

 

 鳴智は、動けない宝玄仙の乳房を指で弾くと、顔に布を被せようとした。

 

「布は、台に張りついていない。誰にでも取り去ることができるし、顔を動かし過ぎても外れるかもしれん。気をつけるんだぞ。それと声を出すな。声でお前であることがばれてしまう」

 

 呂洞仙が口を挟んだ。

 

「ま、待って、なにか、なにかを口に咥えさせておくれ――。お願いだよ」

 

 宝玄仙は慌てて言った。

 これから自分がされることは覚悟している。

 だが、声を出さないように耐えることまでの自信はない。

 

「こんなものしかないけど、いいかしら?」

 

 鳴智が笑いながら、宝玄仙の顔の前に、茶色の小型の男根に模した大きな飴の塊りのようなものを示した。

 

「呂洞仙様が調合した媚薬の飴の塊りだそうよ。これだったら、咥えさせてあげるわ。声を出さなくて済むかもね。その代わり、こんなものを舐め続ければ、お前の身体は、おかしくなってしまうわね」

 

「そういうことだ。俺の特性の仙薬の媚薬の飴だからな」

 

 鳴智の言葉を継ぐようにして、呂洞仙が嘲笑した。

 宝玄仙は歯噛みした。

 呂洞仙は、仙薬作りの天才と称されるほどの達人だ。

 その呂洞仙がそう言う限りは、その飴は怖ろしい媚薬効果があることに間違いはない。

 

「別に強要はしない。声を出さない自信があればな。いくら、顔を隠しても、声を出せばばれるかもしれん。美貌の八仙の破廉恥な姿だ。こんな面白い話はないから、尾ひれをつけて帝都中に喧伝するだろうな」

 

「それはそれで、面白いんじゃないの?」

 

 呂洞仙と鳴智が、交互に宝玄仙を愚弄して責める。

 宝玄仙は、こみあがる怒りをぐっと耐えた。

 

「それと、宴にはわたしも参加するわ。覆面をつけてね。たっぷりと尻の穴をほじってあげるから、絶対にお前は泣き喚くと思うよ、宝玄仙」

 

 鳴智が宝玄仙の乳首をこねまわしながら言った。

 

「ひっ、く、咥える……。そ、それを咥えさせておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 呂洞仙がその飴を宝玄仙の口に突っ込む。

 そして、鳴智が仰向けになっている宝玄仙の顔に布をかけた。

 

 会場を隔てる布が開けられた。

 顔の布越しだが、明るい光と大勢の客の歓声が、嘔吐さえ覚えるような激しい恥辱を宝玄仙に与える。

 

 そこで、宝玄仙は我に返った。

 いや、変だ……。

 

 自分は、確か大殷(だいいん)国の軍に泊っていた宿を襲撃されて逃げている途中だったはずだ。

 それなのに、帝都時代の記憶を繰り返して呼び起こされて、追体験させられている?

 そもそも、さっきまで、意識の部屋で宝玉と語り合っていて……。

 

 やっとわかった。

 おそらく、宝玉が宝玄仙の心を乱すために、宝玉にしかない記憶を宝玄仙に分けているのだ。

 あの女は、なぜか、宝玄仙の深層意識に眠っていたくせに、急に存在を主張して、こうやって、過去の記憶を呼び起こしてくる。

 どうやら、これがいやなら、存在を明け渡せと宝玄仙に迫っているのだろう。

 

 宝玄仙は、全力で自分の存在に意識を集中した。

 

 

 *

 

 

「ご主人様――」

 

 朱姫の声だ。

 宝玄仙は身体を起こした。

 身体の揺れで、自分が舟の上にいることに気がついた。

 

「わたしは、眠っていたかい、朱姫?」

 

「さあ……。少しだけ、まどろんでおられたように思えましたが……」

 

「どれくらいの時間だい? かなり、城郭からは離れたのかい?」

 

「まだ、ほんの少しですよ。さっき出発したばかりですから」

 

 思ったよりも長い時間ではなかったようだ。

 ほんの少しのまどろみの中で、宝玄仙は帝都で受けた仕打ちの記憶の一端を呼び起こされ、そして、さらに深層意識の中で、宝玉という別人格から、存在の一部を分けて欲しいと要求された。

 さらに、全く別の破廉恥な夜会の記憶まで再体験させられた……。

 あの宝玉は、いったい、どういうわけで存在を主張し始めたのか……。

 

「ご主人様、申し訳ありません。予定変更です。待ち伏せです」

 

 舟の先端にいる沙那だ。

 宝玄仙が、舟が進んでいる方向を見ると、河面にびっしりと篝火が浮かんでいる。

 

「教団に律義な連中だねえ。ご主人様を捕えるために水軍まで動かすなんてさあ」

 

 舟尾で舟を操っている孫空女が声をあげた。下流に向かっていた舟が方向を変えて右岸に向かい始めた。

 背後では銅鑼が鳴っている。また、下流の篝火が少しずつこちらに向かってやって来るようにも感じた。

 舟が岸辺に近づく。

 葦の中に舟が入っていく。

 

「とにかく、山の中に逃げ込みましょう。逃げ込んでしまえばなんとかなります」

 

 浅瀬に着くと、沙那が水の中に飛び込んだ。下半身を水に浸けて、舟を掴んで引っ張る。

 朱姫が舟に置いてある荷を背負った。

 六個あった葛籠はひとつになっている。

 ほかはすべて宿屋とともに灰になったはずだ。

 沙那に引き続いて、朱姫が葛籠を背負って降り、そして、岸に孫空女が降りた。

 

「ご主人様、背中に載って――」

 

 孫空女が舟の外から背中を差し出した。

 宝玄仙が背中に載ると、沙那を先頭に岸辺に向かって進みだした。

 先頭は沙那で、その沙那が細剣を抜いて、邪魔な葦を斬り払いながら進む。

 朱姫、そして、宝玄仙を背負った孫空女が続く。

 しばらく進むと、固い地面のある場所に到着した。

 宝玄仙は孫空女の背から降りた。

 

「朱姫、お前の『移動術』の出口を念のために、この辺りに結んでおいてくれる」

 

 沙那が朱姫を見て言った。

 

「わかりましたが、あたしたちがここにいたことは、それで探知されますよ、沙那姉さん」

 

「仕方がないわ。どうせ、こっち側に逃げたことは、ばれているわ。それよりも、いよいよ、包囲されたときは、一か八か『移動術』でここに戻るという選択肢も考慮に入れたいのよ」

 

 『移動術』は、瞬間移動で結界から結界に移動する術だが、あらかじめ出口となる場所に道術紋を刻んでおく必要がある。

 だが、それを刻むことで、ある程度の実力を持った術遣いなら、ここに残る術の痕跡を探知できる。

 だから、宝玄仙がここから岸にあがったことが追手にわかるということだ。それを沙那と朱姫が話しているのだ。

 

「だけど、ここに『道術紋』を残せば、ここに逃亡することを予想して、ここにも兵を伏せて置くんじゃない、沙那?」

 

 孫空女だ。

 朱姫と同じことを心配しているようだ。

 

「わかっているわ、孫女。だから、それは最後の手段よ。絶体絶命のときに、別の場所で死ぬのか、それとも、ここで死ぬかの選択をすることができるわ」

 

 沙那は言った。

 

「わたしが刻むよ。ある程度の探知を阻害する術も加えておく」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫の術で刻む『結界術』の出口よりも、宝玄仙の刻む出口の方が確実だし、ほかの術遣いには探知しにくいような処置も施すことができる。

 ただ、基本的には、術遣いの『移動術』の入口と出口は、同じ術遣いでなければならないので、ここに転送してくるときには、宝玄仙の道術ということになる。

 

「では、お願いします」

 

 沙那が言った。

 そのときには、もう、宝玄仙は道術紋を刻み終わっていた。

 

「ご主人様、とにかく、走るしかありません。追手がかかることは確実です。いまわたしたちを追いかけている軍を振り切るには、彼らが予想しているよりも遠くに逃げて、彼らの包囲網の外に出るしかありません」

 

「わかったよ、沙那」

 

 宝玄仙は頷いた。

 しばらく、闇の中を走ると、道が登り坂になり、周囲が深い森に包まれていく。

 河辺の平らな地域から、山道に差し掛かったのだとわかった。

 宝玄仙は息切れをしていた。

 

「休みましょう」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙は、岩の上に座り込んだ。

 

「後ろを警戒しているよ」

 

 孫空女がそう言って、後方の道の切れ目まで戻って行った。

 

「あたしは、前に出ます」

 

 朱姫が立ちあがった。

 

「よろしくね」

 

 朱姫と孫空女がそれぞれに前後に警戒に出て、沙那とふたりで残った。

 宝玄仙は、座り込んだままだったが、その宝玄仙の眼の前に、沙那が水筒を差し出した。

 それを受け取り、喉を潤すと水筒を沙那に返す。

 沙那はひと口だけ水を口に含むと、しばらく口の中で水を含ませ、それから飲みこんだ。

 

「このところ、諸王国の追補も厳しくなった気がするね、沙那」

 

 宝玄仙は石に座ったまま言った。

 

「諸王国の各王家は、大なり小なり、東帝国の皇帝家や教団の強い影響力を受けていますから、基本的には手配人の捕縛の依頼を受ければ、それに従うしかありません。これまでは、東帝国の手配書がまだ、出回っていなかったというところもあり、比較的、気にせずに宿町や城郭も利用していましたが、これからはなるべく自重した方がいいかもしれません」

 

 沙那は立ったまま、周囲に視線を動かしながら言った。

 

「なあ、沙那……?」

 

「なんでしょう?」

 

 沙那は宝玄仙に視線を向けず、周囲を油断なく警戒したまま返事をした。

 

「お前、なんで、わたしと一緒にいるんだい?」

 

「はい?」

 

 沙那が不審な表情をこちらに向けた。

 

「だから、なんで、わたしと一緒にいるのかと訊いているんだよ。こんな異国で兵に追いかけ回されるような羽目になってまでさあ」

 

「ご主人様、お忘れになったんですか? あの愛陽の城郭でわたしを騙して『服従の首輪』を嵌めて、無実のわたしを犯罪者に仕立てて供にしたのはご主人様ですよ」

 

 沙那は不思議そうな顔をしている。

 

「そうだね……。だけど、わたしは、正直に言えば、もっとましな状況を予想していたのさ……。帝国領を出さえすれば、教団もわたしにはこだわらないと思ったし、諸王国の軍を動かしてまで捕縛をしようとするとは想像していなかった……」

 

「ご主人様?」

 

「……わたしは、教団の追及を甘く見ていたかもしれない。とにかく、ここまでひどい状況になるというのはわたしの予想外だ。だから、お前がそれでも一緒にいる理由を知りたいのさ」

 

「どうしたんですか? いまさら……」

 

 沙那は不審顔だ。

 当然だろう。宝玄仙自身が、なんでこんなことを喋っているのかわからない。

 宝玉に頭の中をかき回されたせいだと思った。

 しかし、宝玉に乱された心は、落ち着きを取り戻さない。

 激しい不安感が宝玉仙を支配していた。

 

 信用していた者たちに裏切られる――。

 あんな、思いはもう嫌だ。

 沙那は信用できる。

 それは間違いない。

 だが、それをなにかによって確かめたい。

 そういう心の渇望が宝玄仙を落ち着かなくさせている。

 

「沙那、お前は頭がいい。だから、訊ねるけど、もしも、お前が、わたしを護るためではなく、お前だけを護るとしたら、こうやって逃げ回ることよりも、ましな選択肢はあるかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、沙那が口元で笑ったような気がした。

 沙那が、宝玄仙に向かい合いように手頃な石の上に腰を降ろした。

 

「そうですね……。わたし自身だけが助かるためには、さっさとご主人様を売り渡すでしょうね。教団や諸王国の軍が追いかけているのは、わたしたち供じゃなくてご主人様です。ご主人様が教団に捕縛されれば、あたしたちへの追及はなくなるでしょう。それで、わたしは、烏鶏(うけい)国にでも戻ります」

 

「烏鶏国?」

 

「ご主人様はご存じなかったかもしれませんが、あの新しい国王に、わたしは誘われたんですよ。王軍の将校にならないかと。とりあえず、私軍の傭兵扱いですが、功績次第では正式採用だそうです。そして、わたしは、功績をあげる自信はあります」

 

 沙那は、くすくすと笑った。

 もしかしたら、烏鶏国で新しい人生を送る自分を想像したのかもしれない。

 

「まあ、お前なら、どこでも間違いないだろうね」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那ほどの人材なら、どこでも引く手あまただろう。

 頭がよく、剣技も抜群。

 そして、冷静に物事を判断して、人に指図ができる能力もある。

 さらに、人の眼を引く、可愛らしい美貌だ。

 孫空女や朱姫だけでなく、宝玄仙自身も沙那の判断に頼る癖がついている。

 自然とそうなるのだ。

 それだけ、沙那が頼りになる人材だからだ。

 

「……じゃあ、なぜ、お前はそうしないんだい? このわたしは、お前の忠誠心を刺激するような人間ではないだろう……? いいよ、そんな顔をしなくても……。今更、お前がどんな答えをしようと怒りはしないよ、沙那」

 

「そ、そうですね……。確かに、ご主人様は、積極的に忠誠心を寄せたくなるような方ではないかもしれません」

 

 仕方なくという感じで、沙那は言った。

 

「だったら、なぜ、お前はここにいるんだい? なぜ、ここでわたしの慰み者になる毎日を送っている? なぜ、お前はわたしを裏切らないと言える?」

 

「ご主人様、やっぱり、おかしいですよ。どうしてそんなことを訊ねるのですか?」

 

 沙那は真顔になって言った。

 

「……帝都でわたしが闘勝仙(とうしょうせん)という男の罠に嵌り、二年間の恥辱の日々を送ったというのは話したよね」

 

「ええ」

 

 沙那は真剣な表情で頷いた。

 

「だけど、それはわたしに一番つらかったことではなかったんだよ。わたしに衝撃を与えたのは、むしろ、わたしが信じていた者たちに裏切られ、あるいは、見捨てられたことさ。わたしが信じていた者は、すべて闘勝仙側に加担し、わたしはたったひとりになってしまっていた。わたしが本当に衝撃を受けたのはそのことさ。つまり……」

 

 宝玄仙は語った。

 宝玄仙を裏切った鳴智(なち)という奴隷のこと……。

 桃源(とうげん)という執事のこと……。

 恵圭(えけい)という侍女のこと……。

 闘勝仙に脅されて宝玄仙を見捨てることを簡単に選択したほかの侍女たちのことを語った。

 皇太子との確執も話した。

 もしかしたら、ここまで追求が厳しいのも、あの皇太子が宝玄仙を殺そうと必死になっているのかもしれないとも言った。

 

 話をする間、沙那はじっと宝玄仙の顔を見つめていた。

 

「わたしたちのことも信用できませんか、ご主人様?」

 

 話が終わった後で沙那は言った。

 沙那の顔は、静かな微笑みを浮かべていた。

 宝玄仙は、一瞬、その笑顔に激しい眩しさを感じた。

 

「お、お前たちのことは、信用しているさ。この宝玄仙が調教し、そして、躾けた玩具たちだしね」

 

「そういうことです、ご主人様――。では、もう出発しましょう。夜のうちはできるだけ進み、明るくなったら、どこかで休むことも考えます」

 

 沙那は立ちあがった。

 宝玄仙は、宝玉によって呼び起こされた不安感がなくなっていることに気がついた。

 

 自分のことを語る。

 それが、こんなにも心を晴れやかにするということを、宝玄仙はこれまで知らなかった。



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103 悪夢の波状攻撃

 宝玄仙は、歓声の中を両脚を天井にあげて、大きく開脚した格好で進んでいく。

 これは、また悪夢だ。

 しかも、先日、見させられた悪夢の続きだ。

 忌まわしい夜会の記憶の再現だ。

 宝玄仙は悟った。

 

 大殷(だいいん)国のしつこい軍隊に追われ続けて、数日目――。

 

 大殷国は、東方帝国の西の国境から数えて、烏欺(うき)国、万寿(まんじゅ)国、宝象(ほうぞう)国、烏鷄(うけい)国、衝陽(しょうよう)国、そして、大殷国と続く六個目の王国になる。

 東帝国領を脱するまでは、教団の最高幹部としての旅をしてきた宝玄仙だったが、帝国領を越えて、その西方の諸王国領に入ると、教団の追及は急に激しくなってきていた。

 

 しかし、ここまで本格的な軍の出動を受けたのは初めてだ。

 いくら、宝玄仙が強力な道術遣いだといっても、こっちはたったの四人だ。

 だが、その四人に対して、大殷国は、数千の勢力の軍で宿を包囲し、水軍まで出動して捕えようとした。

 沙那たち供に護られて、宝玄仙はなんとか軍に包囲された宿を脱出し、大胡国の西側の国境目指して山中に入ったが、それでも、大殷国の軍は追跡を諦めず、山狩りを開始した気配である。

 とにかく、夜に移動し、昼に休むということを数日続けている。

 その逃避行の何日目かであり、宝玄仙は孫空女が偵察で発見した洞窟で休んでいた。

 前の夜も夜通し走り、身体は疲労の極致だ。

 

 朱姫が見つけてきた木の実で空腹と喉の渇きを潤すと、宝玄仙は洞窟の中の地面に直接横になったはずだ。

 すると、宝玄仙は、あの夜会の記憶に連れ込まれていた。

 つまり、これは夢なのだ

 

 また、あいつか……。

 宝玉……。

 しつこいぞ――。

 

「さてさて、これなるは、さる有名な貴婦人でございますが、露出癖が高じて、こうして時々、その変態を発散しなければ狂ってしまう、色情狂なのでございます。どうぞ、この変態女の身体をとくとご覧ください」

 

 呂洞仙(りょどうせん)の手の者の口上が布に顔を被された宝玄仙の横で叫ばれた。

 大勢の人間が、大きく開いた宝玄仙の股間の周りに集まる気配を感じた。

 宝玄仙は、大勢の人間に秘肉まで曝け出すという地獄のような羞恥に気が遠くなりそうだった。

 しかも、口に咥えている媚薬の飴のおかげで、身体の内部から溶け出すような疼きが湧き出している。

 こみあがる快楽の波は、宝玄仙が隠したい秘部を犯し、そこから甘美な痛みにも似たものを拡がせていてる。

 宝玄仙は、自分の淫孔がじだじだと濡れはじめるのを感じていた。

 

「なるほど、露出狂というのは本物のようだな」

 

 宝玄仙の恥部を観察している客のひとりが言った。

 

「確かに、こうやって見られるだけで、濡れるというのは異常ですな」

 

 違う――。

 露出狂なんかじゃない。

 これは、口に咥えさせられている媚薬のせいだ。

 宝玄仙は叫びたかった。

 だが、燃えあがる身体からは、汗とともに淫らな涎が下の口から流れて出ているのがわかる。

 

「ならば、いっそこのこと、この布を取り去ってあげればいいんじゃないのかしら? これほどの色情狂なのであれば、身体だけを見せるでは我慢できないんじゃないの? もっと、恥を晒してやったらいいわ」

 

 女客のひとりがそう言って、宝玄仙の顔に被っている布に触れた。

 宝玄仙は恐怖した。

 

「まあ、そのうちに、そういう機会も作りましょう。今夜のところは、顔よりは、この貴婦人の陰部をゆっくりとご覧ください。なかなかのものですよ」

 

 鳴智(なち)の声だ。

 いつの間にか、横に来ていたようだ。

 宝玄仙の顔を覆っている布を取ろうとした客を軽くたしなめてくれた。

 

 すると、不意に宝玄仙の腰の下の台だけがせりあがった。

 宝玄仙の秘部は、一層見えやすくなったはずだ。

 

「誰か、指を入れてみてください」

 

 鳴智の声――。

 すぐに宝玄仙の秘部にずぶずぶと誰かの指が差し込まれる。

 媚薬に溶かされている宝玄仙の下の口はそれを簡単に受け入れる。

 

「……力一杯締めつけな、宝玄仙。やらなければ、ここで顔の布を取り去るわよ」

 

 鳴智が囁いた。

 宝玄仙は、秘肉の内襞を緊縛させて、差し込まれた指を懸命に締めた。

 

「こ、これは、凄い。まるで獲物に捕らえられた気がする」

 

「そうでしょう。この女は露出狂であるだけじゃなく、なかなかの鍛えあげられた名器の持ち主ですよ」

 

 鳴智が観客を呷ると、周囲からどっと歓声が起きる。

 この悔しさ――。

 この屈辱――。

 心身ともに打ちひしがれる。

 自分という人間が喪失していく錯覚さえ覚える。

 

「しかし、本当にこの女は興奮しているようだねえ。肉芽のことは、“貝柱”にもたとえることもあるが、そのとおり、こんなに大きくなるものなのだな」

 

「そう言えば、こんなに明るい場所で、ここまでしげしげと眺める機会はありませんな」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげそうになり、媚薬の飴を噛む歯に力を入れた。

 何者かの指が、宝玄仙の突起した肉芽を軽く押したのだ。

 ぞっとするような嫌悪感ともに、妖しい興奮が宝玄仙に走った。

 

「そんなにここを触られるのが嬉しいのかね、君は?」

 

 肉芽が指でくるくると擦られる。

 いや、一本だけじゃない。

 数本の指が宝玄仙の股間に伸びてきた。

 二本、三本と熱くなっている粘膜の層に指が入ってくる。

 

「こうやって、とろ火のままなぶり続けるのも一興ですが、今夜は初見です。どれくらいこの女が、簡単に気をやってしまうのかお見せしましょう」

 

 呂洞仙の声だ。

 

「この肉芽の薄い皮膜を剥きます。剝き出しにした実を、ひと擦り、ふた擦り……」

 

 絶対に気なんかやるものかと身体を緊張させる。

 しかし、それとは裏腹に、宝玄仙の身体は意思を裏切る。

 あっという間だった。

 激しい快感が、恍惚の向こう側に宝玄仙を飛翔させた。

 ふと気がつくと、大勢の客の前で恥を晒して震える自分がいた。

 

「なるほど、簡単なものですな」

 

「露出狂で、淫乱で、色情狂の女ですか……。さぞ、味の方も格別そうですね」

 

 浅ましい姿を示してしまったことに、宝玄仙は羞恥を越えた衝撃を受けていた。

 こんなにも快楽に弱いわけがない。

 本来の宝玄仙は、もっと自分の性欲を制御できるのだ。

 それと同時に、自分がすべてを曝け出させられるこの屈辱を、一種の悦びにも感じている自分が存在することも知覚した。

 

 いずれにしてもこの宝玄仙は、官能の刺激に対する耐性がなさすぎる。

 そして、自分の中に隠れていた被虐性を外に引きずり出されている。

 それは恐怖だった。

 これは、宝玄仙ではない。

 だが、紛れもなく自分でもある。

 

「それでは、いまの速さを覚えておいてくださいね。次は、肛門です」

 

 鳴智の声だ。

 宝玄仙は歯に力を入れた。

 最初の三日間で、宝玄仙は尻を触られただけであっという間に快楽を貪る身体にされた。

 お尻は、宝玄仙の最大の弱点になっている。

 そんな場所をこんな衆人の中でなぶられるのは嫌だ。

 だが、それとともに、そんな姿を曝け出さなければならない自分に興奮もしている。

 まるで、別の人間が宝玄仙の中にいるようだ。

 その宝玄仙が、被虐される悦びに振るえている。

 

「いきますよ、皆さん。数をかぞえてください」

 

 鳴智が会場をあおる。

 媚薬で熟れきっている宝玄仙の肛門に指が入れられる。

 肉襞が激しく擦られる。

 

「一………二………三………」

 

 会場に見物客が数をかぞえだす。

 すぐに快楽に支配される。

 もう、なにも考えられない。

 羞恥心も消える。

 ただ肉の欲望だけが宝玄仙を包む。

 宝玄仙は、大きく身体を震わせて果てた。

 どっと揶揄の声が部屋中からあがった。

 あまりの恥辱に宝玄仙の意識は、次第にかすれていった。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙は意識を取り戻した。

 また、闇の中だ。

 宝玄仙の顔の前には宝玉がいる。

 今度は、意識の世界か……。

 宝玉は、くすくすと笑っている。

 

「そろそろ、あなたは、自分にも被虐の心があることを悟ったでしょう? わたしも悟ったもの。それで、わたしは、彼らから与えられる恥辱を否定しながらも、それを快楽として受け入れていくようになったのよ。あなたもそうよね?」

 

「一緒にすんじゃないよ。苛められて悦ぶのは、お前の専売特許だよ」

 

 宝玄仙は悪態をついた。

 いい加減にうんざりだ。

 こいつときたら、このところ、宝玄仙が微睡むたびに、ああやって悪夢を再現して、宝玄仙に追体験させるということを繰り返している。

 本当に、しつこい――。

 

「おそらく、さっきの呂洞仙の秘密の夜会がわたしの自覚のきっかけだったと思うわ……。わたしがそうだったんだもの。あなたも、さっきは同じことを感じたでしょう、宝玄仙? 惨めで死にそうだったけど、身体は疼いたでしょう?」

 

「余計なお世話だよ」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 だが、宝玉は反応した感じはない。

 動じた様子もなく、喋り続ける。

 そういえば、こいつは、そういう女だった。

 

「どうだった、いまのは堪えた? あんな記憶だったら、いくらでもあるわよ……。そうだ。今度は、漢離仙(かんりせん)の屋敷で、あいつの奴隷たちの一物をひとつひとつ舐めさせられた記憶はどう? それとも、浣腸を受けた身体で、皇太子の飼い犬をけしかけられ、何刻も大便を垂れ流しながら庭中を走りまわった記憶は?」

 

「もういい、宝玉」

 

「ああ、そうだ。さっきの呂洞仙(りょどうせん)の屋敷の秘密夜会の二度目の宴がいいか……。露出狂で淫乱だということになったわたしたちは、股間に股縄をされて、全裸で給仕をさせられたわ。一応、仮面をしていたけどね。そんな格好でわたしは酒を注いで回ったわ。挙句の果てに受けた恥辱は群を抜いているわよ。それにしようか、宝玄仙」

 

「もう、やめておくれよ、宝玉―――」

 

 宝玄仙は思わず叫んだ。

 しかし、宝玄仙は、またもや強制的に記憶の世界に追いやられた。

 

 

 *

 

 

 疼きにこらえられず、宝玄仙は何度目かの吐息をついて立ちどまった。

 

「酒がなくなった、注げ」

 

「いや、こっちが先だ」

 

「俺にもついでくれ」

 

 歓声が飛び交う宴会の座を、宝玄仙は酒瓶を持って動き回る。

 正体がわからないようにするために、顔の上半分覆う顔飾りの下で、宝玄仙の顔は激しい淫情のために上気し、額に汗で髪がはりついている。

 

 呂洞仙の催す夜会における二度目の余興としての参加だ。

 今回の趣向のために、宝玄仙は全裸にされ、乳首にひとつづつ鈴を結ばれた。

 そのような娼婦のような格好では飽き足らず、“客達が宝玄仙に粗相をしてはならない”と言って、股縄を施したのだ。

 しかも、動くたびに疼きが宝玄仙に伝わるよう、宝玄仙の下腹部に三個の結び目をしっかりと食い込ませている。

 また、両手首には革の手錠をはめられており、同じ物が足首にもはめられている。

 

 宝玄仙は想像したことすらない仕打ちに、生きる心地もなかったが、心を閉ざして、この屈辱に耐えるしかないと覚悟を決めて客のあいだ周り、酒を注ぎまわっている。

 しかし、股縄の結び目は、たちまちのうちにその効果を発揮し、たびたび、股間を貫く刺激に腰を落としそうになっては、何とか気力で持ちこたえるということを繰り返している。

 

 宴会が始まりしばらくすると、宝玄仙の股間に食い込んだ縄は、汗以外の分泌液でぐっしょりと濡れ始めたのだ。

 

「この女、元気がありませんな」

 

 宝玄仙は、酒を注ごうとする一人の客に声をかけられた。

 そしてその手は、縄の食い込んだ黒い繊毛に伸びた。

 

「この女の下の毛は、手入れが不足していますよ。結構毛深いですなあ」

 

「ひっ」

 

 宝玄仙は思わず腰を引いた。

 はずみで瓶の酒が、その客の手にこぼれてしまった。

 

 宝玄仙ははっとした。

 そして、その客が、太極伯(たいきょくはく)という男であることに気がついた。

 宝玄仙は、むかしからこの男を嫌っていた。

 何度か言い寄られたことがあり、面倒くさいので、こっぴどく道術で痛めつけたこともある。

 それから、この男は露骨な性的嫌がらせをすることはなくなった。

 

「これは、ひどい……」

 

 太極伯は、顔色を変えずに言った。

 

「……呂洞仙殿、この貴婦人の……、いや女奴隷の失敗に対する罰をこのわたしにさせてはもらえまいか?」

 

 そして、さらに続ける。

 呂洞仙は、宝玄仙のことを“某貴婦人”ということにしていた。

 身分の高い貴婦人だが、露出狂の淫乱な性癖が収まらず、こうやって恥を晒すことで発散しているという設定だ。

 だから、客たちは上半分を仮面で覆った宝玄仙をどこかの貴族夫人とでも思っているはずだ。

 

「いいとも、あなたにお任せしよう、太極伯」

 

 呂洞仙は上機嫌に応じた。

 宝玄仙は、数名のほかの客に肩を掴まれた。

 これからなにが始まるというのか。

 

 太極伯は、呂洞仙の家人に命じ、木製のはしごを準備させた。

 そして、宝玄仙の両手・両足の枷を外すと、はしごを背にして手足首を結び付けた。

 宝玄仙は、万歳をして足を開いたままの格好で固定されたことになる。

 

「諸君、今からこの女奴隷に罰を与えましょう」

 

 太極伯は、そう言って、股縄を取り外した。

 宝玄仙は、仮面の下で激しい悔しさに眼をつぶった。

 観客のすっかり充血した宝玄仙の下腹部が露わになったはずだ。

 

「おお、この女は、随分と感じておられたようですなあ」

 

 観客たちが宝玄仙の恥部を見て嘲笑する。

 宝玄仙は唇を噛んでまま顔をあげない。

 このまま、石になりきろうと思った。

 そうすれば、耐えられるはずだ。

 

 だが、太極伯がとり出したものを見て、宝玄仙は愕然とした。

 宝玄仙は、それを何度も使われたことがある。

 だが、こんなに大勢の人間の前で使われたことはもちろんない。

 

「これは、浣腸器と呼ばれるものです。この管にこの薬液を吸い込みます」

 

 太極伯は、大袈裟な仕草で口上のように告げると、準備した薬液をその浣腸器に吸い上げた。

 宝玄仙は、本当にこれから浣腸をされようとしていることを悟った。

 

「……そして、先端をこの女の肛門に差し込んで体内に注入するわけです。腸に注がれた薬液は、この女に猛烈な便意を促します」

 

 太極伯が説明を続ける。

 

「面白い趣向ですよ、太極伯」

 

 呂洞仙が相好を崩して言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 あまりにも強く口を噛んだので、口の中に血の味がした。

 すると、呂洞仙が中心に出た。

 

「……しかし、こいつは縛られて動けない。即ち、我々の目の前で排便をすることになるわけだ……。どれ、この宝玄仙がどんな格好で大便をなさるのか、見物するとしましょうか、皆さん」

 

 宝玄仙は、愕然とした。

 たったいま、呂洞仙は、宝玄仙の名を呼んだ――。

 呼んだのだ。

 ついに、暴露したのだ。

 この状況でわざと……。

 呂洞仙が宝玄仙の上半部を隠していた仮面をさっと取り去った。

 思わず、宝玄仙は眼をつぶる。

 目をつぶれば、客たちの視界から自分の姿が隠れると思いたかった。

 

「宝玄仙、眼を開け。お前の顔をみんなに見てもらえ」

 

 呂洞仙が宝玄仙の顎を掴んで、まっすぐ前を向けさせる。

 

「りょ、呂洞仙……、き、貴様……」

 

 宝玄仙は眼を開けて、呂洞仙を睨んだ。

 心の底からこの男が憎いと思った。

 

「ここにいる者は全員が秘密を守れる。宝玄仙、心配するな。ここで起こったことが外に漏れることはない。ちなみに、半月前の夜会のときも、客たちはあの裸体がお前であることを知っていたよ。知らないふりをしていただけだ」

 

 宝玄仙は、眼の前が真っ暗になる気持ちだった。

 八仙である宝玄仙が、こんな痴態を晒すのを見られた。

 知られていたのだ。

 なにもかも終わりだ。

 もう、帝都にはいられない。

 そうしている間にも、客たちは座を移動し、宝玄仙の縛られた梯子の周りに集まってきた。

 

「じゃあ、そろそろ、薬液を注入してやろう、宝玄仙。その美しい身体から、どんなに汚いものが出るのかじっくりと見物させてもらおう」

 

 太極伯が宝玄仙の肛門に浣腸器を近づけた。

 

「し、死んだって、そ、そんなことするものかい……」

 

 宝玄仙は不自由な体を揺すって叫んだ。

 しかし、はしごはびくともしない。

 

「せいぜい抵抗してくれ、宝玄仙。もっとも、この浣腸器にも道術がかかっている。いくら逃げても逃げられんよ、宝玄仙」

 

 太極伯は、浣腸器の先端を宝玄仙の肛門に差し込んだ。

 

「う、うう」

 

 宝玄仙はうめいた。

 懸命に腰を激しく動かして、浣腸器の先を肛門から出そうとするが先端が外れることはない。

 ゆっくりと宝玄仙の身体に浣腸液が注がれていく。

 

「こ、こんなことして、なにが面白いんだい――」

 

 宝玄仙は脂汗をにじませて喚いた。

 だが、太極伯は、浣腸器の中の薬剤を一気に宝玄仙に注ぐということはしなかった。

 ほんの少しだけ薬剤を宝玄仙の中に注ぎ込むと、いったんそれを中止し、肛門に突き刺した浣腸器の先をくるくると肛門の中で回した。

 

「あ、ああっ」

 

 宝玄仙が思わず嬌声をあげると、観客がどっと沸いた。

 しばらくして、すっぽりと浣腸器の先端が抜かれる。

 太極伯の指が、今度は宝玄仙の勃起している肉芽を粘っこく愛撫する。

 耐えようと思ってもどうしても声が出てしまう。

 そうして、ひとしきり宝玄仙を泣かせると、再び、浣腸器の先を肛門に差した。

 そして、また、ほんの少し薬剤を入れる。

 次は、また浣腸器を抜き、肉芽を愛撫――。

 

 快楽の源を交互に、しかも、大勢の人間に見られながらいたぶられるという屈辱に、宝玄仙は、もう、なにも考えることができなかった。

 だが、それに伴う異様な甘美感に宝玄仙は、どっぷりとした情感に酔うような心地にもなる。

 宝玄仙は翻弄された。

 

「ああ、気が……気が狂いそう……。もう、ひと思いに、やって……」

 

 宝玄仙はついに哀願した。

 浣腸液を少量ずつ注がれては肛門をいたぶられ、そして、肉芽をいたぶられ、また、浣腸液を注がれ、肉芽を刺激される……。

 宝玄仙は、身体を激しく仰け反らせた。

 もう、限界だ。

 すでに下腹部の苦痛は、じわじわと宝玄仙を襲い始めている。

 その宝玄仙の下半身を執拗になぶる太極伯の手腕に宝玄仙は、すっかりと屈服していた。

 

「……これで全部だ、宝玄仙」

 

 やがて、やっと全部の薬剤を注ぎ終わったらしい太極伯が、宝玄仙の横尻をぴしゃりと叩いた。

 宝玄仙には、もう、それに反応する気力はない。

 すでに、激しい鈍痛が宝玄仙を襲っている。

 猛烈に襲ってきた便意に耐える。

 

「さて、お愉しみの時間だ、宝玄仙」

 

 太極伯は、はしごを支えていた呂洞仙の家人に合図をすると、はしごを反対にさせた。

 

「ああ、なにするんだい──」

 

 思わず叫び、それを聞いて客たちはいっせいに歓声をあげた。

 宝玄仙は、頭を下にして、今にも爆発しそうな肛門を客たちの目線の下にさらけ出したのだ。

 

「離して、離しな──。いえ、離してください、お願いです」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「いやあ、まだまだ、責めは終わらぬ。面白いのはこれからだぞ、宝玄仙」

 

 太極伯は、一個の羽根を受け取り、肛門をひとなぜした。

 

「ひいいいっ」

 

 宝玄仙は身悶えた。

 全神経の集中している器官をいたぶられて、狂いそうになる。

 

「いまは我慢した方がいいだろうな。もし、いま噴出したら、糞まみれになってしまうぞ、宝玄仙」

 

 再び羽根でくすぐる。

 

「だ、誰か……た、助けて……、うう、いいい」

 

「教団の誇る八仙の宝玄仙ほどの者がだらしない。まだまだ我慢できるはずだ。さあ、代わってくれ。ここにいる全員の羽根の洗礼を浴びるのだ、宝玄仙」

 

「これは、挨拶受けだと思え、宝玄仙。これからお前は、この夜会に定期的に出演することになる。ここにいる全員が、お前のご主人様だぞ」

 

 呂洞仙が言った。

 もはや、その声も聞こえない。

 少しでも気を緩めれば肛門の筋肉をゆるめさせてしまう怖ろしい刺激にひたすらに抵抗するだけだった。

 その苦痛に顔を歪める宝玄仙の肛門を刷毛がくすぐり続ける。

 

「お、お願いです……。厠に……厠にもう行かせてください……」

 

 もう駄目だ――。

 限界……。

 

「厠へ……」

 

 宝玄仙は夢遊病者のように呻いていた。

 そして、ついに、限界がやってきた。

 汚物が噴きあがって、全身に落ちてくる。

 観客が爆発したような大歓声をあげた。

 

 

 *

 

 

 息が苦しい。

 吐きそうだ。

 頭が割れそうに痛い。

 いつの間にか、宝玄仙自身の心の中、つまり、意識の部屋に戻っていることに気がついた。

 そばに宝玉がいる。

 

「知らなかったでしょう、宝玄仙? あなたが闘勝仙たちの性奴隷だという事実は、かなり知れ渡っていた公然の秘密だったのよ。これで、教団だけでなく、帝国政府もまた、あなたを捕縛させようとしている理由がわかったかしら?」

 

「もういい……」

 

「……あなたの凌辱の催しに参加していた多くの大貴族たちが、うまく逃げおおせそうなあなたを怖れているのよ。だから、教団の要求に応じて、帝国政府は捕縛の依頼を諸王国にもしているの。帝都には、あなたが生きていては、枕を高くして眠れない者が大勢まだいるのよ」

 

「もういいよ、宝玉」

 

 宝玄仙は、喋り続ける宝玉から眼を逸らせた。

 すると、眼の前の宝玉が消え、宝玄仙の視線に方向に宝玉が出現した。

 

「まあ、動揺しちゃって、可愛らしいところもあるじゃないの、宝玄仙」

 

「もう、なんなんだよ、宝玉──」

 

 宝玄仙は闇の中で頭を抱えた。

 

「だったら、わたしのお願いをきいてよ」

 

「……頼むよ、宝玉。もう、消えておくれよ。いまは、お前とゆっくりと話をするような状況じゃないんだよ。大殷(たいいん)軍という諸王国の軍に追い回されてんだ。逃げてるんだ、わたしらは」

 

「大丈夫よ。どうせ、あなたは大したことはできなくて、供に護られているだけなんでしょう? 頼りになる供よねえ。本当にうらやましいわ」

 

「いいから、消えろ、宝玉――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「消えてもいいの、宝玄仙? さっきのような記憶が、あなたの頭になだれ込むのよ。ありとあらゆる忌まわしい二年の記憶がね……。あなたが封印し、記憶から消し去った記憶がね。わたしが消えるということは、封印した記憶があなたを襲うということよ。わたしという別人格が存在しなければ、あなたの精神は、ふたつにも三つにも砕けているわ」

 

「なにが言いたいんだよ、宝玉?」

 

 宝玄仙は、頭を押さえてしゃがみ込んだ。

 とても立っていられない。

 

「あの二年間を本当に耐えたのはわたし。あなたはなにもしなかった。わたしにすべてを押しつけただけ。わたしが、あの二年、なにを考えていたか知りたい? 死ぬことよ。連中から与えられる恥辱を快楽として受けとめてしまうようになった自分の本質を知ったとき、わたしは、自殺することを望んだわ。闘勝仙の道術でそれをとめられていたからできなかったけど……」

 

「自殺だと?」

 

「そうよ。死にたかったのよ。あの二年間ずっとよ。心の底から死にたかった――。誰にも助けてもらえず、すべての人間を信用できず、どの人間が自分の境遇のことを知っているかもわからず……。そういう砕けそうな思いをわたしは、すべて背負わされた。すべてよ。あの仕打ちのすべてを……。そのまま死のうと思った。この宝玄仙は死のうと思ったのよ」

 

「違う。わたしは死ななかった。死ぬよりも復讐を選んだ。闘勝仙には、考えられる限り惨たらしく殺してやった。わたしは復讐を果たした。死なずにね」

 

「そんなことは、わたしにすべてを押し付けたから、可能だったのよ――。そうでなければ、あなたも『服従の首輪』の作成に努力することではなく、自殺の手段を一生懸命に考えていたはずよ」

 

 宝玉が声をあげた。

 

「わたしは、そんなに弱くはない、宝玉」

 

「弱いわ。いまだって、供がいなければなにもできない。あなたは、弱いのよ、宝玄仙――。だったら、もう一度、記憶を返してあげましょうか、宝玄仙? 今度は、小出しじゃなくて、半年分くらい一気にいってもいいのよ。教団に行こうと、屋敷に行こうと、四六時中、闘勝仙や手の者がつきまって、身体と心をいたぶり続ける。心の休まる時間なんてない。そんな日常よ」

 

「い、いい加減に……」

 

「心はずたずた……。そんな毎日を送りながら、本当に、お前は復讐の牙を磨ぎ続けることができたと思うの? 弱いあなたが本当に? あなたは弱いのよ。強いふりをしているだけよ。本当は弱い。だから、強くありたいと思っている」

 

「なんなんだよ、お前は――」

 

 宝玄仙はしゃがんだまま耳を塞いだ。

 だが、声は頭の中から聞こえてくる。

 耳を塞ぐことに意味はない。

 

「わたしを認めないなら、この記憶を返すわ。毎晩、毎晩、繰り返し、あなたの頭に注ぎ込んでやる。二年間の連中の調教の日々をわたしのように体験してみろ、宝玄仙――。そうすれば、あれに耐えて復讐の牙を磨ぐなんて、絵空事だということがわかるはずよ。それでもいいの?」

 

「お、お前は、わたしを……自分自身であるわたしを脅すつもりかい?」

 

 しゃがんだまま宝玄仙は叫んだ。

 

「……宝玄仙、あなたは、わたしがあなた自身であることをいま、認めたわね」

 

「えっ?」

 

「そうよ。わたしは、あなた自身なのよ」

 

 宝玉は静かに言った。

 

「わかっているよ、そんなことは」

 

「あなた自身なのよ」

 

 宝玉が同じことを言う。

 そして、宝玄仙の眼の前までやってきた。

 宝玄仙は、宝玉を見あげた。

 

「宝玄仙、わたしはあなた自身よね?」

 

「ああ、そうだよ、宝玉」

 

「だったら、交替してもいいはずよね。わたしは、あなたの供の沙那や孫空女や朱姫と一度も話をしたことがないのよ」

 

 宝玉は言った。

 すると突然視界が変わった。

 たったいままで見あげていた宝玉が視線の下にいる。

 宝玉はしゃがんでいる。

 それを宝玄仙は見下ろしているのだ。

 

 入れ替わっている――。

 

 さっきまでの立ち位置が逆になっているのだ。

 そのことに、宝玄仙は気がついた。

 

 宝玉が立ちあがる。

 そして、にっこりと微笑んだ。

 宝玄仙と宝玉を包んでいた光が消えた。

 

 同時に、宝玄仙の意識は消えた。



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104 嗜虐ねだり

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 朱姫は、宝玄仙を揺り動かした。

 昨夜から続いている逃避行に、疲れているようだからそっとしておこうと思ったが、ひどいうなされようだ。

 全身にかいている汗も異常だ。

 しかも、寝ている間に、宝玄仙は苦しそうに何度も仰け反り、そして、恍惚の表情を浮かべたかと思うと、再び苦悶に顔を歪める。

 驚いたことに、眠ったまま気をやったようにも思えたのだ。

 なにかが、宝玄仙の眠りの中で起こっているのだろうか?

 

 気まぐれの宝玄仙のことだから、余計なことをしたら、調教の口実にして、酷い目に遇わされるかもしれないけど、やっぱり朱姫は宝玄仙を起こすことにした。

 宝玄仙が眼を開ける。

 

「ここは……?」

 

「孫姉さんは、見張りについています。沙那姉さんは、前に出て黒い河を渡る方法を探しています。その黒い河を越えれば、大殷(だいいん)国を脱出できるんですが、とても泳いで渡れるような河じゃないそうです」

 

 朱姫は、いまの状況を説明した。

 

「ここは、どこなの?」

 

 宝玄仙が身体を起こした。

 それで、朱姫は、宝玄仙が場所を訊ねたということにやっと気がついた。

 

「ここは、大殷国の西の国境近くの山の中です……。あのう、ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 朱姫は、宝玄仙を覗き込んだ。やっぱり、様子がおかしい。

 すると、突然、宝玄仙が朱姫を引き寄せた。

 朱姫は、宝玄仙の腕の中に引っぱりこまれた。

 その宝玄仙の唇が朱姫の唇に迫る。

 朱姫はびっくりした。

 

 宝玄仙の口が開く。

 そして、朱姫の唾液が吸われる。

 朱姫は、宝玄仙が口を愛撫されたがっているということにすぐに気がついた。

 舌を入れて、舌で宝玄仙の口の中を舐め回す。

 宝玄仙の身体の力が抜けてきた。

 朱姫は、さらに宝玄仙の口の中を刺激し続けた。

 宝玄仙は朱姫の唇から顔を離し、ぐったりと身体を朱姫にもたれさせた。

 

「す、素晴らしい口づけ……。本当にお上手なのね、朱姫」

 

 宝玄仙が上気した顔の上目使いで言った。

 いつにない宝玄仙の可愛らしい仕草に、朱姫は少し戸惑った。

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様」

 

 朱姫は、もう一度宝玄仙の顔に自分の口を寄せ、宝玄仙の口の周りの涎と唾の痕を舌で拭き取った。

 

「可愛くて、一途な半妖の少女、朱姫……。だけど、性の技は“責め”……」

 

 宝玄仙が独り言のような口調で呟いた。

 

「えっ?」

 

「いいのよ。なんでもないわ。それよりも、大殷軍の追手は大丈夫?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「は、はい……。とりあえず……。でも、沙那姉さんによれば、腕利きの指揮官が率いているらしく、確実にあたしらを追ってきているそうです。追いつかれるのも時間の問題らしいです」

 

「どのくらいの時間があるのかしら?」

 

「半日は、ここにいても、大丈夫だろうと、沙那姉さんは言っていました」

 

「『移動術』で逃げることは?」

 

「可能ですが、いま、跳躍可能な移動先は、すでに大殷軍の包囲網の輪の中に入っています。『移動術』で跳んでも、その中に移動するだけですし、沙那姉さんは、それは避けたいみたいです」

 

「そうね。特別な処置をしない限り、『移動術』の転送先の結界は数日で消えてしまうしね」

 

「はい」

 

 朱姫は言った。

 なんだかおかしい……。

 こういう説明は、沙那が宝玄仙に何度もしていた。

 宝玄仙もいまの状況をよく承知しているはずなのに……。

 

「この先は、河?」

 

「はい。あたしたちの行く手には、黒水河(こくすいが)という黒い水の大きな河があります。流れも急なので、泳いでは渡れません。その代わり、そこを越しさえすれば、国境の外ですから、大殷軍は追っては来れません。向こう岸は、まとまった軍を出動できるような国ではありませんので、ひと息つけると思います」

 

 本当に変だ。

 宝玄仙は、初めて知る話を聞くみたいに応じている。

 朱姫は、宝玄仙が休む前に沙那が宝玄仙にしていた話を、ただ繰り返しているだけなのだ。

 

「では、沙那が捜しにいっている手段で、河を渡りさえすればなんとかなるということね?」

 

「はい」

 

「わかったわ。万事、任せるしかないようね。でも、あなた方って、本当に頼りになるのね。頼もしくって、素敵……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「えっ?」

 

 朱姫は困惑した。

 本当にどうしちゃったんだろう、宝玄仙は?

 夢の中でうなされていたようだったが、かなり混乱しているのだ。

 とにかく、宝玄仙の変な様子は、沙那にも伝えなければならないと思った。

 

 いずれにしても、朱姫は、宝玄仙の前でやらなければならないことがあった。

 朱姫だけをこの隠れている洞窟に残してくれたのも、沙那の心遣いだ。

 確か、一刻(約一時間)は戻らないと言っていた。その間に、済ませろと言うことだ。

 

「……あの、ところで、ご主人様」

 

「なにかしら、朱姫?」

 

「朝の儀式をさせていただきます。ご確認ください……」

 

 朱姫は、そう言って跪くと、宝玄仙に尻を向けた。

 すでに朱姫の後ろの穴は受け入れ態勢ができている。

 朱姫は、準備してあった尻用の張形を口に含んだ。

 そして、それに自分の唾をまぶすと、そっと自分の尻に当あてがった。

 

「待って……」

 

 その手を背後から宝玄仙が掴んで、張形を取り上げた。

 今日は、宝玄仙が責めるのかと朱姫は思った。

 

 朱姫は、宝玄仙により茶色の革の首輪を嵌められていて、それはどうしようもなく朱姫の身体を疼かせる効果がある。

 それを防ぐのは、朝昼晩に日に三回、尻で自慰をすることだ。

 それをしなければ、疼きあがった身体は、どうしようもなく朱姫の身体を苛むことになる。

 もちろん、自慰でなくてもいい。

 時折、宝玄仙が気まぐれに朱姫の尻を責めることもあるが、それでも疼きの発作は静まる。

 

 だが、次の瞬間、首の霊具が背後からすっと外された。

 朱姫の身体に渦巻いていた官能の火照りがすっと消滅する。

 

「ええっ? ご、ご主人様?」

 

 朱姫は驚いて宝玄仙に振り返った。

 宝玄仙に捕えられて以来、ずっと朱姫を苦しめていた首の霊具が外してもらえたのだ。

 

「長く頑張ったからね、ご褒美よ。素敵な口づけだったし、ふふふ……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 朱姫は首を触った。

 なにもない。

 宝玄仙の手には、朱姫を苦しめていた霊具がある。

 やっと、解放された――。

 許されたんだ――。

 朱姫の心で歓喜の嵐が吹き荒れる。

 

「それとも、残念? だったら、戻してあげるわよ」

 

「い、いえ。とんでもありません。は、外していただいてありがとうございます、ご主人様」

 

 朱姫は激しく首を横に振りながら言った。

 なんの気まぐれかは知らないが、とにかく、あのえげつない効果のある霊具を外してくれた。

 後は首輪を朱姫に戻そうという、宝玄仙の気まぐれをどうやって防ぐかだけだ。

 とにかく、身体の火照りは収まった。

 

「朱姫、お前の本質は、“受け”ではなく、“責め”よ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい」

 

 前にもそんなことを言われたことがある。

 確かに、責めを受けることよりも、責める方が朱姫は興奮する。

 以前は、そんなことは、あまり考えたこともなかったが、宝玄仙の供になり、さまざまな経験をすることで、自分の中にある嗜虐性をはっきりと朱姫は自覚していた。

 

 宝玄仙は立ちあがった。

 そして、座っている朱姫の前に立つと、法衣の切袴の紐を解いて下に落とした。

 さらに薄い下着さえも脱いでいく。

 呆気にとられる朱姫の前で、宝玄仙の股間の茂みが露わになる。

 朱姫は、眼の前に起っている光景に眼を丸くした。

 

「お前の舌だけで、この身体をいかせてくれない。わたしがお前の技に満足したら、首輪は元に戻さないわ」

 

「は、はい」

 

 奉仕しろということだ。

 とにかく、あの首輪を戻されるなど、冗談じゃない。

 朱姫は、宝玄仙の恥毛に顔を近づけた。

 

「ま、待って」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は、宝玄仙の股間に伸ばしかけた舌を戻して、口を閉じる。

 顔をあげて宝玄仙を見る。

 宝玄仙は興奮して顔が上気している。

 奉仕をさせるときの宝玄仙は、いつも冷酷な支配者の顔をしているので、こんな風に欲情している表情をあからさまにするのは珍しいと朱姫は思った。

 

「横の……雑嚢に、油紙に包んだ首輪があるわ。持ってきて……」

 

 不思議なことを言うと思ったが、言われた通りにしないと、どうなるかわからないので、命令に従う。

 首輪はすぐに見つかった。

 これは、強力な術がこもった霊具だ。

 朱姫にはすぐにわかった。

 

「それは、わたし専用の『道術封じの首輪』よ。わたしが作ったものではなく、妹のお蘭が作ったの。でも、うっかりと捨てて誰かの手に入っても困る。だから、持ってきていたのよ」

 

「はい……」

 

 朱姫は、その布を手に持ったまま宝玄仙の話に耳を傾ける。

 宝玄仙は、下半身を剝き出しにした姿で、酔ったような表情をしている。

 なにか、異常なほどに艶めかしい。

 

「それをわたしの首にして……。すると、わたしは、完全に無力な存在になるの。なにがあっても抵抗できない……。そうした状態にしてから、わたしを責めてくれない?」

 

 奇妙なことを言うものだと思ったが、逆らうと怖い。

 朱姫は、宝玄仙に首輪を嵌める。

 宝玄仙の身体から、一瞬で霊気が凍結した。

 朱姫は、悪戯心が沸き起こって、つんと宝玄仙の乳房の美球の先端を指で突いた。

 

「ああ……」

 

 すると宝玄仙が色っぽい声を出して、身体をかすかに震わせた。

 朱姫は、その姿に思わず息を呑んだ。

 

「は、始めますね、ご主人様。あたしのやり方でいいですか?」

 

「え、ええ……」

 

「では……」

 

 朱姫は、後ろにまわって、そっと宝玄仙の身体を前に倒れさせた。

 宝玄仙は、まるで力を失った人形のように、朱姫の誘導のままに身体を前のめりに倒れさせる。

 眼の前に宝玄仙の双臀がある。

 朱姫は、それを両手で割り、その中心の菊の襞に口づけをした。

 

「う、うわああっ」

 

 宝玄仙がびっくりするような声をあげた。

 朱姫は、いつにない宝玄仙の反応のよさに驚きながらも、さらに肛門を舐める舌を動かす。

 

「ひやっ、ああん、ああっ」

 

 宝玄仙が激しく声をあげる。

 朱姫は舌を丸めて、肛門の中に舌をねじ込む。

 

「ひっ、ひっ、うわっ、ああっ」

 

 宝玄仙の身体の震えがとまらなくなった。

 朱姫は、片手を前に回し、宝玄仙の肉蕾を摘まむ。

 そして、つるりと指で皮を剥く。

 お尻と肉芽を舌と指で同時に刺激する。

 

「ひいいいっ、いぐうううっ」

 

「えっ?」

 

 宝玄仙が悲鳴のような声をあげて達してしまった。

 朱姫はびっくりした。

 いつも奉仕をさせられるが、こんなにもあっさりと絶頂するなんて……。

 

 とにかく、こんなにも快感に素直な宝玄仙は初めてだ。

 そして、感度も敏感だ。

 いつもの宝玄仙は、肉芽の皮を剥いただけで、簡単に達したりはしない。

 

 宝玄仙は、前のめりに倒れたまま、絶頂に達した余韻に震えている。

 朱姫は、背後から宝玄仙の身体を抱き起こした。

 そのとき、朱姫の両手は、服の上から宝玄仙の胸の膨らみを掴んでいた。

 服越しに宝玄仙の緊張が伝わってきた。

 朱姫は、本能的に宝玄仙が朱姫の責めを受けたがっているということを感じた。

 よくわからないが、いまの宝玄仙は、徹底的な朱姫の責めを望んでいるみたいだ。

 だから、あんな首輪を自分に嵌めさせたのだろう。

 朱姫は、口に溜まった唾を飲みこんだ。

 

「ご、ご主人様……。しゅ、朱姫が、ご主人様をもっともっと責めてもよろしいですか?」

 

 宝玄仙を朱姫が責める。

 たった今まで想像すらしなかったが、やってみたいと思った。

 そんなことを言ったら、宝玄仙は烈火のごとく怒るだろうか。

 

「え、ええ……。やって……おくれ、朱姫……」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫は、息を呑んだ。

 そして、意を決して宝玄仙の前に回った。

 

「口を大きく開けてください、宝玄仙様」

 

 宝玄仙は潤んだような、憑かれたような表情だ。

 朱姫の言うままに大きく口を開けた。

 

「さあ、目を見てください……」

 

 朱姫が言うと、素直に宝玄仙が朱姫を見つめる。

 次の瞬間、朱姫の縛心術が宝玄仙に届いてしまった。

 うそっ――。

 宝玄仙に術が届いたことに、当の朱姫が驚愕した。

 

「あっ」

 

「もう、口が閉じなくなりましたね」

 

 朱姫は言った。

 宝玄仙が目を白黒させている。

 宝玄仙は、大きく口を開けたまま、朱姫の縛心術の力により、口を閉じられなくなったのだ。

 

「あ……あ、ああ……」

 

 宝玄仙の口から涎がひとつふたつと顎を伝い落ちる。

 そんな姿は屈辱だろう。

 朱姫は、その涎の流れる宝玄仙の顎を舌で舐める。

 

「こうやって、ご主人様の口の中をじっくりと見るのも初めてですね」

 

 朱姫は、指で宝玄仙の舌を愛撫した。

 口の中を指で弄ばれるという行為に宝玄仙の顔が歪む。

 それとともに、宝玄仙の表情に官能の悶えが浮かび始める。

 

 宝玄仙が興奮している……。

 朱姫もまた、興奮の頂点にあった。

 いま、この瞬間は、宝玄仙は無力だ。

 もういい……。

 よくわからないが、徹底的に……。

 

 朱姫は、自分の指を宝玄仙の秘部にそっと這わせた。

 熱い――。

 

「ああっ、あっ」

 

 宝玄仙が身悶えた。

 女陰はこれ以上ないというくらいに濡れている。

 朱姫は指を動かし出す。

 すると、その指の技に、宝玄仙はあっという間に絶頂の反応を示し始める。

 

 朱姫は、すっと指を離す

 宝玄仙の顔に失望の感情が浮かぶ。

 その反応に、朱姫の心に嗜虐の火がさらに灯る。

 

 しばらく、肉襞の外側と内腿の付け根の部分に手を這わせ、宝玄仙の快楽の波が静かになるのを待つ。

 そして、どっぷりと濡れた膣から淫液を取り、それを宝玄仙の肛門に伸ばす。

 淫液とともに指を肛門に突き刺し、大きく回すように動かす。

 

「ああ……あああっ……あああっ……」

 

 欲情に熟れる宝玄仙の口から涎が飛び散る。

 だが、朱姫はさっと宝玄仙の尻から指を抜く。

 宝玄仙の苦悶の混じった嬌声がひと際大きくなる。

 

「いきたいですか、ご主人様……?」

 

「あ……ああ……」

 

 口が閉じれないので喋れないのだ。

 なんと言いたいのだろうか。

 

「ご主人様のお尻に入っていた指です。掃除してください」

 

 朱姫は、さっき宝玄仙の肛門から抜いたばかりの指を宝玄仙の口の中に入れる。

 そして、宝玄仙の顎の涎を舌でまた掃除した。

 宝玄仙が切なそうな顔をする。

 

 自分が宝玄仙を責め、そして、翻弄しているという事実に、朱姫は震えるような興奮を感じていた。

 もうどうなってもいい。

 後でどんな目に遭わされようと、いまはこのまま宝玄仙をとことん追いつめてみたい。

 

「いきたいと言ったら、いかせてあげますよ。ふふふ……。あっ、舌は動かせませんよ」

 

「ああ……あ、ああ、あ……い……」

 

 宝玄仙は懸命になにかを喋ろうとしている。

 だが、暗示を追加して、舌を動かせなくなったので、喋れなくなった。

 口も閉じれないし、意味のあることを喋るのは不可能だろう。

 

「反論がないことは、寸止めを続けて欲しいんですね。わかりました」

 

「あ、あううあっ」

 

 宝玄仙がつらそうに首を横に振る。

 構わずに、指で股間を愛撫する。

 すぐに、宝玄仙は絶頂の反応を示しだすが、すぐにやめる。

 これを繰り返す。

 

「あああっ」

 

 宝玄仙ががくがくと身体を振るわせて、泣きそうな表情で声をあげた。

 

 そうやって、朱姫は、宝玄仙を責めてはやめ、責めてはやめということを繰り返した。

 宝玄仙の狂乱はどんどん激しいものになっていった。

 

 やがて、宝玄仙の顔は、涙と鼻水と垂れ流されている涎で、怖ろしくみっともないものになった。

 それでいて美しい。

 責められて、乱れてなお、宝玄仙は表現のしようのない美貌を保っている。

 朱姫は、感嘆の息を吐いた。

 それで、我に返った。

 そろそろ、沙那と孫空女が戻ってくる頃だ。

 

「……もっと、ご主人様を愉しんでみたいんですが、そろそろ、沙那姉さんか孫姉さんが戻ると思います。ですから、いかせてあげますね。でも、また、いつかご主人様で遊ばせてください」

 

 朱姫は這うように頭を沈めると、宝玄仙の肉芽を口に含んだ。

 指は、宝玄仙の菊門深くに入り込んでいる。

 その指を激しく動かしながら、肉芽を強く吸いながら舌で転がした。

 

「あがあえあっ」

 

 宝玄仙は、絞り出すような声をあげて身体を仰け反らせて、激しく達した。

 そして、ぐったりと全身を脱力させる。

 朱姫は顔をあげた。

 すべての暗示を解く。

 

「あ、あたし、調子に乗りましたか……?」

 

 宝玄仙は気絶したみたいに完全に脱力している。

 朱姫は恐る恐る訊ねる。

 勢いでやったが、よく考えたら、宝玄仙に縛心術をかけるなど、拷問級の罰の対象のような気がする。

 

「い、いいのよ……。ま、また、しましょう、朱姫」

 

 宝玄仙が朱姫の身体に腕を回して、身体をもたれさせて言った。

 よかった……。

 怒ってないみたいだ。

 

「お、お願い……。だ、だけど、も、もう一度口づけして、朱姫……」

 

 朱姫は、指示のまま、宝玄仙の唇に自分の唇を合わせる。

 しばらく、口の中を奉仕する。

 唇を離したとき、宝玄仙の眼はとろりと溶けそうな眼になっていた。

 

「服を整えさせていただきますね」

 

 朱姫は、舌で宝玄仙の股間から溢れている愛液を舌で拭き取る。

 宝玄仙は、その間も切なさそうに震えていた。

 そして、下着を履かせて、袴を締め直すのを手伝う。

 

 やがて、洞窟の外から声がした。

 

「ご主人様、朱姫、いるよね?」

 

 孫空女の声だ。

 宝玄仙が結界の力を緩めたのがわかった。

 孫空女がやってきた。

 

「はあい」

 

 朱姫は孫空女に身体を向けた。

 

「ご主人様、朱姫を連れていくね。悪いけど、結界を強めて、ひとりでいてよ。すぐに戻るから」

 

「あっ、は、はい」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女が朱姫を連れ出す。

 朱姫は、孫空女とともに洞窟を出ながら、宝玄仙を一度振り返った。

 宝玄仙がじっとこっちを見て微笑んでいた。

 なんだか、宝玄仙が別の人間のように思えて、朱姫はなぜかぞっとした。

 孫空女は、朱姫を両側の切通しの谷に挟まれた場所に連れていった。

 

「ここに、朱姫の『結界罠』を刻んでくれないか? ここに踏み込んだ兵を、ずっと後方の刻んでおいた『移動術』の出口に転送させるんだ。できるだろう?」

 

「あの河の近くに残してきた結界に跳ばす『結界罠』をここに刻むんですね、孫姉さん?」

 

 『結界罠』というのは、あらかじめ刻んでおいた道術紋に踏み込んだ者をどこかに転送させる術であり、『移動術』の応用のような術だ。

 

「そうだよ」

 

「できますけど、孫姉さん。あたしの術なんて、あっという間に、道術兵の力で無効にされてしまいますよ」

 

「いいんだよ、朱姫。時間が稼げればそれでいいんだ。この辺りの場所に、適当に『結界罠』を散らばせておいてよ」

 

「わかりました。やります」

 

 朱姫は、地面に術をこめめようと精神を集中した。

 

「あれっ、朱姫? お前、首の霊具どうしたのさ?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「ご主人様が、取ってくれたんです」

 

「へえ、なにがあったの?」

 

 孫空女が朱姫の首に手を伸ばしながら言った。

 

「べ、別になにも……」

 

 宝玄仙が朱姫に対して、自分を責めるように要求したことは、なぜか言い出せなかった。

 

「ふうん、よかったね」

 

 孫空女が、朱姫の首に触りながら、まるで自分のことのように嬉しそうに言った。



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105 明白な証拠

 やっと見つけた船頭は、約束通りに下流側で待っていてくれていた。

 だが、小さな舟なので、船頭のほかには、この荒い流れの中では、一度にはふたりしか乗れないと船頭は言った。

 そこで、沙那は、まずは沙那と宝玄仙が向こう岸に渡り、その後、孫空女と朱姫が二回目で渡るという計画を立てた。

 宝玄仙の安全は、早く確保する必要があるし、孫空女が残れば、大抵の兵とも十二分以上に戦える。

 

「それにしても、本当にしつこい連中だよ」

 

 孫空女が悪態をついた。

 

「それじゃあ、先に行くわ、孫女、朱姫」

 

 沙那は言った。

 

「うん、すぐに後を追うよ、沙那」

 

「お気をつけて、沙那姉さん」

 

 沙那は頷いた。

 いつの間にか、朱姫の首から霊具がなくなっていることに気がついていたが黙っていた。

 どういう心境の変化があったのかはわからないが、下手に刺激をして、この気まぐれ女の気が変わったら、朱姫があまりにも気の毒だ。

 

「それじゃあ、行くぜ……」

 

 船頭が言った。

 沙那と宝玄仙が舟に乗ると、すぐに小舟は河の波間に進み入った。

 河に乗り入れた舟は、沙那が想像したこともないくらいに、大きく揺れ始めた。

 泳げない沙那は、舟の縁に必死でしがみついた。

 宝玄仙は大丈夫らしく、小舟の縁に掴んで身体を支えているものの、揺れ動く舟の上で平然としている。

 そして、宝玄仙は、じっと船頭に眼をやっている。

 

「……お前、妖魔だね」

 

 不意に、宝玄仙が船頭から眼を離さないまま言った。

 宝玄仙の言葉に、沙那は驚いた。

 

「へえ、よくわかったな。俺は、妖魔の気配を消すことができる。誰にも見つかったことがねえのに、よく見破ったな」

 

 沙那と宝玄仙が掴んでいる小舟の縁が生き物のように柔らかくなり、そして、手首ごと縁を掴んでいる手を埋めてしまった。

 沙那は、ぎょっとした。

 いつの間にか、足首から先も、船底に埋まってしまっている。

 

「こうやって、船頭のふりをして、河を渡ろうとする者を浚っている妖魔ということね、お前」

 

 宝玄仙は冷静だ。

 すでに手首と足首は、この小舟に飲みこまれている。

 沙那は、岸に残る孫空女たちに眼をやった。

 もうかなりの距離を進んでいる。

 こっちの状況は見えないだろう。

 この荒い波では、声も届きようもない。

 

「わ、わたしたちをどうする気よ――?」

 

 沙那は叫んだ。

 船頭は、人間の姿から、身体に(うろこ)をまとった妖魔の姿になった。

 妖魔特有の角も、短いが頭に一本ある。

 そいつが、小舟の上を歩いて、沙那の腰から細剣を鞘ごと取りあげる。

 そして、沙那の顎を掴んでぐいと顔を自分に向けさせた。

 沙那は、顔を振って、その手を振り払った。

 

「そうだな。まずは、身体をしゃぶり尽くして、お前を味わおうかな。人間の雌の味というのは、俺たち妖魔にとっては、実に甘美なものだ。それから、お前たちを食う。人間なんてのは、俺たちの敵だ。人間は俺たちを殺し、俺たちを阻害する。だから、俺たちも人間を襲う。仕方ねえよね」

 

 妖魔は、指の爪を伸ばすと、沙那の服をまっすぐに引き裂いた。

 

「ひ、ひとつしかないのよ。切らないでよ」

 

 沙那は悪態をつくとともに、露わになった自分の裸身を膝を曲げて隠した。

 

「気が強いな、女。とにかく、巣に着いたら、じっくりと味わってやろう。残りのふたりも連れてきたら、じっくりといたぶってから料理にしてやるが、お前は最初だ。服なんて、もう必要ねえ。お前は、今日中に喰う」

 

「食べるなら、食べてごらん。腹の中で溶かされても、暴れ回ってみせるわ」

 

「ひいっひひひひ――。こりゃあ、面白しれえ、この鼉潔(だけつ)に舟で捕えられたときは、どんな人間でも泣き叫ぶか、途方に暮れたように大人しくなるかだ。お前のように、威勢のいいのは初めてだぜ。しかも、女のくせによう。それにしても、随分とおいしそうな身体をしているじゃねえか」

 

 鼉潔の爪が沙那の乳首に伸びた。

 沙那は、その爪が胸に突き刺さるのを覚悟した。

 だが、鼉潔の爪は、沙那の胸に乗っていた衣服の端を払いのけると、乳首を爪の先で弾いた。

 

「くうっ」

 

 沙那は敏感な場所に刺激を受けて思わず声をあげてしまった。

 

「ほう、随分、いい声で鳴くな、人間? これだけで、そんなに気持ちいいのか?」

 

 鼉潔の爪は、二度、三度、四度と沙那の乳首を弾く。その度に、沙那は出したくはない声を絞り出されてしまう。

 

「鼉潔――」

 

 宝玄仙だ。

 鼉潔が沙那の乳首を弄るのをやめて、宝玄仙を見た。

 

「調子に乗るんじゃないよ、小妖」

 

 沙那は宝玄仙に視線を向けた。

 宝玄仙は落ち着いている。

 

「お前、俺のことを小妖と言ったか?」

 

 鼉潔が怒りを顔に浮かべている。

 宝玄仙にゆっくりと近づいていく。

 

「ま、待ちなさい、鼉潔――。お前の相手はわたしよ。ご主人様に近づくな」

 

 沙那は慌てて叫んだ。

 宝玄仙を傷つけさせてはならない。

 こちらに妖魔の注意を引きつけなくては……。

 鼉潔が沙那にもう一度振り返った。

 

「この法師は、お前のなんだ?」

 

 鼉潔は沙那に言った。

 

「沙那は、わたしの旅の仲間よ」

 

 宝玄仙が口を挟む。

 

「へえ、じゃあ、お前も同じ姿にしてやるよ」

 

 鼉潔に爪が宝玄仙の襟元に伸びた。

 

「待て、鼉潔――。この小妖。こっち向け」

 

 沙那は叫んだ。

 

「お前、必死だな、女……。そんなに、この女法師が大事か?」

 

 鼉潔が沙那に振り返った。

 舟がなにかに当たって、不意に揺れが止まった。

 

「俺の巣に着いたようだ。続きは後でな、女」

 

 沙那は顔をあげた。

 小舟は、河の真ん中付近らしい岩場の中州に着いていた。

 荒い波の河だが、中州の周りは嘘のように静かだ。

 広くはない岩場だが、真ん中にこの妖魔の棲み処らしい小さな小屋がある。

 その横には、大き目の獣の檻が三個並び、さらに横には、巨大なかまどと、獲物を斬り刻むための台と肉切り包丁が置いてある。

 

 鼉潔が腕を振った。

 次の瞬間、沙那と宝玄仙は、さっき舟から見ていた檻の中に転送されていた。

 おそらく、『結界罠』のようなものだろう。

 あらかじめ、舟に接岸する場所の下に魔術が刻まれていたのだ。

 それで、鼉潔の魔術で飛ばされたのに違いない。

 とりあえず拘束はなくなっているが、檻の中に閉じ込められた。

 

「そこで、大人しくしていろ――。残りの仲間もすぐに連れて来るぜ」

 

 鼉潔はそう言って、再び、河の中に小舟を進めた。

 すでに妖魔の姿ではなくなり、さっきの船頭の姿になっている。

 沙那は、宝玄仙とともに、檻の中に残された。

 

「ああ、もう、これどうしよう。代わりの服はないし。ご主人様、服とかを道術で元に戻せたりします?」

 

 沙那は、引き裂かれた服を身体の前で合わせながら宝玄仙に言った。

 

「わたしの術は、ただの服には効かないわよ。術遣いの道術が、霊気をまったく帯びていない人間に効かないのと同じよ。霊気を帯びないただの“物”には道術は遣えないわ」

 

「そうですか……。どうしようかな、これ。朱姫か孫女に修繕してもらうかなあ」

 

 剣技では誰にも引けは取らない沙那だが、裁縫のような女らしいことは苦手だ。

 そういうことは、なぜか半妖の朱姫の方が上手だ。

 それよりも、あの孫空女でさえも、服を縫うというようなことは簡単にやってのける。

 沙那は、驚愕したものだ。

 

「怖がっていないわね、沙那。妖魔に捕えられたというのに」

 

 宝玄仙が檻の格子に背をもたれさせながら、こっちをじっと見ている。

 

「孫女がいますから。実は、孫女とあらかじめ打ち合わせをしていたんです。わたしたちが、無事に向こう岸に到着したら、船頭に合言葉を教えることにしていました。その合言葉を船頭が言わなければ、それで、孫女は、あの船頭が怪しいことに気がつきます。彼女だったら、あんな小妖一匹、簡単にあしらいます。すぐに、わたしたちを助けに来るはずです」

 

「わたしたちを捕えた妖魔よ。孫空女ひとりで、大丈夫?」

 

「わたしたちの失敗は、鼉潔の霊具でもあった小舟にうっかりと乗ったためです。小舟に乗らなければ、あの程度の魔力の妖魔なら、孫女は大丈夫です。合言葉がなければ、警戒して乗りません。それに、ご主人様の『術返し』も効いていますから」

 

 通常、術遣いは、あらかじめ道具に霊気を込めておいた霊具か、結界を通じて術を発揮する。

 しかし、身体に霊気か魔力の出入口を持っている道術遣いや妖魔同士では、そのままの力を相手の身体に送り込んで、術として発揮することもできる。

 

 相手の術を受け入れるか撥ね返すかは、お互いの持っている術師としての力の強さにもよるらしいが、本来、宝玄仙は相手の術を撥ね返す能力が、人一倍強い。

 孫空女も、宝玄仙と同じ霊気を帯びているので、その力はかなり強い。

 宝玄仙の霊気を帯びているということでは沙那も同じなのだが、霊気を体内に充満させている孫空女と比べれば、宝玄仙の『魂の欠片』を体内に預かるというかたちで霊気を一箇所に置いているだけの沙那は、「術遣い」としての強さは、孫空女よりも遥かに劣る。

 

「なるほどね。本当に、お前たちは、しっかりしているわね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それよりも、気になるのは、ご主人様のことです」

 

 沙那は言った。

 

「わたし?」

 

「はい。なぜ、あっさりと捕まったのですか? 孫女も、朱姫も、不思議がるんじゃないかと思います」

 

「なぜか、ですって? そりゃあ、無警戒だったからね。お前も捕えられたじゃない? あの鼉潔は、自分の妖魔の魔力を隠す術を持っていたわ。それで、あの舟自体が霊具であることに気がつかなかったわ」

 

「わたしは、術遣いとしては、最低の部類ですから、わたしが鼉潔の霊具に抵抗できないのは当たり前です。でも、ご主人様は違います。ご主人様には、大抵の霊具は通用しません。でも、あっさりとご主人様は、鼉潔の舟による拘束を受け入れ、そして、道術による攻撃も鼉潔になさいませんでした。なぜなのです?」

 

 沙那はそう言って、宝玄仙をじっと見た。

 宝玄仙が口を開いたのは、しばらくしてからだ。

 

「……お前は、いつも、そうやって、物事を理詰めで考えるの、沙那?」

 

「必要なときには……」

 

「必要なときねえ……」

 

 宝玄仙は苦笑している。

 

「わたしについて、ほかに気になることはあるかしら、沙那?」

 

「朱姫の首の霊具をお外しになったんですね」

 

「まあ、わたしの気まぐれよ」

 

「だったら、わたしのも外していただけませんか? その、気まぐれに……」

 

 沙那は言ってみた。

 怒られても失うことはない。

 それに、沙那の判断が正しければ、これは外してもらえる絶好の機会だ。

 

「見せてごらん」

 

 宝玄仙はあっさりと応じた。

 沙那は両手で隠していた服を開いた。

 

 宝玄仙の指が沙那の右の乳首に近づいた。

 からりと音と立てて、『女淫輪』が下に落ちる。

 そして、左の乳首も……。

 さらに、宝玄仙の指は沙那の股間に伸びた。

 一年半以上も、ずっと沙那の肉芽を締め付けていた『女淫輪』も抜け落ちた。

 

「ああ、ああぁ……」

 

 宝玄仙の淫具の力から解放されたことで、沙那の全身からは力が抜け、その場に脱力した。

 しかも、これまでに、宝玄仙の淫靡な力に、耐えに耐えてきた沙那の“気”が、抵抗する対象がなくなったことで、身体に逆流してしまい、自分で自分の官能を暴発させてしまったのだ。

 沙那は、身体を両手で覆いながら、しばらく余韻に浸って、身体が正常に戻るのを待った。

 

「そんなにつらいものだったのね、それは?」

 

 やがて、宝玄仙が言った。

 激しい絶頂をしたような気分だった。

 沙那は、まだ、半分恍惚状態にあった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 沙那は慌てて言った。

 そして、引き裂かれた服を前で覆って裸体を隠した。

 牢の地面に落ちている女淫輪を一個拾う。

 

「ご、ご主人様、提案があるのですが……」

 

 沙那は宝玄仙を試してみるつもりだった。

 これから沙那が提案することに、眼の前の宝玄仙がどういう反応をするのか見たい。

 

「提案?」

 

「これをご主人様が装着するのです」

 

「その『女淫輪』をわたしが?」

 

 宝玄仙の眼が開かれた。

 

「わたしは、これを自分の力で制御していましたが、普通は、これを身体につければ、常時、欲情状態になります。事実、わたしも、快楽を頭に感じることは防いでいました」

 

「そ、そうね……。本当にすごいわ……。そんな風に抵抗できるなんて……。だから、調子に乗って、あいつ……いえ、わたしも、一年以上も装着させっぱなしなんて、酷いことを……」

 

「でも、身体の反応としては、この一年半、わたしの股間は乾いているという状態がありませんでした。これをおつけになりませんか、ご主人様?」

 

「なんで、わたしがそれをつけるの?」

 

 宝玄仙の口調は静かだった。

 本来であれば、こんなことを口にすれば、烈火のごとく怒るだろう。

 次の瞬間に、宝玄仙の道術は、沙那の身体に刻まれた内丹印に注がれ、沙那は、激しい快楽の拷問をされていたに違いない。

 しかし、眼の前の宝玄仙は、冷静というよりは、沙那の提案に恍惚の色さえ顔に浮かべている。

 

「わたしたち三人の供が、ご主人様を支配してさしあげます。わたしが、いま、ここでおつけします。わたしにはそれ以上のことはできませんが、朱姫ならこの淫具を自在にできると思います。朱姫に管理させます」

 

「そう……。朱姫にね……。確かに、朱姫なら操れそうね……」

 

「ご主人様は、この『女淫輪』を身体につけて、いつ、それを動かされるかわからない緊張の中でお過ごしになられるのです。どこで、動かすかわかりません。他人と一緒のときかもしれないし、食事のときかも、それとも、眠っているとき……。もしかしから、ひとりで用を足しているときかも……」

 

「い、そんな……。そんな、ひどいわ……」

 

 宝玄仙が恥ずかしそうに真っ赤な顔になった。

 沙那たちに、そうやって調教される日々を送る自分を想像したのかもしれない。

 ただ、明らかなのは、目の前の宝玄仙は、それを望んでいるということだ。

 三人の供からの逆調教を受けたそうな表情をしている。

 沙那は確信した。

 

「いかがです。ただでさえ、軽い欲情をしている身体なのです。それがわたしたち供の玩具のようにされるのです。面白いと思いませんか?」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は、まだ怒りを爆発させない。

 それどころか、上気した表情でごくりと唾を飲んだ。

 

「そんなことをわたしが受け入れると思う、沙那? わたしは、お前たちの身体を自由にできるのよ。お前のその身体に刻まれた内丹印を通じてね」

 

「だったら、お互い様ですね。お互いがお互いの玩具になりましょう。それに、わたしたちは、ご主人様に奉仕し、玩具になり、そして、お護りしています。その代償なのですよ。これは……」

 

「代償……」

 

「そうです、ご主人様――。そうだ。ご主人様の自分の力で外れないように、ご主人様がご自分に暗示をかけていただきます。それで、自分では『女淫輪』を外せなくなります。これで同等ですね。ご主人様は、わたしたちの身体を支配し、わたしたちもまた、ご主人様の身体を支配して……」

 

 沙那は、『女淫輪』をひとつ手に取ると、それをもって宝玄仙に近づいた。

 宝玄仙の法衣の裾から、少しずつ『女淫輪』を脚に這わせる。

 

 宝玄仙は抵抗しない。

 ただ、黙って、沙那のやることに身体を任せている。

 このまま、押し切れば宝玄仙は、『女淫輪』でさえも受け入れるだろう。

 

「もう、結構です。わかりましたから」

 

 沙那は、宝玄仙から身体を離した。

 宝玄仙は呆気にとられた表情をしている。

 

「わたしが、このような淫具をご主人様の大事なところに装着するなんてことがあるわけがありませんでしたね」

 

 沙那は言った。

 

「た、試したのね、わたしを?」

 

「そうです。これで、確信が持てました」

 

「どういう確信、沙那?」

 

「あなたは、ご主人様……、つまり、宝玄仙様ではありません。あなたは、宝玉(ほうぎょく)様です。そうですよね、宝玉様? 隠しても駄目です、宝玉様。わたしたちの玩具になることを受け入れようとするなんて、これは明白な証拠です」

 

 沙那は言った。



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106 五人目の仲間

「あなたは、ご主人様……つまり、宝玄仙様ではありません。あなたは、宝玉(ほうぎょく)様です。そうですよね?」

 

 沙那は言った。

 宝玉は感心していた。

 こんなにもあっさりと宝玄仙でないことがばれるとは思わなかったし、宝玉の存在を沙那が知っているとも思っていなかった。

 

「どうして、わたしの存在を知っていたの、沙那?」

 

「金角から聞きました」

 

「金角……」

 

 宝玄仙が金角によって、石化した身体で快楽責めの拷問を受けたとき、あまりに錯乱して、束の間、正常な意識を手放した。

 だから、その数瞬だけ、宝玄仙に代わって身体を支配することができた。

 そのときに、金角と会話をした。

 だが、ほんの少しの時間であり、それだけで、金角がこの身体の中の宝玉という人格をはっきりと認識するとは思わなかった。

 ましてや、それを沙那に伝えているというのは予想外だ。

 それにしても、まだ、宝玉が眠っている状態に近かったせいだろうか……。

 宝玄仙と金角の会話の記憶は、宝玉に流れ込んでいない。

 

 そして、もっと予想外なのは、沙那が宝玉という人格を宝玄仙という人格と区別して接していることだ。

 ひとつの身体にふたつの人格という途方もない現実を――。

 

 常識ではあり得ない。

 あり得ないが事実だ。

 そして、沙那は、しっかりとした観察力と論理的な思考で、ふたつの人格の存在が事実であることを突きとめて、そして、納得した。

 なんと聡明な女性だろう。

 

「ご主人様はどういう状況なのですか、宝玉様?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「眠っているわ。わたしの中でね」

 

 宝玉は言った。

 

「……随分、ご主人様とは、感じが違いますね、宝玉様」

 

 沙那は言った。

 

「喋り方のこと?」

 

「喋り方も含めてすべてです。とても、柔らかく、落ち着いておられます。そして、穏やかです」

 

「それは、もともとの宝玄仙という人格をふたつの人格で分け合っているからよ。激しい部分を宝玄仙が受け持ち、穏やかな部分をわたしが受け継いでいるの……。だから、わたしは、心の穏やかな宝玄仙ということになるのかしら」

 

 宝玉は声をあげて笑った。

 こういう宝玄仙に接することは、なかったのだろう。

 沙那は、呆気にとられている。

 

「宝玉様が、ご主人様の人格を眠らせたのですか?」

 

「ご主人様というのは、宝玄仙のことね……。あいつが、あなたたちをそういう風に扱っているからよねえ……。だけど、宝玄仙が、あなたたちのご主人様だというのなら、この宝玉もまた同じよ。宝玄仙とわたしは同じなのよ」

 

「そうでした。失礼しました、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 

「……いいわよ。わたしも、“ご主人様”と呼ばれたくはない。ややこしいし。“宝玉”と呼んでくれればいいわ。呼び捨てでね」

 

「とんでもありません。では、さっきのまま“宝玉様”と呼ばせてください」

 

「じゃあ、“ご主人様”と“宝玉様”ね。わかったわ、沙那」

 

「ありがとうございます」

 

 沙那は頭を下げた。

 聡明な沙那は、きちんと“奴隷”としての立場を演じている。

 だが、本気で宝玄仙の“奴隷”に甘んじているわけでもないだろう。

 それがもっとも、適切だと判断してそうしているのだ。

 この女性は、心の底から奴隷になりきったりはしない。

 きちんとした意思を持っている。

 その意思で、宝玄仙に仕えてくれているのだ。

 

「では、改めて、お訊ねしますが、宝玉様は、どうやって、ご主人様の人格を眠らせたのですか?」

 

「金角の前に出た時と同じよ。金角の時は、宝玄仙は、限界を超える恥獄に精神的な失神状態になった。それで、わたしが表に出現した。今回は、わたしは、過去の記憶を使って、意図的に宝玄仙に限界を超えるような羞恥地獄を与えて、宝玄仙を追い込んだわ。宝玄仙は耐えられなくなり、意識を手放し、わたしがとって代わったということよ」

 

「ご、ご主人様を乗っ取ったんですか?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「乗っ取ったというのは、言葉が悪いわね。わたしの身体でもあるのよ」

 

「も、もちろん、そうですけど……」

 

 沙那は、口ごもった。

 彼女からすれば、あの宝玉仙こそが、供として仕える主人だ。

 宝玉仙という人格が存在しなくなることには耐えられないはずだ。

 それは理解できる。

 

「ところで、沙那は、わたしの存在のことをどういう風に認識しているの?」

 

 宝玉は言った。

 

「わたしが知っているのは、金角に教えてもらったことです。ご主人様は、帝都で二年間も事実上捕らわれの身となり、ありとあらゆる恥辱を受けさせられました。その与える影響から、本来の人格のご主人様を護るために、ご主人様が、もうひとつの人格を作られました……」

 

「宝玄仙がわたしを作った……?」

 

 宝玉は、沙那の言葉を繰り返した。

 

「ええ……。その人格は、限界を超える恥辱から、ご主人様の精神が崩壊するのを防いだだけではなく、契約術による支配からも防ぎ、ご主人様は、闘勝仙というご主人様を陥れた八仙に復讐を果たすことができました」

 

「そう……。それが、宝玄仙が金角に語ったことなのね。そして、宝玄仙は、それが真実だと信じている……。わたし自身が、そういう風に宝玄仙に説明しているから……」

 

 宝玉は言った。

 沙那が怪訝な表情になった。

 

「真実は違うのですか、宝玉様?」

 

 沙那がじっと宝玉を観察しながら言った。

 彼女は彼女なりに、真実を知ろうとしているようだ。

 そのために、宝玉の示す些細な表情の変化も見逃すまいとしているのだ。

 

「違うわ……。それは、あの宝玄仙という人格が、そう思い込んでいるだけの“事実”よ。でも、真実は、もう少し複雑なのよ」

 

「複雑?」

 

 沙那は首を傾げている。

 

「それを話す前に確認したいんだけど、わたしという人格の存在について、孫空女や朱姫は知っているのかしら?」

 

「孫女には、一度、少しだけ話しました……。朱姫には、まだです……。わたしも話だけのことだったので……」

 

「孫空女は、それを聞いてどうだった?」

 

「別になんとも……。ふうんっていう感じです。もともと、孫女は眼の前のものしか気にしません。ご主人様が、宝玉様であろうと、宝玄仙様であろうと、態度は同じだと思います」

 

「そう……。じゃあ、わたしがこれから話すことについて、彼女たちにどのように説明するかは、あなたが判断しなさい。わかったわね、沙那?」

 

「わかりました」

 

 沙那は言った。

 

「あの宝玄仙は、この宝玉という人格が作られた人格であり、自分は本来の人格と思い込んでいるようだけど、実際は逆なのよ」

 

「逆とは、なんですか?」

 

「この宝玉こそが本来の人格なのよ。そして、宝玄仙こそが、この宝玉が後で作り出した人格……。彼女は、闘勝仙に対抗するために、本来は一時的に形成された人格なの」

 

 沙那の眼が大きく見開かれた。

 言われたことの内容に驚いているのだろう。

 

「信じていないようね。まあ、あなたから見ればそうでしょううね。あなたが、最初に触れた人格が宝玄仙だったし、その宝玄仙というのは冷酷で強く、そして、嗜虐癖のある変態女法師……。そうなのでしょう?」

 

「は、はい」

 

 沙那は、仕方なくという感じで頷く。

 

「性格としては極端よね。それは当然なのよ。わたしが復讐のために準備した別人格は、わたしの持つ強い部分だけを抽出して作ったものだから……。本来のわたしにも嗜虐趣味があったことは事実だけど、いまの宝玄仙ほど冷酷で徹底したものじゃなかったのよ。だから、調教したと思っていた相手から裏切られるようなことになったりもしたの……」

 

 宝玉は大きく息をした。

 裏切られたことを思い出すと、いまでも息苦しくなる。

 沙那はなにも言わないが、ちょっと心配そうに、宝玉を見つめている。

 宝玉は再び、口を開く。

 

「……いずれにしても、わたしは、自分を支配していた闘勝仙の支配魔術から脱出するために、支配されていない別の人格を意図的に作り出したのよ――」

 

 沙那が口を挟みかける。

 しかし、宝玉はそれを手で制した。

 

「……そんな、顔をしなくてもいいわ。信じられなければ、信じなくてもいいけど、話は聞いて、沙那――。わたしは、想像もしたことのないような恥辱を受け続け、精神が崩壊しそうだった。闘勝仙との“奴隷契約”まで受け入れてしまった。『真言の誓約』という契約術よ。術遣いが術を通じて交わした契約は、逆らえない。本来であれば、絶対に闘勝仙に逆らえないわたしの復讐などあり得なかったわ」

 

「はい」

 

 沙那は神妙に聞いている。

 本当にいい娘だ。

 

「だけど、わたしは、恥辱により崩壊しかけているわたし自身の精神を利用することを考えた。わたしは、意図的に自分の人格を分裂させたのよ。その人格は、闘勝仙に復讐することのできる強い心を持っていなければならない。わたしは、わたしの持つ、強い部分を新しい人格に注ぎ込んだわ。そして、その人格をさらに強化した」

 

「強化ですか……」

 

「そう、強化よ。どうやったと思う?」

 

 宝玉は微笑んだ。

 

「……さあ」

 

「新しい人格に、自分こそが本来の人格と思い込ませたのよ。それで、新しい人格は強化され、復讐を果たしてくれた。闘勝仙たちを惨たらしく殺してくれた。復讐は果たされたわ。二年越しの願いがかなったのよ。わたしは、やっと自由の身になれた」

 

「はい」

 

「だけど、困ったことが起きたのよ。というよりは、わたしは、復讐を果たした後のことなんて、これっぽっちも考えていなかったのよ。闘勝仙たち三人の八仙の異常な死に方は、当然のようにわたしに嫌疑がかかったの。なにしろ、わたしには、完璧な動機があるから」

 

 沙那は黙って頷いた。

 

「ただ、わたしも八仙のひとり。確かな証拠もなしに、詮議などかけられない。しかし、その証拠もない。わたしが殺したと仮定しても、その方法がわからない。いずれにしても、わたしという存在が残っていては、都合が悪い人間が多く帝都にはいたのよ。その話は聞いたわね?」

 

 宝玄仙が、数日前、やっと帝都時代のこと、特に、宝玄仙を怖れているはずの皇太子の話をしたことを宝玉は知っている。

 あの馬鹿は、やっとそれを沙那に語ったのだ。

 

「少しですが……」

 

 沙那が頷いた。

 

「わたしを苛んでいた者たちは、大部分が帝国の大貴族で、筆頭が皇太子よ。彼らは、わたしの復讐の矛先が自分たちにも及ぶことを当然予測した。だけど、捕縛することができない。彼らが選んだ手段はわかるわね、沙那?」

 

 宝玉は、一度言葉を切った。

 じっと聞いていた沙那は、口を開く。

 

「それで、教団がご主人様に、西域への巡礼を命じたのですね?」

 

「そうよ。もちろん、それは名目で、教団も宮廷も、帝国領のずっと外で、しかも、妖魔の土地とも呼ばれる西域のことなんて興味はないわ。要は、わたしを追放したかったのよ」

 

「でも、ご主人様もそれを利用したのでしょう?」

 

「そうね。わたしも、これこそ、わたしが生き延びる機会だということがわかったわ。わたしは、西方巡礼を受け入れ、帝都を出発した……。だけどね、さっき言った、困ったことというのは、わたしの道術のことなのよ」

 

「道術ですか?」

 

「お前が最初に言ったことよ。わたしには、道術がほとんど遣えない。困ったのはそのことよ。西方に向かうという危険な旅だというのに、道術どころか、本来持っている術返しの血でさえ弱くなっている。できるのは、霊具をつくることと、自分の霊具の操作くらい。これでは、旅などできはしないわ」

 

「どうして、道術が制限されるのですか。闘勝仙は死んだのでしょう?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「闘勝仙が死のうと、生きていようと、契約を交わした誓いは有効なのよ。連中は、わたしの強力な術を防ぐために、それこそ、三重にも四重にも、わたしの道術を無効にする処置をしていた。それをことごとく受け入れていたわたしは、いまでも、その呪縛の中にいるのよ。だから、わたしには、術を抗する力がほとんどないの」

 

「それで、宝玉様は、さっき、鼉潔(だけつ)の術や霊具を無抵抗に受け入れたのですね? つまり、受け入れたのではなく、抵抗できなかった……」

 

「そうよ、沙那。本来のわたしは、あれ程までに無力よ。そんなわたしでは、西方巡礼なんて不可能。だから、この旅そのものも、新しい人格に委ねた。いずれにしても、闘勝仙に支配されきっていたわたしは、支配者である闘勝仙を失って呆然としていた……。つまり、ご主人様を失ったことで、気力もなくしてしまったの」

 

「えっ?」

 

 沙那が当惑した声を発した。

 

「おかしいでしょうけど、自分で殺しておきながら、わたしは、闘勝仙を失うことで、主人がいなくなった飼い犬のような状態になったの。それ程、あいつのわたしへの支配は完璧だった。あいつが予想していなかったのは、わたしが別人格を作り出すという可能性だけだった」

 

「それが、事実として……。あっ、申し訳ありません。もちろん、信じないわけではありませんが……」

 

 沙那は、まだ、この話は信じていないようだ。

 その本音を思わず喋ったことに慌てている。

 宝玉は、なにかおかしかった。

 

「いいのよ、沙那。信じられないのはいいのよ。言いたいことを言いなさい」

 

「はい。では、お訊きしたいのは、どうして、本来の人格である宝玉様が眠っていたのかということと、いま、こうやって、宝玉様が表に現れた理由です」

 

 宝玉は、それを聞いて思わず顔に笑みを浮かべてしまった。

 沙那が選んだ質問で、沙那が真に訊ねたいことがわかったからだ。

 聡い沙那は、それを知るために注意深く、別の言葉を選んだのだ。

 

「……あなたが知りたいことはわかるわ、沙那。この宝玉が、ずっとこのまま、表に出たままでいるつもりかどうかを知りたいのね」

 

 すると沙那の顔が緊張で赤らんだ。

 図星だったらしい。

 沙那にとって、やっぱり、旅の“ご主人様”というのは、激しい嗜虐趣味の宝玄仙のことなのだろう。

 それが、本来の人格であろうと、作られた人格であろうと……。

 本当に、羨ましい……。

 

「まず、質問に答えるわ。わたしという宝玉の人格は、実は、眠ってなんかいなかったわ。静かにしていただけよ。その証拠に、宝玄仙が体験したことや感じたことは、すべてわたしは知っているし、感じるわ。全部とは言わないけど、ほとんどを知っている。それは、わたしが本来の人格であるからよ。だから、あなたたちのことも、よく知っていたでしょう?」

 

 宝玉は言った。

 

「は、はい」

 

 沙那は戸惑っているようだ。

 

「だけど、宝玄仙は逆よ。わたしが表に出ている間は、本当に眠っているわ。こうやって、わたしとあなたが話していることは知らないわ」

 

「わたしは、このことを後で、ご主人様に……、つまり、宝玄仙様に、お話すべきですか、宝玉様?」

 

「聡明なあなたに判断を任せるわ、沙那。でも、わたしの意見としては、彼女の存在の根源を崩すようなことは避けるべきだと思うわ。宝玄仙は、自分が本来の人格であるという強化により、存在を強めている。それを否定すれば、存在が弱くなると思うわ」

 

「では、宝玉様も、宝玄仙様の存在を否定するつもりはないのですね?」

 

「もちろんよ、沙那。この旅は、彼女のものよ。わたしは、それを取りあげるつもりはない。わたしは、彼女を通じて、あなたたちと接して、わたし自身もあなたたちと接したかった。それだけよ」

 

「ならば、このまま、ずっと、ご主人様を眠らせたままでおくつもりはないのですね?」

 

「わたしは、あなた方が望まないことはしないわ。わたしは、あなたたちが好きよ。愛しているわ。宝玄仙も同じよ。それを伝えたかった。それだけよ」

 

「そうですか……」

 

 沙那はほっとした表情になっている。

 

「わたしもあなた方の旅に加わりたい。もちろん、わたしは無力だから、積極的には表に出るつもりはないけど、あの宝玄仙が暴発して、あなた方に度が過ぎる行為をするようだととめてあげるわ」

 

 宝玉はにっこりと微笑んで、地面に転がっていた残りふたつの『女淫輪』を拾い、そして、沙那の手の中の『女淫輪』を取りあげた。

 そして、それを法衣の内隠しにしまった。

 沙那が微笑んだ。

 

「わたしが旅に加わることを認めてくれるわね、沙那?」

 

「嬉しいです。よろしくお願いします。宝玉様」

 

 沙那が微笑んだ。

 満面の笑みだ。

 どうやら、完全に認めてくれたようだ。

 

「さてと、安心したわ。じゃあ、後は、宝玄仙を認めさせることだけね。もっとも、認めるに違いないけど……。拒否したら、また、悪夢を見せてやるわ。もっとも、悪夢じゃなくて、現実の記憶なんだけどね」

 

「これからは、ご主人様と宝玉様が、交互にその身体をお使いになることになるのですか?」

 

「そういうことね、沙那。まあ、わたしは、大抵は奥に引っ込んでいるから、時折出るだけだと思うけどね。でも、そうねえ……。あなた方にこの身体を癒してもらいたいときは出てこようかしら」

 

「癒す……ですか?」

 

 沙那が眉をひそめた。

 宝玉は笑った。

 

「そんな警戒しないでよ、沙那。いいじゃないの。わたしだって、性欲はあるわよ」

 

「そ、そうですよね……」

 沙那は、引きつった笑みを浮かべている。

「……でも、いままで話した限りにおいては、随分と分別がおありで、ご主人様と比べれば、かなり、そのう……」

 

 沙那は言葉に詰まったようだ。

 

「……かなり、まともそうだ、と思った?」

 

 宝玉は、沙那の顔を覗き込みながら言った。

 

「はい」

 

 沙那は言った。

 宝玉は声をあげて笑った。

 

「わたしも、あの変態巫女の宝玄仙と同様の変態女の宝玉よ。だけど、宝玄仙に比べれば、随分まともとは思うけどね。宝玄仙は、わたしの嗜虐性の部分を抽出した極端な性格だし、わたしは、その部分を宝玄仙に渡すことで失っているから、宝玄仙のような過激性はないわね。そういう意味では、わたしも宝玄仙も、いずれもどこかが欠けている人格ね。ふたりともまともではないわ」

 

「やはり、宝玉様はかなり分別がおありです。随分と接しやすい方だと思います」

 

 沙那は微笑んだ。

 

「少なくとも、話は通じるしね。あいつは、話そのものが嫌いよ」

 

「そ、そうですね……」

 

 沙那が顔を赤らめながら頷く。

 

「ただ、わたしは、愛されるのが好き。あの流沙(るさ)の宿町であなた方がしてくれたことは、宝玄仙と一緒にわたしも受けていたわ。とても素敵な体験だった。闘勝仙たちに受けていたものとは似ているけどまったく違う。愛されているという充実感にわたしは満たされた。ああいうことをまたして貰いたいのよ、沙那」

 

 宝玉は言った。

 

「わ、わたしたちにできることでしたら……」

 

「もちろん、できるわ。宝玄仙は、わたしが説得する。彼女も、“受け”が嫌いではないのよ。あなた方に苛められるのも好きなのよ。だけど、もともとと二面性を持っていたわたしの性格や性癖のうちの、嗜虐癖を中心とした極端な部分しか渡さなかったから、愛情表現も極端なのよねえ」

 

「愛情表現が極端なのは、もの凄く共感できます」

 

 沙那が言った。

 

 宝玉は、河面に鼉潔の小舟が見え隠れしはじめたのに気がついた。

 孫空女と朱姫を載せた小舟がこっちにやってくる。

 

「お迎えが来たようね、沙那」

 

 すると、沙那が斬られた服の合わせ目を押さえながら立ちあがった。

 しばらく、そうやってじっと目を凝らしていたが、宝玉に顔を向けてにっこりと微笑んだ。

 

「孫空女と朱姫は、うまくやったようです、宝玉様」

 

 沙那は言った。

 宝玉も、もうはっきりと姿が見えるようになった小舟を見ていた。

 鼉潔が舟を操っているが、孫空女と朱姫が捕えられている様子はない。

 孫空女は『如意棒』を持って、鼉潔に向けている。

 その後ろには朱姫もいる。

 小舟は、中州の船着場に接岸し、鼉潔を先頭に孫空女と朱姫がその後ろから降りてきた。

 

「ご主人様、沙那、助けに来たよ。あれっ? 沙那、その服、どうしたのさ?」

 

「こいつに切られたのよ。修繕してくれない、孫女」

 

 沙那が言った。

 

「いいよ。じゃあ、ここで休憩して、服が修繕できたら、こいつに向こう岸まで送らせようか――。それじゃあ、朱姫、頼むよ」

 

「はい、孫姉さん。じゃあ、鼉潔、あたしの眼を見な。お前は、檻を開けてご主人様と沙那姉さんを解放する。それが終わったら、あたしたちのために、食事を準備しろ、いいね」

 

「はい」

 

 鼉潔が答えた。

 眼が虚ろだ。

 おそらく、朱姫の『縛心術』がかかっている。

 

 檻の扉が開いた。

 宝玉は、孫空女の差し出した手を取り、檻の外に出た。

 

「よくやったわ、孫空女、朱姫。ありがとう」

 

 宝玉は言った。

 ふたりが嬉しそうな顔をした。

 

「じゃあ、わたしは、ちょっと、こいつの小屋で横にならせてもらうわ、沙那。話し合わなければならないこともあるしね」

 

「頑張ってください」

 

 沙那は、拳を握って宝玉に向けた。

 

「あなたは、わたしの味方、沙那?」

 

 宝玉は言った。

 

「おふたりの味方です。わたしたち三人ともです。でも、あの淫具を外してくれて感謝しています。朱姫の首輪を外したのも宝玉様ですよね?」

 

「そうよ。だけど、宝玄仙には、お前たちで言い訳するのよ」

 

 宝玉は言った。

 

「ええっ――。宝玉様がご主人様に言って下さるんじゃないんですか?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「嫌よ。当たり前じゃない。そんなことまで、あの宝玉仙と交渉したら、交渉にもなりはしないわ。大丈夫よ。淫具を外したのは、お前たちじゃなくて、わたしなんだから、まあ、煮て食うまではしないと思うわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、宝玉様。ご主人様は、必ず、わたしたちを、それこそ煮て食うくらいのことをするに違いありません」

 

「うまく話すのね。それと、ほかのふたりにも、うまくわたしのことを伝えておいて、沙那」

 

「そんなあ」

 

 沙那が嘆き声をあげた。

 孫空女と朱姫が不思議そうな顔でこっち見ていた。

 

 

 *

 

 

 沙那は、孫空女と朱姫とともに、三人揃って素っ裸で地面に正座をさせられていた。

 正面には、宝玄仙が石の上に座って、三人を睨みつけている。

 右手には、小枝を鞭のように振り回している。

 怖ろしく機嫌が悪い。

 

「わたしの断わりもなく、勝手に淫具を外したね、お前たちは?」

 

 宝玄仙が振った小枝が空気を切る音がする。

 沙那は、自分の乳首のすれすれに振られたその小枝に身をすくませた。

 

 まだ、鼉潔の棲み処にしている黒水河の中州だ。

 鼉潔は、宝玄仙により、小屋に閉じ込められているので、出てくることはないだろう。

 

 宝玉の人格だった宝玄仙は、小屋の中で二刻(約二時間)ほど、ひとりで休んでいた。

 おそらく、その時間に、宝玄仙の身体の中で、宝玄仙と宝玉が、すでに二つの人格が共存している宝玄仙の身体をどのように使うかの話し合いをしたのだろう。

 

 小屋から出てきた宝玄仙は、沙那が見たことがないくらいに機嫌が悪かった。

 その人格が、宝玉ではなく、宝玄仙であることは明らかだった。

 そして、沙那たちは、いきなり三人全員集められて、その場で素っ裸になって座るように命じられたのだ。

 

 言い訳や、状況の説明を受けるような雰囲気ではなかった。

 いまにも沙那たちを殺しそうな表情に、沙那は心の底から恐怖した。

 あんな顔をした宝玄仙は、なにをするかわからない。

 これまでの旅でそのことを沙那は十分に知っていた。

 

 沙那は、孫空女に修繕をしてもらった服を着ていたが、慌ててその場で素裸になった。

 孫空女も朱姫も同じだ。

 そして、命令のままに、地面に三人並んで正座をし、宝玄仙は、その前にあった石に腰掛けた。

 

 かなり、長い時間の沈黙が流れている。

 沙那たちにとっては、永遠にも感じるような長い沈黙だった。

 そして、宝玄仙が、やっと口にしたのが、沙那と朱姫から外された淫具についてだった。

 

「で、でも、わたしたちに、勝手に、それを外す力がないのは、ご存じでしょう……」

 

 沙那がそう言うと、宝玄仙が睨みつけた。

 それで、沙那は、もう、それ以上続きを話すことができなくなってしまった。

 

「朱姫、お前から説明しな」

 

 宝玄仙が、朱姫の顔を見て、小枝で地面を叩いた。

 

「ひっ」

 

 朱姫は、それだけで泣きそうな顔をした。

 

「どうやって、これを外したのか訊いているんだよ。さっさと説明するんだ、朱姫」

 

 三人の前に、朱姫がしていた革の首輪の霊具が投げ出された。これを装着されると激しい淫情に襲われるという霊具だ。

 淫情から逃れるためには、尻で自慰をするか他人に癒してもらうかしかなく、しかも、それを日に三度しなければならない。

 朱姫は、宝玄仙の供になって以来、その霊具を装着されて、ずっと尻で日に三度の自慰をやらされていたのだ。

 

「ご、ご主人様に外してもらっただけです」

 

 朱姫が半泣きで言った。

 

「わたしが外したんだねっ――」

 

 小枝が激しく鳴る。

 

「そ、そう思っていました。ご、ごめんさない」

 

 朱姫は泣き出してしまった。

 

「……じゃあ、沙那だ。お前は、どうやって外した?」

 

 宝玄仙が沙那を睨みつけている。

 沙那は、すくみあがった。

 どうやって説明すべきだろうか。

 誤魔化すことも考えたが、それがばれたときが怖ろしすぎる。

 宝玉と宝玄仙がどこまで話をしたかもわからない。

 結局、正直に言うことが一番いいという結論に達した。

 

「わ、わたしが……、お願いしました……」

 

「ほう?」

 

 宝玄仙の小枝が、沙那の乳首の上に乗せられた。

 沙那は、それでぶたれるのを覚悟して、歯を食いしばった。

 だが、予想していた激痛は襲ってこない。

 その代わり、怒りの形相の宝玄仙の持つ小枝の鞭が、沙那の乳首をいたぶるように動かされる。

 いつ打たれるのかわからない恐怖は、ひと思いに打たれた方がましだと思った。

 

「宝玄仙でも、宝玉でもなく……、お前が、外してくれと言ったんだね、沙那?」

 

「あ、あの、ご主人様……、で、でも、話を聞いて……」

 

 宝玄仙の小枝が空気を切って、乳首の先を思い切り弾かれる。

 

「ひぎいいっぃぃ――」

 

 沙那は、激痛に仰け反って倒れた。

 倒れながら、乳首が温かいもので包まれる。

 宝玄仙の『治療術』で治されているのだということはわかった。

 だが、倒れ込んだ沙那の裸身に、また小枝の鞭が飛んだ。

 

「誰が、勝手に姿勢を崩していいと言った、沙那――?」

 

 二度、三度と小枝が振り下ろされる。

 

「ひぎっ、あぎいっ、んぐうう」

 

 沙那は懸命に身体を起こして正座に直った。

 打たれた場所は、次々に『治療術』で癒されている。

 だが、激痛であることに変わりはない。

 これまで、鞭で打つなどという行為は皆無だった宝玄仙だ。

 それがこの仕打ちというのは、余程に感情が昂ぶっているのだろう。

 

「舌を出しな、沙那」

 

 宝玄仙がもの凄い形相で睨んでいる。

 沙那は口を開けて舌を出した。

 

「もっとだよ」

 

 さらに出す。

 

「んぎゃあああ」

 

 その舌に激痛が走る。

 舌を小枝の鞭で打たれたのだ。

 舌の表面が破けるとともに、打たれた衝撃で舌を噛んでしまい口から血が流れ出る。

 

「ひっ、ひいい」

 

 沙那は、呻き声をあげながら、手で口を押さえた。

 その手に血が滴り落ちる。

 

 沙那は、ふと、横の孫空女と朱姫を見た。

 孫空女は、顔が凍りついたように驚いている。

 朱姫など、宝玄仙の怖さに嗚咽がとまらなくなっている。

 

「まあいい、それよりも、お前たちは、宝玉のことはすでに知っているんだね……?」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「は、はい」

 

 沙那は、口から流れる血を手で受けながら言った。

 

「それは、全員知っているということかい、沙那?」

 

 口が温かいもので包まれる。

 宝玄仙の『治療術』が施されている。

 

「……し、知っています。わたしが、ご主人様の中に、宝玉様という別人格がおられることは、全員に説明しました」

 

「わかった。じゃあ、お前たち全員に、わたしから改めて説明しておくよ。沙那がどういう風に説明したかは知らないけど、宝玉という人格がわたしの中にいることは本当だよ。わたしは、帝都にいた頃、二年間という時間、闘勝仙という八仙の事実上の虜囚だった。その闘勝仙から受け続けた調教という名の凌辱の末に、わたしは闘勝仙に、わたしが隷属する『真言の誓約』という契約術を結ばされた。それは、“奴隷契約”ともいってね、主人と認めた相手に一生逆らえないという道術遣いの縛りだ。それを結ぶと絶対に、主人を裏切れない」

 

 宝玄仙は語りはじめた。

 沙那も含めて供の三人は、正座のまま神妙に話を聞いている。

 ここまでの話は宝玉の話と一致する。

 

「……その頃には、闘勝仙とその取り巻き連中の責めでわたしの心は崩壊状態だった。なにしろ、教団の中でも、屋敷でも、ありとあらゆる人間から性的な拷問を受け続けるという毎日だ」

 

「そんな……」

 

 朱姫が呟いた。

 沙那も孫空女も唖然としてしまう。

 何度聞いても、帝都時代の宝玄仙の話は壮絶だ。

 

「だけど、わたしは、それを利用したんだ。自分の心を意図的に崩壊させ、人格を分裂させた。そして、闘勝仙と結んだ“奴隷契約”の縛りを産みだした新しい人格に押し付けたんだ。与えられる凌辱も、その記憶もね。新しい人格は、自分で“宝玉”と名乗りはじめた。宝玉というのは、わたしが宝玄仙という戒名を貰う前の名だ。宝玄仙も宝玉も、同じわたしの名なのだよ。まあ、それはさておき、そうやって、密かに闘勝仙との誓約とも解放されたわたしは、闘勝仙への復讐の手段を練った。そして、成功した」

 

 それは、宝玉の話とは食い違っている。

 宝玉の話では、真言の誓約に縛られたのは、本来の人格であり、復讐をしたのは意図的に産みだした人格だと言っていた。

 

「……わたしは、すべてを取り上げられていた。自分の財産も、権威もなにもかもね。それどころか、たった一枚の下着でさえも、わたしのものではなかった。わたしは、身に着けるものの一切を誰かの許可なく、着させてももらえなかった。そういうわたしに唯一残ったままだったのが、なんの装飾もないひとつの指輪だった。わたしは、それに複雑な術式を刻みこみ、考えられないくらいに強力な支配魔具を作った……。それが、なんだかわかるね、沙那?」

 

「服従の首輪です」

 

 沙那は言った。宝玄仙との旅を始める前に、宝玄仙に騙されて沙那が嵌めた首輪だ。

 それを霊具化する前の形が、小さな指輪だということは、以前教えられたことがある。

 

「復讐をわたしは果たした。だけど、困ったことになった。それは、意図的に分裂させた人格が、二年という月日の中で独立した存在として成長してしまったことだった。そのときには、もう、分裂した人格を元に戻すというのは、不可能になっていたんだ。仕方なく、わたしは、その宝玉と名乗る人格を眠らせた。これまでの旅の間、ずっと宝玉は眠っていた」

 

 それも、宝玉の話とは違う。

 宝玉は静かにしていただけで、眠ってはいなかったと言っている。

 その証拠として、宝玄仙が体験したことはすべて認識していると言った。

 そして、そのとおり、宝玉は、宝玄仙が知っていることを承知していてもいた。

 

「こうしているこの宝玄仙のひとつの身体には、ふたつの人格がある。それは真実だよ」

 

 宝玄仙はじろり全員を見回した。

 宝玉は、自分が本当の人格だと言い、宝玄仙もまた、自分が本当の人格だという。

 いずれが本当の人格なのかというのは、沙那は気にしていない。

 どちらも、宝玄仙の身体の中にいる同じ人間の人格なのだ。

 ふたりとも本来の人格ということだ。

 

「とにかく、宝玉という人格は、わたしが作った人格だけど、いまはこの身体に共存している独立した人間だ。だから、時折、あいつも、この身体を使いたいそうだ。お前たちと愛し合いたいらしい。そのときは、相手をしてやってくれればいい。あいつは、それで満足する」

 

 そういうことになったのだと思った。

 宝玄仙と宝玉とのあいだで、話し合いが成立したのだ。

 ふたりでひとつの身体を使うことになったのだ。

 うまく折り合いがついてくれて安心した。

 

「わかったけど、相手って、なにさ?」

 

 孫空女がそのものずばりの質問をした。

 すると宝玄仙が、孫空女の股間に小枝の先を伸ばした。

 孫空女の顔が恐怖に覆われる。

 

 だが、宝玄仙は、孫空女の股間に小枝を差して、ゆっくりと前後し始めた。

 敏感な場所を刺激しているのだろう。

 孫空女の口から次第に喘ぎ声が漏れてくる。

 宝玄仙のいたぶりを手で払いのけたりすると、すぐにとんでもない罰が与えられる。

 だから、孫空女ほどの女傑でも、あんなに破廉恥な行為を受けていながら、ただ黙って耐えるしかない。それが宝玄仙の供三人の決まり事だ。

 

「こういうことを、逆に宝玉にしてやればいいんだよ、孫空女。わかったかい?」

 

 宝玄仙が、孫空女の股間から小枝を抜いた。

 その先はしっとりと濡れ、孫空女の股間から出たもので糸を引いていた。

 

「ご、ご主人様に、そんなことをしてもいいの?」

 

 孫空女が、身体をくねらせながら上気した顔で言った。

 

「わたしじゃない。宝玉だよ。身体は、宝玄仙の身体でも、中身は宝玉のときにやるんだ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「よくわからないけど、言われたことをするよ」

 

 孫空女が言った。

 

「沙那、痛かったかい。済まなかったね。わたしも興奮していたようだよ」

 

 宝玄仙が沙那に視線を向けた。

 もう、かなり、激情も収まったようだ。

 

「いえ、いいんです……。憂さを晴らしたいことがあれば、遠慮なくわたしを使ってください」

 

 沙那は言った。

 本心だった。

 宝玄仙にしろ、宝玉にしろ、大きな心の苦痛を背負っている。

 自分が犠牲になることで少しでもそれが癒えるのであれば、癒せばいい。

 

「服を着ていいよ、お前たち。さて、じゃあ、食事にしようか――。ただし……」

 

 宝玄仙は、畳んで置かれている沙那の衣服を小枝で押さえた。

 

「沙那は、罰として、明日まで素っ裸で過ごすんだ。明日の夕方、服を渡してやるよ。それまで、どうせ、大した人里は行かないんだろう。この宝玄仙を差し置いて、勝手な約束を宝玉とした罰だよ。その裸を晒して道を歩きな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな、惨めすぎます」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「だったら、『女淫輪』を締め直してやろうか。それとも、素っ裸の期間をもっと伸ばすよ。これくらいで済んで有難いと思いな」

 

 宝玄仙が険しい形相で睨みつけた。

 あの顔と眼には逆らえない。沙那は、頷くしかなかった。

 

「朱姫、沙那の服を葛籠にしまっておいで。お前たちは、服を着ていい、孫空女、朱姫」

 

 まだ、正座をしたままの沙那を気の毒そうに横目で見ながら、孫空女と朱姫が服を着始める。

 

「それと、孫空女、おいで」

 

 宝玄仙が言った。

 まだ、服を着る途中だった孫空女が、裸身に下袴(かこ)を履いただけの格好で、宝玄仙に駆け寄る。

 その孫空女の首に、宝玄仙の手が伸び、孫空女の首に、朱姫が嵌めていた例の革の首輪がつけられた。

 

「な、な、な、なんでえぇ――」

 

 孫空女が絶叫した。

 沙那も驚いた。

 

「沙那につけようと思ったけど、興奮して鞭で叩いてしまったからね。朱姫に付け直しても面白くないし、三日ほど、お前が嵌めときな、孫空女。なあに、日に三回の尻の自慰さえすれば、なんてことのない霊具だよ」

 

「ひ、酷いよ、ご主人様。あ、あたし、宝玉様とは、一度も話していないんだよ。一番、関係ないのに」

 

「つべこべ言うんじゃないよ、孫空女。とりあえず、食事前に、いまここで、尻で自慰をしな。朱姫とは違って、張形はいらないね。指でしな。早くしないと、小屋に閉じ込めている鼉潔の前でやらせるよ。三日経ったら解放してやる。その間、朝昼晩、毎日、わたしの前で尻で自慰をしな」

 

 宝玄仙の残酷な命令に孫空女が哀願している。

 その孫空女の姿を見て、宝玄仙が、面白くて堪らないという感じで笑っている。

 やっぱり、あれこそが宝玄仙だ。

 

 結局、孫空女は、泣きそうな顔で下袴をさげると、剝き出しの尻を宝玄仙に向けた。

 沙那は、それを横目で見ながら白い裸身を立ちあがらせた。

 孫空女が喘ぎ始めた。指は、自分の肛門に突き刺さっている。

 

「ほら、孫空女、どんなふうに自慰をしているのか、どんな気持ちか叫びながらやりな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「や、やだよう。そんなの」

 

 あの孫空女がさすがに泣き声をあげた。

 

「やるんだよ。もう一度、逆らったら、お前も沙那と一緒に全裸で歩かせるよ。しかも、指を尻の孔に入れたままね」

 

「ひいっ――。言うよ、言う。お、お尻に指を入れて、内側を掻くよう動かしているよ」

 

「へえ、お前は、そうやると気持ちいいのかい? 入口の部分はどうだい、孫空女?」

 

「そ、そこも……。内側の壁を掻いて、そして……抜いて……入口の部分で……あああっ……回して……また入れて……き、気持ちいいよお……」

 

「もっと、でかい声で叫ぶんだよ、孫空女」

 

「……お尻が……駄目、頭が……ぼうっと……も、もうわからないよう……。お尻だけじゃない……ぜ、全部、気持ちいい……。もう、いくよ、ご主人様――。もう、お尻、動かさなくてもいくっ――」

 

「まだだよ、孫空女。始まったばかりじゃないかい」

 

 宝玄仙が喜んでいる。

 孫空女は、お尻に指を入れたまま、絶頂の許可で貰えないので、上気した顔を小刻みの横に振っている。

 

「とまるんじゃないよ。指を動かしな、孫空女。それに、喋りながらだ。忘れるんじゃないよ――」

 

「……ゆ、指を動かすと、気持ちよく……触ってないのに……あ、あそこも……熱くなって……」

 

「あそこって、どこだい、孫空女? はっきりと叫びな」

 

 宝玄仙が愉悦しきった表情で言った。

 確かに、あれこそが宝玄仙だ。

 沙那は、もう一度思った。

 

 沙那は嘆息し、そして、食事の準備を始めている朱姫を手伝うために、裸身を向かわせた。






 *


【西遊記:43回、鼉潔(だけつ)

 玄奘(三蔵法師)一行は、黒水河(こくすいが)という大河に行く手を阻まれます。どうやって渡ろうか途方に暮れていると、ひとりの船頭が舟で通りかかります。
 その船頭に向こう岸まで連れていってくれるように頼むと、快く引き受けてはくれますが、舟が小さいので一度にふたりしか渡せないと言います。

 当初は、玄奘と猪八戒が舟に乗りますが、実は船頭は、鼉潔(だけつ)という妖魔が化けた姿であり、玄奘と猪八戒を浚って水の中の棲みかに連れていきます。

 孫悟空は、鼉潔が昔から知っている西海龍王の息子であることに気がつき、觔斗雲(きんとうん)で西海龍王のところに向かい抗議します。

 驚いた西海龍王は、魔昂(まこう)という鼉潔の兄を孫悟空と一緒に行かせます。
 魔昂は、黒水河に着くと、鼉潔を叱ります。鼉潔は腹をたてて暴れようとしますが、魔昂にあっという間に取り押さえられます。
 玄奘と猪八戒も救出されて、一行は無事に河を渡ることができます。

 *

 『西遊記』において、玄奘の供になるのは、供になった順に、孫悟空、玉龍、猪八戒、沙悟浄の四人です。玉龍はいつもは白馬になっているので目立ちませんが、人間になったり、龍になったりして活躍する場面もあります。
 今回登場した、宝玉は、玉龍から一字を取った登場人物です。


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 第18話   兇悪魔王子【紅孩児(こうがいじ)】~火雲洞
107 人喰いの宴


 雲裡霧(うんりむ)興烘桀(こうたくけつ)のふたりが、その全裸の娘を火雲洞(かうんどう)のひと部屋に連れてきたとき、その娘は、完全に生きることを諦めたような表情をしていた。

 娘はされるがまま、鉄板の上で正座をした。

 もう抵抗する気力は失っているようだ。

 紅孩児(こうがいじ)は、魔術でその娘の膝から下を鉄板に張りつけた。これで、この娘の裸身は、鉄板の上から動けなくなった。

 

 娘は、自分がこれからなにをされるのかをすでに理解しているはずだ。

 理解していながらも、一切の抵抗も泣きごとも言わない。

 もう、覚悟はしているのだろう。

 

 だが、紅孩児には、自分が殺されて、自分たち魔族に食べられるということに対して、これほどまでに達観している娘の気持ちが理解できない。

 この人間の雌の身体に飽きるまで遊ぶ前には、この娘の眼の前で、この娘の両親と、それから婚約者だとかいう人間の雄を殺して食べた。

 その時には、発狂したような悲鳴と哀訴を繰り返していた。

 あのときと比べれば、いまのこいつは、もう生きる屍のようなものだ。

 

「さんざんと、俺たちをその身体で愉しませてくれた、お前だ。最後の最後も俺たちを愉しませてくれ。そうすれば、苦しい思いだけは勘弁してやる。文字どおり天にも昇るような快楽の中で昇天させてやるぜ」

 

 紅孩児はそう言って、娘の前に短剣を放り投げた。

 娘は、それをぼんやりと見つめていた。

 

「それを手に取れ、女」

 

 この娘の名がなんだったのか、どうしても思い出せなかった。

 もっとも、こうやって、人間の娘を浚っては凌辱して遊び、飽きたら喰い、また浚うということを四匹で何十人も繰り替えしている。

 いちいち、憶えていることが無理というものだ。

 

「なにをさせるんだ、紅孩児?」

 

 急如火(きゅうじょび)は、言った。

 紅孩児(こうがいじ)に、急如火(きゅうじょび)雲裡霧(うんりむ)興烘桀(こうたくけつ)の四人――。

 これが、魔族の世界である魔域から、人間の世界である東側にやって来た四人の仲間だ。

 

「なに、料理の食材自身に料理をさせるのさ。こんな見世物、常識じゃあ考えられないぜ」

 

 紅孩児が言うと、雲裡霧と興烘桀も含めた四人が、興味深い表情で、鉄板に脚を張りつけられた娘を囲んだ。

 それぞれ、手には鉄箸と皿をそれぞれ持っている。

 鉄板の下には、魔力を籠めた石炭が敷き詰められており、紅孩児の魔術で、あっという間に石炭は燃えあがることになっている。

 あとは人間の姿焼きができあがるのを待つだけだ。

 

「自分の腹を割いて、贓物を鉄板の上に拡げていけ、女。そうすりゃあ、人間の内臓焼きが自然にできあがるというわけだ。俺たちがお前の内臓の賞味を終えりゃあ、次は乳房だ。とにかく、右手で届く場所のどこでもいい。次々に切り落としておめえの一部を鉄板の上に乗せていけ」

 

「え……?」

 

 娘はきょとんとしている。

 いずれにせよ。やっと声を出した。

 そういえば、しばらく前から口をきかなくなっていたような気がする。

 

「俺たちは、食材であり、料理人でもあるお前の肉を食うということだ。途中で死なねえように、生命力は魔術で送り続けてやる。それに鉄板はこれ以上ないというくらい熱くなるが、脚の部分だけは最後になるように、そこだけは熱がいかないようにするから、安心して料理をしてくれ」

 

 これから食べようとする食材の娘自身に、自分の身体を切り刻みながら鉄板で肉を焼かせようという発想に、ほかの人が大喜びした。

 当の娘は、最期の瞬間まで、そうやって肉体を辱められるということに、精根尽きたはずの顔を蒼白にさせた。

 たが、娘は素直に、短剣を右手に取った。

 その手は震えている。

 

「じゃあ、行くぜ」

 

 紅孩児は腕を振った。

 あっという間に鉄板の下の石炭が燃えあがり、凄まじい熱気が鉄板からがあがる。

 娘の顔に恐怖が浮かぶ。

 

「心配するな、雌。どんなに鉄板が熱くなっても、お前には直接熱は伝わらない。焼けるのは、お前が身体から切り離して、鉄板に乗せた部分だけだ。その短剣も魔具だ。触るだけで、身体のどこでも削ぎ落とせるから、どんどん焼いてくれ」

 

 紅孩児は笑った。

 

「ああ、俺たちは腹が減ってんだ。昨日の飯は、ちょっと足りなくてなあ。どうも腹の溜まりが悪い」

 

 興烘桀(こうたくけつ)だ。

 すると、雲裡霧(うんりむ)が大笑いした。

 

「お前は、あれだけ食って、まだ足りねえのかい。人間の男ひとりと、子供ふたり食ったんだせ。しかも、朝飯に子供丸ごと、ひとりで喰いやがったくせに」

 

 雲裡霧が笑いながら言う。

 紅孩児も横で苦笑した。

 四人とも、大飯喰らいに違いないが、興烘桀だけは別格だ。本当に人間をよく食べる。

 

 昨日は、三人の子供がいる農夫の夫婦を三人の子供ごと浚って、三人の子供のうち、ひとりを残してふたりをここで殺して焼けと、その夫婦に命令して子供を料理させた。

 父親も母親も、自分を食ってくれと泣き叫んだが許さなかった。

 聞き分けがないので、だったら子供全部を殺すと脅して、ひとりを殺した。

 それで観念したのか、ひとりだけでも救おうと、その夫婦は、残った二人の子供のうちの小さい方を泣きながら殺して、この鉄板に乗せた。

 そうやって泣き叫ぶ餌どもの姿は、食事の最高の調味料だ。

 

 そのあと、子供のほかに、どちらかを助けてやるから、生き残りたい方が、もうひとりを殺せと夫婦に命じて、男が指示して、女に自分の心臓を刺させた。

 ここまでが、夕べの食事だ。

 

 しかし、興烘桀は、朝になって、生き残った女と子供の入っている檻に行き、子供だけを檻から出して、女の前で生き喰いしたのだ。

 あのやかましい悲鳴は、それだったというわけだ。

 

 いずれにせよ、興烘桀の言い草じゃないが、人間の肉は、いくら食っても飽きるということはない。

 大人どもは、人間を無暗に襲うのは、仕返しもあるから、自重しろとうるさいが、こいつらは妖魔に喰われるために存在しているのだ。

 こうやって、暴れ回っても、人間が仕返しにくる様子はないし、無力な人間どもにそれができるわけがない。

 大人たちは、なにごとにつけ慎重すぎるのだ。

 

 地下の牢にまとめて閉じ込めてある昨夜の母親の女は、さっき覗いたが、呆けたように狭い土牢でじっととしていた。

 そのうち、もっと面白い殺し方を思いついたら、喰ってしまうつもりだ。だが、それは少し先のことになるだろう。

 興烘桀が、残っている子供をさっさと喰っちまったから、遊び方の材料がなくなって、思いつくまで保留だ。

 

 それに、浚ってきた人間は、まだ五十人はいる。

 いま、目をつけてるのは、すでに親を殺して残っている十五と十の姉妹だ。

 特に、いずれも十代の娘というのが気に入った。

 今夜にでも、その十歳の娘を姉に道具で犯させるということをしようと思っている。

 拒否すれば、妹の身体を寸刻みに切っていくだけだ。

 姉も、最後には、妹を道具で犯すことに応じるだろう。

 いままでもそうだった。

 次の日からは、妹に姉を拷問させる。

 それを何日も続けるのだ。

 そうやって、壊れていく姉妹の関係を愉しむつもりだ。

 

「や、やります……」

 

 眼の前の娘が自分の腹に短剣を向けた。

 

「待て、その前に最後の贈り物だ。これから、魔術でお前の感じる痛覚を官能の愉悦に変えてやる。本来は激痛であるはずの感覚が、これ以上ないというくらいの快楽に感じるはずだ」

 

 娘の顔をこちらに向けさせて、『縛心術』で痛覚を快楽の感覚に変化させた。

 これで、娘は、それこそ、いき狂いながら死んでいけるはずだ。

 

「こ、これで、父さま、母さま、そして、(おき)様のところにやっと行けます……」

 

 両親はともなく、“冲様”というのが誰のことか、紅孩児にはわからなかった。

 

「ああ、間違いなく行けるぜ。三人とも、俺たち四人に喰われて腹の中だ。お前は、やっと、あの三人と一緒になれるんだ。俺たちの腹の中でな。よかったな」

 

 急如火がそう言った。

 お陰で、紅孩児は、やっと、娘が冲様と言ったのが、婚約者だとか言っていた若い人間の男のことだということを思い出した。

 殺す前のまだ元気なうちに、この女の眼の前で、最初は、一物だけを切り落として焼いたのだ。

 あのときのこの娘の顔は見ものだった。

 

 婚約者はその場で喰ってしまったが、親の方はしばらく残していた。娘をなぶるための材料にするためだ。

 考えつく限りの恥辱をやらせ、穴という穴をすべて堪能しつくした。

 村で一番の器量よしという評判に違わぬ、美貌と身体を持っていたが、もう、この娘を使って愉しめることを思いつかなくなった。

 

 父親に犯させもした。

 母親にも道具を使って責めさせた。

 魔獣との獣姦もさせた。

 もう、これという考えは出てこない。

 それで、いま、親も喰い、こうやって娘も殺して喰うことにしたのだ。

 

 娘の持っている短剣が、なんの抵抗もなく、娘の腹に突き入った。

 それと同時に、娘が小さく口を開けて喘ぎ声をあげた。

 顔に恍惚の表情を浮かべる。本来であれば、激しい痛みが走るはずだが、その痛みの量と同じ量の快楽を感じているのだ。

 

「ほれ、もっと、切り口を大きくして、贓物を抉り出せ」

 

 興烘桀がはやし立てた。

 娘の腹からは真っ赤な血がどくどくと流れ落ちている。

 それらは、鉄板の上に滴り流れると同時に、血の蒸気となって辺りにもうもうとした赤白い湯気を作る。

 その香りが実に食欲をそそる。

 

「あはあああっ」

 

 娘は、短剣をさらに横腹に突き立てると反対側の横腹まで一気に裂く。

 娘が嬌声をあげた。

 それとともに、娘の股間からじゅうという音が立つ。

 腹を裂いたことで受けた快感により、娘が愛液を噴き出したのだとわかった。

 

「ひううう、んあああ」

 

 娘の顔は、まさに官能の極致にあった。

 横に裂いたふたつの切れ込みからは、凄まじい量の血とともに、なにかの贓物の塊りのようなものも流れ出し始めた。

 

「腹の裂け目を縦にも入れろ」

 

 興烘桀が愉しそうに叫んだ。

 ふたつの腹の裂け目に縦の裂け目が加わると、そこから娘の腸がぞろぞろと鉄板に流れ落ちた。

 

「切れ――。切れ――。ほらっ、気を失うなよ、女。俺たちが喰いやすいように、切断しながら、はらわたを出すんだ」

 

「は、はいいっ、んぎひいいっ」

 

 娘はがくがくと痙攣しがら絶叫している。

 痛みではない。

 凄まじい快楽の本流に我を忘れているのだ。

 

 娘は、興烘桀たちの言葉に操られたように、左手で自分の腸を引っ張り出すとともに、右手で短剣を横に振りながら、ばらばらにして鉄板の上に投げ捨てる。

 猛烈な熱により、あっという間にはらわたはいい具合の焼き加減になる。

 紅孩児は、鉄箸でそれを摘まむと、口に入れた。

 

「うめえやっ」

 

 口の中に拡がった新鮮な若い娘の内臓の香ばしさに、紅孩児は叫ばずにはいられなかった。

 それが合図であるかのように、ほかの三人の妖魔たちも、鉄板に散らばるはらわたの焼肉を食べ始める。

 

 一方で、娘の生命力がなくなりかけているのがわかった。

 紅孩児は、慌てて魔力を注ぎ込む。

 娘の腹からは、血が流れ過ぎている。

 娘の気を失わせるには十分な出血だ。

 いま、娘の生命を支えているのは、紅孩児の魔術だ。

 

「乳房の肉を食わせてくれよ、娘。脂の柔らかいところが俺の好物だ」

 

「俺は、乳首付きだ。ひとつは、紅孩児のだろうが、もうひとつは、俺だ」

 

 娘の顔はすでに正気を失っている。

 さっきから、何度も大小の絶頂の波を繰り返している。

 嬌声も歯止めのないものに代わり、まるで激痛による悲鳴のようにも思える。

 娘の股の下に滴る淫液が鉄板の鉄で蒸発して立てる音も間隔のない連続したものになっている。

 娘の乳首のついた乳房の肉片がふたつ鉄板の上に落ちた。

 そのひとつに、急如火がさっと手を伸ばす。

 

「あっ、狡いぞ、急如火。そりゃあ、俺の注文だ」

 

 雲裡霧だ。

 寸前のところで、さっと急如火に横に浚われたのだ。

 

「早い者勝ちだ。おめえは、普通の乳房焼きで我慢しな、雲裡霧」

 

「俺りゃあ、柔らかいところと硬いところが、口の中で混じり合うのが好きなんだよ」

 

 雲裡霧が悔しそうな声をあげた。

 

「俺のを食っていいぜ、雲裡霧」

 

 紅孩児は言った。

 

「すまねえな、紅孩児」

 

 もう片方の乳首の肉を雲裡霧が口に入れた。

 乳首の膨らみが完全になくなる頃には、その傷口からあばらに隠れた肺臓が見え隠れし始める。

 やがて、右側の乳房の傷口からは、心臓の影が露わになった。

 腹の中の贓物は、ほとんどが出尽くして、空っぽになりかけている。

 そのため、娘の身体は、支えを失って、腕で支えなければ、座った姿勢を保てなくなっている。

 

「もういいぜ、心臓に剣を刺しな。それで終わりだ。お前は、それで死ぬ。残りは、俺たちで料理して喰う。最後の最後までよくやった」

 

 紅孩児は言った。

 もう、何十回も自分の身体を切り刻みながら気をやった娘は、よがり狂った後の愉悦の頂点を彷徨う雌さながらの表情をしている。

 その雌の顔に、ほんのかすかな安堵の表情が浮かんだ。

 

 娘が自分の心臓を突き刺した。

 ほんのしばらくの後、娘から生命が消失したのを紅孩児は悟った。

 倒れた娘から、その心臓を三匹の妖魔が争って、娘の心臓を抉っている。

 

「しかし、こんなに愉しい思いが毎日できるなら、やっぱり、東域に出てきてよかったな」

 

 興烘桀が心臓の肉を咀嚼しながら言った。

 

「まったくだぜ。親父たちは、まだ早いといか言っていたけど、俺たち四人が集まれば、こんなものだ」

 

「俺たちほどの魔力なら対抗できる者もいねえだろう。これなら、このまま、巣食ってもいいんじゃねえか?」

 

 急如火と雲裡霧がそれぞれに言った。

 こっちの世界の人間が西域と呼んでいる棲み家の西方諸国を、ほとんど家出同然に飛び出してきたのは三箇月前だ。

 そして、四人でこの置き捨てられた人間の軍の砦を山中に見つけて、“火雲洞(かうんどう)”と名付けて棲み処にした。

 ここの山岳付近には、十余りの村が点在していたが、その村々の人間や通りがかる旅人を捕まえては、さんざんに遊びつくしてから喰らうということを続けている。

 

 紅孩児の父親である牛魔王(ぎゅうまおう)が心配したような、人間の軍に討伐されるということもいまのところないし、持って生まれた魔力のお陰で、それこそやりたい放題をしている。

 もっとも、ここにあるさまざまな拷問用の魔具については、父親のところにあったやつを『移動術』でまとめて運んできたものであるが……。

 

「ねえ、紅孩児、この間の話だけど、どうする?」

 

 急如火が言った。

 

「なんだい、こないだの話ってのは?」

 

「ほら、東帝国の偉い道術遣いが、こっちに逃げてくるって話だよ。調べたところによると、この近くをもうすぐ通りかかるらしい。一度喰ってみたいじゃないか。そういう高い道術遣いの肉っていうのをさあ。さぞや美味なんだろうなあ」

 

「へっ、その代わり、とんでもなく強いそうじゃねえか。その供の女だって半端じゃないらしいしな」

 

 紅孩児は鼻を鳴らした。

 

「おじけづいたのかよ、紅孩児?」

 

 興烘桀だ。

 こいつは、もう一度、ほと肉の部分に喰らいついている。

 

「なんだと? 俺は、おじけづいたりしねえぞ」

 

「だったら、このまま素通りはねえだろうさ。術遣いじゃなくても、その供でもいいぜ。若くて綺麗な女らしいな。若い女は旨い。それに、喰う前に遊べるじゃねえか。退屈凌ぎにちょうどいい。飽きたら喰えばいいしな」

 

「まあな、興烘桀」

 

 紅孩児は、少し考えた。

 よくはわからないが、魔域で最近人相書きが回っている天教の女法師の話だ。

 なんだか知らねえけど、天教はいけ好かないが、賞金代わりに、大層な宝物がかけられているらしく、親父たちが話していた。

 それが、そろそろ、近くを通るらしい。

 なんか、そんな情報を興烘桀が持ってきたのだ。

 

 まあ、話によれば、天教教団の八仙ほどの女というだけあって術力は強いらしい。

 半端な妖魔じゃあ、返り討ちになるだろう。

 供という女たちも、一騎当千だという話だし、まともに襲っても、この四匹じゃあ苦しいかもしれない。

 

「……まあ、策がないこともねえなあ」

 

 やがて、紅孩児は呟くように言った。

 

「やっぱり、紅孩児だ。乗ったよ」

 

「俺は、まだなにも言っていねえよ、急如火」

 

「いいんだよ。その術遣いでも、その供でもいいから、遊びたいんだよ。喰いたいんだよ。どんな策でも乗るよ、紅孩児。まあ、喰いながら、その策を説明してくれよ」

 

「わかったよ」

 

 紅孩児は、再び、娘の肉に箸を伸ばした。

 そうだ。この娘の名は、愛梨(あいり)だ。

 この娘の母親が死ぬ前に、そう絶叫していたのを思い出した。

 紅孩児は、そんなことを想いながら、娘の心臓に鉄箸を伸ばした。

 

「それで策ってなんだよ?」

 

 急如火が言った。

 

「待てよ、説明の前に、これを喰わせろ」

 

 紅孩児は、娘の下腹に手を喰い込ませて子宮を掴みとった。



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108 妖魔の罠と羞恥連行

「お前たちの中で、一番感じやすい淫乱な身体をしているのは誰かねえ?」

 

 歩きながら宝玄仙がそんなことを言い始めた。

 沙那は、嫌な話題だなと思いながら、それを聞き流した。

 

 大殷国(たいいんこく)の西の国境を越えてから、東帝国の基準では国とは言えないような人間の集落が連なる土地が続いていた。

 城郭らしい城郭もなく、それぞれに自治をする村が集まった地域の集団という感じで、軍という体裁の組織もなく、支配組織には官吏という組織もないという国家群だ。

 いや、国ともいえないだろう。

 それぞれに、自治の機能を持った集落群というところか。

 そのため、教団が諸王国中にばらまいた宝玄仙一行の手配書も有効には発揮せず、それほど追い回されるのを意識せずに旅ができる。

 関所はかなりあちこちにあるのだが、通行手形などあってないようなもので、大抵は関税と呼ばれる一定の金を支払えば通過できる。

 

 ただ、道は険しい。

 街道らしい街道もないので、西に向かう道は、小さな村と村を結ぶ険しい山岳道を巡りながら進むという感じだ。

 ただ、これまでも整備された街道は、避けながら進んでいたので、これについては、状況に変化はない。

 

「一番は、沙那姉さんですよ」

 

 朱姫が言った。

 わざわざ、話題を掘り起こさなくてもいいのにと思いながら、自分の名前が出たので、仕方なく耳を傾ける。

 

「沙那姉さんは、とても淫乱な身体をしています。身体中、どこを刺激してもしっかりと、しかも、あっという間に反応してくれるのは、面白くて仕方ありません」

 

 すると、朱姫が聞き捨てならないことを口にした。

 これには、むっとした。

 

「淫乱なだなんて酷いわよ、朱姫。わたしはねえ、随分と長く、『女淫輪』を嵌められて、ご主人様によって、どこを触られても敏感に反応してしまうような身体にされてしまったのよ。感じやすいのは認めるけど、淫乱というのは酷いわ」

 すかさず言い返す。

 沙那たちは、かなり狭い山道を歩いていて、四人で一列になっていた。

 道は、奥深い山道だ。

 ただ、まったく人の気配が感じられないというわけでもないので、近傍に山村でもあるのかもしれない。

 

 朱姫は、宝玄仙の前を進んでいるので、宝玄仙越しに話しかけるかたちだ。その朱姫は、宝玄仙のすぐ後ろをひとつの葛籠を背負って進んでいる。

 中身は路銀だ。

 旅の金銭管理は朱姫の役目になっているからだ。

 朱姫は、ひとりで旅をしていた時代に、商家で働いた経験もあり、意外にお金にしっかりしているのだ。

 

 いま、歩いている先頭は、孫空女だ。

 道を進むとき、ほとんどの場合の先頭は孫空女なのだ。

 孫空女は、余分な荷は持たないが、かなり神経を研ぎ澄ませて、前方に隠れる襲撃者の存在や道術を遣った罠の存在を探りながら進んでいる。

 真ん中は朱姫と宝玄仙だ。朱姫が宝玄仙の前を行くか、後ろを行くかは状況による。

 朱姫は荷を持つが、もちろん、宝玄仙が持つことはない。

 宝玄仙は、ただ、木の杖を片手に黒い巫女服を着て進むだけだ。

 

 そして、大抵の最後尾は沙那になる。

 沙那も二個の葛籠を背負子に括り、さらにその上に、野宿用の毛布と食事の支度のための鉄鍋を載せて進んでいる。

 腰には細剣だ。

 以前は、もっと荷は多かったのだが、大殷国(たいいんこく)で、王軍の捕縛の軍の襲撃を受けたときに、ほとんどの荷を失い、少しずつ新たに揃え直して、これくらいになった。

 

「でも、その淫具は、宝玉様に外してもらったんですよね。それでも感じやすさは変わらなかったんでしょう、沙那姉さん?」

 

 この小型の宝玄仙のような半妖の娘は、愉しそうにそう言った。

 反論したいが、実際にそうなので、仕方なく口を閉ざす。

 

 沙那は、一年半前に宝玄仙と出遭って以来、『女淫輪』をいう淫具を乳首と肉芽の根元に嵌められていた。

 それは、宝玄仙の魔力で、いつどこでも好きなように振動させることができるというだけではなく、淫具として、常に沙那を発情状態にする効果があった。

 沙那は、それを自分の“気”を操作することで淫情を抑えていた。

 やっと半月ほど前に、宝玄仙の中のもうひとつの人格である宝玉という人格が現れたとき、その騒動の中で、宝玉が外してくれた。

 お陰で四六時中淫具に苛まれるということからは脱却できたのだが、淫具をしている前と外す前と、感じやすさは変わらない。

 むしろ、それまでは、淫具を嵌められた部分だけに集中していた性感が,なぜか、身体中に分散してしまった気さえする。

 淫具によって快感を集めやすくなってしまった身体が、淫具がなくなることで、さらに、その淫情の気を、身体の特定の部分ではなく、全身に回してしまったのかもしれない。

 とにかく、朱姫の言うとおり、沙那自身、身体中どこを触られても、気持ちがいいといまは感じる。

 沙那は、宝玄仙に作られたこの身体を、正直、持て余してしまう気分だ。

 以前、『女淫輪』を嵌められていたときは、その部分だけが弱かったのだが、いまは、全身が性感帯になっている。

 

「じゃあ、一番、淫乱なのは沙那ということでいいかい、朱姫?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「そうです。沙那姉さんが一番です。とても、とても、感じやすい淫乱な身体の持ち主です」

 

 朱姫が断言した。なんとなく悔しい。

 

「一番、感じやすいの、わたしじゃないわよ。感じやすいなんて、ご主人様の供三人、同じようなものじゃないの。朱姫、お前だって、ちょっと、お尻触っただけで、真っ赤になって腰を震わせるくせに」

 

 沙那も反撃した。

 朱姫が真っ赤になった。

 

「そ、それは、あんなに、お尻ばっかりで、毎日、毎日、自慰をさせられれば、そうなりますよ。仕方ないじゃないですか、沙那姉さん」

 

 朱姫もまた、宝玄仙の霊具を使って身体の開発を行われた「犠牲者」のひとりだ。

 宝玄仙が朱姫に施したのは、徹底的な尻穴調教だ。

 強制的に供にされてすぐに、朱姫は革の首輪のかたちをした霊具を嵌められた。

 それは身体を媚薬漬けになったような欲情をさせてしまう効果があり、それを防ぐには、日に三度、お尻でいかなければならないという道術力が込められていた。

 朱姫は、首輪をされている期間、ずっと、日に三度、お尻で自慰をするか、ここにいる仲間の誰かにお尻を責めてもらい気をやり続けさせられていた。

 随分とその霊具に悩まされていた朱姫も、宝玄仙の中に現れた宝玉という人格により、その首輪の淫具を外してもらった。

 だが、開発の終わったお尻の敏感さは、当然そのままだ。

 孫空女を含めた三人の中で、お尻ということにかけては、朱姫が一番弱いのは間違いない。

 

「そうよね、仕方ないのよね、朱姫。でも、そんなことは、三人とも同じよ。みんな、ご主人様の調教を受けているのよ。同じなのよ。人のことばかり言うと、あんたが隠したがっていること、ばらすわよ――。というか、みんな知っていることなんだけど、知っているということをあんたに教えるわよ」

 

「な、なんですか、その意味ありげな言い方? あたしが隠したがっていることって、なんですか、沙那姉さん」

 

 朱姫が赤い顔をしたまま言った。

 

「じゃあ、言うわ。あんた、いまでも時々、みんなが寝てから、こっそり、お尻で自慰をするのよね。口に布を咥えて。本当に、可愛いったらありゃしないわ。こんなに毎日、ご主人様に身体を苛められるのに、それでも足りなくなると、自分でしちゃうのよね」

 

「ちょ、ちょっと待って――」

 

 朱姫が真っ赤になり、狼狽えた声をあげたが、黙るつもりはない。

 沙那は続ける。

 

「驚いたものだけど、それこそ、お前が一番の淫乱じゃないの。さすがに、わたしは、ご主人様の毎日のお情けが足りないなんて思ったこともないわ。でも、お前は足りなくて、自慰をするんでしょう? お、し、り、で」

 

「ひっ」

 

 朱姫の顔が真っ赤なまま凍りついた。

 半年以上、ずっと毎日、日に三度もお尻で自慰をさせられていたのだ。

 霊具が外されても、お尻が疼くのだということはわかる。

 正常な反応だ。

 だから、どうしても疼きに我慢できなくなるとお尻で自慰をするのだ。

 だが、こっそりとしているのが知られていないと思っていたのだろう。

 朱姫は泣きそうな表情になった。

 なんだか、逆に可愛そうになった。

 

「馬鹿だねえ、朱姫。沙那が感じやすいなんて、沙那が一番嫌がることを言うから言い返されるんだよ。まあ、気にしなくてもいいよ。自慰なんて普通だよ。この四人の前だから言うけど、朱姫の年齢の頃は、毎日みたいに自慰もしていたよ」

 

 先頭を歩く孫空女が言った。

 朱姫は、俯いていた顔をあげた。

 

「そうですか、孫姉さん?」

 

「うん。朱姫は、十七だっけ? そのくらいの歳のときは、一番性欲も激しくなるんだよ。あたしもそうだった。その時代は、あたしも旅芸人の一座に身を寄せていてさあ、そこでは、座員の男女が夜になるとお互いの身体を求め合うのが儀式でね。まあ、乱交さ」

 

「えっ、乱交?」

 

「そうさ。無理に参加させられることはないんだけど、みんな、身体を求め合っていたよ。その一座では、座員同士の信頼関係の向上のために、そういうことをするのは奨励されていたんだよ。だから、毎晩毎晩、乱交が始まるんだよ。あたしは、それを見ながら、こっそり自慰をしていたよ」

 

 もともと八歳で人減らしのために捨てられた子供だった孫空女は、生き延びるためにあらゆることをして生きてきた。

 旅芸人の一座に身を寄せていたのはかなり長かったらしい。

 そして、その前後の期間は、盗賊のようなこともしていたようだ。

 事実、孫空女が宝玄仙の供になったのは、帝国の西側の五行山という山で、盗賊団の頭領だった孫空女が、宝玄仙と、まだ、宝玄仙の供になりかけだった沙那を襲おうとしたためだ。

 それで、逆に、変態巫女の宝玄仙に捕えられて、供という名の性奴隷にさせられた。

 最初は、反抗していた孫空女も、いまでは、すっかりとこの旅に適応して、宝玄仙の護衛も、性の相手も積極的に務めている。

 もともと、現状に対する順応のよさと素直さは、孫空女のいいところだ。

 

「それよりも、朱姫、この宝玄仙の相手で足りないというのは聞き捨てならないね。まあ、これからは、毎日、忘れずに、お前の尻をほじってやるよ。心配するんじゃない」

 

 宝玄仙が嬉しそうに言った。

 朱姫は複雑な表情をして、小さく感謝の言葉を口にした。

 朱姫には、気の毒だが、これでしばらくは、この変態女の性欲解消の対象は、朱姫ということになるだろう。

 

 この変態女法師は、供の女の恥辱や淫情にまみえる姿になによりの愉悦を感じるという嗜虐性の持ち主で、被虐される供にとっては堪らない変態だ。

 それさえなければ、供想いでもあり、悪い主人ではないのにとは思う。

 

 いずれにしても、沙那は、宝玄仙の性の相手は、できれば避けたい。

 宝玄仙の与える際限のない快楽地獄は、ある意味、拷問と同じなのだ。

 

「……考えてみれば、お尻が感じやすいということにかけては、朱姫もそうだけど、沙那も孫空女も同じだろう?」

 

 宝玄仙が歩きながら言った。

 

「……まあ、そうかもしれません。でも、それはご主人様のせいですよ」

 

 沙那は言った。

 この変態女法師は、尻で受ける快楽の開発に執着し、三人とも激しい調教を尻に受けた。

 だから、お尻は三人の共通の弱点だ。

 もっとも、宝玄仙が、供の尻孔の調教にこだわったのは、宝玄仙が帝都で「奴隷」同然の生活をしていたときに、自分の尻を徹底的に開発されてしまったからだと思う。

 尻の調教は、宝玄仙にとっては、奴隷の象徴でもあり、自分の「奴隷」として仕立て上げた三人の供に、宝玄仙が尻の調教するのは、宝玄仙にとっては当然のことだったのだ。

 従って、宝玄仙もまたお尻が弱い。

 考えてみれば、お尻が弱点の女四人が、こうやって、揃って危険な旅を続けているということになる。

 

「だったら、いずれ、尻比べをしようじゃないか。この中で誰の尻が一番弱点か競争するんだ。こりゃあ、面白いねえ。もちろん、負けたひとりは、罰がつくよ」

 

 また、始まったと沙那は思った。

 こういう宝玄仙の気まぐれの嗜虐に、沙那も含めた供はずっと悩まされ、そして、苦しめられていた。

 もう、諦めの境地でもある。

 

「ええ? 四人で尻比べ? やだよう」

 

 孫空女が大きな声をあげた。

 四人?

 沙那は驚いて顔をあげたが、すでに宝玄仙が真っ赤な顔しているのが後ろから見てもわかった。

 それが、怒りのためだとわかったとき、沙那はこれ以上黙ることをすぐに決めた。

 

「な、なんで四人なんだよ、孫空女? 尻比べは、お前たち三人だよ。決まっているだろう」

 

「えっ? だって、お尻が一番弱いのを見つけるんだろう? ご主人様に決まっているじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 彼女は、悪意が少なく、正直者なのはよいことでもあるが、時にそれは彼女の不幸にも通じる。

 いまがそうだろう。

 

「な、なんだとう、孫空女」

 

 宝玄仙の声は震えている。

 孫空女が、ただならぬ宝玄仙の気配に振り返った。

 すぐにその顔が蒼くなる。

 

「ご、ごめんさない、ご主人様……。で、でも、だって……」

 

「だって、なんだい、孫空女――? さて、どうしてやろうかねえ。前にもやったけど、あれにするか。『淫夢の綿』を鼻に詰めて、手を拘束して放置の刑だ。そういえば、あの時は五日の実験の予定だったが、途中で鎮元の邪魔が入ったから三日で終わったからね……。それとも、『尻の魔具』がいいかい? 今度は半年ほど、全員の前で毎日三回、尻の自慰をするのを日課にさせてやろうか? それか、やっぱり『溜め袋の護符』がいいかい? 受けた快楽を発散できなくて、本当に発狂するまで溜めてみようか? どれがいい、孫空女? お前に選ばせてやろうか……。いや、選ぶ必要はないか。全部やればいいしね」

 

「ひいっ。か、勘忍してよ、ご主人様。わ、悪気はなかったんだよ。この中でって、言ったから、宝玉様も入るのかと思っただけだよ……」

 

 孫空女は、ますます真っ蒼になった。

 

「宝玉?」

 

 宝玄仙の怒りの勢いが少し緩んだ気がした。

 

「そ、そうだよ、宝玉様だよ。ご主人様じゃなく」

 

 孫空女は言った。

 

「ああ、わたしじゃなく、宝玉なんだね、孫空女。つまり、わたしと宝玉は違うということがわかっているんだね、お前は」

 

 宝玄仙の機嫌がよくなってきた。

 宝玉というのは、この嗜虐癖の強い宝玄仙の意識の中でずっと静かにしていた宝玄仙の別人格だ。

 帝都で奴隷時代に、本来の宝玄仙からそれぞれに分裂し、「宝玄仙」という戒名をもらう前の宝玄仙の本名である「宝玉」を名乗っているもうひとつの人格である。

 

 宝玄仙の激しい性格と嗜虐癖に当たるものを失っているので、性質は穏やか。

 そして、被虐の性癖を持つ。

 快楽にも弱く、確かに、三人の供に宝玉を加えれば、お尻に限らず、彼女が一番快楽に弱い。

 それは、三人で宝玉の人格のときの宝玄仙の身体を責めたときにわかった。

 嗜虐の宝玄仙は、ある程度、自分の性感を制御できるのだが、宝玉の人格に変わると、それはまったくできなくなる。

 性愛に関してすべてに無防備になり、相手の玩具に成り下がる。

 

「そうかい、宝玉という意味で言ったのかい。なら、お仕置きは勘弁してやるよ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女がほっとした表情をした。

 

 しかし、孫空女は、“ご主人様は一番お尻が弱い”という表現をしたと思ったが、それは黙っていた。三人とも、宝玉のときの人格を“ご主人様”とは呼ばない。

 

 一方で、山道は、なんとなく人里を思わせる感じになってきた。

 もっとも、行き交う人間はまだ誰もいない。

 

「ご主人様、この先からなにか聞こえるよ。女の泣き声のような……」

 

「女の泣き声?」

 

 宝玄仙が視線を先に向けた。

 しかし、沙那には、なにも聞こえない。

 孫空女の耳は怖ろしくいい。

 だから、他人には聞こえない声や音も聞きとることができる。

 耳だけではなく、眼のよさも人並み外れている。

 

 しばらく進むと、沙那の耳にも、女がすすり泣く声が聞こえてきた。

 道から外れた高い草の中から声が聞こえる。

 沙那は、孫空女とともに、そこに草の中に分け入った。

 若い娘が裸で草の中にしゃがんで泣いていた。歳は朱姫と同じくらいだろう。着ていた服が娘の周りに散らばっていて、娘の股間からは破瓜の血が流れている。

 なにが起きたかは一目瞭然だ。

 

「……大丈夫? なにがあったの?」

 

 沙那は、娘に近づいて声をかけた。

 

「待って、沙那姉さん、妖魔の匂いがする……」

 

 朱姫が後ろから言った。

 沙那は驚いた。

 

「よ、妖魔に襲われました……」

 

 娘は、すすり泣きながら言った。

 孫空女が、なにかに気がついて、娘をそのままにして、さらに深く草の中に分け入っていく。

 

「……朱姫、彼女をお願い」

 

 沙那も娘から離れて、孫空女についていった。

 孫空女が気がついたものに、沙那も気がついたからだ。

 血の匂いがする。しかも、大量の……。

 

 そして、それはすぐに見つかった。

 五、六人の人間の男の死骸が散らばっていた。

 手や足が引き千切られて投げ捨てられた惨たらしい死骸だ。

 共通するのは、破られた腹と胸の穴だ。

 身体の前側が斬り裂かれて開き、中の内臓がなくなっている。

 

「これは……酷いね」

 

 孫空女が死骸を前にして言った。

 

「惨たらしいやり方ね。でも、なんで内臓が……?」

 

「妖魔の食事の痕ですよ、沙那姉さん」

 

 いつの間にか背後にいた朱姫が言った。

 

「あら? さっきの娘さんはどうしたの、朱姫?」

 

「ご主人様が看ています、沙那姉さん。念のために、ご主人様は、結界を刻みました」

 

「そう」

 

 小さな結界なら宝玄仙は、あっという間に刻んで、それそこ無敵の防護壁を作る。

 結界の中なら宝玄仙は無敵だ。

 大丈夫だろう。

 

「この人たちは、さっきの娘さんの連れかしら?」

 

 沙那は言った。

 こんな山道を若い娘がひとりで進むわけはないから、ここで死んでいる男たちと一緒に歩いていたのかもしれない。

 そこで妖魔に襲われて、男たちは喰われ、娘は犯されたということだろうか。

 

「……だとしたら、娘さんも犯されるだけで済んでよかったというところかな。破瓜を妖魔に散らされたら、そりゃあ、心は痛むだろうけど、喰われなくて済んでよかったよ」

 

 孫空女が言った。

 

「まあね」

 

 沙那は、男たちの死骸を調べようと近づこうと思った。

 そのとき、なにかの殺気を感じた。

 

 思考よりも先に身体が反応していた。

 次の瞬間、沙那は、朱姫の手首を掴んで、腕を捩じりあげていた。

 捩じりあげた朱姫の手には、針が握られている。

 

「ち、畜生」

 

 朱姫の声が発する。その顔が苦痛に歪んでいる。

 

「沙那、針の先に毒がついているよ」

 

 孫空女が横で叫んだ。

 沙那は、さらに力を入れて、手首をねじった。

 朱姫の手から毒針が落ちた。

 

「お前、沙那を毒針で刺そうとしたのか、朱姫?」

 

 孫空女が朱姫の襟首を掴んだ。

 

「こいつ、朱姫じゃないわ……。お前、誰?」

 

 朱姫ではない。直感でそう思った。

 

「えっ? そう言えば、妖魔の魔力が強すぎるな、お前」

 

 孫空女が朱姫の反対の腕を背中に捩じりあげた。

 沙那は、朱姫の身体を孫空女に預けて、その手首を離した。

 孫空女が、その手もまとめて背中で掴み、首を腕で締める。

 

「い、痛てえっ――。な、なんて、馬鹿力だよ。離しやがれ、このう――」

 

 孫空女に掴まれている朱姫が、赤い肌をした鱗のある妖魔に変わった。

 まだ、若い妖魔だ。

 人間で言えば、少年に当たるだろう。

 

「なんだ、小妖かい」

 

 孫空女が、その妖魔の身体を掴んだまま言った。

 

「こ、小妖だと。ふ、ふざけんな」

 

「だって、お前、まだ大人じゃないだろう?」

 

「子供でもねえよ。それよりも、離せよ」

 

 子供ではないが大人でもない。

 大人になりかけた少年というところだろうと沙那は思った。

 その妖魔の少年は暴れている。

 だが、孫空女に背中に腕を回されている。

 逃げることなどできるわけがない。

 

「お前の名は?」

 

 沙那は言った。

 

「きゅ、急如火(きゅうじょび)だ」

 

「じゃあ、急如火、これをやったのはお前ね?」

 

 沙那は、惨たらしい屍体を示して言った。

 

「ああそうだよ。俺だけじゃないけどな」

 

「俺だけじゃない?」

 

「仲間と一緒だ。へっ――。今頃、本物の半妖の娘とあの人間の女法師がどうなってるかな」

 

 急如火が馬鹿笑いした。

 

「沙那――」

 

 孫空女が沙那を見た。

 

「戻ろう、孫空女。そいつをそのまま連れてきて」

 

「じゃあ、大人しく、歩け。さもないと首をもっと絞めるよ」

 

「ひいっ」

 

 急如火が苦しそうな声をあげた。

 そのまま、急如火を連れたまま、さっきの場所に戻った。

 

「あっ――」

 

 沙那は声をあげた。

 宝玄仙が、薄透明の大きな丸い袋に入って眠っている。

 そのそばには、さっきの娘が裸のまま立っていて、不敵な笑みを浮かべている。

 さらに、その横には、ほかにふたりの妖魔の少年がいて、地面に猿ぐつわをされて手足を縛られている朱姫が地面に寝かされていた。

 

「おう、急如火、失敗したか。まあいい――。沙那と孫空女、急如火を離せ、この女が死ぬぞ」

 

 娘が言った。

 次の瞬間、裸の娘は、牛を思わせる容貌の妖魔の少年に変化した。

 胴体に巻いている金色の革の鎧に、宝石を砕いて描いた美しい紋章がある。

 ほかにもかなりの豪華な装飾品が飾られている。

 沙那は、帝国貴族の子息を想像した。

 

「お前こそ、ご主人様になにをしたの? そこから離れなさい。さもないと、孫空女が、こいつを絞め殺すわよ」

 

 沙那は叫んだ。

 孫空女が急如火を締めている腕に力を加えたようだ。

 急如火が悲鳴をあげた。

 

「だらしねえなあ、急如火。人間の女ふたりくらい、どうということは、ないんじゃなかったのかよ」

 

 宝玄仙のそばの妖魔が愉快そうに言った。

 その妖魔は、宝玄仙の作った結界の中にいるみたい。

 娘だと油断した宝玄仙が、その娘を中に入れたまま結界を刻んだのだ。

 宝玄仙は、妖魔の魔力を感じることができるはずだが、娘が妖魔に犯されたと考えていた直後だっただけに、妖魔の気が娘の身体の中に残っていたと見誤ったのだろう。

 そこを襲われたのだ。

 

 それにしても、宝玄仙を包んでいる大きな透明の球体はなんだろう。

 とにかく、地面に寝かされている朱姫に寄って、その拘束を沙那は解こうとした。

 孫空女は、まだ、急如火を押さえたままだ。

 そばにいる二匹の妖魔は、ただ見ているだけで、沙那が朱姫の縄を解くのを阻止しようとしない。

 

「大丈夫、朱姫?」

 

「ご、ごめんなさい、沙那姉さん。突然、襲われちゃって……」

 

 猿ぐつわを外すと、朱姫は沙那に言った。

 ふたりで立ちあがり、孫空女のいる場所に戻る。

 

「それよりも、そろそろ、急如火を離せよ、沙那、孫空女。宝玄仙は、俺の手の中にあるんだぜ」

 

 宝玄仙のそばの妖魔の少年が言った。

 それにしても、こいつらは、沙那たちの名を知っている。

 つまりは、どういう手段かわからないが、こいつらは、宝玄仙や沙那たちのことを調べたうえで、罠をかけて襲ったのだ。

 

「あんたの名は?」

 

紅孩児(こうがいじ)だ」

 

「お前が、この四人の大将ね?」

 

 一匹だけ抜きん出て絢爛な具足を身に着けている。

 間違いないだろう。

 

「そうだ。孫空女に捕まえられているのが、急如火。そこにいる二匹が雲裡霧(うんりむ)興烘桀(こうたくけつ)だ。さて、自己紹介が終わったところで、急如火を離せ。俺は、お前らには興味はねえ。この女法師さえいれば十分なんだ。お前たちは、逃がしてやるよ」

 

「ふ、ふざけないでよ。ご主人様を離しなさい、紅孩児――」

 

 沙那は声をあげた。

 

「なんでだよ? お前らは助けてやると言っているんだぜ。言っておくが、俺がそんな慈悲をかけるのは珍しいんだ。本当なら、皆殺しにしているところだ」

 

「できるものなら、やってごらん、紅孩児。お前程度の小妖が、わたしたちに勝てるわけがないでしょう」

 

 沙那は言った。

 ここは、挑発をして暴発をさせることだ。

 怒りを爆発させて、沙那に襲い掛かってでもしてくれれば、都合がいい。

 

「な、なんだとう。おい、雲裡霧、興烘桀。この沙那を黙らせろ」

 

 紅孩児は怒りで真っ赤になり叫んだ。

 沙那は、心の中でほくそ笑んだ。

 

「おいで、雲裡霧、興烘桀とやら。素手で相手をしてあげるわ――。紅孩児、戦っている間に、ご主人様になにもしないでしょうね」

 

「心配するな、沙那。宝玄仙は、毒で眠っているだけだ。ただ、強力な眠り毒を使ったから、二日は起きねえだろうけどな」

 

 紅孩児は白い透明の膜を手で叩いた。

 

「その丸い入れ物はなに、紅孩児?」

 

 沙那は、雲裡霧と興烘桀に向かって身構えながら紅孩児に言った。

 雲裡霧と興烘桀は、沙那を左右から挟むようににじり寄ってくる。

 

「これは、『如意袋(にょいふくろ)』だ。この中に入っている限り、道術遣いでも妖魔でも、術は遣えねえ。そのうちに、身体のすべての魔力をこの『如意袋』が吸収する。魔力がなくなったら、喰うつもりだ」

 

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 なんとかして護り抜かなくては……。

 左の妖魔が動いた。

 

 沙那は、それに向かう振りをしながら、動き遅れた右の妖魔に飛びかかった。

 沙那の左の手刀が、右の妖魔の首の後ろに決まり、呻き声をあげて地面に倒れた。

 飛びかかろうとしていた左の妖魔が躊躇した。

 沙那は、その懐に飛び込んで下腹に拳を叩き込んだ。

 妖魔は崩れ落ちた。

 

「弱いわね。次はあんたね。おいで、紅孩児」

 

 沙那は、頬にわざと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、紅孩児に向き直った。

 

「……いや、それよりも、これを見ろ、沙那」

 

 紅孩児は、懐から黒色の小瓶を出した。

 それを大きな袋の中の宝玄仙にかざす。

 

「こいつは猛毒だ。『如意袋』の中にこれを注ぎ込む。この毒から出る空気を吸えば、すぐにこいつは死ぬ」

 

 紅孩児は、透明の『如意袋』の中に腕を伸ばした。

 吸い込まれるように、黒色の小瓶を持った腕が『如意袋』の膜の内側に入っていく。

 

「や、やめて――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「だったら、急如火を離せ。おい、雲裡霧、興烘桀、もういい。こっちに来い」

 

 まだ、苦しそうな声を出しながら、沙那に倒された二匹の妖魔が、紅孩児と宝玄仙のいる場所に移動する。

 

「急如火は離すわ。でも、ご主人様も解放しなさい、紅孩児」

 

「できねえ。こいつは、もう捕えた」

 

「だったら、わたしと交換して」

 

「それも、駄目だ。俺は、この女法師が喰いたいんだっ」

 

 紅孩児は、興奮して顔を真っ赤にしている。

 手下がこの程度だから、紅孩児自身も大したものじゃないだろう。

 宝玄仙も油断さえしなければ、敵ではなかったはずだ。

 おそらく、意識が戻れば、宝玄仙なら、この妖魔を全部抑えられる。

 だから、なんと宝玄仙が眼を覚ますまで耐えれば……。

 

「だったら、取引きしましょう、紅孩児」

 

 沙那は言った。

 

「取引き?」

 

 紅孩児の手は、まだ、『如意袋』の内側だ。

 

「わたしも虜になる。その代わり、ご主人様の安全を保障しなさい。それで、どう?」

 

「ほう、お前が俺たちに降伏するということか? そっちのふたりもか?」

 

 紅孩児が興味を示した。

 そして、孫空女と朱姫に視線を向けた。

 

「いいよ、あたしも」

「沙那姉さんに従います」

 

 孫空女と朱姫がそれぞれ頷きながら言った。

 

「わかった。それも面白え。お前たちが、大人しく俺たちに降伏するなら、この女法師は殺さないでいてやるよ」

 

 紅孩児は不敵な笑みを浮かべた。あの顔は、約束を守るような顔ではない。沙那にはわかった。

 

「『真言の誓約』をわたしたちと結んで貰うわ」

 

「『真言の誓約』? ああ、契約術か」

 

 紅孩児は意外だという顔をした。

 

「わたしたちと、その契約術を結んでよ。妖魔の端くれなら、その術は遣えるのでしょう? ご主人様を殺さないと刻めば、わたしたちは、あなたたちの虜囚を受け入れるわ」

 

 宝玄仙が眠っているのは最大二日だ。

 二日耐えればいい。

 こんな大人になりきっていないような妖魔が、宝玄仙の道術を吸い取って、無力化することなどできるわけがない。沙那の頭にはその計算がある。

 

「……ねえ、沙那。あたしたち、契約術なんてできるの? 本物の術遣いじゃないんだよ」

 

 孫空女が耳元でささやいた。

 

「……出たこと勝負よ。あいつがなにかに誓えばそれでいいのよ。多分、それで、あいつは契約術に縛られる。それに、少なくとも、朱姫には有効でしょう?」

 

「あたしとの盟約は間違いありません。あたしも、あの術は遣えますから」

 

 朱姫が小さな声で言った。

 

「いいだろう。沙那、孫空女、朱姫――。この紅孩児は、お前たちの許可なく、この女法師は殺さねえことを盟約を刻む。誓おう――」

 

 紅孩児が叫んだ。

 なにかが入ってきた。

 

「まだよ。ご主人様を傷つけさせないで。約束しなさい――」

 

 沙那は絶叫した。

 紅孩児が舌打ちした。

 

[ちっ、傷つかせねえ。これでいいか?]

 

「誓う――。沙那姉さん、孫姉さん、誓うと言ってください」

 

 朱姫が声をあげる。

 

「誓う」

「誓うよ」

 

 沙那と孫空女は慌てて言った。

 なにかが身体の中に入ってきたのはわかった。

 

「さて、じゃあ、お前らも約束は守れ。その代わり、女法師の命は保証する」

 

 紅孩児が言った。

 沙那が頷くと、孫空女は急如火を離し、腰の細剣を外して地面に投げる。

 

「お前もだ、孫空女。お前が耳に武器を隠しているのは知っている」

 

 紅孩児は言った。

 孫空女は舌打ちをして、耳から『如意棒』を出して、大きくしてから地面に置いた。

 

「急如火、武器を持って来い。雲裡霧、興烘桀、三人に手枷と足枷をしろ。そして、三人を繋げ。いつものやり方でな」

 

 紅孩児が卑猥な笑みを浮かべた。

 沙那は嫌な予感がした。

 

 雲裡霧、興烘桀が近づいて、沙那たちの手を背中に回させると後ろ手に金属の手錠をかけた。

 脚にも足幅の鎖が繋がっている足枷を両足首につけた。

 武器を紅孩児に渡した急如火が、なにか長い鎖の束を持ってやってきた。

 

「へへへ、さっきはよくもやってくれたな」

 

 急如火が、孫空女の腰に手をかけた。

 沙那と朱姫の服にもそれぞれの妖魔が手を伸ばす。

 

「な、なにするつもりだよ」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 孫空女と朱姫が、それぞれに叫んだ。

 沙那の下袴(かこ)も紐を解かれて脱がされようとしている。

 

「や、やめてよ。い、嫌だったら――」

 

 沙那は腰を振って、手を振りほどこうとした。しかし、後手に拘束をされている身では、抵抗らしい抵抗もできない。

 あっという間に下袴をさげられて、足首に降ろされた。

 下着まで足首にさげられて、股間を剝き出しにされた。

 東帝国では、下着といえば、布を股間に巻く様相だったが、諸王国に入ってから、薄い布をぴったりと包んだかたちではくものを見つけて重宝して、そればかり身につけている。

 それを足枷のある足首までおろされた。

 思わずしゃがみ込みそうになったが、それを妖魔の腕に阻まれる。

 

「紅孩児、こいつら、三人揃って、前の毛を剃られているぜ。見てみろ」

 

 三人の妖魔が大笑いしている。沙那は唇を噛んだ。

 孫空女と朱姫も、沙那と同じように下半身を剝き出しにされて悔しそうな表情だ。

 孫空女の下袴と下着は、沙那と同じように、足首でとまっている。

 朱姫は、女物の下袍(かほう)なので、脚の下から抜き取られている。下着はやはり足首だ。

 

「さあ、繋ぐぜ。先頭は、その一番小さい半妖の娘でいいか」

 

 朱姫が押し出された。

 急如火が、朱姫の身体を押さえて、お尻になにかを近づける。

 

「あっ」

 

 沙那は叫んだ。

 急如火が持っているのは、男根を模した張形だ。

 その張形の末端には細い鎖が繋がっていて、鎖の反対側の先にも同じような張形がある。

 それが朱姫の肛門に吸い込まれた。

 霊具だろう。

 なんの抵抗もなしに、その張形が朱姫の肛門に埋まってしまった。

 

「ひ、ひんっ」

 

 朱姫が仰け反った。

 そして、苦しそうに腰を震わせる。

 苦しいのではない。

 感じているのだと沙那にはわかる。

 三人揃って、お尻は最大の弱点だ。

 宝玄仙に調教されつくした場所で、そこを責められるともうなにも考えられなくなる。

 朱姫のお尻に繋がった鎖の反対側の張形が沙那の股間に近づく。

 

「な、なんてことを……」

 

 沙那は抗議したが、急如火の持つ張形は、沙那の膣にあっさりを突き挿さった。

 膣の中で肉襞と一体化したように張り付き取れなくなった感じだ。

 

「ああっ」

 

 沙那は思わず声をあげると、腰を揺らした。

 感じまいとしても、どうしても、責められると快楽を貪ってしまう。

 そういう浅ましい自分の身体が恨めしい。

 

 背後から、孫空女の甘い悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、孫空女も沙那と同じように、鎖のついた張形を前に挿入されている。

 下半身を剝き出しにして、腰を引いてみっともない恰好になっている孫空女の顔はすでに上気して、色っぽい吐息を出している。

 宝玄仙の供である三人は、三人が三人とも感じやすい淫乱な身体をしているのだ。

 宝玄仙に、あの手この手で開発されて、仕込まれたもので、自分ではどうしようもないのだ。

 

「そんなに気持ちいいかい、沙那?」

 

 そう言いながら、妖魔が沙那の股間に孫空女から繋がった張形を沙那の肛門に差した。

 やはり、沙那の肛門の中で張形がぴったりと密着する。

 

「こ、こんなの……」

 

 沙那は腰を落としかけた。

 頭の先からつま先まで重い快感に貫かれたような衝撃に、沙那は立っていることができなくなったのだ。

 それとともに、だんだんと張形が震えはじめた。

 思わず甘い声が漏れてしまう。

 前後の朱姫と孫空女も同じ振動を感じているらしく、それぞれ小さな嬌声を洩らしている。

 

「これで、仕上げだ」

 

 急如火が先頭の朱姫の股間に同じような鎖付きの張形を差した。

 その末端を持って、朱姫を引っ張る。

 肛門と膣で鎖付きの張形で繋がれた沙那と孫空女も一緒に歩くしかない。

 

「い、嫌ああ――」

 

 朱姫が泣き声をあげた。

 振動が激しくなったのだ。

 沙那もだんだんと高まる官能の嵐に、たった数歩の歩みでもう音をあげそうになった。

 

「言っておくが、その張形は湿り気を与えれば与えるほど、振動が激しくなる。全部の張形が連動しているから、みんなあんまりほとを濡らすんじゃねえぞ。ほかのふたりに迷惑をかけるからな」

 

 紅孩児が笑った。

 ほかの三人の妖魔も沙那たちのみっともない姿に破顔している。

 

「そ、そんなあ、濡らすなって言われても……」

 

 孫空女が苦痛のこもった声をあげた。

 沙那にも無理だと思った。

 三人のうち、誰のせいかわからないが、どんどん張形の振動は強くなっていく。

 それは沙那のせいかもしれない。

 下半身を剝き出しにして、張形を前後の孔に入れられて歩かされるという行為に、沙那はもうすっかりと淫汁が溢れ始めているのに気がついていた。

 

「おい、お前ら、俺は宝玄仙を連れて、ひと足先に『移動術』で火雲洞(かうんどう)に戻る。お前らは、こいつらにたっぷりと行進を愉しんでもらって歩いてきな――。おい、沙那、孫空女、朱姫、俺たちのねぐらの火雲洞までは、三里(約三キロ)くらいだ。しっかりと歩いて来るんだぜ」

 

「ふ、ふざけんなよ、紅孩児――。う、うう……、あっ、ああ……」

 

 叫んだのは孫空女だ。

 だが、その声は苦しそうだ。

 それで、孫空女もそろそろ感極まっているのだということが沙那にはわかった。

 

「……じゃあな」

 

 紅孩児が、宝玄仙の眠っている『如意袋』をふわりと片手で空中に浮かばせた。

 反対の手には、沙那の細剣と『如意棒』が握られている。

 宝玄仙は相変わらず、『如意袋』の中で横たわって眠っている。

 紅孩児と宝玄仙が消えた。

 

「さて、行くぞ。火雲洞には、たくさんの娘もいるからな。お前たちは、その仲間入りだ。もっとも、お前らは、特別待遇だろうから、あっという間に喰われることはねえだろうよ」

 

 そばに寄ってきた雲裡霧が、さっきの腹いせのように沙那の張形の根元を乱暴に揺すった。

 

「だ、駄目えええっ」

 

 沙那はその衝撃で一気に官能を爆発させてしまった。

 それに加えて、激しい振動が前後の張形から与えられる。

 

「いやあああっ、ん、んんっ、んふうううっ」

 

 さすがに沙那も溜まらず、気をやりながら腰を落としてしまった。

 

「あっ、あひいいっ」

「ひんっ、あうううっ」

 

 前後の朱姫と孫空女も、鎖を引っ張られて、一緒に座り込んだ。

 それとともに、ふたりとも気をやったような声をあげた。

 

「お前ら、たった一間(十メートル)くらいで気をやったら、火雲洞に到着するまでに大変なことになるぞ。それにしても、いままでの最短記録だ」

 

 三人の妖魔が大きな声ではやし立てた。

 沙那は、まずます激しくなる前後の張形を感じながら、あまりの悔しさに唇を強く噛んだ。

 

 口の中に、血の味がした。



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109 絶望の砦

「あっ、あああっ、もういやああっ」

 

 朱姫は、またもや感極まってしまい、その場にうずくまった。

 

「いやっ、あああっ」

「うあっ」

 

 すると、股間とお尻の穴を張形で繋げられている沙那と孫空女も、当然に引っ張られて、一緒にしゃがむことになり、三人でまたもや、座り込んだ。

 

「んんっ、んんんんっ」

 

 そして、沙那がちょっと遅れて、気をやったのがわかった。

 沙那の身体がぶるぶると痙攣したように、震えたのを背中越しに感じたのだ。

 

「またかよ、お前ら、とにかく、やっと火雲洞(かうんどう)だ。別名、“絶望の砦”だ。ここを潜れば、生きたままは出られねえ。ようこそ、地獄にな」

 

 興烘桀(こうたくけつ)が笑った。

 確かに、やっと、連中のねぐらに着いたみたいだ。

 突然に、森が開けて、目の前に建物が出現した。

 

 それにしても、ここまで来るまでに、何十回達したことか……。

 もう、足に力が入らない。

 全身はふらふらだ。

 しかも、三人揃って、下半身だけを脱がされ、下着を足首におろしたまま野外を行進させられることの、なんという惨めさ……。

 それでも、三人で声を掛け合って、立ちあがる。

 

 火雲洞(かうんどう)と彼らが呼んでいた妖魔たちのねぐらは、朱姫が予想をしていたような洞窟のような場所ではなく、砦を思わせる平屋の大きな建物だった。

 

「さて、じゃあな。お前ら、後でな」

 

 砦に入ったところで、雲裡霧(うんりむ)だけが離れていった。

 残ったのは、先頭の朱姫の股間に入っている張形の先に繋がった鎖を掴む興烘桀(こうたくけつ)と最後尾からついてくる急如火(きゅうじょび)だ。

 しばらく、砦の入り口に向かって歩く。

 よがりながらだ。

 そんな醜態は晒したくないが、股間とお尻の張形の振動がとまらない。

 どうしても悶えてしまう。

 

 そして、入り口までの距離の半分くらいを進んだところで、沙那が達して、またとまり、少し進んで、孫空女が絶頂して、そのあいだ歩けなくなる。

 次々に昇天しては、歩みをとめる朱姫たちに、妖魔も面白がりながらも、呆れ顔だ。

 

 やっと、砦の入り口に辿り着いた。

 ひと足先に、宝玄仙を連れて戻っていた紅孩児がそこに待っていた。

 

「遅かったな」

 

 出迎えた紅孩児(こうがいじ)が言った。

 確かに、中天にあった太陽が山に落ちかけている。

 たった数里を歩くのに、朱姫たちは半日近い時間をかけてしまったのだ。

 

「いやいや、紅孩児。こいつら、少し歩くたびに、変わりばんこに気をやりやがるんだ。まるで、さかりのついた猫みたいに淫乱なんだぜ。面白かったぜ」

 

 急如火が笑った。

 

「まったくだ。申し合わせたみたいに、順番にいきやがるんだ。お陰で張形の乾く間がないから、いきまくりなんだ」

 

 興烘桀も言った。

 紅孩児の子分に当たる妖魔は、背の高い順に、雲裡霧、興烘桀、急如火だ。

 やっと朱姫も覚えた。

 

「わっ、あああっ」

 

 その興烘桀が三人の股間に繋がった鎖を揺すったのだ。

 激しく暴れる前後の張形に、ずんという強い振動が加わり、朱姫は再び泣き声をあげて座り込んでしまった。

 

「あんっ」

「くはっ」

 

 後ろに繋がっている沙那と孫空女も引きずられるようにしゃがむ。

 

「ご、ごめんなさい、沙那姉さん、孫姉さん」

 

 朱姫は言った。

 ひとりが座り込むと、股間と肛門で繋げられている三人の全員がしゃがむことになる。

 だが、すでに最大限の振動が加わっている張形を前後の孔に受けている朱姫も、もう満足に動くことなどできないのだ。

 

「い、いいのよ……。わ、わたしも、何度も座り込んだし……。それよりも、こんなことになって、ごめん」

 

 沙那が苦しそうに言う。

 その顔は、淫情にただれたような顔をしていて艶めかしい。

 孫空女も同じだ。

 

「……さ、沙那姉さんは、た、正しいと思います。ご、ご主人様が気がつくまで……」

 

 朱姫は言った。

 

「そ、それより、た、立とう……」

 

 孫空女が言った。

 三人で声を掛け合って立った。

 いつまでも座っていると、また尻を蹴飛ばされる。

 三人とも蹴られまくった下半身のあちこちに青あざができている。

 

「う、ううっ……。こ、紅孩児、ご、ご主人様は、無事?」

 

 沙那が紅孩児を睨みつけて言った。

 

「おう、おう、無事だ。真言の誓約もしたしな。『如意袋』の中で、まだ眠っているが手は出していねえよ。奥の部屋に置いているぜ。まあ、二日は起きねえし、『如意袋』の中に閉じ込められている間は、あの法師も術は遣えねえし、二日もしたら、さすがのあの女法師の霊気も空っぽになる。そしたら、出して喰ってやるつもりだ」

 

 紅孩児が笑った。

 

「で、できないわよ。『真言の誓約』があるわ」

 

 沙那が叫んだ。

 そんなことができないように、沙那がこうやって妖魔の虜囚になるのを甘んじてまで、紅孩児が宝玄仙に手を出さないという誓約を結ばせたのだ。

 妖魔であろうと、道術遣いであろうと、霊気や魔力を帯びる者である以上、真言の誓約は絶対だ。

 破ることはできない。

 沙那の言う通り、紅孩児は宝玄仙を殺すことはできないはずだ。

 

「馬鹿だな、お前も。俺が手を出さなくても、殺す方法はいくらもあるぜ。俺のほかにも仲間が三人いるし、それに、ここには、餌用の人間が、常に二、三十人は捕えている。そいつらに代わりにやらせてもいい。それに、お前らと俺が盟約を取り消せば、それで終わりだ。あんな誓約は、役に立たねえ」

 

「じょ、冗談じゃないわよ。わたしたちが、誓約を取り消すわけがないわ。たとえ、殺されてもね――。わたしたちが死んでも誓約は生きるわ。ほかの者に殺させても同じよ。ご主人様の肉を食べるのが目的なら、お前はご主人様の肉を喰えないわ。なにしろ、傷つけることができないんだから。傷つけずに、どうやってご主人様の肉を喰うのよ」

 

 沙那が声をあげた。

 すると紅孩児が鼻白んだ。

 

「……なるほど、真言の誓約のことをよく知ってやがるな。だが、お前たちは、誓約の取り消しに応じるはずだ」

 

「そんなことするもんかよ。殺されてもね」

 

 孫空女も叫んだ。

 朱姫も紅孩児を睨みつけた。

 

「するね。まあいい……。お前たちは殺さねえ。殺すのは、誓約を破棄させてからだ。まあ、いずれにしても、そんな格好で凄まれても、笑っちまうだけだからやめてくれ」

 

 すると沙那が悔しそうな顔をした。

 孫空女もだ。

 朱姫も俯いた。

 

「……興烘桀、こいつらを檻に入れて寝台に繋げて来い」

 

「わかった、紅孩児――。ほら、行くぜ、お前ら」

 

 興烘桀が、ぐいと鎖を引っ張った。

 

「ひいっ」

「あ、ああっ」

「んああっ、あっ」

 

 朱姫は思わず声をあげた。

 後ろに繋がっている沙那と孫空女も悲鳴をあげている。

 

 とにかく、そんな風に砦の建物の中に入った。

 建物の中は、かなり広く、入り組んだ廊下が迷路のようになっていた。

 逃亡防止の目的もあるのかもしれないが、同じような色と壁のなんの飾りもない廊下を右に左にと進まされることで、朱姫はあっという間に、どこを進んでいるのかわからなくなってしまった。

 廊下自体はずいぶんと広くなっていて、ところどころに壁に拷問の痕を思わせるような血糊と壁に繋がれた枷などもある。

 扉のなく開放されている部屋には、拷問具が並んでいる部屋がいくつもあった。

 

「ま、待って、こ、今度、あたし……」

 

 最後尾の孫空女が震えた声を出した。

 立ちどまったのか、朱姫の肛門の張形がぐいと後ろから引っ張られた。

 

「ああっ……、ひいいいっ、んぐううう」

 

 最大の急所である肛門は、わずかな刺激でも、朱姫に愉悦の声を出せてしまう。

 軽くいってしまった朱姫は、また腰が砕けそうになった。

 

「い、いいくっ」

 

 孫空女が小さく叫んだ。

 

「わ、わたしも――」

 

 ほとんど同時に沙那も声をあげる。

 

「ほんとに仲がいいなあ、お前ら。いくのも三人同時かよ」

 

 興烘桀が呆れた声をあげる。

 だが、半日近くもこの砦までの道のりを、数十回も大小の気をやりながら歩かされて感覚が麻痺している。

 もはや、羞恥を感じる心も消えかけている。

 

「ほれ、もういい加減に気が済んだろう。さっさと、歩け」

 

 また興烘桀が鎖を引く。

 

「お、お願いです。振動だけでもとめてください。これ以上、歩けません」

 

 ついに沙那が悲痛な声をあげた。

 朱姫と孫空女も哀願した。

 ここまで恥を晒せば、もう哀れな頼みをするのも躊躇はない。

 

「……確かにこれじゃあ、埒もねえな。わかった、じゃあ、振動をとめてやるよ。その代わり、暴れんじゃねえぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 沙那が言った。

 興烘桀が口の中でなにかを唱えた。

 するとやっと振動がとまった。

 これなら、なんとか歩ける。

 朱姫は、ほっとした。

 

 それにしても、こんなときは、沙那は凄いと思う。

 沙那は計算高く、必要だと思えば、いくらでも卑屈な態度も躊躇なくとる。

 それでいて、手のひらを返したように一転して攻勢に出たりもする。

 いまは、宝玄仙を人質に取られている状態だ。

 だから耐えているのだ。

 強い毒で眠らされている宝玄仙の意識が回復するまではと、沙那も考えているだろう。

 

 朱姫から見ても、紅孩児を含めた若い妖魔は、粋がってはいるがまだ妖魔としては未熟だ。

 宝玄仙ほどの術遣いを一発で眠らせるような魔薬や『如意袋』のような強力な霊具で力を誇っているようだが、魔力の大きさでは遥かに劣る。

 宝玄仙の意識が回復すれば、敵ではないだろう。

 

「……じゃあ行くぞ」

 

 興烘桀が鎖を引く。

 何度も果てた身体には、それだけでも泣きたくなるような快感を覚えてしまうが、さっきよりはましだ。

 なんとか歩くことはできる。

 

「あっ」

 

 朱姫は声をあげた。

 少し前のところで、廊下の壁に鉄の首輪を鎖で繋がれ娘がふたりしゃがんでいる。

 どこかの村の娘のような風貌だが素っ裸だ。

 興烘桀が二人の前を通りかかると、股間にやっていた手を離して、廊下に手をついて頭をさげた。

 

「ちゃんと励んでいるか、お前ら。どれ、どのくらい溜まったか見せてみろ」

 

 興烘桀が言うと、ふたりは横に置いていた小さな椀を興烘桀の前に出した。

 中には、どろりとした液体がたっぷりと溜まっていた。

 朱姫には、それがなにであるかがすぐにわかった。

 その液体は、ふたりがそれぞれに出した愛液に違いない。

 先頭を歩かされていた朱姫には、興烘桀が現れたとき、それぞれの娘が、自分の股間に置いていたその椀を注意深く、横に移動させるのを見たのだ。

 つまり、このふたりの娘は、いつからそうしているのかはわからないが、ここで鎖に繋がれている長い時間で、その椀いっぱいに自分の愛液を溜めるようなことをさせられていたのだろう。

 

「おう、今日もいっぱいになっているな。じゃあ、また明日の夕方までは喰わねえでやるよ。後で紅孩児が来るだろう。そのときに、ちゃんと点検してもらえ」

 

 ふたりの前にあった椀を持ち上げた興烘桀がそう言うと、娘たちは、ほっとしたような顔をした。

 ふたりの顔立ちは、なんとなく似ていた。

 もしかしたら、姉妹かもしれないと朱姫は思った。

 

「こいつらは、毎日、この椀いっぱいに自分の淫液を溜めることができたら、毎日生き延びられるようになっている。紅孩児の気まぐれだ。できなければ、次の日に殺される。それがわかっているから、毎日、狂ったように一日中自慰をしているんだぜ」

 

 興烘桀が朱姫たちに向かって、哄笑しながら説明した。

 

「なんてことを……」

 

 沙那がぽつりと言った。

 

「可哀そうなんて思わねえことだな。ここじゃあ、他人の同情なんてしてちゃあ、とてもやっていけねえぜ」

 

 興烘桀は、そう言いながら淫液の入った椀を床に戻した。

 だが、その椀のひとつが床に置かれる直前にひっくり返った。

 

「おっと、済まねえ。あんまり、ぬるぬるしてるからよう。いまのはわざとじゃねえぜ」

 

 興烘桀が謝るようなことを言ったが、態度には悪びれているところはない。

 

「ああっ」

 

 娘たちは、慌ててそれを押さえたが、ひっくり返った椀の中身は、半分以上床にこぼれてしまっている。

 娘たちが真っ蒼になった。

 

「すまんな。お前らの淫汁で手が滑ったんだ。まあ、今日の刻限の日暮れまで、半刻(約三十分)はあるだろう。それまでにふたりで補填しな」

 

「そ、そんな」

「ま、待ってください。いまのは……」

 

 娘たちの顔は悲痛だ。

 あれだけのものを溜めるのには、多分、半日以上はかかる。

 半刻(約三十分)の刻限に、こぼれた量を溜めることなどできるわけがない。

 

「ひ、酷いじゃないですか」

 

 朱姫は、あまりの残酷な処置に叫んだ。

 こぼしたのは、興烘桀なのに、こぼしたものを不可能な時間で補充しろというのだ。

 

「……嘘ですよね。本当に、殺したりはしないですよね」

 

 沙那が絞り出すような声で言った。

 その声には、悲痛なものが混ざっていた。

 

「本当か、嘘か、すぐにわかるさ。行くぞ。お前らの檻はまだ先だ」

 

 興烘桀は、張形に繋がれた鎖を引っ張った。

 再び、三人の哀れな行進が始まる。

 歩きながら、朱姫は後ろを振り向いて、さっきの娘たちの様子を見た。

 ふたりは、狂ったように懸命になって自分たちの股間を擦って、こぼれた椀に淫液を絞り出そうとしていた。

 

 さらに進むと、廊下はいよいよ薄暗くなり、ほとんど明かりがなくなった。

 両側は、鉄格子のついた扉が並ぶようになり、鉄の扉の向こうには、多くの人間が閉じ込められている気配がある。

 そういう場所を朱姫たちは、しばらく歩かされた。

 

 やがて、再び、廊下に燭台が置かれている場所になったところで、朱姫たちは、ひとつの鉄の扉の前でとまらせられた。

 どうやら、そこが朱姫たちが入ることになる牢のようだ。

 興烘桀は、その部屋の鉄扉を開けた。

 

「おい、興烘桀――」

 

 背中から声があった。

 急如火だ。

 

「紅孩児が、沙那と孫空女を地下に連れて来いと言っている。気が変わって、例の魔獣とこいつらを戦わせたいみたいだ。連れていくぜ」

 

 急如火がそう言って、朱姫の肛門に入っていた張形のすぽりと抜いた。

 

「ひいいっ」

 

 朱姫は、その衝撃で全身の力が抜けて、声をあげて半身を崩してしまった。

 

「いちいち、愉しいなあ、お前らの反応は……。ほら、沙那と孫空女はこっちだそうだ」

 

 急如火が沙那に繋がっている鎖を引っ張る。

 

「わ、わかりましたから、そ、そんなにしないで」

 

「や、やめろって」

 

 沙那と孫空女がどこかに連れられていった。

 

「お前は入れ、朱姫」

 

 股間の鎖を引かれて、中に入った。

 薄暗い部屋に、三台の寝台があった。あとは、壁と天井に明かりとりの小さな窓があるだけの殺風景の部屋だ。

 朱姫は、その台のひとつの脚に股間の鎖を繋げられた。

 後手の手枷が外される。

 そして、上半身の服が脱がされて全裸にされる。

 下着も履き物も脱がされる。

 朱姫は大人しくしていた。

 

 素っ裸にされると、股間の張形を抜かれて、その台に横に寝かされた。

 台の上下には革紐があり、それぞれに四肢を拘束される。

 仰向けになって、素裸で天井を見ている朱姫の視線に、天井から降りてくる三本の糸が映った。

 朱姫は嫌な予感がした。

 

「な、なに?」

 

「ただ横になれるわけがねえだろう。お呼びがかかるまでは、常に、お前たちには、ここで、淫液を溜めてもらう。ここには、女の淫液が餌になっている魔獣がたくさんいてな。浚った娘には、俺たちの食い物になってもらう以外に、魔獣の餌も絞らせている。さっきの娘たちも、それをやらされてたんだ」

 

 興烘桀が頬に笑みを浮かべながら言った。

 そう言っている間にも、天井の糸は朱姫の胸の膨らみと股間に向かって降りてきた。

 なにをされようとしているのかがわかり、朱姫は総毛だった。

 だが、霊具でもあるらしいその糸は、さんざんに気をやって勃起している乳首と肉芽に、簡単に絡みついて、その根元を縛った。

 

「ひいいぃぃっっ――」

 

 糸が引きあがる。

 朱姫は、敏感な場所を吊られる激痛に悲鳴をあげた。

 

「んぎいいっ――。やめてぇ――」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 四肢を拘束された身体を限界まで仰け反らせる。

 やっと糸がひきあがるのがとまった。

 朱姫は、身体を仰け反らせたまま呻いた。

 

「いくらでも股間に淫液を垂れ流せ。その寝台は特別製でな、お前が寝台の上に垂らした淫液は、寝台の下についている容器に集めてくれるぜ」

 

 興烘桀がそう言った直後、糸が振動を始めた。

 朱姫は感極まった声を出してしまった。

 

「仕上げだ。よろしく頼むぜ」

 

 朱姫の仰向けの全身に向かい天井から液体がぽたりぽたりと落ちてきた。

 ほんのわずかな滴だが、それが身体のあちこちに降りかかる。

 そして、その液体が当たった部分が怖ろしく熱くなる。

 

「その水みたいなのは、媚薬だ。明日の朝までたっぷりと泣き叫んでいいぜ。お休み」

 

 興烘桀は言った。

 

「……もっとも、休めるわけがねえがな」

 

 鉄の扉が閉じられて、朱姫はひとり残された。

 急所を吊られる痛みと、糸から加えられる振動の刺激と、あっという間に全身を疼かせてきた媚薬の雨を浴びながら……。

 

「ああっ、ああ……。誰か、誰か助けてええ」

 

 朱姫は思わず哀願の言葉を叫んでしまった。

 

 

 *

 

 

 暴れもせず、大人しく全裸になるという条件で、孫空女と沙那の股間と尻の張形を抜いてもらった。

 もっとも、後手の手枷を外される前に、ふたりの首に鎖で繋がれた首輪を嵌められたので、抵抗のしようもない。

 

 いずれにしても、宝玄仙があの妙な透明の袋に包まれてどこかに隠されているので、抵抗する機会があっても抵抗はすべきでないと沙那が判断しているのだろう。

 服を脱げと言われたときも、孫空女が激情したことに気がついたらしく、暴れ出しそうになった孫空女を沙那が眼で嗜めた。

 だから、孫空女も大人しくすることにした。

 こいつら四人くらいはどうということもないが、確かに、やみくもに暴れるのは危険だ。

 

 それになかなか、四人が揃うということがない。

 もしも、四人揃えば、全部取り押さえるという選択もできる。

 だが、ここにいるのは、急如火だけだ。

 もしかしたら、巧みに四人同時に揃わないようにしているのかもしれない。

 山の中で宝玄仙を人質に取られてから、あの恥ずかしい行進にも、紅孩児はついてこなかった。

 到着すると紅孩児が待っていたが、その前に、雲裡霧がいなくなった。

 計算しているのだろうか。

 

 いまのところ、宝玄仙がどこに連れていかれたのかわからない。この砦の廊下も迷路のようだ。

 服を脱ぐと、今度は前手で手錠をかけられた。

 そして、全裸で、首輪で鎖によって沙那と繋がれたまま、急如火に小突かれるように、石畳の階段を降りらされる。

 

「触るんじゃないよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 石の階段は次第に急になり、周囲の石と石に水が滲み出て、ぽたぽたと石窪に水たまりを作っていた。

 地下に続く階段は、永遠に続くかのように長かった。

 やがて、穴倉のように暗くてびしょびしょする柱のいくつもある回廊に行き当たった。

 

「右だ、沙那」

 

 松明をかかげながら横を歩く急如火が言った。

 やがて、さらに進んで地下の広場とおぼしき、広い一室に入った。

 そこには、四方の壁が高い壁に囲まれている部屋だった。

 

「おう、来たな」

 

 紅孩児がそこで待っていた。

 

「趣味、悪いね」

 

 孫空女は悪態をついた。

 そこにあるものは、さすがの孫空女にも心和むと言い難いものばかりだった。

 すなわち――三角木馬、車裂きの台、巨大な石の炉、水責めの水槽、逆さ吊りのためのろくろと鎖、鞭打ち台、鉄製の針責め人形――などといった夥しい数の拷問具だ。

 

「一応、ひと通り体験させてやるぜ。とりあえず、三角木馬でどうだ、孫空女? 跨いでみろよ」

 

 紅孩児が笑いながら言った。

 

「か、勝手にしろよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 しかし、自分の顔が蒼ざめているのがわかる。

 

「よし、わかった。沙那、お前だ」

 

「なによ?」

 

 黙っていた沙那が紅孩児を睨んだ。

 

「そっちの怖がっている孫空女には、別のことをやってもらうが、沙那は、その冷静そうなお前の顔が気に入らねえ。文句言わずに、三角木馬のところに行け。急如火、跨らせてやれよ」

 

 紅孩児は言った。

 その木製の三角木馬は、座る部分が尖った三角錐の拷問具だ。

 そこに座れば、体重で股にその尖った部分が食い込むことは間違いない。

 ただ、高さはそれほど高くないので、もしかしたらかろうじて足がつくかもしれない。

 

「……それとも、孫空女にやらせるか? まあ、宝玄仙の安全を保障するという盟約を解除するんなら、三人ともまとめてお前たち供は解放してやるぜ」

 

「や、やるわよ」

 

 沙那が気丈に言った。

 しかし、その唇は震えている。

 

「沙那……」

 

 それだけしか言えなかった。

 孫空女の首輪に繋がっている鎖が、沙那の首輪から外される。

 しかし、孫空女の首輪の鎖の端を紅孩児がしっかりと握っている。

 

 沙那は、小さく頷いて、木馬の横にいる急如火の前に進んだ。

 急如火が、前手錠の沙那の手を首輪の金具に接続する。

 沙那は、両腕を首の前から降ろせなくなった。

 

「ほらよ」

 

 急如火が、沙那の片脚を掴んで、木馬の反対方向に引っぱった。

 

「ひぎいっ――」

 

 放り投げられるように木馬の頂点に股間を喰い込まされた沙那が、苦痛に顔を歪ませた。

 沙那の無毛の股間に三角木馬の尖った頂点が惨たらしく食い込んでいる。

 ほんの少しだけ、丸みをつけてあるようだが、あれだけ尖っていれば乗せられるだけで激痛に襲われるだろう。

 両脚は、爪先立ちでかろうじて足の指先が床についている。

 沙那が懸命に脚を伸ばして、痛みを逃そうとした。

 彼女の脚の筋肉が小さく震えはじめる。

 

「それ、痛いか、沙那」

 

 急如火が沙那の乳首を掴むと、無造作にゆすぶった。

 

「あがあぁぁ」

 

 沙那が悲鳴をあげた。

 

「や、やめろよ、お前――」

 

 孫空女は、急如火に詰め寄ろうとした。

 沙那が可哀そうすぎる。

 その孫空女に沙那が顔を向けた。

 

「だ、駄目よ……。そ、孫女。ご、ご主人様が……」

 

 沙那は悲痛な表情で顔を首に振った。沙那は、顔だけではなく、あっという間に噴き出た脂汗でまみれている。

 

「そういうこった、孫空女。いくら、紅孩児と盟約を結んでいるからといっても、お前たちの大事な宝玄仙が俺たちの手にあることを忘れちゃあ駄目だぜ」

 

 急如火が、沙那の背後から両方の乳房を掴み、体重をかけるようにしながら激しく揉み始めた。

 

「ひゃががががあああ――。や、やめてえぇぇ――」

 

 沙那は絶叫した。

 

「お前、いい加減にしろ、急如火」

 

「なにをいい加減にするんだ、孫空女?」

 

 しかし、急如火は、沙那の乳房を力強く掴み、上下にゆすぶり続ける。

 身体を持ちあげられては、落とされる沙那は、何度も激しい絶叫を喉から迸らせている。

 

「やめろって。頼む、やめてやってくれよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 もう、沙那がなんと言っても、沙那をいたぶっている急如火を払いのけてやろうとした。

 しかし、その孫空女の首輪の鎖を握っている紅孩児が阻んだ。

 

「は、離せ――」

 

 孫空女はもがいた。

 孫空女の力で、逆に紅孩児が振りまわされる。

 紅孩児の顔色が変わった。

 

「おい、沙那の跨っている木馬の高さを上げろ」

 

 紅孩児が急如火に叫んだ。

 沙那をいたぶっていた急如火が、沙那から離れて木馬の足元のなにかを操作した。

 すると沙那が跨っている木馬の高さがあがり、沙那のつま先が空中に浮かんだ。

 

「あぎいいい」

 

 沙那がひと際大きな声で絶叫した。

 

「暴れると、沙那の脚に重りつけるぞ、孫空女――。沙那の股が使いものにならなくなるぜ」

 

 紅孩児が喚くように言った。

 孫空女は、歯噛みして、暴れるのをやめた。

 興奮しても、沙那は助けられない。

 

「お前は、こっちだ、孫空女」

 

 紅孩児が、壁の扉の一画を押すと、いままで石の壁だった場所が左右に押し開き、奥からさらに広い部屋が出現した。

 紅孩児に鎖を引っ張られるまま、その奥の部屋に進む。

 

 壁に首を鎖で繋がれた男が五人いた。全身が傷だらけで、随分と痩せ細っていた。

 紅孩児が吠えるような音を喉から出すと、のろのろと手探りで壁に懸命に移動して壁に張りついた。

 それで、彼らが全員、眼を潰されているのだということに孫空女は気がついた。

 

 そして、その奥の部屋に入ると、さらに地下に闘技場ような場所があることに気がついた。

 地下の闘技場は、かなりの深さがあるが、階段があり、そこから地下に降りることができるようになっている。

 ただし、地下にはほかには、出入口らしきものはない。

 

「孫空女、階段を下りていけ」

 

 紅孩児が言った。

 首の鎖が外された。

 前手の手錠はそのままだ。

 孫空女は、鼻を鳴らして階段を下りていった。

 地下の闘技場に到着すると同時に、階段が壁に吸い込まれてなにもなくなった。

 さすがの孫空女の跳躍でもあがれそうもない。

 

「おう、始まっているのかい」

 

 この小さな闘技場を見下ろす手摺から覗く紅孩児の横に、興烘桀の顔が現れた。

 そして、急如火もこっちにやってきた。

 

「こらっ。急如火、沙那は大丈夫なんだろうなあ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「お前は、お前の心配をした方がいいぜ、孫空女。そこに、俺たちのとっておきの魔獣を転送させる。お前は、そいつと戦ってもらうぜ」

 

 紅孩児が笑った。

 

「魔獣?」

 

 魔獣というのは、魔力で強化された獣で、妖魔とは違うただの動物だ。いろいろな魔獣がいるが、わざわざけしかけるくらいだから、凶暴性などを強めてあるのかもしれない。

 しかも、手錠をつけたままで戦えというのだ。

 

「心配すんな、孫空女。お前を殺すつもりはねえ。ただ、これからお前に戦ってもらう魔獣は、ちょっとばかり発情されてるからな。犯されないように頑張りな」

 

「もっとも、さすがにお前でも一度、捕まると逃げられねえかもな」

 

 上から妖魔たちの嘲笑の声が注がれる。

 孫空女は、やっと、なにをやらされようとしているのかがわかった。

 凶暴性と発情性を高めた魔獣を孫空女にけしかけようとしているのだ。

 その魔獣に、孫空女が犯されるのを見物でもしようというのだろう。

 孫空女は、黙って、唾を床に吐いた。

 

 すぐに、闘技場の反対側に魔力の歪みを感じた。

 『移動術』でなにかが出現するときの魔力の歪みだ。

 孫空女は前手錠の腕で、これから出現するものに身構えた。

 

 “それ”は、出現した。

 

「……龍狒狒(りゅうひひ)かよ」

 

 石壁が揺れるような咆哮をしたその魔獣を見て、孫空女は身構えたまま呟いた。

 全身を真っ赤な毛で覆われたその魔獣は、本来は狒狒なのだろうが、

 魔力で変異させられたあげくに巨大化して、孫空女の二倍はある。

 怖ろしいほどの太い筋肉の浮かびあがった片腕だけで、孫空女の身体全部と同じくらいの大きさがあるだろう。

 それが、二本の腕で孫空女を威嚇するように胸を叩いた。

 その巨大な身体と筋肉は、魔獣というよりは怪物だ。

 

「ほら、孫空女、そいつの一物を見えるか? 簡単にやられるんじゃねえぞ。少しは抵抗して、愉しませてくれよな――」

 

 上から揶揄の声が落ちていくる。

 見えるどころじゃない。

 龍狒狒の股間には、孫空女の太腿と同じくらいの怒張がそそり立っている。

 あんなのに犯されれば、孫空女の膣は一発で避けるだろう。

 さすがに孫空女も鼻白んだ。

 

「ウガアアア――」

 

 龍狒狒は、吠えながら飛びかかってきた。

 思ったよりも速い。

 また、なにかの薬でも飲まされているのか、それとも魔術をかけられているのか、完全に発情しきっている。

 

 巨大な腕が孫空女に振り落ちてきた。

 孫空女は、横に跳んだ。

 

 視界から、孫空女を見失ってしまった龍狒狒が、一瞬、動きをとめた。

 そのとき、孫空女は跳躍していた。

 一度、龍狒狒の背中を蹴り、龍狒狒の頭上に身体を浮かべる。

 そのまま、身体を一度縮め、両足の踵を龍狒狒の首の後ろに叩き込んだ。

 それを反動にして、もう一度、そのまま跳び、空中で回って、身体が沈みかけた龍狒狒の首の後ろに手錠のままの両拳をさらに打ち下ろした。

 

 龍狒狒の首が折れた感触があった。

 孫空女は、龍狒狒の身体とともに落ちる。

 

 孫空女は、身体を起こして、動かなくなった龍狒狒の身体の上に立ちあがった。

 そして、上で呆気にとられている、三人の妖魔を睨みつけた。

 

「次は、あんたらが来な」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「……な、なんてこった。龍狒狒を一発で殺しやがった」

 

 妖魔の一匹が呻くような声をあげた。

 そいつらの驚いた顔が少し小気味いい。

 

「さっきのが、お前らの飼っている魔獣で、一番強い奴かい? 随分と弱っちかったけどな」

 

 孫空女がそう言うと、紅孩児が悔しそうな顔をした。

 

「……じゃあ次だ。これならどうだ――」

 

 紅孩児が、蒼い顔のまま、なにかの魔力を動かした。

 孫空女は、異様な気配に龍狒狒の背から飛び降りた。

 そして、さっきの紅孩児の魔力は、紅孩児が、この闘技場に新しい魔物を出現させたものということがわかった。

 壁の隙間から、なにか透明なものがどんどん流れ進んでくる。

 

「な、なんだい、これ?」

 

 かたちのないぶよぶよの粘性体が壁から染み出るように現れる。そして、龍狒狒の死骸を飲みこんでいく。

 孫空女は、反対側の壁に張りついた。

 

夷屠(いど)……」

 

 孫空女は、あの生物がなんであるかを知っていた。

 西域のさらに西の砂漠に生息するという夷屠という生物だ。

 かたちのない不定形のあの生物は、どんなものでも飲みこんで吸収してしまう。

 いつも腹を空かせていて、息をするものであれば、本能のままそっちに向かってくる。

 そして、吸収して溶かしてしまうのだ。

 

 武器ではどんな手段でも退治することはできない。

 その武器ごと飲みこんでしまう。

 唯一の退治方法は魔術か道術だ。

 夷屠を殺す魔術があり、それを遣える魔術師は、夷屠を退治もできるし、制御もできる。

 だから強い道術遣いや妖魔は、この夷屠を怖がらない。

 

 むしろ、妖魔は好んで、この化け物を人間の兵を攻撃するときに使う。

 どんなに大部隊であっても、武器ではこの夷屠には勝てないからだ。

 妖魔に比べれば、遥かに人間は、道術を遣えるものが少ない。だから、こういう魔力生物の攻撃には弱い。

 

 夷屠は、もうさっきの龍狒狒を飲みこんでいる。夷屠は、なにかを飲みこむと、その間、動きがとまる。

 だが、紅孩児がけしかけた夷屠は半端な量じゃない。

 あの大きな龍狒狒を飲みこんだというのに、まだ足りなくて、孫空女のいる壁にも迫ってくる。

 しかも、反対側の壁の隙間から出てくる夷屠はまだ増えているのだ。

 

「あ、あんたら、ば、馬鹿じゃないのかい――。こ、こんなたくさんの夷屠、どうすんだい――。戻せんだろうねえ? こんなに一度に出したら、いずれこの壁を這いのぼって、この砦に溢れるよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 夷屠は危険な生物だ。

 妖魔であっても誰でも制御できるわけじゃないはずだ。

 あの紅孩児とかいう妖魔の少年に、夷屠を制御できるほどの魔力があるとは思えない。

 

 ゆっくりだが、夷屠は確実に孫空女に迫ってくる。

 それでも、まだ夷屠は、龍狒狒を消化している途中だから歩みが遅いのだ。

 

「おう、紅孩児、まったくだぜ。夷屠を出すのはいいけど、戻せんのかよ。親父さんのところから持ってきた入れ物に眠らせていたやつ全部解放しただろう? あんなにたくさん、とてもじゃないけど、元に戻せないぜ」

 

 紅孩児の横の興烘桀も紅孩児に詰め寄っている。紅孩児の顔が真っ赤になった。

 

「う、うるせい。こいつが、生意気だからだよ。心配ねえよ。餌さえやっておけば、のぼって来やしねえよ。その龍狒狒を全部消化するのにも、もう少しかかる。餌になる人間を毎日放り込んでおけば、大丈夫だ。この地下の闘技場で飼えばいいんだよ」

 

「お、お前、やっぱり、後先考えずに、解放したのかよ。この馬鹿――」

 

 孫空女は喚いた。

 夷屠を防ぐ方法は知っている。

 恥ずかしいとか言っている場合じゃない。

 孫空女はしゃがみ込むと、自分の股倉に前手錠の両の手のひらを差し込み、そこにおしっこをした。

 そして、その尿を顔から身体から、手の届く範囲になすりつける。

 

 近寄っていた夷屠が孫空女から遠ざかる。

 夷屠は、なぜか尿の中に含まれる刺激臭を嫌うのだ。

 尿を身体に擦りつけておけば、しばらくはやってこない。

 ただ、乾ききってしまえば、また、襲ってくるだろう。

 

「ほう、夷屠っていうのは、小便が嫌いなのかい。初めて知ったぜ」

 

 上で感心したような声があがっている。

 孫空女は腹が立った。

 

「そ、そんなことも知らないで、お前、夷屠を解放したのかよ――」

 

 孫空女は喚いた。

 

「まあいい。そのまま、お前を夷屠の餌にしたって愉しくねえ。これであがってきな」

 

 上から先に輪っかが結んである縄が降りてきた。

 

「その輪の中に手を入れて、縄を握るんだ、孫空女」

 

 孫空女は言われた通りにする。

 縄の輪の中に手を入れると、輪っかが縮まり、孫空女の手首を縛った。

 『魔縄』だ。

 これは孫空女には絶対に解けない。

 

 孫空女は引きあげられていく。

 三匹の妖魔のいる場所まで身体をあげられた。

 そのまま、沙那のいた部屋まで引きずられる。

 

 沙那は、まだ、三角木馬にのせられて呻いていた。

 木馬から勝手に降りれないように、首輪と両脚を木馬に鎖で繋がれている。

 

「沙那、大丈夫――?」

 

 沙那は、目をつぶったまま首を横に振った。

 余程、つらいのだろう。

 股間に木馬の頂点が食い込んでいる。

 呼吸が荒い。

 だが、沙那のことを気に掛ける余裕もなく、孫空女は、縄尻を天井の滑車に縄を繋がれて、宙に引きあげられた。

 孫空女は、足がぎりぎり床につかない程度に天井から吊られる。

 

「まあ、大した女だと、認めるぜ。孫空女、股を開きな」

 

 紅孩児が迫ってきた。

 

「な、なんだよ」

 

「強いお前に免じて、魔獣の相手も、夷屠の餌にするのも勘弁してやるぜ。俺の精を入れてやる。受け取りな」

 

 紅孩児は下半身の衣類を脱いで下半身を剝き出しにした。

 まだ大人になりきっていないとはいえ、一物は大人と同じだ。

 

「あ、あたしは、さっき、小便を擦り付けたんだよ。そんなの抱こうっていうのかよ」

 

「ああ、ああいうことを躊躇いなくやってのける根性がいいぜ。俺の精をくれてやる」

 

 紅孩児が迫る。

 

「ふざけるな。近寄ると蹴りあげるよ――」

 

 孫空女は喚いた。

 

「いいのかよ。沙那を見ろ」

 

 紅孩児に言われて、孫空女が宙吊りの身体を沙那に向けた。

 沙那が座らせられている三角木馬に急如火がいる。

 沙那の股間に指を押し付けた。

 

「ひぎゃああああぁぁぁ――」

 

 沙那が発狂したような声をあげた。

 なにをしたかがわかった。

 急如火が、三角木馬の頂点にはみ出している沙那の股間の肉芽を指で押しているのだ。

 沙那は、あまりの激痛に眼を見開いて、悲鳴をあげ続けている。

 

「や、やめよろ。開く。股を開くよ――」

 

 孫空女は、緊張していた脚の筋肉を緩めた。

 その片脚を紅孩児が掴んだ。

 孫空女は諦めて、紅孩児に身を任せた。

 

 その視界に、さっきの隣の部屋にいるもうひとりの妖魔である興烘桀の姿が見える。

 興烘桀は、眼を潰されて壁に繋がれていた男たちを、夷屠のいる闘技場を見下ろす縁まで引っ張っている。

 そして、闘技場の中に、その虜囚たちを次々に蹴り落とした。

 

「な、なにやってんだよ、あれ――。や、やめろ――」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「おお、あれか。決まってんだろう。夷屠の餌に放り込んでんだ。一日に十人ほどずつ放り込んでおけば、夷屠も壁からのぼってくることもねえだろうよ。人間なんてえのは、そこら中にいっぱい転がっているな」

 

 まったくの躊躇いなしに、無辜の人間を殺すこいつらに、孫空女は激しい怒りを覚えた。

 その孫空女の股間にいきり立った紅孩児のものが突き挿さろうとしている。

 

「ひいいいいっ」

 

 前戯もなしに突き立てられた股間の痛みに孫空女は、悲鳴をあげた。

 片脚を掴んでいる紅孩児が、もう一方の孫空女の脚も掴む。

 

「それ、こうなっちまえば、お前の馬鹿力でも抵抗できねえだろう。それ――」

 

 紅孩児が宙吊りになって、男根を突き立てられている孫空女の身体を上下に激しく揺すぶった。

 

「これはどうだ、孫空女? もっと、泣いてみせるよ」

 

 紅孩児が孫空女を軽く上にあげては離す。

 自分の体重で、孫空女は紅孩児の男根を深く抉ってしまう。

 それを何度もやられる。

 

「あひいっ……ひいっ……ひいいっ……」

 

 孫空女は子宮の底を突き上げられる痛みに、全身を震わせて声をあげ続けた。

 こんなやつにいかされるのは悔しいが、もう、絶頂が近いことが自分でもわかる。

 紅孩児がさらに腰に力を入れて勃起を突きあげた。

 反動をつけて、孫空女の肉の天井をいやという程、擦りあげる。

 

「ああ……ううっ……はうっ――」

 

 孫空女は切羽詰った声をあげた。

 自分でも制御できないのだ。

 嬌声が漏れ出て止められない。

 

「可愛らしい顔をするじゃねえか。龍狒狒を一撃で倒した女戦士と同じ女とは思えねえぜ」

 

 紅孩児が数度、孫空女の腰を自分の腰に強く当てた。

 孫空女は呻き声を迸らせた。身体の痙攣がとまらなくなる。

 

「ああ……ううっ――、い、いくうっ」

 

「おうおう、いけ、いけ」

 

 身体が続けざまに強く震えた。

 

「いっちまったか。俺はまだだぞ。もっと腰を振れ」

 

 紅孩児が激しく孫空女の腰を動かす。

 

「あうっ――。も、もう、いってよう」

 

「ああ、いってやるよ」

 

 紅孩児が腰を強く動かし始めた。

 孫空女は大きな声をあげてそれを受けた。

 再び身体の痙攣が始まる。

 熱いものが子宮にぶち当たる感触があった。

 紅孩児が声をあげた。

 孫空女は、それを聞きながら、また沸き起こった絶頂に声をあげ、身体を反りかえらせた。



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110 女法師の復活

「んぎゃあああ」

 

 糸で肉芽と乳首の根元を吊られている朱姫が寝ている寝台が不意に蹴り飛ばされた。

 まどろみの中にいた朱姫は、振動で激しい痛みを与えられて、苦痛の悲鳴をあげてしまった。

 慌てて眼を開ける。

 雲裡霧(うんりむ)という妖魔の少年がそこにいた。

 

「も、もう朝……?」

 

 朱姫は虚ろな視線で寝台を見下ろす雲裡霧を見た。

 確か、朝までこのままだと言っていた。

 それで、媚薬の雨を浴びながら急所を糸で吊られたのだ。

 いつの間にか媚薬の雨は止まっていた。

 全身が疼く。

 そして、だるい。

 とても起きあがれない。

 

「おりるんだよ――。てめえ、よく寝れんなあ」

 

「うわあっ、んぎいいっ」

 

 だが、朱姫は、四肢を拘束していた革紐を外されると、髪の毛を掴まれて寝台から引きずりおろされた。

 

「……まだ、朝じゃねえ――。夜中だ。だが、状況が変わった。お前らには、どうあっても、誓約を解いてもらわなければならなくなった」

 

 誓約というのが、あの山の中で沙那が、紅孩児(こうがいじ)とこっちの供の三人の間で結んだ『真言の誓約』という契約術のことだということはわかった。

 沙那は、この妖魔の少年たちの虜囚となる代わりに、宝玄仙に危害を加えないという誓いを紅孩児に立てさせたのだ。

 いや、“危害を加えさせない”だ。

 沙那は、あのとき、巧みにその言葉を真言に滑り込ませた。

 朱姫は、流石は沙那だと思ったものだ。

 

 あのとき、紅孩児は、二日間は起きあがれないという猛毒で宝玄仙を眠らせて、『如意袋(にょいぶくろ)』という透明の袋に宝玄仙の身体を閉じ込めた。

 それは、中に閉じ込められた術遣いの術を封じるというだけではなく、霊気や魔力を吸い取るという効果があると言っていた。

 盟約を結んだとき、紅孩児は、どうせ、宝玄仙の魔力が消失し、手が出せるようになるまで、二日はかかるのだから、それまでに盟約を解除させればいいと考えた節がある。

 

 だが、いま、雲裡霧は、状況が変わったと口にしていた。

 変化した状況とはなんだろう。

 もしかしたら、宝玄仙に変化が……。

 

 雲裡霧は、朱姫の首と手首に革の首輪を嵌めると、首輪の後ろ側についていた金具に手錠を鎖に繋いだ。

 朱姫は、両腕を頭の後ろに回した脇更しで腕を降ろせなくなった。

 

「ほれ、来い」

 

「ひぎいっ」

 

 雲裡霧が、まだ朱姫の肉芽の根元に巻きついたままだった糸を引っ張ったのだ。

 朱姫は、激痛に泣き声をあげさせながら、無理矢理に部屋から出された。

 

「ひ、引かないで。歩く――。歩きますから」

 

 朱姫は、倒れ込みたい身体を無理矢理に前に出して、雲裡霧についていく。

 

「……さ、沙那姉さんと孫姉さんは?」

 

 朱姫は廊下を歩きながら訊ねた。

 

「あのふたりも、それぞれ拷問中だ。お前も拷問を受けてもらう――。どら、ここは右だ」

 

 雲裡霧は、朱姫の肉芽に結んでいる糸を引っ張った。

 

「だ、だめえっ」

 

 朱姫は、激痛にうずくまりそうになるのを懸命にこらえて、足をそっちに向ける。

 

 そうやって、複雑な廊下を右に左にと曲がりながら進ませられる。

 肉芽を糸で引っ張られながら歩かせられるという行為に、もう、朱姫はなにも考えられなくなった。

 

 しばらく行くと、廊下で淫液を溜めさせられていたあの姉妹のいた場所まで戻ってきたことに気がついた。

 だが様子が変わっている。

 廊下に繋がっているのはひとりだけで、もうひとりはいない。

 そして、残っているひとりは、呆けたように、なにかをしっかりと抱きしめている。

 

「そ、そんな……」

 

 その横までやってきたとき、朱姫は、そこで見た光景に震えた。

 そこにいた娘は、涙の枯れた虚ろな表情で、もうひとりの娘の生首を抱いていた。

 その素裸の身体は、生首から流れた血で真っ赤だったが、娘は気にした様子はない。

 その首をしっかりと両手で抱き、娘は反対側の壁に虚ろな視線を送っている。

 

「ほら、お前、そんなことをしている暇があったが、自慰に励んで容器を淫汁でいっぱいにしなけりゃ駄目だろうが。せっかく、その姉さんが、自分の分まで汁をくれて、お前の容器をいっぱいにしてくれたんだろう? その命を大事にしろよ」

 

 雲裡霧は、娘に叫んだ。

 だが、娘は耳が聞こえないかのように、雲裡霧を無視している。

 だが、姉だと雲裡霧が言った首を抱く手に力を入れた。

 

「その様子じゃあ、明日の夕方には、お前も俺たちの飯だな」

 

 雲裡霧は舌打ちをして、また朱姫を繋ぐ糸を持って歩き出した。

 

「こ、殺したの……?」

 

 朱姫は肉芽で引かれながら言った。

 

「一杯ずつの容器に淫液を溜めることができなければ殺す。そういう条件だったからな」

 

「か、彼女たちは、ちゃんとやったわ。お前がひっくり返したのよ」

 

「そうだったかな?」

 

 雲裡霧は、わざとらしく糸をぐいと引いた。

 朱姫は、悲鳴をあげながら前のめりに倒れそうになる身体をなんとか支えた。

 同じような嫌がらせを何度も受けながら、それでも朱姫は、一度も転ぶことなく、一番最初にこの砦に入ったときにあった広間に着いた。

 そこからさらに外に出る。

 完全な夜だ。

 朱姫は、夜空の下を素足のまま歩かされた。

 

 やがて、小さな建物の前にやってきた。

 外に繋がる砦の門から、さっきの砦に入った朱姫たちからすれば、さらに奥になる。

 なにかの建物というよりは、物置小屋のような大きさだ。

 

「こっちだ」

 

 雲裡霧は、朱姫を建物の中に促した。

 物置と思っていた建物の中には、なにもなかった。

 ただ、地下に通じるらしい階段がある。

 朱姫は、さらにその階段を降りらされた。

 降りた地下の部屋は、広めの大部屋のようになっていて、壁にはほかの部屋に続く扉があった。

 朱姫は、その扉の向こうから強い魔力か、霊気を感じた。

 

「……ここは?」

 

 朱姫は言った。

 もしかしたら、あの扉の向こうにいるのは、宝玄仙なのかもしれない。

 

「事情が変わったと言ったろう。どうあっても、明日の朝までには、誓約を解除してもらうことになった。紅孩児は、宝玄仙の術の力を完全に失わせるのに二日はかかるし、それからもしばらく『如意袋』に入れて置けばいいから、お前たちの屈服に十日もあれば十分と踏んでいたようだったが、そうもいかなくなってな」

 

 あっさりと雲裡霧は言った。

 やはりそうだ。

 あの扉の奥には、宝玄仙がいる。

 間違いない――。

 

「な、なんでよ?」

 

 朱姫は訊ねた。

 『如意袋』に閉じ込められている宝玄仙に変化が現れたのに違いない。

 

「……それは、お前の知ったこっちゃねえ。それよりも、沙那と孫空女の屈服は、まだのようだな。どうせ、もう少し時間がかかるんだろう。じゃあ、それまで時間を潰しとくか」

 

 雲裡霧は、下袴を脱ぐと、床に胡坐をかいだ。

 

「舐めろ、朱姫。だが歯を立てたら、今度は立ったまま天井からこの糸を吊るすぞ」

 

 雲裡霧が数回、肉芽の糸を引っ張った。

 

「いいっ――」

 

 朱姫は、慌てて膝立ちになり、雲裡霧の股間に顔を近づけた。

 半立ちになった雲裡霧の男根がそこにある。

 赤黒く表面に激しい凹凸があるが、基本的には人間のものと同じだ。

 朱姫は唇を近づけて、その先端に口づけをした。

 儀式の始まりだ。

 そして、茶番の始まりでもある。

 

 宝玄仙の状況がどうなのか、絶対に聞き出してやると思った。

 雲裡霧の男根の先端に自分の唾液をまぶしながら軽く吸う。

 口の前の男根がそそり勃ち、雲裡霧の腰が震える。

 朱姫は、先端から口を離し、舌を側面に沿わせながら付け根の部分に口づけをした。

 ますます、怒張が大きくなる。

 朱姫は、口を拡げて睾丸を含んだ。

 口の中で睾丸を転がしては舐め、そして、吸っては転がす。

 雲裡霧が声をあげた。

 

 朱姫は、胡坐をかいでいた雲裡霧を身体で押し倒すようにして横にする。

 そして、朱姫は、睾丸に這わせてた舌をさらに雲裡霧の肛門に向かって伸した。

 ぺろぺろと肛門の周りに舌を這わせると、いよいよ、雲裡霧は震えだした。

 

「う、うまいなあ、お、お前……」

 

 雲裡霧が吐息をしながら言った。

 朱姫は舌を再び怒張の側面に這わせると、先端の部分を数度舌で舐めた。先端には、もう先走った汁が溢れていた。

 それを舐め尽くすと、朱姫はまた舌を陰茎の側面に動かした。

 

「ううっ」

 

 雲裡霧が呻くような声を出した。

 かなり、極まり始めていると思った。

 

「……教えてください……。ここで……、なにをするのですか……?」

 

 側面を這い、再び睾丸に口づけをしてから、朱姫の舌は、また雲裡霧の肛門を舐めている。

 その舌の動きの合間に、朱姫は、質問の声を発している。

 

「……な、なら、お前にだけ、教えておくぜ。三人と誓約した紅孩児の盟約を、まずは、ふたりに破棄させる。そして、ひとりに絞る。それをやるつもりだ。ここに残りのふたりも連れてきて話し合いをさせる。宝玄仙の姿を見せて脅すんだ……おおっ――」

 

 雲裡霧の尻襞の一本一本を伸ばすかのように、丁寧に舐める。雲裡霧の声が大きくなる。

 

「……でも、『真言の誓約』でご主人様には、手が出せないはずですけど……」

 

「そ、それは違うぞ、朱姫。誓約は紅孩児だけだ。俺たちは手が出せるんだ。だが、それじゃあ、宝玄仙は殺せても、紅孩児は、その肉を喰らえねえ。紅孩児だけが盟約に縛られているからな。だから、時間を置いているだけだ」

 

「だ、だけど、紅孩児……さんが……ご、ご主人様に……危害を加えさせないって……」

 

「紅孩児がな。しかし、あいつが全く関与しなければ、関係ない。やりようはあるさ。まあ、結局のところ、焦ってるのは紅孩児だけだけどな」

 

 雲裡霧はげらげら笑った。

 やはり、なんらかの事態の変化があったのだと確信した。

 朱姫は、肛門から再び怒張に舌を動かす。

 温かい息を吹きかけながら、唇で甘噛みするように外に向かって刺激を動かす。

 

「で、出るぜっ」

 

 雲裡霧が大きな声をあげた。

 

 大丈夫――。

 まだ、出させはしない。

 与えていた刺激を少し緩める。

 雲裡霧が少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

「……だ、だから、ここでもう一度盟約を結び直す。こ、今度は俺たち三人も宝玄仙の安全を保障する……。その代わりに、お前たち側は、盟約をひとりに直す。拒否はできねえはずだ。断れば、宝玄仙の入っている『如意袋』に、紅孩児以外の誰かが本物の毒を入れる。紅孩児には教えずにな。毒を吸った宝玄仙は、『如意袋』の中で死ぬ。紅孩児には悪いが、あの術遣いの肉は、俺たちだけで喰う……」

 

 朱姫は、雲裡霧のそそり立った棹の先端を口に含んだ。

 唾液で膜をつくるように先っぽを包みながら吸いあげる。

 なにをしようとしているのかは、もうわかった。

 いまは、紅孩児ひとりが宝玄仙の安全を保障し、供朱姫たち三人と盟約を結んでいる。

 

 それを紅孩児を含めた四匹の妖魔が同じ盟約を結ぶ代わりに、こちらは盟約を結ぶのをひとりにする。

 一見、宝玄仙の安全は拡大されるようだが、ひとりに絞ったことで、供三人のうちの盟約に関わりのなくなるふたりは、おそらく死ぬことになる。

 

 『真言の盟約』は絶対だ。

 盟約を結んだ一方が死んでも盟約は残る。

 いや、むしろ、死なれてしまうと解除できなくなる。

 そうなると、絶対に破れない盟約だ。

 だから、現在の状態では、紅孩児との盟約を解除させる前には、紅孩児は三人の誰も殺すわけにはいかないのだ。

 

 しかし、盟約を解除すれば、残りふたりは不要だ。

 殺しても、宝玄仙を護っている盟約には関係ない。

 そういう状況にして、盟約を結んだひとりを脅すか、屈服させればいい。

 

 盟約を結び直すひとりに選ばれるのは、おそらく自分だと朱姫は思った。

 沙那と孫空女が、どこで、どんな目に遭わされているのかは知らないが、あのふたりが一筋縄でいかない女傑であることは、もうわかっただろう。

 あのふたりを屈服させるなど不可能だ。

 

 それに比べれば、朱姫など御しやすいと思っているに違いない。

 雲裡霧は、こうやって、手の内を洩らすようなことを仄めかしているのも、なにかの思惑があるのかもしれない。 

 ここで宝玄仙を眼の前にして脅されれば、沙那も孫空女も、彼らの申し出に応じるだろうが、こいつらは、盟約を結び直すひとりの対象として、朱姫を選ばせたいに違いない。

 朱姫の口の中で、雲裡霧の精がはじけ飛んだ。

 

「おおおっ――」

 

 雲裡霧が声をあげた。

 朱姫は吐気に堪えながら、口の中のものをすべて飲みこんだ。

 

「き、気持ちよかったぜ。お、お前、大したもんだぜ」

 

 雲裡霧が嬉しそうに言った。

 

「まだです。雲裡霧様の精を頂いたお陰で、朱姫は、なんだかおかしくなってしまいました」

 

 朱姫は、舌で雲裡霧の一物の掃除が終わると顔をあげた。

 

「愛おしいことを言ってくれるじゃねえか。よし、お前は大事にしてやるぜ」

 

 雲裡霧は、朱姫の頭を撫ぜた。

 朱姫は、両頬に笑みを浮かばせた。

 本当は、男に奉仕するなど怖気が走っている。

 宝玄仙のためでなければ、妖魔の一物など口に咥えない。

 隠された牙で、とっくに噛み千切っている。

 

 そのとき、朱姫ははっとして顔をあげた。

 扉の向こうの霊気か、それとも魔力が、とんでもなく拡大している。

 さっきまでとは比べものにならない。

 数瞬ごとに倍になっている。

 

 なにかが、扉の向こうで起こっている。

 雲裡霧が、朱姫をはね除けて、その扉に駆けた。

 扉を開ける。

 

 朱姫にも中の様子が見えた。

 宝玄仙を入れた『如意袋』が拡大している。

 中で眠っていた宝玄仙は、いまは覚醒している。

 そして、怒りの表情で両手を拡げて、『如意袋』の内側から大量の霊気を放出している。

 

「な、なんて量だ。このままじゃあ、破られるぜ……。仕方ねえ、紅孩児には悪いが、ここで始末するしか――」

 

 雲裡霧は、そう呟くと、横の卓から黒い瓶を手に取った。

 朱姫もまた、部屋の入口にいた。

 だが、雲裡霧は、気が動転しているのか、朱姫の存在は頭から離れているようだ。

 雲裡霧が『如意袋』に向かって、黒い瓶を持った腕を伸ばす。

 その雲裡霧を『如意袋』の内側の宝玄仙が睨んでいる。

 

「『獣人』――」

 

 朱姫は、妖魔の血を全解放した。

 妖魔としての本来の力を見せる朱姫の最大の道術だ。

 だが、長くは続かない。

 一度遣えば、ほかの術を含めて数日は、術を遣えなくなる。

 

 獣人化する。

 首輪に繋がっていた鎖を引き千切った。

 殺気を感じた雲裡霧が、驚いてこっちを見る。

 その顔に驚愕に染まった。

 

 飛びかかっていた朱姫は、大きな爪を一閃させた。

 胴体から離れた雲裡霧の首が、血しぶきとともに壁に叩きつけられて潰れた。

 

 朱姫は、雲裡霧を殺したばかりの爪を、その勢いのまま『如意袋』の膜の表面に突き立てる。

 

 駄目だ――。

 破れない。

 膜の中の宝玄仙が、手で離れろという仕草をした。

 

 朱姫は、部屋の外に出た。

 ふと、自分の手を見る。獣人の血が消滅しかかっている。

 もとの娘の姿に朱姫は戻っていく。

 

「ご主人様――」

 

 朱姫は叫んだ。

 『如意袋』が弾け飛ぶ。

 その風圧で朱姫は吹き飛ばされた。

 

 壁に向かって転がりながら、宝玄仙の姿を探そうとした。

 あの爆風――。

 大丈夫だったのか?

 

 だが、心配はなかった。

 宝玄仙が、こっちに向かって歩いて来る。

 

「どういうことだい、これは?」

 

 倒れている朱姫に手を伸ばそうとした宝玄仙は、その手を途中でとめて、朱姫の股間に視線を動かした。

 そして、にっこりと笑った。

 宝玄仙が見ているのは、朱姫の肉芽に結ばれている糸だ。

 獣人になったときに外し損ねた。

 朱姫は嫌な予感がした。

 すると、宝玄仙が、まだ、肉芽に結び付けられていた糸を手に取って、ぐいと引っ張った。

 

「ひいいっ――。お、おやめください、ご主人様」

 

 朱姫は堪らず叫ぶと、慌てて身体を立ちあがらせた。

 宝玄仙は容赦ない。

 どんどん糸を自分に手繰り寄せている。

 繋がっている朱姫は、宝玄仙にくっつかんばかりになった。

 

「ここは、どこだい? なんでわたしは、あの得体のしれない袋の中に閉じ込められていたんだい、朱姫? 早く言いな」

 

 口調は冷たいが、宝玄仙の顔は笑っている。

 糸を引っ張られて苦痛の表情を浮かべる朱姫の様子が愉しいのだろう。

 糸を手繰り寄せると、ぎりぎりまで短くして、朱姫の敏感な場所をつんつんと刺激する。

 朱姫は、爪先立ちになった。それでも宝玄仙は糸を上にあげる。

 

「ひいっ、ひいいっ、ま、待って、んぎいいいっ」

 

 その脳天を貫くような刺激に朱姫は、声をあげてしまう。

 しかし、その局部や乳首に温かいものが流れ込む。

 『治療術』だ。

 寝台で天井から長く吊りあげられていたときに傷ついた部分を宝玄仙が『治療術』で治しているのだ。

 

「ちょ、ちょっと、引っ張らないで……。お、お願いですから喋らせてください」

 

 朱姫は叫んだ。

 

「だったら、説明するんだよ、朱姫。多分、わたしは、かなり理不尽な目に遭っていたような気がするんだよ。なんで、あんな霊気を吸い取るような袋の中に閉じ込められていたんだい? もっとも、吸い込もうとしたわたしの霊気が大きすぎて、許容範囲を越えて弾けてしまったけどね」

 

「あっ……ああ、あのう、ご、ご主人様を人質にした……若い妖魔に入れられていたんです。お、お願いです。ひ、引っ張らないでえ――」

 

 朱姫は泣き声をあげた。

 宝玄仙が笑いながら、やっと糸から手を離した。

 そして、手で朱姫の股間に風を送るような仕草をする。

 糸が朱姫の股間から解けて下に落ちる。

 

「こ、こんなことをしている暇はありませんよ、ご主人様。多分、沙那姉さんと孫姉さんが、もっと酷い目に……」

 

「酷い目? あのお前が殺した若い妖魔が、これを仕組んだんじゃないのかい? 退治しただろう、お前が」

 

 朱姫が『獣人』の術で、自分の妖魔の血を全開放して殺した雲裡霧のことを言ってるのだろう。

 

「あいつは、子分です。親玉は、やっぱり若い妖魔ですけど紅孩児という名の妖魔です。ところで、どこまで覚えているんですか、ご主人様?」

 

 朱姫は言った。

 

「……山の中で犯された娘を助けようとしたときかね。結界で、その娘ごとわたしを包んだ直後から記憶がないようね」

 

 宝玄仙は、少しの間考えてからそう言った。

 

「その娘に化けていたのが、紅孩児という妖魔です。歳はあたしと同じくらいかもしれませんけど、たくさんの人間を殺しているみたいです。事実、あたしも、この砦で若い娘さんが首を斬られているのをこの眼で見ました」

 

「砦? ここは砦なのかい、朱姫?」

 

「その紅孩児の砦です。そこのどこかに、沙那姉さんと孫姉さんがいるんです。多分、拷問されているんです」

 

「お前、順番に喋りな、朱姫。わかるようにね」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫は語った。

 

 娘に化けていた紅孩児という妖魔が、宝玄仙に毒針を差して眠らせて、『如意袋』に包んだこと――。

 その『如意袋』は、宝玄仙の術を封じるだけではなく、霊気を吸い取る効果があったこと――。

 そして、霊気がなくなってから宝玄仙を食べると言った紅孩児に対し、急如火(きゅうじょび)という子分を捕まえていた沙那が、宝玄仙に手を出さないという盟約をする代わりに、彼らの虜囚になることを甘んじたこと――。

 そして、この砦のような場所に連れて来られ、三人とも酷い目に遭わされていることを説明した。

 

「あの娘、妖魔だったんだね。妖魔に犯されただけにしては、妖魔の魔力を帯びすぎているとは、思ったけどね」

 

「ご主人様が捕まったので、沙那姉さんが、ご主人様にこれ以上手を出さないという盟約を結ぶ代わりに、妖魔たちにわざと捕えられて……。でも、あ、あたしたち、ずっと酷い目に……。で、でも沙那姉さんが、ご主人様が、気がつくまで我慢しろって……」

 

「まあ、わかったよ。とにかく、沙那と孫空女は捕えられているし、紅孩児という若い妖魔も野放しということだね」

 

 大人しく話を聞いていた宝玄仙が、頬に酷薄そうな笑みを浮かべた。



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111 絶頂ごとの処刑

「や、やめろおお――、んぎいっ、あはははは、ひいい、はははは──」

 

 宙吊りにされた孫空女が笑いながら、脚をばたつかせてのたうち回っている。

 

「ほら、孫空女、そんなに脚をおっぴろげたら、さすがの俺たちも恥ずかしいぜ」

 

「そんなに奥まで見せてくれなくてもいいぜ、孫空女。さんざん、見たしな」

 

 ふたりの妖魔が笑いながら孫空女をいたぶる。

 最初の木馬責めで気を失わされた沙那は、いつの間にか三角木馬からおろされていて、今度は、逆に孫空女が跨らさられていた三角木馬の前で妖魔の少年たちに犯された。

 孫空女も同じだ。

 沙那が抵抗すれば孫空女、孫空女が抵抗すれば沙那が拷問されるということだ。

 大人しく犯されるしかない。

 

 そして、さんざんにふたりの身体に精を注ぎ込んだ三匹は、今度は沙那に、『真言の誓約』の結び直しを要求した。

 紅孩児(こうがいじ)が宝玄仙に手を出させないという盟約を沙那と孫空女と朱姫の三人が結んでいる。

 つまり、盟約を結び直すにも、三人の全員が合意しなければできない。

 だから、この盟約は宝玄仙を護るだけではなく、供三人を護ることになる盟約でもあるのだ。

 なにしろ、最終的には宝玄仙の肉を食べたい紅孩児は、盟約を破棄させなければ、それができない。

 殺しても盟約の破棄にはならない。

 

 紅孩児が要求したのは、供三人の全員が結んでいる盟約をひとりだけにすることだ。

 その代わり、宝玄仙の安全については、紅孩児だけが結んでいる盟約を急如火(きゅうじょび)雲裡霧(うんりむ)興烘桀(こうたくけつ)も含めた四人が結ぶ。

 宝玄仙の安全が強化されるようだが、そうではないことを沙那は気がついていた。

 連中の魂胆はわかりやすすぎる。

 盟約を結び直した途端、盟約に関わらなくなったふたりを殺すと盟約を結んだ人間に脅迫する。

 実際に関係のないふたりは殺されるかもしれない。

 沙那は、それは断固として拒否した。

 

 すると妖魔の少年たちは、孫空女をまた宙吊りにすると、無防備の孫空女の全身をくすぐり出したのだ。

 近づくと孫空女に蹴られるので、それが届かないように長い棹の先に羽根をわざわざつけてくすぐっているのだ。

 そして、いまも急如火と興烘桀が、孫空女の両側から長い竿の先についた鳥の羽根を使って、足の裏をくすぐっている。

 もう、一刻(約一時間)以上も、ああやって孫空女は、二匹の妖魔に全身をくすぐり続けられている。

 孫空女は、もう半狂乱だ。おびただしい汗が床の上に滴り落ちている。

 

「いや、おや、いやあ──。ひはははは、くはははは、や、やめっ、やめろおっ、はははは──」

 

 宙を踊って脚を蹴りあげている孫空女が揶揄の声に膝を閉じる。

 

「それ、ほれ、もっと踊れよ、孫空女」

 

 その膝裏を羽根が撫で、そして、縦長の臍をもうひとつの羽根が襲う。

 

「くはははは、あはははは、も、もう、許してよ……………。お、お願いだよっ――、あはははは、いっひひ、あははは──」

 

 孫空女が涙を流して苦しがっている。

 がに股で立たされている沙那は、その姿を制止できずに、首を下に向けた。

 沙那の髪を後ろから掴んだ紅孩児が、ぐいと沙那の首をあげる。

 

「ほらっ――、見ろよ、沙那。お前のせいだ。ああやって、くすぐり続けられるのが、どんなにつらいのかわかっているのかよ。さっさと、誓約の結び直しに同意しろよ」

 

「い、嫌よ――」

 

 沙那は叫んだ。

 そんなことをしたら、終わりだ。

 誓約を刻み直した瞬間に、四人は順番に殺されていく。

 いまの状況なら、少なくとも四人の命だけは奪われる心配はない。

 

「けっ――。薄情な奴だぜ。おい、孫空女、お前の連れは、もう少し、前をくすぐってやれってよ」

 

 紅孩児が、大きな声で孫空女に向かって叫んだ。

 孫空女へのくすぐり責めがはじまると、沙那もいまの孫空女と同じように天井から伸びた縄で首輪を繋がれて立たされた。

 両腕は首の後ろで拘束されている。

 孫空女と違うのは、宙吊りではなく、しっかりと両脚で床の上に立っていることだ。

 その代わり、両膝を左右に大きく開いて長い棒に固定された。

 つまり、大きく股間を開いて、がに股にされているのだ。

 

 そして、責められ続ける孫空女を見せ続けられている。

 少しでも眼を離すと、さっきみたいに強引に顔をあげさせられる。

 それに眼を逸らしても、孫空女の狂ったような悲鳴は、どうしても耳から入ってくる。

 

「そおれっ、御開帳──」

「気を抜くなよ。もっと暴れなよ。さもないと、くすぐっちゃうぞお」

 

 孫空女をいたぶっている少年妖魔たちの持つ羽根が、孫空女の(へそ)から這いあがり、孫空女のこんもり盛り上がった胸の膨らみを愛撫する。

 そして、もうひとつの羽根は、孫空女の乳白色の太股を這い上がって、股間の付け根を這う。

 

「ひいいいっ――。そ、そこは駄目ええっ」

 

 孫空女が宙吊りの身体を仰け反らせた。

 今度は、急如火の羽根が、股間の前側から後ろ側に回って、孫空女の肛門に当たったのだ。

 その反応が面白くて、図に乗った急如火が集中的に孫空女の弱点であるお尻の周りを襲い始めた。

 執拗な肛門付近のくすぐりに、孫空女は、いつ果てるともなく空中で踊り続ける。

 

 やがて、二匹は攻撃の場所を無防備な孫空女の脇の下に変えた。

 孫空女は、狂ったように暴れ続けたが、あまりにも長い時間の両脇へのくすぐりに次第におかしな呼吸をしはじめた。

 

「ひいっ、ひっ、ひっ、ひぐうっ、ひっ──。くははははっ、ひぐうっ、んはははは、ひぃっ、はははっ」

 

「やめて――、もうやめてあげてよ――。わたしに……、わたしにすればいいでしょう」

 

 沙那は絶叫した。

 紅孩児が、沙那の髪を後ろから掴む。

 

「見ろ、孫空女を――。狂っちまうぞ。もうすぐ、息が止まるぜ。笑い続けると息があんまりできなくなるんだ。死ぬぜ。くすぐり死ぬというのは本当にあるんだぜ」

 

「もう、やめてよ。いい加減にしてよ――」

 

「見ろ。見るんだ、沙那――」

 

 紅孩児の強い力が沙那の髪を掴んでいる。

 それとともに、もうひとつの指が沙那の乳首を擦りはじめる。

 ねっとりとした刺激に沙那は、歯を食いしばった。

 

 孫空女がおかしな痙攣を始めた。

 それでも孫空女の両脇に対する攻撃は終わらない。

 孫空女の身体からがっくりと力が抜けた。

 気を失ったのだとわかった。

 孫空女の股間から尿が激しく流れ落ちた。

 しばらく羽根は孫空女の脇をまだくすぐっていたが、まったく無反応になったことで、二匹はやっと孫空女への攻撃をやめた。

 

「ちっ、小便洩らして、気を失っちまった。仕方ねえ、お前だ、沙那――。おい、お前ら、孫空女はもういい。そのまま吊るしとけ。眼が覚めたら繰り返すが、まだ少し時間がかかるだろう。それよりも、砦に監禁している人間を十人ほど連れて来い」

 

 急如火と興烘桀が去っていく。

 

「な、なにをするのよ……?」

 

 沙那は背後から紅孩児による胸の愛撫を受けながら言った。

 無理矢理に絞り出される快感に、沙那は知らず身体をくねらせていた。

 抵抗しようとする沙那の気力を執拗な紅孩児の指が、一枚一枚と剥いでいく。

 

「面白いことをやってやるぜ」

 

 紅孩児の指が沙那の肛門に伸び、なにかがつるりと入り込んだ。

 

「ひいっ」

 

 沙那は怖気立った。

 なにが入れられたのかわからない。だが、なにかがじわじわと得体のしれないものが拡がってくる。

 尻穴の痺れるような甘美感があっという間に全身を熱くする。

 苦しい……。

 いや、拡がるのは、目もくらむような圧倒的な快感だ。

 なんだこれ……?

 視界が揺れる。

 頭に霞のようなものがかかり、なにも考えられなくなっていく。

 

「凄いだろう、沙那。即効性だ。とっておきの媚薬を座薬にしたものだ。気持ちいいだろう?」

 

「び、媚薬……」

 

 沙那は呻いた。

 

「そうだ。座薬にしたのは、効果が出るのに時間がかからねえからだ。俺は、待つのが嫌いでな。座薬を打たれる前と後とでは別世界だぜ」

 

 その沙那の乳首をまた紅孩児の手が触れた。

 

「くわっ」

 

 思わず鼻息が噴き出た。

 別世界という言葉で表せるものではない。

 紅孩児の指が沙那の乳房に触った瞬間に、身体中の汗が噴き出たような気がしたのだ。

 そこから小さな虫が全身を駆け巡る。なにかが這い回る。

 怖い――。

 眼が回る。

 紅孩児の手が乳房に吸い付いた。

 ゆさゆさとゆすれられながら乳首が捻られる。

 

「くううっ、ああ、いいぃぃぃ――、ぐ、ぐうっ――」

 

 沙那は、それだけで追い込まれた。

 全身を震わせて、突き刺さる快感に身を委ねた。

 

「……いくなよ、沙那。気をやれば、連れてくる人間をひとりずつ殺す」

 

 耳元で紅孩児が囁いた。

 絶頂に身を委ねようとしていた沙那の身体が総毛立つ。

 

「ひぐっ――、はががっ」

 

 沙那は喉から声を振り絞って、快感を追い出そうとした。

 それをあざ笑うかのように、紅孩児の手がぐにゃりぐにゃりと乳房を揉む。

 突きあがる陶酔に奇声をあげて抵抗する。

 それが面白いのか、紅孩児は背後から沙那をもてあそびながら哄笑し続けた。

 

「連れて来たぜ、紅孩児」

 急如火と興烘桀が戻ってきた。

 首に縄を繋いで数珠つなぎにした全裸の女たちを曳いている。

 どの娘も全裸で手を後手に縄で縛られていた。

 全員が若い。

 先頭の子供は、まだ十歳くらいの子供だ。

 

 その娘たちを全員、壁の鎖に拘束すると、ひとりだけ沙那の前に連れてきた。

 やってきたのは、先頭にいた小さな子供だ。

 怯えきっている。

 紅孩児がなにかの魔術を唱えると、少し離れた床にひとりが立つだけの小さな白い線の円が出現した。

 

「あっ、いやあっ、ああっ、だめ……。や、やめて……、ああっ、あああー」

 

 紅孩児の胸の愛撫は続いている。

 油断すると焼きただれるような官能が沙那を包み込む。

 沙那はそこから逃れようと、拘束された身体で必死にもがいた。

 

 急如火と興烘桀が、紅孩児の描いた白い線の中に子供を入れる。

 そして、急如火が剣を抜いた。

 子どもが逃げようとする。

 しかし、白い線から外には出られないようだ。

 それを知って、全身で恐怖に震えだした。

 

「気をやるなよ。眼の前の子供が死ぬぞ」

 

 紅孩児がもう一度言った。

 そして、沙那の乳房から手を離した。

 ほっとしたのは一瞬だった。

 前に回った紅孩児の手に、いつの間にかなにかが握られている。

 それがなにであるのか、沙那はすぐにわかった。

 白い男根のかたちをした張形だが霊具だ。

 その先端が回転しながらうねり動いている。それが沙那の股間に近づく。

 

「や、やめて――」

 

 沙那は絶叫した。

 媚薬でただれたような身体にされて、乳房を揉まれただけで、昇天する寸前だったのだ。

 そんな身体にあんな淫具を挿されたらどうなるか目に見えている。

 

「やめて欲しいか、沙那?」

 

 紅孩児が耳元でささやいた。

 

「や、やめて。お、お願いです。そんなことだけは」

 

 沙那は心の底から哀願した。

 あれを使われて気をやらないように耐えられるわけがない。

 

「じゃあ、盟約の変更に合意しろ。いいな――」

 

「そ、それは嫌よ──。いやっ……」

 

 沙那は首を横に振る。

 それだけはできない。

 宝玄仙を守れなくなる。

 しかし、眼の前の子供を救うためには……。

 

「じゃあ、耐えきってみるんだな」

 

 紅孩児の持つ魔具が、沙那の股間にうねりながら突き挿さる。

 

「……んんんんああああ――」

 

 とめられないものがやってくる。

 愉悦の喘ぎが喉から噴き出る。

 駄目――。

 我慢できない。

 眼の前の女の子の顔が恐怖に歪んでいる。

 

「いくなよ。いくと、眼の前の子が死ぬ」

 

 紅孩児が囁く。

 

「やめて……やめて……やめて──」

 

 心臓が破裂するかのような陶酔感──。

 座薬による媚薬が全身に解けきった疼きが解放される高揚感──。

 強烈な快感が沙那を襲う……。

 

「いくなよ。その子が死ぬぞ――。おい、急如火、こいつがいくと同時に、首を斬れ」

 

「わかってるよ」

 

 急如火が笑いながら剣を構えた。

 女の子が発狂したように泣き叫んだ。

 身も張り裂けるような振動が容赦なく沙那を襲う。

 もう、限界だ。

 これ以上は……。

 

「誓約の変更に応じるな、沙那?」

 

 紅孩児が耳元で言った。

 沙那はもうなにも考えられないでいた。

 首を激しく横に振った。

 そして高波のように襲い掛かった快感に沙那の意識は飛ばされた。

 ただ吠えるような嬌声をあげている自分がいるだけだ。

 朦朧とする沙那の視界に、首を飛ばされて崩れ落ちるさっきの子の姿が映った。

 沙那は、絶頂しながら泣き叫んでいた。

 

「……ゆ、許さないわ。お前たちを……」

 

「なにが、許さないだ、沙那。殺したのはお前だ。お前のせいで死んだんだ」

 

 紅孩児が、沙那の股間の張形を抜いた。

 沙那は昇天して脱力してしまった身体を震わせて、紅孩児を睨んだ。

 眼の前には、たったいま殺された女の子の死骸が転がっている。

 

「次の女を持って来い。この屍体は、夷屠(いど)の池に放り込んでおけ」

 

 夷屠の池と言ったのは、紅孩児が孫空女をいたぶるために閉じ込めていた容器から解放をしてしまい制御できなくなった魔獣がいる地下闘技場だ。

 紅孩児は、沙那も襲われたことがあるあの不定形の怪物を隣の大部屋に備え付けられている地下闘技場に大量に出現させてしまったのだ。

 それでいて、元に戻せなくなってしまい、闘技場にそのままにしている。

 餌がなくなれば、壁をよじ登って砦を襲いかねないので、紅孩児は毎日十人ずつくらいの人間を放り込むと言っている。

 

 沙那は肩を震わせて泣いていた。

 その沙那の前から女の子の屍体が片付けられて、次の娘がやってきた。

 やはり、白い線に阻まれて逃げられなくなっている。

 再び張形が近づく。

 

「も、もうやめて――」

 

「だったら、誓約を破棄すると言え、沙那」

 

 紅孩児の張形がまた動きながら沙那の無防備な股間に向けられる。

 媚薬によって、ただれたように熱くなっている肉芽に押し当てようとしている。

 沙那は激しく身体を動かした。

 だが、拘束された身体は、ほとんど動かない。

 

「そ、それは……、で、できない……」

 

「だったら、また、関係のない人間が死ぬぞ。お前のせいでな」

 

 紅孩児が、沙那の股間の突起に張形を押し当てる。

 

「……お、お願い……です……。し、死にたくないの……」

 

 白い線の中の女ががちがちと歯を震わせながら、哀願した。

 その視線は、しっかりと沙那を向いている。

 沙那に向かって助けを求めているのだ。

 

「んひいいいいっ」

 

 淫具が暴れ回りだす。

 沙那は嬌声を迸らせた。

 肉芽を高速度で弾かれる。

 

「あゅ、ああああっ」

 

 我慢しようのない快感の大波が襲いかかり、沙那はあっという間に昇天した。

 女の首が落ちた。

 

「次だ……。その前に、座薬を追加しておくか」

 

 紅孩児が沙那の後ろに回り、肛門に座薬を追加した。

 全身に熱が急激に回って、なにも考えられなくなる。

 

 三人目の女が目の前に連れて来られる。

 そして、股間に張形がねじ込まれる。

 それが肉芽を跳ねさせながら、膣の中で暴れ回る。

 沙那は泣きながら昇天した。

 眼の前の女の首が落ちる。

 

 さらに、四人目──。

 そして、五人目も死んだ。

 

 獣のように昇天しながら、沙那は眼の前で若い娘が殺されるのを見せられ続けた。

 沙那の心は崩壊寸前になった。

 

「な、なにやってんだあ──」

 

 六人目の女の首が飛んだとき、孫空女の叫び声がした。

 

「……おお、眼が覚めたか。じゃあ、さっきのくすぐりをやり直しだ。急如火、その女は、壁に戻しとけ。孫空女が気を失ったら、続きをやる」

 

 紅孩児が言った。

 急如火が白い丸の中にいた娘を壁に戻した。

 そして、置いていた竿につけた羽根を持って、興烘桀とともに孫空女の裸身に近づいた。

 孫空女の顔が恐怖で歪む。

 

「ち、畜生――。お、お前ら、あ、あたしと戦え――。こんなこと卑怯だぞ。女のあたしを縛らなきゃあ、なにもできないのかよう」

 

 孫空女の身体に再び二本の羽根が這い回りはじめた。孫空女の裸身が踊り出す。

 

「おうおう、戦っているぜ、孫空女。俺の攻撃は、これだ。反撃しろよ」

 

 急如火がそう言いながら孫空女の脇をくすぐる。

 

「俺の攻撃もこれだ。遠慮なく、お前もかかって来いよ、孫空女」

 

 興烘桀も笑いながら孫空女の背後から尻たぶを上下に擦る。

 孫空女が宙吊りの身体を激しくのたうち回らせる。

 沙那の首がまた髪を掴まれて孫空女に向けられる。

 いつの間にか、顔を伏せていたようだ。

 

 その沙那の視界に、階段から丸いものが飛んでくるのが映った。

 空中を横切って、それは、孫空女をいたぶっていた興烘桀の顔にぶち当たった。

 

「いてええっ、な、なんだああ──?」

 

 激しく横から顔を跳ね飛ばされた興烘桀が悲鳴をあげて床に転がる。

 

「うわああっ、雲裡霧──」

 

 呆気にとられて孫空女を襲っていた羽根を止めた急如火は大声をあげた。

 沙那にも、なにが飛んできたのかがやっとわかった。

 空中を飛んできたのは、雲裡霧の首だ。

 胴体のない雲裡霧の生首が、空中を飛んで孫空女を襲っていた興烘桀の顔に勢いよくぶつかったのだ。

 

「ああ、雲裡霧――。な、なんじゃこりゃああ」

 

 急如火が、雲裡霧の首を拾いあげて悲鳴をあげた。

 

「ご主人様――」

 

 沙那は叫んだ。上に通じる石の階段を降りてきたのは宝玄仙だ。

 背後には朱姫もいる。

 その朱姫は、全裸の身体に、宝玄仙の巫女服を上衣だけを被っている。

 

「小妖の分際で、よくもわたしのものに、手をつけたね。それどころか、このわたしを喰おうとしていたとはねえ……。自分の力量も判断できないから長生きできないんだよ」

 

 宝玄仙が怒りの表情のままそう言った。

 そのまま、こっちに向かって突き進んでくる。

 

「宝玄仙、どうやって……」

 

 沙那の眼の前の紅孩児が、魔術を発揮しようとしたのがわかった。

 

「ぐあああっ」

 

 次の瞬間、紅孩児の身体が床に張りつく。

 孫空女のところにいる急如火と興烘桀も同じように床に張りつけられた。

 沙那と孫空女を拘束していた霊具の拘束具が一斉に外れる。

 

「ああ、ご主人様……」

「ご主人様ああっ」

 

 沙那と孫空女は、その場に崩れ落ちながら、ただ声をあげた。



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112 牛魔王(ぎゅうまおう)の息子

 紅孩児(こうがいじ)とかいう妖魔の少年たちに、沙那と孫空女がいたぶられている場所を探るのは、宝玄仙にとって、面倒な仕事ではなかった。

 妖魔の魔力は、そこら中に流れていたが、強い魔力がひとつの部屋から流れて来ていたのだ。

 それを辿ると地下に通じる石の階段があり、降りていくと、孫空女と沙那が拘束されていた。

 

 孫空女は、宙吊りにされた身体を両方からくすぐられて狂ったように泣き叫んでいるし、沙那はがに股に拘束されて、股間から愛液を滴らせている。

 しばらく見物しようかと思っていたが、その気が変わったのは、沙那の周りの夥しい血しぶきの痕に気がついたからだ。

 

 そして、壁には生気を失ったような女が数名、壁に繋がれている。

 状況はわからないが、沙那の前で何人かの人間を殺したのだろう。

 その死骸は、さらに奥の地下室の先まで引きずられたらしく、血の痕がそこまで続いている。

 それだけじゃなく、気分の悪くなるような血の匂いも、地下室に充満していた。

 

 とにかく、無性に腹がたったので、朱姫に持たせていた雲裡霧(うんりむ)とかいう妖魔の少年の首を、孫空女をくすぐって遊んでいる妖魔のひとりにぶつけてやった。

 また、沙那のところにいるのが、紅孩児とかいうこの妖魔少年団の頭だということはわかった。

 一番魔力が強いのだ。

 もっとも、宝玄仙からすれば、足元にも及ばない小妖であることは事実だ。

 もう少し成長をすれば、魔力も育ったかもしれないが、身体程には、魔力は育っていない。

 せいぜい、霊具を扱える程度だが、その力も中途半端だ。

 

 ただ、遣っている霊具の力は凄いものがある。

 あの『如意袋』ひとつとっても、大した霊具だ。

 だが、術者の力が弱すぎたのだ。

 だから、本来の能力を発揮できずに、宝玄仙に内側から破られた。

 もしも、『如意袋』に、本来の力を発揮するくらいの魔力を込められていたら、宝玄仙も脱出することはできなかったかもしれない。

 

「わたしが、うっかりと毒で眠らされたせいで、迷惑をかけたようだね、お前たち」

 

 宝玄仙は、沙那と孫空女に言った。

 

「い、いえ……」

 

 沙那が暗い顔で応じた。

 そして、激しい怒りを込めた視線を紅孩児に向けた。

 沙那は、朱姫によって拘束を解かれている。

 孫空女の方の拘束は、宙吊りにされていた『魔縄』だけだったので、これは宝玄仙の魔術ですでに解いた。

 

「朱姫、あの壁の娘たちもお願い……。首の鍵は、急如火(きゅうじょび)が持っているわ」

 

 沙那が朱姫に言った。

 朱姫が、床に張りつている妖魔のひとりの腰を探って鍵束を奪う。

 それを持って、壁で呆然としている娘たちに駆けていく。

 首輪と手錠を次々に外されていくと、娘たちはお互いを抱き合って泣き始めた。

 

「……さて、どうしてやろうかね、こいつらを? 朱姫もだけど、沙那と孫空女は、特に恨みがあるだろう?」

 

 宝玄仙は、小妖たちを睨んでいる沙那と孫空女に言った。

 

雲裡霧(うんりむ)は、すでに死んだんだね、ご主人様?」

 

 孫空女が言った。

 

「雲裡霧というのは、その首の奴かい、孫空女? これは朱姫の仕事だよ。例の『獣人』の魔術でやったのさ」

 

「ふうん。朱姫のことだから、一発でやったんだろうね」

 

 孫空女は、その首を掴むと、地下室の奥に向かっていった。

 

「どこにいくんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「向こうの部屋に闘技場になっているさらに地下の部屋があるんだけど、そこにでかい夷屠(いど)がいるんだよ。そこの紅孩児が、解放したんだけど制御できなくなって放ったらかしてあるんだ。その夷屠に放り投げてくるよ」

 

 孫空女が振り返ってから言った。

 

「夷屠だって? それは、西域のさらに西にいるとかいう、あの恐ろしい生き物じゃないかい?」

 

「そうだね。こいつらの会話から判断すると、もともとは、こいつの親の飼っていたもので、そこから持ってきたみたいだよ。このまま放っておくと、いずれ、砦の一階に這い進んで、近くの村や旅人を襲うんじゃないかなあ。なんとかできる、ご主人様?」

 

「どういう入れ物に入れて来たかは知らないけど、さすがに夷屠を操る術は知らないねえ。だけど、溶かして殺すことはできるよ。二度と復活できないように水みたいにできるさ」

 

「それでいいと思う。後でやってあげてよ、ご主人様」

 

「ああ」

 

 宝玄仙は頷いた。

 

「……とりあえず、急如火(きゅうじょび)興烘桀(こうたくけつ)です。ここに、紅孩児が描いた白い線があるんですけど、その中に立たせて貰えませんか、ご主人様」

 

 沙那が言った。

 血しぶきが酷くて、どこが白い線なのかわかりにくかったが、沙那が拘束されていた場所から少し離れたところにそれはあった。

 宝玄仙は、床に張りついている小妖を道術で立たせて、白い線の中に移動させた。

 ふたりの少年の小妖たちは、その狭い円の中に無理矢理に移動させられて悲鳴をあげる。

 

「か、勘忍してくれ――」

「俺たちが悪かったよ」

 

 あまりにも狭い円から出られなくなったふたりは、抱き合ってそこに立っている。

 すると、沙那が、部屋の隅から照明用の油壺を持ってきて、ふたりの身体にかけた。

 反対の手には、灯のついた燭台を持っている。

 

 二匹の妖魔が絶叫した。

 逃げようともがくが、宝玄仙の道術に対抗できるわけがない。

 一歩も逃げることのできないまま、狂ったように首を暴れさせている。

 

「なにすんだい、沙那?」

 

 宝玄仙は、沙那がやろうとしていることに鼻白んだ。

 滅多に残酷なことはやらない沙那だ。

 沙那の怒りが尋常でないことは確かだが、だがこれはやり過ぎではないだろうか。

 

「ご主人様、こいつらは許せません。ご主人様は、お優しいので殺すのは気が進まないのかもしれないけど、こういう性根から腐った連中は、妖魔であろうと、人間であろうと、まだ大人でなかろうと死ぬべきなんです」

 

「優しい? わたしがかい?」

 

 この宝玄仙を優しいなどというのは、沙那も宝玄仙に嗜虐を受け過ぎて感性がおかしくなってしまったのではないかと思った。

 

「申し訳ありませんが、こいつらは殺します。慈悲を与えても、仕返しをするだけです」

 

 沙那は、油まみれの二匹の妖魔に、燭台の蝋燭を放り投げた。

 

 

「うぎゃあああ」

「ひがああああ」

 

 次の瞬間、二匹の妖魔が炎に包まれた。

 炎の中で狂ったように二匹は喚き続ける。

 しかし、その声もすぐにしなくなる。

 めらめらと音を立てながら二匹が立ったまま燃えていく。

 宝玄仙は、妖魔を生きたまま焼くという沙那の残酷さに、思わず眉を潜めた。

 

「沙那、こいつは、夷屠の中に放り投げてやろうよ。その方が炎に包まれるよりは、少しは、反省する時間が長いはずだよ」

 

 戻ってきた孫空女が、紅孩児とかいう妖魔の髪を掴んで引きあげた。

 宝玄仙は、紅孩児の魔力を完全に放出させてから、床から解放する。

 

「ち、畜生──」

 

 紅孩児は、孫空女に髪の毛で引きあげられて、掴みかかろうとした。

 しかし、孫空女に逆に数発の平手を打たれ、口と鼻から血を吹き出して大人しくなった。

 

「……ま、待ってくれ。お、俺を殺すと、た、大変なことになるぞ、お前ら……」

 

「どう大変なことになるんだよ?」

 

 孫空女は、容赦なく紅孩児の髪を掴んだまま、夷屠がいるとかいう奥の部屋に引っ張っていく。

 紅孩児は泣き声をあげた。

 その横を沙那が横を歩く。

 宝玄仙も、朱姫とともに黙ってそれを追った。

 

 奥の部屋に着いた。

 なるほど、真ん中にさらに地下の部屋を見下ろすように穴が開いていて、地下の闘技場には、確かに夷屠がいる。

 透明の身体には、消化されつつある人間の身体がたくさん見える。

 紅孩児たちに殺された人間たちだろう。

 

「ま、待てよ。ほ、本当に、俺を殺すつもりかよ? 冗談だろう? 俺は、牛魔王(ぎゅうまおう)の息子だぞ」

 

「冗談かだって? お前、頭おかしいんじゃないか? これだけのことをやって、もしかして、殺されないと思っているのか?」

 

 孫空女が夷屠の海に向かって、紅孩児の身体を放り投げた。

 紅孩児が、悲鳴をあげながら、下に落ちていく。

 その身体が、夷屠の身体に沈んだ。

 

「うわあ、た、助けてくれ――。俺は、牛魔王の息子だぞ。俺を助けろ――。早く、引き揚げるんだ。本当に溶けちまうぞ」

 

 眼下で紅孩児が狂ったような悲鳴をあげる。その身体が、だんだんと夷屠の身体に沈んでいく。もう、身体は、腰まで夷屠の中に浸かっている。

 

「さっきから、なに叫んでいるんだい、こいつ。親父の名前を連呼しているけど」

 

 孫空女だ。

 その表情には、紅孩児に対する一片の同情もないようだ。

 

「牛魔王というのは、確かに妖魔の中で、大きな勢力を持っている有名な妖魔……、いえ、魔族の魔王です」

 

 朱姫が言った。

 妖魔というのは、東帝国側の蔑称であり、こっちで西域と呼ぶ魔域にすむ連中は、自分たちのことを“魔族”と名乗っているし、そう言えば、最近立ち寄った山村でも、“妖魔”じゃなく、“魔族”という言葉を使っていた気がする。。

 朱姫は、なんとなく言い直したのだろうが、彼ら魔族を妖魔として、存在すべきでない生き物のように扱うように指示しているのは天教なので、やっと天教の影響圏から脱しようしているということを宝玄仙は気がついた。

 

「へえ、あの金角と銀角よりも、強いのかい?」

 

「比べものにはなりませんよ、孫姉さん。西域に行けば、嫌でも牛魔王のことは耳にするはずです。あの金角も西域で牛魔王を敵に回せば、ひとたまりもないと思います。それくらいの力はあります」

 

「だから、牛魔王の名を連呼しているのね。でも、だったら、西域に引っ込んでいればいいのに、親父さんの名なんて、こっちに来れば、役に立たないということを知らないのかしら」

 

 沙那が言った。

 

「世間知らずの妖魔のお坊ちゃんなんだろうよ、あれでも」

 

 宝玄仙は言った。

 喚いていた紅孩児は、もう完全に夷屠の身体の中だ。

 

「さて、どうするかね、これから?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「とりあえず、あの娘たちを村に帰してあげましょう。砦には、ほかにも浚われてきた人間がいるようですが、遠くから浚ってきたりはしていないのではないと思います。それから、捕らわれている間に受けた拷問で衰弱の激しい者もいるようです」

 

「できる限りのことは、してやるさ」

 

「お願いします」

 

 沙那が頭をさげた。

 だが、心なしか元気がない。

 

「手配中のご主人様だけど、感謝されて、少しは食べ物も分けてもらえるかもね」

 

 孫空女だ。

 

「心に傷を持った者は、あたしの『縛心術』で少しは癒せると思います」

 

 朱姫も静かに言った。

 心に傷を持った者もいるらしい。

 余程の状況なのだろう。

 宝玄仙は、供たちの会話を耳にしながらそう思った。

 

 

 *

 

 

 久しぶりの屋根のある場所の寝所と食事に宝玄仙は上機嫌だった。

 孫空女もほっとしている。

 紅孩児が巣食っていた火雲洞(かうんどう)には、面白い霊具がたくさん保管されていた。

 

 一方で、あの少年妖魔……、いや、魔族か……。

 

 宝玄仙は、これからは、そう呼んだ方がいいと言っていたっけ……。

 これから先の土地では、妖魔のことをそう呼ばないと、拾わなくてもいい面倒を拾ってしまうこともあるそうだ。

 

 それはともかく、あの連中は財物には興味がなかったのか、金粒や銀粒といった路銀の足しになるようなものはなかった。

 宝玄仙は、砦に残っていたものの中から『如意袋』などの霊具を選び、旅の荷物に加えていた。

 ほかのものは、紅孩児たちや彼らに殺された人間の屍体が放置された砦とともに焼き払った。

 あの夷屠も、宝玄仙が処分し、ただの液体となって炎の中で蒸発した。

 生き残った人間は、二十人ほどだった。

 

 沙那の予想のとおり、紅孩児たちが浚った人間は近傍の村が多かった。

 かなりの数の人間を殺していたようだが、生き残った者たちの証言により、宝玄仙が退治したことが広まり、歓待をしてもらえることになったのだ。

 娘や子供、妻を殺された家も多かったが、人は浚われたものの略奪をされたわけではないので、宝玄仙一行を歓待してくれるくらいの余裕はあったようだ。

 

 いずれにしても、村としては、近傍一帯を荒らしまわっていた性悪魔族がいなくなって、ほっとしているところだ。

 この辺りは、魔族を討伐するような強い軍がないので、あんな小妖たちに、いいようにやられたのだろう。

 

 とにかく、天教教団の陰謀で手配の身となって、宿屋に泊ることも難しくなった四人としては、なんの心配もなしに休めるというのは最高のご褒美だ。

 しかも、宝玄仙が、湯舟という湯を溜めた桶の中に裸身を沈める湯殿が、好きだということを知ると、宝玄仙のためにそれを準備してくれた。

 

 湯舟の中の宝玄仙の相手は、沙那が務めることになり、それにも孫空女は、ほっとしている。

 裸身で宝玄仙の相手を務めるなどということをすれば、無事に済むわけがない。

 実際のところ、かなり長めの湯に入っていた宝玄仙が上機嫌で寝所としてあてがわれた部屋に戻ってきたのに対し、沙那は多少やつれたようになって、重い身体を引き摺るように戻ってきた。

 

 どんなことを湯殿でやらされたのかは想像がつく。

 あの宝玄仙という変態女は、供の女の裸身を使って宝玄仙の身体を擦らせるのだ。

 全身の敏感な部分を自ら刺激しながら宝玄仙の身体を洗うために、洗い粉をつけて宝玄仙の身体中を動き回る作業は、かなりの重労働でもあるし、その間、ずっと宝玄仙の悪戯を受け続けられなければならない精神的にも苦しい行為だ。

 

 孫空女もやらされたことがあるが、何度やっても馴れるということはない。

 沙那には悪いが、宝玄仙と沙那の後に、朱姫とふたりで残り湯を貰った。

 まだ十七だが性的に成熟しきっているこの半妖の娘が、孫空女の裸身を眺めては、批評をするのには閉口したが、このませ娘を早めに追い出してからは、孫空女も宝玄仙に負けず劣らずの長湯を愉しんだ。

 そして、髪を布で拭きながら寝所に戻ってみると、部屋の隅で宝玄仙と沙那がなにか深刻な話をしている。

 

「なにかあったのかい、朱姫?」

 

 孫空女は、朱姫にささやいた。

 

「沙那姉さんとご主人様が例の話をしているんです」

 

「例のって……?」

 

「尻比べですよ、孫姉さん。さっき、これから、それをするって話をしてたじゃないですか」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 孫空女は、嫌な気分になった。

 

 そう言えば、そんな話をしていた。

 宝玄仙と沙那が湯から出た直後のことであり、孫空女と朱姫は湯殿に向かう前だ。

 つまり、尻比べというのは、紅孩児たちに捕まる前に山道を歩いているとき、宝玄仙が、夜の遊びとして、三人の供にやらせると宣言をしたくだらない思いつきだ。

 

 宝玄仙の供は、三人が三人とも、宝玄仙の激しい調教を受けて、身体中が性感帯みたいに感じやすい身体にされているが、特に、お尻については異常に全員が弱い。

 それを面白がった宝玄仙が、三人のうちの誰が、一番お尻が弱いのかを知りたいとか言い出して、それをしようと言っていた。

 

 そして、久しぶりに屋根のある場所で寝るのだし、早速それを今夜すると、宝玄仙が入浴前に宣言をしていたのだ……。

 なにをどうされるのかは、わからないが、どうせ碌でもないことに決まっている。

 決まっているのは、負けたひとりは、『女淫輪』という淫具を明日一日つけられることになることだ。

 『女淫輪』というのは、少し前まで、沙那が乳首と肉芽の根元にされていた怖ろしい淫具だ。

 それをつけるだけで、愛汁であっという間に股間がびしょびしょになるというだけでなく、宝玄仙の悪戯でいつでも好きな時に振動させられる。

 

 もっとも、供の三人は、宝玄仙によって身体に内丹印を刻まれていて、もともと、淫具などなくても、宝玄仙の気まぐれでいつでもどこでも、快感を与えられて弄ばされる身体だ。淫具など装着しても、しなくても、同じなのだが、やはり、嫌なものは嫌だ。

 

「……でも、なにをふたりで真剣に話しているのさ? まさか、やめるようにご主人様を説得してくれているの?」

 

 その尻比べのことで、沙那と宝玄仙が、なにを真剣に話しているのだろうか?

 宝玄仙の気まぐれを取りやめるように説得してくれているのであれば嬉しいが、それは無駄なことだろう。

 嫌がれば、嫌がるほど、興に乗って破廉恥なことをやらされるに違いない。

 こと宝玄仙の嗜虐癖について、やっても無駄な抵抗をやることに意味があるとも思えないし、宝玄仙の責めに、火に油を注ぐだけのことだ。

 それにしても沙那の顔は真剣だし、逆に宝玄仙はにこにことして、気味の悪いほど上機嫌だ。

 本当に、なにを話しているのだろうか?

 

「やめるように説得なんかするわけがないじゃないですか、孫姉さん。そんな恐ろしこと……。違うんです。あれ、ご主人様じゃないんです」

 

「ご主人様じゃない?」

 

宝玉(ほうぎょく)様です」

 

 朱姫が低い声で言った。

 

「宝玉様?」

 

 孫空女は驚いた。

 

「いつ出て来たの?」

 

「あたしたちが湯殿に向かった直後みたいです。あたしが戻った時には、宝玉様でした」

 

 孫空女には信じがたいが、宝玉というのは、宝玄仙の中にいる宝玄仙の別人格だという。

 冷酷で嗜虐癖の宝玄仙に対して、優しくて、被虐癖なのが宝玉だ。

 宝玉は、普段は隠れているが、ほんのたまに、宝玄仙に代わり、夜の性愛をしに出てくる。

 宝玄仙は、供の三人を冷酷に官能の恥獄を与えて苛め抜くが、宝玉は責められることを好む。

 宝玉が出現したときには、宝玄仙を責めることができるという滅多にない行為に、三人の供は張り切るのだ。

 

「じゃあ、その宝玉様と沙那がなにを話しているのさ、朱姫?」

 

「条件です」

 

 朱姫は、ますます声を潜めて言った。

 

「なんだい、その条件って?」

 

 孫空女の声も朱姫の声に応じて小さくなる。

 

「お尻比べのやり方。そして、勝敗がついたときの罰のやり方みたいです、孫姉さん」

 

「なんでそんなの話し合ってんの? ご主人様が勝手に決めんじゃないの?」

 

「まだ、馴れてないんですか、孫姉さん。あれは、ご主人様であって、ご主人様じゃないんです。宝玉様なんですよ」

 

「そうだったね。どうも、馴れなくてさ……」

 

 違うと言われても宝玄仙は、宝玄仙なのだ。

 孫空女には、ちょっとだけ優しくなった宝玄仙としか思えない。

 

「そのお尻比べに、宝玉様も参加するらしいですよ。というか、参加したいみたいです」

 

「ええっ?」

 

 孫空女は驚いた。

 あんなものに、すき好んで参加したいというのが信じられない。

 

「そういう遊びをあたしたちと一緒になってやるのが幸せなんだそうです。あたしが戻った時には、そんなことを言っていました」

 

「はあ……」

 

 あの宝玉の求めることも、孫空女には異質だ。

 あれほどに残酷で、それでいて情の深い宝玄仙もわからないが、責められるのが好きという宝玉もわからない。

 

「よおし、決まったわよ、みんな。やるわよ──」

 

 沙那が声をあげた。

 珍しく、こんなことに張り切っている。

 

「なにがどうなったのさ、沙那?」

 

 孫空女は言った。

 

「ちょっと待って……。宝玉様、少し説明してきます。お待ちください」

 

「うん」

 

 宝玉はにこにこしている。

 沙那は、孫空女と朱姫をそばに寄せて、小さな声で話し始めた。

 

「お尻比べのことよ。お尻だけじゃなくて、快感競争に変わったけど……。とにかく、わたしたちが負けたら陰核に『女淫輪』をつけられるわ。ご主人様は、それを振動させてわたしたちが苦しんだり、恥ずかしがったりするのを愉しむのよ」

 

「知っているよ、沙那。そんなのは嫌だから、あたしは負けるつもりはないよ」

 

 孫空女は言った。

 

「当たり前よ、孫空女。お尻も弱いけど、あんたたちよりは、長く耐えてみせるわよ――。いや、そうじゃなかったわ。このお尻比べ、改め、官能比べには、宝玉様も参加する。でも、宝玉様が負けて淫具をつけても、『女淫輪』は宝玉様にも、ご主人様にも簡単に外せるし、わたしたちには、操作できないから不公平よね?」

 

「まあ、そうですね」

 

 朱姫が話に割り込んだ。

 

「一日中、宝玉様が出ていることはないし、日中はおそらくご主人様が出てきますよね。自分の股間に『女淫輪』なんかつけられていることに気がついたら、怒り狂いますよ。そして、その矛先はあたしたち……」

 

 さらに、朱姫が続けた。

 

「それで宝玉様と話していたのよ。宝玉様が負けたら自分に強力な自己暗示をかけてもらうわ。それで、『女淫輪』をつけていることを知覚できなくするの。それは、ご主人様が出現しても有効な暗示にしてもらうわ。忘れてしまうのよ。だから、身体が疼いたり、突然、感じたりしても、原因がわからない。それなら外せないし、苛まれるということについては、わたしたちと同じよ」

 

「同じじゃないですよ。原因とか、そういうことに関係なく、気に入らないことがあれば、ご主人様は、あたしたちを苛めるじゃないですか。宝玉様がつけるんなら、明日の一日は、宝玉様にいてもらえばいいのではないですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「いいえ、宝玉様が負けたら、装着は宝玉様にしていただくけど、朝になれば、宝玉様は、あの身体をご主人様に返されるわ。さっきの強力な自己暗示をかけてもらってね。それだけじゃなく、宝玉様は、気に入らないことがあっても、明日の一日は、わたしたちに手を出そうとは思わない……。そういう自己暗示もかけてくださるそうよ……」

 

「それって……」

 

 孫空女にも、沙那が珍しくも張り切っている理由がわかってきた。

 なかなかに、こっちに都合のいい条件を沙那は、宝玉に承知させたみたいだ。

 

「……つまり、明日の一日は、淫具に苦しむのはご主人様。だけど、ご主人様は、なぜ、そうなっているのかわからない。さらに、その苛々をわたしたちにぶつけるということもしない。どう、これ、魅力的じゃない? あのご主人様に仕返しができるのよ。安全に」

 

 沙那の眼が輝いている。

 これほど張り切っているのは、日頃の鬱憤を宝玄仙に返せるという期待によるもののようだ。

 この村に来るまでは、自分の眼の前で、娘たちが死んだことに相当落ち込んでいたが、いまは、尻比べなんていうどうでもいいことに一生懸命だ。

 この切り替えの早さは、もしかしたら、この三人の供の中で、あの気まぐれ変態巫女の宝玄仙の相手に一番向いているのかもしれないと孫空女は思った。

 

「でも、そんな都合のいい自己暗示なんてできるの?」

 

 孫空女は言った。

 

「あら、できますよ、孫姉さん。自己暗示なんて、結局は『縛心術』ですし、自分に『縛心術』をかけるというのは、他人にかけるよりも、遥かに簡単です。『縛心術』としては、初歩の初歩です」

 

 朱姫が言った。

 

「ふうん。まあ、でも、装着されているのが、ご主人様であろうと、宝玉様であろうと、あたしたちには、『女淫輪』は動かせないけどね」

 

 孫空女が言うと、沙那が頬に笑みを浮かべた。

 懐から小さな板切れを出した。手のひらの半分くらいの大きさで、見ると、正面に墨で丸と三角の絵が描いてある。

 

「……たったいま、作って貰った霊具よ。これがあれば、わたしたちにも『女淫輪』が扱えるわ」

 

「霊具って、どういう霊具さ、沙那?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「三角の頂点に触れば、最小限の振動、下側の広いところは最大限の振動よ。丸を触れば停止する。どう?」

 

「どうって……。なにが?」

 

「なにがじゃないわよ、孫空女。これで、ご主人様を翻弄させられるのよ。明日は、この一帯の村が集まって合同で、わたしたちのためにお礼の宴をしてくれることになっているでしょう? その席で、ご主人様をこれで苦しめるのよ。交替で使いましょう。ねえ?」

 

「お、面白いです、沙那姉さん。絶対に勝ちましょうよ」

 

 小さな宝玄仙の朱姫が声をあげた。

 

「勝つわよ。宝玉様には悪いけど、絶対に、宝玉様には勝てない仕掛けをするわ……」

 

 沙那は妖しく微笑んだ。

 なにか企んでいることがあるようだ。

 滅多にないことだが、沙那がこういう笑みをしたときは怖い。

 

「……じゃあ、朱姫の技で、尻比べをやる前に、宝玉様に少し燃えあがってもらいます。ほんの少し触っただけでも、気をやるくらいの状態にしてから、みんなでお尻比べを始めましょう」

 

 朱姫は、そう言うとさっと、宝玉のところに寄っていった。

 沙那と一緒に、それを追いかけていく。

 

「……宝玉様、沙那姉さんに聞きました。四人で公平な勝負と罰となるようにしていただいてありがとうございます」

 

 すると、朱姫がそう言って、宝玉仙が腰掛けていた寝台の上に乗っていっていた。

 驚いたことに、朱姫は、そのまま宝玉を寝台に押し倒した。

 もちろん、宝玄仙ではないので、そのくらいでは、宝玉は怒りはしない。

 むしろ、なにかを期待するようなうっとりとした表情をしている。

 

「でも、本当に沙那姉さんにお渡ししていただいた小さな板で、『女淫輪』が操作できるかどうか、心配なんですよねえ……」

 

 朱姫は、横になっている宝玉に添い寝して、宝玉の胸の膨らみを指でなぞっている。宝玉が、甘い息を吐いた。

 孫空女も沙那とともに、宝玉の寝ている寝台に寄っていった。

 三人で寝台に横たわる宝玉を取り囲む――。そういうかたちになった。

 

「……し、心配ないわよ。わ、わたしの霊具なのよ」

 

 宝玉の息が乱れている。

 それはそうだろう。

 朱姫の指は、宝玉の法衣の下袍(かほう)の中にゆっくりと入り込み、宝玉のすんなりとした脚に沿って、その付け根に向かってのぼっていっている。

 沙那が、朱姫に代わり、宝玉の両方の乳房に指を這わせだした。

 孫空女も慌てて、朱姫と合わせて、反対側の脚に指を這わす。

 

「試してもいいですか……? お尻比べの前に……」

 

 朱姫が宝玉の口の周りに自分の舌を這わす。

 

「た、試すって……。わ、わたしが、『女淫輪』をいま……つけるの……?」

 

「そうです……。それよりも、舌を出してください……」

 

 宝玉が舌を出す。

 その舌を朱姫の舌が舐め回す。

 沙那もまた、朱姫の反対側から、宝玉の舌を舐めはじめた。

 

「……孫姉さんもどうそ」

 

 朱姫がこっちを見て誘った。

 こうなったら、みんなと一緒にやり抜くだけだ。

 なんだか、不当勝負のようで、気が咎めないこともないが、まあ、仕方がない。

 孫空女は、上から宝玉に跨り、宝玉に覆いかぶさる。

 

「……舌をもっと出してください、宝玉様。三人で宝玉様の舌を舐め尽くします」

 

 朱姫の言葉に従い、宝玉が口を大きく開けて舌を出す。

 その舌を前から孫空女、左右から朱姫と沙那が舐め回す。

 

 やがて、口の中――。

 朱姫は、宝玉に口を閉じるのを許さない。

 だらだらと垂れる宝玉の涎を三人で代わる代わる舐め尽くす。

 三人が口を離したときには、宝玉はすっかりと熟れきった表情になった。

 

「……『女淫輪』嵌めますね、宝玉様」

 

 朱姫が言った。

 宝玉が小さく頷いた。

 朱姫が横の卓にあった『女淫輪』を手に取り、宝玉の下袴の下から股間に向かって手を入れた。

 沙那は、横たわる宝玉の衣服の紐を一本一本解いていく。

 

 孫空女は、態勢を変え、宝玉の横に回ると、もう一度宝玉の口の中に、孫空女の舌を深く入れた。

 宝玉の喘ぎが大きくなる。

 孫空女は、その喘ぎごと、宝玉の口の中の唾液を吸い取った。

 

 

 

 

(第18話『兇悪魔王子』終わり、第19話『五人の尻勝負』に続く)








【西遊記:40~42回、紅孩児】

 紅孩児(こうがいじ)は、強大な妖魔である牛魔王(ぎゅうまおう)の息子ですが、いまは独立しています。
 食すれば、強大な力を得ることができるという噂の玄奘(三蔵法師)を喰らうため、紅孩児は玄奘たちを待ち受けて、一計を企てることにします。

 旅をしている玄奘たちの前に、親を盗賊に殺されたと泣いている子供が現われます。子供は、玄奘たちに、自分の里まで連れて行って欲しいと頼みます。
 孫悟空は、この子供が妖魔であることに気がつきますが、玄奘は聞く耳をもちません。
 そして、その子供は紅孩児が化けた姿でした。紅孩児は孫悟空を遠ざけることに成功し、玄奘を浚うことに成功します。

 孫悟空は、紅孩児を追いかけて、火雲洞(かうんどう)という紅孩児の棲み処に辿り着き、玄奘を返せと迫ります。
 紅孩児は、火炎の妖術で孫悟空を撃退します。

 一度撤退した孫悟空でしたが、もう一度襲撃をします。しかし、二度目も火炎で追い返されてしまいます。
 そして、三度目は、龍王から放水の宝具を借りて乗り込みますが、その水では紅孩児の火炎は消えず、逆に火炎と水の両方に襲われた孫悟空は、仮死状態になります。

 孫悟空は、猪八戒の手当でなんとか生き返ります。
 そして、猪八戒は、倒れた孫悟空の代わりに、天界に向かい観音菩薩の助力を頼ろうとします。
 しかし、運悪く猪八戒は、天界に向かう途中で紅孩児に見つかってしまい、『如意袋』という道具で捕らわれてしまいます。

 猪八戒が捕らわれたことを知って孫悟空は、今度は紅孩児の父親の牛魔王に変身して、火雲洞に入ります。
 牛魔王は、孫悟空の友人であり、よく顔を知っていたのです。
 紅孩児の子分の急如火(きゅうじょび)雲裡霧(うんりむ)興烘桀(こうたくけつ)は騙すことができましたが、紅孩児は牛魔王が孫悟空の変身であることを見抜いてしまいます。
 またもや、火炎を向けられた孫悟空は、火雲洞から逃亡します。

 孫悟空は、今度は自ら天界に向かい、観音菩薩に助力を頼みます。
 観音菩薩とともに、火雲洞の前にやって来た孫悟空は、観音菩薩の策に従い、まずは襲撃し、ふたりで負けたふりをして、紅孩児を洞府の外におびき寄せます。
 紅孩児が洞府から遥かに離れた地まで、孫悟空と観音菩薩を追いかけていくと、そこには、観音菩薩の乗り物である『蓮台』がありました。
 思わぬ戦利品に喜んだ紅孩児は、その蓮台に乗ってしまいます。
 すると、罠が発動して、紅孩児は蓮台に囚われます。
 観音菩薩は紅孩児を天界に連行し、玄奘も猪八戒も解放されます。

 *

 紅孩児は、「西遊記」の中で、孫悟空が最後まで敵わなかった妖魔です。おそらく、登場した妖魔の中では最強だと思われます。
 牛魔王と、牛魔王の正妻の羅刹女(らせつにょ)の子供です。


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 第19話   五人の尻勝負
113 尻比べをしよう


 宝玉が口を大きく開けて舌を出す。

 その舌を前から孫空女、左右から朱姫と沙那が舐め回す。

 三人を指図するのは、朱姫だ。

 朱姫とは比べものにはならない猛者ふたりだが、ふたりともすっかりと「受け側」なので、こんな風に「責め」に回るときには、うまくできない。

 だから、朱姫が指示をするのだが、朱姫としては、宝玄仙の中の宝玉だけでなく、沙那や孫空女まで言いなりにして、淫靡な遊びに巻き込んでいる気持ちになり、とても優越感を覚える。

 

「もっと、口を開けてください、宝玉様……。そうです。犬のように舌を出すんですよ……。さあ、孫姉さん、沙那姉さん、順番に宝玉様の舌を舐め舐めしてあげましょう」

 

 朱姫が言うと、宝玉は憑かれたような表情で舌を突き出した。

 たちまちに、宝玉の口から涎が流れはじめる。

 

 その涎をまずは、朱姫が舐めとった。

 朱姫の次に、沙那……。

 そして、孫空女……。

 三人で代わる代わる宝玉の口から垂れる涎を舐めとっていく。

 

「まだですよ、宝玉様……。舌を引っ込めないでください」

 

 朱姫は、宝玉の舌先に口づけをした。

 そして、唇を押し当てて唾をすする。

 沙那と孫空女も横から涎をすくい取りながら、宝玉の唇を舐めて、そして、舌を舐める。

 

 いま、宝玄仙の身体を支配しているのは宝玄仙ではない。

 宝玉だ。

 嗜虐癖のある宝玄仙とは違い、逆に宝玉は朱姫たち供に命令されて嗜虐されるのが好きだ。

 供に愛されて、玩具のように扱われるのを好む。

 だから、多少は、理不尽な命令でも逆らったりはしない。

 朱姫の命令のまま、宝玉は口を大きく開けて舌を出し続けている。

 そして、供三人の舌への愛撫を受け入れている。

 同じことを宝玄仙に強要すれば、たちまちに怒りだすだろうなと、朱姫はちょっと面白かった。

 やがて、三人が口を離したときには、宝玉はすっかりと熟れきった表情になった。

 

「……『女淫輪』を嵌めますね、宝玉様」

 

 朱姫は宝玉の耳元に近づき、ささやきながら耳を舐めた。

 

「ひんっ、は、はいっ」

 

 宝玉がくすっぐったそうに、身体をびくりと竦ませて、小さく頷く。

 みんなで尻比べをしようとする前に、なぜ、女淫輪を嵌めるのか……。

 理由は簡単であり、三人で結託して、尻比べの勝負の前に、徹底的に宝玉を追い詰めて、勝負に負けさせようとする企みだからだ。

 

 ここは、あの紅孩児(こうがいじ)火雲洞(かうんどう)と呼んだ砦からそれほど離れてはいない山村になる。

 周辺の村を襲っては、人間を誘拐して殺しまくっていた紅孩児という妖魔を退治したことになったのは昨日のことだ。

 妖魔退治というよりは、宝玄仙を襲った紅孩児たちを宝玄仙が返り討ちにしたのだが、この紅孩児が巣食っていた火雲洞には、浚われた人間がまだ残っていた。

 その人間を浚われた村に一日がかりで送り届けたことで、朱姫たちは、思わぬ歓待を受けることになったのだ。

 

 ところが、歓待を受けることになった最初の夜、宝玄仙は、いつもの悪ふざけを思いつき、供三人の「尻比べ」をすると言い出した。

 つまりは、三人のうち、誰が一番お尻が弱いか勝負させるというのだ。

 もちろん、負けた者には罰がある。

 供三人は、尻比べというわけのわからない行為について、宝玄仙のいつもの我が儘と諦めていたのだが、なぜか、夜になって出現したのは、宝玄仙ではなく、宝玄仙の身体に存在するもうひとつの人格である宝玉だった。

 宝玉は、宝玄仙とは正反対の性格で、供を嗜虐するよりは、自分が被虐されることを望む。

 

 だから、供三人と一緒に尻比べに参加するといって出現した宝玉を、尻比べに先立って、供三人でなぶることにした。

 徹底的に宝玉の身体の感度をあげるだけあげておいてから、尻比べに参加させるためだ。

 宝玉が負ければ、敗者の罰である、『女淫輪』の装着を免れるだけではなく、翌日の一日、好きなように宝玄仙の身体を悪戯できることになったからだ。

 すなわち、宝玉が負けたら、翌日の一日、宝玄仙は自分に装着されている『女淫輪』を認識できないし、どんなことを供たちにされても、逆らわないし仕返しもしない。

 そういう暗示を、宝玉が責任を持って宝玄仙にかけてくれるのだ。

 宝玉と取引きしたのは沙那だが、朱姫もそれを聞いて狂喜した。

 今夜だけは、尻比べに勝つためにどんなことでもやるつもりだ。

 だから、宝玉の作った女淫輪を操作する操作盤の試験だと言いくるめて、先に宝玉を弱らせてしまおうということだ。

 

「じゃあ、あたしが宝玉様に女淫輪を道術で嵌めます。おふたりは、宝玉様の服を脱がせてあげてください」

 

 朱姫は、横の卓にあった『女淫輪』を手に取り、宝玉の法衣の下袍の下から股間に向かって手を入れた。

 

「じゃ、じゃあ、脱がせますね、宝玉様……。孫女、やるわよ」

 

「うん……」

 

 沙那と孫空女が横たわる宝玉の衣服の紐を一本一本解いていく。

 ふたりとも緊張しているような、それでいて、すっかりと淫情に耽ったような赤い顔をしている。

 すごく興奮しているのがわかる。

 朱姫は、ふたりが宝玉を責めながら、逆に追い詰められたような表情になっているのがおかしくて、笑いそうになってしまった。

 

「孫姉さん、服を脱がせるのは、沙那姉さんにお任せして、孫姉さんは宝玉様のお口を舐めてあげてください」

 

「あ、ああ……」

 

 朱姫の指示に従い、孫空女が態勢を変え、再び、宝玉の口の中に舌を深く入れる。

 

「あっ、ああっ……」

 

 宝玉の喘ぎが大きくなる。

 沙那が、宝玉の上半身の衣服を横に開いて、乳房を剝き出しにした。

 湯上りの上気した桃色の肌が露わになる。

 朱姫は、宝玄仙……いまは、宝玉が支配しているその身体を見た。

 本当に綺麗な身体だ。

 

「宝玉様……。約束、覚えていますか……」

 

 沙那が、宝玉の胸の膨らみに指を這わせながら言っている。

 孫空女の唇は、宝玉のうなじを這っている。

 

「あ、ああ……あ、覚えているわ……ああっ――」

 

 宝玉が身体が跳ねた。

 朱姫が宝玉の肉芽を指で軽く弾いたからだ。

 そして、軽く肉芽を舌で転がす。

 

「んひゃああっ、ああああっ」

 

 宝玉が大きな嬌声をあげて、全身を弓なりにする。

 朱姫は口を宝玉の股間から離して、今度は指で同じ場所を愛撫する。

 しかし、直接には触れない。

 ただ、ぎりぎり周辺をくるくると撫ぜるだけだ。

 宝玉が切なそうに顔をしかめて、全身を悶えさせる。

 

「沙那姉さんとの約束はちゃんと覚えてますね……。宝玉様が負けたら、明日一日『女淫輪』をつけてくださいね……。ご主人様には知られないように……」

 

「わ、わかって……あんっ――ああん――。わかって……いるわ、朱姫……。宝玄仙には、なにが起こっているかわからない……暗示をかけるし、あんたたちに一日逆らえないようにして……あげる……ああっ」

 

「絶対だよ、宝玉様」

 

 孫空女が、舌で宝玉の耳に舐めあげた。

 宝玉の喘ぎがさらに大きくなった。

 

 朱姫は、宝玄仙がこの部屋に張り巡らせた結界を確認した。

 結界は確かだ。

 いくらこの部屋の中で四人が乱れようと、外の村人は部屋には入って来られないし、四人の卑猥な声も聞こえないはずだ。

 

「沙那姉さん、孫姉さん、おふたりで、宝玉様の胸を舐めてあげてください」

 

 朱姫がそう言うと、宝玉のかたちのよいふたつの膨らみに沙那と孫空女の顔が覆いかぶさった。

 宝玉はたちまちに声をあげて、仰け反った。

 

「宝玉様、まだ、いっては駄目ですよ」

 朱姫は、宝玉の腰をあげさせて、下半身から法衣を下着ごと抜く。

 宝玉、つまり、宝玄仙の生まれたままの姿が現れる。

 朱姫の右手には、まだ、『女淫輪』が握られたままだ。

 その淫具を宝玉の女陰に顔を近づける。

 そこは、もう汗と淫液でびっしょりと濡れていた。

 朱姫の鼻を淫猥な宝玉の股間の匂いが刺激する。

 

「ああっ……も、もう、だめ……」

 

 宝玉が腰をくねらせた。

 

「絶対に、あたしたちの許しがなく、いってはいけませんよ、宝玉様。我慢するんです。いいですね」

 

「は、はいっ、で、でもつらいわ……。もう、いきそう……」

 

 宝玉が弱々しく言った。

 宝玄仙も感じやすい身体をしている方だとは思うが、宝玉が入ったときには、とんでもなく敏感な身体になる。

 同じ身体なのに、人格が入れ替わるだけで、こんなにも違うのかと呆れるほどだ。

 

「駄目です──。絶対に許可なく、いかないこと──。さあ、約束してください」

 

 朱姫は強い命令口調で言った。

 被虐癖の宝玉が、それだけでうっとりと呆けたような顔になる。

 

「ああ、約束……する……。ああっ、あああっ、で、でも……、あああっ」

 

 朱姫は、またもや、舌を宝玉の敏感な部分に這わせた。

 宝玉の腰が跳ねあがる。

 沙那と孫空女も、それぞれに乳首とその周りを舐め回している。

 

「い、いく……いくわっ──。い、いかせて、朱姫──。お、お願い──」

 

 宝玉の乱れが激しくなった。

 

「いっちゃだめです。勝手にいかないと、もう一度、言ってください、宝玉様」

 

 朱姫は、舌で宝玉の肉芽の皮を巧みに剥いてから、顔をあげて言った。

 

「……んんっ――。か、勝手に……い、いかないわ……。で、でも――あ、ああ、あああっ――、だめえっ……い、いくの……いくわあ――。もう、いくのよ――」

 

「まだ、早いですよ。後で、もっと気持ちよくしてさしあげます。いまは、いっちゃだめです。さあ、歯を食い縛って我慢してください、宝玉様」

 

 朱姫は強い口調で言った。

 宝玉は、言われるまま、歯を食い縛って耐えている。

 そして、胸と股間に同時に受ける愛撫から気持ちを逃れさせようとして、宝玉は激しく顔を左右に振っている。

 こんなに可愛らしい宝玄仙は、初めて見た。

 いや……。これは、宝玉か……。

 

 そして、宝玉の全身の震えが激しくなる。

 これ以上の責めは、宝玉を絶頂に導いてしまう。

 朱姫は、宝玉の股間から口を離して、目で沙那と孫空女に合図した。。

 沙那と孫空女のふたりが、宝玉の身体から口を離す。

 

「順番に、あたしたちも脱ぎましょう……。だけど、宝玉様の熱が冷めないように、愛撫も続けましょう」

 

 沙那が服を脱ぎ始める。

 朱姫と孫空女は、宝玉への愛撫を再開した。

 

 そして、沙那があっという間に全裸になると、再び宝玉の唇に自分の唇を合わせていきた。

 次は朱姫もまた、服を脱ぐ。

 服を脱ぐと、孫空女と交替して、宝玉の胸を舐め回す。

 

 しばらくすると、裸体になった孫空女が戻る。

 孫空女は沙那と交代をして、宝玉に口づけをして唾液を吸い取っている。

 

 寝台はひとつだ。

 その周りに、四人の衣類が散乱している。

 代わる代わる宝玉の口をまた攻撃する。

 しばらくは、身体への愛撫はしない。

 絶頂寸前だった宝玉の呼吸がだんだんと落ち着きを取り戻す。

 

 そろそろいいだろう……。

 朱姫は、すでに勃起している宝玉の肉芽に『女淫輪』を嵌めた。

 

「い、いいい、いぐうううっ――」

 

 『女淫輪』が宝玉の肉芽の根元を絞めた途端、あっという間に宝玉は絶頂してしまって、大量の淫液を股間から迸らせた。

 

「あらら、いっちゃたんですね、宝玉様……。いっちゃだめだって、言ったじゃないですか」

 

 朱姫は、宝玉の身体を起こして、背中に回ると、宝玉の身体を背後から抱くようにして、両膝を下から持って引きあげた。

 沙那に向かって小さく頷く。沙那は妖艶な笑みを浮かべると、荷物の中から油紙の袋を取り出した。

 

「な、なにするの?」

 

 宝玉が喘ぐ。

 

「はしたない宝玉様に罰です」

 

 沙那がその油紙の袋から、一個の首輪を取り出した。

 

「そ、それは……『道術封じの首輪』……」

 

 宝玄仙も宝玉も、それを身体につけられると、魔道が一切遣えなくなる。

 

「それだけじゃないですよ。こんなものも、実は隠して持っていたんです」

 

 沙那がさらに油紙を包んだ、数本の黒い紐を取りだす。

 宝玉の目が大きく見開かれた。

 

「そ、それは、御影(みかげ)の布じゃないの──。どうして、こんなものがここに──?」

 

 宝玉が驚愕している。

 朱姫はよく知らないが、御影というのは、宝玄仙の天敵のような元法師であり、一度宝玄仙が罠にかけて処刑されて死んだが、魂の欠片の施術によって生き返り、旅の途中で仕返しにきたことがあるのだそうだ。

 そのときに、その御影が使っていたのが、宝玄仙の霊気を消失させて道術を封じるだけでなく、宝玄仙を動けなくしてしまう不思議な黒い布らしい。

 そのときも、御影のその布に宝玄仙は追い詰められたらしいが、沙那はこっそりとそれを隠し持っていて、いつか使うこともあるだろうと、数本の紐状に加工して、隠していたのだそうだ。

 よくも、これまで見つからなかったと思う。

 

「もちろん、宝玉様や宝玄仙様に、いつか仕返しをするつもりだからですよ。今夜はこれを使ってさしあげます」

 

 沙那が宝玉の首に軽く、黒い紐をひと巻きした。

 それだけで宝玉の身体からあっというまに霊気が消失したのが、朱姫にはわかった。

 凄い霊布だ。

 それでも、霊気の高い宝玄仙の身体なので、少しずつは吸収しはじめる。

 だが、道術が遣えるほど霊気が溜まるのはしばらくかかるはずだ。

 沙那が、宝玉の首に巻きついた黒い布の端に宝玉の手首を結んだ。

 反対側も同じようにする。

 宝玉は、首をひと巻きした布の両端に手首を結ばれて動けなくなった。

 

「ああ……これ、どういうこと……」

 

 宝玉が身体をくねらせた。

 だが、両手は首の横に置かれたままぴくりとも動かないようだ。

 朱姫は、宝玉の膝を抱える自分の手に力を入れた。

 宝玉の腰が朱姫の小さな身体に抱えられて浮きあがる。

 

「じゃあ、ご主人様、これを試すね」

 

 孫空女が、横の卓から小さな木の板を手に取った。

 宝玉が、道術を遣えない沙那や孫空女にも『女淫輪』を動かすことができるようにわざわざ作ったもの操作盤であり、木の板には丸と三角の絵が描かれている。

 三角を触れば『女淫輪』は振動を始める。

 また、三角の底辺だとほんの微かな動きで、指を頂点に近づければだんだんと振動が大きくなる。

 三角の頂点に触れると、『女淫輪』は最大限の振動だ。

 丸に触れると、振動は停止する。

 そう教えてもらっている。

 

 孫空女が板を使って、宝玉の肉芽の根元に食い込んでいる『女淫輪』を操作した。

 宝玉の身体が跳ねあがり、激しく喘ぎ始める。

 

「ひゃあぁぁ――」

 

 宝玉が大きな声をあげて、身体を仰け反らせた。

 しかし、奇妙なくらいに首から上は動かない。

 脱力するのではなく、動かせないのだ。

 それが、あの黒い布を巻かれたときの宝玉や宝玄仙への効果みたいだ。

 朱姫には、宝玄仙の身体の中の大きな霊気が固定されしまい、それが身体の動きを封じてしまっているように感じた。

 

「んああぁ……い、いひいっ……い、いくうっ……ほおっ――うううっ――いぐううっ」

 

 孫空女が板に指をやっている。

 だんだんと振動を大きくしているのだろう。

 宝玉がよがり狂っている。

 再び高みに昇りつめたのがわかる。

 

 さらに、沙那が無防備な宝玉の乳首に舌を這わせ始めた。

 宝玉の乱れが大きなものになる。

 

「宝玉様、いっていいですよ……」

 

 朱姫は宝玉を抱え持ちながら言った。

 そして、孫空女に目配せをした。

 孫空女がにこりと頷く。

 

「うん……。い、いくうっ――いくっ、いくうっ――」

 

 宝玉は大きな声をあげて、身体を硬直させる。

 しかし、その瞬間に孫空女が、板に指を伸ばして『女淫輪』を停止させた。

 同時に沙那も舌を宝玉の胸から離している。

 

「ああ……ひ、ひどい……あんたたち、ひどいわあっ」

 

 絶頂寸前でお預けをくらった宝玉が泣き叫んだ。

 

「宝玉様、いってもいいんですよ。いかないんですか?」

 

 朱姫はささやいた。

 

「そうですよ。遠慮なく、いってください。わたしたち、じっと見てますよ」

 

 沙那が指で宝玉の胸の突起を押した。宝玉の身体は一瞬跳ねたが、沙那の指がすぐに離れたので、それで終わった。

 

「い、いけるわけないじゃないの──。ひ、ひどいわ、あんたたち──」

 

 宝玉が切なそうに腰を振った。

 宝玉が絶頂寸前なのはわかっている。

 あと少しの刺激さえあれば、感じやすい宝玉はあっという間に絶頂に達する。

 しかし、その少しの刺激を誰も与えない。

 朱姫は宝玉の膝を抱えて股間を曝け出させているだけ……。

 沙那と孫空女はそれを眺めているだけ……。

 

「ふふふ、これ、動かして欲しいかい、宝玉様?」

 

 孫空女が『女淫輪』を動かすための板を宝玉の顔の前にかざす。

 

「うん、動かして、孫空女。い、いきたいのよ。もう一度、いきたいのよ。このままじゃあ、いやよ」

 

「じゃあ、自分で動かしてみたら」

 

 孫空女が、宝玉の顔に板を突きつけた。

 

「……じ、自分でって……どういうこと?」

 

 宝玉の両手は、黒犬ので括られていて、動かすことができない。

 

「舌があるじゃないですか。ほら、孫姉さんは、宝玉様の舌が届くところに、板を置いてくれているんですよ」

 

 朱姫が耳元で言った。

 宝玉が板に舌を伸ばす。

 首に黒い『能力封じの布』をひと巻きされている宝玉は、首を前に出すことはできない。

 出すことができるのは舌だけだ。

 宝玉は懸命に舌を伸ばしている。

 

 孫空女も意地が悪い。

 舌が当たるか、当たらないかのぎりぎりを見定めて、板を差し出している。

 あとほんの少し。ほとんど皮一枚分だろう。

 それが届かない。

 

「頑張ってください。もう少しですよ、宝玉様」

 

 沙那がそう言いながら、限界まで伸びている宝玉の舌を沙那の指で愛撫し始めた。

 舌を指でなぶられるという行為に、宝玉の顔が羞恥に染まりはじめる。

 それとともに、宝玉の肌はますます熱くなっていく。

 宝玉に密着している朱姫には、それがわかる。

 

 宝玉は与えられる恥辱に反応している。

 欲情しているのだ。

 恥辱を与えれば与えるほど、宝玉の淫情は深くなる。

 沙那が宝玉の舌を掴んで、ぐいと前に出した。

 舌先が板に触れた。

 宝玉の股間の『振動片』が振動を始める。

 

「いいいっ――。いくわあっ……いくわっ……いいでしょう? いってもいいでしょう?」

 

 肉芽を跳ねる『振動片』の刺激に、再び宝玉が激しく悶えはじめる。

 

「もちろん、いっていいですよ、宝玉様。いつだって、いっていいんです」

 

 朱姫はささやいた。

 宝玉は、眉間にしわを寄せて小鼻を拡げきっている。

 女の悦びに打ち震えている宝玉の顔は、同性の朱姫から見てもうっとりするほどの美しさだった。

 

「いっていいんだよ、宝玉様」

 

 孫空女が、沙那に板を手渡した。

 

「ええ、そうです――。もっとも、いけたらの話ですけど……」

 

 沙那は、板を操作して『振動片』を停止させてしまった。

 

「ああっ、ひどいわああ、三人とも、ひどいったらあっ」

 

 またしても絶頂寸前で刺激をとめられた宝玉は泣き喚いた。

 

 同じことを五回繰り返した。

 宝玉は半狂乱になった。

 

「さあ、そろそろ、お尻比べを始めましょうよ」

 

 徹底的な焦らし責めの挙句、ついに絶頂をさせてもらえなかった虚ろな表情の宝玉に沙那が告げる。

 淫情にどっぷりと浸かっている宝玉が、荒い息をしながら、呆けた表情を沙那に向けた。



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114 ひとり負けの尻勝負

 『道術封じの布』を宝玉の白い首から外して、もう一度背中で手首を括り直す。

 

「ああ……、どうして、縛るの、沙那……?」

 

 宝玉が切なそうに腰を振った。

 

「だって、ご主人様も、宝玉様も、道術を遣えるじゃないですか。わたしたちの身体に刻んでいる内丹印で淫情を送られたら、公平な勝負にならないじゃないですよ」

 

 沙那は言った。

 

「……だったら、これは外してくれないの、沙那?」

 

 宝玉が苦悶の表情をしながら言った。

 

「これって、なんですか、宝玉様?」

 

 沙那はとぼけた。

 

「ああん、もう……。『女淫輪』よ。わたしだけ、これをつけたままなんて、不公平よ」

 

 宝玉は寝台の上に跪いている。

 沙那、孫空女、朱姫の三人もそれぞれに寝台の端に腰掛けている。四人とも全裸だ。

 

「そうですねえ……」

 

 沙那は、宝玉の股間に指を伸ばす。

 宝玉の身体がびくりと跳ねる。

 

「ねえ、その淫具って、どんな感じなのさ、宝玉様?」

 

 すると、孫空女も宝玉の裸身に身体を添わせながら言った。

 それだけで、すでに肌が敏感になっている宝玉がびくりと裸身を震わせる。

 

「はあ……、ど、どうって……。身体が……お股が痺れるのよ。じんじんって……。つけるだけで、切なくて、疼いて……」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 孫空女がそう言いながら、今度は軽く宝玉の胸に触れる。

 

「ひんっ」

 

 宝玉の身体が弾けて、その顔がたちまちに淫情に浸かる雌の顔になる。

 

「そんなにつらいものなのですか、宝玉様?」

 

 朱姫が反対側から宝玉を抱く。

 朱姫の手も、宝玉の胸を探っている。

 

「え、ええ……。つ、つらいわ……」

 

「わたしは、それを一年半もつけられたままだったんですよ。今夜ひと晩くらいどうということはないじゃないですか、宝玉様?」

 

 沙那は、宝玉の股間に指を伸ばした。

 宝玉の身体にぶるぶると震えが走りはじめる。

 

「だ、だって、そ、それは……宝玄仙が……」

 

 宝玉が喘ぎ始める。

 その股間は、びっくりするほど熱く、そして、淫液で溢れかえっている。

 沙那は宝玉の股間から手を離した。

 

「でも、宝玄仙様がご主人様なら、宝玉様も同じです。仕返しです。許してあげません。今夜は、それをつけたまま、わたしたちと勝負をしてもらいます」

 

「そ、そんなあ……」

 

 宝玉は甘い息を吐いた。

 熟れきった女の表情だ。

 沙那は、思わず唾を飲みこんだ。

 

「仕方ないよ、宝玉様……。沙那がそう言うんだから」

 

 孫空女だ。

 

「そうですよ、宝玉様。宝玄仙様のやったことは、宝玉様のやったことなんです」

 

 朱姫も言う。そうやって、三人で訳のわからない理屈で、宝玉を無理矢理納得させると、宝玉を寝台から床に降ろして、床に膝をつかせて身体を寝かせた。

 宝玉の身体は、嫌でもお尻を突き出すような格好になる。

 

「最初の試合は、宝玉様と朱姫よ」

 

 沙那は言った。

 

「さあ、朱姫もいいかしら? 勝負は簡単です。ここに双頭の張形がありますが、これをお互いにお尻に受け入れてもらいます。それはご主人様の淫具で、わたしが手を叩くと、激しく震え始めます。もちろん、自分で揺すって、相手のお尻に刺激を与えても構いません。ともかく、最初にいってしまった方が負けです。よろしいですか、宝玉様?」

 

「い、いいわ」

 

 両手を背中に括られている宝玉は、顔を床につけた状態だ。

 

「じゃあ、朱姫もいい?」

 

「はい、沙那姉さん」

 

 四つん這いになった朱姫も頷いた。

 沙那は、隠し持っていた『ずいき油』を手につけると、こっそりと宝玉側の部分だけにたっぷりと塗りつけた。

 これで宝玉は、『ずいき油』の媚薬効果でもがき苦しむはずだ。

 宝玉の肛門に双頭の張形の一方を押し込む。

 宝玉の白い双臀に黒い張形が埋まっていく。

 

「うはあぁ……」

 

 宝玉が息を吐いた。

 快感に酔いしれ始めた宝玉の腰が揺れ始める。

 

「さあ、朱姫、後ろに退がって……」

 

 沙那の言葉で、四つん這いの朱姫が少しずつ交替する。

 

「はぅううっ――」

 

 朱姫が変な声を出して、身体を弓なりにした。

 さっきまで、あれだけ嗜虐性を発揮して、三人の中心になって宝玉を責めたてた少女が、肛門に張形を受けただけでよがりはじめるのは、ちょっと愉快だ。

 朱姫は、宝玄仙の供になって以来、毎日毎日、欲情させられて、日に三度も尻で自慰をさせられてきた。

 宝玄仙が朱姫に施した淫具のせいであり、宝玄仙は、もともと嗜虐性のある朱姫という半妖の娘を被虐に染めてしまったのだ。

 

 宝玉が出現するようになってから淫具から解放されて、日に三度という尻の自慰からは解放されたが、尻が最大の性感帯であることは変わらない。

 朱姫は、宝玉が快楽で揺らす張形の振動だけで、達しようとしている。

 やっと、朱姫側の張形の半分も朱姫の肛門の中に入った。

 

「始め――」

 

 沙那はそう言うと手を大きく叩いた。

 朱姫と宝玉の身体が同時に跳ねた。

 ふたりが果てたのは、ほとんど同時だった。

 

「しゅ、朱姫いいい――」

 

 沙那は呆れて、批判の声をあげた。

 宝玉をあれだけ責めたてて、ひと触りすれば達してしまうほどに身体を追いつめ、さらに、『女淫輪』もつけたままで、そのうえに、宝玄仙の尻に挿す側には『ずいき油』まで塗ったのだ。

 

 それほどの有利な条件だったのに関わらず、この娘は、宝玉が達するまでのほんのちょっとの時間も耐えられなかったのだ。

 

「ご、ごめんなさい……。でも、だ、だって……」

 

 朱姫の息は荒い。

 本当にお尻が弱いのだと思った。

 孫空女がふたりの身体を離す。

 

「だってじゃないわよ、朱姫――。とにかく、いまのは同時でした。二回戦をします。今度は、前側で同じことをしてもらいます。どちらが上でも構いません。先にいった方が負けです」

 

 沙那は言った。

 ふたりが離れると、孫空女の手に双頭の張形が残っている。これは霊具でもあり、たったいま、ふたりの肛門に突き刺さっていた汚れが、孫空女のひと振りできれいになる。

 便利なものだ。

 

「じゃあ、朱姫が下になればいいよ。宝玉様は、背中で手をくくられているから、床には仰向けになり難いからね」

 

 孫空女が言った。

 そして、孫空女は朱姫の身体を横たえた。

 そのとき、孫空女が強く朱姫のお尻を叩いた。

 

「ひゃん――。な、なにするんですか、孫姉さん」

 

 お尻をいきなり叩かれた朱姫が、赤い顔をして孫空女に険しい顔を向けた。

 

「気合を入れたんだよ。今度は、負けんじゃないよ」

 

 孫空女が朱姫の耳元で言っている。

 朱姫は不満顔だ。

 沙那は苦笑した。

 

「ど、どうしたの?」

 

 達したばかりの宝玉が、汗をかいた顔を向ける。

 

「な、なんでもありません」

 

 沙那は宝玉を導いて、朱姫の上に重なるように横たわらせた。

 孫空女が朱姫と宝玉の膣に双頭の張形を挿し入れている。

 ふたりは、短い嬌声をあげながらそれを受け入れていく。

 ふたりの身体が重なる。

 

「二回戦、始め――」

 

 沙那は手を叩いた。

 今度は、朱姫が主導権を握って、振動する張形を受け入れながら、宝玉の腰に張形を突き入れるような仕草をした。

 宝玉はうつ伏せのからだをびくびくとわななかせて、激しい嬌声をあげた。

 朱姫は両手でしっかりと宝玉の裸身を掴み、さらに激しく腰を突きあげる。

 

「ああううっ――、いくうっ――」

 

 宝玉は、野獣が吠えるような唸り声をあげて、身体を仰け反らせた。

 

「宝玉様の負けです」

 

 沙那は、ほっとして脱力した宝玉を起こしながら言った。

 とにかく、かなりうさん臭かったが、なんとか宝玉を負けさせることができた。

 

「さあ、宝玉様、次はあたしとだよ」

 

 孫空女が言った。

 

「お、お願い……。少しだけ、休ませてよ……。そ、それに、へ、変よ。お、お尻が……」

 

 宝玉の息遣いは荒い。

 全身はどっぷりと汗で濡れている。

 当然だろう。

 もう、二度続けて達している。

 女の身体は、一回いくごとに過敏になることを沙那も知っている。

 しかも、その前の徹底的な焦らし責めも効いている。

 そして、宝玉の身体はとても敏感だ。

 一度の絶頂が果てしなく深い。

 宝玉の身体は、もう痺れのようなものが走って重いはずだ。

 そこに、お尻に塗った媚薬の効果がやっと本格的なものになってきたみたいだ。

 

「駄目です、宝玉様。後が詰まっていますから――。でも、朱姫、宝玉様に水を飲ませてあげて」

 

 朱姫は頷いて、水差しから盃に水を注ぐと、こっちに持ってきた。

 部屋の隅に準備していた水差しはふたつある。

 ひとつはただの水だが、もうひとつは媚薬入りだ。

 もちろん、宝玉は知らない。

 知っているのは、供の三人だけだ。

 もちろん、朱姫は、媚薬入りの方の水を持ってきた。

 

「宝玉様、お顔を上に向けてください」

 

 後ろ手で手を使えない宝玉に朱姫がそう言った。

 朱姫は、盃の中の水を自分の口に含む。

 そして、宝玉の紅い唇に朱姫の唇を合わせる。

 宝玉の喉が動く。

 朱姫の口から注がれる水を飲んでいるのだ。

 口の中に入りきらなかった水が宝玉の顎に滴っている。

 朱姫は、それを丁寧に舌で掃除した。

 

「もう、一度、お顔を上に……」

 

 朱姫が言った。

 また、朱姫は盃の水を自分の口に注いで、それを口移しで宝玉に飲ませた。

 

 三度それをやり、やっと盃の水が空になったようだ。

 

「あ、熱いわ……。身体が熱いわ……」

 

 すぐに宝玉が悶えはじめた。

 紅揚していた宝玉の肌がますます紅くなっている。

 流れる汗の量も半端なものではなくなった。

 

「そんなに、朱姫の口づけがよかったですか、宝玉様。ありがとうございます」

 

 朱姫がとぼける。

 

「お、おかしいわ。眼が……、眼が回るの。とても、変な感じ……。か、身体が浮くような……」

 

 宝玉が喘いでいる。

 その宝玉を沙那は、またお尻を上にあげて、うつ伏せにさせた。

 宝玉は抵抗しない。

 ともすれば、崩れそうな宝玉の身体を支えながら、沙那は宝玉の肛門に張形を挿入していく。

 

「あああぁぁぁ――」

 

 突然、宝玉が激しく反応した。

 挿入の途中で、浅ましくも達してしまったのだ。

 勝負するまでもない。宝玉の負けが決定した。

 

「あら、宝玉様、これで孫女との勝負も負けですね。でも、一応勝負はやりましょう」

 

 しかし、沙那は、そのまま勝負を続けさせた。

 宝玉は何度も達して朦朧としている。

 沙那の言葉に抵抗する気力もないみたいだ。

 孫空女の肛門が張形の反対側を受け入れたときには、宝玉はもう身体を支えていなければ、お尻を高く上げた姿勢を保てない程だった。

 

「さあ、始め──」

 

 準備が整い、沙那は勝負の開始を宣言した。

 すぐに宝玉は達してしまい、宝玉が咆哮して果てる。

 

「次は、前ですよ、宝玉様」

 

 宝玉が、首を横に振った。

 そんな約束はなかったが、ついでに前でも昇天させようと思った。

 これだけ追い詰めておけば、万が一にも、次の沙那の負けはない。

 

「沙那……。も、もうだめよ……。お願い……」

 

 連続でいかされて、顔に恐怖の色が浮かびだした宝玉の後ろ手を解いた。

 改めて、御影の『道術封じの布』を前手で縛り直す。

 宝玉を仰向けに寝かせた。

 

 孫空女は張形を持って、立ったままそれを自分の股間に受け入れている。

 双頭の張形を受け入れた孫空女が、宝玉の両脚を掴んでその付け根に、反対側の張形を突き入れた。

 

「はあああっ、あああっ」

 

 もはや、勝負というよりは、犯しているという感じだ。

 宝玉の両腕は、頭方向に大きく伸ばされている。手首を『道術封じの布』で縛られた宝玉の腕は、誰かが動かしてやらない限りそのままだ。

 

 孫空女も、宝玉――つまり、宝玄仙を犯すという行為に酔ったような表情をしている。

 宝玉は、孫空女の股間に挿した張形を受け入れて、腰を震わせた。喉からは激しい嬌声が迸っている。

 

「沙那……いいよ……」

 

 孫空女が言った。

 沙那が手を叩くと、さらに宝玉が仰け反った。

 張形が振動し始めたのだ。

 孫空女は、顔をしかめながら、何度か張形を宝玉の女陰から抜いては挿すということを繰り返した。

 宝玉が達するのにそれほどの時間はかからなかった。

 

「そして、次は、わたしです、宝玉様。よろしくお願いします……」

 

 沙那は言った。

 

「み、水を……」

 

 宝玉はそれだけを言った。

 眼はもう完全に泳いでいる。

 だらしなく開いた口を閉じることもできないようだ。

 

「水ですね、宝玉様。いま、お持ちします……」

 

 朱姫がそう言って、再び媚薬入りの水を盃に注いで持ってきた。

 口移しで飲ませる。

 宝玉の喉が鳴って、それを飲み下していく。

 

「はあ……はあ……はあ……。く、苦しいわ……苦しいのよ……」

 

 宝玉は喘いでいる。

 媚薬入りの水をすべて飲み干した宝玉が、肩を上下させて座り込んでいる。

 

「苦しいだけですか、宝玉様……?」

 

 沙那は、宝玉の前に座り込んだ。

 

「ううん、ち、違うわ、沙那……。気持ちもいい、跳んでいるような。か、身体が浮きあがって……」

 

「その気持ちよさをわたしにも分けてください、宝玉様……。心から、お慕いしています……。さあ、わたしと勝負を……」

 

 沙那がそう言い始めると、宝玉の身体が激しく震えはじめた。

 驚いて、宝玉の身体を抱きしめる。

 

「ど、どうかしましたか、宝玉様?」

 

「も、もう一度……」

 

「えっ?」

 

「も、もう一度言って、沙那……」

 

「もう一度って、なにが……」

 

 それで、沙那は宝玉がなにを言っているのかが、やっとわかった。

 

「お慕いしてします、宝玉様。宝玉様も宝玄仙様も―――。愛しています」

 

 沙那は、宝玉の耳元でささやいた。

 

「ああ……」

 

 宝玉は、小さな声をあげた。

 そして、身体を小さく震わせて首を仰け反らせた。

 まさかとは思うが、いまの言葉だけで達したのだろうか……。

 

「ご主人様……、いいや、宝玉様、あたしも、おふたりが大好きだよ」

 

 孫空女が近寄って、沙那とともに宝玉を抱く。

 

「あたしも皆さんが大好きです。愛しています。やっと、手に入れたあたしの家族です。もう、離れたくありません……。いえ、離れられません」

 

 幼い頃に両親を人間に殺されて、ずっとひとりぼっちで旅をしていた半妖の朱姫が言った。

 朱姫も三人の横にちょこんと座る。

 

 考えてみれば、この四人は、朱姫に限らず、愛されて家族と暮らした経験に乏しい。沙那の母親は早逝したし、十八で失った父は親というよりは武術の師匠でしかなかった。

 孫空女は、人減らしで八歳のときに生まれ育った里から捨てられた子供だったというし、宝玄仙も、幼い頃に両親と離れて教団に入ったので、両親との暮らしの記憶はないようだ。

 半妖の朱姫も、幼い頃に両親を人間に殺されて、ずっとひとりで旅をしてきた。

 朱姫が言った家族という言葉が、なんだか温かいものに感じた。

 

「さあ、次はあなたとだったわね……」

 

 宝玉が言った。

 

「はい」

 

 宝玉がお尻を高く上げて肛門で受け入れる姿勢になった。

 手は動かないので、朱姫に動かしてもらわなければならないようだ。

 沙那も宝玉にお尻を合わせるように四つん這いになる。

 少しずつ退がる。

 つるんと張形が肛門に挿さる。

 

「ああっ……」

 

 思わずよがり声が出てしまう。

 さらに退がる。張形の先で尻の中が抉られる。

 その圧迫感がたとえようのない快感を呼び起こす。

 張形の摩擦感とくすぐったさ……。

 沙那は感極まりそうになる……。

 そのとき、ひと際大きな声が反対側から聞こえてきた。

 宝玉の大きな嬌声だ。

 

「あーあ、また、始める前にいっちゃたんですか、宝玉様?」

 

 朱姫がそう言っている。

 

「もう少しだからね、宝玉様……」

 

 孫空女の声だ。孫空女と朱姫は、崩れ落ちそうな宝玉の身体を無理矢理に抱えているのだろう。

 どちらの手なのかわからないが、大きく手が叩かれた。

 激しく尻の奥襞を張形が跳ね動く。

 

「あひいっ――、あああっ……」

 

 痺れるような甘美感が四肢を走る。

 張形を受けている肛門だけではなく、ずんと響くような疼きが子宮で炸裂する。

 身体の力が抜けていく。

 しかし、再び、大きな声が宝玉側から聞こえた。

 

「これで、三戦三敗……。宝玉様の負けが決定したよ」

 

 孫空女が言った。

 次の瞬間、張形がするりと抜かれた。

 

「あくうっ――」

 

 沙那はその刺激で、小さな絶頂をしてしまった。

 次は、同じ張形を膣で挟んで宝玉と向き合う。

 もう、張形の半分は宝玉に挿さっている。

 沙那は、その反対側を受け入れていく。

 

「宝玉様、ああっ……愛してます……。ああっ……」

 

 沙那は、張形を自分の股間に受け入れながら声をあげていた。

 股間に宝玉の股間は密着する。

 

「ああ……いいっ……あ、沙那……素敵……はああっ……。わ、わたしも……あ、愛している……。みんな……み、みんな……ああっ……」

 

 宝玉の腰が激しく震える。

 その震えが、張形で繋がっている沙那に伝わってしまう。

 

「始め――」

 

 孫空女がそう声をかけて手を叩いた。

 

「ひぐううっ――」

「ひゃああ……」

 

 沙那と宝玉の嬌声が同時にあがる。

 張形が激しく振動する。翻弄される。

 お互いの腰が動き、それが強い刺激となって沙那の股間に伝わる。

 紛れもない快感――。

 怖ろしいほどの官能の嵐に沙那は我を忘れた。

 

「はがががあぁぁぁぁ――」

 

 宝玉の腰が大きく揺れるとともに、宝玉が紅潮した顔を限界まで仰け反らせた。

 沙那の股間に温かいものが当たった。

 ふと視線を落とす。

 宝玉の小水だ。

 それが、張形で繋がった股間から噴き出している。

 

「ひいいぃぃぃっ――」

 

 宝玉が顔を左右に激しく振り立てた。

 そして、激しく痙攣し、尿を垂れ流しながら完全に達していた。

 

「いくうっ――。ご、ご主人様……いくっ――いきます――」

 

 沙那も叫んでいた。

 そして、総身を焦がすような快感に身体を委ねていく。

 完全に白目を剥いて脱力した宝玉を抱きしめながら、沙那もまた激しい痙攣とともに絶頂していた。



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115 尻穴勝負の行方

 失神した宝玉の身体を、沙那と朱姫とともに寝台に移した。

 三人で、汗まみれの宝玉の身体を拭きあげる。

 

「失神させちゃったね」

 

 孫空女は宝玉の裸身を眺めながら苦笑した。

 

「少し、休ませてあげた方がいいですね」

 

 朱姫も言った。

 沙那が、部屋の隅から汚れ布を持ってきて、みんなの愛液と宝玉の尿で汚れた床を拭きはじめた。

 孫空女と朱姫も一緒に掃除をする。

 

「さて、どうする?」

 

 孫空女は言った。

 

「どうするって?」

 

 沙那は首をかしげている。

 

「続きだよ、沙那。続き―――。尻比べのさ」

 

 孫空女は言った。

 すると沙那がにんまりと笑った。

 

「そうね。一応、三人で勝ち負けを決めとこうか」

 

 沙那はそう言って、荷から三本の短い紐を持ってきた。

 一本にふたつ、もう一本にひとつの結び目を作る。

 その結び目の部分を手に握って、孫空女と朱姫に差し出した。

 

「最初は、結び目のあるものを引いた者同士。次は、結び目のふたつの者とない者。最後は、結び目がひとつの者とない者よ」

 

 沙那は言った。

 

 ふたつの結び目は朱姫が、ひとつの結び目の紐は孫空女が引いた。

 

「じゃあ、いくわよ。ふたりとも四つん這いになって」

 

 沙那が言った。

 

「まあ、朱姫との勝負じゃあ、勝ちは決まっているけどね」

 

 孫空女は、朱姫のお尻に尻を向けるように、床に四つん這いになりながら言った。

 

「そうね、あの状態のご主人様に勝てなかったくらいだものね」

 

 沙那もくすくすと笑った。

 

「ひ、ひどいですよ。笑うなんて――」

 

 朱姫が不平を洩らす。

 

「挿すわよ」

 

 沙那がそう言って、孫空女の肛門に張形の先を当てがった。

 

「ひゃあ――」

 

 孫空女は、肛門に入ってきた張形の刺激に腰を跳ねあげた。

 しかし、次の瞬間、さらに大きな刺激が孫空女の肛門を突きあげた。

 反対側の張形を肛門で受け入れた朱姫が、声をあげながら腰を浮きあがらせたのだ。

 

「ひいっ――」

「あっ――んんっ――」

 

 ふたりではしたない声をあげ合う。

 

「お、お願いだよ、朱姫……。そ、そんなに動いたら……」

 

「だって……」

 

 朱姫は、もういきそうな声をあげている。

 

「さあ、ふたりともお尻を密着させてえ」

 

 沙那が言った。

 孫空女はじりじりと退がっていく。

 肛門に加わる圧迫感が拡大する。

 朱姫のお尻と孫空女のお尻が密着した。

 

「始め――」

 

 沙那の手が叩かれた。

 

「ああううっ――。お、お尻がああっ……」

 

 叫んだのは朱姫だ。

 しかし、孫空女も張形の激しい振動に翻弄されそうだ。

 

「ひいっ――」

「いくううっ―――」

 

 朱姫が咆哮して果てた。だが、朱姫が達したときの激しい動きで、孫空女の肛門も抉られる。孫空女もそれで達してしまった。

 

「朱姫の負けね……。さあ、次はわたしとよ」

 

 沙那は言った。

 

「……は、はあ……はあ……。で、でも、少しだけ、休んで……いいですか……?」

 

 まだ、絶頂の余韻から抜ききれない朱姫が肩で息をしながら言った。

 

「駄目に決まっているでしょう、朱姫。じゃあ、わたしとよ……」

 

 沙那が容赦なく言っている。

 

「水ならあげようか、朱姫? 宝玉様が飲んだやつでよければ」

 

 孫空女も言った。

 朱姫が、宝玉に飲ませた水は、媚薬入りの水だ。

 

「も、もう、意地悪ばっかり――」

 

 朱姫が上気した頬を膨らませた。

 

 

「いつも、あたしらを苛めるからだよ、朱姫」

 

 孫空女は言った。

 

「そうよ。ご主人様と一緒になって、いつも朱姫はわたしたちを苛めるものね……。さあ、次よ、朱姫」

 

 沙那と朱姫の勝負もあっという間だった。

 もう歯止めがなくなりかけて、挿入するだけで軽くいった朱姫は、振動が始まるとともに、あっという間に達した。

 朱姫もぐったりと横になってしまった。

 

「はい、三人の勝負は、朱姫のひとり負けね。じゃあ、わたしと孫空女よ……。勝った方が優勝ね」

 

 沙那が言った。

 

「ははは――、やろう、沙那」

 

 孫空女は言った。

 なぜか、笑いが込み上げてきた。

 女同士で張形を挟んで、お尻で浅ましくいき合う。

 少し前では考えられなかった行為だ。

 それを嬉々としてやっている。

 この四人だけのことなら、なにをやっても恥ずかしくない気がする。

 

 みんなで、身体中で気持ちのよくなることをする。

 それが嬉しい。

 それが愉しい。

 

「いくわよ、孫空女」

 

 沙那が自分のお尻に張形を当てがった。

 孫空女も張形の先端を探して、お尻を向ける。

 張形が持ちあがる。

 横になっていた朱姫が審判役をする気になったようだ。

 

「朱姫……。大丈夫なの?」

 

 沙那の声。

 

「はい」

 

 朱姫が微笑んだ。

 なんだかまだ身体がだるそうだが、張形をふたりのお尻の入口に当たるように支えている。

 孫空女は四つん這いの身体を後ろに向かって動かす。

 

「はあっ……」

 

 たちまちに快感が込みあげる。蕩けるような心地よさが肛門を中心とした下半身全体を包む。

 沙那の汗ばんでいるお尻が孫空女の尻たぶに当たる。

 

「始め……」

 

 朱姫が言った。

 張形が震えはじめる。

 激しい振動で肉を軋ませるような痛みが肛門の中に拡がる。それが快楽に変化する。

 

「ああん……ああ……あひいっ――」

「だ、だめえっ――。そ、孫女――。わたし……い、いくよっ――」

 

 沙那が叫んで腰を震わせる。

 孫空女も身悶えた。

 沙那と孫空女は、ふたりして淫らな声をあげる。

 いつの間にか自分のお尻を突き出して震えてしまっている。

 息詰まるような……熱くて、痺れる快楽――。

 なにかがやってきて、あっという間に通り過ぎていった。

 孫空女は、身体を限界まで反りあげて絶頂していた。

 

「一回目は、沙那姉さんの勝ちですね……」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 

「一回目?」

 

 沙那だ。

 孫空女も違和感を覚えた。

 なにかおかしい……。

 お尻で咥えている張形の振動が止まらないというだけじゃない。

 抜けない――。

 

「しゅ、朱姫、あんた……。な、なにかやったわね――」

 

 沙那が叫んだ。

 その間も張形が激しく動き続けている。

 いや、さらに振動が強くなる気がする。

 

「あっ……ああっ……ああ――。しゅ、朱姫、お、お前……」

 

 孫空女も声をあげた。

 腰の痙攣が止まらなくなる。

 

「ふ、ふ、ふ、孫姉さん……。さっき、宝玉様との勝負の後、あたしのお尻を叩きましたよね。忘れていませんよ……。仕返しです。あたしが、道術を解かない限り、このままです」

 

 朱姫が言った。

 

「そ、そんなあ――。ねえ、もう、抜いて……。朱姫――。やああああぁぁ、ああっ――」

 

 沙那が絶叫した。

 どうやら、達してしまったようだ。

 孫空女もまた追い詰められている。

 肛門の中で張形が暴れ回る。

 沙那とふたりで、一生懸命に張形を抜こうと引っ張り合う。それが新たな刺激になって、孫空女の直腸を突き抜ける。

 

「はううっ――

 孫空女は、全身を襲った快感に震えた。

 強烈な絶頂だ。

 腰の力が抜ける。

 

「ふわっ……」

 

 孫空女は膝立ちが保てなくなり、その場に崩れ落ちた。

 

「きゃあ――」

 

 お尻で繋がっている沙那が、それに引っぱられて倒れ落ちる。

 それでも張形は抜けない。そして、その衝撃で尻の奥を激しく突かれたのか、また、沙那が果てたような声を出した。

 

「これで、二対二ですね。さあ、もっと続けましょう。決勝戦ですからね。おふたりのどちらかが、完全に果てるまで続けてください」

 

「そ、そんなあ――」

 

「あたしが、道術を遣えることをおふたりとも、忘れていたでしょう?」

 

 朱姫は愉しそうだ。

 調子に乗ったときの朱姫は、宝玄仙以上に危険だ。

 そして、いま、朱姫は完全に調子に乗っている。

 

「あああっ……。お、おかしいわ――。も、もう、おかしいのよ、しゅ、朱姫……。ゆ、許して――」

 

「そ、そうだよ。お、おかしくなるっ――。もう、終わりだよ、朱姫――」

 

 ふたりで床に倒れたままのたうち回る。

 しかし、この半妖の娘は、まだ道術を解こうとしない。

 それどころか、こちらがうまく動けないことをいいことに、自分の両手を孫空女や沙那の膣や肉芽にも這わせてきた。

 

 あっという間に、孫空女は仰け反って達した。

 沙那もそれに合わせるかのように達する。

 

「ひいっ――。もう、だめぇ――。朱姫――、ゆ、許して。もう、許して」

 

 沙那の叫び声が部屋に響く。

 

「はい、二対三ですよう―――」

 朱姫はあっけらかんと言う。

 

「朱姫、あとで酷いからねえ――。い、いくうっ――」

 

 孫空女も限界を超えてしまい、また、身をよじって吠えながら絶頂する。

 

「三対三。さらに張形を激しくしてあげますね、沙那姉さん、孫姉さん」

 

 朱姫の声――。

 

「許して……。も、もう許して――」

 

「もう、嫌だあ――」

 

 しかし、肛門に挿さっている張形の振動がいっそう激しくなる。

 朱姫の指もまた、肉芽や膣に無遠慮に這い回る。

 手で避けようとするのだが、もう、力が入らない。

 

 続けざまに、三度、四度といかされる。

 いきすぎて身体がおかしくなっている。

 

 張形で肛門を沙那と繋がれたまま、朱姫は、孫空女と沙那に与える愛撫をいつまでもやめなかった。

 最初は、哀願と恫喝をふたりで繰り返したが、朱姫のしつこさに、そのうちに満足に口がきけなくなった。

 朱姫のいき地獄の責めは、おそらく、一刻(約一時間)は続いただろう。

 ついには、もう、全身がおこりにかかったように震えがとまらなくなった。

 絶頂と絶頂の間隔は短くなり、朱姫になんでもない場所を触られるだけでいってしまいそうになる。

 

 沙那とふたりで、交互に絶叫して、身体を痙攣して果てる。

 もう、なにも考えられない。頭の中は空っぽだ。

 快楽の大波が孫空女を飲みこんでいくのに任せる。

 やがて、口から泡のようなものが吹き出た。

 沙那の切れ切れの呻き声が聞こえる。

 その声に孫空女の呻き声も重なる。

 

「だ、大丈夫ですか……。あ、あたし、調子に乗ったかなあ……?」

 

 朱姫の我に返ったような言葉が聞こえた気がした。

 孫空女の意識は遠くなり……。

 

 そして、消えた。

 

 

 *

 

 

 意識が戻った。

 宝玉が眼の前にいる。

 心の中の意識の部屋だ。

 

「どうしたんだい、宝玉? あの三人と遊びたいんじゃなかったのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 ここは宝玄仙の心の中の無意識の中だ。

 宝玄仙と宝玉のほかには、ひと筋の光が存在しているだけだ。

 その光が宝玉を照らしている。

 逆に、宝玄仙は闇の中にいた。

 

「遊んでいるわ、宝玄仙。でもね……わたし、どうやら、失神させられたみたい」

 

 宝玉はくすくすと笑った。

 その幸せそうな表情を見ていると、なにか苛々してきた。

 

「そんな顔しないでよ、宝玄仙。嫉妬しないで。あの娘たちは、あなたのことも好きだと言っていたわ」

 

 宝玉は言った。

 

「嫉妬? 嫉妬ってなんだよ」

 

「だって、いま、苛々したでしょう、宝玄仙?」

 

 宝玄仙は、鼻を鳴らした。

 宝玉も宝玄仙も、所詮は自分自身なのだ。

 隠し事はできない。

 それがいまいましい。

 だが、嫉妬とはどういうことだろう。

 なんで、宝玉に嫉妬しなければならないのか。

 

「だいたい、失神したっていうのはどういうことなんだい? 尻比べをやっていたんだろう? 勝負はどうなったのさ。まさか、負けたんじゃないだろうねえ。負けた人間は、『女淫輪』を明日一日付けることになってんだよ」

 

「失神させられたのよ。負けたに決まってんじゃない」

 

 宝玉は、また、くすくすと笑った。

 

「な、なにを笑ってんだよ、宝玉。冗談じゃないわよ。わたしは、女淫輪なんて、つけないからね」

 

「そんなことを言わないでよ、宝玄仙。わたし、あの娘たちに約束しちゃったのよ。罰を受けるって。それで、あなたには、装着されていることを気がつかないように自己暗示をかけるって。そういうわけだから、明日一日、『女淫輪』をつけてあげて――。お願いよ」

 

 宝玉は笑った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「だって、約束したもの。それに、いま、わたしたちの身体は、『女淫輪』をつけているわ」

 

「お前がどんな約束しようと、知ったことか――。わたしが、気がついたときに、股間に『女淫輪』なんて嵌っていたら、わたしは、あの三人をとっちめてやるよ。責任をもって、外しておくんだよ。連中にそう言っておきな、宝玉」

 

「やっぱりね……。そう言うと思ったわ……」

 

「当たり前だろう、宝玉」

 

「じゃあ、もう少し、あの娘たちと遊んでこようかしら」

 

 宝玉はまた笑った。

 本当に愉しそうだ。

 そんな宝玉を眺めていると、次第にこっちまで愉快な気持ちになる。

 そう言えば、宝玄仙はあんな風に笑ったことなどないような気がする。

 ぼんやりと眺めていると、宝玉が不意に視線を向けた。

 

「そう言えば、宝玄仙……」

 

 宝玉が言った。

 

「なんだい?」

 

「『女淫輪』って知ってるかしら、あなた?」

 

「『女淫輪』?」

 

 耳にしたことのない言葉だと思った。

 いったい何のことだろう?

 

「……知らないねえ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「なにを知らないの、宝玄仙?」

 

「さあ……」

 

 よくわからない。

 なにを話していたのだろう……。

 

「じゃあ、もう一度、いってくるわ。それで終わり――。そうしたら、あなたに身体を返すわ」

 

「いいよ。ゆっくりしてくればいいさ」

 

「ねえ、明日は、あの娘たちに優しくしてあげて。あの娘たちは、とってもいい娘よ」

 

「いい娘だということは知っているよ。でも、優しくすることと、それは違うのよ。わたしには、わたしのやり方があるのさ、宝玉」

 

「でも、一日くらい、優しくする日があってもいいでしょう?」

 

 宝玉がじっと宝玄仙を見た。

 その顔を見ていると、なぜか、確かにそういう日があってもいいような気がした。

 

「まあ、わかったわよ。明日は、三人に優しくするよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「逆らわないのよ」

 

「逆らうって?」

 

 宝玉はなにを言っているのだろう。

 

「いいから。明日の一日は、あの娘たちの言うことに従ってあげてよ」

 

「まあ、一日ならね」

 

 よくわからないが、宝玄仙はそう答えた。

 自分でも理解できない感情が沸き起こり、明日一日、供の言うことに従うのが当然という気持ちになったのだ。

 

「ありがとう、宝玄仙」

 

 宝玉が言った。

 そして、宝玉を包む光が大きくなった。

 宝玄仙は、また無意識の中に飲みこまれた。

 

 

 *

 

 

 眼を開けると、寝台に横になっていた。裸身に敷布が一枚かけられている。

 まだ、身体がだるい。

 さんざんにいきまくったのだ。

 それも当然かと宝玉は思った。

 ふと見ると、沙那と孫空女が寝台の下に片膝で座っている。

 どうやら、あいだに挟まれているのは、朱姫のようだ。

 

「なにをしているの……?」

 

 宝玉は声をかけた。

 沙那と孫空女がじっとこっちを見た。

 その視線は、真剣そのものだ。

 ふたりの緊張感が伝わってくる。

 

「宝玉様……ですよね?」

 

 沙那が言った。

 そういうことかと思った。

 さっきの異様なまなざしは、いま、宝玄仙の身体を支配しているのが、宝玄仙の意識なのか、宝玉の意識なのか測っていたのだ。

 

「大丈夫よ……。今夜は、宝玄仙は出てこないわ……」

 

 宝玉は言った。

 ふたりがほっとした顔をした。

 

「ところで、なにをしているの? 朱姫は、どうして縛られているの?」

 

 宝玉は言った。

 沙那と孫空女に挟まれた朱姫は、背中に腕を回されて縛られている。背

 中で組んだ朱姫の両腕を縛った縄は、胸の上下にも食い込んで、朱姫の小さ目の胸の膨らみが強調されている。

 朱姫は、そんな姿で仰向けに寝かされて、動けないように全裸の沙那と孫空女のふたりにしっかりと脚で押さえられている。

 

「ちょっとしたことがあってね……」

 

 孫空女が言った。

 

「懲らしめです」

 

 沙那は不敵な笑みを宝玉に向けた。

 

「懲らしめ?」

 

「こいつは、調子に乗るという悪い癖があってね。少しは仕返しをしとかないと、あたしらの鉄の結束が乱れるからね」

 

 孫空女は言った。

 口調の強さの割りには緊迫感はない。

 表情も穏やかだ。

 宝玉は寝台から降りて、三人のいるところに歩いた。

 まだ、脚に力が入りにくい。宝玉は、朱姫の足元に床にお尻をぺたりとつけて座った。

 仰向けになっている朱姫の眼は、なにかおかしい。

 呼吸がとても静かで、ほとんど意識がないように見える。

 

 

「孫空女、ここよ。ここが血の流れを戻す経絡(けいらく)よ」

 

 沙那がそう言いながら、朱姫の首の一点を指で強く押した。

 

「う、うう……」

 

 半分閉じかけていた朱姫の眼が見開いた。

 

「どう、朱姫……眼が覚めた? 気持ちよかったでしょう?」

 

 朱姫の眼が定まっていない。

 まだ、完全には意識が戻っていないように見える。

 

「なにをしたの、沙那?」

 

「朱姫の頭に向かう血を制限していました。それで、朱姫は、失神寸前になったのです」

 

 沙那は言った。

 

「そんなことができるの、沙那?」

 

「できます……。さあ、朱姫、もう一度、夢の世界に行こうね」

 

 沙那が朱姫の首に指を向ける。

 

「か、勘忍……して……、さ、沙那姉さん……」

 しかし、沙那の指は、また、朱姫の首に食い込む。

 朱姫の呼吸が小さくなる。

 眼がまた虚ろさを取り戻す。

 

「覚えた、孫空女?」

 

 沙那が顔をあげて、孫空女に言った。

 

「だいたいね。あたしがやってみてもいいかい、沙那」

 

「いいわ、孫空女。やってみて。朱姫をよく観察して、失神の寸前で血を戻すといいわ。気を失ってしまうと、面倒だし、いまのように意識を半分失った状態で彷徨っているのは、気持ちがいいんだけど、だんだんと身体が追い詰められるわ」

 

 沙那は言った。

 孫空女はじっと朱姫を眺めている。

 やがて、宝玉の眼にも、朱姫がもうすぐ意識を失う瞬間がやってきたのがわかった。

 孫空女の指が、朱姫の首に一点を押す。

 朱姫が盛大に呼吸を始めた。

 

「はあ……はあ……はあ……あ、謝ります……。も、もう、許して……」

 

「謝らなくてもいいよ、朱姫。調子に乗るのは、朱姫の愉しいところさ。ねえ、沙那?」

 

 孫空女は言った。

 

「そうね。だけど、わたしたちだって、時々は調子に乗ってもいいわよね。だから、いまは、調子に乗っているのよ……」

 

 沙那は言った。

 

「……それって、苦しいの? 朱姫は、かなり呼吸が荒くなっているけど……」

 

 宝玉は言った。

 

「苦しくはないはずです。頭に血がいかないので、無意識で血を求めるので、息が荒くなっているだけです。でも、正常に流れるように経絡を解放していないので、いつまでたっても不十分な量しか朱姫の頭には血が流れません」

 

 沙那がまた、指で朱姫の首に押した。

 たちまちに朱姫の呼吸が静かになる。

 

「経絡とはなにかしら?」

 

 あまり聞いたことがない言葉だ。

 道術を遣えないはずの沙那が、不思議な力で朱姫の身体を操っている。

 

「経絡というのは、絡脈ともいって、つまりは、身体の中の気血榮衛の通り道のことです。主要な経脈は十二の正経と八の奇経ですが、さらに小さな孫絡を数えると、その数は八百にもなります。それを正確に突いて、身体を流れる気を操作すれば、呼吸でも血でも、五臓六腑でも自在に操作できます」

 

「道術とは違うのね、沙那?」

 

「違います。経絡の位置を知り、ちょっとしたこつを掴めば、誰にでもできることです」

 

「誰にでもというのは、どうかな?」

 

 孫空女が苦笑した。

 そして、今度は孫空女が朱姫の首を突いた。

 朱姫の荒い呼吸が戻り、苦しそうな表情になった。

 

「五臓六腑というと、心臓を止めることもできるの、沙那?」

 

 宝玉がそう言うと、沙那は顔をあげて、意味ありげな笑みを宝玉に見せた。

 そして、朱姫の右脇の一点を親指で叩くように押した。

 

 朱姫の身体が硬直した。

 朱姫の顔がこわばり、眼がこれ以上ないというくらい見開かれる。

 もう一度、沙那の親指が朱姫の脇を叩いた。

 

「がはっ――はがっ――ごほっ――」

 

 朱姫の口から激しく咳が出始める。

 激しい咳にも関わらず、顔は真っ蒼だ。

 しかし、すぐに、赤みを取り戻してはいく。

 

「宝玉様……。いま、朱姫の心臓は、ほんの少し止まった状態でした。あの状態をもう数瞬続けるだけで、朱姫は死んでいたはずです」

 

「怖いわねえ……」

 

 宝玉はそう言うしかなかった。

 

「さあ、朱姫、どうして欲しい。気を失いたい? それとも、頭に血を戻して欲しい? どっちなの?」

 

「も……う、許して……、さ、沙那姉さん」

 

 朱姫は苦しそうだ。

 呼吸は不規則で、縄に挟まれた乳房が大きく上下に揺れている。

 

「そんなことを沙那は、訊いていないだろう、朱姫? 沙那は、気を失いたいか、それとも、まともに戻して欲しいかと訊いているんだよ」

 

 孫空女は言って、首の横を押した。

 朱姫の表情が静かになる。

 すでに朱姫の身体は汗びっしょりだ。

 そして、朱姫の両眼からぼろぼろと涙がこぼれはじめた。

 次に、孫空女が血を解放したときには、朱姫は、激しく泣きはじめた。

 呼吸も荒い。

 

「泣かないのよ、朱姫。じゃあ、もう勘弁してあげる」

 

 沙那が、ぐいと首の経絡を押す。

 次第に朱姫の泣き声が小さくなる。

 息も静かになり、やがて、完全に朱姫の身体は力を失った。

 

「気を失ったの?」

 

 朱姫が失神したのは明らかだ。

 意識のない朱姫は恍惚の表情を浮かべているように見えた。

 

「はい、宝玉様。朱姫は気持ちがよかったと思いますよ。気を失うかどうかのぎりぎりのところをずっと彷徨わされたのです。その状態でずっといると、気を失いたくて仕方がなくなります。朱姫は恍惚の状態から気を失ったのですから」

 

 沙那は言った。

 

「残酷に苛めていたんじゃないのね」

 

「残酷に苛めていましたよ。でも気持ちがよかったはずです。わたしも孫空女も、朱姫が大好きですから……。だから、気持ちのいい方法で、残酷に苛めました」

 

 沙那は言った。

 孫空女も、朱姫の拘束を解きながら、横で笑って頷いている。

 

「そう……気持ちがいいのね……」

 

 宝玉は呟いた。

 そして、決心した。

 

「わたしにもやって……」

 

「ええっ―――?」

 

 沙那がびっくりした顔をして声をあげた。そして、宝玉の顔をまじまじと見つめる。

 

「して欲しいわ。わたしも、朱姫のように責めて……。そして、最後に失神させて」

 

「ほ、宝玉様がそうして欲しいのであれば……」

 

 沙那は、呆気にとられたような表情をしている。

 

「そうして欲しいわ」

 

「わかりました」

 

「それと、あなたたちに、お願いがあるの……」

 

 宝玉は続けた。

 

「なんでしょうか?」

 

「口を塞いで。言葉が喋れないように……。そして、気を失ったら、また、覚醒させて――。そして、また責めて――。猿ぐつわもして、手も縛るの。さっきの『道術封じの布』で抵抗できなくして……。そして、わたしを、もっと、残酷に苛めてよ……」

 

 おかしなことを言うものだと思ったかもしれないが、とりあえず、沙那は深く頷いてくれた。

 

「じゃあ、手を背中に回して、宝玉様」

 

 孫空女が言った。

 沙那と孫空女は、朱姫を拘束していた縄で宝玉の身体を縛りはじめた。

 手首が背中側で括られて、縄尻が肩にかかり胸の前を交差して、二の腕を拘束し、さらに背中で結わえられる。それで上半身が固まって動かなくなる。

 沙那と孫空女に両側から支えられて、また、寝台に載せられる。

 

「口を開けてください、宝玉様……。これがいいんですよね……」

 

 沙那は妖艶に笑うと、宝玉に口を開かせて『道術封じの布』を口に巻いて頭の後ろで結んだ。

 宝玉は、口を大きく開いて、もう、閉じることができない。

 沙那が、宝玉の口の中に舌を入れて、布越しに舐めはじめた。

 歯を一本一本舐めあげられ、歯茎を舌で愛撫される。口中のありとあらゆる場所をしゃぶられる。

 

「宝玉様、わたしたち三人は、食事の度に、こうやって、ご主人様の口の中を掃除させられるんですよ。そりゃあ、最初は驚いたし、嫌だったけど、いまは、なんでもありません。食べ物のかすや歯の汚れもなんでも舐めあげて、ご奉仕します。ご主人様……宝玉様の口の中もわたしたちのものなんです……。ご存知でしたか?」

 

 知っている……。

 宝玄仙が受けている奉仕は、宝玉も受けている。

 宝玉が表に出ているときは、無意識の中にいる宝玄仙は、外のことを知覚できないが、宝玄仙が表に出ているときも宝玉は外のことを宝玄仙の意識と一緒になって認識もできるし、宝玄仙が感じていることを一緒に感じることができる。

 しかし、自ら表に出て受けることと、宝玄仙を通じて感じることは大違いだ。

 口の中を愛撫されると、まるで口が性器になったかのような錯覚に陥る。

 股間が激しく感じるのだ。

 

「宝玉様、お股のお汁が溢れてきたよ。沙那の舌が気持ちいいんだね?」

 

 孫空女がそう言って、宝玉の脚に新しい縄を繋ぎ、大きく開脚させて、さらに肩の方向に引きあげて拘束する。

 宝玉の両脚は、両膝を胸の横に引き絞られて、陰部が剝き出しになった。

 お尻も少し浮いて、まるで挿入されるのを待ち望んでいるような格好だ。

 その孫空女が右の内腿を、宝玉の口への奉仕を終えた沙那が左の内腿に口づけをした。

 宝玉の全身に震えが走る。

 

 しばらくの間、両側から迫るふたりが、宝玉の股を舌で舐め回した。

 別に敏感な部分を直接に刺激されているわけではないが、執拗に内腿の舐められていると、股間の中心がどうしようもなく疼いて仕方がなくなる。

 やがて、沙那が股間から離れた。

 態勢を変えた孫空女の顔が、宝玉が曝け出している股間に被さる。

 孫空女の息を股間が感じる。

 孫空女の舌が股間の付け根をざらりと舐めた。

 

「やああああ」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 

「いきますよ、宝玉様……。これが、半分意識を失わされた世界です」

 

 沙那の指がとんと宝玉の首の一点を突いた。

 

「あ……」

 

 宝玉は、大きく開いた口から思わず声を洩らした。

 すっと頭から血が下がっていく。

 それとともに、意識が遠のく。

 だけど、意識を失うところまではいかない。

 頭が朦朧とする。

 その朦朧とした状態でいつまでも留まる。

 

 また、とんと指の感触――。

 血が戻っていく。

 意識もはっきりとしてくる。

 しかし、完全に覚醒する前に、また血を止められる。

 

 再び意識が遠のく……。

 そして、戻される……。

 これが、朱姫が味わっていた世界なのだ。

 

「……沙那姉さん、孫姉さん」

 

 朱姫の声だ。

 どうやら、意識を取り戻したらしい。

 

「気がついた、朱姫? よかったら、宝玉様の股間への奉仕を代わってよ。お前の方がうまいからさあ」

 

 孫空女がさっきの朱姫への責めなどなかったかのようにあっけらかんと言った。

 

「はい」

 

 朱姫もまた、くったくのない声で返事をすると、孫空女に代わって、宝玉の股間に被さり、舌を遣い始める。

 

「はあ……はが……が……」

 

 その巧みな舌遣いにあっという間に宝玉は翻弄される。

 そして、朱姫の舌は孫空女が刺激をしていた場所よりも、もっと際どい位置をなぞる。

 宝玉は身体を仰け反らせかけた。

 だが、沙那の指がとんと首を突く。

 それで身体の動きを止められる。

 全身の力が弛緩するのだ。

 それでいて、朱姫の舌が責める股間の部分だけがこれ以上ないというくらい敏感になっている。

 

「ひゃ……ひゃあ……はが……」

 

 孫空女が今度は宝玉の胸を舐めはじめた。

 胸と股間、そして、沙那の経絡責め――。

 

 宝玉は何度も悶絶し、そして、意識を飛ばされそうになり、何度も覚醒させられた。

 孫空女も朱姫も、宝玉が完全に絶頂するほどには刺激を与えない。

 ぎりぎりのところを彷徨わせられる。

 

 どのくらい続いただろうか。

 果てしない三人の責めに、宝玉は完全に狂乱した。

 

「そろそろ、楽にしてあげよう――」

 

 沙那が言うと、孫空女と朱姫の責めも核心を突いたものに変化した。

 宝玉は、獣のような咆哮とともに、再び意識を失った。



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116 覚醒してみれば

 また、宝玉が戻って来て、出現した。

 にこにこと笑っている。

 まだ、意識の中のようだ。

 

 なにか幸せそうな宝玉の姿に宝玄仙は苦笑した。

 こうやって宝玉と意識の中で向き合うことができるようになったのは、帝都で暮らしていたときからだが、考えてみれば、その頃の宝玉は、いつも追い詰められたような暗い顔をしていた。

 こんなに明るくて、ほがらかな面もあるのかと知ったのは、本当に最近のことだ。

 

「また、失神させられちゃったわ」

 

 宝玉は笑って言った。

 

「あいつらの責めはそんなに気持ちよかったのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「うん……」

 

 宝玉は頷いた。

 

「……だから、交替ね。幸せの、お、す、そ、わ、け」

 

 なにを言っている……。

 そう言おうとしたが、宝玉が闇に包まれて見えなくなった。

 気がつくと、宝玄仙自身が眩い光に照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎょっとした。

 身体が拘束されている。

 腕は、背中に回されて縄でがちがちにされている。

 両脚は、胸の横近くまで縄で引きあげられて、これ以上ないというくらいに、開脚して股間が曝け出されている。

 

「気がつきましたか、宝玉様」

 

 沙那が言った。

 孫空女と朱姫もいる。

 三人で身体を舐めまわしていたようだ。

 その三人が顔をあげて、宝玄仙を覗き込んでいる。

 

「三人で話し合ったんだけど、これから、宝玉様におしっことうんちをしてもらおうってことになったんだよ」

 

 孫空女が言った。

 

「大丈夫ですよ。三人でお世話してさしあげますから……。でも、せっかくの機会なので、いつも恥を晒しているあたしたちと同じになって欲しいんです」

 

 朱姫も言った。

 冗談じゃない。

 なにを考えているんだ。こいつら……。

 

 それにしても、なんというところで交代をさせるんだ、あの宝玉め―――。

 宝玄仙は、自分は宝玉じゃないと叫ぼうとした。

 

 そして、口の中に布が押し込まれていることに気がついた。布が押し込まれた口をさらに縄が上から結ばれている。喋れない―――。

 仕方なくそのまま叫んだ。

 

「そんなに、嫌がるなら、是非に見てみたいですね。宝玉様がうんちやおしっこをなさる姿を……」

 

 朱姫が宝玄仙の無防備な股間を舐めあげる。

 ぞわりとした感覚が昇ってくる。

 それで、自分の身体がかなり淫情していることも知った。

 

「まずは、おしっこだね」

 

 孫空女が細い管のようなものを取り出した。

 

「寝台を汚しては、この部屋を提供してくれた村の人に申し訳ないから、寝台から降りましょうか」

 

 沙那がそう言うと、宝玄仙は、開脚縛りのまま、三人に担がれた。

 その間もなんとか、宝玉ではないことを知らせようとして声をあげたが、呻き声になるだけでちゃんとした言葉にはならない。

 

 そうだ、道術――。

 こいつらの身体に刻んでいる内丹印に霊気を……。

 

 しかし、そこでも愕然とする。

 霊気が消失している。

 

 いや、完全ではないのだが、零に近い。

 なにか首に巻かれている気がする。

 よく見えないが、黒い色がちらちらと視界に入る。

 なんだ、これ?

 

 道術を封じるの布?。

 とにかく、宝玉は、宝玄仙の霊気を消失させるこの怪しげな紐を遣って、この三人と遊んでいたらしい。

 

「じゃあ、器用な朱姫にお願いするよ」

 

 宝玄仙を床に降ろすと、孫空女が朱姫にさっきの管を渡した。

 その管が宝玄仙の曝け出した股間に近づく。

 宝玄仙は暴れた。

 その身体を沙那と孫空女にがっしりと抑えられる。

 

「怖くないから、大丈夫ですよ、宝玉様」

 

「そうだよ。さっきの経絡責めみたいに、やってみれば病み付きになるかもしれないよ」

 

 宝玉じゃない……。

 宝玄仙だ――。

 どうやったら、それをこいつらに伝えられるだろう。

 懸命に頭を巡らす。

 

「まずはきれいにします」

 

 朱姫が宝玄仙の股間に、また覆いかぶさる。

 ぱっくり開いているらしい宝玄仙の股間の尿道の入口辺りに舌を使い始める。

 

「んんんっ――」

 

 宝玄仙は、たちまちに感じさせられた強い刺激に声をあげた。

 朱姫は別にことさら宝玄仙を感じさせようとしているわけでないようだ。

 それは、わかる。

 だが、朱姫が尿道に舌を動かすと、どうしてもその一部が宝玄仙の肉芽や襞に当たるのだ。

 それが痺れるような官能の矢になって宝玄仙を襲う。

 長い朱姫の舌遣いに宝玄仙は、翻弄させられた。

 油断すると、それだけで達しそうだ、

 やっと、朱姫が宝玄仙の股間から口を離した。

 

「そろそろ、いきますよ、宝玉様」

 

 やめてくれ――。

 宝玄仙は、口の中で叫んだ。

 だが、朱姫の指は、大きく宝玄仙の女陰を開いてくつろげ、尿道の中に、さっきの細い管を差し入れていく。

 気持ちの悪い妖しい感覚が、股間から全身に拡がる。

 背中を押さえていた孫空女が宝玄仙の身体を起こした。

 

「ほら、見える? 宝玉様のおしっこだよ」

 

 管の先から尿が流れ出ている。

 それを沙那が水飲み用の盃で受けている。

 もう少しで盃が溢れるというところで、尿はとまった。

 

 すると沙那が尿の入った盃を横に置き、別の盃を持ってきた。

 尿を受けた盃より大きい。

 その中には水が入っているようだ。

 朱姫は朱姫で、宝玄仙の尿道に挿しこまれている管の先に、準備していた漏斗を挿した。

 上にあげた管の入口の漏斗に沙那が、持ってきた盃の水を注ぎ込む。

 あっという間に膀胱に水が溜まり、猛烈な尿意が沸き起こった。

 朱姫が尿道から管を引き抜いた。

 その刺激に宝玄仙は顔をしかめた。

 

「宝玉様……。いくらなんでも、宝玉様だって、浣腸なんてされたくないよねえ?」

 

 身体を支えている孫空女が耳元で言う。

 宝玄仙は頷こうとした。

 しかし、首に巻かれている布のせいでうまく頭が動かない。

 

「あれっ? もしかしたら、宝玉様は、浣腸を受けたいのですか」

 

 朱姫が意地悪く詰め寄った。

 こいつら、わかっていて遊んでいる。

 怒りも込みあげるが、それとともに抵抗のできないこの状態に、妖しい陶酔感のようなものも身体を包み始める。

 

「それで、新しい条件です。わたしたちは、これから、宝玉様を責めます。おしっこを我慢したまま、達することができたら、浣腸は勘弁してあげます。でも、はしたなく途中でおしっこを洩らしたら、罰として三人の浣腸を受けていただきます」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙は口の中で吠えた。

 無理矢理に注入された水により、尿意はもう限界だ。

 尿意を逸らそうとして、脚の指を曲げたり、背中の手を握ったり開いたりしているのだが、いまは尿意のことしか考えられないようになっている。

 この状態で、三人の責めなど受けられるわけがない。

 宝玄仙が調教して、教え込んだ手管を持った三人だ。

 それを同時に受ければあっという間に宝玄仙は達してしまうだろう。

 それをこの尿意を耐えたまま耐えられるわけがない。

 

 しかし、すぐに三人の責めが始まった。

 朱姫が宝玄仙の後ろの孔、沙那が股間の前側に指を這わせる。

 孫空女は胸だ。

 敏感な場所への三人の同時攻撃に、宝玄仙はすぐに追い詰められた。

 だが、猛烈な尿意が、それに備えることを許さない。

 

 おしっこが出る……。

 そこに沙那の指が這う。

 沙那の指を気にすると、指を挿しこんで尻襞をほじる朱姫の責めに対処できなくなる。

 孫空女の乳首への責めなどただ快楽を受け入れるだけだ。

 耐えることなどできない。

 宝玄仙は苦悶に気が狂いそうになる。

 この身体は、もう何度もいかされているのだろう。

 高みの限界に持ちあげられるのに、長い時間は必要なかった。

 

 もういく……。

 身も心も蕩ける。

 宝玄仙は、眩暈にも似た官能のうねりに、もう快感に身を委ねた。

 

 三人が声をあげた。

 どうやら、おしっこを洩らしたようだ……。

 

 宝玄仙は頭が痺れるほどの心地よさとともに昇天した。

 もうなにがなんだかわからない。

 自分が宝玉であろうと、宝玄仙であろうとどうでもいい気がしてきた。

 それよりも、身体が浮きあがる。

 ふわふわと漂い、どこまでも昇りつめてしまうような気持ちだ。

 たった一度の絶頂でここまで意識が遠くなる感覚は初めてだ。

 絶頂の余韻に浸る宝玄仙の尻孔に、なにかが当たった。

 

 そうだった……。

 尿意を我慢できなかったから、罰を受けるのだ……。

 宝玄仙の朦朧とした頭がそれを思い出す。

 

 これは罰なのだ……。

 菊座の花芯に、いつの間にか浣腸器が咥えさせられている。

 いつも宝玄仙が使っているものだ。

 霊具でもあり、水を入れるとちょうどよい温度の浣腸液が整合される。

 

「いくよ……」

 

 浣腸器を持っていた孫空女がゆっくりと液体を宝玄仙の中に注ぎ込み始める。

 

「頑張ってください、宝玉様」

 朱姫が肉芽を愛撫しはじめる。

 巧みな指使いに、達したばかりの宝玄仙の股間はすぐに追い詰められる。

 浣腸を受けながら加えられる肉芽への責め――。異様で妖しい甘美感に宝玄仙は、我を忘れてしまう。

 孫空女が注ぐ浣腸液はほんの少しずつだ。

 それも宝玄仙を追いつめる。

 浣腸液を受けながら、肉芽をいたぶられる。

 宝玄仙は、もう進退窮まってきた。

 

「いきそうですか、宝玉様……。遠慮なくいってください」

 

 朱姫がささやく。

 

「でも、途中でいったらやり直しだよ。また、おしっこからやってもらうよ」

 

 孫空女が言う。

 そんな……。

 宝玄仙は愕然とする。

 

「そうですよ。おしっこをして、それを我慢したまま一度気をやり、そして、浣腸を受けて、今度は絶頂を我慢したまま、うんちをする。それがちゃんとできるまで、何度もやり直してもらいますからね、宝玉様。最初に気をやって、それから、うんちして、また、気をやってから、おしっこです。その順番にできるまで繰り返しですよ」

 

 沙那が言った。

 

「だから我慢するんですよ、宝玉様……」

 

 朱姫はくすくすと笑いながら、肉芽を愛撫する手を速くした。

 耐えられるわけがない――。

 結局、宝玄仙はすぐに達してしまった。

 

「やり直しですね……。じゃあ、途中で漏れないように、ここには蓋をしておきます。これはご主人様の霊具ですけど……」

 

 孫空女が浣腸器の管を抜いた後、沙那が宝玄仙の肛門になにかを入れた。

 肛門の入口が圧迫されて浣腸液でかき乱されている腸の中身の出口が封鎖される。

 沙那の言うとおり、これは宝玄仙の霊具だ。

 だから、見なくてもなにをされたのかわかる。

 肛門を霊具で封鎖されたのだ。

 単純な肛門栓だが、それを外さない限り、絶対に排泄物が外に出ることはない。

 そして、この霊具には、単純に穴を封鎖する以外に、もうひとつの機能がある。

 

「ふぐうっ――」

 

 すぐにその機能が働きはじめた。

 肛門に挿された淫具が淫らな振動を始めたのだ。

 

 肛門を締めつけると、強く振動する。

 それがこの淫具の特徴だ。

 だが、排泄感で苦しくなると自然に肛門を締めつけてしまう。

 締めつけると、肛門栓の与える淫らな振動で快感を受けてしまう。

 そして、快感を受けると強烈な便意が襲うので無意識にまた肛門を締め付け……。

 そうやって、被虐の堂々巡りを味わうことになるのだ。

 

 それに、この肛門栓は、外さなくても浣腸液を追加できる。

 つまり、肛門栓を外してもらわない限り、もう、宝玄仙は大便を排泄できない。

 

「さあ、管をまた挿しますね」

 

 朱姫が尿道にまた管を挿し始めた。

 

「わたしたちが準備した苦役を全部達成できたら、三人で宝玉様のお尻を張形で犯します。だから耐えてくださいね」

 

 沙那が囁くように言った。

 まだまだ長い夜になりそうだ。

 ぞっとする恐怖感と密かな期待感に宝玄仙は酔い始めてきた。

 

 仕方がない……。

 ここは、こいつらの責めを受けてやることにするか……。

 膀胱に受ける尿道浣腸による猛烈な尿意が襲う。

 

「さあ、いきますよ」

 

 朱姫が肉芽を舐める。

 妖しい快感が宝玄仙を狂わせ始める。身体中の皮膚感覚がそこに集中してる気がした。

 

「宝玉様、洩らしちゃだめだよう」

 

 孫空女が乳首を舐めはじめる。

 そして、沙那がもうひとつの乳首を……。

 肛門からは霊具の振動――。

 宝玄仙は、またあっという間に官能の頂点に到達してしまった。

 二度目は、排尿を我慢したまま、気をやることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたら、宝玉にしてやられたのではないだろうか……。

 

 沙那がそう考え始めたのは、尿道浣腸と直腸浣腸を交互に受けながらいかされ続けるという責めに、宝玉が涙を流し始めたときだった。

 その反応が宝玉ではないような気がしたのだ。

 

 激しく責められることが好きな宝玉のために、肉体的にも精神的にもかなりの責めを与えたのだが、いつもの宝玉はもっと恥辱に酔ったような表情をする。

 あんなにも苦痛に顔を歪めたりしない。

 そして、宝玉は被虐を受けて、涙を流すことはあっても、泣くということがない気がする。

 眼の前の宝玉は、涙を流すだけではなく、はっきりと泣いていた。

 

 それも号泣に近い。

 もしも、眼の前の宝玉が、本当は宝玄仙だったら……。

 

 そう思うと、猿ぐつわを外せなくなった。

 考えてみれば、なぜ、宝玉は、次に失神から覚めたら猿ぐつわをして責めてくれなどと言ったのだろう。

 

 もしかしたら、あの後、宝玉から宝玄仙に交替したのではないだろうか――。

 

 もしも、そうだとしたら、自分たちはどうなってしまうのか……。

 考えていたが、すでに自分の女陰に双頭の張形を咥えさせた朱姫が、うつ伏せにさせた宝玉……あるいは、宝玄仙の肛門を犯し始めている。

 宝玉、あるいは宝玄仙は号泣している。

 もう、遅い。いまさらだ。

 朱姫もそうだが、責められている宝玉、あるいは、宝玄仙も完全に倒錯に酔っている。

 沙那は考えるのをやめて、自分も被虐と嗜虐の世界に心を委ねることにした。

 

 

 *

 

 

「おはようございます、ご主人様」

 

 眼が覚めると、沙那と孫空女と朱姫の三人が寝台の下に正座をして挨拶をした。

 浣腸を繰り返しされて、しかも、排泄を許されず、その間、何度も強制排尿と絶頂をさせられてから、やっと眼の前で、木桶に排泄させてもらえた。

 宝玄仙の肛門から出た排泄物は、すぐに処分されたが、尿は何度も床に撒き散らしたはずだ。

 だが、一見したところ、きれいに掃除が終わっている。

 床だけではなく、荷物もすっかりと片付けられていて、三人の供の身支度も終わっている。

 終わっていないのは、素裸で寝台に寝ていた宝玄仙の身支度だけだ。

 

「お身体をお拭きします」

 

 沙那が言い、朱姫と沙那が桶に溜めた湯で絞った布で宝玄仙の裸身を拭きはじめた。

 身体の寝汗が拭かれるのを委ねながら、昨夜のことは夢だったのだろうかと思う。

 だが、本当のことだろう。

 

 全身が重い。

 気だるさが残っている。

 しかし、とてもじゃないが、あれは宝玉ではなく、宝玄仙だったのだと言う気になれない。ましてや、こいつらの責めに屈して、号泣してしまうとは……。

 なんという醜態を晒してしまったのだろう。絶対に言えない。

 仕返しをしようという気持ちにもならない。

 

「お口を掃除させていただきます」

 

 朱姫が言った。

 宝玄仙は、自分の口を開ける。

 朱姫が、宝玄仙の口を舌で掃除しはじめる。

 毎日の日課だ。

 

 朱姫の舌が、宝玄仙の歯を一本一本舐めあげる。

 不意に、衝撃に身体が跳ねた。

 思わず、朱姫の顔を押し避けて、股間を押さえる。

 突然、肉芽が震えはじめたのだ。

 

「ああっ……あっ……」

 

 たちまちに込みあげる淫情に、気がつくと股間を両手に手を当てて、腰をくねらせていた。

 

「ど、どうかしましたか、ご主人様?」

 

 朱姫が宝玄仙の顔を覗き込みながら言った。

 

「お、お前……」

 

 思わず朱姫の顔を見る。

 朱姫は、なにかを隠しているような笑みを浮かべているが、なにかわからない。

 身体が熱くなる。

 宝玉は、裸の下半身にまだ被っていた布を剥がした。

 自分の股間に眼をやる。

 肉芽が勃起し、ねらねらと濡れている。

 勃起している肉芽の根元には、銀色の輪のようなものが食いこんでいる。

 

 別にこれといっておかしいものはない。

 だが、なぜこんなに感じるのか……。

 いまは、なんともない。

 急に股間に妖しい衝撃を感じたのだ。

 

「どうかしたのかい、ご主人様?」

 

「お身体の具体でも?」

 

 横に侍っていた孫空女と沙那もそれぞれに言った。

 

「わ、わからない……。急に、なんか……」

 

 いつの間にかさっき、不意に沸き起こった快感の衝撃は収まっている。

 まだ、余韻のようなものは残っているが、いまはそれほどでもない。

 

「うわっ……んんっ――」

 

 また、あの刺激……。

 肉芽が弾かれている……。

 理由がわからず、どんどん高まる刺激に、宝玄仙は腰を震わせて悶えた。

 しばらく得体の知れない刺激に翻弄されていると、限界を遥かに超えたもの凄い振動が肉芽で発生した。

 稲妻のようなものが身体を走り抜け、宝玄仙は呆気にとられたような表情の三人の供の前ではしたなく、絶頂してしまった。

 

「お、お身体の具合が悪いようですね……」

 

 なぜか、沙那がうっとりした表情で身体を脱力させた宝玄仙の肩を抱きながら言った。

 

「も、もしかしたら、宝玉様のせいかもね……」

 

 孫空女が言った。

 

「宝玉?」

 

「ゆ、昨夜、いっぱい遊んだからさあ――。淫具とか、道術の影響が残っているのかもね」

 

 そんなことがあるわるわけがないとは思ったが、確かに宝玉が関係している可能性はあると思った。

 そうでなければ、理由もなく淫情するというのは、どう考えてもおかしい。

 

「とにかく、お召し物を……」

 

 沙那が、服を差し出した。

 身支度を供たちにさせながら、またしても、突然に股間が疼きはじめた。

 

「ああっ……」

 

 宝玄仙は思わず腰を落とした。

 その腕を沙那が掴んだ。

 

「……とにかく、今日は、村の人がお礼の宴を開いてくれることになっています。そろそろ、出ていった方が……」

 

 宝玄仙は驚いた。

 そんな時間とは思わなかったのだ。

 そう言えば、窓から差し込む光が強い。かなり、寝入ってしまっていたらしい。

 

「だ、だめさ……。きょ、今日は、具合が悪いんだ……こ、断っておくれ……」

 

 股間の疼きがとまらない。

 こんな状態では、外には行けない。

 

「そうはいかないよ、ご主人様。すっかり、準備が終わっているみたいだよ。いまさら、そういうわけにはいかないよ」

 

 孫空女だ。

 

「そうですよ。上座に座って、普通に食事でもしていればいいだけですから」

 

 沙那は、そう言いながら、宝玄仙にどんどん服を着せていく。

 その間も股間は震え続ける。

 

 肉芽の刺激が強すぎて、快感が突きあげる。

 

「い、いやだって、言っているだろう――」

 

 いつにない強引な沙那に、宝玄仙は声をあげて、沙那の手を振りほどく。

 その宝玄仙の肩を孫空女ががっしりと掴む。

 

「大丈夫だって、ご主人様」

 

 孫空女が、宝玄仙をぐいぐいと外にむかう扉に向かって押していく。

 

「お前ら、いい加減に―――」

 

 道術で電撃でも食わらせてやろうかと思ったが、なぜかそういう気になれない。

 身体を振って、孫空女の強い力から脱しようと思った直後に、これまでにないくらいの強い振動がまた股間に走った。

 

「ひゃあああぁぁ――」

 

 宝玄仙は、がくがくと腰を震わせてその場にしゃがみ込んだ。

 あっという間に達したのだ。

 宝玄仙は、愕然としてその場でしゃがんだままでいた。

 股間の振動が静かになった。

 

「ご主人様、一度いけば、しばらく大丈夫ですよ」

 

 朱姫が訳のわからないことを言い、扉を大きく開いた。

 

「宝玄仙様、おはようございます――」

 

 一斉にあがった声に、宝玄仙はびっくりして慌てて立ちあがった。

 家の外には、その村の村長を始め、近隣の村の有力者たちが十人ほど並んでいた。

 宝玄仙は、平静を装って服を整える。

 

「す、すまなかったね……。ちょ、ちょっと寝過ごしたようで……」

 

 宝玄仙は、そう言いながらも自分の顔が引きつるのを感じた。

 さっきほど強くはないが、相変わらず肉芽の中心から淫靡な刺激が続いている。

 全身から汗が噴き出るのを感じながら、宝玄仙は、挨拶を交わした。

 

「さあ、どうぞ」

 

 村長が手を指し示す。

 両側に沙那と孫空女が、ぴたりと張りつく。

 断わりをする間のないまま、ほとんど、引っ張られるように強引に外に出された。

 歩くと、股間の疼きがさらに大きくなってしまい、宝玄仙は知らずに腰を引いてしまう。

 

「ご主人様、そんなに腰を振っちゃだめだよ……」

「そうですよ。もう少し、自然に……」

 

 孫空女と沙那が小声でささやく。

 

「そ、そんなこと言ったって……」

 

 村長の案内に従いながら、宴の会場に連れていかれた。

 宴の会場は、村の中央の広場に設けられており、中央に料理や酒が並べられ、踊りを踊る者、楽器を鳴らす者とかなりの賑わい見せていた。

 宝玄仙が通りかかると、それらが静かになり、一斉に拍手が鳴り響く。

 

「あっ、またっ」

 

 手を振って挨拶をしようとすると、ぶるぶると股間がまた強く震えた。

 すぐに静かになったものの、もう、腰に力が入らない。

 宝玄仙は、足が取られたようになり、身体を崩しかけた。

 その腰をがっしりと孫空女が掴んで支えた。

 しかし、孫空女が掴んだのは布越しだが、宝玄仙のお尻の割れ目の中央の孔の部分だ。

 それを下側から握っている。

 

「お、お前――ど、どこを……」

 

 どこを触っているんだと言おうとしたが、それを邪魔するように、股間が強く震える。

 沙那がさっと移動して、朱姫とともに宝玄仙の背後を隠した。

 その状態のまま、上座に向かって衆人の間を歩かされる。

 

「ご主人様……、もう一度、いったらいいよ。それで落ち着くから……」

 

 孫空女が妖しい笑みを浮かべた。

 ここでいく?

 大勢の村人が集まっている場所の中心だ。

 しかも、ほとんどの彼らの視線は、宝玄仙に集まっているのだ。

 お尻を触る孫空女の手がもそもそと動き始める。連動するように強くなる肉芽の振動――。

 

「んんっ――」

 

 宝玄仙は唇を噛みしめた。

 一瞬、我を忘れ、全身を痙攣させて、その場で恥を晒した。

 しゃがみ込むことだけは、孫空女が支えてくれた。

 

 呆然とした。

 これだけの人間の眼の前で絶頂してしまったのだ。

 だが、そんな宝玄仙の姿にそれほどの不自然さを感じた者はいないように思えた。

 それだけはほっとした。

 しかし、これ以上、これが続けば、宝玄仙のおかしな動きは、だんだんと周りにも気づかれてしまうだろう。

 もう逃げたい。

 だが、孫空女と沙那が、強引に宝玄仙を上座に座らせる。

 

 それからしばらくは、激しく達するような刺激はなかったが、その代わり、疼きのような弱い刺激はずっと続いた。そ

 して、ときどき、思い出したように激しく肉芽が強く震えたかと思うと、あっという間に収まる。

 

 激しく動くことと、静かに震えることを繰り返す肉芽。

 その時間も間隔もばらばらだ。

 いつ、強く動くのか備えられない。

 しかも、絶対に収まることはなく、宝玄仙は終わりのない謎の刺激に泣きそうだった。

 

 宝玄仙は、翻弄され続けた。

 情けないのは、厠に行ったときだった。

 

 厠で尿をしている最中に、最大限の衝撃が股間から沸き起こった。

 それで、尿をしているときに姿勢を崩してひっくり返ってしまい、外で待っている沙那に着替えを持ってこさせなければならなかったのだ。

 

 その日は、紅孩児(こうがいじ)というこのところ近隣の村を荒らし回っていた妖魔を退治した礼ということで、近傍の村が共同でお礼の宴をしてくれたのだが、それどころじゃなかった。

 衆人の中で不意に沸き起こる不規則な淫情の嵐に、宝玄仙は歯を食い縛って耐えなければならなかった。

 そして、大勢の村人の囲む輪の中で、はしたなくも何度も密かにいき続けた。

 

 夕方になって、やっと宴が終わるころには、宝玄仙は息も絶え絶えになった。

 その夜は、供を苛むこともなく、あっという間に眠りについた。

 

 

 *

 

 

「よくもやってくれたね、お前ら」

 

 次の日の朝、眼を覚ました宝玄仙は、すぐに沙那と孫空女と朱姫の三人を並べて、下半身だけを裸にさせてしゃがませた。

 両膝は、限界まで左右に開かせているので、三人の無毛の女陰が曝け出している。

 

「ど、どうして……?」

 

 沙那が呟いた。

 宝玄仙に聞かせるための言葉じゃないが、宝玄仙は、それを聞き逃さなかった。

 

「いま、どうしてって、言ったね、沙那?」

 

「い、いえ……。い、いや……は、はい」

 

「どっちなんだい?」

 

 宝玄仙は、自分の眼の前の空気を指で弾く仕草をした。

 その刺激を沙那に刻まれている内丹印を通じて、沙那の肉芽に送り込む。

 

「ひぎいっ――」

 

 沙那が、肉芽を指で弾かれる痛みに仰け反って姿勢を崩しかけた。

 しかし、同じ姿勢を保てと命令を受けている沙那は、懸命に態勢を保った。

 

「わたしはお前に質問しただろう、沙那。答えな──」

 

「い、言いました――」

 

 沙那が慌てて言った。

 

「どうして……。それからなんだい? なにを言おうとしたんだい、沙那?」

 

「そ、それは……」

 

 宝玄仙は、再び指を弾く仕草をした。

 

「わああっ。い、言います。言いますから。どうして、昨日のことを覚えているんだろうと思いました――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「さて、誰が首謀者だい? つまり、宝玉と取引をしたのは?」

 

 宝玄仙は言った。

 昨日のことは、はっきりと覚えている。

 突然に欲情したり、繰り返し股間を不可思議に刺激され続けたあれは、『女淫輪』によるものだったに違いない。

 だが、昨日の宝玄仙は、『女淫輪』のことを認識することができなかった。

 おそらく、宝玉がそういう自己暗示をかけたのだ。

 尻比べに負けたらそうすると、宝玉は、供と約束をしたのだろう。

 そんなことを用心深く宝玉と取引するのは、沙那に違いないが、わざと朱姫や孫空女にも視線を向ける。

 

「朱姫、お前かい?」

 

 道術で朱姫の肉芽を弾く。

 

「ひいぃ――。ち、違います」

 

 朱姫が泣きそうな顔で叫んだ。

 

「じゃあ、お前かい、孫空女?」

 

 孫空女の顔がこわばった。肉芽を弾かれると思っているだろう。

 宝玄仙は、油断して無防備の孫空女の肛門を代わりに道術でくすぐった。

 

「うひゃああぁぁぁ――」

 

 孫空女が跳びあがった。

 手を後ろにやって、かろうじてひっくり返ることだけは免れた。

 

「お前が首謀者だね、沙那? 宝玉とおかしな約束をしたのは?」

 

 宝玄仙は、また指を弾いた。

 

「んぎいっ}

 

 痛みを送り込まれた沙那が、悲鳴をあげて、また、身体を崩しかける。

 

「は、はい。そうです。も、申し訳ありません」

 

 沙那は声をあげた。

 

「いいだろう。じゃあ、なぜ、昨日のことを思い出したか教えるよ、沙那」

 

 宝玄仙は、沙那だけではなく、横で蒼い顔をしている孫空女と朱姫にも道術で肉芽への刺激を送り込んだ。

 与えたのは、『女淫輪』と同じような小刻みの振動に加えて、舌で舐め回されている感覚だ。

 三人が真っ赤な顔で悶えはじめる。

 

「言っておくけど、許可なくいったりしたら、その下半身だけ丸出しの格好で、村を歩かせるよ。この宝玄仙に二言があると思わないことね」

 

 三人の欲情した顔に、恐怖の色が混じる。

 

「宝玉は、昨日一日は、この宝玄仙が、『女淫輪』のことが知覚できなくなるし、その腹いせや仕返しをお前たちにしないように暗示をかけることをお前たちと約束したようだね」

 

 宝玄仙はことさらゆっくりと語った。

 三人が苦しそうによがっている。

 

「……でも、その翌日も思い出さないとは、約束はしなかったらしいね。宝玉も、昨日については、暗示をかけたけど、それを今日も持続するように暗示をかけるのは忘れていたようだね」

 

 三人が恐怖と淫情に引きつっている。

 宝玄仙は、その恐怖の表情を眺めて、思わず含み笑いをした。

 とりあえず、その笑みを三人に見られないように隠す。

 

「さあて、どうしてやろうかね。とりあえず、許可なくいったら、下半身丸出しで村を歩かせるという言葉は覚えているね……?」

 

 そう言うと、宝玄仙は、最大限の淫情を三人の身体に送り込んだ。

 三人がほぼ同時に、喉を仰け反らせて絶叫しながら、股間から潮のようなものを一斉に噴き出した。

 

「達したね。わたしの眼を見るんだよ、お前たち」

 

 宝玄仙は言った。

 三人の供が泣きそうな表情で、宝玄仙を見た。

 

 『縛心術』を結ぶ。

 

「……さて、お前たちは、いま下半身丸出しだけど、お前たちは、それを忘れてしまうよ……」

 

 三人の視線が虚ろになった。

 

「じゃあ、外に行っておいで。そうだね。半刻(約三十分)ほど、そのまま、三人で歩き回ってくるんだ。村の人間に会ったら挨拶を忘れるんじゃないよ。村人がなんと言おうと気にするんじゃない。必ず、半刻(約三十分)は外にいるんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、沙那だけを見る。

 

「それから、沙那、お前はさらに追加だよ。半刻(約三十分)経って、お前たちはやっと自分たちの姿に気がついて戻って来るけど、沙那、お前だけは、この建物に入れない。建物の前で、突然、立小便を洩らしてから、それが終わってからやっと家に入れる。お前は、あまりに恥ずかしくなると、どうしても立って小便がしたくなると思うよ。里の者が見ている前でね……」

 

 ぼんやりとした表情の沙那が頷く、

 そして、三人がそのまま家の外に出ていく。

 

 宝玄仙は、そのまま寝台にごろりと横になった。

 まだ、身体がだるく、起きあがるのはつらいのだ。

 

 そのうち、窓の外から喧騒が聞こえてきた。

 まあ、時間が経って道術が切れたら、血相を変えて戻って来るだろう。

 もちろん、我に返っても、自分たちが下半身を露出しながら歩き回ったことはしっかりと記憶に刻みつけられる。

 

 外では、本当に大騒ぎが起きている。

 あの三人が明るく挨拶する声もしている。

 

 宝玄仙はやがて込みあげた睡魔に自分の身を委ねた。

 

 

 

 

(第19話『五人の尻勝負』終わり)



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第3章【智淵(ちふち)城(性奴隷城)篇】
117 ご禁制の教義


「な、なんで止めないのよ、馬鹿朱姫──」

 

 いつも冷静な沙那が激怒している。

 朱姫はすくみあがった。

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃないわよ。城郭は危ないかもしれないから、わたしが様子を見にいってからにしましょうって、あれ程言ったじゃない。どうして、ご主人様を城郭に行かせたのよ」

 

 車遅(しゃち)国の東側の山中であり、東閣(とうかく)という地方都市のすぐ近傍になる。

 車遅国は西方諸国の西側にある王国としては、比較的大きな王国である、その領域に入ったばかりだった。

 大きな街道や城郭を避けながら西に進んでいる一行としては、久しぶりに人の賑やかな場所に近いところにやってきたといえる。

 

 車遅国に入ったところで、その東閣という地方都市にぶつかった。

 天教教団の陰謀で賞金付きの手配犯とされている一行は、これまでずっと城郭に入ることは避けていた。

 城郭には軍がいるし、手配中の犯罪者として追いかけ回されるからだ。

 実際、うっかり入った城郭で軍に捕えられたり、襲撃を受けたりしたことも少なくない。

 だが、この車遅国は事情が違う。

 

 この車遅国は、天教の深い影響を受けている国が多い諸王国では珍しく、天教を認めていない国だ。

 従って、天教の手配書を受け入れるわけがなく、この車遅国については宝玄仙一行にとっては、安全な場所かもしれなかった。

 

 いずれにしても、城郭が本当に安全かどうか、沙那だけが偵察に入り、それで様子を見ようということになったのだ。

 その間、残った者は、沙那の指示に従い山の中に隠れていた。

 

 確かに、沙那はそう厳しく言って、ひとりで城郭に向かった。

 それは、朱姫も承知している。

 だが、どうせよというのだ。

 あの宝玄仙の我が儘を朱姫に止めよとでも言っているのだろうか。

 

「でも、あたしがどうしたらよかったと言うのです、沙那姉さん? あたしに、ご主人様を止められると思います?」

 

「そ、そりゃあ、そうね……。ごめんなさい、朱姫。わたしも興奮しちゃって……。それで、一体全体、どうして、わたしの帰りを待たずに、ご主人様と孫女が、城郭に向かうことになったの? しかも、あなたを置いて……」

 

「あたしを置いていったのは、沙那姉さんに伝言を残すためです」

 

「それで、伝言は?」

 

 沙那が、深く息を吐いて、朱姫に向かい合うように地面に腰を降ろした。

 そして、抱えていた小さな荷を横に置いた。

 宝玄仙の伝言を沙那に言ったら、絶対に不機嫌になると思うので、あまり気が進まない。

 そもそも、なんだって、宝玄仙も、沙那も朱姫を挟んで文句を言うのか。

 お互いに言いたいことがあれば、口にすればいいのに……。

 とりあえず、朱姫は沙那に訊ねた。

 

「……その前に、その荷はなんですか、沙那姉さん?」

 

「ご主人様の服よ。着てもらおうと思って。いつのも法衣はまずいのよ。それよりも、伝言は、朱姫?」

 

 沙那が厳しい表情になる。

 仕方がない。

 朱姫は口を開いた。

 

「ああ、そうでした……。ご主人様は、沙那姉さんは、なんでも慎重すぎるから駄目だって。この国の王が教団嫌いなら、教団の回したご主人様の手配書なんて関係ないに決まっている。さっさと入ればいいんだって……。あたしじゃないですよ、ご主人様が言ったんですよ……。だから、沙那姉さんが戻るのを待たなくてもいいって……。ご主人様は、沙那姉さんが戻ったら、先に向かっているから、城郭に来るように伝えろって……」

 

「伝えろったって……。だって、確かに、ご主人様は、偵察なんていらないって、うるさかったけど、わたしの説明で一度は納得してくれたのよ。どうして、こんなことになったの?」

 

「その……、お腹が空いたって」

 

 朱姫は仕方なく言った。

 案の定、沙那が怪訝な顔になる。

 

「お腹が空いた? 食べればいいでしょう。荷の中に保存食が残っているわ」

 

「孫姉さんもそう言いました。でも、飽きたんだそうです。一刻(約三十分)も進めば、城郭に入れるんだから、そこで温かいものを食べるってきかなくて……。孫姉さんも、沙那姉さんの帰りを待とうって、言ったんですけど、だったらひとりでも先に行くって……」

 

「それで、仕方なく、孫空女も同行したのね……。でも、変ね。わたしは、その東閣の城郭からこっちに戻って来たのよ。どうして、すれ違わなかったのかしら? わたしが、城郭でいろいろと聞きまわっている間に、城郭に入ったのかしら?」

 

 沙那は言った。

 

「い、いえ、そうじゃないと思います。沙那姉さんにすれ違わないように、裏街道から進むと言っていましたから」

 

「なぜ、わざわざ、すれ違わないような経路を選ぶの?」

 

 沙那が、また不機嫌になってきた。

 朱姫だって、宝玄仙のやる事は小児病的だと思う。

 だけど、あの宝玄仙が供の忠告に耳を貸すようなご主人様でないことは、沙那も知っているはずだ。

 

「……そのう……。間違って、城郭に入る前に沙那姉さんと出遭って、やっぱり危険だからとめられたら困るって……。さっさと、城郭に入って安全であることを証明するって。沙那姉さんには、宿が決まったらいつもの赤い布の目印をつけておくから探せって……」

 

「宿の目印はともかく、すれ違いたくないっていうのは、どういうこと? たとえ、とめたとしても、それは危険だからそう言うわけで、安全なら途中で出会っても止めたりしないわよ」

 

 沙那が声をあげた。

 朱姫は閉口した。

 

「それは、ご主人様に言ってくださいよ。何度も言いますけど、あのご主人様が、耳を傾けるのは、沙那姉さんの言葉だけです。孫姉さんやあたしなんて、いまだに虫けら扱いですよ」

 

 朱姫も声をあげた。

 

「そんなことないわよ」

 

「そんなことあります──。ご主人様は酷いです。理不尽です。我が儘です。一生懸命に忠告しても、せせら笑うだけだし、しつこく言えば、苛めるし……。機嫌の悪いときには、関係ないのに霊具や道術で人の身体をいじくって遊ぶし……」

 

 朱姫は、沸き起こった興奮のまま捲し立てた。

 すると沙那がそっと朱姫の頭に手を置いた。

 

「そうだったわね。声をあげてごめんなさい。確かに、あの理不尽で我が儘なご主人様に、理屈は通用しないわね。とにかく、そんなご主人様の供になった者同士、仲良くしましょう。とにかく、孫女だけでも一緒に行ったのはよかったわね」

 

「……よかったって。城郭は危険なんですか?」

 

 朱姫は言った。

 

「ご主人様はね――。わたしたちは、どうということはない。教団の手配書なんて、回っていない。城門に懸賞付きで張り出されている手配書は、別の人間ばかりだったわ」

 

 

「あたしたちの手配書はないんですね、沙那姉さん?」

 

「ないわ。ただ、逆に天教教団の神官の手配書だらけだったわ。この国では、天教教団の神官であることが犯罪なのよ」

 

「ええ?」

 

 朱姫は驚いた。

 

「でも、ご主人様は、いつもの法衣よね?」

 

「はい……。そ、そのう、ご主人様は、いつもの格好で……」

 

 朱姫は“ご主人様は”という言葉を強調しながら言った。

 

「なにか、もってまわった言い回しね。ご主人様がいつもの服なら、孫女は違うの?」

 

 沙那が首を傾げた。

 朱姫は黙って横の着替えの服をしまっている葛籠から孫空女の服を出した。

 

「……それは、孫空女が着ていたものよね。それがここにあるということは、どういうこと?」

 

「孫姉さんはご主人様に脱がされたんです。孫姉さんも嫌がったんですけど、さっきも言いましたけど、ご主人様は言い出したらしつこいし、それに……」

 

「わかったわ、朱姫。拒否すれば道術の罰。孫女も仕方なく、ご主人様の理不尽な命令に従ったのね。だけど、孫女の服がここにあるということは、まさか、裸ってことはないわよね」

 

 沙那が眉をひそめた。

 

「裸じゃあありません。あたしの服を着ていきました。上下が繋いだ貫頭衣です」

 

「あなたの服? だって、孫女の背丈じゃあ、丈が足りないでしょう?」

 

 そうなのだ。

 朱姫が着れば膝まである丈でも、孫空女が着れば、股下に近いかなり短い破廉恥な服装になった。

 孫空女が恥ずかしがったため、宝玄仙は大喜びで、さらに、悪戯を施してから連れていった。

 孫空女が今頃どうしているか知らないが、大変に恥ずかしい目に遭っているに違いない。

 朱姫はそう説明した。

 そして、一枚の布を見せた。

 

「なに、その布?」

 

 沙那が訊いた。

 

「あたしの服を着てから、さらに短くするために、ご主人様が孫姉さんが身に着けた貫頭衣の裾を切ったんです――。沙那姉さん、孫姉さんは、沙那姉さんが考えられないくらい、恥ずかしい恰好で行きましたよ」

 

 朱姫がそう言うと、沙那が何度目かの嘆息をした。

 

「とにかく、わたしたちも城郭に向かいましょう。面倒なことになってなければいいけど……」

 

 沙那が立ちあがりながら言った。

 

「面倒なこととはなんですか?」

 

 朱姫も出発の準備をしながら言った。

 

「ご主人様が、わたしの帰りを待ち、わたしが買ってきたこの普通の服に着替えていただいていたら、なにも起きなかったと思うわ。さっきも言ったけど、この国じゃあ、天教教団の神官であることは犯罪なのよ。いままでも教団の巡礼なんかで、うっかりとこの国に入り込んだ神官はいたらしいわ。すべて、捕えられて、思想を矯正する牢城に送られるらしいわ」

 

「思想を矯正する牢城ですか?」

 

「天教徒囚人を収容して働かせる場所よ。特に、女囚用の牢城は『智淵城(ちふちじょう)』といって、そこに送られると、絶対に逃げ出せないんですって。掲示してある手配書はほかの牢城から逃亡した神官ばかりで、智淵城という女囚用の牢城から逃げたというものは皆無だったわ」

 

「へえ、城のような牢だから、“牢城”ですか。面白いですね」

 

 朱姫は言った。

 

「笑いごとじゃないわ。城門に貼ってあった手配書によれば多額の賞金も付いているし、一度、手配されたら、この国から逃げるのは難しいかもね。まあ、わたしたちにとっては、それもこれまでと変わらないけど……。とにかく、神官というだけで捕まるし、通報には賞金もでるのよ。そんなところに、のこのこと神官の法衣で城郭に入り込めばどうなると思う、朱姫?」

 

「どうなるって……。ご主人様は、捕まってしまいますよ」

 

 朱姫ははっとした。

 

「そういうことよ――。それにしても、どうして、もらわなくてもいい騒動を呼び寄せるのかしら、あのご主人様は──。とにかく、さっさと城郭に行って、ご主人様を回収するわよ」

 

 沙那がそう言って、荷物を担ぐと、すたすたと城郭に向かい街道を歩き始めた。



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 第20話  性奴隷城への収監【羊力(ようりき)
118 不法滞在の法師たち


「へえ、いつも、男のような格好をしているけど、ちゃんと女の格好をさせると女らしくなるじゃないか、孫空女」

 

 宝玄仙が揶揄する。孫空女は歯噛みした。

 東閣(とうかく)という車遅国(しゃちこく)の東側の地方都市だ。

 東帝国の基準からすると、中規模都市であろう。

 だが、諸王国としては大きなものだ。

 いずれにしても、久しぶりの城郭に宝玄仙は上機嫌だ。

 

 車遅国に入ってから十日になる。

 車遅国は、諸王国と呼ばれる東方帝国の西側の王国群では、珍しく天教教団と繋がりのない国だ。

 これまでと違い城郭に入っても安全である可能性が高い。

 だから、意識的に街道から遠い国境沿いの山岳地帯から、大きな街道に繋がる地域に移動してきたのだ。

 そして、車遅国の大きな地方都市である東閣市にぶつかった。

 車遅国に入ってからも、農村に近づくのさえ避けていたので、最初の人里が城郭ということになる。

 宝玄仙は、すぐに城郭に入りたがった。

 

しかし、それを沙那がとめた。

 まずは、自分が先に様子を見にいってくると強く主張したのだ。

 沙那の主張には、一理も二理もあった。

 

 車遅国という国は、東帝国の人間からすれば、謎の多い国だった。

 天教教団を受け入れていないということ以外は、ほとんど内部のことは知られていない。

 車遅国から戻ったという人間にも出遭ったことはない。

 孫空女自身、旅芸人の一座と一緒に諸王国はかなり巡り歩いたのだが、車遅国には入ったことはない。

 

 考えれば、この車遅国を最後に、東方帝国が「諸王国」と呼んでいる国は終わる。

 車遅国の西側は、通天河(つうてんが)という大河があるはずであり、そこから先は、妖魔、いや魔族が支配する「魔域」──。いわゆる「西域」だ。

 魔族ではなく、人間が奴隷をして使役される世界であり、地は荒れて、風は濁り、水は腐っていて、普通の動物さえも生きることのできない荒涼たる大地──。

 それが魔域だ。

 

 本当に宝玄仙は、そこに入るつもりなのだろうか。

 また、あの金角は、宝玄仙が通天河に辿り着くのに合わせて、迎えの使者を派遣するということを宝玄仙に約束したみたいだ。

 おそらく、そこでうまく合流できなければ、さらに旅を続けるしかないのだろうが、通天河沿いに、北か南に進むことになると思うが、それらがどういう土地なのかはわからない。

 東帝国の人間にとって、通天河から先は、まったくの未開の土地なのだ。

 とにかく、ついにそういう場所までやってきたのだ。

 

 いずれにしても、城郭に入ること自体は反対しなかった沙那だが、まずは、安全を確かめてからというのは沙那が正しい。

 宝玄仙は、面倒くさがったが、結局は、沙那のしつこさに折れ、沙那の偵察が終わるまで、山の中に隠れていることを承知した。

 だが、それは演技だった。

 

 小うるさい沙那を追い払うと、すぐに城郭に自分も入ると言い始めた。

 折角、城郭の近くにいるのに、味気のない保存食など食べたくないというのだ。

 しかも、沙那には内緒で先回りし、自分が安全を確認し、慎重すぎて宝玄仙の我が儘を許さない沙那の鼻を明かしてやろうと主張した。

 あまりの子供じみた言い方に、孫空女も鼻白んだ。

 

 しかし、結局は同意させられた。

 強く拒否すれば機嫌が悪くなりそうだったし、ひとりでも勝手に行きかねない。

 それよりは、孫空女が護衛のためについて行った方がましだ。

 だが、この仕打ちはなんだろう。

 

 城郭に行くということで有頂天になった宝玄仙は、ちょっとした気まぐれで、孫空女に朱姫の服を着て、ついてくるように命令したのだ。

 拒否すれば、朱姫を連れていくと言う。

 どうしても、ひとりは、沙那への伝言を伝える者として残さないとならないからだ。

 

 子供か──。

 と思ったが、嫌も応もない。

 従うしかない。

 

 宝玄仙は、孫空女を脅迫し、孫空女を残すときには、全身に激しい痒みが走る道術をかけて沙那が戻るまで放置すると言うし、そう言われれば、孫空女も同意するしかない。

 そんなことくらい、宝玄仙あら平気でやることくらいは、孫空女も十分に承知している。

 

 しかし、実際に身に着けてみれば、朱姫の服は、孫空女にとっては、思ったよりも恥ずかしい姿だった。

 朱姫が着ればなんでもない貫頭衣の一枚布の服でも、長身の孫空女が着ると、下袍の丈がかなり短い。

 膝から股間の付け根の半分くらまでしか隠れない。

 一応、小さな下着は着させてもらったが、そんな短い下袍で歩くのは、夜の娼婦街で買い手の男を探す女くらいだろう。

 その下袍をこの宝玄仙は、さらに裾の布を切って短くしたのだ。

 いまや、孫空女が着ているのは、かろうじて股間とお尻を隠すだけの太腿の付け根までしかない破廉恥な服だ。

 しかも、身体の小柄な朱姫の服は孫空女には小さく、胸もいまにも弾けそうで扇情的だ。

 

 そんな格好で、孫空女は無理矢理、宝玄仙に連れてこられた。

 そして、城郭に着いた。

 

 雑踏の中に入る。

 こんな短い丈の服で背の高い孫空女が歩けばそれだけで目立つ。

 宝玄仙の美しさも人眼を引くのに十分だし、孫空女自身もそれなりの気量がある。

 まるで、すれ違う男のすべての注目を浴びているような気がして、さすがの孫空女も恥ずかしい。

 

「ね、ねえ、ご主人様、やめようよ、こんなの。恥ずかしいよ」

 

 宝玄仙について歩きながら、孫空女は訴えた。

 

「なにが、恥ずかしいものかい。見たい男には、お前の脚くらい見せてやればいいじゃないか。減るもんじゃなし。それに、お前の意識過剰だよ。見てやしないよ」

 

「だ、だって……」

 

 宝玄仙はそう言うが絶対に視線を感じる。

 こんなふうに、昼間から下着を見せながら歩く女がいれば、絶対に注目する。

 歩いているのは東側の城門から通じる大通りだ。両側には大小の商家が軒を並べている。

 孫空女たちは、その大通りを城郭の中央部分に向かって宝玄仙の横を進んでいた。

 

 そして、屋台で食べ物を売っている場所のそばを通った。

 若い男がふたり、横掛けの長椅子に座って串付きの肉を食べている。

 そのふたりの前を通ったとき、ふたりのうちのひとりが口笛を吹いた。

 孫空女はすくみあがった。

 だが、すぐに口笛を吹いた男を睨みつける。

 ふたりがぎょっとした表情をした。

 宝玄仙が横で笑った。

 

「可哀想に、怖がらせんじゃないよ、孫空女。ただ、口笛を吹かれただけだろう?」

 

「や、やっぱり、みんな見てるよ。お願いだよ。もうちょっと、普通の服を着させてよ、ご主人様」

 

 孫空女は小さな声で言った。

 

「でも、お前は、感じているだろう?」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 孫空女はどきりとした。

 

「そ、そんなことあるもんか」

 

「それもそうだね。別になにをしているわけじゃないものね。ただ、これ以上考えられないくらいに、貫頭衣の丈を短くしてやっただけだ。まあ、わたしらが異邦人だということは、見ればわかるだろうし、この城郭の人間も、お前の服なんて、ちょっとばかり変わっているけど、それが異邦人の衣装だと思うだけさ。それだけのことだから、お前が感じるというのはおかしなことだったよね」

 

「そ、そうだよ。感じてやしないよ、ご主人様。あ、当たり前じゃないか」

 

 孫空女は言った。

 

「じゃあ、おいで――」

 

 宝玄仙が、孫空女を不意に路地に連れ込んだ。

 

「な、なんだよ、ご主人様?」

 

 孫空女は、狭い通りで、宝玄仙から、建物の壁に押し付けられるかたちになった。

 

「感じていないとは思うけど、確認させてもらうよ」

 

 宝玄仙の手が孫空女が身に着けている貫頭衣の裾の前側に伸びた。

 孫空女は、驚いてその手を押さえる。

 

「なんだい、孫空女。心配しなくても、悪戯はしないよ。ただ、下着の中に触るだけだよ。指で触れて、そこが乾いていれば、それで終わり。許してやるよ。そこら辺でまともな服を着させてあげるよ。だけど、お前の言葉が嘘で、もしも、下着が濡れていたら、そのときはわかっているよね? 奴隷の分際で、わたしに嘘をついたんだ。それなりの罰を受けてもらうよ」

 

 宝玄仙は、意地の悪い微笑みを頬に浮かべた。

 孫空女は、困って宝玄仙の手を押さえたままでいた。

 

「……どうしたんだよ、孫空女。手を離すんだよ」

 

 宝玄仙が、笑みを浮かべながら孫空女を睨んだ。

 

「……ってるよ、ご主人様」

 

 仕方なく孫空女は認めた。

 

「聞こえないよ、孫空女」

 

 宝玄仙は、微笑みを浮かべて孫空女を睨んだままだ。

「くそっ――。認めるよ。濡れてる。多分、凄く。なんで、そんなこと聞くんだよ、ご主人様?」

 

 恥ずかしいと思っただけで、確かに孫空女の股間は濡れていた。

 なぜそうなるのかわからない。

 そんな自分の身体の反応が口惜しい。

 五行山で女頭領をしているときは下着姿でいたって、恥ずかしいと思うことなどなかったはずだ。

 だけど、宝玄仙に朱姫の服を着るように強制されて、その後、貫頭衣の裾を刃物で切られたときには、なぜか股間にぞくぞくする感じを受けた。

 

「……濡れてるんだね、孫空女?」

 

「そうだよ。だから……」

 

「手を離すんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 次の瞬間、両手が勝手に背中に回って動かなくなった。

 手首につけている『緊箍具(きんこぐ)』だ。

 孫空女は、手首と足首に赤い腕輪と足輪をつけている。普通に見れば、ひと揃いの飾りのように思えるが、これは霊具だ。

 宝玄仙の道術ひとつで、自在に接続したり、離したりできる。

 宝玄仙は、孫空女の腕輪を背中側で接続させたのだ。

 

「や、やだよ。こんなところで……。こ、これ外してよ」

 

 孫空女は、背中側の腕を揺すった。

 

「邪魔なんだよ。その腕がね」

 

 宝玄仙が、指で孫空女の股間をぐいと押した。

 突き抜けるような快感に孫空女は、腰が抜けそうになる。

 

「い、嫌だよ……」

 

「なにが嫌なんだい。こんなにびしょびしょにしてしまって、どうするんだい」

 

 宝玄仙が言葉なぶりを愉しんでいるだけだというのは知っている。

 しかし、その言葉なぶりで孫空女の全身には疼くきようなものが走るのだ。

 

「孫空女、わたしの顔を見るんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は顔をあげる。

 宝玄仙が頬に笑みを浮かべている。

 

「ああっ……」

 

 宝玄仙の指が孫空女の下着の中に入って来た。

 孫空女は膝を割りかけて、歯を食いしばって耐えた。

 

「……淫乱な雌の顔になったじゃないか、孫空女。こんな場所で股をいじくられるのが、気持ちがいいのかい?」

 

 宝玄仙の指は孫空女の柔肉の中を深く抉っている。

 びっしょりと濡れている孫空女のそこは、なんの抵抗もなく、宝玄仙の指を受け入れる。

 宝玄仙の指が孫空女の肉襞をかき回し、こすり、そして、上下に動き……。

 孫空女は、全身の震えがとまらなくなった。

 

「気持ちがいいかと訊いているんだよ、孫空女?」

 

「き、気持ち……いい」

 

 思わず口にした。

 

「……ふふふ。だったら、もっと、気持ちよくしてやるよ、孫空女。城郭の真ん中でたっぷりと愉しませてやるからね」

 

 宝玄仙が指を孫空女の股の割れ目から指を出した。

 しかし、股間から手を離す直前に、孫空女に肉芽をぐいと押した。

 

「ひ、ひゃあああ――」

 

 なにかの道術を大量に注がれたのはわかった。

 とにかく、そこから送り込まれた弾け飛ぶような快感に、孫空女は声をあげて達した。

 

「でかい声出すんじゃないよ、孫空女。ここが大通りからちょっと外れただけの路地だということを忘れているんじゃないだろうね」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は慌てて口をつぐんだ。

 でも、股間から拡がって暴れ回る疼きはとまらない。

 疼きが快楽の暴流になる。

 再び、突き抜ける。

 

「くふううっ」

 

 孫空女は、背中に手を回したまま、その場にしゃがんだ。

 そして、二度目の絶頂をしてしまった。

 

「な、なにしたの、ご主人様? と、止まらないよう……」

 

「快感のつぼを反応させたんだけど、これじゃあ、動けないね。少し弱めるか……」

 

 宝玄仙がそう呟くと、孫空女の中の快感が弱まった。

 だが、消えたわけではない。

 静かになっただけだ。

 それはそれで、とろ火にゆっくりと焼けるような感覚であり、すごく苦しい。

 

「立つんだよ、孫空女。食事に行くよ」

 

「わ、わかったけど……。へ、変な術、も、もうやめてよ」

 

 孫空女は、あまりのもどかしさに身体をくねらせた。

 おかしな術をかけられている。

 股間から拡がった妖しい刺激が全身に拡がってきた。

 まるで、身体の中をたくさんの虫が這いまわっているようだ。

 その虫が、孫空女の全身の性感帯を刺激し、身体を熱く疼かせる。

 突然、宝玄仙の二本の指が孫空女の鼻の穴に入れられた。

 そのまま、持ち上げられる。

 

「ひ、ひぎいい――」

 

 孫空女は、慌てて立ちあがった。

 

「孫空女、面白いものを見せてやるよ」

 

 孫空女の鼻の穴から指を離した宝玄仙が懐から白い玉を出した。

 それを手のひらに載せて孫空女に見せる。

 

「なにそれ?」

 

 孫空女は言った。

 宝玄仙がその玉を握って、指で擦った。

 その瞬間、孫空女はまた腰が抜けた。

 また、しゃがむ。

 肛門にざわりと撫ぜられるような刺激が加わったのだ。

 宝玄仙が、孫空女の鼻に指をぐいと刺した。

 

「た、立つ。立つよ。そ、そんなことしないでよ……」

 

 孫空女は、慌てて立った。

 宝玄仙がその様子を見て笑って、孫空女の鼻から指を抜く。

 

「これは『刺激玉』だよ。お前の尻孔の感覚に繋がっている。この玉を刺激されると、同じ感覚が、お前の尻に伝わるんだ。こうやって……」

 

 宝玄仙が玉を舌でぺろりと撫ぜた。

 肛門を舐められる刺激に、孫空女は、またはしたない声をあげた。

 

「じゃあ、行くよ。その前に、服を直しな」

 

 宝玄仙は言った。

 ふと見ると、短い貫頭衣の裾が、腰までまくれ上がって股間が丸出しだ。

 

「うわっ」

 

 金属音がして、後ろ手の拘束が外れた。

 孫空女は、慌てて服を直す。

 

「じゃあ、通りに出たところにあった料理屋でいいね」

 

 宝玄仙は歩き始めた。

 孫空女はそれを追う。

 お尻にざわざわとした快感が送り続けられる。

 宝玄仙が、『刺激玉』を触り続けているのだ。

 知らず孫空女は、腰をくねらせていた。

 

 大通りに出た。

 破廉恥な服装ということでは同じだが、さっきとは比べものにならない羞恥が孫空女を襲う。

 たったいま、二度続けていったばかりだ。

 そのときの淫液が股間にぐっしょりと残っているだけではなく、孫空女の剝き出しの内腿に垂れ落ちている。

 しかも、全身を疼かせる魔術による快感の弱い刺激と、時折加えられる肛門への強い刺激――。

 様子のおかしい孫空女に集まる通りすがりの人間の多くの視線――。

 頭がくらくらして、ぼうっとなる。

 孫空女は、気を失いそうになった。

 

「……ここでも、一度気をやろうか」

 

 宝玄仙が耳元でささやいた。

 ここで……?

 宝玄仙は、なにを言っているのだろう。

 さっきの路地じゃない。

 ここは人の多い城郭の真ん中だ。

 そして、不意になにかがやってきた。

 

「ほおっ――」

 

 孫空女は思わず吠えて、その場に跪いた。

 宝玄仙の道術が身体で爆発したのだ。

 孫空女は、大通りの真ん中で、股間を押さえて叫びながら絶頂していた。

 宝玄仙の笑い声が遠くなる。

 

 孫空女は我に返った。

 もう、快楽の暴流は収まっている。

 だが、宝玄仙は、孫空女を大通りの真ん中に置き捨てて、料理屋に入ろうとしている。

 孫空女は、奇異の目で見る大勢の人間の視線を感じながら、宝玄仙の後を追った。

 

「ひ、酷いよ、ご主人様」

 

 宝玄仙に追いつくと、孫空女は激しく息をしながら抗議した。

 宝玄仙は、もう空いている席に座っている。

 孫空女もその前に座る。

 女の店員がすぐにやってきた。

 宝玄仙が野菜と肉の汁を二人分注文した。

 

「人混みの中で絶頂するなんて、滅多に経験のできない体験だろう、孫空女?」

 

「あ、あんなのやだよう。お、お願いだから、もう勘忍してよ」

 

 孫空女はささやいた。

 店の中は、卓の半分くらいが埋まっていた。

 ふたりが座っているのは、店の奥の隅の卓だ。

 

「旅の恥はかき捨てだよ。いくらでも恥はかいても大丈夫よ。もう、この城郭に戻ることもないだろうからね」

 

「大丈夫じゃないよ」

 

「それよりも、お前、ちょっとは座り方を考えな。下着がもろ見えになっているんじゃないかい?」

 

 驚いて孫空女は視線を下に落とした。

 短すぎる貫頭衣の裾は、座ることで引きあげられて、淫液でびしょびしょの下着を露出させていた。

 

「うわっ」

 

 懸命に裾を伸ばそうとするが、どうしても股間を隠せない。

 仕方なく、孫空女は両足を固く閉じ合せ、左手を露出している下着の上に置いた。

 そんな孫空女を宝玄仙は愉しそうに眺めている。

 本当にこの巫女は変態だ。

 その変態に、いつの間にか支配されている自分が悔しく、そして哀れだ。

 

「お待ちどう」

 

 店員が料理を運んできた。

 孫空女は身をすくめた。さっきの女の店員じゃなく、身体の大きな筋肉質の男だったからだ。

 卓の前に皿が置かれる。

 野菜と羊の肉を煮込んだ汁が湯気を立てている。

 

「食べな」

 

 宝玄仙は、そう言いながらさっきの『刺激玉』を自分の皿の中に放り込んだ。

 

「あっ、それ――」

 

 孫空女は、思わず声をあげた。

 お尻の刺激に繋がっていると言われたやつだ。

 それを熱い汁に入れたのだ。

 

「大丈夫さ。この『刺激玉』は、熱さや痛みは伝えない。伝えるのは、官能の刺激だけさ。こんな風にね……」

 

 宝玄仙が、自分の皿の中の『刺激玉』をさじですくうふりをしながら、ころころと転がした。

 

「ひっ」

 

 孫空女は、肛門の入口をさじで抉られる感覚に、悲鳴をあげそうになり、懸命に歯を食いしばった。

 

「食べるんだよ、孫空女。でなきゃ、ここでも気をやらせるよ」

 

 宝玄仙が汁を口に入れながら言う。

 その顔は愉悦で一杯だ。孫空女に、これだけの辱めを与えることで、この女法師の嗜虐心は満足しているのだ。

 だが、この女法師は、どこまでも残酷で気まぐれだ。

 いくらでも、この変態性が暴発する。

 それを少しでも避けるためには、言われたことに従うしかない。

 孫空女は、汁を口に中に入れた。

 味なんてしない。

 

「んぶっ」

 

 孫空女が食べ物を口に入れたのを見透かして、宝玄仙がまた『刺激玉』を動かした。孫空女の尻に強烈な愉悦が拡がる。

 もう、泣きそうだ。

 

 そのとき、突然にどんという音がした。

 ふと、顔をあげると、宝玄仙が、卓の上に突っ伏している。

 突然、眠ってしまったようだ。

 びっくりした。

 

「な、なに、ご主人様?」

 

 孫空女は、立ちあがろうとした。

 だが、身体に力が入らない。孫空女の手からさじが落ちた。

 孫空女は、そのまま床に倒れ落ちた。

 そう言えば、短い丈の貫頭衣を着ていたのだった……。

 孫空女は、手で直そうと思ったが、その手を動かすことができない。

 

「ふたりとも術遣いのようだ。手に術封じの刻印を刻むか」

 

 さっきの身体の大きな男の店員が身体の前に立っている。

 いつの間にか大勢の兵がいる。

 汁の中に一服盛られたのだと思った。

 間違いない。

 孫空女の意識もだんだんと薄くなる……。

 

「や、やめ……ろ……」

 

 身体の大きな男が宝玄仙の右手になにかを押し付けている。

 宝玄仙の身体が動いた。

 まだ、完全に意識を失ってはいなかったのだ。

 宝玄仙が抵抗しようと身体を動かしたのだとわかった。

 しかし、宝玄仙の身体は、脱力したまま床に落ちて、孫空女のそばに転がった。

 

 孫空女の視界に、宝玄仙の右手の甲に刻まれた刺青が映る。

 確か、術封じの刻印とか言っていた。

 そんなものを刻まれたらまずいはずだ。

 孫空女は、耳に手を伸ばした。

 かろうじて、『如意棒(にょいぼう)』に指が届いた。

 だが、手が伸び、その『如意棒』を取りあげられる。

 

「この武器は封印して、こいつらと一緒に智淵城に送る手配をしろ」

 

 さっきの男が言った。

 どうやら、この男が指揮官で、店員に化けて、料理に薬を盛ったのだ。

 だが、なぜだ……。

 男は、孫空女の手の甲にも、宝玄仙と同じ刻印をした。

 

「……こいつの服装からして、天教の法師だろう。ふたりとも智淵城に送って矯正処置だ。連れていけ」

 

 男が兵に命じた。

 宝玄仙の身体が数名の兵により持ちあげられる。

 孫空女も同じだ。

 

「……それにしても、いい女たちですね、羊力(ようりき)隊長。智淵城に戻る前に、俺たちで味わっちゃいけませんか?」

 

 孫空女を抱えている兵のひとりが言った。

 

「……そうだな。その黒髪の女法師は身なりから判断して、位の高い法師のようだから、智淵城で虎力(こりき)の兄貴が味わうだろう。それは手を出すな。だが、その背の高い赤毛はいいぞ」

 

 羊力と呼ばれた隊長が言った。

 身体が浮きあがる。

 兵たちに抱えられて、店の外に出たようだ。

 どこかに運ばれようとしている。

 

「そうこなくっちゃ。ねえ、隊長、こいつの股見てくださいよ。淫靡な匂いがぷんぷんしますよ。俺たちが見つける前に、どこかで乳くり合っていたんじゃないですかねえ」

 

 兵が卑猥な笑いをしながら、孫空女の股を指で突いた。

 

 気持ち悪いだんよ――。

 

 孫空女は叫ぼうとしたが、声はもう出ない。

 別の兵が孫空女の股間を突く。

 そして、別の兵も――。

 

 だが、孫空女の意識は遠くなった。

 もうなにも感じない……。

 目の前がすっと真っ暗になった。



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119 檻車の四人

「……ご主人様……。ご主人様……」

 

 耳元で声がした。

 宝玄仙は眼を開けた。

 暗い――。

 

 身体が揺れている。

 天井に近い小さな明かり取りから弱い光が差している。

 馬車の中? 

 しかも、檻車だ。

 檻車というのは、囚人を護送するための乗り物だ。

 その中にいるのか……?

 

「……ご主人様……」

 

 また声がした。

 やっと、孫空女の声だとわかった。

 はっとした。

 宝玄仙は今度ははっきりと眼を開けた。

 

 どうやら、囚人を輸送する檻車の床で横たわっていたようだ。

 孫空女が、心配そうに自分を見下ろしている。

 宝玄仙は、身体を起こした。

 すると、鎖の音がした。

 

「なんだい、これ?」

 

 首を鎖で檻車の壁に繋がれている。

 鎖の長さは手の長さほどはある。

 どうやら、首輪をされているようだ。

 その首輪に鎖があり、それが檻車の壁に繋がっているのだ。

 宝玄仙は、首輪に触れようとして、首に手をやろうとした。

 

 ぎょっとした。

 動かない。

 別に拘束されている様子はないのに、首に手をやれないのだ。

 なにが起ったかわからず、自分の手を見た。

 両方の手首に真っ黒な太い線がある。

 刺青だ。

 宝玄仙は巫女服の裾を剥ぐって足首を見た。

 両方の足首にも同じものがある。

 そして、右手の甲にはおかしな紋様がある。

 

「なんだい、これは? それに、首に触れない……」

 

 宝玄仙は呟いた。

 

「連中のかけた法術のせいだよ、ご主人様。その手首と足首の黒い線は、あたしらが逃げることを防止するものらしいよ。だから、首輪を外すようなことはできないんだ」

 

「法術?」

 

 宝玄仙は孫空女に視線を向けた。

 ふと見ると、孫空女の服はぼろぼろだ。

 朱姫の服を着せていたはずだが、びりびりに破かれていて、ほとんど孫空女の裸身を隠してはいない。

 まるで布切れを巻いているような格好だ。

 そして、暗がりでよくわからないが、口の横に青痣ができている。

 殴られた痕のようだ。

 

「そ、孫空女、なんだい、お前のその恰好――? しかも、怪我しているのかい?」

 

「ああ、これかい?」

 

 孫空女は、自分の服と頬に手を振れた。

 

「……ちょっとばかり抵抗したら、ぶん殴られたんだよ。その代わり、ふたりほど、脚の骨を叩き折ってやったけどね……。まあ、結局はやられたけど」

 

 孫空女は自嘲気味に笑った。

 

「やられた?」

 

「犯されたんだよ――」

 孫空女は、悔しそうに口元を歪めた。

「……まあいいよ。洗えば済むことさ。もっとも、まだ、洗わせてもらってないけど……」

 

「ちょ、ちょっと待ちな、孫空女。いったい、これはどういうことなんだい? なんで、わたしらは、囚人のように檻車の中で鎖によって繋がれているんだい? どこに向かうんだよ? しかも、法術とはどういうことだい?」

 

 宝玄仙はまくし立てた。

 だんだんと異常な状況がわかってきた。

 

「……それよりも、ご主人様、道術は遣える?」

 

 孫空女が言った。

 怪訝なことを言うのだと思った。

 術が遣えるかだと……?

 

 宝玄仙は、孫空女を見て、孫空女の口の横の痣に集中する。

 『治療術』を試みた。

 だが、なぜか、霊気が動かない。

 道術を封じられている。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「やっぱりか……。その手の甲の紋様だよ、ご主人様。それが霊気を動かすのを封印しているんだって。そう羊力(ようりき)が言っていた」

 

 孫空女が残念そうな顔をした。

 

「羊力というのは?」

 

 宝玄仙は、そう言いながら、もう一度、自分の手の甲を見た。

 そこにあるのは、見たことのない紋様だ。

 天教の魔術遣いが刻む道術紋に似ているが、それとは違うもののようだ。

 

「羊力というのは、あたしたちを護送している隊の隊長だよ。ついでに言えば、あたしたちを城郭で捕えた男さ」

 

 孫空女が面白くなさそうな表情で言った。

 

「捕らえた? なんのことだい?」

 

「どこまで憶えているのさ、ご主人様?」

 

 孫空女が言った。

 宝玄仙は考えた。

 憶えているのは、城郭の料理屋で食事をしながら孫空女をいたぶって遊んでいたことまでだ。

 そして、意識が遠くなった。

 料理の中に眠り薬でも入っていたのかもしれない。

 そして気がついたのがここだ。

 宝玄仙はそう説明した。

 

「……だったら、それから丸一日が経っている」

 

「丸一日だって、孫空女──?」

 

 宝玄仙は驚愕した。

 だが、そう言われてみれば腹が空いている。

 喉も少し乾いているような……。

 

「そうだよ、あんた」

 

 すると、別の声が遮った。

 女の声だが、聞き覚えのない声だ。

 宝玄仙はそっちに視線を向ける。

 

「……羊力は法術遣いさ。法術というのは、天教の術遣いがいう“道術”のことだよ、宝玄仙さん」

 

 声の主は宝玄仙と孫空女が繋げられている向かい側の壁だった。

 そこに頬に小さな傷のある若い女がいる。

 長く青い髪をした引き締まった身体をしていて、頬に傷があることを除けば、美しい女だ。

 歳は孫空女と同じくらいだろう。

 宝玄仙と同じように首に首輪をして壁に鎖で繋がれている。

 首輪は細い革だ。

 宝玄仙も同じような首輪をしているのだろう。

 青い髪の女は、壁にもたれて膝を抱えて座っている。

 その女も孫空女ほどではないが服が破れている。

 膝を抱えた下袴(かこ)の股間が剥ぎ取られて、股が剝き出しになっている。

 

 そして、よく見ると、もうひとりいる。

 青い髪の女から少し離れた壁に、別の若い娘が同じように首輪で壁に繋がれている。

 これは、宝玄仙もよく知っている天教の法衣だ。

 しかし、灰色の下級女法師のものだ。

 この娘は、天教の神官なのだろう。

 どこかの田舎娘という感じだが、やはり、服がところどころ破れている。

 青い髪の女は、どこか孫空女のような気の強さを感じるが、こっちの娘巫女は怯えきっていて、小さな嗚咽を繰り返している。

 思わず、宝玄仙は自分の法衣を見た。

 どこにも変わったところはない。

 

「とにかく、ご主人様が、気がついてよかったじゃないか、孫空女。強い眠り薬だったみたいだから、心配していたんだろう?」

 

 青い髪の女が言った。

 

「うん」

 

 孫空女が頷いた。

 

「一体全体、なにが起ったんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙は、声をあげた。

 檻車は揺れ続けている。

 窓は、上側に明かり取りの小さな穴があるだけなので景色は見えない。

 ただ、外は馬に乗った兵に囲まれている気配がある。

 つまり、檻車に入れられて、どこかに護送されているのだ。

 

「説明するよ、ご主人様。それよりも、そこに食べ物があるよ。おいしいものじゃないけど、食べた方がいいと思う。到着したら大変みたいだし、ご主人様は丸一日眠っていたんだ」

 

「丸一日?」

 

 宝玄仙は、驚いた。

 

「そうだよ。ご主人様は、丸一日、繰り返し薬を飲まされて、眠っていたんだよ。水は一緒に飲ませていたみたいだけど、お腹空いていない?」

 

 孫空女は言った。

 ふと見ると、宝玄仙が繋がれている壁側に、汚れた乾し肉二枚と固まった麺麭(ぱん)の半分が直接床に置いてある。

 

「……そ、そんなものでも、ご主人様はましなんだよ。あたしらなんか……。と、とにかく、いつか逃げるためには、少しでも体力をつけないと……。沙那たちも、きっとあたしらを探してくれているはずだから……」

 

 孫空女が悔しそうに顔を曲げた。

 なにがあったのだろう。

 宝玄仙は、床から麺麭(ぱん)と乾し肉を取った。

 水がなくて食べにくかったが、なんとか身体の中に入れる。

 それでわかったが、空腹なんてものじゃなく、極度にお腹が減っている。

 本当ならどんなに空腹になったり喉が渇いたりしても、宝玄仙の身体に充ちている霊気が、生きるのに必要な栄養や水分を身体に満たしてくれる。

 だから、宝玄仙も普通に空腹も感じるし、喉も乾くが、そういう道術の補助機能があるので、あまり極端な空腹という状態を感じたことはないのだ。

 

 つまり、自分の中の霊気が動いていないということだ。

 しかし、霊気が消滅しているわけではない。

 自分の中にいつものように霊気が充満しているのは感じる。

 いまも、周りから霊気を吸収することも可能だ。だが、発散ができないようだ。

 霊気を動かせないということは、道術が遣えない。

 

 道術が動かせないということで、目の前の孫空女のことが心配だったが、それも大丈夫のようだ。

 食べ物を半分ほど口に入れて、横に置いた。

 もう十分だ。

 肉も麺麭も不味い。

 とても食べられたものじゃない。

 

「ねえ……、ご主人様……。おいしくないと思うけど、口に入れた方がいいよ。食べられるときは食べる。そうじゃないと、身体が弱って、逃げられるときに、逃げられなくなるよ。さっきも言ったけど、沙那たちがいる。絶対に逃げる機会はある。その時まで、体力は持たせとかないと……」

 

「もう、お腹が一杯なんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ねえ、だったら、あたいたちに、くれないかい、孫空女? あたいたちは、昨日と今日はまだもらってないんだ。一度、朝飯代わりに、連中の小便をもらっただけでさあ」

 

 反対側の壁に繋がれている青い髪の女が言った。

 だが、小便だと?

 なにを言ってるんだ、こいつ?

 

「……あげてもいいかい、ご主人様?」

 

 宝玄仙は頷いた。

 孫空女は、宝玄仙の食べ残した麺麭(ぱん)と乾し肉を取ると、それぞれ三つに分けた。

 干し肉と麺麭(ぱん)の欠片をそれぞれ青い髪の娘と若い巫女に放り投げた。

 残ったのは自分用のようだ。

 孫空女は、すぐにそれを口に入れた。

 見ると青い髪の娘も同じように、すぐに口に入れた。

 巫女の娘は、泣くだけで手に取らない。

 

「ねえ、楊鈴(ようりん)、早く食べなよ。さもないと、取りあげられてしまうよ」

 

 青い髪の女が言った。

 下級法師の名は楊鈴のようだ。

 楊鈴はまだすすり泣いている。

 

「孫空女、そろそろ、説明してくれるかい? どういうことになっているんだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「うん、まず、こいつらを紹介するよ。あの青い髪をしているのは、七星(ななほし)。法衣を着ているのは楊鈴だ。あたしらと同じように、天教狩りに捕えられたんだよ。一緒に、この檻車で『智淵城(ちふちじょう)』という名の天教教徒用の牢城に送られるところだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「天教狩り?」

 

 宝玄仙は思わず繰り返した。

 すると、七星が口を開いた。

 すでに、麺麭(ぱん)も干し肉も食べ終わっている。

 

「そうだよ。この国の軍が、禁止されている天教の神官や信者を捕えるのが“天教狩り”さ。あんたらは、この車遅国(しゃちこく)では、天教が禁止されているのを知らなくて、のこのこと天教の法衣のまま城郭のど真ん中で飯を食っていたところを一服盛られて捕まえられたんだってね。間抜け話じゃないか」

 

 七星が笑った。

 

「うるさいよ、七星──。お前だって、似たようなものじゃないか。城郭の郊外で、堂々と布教活動をしていたんだろう。それで、通報を受けた城郭兵に取り囲まれて捕縛されたんじゃないか。どこか違うんだよ。知っていて捕まっただけ、あたしらより間抜けじゃないか」

 

 孫空女が言い返した。

 

「あたいは、危ないって、何度も警告したさ。だけど、雇い主の法師が、車遅国の法術師なんかには、負けないって豪語するから、仕方なく承知したのさ。金を貰って護衛をしている身では、それ以上は言えないよ」

 

「それで、護衛の役目を果たさず、雇い主もろとも捕えられたんだろう? 情けない話さ。護衛なら護衛で、命懸けでも雇い主を逃がさなきゃいけないんじゃないかい。ほとんど無抵抗で捕えられたんだろう、七星? 最初に軍営の牢で会ったときには、怪我らしい怪我もなかったものねえ」

 

 孫空女がそう言うと、七星が腹立ちで真っ赤な顔をした。

 

「あ、あたいじゃないよ。雇い主が勝手に手をあげたんだ。それに、百名はいるような軍に囲まれたんだよ。どうしようもないだろう、孫空女――」

 

「百名くらい、蹴散らすのは簡単じゃないか」

 

「そのお前は、たったひとりの羊力に捕まったんだろうが、孫空女」

 

「あたしは、薬を盛られたんだ。しかも、このご主人様に……途中で……」

 

 孫空女が赤い顔をして口をつぐんだ。

 そう言えば、宝玄仙と孫空女が料理屋で捕えられたとき、孫空女に色責めをしていた。

 あんな風に身体を欲情させられていなければ、眠り薬くらいの毒なら孫空女もひと舐めで気がついたかもしれない。

 

「……ご主人様になにされていたって、孫空女? 言ってみな」

 

 七星が孫空女を見下すような表情で言った。

 どうやら、宝玄仙と孫空女が料理屋で痴情に耽っていたのを知っているようだ。

 

「うるさい、七星。もう、やめよう。あたしは、ご主人様に説明しなきゃいけないんだ」

 

「言いなよ、孫空女。そのご主人様に、道術で股をいじくられてあそこをぐしょぐしょにして、我を忘れていたところで、薬を盛られて、気がつきませんでしたってね。本当に、馬鹿だねえ、あんたらは――」

 

 七星がせせら笑った。

 

「お前みたいな、娼婦に言われたくないよ、七星」

 

「しょ、娼婦って、なんだよ、孫空女。あたいは、用心棒だよ。天教の術遣いに雇われていた傭兵だよ」

 

「でも、その雇い主の夜の相手も務めるんだろう? それを娼婦っていうんだよ、七星」

 

「そりゃあ、金を貰えば、身体だって提供することもあるさ。だけど、本業は用心棒だ」

 

「護衛は、役に立たなかったんだろう? 夜の相手はどうだった? 雇い主は満足したかい?」

 

 孫空女がからかうような口調で言った。

 

「したさ――。あたいの身体で満足してたよ」

 

 七星は大きな声で言い返した。

 

「ほうら見ろ、七星。本業が娼婦で、副業は用心棒って言えよ」

 

「なんだと、孫空女――」

 

 七星が噛みつくような表情をした。

 だが、ふと、自分の身体の自由を阻んでいる首輪に気がついて、がっかりしたような表情になる。

 孫空女も同じだ。

 そして、ふたりで同時に嘆息した。

 

「ほう、お前を味わうのは、金を払えばいいのかい、七星? いくらなんだい?」

 

 宝玄仙は興味を覚えて言った。

 なかなかの女だし、宝玄仙好みの気の強い若い女だ。

 

「……孫空女から聞いて、冗談かと思っていたけど、本当に変態法師なんだね、宝玄仙さん。この状況で、本当にそんなこと知りたいのかい?」

 

 七星が呆れた表情を宝玄仙に向けた。

 

「それにしても、孫空女、わたしらが料理屋でやっていたことを喋ったのかい?」

 

「じょ、情報交換だよ……。お、お互いに知っていることを教え合ったんだ。そのとき、ちょっと、口を滑らせちゃったんだよ」

 

 宝玄仙が睨むと、孫空女は顔色を変えた。

 本当に面白い。

 宝玄仙が表情を緩めると、孫空女はほっとした顔をした。

 

「さて、じゃあ、いい加減に説明してもらおうか、孫空女。まず、この檻車が向かっている天教教徒用の牢城である『智淵城』というのは、まだ遠いのかい? どんなところなんだい?」

 

「そんなのわからないよ、ご主人様。この檻車に入れられて、二刻(約二時間)だよ。羊力は、着くのは夕方とか言っていたような気がするかなあ……?」

 

「いや、そう言っていたよ、孫空女。とんでもなく、怖ろしい場所だって言っていたよ。あたいらは、そこで奴隷になるんだ」

 

 七星が言った。

 

「奴隷?」

 

 宝玄仙は、眉をひそめた。

 

「天教徒の女は、そこで徹底的に躾けられて、この国に逆らえないように、思想矯正をするとか言っていたかな。まあ、とにかく、そこで心を作り変えると言っていたっけ」

 

 七星が思い出すように言った。

 

「思想矯正だと?」

 

 宝玄仙は鼻白んだ。

 どうやら、とんでもないものに巻き込まれてしまったと気がついてきた。

 いや、巻き込まれたというか、なるべくして、当事者になったというか……。

 

「そういうことさ、宝玄仙さん。とにかく、あたいたちは、智淵城で奴隷になるために、こうやって移送させられているのさ」

 

 七星があっけらかんと言った。

 相変わらず、隣の楊鈴は泣いてばかりだが、七星は余程に胆力があるのだろう。

 結構平然としている。

 

「いや、違うよ、七星──。奴隷になるんじゃないよ。もうなってる。この手首と手の甲の紋様は、奴隷の証だって、羊力があたしを犯しながら言ってた」

 

「そうだったよ、孫空女──。確かに、あたいらは、すでに奴隷さ」

 

 七星はけらけらと笑った。

 宝玄仙はちょっと笑ってしまった。

 この状況で笑えるというのは、なかなか頼もしい。

 孫空女がまた宝玄仙に顔を向ける。

 

「ねえ、ご主人様、もうご主人様だけが頼りなんだよ──。この手首と足首の帯のような黒線は、あたしらを命令に従わせる力があるんだよ、ご主人様。それに、あたしやご主人様の手の甲には、術封じの紋様があるだろう? あたしはもともとだけど、ご主人様は、やっぱり、どうしても術は無理かい?」

 

 宝玄仙は、もう一度、術を試みた。

 自分の手の甲の紋様に集中する。

 今度は道術でその紋様を消滅させようと思ったのだ。

 『治療術』『解呪術』を組み合わせる。

 やはり、駄目だ。霊気が動かない。

 だから、紋様は消滅しない。

 

「駄目かい……。でも、その紋様は、一生消えないって言っていたよ、ご主人様」

 

 孫空女ががっかりしたように言った。

 

「じゃあ、一生術は遣えないってことかい?」

 

「だから、奴隷なんだってさ」

 

 孫空女は悔しそうだ。

 

「冗談じゃないよ」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「とにかく、まずは逃げることを考えようよ、ご主人様。道術の回復は、それからのことにしてさあ……」

 

 孫空女が溜息をつく。

 そして、これまでの経緯を語り始めた。



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120 精液と小便混じりの餌

「とにかく、まずは逃げることを考えようよ、ご主人様。道術の回復は、それからのことにしてさあ……」

 

 孫空女が溜息をつく。

 そして、これまでの経緯を語り始めた。

 話が続く。ときどき、七星がそれを補足する。楊鈴という下級法師はすすり泣くばかりで、ひと言も口を開かない。

 宝玄仙は、ほとんど無言のまま、ふたりの話に耳を傾けた。

 

 それで、わかったのは、この車遅国では、天教は異教であり、犯罪だということだ。

 しかも、重犯罪だ。

 だから、うっかりと入り込んだ天教教団の神官は、天教狩りと呼ばれている取り締まりによって逮捕されるのだそうだ。

 捕えられた天教の神官は、さまざまな労役をする思想矯正用の流刑地に送られ、そこで使役という強制労働に従事しながら、思想矯正をされるらしい。

 流刑地は、いくつかあるらしいが、宝玄仙たちが連れていかれる場所は、智淵城と呼ばれる女専用の牢城であり、捕えられた東閣(とうかく)の城郭からは、一日程度の場所にあるとのことだ。

 まあ、孫空女と七星に説明した、羊力という隊長の言葉が正しいとしてだが……。

 

 そして、男は、もっと遠い鉱山が牢城になっていて、そこで労働をすることが多いようだ。

 鉱山で働かされる男は、まだ脱走の例はあるようだが、女の牢城から逃げ出した囚人は聞いたことはないらしい。

 女の牢城に入れられれば一生釈放されることはない。

 そして、大抵は数年も持たずに死ぬ。

 そういう場所のようだ。

 手足に刻まれた黒い帯のような線が、逃亡しようとすると身体の自由が効かなくなるようになっているらしい。

 

 宝玄仙と孫空女、そして、七星と楊鈴を捕えたのは、何度か名が出てきた羊力(ようりき)というこの国の法術師とのことだ。

 話を聞く限り、法術も道術も同じもののような気がするが、とにかく、この国では天教が禁教になっているので、その天教の言い回しである“道術”という言葉も使わないっぽい。

 

 いずれにしても、宝玄仙は、あの東閣市の料理屋で眠り薬を飲まされて意識を失った。

 意識を失っている間に、右の手の甲に魔術を封じる紋章を刻まれてしまったようだ。

 道術も法術も、呼び方が違うだけで同じものであると仮定しても、さすがに、直接肌に紋様を刻まれては、宝玄仙の血の中にある『術返し』でも抵抗できない。

 手の甲に描かれた紋章は、天教でいえば、“道術紋”であろう。

 道術紋を刻まれるということは、宝玄仙の身体自体が、その力の源にもなっている。宝玄仙の高い霊気そのものが、宝玄仙の道術を防ぐために使われているのだ。

 だから、術が遣えない。

 

 これは、少しばかり、まずい状況かもしれない。

 この紋章を消すためには、宝玄仙並の大きな道術を持つ術遣いが術をかけ直すしかない。

 だが、それを見つけることは難しい。

 宝玄仙ほどの術遣いはそういるものではない。

 ましてや、宝玄仙は天教からは追放されたうえに、手配書をばらまかれて捕縛にかけられている身だ。

 なんとか智淵城からの逃亡を成功させても、天教には頼れない。

 しかし、力の強い術遣いは、宝玄仙の知る限り、天教に所属していることが多い。

 

 つまり、宝玄仙がこれからやらなければならないことがふたつある。ひとつは、現在の囚われの身からの脱出を成功させること──。

 そしてもうひとつは、手の甲の紋章を消して道術を復活させることだ。

 

 逃亡については、手首と足首の帯になっている黒い線が、その行動を防いでいるのなら、自力では難しいのかもしれない。

 しかし、幸いにも、沙那と朱姫がいる。

 ふたりは、囚われた宝玄仙と孫空女を救出しよう努力してくれているはずだ。

 耐えていれば、必ず、その機会はある。

 

 もうひとつの道術の復活は、いまのところ、方法が思いつかない。

 脱出を果たしても、紋様は消えることはないだろう。

 宝玄仙のように道術の能力の強い術遣いであり、天教に属さず、宝玄仙に協力してくれる者を探すしかないのだろうか――。

 

「ところで、お前の雇い主だった、天教の神官は、どのくらいの階級なんだい、七星?」

 

「道士と言っていたね、宝玄仙さん」

 

 道士では、おそらく大した道術の力は持っていない。

 宝玄仙の右手の紋様を打ち消す力は持っていないだろう。

 

「……そうかい。それで、そいつは、どうなったんだい、七星?」

 

 とりあえず訊ねた。

 

「さあね。あたいら女は、男たちからは離されたんだ。どうなったか知らないよ、宝玄仙さん」

 

 七星は言った。

 楊鈴の泣き声が大きくなった。

 

「もう、いつまでも鬱陶しいねえ、楊鈴。いい加減に泣くのはやめなよ。そりゃあ、あんな兵たちに破瓜を散らされたのは気の毒だけど、女というものは、いつかは、股に男の精を受けるんだよ。諦めなよ」

 

 七星が怒鳴った。

 楊鈴はますます声をあげて泣く。

 七星は、鼻を鳴らして楊鈴の反対を向いた。

 この七星は天教徒として捕えられたものの、実は天教教団とはなんの関係もなかったということも、さっきの説明で教えてもらった。

 

 この車遅国で天教の布教活動をしようとしていた天教の神官は、東帝国からやってきた若い法師で、布教活動を目的として、密入国によりこの国に入ったらしい。

 名も聞いたが、知らない名で天教本部とも関わりはないようだ。

 宝玄仙を追ってきたというわけでもなさそうだ。

 本当に純粋に布教が目的で、この国に入ったのだ。

 

 帝国から連れてきた護衛もいたが、ここまで来る間に居なくなってしまったらしい。

 それで、旅の途中で見つけた七星という女を傭兵として雇った。

 七星は、孫空女の言っていたとおり、用心棒が本業だが、それで食えなくなれば身体を売ることもあるようだ。

 なかなかにしたたかで頼もしい。

 売れるものなら、腕っぷしも女の身体でも同じだというのも、さっぱりしていて気持ちがいいくらいだ。

 宝玄仙は、金銭を代償として身体を売る女を否定するつもりはない。

 七星もそれなりの気量良しだ。

 生きるための金を稼ぐのに、用心棒よりも手っ取り早いには違いない。

 

 とにかく、七星を雇った男の法師は車遅国に入り、布教活動をやったものの、通報を受けて駆けつけた東閣の城郭軍に全員が捕えられた。

 そして、その時に、七星も一緒に捕えられた。

 天教徒ではなかったが、わずかながら七星も、霊具が使える程度には道術が遣え、身に多くの霊具を装着していた。

 すべて取り上げられたようだが、それで、天教の術遣いと判断されたのだろう。

 七星の右手にもしっかりと魔術封じの紋章が刻まれている。

 

 ひと言も喋らない楊鈴というのは、捕えられた天教の若い法師の侍女役のようだ。

 女法師を着ていたので、弁解のしようもない。

 彼女も捕えられた。

 

 このふたりと孫空女は、捕縛されて連れていかれた東閣の軍営の牢で一緒になったらしい。

 七星と楊鈴が軍営に捕えられたのは二日前で、孫空女が同じ牢に放り込まれて知り合いになったそうだ。

 そのとき、宝玄仙は別の場所で眠らされていて、孫空女とは、一緒ではなかったようだ。

 

 この三人の服がぼろぼろなのは、その軍営の牢で、昨夜、兵たちに犯されたらしい。

 一番抵抗したのは、孫空女だったようだ。

 鎖で拘束されながらも、孫空女が自分を襲う兵の骨をへし折るような暴れ方をした。

 顔の怪我もそのときのものみたいだ。

 だが、羊力という法術遣いに、手首と足首に変な法術をかけられて、抵抗できなくなったらしい。

 法術で身体を拘束されて結局は犯された。

 それに比べれば、七星などは最初から無駄な抵抗と諦めて、兵たちを受け入れたらしい。

 

「……その羊力というのは、どんな男だい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「この国では有名な道教の法師のようだよ、ご主人様。とにかく、法術遣いだ。本来は、これからあたしらが行く、智淵城の番人のひとりらしいよ」

 

 孫空女が応じた。

 

「兵の話によれば、七星と楊鈴を迎えに来たんだ。それで、あたしらが偶然にも城郭で食事しているのを見つけて、ついでに捕えられたみたいだ」

 

「ついでねえ……」

 

 宝玄仙は自嘲的に嘆息した。

 あんなに反対した沙那に逆らって、勝手に城郭に入った。

 そして、この(ざま)だ。

 沙那は怒っているだろう。

 

 

 そのとき、檻車が止まった。

 到着したのだろうか。

 檻車の外が慌ただしい。

 見ると、孫空女も、七星も、楊鈴も不安そうな顔をしている。

 

 そして、檻車が止まってからかなりの時間が経った。

 突然、檻車の扉が、外から叩かれて大きな音がした。

 すると、いきなり、手と足が一番近い床に張りついて動かなくなった。

 床に胡坐をかいていた宝玄仙は、胡坐に組んだ両膝の外側の床に手首が張り付いた。

 七星は膝を抱えた姿勢のまま、やはり手が床に張りついている。

 孫空女と楊鈴は、壁にもたれていたので、両手は壁だ。

 扉が開いた。

 

「……へ、へ、へ、食事の時間だぜ、お前ら……」

 

 両手に木製の平たい椀を持った兵がふたり入ってきた。

 にやついている。気味が悪い。

 そして、手足が床や壁に張りついている四人の前にその椀を置いていく。

 

 宝玄仙の前にも、皿が置かれた。

 その中身を見て、宝玄仙は、思わず込みあげた吐気を耐えた。

 椀の中は半分くらい水が入っていて、その中になにかの穀物の屑と野菜屑が浸かっている。

 吐気を催したのは、その皿の中にこれ見よがしに浮いている白濁液だ。

 これは男の精液だ。

 皿の中の水と食べ物に精液がかけられている。

 しかも、大量にだ。ひとりやふたりではない。

 すくなくとも十人は宝玄仙の皿に精液をぶっかけている。

 

 見ると、ほかの三人も、自分の皿を見て顔を蒼くしている。

 彼女たちにも、精液浸けの食べ物が配られたのだろう。

 

「おう、貴族法師も目を覚ましたか」

 

 兵の後ろから檻車の中に入ってきた巨漢が、そう言いながら宝玄仙を見た。

 宝玄仙は、この身体の大きな男に見覚えがあった。

 東閣の料理屋で捕えられたときに店員に化けて料理を運んできた男だ。

 そう言えば、意識を失う直前に、この男によって宝玄仙の手になにかを刻まれた記憶が蘇る。

 

「あんたが羊力かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、羊力の手が宝玄仙の髪を掴んで、顔をあげさせられた。

 宝玄仙は、髪の毛を引っ張られる痛みに、顔を歪めた。

 

「おう、俺が羊力だ、貴族法師――。いまのところ、お前は特別待遇だ。多分、智淵城の虎力(こりき)の兄貴が気に入るからな。もっとも、気に入らなかったら、覚悟しておけ。特別待遇してやった分だけ、厠扱いしてやる。だから、虎力の兄貴に対する態度には気をつけな。愛想を振る舞った方がいいぜえぇ。厠はつらいぞう……」

 

 羊力の髪を持つ手に力が入る。

 痛い――。

 この羊力といかいう男は、容赦なく髪を上に向かって引っ張る。

 だが、手が床にくっついているので宝玄仙の身体は、一定以上はあがらない。

 それにしても、なんという力だろう。

 髪の毛が千切れそうだ。

 

「か、厠だって……?」

 

「おう、厠だ。厠掃除じゃねえぞ──。厠女でもねえ。厠だ──。これから行く智淵城には、いろいろな苦役と作業があるが、その中で最低の懲罰が厠だ。お前たちの厠は、裏庭に十個ほど小さな穴を掘って、そこに交替でするだけなんだが、厠の懲罰を受けた囚人は、その穴に放り込まれるんだ。三日程な」

 

 羊力がげらげらと笑った。

 

「いい加減に、ご主人様から手を離せよ、羊力──」

 

 そのとき、孫空女が横から怒鳴った。

 

「静かにしてろ──」

 

 別の男が孫空女の腹を思い切り蹴りあげた。

 動くことのできない孫空女が呻き声をあげて、身体を折り曲げた。

 

「孫空女──」

 

 宝玄仙も声をあげた。

 

「いいから、あっちは放っておけ──。それよりも、厠の刑の話だ。罰の三日が終われば、自力で出てきていいんだが、そんな力は残っていないし、誰も出さないから、大抵はそのままだ。厠の穴の中で糞で溺れ死ぬ──。それが厠だ」

 

 羊力が笑いながら手を離した。

 宝玄仙は、首を下に向けて歯噛みした。

 

「ようし、お前ら――」

 

 羊力が檻車の真ん中で声をあげた。

 

「……これから、食事をしてもらうぞ。毎回、移送の女囚どもには、恒例にしているご馳走だ。俺が指を鳴らしたら、手が床や壁から離れる。そしたら、目の前の餌を食え。ひとつ残らずな」

 

「ふ、ふざけるな、羊力。こんなものが食べれるかよ」

 

 怒鳴ったのは孫空女だ。

 蹴られた腹が痛いのか、まだ息が荒い。

 だが羊力は面白そうに笑みを浮かべているだけだ。

 

「おう、食いたくなければ食わなくてもいい。だが、食わなければ、その首にしている首輪が絞まる。皿が空になれば首輪は元に戻る。ここで死にたくなければ、全部食うんだ。いくぞ――」

 

「な、なに――?」

 

 また、孫空女だ。だ

 が、思い直したのか、それ以上は文句をいうのは自重した。

 黙って、精液だらけの食べ物を見ている。

 宝玄仙も見た。

 また吐気をもよおした。

 ふと見あげると、七星も真っ蒼だ。

 楊鈴は、相変わらずすすり泣くだけで、まるで、生気を失ったようだ。

 

「そうだ。ちょっと待て。おい、もう一度、ここに皿を集めろ」

 

 羊力がそう言うと、目の前にあった皿が檻車の真ん中に立っている羊力の足元に集められた。

 羊力は、下袴を降ろすと一物を出した。

 そして、集められた皿に目がけて、小便を始めた。

 宝玄仙は、それを呆気にとられて見ていた。

 眼の前で、自分たちの食事だと言われた皿に羊力の小便がかけられている。

 羊力の排尿が終わると、再び、皿が配られた。

 猛烈な臭気が宝玄仙を襲う。

 

「始め――」

 

 羊力が笑いながら指を鳴らした。

 すると、手が自由になった。

 すると首輪が首に張りつくように密着してきた。

 本当に絞まっている。

 

 宝玄仙は皿を取った。

 覚悟を決める──。

 ちょっと多少臭いだけだ。

 毒を飲むわけじゃない。

 こんなことくらいなんでもない。

 そのとき、すっと意識が遠くなった。

 

 宝玉──?

 

 すぐに、宝玉が表に出ようとしているということを悟った。

 慌てて、宝玄仙は、意識でそれを押しとどめた。

 こんなことを宝玉にはさせられないし、これは宝玄仙の犯した失敗がもたらした結果だ。

 それを宝玉には押しつけられない。

 あいつには、もう十分に尽くしてもらった。

 おそらく、逃亡の機会を得るまでには、しばらくかかる。

 智淵城とやらでは、目の前の恥辱以上のことが待っているだろう。

 それは、宝玄仙が受ける──。

 そもそも、逃亡の機会というのは、千載一遇の一瞬のみかもしれない。

 宝玉ではそれに対応できない。

 だから、これから先の意識体は、宝玄仙であるべきなのだ。

 すると、宝玉の気配がすっと心から消える。

 わかってくれたみたいだ。

 

「畜生──」

 

 宝玄仙は眼をつぶって小便と精液の混じった水を飲む。

 そして、尿と一緒に食べ物を口に入れて咀嚼していく。

 気持ち悪い。

 吐気がする。

 しかし、その吐気ごと飲みこむ。

 喉にぐいという絞まりを感じた。

 首輪が縮んでいるのだ。

 口に入れる速度をあげる。

 精液だろうが、小便であろうか、臭かろうが、気にしなければどうということはない。

 ふと見ると、孫空女も七星も、もの凄い勢いで食べている。

 

「うぐうっ――」

 

 さらに首が絞まり、宝玄仙は思わず声を出した。

 これ以上、絞まると食べ物が喉を通らなくなる。

 指で掻き込んだ。皿は空になった。

 だが、首輪は緩くならない。

 また、絞まる。

 

「全部だぞ、お前ら――。皿についているものは、すべて舐めきるんだ。合格しないと首は緩まらない。とにかく、皿を舐め続けろ」

 

 羊力たちが大笑いしている。

 そういうことかと思った。

 皿の端や周りについている精液を舌で舐めきる。

 やっと、首輪が緩くなった。

 宝玄仙は精根尽きたような気がして、皿を床に置いた。

 孫空女と七星もほぼ同時に、ほっとした顔をして皿を置いた。

 

「あっ、楊鈴(ようりん)、食べるんだよっ――」

 

 不意に、七星が絶叫した。

 宝玄仙は顔をあげた。

 楊鈴が苦しんでいる。

 その顔は真っ白だ。

 苦しそうに、手が空中で踊っている。

 首輪に触ろうともがいているのだ。

 だが、おかしな術で、宝玄仙と同じように首輪には触れないでいるらしい。

 ふと見ると、楊鈴の皿はなくなっていない。

 口にしなかったのだ。

 もはや、食べるような状態ではない。

 首輪が喉に食い込んでいて、白目を剥きかけている。

 

「羊力、やめるんだよ――。ほ、本当に死ぬよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「ぼうっとしていたのが悪いのさ。お前らは、一生懸命食ったのにな」

 

 羊力は平然としている。

 一番近いのは、向かい側にいる孫空女だ。

 孫空女が首の鎖を伸ばして、楊鈴に飛びついた。

 だが、その鎖が縮まって、壁に戻された。

 楊鈴の首ががくりと折れて、身体が倒れる。

 

「よ、羊力……いや、羊力様、やめてください――。気を失ったよ。気絶したんだ。もう許してやってよ──。お願いします──」

 

 七星が発狂したような大声を上げた。

 

「残念ながら、首輪が絞まるのを止める唯一の方法は、皿が空になることだ」

 

「だ、だって、気を失っているよ。どうやって、食べるんだよ――」

 

 七星が叫んだ。

 

「そんなことは知らんな」

 

 羊力はにやついたままだ。

 そうしている間にも、楊鈴の首輪は絞まり続けている。

 いまは、完全に首の肉の中に埋もれている。

 気を失っている楊鈴の顔は紫になっている。

 

「羊力――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 あと数瞬で死ぬ。

 

 羊力が動いた。

 床を叩く。

 楊鈴の首輪の鎖が首輪から外れた。

 羊力が、楊鈴の身体を抱いた。

 もう、動いていない。

 次の瞬間、羊力は、楊鈴の首を持つと、背中方向に一気に曲げた。

 おかしな音がして、楊鈴は完全に脱力した。

 

「お、お前、な、なんということを……」

 

 宝玄仙は、羊力を睨んだ。

 羊力は、死骸となった楊鈴の身体を床に投げた。

 首輪が外されている。

 

「……お前たち、屍体を捨てろ」

 

 羊力がふたりの兵に言った。

 兵が楊鈴の身体を両側から掴み、数回振って勢いをつけてから、開け放たれている檻車の扉から投げ捨てる。

 地面に投げ落ちたような音がした。

 

「……あと数刻で智淵城に着く。そうすれば、お前たちの命など、虫けらと同じだということがわかるだろうよ。さて、そろそろ、相手をしてもらうか。宝玄仙は、虎力の兄貴に残しておいて、ひとりずつ味わうということで、ふたり連れて来たんだが、ひとり足りなくなったな……。じゃあ、七星か孫空女に、前後挿しを受けてもらうか」

 

 羊力は言った。

 

「前後挿し?」

 

 七星だ。

 

「そうだ。肛門と膣で同時に受けるんだ。女の身体は、受け入れる場所がたくさんあるからな。口も使って三本挿しというのもある。やるか、七星? それとも、孫空女が受けるか?」

 

 羊力は馬鹿笑いした。

 七星と孫空女は蒼ざめている。

 

「……いいよ。お前の相手は、わたしがする。脚も自由にしておくれ」

 

 宝玄仙は静かに言った。

 

「お前は、虎力の兄貴に差し出す特別待遇だ」

 

「わかりゃしないよ、羊力」

 

「……それもそうか」

 

 羊力は、床を一度脚で踏んだ。

 脚が自由になった。

 宝玄仙は、立ちあがり、法衣の紐を解きはじめた。

 宝玄仙の袴が下に落ちる。

 そして、下着も脱いだ。

 

 羊力が宝玄仙に覆いかぶさった。

 宝玄仙は床に身体を横たえた。

 ふと見ると、七星と孫空女もそれぞれ、兵に身体を許す態勢になっている。

 

 おざなりの愛撫の後、すぐに羊力の怒張が宝玄仙の中に入ってきた。

 愛液が十分でない分、ちょっときつい。

 宝玄仙は膣の力を抜いて、羊力の巨根を受け入れていく。

 律動が始まる。

 だんだんと愛液も出て来て、滑りもよくなる。

 多少は楽になる。

 

 抱かれているあいだ、女は誰も声を出さなかった。

 ただ、男たちの呻き声と、床の軋む音だけがしていた。

 長い時間ではなかった。

 時間はかけられないことになっていたのだろう。

 男たちは、あっという間に精を放つと、身体から離れていった。

 

「じゃあ、あと数刻、大人しくしていろ」

 

 羊力はそう言って檻車の外に出た。ふたりの兵が続く。

 檻車が閉じられた。再び中は薄暗くなる。

 どんと檻車が揺れた。

 また、動き出したのだ。

 

「ねえ……」

 

 少し経ってから七星が口を開いた。

 

「なんだい、七星?」

 

 宝玄仙が応じた。

 

「あたいらは生き抜こうね……」

 

「ああ、七星……。孫空女もいいね」

 

 宝玄仙は、視線を宝玄仙に向けた。

 

「なにが、ご主人様?」

 

「生き抜くんだよ。長い時間じゃないはずだ。それまで死なないようにしようよ」

 

「わかったよ。ご主人様もね」

 

 孫空女は言った。

 そして、檻車に沈黙が訪れた。

 しばらくは、三人の誰も口を開かなかった。



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121 奴隷城の洗礼

 檻車が止まった。

 七星(ななほし)は、まどろみから眼を覚ました。

 

「……着いたのかい?」

 

 なんとなく呟いた。

 

「さあね。だけど、こんなときに居眠りできるなんて、大した根性しているじゃないか、七星」

 

 向かいの壁に繋がれている宝玄仙が微笑みを向けている。

 

「だって、寝る以外にすることないじゃないか。それに、丸一日眠っていたあんたと違って、昨夜は、ずっと兵たちに犯されていたんだ。寝不足なんだよ、宝玄仙さん」

 

 七星は言った。

 すると宝玄仙が、なぜか愉しそうに微笑んだ。

 

 この女こそ、大した根性だろう。

 道術とやらを封じられて、囚人として檻車で牢城に運ばれようとしているのに、少しも動揺していない。

 もともとは、東帝国の貴族法師という話だったし、貴族がこんな扱いを受ければ、もっと気が動転して泣き叫ぶかと思えば、さっきから舐め回すような視線を七星に送ってくる。

 

 まあ、あの孫空女ほどのおっかない虎女を猫にしているくらいだから、胆は座っているのだろう。

 孫空女の話によれば、天教の八仙の地位を持つほどの術遣いで、しかも、自分を凌辱した同じ八仙を三人もぶち殺して、それで逃亡しているらしい。

 

 そして、女のくせに女が好きな変態で、しかも嗜虐好きだという。

 だから、供である孫空女もかなりの行為をさせられているということだった。

 正気を失う程の快楽責めは日常茶飯事で、ほかにも沙那と朱姫という供がいて、三人であらゆる辱めに遭わせられているという。

 女同士で愛し合うことについては、七星はあまり経験はないが、孫空女のいう「正気を失う程の快楽」というのはどういうものだろうかという好奇心はある。

 そんなに激しい性行為というものは、経験の多い七星も覚えはない。

 いずれにしろ、話半分だとしても、この宝玄仙はかなりの変わり者だ。

 

「ところで、お前も術遣いなんだね、七星。お前の身体にある霊気の匂いがするよ」

 

 不意にそんなことを宝玄仙が言った。

 

「あんたみたいな大きな力を持った術遣いからしたら、術遣いとはいえないかもしれないかもしれないけどね。まあ、端くれさ……。もっとも、霊具が扱えるくらいで、使える術はないけどね」

 

「力が大きかろうと小さかろうと、わたしも術を封じられているから、いまは違いはないさ。生まれはどこだい、七星?」

 

「南さ……。海に面した国さ。小さな国だからね。あんたは聞いたことはないと思うよ、宝玄仙さん」

 

 七星は言った。

 

「教えてくれたっていいじゃないか、七星」

 

「別に隠しているわけじゃないさ。遅々亜(ちぢあ)国っていうんだ。知っているかい?」

 

 七星は言った。

 返事があったのは、少し間があってからだ。

 宝玄仙は苦笑して、「すまないが知らない」と言った。

 それは当然だ。もう、遅々亜(ちぢあ)国という国は存在しないのだ。

 

 七星は、ここからずっと南にある小さな沿岸国の港街で生まれた。それが遅々亜だ。

 七星は、その港町で仕事をしていた娼婦の子だった。

 母親は、道術遣いではなかったが、なぜか七星は生まれつき霊力があった。

 母親が誰の子種かわからない子供を身籠ったとき、その相手が術遣いの男だったのだろうか。

 もっとも、大した霊気ではなく、霊具が使いこなせる程度だった。

 道術の力の源である霊気があるということと、道術が遣えるということは別のことなのだ。

 だが、それでも、霊気があることで、霊具が遣える。

 それは、七星の育った最下層の人間の中では便利な存在だった。

 母親は十歳のときに死んだが、そのお陰か、なんとか仕事にありつき、生きていくことはできた。

 

 初めて男を受け入れたのは、十二歳のときだ。

 母親は娼婦の仕事でもらった病気で死ぬことになったが、七星の中の霊気は、七星の意思に反して精を子種として受け入れないし、病気も防いでくれるという優れものだった。

 それを知ったとき、身体を売るということに抵抗はなくなった。

 生きるための手段だ。

 母親もそうやって、七星を育ててくれたのだ。

 

 だが、生涯を娼婦で生きるつもりはなかった。

 十四歳で男の格好をして、遠くに向かう船に潜り込んで国を出奔した。

 しばらくして、その遅々亜国が戦渦に巻き込まれ、多くの住民が犠牲になったことを知った。

 小さな国だったので、生き残った者は男も女も、ことごとく奴隷にされて連れていかれたという。

 そうやって、七星の祖国は消滅したのだ。

 

 一方で、七星が潜り込んだ船は、実は海賊船だった。

 女であることはすぐにばれたが、女の身でも腕はあったので、仲間として認められた。

 その海賊船で数年を過ごした。

 もちろん、男たちの性の相手もした。

 それなりの金を払ってくれれば、抱かれることに別に不満はない。

 

 十七歳で船を降りた。

 ちょっとばかり、色恋沙汰に巻き込まれて、船にいられなくなったのだ。

 つまりは、七星が寝た男の女が、七星に殺し屋を向けるということがあったのだ。

 

 その頃には、その船は海賊船でありながら、七星の生まれの国とは違う別の沿岸都市を正式の拠点にしていて、そこに、多くの乗組員たちは家族を持っていた。

 殺し屋を七星に差し向けたのは、海賊船の航海長だった三十過ぎの男の妻だ。

 当時は、たまたま、七星は、その航海長の専用の女のような立場になっていて、七星は、航海長に結婚を申し込まれたのだ。

 七星は驚いた。

 航海長には、陸に妻がいた。

 それなのに、愛人というのではなく、妻になってくれと言われたからだ。

 その男にこだわりがあったわけじゃないし、男の気持ちを弄んだわけじゃない。

 嫌いではなかったが、最初から抱かれるのは金が目的だと伝えていた。

 だが、その男は、本気のようだった。

 そして、七星が断わったのにも関わらず、陸に降りると妻に別れ話を持ち出した。

 それで、嫉妬したその妻が、七星に殺し屋を差し向けたということだ。

 

 この七星を妻にしたがる男が現れたことには驚いたが、それに嫉妬して、殺し屋を雇って七星を殺そうとした女の存在にはさらに閉口した。

 馬鹿馬鹿しくなり、船を降りた。

 それで、女を売ることは懲りた。

 それからは、用心棒のようなことをやりながら旅をした。

 時折は、こそ泥のようなこともする。

 まあ、生きるための手段というものだ。

 もっとも、いまでも強く迫られれば、身体も売る。

 

 しばらくして、あの海賊船が七星が離船してすぐに、どこかの海軍に捕えられたということを知った。

 そう言えば、遅々亜国でも同じようなことがあった。

 訪れる不幸を逃げるように、七星は居場所を変えている。

 そんなことはほかにもあった。

 なんとなく「嫌な予感」が発生することがある。

 そんなとき、その勘の向かうままに行動すると、結果的にうまくいく。

 七星は、それは、自分の生まれながらの「第六感」だと思うようになっていた。

 

 もっとも、今回はその「第六感」も働かなかった。

 巡礼中の天教の神官に、用心棒として雇われないかと声をかけられたとき、なんとなくそれが運命を変えるような気がした。

 だから、その神官の求めに応じた。

 

 やがて、その神官がなぜ、七星を用心棒に雇ったのかわかった。

 神官のくせに女好きの男で、七星は夜になると身体をしつこく迫られた。

 それで、金を支払えと言うと、その神官はあっさり――というよりは、歓んで金を支払った。

 金さえもらえば、七星にも不満はなく、それで契約は成立した。

 その夜から、七星は、その神官の用心棒で、かつ、随行娼婦という立場になった。

 

 実際、本当に女には見境のない男で、旅のあいだには、巡礼にも関わらず、七星のほかにもよく女を買っていた。

 死んだ楊鈴(ようりん)も、あの神官に言い寄られたようだが、頑なに拒んだようだ。

 その神官も力づくで無理矢理迫るような男ではなかった。

 だが、あの楊鈴は、本当は、力ずくで抱いて欲しかったのではないだろうか。

 あの神官を想っていたような気配はある。

 

 想いがあったのなら、言い寄られたときに、さっさと抱かれてしまえばよかっただろうに面倒臭い女だ。

 だが、さっきあっさりと死んでしまった。

 本当にあの神官を好きだったのだとすれば、あの侍女の前で、七星が神官に身体を許したことは悪かった気がするし、捕えられて見知らぬ兵に破瓜を散らされたのも気の毒だ。

 

 あの神官はどうしているのだろうか。

 この国の囚人は、男だったら鉱山で働かせられるらしいが、身体が強い感じではなかったから、一年も持たないのではないだろうか。

 

「それにしても、檻車が止まってからずいぶん経つね」

 

 孫空女だ。

 この女もわからない。

 この女がそんじょそこらの女傑でないことはすぐにわかった。

 兵たちが、七星たちを犯すために、軍営の牢に入ってきたときにも、鎖で拘束された身でありながら、無理矢理抱こうとした兵の骨をふたりもへし折ったのだ。

 

 それで羊力が、七星がいまもしている手足の帯の術を孫空女にもかけようとした。

 だが、孫空女は、それにも抵抗した。

 しかし、羊力が別室で眠っている宝玄仙のことを仄めかすと、あっさりと術を受け入れることにも、兵に抱かれることにも承諾した。

 孫空女は、随分な忠誠心を宝玄仙に向けているが、宝玄仙と孫空女には、なにがあるというのだろう?

 

 しかし、確かに、どうして、こんなに待たされるのだろう?

 なんとなく、外にいるはずの兵の気配も少なくなっている。

 だんだんと静かになる外の気配は、この檻車がほったらかしになっているという感じだ。

 

「……ご主人様、別の馬車……。大きい。多分、同じような……檻車と思う。それが来るよ」

 

 孫空女が、外の音に集中しながら言った。

 

「別の檻車かい? それがやって来るのかい、孫空女?」

 

「そうみたいだ」

 

 孫空女はそう言うが、七星にはなにも聞こえない。

 七星は、孫空女の耳を疑った。

 いくらなんでも、耳がよすぎる。

 

 だが、しばらくすると、孫空女の喋ったことが本当だということがわかった。

 大きな馬車が、近づく気配がする。

 驚いた。

 やがて、その馬車も止まった。すぐ横だろう。

 それからまた、間があった。

 

「準備ができた。三人とも出ろ」

 

 羊力(ようりき)の声がして、檻車の扉が開いた。

 それと同時に、首輪に繋がっていた壁との鎖が勝手に外れた。

 

 孫空女が立ちあがり、扉の外に出る。

 宝玄仙が続き、七星も出た。

 

 眼の前に畠が拡がっていた。

 遠目だが、多くの裸身の女がそこで働いている。

 よく見れば、全裸ではない。

 腰に布のようなものを巻いている。

 まあ、全裸に近いものであることは確かだ。

 ああいう格好で、自分もこれから働かせられるのだろうと七星は思った。

 

 横には、七星が降りた檻車を含めて二台の檻車がある。

 曳いていたはずの馬も、警護隊もいなくなっている。

 そこにいるのは、数名の兵と羊力を含めた三人の男──。

 そして、檻車から降りた女たちだ。

 こっちの檻車から三人。向こうの檻車から四人。合計七人だ。

 向こうの女囚たちは、七星と孫空女のぼろぼろの服に比べれば、乱れた様子もなくまともだ。

 いずれも天教の女法師が身に着ける法衣であり、ひとりは宝玄仙のように身なりがいい。

 その身なりのいい巫女とその随行の下級巫女というところだろうか。

 

 それにしても、向こうは兵に犯されるということはなかったのだろうか?

 四人がいたわり合う様子は、なにかいじらしいものを感じる。

 

「全員、並べ──。横一列だ。逆らえば、首が締まって死ぬぞ」

 

 兵に促されて、男三人の前に並ばされた。

 三人の男と女たちの間には、大きな穴が掘ってある。

 この穴はなんだろうか?

 七星たち全員は、その大きな穴の前に集められた。

 

「ようこそ、女囚ども、ここが、“智淵城(ちふちじょう)”と呼ばれるお前たち天教徒の奴隷収容場であり、お前らのようなご禁制の教義の信者の矯正を行う場所だ。そして、お前たちが残りの一生を過ごすことになる場所でもある」

 

 七星たちが並ぶ前に並ぶ三人の男のうち、真ん中でひとりだけ椅子に座っている男が言った。

 歳は五十くらいだ。でっぷりとした腹がやけに目立つ。

 その男の両側には、羊力(ようりき)と、もうひとりの見知らぬ男が立っている。

 身体の大きな羊力に対して、もうひとりは痩せていて背が高い。

 

「お前たちは、神は存在すると思うか?」

 

 椅子に座った男が言った。

 七人の誰も応じなかった。

 

「天教には、やはり神はいないのだな?」

 

 男が愉しそうに笑った。

 

「か、神はいます……」

 

 別の檻車から降りてきた四人のうちのひとりが言った。

 一番身なりのいい女法師だ。

 三十歳くらいだろうか。清楚で気品ある顔立ちをしている。

 

「こいつは、鹿力(かりき)?」

 

 椅子の男が背の高い男に顔を向けた。

 

紅夏女(こうなつじょ)という女です、虎力(こりき)の兄者。天教の仙士で、ほかの三人はその部下です。天教本部の命令で、この車遅国(しゃちこく)に布教のために派遣された愚かな女ですよ」

 

 背の高い男は鹿力といい、椅子に座っている腹の出た男が虎力というのだと思った。

 この虎力が、ここで一番偉いのだろう。

 

「天教もしつこいのう……。これだけ、入国したものを見つけては、捕えているのに、しつこく、しつこく神官を送り込んでくる。しかも、こんな女どもを……」

 

「だからこそ、俺たちの愉しみも続くというものでさあ、虎力の兄貴」

 

 羊力が馬鹿笑いした。

 

「お前は愉しみ過ぎだろう、羊力。また、囚人に手を出したのか?」

 

 鹿力が言った。

 

「どうせ、ここに来れば抱き尽くされるんだ。同じことだろう。お前は、手を出さなすぎるんだよ、鹿力」

 

「女には興味はあるが、抱くことには興味がないのでな」

 

「だが、兵は興味を持っているはずだ。抱かせてやったらいいのだ」

 

「兵に抱かせたのか、羊力?」

 

「おう、俺だけ、いい目を見てはいかんからな、鹿力。指揮官が愉しむときは、兵にも愉しませる。それが指揮官の務めだ」

 

「なにが指揮官の務めだ。どうせ、お前がやりたいだけだろう?」

 

 虎力がそう口を挟んでから、腹を揺すって笑った。

 すると、羊力と鹿力も一緒に笑い始めた

 七星は、そんな三人の会話を不愉快な思いで聞いていた。

 下衆どもが……。心の中で呟く。

 

「お前は、紅夏女というのだな?」

 

 ひとしきり笑うと、虎力がさっきの紅夏女とかいう巫女に向かって言った。

 紅夏女は怯えているようだ。

 それでも、気丈に振る舞っている。

 やがて、彼女は口を開いた。

 

「か、覚悟はできています。死を覚悟した布教の旅です。わたしはどうなってもかまいません。しかし、この三人は許してください。この者たちは、わたしの旅についてきただけなのです」

 

「死の覚悟があろうが、なかろうが関係ない。ついてきただけであろうと、そうでなくてもな──。この国では天教徒は入国することそのものが大罪だ……。それはいい……。それよりも、お前は神はいると答えたな、紅夏女? 本当にそう思うか?」

 

 虎力が言った。

 

「い、言いました……。か、神は……」

 

「……いや、お前が正しい」

 

 虎力が、紅夏女の言葉を遮った。

 

「神は、お前たちの眼の前に存在する。今日から、俺たちがお前たちの神だ、紅夏女」

 

「はっ?」

 

「ここでは、俺たちが神だ。全員が覚えておけ。そして、ここはお前たちのいう地獄だ。俺はこの地獄の番人である智淵城の長の虎力。両横は俺の両腕の鹿力と羊力だ。この三人が、お前たちの新しい神になる。俺たちが、這いつくばれと言ったら這え。服を脱げと言われたら脱げ。股を開けと言われたら開け。躊躇なくだ。わかったか――。それができなければ死ぬ」

 

 虎力が声をあげた。

 

「そ、そんなこと……。な、ならば、舌を噛んで死にます」

 

 紅夏女は言った。

 

「勝手に死ぬことはできん。自分ではな……。ただし、死は常に身近にある。全員、後ろを見ろ」

 

 虎力が言った。

 言われたとおりにする。

 後ろには、たったいま降りてきた檻車が二台あり、さらにその後ろには、巨大な門構えがある。

 それがこの智淵城の入り口なのだろう。

 しかし、その城門の横は解放されている。

 その両脇には城壁もない。

 囚人の逃亡を防ぐ監視の兵もいない。

 ただ、境界を示すだけの目的のように、まばらに樹木があるだけだ。

 

「見ての通りだ。ここには城壁はない。その気になれば、誰もが出ていける。兵もいるが別に見張ってはいない。いまもな――。この中で、出ていきたいと思う者は、出ていっていい。追手はいない。構わんぞ、行くがいい。追いかけもせぬ」

 

 虎力は言った。

 七星は当然ながら、その言葉を怪しんだ。

 ほかの女たちも怪訝な表情で、全員がお互いに顔を見合わせている。

 なにか、仕掛けがあるに違いない。

 しかし、七星は意を決した。

 

「あ、あたいは行くよ―――」

 

 そう叫んで、後ろに駆けた。

 いや、駆けようとした。

 だけど、身体はまったく動かなかった。

 脚は張りついたように地面に立ったままだ。

 

「動かない……」

 

 横で孫空女も言った。

 孫空女も後ろに向かおうとしたのだろう。

 

「……逃げようとする行動のすべてを封じる術がかかっているようだね……。首輪に触れないのもそのせいのようさ……」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「そういうことだ。だから、ここには城壁はいらん。逃亡を防止するものは必要ないのだ。自殺もできん。お前たちの手首と足首の黒い帯がそれを止めてくれる。もっとも、ここが死と遠いところにあるというわけじゃないぞ。さっきも言ったが、ここは、むしろ死が一番近い場所だ……。ところで、お前は――?」

 

 虎力が、宝玄仙を見る。

 

「宝玄仙だよ……」

 

 宝玄仙が不貞腐れたように言った。

 すると、さっきの紅夏女が息を呑んだのがわかった。

 

「宝玄仙様ですって──?」

 

 紅夏女は驚いた表情をしている。

 

「知り合いか、お前たちは?」

 

 羊力だ。

 

「違うよ。ただ、わたしは、ちょっとした有名人でね……。天教では……」

 

「有名人?」

 

 虎力が言った。

 

「元は八仙という天教の最高神官のひとりさ。いまは、同じ八仙を三人殺した罪で天教を追放されて、手配されている。そういうことで、わたしはもう天教の神官じゃないのさ。だから、解放してくれないかい? わたしの連れもね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「兄貴、これがさっき教えた女だ。俺も随分と天教狩りはしたが、あれだけのいい女は初めてだ。だから、手を付けずに兄貴に見せようと思ってな」

 

 羊力が虎力に媚を売るように言った。

 もっとも、実際には、羊力は、檻車の中でしっかりと宝玄仙を抱いている。

 

「……なるほど。いい女だな。ほかの女もいい。今回は、羊力の方は粒ぞろいだな」

 

「そうだろう、虎力の兄貴。俺もいい仕事をするんだよ」

 

 

「たまにはだろ?」

 

 横で鹿力がからかうような口調で言った。

 宝玄仙が天教から追放された身であると言ったことに対し、虎力はにやついたままだ。

 解放する気などないのは明らかだ。

 宝玄仙も本気で解放されるとは思ってなかったみたいだ。

 平然とした態度を崩さないし、焦るような感じもない。

 虎力は、じっと品定めをするような視線を続けた。

 そして、再び口を開いた。

 

「ここは、確かに異教徒専用の牢城だ。だが、俺はお前たちが、天教徒だろうと、そうでなかろうと、どうでもいい。大事なのは、すでに、お前たちは奴隷だということだ―――おい、持って来い」

 

 虎力が言うと、鹿力が大きく手をあげた。

 しばらくすると、女の囚人が数名、大きな木箱をふたつ運んできた。

 そして、穴の前に置く。

 

 女たちは、ほとんど全裸だ。

 畠で働いていたのと同じ姿で、裸身に黄色い小さな腰布を巻いて、腰の横で結んでいる。

 つまり、ただの布片を腰に巻いているだけだ。

 上半身は裸だ。

 首には、七星たちと同じように革の首輪があり、手首と足首に黒い帯のような刺青がある。

 随分痩せていると感じた。

 多分、十分な食べ物を与えられていないのだろう。

 そして、女たちが近づくと、ちりん、ちりんと音がする。

 よく見ると乳首に一個ずつ小さな鈴が糸で結ばれている。

 それが音を立てるのだ。

 女囚たちは、箱を置くと静かに立ち去っていった。

 鈴の音が遠ざかる。

 

「ここで、お前たちには、囚人服に着替えてもらうぞ」

 

 羊力が言った。

 

「わ、わたしたちに、あんな格好になれというのですか……?」

 

 紅夏女が声を震わせている。

 向こうの四人は悲痛な表情をしている。

 こっちの三人は、それに比べれば落ち着いている。

 覚悟もしていたし、諦めもある。

 宝玄仙以外は、すでに裸でいるようなものだ。

 腰に布を巻かせて貰えるなら、ありがたいくらいだ。

 

「……いまのは、(おつ)種奴隷だ。乙種というのは、労働用の奴隷で、ここでさまざまな労役に任じる。ここでは家畜と同じだ。だが、働けなくなれば、(へい)種に落とされる……」

 

 虎力が言った。

 

「丙種は、人間じゃねえぞ。食料用や実験用だ。まあ、死ぬのを待っているようなものだな。それに比べれば(こう)種奴隷はいいぞ。俺たち三人の性奴隷用だが、うまいものが食えるし、温かい場所で寝れる」

 

 羊力だ。

 

「性奴隷……。ふざけんじゃないよ」

 

 孫空女が悪態をついた。

 七星はちらりと左側の孫空女を見た。

 強気の口調とは逆に顔は蒼めている。

 七星の右に立っている宝玄仙も落ち着いた様子だが、七星はその宝玄仙の膝が震えているのを見つけた。

 宝玄仙も怖がっているのだ。七星は宝玄仙の人間味を垣間見た気がした。

 

「服を脱いで、地面に掘ってある穴に入れろ。布切れひとつ、髪飾りや指輪に至るまで、一切を穴に捨てろ──。いまから、種別判定試練を行う」

 

 虎力が言った。

 

「ほら、素っ裸だ。早くするんだ―――」

 

 羊力が続けた。

 ほかの女たちが息を飲む音がした。



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122 種別判定試験

「服を脱いで、地面に掘ってある穴に入れろ。布切れひとつ、髪飾りや指輪に至るまで、一切を穴に捨てろ──。いまから、種別判定試練を行う」

 

 虎力が言った。

 

「ほら、素っ裸だ。はやくするんだ――」

 

 羊力も続ける。

 

「こ、ここで、脱げというのですか――」

 

 紅夏女だ。

 顔が真っ蒼だ。

 向こうの残りの三人は身体を抱き合って泣き出した。

 

 だが、七星は、そういう抗議の言葉が、三人を歓ばすだけで無駄であることを悟っている。

 どうせ、破られて、裸身を大して隠していない服だ。

 七星は、諦めて服を脱いだ。

 そして、地面に掘ってある穴に放り込む。

 

 孫空女も脱いでいる。

 宝玄仙もだ。

 ふたりとも無駄だと悟っているのか、さっさと裸になった。

 七星が全裸になり終わったときには、孫空女も宝玄仙も同じように一糸まとわぬ裸になり終わっていた。

 それにしても、ふたりとも美しい身体だと思った。

 ふたりとも、両手で身体を隠すように、股間と胸に手を置いている。

 七星は、そういうことすら、連中に屈服するような気がして、両腕は身体の横に伸ばしたままでいた。

 

「早く脱げ、お前らも――」

 

 鹿力が大喝した。

 すると、向こうの四人が苦しそうにもがき始めた。

 慌てたように服を抜き始める。

 その様子をしばらく見ていて、七星は彼女たちの首輪が絞まりはじめたのだとわかった。

 四人は、喘ぎながら懸命に服を脱いでいる。

 

 やがて、四人とも下着姿になった。

 最初に紅夏女(こうなつじょ)が全裸になり、穴に服を投げ終わった。

 最後の一枚を投げ入れたところで、跪いて激しく息を整えている。

 首輪の締りがとまったようだ。

 

 ほかの女たちも、ひとり、ふたりと服を穴に放り投げ続けている。

 

「んげえっ」

 

 だが、まだ服を投げ終わったいないのが最後のひとりになったとき、その女が突然に苦しみだして、途中でばったり倒れた。

 首輪が喉に食い込んでいる。すでに、顔が紫色だ。

 

「それを貸して」

 

 紅夏女が、倒れた彼女の腕から服をもぎとって穴に放り込む。

 しかし、その女の首輪の締りはとまらない。

 

「ま、待って、死んでしまいます──。お、お待ちください──。服を脱ぎました──。もうなにも残っておりません──」

 

 紅夏女が悲鳴をあげた。

 それでも、首輪は絞まり続けているようだ。

 紅夏女が、その女を抱きかかえて絶叫した。

 首輪を外そうと手をかけようとする。

 しかし、やはり、触れないみたいだ。他人の首輪でも触ることはできないのだろう。

 娘は苦しみ続けている。

 やがて、娘はまったく動かなくなった。

 

「な、なんてことを……」

 

 紅夏女が、死んだ女を抱いて涙を流した。

 だが、その紅夏女を鹿力が突き飛ばした。

 そして、死んだ娘の腕をつかむと、たったいま、皆が服を脱いだばかりの穴に、身体を放り込んだ。

 

「な、なぜですか……? 彼女は、服を脱ぎましたよ……」

 

 突き飛ばされた姿勢のまま、紅夏女が涙を溜めた顔で三人を睨んでいる。

 

「……種別判定試練と言ったはずだ。いまのは最初の試練だ。服を脱ぐのが、もっとも、遅かった者を殺すと決めていた」

 

 虎力が平然と言った。

 

「そ、そんなこと言っていなかったじゃないか……」

 

 乳房と股間に手を置いて立っている孫空女が半身を男たちに向けたまま、呟くように言った。

 

「いや、言ったな。俺たちが、這いつくばれと言ったら這え。服を脱げと言われたら脱げ。股を開けと言われたら開け――。俺はそう言ったぞ。これは、試練なのだ。言っておくが、まだまだ、試練は続くぞ」

 

「……お前たちを許さないよ、虎力」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ほう、どう、許さんのだ、宝玄仙?」

 

「い、いつか、酬いをくれてやるよ……。いまは、非力だから、お前たちの言いなりになってやる……。だ、だけど、いつか、必ず、道術を取り戻してから……」

 

「愉しみにしているぞ、宝玄仙。だが、そんなときが来るのか? お前は、いまこの瞬間、俺が指を一度鳴らすだけで、死ぬのだぞ。なんの抵抗もできずにな。指ひとつだ。お前の命など、ほんの俺の気まぐれの中で生きているのだ」

 

「わ、わかっているよ、虎力……。命令には従うよ……。ど、奴隷になってね……」

 

 宝玄仙が歯噛みしながら言った。

 七星は、それを俯いて聞いていた。

 

「まあ、その心掛けはいい。それが、ここで生きていく術だからな。俺たちには、逆らうな。命令には一切服従だ――。全員、聞け。この智淵城の囚人には掟がある。何度も言うが、お前たちには、ここで命令に逆らう権利はない。命令に逆らうときは、そのまま死ぬときと思え」

 

 虎力が残っている女たちを見回しながら言う。

 どの女の目にも、目の前の三人に対する憎しみのような色がある。

 

「……もしも、俺たち以外でも、兵が通りかかって、股を開けと言ったら開け。尻を出せと言われたら出せ。それはお前たちがここで長生きをするためでもある。ここでは、三箇月間、身体に一度も男の精を受けなかった女囚は、死ぬことになっている。甲種は性奴隷だから、その機会も多いが、乙種の労役奴隷の場合は、その機会も少ない。そんな乙種に、情けをくれようとしてくれる兵は、お前たちの救い主だと思うんだ」

 

 虎力の説明に対して、残った六人の女の誰も口を開かなかった。

 

「……まあ、なかなか、口だけではわからんよ。ここは、身体に覚え込ませることさ、虎力の兄貴」

 

 羊力が前に出た。

 

「おい、宝玄仙、前に出て、穴のところに行け」

 

 羊力が叫ぶ。

 

「な、なにさせる気だよ?」

 

 宝玄仙は身体を隠したまま、羊力の命令のままに穴のところに進んだ。

 

「こっちに、背中を向けて、地面の穴を跨げ」

 

 穴は深いがそれほど大きなものではない。

 肩幅の倍くらいの大きさだ。

 大きく脚を拡げれば、跨げない広さではなかった。

 宝玄仙が、真っ蒼な顔のまま、穴を跨いだ。

 

「身体を屈めて、尻を出せ。そして、自分の指で、尻孔を拡げろ。限界までな。命令だ。嫌なら、お前も首輪に絞められて死ぬだけだ」

 

「な、なんだって――」

 

 宝玄仙の顔が真っ赤になった。

 全身が怒りのために震えはじめる。

 

「あ、あたしがやるよ」

 

 叫んだのは孫空女だ。

 

「いや、やるのは宝玄仙だ。その宝玄仙は、天教では最高神官だったのだろう? それが、命令で尻孔を自分で開くんだ。それで、お前たちにも、自分たちがどういう立場か、よくわかるというやつだ。さあ、やれ、宝玄仙。指で開いて、これが、自分の尻穴だと紹介しろ。それとも、死ぬか? 死ぬのが嫌なら、できるだけ、哀れっぽく、尻穴を紹介しろ」

 

 宝玄仙が歯を食いしばっている。

 だが、そのゆっくりとその上半身が倒れて、両方の手がお尻に回った。

 

「……こ、これが、宝玄仙の尻穴でございます。どうぞ、ご覧ください……」

 

 宝玄仙が低い声で言った。

 顔は、これ以上ないというように真っ白だ。

 その表情は凍りついている。

 虎力たちが大笑いしている。

 七星は、正視できずに俯いた。

 

「全員、顔をあげろ。宝玄仙から眼を離すな」

 

 羊力が怒鳴った。

 七星は、仕方なく顔をあげる。

 

「……尻を左右に振れ、宝玄仙。もう一度、同じ台詞だ」

 

 笑いながら鹿力が言った。

 

「これが宝玄仙の尻穴でございます……。どうぞご覧ください……」

 

 宝玄仙が言いながら、腰を左右に動かしている。

 もう、宝玄仙は顔をあげていない。

 肩が震えている。

 もしかしたら、宝玄仙は泣いているのではないかと七星は思った。

 

「よし、反対を向け。ほかの女たちにも見てもらえ。お前の尻穴をな。同じ台詞を忘れるな」

 

 虎力だ。

 宝玄仙は、身体を起こすと、一度穴から離れ、身体を反転させて、こちらに尻が見えるように屈んだ。

 

「……これが宝玄仙の尻穴でございます……。どうぞ……ご覧ください……」

 

 宝玄仙の指は、自分の肛門の周りの肉を摘まんで拡げている。

 女として、これ以上恥ずかしい姿はないだろう。

 孫空女の歯ぎしりの音がここまで聞こえてきた。

 その孫空女は、握り拳を固く握って震えている。

 

「腰の動きが足りんな、宝玄仙。もう一度やれ。それと同じ言葉を言っても興がない。少し、気を使って変化させんか」

 

 虎力が笑いながら言った。

 

「くっ」

 

 宝玄仙の悔しそうに呻く声が聞こえた。

 だが、次の瞬間、宝玄仙の腰が大きく揺れ始めた。

 宝玄仙の尻襞がはっきりとこっちを向いている。

 

「ほ、宝玄仙の肛門でございます―――。いかがでしょうか。これがわたしの尻穴でございます……」

 

 宝玄仙は、羞恥の踊りを尻でやり続けた。

 

「いま少しだが、まあいいだろう。じゃあ、宝玄仙、そのまま、小便だ。それで、勘弁してやる」

 

「こ、これ以上、恥をかかそうっていうのかい? ここには、お前たちが、放り込んだ娘がいるじゃないか」

 

 尻穴を拡げたままの宝玄仙が悲痛な声で三人に向かって叫んだ。

 

「それがどうした」

 

 虎力が満面の笑みを浮かべた。

 それで、宝玄仙は黙った。

 しばらく時間が経った。

 やがて、大きく拡がった宝玄仙の脚の間から、ひと筋の小便が流れ落ち始めた。

 

「よし、宝玄仙は、こっちに来い。次は、七星、お前だ。同じことをやれ」

 

 虎力が言った。

 七星は、自分の血がさっと顔から引いていくのを感じた。

 

「待ってくれ、虎力の兄貴。もう少し、恥をかかせようや。思いついたんだが、この宝玄仙に、さっきの格好で屁をさせるというのは、どうだろう? 兄貴は、法術で宝玄仙の尻の中に風の塊を送ることもできるだろう?」

 

 羊力が言った。

 

「面白いな。さっきの格好に戻れ、宝玄仙」

 

 虎力が言った。

 

「ふ、ふざけるな」

 

 屈辱的な姿勢を解いていた宝玄仙は、拳を固く握って三人の男を睨んでいる。

 しかし、虎力が指を鳴らすと、三人に向かって尻を出す格好に戻る。

 術で身体を操作されたのだ。

 

「ほら、また、自分の指で尻の穴を拡げんか」

 

「も、もうするもんか……」

 

 宝玄仙が尻を男たちに向けた前屈の姿勢で呻いた。

 だが、宝玄仙の小さな悲鳴がした。

 宝玄仙の顔が充血していく。そして、だんだん白くなる。

 首輪が絞まっているのだ。

 宝玄仙が震えはじめた。

 

「ご、ご主人様、や、約束したじゃないか――。生き抜こうよ――。ご主人様──」

 

 孫空女が横で絶叫した。

 宝玄仙が自分の尻に手をやる。

 さっきと同じように尻穴を拡げたのだろう。

 宝玄仙が脱力した。

 そして、盛大に息を吸い始めた。

 首輪が緩んだのだ。

 

 虎力が指を鳴らす。

 宝玄仙の顔がしかめっ面になった。

 羊力が言っていたように、肛門の中に、風の塊を入れられたのだろう。

 

「いいぞ、やれ。それとも、また首を絞められたいか?」

 

 虎力が言った。

 次の瞬間、宝玄仙のお尻から大きな放屁の音がした。

 三人が声をあげて笑った。

 

「次は七星だ。穴を跨いで、俺たちに向かって尻孔を開き、穴に小便を垂れろ。そして、最後に一発屁だ――。全員、やるんだ。ほかの者も、七星の後ろに並べ」

 

 羊力が愉しそうに言った。

 

「宝玄仙、ぼうっとするな。お前は、こっちだ。穴のこちら側にまた並べ」

 

 姿勢を崩すことを許され、自分の身体を抱いて精根尽きたように立っているの宝玄仙に向かって、羊力が怒鳴った。

 宝玄仙が移動する。

 

 七星は、黙って穴に向かって進んだ。

 穴を跨ぐ。思わず、下を覗いてしまう。

 眼が大きく見開かれたまま死んでいるさっきの娘の屍体が視界に入る。慌てて、目線を逸らした。

 宝玄仙がやったのと同じように、尻穴を指で拡げて、屈辱的な言葉を口にしながら、股間を緩める。小便が屍体に当たる音がした。

 尿が止まると、肛門の中に空気の塊りが入ってきた。

 苦しい。

 おならが出る。

 

「実は出すんじゃねえぞ」

 

 羊力の揶揄が飛ぶ。

 

「数をかぞえるからな、七星。三、二、一、ぶうだぞ。三、二、一、ぶうだ。わかったな、七星」

 

「わ、わかったよ」

 

 七星は言った。

 

「三……二……一……いけっ」

 

 七星のお尻で激しく放屁が鳴った。

 がっくりと首を垂らしたまま、宝玄仙の横に立つ。

 

 七星が終わると孫空女―――。

 

 そして、紅夏女。娘たち。

 

 全員が終わるころには、太陽もやや西に傾いてきた。

 

「では、二番目の試練だ。最初に言っておこう。最下位だった者は、ここでも、ひとり死ぬ」

 

 虎力が言った。

 突然、脚が勝手に肩幅の倍ほどの広さに拡がった。そして、両方の腕が、それぞれ左右の足首に張りつく。

 つまりは、脚を開いて、極端な前屈みの姿勢を強要されたのだ。

 

「こ、今度はなんだい?」

 

 宝玄仙が感情のない口調で言った。

 宝玄仙も七星と同じように、尻を上に突き出して両手を足首を握った格好で固定されている。

 六個の女の尻が夕刻の牢城の畠で並んでいた。

 

「……次は、尻の締りの試練だ。尻の締りのもっとも悪い者が、ここでひとり脱落する」

 

 いつの間にか、兵が六人そばにいる。全員が右手に桶を持ち、左手に浣腸器を持っている。

 

「ま、まさか―――」

 

 七星は声をあげた。

 ほかの女たちも悲痛な悲鳴をあげた。

 その六人の顔方向に鹿力が立った。

 それぞれの背後に兵がひとりずつ立つ。

 七星の後ろにも兵が立ち、桶から液体を浣腸液に吸い込ませている音が聞こえる。

 

「ふたつ目の試練は浣腸だ。お前たちは、これから、同時に同じ量の浣腸液を肛門に注がれる。そして、一定時間待ち、また、同じ量を入れる。それを繰り返す。最初に大便をする者が出るまで続けられる。虎力殿も言ったが、最初に脱落した者はここで死ぬ」

 

 そして、鹿力が片腕をあげた。

 七星の肛門に浣腸液が注がれるのを感じた。



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123 甲種奴隷の序列

 四度目の浣腸液を注がれた直後、離れた場所から大きな泣き声が聞こえた。

 それから引き起こった喧騒を孫空女は、別の世界の出来事のように感じていた。

 

 そして、鹿力から、排便をしていいという声がかかった。

 孫空女は、張りつめていた全身の力を抜き、眼をつぶったまま羞恥を晒した。

 排泄物が大量の浣腸液とともに、地面に噴き落ちていった。

 

 脚を開いた前屈の姿勢は、まだ解放してもらえない。

 解放してもらったのは、兵によって水で身体を洗われてからだ。

 

 身体が解放され、やっと顔をあげたとき、女囚は五人になっていた。

 こっちの三人は全員いる。

 向こうは、紅夏女という女ともうひとりの娘の法師だけになっていた。

 

 浣腸試練によって、淘汰された娘の姿がないところを見ると、さっきの穴に放り込まれたのかもしれない。穴はもう埋まっていた。

 

「……孫空女、なにがあっても耐えておくれ」

 

 宝玄仙が近寄って囁いた。

 

「わ、わかっているよ、ご主人様も……。きっと、沙那が……」

 

 孫空女が返すと、宝玄仙は小さく頷いた。

 きっと助けは来る。

 それまで耐えるしかない。

 

「最後の試練だ。ここでも最下位の者は死ぬ」

 

 また、五人が三人の前に並べられる。

 手首と足首につけられた黒い帯のような刺青のせいだというのはわかる。これにより、手足のすべてが自由にされてしまう。

 逆らいようがないのだ。

 いまの段階では、逃亡どころか、抵抗のしようもない。

 抵抗の意思さえ封じられている。

 

 そして、首に嵌められた革の首輪――。

 連中が指一本鳴らすだけで、革の首輪は絞まっていき死んでしまう。つまりは、生殺与奪のすべてを虎力(こりき)鹿力(かりき)羊力(ようりき)の三人に握られているということだ。

 

 五人の全裸の女が肩幅に脚を拡げて立たされた。手は背中でくっついて離れなくなった。

 その五人の女の前に、兵が、またひとりずつ立つ。

 

「今度は、膣の締め具合の試練だ。これから、お前たちの女陰に、これを咥えさせる……」

 

 虎力がそう説明すると、五人の前に、一本ずつの張形が示される。

 その張形は黒い色をしていて、両側が怒張した男根のかたちになっていて、軽く反り返っている。

 双頭の張形だ。

 どういう使い方をするのかは知っている。

 以前、宝玄仙に使われたことがある。

 あれを女の道具に受け入れる。

 すると股間から男根が生えたようになるのだ。

 

「……合図をしたら、股間で絞めあげろ。一定以上の力で絞めあげたら、前の部分から白い液が飛び出す。一番、遅かった者は、また死ぬことになる」

 

 次から次へとふざけたことをやらせるものだと思った。

 

「……百数える時間待つ。それまでに、張形を受け入れられるように、ほとを濡らせ。濡れていようと、濡れてなかろうと、百かぞえ終われば、容赦なく突き挿す」

 

 虎力がそう言うと、背中側で張りついていた両手が離れた。

 孫空女は、悪態をつきたいのを耐えながら、自分の股間に触れた。

 一番、気持ちいい場所を探して擦る。

 両隣は宝玄仙と七星だ。

 ふたりとも赤い顔をして自慰を始めている。

 

「擦り過ぎて、自分で、いっちまうんじゃねえぞ。張形が受け入れるようになるまで濡れせばいいんだからな」

 

 羊力がはやし立てた。

 いつの間にか、もう、周りは関係する兵だけではなく、多くの兵が集まっていた。

 彼らが、羊力の揶揄にどっと笑う。孫空女は歯噛みした。

 

「……残り、九十……」

 

 鹿力が叫んだ。

 

「ま、待ってください。わ、わたしはともかく、貂蝉(ちょうせん)は生娘なんです。無理です、そんなの」

 

 紅夏女が叫んだ。

 

「心配はいらん。力ずくで、ねじ込んでやる。だから、少しでも痛くないように、擦ればいい」

 

 虎力だ。

 

「そ、そんな――。ご、後生です」

 

 叫んだのは紅夏女(こうなつじょ)という女法師で、貂蝉というのは、ひとりだけ残っている彼女の連れの巫女の名のようだ。

 大声で泣いている声がするのがその貂蝉という娘なのだろう。

 助けてやりたいが、どうしようもない。

 いまは、自分のことと、宝玄仙のことしか考えられない。

 

「残り、八十……」

 

 鹿力が数えた。

 

「お、お願いです、虎力様――。お願いです、鹿力様、羊力様」

 

 紅夏女は、まだ叫んでいる。貂蝉の声はますます大きくなる。

 

「残り、七十……」

 

 もう聞きたくない。

 孫空女は、ひたすら自慰に没頭した。

 それで彼女たちの悲痛な叫びを打ち消そうと思った。

 

 宝玄仙を護ることだけ考えろ──。

 自分に言い聞かせる。

 宝玄仙はまず、脱落しない。

 だが、ここで自分が脱落したら、宝玄仙がひとりになってしまう。

 肉芽を二本の指で挟み、前後左右に動かす。

 身体が熱くなる。空いている手で乳首も摘まんだ。こねまわす。

 すでに身体は熱い。

 股間を触っている指の間から、水の音も聞こえてくる。

 もう、受け入れ態勢は整っている。

 身体に痺れるような快感が拡がる。

 脚が小刻みな震えを始め出す。

 

「残り、十……九……八……」

 

 兵の合唱が始まる。

 

「……二……一」

 

「よし、始め」

 

 虎力の声――。

 次の瞬間、両手が、また背中に回る。股間に張形が無造作に突き挿された。

 

「ああっ……」

 

 孫空女は声をあげた。

 予想に反して、貫かれた張形が蠕動運動を始めたのだ。

 意地悪いやり方だ。

 張形を受ける前に自慰をさせたのは、濡れやすくするためだけではなく、この張形で達しやすくするためでもあったようだ。

 自分で燃えあがらせておいた女陰に、激しく振動する張形を受ければ、昇りつめやすくなる。

 乾いた膣で道具を受け入れるのが怖くて、淫液をできるだけ溢れさせておこうとしたほど、限界に近い身体で張形を受けることになったのだ。

 

 受けたくない快感が全身を貫く。

 だが我に返って、挿入されたものを締めつけた。

 歓声があがった。

 

 横目で、宝玄仙が見事に白濁液を前側の張形から出したのだとわかった。

 全身に汗をかいている。

 

 また、歓声――。

 今度は、七星だ。

 

 孫空女も膣に力を入れる。

 だが、そんなことを孫空女はやったことがない。

 ついつい、暴れ回る張形に気を取られてしまう。

 

 とにかく、締めつける。

 するとなにかがやってくる。

 あっという間に追い詰められる。

 駄目だ。締めなければ――。

 

「おい、お前、いきそうなのか? そんな競争じゃないぞ。締めるんだぞ」

 

 眼の前の兵が孫空女に、揶揄するように言った。

 その言葉で、孫空女の中のなにかが弾けた。

 次の瞬間、がくがくと腰を動かして絶頂していた。

 それと同時に、前の部分からもの凄い勢いで白濁液が飛び出すのが見えた。

 あまりにも勢いが凄くて、ほとんど、虎力の座っている椅子の直前まで跳んでいた。

 

 見物の兵が拍手をして歓んだ。

 あまりの羞恥で眼の前が暗くなるような気がした。

 それで、気がついた。

 紅夏女と貂蝉はどうなったのか?

 視線をそちらに移動する。

 

「……貂蝉、早く、締めあげて――」

 

 紅夏女が泣きながら言っている。

 その向こうに貂蝉が見えるが、どうやら締めるどころか、立っていることもできずに前のめりに倒れているようだ。

 大きく開いた脚に微かに破瓜の血が流れ落ちているのも見えた。

 

「ちょ、貂蝉、お願い──」

 

 紅夏女の声――。

 どうやら、紅夏女は張形を締めようとはしていないようだ。

 貂蝉に先に成功させて、自分が死のうとしている。

 だが、貂蝉はそれどころじゃない。

 あれでは、もう無理だ……。

 

「よし、貂蝉はもういい。抜いてやれ」

 

 虎力が言った。

 

「そ、そんな……。もう少し――。もう少し、待って……。お、お願います――」

 

 紅夏女が泣きながら叫んだ。

 

「待っても無駄だ……。だが、紅夏女、お前の想いに免じて、貂蝉が助かる機会をやろう。お前は、貂蝉に勝ちを譲って、自分が犠牲になるつもりのようだが、いまから五十数える。その間にお前が成功してみせろ。そうすれば、貂蝉は助ける。だが、失敗すれば貂蝉は殺す」

 

 その言葉に、紅夏女が真っ赤な顔をして膣を締め始めた。

 だが、締めることで張形の振動の快感を受けてしまう。

 孫空女もそれで苦しんだのだ。

 

「残り、四十……」

 

 紅夏女が苦しそうに上気している。

 あれは快感に溺れそうな表情だ。

 全身が紅くなり、もう、脂汗で濡れている。

 

「残り、三十……」

 

 兵の合唱が始まる。

 

「紅夏女、肛門に指を挿すんだ。前の張形じゃない。肛門の指を締めあげな――」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 紅夏女が、自分の肛門に指を挿した。

 

「声を出せ、紅夏女。叫ぶんだ。力の限り叫べ――。恥を捨てろ──。貂蝉のためだ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「うわあああ――」

 

 紅夏女が大声を出した。

 彼女が女陰に咥えている張形から白濁液が飛び出す。

 兵の数える数字は、残り八だった。

 紅夏女が、がっくりと腰を落とした。

 

「……約束だ。命だけは助けてやる、貂蝉……。ただし、お前は乙種奴隷だ。乙種の囚人服をつけて、奴隷小屋に連れていかせる。奴隷を管理する監督兵がいるから、後はそれに従え――。ほかの者は、取りあえず、甲種だ。これから、甲種の囚人服を渡す」

 

 虎力が言った。

 手足は自由になったが、四人とも脱力していた。

 その間に、貂蝉は例の黄色い布を腰に巻かれて、どこかに連れていかれた。

 

「……さて、そろそろ、休んだだろう。囚人服を着させてやろう。立て――」

 

 虎力がそう言うと同時に、また、無理矢理に身体を操られる。

 身体が起きあがり、脚が拡がった。

 両腕は、水平の横に真っ直ぐに伸びる。

 宝玄仙、七星、紅夏女も同じ格好になっている。

 

「俺たちが、甲種奴隷の囚人服を着せてやるぞ。甲種奴隷は、基本的に俺たちの三人の世話だ。だから、俺たちが気に入らなければ、労働奴隷の乙種か、それとも、屠殺用の丙種に落ちる。まあ、せいぜい、気に入られ続けるようにすることだな」

 

「お前らに奉仕するくらいなら、乙種でいい。あたしは働くよ」

 

 孫空女は言った。

 だが、悪態をついても、全裸で両手両足を大きく横に拡げた姿では、いかにも情けない。

 虎力たちも、にやついている。それが悔しい。

 

「だが、いき顔は可愛らしかったぞ。その強気の姿が、いくときは可愛い女になるのはよかったぞ、孫空女。女には、いくときに可愛い顔になる女と、醜い顔になる女がいる。お前は、間違いなく、可愛い顔だ」

 

 羊力がからかう。

 恥ずかしさに頭に血がのぼる。

 口惜しくて、俯いたまま、力一杯に唇を噛んだ。

 いつか、あいつらの首を絞めてやる。

 そう心に決めた。

 

「な、なにさ、それは――?」

 

 横で、同じように両手両足を拡げている七星が叫んだ。

 孫空女は、顔をあげた。

 そして、羊力が手に持っている“もの”を見た。

 

「そ、それはなんだよ――」

 

 孫空女も同じように叫んでしまった。

 羊力が持っているのは、手首から先の人間の手だ。

 だが、色が真っ赤であることで、本物ではないことがわかる。

 しかし、色以外は、まさに人間の手そのものだ。

 それを四個持っている。

 

「なんだと言われてもな、孫空女、七星。これは、お前たちの囚人服だ」

 

 羊力が、抱えている四個の手のうち、二個を孫空女の乳房に近づけた。

 

「や、やああ――。やだ、やだ、やだよう」

 

 孫空女は声をあげた。

 絶対に淫具だ。

 孫空女は動かない身体を懸命に揺すって、避けようとした。

 しかし、羊力は、容赦なく、二本の「手」を孫空女のふたつの乳房をちょうど背中から人間が抱くように、孫空女の乳房の上に置いた。

 人間の肌そっくりの感触の淫具が孫空女の乳房を包む。

 しかも、ぐいと揉みあげた。

 

「ああっ……」

 

 孫空女は思わず声をあげてしまった。

 まるでふたつの手で乳房を揉みあげられたようだ。

 しかも、乳首はちょうど二本の指に挟むようになっていて、そこだけは、指というよりは、人間の舌のような肌触りだ。

 思わず、荒い息をしてしまう。

 

「次は股間だ……」

 

 羊力は、いったん下に置いていた「手」を孫空女の股間に当てがう。

 

「わ、わかったから、ゆ、許して。は、裸でいい。素っ裸で過ごすから……」

 

 吸い付くような乳房に伝わる感触に、すでに孫空女は音をあげかけていた。

 そんなもんを股間に置かれるのは怖ろしい。

 

「遠慮するな。一度、これを装着されると、病みつきになるぞ」

 

 しかし、大きく拡げた孫空女の股間は逃げようがない。

 「手」が股間に置かれる。

 今度は大きく拡げていた手のひらが、握り拳をつくるように丸まった。

 そして、手が股間を包むように丸まった。

 それだけじゃない。

 まるで生きているように、孫空女の敏感な肉芽を探し当て、ゆっくりと皮を剥きながら親指と薬指の部分で身の部分を挟んだのだ。

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 さらに、中指と人差し指が、女陰の穴に入り込む。

 入り込んだ指は、指の形から孫空女の膣のかたちに密着するように形を変化させている。

 

「ひいっ、な、なんだい、これ──」

 

 圧迫される。

 膣の中で大きくなっているのだ。

 そして、奥の奥にと進んでくる。

 やがて、子宮の直前までぴったり孫空女の女淫を埋めた。

 孫空女は泣き声をあげた。

 

「あとひとつだ……」

 

 羊力が残りの「手」を持って孫空女の背後に回った。

 孫空女は恐怖した。

 もうひとつの「手」が孫空女の身体になにをするかが容易に予想できる。

 

「も、もう嫌だよ……。そこだけは許して……」

 

 しかし、孫空女の哀願を無視して、孫空女の肛門の上に「手」が置かれた。

 まさに人間の手と同じものが孫空女のお尻に張りつく。

 そして、指の一本をどんどん肛門の中に入れてくる。

 

「……やだよう。入ってくる――。中に入ってくる……」

 

 肛門に挿入してきた指が膣の中のものと同じように、肛門の中で男根と同じ形に変化する。

 

「あくうっ――」

 

 孫空女は嬌声をあげた。

 

「終わりだ。これは、俺たちが外してやらなければ、勝手に外れることはねえ。俺たちが、お前を抱くときには、邪魔にならないように避けるし、俺たちがお前の相手をしないときには、お前の相手をその手がしてくれる。嬉しいだろう」

 

 羊力が孫空女の無防備なお尻を叩いた。

 すると、四肢を拘束していた術が解けて、手足が自由になる。

 孫空女は、その場に崩れ落ちた。

 

 しかし、その動きで、実を持っている指で刺激を受けてしまい、孫空女は声をあげてしまった。

 思わず股間を手で押さえようとした。

 しかし、その次の瞬間、まるで自分の手が意思を失ったように、だらりと身体の横に落ちた。

 

「は、は、は、それは首輪と同じように、お前は触ることができない。触ろうとすれば、手は動かなくなる」

 

「も、もう、勘弁してよお……」

 

 孫空女は泣き声をあげた。身体に張りつている「手」は、まさに人間の手の感触だ。それに敏感な部分を包まれたまま、生活などできるわけがない。

 

「孫空女、この囚人服に音をあげるのは、まだ、早いぞ――。これを見てみろ」

 

 孫空女は顔をあげた。

 羊力が、孫空女に向かって、手で胸を揉むような仕草をした。

 

「ひゃ、ひゃあ、ああっ……」

 

 乳房に張りついた「手」が、孫空女の胸を揉み始めた。

 乳首には指でありながら人間の舌で舐めあげられる感触――。

 たちまちに、孫空女は感極まった。

 

「ほう、敏感だな、もういきそうなのか、孫空女――。見かけによらず、刺激に弱いんだな。なかなかにいい女だ。これは拾い物だったか?」

 

「い、いくもんか……」

 

 孫空女は歯を食いしばった。

 だが、肉芽をつままれたまま揉まれる乳房と乳首の刺激が、峻烈な快感となって孫空女を襲う。

 

「ほら、次はこれだ……」

 

 羊力の声がした。

 すると、股間の手が動き始めた。

 股間を包む指に肉芽を振動させる。

 それとともに、女陰に挿入している指が上下左右に動く。

 乳房も動き続ける。

 

 もう、耐えることなど不可能だ。

 孫空女は声をあげていた。

 達してしまったのだ――。

 

「やっぱり、お前のいき顔はいいな。気に入ったぜ、孫空女」

 

 羊力が笑った。

 

「も、もういった……。達したよ……。や、やめてぇ――」

 

 それでも手は動くのをやめない。

 胸に乳首、肉芽に女陰――。

 すべてが同時に孫空女を襲い続ける。

 

「なにが、やめてだ。まだ、途中じゃねえか」

 

 羊力が笑いながら言った。

 そして、ついに、肛門に入っているものも動き始めた。

 孫空女は、腰を大きく動かして、またもや絶頂をしてしまっていた。

 

「さすがに、同時にやられるとひとたまりはないようだな。次は、一箇所ずつにしてやろう。胸、股間、尻――。順番にひとつずつしてやる。だから、いかないように訓練だ。それじゃあ、生活にならないだろう、孫空女」

 

 羊力が言った。

 

「順番って……」

 

「お前たちの囚人服である「手」は、俺たちが特に命じない限り、常にゆっくりとどこかが動いている。だから、馴れないとな」

 

 冗談じゃない。こんなの我慢できるわけがない。

 そう思った。

 そして、また、快楽の奔流がやってくる。

 一度、燃えあがった身体は、もう歯止めが効かなくなっているようだ。

 

 股間と尻の「手」の動きはとまったが胸は動き続ける。

 孫空女は、もう息も絶え絶えにうずくまったままでいた。

 

「さあ、ほかの三人にも、この囚人服の効果がわかっただろう。羊力、鹿力。他の囚人にも愉しんでもらえ」

 

 虎力の声を聞きながら、孫空女は今度は胸だけで達しようとしていた。

 

「……その囚人服を着たら、全員、宿舎に移動だ。通常、甲種奴隷は、特別宿舎で生活だ。食べ物も飲み物も常に食べ放題だ。いい寝台で休めるし、温かく過ごすこともできる。乙種に比べれば、夢のような生活だぞ。だが、今夜は、初日だ。俺たち、三人が、お前たちの腰が動かなくなるまで相手してやるぜ」

 

 羊力が大きな声をあげている。

 その声を聞きながら、孫空女は、身体を仰け反らせて、もう、三度目の絶頂の声をあげていた。

 

「……いずれにしても、羊力──。この四人はいいな。よし、思い切って、一番奴隷の金楊凛(きんようりん)以外のいままでの甲種は処分しろ。甲種は五人もいれば十分だろう。多すぎてもよくない」

 

「わかったぜ、兄者」

 

 虎力と羊力が会話している。

 しかし、孫空女の頭に入って来ない。

 

「んはあああっ」

 

 そして、三度目の絶頂をして悶絶した。

 それでも、終わらない、

 終わらないのだ。

 「手」による愛撫は続く。

 だんだんと孫空女の身体を覚えるのが、だんだんと孫空女の弱い部分を集中的に刺激をしてくる。

 孫空女はまたもや、身体の弓なりにした。

 

「新しい序列は、引き続き、金楊凛が一番……。二番は七星とやら、三番は孫空女──。四番は紅夏女……。その宝玄仙は五番甲種だ」

 

 虎力の声──。

 

「五番は宝玄仙か……。五番は俺の椅子でもある。しっかりと、椅子が務まるように調教してやるぞ」

 

 鹿力の酷薄な声が辛うじて聞こえた。



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124 屈服調教の始まり

「ふ、ふざけるな、鹿力(かりき)──。離せ、離すんだよ──」

 

 宝玄仙は仰向けにされて、台の上に四肢を伸ばして拘束された裸体を必死に暴れさせた。

 だが、流石に革紐でしっかりと拘束されている手首と足首はびくともしない。

 

「お、お願いします」

「暴れないでください」

「後生ですから、宝玄仙様、大人しくして──」

 

 裸体に腰回りに黄色い布を巻いただけの若い女たちが、寝ている宝玄仙の周りに集まり、必死に宝玄仙に哀願してくる。

 彼女たちが持っているのは、天井から吊るされている細い鎖に繋がった堅糸だ。

 もともとは、こいつらも天教からこの国に布教のために潜入させられた巫女たちなのだろう。

 いまは、天教狩りに捕まえられて、この奴隷城である智淵城(ちふちじょう)の囚人というわけだ。

 それはいいのだが、その三人がこうやって、羊力の私室に呼ばれているのは、第五位の序列の甲種奴隷となった宝玄仙の調教とやらを手伝わせるためだ。

 まったく、ふざけた話だが、五人までと決まっている甲種奴隷のうち、第五位については、この智淵城で、虎力(こりき)に次ぐ地位がある副長の鹿力の専属奴隷と決まっているようであり、あの恥辱的な奴隷選別試験の後、こうやって、宝玄仙だけ孫空女や七星という一緒に連れて来られた者たちと引き離されて、ここに連れて来られたのだ。

 

 それはともかく、ここに強引に連れて来られた宝玄仙は、まずは鹿力によって、こうやって施術台のような台に仰向けに寝かされて、四肢を拡げて拘束された。

 道術は手足にある刺青によって封印されているので、非力な宝玄仙には抵抗のしようもない。

 また、抵抗したとしても、羊力たちの指ひとつで、首に巻かれている革の首輪が絞まり、いとも容易く宝玄仙は殺されてしまうことになるので、口惜しいが逃亡の機会を見つけるまで、大人しくするしかない……。

 そう思って、台に拘束されるまでは神妙にしていたのだ。

 

 だが、鹿力が適当な乙種奴隷を三人呼び、縛られている宝玄仙の肉芽の付け根を糸で結んで天井から吊り下げる作業をやれと命じたとき、宝玄仙の怒りが爆発した。

 そして、いまこうやって、女たちが宝玄仙の股間に糸を結ぶのを邪魔するために、必死で腰を振って阻止している真っ最中というわけだ。

 

「お、お願いします。め、命令に従わないと殺されてしまうんです」

 

 三人の女のひとりが泣きべそをかきながら言った。

 ここに来て、まだ一日目だが、智淵城に集められた奴隷たちの命など、紙くず一枚よりも軽いというのはわかっている。

 種別判定試験とやらでも、宝玄仙たちと一緒に集められた新入りの女囚たちが、馬鹿げた仕打ちで、虫けらのように殺された。

 その怒りは、いまだに宝玄仙の中に、発散することのできない怒りの噴流としてくすぶり続けている。

 

 また、宝玄仙は甲種奴隷といい、この智淵城の三人の番人、虎力、鹿力、羊力(ようりき)の専属性奴隷という立場のようだが、ここに呼ばれた三人は、乙種奴隷という城内の労働奴隷とのことだ。

 ほかには、丙種奴隷というのもあり、それは実験や食料として屠殺することが決まっている奴隷だということであり、それはまだ見たことはない。

 とにかく、この三人も鹿力の命令に従うことができずに、宝玄仙の肉芽に糸を結びつけることができなければ、あっという間に殺されてしまうと思い込んでいるので必死だ。

 しかし、宝玄仙だって、もう我慢の限界だ。

 こうなったら、可能な限り抵抗してやる。

 そう決めていた。

 

「呆れた女だな。この期に及んでまだ、抵抗するのか? まあいい。少し昇っている血を発散させてやろう。お前たち、少し退け。そのあいだ、俺の精をやろう。出すことができたら、三人で分けあってよい」

 

 横になっている宝玄仙を見物するような態勢で食事をしていた鹿力が女たちに声をかけた。

 

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。鹿力様」

「感謝申しあげます」

 

 三人が嬉し涙まで流して、椅子に座っている鹿力の股間に群がっていく。

 鹿力たちの話によれば、労働用の乙種奴隷であっても、三箇月間、虎力たち三人の番人、あるいは男の部下の精を貰わなければ、自動的に首が絞まって死ぬようになっているそうだ。

 だから、生き残るために、彼女たちも必死なのだ。

 いま、鹿力からほんの少しでも精が分け与えられれば、また三箇月の寿命がもらえるということなのだ。

 三人が鹿力が食事を続ける卓の下に入り込み、争うように下袴(かこ)から性器を露出させて、口で奉仕を開始するのが横目で見えた。

 

「お前はこれだ、二、三回達しておけ。そうすれば、陰核も大きくなって糸が結びつけやすくなるというものだ」

 

 鹿力が感情のこもっていない声で言った。

 すると、宝玄仙が装着されている「下着」が動き出した。

 甲種奴隷がつけられている「下着」は、下着とは名ばかりのふざけた霊具だ。

 すなわち、本物の人間の手とそっくりの感触の手が四つ、ふたつの乳房と股間の前後から貼りついているのだ。

 それがいつでも自由自在に、鹿力たちによって愛撫をさせることができるというわけだ。

 しかも、女囚にかけられている呪術により、首輪とともに、淫具の手にも、宝玄仙たちは触れることができない。

 つまり、甲種奴隷は自分で自分の局部や胸に触ることはできず、逆に下着である「手」に好き勝手にいじり続けられるということだ。

 その指が宝玄仙の乳首と股間で一斉に動き出してきた。

 いままでは、女たちが肉芽に糸を結びつけるということで、邪魔にならないように、一時的に手が開いた状態だったのだ。

 

「ああっ、くっ、ああ……、いや……」

 

 「指」による愛撫が開始する。

 股間に貼りついている手の指は、特に鹿力たちが術を込め直さない限り、股間と尻の穴に挿入されているのが常態だ。

 あの種別判定試験が行われた智淵城の前庭から、ここに来るまで、ずっと指を挿入されたまま歩かされて、かなり追い詰められていたので、宝玄仙はすぐに身体が熱くなり、股間に灼けつくような疼きを感じてしまった。

 

「生意気な態度のわりには、なかなかに感じやすい身体だな。宝玄仙。その淫らな身体に免じて、しばらくは我慢してやるが、俺は女に生意気な態度をとられるのが好かん──。死にたくなければ、俺にかしずくことだ。ここでお前が生きるためには、それしかない」

 

 鹿力がほとんど生肉のような赤い血の滴る肉を口に入れながら言った。

 一方で三人の女はここまで聞こえるほどの音を立てながら、代わる代わる鹿力の股間を奉仕し続けている。

 宝玄仙は、次第に昂ぶらされる淫情に歯を食いしばり、必死に汗ばんだ頬を左右に捩じって、追い詰められる快感を逃がそうとした。

 

「お、覚えてなよ……あっ、ああっ、き、きっと、仕返しを……仕返してやる……ああっ、んはああっ」

 

「そういえば、尻の穴が弱いんだったな」

 

 鹿力の言葉が終わると同時に、お尻側の指がすっと肛門に滑り入ってくる。

 潤滑油のようなものも表面に浮きだすことができるようになっているみたいだ。抵抗もなく、つるりとした感触で指がお尻に入ってくる。

 

「あっ、あああっ」

 

 宝玄仙は指に翻弄されて、乱れた黒髪を振り乱すよいうに、断続的な悲鳴をあげた。

 

「ああ、そ、そこはい、嫌なんだ──。ゆ、許しておくれ、ああああっ」

 

 狼狽し、自分でも愉悦とも、苦痛ともわからない感情が込みあがるのがわかる。

 身体が激しく悶える。

 お尻の快感が全身に拡がり、それが胸や股間や肉芽を責める指から与えられる快感と混じり合い、大きな快美感の波に襲われた宝玄仙は、我を忘れそうになる。

 

「前の穴よりも、尻の穴が弱いとは面白い身体だな。とりあえず、達しておけ。言っておくが、まだ調教は始まってもいないからな。とにかく、お前には徹底した服従心を身体に叩き込んでやる」

 

 鹿力が言った。

 これだけ宝玄仙を追い詰めながら、欲情の欠片も感じない鹿力の淡々をした喋り方が気にくわない。

 せめて、宝玄仙の痴態に興奮する様子でも見せてくれるのであれば、宝玄仙の心も多少は慰められるのだが、鹿力は本当に機械的に宝玄仙を調教しているだけなのだ。

 なによりも、このことが屈辱だ。

 

「あああ、だ、だめええっ、ああああっ」

 

 そして、ついに絶頂がやってきた。

 もう我慢できない。

 全身がおこりが起こったようにがくがくと震えた。

 

「んぐうううっ」

 

 宝玄仙は全身を突っ張らせた、

 そして、股間から体液を噴き出すように激しく達してしまった。

 

「なんだ、こんなものか。思ったよりも速いな」

 

 鹿力が失望したように、溜息をついた。

 宝玄仙の頭に、かっと血がのぼる。

 

「まあいい。感じやすい方が手間が省けるか。とにかく、もう二回くらいいけ。そうしたら、糸吊りを始めさせる」

 

 鹿力の声……。

 また、指は宝玄仙が達したところで、まったく動きをとめることなく、妖しく動き続ける。

 あっという間に、宝玄仙は追い詰められていく。

 

「あ、ああっ、あああっ、く、くそおっ、そ、それよりも、孫空女は、ぶ、無事なんだろうねえ──。こ、答えるんだ、鹿力、ああああっ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 お尻をいじられながら、敏感な陰核を指先で抉りだすように、激しく揉みあげられる。

 糸吊りをしたいと言っていたので、そこを大きくしたいのだというのは、容易に想像がつく。

 耐えたいのだが、指の腹を押し当てられて、包み込むようにくすぐられてしまうと、絶息するような鋭い快感が湧き起こり、宝玄仙はぴんと四肢を突っ張らせた。

 とにかく、孫空女の無事を確認したい。

 宝玄仙は喘ぎながら、もう一度、孫空女のことを鹿力に訊ねた。

 

「しつこいなあ。無事だろうさ。お前と同じように、牙もあるし、爪もある女のようだったが、虎力の兄貴が徹底的に躾けている。お互いに従順になったら再会もできるだろう」

 

 やはり、虎力のところに連れていかれたのだと思ったが、この感じだと、しばらくは別々に隔離されるのだと思った。

 だが、一方で二度目の絶頂感が襲いかかってきた。

 

「んぐううう」

 

 そして、二度目も呆気なく宝玄仙は達してしまった。

 

「次で終わりだ。お前たち、三度目に宝玄仙が昇天するまでに、俺から精を搾りだせ。さもないと、次の女たちに交代させる。役立たずとして、丙種送りだ」

 

 鹿力が冷たく言った。

 女たちは「ひい」と悲鳴を出し、ますます淫靡に鹿力の股間に吸いついていく。

 

 結局、宝玄仙が三度目の絶頂をする直前に、鹿力は女のひとりの口に精を放ったようだ。

 それと同時に、指が一斉に離れたので、宝玄仙は朦朧とした視界で女たちを眺めた。

 三人の女は、大変な貴重なものであるかのように、三人で鹿力の放った白濁液を必死の様子で分け合って、自分たちの口の中に入れている。

 

「そろそろ、始めよ、お前たち。さっきの続きだ」

 

 鹿力の声が部屋に響く。

 再び三人が宝玄仙の周囲に集まる。

 女たちの指が伸びて、宝玄仙の陰毛を撫で、熱く熟したような粘膜のあいだに指を入れ、もうひとりは、お尻に指を挿入してきた。

 宝玄仙がお尻が弱いというのを聞いていたのだろう。

 

「ああっ、うううっ」

 

 宝玄仙は脂汗の流れているのを感じる顔を歪ませ、口から悲鳴をもらした。

 今度は激しく抵抗しようにも、三度も連続絶頂させられて、手足は痺れ切っている。

 動かすこともできない。

 ついに、肉芽の根元に糸が強く巻き付けられた。

 

「あああっ、んぎいいいい」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 女たちが肉芽に糸を繋ぎ作業を終えた瞬間に、糸に繋がった細い鎖が天井方向に巻きあがり、宝玄仙の股間に針にでも刺されたような激痛を生んだのだ。

 

「ああっ、いやあああっ、あがああ、や、やめろおおっ、あああっ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 凄まじい激痛だ。

 五体がばらばらになるような股間の痛み──。

 革紐に拘束されている両脚も反り返り、左右に割られている太腿はぴんと硬直して、全身に震えが起きる。

 

「お前たちは行っていい。隣室に朝と昼の俺の食べ残しがある。それを片付けよ。食いたければ食べてもいい」

 

 鹿力の言葉に、女たちが狂喜の声をあげて、隣室に殺到していく。

 宝玄仙は、肉芽を天井に吊られるという想像もできないような屈辱と苦痛を受ける状態で鹿力とふたりきりになった。

 

「ああ、畜生──。もう、殺しな──。いい加減にしなよ、鹿力──」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 糸はさらにぐっと持ちあがり、宝玄仙の腰がわずかに浮いたところで、やっと上昇をやめたのだ。

 だが、少しでも弓なりの体勢を変えると、激痛が全身に走る。

 いや、すでに狂うような痛みが全身に走っている。

 

「心配するな。この糸吊りをすると、どんな女でも最初は逆上したようになる。だが、ひと晩もすれば、すっかりと従順な気持ちになれる。まあ、とりあえず、朝まで我慢してみよ」

 

 鹿力が立ちあがった。

 そして、宝玄仙の肉芽を吊っている糸のすぐ上の部分に親指の先ほどの鈴を無造作に結びつけた。

 

「んぎいっ──。引っ張るんじゃない」

 

 それだけで、宝玄仙は股間に針でも刺されたような激痛が発生してしまい、泣き叫んでしまった。

 糸に繋がった鈴がちりんちりんと鳴る。

 すると、道術なのか、鈴の周りからどろりとした液体が浮かび、それが糸を伝わってとろとろと股間に向かって落ちてくる。

 すぐに宝玄仙は、肉芽を中心とした股間を得たの知れない液体まみれにしてしまった。

 これはなんだろうと思ったのは束の間だ。

 すぐに、怖ろしいほどの痒みが股間に襲いかかった。

 

「か、痒いいいっ、か、痒い──。な、なにすんだよ、鹿力──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 液体が滴っている肉芽が猛烈に痒い。

 鈴から流れている液体が強力な掻痒剤だったみたいだ。

 凄まじい痒みに、宝玄仙は腰を振った。

 鈴が鳴って羞恥を誘うが、それよりも痒みが肉芽を引っ張られる痛みが打ち消してくれて気持ちいい、

 

「宝玄仙、鈴を鳴らすと、痒みを生じる液が流れる仕掛けになっている。痒みに狂いたくなければ、糸を揺らすのをやめることだ」

 

 鹿力が冷たく言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 痒み液の滴りをとめるのは、鈴が鳴らないように腰をとめるしかなく、しかし、この痒みを前にしては、腰を振って糸による激痛をもらわなければ狂ってしまう。

 つまりは、宝玄仙はいつまでも、痒み液を足されながら、糸を引っ張って刺激をもらい、鈴を鳴らし続けるしかないというわけだ。

 なんという嫌らしい仕掛けだろう。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「宝玄仙、明日の朝だ。そのときに態度が改まっていなかったら、これを続ける。まずは、嘘でもいいから言葉遣いを改めることだ。では、宝玄仙、明日の朝な」

 

 信じられないことに、鹿力は、この状態の宝玄仙を放置して、どこかに出ていく気配を示す。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「ま、待つんだよ、どこに行くんだい。ま、待って──」

 

 いま、朝までと言ったが、まさか本当のことじゃないだろう。

 このまま放置されるなど、冗談じゃない。

 

「辛いのは最初だけらしいぞ。だんだんと苦痛が気持ちよくなるそうだ。まあ、俺としてはどうでもいいが、まずは調教として、俺の従順であること、次にいつでも俺が挿入したくなったら犯せるように、常に股間を濡らしたままでいることを覚えてもらう。そのための糸吊りだ。ではな」

 

 鹿力が立ちあがった。

 そして、出ていく。

 宝玄仙は本当にこの状態でひとりにされてしまった。

 

「ああ、く、くううう……」

 

 宝玄仙はせめて、扉の向こうに消えた鹿力に毒づこうと身を捩らせたが、たちまちに糸で股間を抉られて、じーんという痛みと疼きが腰骨にまで響き、結局声も出すことができなかった。

 

 鈴はいつまでもいつまでも、ちりんちりんと鳴り続けていた。



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125 股間を濡らす椅子

「ほ、宝玄仙でございます──。せ、誠心誠意、鹿力(かりき)様にお仕えします──」

 

 何十回目──。

 いや、もしかしたら、百回は叫んだかもしれない。

 宝玄仙は強要されている言葉を力一杯に叫んでいた。

 ただ、あまりにも大声をあげ続けているので、喉が痛くて声が枯れてしまっている。

 宝玄仙の顔が鹿力の座る椅子の前の床に密着している。

 両脚はきちんとした正座だ。

 つまりは、宝玄仙は鹿力の前で土下座をして、奉仕の言葉を叫ばされ続けているのだ。

 

 ここに連れて来られて、三日が過ぎていると思う。

 「思う」というのは、もはや時間の感覚がよくわからないからだ。

 最初の日には、「種別判定試験」という名の残酷で恥辱的な行為を強要され、その結果、宝玄仙は甲種奴隷という、この鹿力たちに言わせれば、この智淵城(ちふちじょう)という名の女奴隷の牢城では、もっとも扱いのいい奴隷ということになった。

 

 だが、孫空女たちほかの甲種奴隷は、虎力(こりき)が連れていき、宝玄仙ひとりは、目の前の鹿力(かりき)によって、ここに連行された。

 そして、丸一日以上の肉芽吊りの洗礼を受けて、すっかりと反抗の意思を削がれてしまった。

 逆らって悪態をついても、また、あの恐怖の肉芽吊りを味わわされるだけだ。

 とにかく、口だけでも大人しくしてようと思わされてしまった。

 そんなことをやらされたので、すでに日にちの感覚は消えてしまった。

 

 また、宝玄仙の道術は、手首と足首に刻まれた紋様で封印されるとともに、一緒に捕らわれた孫空女とともに、さらに呪術をかけられて、逃亡の意思を奪われてしまっている。

 しかも、首に連中の指ひとつで絞まっていく革の首輪を巻かれていて、逆らえば殺すと脅されている。

 実際、この連中がまるで虫でも殺すように、無造作に女囚を殺していく光景をもう何度も目にした。

 

 そして、甲種奴隷というのは、虎力(こりき)鹿力(かりき)羊力(ようりき)というこの智淵城の支配者である三人に奉仕する性奴隷のことらしく、乙種奴隷といういわゆる労働奴隷とは区別されている。

 ただ、乙種奴隷が一日中重労働を強いられるのに対して、甲種奴隷はこうやって、丸一日、それこそ、寝ても覚めても、この連中の気紛れで冷酷な鬼畜な遊びに耐えなければならない。

 宝玄仙にいわせれば、どちらが本当に扱いがいいのがわからない。

 

 いずれにせよ、甲種奴隷は、手のひらのかたちをした「下着」を両胸と股間の前後に貼りつけられて、四六時中、その手の指に苛まれながら過ごさなければならない。

 しかも、呪術で逃亡の意思を思考できないのと同様に、その特別な「手の下着」には、奴隷は触れることができず、その手が開いて胸や股間を開放しない限り、自分の身体にも触れられないのだ。

 

 とにかく、宝玄仙は、ここで甲種奴隷ということになり、その序列は五番目ということになった。

 甲種奴隷の定員は五人らしいが、序列五番というのは、鹿力専門の「家具奴隷」ということになっているそうだ。

 まったく意味不明だが、この男の座る椅子になり、机となるために、ずっとついて歩くのが仕事らしい。

 ただ、いまは、そのための調教を受けている最中であり、まだ、この部屋から一歩も出されていない。

 序列三番だという孫空女には、あの序列決めの屈辱の後から、一度も会っていない。

 万が一にも殺されてはいないとは思うが、この部屋を出る術もない、宝玄仙には、生き残ってくれと祈るくらいしかできることはない。

 

「まだだな。邪念が残っている。本気で椅子になるつもりがないだろう。お前は椅子だ。それを自分に言い聞かせろ。そうしたら、椅子として使ってやる」

 

 宝玄仙の頭に容赦のない鹿力の足が降ってきた。

 

「あぐうっ」

 

 額が思い切り床に当たり、激痛が頭に走る。

 すると、さらに土下座をしている後頭部にぐりぐりと鹿力の足に力が加わる。

 なにが、椅子として使ってやるだと腹が煮え返るが、ぐっと我慢する。

 

「それとも、お前は真面目に椅子になるつもりがないのか? この駄目人間は……」

 

 鹿力は容赦のない力を足裏に込めてくる。

 椅子になんか真面目になるわけがあるかと思いながら、宝玄仙はその屈辱に耐えた。

 

「あ、あります……」

 

 そして、やっとのこと声を絞り出す。

 逆らうことに意味はないのだ。

 口答えすれば、また怖ろしい肉芽吊りが待っている。

 さすがに、あれだけはもう嫌だ。

 

「ならば、覚悟の心を示してもらおうか。どんな椅子になるのか言え」

 

「ど、どんな?」

 

 言われたことがすぐには頭に入って来ずに、宝玄仙は思わず言葉を繰り返してしまった。

 すると、股間の上に置かれている「手」がすっと動いて鈴を握った。

 

「あっ、や、やめて──」

 

 宝玄仙は恐怖した。

 実はあの肉芽吊りをされたときにぶらさげられた鈴は、いまだに宝玄仙の肉芽の根元に糸をまきつけて短い長さでぶらさげられていたのだ。

 やはり、それは呪術で宝玄仙には触れることができないが、下着代わりの手がの指が弾いて、音が鳴ると、鈴の表面から大量の掻痒剤が滲んで、宝玄仙の肉芽にべっとりとまとわりつくことになっている。

 だが、股間に手がある限り、宝玄仙にはどんなに痒くても、自分の手で股間に触れない。

 従って、痒みでのたうち回るしかないということだ。

 しかし、下手に暴れれば、それだけでも鈴が鳴り、また痒み剤を足すことになる。

 乾いて痒みが収まるまで数刻はかかるので、それまでは狂うような痒みの地獄を味わうのだ。

 痒みに七転八倒して、気絶するまで苦しめられるのは、まさに地獄だ。

 肉芽吊り放置とともに、宝玄仙がこの鹿力に逆らうことができないのは、その仕打ちをこの三日ほどの時間で何度も味わわされたからでもある。

 

「お、お願いだよ。もう鳴らさないで──。か、家具です。家具のような椅子になります」

 

 必死で言った。

 だが、鹿力は鼻で笑っただけだ。

 

「家具のような椅子というのは当たり前だが、俺の望む答えではないな。ただの椅子なら、本物の椅子でいいのだ。よく考えよ。なんのために、お前の股には穴が開いている」

 

 「手」の指が鈴を掴んでちりんちりんとなった。

 すぐに油剤が肉芽に寄せ流れるのがわかった。

 ほとんど無意識に、土下座の姿勢を崩し、宝玄仙は手を股間に伸ばして鈴が鳴るのを押さえて阻止しようとした。

 だが、やはり、直前で手がとまる。

 そのあいだも、指が鈴を鳴らし続けて、油剤を拡大させる。

 

「尻穴も弱かったな。そっちにも伸ばしてやろう」

 

 鹿力が宝玄仙の頭からやっと足をおろして、酷薄に言った。

 前後の「手」の指から指へ油剤が塗り渡されて、宝玄仙のお尻の穴に掻痒剤が伸ばされる。

 

「ああっ、あああっ、お、お尻だけは……」

 

 宝玄仙は本気で哀願した。

 すぐに死ぬような痒みが襲いかかってくる。

 何度も味わった恐怖だ。

 そして、すぐにそれを知覚してしまった。

 

「さて、ところで、さっきの続きだ。お前は椅子だが、忘れているかもしれんが、一応は俺用の性処理用の奴隷でもある。だから、椅子であり、性奴隷でもなければならん。だから、お前は椅子をしてすごしながら、俺が望むときに、いつでも俺を受け入れられるように、股を濡らしていなければならんということだ。わかるな?」

 

「は、はい……」

 

 まったく、わからない。

 それよりも、もう痒くなってきた。

 宝玄仙は、土下座の視線のまま、腰を震わせ始めてしまった。

 

「わかったら、調練をしてやる──。もう一度言うが、お前は椅子になりながら、股間を濡らす。そういう椅子になるということだ。顔をあげろ。膝を立てて身体を真っ直ぐにしろ」

 

「はい」

 

 なにも考えずに、立て膝にして上体を伸ばした。

 いきなり、頬にものすごい平手打ちが飛んできた。

 

「ふべえっ」

 

 予期してなかった暴力に、宝玄仙の身体はぐらりとよろけた。

 倒れなかったのは、奇跡のようなものだ。

 顎が外れたのかと思うような苛烈な打擲だった。

 

「しばらく、頬を打ってやる。そのあいだに股間を濡らせ。よいな。平手を受けて股間を濡らすほどになれば、俺に背中に座られていても、股間が濡れるようになる」

 

 平手打ちで股間を濡らせ──?

 なんという理不尽だと思ったが、次の言葉で宝玄仙の血は一瞬で冷えた。

 

「それと、まさか椅子の分際で平手で倒れでもしてみろ。肉芽吊りを丸一日やってやる。たっぷりと掻痒剤を糸から垂らしながらな」

 

 ぞっとした。

 なにが嫌だといって、あれだけはもういやだ。

 あまりにも辛すぎる。

 いずれにしても、この馬鹿は、宝玄仙に真性の被虐女になれと強要しているらしい。

 残酷で非常に扱われれば、扱われるほどに、性的に興奮する女にだ。

 こいつがさっきから言っているのは、そういうことなのだとやっと悟った。

 

「んぶうっ」

 

 またいきなり頬を張られた。

 今度は反対の頬だ。

 宝玄仙は必死に腕で身体を支えて、倒れるのだけは回避した。

 それにしても、なんという平手だ。

 まるで厚い本で殴られたような衝撃だった。

 宝玄仙は思わず、鹿力を睨んでしまった。

 

「なんだ? 文句があるのか?」

 

「い、いえ……、あ、ありません」

 

 宝玄仙はとにかく歯を喰いしばった。

 全身の血は怒りのために逆流している。

 また、平手が飛んできた。

 宝玄仙はまたしても、腕で倒れることに耐えた。

 

「まだ、濡れてはこんだろう。だが、痒み剤を塗っているから、痛みは快感にもなるはずだ。だから、こうやって殴り続けていれば、やがて、身体が痛みとは気持ちのいいものだと錯覚する。すると、そのうちに、痒みという刺激がなくても、痛みが快感だと頭が認識するようになる。そういう段階になれば、俺に背中に乗られる苦痛で、お前は股間を濡らせるようになる」

 

 鹿力が淡々と言った。

 なにを言っておるのだと思ったが、いまは耐えるしかない。

 また、右の頬を殴りつけられた。

 

「んぐうっ」

 

「右だ」

 

「ふぶっ」

 

 猛烈な殴打が繰り返される。

 

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 左──。

 右──。

 

 殴打を繰り返されるたびに、脳天が痺れる。

 そして、いつの間にか、涙をぼろぼろと流していた。

 苦しみや痛みのためではなく、屈辱の涙だ。

 素っ裸で顔を差し出し、ただ殴られるためだけに、身体を膝立ちさせている。

 なんという惨めさだろう。

 

 何十発殴られたかわからない。

 宝玄仙は必死で耐えたが、いつしか頭は朦朧として、上下の感覚が消滅してしまっていた。

 気がつくと、宝玄仙は完全に横倒しになり、しかも、身体が痺れきって、どうしても身体を起こすことができなくなってしまっていた。

 

「倒れたな」

 

 鹿力が冷たく言った。

 ぞっとした。

 その鹿力が立ちあがり、宝玄仙の股間に無造作に手を伸ばした。

 

「うっ」

 

 股間を抓るような力で捏ねましてくる。

 たまらず、宝玄仙は声を洩らした。

 

「濡れてないな。まったくなっておらん。もう一日、肉芽を吊ってやろう。早く、痛みを快感として覚えこめ。痒みに対する苦しみが足りんようだ」

 

 鹿力が腕を振った。

 数瞬後、近くに待機していたのか、十人ほどのやせ細った乙種奴隷の女たちが恐怖に顔を引きつらせながら部屋に入ってきた。

 

「この甲種奴隷を寝台に寝かせて、肉芽にぶら下がっている鈴を使って、天井から股間を吊りあげろ。一切の容赦をするな」

 

 十人の女たちが一斉に宝玄仙に掴みかかってきた。

 宝玄仙は悲鳴をあげたが、必死の十人の女にかかっては、どうしようもなく、宝玄仙はまたしても、寝台に革紐で拘束され、腰が吊りあがるほどに肉芽を天井方向にひきあげられてしまった。

 

 

 *

 

 

 部屋の真ん中で天井から床まで貫かされた太い角材に、宝玄仙は両手首を直柱を挟み込む格好で縄と金具で拘束されている。

 爪先は床から離れていて、膝を曲げて足首を直柱側の後ろで束ねて縛られている。

 つまりは、万歳をして、両腕と両脚を柱の後ろに回して、身体を前に突き出す格好だ。

 かなりの長い時間、こうやって吊られていた。

 全身から滴る脂汗は、柱の足元に大きな水たまりを作るほどになっている。

 

 そのあいだ、鹿力は食事をし、書類のようなものを読み、あるいは時間を潰すように読書をしたりしていた。

 宝玄仙は、そのあまりにも苦しい体勢で放置により、腕も脚も痺れ切っていて、苦悶の声も洩らせないほどに疲労困憊してしまっている。

 いつまでこうしていなけれなならないのか…。

 だが、質問する勇気は、もう宝玄仙にはない。

 

 ここに連れて来られて、もう五日……?

 いや、六日?

 とにかく、宝玄仙の心を折るような苛酷な日々は、宝玄仙からこの鹿力に悪態をつくどころか、一斉の抵抗をする心を奪いきってしまっていた。

 質問をするということは、鹿力に逆らうということだ。

 そんなことをすれば、どんな目に遭わされるのか、もう宝玄仙には恐怖しか感じない。

 

 すると、突然にずっと無言で本を読んでいた鹿力が本を置いて、こっちに歩み寄ってきたかと思うと、いきなり無造作に乳房を掴んで捻り潰すような力で捏ね回した。

 鹿力の手が近づくと、ずっと乳房を覆っていた下着の「手」は、波が引くように、さっと両側に手を除けた。

 

「うぐうっ」

 

 痛みに宝玄仙が顔をしかめると、乳房から手を離した鹿力が宝玄仙の頬を平手で打った。

 

「感じるか?」

 

 鹿力が冷たく言った。

 感じるどころか、苦痛で死にそうだ。

 

「……す、少しだけ……」

 

 嘘だったが、こいつに要求されている痛みで股間を濡らすということがまったくできないと、すぐに肉芽吊りの放置を宝玄仙に与えてくる。

 しかも、半日とか、丸一日とか信じられない長時間もだ。

 あれだけは、いやで宝玄仙は、必死に股間を濡らそうと努力を続けている。

 

「少しだと? おまんこは濡れていないのか?」

 

「うう……。ま、まだです……」

 

「俺は苦痛で股間を濡らす雌になれと命じたはずだな。だが、何日すぎても、お前はそういうようにならない。それでは、まだ椅子として使えん」

 

「も、もう……申し訳ありません。ど、努力します……。んぶうっ」

 

 さっきと反対側の頬を叩かれる。

 

「努力などどうでもいい。股間を濡らせ。結果を示せ──」

 

「はい……。んぎいいいいっ、ひぎいいいっ」

 

 鹿力が宝玄仙の陰毛を思い切り、掴んで引っ張ったのだ。

 まるで錐で刺されたかと思う激痛に、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「俺が望むのは、俺が椅子として座る人間の雌だ。そして、その雌は、俺を背中に乗せる苦痛でおまんこを濡らすのだ。いつでもびっしょりと股を濡らして、俺がいつでも愉しめるようにな」

 

「わ、わかっております」

 

 そのあいだ、鹿力はまたもや宝玄仙の乳房に伸びて、今度は乳首を握って、前後左右に滅茶苦茶に引っ張って動かす。

 宝玄仙は歯を食いしばって苦痛を耐えた。

 

「おまんこは濡れたか?」

 

「ま、まだですが、もう少しで……」

 

 多分、まったく濡れてないだろう。

 だが、そんなことを口にすれば、肉芽吊りの地獄……。

 しかし、感じるはずがない。

 これは愛撫でもないし、嗜虐の責めとしての玩弄でもない。

 ただの拷問なのだ。

 それで、感じるのは流石に難しい。

 鹿力には、快感を与えないし、痛みで感じろと言いながらも、それをさせる意思がまったく伝わらない。

 こんなものでは、たとえ、被虐の癖があっても濡れてるわけがない。

 それでも宝玄仙は、なんとかこの鹿力から快感をもぎ取ろうとした。

 

「まだか? やはり吊りをするか……。もう少し身体に肉芽吊りの恐怖を植えつけるべきか」

 

「い、いえ──。濡らします。もう少し時間を──」

 

 宝玄仙は必死で叫んだ

 

「ならば股間を濡らせ。手に愛撫を命じれば、簡単に濡れるだろうが、そんなものではなく、ただの苦痛で快感を覚えるのだ」

 

「やります……。感じ始めてます。本当です」

 

 なんとかこの屈辱と苦痛を快感に……。

 真性の被虐癖になりきるのだ……。

 そうすれば……。

 やがて、微かな、身体のざわめきのようなものを感じたような気がした。

 本当に微かな、ただの雑音のような痺れだが、宝玄仙には、あれこそが宝玄仙が捜していたものであることに気がついた。

 あれを辿れば、きっとこの苦痛にも身体が反応する。

 

「少し打ってやろう。今日は鞭だ」

 

 鹿力は腰の巻帯から乗馬鞭を抜いた。

 

「何発がいい?」

 

 鹿力が宝玄仙の顎を乗馬鞭の先でしゃくりあげさせる。

 宝玄仙は迷った。

 多くの数を口にした方が受けはいいのだろう。

 しかし、これだけの長時間の不自由な姿勢での吊り……。

 数発以上の打擲に耐えられる気はしない。

 

「じゅ、十発……お願いします」

 

「わかった。二十発打ってやる」

 

「うっ」

 

「んっ、文句があるのか?」

 

「いえ……」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「ならば、三十発だ。それまでにおまんこを濡らせ」

 

 絶望に声も出ない。

 身体がおかしいほどに恐怖で震えだした。

 

「んぎいいいっ」

 

 脇腹に乗馬鞭が炸裂した。

 疲労仕切っているはずの身体が生き返ったように暴れる。

 鞭が飛ぶ──。

 今度は太腿──。

 衝撃が骨まで響く。

 

「あぐううっ」

 

 乳房を鞭で横叩きされた

 宝玄仙は悲鳴を迸らせた。

 

「大きな声を出すな。悲鳴は好かん。声を出す限り、回数は増えるぞ」

 

 鹿力が鞭打ちをしてくる。

 宝玄仙は歯を食いしばって声を耐えた。

 また鞭──。

 

「くくっ」

 

 悲鳴はでなかったが、呻き声は出てしまう。

 そして、また鞭──。

 

 鞭打ちが続く──。

 

 三十発──?

 いや、おそらく、もっと打たれている。

 しかし、鹿力は終わる様子はない。

 

 宝玄仙は激痛の嵐で、もはや身体を跳ねさせることもできなくなっていった。

 頭が朦朧する。

 あまりにも連続の鞭打ちで、痛みさえも知覚できなくなる。

 ただ、身体が衝撃で翻弄される。

 激痛が脳天を貫き、鋭い戦慄となって全身を突き抜ける。

 一切の感覚が消えていく。

 身体が痛みで痺れる。

 それが脳髄にまでまとわりつく。

 

 ぶるぶると身体が震えてくる。

 未知の感覚が宝玄仙の身体を襲う。

 

 そのとき、ふっと鹿力が宝玄仙に密着したと思った。

 

「俺の好む椅子になってきたな。やっとおまんこが濡れたぞ」

 

 顔を肌に息がかかるほどの距離に近づけられて、耳元でささやかれた。

 濡れている──?

 そんなはずが……。

 

 しかし、いつの間にか下半身を露出していた鹿力が宝玄仙の股間に怒張の先端を当ててた。

 宝玄仙の身体は鹿力の腰よりも、腰がやや低い位置で直柱を後ろ抱きにするように吊られているので、貫けば、ぐっと宝玄仙の身体を鹿力により持ちあげられるかたちになる。

 そのとおり、怒張を股間に一気に貫かれて、子宮を思い切り上に突きあげられた。

 

「ふううう、ふわあああ」

 

 生き返ったように上体がおののく。

 鹿力の言葉は本当のようだ。

 宝玄仙の股間はなんの抵抗もなく、鹿力の怒張を完全に奥まで受け入れてしまっていた。

 

「おおおっ」

 

 深い忽然とした息を吐き、宝玄仙は天井を仰いだ。

 気持ちいい。

 愛撫らしい愛撫もない。

 前戯すらなかった。

 それなのに、いつの間にか宝玄仙は、これほどの快感を覚えるほどに追い詰められていたのだ。

 

「感じているな、宝玄仙──」

 

 鹿力が上下に律動をしながら言った。

 

「は、はい、感じます──。おおおっ、ああああっ」

 

「それが俺が命じる椅子だ。身体で覚えろ、心でもな」

 

 口惜しいが、苦痛だけでこれだけ濡れてしまったという現実に加え、いま沸き起こっている快感のうねりに、宝玄仙も呆然と頷くしなかない。

 

「んぐううっ」

 

 そして、怖ろしいほどに呆気なく宝玄仙は達した。

 鹿力が達したのは、それから少ししてからだ。

 宝玄仙はそれまでに二回達してしまっていたので、鹿力が終わったときには、完全に脱力して、直柱に身体を預けるだけの状態になってしまっていた。

 

「苦痛で快感を覚える方法がわかってきたようだな?」

 

 鹿力は宝玄仙から怒張を抜きながら、にやりと微笑んだ。

 この男が笑ったのを見たのは、そのときが初めての気がした。

 自分が作り変えられていっている……。

 そのことは、はっきりとわかった。

 宝玄仙の心を心からの恐怖が包んだ。

 

 

 

 

(第20話『性奴隷城への収攬』終わり、第21話『奴隷城の屈辱調教』に続く)






 *


【西遊記:44回、虎力・鹿力・羊力大仙①】


 玄奘一行は、車遅国(しゃちこく)の国都に近づきます。
 すると、国都方向で喧騒が起こっており、孫悟空が偵察をすることになります。
 孫悟空が喧騒の場所に着くと、そこでは、大勢の僧侶が奴隷のように強制労働をさせられていました。
 監督をしているのは、道教の道士です。
 孫悟空は、旅の道士に化けて、事情を訊ねます。

 すると、以前この国で酷い日照りがあり、その窮状を虎力・鹿力・羊力という道教の三大仙が救ったことから、国王が道教に心酔したこと、さらに仏教が禁止になり、この国にいたすべての僧侶が捕らわれて、強制収用されて奴隷のように働かされてるということを教えられます。
 また、僧侶たちは、ここにはもともと僧侶が二千人以上いたけれども、次々につらい労役で死んだり、自殺したりして、いまでは五百人になったと嘆きます。

 孫悟空は、変化(へんげ)の術を解くと、監督官を殺して、囚人の僧侶を全員解放してしまいます。
 ほとんどの僧侶は逃げ散りますが、一部はこの国に唯一残っている智淵寺に、孫悟空を案内することになります。
 孫悟空は、待っていた玄奘たちと合流して智淵寺に入り、僧侶たちの歓待を受けます。(45~47回に続く)


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 第21話  奴隷城の屈辱調教【鹿力(かりき)
126 娼婦ふたり


 宝玄仙と孫空女が捕らわれて十日近くになる。

 行方を探る手掛かりはまだない。

 沙那は焦っていた。

 

 ここは、東閣(とうかん)の城郭の安宿だ。

 沙那と朱姫は、ここで宿泊を続けていた。

 そして、宝玄仙と孫空女が、連れていかれた女囚用の牢城の場所を探ろうとしている。

 だが、わからなかった。

 

 知り得たのは、多分馬車で一日程度の距離に牢城はあるということと、智淵城(ちふちじょう)と呼ばれていることくらいだ。

 だが、それだけ近い場所にある女異教徒専用の流刑地である牢城の場所を誰も知らないのだ。

 

 宝玄仙と孫空女は、城郭に入った直後に、兵に捕えられた。

 それは間違いない。

 掴んだ足取りによれば、あのふたりは、城郭に入るとすぐに料理屋に入っている。

 黒髪と赤毛の美女二人がやってきて、赤毛の女の具合が悪そうだったのを多くの人間が憶えていた。

 赤毛の女が、見たことのない奇妙な異邦の服装をしていたという話もあった。

 それは、宝玄仙と孫空女に間違いがない。

 異邦の服というのは、孫空女が宝玄仙に強要された破廉恥な服のことで、具合が悪そうだったというのは、いつもの性の悪戯を宝玄仙は孫空女にやっていたのだろう。

 

 しかし、そのふたりが料理屋に入ると同時に、兵が料理屋を取り巻いたらしい。

 そして、ふたりを抱えて、城郭軍の軍営に連れていった。

 そこまでは、ふたりが浚われたその日のうちに知ることができた。

 だから、沙那と朱姫は軍営の近くに張りつき見張っていた。

 

 果たして、軍営から檻車が出ていったのは翌朝のことだった。

 檻車を護衛していたのは城郭兵ではなく、“法兵”と呼ばれる兵たちだった。

 法兵というのは、車遅国が抱える軍ではなく、この国で唯一認められている法道教という宗教施設が抱えている軍だ。

 つまり、法兵は、正確にいえば、兵ではなく、“法道教”の法師なのだ。

 天教が帝国軍とは異なる“教団兵”という実力組織を持つのと同じように、この車遅国(しゃちこく)の法道教も独自の兵を持っている。

 それが“法兵”と呼ばれていて、宝玄仙と孫空女を捕えたのも、檻車の護送に当たったのも彼らだ。

 

 とにかく、翌朝、軍営から出てきた二台の檻車を沙那たちは追った。

 隙を見て襲いかかり、宝玄仙と孫空女を奪還するつもりだったのだ。

 

 だが、しばらく追跡したところで、沙那は、自分たちがつけているのが、捕えられた天教徒は天教徒でも、男の天教徒を載せているのだということを知った。

 天教は異教であり、捕えられれば、そのまま囚人になる。

 囚人の行き先は、天教徒専用の流刑地だ。

 しかし、男と女の流刑地の場所は異なる。

 男の流刑地は移動に半月はかかる遠い鉱山だ。

 そこで死ぬまで働かされる。

 

 女は、東閣の城郭に近いどこかの場所だ。

 それは、知ってはいたが、まさか、宝玄仙と孫空女のほかにも、捕えられた天教徒がいたと思わなかったのだ。

 

 沙那は焦った。

 慌てて、朱姫と一緒に引き返して城郭に戻った。

 しかし、その時には、すでに女囚を載せた檻車は出発していて、どこかに去った後だった。

 それで、手掛かりを失った。

 

 それでも、東閣の城郭から一日の距離にある道教の管理する牢城の場所など、すぐにわかると思ったが、まったくわからない。

 誰も知らないのだ。

 

 得られる情報は、その智淵城が城郭から一日程度のすぐ近くにあり、その管理を法兵がしているということだけで、誰もその場所を知らない。

 どの方角にあるかということさえ知らない。

 沙那は、途方に暮れた。

 

 巧妙に隠されているとしか思えない。

 あるいは、法術と呼ばれる彼らの術で隠されているのか……。

 そうであれば、闇雲に探っても、智淵城に辿りつく可能性は低い。

 それで考えたのは、城郭の兵たちに接触して、彼らから情報を得ることだった。

 

 城郭兵であれば、法兵について、一般人よりも多くのことを知っている可能性は高い。

 だから、娼婦の格好をして、夜な夜な軍営の近くに行き、城郭兵と見れば、片っ端から声をかけて、この身体を抱かないかと誘った。

 宝玄仙と孫空女の行方を見つけるためなら、どんな汚れたことでもやるつもりだった。

 情交の場なら、男は口が軽くなる。

 ほんの些細な情報でもいい。

 沙那は、藁にもすがる思いだった。

 連れ込む場所は、宿泊している安宿だ。

 

 男を連れ込んで商売することは問題はない。

 もともと、そういうことをする客も多いようだ。

 余分な宿泊代を払えば、宿主に文句はなかった。

 問題は朱姫だった。

 

 「仕事」をしているあいだ、どこかに出ていろと沙那は言った。

 沙那は、汚れ仕事を朱姫にさせるつもりはなかった。

 自分ひとりでやるつもりだったのだ。

 

 だが、朱姫は、自分もやると言った。

 沙那は承諾した。

 女がひと晩で相手をできる男の数は限られる。

 朱姫も参加すれば、それだけ情報を得る機会は増える。

 

 その夜から軍営の近くで、男の客を探す沙那と朱姫の姿があった。

 自分でいうのもなんだが、自分がそれなりの容姿であるという自覚はある。

 朱姫も美少女だ。

 ふたりで、夜道に立てば、客を見つけるのに手間はかからなかった。

 この夜も二人目の客の相手が終わった。

 

「いい身体だったぜ、お前。どうだ、俺の妾にならないか? こうやって、男を漁るよりはいい生活をさせてやるぜ」

 

 男がすでに身支度を終えている。

 沙那が要求した料金も寝台の横の台に置いてある。

 沙那がちらりと見ると、沙那の要求した額より多い。

 上乗せしてくれたのだろう。

 

「……ごめんなさい。わたし、そういう面倒なこと嫌いなの。ひとりの男に縛られたくないわ」

 

 沙那は裸身を寝台に横たえたまま言った。

 

「まあいい。夜な夜な、軍営の近くに立っているのは知っている。噂になっているしな。美女がふたり、男を漁っているってな」

 

 噂になっているのは、まずいかもしれない。

 沙那は思った。

 思わぬところから、疑いをもたれるかわからない。

 明日からは場所を変えるべきだろうか。

 

「旅の女なの。路銀がなくなっちゃって……」

 

 沙那は言った。

 

「女はいいよな。食い詰めても売るものがある。特に、お前みたいないい女だったら、いくらでも、客はいるだろう?」

 

「いい思いもできるしね。見送らなくてごめんなさい……。あなたが上手だったから……その……、まだ、立てないの……」

 

 そう言うと男はにんまりとした。

 それは本当だった。

 自分はやっぱり娼婦には向いていないだろうと思う。

 男に翻弄されるのだ。

 ひとりひとりにこんなに感じていては、娼婦など務まらないだろう。

 まだ、腰に力が入らない。

 気だるさが全身を包んでいる。

 

「ああ、本気で俺の相手をしてくれているのはわかった。娼婦は何度も抱いたが、お前みたいな娼婦は初めてさ」

 

「買ってくれてありがとう」

 

 早く帰れ。

 そう思った。

 それで疲れて寝入ったふりをした。

 やっと、その男は部屋を出ていった。

 

 沙那は寝台から降りた。

 服を整え始める。

 まだ、夜は深い。

 もうひとりくらいはいけるだろう。

 しかし、朱姫が、部屋に飛び込んできた。

 

「沙那姉さん、見つけましたよ──」

 

 朱姫は言った。

 興奮している。

 朱姫は、裸身に敷布を巻いただけの格好だ。

 

「見つけた?」

 

「法兵たちのことを知っている兵です。法兵との連絡係だと言っています。ご主人様たちじゃありませんが、その前日に、別の天教の神官も捕えています。あたしたちが最初に追いかけた檻車は、そのときに捕えた神官だったみたいです。軍営に連れてこられたご主人様と孫姉さんのこともよく知っていました」

 

「そいつは、いま、どうしているの、朱姫?」

 

 沙那も自分の声が上ずるのがわかった。

 この十日ほどの男漁りでやっと見つけた手掛かりだ。

 

「一緒に来てください、沙那姉さん」

 

 沙那は朱姫と一緒に隣の部屋に向かった。

 最初に泊っていたときには、ふたりでひと部屋使っていたが、ふたりで客を取ることが決まると、もうひと部屋借りた。

 それに、部屋代くらい簡単に支払えるくらいの儲けもあったのだ。

 

 部屋に入った。

 全裸の男が虚ろな表情で寝台に腰掛けている。

 股間には、まだ怒張したままの男根がそそり立っている。

 行為の途中で、朱姫の『縛心術』にかけられたのだとわかった。

 

「……いいね、お前。いまから、この人が、いろいろと質問するわ。お前は、そのすべてに正直に答えるのよ。隠し事はしない。わかった?」

 

 朱姫が男の耳元でささやくように言った。

 

「……わかった」

 

「なにをするの。繰り返してごらん」

 

「……この女の質問に答える。正直に……。隠し事はしない……」

 

「そうよ……。正直に言うの。もう一度、繰り返しなさい」

 

「……この女の質問に答える。正直に……。隠し事はしない……」

 

 朱姫がこっちを見て頷いた。

 沙那は、男の前に椅子を運んできて座った。

 

「あなたの名は?」

 

 沙那は訊ねた。

 

黄蓋(こうがい)……」

 

「じゃあ、黄蓋さん。あなたは、この近くにある法道教の施設の場所を知っている? 異教徒が送り込まれる智淵城と呼ばれる女囚の牢城よ」

 

「知らない……」

 

「じゃあ、知っている者を知っている?」

 

「それも知らない。誰も知らない。知っているのは、法師だけ……。法師以外は近づけない……」

 

「なぜ、そうなの?」

 

「連中は隠している。誰にも、その場所を教えない……」

 

「あなたたち、城郭の兵にも教えないの? 将校は?」

 

「将校も知らないと思う……。情報が漏れることを連中は恐れている……」

 

「なぜ?」

 

「情報が漏れれば、囚人に逃げられる」

 

「どうして? 囚人を収容する牢城だったら、城壁で逃げられないようにしているのでしょう?」

 

「違う。噂によると、囚人は法術で逃げられないようにしてある。城壁はない。見張りもいない。囚人自身が、その意思をなくされている。だから、外から入るのは難しくない。侵入者は困る……」

 

「でも、どこかにあるのでしょう? 偶然にも誰かが見つけたら……」

 

「それはない。偶然には入れない……。羊力(ようりき)と一緒でなければ……。近づいても、術で惑わされて、いつの間にか離れる……。俺たちも、何度か場所を探ろうとした。だが、術で近づけなかった。いつの間にか、元の場所に戻っている」

 

 どうやら、勝手に近づけないように、結界かなにかで護られているようだ。

 城郭軍でさえ、知らないというのは本当なのだ。

 

「あなたたちは、どうして、智淵城の場所を探そうとしたの?」

 

「連中には腹が立つ。俺たちに異教徒を捕えさせておいて、自分たちだけいい思いをして……。それで、自分たちのことはなにひとつ教えない……。せめて、隠していることを知ることで鼻を明かせてやろうと……」

 

 いろいろと確執はあるようだ。

 

「いい思いって?」

 

「連中は女囚を抱く。俺たちには手を出させない。自分たちが抱くあいだ、俺たちは追い出される……。引き渡すまで監禁している間に手を出すことも許さない……。あれは法道教のものだという……」

 

「それであなたたちにも、正確な智淵城の場所を教えないのね。随分と用心深いものね」

 

「そうだ。連中は用心深い。俺たちも信用していない。利用はするが、連中が信用するのは、法師同士だけだ」

 

 黄蓋は言った。

 

「宝玄仙という名に記憶はある? 孫空女には?」

 

 ふたりとも凌辱されたのだろうか。

 いまは、どういう目に遭っているのか。

 心配だ……。

 

「両方とも知っている。俺たちが捕えた女囚と一緒に連れていかれた……」

 

「……連中は、彼女たちを抱いた?」

 

「孫空女はな……。宝玄仙は、眠らせていたようだ……」

 

「どうして、ご主人……。いえ、宝玄仙は、眠らされていたの?」

 

「宝玄仙が大きな道術の力を持っていることが羊力はわかったらしい……」

 

 羊力というのはさっきの出た名だ。

 そいつは誰だろうと疑問を抱いたが、それよりも、その先を説明するように促した。

 

「……術を封じる紋章を右手に刻んだ。一日以上置けば、術封じが安定する。宝玄仙の力を失わせるためだ。それで、丸一日眠らせた……」

 

 黄蓋は続けた。

 宝玄仙は道術を遣えなくされているのだ。

 沙那は思った。

 

「ほかに、女囚はどんな術をかけられるの? 逃走防止の術とはなに?」

 

「逃げるという行動をしようとすると手足が動かなくなる。それだけじゃない。虎力(こりき)たちの命令で自由に手足を操られる。手首と足首に、細くて黒い帯の刺青のような線が刻まれる。それが刻まれると、逃げられないし、逆らえない……自殺もできない」

 

 また、知らない名が出た。

 今度は、虎力……。

 

「羊力と虎力というのが、智淵城を支配する者の名なの、黄蓋さん?」

 

「虎力、鹿力(かりき)、羊力……。この三人が支配する。長は虎力」

 

「その虎力は、どんな男?」

 

「知らない。東閣にはやってこない。東閣に来るのは羊力……」

 

「じゃあ、羊力はどんな男?」

 

「羊力は、身体が大きい。そして、女好き……」

 

 女好き……。

 それは使える情報だろうか。

 

「その羊力だけが、東閣に来るの?」

 

「そうだ」

 

「虎力は、智淵城から出てこない。そういうことね?」

 

「ああ」

 

「鹿力は?」

 

「鹿力は、背が高い男だと聞いたことがある。鹿力の担当は、東閣以外の城郭から異教徒の女囚を引き取ることだ。国都にもいく。だが、圧倒的に、異教徒はこの東閣で捕えられる」

 

 東閣は、車遅国のもっとも東側の城郭だ。

 東から入った者は、必ずこの東閣の城郭にぶつかる。

 沙那たちもそうだった。

 だから、ここで捕えられる異教徒が多いのだろう。

 

「あなたたちは、別の天教徒を捕えたと言っていたわね?」

 

 沙那は質問を変えた。

 

「天教の神官たち……。男が三人。女がふたり……。女のひとりは女用心棒」

 

「つまり、女は、巫女と女用心棒のふたりね? その名は?」

 

「巫女は楊鈴(ようりん)。用心棒の女は、七星(ななほし)……」

 

「彼女たちはどうなったの?」

 

「法兵たちが犯した。孫空女も。そして、羊力が連れていった。四人一緒に……」

 

「彼女たちは、どうして捕えられたの?」

 

「通報を受けた。城郭の外で布教活動をしていた……」

 

「その情報を受けたの誰?」

 

「俺たちだ。異教徒の情報をもたらした者には、多額の賞金が与えられる。異教徒が入り込めば、すぐに情報は伝わる……」

 

「そして、城郭軍が出動して捕えた――。そうなのね?」

 

「そうだ」

 

「そして、どうするの? 異教徒を捕まえたと智淵城に連絡するの?」

 

 連絡方法があれば、それを手繰って場所を探すという方法があるだろう。

 

「そんな方法はない。向こうから来るのを待つしかない」

 

「どうしてないの? じゃあ、異教徒を捕えて、あとはいつ来るかわからない、その羊力を待つだけ?」

 

 黄蓋の口が閉じられた。

 

「強く口封じの暗示がかかっています。重要な情報にぶつかったのだと思います、沙那姉さん」

 

 朱姫が横から言った。

 そして、もう一度『縛心術』をかけ直す。何度も繰り返し、暗示を送り込み直し、また、沙那に頷いた。

 

「羊力は、いつ城郭にやって来るの?」

 

「羊力は、必ず、十日に一度はやって来る」

 

「十日に一度?」

 

「そうだ。そのとき、法兵は軍営に泊る。その手配をするのが俺の役目だ」

 

「十日に一度なにしにくるの? そんなに異教徒というのは多いの?」

 

「いや、異教徒は滅多に来ない。連中の目的は、調達だ……」

 

「調達?」

 

「智淵城で必要な食料。品物。法具の材料……。様々なものだ。智淵城でも作っていはいるが、それでは足りない。それを補充に来る」

 

 近づいた。沙那の直感が、やっと智淵城を手繰る材料に行き着いたと示している。

 

「連中は、その代金を支払うの?」

 

「そんなもの……。連中は、要求するだけだ。必要な人数分の補給品を連中は、俺に要求する。俺は、それを商家から買い付けて揃える。支払いは城郭軍だ。それだけだ……」

 

「どのくらいの量? どのくらいの人数分?」

 

 黄蓋は、細かい数字を並べた。

 その数字から、沙那は、智淵城にいる女囚の数が約千人で、それを管理している兵の数は三十人から五十人程度だと悟った。

 たったそれだけの人数で管理をしているのだ。

 それくらいなら、一度入り込んでしまえば、宝玄仙と孫空女を救い出すのは難しいことではない。

 あとは、どうやって入り込むかだ。

 

「次に羊力が調達品を取りに来るのはいつ?」

 

 また、黄蓋が黙り込んだ。

 

「黄蓋、あたしがお前に命じたことは……? もう一度、繰り返すのよ」

 

 朱姫がまた横から囁く。

 

「この女の質問に答える……正直に……隠さない……」

 

「そうよ、黄蓋。隠さないのよ……。さあ、沙那姉さん―――」

 

 朱姫が沙那に視線を送る。

 

「いつ、羊力は来るの?」

 

「おそらく、数日以内には……」

 

「数日以内ね」

 

「そう。明日か……、明後日か……。多分、三日以内には……。そして、ひと晩、泊まる」

 

「ひと晩泊るのね?」

 

 沙那は言った。

 

「そうだ」

 

 黄蓋は言った。

 沙那はしばらく考えていた。指で眉間に手を置く。考えろ、考えるんだ。沙那は自分に命じた。

 

「……十日に一度の羊力とその隊の訪問―――。そのために必要なものを揃えるのがあなたの役目ね?」

 

 やがて沙那は言った。

 

「そうだ」

 

「次のときに、引き渡す女囚はいる?」

 

「いない」

 

 黄蓋は首を横に振った。

 

「夜は、羊力はどうするの? 女好きって、言っていたわよね。そいつは、智淵城では、毎晩女囚を抱くのでしょう? こっちでは我慢するの?」

 

「そんなことするものか。羊力は、女なしで寝ることはない」

 

「だけど、話からすれば、随分と用心深いようね、その法兵たちは――。彼らは、女を買いに行くの?」

 

「行かない。連中は用心深い。とても――。女を買いに外には出ない。それは禁止されている」

 

「じゃあ、どうするの、羊力は? ほかの法兵はともかく、羊力は女なしでは耐えられないのでしょう?」

 

「俺が世話をする。手頃で安全な娼婦を見つけて、軍営に連れていく」

 

「それも仕事なの? 女を世話するのが?」

 

「仕方ない。仕事なのだ」

 

「次のときの羊力の夜用の女は見つけている?」

 

「まだだ……。そんなもの適当に呼ぶだけだ」

 

「どうして? 女の身元調査もあなたの仕事でしょう?」

 

「そうだ。だが、そんなこと真面目にやっていられるか。その女に支払う金も城郭軍が支払うのだ。馬鹿馬鹿しい」

 

 沙那は、朱姫に耳打ちした。

 朱姫は、沙那と場所を代わって、黄蓋の前の椅子に座った。

 

「……黄蓋、よく聞きなさい。明日の朝か、明後日か、三日後……。とにかく、羊力がやって来た日に、お前は軍営の外を見る……。するとふたりの女が軍営の外に立っているわ。お前は、それを見て、なぜかその女たちを、羊力にあてがう女に使いたくなるわ。とてもいい女たちだし、安心できる女よ。お前は、その女を初めて見るけど、なぜかそう思うのよ。そして、羊力の部屋に連れていく」

 

「……わかった」

 

「その女はあたしたちよ。さあ、繰り返すのよ……」

 

 朱姫が言った。

 

「……羊力が来る日、お前たちが軍営の前にいる。俺は、お前たちを羊力にあてがう女に使おうと思う。お前たちは、いい女だし、信用もできる……」

 

「そうよ。だけど、お前は、あたしたちを見るのは、そのときが初めてよ。この部屋を出れば、今夜のことは、すべてを忘れてしまうわ」

 

「すべてを忘れる……」

 

 それから、朱姫は繰り返し、黄蓋に同じことを擦りこんだ。

 そして、さらに知っている情報をすべて聞き出し、それが終わったら黄蓋に服を着させて、宿の外に出した。

 

「やっと見つけましたね、沙那姉さん」

 

 朱姫は言った。

 

「もう一度、その羊力に抱かれるわ。それで終わりよ、朱姫」

 

「あたしは、構いません、沙那姉さん。何度でも、何人とでも抱かれます。ご主人様と孫姉さんを助けるためなら……」

 

 朱姫はしっかりと言った。



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127 恥辱の肛虐ねだり

「……か、鹿力(かりき)様、お、お願いです。こ、この宝玄のお尻……、け、けつの穴に……お、お慈悲を……お慈悲を――」

 

 宝玄仙は何度目のかのを絶叫をした。

 背中には鹿力の大きな身体が乗っている。宝玄仙はその重みにも必死に手足を踏ん張って耐えていた。

 

「けつの穴というのはよかったが、それ以外は、昨日と同じではないか、宝玄仙。もっと、別の言い方でおねだりしてみろ。工夫が足りんな」

 

 鹿力が嘲笑った。

 すると周りの者がどっと笑う。

 宝玄仙は屈辱に震えた。

 ここは、智淵(ちふち)城の法兵が食事をする場所だ。

 いまは昼で、集まっているのは十名ほどだ。

 そこに連れてこられた宝玄仙は、鹿力の「椅子」にされていた。

 

 鹿力たちの法術と呪術に支配されている宝玄仙は、鹿力の命令で食事のあいだの椅子代わりに、四つん這いになって、鹿力を乗せるということを強要されている。

 つまりは、四つん這いの恰好になった宝玄仙の背中に乗って、鹿力が平然と食事をしているということだ。

 この数日、ずっと続いている日常であり、鹿力は智淵城を歩き回るとき、常に宝玄仙を連れまわし、座りたくなったら宝玄仙が背中を差し出すということをさせられていた。移動のときには、大抵は犬の首輪をつけられて、鎖で引っ張られる。しかも、二歩足で歩くことを禁止されて、四つん這いで歩かされるのだ。

 あまりもの屈辱で血も凍りそうになるが、逆らえば罰を与えられるし、その気になれば、手足に刻まれている呪術の紋様の力で、自在に身体を操られもする。

 いまの宝玄仙には、逆らう方法がないのだ。

 

「どうした? どうやら油剤が足りんのか。ならば、気合が入るように、お前の尻穴に塗り足してやろう」

 

 背中に座っている鹿力が指を鳴らした。

 宝玄仙ははっとした。

 

「ひいっ――。も、もう、十分です。そ、それだけは……」

 

 なにをされるのかわかる。

 毎日、同じ責めを受けている。

 いまもその真っ最中だ。

 鹿力の指の音に反応して、宝玄仙の股間に乗っている「手」の指が伸び、肉芽の根元に喰い込んでいる糸に繋がっている鈴を鳴らす。

 すると、鈴の表面に強烈な痒み剤の油剤が浮かび、それを指から指へお尻側の「手」に受け渡して、たっぷりの薬剤を宝玄仙の肛門の周りと中に塗りつけ始めた。

 

「ああっ……。あ、あ、ああ……」

 

 宝玄仙は、四つん這いの姿勢で、下をうつむいたまま、絶望とともに、指が宝玄仙の尻に新たな薬剤を塗る感触に耐えた。

 その指の動きで、ただれるように痒い肛門が少しは癒される。

 だが、すぐに始まるのは、地獄のような新しい痒みだ。

 さっきからそれを繰り返されている。

 宝玄仙の尻に強烈な痒みを発する薬剤を塗っては、放置して宝玄仙を苦しめ、宝玄仙に屈辱的な言葉を法兵たちの前で叫ばせ、しばらくして新しい薬剤を追加する。

 今日は、朝から同じことを智淵城のあちこちでやらされている。

 

 いまも手が肛門の中にするりと入ってきた。

 ただでさせ、痒みにただれそうなお尻の中に、油剤を塗り足されることで、さらに数倍の痒みの苦しみが襲いかかってきた。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「こらっ、動くな――。食事ができんだろうが」

 

 知らず宝玄仙は、腰を振っていたらしい。

 本当なら、暴れ回るような痒みの地獄だ。

 だが、暴れでもしたら、どんな仕打ちを受けるかわからないから、必死に我慢していいるのだ。

 鹿力が自分の腰の下の宝玄仙の臀部を乗馬鞭でひと叩きした。

 

「ほうっ――」

 

 宝玄仙は吠えた。

 痛みではない。

 鞭で叩かれたことにより、痒みがほぐれる快感だ。

 痛みで、ほんの少しだけ痒みを忘れることができるのだ。

 それだけでなく、痛みにより、股間が熱くなり、愛液がじわっと垂れ洩れるのもわかった。

 身体がそういう反応をするように躾けられたのだ。

 そうやって調教されてしまったことにも、宝玄仙の心に口惜しさが湧き起こる。

 

「あ、ああ……。か、痒い……」

 

 しかし、すぐに痛みの余韻は消えてしまい、宝玄仙は知らず呟いていた。

 痛みが消えれば、痒みが宝玄仙を襲い直す。

 宝玄仙の肛門の中に入っていた指も外に出てしまった。

 「仕事」が終わったのだ。

 また、宝玄仙の肛門に沿って、指が置かれるだけの態勢に戻る。

 

 宝玄仙の身体には、甲種奴隷の囚人服だという「手」が四個張りついていた。

 ふたつは乳房を抱えるように置かれ、股間には前後の穴の上に「手」を置くように張り付いている。

 それは常にどれかがゆっくりとした動きを続けているが、いま動いているのは右胸だ。

 右胸を搾り取るように揉みながら乳首を転がしている。

 おそらく、それが終われば左胸……。

 その次は、股間だろう。

 ひとつにつきどのくらいの長さが続き、どの程度の強さで愛撫されるかは決まっていないようだ。

 もしかしたら、虎力、鹿力、羊力の三人の誰かの道術によって、意図的に動かしているのかもしれないが、宝玄仙には、法則を見つけることができない。

 それが、宝玄仙を苦しめる。

 

 新しく加わった甲種奴隷である宝玄仙、孫空女、七星(ななほし)紅夏女(こうなつじょ)は、全員がその同じ囚人服――という名の淫具――を身につけていて、同じように苦しんでいると思うが、結局、この智淵城にやってきてから一度も彼女たちに会っていない。

 基本的に、宝玄仙以外の甲種の女囚は、智淵城の主人である虎力(こりき)のところにいるはずだ。

 宝玄仙は、鹿力専用ということで、ずっと鹿力のところで寝泊りをさせられている。

 

 それはともかく、鹿力は「手」の下着の指に、宝玄仙に対して特別な指示を与えているのだ。

 それは、宝玄仙の肛門に対する扱いだ。

 最初に説明されたときの話によれば、宝玄仙以外の者は、肛門に張りつく指が尻の芯に突き挿さって、定期的に刺激を加えるようになっているはずだ。

 だが、宝玄仙の尻の「手」だけは、宝玄仙を責めない。

 その代わり、いまやっているように、時折、掻痒剤か発情剤を塗っては、宝玄仙を苦しめる。

 挿し込んでくれれば、宝玄仙もそれを使って、痒みであれ、快楽の焦燥であれ、発散できるのだが、宝玄仙の臀部の「手」は動かない。

 だから、宝玄仙は腰を振るぐらいしかできない。

 だが、いまはそれも禁止されている。

 

 この智淵城に来た最初の夜から宝玄仙は鹿力のところにいるのだが、宝玄仙がほかの部分に対する快楽は制御できるし、ある程度の責めにも対処ができるが、肛門だけは異常に弱いということを知られて、それから、肛門ばかりを責められるようになったのだ。

 だから、鹿力により、あの手この手で尻穴ばかりを責め続けられる。

 性の地獄だ。

 宝玄仙は、あの帝都の屈辱の日々を思い出さずにはいられなかった。

 

「ほら、おねだりだ、宝玄仙──。もっと別の言い方で、ねだってみろ。そうしたら、『指』にお前の尻の穴をほじくることを許可させる」

 

「は、はい……」

 

 宝玄仙は言った。自分の声が震えている。

 今日は、朝からあちこちに連れまわされ、ほかの法兵の前で、同じようにおねだりをさせられるのだ。

 もう別の言い方なんて思いつかない。

 

 娼婦のように淫乱にねだることはやった。

 奴隷らしく慈悲を乞うのもやった。

 貞節な女が快楽に負けて淫乱な言葉を無理矢理に言わされるという芝居もやった。

 初心な少女が初めての尻の刺激に戸惑い泣くという寸劇もやった。

 もう、新しいやり方は思いつかない。

 

 しかし、「指」でも、鹿力の手でも、肉棒でもいいが、なんとか尻になにかを入れてもらわなければ、宝玄仙は痒みで発狂してしまう。

 連中の法術で、宝玄仙は、身体の敏感な部分に張りつている「手」の淫具に触ることができない。

 宝玄仙がほじくってもらいたい肛門――その他の部分も――すべて、その「手」で隠されている。

 だから、どんなに発情しようとも、宝玄仙はそれを自分で癒せない。

 

「あ……あ、あのね。宝玄ちゃんは、お尻が痒いの。痒いのよう。だから、おじちゃん、宝玄ちゃんのおしりに指をいれて、ほちいの。それで、くちゅくちゅしてほちいの……」

 

 あまりの馬鹿馬鹿しさに涙が出そうだが、思いついたのは幼児言葉だ。

 鹿力や周りの男たちが、一瞬、呆気にとられ、そして、爆笑した。

 

「お、おしりにほちい……。ほちい……」

 

 浴びせられる爆笑に、宝玄仙は目もくらむような恥辱を味わっていたが、それでも、幼児言葉で慈悲をすがった。

 普段はしっとりとした熟女的な雰囲気を醸し出している宝玄仙の幼児言葉に、鹿力は満足したようだ。

 

 笑いの発作がやっと止まったらしい鹿力は、「いいだろう」と言うと、「指」に宝玄仙の尻を癒すことを許した。

 「指」が入ってきた。

 宝玄仙は、歓びに震えた。

 

 入ってきた指を離すまいと、本当なら排泄に使う筋肉で、力の限り指を締めつける。

 指が宝玄仙の臀孔の中で掻き動く。焦燥感が一気に快楽の嵐に変わる。

 

「あ、ああ……、あああっ」

 

 思わず嬌声がこぼれ出る。

 気持ちいい……。

 

 肉襞を突き抜ける快楽に、宝玄仙は瞬く間にうち震え始めた、

 だが、その歓びは束の間だった。

 しかし、宝玄仙の尻をほじり続けるはずの「指」がすっと出ていってしまった。

 

 まだだ。短すぎる。

 これだったら、下手に刺激を受けてしまった分、却って苦しい気がする。

 たちまち、さっきの痒みが戻ってくる。

 

「な、なんで、まだ……」

 

 宝玄仙は、思わず四つん這いの姿勢を顔だけをあげた。

 すると、視線を下に降ろした鹿力の眼を合った。

 

「そんなに、物欲しそうな顔をするな。午後には、別の趣向があるのだ。虎力の兄貴に頼まれてな。それまで、我慢しろ」

 

 鹿力がそう言うと、両方の乳房と股間に張りついている「手」が一斉に動き始めた。

 乳首が転がされ、乳房が揉みしだかれる。

 そして、股間の「手」は、宝玄仙の敏感な肉芽を柔らかくいじくりながら、膣の中でいまでは宝玄仙の女陰を一体化したようになっている男根のかたちに変形した指が激しく動き始める。

 

「うほおおっ」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 そして、突きぬける快楽の槍に身を任せそうになった。

 それでも耐える。

 

「動くなと言っているだろうが」

 

 尻に鞭――。

 激痛が走るが、鞭の痛みは苦痛ではない。

 尻の痒みがほんの少し癒されるご褒美だ。

 むしろ、もっと受けたい。

 

「……鞭が気持ちよくなったのか、宝玄仙? さすがは俺の調教を受けた雌だ」

 

 鹿力もそれに気がついたようだ。

 からかうような言葉を宝玄仙にかけた。

 しかし、満足気な表情でもある。

 

 宝玄仙は、黙っていた。

 すると鹿力が指を鳴らした。

 指が肉芽に繋がっている鈴に伸びた。

 ぞっとした。

 宝玄仙は、その気配に気がついて、愕然とした。

 まだ、重ね塗ろうというのか──?

 きっと、黙っていたからだ。

 宝玄仙は慌てて、口を開く。

 

「わっ、き、気持ちいい。鞭打ちが気持ちいです──。み、認める……。だ、だから、もう塗らないで──」

 

 その間も「手」の一斉攻撃は宝玄仙を苦しめている。

 宝玄仙は、悶絶しかかるのを耐える。

 今日一日、もしかしたら、明日の朝まで……。

 あるいは、さらに果てしない責めはずっと続くのだ。

 何度も果てていたら体力が続かない。

 

「そうか。もう、鞭が気持ちいいか」

 

 だが、鈴の表面から油剤を集めた指は局部に襲ってこない。

 しかし、お尻側の指にも新しい薬剤が渡されてたのは気配でわかる。

 やはり、こっちにも中には入ってこない。

 薬剤を追加されるときのかすかな癒しを期待していた宝玄仙は、裏切られたような気分になった。

 

「薬を指に塗っておく……。俺の気に入らない返事をしたり、態度を取ったりしたら、薬剤が自動的に追加される。一生懸命に、どういう態度だったら気に入られるか考えろ」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙はそう言うしかなかった。

 また、痒みが襲う。

 もう、限界だ。

 

「腰を振るな――」

 

 鹿力が声をあげた。

 だが、鞭は来ない。

 その代わりに、指が薬剤を肉芽に足した。

 

「ああ……」

 

 宝玄仙は呻いた。

 

 痒い……。

 痒い……。

 股が痒い。

 お尻が痒い……。

 もうなにも考えられない。

 動かすなと言われたから、動かさないように努力しているのだが、ただれるように熱い肛門が勝手に動き続ける。

 

「痒いか、宝玄仙?」

 

 食事をしながら鹿力が言った。

 

「か、痒い……。お、お願い……」

 

「もう少し待て」

 

「で、でも……」

 

「どのくらい痒いのだ?」

 

「く、狂ってしまう……」

 

 暴れ出したい。

 叫びたい。

 痒い。

 お尻が痒い。

 

「だが、動かすな。食えん」

 

「で、でも……」

 

 痒い。

 痒い。

 痒い――。

 お尻が痒い。

 それしか、考えられない。

 鹿力が宝玄仙の背中から降りた。

 

「……さすがの宝玄仙も、限界のようだな。よし、行くぞ。着いて来い」

 

 重みから解放されてほっとする。

 そして、鹿力が歩き出したので、宝玄仙は慌てて、四つん這いのまま手足を前に進めようとした。

 

「んはっ」

 

 しかし、それを邪魔するように、「手」が宝玄仙を翻弄する。

 急に指の責めが激しくなったのだ。

 急激な絶頂感が込みあがった。

 

「ああっ、いやああ」

 

 宝玄仙は、耐えられずに、身体を震わせながら、うずくまってしまった。

 そんな宝玄仙の様子に、周りの男が手を叩いてはやし立てる。

 

「さっさと、来い」

 

 鹿力が片手に小さな鞭を持ったまま、宝玄仙の首に嵌まっている首輪に鎖を繋いだ。

 そのまま、すたすたと歩く。

 

「んげっ、あ、歩く──。歩くよお」

 

 喉に首輪が食い込んで、息がとまりそうになり、宝玄仙は呻き声をあげる。

 宝玄仙は、「手」に身体を責められながら懸命にそれを追った。

 しかし、その宝玄仙の肉芽が「指」で転がされる。

 膣の指は宝玄仙の感じる場所を探し回って責め続ける。

 乳房はぐしゃぐしゃに強く揉まれているのに、乳首だけはくすぐるような刺激の弱さだ。

 そして、肛門だけは刺激がなく、これ以上ないほど熱い。

 そして、痒い。

 「手」は攻撃を続ける。

 宝玄仙は必死に手足を動かす。

 だが、もう追い詰められている。

 

「い、いきそうです……。きょ、許可を……」

 

 勝手に絶頂すると罰があるのだ。

 だから、鹿力に恥辱的なおねだりをする。

 

「歩きながらなら許可する。いくらでもいけ」

 

 鹿力が宝玄仙の首輪の鎖を引きながら言った。

 

「んぐうううっ」

 

 そのまま気をする。

 四つ足で歩きながらだ。

 そんなことも、なんとかできるようになった。

 

 だが、どこに行くのか知らないが、なかなか鹿力はとまってくれない。

 しばらくして、二度目の気をやった。

 もう宝玄仙は歩けなくなり、その場に膝を着いてしまった。

 

「わかった、わかった。淫具をとめてやるから、泣くな」

 

 罰を与えられると思ったのに、鹿力が憐れみを込めたような声を宝玄仙にかけてきた。

 びっくりしたが、それで、初めて、宝玄仙は、自分がすすり泣いていることに気がついた。

 

「……本当のお前は、随分と弱いようだな」

 

 鹿力は言った。

 淫具が一斉に停止する。

 

「脚を開け。頭を床につけろ。まんこは濡れているな?」

 

「濡れています。いつでも、鹿力様をお迎えできるように……」

 

 犯されるときの決まりの言葉だ。

 ここで犯すつもりなのだろう。

 どこかの部屋でもなく、ただの廊下なのだが、こういうところで宝玄仙をわざわざ犯すのも、鹿力の嫌がらせのひとつなのだろう。

 なにかの仕事を命じられているらしい甲種奴隷の女たちが、腰に黄色い布を巻いただけでの半裸で、荷を担ぎながら、ちらりちらりとこっちを複雑な表情で見ていく。

 それも宝玄仙の恥辱を誘う。

 

 言われた通りの格好になった。

 宝玄仙は、床に頭をつけて、尻を高く上げている。

 だが、なぜか鹿力が近づかない。

 なにかを待っている気配だ。

 どうしたのだ?

 

「……来い」

 

 鹿力が言った。

 宝玄仙に対してではない。

 廊下の先にいた他の誰かを呼んだのだ。

 宝玄仙の前に影が落ちた。

 宝玄仙は顔をあげた。

 視線に眼の前に立った人間の足先が映った。

 足首に黒い刺青の帯があり、その上に赤い足輪がある。

 孫空女だ――。

 

「そ、孫空女―――」

 

 宝玄仙は顔をあげた。

 最初の夜に、虎力、鹿力、羊力から一緒に犯されてから、ずっと離れて責められていた。元気だったのだろうか。

 

「ほ、宝玄仙、い、いい(ざま)だね……」

 

 孫空女は言った。

 その言葉にぎょっとして、さらに顔をあげて孫空女を見た。

 孫空女は引きつったような赤い顔で、なんともいえない複雑な表情をしている。

 また、裸身に赤い「手」の淫具をしているという格好は同じだが、右手に乗馬鞭を持っている。

 その鞭を宝玄仙の顎の下にやり、顔を上げさせた。

 

 さらに驚いた。

 その股間には、男性器そのものがあるのだ。

 連中の法術で生やされたのだろう。

 よく見れば、孫空女の股間の部分の「手」は、宝玄仙の股間とは違って、男根の根元を載せるように股間に張りついている。

 

「なんで、尻を振っているんだい、宝玄仙?」

 

 孫空女が言った。

 なぜ、孫空女がそんな口をきくのかわからない。

 

「か、痒いんだよ……。く、薬を……塗られて……。ひぎぃ――」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 尻で鞭が鳴ったのだ。

 宝玄仙の顎の下に置いていた鞭を、孫空女が宝玄仙の尻に打ちつけていた。

 

「ま、まったく、どうしようもない駄目女だ」

 

 孫空女が頭の上で言った。

 宝玄仙は、さっきは鞭打ちの衝撃に驚いて声をあげたものの、いまは首を傾げていた。

 いまわかったのだが、音の割には痛くなかったのだ。

 それどころか、ただれるような痒みがかなり癒されている。

 びっくりした。

 

 これはただの鞭打ちじゃない。

 沙那の使う気功術を使った技だ。

 つまり、孫空女が技でそうしたのだ。

 派手に鞭を打っているようで、実際には痛みをあまり与えず、それでいて、宝玄仙の痒みを癒してくれている……。

 宝玄仙は、どうやら、孫空女は宝玄仙に冷たい仕打ちをするように強制されているのだと悟った。

 

「……宝玄仙、いつまで、あたしの主人のつもりなんだ。同じ奴隷だけど、五番奴隷だろうが、お前は――。五番奴隷は、ほかの奴隷の全員に丁寧な言葉を使え」

 

 また、鞭が尻で鳴った。

 宝玄仙は悲鳴をあげたふりをしながら、痒みがすっと引いていく快感に酔った。

 だが、これはこれで危険な気がした。

 鹿力の調教よりも、これはもっと危険な香りがする。

 これほど、鞭が気持ちよくては、孫空女の鞭を本気で好きになってしまいそうだ。

 

「ほら、お前は、何番奴隷だ? 言ってみろ、宝玄仙。頭を下げろ――」

 

 鞭が鳴る。

 宝玄仙は腰を振っていた。

 鞭が気持ちいい……。

 

「ご、五番奴隷です……」

 

 宝玄仙は頭を床につけて言った。

 宝玄仙たち甲種奴隷は五人だ。

 新たに加わった四人と、前からいる奴隷がひとりという構成だ。

 前からいる奴隷は、金楊凛(きんようりん)といい、二十代前半の肉付きのいい美女だ。

 鹿力が宝玄仙を智淵城内に連れまわすようになってから、数回会った。

 

 なんと、もう三年もいるらしく、宝玄仙が加わる前からいる唯一の甲種奴隷だ。

 宝玄仙たちが来る前には、ほかにいたらしいが、宝玄仙たち新しい甲種奴隷が加わったことで、一斉に丙種奴隷に落とされたそうだ。また、ほかの甲種奴隷は頻繁に交代しているが、金楊凛だけは例外らしい。話によれば、虎力のお気に入りということのようだ。

 また、宝玄仙たちにより、押し出されたかたちの彼女たちがどうなったのかは知らない。

 丙種奴隷とは、屠殺用だと虎力たちが口にしていたから、殺されてしまったのかもしれない……。

 

 とにかく、その金楊凛は、宝玄仙たち新入りの教育係も兼ねていて、一番奴隷だ。

 番号は、奴隷の身分の順であり、番号の大きい奴隷は、番号の小さい奴隷に服従しなければならない。

 そう教えられた。

 もちろん、虎力、鹿力、羊力には絶対服従だが、同じ奴隷同士もこうやってお互いを責めさせるのだ。

 宝玄仙は、一番奴隷の金楊凛に会ったときには、鹿力の指示で徹底的ないじめ調教を受けた。

 おそらく、いつも、そうやって奴隷同士が仲違いを続けるように強制しているのだろう。

 だから、いまも、孫空女がこうやって、宝玄仙を責めるように強制されているのだろう。

 

「舐めな、宝玄仙――。口で奉仕しろ」

 

 孫空女が、宝玄仙の顔に男根を近づけた。

 宝玄仙は、口を開いて孫空女の一物を咥えた。

 孫空女が少しだけ小さな声をあげた。

 半勃ちだった孫空女の一物が宝玄仙の口の中で大きくなる。

 宝玄仙は、口の中にある孫空女の肉棒の先に与える刺激を強くした。

 

「あっ、ちょ、ちょっと……」

 

 孫空女が小さく呟き、腰を震わせた。

 宝玄仙は、この(にわか)嗜虐者の醜態に噴き出しそうになった。

 どうでもいいが、この快楽に弱い女に、“責め”は無理だ。

 一度、朱姫を相手に責めさせたら、この女は、途中で主導権を奪われて、逆に責められてしまった。

 気が強く、どんな相手にも戦闘では引けを取らない猛女だが、性愛に対しては、受け身もいいところなのだ。

 性格の強さの影に、嗜虐の性質が隠れている。

 それが孫空女であり、宝玄仙がその被虐性を見つけ、表に出して、徹底的に開発した。

 

 孫空女の男根の先が、宝玄仙の口の中で震える。

 いきそうなのだろう。

 そのまま、いかせたらどんな風に喋るのかと思ったが、ここは、刺激を弱くして出させないことを決めた。

 孫空女がほっとしたのを感じた。

 口の中から離れようとした孫空女の男根を逃がさないように強く吸う。

 孫空女が、また微かに甘い声をあげた。

 

「う、うまいよ、宝玄仙。だ、だけど、もういい……ぞ」

 

 まるで三文役者のような抑揚のない物言いに、宝玄仙はまたもや笑いそうになる。

 この女は嘘が下手すぎる。

 

 この孫空女は、三番奴隷だという。

 一番が金楊凛──。

 二番が七星──。

 四番が紅夏女(こうなつじょ)──。

 そして、五番が宝玄仙だ。

 なぜ、この順番にしたのかは知らない。

 入れ替わることもあるとか言っていたような気がするから、時折、順番を入れ替えて、それも責めの材料に使うのだろう。

 

「だ、だけど、お、お前の奉仕は、へ、下手だ……。だ、だから、罰だ」

 

 宝玄仙の尻で鞭が鳴る。

 痛みが少なく、尻の痒みが癒される。

 気持ちいい……。

 淫具でどっぷりと濡らされた股間が、孫空女の鞭の刺激によって新たな愛液で溢れるのがわかった。

 

 それにしても、下手だから罰とは、孫空女の可愛い嘘に、宝玄仙は心の底から孫空女が愛おしくなった。

 宝玄仙が薬剤による痒み責めで苦しんでいるのを知って、痒みを癒そうとしてくれているのだ。

 

 出させてやろう――。

 孫空女に宝玄仙の奉仕をしてやりたい。

 それで、気持ちよくしてやろう……。

 宝玄仙は、孫空女に与える刺激を強くした。

 

「はうっ」

 

 孫空女が声をあげる。

 宝玄仙の口の中で孫空女の一物が跳ねた。

 口の中に孫空女の精液が拡がる。

 精液の味は、孫空女の女性の部分から出るのと同じだ。

 宝玄仙は、それをひとつ残らず舐めあげる。

 宝玄仙は孫空女の一物を舐めあげてから、口を離した。

 離れるときに、孫空女の男根の先端に口づけをした。

 

「……あ、ああっ」

 

 孫空女が脚を震わせて声をあげた。

 

「よ、よくやったぞ……。ほ、宝玄仙……。ご、ご褒美だ」

 

 孫空女が宝玄仙の尻をまた叩く。

 宝玄仙も声を出した。

 痛みの悲鳴ではない。

 強い快楽のために耐えられない声が迸ったのだ。

 

「孫空女、宝玄仙へのご褒美が鞭というのはかわいそうだろう。こいつのご褒美は、これだ」

 

 鹿力の声……。

 存在を忘れそうになっていたが、ずっとそばにいたのだ。

 宝玄仙の肛門にぬるりとした感触が加わる。

 また、薬剤だ。

 なにがご褒美だ――。

 やっと小さくなっていた肛門の痒みが、また拡大する。

 宝玄仙は、呻いた。

 

「ひ、ひいっ」

 

 眼の前の孫空女が震えている。

 なにが起っているのだろう?

 宝玄仙の口の中で果てたことで、力を失いかけていた孫空女の男根が、怒張を復活している。

 それで、宝玄仙は、孫空女の背後の「手」が孫空女の肛門に悪戯を始めたのだと悟った。

 尻を刺激されて、男根の怒張を無理矢理に復活させられているのだ。

 

「ほ、宝玄仙、し、尻をこっちに……む、向けろ」

 

 孫空女が言った。

 どうやら、孫空女が宝玄仙の尻を犯すつもりなのだとわかった。

 

 宝玄仙は、身体を反転して、尻を孫空女に向ける。

 今度は、視界に鹿力の足元が映る。

 宝玄仙は、それを無視する。

 いまは、孫空女のことだけを考えよう。

 それで、この恥辱を忘れられる。

 

 孫空女の手が、宝玄仙の双臀の横を両手で抱いた。

 宝玄仙の尻にある「手」がもそもそと横に移動するのがわかった。

 この淫具は、性交などのときには、独りで移動して邪魔にならない場所に移るのだ。

 孫空女の男根の先端が、宝玄仙の肛門の先端に当たった。

 

「あ、ああ、あああっ――」

 

 まだ、なにも刺激を受けたわけではない。

 ただ、孫空女にこれから貫かれようとしているということを想像すると、猛烈な快感が身体中を走りはじめたのだ。

 ぐいぐいと狭い菊道を孫空女の怒張が抉る。

 発狂しそうな掻痒感のすべてが快感に変化していく。

 

「い、いくっ――」

 

 許可をもらう暇などなかった。宝玄仙は限界を越えた焦らしに逢っていた肛門の先端に男根の先が入っただけで、あっという間に達してしまった。

 

 孫空女も声をあげている。さらに奥に入ってくる。

 尻の内襞を孫空女の怒張が擦る。薬によるただれたような痒みが癒される。

 なんという気持ちよさだろう。

 宝玄仙は、獣のような咆哮をとめられないでいた。

 

 もう、なんでもいい。

 この気持ちよさが続くなら、いつまでもここにいてもいい。

 一瞬、そう考えるほどだった。

 宝玄仙の菊門の奥を孫空女の怒張が最後まで貫く。

 

 そして、ずんという刺激に、宝玄仙はまた声をあげて達した。

 こうなれば、もう歯止めは効かない。

 効かせたくもない。

 ひたすら、孫空女に犯されたい。

 孫空女にすべてを忘れさせてもらいたい。

 

「あああっ」

 

「んふうう」

 

 宝玄仙はあれらもない嬌声をあげていたが、孫空女のまた気持ちよさそうに声を震わせている。

 それが嬉しい。

 

 孫空女の男根が外に向かってゆっくりと動く。

 さらに強い官能の嵐が襲う。

 しかし、抜けるか抜けないかというところで、再びずどんと一気に深くまで貫かれた。

 

 宝玄仙は大きな声をあげてまた果てた。

 だが、もっとすごい快感が宝玄仙を襲う。

 孫空女も声をあげている。

 

 三度、四度――。

 宝玄仙は達し続けた。

 

 孫空女――。

 それ以外に、もうなにもない。

 孫空女の怒張が、また宝玄仙の尻奥を貫いた……。

 

 宝玄仙は、身体を限界まで仰け反らせて、真っ白な世界に意識を飛翔させた。



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128 甲種奴隷の間引き

「ほら、起きるんだよ、宝玄仙」

 

 顔をぴしゃりと叩かれた。

 宝玄仙は、眼を開いた。

 叩かれたのは、孫空女の男根だ。

 完全に上気した孫空女が宝玄仙を見下ろしていた。

 

「わ、わたし……、し、失神……?」

 

 孫空女に尻で犯されていたはずだ。途中で気を失ったのだろうか。

 同じ廊下だ。

 そして、ぎょっとした。

 宝玄仙は廊下の壁にもたれかけさせられていたが、その宝玄仙を大勢の法兵に囲まれていたのだ。

 その中には、鹿力もいる。

 そして、宝玄仙の脚は、膝を立てて大きく左右に開いており、股間をその法兵たちに曝け出していたのだ。

 

 ふと見ると。股間につけられていた「手」の淫具が外されて横に置かれている。

 その代わり、股間が露出している。

 慌てて、膝を閉じようとした。

 しかし、大きく開いた脚はぴくりともしない。

 例の法術がかかっていて身体が動かせないようになっている。

 そして、両手は背中で組んで離れない。

 

 改めて、宝玄仙は自分の股間に目をやる。

 孫空女に尻を犯されたばかりであり、宝玄仙の女陰はぱっくりと開き、愛液でぐしょぐしょだ。

 さらに、その淫液が床に垂れ落ちている。

 そんな羞恥の源泉を大勢の法兵に観察されているのだ。

 法兵の中には、形がどうの、色がどうのと批評し合う者もいる。

 

「な、なんだい、これ──?」

 

 あまりの状況に、宝玄仙は鼻白むとともに、かっと羞恥に襲われる。

 

「ちょっと孫空女に尻を掘られただけで、何度いったのだ、お前は? しかも、気を失うとはな」

 

 鹿力がからかうような言葉を投げた。

 腹が立った。

 孫空女との交わりは気持ちよかった。

 お前には関係ないだろう……。

 宝玄仙は、視界から孫空女以外のすべてを消した。

 そして、宝玄仙は、孫空女の手元に小さな剃刀があることに気がついた。

 

「お、お前の、け、毛を剃る、宝玄仙──」

 

 孫空女は言った。

 孫空女の声は緊張で震えているだけでなく、声が裏返っている。

 どうやら、強制的に言わせられている台詞だということはわかった。

 そんな孫空女が、少しいじらしく感じた。

 宝玄仙に気を使う必要はないのだ。

 孫空女なら、下の毛くらい剃らせてやってもいい気持ちだ。

 

「い、いまから、お前の毛を剃るからな。痛い思いをしたくなければ、一所懸命、自分で擦って、あ、あそこを濡らせ。わ、わかったな」

 

 孫空女は言った。

 宝玄仙は、噴き出しそうになった。

 そんな似合っていない言葉を誰に、どうやって覚えさせられたのだろう。

 そのおかしさが、一瞬だけだが、周りにいる男たちの視線など忘れさせてくれた。

 虎力のことも、鹿力のことも、羊力のことも……。

 

「わかったよ……」

 

 すると、背中の手が外れた。 

 宝玄仙は孫空女を見つめた、

 それ以外のすべてを頭から消し去る。

 実際には、たくさんの男たちが宝玄仙の股間を見ている。

 宝玄仙の行為ひとつひとつを揶揄し、物笑いの種にし、宝玄仙に恥辱を与える材料にしようとしている。

 だが、宝玄仙は一切を無視した。

 ただただ、孫空女のみに意識を向ける。

 股間に指を伸ばす。

 

「いくよ……」

 

 宝玄仙はまっすぐに孫空女だけを見つめたまま、指を股間で動かし始めた。

 

「やり始めたぞ」

「見ろ、また溢れ始めた」

「これだけの人間で見られても感じるんだ。かなりの露出癖もあるんだろうな」

 

 口々にはやし立てる。

 気にするな――。

 自分に言い聞かせる。

 宝玄仙は、目の前の孫空女のことだけに集中した。

 

 孫空女が、宝玄仙に股間を自慰で濡らせと言った。

 だから、自分の股間に手をやるのだ。

 それは、鹿力にも、周りに集まる男にも関係ない。

 肉芽の皮をめくって、くちゃくちゃと回す。

 

 あっという間にさっきの身体の熱さが戻ってくる。

 指の動きを速める。

 もっと刺激を……。

 もっとだ。

 全身に甘美な心地よさが拡がる。

 気持ちいい。

 こうやって、孫空女を見つめながらやる自慰は、まるで孫空女に犯されるみたいだった。

 そう考えることで、さらに大きな愉悦が宝玄仙を襲う。

 

「そ、孫空女……。み、見て……おくれ……」

 

 孫空女が息を呑む音が聞こえた。

 宝玄仙を見て笑っている周りの男たちを意識から遮断する。

 孫空女だけを見る。

 視線がぶつかる。

 股間を愛撫し続ける。

 孫空女に見させるために……。

 

「み、見ているよ、ご、ご主……。いや、宝玄仙、見てるよ」

 

「ああ、見て……」

 

 もう、感極まる。

 自慰をしているのではない。

 孫空女に犯されているのだ。

 そして、追い詰められる。

 あがってくる。

 弾ける。

 もう、少し……。

 

「そろそろ剃れ、孫空女」

 

 鹿力の声──。

 宝玄仙の心に冷たいものが刺さる。

 孫空女とのふたりきりの営みを邪魔された気持ちになる。

 

「ほ、宝玄仙。一度やめろ。剃るぞ」

 

 孫空女が慌てたように言う。

 宝玄仙は達しかけた自慰を中断する。

 孫空女がたっぷりと精液で濡れた宝玄仙の恥毛を剃刀でひと撫でした。

 毛の塊りが床に落ちた。

 そして、また剃刀……。

 宝玄仙の股間は、だんだんと陰りを失っていく。

 

「も、もう一度、自慰をしろ。淫液を追加するんだ、宝玄仙」

 

 しばらく剃ったところで孫空女が言った。

 まだ、三分の一くらいだろう。

 宝玄仙は、一部だけ剃られたみっともない女陰に指を伸ばす。

 孫空女の命令のままに再び愛撫する。

 

「あ、ああ……」

 

 気持ちいい……。

 すぐに熱い淫液が滴る。

 指に絡めついていく。

 官能の大波だ。

 それが、宝玄仙を包む。

 

「や、やめろ、宝玄仙」

 

 孫空女が言った。

 宝玄仙は言われた通りにする。

 孫空女の剃刀が宝玄仙の股間で動く。

 毛が落ちていく……。

 

「覚えているかい、宝玄仙? あたしの毛をお前は、知らない男に剃らせたんだ」

 

 宝玄仙の恥毛を剃りながら、孫空女がささやくように言った。

 ちょっと恨みめかしいような口調で……。

 憑かれたような表情をしている。

 強制されて嗜虐者を演じていたのだろうが、いまは、それに酔ったような感じだ。

 

 孫空女が言ったことは、もちろん憶えている。

 孫空女の恥毛を剃りあげたのは、この旅が始まって初めて妖魔に遭遇したときに泊っていた道館だった。

 そこで修業中の若い神官に術を遣って操り人形にして剃らせたのだ。

 動いていたのはその若い坊士の手だったが、それを操ったのは宝玄仙だ。

 だから、宝玄仙が剃ったのも同じではある。

 

 沙那の時もそうだ。剃ったのは宝玄仙だ。

 朱姫は沙那にやらせたが、宝玄仙の目の前でだ……。

 剃りあげてから、三人には二度と生えないように薬を塗布した。

 無毛の股間は、三人が宝玄仙の「奴隷」である証だ。

 

「お、憶えているさ。お、お前は、他人に見られながらだと……感じ方が違うからね。わ、わざと、そうしたのさ」

 

「じゃあ、お前はどうなのさ? これだけの見物人がいると感じ方は違うかい?」

 

「いいや、孫空女。お前しか見てない――。ここにいるのは、お前だけさ」

 

 宝玄仙は小さな声で言った。

 孫空女の眼にうっすらと涙が浮かび、それが光った気がした。

 

 自慰をして自分の淫液で股間の恥毛を濡らし、それを孫空女が剃る。

 同じことを四度ほどやった。

 しばらくして、やっと宝玄仙の股間は、翳りを完全に失った。

 

「これから薬を塗る。もう、これで、永遠に生えてこない。いいね。お前はここで残りの一生を奴隷としてすごすんだ。それはその証だ」

 

 孫空女が準備していた塗り薬を宝玄仙に示した。

 

「ああ」

 

 宝玄仙を頷く。

 すべてが終わると孫空女が立ちあがった。

 宝玄仙から離れていく。

 

「……宝玄仙、せっかく集まってくれた見物人に、お前の身体を堪能してもらえ。ここにいる全員の精を身体に受けろ」

 

 鹿力が言った。

 歓声があがった。

 そう言えば、こいつらいたのだ。改めて思い出した。

 

 全員の精を受けろだと――?

 ここに何人いるんだ。

 十……いや、二十人はいるだろう。

 もっと増えるのではないだろうか。

 

「ここにいる男の全員が満足するまで、犯され続けろ。ひとりにつき何度でもだ。それまで、食事をすることも、寝ることも、気を失うことも許さん」

 

 なにかが身体に入ってきた。これで、気絶できなくされたのだろう。

 これから始まる長い凌辱地獄を受け続けるために――。

 それと同時に、胸とお尻に張りついていた「手」の囚人服も外れた。

 

「誰からでもいい。この宝玄仙を毀せ。毀れなければ、引き続き使うが、虎力の兄貴からは、そろそろ、新入りが増える時期だし、いまの五匹から二匹を間引くように言われているしな」

 

 鹿力が言った。

 二匹を処分……。

 つまり、殺すということか……?

 よくわからないが、こいつらは甲種奴隷は、全員で五人と決めている気配なのだ。

 だから、新入りが入ることことに備えて、いまいる甲種奴隷を減らすということだろう。

 宝玄仙たちが加わることで、そうやって以前の甲種奴隷たちは処分されたと耳にしている。

 そうなれば、おそらく、長く一番奴隷をしていた金楊凛(きんようりん)は、処分からは除外だろう。

 だとしたら、宝玄仙、孫空女、七星(ななほし)紅夏女(こうなつじょ)のうちの半分が死ぬ……。

 

 もしかしたら、孫空女がこうやって、宝玄仙を嗜虐しているのも、そういう試しのひとつか──?

 ぞっとした。

 だとしたら、こうやって座して逃亡と反撃の機会を待っている場合じゃない。

 殺される前に、なんとかしないと……。

 しかし、どうやって……。

 

「待ってよ。約束が違うよ──。ご主人……いや、宝玄仙の嗜虐はあたしの役目だろう──」

 

 孫空女の抗議の声が聞こえた。しかし、押し寄せた男たちの後ろに追いやられるかたちになり、その孫空女の姿は宝玄仙の視界から消えた。

 そして、一斉に声が上がった歓声とともに、宝玄仙の裸身にたくさんの腕が伸びていてきた。

 乳房、股間、尻、脚、腕……身体のあらゆる場所に、男たちの手が張りつく。

 

「うわっ、な、なんだい──。ひいいっ」

 

 宝玄仙は、それでなにも考えることができなくなった。

 

 

 *

 

 

「気持ちは、変わったかい、紅夏女(こうなつじょ)?」

 

 金楊凛(きんようりん)が言った。

 貂蝉(ちょうせん)が、無防備な紅夏女の股間をまた筆でひと撫でする。

 

「ひゃああああっ、も、もうやめさせてください──。後生です──」

 

 紅夏女は泣き叫んだ。

 そして、朝から革紐で拘束されて座らされている木製の椅子の手摺を力の限り握りしめ、全身を背凭れ側にのけ反らせる。

 

 紅夏女は、両脚は椅子の手摺に膝を載せて、股間を大きく開いていた。

 その恰好で縄紐で固定されている。

 だから、大きく開いた股を自分の意思で閉じることもできない。

 両手は膝をかけた手摺に拘束されている。

 従って、なにをどうされても、紅夏女にできるのは、叫ぶことと、首を振ることと、手摺を握りしめることだけだ。

 

 両胸と股間とお尻には、「手」のかたちをした淫具が張りついているが、いま、股間の部分は、一番奴隷の金楊凛が、紅夏女の股間を筆責めさせているために、肉芽を解放していた。

 ただ、肉芽の両側に指を置き、皮を剥いている。

 

 この歳になるまで、その部分の皮が剥けるということさえ知らなかったが、剥かれる前と剥いた後の感度のよさは桁違いだ。

 その肉芽に対して、小筆によるくすぐり責めが続いている。

 絶対に達しないように、ぎりぎりの状態に保たせるための執拗な肉芽責めだ。

 その肉芽責めを紅夏女は、もう数刻も続けられているのだ。

 椅子の座る部分には、紅夏女の垂れ流した愛液が、まるで尿をもらしたようになっている。

 

 身体に装着されたすべての「手」がゆっくりとした愛撫を続けていたが、それは紅夏女の身体の熱さを火照りの状態にしておくためであり、決して官能の頂点に紅夏女を導くような刺激ではない、

 それも、紅夏女を苦しめていた。

 

 半日だ――。

 半日──。

 

 もう半日も、こうやってずっと全身を筆で愛撫されている。

 その中でも集中的に責められているのが股間の突起だ。

 それでいて、紅夏女は、ただの一度も絶頂していない。

 半日の間、ずっと、いくかいかないかのぎりぎりのところを彷徨わされているのだ。

 紅夏女は狂乱しそうだった。

 

「もう一度、やりなさい、貂蝉」

 

「はい、金楊凛様」

 

 腰に黄色い布を巻いただけの貂蝉が、虚ろな表情で筆を動かす。

 

「ひゃあああっ――」

 

 紅夏女は嬌声をあげた。

 

「いきたいでしょう、紅夏女。いきたいと言ってごらん」

 

 金楊凛が、紅夏女の顎を掴んで顔をあげさせた。

 霞がかかったような視界に金楊凛の残忍な表情が映る。

 紅夏女は、小さく首を横に振った。

 

 でも、本当はいきたい――。

 絶頂したい。

 わああっ、と達したい。

 心の底から身体がそれを要求している。

 

 ここに来て十日近く。

 裸身に張りついた四本の「手」により、一日中身体を愛撫され、そして、事あるごとに、ほかの女とともに、虎力や羊力に犯されていた。

 鹿力は、五番奴隷ひとりを専用にするということに決まっているらしく、あの宝玄仙が連れていかれた。

 この前、遠くから宝玄仙が四つん這いで智淵城を歩かされているのを見て、声も出すことができなかった。

 なんという哀れな姿なのだと思ったのだ。

 仮にも、宝玄仙は八仙の地位にあった怖ろしいほどの能力を持った道術師様なのだ・それをあんな風に扱うなど……。

 地方神官に過ぎない紅夏女だったが、八仙の地位にあった宝玄仙のことは、もちろん知っていた。

 同じ八仙だった三人の最高神官を殺して、教団を破門されて手配されていた。

 遠い帝都の話だし、気にも留めていなかったが、ここで宝玄仙に会ったときには驚いた。

 そして、宝玄仙が、殺人を犯した本当の理由も、後で孫空女から教えられて知った。

 宝玄仙に対する教団の仕打ちに激しい憤りを感じた。

 

 それはともかく、紅夏女のことだ。

 虎力や羊力の相手をするのは、紅夏女、七星、孫空女の役目だ。

 目の前にいる金楊凛は、性奉仕もするが、どちらかといえば、紅夏女たち三人の調教係という立場だ。

 この金楊凛により、朝に、昼に、夜にと一日中淫らな「調教」を継続されている。

 そして、虎力と羊力のうち、羊力は、自分自身でも女を犯すが、法兵たちを連れて来て犯させるということもする。

 紅夏女も、たった十日なのに、羊力の連れてきた兵を相手にし、どのくらいの男の精を受けたかわからない。

 

 とにかく、あの手この手で、片時も淫情が休まることのないように刺激を与え続けられ、感度をあげる薬剤を股間にすり込まれ、そして、食事にも水にも媚薬を混ぜられていて、それを口にし続ける。

 わずか数日で、それ以前の紅夏女とは比べものにならないくらいの淫乱な身体にさせられていた。

 

 しかし、今日は一転して状況が変わった。

 その紅夏女を「躾」と称して、朝からこの部屋に連れてきた金楊凛は、この椅子に紅夏女を拘束すると、言語を絶するような焦らし責めを始めたのだ。

 強力な媚薬を塗って、限界まで敏感にした肉芽を徹底的に筆で責めたてだしたのだ。

 しかも、自分ではやらない。

 連れて来たのは、紅夏女と一緒にこの智淵城に連れてこられた貂蝉という巫女だ。

 

 この巡礼の旅に同行してきた紅夏女の妹弟子に当たる娘で、もともとは彼女を含む巫女四人の巡礼だった。

 危険な旅だが、紅夏女もある程度の道術は遣えるし、修行のために巡礼をするのは、天教の巫女としての義務だったのだ。

 それで、天教の教えを西方諸国に拡げる旅をしていた。

 巡礼の最終目的地は、この車遅国(しゃちこく)だった。

 天教の教えの拡まっていないこの車遅国で、ひとりでもふたりでもいいから天教の教えを説く。

 それが紅夏女のやろうとしたことだった。

 天教本部から与えられていた任務もそれだった。

 

 車遅国に入るとすぐに、この国では天教は邪教の扱いであり、軍の取り締まりの対象であることを知った。

 それで、東閣(とうかん)という城郭を避けて農村で布教活動を始めた。

 農村であれば、軍の取り締まりも緩くなるし、貧しい生活をしている人々なら、新たな教えを受け入れるかもしれないと考えたのだ。

 だが、あっという間にかけつけた軍に捕縛された。

 

 天教の神官を密告すれば、高額の賞金が与えられることになっていたことは、後で知った。

 紅夏女たちは、布教をした農村の人間に密告されたのだ。

 

 軍営の牢に入れられてからは、取り調べも裁きを受けることもなく、数日後に迎えに来た鹿力によって、この智淵城という牢城に連れてこられた。

 鹿力の運んできた檻車に繋がれる前に、首に密着する革の首輪をされ、身体に法術をかけられた。

 首輪が術ひとつで紅夏女たちを殺すための法具であり、身体にかけられたのは、囚人の手足を自由に操るとともに、逃亡の意思をなくさせる術だと知ったのは、この智淵城に到着してからだ。

 檻車の中では、この手首と足首に浮かんだ黒い帯のような線はなんだろうと思っていた。

 

 檻車がとまると、そこはすでに智淵城の城門の中だった。

 鹿力だけではなく、虎力と羊力という法術遣いも待っていて、ほかの城郭から連れてこられた三人の女囚もいた。

 そして、そこで「種別判定試練」という名の私刑を受けた。

 

 牢城の畠の真ん中に掘られた穴に、いま着ている服をすべて脱ぎ捨てるように命令された。

 さすがに躊躇していると、首に絞めている革の首輪が絞まりはじめた。

 手で首輪を取ろうと思っても、触ることもできない。

 初めて首輪の恐ろしさを知った瞬間だった。

 慌てて服を脱ぎ捨てて、地面に掘られた穴に捨てた。

 そのとき、一番遅かった紅夏女の連れの若い巫女が首輪により殺された。

 ここが本当に地獄であることを知った。

 

 「試練」は続き、続く浣腸試練で、また連れが殺された。

 残った女囚で大量の浣腸を受け、最初に排便をした者が殺されたのだ。

 

 最後の「試練」は、膣に入れられた張形を絞めあげるという競争だった。

 一定の圧力を膣で加えることができれば、前から白濁液が出て、それが遅かった者が死ぬと言われた。

 ひとり残った連れの巫女である貂蝉は、生娘であることを紅夏女は知っていた。

 張形を絞めあげるどころか、挿入することも無理だと思っていた。

 その貂蝉に容赦なく張形を突き刺すと、三人の法術遣いたちは、勝負を開始させた。

 

 紅夏女は、自分が最後になり死ぬつもりだったが、貂蝉は絞めあげるどころか、張形を突き刺された痛みで、術で固められた身体のまま、その場に崩れ落ちてしまった。

 そのとき懸命に貂蝉に、膣を絞めあげるように叫んだが、どうしても無理だった。

 すると、虎力が、紅夏女が五十をかぞえる間に、紅夏女に挿入された双頭の張形の先から白濁液を出すことができれば、貂蝉を助けるという新たな条件を出した。

 紅夏女は、膣を絞めあげようとしたが、いやらしく振動する張形は、紅夏女の官能を刺激し、締めるどころか我を忘れそうになり、紅夏女は身体を襲う情欲の嵐に絶望的になった。

 

 そこに宝玄仙の声がした。

 肛門に指を挿し、指を絞めあげろと言ったのだ。

 そして、叫べと――。

 

 恥も外聞もない。

 紅夏女は貂蝉を助けようと、必死の思いで宝玄仙に従った。

 その通りにすると、白濁液が張形から飛び出した。

 こうやって、貂蝉は命を救われ、乙種奴隷となって、殺されないで済んだ。

 

 それから、貂蝉を見たのは今日が初めてだ。

 紅夏女は、ここにいる間、四六時中、淫具に苛まれるか、男たちに犯されるという日々を送っていたが、貂蝉がどんなふうにここで過ごしていたかはわからない。

 

 貂蝉に訊ねることもできない。

 金楊凛に連れてこられた貂蝉は、おぼろな表情をしていて、紅夏女の呼び掛けに反応しなかったのだ。

 なんらかの術にかけられているのだろう。

 目の前にいる貂蝉は、金楊凛の命令に応じる人形に過ぎない。

 

 その貂蝉に、金楊凛は、紅夏女に対する責め苦を与えることをさせた。

 この金楊凛は、紅夏女がやって来る前からいた甲種奴隷だ。

 

 ここの女囚は、すべて「奴隷」と呼ばれていて、甲種、乙種、丙種に分かれるらしい。

 乙種は労働奴隷で、貂蝉がそうであるはずであり、この牢城のあらゆる労役を行う。

 甲種は、紅夏女たちのような虎力らの性奴隷である。

 丙種は、実験用の家畜だと言っていたが見たことはない。

 違いは、丙種奴隷は、腰に黄色い布を巻いた姿であり、乳首に小さな鈴をつけている。

 甲種は、全身を常に苛む「手」のかたちをした淫具を装着されている。

 また、その淫具は、首輪と同じで、奴隷自身が触ることができない。

 

 いまの甲種奴隷は、全部で五人だ。

 そのうちの四人は、新たに加わった者であり、最初からいたのは金楊凛ひとりだ。

 ほかにも甲種奴隷はいたようだが、紅夏女たちが入ることで、丙種に落とされたと言っていた。

 だから、会ったことはない。

 

 甲種奴隷には、序列があり、一番奴隷は金楊凛であり、ほかの四人の躾係でもあるようだ。

 ほかの奴隷の淫具は常に女囚たちを苦しめているが、一番奴隷の金楊凛の淫具が動いているのを見たことはない。

 いまも、金楊凛の裸身に装着されている「手」は、まったく動いていないように思える。

 

 ここの女囚である限り、なんらかのかたちで、金楊凛も天教教団に関わりがあるはずだが、紅夏女たちを責める金楊凛は、冷酷な拷問者だ。

 容赦なく、紅夏女を責めたて、その心を作りかえようとする。

 それと紅夏女は戦っていた。

 

 紅夏女は、四番奴隷だ。

 種別判定試練で、紅夏女に向かって尻に指を入れろと叫び、貂蝉を救ってくれた宝玄仙は、五番奴隷になって、鹿力に連れていかれたのだ。

 

「いやあああ」

 

 紅夏女は思念を打ち破られて、悲鳴をあげた。

 貂蝉の持つ小筆が、紅夏女の肉芽をまた抉ったのだ。

 紅夏女は泣き声をあげた。

 

 筆が離れる。

 痺れるようなじんじんとする疼きが股間に渦巻く。

 

「たった一言でいいのよ、お願いしなさい。そうすれば、いかせてあげるわ」

 

「で、できるわけ……ありません」

 

 紅夏女は叫んだ。

 

「あっ、そう……。貂蝉、また、媚薬が乾いてきたわ。筆に薬剤を足しなさい」

 

「はい」

 

 無表情の貂蝉が、傍の小瓶の中の液体に小筆をひたした。

 紅夏女は恐怖した。

 あの我を忘れるような淫靡な薬を限界まで燃えあがっている肉芽に追加される。

 壊れてしまう――。

 

「言いなさい、紅夏女。貂蝉を丙種にしろってね」

 

 金楊凛が耳元でささやく。

 たっぷりと薬液を含んだ小筆が紅夏女の勃起した肉芽に触れた。

 紅夏女は泣き叫んだ。

 

 金楊凛が、紅夏女に絶頂を与える条件としているのは、この貂蝉を丙種にすることに同意することだ。

 そんなことができるわけがない。

 それがわかっていて金楊凛は、紅夏女を絶頂させずに股間を筆責めするという責め苦を続けている。

 しかも、その責めを当の貂蝉にさせているのだ。

 貂蝉は、自分を丙種という実験奴隷にしろと紅夏女に言わせるために、紅夏女を責めさせられている。

 

「いいじゃない、紅夏女。もういきたいでしょう? たった一回の絶頂のために、この女を見捨ててみてよ。わたしは、そういう風に人間が毀れるところを見たいのよ……」

 

 金楊凛が、紅夏女の股間の淫具に触れて揺さぶった。

 紅夏女の股間の淫具は、肉芽は解放されているが、膣の部分には、男根のかたちに変形した指が深く突き挿さっている。

 さっきからゆっくりとした蠕動を続けていたが、金楊凛によりそれが激しく刺激された。

 

 紅夏女は、官能の槍に全身を突き刺されて、叫びながら身体を仰け反らせたが、すぐに金楊凛の手は淫具から離れた。

 紅夏女の達することのできなかった欲望が激しい焦燥感となって襲い掛かる。

 

「しぶといわね。まあ、そろそろ、許してあげるわ。じゃあ、わたしの前で自慰をしなさい。みっともなくね」

 

 金楊凛が言った。

 そして、股間の淫具をずらして、紅夏女が触れるようにした。

 

 さらに、左手の結んでいた手首の縄を緩める。

 まだ、手首には縄は繋がっているが、股間に手が届くくらいには緩んでいる。

 

「あ、ありがとうございます、金楊凛様」

 

 紅夏女は叫ぶと、左手を股間にやった。

 いくことができる。紅夏女の手は狂ったように肉芽を擦る。

 

「わたしの顔から眼を離しては駄目よ、紅夏女。自慰をやめさせるわよ」

 

「は、はい」

 

 紅夏女は、慌てて金楊凛を見る。

 自慰を見られているという恥ずかしさなどもうどうでもいい。

 頭にあるのは、やっと絶頂できるという渇望だけだ。

 

 すぐに最高の快感がせりあがってきた。

 昇ってくる……。

 あっという間に待ち望んでいたものがきた。

 

「いきそうなときは、そういいなさい、紅夏女」

 

「ああ……。も、もう、い、いきそうです……。いくううっ」

 

「勝手にいっては駄目よ、紅夏女。いきそうなのね?」

 

「い、いきます。もういきます―――」

 

 紅夏女は感極まって叫んだ。

 絶頂の予兆がそこまできている。

 あとは、身体を解放させるだけだ……。

 

「いっていいわ」

 

「は、はい──。ありがとうございます──。ああっ、はああああっ」

 

 紅夏女は叫んだ。

 股間をまさぐる指に力を込める――。

 全身ががくがくと痙攣を始める。

 だが、見ながら自慰をしている紅夏女の顔がにやりと微笑んだ。

 

「……いけたらだけど……」

 

 股間を愛撫していた左手の縄が引っ張られ、まさに絶頂の直前で自慰を中断させられた。

 

「そ、そんなああ──」

 

 まさにぎりぎりのところで絶頂をとりあげられた紅夏女は、泣き叫んでしまった。

 

「じゃあ、続きをするわよ。本当のことを言うと、あんたを毀せと言われているのよね。そろそろ新しい女奴隷が入る頃だから、ふたりを間引くんだって。わたしは、わたしであんたを毀すように命じられてるのよ。だから、わたしのために、早く毀れてちょうだい」

 

 金楊凛が酷薄に笑った。



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129 毀れるまで……

「じゃあ、続きをするわよ。本当のことを言うと、あんたを毀せと言われているのよね。そろそろ新しい女奴隷が入る頃だから、ふたりを間引くんだって。わたしは、わたしであんたを毀すように命じられてるのよ。だから、わたしのために、早く毀れてちょうだい」

 

 金楊連が紅夏女の耳元で、ささやくように言った。

 間引く?

 つまり、殺されるということ……?

 紅夏女ははっとした。

 一方で、絶頂寸前で自慰を中断させられた左手は、再び革紐で手摺りに結び直される。

 

「な、なんで――。そ、そんなあ……。まだ、まだだったんです――」

 

 とにかく、紅夏女は声をあげた。

 頭がおかしくなりそうだ。

 朝からずっと続けられている寸止めに次ぐ、寸止め……。

 どうやら、これは間引きのために、紅夏女を金楊凛が毀すためにやっているみたいなのだが……。

 

「自慰をしてもいいと言っただけよ。絶頂させてあげるとは言っていないわ」

 

 金楊凛が笑った。

 

「だ、だって……」

 

 紅夏女は、哀願の顔を金楊凛に向けた。

 

「だから、いってもいいのよ。いくらでも絶頂してよ。絶頂できたらだけど……」

 

 紅夏女の残酷な声が返ってくる。

 だが、すでに紅夏女の手は両方の椅子の手摺にしっかりと結び直されている。

 紅夏女は曝け出した股間を懸命に揺すった。

 そんなことで、いけるわけはない。

 絶頂できると思っていただけに、ここでの寸止めにはさすがに、心が打ちひしがされた。

 

「さあ、もう一度、やりましょうか。この貂蝉を丙種に落とすことに承諾しなさい」

 

 金楊凛が言った。

 紅夏女は貂蝉に視線を向ける。

 いまの貂蝉には、なにもわからないだろう。

 可哀そうに――。

 

「もう許してください。ま、間引きに同意します……。どうか、わたしを処分してください。その代わりに、ほかの方々は……」

 

「そんなことを聞いていないわ。絶頂したければ、貂蝉を丙種に落とすことを承諾しろといっているだけよ。言っていくけど、あんたが丙種落ちしたら、貂蝉は殺すそうよ。貂蝉のためにも生き延びなさい……。だけど、生き延びたかったら、貂蝉を丙種に落として殺すことに同意するのよ」

 

 金楊連がささやく。

 

「ああ……」

 

 紅夏女は項垂れた。

 承諾することも、拒絶することも許されない意地の悪いの選択だ。

 口を結んでしまった紅夏女に、金楊凛が微笑む。

 

「いいわ……。また、薬液を足しなさい、貂蝉……。強く刺激しないように、気をつけてね。この鉱夏女は、もう、ほんの少しの刺激で達するわ」

 

「はい」

 

 貂蝉が筆を小瓶に浸す。

 そして、筆の刺激――。

 

「んぐううううっ」

 

 紅夏女は、泣き叫んだ。

 ぎりぎりのところまであげられる。

 そして、落とされる。

 何十回それをやったのだろう。

 解放されたい。

 この状態から逃げたい。

 

 もうなんでもいい。

 いきたい。

 

 絶頂させてもらえるなら、なんでもする。

 

「受け入れるわね? 貂蝉は丙種でしょう?」

 

 金楊凛が耳元でささやく。貂蝉の筆はまだ肉芽を愛撫している。

 紅夏女は、首を横に振ることができない。

 もう、いかせて欲しい……。

 

「認めるわね……。ただ、一度、首を縦に振ればいいのよ……」

 

 金楊凛の声……。

 首を一度だけ縦に――。

 それで絶頂できるのだ。

 淫情の渦が巻く。

 どこにも逃げない灼熱の官能の嵐だ。

 

「しぶといわねえ、紅夏女。まだ、拒否するの?」

 

 金楊凛が声をあげた。

 どうやら、自分は首を横に振ったらしい。

 ほっとした。

 それとともに、いかせてもらえないという絶望感も拡がる。

 

「わかったわ。これ以上やると狂っちゃうわね。わたしも同じ奴隷だし、今日は、これで終わりにしてあげる。自分でしていいわ」

 

 また左手の縄が緩んだ。

 紅夏女の手は、股間に指を伸ばす。

 だが、また、寸止めで手を離されるのではないかとういう恐怖が拡がる。

 

「ほ、本当ですか……?」

 

 紅夏女は、金楊凛を見た。

 

「本当よ……」

 

 金楊凛はにっこりと微笑んだ。

 もうこれ以上は待てない。

 紅夏女は狂ったように股間を愛撫していた。

 もうすぐ……。

 紅夏女は、歯を食いしばって絶頂に達しそうなのを隠しながら、指の動きを速くした。

 

「はい、残念でした」

 

 左手が股間から離された。

 また、絶頂寸前で取り残された。

 

「あああ、や、約束したじゃないですかあ――」

 

 紅夏女は怒りに震わせながら叫んだ。

 左手はまた手摺に括られる。

 

「取り澄ませた顔が、感情剝き出しのいい顔になったじゃないのよ、紅夏女。そんなの嘘に決まっているじゃない――。さあ、もう一度、やり直しよ。貂蝉、薬剤を足して」

 

「はい」

 

 肉芽に薬液が追加される。

 でもいけない。

 筆が這い回り、そして、ぎりぎりで逃げる。

 紅夏女は泣き叫んだ。

 

 やがて、限界まで追い詰められると左手が緩められる。

 しかし、寸前でとめられるのだ。

 わかっていながら、紅夏女は自慰をせずにはいられなかった。

 

 今度こそ――。

 しかし、容赦なく、股間から引き離された左手は、また手摺に……。

 

「あああ、もう、堪忍してください、金楊凛様――。なんでもします。なんでもいうことを聞きますから……。いえ、いっそ殺して──。殺してください──。わたしを間引きの対象に……」

 

 紅夏女は叫んだ。

 

「だったら早く毀れなさい……。言うのよ……。貂蝉を丙種にしろってね……」

 

「それだけは……。で、でもそれ以外ならっ」

 

「お前がいけるのは、貂蝉を丙種に落とすことを認めたときよ。それとも、毀れないさい。そうすれば死ねるわよ」

 

 金楊凛が言った。

 

「ああ、だったら毀して──」

 

 紅夏女は号泣した。

 自殺は禁止されている。

 身体に刻まれている呪術が逃亡とともに、自殺の意思を奪っている。

 もしも、自殺が許されていたら、紅夏女はとっくの昔に、自殺をしていたに違いない。

 

「もちろん、毀してあげるわ……。あんたが毀れる音が聞こえてきそう……。さて、そろそろ、たった一回の絶頂と引き換えに、貂蝉を殺す決心はできたかしら……。いや、決心じゃいわね。あんたはもうすぐ毀れる。貂蝉の命じゃなくて、自分の絶頂を選んだときが、あんたが毀れるときよ……。さて、もう一度繰り返そうね……」

 

 もう耐えられない。

 紅夏女は口を開こうとした。

 だが、言葉が出てこない。

 喉が痙攣したようになって自由にならないのだ。

 全身におこりのような震えが発せしている。

 

「……あらあら、いよいよ、おかしくなってきたわね。これ以上、やると本当に狂うわ。さあ、紅夏女、どうするの? まだ、焦らし責めを続けるの? それとも、貂蝉を売り渡す?」

 

 首を横に振る。

 

「いきたい?」

 

 首を激しく縦に振る。

 

「貂蝉を丙種送りにするわね?」

 

 これは横……。

 

 

「でもいきたい?」

 

 懸命に首を縦に――。

 

「面白いわあ。いよいよ、壊れた玩具みたい。じゃあ、今度は、わたしが筆で責めてあげる」

 

 貂蝉から取りあげた小筆で、金楊凛が紅夏女の内腿を撫ぜた。

 

「ふわあああぁぁ」

 

 紅夏女は声をあげた。

 

「安心したわ。もう、馬鹿になったのかと思ったから。じゃあ、これは、どう?」

 

 筆がくるくると回りながら、内腿の内側から、付け根に向かって進んでくる。

 紅夏女は叫んでいた。

 期待感が紅夏女の中に拡がる。

 

 もうすぐ――。

 だが、やっぱり、もっとも敏感な場所の手前でぴたりととまる。

 紅夏女は、号泣していた。

 

「さっきは怒り……。今度は、哀しみ。次は、どんな感情を曝け出してくれるの、紅夏女?」

 

 金楊凛が肉芽の周りを筆でゆっくりとなぞりながら囁いた。

 そのとき、扉が開いた。

 紅夏女は、虚ろな視線をそこに向けた。

 鹿力(かりき)がそこにいた。

 

「調子はどうだ、金楊凛?」

 

「順調です、鹿力様――。ところで、廊下が随分と騒がしいようですけど、なんが起こっているのです?」

 

 金楊凛が扉の外を覗き込むような仕草をした。

 紅夏女は、それをぼんやりと見ていた。

 

「宝玄仙を輪姦させている。騒ぎを聞きつけて、牢城中の法兵が集まっているから、明日の朝まで続きそうだな。ひとり一発じゃ満足はせんだろうから、宝玄仙が解放されるまでには、もっとかかるかもしれん」

 

「まあ、可哀そう。でも、そんなにもつのですか?」

 

「もつ。気を失うことはできん。眠ることもできん。それは術で禁止した」

 

「それは、それは……」

 

「それだけじゃない。宝玄仙は気がついておらんだろうが、受ける快楽は三倍にしてやった。さらに、普通以上に絶頂しやすくした。宝玄仙は、法術で性感を高められて、この牢城全員の法兵に輪姦される……。宝玄仙は毀れるだろうな……。間引き一号だ」

 

 鹿力は言った。

 

「よかったのですか? 宝玄仙はせっかく鹿力様が“椅子として”調教したのでは?」

 

「虎力の兄貴からの指示だからな。とにかく、今回の間引きは二匹だ。さっき連絡があって、虎力の兄貴は、七星と孫空女に競争をさせて、どちらかひとりを間引きすることに決めたとあった。だから、こっちは宝玄仙か、紅夏女のどちらか一匹でよくなった」

 

 間引きのひとりは、七星や孫空女……?

 そして、もうひとりは、紅夏女か宝玄仙……。

 鹿力の語る残酷な言葉を紅夏女はぼんやりと聞いていた。

 すると、その鹿力が紅夏女に視線を向けた。

 紅夏女は慌てて、顔を伏せる。

 

「…というわけだから、…金楊凛、ここはもういい……。虎力殿のところに行け。孫空女と七星を虎力殿が競争させる。このふたりのうちのどちらかを今日中に丙種奴隷に落とすはずだが、その見極めをしているのだ。お前を戻せと俺に指示が入った」

 

「かしこまりました」

 

 金楊凛が出ていく。

 鹿力が紅夏女が脚を開いて座らせられている椅子の前に立った。

 そして、部屋にあった椅子を引き寄せて、少し離れて向かい合うように座る。

 

 怖い――。

 なにをさせられるのか……。

 

「いきたくて仕方がないという雌の顔だな。金楊凛の焦らし責めは苦しかったか?」

 

「お、お願いです……。い、いかせてください……」

 

 紅夏女は哀願した。

 自然に腰は揺れ動いている。

 ほんの少しもじっとしてはいられないのだ。

 

「わかった。いかせてやろう」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 紅夏女は叫んだ。

 

「本当だ。焦らし責めは終わりだ。よく頑張った。いまからは、いくらでもいっていい」

 

 鹿力は言った。

 そして、横の台に砂時計を置いた。

 それがなんの意味かわからない。とにかく、紅夏女の頭には、今度こそいけるかもしれないという期待感が渦魔く。

 

「貂蝉――」

 

 貂蝉を鹿力が呼ぶ。

 鹿力が入ってきたとき、貂蝉は部屋の隅に移動して直立不動の姿勢になっていたのだ。

 貂蝉が鹿力の前にやってくる。

 

「……よく聞け、金楊凛。いまから、この貂蝉にお前の股を舐めさせる。一回に舐め続ける時間は、この砂時計の砂が落ち切る間だ。その間、お前は何度でもいっていい。ただし、一度でもいけば、この貂蝉を丙種に落とす」

 

「そ、そんな――」

 

 紅夏女に絶望感が拡がる。

 これほどまでに燃えあがり、追い詰められている身体だ。

 その股間を舌で舐められればひとたまりもないに違いない。

 絶頂できないように耐えられるわけがない。

 

「貂蝉を殺したくなければ、死の物狂いで我慢しろ。この砂時計が落ち切るまでだ。それまで耐えれば、同じ時間休憩させてやる。休憩が終われば、砂時計が落ち切るまで、貂蝉の舌だ。いいな」

 

「いや、嫌です。ご、後生です。お許しを……お許しください、鹿力様──。そ、そうだ……。先程の間引きのことですが、覚悟はできています。でも、わたしひとりの命でどうか貂蝉をはじめ、ほかの人の命は……」

 

 紅夏女は必死に叫んだ。

 しかし、鹿力はまったく心を動かした様子はない。

 冷笑的な笑みを一瞬だけ示しただけだ。

 

「始めるぞ。貂蝉、紅夏女の股間を舐めあげろ。激しくな」

 

 そして、紅夏女の懇願を無視して、砂時計が返された。

 卓の上の砂時計の砂が落ち始める。

 それとともに、貂蝉の舌による攻撃が始まった。

 貂蝉が自分自身を殺すための愛撫を紅夏女に始め出したのだ。

 

「ああ……ひゃああ……。あががががああ――」

 

 紅夏女は叫んだ。

 全身が震える。

 割れ目と秘芯に強い舌の刺激が加わる。

 紅夏女は、迸る悲鳴をあげ続けた。

 

「いってもいいのだぞ、紅夏女。貂蝉が死んでよければな」

 

 鹿力が冷たく言い放つ。

 紅夏女は叫びながら、懸命に身体を昇ってくる快感に抵抗し続けた。

 だが、抵抗などできない。

 貂蝉の舌が紅夏女の肉芽を舐めあげる。

 舐めさげられる。

 優しく吸われ、そして、舌で剥かれた皮の内側に舌が伸びる。

 紅夏女は、大きな嬌声をあげていた。

 

「いくなよ。この貂蝉が死ぬぞ」

 

 鹿力が大きな声で言う。

 それで我に返らされる。

 紅夏女は、首を仰け反らせて、手摺に拘束された手に力を入れた。

 

 そして、叫んだ。

 力の限り叫んだ。

 

 拘束された足をばたつかせる。

 首を振る。

 できることはなんでもやる。

 注ぎ込まれる快感を少しでも忘れるために――。

 

 だが、あがってくる。

 抵抗のできないものが容赦なく、紅夏女を追いつめていく……。

 

 いく……。

 絶頂してしまう……。

 紅夏女は必死に歯を食いしばる。

 

「さて、外にいる宝玄仙と、お前……。どっちが先に毀れるのかな。死ぬのはふたりのうちにひとりだ。どちらかが毀れるまで、責め苦は続くぞ」

 

 鹿力が冷たく言った。

 紅夏女の歯がぎりぎりとなる。

 耐えに耐えている。

 もう一気に崩壊しそうだ。

 快感に全身が突きあげられる。

 貂蝉の舌が紅夏女の股間を淫らに動く。

 紅夏女は全身を弓なりにして、がくがくと身体を震わせた。



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130 ふたなり間引き競争の開始

「ふ、ふざけるな。足、どかしてよ――」

 

 七星(ななほし)は泣き叫んだ。

 胡坐に組まされた股間の上に、金楊凛(きんようりん)の足が乗っている。

 しかも、素足ではない。

 履物をはいている。

 その足で、七星の股間に生やされた男根を踏みにじっているのだ。

 どこに行っていたか知らないが、この冷酷な女調教師を演じている金楊凛は、今日は珍しく朝からいなかったのだが、たったいま戻って来て、虎力がやっていた七星へのいたぶりに加わってきた。

 その途端に、この仕打ちだ。

 

「んぐうううっ、ぐううっ」

 

 金楊凛同様に、どこかに行っていた孫空女も、やっと七星の隣に戻って来て、一緒にこの仕打ちを受け始め、いまは隣で脂汗をかいて呻き声をあげている。

 孫空女もまた、金楊凛により、生やされた男根の幹を踏みにじられている。

 

 もちろん、男根は本物ではない。ここに来て二日目に孫空女と並んで法術で生やされたものだ。

 だが、本来自分のものではない器官ではあっても、踏まれれば激痛はあるし、性感もある。

しかも、ご丁寧に睾丸まであるのだ。

 もっとも、その睾丸は例の「手」の淫具によって隠れているから、いつも曝け出せられて股間からぶらさがっているのは肉棒の方だ。

 

 七星は、孫空女とともに、床の上に胡坐姿勢で法術により拘束されている。

 両手は背中からくっついて離れない。

 今日も朝から男根ばかり責められていた。

 なんで、そんなものを生やされたのか意味不明だが、虎力の気紛れによるものだとしか言いようもない。

 だが、七星も孫空女も、男のように気性が荒いので、男の性器を生やして、その「男」の部分を鍛えるのだそうだ、

 こうやって、踏まれるのも男を鍛えるためらしいが、痛いものは痛い。

 

「踏まれるのが嫌なら、小さくしなさい。なに、踏まれて大きくしているのよ。勃起するのも、小さくするのも自由自在でないと。ほら、小さくするのよ」

 

 金楊凛の足が七星の男根をぐりぐりと草履の裏で踏みにじる。

 

「ひぎいいっ」

「いたいいっ」

 

 七星も孫空女も絶叫した。

 これだけの激痛だというのに、小さくなるどころか、この男根はますます怒張を大きくしたような気がする。

 ふと見ると、隣の孫空女の男根も大きいままだから、こういうものなのだろう。七星だけが変なわけじゃないと思う。

 それにしても、一体全体、男の性器というものはどういう機能になっているのか。

 

 それだけじゃない。

 踏まれて痛いというのに、なんだか尿の塊りのようなものが先に集中していく気がする。

 もしかしたら、尿じゃなくて、これが男の精だろうか。

 そんなことを教えられた気がする。

 

「あら、七星。欲情しているの? だけど、性液を出してわたしの足を汚したら承知しないわよ。ほら、我慢、我慢」

 

 金楊凛が、七星の男根の先を履物の裏で転がした。

 七星は悲鳴をあげた。

 

「孫空女――。孫空女に集中してやってよ。順番だよ、順番――。こいつ、さっき、どっかに行って休んでたんだよお――」

 

 七星は叫んだ。

 

「ひ、人を売るな、七星──。んぐううううっ」

 

 向かい側の孫空女が七星に叫んだ。

 どこかに行っていた孫空女は、再び、この部屋に戻ってくると、七星と同じように胡坐姿で動けなくされて七星に向かい合うように床に座っている。

 そして、さらに戻ってきた金楊凛が、向かい合う七星と孫空女の男根に脚を拡げて、それぞれの片足ずつを乗せているのだ。

 金楊凛の頭の上には、部屋の壁から壁に渡されている横棒があり、金楊凛はそれに両手を掴まらせて、両脚をふたりの股間に乗せている。

 一方で、虎力は、部屋の奥の椅子に腰かけ、一番奴隷の金楊凛が、三番奴隷の孫空女と二番奴隷の七星を責めるのを愉しそうに眺めている。

 

「そうなの? じゃあ、次はお前だけを責めてあげるわ、孫空女」

 

 金楊凛がやっと肉棒から足をどけて孫空女に向かった。

 七星はほっとした。

 

「い、いったあああ――」

 

 金楊凛によって、両脚で交互に踏まれだした孫空女が泣き叫びだした。

 孫空女には、悪いが四六時中責められるこの牢城の生活における束の間の休息の時間だ。

 いま、男根を責める間は、身体中の「女」の部分に装着している淫具は休んでいる。

 束の間でもいい。

 休むことができるのは嬉しい。

 しかし、その代わり、孫空女は顔を仰け反らせて、痛みに耐えている。

 この金楊凛という女は、同じ奴隷だというのに、本当に容赦がなく、しかも、えげつない。

 

「ほら、大きくするんじゃないわ。小さくしろといっているのよ、孫空女」

 

 金楊凛が言っている。

 孫空女が苦痛に歪んだ顔で真っ赤になっている。

 それにしても、こうやって、客観的に見ていると、金楊凛は、ただ痛がらせるように踏んでいるだけではなく、微妙に踏む場所を変化させたり、踏み方を変えたりして、わざと快感を与えるようにしているみたいだ。

 七星も娼婦の経験があるからわかるのだ。

 どこをどういうふうに刺激を与えると、男が気持ちよくなるかは、ある程度は知っている。

 だから、金楊凛が刺激を与えるように男根を踏んでいるのがよくわかった。

 それなのに、小さくしろと命令するのは、やっぱりこいつはえげつない。

 苦痛に歪む孫空女の視線を七星の視線がぶつかった。

 

「なんだよ、孫空女。文句でもあるのかい?」

 

 金楊凛越しに睨みつける孫空女に、七星は言い返した。

 

「な、なんにもないよ――。ひぎいいぃい」

 

 孫空女が絶叫した。

 

「孫空女、痛いかい?」

 

 金楊凛が愉しそうに言った。

 

「痛いよう。もうやめておくれよ、金楊凛──」

 

「そうだねえ、やめて欲しければ、七星を侮辱しな。それが気に入ったら、責める相手を七星に変えてやるよ」

 

 そして、孫空女の男根から足を降ろすと、横の卓の上からなにかを取った。

 七星と孫空女が、座っている床のそばには、小さな台が置いてある。

 床に胡座で座っている七星には見えないが、その上には、七星と孫空女をいたぶるさまざまな道具が置いてある気配がある。

 金楊凛が取って戻ってきたのは、細く小さい金属の棒だ。

 身体を屈めると、金楊凛がそれを孫空女の勃起している男根の先に挿した。

 

「あがあああああ」

 

 孫空女が絶叫した。

 

「な、なにされたのさ、孫空女?」

 

 七星は叫んだ。

 

「心配いらないよ、七星。すぐお前にも取り付けてやるから」

 

 そう言うと金楊凛は、台の上から小さな鈴を取り出して、音を鳴らした。

 

「ひぎゃああぁぁぁぁ――」

 

 孫空女は、もの凄い声で絶叫している。

 暴れ回ろうとしているようだが、法術に固定された胡坐は動かない。

 激しい腰の振りで、細い金属棒の突き出た男根が激しく左右に振られる。

 とにかく、孫空女の悲鳴は普通じゃない。七星は驚いた。

 

「ほら、孫空女、七星を侮辱しな。そしたら、電撃をとめてやるよ」

 

 金楊凛の持つ鈴は鳴り続ける。

 孫空女は、ひたすら吠えながら限界まで身体を仰け反らせている。

 だが、侮辱するどころかじゃない。

 孫空女の口から出るのは、発狂したような悲鳴だけだ。

 

 そして、金楊凛のその言葉で、孫空女の男根に挿入されたのが霊具であり、あの鈴を振ると、肉棒に刺された金属棒から電撃が注がれるのだと悟った。

 七星は恐怖した。

 鈴の音が止まった。孫空女は全身を脱力させた。

 すでに孫空女の全身は、流れた脂汗でびっしょりだ。

 

「あ、あいつは娼婦だよう――。か、金のために男に身体を抱かせるんだああ。汚れた女だあ――」

 

 孫空女は大きな声で叫んだ。

 

「な、なんだとう、孫空女。あたいがあたいの身体売ってなにが悪いのさ。なんで汚れた女なのよ? ふざけるなよ」

 

 七星は孫空女に吠えた。

 しかし、その視線を金楊凛が塞いだ。

 手にあの細い釘のような金属棒を持っている。

 

「お前の番だよ、七星」

 

「ひいっ――、や、やだ。やだ、やだ、やだ、やだあ――」

 

 七星は逃げようとした。

 だが、それは無理だった。

 金楊凛の左手が勃起した七星の肉棒をぎゅっと握る。

 

「五つかぞえるよ。その間に小さくしてごらん。小さくなれば、挿せないから電撃責めから逃れられるよ」

 

「うわあ、待って、待って──」

 

「ひとつ……」

 

 金楊凛が肉棒を掴んだまま言う。

 

「す、すぐに小さくするよ。ま、待って――」

 

 しかし、どうやったら鎮まるのか……。

 男の性器の仕組みがよくわからない。

 いったい、男はどうやって、感じないときに大きくしたり小さくしたりするのだろう。

 

「二つ……」

 

 金楊凛が肉棒をしごく。

 小さくなるどころか逞しさが増える。

 

「三つ……」

 

 小さくなれ、小さくなれ……。

 くそっ――。

 だが、考えると逆に大きくなる。

 畜生、あんまり擦るんじゃない、この糞女──。

 金楊凛の持つ金属棒が、七星の男根の先端に密着した。

 七星は悲鳴をあげた。

 

「それっ」

 

 金楊凛がぐいと七星の股間に生えている金属棒を挿した。

 生やされた男根には、先端が割れているような亀裂があり、そこに無造作に金属棒を差し込んだのだ。

 脳天を貫くような激しい激痛が走る。

 

 それにしても、まだ数字は“三”だった。

 予想をしていなかった激痛に、七星は痛みに対処することができなかった。

 

「がああぁぁぁ――。い、五つって……」

 

 まだ、数字は途中だったのに……。

 

「そうだったかしら。いくわよ、七星。止めてもらいたければ、お前も孫空女を侮辱するのよ」

 

 鈴が鳴る。

 

「んぎゃああああ──」

 

 それとともに、肉棒の中を味わったことのない激痛が貫く。

 それが全身に回る。

 息ができない。

 これが電撃というものか――。

 

「ひがあああ、あがあああああ、んぎゃああああ」

 

 七星は叫んでいた。

 痛みなのかなんなのか、わからない。

 とにかく、ものすごい衝撃が肉棒から注がれる。

 

 とめて――。

 電撃をとめて――。

 そう叫ぼうとするのだが、言葉にならない悲鳴しか口から出てこない。

 

 七星は、不意に全身を叩かれたような気がした。

 鈴の音が止まっている。あの激痛から解放されたのだと気づいた。

 なんだったのだ、いまのは……。

 七星は戦慄した。あんな苦しみはもう味わいたくない。

 

「ほっとしている暇はないわよ、七星。なにも喋ることがないなら、もう一度ね」

 

 金楊凛が、すっと鈴を七星の前に出した。

 七星は恐怖した。

 

「そ、孫空女は、お、女が好きだ。さっきも宝玄仙の尻をほじって来いと言われて、恍惚とした顔で戻って来たよう――」

 

 咄嗟に叫ぶ。

 

「……それが侮辱?」

 

 金楊凛が鈴を鳴らし始めた。

 

「ぎゃああああ、うがああああ」

 

 ちりんちりんとした音は、すぐに七星の絶叫でかき消される。

 孫空女がなにかを言い返している。

 しかし、もう、それは七星には聞こえない。

 電撃が肉棒を流れ続ける。

 眼の前が真っ白になる。

 死ぬ――。

 死んでしまう――。

 しかし、不意に電撃がやんだ。

 七星は、胡坐の身体をぐったりとうな垂らせた。

 

「七星、孫空女を侮辱するのよ。いつまでも、お前の番が続くわよ……」

 

 金楊凛が愉しそうに言う。

 くそうっ……。

 いつか同じ目に遭わせてやる……。

 そう思った。

 

 いずれにしても孫空女のことなんか知らない。

 この間、会ったばかりの女だ。

 一緒になって男性器を股間に生やされて、いつも一緒に拷問を受けている。

 性格は単純だが、主人思いのいい奴だ。

 腕っぷしも凄い。

 七星は、百名くらいの城郭兵に抵抗する気もなく屈服したが、こいつなら本当に百名程度なら簡単にあしらうのかもしれない。

 最初に城郭の軍営の牢で会ったとき、孫空女は手足を鎖で拘束された姿で、十数名の法兵相手に激しい戦闘をやってみせた。

 あれだけ強いのに驕ることはないし、宝玄仙というあの女に心の底からの忠誠心を示している。

 侮辱の材料など、思いつかない。

 

「時間切れだよ」

 

 金楊凛の声がした。

 我に返った。

 慌てて口を開こうとしたが、鈴の音が鳴り始めた。

 

「はがああああああ――」

 

 始まった男根に対する電撃責めに七星は吠えた。

 電撃の激痛が全身を貫く。

 七星は動かない身体を精一杯揺すって、男根の先から突き刺された金属棒を外そうとした。

 しかし、外れるわけもなく、むしろ、男根はこれ以上ないというくらいに逞しさを得て、金属棒をしっかりと咥えている。

 

 電撃がとまった。

 七星は肩で息をしていた。

 

「ほら、孫空女を侮辱するのよ、七星。いつまでもお前の番よ」

 

 金楊凛が愉しそうに言った。

 そうやって人間関係を壊すのも責めのひとつなのだろう。

 いずれにしても、これ以上、あの電撃をもらいたくない。

 

「そ、孫空女は、尻が弱い……。こ、この電撃を尻に加えれば泣き叫ぶ……」

 

 七星は、激しく息をしながら言った。

 侮辱の言葉じゃないが、これなら金楊凛は気に入るだろう。

 案の定、七星の言葉に金楊凛が爆笑した。

 

「面白いわあ。いかがでしょう、虎力(こりき)様。孫空女の尻に『電撃芯』を挿すというのは?」

 

 金楊凛が、離れて座っている虎力に顔を向けた。

 

「よかろう。男根用の『電撃芯』を肛門用に変えてやろう」

 

 虎力が法術を動かした気配がした。

 卓上の責め具のひとつが、孫空女の尻に差すような大きさと太さに変わったのだろう。

 金楊凛が卓から新しい道具を取って、孫空女に向かった。

 今度は男根に刺されたような細長いものじゃなく、すりこぎのように太い金属棒を手に持っている。

 

「な、七星、て、てめえはあ――」

 

 孫空女がこっちに向かって喚いている。

 

「ごめんね、孫空女。だけど、あんたにもわかるだろう? この電撃から逃れるためなら、あたいはなんでもする気分だよ……」

 

「こ、この売女――」

 

「同じ侮辱の言葉はなしでいこうや、孫空女。それは、さっき使ったろう」

 

 七星は悪びれる気もなく言った。

 孫空女は、怖い顔でこっちを睨んでいる。

 その孫空女の肩を掴んで、金楊凛が胡坐姿勢の孫空女の身体を前に倒した。

 顔が床につき、孫空女の羞恥の源泉が金属棒を持つ金楊凛の前に曝け出されている。

 孫空女は金属棒を逃れようと、こっちに向かって、その姿勢のまま這い進んできた。

 その身体を金楊凛が抑える。

 

「動かないのよ、孫空女」

 

 金楊凛が孫空女の肛門に金属棒を挿しこんでいく。

 なにか潤滑油でも塗っているのか、それほどの抵抗もなく、金属棒は孫空女の肛門に埋まったようだ。

 そぐに孫空女の身体は、元の姿勢に戻される。

 孫空女の顔が苦痛に歪んでいる。その表情には、恐怖の色が走っている。

 

「いくわよ、孫空女」

 

 金楊凛が孫空女に鈴をかざした。

 孫空女がなにかを言おうとした。

 だが、金楊凛は、容赦なく鈴を振りはじめる。

 

「んぎいいいい」

 

 孫空女が発狂したような奇声をあげる。 

 そして、全身が真っ赤になってどんどん脂汗が流れ出している。

 しばらくしてから、鈴がとまる。

 

「こ、この七星は娼婦だあ――」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「それはさっき言ったでしょう。ほかのこと言いなさい」

 

 金楊凛にそう言われている。

 

「あぎゃあああ」

 

 そして、電撃責め――。

 孫空女がまた絶叫した。

 しばらく、そうやって孫空女をいたぶり、また、鈴をとめた。

 孫空女は、もう顔を上にあげていない。

 全身を脱力させている。

 金楊凛は、孫空女の言葉を待つ態勢だ。

 

「な、七星は……七星は……な、七星は……、ええっと……」

 

 孫空女も七星の侮辱の言葉など出てこないのだろう。七星は、いつまでも、ああやって悩み続けてくれるのを祈った。

 やっぱりなにも出て来ず、孫空女は再び男根と肛門同時の電撃責めを受け始めた。

 

「があああ、あがあああ、ぎがあああ」

 

 孫空女の上半身が仰け反る。

 彼女の絶叫が部屋に響き渡る。

 そして、鈴の音がとまり、また、孫空女が脱力する。

 

「ほら、七星の悪口を言いなさい、孫空女……」

 

「な、七星は、海に面した都市の出身で……」

 

 孫空女は呟くように言った。

 

「それが、なんで侮辱の言葉のなのよ、孫空女?」

 

 金楊凛が呆れた声を出した。

 

「……じゃ、じゃあ、頬に傷」

 

「いま少しね。もう少し、尊厳を傷つけるようなことを言いなさい」

 

 金楊凛が、また鈴を孫空女の眼の前に出した。

 孫空女がその気配に顔をあげ、そして、その顔がひきつった。

 

「せ、背は、あ、あたしより低い──。か、髪が青……」

 

「侮辱しろって言っているのよ、わたしは。七星の外観の説明訊いているんじゃないのよ」

 

 まったくだと七星も思った。

 七星だったら、電撃を逃れるために、機転の利いたことを言うだろう。

 おそらく、孫空女も、もう自分でもなにを喋っているのかよくわからないに違いない。

 七星は、孫空女の悪口をもうひとつ頭に刻んだ。

 

 こいつは頭が悪い――と……。

 

 金楊凛の孫空女に対する電撃責めが再開した。

 

「ぐあああああっ、もう、やべでええええ、ぎゃああああ」

 

 孫空女が絶叫した。

 そして、金楊凛が鈴をとめる。

 孫空女が糸の切れた操り人形のようにがっくりとなる。

 

「七星……七星は……七星は……」

 

 激しい息をしながら、孫空女が呻くように言っている。

 だが、やっぱり悪口を思いつかないのだろう。

 続く言葉が出てこない……。

 本当に心が真っ直ぐで、いい奴なんだろうなと七星は思った。

 結局、孫空女は、電撃責めをまた喰らうことになった。

 

「もういいわ。次は、七星よ。孫空女ばかり責めても面白くないから。休んでいる間に、考えておくのよ、孫空女」

 

 うわあ、こっちに来た――。

 七星は心の中で叫んだ。

 金楊凛が卓に手を伸ばす。

 そして、七星の前に立つ。

 手にさっき孫空女の肛門に挿したものと同じものを持っている。

 七星は愕然とした

 

「ひいいっ――。孫空女は、つ、強いだけで、頭が悪い……能無しだああ──」

 

 七星は喚いた。

 

「なかなか、いいわね。じゃあ、この一回で終わりにしてあげるわ」

 

 金楊凛が、七星の両肩に手を置き、前に倒す。

 

「いやあぁぁああ――」

 

 七星は叫んだ。

 お尻に張りついている「手」の淫具が指を肛門から出し、動き始めた。

 金楊凛が手に持っている金属棒のために、七星の肛門を解放する。

 そこに、背後に回った金楊凛が、金属棒を無防備の肛門にあてがった。

 ひんやりとした感触が肛門から伝わる。

 七星は身体を竦ませた。

 やっぱりなにかを塗っている。するすると金属棒が吸い込まれているのがわかった。

 異物を挿入された七星の肛門を再び「手」が蓋をする。

 七星の身体が戻されて、胡坐座りの姿勢に直った。

 

「そ、それだけは嫌あ――。ほかはなんでもするう――」

 

 七星は叫んだ。

 でも、金楊凛はにこにこと微笑むだけだ。

 

「ひぎいいい、ぶぎいいい」

 

 男根と肛門から電撃が流れ出した。

 さっきとは桁違いの激痛が走る。

 なにも考えられない。ただ叫ぶだけだ。

 痛みが全身を貫き続ける。

 もういい――。やめて。

 まだ、終わらない。

 

「やべでええええ、もういやあああ、んぎいいいい」

 

 七星は声をあげた。

 内臓まで焼けるような痛み――。

 視界が消える。

 

 やっと、電撃が止まる。

 もう、なにも考えられない。

 眼を開けると、なにもかもぼんやりとしている。

 頭に霞がかかったようにはっきりとしない。

 

「金楊凛、もういい。男根から『電撃芯』を抜いてやれ。そろそろ、間引き判定試練を始めるぞ」

 

 間引き判定試練とはなんだろう。

 七星は、ここにきたときにやらされたことを思い出した。

 外で全裸になり、肛門を拡げさせられて、その姿勢のまま、立小便と放屁をさせられた。

 そして、浣腸の我慢比べをし、膣に張形を入れて膣で絞らされた。

 その間に七人の女のうちのふたりが殺されて、その場で穴に埋められた。

 

 七星のそそり勃った男根の先から金属棒が抜かれる。

 それと同時に溜まっていたなにかが込みあげ、耐える暇なく白濁液が先から飛び出した。

 

「ああっ……」

 

 七星は、思わず声をあげた。

 

「汚いわねえ。舌で掃除しなさい」

 

 金楊凛が言って、孫空女の方に向かった。

 身体が自由になっている……。

 七星は、身体を起こすと、さっき七星の男根から飛び出した白濁液を舌ですくった。

 なんとか舐めあげて顔をあげると、同じように孫空女も床を舌で舐めている。

 視線が合った。

 なんとなく、七星は眼を逸らせた。

 

「……よし、こっちに来て、立て」

 

 虎力が言った。

 孫空女とともに、虎力の前で直立不動の姿勢になる。

 虎力が腰掛ける椅子のすぐ前だ。

 命令された姿勢で立つと同時に、術がかけられたのがわかった。身体が動かなくなった。

 股間に張りついていた「手」が動き出した。

 軽く萎えていた肉茎をしごき始めた。

 

「ああっ……」

 

 七星は声を洩らした。

 たちまちに快感がせりあがる。

 肉棒が逞しさを取戻し、天井に向かってそそり勃っていく。

 横で同じように孫空女も喘いでいる。

 孫空女の股間の「手」も孫空女の股間の肉棒をしごいている。

 

「どんな気分だ? そんなものを生やされて、毎日のように弄られて調教されるのは?」

 

 虎力が言った。

 なにも答えなかった。

 「手」が肉棒をしごき続ける。

 快感を絞り出させようとしている。

 尻に激痛が走った。

 背後から金楊凛が、鞭のようなもので七星の尻を打ったのだとわかった。

 

「虎力様が質問しているのよ。答えなさい」

 

 金楊凛が声をあげた。

 

「さ、最低だよ……」

 

 孫空女が甘い息をしながら言った。

 「手」に翻弄されて、切羽詰ってきているのだ。

 それは七星も同じだ。

 もう先端からなにかが出そうだ。

 

「お、同じ」

 

 七星は言った。

 

「では、これから、なにをするかを説明する。いまから、お前らに幾つかの試練を与える。その試練の結果により、どちらかを間引きして丙種に落とす。よいな──」

 

「へ、丙種……?」

 

 七星は呟いた。

 

「間引き?」

 

 孫空女も唖然としている。

 丙種というのは、食料用の奴隷、あるいは、実験奴隷のはずだ。

 つまり、屠殺されるか、言語を絶する人体改造を受けて死ぬということだ。七星と孫空女のどちらかひとりが間引きされて、処分される。

 虎力はそういうことを言ったのだ。

 七星は愕然とした。

 

「そうだ。負けた方が丙種になる……。そのために、いくつかの試練で見極める。最初の勝負は、お前たちに与えたその男根で、できるだけ長く射精を堪えることだ。与えてやった男根を制御するのだ。勝負は五番勝負。一番目の試練は、先に三回目の射精をした方を敗者とする」

 

 虎力は言った。

 「手」は、一定の速度でしごき続ける。

 生き残りたければ、孫空女よりも長く我慢し続けろということだ。

 

「ひっ」

 

 七星は焦った。

 どんどん快感が込みあがってくる。

 

「あっ、ああっ、あああ……」

 

 ふと見ると、隣の孫空女も全身を真っ赤にさせて、「手」により男根への愛撫に耐えている。

 七星は握り拳に力を入れ、射精を我慢するために、歯を食いしばった。



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131 終わりなき輪姦

 新しい男の男根を肛門に受け入れた瞬間、すぐに絶頂が訪れた。

 

「ああっ……、だ、だめええっ――」

 

 宝玄仙はひと声あげると、あっという間にお尻で昇天した。

 それでも、その男は肛門を突き続ける。

 前の部分には、別の男の肉棒に跨らせられている。上下に身体を動かされ、こっちでもまた絶頂させられそうだ。

 宝玄仙は、床に寝ている男に下から膣を貫かれ、背後から肛門に男根を受けていてた。

 

 身体に装着されていた淫具は外されていたが、その代わり、宝玄仙を取り囲んだ大勢の法兵たちに全身を愛撫されている。

 股間の肉芽には、いつの間に誰が貼ったのか、ご丁寧にも『振動片』が包んで激しく動いている。

 乳房には、それぞれにふたりずつくらいの人間が、宝玄仙の胸を揉み砕いている。

 

 もう数十回は絶頂しているだろう。

 本当ならとっくの昔に気を失ってもいい。

 だが、それができない。

 意識がなくなったと思っても、次の瞬間には覚醒している。

 そして、永遠に続くかと思うような輪姦の地獄に引き戻される。

 

 それにしても、身体の反応もおかしい。

 これほど感じるわけがない。

 ほんの少し触られただけで、異常な反応を示してしまう。

 

 それで、この人数――。

 この智淵城(ちふちじょう)にいる法兵のほぼ全員がいるんじゃないだろうか。

 それを全員満足させられまで、宝玄仙のこの地獄は続くのか……。

 毀れてしまう──。

 あまりの快感の強制的な突きあげに、宝玄仙に恐怖が走る・

 

「い、いくぞ、ううっ」

 

 下の男だ。

 子宮に勢いよく男の精が注ぎ込まれたのがわかった。

 

「あはああっ」

 

 宝玄仙もまた大きな快楽の波に襲われた。

 上下の男たちを突き飛ばすほどに痙攣する。

 

「あああああっ――」

 

 もうなにもわからない。

 ただ、叫ぶだけだ。

 上体を仰け反らせた。

 さらに快感が込みあがり、激しい絶頂が襲いかかる。

 

「いぐうううっ」

 

 そして、達する。

 宙に浮かびあがる。

 なにも考えられない。

 いや、本当に持ちあげられている。

 身体の下の男が別の男と交替するために、背後の男が宝玄仙を持ち上げているのだ。

 

 下に裸身の男が滑り込んだのがわかった。

 もう、何十発という精を受け入れた女陰に、新しい男根が埋まっていく。

 身体が新しい男の上に置かれた。

 背後の男が宝玄仙の腰を持ち上げて激しく突きまわしてくる。

 宝玄仙はもう自分でも意味のわからない言葉を叫んでいた。

 そして、また、いく。

 

「も、もう……」

 

 宝玄仙の身体はもう限界を遥かに超えていた。

 許しを乞おうとした。

 

 ほんの少しでもいい。

 たった少しでいいから休ませて――。

 息を整えるだけの時間だけでもいい。

 

 しかし、その口に、また、別の男が男根を入れてきた。

 奉仕ではない。宝玄仙の口を性器のように使って犯しているのだ。

 下の男が、全身を使って激しく宝玄仙を突き上げてくる。

 身体ががくがくと震える激しい突きだ。

 

「んんんんっ」

 

 宝玄仙は、涙を流しながら立て続けに絶頂する。

 口の中に精が迸る。

 

「げほっ、がはっ、えほっ……」

 

 口が解放されたことで、やっと満足な呼吸ができる。

 

「んぐうっ」

 

 しかし、その宝玄仙の口をまた新しい男根があっという間に塞ぐ。

 そうやっているうちに、前後の穴を律動されて、またもや快感が込みあがる。

 

「んああっ、んんんっ、んんんんっ」

 

 またもや絶頂に襲われた。

 もう身体がおかしくなっている。

 手足がばらばらになりそうだ。

 狂おしい愉悦の繰り返しに、宝玄仙は悶え苦しんだ。

 

「おおおっ」

 

 肛門を犯していた男が精を放って離れた。

 

「んふうっ」

 

 一方でがくがくと宝玄仙は身体を震わせてしまった。

 お尻の穴から男根を抜かれた衝撃で軽く達したのだ。 

 

「次は俺だ」

 

 すぐに次の男の男根がそこを埋める。

 

「んはああ」

 

 お尻の穴を抉られて、さらに宝玄仙は達した。

 いき癖のついた身体は際限を知らなくなっている。

 

 絶頂と絶頂の感覚が短い。

 このままでは、本当に死ぬ……。

 

 下の男の精の発射とともに突きあがった身体がまた絶頂した。

 宝玄仙の意識は飛んだ。

 

 だが、すぐに覚醒する。

 下の男が離れた隙に、宝玄仙は後ろの男と前の男を払いのけて床に転がった。

 

 這いつくばる。

 逃げようと思った。

 

 だが、全身は脱力している。

 宝玄仙は、腹這いのまま身体を前に出す。

 

「逃げられると思うのか、奴隷?」

 

「まだ、半分も終わっていないぞ」

 

「ひと回りしたら二回目だ」

 

「ひと回りしているうちに休めるから、これだけいれば、数日は続けられるな」

 

「鹿力様からは、犯し毀していいと言われている」

 

「そう言えば、この間の奴隷は、半日で壊れたな」

 

「こいつは、もう少し長持ちして欲しいな」

 

 周りの男が口々にそんなことを言いながら、愉快そうに宝玄仙を再び囲んでしまう。

 だめだ……。

 とても逃げられない。

 

 宝玄仙は、仰向けになり股を拡げた。

 

 せめて、ひとりずつだ――。

 同時に三人とかじゃなければ、なんとか制御もできると思う。

 しかし、何十本という男根が、宝玄仙の視界を取り囲む。

 

「あ……ああ……、あああ……」

 

 だが、口を開こうとするが、身体が言うことをきかない。

 

「ひとりずつ味わいたいと言っているんじゃないか?」

 

 宝玄仙の覆いかぶさろうとしていた男が言った。

 宝玄仙は激しく首を縦に振る。

 

「よかろう」

 

 ひとりの男のものが宝玄仙の女陰に入ってくる。

 雁高の亀頭で内襞の粘膜が抉られる。

 

「ひいいぃぃん――」

 

 宝玄仙は、またいっていしまった。

 そして、さらに強く女陰の奥を擦られ、乱打される。

 肉襞を抉り、粘膜を擦る。

 

「う……おおっ……んぐうう……あがああああ――」

 

 またいく。なんでこんなにも連続でいくのだろう。

 もう、いきっぱなしの状態だ。全身の痙攣がとまらない。

 

 助けて――。

 誰か――。

 

「ほうほう、そんなにしがみついてよう……。それほど、いいかい、俺の一物は?」

 

 上の男が宝玄仙を突きながら言った。

 宝玄仙は、自分の手が、上の男の腰に回してまるで離すまいとでもするように抱きしめていることに気がついた。

 もう、どうでもいい――。

 宝玄仙は、男を掴んだまま男の精を受け入れた。

 熱いものを子宮が感じた。

 

「交替だ……」

 

 男が離れていく。

 宝玄仙は次の男に腕を伸ばす。

 なにかを掴みたい。それだけだ……。

 

「俺は後ろにするぜ」

 

 しかし、宝玄仙は、くるりと反転させられ、腰を持ちあげられた。

 嫌だ──。

 そこはもういい。

 

 だが、宝玄仙には、もう抵抗する力は残っていない。

 そこも十人を越える男の精を受けている。

 なんの抵抗もなく受け入れてしまう。

 入れられた途端、やっぱり、女陰とは比べものにならない愉悦の嵐が宝玄仙を襲う。

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 叫びながら双臀を激しく震わせた。

 激しくいった。

 

 宝玄仙の身体は、支える力を完全に失って床に突っ伏した。

 その身体が後ろに引っぱられる。もっとも感じる場所に男根を咥えさせられて、絶頂の波が鎮まらないうちに、さらなる高みに昇りつめる。

 

「あああああっ、もういやあああ」

 

 宝玄仙は、床を掻きむしりながら、また絶頂に達した。

 やっぱりおかしい。

 いくらなんでも、この際限のない絶頂地獄は、普通じゃあありえない。

 あのとき、鹿力に法術をかけられたと思うしかない。

 

 感度をあげる法術――。

 気を失わせない法術――。

 いき狂いになる法術――。

 多分、その全部だ。

 

「あううっ、いくいく、いくううっ」

 

 肛門が突きあげられる。

 絶頂により、一度上がった場所から、さらにあがって、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

 理性も外聞も見栄もなにもかも吹き飛ぶ。

 宝玄仙を支えていた高い自尊心も消滅する。

 いまここにあるのは、ただの女――。

 ひとりの弱い女だけだ。

 宝玄仙は声をあげていた。

 

 立て続けに浚われる官能の波に痙攣しながら果て続けた。

 そして、達する。

 ひたすらに、それは連続する。

 

 宝玄仙は泣いていた。

 泣きじゃくった。

 そして、悲鳴をあげ、ひたすら助けを乞うた。

 

「交替だ」

 

 男が離れた。

 

「そろそろ、毀れるな……。じゃあ、また、二本挿しといくか」

 

 宝玄仙の身体は数名の男に軽々と持ちあげられる。

 そして、寝そべった男に跨らせられる。

 宝玄仙は、身体を弓なりにして仰け反らせた。

 挿入された刺激でいきそうになったのだ。その身体を前に倒される。

 

「ほら、舌を出せ」

 

 逆らおうという気力が出てこない。

 宝玄仙は舌を出す。

 その舌が舐めつくされる。

 気持ち悪い。

 だが、なぜか舌を戻すことができない。

 嫌悪でいっぱいでありながら、舌や口が嬲り尽くされるままでいた。

 

「いくぞ」

 

 肛門に肉棒が挿さる。

 閃光のような快感が衝きあがる。

 宝玄仙は泣きながらやってくる悦楽の大波に、全身を震わせて果てた。

 

 もう限界……。

 股間は上下に持ちあがられて、挿入した男根に腰を突き立てられる。

 前後には尻の肉棒――。

 そして、まだ、執拗に口の中が舐め回されている。

 意識が朦朧とする。

 

「気持ちがいいか、奴隷?」

 

「いいっ……。き、気持ちいい……。ま、また、いぐううううっ――」

 

 訊かれるままに答えた。

 自分がなにを言っているかわからない。

 まるで、他人が喋っているようだ。

 

 また、絶頂――。

 立て続けの絶頂に宝玄仙は、もう痙攣がとまらない。

 

「おいおい、こいつ、小便洩らしたぞ」

 

 誰かが叫んだ。

 

「わかっているさ。繋がったまま小便を洩らすほど、よかったんだろう」

 

 宝玄仙は、訳もわからず首を縦に振った。

 その間も絶頂の痙攣が続いている。

 

「そらっ、ちょっとどいてくれ。こいつに小便の掃除をさせなきゃ」

 

 下の男が上の男をどかせて、繋がっていた宝玄仙の身体を男根から抜いた。

 そして、自分の股間に宝玄仙の顔を促した。

 

「お前の小便で、汚れた場所だ。舐めて綺麗にしろ」

 

 寝そべったままその男が言った。

 宝玄仙は、言われるまま汚れた男根に舌を伸ばす。

 

「あっ、狡いぞ、お前」

 

「抜け駆けすんじゃねえよ」

 

 周りで他の男が叫んでいる。

 その意味も宝玄仙はよくわからなくなっていた。

 ただ、綺麗にしろと言われた場所を口で掃除するだけだ。

 

「次は大便垂れるかもしれねえぞ。そのときは、舐めてもらえよ」

 

 寝そべっている男が言った。

 

「冗談言うなよ」

 

 別の男が応じた。

 

「ああ……ひふうっ――」

 

 腰をあげて男の一物とその周りを舐めていた宝玄仙の尻に、また肉棒が突き挿さったのだ。

 びっしょりと体液にまみれた身体が反り返る。

 

「こらっ――。掃除をやめんじゃねえよ」

 

 怒鳴られて慌てて、男根に舌を伸ばす。

 なにもわからない。なんでこんなことをしているのか――。

 また、やってくる。

 肛門の凌辱によって、絶頂がまた襲う。

 

「そんなに尻がいいのか、宝玄仙?」

 

 宝玄仙……。そうだ。自分は宝玄仙……。耐えなければ……。

 だが、一瞬で昇っていく快感に閃光が炸裂する。

 神経の回路が吹っ飛ぶ。

 

「いい、気持ちいい――」

 

 叫んでいた。

 誰が――?

 

 自分の口がそう叫んでいる。

 いや、これは……。

 それで、宝玄仙は、宝玉(ほうぎょく)が表に現れようとしているのかがわかった。

 心配した宝玉が、身体を交替しようとしているのだ。

 

 宝玄仙の中に眠っている宝玄仙の別人格――。

 それが宝玉……。

 

 脳天まで響く衝撃を感じながら、宝玄仙は宝玉を退けた。

 孫空女も耐えているこの牢城の地獄を宝玄仙は、耐えるつもりだ。

 

 そうでなければ、なにがあいつらの主人などと言えるか……。

 耐えきってみせる。

 

 それに、宝玉に身体を渡せば、宝玄仙の意識はなくなる。

 千載一遇の機会がやってきたときに、それを見逃してしまうかもしれない。

 宝玉に任せるわけにはいかないのだ。

 宝玄仙は、男の男根から口を離した。

 

「おう、眼の色が戻ったな、奴隷」

 下の男が言った。

 

「こ、今度、わ、わたしの口の中に、き、汚らしいお前らの一物を入れたら、噛みきるよ――」

 

 宝玄仙は言った。

 一瞬、辺りが鎮まりかえり、そして、どっと沸いた。

 

「まだ毀れてなかったのか……。じゃあ、下の口で咥えてもらおう。けっこう、シブトイじゃねえか」

 

 尻に張りついていた男が宝玄仙の身体が持ちあげる。

 ほかの男も手伝い、男のものを女陰で咥えさせられる。

 

 股間を突きあげられる。

 宝玄仙は、一瞬で襲ってきた快感に、狂おしく身悶えた。

 

 耐えなければ……。

 しかし、それを嘲笑うかのように、切羽詰ったものが宝玄仙を快楽地獄に導く。

 

 

 *

 

 

「な、七星……。あ、あたしは、ご主人様を助けなきゃ……いけないんだ。さ、先にいってくれよ」

 

 孫空女は叫んだ

 そのあいだも、股間の淫具は孫空女の股間に生やされた男根を刺激し続けている。

 もう、三発も射精させられたので、もう少しは耐えられそうだが、そろそろ危ない。

 

「だ、だったら、さっさと、宝玄仙さんを助けてやんなよ……。え、遠慮するなよ、孫空女……。つ、ついでに、この牢城からあたいも救い出して、この馬鹿げた遊びを終わらせておくれ」

 

 七星が言い返した。

 その七星の声も震えている。

 七星も、孫空女と同じように、直立不動で立たされたまま、淫具の「手」により肉棒を刺激され続けているのだ。

 もう、三回も七星が肉棒から白濁液を迸らせるのを見ている。

 あれは、もうすぐいく。

 孫空女にはわかる。

 

 孫空女と七星のどちらかを間引いて丙種に落とすと言われ、それを見極める判定試練をやらされることになった。

 判定試練は、幾つかあるらしいが、最初の勝負は男根を刺激されて、どちらが長く射精を我慢できるかだ。

 五回勝負で三回先に出した方が負けだ。

 

 孫空女と七星が、虎力の前に並んで立たされて、股間に張りついた「手」で男根をしごかれ、できるだけ長く射精しないように耐えるという競争だ。

 これまでは、一勝二敗。

 これに負ければ、射精勝負の孫空女の負けが決まる。

 

「ほら、ほら、頑張るのよう」

 

 一番奴隷の金楊凛が、孫空女と七星のそそりあがった男根の先端の膨らんだ部分に指を這わせる。

 七星と同時に悲鳴をあげた。

 

「そ、そこは駄目えっ」

 

 淫具の「手」と金楊凛の手の同時刺激に、七星が切羽詰った声をあげた。

 やったと思ったが、孫空女にも一気に込みあがったものがやってきた。

 

「ひいっ」

 

 こんなにもあっという間にやって来るものかと驚いたが、考える間もなく、白いものが先端から吹き出ていた。

 少し遅れて、七星が声をあげて白濁液を噴き出させた。

 

「わ、悪いね、孫空女……。いつか、助かることがあったら、あの宝玄仙さんの面倒はあたいが看てやるよ……。あの人、いい人そうだし」

 

 七星が荒い息をしながら、こっちに笑みを向けた。

 

「冗談じゃないよ。いい人なんて思っていたら、ご主人様の本当の姿に接したら、たまげるよ。ご主人様の供は、夜のお相手だってあるんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「へえ……。まあ、別にいいよ。女の客というのは経験がないわけじゃないし、まあ、男とは違う味わいがあるよね」

 

「そんな生優しいものじゃないさ」

 

 孫空女は吐き捨てた。

 こいつも、宝玄仙の洗礼を浴びれば驚くだろう。

 もっとも、ここを脱出しないことには、宝玄仙の洗礼もなにもあったものじゃない。

 とにかく、これで、一敗三勝──。

 我慢勝負かなんだか知らないが、これで孫空女の負けは決まった。

 

「さっきからあんたら、ずっとなにかごしょごしょ喋っているわよねえ。なに喋っているの?」

 

 金楊凛が、そう言いながら、鈴を眼の前にかざした。

 

「も、もうそれはいやっ」

 

 七星が悲鳴をあげる。

 

「金楊凛、もう、終わったじゃないかよう」

 

 孫空女も叫んだ。

 

「なに言ってんのよ、これで終わったら、あんたの負けでしょうが、孫空女。あんたのために、勝負を続けさせようと思っているのに……」

 

 鈴が鳴り始めた。

 肛門に刺された『電撃芯』から電撃が流れ始める。

 肛門から全身に激痛が走る。

 それとともに、精を発して萎えていた男根が元気を取り戻していく。

 さっきから、一度の射精が終わる度に、こうやって無理矢理に男根を勃起させられているのだ。

 あっという間に男根がそそり立つ。

 やっと鈴の音を金楊凛がやめてくれた。

 

「虎力様が、最後の勝負は、興を尽くして欲しいとおっしゃるので、最後の勝負に勝った方は、二勝分にしてあげるわ」

 

 金楊凛が言った。

 

「ふ、ふざけんなよ。だったら、いままでのあたいの勝った分はどうなんのさあ」

 

 七星が喚いた。

 

「勝ちゃあいいじゃない、七星。文句言うとこれよ」

 

 金楊凛が七星の股間の怒張をしごき始める。七星が悶えはじめる。

 

「ほらほら、そのまま、ぎりぎりまであげてあげるわ。お前、少し生意気だしね」

 

「ひゃあああ……ああっ……あっ、あっ――。や、やめ……」

 

 七星は、金楊凛の愛撫を受けてよがっている。

 あまりにもしつこく続けるので、そのまま出させるのかと思った。

 やっと、七星の男根から手を離したときには、すでに七星は息も絶え絶えになっている。

 

「……さあ、始めようか」

 

 金楊凛は言った。

 すでに七星は肩で息をしている。

 

「でも、これじゃあ、不公平すぎるか」

 

 金楊凛は、今度は孫空女の股間に手を伸ばしてきた。

 

「や、やめろよっ」

 

 孫空女は身体を捩じって金楊凛の手を避けようとした。

 だが、法術で拘束された身体の手足はびくともは動かない。

 金楊凛は、孫空女の男根の先を膨らみを指で撫ぜるように擦り続ける。

 強く……、弱く……、そして、強く……。

 何度も繰り返す。

 孫空女は、歯を食いしばった。

 出る……。

 出てしまう……。

 

「ひゃあぁぁぁ――。も、もう、いいよぅ……、あ、あたいは……」

 

 金楊凛は、七星の肉棒にも指を伸ばしたようだ。

 両方の手で、孫空女と七星の男根の先を執拗になぶり続ける。

 

「……気持ちいいでしょう、ふたりとも? だけど、大丈夫よ。男のものはねえ……。先っぽだけでいくことは、ほとんどないのよ。これまでも、随分と甲種奴隷が送られてきたのよ。そして、お前たちみたいに、虎力様から男根を生やされた女もたくさんいたのよ。そういう男女を躾けるのはわたしの役目で、それこそ、何十本もいたぶってあげたから、よくわかっているの。本当は、あっという間に出させることもできるわ。逆に、いつまでもぎりぎりの状態で保たせることもね、ふ、ふ、ふ……」

 

 孫空女は激しく首を振って、沸き起こる快感と戦っていた。

 七星も嬌声をあげ続けている。

 

 熱い……。

 生やされた男根が火でぶられているように熱い。

 くるくると回すように先っぽを刺激される。肉棒が勝手にぴくぴくと痙攣する。

 

「大丈夫よ……。いけないから……。でもいくらでも感度があがるでしょう……? 気持ちいいわよねえ」

 

「くっそう、離せよ、この変態――。気持ち悪いんだよ」

 

 七星が苦しそうに叫んだ。

 

「あ、あたしは気持ちいいっ――、ああっ」

 

 孫空女は正直に応じた。

 

「あっそう。じゃあ、孫空女は勘弁してあげる。七星は、もう少しやってあげるわ」

 

 孫空女は金楊凛の手から解放された。

 金楊凛は、孫空女と七星の両方をなぶっていた手を七星に集中させる態勢を取った。

 

「うわあっ――。き、気持ちいい。気持ちいいです。ひいいっ。も、もう、やめてぇ」

 

 七星が泣き叫んでいる。

 

「じゃあ、これで終わってあげるわ」

 

 金楊凛は、先端だけを愛撫していた手を、七星の肉棒の棹の部分に移動させると、数回前後に移動させた。

 

「あひゃっああ」

 

 七星は、呆気なく白濁液を放出させた。

 七星ががっくりと脱力する。

 

「意地を張ってもいいことないでしょう、七星? さあ、一回いってしまったから、これで二対三。次に負けた者は敗者よ」

 

 金楊凛が鈴を出した。

 ぞっとした。

 肛門に挿入された『電撃芯』から電撃を加えられるのだとわかった。

 孫空女ものはまだ萎えていないが、七星は、たったいま射精させられて萎えている。

 

「んがあっ」

「ひぐううっ」

 

 孫空女と七星は悲鳴をあげていた。

 すぐに電撃はやってきた。

 それとともに、さっきまで金楊凛に刺激を受け続けてきたものが、先端にのぼってくる。

 

「ふふふ……、あんたらが、本物の男だったら、本当は、尻に電撃を加えられても、こんなに連続で射精なんてできやしないんだよ。ましてや、続けざまに五回なんて無理よ。だけど、お前たちは女だからね。女は続けて何度でもできる。それどころか、連続でやればやるほど、身体は敏感になっていきやすくなるのよね。生やしてもらったお前たちの一物は男そのもののだけど、連続した快感に対する反応だけは、女のままなのよ」

 

 鈴が鳴り止んだ。

 電撃から解放されて、孫空女はがっくりとなった。しかし、本当の勝負はこれからなのだ。

 

「さて、一回戦目の最後の勝負だ」

 

 じっと見守ったままだった虎力が声をあげた。

 孫空女は顔をあげて虎力を見た。

 その表情は残忍そのものの顔だ。

 奴隷が苦しみ抜く様子を見て愉しんでいる。

 そんな表情だ。しかも、そこには一片の愛情も感じられない。

 

「……最後は、淫具も金楊凛の手も使わない。それぞれの片腕だけを解放してやる。お互いに相手の男根を擦れ」

 

 虎力が言った。

 孫空女は七星を見た。

 別に恨みがあるわけじゃない。

 できれば、お互いに助かりたい。

 だけど、ここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

「始めなさい」

 

 金楊凛が言った。

 それと同時に、七星側の手が自由になる。

 孫空女は、その手を七星の怒張に伸ばした。

 

 ごめん、七星、あんたのために毎日、お祈りするよ――。

 七星の肉棒を手でしごく。

 

「うっ、ちっ」

 

 七星が舌打ちして、歯を食いしばるようにしながら、手をこっちに伸ばしてきた。

 孫空女は、与えられる肉棒に対する刺激に覚悟する。

 しかし、七星の手は、前ではなく、思い切り手を伸ばして、孫空女の後ろ側に伸びてきた。

 そして、お尻を覆っている淫具ごと、孫空女のお尻を激しく動かし始めた。

 

「うわっ――。ひ、卑怯だよ、七星――。あああっ……ああっ……」

 

 孫空女は、腰を引いてそれを避けようとしたが、自由にならない身体はそれをさせない。

 男根とはいえ、何度もいかされ続けている孫空女の全身は、これ以上ないというくらい燃えあがっている。

 それを無防備で、しかも、最大の性感帯を攻撃されたらたまらない。

 孫空女はあっという間に達してしまい、怒張した男根らからは白濁液が飛び出した。

 

「悪いね、孫空女。あんたのために、毎日、お祈りするよ」

 

 七星が上気した顔を孫空女に向けた。

 

「丙種落ちの間引き試練の五番勝負は、まずは、七星の一勝だな」

 

 虎力が笑った。



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132 寸止め地獄と五番勝負の結末

「わたしを……わたしを丙種にしてください……。間引くのはわたしを……」

 

 うわ言のように、紅夏女(こうなつじょ)は言った。

 股間を貂蝉(ちょうせん)が舐めまわしている。

 それが、紅夏女の肉芽を突きあげている。

 

「くうっ――。ふむうっ――」

 

 あがってくる。

 紅夏女は唇を噛み締める。

 口の中に血の味が拡がる。

 

 あと少し……。

 紅夏女の視線の正面に置かれている砂時計は、もう少しで落ち切る。

 これに耐えれば、貂蝉は……。

 

 しかし、束の間の休息の後、また、貂蝉の舌の攻撃を受けさせるのだ。次は絶対に耐えられない。

 だが、とにかく、いまを耐えなければ次はない。

 紅夏女は叫んだ。

 快楽に耐えるためだ。

 なんでもいいから叫ぶのだ。

 

 貂蝉の舌が離れた。

 

 眼を開ける。

 砂時計の砂は下に落ち切っていた。

 椅子に座る鹿力が、砂時計をひっくり返した。

 今度は、あの砂時計の砂が落ち切るまで休息が許される。

 

「半日も焦らし責めを受け続けて、さらに、たっぷりと媚薬を繰り返し重ね塗りした身体で、どこまで耐えるのかと興味を持っていたが、まさか、五回も耐えるとはな。この十日近くの調教でなかなか、快楽を制御できるようになったようだな」

 

 鹿力が無表情で言った。

 

「お、お願いします……。わ、わたしを丙種にしてください。殺されても構いません……。せ、せめて、貂蝉を……」

 

「そんなにこの娘を助けたいのか? さっきから、お前を苦しめているのはこの娘なのだぞ」

 

 紅夏女は何度も首に振った。

 

「助けたい……。助けたいのです……」

 

 貂蝉を見た。

 その視線は虚ろだ。

 可哀想に……。

 法術で操られているのだろう。

 自分がなにをやらされているかも、どうされようとしているのかわからないのだろう。

 助けてあげたい。

 こんな場所でも、生きていれば救出の望みもあるかもしれない。

 一緒に車遅国(ちゃちこく)に入ってきた三人の巫女のうちのふたりは殺された。

 せめて、この貂蝉だけでも……。

 

「口の中を噛んで、耐えておるのか……」

 

 鹿力が言った。

 はっとした。

 次の瞬間、紅夏女の口は大きく開いた。閉じられなくなる。

 

「ああ……ああ……ああ、あ……ああ……」

 

 紅夏女は、愕然となった。

 口を閉じられなくして、歯を噛みしめることを禁止し、さらに追い詰めようというのだ。

 もうすぐ砂が落ち切る。

 また、貂蝉の舌を肉芽で受けなければならない。

 朝からこの椅子に、手摺に膝をかけた格好で大きく股を拡げて縛られ、曝け出した股間を金楊凛(きんようりん)によって数刻も筆でなぶられ続けた。

 実際にそれをやったのは貂蝉だ。

 紅夏女は、貂蝉を護るために、貂蝉の責めに耐えなければならない。

 

 数刻も続けられた筆責めだが、紅夏女は一度もいかせてもらえなかった。

 十日前の紅夏女だったら、そんな責めには、音をあげはしなかったもしれないが、この智淵城に連れて来られて四六時中四本の「手」に身体を苛まれて、当たり前のように毎日犯され、いき狂うのが当たり前になってからの「焦らし責め」は、紅夏女の精神を崩壊寸前まで追い込んだ。

 

 だが、いかせてもらうためには、この貂蝉を丙種奴隷にしろと金楊凛にお願いしなければならないと言われた。

 紅夏女は耐え続けた。

 

 そうやって、半日責め続け、金楊凛は、ここにいる鹿力(かりき)と責めを交替した。

 鹿力は、それまでの焦らし責めから一転して、貂蝉に紅夏女の股間を舐めさせて、達したら貂蝉を丙種に落とすと条件を変えた。

 限界まで焦らし責めにかけられた身体で、今度は敏感な肉芽に対する愛撫に耐えなければならないのだ。

 

 紅夏女は、目の前が真っ暗になる思いだった。

 そして、どこまでも卑劣なこの男たちを心の底から憎んだ。

 最初からそうやって愉しむつもりで、半日、金楊凛に筆責めにかけさせたのだろう。

 耐える時間は、砂時計の砂が落ち切るまでだ。

 それを耐えたら同じ時間の休息が与えられる。そして、また舌で責められる。

 

 その条件がなければ、あっという間に達していただろう。

 砂時計の砂は、思ったよりも落ち切り時間は速かった。

 おそらく、紅夏女の耐えられる可能性のあるぎりぎりの時間を調整したのだろう。

 

 五回耐えた。

 だが、もう限界だ。

 次は耐えられない。

 しかも、口を閉じるのを禁止されもした。

 

「時間だ」

 

 砂時計が返され、砂が落ち始めた。

 貂蝉の口が紅夏女の勃起した肉芽に触れた。

 

「ああががが――。はががが――」

 

 紅夏女は、大きく開いた口のまま、首を激しく横に振った。

 涎が飛び散る。

 声を出すのは耐えるためだ。

 それにより少しでも官能の暴力を振り払うためだ。

 

「面白い反応をするな、紅夏女」

 

 鹿力が揶揄する。

 貂蝉の舌が執拗に紅夏女の肉芽をしゃぶり続ける。

 

 もう、そこまで来ている。

 紅夏女は吠えた。

 力の限り吠えた。

 少しでも快楽を外へ……。

 

 吹きあがる――。

 熱いものが紅夏女の限界を突破する。

 

 貂蝉を救いたい。

 

 その一点だけで、紅夏女は快感の頂点を押しとどめている。

 

「思ったよりも頑張るな。それに免じて、この一回を耐えたら、術でいかないようにしてやるぞ」

 

 いかないようにする……。

 それがなんのことかわからなかったが、この一回を耐えればいいのだということだけは理解した。

 貂蝉の舌が肉芽を舐め続ける。押し転がされる……。

 

 身体中が痙攣し始めた。

 大きく開いた口から奇声が迸っている。

 気をやる。

 達してしまう。

 

 貂蝉――。

 

 操られて、自分が殺されるための愛撫をさせられている娘……。

 この地獄の牢城でせめて、彼女だけでも救いたい。

 砂はもうすぐなくなる。

 敏感な突起が吸われる。

 撫ぜ回される。

 弾かれる。

 

「もうすぐだな。だが、耐えきってしまうと、お前は後悔することになる」

 

 鹿力が言った。

 その言葉が少し気になった。

 閃光が総身を駆け抜けようとする。

 身体の震えが大きくなる。

 

「終わりだ……」

 

 貂蝉の舌が離れた。

 紅夏女は、全身を脱力させた。

 

 耐えきった――。

 頭にあったのはそれだけだ。

 鹿力が、立ちあがってこっちにやってきた。

 術によって開きっぱなしだった口が閉じた。

 

「次は、この薬を飲ませてやろう。これを飲めば、身体が燃えあがる。少なくとも快楽に対する感度は倍になるだろう」

 

 鹿力の手が一個の丸薬を差し出している。

 それが紅夏女の口の先に突きつけられる。

 恐怖した。

 

 ただでさえ、限界をとっくに超えている身体だ。かろうじて耐えているのは、貂蝉を殺したくないという意思だけだ。

 その紅夏女をこれ以上追い詰めようというのか……。

 

 紅夏女は、首を横に振っていた。

 すると、鹿力が頬に笑みを浮かべた。

 

「……心配ない。これを飲めば、いきたくてもいけなくなる。だが、いけなくなるのはつらいぞ。二度と……、永遠に絶頂できんのだ。いまのお前の身体の火照りが消えることもない。その絶頂寸前のもどかしさが、死ぬまで続くのだ。おそらく、三日ももたんだろう。お前の理性は完全に崩壊する。その代わり、達することで貂蝉を丙種送りにすることは避けられる。なにしろ、いきたくても、いけんのだからな……。どうする?」

 

「飲ましてください」

 

 即答した。

 貂蝉を救えるなら、自分などどうなってもいい。

 鹿力が冷笑した。

 そして、紅夏女の口の中にその丸薬を入れた。

 口の中であっという間に溶ける。

 紅夏女はそれを喉に飲みくだした。

 

「ひいっ」

 

 喉を溶けた薬剤が通り過ぎた途端、紅夏女の身体は一変した。

 身体が燃えあがる。熱いものが全身を駆け巡る。

 

「さて、貂蝉、じゃあ、さっきの続きだ――。紅夏女、条件は同じだ。いけば、貂蝉は丙種奴隷だ」

 

 鹿力が離れていき椅子に座り直す。貂蝉の顔が紅夏女の股間に近づく。ふと見ると、鹿力はもう、砂時計を返そうとはしていない。もう、時間を制限するつもりがないのだろう。

 

 貂蝉の舌が肉芽をひと舐めした。

 

「ひふうううっ」

 

 紅夏女は、総毛を立たせた。

 さっきまでとは大違いだ。

 あっという間に出現した波に紅夏女の裸身は飲まれた。

 下肢が痙攣し、悲鳴をあげて紅夏女は全身を凝固させた。

 

「んはあああ」

 

 瞬時に、達してしまった――。

 一瞬だけ、絶望が走る。

 だが、次の瞬間、それが誤りであることに気がつく。

 別の意味で愕然とする。

 

 達していない……。

 達したと思っただけで、まだ、紅夏女の身体はそこに留まっている。

 

「ああああ、あああああ、ああああ」

 

 紅夏女は悲鳴をあげて震え続けた。

 果てのないような快感は続いている。

 

 いき続ける。

 いや、いっていない……。

 

 肉芽に貂蝉の舌の愛撫を受けて、身体は痙攣して果てている。

 しかし、頭の中は絶頂には達していない。

 絶頂を求めて、ひたすら昇り続けている。

 

「ひぎゃああ――。はがっ――。がはっ――」

 

 紅夏女は吠え続けた。

 首を仰け反らせて絶叫した。

 

 いけない──。

 いきたい──。

 いけないのだ。

 

 紅夏女は、やっとさっき鹿力が言った、“いきたくてもいけない”という意味がわかった。

 熱い欲望に花芯が脈打つ。

 全身が激しい身悶えに捩じられる。絶頂寸前の状態がずっと続いている。

 

 息ができない。死んでしまう。

 いきたい──。

 快楽の嵐が出口を求めて暴れ回っている。

 どこにもいけない官能の暴風が紅夏女の全身を激しく痙攣させる。

 貂蝉の舌が、その快楽の頂点を締め続ける。

 

「ああ、もうやめてええ……。いかせて……。いっそ、いっそ殺してえええ……」

 

 紅夏女は泣き叫んでいた。

 

「貂蝉、やめろ」

 

 すると、鹿力の声がした。

 貂蝉の顔が股間から離れる。

 だが、痺れるような快感の波は去っていかない。

 いつまでも残り続けている。

 連続の絶頂をしているようで、一度も達していない。

 そういう快楽の拷問が紅夏女を襲い続けている。

 

「いきたいか、紅夏女?」

 

 鹿力が言った。

 

 紅夏女は、応じられなかった。いきたい。たった一度の貂蝉の舌の攻撃だけで、心の底から絶頂を欲していた。

 だが、絶頂すれば、貂蝉を丙種奴隷送り……。

 そういう条件を鹿力は突きつけるだろう。

 

「どちらでもいい。いきたければ、さっきの薬の解毒剤を飲ませてやる。気持ちよく絶頂できるぞ。その代わり、いけば貂蝉は死ぬ。丙種奴隷になり、首から上を処分され、胴体だけで生きるただの内臓の入れ物になる。いや、その場合は、処分された首の方が、貂蝉なのかな?」

 

 鹿力は笑った。

 紅夏女は、なにが可笑しいのかわからない。

 まだ、紅夏女の身体は、甘美な官能の槍が貫通したままだ。

 

「そうか。まだ、耐えられるか……。貂蝉、始めろ」

 

 鹿力が貂蝉の名を呼ぶと、貂蝉がまた肉芽を舐めはじめる。

 紅夏女は悲鳴をあげた。

 悲鳴は泣き声だった。

 拘束された身体を限界まで動かしながら、偽物の絶頂を紅夏女は続けた。

 汗にまみれた大股開きの身体がのたうつ。

 舌が怒涛のように紅夏女の肉芽を攻撃する。

 

「いきたいか?」

 

 いつの間にか、そばに来ている鹿力がささやいた。

 紅夏女は首を縦に振っていた。

 

 もう、耐えられない。

 どうでもいい。

 この苦しさから逃れられるなら……。

 

 絶頂――。

 いや、とまる……。

 すぐに突きあげられる……。

 

 だが、またとまる。

 

 そして、すぐに絶頂……。

 ぎりぎりでとまる。

 

 身体は限界を遥かに超えているのに、絶頂だけができない。

 連続でいき続けながら、一度もいけない。

 貂蝉の舌がとまった。

 紅夏女の前に薬が突きつけられる。

 

「これを飲め。いけるぞ。気持ちよくな。一発で昇天できる。貂蝉のことなど忘れてしまえ。それどころか、明日まで休ませてもやるぞ。そうだ。明日は一日、なにもしないでやろう。その身体を横たえて、一日休んでいい……。その代償は、たった一度本物の絶頂を味わうことだ……。貂蝉は丙種になるがな。しかし、こいつはもう意識はない。お前に売られたという記憶はない。あったとしても、もはや、屍体になるだけの女だ」

 

「……ど、どうして……。どうして、こんなことをするのです……?」

 

 紅夏女は震えながら言った。

 まだ、もどかしい快感が股間を暴れている。

 苦しい……。

 いきたい……。

 いかせてくれるなら、なんでもできると思った。

 

「理由か……? 強いて言えば、愉しいからだ。人間が毀れていくのをを眺めるのが好きなのだ。最初の日、お前は自分の命を犠牲にして、この貂蝉を救おうとした。そのお前が、今度は、一時の快楽のために、その貂蝉を売り渡す……。いつかはそうなる。それを見たいのだ……」

 

「ああ……。ひ、卑劣な……」

 

 紅夏女は首を横に振った。

 苦しいのだ。

 こうやっていても苦しい。

 もうほんのちょっとも、寸止め責めを我慢したくない。

 

「実際、虎力(こりき)の兄貴には、お前か宝玄仙(ほうげんせん)のどちらかを丙種送りにするように指示されている。それで手っ取り早く、それぞれに毀れるような試練を与えているというのもある」

 

「ひ、ひとでなし……」

 

 紅夏女はそう言った。

 すると鹿力が薬を紅夏女の口元に突きつけた。

 

「飲め……。その苦しみは終わるぞ。お前と宝玄仙については、毀す方に宝玄仙を選んでやる」

 

 紅夏女は、開きかけた口を懸命に閉じた。

 そして、横を向く。

 

「……そうか」

 

 鹿力は、椅子に手を伸ばすと、紅夏女の拘束された脚と腕の縄を解いた。もっとも、それで解放されたわけではない。

 どうせ、手足は、彼らの術でつけられた黒い帯のような手首と足首の線で支配されている。

 

 しかし、とにかく縄はなくなったのだ。

 紅夏女は、曝け出された脚を手摺から降ろそうとした。

 だが、身体が固まったように動かない。

 

 鹿力が、紅夏女の左膝を掴み、手摺から降ろした。

 紅夏女の身体は、均衡を失くして、椅子から転げ落ちた。

 起きあがろうとした。

 でも、すぐには起きられない。

 

「お前に選択させてやろう。その絶頂に達することができなくなった火照りきった身体で、宝玄仙と一緒に兵どもに輪姦されるか、解毒剤を飲んで絶頂に達し、貂蝉を売り渡すかだ……。いずれにせよ、どちらか先に毀れた方を丙種送りにする」

 

「な、ならば、宝玄仙様と一緒に……」

 

 紅夏女はすぐに答えた。

 

「わかった。だが、輪姦が終わり、解放されたときに、俺はもう一度、同じことを訊くが、そのときは、お前は、必ず、貂蝉を見捨てることを選ぶ。たった一度、絶頂するためにな。お前は、貂蝉を丙種にしろと言うはずだ」

 

「絶対に言いません」

 

「ならば行け。自分の脚で這いつくばってでも、廊下にいる宝玄仙のいる場所まで行け。そこで、わたしも犯してくれと連中に言え。お前が、連中に犯されているあいだ、貂蝉は、ここで休ませてやる。ここなら、食事もできるし、横にもなれる。乙種奴隷の待遇からすれば天国だ」

 

 この後に及んで、さらに、紅夏女自身に、兵たちに犯してくれと言わせるという嫌がらせに、紅夏女は歯噛みしたが、それでもなんとか立ちあがった。

 足がふらつく。

 だが、歩けないわけではない。

 

「待て」

 

 鹿力が言った。

 すると、身体に張りついていた「手」がすべて床に落ちた。

 

「戻ってくるのを愉しみにしているぞ。その身体で、輪姦されればお前は狂う。意思のないまま、貂蝉を見捨てているだろうよ」

 

「そんなことはしません、鹿力様」

 

 紅夏女は、部屋の扉を開けて、廊下に身体を進ませた。

 

 

 *

 

 

 七海は、肩で息をしながら、舌を伸ばして、壁の鈴を舌で鳴らした。

 ちりんと音がした。

 

「七星の勝ちね」

 

 金楊凛が、後手に拘束された七星の乳首を無遠慮に指で転がした。

 

「や、やめてよっ――」

 

 七星は、上気した身体を捩じってそれを避けようとするが、金楊凛は七星の肩をしっかりと掴んで逃がさない。

 金楊凛の指は、代わる代わる七星の両乳首に刺激を加える。

 たったそれだけのことだが、燃えあがるだけ、燃えあがらせられている七星の身体は、あっという間に追い詰められる。

 たちまちに嬌声を絞り出させられる。

 

「ああ……。そ、そこは……、あっ……ひゃあ……」

 

「可愛い声も出せるのね、七星。仲良くなれそう……。お前が生き残ることになったんだから、また、さっきの男根を虎力様に生やしてもらって、本格的に奴隷たちを責める道具として調教しましょうね」

 

 金楊凛は、そう言いながら攻撃の対象をまだ縄に乗っている七星の肉芽に変えた。

 この勝負を始める前に、七星も孫空女も法術で生やされた男根は消された。

 だから、七星の股間は、いまは女性そのものだ。

 

 そうしているあいだに、やっと孫空女が壁まで辿りついた。舌で鈴を鳴らす。

 がっくりと意気消沈している。

 孫空女の負けがこれで確定した。

 

 五番目の勝負は、部屋の端から端に張られた縄を股に食い込ませて十往復することだ。

 縄はそれぞれの臍くらいの高さに調整してあり、しかもたくさんの大きな結び瘤があった。

 それを素股で跨って十往復しろというのだ。

 壁の両側には鈴が吊ってあり、それを舌で鳴らす。

 音が鳴ったら、逆に歩き、反対側の壁までいき、今度は後頭部で鳴らす。

 鳴らしたら、また、縄瘤に翻弄されながら前に進む……。

 

 しかも、縄にはご丁寧にも媚薬が塗りたくっていて、縄の刺激を受け続けなければならない七星の股間をどうしようもなく責めたてる。

 

 そして、孫空女とともに縄瘤歩きを始めた途端に、金楊凛がただでさえ敏感になっている七星と孫空女の身体を手で責め始めたのだ。

 乳房を揉み、乳首を撫ぜ、横腹や臍をくすぐる。

 ときには、縄が食い込んでいる女性器そのものを悪戯する。

 

 抵抗したくても、法術により背中で両手首を張り合わせられているので、阻止できない。

 それに、金楊凛の指にかまけていると、勝負に負けてしまう。

 だが、縄に塗ってある強力な媚薬は、腰が砕けるほどの淫靡な状態に七星を追い込み、さらに縄の瘤が七星を責め苛む。

 その状態で金楊凛の責めだ。

 まともに歩けるわけがない。

 

 ほぼ、二往復で一回の割で無理矢理に達せさせられ、しかも、休むことも許されずに歩き続けなければならない。

 やっと、十往復の終わった七星は、もう限界だ。

 

「敗者は、孫空女だな」

 

 椅子に座り、酒をすすりながら勝負を見守っていた虎力が満足げに宣言した。

 七星の股間に食い込んでいた縄が床に落ちた。それとともに、七星も崩れ落ちる。

 ふと見ると、横では、孫空女もしゃがみ込んでいる。

 そして、がっくりと肩を落としている。

 それも仕方ないだろう。

 これで孫空女の丙種奴隷行きが決定したのだ。

 孫空女に恨みはないが、七星だって、家畜のように屠殺されるのは嫌だ。

 

 とにかく、五番勝負の判定試練は、七星の勝ちが決まった。

 

 七星と孫空女――。

 負ければ丙種奴隷という名で屠殺されるという勝負だった。

 最初の勝負は、法術で生やされた男根で、どれだけ長く刺激に耐えて射精を我慢できるかという勝負だった。

 五本勝負で、一応、七星の勝ちということになった。

 

 二つ目の勝負は、一転して、男根で先に三回射精した方が勝ちという勝負だ。

 だが、手でこすることは許されない。

 そして、身体に装着されていた「手」の淫具は全部外された。

 肛門に挿入されて『電撃芯』も抜かれた。

 なにも淫具のない状態で、手を使わずに、男根で三回射精するという勝負だ。

 両手以外の身体の自由を得た七星は、卓台と自分の身体に男根を挟んでしごき、孫空女は壁に張りついて、男根だけではなく、乳首も擦りつけて自慰をした。

 

 あまりにも浅ましい自分の行為に、羞恥で視界が真っ暗になる思いだったが、懸命に台で股間の肉棒を擦った。

 その勝負は、孫空女が勝った。

 

 三つ目の勝負は、完全に手足を自由にした状態での孫空女との性交勝負だ。

 女としての技で、先に昇天した方が負けという単純なものだ。

 手足が自由になったからといっても、虎力に襲い掛かって人質にするとかいうことはできない。

 逆らおうとすると手足が動かなくなるように術がかけられている。

 それは、逃げようとする行為も同じだ。

 房事だったら七星が有利だ。

 この孫空女という女傑は、気は強いが、感じやすい身体をしている。

 あっという間に七星の手管に乗ってしまい、勝負は呆気なく七星の勝ちになった。

 

 それで七星が二勝一敗となり、四番目の試練に勝てば、七星の勝ちだったが、四番目は負けた。

 四番目の勝負は、肛門と膣で張形を咥え、それを紐で結びつけて綱引きをするというものだ。

 膣と肛門の二箇所で、普通の張形、振動する張形、振動するうえに表面が柔らかい触手の突起が密生した状態になっている張形のそれぞれで引っ張り合いをやらされ、計六回やった。

 膣だろうが、肛門だろうが、振動していようがすまいが、筋肉では孫空女には敵わないことがわかった。

 六回中、六回とも七星が負けた。

 それでも、六回勝負をやらされた。

 

 そして、二勝二敗の最後の勝負が、この瘤縄渡りだ。

 部屋に展張された縄瘤のついた縄を渡るというこの勝負の勝敗を分けたのは、歩いている途中で加え続けられる金楊凛の愛撫という障害の違いだ。

 孫空女が集中的に金楊凛の邪魔を受けたというわけじゃないが、孫空女の肛門のあまりの弱さを面白がった金楊凛は、そこを集中的に攻撃した。

 そのため、孫空女は、七星よりもずっと多くの絶頂を縄の上で晒した。

 孫空女が七星よりも遅かったのは当然なのだ。

 孫空女は、まだ七星に背を向けてしゃがんだままだ。

 七星は、その背中を見つめていた。

 

「さて、金楊凛、これで孫空女がお前の相手ということに決まったぞ」

 

 虎力が言った。

 

「そのようですね。愉しみですわ」

 

 金楊凛が言った。

 

「相手?」

 

 孫空女が顔をあげた。

 

「そうだ、孫空女。お前が生き残る機会は、この最後の試練にある」

 

 虎力が言った。

 

「なんだよ、最後の試練って?」

 

「なんでもない。お前が金楊凛と対決する。勝てば丙種奴隷は免れる。それだけではなく、甲種奴隷の地位を保つことができる」

 

「だから、どうすればいいんだよ?」

 

 孫空女は不機嫌に言った。

 

「屈服をさせるのだ。お前と一番奴隷の金楊凛がお互いの身体を責め合う。どちらかが完全に相手に屈服したと俺が判断すれば、そちらの勝ちだ」

 

「なんだい、その勝負は? 馬鹿馬鹿しい」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「お前が生き残る機会はそれだけだ。拒否すれば丙種になるだけだ」

 

「畜生……。だいたい、屈服させるってどういうことだよ? こんな女を参ったと言わせることなんか、簡単じゃないか。指一本でできるよ」

 

「指一本? 面白いわねえ。いままでの誰も成功せず、みんなこのわたしを屈服させることなんてできなかったのよ。お前みたいに、お尻にちょっと触るだけで欲情しきってしまうような雌になにができるのよ? 暴力を使うなんて言わないわよね。性の勝負なのよ」

 

「いままで誰も成功しないって……。お前、こんなことどのくらいやっていたんだよ?」

 

「三年かしら? わたしが一番奴隷になったのは三年前よ。一番奴隷は、同じ甲種奴隷の躾をし、そして、一番奴隷に相応しいということを証明してみせるのが、存在意義よ」

 

「じゃあ、その対決とやらで、あたしが勝ったら、お前は一番奴隷でなくなるのかよ?」

 

「そんなことはありえないけど、そのときは、わたしは丙種奴隷行きになるのでしょうね。その覚悟はあるわ」

 

 金楊凛は言った。

 

「その通りだ。だが、孫空女、だが、本当にお前は金楊凛を屈服することができるのか?」

 

 虎力が言った。

 

「あたしだって、情欲についても、いろいろと鍛えられているからね。だけど、あたしが勝ったら金楊凛が丙種なんて、目覚めが悪いじゃないか。思い切って責められないよ」

 

「面白いことを言う奴だな、孫空女。じゃあ、お前が勝ったら、金楊凛は乙種だ。そして、お前を一番奴隷にしてやろう。だが、お前が負けたら丙種送りだ」

 

「結構だね。いつやるんだよ。いますぐかい?」

 

「いや、夜はもう更けた。明日の朝だ。お前たちは休んでいい」

 

 虎力が言った。

 いきなり七星の身体が床に倒れた。

 孫空女も同じだ。

 二人で両手両足拡げて床に磔にされた。

 

「こ、このまま寝れってのかよ?」

 

 孫空女が怒鳴った。

 

「ありがたいだろう? 判定試練の途中で休ませてやるのだ」

 

 虎力が立ちあがった。

 

「虎力様、お休みになる前にご奉仕させていただきます」

 

 金楊凛が虎力に向かう。

 その途中で、孫空女が仰向けになっている場所に行き、持っていた小瓶を傾けて孫空女の下腹部に垂れ流した。

 次の瞬間、孫空女が眼を見開いて身体を仰け反らせた。

 

「じゃあ、お休み。もっとも、眠れないと思うけど」

 

「き、汚いぞ、金楊凛……」

 

「このくらいの仕掛けは許されるでしょう。だって、わたし、あなたみたいな強い女と対決しなければならないのよ」

 

 孫空女が動けない身体のまま金楊凛を睨んだ。

 金楊凛は、くすくすと笑いながら虎力と一緒に部屋を出ていった。

 

「うっ……、くっ……くくっ……ううっ……、あ、ああっ」

 

 部屋でふたりきりにされても、孫空女の口からは、呻きとも嬌声とも取れない声が漏れ出ている。

 

「どうしたのさ、孫空女?」

 

 七星は、裸身を床に張りつかせたまま声をかけた。

 孫空女の様子は普通じゃない。

 声だけではなく、全身が上気し、脂汗でどんどん濡れはじめている。

 

「あ、あいつ……。あ、あたしの、身体に媚薬を……。身体が……あ、熱くて……疼いて……。な、なんだよ……。こ、これ……」

 

 孫空女は呻いている。

 どうやら、孫空女の身体を媚薬で限界まで追い詰めておいてから勝負をさせるつもりなのだろう。

 ただ休ませるというのが不自然だと思ったが、こういうことだったのだ。

 最初から孫空女に勝たせるつもりはないのだろう。

 孫空女の様子では、このまま数刻も放っておかれてから、金楊凛の性交勝負をするのでは、勝ち目があるとは思えない。

 性交の勝負なら、まだ、七星の方が分があるように思えた。

 

「大丈夫かよ、そんなんで。あんたが、負けたら、あたいは寝覚めが悪いよ」

 

 七星は言った。

 

「あ、あたしは、負けるわけには……いかないん……だよ」

 

 孫空女が苦しそうに言った。



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133 二人の救援者と二匹の雌奴隷

 朱姫の全身が跳ね、そして、硬直した。

 悲鳴に似た嬌声をあげた朱姫は、白目を剥いて羊力(ようりき)の下でぐったりとなった。

 沙那は、裸身を横たえて休ませながら、朱姫の全身から力が抜けて、弛緩していく様子をじっと見ていた。

 

「よし、じゃあ、もう一度、お前だ」

 

 羊力が、朱姫の身体を寝台から突き落とすように、床に降ろした。 

 そして、逆に床に横たわっていた沙那の裸身を寝台に引きあげる。

 すぐに沙那に怒張をねじ込もうとするのを沙那は、懸命に押し留めた。

 

「ご、ご奉仕をさせてください――。彼女の汁で、羊力様の大切な場所が汚れました。お、お掃除いたします」

 

「おお、そうか」

 

 羊力は、陽気に応じると、身体の下の沙那を解放し、寝台に胡坐に座った。

 沙那は、身体の気だるさに耐え、怒張した肉棒に口で食らいつく。

 できれば、ここでせめて一発は放出させたい。

 そうでなければ、ふたりかかりでも、沙那と朱姫の方が最初に潰れそうだ。

 

 この羊力が、宝玄仙と孫空女が連れていかれたはずの智淵城(ちふちじょう)とういう女囚専用の牢城に繋がっているという情報を得て、沙那と朱姫は、娼婦にやつして、夜の相手として羊力に接した。

 

 宝玄仙と孫空女が、天教の神官として、この車遅国(しゃちこく)を牛耳っている道教の法術師に捕えられたのは、もう十日前になる。

 連れていかれたのは、この城郭から馬車で一日の距離にある智淵城と呼ばれる女囚専用の牢城であることはわかったのだが、それから先の調査は難航した。

 

 智淵城を支配しているのは、虎力(こりき)鹿力(かりき)、羊力という三人の法術師なのだが、彼らは、非常に用心深く、城郭軍にもその居場所を明かさない。

 しかも、そこは彼らの法術で護られていて、偶然にもそこに辿りつくことは不可能であるらしかった。

 

 苦労して、その三人のうちの羊力が、十日に一度、この東閣(とうかん)の城郭にある軍営に牢城に必要な補給品を受け取りにやってことを突きとめた。

 しかも、その羊力は、一日とて、女なしではいられないほどの女好きで、補給品を受け取りに来た軍営でも、必ず 軍営の宿舎に娼婦を呼び寄せて抱くこともわかったのだ。

 そこで、その情報を沙那たちに与えてくれた黄蓋(おうがい)という補給担当の兵に朱姫の『縛心術』をかけ、沙那と朱姫を羊力の夜の相手として送り込んでもらった。

 

 最初は、寝所に送り込まれると同時に、首を掻ききって、『変化(へんげ)の指輪』で羊力に化けて智淵城に向かおうと思っていた。

 しかし、さらに調べるうちに、智淵城には、羊力がいなければ入りこめそうにないこともわかった。

 だから、殺すのではなく、朱姫の『縛心術』で操り、沙那と朱姫のふたりを女囚として連れていかせることに決めた。

 無論、本物の女囚になるわけにはいかない。

 それでは、沙那と朱姫まで、彼らの奴隷にさせられるだけだ 。

 だから、なんとしても『縛心術』にかかってもらわなければならない。

 

 しかし、道術にしろ、法術にしろ、術がかかるかどうかは、術者同士の霊気、あるいは、法力の強さによる。

 朱姫の魔力では、羊力の法力にはかないそうになかった。

 だが、『縛心術』は、眠った時には非常にかかり易くなり、術者の力に差があっても、かけられることが多い。

 

 だから、沙那と朱姫は、性交の後、羊力が疲れ果てて寝るのを待つことに決めた。

 だが、この羊力は精力が絶倫すぎて、このまま相手をしていると、沙那と朱姫の方が先に意識を失わせられそうだ。

 よく聞けば、この羊力を相手にするときは、娼婦を三人は準備するらしい。

 

 本職の娼婦三人がかりで、やっと相手が務まる羊力を素人の沙那と朱姫がふたりで相手をするということだ。

 さすがにつらい。

 

「で、ではご奉仕します……」

 

 とにかく、沙那は、羊力の怒張を口に咥えた。

 男根に対する奉仕の仕方は、宝玄仙にさんざんやらされた。

 宝玄仙は、沙那たち供を調教するときに、時折、道術で自分の股間に男根を生やして奉仕の訓練をさせることがある。

 沙那も、それこそ顎が動かなくなるまでやらされた。

 舌と唇を駆使して、羊力の快感を誘うように口を動かす。

 

「おっ、うまいな」

 

 羊力が嬉しそうな声を出した。

 宝玄仙に言われたことは、とにかく愛情を込めることだ。

 奉仕の対象として、男性器に心から向かい合うことだった。

 精一杯唾液を口に貯めて、それを羊力の怒張の先端に包んで舌を動かす。

 

 懸命に、羊力の反応する部分を探す。

 この男は、どこをどうするのが感じるのか。

 怒張だけではなく、呼吸のひとつひとつ、肌の動きまで逃さないように集中する。

 尿道の筋に向かって縦に舌を動かしたとき、ほんの微かに鼻息が荒くなった気がした。

 そこに唾液を集める。

 そして、少し強く舌を当てる。

 

「うう……」

 

 羊力が反応した。

 さらに口に力を込める。

 羊力が気持ちよさそうにさらに声をあげた。

 

 いける――。

 しかし、その沙那の頭を羊力の大きな両手が掴んだ。

 ぐいと押し込まれる

 喉の奥まで怒張が届く。

 込みあげる吐気に懸命に沙那は耐えた。

 それでも、懸命に舌を動かす。

 

「そんなに一生懸命な口淫は初めてだぞ。お前、ぎこちないが、なかなかいいな」

 

 羊力は言った

 

「……、あたしも、ご、ご奉仕いたします」

 

 朱姫だ。

 床に休んでいた朱姫が寝台にあがってきた。

 沙那のそばにあがってきて、羊力の男根に吸いついてきた。

 

 身体をずらして、沙那は朱姫に半分を譲り、ふたりで羊力の肉棒の両側から責める態勢になった。

 朱姫が怒張への奉仕に加わったことで、羊力が明らかに官能に震えはじめた。

 

「んほおお――」

 

 しばらくしてやっと、羊力は怒張の先から精を噴出した。

 受けたのは沙那だ。

 沙那は、それをひと滴残らず舐め尽くした。

 宝玄仙にそう教えられたからだ。

 

 そうしている間に、朱姫が羊力に抱きつくような姿勢になって、乳首に吸いついた。

 羊力が朱姫の舌技に翻弄され始める。

 

 沙那は、羊力を押し倒した。

 横倒しになった羊力の股間に沙那は後ろから顔をうずめ、羊力の肛門に舌を伸ばす。

 嫌悪感などない。

 宝玄仙と孫空女を救うためだ。

 朱姫は、羊力の上半身を責めたてている。

 

「おお、気持ちいいっ――」

 

 やがて、羊力が吠えた。

 沙那は、舌の奉仕の場所を肛門から肉棒そのものに変えた。

 沙那が怒張の先端を咥えると同時に、再び羊力の精が沙那の口に迸った。

 連続の射精に成功した。

 いい感じだ。

 

「お前らいいなあ。気に入ったぞ」

 

 その直後、沙那は肩を羊力に掴まれた。

 身体がひっくり返される。

 

「うわっ」

 

 朱姫は、身体を弾き飛ばされたかたちだ。

 沙那の女陰の中に羊力の剛茎がねじ込まれた。

 

「ああ、いいいいっ」

 

 沙那は荒々しく始まった律動に、一瞬我を忘れそうになった。

 抽送が激しい。

 沙那に絶頂感がやってきた──。

 

「ご、ご奉仕します──」

 

 だが、戻ってきた朱姫が沙那と羊力が結合している股間に顔を潜り込ませて、羊力の睾丸を無理矢理に舐めだす。

 まさに、朱姫もなりふり構わずだ。

 

「おおおっ」

 

 羊力が声をあげる。

 溶岩を思わせるような羊力の熱い精液が沙那の中に放たれたのはわかった。

 

「おおおお……」

 

 羊力が沙那を組み伏せながら、身体を震わせている。

 沙那は、羊力の裸身にしがみついた。

 羊力の射精の時間が長いのだ……。

 放ちながらも激しく女陰を乱暴に突き動かされる。

 その荒々しさが、堪えようのない快感に変化する。

 

 沙那も獣のような声をあげた。

 そして四肢を痙攣させた。

 絶頂してしまった。

 

 やっと、羊力が完全に果てた。

 視界が白くなりかける。

 沙那の上の羊力を朱姫が引き離した。

 

「あ、あたしにも、お情けを……、お、お願いします」

 

「お、おう。お情けか……。もちろん、くれてやるぞ」

 

 全身に汗をかいた羊力が、沙那を離して、小柄な朱姫を組み伏せる。

 その肉棒が朱姫の中に吸い込まれていく。

 

「このまま、いくぞ」

 

 羊力が吠えた。

 

「は、はい――。突いてください。羊力様の精で、あたしのお腹を突き破ってください」

 

 朱姫が憑りつかれたように叫んだ。

 

 始まってからもう数刻――。

 獣のような性交を三人でやり始めて、三人とも何度も昇天している。

 朱姫も息も絶え絶えになっている。

 羊力が朱姫を突き続けている。

 

 やがて、朱姫は四肢を激しく痙攣させて反り返った。

 それでも羊力の怒張は朱姫を襲い続けている。

 

 沙那は、羊力の肛門に再び飛びかかる。

 朱姫を犯している羊力の後ろから、羊力の肛門を舐めまくる。

 

「ふごおおおあ――」

 

 羊力が奇声をあげて吠えた。

 射精したのだ。

 

「次は、わたしにお情けをください」

 

 沙那は朱姫から羊力を無理矢理に引き離して、寝台に仰向けにさせる。

 まだ力を失わない羊力の肉棒の上から自分の女陰をあてがい一気に沈めた。

 そのまま腰を上下させて羊力を責める。

 

 朱姫が身体を起こす。

 羊力の上半身に自分の裸身を頭を逆にして被せた。

 沙那の肉門が刺さっている羊力の男性器に隙間から舌を伸ばしている。

 そして、自分の下半身を羊力の顔に被せている。

 

 そうやって、息をしにくくして、意識を手放すのを早めるつもりなのだろう。

 だが、羊力は自分の顔の上の朱姫の股間を下から舐めはじめたようだ。

 朱姫が狂乱し始めた。

 

 沙那の股間が刺さる羊力の怒張が、熱いものを噴きあげた。

 やっと、力を失いかけた羊力自身を朱姫とふたりがかりで睾丸を舐めあげて大きくした。

 

「こ、今度は、あたしが、ほとでご奉仕します」

 

 朱姫が、さっき沙那がやっていたように、羊力の上に跨って肉棒に乗った。

 そのまま羊力の上で朱姫が上下に身体を動かしながら身体を捻る。

 沙那は、自分の股間を羊力の顔の上に載せた。

 

 朱姫が終われば沙那。沙那が終われば朱姫。

 そうやってさらに数刻、沙那と朱姫は、全力で羊力を責めたてた。

 

 この男から精を出し尽くさせて、やっと疲労の眠りにつかせることができたのは、夜半を遥かにすぎて朝に近い時間だった。

 沙那も朱姫も完全に脱力していた。

 

「起きられる、朱姫……?」

 

 沙那は、ぐったりと横たわる朱姫に声をかけた。

 

「はあ、はあ、はあ……。だ、大丈夫です……」

 

 朱姫は身体を起こして、羊力の裸身に身体を向けた。

 羊力の上に手をかざしている。

 

 『縛心術』をかけようとしているのだ。

 朱姫は、霊気を持たない人間にも『縛心術』をかけて心を操ることができるが、霊気や魔力を持つ道術師や魔族には、もっと完全に術をかけることができる。

 だが、相手の術に対する抵抗力が強ければかからない。

 

 しかし、そういう相手でも、眠ったときは『縛心術』は受けやすくなり、朱姫程度の術でも、魔力の強力な相手に術を及ぼすことができるのだ。

 法力も道術も同じだ。

 羊力は、朱姫の軍門に落ちるだろう。

 

「か、かかりました。後は、起こして暗示を擦りこむだけです……」

 

 朱姫が疲れた表情を沙那に向けた。

 

「よくやったわね、朱姫。じゃあ、この羊力にわたしたちふたりを女囚として、智淵城に連れていくように暗示をかけましょう。もちろん、本当に拘束されるわけにはいかないから、拘束していると思い込ませるのよ」

 

「わかりました、沙那姉さん。夜の営みの最中に、あたしたちふたりを天教徒だと見破って、拘束したと思い込ませます。女囚がしていくという手の甲の魔法封じの紋章や、手首足首の黒い線の刺青のことももっと詳しく喋らせます。同じものをあたしたちの身体に描くくらいの術なら、なんとかあたしでもできると思います」

 

「お願いするわ、朱姫」

 

 沙那は言った。

 朱姫は、羊力を起こしている。

 

 やがて、眼が虚ろな羊力が上半身を起きあがらせた。

 朱姫の『縛心術』がかかっているのは間違いない。

 

 沙那は、持ってきていた荷物から革の首輪を取り出した。

 黄蓋に喋らせて、女囚が必ず嵌めるという首輪の特徴を聞きだし、似たものを探してきたものだ。

 そのひとつを自分の首に嵌める。

 もちろん、自分で簡単に外すことはできる。

 

 もう少し……。

 もう少しで、宝玄仙と孫空女の居場所に辿りつく。

 沙那は、逸る気持ちを押さえつつ、朱姫が羊力に暗示を送り込む作業を見守った。

 

 

 *

 

 

 起こされたのは、(ひる)に近い時間だったらしい。

 いつの間にか身体の自由は戻っていて、孫空女は、手が思わず股間に向かいそうになったのを驚いてやめた。

 

 昨夜、一時休憩と言われて床に仰向けに磔にされた後、金楊凛(きんようりん)の嫌がらせで、股間に媚薬を垂れ流された。

 股間の疼きが止まらなくなり、孫空女はほとんど眠れない一夜を過ごした。

 

 もっとも、宝玄仙に受けた仕打ちに比べたら優しい方だろう。

 あの経験がなければ、こうやってなんとか身体を動かすことはできなかったかもしれない。

 

「ほう、思ったよりも元気そうじゃない、孫空女?」

 

 金楊凛だ。

 虎力(こりき)は、すでに昨夜座っていた椅子に腰かけていて、その隣に金楊凛がいた。

 金楊凛は全裸だった。淫具は外されている。

 それは、孫空女も同じだ。

 

 違うのは、この金楊凛に媚薬を塗られたままの身体が、まだ疼いていることだ。

 ふと見ると、一緒に床に磔にされていた七星も部屋にいる。

 部屋の隅で、こっちを心配そうに見ている。

 

 孫空女は、虎力に呼ばれて、言われるままに、その前で裸身を晒した。

 金楊凛も孫空女の隣に立つ。

 

「勝負の内容を説明しよう。孫空女と金楊凛は、お互いに俺の前で責め合う。勝敗は、どちらかが相手に屈服したと俺が判断することで決まる。この部屋にある道具は、なにを使ってもいい。いろいろと準備をさせたぞ」

 

 孫空女は横の台を見た。

 大小の張形、鞭、媚薬らしき小瓶群、『破片布』、浣腸器もある。用途の予想のつかない道具はもちろん、昨日使われて、尻で電撃責めされ『電撃芯』もある。

 孫空女は鼻白んだ。

 

「わかったよ。じゃあ、もう始めていいのかい、虎力様?」

 

 孫空女は言った。

 

「お待ちください、虎力様。このままでは勝負にはなりません。この孫空女は、承知の通りの馬鹿力。この女の力を少し弱めていただけませんか」

 

 金楊凛が言った。

 なにを言うかと思った。昨日、この部屋に磔にされた孫空女の股間に、これ見よがしに媚薬を垂れ流していったのは、今日の勝負のために、孫空女を少しでも弱めておこうという金楊凛の魂胆だったに違いないのだ。

 いまでも孫空女の身体は、これ以上ないほど火照っている。

 孫空女にとって救いなのは、この虎力の使う媚薬が、宝玄仙のものほどのえげつなさがないことだ。

 だから、少しは耐えることができる。

 

「確かにな。では、孫空女の筋力を金楊凛と同じ程度に弱める」

 

 虎力が言った。

 途端に身体が重くなった。

 筋肉が法術により弛緩させられたのだろう。

 

「始めてよい」

 

 虎力が言った。

 孫空女が、金楊凛に向き直った。

 だが、不意にその金楊凛が消えた。

 気がついたときには、身体を沈めていた金楊凛に足を取られて、ひっくり返されていた。

 うつ伏せになり、膝を背中方向に曲げた状態で、二本の足首の関節を決められて、金楊凛の片足で固定されてしまった 。

 

「ひぎいいいいっ」

 

 孫空女は思わず悲鳴をあげた。決められた孫空女の足首に力を入れられたのだ。

 足から腿にかけての筋に激痛が走る。

 腕で払おうとする。

 しかし、巧みに金楊凛は、それを避けて身体を孫空女の両方の太腿に載せている。

 あっという間に孫空女は動けなくなった。

 

「そ、そんな勝負かよ。だ、だったら受けて立つよ、金楊凛」

 

 孫空女は叫んだ。

 手で脚に乗っている金楊凛を掴もうとする。

 しかし、届かない。

 

「もちろん、そんな勝負じゃないわよ、孫空女」

 

 金楊凛の指が、後ろから孫空女の無防備な肛門に突き刺さった。

 孫空女は悲鳴をあげた。

 なんとか指を取り去ろうと金楊凛の手首を掴む。

 しかし、不自然な態勢で力が入らないうえに、孫空女が手を動かすと、金楊凛の肛門に入った指が中を激しく抉るのだ。

 あっという間に翻弄されて、孫空女は嬌声が止まらなくなってしまっていた。

 

「ほら、どうしたの、孫空女。あっという間にいってしまうんじゃないの? 威勢はよかったけど、これじゃあ、虎力様がお愉しみになれないわよ」

 

 金楊凛がそう言いながら、尻の芯を指でほじり続ける。

 骨まで燃え尽くすような官能が沸き起こり、それと同時にせつない快感が走る。

 

「う、うるさい……。そ、そんな……、ああっ……。勝負じゃ……ない、だろう」

 

 孫空女は呻いた。

 お尻が気持ちいい――。

 脳天を貫通する衝撃と甘美感が四肢からさらに力を抜いてしまう。

 膣の最奥がどうしようもなく疼き始める。

 孫空女は、こうなったら、もう自分があっという間に絶頂することを知っていた。

 

「そうね、孫空女。そういう勝負じゃないわよね。だから、いま、ここで浅ましくいきなさい。でも、女の身体は、一度、いくと際限がなくなるわ。繰り返し絶頂するようになるのよ」

 

「あひいっ……ああうぅっ……」

 

 孫空女は、金楊凛の巧みな指の技に、泣きたくなるような快感を味わってしまっていた。

 それとともに、なんで自分はこんなにもお尻で感じてしまうのだろうと思っていた。

 反応しやすいように開発されてしまったこの身体が恨めしい。

 

「一度、いっとこうね、孫空女」

 

 金楊凛が肛門に入れた指の動きを激しくした。

 凄まじい肛門への攻撃に孫空女は、もう叫び声をあげるしかない。

 

「んひいいい」

 

 そして、閃光のような快感が衝きあがって、孫空女の身体を通り過ぎていった。

 孫空女は、絶頂して果てた。

 

「一回目ね」

 

 脱力した孫空女の背中で金楊凛が言った。

 まだ、金楊凛の指は孫空女の肛門に突き刺さったままだ。

 そして、また激しく指が動き始める。

 

「だ、だめえっ――」

 

 あがってくる。

 このままじゃまずい。

 こうたて続けに、絶頂させられれば、確かに屈服しそうだ。

 もうこれ以上はやめてくれと泣き叫んでしまうかもしれない。

 それにしても、どうしても足首の関節が外れない。

 指が菊門の奥の内襞を回転しながら擦り回る。

 

「そんなに腰を動かしちゃって……。可愛いわねえ、孫空女」

 

 くそう……。外れろ――。

 孫空女は尻で翻弄されながらも、懸命に決められた足首を外そうともがいた。

 

「無理よ……。わたしが外さない限り、二度とこの決まった関節は外れないわよ。これでも、元は天教の教団兵の女将校だからね」

 

 金楊凛が足首に力を入れた。

 激痛が走る。

 孫空女は耐えた。

 

「教団兵の将校?」

 

 孫空女は言った。

 教団兵といえば、東方帝国の帝都にある天教の実力組織だ。

 孫空女も一度捕えられたことがあり、酷い目に遭った。

 武術だけではなく、火砲で装備もしている実力集団だ。

 

「そうよ」

 

「天教の教徒の癖に、どうして……、ひいっ」

 

 金楊凛の指が嫌がらせのように、孫空女の肛門を抉る。

 

「遠慮なく喋んなさいよ、孫空女。ほら、ほら」

 

 込みあげられる快感に、孫空女は身体を仰け反った。

 確かに、一度いってしまった身体は、快楽に弱くなっている。

 

「へっ……。教団兵と言えば、明月(めいげつ)清風(せいふう)っている隊長を知っているよ……」

 

 孫空女は、官能の嵐と戦いながら、苦し紛れに言った。

 もしかしたら、なにかの反撃に切っ掛けにならないかと思った。

 

「明月隊長と清風隊長?」

 

 だが、金楊凛の指がとまった。

 思った以上に、食いつきがいい。

 孫空女は、この間になんとか呼吸と淫情を抑えようとした。

 

「ああ、あたしたちを襲ってきたよ……」

 

「あの明月隊長と清風隊長が? 元気なの?」

 

 金楊凛の声の色が違う。

 彼女は、三年前の人生を思い出したのかもしれない。

 この女にも、虎力たちに協力して奴隷たちを苛む以外の人生もあったのかと思った。

 

「さあね。一度目は、髪の毛と下の毛をむしり取って放り出し、二度目は、女に変えて妖魔の慰み者にしてやったけど、元気なのかな?」

 

 そう言うと、孫空女は無理矢理、関節の決まっている足首に力を入れた。

 片方の足首がぼこりと外れる音がした。

 身体の上に乗っている金楊凛を突き飛ばす。

 金楊凛が眼を丸くしている。

 

「な、なんて女よ。か、完全に決まっていたのよ。関節外して抜け出すんなんて」

 

「お陰で身体がまともになったよ」

 

 孫空女は、外れた足首を嵌め直した。

 激痛が走る。

 このくらいの怪我は、盗賊時代は日常茶飯時だったが、このところ、宝玄仙がいるのですぐに『治療術』で治してもらえる。

 怪我による痛みというのは久しぶりだ。

 うまい具合に、媚薬の火照りが激痛で気にならなくなる。

 

「次は、あたしの番だよ、金楊凛」

 

 孫空女はそう言うと、にやりと笑って、金楊凛に詰め寄った。

 

「おい、七星──」

 

 そして、七星を大声で呼んだ。

 

「はっ? なにさ──?」

 

 孫空女と金楊凛の勝負を黙って見守っていた七星が、急に名を呼ばれてきょとんとしているような声が戻ってきた。



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134 不死身の三妖魔

「はっ? なにさ──?」

 

 急に孫空女に名を呼ばれた七星がきょとんとした声で応じた。

 

「身体を温めておきな」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 

「さて、じゃあ反撃開始だね、金楊凛。覚悟はいいかい……」

 

 孫空女は金楊凛を睨みつけた。

 嫌な予感を感じたのか、金楊凛の身体が横に避ける。

 その腕を掴み、孫空女は彼女の裸身を手繰り寄せる。

 そして、首の横の一点を指で強く押した。

 金楊凛の膝が、がくりと落ちる。

 

「なにっ……?」

 

 金楊凛の眼が白黒している。

 自分の手で首を掻くようにもがいている。

 そして、呻き声をあげて、孫空女を見上げた。

 

「どうした、金楊凛? 息ができないかい?」

 

 孫空女は、右の人差し指を金楊凛の顔の前にかざした。

 その間も金楊凛の顔は血の気を失っていく。

 

 孫空女は、失神寸前の金楊凛の首の経絡(けいらく)を押した。

 金楊凛の呼吸が復活する。

 その代わり、今度は血の流れが弱まったはずだ。

 

 人間の身体には、人間が生きるために必要な気や血の通り道がある。

 そこに気を送り、身体の機能を操作するという技だ。

 もともとは、沙那が得意とする技で、孫空女も教えてもらったのだ。

 まともに使ったのは初めてで、うまくいく保証はない。

 

 もっとも、いま現在は効いているようだ。

 金楊凛の呼吸が静かになっていく。

 最初の経絡は、呼吸を一時的に止める経絡で、それを使って金楊凛の抵抗力をなくした。

 二度目の経絡は、頭にのぼる血の流れを制限するものだ。

 いま、金楊凛は、頭に回る血がなくなり、気を失う寸前の状態だ。

 孫空女は、完全に気を失う前に、もう一度経絡を操作して、金楊凛の頭に血を流す。

 そして、すぐに、再び血を止める。

 

「お、お前……、そ、孫空女……」

 

 金楊凛が睨むが、その焦点は定まっていない。

 孫空女に掴みかかろうとするが、その手にはまったく力が入っていなかった。

 簡単に金楊凛の腕を払う。

 金楊凛は呆気なく仰向けに倒れた。

 

「さあ、金楊凛、愉しい時間の始まりだよ」

 

 孫空女は、金楊凛の腹に跨った。

 金楊凛の両腕は孫空女の膝の下だ。

 これで、金楊凛は、完全に動くことはできないはずだ。

 

「ひ、卑怯……」

 

 金楊凛の意識が遠くなってきたようだ。

 孫空女は、経絡を操作して、血の流れを戻す。

 次第に、金楊凛の顔に赤みが戻っていく。

 盛大に深呼吸をしている。だが、それで許すほど、孫空女も甘くない。

 再び、経絡を突くと、血の流れが弱くなり、また金楊凛の意識が弱くなる。

 

「金楊凛、言ったろう。指一本でいいってね」

 

 このまま気を失わせることもできるが、それよりも、ぎりぎりのところを彷徨わせておくほうがいいだろう。

 それで、恐怖心が積みあがっていく。事実、いま、金楊凛の顔には、恐怖の色がありありと浮かび始めている。

 

「ひ、卑怯よ……」

 

「お前がそれを言うのかい」

 

 孫空女はせせら笑ってやった。

 しばらく、呼吸の制限と血の制限を交互に繰り返していくと、金楊凛の身体からは完全に力が抜け、抵抗の気力も失われたようになった。

 

「はあ、はあ、はあ、く、苦しい……」

 

「苦しいかい、金楊凛?」

 

「く、苦しい……、はあ、はあ……」

 

 また、経絡を突く。金楊凛の呼吸が静かになり、苦しそうな表情が消えて、朦朧とした表情になる。

 だが、失神のぎりぎりの手前で引き戻す。

 

「ねえ、虎力(こりき)……さん、この部屋の道具はなんでも使っていいんだよねえ?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「その通りだ」

 

「じゃあ、あたしは、七星を使うよ――。七星」

 

 孫空女は、部屋の隅にじっとしていた七星に声をかけた。

 

「な、なんだい、孫空女?」

 

「あんたは、あたしの道具だよ。この金楊凛の身体を責めてよ」

 

「なるほど、さっきのはそういうことか……。だったら、任せな。七星姉さんの娼婦の技をみせてやるよ」

 

 七星が頬に笑みを浮かべて、金楊凛の下半身にとりつく。

 半覚醒状態の金楊凛が、ぎょっとしている。

 

「な、なにを……」

 

 金楊凛が宙を追うような視線を孫空女に向ける。

 

「なにも考えんじゃないよ、金楊凛」

 

「そういうことさ、金楊凛」

 

 七星が金楊凛の脚を大きく拡げさせて、金楊凛の内腿に手をやり、付け根の部分を擦りはじめた。金楊凛の身体が跳ねる。

 

「あ、ああ……」

 

 金楊凛が女の反応をしはじめる。

 

「すぐにいかせるんじゃないよ、七星。こいつには、参ったと言わせないといけないんだから」

 

「わかっているよ、孫空女。徹底的な焦らし責めにしてやるよ。あんたに、お願いだから、いかせてくれと言わせりゃあいいんだろう? 焦らし責めでも、絶頂責めでも、指示しておくれ。この七星さんだって、ちょっとした手管もあるんだよ」

 

 七星はそう言いながら、指を金楊凛の股間にやっている。

 金楊凛の身体の反応が大きくなった。

 孫空女は孫空女で、窒息責めを続けている。

 金楊凛は完全に意識が半分ない状態だ。

 その状態で、七星の愛撫を受けさせている。

 

「……ほら、金楊凛。どうして欲しいか言ってみな」

 

 孫空女は、金楊凛の乳首に指を伸ばす。

 だが、触ってはやらない。

 その周りだけど刺激する。

 

「あくうっ――。 ああっ――」

 

「孫空女、こいつは、あとひと触りでいくよ」

 

 七星が孫空女に顔を向けた。

 

「じゃあ、その状態を維持してよ――。金楊凛、いかせて欲しければ、参ったと言いな」

 

「ぐっ……ぐううっ……。だ、誰が……」

 

「そうかい。じゃあ、もう少し、夢の中を彷徨ってもらおうかね」

 

 孫空女は、金楊凛の頭に送る血をさらに制限した。

 そして、気を失う直前に血を流す。

 だが、今度は、さっきよりもかなり送り出される血が少ない。

 ほとんど、意識を保てるぎりぎりの状態のはずだ。

 そして、さらに、一番最初に使った呼吸を制限する経絡を突く。

 金楊凛の顔が真っ赤になり、そして、白くなる。

 

「あっ……、あくっ……ひゅ……ひゅ……」

 

 金楊凛の身体が孫空女の下でもがいている。

 

「苦しいだろう、金楊凛。いまは一番苦しい状態だ。気を失いたければ、参ったって言ってよ。いつでも気を失わせてやるよ」

 

 孫空女はそう言って、呼吸を解放した。

 そして、すぐに息に蓋をする。

 金楊凛が苦しみ出す。

 

「こっちもね。いかせて欲しければ、参ったって言ってね。孫空女が許可すれば、いつでも絶頂できるよ」

 

 七星も言った。

 そして、金楊凛を責める指の動きを強くしたようだ。

 

「あああ――、ああ、だめ――。も、もう、許……して……いくうぅ――」

 

 金楊凛は、大きな嬌声をあげ始めた。

 

「大丈夫だよ、金楊凛。あんたの性器は、あたいの眼のすぐ下だ。いついくかなんて、よくわかるよ。ぎりぎりのところでとめてあげるから安心しな……。はい、ここまで。じゃあ、お預け」

 

「ひゃあん……」

 

 金楊凛が苦しみの中で、切なそうな声をあげた。

 完全な雌の顔だ。一番奴隷として、奴隷四人を責めまくっていた嗜虐者の顔はもうない。

 しかも、呼吸と頭にいく血を制限されて、朦朧としている。

 

「参ったと言いな、金楊凛……」

 

 孫空女は、金楊凛の耳元に屈んで囁いた。

 朱姫がよくそういう声で『縛心術』をかけていた。

 朱姫は、道術なしに、普通の人間に『縛心術』をかけることができる。

 『縛心術』は、霊気を持たない人間には半分眠っている状態のときが、霊気を帯びている者には、眠っているときが一番かけやすいと言っていた。

 いま金楊凛の状態は、半分眠っている状態だ。

 

「……参った」

 

 金楊凛の口からその言葉が漏れた。

 孫空女は、頬に笑みを浮かべた。

 経絡を突いて呼吸だけ戻す。

 

「七星、いかせてやってよ」

 

「わかった」

 

「ひぎいっ――、いくっ――」

 

 金楊凛はひと際大きな声をあげて悶絶した。

 孫空女は、それに合わせるように経絡を突き、金楊凛を失神させた。

 そして、さらに経絡を突き、金楊凛の身体を元に戻す。

 

「見事だ」

 

 虎力が拍手をした。

 孫空女は、気を失っている金楊凛の身体から降りると、虎力に向かい合った。

 

「金楊凛は、たったいまから乙種奴隷に移す。孫空女、今日からお前が一番奴隷だ。そして、七星、お前は二番奴隷だ」

 

 虎力が言った。

 孫空女は、黙ってそれを聞いていた。

 すると、身体に法術が流れ始めたのがわかった。勝手に両手両足が横に開き、脚を開いて、腕を水平方向に伸ばした姿勢になる。

 

「なかなか、愉しかったぞ。ご褒美に、この女囚服で女として愉しんでくれ。それが終われば、男役の奴隷としての仕事が待っている」

 

 背後から七星の舌打ちが聞こえた。七星も孫空女と同じような姿勢にさせられているのだ。

 虎力が立ちあがり、例の「手」の淫具を持っている。孫空女は、歯を食いしばって、これからやってくるだろう官能の地獄に備えた。

 孫空女の両方の乳房が「手」で包まれる。その手が軽く孫空女の胸を揉み始める。

 

「ああっ」

 

 思わず声が漏れる。

 股間――。そして、お尻に……。

 装着が終わると、身体の拘束が解放された。

 膣と肛門には、すでに「手」から伸びた指が張形にかたちを変えて、孫空女を責め始めている。

 金楊凛にかけられた媚薬の効果が続いている。

 たちまちに襲ってきた官能の爆風に、孫空女は立っていられずにしゃがみ込んだ。

 もう、一回目の波がやってくる。

 七星も床に膝をつける音がして、嬌声が聞こえてきた。

 

「夕方まで、その淫具を味わってもらおう。いくらでもいき続けろ。その淫具は、お前たちがいつまでも絶頂を続けられるように調整済みだ。それが終われば、ふたりで、宝玄仙と紅夏女を責めろ。鹿力が責めているが、なかなか屈服しないので、鹿力も手を焼いている。まさか、一日以上も頑張るとは思わんかったが、今日中にふたりのうちのひとりを間引かねばならんのだ」

 

 虎力が言った。

 

「ご、ご主人様……、宝玄仙に……な、なにしてるんだよ……?」

 

 快楽の大波がやってきた。

 孫空女は耐えようとした。

 だが、前後の孔で暴れ回る指と、胸を責める「手」に、翻弄される。

 たちまちに絶頂してしまった。

 

「速いな。快楽に対して本当に弱いんだな、孫空女」

 

 虎力の言葉には、馬鹿にしたような響きがあった。

 

「う、うるさい……。ご、ご主人様になにしたんだよ、言えよ」

 

「気にするな。お前は、ただ、いくことだけを考えればいい。身体は解放してやるが、部屋からは出られないようにする。夕方まで自由に過ごせ」

 

 自由に過ごせといいながら、この淫具に責め続けられるのだ。

 そして、その後は、また、宝玄仙を責めさせられる。

 いつまで、こんなことを続けさせられるのか……。

 背後から、七星の感極まった声がした。

 達したのだ。

 その声を聞きながら、孫空女も二回目の絶頂を迎えていた。

 

 

 *

 

 

 新しい奴隷を連れて来るという報せを受けたのは、羊力が智淵城に到着する直前の時期だった。

 鹿力は、ひとりで智淵城の城門に向かっていた。

 

 それにしても……。

 鹿力は舌打ちする思いだった。

 どうせ、奴隷なぶりにかまけていて、羊力は連絡するのを忘れていたのだろうが、いつもの種別判定試練をする余裕がない。

 とにかく、虎力は、すぐにやってくることになっているから、しばらく待たせることになるだろう。

 それで、それなりの女なら甲種奴隷にしてしばらく様子をみる。

 虎力の眼鏡にかなわなければ、そのまま乙種奴隷として働かせることになる。

 働けなくなれば、丙種奴隷だ。

 いずれにしても、丙種奴隷こそ、虎力、鹿力、羊力にとって真に必要なものだった。

 もっとも、その丙種奴隷行きの個体には事欠かない。

 

 まあ、それにしても、丁度間引き試練をしていたときに、新入奴隷の加入が重なるとは絶好の折になった。

 虎力の気紛れにより、いつもの間引き試練を開始していた鹿力たちだったが、実際には、新入奴隷の予定があったわけじゃない。

 ただ、そうやって脅して遊ぶためのつもりのものだ。

 まあ、前回は四匹も同時に入れたし、そろそろ半分くらいは丙種落ちしていもいいかという時期ではあった。

 ところが、今回は、たまたま、本当に二匹の加入が重なったことになる。

 だったら、そのまま入れ替えてもいい。

 まあ、それに相応しい奴隷であればの話だが……。

 

 ところで、昨夜は、なかなか面白い趣向だった。

 鹿力は、些かの満足心とともに、それを思い出していた。

 紅夏女(こうなつじょ)を屈服させるための道具として、貂蝉(ちょうせん)という紅夏女の連れだった娘を使い、紅夏女を追いこんでから丙種奴隷にすることを同意させようとしたが、最後まで紅夏女は、屈服しなかった。

 いきたくてもいけない身体にしてから、兵たちの輪姦にかけたが、紅夏女は明らかに理性を失いながらも、貂蝉を丙種にすることだけは承知しなかった。

 それだけは、見あげた意思力だと思う。

 

 まあいい。時間はいくらでもある。紅夏女を追い込む手段もほかにある。

 鹿力は、性交そのものよりも、女が屈服する瞬間というものが好きだった。

 特に、気の強い女が、絶望して服従する瞬間が堪えられない。

 それは、鹿力に性交以上の愉悦を感じさせてくれる。

 虎力からは、宝玄仙と紅夏女の二匹のうちのどちらかを処分させるのを求められていたが、どちらもまだ屈服仕切ってはおらず、まだ惜しい。

 だったら、新入のうちのひとりを処分してしまえばいいのではないか。

 どうせ、実際の間引きの時期は決まっていなかったのだ。

 うまく新入りは入ってきたのは、偶然にすぎない。

 

 城門が見えた。

 羊力がいて、羊力の横には檻車がある。

 檻車を曳いてきた馬と兵は、もう去らせたようだ。

 

 ここに来る女囚には、逃走防止の見張りは必要ない。

 手首と足首に、逃走防止の意思を失わせる法術の帯が刻まれていて、絶対に逃げることができない。

 そして、首輪の法具だ。

 虎力、鹿力、羊力の三人の気まぐれで、いつでも女囚を殺すことができる。

 いままでに、ここの女囚が脱走に成功したことはない。

 

「女囚は、ふたりか、羊力?」

 

 鹿力は檻車の横にいる羊力に声をかけた。

 

「そうだ。今度の女囚も、なかなかのものだ。器量は一級品の美女。身体はそれ以上だ。この羊力を愉しませてくれた」

 

「また、手を出したのか?」

 

 鹿力は苦笑した。

 

「いや、今度のふたりは、もともと、城郭軍が俺用に準備した娼婦だったのだ。だが、天教の神官とわかったので、女囚にして連れてきた」

 

「娼婦で神官?」

 

 鹿力は、天教の神官が娼婦をしているというのが合点がいかなかったが、とにかく、見てみることにした。

 そして、羊力に檻車から女囚を出せと言おうとして、檻車の扉が半開きになっていることに気がついた。

 なんとなく違和感を覚えた。

 がらりと檻車の扉を開いた。

 そこには誰もいなかった。

 いつも女囚の首輪と檻車の壁を繋いでいる鎖の痕もない。

 

「おい、羊力、女囚はどこだ?」

 

 鹿力は叫んだ。

 

「そこにいるじゃねえか」

 

「そこ?」

 

 羊力はすぐ背後に立っていた。

 その羊力がそう応じた。

 

「そことは、どこだ? 誰もいないぞ」

 

「なにを言っているんだ、鹿力。そこだよ。新しい女囚の沙那と朱姫だ」

 

 羊力は、誰もいない檻車の中を指差した。

 鹿力は、羊力を振り返った。

 眼に微かに術の痕跡がある。

 

「……操り術か」

 

 鹿力は呟いた。

 天教の術遣いが、『縛心術』とか称する操り術に違いない。

 それで我に返る。

 

「羊力、お前、兵を去らせてから、どのくらい経った?」

 

 鹿力は声をあげた。

 もしも、羊力が、操り術にかけられた状態で、そのふたりを連れて来たとしたら、すでに、この牢城に侵入を果たしていることになる。

 この牢城には、外部からの攻撃を防ぐ手段はない。

 女囚を法術により逃走防止しているだけで無防備だ。

 せいぜい、法術でうっかり近づく者を道に迷わせて追い返す結界をかけているだけで、一度結界の内側に入れば、簡単に智淵城に入れる。

 だから、羊力か鹿力が一緒でなければ、結界に入れないように法術をかけているのだ。

 だが、羊力は、操られた状態でその侵入者を入り込ませたのだ。

 

「さあな。もう、半刻(約三十分)になるかな」

 

 鹿力は、舌打ちした。そして、法術で信号弾を空に発射した。

 

 侵入者あり、警戒せよ――。

 

 そういう合図だ。

 羊力のことは後だ。

 第一は、侵入者の行方を探すことだ――。

 鹿力は、智淵城の建物に向かって走った。

 

 

 *

 

 

「行ったわね」

 

 檻車の下に腹這いになっていた沙那は、横の朱姫に言った。

 

「あれが、鹿力でしょうか。背が高いという特徴に合ってましたけど」

 

「そうね。ここに虎力も来てくれれば手っ取り早かったけど、そううまくはいかないわね。いずれにしても、鹿力を追いましょう。こういうときは、一番、護りたいものがある場所に向かうものよ。そこにきっと虎力はいるわ。向こうも、探すつもりが、まさか追いかけられているとは思わないでしょう」

 

「はい」

 

 沙那は、檻車の下から這い出た。

 羊力はそこに立っているが、朱姫の『縛心術』で、沙那と朱姫の存在を認識できない。

 眼の前に立っている沙那と朱姫のことはわからず、誰もいない檻車の中に、羊力は、沙那と朱姫の姿を見ているはずだ。

 

 沙那は、細剣を抜いた。

 護送の途中まで羊力に管理させて、あらかじめかけておいた術で、羊力自身に沙那に手渡しさせた剣だ。

 そんなことをしたことも羊力は認識がないはずだ。

 

 いきなり、羊力の腹に細剣を突き刺した。

 

「ぐわっ」

 

 なにをされたのかも知覚できないまま、羊力の目が大きく見開く。

 そのまま横に引いた。

 血とともに内臓が飛び出してくる。

 呻き声をあげながら倒れる羊力の首を斬った。

 首が転がって胴体から離れた。

 

「行くわよ、朱姫。あなた、鹿力の霊気は追えるわね?」

 

「任せてください、沙那姉さん」

 

 朱姫は走り出した。

 沙那はそれに追いつき、そして、前に出る。

 

「そのまま真っ直ぐ。正面の建物です」

 

 朱姫が叫んだ。

 

 

 *

 

 

「異常は?」

 

 鹿力は言った。

 丙種奴隷置場だ。

 ここには、屠殺され、あるいは実験動物となった奴隷が保管してある。

 法兵ふたりが警護をしているが、見たところ侵入者の様子はないようだ。

 

「異常ありません。鹿力様、いまの信号は?」

 

 ひとりが言った。

 

「侵入者だ。女がふたり。ここに増加の兵を回す。誰も入らせるな」

 

 ひと言だけ告げて、伝言管で兵の詰所に指示をして、ここに十名ほど回すように命令した。

 そして、甲種奴隷の部屋にいるはずの虎力のもとに走る。

 

 虎力は、自室にいた。

 周りには、宝玄仙、紅夏女、孫空女、七星という奴隷が揃っている。

 宝玄仙と紅夏女は、ほとんど失神状態だ。

 

「どうした?」

 

 虎力が言った。

 鹿力は、女囚に化けた女がふたり入り込んだと言おうとした。

 

「えっ?」

 

 だが、言えなかった。

 背中になにかがぶつかった。

 胸から細剣の刃先が突き出ていた。

 

「沙那――」

 

 孫空女が叫んだ。

 それが、鹿力が最後に聞いた声だった。

 

 

 *

 

 

「虎力、ご主人様と孫空女を返してもらうわよ」

 

 鹿力の身体を脚で蹴り飛ばして、鹿力の胸に突き刺さっていた剣を外した沙那は、虎力に血のついた剣を向けた。

 

「お前は?」

 

「沙那よ。死ぬまでの短い間、憶えておいて、虎力」

 

 さらに詰め寄る。

 虎力は椅子に座り、周りの四人の女に囲ませていた。

 

「沙那……」

 

 孫空女の声だ。

 

「待たせたわね、孫女」

 

「信じてたよ……」

 

 孫空女も宝玄仙も奇妙なものを身体に装着している。

 人間の手のかたちをしたものが、丁度女の身体を苛む場所に四箇所張りついている。

 それがどんなものなのか想像がついて、沙那は嫌な気持ちになった。

 

「……さ、沙那かい?」

 

 宝玄仙が眼を開いた。

 眼が虚ろだ。

 どんな責めを受けていたのかわからないが、半分意識がない状態だ。

 

「朱姫もいます」

 

 沙那は言った。

 

「……そうか。この宝玄仙と孫空女の仲間か」

 

 虎力の手が孫空女と沙那に伸びた。

 沙那ははっとした。人質にとられては困る。

 その虎力の身体が崩れた。

 頬に小さな傷のある青い髪の女が、虎力の座っている椅子をひっくり返したのだ。

 態勢を崩した状態で、虎力がこちらに飛ばされた。

 

 沙那は、剣を一閃させた。

 虎力の首が落ちた。

 

「朱姫、結界の出口を刻んで……」

 

 沙那は、朱姫に振り返った。

 

「はい」

 

 朱姫が結界を刻み始めた。

 『移動術』の出口は、城郭の城外に刻み終わっている。

 ここと繋げれば、そこに脱出できる。

 虎力、鹿力、羊力の三人の指導者を失って、法兵たちがどう動くかはわからないが、ここは逃げておいた方がいい。

 

「ご主人様、お待たせしました……」

 

 沙那は、宝玄仙に歩んでいった。

 

「沙那、後ろ──」

 

 不意に孫空女が叫んだ

 振り返ると、鹿力がそこにいた。

 人間ではない。魔族だ。角のある魔族の姿になり、大きな爪で襲いかかってきていた。

 沙那は、かろうじて避けたが、爪の先が首を掠った。

 ほんの少し爪を食い込まされただけだが、あっという間に身体が弛緩していく。

 

 なぜ――?

 

 確かに心臓を突き刺した。

 どうしていま動いているのか?

 人間だろうが、魔族だろうが、心臓を刺せば死ぬはずだ。

 沙那は、もう一度、剣を背後に振った。

 腕を斬り落とされた鹿力が壁に崩れた。

 

「ここにいたのかい……。さっきはよくもやってくれたな……」

 

 扉から出現したのは羊力だ。

 沙那は驚いた。

 羊力も殺したはずだ。

 

「なかなかの剣技だ」

 

 声は前からだ。

 頭を失った虎力の胴体が転がっている頭を掴んだ。

 そして、首の上に乗せる。虎力の首は胴体に繋がり、その顔が微笑む。

 一方で、沙那の筋肉の力はますます抜けていく。

 こいつらは不死身なのか……。

 沙那の背に冷たい汗が流れる。

 

「ご主人様、こっちに――。手を出して――」

 

 沙那は叫んだ。

 宝玄仙が起きあがってこっちによろよろと進んで来る。

 両腕を沙那に言われるままに手を伸ばしている。

 宝玄仙の右の手には、黒い紋章が刻まれている。あれが、術を封じる紋章だろう。そして、手首と足首には、脱出を封じる黒い線──。

 これらが宝玄仙の脱出の意思を封じている。

 

 沙那は、弛緩する腕を懸命に振りあげて、宝玄仙の両方の手首を黒い線ごと叩き斬った。

 そして、返る剣で足首も斬りおとす。

 

「朱姫、ご主人様と結界術で逃げるのよ──」

 

 手首と足首を失った宝玄仙の身体を朱姫に投げる。

 朱姫が宝玄仙の身体を受けとめる。

 宝玄仙の意識はないようだ。

 

「で、でも……」

 

 朱姫は戸惑っている。その朱姫と宝玄仙は、『移動術』の結界の上にいる。

 羊力が、逃亡を阻止しようと、そっちに飛びかかる。

 間一髪、沙那が羊力を突き飛ばす。

 沙那は、羊力とともに倒れた。

 もう、起きあがれない。毒が身体に回っている。

 鹿力も立ちあがった。腕は繋がっている。

 

「沙那姉さん、孫姉さん、ご主人様を連れていきます――」

 

 それが最後だった。

 朱姫と宝玄仙の身体が消滅した。

 すぐに『移動術』の出口が閉じられたのがわかった。

 沙那は、もう完全に力を失い、床に倒れていた。

 その身体を羊力が引きずりあげた。

 虎力と向き合うように立たされる。

 

「沙那というのか?」

 

 虎力が言った。

 沙那は、なにも言わなかった。

 

 失敗した。

 完全な失敗でなかったのは、宝玄仙を救出できたことだ。

 だが、孫空女は救えなかった。

 そして、沙那も虜になった。

 

「胸を出させろ」

 

 虎力が言った。

 鹿力が近づいて、沙那の上半身の衣服を引き裂いた。

 沙那のふたつの乳房が露わになる。

 虎力が、沙那に向かって手を伸ばした。

 

「はぐっ――」

 

 次の瞬間、虎力の手が、沙那の胸を深々と抉って、身体に突き刺さった。

 

 

 

 

(第21話『奴隷城の屈辱調教』終わり、第22話『奴隷城からの脱出』に続く)






 *


【西遊記:45・46回、虎力・鹿力・羊力大仙⓶】


 智淵寺で歓待を受けた孫悟空は、その夜、この国を支配している道教のことが気になって、空にのぼります。
 そして、南の方角に、煌々と明かりの灯る立派な建物を見つけます。
 向かってみると、そこは「三清殿」と呼ばれる道教の拝殿であり、国王に気に入られて、この国を支配している虎力大仙、鹿力大仙、羊力大仙という三人の道術師が大勢の弟子を連れて礼拝を唱えている光景に遭遇します。

 孫悟空は、一度戻って、猪八戒と沙悟浄を起こして、三清殿に忍び込んで、供え物の食べ物を食い荒らしたり、挙句の果てには、自分たちは降臨した道教の神だと騙して、虎力大仙たちに、自分たちの小便を聖水だと言って、飲ませる悪戯までします。
 結局はばれるのですが、三人はなんとか捕らわれることなく逃げ帰ります。

 翌日、国王のもとに、玄奘たちは国境の通過を許可する許可を得るために参内します。国王は玄奘が仏教の高僧だということは認識していましたが、唐国が大国であることから、無駄な騒動を避けるために大人しく退散させようと思っていました。
 ところが、偶然にも虎力大仙たちが、玄奘のいる場所に遇殿に出くわし、孫悟空たちを見て、昨夜三清殿に忍び込んだ泥棒だと騒ぎ立てます。

 孫悟空たちは白を切りますが、虎力大仙たちはしつこく罵ります。
 どちらの言い分が正しいのか困った国王は、ならば術で勝負してはどうかと提案します。
 孫悟空は、玄奘に耳打ちして、この国王の言葉に乗らせます。

 勝負は、虎力大仙と玄奘のあいだで、雨ごい勝負、座禅勝負、透視力勝負の三番勝負になりますが、裏で手を回した孫悟空が、ことごとく、玄奘を勝利させます。

 追い詰められた虎力大仙は、さらにもう一番の勝負を仕掛け、自分は首を切断しても死なない術が遣えると宣言します。
 面白がった孫悟空は、今度は相手を自分が受けると申し出て、まずは、孫悟空が自分の首を切断して、すぐに復活してみせます。
 虎力大仙も、不死身であることを証明しようと、自分の首を刎ねさせますが、孫悟空は、その首を術で犬に咥えさせて逃亡させます。
 首のなくなった、虎力大仙は復活することができずに、死んでしまいます。(第46回の後半・47回に続く)


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 第22話  奴隷城からの脱出【虎力(こりき)
135 傀儡(くぐつ)の石


 * (沙那の視点/沙那による宝玄仙の襲撃)


「沙那姉さん、戻ってこられたんですね? 孫姉さんも一緒ですか?」

 朱姫が叫んだ。
 その横には、宝玄仙が床に敷いた寝具の上で上半身だけを起こしていた。
 沙那が斬り落とした手首と足首は戻っているようだ。
 大した『治療術』だ。

「沙那、その鞭の痕はどうしたんだい?」

 宝玄仙が上半身をこちらに向けた。
 朱姫がなにかを叫んだ。
 頭の中の誰かが、沙那がやろうとしていることをとめようとしているように感じた。
 沙那は、それを無視した。

 ひと言も喋らずに、沙那は抜きさった細剣を宝玄仙の心臓に深々と突き刺した。
 宝玄仙の呼吸が一瞬にして停止するのをはっきりと感じた。
 横で朱姫が悲鳴をあげた。





「胸を出させろ」

 

 虎力(こりき)は言った。

 鹿力(かりき)が近づいて、沙那の上半身の衣服を引き裂く。

 沙那のふたつの乳房が露わになる。

 虎力は、沙那に向かって手を伸ばした。

 

「はぐっ――」

 

 沙那が呻き声とともに胃液を吐いた。

 虎力の手は沙那の胸に突き刺さった。

 沙那の眼は白くなりかけている。

 わざと苦しみが増すように、沙那の体内に埋まっている手を動かす。

 気を失いかけている沙那が、わずかに覚醒を取り戻す。

 

「苦しいか、沙那? これはどうだ?」

 

 虎力は、沙那の身体の中を抉る。

 

「あぎゃあああああ」

 

 沙那が苦悶の呻き声を吐いた。

 

「沙那になにすんだい――」

 

 背中で孫空女が叫んだ。

 虎力は、法術で孫空女の身体を床に磔にするとともに声を封じる。

 孫空女の声が消える。

 虎力は沙那の身体からゆっくりと手を抜いていった。

 

「んげええ、あぎいいい、んぐうううう」

 

 沙那の身体が限界まで反り返った。

 苦しいはずだ。

 意図的に人としての最大の痛点を無造作に刺激している。

 外からではなく、最大の激痛の感覚が頭の中に直接に送られているのだ。

 およそ、生きている者であれば、耐えられるものじゃない。

 

 そして、沙那が完全に脱力した。

 沙那の身体から抜いた虎力の手には、小さな石が握られていた。それを鹿力と羊力に示した。

 羊力が沙那から手を離した。

 沙那は、その場で床に崩れ落ちた。完全に気を失っている。

 

「それはなんだ、兄貴? 沙那の身体の中にあったのか?」

 

 羊力が石を覗き込みながら言った。

 

「うむ。これは、どうやら、魔法石、つまり、宝玄仙の魂の欠片のようだ」

 

 虎力は言った。

 一見しただけでは、そこら辺の路傍の石と同じだ。

 だが、凄まじいばかりの霊力がこれに込められている。

 『魂の欠片』という術は、術遣いとしては、最高術といっていい術であり、その言葉のとおり、術使いとしての魂を分離してしまうというものだ。

 これがあれば、本体にあった魂がその死により滅んでも、この欠片を元にして命を復活させることができる。

 言わば、術遣いの究極魔術といっていいだろう。

 

「それにしても、この石は凄まじい力だな、兄貴」

 

 羊力も感心している。

 術遣いの魂の欠片は、目の前にあるもののように、石のかたちをしていることが多い。

 だから、これを魔法石、あるいは、賢者の石ともいう。

 本来は、術者の復活の儀式を行うための道具なのだが、別な使い方がある。

 魔法石を体内に取り込むことにより、術者の霊力を取り込むことだ。

 なんでもない畜生を強大な魔獣や妖魔に変えることもできる。

 魔法石の使い道は、いくらでもある。

 

「これを沙那は、身体の中に入れていたのだな。いまの沙那は、ただの人間のようだ。霊力の気配が消滅している」

 

 鹿力が言った。

 

「おそらく、宝玄仙の魂の欠片を取り込むことで、術遣いのように霊力を身体に帯びさせていたのだろう。だが、残念ながら、この魔法石の力を十分に生かしきれていなかったようだ。さっき、この沙那からは、最下級の術遣い程度の霊力しか感じなかった」

「おそらく、もともと、魔術に対する素地に欠けていたのだろうな」

 

 鹿力が頷いた。

 

「それにしても、これは少々困ったことになったな」

 

 虎力は、宝玄仙の魂の欠片を改めて眺めながら言った。

 

「困ったこととはなんだ、兄貴?」

 

 羊力が応じた。

 

「これが宝玄仙の魂の欠片とすれば、本人の霊力は、それこそさらに凄まじいということだ。欠片にしてこれだけの力なのだからな。魔力封じの紋章により封じていたので気がつかなかったが、どうやら俺たちは、これほどの霊力を持つ術使いの女を十日ばかりいたぶり続けていたのようだ」

 

「それのなにが困るのだ、兄貴? 逃げられはしたが、術は解いていない。強い術遣いだったかもしれないが、俺たちの法術であのざまだ。まあ、困ったといえば、あの身体を味わえなくなったことだがな」

 

 羊力が馬鹿笑いした。

 

「羊力よ。本当に、おめでたい奴だな、お前も……。それを見てみろ」

 

 鹿力が呆れたように言った。鹿力の示した視線の先には沙那が斬り落とした宝玄仙の手首を足首が散らばっている。

 

「それがどうかしたのか、鹿力?」

 

 羊力は、その手首と足首を拾い集めた。

 鹿力が、その中から紋章の刻んである宝玄仙の手首を取って、羊力に示した。

 

「宝玄仙の術を封じていたのは、この紋章だ。それがここにあるということは、いま、宝玄仙の身体には、術封じの紋章が刻まれていないということだ。これが、どういうことかわからないのか、お前は?」

 

 鹿力がそう言うと、やっと羊力は、合点がいったという表情をした。

 

「つまり、宝玄仙は、いまは、術が遣えるということか……」

 

「その通りだ、羊力――」

 

 虎力は言った。

 

「……そして、その宝玄仙は、おそらく、俺たちよりも道術の能力が高い。単純な術比べではかなわんだろう。それは、この魂の欠片でわかる」

 

「宝玄仙が仕返しに来るかな、兄貴?」

 

「来るだろう。宝玄仙の供ふたりが、ここにいる。しばらくは、切断された手足を回復せねばならんだろうから大人しくしているとは思うが、ここに戻ってくることは間違いないな。その時は、つらい戦いになるだろう」

 

 虎力は言った。

 

「だが、こっちには、人質もいる、鹿力の兄貴」

 

 鹿力はそう言って、視線を沙那と孫空女に向けた。

 虎力もそれに合わせて視線を動かす。

 

 沙那の眼はうっすらと開けられている。

 どうやら意識は戻ったようだ。

 孫空女は、相変わらず淫具に苛まれた裸身を床に磔にされてもがいている。

 このふたりが、切り札になるかもしれない。

 虎力は思った。

 

「……だが、宝玄仙が人質など気にせず、こっちを攻撃したらどうする?」

 

 虎力は言った。

 

「確かにな。復讐に燃える宝玄仙が、人質を意にも介さずに術攻撃をしてくることは十分にありうるな。紅夏女(こうなつじょ)貂蝉(ちょうせん)を護り抜いているのと違って、強制されたとはいえ、孫空女は、割と平気で宝玄仙の尻を鞭打っていたし、尻も犯していたな」

 

 鹿力が言った。

 

「だが、俺たちは、三人いるのだぞ、虎力の兄貴。宝玄仙ひとりの術でやられるか? さっきまで、俺たちの慰み者に成り果てて、けつでよがり泣いていた人間の女だぞ」

 

「だったら、まず、宝玄仙は、お前のけつを術で粉々に吹き飛ばすだろうよ、羊力。この魔法石の強さで、宝玄仙の強さを認識できんようなら、お前も色情しか能がない能無しということだ」

 

「能無しとは酷いじゃないか、鹿力」

 

 羊力が鼻白んだ。

 

「待て、鹿力、羊力」

 

 一瞬、ふたりが険悪になりかけたのを見抜いて、虎力は言葉を挟んだ。

 鹿力と羊力が口を閉ざす。

 虎力は言葉を続けた。

 

「……それにしても、この沙那も、ただの人間の女にしては惜しい女だ。魔法石を身体に入れていたとはいえ、本来はなんの術も遣えんただの人間だ。それが、この法術使いの巣窟のような場所に自らやって来て、俺たち三人を斬ることに成功もした……」

 

「確かに俺たちの魂を別にしておいてよかったなあ……」

 

 羊力が言った。

 

「黙れ、羊力」

 

 虎力は大喝した。

 羊力が驚いた表情をした。

 

「……お前は、口数が多いようだ、羊力」

 

 羊力が、はっとした表情で顔を赤らめた。

 虎力のいまの言葉で、羊力は三人の秘密をうっかりと口に漏らしてしまったことに気がついたのだ。

 急に神妙な表情に変わる。

 

「まあいい。それにしても、沙那のことだ。剣で俺たち殺せんと判断するや、躊躇いなく、自分の女主人であるはずの宝玄仙の手首と足首を斬り捨てた。それが最善の策だと判断しても、自分の女主人の身体を斬ることなどなかなかできん。それを躊躇なくやってみせる判断力と決断力。剣技の腕以上に、それは感嘆に値する。この女、ただ死なすには惜し過ぎる……」

 

「……だが、殺さねばならんぞ、虎力の兄貴」

 

 鹿力が言った。

 虎力は頷いた。

 鹿力が言っていることはわかる。

 ここにいる女囚は、すべて術遣いだ。

 術を帯びないただの人間をこの牢城に閉じ込めることはできないのだ。

 法術と呼んで、別のもののように言っているが、実は法術は魔術や道術そのものだ。

 だから、その原理は同じだ。

 

 つまり、魔術は魔術に共鳴する。

 それが、魔術学の第一原理だ。

 ここにいる女囚は、虎力の法術、即ち、魔術で逃亡を防ぐ術をかけられている。

 喉を締める首輪で脅迫はしているが、女囚の逃亡を防いでいるのは、なによりも、逃亡の意思をなくさせる魔術なのだ。

 だから、この智淵城には、女囚の逃亡を防ぐ監視はない。

 城壁もなければ、見張りも立っていない。

 逃亡したくても、魔術でその意思を失くされるので逃げられないのだ。

 

 だから、ただの人間は、ここに閉じ込めることができない。逃亡の意思を失わせる術がかけられないからだ。

 魔力がない人間には魔術をかけることはできない。

 だから、霊具を使う。

 だが、霊具で意思を変えることはできない。

 もっとも、方法が皆無というわけではない……。

 

「鹿力よ。手はあるのだ。魔法石を身体に入れていたこの女ならばな……。沙那が魔法石を入れていた場所には、いま空洞ができている。このまま放っておけば、いずれ塞がれてしまうだろうが、いまなら、そこに別のものをいれることができる」

 

 虎力は言った。

 

「別のものとはなんだ?」

 

 鹿力は首を傾げた。

 虎力はそれには応じず、持っていた宝玄仙の魔法石を服の内隠しに入れてから、右の手のひらに術を込めた。

 虎力が欲しいものが、丙種奴隷置場に備えている法具庫から転送してきた。

 

「見よ」

 

 虎力は、手のひらに術で転送させたものを鹿力と羊力に示した。

 そこには、親指の先程の大きさの灰色の球体がある。

 

「おお、『傀儡(くぐつ)の石』か──。その手があったか」

 

 鹿力が感心した声をあげた。

 

「なんなのだ。その『傀儡の石』とは、虎力の兄貴?」

 

 羊力が首を傾げている。

 

「そうか。お前は、『傀儡の石』は知らんのか。教えよう。色々とあるのだが、つまりは、この『傀儡の石』を入れられたものは、入れた相手に支配されるのだ」

 

「ほう、操るのか」

 

 羊力が声をあげた。

 

「操り……とは少し違う。似たようなものだがな。自分の意思で従うようになるのだ。これを沙那に入れる。そして、宝玄仙がここに来る前に、こちらから殺しにいかせる。宝玄仙も沙那であれば油断するだろう。俺たちを一度は殺したあの稲妻のような剣――。あれを油断している宝玄仙が避けられるわけがない。それで、宝玄仙は片付く。宝玄仙は死ぬだろう。復活もできん。宝玄仙の魂の欠片は我らのもとにあるからな。当然、仕返しもできん」

 

「なるほど、名案だ、兄貴」

 

 羊力が手を叩いた。

 

「さて……」

 

 虎力は、床に倒れている沙那に『傀儡の石』をかざした。

 その表情には恐怖の色がはっきりと映っている。

 沙那の身体はまだ弛緩されて動くことはできないが、すでに意識は戻っている。

 いまの話のどこから聞いていたかわからないが、沙那は、これから自分がされようとしていることを理解したはずだ。

 

「……や……め……て……」

 

 沙那の口からゆっくりとした言葉が出てきた。

 

「もっと、怖がれ。その恐怖心、憎悪……。『傀儡の石』を入れられた直後の感情は、お前を生涯にわたって支配する土台となる。『傀儡の石』を入れられたお前の最初の感情が憎悪と恐怖だったら、お前は、憎悪と恐怖だけに捉われる人形となるのだろう。その感情のまま、宝玄仙を殺しにいくがいい」

 

 沙那の剝き出しの胸のあいだに、もう一度、拳をかざす。

 今度は、虎力の拳には、『傀儡の石』がある。

 

 沙那の胸の間に、虎力の拳が吸い込まれた。沙那の眼が大きく見開かれた。

 そして、口が悲鳴をあげるように大きく開く。

 だが、その絶叫が部屋に響くことはなかった。

 沙那は、そのまま気を失った。

 虎力は、沙那の身体から手を抜いた。

 もう『傀儡の石』は沙那の身体の中にある。

 

「さて、処置すべき奴隷がひとりいたな」

 

 虎力は、じっと押し黙ってこちらを見守っていた七星に視線を向けた。

 七星の顔にも恐怖の色が浮かんでいる。

 

「さっきは、よくもやってくれたものだ。術にかかりながらも、俺の椅子を引き倒し、沙那に首を斬らせるとはな」

 

「ゆ、許して……」

 

 七星の唇が震えている。

 沙那の剣が虎力に迫ったとき、七星は、虎力が宝玄仙と孫空女を盾にしようとしていることに気がついて、虎力の座る椅子を引き倒した。

 態勢を崩した虎力は、身体を沙那に差し出すかたちになり、沙那は一刀のもとに、虎力の首を切断した。

 羊力が思わず漏らした言葉のとおり、魂を身体と離しておかなければ、虎力はそのまま死んでいたに違いない。

 

「虎力の兄貴、七星が兄貴に手をかけたというのは本当か?」

 

 鹿力が訊ねた。

 七星がそれをやった場面は、鹿力も羊力も見ていない。

 鹿力が復活して意識を取り戻したのは、虎力が首を斬られた後のはずだ。羊力はもっと後だ。

 

「手をかけてはいない。座っている椅子を倒したのだ。もしも、それが逆らうという意思があれば、身体が停止したはずだ。そして、実際に停止した。だが、そのときには、すでに自分の体重を俺にかけていたのだ。そうやって、俺を引き倒したのだ、この女は……」

 

 虎力は七星を睨んだ。

 

「も、もうしません。だ、だから、殺さないで」

 

 七星の身体は恐怖で震えている。

 この女は、沙那が鹿力に剣を突き刺し、虎力に剣を向けたとき、これがここを脱出できる千載一遇の機会だと考えたのだろう。

 だから、抵抗した。

 あんな方法で術に対抗できるというのも驚いたが、残念ながら、沙那の襲撃は失敗に終わり、七星の望みも潰えた。

 七星は、自分のやった行為を後悔しきっているだろう。

 ならば、この七星を沙那に対する支配を強化する材料に使うという手もある。

 

「死にたくないか、七星?」

 

「し、死にたくないよ、虎力様」

 

 七星は言った、

 その身体は恐怖でぶるぶると震えている。

 

「ならば、試してやろう。沙那の服を脱がせろ。そして、拷問にかけろ。ただし、殺してはならん。五体満足でなければならん。この女には、仕事があるからな。しかし、死んだ方がましだと思う程の惨い目に合わせろ。それができたら、お前への仕置きは勘弁してやろう」

 

「わ、わかったよ。こいつは、沙那っていうんだね。あたい、なんでもやるよ。なんでもやるから……」

 

 七星は、沙那に飛びついた。

 意識のない沙那から服をむしり取っている。

 

「よいのか、兄貴?」

 

 鹿力が虎力のそばに寄ってささやいた。

 

「いいのだ。多少は拷問の痕がなければ、不自然だ……。沙那は、ここで捕えられて拷問に遭った。しかし、沙那は術には支配されない。だから、隙を見て、ひとりだけ逃げ出した。そういうことにしておけばいい」

 

「頭いいな、兄貴」

 

 羊力が言った。

 

「それに、『傀儡の石』による支配を確実にするためだ」

 

「それはどういうことなのだ?」

 

 鹿力は言った。

 

「さっきも言ったが、『傀儡の石』を入れられた直後の感情は、沙那の心を作りかえてしまうことになる。沙那には、徹底的な憎悪の感情を植えつける。傀儡の支配のために、感情も操作しやすいものに作りかえる。憎悪に満ちた人間ほど操りやすいものはないからな」

 

「なるほど」

 

 鹿力は納得したようだ。

 

「ところで、羊力、宝玄仙が残した身体の一部は処分するとして、紋章を刻んだ右手首だけは、霊鷲山(りゅうじゅせん)雷音院(らいおんいん)に送っておけ。宝玄仙に執着している男がいると、先日連絡があったろう。喜ぶかもしれん」

 

 虎力は言った。

 

「それは、あの女のような男のことだろう?」

 

 露骨な侮蔑の表情を浮かべた羊力を見て、思わず虎力は笑ってしまった。

 

「そう言うな、羊力。あのお方も、一応、あの女男に一目を置いているのだ。こんな肉片ひとつで、機嫌を取り持てるなら安いものだ。宝玄仙の魂の欠片のことも情報だけはいれておけ」

 

「まあ、手配はしておくよ、兄貴」

 

 羊力は言った。

 虎力は、七星と沙那に視線を戻した。

 沙那は、七星によって素っ裸になっていた。

 まだ、意識はないようだが、七星は、卓の上においてあった縄で沙那の両手を背中にねじ上げて縛っている。

 

「沙那を酷い目に遭わせればいいんでしょう? 本当にそれで許されるんだよね、虎力様?」

 

「ああ、それができれば、お前を俺たちが殺すことは勘弁してやろう。その代わり、徹底的に沙那をいたぶるのだ。心の底から沙那が、お前に対して憎しみを抱くようにな。だが、少しでもお前のやり方が手ぬるいと感じるようなら、その場でお前は丙種奴隷として屠殺場に送る」

 

「ありがとう。あ、あたいは、期待に応えてみせるよ。この沙那を死んだ方がましだと思うくらいの目に遭わせてみせるから」

 

 七星は言った。

 そして、沙那を縛る縄に力を込めている。

 もっとも、沙那に七星が憎しみを与えることができたその後は、沙那の憎悪の感情を根付かせるための道具として七星は使われることになる。

 そのときは、死んだ方がましだと思うのは、七星の方かもしれない。

 

 虎力はほくそ笑んだ。



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136 憎悪に囚われた女

「ほら、脚が下がったよ。勝手に脚を下げんじゃないよ、沙那」

 

 七星(ななほし)は、沙那の左足に鞭を振るった。

 沙那の白い肌に新しい鞭痕が追加される。

 恨めしそうな視線の沙那が、呻き声をあげながら下がりかけた左足を戻して、必死の様子で脚を閉じ合せる。

 すでに限界を超えている筋肉が引きつったように震えているのがわかる。

 沙那を吊っているのは、脚に嵌めている一本の鎖だが、それは片脚しか吊っていない。

 もう片脚は自由にさせている。

 両手は背中だ。

 その状態で沙那を逆さ吊りにさせ、ちょっとでも拘束していない脚が落ちようものなら、容赦のない鞭打ちを続けているのだ。

 とにかく、この女に情けをかけると、七星は殺されるのだ。

 徹底的に苛め抜くしかない。

 

「そうだよ。女っていうものは、そうやって慎み深く、脚を閉じておくものさ。まったく、さっきから隙さえあれば、股ぐらを開こうとしやがって、恥ずかしくないのかい、沙那」

 

 七星は、そう沙那を言葉でなぶりながら、ちらりと部屋の隅で七星と沙那を見守っている虎力を見た。

 じっとこっちを見ている。

 

 七星の沙那に対する責めにちょっとでも手加減のようなものを感じたら、すぐに七星を殺すつもりなのだと思う。

 虎力が見ている限り、七星は沙那を限界まで責めあげるしかない。

 

「そらよ、気合を入れな、沙那──」

 

 七星は、沙那の乳房に鞭を入れた。

 

「んぐううう」

 

 沙那が吠える。

 痣はできるが皮膚が裂けないぎりぎりの強さだ。

 すでに乳房は鞭痕でいっぱいだ。

 乳房だけではない。沙那の全身は新しく鞭を入れる場所がないくらいに傷だらけになっている。

 本当だったら、すでに激痛で気を失ってもおかしくないくらいだ。

 

 だが、この女の鍛え抜かれた身体と、逆さ吊りにされて頭が下にあるということで、血が頭に集まるので、意識を失うことができないのだ。

 この女に恨みはない。

 だが、この沙那という宝玄仙と孫空女の仲間が、鹿力の胸に剣を突き刺すのを見たとき、これこそ逃亡の機会だと考えた。

 だから、沙那が次の剣を残った虎力に向けたとき、七星は、咄嗟に虎力の座る椅子の脚に体重をかけた。

 虎力たちが七星にかけた術により、虎力たちに逆らうような行為やこの牢城から逃亡するような行為をしようとすると身体が動かなくなることは承知していた。

 だが、すでに体重をかけた状態だったら、身体が動かなくなっても、そのまま体重をかけ続けることくらいはできる。

 そういう抵抗の方法もあることは、最初から考えていた。

 千載一遇の機会だと思ったから、それをやったのだ。

 

 だが、沙那は失敗した。

 胸を突き刺したはずの鹿力はいつの間にか、復活して妖魔の姿で長い爪で毒らしきものを沙那の身体に注入した。

 虎力など、沙那に首を切断されたのにも関わらず、自分でその首を掴んで元に戻しさえしたのだ。

 おそらくこいつらは人間ではない。

 妖魔に違いない。

 実際、鹿力は、胸を剣に貫かれたことで妖魔の正体を曝け出した。

 だが、それはどうでもいい。

 連中が妖魔であろうと、妖魔でなかろうと、問題は、この沙那という女が失敗し、それを手助けしようとした七星が窮地に陥っているということだ。

 そういう意味では、この沙那が拷問を受けなければならない理由はある。

 

 七星は、そういうふうに自分の感情を整理した。

 そう考えなければ、恨みのない女を相手に拷問などできるわけがない。

 人を鞭で打ったり、口汚く罵倒したり、侮辱を与えたりするのはぞっとする仕事だ。

 だが、それをしなければ殺される。

 七星の命は、虎力たちの気まぐれに握られている。

 とにかく、七星は死にたくはない。

 

 七星が命じられたのは、沙那をできるだけ苦しめることだ。

 ただし、身体はできるだけ損傷させない。

 身体の機能を損なわないのであれば、傷をつけるのはいくらでもいいらしい。

 その出来、不出来により、七星が殺されるか、もう少し生きられるかが決まる。

 

 七星は、沙那の両腕を背中で組ませて縛りあげると、沙那を逆さ吊りにした。

 逆さ吊りにすれば、失神しにくくなる。

 そして、片脚だけを吊って脚を拡げるのではなく、拡げるなと命令した。女の羞恥と筋肉の耐力を天秤にかけた責めだ。

 

 その沙那の身体を鞭打ちする。沙那は体力を削がれ続ける。

 いずれ、沙那は足をあげられなくなるはずだ。

 だが、もう一刻(約一時間)もこんなことを続けているが、まだ、沙那の脚はかろうじて、まだ閉じられ続けている。この女の筋力には驚くほどだ。

 しかし、また、肢が下がってきた。

 

「ほら、沙那、脚が下がったよ。脚があがらなくなったら、その股ぐらに火のついた蝋燭を突っ込んでやるよ。それが嫌なら、頑張って股を閉じるんだよ」

 

 沙那は呻き声をあげながら脚を戻した。

 その力を削ぐように、脚が拡がる方向に鞭で内腿を引っぱたく。

 ついに、沙那は、苦痛の悲鳴をあげて脚をぱっくりと開いてしまった。

 

「ほら、みっともない股ぐらを曝け出すなって言っただろう」

 

 七星は、腕を振りあげて沙那の股の中心に鞭を叩きつけた。

 

「ひぎゃああああぁぁ――」

 

 沙那は、この世のものとは思えないような絶叫をした。

 そして、小便が噴水のように飛び出した。

 

「汚いねえ、沙那。だけど、いいのかい? 股ぐらに突き刺した蝋燭は、あんたの小便で消させようと思ったんだよ。出しちまったら、どうやって消すんだよ」

 

 自分の小便を浴びながら、沙那の瞳が七星を睨みつけている。

 その眼には、ぞっとするほどの憎しみが籠っている。

 七星は、思わずすくみあがった。

 

「こ、こっちを見るんじゃないよ、沙那――」

 

 七星は、沙那の表情が怖ろしくなり、思わず、全力で鞭を振った。

 沙那の身体が踊った。

 それでも、沙那は七星を睨むのをやめない。

 

「見るなって言ってんだろう」

 

 小便を床にまき散らし終えた沙那は、七星をまだ睨んでいる。

 七星は、滅茶苦茶に鞭を振るった。

 沙那の裸身に新しい鞭の痕が次々に刻み続けられる。

 

「見んな──。見るなってんだろう──」

 

 なんという恐ろしい眼で見る女だ──。

 逆に怖くなってしまい、それが七星の鞭打ちを誤らせてしまい、鞭が逸れて沙那の顔に掠った。

 沙那の頬から血が噴き出る。

 

「あっ」

 

 七星は思わず手をとめた。

 顔だけは避けていたつもりだったが、鞭先が沙那の頬に触れてしまったのだ。

 沙那の頬が切れて、沙那の頭の下に溜まった汗と小便の水溜りに真っ赤な血が混じる。

 

「ゆ、許さ……ないよ……、お、お前……」

 

 沙那の口がそう言った。

 

「許せなきゃあ、どうするのさ?」

 

 七星は、沙那の開ききった股の付け根に鞭を思い切り振るった。

 

「あががあああああ――」

 

 沙那は宙吊りになった身体を限界まで仰け反らせた。

 

「股を閉じな、沙那……。何度も言わせんじゃないよ──」

 

 七星は沙那に近づいた。

 沙那の股間は、丁度七星の顔の辺りにある。

 

「股ぐらを閉じるな、沙那。閉じないと何度も何度も股を打つよ」

 

 七星は言った。

 沙那には、もう脚を閉じる力は残っていないことはわかっている。

 七星は、無防備な沙那の股間を鞭の柄で抉った。

 

「んぎいいいい」

 

 沙那は呻きながら、懸命に垂れ下がっている脚を懸命に戻そうとしている。

 だが、すでに限界を超えている沙那は、やはり脚をほとんどあげることができない。

 そして、股をいじくると、明らかに沙那の身体から力が抜けるのがわかった。

 

「どうしようもなく、堪えようのない淫情な身体だねえ。ちょっと乱暴に弄くっただけでぐしょぐしょになったじゃないか。お前は、本当に淫乱だよ。これだけ、鞭打たれた直後なのに感じるのかい――。ほれっ、ほれっ……」

 

 沙那の股間はほんのちょっとの愛撫で、みるみるうちに淫液で溢れてきた。

 その淫乱さは、逆に気の毒なほどだ。

 

「あっ、ああ、あああっ……」

 

 沙那の呻き声に嬌声が混じりはじめる。

 七星は、部屋の隅の虎力をちらりと見る。

 相変わらずの七星を試すような視線だ。

 この沙那を死んだ方がましと思うような目に遭わせなければならない。

 それができないと虎力が判断したときに七星は死ぬ。

 

「お、お前を許さないよ……、七星」

 

 沙那は呻くようにもう一度言った。

 その瞳が七星を離さない。

 なぜだかわからないが、圧倒される。

 七星は、沙那の股間をいたぶる手をとめてしまった。

 

「な、なんだよ……。し、仕方ないじゃないか……」

 

 思わずそう呟いた。

 

 それではっとした。

 弱気になったことを虎力に悟られはしなかったか……。

 

「もうよい、七星。終わりだ」 

 

 虎力が立ちあがった。

 七星はすくみあがった。

 殺される――。

 そう思った。

 

「も、もう一度、機会を与えてください。き、きっと期待に応じられる仕事をやってみせます」

 

 こんなところで死ぬわけがない。

 死ぬわけがないのだ。

 

「いや、お前はいい仕事をした。もう少し、時間をかけてもよかったが、あまり時間をかけていられない事情もある」

 

「事情……?」

 

 七星は呟いた。

 そして、頭の中では、虎力に殺されないで済む方法――。

 それを懸命に巡らせていた。

 首に装着されている革の首輪……。

 虎力の瞬きひとつで、それは七星の首を絞めはじめるはずだ。

 それはいつか。一瞬後かもしれない。

 七星は自分の脚が小刻みに震えているのを悟った。

 

「こ、虎力様……。そうだ。この沙那の膣に火のついた蝋燭を挿します。そ、それで鞭打つんです。蝋燭の滴が、こいつの敏感な場所に飛び散ります。きっと、泣き叫ぶと思います」

 

 七星は一生懸命に自分の考えた責めを説明した。

 気に入ってもらうためにはそれしかない。

 嗜虐者として役に立たないと烙印を押されたとき、虎力は七星を処分するに違いない。

 そう思った。

 

「七星、沙那を降ろして、縄を解け」

 

 だが、虎力はそう言った。

 七星は、自分の顔から血の気が引くのを感じた。 

 しかし、諦めて沙那を降ろす。

 すぐに縄と鎖を解き始めた。

 縄を解かれながら、沙那はぐったりとしていた。

 もう、ほとんど体力が残っていないのだ。

 

「沙那、お前には、これからひとつの仕事をしてもらう。心配いらん。体力はすぐに仙薬で回復させる。だが、鞭の痕はそのままだ。その方が、おそらく都合がいいだろう」

 

 沙那はなにも答えなかった。

 口を開く力が残っていないのかもしれない。

 虎力が言う仕事とは、おそらく、宝玄仙を沙那に殺しにいかせることだろう。

 沙那を捕えたとき、沙那の身体の中に得体の知れない黒い球体を入れながら、虎力は、鹿力や羊力とそう話していた。

 だが、いまの七星には、自分のことで精一杯だ。

 逃亡に成功した宝玄仙のことを心配する気にはなれない。

 

「……だが、その前に、ひとつやりたいことがあるはすだ。お前を拷問した七星に仕返しをしたいだろう? 思う存分痛めつけるがいい。殺したければ殺しても構わん。お前の憎悪を七星にぶつけるのだ。それで、お前の心には、黒い感情が刻みつけられる」

 

 虎力は言った。

 七星は、思わず沙那の拘束を解く手をとめてしまった。

 

「……そう、殺してもいいのね?」

 

 沙那が言った。

 沙那の瞳は、はっきりと七星を捉えている。

 七星は恐怖した。

 

「ああ、殺しても構わん。拷問していた側が、次の瞬間に拷問にされる側になる。これ程の愉快な見ものもない」

 

 虎力の視線も、しっかりと七星に向けられていた。

 まるで、これから屠殺する動物を見るような眼だ。

 女囚になんの感情も抱かず、気まぐれで殺したり、生かしたりしてきた智淵城の支配者が、初めて意味のある存在として七星を見た。

 

 そう七星は感じた。

 

 

 *

 

 

「七星、どんなに気持ちよくても、お前のお実を勃起させないことね。勃起させたが最後、地獄が待っていると思っていいわ。それが嫌なら死にもの狂いで耐えることね」

 

 沙那は言った。

 七星は、沙那の眼の前にある台に虎力の法術に磔にされて横たわっている。

 その恐怖に染まる表情は、実に小気味がいい。

 沙那の身体に無数の鞭痕をつけた女だ。

 この女に復讐してやると心に誓ったが、その機会はあっという間に訪れた。

 七星のやり方が気に喰わなかったのか、虎力は拷問をしていた七星と、それを受けていた沙那の立場を入れ替えたのだ。

 いまや一糸まとわぬ姿で、抵抗する手段を失った七星が沙那の眼の前にいる。

 

 それにしても、すべての記憶が薄ぼんやりとしてよく覚えていない。

 はっきりと知覚しているのは、この眼の前の女に拷問されていたことだ。

 その理由は知らない。

 気がつくと、沙那は七星というこの女に、片足だけで宙吊りにされて、鞭打たれ続けていていた。

 そして、拘束されていない方の脚をあげ続けろと言われて、一刻(約一時間)以上も、狂ったように鞭打たれた。

 

 どうしてそんな目に遭わされることになったのかわからなかった。

 沙那は七星の鞭打ちに耐え続けた。

 この女が鞭打ちというような行為に馴れていなかったのも幸いした。

 手加減していたのかもしれない。

 あるいは、躊躇いのようなものだろうか。

 七星は、沙那に鞭を遣いながらも、沙那を傷つけることを躊躇っていた。

 一度、沙那の顔に鞭先が振れたときなど、まるで自分が鞭打たれでもしたかのように怖がっていた。

 責めておきながら、相手を責めきるのを怖がるとは変な女だ。

 

 その七星が鼻息とともに呻いた。

 その鼻息には、甘い響きが混じっている。

 七星の口には、大きな球体の飴が入れられている。

 その飴は強力な媚薬だった。

 それを口に沙那に入れられた七星は、それが口から出せないように、その上から革の紐で猿ぐつわをさせた。

 七星は、その媚薬の飴を舐め続けるしかない。

 

 その飴がどんなに強力な媚薬であるかは、あっという間に全身を上気させて、七星が大量の汗をかき始めたことでわかる。

 そして、七星は自分の身体に沸き起こる快感に、微かにしか動けない身体をくねらせ続けている。

 ほんの少しもじっとしていられないのだろう。

 だが、沸き起こる情感に耐えることができなくなり、陰核を膨張させたら拷問を開始すると告げている。

 なにをさせるかわかっていないだろうが、七星は、懸命に快楽を振り払おうとしているはずだ。

 

「ほら、勃ってきたわよ、七星。いいの? 我慢しないと拷問が始まるのよ」

 

 沙那は、そう言いながら七星の肉芽を指の先で撫ぜた。

 七星が、塞がれた口でくぐもった悲鳴あげた。

 それとともに、ただでさえびしょびしょだった七星の股間に、大量の淫液が追加された。

 余程強力な媚薬なのだろう。もう、七星の股間の下は、びっしょりと液溜まりを作っている。

 肉芽はこれ以上ないというくらいに充血して膨らんでいる。

 

 もう十分だ。

 沙那は、その肉芽の根元を糸で絞りあげた。

 その刺激だけで、七星は猿ぐつわの中で呻き声をあげて身体を仰け反らせ、膣から愛液の塊りを噴き出した。

 

「あらあら、我慢していたものが極まったのね、七星。だけど、これで、お前は、これから始まることから逃げられないわよ」

 

 沙那はそう言いながら、根元を縛られて充血している肉芽の先を指で弾いた。

 七星がまた、身体を跳ねあげさせた。

 沙那が縛った七星の肉芽は、血の循環が停止してしまわない程度には弱く、そして、肉芽に集まった血が戻ってはいかないくらいには強いという微妙な力加減で根元を縛られている。

 これで、七星は、勃起した肉芽を小さくすることができないはずだ。

 

「始まっているな」

 

 部屋に入ってくる声がした。虎力の声だ。

 沙那の頭は、途端に薄ぼんやりとする。

 だが、頭の中の誰かが、虎力に対する敵愾心を燃やしている。

 しかし、次の瞬間、それは断ち消えた。

 虎力、鹿力、羊力の三人は、沙那が命令を守らなければならない存在だ。

 それは絶対であり、否定してはならないのだ。

 

「いいえ、そろそろ始めようと思ったところです、虎力様」

 

「どうするのだ、沙那?」

 

 虎力は七星の股を覗き込みながら言った。

 虎力の視線には、みっともなく淫液でぐしょぐしょにした股間と根元を縛られて勃起した七星の陰核が映っているはずだ。

 そして、台に仰向けに磔になっている七星からは見えないが、足元に置いてある火鉢の隅で熱せられて朱くなっているたくさんの針の存在も……。

 

「この七星に復讐をしてやります」

 

 沙那は言った。

 そのとき、なにかおかしいと、沙那の中の誰かが主張した。

 確かに、この女に全身を鞭打たれはした。

 だが、それにも理由があった気がするのだ……。

 

 しかし、すぐに、この女に対する異常な憎悪が込みあがった。

 それが、沙那の思考を中断した。

 

 沙那は、真っ赤に焼けた針を取りあげた。

 先端は石炭に熱せられて真っ赤になっているが、手に持つ側はその熱が伝わってこない特殊な材質のものだ。

 

「七星、この焼けた針が見える?」

 

 沙那は、七星に見えるようにその針をかざした。

 まだ、なにをされるかは理解していないはずだが、その七星の表情に恐怖そのものが張りつく。

 その脅える顔が小気味いい。

 

「……この針で、いまから、お前が糸で根元を縛られた部分の皮を焼き切るわ。この針でひと掻き、ひと掻きね。そうやって、まず皮を除去する。それが終わったら、肉芽そのものに焼けた針を何度も何度も突き刺してあげる。最後には、女陰に金属の杭を突き刺すわ。もちろん、針と同じように真っ赤に焼いてからね」

 

 七星が叫びはじめた。

 その顔は必死の形相だ。

 だが、どんなに暴れ回ろうとも、法術によって固定されたその身体が拘束から抜け出せるわけではない。

 せいぜい、首が左右に動く程度だ。

 沙那は、真っ赤な針を七星の肉芽の皮に突き刺し、そして、引っ掻いた。

 

「んがああああ、んあああああ、んんんんん」

 

 七星は、限界まで眼を見開き、そのまま悶絶した。

 

「たったひと掻きだけで、気を失ってしまいました、虎力様」

 

 沙那は苦笑して、横の虎力を顧みた。

 七星の肉芽は、焼けた針によって作られたひと筋のひっかき傷ができている。

 包皮を完全に除去するには、まだまだ長い作業が必要だ。

 その後は、女陰を焼き杭で壊すという作業も残っている。

 

「法術で失神できないようにする」

 

 虎力が言った。

 

「そんな面倒いりません。水でもかけてやります」

 

「いや、それほどの時間はかけられんのだ。お前には、宝玄仙のところに戻って貰わねば困る」

 

「宝玄仙を殺すことですね」

 

「そうだ」

 

 宝玄仙を殺す……。

 なぜ、殺さねばならないのだろう。

 さっきから考えているのだが、それで沙那の思考は停止してしまう。

 

 宝玄仙を殺しにいけと命じられている。

 それで理由としては十分なはずなのに、なぜか思考と身体がとまってしまうのだ。

 

「……もう少し、強い暗示が必要のようだな」

 

 虎力が呟いた。

 その直後、なにかが頭に入ってきた。

 強い道術、あるいは、法力が沙那の中に注がれている。

 薄ぼんやりとしていた思考が、霧が晴れるようにはっきりとしていく。

 

「沙那、お前は、宝玄仙が憎いだろう?」

 

 やがて、虎力が言った。

 そうだ。宝玄仙が憎い。

 故郷の愛陽で、騙して『服従の首輪』を嵌めて、無実の罪を自供させたあの女……。

 霊具で逆らえないようにして、さんざんに沙那の身体を弄び、淫らな行為を強要したあの女……。

 身体に道術紋を刻み、気まぐれで沙那の身体を玩具にし、無垢の沙那の身体を淫らな女の身体にしてしまったあの女……。

 

 憎い……。

 憎い……。

 憎い──。

 

「そうです。わたしは、あの女が憎い……。殺したい。息の根をとめてやりたい……。だけど、わたしにはできない……。あいつの道術は凄い」

 

 

「だが、お前なら油断するだろう。お前の剣で宝玄仙の心臓を突き刺すのだ」

 

 宝玄仙の心臓を突き刺す。

 確かにあいつは、なんの武芸の心得もない。

 最初の一撃だ。

 それならできる。

 あの女は油断が多い。

 護られていないあの女は弱い。

 

「できると思います。躊躇せずに細剣でひと突き……。それさえできれば……」

 

「お前ならできる、沙那。躊躇せずに、宝玄仙を刺し殺せ」

 

 虎力が言った。

 宝玄仙を刺し殺す……。

 沙那の心にそれが刻まれる。

 

「憎い宝玄仙を殺すのだ。心臓を刺して、殺せ、いいな、沙那」

 

「わかりました。宝玄仙を殺します。いえ、殺しにいかせてください。ただ……」

 

 沙那は、目の前でまだ気を失っている七星を見た。

 この女も憎い。沙那をさんざん鞭打った女だ。

 それ相応の酬いを与えてやらねば……。

 

「この女に罰を与えてからにします。それが終われば、すぐに宝玄仙のところに行きます」

 

「それはわかった。だが、それが終われば、宝玄仙を殺しに行くとして、宝玄仙の居場所がわかるのか?」

 

 虎力が言った。

 

「おそらく……。ここに来る前に、朱姫と一緒に、あらかじめ見つけておいた場所があります。東閣(とうかく)の郊外に廃屋があり、そこに隠れているはずです」

 

「宝玄仙を殺し終われば、お前はここに戻ってきてもらいたい。だが、俺たち三人の誰かと一緒でなければ、この智淵城(ちふちじょう)には戻って来れん。羊力に一緒に行かせようと思う。もちろん、お前の仕事が終わるまではどこかに隠れてはいるが」

 

「それは無理です。宝玄仙の道術を侮らない事です。それに朱姫もいます。魔族のあなた方が近寄れば感知されてしまいます。おそらく、警戒していることは間違いありませんから。魔族と一緒にわたしがやってきたら、疑いを持たれるかもしれません」

 

「……魔族か……。お前は俺が魔族と思うのだな? そういえば、鹿力が本当の姿をうっかりとお前に晒してしまったのだな」

 

 虎力が苦笑している。

 なぜだろう。この三人の法術師は、魔族が化けている姿だ。

 それを沙那は悟っているが、それは彼らにとって知られたくない事実だったのだろうか。

 

「ならば、お前に法具を渡す。それがあれば、智淵城の周りに刻んでいる結界を越えて入って来れるだろう」

 

 七星が呻き声をあげた。

 そろそろ、気がついたようだ。

 

「では、続きを始めます。七星の肉芽の包皮を焼き取ります。そこまではやらせてください。女陰を壊すのは、後の愉しみということにします」

 

「それでいい。終わったら声をかけてくれ。隣の部屋で孫空女を責めている」

 

「なにをしているのです?」

 

 沙那は訊ねた。

 孫空女は、ずっと旅を供にしてきた仲間のはずだが、なぜかなんの感慨も浮かばなかった。虎力に対する質問もなに気なくしただけだ。

 

「あいつには、もう少し素直になってもらわねば困るからな。調教をしているところだ」

 

「孫空女は快楽責めが弱点です。痛みや辱めには耐えますが、淫らな身体をしていますから、歯止めがなくなるまで絶頂させ続けてやればいいと思います。それで、あの女の心は折れます」

 

「忠告に従うことにする」

 

 虎力が笑った。

 沙那は、虎力から七星に意識を戻した。

 眼を開いた七星は、やっと自分の置かれた状態を思い出したようだ。

 媚薬の飴に塞がれた口の中でなにかを懸命に叫んでいる。

 

「さあ、続きよ、七星」

 

 沙那が焼き針をとって七星に見えるように示した。

 

「んんっ、んんんっ……」

 

 七星の顔が歪み、その瞳からぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 顔は必死に左右に向けられる。

 沙那は、その脅えきった表情に満足しながら、真っ赤に焼けた針を七星の勃起した肉芽に近づけた。



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137 仲間からの襲撃

「宝玄仙は、わたしと交替しようとはしなかったわ……」

 

 宝玄仙の口からその言葉が返ってきた。

 

 いや、宝玄仙ではない。

 喋っているのは、宝玉(ほうぎょく)だ。

 あの智淵城(ちふちじょう)から脱出して以来、いつもの人格である宝玄仙は一度も意識を取り戻していない。

 

 東閣(とうかく)の郊外にある一軒の廃屋だった。

 智淵城に宝玄仙と孫空女を救出に行く前に、沙那とあらかじめ見つけておいた隠れ家だ。

 うまく脱出できても、この車遅国(しゃちこく)では、脱走した女囚としてそのままお尋ね者になる可能性がある。

 だから、それまで拠点にしていた城郭内の安宿に戻るわけにはいかない。

 そのため、旅の荷物をここに移してから、羊力(ようりき)に抱かれるために、沙那と軍営に向かったのだ。

 

 あのときは、後で四人でここに集まれると信じて疑わなかった。

 だが、実際には、救出できたのは宝玄仙だけで、孫空女は脱出させられなかった。

 そして、沙那も彼らの(とりこ)になった。

 

 朱姫は、もうどうしていいかわからず途方に暮れていた。

 ただ、横たわる宝玄仙の横でじっと、その身体が回復をするのを待っていただけだ。

 沙那が、宝玄仙を脱出させるために切断した宝玄仙の手首と足首は、この寝具に横たわらせてからしばらくしたら復活していた。

 

 あの智淵城という牢城で、宝玄仙は、霊力を失っていたわけではない。

 発散をとめられていただけだ。

 それをしていたのは、右手首に刻まれていた紋章であり、それが身体から離れたことで、宝玄仙は道術を取り戻したようだ。

 

 朱姫の『移動術』でここにやってきたときには、宝玄仙の意識はなかったが、宝玄仙の身体は勝手に霊気を放出して傷口を塞いだ。

 そして、次に、朱姫が気がついたときには新しい手首と足首が道術により形成されはじめていた。

 宝玄仙の『治療術』だとわかったが、意識のない状態で勝手に自分の身体の治療を開始するのに接したときには、改めて宝玄仙の術遣いとしての凄さを垣間見た思いだった。

 

 朱姫は、そうやって宝玄仙の身体がひとりで回復するのを見守っていただけだった。

 ほかにできることはなかった。

 なにをしたらいいかもわからなかった。

 宝玄仙を見守りながらずっと考え続けた。

 

 あのとき、朱姫にできることはほかになかったのか。

 そればかり考えていた。

 

 智淵城への侵入に成功すると、沙那はまず、『縛心術』で操っていた羊力を殺し、その後、侵入者の警告を発するために虎力のところに戻った鹿力を背中から心臓を刺した。

 そして、虎力を追いつめて、その首を刎ねた。

 それで終わったと思った。

 

 しかし、沙那に刺し殺されたはずの鹿力が、いつの間にか妖魔の姿で起きあがり、沙那に襲い掛かっていた。

 沙那は咄嗟にかわしたがその爪が沙那の首に掠った。

 その途端、沙那の身体が崩れた。

 

 おそらく、鹿力の爪には、筋肉を弛緩させる毒があったに違いない。

 ふと見ると、沙那に首を刎ねられた虎力さえも自分で首を掴んで胴体に戻していた。

 

 朱姫は、なにが起ったのか理解できなかった。

 ただ、見ていただけだ。そのときもなにをしていいのかわからなかった。

 

 なぜ、鹿力は生き返ったのか。

 

 なぜ、虎力は首を刎ねられても死なないのか。

 

 なぜ、檻車で殺したはずの羊力まで、生き返ったのか? 少なくとも、羊力だけは、その死を朱姫も確認した。

 あれは、絶対に幻じゃない。

 

 とにかく、沙那は、もう逃げられないと悟ったのか、宝玄仙の手首と足首を刎ね飛ばして、宝玄仙の身体を朱姫に放り投げた。

 沙那の行動には驚いたが、一瞬後、それが宝玄仙を逃亡させるために最適の手段だと気がついた。

 宝玄仙の道術を封じているのは、右手の甲に刻まれた紋章であり、手首と足首の帯のような黒線は、逃亡の意思を喪失させて、法術で身体を自由にするための刺青だ。

 それは、『縛心術』をかけた羊力から聞き出していた。

 だから、確かに、それを切断してしまえば、宝玄仙は彼らの法術から解放されて自由になる。

 それはそうだが、手首と足首を紋章や法術の刺青ごと切断するという発想は、朱姫には浮かばなかった。

 

 沙那もそうしようと考えていたわけではないだろう。

 あのとき、もう逃げられないと悟ったから、沙那は、そう判断し、そして決断したのだ。

 沙那は、やっぱり凄い。

 それしか方法がないと思っても、あんなこと朱姫にはできない。

 

 だが、あのとき、朱姫にできることは、本当になにもなかったのだろうか?

 朱姫が、なにかをすれば、沙那と孫空女を置き去りにしなくて済んだのではないか?

 自問自答する。

 答えは出ない。

 

 朱姫には、『獣人』という道術がある。

 朱姫の全力を必要とする術だが、あの術だったら、鹿力でも虎力でも殺すことはできただろうか?

 あれで、沙那と孫空女を救えただろうか?

 

 しかし、あの術を遣うとしばらくは、ほかの術を遣えなくなってしまう。

 『移動術』で逃亡することもできなかっただろう。

 それに、剣でも、虎力や鹿力を殺すことはできなかったのだ。

 『獣人』で血を解放した朱姫の爪で殺せるなら、沙那の剣でも倒せたはずだ。

 

 だけど、できることは、なにもなかったのだろうか?

 これから、どうしたらいいのか?

 思うのはそればかり……。

 

 宝玄仙の意識が戻ったと思ったのは、丸一日経ったときだ。

 朱姫は狂喜した。

 

「朱姫ね……」

 

「ご、ご主人様、ご無事で……」

 

 それしか言えなかった。

 自分の眼からぼろぼろと涙が落ちるのがわかった。

 

「ご主人様じゃないわ。残念ながら宝玉よ」

 

 宝玄仙の口がそう言った。

 

「宝玉様……?」

 

 宝玉は、宝玄仙の中にいるもうひとつの人格だ。

 性格は穏やかで、朱姫たちと愛し合う行為が大好きだ。

 宝玄仙という人格とともに、同じ身体を使っているが、出現するときは、いつも夜の性愛のときばかりなので、こうやって普通に現れることは珍しい。

 

「宝玄仙は、まだ眠っているわ」

 

 宝玉は言った。

 そして、気がついたように、自分の首についたままの革の首輪を取り去った。朱姫の道術では外せなかったが、宝玉はいとも簡単に自ら取り去った。

 朱姫は、もっと話そうと思ったが、すぐに宝玉は眠りについた。

 

 次に意識が戻ったのは、その数刻後だった。

 やはり出現したのは宝玉であり、宝玄仙ではなかった。

 

 宝玉は、孫空女とともに羊力に捕らわれ、術封じの紋章を右手に刻まれてから智淵城でどういうことがあったのかを話してくれた。

 

 それは聞いているだけで気分が悪くなるような話だった。

 檻車の中で精液と小便の入った食事を食べさせられたこと……。

 種別判定試練という馬鹿げた仕打ちで、女囚同士競わされ、負けた女囚が殺されたこと……。

 智淵城の三人の法術師の性奴隷にされ、四六時中淫具に苛まれたこと……。

 媚薬や法術によって苦しめられたこと……。

 大勢の兵に輪姦されたこと……。

 

 朱姫には言葉もなかった。

 あそこではそういうことが起こっているのだ。

 

「あ、あいつら、酷いです……」

 

 朱姫は言った。

 

「でもね……」

 

 そして、いま、宝玉は静かな口調で朱姫に言った。

 

「宝玄仙は、わたしと交替しようとはしなかったわ」

 

「交替しなかった?」

 

 朱姫は、宝玉の言葉に耳を傾けた。

 

「宝玄仙は、かつては、帝都で同じ仕打ちを受けたときには、すぐに意識を手放してわたしに身体を明け渡していたわ。だけど、今回は違った……。宝玄仙は、あの血も凍るような仕打ちに耐え続けた。わたしが、何度か替わろうと思っても、彼女は頑として意識を譲らなかったわ」

 

 宝玉は、横たわったまま、静かに語っている。

 

「なぜ、ご主人様は、宝玉様に意識を渡さなかったのです?」

 

 宝玉の語っていることの意味はわかる。

 宝玄仙に比べれば宝玉は、被虐に対して耐性がある。

 宝玉だって、赤の他人から受ける恥辱を愉しいわけではないだろうが、宝玄仙の人格は、宝玉に意識を渡すことで、少なくとも、智淵城における恥辱から逃げることはできたはずだ。

 

「多分、孫空女がいたからね……。孫空女は逃げられない。それなのに、自分だけが意識をわたしに譲って逃亡するというのは許せなかったみたいよ」

 

「そんな……。そんなこと……」

 

 宝玄仙がそんなふうに供に過ぎない孫空女のことを想ったというのは驚きだった。

 

「それに、宝玄仙は、あんな仕打ちを受けながらも、逃亡の機会を失わないようにしていたわ。右手首を切断して逃亡するということは、宝玄仙も考えていたみたいよ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ただ、その機会がなかった。逃亡に関する行動を起こすことはできなくされているからね。だけど、いつ、そんな機会が出現するかわからない。それは、連中の恥辱を受けている最中かもしれない。そんなことを、宝玄仙は考えていたようね……」

 

「そうですか……」

 

 朱姫は深く息を吐きながら頷いた。

 

「それにしても、宝玉様。ご主人様は、どうして、意識を回復されないのです?」

 

 やがて、朱姫は言った。

 

「精神的な打撃が大きかったようね。沙那に切断された身体はもう大丈夫よ。術も回復している。だけど、気力が戻りきらないのよ。ああ見えても、彼女はとても弱いのよ」

 

「弱い?」

 

 宝玄仙が弱いとは納得できない。

 朱姫が知っている限り、宝玄仙は誰よりも強いと思っている。

 あの沙那や孫空女ほどの女傑が、宝玄仙には頭があがらないのだ。

 それは、内丹印や霊具で支配されているからというだけではない。

 宝玄仙は支配する者であり、朱姫たちは支配される者だ。

 それは、動かせない事実なのだ。

 

「でも、ご主人様は強いですよ。誰よりも」

 

「いいえ、弱いわ。あなたたちの強さには及びもつかない。弱いのよ……。強気の態度はその裏返し……」

 

「まさか」

 

「本当よ。だけどね……」

 

 宝玉は腕を伸ばして、朱姫の頭をすっと撫ぜた。

 

「……宝玄仙は強くなったわ。以前だったら、あんな仕打ちを受けたら、自分を取り戻すのに長い時間を必要としたわ。だけど、いまはそれほどの時間は必要ないみたい。彼女はもうすぐ復活するわ……」

 

「本当ですか、宝玉様?」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「本当よ、朱姫。宝玄仙が強くなったのは、あなたたちのお陰ね。ありがとう」

 

「なにがですか?」

 

 宝玉は、なにに対して礼を言ったのだろう?

 

「あななたちの存在が、宝玄仙を強くしているのよ。あなたたちの愛情が、宝玄仙も強くした。これからもよろしくね。あなたたちを護るために、宝玄仙は復活するわ。護るものがあるとき、人は強くなるの」

 

 宝玉は言った。

 

「宝玉様は、そう言われますが、ご主人様は最初から強いです。正直に言えば、これ以上、強くなられてしまえば、あたしは怖いです」

 

 朱姫がそう言うと宝玉は笑った。

 そして、また眠りについた。

 

 その眼が再び開いたのは、さらに三刻(約三時間)後だった。

 眼が開くとするぐに、上半身を起こして、まず部屋を見回し、やがて、朱姫に眼を止めた。

 

 そして次に、自分の両手を寝具から出して眺めた。

 その様子から、いま出ているのは宝玄仙に間違いないと朱姫は思った。

 

「ご主人様……ですよね……?」

 

 朱姫は言った。

 

「朱姫――」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙の強い口調に朱姫は少したじろいだ。

 

「あれから、どれくらい経ったんだい?」

 

「あれからって……?」

 

「沙那と孫空女を智淵城に置き去りにして、お前とわたしだけが逃げてきてからどれくらい時間が経ったのかと訊いているんだよ。さっさと答えるんだ」

 

 宝玄仙は怒っているようだった。

 朱姫は、びくりとなった。

 

「もうすぐ二日になります」

 

「二日だって?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「は、はい。そうです。ごめんなさい」

 

「なんで謝ってんだよ、朱姫──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「ひいっ。ご、ごめんなさい」

 

 朱姫は自分でもなんで謝らなければならないかわからなかったが、とにかく謝りたくなった。

 それくらい、宝玄仙の権幕は激しかった。

 

「お前と沙那が飛び込んできたとき、あそこでなにがあったんだい? それと、お前たちがどうやって、あの牢城に入って来たかを説明しな。わたしの察するところ、あの牢城が外部からは簡単に近づけないようになっていたんじゃないのかい?」

 

「そ、そうです。智淵城という女囚の牢城が城郭から一日の距離にあることは誰もが知っていました。ところが、そこがどこにあるのかを誰も知らないのです。偶然、そこに辿りついたという者も城郭にはいませんでした。沙那姉さんは……」

 

「まどろっこしえねえ。さっさと結論言うんだよ――」

 

 宝玄仙は癇癪を起こしたように、朱姫を遮って怒鳴った。

 朱姫はすくみあがってしまった。

 

「は、はいっ――。とにかく、沙那姉さんは、人を寄せ付けないようにする結界で護られているからじゃないかと言っていました。そして、それは事実でした。あたしと沙那姉さんで羊力を見つけ出し、そして……」

 

 朱姫は、宝玄仙と孫空女が連れていかれた女囚用の牢城である智淵城の場所がわからず途方に暮れたこと。

 沙那とふたりで軍営の近くで娼婦にやつして立ち、城郭兵と見るや片っ端から誘って情報を集めたこと。

 そうやって、智淵城の法兵と接触のある兵を見つけ出し、そいつを操って、城郭にやってきた羊力に接触して抱かれたこと。

 そして、羊力に『縛心術』をかけることに成功して、智淵城に入ることに成功したことを順に説明した。

 さらに、智淵城に潜入した後の行動も……。

 説明の間、宝玄仙は、今度は、珍しく押し黙って朱姫の話に耳を傾けていた。

 

「……つまり、檻車から抜け出した後、すぐには建物には向かわずに、檻車の下で隠れていたんだね?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうです。檻車のとまった場所から見たら、同じような建物が幾つかあって、どこにご主人様が捕らわれているのかわからなかったのです。うろうろと探すのは、かえって危険だと沙那姉さんが言い、むしろ、どこにも行かずに待っていることにしたんです」

 

「なるほど。周到な沙那らしいね。沙那のことだから、しっかり準備したんだろうね」

 

「新しく入った女囚が入ったときには、判定試練ということをさせるために、虎力、鹿力、羊力の三人が集まるということもわかっていましたし、うまく三人だけが来れば、沙那姉さんの剣で一気に片付けるという策でした」

 

「それで?」

 

「でも、とりあえずやってきたのは鹿力だけでした。残念ながら、鹿力は、すぐに羊力が『縛心術』がかかっていることに気がついてしまいました。鹿力は、すでにあたしらが建物に侵入を果たしていると考えて、戻っていきました。沙那姉さんは、こういうときは、鹿力は、一番大事な場所に向かうはずだと言い、その後をあたしたちは追いかけました」

 

「羊力はどうなったんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「鹿力を追いかける前に、沙那姉さんは、羊力を殺しました。確かに、殺したんです。腹を刺して、その後、首を斬って。沙那姉さんは、いつもそうやります。それで確実に殺すんです。だけど、ご主人様のところに辿り着いたとき、なぜか、その羊力が生き返って、それだけじゃなく、鹿力も生き返って、それで、首を斬った虎力なんて……」

 

「話を飛ばすんじゃないよ、朱姫――。とにかく、羊力を殺したお前たちは、鹿力の後を追ったんだろう? そして、わたしらと一緒にいる虎力の居場所までやってきた。それでいいのかい?」

 

「そ、そうです――。あっ、そうだ。違います。鹿力は、なぜか、真っ直ぐには、虎力のいる場所には向かわなかったんです。なんか、気味の悪い場所で、丙種奴隷置き場とか言っていたかな……」

 

「丙種奴隷置き場?」

 

「はい。そんなこと言っていました。気味悪い場所で、沙那姉さんが、そこにいた兵を倒して、一応覗いたんですけど、なんか人間の屍体みたいなものが並んでいて……」

 

 朱姫は、そこにあったものを思い出して身震いした。

 食料庫のような感じだったが、人間の屍体に見せかけたたくさんの肉片がぶら下がっていて、本当に趣味が悪いと思った。

 

「朱姫、人間の屍体みたいなものじゃない……。人間の屍体だよ、それは……」

 

 宝玄仙が苦いものを齧ったような顔をした。

 

「ええっ」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「まあいい。それよりも、わたしには、あのとき、沙那が鹿力や虎力を斬ったように見えたんだけど、あれは事実だったんだね?」

 

「そうです。でも生き返ったんです。沙那姉さんは、いつも、とどめを刺すんです。それなのに……。虎力なんて、斬られた首を自分で掴んでから繋げて……。それで、沙那姉さんは、後ろから鹿力の爪で襲われて、それでも沙那姉さんは、身体が痺れて動けなくなりながらも、ご主人様を救おうと、ご主人様を斬って……、でも、怒らないでくださいね。沙那姉さんは、命懸けでご主人様を斬ったんです。そして、羊力まで現れて、でも、沙那姉さんは体当たりまでして……。だけど、あたし……。あたしなんて、ただ、見ていただけで……なんにもできなくて……」

 

「わかったから、一度に喋るんじゃないよ、朱姫」

 

 宝玄仙が呆れたような声を出した。

 

「とにかく、もう一度行くよ、朱姫――。今度は、沙那と孫空女を助けるんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「もちろんです。でも、あいつら不死身ですよ。どうするんです?」

 

 すると宝玄仙は横を首に振った。

 

「朱姫、覚えておきな。不死身の人間なんていないのさ。それは、魔族も同じさ」

 

「だ、だって、あいつ、沙那姉さんが……」

 

「わかっているよ。沙那が心臓を突き刺したり、首まで斬ったのに生きていたと言いたいんだろう? だけど、同じことをわたしらもしているじゃないか。『魂の欠片』さ。魂を分離して、肉体が滅んだ後に復活する。雷王のときだって、同じだったろう? あいつも井戸に落とされて死んだけど、王家の伝承の秘宝に魂の欠片が刻まれていて、生き返ることができた……。そういえば、あいつ、どうしているのかねえ? それこそ、身ひとつで放り出したけど、今頃はどこかで野垂れ死にでもしているか……」

 

 宝玄仙の思考が脱線しかけている。朱姫は、さすがに、話を戻さなければと思った。

 

「でも、ご主人様、魂の欠片を使って、肉体を復活させるには儀式が必要です。それこそ、力のある術遣いが術式をしなければ、滅んだ肉体に魂の欠片を復活させることなどできませんよ」

 

「肉体にあったのが魂の本体で、それが失われたならね。だけど、肉体にあったのが、魂の欠片の方だとすればどうだい? 肉体には、魂の欠片だけを入れといて、魂の本体は別に隠しておく。それなら、肉体の損傷で傷つけられた魂はほんの一部だからそのまま死ぬことはない。死んではいないから、肉体の損傷は、自分の『治療術』で治せるというわけさ」

 

「でも、ご主人様、魂の本体を分離して、欠片だけを残すなんてできませんよ」

 

 朱姫は言った。

 

「できるさ。魂の欠片の分離を果てしなく繰り返すのさ。外に出した欠片は融合し直してもいい。とにかく、肉体に残る魂の部分が“欠片”程度になるまで繰り返すんだよ」

 

 朱姫ははっとした。

 言われてみれば、簡単な理屈だ。

 際限なく、『魂の分離』の術を遣って魂を外に出してしまえば、いつかは、残った本体が欠片と同じになってしまう。

 そうやれば、魂の本体を肉体の外に出せるのだ。

 魂の本体が外にあれば、どんなに肉体が傷つけられても、術遣いの魂は安全であり、死ぬことはない。

 

 術使いとして健在であれば、肉体などいくらでも術で復活できる。

 宝玄仙が、わずか一日で切断された手首と足首の先を復活したように、身体の損傷は復活できるのだ。

 

「だ、だったら分離してある魂の本体の側をやっつければいいのですね、ご主人様?」

 

「そういうことだよ、朱姫。問題は、どこにそれを隠しているかだけど、自分の命そのものをどこか遠くに隠すとは思えないね。どこか知らないところに隠してあるんだったら、もうお手上げだけど。しかし、十中八九、あいつらの肉体から分離された魂は、智淵城にある」

 

「あの智淵城の中にですか?」

 

「考えててご覧。下手に別々にして、万が一、知らない間に魂が危険な状態になったら困るだろう。なにせ、肉体に入っている状態だったら、命を護ることは肉体を護ることと同等だから、身の安全も図りやすいけど、分離しているときは、肉体を護ることと、魂を護ることは別のことだからね。魂の方も、常に近くに置いて、その安全を確認できる状態にしているさ。連中は、とても用心深いからね。間違いないね」

 

「つまり、智淵城のどこかにあるとご主人様は思われるのですね?」

 

「そうさ。あの三人のうち、羊力と鹿力は、智淵城から離れることもあるけど、虎力に至っては、一度も智淵城から離れることはないらしい。それは、多分、智淵城に連中の大事なものがあるからでもあるのさ。結界で智淵城に誰にも近づけないようにし、城郭兵にさえ、場所を明らかにせずに、その場所を隠蔽しているのは、女囚を逃がさないためだけじゃないと思うよ。あそこには、連中の大事なものがあるのさ」

 

 宝玄仙はにこりと笑った。

 

「だったら、もう一度、忍び込み、今度は、肉体ではなく、分離してある魂の本体を探せばいいですね? そして、それを破壊するか、無力化すれば……」

 

「連中は死ぬ。さあ、朱姫、お前のやることがわかったかい? もう一度、忍び込むよ。そして、連中が隠している魂の本体を探すんだ。お前は、魔力の流れもわかるだろう、朱姫? 紋章を遣ったとはいえ、この宝玄仙の術を封じたり、魂の分離の術を何度も行えるほどの強い魔力の魂だ。それを追うことは難しいことじゃないだろう?」

 

「できると思います――。いえ、やってみせます。絶対に――。そして、沙那姉さんと孫姉さんを助けます。いえ、いま、行きましょう」

 

「もっとも、どこにあるかは見当もついているけどね……。いずれにしても、どうやって、もう一度入るかだね。ねえ、朱姫、智淵城からここに戻るときに使ったお前の『移動術』の結界はまだ使えるかい?」

 

「申し訳ありません、ご主人様。彼らが追ってくる可能性があったので、遮断してしまいました。いまは、繋がっていません」

 

「じゃあ、やっぱり問題は、智淵城に入る方法だね。結界の場所がわかれば、わたしの術で結界を壊して入り込むことは可能だろうけど、それだと、侵入したことが早くから露見してしまうし、それに、概ねの場所もわからないんじゃあ、結界の場所だって探し当てるのにも時間がかかるか……。お前と沙那が入り込んだ手しかないかねえ。まあ、あの羊力に同じ手が通用するかどうか……」

 

 宝玄仙が腕を組んで考えるような動作をした。

 そのとき、廃屋の外になにかの気配を感じた。

 朱姫が感じたものを宝玄仙も感じたようだ。

 宝玄仙は、まだ寝具に横になり、上半身だけを起こしたままだったが、警戒をする態勢になった。

 しかし、扉が静かに開き、入ってきたのは沙那だった。

 全身に鞭の痕がある。

 朱姫は狂喜した。

 

「沙那姉さん、戻ってこられたんですね? 孫姉さんも一緒ですか?」

 

 朱姫が言った。

 沙那は、なにも言わずに宝玄仙だけを見ていた。

 朱姫などそこにいないかのようだった。なにか朱姫は得体の知れない違和感を覚えた。

 

「沙那、その鞭の痕はどうしたんだい?」

 

 上半身を起こしている宝玄仙が、その身体を沙那に向けた。

 沙那が剣を抜くのが見えた。

 

 

 * (沙那の視点/沙那による宝玄仙の襲撃)

 

 

 憎い――。憎い――。憎い――。

 

 考えていたのはそれだけだった。

 宝玄仙の居場所は、やはり、朱姫と準備したあの廃屋だった。

 廃屋の外からでも中にはっきりと人の気配を感じた。

 沙那は、静かに廃屋の玄関から最奥の部屋に向かった。

 そして、人の気配のする部屋の前で立ちどまった。

 

 勝負は最初の一瞬だ。

 宝玄仙は、大きな力を持つ術遣いだ。

 悟られたら終わりだ。

 沙那の身体には、宝玄仙による内丹印を刻まれている。

 宝玄仙に余裕を与えてしまえば、あっという間に、道術で抑えつけらるの間違いない。

 

 だから、宝玄仙が術のことなど考える暇もないくらいに、すぐに宝玄仙を殺すしかない。

 

 扉を開ける。

 宝玄仙がいた。

 寝てはいない。

 

「沙那姉さん、戻ってこられたんですね? 孫姉さんも一緒ですか?」

 

 朱姫が叫んだ。

 その横には、宝玄仙が床に敷いた寝具の上で上半身だけを起こしていた。

 沙那が斬り落とした手首と足首は戻っているようだ。

 大した『治療術』だ。

 

「沙那、その鞭の痕はどうしたんだい?」

 

 宝玄仙が上半身をこちらに向けた。

 朱姫がなにかを叫んだ。

 頭の中の誰かが、沙那がやろうとしていることをとめようとしているように感じた。

 沙那は、それを無視した。

 

 ひと言も喋らずに、沙那は抜きさった細剣を宝玄仙の心臓に深々と突き刺した。

 宝玄仙の呼吸が一瞬にして停止するのをはっきりと感じた。

 横で朱姫が悲鳴をあげた。

 

「『獣人』――」

 

 朱姫が叫んだのが聞こえた。

 沙那は、宝玄仙の身体に足をかけて剣を抜いた。

 

 そのまま後ろに跳んで、妖魔の血を全開放した朱姫の爪を避ける。

 『獣人』の術は、朱姫の最大の技であり、半妖の血を全開放した瞬間の朱姫の強さは凄まじい。

 だが、欠点もある。

 長い時間、妖魔の姿を保てないのだ。

 

 沙那は、窓に体当たりして、そのまま外に飛び出た。

 妖魔の姿となった朱姫と戦い方は決まっている。

 それは戦わないことだ。

 妖魔の姿の間は逃げ回ればいい。

 一度、『獣人』の術を遣えば朱姫は、数日間は術を遣えない。

 霊気が切れて、娘の姿に戻れば、その後は、朱姫など沙那の敵ではない。

 

 沙那は、窓から飛び出して外に転げ落ちたが、妖魔の朱姫が追ってくる気配はない。

 破れた窓から部屋の中を覗く。

 朱姫はいない。

 

 どうやら、逃げたようだ。

 まあいい……。

 追って、わざわざ、探してまで殺す必要はない。

 

 沙那は、もう一度部屋を覗く。

 宝玄仙は死んでいる。

 

 間違いない……。

 沙那は剣を収めて、智淵城に向かった。

 智淵城の場所はわかっている。

 虎力にもらった首飾りがその場所を導いてくれる。



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138 戻ってきた刺客

「は……ひ……おふっ……ひいっ……ひいいいいぃ――」

 

 孫空女が、全身を仰け反らせて絶頂した。

 虎力(こりき)は、腰の上で踊り続ける孫空女のそんな姿を笑いながら眺めていた。

 

「ほら、孫空女、お前がいくんじゃない。俺をいかすのだ。そんなことじゃあ、いつまでたっても終わらないぞ」

 

「お、お願いだよ……。ほんのちょっと……ほんのちょっとでいいんだ。休ませて……」

 

 孫空女は、泣くような声を出した。

 いま、孫空女は、法術で腕を背中で組まされて、そして、寝台に寝そべっている虎力の男根に跨り、自分のの女陰をうずめている。

 虎力は、法術によって、咥えこんだ男根を孫空女の女陰が完全には抜くことができないようにしているのだ。

 そうやって、孫空女に自ら律動することを命じている。しかも、孫空女の身体は信じられないくらいに感度をあげてやった。

 虎力は、孫空女の哀願への返事の代わりに、腰を跳ねさせて、孫空女の女陰を下から突きあげた。

 

「んおおおっ」

 

 孫空女は、大きな声をあげて弓なりになり、がくがくと腰を跳ね上げながら気をやった。

 

「まったく、堪え性のない身体になったな、孫空女。だが、そんなことじゃあ、いつまでたっても、この責め苦は終わらねえぞ」

 

 横にいる羊力(ようりき)が囃し立てる。

 

「つ、次に……、頑張るから……。ほんのちょっと休ませて……」

 

 孫空女は、涙と鼻水と涎でぐしょぐしょになった哀れな顔を虎力にまた向ける。

 虎力は笑いながら、また孫空女の股間が嵌まっている腰を揺する。

 

「んあああっ」

 

 孫空女は、またもや、痙攣を起こしながら果てた。

 虎力が孫空女に強要をしているのは、寝そべった虎力の男根に女陰をうずめて、虎力をいかせることだ。

 普通であれば、それほど苛酷な命令ではない。

 

 だが、いまの孫空女は、半日も媚薬風呂に浸けていたうえに、法術で身体の感度を数十倍にあげてある。

 そんな状態では、女陰に男根を迎えるだけでも絶頂を迎えるはずだ。

 実際、孫空女は、さっきからほんのちょっと虎力が腰を動かすだけで、全身を激しくもがいて絶頂の姿を見せている。

 そんな身体で、孫空女は自ら腰を動かして、虎力の精液を絞り出せなければならないというわけだ。

 

 そんなことできるわけがないと虎力も思う。

 それでも、孫空女が懸命に虎力への奉仕を続けているのは、それが拒否できないからだ。

 命令に従わなければ、革の首輪に喉を締められる。

 自殺をすることもできない。

 孫空女には命令に従うほかにできることはない。

 

「ほら、腰を動かせ。兄貴は、そんなもんじゃあ、いかねえぞ」

 

 孫空女は、ほとんど泣きながら腰を動かし始めた。

 

「だめええ、いぎいいい」

 

 そして、また数回も動かさないうちに気をやった。

 羊力がそれを見て馬鹿笑いする。

 孫空女が情感の中に悲痛な表情を示す。

 口惜しいのだろう。

 その悔しそうな顔がなによりも、虎力を悦ばせる。

 

「ほら、休むな。続けよ、孫空女」

 

 虎力は、孫空女の下で言った。

 

「ほんのちょっと……。ほんのちょっとでいいから……」

 

 孫空女はうわ言のように呟きながら、刺激をあまり受けないようにゆっくりと腰を動かす。

 しかし、虎力がほんの少し左右に腰を動かすと、狂ったように喘ぎ、そして、もがいた。

 

「あふううっ」

 

 また、軽く気をやったのだ。

 限界を遥かに超えたいき狂いに、孫空女も意識を手放しそうになっている。

 

 そのとき、鹿力が部屋に入ってきた。

 腰に孫空女を跨らせている虎力に、鹿力は耳打ちをした。

 内容は、宝玄仙を殺しに向かわせた沙那が戻ってきたということだった。

 どうやら、首尾よく目的を果たしたようだ。

 虎力が頷き、沙那をこっちに向かわせるように指示した。

 鹿力が頷いて、部屋を出ていく。

 

「羊力、代わってくれ」

 

 虎力は、法術を一度解くと、孫空女を身体の上から払いのけて立ちあがった。

 孫空女は、まだ後手に拘束された身体を乱暴に床に突き飛ばされながらも、ほっとした表情をしている。

 

「ほら、まだまだ、休憩じゃねえ。次は、俺に跨るんだよ」

 

 横になった羊力が、横たわる孫空女の脚を引き摺って、自分の股間に跨らせようとしている。

 孫空女は、悲鳴をあげてそれを嫌がっているが、さすがにもう腰も抜けて、身体に力が入らないらしい。

 簡単に、羊力に引っぱられてその怒張を挿入させられた。

 

「あぐううっ」

 

 さっそく、挿入されたときの刺激で、もう、気をやっている。

 

「自分で腰を動かして、男をいかせる。なんで、こんな簡単なことができないんだ、孫空女?」

 

 羊力は、虎力がやったのと同じように、法術で孫空女が羊力の怒張を抜けなくしたようだ。

 孫空女は、脱力しかかっている身体を懸命に動かして、羊力の身体の上で上下運動を始めた。

 

「ひゃあああっ」

 

 しかし、あっという間に、また、絶頂を極めさせられている。

 沙那が入ってきた。

 ちらりと孫空女に視線を移し、ぎょっとした顔をした。

 

「あれは、なにをしているのですか?」

 

 沙那が言った。

 

「なに、ほんの数擦りで、気をやってしまうような感度にあげておいてから、ああやって、跨った男の精を抜けと命じておるのだ。もう数刻やらせているが、達するのは自分だけで、一度も成功していない。まあ、それも無理はないがな。数回動かすだけで、自分が先にいってしまうのだ。その度に、動きを止めて中断してしまう。あれでは、命令を果たすのは無理だろうな」

 

 虎力は笑った。

 

「でも、わたしの知っている孫空女は、あれほど敏感な身体ではなかったと思いますが?」

 

「半日も強力な媚薬の液体の中に浸け込んだ。それに法術で女陰の感度を普通の数十倍にはしてある。本当なら、とっくに気を失っておる。だが、気を失うこともできんのだ」

 

 すると、沙那が不意に妖艶な表情を見せた。

 

「だったら……。わたしに、あの孫空女を責めさせてもらえませんか、虎力様? ご褒美に……」

 

 沙那はじっと孫空女が狂い喘ぐ様子を見ている。

 

「お前が、孫空女を抱くというのか?」

 

「いけませんか?」

 

「構わんがな」

 

 虎力は苦笑した。『傀儡の石』で支配され、その直後の拷問により、心の暗い部分を表に出された沙那が、いままで一緒に旅をしてきた孫空女に対して、どのような感情を抱くようになったかはわからない。

 宝玄仙に対する恨みの部分を表に出さされたのと同じように、孫空女に対してなんらかの悪意を抱くようになっているかもしれない。

 その沙那がどんなふうに孫空女を扱うのか興味があった。

 

「褒美を要求するからには、それなりのことはやってきたのだろうな、沙那」

 

 虎力は言った。

 

「宝玄仙のことですか? 殺してきました。屍体は置き捨てておきましたから、誰かに確認に行かせてください。それと朱姫は逃げました。追う必要性を感じなかったので、そのまま逃がしましたけど」

 

「よくやった、沙那。さっそく羊力を通じて、法兵に確認をさせる――。羊力――」

 

 虎力は羊力を呼んだ。

 羊力は、孫空女を放り投げてこっちにやってきた。

 

「羊力、沙那が宝玄仙を殺すことに成功した。さっそく、法兵を向かわせて、遺体を回収させろ。『移動術』を遣うといいだろう」

 

「わかったが、屍体をどうするのだ、兄貴?」

 

 羊力の男根は、まだ勃起したままだ。

 

「例のものの入れ物に遣う。宝玄仙の魂の欠片は、ここにあるしな。うまく使えば、宝玄仙の身体を宝物の置物袋として遣えるだろう。なにせ、肉体から分離した“あれ”を保管するには、生身の肉体を使った袋が必要だからな。霊力の強い宝玄仙の身体であれば、入れ物として最適だ」

 

「わかった。すぐに向かわせる」

 

 羊力は出ていった。

 

「じゃあ、孫空女を抱いていいですね、虎力殿」

 

 虎力が頷くと、沙那は、激しく息をして横たわる孫空女のところに向かい、下袴(かこ)を脱ぎ始めた。

 沙那の下半身には、七星からつけられた惨たらしい鞭痕がついたままだ。

 下半身だけ裸になった沙那は、調教用の道具棚に向かった。

 ここには、女を責めるさまざまな道具が揃っている。

 その中から沙那が選んだのは、双頭の張形だ。

 男根を模した張形が両側についていて、男役の女奴隷が女陰にそれを挿入し、もうひとりの女奴隷を犯させるときに使わせるものだ。

 沙那は、それを使って、「男」として、孫空女を犯すつもりなのだろう。

 

「起きるのよ、お前」

 

 沙那が横に寝ている孫空女の片側の内腿を踏みつけて、反対の脚の膝をいきなり蹴飛ばした。

 孫空女が仰向けになった。淫液が垂れ落ちている孫空女の股ぐらが天井を向いて曝け出した。

 

「うわっ、さ、沙那?」

 

 孫空女が、呆けた表情を沙那に向ける。

 その孫空女の股に沙那は、いきなり手に持った双頭の張形の片側を突き刺した。

 

「ひいいっ――」

 

 沙那は、激しくその張形を動かした。

 立て続けに数回絶頂した孫空女は悶絶したようにぐったりとなった。

 実際には、法術により失神はしていない。

 しかし、ほとんど、それと同じ状態だ。

 その脱力した孫空女を、沙那は荒々しく張形を動かして覚醒させる。

 

「はひっ――、はふっ……」

 

 孫空女はおかしな呼吸をしながら、虚ろな眼を開ける。

 

「ほら、孫空女。お前を犯してやるから、この張形の先にお前の汚らしい淫液をまぶすんだよ」

 

 沙那が口汚く罵って、また張形を動かす。

 

「ほう……」

 

 沙那の乱暴な物言いと孫空女への容赦のない責めに、虎力も少し驚いた。

 孫空女は、奇声を発して絶頂した。

 沙那が、孫空女から張形を引き抜く。

 それとともに、潮のようなものが孫空女の膣から吹き出た。

 

「いちいち、いくんじゃない、孫空女――」

 

 沙那が孫空女を罵倒した。

 虎力は、感心して見ていた。

 あの孫空女の表情に、被虐の色が現れたのだ。

 責められて歓ぶ雌の顔だ。

 沙那が、孫空女からあの表情をあっという間に引き出した。

 虎力は驚いた。

 

「限界まで股を開くのよ。犯してやるからね。ほんの少しも股を閉じるんじゃないよ。言いつけが護れなければ罰だよ、孫空女」

 

「さ、沙那? ……沙那だよね?」

 

 孫空女の眼が泳いでいる。

 沙那の変わりように、事態が把握できないのだろう。

 

「股を開きな」

 

 沙那の強い口調に、孫空女が慌てて股を自ら開く。

 すると、沙那は、自分の股間にさっき孫空女の膣に入れた側の張形を挿し込んだ。

 そして、反対側の張形の先を孫空女の股間に当てがう。

 

「これから、お前の股にこれを突き挿すからね。歯でも、唇でもなんでもいいから噛みしめな。なにがなんでもいくんじゃない。これから先は、許可なくいくことは許さないよ。わかったね。わかったら、返事をするんだ、孫空女」

 

 孫空女の女陰の直前で張形の侵入をとめた沙那が、孫空女に言った。

 

「わ、わかったよ……、さ、沙那」

 

 孫空女が息も絶え絶えに言った。

 まだ、呼吸は苦しいようだ。

 

「わたしのことは、“ご主人様”と呼びな、孫空女」

 

「ご主人様?」

 

「そうだよ。いまは、わたしがお前のご主人様だ。わかったかい?」

 

 沙那は言った。

 どうやら、沙那は、孫空女に沙那のことを“ご主人様”と呼ばせることで、孫空女の恥辱を呷ろうとしているようだ。

 

「……さあ、言いな、孫空女」

 

 沙那の口調が静かなものになった。

 孫空女の顔がが呑まれたような表情になる。

 

「ご、ご主人様……」

 

「犯してくれと、頼みな……」

 

「犯して……。犯してよ、ご、ご主人様」

 

 孫空女が呟くように言った。

 

「どこを犯すのさ、孫空女?」

 

「あ、あたしの女陰……」

 

「奴隷らしい物言いをするんだ、孫空女」

 

「あ、あたしの汚らしい女陰をほじってください、ご主人様」

 

「もっと、大きな声で叫ぶんだよ。いちいち、説明させるんじゃない」

 

「あたしの汚らしい女陰をほじってください、ご主人様――」

 

 孫空女が泣き叫ぶような声をあげた。

 

「わたしの命令はなんだった? 言ってみな、孫空女」

 

「きょ、許可なく……いかない……」

 

「そうだよ、孫空女。許可なくいかないんだ。わかったね」

 

「う、うん、ご主人様……。あ、あたしは、許可なくいかないよ……」

 

「始めるよ」

 

 沙那が、ぐいと腰を前に出した。

 張形の先が孫空女の膣に突き刺さる。

 

「ひいいっ」

 

 孫空女は仰け反った。

 

「いくんじゃない。耐えるんだよ、孫空女」

 

「ひぎっ……。ああっ――。い、いくうっ――」

 

 孫空女は激しく首を横に振っている。

 だが、まだ絶頂するのを耐えている。

 

「そうだよ、孫空女……。まだまだ、我慢するんだ……。ふふふ、可愛いね、お前……。後でいかせてやるから……。いまは、耐えるんだ……」

 

 沙那は、少しずつ張形を埋めている。

 孫空女が歯を食い縛ってる。

 その表情は悲痛だ。

 だが、汗びっしょりになり、赤毛が額に張りついた上気した顔には、虎力もたじろぐほどの美しさを感じた。

 

「い、いっていいかい、ご主人様――?」

 

 孫空女が叫んだ。

 その腰はがくがくと震えている。もう少しも我慢できない様子だ。

 

「まだだよ、孫空女」

 

 沙那が強い声をあげる。

 

「う、うん、だ、だけど……」

 

 孫空女が激しく首を横に振って泣くような声をあげた。

 

「お、おいで、孫空女……」

 

 沙那が反り返った孫空女の裸身を抱き寄せる。

 孫空女が、胡坐に座る沙那の上に乗るような態勢になった。

 それにより、孫空女の女陰が咥えている張形は、その根元まで完全に孫空女の中に埋もれた。

 虎力の法術で両手を背中で握らせたままの孫空女が奇声をあげて、裸身をのけ反らせた。

 

「ああっ、ああ、き、気持ちいいよう、沙那」

 

 その顎が限界まで仰け反って震えている。

 

「ご主人様だよ、孫空女……。まだ、いかないんだよ……。我慢するんだ……」

 

「……ま、まだ、い、いってない……。いってないよ、ご主人様……。あ、あたし、我慢、我慢してるっ」

 

 孫空女が呻くように言った。

 

「ああ、そうだね。お前ははいかなかった……。そんな身体で頑張ったよ。さあ、口を開けな……。ご褒美だよ……」

 

 沙那が言うと、孫空女がうっとりとした表情で口を開けた。

 

「いいと言うまで、絶対に口を閉じちゃだめだ、孫空女。どんなに涎が垂れ流れてもね」

 

 微かに孫空女が頷く。

 沙那は、孫空女が開けた口の中をぺろぺろと舐めはじめた。

 それこそ、舌で孫空女の口を犯し尽くすかのような、ねっとりとした舌の攻撃だ。

 その舌の動きに合わせて、また孫空女の腰がもぞもぞと動き始める。

 孫空女の口の中を舐める合間に、沙那が孫空女の耳元にも舌を伸ばす。

 

「あ、ああっ、ああ……」

 

 孫空女の喘ぎが激しくなる。

 そのとき、沙那がなにかを孫空女にささやいたように見えた。

 孫空女が眼を開け、一度沙那を見て、そして、開いたままの口を綻ばせた

 沙那の舌が、孫空女の舌を舐め回している。

 舐められるたびに、孫空女は大きな嬌声を発するようになった。

 孫空女の涎が、孫空女自身だけじゃなく、沙那の顔や身体にも飛び散っている。

 

「いきたいかい、孫空女?」

 

 まだ口を開けたままの孫空女がゆっくりと頷く。

 涎がだらりと垂れ落ちる。

 その涎を沙那が舐めとっていく。

 後ろに組んでいた孫空女の両手が沙那を抱き締めるように動く。

 

「口を閉じていいよ、孫空女。そして、いっていい」

 

「う、うん……。あ、ありが……とう、ご主人様……」

 

 孫空女がそう言うと同時に、沙那が腰を動かし始めた。

 沙那を抱く孫空女の腕に力が入る。

 

「あひいっ――、ああああっ――ああああっ――」

 

 孫空女が喚き始めた。

 沙那の腰の動きに合わせて、ひと際高い声で奇声を発した孫空女は、雌そのものの顔をして身体を痙攣させた。

 孫空女が絶頂に達したのはわかったが、沙那は容赦なく、孫空女を張形で突きあげ続ける。

 

「ああっ、あああっ、いぐううう」

 

「い、いきな、孫空女――。何度でもね、ああっ、だけど、わたしも気持ちいいよ――。あああ――」

 

 今度は沙那もまた、絶頂しそうな感じだ。

 そして、今度は沙那が先に達する。

 

「あああっ、いくよ、孫空女――。うふうっ、あはああ」

 

「あたしも――」

 

 孫空女もまた、二度、三度と耐え続けに気をやり、そして、沙那を抱きしめたまま完全に脱力した。

 ふたりは、しっかりと抱き合っている。

 

 そして、はっとした。

 孫空女は、腕を沙那の背中にまわしている。

 虎力は、孫空女の腕を背中にまわして離れないように術をかけていたのだ。

 沙那と孫空女の痴態に酔いしれたようになっていた虎力は、我に返って、虎力が孫空女にかけていた法術が解けて、孫空女の身体が自由になっていることに気がついた。

 それで、やっと、いつの間にか、自分の法力が消滅していることを悟った。

 

「ま、待て、沙那」

 

 慌てて虎力は立ちあがった。

 

「うろちょろすんじゃないよ、虎力――」

 

 こっちに険しい視線を向けた沙那が怒鳴った。

 虎力はぎょっとした。

 『傀儡の石』を入れられている沙那が、虎力にあんな口の利き方をするわけがないのだ。

 そして、その沙那から、なにかが流れ込んだ。

 

 虎力の身体は、立った姿勢のまま、金縛りにあったように動かなくなった。

 虎力は懸命に身体を動かそうとした。

 だが、動くのは首だけで、ほかの部分は動かない。

 

「終わりましたよ、ご主人様……」

 

 部屋の入口から声がした。

 虎力は、かろうじて動く首をそっちに向けた。

 そこにいたのは沙那だ。

 ここを出ていく前に七星につけさせた鞭痕も消滅している。

 そして、剣を抜いている。

 沙那の持つ剣先には、べっとりと赤い血がついていた。

 

「沙那がふたり?」

 

 思わず虎力は叫び、そして、孫空女を抱いているもうひとりの沙那に視線を戻した。

 その沙那は、自分の股間から孫空女を解放すると、張形を抜いて投げ捨てた。

 そして、孫空女を静かに横たえると、股間から淫液を滴らせたまま、さっき脱いだ下袴をはき直した。

 沙那の姿が消滅して、宝玄仙になる。

 

「宝玄仙――」

 

 虎力は声をあげた。

 それとともに、冷たい汗が背に流れた。






 *(宝玄仙の視点/沙那による宝玄仙の襲撃・真実)


「沙那姉さん、戻ってこられたんですね? 孫姉さんも一緒ですか?」

 朱姫が踊りあがるように叫んだ。
 だが、宝玄仙は、それよりも、沙那の服から外に出ている部分の肌に、たくさんの鞭痕があることが気になった。
 沙那の頬には、深い傷跡さえある。

「沙那、その鞭の痕はどうしたんだい?」

 宝玄仙は、沙那に身体を向けた。

「沙那姉さん――。とまれ――」

 朱姫が叫んだ。
 『縛心術』だ。

 次の瞬間、宝玄仙は、沙那が剣をこちらに向けているのを知った。
 宝玄仙は凍りついた。
 沙那は、剣を宝玄仙に向けたまま静止している。
 意識がないわけではない。身体が動かなくなっているだけだ。

 それで、やっと気がついた。
 沙那がまったく霊気を帯びていない。
 宝玄仙の霊気を帯びさせるために体内に入れていた宝玄仙の魂の欠片、つまり、魔法石が抜き取られている。
 その代わり、なにか別のものを挿入されている。

「ご主人様、沙那姉さんは、なにかに操られているみたいです。しかも、霊気がありません」

 朱姫の言っていることはわかっている。
 霊気がない者には術は通じない。
 もっとも、沙那の身体には、宝玄仙の内丹印を刻んでいる。
 だから、宝玄仙の術は沙那には通じるのだ。

 しかし、さっき咄嗟には宝玄仙は反応できなかった。
 反応したのは朱姫だ。
 本来、霊気のない状態では朱姫の術は、沙那には通じないはずだ。
 だが、朱姫は、霊気を持たない人間にも『縛心術』をかけることができる。
 それは、普通は、こんなにも咄嗟にかけることはできないが、朱姫は、それこそ、何度も沙那に『縛心術』をかけたことがある。
 だから、すぐに沙那の動きをとめられたのだ。

「……舐めた真似をしてくれたもんだよね、連中も」

 宝玄仙は言った。
 連中と宝玄仙が呟いたのは、もちろん、虎力、鹿力、羊力の三人だ。
 これは、そいつらが仕組んだに違いない。
 沙那を操って、宝玄仙を殺そうとしたのだ。

「どうしたら、いいですか?」

 朱姫が戸惑っている。

「くっ、うう……」

 硬直させられている沙那から汗が滴り落ちる。
 必死に、朱姫の術に対抗しようとしているのだと思う。
 つまりは、沙那は、まだ操られている状態だ。
 操っている手段は、虎力たちの法術だ。
 だから、朱姫には手が負えない。
 朱姫にできたのは、『縛心術』で沙那をとめるところまでだ。
 沙那の暗示を解くのは、虎力よりも高い術の力が必要だ。
 宝玄仙でなければできない。

「とりあえず、お前の暗示で、わたしを殺すことに成功したことにしておくれ」

 宝玄仙は言った。

「沙那姉さんに、そう思い込ませればいいんですね」

「そうだよ。いま、沙那は興奮状態にあるからね。わたしを殺したと思い込ませれば、心は鎮まる。心を沈めた状態で、連中が沙那に仕込んだものを沙那の身体から出すよ」

「大丈夫ですか?」

「十中八九ね。連中にできたことをこの宝玄仙ができないと思うかい?」

 宝玄仙は、朱姫を安心させるために、自分の頬に笑みを浮かべてみせた。

「ご主人様、終わったら、すぐに孫姉さんも助けにいきましょう」

 朱姫が言った。

「助ける? 冗談じゃないよ。あいつらに復讐だ。孫空女を救い出すだけじゃない。連中の息の根をとめてやる。幸いにも、どうやって、智淵城に入り込むかを考えなくて済みそうだしね」

 宝玄仙はそう言い、沙那の首にある首飾りを見た。
 これがあれば、智淵城の周りに張り巡らされているはずの結界を通りつけられるだろう。
 その場所も、沙那の術を解けば、沙那が知っているに違いない。

「じゃあ、戻りましょう。智淵城に――」

 朱姫の眼には光るものがある。

「まだ、泣くのは早いよ、朱姫。まだ、なにもやっていないんだ」

「わかっています」
 朱姫は袖で眼を拭った。
「……ご主人様、朱姫がなにをしたらいいか教えてください。朱姫には、なにができますか?」

 朱姫がじっと宝玄仙の顔を見た。
 宝玄仙は微笑んだ。

「まずは、沙那にかけられている術を解き、完全に正気に戻す。次に、このわたしが沙那に術で変身をして、沙那がしている首飾りをつけて、智淵城に戻る。お前と沙那は、わたしが入り込んだ後に、わたしが『移動術』の出口を刻むから、そこから智淵城に入るんだ」

「わかりました。沙那姉さんと『移動術』で智淵城に入るんですね。それからなにをしたらいいですか?」

「お前の魔力の流れを読む力を使って、連中の“魂の本体”を探すんだ。多分、丙種奴隷置場に隠してあると思う。沙那が言ったんだろう? 侵入者があったと気がついたら、鹿力は、最初に大事なもののある場所にまっしぐらに行くと……。お前と沙那が最初に潜入したとき、鹿力がはじめに向かったのは、虎力のいる場所じゃなく、丙種奴隷置場だった。まさに、そこに大切なものがあるのさ」

「丙種奴隷置場? あんな場所に?」

 朱姫は戸惑っている。

「まず、間違いないと思う。欠片と違って、魂の本体は、生身の肉体が保管容器として必要だ。連中は、奴隷を殺して、それを容器にして魂を保管しているのさ。丙種奴隷などというものは、そこが魂の保管場所であることを隠すための隠れ蓑さ」

「わかりました。じゃあ、沙那姉さんと一緒に、あいつらの魂を探します」

「うん。見つけたら、紅孩児(こうがいじ)のところから持ってきた『如意袋』に入れるんだ。あれに入れれば、魔力が奪われる。魂の本体からの魔力の放出ができなくなれば、連中は術が遣えなくなる。法力だの、法術だといろいろと呼んでいるようだけど、結局は、魔力のことだからね」

「ご主人様は、その間、なにをするんですか?」

「なあに、沙那に変身して、孫空女を見つけて遊んでいるよ。お前たちの仕事が終わるまでね」

 宝玄仙はにやりと笑った。


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139 奴隷城の終わり

 宝玄仙を殺しにいかせた沙那が失敗したのは明らかだ。

 それどころか、沙那は、もう虎力が施した『傀儡(くぐつ)の石』の支配から脱している。

 虎力は、こんなにも呆気なく、自分の術が破られるということは想像していなかった。

 

「虎力、このわたしが、どれくらい怒り心頭にきているか理解できるかい?」

 

 宝玄仙がそう言って、右手を振った。

 すると、虎力の両腕が突然、勝手に虎力の着ている服を脱がせ始めた。

 

「な、なにをしたのだ、宝玄仙?」

 

 虎力は叫んだ。

 その間も、どんどん、虎力の両腕は服を脱ぎ捨てていく。

 両腕だけではない。両脚も虎力の意思とは無関係に動いて、下袴(かこ)を脱いでいる。

 

「気安く名前を呼ぶんじゃないよ、虎力。ちょっとしたわたしの術だよ。お前の手足をわたしの『分身』にしてやっただけさ」

 

 あっという間に虎力は素っ裸になった。

 すると、また両腕と両足が動かなくなる。

 

「ところで、ご主人様、申し訳ありません。抵抗が激しかったので、鹿力は殺してしまいました」

 

 扉に立っていた沙那が言った。

 沙那が部屋に入ってくると、その後ろから羊力がついてきた。

 羊力の眼は虚ろだ。

 これは、最初に沙那が智淵城に侵入してきたときにかけられていた『縛心術』だとわかった。

 虎力の法術で、あの『縛心術』は解いたが、それがかけ直されている。

 

 そして、次の瞬間、虎力は声をあげてしまった。羊力の右手には、鹿力の生首がぶら下がっている。

 また、左手には、赤ん坊の頭ほどの三個の黒い球体を入れた半透明の袋も握られている。

 その左手にあるものがなんであるか、もちろん虎力は知っている。

 

 そして、その球体を包んでいる半透明の袋は、『如意袋』と呼ばれる霊具で、確か、牛魔王(ぎゅうまおう)が遣う霊具のはずだ。

 なぜ、ここにあるかわからないが、あの袋は伸縮自在で、中に入れたもののすべての魔力を吸収する力がある。

 その『如意袋』の中に入れられている球体は、まさに虎力たちの魂そのものだ。

 

「鹿力のことは、まあいいさ。それよりも、朱姫はどうしたんだい、沙那?」

 

「走り回っています……。ここに収容されていた女たちは、突然に虎力たちの支配していた法術が消滅して、動揺しています。朱姫は、なにが起ったかを説明して、とにかく落ち着かせています」

 

「この建物の中のどこかに、七星(ななほし)紅夏女(こうなつじょ)という女がもいる。ここに連れて来ておくれ。それに、外で働かされていた奴隷の中には、貂蝉(ちょうせん)という名の娘もいる。その貂蝉を紅夏女に引き合わせてやって欲しい」

 

「七星については、すでに朱姫に指示しています。ほかのこともすぐに伝えます。お任せください」

 

 沙那がそう応じている。

 

「ふっ、さっさと殺すがいい、宝玄仙。どうやら、俺たちの秘密も知られてしまったようだな。魂の本体を押さえられた以上覚悟はできている。殺すがいい」

 

 虎力は言った。

 

「そうはいかないよ、虎力。そんなに簡単に死ねると思うんじゃないよ」

 

 宝玄仙は、『縛心術』で操っている羊力から『如意袋』を取りあげた。

 そして、その中に腕を入れた。

 宝玄仙がその腕に道術を込めるのがわかった。

 『如意袋』の中に黒い球体が砕け散り、そして消滅する。

 

「……これで、お前に残る魂は、その肉体に残る欠片の部分だけだね。そうだろう、虎力?」

 

「ああ、そうだ」

 

 虎力は言った。

 身体はまったく動かない。

 もう観念するしかないようだ。

 すると、宝玄仙が不敵に微笑んだ。

 宝玄仙が沙那に手を伸ばす。

 沙那が、宝玄仙になにかを渡した。

 

「これがなにかわかるだろう、虎力?」

 

 虎力は眼を落とした。

 『傀儡の石』だ。虎力が沙那の体内に入れたものだ。

 

「……これをお前の身体に入れてやるよ。そしたら、法力、いや、魔力を少しだけ戻してやる。だから、お前は、ほかの魂の欠片との接続を断つんだよ。わかったかい? 羊力と鹿力のものもお前が切断するんだ。『傀儡の石』を入れられれば、逆らえないんだろう?」

 

 虎力は総毛立った。

 そんなことをしたら、本当に復活できなくなる。

 どうして、ほかにも魂の欠片が隠してあることがわかったのだろう。

 

「なにを慌てているんだよ、虎力。用心深いお前のことだ。念には念を入れて、この智淵城のほかにも、魂の欠片を隠してあるんだろう。全部、遮断するんだ。わかったね」

 

 『傀儡の石』を持つ宝玄仙の手が、すっと虎力の胸の中に入ってきた。

 虎力は、自分の意思が傀儡の力の中に埋没するのがはっきりとわかった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ」

 

 虎力が呻いて、羊力の口の中に精を出した。

 

「どれ、口を開けて見せてみな、羊力」

 

 孫空女が言っている。

 羊力は大きな身体を跪かせたまま、孫空女の言われるままに口を開けている。

 

「ご主人様、もう、かなり色はなくなったよ。量も少ないね」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「じゃあ、次の一度で打ち留めだろうね――。虎力、精液が出なくなったら、女たちによる鞭の林が待っているからね。さっさと出し尽くすんだ……。もっとも、その前に、お前には、羊力の一物から精を搾り取ってもらうけどね。口でね。朱姫と沙那によれば、その羊力の精は無尽蔵に多いらしいよ。かなり時間もかかるかもしれないね」

 

 宝玄仙は、営底の真ん中で大勢の女囚に見守られながら、羊力の口による一物への奉仕を受けている虎力に言った。

 羊力が口で虎力の男根を舐めているのは、『縛心術』によるものだ。

 それに虎力が抵抗できないのも、宝玄仙の術によるものだ。

 その虎力と羊力には、お互いの一物を舐め合い精液を出し尽くさせている。

 それをこれまで支配してきた女囚の前でやらせているのだ。

 これで多少なりとも、惨めに虐げられてきた女囚の溜飲も下がるだろう。

 

 お互いに精が出なくなるまで出し尽くさせ、それが終われば、鞭や棒を持った女囚全員の列の間を歩かせる。

 千人もいる女囚の鞭や棒を受け続けて、それで生き残る可能性はないが、もしも、それで死なないようなら、そのまま、地面に掘った穴の中に放り込んで埋めてしまうことになっている。

 いずれにしても、屍体はその穴の中だ。

 その穴も、こいつら自身にやらせて、すでに掘ってある。

 

「駄目だよ、ご主人様。こいつ、もう勃たたないよ」

 

 孫空女が言った。

 

「だったら、お前が擦ってやったらどうだい、孫空女? お前もお世話になった一物だろう」

 

「じょ、冗談じゃないよ。ほら、さっさと、勃てるんだよ、虎力。羊力、睾丸を舐めあげてみな」

 

 孫空女の言葉で、羊力は虎力の睾丸に舌を這いまわす。

 

「どうしても勃たたないようなら、これを尻に突き刺すといい。使い方はわかるんだろう」

 

 宝玄仙は、孫空女に虎力たちが遣っていた『電撃棒』と鈴を渡した。

 

「ああ、わかるよ。鈴を鳴らせば、電撃が走るんだよね――。ほら、虎力、尻を出しな」

 

「や、やめんか、孫空女――」

 

 虎力が呻いた。

 だが、孫空女は、容赦なく『電撃棒』を尻の穴に抉り込ませたようだ。

 

「ほほう、うほおおお」

 

 虎力の口から絶叫が迸った。

 

「うがああああ」

 

 そして、続いて起こった鈴の音で、さらに発狂したような声を虎力はあげた。

 それを見て、周りの女囚たちがはやし立てている。

 

 全員、緊張の色が途切れて、ほっとした表情をしている。

 生き残っていた女囚の正確な人数は、千十五人だった。

 

 とにかく、朱姫が、全員を集めて虜囚の身から解放されたことを伝え、安心させた。

 そして、食料庫を解放し、栄養を取らせた。

 甲種奴隷だった数名を除いて、乙種奴隷のほとんどは、栄養が不足し、かなり弱っている状況だった。

 それでも、虎力たちが法力を失い、道術が遣えるようになったことで、身体の回復術を遣える者が中心となって、身体の回復を図ったようだ。

 

 服はまだ準備ができていないので、ほとんどが、まだ腰に布を巻いただけの姿だ。

 いま、この智淵城にあった布を使って、全員が身にまとえるだけの衣類を準備している。

 それが整い次第、全員の脱出行が始まることになっている。

 大変な逃避行になるかもしれないが、千人いる全員が大小の魔術遣いなのだ。

 なんとかなるとは思う。

 

 一方で、孫空女が大きな声で虎力に怒鳴っている。

 どうやら、攻守交代させるようだ。

 

「孫空女、虎力が、羊力の一物を舐めるのをあまり嫌がるようなら言いな。術を遣うから」

 

「大丈夫だよ、ご主人様。引っぱたいてでも、咥えさせるから。『電撃棒』もあるしね」

 

 孫空女が言った。

 五十人ほどいた法兵は、もっと悲惨なことになっている。

 全員まとめて、朱姫の『縛心術』にかけられた彼らは、ひとりひとり、自分を埋めるための穴を掘らされて、いまは顔だけ出して、営庭の隅に埋まっている。

 さっきから悲鳴をあげているが、誰ひとりとして掘り起こそうとする女囚はいないから、おそらく、しばらくはあのまま放置されることになるのだろう。

 あのまま数日放置すれば、その前に死んでしまうと思う。

 連中も、これまで散々なことを虎力たちと一緒になってやってきたのだ。

 その酬いというものだ。

 

「……いつまでも、泣いているんじゃないよ、金楊凛(きんようりん)

 

 宝玄仙は、さっきから、宝玄仙の足元で土下座をして泣いている金楊凛に言った。

 髪の毛は異様に短い。

 一番奴隷だった金楊凛は、孫空女と対決させられ負けたために乙種奴隷に落とされた。

 一番奴隷として三年間、金楊凛はほかの乙種奴隷にも手酷いことをしてきたらしい。

 それで、乙種奴隷としてやってきたときに、ほかの乙種奴隷により髪の毛を切られたらしい。

 

「許してください……。許してください……」

 

 金楊凛は、頭をあげずにすすり泣いている。

 考えてみれば、この女も犠牲者だ。

 三年もこの智淵城に女囚として監禁され、やりたくもなかった一番奴隷として、ほかの奴隷への責めをさせられ続けた。

 金楊凛が望む、望まざるに限らず、拒否すれば、あの革の首輪で殺されるのだ。

 金楊凛も従うしかなかったはずだ。

 奴隷たちが装着されていた首輪も、全身が自分の手でむしりとり、この智淵城のあちこちに捨てられている。

 

「うっとうしいねえ、金楊凛。もう、お前には恨みもなにもないと言っているじゃないか。それよりも、紅夏女(こうなつじょ)に言うんだよ。お前が故郷に連れていってもらえるかどうかは、紅夏女次第なんだよ。あいつは、この女囚の逃避行を指揮することになっているんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 そのとき、宝玄仙は、背中から人が近づく気配を感じた。

 

「大丈夫です。金楊凛殿も、一緒に逃避行に参加してもらいます。いえ、それよりも、わたしや貂蝉に協力して、この千人を率いてください」

 

 紅夏女だ。

 横には貂蝉と沙那もいる。

 沙那以外は、裸身に布一枚を覆っただけの姿だ。

 だが、その表情は明るい。

 

「……ゆ、許して貰えるんですか、紅夏女様」

 

 金楊凛がやっと顔をあげた。

 その顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。

 

「もちろんです。これから、車遅国(しゃちこく)を抜ける逃避行は、おそらく大変な苦行になるでしょう。元教団兵の将校のあなたの力が必要です」

 

 そう言って、紅夏女は、金楊凛の手を取った。

 金楊凛の泣き声が大きくなった。

 

「とにかく、烏鶏国(うけいこく)を頼ろうと思います。あの国王陛下もわたしたちのことは覚えているでしょうし、天教教団の庇護を自負する国です。きっと、千人の女囚が、それぞれの故郷に戻ることについて力になってくれると思います。ご主人様の名で、手紙も書かせてもらいました」

 

 沙那が言った。

 

「宝玄仙様、ありがとうございます。もしも、無事に戻ることができたら、宝玄仙様の功績をお伝えするとともに、なんとしても、宝玄仙様の名誉を回復してみせます」

 

 紅夏女は言った。

 

「わたしのことは気にしなくてもいいよ、紅夏女。どちらにしろ、もう、天教には、戻る気はないしね。それに、わたしのことを庇ったりすると、お前の立場も悪くなるかもしれない。むしろ、わたしの悪名を利用すればいい。とにかく、なんとか車遅国を脱出して、まずは、烏鶏国に辿り着くことだけを考えておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「逃避行についての細かいことについては、沙那さんにも助言を受けました。何人かは、『移動術』を遣える者もいますから、なんとかなるのではなると思うのです……。でも、宝玄仙様が、教団の手配を受けるなどわたしには耐えられません。なんとしても……」

 

「わかったよ、紅夏女」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「それで、ご主人様、路銀のことですが……」

 

 沙那が言い難そうに言った。

 

「わかっているよ。ありったけ渡したいのだろう。渡しな。わたしらは無一文になっても、まあ、なんとかなるしね。こいつらは、千人もいるんだ。路銀もなしじゃあ、露頭に迷うだけだ。こと智淵城から剥ぎ取ったものも全部こいつらに渡すといい。わたしらの分は、お前らが旅でなんとかしな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます。ご恩は一生……」

 

 沙那と紅夏女がそれぞれに頭をさげた。

 

「いいんだよ。それよりも、沙那、また、その分、供として励んでもらうよ。いいね」

 

「は、励むんですか……。は、はい」

 

 沙那は言った。

 聡い沙那は「励む」という言葉の裏の宝玄仙の真意を理解したはずだ。

 だから、あんな気が進まないような表情をしているのだ。

 紅夏女と貂蝉は、そんな沙那の態度がよく理解できずに不思議そうな表情をしている。

 

「ご主人様、七星さんが、気がついたから連れて来ました」

 

 朱姫だ。

 隣には、前屈みの腰をくねらせながらややがに股気味にやってくる七星の姿があった。

 沙那から拷問を受けた七星は、死んだようになっていたのを宝玄仙が『治療術』で回復させ、横にさせていた。

 やっと起きあがれるようになり、その七星を朱姫が連れて来たのだ。

 七星もまた、布を一枚はおっただけの姿だ。

 沙那の姿を見て、引きつった表情をした。

 

「あ、あの七星さん、も、申し訳ありませんでした。わ、わたし、あなたになんてことを……」

 

 沙那の謝罪に七星は首を横に振った。

 

「そ、それはいいんだ、沙那。あ、あたいも鞭で打ったしね。お互いに恨みっこなしにしてくれるとありがたいね」

 

「それはもちろんだけど、でも……」

 

「いいの、いいの……。それよりも、宝玄仙さん」

 

 七星は、上気した顔をこちらに向けた。

 

「なんだい、七星?」

 

 宝玄仙は含み笑いをしながら返事をした。

 

「まずは、『治療術』をしてくれたのは、ありがとう」

 

 七星は言った。

 

「どういたしまして。かなり衰弱もしていたからね。元気になってなによりだよ、七星」

 

「だったら……」

 

 七星の顔が少しだけ険しいものになった。

 

「……なんで、ここだけ治してくれないんだよ」

 

 七星は言った。

 

「なんだって?」

 

 宝玄仙はわざととぼけた。

 

「だから、なぜ、一箇所だけ治してくれないのさ?」

 

 七星は大きな声をあげた。

 

「一箇所ってなんだい?」

 

「と、とぼけるんじゃないよ。お実の皮だよ。沙那に焼け針で焼き剥がされたお実の皮だよう。確かにきれいに傷跡も消えているけど、皮もきれいになくなっているじゃないか。こ、これじゃあ、敏感すぎて歩けないよ」

 

「そりゃあ、いいね。あの七星さんが、肉芽の皮がなくなっただけで、満足に歩くこともできなくなったのかい。愉快じゃないか」

 

 宝玄仙は、七星の淫情した顔が可笑しくて大笑いした。

 

「わ、笑うなよ。お願いだよ。ここも治してよう」

 

 七星は泣き声をあげた。

 

「お前、わたしの最初の質問を覚えているかい?」

 

「最初の質問?」

 

 七星は覚えていないようだ。

 

「お前を買うのに幾らかと訊いたろう?」

 

「そう言えば……」

 

「とにかく、三箇月分ほど値段を付けな。皮を戻す治療代は、それと交換だ。三箇月ほど一緒においで、七星。どうせ、行くあてもないんだろう?」

 

「あ、あたいを買うってこと? 三箇月も?」

 

 七星は言った。

 沙那も驚いた表情をしている。

 

「もしも……もしものことだけど、断ったらどうなるの?」

 

 やがて、七星は言った。

 

「その皮はそのままだろうねえ。そうやって、がに股で歩いたらいいだろう? そうだ、ついでに、肉芽の部分に短い毛をつけてやるよ。動くたびに、敏感な部分がくすぐられて刺激を受けるようにね。どうだい、性格も変わるかもしれないよ」

 

「わかったよ。ついていくよ。だから、治してよう」

 

 七星は言った。

 

「なに、なに? こいつも旅に加わるの?」

 

 孫空女がやってきた。

 

「三箇月だけだけどね。そういうことになりそうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「へへん、どうしたのさ、七星? 腰を引いちゃってさあ?」

 

 孫空女が、七星の腰をぽんと叩いた。

 

「ひやっ、ああっ」

 

 その刺激で七星は、敏感になっている部分を布に擦ったらしく、短い嬌声をあげた。

 七星は険しい顔で孫空女を睨んだ。

 

「じゃあ、治してやるよ、七星。ここじゃあ、なんだから、部屋に戻ろうじゃないか。孫空女、お前も来るんだ――。沙那、後を頼むよ」

 

 宝玄仙は言った。

 七星は知らないだろうが、七星があそこまで敏感なのは、皮がないだけのせいじゃない。

 道術で感度を上げているのだ。

 宝玄仙は内心ほくそ笑んだ。

 

「えっ? 後を頼むって……。もしかしたら、あの虎力と羊力のことですか?」

 

 沙那はびっくりしている。

 虎力は、孫空女に強要されるまま、羊力の男根を舐めさせられている。

 

「そうだよ。精液が出なくなるまで絞り出せるんだ。勃起しなくなったら、尻に電撃を喰らわせて勃たせる。そして、女囚の作った鞭と棒の林を通り抜けさせる。すべて終われば、生きていようが死んでいようが、穴に入れて埋める。簡単だろう? 『魂の欠片』も戻してやったんだ。お前も霊具も遣えるようになっただろうし」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那がそういう嗜虐が苦手だということはわかっている。

 

「で、でも……」

 

「朱姫もいるだろう? 朱姫に任せておけば大丈夫だよ」

 

「そんな……。ちょ、ちょっと待ってください。そう言えば、ご主人様、朱姫がどうしても、切断したご主人様の身体の一部が見つからないと言っています。ほかの部分はあったらしいですが、紋章のついた右手だけが……」

 

「そうだ……。そうなんです、ご主人様……」

 

 朱姫がさらに言い募ろうとしたのを宝玄仙は、手を振って止めた。

 

「ああ、いい、いい。右手首のひとつくらい。もう生えたしね。孫空女に剃られた下の毛は生えないけどね」

 

 すると孫空女が顔に恐怖の色を浮かべた。

 

「あ、あのときの……? ね、ねえ、あれは、『治療術』で戻るんでしょう……?」

 

 孫空女だ。

 

「いいや。あれは、あのままでいい……」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「……これからは、無毛の陰部を見るたびに、こんな連中の虜になった反省と孫空女への恨みを想いながら、お前で憂さを晴らすことにするよ、孫空女」

 

 宝玄仙がそう言ったので、文字通り孫空女は飛びあがった。

 

「そ、そんなあ、お願いだよ。いちいち、憂さを晴らされたら堪らないよう。一度にしてよ。一度は覚悟するから」

 

「じゃあ、おいで。その一度だ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 

「へっ、憂さを晴らしてもらいな、孫空女」

 

 七星が孫空女をからかった。

 すると孫空女が、なにも言わずに、七星が腰に覆っていた布を股間を擦るようにわざと引っ張った。

 

「いやあああ」

 

 七星が悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 宝玄仙は、なにか愉しくなり声をあげて笑った。

 

 

 

 

(第22話『奴隷城からの脱出』及び『智淵城篇』終わり)






 *


【西遊記:46回及び47回冒頭まで、虎力・鹿力・羊力大仙⓷】


 孫悟空の邪魔で復活の術に失敗した虎力大仙は、死んでしまいます。
 追い詰められた鹿力大仙は、今度は自分が挑戦すると名乗り出ます。
 腹を切って死なないところを見せるというのです。
 鹿力大仙が腹を切ると、孫悟空は鳥を出現させて、贓物を持っていかせます。鹿力大仙もそのまま死んでしまいます。

 最後は羊力大仙です。
 羊力は煮えたぎる油の中でも、自分は死なないと言って、油を煮え立たせてその中に入ります。
 孫悟空は、またしても術を邪魔して、羊力を油で煮殺してしまいます。

 煮え切って死んでしまった羊力の骨を見ると、驚いたことに人間の骨ではなく、羚羊(れいよう)の骨でした。
 また、虎力も虎の化け物、鹿力もまた、鹿の化け物だったことがわかります。
 いままで自分が心酔していたのが、人間ではなかったことに国王は驚いてしまい、今度は仏教を大切にすることを誓って、奴隷にしていた僧侶の解放を約束します。

 玄奘一行は、旅を再開します。


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第4章【通天河(つうてんが)沿岸(魔王との遭遇)篇】
140 西の果ての城郭


「諸王国の果ての果てにしては、大きな城郭だね。驚いたよ」

 

 孫空女が、大皿に載った魚肉を香草で炒めた料理を自分の皿に取り分けながら言った。

 

「そうね」

 

 沙那は応じた。

 孫空女は、まずは、宝玄仙、そして、自分。さらに、沙那、朱姫、七星と器用にそれぞれの取り皿に料理を載せていく。

 車遅国(しゃちこく)の西の果ての元会(げんかい)という城郭だ。

 その城郭にある宿屋の一階の食堂で、宝玄仙を含む沙那たち五人の女は、夕食をとっていた。

 かなり流行っている食堂らしく、まだ夕食には早い時間だったが、十ほどある食堂の卓は客でいっぱいだ。

 沙那たちは、この宿屋の二階の一室の五人部屋を借りることになったのが、料理を食べている客は、泊り客以外の者も多いようだ。

 

 車遅国の西の国境である通天河(つうてんが)という大河は、この城郭に面している。

 その河の向こうは、こちらでは「魔域」と称するのだが、東帝国では「西域」と呼ばれていた地域であり、人間族とは異なる「魔族」の住む世界だ。

 帝国の住民であった沙那にとっては、まさに人外地である。

 いよいよ、ここまで来たかという感慨もある。

 

 眼の前で魚料理を口にしている宝玄仙の供になって一年余りが過ぎた。

 帝都で天教教団の最高神官の八仙三人の殺人を犯した宝玄仙の旅の目的地は、天教の支配や影響力が及ばない「西域」だった。

 だから、通天河を越えれば、その目的を果たしたことにはなる。

 

 もっとも、それでこの旅が終わるわけではない。

 西域、即ち、魔域も広い。

 宝玄仙の旅の目的は、単に魔域に入ることだけではなく、そこで安住の地を見つけることだろう。

 これから、魔域を巡る旅がずっと続くはずだ。

 一応は、宝玄仙を迎え入れることを約束をした金角(きんかく)がそろそろ出迎えに来ることになっている土地なのだが、いまのところ、金角の手の者が接触する気配はない。

 宝玄仙も、通天河を渡って勝手に魔域に入るのか、それとも、しばらくこの玄会に逗留するのか、あるいは、魔域を迂回するように南回りで西に進むのか、決めかねている様子である。

 まあ、まだ到着して間もないこともあるし、数日はゆっくりとして今後の方針を決めるということでいいとも思う。

 

「西の果てというのは、あんたらの感覚だね。ここは、別に果てでもなんでもないよ。西に向かう人間なんていないけどね。この元会という城郭は、南方と北方を繋ぐ大きな街道の上にあって、それに東から繋がる街道がぶつかる場所なんだ。この辺りを旅する者は、どこに向かうにしても、大抵はここに泊るから自然と賑やかなのさ。南北の産物が集まるから商人も多いしね」

 

 七星だ。

 舌は滑らかだが、身体はだるそうだ。

 口を閉じた後、大きく溜息をついた。

 彼女は、車遅国の東の入口の東閣(とうかく)の城郭で宝玄仙や孫空女とともに、「天教狩り」で女囚として智淵城に収容された旅の女であり、智淵城を脱獄してから、三箇月という約束で宝玄仙が一緒に連れてきた。

 

「なんだい、七星。まだ、だるそうじゃないかよ」

 

 孫空女が、口の中に料理を入れたまま言った。

 

「当たり前だろう……。昨夜は、みんなでよってたかって……」

 

 七星は、口のなかでぶつぶつ言った。

 沙那はそれを聞いて苦笑した。

 宝玄仙は、若く綺麗な女を嗜虐するのが好きだという変態巫女だ。

 夜につけ、昼につけ、朝につけて供の女を苛むのは、宝玄仙の日常であり、それを受けるのは、その供の「仕事」のようなものだ。

 

 昨夜は、小さな宿町の宿屋に泊ったが、その夜の「犠牲者」は、この七星だった。

 宝玄仙の道術で、身体の自由が効かない人形のようにされた七星は、宝玄仙を含む四人の女に責められた。

 全身のあらゆる場所を舐められ、くすぐられ、愛撫され続けた七星は、それこそ果てしなくいき続け、ついには痙攣がとまらなくなったが、それでも、七星は許されなかった。

 宝玄仙の道術で三人全員が男根を生やされて、七星を交替で犯すことを強要されたのだ。

 最後には、七星は、全身からすべての体液を撒き散らしながら完全に失神した。

 

「あんなもん、なんだい。二十や三十、気をやったくらいどうということはないだろう、七星。しゃきっとしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「こ、声が大きいよ、宝玄仙さん」

 

 七星が赤い顔をして辺りを見回しながら言った。

 沙那も周囲に目をやったが、こちらの会話に耳を向けているような客はいない。

 

「二十や三十って……。常識じゃないんだよ。際限ってものがあるじゃないか。だいたい,あんたらの旅は、淫行が多すぎんだよ。朝起きちゃあ、誰かが責められ絶頂し、昼は昼で、宝玄仙さんは、気まぐれのように淫らな命令や悪戯をするし、それで、夜はあれだろう? 本当に、これから危険な魔域に入って旅をする覚悟はあるのかい? 一瞬も気を休めることのできない場所らしいよ」

 

「まったく、そうよ。わたしもそう思うわ。ご主人様のその悪戯のために、災難に遭ったのは一度や二度じゃないし……」

 

 沙那も言った。

 そうなのだ。

 宝玄仙は、夜に供で遊ぶだけじゃなく、旅をしている昼も供を嗜虐しては悦に入るという悪癖がある。

 宝玄仙の旅は、狙う者が多い危険な旅だ。

 嗜虐を受けている真っ最中に襲われて、捕えられたというのも一度だけではない。

 そもそも、七星と知り合うきっかけになった智淵城という奴隷収容場に、宝玄仙と孫空女が連れていかれたのも、宝玄仙が同じ車遅国の東側の入口である東閣の城郭内で孫空女を嗜虐している最中だったのだ。

 

「そうだよねえ、沙那。あたいは、この一行の中で、あんただけが、常識人という感じがするよ」

 

「あら、七星姉さん。だったら、あたしは、常識人じゃないというんですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「お前のどこが常識人だよ、朱姫。普段は大人しそうだけど、昨夜は、えげつなく人のことを責めやがって、覚えておきな。今夜でも攻守交代させてもらって、仕返しするからな」

 

「ふふふ、受けて立ちますよ、七星姉さん」

 

 朱姫は笑った。

 沙那はそれを聞いて嘆息した。

 ふたりともどっちもどっちだ。

 朱姫は、性愛に関しては歳上の沙那なんか比べものにならないくらいの性の技の持ち主だし、元娼婦でもある七星は、性の技巧に長けている。

 沙那にしてみれば、この性に関しては朱姫も七星も、一般的な常識人とは思えない。

 

「じゃあ、今夜のおかずは朱姫かい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「く、くじですよ。くじ。公平に行きましょうよ、ご主人様」

 

 朱姫が慌てて言った。

 

「誰にしようかねえ。まあ、くじでもいいか。考えておくよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は思わず身震いした。

 もし、沙那が当たったら、今夜、ほかの四人に責められるのは、沙那ということになる。

 宝玄仙、朱姫、七星という性の猛者と孫空女を含めた全員に、素人同然の沙那が集中して責められるとどうなってしまうのか。想像するだけで怖ろしい。

 

「それにしても、いよいよ、魔域かあ……。七星は、この通天河の向こうには行ったことがあるのかい?」

 

 孫空女が七星に言った。

 

「さすがにないよ。あたいに限らず、通天河の向こうに行こうなんていう旅人はほとんどいないんじゃないかい? 魔族の力が強い場所だと聞くからねえ。だいたい、あんたら、魔域のどこに行こうとしているんだい? まあ、約束だから三箇月は一緒にいるけど、さすがに、あたいは、あんたらとともに、魔域にずっと住みつくつもりはないよ」

 

 七星が旅に同行するのは三箇月の約束だ。

 一応、七星は、その期間、宝玄仙に買われたことになっている。

 もっとも、実際は、虎力に操られていた沙那が焼き切ってしまった七星の肉芽の皮を修復する代償としただけで、まったく金のやり取りはない。

 しかし、智淵城からの脱出については、七星としても、宝玄仙に助けられたのだ。

 宝玄仙の求めのままついてきたのは、七星としても、お礼を兼ねているつもりかもしれない。

 

「まあ、いいじゃないか、七星。いずれにしても、お前だって、この車遅国から脱出したいだろう? 国境を越えるまでは一緒にいた方が安全だろうさ。車遅国を抜けたら、まあ、好きにしていいよ。それまでは、一緒にいな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうするよ、宝玄仙さん。まあ、でもこのままなら、国境を越えることも面倒はなさそうだよね。それにしても、なにがあったんだろうねえ。智淵城を脱走した直後は、てっきり脱獄囚として厳しい追跡を予想していたけど、手配書が出回る様子もないし、こうやって、城郭でのんびり食事もできるというのは、意外だったよね」

 

「本当よね、七星。わたしは、毎日、車遅国の軍に追われながら西に向かわなければならないと思ったんだけど、ここまで追補の気配がないなんて思わなかったわ」

 

 沙那は応じた。

 捕えられた女囚であり、智淵城を脱獄した身分でありながら、こうやって隠れることなく街道を旅しているのは理由がある。

 智淵城を脱走したのは、宝玄仙たちばかりでなく、紅夏女(こうなつじょ)という天教の女性巫女が率いる千人も一緒だ。

 彼女たちは、車遅国を脱出すべく、沙那たちとは反対方向の東の国境に向かった。

 

 彼女たちへの追跡の眼を逸らすために、逆の西に向かうこちらは隠れることなく、比較的堂々と街道を進むことにしたのだ。

 宝玄仙も天教の巫女服姿はさすがにやめたが、それ以外は普通に城郭や宿町に泊りながら西に向かってきた。

 しかし、智淵城を脱走した女囚を追いかけてくる様子もないし、どの城郭でも宿町でも取り締まりをしていない。

 こちらに追手を引きつけるつもりで覚悟した旅だったのだが、なにか拍子抜けした気分だ。

 だからといって、東に向かった紅夏女たち千人が捕えられたという噂も耳にしない。

 反対方向に向かっているので、噂がこちらに追いつきにくいことも考えられるが、わざとゆっくりと進んでもいるので、牢城から千人の女囚が脱走したというような噂は、聞こえてきてもいいはずだ。

 

 まさか、まだ脱獄が見つかっていないということは考えにくいが、この国を支配していた法道教が、虎力、鹿力、羊力という中心を失ったことで、それどころじゃないのかもしれない。

 あの三人というか、三匹がこの国の法道教の中心だったというのも、智淵城を抜けてからの旅の途中で知ったのだ。

 特に、あの鹿力は、国都の宮廷にも出入りしていて、法術という名の神通力で、国政にも影響を与えていたらしい。

 それが消えたことで、逆に、この国では法道教に対する風当たりが始まっている感じだ。

 いずれにしても、これならば、今頃は、紅夏女ら千人の女囚も、無事に車遅国を抜けることができたに違いない。

 

「ねえ、さっきの話だけど、魔域のどこに向かおうとしているのさ? 天教の影響のない場所に行きたいのなら、わざわざ魔域に入らなくても、ここから北か南に進んで、南域や北域に向かうというのはどうなのさ? 北域は知らないけど、南域だったら少しは知っているよ。案内とまではいかないけど、力にはなれると思う……。それに、なんかあたいは、あんたらが、このまま魔域に向かうような気はしないんだよね」

 

 七星が言った。

 

「それは、お前のお得意の第六感かい?」

 

 孫空女が揶揄するような口調で言った。

 

「なんてとでもいうがいいさ、孫空女。あたいの勘は、それはそれで大したもんなんだよ。智淵城に放り込まれたときには、あたいの勘も衰えたのかと思ったけど、結果的にこうやって、五体満足で脱出できたんだから、あれはあれで意味があることだったのさ。あんたらと出遭うためにね」

 

 七星は、皿の肉を口に入れた。

 

「魔域でも、まったく当てがないわけじゃないのよ、七星。金角という雌妖が支配する地域があるはずなんだけど、そこに行けばなんとなると思うのよ。もっとも、西域の中でも、ずっと奥の西の果てらしいけど……。魔域の中心には、霊鷲山(れいしゅうざん)雷音院(らいおんいん)という場所があるんだけど、そのさらに奥と聞いているわ」

 

「随分と、奥地も奥地なんだねえ、沙那。だけど、その金角という雌妖とどういう縁があるんだい?」

 

「金角は、ご主人様の……なんというか……、ご主人様の家来ね」

 

 沙那は言った。

 

「家来?」

 

 七星は驚いた表情をした。

 それはそうだろう。雌妖とはいえ、魔族だ。

 東帝国では、魔族のことを「妖魔」と称していたが、人間族とは敵対している仇同士のようなものだ。

 その魔族が宝玄仙の家来だというのは確かに意外だろう。

 沙那は、簡単に七星に、金角とのいきさつを説明した。

 

「……なるほどねえ、真言の誓約による『主従の誓い』かあ」

 

 沙那の説明を聞いた後、七星は、感慨深気に呟いた。

 

「それにしても、金角さんと銀角は、どうしているでしょうか? 別れる時には、ご主人様を迎える態勢を整えておくと言っていましたけど」

 

 朱姫だ。

 あのとき魔族の巣である魔域に同行しなかったのは、天教が鎮元仙士(ちんげんせんし)を使って、魔域の魔族にまで手を回して、宝玄仙を処断しようとしているということがわかったからだ。

 もっとも、その仲介をした鎮元仙士は、石化して魔域には来られなくなったはずだ。

 そうであれば、天教が宝玄仙殺しにかけた報奨は無効のはずであり、状況も変化しているだろう。

 

「まあ、魔域に入ってみなければわからないね。通天河のこちら側では、魔域の状況はわからない。こちらも金角と連絡をしているわけじゃないから、魔域にいる金角もわたしらの動向はわからない。まあ、ここで待っていれば連絡してくるかもしれないし、こっちから魔域に入って、金角のことを探してもいい。まあ、成り行きだよ」

 

 宝玄仙は呑気そうに言った。

 どうやら、これといって、考えはないみたいだ。

 

「そういうわけだから、七星、知っているなら教えな。さっき見た限りじゃあ、通天河の向こうに行く渡し舟のようなものは見当たらなかったけど、どこに行けば、渡し舟は見つかるんだい?」

 

 孫空女だ。

 食べるのが早い孫空女の皿は、もう空になりかけている。

 沙那の皿には、まだ半分以上残っている。

 沙那は、残っていた自分の分を半分にして、その半分を孫空女の皿に載せた。

 孫空女が感謝する仕草をした。

 

「そんなものあるわけないじゃないか。この車遅国でも、魔域とは国交はないはずだし、表向きは、往来が禁止されているんだ。金を出して、舟を出してくれる船頭を探すしかないね。でも、ただ河を渡るだけとはいえ、魔域側に向かうんだから安くはないと思うよ。金出しても、見つかるとは限らないけど……」

 

 七星は言った。

 

「高いのかい?」

 

「交渉次第だろうね、宝玄仙さん。通天河には、危険な生物も多いからね。命懸けの仕事になるだろうし」

 

 七星は言った。

 

「じゃあ、自分で渡るというわけにもいかないですね」

 

 朱姫が何気なく言った。

 

「自分で渡るというのは。泳ぐということかい?」

 

 七星が言った。

 

「泳ぐなんて、無理でしょう――。向こう岸が水平線のずっと向こうにあるのよ。しかも、あんなに波が荒くて……。泳げるわけないじゃない」

 

「沙那は泳げないしね」

 

 孫空女がからかうように横から言った。

 

「泳げたって、渡れないでしょう。あんな大きな河」

 

 沙那は言った。

 確かに泳げない。ただ、故郷の愛陽には、河も海もない。

 宝玄仙と出遭う前には、愛陽から一歩も出たことがなかった沙那が泳げないのは当たり前なのだ。

 

「自分で渡ると言ったのは、泳ぐって意味じゃないですよ。筏でも組んで渡るってことです」

 

 朱姫が言った。

 

「筏じゃあ、危険じゃないかな。ひっくり返ったら終わりだし……。さっきも言ったけど、危険な生物も棲んでいるんだ」

 

 七星が首を横に振った。

 

「とにかく、しばらく待って、それでも金角から連絡が来ないようなら、向こう岸に渡してくれる船頭を探すことにするさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「でも、そのために必要な路銀のことですけど……」

 

 朱姫が宝玄仙に視線を向けた。

 

「……前にも言いましたけど、もう、ほとんどありません。ここの食事代と今夜の宿代を払えば、もう幾らも残らないと思います」

 

 朱姫は言った。朱姫は、この一行の会計係だ。

 もともと、路銀にもある程度の余裕のある旅だったが、智淵城から東への逃避行をしなければならない紅夏女たち千人の女囚のために、持っていたほとんどの路銀を提供した。

 それから、わずかに残した路銀を食い繋いでここまでやってきたが、ついにそれもなくなったということのようだ。

 

「路銀がないんじゃあ、船頭を雇うどころじゃないねえ。さてどうするかね」

 

 口調とは違い宝玄仙に焦りのようなものはない。

 まあ、路銀のことは、供である沙那たちがなんとかしなければならないことだろう。

 

 皿の魚料理はほとんどなくなった。

 それをはかったように給女が羊の肉と野菜を炒めた料理の大皿を持ってくる。

 みんなで箸を伸ばして、また取り分ける。

 

「そういえば、ずっと以前に、孫空女がなにか言ってたよねえ……。街中で裸で踊って金を稼ぐとか……」

 

 宝玄仙が肉を頬張りながらそう口にした。

 

「裸じゃないよ。服は着るよ。まあ、ちらちらと下着くらいは見せるかもしれないけど……。旅芸人の真似事さ。沙那とあたしが下着姿になって剣で踊る。朱姫が笛を吹く。七星はなにする?」

 

「いやよ。絶対にいや。破廉恥な恰好で街中で踊るなんて耐えられない。踊ってもいいけど、ちゃんと服着るからね、孫女」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「そんなつまらないもの、客なんか集まらないよ」

 

「つまんなくないわよ。きちんとした剣舞よ。きちんと師匠について稽古を積んだものよ」

 

「真面目な剣舞なんて面白くないじゃないか」

 

「とにかく、嫌なものは嫌なの、孫女」

 

 沙那は断固として言った。

 こればかりは譲る気はない。

 

「そんなに嫌がるなら、是非やらせたくなるねえ」

 

 宝玄仙が、愉悦のこもった表情で言った。

 沙那は身震いした。

 宝玄仙がその気になってしまえば、本当に街中で裸にさせられて剣舞をさせられる。

 冗談じゃない。

 

「も、もっと、普通に稼ぎましょうよ。用心棒とか、隊商の護衛とかどうですか、ご主人様? それだったら、旅を続けながら、路銀も稼げますよ。わたしと孫女、それに七星だって、それなりに剣ができますし、朱姫やご主人様がいれば、道術遣いや魔族にも対抗できます。多分、不慣れな旅芸人の真似事をするよりも、ずっと稼げると思いますよ」

 

 沙那は言った。

 

「隊商の護衛かい……? あまり面白くなさそうだねえ……」

 

 宝玄仙は、気が乗らなそうだ。

 

「面白いとか、面白くないとか、そんなの関係ないじゃないですか、ご主人様」

 

 沙那は声をあげた。

 

「大きな声を出すんじゃないよ。まったく、いつも、真面目で面白味のない……」

 

 宝玄仙は、口の中でぶつぶつと続けた。

 

「それよりも、もっといい方法があるよ」

 

 口を挟んだのは七星だ。

 七星は、最初に取り分けた料理を平らげて、大皿に残っていたものを漁っている。

 彼女もかなりの大食漢だ。

 おそらく、五人の中で一番食べるだろう。

 

「却下」

 

 孫空女が口の中の食べ物を水とともに飲みこんでから言った。

 

「なにも言っていないじゃないか、孫空女」

 

 七星が箸を孫空女に突きつけた。

 孫空女が、それを手で払う。

 

「身体でも売ろうっていうんだろう、娼婦」

 

「絶対に嫌です」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「わたしも嫌――」

 

 沙那も続けた。沙那と朱姫は、宝玄仙と孫空女が捕えられた智淵城の場所を知るために、東閣の城郭兵を相手に数日間、身体を売り続けた。

 あんな思いはもう嫌だ。

 

「誰が娼婦やろうって、言ったんだよ。いい加減にしろよ、お前ら」

 

 七星が机を叩いた。

 

「ちょっと、七星、声が大きいって……」

 

 沙那は、周りの客の視線を感じて慌てて言った。

 それなりの美貌を持った旅の女五人が、身体を売るというような話をしていれば、確かに何事かと注目してしまうだろう。

 

「じゃあ、なにをして稼ごうっていうんだい、七星?」

 

 宝玄仙だ。

 

博打(ばくち)だよ、ば、く、ち。さっき、小耳にはさんだのさ。この城郭には、博打場があるんだ。あたいが、ちょっといって稼いできてやる。だから、朱姫、余っている路銀を全部提供しなよ」

 

「博打? そんなことできるのですか、七星さん?」

 

 朱姫は言った。

 

「できるかだって? あたいを見くびんじゃないよ、朱姫。故郷じゃあ、けっこう鳴らした腕さ。任せなよ」

 

 七星が親指を立てる仕草をして、にっこりと微笑んだ。



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 第23話   水神への生贄【霊感(れいかん)大王】
141 半妖娘の新たな淫技


博打(ばくち)? そんなことできるのですか、七星さん?」

 

 朱姫は言った。

 

「できるかだって? あたいを見くびんじゃないよ、朱姫。故郷じゃあ、けっこう鳴らした腕さ。任せなよ」

 

 七星が親指を立てる仕草をして、にっこりと微笑んだ。

 

「下品よ、七星」

 

 沙那はたしなめた。

 親指を立てるというのは、故郷の愛陽じゃあ、男と女の媾合いを示す仕草だった。

 女が外でやる仕草じゃない。

 

「……それに、わたしは反対です。博打なんて」

 

 沙那は続けた。

 

「本当に真面目だよねえ、沙那は」

 

 七星が言った。

 

「真面目で結構よ。そんなんで路銀を稼げるわけないわ。負けたらどうするのよ」

 

「大丈夫だよ。博打なんてのは、それなりの腕があれば、一番確かな金儲けだよ。とにかく、軍資金を渡しなよ。明日の朝からは、金を巻きながら歩くような旅をさせてやるよ」

 

「博打が確かな金儲けだったら、世に博打で泣く者がいないはずじゃない、七星。わたしは、愛陽でも賭場で身を持ち崩す人間をたくさん見てきたわ」

 

「そりゃあ、沙那の周りの人間が、たまたま、(かも)ばかりだったんだよ」

 

「鴨って、なんですか、七星さん?」

 

 朱姫が言った。

 

「弱いくせに博打場に金を持ってやって来る常識人のことだよ、朱姫」

 

「常識人は駄目なんですか、七星さん?」

 

「駄目だね。沙那なんて、博打場ではいい鴨だよ。沙那はやめときな」

 

「まあ」

 

 沙那は口を尖らせた。

 

「この世には、ふた通りの人間がいるのさ。博打場で金を稼げる者。そして、鴨」

 

 七星は笑った。

 

「わたしの故郷には、こんな喩え話もあるわ、七星。博打場に行って、大金を儲けるにはどうしたらいいかって」

 

 沙那は言った。

 

「どうしたらいいのさ?」

 

 七星が応じる。

 

「まずは、大金を作る。そして、博打場に行く……」

 

「それで?」

 

「なにもせずに、大金を持って帰る」

 

 横で聞いていた宝玄仙が笑った。

 

「あたいなら、大金をさらに大金にできるね」

 

 七星は言った。

 

「とにかく、わかったよ、七星。自信があるならやってみればいい。食事が終わったら、孫空女と博打場に行っておいで。お前たちに任せるよ。いずれにしても、どうしたって、金が要るからね」

 

「そうこなくっちゃ。さすがは、宝玄仙さんさ」

 

 七星が嬉しそうに言った。

 

「大丈夫なんだろうねえ、七星?」

 

 孫空女は少し不満そうだ。

 

「お前まで、常識人の仲間入りかい、孫空女?」

 

 七星が孫空女に馬鹿にしたような顔を向けた。

 孫空女がむっとしている。

 

「まあいいよ……。この食事代と宿代を払ったら、残った路銀を全部渡してやりな、朱姫」

 

「いいんですか、ご主人様?」

 

 沙那は、思わず言ってしまい、慌てて口をつぐんだ。

 宝玄仙は、自分が決定したことを供にとやかく言われると機嫌が悪くなるが、今日は、そうでもなさそうだ。沙那はほっとした。

 

「いいのさ。その代わり、明日の朝までには、戻ってくるんだよ。すっからかんになったというのは許さないよ。最小限度、元手だけは持って帰っておいで。それこそ、博打場に集まった男にお前らの身体を売ってでもね」

 

「心配ないよ、宝玄仙さん。じゃあ、ありったけ渡しな、朱姫。とにかく、金を増やすのも、軍資金というのは必要だからね」

 

「食事が終わったら、お渡しします」

 

 七星はにこにこしている。本当に大丈夫だろうか。

 

「ところで……。今夜は、七星と孫空女がいないということは、必然的に今夜のおかずは、沙那か朱姫というになるねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那はぎくりとした。

 ふと顔をあげる。

 七星は、してやったりの表情をしている。

 博打のことを言い出したのも、宝玄仙の夜の相手から抜けるという目的もあったのかもしれない。

 沙那もやられた気分だ。

 だったら、七星の博打のお目付け役として、沙那が同行すると言えばよかった。

 それで、今夜の宝玄仙の相手は逃れられたのだ。

 

「……ねえ、ご主人様、あたし新しく覚えた技を遣ってみたいです」

 

 朱姫が言った。

 なにか朱姫の表情に含んだものがある気がして、沙那は訝しんだ。

 朱姫がああいう口調のときは、宝玄仙以上に危険信号だ。

 

「もう、完全に習得したかい、朱姫?」

 

「はい、完全に。見ていただけますか、ご主人様?」

 

 朱姫が、軽く舌を出して、自分の唇を舐めた。

 沙那はどきりとした。

 朱姫のあの唇を舐めるという行動――。

 あれは、朱姫の嗜虐心が溢れたときの無意識の仕草だ。

 

 後は考えなくてもわかる。

 朱姫以外の四人のうち、孫空女と七星は、これから博打場に向かうのでいなくなる。

 朱姫が宝玄仙を嗜虐するわけがないから、朱姫が嗜虐をしようという対象は沙那しかいない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、朱姫。新しい技ってなによ?」

 

 沙那は慌てて言った。

 

「そんなに構えなくてもいいじゃないですか、沙那姉さん。あたし、このところ、急に霊力が増えたんですよ。きっと成長期なんです」

 

 朱姫が、妖しげな表情を浮かべた。その直後、沙那の中になにかが入ってきた。

 それがなにかということはわからない。

 身体にどこか変調があったという気もしない。

 しかし、絶対にいま朱姫は、沙那の身体に道術を注いだ。

 

「……い、いま、なにかした、朱姫?」

 

 沙那はささやくように言った。

 

「『影手(かげて)』です、沙那姉さん」

 

 朱姫はにこにこしている。

 

「『影手』?」

 

 沙那は聞いたことのないその言葉に眉をひそめた。

 限りなく嫌な予感だ。

 だが、なにをされたのだろう。

 

「わたしが教えたのさ、沙那。智淵城の連中の淫具を参考にね。もっとも、あそこまで下品なものじゃないけどね」

 

 宝玄仙が言った。智淵城の淫具というのは、宝玄仙たちが装着されていた手のかたちをした「下着」のことだろう。

 智淵城で虎力たちの奴隷にされていたとき、宝玄仙たちは、裸身に人間の手首から先のかたちをしたものを張りつけられてずっと敏感な場所を苛まれていたらしい。

 しかし、朱姫に、なにかをされた感じはない。

 

「ご主人様、朱姫の霊力が上がったというのは本当なのかい?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「そうだね。個人差はあるけど、道術遣いには、成長の時期が大きく二回あるのさ。一度は、十二から十四、女だったら初潮を迎える時期だね。次は、二十に達する前。それ以降は、霊気の量はほとんど変化しない。霊力によって遣える術は決まってくるから、それで、術遣いとしての能力は決まってしまうね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「だけど、いつの間に新しい道術なんて覚えたんだい、朱姫? 修行や練習のような、それらしいことをしているような感じはなかったけど……」

 

 孫空女が言った。

 

「孫空女、道術というのは、修行や練習で上達するものじゃないのさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうなの?」

 

 孫空女が宝玄仙を見る。

 

「ああ、高い霊力があれば、新しい道術は教わればできる。霊力が足りなければ、どんなに修行してもできない。そういうものさ。それに、朱姫は、幼い頃から、『使い魔』の術や『獣人』ほどの大きな術が遣えたくらいなんだ。わたしが見るところ、大きな術遣いになる素養はあると思うね。これから数年の間に、急激に霊力があがるとわたしはみているけどね」

 

「本当ですか、ご主人様?」

 

 朱姫は嬉しそうだ。

 

「ああ。それに、お前は、半妖であるせいか、普通は他者が感じるはずの霊力が感じにくい。余程に霊気感知に敏感な者でない限り、朱姫のことは、道術を遣えない普通の人間と同じようにしか感じないと思う。それは、朱姫にとって、大きな武器になると思うね」

 

「あたし、みんなの役に立てるようになりますか、ご主人様?」

 

「いまでも、役に立っているよ、朱姫。お前は、大きな戦力だよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんなことより、わたしになにをしたのよ。言いなさい、朱姫。『影手』とはなによ」

 

 沙那は声をあげた。

 すると、朱姫が微笑んだ。

 

「ひいっ」

 

 沙那は、声をあげてしまった。

 不意に、両方の乳首がくりっと転がされたのだ。

 沙那の突然の嬌声に周りの客が視線を向けた。

 慌てて手で口を押さえる。

 だが、それだけだった。

 いまのはなんだったのか。

 

「なに、いまの?」

 

 沙那は朱姫を見た。

 

「そんな顔をしないでくださいよ、沙那姉さん。あたしは、ご主人様に、この『影手』を修行するように言われているんです。あたしの術が上達するためです。協力してくださいよ」

 

「嘘おっしゃい。たったいま、術遣いが術を覚えるのに、練習なんて必要ないってご主人様が言ったじゃないのよ」

 

 沙那が声をあげると、再び、なにかに乳首が回された。

 そして、乳房が揉みあげられる。

 全身の力が抜けてしまった沙那は、持っていた箸を取り落とした。

 

「なっ、なにっ? あっ、くっ……」

 

 乳房がなにかの力でいやらしくいじくられる。

 沙那は、それを防ごうと、服の上からその「手」を押さえた。

 しかし、まったくなにもない。

 そこにあるのは、沙那の乳房だけだ。

 しかし、確かに、なにかに胸が揉みしだかれている。

 

「や……やめ……。くうっ……。い、いやだって……」

 

 沙那は、胸を押さえたまま身体をくねらせた。

 全身に小刻みな震えが走る。

 

「沙那姉さん、そんなところを触ったまま、いやらしい声をあげたら、まるで、沙那姉さんが、自分でいじくっているみたいに見えますよ」

 

 朱姫のその言葉で、慌てて沙那は自分の胸から手を離した。

 しかし、乳房と乳首への得体の知れない責めはとまらない。

 沙那は、仕方なく卓の端を両手で力一杯握って、込みあがる嬌声を耐えようとした。

 すると、ぴたりと刺激がとまった。

 

「どうでした、あたしの『影手』は、沙那姉さん? あたしの手の影をどこにでも張りつけられるんです。胸を覗いてみてください」

 

 沙那は、自分の上衣の一番上のぼたんを外して、上から胸を覗き見た。

 ぎょっとした。

 自分の乳房の上に、黒い手の影が張りついている。

 すると、沙那が覗き見ていた胸の手の指が動いて、乳首を挟んだ。

 

「あふっ」

 

 乳首に再び衝撃が走った。

 耐えきれずに声をあげてしまった。

 

「しゅ、朱姫――」

 

 沙那は朱姫を睨みつけた。

 すると朱姫は、たじろいだ顔をした。

 とにかく、沙那の胸の上の手はとまった。

 

「そ、そんな怖い顔しないでくださいよ、沙那姉さん。ちょ、ちょっと悪戯しただけじゃないですか」

 

 朱姫は、頬を膨らませている。

 

「なに、なに?」

「なにが起きているのさ?」

 

 沙那の両隣りは孫空女と七星だ。

 両側からふたりの手が服に伸びて、沙那の胸を上から覗く。

 

「うわあ、この黒い手、なに?」

 

「そうか、影か……。影だから防ぎようがないんだ。えげつないねえ」

 

 孫空女と七星がそれぞれに口にする。

 

「ちょ、ちょっと、やめてよ。二人とも……」

 

 沙那は胸元を手で押さえた。

 

「孫姉さんと七星姉さんにも試してみますか? 朱姫の新しい技ですよ」

 

 朱姫がふたりに視線を送った。

 孫空女と七星が、ぎょっとした顔をした。

 そして、ふたりとも、慌てて首を横に振った。

 

「あ、あたいらは、もう、いかなくっちゃ。路銀を稼ぎにね。ね、ねえ、孫空女」

 

「そうそう」

 

 ふたりは立ちあがった。

 いつの間にか、ふたりの皿は空になっている。

 

「朱姫、軍資金を渡してやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は、にんまりと微笑んで、たすきにかけている雑嚢から路銀を包んだ袋を出すと、幾らかを残してふたりに差し出した。

 

「沙那、まだ、皿に料理が残っているじゃないか。食べてしまいな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい」

 

 沙那は卓に放り投げたままだった箸を取った。

 

「朱姫、沙那が食べ終わるまで、沙那を影手で遊んでおあげ」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 朱姫は元気よく言った。

 すると、胸の上の手が下に這い下がっていく感じが伝わってくる。

 

「や、やだっ―――」

 

 沙那は声をあげてしまった。手がゆっくりと股間に向かっていく。

 自分の手でそれを阻止しようとするが、すぐにそれがまったく意味のない行為だということを悟るしかなかった。

 

「や、やめるのよ、朱姫。こ、こんなところで、承知しないわよ」

 

 沙那は、強い声で朱姫にささやいた。

 

「それは、ご主人様に言ってください。あたしは、命令に従っているだけですから」

 

 朱姫は、素知らぬ顔だ。その間にも、手は沙那の股間に到達しようとしている。

 

「あひっ」

 

 指の先が肉芽に到着した。

 もうひとつの手は、さらに這い進み、沙那のお尻に回ろうとしている。

 

「ほ、本当にやめて……。お、お願いだから……」

 

 右手で箸を掴んでいる沙那は、左手で自分の股間を押さえた。

 すぐに本格的な愛撫が始まった。

 

「……じゃ、じゃあ、行ってくるね」

 

「ご主人様、行ってきます」

 

 七星と孫空女が、逃げるように食堂を出ていった。

 宝玄仙が席を移動して、沙那のすぐ右横に座り直した。

 椅子を寄せて、ぴったりと沙那に密着する。

 朱姫もまた、身悶えをして身体を震わせる沙那の左側の隣に座り直す。

 

「さあ、食べましょうね、沙那姉さん」

 

 朱姫がそう言って、箸を動かすことのできない沙那から箸をとりあげた。そして、沙那の皿に残っている肉を掴んで、沙那の口に持ってくる。

 肉芽が、強く弱く揉まれて、泣きたくなるような快感が走る。

 朱姫の影手で苦しんでいる沙那の股間に服越しに宝玄仙の手が加わった。

 

「はあぁぁ」

 

 沙那は声をあげた。

 その口に朱姫が肉を無理矢理に入れた。

 

「食べるんですよ、沙那姉さん」

 

 沙那は、言われるまま肉を咀嚼する。

 朱姫の道術による二本の影手に加えて、宝玄仙の実際の手による悪戯だ。

 沙那はもう切羽詰ってきた。

 とてもじゃないけど、食べられない。

 この席の異様な情況は、すでに周囲の注目を集めている。

 

「ひいっ……。だめっ……」

 

 沙那は呻いた。

 影手の指が沙那の肛門につるりと突き刺さったのだ。

 思わず腰を浮かせた。

 沙那は息を呑み、その腰を震わせた。

 

 影手も、宝玄仙の手も、動きをやめない。

 沙那は、公然の中で行われる仕打ちに眼がくらみそうだった。

 こうなったら、このふたりはどこかでも調子に乗る。

 沙那を助けてくれる者はいない。

 

「やみつきになるだろう、沙那?」

 

 宝玄仙が、耳元でささやいた。

 

「も、もう、ここでは許してください……。わ、わかりました……。部屋で……、部屋で調教を受けます……」

 

 沙那は息も絶え絶えに言った。もう、こんなのは耐えられない。

 

「駄目ですよ。はい、口を開けてください、沙那姉さん……。全部食べるまで、やめませんよ」

 

 朱姫の運ぶ肉と野菜が沙那の口に伸びる。

 仕方なく、沙那はそれを口に入れる。

 周囲のざわめきが沙那にも伝わってくる。

 

 それはそうだろう。

 妖艶な美女の宝玄仙と幼さの残る美少女の朱姫――。

 そのふたりが、身体を密着させて、腰に剣をさげた女戦士を公然といたぶっているのだ。

 股間に張りついた影手が肉芽を揉み、さらに下袴(かこ)の上からも宝玄仙の指がそこを押している。そして、肛門では、もうひとつの影の手が尻の中の肉襞を擦りまくっている。

 

「あ、あ、ああ……い、いくっ……んくううっ」

 

 それだけ口にしてしまうと、沙那は歯を食い縛った。

 声を殺したまま、沙那は昇りつめた

 

「もういっちゃたんですか、沙那姉さん。そんなんじゃあ、いつまで経っても、食事が終わりませんよ」

 

 朱姫がそうささやいて、口を沙那の耳に近づけて、耳の中に息を吹いた。

 身体中の力が抜けて、沙那は再び絶頂をしそうになり、慌てて身体を強張らせた。

 

「食べるんですよ、沙那姉さん。いうことをきかないと、影手をもっと激しく動かしますよ」

 

 朱姫が、沙那の口に食べ物を押し込んだ。

 そのあいだも、ずっと、沙那の服の下の影手は、容赦なく沙那の身体を苛んでいる。

 沙那は、身体中から沸き起こる淫情に腰を震わせながら、懸命に口の中のものを咀嚼した。

 

「ほら、食べな。こうやって、人のいるところで悪戯されたくなければ、一生懸命に食べるんだよ。さもないと、どんどん責めを強くするよ」

 

 宝玄仙の手が沙那の下袴の紐を緩めようとしている。

 沙那は愕然として、急いで口の中のものを喉に飲みこもうとした。

 それを邪魔するように、股間に張りついた影手が肉芽を刺激しはじめる。

 沙那は、卓に突っ伏しそうになった。

 しかし、肉芽を摘まむ影手が、ほんの少し肉芽をつねった。

 

「んぎいっ」

 

 思わず悲鳴をあげてしまい、沙那は身体を仰け反らせた。

 

「本当に沙那姉さんって……感じやすくて、愉しい身体ですね」

 

 朱姫が愉快そうに耳元でささやいた。

 宝玄仙の手がついに下袴の中に入り込んだ。

 周りの客の奇異の目もだんだんと感じ始める。

 声を出すことの許されない状況における、ふたりからの激しい愛撫に、沙那は強烈な愉悦を感じさせられていた。

 

 凄まじい羞恥と快楽――。

 気が遠くなる。

 

「食べるんですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が沙那の半開きの口にまた食べ物を押し込んだ。



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142 脱衣賭博(とばく)

 親役の女の振ったさいころが皿の中で転がり、六、六、六と出た。

 眼の前の賭け札が、没収される。

 七星は、顔から血が引くのを感じた。

 

「ど、どうするんだよ、七星」

 

 隣の椅子に座る孫空女が、七星の耳元で言った。

 

「う、うるさいよ、孫空女」

 

 七星は怒鳴ったが、七星も途方に暮れていた。

 これで、あれだけあった賭け札がなくなったことになる。

 

「お嬢さん方、どうするね?」

 

 部屋の奥の椅子に座っている胴元の陳澄(ちんちょう)が言った。

 十人ほどいる博打場の男たちが立ちあがって、ぐるりと取り巻く。

 みんな、陳澄の子分の男たちだ。

 

「どうするって、言われても……」

 

 七星は、口ごもった。ちらりと孫空女を覗き見る。

 当然だが、孫空女も顔色を失っている。

 七星は、自分たちを取り囲んだ男たちを見あげた。

 孫空女とふたりなら、こんな連中の十人どころか、百人いようとどうということはない。

 だが、最初に博打場に入ったときに、胴元の陳澄と道術契約をさせられた。

 絶対に暴れないという契約と支払いをするまで逃げないという契約だ。

 

 こういう場所では、賭けを巡っての喧嘩は茶飯事らしい。

 だから、不意にやってきた客は、そういう術の縛りを求められる。

 七星も孫空女も、術遣いとしての道術契約ができるので、暴れないという道術契約を結ばされた。

 一方的な契約ではなく、陳澄自身も、孫空女と七星に暴力を振るわないという契約を結んだ。

 術遣いでない客の場合は、代わりに霊具を遣うらしい。

 とにかく、不平を言えるようなことはないので、七星も孫空女も受け入れた。

 だから、取り囲んだ十人の男が、暴力を振るうわけではないことはわかっている。

 

「親の三揃えで、しかも六ぞろの六倍払いだ。足りない分をどうするか教えてくれ」

 

 陳澄の言葉は静かだが、それだけに自分たちがかなり追い込まれているということを悟らざるを得ない。

 擲骰子(ちょうずし)という賭博遊びだ。

 

 使うのは三個の六面のさいころと皿で、親と子が交互に三個のさいころを振り、役を競い合う。

 三個のうちの二個が同じ目であれば、残りの一個のさいころの目が「出目」となる。

 出目の大きい方が勝ちで、子が負ければ、掛け金は没収される。ただし、三個のさいころの目が揃った場合は、その場で勝負が終わり、その数の倍の賭け金をその場で支払わなければならない。

 三回振って、出目がない場合は無役となり負けだ。

 

 最初は勝っていたのだ。

 勝負をしていたのもこの部屋ではなかった。

 ほかの客と一緒に、子のひとりとして、七星が挑んだ。

 最初の持ち金の十倍にもなり順調だった。

 帰ろうとすると、胴元の陳澄から声をかけられて、別室に連れていかれた。

 支払金の準備をするので、一刻(約一時間)ほど待ってくれというのだ。

 仕方なく、孫空女と一緒にここで待った。

 

 待っている間に、いま、さいころを振っている女の誘いを受けて、ひと勝負した。

 女の年齢は、七星や孫空女と同じくらいだろう。こういう賭場の女にしては、玄人くささがないように思えた。

 聞けば、七星に勝負を挑んだその女は、一秤金(いっしょうきん)という女で、胴元の陳澄の娘だという。

 

 そのとき、ふと見ると、孫空女は、壁にもたれてうとうととしていた。

 起こすとうるさいだろうから、七星は孫空女に相談することなく独断で受けた。

 胴元の娘という女と、少し遊んでやるくらいのつもりだった。

 

 しかし、その最初のひと勝負で、十倍になっていたはずの儲けの半分を失った。

 すると、孫空女が飛び起きて、話を聞き、馬鹿だと、間抜けだと、とにかくあらん限りの言葉で七星を罵倒した。

 

 孫空女は勝負をやめさせようとしたが、七星は聞き入れず、もうひと勝負した。

 次の勝負は七星が勝ったが、取り戻したのはほんの少しだ。

 だが、それで孫空女ももう少しやれば、負けた分を戻せると思ったのか、やめろと言わなくなった。

 

 それから七星と一秤金は、勝ったり負けたりを繰り返したが、気がつくと、七星は有り金のほとんどを失っていた。

 しかも、最後の勝負は、親の三ぞろで、子の七星が振ることなしに勝負が決まる即負けだ。さらに、賭けた分だけじゃなく、その六倍払いをしなければならないが、払いたくても、払う金がない。

 

「も、もうひと勝負しようよ」

 

 七星が言った。自分の声は震えていた。

 

「お父さん、どうします?」

 

 一秤金が陳澄を見た。

 

「まずは、払いをしてからだ。それが賭場の掟だ」

 

 陳澄は言った。

 

「払うったって……」

 

 七星は途方に暮れた。残っている金をすべて支払っても、六倍には足りない。

 

「あんたらふたり、とりあえず、着ているものを脱いでもらおうかな。負けた分には少し足らないけど、あたしが買ってあげてもいいわよ。それで、勘弁してあげるわ」

 

 一秤金が言った。

 

「ここで、裸になれって言うのかい、お前」

 

 孫空女が声をあげた。七星もびっくりした。

 女に、そんなことを言われるとは思わなかった。

 

「嫌ならいいのよ。こっちは、あんたらが可哀そうだから、お情けで言ってやっているのよ。言っておくけど、負け分を支払うまで、この賭場からからは出れないわよ。あたしの父と道術契約を交わしたんでしょう? ここで裸になるのが嫌なら、この部屋から出て、隣の大部屋に行って、あんたらふたりで、身体で稼いでくれば? あんたらは綺麗な顔をしているから、それなりに商売になるんじゃないの?」

 

 一秤金は冷たく言った。七星は唇を噛んだ。

 陳澄を始め、男たちはにやにやしている。

 すると、孫空女は、椅子から立ちあがった。服のぼたんを外し始める。

 

「そ、孫空女、あんた……」

 

 七星は、服を脱ぎ始めた孫空女を呆気にとられて見あげていた。

 

「ほう?」

 

 潔く服を脱ぎ始めた孫空女に、陳澄も意外だという表情をしている。

 

「お前も脱ぐんだよ、七星。ご主人様も言っていただろ? せめて、元手分は持って帰らなければ、どんな罰が待っているか、わかないんだよ」

 

 孫空女が、服を脱いで下着姿になった。

 だが、さすがに七星も、ここで見知らぬ男たちの前で服を脱ぐのは躊躇いがある。

 立ちあがった男たちは、もう座り直して、孫空女の裸身を眺めまわしている。

 

「こ、これで、勘弁してくれないか?」

 

 孫空女が、一秤金に言った。孫空女は麻地の胸当てと股間を覆う下着だけの姿だ。孫空女によれば、智淵城の一件の後、宝玄仙が、供たちの下着や服をある程度買い揃えるのを許してくれたと言っていた。

 ご褒美のつもりなのかもしれないと孫空女も喜んでいたが、それをもう他人に曝け出している。

 

「まあ、いいよ。あたしも、女だからね、だけど、そのさい振りの女は、なんで脱がないの?」

 

 一秤金が言った。

 

「七星、さっさと、脱ぎなよ。元はと言えば、お前のせいじゃないか」

 

 孫空女が七星に向かって強く言った。

 

「だ、だって……。なんで、こんなところで、恥を晒さなければ……」

 

「恥で済めばいいじゃないか。お前は、日が浅いから、ご主人様の恐ろしさを知らないんだよ……。数刻も続けざまにいき続ける連続絶頂や、肌の感度をあげられて激しく責められながらも絶頂だけをとめられたり……。とにかく、ご主人様は、残酷だよ……。最初の持ち金だけでも持って帰らなきゃ……」

 

「わかったよ。脱ぐよ……」

 

 七星も仕方なく下着姿になる。

 

「ふたりともいい身体をしているな」

 

 陳澄だ。陳澄は、離れた場所で、一秤金と七星の勝負を見守っていた。

 

「まあ、こんなものでも、古着屋に持っていけば、いくらかにはなるだろうね――。売っておいで」

 

 一秤金が、十人の男たちのうち、一番若いふたりに言った。

 そのふたりが、孫空女と七星が脱いだばかりの服を拾う。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。それを持っていかれたら、あたしたちは、どうやって帰るのさ」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「あたしが買ったものをどうしようが、あたしの勝手でしょう? 文句があるの?」

 

 一秤金は言った。

 そして、服は持っていかれてしまった。

 

「さて、ところで、さっき、勝負がしたいとか言っていたわよねえ、あんたら?」

 

 一秤金が言った。

 

「ああ」

 

 七星は胸当てと股間の下着姿で、卓を挟んだ一秤金と向かい合う椅子に座り直した。

 孫空女もその横の椅子に腰掛けている。

 

「いいわよ。さあ、勝負しましょう。だから、賭けるものをそこに載せてよ」

 

 一秤金は言った。まわりの男たちがせせら笑った。

 七星は歯噛みした。

 擲骰子の勝利により得られる儲けは、子が賭ける額による。たくさん賭けるほど、勝ったときの儲けは大きくなる。少ししか賭けなければ、負けたときの代償は少なくて済むが、その代わり勝ったときの報酬も少ない。

 

「か、賭け金って……。もう、なんにもないよ。だ、だから、お金を貸しておくれよ」

 

 七星は言った。

 

「お情けで残してやったものがあるじゃないか」

 

 一秤金は冷たく言った。

 

「下着を脱げってことかい……?」

 

 七星は、一秤金を睨んだ。

 有り金を失って、服を脱いだ七星と孫空女には、ほかにはなにもない。

 

「あんたらの汚いはき晒しの下着なんて興味はないけどね。古着屋に持っていってもいくらにもならないし。だけど、ここにいる男たちに訊いてみたらどうなの。お前たちのはき晒しの下着を買ってくれるかどうか」

 

 一秤金がせせら笑った。

 

「……まあ、待て。わしが買ってやろう。こいつらも眼の保養がしたいだろうしな」

 

 陳澄が言った。

 

「よかったわね、お父さんがあんたらのはき晒しの下着を買ってくれるそうよ。じゃあ、賭け台に載せなさいよ」

 

 ねちねちとしたいたぶりに腹が立つ。

 勝負の前に、賭け金を賭け台に載せるのが決まりだ。

 だが、載せるためには、脱がなければならない。

 

 七星は孫空女を見た。

 孫空女も蒼い顔をしている。

 しかし、なにも言わずに、孫空女が胸当てを外した。

 孫空女の豊かな双乳が揺れて露わになる。

 七星もそれを見て、自分の胸当てを外した。

 ちらりと横を見て、孫空女が座ったまま腰から下着を抜くのを見て、七星も下着を脱ぐ。

 四枚の下着を賭け台に載せる。

 

「おいっ」

 

 陳澄が銭貨を四枚放った。

 子分のひとりが、七星と孫空女の下着を取って、そこに、その銭貨を載せた。

 

「別に上等の絹の下着というわけでもない。お前たちの使い古しだ。値はそんなものだ。文句はあるか?」

 

 陳澄が言った。

 

「な、ないよ」

 

 七星もそう言うしかなかった。

 

「ま、待てよ。それ、どこに持っていくんだよ」

 

 孫空女の声で、七星はその下着も部屋の外に持ち去られようとしていることに気がついた。

 

「どこって、どこだっていいでしょう? 売るのよ。言っておくけど、売り払ったって、併せて銭貨一枚がいいところよ。お父さんは、お情けで四枚の値をつけてくれたのよ」

 

 一秤金だ。

 

「そ、そうじゃないよ。下着まで持っていかれたら、あたいらはどうやって帰ればいいのさ」

 

 七星も言った。

 

「もちろん、あたしの服を売ってあげるわ。勝ちさえすればね……。それよりも、あんた、孫空女だっけ? そこの股間を隠している手をちょっとどけてくれない? さっきちらりと見えたんだけど、もしかしたら、あそこの毛をつるつるに剃っているの?」

 

 一秤金がそう言って笑った。

 周りの男たちが、どよめいて孫空女と七星の裸身を取り囲んだ。

 

「こ、こっちに、来るなよ――。ち、近づくと、蹴るよ――」

 

 孫空女が胸と股間をしっかりと手で隠して、うずくまるように身体を隠した。

 七星も、すぐそばまで、男たちに近寄られて、慌てて裸身を手で覆う。

 

「じゃあ、いくわよ」

 

 一秤金が、さいころを三つ取った。右手に包んで回す。

 三個のさいころが皿の上に転がる。

 さいころの目は、一、四、五だ。

 無役だ。

 次も親が振る。

 親も子も三回ずつ振る。役がついたときに、さい振りは交替だ。

 

 一秤金が二回目のさいころを振る。二回目も無役。

 

 三回目――。四、四、四。

 四のぞろ目だ。

 部屋の男たちがどっと沸いた。

 またしても、七星の番が来ることなく、負けが決まった。親のぞろ目は、即負けだ。子の目に関わらず、親が勝つというのが決まりだ。

 

「じょ、冗談じゃないよ。即負けはなしにしようよ。あたいにもさい振りの機会を与えておくれよ」

 

 七星は、裸身を隠したまま叫んだ。

 

「いいわ。でも、いまの勝負はこれでついたわ。次から、即負けはなしでいいけど、とりあえず負けた分を払いなさい」

 

 一秤金は、頬に笑みを浮かべながら言った。

 

「……ど、どうやって払うのさ。たったいま、なにもかもなくなったのを知っているだろう」

 

 七星もかっとなって、言い返した。

 

「どうやって払うか、自分で考えるのよ。親の即負けで、四倍返し。あんたの賭け金は、銭貨四枚だから、四倍返しの支払いは十六枚。残りの銭貨十二枚を払っておくれ。あるいは、それに見合うなにかをね……」

 

 一秤金は言い放った。

 

「わ、わかった……。あ、あたしでいいよ。あたしになにをしてもいい。それで……」

 

 孫空女が震える声で言った。

 

「孫空女?」

 

 七星は、びっくりして横の孫空女を見た。

 

「ご、ご主人様も言ったじゃないか……。負けたとしても、身体を売ってでも、金は持って来いってね……。そう、命令された以上、そうするしかないんだ」

 

 孫空女の表情は悲痛だが、口調にはしっかりした決意がこもっていた。

 七星は身体を売ることに抵抗はない。

 しかし、孫空女はそうじゃないだろう。

 宝玄仙に身体を売って来いと言われたから売るという、そこまでの服従心というのは、七星には理解できない。

 

「ほう? お前の身体をなにしてもいいんだな?」

 

 陳澄が言った。

 

「いい」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 

「わかった。証文を作る。お前の身体を買う。車遅国の金貨で三枚だ。文句はないな」

 

 陳澄が言った。

 

「金貨三枚……」

 

 横で聞いていた七星は、息を呑んだ。

 金貨三枚は、さっき取り合いとした銭貨の六万枚に相当する。一回や二回の性交で貰える金じゃない。孫空女は、男たちに抱かれてもいいと言ったつもりだろうが、陳澄は身を売れと言っているのだ。

 つまり、奴隷として売り払うという意味だ。

 

「それは駄目だよ。あたしには、ご主人様がいる。もう奴隷なんだ」

 

 孫空女も、陳澄の言葉の意味に気がつき、そう言い放った。

 そうなのかと思ったが、七星は黙っていた。

 宝玄仙と供たちの関係は、主人と奴隷という関係には感じなかった。

 

「奴隷か……」

 

 陳澄の舌打ちが聞こえた。

 なにかの当てが外れたという感じだ。

 

「そっちのさい振りも奴隷か? お前の名は七星だったな」

 

 陳澄がこっちを見た。

 

「奴隷じゃなかったら、なんなんだよ。買い取るつもりかよ?」

 

 七星は言った。孫空女が奴隷と言ったときの陳澄の失望の表情は、孫空女の身柄を手に入れることのできないことに対するもののように思えた。

 あわよくば、賭博の借金を代償に娼館にでも売り飛ばすつもりだったのだろうか。

 

「奴隷でなければ、金貨三枚の値をつける。それで、勝負を続ければいい」

 

「残念ながら、奴隷だよ」

 

 七星は言った。

 奴隷ではないが、ここはそう言っておいた方がいい。奴隷としておけば、陳澄は、宝玄仙を通じてしか、七星と孫空女の身柄を買えない。

 

「ちっ……。ならば、お前たちの借金は、お前たちの主人の借金ということだ。そいつに支払ってもらうことになるだろうな。お前たちの主人はどこだ?」

 

 陳澄が訊ねた。

 

「そ、それも駄目だよ。お、怒られるんだ。七星に、勝負を続けさせておくれよ」

 

 孫空女が言った。

 

「だが……」

 

 陳澄は不満顔だ。

 

「いいじゃない、お父さん。勝負を続けさせてあげましょうよ。あたしの小遣いを貸してあげるわ」

 

 一秤金が言った。

 

「ほ、本当かい?」

 

「うん」

 

 一秤金は、そう言うと、立ちあがり、一度部屋を出ていった。

 すぐに戻って来たが、戻って来たときには、若い男をひとり連れていた。

 若い男は盆に載せたお金を持っている。男は、その盆を七星と孫空女の前に置いた。

 盆には、銅貨でざっと百枚が載っている。

 盆を置いた若い男が、七星と孫空女の裸身に眼をやりながら、そこから十枚を抜き取った。

 

「その十枚はさっきの負け分と貸し賃よ。いま、そこには銅貨で九十枚あるわ。返すときには、百枚にして返してもらう。それでいいなら受け取りなさい」

 

「ありがたいね。じゃあ、やろう。さっきも言ったけど、今度は、親の即勝ちはなしだ。お互いの三ぞろのときは、数の多い方が勝ちだ。ただし、六の三ぞろに対してのみ、一の三ぞろが勝つ。その場合は十倍払い」

 

 七星は言った。

 銭貨百枚で銅貨一枚だ。

 さっきの負け分は、銭貨十二枚だから、残りを利子としても高すぎる。

 しかし、ほかに選択肢はない。

 勝負を受けなければ、全裸で放り出されるだろうし、孫空女によれば、宝玄仙の罰というのは怖ろしいもののようだ。

 

「それでいいわ、七星。銅貨百枚の貸しよ」

 

「わかった」

 

 七星は頷いた。

 

「ただし、逃げられたら困るから、あんたらふたりをその椅子に拘束させてもらうわ。借金をしたまま逃げられたら困るからね」

 

「拘束ってなんだよ。逃げやしないよ。負け金を払わずに、この賭場から逃げないと、道術契約を結ばされているんだよ」

 

 七星は声をあげた。

 

「それは、あたしのお父さんと、あなたたちの道術契約でしょう? あたしとの契約じゃないわ。あたしが貸した分を支払わずに、逃げられたら困るわ」

 

「あたしも七星も逃げないよ」

 

 孫空女も言った。

 

「勝負を続ける条件は、逃げられないように拘束をされることを受け入れることよ。拘束されたら、勝負の続きを認めてあげるわ。嫌なら帰るのね。もちろん、さっきの負け分を支払ってからね」

 

「ちっ」

 

 七星は舌打ちした。

 そして、孫空女に視線を向けた。

 孫空女も顔色が悪い。

 すでに素裸だ。

 この状態で拘束されれば、なにをされるかわからない。

 しかし、孫空女は一度眼を閉じて深く息を吐き、やがて、決心したように眼を開いた。

 

「拘束を受けるよ――。あ、あたしが」

 

 孫空女が言った。

 

「そのさい振りの女もよ。さいころを振ることができるようにだけはしてあげる」

 

 一秤金が言った。

 

「わかったよ。あたいも、拘束でもなんでもしなよ」

 

 七星は言った。

 一秤金が声をかけると、男たちが、七星と孫空女の座る椅子に群がった。

 椅子の手摺に両方の手首と肘と二の腕を革紐で縛られる。

 胴体にも革ベルトを巻かれて、椅子の背もたれに密着された。孫空女も同じようにされている。

 

「な、なんだよ。右手を縛ったら、さいころが振れないだろう――」

 

 七星は声をあげた。

 

「大丈夫よ。右手だけは手首を解放しているでしょう。振れるわよ」

 

 確かに右手首だけは、解放されている。

 だが、ほとんど動かない。

 脚についてもそれぞれの椅子の脚に、足首と膝を革紐で結び付けられる。

 

「やっぱり、なにも生えていないのね。へえ……。奴隷って、そんなところの毛も剃られるの、孫空女?」

 

 立ちあがった一秤金が卓越しに孫空女の股間を覗きながら言った。

 

「う、うるさいよ」

 

 孫空女が赤い顔をして言い返した。

 

「同じ奴隷でも、お前には、毛が生えているのね、七星」

 

「さっさと、勝負を始めるよ、一秤金」

 

 七星はそれには応じずに、一秤金に叫んだ。

 

「そうね、やりましょう。いくら賭けるの、七星?」

 

「じゃあ、積み上げる賭け金は、銅貨三十枚」

 

 七星は言った。

 持ち金の半分近くだが、即負けの決まりがなければ負けない。

 これまでは、要所に親ぞろを決められてしまい、七星がさいころをふることなく持ち金がなくなっていったのだ。

 縛られている七星の代わりに、ひとりの男が、七星と孫空女の前の銅貨から三十枚を賭け台に載せた。

 

 一秤金は、さいころを振った。三回の振りのうち、一回目と二回目は無役だった。

 三回目は、五、五、四。出目は四だ。

 五か六の出目なら七星の勝ちだ。

 

 七星の右手にさいころが握らされた。

 だが、肘を拘束されている七星には、卓の真ん中にある皿が遠い。

 

「遠いよ。椅子をぎりぎりまで卓に近づけてよ」

 

 七星は言った。

 

「男たちに頼むのね」

 

 一秤金は言った。

 七星は、横の男たちに視線を向けた。

 十人ほどいる陳澄の家人たちは、いまや、拘束された七星と孫空女の椅子を取り囲むように周りに立っている。

 

「いいぜ、押してやろう」

 

 男のひとりが、そう言って、後ろから七星の乳房を無造作に掴んだ。

 

「な、なにすんだよ――」

 

 いきなり無防備な乳房を揉まれた七星は怒鳴った。

 身体を捻って避ける。だが、男の手は、七星から離れようとしない。

 

「言われたとおりに、椅子を押しているんだけどね」

 

 七星の乳房を揉んでいる男は、揉みながら椅子を前にやった。

 

「や、やあ、は、離れろよ――。も、もういい――」

 

 七星は卓のぎりぎりまで押し出されたが、男の手は七星から離れない。いつまでも胸をなぶり続ける。

 横で孫空女も悲鳴をあげ始めた。

 孫空女もまた、男たちに身体のあちこちを触られ始めた。

 たちまちにいやらしい声を出させられている。

 七星を触る男も増えた。三人ほどがやってきて、胸だけでなく、股間や内腿を撫ぜはじめる。

 

「な、なにすんだよっ――。や、やめろよ」

 

 七星は、拘束された身体を激しく振った。七星のふっくらとした胸の突起は、男の執拗な責めに、あっという間に尖りを作る。

 そして、六本の手が、椅子から離れられない股間のあちこちを執拗に愛撫している。

 女陰に指を挿入こそされないが、強く、弱く、刺激され続ける男たちの指で、七星はあっという間に官能の極致にのぼらされる。

 

「ああっ……ああ、あ、あ、ああ――」

 

 六人もの男たちに取り囲まれた孫空女が、あられもない絶頂の嬌声を発した。

 

「早く、さいころを振ってちょうだい、七星。反則にするわよ」

 

 一秤金が言った。

 

「き、汚いよ、一緒金。やめさせてよ。こ、こんなんで振れるわけが……」

 

「なに言ってんのよ。あんたらが、負け金を支払えなくなった時点で、問答無用に捕らえられても仕方ないのよ。この城郭では、賭けであろうとなんであろうと、借金が払えないのは犯罪なのよ。軍に突き出してもいいのよ」

 

 一秤金が怒鳴った。

 これまでにない迫力に、それが一秤金の本性なのだろうと思った。

 

「そ、そんなあ……。うっ、くうっ、ああ……」

 

 七星はさいころを握ったまま身悶えた。

 男たちの責めは、どんどん無遠慮で執拗なものになる。

 

 仕方なく、さいころを振るために皿に手を伸ばした。

 しかし、それに合わせるように、肉芽を擦っていた指が、思い切り敏感な豆を握りつぶした。

 

「ひぎゃああ――」

 

 息も止まるようないきなりの激痛に、七星は身体を跳ねあげた。握っていたさいころが、手からこぼれて卓に飛んだ。

 男たちの手が一斉に離れる。

 これが目的だったのだ。

 

「さいころが皿に入らなかったから、振りは失敗ね。決まりにより倍払いよ。六十枚没収ね」

 

 一秤金が笑って、賭け台にあった三十枚と、七星の前の銅貨から三十枚の合計六十枚を持っていった。

 

「ひ、卑怯だよ。いまのはなしだよ」

 

「なにがなしよ。さあ、次の勝負よ。何枚賭けるのよ?」

 

 七星は歯噛みした。

 最初からまともな勝負をするつもりがないのだ。

 

「……ああっ……、あ、あた……あたしに……触って……、全員が……」

 

 横の孫空女が息も絶え絶えに呟いた。

 孫空女には、六人から七人の男の手が、身体のあちこちを触り続けている。

 全身に汗をかいて真っ赤に肌を染めている孫空女は、かなり追い込まれたように身体を震わせている。

 

「あら、なにが言いたいの、孫空女? あんたは、関係ないんだから、いくらでも好きなように、よがっていてもいいのよ」

 

 一秤金が、髪を振り乱して悶える孫空女に向かって言った。

 

「ぜ、全員に……ああ……み、みんながあたし……あたしの身体を触るように……い、言って……そ、そこも、だめぇ――、い、いぐうっ」

 

 孫空女が訴えながら、拘束した身体を仰け反らせた。

 

「あらあら、いったのね、孫空女……。ふふふ、七星に自由にさいころを振らせるために、あんたが十人を受け持とうと言うの? いいわ。面白いから。じゃあ、いまから十人の責めを受けなさい。次に気をやるまでは、あんたに、十人が総がかりにしてあげるわ、孫空女。でも、一度でもいけば、その十人は、七星を責めるわ」

 

「それと……。な、七星の……み、右腕を……自由に……。そ、そんな……ああっ――ひゃあ――」

 

 孫空女が、裸身をくねらせながら言った。孫空女は、前後左右から椅子に縛られた状態で無遠慮な裸身への愛撫を受け続けている。

 

「それでいいよ――。孫空女、次の一回はとりあえず勝つ。それまで耐えてくれ」

 

「わ、わかった……、七星……。んふうっ、あん、ああっ」

 

 孫空女がそう言った。孫空女が悲痛な表情で歯を食い縛ったのがわかった。

 

「全員で孫空女を責めなさい。それと七星の右手は自由にしなさい」

 

 一秤金が言った。

 まずは、七星の右の肘と二の腕の革紐が外された。

 そして、十人が孫空女に群がる。孫空女が、その姿が見えなくなるくらいに、男たちに囲まれる。

 

「掛け金は、残り三十枚全部だよ」

 

 七星は言った。

 

「じゃあ、いくわ」

 

 一秤金が、にやりと笑う。

 一度目と二度目は無役だ。

 わざとのようにゆっくりとした仕草だ。

 孫空女の嬌声が余裕のないものになる。しかし、耐えている。

 

 一秤金は、三振り目に六の三ぞろを出した。

 やっぱり、一秤金はさいころの目を自由に出せるのだ。

 男たちに責められている孫空女の声が変化した。あれは、もう幾らももたない。

 

「さあ、あんたの番よ、七星」

 

 七星は、さいころを握らされた。

 だが、七星が勝つには、一の三ぞろしかない。

 一度、右腕を頭の上にあげる。そのまま、皿に向かって投げた。

 

 一、一、一。

 一の三ぞろだ。

 

 孫空女を取り囲んでいた男たちがしんとなり、孫空女を責める手を止めて、さいころの目に見入っている。

 七星は、頬に笑みを浮かべて、一秤金を睨んだ。

 

「七星――。よ、よくやったよ――。さあ、拘束を解きなよ、お前ら――」

 

 孫空女が悦びの声をあげた。

 

「そ、そんな……」

 

 一秤金はがっくりとしている。

 

「一秤金、一の三ぞろだよ。あたいの勝ちだ。しかも、十倍払いだから、銅貨三百枚だ。始めの百枚分を抜いて、二百枚払いな。あたいらは、これで帰る」

 

 七星は、一秤金に叫んだ。

 一秤金は悔しそうな顔だ。

 

「おい、七星の右手を拘束しろ」

 

 黙って勝負を見守っていた陳澄がそう言った。

 呆気にとられていた男たちが、我に返って、七星に群がって、また右手を掴んで、拘束した。

 

「な、なにすんだよ――。あたいが勝ったじゃないか。逃がさない気かよ――。こ、この卑怯者」

 

 七星は暴れたが、右手一本だけではどうしようもない。孫空女は、最初から拘束されている。

 

「心配はいらん。賭場の負けは、ちゃんと払う。これでも、元会(げんかい)の陳澄と言えば、少しは名の知れた侠客だ。女を相手に卑怯なことはせん」

 

 陳澄は立ちあがると、ゆっくりと七星に近づいてきた。

 七星は、嫌な予感がした。

 

「だったら、払えよ。なんで、あたしらの拘束を解かないんだよ。ただで置かないよ、陳澄」

 

 孫空女も悪態をついている。

 だが、七星は自分の顔がこわばるのを感じた。

 陳澄の眼がまっすぐに、七星の青い髪を見ている。

 

「わかっている。支払いはちゃんとする。道術契約も結んだであろう。ただ、その賭けが、正当に行われたものであるならな――」

 

 陳澄の手が七星の髪を掴んだ。

 ばさばさと髪をかき払われる。

 

「やああっ」

 

 七星は逃げようとした。

 しかし、全身を革紐で拘束されて、逃げられるわけがない。

 七星の髪から、さっきすり替えたたさいころが、こぼれ落ちて床に散らばった。

 

「一秤金は、見破れなかったようだな。だが、わしの眼はごまかせん。この陳澄の眼の前でいかさまをやるとはな」

 

 七星は自分の顔がこわばるのを感じた。

 

「な、七星――」

 

 孫空女が怒鳴った。

 随分と怒っているようだ。

 

「すり替えだ。さい振りの直前に、いかさま用のさいころに入れ替えたのだ。手を上にあげたのは、髪に隠したさいころと入れ替えるためだ。一秤金、この女ふたりを軍に突き出せ」

 

 陳澄が言った。

 

「城郭軍の関保(かんほ)殿に連絡するわ、お父さん」

 

 一秤金は立ちあがった。

 そして、部下にさっと目をやった。

 

「……そして、お前たち、軍が引き取りにくるまで、この女ふたりを好きにしていいわ。ただし、犯すのは駄目よ。関保さんがうるさいからね。でも、夜も遅いから、多分、二刻(約二時間)はかかると思うから触るだけならいいわ。逃がさないように気をつけるのよ。そいつらは、それでもかなりの遣い手よ」

 

 一秤金はそう言って、陳澄とともに部屋を出ていった。

 七星は、孫空女とともに、十人の男たちと部屋に取り残された。

 欲情した男たちが、再び七星と孫空女に手を伸ばした。



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143 早朝の訪問者

 宿屋の亭主が、面会人が訪ねてきたと告げに来たのは、早朝だった。

 もっとも、部屋には結界を張っているので、扉の外にいる亭主には、こちらの声も気配も感じることはできない。

 だから、亭主が扉の外から訪問者の存在を知らせるあいだ、半狂乱の沙那の嬌声は、向こうには聞こえていないはずだ。

 扉越しに応対する宝玄仙の声だけが聞こえていたはずだ。

 

「朱姫、下に行くよ――。ほれっ、沙那もしゃきっとしな。お前も行くんだ」

 

 宝玄仙は寝台に拘束されている沙那をいたぶっている朱姫に声をかけた。

 沙那が、汗にまみれた呆けた顔を向ける。

 汗と涙と涎と鼻水ですごい顔だ。

 まあ、ほとんど一晩中、途中で仮眠を許した以外は、宝玄仙と朱姫からのふたり掛かりの責めをずっと受けていたのだ。

 無理もないのかもしれない。

 とにかく沙那は、半分気を失いかけている。

 宝玄仙は、沙那に刻んでいる内丹印(ないたんいん)から道術を注ぎ込み、沙那を少し覚醒させた。

 沙那の顔が、やっと生気を取り戻す。

 

「ご、ご主人……様……しゅ、朱姫……。お、お願い……します……。少し、休ませて……」

 

 沙那は荒い息をしながら言った。

 朱姫は、沙那の拘束を解いたが、まだ、沙那は動けないだけでなく、思考もできないようだ。

 朱姫とふたりで、ほぼ夜通し、ふたりして、あらゆる手管を使って沙那を責め続けた。

 それこそ、沙那だけが何十回いき続けたのかわからない。

 

「しっかりおし、沙那。もう、朝だよ」

 

 宝玄仙は強い言葉を沙那に投げた。

 

「ご主人様、朱姫――。ま、まだ、だめです。休ませて……」

 

 まだ、思考が正常ではないようだ。

 宝玄仙は苦笑した。

 射精で終わる男と違い、女の情交はいつまでも続けることができる。

 

 朱姫に責めさせ、そのあいだ、宝玄仙は休む。

 朱姫が休んでいるあいだ、宝玄仙が責める。

 ふたりが休んでいる間も、朱姫の『影手』が責めるし、飽きれば拘束した裸の沙那を朱姫と宝玄仙が左右から挟んで、寝物語をしながら身体を触り続ける。

 寝物語にも飽きれば、また沙那を激しく責める。

 それを夜通しだ。

 

 途中で数刻休ませたが、明るくなってきたとき、また始めた。

 精根尽きて休んでいた沙那は、起き抜けに朱姫に責められて、さっそく十回近く気をやったところだ。

 道術を送り込んだが、沙那は満足に動くこともできないし、頭も回っていないようだ。

 宝玄仙は、さらに道術を送り、沙那の体力を回復させた。

 沙那が朱姫に助けられて、寝台の上でやっと上半身を起こした。

 

「沙那姉さん、しっかりしてください。ご主人様が、服を着ろと言っていますよ」

 

 朱姫は、沙那に服を差し出した。沙那のいつもの格闘服じゃない。頭から被るだけの膝丈の貫頭衣だ。

 

「も、もう、勘忍して……。勘忍して……」

 

 頭がうまく働かないのか、沙那は、まだ官能責めを与えられると思っているようだ。

 懸命に、首を横に振っている。

 朱姫が、沙那の頭からすっぽりと貫頭衣を被せ、沙那の手を取って、袖に腕を通させている。

 だが、なぜか沙那はそれを嫌がっている。自分でも自分がなにをしているかわかっていないのだろう。

 

「沙那――」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「ひいっ――。ゆ、許してください。さ、逆らいませんから……」

 

 沙那の顔が引きつり、恐怖の色に染まった。

 そして、着せたばかりの貫頭衣を脱ごうとした。

 朱姫が、両手で軽く、沙那の頬を左右からはたく。

 沙那が我に返った顔をした。

 

「沙那姉さん、ご主人様が、食堂に降りろと言っています」

 

 沙那は、まだ呆けた表情だ。

 宝玄仙は、もう一度道術を送り込んで、沙那の頭と身体を覚醒させる。

 沙那の眼がまともなものに変わった。

 

「少しはしゃきっとしたかい、沙那?」

 

「な、なんとか……。ちょっと、水を……」

 

 沙那は、寝台から降りて水差しが置いてある棚に向かおうとした。

 だが、そのまま崩れ落ちた。

 腰に力が入らないのだ。

 

「た、立てない……」

 

 沙那は、そう言って呆然としていたが、やがて、その姿勢のまま、宝玄仙に破顔した顔を向けた。

 

「ははは……。ご主人様、わたし、立てません」

 

 沙那は自嘲気味に笑った。

 朱姫もそんな沙那の様子を見て微笑んでいる。

 

「そのようだね。いきすぎて腰が抜けたようさ。もう少し、身体を回復させるよ」

 

 宝玄仙は、またまた、道術を込める。

 道力を送り込まれた沙那は、やっと立ちあがった。

 まだ、ふらふらするようだが、

 それでも、朱姫の支えを断り、自分で部屋の隅にある水差しから盃に水を入れて、喉を鳴らして飲み干した。

 

「いまは、どのくらいの時間ですが、ご主人様?」

 

「朝だよ。だけど、まだ早いね。ほかの客が朝食のために起きるにはまだ早い時間だよ。こんな時間に客人だそうだ。一緒に来てくれるかい?」

 

「客人? 誰ですか?」

 

 沙那は不審な顔をした。

 

「町役とか言っていたね」

 

「町役ですか。でも、旅の途中のわたしたちになんの用でしょう? しかも、こんな早朝に」

 

 沙那は言った。

 町役とういうのは、この城郭で生活をする市民の代表みたいなものだ。

 この元会(げんかい)の城郭を治政するのは、市長とその統治組織であるが、町役は、そういう権力と市民の橋渡し役として、税や役務負担の連絡と調整、城郭全体の諸活動の段取り、必要によっては、市民の意見を権力に伝達をしたりする。

 いわば一般住民代表だ。

 ある意味では、市長以上の力を持っているといっていいだろう。

 

「追手でしょうか、沙那姉さん?」

 

 朱姫だ。

 宝玄仙に追手を差し向けられる理由は多すぎる。

 ここの車遅国(しゃちこく)でも、女囚の牢城から脱獄した身だ。

 手配されている気配はないが、いつ逮捕されてもおかしくない立場である。

 

「その町役は信頼できる人物でしょうか、ご主人様?」

 

 沙那が言った。

 

「知るもんか」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかりました。じゃあ、朱姫は、別の階段から、そっと階下に降りて、とりあえず、先に外を調べてくれる。そして、なにも異常がなければ、この窓から見ているから、下から手を振って……。そのまま、外にいて、なにか異常が発生すれば、大声でもなんでもいいから、わたしたちに知らせて」

 

「わかりました、沙那姉さん」

 

 朱姫がすぐに部屋を出ていく。

 沙那は、部屋の隅にある荷の場所から、細剣を装着するための帯を手にとった。

 いつもの格闘服ではないので、そのまま左手に束ねて掴んでいる。

 確かに下袍(かほう)に細剣を佩いたら不自然だろう。

 

 沙那は、しばらく、窓から外を見下ろしていたが、やがて、宝玄仙に頷いた。

 

「朱姫から合図がありました。外に隠れている者はいないようです。とにかく、その町役に会いに行きましょう」

 

 宝玄仙たちが泊まっていた部屋は二階にある。

 廊下を出て、階段を降りていくと、町役だと名乗る男らしき初老の男が食堂の真ん中の卓の椅子に座っていた。

 先頭に沙那、その後ろから宝玄仙が階段を降りる。

 

 食堂にいるのは、その初老の老人のほかに、その護衛らしき数名の男たちだ。

 護衛の男たちは、いずれも若く、全員が腰に剣を佩いていた。

 それぞれが食堂の隅に立ち、注意深く警戒しているのがわかった。

 

「朝早くから済まないな。陳清(ちんせい)という者じゃ。この城郭の四人いる町役のひとりじゃ。まあ、町役というのは、世話人でな。この城郭で起こるいろいろな面倒事や厄介事を仕切るのが役目じゃ。まあ、今回も厄介事の相談にきたというわけじゃ。あんたにとって、あまり悪い話ではないようにはしたいと思っておるがな」

 

 陳清は言った。

 

「嫌な言い方をするね。こんな朝早くから人を訪ねてこなければならないような厄介事とはなんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「これも役目でな。しかも、時間がないのじゃ。協力してくれ」

 

「こっちも忙しい身でね。厄介事には関わりたくいないね」

 

「まあ、とりあえず、座って話をせんか?」

 

 陳清は言った。

 宝玄仙は、そっと沙那を見た。

 沙那が小さく頷いく。

 宝玄仙は、陳清と卓を挟んで向かい合うように座った。

 陳清が座り、沙那が宝玄仙の隣の椅子に腰掛ける。

 

「それで、なんの用だい、陳清?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そのお嬢さんは、随分と警戒しているようじゃが、見る者が見れば、あなたが遣い手であることはわかる。そのあなたが、そのように殺気を表に出しては、護衛の役は務まらん。先に言っておくが、ここであなた方に危害を加えようとは思っておらんし、それができるとも思わん」

 

 陳清が言った。

 沙那が驚いたような表情をした。

 

「へえ、わたしの供の腕をすぐに見抜くとは、お前も大した手並みのようだね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「若い頃はのう。いまは、このとおり、老いぼれじゃ」

 

「それで、陳清、お前の持ってきた厄介事というのはなんだい?」

 

「さっきも言ったが、わしはここに住む者の世話人でのう。この城郭で起こるいろいろな面倒事を仕切っておる。厄介事にもいろいろあるが、この城郭には、毎年生贄を出さねばならんという仕来たりがあってな。しかも、若い女でなければならんのじゃ。これを上回る厄介な仕事はないのう」

 

「生贄?」

 

 宝玄仙は、聞きなれないその言葉に思わず問い返した。

 

「一年に一度、ふたりの娘を生贄として魔族の魔王に提供する。それが、この辺りの習わしじゃ。それを仕切るのが四人の町役の仕事であり、今年は、わしの番というわけじゃ。わしが手配する地域から、ふたりの娘を見つけて通天河の向こうの魔王に捧げる。その期限がもうすぐというわけでな」

 

 陳清は言った。

 

「まさか……。わざわざ、魔族に生贄を?」

 

 宝玄仙はびっくりした。

 人間を生贄として魔族の王に差し出す。

 東帝国では考えられない発想だ。

 魔族とは、妖魔であり、退治して駆逐する存在であっても、わざわざ連中に食べさせる人間を提供するというのは考えられない。

 また、魔王というのは、人間族の感覚では、「王」や「領主」に近い。

 こっちでは。魔域と称する西域には、人間族の世界同様に、力を持った強力な魔族たちが群雄割拠しており、それぞれに「魔王」を名乗っている。

 金角もそのひとりだ。

 目の前の陳清が口にする魔王が、どんな魔王のことを言っているのかは知らない。

 

「これも、平和のためだ」

 

「まあ、いいよ……。驚いた仕来たりだけど、それがわたしになんの関係があるんだい? わたしたちは、ただの旅の者だよ。あんたたちの馬鹿げた仕来たりには関係ないね」

 

 なにを言いに来たかわからない。

 だが、なにかを含んだような言い回しが耳障りだ。

 

「ところで、あなたは宝玄仙殿でよろしいのかな?」

 

 陳清は静かに言った。

 宝玄仙は横目で沙那を見た。

 名前を知っているということは、宝玄仙が智淵城から脱走した女囚であることを知っているということであろうか。

 宝玄仙には、この陳清という老人につけいる隙があるのか判断はできなかった。

 名を名乗ってもいいかどうかもよくわからない。

 

「このお方は、確かに、宝玄仙様です。しかし、宝玄仙という名は、珍しいものではありません。念のために申しておきます」

 

 沙那が言った。

 

「珍しくない名というのであれば、そういうことにしておこう。町役というのは政府の手先のように思っておる者も多いが、実際はそういうものではない。表向きはそういうことになっているがのう。警戒しとるようだが、わしは捕り方ではないぞ」

 

「別に警戒はしてません。こんな早朝になんだろうと思うだけで……」

 

 沙那が口を挟んだ。

 すると、陳清がにやりと微笑んだ。

 

「そう言えば、宝玄仙という名の女性の人相書きが、行政府に回って来ておったようじゃが、気にする者はおらん。あんな、懸賞金もないような人相書きを気にする者はおらんからのう」

 

「懸賞金がない? なんで?」

 

 宝玄仙は言った。

 東閣の城郭には、天教の教徒で捕えられた者で脱走に成功した者を手配する人相書きが多数貼ってあったと沙那が言っていた。

 しかも、どれにも多額の懸賞金がかかっていたはずだ。

 天教徒がいたという密告だけでも、賞金があったのだ。

 

「国王をたぶらかしていた法道教の法術遣いが死んだらしいからのう。どうやら、術で操られておったらしく、国都のある東側は混乱をしているようじゃ。天教徒を追い回すような余裕はない。いずれにしても、同じ車遅国でも、東部とこちらは別世界じゃ。魔族の棲む世界に接しておる西部は、東部とは違う土地でのう」

 

 陳清は顔に微笑みを浮かべながら言った。

 

「それで、ご主人様へのご用件とはなんでしょう、陳清殿?」

 

 沙那が言った。

 

「うむ」

 

 陳清は軽く、指で合図をした。

 部屋の隅にいた若者のひとりが近づいて、荷の中から小さな袋をふたつ出して卓に置いた。

 陳清は、そのひとつを開いて中身を示した。

 中は金粒だった。

 それがふた袋とすればかなりの財産だ。

 

「これは?」

 

 宝玄仙はちらりとその金粒に眼をやってから、視線を陳清に戻した。

 

「お前さんの奴隷ふたりの弔い金として、受け取ってもらいたい」

 

 陳清は、静かに言った。

 

「奴隷ってなんだい? しかも、弔い金だと?」

 

 弔い金というのは死んだ人間の遺族に渡す金のことだ。

 宝玄仙が弔い金を受け取るいわれなどない。

 

「ご主人様、もしかしたら、孫空女と七星になにかあったのではないでしょうか……」

 

 沙那が小声でささやいた。

 そう言えば、昨夜、路銀を増やしてくるといって、賭場に向かってからまだ戻っていない。

 あいつら、なにかやらかしたのだろうか。

 

「ひとりは孫空女。赤毛の背の高い女。もうひとりは、七星。髪は青毛。このふたりは、宝玄仙殿の奴隷ではないのか? 少なくとも、当人たちは、そう言っておるという話じゃが」

 

「なにかの間違いだね、陳清。そのふたりなら、確かにわたしの連れだけど、奴隷というような身分ではないさ。そのふたりは、いまどこにいるんだい?」

 

 あのふたりになにかあったのは間違いないようだ。

 そう簡単に死ぬ連中ではないはずだが……。

 

「奴隷ではないか……。それは、また、ややこしくなったのう」

 

 陳清は難しい顔をした。

 

「先程、弔い金とありましたが、まさか、ふたりが死んだとでも?」

 

 沙那が言った。口調には、焦りのようなものがある。

 

「そんなことはない。生きておる、お嬢さん。いまはな」

 

「いまは、ということは、これから死ぬということですか? ふたりはどこにいるというんです、陳清殿?」

 

 沙那が気色ばんだ。

 

「そんなに大きな声をあげんでもらいたい。ふたりは、地下牢じゃ。この城郭の軍営のな」

 

「軍営の牢に? なにがあったのです?」

 

 沙那は立ちあがった。

 しかし、陳清は、沙那が興奮しても少しも動じる気配はない。

 ただ、護衛役の若者たちが少しだけ緊張したのがわかった。だが、陳清が、手で落ち着くように示すと、すぐに彼らは、元の姿勢に戻った。

 沙那も、自分が興奮してしまったことに気がついたのだろう。すぐに座り直した。

 

「孫空女と七星はどうしたんだい、陳清?」

 

 宝玄仙は静かに言った。

 

「賭場で借金をして、それを支払うことができずに、軍に突き出された。しかも、いかさまをしようとしたらしいのう。これはこの城郭では大罪でな」

 

 この城郭でなくても罪であろう。

 あとでとっちめてやろうと思った。

 

「わかった。賭場の借金は支払うよ、陳清。それで、ふたりは軍営から出してもらえるのかい?」

 

「いやいや、借金はともかく、いかさまをしようとしたのは、立派な犯罪じゃ。罪は罪」

 

「そうかもしれないけど、まさか、それが死刑になるような罪というわけじゃないんだろう?」

 

 宝玄仙は些か焦ってきた。

 さっきから、弔いだの、生贄だと、物騒なことを言っているが、ふたりが処刑されるとでもいうのか。

 

「普通であればな」

 

「じゃあ……」

 

「残念じゃが、彼女たちは、戻っては来れん。それで、この弔い金というわけじゃ、宝玄仙殿」

 

「どういうことだい?」

 

 さすがに、宝玄仙もむっとした。

 

「この辺りでは、一年に一度、妖魔に生贄を差し出すことになっておると話したであろう? 一年に一度とはいえ、生贄となるふたりの人間を見つけるのは大変な仕事じゃ」

 

「生贄なんてやめればいいだろう」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうはいかん。生贄をやめれば、魔族を率いる魔王がこの地域を襲ってくる。一年に一度、ふたりの若い女を霊感(れいかん)大王に差し出すだけで、それが防げるのだ」

 

「霊感大王?」

 

 それが生贄を差し出す魔王の名らしい。

 

「そうじゃ」

 

「霊感でも、大王でもいいけど、あのふたりをなんで、あんたらの仕来たりの生贄にするんだよ。関係ないだろう」

 

「宝玄仙殿の言い分も理解できるが、これも法じゃ。掟なのじゃ」

 

「あんたらの掟はわたしには関わりないって言っているんだよ」

 

 宝玄仙は苛々してきた。

 

「ところで、通天河は見たかな、宝玄仙殿?」

 

 不意に陳清は言った。

 もちろん、通天河は知っている。なんとかして、向こう岸に渡ろうとしているのだ。

 

「見たよ。“通天河”と書いてある石碑もね」

 

「ならば、その四里(約四キロ)ほど北に“霊感大王(びょう)”というのがあるのじゃが、それは見たかな?」

 

「見てないね。それほど、うろうろしたわけじゃないからね。それがどうしたのよ?」

 

「そこが一年に一度、こちら側の生贄を差し出す場所じゃ」

 

「そこに、その霊感大王という魔王がいるのですか?」

 

 沙那だ。

 

「いや違う。霊感大王は通天河の向こうに棲んでいる。だが、神通力でその霊感大王は、いつでも通天河を渡ってこれる。その眷属たちもな。とにかく、一年に一度、生贄となる若い女をそこに連れていけば、その霊感大王がやってきて、向こうに連れていく。そういうことじゃ」

 

「なんのために、わざわざ、若い女を魔族に差し出すんだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「それが取り決めだからじゃ。この通天河を挟んだ向こうは魔族の土地。こっちは人間の土地。それを護る代償として、こちらは生贄を一年にふたり差し出す。それを護ることで、この土地の平和は護られておる」

 

「そんな……。そんなことを許しているのですか。この城郭の軍や行政府がそれを許していると?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「もちろん、許しておるとも。一年にふたりで済むなら、犠牲はないと同じじゃ。十年前にも、そういうことを言って、生贄を出すのをやめた年があった。その結果どういうことが起こったかわかるかな?」

 

「知らんよ。怒った魔王が河を渡ってきたのかい?」

 

「そうだ。眷属を率いてな。その侵略はなんとか食い止めたが、その犠牲は人間ふたりというものではなかった。城壁は破壊され、畠は荒れ、大勢の人間が死んだ……。それで、次の年からは、住民はこれまで通り生贄を出すことを選択したよ。それからは、大王軍はやってこない。行政府もそれを許しておる」

 

 陳清は言った。

 

「なるほど……。それにしても、毎年、生贄となる若い女を見つけるのは大変な仕事だろう? みんなで生贄を出すことに納得はしても、自分のところから出すことを承知する家はないだろうから」

 

 宝玄仙は言った。

 

「毎年のこととはいえ、難儀で気の重い仕事じゃ。だが、それに見合うだけの償いはしておる。これがこの弔い金というわけじゃ。娘を差し出してくれた家には、金粒ひと袋を渡す」

 

「なるほど――。だったら、金のために娘を差し出したがる人間はいるかもね」

 

「そうじゃな。だが、今年については、困ったことになったのじゃ。生贄を出すということで承知をしていた家が、二軒揃って夜逃げをしてしまったのじゃ――。事前に渡した弔い金を持ったままのう」

 

「騙されたというわけだね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そういうことじゃな……。まあ、追手も出しておる。それほど遠くにはまだ逃げておらんじゃろうから、両方とも捕まえるのは難しいことではないだろうのう。まあ、それはいいのじゃが、生贄を差し出す日は決まっておる。その後に見つけても間に合わん」

 

「期限を伸ばしてもらえばいいだろう」

 

「どうやって交渉する。交渉のあいだに魔王がやってきたら? とにかく、生贄さえ期限通りに出せば、平和は保てるのだ。それで困ったことになったと思っておったら、お宅の奴隷がふたり、罪人として捕えられたというわけじゃ」

 

「くどいねえ。不承知だと言ってるだろう。あいつらを生贄には出させない。負けた借金は払う。それで手を打ちな」

 

 宝玄仙は言った。

 もっとも、有り金全部、あいつらが負けたなら、博打場の借金にあてる金子はない。

 まあ、沙那がなんとかするだろう。

 

「この城郭の掟では、若い女が罪人となった場合は、魔王に差し出す生贄となっても文句を言えんことになっておる。当然、軍当局も承知をしていることじゃ。旅人であることは関係ない」

 

 陳清は言った。

 どうやら、大変な面倒事に巻き込まれたということはわかった。

 孫空女と七星は、賭場で負けて、おまけにいかさままでやって軍に突き出さたようだ。

 そして、この地方の独特の慣習により、毎年ふたりの若い女を生贄として差し出すことになっていたのだが、たまたま、今年生贄と決まっていた娘たちが逃げたために、罪人となった孫空女と七星に白羽の矢が立ったということらしい。

 それで、そのふたりを生贄にすることを主人である宝玄仙に知らせにきたというわけだ。

 

「話はわかったし、そちらの事情はわかったけど、わかりましたとは言えないことだね。わたしたちは、旅の者でお前たちの事情は知らないし、この見知らぬ土地の平和のために、わたしの供の命を差し出すなんて冗談じゃないね」

 

 宝玄仙は静かに言った。

 

「残念ながら、承知してもらうしかないのう」

 

「でも納得できないね。わたしが断固として承知しなかったらどうなるんだい?」

 

「残念ながら、わしは、この弔い金を持って帰ることになるであろうな。ただし、罪人のふたりが、生贄となることには変わりない」

 

「じゃあ、どうあっても、孫空女と七星が霊感大王という魔王の生贄となることは変わりないということだね。わたしがそれを承知すれば、その金粒をわたしは手に入れ、承知しなければ、なにも得ることはない。ただし、ふたりが死ぬということは決まっている」

 

「そう言うことじゃな」

 

 なるほど、そういうことであれば、考える余地はなさそうだ。

 

「生贄をして差し出すのは、いつだい?」

 

「今日じゃ」

 

「それは随分と急なことだね」

 

「わしらが断固として引きさがれんということがわかったかな?」

 

「それでも、承知できないと、お前をここで捕えて脅迫したら?」

 

「軍が来るであろうな。わしはそれでもいい。わしにもしものことがあれば、あのふたりを生贄に出すことについて、わしは慰められる。わしが好きでこんなことをしているわけじゃないことを理解してくれているといいがな。わしは、誠意を見せているつもりじゃがな。ふたりを生贄にした後で、知らせにきてもよかったし、旅のあなた方のことなど、無視することもできた」

 

 陳清は言った。

 

「わかった。承知したよ」

 

 宝玄仙はあっさりと言った。

 

「ご、ご主人様――」

 

 沙那が横で声をあげた。

 

「血相変えるんじゃないよ、沙那。わたしが決めたことだ。文句あるのかい?」

 

「で、でも」

 

 沙那は不満顔だ。

 

「じゃあ、この弔い金とやらは貰うよ。ほかにしなければならないことは?」

 

「奴隷売買契約書に署名が欲しいのう」

 

 陳清は、護衛に合図をして書類を出した。

 筆も渡される。

 

「ご、ご主人様、本当に署名するんですか?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「うるさいよ、沙那。黙っておいで――。ところで、あのふたりが、作ったという借金の証文はあるのかい? これに署名する代わりに、それを破棄して欲しいね。死んだあいつらのために、わたしに借金が残るなんてことは御免だからね」

 

「証文はここにはないが、確実に破棄させることを約束しよう。賭場の胴元は、陳澄(ちんちょう)といってな、わしの兄じゃ」

 

「お前を信用していいんだね、陳清?」

 

 宝玄仙は、陳清を見た。

 

「責任を持って処分させる。すぐに、この足で行く」

 

「わかった」

 

 宝玄仙は孫空女と七星を奴隷として引き渡す書類に署名をした。

 

「あなたが、話のわかる人でよかった。この地方の仕来たりを理解してくれると思わなかったが、本当に感謝する。これで、この城郭もこの地方一帯に住む者も救われる」

 

「人助けというのなら仕方ないからね。あの女奴隷ふたりは提供するよ」

 

 宝玄仙は言った。

 陳清は心から満足したようであり、何度も礼とお悔みの言葉を口にしてから立ち去った。

 

「なんで、あんなことに承知したのですか、ご主人様。信じられません」

 

 ふたりきりになると沙那が声をあげた。

 

「仕方ないじゃないか。ほかにどうすればよかったと言うんだい?」

 

「でも……」

 

「でも、じゃないよ。あのふたりが、生贄に出される場所はわかっているんだ。魔族が現れる前に、回収すればいいんだよ。魔王さのものが来たとしても、魔族の一匹や二匹、蹴散らせばいい。不意を突けばできない事じゃない」

 

「ええっ?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「で、でも、さっきの話だったら、そんなことをすれば、生贄を差し出さなかったことで、魔王が怒って、通天河を越えて城郭を襲ってくるんじゃあ……?」

 

「そんなことは知ったことかい。とにかく、これで、路銀も手に入ったし、ここには用はないからわたしらは出発する。通天河を越える方法はまた考えるとしても、ひとまず、あの馬鹿二人を回収に行こうか。その後、魔王軍がこの城郭を襲おうと、襲うまいと、どうでもいいじゃないか」

 

 宝玄仙は言った。



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144 生贄のふたり

 股間が疼く……。

 

「……こ、この馬鹿女」

 

 孫空女は、石牢の向こう側の壁に、鎖で繋がれている七星に言った。

 全身が熱い……。

 股間が痒い……

 悪態でもついていなければ、孫空女もおかしくなりそうだ。

 

「何度もいうなよ、孫空女……。あたいが悪かったよ……」

 

 七星もまた、上気した熟れきった表情で応じる。

 孫空女と七星は、石壁に取り付けられた手枷に手首と足首を繋がれて壁に背中を密着させられていた。

 両手は上方に高くあげ、両足は横方向にがばりと開いている。

 全裸なので女の羞恥をこれ以上ないというくらいに曝け出した格好だ。

 七星の股間は、すっかりと充血し、淫液で濡れ光っている。

 おそらく、孫空女の股間も同じ状態だろう。

 

 ここは、この城郭の軍営の地下牢のようだが、部屋の四隅には、燭台が置かれていて部屋の中はかなり明るい。

 七星と同じ格好をして向かいあわせの孫空女は、七星とそうやってみっともない姿を見せあっているような状態だ。

 

 孫空女と七星は、賭場で男たちにさんざんに触られた後、やってきた軍の兵に連行されて、この軍営まで連れてこられた。

 迎えに来たのは、関保(かんほ)という軍人で、鉄の手枷と足枷を嵌められたものの、孫空女と七星を、賭場の男たちから引き離し、わりかし丁重な扱いでここまで連れてきた。

 

 素っ裸で城郭を歩かされるのかと思っていたが、ふたりの裸身を覆う布を準備してあり、それを巻いて準備されていた護送用の馬車に載せられて、軍営に連れてこられたのだ。

 

 酷い扱いになったのは、この地下牢に放り込まれてからで、あの関保という隊長がいなくなった途端だ。

 すぐに、数名の牢番たちに布を剥がされて、いまの状態に壁に繋げられ、よってたかって、身体中を調べられた。

 拘束されていたら、抵抗もできなかった。

 孫空女の耳の中に、『如意棒』の霊具が隠してあったのが見つかったこともあり、それが口実となり、それこそ、ありとあらゆる穴を調べられた。

 

 あの関保という隊長が、孫空女と七星を犯すことを厳に禁止していかなかったら、ここの兵たちにも輪姦されてと思う。

 ただ、ほとんど、犯されると同じことを指でされはしたのだが……。

 手を出せないことに対する嫌がらせのような身体監査の最後に、ここの牢番長という男が、女陰になにかを塗った。

 それが、女の身体を淫乱にしてしまう媚薬が塗ってあったとわかったのは、その牢番が、孫空女と七星を石壁に繋いだまま、これ見よがしな顔をして、この牢を出ていった直後だ。

 

 強烈な疼きと痒みはすぐにやってきた

 もしも、手を拘束されていなければ、遠慮なく、ここで自慰をしていたかもしれない。

 だが、両手どころか、両脚さえも限界まで開脚させられている。

 孫空女と七星にできることは、腰を浅ましく振ることと、お互いに悪態をつくことだけだ。

 

「馬鹿女……」

 

 孫空女は、また言った。

 股間が痒い。油断すると、そればかりを考えてしまう……。

 

「い、いい加減にしろよ、孫空女……。お前ばっかり、嫌な目に遭ったんじゃないよ。あたいだって、同じ仕打ちを受けたんだ……。賭場の連中にはさんざんに身体をいじくられて、そして、ここに連れて来られては、隅から隅まで調べられてさあ……。お、おかしな薬を塗られて……」

 

「お前のせいだろうが」

 

「そ、そりゃあ、いかさまをやろうとしたのは、反省しているけど、あのときは、ほかに手がなかったんだよ」

 

「そ、そんなこと、言ってんじゃないよ……。なんで、ここに捕まった時に、あっさりとご主人様の名前……出したんだよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 そうなのだ。

 この七星は、ここに放り込まれたとき、あの関保という隊長に質問されてあっさりと、宝玄仙の名を出した。

 宝玄仙も孫空女も、この七星も、この車遅国(しゃちこく)の女囚用の牢城である智淵城(ちふちじょう)から脱出した身の上だ。

 うっかりと名を出せば、宝玄仙に危険が及ぶ可能性がある。

 

「ああ……あれね。だって……。こうなった以上、名を出さなけりゃあ、助からないじゃないか……。ここは罰を受けるかもしれないけど、ともかく、助けてもらおうよ」

 

「だけど、ご主人様にもしものことがあったら……」

 

 孫空女が、さらに言い募ろうとしたとき、牢の扉が開いた。

 あの牢番長が立っていた。

 

「さあ、お前ら、そろそろできあがってきたんじゃねえか……。おうおう、随分と、股を濡らして、豆を大きくしているじゃねえか」

 

 牢番長は、にやついた顔で孫空女と七星を見回した。

 

「……どうだ。俺の肉棒で股をほじって欲しいのはどっちだ。やってやってもいいぜ」

 

 牢番長は孫空女の前に屈み込んで言った。

 

「ふ、ふざけるなよ。あたしらに手を出すなって……、い、言われてんだろうがよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 あの関保という隊長は、それこそ、この牢番長に、孫空女と七星に手を出すなと厳命して、立ち去っていったのだ。

 その権幕は、孫空女も驚くほど激しいものだった。

 

「別に無理矢理やろうとは言ってねえぜ。関保隊長に叱られるしな。ただ、お前らが、どうしてもやってくれって言うんなら仕方ねえ。やってやってもいいぜと言ってるだけだ」

 

「なっ……」

 

 孫空女は絶句した。

 こんな男には触られるどころか、こうやって、身体を見られるのもおぞましい。

 

「痒いだろう? どうだ、掻いてやろうか?」

 

「ご、ごめんだよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、執拗な痛みにも似た疼きが孫空女を悶々と孫空女を苦しめている。

 一瞬だが、このただれたような女陰を抉ってもらえれば、気持ちがいいだろうとも考えてしまった。

 

「やって欲しいって言えよ。すぐにやってやるぜ、赤毛」

 

 牢番長は、孫空女の前にしゃがんだ。

 

「へへ、なかなかのおいしそうな身体してんじゃねえかよ。乳首もびんびんに勃っちまってよう――。あの薬はよく効くだろう? 男にやってもらわねえと、その疼きは消えねえぞ。どうだい、やってくれって言えよ」

 

「い、いやだよ」

 

 孫空女は喚いた。

 

「おかしいなあ、こんなに、股間をびしょびしょにしているくせによう」

 

 本当に痒い。狂いそうだ。

 牢番長がぴんと肉芽を撫ぜた。

 

「ひいぃ」

 

 孫空女は身体を仰け反らして、声をあげてしまった。

 痒みが一瞬だけ癒えた悦びが、直後に、さらに刺激を求める苦しさに変化する。

 

「ほら、やって欲しいって言えよ」

 

 牢番長の鼻息が顔にかかるくらいまで、孫空女に近づく。

 孫空女は頭を振って、牢番長の鼻頭めがけて思い切り頭突きした。

 

「うぎゃあぁ――」

 

 牢番長が鼻血を出して、床に倒れた。

 しかし、すぐに起き上がって、孫空女の頬を思い切り張り飛ばした。

 激痛とともに、一瞬だけ視界が暗くなる。

 だが、それだけだ。口の中の血を牢番長に向かって吐いた。

 牢番長の顔がさらに赤くなり、再び孫空女の顔目がけて、手が振りあげられた。

 

 もう一度、来る――。

 孫空女は、歯を食い縛った。

 そのとき、七星の笑い声が部屋に響いた。

 牢番長が視線を七星に向けた。

 

「ざ、ざまないね、あ、あんた……。鎖で拘束された女に……鼻血を出さされて、その腹いせに……顔を殴るのかい。そ、それでも男か――。つ、つくものついてんのかよ――」

 

「な、なんだと、青毛」

 

 牢番の矛先が七星に向いた。

 

「ど、どうせ、あんな媚薬を使わなけりゃあ、あ、相手をしてくれる女もいないんだろう。お、女の身体に……精を出したけりゃあ……、か、金を払いな」

 

 七星の口調は強いが、表情は媚薬で蕩けかけて、淫乱な雌の顔をしている。

 自分もあんな表情をしているのだろうかと、孫空女は思った。

 

「へっ、お前も熟れきってしまって、下の口ではだらだらと涎を垂らしまくっているじゃねえかよ」

 

 牢番長が七星に近づいた。

 

「おい、なにをしている――」

 

 そのとき、強い声が石牢の扉側からした。

 孫空女がふと見ると、そこに立っていたのは、険しい表情の関保だ。

 後ろに五人ほどの兵も立っている。

 牢番長が、驚いて立ちあがった。

 関保がつかつかと牢に入ってきて、その牢番長の顔に関保の腕が飛んだ。

 牢番長の身体が、壁に叩きつけられた。

 

「この女たちに勝手に触るなと言ったはずだ」

 

 関保が牢番長を冷たい顔で見下ろしている。

 殴られた牢番長の頬が青くなっている。

 いい気味だ。

 

「か、関保様……。こ、これはですね……」

 

「言い訳はいい。これから先は、この女たちは、俺が預かる。牢から出ていけ」

 

 関保がそう言うと、牢番長が逃げるように部屋から出ていった。

 牢番長が出ていくのを確かめていた関保が向き直った。

 兵がふたりほど入ってくる。

 手には、新しい拘束具らしきものを持っている。

 

「お前たちの処遇が決まった。お前たちは、いまから霊感大王廟(れいかんだいおうびょう)に送られて、妖魔への生贄になる。お前たちの主人がそれに合意したそうだ」

 

 関保が言った。

 

「い、生贄……?」

 

 七星だ。

 意外な言葉に驚いた表情をしている。

 孫空女も怪訝に思った。

 生贄ってなんだ?

 

「そうだ」

 

 しかし、関保はそれだけ言うと、説明することなく兵に合図をした。

 兵が寄ってきて、孫空女と七星の首に金属の首輪をかける。

 首輪の前の部分には鎖が繋がっていてふたつの手錠が繋がっている。

 壁の枷を外されて、その首輪に繋がった手錠に両手首が繋ぎなおされる。

 脚も壁から外されて、足首を繋ぐ鎖が繋がった金属の足枷が左右の足首に嵌められる。

 その間、ほかの兵は剣を抜いて、孫空女と七星を見張っている。

 枷をつける兵の手際もよく、逃亡の隙はない。

 

 壁から離してもらえたが、今度は足錠と手錠をつけられたという状態だ。

 手錠は首輪と繋がっているが、かなりの長さがあるので、比較的自由はある。

 股間くらいは届きそうだ。

 

 関保は、さらに兵に命じて、水の張ったたらいを運ばせた。そして、盆に載せた食事と布も持ちこまれた。

 

「時間は二刻(約二時間)だ。その間に、そのたらいの水で身体を洗い、食事をしていい。二刻すれば、お前たちは、生贄を運ぶ市民に引き渡される」

 

 関保はそれだけを言い。兵を引きあげさせた。

 そして、自分も牢を出ようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、関保。ご主人様……、いや、宝玄仙様は、本当に、あ、あたしらを生贄とやらにすることに同意したのかよ?」

 

 孫空女は関保に訊ねた。

 

「ああ、そうだ。ひとりにつき、金袋ひとつだそうだ」

 

 牢の扉が閉じた。

 扉が閉じると、七星がたらいに飛びついた。

 すぐに股間を洗い始める。

 孫空女も争うように同じようにした。

 なんとか薬を洗い落とすことができると、身体も落ち着いてきた。ほかの布片で身体を拭く。

 

「おい、孫空女、一応、身体を隠せるものもあるよ。あの隊長さんも情け深いじゃないかい」

 

 七星が言った。

 布の束の中には、身体を拭くための何枚かの布片のほかに、衣類もあった。

 もっとも、衣類といっても膝丈くらいの下袍(かほう)と胸の部分を包む胴巻きだ。

 それでも、裸でいるよりはずっといい。

 いずれも足枷と手枷をつけたままでも身につけられそうだ。

 

 急いで身に着ける。

 手枷をつけられたままだとやり難いが、ふたりで協力するとなんとか下袍と胸の胴巻きを装着することができた。

 これでも半裸のようなものだが、なにかほっとする。

 

「ほう、食事もいいよ。なんか、贅を尽くしたという感じだよ。魚料理に肉料理。果物もあるねえ。へえ……。この小瓶はなにかな……? うわぁ、見てごらんよ、孫空女。これは、酒だよ。酒がついているよ」

 

 七星は歓声をあげた。

 

「……あたしの酒はあんたにあげるよ、七星」

 

「なんだい、あんた、下戸(げこ)かい、孫空女? 女ながらに一斗樽くらい平気でいけそうな感じだけど」

 

 七星は、すでに肉と酒を口に入れて満足そうな表情をしている。

 

「酒なんて……。ひと口飲んだだけで、あたしはひっくり返ってしまうよ」

 

 孫空女も箸を伸ばして飯と魚料理を口にした。

 確かにおいしかった。

 囚人に出すような粗末なものではない。

 

「意外だねえ。もしかしたら他のみんなも飲めないのかい?」

 

 七星はそう言いながらも小瓶の酒を一気に飲み干した。

 

「おい、七星。そんなに一気に飲んで大丈夫かよ?」

 

 孫空女は驚いた。

 

「なに言ってんだよ。こんなの水みたいなもんじゃないか……。ほら、あんたのをあたいによこしな。その代わり、この水壺をやるよ」

 

 七星が、ふたつある小瓶のうち、水の方を孫空女に伸ばした。孫空女はそれを受け取って、酒の入っている方を七星に渡す。

 

「これは、味わって飲もうかね。生涯最後の酒かもしれないからね」

 

 七星は、嬉しそうに小瓶を自分の盆に載せた。

 

「よく言うよ……」

 

「孫空女、これもいいよ……。この刻んだ(きのこ)に蜂蜜がかかったやつ。意外に旨いよ。食べてごらん」

 

 七星は次から次へと料理を平らげていく。

 呆れた食欲だ。

 

「茸って大丈夫かよ……。あたしは、知らない茸だけは手をつけないようにしているんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「それは野宿の場合だろう? ここで毒なんて出しはしないよ。よくわからないけど、生贄って言ってたじゃないか。だっから、ここで死なれちゃあ、困るんじゃないか」

 

 七星が口の中にものを入れたまま言った。

 

「その生贄ってなんだろうねえ、七星? 霊感大王とか言っていたねえ……。へえ、本当にこれ美味しい」

 

 孫空女も思わず言った。

 茸料理は、柔らかくて風味があり、茸自体はぴりりと辛い。それが蜜と口の中で合わさり、なんとも言えない味になる。こんなものは初めてだ。

 

「……まあ、あれじゃない。食い終わったら、また、縛られて、どっかに運ばれて、待っていたら、その霊感大王とやらが出て来るんじゃないか? それで、あたいらは食われるんだろうよ……。ねえ、あんた、その肉、まだ食うのかい? 余ってんならおくれよ」

 

「後で愉しみに食べるから残してんだよ――。それにしても気楽だねえ、七星。これから、あたしらは喰われるんだよ。その魔王にね」

 

「なに言ってんだよ。あんたとあたい――。暴れ回って、逃げりゃあいいじゃないか。魔王だって喰う前には、鎖くらい外すだろうさ。そうなったら、ぶん殴って逃げる。そして、宝玄仙さんのところに戻ろう……」

 

「そんな、簡単には……」

 

「大丈夫さ。まあ、路銀をなくしたことについては、罰もあるかもしれないけど、あれはあれで、怖さ半分、期待半分っていうか……。ここだけの話だよ、孫空女。あたいは、宝玄仙さんが、“罰だ”っていうと、なにされるんだろうって、震えが走るんだけど、ほんの少し、股間がじわぁってなるんだよね。あたいって、罰を受けたいのかなあ?」

 

「知らないよ、そんなの」

 

 孫空女も呆れて言った。

 だけど、孫空女も同じように感じることもある。

 宝玄仙は、罰の後は優しくもしてくれる。

 あれは、本当に温かい気持ちになる。

 

「それで、さっきの話はどうなのさ?」

 

 七星が言った。

 

「さっきの話って?」

 

「みんなが下戸かって、話だよ。そう言えば、あんたら、旅の間、酒飲まないよねえ。あんたらと一緒になって一箇月くらいだけど、そう言えば、一度も酒がなかったじゃないか。考えてみれば、あたいは、こんなにも長い時間、酒を抜いたことはなかったかも」

 

「ご主人様は飲むよ。まだ、東帝国内を旅していた頃、天教の神殿で酒を振る舞われたのを普通に応対していたね。まあ、いくら飲んでも一緒という感じだったよ」

 

「へえ、宝玄仙さんは、うわばみかい。そりゃあ、一度手合わせしたいねえ」

 

 七星が気楽そうに笑った。

 

「沙那はあたしと一緒でまったくの下戸だよ。朱姫は知らないけど、飲んだことないんじゃないかなあ……。少なくとも、一緒に旅をするようになってからは、一滴も飲んでいないよ」

 

「ふうん。酒もなかなかいいものなのにねえ。この愉しみを知らないなんて、あんたらも可哀そうに」

 

「知らないんじゃなくて、愉しめないんだよ」

 

 孫空女は言った。

 食事をすっかりと平らげると、することもなくなった。

 しばらく壁にもたれて微睡んでいると、扉が開いて、また関保がやってきた。

 

「時間だ」

 

 関保はそれだけを言い、そばに近寄ってきた。

 首がちくりとした。

 次の瞬間、いきなり腰が抜けた。

 

「な、なに……?」

 

 腰が抜けたのではない。

 全身の力が入らなくなったのだ。全身が弛緩して立つことができない。

 ふと見ると、七星も同じ状態だ。

 

 すべての拘束具が外されるが、手も足もまったく自由にならない。

 どうやら、即効性の弛緩剤を首に刺されたようだ。

 もしかしたら、道術のこもった仙薬の一種かもしれない。

 

 両脇を兵に抱えられて無理矢理に立たされる。

 そして、引き摺られるように、地下牢の廊下を歩かされた。

 地下牢の先には、牢番の詰所があり、そこを通り過ぎると、軍の営庭だ。

 

 外に出されたとき、陽の光がまぶしかった。

 それで、いまは、すでにかなり陽も高いのだとわかった。

 そこには、五十人ほどの人間がいて、ほとんどが飾りのようなものがついた衣装を着ている。

 台がふたつ準備されていて、それが神輿のようになっている。銅鑼(どら)や太鼓を持った者もいるし、(のぼり)を持った者もいる。

 彼らは兵ではないようだ。

 生贄を運ぶ住民なのだろう。

 

「ふたりを引き渡すぞ、陳清(ちんせい)殿」

 

 関保は短く言い、孫空女と七星は、そこにいた初老の男に引き渡された。

 孫空女と七星は、すぐに数名の男たちに担がれて、台の上に載せられる。

 そして、その台に手足を拡げて革紐で拘束された。

 手首足首のほかに胴体や首にも紐が巻かれて、台に完全に固定された。

 

「出発じゃ」

 

 さっき、関保が陳清と呼んだ男が叫んだ。

 ときの声があがり、台が持ちあげられる。

 銅鑼と太鼓が鳴り響き、ゆっくりと進み始めた。

 

 孫空女と七星は、台に拘束されて載せられたまま、営門を出て大通りを出た。

 縛られている台は人の肩の上にあり、台の周りには、外から覗き込めないように囲いがついている。

 そのため、風景があまり見えない。

 しかし、なんとなく、営門を通過し、大通りを抜けて、城門を抜けるのがわかった。

 城郭を進む間は、行進を見物する者もいたようだが、城門を出てしまうと、ほとんど人の気配はなくなった。

 

 進んでいる左側からは、河から流れる風の気配と水の音が聞こえてくる。

 通天河(つうてんが)だろう。

 川沿いの街道を進んでいるのだ。

 

 行進は一度も止まることなく、二刻(約二時間)ほど進み続けた。

 やがて、台に載った孫空女の視線にも、大きな建物が映った。

 

 その建物の中に入ると、中はがらんとした空間のようだった。

 建物の奥にある祭壇のような場所に、台が置かれる。

 孫空女と七星を運んできた男たちは、祈りのような言葉を合唱し、そのまま立ち去っていった。

 

「ねえ、孫空女、いるよね?」

 

 七星の声がした。七星が縛られている台も孫空女の横にあるはずだが、孫空女に見えるのは、この建物の天井と台の横の柵だけだ。

 

「いるよ」

 

「あたいらを運んできた男たちは、もういないよねえ?」

 

「そうだね。この建物からいなくなった気配はしたね」

 

「じゃあ、さっさと逃げようじゃないか。さっきの身体を弛緩された薬の効果は消えてみたいだし」

 

 七星は言った。

 それは孫空女も感じていた。

 あれは、孫空女と七星を台に拘束するための一過性の弛緩剤だったらしく、いまは身体の筋肉も戻っている感じだ。

 

「賛成だね。でも、この身体を縛っている革紐の外し方がわからないけどね」

 

 孫空女は言った。

 

「あたいもさ……。あんただったら、いい考えがあるのかと思ったりしたのさ。それとも、あんたの馬鹿力で、この紐を引き千切るとか……」

 

「残念だけど、あたしの力でもこれは無理だよ」

 

 そんなことは、さっきからやっているのだ。

 しかし、これはただの革紐じゃない。

 引き千切ろうとすると力が吸収されたようになって、まったく力が伝わらない。

 多分、なにかの霊具だろう。

 

「じゃあ、やっぱり喰われるしかないのかなあ……」

 

 七星が嘆息するのが聞こえた。

 

「あんたの得意の第六感はどうなんだよ。あたしらは、生き延びられんのかな?」

 

 七星は事あるごとに、自分には第六感があり、命の危機のある危険は回避できると豪語していた。

 こいつに言わせれば、禍は降りかかるが最後には七星を避けていくことになっているらしい。

 

「さあね……。よく考えたら、あたいもまだ死んだことはないからね。本当に、死ぬときに予感がするのかどうかは、わからないよ」

 

「頼りないねえ。いつもの豪語はどうしたんだよ、七星。こういうときこそ、景気のいいこと言ってくれよ、馬鹿女」

 

「馬鹿女って、なんだよ、孫空女」

 

「馬鹿女だから、馬鹿女って、言ってんだよ。ああ、なんでこんなことになったんだろう。だいだい、博打で金を増やそうなんてさあ……。結局、沙那が正しかったじゃないか」

 

「お前まで、真面目女の振りしちゃってさあ……。元はといえば、五行山の女盗賊だろうがよ」

 

「あたしは、博打には手を出さないんだよ。子分にもやらせなかったしね」

 

「そんなことだから、子分に裏切られんだよ、孫空女。博打をしない盗賊なんて聞いたことないよ」

 

「な、なんだとう、七星――」

 

 孫空女は怒鳴った。

 宝玄仙と最初に遭ったとき、宝玄仙がけしかけたとはいえ、孫空女が率いていた部下たちは、孫空女を裏切って、寄ってたかって孫空女を犯したのだ。

 あのときの屈辱が思い出された。

 

 その時、風のようなものが吹いた。

 

「な、なんか来るよ、孫空女」

 

「ああ」

 

 孫空女には、『移動術』で、なにかがやってくるのがわかった。

 大きなふたつの流れ……。

 

「お父さん、約束だよ……」

 

 女の子の声……。

 

「うわあっ」

 

 七星の叫び声がした。

 孫空女も、七星が見たものを見た。

 身の丈が孫空女の二倍もある悪鬼のような姿の金色の具足を身につけた巨人の魔族が孫空女と七星を見下ろしている。

 巨大な二本の横角があり、口元から覗く尖った牙と真っ赤な瞳は肉食獣を思わせた。

 また、その横には、同じような髪と牙の小さな雌妖がこっちを覗いている。

 霊感大王ほどではないが、雌妖も巨漢だ。

 大きな妖魔が霊感大王だろう。

 なんとなく顔が似ているところを見ると、横の子供の雌妖は、娘だろうか。

 

「ねえってばあ、お父さん、聞いているの?」

 

「聞いているなもし、愛魚女[(あいなめ)。しかしのう……」

 

 姿かたちの凶暴さに似つかわしくないゆったりとした喋り方だ。

 

「だーめ。もう約束したもんねえ……。ほら、あんたたち、ちゃんとした犬にしてあげるからね」

 

 愛魚女と呼ばれた雌妖が言った。

 話し方は、幼い子供を思わせる。

 それにしても、いま、犬って言われた気がするが……

 犬ってなんだ?

 

「わかったぞなもし、愛魚女。じゃあ、ちゃんと育てるんだぞなもし。躾できるなもし?」

 

「できるよ、お父さん」

 

「じゃあ、飼ってもいいぞなもし」

 

 大きな妖魔がそう言いながら、孫空女の首に手を伸ばしてなにかを嵌めた。

 それが首輪だと気がついたのは、すぐだ。

 気がついたときには、霊感大王は七星のいる台にも手を伸ばしている。

 孫空女に嵌めたものと同じ首輪を七星の首にも嵌めようとしている。

 しばらくしたら、愛魚女という娘が戻って来た。

 顔に満面の笑みを浮かべている。孫空女を拘束していた革紐を次々にその愛魚女が外している。

 そして、ついに、最後の革紐が外された。

 

「孫空女――」

 

 向こうの台で、七星が立ちあがっている。

 孫空女も、愛魚女を突き飛ばして立ちあがった。

 愛魚女が悲鳴をあげて、地面に倒れた。

 

「七星、逃げるよ――」

 

「あいよ」

 

 台から飛び降りた。

 

「伏せ――

 しかし、愛魚女の声が響いた。

 突然、身体が金縛りになったように動かなくなった。

 孫空女は、地面に張りつけられた。

 

「な、なに?」

 

 七星の声――。

 明らかに動揺している響きがある。

 孫空女も突如として、自由を奪われたことに当惑した。

 しかし、すぐに理由を悟った。

 

「こ、これだ、七星――。首輪だよ。外せ」

 

 孫空女は叫んだ。

 この首輪が霊具になって、孫空女たちの行動を縛っているのだ。

 

「伏せだよ、二匹とも」

 

 だぎ、また、愛魚女の声が響く。

 身体が強く地面に拘束される。

 手足がまったく動かない。

 

「……首輪を取っちゃだーめだよ、お前たち」

 

 愛魚女が孫空女に近づいて、その手が孫空女の服に伸びる。

 すると、背中側から着ているものを引き千切り始めた。

 

「な、なにやってんだよ、愛魚女。や、やめなよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「なにって、お前たちは、あたしの飼う犬になるのよ。服なんて着てたら変でしょう?」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 あっという間に服を剥がされた。

 その間、なんの抵抗もできない。

 

「さて、こっちも、脱ごうね」

 

 愛魚女は、七星に取りかかった。

 七星が悪態をついている。

 孫空女はもがいた。

 だが、どうしても、地面から離れられない。

 

「こらっ、お前ら、わたしの持ち物に触るんじゃないよ」

 

 廟の入口から声がした。

 孫空女は声の方向を見た。

 

 宝玄仙と沙那と朱姫がそこにいた。



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145 魔域からの使者

 身長も幅も人間の倍というところだろう。

 二本の大きな角と真っ赤な顔に赤い瞳、そして、赤い髪をした口から牙を生やした狂暴そうな風貌……。

 魔族だ。

 あれが、霊感大王(れいかんだいおう)という魔王に違いなかった。

 横にはやや背の低い雌妖だ。

 同じような姿だが、霊感大王に比べれば遥かに身体が小さい。

 

「お前ら、わたしの持ち物に触るんじゃないよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 二匹がこっちを見た。

 驚いた表情をしている。

 孫空女と七星は地面に磔にされている。

 なんらかの魔術だろう。

 沙那が飛び出した。

 

「お父さん――」

 

「任せなるぞなもし、愛魚女(あいなめ)

 

 霊感大王が大きく手を拡げた。

 攻撃魔術だろう。

 しかも、この廟内が相手の結界内で強化されている。

 霊感大王の視線の先は、突撃している沙那だ。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 沙那の防御を――。

 そう思ったが、時間が足りない……。

 間に合うのは、宝玄仙の周りの一部だけだ。

 

「沙那、待ちな――」

 

 魔術が来る――。

 だが、霊感大王が刻んだのは、愛魚女と呼んだ娘の周りの結界の強化魔術だ。

 孫空女と七星についても、愛魚女たともに二重の結界に包まれた。

 しかし、霊感大王自身には、防御壁を刻まなかった。

 

 沙那が、霊感大王に細剣を叩きつける。

 霊感大王は抜いた剣でそれを受けようとする。

 しかし、沙那がかいくぐる。

 沙那の剣が霊感大王の胴に伸びた。

 

「きゃあああ」

 

 だが、沙那が吹き飛んだ。

 魔王の魔術が胴体から炸裂したのだ。

 宝玄仙は、霊感大王の攻撃魔術に道術をぶつける。

 霊感大王の魔術が中和されて弾けた。

 しかし、すべては無効にできない。

 やはり、この妖魔の結界の中では、宝玄仙の道術は、完全には威力を発揮できない。

 

「沙那――」

 

 沙那は魔王の魔術の衝撃で床をごろごろと転がっている。

 そこに、霊感大王の第二射目の衝撃波が飛んだのだ。

 宝玄仙は、倒れている飛ばされている沙那の周りに、術で作った空気の塊りを作った。

 その空気の塊りに、霊感大王の攻撃波動が当たる。

 だが、やはり、道術が中途半端だ。

 空気の塊りごと沙那が大きな衝撃波で飛ばされる。

 

「んぐううっ」

 

 沙那の身体が廟の壁に叩きつけられた。

 さらに、沙那の身体が壁から跳ね返る。

 それでも、空気の塊りのお陰で、かなりの衝撃を軽減できたはずだ。

 その沙那に霊感大王が突進している。

 大剣が沙那に伸びる。

 

「『影手』――」

 

 朱姫の術による影が、霊感大王の片足首に張りついたのがわかった。

 足首を取られた霊感大王の身体がつんのめって、体勢を崩す。

 

 沙那はすでに起きあがっていた。

 ほの沙那の細剣が宙を裂く。

 

 霊感大王の左腕が血しぶきとともに飛んだ。

 しかし、その左腕が宙を飛んで、沙那の髪を掴む。

 

「痛いぞなもし」

 

「んぎいいっ」

 

 沙那が切断された霊感大王の腕によって、床に引き倒される。

 だが、霊感大王自身は、もう沙那に向かっていない。

 こっちに身体を向けている。

 手を拡げた。

 切断された霊感大王の左腕は、すでに新しい腕が生えかけている。

 

「やるかい、霊感とやら」

 

 宝玄仙は、眼の前に道術の壁を作った。

 霊感大王の魔術の風が、宝玄仙の眼の前で消失する。

 

「お、お前、なんだ? 俺の結界の中で、なんでそれだけ術がかけられるのだもし?」

 

 霊感大王が呆気にとられた表情で叫んだ。

 

「どうでもいいんだよ、霊感。それより、孫空女と七星を返すんだよ」

 

 宝玄仙は眼の前の道術の防御壁を、今度は攻撃のための塊りに変える。

 

「朱姫、徹底的に娘を狙いな――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 そして、道術の衝撃波を霊感大王ではなく、愛魚女たちを包んでいる結界に発する。

 霊感大王の眼の色が変わった。

 

 愛魚女に向かっている衝撃波の前に、咄嗟に自分の身体を入れた。

 宝玄仙の放った衝撃波に吹き飛ばされた霊感大王が、廟の壁に叩きつけられる。

 

「『影手』、いけえ――」

 

 朱姫の影手がうまいぐあいに結界をすり抜けて愛魚女の首にかかる。

 愛魚女の悲鳴があがる。

 

「娘に、なにするのかもし」

 

 霊感大王の放った突風が朱姫の身体を吹き飛ばす。

 愛魚女の首に張りついた影手が消えている。

 

 一方で、やっと沙那が霊感大王の左腕を振り解いた。

 沙那が再び霊感大王に走る。

 しかし、霊感大王は、愛魚女を守るように娘の前に行き、娘を包んでいる結界の中に入った。

 

「お前ら、強いなもし」

 

 霊感大王はひと言だけ言った。

 廟全体が霊感大王の魔力で満ち始める。

 大きな魔術の予感がする。

 

「いけない――」

 

 宝玄仙はありったけの霊力を、霊感大王の結界に向かって叩きつけた。

 だが、次の瞬間、その空間が歪む。

 霊力大王たちの姿が消失した。

 宝玄仙の道術は、たったいままで、霊感大王と愛魚女、そして、孫空女と七星がいた空間を突き抜けて、その後方の壁に当たって弾ける。

 すでに、霊力大王たちの姿はない。

 

「しまった……。逃げられたよ」

 

 『移動術』だ。

 すでに出口が閉鎖されている。

 

「ご主人様、孫空女と七星が……」

 

 沙那だ。

 

「わかっている。魔王の術で逃げられた」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「ご主人様、『移動術』の結界を閉鎖されました」

 

 朱姫が不安そうな表情で言った。

 

「それも、わかっているよ、朱姫」

 

 できれば、ここで孫空女と七星を取り戻したかった。

 魔王ともあろうものが、自分の結界の中で逃げの一手を打つとは予想外だった。

 甚だまずい状況になった気がする。

 これで霊感大王がどこに消えたかわからないようでは、孫空女と七星を取り戻す手立てを失ったことになる。

 沙那が宝玄仙のそばに戻って来た。

 

「ご主人様……」

 

 その表情は不安そうだ。

 

「別の手段を考えるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 もっとも、現段階で、それは思いつかない。

 

「誰――?」

 

 沙那が、突然に細剣を抜いた。

 

「えっ?」

 

 宝玄仙にはわからなかったが、沙那の反応で、他に人の気配がしているのがわかった。

 建物の中で不意にひとつの拍手が鳴り始める。

 

「霊感大王の結界の中だというのに、あれだけの戦い。大したものです……。さすがは、宝玄仙様だけのことはあります」

 

 拍手の主はこの霊感大王廟と呼ばれるこの建物の入口から起こっていた。

 拍手をしているのはひとりの人間男だ。

 軍服を着ている。

 

「誰よ?」

 

 沙那が、声の主に向かって、数歩進み出た。

 

「そんなに構えないでいただきたい。敵じゃありませんよ。ここでは、関保(かんほ)と名乗っています。城郭軍の将校ですよ」

 

「将校?」

 

 沙那が応じた。

 

「孫空女殿と七星を捕えて軍営に連れていったのは私です。ついでに、この霊感大王廟に生贄として運ぶ手筈を整えて、陳清(ちんせい)に引き渡しました」

 

「なんですって?」

 

「怒らないでくださいよ、沙那殿。最初は、うまく動きまわって、なんとか釈放に持っていくつもりだったのですよ。もっとも、ここの軍では、俺も新参者のひとりでして……。まだそれほどの力は持っていないので、うまくはいかなかったのですがね……。結局。そうこうしているうちに、宝玄仙様があのふたりを生贄として引き渡しことに合意したと知ったものですから、その通りにしたのですよ」

 

 関保と名乗った男は、そう言いながらつかつかとこっちにやってくる。

 敵意のようなものは感じられない。

 沙那も同じなのだろう。

 用心はしているようだが、抜いた細剣を鞘に戻している。

 

「なんの用事だい、関保とやら?」

 

 宝玄仙は、すぐそばまでやってきた関保に言った。

 すると関保は、さっとその場に片膝をついた。

 

「……元会(げんかい)の城郭軍に所属する関保という将校というのは仮の姿です。本来の名は、倚海龍(いかいりゅう)といいます。お初にお目にかかります、宝玄仙様」

 

「倚海龍……?」

 

 名に聞き覚えがあった。

 しかし、どこで耳にした名か思い出せない。

 もっとも、この男に初めて会うということだけは確かだ。

 

「ご主人様、倚海龍というのは、金角の部下のひとりですよ」

 

 沙那が叫ぶように言った。

 

「おう、金角の?」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 金角には、副将の銀角の下に四人衆と呼ばれている部下がいる。

 倚海龍(いかいりゅう)は、巴山虎(はざんとら)精細鬼(せいさいき)伶俐虫(れいりちゅう)と並ぶ、金角軍の四人衆のひとりと金角が教えてくれた名だ。

 

 このうち、宝玄仙が接したことがあるのは、宝玄仙を捕えるという遠征に随行していた巴山虎だけだ。

 金角と別れてから久しいが、宝玄仙は金角とは、『主従の誓い』を結んでいる。

 倚海龍は金角の部下であるので、金角の主人である宝玄仙は、倚海龍の主人といえないこともない。

 

「倚海龍? お前、本当に、金角が言っていたあの倚海龍かい? お前、人間じゃないのかい?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「いかにも私は人間族です。金角軍には、いろいろな種が混じっていますが、金角様は、それを説明なさいませんでしたか?」

 

「そんなことは言っていなかったね。まあいいさ。でも、お前が、金角のところの倚海龍だとすれば、つまりは出迎えということでいいのかい?」

 

「そのとおりです。金角様のご命令で、ここでお待ちしてました……。ところで、そちらは、沙那殿と朱姫殿ですね? ご挨拶申し上げます。倚海龍です」

 

 ずっと片膝をついたままだった倚海龍がすっと立ちあがった。

 沙那と朱姫が、それぞれに挨拶をした。

 

「だけど、お前からは霊気は感じないね。人間だとしても、本当に、道術を遣えない、ただの人間かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、倚海龍がにやりと笑った。

 突然に倚海龍の身体の中の霊力が感知できるようになった。

 霊力を持たないどころじゃない。

 かなりの霊力の持ち主だ。

 これまで、それを隠していたのだと悟った。

 

「たったいま、隠していた霊力を解放しました。もちろん、道術は遣えます。金角軍の四人衆のひとりですからね」

 

「驚いたねえ……。霊力を隠していたのかい……」

 

 宝玄仙は呟くように言った。

 そして、それを見抜くことができなかったことにもいささか驚いた。

 

「失礼ですが、宝玄仙様は、いまは、ご自分の霊力を隠しておられないようですが、隠すこともおできになりますよね? できれば、これからは、なるべくそうした方がよろしいかもしれません。少なくとも、魔域では、ほとんどの魔族は、必要ない限り、普段は魔力を探知できないように遮蔽しています」

 

「なぜだい?」

 

「危険だからです。魔力を発散していては、存在を喧伝しながら歩くのと同じです。魔域では、魔力を探知して、倒せると判断したら、その持ち主をこっそりと倒そうとする魔族はそこら中におります。弱肉強食の世界なのですよ。強かろうと弱かろうと、実力を迂闊に晒すのは危険です」

 

「なるほど」

 

 宝玄仙は頷いた。

 

「また、魔域で人間というのは、非常に立場の弱い存在です。人間と見れば、見境なく襲ってくる魔族すらおります。霊力を発散していては、簡単に人間なのか、魔族なのかを区別できるので、余計な騒動を誘い込むことになりかねません」

 

「忠告に従うよ、倚海龍」

 

 宝玄仙は、自分が放出している霊力を遮蔽して、周りの地物に発生している魔力に溶け込ませるようにした。

 

「……ほう、さすがですね。お見事です。改めて、宝玄仙様が偉大な術遣いだということがわかりました。ここまで、完璧に霊力を遮蔽してしまうのは素晴らしい」

 

 倚海龍が感嘆の声をあげた。

 

「ところで、わたしたちを待っていたというのは、どういうことなのです、倚海龍殿?

 沙那が訊ねた。

 

「言葉通りの意味です。私の役割は、あなた方一行が、魔域を横断して金角軍に合流するのを導いてくることです。魔域の横断の旅は、なかなか苦しいものになるかと思いますが、よろしくお願いします」

 

 倚海龍は優雅な仕草で頭を下げた。

 

「まあ、一緒に?」

 

「そうです。それが、私の任務です。それで、車遅国の東の果ての元会の城郭軍の将校に身をやつしてお待ちして入りました。魔域に向かうのであれば、車遅国を通過するのはわかっておりましたから、待っていればお会いできると思っておりました」

 

 倚海龍は言った。

 

「折角だけど断るよ。わたしは、男連れの旅は嫌なんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご、ご主人様」

 

 沙那がたしなめるような声をあげた。

 

「なんだい、沙那。嫌なものは嫌なんだよ。金角にもそう言いな。案内は不要。そう言われたってね、倚海龍。わたしらは、わたしらだけで、金角のいる魔域の西側まで行くよ。急ぐ旅じゃないんだ」

 

 宝玄仙はぴしゃりと言った。

 金角の勢力地は、この通天河の反対側になる魔域の西側だ。

 概ねの場所はわかる。

 すると倚海龍は笑い出した。

 

「道案内もなしに、魔域を横断? 不可能ですよ。魔域には様々な魔王がおります。あなたのような霊力の強い人間は、幾らかの魔王にとっては大好物です」

 

「別に魔域を横断しなくてもいいさ。魔域に入らずに、その南側の人間族の国々を迂回して進むという手もある……。とにかく、出直してきな。金角には、女の出迎えを寄越せと伝えな。気が強くて美人の雌妖がいいともね」

 

 宝玄仙は笑った。

 しかし、金角も気がきかない。

 出迎えのことは、話し合いもしてたが、男嫌いの宝玄仙の出迎えに男を寄越すとは……。

 まあ、宝玄仙も、そういえば、男は嫌だとは金角には伝えなかった気がするが……。

 

「ご主人様、いい加減にした方が……」

 

 沙那がまた、たしなめる口調で口を挟んだ。

 だが、宝玄仙は無視した。

 

 いずれにせよ、金角のところに向かうのは、魔域を横断するのが最短距離だが、ほかにも方法はある。

 通天河を南に沿って進み、ずっと南に出て、海沿いに人間族の国々を進んで、西帝国と呼ばれる場所から北方向に魔域に入るのだ。

 そもそも、あの鎮元仙士(ちんげんせんし)が金角たちに接触したのは、その道程だ。

 さすがに、宝玄仙も、道案内なしに魔域の横断は不可能ということはわかっている。

 沙那には説明してなかったが、天教には西帝国経由の魔域入りの巡礼の記録があり、最悪、金角の出迎えがないときは、その経路も視野に入れていた。

 

「だったら、別に、四六時中一緒ということでなくても結構ですよ。しかし、差し当たっては、私の力が必要ですよ。魔域に入るためには、通天河を越えねばなりません。私は、『海亀の(まゆ)』とう術が遣えます。水中に大きな気泡を作り、その中に入って、通天河を進むことができます。それがなければ、通天河を越えることなんてできませんよ」

 

「河を渡してくれる船頭を探すさ。幸いにも、路銀も手に入ったしね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「生贄として孫空女殿と七星殿を陳清に売り払った代金ですね。あなたも可哀そうなことをされますなあ……。いずれにしても、いくら、金を払っても、向こう岸まで渡してくれる船頭なんていませんよ、宝玄仙様」

 

「なんでだい?」

 

「危険だからです。事実、数年以来、通天河の中心から向こうに進もうとした船は、ことごとく、通天河の急流か、河に巣食う水魔獣に壊されてしまっています。いくら積んでも、向こう岸に渡してくれる船は見つけられないでしょうね」

 

「わかったよ。じゃあ、向こう岸に着くまでは、お前に頼むさ、倚海龍。だけど、そこから先は不要だよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「まあ、それは、向こう岸に到着したら、改めて相談しましょう、宝玄仙様」

 

 倚海龍が笑いながら言った。

 

「ねえ、倚海龍殿。金角様や銀角は元気ですか? あたしたちを受け入れられるようになったのでしょうか?」

 

 朱姫が横から口を挟んだ。

 するとにこやかに話していた倚海龍の表情が初めて曇った。

 

「それについては、些か、困った状況にあるということを白状しなければなりませんね」

 

 倚海龍は言った。

 

「どういうことだい、倚海龍? まだ、天教の撒いた嫌がらせの影響が続いているのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 もともと、金角が妹の銀角とともに、宝玄仙を捕えるために東域まで遠征してきたのは、鎮元仙士という天教の神官が、宝玄仙を捕えることができた妖魔に懸賞品となる魔具を渡すと喧伝したからだ。

 つまり、宝玄仙は、魔域に棲む魔族の争奪戦の獲物となりかけていたのだ。

 しかし、それも肝心の鎮元仙士が魔域に渡ることができなくなってからは、状況も変化しているはずだ。

 鎮元仙士は、いまでも石化したまま放置されているに違いない。

 

「いえ、天教の陰謀については、もう、ほとんど収まりました。肝心の懸賞をくれる天教の使者がいないんじゃあ、もう話に乗る魔王はいません。しかし、別の問題も発生しているのですよ、宝玄仙様」

 

「別の問題とはなんだい?」

 

紅孩児(こうがいじ)のことですよ」

 

「紅孩児がどうしたんだい?」

 

 意外な言葉を聞いて宝玄仙は驚いた。

 紅孩児というのは、車遅国に入る前に、宝玄仙を喰らおうとして、返り討ちにしてやった小妖のことだろう。

 それがどうかしたのだろうか。

 

「紅孩児は、牛魔王(ぎゅうまおう)の息子です。知っていましたか、宝玄仙殿。あなたが殺した紅孩児です」

 

「もちろん、知っているよ。わたしを殺そうとした紅孩児のことだね。そう言えば、死ぬ前に、確かに、自分は牛魔王の息子だと喚きながら死んだね。それがどうかしたのかい?」

 

「もちろんです。牛魔王は、息子を殺されたことについて、怒り心頭にきています。そして、金角様は、あなたの庇護者であることを表明しています。我々にとって、それが非常に都合の悪い状況であることは察してもらえると思いますが?」

 

「残念だけど、察しないね。なぜ、牛魔王の不良息子を殺したことが、金角軍にとって悪い状況ということになるんだい?」

 

「それは自明の理でしょう。牛魔王は、息子の仇を討つためにあなたを殺したがっています。それを阻止しようとする金角様は、牛魔王の敵になりかけているんです」

 

「だったら、潰せばいいだろう」

 

「潰せるわけがないでしょう。牛魔王軍は、魔域でも最大の勢力のひとつです。まともに戦えば、さすがの金角軍もひとたまりもありません」

 

「それで、どうしろというんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「金角様は、真っ直ぐに魔域を横断するのではなく、とりあえず、南域に迂回して、人間族の帝国から金角軍の勢力地域に入ることを望んでおります。真っ直ぐに進んでくると、金角軍と合流する前に、牛魔王の勢力地を通り抜けることになりますから」

 

「なるほどね」

 

 宝玄仙は言った。

 つまりは、宝玄仙が金角の出迎えがないときに思い浮かべていた経路に近いようだ。

 だったら、なおさら道案内は不要だ。

 

「ご主人様、それよりも、いまは、孫空女と七星のことです。その後のことは後日話し合いましょう……。ねえ、倚海龍殿、霊感大王(れいかんだいおう)は、孫空女と七星を連れていってしまいましたが、どこに連れていったかわかりますか?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「それについては心配いりません。私は、魔域からやってきて、城郭軍の将校に身をやつしている身ですから。同じ魔域を棲み処とする者として、霊感大王とは、常に意思を通じておりました。霊感大王の棲み処は通天河の底です。そこに洞府を作って愛魚女(あいなめ)という娘さんと一緒に暮らしています。私も何度も訪問したこともあります。まあ、霊感殿は、飲み友達ですね」

 

「そこに行く方法はあるかい、倚海龍?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「私の『海亀の繭』に入って進めば、時間はかかりますが行けます。しかし、あなた方を連れていくについては、条件があります」

 

 倚海龍は言った。

 

「条件?」

 

「霊感大王とできるだけ平和的に問題を解決したいのです。争わないと約束してくれませんか? さっきも言いましたが、友達なんです」

 

「冗談じゃないよ、倚海龍。そいつは、孫空女と七星を連れていったんだよ。それに、毎年、生贄を受け取っちゃあ、人間を喰らっていたんだろうが? あいつは、何人の人間を殺してんだよ」

 

 宝玄仙は吐き捨てるように言った。

 

「霊感大王は、それにより、東域の人間を害しようとする魔族たちを抑えているのですよ。たったの一年に二人という代償だけでね。それに、孫空女殿と七星殿の身柄については、私が受け合います。間に入って穏便に話を進めますから」

 

「まあ、あいつらが無事ならそれでいいさ」

 

 宝玄仙は言った。

 こっちとしても、ふたりを無傷で取り戻せるなら文句はない。

 

「じゃあ、さっそく、水龜(みずがめ)の館に向かいましょう」

 

「水龜の館?」

 

「霊感大王の棲み処ですよ」

 

 倚海龍は言った。



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146 通天河(つうてんが)の真ん中で

「さあ、犬ちゃんたち、尻尾をつけましょうね」

 

 愛魚女(あいなめ)が、孫空女の尻たぶに近づいた。

 手には、確かに犬の尻尾を思わせる房毛を持っているが、その尻尾の先端は、黒々と光る男根の張形を思わせる棒状になっている。

 

「んん、んん、んんっ」

 

 孫空女は四つん這いの身体を精一杯に暴れさせて、それから逃れようとする。

 しかし、首輪の霊具は、孫空女を四つん這いの姿勢から逃れることができないように強要しているし、いまは、「伏せ」と命じられているので、上半身を床につけて、お尻を高く上げている状態だ。

 暴れるといっても、お尻を左右に振って、尻尾が近づくのを防いでいるだけだ。

 

 愛魚女の手が孫空女の腰に触れる。

 まだ子供じみている雌妖だが、身体は孫空女よりも大きいし、力は異様に強い。

 片手で孫空女の身体は抑えられる。

 

「んんぐうっ」

 

 また、言葉がしゃべれないように、口枷で口が塞がれているので、悲鳴はただの呻き声でしかない。

 重い衝撃とともに尻尾の先端部分の棒がずぶずぶと孫空女のお尻の芯に深々と埋め込まれていく。

 脳天を貫通の痛みが突き抜ける。

 その直後に痺れるような快感が四肢を走り、ずんと響くように子宮が疼いた。

 

「あらっ? 赤は気持ちがいいのねえー。尻尾を振っているわ」

 

 愛魚女が言った。

 込みあげる怒りと羞恥をぐっとこらえる。

 

 孫空女たちがいるのは、どこか得たいの知れない大きな部屋の中だ。

 一体全体、ここがどこなのか、全くわからない。

 

 軍営から妖魔の生贄として、七星とともに、通天河のほとりのどこかに連れていかれた。

 そこに、怖ろしげな風貌だが、のんびりとした話し方をする霊感大王(れいかんだいおう)という巨漢の魔王と、その娘らしき愛魚女という子供の雌妖が現れて、孫空女と七星の首に得体の知れない首輪をつけた。

 その途端に、なぜか、愛魚女という雌妖の命令に逆らえなくなり、地面に磔にされたのだ。

 

 だが、霊感大王が出現した直後に、宝玄仙たちがやってきた。

 そして、妖魔に襲撃して救出しようと戦ってくれたが、そこが霊感大王の結界の中というのは孫空女にもわかった。

 宝玄仙は、霊感大王を捕えられることができず、霊感大王は『移動術』で、孫空女と七星を捕えたまま逃亡した。

 孫空女と七星は、結局、霊具で自由を奪われたまま、その『移動術』でこの霊感大王の棲み処らしき場所に連れてこられたというわけだ。

 

 そして、この部屋だ。

 どうやら、愛魚女というこの娘の部屋のようだということだけはわかった。

 

 そこで、七星とともに“犬”ということにされてしまった。

 暴れ回ろうと思ったが、どういう仕掛けになっているのか、霊具の首輪のために逆らえないのだ。

 そして、両足は、膝で折り曲げて革の布で包まれて足首が腿に張りついて離れないようにされてしまった。

 膝のところに“犬”としての人工の足をつけられた。

 四つん這いで歩く犬の完成だ。

 手には、指が遣えないように手首から先を布で覆われた。

 

 名前も付けられた。

 孫空女は赤毛だから「赤」、七星は、青毛だから「青」だ。

 

「じゃあ、次は青の番よー」

 

 孫空女のお尻に尻尾をつけ終えた愛魚女が七星に向かう。

 やはり、尻尾を持っている。

 

「んんっ、んんんんっ」

 

 孫空女同様に、箝口具で言葉を封じられている七星が必死に首を横に振り、その腰が狂ったように暴れている。

 しかし、七星も首輪の霊具のために動けないでいる。

 

「……愛魚女、終わりぞなもし。犬を自由にするぞなもし」

 

 すると、どこからやってきたのか、いつの間にか霊感大王が立っている。

 

「終わりってなによ、お父さん?」

 

 愛魚女がきょとんとした顔をしている。

 

「終わりなんだな。この二匹……ふたりは返すんだな。生贄じゃなくて、お父さんの知っている人の仲間だったぞなもし」

 

「ええっ。嫌だよ、お父さん。大事にするなら飼ってもいいって言ったじゃない。あたし、返さないよ」

 

 愛魚女が声をあげた。

 

「駄目ぞなもし」

 

 霊感大王の大きな手が、孫空女から首輪と口枷を外した。

 身体を縛っていた魔力が消失する。

 四つん這いの姿勢から解放された。

 七星も同じように解放されている。

 

「くあっ」

 

 孫空女はほっとして、尻餅をついた。

 だが、おかしな具合に脚を畳んで拘束されているうえに、突き刺された尻尾が邪魔になり、態勢を崩してひっくり返ってしまった。

 

「宝玄仙さん――」

 

 七星が叫んで視線を向けた。

 孫空女は、驚いて視線を七星の視線の方向を見る。

 そこには、宝玄仙と沙那と朱姫が立っている。

 なぜか、あの関保(かんほ)もいる。

 

「ご、ご主人様」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「まあ、悪く思わんでくれぞなもし。ふたりは返す、宝玄仙殿――。さあ、愛魚女、来るんだ」

 

 泣き喚く愛魚女を霊感大王が別の部屋に連れていった。

 

「じゃあ、宝玄仙様、出発は明日の朝ということでよろしいですね?」

 

 関保が言った。

 だいたい、なぜ、あの城郭軍の将校の関保がここにいるのか?

 

「ああ、しばらくは、わたしらだけにしてくれるとありがたいね」

 

 だが、問い質す暇もなく、その関保も出ていった。

 部屋には、宝玄仙と沙那と朱姫、そして、孫空女と七星の五人になった。

 

「さてと……。随分と手間を取らせるじゃないか、お前たち」

 

 宝玄仙は、孫空女と七星をじっと睨んだ。

 孫空女はすくみあがった。

 怒っている……。

 

「そ、孫女……、七星、ぶ、無事でよかったわ……」

 

 沙那が微笑んだ。

 しかし、その微笑みは、どことなく引きつっている。

 横の宝玄仙の怒りを沙那が感じているのだ。

 

「四つん這いになりな、お前ら」

 

 宝玄仙が言った。

 ぞっとした。

 ふと、七星を見た。

 七星の顔も引きつっている。

 

 孫空女はやっと解放されたはずの身体を四つん這いに戻す。

 七星も同じ姿勢になっている。

 

「お前たちの名は、赤に青だったね」

 

 宝玄仙が床に落ちていた霊具の首輪を孫空女と七星に嵌め直した。

 

「あっ」

 

 思わず叫んだ。

 

「なにか文句あるのかい、赤」

 

 宝玄仙が言った。

 

「な、なにも……」

 

「そうだろう? 青もおいで。路銀を増やしてくると言って出ていきながら、全部なくしてしまったあげく、いかさままでやろうとして、捕まったんだって? それで、このわたしに、こんな手間をかけさせるなんて、お前たちには、しっかりと罰を与えてやらなきゃね……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「……へえ、孫空女。尻に生えている尻尾が小さく震えはじめたじゃないか。知っているかい? これはねえ、お前らが感じると震えるんだそうだよ。面白いじゃないか。お前も、とんだ変態に成長したもんだよ。罰だと言われると、欲情するんだからね」

 

「そ、そんなことあるもんかっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 全身が羞恥で真っ赤になるのを感じる。

 

「じゃあ、なんで尻尾が動くんだい?」

 

 宝玄仙の揶揄が返ってくる。

 悔しい……。

 本当に自分は罰を受けるということで欲情しているのだろうか。

 そんなことがあるものか。

 

「孫空女、本当に尻尾が動いているよ……。へへ……」

 

 孫空女の横で四つん這いにさせられている七星が、そう声をかけてせせら笑った。

 むっとした。

 元はと言えば、全部こいつのせいだ。

 

「とりあえず、全身を性感帯に変えてやろうか……」

 

 すると、なにか熱いものが身体にやってきた。

 全身に汗が流れる。

 なにかの道術が身体に加わったのだとわかる。

 

「さて、じゃあ、沙那は赤、朱姫は青を責めな。お前たちふたりは、その姿勢を崩すんじゃないよ。もしも、動いたりしたら、そのときこそ、全身に電撃を浴びせ続けるからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい……。じゃ、じゃあ、ごめんね、孫女」

 

 沙那が宝玄仙に返事をして、背中から孫空女の乳房を手で包んだ。

 

「七星姉さん……、いえ、青はあたしが相手よ」

 

 七星には朱姫が愛撫の手を出している。

 

「あうっ」

 

 思わず声をあげた。

 沙那が孫空女の胸をぎゅっと揉んだとき、身体に衝撃が走ったのだ。

 胸を揉まれているだけとは信じられない快感が全身に拡がる。あっという間に全身に震えが拡がる。

 

「うくううっ」

 

 孫空女は、身体を仰け反らせた。

 思わず、身体が崩れそうになり、懸命に態勢を整え直す。

 

「あああっ、はあああっ、いいいっ」

 

 孫空女は悶えた。

 触られているわけでもないのに、股間が潮を噴き出したように濡れるのがわかる。

 宝玄仙の道術が身体で暴れ回っている。

 

「んひいいっ」

 

 沙那が両手で孫空女の乳首をこねりまわした。

 眼もくらむような痺れが、孫空女の脳天に駆けあがる。

 まるで肉芽を嬲られているような感じだ。

 さらに、沙那の指が孫空女の勃起した乳首を弾く。

 

「うあああっ、沙那――」

 

 孫空女は叫びながら身体をよじらせた。

 倒れそうになった孫空女を沙那が横抱きに支える。

 

「い、いく……さ、沙那……、も、もう、いきそうっ――」

 

「いっていいわ、孫女。いっていいのよ」

 

 沙那がうっとりとした声を出した。

 

「沙那、そいつは赤だよ。ほかの名で呼ぶんじゃない――」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙の叱咤に沙那が慌てて返事をした。

 

「じゃ、じゃあ、赤、達しなさい」

 

「い、いぐうっ」

 

 孫空女は声をあげて絶頂した。

 

「あはあっ」

 

 また、隣では、七星もまた、朱姫に胸を責められてあっという間に果てている。

 

「次は、お実でいかせてやりな。その次は、女陰、最後はお尻だ。それが終わったら、沙那と朱姫が交替してもう一度だよ」

 

 孫空女はぞっとした。

 いったい何度絶頂させられるのだ。

 身体がばらばらになってしまう。

 しかし、逃げることはできない。

 逃げる気も起きようもないが……。

 そして、沙那による責めが始まった。

 

 あっという間に、四つん這いのまま五回いかされる。

 四度目は尻尾を入れたままその尻尾を動かされて一度いき、尻尾を抜いてもう一度いかされたのだ。

 

 そして、朱姫が来た。

 

「孫姉さん、じゃない、赤……。あたしは、沙那姉さんが七星姉さんを一度いかせる間に、二回ずついかせてあげますね。七星姉さんにもそうしたんですよ」

 

 この小さな宝玄仙のような娘は耳元でそうささやくと、胸に指を這わせる。その直後に全身に震えが走る。

 もう何度もいかされている身体が、すぐに快楽の極みに駆け昇る。

 孫空女はこれまで以上に身体をのけ反らせた。

 身体が、がくんがくんと揺れ、ついに腕が折れて、身体が倒れた。

 

「こらっ――。姿勢を崩すんじゃないよ――、赤。青もだよ」

 

 宝玄仙が床を踏んで大きな音をさせる。

 懸命に身体を起こす。

 しかし、一度、倒れてしまうと、もう身体に力が入らない。

 それだけじゃない。

 もう、意識がもうろうとしている。

 

「なに、気を失おうとしているんだよ、赤。まだ、罰は始まったばかりだろうが」

 

 宝玄仙がさらに怒鳴った。

 始まったばかりってなんだ……。

 呆けた頭でそんなことを思ったとき、鼻の孔に指を入れられた。

 

「んがあっ――。ゆ、許して――」

 

 宝玄仙が孫空女の鼻に指を突っ込んだ。

 容赦なく、引き上げる。

 孫空女は、砕けそうな身体を懸命に引き上げて、最初の四つん這いの姿勢にやっと戻る。

 

「犬っころは、そうやって、四つん這いだよ。魚みたいに這いつくばるんじゃない。今度、這いつくばったら、電撃が走るからね」

 

 宝玄仙は怒鳴り、七星に向いた。

 七星の絶叫が聞こえた。

 孫空女は顔をそっちに向ける。

 七星がのたうちまわっている。

 強い電撃を喰らっているのだとわかった。

 沙那がびっくりして、飛びのいている。

 

「四つん這いだよ、青。少し休ませてやったろう」

 

 七星もまた、懸命に身体を起こそうとしている。

 だが、腰に力が入らないのか、どうしても膝が立てられないでいる。

 その七星が絶叫して仰け反った。

 またもや、電撃だ。

 倒れた七星が、床に小便を洩らした。

 

「立つんだよ、青。しゃきっとしな」

 

 宝玄仙が七星の尻に指を突っ込んだ。

 そのまま、持ちあげている。

 

「ひゃあ、ひゃああぁあ、た、立つ。た、立つから――。ひゃああっ」

 

 七星が悲鳴をあげている。

 宝玄仙は、その七星の髪の毛を掴んで、七星が洩らした小便の上に顔を放り投げた。

 

「言葉はいいんだよ、青――。まあ、わかったよ。身体がいうことをきかないんだろう。少し、休ませてやるよ。お前の小便を舌できれいにしな。赤、お前もだ。青の洩らした小便を掃除しな」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫が孫空女の身体を離した。

 孫空女は、七星の顔が使っている七星の小便に飛びつく。

 舌を使って舐めとる。

 躊躇いはない。

 

 ぐずぐずしていると、なにをされるかわからない。

 骨身に染みた宝玄仙の躾の怖さだ。

 逆らおうという気が起きない。

 

「そ、孫空女?」

 

 七星がびっくりして眼を開いている。

 

「な、七星、早く、舐めるんだよ、お前も」

 

「だ、だって……。ひがあああっ」

 

 その七星がまた絶叫した。宝玄仙の電撃だ。

 

「ぐずぐずすんじゃない、青。小便を舐めろと命じられたら、舐めるんだよ」

 

 宝玄仙が怒鳴る。態勢を戻した七星が、慌てて床を舐めだす。

 そうやって、しばらくふたりで床を舐め続けた。

 

「さあ、そろそろ、身体も回復しただろう? 続きだよ。朱姫、沙那、始めな」

 

「は、はい」

「はい」

 

 朱姫と沙那がそれぞれ返事をした。

 孫空女の身体に朱姫が手を伸ばす。

 朱姫は、四つん這いの孫空女の胸にもう一度手を這わせる。

 胸が揉みあげられる。

 

「お、お願いだよ……。も、もう許して……」

 

 あっという間に追い詰められる。

 

 これ以上は気持ちいいよりも拷問だ。

 頭が朦朧として、なにも考えられない。

 道術で感度をあげられている身体を弄ばれすぎて、肌に鳥肌まで立ってきた。 

 そして、いかされる……。

 

「い、いくうっ――。き、気が狂う――」

 

 孫空女は叫んだ。

 身体の神経が切断されたような感じだ。

 頭の中に閃光が何度も炸裂する。

 

「次は、お実ですね。沙那姉さんは、まだ胸だから、沙那姉さんが、追いつくまでに、三回か四回はいけますよ、赤」

 

 朱姫が孫空女の股間に指を当てて、突き勃っている肉芽を挟んで上下に厳しくしごいた。

 

「うわっ――、うあああっ――」

 

 顔を激しく打ち振って、孫空女は快楽の叫びを張りあげた。

 

「そんなに早くいってしまったら、どんどん数が多くなってもちませんよ、赤」

 

 朱姫はそう言いながら、指を肉芽から離さない。

 

「んああっ……ああ……あああっ……。も、もう駄目だよ……朱姫……」

 

 また果てる……。

 肉芽だけではなく、

 身体全体で達する。

 

「まだよ、赤。七星姉さんはやっと、肉芽にはいったところよ」

 

 朱姫が今度は、肉芽の包皮をつるりと剥く。

 本当に容赦なく何度もいかせる気だ。

 露出した実を指で挟み、軽く刺激をしながら揺らす。

 

「そ、それは――」

 

 口から激しい喘ぎ声が出た。

 腰が震えたかと思うと、また呆気なく達する。

 全身が性器になったようだ。

 いや、道術により、そうなっているのだ。

 

 孫空女は、全身に鳥肌を立てて、何度も果て続けた。

 さすがの孫空女も体力の限界だ。

 

 肉芽だけで五、六回はいかされただろう。

 しかし、倒れるたびに、宝玄仙により電撃を浴びさせられる。

 

 女陰に指を入れられて絶頂した回数は十回近かった。

 もう、電撃の合間に身体を嬲られているような感じだ。

 

 いくたびに倒れ、電撃で身体を起こす。

 そして、朱姫にいかされて、また、倒れる。

 そして、電撃……。

 ひたすら、それを繰り返された。

 

 そして、尻の愛撫――。

 

 電撃と絶頂を交互に繰り返しながら、やっと、尻が終わる。

 孫空女は、倒れこそしなかったものの、腕を床に投げ出して、顔を床につける姿勢で懸命に呼吸を整えた。

 

「お前たち、まさか、これで終わりだと思っていないだろうね……?」

 

 頭の上から宝玄仙の冷たい声が振ってきた。

 孫空女は、驚いて顔を上に向けた。

 

「もう、ふた回りだよ。次は、わたしも参加する。もうひとりは、沙那と朱姫の同時責めだ。終われば、交替してもう一巡。さあ、始めるよ。姿勢を崩すと電撃だからね」

 

 孫空女は、総毛だった。

 その孫空女の乳房を宝玄仙の手が掴んだ。

 孫空女は、もうそれだけで、すぐに感極まった。

 いつの間にか涙が出ていた。

 孫空女は、泣きながら咆哮した。

 

 

 *

 

 

「大した河だねえ。もうかなり進んでいるはずなのに、まだ、向こう岸が見えないとはね」

 

 宝玄仙は周りを眺めながら言った。

 『海亀の(まゆ)』という倚海龍(いかいりゅう)の作った透明の袋に包まれて、通天河を進んでいる。

 屋根のある船の中にいるようなものだが、周りが透明なので、座っている部分は、水の中にいるような感じだ。

 この中で唯一泳げない沙那は、恐怖で蒼くなって、七星の下袴(かこ)の腰紐をしっかりと握っている。

 七星が、一番泳ぎが得手なので、そうしているようだ。七星は苦笑している。

 

「もう少しで、通天河の中心くらいですよ、宝玄仙殿。そこを過ぎてしばらく進めば、向こう岸も見えてくるでしょう」

 

 通天河を進んでいく『海亀の繭』の先頭で、腕組みをして立っている倚海龍が言った。

 

 霊感大王の洞府で一晩をすごし、その翌日だ。

 昨夜は、少しばかり限界を超えてはしゃぎすぎたかもしれない。

 今朝は、孫空女と七星をまともな状態にするために、かなりの道術を遣わなければならなかったくらいだ。

 

 一方で、朝食の席に招かれて、霊感大王の準備した食事を食べている間も、霊感大王は、知らずに宝玄仙の供を捕えてしまったことに対して、しきりに恐縮していた。

 案外に気持ちの優しい平和主義者の魔王であり、これまでの生贄も、通天河の西に棲む力の強い妖魔を抑えつけておくために、どうしても必要だから、人間を提供させていたようだ。

 霊感大王が生贄をどうかするのではなく、提供された人間の肉は、人肉の鍋にして近傍の魔族をなだめる食事会を催すために使うものらしい。

 生贄という犠牲はあるが、霊力大王はそれを最大限に活用して、魔族が通天河を越えて、人間に迷惑をかけないように懸命に抑えてくれているのだ。

 だから、霊感大王は、人間からすれば、ありがたい存在であり、決して敵ではない。

 霊感大王という通天河の守り神がいなくなれば、東側は魔族の棲み処に成り果てるはずだ――。

 

 そう、倚海龍は主張した。

 

 むしろ、一年にたったふたりの犠牲だけで、ほかの魔族が東側に進出するのを抑えていたのは、霊感大王の力量として評価していいことらしい。

 

 宝玄仙としても釈然としないものはあったが、納得するしかない。

 今年の生贄だった孫空女と七星がいなくなったことで、例年の人肉の食事会を催せなくなったことについても問題はないそうだ。

 城郭軍の将校という別の顔を持っている倚海龍は、死刑になることがわかっている人間の犯罪者を代わりに霊感大王に渡すように手を回したようだ。

 それで、一年間の通天河の平和は保たれることになったらしい。

 

「それにしても、あたいらを捕まえた関保さんが、宝玄仙さんの知り合いだったとはね」

 

 七星だ。

 

「知り合いじゃないよ、七星。金角は、わたしの家来だよ。『主従の誓い』を道術と魔術で結んだからね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「まあ、そういう道術契約もなかなかの不便な術だよ。あれのお陰で、博打で負けても暴れることもできないし、逃げることもできなかったんだから。あいつら、野放しでいいのかよ、宝玄仙さん? 一秤金(いっしょうきん)とかいう女博徒なんか、あたいと孫空女を思い切りいたぶったんだよ」

 

「なに言ってんのよ、七星。博打で負けたあんたらが悪いんじゃないの。それを逆恨みするなんて」

 

 沙那が七星の横で言った。

 

「なにが逆恨みなものか、沙那。あいつ、あたいらを椅子に縛りつけて、部下たちに身体を触らせまくったんだよ。おまけに部下をけしかけて、あたいらを襲わせたんだ」

 

「だから、博打なんかやめろって、言ったのよ」

 

 沙那が冷たく言い放った。

 

「そんな意地悪を言うと、こうだよ、沙那」

 

 七星が、座ったまま身体を大きく動かした。

 振動で『海亀の繭』がぐらりと揺れた。

 沙那が悲鳴をあげた。

 

「ゆ、揺らすんじゃないよ、七星」

 

「そうですよ、七星姉さん」

 

 孫空女と朱姫もそれぞれに文句を言っている。

 七星は、笑っているだけだ。

 

「……宝玄仙殿、ところで、お話があります」

 

 不意に、倚海龍がくるりとこちらを向いた。

 その表情に異常な緊張が走っている。

 宝玄仙だけでなく、供の四人も口を開くのをやめて、倚海龍に視線を送っている。

 

「宝玄仙殿、金角様が牛魔王と対立をして、大変に不利な立場にあることはご説明しましたよね」

 

「ああ」

 

 宝玄仙は言った。

 なんとなく、倚海龍の様子がおかしい。

 極めて深刻な話をしようとしているようだ。

 

「それで、真っ直ぐに金角様の勢力地に入るのをやめて、南回りをすることをお勧めしました」

 

「わかっているよ」

 

 通天河を渡ったら、いわゆる妖魔の巣食う「魔域」を避けて、南に方向を変えて旅をしろと言われている。

 そのまま、ずっと進んで、海に出るのだ。そこは連中が「南域」と呼ばれている地域で、妖魔の巣食う魔域とも、宝玄仙たちがこれまで旅をしてきた東域とも違う世界らしい。

 

「私がそれを進めているのは、金角様を護るためです。宝玄仙殿が金角様と合流する前に、牛魔王に捕えられるようなことがあれば、軍をあげて牛魔王に戦いを仕掛けると思います。それがどんなに勝ち目のない戦いであっても……」

 

「それで?」

 

 倚海龍はなにかを言いたいらしい。

 いまのところ、それがなにかわからない。

 金角が牛魔王に攻め込むからなんだというのだ。

 

「すべては、あなたが元凶なのです。金角様は、あなたがいる限り、牛魔王に戦いを挑まねばならない。牛魔王が敵としているのは、金角様ではなく、宝玄仙殿なのに」

 

 倚海龍がすっと退がった。

 『海亀の繭』が拡がって、倚海龍が立っている場所が移動したのだ。

 いまは、五人のいるこちら側と、倚海龍のいる場所がかなり離れた。

 

「あなたがいる限り、金角様は『主従の誓い』に縛られる。しかし、逆に言えば、あなたさえいなくなれば、金角様は、その真言の誓約から解放されることになる」

 

 倚海龍は言った。

 

「ご主人様――」

 

 沙那が叫んだ。

 倚海龍の立つ場所と、こちら側に薄い膜ができたのだ。

 向こう側が倚海龍の結界に包まれた。

 強い結界だ。

 宝玄仙でも簡単には破れそうにない。

 

「金角様には、あなたは、通天河で溺れ死んだと伝えます」

 

 倚海龍は静かに言った。

 声は通じる。

 しかし、通じるのは声だけだ。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は、倚海龍に道術を放った。

 だが、やはり、それは倚海龍の結界に阻まれる。

 

「金角の怒りを買うよ。あいつは、お前を殺すに違いないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「望むところです。私の命と引き換えに、金角様は死なないで済む。あなたがいなくなれば、金角様は、牛魔王との和解をすることができる……」

 

 『海亀の繭』が消滅した。

 誰の悲鳴かわからない凄まじい叫びが沸き起こった。

 五人の絶叫が通天河の河面に響き渡る。

 宝玄仙たちが包まれていた『海亀の繭』が突然に消失して、五人とも河に投げたされたのだ。

 

「んぶわっ」

 

 宝玄仙は水の中で必死に手足をもがかせた。

 しばらくして、なんとか顔を水面にあげることができた。

 辺りを見回す。

 倚海龍を包んだ『海亀の繭』は、もうずっと遠くになっている。

 

「だ、大丈夫かい、お前ら?」

 

 宝玄仙は頭を水面にあげたまま叫んだ。

 ある程度、道術で身体を浮かせることができる。

 

 しかし、供の四人の姿は見えない。

 まだ、水中に違いない。

 宝玄仙は、懸命に道術を探って、四人を探した。

 

 しかし、その宝玄仙の身体にもの凄い波が襲い掛かってきた。

 それが波ではなく、人間の身体の三倍はあろうかという巨大な口をした化け物のような魚だと気がついたのは、その一瞬後だった。

 

「うわっ」

 

 その口が、宝玄仙を思い切り噛みついてきた。

 宝玄仙は、かろうじて、それを避けた。

 水面で態勢を整え直して、道術を注ぎ込む。

 その魚が暴れ、大波が沸き起こった。

 

 宝玄仙は、今度こそ大波に身体を巻きつけられて水中に引きずり込まれていった。

 上下の感覚がなくなる。

 宝玄仙は、大量の水を飲みこみながら、懸命に供たちの気配を探り続けた。

 

 

 

 

(第23話『水神への生贄』終わり)





【西遊記:第47~49回、霊感大王】

 車遅国(しゃちこく)を西に向かっていた玄奘一行は、通天河(つうてんが)という大河に行く手を阻まれます。
 周辺を探って、なんとか向こう岸に渡る手段を探そうとしていると、河の畔の里を見つけます。
 元会(げんかい)という土地の陳家荘(ちんかそう)という村です。

 玄奘たちは、その里で一番大きな屋敷に行き、一晩の宿を頼みます。
 しかし、その屋敷の主人の陳清(ちんせい)の一人息子である関保(かんほ)という子供の葬式の真っ最中でした。
 しかも、その関保はまだ生きています。

 驚いて事情を訊ねると、この荘の近くには、霊感大王という妖怪が棲みつき、毎年ふたりの子供を差し出さなければ、水害を与えると脅されていて、毎年生贄を捧げているのだという返事でした。
 今年は、陳家の当番であり、陳清から一人息子の関保、陳清の兄の陳澄(ちんちょう)の娘の一秤金(いっしょうきん)を妖魔に差し出すと決まり、いま泣く泣く葬式をしていたというのです。

 孫悟空は、陳清と陳澄のふたりに、霊感大王を倒すと約束します。
 そして、孫悟空と猪八戒が、生贄の子供ふたりに変身し、霊感大王のいる廟に運んでもらいます。
 廟で霊感大王を迎えたふたりは、あっという間に霊感大王を倒して、遠くに追い払います。
 子供を生贄に出さずにすんだ、陳清と陳澄のふたりは大喜びをします。

 一方で、通天河の底に逃げた霊感大王は、愛人で雌妖の愛魚女(あいなめ)姫に仕返しの策を持ちかけられます。
 すなわち、通天河を凍らせて、旅人が自由に渡れるようにして、玄奘が河の真ん中にきたところで、氷を溶かして彼らを河の底に引き摺り込もうというのです。
 霊感大王は、愛魚女姫の提案に乗ります。

 翌日、玄奘たちは通天河が凍り、渡れるようになっているのを発見します。
 孫悟空は危険だと反対しますが、玄奘は他の旅人が氷の上を渡っているのを見て、孫悟空の忠告を無視して河の上を歩き始めます。
 果たして、河の中央で氷がなくなり、供たちは難を逃れますが、玄奘は河の底に連れていかれます。

 孫悟空たちはなんとか、玄奘を助けようとしますが、水中戦ではなかなかうまくいかずに苦戦します。
 孫悟空は、観音菩薩に救援を求め、観音が妖魔たちを回収して、やっと玄奘を救出することに成功します。

 妖魔がいなくなると、通天河の真の(ぬし)である大亀がやってきて、玄奘一行を通天河の向こう岸に渡してくれます。


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 第24話   絶倫大魔王【独角兕(どっかくじ)大王】
147 河のほとりの罠


 岸に打ち上げられたとき、朱姫は周りに誰もいないことに気がついた。

 通天河(つうてんが)の岸沿いに視線を向けると、遥か遠くに小さな部落のようなものがあるのが見える。

 ただ、そこに辿り着くにはかなりの距離がありそうだ。

 太陽は山の影に半分傾いている。

 どうやら、夕刻のようだ。

 朱姫はずぶ濡れの身体を起きあがらせた。

 

 宝玄仙はどうしただろう?

 沙那は? 孫空女は? 七星は?

 

 見回した限り、みんなはどこにもいないようだ。

 あのまま溺れたということはないだろうか。

 朱姫が生き残っているくらいだから死んではいないと思うが……。

 

「寒い……」

 

 朱姫は身体を震わせた。

 身体が冷え切っている。

 その身体に夕闇の寒さが急に染み込む。

 

 とにかく、身体を温めたい。

 とりあえず、遠くに見える人家の集まりに向かって足を進める。

 

 それにしても、ここはどこだろう?

 河沿いに歩きながら、朱姫は考えた。

 河の流れからすれば、どうやら、朱姫は通天河の向こう岸にはいるようだ。車遅(しゃち)国から通天河を見たときに比べて、見た目の河の流れが逆になっているのだ。

 

 あのとき、『海亀の(まゆ)』が消滅して、全員が河の中に投げ出されたとき、すぐに巨大な魚に襲われた。

 食われはしなかったが、その巨大な魚の作る渦に巻き込まれて河の中に引きずり込まれた。

 その渦に巻き込まれたとき、朱姫の身体をなにかの力が引っ張り寄せた。

 あれは、宝玄仙の道術ではなかったのだろうか。

 水の渦に巻きつけられながらも、朱姫は宝玄仙の姿を見たような気がしたのだ。

 最初に襲われた巨大魚は、すぐに朱姫から離れていった。

 しかし、その巨大魚は一匹ではなく、数匹の群れだった。

 あっという間に数匹の巨大魚に囲まれて、その真ん中に朱姫は巻き込まれた。

 多分、その時までは、孫空女や沙那や七星も近くにいた気がする。

 宝玄仙の道術が水中の中で飛び交うのがわかった。

 巨大魚たちは、朱姫たちを獲物として渦の中に巻き込みながらも、苦しむようにもがいていた。

 

 それから朱姫の記憶は混沌としている。

 なにかの力に身体を支えられた気もするが、よくわからない。

 しばらく、巨大魚の作る水の渦に巻き込まれて、急流に流され続けた。

 やがて、顔が水面に出たと思う。

 しかし、すぐに朱姫の頭に河の波が被った。

 そうやって、何度か、水面を出たり沈んだりを繰り返していたことを微かに憶えている。

 だが、覚えているのはそこまでだ。

 

 気がついたら、朱姫はさっきの岸に倒れていた。

 河原の砂と泥が身体にまとわりついている。

 あの広大な河の真ん中で水の中に投げ出されて、よくも岸に辿り着けたものだと思う。

 こうやって、通天河を見ても向こう岸は見えない。

 それほど大きな河の真ん中で投げ出されたのだ。

 それともなにかの力に護られたのだろうか。

 

 いずれにせよ、打ち上げられたのが岩場のような場所でなくてよかった。

 柔らかな砂が朱姫の身体をうまく受け止めてくれたのかもしれない。

 

 河沿いの小道は、途中から奥深い林に阻まれて、内陸側に曲がっていた。

 道沿いに進み、この林を迂回すれば、さっき川岸から見えた集落に辿り着けるだろう。

 

 しばらく歩くと、さっき迂回した通天河沿いの林の向こうに焚火の煙が見えた。

 それと同時に、通天河とは反対の山手の方向に一軒の家があるのも見えた。

 その家は、樹木の影に隠れてわかり難いが小さな庵がある。

 

 近づいていった。

 家というよりは、やはり小さな庵だ。

 特に門のようなものはない。

 朱姫は、その庵に向かった。

 さっき見えた集落はかなり遠くにあった。

 ここに、人がいるなら、この庵の人間に助けてもらおうと考えた。

 朱姫は、その庵に向かった。

 

「すみません」

 

 驚いたことに、玄関は開け放たれていた。

 朱姫は、玄関から家の中に向かって叫んだ。

 返事はない。

 

「どなたか、いませんでしょうか?」

 

 もう一度言った。

 やはり、返事はない。

 中に人の気配はなかった。

 朱姫は迷ったが、そのまま上がり込んだ。

 いまは、冷えた身体を温めたい。

 

 玄関から先に進むと、ひとつの部屋があった。

 どうやら、この庵にあるのは、この部屋だけのようだ。

 部屋の真ん中には囲炉裏があり、火が熾せるようになっているが、いまは火の気はない。家具らしいものはなく、卓も椅子もなにもなく、ただの床があるだけだ。

 人が生活をしていた匂いはなく、どうやら、空き家のようだ。

 朱姫は、部屋の隅にぽつりと置いてあるひとつの葛籠に目を留めた。

 近づいて蓋を開く。

 

「あら」

 

 思わず声が出た。

 中にあったのは、ひと組の女物の衣類だった。

 長袖の薄紅色の貫頭衣と草履――。

 ひと組の下着まである。

 

 朱姫は、今度は大して迷うことなく、びしょ濡れの衣類をその場で脱ぎして、その新しい服に着替えた。

 服のほかにも、身体を拭く布と、髪をとかす櫛や髪飾りまである。

 さすがに髪飾りまで失敬するのは気が引けたので触らなかったが、布と櫛は貸してもらった。

 乾いた衣類に着替えることができ、なんとなく人心地ついた朱姫は、囲炉裏を使って部屋を暖めることを考えた。

 幸いにも囲炉裏の横には、数束の薪も置いてある。

 薪を囲炉裏に置き、霊力を込める。

 あっという間に薪が燃え始める。

 

 こんなことができるようになったのは、最近のことだ。

 眼の前の薪は普通の薪だ。

 こういう霊力を帯びないものに道術を及ぼすのは、実は複雑な術式が必要となる。

 そのままでは薪はただの薪だ。

 霊力を帯びない人間に道術が通じないのと同じように、霊力を帯びないただの薪には、道術はかけられない。

 だから、まずは、ただの薪を霊具にする術式を刻む。

 霊具にするために、薪に触れて、霊力の出入り口を刻むのだ。

 霊力の出入り口といえば、代表的なものは道術紋だが、薪を燃やすだけの単純な道術には、それほどの複雑なものはいらない。

 霊力の出口を薪に刻むことで、ただの薪が霊具となる。

 そこに朱姫の霊力を注ぐのだ。

 薪は発火し、燃えあがる。

 それだけのことをやっているのに、かかっている時間はほとんどない。

 見た目には、ただの薪に道術で火をつけたようにしか見えないはずだ。

 実は、霊具を作るというのは、道術の中でも高等技術で、少し前の朱姫にはそんなことできはしなかった。

 しかも、霊具を作る道術は、非常に高い精神集中が必要になる。

 少しでも雑念があれば術式は完成しない。

 

 だが、いま、なんなく朱姫は、ただの薪を発火のできる霊具にした。

 嬉しかった。

 

 このところ、急激に霊力が上がり、さまざまなことができるようになっていた。

 宝玄仙は、朱姫には、道術力の高い術遣いになれるかもしれないと言っていたが本当だろうか。

 

 宝玄仙が言うには、もともと、朱姫は持っている道術の割には、大きな術を遣っていたらしい。

 『使徒』を出す技――。

 『縛心術』――。

 『移動術』――。

 そして、『獣人』の技――。

 

 こういう術は、本来、朱姫程度の術遣いにしては高すぎる技のようだ。特に『獣人』などという術は、一度遣えば、しばらくはどの術も遣えなくなるし、技を出してもすぐに術切れで術が停止してしまう。

 だから、本来の朱姫は、もっと高い霊力を溜めることができるはずだという。

 そうならないのは、朱姫がまだ成長の過程であるからかもしれないし、人間と魔族の相の子という特殊な血がそうさせているかもしれないらしい。

 

 とにかく、朱姫ももうすぐ十八になる。

 だから、霊力もまた成長をしている。

 それは自分でもわかる。

 

 それにしても、どうせ、宝玄仙の道術紋を刻まれるならもう少し、成長してからがよかった。

 沙那や孫空女、そして、七星の裸身を見るたびに思う。

 朱姫の身体は、ふたりに比べれば幼い。

 宝玄仙に魔法陣を刻まれた影響により、宝玄仙のそばにいる間は、宝玄仙の強い霊力の影響が加わり、肉体的な成長が緩慢になり、宝玄仙と出遭った頃の十六とまったく変化をしていないのだ。

 もともと、身体に道術紋を刻むというのは、朱姫のように成長途中の人間にやったりはしない。

 しかし、朱姫にはそれが必要なのだ。

 以前、白骨という奴隷商人によって、『臙脂(えんじ)虫』の卵を身体に植え付けられてしまった。

 それを放っておくと朱姫の身体は、どんどん獣に近いものになり、やがて、脳を犯されて獣そのものになってしまう。

 そうならないように、宝玄仙は、朱姫に刻んだ道術紋を通じて、『臙脂虫』の卵を処理し続けてくれている。

 そうやって、『臙脂虫』を定期的に処分しなければ、繁殖力の強い『臙脂虫』は、すぐに朱姫の身体をまた作り変えてしまうのだ。

 その『臙脂虫』の影響をとめるという代償が、朱姫の肉体の成長の停止なのだ。

 

 もっとも、宝玄仙に道術紋を刻まれたということは、悪いことばかりではない。

 そうやって、宝玄仙の強い術が常に注がれているということが、朱姫にも影響を及ぼしているようでもあるのだ。

 宝玄仙の霊力が、朱姫の中の霊力の包容量を拡大している気配があるらしいのだ。

 

 それにしても、みんなは無事だろうか。

 宝玄仙に限って、河で溺れるなんてことはないような気がするし、朱姫でも生き残ったのだから、沙那や孫空女ほどの女傑だったら、なんとか岸に辿り着けたに違いない。

 七星など、泳ぎは得意だと言っていたから大丈夫だろう。

 

 とにかく、今夜は、このまま休んで、明日、みんなを探す手段を考えよう。

 朱姫は、そう考えて、囲炉裏の前にごろりと横になった。

 しばらくしてから、なにかの気配を感じて、朱姫は眼を開いた。

 

金啄女(きんとんじょ)、盗人がいたよ」

 

「そうだね、剛啄女(ごうとんじょ)。でも、どんな感じかねえ? 独角兕(どっかくじ)様のお眼鏡に叶うかな?」

 

「叶わなきゃ、罰として火あぶりだね」

 

「叶わなきゃ、罰として火あぶりだね」

 

 朱姫はまどろみから覚めて、声の方向に視線を送った。

 裏庭に、透明の羽根を持つ二匹の雌妖が浮かんでいて、朱姫を見ている。

 裏庭に面する障子は開け放たれて、完全に解放されている。

 

 声の主は鳥妖だった。

 ふたりとも人間でいえば、七、八歳くらいの少女というところか。

 透明の薄物を身に着けていて、白い裸身が透けている。

 

「なに、あんたたちは?」

 

 朱姫は身体を起こして言った。

 

「盗人が起きたね」

 

「なかなか可愛いね。独角兕(どっかくじ)様のお眼鏡に叶うかもしれないね」

 

「いいや、きっと叶うね。きっとお嫁にするね」

 

「なら、おめでたいね。盗人だけど、きっと許されるね」

 

 二匹の鳥妖は、まるで鳥がさえずるような高い声でそう言い合った。

 

「盗人って、もしかして、ここはあんたたちの庵?」

 

 朱姫は完全に眠気が取れて言った。

 

「違うね。独角兕様の庵だね」

 

「庵というか罠だけどね。ここに女物の服とか、宝石とか置いといて、盗もうとした若い女を捕えるための罠だね」

 

「そうだね。だけど、最近じゃあ、知れ渡っていて、誰も引っかからなくなったね。だから、なにも置いてなかったけど、久しぶりに獲物がかかったね」

 

「可愛いから、きっと独角兕様は喜ぶね」

 

 また、二匹が言った。

 なんとなく、(かなで)を思い出した。

 奏というのは、猪公(ちょこう)鳴戸(なると)とともに朱姫が以前に使っていた使徒だ。

 使徒というのは、妖魔と似ているが、自分の力で存在しているのではなく、術者の霊力により実体化しているというのが特徴だ。

 朱姫は長くひとりぼっちで旅をしてきたので、唯一の話し相手がその三匹の使徒たちだった。

 残念ながら、金角と銀角に襲われたとき、朱姫の使徒は銀角に焼かれてしまい、彼女たちが宝玄仙と『主従の誓い』を結んだ後、責任を持って復活させるといって魔域に持ち帰った。

 長く一緒だった使徒がいなくなったことに衝撃を受けたが、宝玄仙や沙那や孫空女の存在が朱姫の寂しさを消滅させてくれた。

 

「もしかしたら、あんたたちは、その独角兕とかいう人の使徒?」

 

 朱姫は言った。

 

「あたしは、金啄女だよ。独角兕様の使徒だね」

 

「あたしは、剛啄女だよ。独角兕様の使徒だね」

 

 それぞれに言った。

 どちらが金啄女で、どちらが剛啄女なのかわからない。

 二匹ともそっくりな姿をしている。

 

「ここは、独角兕という人の庵なの?」

 

 朱姫は訊ねた。

 

「庵じゃないね。女を捕えるための罠だね」

 

「人じゃないね。妖魔だね」

 

「妖魔の大王の独角兕様だね」

 

「ここに女の好きなものを置いて、手を出したものを捕えるんだよ」

 

「随分、長く使っていなかったからね。この庵の正体が知れ渡ってしまって、誰も近づかなくなったからね」

 

 金啄女と剛啄女が交互に宙を舞いながら言った。

 なんとなく嫌な予感がした。

 朱姫は、開け放たれている裏庭に降りようとした。

 しかし、なにか空気の壁みたいなものに阻まれて外に出られない。

 朱姫はびっくりした。

 

「な、なにこれ?」

 

 朱姫は思わず声をあげた。

 

「ここからは出られないよ」

 

「盗人だからね」

 

 金啄女と剛啄女が甲高い声で囁き笑った。

 

「盗人、盗人って……。ああ、この服ね。返すわよ――」

 

 朱姫は叫んで、着ていた服を脱ごうとした。

 ずぶ濡れになった服は、まだ半乾きだが仕方がない。

 

「ひひゃあっ」

 

 その途端、着ていた服が突然にうねうねと動き始めて、朱姫はそこに倒れ込んだ。

 衣服がまるで生き物のように、朱姫の身体中を擦りはじめたのだ。

 くすぐったいような、気持ちいいような微妙な刺激に、朱姫は身体を抱いて、嬌声をあげた。

 

「盗人が感じているね」

 

「もっと、感じさせてやろうよ、金啄女」

 

 鳥妖がそう言った直後、股間を包む下着から伝わる振動が激しくなった。

 肉芽を覆う部分だけが、もの凄い速度で振動する。

 

「きゃああぁぁぁ――」

 

 朱姫は悲鳴をあげて、下着を取り去ろうとした。

 しかし、なぜか、下着が貼りついたようにとれない。

 こうなったら、引き破ってでも外そうと思った。

 しかし、両手がさっと背中に回る。

 実際には両手ではなく、朱姫が着ている服の袖が背中に動いたのだ。

 その服を着ている朱姫は、当然、背中に腕を回して拘束されたかたちになった。

 服が拘束具そのものになったというところだ。

 

「あ、謝るから。か、勘弁してぇ――。ひいいっ」

 

 朱姫は背中に腕をまわした身体をその場にうずくまらせた。

 

「そんなに腰を動かしていやらしいね」

 

「もうすぐ、独角兕様が来るよ。どうなるかな。嫁にするかな。それとも、火あぶりかな」

 

 金啄女と剛啄女は笑いさざめくだけだ。

 股間の振動はまだ続いている。

 そして、さらに両方の乳首の部分も震えはじめた。朱姫はさらに悲鳴をあげた。

 

「金啄女、剛啄女――。若い娘が囲炉裏の罠に可愛い娘が引っかかったというのは本当か――。おお、これかあぁ」

 

 朱姫は、裏庭に感じた新しい魔族の気配に顔をあげた。

 そこには、一匹の巨漢の妖魔がいて、二匹の鳥妖の間に浮かんでいる。

 頭の両側から水牛を思わせる二本の角がある。

 

「独角兕様、あたしらが捕まえたんだよ」

 

「そうだよ。可愛い顔をしているよ」

 

 金啄女と剛啄女が独角兕に向かってにこにことした顔を向けた。

 

「おうおう、わかっている。これはなかなかの別嬪だ。だが、こいつは、なんで、こんなに震えているんだ?」

 

 独角兕が言った。

 

「懲らしめだよ。盗人だからね」

 

「懲らしめだよ。庵に勝手にあがりこんで、服や薪を盗んだね」

 

 二匹の鳥妖が言う。

 

「か、返す。返しますから、もう、か、勘弁してください」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 股間と乳首を苛む衣服の振動は、もう朱姫を切羽詰った状況に追い詰めていた。

 

「お前の名は?」

 

 独角兕が朱姫に視線を向ける。

 

「朱姫……朱姫です」

 

「そうか、朱姫か。いい名だな。よし、俺の妻にしてやる」

 

 独角兕がさっと手を振る。

 朱姫を苦しめていた下着の振動と服のうねりがとまった。

 しかし、背中に回った腕はそのままだ。

 朱姫は、身体を起こして、独角兕に顔を向けた。

 すると独角兕の顔が破顔した。

 

「おお、これは、なかなかのものだ。そうだな、十番妻にしよう」

 

 独角兕は地上に降りると、そう叫んだ。

 

「うわあ、十番妻だって」

 

「いきなり、毎日妻だよ。ほかの妻たちが嫉妬するね」

 

 金啄女と剛啄女が交互に言う。

 いったい、十番妻とか、毎日妻とかいうのはなんのことだろう。

 

「ねえ、ご褒美ちょうだい、独角兕様」

 

「そうだよ、ご褒美だよ」

 

 二匹の鳥妖が、こちらに向かいかけた独角兕を引きとめるように声をあげた。

 

「わかった、わかった。ご褒美だな」

 

 独角兕が立ちどまり、二匹の鳥妖の腰を太い腕で掴むと、自分に引き寄せた。

 そして、まず、一匹に口づけをした。

 相手の口の唾液のすべてを飲み尽くすかのような強烈な接吻だ。

 朱姫はそれを呆気にとられて見ていた。

 鳥妖といっても姿はまだ子どもだ。

 子ども相手の本格的な口づけは異様だ。

 独角兕は一匹から口を離すと、もう一匹にも同じ口づけをした。

 口づけが終わると、二匹の鳥妖は力を失ったかのように地面に降りてしゃがみ込んだ。

 その顔は上気して真っ赤だ。

 

「さて、朱姫。よく来たな。俺の嫁にしてやるぞ」

 

 独角兕が庵にあがり込んできた。

 朱姫は、思わず後ずさった。

 しかし、その片脚を独角兕が掴んで引きとめる。

 そして、もう一方の腕で、いきなり、下袍(かほう)の裾をまくりあげた。

 

「きゃああぁぁぁ――。や、やめてよう――」

 

 朱姫は腿を擦り合わせて叫んだ。

 腕は背中に回っているので、下着を曝け出されても隠すことができない。

 しかも、下着はさっきの金啄女たちの悪戯で、いやらしい染みを作っているはずだ。

 

「おおう」

 

 独角兕が朱姫の股間を見ながら唸り声をあげた。

 

「……いい匂いだ。さっそくここでやるか、朱姫?」

 

「や、やるって、な、なによ。は、離して――。離してください。下袍を捲りあげないでよう――」

 

 朱姫は、脚を曲げて股間を懸命に隠しながら、泣き声をあげた。

 の片側の足首を掴んでいる独角兕の強い力は、ぴくりとも動かない。

 

「なかなかのお転婆だ。だが、俺は、元気のいい女は好きだあっ」

 

「な、なにするのよ?」

 

 朱姫は片足で、激しく独角兕を蹴りあげる。

 しかし、独角兕は涼しい顔で朱姫をん場目回すように眺めつづけている。

 

「男と女でやると言えば、決まっているであろう。ましてや、俺とお前は、いま、夫婦になったのだぞ。十番妻にしてやる」

 

 独角兕が朱姫の足首を持って、ぐいと自分に引き寄せた。

 ますます、朱姫の下袍はまくれ上がり、いまは、完全に股間の下着が丸出しになる。

 

「い、嫌だって、言ってるでしょう」

 

 朱姫は、空いている足で独角兕の顔を蹴りあげた。

 だが、独角兕は平気な顔をしている。

 にこにこして、朱姫の下着に手を伸ばした。

 もう、これは駄目だ。犯される。

 朱姫は恐怖に包まれた。

 独角兕の手は、朱姫の履いている下着に完全にかかった。

 

「『獣人』――」

 

 朱姫は叫んだ。

 独角兕に負けないくらいの大きさの妖魔の姿に変わると、身にまとっていた貫頭衣を引き千切って、自由になる。

 驚愕している独角兕に向かって、腕を振りあげる。

 独角兕が、朱姫の腕を片腕で受けた。

 その腕を独角兕の身体ごと吹き飛ばす。

 床に倒れた独角兕に向かい飛びかかる。

 『獣人』の魔術で、凶暴な妖魔そのものになった朱姫の十本の爪が独角兕の顔に襲い掛かる。

 

「ぎゃあぁぁぁ――」

 しかし、空中にいる間に股間に衝撃を感じて、朱姫は態勢を崩したまま床に落ちた。

 履いていた股間の下着が急に淫らな振動を始めたのだ。

 しかも、最大限の振動を……。

 

「ひゃああぁ――。い、いやあぁぁ」

 

 床に倒れ落ちた朱姫は股間を両手で押さえて、身体を仰け反らせた。

 朱姫の身体は、もう霊力がなくなって、元の娘の姿に戻りつつある。

 これまでにない強い振動に、朱姫ははしたない声を絞り出して、全身を悶えさせる。

 

「い、いくっ――」

 

 ついに、朱姫は股間を両手で押さえたまま、身体を仰け反らせた。気をやってしまった。

 気がつくと、びりびりの衣類を纏っているだけの裸身で、朱姫は床にうずくまっていた。

 べっとりと淫液の染み込んだあの下着だけは、しっかりと身に着けている。

 

「あ、危ないところだった。助かったぞ、金啄女と剛啄女」

 

 独角兕が身体を起こして裏庭にいる二匹の妖魔に顔をあげた。

 そして、倒れている朱姫の腕をぐいと背中にまわして、縄で後ろ手に縛ろうとしている。

 使っているのは、『魔縄』だ。

 霊力が籠っている縄であり、それで縛られると軽く縛っただけでも外れることはない。

 

「も、もう、暴れないから、く、括らないで」

 

 朱姫は声をあげた。

 もう、股間に振動は止まっている。

 

「駄目だな。朱姫は、屋敷にいって、しっかりと調教してやらねばならんようだ。十番妻になるのは調教が終わってからだな」

 

 独角兕は言った。

 朱姫の両腕は背中で結わえられた。

 もう、解けない。

 もう、完全に霊力は喪失している。

 道術を遣う力ももう残っていない。

 

「それよりも、ご褒美だよ。ご褒美」

 

「そうだよ、ご褒美」

 

「そうだったな、金啄女に剛啄女、来い」

 

 独角兕が二匹の雌妖を庵の中に引き寄せて、再び、それぞれに熱い接吻をした。

 

「あ、あんたたちは、使徒じゃないの?」

 

 朱姫は、括られた身体を曲げて隠しながら言った。

 朱姫も使徒を使っていたが、ああいうふうに性の対象として使徒を考えたことはない。

 

「そうだよ。使徒だよ。だけど、成長したら、独角兕様の妻にしてもらうんだよ」

 

「そうだよ。あたしたち、金啄女と剛啄女も、独角兕様の妻のひとりにしてもらうんだよ」

 

 金啄女と剛啄女はそれぞれに言った。

 

「ああ、してやるぞ。あと、七年経って、十五になったら、お前たちも俺の妻にしてやる。俺の肉棒をお前たちの女陰に突っ込んで、掻きつくしてやるからな。愉しみにしていろ」

 

「本当だよ、独角兕様」

 

「約束だよ、独角兕様」

 

 二匹の雌妖が嬉しそうに言って、再び宙に浮かびあがった。

 

「きっと、十番妻以内にしてね」

 

「そうだよ、十番妻だよ」

 

「ああ、七年経って、お前たち使徒が、綺麗な雌妖に成長したらな」

 

 独角兕は微笑んだ。

 

「なるよ。綺麗になるよ」

 

「そうだよ。その朱姫よりも綺麗になるよ。朱姫も十番妻なんでしょう? 朱姫よりも綺麗になるよ」

 

 二匹の雌妖はそう言って、宙に浮かんだまま、裏庭に飛び出た。

 そして、愉しそうに二匹で舞い踊る。

 朱姫が見ても、幼いとはいえ、この二匹の雌妖は、とても美しい顔立ちをしていると思った。

 成長して大人になれば、きっと美しい雌妖になるだろう。

 しかし、使徒というのは、成長するものなのだろうか?

 

「さて、じゃあ、お前の身体を味わうは、屋敷に戻ってからにするか、朱姫。今日は、俺たちの初夜だから、ひと晩で十回はやってやるぞ」

 

 独角兕は、朱姫の身体をひょいと掴んで、うつ伏せにして肩に載せた。

 

 朱姫は暴れ回るが、がっしりと抱えられて逃げられない。

 

「や、やああっ――。離してよ。初夜って、冗談じゃないよう。嫌だって言っているじゃないのよう」

 

「そう言うな、朱姫。いまは、そう言うが、俺に一度抱かれれば、お前は、俺から離れられなくなる。絶対に満足させてやるから、大人しく俺の妻になれ」

 

 独角兕は笑っている。

 この魔族、一体全体なにを考えているのだろう。さっきから、嫁、嫁って言っているが、本当に嫁にするつもりだろうか。だが、さっきから聞いている限り、嫁というのはひとりではなさそうだが……。

 

「そ、そうだ……。あ、あたしは、もう、仕えているお方がいるよ。宝玄仙様にお仕えしている女奴隷なんだよ」

 

 朱姫は独角兕の肩の上で叫んだ。

 すると独角兕の顔から笑みが消えた。

 

「宝玄仙? 耳にしたことがあるぞ。牛魔王と仲違いしているとかいう東方からやってくる女の人間族の術遣いじゃないか?」

 

 独角兕が朱姫に顔を向けた。二本の角の独角兕の顔が、すぐそばにある。

 朱姫はぎょっとした。

 

「そ、そうだけど……」

 

「おう、やっぱりそうか――」

 

 独角兕の顔が破顔した。

 

「やっぱり?」

 

牛魔王(ぎゅうまおう)のところから人相書きが回ってきた。人間族の大変な美人だった。しかも、三人の美女を供にしているとも書いてあった。そうか、お前のそのひとりか。それよりも、あの人相書きは本当か、朱姫? 本当に、宝玄仙は、お前ほどの美女なのか?」

 

 独角兕が言った。

 

「ご、ご主人様は、あたしなんか、及びもつかないくらいのお綺麗な人よ」

 

 朱姫は思わず言った。

 すると、独角兕が雄叫びをあげた。

 顔の近くで、大声で叫ばれた朱姫は、顔をしかめた。

 

「この辺にいるんだな?」

 

 独角兕は言った。

 

「さ、さあ……」

 

 この辺にいるのだろうか。

 そうであれば、嬉しいのだが……。

 

「隠しても駄目だ。ようし、絶対に見つけてやる。本当に噂ほどの美女なら、これを逃す手はない。絶対に、妻にしてやる――。まあ、とにかく、今夜は朱姫のことだ。十発だ。十発はしてやるからな」

 

 なんだ、こいつは……?

 朱姫は、独角兕の肩に担がれたまま鼻白んだ。

 

「ねえ、その宝玄仙も十番妻にする、独角兕様?」

 

「やっぱり、十番妻?」

 

 二匹の雌妖だ。

 

「さあな、それは、会ってみなければな……。ただ、朱姫よりも美女というのであれば、間違いないだろうな」

 

 独角兕は言った。

 

「ねえ、さっきから言っている十番妻というのはなんのことよ?」

 

 朱姫は言った。

 

「十番妻というのは、俺の妻たちのうち、毎日、俺と性交をできる権利を持った妻たちのことだ。ちなみに、十一番から二十九番までは、二日に一度。それ以降は、三日に一度の権利だ」

 

 独角兕は事もなげに言った。

 朱姫は驚いた。

 なんだ、それ。

 

「そ、それ以降って、あ、あんた、何人の妻がいるのよ?」

 

「いまは、四十三人だ。本当は、全員と毎日できるのだがな。少しは差をつけて妻たちを競い合わせているのだ。いきなりの十番妻は、特別待遇だぞ、朱姫」

 

 独角兕は、そう言うと庵を飛び出して、朱姫を担いだまま、一度跳びあがった。

 そして、凄い勢いで外に飛び出した。



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148 女戦士と淫魔王

 孫空女は、河岸の大きな岩と岩の中に座り込んで、ぼんやりとしていた。

 

「みんなは大丈夫だったかなあ……」

 

 呟いてみる。

 もちろん、返ってくる言葉はない。

 孫空女は素裸だ。

 

 通天河(つうてんが)の河岸に、打ち上げられたときは、ひとりだったし、ずぶ濡れだった。

 

 最初に考えたのは、とにかく、身体を回復させることだ。

 長く通天河の河水を泳ぎ続けた身体は疲労しきっていた。

 近くに仲間がいないことを確認したときには、一刻も早く、合流することを望んだが、まずは、休むことが先だと思った。

 だから、河辺にある林に入り、薪になりそうな小枝と火熾しに遣う木と木の蔓を拾った。

 それらを大きな岩と岩の間の隠れた場所に持ち込み、蔓と枝と石で削って作った木屑を使って火を熾す。

 そして、濡れた服を脱いで、やはり枝で作った服掛けに拡げた。そうやって、しばらく、服が乾くのを待つことにした。

 

 服が渇く間、岩と岩に挟まれた場所で沢蟹を見つけた。

 数匹を捕まえて食べる。

 空腹が癒えると、少し力が戻るのを感じた。

 

 それから、することもないので、裸身を岩にもたれさせる。

 倚海龍(いかいりゅう)によって、通天河のど真ん中で河に投げ出された後、すぐに巨大魚に襲われたが、その直後、宝玄仙の道術で水の中の身体を支えられたのを感じた。

 濁流に揉まれているために、どこに宝玄仙やほかの仲間がいるのかわからなかったが、明らかに宝玄仙は道術を水中に拡散して、供たちを掴もうとしてくれた。

 それで、あの急流でも溺れなくて済んだのだ。

 あんなに長い時間水中にいたのに、死なないで済んだのはそのためだ。

 だが。かなりの長い時間水にもまれているうちに、ついに、宝玄仙の道術の繋がりが失われた。

 

 そして、眼が覚めたら、ひとりでここの岸に打ち上げられていた。

 そろそろ夕方になる。

 

 河の流れから判断すれば、通天河の向こう岸に辿りついたようだ。

 あの巨大な河を渡りきったというのが信じられない。

 しかし、本当に生きて岸に着くことができたのだ。

 それは、宝玄仙が道術で捕まえ続けてくれたお陰だということはわかっている。

 だから、宝玄仙は生きている。

 最後に孫空女を離してしまったかもしれないが、それは、岸の近くだったに違いない。

 だから、この近辺にほかのみんなもいるはずだ。

 孫空女はそれを疑っていない。

 

 やがて、どこからか雄叫びが聞こえてきた。

 この近くに住む人間だろうか

 林を越えたずっと向こうだ。

 孫空女は服に手を伸ばす。

 まだ、生乾きだが、急いで身に着ける。

 

 この林は、近傍の人間が薪となる枝や木の実などを採集する場所なのかもしれない。

 わかり難いが小さな道が林に入り組んでいる。

 孫空女は、その間を走り抜けた。

 林を突破して、眼の前の樹木がなくなる。

 

 遠くをひとりの巨漢が雄叫びをあげながら走っていた。

 人間ではない。

 頭に二本の角がある。

 遠目だが、孫空女の眼にははっきりと、その巨漢が魔族であることを捉えた。

 なにかを肩に担いでいるようだ。

 

 そして、驚愕した。

 担がれているのは、朱姫だ。

 

「こらあっ、待て、お前――。朱姫をどうするつもりだよう――。待てったらああ」

 

 孫空女は、叫び声をあげて、そっちに向かった。

 魔族は、歓びの溢れた声を出し続けていたが、やがて、孫空女の声が耳に届いたのか、ぴたりと走りをとめた。

 こっちに視線を送っている。

 孫空女は駆け続ける。

 朱姫がなにかを叫んでいる。

 よく見れば、朱姫は裸だ。

 話ができるくらいまでやっと近づいた。

 

「こらあっ――。朱姫になにすんだあ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 そのまま走り続ける。

 やっとふたりの前に着いた。

 魔族は、驚いたように眼を見開いてこっちを見ている。

 

「孫姉さん、無事だったんですね――」

 

 朱姫が叫んだ。

 朱姫は、まだ魔族の肩の上だ。

 暴れているががっしりと掴まれて動けないでいる。

 

「朱姫、お前も無事かあ?」

 

「はい、孫姉さん――。みんなは?」

 

「わかんないよ。あたしが気がついたときはひとりだったんだ。そっちは?」

 

「あたしもです、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 向こうも宝玄仙とは一緒ではなかったようだ。

 孫空女と同じようにひとりで岸に打ち上げられたに違いない。

 だが、これで、ほかのみんなもこの近辺に辿り着いた可能性が高いと思った。

 その時、魔族が大きな声をあげた。

 声に悦びの響きがある。

 

「お前、誰だ? 美人だなあ――。名前を教えてくれ――」

 

 魔族が叫んだ。

 

「あたしは孫空女だよ。お前、朱姫をどこに連れていく気だよ?」

 

「孫空女かあ。とってもいい名だあっ。好きだあ――。愛してるぞう――」

 

 魔族が跳びあがって叫んだ。

 

「くっ、う、うるさい。顔の横で叫ぶなあ――。というか、いい加減に離せえ」

 

 肩の上の朱姫が衝撃に顔をしかめた。

 

「お、お前なんだよ? 朱姫を離しな」

 

 孫空女も怒鳴る。

 

「わかった、孫空女。お前とも結婚する。お前も俺の妻だっ」

 

「妻?」

 

 孫空女は、予想もしない魔族の言葉に呆気にとられてしまった。

 

「お前も朱姫も、十番妻にしてやる。喜べ」

 

 妖魔族は嬉しそうに言った。

 

「十番妻?」

 

「そうだ。俺の嫁だ。朱姫と一緒に、今夜は初夜だぞ」

 

「なっ……。しゅ、朱姫、こいつどうなってんの? あんた、この妖魔の妻になったの?」

 

「なってないですよ、孫姉さん。こいつに浚われてるの。こいつは、独角兕(どっかくじ)だって」

 

独角兕(どっかくじ)?」

 

 すると独角兕は、にこにこと破顔した。

 なんだ、こいつは?

 

「よくわかんなんけど、朱姫は返してもらうよ。あたしの仲間なんだ、独角兕」

 

 孫空女は独角兕に近づく。

 独角兕の肩の上の朱姫を無理矢理に取り返すためだ。

 すると、独角兕が身構えて、朱姫を護る動作をした。

 伝わってきた闘気に孫空女は、歩み寄るのをやめて、さっと態勢をとる。

 

「な、なんだよ、やる気かよ、お前?」

 

 孫空女は腰を屈めて、受け身の態勢を取った。

 凄まじい闘気だ。独角兕がただ者じゃないことがわかる。

 

「お前じゃない。俺のことは、あなたとか、ご主人様とか呼ぶべきだぞ、孫空女」

 

 独角兕は言った。

 

「なんで、あたしがお前のことをあなたとか、ご主人様とか呼ばなきゃ、なんないんだよ?」

 

「そりゃあ、妻だからだ。お前だったら五番妻にしてやる。朱姫が十番妻で、孫空女、お前は五番妻だ。五番妻以上は、一日に一度、俺と性交できるだけじゃなく、望めば二度できるのだぞ。よかったな」

 

「なっ」

 

 孫空女は思わず絶句した。

 

「さっきから、こんな感じで訳のわかんないことばかり言っているんです、孫姉さん。でも、強いよ。気をつけてください」

 

 朱姫が声をあげる。

 孫空女は舌打ちした。

 ここは、強引に朱姫を取り返すしかないようだ。

 

「伸びろ――」

 

 孫空女は、耳から『如意棒(にょいぼう)』を出して叫んだ。

 小針ほどだった『如意棒』が、人間の背丈以上の長さになる。

 孫空女の手の中に、『如意棒』が武器となって握られた。

 

 独角兕が、朱姫を担いでいない腕を空中にあげた。

 なにかの魔力が動いた。

 次の瞬間、その独角兕の手に鎖が握られている。

 鎖の先には、金属の首枷がついていた。

 

「うわっ」

 

 その首枷を朱姫に嵌める。

 鎖のもう反対側には、脚の長さ程の鉄杭も繋がっていたが、それを地面に突き刺した。

 鉄杭が拳ひとつくらいを残して地面に食い込んだ。

 大した力だ。

 

「朱姫をどうしても返さないつもりかい、独角兕?」

 

 孫空女は『如意棒』を構えた。

 

「朱姫は、俺の妻にすると決めた。お前もだ」

 

「ふざけるなよ。朱姫もあたしもお前の妻なんかになるわけないだろう」

 

「なる。俺がそう決めた」

 

 独角兕も構える。

 

「勝手に決めるな」

 

 孫空女は独角兕を睨んだ。

 無造作に構えているだけだが、独角兕が並々ならぬ力量だということはわかる。

 これは強い……。

 

「とにかく、一発やろう、孫空女。一発やれば、お前も、俺の虜になる」

 

「じょ、冗談言うなよ」

 

 どうも調子が狂う。

 じりっと朱姫のいる方向に寄る。

 だが、独角兕は両手を構えたまま動かない。

 朱姫は、懸命に鎖を外せないかともがいている。

 しかし、外れそうにはないようだ。

 

「なあ、いいだろう、孫空女。一発やろう」

 

 独角兕がなおも言った。

 

「ふん、やれるもんなら、やってみな。だけど、あたしが勝ったら、朱姫は返してもらうよ」

 

 孫空女は言った。

 すると、独角兕が雄叫びをあげて飛びあがった。

 そのあまりにも大きな声にさすがの孫空女もたじろいだ。

 

「二言はないな。俺が勝ったら、お前と一発やってもいいんだな」

 

 独角兕が動いた。

 速い――。

 あっという間に距離を詰められた。

 

 孫空女は、独角兕に向かって、『如意棒』を振りおろした。

 しかし、『如意棒』は地面に叩きつけられただけだ。

 独角兕の姿がない。

 

 横――。

 もう、真横にいる。

 腕をとられた。

 

 倒される?

 

 身体を捻り、なんとかかわして、独角兕の足を払う。

 態勢を崩した独角兕に膝蹴りを噛ませる。

 独角兕の脇腹に孫空女の膝が食い込んだ。

 

 その孫空女の腿に独角兕の爪が刺さる。

 いや、刺さっていない――。

 痛みはない。その代わり、爪が孫空女の下袴(かこ)の片脚の部分を引き裂いた。

 

 『如意棒』を独角兕の顔に叩きつける。

 しかし、独角兕の身体が沈んだ。

 『如意棒』が宙を切り、孫空女の胸ががら空きになる。

 孫空女は、背に汗を感じた。

 

 やられる――。

 しかし、予想した衝撃はない。その代わりに、独角兕の爪が下から孫空女の胸の部分を引き裂く。

 

 孫空女は、後ろに跳んで独角兕から距離を取った。

 胸の前が引き裂かれて乳房が半分見えている。

 脚は片脚が破れ、布がひらひらと風に揺れて、孫空女の生足が露わだ。

 

「孫姉さん――」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「いいおっぱいだな。次は、ちょっと触るからな」

 

 独角兕が両手を前に出して、笑いながら揉むような仕草をした。

 かっとなった。

 殴れるのに殴らず、蹴れるのに蹴らなかった。

 孫空女の衣服を引き裂いただけだ。

 その余裕が気に入らない。

 

「ちっ、吠え面かかせてやる」

 

 『如意棒』を槍のように構えて、姿勢を低くする。

 

「おっぱいを隠すように構えるなよ、孫空女。もっと見せてくれよ。大きなおっぱいだな」

 

 むかっとして、『如意棒』を繰り出す。

 眼の前から独角兕が消えた。

 

「孫姉さん、上です――」

 

 朱姫の声。

 視線を上に向ける。

 

 爪を立てた独角兕の巨体が振っている。

 慌てて、仰け反った。

 

 独角兕の爪が孫空女の服の肩先から足首まで、一気に引き裂いた。

 孫空女の身体から衣類が引き裂かれた。

 もう、身に着けているのは、腕の部分と腿から下の部分だけだ。

 股間だけは下着を履いていたので、かろうじて残っている。

 

「もらったあ」

 

「うわあっ」

 

 その孫空女の胴体を抱えられた。

 いや、抱えるというよりは、両方の乳房を掴んで押し倒すような感じだ。

 

「うほう、いいおっぱいだあ」

 

 孫空女を倒しながら、乳房を揉みあげている。

 

「こんのおっ」

 

 孫空女は、倒れながらも独角兕の下腹に右の足の裏を当てた。

 そのまま突きあげる。

 

「どわあっ」

 

 独角兕の巨体が、孫空女の身体の上を飛んで、頭の向こうに投げられる。

 孫空女は、起きあがって、もう一度、『如意棒』を構えなおした。

 息が上がってきた。

 

 独角兕も身体を起こす。

 これほど強い相手は、生まれて初めてだ。

 しかも、向こうは本気を出していない。魔術さえも遣っていない。

 

「どうだった、俺の指は? 感じただろう? 俺に抱かれれば、気持ちよくしてやるぞ」

 

 独角兕がまた、手を揉むような仕草をする。

 孫空女は、自分の顔が赤くなるのを感じた。

 確かに、乳首に触られたとき、ほんの一瞬だが、身体が痺れるような疼きを感じた。

 これは危険かもしれない……。

 

 孫空女は一度深く息をして、そして、静かに吐く。

 もう一度……。

 落ち着いてきた。

 眼で見ようとするから、相手の速さに翻弄されるのだ。

 肌で感じればいい。

 

「ほう? お前も本気を出すか?」

 

 独角兕がにやりと笑って、ぐらりと揺れた。

 来る――。

 孫空女は『如意棒』を突き出そうとして、とまった――。

 

 いや、違う。

 思い切り、『如意棒』を身体の左側に叩きつけた。

 なにかの金属のようなものにぶつかる。

 

 独角兕の呻き声――。

 続けて、突く。

 手応えがあった。

 

 独角兕の身体が後ろに転がっていった。

 詰め寄ろうとするが、もう起きあがっている。

 

「強いな。鎧でなければ死んでいたな」

 

 最初に当たったのが独角兕の籠手の部分で、次に当たったのは胴巻きの胸の部分のようだ。

 それぞれの具足の部分が割れている。

 

「ところで、お前、あそこの毛を剃っておるのか? まあ、俺の妻としてはよい心掛けだ。他の妻にもさせるかな」

 

 そう言った独角兕の手には、股間を覆っていた下着の切れ端がある。

 はっとして、自分の股間を見ると、いつの間にか下着を剥ぎ取られている。

 

「わっ、わっ」

 

 慌てて、片手で股間を隠す。

 独角兕の身体が、魔力で包まれた。

 『治療術』を施しているようだ。

 

「魔術など卑怯だとは思うが、お前は強いから仕方がない。まあ、お前の攻撃のために術は遣わんから安心しろ……。それにしても、いい身体だな」

 

「み、見るなあ」

 

 孫空女は、身体を捻って、咄嗟に裸身を隠す。

 

 独角兕が歓声をあげて飛びかかってきた。

 急に隙だらけになった。

 欲情した雄そのものだ。

 孫空女は、無造作に『如意棒』をひと突きした。

 まともに当たって、独角兕が吹き飛んでいく。

 

「おう、しまった。お前があんまり可愛いから、思わずなにも考えずに飛びかかってしまったぞ」

 

 独角兕の身体がまた魔力で包まれた。

 身体のどこかを治療しているようだ。

 

「のぼせんな」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、一撃を喰らわせても、ああやってあっという間に治療されてしまっては、いつまでたっても倒せない。

 こうなったら恥ずかしいなどと言ってはいられない。

 一撃で致命傷を与えるような強い打撃を与える必要がある。

 

 孫空女は跳んだ。

 独角兕が腕を開いて構える。

 孫空女を捕まえようとしているのだ。孫空女は『如意棒』を地面につけて、身体を持ちあげた。

 空中で回転する。

 

 身体全体が独角兕の頭の上を回りながら跳び越える。

 踵の先が独角兕の頭の先を捉えた。

 態勢の崩れた独角兕が倒れる。

 その仰け反った首に『如意棒』の先を引っかける。

 

「おっ、おっ、おっ?」

 

 引き倒した。

 地響きを帯びて独角兕が倒れる。

 もう一度、『如意棒』を地面に差して上に跳ぶ。

 空中で独角兕の首に踵を叩きつける態勢を取る。

 

 もらった――。

 

 しかし、空中で孫空女の乳房と両脇が不意に揉みしだかれた。

 

「ひ、ひゃあっ」

 

 思わず声をあげてしまった。

 力が抜けて、すっぽりと手が『如意棒』から離れてしまう。

 孫空女は、独角兕の横に倒れ落ちた。

 

「おう、お前から来てくれるとは感激だあ」

 

「なにが、お前からだ――」

 

 のしかかろうとする独角兕を転がって避ける。

 かろうじて、独角兕から離れたが、しかし、『如意棒』は独角兕の手の中だ。

 手を離したときに、奪われてしまったのだ。

 

「重いな、これ」

 

 独角兕はもう立ちあがって『如意棒』を頭の上でくるくると回している。

 

「な、なにしたんだよ、独角兕」

 

 孫空女は、胸を両手で隠しながら叫んだ。

 さっきのは、なんだったのか。

 今度は、孫空女の股間をなにかがつるりと撫ぜた。

 

「ひゃ、ひゃん」

 

 孫空女は膝を崩してしまった。

 しかし、なにかの気配に向かって腕を振った。

 その腕先になにかが当たった。

 女の悲鳴みたいなものがいきなり響き渡った。

 

「痛い、痛いよう」

 

 小柄な鳥妖だ。

 雌妖のようだ。素肌の透けている薄物を身に着けている少女だ。

 それが空中に飛んで頬を押さえている。

 

「大丈夫、金啄女(きんとんじょ)?」

 

 もう一匹同じような姿の鳥妖が、その横を飛んでいる。

 

「痛いよう、顔をぶたれた」

 

 金啄女と呼ばれた鳥妖の少女が顔をしかめている。

 

「孫姉さん、そいつらは、金啄女、 剛啄女《ごうとんじょ》という独角兕の使徒だよ――。だけど、あんたら、姿を消せたのっ?」

 

 朱姫が声を張りあげた。

 

「消せるよ、朱姫」

 

「隠れることは得意だよ、朱姫」

 

「でも、少し喋り方が生意気だね、剛啄女」

 

「そうだね、朱姫は生意気だね、金啄女。お仕置きがいるよ」

 

 鳥妖はもう頭上高くを舞っている。

 その直後、朱姫が股間に手を当てて悲鳴をあげた。

 

「ど、どうしたのさ、朱姫?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「ひ、いいっ……ひいっ、きいっ――」

 

 朱姫は、股間を覆う下着だけの姿で、股間を押さえてよがっている。

 どうやら、淫靡な仕打ちをされているようだ。

 

「やめなさせなよ、独角兕」

 

 孫空女は、独角兕に振り向いた。

 しかし、その独角兕は、欲情しきった顔を孫空女の裸身に向けている。

 鼻息が荒い。

 孫空女の裸を凝視しているのだ。

 

「いい身体だなあ、孫空女」

 

「み、見んじゃないよ」

 

 じろじろと舐め回すような視線に耐えられずに、思わず、両手で乳房隠し、内腿を擦り合わせて股間を隠した。

 

 その瞬間、なにかの強い力が孫空女に加わった。上半身が見えない力で押し倒される。

 地面に背中から倒れる。

 気がつくと、腕が身体に固定されている。

 動かない。

 眼には見えないが、体になにかが絡みついて、腕が動かせない。

 

「『透明の鎖』だよ、孫空女」

 

「そうだよ。『透明の鎖』だよ、孫空女」

 

 前後に金啄女と剛啄女が出現した。

 見えない鎖のようなもので、上半身を腕ごと縛られたのだ。

 

 歓声をあげながら独角兕が突進してくる。

 倒れている孫空女の裸身に跳びかかる。

 

「こなくそっ」

 

 孫空女は、その顔面に向かって片脚を蹴りあげた。

 

「おっとうっ」

 

 その孫空女の蹴りを皮一枚で避けた独角兕が、孫空女の蹴りあげた脚の足首を掴んだ。ぐいと横に開く。

 

「な、なにすんだよおっ――」

 

 孫空女は、もう一方の脚も蹴りあげた。

 だが、その脚の足首も掴まれる。

 両方の足が、がばりと独角兕の腕によって引き裂かれた。

 

「いやあっ」

 

 孫空女は、独角兕により逆さに吊りあげられた。

 

「いい、眺めだぞ、孫空女」

 

 孫空女の股間は、独角兕の顔の前まで引きあげられている。

 独角兕の舌がぺろりと孫空女の無防備な股間を舐めあげた。

 

「くうっ」

 

 孫空女はよがった。

 心の底から嫌なのだが、身体が感じてしまう。

 もう一度、股間を舐められる。

 

「んんっ」

 

 孫空女は、身体を振った。どうしても足首を放させることができない。

 孫空女の肉豆を舌でこねまわされる。

 

「ひいっ、ひっ、ひいいっ」

 

 孫空女の身体が痙攣する。

 

「素晴らしいな。感度もいい。感じやすいのだな。朱姫とともに今日は、抱き潰してやるからな」

 

「や、やめろおっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、生温かい舌がなにか魔力を持った刷毛のように、繰り返し孫空女の女陰の入口や肉芽を舐めあげていくと、次第に力がなくなってしまう。

 

「ち、畜生――」

 

 孫空女は、腹筋を使って上半身を持ちあげた。

 頭を独角兕の鼻に叩きつけた。

 独角兕が悲鳴をあげて、孫空女の身体を離す。

 

 孫空女は、地面を転がって、うずくまっている独角兕から離れる。

 全身に力を入れるが、見えない鎖のために腕が動かない。

 仕方なく腕を使わずに立ちあがる。

 孫空女の腕は体側に密着したままだ。

 

「元気がいいのもいいぞう。お前のような感じの妻はほかにはいない。よし、三番妻まであげてやる」

 

 独角兕が満面の笑みを浮かべて顔をあげた。

 孫空女の打撃のために鼻の頭が赤いが、気にしていないようだ。

 

「ひ、卑怯者。これを外せよ」

 

 孫空女は身体を振って、体側に密着したままの腕を左右に振る。

 

「卑怯でもなんでもいい。俺は、お前が手に入れられればいいのだ。ますます、お前が好きになった。愛しているぞ、孫空女」

 

 独角兕がいきなり下袴を脱いだ。

 股間に真っ赤に充血した怒張がそそり立っている。

 

「いくぞ、孫空女。これをお前のほとに入れてやるからな」

 

「うわっ、ち、近づいたら、それを蹴りあげるよ――」

 

 孫空女は叫びながらも、思わず数歩退がる。

 独角兕は、にこにこと笑いながら歩いて近づいてくる。

 孫空女は、身構えた。

 

 本当に力一杯、独角兕の睾丸を蹴りあげるつもりだ。

 独角兕が速度をあげる。

 孫空女は、脚を蹴りあげた。

 

 だが、その蹴りは宙を切る。

 跳びかかった独角兕に簡単に組み伏せられた。

 腕が使えないとはいえ、こんなに簡単に倒されたのは初めてだ。

 

「ほらっ、愉しい時間の始まりだ」

 

 独角兕の手が孫空女の股間を刺激する。

 

「んふうっ」

 

 孫空女の身体に衝撃が走る。

 股間に得体の知れない疼きが走った。

 

「あっ、ああっ、いやあっ」

 

 そして、その疼きが股間全体を大量の虫が這いまわるような感触に変化する。

 

 こいつ……。

 上手だ……。

 

 まるで、宝玄仙に触られているような錯覚に陥る。

 生まれて初めて、男によって翻弄される自分の身体に孫空女は戸惑った。

 

「もう、真っ赤になっちゃったわよ、剛啄女」

 

「そうだね。もじもじし始めたよ、金啄女」

 

 また、あの鳥妖がぱっと出現した。

 孫空女は、股をばたつかせて独角兕を振りほどこうとした。

 しかし、独角兕の手の刺激で脚に力が入らない。

 こんなのは初めてだ。痒いような熱いような強烈な疼きだ。それがどんどん強くなる。

 

「俺の精を受けろ、孫空女。一度、俺の精を受ければ、また欲しくて堪らなくなるぞ」

 

 身体を暴れ回らせて、やっと、独角兕の身体の下から離れた。

 独角兕は、一度立ちあがって、笑いながら近づいてくる。

 孫空女は、退がる。

 しかし、脚がもつれる。

 

「け、蹴るよ。ほ、本当だよ。蹴りあげるよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「見て、見て、剛啄女。こいつのお股、びしょびしょだよ」

 

「そうだね、金啄女。独角兕様の手管に我慢できるわけないね」

 

 孫空女は恐怖した。

 ほんのちょっと触られただけで、身体がおかしくなりかけている。

 こんなのは変だ。

 

「孫空女、精を受けなよ。気持ちいいよ」

 

「そうだよ、孫空女。精を受けなよ。気持ちいいから」

 

 鳥妖たちが孫空女の横を舞いながら甲高い声で口々に言う。

 独角兕が眼の前に来た。

 

 孫空女は、また、脚を独角兕の股間目がけて振りあげる。

 だが、その脚が簡単に独角兕の腕に抱えられた。

 そのまま、地面に倒される。

 

「いたぁ」

 

 孫空女は身体を捩じって、うつ伏せになった。

 その身体を仰向けに返される。

 片脚の腿に独角兕の身体を載せられ、もう片方の腿を抱えられて股を開かせられる。

 また、あの手がやってくる。

 孫空女は怯えた。

 

「うふうっ」

 

 独角兕に身体の敏感な部分を触られる。また、身体に痺れのようなものが走る。

 なんなんだ、こいつは?

 全身の力を使って振りほどこうとするのだが、もう全然力が入らない。

 

「俺の精を受けろ。それで、お前は俺から離れられなくなる。俺の精には魔力がある。それで俺から心が離れなくなる」

 

 独角兕の怒張が、孫空女の女陰にあてがわれた。

 

「や、やめろっ、ふざけんなあ」

 

 孫空女は喚いた。

 しかし、駄目だ。

 もう、逃げられない。

 凄い力で身体を押さえつけられている。

 いまの状態の孫空女には、それを引き離す力はない。

 

「いくぞ」

 

 股間に独角兕の怒張が突き挿さる。

 

「あはあっ、ああっ」

 

 入ってくる。

 抉られる。

 総毛立つ。

 

「ああ……うぐうっ……あ、いい……」

 

 嫌だ。

 独角兕の怒張が、孫空女の膣の気持ちのいい場所を刺激する。

 嫌だ。

 

 嫌だけど、気持ちもいい。

 

 快感があっという間に爆発する。

 こんなの嫌だ……。

 

 孫空女は身体を仰け反らせた。

 独角兕の怒張が荒々しく孫空女の女陰の敏感なところを前後する。

 

「俺との媾合いは、中毒になるぞ。どの女もそうなのだ。お前もいつか、俺からは離れられなくなる」

 

 独角兕が笑いながら孫空女の股間に腰を打ちつける。

 

「お、お願いだよ……。や、やめてよう……。ひいっ――いい……ひいっ――」

 

 込みあがる。

 官能のうねりがあがってくる。

 子宮の入り口近くの孫空女の弱い場所を狙うように独角兕が怒張でそこを強く、弱く擦る。

 

 感じる……。

 もう力が入らない。

 

 大きな快感の波が孫空女を包み込む。

 いきたくない……。

 

 こんな奴に、襲われていきたくない――。

 

 だけど、宝玄仙に調教され尽くした身体は官能に弱い。

 こんなに刺激に弱い自分の身体が恨めしい。

 

「い、いくうっ」

 

 孫空女の身体を衝撃が走る。

 こんな快楽は嫌なのだが、頭の中が真っ白になる。

 全身が硬直する。

 

「んはあああっ」

 

 孫空女は声をあげて達してしまった。

 同時に突き刺さっている独角兕の怒張から熱い体液が迸るのがわかった。それが孫空女の子宮を打つ。

 

「いき顔が可愛いなあ、孫空女」

 

 独角兕が孫空女の上半身を抱えあげた。

 

「二発目は、屋敷に戻ってからだ」

 

 独角兕が孫空女から身体を離した。

 その顔が優しく微笑んでいる。

 

 孫空女は、地面に身体を倒して激しく息をしながら、そのいまいましい笑顔を睨みつけた。

 忌々しいが、精を受けた瞬間、なにかの操り術のようなものが心に走った。

 完全には術には嵌まってないが、逃亡の意思が瞬時に萎んでいくのを感じた。

 

「おう、俺の精の術が効かないのか――。さすがは三番妻だぞ」

 

「だ、誰が三番だ」

 

 孫空女は声をあげた。

 しかし、全身が怠い。

 その孫空女の首にがしゃりと首輪がかかって、独角兕の肩に担がれてしまった。



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149 流されて

「ご主人様の道術も普通に人の役に立つことがあるんですね。驚きました」

 

「お黙り、沙那。それ以上、このわたしを馬鹿にするような口にしたら、承知しないよ」

 

 宝玄仙がぴしゃりと言う。

 沙那は、肩をすくめてみせた。

 もちろん、宝玄仙も沙那が本気で宝玄仙の悪口を言っているのではないことはわかっている。

 だから、宝玄仙はそれ以上なにも言わない。

 沙那の軽口の裏には、ここにはいない孫空女と朱姫への心配が込められている。

 宝玄仙が集落の人々を治療しながら、まだ見つけることができないふたりのことを本当に心配しているのがわかっている。

 だから、少しでも雰囲気を明るくしよう思った。

 

 やっと集落の人間がいなくなり、感謝の言葉とともに姿を消したのはすっかり夜になっていた。

 通天河(つうてんが)のほとりにある小さな集落だ。

 ただし、河の東側じゃない。

 西側だ。

 信じられないことだが、沙那たちは、あの通天河の真ん中に放り捨てられたのも関わらず、溺れ死ぬことなく反対側の岸に辿り着いたのだ。

 

 沙那が宝玄仙とともに通天河の岸辺に打ちあげられたのは、今日の昼過ぎのことだった。

 いまは、夜だから、あれから半日ほど経ったことになる。

 三人が岸に流れ着いたとき、沙那たちを見つけてくれたのは、この集落の人たちだ。河から流れ着いた沙那たちを驚愕したように見たのを覚えている。

 

 いずれにしても、集落の中にあるこの廃屋に加え、食料や衣類等の提供をしてくれる代償として、宝玄仙の『治療術』を集落の人間に施すために、沙那と宝玄仙が働くあいだ、七星は周辺を訊きまわって、孫空女と朱姫の行方を探している。

 まだ、七星は戻って来ないが、なんらかの情報はわかるはずだ。

 絶対にこの近くに流れ着いたはずなのだ。

 

 それにしても、宝玄仙の術が助けてくれたとはいえ、あの通天河を泳いで渡りきったのだ。いまだにそのことが沙那には信じられない。

 諸王国の西側の端である車遅国(しゃちこく)から倚海龍(いかいりゅう)の『海亀の(まゆ)』という半透明の乗り物で広大な通天河を渡ろうとしていた。

 しっかりとした船だとは言われたが、普通の船とは異なり、半透明の繭は半分が水に浸かった状態であり、まるで水の中そのものだっや。

 五人で唯一泳げない沙那は、それこそ、必死になって七星の腰紐にしがみついていた。

 

 しかし、通天河の半分ほどを渡ったところで、突如としてあの倚海龍は、それまでの態度を変えた。

 いま思い出しても、なんということをしてくれたのだと思うが、宝玄仙のために危うくなった金角と牛魔王の関係を修復するために、あろうことか倚海龍は、宝玄仙の命を奪おうとしたのだ。

 突如として、『海亀の繭』を消滅させ、宝玄仙以下の全員を通天河に放り出したというわけだ。

 

 水の中に放り投げられた沙那は、懸命に七星の腰紐を掴み続けた。

 すぐに巨大な魚の群に襲われたが、それよりも沙那の恐怖は、河の水そのものだった。

 だが、すぐに宝玄仙は、河の水の中で沙那を術で捉えてくれた。

 宝玄仙は、自らも通天河の急流に巻かれながらも、沙那、七星、そして、孫空女と朱姫を道術で引き寄せ、小さな結界を張ったのだ。

 

 もっとも、水中の中なので、地上にいるときのように完全な結界というわけにはいかない。

 だが、お陰で数刻も急流に流されながらも溺れることもなく、水の上を漂い続けることができた。

 

 そうやって、かなりの時間を宝玄仙の魔力に護られながら水に流され続けたと思う。

 通天河を流されているあいだ、そうやって宝玄仙に守られていたことについて、沙那は承知していたが、一緒に岸に辿り着いた七星はその自覚がないようだった。

 まあ、守られていたといっても、力尽きて水中に没するのを防いでくれていただけだから、沙那のように泳ぎのできない人間でなければ、自分の力で泳ぎ続けていたと錯覚してしまったのかもしれない。

 だが、沙那にはわかる。

 沙那はまったく泳げないのだから、その沙那が水に沈まなかったということは、宝玄仙であろうと、ほかの誰かであろうと、沙那以外の者が沙那を沈まないようにしてくれたことに間違いない。

 

 どれくらい流され、そして、どれだけ、通天河を渡り進んだのかはわからないが、太陽が西の山に傾きかける頃に、沙那は、宝玄仙と七星とともに、岸に辿り着いた。

 宝玄仙によれば、通天河は、東側の半分は急流だが西側の半分は穏やかな流れだったらしい。

 どうやら、同じ通天河でありながらまったく別の顔を持っていたのが幸いしたようだ。

 とにかく、そうやって、生きて陸地に辿り着いた。

 しかも、通天河の反対の岸に着いたのだ。

 

 あの通天河を泳いで渡りきった……。

 何度も同じことを思うが、とても信じられない。

 

 辿り着いたのは、どこかの小さな集落の近くのようだった。

 すぐ近くに平屋の家並みが集まっているのが見えたし、漁をやって暮らしている生活の匂いもあった。

 そこに、疲れきってずぶ濡れで倒れたままでいた沙那たちの前に、ひとりの老人が通りかかった。

 その老人は、声をあげた後、すぐにいなくなったが、すぐに十名ほどの人間を連れて戻って来た。

 助けを呼びにいってくれたのだ。

 

 だが、そのときには、宝玄仙は、その間に術で沙那と七星の身体を探り、疲労を回復してくれていた。

 孫空女と朱姫の姿が見えなかったのがひどく気になったが、宝玄仙によれば、必ずこの近くに辿り着いたはずらしかった。

 最後の最後に離してしまったが、岸に辿り着く寸前まで、宝玄仙の道術はふたりのこともしっかりと捉えていたと言っていた。

 

 やってきた村人たちは、宝玄仙が道術を遣うのを見て驚愕していた。

 この地域では、術遣いというのは本当に珍しい存在らしかった。

 宝玄仙の『治療術』により、すっかりと回復してもらったことで、死んだように疲労しきっていた沙那の身体も動くようになった。

 集落の人たちは、目を丸くして驚いていた。

 

 その後、集まっていた人間たちによって、三人は、引きずられるように集落に連れていかれた。

 そのときに、顔を頭から隠す覆いのついた上着を三人とも被せられた。

 この地域では、若い女が歩くときには、そうやって顔を隠すのが習わしらしい。

 

 集落の人たちにより、宝玄仙と沙那と七星は、集落の外れにある廃屋に連れていかれた。

 本当は、この集落の長に当たる人物の屋敷に宿泊場所を提供してくれるはずだったのだが、派手なもてなしを宝玄仙が嫌がったので、空き家を提供してもらうことになったのだ。

 その代わりに、濡れた衣類を拭く布と乾いた衣類──。

 さらに、食べ物などの提供を受けた。

 

 代償は、宝玄仙の『治療術』だ。

 どうやら、この集落には、流行り病の死病にかかっている子供が数名いるらしかった。

 

 沙那は宝玄仙に命じられて、宝玄仙とともに、その子供たちが隔離されている家に赴くことになった。

 そのあいだ、七星は、周辺に孫空女と朱姫の行方を探しにいった。

 

 道術の基本は、『道術は霊気に共鳴する』──だ。

 

 それは、さんざん宝玄仙に教えられていた。

 霊気を持たない人間には、本来、宝玄仙の『治療術』は通じない。

 しかし、この集落の人間たちは、そんなことは知らない。

 宝玄仙のことを術が遣える偉大な女性という目でしか思っていない。

 

 隔離されていた子供たちは十名ほどだったが、宝玄仙は、まずは、その子供たちの身体に、ほんの小さな内丹印を刻んだ。

 内丹印とは霊気の出入り口となる紋様であり、一度刻むと消すことはできないようだが、それを施すことで宝玄仙の道術を子供たちが受け入れることができるようになる。

 沙那も孫空女も朱姫も、その宝玄仙の刻んだ内丹印を刻まれている。

 この内丹印を使って、何度、宝玄仙に身体を玩具にされられたことか……。

 

 ただ、沙那や孫空女や朱姫が施されているような本格的なものではなくて、応急の小さなものを使ったらしい。

 それでも、内丹印を刻むときには、なんらかの苦痛が伴う。

 子どもたちも、その瞬間は、顔をしかめていた。

 

 もっとも、流行り病のせいで、高熱を発している子供たちには、それは大したことではなかったようだ。

 宝玄仙は、できあがった内丹印を通じて『治療術』を施した。

 

 沙那は、施術を見守りながら、宝玄仙に確かめたところ、子供たちに刻んだ内丹印は一時的なもので、すぐに消滅してしまうらしい。

 そんなこともできるのかと、沙那は少し驚きはしたが……。

 

 いずれにしても、宝玄仙の治療術の効果はあっという間だった。

 沙那は、熱で汗びっしょりとなっていた子供たちの身体を拭き、清潔な衣類に着替えさせたが、たった今まで死にかけていたようだった子供たちが、途中からは自分でそれをやり出した。

 

 子供たちの着ていた衣類は、病気の元が付着している可能性があるということで、外に持ち出して焼却をするように宝玄仙に命じられた。

 沙那が、それをするために外に出ると、心配そうに取り巻く子供たちの家族の姿があった。

 流行り病が伝染するのを防ぐために、自分の子供といえども不用意に近づくのを禁止されているらしかった。

 そして、親たちの前にすっかりと元気になった子供たちが現れたときの効果は劇的だった。

 

 その瞬間、宝玄仙は、この集落の賓客になった。

 面倒くささに鼻白む宝玄仙に、次々にお礼の言葉を言いに来る人間がいなくなったのは、ついさっきのことだ。

 

「それにしても、七星は、遅いですね、ご主人様?」

 

「そうだね」

 

 宝玄仙の顔が少し曇った気がした。

 岸に打ちあげられた直後は、孫空女と朱姫が近くにいるだろうということについて、宝玄仙は疑ってはいなかった。だから、自分で探し回るということをせずに、集落の人間の求めのまま子供たちの治療に応じたのだろう。

 しかし、いまはかなり夜も更けてきた。

 孫空女と朱姫を探しにいった七星も戻って来ない。

 その七星が戻って来たのは、さらにしばらくしてからだ。

 期待をしたが、残念ながら孫空女も朱姫も一緒ではないようだ。

 

「いやあ、お腹が減ったよ……。あら、おいしそうだねえ──。貰っていいから、宝玄仙さん」

 

 部屋の隅にある卓には、集落の人間が運んできたご馳走の残りが置いてある。

 七星は、宝玄仙の返事を待たずに、皿に載った羊の肉を手掴みで口に入れた。

 

「七星、食べるのはいいけど、わかったことをさっさと説明しないかい。まさか、なんの情報もなく、手ぶらで戻って来たんじゃないだろうね」

 

 宝玄仙がぴしゃりと言った。

 

「そ、そんな言い方酷いじゃないか、宝玄仙さん。あたいは、あれから食べるものも食べず、休むことなしにずっと人に訊きまわったり、あちこちを探しに行っていたんだよ」

 

「ぐずぐず言うんじゃないよ。わたしが質問したことにはすぐに答えるんだよ。孫空女と朱姫はいたのかい。いなかったのかい?」

 

 宝玄仙は容赦ない。

 七星は、食べかけていた肉を小皿に戻した。

 

「孫空女と朱姫は、無事といえば無事だよ。だけど、無事じゃないといえば無事じゃないみたいだね」

 

 七星は言った。

 

「どういうことだい?」

 

「ふたりを見た者がいたよ。宝玄仙さんの言うとおりに、あのふたりは、ほんのすぐそばの岸に打ちあげられていたよ。それこそ、あたいらが流れ着いた場所と目と鼻の先にね。だけど、連れていかれたみたいだね」

 

「連れていかれた?」

 

「そうだよ。無理矢理にね」

 

「誰にだい? あいつらが?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「うん。独角兕(どっかくじ)という魔王らしいよ。この辺りというよりは、もう少し奥地にいったところに、金兜山(こんとうざん)という山があるんだけど、そこを棲み処にしているみたいさ。そこに屋敷があり、ふたりは屋敷に連れていかれたようだね」

 

「連れていかれたって、どういうこと、七星?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それよりも、腹が減ったんだよ。食べながら説明していいかい?」

 

 七星は、食べかけの肉を載せた皿に眼をやった。

 

「喋ることを喋ってからだよ。わたしの許可なく食事をしたら承知しないよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「きょ、許可って……。な、なんで、そんなことを言われなきゃならないんだよ。あたいは、あんたの奴隷じゃないよ」

 

「奴隷だよ。罰が欲しいのかい、七星」

 

 宝玄仙がそう言うと、七星は悔しそうな表情をしたが、やがて、不機嫌そうに話を続け始めた。

 

「独角兕が孫空女と朱姫を連れていった理由は、この辺りの若い女が顔がわからないようにみんな覆いで顔を隠す風習の理由と同じさ。ほら、あたいらが最初に着せられた覆いつきの服だよ、沙那」

 

 七星は言った。

 なんのことなのかよくわからない。

 服がなんだというのだ。

 

「わかるように説明しな、七星」

 

 宝玄仙が苛ついたように怒鳴った。

 七星が溜息をつく。

 

「わかったよ。その独角兕は、とんでもない女たらしという噂さ。美人と見たら、片っ端から自分の棲み処に連れていって飼うって話だよ。何十人も妻がいるという話だね。もっとも、全員が浚われた女たちだけどね」

 

「なんですって?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「朱姫はともかく、孫空女までそいつに浚われたということかい?」

 

「そういうことだよ、宝玄仙さん。孫空女とその独角兕が一対一で戦っていたのを見た人間がいたよ。孫空女は、そいつに倒されて犯されたみたいだよ」

 

「まさか……」

 

 沙那は思わず唸った。

 孫空女の戦闘力は並大抵ではない。

 その孫空女が連れていかれたということであれば、その魔王が一筋縄でいかないということが予想できる。

 

「詳しく話しな、七星」

 

 宝玄仙が落ち着いた声で言った。



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150 絶倫魔王の屋敷

「しゅ、朱姫……」

 

 孫空女は、後ろ手に縛られた身体のまま、そばに横たわっている朱姫を揺すり起こした。

 独角兕(どっかくじ)は、すぐそばで大きないびきをかいている。

 すぐに朱姫は眼を開いた。

 しかし、身体がだるそうだ。

 無理もない。

 

 昨夜は、孫空女とともに独角兕という淫欲の化け物のような魔王に抱き潰された。

 体力のある孫空女でもつらいのだ。

 身体の小さい朱姫は、まだ動くことは難しいかもしれない。

 しかし、逃げる機会はいましかない。

 残念だが、この独角兕という魔王は孫空女より強い。

 

 抱かれ続けている間、こうやって鎖で手を拘束されているとはいえ、まったく逃げる隙がなかったのだ。

 それだけでなく、容赦なく力で押さえつけられて犯され続けた。

 それは、朱姫が犯されているあいだもそうだった。

 

 圧倒的な力の差――。

 孫空女は、生まれて初めて男に対してそれを感じた。

 

 屋敷の外からは、夜のとばりが上がり始めている。

 ここは屋敷というよりは砦に近い。

 そして、多くの人間がいる。

 それは気配でわかる。

 そこでいびきをかいている独角兕は、妻が四十人以上いるとほざいていたから、この屋敷には、その女たちがいるのだと思う。

 こうやって、孫空女たちのように、浚ってきた女たちなのだろう。

 しかし、昨夜は、彼女たちの姿を見る機会はなかった。

 だが、もうすぐ朝だ。

 そうなれば、彼女たちも起きて来るに違いない。

 独角兕が妻と呼んでいる存在が、味方なのか敵なのかわからない。

 

「そ、孫姉さん……」

 

 朱姫が小さく呟いて身じろぎする。

 すると、朱姫の無毛の股間からは、注がれ続けた独角兕の精がどろりと垂れ落ちたのがわかった。

 

「だ、大丈夫かい? 動ける?」

 

「なんとか……」

 

 朱姫が裸身を起こしたとき、朱姫の首に嵌められた金属の首輪に繋がった鎖がじゃらりと音を立てた。

 その鎖は、人の背丈ほどの長さで孫空女の両手を後手に拘束した手枷に繋がっている。

 昨夜、この屋敷に連れ込んだとき、独角兕がそうやって、朱姫と孫空女を繋げたのだ。

 ばらばらで逃げることができないようにそうしたのだ。

 

 だが、力でかなわなくても、いまなら……。

 

 孫空女は、朱姫を起こすことによって、弛みを得た鎖をさっと独角兕の太い首にひと巻きした。

 後ろ手に、巻きついた鎖の端を掴む。

 まだ独角兕は大いびきをかいている。

 孫空女は、独角兕の背後から、体重をかけて独角兕の首に巻いた鎖を引き絞ろうとした。

 

 しかし、まさにその瞬間、独角兕の首に巻きつけたはずの鎖が、勝手に解けた。

 それだけでなく、朱姫の首輪と繋がっていたはずの端が外れて、いまは孫空女の片脚の足首に巻きつきかけている。

 孫空女はぞっとした。

 

「そ、孫姉さん」

 

 朱姫が叫んだ。

 しかし、巻きついた鎖が宙に引きあげられた。

 

「うわっ」

 

 後ろ手の孫空女は、背中から床に倒れた。

 独角兕がむくりと起きあがった。

 

「なんだ?」

 

 独角兕は、まだ半分眠っているような眼を擦っている。

 

「は、離せよ」

 

 孫空女の片脚は、足首に絡みついたまま宙に引きあげられる。

 そのため倒れている孫空女の股間は、片足だけを引き揚げられてみっともなく曝け出すことになる。

 朱姫がはっとしたように、なにかの力で引きあげられているその鎖に飛びつこうとした。

 

「おっと、なにをしている?」

 

 しかし、次の瞬間、朱姫の身体は独角兕の太い腕によって押さえつけられる。

 

「きゃああっ――」

 

 朱姫が悲鳴をあげた。朱姫の裸身は、独角兕により床に組み伏せられた。

 

「なにがあった、金啄女(きんとんじょ)?」

 

 独角兕は、なにもない天井に向かって言った。

 するとそこに、金啄女が出現した。

 

「独角兕様を殺そうとしたんだよ。鎖でね」

 

「その鎖でか?」

 

「そうだよ、首を絞めてね」

 

 横倒しになっている背中から声がした。

 はっとして孫空女が振り返ると、孫空女のもう一方の足首に、いつの間にか出現した剛啄女(ごうとんじょ)が鎖を巻きつけようとしている。

 避ける暇もなく、孫空女のもう一方の足も、宙にあがったその剛啄女に引きあげられた。

 孫空女は、両足を左右に大きく拡げた大股開きで、下半身だけを逆さ吊りにされた格好になった。

 

 独角兕の使うこの使徒たちは気配もなく、魔力を感じさせることもなく急に出現するのだ。

 さすがの孫空女もどう対処していいかわからない。

 

「そうか。俺を殺そうとしたのか、孫空女」

 

 独角兕が笑っている。

 

「く、くそう――。あ、あたしらを早く解放するんだよ。さ、さっきは失敗したけど、次は、必ず息の根をとめるよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、さすがにこの格好では、迫力はないだろう。

 孫空女は仰向けの裸身の股を大きく開脚して、股間を独角兕に曝け出しているのだ。

 

「元気なのはいい。だが、夫である俺を殺そうとするとはけしからんな」

 

「ふざけるな――。だ、誰が夫だよ」

 

 孫空女は怒鳴りながらも、二匹の鳥妖が引っ張る鎖を振りほどこうと脚に力を入れた。

 しかし、二匹の使徒は、孫空女の足首を開脚したまま、天井の留め金に繋げてしまった。

 

「昨夜は、あんなに、よがり狂っていいたじゃないか。気持ちがよかったろう、孫空女?」

 

「う、うるさい」

 

 孫空女は、昨夜の自分の痴態を思い出して、顔が赤らむのを感じた。

 

「鎖で締めたくらいで、俺が死ぬことはないが、いまのうちに罰を与えておかんとな。金啄女、剛啄女、お前たちに命じる。孫空女に罰を与えておけ」

 

 独角兕が朱姫を床に押さえつけたまま言った。

 金啄女と剛啄女は、嬉しそうな声をあげた。

 

「どんな罰にしましょう、独角兕様?」

「どんな罰がいいですか、独角兕様?」

 

 耳障りなかん高い声で、二匹の雌妖が孫空女の吊りあげられた肢の周りで言った。

 

「そうだな。じゃあ、尻を調教させようか。今日の夜には、孫空女と尻で性交する。夕方までに、この孫空女が尻で媾合いができるように仕上げるのだ」

 

「じょ、冗談じゃない。そ、そんなことをしたら承知しないよ」

 

 孫空女は、身体を暴れさせた。

 しかし、拘束された身体は、がちゃがちゃと鎖の音をさせることしかできない。

 昨夜は、さんざんに犯されたが尻で犯されることはなかった。

 しかし、独角兕の性の技は巧みで、孫空女はなんども限界を超える絶頂をさせられた。

 普通の性交だけで、そうだったのだ。

 宝玄仙に調教され尽くした尻を犯されれば、どうなってしまうのかわからない。

 

「尻はいいぞ、孫空女。尻は大便をひり出すだけじゃない。実は、小便をする穴も、大便をする穴も、前の穴と同様に感じるのだ。お前にも、尻で欲情する悦びを教えてやろう」

 

 独角兕は、孫空女の顔に浮かんだ恐怖の色を別のものに感じたようだ。

 まさか、孫空女の尻が開発され尽くしていて、最大の性感帯であるとは思っていないのだ。

 

「夕方までにお尻で感じるようにしてあげるよ、孫空女」

 

「そうだね。お尻を夕方まで徹底的に調教してあげるね、孫空女」

 

 金啄女と剛啄女がそう言って、吊りあげられた孫空女の脚に触りはじめた。

 孫空女は総毛立った。

 

「さて、お前だ、朱姫」

 

 独角兕は言った。

 

「な、なによ?」

 

 朱姫が独角兕に組み伏せられたまま言い返した。

 孫空女は、その朱姫の声に恐怖の響きがあるのがわかった。

 

「お前も孫空女と一緒に、俺の首を締めようとしたのであろう? 罰を与えておかねばならんな」

 

 独角兕が顔に笑みを浮かべながら腕を振った。

 怯える朱姫の下腹部に小さな紋章が浮かんだ。

 孫空女は、あの智淵城の恥辱を思わず思い出してぞっとした。

 

「こ、これなに?」

 

 朱姫がその紋様に触りながら言った。

 

「お前の性感を自由に制御する紋章だ。その紋章をしているあいだは、決して絶頂できん。さて、それだけじゃあ、罰にはならんからな……。おっ?」

 

 独角兕が、朱姫の身体を眺めていてなにかに気がついたような声をあげた。

 そして、孫空女の裸身にも視線を向ける。

 すぐに、また朱姫の身体を見た。

 

「お前たちは、面白いものを身体に刻んでいるな。ほとんど、肌に同化しているために気がつかなかったが、身体になにかの術紋を刻んでいるのだな」

 

 独角兕が言った。

 すぐに独角兕がさらになにかの術を刻んだのがわかった。

 朱姫が悲鳴をあげた。

 その朱姫の身体に真っ赤な紋様が浮かびあがる。

 

「しゅ、朱姫に、なにしたんだよ、独角兕?」

 

「なんの心配もいらん、孫空女。お前たちの身体に刻んでいる術紋を活性化させただけだ。なかなか、複雑な術式を施しているがこれは興味深いな。自由自在に全身の性感を操れるのか……」

 

 独角兕はそう言って、朱姫の背中をすっと指でなぞった。

 朱姫が絶叫した。

 苦痛ではない。快楽の絶叫だ。

 普段は、ほとんど肌の色と同じ朱姫の内丹印が真っ赤になっている。

 あれは、最大限に感度をあげられたときの状態であることを孫空女は知っている。

 

「これはいいな。この術紋は、お前たちの主人である宝玄仙のものなのだろう? この道術の紋様で感度をあげられ、俺の紋章のせいでいくことができんとなると、少しばかり苦しむことになるだろう。なあに、夜になる頃には俺の肉棒を入れて欲しくてたまらくなっている。それが朱姫への罰だ」

 

「な、なんてことすんだよ、この糞魔族」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「そんなことよりも、孫空女。お前は、自分の心配をしろ。あいつらの尻の調教は、なかなかつらいぞ」

 

 独角兕がそう言って、朱姫の身体を掴むとひょいと自分の肩に載せた。

 

「さあ、浣腸だよ、孫空女」

 

「そうだよ。お尻の調教は、まずは、浣腸からだよ」

 

 二匹の雌妖がそう喋りながら、孫空女の周りを飛び始めた。

 

「か、浣腸――?」

 

 孫空女は逆さ吊りのまま、大声をあげた。

 

 

 *

 

 

「い、いくううっ」

 

 仰向けに寝そべっている独角兕の身体の上で、草女(そうじょ)が汗まみれの裸身を弓反りにして果てた。

 独角兕の手は、草女の乳房の先の乳首を弄んでいたが、草女は大きな声を放つと、独角兕の怒張に股を上から貫かせたまま、ぐったりと脱力した。

 

「ひいいいい、んあああっ」

 

 それとともに、部屋の隅の柱に首輪の鎖を結びつけている朱姫も股間を押さえながら悲鳴をあげる。

 

「お、お情け……あ、ありがとうございました……」

 

 草女は独角兕に跨っていた汗まみれの裸身をつらそうに起こし、そして、たったいままで自分の股間が咥えこんでいた独角兕の怒張を口に含んだ。

 そして、草女の愛液と独角兕の性液を舌で掃除する。

 

「草女お姉さま、後は、あたくしが……」

 

 横で待っていた天女(てんじょ)が声をかけると、草女が独角兕の怒張の先端に口づけをして離れた。

 すぐに天女が、独角兕の顔に下半身を向けるかたちで跨り、独角兕の男根の奉仕を始める。

 天女の口が独角兕の怒張を含み、独角兕の男根の勃起が最高になったところで、独角兕は自分の顔の前にある天女の股間を指ですっすっと撫ぜて愛撫する。

 

「あっ、あん、旦那様……」

 

 天女が声をあげて身体を反らせた。

 

「くああっ」

 

 同時に、部屋の隅の朱姫が苦しそうな嬌声をあげた。

 

「草女ももう一度来い。今度は俺の顔の上に跨れ。姉妹で愛してやる」

 

 独角兕は、独角兕の男根の奉仕を続けている天女の姉の草女に声をかけた。

 

「あ、ありがとうございます……。嬉しゅうございます」

 

 草女がたったいま達したばかりの女陰を独角兕の顔の上に置く。

 まるで雪隠をするときのように両脚を開いて、独角兕の顔に跨っているのだ。

 独角兕は、指で天女の股間を弄びながら、同時に舌で草女の股間をしゃぶった。

 

「あん、ああっ」

「あはあっ」

 

「んひいいっ」

 

 天女の激しい嬌声があがって、さらに顔の前の草女の腰が震えたが、それと同時に、悲鳴のような嬌声が朱姫の口からあがる。

 

「あうう……、ど、独角兕様……。そ、草女は、お、おかしくなってしまいます……。ああっ……ああぁ……いいぃ……」

 

 股間を舐めあげられている草女が、股間を震わせはじめた。

 達したばかりの敏感になっている草女の女陰が真っ赤に充血しているのがわかる。

 それとともに、まだ、股間への奉仕を続けている天女もまた限界に近づいている。

 さっきから、ともすれば、口に咥えている独角兕のものに対する舌の動きがとまっている。

 それでも、懸命に独角兕の怒張に対する奉仕を再開しては、また、股間への責めにそれをとめてしまうということを繰り返している。

 

「い、いくことを……お許し……お許し下さい――ひいいっ――」

 

 独角兕の舌に責められている草女が叫んだ。

 

「いっていいぞ、草女」

 

 独角兕は、一度そう言い、すぐに草女の女陰に対する舌責めを再開した。

 

「い、いくううう」

 

 草女が股間から潮を噴き出して果てた。

 さっきよりも大きな声で絶頂した草女が、我に返って独角兕の顔の上から降りた。

 

「も、申し訳ありません。独角兕様のお顔を汚してしまいました……」

 

 草女が、独角女の顔の上から降りて、舌で独角兕の顔を舐めはじめる。

 

「気にするな、草女。お前の蜜液は実に美味だ」

 

「嬉しゅうございます、独角兕様」

 

 草女が独角兕の顔の掃除の傍ら言った。

 

「もうよいぞ、天女。お前も、俺の一物に跨って咥えよ。今日はお前の番ではないが、いつも姉妹で奉仕してくれるお前たちへの礼だ……」

 

「は、はいっ、嬉しゅうございます……」

 

 妹の天女が独角兕の仰向けの身体から離れて、独角兕の顔に正対するように向き直って、そそり勃つ独角兕の男根に腰を沈めていく。

 すでにずぶずぶ濡れている天女の女陰は、まったく抵抗なく独角兕のものを受け入れていく。

 

「あ……あっ――ああっ――」

 

 天女が喉を反らせて悩ましげな声をあげた。天女の腰が下がってくるのに合わせて、独角兕は自分の腰を思い切り突きあげた。

 

「ひゃああっ――」

 

 子宮の入り口を思い切り突かれた天女が、瞬時に絶叫して果てた。

 

「んぎいいい」

 

 相変わらず朱姫の悲鳴も聞こえてくる。

 独角兕は上半身を起こして、背中側に崩れ落ちる天女を両腕で支えた。

 天女の女陰に怒張を埋め込んだまま、胡坐に組み直して天女の身体をその上に抱く。

 そのまま、二度、三度と天女の身体を突き上げては落とし、落としては突き上げる。

 次第に、天女の声は獣じみたものに変わり、狂態を示し始める。

 

「また……、ああっ、また、いきます。て、天女にも、いくことをお許しください、独角兕様……、あああっ」

 

 天女が狂おしく身悶えながら、独角兕の怒張を締めつける。

 

「いっていいぞ、天女」

 

 独角兕が叫ぶと、天女が独角兕の腰の上で絶叫して仰け反った。

 それと、同時に独角兕は、天女の中に熱い精を迸らせた。

 

「あふううう、ああああっ」

 

 天女ががくがくと身体を震わせて、全身の力を失わせる。

 その身体を、横で待っていた草女が抱き支えた。

 

 草女が妹の天女を抱いて、そっと独角兕の身体から天女を離しす。

 天女は、半分気を失っている。

 その天女を横に寝かせて、草女が独角兕の男根の先を舌で掃除しはじめる。

 舌の掃除が終わるのを待ち、独角兕は仰向けの身体を起きあがらせた。

 草女がその独角兕の裸身に服を載せる。

 

「今日も、お情けをありがとうございました」

 

 独角兕の衣類を身につけさせると、寝台から降りたまだ草女が、裸身のまま床に頭をつけてそう言った。

 その時には、天女もやっと気がつき、姉に倣って頭を床につけている。

 

「ああ、いい気持ちだったぞ、草女に天女。明日来る。明日の伽は天女の番だがな」

 

 独角兕は言った。

 このふたりは、十二番目と十三番目だ。

 二日に一回の伽ということになっている。

 だが、仲のいい姉妹のようなので、またふたりで相手をするのだろう。

 

「愉しみにしております」

「お待ちしております」

 

 双子の美姉妹が、顔をあげてにっこりと微笑んだ。

 本当に可愛らしい笑顔だ。

 このふたりは、南の女人国から半年前に浚ってきたのだ。

 浚ってきたばかりの頃は、随分と抵抗も激しかったが、いまではすっかりと独角兕の性の虜になっている。

 まだ、経験も浅いので、二日妻と呼ばれる一日置きの権利しか持たないが、もう少し身体を磨き、性技を身につければ必ず、毎日妻に上がってくることは間違いないと独角兕は思っていた。

 まあ、こうやって、ついついもうひとりの姉妹にも精を注いでしまうので、事実上、毎日妻のようなものなのだが……。

 

「ところで、独角兕様、あの女性について、質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 天女が言った。

 

「これっ、天女」

 

 横の姉の草女がたしなめる仕草をした。

 天女がなにを訊ねたいかはわかっている。

 この部屋に連れてきた朱姫のことだ。

 この二人の美姉妹を抱きに来たとき、なんの説明もしないまま、部屋の隅の柱に首輪の鎖を結びつけて放置した。

 独角兕が、このふたりを抱くあいだ、朱姫は、拷問を受けているような声をあげて悲鳴をあげ続けた。

 ふたりからすれば、なにが起こっているのかと思うだろう。

 これについて、妹の天女は、好奇心を押さえられなかったようだ。

 逆に、姉の草女は、知らされる前に独角兕に訊ねてはならないものと考えたみたいだ。

 いずれにしても、ふたりの可愛さに独角兕は満足していた。

 

「この若い女も俺の妻になる。いまは、調教中だから、首輪で拘束しているが、十番妻くらいにしようと思っている」

 

「まあ、それならば、わたしたちよりも格上なのですね」

 

 草女が言った。

 その顔には心なしか、嫉妬のようなものがあるように思えた。

 

「心配はいらんぞ、お前たち。今日は、初めてお前たちを一緒に抱いたが、ふたり揃ったときは、ひとりひとりのときよりもずっといいな。いつもよりもずっと深く俺を満足させることができた。きっと、近いうちにふたり揃って、十番妻の中に入ってくると思う」

 

「本当ですか、嬉しゅうございます」

 

 叫んだのは天女でその顔はぱっと花が開いたように破顔した。

 草女も一緒だ。

 

「だから、これからも励むんだぞ」

 

「はい」

「はいっ」

 

 ふたりが同時に明るい声で返事した。

 

「ところで、独角兕様……」

 

 草女がちらりと朱姫を見た。

 

「おう、そうだったな」

 

 独角兕は立ちあがると、朱姫を繋げていた鎖を解き、抵抗する朱姫を抱えて、草女と天女の間に放り投げた。

 苦悶の表情の朱姫が床に置かれて悲鳴をあげる。その裸身は、汗と口から撒き散らした涎でびっしょりだ。

 すぐに股間を両手で押さえて動かし始めた。

 

「ははは、朱姫。いくら自慰をしようとしても、俺の紋章が身体にある限り、絶対に達することはできん。無駄なことはやめよ」

 

 独角兕は笑った。

 

「こ、この……へ、変態妖魔……」

 

 朱姫は、上気した顔で独角兕を睨んだ。

 

「それだけ、追い詰められても、まだ、そんな眼ができるのか。なかなか、愉しいなあ」

 

 独角兕は、朱姫の股間の手に、自分の手を重ねると、荒々しく朱姫の手を揺さぶった。

 

「んはああっ」

 

 刺激を加えられた朱姫が身体を仰け反らせて悲鳴をあげる。

 

「いったい、この娘は、どうしたのです? 随分、苦しそうですけど」

 

「それは、朱姫に直接訊いてみてはどうだ、天女。まだ、神経はいかれてはいないようだ。ここまで、お前たちのほかに、一松(いちまつ)香林女(かりんじょ)弥生(やよい)の絶頂を重ねたが、まだ、正気でいられるというのは大したものだ」

 

 独角兕は笑った。

 

「か、『影手』――」

 

 朦朧としている朱姫が、不意に険しい表情をしたかと思うと、なにかの道術を放った。

 

 独角兕は、自分の首になにかの術が加わるのを感じた。

 

「独角兕様――」

「く、首に黒い手が――」

 

 草女と天女の姉妹が叫んだが、そのときには、すでに独角兕の魔力返しは、朱姫の術を撥ね返していた。

 

 朱姫の放った『影手』が逆に朱姫の乳房に張りつく。

 独角兕は、その『影手』を操り、朱姫の乳房を揉みしだかせた。

 

「ひゃああ――。も、もう……、い、いやあっ」

 

 限界まで官能の高みにあげられている朱姫は、新たなその刺激に髪を振り乱して悲鳴をあげる。

 

「独角兕様、もしかしたら、この朱姫の下腹部の紋章は、絶頂封じの紋章ですか?」

 

 草女は言った。

 草女にも天女にも、調教をしている時期には、同じ紋章を刻んでやったことがある。

 それを思い出したのだろう。

 

「そうだ。この朱姫は、いきたくてもいけんのだ。それなのに、さっきから絶頂の快感だけを与え続けられている。いまの朱姫は、何度も何度も、絶頂寸前の快感が身体の中で暴れ回っている最中だ。お前たちも、覚えがあるだろう?」

 

「は、はい……」

 

 天女が気の毒そうな表情を朱姫に見せた。

 

「で、でも、この赤い模様はなんですの?」

 

 床の上でのたうち回る朱姫を独角兕とふたりの女で取り囲んでいるという態勢だ。

 朱姫は、三人の真ん中で、悲鳴をあげて股間と胸を押さえている。

 

「これは、宝玄仙というこの朱姫の主人である女術遣いが刻んだものらしい。この術紋は、朱姫の身体を自由に支配できるのだが、いまは、俺がこの屋敷の俺の妻たちの女陰に共鳴させている」

 

「共鳴?」

「女陰?」

 

 草女と天女がそれぞれに言った。

 

「俺が朝から抱いた俺の妻たちが感じた官能と、同じ官能をこの朱姫は味わっているのだ。ただ、ひとつ違うのは、俺の紋章が、絶頂を封じていることだ。だから、さっきから朱姫には、絶頂寸前の快感が暴れ回っているということだ」

 

「まあ、可哀そうに」

 

 天女が叫ぶように言った。

 

「仕方がない。もう少し、素直になれば、許してやれるのだがな」

 

 独角兕は言った。

 

「まあ、もう、屈服しておしまいなさいな、朱姫さん。独角兕魔王様は、とても優しくてしてくれるご主人様なのですよ」

 

 天女が朱姫に言った。

 

「あ、あたしは……ご、ご主人様がいるのよ……」

 

 朱姫が眼に涙を溜めながら言った。

 さっきから股間を擦りまくっている。

 しかし、いくら擦っても、新しい刺激が加わって苦しみが増えるだけで、いくことはできない。

 朱姫もそれはわかっているが、股間への愛撫を止めることができないのだ。

 口調では、まだ独角兕に抵抗しているが、絶頂を封じされた身体に与えられる絶頂の快感に、もう朱姫の気力は折れかけているようだ。

 

「だから、なんだ、朱姫?」

 

 独角兕は、朱姫の両手首を掴んで股間から引き離した。

 

「ひいっ」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 

「苦しいか、朱姫?」

 

 独角兕は言った。

 

「く、苦しいです」

 

 朱姫は呻くように言った。

 

「そうであろうな。俺にはわからんが、絶頂寸前の快楽が続くというのは、女にとっては最大の苦痛らしいな。それが、俺が妻たちを抱くたびに重なるのだ。苦しいだろうな」

 

「く、苦しいです。もう、勘弁してください、独角兕……魔王様……」

 

 朱姫はもうすぐ落ちる。

 独角兕には、その確信がある。

 

「ねえ、独角兕様、この朱姫殿をもうお許しになるわけにはいかないのですか?」

 

 天女が口を挟んだ。

 

「許してやって欲しいのか、天女? お前たちと毎日妻を競い合うことになる相手だぞ」

 

 独角兕は、顔を天女と草女に向けた。

 

「でも、あの封印は、本当につらいのです。それに、独角兕魔王様の妻になるお方であれば、あたしたちのお仲間ですし……」

 

 天女が言った。

 

「そうか。だが、それは、朱姫の心掛け次第なのだがな」

 

 独角兕は視線を朱姫に戻す。

 朱姫は、呻きながらも、天女と独角兕の会話に耳を向けていたのは知っている。

 

「天女はそう言っているが、どうするかな……。もう、いかせてやろうか、朱姫?」

 

 独角兕は朱姫の腕を掴んだまま、朱姫の裸身を引き起こした。

 涎と涙で汚れた朱姫の顔が、ほんのぴくりと動いた。

 

「ほ、本当ですか……? い、いかせて」

 

「ああ、いかせてやるとも。夕方まで、絶頂封じは解放するつもりはなかったが、別に、お前を苦しめるのが目的でないのだ。俺の妻になることを誓わせるのが目的なのだ。お前が、俺の妻になると誓えば、溜まりに溜まった快楽を解放してやる」

 

 独角兕は言った。

 朱姫の顔が歪んだ。

 熟れきった表情の朱姫の口が少し開いた。

 しかし、やがて、小さく首が横に振られた。

 

「あ、あたしには、ご主人様がいます……」

 

 さっきと同じことを朱姫が言った。

 それは、朱姫の最後の抵抗の砦なのだろう。

 

「ならば、いつまでもこのままだ、朱姫。俺がほかの妻と性交を愉しむたびに、お前の苦しみは増える。それでいいのか?」

 

 朱姫が恨めしそうに顔を歪めた。

 だが、返事はない。

 独角兕が朱姫を責め続けるのは理由がある。

 最初に朱姫をあの庵で捕えようとしたときの『獣人』の魔術――。

 

 やられるとは思わないが、あの衝撃力は多少怖い。

 あんなふうにひやりとしたのは久しぶりの感覚だ。

 だから、こうやって責め苦を与え続けることで、術が集中できないようにしている。

 どうやら、あの術は、かなりの霊気を消費するらしく、朱姫は、『獣人』の術を遣う気配はない。

 とにかく、独角兕としては、最初に朱姫を落としたい。

 

「ねえ、朱姫殿。独角兕様は、夫としてはよいお方ですよ。そのご主人様というのは、独角兕様よりも、よい旦那様なのですか?」

 

 天女が言った。

 さっき、朱姫が、ご主人様がいると言ったから、それが朱姫の夫か婚約者のこととでも考えたのかもしれない。

 

「いや、違うぞ、天女。この朱姫が、ご主人様というのは、男のことではない。宝玄仙という名の女術遣いのことなのだ。大変な美貌の持ち主のらしい。俺は、妻に迎えたいと思っているのだ」

 

「まあ、そうなのですか? 素晴らしいことですわ」

 

 天女が言った。

 草女も微笑んでいる。

 

「じょ、冗談じゃないわ。ご主人様に手を出したら、承知しないわ」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「それは、お前が考えることではないな。お前が考えるのは、封印を解いて欲しいのか、そうでないのかということだ。どうするのだ、朱姫? 封印を解いて、いかせて欲しいか?」

 

 独角兕が言うと、朱姫が悔しそうな視線をこっちに向ける。

 その身体は震えている。口調とは異なり、朱姫がかなり追い詰められているということがわかる。

 

「そ、それは……」

 

「いまの状態がいいのか? もっと、つらくなるぞ。俺は、いまから、夕方までに、まだまだ十人は女を抱くぞ。その絶頂が、お前の身体に積み重なるのだ。そのいけない身体のままな」

 

 不意に部屋の空間が揺れた。

 独角兕は、天井を見上げた。

 金啄女と剛啄女がそこにいた。

 

「どうしたのだ? 孫空女の尻の調教をしているのではなかったのか?」

 

 独角兕は言った。

 金啄女と剛啄女の姿に気がついて、草女と天女がさっと平伏した。

 

「それどころじゃないね、独角兕様。屋敷を誰かがやってくるね。無理矢理、侵入しようとしているね。ところで、孫空女は、いま、浣腸をして排泄を我慢させているね」

 

「そうだね。孫空女は、浣腸をして尻を洗っているところだね。だけど、いま、それどころじゃないね。屋敷が襲われているね。やってくるね」

 

 二匹の雌妖が言った。

 

「屋敷に侵入しているとはどういうことだ? 屋敷の護り兵がいるだろう」

 

 独角兕は言った。

 この屋敷は、小高い丘の上にあるが、周囲を土人形の兵が防護している。

 土人形とは、独角兕の魔術で作った土の兵であり、いくらやられても、いくらでも土から再生する。

 この屋敷を襲おうとしても、無限に出現する土の兵には、誰もかなわないはずだ。

 

「でも、突破されるね。時間の問題だね」

 

「そうだね。もうすぐ、突破されるね。再生するよりも、壊されるのが速いね。もうすぐ、屋敷の中に入って来るね」

 

 独角兕は立ちあがった。

 ここに棲みつくようになって以来、そんなことははじめだ。

 

「どの程度の勢力だ?」

 

 土人形の再生よりも速く破壊するというのであれば、それなりの軍に違いない。

 

「勢力というほどじゃないね。三人だね」

 

 金啄女だ。

 

「たった三人?」

 

 独角兕は驚いた。

 

「そうだね。三人だね。若い女のように見えるね。ひとりは術遣いで、ふたりは剣士だね」

 

 剛啄女のその言葉に、朱姫が顔をあげた。

 

「そうか。お前のご主人様だな、朱姫?」

 

 独角兕は言った。

 

「そ、そうだよ。ご、ご主人様は強いよ。観念して、あたしらを解放するのよ」

 

 朱姫が言った。

 

「なにを言う――。俺は、宝玄仙が来るのを待っていたのだ。やっと会えるのだな――」

 

 独角兕はにやりと笑った。

 

「……予定変更だ。俺の眼を見ろ、朱姫」

 

 独角兕は言った。

 朱姫の眼が恐怖に染まった。慌てて、視線を逸らそうとする。

 だが、そのときには、独角兕の『縛心術』は、朱姫の心を捉えていた。

 

「よーし、朱姫、挨拶代りに俺の一物をしゃぶれ。抜いたら出るぞ――」

 

 独角兕は、朱姫の顔の前に男根を差し出した。

 表情を失った朱姫が、それを黙って咥えこんだ。



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151 女三蔵対淫魔王

「うっとうしいねえ、次から、次へと――」

 

 宝玄仙は舌打ちしながら、手を左右に振った。

 道術で生み出した暴風が、百体ほどの土の兵を一度に元の土に変える。

 屋敷の門までは、まだ十間(約百メートル)ほどの距離がある。

 

「ご主人様、このくらいなら、土人形が復活する前に、屋敷の中庭に飛び込めます」

 

 背後にいる沙那が言った。

 

「わかっているよ、沙那。だけど、うっかり、お前たちとわたしが分断されても困るからね。ここは、わたしに任せな。どんなに無限に復活しようとも、この宝玄仙が、それこそ、土人形の霊気ごと吹き飛ばしてやるよ。それに、だんだんと復活するのに時間がかかってきたじゃないか」

 

 宝玄仙は、両手を振って暴風を起こす。

 半分ほど復活しかけていた土の兵が再び土に返る。

 

「こっちも、やばくなってきたよ、宝玄仙さん」

 

 沙那とともに、背後を護っている七星が叫んだ。

 沙那と七星は、宝玄仙が刻んだ結界を越えて、後ろから入り込もうとする土の兵を剣で叩き壊しているのだ。

 

 前側には攻撃術を仕掛けなければならないので、防御壁はないが、すでに通過してきた後ろには、逆に背中から襲われないように、道術の防御壁を刻んでいる。

 それでも、宝玄仙が前に進みながら防御壁を動かしているので、どうしても霊気の隙間が発生する。

 すると、それこそ無数に取り巻いている土の兵が、その隙間からどんどんと侵入してくるのだ。

 その侵入する土の兵を沙那と七星が剣で壊しているが、その数が限界を超えそうなのだ。

 

「どいてごらん、沙那、七星」

 

 宝玄仙は、一度、背後の透明の防御壁を取り去った。

 数百体の土の兵が、一斉に襲い掛かる。

 沙那と七星が地面に這いつくばった。

 

一昨日(おととい)、来な――」

 

 次の瞬間、宝玄仙の道術の風が後方の土人形を消滅させた。

 

「きりがないから派手にいくよ。お前たち、そのままでいな」

 

 宝玄仙は、吹き飛ばした土人形の復活の源になっている地面からの霊気を吸いあげる。

 大地そのものから吸いあげた霊気はあまりにも大きく、宝玄仙の身体には吸収できずに、宝玄仙の頭上で巨大な球体になった。

 その球体をそのまま、今度は、前側に飛ばす。

 束の間の暴風の狂乱の後、なにもなくなった地面が屋敷まで続いていた。

 

「今度は、ちょっとばかり、復活には時間がかかるよ。この隙に進むよ、お前たち」

 

 宝玄仙が叫んで走り出すのと同時に、沙那が宝玄仙の横を駆け過ぎていった。

 その後ろから宝玄仙も走る。

 七星が続く。

 

 屋敷の門の前まで辿り着いた。

 ここから先は、独角兕(どっかくじ)とかいう魔族王の霊気が強くなっている。

 結界だ――。

 

 いくら宝玄仙でも、相手の結界の中では霊気の強さが半減してしまう。

 宝玄仙は、結界の直前で三人を包む小さな結界を張った。

 

 後方の大地からは、再び、あの土人形たちが、人のかたちを作り始めている。

 しかし、今度はこっちが静止しているので、結界の間隙はできない。

 宝玄仙が動かない限り、この宝玄仙の結界を越えてやってくることはない。実際、無数の土兵が張りついている。

 だが、進めば宝玄仙の結界は崩れることになるので、また殺到するだろう。

 それだけではなく、独角兕の結界に入ることになる。

 できればここで決着をつけたい。

 

「ご主人様――」

 

 沙那が叫んだ。

 

「わかっている。大将が出てきたね」

 

 眼の前の屋敷の前庭に、霊気のひずみが起こっている。

 それとともに、新しい霊気の塊りを感じる。

 巨大な霊気を持った存在の気配だ。

 そして、二本の角が頭に生えた巨漢の魔族が出現した。

 

「お前が独角兕かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「おう、お前が宝玄仙か。これは美形だ。その後ろの女剣士たちもなかなかだな。三人とも、俺の妻にしてやる」

 

「寝言をほざいてるんじゃないよ、独角兕」

 

 宝玄仙は、電撃を独角兕に浴びせた。

 独角兕が両手を拡げるような仕草をする。

 霊気の壁で、宝玄仙の攻撃術を防ぐ態勢をとった。

 宝玄仙の攻撃術が独角兕の防御壁に阻まれて中和される。

 

 その防御壁ひとつをとっても、とてつもない魔族であることはわかる。

 さすがは、魔王を名乗るだけある。

 やはり、向こうの結界の中では、まず勝ち目はない。

 なんとか、こっち側に誘き出すしかない。

 

「その真剣な表情が堪らん。むらむらするぞ。やらせてくれ。頼む、宝玄仙」

 

 独角兕が血走った眼をこっちに向けた。

 

「なにがむらむらだよ。わたしの供を返しな、独角兕」

 

「供というのは、朱姫と孫空女のことか?」

 

「そうだよ。ぐずぐず言うと、屋敷ごと吹き飛ばすよ。お前の屋敷は、道術で産み出したものだろう? だったら、わたしの術でけし飛ばすよ」

 

 宝玄仙は、霊気の塊りを作って、屋敷側に撃った。

 爆発音が起こり、屋敷の玄関の一部が半壊する。

 

「なんだ、いまのは?」

 

 独角兕が振り返る。

 

「『霊気砲』だよ。わかったろう、独角兕。わたしは本気だよ。この宝玄仙に二言はないよ。供を返さなけりゃあ、屋敷は吹き飛ばす」

 

 宝玄仙は、二発目の『霊気砲』を飛ばした。

 独角兕が腕を振る。

 

 『霊気砲』に独角兕の霊気が当たって中和される。『霊気砲』が空中で消滅した。

 しかし、その時には、三発目の『霊気砲』が発射されている。

 二発目の『霊気砲』が中和された場所の横を通り過ぎて、屋敷の玄関に向かう。

 三発目が破裂して、屋敷の玄関が吹き飛んだ。

 

「こりゃあ、凄いね。あんなの初めて見たよ」

 

 背後にいる七星が驚嘆の声をあげる。

 すでに宝玄仙は、次の『霊気砲』を両手にそれぞれ作成している。

 独角兕がどんなに霊気を遣って『霊気砲』を中和しようとも、それよりも速く、新しい『霊気砲』を作って飛ばせる。

 

「やめんか、屋敷が壊れるだろう、宝玄仙」

 

 独角兕が叫んだ。

 

「そう言っているんだよ。朱姫と孫空女をこっちに連れてきな」

 

「だが、あいつらの調教はまだ終わってないのだ。昨夜は、ふたりとも抱き潰したが、まだ、抱き足りん。もう、俺の妻だ」

 

「寝言、言ってんじゃんないよ」

 

 宝玄仙は、たて続けに『霊気砲』を独角兕に向かって放出する。

 さすがに、独角兕の防御壁は破れない。

 すべてが、防御壁に阻まれて崩壊する。

 しかし、十数発の『霊気砲』が連続で壊れる衝撃は凄まじい。

 衝撃波が周囲の土を吹き飛ばす。

 

「宝玄仙、お前を一番妻にする。だから、俺の嫁になれ」

 

 独角兕が叫んだ。

 

「お前は、それしか言えないのかい」

 

 宝玄仙は、『霊気砲』をまた、屋敷に向かって続けて発射する。

 屋敷の壁が『霊気砲』の衝撃で穴が次々に開いていく。

 

「ご主人様、もう一度、さっきの術を――」

 

 沙那が叫ぶと同時に前に走る。

 狙いはわかった。

 独角兕の防御壁が防げるのは、術による攻撃だけだ。

 物理的な攻撃は関係ない。

 

 『霊気砲』を二発、独角兕に向かわせる。

 駆ける沙那を追い抜いて、『霊気砲』が飛ぶ。

 独角兕の霊気が防御壁に集中するのがわかる。

 

 『霊気砲』が壊れる。

 

 宝玄仙は『霊気砲』をさらに発射させる。

 沙那が防御壁を通り過ぎる。

 構えていた剣ごと独角兕にぶつかる。

 やったか?

 

「きゃあぁぁ――」

 

 しかし、沙那が悲鳴をあげた。

 態勢を崩している。

 沙那の細剣が沙那の手から離れて、宙に浮かんでいる。

 また、剣を奪われた沙那が、跳び込んだ勢いのまま、独角兕の懐に飛び込んでしまった。

 

「お前も美しいな。妻にしてやる」

 

 独角兕の手が沙那の身体を抱き押さえ、沙那の身体を背中側から触りまくっている。

 沙那が悲鳴をあげる。

 宝玄仙は、沙那の細剣が浮かんでいる場所に向かって、『霊気砲』を発射させた。

 しかも、続けざまに十発――。

 それこそ、『霊気砲』の壁が飛んでいくような感じだ。

 

「ひぎゃあああ」

「ふやあぁぁぁ」

 

 二匹の小さな雌妖が姿を現して、その場に落下した。

 鳥妖だ。

 幼いが強い霊気を帯びている。

 この二匹が姿を消したまま、沙那の手から剣を奪ったようだ。

 

「もう、我慢ならん」

 

 独角兕が沙那を地面に押し倒した。

 太い腕で沙那を押さえつけて、服を脱がせようとしている。

 沙那は激しく抵抗しているが、独角兕の巨漢の前では、武器を持たない沙那は子供と同じだ。

 少しずつ着ているものを脱がされている。

 

「お、お前、わたしの眼の前で、沙那を犯すつもりかい」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「わかっている。お前は、この娘の後だ。俺の精液で身体を満たしてやるから心配するな」

 

 独角兕は、剝き出しにした沙那の乳房を舐めはじめた。

 

「いやあぁ――。ご、ご主人様、助けて……。助けてください」

 

 沙那が叫んだ。

 どうにも調子が狂う。

 この妖魔は、色事しか考えられないのか……。

 

「独角兕、こっち見な」

 

 宝玄仙はそう言うと、下袍の留め具を外して、足元に落とした。

 装具や上着も取り、下着姿になる。

 沙那を組み伏せていた独角兕の動きが停止し、こっちを凝視した。

 

「このわたしよりも、供がいいのかい? このわたしの身体を味わいたくはないのかい?」

 

 宝玄仙は胸当ても外して、乳房を露わにする。

 そして、両腕で乳房を強調するように挟むと左右に振って見せた。

 

 こんなことで、独角兕が結界から出て来るとは思わないが、ものは試しだ。

 もしかしたら、本物の馬鹿かもしれないのだ。

 

 すると、独角兕は、奇声をあげながら、こっちに走ってきた。

 しかも、自分の結界を越えて、こっちにやってくる。

 宝玄仙の小さな結界の中に無防備に飛び込んでくる。

 独角兕が宝玄仙の裸身を抱こうとした瞬間、独角兕の身体が沈んだ。

 

「うおっ、な、なんだ?」

 

 宝玄仙の術により、独角兕の足元の地面が、一瞬にして沼地に変わったのだ。

 独角兕の身体が道術で作った沼にはまる。

 肩まですっぽりと地面に落ちた独角兕の周りの沼を元の土に戻す。

 独角兕は、肩から上だけを出したかたちで地面に埋まった。

 

「ほ、宝玄仙、(だま)したな」

 

 独角兕はもがいているが、いくら魔王の怪力でも、この状態になっては抜け出せない。

 

「なにが、騙しただい。こんなのが騙したうちに入るかい。まさか引っかかるなんて。仕掛けたわたしが驚いたよ」

 

 宝玄仙は、手を伸ばして、独角兕の頭に触れる。

 独角兕の身体の中の霊気を放出させる。

 すると、地面に倒れていた二匹の雌妖が消滅した。

 どうやら、あれは独角兕の使徒だったようだ。『使い魔』の術で出現させていたようだが、独角兕の霊気が失われたので、存在する力を失って消えたのだろう。

 

「さて、独角兕、言いたいことはあるかい?」

 

 宝玄仙は脱ぎ捨てた衣類を身につけながら、独角兕を見下ろした。

 

「やらせてくれ、一度でいい」

 

 頭だけを地面に出した独角兕が叫ぶように声をあげる。

 

「それしか、言えないのかい」

 

 宝玄仙は、独角兕の頭を力一杯踏みつけた。

 

「い、痛いぞ。そ、そっちの趣味はないが、宝玄仙がその系ならつきあうぞ。俺の望みは最終的にお前を犯すことなのだ」

 

 足の下の独角兕が苦しそうな声をあげる。

 気持ちが悪くなり、宝玄仙は独角兕を踏んでいた足をどけた。

 

「魔族さんよ、この人は、確かにそっち系だよ。他人を嗜虐すると興奮するという変態の性癖さ」

 

 独角兕の顔の前にしゃがみ込んだ七星が言った。

 

「余計なこと、言うんじゃないよ」

 

 宝玄仙は言い、七星の足元の土を一瞬だけ沼に変えた。

 そして、身体を沈めさせて、また土に戻す。

 七星の身体もまた、地面に顔だけ出して埋まる。

 

「な、なんだよ、宝玄仙さん。こりゃあ、酷いよ」

 

 独角兕と同じように顔だけを地面に出した七星が喚いた。

 

「お前もいい女だな。俺の妻になれ」

 

 七星と向き合うかたちで地面から顔を出している独角兕が言った。

 

「お前は黙りな」

 

 七星が喚いた。

 

「朱姫と孫空女を探してくるから、罰としてそれまで埋まってな、七星」

 

 宝玄仙は言った。

 

「な、なんの罰だよ。こういう理不尽な仕打ちは、供だけにしてくれよ。あたいは、お金であんたに抱かれる約束はしたけど、それ以外は、契約の外だよ」

 

 七星が声をあげる。

 その追い詰められたような表情が、宝玄仙の嗜虐心を刺激する。

 

「調教だよ、七星。二度と生意気な口を利けないようにしてやるよ。この宝玄仙の責めを、理不尽な仕打ちとは心外だね。奴隷に対する躾じゃないか」

 

「あたいは、奴隷じゃない――」

 

 七星は声をあげた。

 

「じゃあ、そう思えるようになるまで、たっぷりと調教してやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「お前を抱くには、金を払えばいいのか? いくらだ?」

 

 独角兕だ。

 

「お前は、黙っていろと、言ってんだろう――」

 

 七星が独角兕に向かって叫んだ。

 

「じゃあ、ふたりを探してくるから、七星は、これで遊んでいな」

 

 宝玄仙は七星の身体に『影手』を飛ばす。

 朱姫に教えた技だから、もちろん、宝玄仙は遣える。

 いま、七星の身体には、十本ほどの『影手』が張りついたはずだ。それが一斉に七星の全身を責め始める。

 

「ひいっ、ひやあああっ」

 

 たちまちに七星が欲情した声をあげ始めた。

 独角兕の顔の前の七星の顔が淫情に包まれ、嬌声を洩らし始める。

 欲情し始めた女の前で、なにもできない独角兕が、悔しげな表情で喚きはじめた。



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152 戦いが終って

「あ、あんなの八つ裂きにしてやればよかったんだよ」

 

 先頭を歩く孫空女が叫んでいる。

 南に向かう河畔街道だ。

 先頭を孫空女、その後ろを七星と宝玄仙。さらに朱姫と続く。

 沙那は最後尾だ。

 

 南側に存在する最初の国は、『北梁(ほくりょう)国』という場所らしい。

 こんな魔族の領域と接する場所であるが、それなりに人の営みはあるらしく、通天河沿いに行けば、国という体裁をとっている場所が続いているそうだ。

 北梁国の南は「.西梁《せいりょう》国」、次いで大きな湖を渡り「女人(じょにん)国」という国があるとのことだ。

 女人国は、男を追放した女だけの国のようだ。女だけの国というのは、どういう場所なのか沙那には予想ができない。

 

「まあ、あいつには、二度とわたしらを襲わないということと、女の意思に反して無理矢理に妻にしないということを真言の誓約で誓わせたんだ。それでいいじゃないか。あんな馬鹿を殺したんじゃあ、少しばかり寝覚めが悪いよ、孫空女」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「だってさあ」

 

 孫空女はまだ不満気だ。

 独角兕に捕えられた孫空女と朱姫を救出するために、宝玄仙とともに独角兕の屋敷に乗り込んだとき、朱姫は独角兕の『縛心術』により、意思を喪失させられ、孫空女は鎖で逆さ吊りにされて、肛門に浣腸液を注がれている最中だった。

 

 また屋敷に乗り込んだとき、屋敷に中にはたくさんの美女たちがいたのだが、外の喧騒に何事かと不安がって右往左往していた感じでもあった。

 そんな女たちを無視して屋敷内を捜索すると、最初に朱姫を見つけた。

 

 顔がそっくりのふたりの双子姉妹と一緒であり、そのふたりに介抱されるように抱えられていた。

 『縛心術』で意思を失わされて大人しくさせられているというのはすぐにわかった。

 宝玄仙が術を解くと、朱姫はすぐに泣き叫び始めた。

 

 身体に紋章を刻まれて絶頂寸前の状態でとめられているようだ。

 宝玄仙が、独角兕の紋章を朱姫の身体から消滅させると、次に朱姫はその場でのたうち回った。

 とめられていた十回分くらいの絶頂が、朱姫を続けて襲ったのだ。

 朱姫は、体液を撒き散らして、あっという間に気を失った。

 

 孫空女を見つけるのは、やや時間がかかった。

 屋敷の隠し部屋のような場所で、尻の調教をされているところだったのだ。

 最初は、どこにいるのかわからなかったが、不安気に周りを取り囲む女たちに訊ねると、その隠し部屋の場所をあっさりと教えてくれたのだ。

 

 女たちは、別に隠すつもりも、抵抗する気もなかったようだ。

 緊張感のない救出に、沙那もなんだか力が抜けるのを感じたものだ。

 

 とにかく、ふたりを救出した後、再び、七星と独角兕が地面に顔だけ出して埋められている場所に戻った。

 『影手』に責められ続けていた七星は、気をやり過ぎて、ぐったりしていて、地面から出されても、しばらくはうつ伏せに倒れたまま動かなかった。

 

 独角兕は、地面に顔を出したまま、宝玄仙と真言の誓約を結ばされ、二度と一行を襲わないということと、意に反して囚われている女を解放し、二度と女を浚ってこないということを誓わせられた。

 

 もっとも、独角兕の屋敷には、四十人以上の女が妻として、事実上、囚われていたのだが、沙那の予想に反して、出ていこうとする女はほとんどいなかった。

 出ていくものには、それなりの財を与えて故郷に戻すと独角兕が口にしても同じだった。

 それも沙那には意外だった。

 

 最初こそ独角兕に無理矢理に手籠めにされたのだが、本質的に独角兕は、女たちにとってはいい夫らしい。

 どの女にも優しくはあるし、それなりの贅を尽くした生活も与えている。

 また、性的な満足を与える。

 一日に何十人を相手にすることも可能だから、女が何十人いても、女たちはほかの女に嫉妬することがない。

 むしろ、絶倫の独角兕を独占してひとりで相手するということの方が恐怖らしかった。

 

 従って、女たちには結婚の相手として、独角兕に不満はなかったのだ。

 だから、出ていかなかったのだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙は、多少の路銀を取りあげると、独角兕の屋敷を後にして、宿となる空き家を与えられている部落に戻った。

 そこで、旅に必要な保存食と幾らかの衣類。そして、荷を運ぶための葛籠を手に入れると、旅を再開することにした。

 

 向かうのは、女人国であり、さらに南の南域だ。

 最終目的地は、魔域にある金角の勢力地としても、魔域を横断する旅は避けることにしたのだ。

 このまま、通天河沿いに南に進み、海沿いに西に向かい、また北に向かうという旅になると思う。

 南域は、七星の故郷でもある。

 不案内の旅に七星の知識は役立ってくれるに違いない。

 

「それよりも、孫空女。わたしと沙那がお前を見つけたときの第一声はよかったね。もう一度、あの台詞を言っておくれよ。頼むよ」

 

 宝玄仙が孫空女に向かって言った。

 

「や、やだよう」

 

 後ろからでも孫空女が真っ赤になったのがわかった。

 

「お前もまだわかっていないのかい、孫空女。このわたしが、お前たちになにかを“頼む”と言ったときは、それは命令と同じなんだよ」

 

 宝玄仙の声にほんの少しの厳しさが加わった。

 あの声のときに、少しでも逆らえば、怖ろしい罰が待っている。沙那は、それを経験により知っている。

 

「わ、わかったよ。言うよ、ご主人様……。“ご、ご主人様、うんちをさせてください”――。こ、これでいいだろう」

 

 孫空女は言った。

 

「ああ、それでいいよ、孫空女――。ほらっ、七星。わたしの供だったら、これくらい素直じゃなくっちゃならないよ」

 

 押し黙って歩いている七星に宝玄仙は言った。

 

「あ、あたいが、なにしたっていうんだよ……」

 

 七星が苦しそうに言った。

 その顔は上気し、汗びっしょりだ。

 何度もつく吐息には、はっきりとした淫情が混ざっている。

 

「まだ、素直さが足りないね、七星」

 

 宝玄仙がそう言って、指を軽く動かした。

 

「ひぎいっ――。や、やめておくれよう」

 

 七星が股間を押さえてうずくまる。

 宝玄仙は、今朝の出発のときから、『影手』を身体に張りつけられている。

 それで、ずっと、淫靡な責めを受け続けているのだ。

 七星は、股間に両手をやったまま身体を仰け反らせた。

 

「い、いくうっ」

 

 七星は声をあげた。

 

「許可なく、いくんじゃないと、言っているだろう、七星。何度、言えば、覚えるんだい」

 

「だ、だって……ああぅぅぅ――」

 

 七星が果てたのがわかった。

 しゃがみ込んだまま、全身を激しく震わせたのだ。

 

「いくときは、この宝玄仙に許可を受けてからだ。いまくらいの刺激だったら、ほかの者だったら、もっと我慢できるよ。本当に堪え性のない淫乱だねえ」

 

 宝玄仙がまだ激しく息をしている七星を見下ろしながら言った。

 

「あ、あたいは、そ、孫空女や……ほかの女みたいに……あんたの奴隷になったわけじゃないよ……」

 

 七星は立ちあがった。

 股間が尿を洩らしたように濡れている。

 何度も歩きながら気をさせられて、七星の股間から撒き散らした愛液が、七星のズボンを濡らしているのだ。

 ふと見ると、七星の下袴(かこ)の裾にも、股間からしたり伝わった淫液がある。

 無理もない。

 宝玄仙の責めの惨さを沙那は知っている。きっと、七星の身体に張りついた『影手』は容赦なく七星を責め続けているに違いない。

 

「まだ、そんなことを言っているのかい」

 

 宝玄仙が嘆息する。

 すると七星がまた乱れ始める。

 

「ひいっ――。そこは、弄くらないで――」

 

「この宝玄仙の奴隷になると誓えば、解放してやるよ、七星」

 

「あ、あたいは、か、身体は売っても……心は売らないよう――」

 

 七星は、身体を震わせながら叫んだ。七星の膝ががくりと曲がる。

 

「じゃあいいさ。身体だけなぶらせてもらうよ。まだ契約は、一箇月以上残っているからね」

 

 七星は、三箇月の約束で、この旅に同行している。

 彼女の喘ぎが大きくなる。

 

「ほらっ――、歩きな、七星。そんなへっぴり腰じゃあ、夕方までに、次の部落に着かないじゃないか。わたしは、夜は屋根のある場所に寝たいんだよ。歩く速度をあげな。また、野宿をする羽目になったら、お前を一晩中地獄責めにするよ。文句はないだろう、七星? お前の身体は、この宝玄仙が買ったんだから」

 

 七星が一歩、二歩と進んで、また、腰を落とした。本当に苦しそうだ。

 

「ご、ご主人様、そろそろ、許してあげてはどうですか?」

 

 沙那は無駄だとわかってはいるが、思わず声をかけた。

 宝玄仙は、自分に逆らう女をああやって嗜虐するのが大好きなのだ。宝玄仙は、怒っているわけでも、叱っているわけでもない。

 七星を使って、ただ、遊んでいるだけなのだ。七星も屈服したふりをすれば、宝玄仙の責めは収まるのだが、意地を張るものだから、いつまでも責め続けられる。

 

「どうしてだい? 身体については、いくら責めてもかまわないと言っているじゃないか。そうだよね、七星?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「……も、もう、勘忍して……。あ、あたいが……わ、悪かったから……。ああっ……」

 

 七星がまた、絶頂するような声をあげた。

 しかし、責めが少し緩んだのか、いく寸前で、七星はかろうじて持ち堪えた。

 それでも、淫靡な刺激はやまないのだろう。

 まだ、苦しそうに顔を上気させている。

 

「孫空女、七星は、いま、いく寸前さ。お前の手でいかせてやりな。こいつは、お前に責められるのを嫌がるからね」

 

「わかったよ、ご主人様――。そういうわけだから、いっちまいな、七星」

 

 孫空女が七星を抱えて、左手を七星の股間に当てがった。

 七星は、それを払いのけようとするのだが、何度かいかされてしまった身体はいうことをきかないようだ。

 孫空女に下袴の腰の紐を緩められて、中に手を入れられてしまっている。

 

「へっ――、べちょべちょじゃないか、七星」

 

「ち、畜生、お、覚えて……ひいっ……覚えいていろよ、そ、孫空女……ああっ……うはあっ」

 

 七星が腰を震わせる。

 また、身体をがくがくと震わせて、身体を孫空女に預けた。

 

「ひぎゃあっ――」

 

 次の瞬間、絶叫して七星が身体を仰け反らせた。

 官能ではなく、苦痛に顔を歪めている。

 また、さっきの電撃を七星は浴びせられたのだ。

 

「勝手にいくなと言っただろう、七星。どんなときでも、いく前には、許可を受ける。それがわたしの供の約束事だ。できなければ、いまみたいに、罰がある。わかったかいっ」

 

「わ、わかったよ、宝玄仙さん……」

 

 孫空女に助け起こされながら七星が言った。

 

「いくときの見本を見せな、沙那。朱姫、『影手』で沙那を責めてやりな」

 

 不意に宝玄仙が、沙那と朱姫を見た。

 また、とばっちりだと思ったが、どうしようもない。

 

「はい、ご主人様」

 

 朱姫が言い、沙那に振り向いて、なにかを沙那にした。

 

 『影手』だ――。

 股間とお尻に手が張りつく。

 ずぶりと前後の孔に『影手』の指が刺さる。それと同時に、肉芽が刺激される。

 

「沙那姉さん、ご主人様の命令ですから、あたしは嫌々やっているということをわかってくださいね」

 

 朱姫がそう言った。

 もちろん、そんなのは嘘だということは知っている。

 朱姫は、宝玄仙と一緒で「責め」だ。

 沙那や孫空女を苛むことを好む。

 また、沙那の身体を知り抜いている朱姫だ。どこをどうすれば、沙那が感じるのかということを知り抜いている。

 

 朱姫の『影手』の責めに、沙那の腰が沈む。

 口から喘ぎが押し出される。

 沙那の身体は、敏感だ。

 宝玄仙の長年の調教でそうなった。

 あっという間に沙那は、限界に達した。

 

「ご、ご主人様、い、いくことを――。お、お許し……お許しください……はあっ――」

 

 沙那は押し寄せる波にさらわれる。

 総身が細かく震えはじめる。

 

「ほら、ご覧、七星。あれが、見本だよ」

 

 宝玄仙が言っている。

 

「ご、ご主人様――、そ、それよりも、いく許可を……いくことの許可を――」

 

 沙那は、股間に手を挟んでぎゅっと締めつけた。

 そうでもしなければ、もう、いってしまいそうだ。

 

「まだだよ、お預けだ」

 

 宝玄仙が意地悪く言う。

 

「そ、そんな……」

 

 すると調子に乗った朱姫が、沙那の責めを強くする。

 

「ひいっ――。しゅ、朱姫、駄目――。ご、ご主人様、許可をくださいっ――あうっ――や、やめてっ……んんっ――」

 

 全身に快楽の大波が襲いかかり、沙那は悲鳴をあげながら凄まじい痙攣とともに、達してしまった。

 沙那は、身体を脚で支えることができず、その場に跪いた。

 

「沙那、許可を受ける前にいったら、見本にならないじゃないか」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃないよ。じゃあ、七星一緒に、罰だ。孫空女と、朱姫、ふたりで、七星と沙那の下袴を剥いてしまいな。ここからしばらく下半身を露出したまま歩かせるよ」

 

 人の通らない河川道とはいえ、外だ。

 こんなところで裸にされたくはない。

 沙那は、朱姫の手から逃れようと暴れた。

 

 しかし、朱姫の『影手』がそれを阻止する。

 『影手』が股間を愛撫しはじめると、それで、沙那の抵抗力がなくなる。

 

「ははは、許しくださいね、沙那姉さん。あたしはいやいややってんですよ」

 

 朱姫が嬉々として沙那から服を脱がせる。

 あっという間に、沙那の脚から下袴が抜かれ、下着も剥ぎ取られた。

 ふと見ると、七星も、同じように孫空女から下袴と下着をむしられている。

 七星の股間には、黒い手が消えたり、出現したりを激しく繰り替えしている。

 そのたびに、七星は、大きな嬌声をあげている。

 だが、沙那も、それ以上、七星のことを気にかけることができなくなった。

 沙那の股間に張りついている『影手』がまた強い刺激を沙那に与え始めたのだ。

 

「い、いかせてください――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「あ、あたいも――。いっていいですか、宝玄仙さん」

 

 七星も叫んだ。

 

「いっていいよ、ふたりとも」

 

 宝玄仙のその言葉で、沙那は耐えていたものを解放した。快楽の大波のままに、身体が反応するのを許す。

 七星も声をあげて絶頂の仕草を見せている。

 そんな七星の絶頂を眺めながら、沙那もまた深い深い絶頂に身を委ね続けた。

 

 

 

 

(第24話『絶倫大魔王』終わり)





 *


【西遊記:50~52回、独角兕(どっかくじ)大王】

 旅の途中で玄奘が空腹を訴えました。
 しかし、周りには人家はありません。また道の先の山に妖しい妖気があり、孫悟空はそれを危ぶみます。
 とりあえず、孫悟空は玄奘を結界で包み、自分が戻って来るまで結界から出ないように申し渡してから、雲に乗って、遠くに托鉢に向かいます。

 しかし、空腹を我慢できなかった玄奘は、猪八戒と沙悟浄とともに、勝手に結界を出て先に進んでしまい、偶然に山の中で見つけた一軒の家に入ります。中に入って勝手に他人の衣服を身に着けた猪八戒と沙悟浄は、その服に包まれて拘束されてしまいます。
 実は、その屋敷は、独角兕大王の別荘であり、三人は捕らわれてしまいます。

 玄奘たちが魔王に捕えられたことを知った孫悟空は。すぐに独角兕大王の棲み処に向かいますが、独角兕大王には、「金剛啄(こんごうたく)」という相手の武器を奪うことのできる武器があります。
 その武器で如意棒を奪われてしまった孫悟空はやむなく一時撤退をします。

 孫悟空は天帝に救援を求め、名立たる天軍の将軍たちが加勢にやってきます。
 しかし、ことごとく、独角兕大王に武器を奪われてしまいます。

 孫悟空はさらに釈迦如来に助力を求めます。
 如来から、相手の身体を沈める「金丹砂(きんたんさ)」という武器を授かった孫悟空は、それを使って、独角兕大王の身体を埋めてしまうことに成功します。
 しかし、その金丹砂もまた、金剛啄に奪われてしまい、独角兕大王は洞府に逃げ込みます。

 孫悟空は如来の助言に従い、天上界における練丹の大家である太上老君(たいじょうろうくん)を訪ねます。
 太上老君は事情を知り、孫悟空とともに下界におります。
 独角兕大王は、実は太上老君から、金剛啄を奪って逃亡をした青牛が正体でした。
 太上老君は、青牛に戻した独角兕大王を連れ帰り、孫悟空はやっと玄奘たちの救援に成功します。


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 第25話   初恋の果て【呂奇斗(ろきと)
153 純情青年の初恋


 通りに足を踏み入れたときから、孫空女は、その男たちの存在には気がついていた。一定の距離をおいて、後ろからついてくる。

 北梁(ほくりょう)国という小さな人間族の国だ。

 

 通天河(つうてんが)の西側にある国であり、こんなところにも、人の集まりはあり、国はあるのだ。

 通天河に沿って南に向かうように、この北梁国、西梁(せいりょう)国、さらに女人(にょにん)国を通過して、さらに南に向かうのが、いまのところの計画だ。

 特に、女人国というのは、なんと男が存在せず、女しか住んでいない国なのだそうだ。

 そんなところ本当にあるのだろうかと不思議に思ったりする。

 

 それはともかく、今夜は、この北梁国の地方都市で宿をとることになったのだが、食量調達のためにひとりで宿から出てきたところ、帰り道で誰かに付けられているのを感じた。

 物取りの類いかもしれないし、孫空女の身体が目的なのかもしれない。

 もしくは、その両方だろう。

 

 道中で消費する保存食料をこの町の市場で調達した帰り道だった。

 孫空女が背負っている袋には、五人で十日以上は大丈夫なくらいの食料が入っている。

 市でそれを購うときに、もしかしたら、まとまった銀粒を袋に持っていたのを見られたのだろうか。

 宝玄仙たちが泊っている宿に戻るために、近道をしようと思ったのが間違いだったかもしれない。

 人通りが少なくなり、道幅が狭くなると、はっきりとした尾行として、彼らの気配を感じられるようになってきた。

 

 孫空女は、内心で舌打ちした。

 こっぴどく叩きのめしてやってもいいが、それは実際に襲われてからでも遅くない。

 もしかしたら、このまま追跡を続けた挙句に諦めるかもしれない。

 孫空女の物腰を観察すれば、孫空女が只者ではないことくらいはわかるはずだ。

 そうであれば問題はない。

 面倒は避けたいのだ。

 

 しかし、歩みを進めるにつれ、追跡者たちの気配は、次第にすぐ後ろに感じられるようになる。

 孫空女は、少しだけ歩みの速度をあげることにした。

 それが彼らの襲撃のきっかけになるのか、孫空女に気づかれていることを知って、襲うことを思い留まることになるのかわからない。

 ただ、いつまでもずっと後をつけられるのが、うっとうしいと思っただけだ。

 

 孫空女が歩みを速めると、迫っていた尾行の気配がすっと消えた。

 どうやら、諦めたようだ。

 孫空女は、歩みの速度を戻した。

 

「姉ちゃん、あんた、いくらでやらしてくれるんだよ?」

 

 ふと、前から声がかけられた。

 気がつくと、物陰から出てきた与太者が三人ほどで、前を塞いでいる。

 そして、背後――。

 そこにも二人出てきた。

 なんのことはない。先回りして、回り込まれただけだった。

 

「うるさいよ、邪魔だよ」

 

 孫空女は、前を塞いでいる男たちを払いのけて進もうと思った。

 すると、風が頬を掠めた。

 三人のうちの真ん中の男が剣を抜いて、孫空女に剣を払ったのだ。

 

 意外な剣技だった。

 触れはしなかったが、孫空女が思わず眼を見開く程度には、剣は鋭かった。

 孫空女が、態勢を整えて身構えたときには、孫空女を囲んでいた五人の全員が剣を抜いていた。

 

「背中に背負っているものは、最終的には持って帰っていいぜ。ただし、懐に入れている銀粒は置いていくんだ」

 

「それと、裸になって、股ぐらを開きな。大人しくしてれば、服は破かないでおいてやる。抵抗すれば、怪我をした挙句に抱き潰した後で、素っ裸で帰ることになる。俺たちはどっちでもいいがな」

 

 男たちがげらげらと笑った。

 かっとした。

 全員を叩きのめしてやろうと思って、孫空女は耳に隠している『如意棒』を手の中に移動させた。

 

 しかし、突然、眼の前に小さな爆発音が起こり、急に視界が真っ白になった。

 ただの闇ではない。完全な闇だ。

 なにが起こったのかわからない孫空女は、途方に暮れた。

 すると、視界を失って、呆気にとられている孫空女の手首が急に掴まれた。

 

「こっちに――」

 

 誰かが孫空女を強引に引っ張る。

 その手と言葉に悪意のようなものは感じなかった。

 孫空女は引っ張られるまま、手首を掴まれたまま路地を駆けた。

 

「走って」

 

「走ってるよ」

 

 孫空女を引っ張っているのは、ひとりの青年だ。

 少し小太りで、全力で駆ける割りには、随分と遅く感じた。

 だが、この辺りは、かって知っているらしく、右に左にと小さな脇道を進んでいく。

 そして、いつの間にか、大きな通りに出た。

 孫空女を襲おうとした五人は、もう、姿かたちもない。

 

「はあ……はあ……はあ……。だ、大丈夫……です……か? あ、危ない……ところでしたね」

 

 襲撃者に襲われていた孫空女を助けたのは、意外なくらいに若い青年だ。

 まだ、少年と言ってくらいの面影が顔にある。

 ただ、身体は大人だった。

 ほんの少し走っただけなのに、その青年は激しく息切れをしていた。

 懸命に息を整えようとする彼の年齢は、十七、八ではないだろうかと思った。

 青年は、まだ、孫空女の手首を掴んでいる。

 

「あ、あいつらは、あの界隈を根城にしているごろつきなんです。あ、あの路地は、あんたみたいな、綺麗な女の人が、ひとりで歩いちゃいけないところだよ」

 

 その青年は言った。

 やっと息も整ってきたようだ。

 その一生懸命な口調がなんとなく好印象だ。

 

「あたしを助けてくれたのかい?」

 

 孫空女は言った。

 

「うん」

 

 青年は頷いた。

 しかし、まだ、孫空女の手首を握ったままだったことに気がついて、慌てて手を離して、顔を紅らめた。

 孫空女は、その様子に思わず小さく噴き出した。

 

「ご、ごめん……。笑うのは失礼だよね――。お礼を言うよ。あたしは孫空女だ。助けてくれてありがとう」

 

 孫空女は頭をさげて謝った。

 噴き出したとき、青年が失望したように紅らめた顔を伏せたのだ。

 気を悪くさせたのかもしれない。

 どう見ても、闘いに長けているという様子はないにも関わらず、煙玉のようなものを使って助けてくれたのだ。

 感謝の言葉こそ言うべきであり、笑うなど失礼だった。

 相手がまだ少年に近い青年であり、実は助けなどまるで必要なかったとしてもだ。

 

「い、いえ……」

 

 青年は、また、顔を紅くして頭を掻いた。

 

「さっきの煙玉はなにさ?」

 

「あ、ああ……。あれは、僕が作ったんだ。ちょっとした霊具で、地面に叩きつけると、さっきみたいに、煙で周囲一帯の視界を見えなくするんだ」

 

「あんた、術遣いかい?」

 

 孫空女は、意外さに声をあげた。

 彼のなんとなく純朴な野暮ったさが、道術遣いということと結びつかない。

 道術遣いというのは、どこにいっても重宝される存在で、ある意味では、術が遣えるというだけで、優勢人種ともいえるのだ。

 

「た、大した術遣いじゃないよ。遣える術なんてないんだ。だけど、霊具だけは、なぜか作れるんだ。もっとも、それだって、つまらないものしか作れないけどね。さっきのだって、本当は爆発して敵を倒す目的で作ったんだ。だけど、できあがったのは、あんなに小さな爆発しかしなくて、それでいて、やたらに煙が出るものだったし……」

 

「いいじゃないか。お陰で助けられたんだ。あれが、爆発するものだったら、あたしも怪我をしていた。あの煙玉は役に立つ。立派なものだよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 孫空女の言葉に、青年が嬉しそうな顔をした。

 

「あんた、この辺の人?」

 

 孫空女は言った。

 

「いや、隣町だよ。だけど、霊具の注文があるんで、よくこの城郭にも来るんだ。今日も注文の品物を届けた帰りさ。もう、戻ろうとしていたんだけど、そしたら、あんたを見つけて……。なにか、たちのよくない男たちがつけているようだったら……」

 

 やっぱり、市で目を付けられて、さっきの男たちに、すっと後をつけられていたのだと確信した。

 

「お陰で助かったよ」

 

 孫空女はもう一度言った。

 本当は、あんな連中を叩きのめすのに、数瞬しかかからない。

 だが、助けなど必要なかったと言えば、勇気を出して助けてくれたらしいこの青年を傷つける気がした。

 

「孫空女さんは、旅の人?」

 

 青年が言った。

 

「そうだよ。道術遣いの女主人に仕えて、南に向かって旅をしている途中だよ。ほかに、仲間が三人いる。みんな女だ――。そう言えば、あんた名前は?」

 

「そうだった。僕は、呂奇斗(ろきと)っていうんだ」

 

「じゃあ、呂奇斗、さっきは、ありがとう」

 

 孫空女は手を振って、その場を立ち去った。

 

 

 *

 

 

 とても綺麗な女の人だと呂奇斗は思った。

 女性にしては背が高い方だろう。

 髪は赤毛で、癖のなく首の後ろで束ねたきれいな髪が胸の後ろまで伸びている。

 そして、きびきびとした歩き方がとても印象的だった。

 この辺りではちょっと見ないくらいの美人だ。

 それに、呂奇斗が、これまでの人生で感じたことのない清々しさが彼女にはあった。

 

 だが、それとともに、あんな物騒な場所に、たったひとりでどんどん進んでいく彼女に、呂奇斗は少し不安も感じた。

 あの界隈は、この城郭でも一番物騒な場所だ。

 食い詰めた労働者や軍兵に追われる手配者などがうようよしているところであり、ほんの少しの金を得るために、なんのためらいもなく人を殺せる連中ばかりが集まるところだ。

 そんな場所に、若い女がたったひとりでやって来るなんて、あまりにも無謀だと思った。

 

 傭兵風の格好をしているし、隙のない身のこなしからも、それなりに腕に覚えはあるのだろう。

 しかし、大きな荷物を背負って路地を進んでいく彼女は、寸鉄も帯びていない丸腰だ。

 そして、彼女はあまりにも堂々としていて、もしかしたら、この一帯が危険であることに気がついていないのではないかと思った。

 

 彼女に気に留めてみるとすぐに、距離を開けて、彼女を追跡している五人組にも気がついた。

 それで、呂奇斗にはどうしても、彼女を無視することができなくなってしまった。

 

 呂奇斗が、その五人のことを知っていたからだ――。

 その五人組は、さっきの路地を根城にしている者の中でも、一番厄介な連中で、強盗も殺人も、強姦もなんとも思っていない連中だ。

 あの連中に、あの女の人が犯されたり、殺されたりするかもしれないと思うと、なにか熱くなるものがあった。

 普段なら絶対に湧いてこない、あの連中に対する怒りのようなものが沸き起こった。

 

 しばらく、赤毛の綺麗な女性と、彼女をつける五人を追っていた。

 すると、やっと尾行されていることに気がついたのか、赤毛の女性が少し歩みを速めた。

 しかし、それは、連中に襲撃のきっかけを与えたにすぎなかった。

 

 連中がさっと二手に分かれた。

 彼らが進む方向で、どこでなにをしようとしているのかがわかった。

 この先で再び合流する路地がある。そこで挟み撃ちにするつもりなのだ。

 

 いつの間にか呂奇斗は走っていた。

 後になって考えても、なにを考えて自分が走り出したのか、よくわからない。

 普段の呂奇斗だったら、彼らを遠くから見ただけで、歩く方向を変えて逃げていくだろう。

 しかし、あの綺麗な赤毛の女性が、これから彼らにされるだろうことを想像すると、なにも考えることができなくなった。

 すぐに赤毛の女は見つかった。

 呂奇斗は、すぐに飛び込みたい心を押さえて、赤毛の女が囲まれているすぐそばの建物の影に隠れた。

 彼女は、すでに、あの五人に囲まれていた。

 

「姉ちゃん、あんた、いくらでやらしてくれるんだよ?」

 

 男たちのひとりが言った。

 

「うるさいよ、邪魔だよ」

 

 赤毛の女が応じた。

 すると、男のひとりが剣を払って、赤毛の女の顔に斬りつけた。

 呂奇斗は、思わず叫びそうになった口を自分の手で押さえた。

 

「背中に背負っているものは、最終的には持って帰っていいぜ。ただし、懐に入れている銀粒は置いていくんだ」

 

「それと、裸になって、股ぐらを開きな。大人しくしてれば、服は破かないでおいてやる。抵抗すれば、怪我をした挙句に抱き潰した後で、素っ裸で帰ることになる。俺たちはどっちでもいいがな」

 

 男たちがげらげらと笑った。

 我慢できたのは、ここまでだった。

 呂奇斗は、たまたま持っていた『煙玉』を赤毛の女が囲まれている場所に向かって叩きつけた。

 

 どすんという呂奇斗の『煙玉』特有の音がして、真っ白い煙が辺りに立ちこめた。

 ほんの少しの時間だけだが、その白い煙に囲まれている一帯は、突然に光を失い完全な闇に覆われているはずだ。

 呂奇斗は、白い煙の中に跳び込んだ。

 赤毛の女の立っていた位置は、頭に刻み込んでいる。

 闇の中で手を伸ばすと、呂奇斗の手が腕輪に触れた。

 あの赤毛の女は、首と手首と足首におそろいの赤い装飾具を付けていた。彼女の髪の毛と同じ赤い色の首輪と腕輪と足環だ。

 呂奇斗は、その手首を握った。

 

「こっちに――」

 

 彼女を強引に引っ張って、煙の外に連れ出す。

 

「走って」

 

 呂奇斗は駆けながら叫ぶ。

 

「走ってるよ」

 

 彼女は抵抗しなかった。

 呂奇斗に引っぱられるままについてくる。

 

 駆けながら、一度だけ後ろを振り返った。

 男たちは、突然に視力を失い、まだ煙の中で右往左往していた。

 後は逃げるだけだ。

 

 追いかけて来られないように、滅茶苦茶に脇道を変えて駆けた。

 やがて、宿屋街に面する大通りに着いた。

 ここまでくれば大丈夫のはずだ。

 呂奇斗はほっとした。

 全力で駆けたので息が苦しい。

 なによりも、助かったという安堵感が、いまになって激しい動悸を呂奇斗に引き起こしていた。

 

「はあ……はあ……はあ……。だ、大丈夫……です……か? あ、危ない……ところでしたね」

 

 やっとのこと呂奇斗は言った。

 振り返って、その女性を見た。

 激しく呼吸をしている息がとまる。

 近くで見た彼女は、遠くから見るよりも遥かに美しいと思った。

 呂奇斗は、息をするのも忘れて、じっと彼女の顔に吸い込まれていた。

 

 彼女は、呂奇斗のことを不思議そうに見ていた。

 それで、ふと気がついた。

 考えてみれば、いきなり彼女の手を引っ張って、ここまで強引に連れて来たのだ。

 彼女にしてみれば、さっき彼女を襲おうとした五人組同様に、呂奇斗もまた、見知らぬ怪しい男に違いない。

 弁解しなければ――。

 呂奇斗は、慌てて、事情を説明するために口を開いた。

 

「あ、あいつらは、あの界隈を根城にしているごろつきなんです。あ、あの路地は、あんたみたいな、綺麗な女の人が、ひとりで歩いちゃいけないところだよ」

 

 やっと息も整ってきた。

 激しかった息も整うくらいの長い時間、呂奇斗は、自分が彼女を見つめたままだったことを知った。

 なにか、急に恥ずかしい思いに包まれる。

 

「あたしを助けてくれたのかい?」

 

 彼女はそう言った。

 ぶっきらぼうな物言いだが、それは彼女によく似合っていた。同時になぜか胸の痛みを感じた。

 何歳くらいだろうか。

 呂奇斗は十八だったが、自分よりも歳上だろうか?

 

 すると、彼女がにっこりと微笑んだ。

 ものすごく、きれいで爽やかぬ笑顔だった。

 

「うん」

 

 呂奇斗はそう言って、自分がまだ、眼の前の女性の手首を握ったままだったことに気がついた。

 慌ててその腕を離す。

 いったいどれだけの長い時間、自分は手を握っていたのだろう。

 恥ずかしさでかっと顔が熱くなった。

 

 下を向いた呂奇斗の耳に、彼女がぷっと噴いた音が聞こえた。

 なにかまごまごしているのを笑われたのだと思った――。

 どうして、自分はいつも、こうなのだろう。

 いざというときにあたふたしてしまう。

 本当は、もっと格好よく助けたかったのだ。

 

「ご、ごめん……。笑うのは失礼だよね――。お礼を言うよ。あたしは孫空女だ。助けてくれてありがとう」

 

「い、いえ……」

 

 孫空女というのだと思った。

 呂奇斗が顔をあげると、彼女が呂奇斗の顔を見つめていた。

 胸の痛みが大きくなる。

 

「さっきの煙玉はなに?」

 

 孫空女が言った。

 

「あ、ああ。あれは、僕が作ったんだ。ちょっとした霊具で、地面に叩きつけると、さっきみたいに、煙で周囲一帯の視界を見えなくするんだ」

 

「あんた、道術遣いかい?」

 

 孫空女が少しだけ驚いた顔をした。

 

「た、大した術遣いじゃないよ。遣える術なんてないんだよ。だけど、霊具だけは、なぜか作れるんだ。もっとも、それだって、つまらないものしか作れないけどね。さっきのだって、本当は爆発して敵を倒す目的で作ったんだ。だけど、できあがったのは、あんなに小さな爆発しかしなくて、それでいて、やたらに煙が出るものだったし……」

 

「いいじゃないか。お陰で助けられたんだ。あれが、爆発するものだったら、あたしも怪我をしていた。あの煙玉は役に立つ。立派なものだよ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 嬉しかった。

 孫空女が、呂奇斗のことを褒めたとき、踊るような気持ちを感じた。

 

「あんた、この辺の人?」

 

 孫空女は言った。

 

「いや、隣町だよ。だけど、霊具の注文があるんで、よくこの城郭にも来るんだ。今日も注文の品物を届けた帰りだったんだ。もう、戻ろうとしていたんだけど、そしたら、あんたを見つけて……。なにか、たちのよくない男たちがつけているようだったら……」

 

「お陰で助かったよ」

 

「孫空女さんは、旅の人?」

 

 呂奇斗は訊ねた。

 なにも考えずに、あんな物騒な場所にひとりで行ってしまうのだ。

 この城郭については、詳しくないのだろうと思った。

 

「そうだよ――。道術遣いの女主人に仕えて、南に向かって旅をしている途中だよ。ほかに、仲間が三人いる。みんな女だ。そう言えば、あんた名前は?」

 

「そうだった。僕は、呂奇斗っていうんだ」

 

 呂奇斗は慌てて言った。

 

「じゃあ、呂奇斗、さっきは、ありがとう」

 

 孫空女は手を振って、立ち去っていった。

 なにか言わなきゃ……。

 そう思った。

 しかし、孫空女はどんどん歩き去ってしまう。

 すぐに、孫空女の姿は小さくなった。

 そして、角を曲がって消えた。

 

 なにかが、呂奇斗の中で起こった。

 このまま別れちゃいけない――。

 異性に対してこんな想いを抱いたのは、生まれて初めてだ。

 いつの間にか、さっきの男たちのように、孫空女を追いかけていた。

 

 いた――。

 彼女は、やっぱりなんの警戒もなしに、通りを歩いている。

 孫空女の姿をもう一度見つけたとき、胸に痛みが走った。

 

 そのまま、ずっと向こうを歩いている孫空女を眺めながら歩いた。

 歩きながら、なんのために自分は、彼女を追いかけているのだろうと思った。

 彼女は旅人だと言った。

 さっき、一度、呂奇斗と出遭い、そして、もう、二度と遭うことのない女性だ。

 再会することのない女性だ――。

 そのことが、呂奇斗に締めつけるような苦しさを与えていた。

 

 孫空女が、曲がった角を曲がった。

 慌ててその角まで駆けていく。

 その角から離れた先に三軒ほど並んだ宿屋がある。

 孫空女が一軒の宿屋の前で立っていた――。

 呂奇斗は、慌てて身を隠した。

 

 かなり先だから、随分と人影は小さい。

 だが、確かに、さっきの孫空女だ。

 孫空女は、宿屋の前の長椅子に腰を降ろしている黒髪の女性となにかを話している。

 なにを話しているのだろうか?

 

 そういえば、女主人の供として旅をしていると語っていた。

 あの黒髪の女性が、女主人だろうか。

 遠目だが、雰囲気はそんな感じだ。

 

 だが、黒髪の女性もまた若い。

 孫空女とそれほど変わらないようにも思える。

 それとも、彼女は、孫空女の仲間のひとりなのだろうか?

 女主人のほかに、仲間も三人いると言っていた。

 女主人というからには、やっぱり、もう少し年配の女性のような気がする。

 

 そんなことを思っていた矢先、驚愕すべきことが向こうで起こった。

 呂奇斗は、自分の眼を疑った。

 

 長椅子に座っていた黒髪の女性が、突然、孫空女の股間を下袴(かこ)越しに掴んだのだ。

 孫空女の身体が、前に折れ曲がる。

 前のめりに倒れかかる孫空女を、黒髪の女が股間を握る手で支えるように持ちあげている。

 黒髪の女が孫空女になにをしているのかはわからなかったが、孫空女がどういう状態であるかは遠目でもわかった。

 

 孫空女が口を開く。

 なにかの声をあげている。

 

 その声は聞こえなかったが、なにを口にしているのかはわかる。

 それは、なにかを語っているわけじゃない。

 ただ、声を出しているだけだ。

 

 喘ぎ声だ――。

 孫空女は、黒髪の女に理不尽にも股間を刺激されて、立っていられないくらいに悶えているのだ。

 そんな目に遭っているのに、孫空女は黒髪の女の行為を避けようとはしていなかった。

 ただ、倒れそうになる身体を支えるために、自分の股間に伸びている黒髪の女の腕を両手で掴んでいる。

 

 孫空女が、喉を反りかえらせた。

 黒髪の女がやっと孫空女の股間から手を離す。

 その顔は嘲笑っているようだ。

 

 黒髪の女が笑いながら手を離すと、孫空女は荷物を背負ったまま、その場にしゃがみ込んだ。

 

 そんな孫空女を置き去りにして、黒髪の女が宿屋の中に引っ込んでいった。

 少しのあいだ、孫空女はしゃがみ込んだままだった。

 やがて、身体をだるそうにしながら立ちあがらせると、黒髪の女が消えた宿屋の中に入っていった。

 

 呂奇斗は、しばらくのあいだ、ずっと立ち尽くしたままでいた。



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154 青年の失恋と理不尽な我慢勝負

 宿屋の亭主に銀粒を掴ませると、孫空女の女主人が、あの黒髪の若い女であることを教えてくれた。

 さらに銀粒を渡して、宿泊を申し込むと、彼女たちの泊っている部屋の隣を呂奇斗(ろきと)の部屋として貸してくれた。

 できたのはそれだけだ。

 

 隣の部屋には結界が張ってあった。

 大変に強力な結界で、部屋の中の気配はまったく閉ざされているし、術遣いの呂奇斗には、隣室の結界が誰も寄せつけない防護壁であることも悟った。

 

 その結界の中に、あの孫空女と、そして、孫空女に宿屋の前で理不尽で破廉恥な仕打ちをした黒髪の女がいる……。

 そう思うと腹が煮える気持ちになった。

 しかし、呂奇斗にできることはない。

 そもそも、他人だ。

 呂奇斗には関係のないことだ。関係する理由も皆無だ。

 

 宿屋の亭主に、多めの銀粒を渡して、酒と肉を準備してくれと頼んだ。

 亭主は、銀の量を見てほくそ笑み、いそいそと酒と肉を運んできてくれた。

 呂奇斗は、肉を手で掴み、酒を飲んだ。

 

 あんな素敵な女性はいない。

 飲みながらそう思った。

 ああ、そうか。

 いまこそ、わかった。

 どうやら、呂奇斗は、あの孫空女に恋をしたようだ。

 情熱的な赤い髪――。

 無邪気な笑顔――。

 そのすべてが愛おしい。

 ぶっきらぼうだが優しげな物言い――。

 ひと目会っただけで、会話を交わしたのは一瞬だ。

 しかも、今日初めて会った女性だ。

 

 だが、それがなんだというのだ。

 男が女に惚れるのには、それだけで十分ではないか。

 いま。呂奇斗の頭には、はっきりと孫空女の笑顔が刻まれている。

 その眼尻、髪、唇、細い腰、白い顔の肌も……。

 声も耳に残っている。

 眼を閉じると、昼間交わした会話のすべてを思い起こすことができる。

 

 孫空女のことを思いながら酒を飲んだ。

 かなりあったはずなのに、いつの間にか、酒がなくなった。

 宿屋の亭主に、さらに銀を渡した。

 亭主は、すぐに追加の酒と肉を部屋に運んできた。

 

 呂奇斗は酒を飲み続けた。

 肉は喰らい尽くした。

 ひたすらに酒を飲んだ。

 

 飲みながら呂奇斗は、脅迫されて理不尽な目に遭わされている孫空女のことを想像した。

 それを呂奇斗が救うのだ。

 どんな身の上で、どうして、孫空女はあの黒髪の女の言いなりになるしかない立場なのだろう?

 

 例えば、孫空女には借金があり、あの黒髪の女が孫空女の身を買ったのだろうか?

 だが、黒髪の女は冷酷な女主人だ。

 孫空女の可憐さに嫉妬して、いつもつらい目に遭わせているのだろう。

 それを呂奇斗が助けるのだ。

 孫空女の借金を肩代わりして、孫空女を見受けする。

 そんなことを想像した。

 

 もちろん、そんな金は持っていない。

 しかし、空想の中の呂奇斗は、なんでもできる力を持っているのだ。

 道術でも、財力でも、戦闘でも思いのままだ。

 

 呂奇斗によって、不幸な境遇から解放された孫空女は、呂奇斗に感謝して、心の底から微笑む。

 そんな孫空女を自分は抱きしめる――。

 

 また、酒がなくなった。

 呂奇斗は、階下に声をかけて、もう一度、酒を持ってこさせた。

 声をかけるとき、隣室の気配を探った。

 やはり、結界に護られた隣室からは、なんの気配も感じられなかった。

 

 すぐ、隣なのに……。

 壁一枚向こうにあの孫空女がいるのに……。

 だが、その壁一枚は、数百里も遠くにも思える。

 

 それから、ひたすらに飲んだ。

 飲みながら、また妄想に耽る。

 

 今度の妄想では、あの黒髪の女と孫空女は恋人同士だった。

 ふたりは、女同士だが惚れあっていて一緒に旅をしているのだ。

 だが、不幸にも黒髪の女は、旅先であるこの城郭で死ぬ。

 たまたま、知り合いだった呂奇斗は、黒髪の女の葬式の世話をしてあげて、孫空女に感謝される。

 そして、哀しみの中にある孫空女を呂奇斗が慰める。

 やがて、孫空女は、男である呂奇斗に魅かれ、呂奇斗は孫空女を妻にする――。

 

 夢想はいくらでもできた。

 どんな想像の中でも、呂奇斗は常に頼もしく、孫空女は、当然のように呂奇斗に魅かれ、最後には、孫空女は旅をやめることを決心して、呂奇斗の妻になることを求めた。

 

 飲み始めて数刻――。

 

 二度目の追加の酒もなくなったので、面倒になり、呂奇斗は宿屋を出て通りに行った。

 適当な居酒屋を見つけて、酒を注文した。

 居酒屋の女主人は、若い呂奇斗を見て、嗜めるような表情をしたが、まとまった銀粒を卓の上に置くと、それ以上は、なにも言わずに、酒と料理を運んできた。

 

 しばらく飲み続けると、やっと酔いを感じてきた。

 呂奇斗は、飲みかけの酒瓶を掴むと腰をあげて、宿に帰り、部屋に戻った。

 横になった。

 睡魔はすぐにやってきた。

 孫空女のことを想って眠った。

 

 

 

 夢を見た。

 孫空女がいた。

 彼女は呂奇斗を待っていて、呂奇斗に一目惚れをしたと言ってくれた。

 しかし、孫空女は、黒髪の女主人と離れることができないのだ。

 呂奇斗と一緒になりたいから、いまの境遇から救い出して欲しいと言った。

 孫空女を抱きしめた。

 一緒に逃げようと呂奇斗が言うと、孫空女が嬉しそうに頷いた。

 

 そして、眼が覚めた。

 まだ、宵の口だ。

 うとうとしただけのようだ。

 

 酒瓶にまだ酒が残っていたので、残りをひと息で飲んだ。

 また、睡魔が襲ってきた。

 

 しかし、しばらくすると、不意に眠気がなくなった。

 孫空女を見たい――。

 そう思った。

 

 見るだけでいい。

 もう一度、ひと目だけでいい。

 

 ひと目でいい。

 酔いはだんだんと深くなっていくようだった。

 

 

 

 また、夢を見た。

 呂奇斗は、隣の部屋の戸を叩いていた。

 返事はなかった。

 それでも呂奇斗は、戸を叩き続けた。

 

「孫空女――。僕だ、呂奇斗だ――」

 

 呂奇斗は叫んだ。

 やがて、少しだけ戸が開き、中から孫空女がでてきた。

 呂奇斗は、孫空女を抱きしめて、その唇を吸った。

 孫空女の唇は、とても柔らかかった。

 

 

 

 *

 

 

「い、いく――。いってもいいかい、ご主人様――」

 

 孫空女は泣き叫んだ。

 

「朱姫に訊いてごらん」

 

 寝台に『魔縄』で高後手縛りにされてうつ伏せにした沙那と七星を載せて、ふたりの股間をいじくっている宝玄仙が、笑いながら言った。

 

「い、いって……いっていいかい、朱姫――」

 

 孫空女は『拘束環』によって、後手に拘束されている裸身をひねって、朱姫に振り返った。

 

「いくらでもいってください、孫姉さん。でも、あんまり、いっちゃうと、いき癖がついて、大変ですよ。まだ、夜は長いんですよ」

 

「で、でも――、が、我慢できないんだよ……。い、いくううっ――」

 

 孫空女は、床に顔をつけたまま、お尻だけを高く上げた格好で、最初の絶頂を極めた。

 しかし、孫空女の肛門にうねうねと動き続ける張形を挿しこんでいる朱姫は、まだ、孫空女のいたぶりをやめる気配はない。

 最初の絶頂をしながらも、まだ激しい張形の魔具の責めを受ける孫空女は、すでに新しい波を感じ始めている。

 

「ま、また、きた――。ひいいっ……。ま、また、いきそう……。こ、壊れる、朱姫――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 何度も経験したことのあるこの感触は、孫空女の身体がいき狂いになりかけている兆候だ。

 一度いき狂いになると、短い時間で何度も何度も絶頂が繰り返す。

 最後には、呼吸のように繰り返す絶頂に、全身の体液という体液を撒き散らしながらのたうち回る羽目になるのだ。

 

「だから、言ったじゃないですか、孫姉さん。いき癖がつくって……」

 

 朱姫が、孫空女の肛門に挿さっている淫具を一度抜き、そして、すぐに挿した。

 また、抜いて、回しながら挿す。

 それを繰り返す。

 

「だ、駄目ええっ――。また、いくうう――」

 

 再び、感極まった孫空女は、床につけた額を床に押しつけて叫んだ。

 凄まじい快感が、孫空女の身体を襲い、通り過ぎていく。

 

「駄目ですよ、孫姉さん。ちゃんと、いく前に許可を受けるんですよ。今夜はそういう調教だと、ご主人様が言ったじゃないですか」

 

「だ、だって……朱姫――」

 

「だって、じゃないですよ、孫姉さん――。罰ですよね、ご主人様?」

 

 朱姫が言った。

 

「もちろんさ、朱姫。どんな、罰を与えるかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 その宝玄仙の左右には、後手縛りの沙那と七星が、それぞれ嬌声をあげて、腰を振りたてている。

 宝玄仙は、朱姫のように淫具は使っていない。

 ただ、左右の指をふたりの女陰に挿して、それぞれにいじくっているだけだ。

 沙那と七星の様子を見ると、絶頂するほどではない弱い刺激を続けているようだ。

 だが、余りにも長い宝玄仙のいたぶりに、ふたりの嬌声は快楽というよりは、苦悶に近いものになってきている。

 

 今夜の「営み」は、孫空女と沙那と七星が「受け」で、宝玄仙と朱姫が「責め」だ。

 それで、孫空女と沙那と七星の三人は、全裸にされて後手に拘束された。

 朱姫が孫空女を責め、宝玄仙は七星と沙那ということになった。

 

 とりあえずだ――。

 

 飽きるほど責めれば、また、交替して責めるというようなことも朱姫と宝玄仙は話していた。

 孫空女に対する責めは、まずは、肛門で受ける快楽地獄だ。

 朱姫は、うねうねと動きまわる尻用の張形で、孫空女の肛門を責め始めた。

 

 毎夜の営みでは、受けと責めは逐次に交替して変化するが、責めが宝玄仙と朱姫のふたりになったときには、嗜虐の段階が最高段階になる。

 今夜も、いろいろと趣向を企んでいるに違いないが、もちろん、それを孫空女たちが事前に教えられることはない。

 ただ、受け入れるだけだ。

 この肛門責めで、すでに孫空女は息も絶え絶えだが、朱姫の言い草ではないが、まだ、夜は始まったばかりなのだ。

 

「どんな罰がいいかなあ……。孫姉さんにあたしの貫頭衣を着てもらって、ふたりで、近くの居酒屋にでも行って、なにか食べ物を買ってくるというのはどうでしょう……。それで、どうですか、ご主人様? もちろん、この動く張形は、お尻の中に埋めたままにしてもらいますけど」

 

 朱姫が、張形の先っぽを孫空女の肛門に入れて、突くように軽く抜き挿ししながら言った。

 朱姫の言葉を聞いて、孫空女は総毛だった。

 

「じょ、冗談じゃないよ、朱姫――。ああっ……あ、あたしは、そんなこと……やらないっ――ひいっ――」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「いいねえ、朱姫……。じゃあ、行っておいで、孫空女」

 

 孫空女の抗議などなにも聞こえないかのように宝玄仙は言った。

 その横では、宝玄仙に責められる沙那と七星が泣き声のような嬌声をあげている。

 

「い、いやだ――。ひいっ――。ぜ、絶対、やだっ――」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「いいじゃないですか、孫姉さん。もちろん、あたしも、一緒ですから」

 

 朱姫が、繰り返して張形をお尻に挿す。

 孫空女は、何度も抉られる快感の猛撃に激しい声をあげさせられる。

 

「そ、それが嫌なんだよ――あああ……くひい――」

 

 また、いく――。

 苦しい。

 快感が苦しい。

 この動きまわる張形はつらい……。

 

「孫姉さん、あたしの眼を見てください」

 

 朱姫が、張形で孫空女のお尻を責めたまま、身体を動かして、孫空女の顔の横まで、自分の顔を持ってきた。

 

「や、やだ――。お、お前……ひ、ひいっ――。ま、また、『縛心術』を遣おうと……ああっ――」

 

「ふふふ――。いいから、あたしの眼を見てください。ほんのちょっとでいいですから……」

 

 朱姫がそう言いながら、孫空女の思考力を削ぐように、朱姫が張形で責める。

 孫空女は、必死で固く目をつぶる。

 朱姫は、眼で『縛心術』を遣う。

 眼さえ見さえしなければ、『縛心術』にはかからない。

 しかし、一度、『縛心術』をかけられれば、それで終わりだ。

 思考力と知覚力を麻痺させられて、気がついたら、丈の短い朱姫の貫頭衣だけを裸身に身に着けた格好で、外に立たされているということなるだろう。

 

「そんなに嫌かい、孫空女?」

 

 宝玄仙の声――。

 それとともに、七星と沙那の苦悶の嬌声の耳に入ってくる。

 

「やだっ」

 

 孫悟空は、目をつぶったまま叫んだ。

 

「わかったよ――。朱姫、一度、孫空女の責めをやめてごらん」

 

「はい」

 

 朱姫が、やっと孫空女の肛門から張形を抜いた。

 孫空女は、少しだけほっとした。

 床に顔をつけたまま、眼を開けて視線だけを上に向けて宝玄仙を見る。

 

 宝玄仙の微笑みと、こっちに向けている七星と沙那のお尻が視界に飛び込む。

 七星と沙那の腰は激しく振られていて、ふたりの女陰には、宝玄仙の指が深々と挿さっている。

 

「じゃあ、朱姫と勝負してご覧よ、孫空女。お前が勝てば、買い物は勘弁してやるよ。だけど、負けたら、大人しく、朱姫と外に行っておいで」

 

「しょ、勝負って……?」

 

 途方もなく嫌な予感がする。

 すると、孫空女の眼の前の空中に、砂時計が出現して浮かんだ。

 

「さっき朱姫がお前に遣った淫具をお尻に挿して、砂時計の砂が落ち切るまで我慢するだけだよ。張形は勝手に振動で動くけど、朱姫は触らない。砂が落ちるまで気をやらずにすめば、外に出掛けるのは勘弁してやる。だけど、途中でいってしまったら、大人しく、朱姫と出掛ける。そして、外で朱姫がなにをしても、黙って我慢するんだ。いいね?」

 

「……わ、わかった……」

 

 否も応もない。

 拒否してもやらせるに違いない。

 それに、朱姫に動かされないなら、我慢できないことはない気がする。

 砂が落ち切るなんて、ほんの少しの時間だ。

 

「勝負は勝負だらね、孫空女。負けたら、きっぱりと諦めるんだよ」

 

「わ、わかった」

 

 仕方なく孫空女は返事をした。

 

「なら、お互いに、真言の誓約を結びな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「真言の誓約?」

 

 孫空女は声をあげた。

 術遣い同士の「真言の誓約」は絶対に逆らえない。

 孫空女は、道術遣いではないが、宝玄仙の霊気を吸収し続けているために、道術遣いと同じように真言の誓約が結べる。

 そして、誓約を結べば、心が誓約に縛られる。

 真言の誓約の内容がどんなことであっても、今度は拒否ができなくなるのだ。

 負ければ?孫空女は、朱姫と宝玄仙の言いなりになって、外に行くしかなくなる。

 

「承知したのなら、真言の誓約だって文句はないだろう、孫空女? ただし、お前だけが罰を受けるんじゃあ勝負にならないからね。朱姫が負けたら、今夜は、攻守交代にしてやろう。孫空女が耐えきったら、今度は、朱姫がその淫具を尻に入れて、外に出掛けるんだ。いいね、朱姫」

 

 朱姫が一瞬だけ顔色を変える。

 こいつは、異常にお尻が弱い。

 おそらく、張形を挿したまま歩くということはできないだろう。

 それこそ、十数歩歩いては気をやり、そして、歩いて気をやり……ということになるに違いない。

 

「わかりました、それでいいです。じゃあ、刻みます――。砂時計の砂が落ちきるまでに、孫姉さんが達しなければ、あたしは、お尻に淫具を受けて、外に行きます。あたしは勝負のあいだ、孫姉さんにも、淫具にも触りません」

 

 朱姫が言った。

 

「し、仕方ない……。あ、あたしも、砂時計の砂が落ちきるまでに達したら、命令に従う。刻むよ」

 

 孫空女は言った。真言の誓約は絶対だ。

 考えてみれば、ある意味では、孫空女にとっても有利かもしれない。

 孫空女が張形の責めに耐えきれさえすれば、逆に、宝玄仙も朱姫も、張形を挿して外に行くなんてことはさせることを孫空女に強制できなくなるのだ。

 孫空女は、砂時計が砂を落ちきるまでに達したら、命令に従うと言った。

 逆に言えば、達しなければ、命令には従わなくていいということだ。だから、今夜はもう、ふたりは孫空女に命令できない。

 真言の誓約には、それだけの力がある。

 霊気が身体に流れ、誓約が刻まれるのがわかった。

 

「じゃあ、また、挿しますよ、孫姉さん」

 

「う、うん――、ああっ」

 

 歯を食い縛っていたが、思わず声が出てしまう。

 だんだんと張形が肛門の奥深くに入ってくる。

 圧迫される肉襞から、泣きたくなるような快感が走る。

 なんで、こんなにお尻なんかで感じしまう身体になってしまったのだろう――。

 

「もう、感じているんですか、孫姉さん。そんなので大丈夫なんですか? ふふふ……」

 

「う、うるさいよ、朱姫……あひっ――」

 

 朱姫が張形をこじ入れるように押し込んだのだ。

 

「準備ができました、ご主人様――」

 

 朱姫が言った。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 空中に浮かんでいた砂時計がひっくり返った。

 同時に肛門に奥深く挿された張形が動きはじめた。

 

「ああっ……いいっ」

 

 思ったよりも振動が弱い。

 しかし、それにも関わらず、さっき達したばかりの孫空女の身体は、そこから快感を搾り取ってしまう。

 息苦しささえも感じる強烈な官能が、孫空女の全身を走り抜け、どうしても生々しい声が出てしまう。

 

「孫姉さん、遠慮なくいってくださいね」

 

「だ、黙れえっ……くふうっ――」

 

 余裕のありそうな朱姫の声が恨めしい。

 絶対に我慢しきって、朱姫に恥ずかしい目に遭わせてやろうと思った。

 

「でも、我慢するのは、身体によくないんですよ、孫姉さん」

 

「あっ、あはあ……ぜ、絶対に……、うう……」

 

 孫空女は唇を強く噛んだ。快感が昇ってくる――。

 大波がやってくる。それを懸命に支え留める。

 

 あとどのくらい耐えればいいのか――。

 孫空女は顔をあげて、空中の砂時計を見た。

 そして、愕然とする。

 ほとんど砂が落ちていない。

 いや、落ちているが、ほんの少しずつだ。こんなに遅い砂時計はありえない。

 

「ご、ご主人様――、こ、これ?」

 

 孫空女は、思わず言った。

 

「砂時計がどうかしたかい、孫空女? 宝玄仙特性の半刻計だよ。ぴったり半刻(約三十分)で砂は落ち切るよ。だから、耐えな」

 

「ず、ずるいよ――。そ、そんなあ、ああっ、あっ」

 

 半刻も耐えられるわけがない。

 孫空女は愕然とした。

 そして、いま喋っているあいだも、どんどん快感が込みあがる。

「ずるくなんてないですよ、孫姉さん。それに、もう、真言の誓約を交わしましたらね」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 孫空女は歯噛みした。

 そうしている間も、肛門深くに突き挿された張形は、道術により、孫空女のお尻の中で暴れ回っている。

 尻の粘膜のあちこちを張形で、繰り返し、繰り返し擦りあげられるのはあまりにも心地良く、孫空女はまるでひどい苦痛でも受けているような錯覚も感じていた。

 

 どんなにお尻を暴れさせても、奥深くまで刺さっている淫靡な動きをする張形が打ち込んで来る刺激からは寸分も逃れる術がない。孫空女は、自分が確実に追い込まれているのを感じていた。

 せめてもの有利なことは、張形の与える振動が最小限度のことだろう。

 さっきみたいに、朱姫が手で動かして、刺激を強めたりしない分、なんとか我慢をすることができている。

 

 しかし、どうやったら、刺激を逃がせるのか――。

 孫空女は、一生懸命に考えて、思いつくことはすべてやった。

 腰を意識的に動かしてみる。

 あるいは、とめてみる。

 それとも、首を振る。

 やっぱり、歯を食い縛って床に額を押しつける……。

 

 どうやっても駄目だった。

 快感は、ゆっくりとだが、確実に孫空女を追い込んでいく。

 

「そろそろ五分の一です、孫姉さん――。結構、頑張りますね」

 

 朱姫が、孫空女の耳にそう言って、息を吹きかけた。

 

「ひいっ――。き、汚ないよ、朱姫……ああっ――あっ、ああっ―」

 

 声を出す。

 声を出すと、もしかしたら我慢しやすいかもしれない思って、大きく叫ぶと、快感が一気に増幅した。

 慌てて口を塞ぐ。

 それにしても、まだ、五分の一とは……。

 これ以上、耐えられない――。

 

「お尻が気持ちいいですよね、孫姉さん……。ほら、朱姫の声を聴いてください……。お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……」

 

「や、やめろ――」

 

 孫空女は叫んでいた。

 お尻が気持ちいい――。

 その言葉が、頭に刻まれる。

 お尻の内襞がただれる。

 鬼のように淫密な快感を打ち込む張形に、我を忘れそうになる。

 

「……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……お尻が気持ちいい……」

 

 朱姫がまだ繰り返す。

 

 お尻が気持ちいい――。

 

 振り払おうとしても、その言葉が孫空女の頭で繰り返されている。

 顔をあげた。

 砂時計が半分になっている。

 

「じゃあ、そろそろ、張形の振動を強くしますね、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「ああっ……だ、駄目だよ……。ず、するいよ……。ご主人様は、張形には触らないって――」

 

「なにを慌てているんですか、孫姉さん? あたしは、触っていませんよ。でも、孫姉さんたちと違って、あたしは、触らなくても術で霊具を操作できるんです。生まれつき霊気を帯びた半妖の道術遣いなんですから。だから、真言の誓約に違反はしていませんよ」

 

「お、お前……」

 

 それ以上、なにも言えない。

 それからは、孫空女の必死の頑張りを嘲笑うかのように、朱姫によって、ほんの少しずつ張形の振動が強められていった。

 一気にあげるのではなく、少しずつ強くするので、なんとか耐えているのだが、その代わりに、孫空女の口からは、自分でもなんと言っているのかわからない呻き声が漏れ続ける。

 

 頭が錯乱状態になる。

 朦朧とする――。

 

 孫空女は、かすむ眼で砂時計を見た。もう、少し――。

 もう、全部の砂が落ちる。

 

「もう少しですね、孫姉さん――。じゃあ、一気に振動を倍にしますね。それと砂を上に戻しますよ」

 

 振動をまた倍?

 いや、それよりも、砂を上に?

 孫空女は耳を疑った。

 だが、砂時計はそのままに、下側の砂だけが、逆流して上にあがっていっている。

 

「ひ、卑怯――」

 

「卑怯じゃないですよ。あたしは触ってませんから。条件は砂が落ちきるまでですよね? そもそも、砂時計を途中で返してはならないなんて約束すらないですよ。砂が落ちきらさえしなければいいんです」

 

 抗議する暇はなかった。

 振動が一気に強くなる。

 

「んほおおおっ」

 

 肛門が爆発した。

 峻烈な快感が迸る。

 

「ほおおおお――。いぐううう――」

 

 あっという間に絶頂した。

 それでも張形はとまらない。

 続けて起こる強烈な快楽の大波に、孫空女は立て続けに何度も何度も達してしまった。

 

 そして、眼の前が真っ白くなるのを感じた。



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155 女三蔵の女体講座

 孫空女は白目を剥いて気を失ったようだ。

 朱姫から受けた張形による尻責めで、尻を高く掲げた態勢のまま、口から涎を垂れ流したまま、動かなくなっている。

 朱姫が、孫空女の尻に埋まっている魔具の振動を道術でとめたのがわかった。

 だが、孫空女が、勝手に張形を抜くことができないようにも術をかけ直したようだ。

 

「ご主人様、孫姉さんに、あたしの服を着せますので、孫姉さんの拘束を外してもらっていいですか?」

 

 朱姫が、宝玄仙に言った。

 

「そらよ」

 

 宝玄仙が道術を送ると、気を失っている孫空女の『拘束環』が音を立てて外れた。

 

「さて、お前たちも、そろそろ達したいかい?」

 

 宝玄仙は、両脇のふたりに声をかける。

 

「……い、いかせてください」

 

「あ、あたいも……もう、苦しい……」

 

 このふたりも、孫空女と同じように、うつ伏せで尻を高く上げさせている。

 両腕は背中で畳んで『魔縄』で、両手首と二の腕を緊縛し、乳房を上下に挟むように絞って拘束している。

 そのふたりを寝台に胡坐をかいた宝玄仙の両脇に並べていた。そして、ふたりの女陰には、お尻側から宝玄仙の左右の人差し指が深々と突き挿さっている。

 

 孫空女と違うのは、一度もいかせないように、ずっと宝玄仙の指責めを受けさせていることだ。

 宝玄仙にかかれば、指一本で、いかせることも、焦らすことも思いのままだ。

 もう一刻(約一時間)近くも、ゆっくりとした動作で指を動かし続けている。

 いくような刺激じゃないが、さすがにこれだけの長い時間を指でなぶられれば疼きが爆発しそうになっているだろう。

 

 それでも、動くなと命令しているので、ふたりとも腰を左右に震わせながら耐え続けている。

 このふたりを比べると、やはり、沙那の方が快感を受けやすい身体になっているようだ。

 沙那は、指を入れて動かすとほんの少しの刺激で一気に快感を爆発させそうになる。

 だから、すぐに沙那の女陰に入れた指は、挿しているだけでとまっていることが多い。

 

 なにしろ、宝玄仙が二年近く調教して開発してやった身体だ。

 身体のどこを刺激しても、沙那はあっという間に淫乱に腰を激しく震わせる。

 それに比べれば、七星はまだまだだ。調教も身体の開発も不十分だ。

 

「ところで、お前たち――。お前たちは、女の身体についてどのくらい知っているんだい?」

 

「ど、どのくらいって……」

 

 うつぶせの沙那が甘い息を吐き出しながら言った。

 

「沙那は、自慰も知らなかった未通女だったんじゃないか。お前については、このわたしが教えた以外のことを知らないのはわかっているよ――。七星、お前は?」

 

 宝玄仙は、七星の女陰に挿さっている指の動きを少し強くした。

 

「ああっ――。あ、あたいは……け、経験は――ひっ、ひい……そ、それなりに――」

 

「経験なんて訊いちゃいないよ。どれくらい女の身体のことを知っているかと訊ねているんだよ。例えば、わたしは、道術や淫具なんて遣わなくても、お前たちを自在にいかせてやることができる。お前にはできるかい、七星?」

 

「そ、そりゃあ――」

 

 七星が、あげた腰をうねうねとくねらせながら応じた。

 

「じゃあ、こういうことはできるかい? 女をあっという間に絶頂させる指の技さ」

 

 宝玄仙は、七星の女陰に挿している指を急に左右に動かした。

 横の動きだ。

 それを小刻みに……強く、弱く、強く……弱くと交互に繰り返す。

 

「はぐっ、あひっ――、ぐっ――」

 

 宝玄仙の指に七星の膣襞から出る粘膜がまつわりつく。

 さらに、そこをくすぐるように次第に激しく左右に振る。

 

「あひいいいっ――」

 

 びっくりするような大きな声をあげて、七星が達した。

 

「……はあ、はあ……。い、いまの……なに……?」

 

 七星が驚いたような口調で言った。

 

「ずっと刺激されていたとはいえ、快感があがってから絶頂まであっという間だったろう、七星? こういうことはできるかと訊いたんだよ」

 

 宝玄仙の指は、まだ、七星の女陰に挿さったままだ。

 達したばかりの七星の膣は、ひくひくと動き、溢れ出た汁でびっしょりと濡れている。

 

「い、いや……。あ、あたいは……」

 

「本来は、女の膣というのは感覚器官じゃない。産道だからね。だから、膣そのものは、本当は、そんなには感じないんだよ。ここに神経がたくさん通っていたら、痛みが激しくなりすぎて、赤ん坊は産めないからね。むしろ、膣そのものは、女の身体のうちで、一番鈍感な場所と言っていい――。そういう知識があるかと、訊いているんだよ」

 

「男については、多分……、大抵……。で、でも女は……」

 

 七星は言った。

 まだ、絶頂の余韻に酔っているような声だ。

 七星は、男との経験が多く、性の技もそれなりに持っている。

 だが、宝玄仙の見たところ、深いところまでの性の知識と体験はしていない。

 それが証拠に、七星の身体は、女としてはまだまだ未開発だ。

 身体だけであれば、性の知識のない沙那の身体の方が、七星よりもずっと発展している。

 

「女が膣で本当の快感を得るためには、長い時間をかけた開発が必要なんだよ。もっとも、ところどころに、敏感な場所は眠っているから、さっきみたいに、やり方によっては、短い時間で昇天させることも可能だけどね――。いいだろう、今夜は、女の身体のことを少し教えてやるよ。よし、じゃあ、もう、身体を起こしていい、七星」

 

 七星の身体を拘束していた『魔縄』を道術で解いた。

 七星は、腕をさすりながら、身体を起こす。

 

「あ、あの……わ、わたしは……?」

 

 沙那が腰を震わせている。

 

「お前は、これから始める性技講義の教材だよ、沙那」

 

「そ、そんな……」

 

「いいから、今度は、身体を仰向けにして、膝を立てて、股を開くんだ」

 

 宝玄仙は、沙那の女陰から指を抜いた。

 やっと指責めから解放された沙那が、だるそうに拘束された身体を起こして、仰向けになる。

 そして、躊躇いのような仕草を見せながらも、命じられたとおりに膝を立てて、脚を左右に開く。

 沙那のびしょびしょに濡れた股間が曝け出される。

 

「お前とは違って、沙那は、わたしが開発しきっている。玩具としては最高級品だけど、一般の女の身体を知るためには、不向きかもしれないね。まあ、仕方ないさ――。沙那、いつものように感じまくるんじゃなくて、普通の女のように慎みをもって感じておくれよ」

 

「わ、わたしは、普通です――」

 

 沙那が抗議の声をあげる。

 

「なにが普通なものかい。お前みたいな淫乱な身体はないんだよ。まだ、自覚がないのかい」

 

 宝玄仙は呆れた。

 

「だ、だって……、わ、わたしは、普通です……」

 

 沙那がそう言って、泣きそうな顔になる。

 

「わかったよ。じゃあ、普通でいいから、できるだけ我慢してごらん」

 

 宝玄仙はそう言って、七星を沙那の股の間に向かい合うように座らせ、自分は、寝台を降りて、椅子を横に運び、そこに座った。

 

「膣の入り口部分の上側の性感帯は知っているかい、七星? ざらざらした感触があるところさ」

 

「知ってる。そこが気持ちいいっていう女はいるね。でも、あたいには、感じないみたいさ。娼婦仲間でも、そこが気持ちいいっていう女は多くはなかったよ」

 

「だけど、少しはいただろう?」

 

「いたね。その部分で感じることのできる女は、他の部分も感じやすい女が多かったね」

 

「個人差があるし、開発が必要だからね――。さっきも言ったけど、膣の中には、神経は少ないんだ。だから、感じにくいのさ。膣に比べれば、肉芽は千倍、乳首は百倍、肛門は五十倍の感度がある。こいつらについては、尻は開発しきっているから、肛門も肉芽と同じくらいに感じるけどね――。じゃあ、さっき言った場所を沙那で試してごらん。開発の終わった身体というものを体感してみるんだ、七星」

 

「うん」

 

 七星が、沙那の股間に指を入れていく。

 

「あっ、あんっ」

 

 沙那が喉を反らせて小さな声をあげる。

 七星が沙那の女陰に入れた指で、宝玄仙が指摘した場所を押し擦る仕草を始めた。

 

「きゃうううんんんん――」

 

 ほんの数回、七星が擦っただけで、沙那が身体を跳ねあげて達した。

 達すると同時に、尿のようなものも股間から噴き出した。

 

「ほら、沙那、これでも淫乱な身体じゃないと言い張るのかい」

 

「ふ、普通です……。き、きっと……」

 

 口惜しそうな表情の沙那が、上気した顔をこちらから背けるように横に向けた。

 その羞恥に染まった表情に思わず、宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「いや、沙那は、感じやすいね――。まあ、宝玄仙さんの供の三人は、みんな同じだけどね」

 

 七星は言った。

 

「じゃあ、次は、もうひとつの性感帯だ。これは、あまり知られていない。だけど、開発することで、肉芽を凌ぐ性感帯に育つ。沙那については、もう、開発は終わっている。まあ、当人は知らないと思うけどね……」

 

 宝玄仙は、喉の奥で笑った。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 沙那が恨めしそうな声を出す。

 

「ほら、七星、沙那の膣の最奥まで指を深く入れて、子宮の入り口近くのこりこりした場所を探して押してみな。激しく刺激するんじゃないよ。じっくりと押す感覚だよ。次は、いっても、指を抜かずに、繰り返し押してごらん。面白いことになるからね」

 

「子宮側の奥だね――。じゃあ、態勢を変えるよ、沙那」

 

 七星が、仰向けになっている沙那の身体を抱えて横抱きにした。

 そして、人差し指ではなく、中指を入れていく。

 

「な、なにが始まるのですか、ご、ご主人様……。こ、怖いです」

 

 沙那が七星の指を感じて、身体を震わせながら言った。

 

「お前が本当に淫乱な身体をしているということを自覚するようなことだよ、沙那。黙って、七星に身を任せるんだ」

 

 七星の指が根元まで入った。沙那の女陰の中で探るように指が動いているのがわかる。

 

「はひいいいっ――」

 

 沙那の鋭い悲鳴が部屋の中に響き渡る。

 七星の指が埋められた沙那の女陰から、再び女の潮が噴きあがり、周囲に撒き散らされた。

 

「うわっ――。なにいまの? なにもしていないよ。ただ、膣の奥の盛りあがった膨らみを押しただけなのに……」

 

 七星が眼を見開いている。

 

「は、はあ……な、なんですか、いま、いまの……」

 

 沙那も七星の腕の中で、達したばかりの身体を波打たせている。

 

「もう一度だよ、七星」

 

 宝玄仙は、七星にそう言った。

 

「う、うん」

 

 七星が返事をして、沙那の女陰に挿ささっている指に力を入れた。

 

「ひいいぃぃぃん――」

 

 沙那の絶叫があがる。

 ぎくんと腰が跳ねあがり、沙那の全身に痙攣が走ったかと思うと、今度は、がくんと力が抜けて、操り人形のように動かなくなる。

 

「はあ……はあ……はあ……。な、なんですか……これ? ど、道術……?」

 

 脱力した沙那が呆けた表情で言った。

 指一本で与えられる連続絶頂に、もう、息も絶え絶えになっている。

 

「凄いねえ。こんな技があるなんて、あたいは知らなかったよ。全部の女がそうなのかい?」

 

「いいや、七星。調教を受けて開発しなければ、膣でこんなに感じたりするようにはならないよ。それに、素質も必要だ。沙那は、もともと、淫乱な素質があったのさ」

 

「ひ、酷いです……。わ、わたしは……」

 

 沙那が前髪を汗で張りつかせた顔をこっちに向けた。

 

「わかった、わかった、お前は淫乱じゃないと言いたいんだろう、沙那? だけど、これでもまだ、そう言えるかい――? 七星、今度は、いいと言うまで、繰り返し連続で押してやりな」

 

「わ、わかったよ」

 

 七星が沙那の女陰の中でまた指を動かし始めた。

 

 効果はたちどころに現れた。

 

「はぐっ――い、いんっ――」

 

 沙那が、いきむような声をあげて即座に気をやる。

 指一本で達した沙那の身体だが、宝玄仙の命令のとおりに、七星はすぐに指で子宮口の圧迫をしているはずだ。

 沙那が、また口を開けて、激しく痙攣する。

 

「ひい――、も、もう、やめてぇ――」

 

 沙那が泣き叫んだ。

 さらに、身体を跳ねあげ、次にがくりと脱力する。

 そして、また、激しく跳ねあがる。

 

 宝玄仙は、それでも繰り返し、七星にその場所を刺激させ続けた。

 七星が、ほんの少し、指に力を入れるだけで、面白いように沙那は絶頂に達してしまう。

 

 それを十度ほど繰り返した。

 十度目に、また、沙那は、股間から体液を吹きあげたが、今度は潮じゃなくて尿だ。

 沙那の身体が、完全に力を失って動かなくなった。

 じょろじょろと流れる沙那の尿を見ながら、宝玄仙は、明日の朝、宿屋の亭主への言い訳が大変だろうと苦笑した。

 七星が、沙那の女陰から指を抜く。

 

「七星、ちょっと、沙那をおろして、敷布を替えてやっておくれ」

 

 宝玄仙は、沙那を拘束していた『魔縄』を道術で解いた。

 

「わかったよ」

 

 七星は寝台から降りて、一度、沙那を隣の寝台に移し、沙那が汚した敷布を剥がした。

 そして、汚れた敷布を部屋の隅に乾すための支度を始める。

 

「孫姉さん――。起きてください、外に出ますよ」

 

 朱姫が孫空女の頬を軽く叩く音がした。

 ふと見ると、孫空女が朱姫の貫頭衣を着せられている。

 ただ、身体の小さい朱姫の服なので、孫空女の身体にぴったりと張りつき、胸の部分は、いまにも布から弾け飛びそうだ。

 孫空女が履くと随分と丈の短くなった貫頭衣からは、かたちのいい脚がすらりと伸びている。

 随分と破廉恥な格好になったものだ。

 

 あの格好で夜で歩くのも危険だが、いざとなれば、朱姫の道術もあるし大丈夫だろう。

 宝玄仙は、道術をかけて、『拘束環』を操作し、孫空女の両手首を再び、背中で拘束した。

 

「……な、なに……?」

 

 腕を背中に回されて拘束された刺激で、孫空女が気絶から目を覚ましたようだ。

 

「さあ、約束ですから外に行きますよ。真言の誓約をしたんですから、逆らえませんよね、孫姉さん?」

 

 小さな朱姫が、背の高い孫空女の肩を持って、無理矢理に立たせる。

 さすがの孫空女も、まだ、脚が覚束ないようだ。

 それでも、一生懸命に踏ん張って身体を支えようとしている。

 

「い、行くよ、朱姫……。あっ――。で、でも……」

 

 孫空女が、すぐに内股になり、悩ましく腰をくねらせた。

 無理もない。

 孫空女のお尻には、まだ、さっきの張形が深々と埋まっている。

 動くと激しい刺激を肛門で受けてしまうだろう。

 

「もちろん、外では、何度も何度も、お尻の張形を動かしてあげますからね、覚悟してください、孫姉さん」

 

「そ、そんなあ……」

 

 嗜虐に酔った表情の朱姫に対して、孫空女の顔は絶望が浮かんでいる。朱姫のことだ。本当に容赦なく外で孫空女をいたぶって、泣かせるに違いない。

 そのとき、いきなり、部屋の戸が激しく叩かれた。

 

「えっ?」

 

 朱姫がびっくりした声をあげた。

 宝玄仙も驚いた。こんな時間に誰だろう?

 宿屋の亭主だろうか?

 

「孫空女――。僕だ、呂奇斗(ろきと)だ――」

 

 戸の向こうで、男が叫んでいる声も聞こえる。

 ただし、この部屋は宝玄仙の道術による結界で護っている。

 こちら側の声も気配も外には漏れないし、宝玄仙が認めた者しかこの部屋を出入りできない。

 

「孫空女を呼んでいるみたいだね」

 

 七星が言った。

 隅に紐を張って、沙那が汚した敷布を拡げ乾している。小便のかかった部分は、水差しの水を使って、少しは洗ったようだ。

 

「呂奇斗って、誰だい、孫空女?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「さ、さあ……。どこかで、聞いたような……」

 

 孫空女は首を傾げている。

 

「とにかく、出といで、孫空女――」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わ、わかったけど……。こ、このまま……?」

 

 孫空女が、火照った顔をこちらに向けた。

 朱姫の貫頭衣を着て、両手を背中で拘束されている孫空女は、とても淫らな姿だ。

 

「ほんの少しだけ顔を出して、事情を聞いといで――。戸はちょっとだけ開けて、こっちを見られないようにすんだよ、孫空女。なにしろ、沙那も七星も素っ裸なんだからね」

 

 宝玄仙は笑って言った。

 

「ちょ、ちょっと、戸を開けるのかい――? わ、わあ、待って――」

 

 七星は、まだ気を失っている沙那の裸身を慌てて掛け布で覆い、自分は寝台と寝台の間にうずくまって身を隠した。

 孫空女が、朱姫とともに戸の前に進む。

 

「じゃあ、開けますね」

 

 手を遣えない孫空女の代わりに、朱姫がそっと戸を開けた。

 すると、もの凄い勢いで戸が向こうから開かれた。

 

「きゃあああ――」

 

 戸に押し倒されたかたちになった朱姫が、倒れながら悲鳴をあげる。

 若い男が両腕を使えない孫空女にしがみつき、いきなりその唇を吸った。

 宝玄仙は目を丸くした。



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156 飛んで火に入る青年

 酒臭い息とともに、口の中に舌が入ってきた。

 孫空女は、顔を左右に振って、その男の顔を自分の口から離すと、思い切り頭突きをかませた。

 

「な、なにすんだいっ――」

 

 孫空女の頭突きを喰らった男が、その場に崩れ落ちる。

 足で力いっぱい踏んづけてやろうとして片脚をあげたが、肛門に衝撃が走り、腰が砕ける。

 

「んあっ、くっ――」

 

 仕方なく顔を蹴ろうとして、孫空女はその少年の面影の残る男の顔に見覚えがあることを思い出した。

 

「ああっ、こいつ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「知っている奴かい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「う、うん……。一応ね」

 

 孫空女は答えた。

 昼間、自分を助けようとしてくれた若い男だ。

 なんで、こんなところにいるのだろう?

 そして、この若い男の名が呂奇斗(ろきと)であることを思い出した。

 

「まあいい、朱姫。とにかく、戸を閉めな」

 

 いまの騒動で、戸が開け放たれたままになっていた。

 朱姫が慌てて戸を閉じる。

 結界が刻まれ直されたのがわかった。

 呂奇斗は、孫空女の頭突き一発で完全に白目を剥いている。

 

「誰だい、こいつ?」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女は、簡単に昼間のことを説明した。

 

「それで、お前を助けた気の優しい青年が、なんでここにいて、そして、お前を押し倒して襲おうとしたんだい? それに随分と酒臭いようだけど」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そんなこと知らないよ。それよりも、いい加減に、これ外してよ、ご主人様」

 

 孫空女は、背中に回されている両手を揺すった。

 

「まだだよ、孫空女。なかなか、面白いことになってきたところじゃないか。お前が、その恰好で外に行くのは勘弁してやるよ――。朱姫、孫空女、真言の誓約をお互いに解除しな。両者の合意があったときのみ誓いを破棄できるからね。その代わり、孫空女には、しばらく、そのままでいてもらうよ」

 

「お、面白いって……。お願いだよ、ご主人様」

 

 張形をお尻に挿したまま外に出されるのは許されそうだが、また、碌でもないことを思いついたに違いない。

 孫空女は、抗議の声をあげた。

 

「そうだよ、宝玄仙さん――。早く、そいつを外に放り出してよ」

 

 七星が、寝台と寝台の間から首だけ出して叫んだ。

 

「まあまあ、せっかくのお客さんだよ――。それに、孫空女が世話になったそうだからね。礼もしなきゃいけないじゃないか。ほら、朱姫と孫空女は、真言の誓約を解除だ」

 

「はあい」

 

 朱姫が返事をした。

 とりあえず、朱姫とともに、さっきの真言の誓約を取り消す誓いを改めて結ぶ。

 

「な、なに考えてんだよ、宝玄仙さん――? 礼って、なにさ。あ、あたいは関わらないよ」

 

「そんなことを言うんじゃないよ、七星。たまには、本物の男の精を受けるのも、変化があっていいものだよ。やっぱり、女が女であるためには、定期的に男の精を身体に受けることが必要なんだよ」

 

 宝玄仙が嗜虐の悦に染まった表情をした。

 あの表情は、下らない悪戯を思いついたときだ。

 孫空女は、眼の前が暗くなる気がした。

 

「朱姫、そいつの下袴(かこ)と下着を脱がして、下半身を丸出しにしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご、ご主人様……。だ、だって……」

 

 朱姫の顔が引きつる。

 男に抱かれた経験はあるが、基本的には朱姫は男嫌いだ。

 男に触られるのも、触るのも好きじゃない。

 さっきまでの悦に染まった表情は影を潜め、顔が蒼白い。

 

「やるんだよ、朱姫――」

 

 宝玄仙が強い口調で怒鳴った。宝玄仙がああいう口調と態度のときは、なにを言っても無駄だ。

 これから、また狂ったような一夜が始まるのだろうか。

 

 朱姫もそれを悟ったのか、まだ、気を失っている呂奇斗に取りつく。

 本当に嫌そうな表情で、呂奇斗の下半身から下袴と下着を取り去る。

 宝玄仙が結界の中の霊気を動かした。

 気を失っている呂奇斗の両手と両足が大きく開く。

 呂奇斗の身体が床に伸ばされて磔になる。

 

「七星、そこの水差しの水を全部こいつにぶっかけな」

 

「わ、わかったよ」

 

 七星が、掛け布を裸身に巻いた格好で、水差しを抱えてやってくる。

 それにしても……。

 ……と孫空女は思った。

 さっきから、足が床に貼りついたように動かない。

 宝玄仙の道術に違いないのだが、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 呂奇斗の顔に水がかけられた。呂奇斗の眼が開く。

 虚ろな表情だ。かなりの酒を飲んでいるらしく、気がついても、酒臭い息をしながら、ぼんやりとしている。

 

「呂奇斗というのかい……? ほら、しゃきっとしな」

 

 すると、急に呂奇斗の表情がしっかりとした。

 宝玄仙が床に道術で磔にされている呂奇斗に、なにかの術をかけたようだ。

 酔いを覚まして、頭をはっきりさせる術だろう。

 

「こ、ここは……? あっ、孫空女さん――。ぼ、僕、なんでここに――? あれっ? 動けない。な、なんで?」

 

 床に磔になっている呂奇斗がだんだんと恐怖の色を濃くしながら、顔をきょろきょろさせている。

 

「なんでじゃないよ、お前。お前は、いきなり、この部屋に飛び込んできて、あたしを襲おうとしたんだよ」

 

 孫空女は、呂奇斗を見下ろしながら怒鳴った。

 

「ええっ? す、すみません。僕、なんてことを……。ああ――、ぼ、僕、つい、酒飲み過ぎてしまって……ああ、どうしよう……」

 

 よくわからないが、酒を飲み過ぎて、泥酔のうえの不埒な振舞いということのようだ。

 なぜ、ここにやって来たのかはわからないが……。

 

「それよりも、坊や……、なかなかの道具をぶら下げているようじゃないか」

 

 宝玄仙が言った。

 

「道具?」

 

 呂奇斗は怪訝な表情をした。

 しかし、次の瞬間、やっと自分の姿に気がついたらしく、叫び声をあげた。

 

「ひ、ひいいっ――。こ、これは――」

 

 うろたえる呂奇斗の様子に、宝玄仙が大笑いした。

 本当に悪趣味の女主人だ。

 孫空女は今更ながら呆れてしまう。

 それにしても、こいつも運が悪いというか……。

 だいたい、なにしに来たんだ?

 わざわざ、淫行状態のときの宝玄仙のいるところに飛び込むなど……。

 まさに、飛んで火に入るなんとやらだ。

 

「さあ、酔っていたとはいえ、なんで孫空女の名を叫びながら、部屋に飛び込んできたのか白状してもらおうかね、坊や」

 

 呂奇斗が引きつったような表情になった。

 

「あ、謝ります。すみませんでした」

 

 呂奇斗が叫んだ。

 

「理由を言うんだよ、坊や。女しかいない部屋にいきなり飛び込んできて、わたしの供に襲い掛かったんだ。すみませんでした、謝りますじゃあ、済ますつもりはないよ」

 

 宝玄仙は立ちあがると、呂奇斗の股間の前にしゃがみ込んだ。

 そして、呂奇斗の一物に手を伸ばすと、睾丸を手のひらで弄び始めた。

 

「ああ……そ、そんな……くうっ――。や、やめろ……よ……くっ、ああっ……」

 

「女が苛められているような声を出すんじゃないよ、坊や。こんなに綺麗な顔をした姉さんが、お前の道具を慰めてやっているんだよ。一人前の男だったら、涎を流して、悦ぶところだ」

 

 宝玄仙は淫靡に微笑みながら、呂奇斗の睾丸を片手で包み込むように揉んでいる。

 呂奇斗の男根がたちまちに勃起する。

 

「ほう、道具については、もう、一人前のようだね、坊や。どうだい、このまま、一度、精を出してしまうかい?」

 

 宝玄仙が、呂奇斗の怒張を一本の指で下から上に連続で擦りあげる。

 

「あ、ああ……ああ――、そ、そんな――」

 

 呂奇斗が快楽と苦悶の混じった表情を顔に浮かべた。

 

「一度、いくかと訊いているんだよ。孫空女に用事があるなら、あいつに、お前の精を飲ませてやってもいいよ。それとも、わたしが飲んでやろうか?」

 

「ご主人様――」

 

 孫空女は声をあげた。

 しかし、宝玄仙には、孫空女の言葉など無視だ。

 今度は、二本の指で呂奇斗の男根を挟み、上から下に強めに擦りあげている。

 呂奇斗が身動きできない磔の身体を必死にもがかせている。

 

「ゆ、許して……あ、ああ――も、もう駄目――。謝ります……許してください……ああっ――」

 

「なにが許してだい。そこらの男だったら、泣いて喜ぶような状況なんだよ。どうしたいんだい? 精を出すのか、出さないのかい?」

 

 呂奇斗の怒張が限界まで逞しくなる。

 それとともに、その先端からは、ねらねらと光る汁が滲み出している。

 宝玄仙の眼が妖しく光り、大きく口を開いて呂奇斗の男根を自分の口に入れた。

 孫空女は驚いた。

 

 呂奇斗が道術で拘束された身体を暴れさせて、思い切り声をあげる。

 宝玄仙は、喉の奥まで使って呂奇斗の男根を受け入れていた。その宝玄仙の口の中で、宝玄仙の舌が動きまわっているのがわかる。

 

「あ、ああ、あああっ」

 

 呂奇斗が声を震わせて、身体を痙攣させながら腰を上下に振る。

 それに合わせて、宝玄仙がさらに強く舌を動かす。

 

 孫空女は思わず視線を逸らせた。

 拘束されて、男根を一方的に宝玄仙によって遊ばれている呂奇斗が可哀そうになったのだ。

 

 そして、ついに、呂奇斗は感極まった咆哮をあげた。

 精を放ったのだと思った。

 だが、すぐに、呂奇斗が一転して苦痛の悲鳴をあげた。

 

 最初は理由がわからなかったが、宝玄仙が口を離した怒張の根元に金属の輪っかのようなものが喰いこんでいるのを見て、孫空女はその理由を悟った。

 呂奇斗が精を出せないように、根元を金属の輪で締めつけているのだ。

 おそらく、口の中に含んだときに、口で嵌めたのだろう。

 いつもながら、えげつないことをやる。

 相手が若い青年でも、女を相手にするときと同じように容赦ないのだと思った。

 宝玄仙が声をあげて笑った。

 

「ほら、出したくても出せないのは苦しいだろう? 孫空女になんの用事があったのか白状しな――。根元に食い込んだ金具が外れないと、精を出すことはできないよ、坊や」

 

 宝玄仙はそう言いながら、今度は呂奇斗の棹の横を繰り返し、繰り返し擦る。

 呂奇斗が感極まった悲鳴をあげ続けた。

 

「や、やめてあげなよ、ご主人様――。全然、知らない人に、そんなことやるのは」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「なにが、知らない人なものかい。こいつは、女五人がいる部屋にやってきて、お前に襲い掛かったんだよ。それなりの酬いをくれてやるさ」

 

「で、でも……」

 

 さすがにたじろぐ。

 いくらなんでも、この仕打ちは気の毒だ。

 宝玄仙の結界に侵入したのが運の尽きだろうが、おかしな心の傷をつけてしまうのではないだろうか。

 昼間の感じでは、心の優しそうな青年だった。

 きっと、少しばかり、酒に酔っただけのことなのだろう。

 

 孫空女は救いを求めて周囲を見る。

 こういうときに、必ず宝玄仙をたしなめてくれる沙那は、まだ、完全に気を失っているし、七星と朱姫は自分たちには関わりはないとばかりに、そっぽを向いている。

 

「早く言いな、坊や。いつまでも続けるよ――」

 

 宝玄仙は、今度は、そそり勃った呂奇斗の男根の先端を指で包むように刺激する。

 

「うおおおおぉぉぉ――」

 

 呂奇斗が、絶叫して限界まで身体を仰け反らせた。

 そして、また、それが苦悶の叫びに変わる。

 孫空女も宝玄仙の道術で男根を生やされて、同じことをさんざんにやらされた経験がある。

 精を出して、発散できると思ったのに、根元を絞られて出せないというのは本当に苦しいのだ。

 

 宝玄仙は、片方の手で呂奇斗の棹の部分を擦り、もう片方で先端の膨らんだ部分を擦るということをやり始めた。

 そして、呂奇斗が感極まった声をあげると、棹の部分の手を離し、先端の部分の刺激を強くしている。

 同じことを何度も宝玄仙は続けた。

 やがて、呂奇斗の反応がおかしくなった。

 

「うがああ……ああ――も、もう、はがっあああ――」

 

 呂奇斗が叫んで腰を振った。

 それでも、宝玄仙は、笑いながら亀頭の部分を指で擦るということを繰り返している。

 

「わたしは、いつまでもこれを続けてもいいんだよ。いけないから発散できないけど、ここを擦られると気持ちよさだけは、どんどん高まるだろう?」

 

「ああ……う、うん……だ、だけど――ひいっ」

 

 呂奇斗は顔を左右に振りたてて、喚き声をあげている。

 

「さあ、そろそろ喋るんだ。狂い死にしたくなかったら、どうして、ここにやって来たか言うんだよ」

 

 宝玄仙はそう言いながら、さらに呂奇斗の男根を擦り続けた。

 その男根は、これ以上ないというくらいに真っ赤に充血し、そして、そそり勃っている。

 呂奇斗がついに涙を流し始める。

 さすがにこれ以上は凝視できなくて、孫空女は、また、顔を背ける。

 

 呂奇斗は泣き叫びながら、孫空女を追いかけて、同じ宿に部屋を取ったこと……。酒に酔って、どうしても、孫空女の顔をひと目見たくなり、気がついたら、この部屋の戸を外から叩いていたというようなことを説明した。

 

「あ、あたしの顔?」

 

 なんでそんなものを見たかったのだと、不思議に思って、思わず、そう言った。

 だが、宝玄仙は、大きな声で笑った。

 

「そうかい、孫空女に岡惚れして、酔った勢いで、この部屋にやってきたのかい」

 

「お、岡惚れ――」

 

 孫空女は驚いた。

 

「す、好きなんです、孫空女さん」

 

 涙と汗と鼻水でぐしょぐしょの顔をした呂奇斗が、孫空女に顔を向けて叫んだ。

 下品な言い方でいい寄られた経験は数限りなくあるが、面と向かってそんなこと言われたのは生まれて初めてなので、孫空女はなにかたじろぎのようなものを感じてしまった。

 

 だが、宝玄仙は、面白い言葉を聞いたとばかりに、笑い続けている。

 本当に、このご主人様は、どうしようもない……。

 

「残念ながら、孫空女は、お前が思うような純朴な女じゃないけどね。まあ、一度は、孫空女を助けようとしたらしいから、それに免じて、一度といわず、二度、三度は、やらせてやるよ――。孫空女、来な」

 

 床に貼りついて動かなかった孫空女の足が勝手に動き出した。

 

「な、なんだよ――、ご主人様――ひいっ――」

 

 孫空女は声をあげた。

 だけど、まるで、自分の脚でないかのように勝手に脚が動く。

 そして、そそり勃っている呂奇斗の怒張を跨がさられた。

 

「しゅ、趣味が悪いよ、ご主人様――。い、いくらなんでも――」

 

「ほ、宝玄仙さん――孫空女さん――」

 

 呂奇斗はどうしていいかわからないような表情で、真っ赤な顔をして引きつっている。

 孫空女の着ている朱姫の貫頭衣の短い裾の下の孫空女の股間は、なにも履いていない。

 だから、呂奇斗の男根は、真っ直ぐに孫空女の女陰に向かって伸びていることになる。

 

「まあ、いいじゃないか、お前のような男みたいな女に、惚れたと言ってくれる貴重な坊やだ。一度くらい、やらせてやりな」

 

 宝玄仙が手を振った。

 

「一度くらいって……うわあっ――」

 

 孫空女の膝が折れて、跪かされた。

 宝玄仙の魔術で、脚を操られている。

 呂奇斗の眼が見開かれた。

 跪くと、孫空女の女陰のすぐ真下が、呂奇斗の男根の先になった。

 

「ご、ご主人様――、こんなの、やっぱり、間違っているよ。やめようよ」

 

「つべこべ、喋るんじゃないよ、孫空女。少しばかり、お前の女陰で、この坊やのものを受け入れてやるだけだろう。生娘じゃあるまいし――」

 

 孫空女の股間の下で大きな音がした。

 真下を見る。

 呂奇斗の男根の根元に食い込んでいた輪が砕けたのだ。

 

「ふぐうっ――」

 

 もの凄い重さが身体に加わった。宝玄仙の道術だ。 

 膝が――。

 肩が――。

 身体が沈む――。

 

「ああっ」

 

 孫空女はがくりと腰を落とした。

 さすがにこれは耐えられない――。

 腰が沈むと、当然、孫空女の女陰に向かって下から伸びている呂奇斗の男根の先が近くなる。

 それは、真っ直ぐに孫空女の女陰に向かっている。

 宝玄仙の道術で、そのように腰の位置を強制されているのだ。

 だんだんと孫空女は、呂奇斗に一物に向かい腰を落とされていく。

 

「ああっ――」

 

 思わず、身体を仰け反らせた。

 孫空女の女陰の入口に、呂奇斗の怒張の先が触れたのだ。

 

「そ、孫空女さん――」

 

 呂奇斗が感極まった声を出す。

 

「しゅ、朱姫――、な、七星――、た、助けて……」

 

 孫空女は、助けを求めて叫んだ。

 七星は、寝台の横にしゃがみ込んで目をつぶり、しかも、耳を塞いでいる。

 朱姫は、こちらに完全に背を向けて、身体を震わせている。

 宝玄仙の狂った所業に絶対に関わりたくない――。

 その気持ちがふたりから滲み出ている。

 

「しぶといねえ、観念して、坊やの上に跨りな――。ほら、これでも耐えるかい?」

 

 宝玄仙が、魔術で加えられている重さに耐えて震えている孫空女の腿に腕を置いた。

 そして、自分の体重を載せてくる。

 

「ひいっ――」

 

 孫空女は仰け反った。

 呂奇斗の男根の先端がずぶりと孫空女の女陰に入って来たのだ。

 

「うはあぁ――、そ、孫空女さん――」

 

 下で呂奇斗が叫んだ。

 

「ご、ご免――。こんなんで、ご免――。勘忍して、呂奇斗――」

 

 声をあげた。

 孫空女の腰が沈み、道術の力に負けて下がり、ずぶずぶと呂奇斗のものを受け入れさせられる。

 

「そ、孫空女さん――、ああっ」

 

 呂奇斗が叫んだ。

 孫空女の腰が完全に呂奇斗の腰に密着した。

 ずんと突きあげられた呂奇斗の一物が孫空女の子宮を抉った。

 それとともに、熱いものが孫空女の女陰の中で迸った。

 

「うはっ」

 

 呂奇斗が声をあげた。

 精を放った肉棒の脈動が、孫空女の肉襞を抉る。

 

「ほら、そのままでいな、孫空女――」

 

 上から孫空女の膝を押さえつけている宝玄仙の愉しそうな揶揄の声――。

 

 次の瞬間、ずっと肛門に挿されたままだった張形が、ゆっくりと蠢動を始めた。

 

「ひぎいっ――」

 

 孫空女は、身体を仰け反らせた。

 

「そ、孫空女さん――。そんなに動いちゃあ――」

 

 呂奇斗が悲鳴のような声をあげた。

 

「ひいん――ご、ご免……んひっ、あひいっ――」

 

 だが、肛門で暴れ回る張形の蠢動は孫空女の全身を砕けさせ、下から貫かれている呂奇斗の怒張が与える肉襞への刺激と子宮への突き上げは、孫空女の快感をさらに増発させる。

 

「んああぁっ――、んくっ……ああ、あああっ――だめ、いく……呂奇斗……いくっ――いっていい? いっていい?」

 

 自分でもなにを言っているかわからない。

 強烈なものが孫空女を襲っている。

 股間の前後からやってくる快楽の波が、繰り返し孫空女を襲い、果てしなく上に上にと孫空女を昇らせる。

 

「いっていい、呂奇斗――?」

 

 絶頂するときには、相手に許可を求める――。

 宝玄仙に染み込まされている躾が、孫空女に悲鳴のような哀願をさせていた。

 

「いって、いってください、孫空女さん――」

 

 呂奇斗が叫んだ。

 

「あ、ありが……ひいいぃんん――」

 

 深くて荒い大波に襲われて、孫空女は大きな声をあげて激震した。

 孫空女が昇りつめたとき、再び呂奇斗の肉棒が熱い精を孫空女の子宮に放ったのがわかった。

 熱い絶頂の余韻により脱力してしまった孫空女は、朽木でも倒れるように、床に横たわった呂奇斗の身体に自分の身体を崩れ伏せさせた。

 

「どうやら、愉しい一夜になりそうじゃないか、坊や。若いから、まだ、二度、三度はいけるだろう? ここには、一級品、超一級品の美女が揃っているよ。孫空女以外の女も、望むままに抱かせてやるよ。手始めはわたしでどうだい?」

 

 まだ、ぼんやりとしている頭に宝玄仙の声が聞こえてきた。

 肛門の張形の蠢動は停止したが、まだ、逞しさを失っていない呂奇斗の男根は、孫空女の女陰に挿っている。

 

 孫空女は、呂奇斗の胸の上で激しく息をしながら、頭だけを声のする方向に曲げた。

 すると、妖艶な表情の宝玄仙が、自分の服に手をかけ、すとんと床に落としたのがわかった。

 宝玄仙が胸当てと下着もとり去る。

 すると、美しい白い裸身がそこに曝け出された。



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157 天性の女たらし

「あひぃっ――ほ、ほんと……に――す、すごい……ああっ、はひいっ――」

 

 沙那という女性が、呂奇斗に組み伏せられて、憑かれたような声をあげた。

 呂奇斗は、遠慮なく男根を沙那の女陰に根元まで嵌めて突き下ろす。

 女陰の最奥には子宮があり、そこを乱打するようにつくのが秘訣だと宝玄仙に教えられた呂奇斗は、そのようにやってみた。

 すると、沙那という女性は、狂ったように乱れ続けた。

 

「あうっ――ま、また、またいきます――。また、また……いって……いって、いい……ですか……?」

 

 連続した快感で官能と苦悩の涙を流している沙那が叫んだ。

 

「いって……いくらでも、いってください、沙那さん」

 

 すでにいきっぱなしの状態に近くなっている沙那が、いきむような声をあげて全身をまた震わせた。

 なぜだかわからないが、孫空女といい沙那といい、絶頂する前に呂奇斗に許可を求めるような言葉を口にする。

 呂奇斗のような若造に、なんでそんなことを言うのかわからないが、歳上の美しい女性たちに、そんな風に言ってもらえると、呂奇斗は、自分が性の王様にでもなった気がする。

 そのせいか、三人目だというのに、呂奇斗の一物は衰えることを知らずに、力を保持し続けている。

 

 そして、三人目にもなると呂奇斗は、じっくりと女性を観察し、それに合わせて動くことを覚えてきた。

 それで、この沙那には、こちらが主導権を握って責めてみようと思ってやってみた。

 すると、この可愛い顔をした栗毛の女性は、たかが呂奇斗の責めに、激しく乱れて、たてつづけに昇天を繰り返した。

 

「もがあぁ――、もう――駄目――。か、勘忍して……ください――」

 

 身体を大きく仰け反らせた沙那は、がっくりと身体を脱力させた。

 精を放つところまで至らなかった呂奇斗だったが、次第に力を失っていく沙那を離すと、ゆっくりと自分の男根を抜いた。

 どろりとした彼女自身の淫液が、沙那の膣から流れ出た。

 

「出さなかったのかい、坊や?」

 

 まだ、そそり立ったままの男根を眺めて、椅子に座ってこっちを見ていた宝玄仙が訊ねた。宝玄仙は全裸だ。

 宝玄仙だけじゃない。

 

 ここには、呂奇斗のほかに、五人の女性がいるが、誰ひとりとして服を着ていない。

 この宝玄仙という女主人が命じると全員が服を脱いで、――性交の終わったばかりの孫空女も――全裸になったのだ。

 もちろん、呂奇斗もすべての服を脱いでいる。

 

「は、はい……。あんまり、つらそうだったので」

 

 寝台の上に胡坐に座っている呂奇斗は言った。

 その横で、沙那がぐったりと裸身を横たわらせている。

 

「……遠慮なく抱き潰していいんだよ、坊や」

 

「そんな……。可哀そうですよ。これ以上は、気持ちいいというよりは、苦しさの方が増すと思いますよ」

 

 呂奇斗は、ちらりと沙那を眺めてそう言った。

 

「……ほう、若いくせに、なかなかの女扱いじゃないか。よく、女を見ているね。そう言えば、三人も抱いてまだ、精は衰えていないようだし、沙那については、女に合わせて抱いて、よく自制もできていたようだ。思ったよりも経験が豊富なんだね?」

 

 宝玄仙が微笑みながら言った。

 

「とんでもないですよ、経験なんて……。ほとんど、初めてのようなものです」

 

 本当だった。

 ここに来る前には、一度、商売女を抱いたことがあるくらいで、ほとんど女を抱いた経験などない。

 

「じゃあ、天性の素質かねえ。男が、きちんと相手の女を観ながら性交することができるというのは、実は、なかなかできないことなのさ。女というのは、本当はそうやって抱いて欲しいんだけどね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「さて、孫空女とわたし、そして、沙那を抱いたけど、次は、誰にするかい? そこの奥の寝台の向こうで隠れるようにしゃがんでいる青い髪の女が七星だ。それで、そっちの小柄な娘は朱姫だよ。どっちでも構わない」

 

「えっ?」

「そんな」

 

 七星と朱姫が嫌な顔をした。

 だが、宝玄仙は完全無視だ。

 

「心配しなくても、嫌だとは言わせないから。七星は男との性経験は多いから、相手が男ならかなりの性技を持っている。頼めば、性技でお前を堪能させてくれるだろう。朱姫は人間の娘にしか見えないけど、実は、半妖だ。性欲は強いんだけど、男が苦手でね。朱姫にするんなら、まあ、優しく抱いてやってくれないかい」

 

「えっ、いえ……」

 

「それとも、もう一度、孫空女にするかい。横になっているけど、体力はあるから、まだいけると思うよ」

 

 呂奇斗は苦笑した。

 

「少し、休憩を……」

 

「わかった――。朱姫、お客さんに、水でも持っていってあげな」

 

 宝玄仙がそう言うと、朱姫という娘が弾かれるように裸身を立ちあがらせて、窓際の卓の上の水差しに走った。

 この水差しは、宝玄仙と呂奇斗が抱き合っているあいだに、この朱姫が、階下まで行って宿屋の亭主から貰い受けてきたものだ。

 最初にあった水差しの水は、呂奇斗が酔って飛び込んできたときに、酔い覚ましに呂奇斗の顔に全部かけられたらしい。

 

「ど、どうぞ」

 

 朱姫が杯に入った水を呂奇斗に差し出した。

 呂奇斗の眼に、小さな桃色の突起がつんと突き出た小ぶりの乳房が飛び込んできた。

 呂奇斗の前に来ると、朱姫が怯えたように微かに震えているのがわかった。

 男が苦手というのは本当のことのようだ。

 

 受け取った水を飲む。

 そして、飲み干した盃を朱姫に渡す。

 朱姫は、呂奇斗が水を飲むあいだ、ずっとそばに立っていた。

 

「それにしても、そのいきり勃ったままじゃあ、休めないだろう――。朱姫、どうせ、お前は、男とやるのは嫌なんだろう? 勘弁してやるから、口で奉仕しな」

 

「は、はい、ご主人様……。じゃ、じゃあ、ご奉仕します、呂奇斗さん」

 

 朱姫が、呂奇斗が渡した盃を横に置く。

 

「よ、よろしく……」

 

 呂奇斗は、姿勢を変えて、寝台に腰掛けるように座り直した。

 その脚の間の床に正座した朱姫が、勃起している呂奇斗の男根の先を口に含んだ。

 朱姫が舌を使って、呂奇斗のものを舐めはじめる。

 

 うまい――。

 最初に思ったのは、それだった。

 あっという間に快感が絞り出されていく。

 

 朱姫の舌技に身を任せながら、呂奇斗は、どうして、この夢のような一夜がやってきたのだろうかと考えていた。

 

 たまたま城郭で孫空女というひとりの女性を見た。

 彼女は呂奇斗にとって、ちょっと会話しただけの行きずりの女性だったが、このまま別れたくなかった。

 それで、孫空女が泊っている宿屋の隣の部屋を借りた。

 だが、なにもできず、結局、馴れない酒をしこたま飲んだだけだった。

 しかし、酒を飲み過ぎて、正体を失くし、孫空女の泊っている部屋の戸を叩いていた。

 その辺りの記憶は曖昧だ。

 

 はっきりしているのは、この部屋の真ん中で床に道術で磔にされて、下半身を露出させられたところからだ。

 水をかけられて目を覚ますと、そこには宝玄仙と名乗る術遣いがいた。

 

 そして、やたらに破廉恥な短い丈の服を着た孫空女もいて、床に立っていた。

 他にも、三人の女性がいた。そのうちのひとりは、寝台に横たわって寝ていた。

 後でわかったが、その寝台で横になっていたのが、さっき呂奇斗が抱いた沙那だ。

 呂奇斗が部屋に跳び込む前に、宝玄仙の色責めで気を失っていたところだったらしい。

 

 最初に宝玄仙に剝き出しにされた股間の男根を指で責められた。

 しかも、いくらなぶっても呂奇斗が精を出せないように、男根の根元に金属の霊具の輪で締めてから宝玄仙の口と指で責められたのだ。

 地獄のような責めだった。

 

 宝玄仙の巧みな指責めは、あっという間に呂奇斗を追いつめ、そして、快感の極みに連れていった。

 しかし、出せないのだ。出せないのに、

 果てしなく快感だけが高まっていく。呂奇斗は発狂しそうになるような焦らし責めの中で、宝玄仙に訊ねられるままに、孫空女にひと目惚れをして、ひと目顔を観ようと酔ってこの部屋の戸を叩いたことを白状した――。

 いや、白状したというよりも、宝玄仙の責めを受けて狂いそうになった頭の中にやっと自分のやったことの記憶が蘇ったのだ。

 

 すると、宝玄仙は、なぜか呂奇斗の物言いに悦び、孫空女に道術をかけて、呂奇斗のそそり勃った怒張に女陰が向かうように跪いて跨らせた。

 そして、孫空女の身体に重さを加えて、無理矢理に呂奇斗の一物を股で咥えさせたのだ。

 

 孫空女の女陰を肉棒で感じた途端、それまで溜まっていた精をあっという間に、呂奇斗は孫空女の中に放った。

 

 それでも、呂奇斗は満足しなかった。

 まだ、衰えない怒張を拘束されたまま孫空女に突きたてた。

 孫空女は、肛門に張形を入れられていたらしく、その張形が孫空女の中で振動し始めた。

 その振動で孫空女はよがり狂い、そこに、呂奇斗が女陰に突きあげる刺激が加わったことで、孫空女は完全に昇天した。

 

 宝玄仙は、孫空女が脱力して、呂奇斗の身体の上に突っ伏したのを見て満足し、次に、呂奇斗が宝玄仙自身を抱くことを求めた。

 

 孫空女も美人だったが、宝玄仙の美しさは呂奇斗の想像を超えていた。

 その裸身が呂奇斗に迫った。

 

 術による拘束を解いてもらった呂奇斗は、宝玄仙を抱き、二度精を放った。

 宝玄仙は、呂奇斗の腕の中で、真っ白い顎を深く反り返らせて、両手で呂奇斗の首に取りすがるように苦悶の表情を浮かべながらいった。

 

 呂奇斗は、そんな、女の悦びに昇りつめていく宝玄仙を眺めながら、掻き混ぜるように腰を使った。

 宝玄仙と身体を交えながら、呂奇斗は孫空女のときとは異なり、性交をしながら、かなり冷静に相手を観察できる自分がいることに気がついた。

 二度目よりも、三度目。

 三度目よりも、四度目には、呂奇斗はしっかりと相手に合わせて身体を動かし、相手にどうやったら、もっと快楽が与えられるだろうかと考えながら相手を責めることができた。

 

 宝玄仙に対する二度目の精を放ったとき、宝玄仙は、呂奇斗に対して、驚きのこもった声をあげた。

 そして、横になっていた沙那を蹴り起こして、次に、この沙那を抱くように呂奇斗に言ったのだ。

 宝玄仙の中に二度目の精を放っても、まだ、呂奇斗の一物がそそり勃ったままだったからだ。

 

 沙那は、呂奇斗の存在に驚愕していたが、宝玄仙が事情を説明し、呂奇斗に抱かれろと、沙那に命じると、沙那は諦めたように、呂奇斗に身体を差し出した。

 沙那にしろ、孫空女にしろ、宝玄仙の命令には一切の抵抗ができないように躾けられているようだ。

 

 沙那を抱くときには、呂奇斗は、完全に主導権を握って、沙那を抱くことができた。

 実際のところ、経験の少ない呂奇斗にも、この可愛らしい女性が、快楽に弱い淫乱の性質を持った女性であることはすぐにわかった。

 さすがに五度目の精ともなると、強引に相手の膣の中に精を放出したいという気持ちは失くなっていた。

 それよりも、眼の前の沙那という女性にもっと快楽を与えてあげたいと思った。

 宝玄仙の指示に従い、沙那の子宮の入り口を突くように怒張を動かすと、沙那は、面白いように繰り返し絶頂した。

 激しく声を出し続けて、気を繰り返す沙那に、逆に心配になったくらいだ。

 そして、沙那は完全に脱力して、動かなくなった。

 

 呂奇斗は思念から現実に戻った。

 朱姫による口による奉仕が続いている。

 

「うう――」

 

 朱姫の舌の気持ちよさに、呂奇斗は声をあげた。

 彼女の舌が呂奇斗の男根の先端から棹に、そして、睾丸を包むように含み、また、棹から先端に回った。

 

 いまは、男根の先端の筋の部分に、舌を割り込ませるように動かしている。

 股間から凄まじい快感が込みあがってくる。

 見下ろすと朱姫が上目遣いで、こっちを見ている。

 呂奇斗を観察し、しっかりと反応を確かめながら奉仕をしているのだと気がついた。

 

「朱姫、もういい――。孫空女と交替しな。最後は、この坊やの想い人に奉仕させるさ」

 

「じゃあ、どうぞ、孫姉さん」

 

 朱姫が呂奇斗の男根を口から離して言った。

 

「ほら、孫空女、休んでないで、こっちに来て、この坊やに口で奉仕しな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「う、うん……」

 

 寝台に横たわっていた孫空女の裸身が動いた。

 もう、さっきの小さな服は着ていない。

 さっきの性行為のときには、肛門に振動する淫具を挿入されていたらしいが、いまは、それも抜いてもらっているみたいだ。

 

「ろ、呂奇斗……な、なんかご免ね――。あたしたちのご主人様は、こんな人だから、あんたをご主人様の遊びに巻きこんじゃったみたいで……」

 

「い、いえ」

 

 そんなことはどうでもいい。

 それよりも、呂奇斗は、心が震えるのを感じていた。

 孫空女が素っ裸になり、呂奇斗の一物を口で奉仕しようとしている。

 いま、起きていることは、本当に現実のことなのだろうか。

 宝玄仙の言葉じゃないが、みんな呂奇斗の会ったことのないような美女揃いだ。

 それを好きなように抱き、いくらでも呂奇斗の精で女陰を汚していいというのだ。

 

「あ、あたしは、朱姫みたいに上手じゃないと思うけど……」

 

 孫空女の口が呂奇斗の怒張の先端を含んだ。彼女の舌が、呂奇斗の男根の膨らんだ部分をぺろぺろと舐めまわる。

 

「うう――」

 

 技巧とかそういうものは関係ない。

 孫空女が、呂奇斗に口で奉仕している。

 そう思っただけで、凄まじい快感が込みあがる。

 大量の精があがっていく――。

 

「で、出る……。出ます……」

 

 呂奇斗は声をあげた。

 孫空女は微かに頷いたようだった。

 しかし、呂奇斗の男根から口を離そうとしない。

 

「出る――。出るんです。ちょ、ちょっと……ああっ――」

 

 大量の精が一気にあがり、孫空女の口の中に放出してしまった。

 孫空女の口から怒張を離す暇がなかった……。

 というよりは、孫空女が口を離そうとしなかったのだ。

 だが、次の瞬間、もっと呂奇斗は驚いた。

 男根から口を離した孫空女は、口の中に放たれた呂奇斗の精を出そうとはせずに、飲みこんだのだ。

 

「そんな、汚いですよ」

 

 思わず呂奇斗は言った。

 

「なに言ってんだよ。汚くはないよ」

 

 孫空女が破顔した。屈託のない心からの笑顔だった。

 そして、やっと、勃起の収まってきた呂奇斗の怒張の先端に口づけをして、残っていた精を舌で拭いた。

 それにも、呂奇斗は驚愕した。

 

「なかなかの精力絶倫だねえ――。しかも、その若さで、しっかりと女を見ながら性行為ができるとういうのは、大した素質だよ。将来、大変な女たらしになるのは間違いないね」

 

 宝玄仙が横から笑って言った。

 

「そ、そんな……」

 

「どっちにしても、いくらなんでも、もう次で限界だろう、坊や? 五発も出したんだ。最後は誰にする? 七星の番はまだだったから、あいつにするかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あたいは結構だよ――。元はといえば、孫空女を訪ねてきて、宝玄仙さんに捕まっちゃたんだから、孫空女が最後の面倒看たらどうなのさ」

 

 七星という女性がそう応じた。

 

「じゃあ、孫空女だ。ほら、隣の寝台に横になりな、孫空女」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「あたしでいいかい?」

 

「お願いします」

 

 呂奇斗は言った。

 すると、孫空女は黙って、隣の空いている寝台に横になった。

 孫空女の鍛えあげられて引き締まった身体が呂奇斗の前に横たわる。

 呂奇斗は、孫空女の上に自分の身体を横たえた。

 そして、孫空女の豊かな乳房に手を伸ばし、くにゅくにゅと揉み込んだ。

 孫空女は、吐息とともに甘い声をあげ始めた。

 

「……呂奇斗、よくお聞き。これが終わったら、お前に『縛心術』をかける。悪いけど、今夜のことは、忘れてもらう。いいね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わかりました……」

 

 揉み続けると、次第に孫空女の息遣いは荒くなっていった。

 

「ああっ……」

 

 孫空女が小さな声をあげた。

 呂奇斗は、孫空女の無毛の股間に手を伸ばした。孫空女の喘ぎ声が大きくなる。

 もうすっかりと、孫空女の女陰は濡れていた。

 

 しばらく手を股間で動かしていると、孫空女はだんだんと妖しく乱れ始め、声や仕草が熱のこもったものに変わってきた。

 股間を刺激するとともに、孫空女の乳首、うなじ、臍、横腹……あらゆる部分に口づけをする。

 孫空女はいよいよ激しくよがりはじめる。

 

「いきますよ、孫空女さん……」

 

 呂奇斗は、態勢を変えて孫空女の腿を抱えた。

 孫空女が、膝を立てて股間を少しずつ開いていく。

 その中心に向かい呂奇斗は、逞しさを取り戻した怒張をゆっくりと挿していった。

 

 孫空女の眼はしっかりと閉じられ、ほんの微かに口を開いている。

 上気して、少し恥じらいのこもったような表情は、ぞくりとするほど悩ましい。

 怒張が孫空女の奥深くに入ったとき、孫空女が小さく声をあげて、身体を震わせた。

 呂奇斗は、腰を回すように突きあげた。

 そして、孫空女の反応を確かめながら、その動きを激しくしていく。

 

「あ……ああ……ああっ――あ、ああ……」

 

 孫空女の声が乱れ始める。

 怒張の先端で子宮を打つ。

 それとともに、空いた指で、孫空女の肉芽を刺激してあげると、孫空女の裸身が跳ねるように反応した。

 

「ひい……いい――い、いっちゃう――いいよう……ああ―――」

 

 孫空女が感極まったような声をあげた。

 呂奇斗は、それに合わせるように力強く、孫空女を怒張で突きあげた。

 孫空女が叫び声のような嬌声をあげる。

 

「もう、いく――いくよ――い、いって……」

 

「いっていいですよ、孫空女さん――いつでも――」

 

 呂奇斗も声をあげた。

 

「いくっ」

 

 孫空女の身体が反り返った。

 そして、孫空女の指が呂奇斗の背中に強く食い込んだ。

 だが、もの凄い力だった。

 そのあまりの痛さに呂奇斗は、顔をしかめた。

 それでも、なんとか悲鳴を出すことは避けられた。

 呂奇斗は、股間をぶつけるように激しく動きながら、ありったけの精を孫空女の中に注ぎ込んだ。

 

 目の前が真っ白になり、そして。なにも考えられなくなった……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚めたとき、呂奇斗は、少しの間、自分がどこにいるのかすぐには理解できなかった。

 そして、昨日、孫空女という女性を外で見初めて、そのまま、こっそりと追いかけて、彼女が泊っている宿屋に泊ったということを思い出した。

 

 考えてみれば、馬鹿なことをしたものだ。

 たとえ、もう一度、孫空女に遭うことがあっても、彼女が、自分みたいな若造を相手にするということなど考えられないのに……。

 

 結局、どうしようもできずに、やけ酒のように酒を呷り、そのまま寝入ってしまった。

 飲み干した酒瓶が部屋の隅に置いてある。

 

 思ったよりも、酒の影響が残っていない。だが、なぜか身体のだるさのようなものが残っている。

 それに背中が痛い。

 

 上衣を脱いで背中に手で触れる。

 傷のようなものがある気がする。背中に触れた指を眺めると、なにか薬のようなものがあった。

 背中に塗られていたようだ。

 しかし、どこで怪我をしたのか思い出せない。

 酔って転びでもしたのだろうか……?

 それにしても、治療がしてあるのはなぜだろう?

 

 身支度を整えてから部屋を出た。

 荷物といっても大したものがあるわけじゃない。

 本当は、注文のあった霊具を届けるためにこの城郭にやってきたのであり、宿屋などに泊る必要などなかったのだ。

 品物を届けた後だったので、ほとんど手ぶらだった。

 余分な金を使ったようだ。

 霊具を届けて支払いで受け取った代金をほとんど使ってしまっていた。

 

 この宿屋は、一階が食堂になっているはずだ。

 朝食をここでとってから、家に戻ろうと思った。

 本当になぜか身体がだるい。

 少し寝なおしたい。

 呂奇斗が暮らしている隣町の長屋は、ここから歩いて一刻(約一時間)くらいだから、戻ってから休めば、少しはだるさもなくなるだろう。

 部屋に鍵をかけてから、一階に降りていった。

 宿屋の亭主に鍵を返し、簡単な食事を頼んだ。

 

「坊や、一緒に食べないかい?」

 

 声をかけられた。

 長い黒髪の美貌の女性だ。

 大きな卓で食事を待っているようだ。

 旅装をしていて、荷物が横にあるところを見ると、旅の途中に違いない。

 同じ卓に四人の若い女性がいる。

 一緒に旅をしている仲間なのだろう。

 そのひとりに眼が移り、呂奇斗の心臓が早鐘のように鳴りだした。

 そこに、あの孫空女がいたからだ。

 

「い、いいんですか?」

 

 呂奇斗が言った。

 

「昨日は、孫空女が世話になったそうじゃないか。孫空女から聞いているよ。わたしは、宝玄仙――。旅の巫女だよ」

 

「呂奇斗です」

 

 呂奇斗は挨拶をした。

 孫空女を含めたほかの女性たちも礼をした。

 なぜか、みんな少し、顔が上気しているように思えた。

 それぞれ、椅子をずらして、呂奇斗が座る場所を作ってくれた。

 呂奇斗は孫空女と宝玄仙のあいだに椅子を持ってきて座らせられた。

 

 自己紹介を受ける。

 栗毛の髪の武道着を着て腰に剣をさげた女性が沙那――。

 小柄な少女が朱姫――。

 青い髪をした女性が七星だと教えられた。

 なぜか、七星という女性は、さっきから笑いを堪えているような仕草をしている。

 

 四人の女主人は、最初に声をかけた宝玄仙であり、ほかの女性はその供で、一行は、これから通天河沿いに進み、西梁国を越えて女人国に向かうつもりだと教えられた。

 呂奇斗は、隣町に住む霊具作り職人で、これから家に帰ると説明した。

 

「なにか話しな、孫空女」

 

 お互いの紹介を語り終え、少し沈黙が訪れたとき、宝玄仙が孫空女にそう言った。

 

「えっ……。あっ、そうだ。背中、大丈夫? ご免ね――」

 

 孫空女が言った。

 

「えっ?」

 

「孫女、馬鹿――」

 

 背中がどうしたのだと訊ねようとして、沙那という女性が慌てたように、横から口を挟んだ。

 

「そ、そうだった――。な、なんでもない」

 

 孫空女が上気した顔で首を横に振った。

 呂奇斗は、その様子に首を傾げた。

 それぞれの前に、宿屋の女中が食事を運んできた。

 

「さあ、食べようか――」

 

 宝玄仙がそう言った。 

 なぜか、宝玄仙は、食事の間もずっと、面白くて堪らないという表情で呂奇斗の顔を何度も眺めては、くすくすと笑い声をあげていた。

 七星という青い髪の女性もさっきから笑っているし、なんだかおかしな感じだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

 呂奇斗は言った。

 

「なんでもないのよ。ただの思い出し笑い……。ねえ、孫女?」

 

 沙那が孫空女を見た。

 その顔もなんだか笑いを我慢しているように見える。

 

「そうだね、思い出し笑いだよ、呂奇斗――。気にしないでよ」

 

 孫空女がぷっと噴いた。

 それが合図のように五人が赤い顔をして、お互いの顔を見ながらくすくすと笑いだした。

 なにか、悪戯をした子供がなにかを隠しているかのような無邪気な笑いだった。

 

 呂奇斗は、そんな宝玄仙や孫空女、そして、ほかの女性たちを見ながら、彼女たちのような女性ともっと親しくなれたら、どんなに素晴らしいことだろうか。

 そして、その方法が、ないものかと懸命に考え続けていた。

 

 

 

 

(第25話『初恋の果て』終わり)



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 第26話   時止めの少年【獏狗(ばく)
158 人里離れた食堂


 毎朝、店の前の掃除をするのが麗美(れいび)の最初の仕事だった。

 店の前は、西梁(せいりょう)国の中部にある大きな湖のほとりになっていて、その湖畔街道沿いに麗美の店がある。

 この湖畔街道は、西梁国を南北に走る大きな街道でもあり旅人は多い。

 物資を運ぶ隊商の往来もある。

 麗美の店はそういう旅人に食事を提供するだけの店だが、宿町と宿町の真ん中付近に位置するこの店は、周りに商売仇がないので繁盛していた。

 

 店には卓が五個あり、一度に座れるのは二十人ほどだが、それが全部埋まることは滅多にない。

 しかし、それで十分に生計は成り立つ。

 麗美ともうひとりの人間が食べていくだけのものは得ることができている。

 

 麗美の店──。

 近傍の人里に住む人々は、街道沿いにぽつりとあるこの店のことをそう呼んでいた。

 この店は、若く美しい女がひとりで切り盛りする店として知られているのだ。

 だが、実のところ、それは事実ではなかった。

 

 この店は、本当は麗美の店ではない。

 この住居を兼ねた食堂に住むもうひとりの少年のものだ。

 麗美は、その少年に奴隷のように使われて表向きの女主人の役割をしているにすぎない。

 

 いや、奴隷のように……ではない。

 麗美はその少年の正真正銘の奴隷なのだ──。

 

 しかし、そのことは誰も知らない。

 その少年の能力についてもだ。見た目は人間の十二三歳というところだから、表向きはその少年は麗美の弟ということになっていた。

 麗美という若い姉と十二歳の少年がふたりだけで暮らしている人里離れた食堂──。

 この店はそういうことになっている。

 

 人々は、若い女がひとりでやっているこの店が、どうして盗賊や暴漢に狙われないのか不思議がるだけなのだ。

 こんなに人里から離れていては、城郭軍の出動も警備も期待できない。

 盗賊に襲われて殺されても気にしないし、取締りのための犯人探しも行われないだろう。

 もっとも、それこそがこの食堂がこんなに人里離れた場所にある理由なのだが……。

 

 掃除が終われば、朝の仕込みに入る。

 食事に出す料理の材料については、契約をしている業者が定期的に運んできてくれる。

 だから、こんな宿町や近傍の部落から大きく離れている店だったが、肉も野菜も魚も米もあり、変化に富んだ食事を提供できる。

 店の隅には酒の(かめ)もあり、客が求めれば酒も提供できる。

 

「麗美、こっちに来い」

 

 ちょうど掃除が終わったところだったが、店から出てきたその少年に声をかけられた。

 店の二階が、麗美とその少年の住居になっていて、その少年は二階から降りて来たのだ。普通はこんなに朝早くは起きては来ないのだが、今朝は眼が覚めたのだろう。

 

「おはようございます、爆斗(ばくと)様」

 

 麗美は掃除の手を休めて、少年に頭を下げた。

 爆斗──。

 

 その男のことを麗美はそう呼んでいたが、それが本名なのかどうかまったくわからない。

 二年前に、この少年が遠い故郷で村一番の美貌の女と称されていた麗美を強引に夫から浚ったときに、そう呼べと言われただけだ。

 途方もない能力を持った存在──。

 それが爆斗だった。

 

 見た目は人間の少年だが、もしかしたら人間ではないのかもしれない。

 爆斗の能力は尋常なものではないのだ。

 しかし、爆斗のその能力について、人に喋ることも、逃亡することも禁止されていた。

 本当の弟でないことを人に語ることについてもだ。

 逆らえば、爆斗は麗美だけでなく、遠い故郷にいるはずの麗美の夫や肉親を皆殺しにすると言われている。

 この爆斗だったら、簡単にそれをやってのけるだろう。

 爆斗の想像を絶する能力をただひとり知っている麗美は、それを確信している。

 

 それに、この少年に捕らえられて、この店の表向きの主人としてすごした二年の月日は、麗美から故郷に戻る希望も、若い美貌の妻が突然に行方不明になったと思い込んでいるはずの夫への想いも消し去った。

 いまは、ただ、爆斗の命じるままに、この店の女主人の役を演じるだけしか考えていない。

 この店で時折行われる怖ろしいことについても、感情を失った協力者として爆斗の指示のままに行動するだけだ。

 

「昨夜は、お前を可愛がるのを忘れたせいか、眼が覚めたらこうなっていた……。舐めな」

 

 爆斗はそう言って、下袴(かこ)の中で膨らんでいる男根を麗美に示した。

 本当に見た目は、まだ幼さえ残している十二、三歳の少年なのだ。その爆斗に奉仕するというのは、いまだに麗美に戸惑いを感じさせてしまう。

 

「早くしな──」

 

 爆斗が苛ついた口調で怒鳴った。

 麗美は慌てて、地面に屈むと手で爆斗の下袴と下着をおろして、反りかえった爆斗の肉棒を外に出した。

 この男根だけは見た目とは違って大人そのものだ。

 

 麗美は馴れた仕草で、自分の髪を横に流して爆斗の怒張の先端に口づけをする。

 そして、先端を舌先で小刻みに刺激を始めた。

 これが男を悦ばす技らしい。

 夫を持つ身の上だったが、半年の夫婦生活ではこんな行為をしたことはなかった。

 すべて、この爆斗に仕込まれたのだ。

 

「日に日にうまくなるな。それに今日はやけに情熱的な気がするぜ。夫のことでも思い出したか……」

 

 爆斗がからかうような物言いで言った。

 怒張は麗美の口いっぱいに咥えられている。

 麗美は口をすぼめて、口全体と舌を一身に使って懸命に爆斗の怒張に奉仕をしているところだ。

 爆斗は、麗美がいまだに故郷や夫を恋しがっていることを知っている。

 だから、わざと呷るような言い方で麗美をからかうのだ。

 

「手が空いているだろう。そのまま自分の股間をいじくりな……」

 

 上から爆斗の声が降ってきた。

 こんな朝から店の前で、少年の肉棒を咥えて、自分の股間を愛撫するなど……。

 その惨めな姿を想像するだけで涙が出そうだ。

 

 しかし、逆らうことはできない。

 麗美は、跪いている下袍を両手でたくしあげると、腰から下着を膝までおろした。

 そして、自分の股間に指を押し当てて自分の柔肉を刺激しはじめる。

 唾の音をさせて口で少年の怒張に奉仕し、一方で自らの股間を撫ぜ擦る──。

 

 やがて、自分の股間からも淫らな音とともに、淫靡な雌の匂いがしはじめたのがわかった。

 同時に爆斗の怒張も興奮の頂点に達する気配を示し始める。

 

「そんな大人しいやり方でどうするんだ。俺たちふたりだけしかいないんだ。もっと淫乱に自慰をしな。女陰に指を入れろ。そして、もう一方の手で肉芽の皮を剥いて擦れ」

 

 命令に従って、自分の股間に指を入れるとともに、敏感な肉芽を激しく擦る。

 あっという間に自分の股間から蜜が溢れて、股間を刺激している指に絡みつく。

 麗美の興奮もそれとともに頂点に達しようとしていた。

 自然と口で続けている奉仕も熱のこもったものになっていく。

 麗美は自分の身体に込みあがった雌の淫情を口の中の爆斗の一物にぶつける。

 

「んん……んんんんっ」

 

 麗美の中の快感の波は一気に襲いかかって、そして、全身を貫いた。

 麗美はいまだ逞しく勃起している爆斗の怒張を咥えたまま、背中を逸らせて大きく気をやってしまった。

 

「こらっ、先に自分だけ、いくとは何事だ。まだまだ、奴隷の躾が足りないようだな、麗美──」

 

 爆斗が麗美の髪を掴んで、自分の一物から麗美の顔を強引に離した。

 

「あ、ああ……。ゆ、許して……。許してください……」

 

 麗美は項垂れて言った。

 自分の興奮に制御ができなくなってしまったのだ。

 奴隷の務めは、主人である爆斗を愉しませること……。

 自分が気持ちよくなるなどもってのほか──。

 何度もそう言われている。

 しかし、麗美は自分の惨めさに興奮して、それができなかったのだ。

 麗美にはそれがわかっている。

 

「なにが駄目だか、言ってみな、麗美」

 

 爆斗は麗美の黒髪を掴んだまま、強引に麗美の顔を爆斗に向けさせた。

 麗美は跪いた態勢のまま、顔をあげて蔑んだ表情で麗美を見ている少年の顔に眼をやった。

 

「……れ、麗美は自慰の気持ちよさに負けて、先にいってしまいました……」

 

「そうだ。よくわかっているじゃねえか。じゃあ、罰だな──。下袍(かほう)を捲って、尻を出せ」

 

「は、はい……」

 

 麗美は悄然とした気持ちで爆斗に背を向けて頭を地面につけ、下袍をたくしあげて尻を爆斗に向けた。

 なにをされるかはわかっている。

 尻を犯すつもりだ。

 

 尻姦は、惨めすぎる行為として麗美は激しくそれを嫌っていた。

 お尻とは排泄をする場所であり、けだもののように性行為をする場所ではない。

 いまでもそう思っているが、爆斗は麗美が嫌がれば嫌がるほど、面白がって尻を調教した。

 いまでは女陰よりも感じてしまう性感帯として開発されてしまったかもしれない。

 だからこそ、麗美は尻を犯されるのを嫌悪していた。

 尻を犯されれば、麗美は自分を失ってしまう。

 快楽に溺れ、淫情をむさぼる雌に成り下がる。

 それが嫌なのだ。

 

 なにかが肛門に当たった。

 違和感があった……。

 その感触は予想していたものとはまるで違った。

 

「ひ、ひいっ──。そ、そんな──」

 

 麗美は肛門を抉る異様な感触に悲鳴をあげた。

 てっきり、肛門を爆斗の一物が貫くと思っていたのだ。

 しかし、肛門を抉り入ってくるものは肉棒などではない。

 もっと堅いものだ。

 すぐに麗美は爆斗が麗美の肛門に挿しているのがさっきまで麗美が掃除をするのに使っていたほうきの柄だとわかった。

 ほうきの柄が容赦なく麗美の肛門に突き挿さっていく。

 しかし、調教されている麗美の肛門はそれをなんなく受け入れていく。

 それに、おそらく咄嗟になにかの潤滑油を柄に塗ったのだろう。

 油のようなものの助けもあり、麗美は深々と肛門にほうきの柄を挿入させられた。

 

「罰だと言っただろう──。俺の一物で犯してやったらお前が悦ぶだけじゃないか。それを入れたまま、もう一度こっちを向け。奉仕を再開しろ」

 

 爆斗が哄笑しながら言った。

 麗美は自分の眼に涙が滲むのがわかった。

 だが、仕方なく再び口で奉仕をするために爆斗に振り向く。

 

「あはあっ」

 

 姿勢を変えて身体を振り向かせようとしたら、肛門に挿さっているほうきが地面を擦って大きな刺激がやってきた。

 思わず麗美は、身体を震わせて嬌声をあげた。

 

「いちいち、よがるんじゃねえよ。さっさとしゃぶれ」

 

 爆斗が声をあげた。

 髪を掴んで強引に一物を咥えさせられる。

 その動きで、再び肛門のほうきががくんと刺激を加えてくる。

 麗美は思わず顔を仰け反らせた。

 

「早くするんだよ、淫乱な雌豚め」

 

 爆斗が肉棒を麗美の喉奥に押し込んだ。

 

「んんっ……」

 

 麗美はこぼれ出た泣き声とともに口で爆斗の怒張をしごき出した。

 

「両手は股間だ。さっきみたいに擦り続けろ」

 

 爆斗が怒鳴った。

 麗美は言われるまま再び両手を自分の股間に持っていく。

 しかし、さっきとは違い肛門には深々とほうきの柄が挿さっている。

 その状態で女陰に指を入れて強く擦ると、肛門の柄まで刺激されて、自分の指を動かすだけで腰全体から脳天まで届くような衝撃に襲われる。

 それで切羽詰ったようになり、とてもじゃないが口で奉仕など続けられない状態になってしまう。

 

「今度、先にいったら、もっと酷い罰があると思えよ」

 

 しかし、爆斗が残酷な声を麗美に降り注ぐ。麗美は叫びたくなるような快感の増幅に耐えて、その甘美感のすべてを爆斗への気持ちに切り替えて、その怒張をしゃぶっていく。

 

 肉棒を捩じるように舌を這わせて、水を吸うように先端から少しずつ滲み出る爆斗の精をすする。

 麗美はすっかりと汗まみれになった身体全体で爆斗の怒張を上下させて刺激を続けた。

 身体を上下させると肛門のほうきが麗美に泣きたくなるような淫情を加える。

 しかも、麗美の両手は麗美の股間を激しく愛撫もしている。

 その自慰が少しでも鈍くなれば容赦なく爆斗が怒鳴るのだ。

 身体に溜まった熱い淫情が再び頭の頂点に達しようとしている。

 麗美は先にいってはいけないという爆斗の言葉だけを脳に刻んで、絶頂を耐えていた。

 

「また、いきそうなのか……。しょうがねえ女だな。わかったよ……。いっていい」

 

 しばらくしてから爆斗がそう言ってくれた。

 麗美はほっとして身体を解放させた。大きな絶頂の波が再び麗美を襲った。同時に麗美の口の中にある怒張が熱い精の迸りを麗美の口の中に放った。

 

「あはあああぁぁぁ──」

 

 爆斗が麗美の口から男根を離すと同時に、麗美は全身を反りかえらせて大きな声をあげた。

 一度目よりも二度目の快感が大きい。

 いつもそうだった……。

 そして、連続する三度目の絶頂はもっと激しい──。

 二年に及ぶこの少年のような姿のこの男の調教で麗美は、すっかりと淫乱な身体に作りかえられていた。

 意地の悪い言葉をかけられ、惨めな姿を晒すたびに麗美は心の底からの快感を味わっていた。

 

 深い絶頂をしながら、麗美は微かにもう戻らない二年前の自分に思いを馳せてもいた。

 愛し合って夫婦になった夫は、いま頃どうしているだろうか。

 もう、麗美のことなど諦めて、別の女と夫婦になっているのだろうか。

 それとも、まだ自分を探してくれているのだろうか。

 いずれにしても、あの夫は性には淡泊な方だったのだろう。

 この爆斗は毎日にように麗美を抱き、麗美は日に何度も何度も繰り返し性の悦びに浸らせられるが、あの夫との性行為は、週に数回あるかないかだった。

 それに一度の性交で夫が精を出せば終わりであり、女の快感など麗美は知りもしなかった。

 そういうものだと思っていたし、不満はなかった。

 

 だが、こうやって果てしない絶頂に総身を振るわせられると、戻せない二年前の時間に自分が戻りたいのかどうか疑問が湧く。

 女の快楽というものを教え込まされた自分が、愛し合っているとはいえ、あの夫と満足な性を交換できるとは思えない。

 だからこそ、こんな自分にしてしまった爆斗への恨みの気持ちが湧き起こる。

 

「ほらっ、また、罰を受けたいのか──」

 

 爆斗の怒声が飛んだ。

 眼の前に精を出したばかりの爆斗の一物がある。

 慌てて麗美はそれを口で咥えた。

 今度は、垂れている精を舐めとり、男根から残りの精を口で吸い取るのだ。

 麗美の口の中で放たれた爆斗の精はすでに飲み込んでいる。

 

 麗美は、さらに爆斗の肉棒から残りの精を吸い取った。

 しかし、その麗美の奉仕で再び爆斗の男根は逞しさを取り戻した。

 この爆斗は性欲が強く、一度精を出したくらいでは満足しない。

 それも麗美は知りきっている。

 もう一度くらいは、精を出させないとならないだろう。

 

 口でするのか、それとも今度は麗美の下半身を使うのかは爆斗の決めることだ。

 今朝はどうするのだろう……。

 

 そんなことを思っていると、おかしな違和感が肛門に襲いかかってきた。

 柄を咥えている肛門に内襞に小さな虫のようなものが這っている感覚……。

 

 やがて、それが痒みだとわかったとき、麗美の心は騒然とした。

 爆斗がほうきの柄に塗った油は、ただの潤滑油ではなかったのだ。

 女の性感帯に激しい痒みを与える掻痒剤───。

 それだったに違いない……。

 二度の絶頂の虚脱感に浸ることも許されず、新たな性の苦しみが麗美に襲いかかる。

 

「か、痒い──」

 

 麗美は声をあげていた。

 一度気にしてしまうと、肛門の痒みは耐えがたいものとして麗美に襲いかかる。

 麗美は無意識のうちに両手を今度は自分の肛門に向けようとしていた。

 

「おっと、そうはいかんな……」

 

 しかし、爆斗が素早く麗美の両手を掴むと、両手首を前縛りに縛ってしまった。

 これで麗美は自分の手を痒みが襲いかかっている肛門に向けられない。

 しかも、爆斗は麗美の肛門に挿さっていたほうきをさっと抜いてしまった。

 麗美の肛門には激しい痒みだけが残る。

 痒みを癒す手段を失ってしまった麗美は、はしたなくお尻を振りながら泣き叫んだ。

 

「そ、そんな、痒い……痒いです──。お、お願いです。い、意地悪しないで、爆斗様」

 

「どうして欲しいんだ、麗美──。やって欲しいことを言ってみな」

 

 爆斗が口元に蔑みの笑みを浮かべて言った。

 しかし、そんなことは気にならなかった。

 それよりも、どんな薬を使ったのかわからないが、この痒みは激し過ぎる。

 だんだんと狂いそうなほどに痒みが増していく。もう、少しも待つことができない。

 

「犯してください──。後生です。麗美の尻を犯してください。この通りです」

 

 麗美は恥も外聞も忘れて、眼の前の少年に土下座をした。

 

「やっと今日も奴隷らしい顔つきになったな、麗美……。奴隷はそうでなければな。俺のいうことには絶対服従だ。それを忘れるなよ……。いい娘だ」

 

 急に優しげな口調に変わると爆斗は、麗美の背後に回って麗美の腰を持った。

 下袍が捲られる。

 爆斗の怒張の先端が肛門に当たる。

 

「おほおおぉぉぉ──」

 

 ゆっくりと爆斗の怒張が麗美の肛門に入ってくると、麗美は大きな痙攣をして三度目の絶頂にひた走った。

 

 

 *

 

 

「少し早いですが、ここで食事にしましょうか」

 

 沙那は言った。

 

「そうだね」

 

 宝玄仙が同意して、昼食をこの街道沿いの食堂でとることになった。

 ひとつ前の宿町からはかなり離れている。先の宿町に着くにはまだ半日ほど歩かなければならないはずだ。

 こんなに人里から離れた場所にある食堂など珍しいが、ここを逃すともう手頃な店はないだろう。

 昼食を店でとるにはこの食堂に立ち寄るのがよさそうだ。

 通天河に沿って北梁国から南に下り、西梁国という土地を南北に走る山街道だ。

 

「どうしたんだい、七星。いつものような元気がないじゃないか」

 

 店の入口で孫空女が七星にからかいの視線を向けた。

 七星が火のついたような視線を向ける。

 

「う、うるさいよ……。な、なんで、あたいが……こ、こんな仕打ちを……」

 

 七星の声は怒りと悔しさでやや震えているようだ。

 

「へん、なんでじゃないよ。それがこのご主人様の供になるということだよ。お前も覚悟のうえで承知したんだろう。観念しなよ」

 

「なにが承知だよ……。いつもいつも……。そもそも、あ、あたいは、智淵城から助け出してくれたお礼代わりに、宝玄仙さんが望めば、夜の営みに参加してもいいと思って供を承知しただけさ……。な、なんで、いつも、こ、こんなことばかり……」

 

「知ったことかい──。ほら、しゃきっと歩きな」

 

 孫空女が七星の腰を下袴越しに掴むと大きく左右に揺さぶった。

 

「んひいいっ」

 

 七星は悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 その姿に、孫空女だけでなく、宝玄仙や朱姫も笑っている。

 七星は本当に悔しそうな表情を浮かべて、少し足元をふらつかせながら立ちあがった。

 しかし、それ以上はなにも言わずにほかの者に続いて食堂に入っていった。

 

 沙那は嘆息した。

 七星はいま、具足のない傭兵風の身なりで上衣と下袴を身に着けている。

 しかし、行き交う人間は、この青い髪の男勝りの美女がその下には、まったくの下着を着ていないとは思わないだろう。

 しかも、そればかりか七星の女陰には、たっぷりの催淫剤を塗った張形を埋め込まれ、それを宝玄仙の道術によって抜くことができないようにされている。

 だから、いつもはお喋りの七星の口調は少ないし、堂々とした歩き方は影を潜め、歩くこともままならないような状態になっているのだ。

 

「まあ、今日一日は耐えな、七星。明日になったら、孫空女だ。そのときにたっぷりと仕返ししな」

 

「そ、そんな……。明日はあたしなの?」

 

 孫空女が不満そうな声をあげた。

 

「へっ、だったら、それを愉しみにするよ。覚えてな、孫空女」

 

 七星が汗ばんで紅潮した顔を孫空女に向けた。

 

「ところで、いま、操作盤を持っているのは誰だい?」

 

 店に入りながら宝玄仙が言った。

 操作盤というのは、七星が女陰に挿入されている張形の淫具を遠隔操作するための板だ。

 その板を使うことで、離れている七星の中の張形を振動させたりすることができるのだ。

 

 午前中歩きながら、ずっとその操作盤で宝玄仙と孫空女と朱姫が交替で七星をいたぶっていた。

 七星は抵抗したくても、宝玄仙の道術にはかなわないので、文句は言うが、その淫靡な悪戯を一身に受け続けている。

 

 七星はよく我慢しているなあと思いながら、沙那もそれを黙って見守っていたが、人目を気にしない容赦ない宝玄仙の責めにも呆れてもいた。

 それにすっかりと染まってしまっている沙那を含めた三人の供にも……。

 

 沙那は全員の最後に、その街道沿いの食堂に入った。

 店の中は五個の卓があったが、そのいずれにも客はいなかった。

 すぐに若い女がやってきたが、この食堂はその女ひとりで切り盛りをしている店らしい。

 

 すでに宝玄仙たち四人は、店の真ん中の卓に腰を降ろしている。

 沙那は、店の女主人に断わり、背負っていた荷を店の隅に置かせてもらった。

 店にはその若くて美しい女主人がひとりだけだ。

 ほかに働いている者はいない。厨房にも人がいる気配がない。

 

「ご注文は?」

 

 沙那が卓に着くと同時に、その女主人がやってきた。

 

「若いね。お前がひとりでやっている店かい?」

 

 宝玄仙が声をかけた。

 

「そうです。忙しいときには弟が手伝ってくれもしますが、基本的にはわたしがひとりでやっています。今日は豚の肉が入っていますけど、それでいかがですか? 塩漬けした魚もありますが……」

 

「豚の肉をください。五人前。それと水も」

 

 沙那が応じた。

 

「かしこまりました」

 

 女主人が頷いた。

 しかし、彼女が厨房に戻ろうとしたのを宝玄仙が呼びとめた。

 

「本当にお前と弟のふたり暮らしかい? 物騒だろう?」

 

「いざとなれば、まだ十二ですが、弟も頼りになりますから……」

 

「あんたの名は?」

 

麗美(れいび)といいます」

 

 そのとき、初めて沙那はなぜ、必要もないのに宝玄仙が麗美に話しかけているかがわかった。

 七星の身体が小刻みに震えている。

 どうやら、宝玄仙と麗美という若い女主人の会話の陰で、七星は股間の張形を動かされているようだ。

 操作盤を持っているのは朱姫だと言っていたから、そんな悪戯をしているのは朱姫だろう。

 宝玄仙もそれに気がついているから、故意に麗美を留めて話しかけ続けているのだ。

 沙那はまた深く嘆息した。

 

「弟はどこにいるんだい?」

 

「二階です。そこがわたしたちの住居になっているんです」

 

 麗美は答えた。

 なんとなく陰のある表情を麗美がしたような気がした。

 沙那はなぜかそれが気になった。

 

「うっ……、ああっ……」

 

 ついに七星が声を洩らした。

 よく見ると股間の上に置いた両方の拳が固く握りしめられ、卓の下の脚が震えている。

 余程に激しい振動を与えられているに違いない。

 

 こういうときは、朱姫は、宝玄仙以上に容赦がない。

 宝玄仙はあれでも、限度をわきまえた嗜虐をしている。

 しかし、朱姫の嗜虐には本当に際限がないのだ。

 やるときは徹底的にいたぶるし、妥協などない。

 他人の眼などお構いなしだ。

 

「そろそろ、注文に応じてもらっていいですか、麗美さん」

 

 沙那は麗美に言った。

 

「あらっ……。これは失礼しました。すぐに調理にかかります」

 

 麗美が頭を下げて離れていった。

 ほんの少し朱姫が不満そうな表情を沙那に向けた。

 その朱姫を沙那は逆に睨んだ。

 

「いい加減にしなさい、朱姫」

 

「いいじゃないですか、沙那姉さん」

 

 朱姫が頬を膨らませている。

 

「だ、だめえ……」

 

 その時、七星が身体を小さくしてかなり激しく身体を震わせた。

 達したのだ……。

 

 両手を股間に当てて悔しそうにしている七星が、本当に気の毒だと沙那は思った。

 だが、宝玄仙が喜々として朱姫から操作盤を取りあげたとき、もう七星に助け舟を出すのを諦めた。

 これ以上あからさまに七星を助けようとすると、今度は沙那が宝玄仙の悪戯の対象になってしまう。

 

 それからも宝玄仙と朱姫は、代わる代わる操作盤で七星をいたぶっていた。

 沙那も誘われたが、それだけはご免だった。

 いくら自分がやられても、仲間をこんな風に外で虐げる気にはならない。

 

 やがて、厨房からいい匂いが漂い始めた。

 しばらくすると豚肉を野菜と一緒に煮込んだものが大皿に載せられて運ばれてきた。

 胡麻を使った油を使っているようだ。

 箸と取り皿、さらに水なども運ばれてくる。

 

「待って──」

 

 それぞれに箸を伸ばそうとしたのを急に真面目な顔になった朱姫が慌てて止めた。

 

「どうしたんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙が怪訝な表情を朱姫に向けた。

 

「ちょっとこっちに来てもらえますか、麗美さん」

 

 朱姫が店の隅に下がっていた麗美を呼んだ。

 麗美はすぐにやってきたが、麗美の顔は蒼ざめていて、落ち着きなく震えているように沙那には思えた。

 

「ど、どうしたの、朱姫?」

 

 沙那は朱姫に訊ねた。

 

「あたしに任せてください、沙那姉さん……。さあ、麗美さん、こっちに来て、この料理を食べてもらえますか?」

 

 朱姫が言った。

 

「ど、どうして、そんな……。な、なにか気にいらないことでもありましたか……?」

 

「いいから食べるんですよ。この部分でいいです……。さあ──」

 

 朱姫が肉片を箸で摘まんで麗美に突きつけた。

 麗美の顔がますます蒼くなり、顔にどっと汗が流れ出した。

 

 毒?

 

 麗美の異常な様子で、沙那は初めて朱姫がなにに気がついたかがわかった。



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159 得たいの知れない少年

 朱姫が箸で肉と野菜の破片を摘まんで、麗美(れいび)に突きつけた。

 しかし、麗美はますます顔を蒼くするだけで、口を開こうとしない。

 

 それで、沙那は気がついた。

 料理になんらかの毒が入っているのだ。

 それが死に至るものなのか、あるいは、身体を痺れさせるような一時的なものなのかはわからない。

 しかし、身体の半分の血が妖魔である朱姫は、人一倍鋭敏な嗅覚や味覚をしている。

 おそらく、匂いだけでわかるほどの強い毒剤だったに違いない。

 それで口にすることなく、朱姫は麗美の作ったものになんらかの薬剤が混入されていることを悟ったのだ。

 

「どうして、口にしないのです、麗美さん?」

 

 朱姫が挑戦的に言った。

 麗美が数歩後ずさった。

 沙那は立ちあがると、その背後を塞ぐように麗美の後ろに回った。

 孫空女もすでに立ちあがっている。

 

「……説明してもらうわよ、麗美」

 

 沙那は言った。

 理由はわからないが、この若くて悪意のなさそうな女主人が、毒を混ぜた料理を食べさせようとしたことは事実のようだ。

 

「どうやら、とんだ追剥食堂のようだね……。七星、お前の調教の続きは後だよ。道術を解いたから自分で張形は外しな──。さて、麗美とやら、どうしてやろうかねえ……」

 

 宝玄仙が言った。

 そのとき、沙那は、二階に通じる階段から誰かが降りてくる気配を感じた。

 降りて来たのは、十二、三歳くらいの少年だ。

 彼は、麗美がさっき言っていた弟だろうか……。

 首に小さな白い貝殻の首飾りを付けている。

 

「麗美を詰問しないで欲しいね。訊きたいことがあれば、俺が答えるよ」

 

 顔に余裕のある笑みを浮かべている少年が麗美を庇うように立った。

 

「ご、ご主人様──」

 

 朱姫が険しい表情で声をあげた。

 

「わかっているよ、朱姫。こいつは術遣いだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「術遣い?」

 

 いまだ赤い顔で座っていた七星が驚いたような声をあげた。

 

「訊きたいことがあれば、俺がなんでも教えてやるよ……。だけど、とにかく、黙って、その料理を口にしな。話はそれからさ」

 

「ふざけるんじゃないよ、お前──。料理になにかを盛ったろう。そんなのが喰えるかい」

 

 孫空女が怒鳴った。

 

「死にはしないよ。ただの眠り薬さ。それに術遣いの術を一時的に封じる薬剤も入っている。あんたらが、道術遣いでも、魔族でもね。それだけのことさ。俺が麗美に命じて毒を入れさせたんだ」

 

 少年が不敵に言い放った。

 

「……ふっ、どうやら、人間の子供の姿だけど、さしずめ、歳を重ねた魔族……。いや、そうじゃないね。妖怪……? 怪物? わからないけど、得たいの知れないなにかさ……。ところで、お前。名はなんというんだい?」

 

 宝玄仙も立ちあがった。

 その表情には笑みもあるが真剣だ。

 こういう表情の宝玄仙は怖い。

 それを沙那は肌で知っている。

 

「ほう……。人間ではないと、よくわかったね。だけど、歳を重ねているかどうかは知らないけどね……。俺には時の刻みというのは意味のないものだからね……。それから、俺の名は、獏狗(ばく)だ。人間の姿のときは、爆斗(ばくと)と名乗っている」

 

 沙那は、この獏狗の言葉に背後の麗美が驚愕の表情をしたことに気がついた。

 麗美は宝玄仙が、少年を人間ではないと見抜いたときに強く反応した気がする。

 

「のぼせるんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「いいから喰えよ、お前ら」

 

 獏狗が顎で料理の載った皿を示した。

 

「もはや、話し合いは不要だね」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「同感だね」

 

 獏狗の言葉に沙那も剣を抜いた──。

 そのとき、真っ白い光に包まれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喰ってしまう前に遊んでやるよ」

 

 不意に声がした。

 獏狗だ。

 少年の姿の妖魔が、沙那の前に立って、自分の首飾りに触れていた。

 沙那はびっくりした。

 身体が動かない。

 すでに両手を縛られて、天井の桟から縄で腕を吊られている。

 両脚には特に拘束はないが、つま先立ちしなければならないくらいまで身体を引き揚げられている。

 

 なにが起こったかわからない。

 たったいままで、沙那はこの獏狗に剣を向けていた。

 しかし、一瞬にして態勢が変わり、天井から吊られた縄で腕を拘束されていた。

 どうして、こんなことが起こったのだろう。

 一瞬で気絶させられた……?

 

 ふと眼を横にやると、宝玄仙を含めた四人が卓に突っ伏している。

 口になにかを食べさせられた形跡がある。

 毒剤の入った料理を食べさせられたことに間違いない。

 

 そういえば、あの白い光──。

 

 白い光を浴びて全員が気を失った。

 気を失っている間に、獏狗は沙那以外の四人に毒剤を食べさせるとともに沙那を拘束して縛った……?

 

 ──そう思うしかない。

 

「麗美、今日は、店じまいだ──。戸締りをして、二階に行っていろ。声をかけるまで降りて来るな」

 

「で、でも……あ、あの……。そ、その方々をどうするつもりですか……?」

 

「口答えするな、麗美」

 

 獏狗が怒鳴りあげると、麗美は竦みあがった様子を見せた。

 その時、沙那は、麗美が沙那が気を失う前と寸分違わぬ場所に立っていたことに気がついた。

 なにか違和感があった。

 麗美は顔色を蒼くしたまま、周りを片づけてから戸締りをすると、二階にあがっていった。

 一階には気を失っているほかの四人の仲間と拘束されている沙那、そして、獏狗だけが残った。

 

「お前らは最終的には喰ってしまうんだが、美しい人間の女を犯すのは嫌いじゃない。特に、気の強そうな女を泣かせながら犯すのはいいな……」

 

 獏狗の両手が沙那の乳房を服越しに掴んだ。

 そして、無造作に揉みあげてくる。

 

「さ、触るなっ」

 

 沙那は眼の前の獏狗の股間を自由な脚で思い切り蹴りあげた……。

 

 不意に眼の前が白くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、白い光だ。

 

 蹴ろうとした脚がなにかに阻まれた。

 驚いて視線を下にやると、さっきまで履いていた下袴が膝下にさげられていた。

 それが沙那の蹴りあげようとした脚を阻んだのだ。

 羞恥よりも驚愕がまさった。

 なにが起きたか沙那の理解を超えていた。

 

「美しい女戦士の履く下着はどんなものだと思ったけど、案外普通なんだな」

 

 白い光の前に沙那は、自由な脚で獏狗を蹴りあげようとしていた。

 そして、次の瞬間には、下袴をさげられてその脚を阻まれた。蹴りを阻んだ下袴の布の感触をはっきりと沙那は感じた。

 これはどういうことなのか……?

 

 もしも、単純に気を失わせられたのだとすれば、蹴りの態勢と勢いが残っているということはない。

 しかし、沙那ははっきりとした蹴りの態勢の途中だった。

 それに沙那には気絶したという感覚はない。

 この感触は、そういうものとは違う──。

 まるで、一瞬だけ時間がとまったような……。

 

「やっと観念したような表情になったな。じゃあ、少しずつ裸にするぞ。恥ずかしがってくれると愉しいかな」

 

 獏狗はぱちりと指を鳴らした。

 そして、白い光が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、力を緩めると下着が落ちるぞ」

 

 獏狗が言った。

 沙那ははっとして内腿を締めつけた。

 気がつくと、履いていた腰の下着の両端が切断されている。

 沙那が咄嗟に股を締めることで、かろうじて落下を防いだが、下着は沙那の股間に挟まれたただの布切れになっているだけだ。

 だが、沙那はもうひとつの事実にも気がついた。

 

 不意に時間が飛ぶような感覚に襲われるときに、獏狗は必ず首飾りに触れている。

 つまり、あの首飾りがなんらかの霊具であり、それでおかしな現象を引き込しているのだろう……。

 

「下着が落ちたら、さっそく犯すことにするよ。五人もいるからたくさん愉しめるだろうしね」

 

 獏狗が、沙那が締めつけている股間の周りをくすぐりだす。

 

「くっ」

 

 ざわざわとした感触が一気に込みあがる。

 しっかりと内腿を締めつけているが、それを撫ぜあげてくすぐることで、沙那が股に込めている力を奪おうとしている。

 その表情は、少年のものではなく、明らかに性について知り抜いている男のものだ。

 沙那のあられもない姿にがっつくような仕草も見せずに、じわじわと責めてくる。

 沙那の一番嫌な責められ方だ。

 獏狗の指がさわさわと股間の付け根に触れてくる。

 

「あはあっ……」

 

 思わず声をあげてしまった。

 

「へえ、随分と感じやすいんだな。もう、雌の匂いが股ぐらから香りだしたぜ。どうやら、好き者のようさ……。とりあえず、お前を犯してから順に五人を犯すかな。それで、一番、味の悪かった者を今日は喰うことにするか……。明日は次のひとり。最後のひとりは麗美と入れ替えるかをどうか考えるか……。あいつも二年なるし、そろそろ飽きて来たしな」

 

 獏狗がいやらしい笑みを浮かべながら沙那の身体を撫ぜ続ける。

 

「も、もう、いやだっ……」

 

 小さな刺激にも耐えられないように沙那の身体は調教されて作りかえられている。

 繰り返される獏狗のくすぐるような愛撫に、だんだんと追い詰められているのを沙那は感じていた。

 小刻みな腰の震えはだんだんと大きなものになっていくし、生温かい蜜が股間に留まっている下着にどんどんと溢れ漏れているのもわかっている。

 それとともに、だんだんと全身に痺れるような疼きが走って、沙那の身体から力が抜けていく。

 

「ほら、もっと、頑張らないと……。下着が落ちるぞ。下着が落ちたら犯すぜ」

 

 獏狗は笑いながら、今度は沙那の無防備な脇を不意に激しくくすぐってきた。

 

「はひゃああっ──」

 

 沙那が思わず悲鳴をあげて全身を捻った。

 それとともに、内腿で押さえていた下着が膝に落ちていく……。

 

「あっ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ははは……。落ちたな。じゃあ、犯すかな」

 

 獏狗が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ? あ、ああっ……ひ、ひいっ……な、なんで……?」

 

 また白い光があった。

 突然に股間に違和感を覚えた。

 身体が浮かんでいる。いや、引き揚げられている……。

 

 いきなり沙那は獏狗の片手で腰を持ちあげられて、女陰に獏狗の怒張を貫かれていた。

 やはり、獏狗は首飾りに手をやっていた。

 その手が沙那の腰の下に移動された。

 両手は相変わらず天井から引き揚げられているが、両腿は獏狗に抱えられている。

 そして、前後に沙那の身体が動かされる。

 

 宙に浮いた沙那の股間に獏狗の怒張が突き挿さっている。

 

「ああっ、あああっ」

 

 それが女陰の中で擦られるとともに、繰り返し子宮を抉られる刺激に沙那は激しく身悶えをした。

 

「へえ、なかなかの反応だな」

 

 獏狗が嬉しそうな笑い声をあげた。

 

「あっ、ああっ、お、教えて……あ、ああ……あなたの……の、能力は……?」

 

 沙那は激しい愉悦の衝撃の中で懸命に理性を搾り取って叫んだ。

 それだけは確かめなければ──。

 考えていていたのは、それだけだ。

 

「時をとめる能力──。それが俺の力だ」

 

 獏狗が沙那の女陰を抉っている肉棒を掻き回すように動かした。

 沙那の膣はすっかりと濡れきっていて、どうしようもないくらいの快感が沙那の全身を駆け抜ける。

 身体はあっという間に熱くなった。

 天井に吊られている両腕まで汗が滲んで紅潮している。

 

「と、時と……と、とめる……?」

 

 言っていることが理解できなかった。

 しかし、気を失わせるのではなく、獏狗が時の歩みの外に移動している……。

 そう言われると、これまでに起きたことはそれが一番しっくりとくるような気がする。

 

「どんな者も俺にはかなわない。なにしろ、時の外に逃げた俺に抵抗することは不可能だからな」

 

 沙那を抱えている獏狗が沙那の女陰を抉ったまま股間と股間を擦りつけるように回し動かしだす。

 沙那の肉芽が潰されるように刺激されだす。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「あひゃああっ、あ、くくうっ……あ、ああ……」

 

 今度は女陰の中だけでなく、肉芽も同時だ。

 強烈な痺れが沙那の身体に駆け抜ける。

 

「あひっ、ひっ、ひっ、ひっ……んんっ……ああ、ああっ……」

 

 沙那の身体は次々に押し寄せる快感の波に溶け落ちていく。

 もう、知覚も感覚もおかしくなる。

 それなにの女陰と肉芽だけが鋭敏な感覚として残り、そこから与えられる淫情を全身に送り続ける。

 

「だ、だめええっ──。い、いくううっ」

 

 沙那の身体は完全に獏狗から与えられる快感に屈服した。

 朦朧としていく意識の中で沙那は馬鹿にしたような獏狗の顔をしっかりと捉えていた。

 

「いきそうか、沙那……。ははは、いきそうか……?」

 

 獏狗が沙那の身体を揺らしながら哄笑している。

 こんな怪物に笑われながら絶頂するなど恥辱以外のなんでもない。

 だが、あの数瞬で沙那は絶頂する。

 沙那は確信していた。

 

「だが、俺は獲物を絶頂させるほど優しくはない。俺が満足すれば十分だ」

 

 獏狗が呟いた。

 そして、白い光があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、沙那の身体を抱えていた獏狗はいなくなり、沙那はだらりと天井から吊られた状態に戻っていた。

 白い光を感じたので、もしかしたら獏狗の言った通りに時間をとめられたのかもしれない。

 眼の前でにやついている獏狗は、すでに服装を整えていてしっかりと下袴を履いていた。

 

 沙那の股間には自分のものではない精の迸りがあるような気がした。

 いやはっきりと女陰に精を注がれた感触がある。

 だが、沙那にはそれを受けた記憶がない。

 

 それどころか、さっきまで絶頂寸前まで追い込まれていたときまでの記憶しかない。

 しかし、いまの状況は、獏狗はすでに行為を終えて余韻に浸っている状況だ。

 

「とめた時間の中で精を出してやった。お前についてはこれで終わりだ。なかなかにいい感度の身体だな。その気になれば何度でも簡単に連続で絶頂させられそうだ。お前のような身体は男を有頂天にさせるだろう……。さて、そろそろ、ほかの連中も起こすか。順番に味見をして、今日殺してしまう女を決めないとならないからな」

 

 獏狗が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。

 沙那は全身に渦巻いている疼きに震えながら、時の外に行くことができるという少年の姿の妖魔を呆然と見ていた。

 

「ま、待って、時の外に行くというのは本当なの……?」

 

 沙那は思わず言った。

 

「時の外というのは滑稽な世界だぞ、女。なにもかもとまっている。すべての者がとまって、動く者は俺だけだ。やりたい放題だ。それが時の外の世界だ」

 

 獏狗は大きな声で笑った。

 

 

 *

 

 

「さて、そろそろ、ほかの連中も起こすか──。順番に味見をして、今日殺してしまう女を決めないといけないからな」

 

 獏狗が馬鹿にしたような口調で沙那に喋りかけている。

 孫空女は卓にうつ伏せになったまま、沙那を犯し終わった獏狗という怪物の声を聴いていた。

 

 どうやら、麗美の弟と称した少年は人間でもなんでもなく、人間の少年の姿にやつしている魔族……、いや、宝玄仙も口にしていたが、魔族でもなく、なんらかの別の存在……。つまりは、得たいの知れない怪物のようなものだ。

 

 時の刻みの外に行けるという途方もない能力を持っているとうそぶく獏狗が、沙那を犯す気配にじっと耐えて事態を見守っていた。

 なにが起こったのかのすべてを理解することはできない。

 

 覚えているのは、麗美という女主人が運んできた料理に毒が混入されていたことに気がついた朱姫がそれを見破って麗美を追い詰め、麗美を庇うように二階から降りてきた少年が立つまでだ。

 

 それから少しの時間、言い争いがあり、少年が自分は本当は人間ではなく、本当の名は獏狗だと名乗った。

 その後、宝玄仙が怒りに任せて道術を遣おうとした。

 また、沙那が剣を抜き、孫空女は耳から『如意棒』を出そうとした。

 

 しかし、それで終わりだ。

 気がついたときには卓に突っ伏していて、沙那が少年に裸にされようとしている最中だった。

 

 孫空女は以前から毒に対して耐性がある。だから、ほかの三人よりも早く覚醒したのだ。

 おそらく、昏倒していた時間は長いものではなかったはずだ。

 しかし、少年に襲いかかろうとした一瞬でなぜ、次の瞬間には倒されていたのかわからない。

 とにかく、どういう方法なのかわからないが、あの一瞬の後で沙那を除いた三人が料理に含まれていた毒を飲まされたことは身体に残っていた感覚から明らかだった。

 沙那には悪いが、気を失ったふりをしながら、沙那と獏狗の様子を伺っていた。

 なにが起こったのかがわからなければ、また同じ目に遭うだけだからだ。

 

 しかし、沙那と妖魔の様子を伺っていると、奇妙な感覚はそれからも数回続いた。

 まず、妖魔は沙那の両手を天井から吊るし、沙那の身体をいたぶっていた。

 沙那が抵抗しようとして眼の前の妖魔を蹴りあげようとしたのがわかった。

 だが、それは果たせなかった。

 その一瞬後、沙那の下袴は膝まで下げられていたのだ。

 沙那の脚は下袴に引っ掛かってとまった。

 孫空女は気を失ったふりをしながら薄眼でふたりを見ていたが、なにが起こったのかをまったく理解することができなかった。

 

 それが起きる前は、もしかしたら一瞬にして気を失わせるような術を遣われたのかと考えていた。

 だが、それは違った。

 

 少年が沙那に相対しているとき、何度も意識が飛んだような現象が起きたが、少年の眼の前の沙那はともかく、自分には術がかけられた気配はない。

 獏狗が孫空女の意識が戻っていることに気がついているわけもない。

 もしも、気がついていれば、孫空女の拘束をしないままでいるわけがない。

 

 そして、不思議な現象は何度も起きた。

 次には、沙那と少年が話をしている間に突然、沙那の下着の両端が切断されて股間に垂れ落ちた。

 これは絶対に一瞬で相手の気を失わせるというような術ではない。

 

 孫空女は悟った。

 信じられないが一瞬にして、あの少年以外の「時」が停止したと考えるしかない。

 孫空女にはそんな術がありうるのかわからなかったが、眼の前で起きていることを信じるしかない。

 そう考えればなんとなく、これまで起きたことの説明はつく。

 

 同時にあの少年によって、時がとめられるような感覚が起きるたびに、少年が首にかけた貝殻の飾りに触ることにも気がついた。

 

 やがて、再び時が止まるような感触があり、沙那が犯されだした。

 全身をくすぐられた沙那の下着が股間から落ちたと思ったら、次の瞬間には沙那は獏狗に両脚を抱えられて犯す態勢になっていたのだ。

 獏狗は、沙那を両手で抱えたまま沙那の身体を揺さぶって犯していたが、それは完全に人間の大人並みの力だ。

 それだけでも、やはりこの獏狗が決して人間の少年ではないことは明らかだ。

 そして、やはり時がとまるような感覚のときに、白い光とともに獏狗が首飾りに触れた。

 孫空女の疑念は完全な確信に変わった。

 

 この少年が時をとめるような術は、あの首にかかっている首飾りに関係がある。

 やがて、沙那が妖魔にこのおかしな現象の正体はなにかということを訊ねた。

 少年はあっさりと、沙那に対して自分は時の刻みの外に行く能力があるということを告げた。

 

 獏狗が沙那を犯す行動は不意に終わった。

 明らかに性交の途中であり、獏狗はまだ沙那に精を放っていないはずだったのだが、一瞬にして獏狗が沙那から離れていて服を整えていたのだ。

 沙那は快感の頂点に昇っていた途中で取り残されて放置された。

 そして、獏狗は、ほかの者を覚醒させると言いながら沙那から離れた。

 

 獏狗は、部屋の隅から気付け薬のようなものを取り出してきた。

 それを持って、最初に宝玄仙に近づいていく。

 気付け薬のほかに縄束を持っている。

 まずは、全員を縛ってから持ってきた気付け薬で覚醒させるのだろう。

 孫空女は獏狗が卓に近づくのを待ち、いきなり獏狗に飛びかかった。

 

「うおっ──」

 

 突き飛ばされた獏狗が床に転がる。

 その時には、すでに獏狗の首にかかっていた首飾りは孫空女の手の中にある。

 

「孫女、そいつは時をとめる術を遣うわ──」

 

 沙那が叫んだ。

 

「わかっているよ、沙那」

 

 孫空女はそう言いながら、卓の上の気付け薬の瓶の蓋を取った。

 薬の瓶からは強い揮発性の刺激臭がする。

 蓋を開けてその臭いが漂い出すと、卓に突っ伏していた三人が意識を戻す気配を示しかけた。

 どうやら、この気付け薬は匂いを嗅がせればいいようだ。

 孫空女は、気付け薬を三人の鼻に近づけるとすぐに三人が身じろぎを始めた。

 

 次に、孫空女は『如意棒』で沙那が吊られていた縄をぶっちぎった。

 天井から吊るされた両手が自由になった沙那が、今度は孫空女に両手を差し出す。

 孫空女は『如意棒』を沙那の手首の間に振りおろした。

 沙那の手が完全に自由になる。

 

「とんでもないやつね。時の外に逃げる能力があるなんて……」

 

 沙那が服を整えながら呟いた。

 

「時の外に逃げるだって……?」

 

 意識を取り戻した宝玄仙が訝しんだような声をあげた。

 

「こいつの能力らしいよ、ご主人様──。でも、この霊具がなければ時の外には行けないはずさ」

 

 孫空女は首飾りをかざしながら宝玄仙に言った。

 

「痛たたた……。気を失っていなかったなんて、油断したよ……」

 

 獏狗が頭を擦りながら起きあがった。

 

「な、なにがあったんですか……?」

 

「どうなったのさ……?」

 

 朱姫と七星も身体を起こす。

 

「ご主人様、術は遣える?」

 

 孫空女は叫んだ。

 最初におかしな現象が起きる前、獏狗は料理に混ぜたのは意識を失わせる毒のほかに術が一時的に遣えなくなる薬剤だと言っていた気がする。

 

「……んっ……? い、いや、どうやら、霊気が不安定だね……。これは、術が遣えないね」

 

 宝玄仙が呟くように言った。

 

「ふうん、まあいいさ……。さて、ご主人様、こいつどうする? どうやら、とんでもない奴らしいよ」

 

 孫空女は言った。

 だが、突然、真っ白い光を孫空女は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな、赤毛──。この首飾りに眼を付けたまではよかったんだけどな」

 

 不意に眼の前の獏狗が消滅した。

 声のする方向を見ると、獏狗が勝ち誇った表情をしている。

 部屋の隅に座っていて、腕を組んで孫空女を見ている。

 その獏狗の首にはあの首飾りが戻っている。

 

「えっ、なんで?」

 

 思わず叫んだ。

 たったいままで孫空女は、間違いなく獏狗から霊具である首飾りを握りしめていたはずだ。

 しかし、一瞬後、態勢が変わり首飾りが奪い返されて、獏狗はまた別の場所にいる。

 つまり、獏狗はまた時をとめたのだ。

 首飾りが時間をとめるという途方のない現象を引き起こしているのだと確信していた。

 しかし、それが間違っていたことを悟るしかない。

 孫空女の背に冷たい汗が流れた。

 

「孫空女──」

「孫姉さん──」

 

 宝玄仙たちが名を呼んだ。

 孫空女が声のする方向に視線を向けると、宝玄仙、沙那、七星、朱姫の四人が後手に縛られて、天井の桟から伸びた縄で首を吊られて椅子の上に立たされて並べられていた。

 

「わっ、みんな──」

 

 孫空女はびっくりした。

 獏狗はその横に立っているのだ。

 

「無駄な抵抗はするなよ、お前──。首飾りを一度は奪うことに成功したことに免じて、お前と遊んでやるよ。その場で服を脱ぎな。少しでも逆らえば、こいつらが立っている椅子を蹴り飛ばすぜ。もちろん、時をとめてからな。気がつくと、お前は柱に縛られていて、眼の前で首を吊っている四人の仲間を眺めることになるだけだ。今度は大人しくしな」

 

 獏狗が顔に酷薄な笑みを浮かべたまま、一番近い宝玄仙の立っている椅子を足で軽く蹴った。

 

「う、うわっ──。お、お前、やめるんだよ。そ、孫空女、な、なんとかしないか──」

 

 ぐらりと身体の揺れた宝玄仙が狼狽えた声をあげた。

 

「な、なんとかするっていっても、ご主人様──。こ、こいつ、時をとめるんだよ」

 

「わかっているよ、孫空女。どうやら、こいつの言うことは本当のようさ。とにかく、なんとかしろって言われたら、なんとかするんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙が怒鳴りあげた。

 

「お前、孫空女という名かい……。ほら、孫空女、服を脱ぎな、遊んでやると言っているんだ。その気になるまで順番に殺してやるぜ。この青い髪の女なんてどうだい」

 

 獏狗は動いて、今度は思い切り七星の立たされている椅子の脚を蹴った。

 

「ひいっ──、そ、孫空女……。こ、この際だから、とりあえず、ふ、服を脱いでみたらどうだい」

 

 七星が顔を引きつらせて言った。

 ほかの四人は拘束されているが孫空女は拘束されているわけではない。

 孫空女の素早さだったら、このくらいの距離なら獏狗に飛びかかるのに一瞬だけあればいい。

 だが、飛びかかったとしても、どうしていいかわからない。

 飛びかかった瞬間に獏狗は、また時の外に逃げるだろう。

 そして、時をとめた状態で孫空女は拘束されて動きを封じられ、仲間は首に結ばれた縄だけで天井からぶら下がることになる。

 獏狗もそれがわかっているから、孫空女を拘束しようと思えばできるのにしないのだ。

 つまり、遊んでいるのだ……。

 

「ぬ、脱ぐよ。脱ぐから、みんなには手を出さないでよ」

 

 孫空女は観念して言った。

 そうと決めたら大急ぎで服を脱いだ。

 上着を取り、下袴を脱ぎ、躊躇なく胸当てを外して、腰から下着も抜き取った。

 素っ裸になった。

 

「素晴らしいねえ。さっきのこの女といい、お前といい、いい身体をしているな──。じゃあ、とりあえず、この椅子に座りな」

 

 獏狗が言った。

 

「椅子?」

 

 また白い光を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「座るんだ、孫空女」

 

 孫空女は不意にいままで存在しなかった椅子が自分のすぐ横にあるのがわかった。

 木製の椅子だが横に手摺がある。

 いままでこの部屋に存在したのは食堂にやってきた客が座るためのもので手摺のある椅子などなかったはずだ。

 

「ほ、本当に時がとまるんだ……。い、いま、突然、椅子が出現した……」

 

 七星の怯えたような呟きが聞こえた。

 沙那が両側の七星と朱姫となにかひそひそと話をしている。

 仕方なく、孫空女は言われるままに、裸のまま椅子に腰掛けた。

 

「素直でいいことだ……。なら、両脚は手摺に載せろ」

 

「なっ」

 

 思わず絶句したが、獏狗が仲間が立っている椅子を揺らす仕草をしたので、慌てて両膝を椅子の手摺にかけた。

 股ぐらが曝け出されて羞恥の源泉が露わになったのがわかった。

 

「すけべえそうな股だな。毛も全部剃りあげているのか。もしかしたら、お前ら女同士で愉しむためか?」

 

 獏狗が揶揄した。

 

「お、お前に関係ないだろう?」

 

 かっと羞恥で赤くなる。

 それとともになぜだかわからないが、頭に霞のようなものが湧いた気がした。

 

「なんだが股が震えているな、孫空女。もしかしたら、恥ずかしいことが好きなのか?」

 

「そ、そんなことがあるわけないだろう──。ば、馬鹿なこと言うんじゃないよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「……まあいい、それよりも、ほかの連中の股の毛も調べてみるか……。この栗毛の女にも毛が生えていなかったし、全員の毛がないのか?」

 

 白い光を感じた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すると……。



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160 静止時間の淫行

「ひうっ」

 

「な、なに?」

 

「きゃああ──」

 

「こ、これは……」

 

 それぞれの悲鳴が椅子の上に、首に縄をかけられた状態で立たされている仲間たちから聞こえた。

 

「へへへ、どうやら、股の毛を剃るのは、お前らの仲間の印かなにかなのか?」

 

 不意に眼の前に首飾りに触りながらにやついている獏狗(ばく)が出現した。

 

「うわっ」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 突然に出現するとわかっていてもどうしても馴れない。

 仲間たちは、全員が足首まで下半身に身に着けているものをすべて下ろされていた。

 

 全員の股間が曝け出されている。

 七星以外の全員は無毛だ。

 また、時をとめる術を遣ったのだと思った。

 

「な、なんだよ、これ?」

 

 そして、いつの間にか自分の身体が革紐のようなもので椅子に縛られているということにも気がついた。

 手首、二の腕、太腿、腰、胸の下、膝、腿……。

 とにかく、至るところが革紐で固定されていて、身動きすることができなくなっている。

 

「それにしても、あの青い毛の女だけは、毛が残っているんだな……。それに、おかしなものも股ぐらに咥えていたし、まだ、調教の途中というところか……?」

 

 獏狗は手に一本の張形を持っている。

 てらてらと愛液で光っていて、おそらくさっきまで七星の股間に挿入されていたものに違いない。

 それを抜いたのだろう。

 

「お、お前には関係ないだろう──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「さて、じゃあ、お転婆女の股ぐらをこれで試してみるかな……」

 

 獏狗が手に持っている淫具に術を込めたのがわかった。

 張形の先端が振動しながらうねり始める。

 それがゆっくりとこれでもかとばかりに開いている股の付け根に近づいてくる……。

 

「い、いやだよ……」

 

 孫空女は歯を食いしばった。

 もうすぐ、振動している先端が股に触れる……。

 しかし、なぜかぎりぎりのところでぴたりと張形がとめられた。

 振動で起きる微かな風さえも股で感じるくらいの位置だ。

 嫌がらせをしているのだとわかっているが、緊張で自分の全身が震えだす。

 全身の肌がこれ以上ないというくらいに敏感になる。

 

「面白いな……。近づけるだけで、だんだんと濡れてくるんだな。前戯もなにもいらない、くくく」

 

 獏狗が笑った。

 

「そ、そんなことあるわけないだろう──」

 

 かっとなり孫空女は怒鳴った。

 

「そんなことあるさ……。ほらっ」

 

 振動している張形が孫空女の肉芽をちょんと突いて離れた。

 

「ああっ、あくうっ……」

 

 しかし、その衝撃はもの凄かった。

 孫空女は全身を激しく喘がせた。

 その大きな動きで、身体を押さえつけている革紐が四肢に喰い込んで椅子が音を立てて揺れる。

 

「随分と激しいな……。気持ちいいのか、孫空女?」

 

 獏狗がにやついた表情でまた張形の先端を孫空女の肉芽に触れさせた。

 

「はうっ」

 

 孫空女は、椅子に拘束された裸体を跳ねさせた。

 獏狗がにやつきながら、孫空女の股を振動する淫具で刺激する。

 少年の姿の存在が、性を熟知した大人の卑猥な笑みを浮かべるのだから、それはとても異様なものだった。

 もっとも、いまの孫空女にはそんなことを気に留める余裕はない。

 

「ああ、いひいっ、ひううっ」

 

 さらに快感が全身を駆け抜けて、孫空女はなにもわからなくなって声をあげて暴れた。

 しかし、すっと張形は離れていく。

 孫空女は全身をがっくりと脱力させた。

 

「胸はどうだ?」

 

 大きな振動を続けている張形がすっと上にあがり、孫空女の乳首に当たる。

 

「ああっ、ひくううぅぅぅ、いいい、ああ、あはああっ……」

 

 張形で激しく上下左右に乳首を跳ねられて、孫空女は絶叫した。

 快感が激しい。

もう全身が痺れる。

 なにもわからなくなり、孫空女はただ悶え狂った。

 

「いいぞ、幾らでも気持ちよくなりな。ただし、絶頂したら、お前にはさっきの罰として浣腸をしてやる。みんなの前で垂れ流すんだ──」

 

「なっ」

 

 絶句した。

 ここで浣腸なんて、冗談じゃない。

 しかし、獏狗はいきなり張形を再び股間に移動させるとすでに濡れそぼっていた女陰に深々と挿入した。

 

「ああ、い、いきなり……だ、だめだよっ──」

 

 電撃を浴びたような快感が下腹部を駆け抜けた。

 子宮が痺れ、なにかが全身を突きあげる。

 

「張形を股ぐらで締めろ。張形を外に出したら仲間の立っている椅子を倒す……──。おい、麗美(れいび)──。ちょっと、降りて来い」

 

 獏狗は、孫空女が股で咥えさせられている張形から手を離して、二階に向かって叫んだ。

 すぐに二階から人が降りてくる気配がしたが、もう、それ以上はなにも考えられないかった。

 それよりも、大きな淫情が背骨を駆け抜け、脳に達しって眼の前が真っ白いものに包まれていく……。

 

「ああ、だ、だめえっ、いく、いくよ……いくうっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 絶頂してしまう。

 もう、快感の暴走をとめることができない。

 孫空女の身体は大きく弾けて、開脚台を毀すかのように暴れまくった。

 

「ば、爆斗様……」

 

 眼の前に麗美がやってきた。

 孫空女の痴態に顔色を変えているのがわかったが、すぐに孫空女から眼を背けるように視線をずらした。

 

「浣腸の準備をしろ、麗美──」

 

 獏狗がそう言ったのがわかった。

 麗美は悲痛な表情になったが、すぐに諦めたような顔になり奥に引っ込んだ。

 

「さて、そろそろ、いくんじゃないのか、孫空女──?」

 

 獏狗の指が孫空女の肉芽に触れた。

 そして、張形の振動に合わせるかのように、指で愛撫を始める。

 

「あひいっ、ひぐううっ──」

 

 孫空女は断末魔のような叫びをあげてしまい襲ってきた快楽の暴走に身を委ねた。

 凄まじい絶頂の波が孫空女を襲う。

 激しい絶頂が孫空女の全身を貫いた。

 

「おおっと──」

 

 獏狗がわざとらしく声をあげてさっと身体を避けた。

 張形を咥えている股間の隙間から尿のようなものが迸ったのだ。

 

「そのままだ、孫空女。張形を落としたら仲間を殺すからな……」

 

 獏狗が言った。

 しばらくの間、身体が痙攣したようになっていた。

 だが、張形を抜くことは許されず、まだ激しく動き続けている。

 絶頂の余韻に浸る間もなく、まだ、動き続けている張形が、とろ火になりかけた孫空女の身体の快感をだんだんと再び激しく燃える炎に戻していく。

 

「も、もう、やだ……。か、勘忍して……」

 

 孫空女がやがてまた襲ってきた快感の波に泣き声をあげてしまった。

 

「ば、爆斗さま……」

 

 少しすると麗美が戻ってきた。

 盆を持っていて、その上には先端に短い管のついた縦長の灰色の袋が載っている。

 

「じゃあ、約束だ。浣腸をしてやるぞ」

 

 獏狗が笑った。

 そして、麗美に持たせている盆からその縦長の袋を取った。

 

「これは、俺がよく麗美に使う浣腸袋だ。この袋には強い排便を促す液体がたっぷりと入っている。この管をお前の肛門に差して……」

 

 獏狗はそう言いながら浣腸袋の先端の管を孫空女の肛門に挿入した。

 

「ひうっ」

 

 肛門に加わった管の冷たい感触に思わず孫空女は悲鳴をあげた。

 

「……この状態で術を込めると、管は抜けなくなり袋の中の液体は一滴残らずお前の身体に注ぎ込まれる……」

 

 途端に薬剤が体内に流れ込んできた。

 

「う……ああっ……」

 

 孫空女は食いしばった歯から思わず声を洩らした。

 浣腸液が注ぎ込まれている。それははっきりと知覚できた。

 

「あ……あ……」

 

 浣腸責めは何度も何度も宝玄仙からやられた。

 冷たい液剤が腸に流入する気持ちの悪い感触はいつまでたっても馴れない。

 やがて、すっかりとぺちゃんこになった浣腸袋は孫空女の肛門から抜け落ちて地面に落ちた。

 

「さて、じゃあ、薬剤が効いてくるまで、もうひと遊びだ」

 

 獏狗が言った。

 女陰に挿入されたままの張形がさらに激しい動きを始めた。

 

「ひぐうっ──」

 

 孫空女は吠えた。

 すでに便意はやってきている。

 その状態で張形が暴れ出したのだ。

 孫空女の全身に恐怖が走る。

 

「許可なく便を垂れ流したら、すぐに仲間の首吊りをするからな。仮にも、ここは麗美が客に食事を提供する食堂だ。こんなところで垂れ流されたら困る」

 

 獏狗が笑った。

 

「そ、そんなこと言うなら、こ、こんなことしなきゃいいじゃないか──」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、獏狗はにやにやと笑うだけでなにもしようとしない。

 孫空女は込みあがる便意と女の最奥をこねまわす張形の振動とうねりに、脂汗を出しながら喚くしかなかった。

 

「で、出る──。出ちゃう──。か、勘忍して……。もう、出るよ──」

 

 孫空女が腰をがくがくと震わせて懇願した。

 

「もう一度いくのが先だ。そのまま、もう一回絶頂しろ。そうしたら、便を出させてやる。だから、早くいくんだな」

 

「そ、そんな……」

 

 もう反撥の気力も小さくなっていく。

 だんだんと膨れあがる快感と便意に孫空女は顔を左右に振って耐えた。

 

「早くいきたけりゃあ、麗美に頼みな──。股間をもっと刺激してくれってな」

 

 獏狗が笑った。

 張形は暴れ回っている。

 なにもしなくてもいきそうだが、便意も破裂しそうだ。

 

「くうっ」

 

 孫空女はついに泣き声をあげた。

 

「ば、爆斗(ばくと)さま……」

 

 麗美が狼狽えたような声をあげた。

 

「ぼやぼやするんじゃねえ、麗美──。教えてやった舌技でこいつの股を舐めあげてやれ。早くしねえと、お前の店が糞だらけになって、商売ができなくなるぞ」

 

 獏狗は哄笑するとともに、麗美の顔を孫空女の股に押しやった。

 

「で、でも……」

 

「く、苦しい……。は、早く……」

 

 孫空女は訳もわからずに呻いた。

 快感と便意が混ぜこぜになった混迷の妖しい愉悦に覆われる。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 麗美の舌が孫空女の股間を舐めはじめる。

 激しい甘美感に我を忘れそうになる。

 快感に弱い孫空女には、これ以上の仕打ちには耐えられない。

 

「ああ……いい……ああっ……あっ……」

 

 孫空女はなすすべなく、よがり声をあげた。

 

「ああ……ひ、ひいっ──」

 

 やがて絶頂の波がやってくる。

 孫空女は激しく仰け反って、脂汗まみれの裸身を痙攣させた。

 しかし、獏狗は笑い続けるだけで、張形の動きも麗美の舌もやめることを許さなかった。

 

 孫空女は二度目の絶頂にぐったりとする余裕も与えられずに、さらに続けて追いあげられる。

 再び燃えあがった官能の炎が燃えあがる。

 一度、昇った絶頂がまたやってくる。

 

「ああ……ま、また、い、いく……」

 

 再びどっと押し寄せた快感にもう孫空女はどうしていいかわからなかった。

 そして、激しく裸身を痙攣させながら三度目の絶頂をした。

 

「そろそろ、本当に限界か……」

 

 獏狗が孫空女の顔を覗くような仕草をした。

 孫空女は激しく頭を縦に振った。

 もう片時も耐えられない。

 余程、強烈な薬剤に違いない。

 これまでも浣腸はされたことがあるがこれは別格だ。

 もう張形の感覚よりも排便の欲求が強い。

 孫空女はすでに限界を超えた便意に身体を震わせた。

 

「さて、じゃあ、させてやるぜ──」

 

 するといきなり白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なにっ?」

 

 孫空女は異常な感覚にすくみあがった。

 周りから多くの人間の声が聞こえ出したのだ。

 悲鳴のようなざわめきも聞こえてきた。

 風の流れも感じる。

 

「きゃああああ──」

「な、なんだ、この女──」

「どこから来たんだ──」

 

 孫空女の周りから悲鳴のような叫び声が湧き起こった。

 周りに大勢の人間がいる。

 孫空女もここがどこだかわかった。

 今朝出発してきた宿町だ。

 いきなり、その宿町の広場に突然に晒されていた。

 周りに大勢の通行人がいる。

 

 なにをされたかわかった。

 獏狗は時をとめて、なんらかの手段で、排泄寸前の孫空女をあの食堂から、遥かに離れた宿町に移動させたのだ。

 孫空女は、宿町の人通りの多い広場で、いきなり孫空女は全裸で脚を手摺に載せた状態で椅子に固定されて放置されている。

 突然の破廉恥な姿の孫空女の出現に周囲の人々が騒然としている。

 

 だが、それよりも孫空女は置かれた状況に発狂しそうだ。

 しかも、大きな便意が孫空女を襲っている。

 孫空女は周囲で騒いでいる通行人の背後に大笑いしている獏狗の姿を見つけた。

 獏狗は片手で首飾りを握りしめたまま腹を抱えて笑っている。

 孫空女は、獏狗に声をかけることはできなかった……。

 

 すでに気力の限界は超えていた。

 まさにその瞬間に孫空女の肛門は崩壊したのだ。

 ついに、肛門から耐えているものが炸裂した。

 嵐のような悲鳴が孫空女の周りの人間から沸き起こった。

 

 

 *

 

 

 気がつくと、突然に首に縄をかけられて椅子に立たされていたときには驚いた。

 この獏狗が時をとめる能力が本当にあるということを納得するしかないのかもしれないと七星は思った。

 宝玄仙を含めた全員が一瞬でそういう状態にされたのだ。

 まったくの抵抗手段はなかった。

 

 七星は、ただただ驚愕するだけだったが、沙那は冷静だった。

 同じように縄をかけられて椅子の上に立たされながら両隣の七星と朱姫に小さな声で策を語った。

 

 そして、沙那がひそひそ声で話すことについて、確かにひとつの理屈があることを七星は理解した。

 

 あくまでも可能性だが、首飾りに意味があるとすればそれしかないのかもしれない。

 そして、沙那の語ったことはぼやぼやと時間をかけて探っている暇はないということだ。

 獏狗という少年は、この五人のうちのひとりをすぐに殺して食べるというようなことを言っていたし、この状況を打開するには、沙那の考えに乗るしかないかもしれない。

 

 沙那の考えでは、いずれ全員を殺すとすれば、最初は宝玄仙だろうということだ。

 もしも、ひとりを残すということを考えれば、一番の美貌の宝玄仙を最後にするのかもしれないが、数日以内に全員を殺すのだとすれば、やはり、術を扱える宝玄仙は扱いにくい存在だろう。

 朱姫も術を遣うのだが、霊気の発散の弱い朱姫は、最初は術を遣う者としてみなされないことが多いらしい。

 もっとも、この獏狗はかなりの気紛れ屋でもあるようだ。

 

 孫空女に対する接し方を見ると七星はそう思う。

 自分で服を脱ぐことを強要して故意に辱めたり、椅子に自ら開脚させたりだ。

 そのあげくは、七星の股間に挿入されていた張形を使っての遊びだ。

 

 いまは、浣腸までやりだした。

 しかも、麗美に手伝わせている。

 自分に逆らった強い孫空女をいたぶることを心から愉しんでいる。

 己の能力を絶対に信用していて、それが他者に負けるなど微塵も感じていない──。

 実際にそうなのだろう。

 

 もしも、時の刻みの外に行く能力があるのなら、絶対に他人に後れをとることなどないはずだ。

 だが、時をとめたり動かしたりするような術や霊具など本当にあり得るだろうか……。

 

 獏狗はしばらく、悦に入った態度で浣腸を受けた孫空女を苛め続けた。

 七星から見ても孫空女は、排泄の限界にあったが、獏狗はその状態の孫空女に数回の絶頂を強いた。

 そして、やっと排泄を許可するようなことを言ったのだが、次の瞬間には、また白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと眼の前の孫空女が消えていた。

 獏狗もいない。

 

「あいつら、どこに消えたんだい?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「麗美、あなた、なにかを知っていないの?」

 

 沙那が床に倒れている麗美に叫んだ。

 

「わ、わたしにはなにも……。か、彼は時間をとめて、どこかにさっきの女の人を連れて行ったとしか……。と、とにかく、皆さんの縄を解きます……」

 

 麗美が素早く立ちあがって、厨房から小刀を持ってきた。

 逃がしてくれるつもりのようだ。

 とりあえず、一番手前の七星の首の縄を切り、背中側で拘束されている手首の縄も切断してくれた。

 

「残りはあたいがやるよ……」

 

 自由になった七星は、急いで服を整えると、麗美が持っていた小刀を受けとって、まずは宝玄仙に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、また白い光に包まれた。



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161 逆戻りの刹那

 白い光があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七星は、宝玄仙が立たされている椅子に立ち、宝玄仙の首の縄を切断しようとしているところだったが、次の瞬間には手に持っていた小刀がなくなっていた。

 

「お前にはがっかりしたぞ、麗美(れいび)

 

 不意に、獏狗(ばく)が出現した。

 手にはたった今まで七星が持っていた小刀を持っている。

 

「きゃああぁぁ──」

 

 麗美の悲鳴が聞こえた。

 七星は悲鳴のする方向に視線を向けた。

 さっきまで七星が立たされた場所に麗美が首に縄をかけられた状態で立たされている。

 しかも、たったいままで麗美が着ていた服はなくなり、全裸にされている。

 両手も他の者と同様に後手に縛られている。

 

「ひいっ、い、いやっ……。ゆ、許して……」

 

 麗美は真っ蒼な顔で悲鳴をあげている。

 すぐに七星は、その理由がわかった。

 麗美が立たされている椅子の脚の一本が折られて三本になっている。

 それで姿勢が不安定になり、麗美は悲鳴をあげているのだ。

 不安定な椅子の平衡が少しでも崩れて、椅子が倒れて麗美は首でぶらさがることになる。

 

「麗美、お前の取り柄は素直なことだったのだけどな……」

 

 少し離れた場所で腕組みをしている獏狗が不満そうに言った。

 

「お、お前、なんてことするんだい、お前の仲間だろう──」

 

 七星は宝玄仙の椅子から飛び降りて、思わず叫んだ。

 すると、獏狗はせせら笑った。

 

「仲間なんかであるものか。単なる奴隷だ……。だが、どうやら、お前たちを逃がそうとしたようだな。残念ながらこいつは殺すことにする。こいつの家族もだ。すべて皆殺しにしてやる」

 

「そ、そんな……。お、お許しを……」

 

 麗美が真っ蒼な顔で涙を流し始める。

 そのあいだも、麗美が立たされている態勢の取り難い椅子はぐらぐらと揺れている。

 あれは、もう長くは持たない……。

 

「まあいい。とにかく、お前については後だ、麗美。そうやって、力が尽きて死ぬのもいいし、そうでなくても、後で残酷に殺してやる。その状況で脇の下をくすぐり続けるというのもいいな。苦しみ笑いながら死ぬんだ。いい趣向だろう?」

 

 獏狗は笑った。

 

「孫空女はどこだい……?」

 

 宝玄仙の冷静な声が獏狗の馬鹿笑いを遮った。

 そうだった……。

 麗美はともかく、消えた孫空女はどうしたのだろう……?

 

「孫空女か……。殺してやろうかと思ったけど、それよりも、面白いから大便を垂れ流す寸前で人里まで連れていてやった。固まっているあいつを運ぶのは骨の折れる作業だったが、突然、人前に移動させられたあいつの顔は見ものだったぜ。あんまり、愉快だったからそのままにしてきた。今頃、まだ、大騒ぎなんじゃねえか。なにしろ、町の真ん中に股を開いて椅子に縛られた裸の女が突然現れて、しかも、大便を垂れ流したんだからな──」

 

 獏狗が激しく哄笑した。

 とりあえず殺しはしなかったようだ。

 街の中で糞便したらしい、その哀れな姿を想像すると、孫空女には気の毒とは思うが、とにかく生きていることだけは確からしい。

 

「さて、じゃあ、味見の続きといくか……。ちょうどいいから、青毛のお前、こっちに来い。裸になって卓の上に寝ろ。逆らったら、仲間を首吊りにして殺す」

 

 今度は獏狗が七星に視線を向けた。

 ふと、沙那と朱姫を見た。

 沙那が小さく頷いた。

 朱姫もだ。

 さっき、沙那がささやいた策の実行を促しているのだ。

 

「わ、わかったよ……」

 

 七星は獏狗の前までやってくると、すぐに身に着けているものを脱いだ。

 そばに孫空女が脱ぎ捨てた衣類がある。

 七星は、それに重ねるように衣類を置いた。

 黙って卓の上に裸身を横たえる。

 膝を立てて両脚を開き、獏狗を待ち受ける態勢になる。

 

「いいよ、来てよ……」

 

「ほう、物分かりがいいな、お前」

 

「じゃあ、濡らしてくれるかい。怖くて……?」

 

 七星は獏狗に甘えるような声をあげた。

 獏狗が七星の身体に覆いかぶさるとともに、片方の乳首に舌を這わせ始める。

 さらにもう一方の手が七星の女陰をくつろげるように動く。

 拘束してから抱くのかと思ったら、そのまま抱くつもりらしい。

 自分の能力に余程、自信があるのだろう。

 ほんの少しでも七星が不穏な動きをすれば、獏狗は時の外に逃げることができるのだ。

 だから平気で抱けるのだろう。

 獏狗の絶対の余裕もそこにある……。

 

 それについては沙那も言っていた。

 

 獏狗は、望めばほんの一瞬で時をとめることができる。

 時をとめるのにおそらく首飾りは関係ない……。

 沙那はそう言った。

 

 獏狗が時をとめるたびに首飾りを決まり事のように触っていることは確かだが、それが必要なことなら、もっと慎重に振る舞うはずだ……。

 沙那はそう言ったのだ。

 いま、獏狗が無造作に七星を抱き始めたことを考えると、それは正しい洞察だと思った。

 

「あはあっ……」

 

 獏狗の本格的な愛撫が始まった。

 七星の口から喘ぎ声が漏れる。

 半分は演技で半分は本気だ。

 なかなかに巧みな愛撫だ。

 七星の女陰はあっという間に獏狗を受け入れる態勢ができる。

 

「あっ……、むうっ……」

 

 七星は込みあがる快感のままに身体を悶えさせた。

 まずは、獏狗を受け入れる……。

 

 沙那の策はそこから始まる。

 だから、いま、考えているのはそれだけだった。

 獏狗の舌が七星の脇を這い出した。

 激流のような疼きが全身を貫き、七星は背を弓なりにして吠える。

 

「そろそろ、いいようだな……」

 

 獏狗の一物の先端が七星の女陰に触れた。

 それがだんだんと突き挿さっていく。

 

「はあっ……、いい……」

 

 故意に声を出して誘うような仕草をする。

 男をその気にさせるような仕草は妓楼で得た技だ。

 獏狗も満更でもなさそうな様子を見せている。

 

「んっ?」

 

 獏狗がなにかに気がついた。

 なにかの違和感を覚えたのだろう。

 勘のいい奴だ。

 獏狗が横を向いて、ほかの女が並んで立たされている方向を見た。

 

「おおっ──、な、なんだ──?」

 

 獏狗が叫んだ。

 七星も目を見張った。

 

「あがああああ」

 

 獏狗が見たのは、『獣人』の術で縛られている縄を引き千切った朱姫の姿だ。

 朱姫も宝玄仙と同様に一時的に霊気が安定できないように毒を飲まされているが、実は朱姫も孫空女と同様にほとんどの毒に対して耐性が強いらしい。

 それでかなり前から道術が遣える状態にあったはずだ。

 その朱姫が『獣人』の術で獣人に変化をして襲いかかろうとしている。

 

「そんな術を遣えるほどに、道術の安定性が回復していていたのか……」

 

 獏狗は舌打ちしたが、それほど焦った様子はなかった。

 すぐに七星から離れようとした。

 

「逃がさないよ……」

 

 このときを狙っていたのだ。

 七星は獏狗の入っている女陰を力の限り膣圧で締めつけた。

 ほかのどの部分よりも、男はここで拘束されれば簡単には逃げられない。

 獏狗も同じだった。

 

「お、お前……は、離せ──。なにやってるんだ、七星」

 

「へっ、七星様の技のひとつだよ。このくらいのことができないと男は悦ばせられないからね……」

 

 獏狗は両手で七星を突き飛ばそうとしたが、逆に七星は獏狗にしがみついた。

 一物を七星に締めつけられて抜くことができない獏狗が、初めて焦った様子を向けた。

 その間にも獣人になった朱姫が、目前に迫り獏狗に飛びかかろうとしている。

 

「仕方ないな……」

 

 白い光に包まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべてがとまっていた……。

 獣人の朱姫がまさに飛びかからんとする態勢で、空中で止まっていた。

 

「こ、これが、時がとまった世界かい……」

 

 七星は獏狗に抱きついたまま呆然としていた。

 朱姫に襲いかかられたために、獏狗は仕方なく七星とともに時をとめてしまったのだ。

 

 沙那が七星と朱姫にささやいたのは、まさにこの事実だった。

 獏狗が時をとめることができる能力があるとしても、獏狗は裸で時間の外に移動しているわけじゃないという事実だ。

 つまり、獏狗は自分自身だけでなく、自分の周りのものも一緒に時の刻みの外に行くという単純な事実だ。

 

 だから、獏狗が時間をとめようとするときにできるだけ密着することで、一緒に時の刻みの外に行けるのではないかと沙那は仮説をささやいた。

 そして、どうやらそれは正しかったようだ……。

 

 強引に時間をとめなければならない状況を朱姫に襲いかからせることによって作り出して、獏狗に七星ごと時間をとめなければならないことを強いた。

 そこまでは成功だ。

 問題はこれからどうするかだが……。

 そのとき、顔に獏狗の拳が降ってきた。

 

「おおっと、なにすんだい、いきなり──」

 

 咄嗟に七星は獏狗を解き放った。

 獏狗が七星に押されて卓の下に転がる。

 

 この間に七星は卓の上で上半身を起こしている。

 

「ふふふ、お前といい、孫空女といい、なかなかに油断のならない連中だな……。危ないと思ったのはひさしぶりだ。だが、これで終わりだ」

 

 獏狗がゆっくりと立ちあがって、むき出しのままだった股間の一物をしまった。

 

「へっ……。そりゃあ、どうかね。時をとめるのが、お前の唯一のひとつ技なんだろう……? いまは、時がとまった状態だ。つまり、条件は五分……。だったら、あたいがあんたをこの場で倒せば済むことさ」

 

 七星は卓を飛び降りた。

 獏狗もそれなりの武芸の持ち主であることは身のこなしで予想がつく。

 少年のふりをしているが力は人間の大人の数倍はあるようだ。

 しかし、倒せない相手じゃない。

 それはこうやって向き合えばわかるのだ。

 七星は裸身のまま身構えた。

 できれば武器があればいいが、それはないものねだりだろう。

 

「お前が俺を倒すのか……?」

 

 獏狗がにやりと微笑んだ。

 

「できないと思っているのかい?」

 

「いいや……。だが、なぜ、俺がまともにお前と戦ってやると思うんだ?」

 

「えっ?」

 

「時間を戻す。そして、もう一度、時をとめる。いま、俺とお前は離れている……。今度は、一緒に時の刻みの外にやってくることはできない──。今度は遊びはなしだ。時をとめてから、その獣人の娘とお前と両方の首を掻いてやる。まったくの抵抗もできずに死ぬのだ……。覚悟しろ……」

 

 白い光に包まれた。

 時間の停止と復活が起きるときの感覚……。

 それがこの白い光だ。

 しかし、今度は七星も一緒に白い光とともに時の刻みを移動している。

 一緒に時間を戻るに違いない。

 そして、獏狗はその直後に再び時間の外に逃亡する。

 確かに、それをやられれば今度は防ぐ方法はない……。

 獏狗が首飾りに触れようと手を伸ばした。

 

「なっ?」

 

 獏狗の顔色が変わった。

 初めてその顔に本当に恐怖が映った。

 

「探し物はこれかい……?」

 

 七星はさっき奪い取った首飾りを示した。

 

「い、いつの間に……」

 

 獏狗が叫んだ。

 

「すまないね……。昔から手癖が悪くてね」

 

 七星は言った。

 

 そして、白い光が消えていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凄まじい音がした。

 獣人の朱姫がたったいままで存在していた場所に大きな腕を叩きつけたのだ。

 

 しかし、獏狗は、朱姫の腕が獏狗を襲う一瞬前にその姿を消している。

 宝玄仙にはそれが見えた。

 

 おそらく、また時の刻みをとめる魔術を遣ったのだと宝玄仙は思った。

 朱姫によって卓は粉々になった。

 獏狗だけでなく、七星もいなくなったことに気がついたのは、卓が破壊されるのと同時だった。

 

「七星は?」

 

 声をあげたのは沙那だ。

 

「だ、大丈夫だよ……」

 

 七星の声に振り向くと、少し離れた場所に七星がいた。

 顔色が悪い。

 しかし、手にはしっかりと獏狗から奪った首飾りを握りしめていた。

 

「うまく、時の刻みの向こうで、その霊具を奪えたのね。よかったわ」

 

 沙那が言った。

 

「じょ、冗談きついよ、沙那……。これがなければ、元の時間に戻るときにうまく制御できなくなるなんて知らなかったよ。下手したら、こいつのようになるところだったんじゃないか」

 

 七星が不満そうな声をあげた。

 

「どういうことだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 七星の前には人形のように静止した獏狗がいる。

 まるで動いていないように思えた。

 

「とりあえず、みんなの縄を解きます……」

 

 すでに獣人の姿から娘の姿に戻りかけている朱姫が慌てたようにこっちにやってきた。

 まずは、不安定な態勢で首に縄をかけられている麗美を椅子から降ろした。

 次いで、七星とともに宝玄仙、そして、沙那を床に降ろす。

 

「とりあえず、いまはどういう状況なんだい?」

 

 服装を整えると宝玄仙は、凍りついたように動かない獏狗に歩み寄った。

 獏狗は、完全にとまっているようだ。

 生きているのか、死んでいるのかもわからない。

 

「わかりませんが、この獏狗は本当に時の流れを自由に操れる能力を持っていたのだと思います。そして、推測するに、その能力は自分の周りに流れる時を果てしなく遅くする能力と、そして、果てしなく速くする能力だったのではないかと思うのです。時の刻みの外に向かうときは、時の歩みを際限なく遅くします。すると獏狗以外の時間の流れがとまったようになるということです」

 沙那が言った。

 

「まあ、信じられない話だけど、実際にそうなんだろうねえ……。それで、さっきは、なにが起こったんだい? つまり、朱姫が飛びかかったときに、七星まで消えてしまったことさ……。七星、お前はどうなったんだい」

 

「どうなったと、言われてもねえ……。あたいは、沙那に言われたことをしただけさ。獏狗が時の外にいくときに、あたいも一緒に連れて行かれるだろうから、向こうで首飾りを奪えってね。だから、そうしただけさ……。そうしたら、元の時に戻るとき、なにか急になにかに引っぱられるような感じで現実に連れ戻されたんだ。こいつが時を戻した後で、首飾りがないことに気がついたとき、随分と焦っていたみたいだけどね」

 

 七星が言った。

 

「つまり、七星は獏狗が時をとめる術をかけたときに、こいつに密着していたから一緒に時の外に行ってしまったというわけかい……。だけど、どうして、七星はまともに戻れて、こいつは人形みたいにとまってしまっているんだい?」

 

 宝玄仙は相変わらず静止している獏狗を見て首を傾げた。

 

「ご主人様……これは推測ですが、時をとめるときは、周りの時間を果てしなく遅くすればいいので限界まで能力を発揮すればいいのに対して、元の時に戻すためには、ちょうどいい時の速さまで時の動きを速めるということが必要になります。それを制御していたのが、この首飾りの霊具ではないのかと思うのです。つまり、この首飾りの霊具が、本来の時の進み速度を覚えていて、その速度で能力の発揮をとめてくれるということです」

 

「そういえば、時がとまった感じがするたびに、こいつは首飾りに触れていたっけねえ」

 

 宝玄仙は思い出しながら言った。

 

「実際には、時が元に戻るときです。時をとめる瞬間には、獏狗は首飾りには触りませんでした。実際、孫空女が首飾りを奪ったときにも、時の静止はできていたようですし……」

 

 沙那が続けた。

 

「孫空女といえば。あいつはどうなったんだい? なんか気の毒な状況で宿町に放置してきたみたいなことを言っていたけどね」

 

 宝玄仙は言った。

 時をとめた獏狗は、『移動術』で孫空女を飛ばしたのか、それとも、荷駄車かなにかに載せて遥々と運んだのかは知らないが、獏狗は孫空女が宿町の真ん中で排便したようなことを言っていたから、それはそれで面白い見世物だったに違いない。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「助けに行きましょう……。もっとも、問題は、獏狗が孫空女を連れて行ったのがどこの宿町かということですが……」

 

 沙那が言った。

 

「北側の宿町だと思います。爆斗(ばくと)様……いえ、爆斗が術で簡単に跳躍できるのは、そっちだけのはずですから……」

 

 麗美が口を挟んだ。

 

「北側といえば、今朝、出発してきた宿町ということだね。それなら、わたしの『移動術』ですぐに跳躍できるさ」

 

 『移動術』を使用するには、跳躍先にあらかじめ結界を刻んでおく必要があるが、昨夜も宿の部屋に結界を刻んだので、その残存を利用して『移動術』で戻ることができる。

 孫空女の回収にはそれほどの手間はかからないだろう。

 

「それにしても、この怪物とお前はどういう関係なんだい?」

 

 宝玄仙は麗美に訊ねた。

 麗美は自分が二年前に夫のもとから無理矢理に浚ってこられたこと――。

 脅迫されてここで無理矢理に獏狗に客を捕らえる手伝いをさせられていたことなどを話した。

 この麗美も被害者といえば被害者なのだろう。

 

「さて、じゃあ、どうするかね……」

 

 宝玄仙は沙那を見た。

 

「できればわたしはここに残りたいと思います……。孫空女をお願いします。その間にわたしは片付けておきますから……」

 

 沙那が言った。

 片付けというのは、獏狗を殺すことだろう。

 沙那の推測が正しければ、獏狗は静止しているわけじゃない。限りなくゆっくりとしか動けなくなっただけだ。

 いずれ自分の置かれた状況を思考が追いつき、再び時を逆転させるに違いない。

 まだ、危険な状況なのだ。

 やはり、殺すしかないのだろう……。

 

 沙那はここに残って、獏狗の息の根をとめるという汚れ仕事をひとりで引き受けるつもりに違いない。

 

「万事、お前に任せるよ、沙那」

 

「はい、ご主人様……」

 

 沙那は言った。

 麗美がすぐに解毒剤を持ってきた。

 それを飲むと、不安定だった道術がすぐに安定した状態になるのを感じた。

 これで術が遣える。

 

「じゃあ、行くよ、七星、朱姫」

 

 宝玄仙は『移動術』の結界を刻んだ。

 

「待ってください、ご主人様──。孫空女の服を……。これを持っていかないと……」

 

 跳躍しようとする宝玄仙に慌てたように沙那が声をかけた。

 孫空女が脱ぎ捨てた衣類は、まだ床の上にそのままになっている。

 

「いらない、いらない……。少し宿町でもからかってから戻って来るからね。助けるふりをして、裸でちょこちょことあちこちに人混みに繰り返し転送してやるよ。それから戻ってくるよ」

 

「もう、ほどほどにしてください、ご主人様」

 

 跳躍する瞬間に見たのは、沙那の呆れたような表情だった。

 七星の腹が捻じれるような感覚があり、眼の前から沙那と麗美の姿が消滅した。

 

 

 

 

(第26話『怪物少年』終わり)



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第5章【女人(じょじん)国(百合愛の国)篇】
162 女人(にょにん)国前夜


「この先は女人(にょにん)国というのかい? だが、おかしなことじゃないかい。女だけの国でどうやって、子供が産まれるんだい?」

 

 宝玄仙が食事の手を休めて言った。

 女人国に渡る大きな湖のほとりにある宿町の宿屋だ。

 

 七星は、宝玄仙という女主人と、期限付きの供として同行しているのだが、いつものように、みんなで卓を囲んで宿屋で食事をしていた。

 卓を囲んでいるのは、七星と宝玄仙のほかには、沙那、孫空女、朱姫といういつもの女たちだ。

 この宿町の先には渡し船があり、その向こうは女人国という女だけしか住んでいない不思議な国がある。

 それを知っていた七星は、とりあえず、自分の知っていることをみんなに教えたのだ。

 

「さあ、知らないね。あたいも入ったことはないからね。とにかく不思議な国さ。本当に女しか住んでいないらしいよ。それに、誰も彼も、それなりに美女しかいないようだよ。しかも、男がいないせいか、性に解放的でもあるみたいさ……。“女人国のもてなし”という言葉もあるくらいだからね」

 

「女人国のもてなし? それはどういう意味なんだい、七星?」

 

 宝玄仙が面白がるように言った。

 

「つまりは、客人に身体を提供してもてなすことさ。いずれにしても、女人国の女といえば、淫らで性に開放的な美女。まあ、定住の地を探しているようだけど、その女人国こそ、あんたらにぴったりの土地だと思うけどね」

 

 七星は笑った。

 “淫らで性に解放的な美女”──。

 確かに、宝玄仙たち四人にぴったりだ。

 七星は我ながらそう思った。

 

「まあ、考えておくさ。ただ、最終的にどこに落ち着くにしろ、一度は魔域には入りたいね。そこに向かうと約束した者もいるしね」

 

 宝玄仙だ。

 

「この前もそんなことを言っていたね。だけど、魔域といえば、魔族が闊歩する魔境だというよ。そんなところにいってなにするんだい。やめた方がいいんじゃないかい。まあ、あの独角兕(どっかくじ)を屈伏させたあんただからね。どこに行っても大丈夫な気はするけど」

 

 七星は笑った。

 だが、ふと、さっきから沙那と孫空女がずっと押し黙ったまま、赤い顔でもじもじしていることに気がついた。

 ふたりはほとんど食事も進んでいない。

 なぜか片手で股間を隠すように置いたままだ。

 

 そういえば、この食堂にやってくるとき、二階から階段を降りるふたりは、懸命に下袴(かこ)の股を隠すような仕草をしていたような気もする。

 今夜は、七星は朱姫と相部屋であり、三人とは別だったので、一度荷を置くために別れた沙那と孫空女が、部屋の中で宝玄仙になにをされたかは知らない。

 

 それはともかく、ここは、西梁(せいりょう)と呼ばれる通天河沿いの国も終わりの宿町だ。

 行く手を阻むように、南側には湖、西側には厳しい山岳が拡がっていて、ここから南に行くには、湖の向こう側に渡してくれる船を使うしかない。

 宿町は、湖の出入り口に面していて、多くの旅人で宿は溢れている。

 

 この宿町に面する湖の南側は、特殊な場所であり、北からやってきた旅人は、この宿町で、湖を渡り比較的平坦で楽な街道を進むか、西に向かい山岳道に進むかを選ぶことになる。

 そして、ほとんどが山岳道を選ぶ。

 

 それは、この湖の南側に拡がるのは、「女人(にょにん)国」と呼ばれる国で、男子禁制の土地だからかだ。

 いかなる理由があろうとも、男が侵入することは禁止されていて、その掟を破った場合は死刑だ。

 

 実際、女しか住んでいないという女人国に入ろうとする不埒な男は多いらしく、その生首が見せしめとして、こちら側の波止場に並べられている。

 そのため、男が含まれる一行は、湖を渡るのを諦め、西に方向を転じて、険しい山岳道を使って、女人国を大きく迂回して、さらに南の沿岸国に出ることになる。

 危険度も時間も圧倒的に増える旅になるが、多くの旅人はそれを強いられる。

 女だけの一行など、そうあるわけでもない。

 

 もちろん、七星たちは、宝玄仙以下五人女だけの旅なので、好き好んで苦労の多い山岳道を選ぶ理由もなく、明日の昼には、三日に一度と決まっている渡し船で女人国に入ることが決まっている。

 

 それまでは、この宿で時間を潰すことになる。

 幸運なのは、この宿に到着した次の日に、湖を渡す船便があることだ。

 三日に一度の船が出発した後だったら、この宿町で三日も時間を潰すことになったはずだ。

 あの宝玄仙に三日もなにもしない時間を与えたら、どんな淫靡な悪戯を思いつくのかしれない。

 それでなくても、このところ、やけに自分にばかり集中して遊ばれているのだ。

 

 だが、宿に選んだ旅館が、五人一度に泊れるような広い部屋がなく、ふた組に分かれることになったとき、宝玄仙は自分と同じ部屋に入る二人に、沙那と孫空女を指名したのだ。

 ひと晩だけでも、あの宝玄仙の激しい夜の相手から解放されることに七星は喜んだが、その代わり、朱姫には、七星を調教しろという嫌な言葉も残した。

 まあ、明日の朝には、うまく朱姫と話を合わせる必要はあるだろうが、今夜は久しぶりに静かに休めるというものだ。

 

「ふふふ……お前たち、ちょっと下袴の股を覗かせてやりな」

 

 宝玄仙がくすくすと笑いながら言った。

 七星は確信した。

 これは、またこの変態女主人が得意の道術でふたりの女戦士に性的な悪戯をしているのに違いない。

 それにしても……と思う。

 この宝玄仙の嗜虐好きは、七星の理解や限度を遥かに超えている。

 特に沙那や孫空女に対する仕打ちには容赦はない。

 よくも我慢しているものだと思う──。

 

「も、もう、堪忍してくれませんか……。こ、こんなの酷すぎます……」

 

「そ、そうだよ……。ご主人様……。部屋の中なら、なんでもするからさあ……」

 

 沙那と孫空女が真っ赤な顔で顔を俯かせたまま言った。

 

「……なにを喋っているんだい。わたしの命令が聞こえなかったのかい。わたしは、七星に下袴の股間を見せろと言ったんだよ。逆らえば、また男の射精を味わうかい、ほらっ」

 

 宝玄仙が手を振った。

 なにかの術を掛けたのだとは思うが、それがなにかはわからない。

 だが、沙那と孫空女は同時に全身を震わせ始めた。

 

「や、やめて、見せます──。見せますから……」

 

「な、七星、み、見てよ。み、見て、すぐに……。ご、ご主人様、命令に従っているよ、ううっ」

 

 ふたりが歯を食い縛るようにしている。

 七星たちが座っている卓は食堂になっているこの宿屋の一階の端だが、周りには大勢の客がいる。

 このふたりが必死になって、淫靡な声を耐えているという感じだ。

 

「えっ?」

 

 そのとき、両隣の沙那と孫空女の下袴の股間を覗いて、声をあげてしまった。

 そこには女にはあり得ない勃起した男性器を思わせる膨らみがしっかりとあったのだ。

 しかも、その膨らみの頂点が何度も精を放ったかのように大きな丸い染みを作っている。

 七星が驚いているのを見て、宝玄仙が声をあげて笑った。

 

「わかったかい、七星──。今日はこいつらに特別に男の性器を生やしてやったのさ。しかも、繰り返し射精がとまらなくなるような術をかけてね。それで、勃起した性器を持て余して、恥ずかしがっているということさ」

 

「はあ……」

 

 七星は呆気にとられてしまった。

 なんという馬鹿げた……。

 

「お前たち、早く食事をしな──。いろいろと趣向が待っているんだ。最初は、勃起した性器に金属棒を挿しての弱電撃責めだ。そして、超敏感になるように快感を増幅させて連続射精の擦り合い。根元を縛っての焦らし責め──。とにかく、たくさん考えているんだ。早く食って上にあがるよ」

 

 宝玄仙が口に食事を運びながら笑う。

 

「も、もう食欲はありません……」

 

「あ、あたしも……」

 

 沙那と孫空女が相次いで言う。

 七星は呆気にとられるとともに、ほっとした。

 宝玄仙におかしな術をかけられたのが自分でなくてよかったという心からの安堵だ。

 

「そうかい……。だったら、部屋にあがるかい。じゃあ、朱姫、お前はお前で、しっかりと七星を調教しておきな。こいつをいつでもどこでも発情してしまう淫乱奴隷にするんだ。お前に調教係を任せるからね」

 

 宝玄仙が冗談めかしくいった。

 

「わかりました」

 

 朱姫が元気に応じた。

 

「なに勝手なことを言ってんだい──」

 

 さすがに七星も怒鳴った。

 しかし、宝玄仙はもう立ちあがっている。

 沙那と孫空女も立った。

 ふたりは片手で下袴の膨らみを隠すようにして、前屈みになっている。

 七星は、沙那と孫空女の姿に、屠殺場に連行される家畜を連想した。

 

「じゃあ、あたしらも行きましょうよ、七星姉さん」

 

 朱姫も立ちあがった。

 

「そうだね」

 

 七星も席を立った。

 いずれにしても、今夜は宝玄仙とは離れて休める。

 七星は心からの歓びを感じた。

 ふたりで、階段をあがる。

 食堂の上の二階が宿泊をする部屋になっているのだ。

 

「いやあ、沙那と孫空女には悪いが、今夜はぐっすりと眠れそうだねえ」

 

 七星は、朱姫と部屋に入る前に軽口を言った。

 

「そうですか?」

 

 朱姫が妙に明るい返事をした。

 それにしても、またしても、宝玄仙の淫靡な悪ふざけによって、宝玄仙と同室のふたりは、さっそく夕食前に、宝玄仙の道術で股間に男根を生やされ、しかも勃起させられて辱しめられていた。

 まあ、気の毒なこった……。

 

「七星姉さん……」

 

 七星に続いて部屋に入ってきた朱姫によって、部屋の戸がばたりと閉じられた。

 

「わかっているよ、朱姫。明日の朝には、うまく話を合わせようよ。あの宝玄仙さんがうるさいからね。どうせ、どんな調教をやったかと訊くに違いないさ。そのとき、なんにもしなかったとばれちゃあ、大変だからね。まあ、心配ないよ。あたいに任せときな。あたいが説明するから、朱姫は頷くだけでいいよ」

 

 七星は、ひとつしかない椅子の背に外した装具や武器をかけながら言った。

 小さな部屋で二台の寝台とその真ん中に椅子が一個あるだけだ。

 いつの間にか部屋には宝玄仙の結界がかかっていて、外部から遮断されているようだ。

 

 いつもながら、大変な術遣いだと思う。

 霊感大王のときも、独角兕のときも、本当に宝玄仙の道術は凄かった。

 あれで、おかしな嗜虐趣味がなければ、尊敬に値する術遣いなのだろうが……。

 そのとき、なにか得体のしれない圧迫感が首にかかった。

 

「な、なに?」

 

 軽く首が絞められている。

 思わず、七星は、自分の首に触れた。

 なにもない。

 しかし、本当に首が絞まっている。

 そんなに強い力ではないが、徐々に苦しさが加わっていく。

 

「朱姫――」

 

 七星は、朱姫に向かって振り返った。

 これは、朱姫の『影手』に違いない。

 

「や、やめるんだよ。一体全体、なんの真似だい、これは?」

 

 七星は叫んだ。

 その間も首の圧迫感は大きくなる。

 

「黙りなさい、奴隷のくせに」

 

 朱姫が言った。

 

「ど、奴隷って……。お前、ちょ、ちょっと調子に乗るなよ――」

 

「奴隷よ、お前は……。七星姉さん……、いえ、七星……。やっぱり、青にするわ。いまから、お前は、ただの“青”。いいわね、青」

 

「ふざけんじゃないよ。宝玄仙さんのいうことなんて、適当にあしらっておけばいいんだよ。まさか、本当にお前があたいを調教するとか言っているんじゃないだろうね? 承知しないよ」

 

「青、服を脱いで、跪きなさい。それが、奴隷の作法よ」

 

 七星は本当に腹が立った。

 朱姫に飛びかかる。

 だが、足が取られてその場にひっくり返った。

 ふと見ると、両足首にふたつずつの黒い手がある。

 これも『影手』だ。

 朱姫の影手が、七星の両足首を掴んでひっくり返したのだ。

 

「奴隷のくせに、奴隷の振る舞いができないような女は死になさい。あたしは、二度も言いたくないわ。さっき、あたしがなにをしろと言ったのか、思い出しなさい、青」

 

「なっ――」

 

 七星は身体を起こしたが、立ちあがることは朱姫の『影手』が邪魔をしている。

 朱姫が命じた通りの跪いた態勢になっていた。

 

「ふざけんじゃ……」

 

 七星は朱姫を怒鳴りあげようとしたが、朱姫の表情を見て、途中で言葉を失う。

 目が座っている。

 さらに、うっすらとした笑いが浮かんでいる。

 

 そう言えば、孫空女や沙那が、朱姫は、調子に乗るときにどこまでも調子に乗り、ある意味では宝玄仙よりも危険だと言っていたことを思い出した。

 そして、朱姫の笑みの底に浮かぶ嗜虐に酔った宝玄仙の姿を見た気がした。

 そのまま、じっと朱姫を見ていると、ぐいと喉に力が加わる。

 

「しゅ、朱……姫……」

 

 抗議しようとしたが声が出ない。

 これまでと一転して、強い力が加わっている。本当に死ぬ……。

 

「奴隷になれない奴隷は死ぬのよ」

 

 朱姫が冷たく言う。

 七星は、自分の服に手をかけた。

 朱姫の顔が満足気に歪んだ気がした。

 

 しかし、我に返った。

 なんで、こんな娘の脅迫に屈しなければならないのか。

 七星は、服を脱ごうとしていた手をとめた。

 すかさず跪いた格好から身体を倒して朱姫の足を掴む。

 

「きゃあっ」

 

 引き倒した朱姫に乗り、一発頬を張り飛ばしてやろうと腕を振り上げた。

 

「七星様を舐めんじゃないよ」

 

 だが、身体の下になっている朱姫が七星を一瞬見た。

 その顔がにやりと微笑む。

 

「がはっ」

 

 首が絞まる。

 しかも容赦がない。

 本気で殺すつもりか?

 

 いや、そのつもりがないとしても、死ぬ――。

 身体の下の朱姫が七星の身体を突き飛ばした。

 

 七星ははね飛ばされて、ひっくり返ったまま、首を押さえて懸命に空気を探す。

 しかし、その空気が喉に入ってこない。

 苦しい――。

 本当に死ぬ……。

 

「死になさい、青」

 

 朱姫の顔が七星を見下ろしている。

 その顔には、残酷な笑みが浮かんでいる。

 

「しゅ、朱……姫……」

 

 それ以上、喋ることができない。

 喉からおかしな音が漏れだす。

 

「死になさい」

 

 また、朱姫が言った。

 朱姫の姿がぼんやりとなり……。

 そして、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「ほら、青、起きるのよ」

 

 尻に激痛を感じて、跳ねあがった。

 七星は、床にうつぶせになっていたが、朱姫は、七星の装具が背凭れにかかっている部屋の隅の椅子に腰掛けている。

 

「あ、あたいは……?」

 

 七星は呆然と朱姫を見あげた。

 どうやら一瞬、気を失ったようだ。

 それくらい朱姫の『影手』による喉の締め付けは強かったのだ。

 いまは、もう苦しくはないが首にかかった手の感触もまだ残っている。

 この娘……なにを考えているのか……。

 調子に乗るのも限度がある。

 するとまた尻に痛みが走る。

 

「ひゃあ――」

 

 叩かれている。

 別に服を剥かれているというわけでもないが、下袴の下の尻に手のひらで打擲されたような痛みが走る。

 どうやら、これも朱姫の『影手』によるもののようだ。

 

「朱姫、いい加減にしないと怒るよ。いや、もう、怒っている。ものには限度がある。わかっているんだろうね」

 

 七星は痛みに顔をしかめながら怒鳴った。

 朱姫の手がすっと動いた。

 喉に力が加わる。

 

「ま、待って」

 

 七星は慌てて叫んだ。

 

「青、あたしは、二度も言わないと言ったはずだよ。最初にあたしが言った命令を思い出すのよ」

 

 ゆっくりとまた喉が絞まる。

 さすがに七星に恐怖が走る。

 七星は、自分の着ている服に手をかけた。

 上衣を取り去り、胸当てを外す。

 汗をかいた乳首にひんやりとした風が当たる。

 七星は、一瞬躊躇したものの、ちらりと朱姫を眺め、いまの朱姫になにを言っても無駄だと観念して、下袴を脱ぐために立ちあがった。

 

「いたっ」

 

 また、尻が『影手』に叩かれる。

 

「な、なにすんだよ、朱姫。言われた通りに、ふ、服を脱いでるじゃないか」

 

「なにが言われた通りよ。奴隷のくせに勝手に立ちあがるんじゃないよ、青。あたしは、跪けと言ったはずよ」

 

 朱姫がそう言い終わるとともに、尻が跳躍される。

 七星は、歯噛みをして跪いた。

 下袴を両膝までおろし、跪いたまま片膝ずつ抜く。

 脱いだ下袴を上衣の上に載せる。

 次に股間を覆っている下着に手をかけて一気に脱ぐ。

 同じように、片膝ずつ抜いて、さっき脱いだ胸当てとともに、衣類の下に隠す。

 

「ぬ、脱いだよ、朱姫。もう、いいじゃないか。おかしな茶番はやめて、もう寝ようよ」

 

 七星は言った。

 尻で大きな音がした。

 

「ひぎっ」

 

 七星は、前に身体を倒してしまい、手で身体を支える。

 

「何度も同じことを言わせないのよ、青。今夜のお前は、あたしの奴隷。それをわきまえなさい」

 

「わ、わかったよ……」

 

 渋々応じる。

 まだ、尻がひりひりする。

 七星は、膝立ちの姿勢に戻る。

 

「あたしの眼を見るのよ、青」

 

 言われるまま、寝台の横の燭台の光に浮かんでいる朱姫の顔を見る。

 七星の身体になにかが入ってきた。

 

 はっとした。

 それが、朱姫の『縛心術』だと悟ったのは一瞬後だ。

 朱姫の『縛心術』は、抵抗の気持ちを失ったときにかかり易くなる。

 『影手』で喉を絞めたり、尻を叩いたりしたのは、朱姫に対する観念の気持ちを抱かせるためだったかもしれない。

 事実、今夜という時間だけは、朱姫の逆らうことをやめる気持ちになっていた。

そんな想いに達したとほぼ同時に、朱姫は『縛心術』を仕掛けてきた。

 いずれにしても、これでもう朱姫に逆らえない。

 操られるという別の恐怖が七星を襲う。

 

「人形のようにじっとしているのよ、青」

 

 全身の力が消失する。

 朱姫が立ちあがり、全裸で跪いたまま硬直している七星の前にしゃがんだ。

 手に縄を持っている。

 

「な、なにすんだよ、朱姫?」

 

 七星は、朱姫の持つ縄に視線を向けて訊ねた。

 顔は動かない。

 だが、視線だけは自由にできる。

 朱姫の持つ縄は、たくさんの結び瘤がつけられていた。

 

「淫乱な奴隷に相応しい恰好をさせるだけよ、青」

 

 朱姫はそう言うと、七星の細い腰に縄をひと巻きする。

 そして、臀部から縄尻を伸ばし、股間に縄をくぐらせて前側に持ってきた。

 

「や、やめなよ、朱姫」

 

 破廉恥ないましめに七星は、思わず抗議した。

 硬直した総身から汗が吹き出す。

 

「いい子だったら、もう少し、濡らしてからやってあげたんだけどね、青。乾いた女陰に縄を食い込まされるのは痛いよ。でも、生意気な奴隷にはどれくらいちょうどいいよね」

 

 七星の女陰に強く縄が食い込む。

 しかも、お尻の孔と女陰、そして、敏感な女芯にも縄瘤が当たっている。

 

「あ、あくうっ……」

 

 朱姫の作った縄瘤が嵌る痛みと屈辱に、七星は自分の唇が震えるのがわかった。

 深く食い込んだ縄をさらに力を入れて食い込ませて、朱姫は縄を前側の腰縄に繋ぐ。

 

「ただの縄じゃないのよ、青。これは、『魔縄』よ。食い込んだ縄は絶対に緩むことはないわ。いまは、痛いだけと思うけど、すぐに疼いて堪らないようになるから、それまで我慢するのよ」

 

「……い、痛いよ。ねえ、もう、いいだろう、朱姫。宝玄仙さんに虐げられている者同士で、こんなことやめようよ。あたいらは仲良くすべきだよ」

 

 ただじっとしているだけで痛みが走る。

 七星は、朱姫に視線を向ける。

 

「もう、動いていいわ。でも、背中で左手首を右手で握りなさい」

 

 朱姫が言った。

 七星の両腕は勝手に腰の後ろに回って、命令された通りに右手で左手首を握る。

 動くとそれだけで、股間の食い込みが激しくなる。

 

「ほ、ほどいてよ。痛いんだよ」

 

 顔をしかめる七星に、朱姫は残酷な笑みを浮かべた。

 この娘、完全に嗜虐に酔っている……。

 

 もう、なにを言っても、なにを哀願しても、逆効果という気がしてきた。

 『縛心術』までかけられた以上、もう、屈服するしかない。

 とにかく、明日、沙那がやってくるまで……。

 宝玄仙や孫空女は、この状態を面白がって興に乗る可能性もあるが、沙那なら……。

 とにかく、今晩は、やり過ごすしかないか……。

 

「舌を出しなさい、青」

 

 躊躇いは一瞬だけだ。

 七星は口を開けて、思い切り舌を出した。

 その舌に朱姫の舌が伸びる。

 

「あうっ」

 

 柔肉の割れ目に食い込んでいる縄の玉が、強く揺すられたのだ。

 痛みのほかに、敏感な肉芽や肉襞に小さな疼きも走る。

 朱姫が股間に食い込む縄に手をかけて動かしている。

 動かしながら七星の舌を吸っている。

 七星の舌をまさぐった朱姫の舌が口の中に入ってくる。

 口の中を朱姫の舌が愛撫する。

 

 いつもながら、本当にこの半妖の娘は舌遣いがうまい。

 痺れるような感覚が口から全身に拡がる。

 その一方で、股間の痛みは容赦なく七星を襲い続けている。

 痛みから逃れたい――。

 七星は、口から拡がる快感に没頭して、痛みを忘れようとした。

 全身にただれるような脱力感が浸透していく。

 

「あ……ああ……」

 

 思わず小さ嬌声をあげてしまった。

 それとともに、息をする速度があがる。

 

「もっと口を開けなさい、青」

 

 『縛心術』なのか、そうでないのかわからない。

 どっちにしても、逆らうことのできない朱姫の言葉が、七星の口を大きく開けさせた。

 口の中のすべてを朱姫の舌で襲われる。

 朱姫の舌がやっと離れたときには、縄の食い込んだ股間にしっとりと湿り気が加わったのを感じていた。

 

「股が疼いてきたの、青……?」

 

 朱姫が嗜虐の悦びの浮かんだ顔を七星に向けた。

 

「う、疼くよ……。朱姫の口づけは上手だから……」

 

 七星は応じた。

 まるで、自分の声ではないような甘い響きだ。

 いったい、自分はどうしたのか……。

 

「痛いのがいい? それとも優しいのがいい? 答えなさい、青」

 

 朱姫が股間の縄を擦りながら言った。

 その指先が微かに七星の敏感な場所を刺激し続ける。

 

「や、優しく……」

 

 逃げられない……。

 そして、逆らえない。

 このことが七星を酔うような感覚にしているのだとわかった。

 そして、七星の身体をいつもの何倍にも敏感にしていることも……。

 朱姫の手がゆっくりと股間の縄瘤を動かす。

 

「うふうっ」

 

 たちまちに拡がる愉悦に七星の口から声が漏れる。

 動けなくされて愛撫される。

 それがこれほどまでに快感を呼ぶということを改めて知る。

 身体中の皮膚感覚が研ぎ澄まされ、それがゆっくりと動く縄瘤の下の女陰に集中する。

 

「はあ……ああ……あはあっ……」

 

 だんだんと縄瘤の動きが速くなる。

 もう、痛みよりも、気持ちよさが勝っている。

 朱姫の手は女芯を押し潰している縄瘤にかかっている。

 それが右に、左に、そして、上下にゆすぶられる。

 縄瘤は、その動きにより、女芯や菊門に食い込む縄瘤にも連動して刺激を拡大する。

 朱姫の手が速くなる。

:それに応じて、七星の声も息も激しくなる。

 

「もう、気をやりそうなんでしょう、青?」

 

「あっ、ああ……、あああっ」

 

 熱くなる。

 股間が熱い。

 いや、熱いのは股間だけじゃない。

 全身が熱い。

 汗が吹き出すのがわかる。

 もう、声を耐えることはできない。

 

「ああっ、い、いくっ――、朱姫……。もう、いくっ」

 

 七星は、手を後ろにやったまま身体を仰け反らせた。

 

「いっていいわ、青。でも、いったら、お尻の調教をするからね……」

 

 朱姫が耳元でささやいた。

 その言葉に、達しそうだった身体が冷たさを取り戻す。

 

「なっ」

 

 達しかけた身体に浴びせられた言葉に、総身が震える。

 冗談じゃない。

 宝玄仙の三人の供が、揃って尻で欲情するのは知っているが、七星は、そんな変態ではないのだ。

 

「お、お前、なに考えて――」

 

 だが、朱姫が加える股間の律動が速くなる。

 すでに、翻弄されている身体は、朱姫の責めに抵抗できない。

 強く、弱く、そして、乱暴でいてどこまでも優しさの感じる縄瘤の動きに、七星は限界に追い詰められる。

 

「いってもいいのよ、青。だけど、いったら、お尻を調教されたいというお前の気持ちだととるわ。いいわね」

 

「あうっ……。だ、駄目……。もう……いく……い、いってしまう」

 

 身体の震えがとまらなくなった。

 

「いったらお尻の調教よ。いやなら、我慢しなさい。でも、いかなかったら、今夜はこれで許してあげる」

 

 朱姫が笑った。

 いきたくない……。

 でも、いきたい――。

 気持ちいい。

 この快感を爆発させたい。

 しかし、朱姫にお尻をいたぶられるなどという屈辱は絶対に嫌だ。

 

「ふぐうっ」

 

 全身に歓喜が走る。

 その瞬間は唐突に訪れた。

 身体の中で爆発した快感に、七星は全身を激しく動かしていた。

 

「あひいいいぃぃぃ……いっ……あああぁぁぁ……ふああぁぁ――」

 

 股間から愛液が迸るのもわかった。

 七星は達してしまったのだ。

 それを悟った。

 

「お尻を調教されたいのね、青――。ほら、お尻を調教してくださいと言いなさい」

 

 朱姫の視線が、絶頂の余韻に浸る七星の眼に注がれた。

 『縛心術』だというのはわかる。

 七星の口は、七星の意思とは無関係に声を出し始める。

 

「お、お尻……の……調教をして……」

 

 そう言っていた。嫌だ。そんなことはされたくない。

 

「わかったわ、青。お尻の調教をしてあげるわ」

 

 朱姫が魔縄に触れる。

 『魔縄』が道術により解けてぱらりと床に落ちた。



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 第27話  女神の試練【如意(にょい)仙女(せんじょ)
163 半妖少女の尻いじり


「わかったわ、青。お尻の調教をしてあげるわ」

 

 朱姫が魔縄に触れると、『魔縄』がぱらりと床に落ちた。

 

「腕を前に倒して、身体を伏せなさい、青。でも、膝は立てたままよ。そして、お尻をこっちに向けるのよ」

 

 『縛心術』の影響により、命令のままに身体が勝手に動く。

 七星は、お尻を朱姫に向けて、上半身を床に突っ伏した態勢を強いられる。

 朱姫の指が、七星の尻の孔に食い込んだ。

 

「あうっ……や、やめろよ……」

 

 掲げた尻を他人に向けるという浅ましい恰好にされて、大便をする場所を指でいじくられるという恥辱に、七星は知らず尻を動かしていた。

 

「お尻を振るほど、気持ちがいいのね、青。でも、まだ、固いわね。ご主人様に愉しんでもらうにはもう少しかかるわね」

 

 朱姫が妖しく言いながら、指をしつこく七星の尻の内襞を刺激し続ける。

 

「そ、そんなことで……た、愉しんで……もらわなくても……いいっ――」

 

 七星は声をあげた。

 気持ちが悪い。

 だが、少しずつ妖しい快楽も拡がる。触られているのは後ろだが、前の肉芽も疼き、とろりと熱い蜜も溢れてくるのがわかる。

 

「あたしは、お尻に蛇を入れられて気を失ったこともあるわ、青。それに、ご主人様には、拳を入れられたことも――。お前も、そうされるわ。いずれね……」

 

 七星に恐怖が走る。

 もしかしたら、自分はとんでもない連中と旅をしているのかもしれない。

 指が尻の孔からすぽりと抜かれる。

 

 もしかしたら、終わったのか?

 ほんの少しだけ、期待が走る。

 その七星の前に、朱姫が細い棒を手を伸ばしてかざす。

 七星は、朱姫の『縛心術』で身体を固定されているから、そうされないと物が見えないのだ。

 

「これは霊具よ。お前も道術遣いだから、それくらいはわかるでしょう、青?」

 

 朱姫が言うとおり、確かに霊具だ。

 細い棒からは霊気が溢れている。

 しかも、尋常じゃない量だ。

 これはなんだろうか?

 朱姫がくるりと棒を回した。

 七星の眼の前で、棒の太さが増した。

 七星はぎょっとした。

 

 さらに、朱姫が棒を回す。

 棒の太さが増す。

 朱姫が棒を回転させるたびに、棒が太くなっていく。ついには、本当に朱姫の握り拳ほどの太さにまでなった。

 最後にひと振りすると、棒は最初の細さを取り戻す。

 

「ご主人様の淫具よ、これは――。『尻棒』とご主人様は呼んでいるわ。あたしたち三人は、みんなこれを遣われて、お尻を調教されたのよ。この部屋に入る前に、ご主人様があたしにこっそり渡してくれたの。つまり、これで、青のお尻を調教しろという命令なの」

 

 朱姫が言う。

 宝玄仙の手の中で踊っているということはわかったが、まさか、本当に尻の穴を拡げるつもりなのだろうか。

 

「あ、あたいには無理だよ。か、勘忍してよ、朱姫――」

 

「無理かどうかはすぐにわかるわ。お尻が破けても、ご主人様が『治療術』で治してくれるから大丈夫よ」

 

 どうあっても朱姫は、その淫具を七星の尻に挿しこむつもりなのだ。それは、朱姫の声でわかる。七星は、さらに恐怖の汗が出るのがわかった。

 

「ゆっくりと息をしなさい、青。抵抗しても、苦しいだけだから。どうせ、尻に挿しこまれるなら、少しでも痛くない方がいいでしょう? お尻の力を抜くのよ。そして、入れられるときには、息を吐きなさい」

 

 考えている時間はない。

 緊張で荒くなる息を懸命に整える。

 

「あひっ」

 

 しかし、冷たい棒の先が菊口に触れたとき、身体を跳ねあげてしまう。

 

「性技には百戦錬磨の七星姉さんじゃないですか。お尻くらいで、そんな生娘みたいな反応はおかしいですよ。それに、お尻の孔は、智淵城でいたぶられたと聞きましたよ。経験済みじゃないんですか?」

 

 朱姫がころころと笑った。

 芝居がかった嗜虐者のそれから、いつもの朱姫の口調に戻ったことに、七星の中に安堵感が拡がる。

 棒の先端が七星の肛門から外される。

 その代わり、朱姫の手が優しげに七星のお尻を擦りはじめる。

 

「お芝居は終わりです、七星姉さん。これ以上やると、本当に明日の朝、七星姉さんに怒られそうだから」

 

 朱姫が七星のお尻を撫ぜながら笑った。

 

「しゅ、朱姫……。お、脅かさないでおくれよ。本当に人が違ったかと思ったよ」

 

 七星は言った。

 ほっとした。

 許されるのだ。

 

「驚きました、七星姉さん? あたしも、あんな口の利き方ができるんですよ。ご主人様に遭う前には、これでもほかの娘を調教したことがあるんですよ。まあ、調教の真似事のようなものですけど。あたしも生娘でしたし」

 

「生娘? 生娘のまま、ほかの女を調教したのかい、朱姫?」

 

「だから真似事ですよ。いまにして思えば……。でも、ご主人様に捕まってしまい、本当の調教を受けさせられました。心の底から屈服するという安堵感をご主人様から教わりました」

 

「安堵? 屈服するというのと、心の底から安堵するというのがどうして一致するんだよ、朱姫?」

 

「七星姉さんも完全に屈服すればわかりますよ。心の底から諦め、完全に他人の支配下になり、絶対の服従を結ぶというのは、それこそ、完全な安心感と悦びと同じなんです。いずれは、七星姉さんにもわかりますよ」

 

「わかるつもりはないよ、朱姫。あたいは、心の底から屈服するというのはしないからね」

 

「そうみたいですね……。でも、どうしてですか? いいじゃないですか。一緒に、ご主人様の奴隷になりましょうよ。あたしたちの気持ちがわかりますよ。ご主人様の庇護に包まれるという安心を――」

 

「なにが庇護だよ。あの宝玄仙さんの責めは、安心とも安堵ともほど遠いものだよ。残酷で、冷酷で……人を玩具にするというねじ曲がった根性によるものだよ。あんたらこそ、正気になりなよ」

 

 七星は言った。

 

「まあ、いいですよ。わかってもらえなくてもいいんです」

 

「それよりも、朱姫……。お前の術は本当に凄くなったよね。あれだけ遣えれば『影手』は、容赦のない攻撃術として通用するだろうし、しかも、宝玄仙さんの霊具をあそこまで自在に扱うなんてさあ」

 

 本当に凄い。

 宝玄仙の作る霊具は、扱うのに必要な霊気が大きすぎて七星には扱えない。

 それをさっき、朱姫は自在に操っていた。

*つまり、朱姫の霊気も、宝玄仙の淫具を扱う程に大きいということだ。

 

「ありがとうございます、七星姉さん。それにしても、さっきは、すみませんでした。お尻をぶってしまって。痛かったですか?」

 

 朱姫の手は、七星のお尻を擦り続けている。

 

「もういいよ。それよりもいい加減に、この態勢を解放しておくれよ」

 

 七星の身体は、朱姫の『縛心術』により、尻を高く揚げた格好でうつ伏せになったままだ。

 朱姫が術を解かない限り、いつまでも七星は動けない。

 すると朱姫がくすくすと笑った。

 

「どうしてですか、七星姉さん? まだ、なにも始まっていないじゃないですか。『尻棒』を七星姉さんに遣わないと、あたしが明日の朝、ご主人様に罰を受けるじゃないですか。ご主人様が、あたしにこれを渡したのは本当なんですよ」

 

 七星はびっくりした。

 てっきり、もう朱姫の責めは、終わったのだと考えていたからだ。

 口調こそ変わったが、朱姫は、しっかりと七星の調教をやり遂げるつもりなのだ。

 

「朱姫――。も、もう終わりだろうが」

 

 七星は叫んだ。

 だが、術がかかったままの七星の身体は動かない。

 せいぜい、高く掲げるお尻をゆすぶることができるだけだ。

 

「さあ、もう、お喋りは終わりです。経験をしたのに、そんなにお尻を嫌がるなんて、どうしてですか。智淵城では、気持ちよくなかったんですか?」

 

「気持ちいいことなんてあるものか。あいつら尻から電撃を浴びせる霊具とかを挿しこみやがったんだ。冗談じゃないよ」

 

「だったら、そのときの経験がよくなかったんですね。いいです。朱姫が、ちゃんとお尻で気持ちよくしてさしあげます。さあ、お尻の力を抜いてください。痛いのがいいなら、力を入れたままでいいですけど、あたしは、思い切り挿し込みますよ」

 

 再び尻たぶに『尻棒』の先端が当たる。

 七星は、総毛立つ。

 

「ひいっ」

 

「ご主人様の『尻棒』は、それほど残酷なものじゃないですよ。前の穴と違って、後ろの穴は、愛液が出ませんから、本来は油や蜜を塗らないともの凄く痛いんです」

 

「や、やめろったら――。も、もう触んじゃない」

 

「……ふふふ、焦っちゃって可愛いですね……。でも、これは、棒の表面がしっとりと濡れるんです。だから、七星姉さんが力さえ抜けば、簡単に受けれることができるはずです――。でも、さっきからの様子じゃあ、七星姉さんは、ここで、なにかを受け入れた経験が少ないのですか?」

 

「な、ないよ。そんなことはさせるわけがないだろう――。ち、智淵城のときは別だけど……」

 

 七星は声をあげた。

 娼婦として金を稼いだが、まっとうな性行為だけだ。 お尻なんかで性行為ができるわけがない。

 もっとも、智淵城のときは、容赦なく尻もいたぶられた。

 あのときは、男根を生やせられていて、それを勃起させるために、尻にものを入れられたのだ。

 

「そうですか。だっから、病み付きになるかもしれませんよ、あたしも、沙那姉さんも孫姉さんも、お尻が一番気持ちいいんです。知っていますよね?」

 

「し、知っているよ……。うほうっ――」

 

 『尻棒』がゆっくりと尻の奥に入ってくる。

 まだ、箸ほどの細さのはずだ。

 朱姫の言う通りに、棒の表面もなんらかの潤滑油が滲んでいるのかもしれない。

 ほとんど痛みというのは感じないが、尻の奥に奥にと棒が入っていくのがわかる。

 

「本当は、浣腸してお尻の中を洗わなければいけないですよ。でも、ご主人様の淫具だから、汚れることはありません。遠慮なく、感じてください、七星姉さん」

 

「や、やめてよ……あう……んんん……くうっ」

 

 唇からくぐもった声が漏れる。

 顔の下で握りしめている拳が汗にまみれる。

 

「ふふふ、やっぱり可愛い、七星姉さん」

 

 朱姫がそう言いながらしつこく、『尻棒』で七星の尻の内側を円を描くように動かす。

 尻の奥で肉筋が痙攣して、熱い快楽がどんどん、内膜に拡がる。

 

「だ、駄目えっ――。お、おかしくなる」

 

「おかしくなっていいんですよ、七星姉さん」

 

 朱姫が七星の尻に挿入されている『尻棒』に霊気を注いだのがわかった。

 

「あふっ」

 

 尻の圧迫感が増す。

 痛みはない。

 むしろ、快感が拡大する。

 

「反応がいいですね、七星姉さん。きっと、あたしたちと同じようにお尻が好きな仲間になれますよ」

 

 尻が跳ねる。朱姫が『尻棒』を回す動きを少しだけ激しくしたのだ。

 妖しい疼きが、はっきりとした快感に変化したのがわかった。気持ちいい。

 自覚をしてしまうと、快感が強烈になった。

 

「三段階目まで、一気に太さを増やします。七星姉さんは、お尻の経験があるので、そこまでは大丈夫と思います。今夜はそこまでです。安心してください、七星姉さん」

 

 『尻棒』が出ていく。

 思わず声をあげるような強烈な快感が襲う。すぐに、また『尻棒』が入ってくる。

 心なしか、太さが増している気がした。

 七星は、息をとめた。

 

「七星姉さん、息を吐くんです」

 

 朱姫が『尻棒』を挿す手を休めてから、嗜めるような声をあげた。

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃありません、七星姉さん。息を吐いてください」

 

 息を吐く。

 入ってくる。

 智淵城でなぶられ続けた記憶――。

 それが蘇る。

 あの不気味で、不快でしかなかった記憶――。

 尻に電撃棒を入れられて、術で生やされた男根を勃起させられた恥辱――。

 

 しかし、はっきりと、尻をなぶると宣言されて、いたぶられるのは初めてだ。

 ある程度挿入すると、今度は、ゆっくりと『尻棒』が抜かれる。

 押し込められるのも不快だが、抜かれていく感触はそれを上回る。

 だが、不快さは快楽の裏返しでもある。

 

 挿入されて、抜かれる……。

 抜かれては挿入される……。

 

「ああん……ああっ……くうっ……ふくうっ」

 

 全身の汗が、眼の前に飛び散る。

 身体が熱い。

 これまで知らなかった新しい快感が呼び起こされる。

 

「痛くも痒くもありませんよねえ、七星姉さん? 七星姉さんのお尻の穴がくぼんだり、拡がったりするのを眺めるのは、いい眺めです」

 

 朱姫が言う。

 

「あ……はあ……。こ、こんなこと……。い、いつか、お、同じ目に……」

 

「もちろんです、七星姉さん。あたしたちは、責めたり、責められたり、そんなことを繰り返しながら、浅ましい姿見せ合っているんです。七星姉さんも、もっと、浅ましくしていいんです。そして、あたしたちも浅ましい目にいつか合わせてください」

 

 朱姫が『尻棒』を激しくする。

 

「認めてください、七星姉さん。みっともなくお尻で感じていることを」

 

 朱姫が『尻棒』を動かしている手とは、反対の手を七星の秘園に伸ばした。

 

「はふうっ」

 

 肛門から拡がる快感に焦れったさを覚えていただけに、股間への新しい刺激は強烈だった。

 

「お尻が気持ちいいって、認めてください、七星姉さん。口に出すんです」

 

 もう認めている。

 尻を刺激されることは確かに気持ちいい。

 

「お尻が気持ちいいですよね、七星姉さん?」

 

 朱姫が追い打ちをかけるように手の動きを激しくする。

 

「あふうっ――。気持ちいい――」

 

 七星は叫んだ。

 もう、絶頂の堰はそこまできている。

 

「どこが、気持ちいいです」

 

「……に、肉芽が」

 

 朱姫の一方の手は、七星の股間をまさぐっている。

 すっかりと濡れているらしい女陰からはいやらしい音も聞こえてくる。

 

「それと?」

 

 朱姫が『尻棒』を回した。

 

「ひぐううっ――。お、おしりぃ――。お尻が気持ちいい」

 

「そうですよね。お尻が気持ちいいですよね、七星姉さん。さあ、そろそろ、お尻だけでいきましょうね」

 

 そう言って朱姫は股間をいじくっていた手を離した。

 その代わりに、さらに尻への刺激を強くする。

 

「ああ……あん……あんっ」

 

「いくときは、いくと言うんです、七星姉さん」

 

 身体が震えはじめる。

 

「いくよ、朱姫。もういく――」

 

「勝手にいっては駄目なんですよ、七星姉さん。それがあたしたち奴隷の決まり事です」

 

 朱姫の声が耳元でささやく。

 

「いっていいかい、朱姫。いくよっ――」

 

 七星は吠えた。

 欲情の猛りが肛門から股間に伝わり、そして、全身に弾けた。

 今度こそ、完全に脱力した。

 朱姫の『縛心術』があろうとなかろうと、身体を支えられない。

 七星は、汗びっしょりの身体を横に倒れさせてしまった。

 

「『縛心術』を解きます、七星姉さん」

 

 七星は肩で息をしながら、お尻に手を伸ばした。

 まだ、『尻棒』が挿さったままだったからだ。

 

「触ってはいけません、七星姉さん」

 

 朱姫の声が頭に響く。

 再び『縛心術』だ。

 

「な、なんで……?」

 

 お尻の手前で手が泳ぐのを感じながら、七星は朱姫を見た。

 

「それは明日の朝まで挿したままです。ご主人様に抜いてもらいましょう。あたしが、ちゃんと七星姉さんを調教した証拠になりますし」

 

「じょ、冗談じゃないよ。そんなことをなったら、あの変態巫女があたいにどんな仕打ちを重ねるかわかったもんじゃないじゃないか」

 

 それだけは嫌だ。

 尻に淫具を挿したままの七星を見れば、宝玄仙は、きっと、尻から淫具を抜くなんてことはせず、それをずっと入れたまま一日歩かせるくらいはする。

 それだけじゃない。もっと、嫌がらせをする。

 多分……。

 いや、絶対に……。

 

「いやですか、七星姉さん?」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 

「いやに決まっているよ。お前もわかるだろう? それだけは勘忍してよ」

 

 七星は手を合わせた。

 こうなったら、恥も外聞もない。

 

「だったら、もうひとつ条件を出しましょう。それができなければ、抜いてあげません」

 

 朱姫が指を鳴らした。

 お尻の『尻棒』が小刻みの振動を始める。

 

「ひうっ」

 

 七星は声をあげた。

 抗議しようとして朱姫を見る。

しかし、朱姫はすっかりと欲情しきった表情になっていた。淫乱な雌の顔だ。

 

 その朱姫が、貫頭衣を脱いで下着姿になる。

 そして、その下着も取り去り、全裸になった。

 燭台の光だけだが、朱姫の身体が汗ばみ、上気しているのがわかる。

 朱姫が、七星に背を向けて、さっき七星がとっていたうつ伏せで尻を掲げる姿勢になった。

 

「あたしもお尻が疼くんです。舌で、七星姉さんの舌でいかせてくれませんか。お願いします」

 

 朱姫の声は震えていた。

 欲情の震えだ。

 七星は、朱姫の尻に身体を寄せると、可愛らしい朱姫の肛門に舌を這わせた。

 

「あはあっ」

 

 朱姫が声をあげる。

 

「う、うう……」

 

 朱姫が感じているのと同じように、七星も尻の淫具から受ける振動に感じていた。

 だけど、これで攻守逆転ということか?

 朱姫の手のひらの上という気もするが……。

 

「気持ちいいかい、朱姫……。気持ちよければ、そう言うんだよ」

 

 七星は静かに言った。

 そして、朱姫の肛門に舌を動かす。

 

「き、気持ちいいです――。ふわああっ――。もう、いくっ」

 

「馬鹿だね、速すぎるだろう」

 

 七星は笑いながらそう言うと、二度、三度、四度と、強く朱姫の肛門の周りを舐めあげる。

 そして、舌を蕾めて朱姫の尻の穴に入れるように力を入れた。

 

「いきます。いっていいですかあ――」

 

 朱姫が叫ぶのと、身体を震わせて仰け反るのとが同時だった。

 本当にこれだけで達したのだ。

 七星は、呆気にとられながらも、自分の中に妖しい気持ちが拡がるのを感じた。

 

「奴隷は、許可なくいっちゃいけないんじゃないのかい、朱姫?」

 

 七星は言った。

 

「うう……。その通りです。罰をください」

 

 朱姫が弱々しく言った。

 

「だったら……」

 

 七星は声を強くした。

 

「……さっさと、あたいのお尻に入っているものを抜くんだよ、朱姫」

 

「それは駄目です」

 

 朱姫が悪戯っぽい声でそう言うと、尻の淫具の振動が大きくなる。

 

「ひゃあっ」

 

 七星もまた、大きな声をあげて、快感に身体を仰け反らせた。

 朱姫がけらけらと笑った。



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164 知覚できない尻淫具

「いつまで拗ねてるんだよ、七星?」

 

 孫空女が七星をからかっている。

 湖を渡る船の上だ。

 船といえば、通天河(つうてんが)を渡るときに倚海龍(いかいりゅう)により、河の真ん中で水中に放り出されたことを沙那は思い出す。

 今度は、そんなことはありそうもないが、沙那は両手でしっかりと船縁を握りしめていた。

 

 船頭は、四十ほどの肉付きの逞しい女性だ。

 髪は短く、日焼けた肌が印象的だ。

 豊かな胸の膨らみがなければ男とまがうかもしれない。

 

 彼女が船の後方で舷を操っている。

 船の歩みはゆっくりだ。

 湖には水の流れもなく、穏やかな日差しの下を宝玄仙、沙那、孫空女、朱姫、七星の五人だけを乗せた船が静かに進んでいく。

 

「拗ねてなんかいないよ。ただ……」

 

「ただ、なんだよ。昨夜は、朱姫の洗礼を受けたんだろう。どうだった?」

 

 船の真ん中には、七星と孫空女が並んで座っている。

 その先には朱姫がいる。

 昨夜は眠りが浅かったのか、短かったのかわからないが、朱姫は、船の縁にもたれかかって居眠りをしている。

 沙那は、宝玄仙とともに船の後方側に座り、そんな三人を眺めていた。 

 宝玄仙もまた、さっきから居眠りをしている。

 

 孫空女と沙那は、昨夜は宝玄仙と同室だったが、夜になって宝玄仙の身体を支配したのは宝玉(ほうぎょく)の人格だった。

 宝玉は、宝玄仙の身体に宿るもうひとつの人格で、宝玄仙とは違い冷酷な性格ではないし、沙那たち供を嗜虐することはない。

 

 もっとも、女同士の性愛を好むところは同じで、宝玉が現れた夜は、沙那たち供に嗜虐されて、愛されることを求める。

 それで、沙那は孫空女とともに、宝玉が支配している宝玄仙の身体を責めたてた。

 だから、朝になり、宝玄仙の人格が戻ってからも、宝玄仙は、まだ身体がだるいのかもしれない。

 それこそ、宝玄仙の淫具まで使って徹底的に宝玉を責め立てたのだ。

 

「朱姫の洗礼って……?」

 

 七星が言っている。

 今朝、隣の部屋を引き上げてきた七星と朱姫と会ったとき、沙那は、七星が朱姫に悪戯をされていることにすぐに気がついた。

 おそらく、宝玄仙も孫空女も気がついただろう。

 それくらい、七星の様子は不自然だった。

 しかし、朱姫が『縛心術』をかけたのか、七星自身だけが、自分の身体の不自然さを知覚できないらしい。

 宝玄仙は、それが面白いと感じたのか、表情を緩めるだけでなにも言わなかった。

 もちろん、沙那も素知らぬ顔をするし、孫空女もそうだ。下手に訊ねて、とばっちりがこっちに来ないとも限らないのだ。

 供に対する責めについては、宝玄仙の気まぐれはいつものことだ。なにが、どう反応するか予測できない。

 

「朱姫は、ご主人様と別室になり、あたしたちのどちらかと同室になったときには、必ず淫靡な悪戯をするんだ。お前もやられただろう、七星? 白状しろよ」

 

 孫空女が言った。

 

「な、なにもないよ」

 

 七星はそう言うが、さっと赤らんだ顔が如実に昨夜の痴態を物語っている。

 最初に朱姫とふたりだけで部屋をともにしたときには、沙那も、朱姫の『縛心術』で悪戯をされた。

 あれは、東帝国に近い西側の諸王国を旅している途中だった……。

 宝玄仙と最初に出遭った頃のことを寝物語していたら、突如として朱姫が襲ってきたのだ。

 『縛心術』で身体を拘束したうえに、身体の感度をあげられて、責めたてられた。

 翌朝、“調子に乗りました。すみませんでした”と悪びれずに謝罪する朱姫に、沙那も苦笑するしかなかったことを思い出す。

 

「そうかい、七星? あたしと最初に同室になったときにも、こいつはあたしに悪戯をしたよ。お前になにもしないわけないだろう」

 

 孫空女がからかうような口調で言っている。

 

「お前にもやったのか、孫空女?」

 

 七星が意外だという表情を孫空女に向けた。

 

「“お前にも”……ということは、やっぱり、朱姫に責めたてられたんだろう。だから、拗ねているんだ」

 

「拗ねてなんかいないって、言っているじゃないか。たださあ……」

 

「ただ、なんだよ?」

 

「なんでもないよ」

 

 七星は、孫空女の反対側を向き、居心地悪そうにお尻を動かした。

 そして、かすかに吐息をして、首を傾げる。

 自分の身体に起こっていることが理解できないのだ。

 可哀そうに……。

 朱姫も酷いことをするものだ。

 

 もっとも、そのお陰で、沙那も孫空女も、宝玄仙のくだらない仕打ちから免れた。

 つまりは、七星のお尻には、宝玄仙が『尻棒』と名付けた淫具が埋まっているのだ。

 しかし、七星は、朱姫の『縛心術』により、それが知覚できなくされている。

 どうやら、埋まっているだけで、快感を増幅したり、激しく振動するような効果はないようだが、もしかしたら、術ひとつでそういうこともできるのかもしれない。

 ただ、現段階では、七星は、つらそうに腰を時折動かしたり、足元をふらつかせるくらいだから、そういうことまではされていないのだろう。

 

 七星と同室になった朱姫に、宝玄仙が『尻棒』を渡したと教えられたのは、宝玄仙の人格が戻った朝になってからのことだ。

 お尻を調教するための淫具であり、沙那も何度も使われた。

 道術により、太さを変化させたり、媚薬を表面に滲ませたり、振動させたりでき、そして、肛門に突き刺しても汚物で汚れることはない。

 

 宝玄仙によれば、夜、別れる前に朱姫に渡したから、朱姫は七星をそれで責め立てたに違いないということだった。

 朝になったから、朱姫は宝玄仙にそれを返すだろうから、お前たちのどちらかに、今日はそれを肛門に入れたまま旅をさせると言った。

 さすがに、孫空女とともに鼻白んだが、宝玄仙の嗜虐に逆らうことはできない。

 

 暗い気持ちでいると、居心地悪そうに身体をくねらせる七星が、朱姫とともにやってきた。

 沙那は、すぐに、宝玄仙が言及した『尻棒』という淫具が、まだ、七星の肛門に挿さっているということを悟った。

 そして、それについて、七星が文句を言わないのは、『縛心術』をかけたままということもわかった。

 

 そして、その様子に宝玄仙もなにも言わなかった。

 だから、七星には悪いが、しばらく、そうやってもらおうと決めた。

 下手に朱姫に悪戯をやめさせれば、今度は、宝玄仙が沙那か孫空女にそれを使うというに決まっている。

 まあ、七星だって、あれくらいで済めば、宝玄仙の嗜虐よりは遥かにましだろうから……。

 

「でも、もしも、朱姫の『縛心術』を遣われたとしたら、これからは気をつけるんだね、七星」

 

 孫空女が言った。

 

「なにを気をつけるんだよ?」

 

 七星が、もう一度孫空女に振り向く。

 

「一度、『縛心術』を受けてしまえば、今度は『縛心術』にかかりやすくなるんだよ。それこそ、視線を合わせるだけでかけられてしまうよ。下手をすれば、声をかけられただけで、身体の動きをとめられてしまう。そのくせ、記憶まで操作してしまうからね。本当に、こいつの『縛心術』は始末におえないんだ」

 

 孫空女が顎で居眠りをしている朱姫を指した。

 

「記憶まで操作って……。お前らは、朱姫にそんなことをさせることを許しているのかよ、孫空女?」

 

「もちろん、許しはしないさ。こいつが調子に乗るたびに、仕返しはしているよ。ねえ、沙那?」

 

 孫空女がこっちを見た。

 

「そうね」

 

 沙那は笑って応じた。

 

「あたいには、あんたらの三人の関係がよくわからないねえ……。宝玄仙さんとあんたらの関係もね。あんなに気まぐれで、酷い目に遭わせ続けられているこの人を、あんたらは慕っているらしいし、なんでだい? あたいは約束だし、あの智淵城から救ってくれた恩もあるから、約束の残り一箇月は同行するけど、それが終われば、別れさせてもらうよ。冗談じゃないよ」

 

「まあ、ご主人様によるよね。約束なんて、破るためにあるとくらいしか思わない人だから、素直にお前を解放してくれるとは思わないけど、もしかしたら、気まぐれで、あたしらから別れることを許すかもしれないね、七星」

 

 孫空女が言った。

 

「どういうことだよ、孫空女?」

 

「ご主人様は、お前が思っている以上にえげつないということさ。まあ、それも可愛いんだけどね」

 

「ふん。なにが、この人が可愛いものかい」

 

 七星が不満そうに鼻を鳴らした。

 

「お前も、もう少しつきあえば、わかってくるよ」

 

 孫空女はあっけらかんと言った。

 

「……悪いけど、あたしは、そういう達観した境地にはなれないね。あたいは、あんたらのようにはなれない。そりゃあ、宝玄仙さんは、悪い人ではないとは思うけど……」

 

 七星は、ちらりと宝玄仙に視線を向けた。

 沙那も確かめたが、いまの宝玄仙は、完全に眠っている。

 眠ったふりではない。

 それは、宝玄仙が発している気でわかる。

 

「……でも、絶対にいい人でもないわね。それどころか、気まぐれで冷酷で、ご主人様としてはろくでなしよ」

 

 沙那は七星の言葉を継いだ。

 そして、にっこりと微笑む。

 

「ろくでなしかい……。沙那も言うねえ」

 

 七星がにこりと微笑んだ。

 

「でも、わたしたちは、ご主人様が好きなの。ご主人様だけじゃなく、もちろん、孫女も朱姫もね。わたしも朱姫の悪戯は、気に入らないし、不満もある。だけど、朱姫は好きよ」

 

 沙那の言葉に、七星は首をすくめた。

 

「まあ、あんたらはあんたらで、仲良くやってくれよ。でも、あたいは御免だから……。もしも、宝玄仙さんが、あたいをなんかの道術で逃げられないようにしようとしたら、助けてよね」

 

「馬鹿だね、七星。まだ、わからないのかい? あたしたちにそんな力があるわけないだろう」

 

「わかったよ、孫空女。肝に銘じて、自分のことは自分で護るさ。もっとも、いますぐは逃げないから、安心しな。きっちりと約束は果たすよ……。なんか酷い目に遭っているような気もするけど」

 

 七星は、また腰をつらそうに動かした。

 

「お尻がどうかしかたい、七星?」

 

 孫空女がぽんと七星の腰を揺すった。

 

「ひんっ」

 

 七星が腰をあげた。

 そして、その刺激で、また、声をあげる。

 

「どうしたんだよ、七星? 急に甘ったらしい声を出してさあ」

 

 孫空女が含み笑いをしている。

 七星は、お尻に埋まっている魔具に苛まれている。

 しかし、『縛心術』でそれがわからないから、戸惑うしかないのだ。

 

「いいから、触るんじゃないよ、孫空女」

 

 七星が怒鳴った。

 

 しばらくすると、向こう岸が見えてきた。

 いよいよ、『女人(にょにん)国』の入口だ。

 正面には、数軒の船宿も見える。

 そのそばにあるはしけに向かい船は進んでいく。

 

 岸には、宿町を思わせる街並みが拡がっていて、人もかなりいる。

 やはり、見える人間は、すべて女性のようだ。

 岸に近い場所に白い柱に囲まれた公園のような場所も見える。

 

 男子禁制の女人国――。

 

 街や土地のあちこちに、男性を警戒する警戒具が隠されていて、男が入り込めば警報が流され、たちまちに兵がやってくるらしい。

 その兵も女とのことだ。

 

 女だけというのは、どういう世界なのだろうか。

 いまのところ、沙那には予想がつかない。

 女人国に入る前に聞いたのは、きわめて神秘的な国で、国都には、神意を受けて即位している女王と取り巻きもいるのだということだ。

 

「もうすぐ、岸だよ」

 

 船頭の女性が言った。

 

「ご主人様、起きてください。到着します」

 

 沙那は宝玄仙を揺り動かした。

 前では孫空女が朱姫を起こしている。

 

「着いたのかい、沙那?」

 

 宝玄仙が身体を起こした。

 

「はい」

 

「国に入るのに、税もなければ、手形を調べることもないというのは本当なんだね?」

 

 宝玄仙は言った。

 確かに、そういう施設ははしけには見えない。

 本当にただ、船がつけられる場所があるだけだ。役人の姿も兵の影もそこにはない。

 

「ここは、神の護る国だからね、お客さん。女人国の神が認めた者しか、女人国の土地を踏めない。逆に、女人国の神が認めた者を、人に過ぎない者が阻むことはない」

 

 船頭の女性が言う。

 

「女人国の神とは誰だい?」

 

 宝玄仙が船頭に顔を向けた。

 

「神に名はないさ。神は神だよ。もちろんね」

 

「なるほど」

 

 宝玄仙は、また、視線を前方に向けた。

 船はなんの問題もなく、はしけに到着した。

 朱姫、孫空女、七星と船から降りていく。

 七星の足元が怪しかったので、朱姫が身体を支えていた。七星は、首を傾げ続けている。

 そろそろ、やめさせる頃合いだろう。

 気まぐれの宝玄仙は、淫具のことなんか忘れているに違いない。

 

 宝玄仙にしても、宝玉にしても、気まぐれであるが、執着心はなく、忘れっぽいところがある。

 沙那からすれば、かなりのうっかり者にも思える。そういうところも、宝玄仙の隠れた性質だ。

 岸に降りたところで、沙那は、孫空女と宝玄仙に声をかけた。

 

「ご主人様、申し訳ありませんが、どこかでお待ちいただけますか? この先の街道がどうなっているのか、朱姫と七星とともに調べて参ります。ついでに、旅の保存食も補充したいですし……。孫女、ご主人様をお願い」

 

「わかったよ、沙那。じゃあ、あの白い公園で待っているよ」

 

 宝玄仙が顔をあげて、その公園の白い柱に視線を向けた。

 孫空女も頷く。

 三人だけになると、沙那は、物陰に朱姫と七星を連れていった。

 

「さあ、もういいでしょう、朱姫。七星の術を解きなさい」

 

 沙那は言った。

 

「術?」

 

 七星はきょとんとしている。

 

「なんのことか……」

 

 朱姫は薄らとぼけた仕草をした。

 そんな朱姫を沙那は睨みつけた。

 

「朱姫……」

 

「わ、わかりましたよ、沙那姉さん。そんな顔をしなくていいじゃないですか。あたしのお陰で助かったのに……」

 

 朱姫は、七星の頭に手を伸ばす。

 七星は、なにも喋る暇もなく、半昏睡状態になる。

 

「わかっているわよ。だから、叱っていないわ。でも、もう、いいじゃない。こっそりと淫具は、わたしが持っている荷物に戻しておくわ。ご主人様は、もう忘れているわよ」

 

「はあい」

 

 朱姫は、意識を失っている七星を立たせたまま、下袴(かこ)を下着ごと足元に下げた。

 七星の青い恥毛が沙那の目に飛び込む。

 股間が濡れている。

 無理もない。半日近く、お尻に異物を挿入したまま、行動し続けたのだ。

 朱姫が道術を込めると、その七星の肛門からすっと淫具が抜き出てきた。

 抜き出るときに、無意識の七星が、快感のこもった吐息をした。

 

「人をこんな玩具のように扱うなんて感心しないわ。後でちゃんと、謝罪するのよ、朱姫」

 

 沙那は言った。

 

「ええっ? だって、七星姉さんに怒られるじゃないですか」

 

「当たり前でしょう。お尻くらい叩かれなさい。ご主人様のお供同士、しこりを残すのはやっぱりよくないわ」

 

「でも、黙っていれば、しこりなんてありませんよ。わかりっこないんですから」

 

 朱姫は、七星の衣服を直しながら抗議した。

 

「駄目よ、朱姫――。激しいことにはならないように、わたしが間に入ってあげるから……」

 

「はあい……。わかりました。とにかく、術を解きます」

 

 朱姫が渋々という感じで言いながら、七星の頭にまた手を翳した。

 七星が眼を開ける。

 

「あれっ……? あ、あたい、どうしたの?」

 

 七星はきょろきょろしている。

 

「後で話すわ。それよりも、急ぎましょう。ここから先の街道についての情報収集と食材の調達よ。二手に分かれましょう」

 

 沙那は言った。

 そこに、不意に、孫空女の叫びが飛び込んできた。

 声の方向に視線を向けると、血相を変えた孫空女がこっちにやってくる。

 

「どうしたの、孫女? ご主人様は?」

 

 沙那は、こっちに駆けてくる孫空女に叫んだ。

 

「そのご主人様が……」

 

 孫空女が言った。

 その様子から、宝玄仙になにかがあったのだと悟った。

 沙那は、孫空女を追い立てて、宝玄仙と孫空女が向かったはずの白い公園のような場所に駆けだした。

 

 すぐに宝玄仙は見つかった。

 公園には、なにか天教の祭壇を思わせる場所が中心にあり、そこに小さな泉がある。

 水はこんこんと湧いているらしく、とても澄み切っている。

 そして、水を汲んだり、飲むための器もある。

 しかし、なにか神聖な感じがして、おいそれと手を付けるのはなにか憚れる雰囲気だ。

 宝玄仙は、その泉のそばで苦痛に顔を歪めて、横たわっている。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 沙那は、倒れている宝玄仙に駆け寄った。

 

「ひいいいぃぃぃ――。さ、触らないでぇ」

 

 沙那が宝玄仙を抱きかかえようとした途端、宝玄仙が仰け反った。沙那はびっくりして手を引っ込める。

 

「ど、どうしたというのです? なんでこんなことに?」

 

 沙那は、宝玄仙の前にしゃがみ込んだまま言った。

 宝玄仙は、苦しそうにお腹を抱えるだけだ。

 沙那は、ふと、宝玄仙のお腹が心なしか膨らんでいることに気がついた。

 

「か、身体が……あ、熱いのさ……。こ、これは媚薬だよ……。こ、これを飲んだら……」

 

 宝玄仙が呻きながら言った。

 沙那は、もう一度そばの泉の水に視線を向ける。

 澄み切った綺麗な水で、そんな風には見えないが、毒が入っていたのかもしれない。

 宝玄仙は、媚薬だと言っているようだから、身体の性感を暴れさせる効果があるのだろうか……。

 

「孫女、なにがあったの?」

 

 沙那は、そばに立っておろおろしている孫空女を振り向いた。

 

「ご、ご主人様は、その水を飲んだみたいなんだ」

 

 孫空女は、罰の悪そうな声で言った。

 

「みたいって……。あなた、ご主人様についていなかったの?」

 

「だって、喉が渇いたから、水を探して来いって言うんだもの。あたしも、ここの泉には気がついたけど、なにか神聖な感じがしたから手を出さなかったんだ。近くの居酒屋かあったから、飲み水を分けてもらいに行こうとしたら、ご主人様の悲鳴があって、戻ると、ご主人様がこうなっていたんだ。ご主人様は、ひとりで待っている間に、これを見つけて飲んだみたいなんだ」

 

 沙那は舌打ちした。

 この警戒心のなさは、何度酷い目にあっても直らない宝玄仙の欠点だ。

 普通は、得体の知れない水や食べ物を簡単に自分の口に入れようとはしない。

 だが、宝玄仙は、道術が強くて、道術力の籠った飲食物を探知できるだけに、なにもないと思えば、不用意に口に入れてしまう。

 だが、実際には、術のかかっていない毒などいくらでもある。

 これもそうだったのかもしれない。

 だが、この水が毒だとすれば、誰でも水を飲めるように、器まで置いてあるのも不自然だが……。

 

「とにかく、ご主人様をこうしてはおけないわ。孫女が行こうとした居酒屋に運びましょう――。ご主人様、少し我慢してください」

 

 沙那は、そう言うと、荷物から毛布を一枚取り出して拡げた。

 それを拡げて、宝玄仙を真ん中に寝かせる。

 宝玄仙を動かすときも、宝玄仙は手が触れただけで悲鳴をあげていた。

 大きな嬌声をあげて仰け反るのだ。

 確かに強烈な媚薬を飲んだような感じだ。

 そうやって毛布の真ん中に宝玄仙を乗せると、四人で四隅を持ち、宝玄仙を毛布ごと持ちあげる。

 

「行くわよ」

 

 沙那の合図で、そのまま居酒屋に向かって進んだ。



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165 繰り返す潮吹き

照胎泉(しょうたいせん)の水を飲んで、こうなってしまうということは、この人は、道術遣いだね」

 

 居酒屋の女主人が連れて来てくれた女医の夫人が言った。

 ここは、居酒屋に連接した家の一室で客室のようだ。

 四人で宝玄仙を抱えて、居酒屋の女主人に助けを求めると、女主人は、そのまま、居酒屋の裏側にある屋敷側に案内してくれたのだ。

 

 居酒屋は小さかったが、裏にあった屋敷は大きかった。

 客室もいくつかあり、宝玄仙が回復するまで、泊めてもらうことも可能なような気がした。

 孫空女たちが宝玄仙をこの部屋に連れてきたとき、沙那が、さっと、女主人に金粒の入った包みを手渡したことに気がついた。

 女主人は、満足気に頷き、それからさらに態度が優しくなった。

 

 布団という床に直接に敷く寝具を貸してもらい、そこに宝玄仙を横たえる。

 このときには、宝玄仙はもう喋ることがつらそうで、激しく息をするだけで口をきかなくなった。

 汗びっしょりの身体を拭いてやりたいが、触るとのたうち回るので、どうすることもできない。

 

 どうしていいかわからず、孫空女もほかの供とともに、苦しそうに横たわる宝玄仙の横に黙って侍っていたが、すぐに女主人に案内された女医がやってきた。

 沙那が事情を説明すると、女医は合点がいったようだ。

 すぐに頷き、宝玄仙が道術遣いだろうと指摘した。

 

「普通は、こんな風にはならないのですか?」

 

 沙那が女医に言っている。

 

「そうだね。子母泉(しぼせん)の水を飲むための身体の準備をするだけだからね。もっと、緩やかに体調は変化するだけなんだ」

 

「子母泉?」

 

「女人国の女が子を授かるための、聖なる泉の水さ」

 

 話を聞いている沙那は首を傾げている。

 しかし、とりあえず納得することにしたようだ。

 表情を改めた。

 

「それで、どういう状況なんでしょう?」

 

「だけど、この人の身体には、おそらく、男の精を撥ね返す道術があるんじゃないかい? それが対決しているから苦しいのさ。こういう反応をした旅人をここで見たことがある。その人も道術遣いだった。この国では道術遣いというのは珍しいが、女の道術遣いは、子を作る作らないを自在にできるんだろう?」

 

「子を作ることを自在にできるかどうかは知りません。男の精を殺す力が身体にあるということついては、確かに、ご主人様は、そのように言っていました」

 

 沙那が女医に言った。

 

「ご主人様?」

 

「あたしらは、この宝玄仙様の供なんだよ」

 

 孫空女は言った。

 朱姫はしっかりと頷いた。

 七星は黙っている。

 

「なら、女主人のしもの世話もできるね?」

 

 女医が一同を眺める。

 

「は、はい。もちろんです。どうすればいいのですか?」

 

 沙那が言った。

 

「では、少し楽にさせよう。まずは、服を脱がせようかね。それで、汗びっしょりの身体を拭いておあげ」

 

「でも、ご主人様は、嫌がるんだよ。触ると感じちゃうんみたいで」

 

 孫空女は口を挟んだ。

 

「仕方ないよ。あんたらが、この道術遣いの供なら、女主人が、快感によがり狂っていくところなんて見たくないかもしれないけど、そうさせなければ、楽にはならないんだ。照胎泉(しょうたいせん)の影響で、子母泉(しぼせん)を受け入れるための準備として、女の快楽が身体で暴れ回っているのだよ」

 

「先程もそんなことを言われてましたが、どういうことなんですか?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「女しかいない女人国では、照胎泉の水を飲み、次いで、子母泉の水を飲んで、子を授かるのさ。それはともかく、この人は照胎泉を飲んだことで、子を産むための霊気が蜜になって子宮に集まっている。苦しみを癒すためには、その蜜を子宮から抜かなければならない。つまり、いわゆる、気をやらせるんだ」

 

「気を?」

 

「そうだ。そうすれば、それが潮になって噴き出すから少しは楽になる。でも、しばらくしたら、また、子宮に密が溜まるから、また、それを出さなければならない」

 

「潮……ですか?」

 

 沙那もきょとんとしている。

 孫空女も驚いていた。

 

「……ところで、あんたらは、女同士で愛し合ったことはあるかい? ここは女人国なんで、それは普通のことなんだけど、考えてみれば、外の人だったね、あんたらは。だったら、女の身体を愛撫で責めるなんていやかい? それなら、それができる看護人を世話してもいいけど……」

 

「そ、それには及びません。わたしたちでできます。わたしたちとご主人様は、そういう間柄です」

 

 沙那がはっきりと言った。

 女医の眼がほんの少し見開かれたが、すぐに頬に微笑を浮かべて頷いた。

 

「だったら、話が早いよ。この女主人さんを責めて気をやらせるんだ。股間から潮を噴き出させるんだよ。蜜液が身体にかかっても、それ自体は無害だから大丈夫だよ。まずは、それを定期的にやるんだ」

 

「わかりました。朱姫、お願い」

 

 沙那がそう言うと、朱姫が頷いて、宝玄仙の衣服を剥ぎ始める。

 宝玄仙は悲鳴をあげているが、それは次第に、激しい情感のこもった声に変わっていく。

 完全に衣類が剥がされて全裸になった頃には、宝玄仙ははっきりと欲情しきった反応を示すようになっていた。

 

「ところで、先生。ご主人様の身体に溜まった毒蜜が子宮に集まって、それで苦しんでいるのだということはわかりました。そして、それを身体の外に出させればいいのだということもわかりましたが、完全に治すにはどうしたらよいのでしょうか?」

 

 宝玄仙の身体についている朱姫を横目に、沙那が女医に訊ねた。

 孫空女は、ほんの少し、宝玄仙のお腹が膨らんでいることに気がついた。

 

「あなた、名前は?」

 

 女医が沙那に向かって言った。

 

「沙那です」

 

「そうかい、沙那さん。だったら、この女主人さんの子宮に溜まっている蜜は毒じゃないよ。子を成す準備をしているだけさ」

 

「子を成す? ご主人様は、子供を産むのかい?」

 

 孫空女は声をあげた。

 すると女医が微笑ながら首を横に振った。

 

「いまは、まだだよ。照胎泉の水は、女が子供を成す準備をするだけだ。ところで、お嬢さん、女主人さんは、もうすぐ、股間から潮を噴くからね。布を敷いておいた方がいい。寝具が汚れるから……」

 

 女医が朱姫に向かってそう言った。

 朱姫は、宝玄仙の肩を片手で支えながら、股間を愛撫している。

 

「ああっ……あっ、あっ、あっ……あひいっ……」

 

 宝玄仙が身体を仰け反らせている。

 孫空女は、手を伸ばして、浮きあがった宝玄仙の股間の下に重ねた布を拡げた。

 

「ふあああっ――」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 すると本当に、宝玄仙の股間から潮のようなものが吹き出して、布を汚した。

 

「きゃっ」

 

 朱姫が小さく叫んだ。

 宝玄仙が、股間から潮を噴くだけじゃなく、乳房から乳液のようなものを吹きあげたのだ。

 沙那がさっと別の布を取り、身体を拭きはじめる。

 孫空女もそれに倣う。

 宝玄仙の呼吸は楽になったようだ。

 正気を失っていたような表情が回復し、横たわったまま、こちらを見上げる。

 

「気分はどうですか、女主人さん……? あらっ、そういえば、この人の名前を聞いてなかったね」

 

「ほ、宝玄仙だよ」

 

 宝玄仙が言った。声に力がない。

 

「ご主人様、『治療術』は遣えますか? ご主人様の身体は、照胎泉という水に含まれていたなにかによって、異常をきたしているみたいです」

 

 沙那が宝玄仙に言った。

 宝玄仙は、束の間、集中している仕草をしたが、すぐに首を微かに横に振った。

 

「む、無理だね。と、とてもじゃないけど……。い、いったい、どうしてしまったんだい、わたしは?」

 

「この沙那さんにも言ったけど、あんたは、照胎泉の水を不用意に飲んでしまって、母親になる準備を身体が始めているんだよ。だけど、あんたの中の道術がそれに抵抗しようとして、暴れ回っているということだよ」

 

「母親って、なんだい? あの水を飲んだら、まさか妊娠するとか言わないだろうねえ」

 

 宝玄仙の眼が見開いた。

 

「いいや、照胎泉は身体の準備をするだけさ。妊娠はしないよ。だけど、そうやって反応するということは、その準備ができてしまったということさ。子母泉の水を飲んで妊娠すれば、苦しいのは収まると思うよ。以前、同じような症状だった道術遣いの女は、そうだったからね」

 

「に、妊娠……。じょ、冗談だろ?」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女もびっくりした。

 

「冗談なんかじゃあるものか、宝玄仙さん。女人国では、不用意に泉の水を飲まないことだね。だいたい、あの公園の泉のあった場所に立札があったはずだけどね」

 

 女医が言った。

 

「ああ、なにか書いてあったけど……面倒だから、読まなかったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あ、呆れました、ご主人様。ご主人様は、あんなにわたしたちには、狡猾で周到なのに、ご自分のこととなると、どうして、そんなに油断なさるのですか」

 

 沙那が怒っている。

 考えてみれば、宝玄仙は、しっかりしているようで、いつもうかつだ。

 智淵城のときも、うっかりと痺れ薬入りの料理を食べたのが捕まった原因だったし、かつて、闘勝仙とかいう道術遣いの罠に嵌ったときも、女奴隷から口移しで毒薬を飲まされたと言っていた。

 沙那の言う通り、自分のこととなると、うっかり屋で隙が多いというのは、それが宝玄仙の本来の性質なのかもしれない……。

 

 そういえば、宝玄仙だけじゃなく、宝玉もそうだ。

 いつぞや、宝玉が宝玄仙の暗示をかけてくれて、三人で宝玄仙を淫具で責めたことがあった。

 宝玄仙には、孫空女たちが淫靡な悪戯をしているのは知覚できなくなる暗示を宝玉にかけてもらったのだが、それは一日だけのことで、翌日にこのことに気がついた宝玄仙によって、孫空女は、沙那と朱姫とともに酷い目に遭った。

 沙那など、二度と同じような取引を宝玉とはやらないと肩を落としていたが、宝玉があれなら、本来は同じ人格である宝玄仙も、本質は同じなのかもしれない。

 

「ど、どうしたらいいのさ、女医さん……。言っておくけど、わたしは、子を産むつもりはないよ」

 

 宝玄仙は女医に向かって言った。

 その声は、小さくて、弱い。

 

「そんなことを言ってもね……。照胎泉を飲んで、すでに身体の準備が整ってしまった以上、それでなければ、落胎泉(らくたいせん)の水を飲むしかないけど……」

 

「落胎泉? それはなんですか?」

 

 沙那が言った。

 

「……いや、さすがに、それは無理さ。観念して、子母泉の水で子を成すしかないよ、宝玄仙さん。子を育てる気がないなら、産んだ後で、世話をする者を探してもいいじゃないか。ここの主人は、あれで、かなりの顔広だからね。相談に乗ってくれると思うよ」

 

「冗談じゃないと言っているじゃないか」

 

 宝玄仙は、女医を睨んだ。

 

「だけど、さっきの苦痛は、また発作のように襲ってくるよ。わたしの知る限り、ほかに発作を治める方法はないね」

 

「だいたい、どうして、そんな危険な水をあんなに不用意に放っているのさ。確かに、立札を読まなかったのはいけなかったかもしれないけど、あんな風に器があったら、飲んでも大丈夫と思ってしまうよ」

 

 孫空女は言った。

 

「そりゃあ、そうさ。あれは、誰でも飲むためにあるんだから。照胎泉の水は、子を欲しいと思った女が、誰でも、いつでも飲めるように、大抵の大きな町にはあるからね。この国でまだ旅をするようなら気をつけなよ。あんたらもね。この女人国の泉は、普通の水じゃないんだ」

 

 女医は応じた。

 

「ご主人様は、子供なんて産まないよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「観念するしかないねえ」

 

 女医は首を横に振る。

 

「この国の女の人は、みんな、そうやって子供を作るのですか?」

 

 沙那だ。

 

「そうだよ。ここには、男はいない。だから、子供を作りたいと思った女は、まずは、近くにある照胎泉の水を飲んで、如意仙女(にょいせんじょ)に祈る。如意仙女が認めたら、すぐに身体の状態が変わり、子供を成す身体に変わる」

 

「子を成す身体……」

 

 沙那がちらりと宝玄仙を見る。

 

「如意仙女が認めなければ、子を成すことはできないということで、身体に変化はない。子を成す身体に変わったことを悟れば、すぐに子母泉の水を飲む。あんたたちは、気がついたか知らないけど、照胎泉があった場所のもっと奥には、子母泉もあったんだよ。その水を飲めば、十箇月もすれば、赤ん坊が産まれるのさ」

 

「どうやって男なしで子を作るのかはわかったけど、男の子が産まれたらどうするのさ。捨ててしまうのか?」

 

 孫空女は言った。自分はかつて、いらないことして捨てられて、奴隷にされそうになった。

 ここでも、そういうことをやっているのだろうか。

 

「男の子が産まれたら、どうするんだろうねえ? わからないけど、いまだかつて、女の子以外が産まれたことはないはずだね。男の子が産まれたら、それは、この女人国でも、男を受け入れろという如意仙女のお告げなのかもしれないね」

 

「さっきから出てくる如意仙女というのは、なんだい?」

 

 七星が口を挟んだ。

 

「この女人国の神に仕える者のひとりで、如意仙女自身もこの女人国の守り神のひとりさ。女人国の女たちが、男を必要とせずに子を成すために、女人国のあちこちに照胎泉と子母泉を作っている。この国のあちこちで、その不思議な水がこんこんと湧き出るのは、如意仙女の加護だと言われているよ」

 

「つまり、言い伝えということかい?」

 

 七星が鼻を鳴らした。

 

「あら、不満そうね、七星」

 

 沙那が言った。

 

「神様を信じているような連中は、こりごりさ……。智淵城に捕らわれたのは、天教の神官に関わったのが原因だし、虎力らは仙道教という宗教の神官だったろう? ああ、考えてみれば、この宝玄仙さんも天教の巫女かい。まあ、碌でもないということには変わりないね」

 

 七星は応じた。

 

「信じるとか、信じないとかじゃない。如意仙女は存在するよ。破嬰洞(はえいどう)という場所にね。望めば、いつでも遭うことはできる。もっとも、実際に如意仙女の姿を見るためには、如意仙女の試練を受けなければならないけど」

 

「なんだい、如意仙女の試練って?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「ちょっと待って、孫女」

 

 沙那が口を挟む。

 

「……いまは、ご主人様のことよ……。先生、ご主人様の身体の発作を抑えるためには、子母泉の水を飲んで子を成すほかに、もうひとつの方法があるようなことを口走りましたよね。そのことを教えてください」

 

「落胎泉のことだね。そうだね。思わず、口にしたけど、それを手に入れることは不可能だよ。それに言い伝えにすぎないかもしれないし……」

 

「教えてもらうことはできないのでしょうか?」

 

 沙那はちらりと宝玄仙を見た。

 宝玄仙は、いまは裸身に薄い掛布をかけている。

 朱姫の手管により、子宮に溜まった蜜を放出して、少しは発作が収まったようだが、まだ苦しそうだ。

 意識があるのか、ないのか、眼を閉じて、苦しそうに息をしている。

 

「教えることは構わないね。というよりも、女人国の女なら、誰でも落胎泉の場所くらい知っている。有名な話だからね。落胎泉は、さっき話した如意仙女が護っている。如意仙女の試練を耐えた者だけが、落胎泉の水を手に入れることができるのだよ」

 

 女医は言った。

 

「なるほど、じゃあ、その如意仙女に頼むか倒すかして、その水を手に入れて飲ませれば、ご主人様は、助かるということだね」

 

 孫空女は言った。

 

「そうだけど、如意仙女に遭うには、その試練に耐えなきゃならないし、その試練に耐えた者は、ほとんどいないらしい。最後に成功した者は、数十年前だというね。もっとも、それは、如意仙女の試練に耐えたのではなく、霊具の竪琴で如意仙女を眠らせ、その間に、落胎泉を奪ったという話だけどね。それ以来、如意仙女は、棲み処である破嬰洞には、霊具の効果を封じる術をかけている。同じ手段は遣えない」

 

「だけど、成功した者がいるということは、不可能じゃないということじゃないか。試練を受けなくても、倒せばいいのさ。それで、その破嬰洞はどこにあるのさ、先生?」

 

 いまは、一刻も早く、その水を手に入れて、宝玄仙を楽にしてやりたい。

 

「破嬰洞の場所は、誰も知らない。だけど、そこに進むことは誰にでもできる。照胎泉と子母泉のある場所には、必ず、破嬰洞に通じるという不思議な場所があるという話だよ。そこを見つけて、破嬰洞に進むことを望めば、空間を跳躍して、試練の部屋に進むことができるはずさ。もっとも、そもそも、破嬰洞に跳躍する場所を探すのは、偶然に頼るしかないけどね」

 

「孫女――」

 

 沙那が声をあげた。

 

「わかっている。多分、『移動術』を遣う『結界罠』だと思う。あたしなら、そこを探知できる。そこを見つけて、破嬰洞に飛ぶよ。如意仙女だかなんか知らないけど、頼んでみるし、嫌だと言ったら、『如意棒』でぶっ倒してでも水を手に入れてくるよ」

 

 『結界罠』というのは、あらかじめ『移動術』の道術を施した空間に入った者を勝手に『移動術』で跳躍させてしまう道術だ。

 宝玄仙や朱姫も遣うことのできるありふれた道術だ。

 孫空女は、もう立ちあがった。

 いまは、時間が惜しい。

 宝玄仙の発作は、またやってくるだろう。

 できれば、その前に手に入れたい。『移動術』で跳躍できるのであれば、それも可能だ。

 

「本当に行くのかい、あんた?」

 

 女医は驚いたように眼を見開いている。

 

「当たり前だよ――。じゃあ、沙那、ちょっと行ってくるよ」

 

 孫空女は外に飛び出した。



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166 女戦士と触手の林

 やはり、『移動術』の結界だった。

 なんのことはない。

 孫空女が白い柱のある公園に戻り、宝玄仙が水を飲んで倒れた照胎泉(しょうたいせん)の場所からさらに奥に進むと、子母泉(しぼせん)だろうと思われる場所があり、そのもっと奥の突き当りに、大きな霊気の吹き出し場所があった。

 間違いなく『移動術』の『結界罠』だ。

 

 そこに踏み込むと、『移動術』特有のはらわたが捻じれるような感触が沸き起こる。

 気がつくと、どこかの洞窟の入り口に立っていた。

 洞窟の外は、まったくの切り立った崖になっていて、遥かに下に雲海が見える。

 随分と高い場所に飛ばされたようだ。

 

 孫空女は、『如意棒』を出して構えながら、洞窟を進んだ。

 狭いという感じはない。

 人が数名横になって歩けるくらいの十分な広さだ。

 しかも、洞窟の土壁からは白い光が放出されていて、十分に視界がある。

 これも、如意仙女の道術なのだろう。

 

 洞窟には脇道などなく、ただの一本道だ。少し進むと、奥が突き当たっていた。

 突き当りに、また、強い霊気の塊りがある。

 どうやら、そこから、また、どこかに『移動術』で跳躍するようだ。

 孫空女は、その霊気の強い場所に向かい、足を進めた。再び、どこかに瞬間移動させられる。

 

「うわっ」

 

 新たな場所に着くや否や、不意に地面から湧き出したものに、思わず孫空女は叫んで、後ろに跳び退がった。

 地面から、人の丈ほどある蛇を思わせるような細長いものが、一斉に出現したのだ。

 それこそ、突き当りの魔力の塊りのある場所まで、数百本はあるのではないだろうか。

 それがうねうねとうねっている。

 孫空女が呆気にとられて眺めていると、それは、孫空女の眼の前で地面に消えていった。

 

「へっ……。触手かい……。つまりは、ここを通り抜けろということかよ」

 

 孫空女はひとりで呟いた。

 試練だの、なんだのとか言っていたか……。

 これがそうということだろう。

 まあ、蹴散らせば、なんとでもなる。

 

 孫空女は、『如意棒』を頭の上で軽く回す。

 前に進み出る。

 

 また、触手が、一斉に吹き出た。

 孫空女は、それを『如意棒』で払い飛ばす。

 

 進む――。

 触手が襲い掛かってくる。

 孫空女の身体に触れるよりも速く、孫空女の『如意棒』が触手の先端を吹き飛ばしている。

 

 いける――。

 触手の林のある場所は、せいぜい十間(約百メートル)だ。

 孫空女は、触手の攻撃に身体を触れさせることもさせずに、三分の一ほど進み入った。

 孫空女は、『如意棒』を前後左右に回転させて、触手を叩き千切っていく。

 

「ひゃっ」

 

 しかし、半分ほど進んだところで、叩き切った触手の先端から霧のようなものが吹き出した。

 それを吸いこんだ途端に、なぜか腰が落ちた。

 

「ひっ」

 

 身体の力が抜けて、『如意棒』をとめてしまった。

 四肢に触手が群がるのに、一瞬しか必要としなかった。

 

「ちっ」

 

 孫空女は腕にまとわりつく触手を払い、『如意棒』を振る。

 数本の触手が飛び、両手が自由になる。

 だが、切断した触手の一本が、さらに長さを増し、孫空女の口の中に強引に入ってきた。

 そして、さっきの霧を孫空女の口の中で吹き出す。

 

「はがあっ――。あふっ、はがっ――」

 

 孫空女は咳込んだ。

 触手の先から噴き出した霧を直接に吸いこんでしまったのだ。

 孫空女は、身体の力が抜けるのを感じた。

 それとともに、身体に覚えのある熱さが肉体を席巻する。

 

 媚薬だ――。

 咄嗟に思った。

 

 切断した触手の先から噴き出す霧には、媚薬の効果がある。

 これは危険だ。どうやら戦い方を間違えた。

 

 しかし、その時には、四重、五重の触手の拘束が孫空女を縛りつけてしまった。

 『如意棒』にも触手は巻きつき、呆気なく武器も奪われる。

 

「ち、畜生――」

 

 孫空女は暴れた。

 しかし、それを待っていたかのように、触手が孫空女の口を襲う。

 なにかが流れ込む。

 霧ではない。

 もっと、直接的ななにかが孫空女の喉の奥に流し込まれていく。

 

 もう、完全に拘束された。

 口の中の触手が離れる。

 だが、触手は、もう孫空女の四肢だけではなく、胴体を含む全身をしっかりと拘束した。

 さらに、地面から這い出た触手が孫空女を嘲笑うように、身体の寸前でうねり続ける。

 

 なんだ、こいつら……。

 拘束を果たしたことで、触手は不用意に襲うことを避けたようだ。

 一度に無秩序に襲われることを覚悟した孫空女は、ほっとしたものの、逆に考えれば、こいつらがしっかりとした意思を持って襲うということかもしれない。

 孫空女は次第に怖くなった。

 

「うわっ」

 

 四肢を拘束する触手が四方に開く。

 孫空女は、手足を伸ばして、空中で磔になった。

 孫空女の周りを踊っていたほかの触手が、孫空女の胸と股間を撫ぜあげる。

 

「ひいっ」

 服の上からの刺激にも関わらず、孫空女の力は、それだけで抜かれてしまう。

 身体に入れられた霧や粘性の液体のせいだと思った。

 しかも、視界がぼんやりとする。

 

「じょ、冗談じゃないよ」

 

 孫空女は力を振り絞った。

 このままでは、いいようになぶられてしまう。

 しかし、孫空女が触手を振り払おうと、力を入れたのを見測ったように、触手がまた、股間を撫ぜる。

 

「ひゃん」

 

 孫空女は、身体を仰け反らせた。

 そして、次の瞬間、歯噛みした。

 こんな触手に遊ばれるなんて悔しい。

 

 触手が、胸と股間に張りついた。

なにか、熱いものが襲ってきた。

 触手が離れたときには、乳房と下半身の部分の布がなくなり、そこにひんやりとした外気が振れた。

 

 ぎょっとした。

 さっき、布越しに触られただけで、あんな欲情を感じたのだ。

 敏感な部分を直接触られたらどうなるのか……。

 その孫空女の顔の前に十本ほどの触手が先端を向けた。

 

「な、なんだよ……」

 

 孫空女は、嫌な予感がして顔を背けようとした。

 だが、それよりも早く、十本どほの触手が、孫空女の顔に真っ白い霧を一斉に振りかける。

 

「あがっ、がっ、あがっ、げほっ……」

 

 孫空女は咳込んで吸ってしまった霧を吐き出そうとした。

 でも、すでに大部分を吸入してしまった。

 

 熱い――。

 全身が熱い。

 

 これまでとは比べものにならない淫情が孫空女の全身を襲う。

 触手が孫空女の勃起した左右の乳首を繰り返し弾きはじめる。孫空女は、声をあげて身体を仰け反らせた。

 それでも執拗な触手の責めは終わらない。

 乳首を弾きながら、今度は、前に突き出した格好の孫空女の無防備な股間を前後から別の触手が襲う。

 孫空女がはっと気がついたときには、乳房と股間に合わせて十数本の触手が襲い掛かっていた。

 

「いやああっ」

 

 孫空女は心の底から叫んだ。

 股間の前後の穴に触手が入り込もうとしている。

 それも、すぐには入って来ず、孫空女が嫌がって暴れるのを愉しむかのようにそれぞれの入口の部分で入れ替わり立ち代わり、触手が入口を突く。

 孫空女は、せめて声をあげまいと懸命に歯を食い縛った。

 だが、粘性の液を出しながらぐちょぐちょと肛門の周りを細い触手に撫ぜられて、それまでで一番大きな嬌声をあげてしまった。

 

 すると、洞窟に不意に大きな笑い声が響いた。

 孫空女はぎょっとした。

 

「だ、誰だ?」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、身体に巻きついた触手に、身体を前に倒すように曲げられて、お尻を突き出す格好にさせられた。

 その尻に触手が群がる。

 

「ひゃあああっ――。そ、そこは、だめえっ――」

 

 孫空女は、お尻を五、六本の触手に一斉に舐めあげられて、悲鳴をあげた。

 さらに笑い声が響いた。

 

「ちょっとは、骨があるのかと思ったら、こんなものかい。それにしても、身体のあちこちを触ったけど、尻を触った時が、一番反応がよかったじゃないか。身体のどこよりも、尻が弱い変態女だとは驚いたね。お前の名はなんだい?」

 

 触手の動きは止まったが、触手は孫空女の肛門にぴたりと張りついたままだ。

 孫空女は、身動きできない身体を懸命に動かして、声の出所を探ろうとした。

 しかし、声は、洞窟の壁そのものから発するような気がする。

 

「ひゃん――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 肛門の触手がくちゅくちゅと動いたのだ。

 

「名を訊いているんだよ、変態女?」

 

「そ、孫空女だよ」

 

 孫空女は喚いた。

 

「じゃあ、孫空女、お前の変態ぶりに免じて、尻十回で勘忍してやるよ」

 

「し、尻十回?」

 

 孫空女は嫌な予感がした。

 そして、身体を暴れさせる。

 しかし、全身を拘束された身体はぴくりとも動かない。

 すぐに、尻に張りついた触手がうねうねと動き、孫空女の尻孔の中に入ってくる。

 

「や、やめておくれよお……」

 

 孫空女は腰を振って、それを阻もうとする。

 だが、それが無駄な抵抗というのもわかってきた。

 孫空女がどんなにお尻に力を入れて、それを阻もうとしても、どんどん奥に異物がやってくる。

 

「お尻で抵抗しようとしているのかい。可愛いじゃないか」

 

 声が洞窟に響く。

 くそうっ――。

 

 孫空女は、今度こそと思って、身体にまとわりついている触手を振り解こうと思って力を振るう。

 

 

「ひんっ、んああっ」

 

 しかし、お尻に入り込んだ触手が、それを嘲笑うかのように振動しはじめる。

 ずんという快感に、孫空女は身体を震えさせる。

 

「力を抜きな、孫空女。変態に免じて、命だけは奪わないでやるよ」

 

 振動が強くなる。

 ただ、震えるだけじゃないのだ。

 左右に動いたり、前後に動いたりする。

 

「くっ、あああっ、んあああ」

 

 耐えようと思うのだが、その度に、孫空女は翻弄されて、声をあげてしまう。

 

「ほら、身体中が震えてきたじゃないか。もう、いきそうなんだね、孫空女?」

 

「そ、そんなこと……」

 

 孫空女は歯を食い縛った。

 こうなったら、せめて、声をあげないだけでも……。

 

 しかし、尻に入り込んだ触手の形が中で微妙に変化した。なにか、球体を思わせるような感触になり、それが、振動したまま、それが回転しはじめる。

 

「あはああっ――」

 

 孫空女の抵抗など一瞬で崩壊した。

 孫空女は、強烈な快感に果てた。

 

「一回目だね。あと、九回だ」

 

 笑い声が響く。

 一度、触手が尻の外に出ようとする。

 

「んはあああっ」

 

 それが、すぽんと小さな音とともに引き抜かれたとき、孫空女は、二回目の気をやってしまった。

 哄笑がさらに大きくなる。

 

「抜くだけで軽くいったのかい。余程、淫乱に躾けられているねえ。それこそ、何千人もの侵入者をこうやって、いたぶってやったけど、お前は普通の反応じゃないようだ。誰かに、調教でもされたかい?」

 

「う、うるさい――」

 

 孫空女は叫んだ。

 何千人もの侵入者と声は言った。

 つまり、これまでも落胎泉(らくたいせん)を手に入れようと、結界から入り込んだ女はいたのだろう。

 そのたびに、この触手の林に阻止されたに違いない。

 

 孫空女は空中でまた触手に身体を回転させられて、今度は、お尻を極端に降ろした格好にさせられる。

 両手と両足は、揃って上にあげられる。

 さらに、触手が伸びて、左右の尻たぶを限界まで、押し開いた

 

「三回目、いくよ。この姿勢なら、入っていこうとするものが見えるだろう、孫空女」

 

 孫空女は、言われるまま、視線を下に落とす。

 五、六本の触手が太さを失ったかと思うと、絡みついて紐の束が捩じったようなかたちになる。ところどころが絞られて、太くなったり、細くなったりしている。

 

「な、なんだよ……。もう、許してよう……」

 

 孫空女は、洞窟の壁に向かって言った。

 

「なにも考えるんじゃないよ、孫空女。あと八回、一生懸命によがり狂いな。わたしは、お前のような強い女が、泣きべそをかいて、いきまくるの姿を見るのが好きなんだよ。興醒めするような退屈な反応だったら、殺して喰っちまうんだけど、お前は随分と可愛いよ。だから、こうやって、快楽責めにしてやっているんだ」

 

「あ、あんた、如意仙女(にょいせんじょ)なのかい……? もしかして、魔族かい?」

 

 孫空女は言った。喰らうという言葉で、魔族ではないかと思ったのだ。

 

「女人国の人間たちは、神と呼んでいるようだね。随分と長く生きたので、魔族だったか、人間だったのか忘れたよ」

 

 如意仙女は言った。

 孫空女は、ふと、肛門に刺激を感じて、視線を下に戻す。

 さっきの触手の束が入り込もうとしている。

 

「ひゃあああ――」

 

 また、入ってきた。

 孫空女は吠えた。

 

「あはああっ、だめえええっ」

 

 吠えながら、気をやっていた。

 それでも、入ってくる。さっきの絶頂の余韻は続いていた。

 もう、孫空女には、抵抗する力も余裕もない。

 ただ、快感を受け入れるだけだ。

 

 肛門の中で触手が跳ね回り、回転し、振動する。

 奥に奥に入り込む触手が与える刺激のまま、孫空女は連続で気をやり続けた。

 

「愉快な身体だよ、孫空女。本当に反応がいいねえ。お前のいき顔は絶品だよ」

 

 もうなにも考えられない。

 肛門を抜き挿しする触手で、孫空女は何度も吠え、果て、痙攣して達した。

 

 とにかく、何度も何度も、尻をなぶられて、孫空女は絶頂し続けた。

 それこそ、嫌になるくらいの連続絶頂だった。

 声も枯れるかと思うくらいに叫び続け、頭が真っ白になり、なんにも考えられなくなった。

 気が狂うかと思った。

 

 すると、突然、地面に投げだされた。

 もう、腰も砕けて動きはしない。

 地面に投げだされた格好のまま、孫空女は、ただ、息を求めて呼吸をするだけだった。

 しかし、その孫空女にしゅるしゅると音を立てて、触手がまた絡みついた。

 

「な、なにさ……?」

 

 触手に仰向けにされ空中にあげられる。

 今度は、細い紐状にかたちを変えた触手が孫空女の全身に近づく。

 その数は、数十本はある。

 それがゆっくりと孫空女の身体に迫る。

 さらに別の触手が、孫空女の衣服を器用に解き、孫空女の身体を剝き出しにしていく。

 

「お、終わったんじゃないのかよ……?」

 

 孫空女は思わず言った。

 あまりのその声の弱々しさに、自分の声ではないと思った。

 すると、また、さっきの哄笑が響き渡る。

 孫空女の尻をいたぶる間、すっと、その笑い声は続いていたのだ。

 尻で何度いかされたのか、途中からわからなくなったが、きっと十回、いかされてしまったと思う。

 もう、終わりのはずだ。

 

「尻で十回は終わったね。だけど、それで解放してやると約束はしていないよ。まず、最初に尻で十回と言っただけさ。お前の身体の他の部分もいたぶってやらないと失礼と思うしね。今度は、尻以外の場所をなぶってやるよ。愉しみだろう?」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 その孫空女に、さっきの細い触手の紐が襲いかかる。

 

 孫空女の全身に触手が密着した。

 全身が同時に愛撫される。もうなにもわからない。

 

「うひゃあぁああ」

 

 あっという間に絶頂してしまう。

 それでも許されず、すぐに、二度目……。

 

 それから先は、ひたすら叫ぶだけだった。

 

 最高の快楽を味わいながら、孫空女は、最大の恐怖も味わい続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 どのくらいの時間がすぎたのか。

 はっとした。

 

 いつの間にか、触手の拘束が解けている。

 虚ろな視界にぼんやりと洞窟の天井が見えた。

 どうやら、仰向けになっているようだ。

 

 どさりと横で音がした。

 『如意棒』だ。

 孫空女の如意棒が、孫空女の身体の横に投げ出されている。

 

「もう帰っていいよ、孫空女。それとも、もっと、遊んでいたければ、相手をしてやってもいいけどね。このところ、侵入者も少なくなって、わたしは退屈していたんだよ」

 

 洞窟に声が響く。

 左右からしゅるしゅると音がした。

 触手がまた、孫空女の周りに出現した。

 孫空女は、恐怖して身体を起こす。

 しかし、立ちあがることができない。

 『如意棒』をひっつかみ、這うように進む。

 触手が追い立てるようにやってくる。

 

 孫空女は、倒れ込みそうな身体を懸命に、動かし続けた。

 もう少しで、出口の結界――。

 そう思ったとき、孫空女の一方の足首を触手が掴んだ。

 孫空女は心の底から悲鳴をあげた。

 

「待つんだよ、孫空女。許してやるんだ。一度、詫びを入れてもらおうか。そこで、お前に、この如意仙女の祠を犯した謝罪をしてもらおうかね。それが気に入らなければ、また、尻で十回のところから、やり直しだよ」

 

 これ以上、なぶられたら、間違いなく狂ってしまう。

 孫空女は、慌てて、身体を反転させて、その場に土下座した。

 

「お、お許しください、如意仙女様」

 

 宝玄仙に身体を斬り刻まれたときだって、こんな風に謝罪はしなかった。

 頭を地面に擦りつけながら、悔しさに涙が出るのを孫空女は感じていた。

 

「行きな、孫空女」

 

 声がした。足首の触手が解ける。

 孫空女は、最後の力を振り絞って、結界に身を投げた。



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167 次は三人がかり

 半べそをかいて戻ってきた孫空女を落ち着かせるために、沙那は、宝玄仙が寝ている部屋の隣の部屋に孫空女を連れていった。

 看病をしている沙那たち供のために、この家の女主人が使っていいと言ってくれた部屋だ。

 そこで、孫空女を落ち着かせ、びりびりになった服を脱がせて、体液にまみれた身体を洗わせて、新しい衣類を身につけさせる。

 宝玄仙が道術が遣えないので、『治療術』のたぐいは遣えない。

 宝玄仙の荷物の中から、回復薬を見つけて飲ませる。

 それで、孫空女はいくらか落ち着いた。

 ついで、なにが起きたのかを詳しく説明させた。

 

「……だいたいのことはわかったわ。今度は、わたしも行く。朱姫も連れていきましょう。それでなんとかなるわよ。なんとしても落胎泉(らくたいせん)の水を手に入れないと――」

 

 孫空女の話が終わったところで、沙那は言った。

 もう一度戻ると言ったときに、孫空女は驚いたように眼を見開いたが、すぐに、しっかりと頷く。

 

 沙那は、朱姫を呼んだ。

 朱姫に事情を説明し、三人で如意仙女(にょいせんじょ)と対決しにいくことを告げると、朱姫はすぐに支度をしはじめた。

 沙那も、剣帯を腰に巻く。

 孫空女も気持ちの切り替えができたようだ。

 三人で、宝玄仙のいる部屋に戻った。

 七星がこっちを見た。

 

「ご主人様の様子はどうなのさ、七星?」

 

 孫空女は言った。

 さっき戻ったときには、孫空女は取り乱していて、宝玄仙の様子を訊ねるような状態ではなかった。

 

「まるで、ずっと性愛をしているみたいな状態さ、孫空女。しばらくすると、本当に苦しいような感じになるから、その時には、宝玄仙さんの身体をいじくって気をやらせる。そうすると股間から潮を吹き出す。そうしたら、少しだけ楽になるみたいだね。でも、しばらくすると、また、苦しみ出す。その繰り返しだよ」

 

 七星は言った。

 

「七星、ご主人様をお願いできる?」

 

 沙那は言った。

 

「それはもちろん構わないけど、今度は三人揃っていくのかい?」

 

「ええ、ご主人様を助けるには、どうしても落胎泉の水を手に入れないといけないから」

 

「ものは考えようじゃないか、沙那。この宝玄仙さんは、安住の場所を探していたんだろう? ここが目的地じゃいけないのかい? ここで、子を産んで、みんなで仲良く暮らしたらどうなんだい? 孫空女があんなになった場所に、再び戻るなんて無謀じゃないの?」

 

 七星は言った。

 沙那は、小さく首を振る。

 

「ご主人様が、そうすると言えば、わたしたちは、ここを終の場所として選ぶわ。だけど、さっき意識を少しだけ取り戻したとき、ご主人様は、子を産むなんて冗談じゃないとおっしゃったわ。だったら、わたしたちは、ご主人様の意思を尊重するために戦うわ」

 

「律義なことだね。こんな気まぐれ女にさあ」

 

 七星は肩をすくめた。

 

「でも、いいところもあるのよ、ご主人様には」

 

「いいところって、なんだよ、沙那?」

 

 七星が呆れたような表情を沙那に向ける。

 

「そりゃあ、いいところは……」

 

 沙那は、そこまで言って言い淀む。

 宝玄仙のいいところというのはなんだろう?

 性格は、気まぐれで気分屋。冷酷無比とは言わないが、他人と比べて思いやりがあるとは言えないだろう。

 性癖は嗜虐趣味と最悪……。

 

 供の扱いは、それこそ、人を人とも思わないような残酷で惨い仕打ちもすることがある。

 沙那自身も『服従の首輪』で意思に反して行動させられる恐怖と恥辱を味わい続けられたし、身体の快感を増幅させる淫具を一年以上も嵌めさせられた。

 供に対する思いやりが少しでもあれば、できる仕打ちとは思えない。

 

 道術に関しては確かに凄いものがあるが、反面、周到さや用心深さに欠ける。

 何度罠に嵌っても、懲りない面もあり、それで今回も不用意に照胎泉(しょうたいせん)の水を口にして、この状況だ。

 

 ここまでの旅だって、宝玄仙の術に助けられたときもあったが、それよりも宝玄仙の失敗の尻拭いのようなかたちで、三人の供が働いたことが圧倒的に多いだろう。

 ここで、助かっても、これから先、同じようなことは続くのかもしれない。

 七星の言い草ではないが、ここを安住の地にするというのは、悪くない考えのような気もする。

 ここは、どうやら、魔族の影響は少ない場所のようだ。

 天教の影もなく、ここなら落ち着いた暮らしができるかもしれない。

 

 術遣いが珍しい場所なら、宝玄仙の存在は、歓んで女人国の住民に招き入れられるだろう。

 通天河(つうてんが)のほとりの部落のときのように、重病人を治療する女医のようなことをしてもいいかもしれない。

 

 もっとも、宝玄仙はそんなことは望まない気がする。

 宝玄仙は、退屈することが嫌いだ。

 それは、旅の合間に、同行する供の沙那たちを苛むという悪癖からもわかる。

 ここで落ち着いた生活をするということが宝玄仙にできるだろうか。

 

「とにかく、わたしたちは行くわ」

 

 結局、沙那はそれだけを言った。

 

「孫空女に、朱姫。あんたらなら言えるのかい? この宝玄仙さんの長所はなんだよ。あたいに教えてくれないか。これでも、このところ、あたいも思うところあってね」

 

 七星は言った。

 沙那は、宝玄仙に視線を向けた。

 宝玄仙は、眠っているように見えるが、苦しそうに息をしている。

 こうやって枕元で話していることについて、聞くことができるとは思えない。

 

「ご主人様は、道術が凄いです。あたしに、いろいろな術を教えてくれると約束してくれました」

 

 朱姫が言った。

 

「お前は、孫空女?」

 

 七星が孫空女を見た。

 

「七星、お前は、ご主人様と旅を続けることについて悩んでいるのかよ?」

 

 孫空女が言った。

 

「悩みはしないよ、孫空女。あたいにはわかるんだ。あたいは、あんたらとずっと旅を続けることはない。あんたらは、いい奴だし、ずっと旅をしてもいいと考えないことはないけど、あたいには予感があるんだ。あたいがあんたらと一緒に旅をするのはもうすぐ終わる。そんな気がしてね」

 

「また、第六感かよ」

 

 孫空女がからかうような口調で言った。

 七星が、やたらに運命だの、勘だのということを孫空女は、いつも変だと思っているようだ。

 孫空女は眼に見えるもの、自分が納得したものしか信じない。

 眼に見えない運命論など、孫空女にとっては絵空事だ。

 

「そうさ、孫空女。あたいの勘は外れない。もうすぐ、あたいには、大きな運命の変化がある。それはあんたらと別れることになるのかもしれない。あたいの運命が変転するとき、いつも、こんな予感があたいにはやってきた。いまも、そうだよ」

 

「まあ、お前がそう言うなら、そうなんだろう。ところで、さっきの話だけど、あたしがご主人様と一緒にいるのは、そうしたいからさ。ほかにも理由はあるけど、一番はそれだよ。あたしは、ここにいるみんなは、家族だと思っている。家族が一緒にいるのに、理由なんかあるものか」

 

「お前らしいよ、孫空女。でも、納得できた――。気をつけてな。如意仙女(にょいせんじょ)とやらは、強敵そうじゃないか」

 

「心配ないよ。今度こそ、触手の林の向こうの結界まで辿り着いてやる」

 

 孫空女は言った。

 

「じゃあ、ご主人様をよろしくね、七星」

 

 沙那は言った。

 

 

 *

 

 

「ああっ……あっ――ああううぅぅぅ――」

 

 宝玄仙が裸身を仰け反らせて、股間から潮を吹き出した。

 七星は、宝玄仙の股間をいじくっていた手を離した。

 

 子宮に溜まった蜜と言っていたが、まるで小便のようだ。

 どろりとした粘性があるので、尿でないことはわかるのだが、股間から噴き出した液体が股に敷いた布を汚す仕草は、まるで赤ん坊が尿をしたときのように見える。

 そして、いまの宝玄仙には、股間の汚れた布を自分で取りかえることはできないし、身体がだるくて、起きあがることもできないようだ。まさに、赤ん坊と同じだ。

 

「な、七星かい……」

 

 宝玄仙が眼を開いた。

 いまのように、子宮の蜜を排出させた直後は、楽になるのか、少しだけ口がきけるようになる。

 もっとも、四半刻(約十五分)もすれば、また、意識がなくなり、昏睡状態になる。

 そして、全身を愛撫されているような痙攣と悶えだけになってしまう。

 

「そうだよ、宝玄仙さん」

 

 七星は言った。

 後始末を終えて、身体を掛布で覆ってやろうと思ったけど、なんとなくやめた。

 この宝玄仙には、いつも酷い目に遭わせられている。

 こんなときくらい、嫌がらせのひとつでもやっておきたいというものだ。

 そのまま、裸身を曝け出しておく。

 

「ほ、ほかの連中は……?」

 

 宝玄仙は、苦しそうに息をしながら言った。

 

「あんたの身体を楽にできるという水を汲みに行ったよ。だけど、そこには、如意仙女という守り神が棲んでいて、簡単じゃないらしい。一度は、孫空女が取りに行ったけど、ほうほうの態で戻って来たね。だから、今度は、三人がかりでいくことにしたようだよ」

 

「そ、そうかい。早く戻って来ないもんかね。それにしても、一回目は失敗したのかい。孫空女もだらしない……」

 

 宝玄仙は、また、眼を閉じる。

 七星はなんとなく、宝玄仙の物言いに腹が立ち、宝玄仙の股間に手を伸ばした。

 宝玄仙の股間は、さっき敷き直した新しい布が敷かれていて、その上に肩幅に開いた股間が載っている。

 照胎泉による発作は、繰り返し訪れる欲情と同じだそうだから、宝玄仙はずっと媚薬のようなもので身体が苛まれている状態なのだろう。

 宝玄仙の股間には、いまは、一本の恥毛も生えていない。

 あの智淵城で、孫空女に剃られてからそのままなのだ。

 真っ赤に充血した女陰の先には、さらに赤く光る女芯が勃起している。

 意識を閉じようとしている宝玄仙の股間の尖りを七星は、ぎゅっと握った。

 

「ひぎゃっ」

 宝玄仙が眼を見開いて仰け反った。

 びっくりした宝玄仙が、七星に顔を向ける。

 

「こうなったら、あんたも形無しだね。術が遣えないあんたは、本当に無力のようだね。いつも、あたいに意地悪するじゃないか。そのあたいに、こんなことされて悔しいだろう? いつもの道術で仕返ししなよ」

 

 七星は宝玄仙の大きくなっている肉芽を指で、繰り返し軽く弾いた。

 宝玄仙は、苦痛の悲鳴をあげ続ける。

 

「や、やめておくれ……、な、七星……。じゅ、術は遣えない……。しゅ、集中できないんだ……」

 

「そんなこと言わないんだよ。あんたは、偉大な道術遣いだ。自分で自分を治せばいいじゃないか。そうすれば、あいつらは、如意仙女なんかと対決しないで済む。ほら、あたいなんかに、こうやって乱暴されて悔しいだろう。怒りな――。怒って、術を出しなよ」

 

 七星は繰り返し、肉芽を叩いた。

 宝玄仙は悲鳴をあげて、動かない身体を左右に振っている。

 勃起した肉芽を指で弾かれるのは激痛に違いない。

 それだけではなく、恥辱でもあるだろう。

 

 だが、人間というのは、その気になれば、怒りで限界を振り絞れる。

 乱暴だが、宝玄仙が怒りで、術を発揮するだけの気力を取り戻せば、例の『治療術』で少しは自分を癒せるかもしれない。

 それに、そうでないとしても、こうやって無力の宝玄仙をいたぶるのは嫌な気分じゃない。

 

「あうっ――。ひいっ――。ひぎっ―――、な、七星……。ひぎっ」

 

「ほら、怒れ、宝玄仙さん。術を出せ。あたいに仕返ししろ。あんたが、自分で癒せれば、あたいは落胎泉はいらないと伝えに、連中を迎えに行く。怒れったらっ」

 

 七星が、何十度目かの打擲を肉芽に加えたとき、宝玄仙は大きな声をあげて、腰を浮きあがらせた。

 そして、さっきのようにまた、股間から潮のような液体を噴き出させた。

 出したばかりなので、それ程の量はなかったが、打擲だけで達するとは思わなかった七星は驚いてしまった。

 

「ひ、酷いことするわねえ、七星さん……。痛かったわ」

 

 宝玄仙の眼が開いた。

 なにか様子が違う。七星はぎょっとした。

 宝玄仙は、しばらく身体を確認するかのように、身体をゆすったり、捩じったりしていたが、やがて、小さく首を振った。

 

「……駄目ね。道術力だけじゃなくて、筋肉も弛緩しているわ。ところで、あなた……。弱っている宝玄仙は本当に弱いのよ。あんな風にやっても、気力なんて沸き起こることはないし、むしろ、意気地が挫けていくわ。あなたのように強い人間とは違うのよ」

 

 宝玄仙の口が開いて、そう言った。

 七星は驚いた。

 

「あ、あんた、もしかして、宝玉(ほうぎょく)さんかい?」

 

 宝玄仙の中に別の人格が眠っているというのは、沙那から教えられて知っていた。

 だけど、面と向かうのは初めてだ。

 

「そうよ。初めまして、七星さん。宝玉よ。いつも、宝玄仙が迷惑かけているわね」

 

 宝玉と名乗った宝玄仙は、にっこりと微笑んだ。

 

「いま、宝玄仙さんと変わったのかい?」

 

 七星は言った。

 

「そうよ。可哀そうに宝玄仙は、もう少しで、泣き出すところだったわ。あんまり、無理な仕打ちはしないでよ、七星さん」

 

「だ、だけど、ああやれば、少しは、気合も入るんじゃないかと思って……」

 

「なにをしようとしたのかは、わかっているけど、いまの宝玄仙には無理よ。だけど、よく、あんなことやる気になるわね。宝玄仙が怖くはないの?」

 

「そりゃあ、怖いさ。きっと、仕返しをすると思ったよ。だけど、命までは奪いはしないと思うし、健気に如意仙女と戦いにいった三人を見ていると、ただ、横たわっているだけの宝玄仙さんに少し腹が立ったんだよ。元はといえば、宝玄仙さんの身から出た錆だしね」

 

「確かにね。わたしも宝玄仙も、少しばかり、不用心すぎるのよね。それに、うっかり者だし……。ところで、さっき宝玄仙に告げた言葉によれば、あの三人は出掛けたのね? 如意仙女という相手のところ?」

 

「聞いてたのかい? まあそうだね。とんでもなく強い相手のところみたいだ。宝玄仙さんを治すには、その如意仙女の持っている落胎泉(らくたいせん)の水を手に入れるしかないみたいなんだ」

 

「そう……。いつだったか、沙那と、宝玄仙にいつもやりこめられている仕返しをさせてあげると約束したことがあるの。宝玄仙に暗示をかけてね、沙那たちに逆らえないようにしてあげたんだけど、うっかりと、暗示がずっと続くようにするのを忘れていたの……」

 

「そうかい」

 

 なんの話か知らないけど、まあ、騒動の好きな連中だから、いろいろあったのだろう。

 

「……というよりも、そんなに長く、宝玄仙になにかを忘れさせるなんて、さすがのわたしにも無理なんだけど、そういうことを沙那に説明するの忘れていたのよね。あの娘たち、しばらく、わたしの相手してくれなかったのよう。昨日は、やっと許してもらえたんだけど、寂しかったわあ……」

 

 よく喋るものだと思った。

 宝玄仙とはまるで感じが違う。

 違う人格というのは、本当なのだろう。

 

「それで、宝玄仙さんはどうなったんだい、宝玉さん?」

 

 七星は言った。

 

「ところで、宝玄仙はしばらく眠らせるわ。苦しそうだし。わたしは、この身体の苦しみ担当よ……。ああ……。だんだんと苦しくなってきたわ。これが照胎泉の影響なのね……。苦しい。苦しいわ。無理矢理に欲情させられるってつらいわね……。ああ、苦しい」

 

 そして、宝玉は本当に苦しそうに眼を閉じた。

 それで終わりだった。

 あとは、苦しそうに息をするだけで、その口から言葉は出なかった。

 

 そう言えば、まだ、裸身を曝け出させたままだったことに気がついて、七星は、慌てて、宝玄仙、あるいは、宝玉の身体に敷布をかけた。

 

 しばらくして、眼を覚ますとしたら、そのときも宝玉なのだろうか?

 七星は、横たわる宝玄仙の身体をじっと眺めつづけた。



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168 三つの関門

「朱姫、あんたの『縛心術』をかけてくれる。いつも、それで身体の感度をあげたりするけど、逆もできるんでしょう?」

 

 沙那が朱姫に言った。

 

「できます、沙那姉さん」

 

 朱姫は応じた。

 それは簡単だ。

 朱姫なら、『操心術』で雑作なくできる。

 

 孫空女の案内で、白い柱のある公園の奥にある『移動術』の結界のある場所から転送されて、広い洞窟にやってきた。

 洞窟全体が霊気で包まれているのが朱姫にはわかった。

 

 如意仙女(にょいせんじょ)という女人国の守り神が支配する場所のようだが、包んでいる霊気には、魔族の匂いを感じる。

 如意仙女というのは魔族なのだろうか?

 とにかく、朱姫は、結界から侵入を果たした場所で、沙那と孫空女に『縛心術』をかけることにした。

 

「……じゃあ、沙那姉さん、孫姉さん、あたしから眼を離さないでください。あたしが数をかぞえます。すると、おふたりの身体は、だんだんと感覚がなくなり、最後には石みたいに感じなくなります……」

 

 朱姫は、数を十から始めて、数を減らしていく。

 

「……二、一。これで、おふたりの身体は、石と同じです。なにも感じないはずです」

 

 朱姫は、続いて、自分の身体には自己暗示をかける。『縛心術』が自分を支配しているのを感じる。

 

「これで大丈夫なんだよねえ……?」

 

 孫空女は、やや不安気に言った。

 最初の侵入で本当に惨い目に遭ったらしいから、まだ、そのときの恐怖感があるに違いない。

 

「孫姉さん、疑っては駄目ですよ。暗示が解けてしまいます」

 

「う、疑わないよ」

 

 孫空女は慌てるように言った。

 

「朱姫、わたしと孫空女は揃って進むわ。だけど、あなたは……」

 

 沙那が朱姫に視線を向けた。

 

「もちろん、ついていきます」

 

「だけど、多分、わたしたちはあなたのことを護れないわ」

 

「そのときは、置いていってください。命までとられることがないなら、覚悟はできています。でも、ここから先、なにがあるかわからないし、あたしの道術もあったほうがいいですよね、沙那姉さん」

 

「それはそうなんだけど……」

 

「行きましょう」

 

 朱姫はきっぱりと言った。

 

「わかったわ、朱姫。それじゃあ、行くわよ。準備して――。それから、いいかしら、ふたりとも。突き当りに到着するまで、息をしちゃあ駄目よ。孫女がやられたのも、霧状の媚薬を吸ったせいなんだから」

 

「わかりました」

 

 朱姫は言った。孫空女も頷いている。

 沙那が剣を抜き、孫空女が『如意棒』を構えた。

 

「それっ」

 

 沙那と孫空女が飛び出した。

 朱姫は後ろを駆ける。

 地面からなにかでてきた。

 

 ぎょっとした。

 これが孫空女を翻弄した触手なのだ。

 まとわりつく触手を沙那も孫空女も武器で払い除けている。

 確かに、股間に乳房にといやらしく絡みついてくるようだが、『縛心術』で性感を失くしているので、ふたりは完全に触手をうまくあしらっている。

 手首に絡まる触手も、うまく連携して庇いながら、道を拓いている。

 朱姫は、ただ、ふたりの進んだ道を後ろからついていくだけだ。

 

 もう少し――。

 

 周りの触手が一斉に霧状の液体を吐いた。

 それとともに、朱姫は、後ろから足首を絡まれる。

 ふたりとの距離が開いた。

 朱姫は顔をあげた。

 沙那と孫空女の動きがとまっている。

 地面から粘性の汁が吹きあがり、ふたりの足を貼りつけてしまっている。

 動きがとまった沙那と孫空女に一斉に触手が群がる。

 そうしている間にも、朱姫の全身にも触手が絡みつく。

 

「『獣人』――」

 

 朱姫は霊気を集中させる。

 自分の身体に力が漲るのを感じる。

 全身に絡まる触手を引き千切る。

 粘性の汁に足を取られてもがいている沙那と孫空女をそのまま抱え込む。

 

 触手を強引に引き千切る。

 そのまま、突き当りまで突進した。

 『移動術』の影響で身体の中が捻じれる感触がする。

 次の瞬間、急に視界が暗くなった。

 

 別の場所だ――。

 転送されたのだ。

 

「た、助かったわ、朱姫」

 

 ほっとした表情の沙那か朱姫に振り向いた。

 

「本当だよ。もう、駄目かと思った」

 

 孫空女が朱姫の頭に手を伸ばしてぐりぐりと擦った。

 朱姫は微笑みを返した。

 すでに朱姫の『獣人』の効果は失われている。

 朱姫は、元の姿を取り戻していた。

 身体が大きくなったせいで服はぼろぼろだが、担いでいた雑嚢は無事だ。

 なかには、三個ほどの水筒が入っているのだ。

 

「だけど、これで、あたしの道術力は切れてしまいました。『縛心術』くらいなら、遣えると思いますが」

 

「しかたないわ。なんとか三人で協力して進みましょう」

 

 沙那は言った。

 不意にどこからか拍手が起こった。

 朱姫は霊気で気配を探るが、それらしい気配はない。

 おそらく、ここではない場所から、音だけをこの洞窟に飛ばしている。

 

「沙那姉さん、これは……」

 

 朱姫はささやいた。

 

「わかっているわ、朱姫。この部屋には、なに者の存在も感じない。拍手の主はここにはいないわ……」

 

 沙那が剣を構える。

 

「最初の部屋を無事に抜けたようだね。一の部屋を抜けた挑戦者は、十数年ぶりだよ」

 

 声が言った。

 

「また、如意仙女だね」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「おや、その声は孫空女じゃないかい。泣きべそかきながら、土下座して謝まらせたのは、さっきのことじゃないか。もう、戻って来たのかい?」

 

「う、うるさい。今度は仲間が一緒なんだ。今度こそ、水を貰うよ」

 

 孫空女が息まいた。

 

「水は、この部屋の奥の結界から、もう一度『移動術』で跳んだ場所にあるよ、孫空女。ところで、お仲間の名はなんだい?」

「沙那よ」

 

「朱姫」

 

 それぞれに言った。

 

「だったら、孫空女に沙那に朱姫、この第二の部屋では、性欲に狂った性獣の相手をしてもらうよ。ただし、ここから先は、持っていけるものは、三人でたったのひとつだ。よく考えて選ぶんだね」

 

「ひとつって、どういうこと?」

 

 沙那が声をあげた。

 しかし、声はそれで終わった。

 もの凄い騒音が突然響く。

 

 朱姫は、眼の前に人の倍ほどの巨大な狒狒(ひひ)が出現したことに気がついた。

 その数は二十匹はいるだろう。

 それが一斉に咆哮したのだ。騒音と思ったのはその声だ。

 発狂したような声をあげる巨大狒狒たちがこちらに襲いかかろうとした。

 しかし、ある一線で見えない壁に阻まれたかのようにとまっている。

 

「なんだい、あれ?」

 

 孫空女は驚いた声をあげた。

 

「性獣って言っていたから、わたしたちを襲いたいんじゃないかしら」

 

 沙那が嘆息した。

 透明の壁のようなものに阻まれる狒狒がなにを求めて、こっちに殺到しているかは、沙那に教えられるまでもなく丸わかりだ。

 狒狒たちの股間には、巨大な男根がそそり勃っている。

 あの血走った眼と狂ったような声は、獣たちにさかりがついていることに間違いない。

 

「ねえ、沙那、ここも、なにかの力で阻まれているよ」

 

 ほんの数歩進んだところで、孫空女が立ちどまって、振り返った。

 狒狒が吠えている場所と、ここまでの距離は、一間(約十メートル)というところだ。

 

「多分、あの狒狒たちのある場所の奥に、また、移動術の結界があると思います。奥からも霊気の塊りを感じますから。それと、眼の前の壁は結界です。それが、あたしたちの行く手を阻んでいます。同じもので、あの巨大狒狒もとめられているのだと思います」

 

 朱姫は言った。

 

「持ち物はひとつって言っていたから、きっと、それ以外のものを持ち出そうとすると、前には進めないということでしょうね」

 

 沙那は剣を地面に置いた。

 そして、前に出ようとして阻まれる。

 

「やっぱりね」

 

 すると、服を脱ぎ始めた。

 

「沙那姉さん?」

 

 急に服を脱ぎだした沙那に、朱姫は声をあげてしまった。

 

「そういうことか」

 

 孫空女も『如意棒』を下に置いて、服に手をかける。

 

「お前も脱ぎな、朱姫。ひとつしか持っていけないということは、服を脱がなきゃならないということのようさ。そして、みんなで、ひとつしか駄目なら、それは水筒に決まっている。あたしらは、ご主人様に水を届けなきゃならないんだから」

 

 孫空女は言った。

 

「そういうことですか」

 

 朱姫も悟った。

 すでに服は千切れてぼろぼろだ。

 朱姫はそれを脱ぐ。

 雑嚢もおろし、中から革の水筒をひとつだけ取り出し、それを手に持った。

 沙那も孫空女も下着まで全部脱ぎ捨てて、素っ裸になった。

 

「さて、じゃあ、わたしたちは、素っ裸であの狂った巨大狒狒の大群を突破しなければならないということね」

 

 沙那が言った。

 

「まあ、あたしに任せな、沙那に朱姫。さっきは、朱姫に助けられたけど、あんな獣くらいなら、あたしひとりで十分さ」

 

 孫空女が前に出た。

 結界の張ってある場所を今度は抵抗なく通り過ぎる。

 続いて、沙那。その後ろを朱姫は進んだ。

 三人が近づくのを見て、狒狒がまた一斉に吠えた。

 

「あたしが相手するよ、お前ら――」

 

 孫空女は叫ぶと、急に駆け出した。

 狒狒を阻んでいる結界の壁に素っ裸で跳び込む。

 孫空女が狒狒の群れに跳び込むと同時に、数匹の狒狒が悲鳴をあげながら地面に転がった。

 だが、孫空女の姿も狒狒に囲まれて見えなくなる。

 一匹、二匹と、孫空女を包む込む集団から弾き飛ばされて、外に転がり出ていく。

 

 どのくらい経っただろうか。

 やがて、全身に汗をかいて上気している孫空女の姿が見えてきた。

 すでに立っている狒狒は、もう数匹だ。

 沙那が戦いの中に跳び込んでいった。

 やがて、すべての狒狒が倒された。

 朱姫は、ふたりのいる場所に駆け寄る。

 もちろん、革の水筒をしっかりと握りしめている。

 

「やっと、最初にやられたときの気が収まったよ」

 

 孫空女が白い歯をこっちに見せた。

 

「さあ、次の部屋よ」

 

 沙那を先頭に呻いている狒狒の横を通り過ぎて、次の結界に身体を投じた。

 

 

 *

 

 

 沙那は呆気にとられた。

 三個目の部屋は洞窟ではなく、白い壁に囲まれた一室だ。

 ただし、窓もなければ、なんの調度品もありはしない。

 部屋は明るい。不思議な光で包まれている。

 

 その部屋の真ん中には、朱姫と同じくらいの少女が、胡坐をかいて座っていた。

 黒い髪が長く、腰の後ろまで届きそうだ。

 そして、全裸だ。

 肌は白く、とてもきれいな身体だ。

 

「あなたが、如意仙女……様ですか?」

 

 沙那は言った。

 

「いかにも、わたしは如意仙女だよ」

 

 見た目には似つかわしくない、威厳のある声が少女の口から出た。さっき第二の部屋で聞いた声と同じだ。彼女が喋っていたのだ。

 

「お前が、あの触手を操っていたのかい?」

 

 孫空女も、触手で痛めつけられた相手が、こんな少女の姿に過ぎなかったと知って、複雑な表情をしている。

 もっとも、少女に見えるのは仮の姿で、数百年もこの女人国の守り神として生きている存在に違いないのだが……。

 

「そうだよ、孫空女。愉しかったねえ」

 

 少女――、すなわち、如意仙女は哄笑した。孫空女が顔をしかめた。

 

「如意仙女様、お願いです。わたしたちの女主人が、照胎泉(しょうたいせん)を飲んでしまって苦しんでいます。水筒ひとつの水をお分けください」

 

 沙那は言った。

 

「水は、この奥だよ」

 

 如意仙女は言った。

 その通り、部屋の奥には、壁の色と同じ真っ白い水甕がある。そこには、満々と水が入っている。

 

「ありがとうございます」

 

 沙那が朱姫に頷いた。

 朱姫は、水を汲むために前に進みかけた。

 

「きゃあ――」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 数歩進んだところで、朱姫の足が床にめり込んだのだ。

 いまは、朱姫の足首から先が床に埋まっている。

 

「水は奥にあると言っただけよ。あげるとは言っていないね」

 

 如意仙女は言った。

 

「お願いします。いま、この瞬間にもわたしたちの女主人は、苦しんでいるのです。この通りです、落胎泉の水をお分けください」

 

 沙那は、その場に土下座した。

 すると、沙那の姿を見た孫空女も同じようにした。

 朱姫が足首の埋まった窮屈な姿勢で身体を屈める。

 すると足首が解放されたようだ。

 朱姫も姿勢を取り直して、土下座をする。

 

 如意仙女が大きな声をあげて笑った。

 沙那は顔をあげた。

 

「わたしもわからず屋じゃないし、まあ、水なんてどうでもいいことなんだけど、少しは、苦労して渡さないとありがたみも湧かないしね。とにかく、水はあげるよ。条件はあるけどね。実は、昔は、この落胎泉も照胎泉(しょうたいせん)子母泉(しぼせん)と一緒に、誰でも飲めるように、この女人国のあちこちに一緒においてあったんだ。昔は誰でも簡単に渡していたくらいのものさ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 沙那は言った。

 

「ああ。だけど、照胎泉を子を成す目的じゃなくて、単純に性愛の道具として使う馬鹿者が後を絶たなくてね。それで、落胎泉は簡単には、飲めないように隠してしまったのだよ。ほら、照胎泉は、子供を産む準備をするだけじゃなく、媚薬効果もあるからねえ」

 

 如意仙女は言った。

 

「では、わけてもらえるんですね?」

 

 沙那は言った。

 

「条件によってはね」

 

「条件とは?」

 

「わたしは、退屈しているんだよ。こうやって、何百年も女人国の守り神でいるのもね」

 

「はあ」

 

 沙那は、とりあえずそれだけを言った。

 少女の姿をした如意仙女がなにを求めようとしているのか、いまひとつわからない。

 

「わたしの退屈を紛らわすことをここでしてくれたら、いくらでも水を分けてあげるよ。それが最後の条件だよ」

 

 如意仙女は笑った。

 

「退屈を紛らわす?」

 

 嫌な言葉だ。

 宝玄仙の退屈を紛らわすために、これまで、どれだけ、この身体を玩具のように扱われたかわからない。

 

「それで、なにをすればいいのさ?」

 

 孫空女が言った。

 

「そうだね。せっかく、三人いるんだ。三人ではしたなく乳繰り合うというのはどうだい? それとも、並んで、自慰をするとか……。まあ、そんなのは平凡かあ……。さて、なにをさせようかねえ。とにかく退屈でねえ……」

 

 如意仙女はそんなことを言いながら欠伸をした。

 沙那は、なんとなく、その物言いや態度に宝玄仙を感じた。

 考えてみれば、触手の林や、わざわざ裸にさせて淫獣をけしかけるなど、宝玄仙にされる悪戯と同じではないか。

 どうして、術を遣える者は、碌でもない者ばかりなのだろう。

 

 いずれにしても、如意仙女の興味と弱点の対象は、これまでの仕掛けで想像できる。

 なにかを創造するとき、誰でも自分を基準に物事を考えようとする。

 如意仙女の準備した仕掛けは、如意仙女自身が弱い部分でもあり、興味を持っていることである可能性が高い。

 それが、意識的なものか、無意識なものであるかを別にしてだ。

 お尻の弱い宝玄仙が、沙那たちのお尻ばかり責めるのと同じだ。

 

「わたしたちが、如意仙女様にご奉仕します。それは、いかがですか? わたしたちは、宝玄仙というご主人様に仕込まれていますから、性の技には長けていますよ」

 

 沙那は言った。

 

「沙那――?」

「沙那姉さん?」

 

 横で孫空女と朱姫が驚いている。

 そんなことを沙那が言うとは思わなかったのだろう。

 如意仙女が爆笑した。

 

「思いっきり愉快な言葉じゃないか。だけど、残念ながら、わたしには、女の悦びというものには縁がなくてね。気をやることができないのさ。何度か試してみたけれど、どうしても、人間の女がいう、達するという状態にならないのさ」

 

「えっ? 一度も?」

 

「本当ですか?」

 

 孫空女と朱姫がそれぞれに言った。

 沙那も少し驚いた。

 女の姿だが、身体は人間とは違うのだろうか。

 

「これまで、何人くらいの人間と試しましたか?」

 

 沙那は言った。

 

「こうやって、水を取りに来た者を相手に、百人くらいかねえ……。人間の女は、股倉や乳房を刺激されたり、媚薬を吸わされたり、一物を女陰に入れられたりしたら、気持ちがいいんだろう? 同じことをやってみたりしたけど、駄目だったね。人間の女のようにはいかなかったよ」

 

「如意仙女様の身体は、人間の女とは違うのですか?」

 

「同じだよ……。いまはね。なにから、なにまでね」

 

 如意仙女はにやりと笑う。

 だが、その笑顔には、なんとなく性に対する渇望があるような気がした。

 水を取りに来た女をいたぶるために、あんな仕掛けを作るくらいなのだ。

 性愛に興味がないわけではないだろう。

 むしろ、興味は強いに違いない。

 

「人間の女と同じなら、気持ちのいいことをされたら、我慢できないだろう?」

 

 孫空女だ。

 

「残念ながら、お前のように淫乱な身体はしていないのさ。そう言えば、お前に十回連続で尻でいかせてやったときのお前の姿は、なかなかよかったよ。同じことをここでしてくれてもいいよ、孫空女。友達ふたりに、尻を責めてもらったらどうだい? 今度は、三十回尻でいったら、水をやるよ」

 

 如意仙女は言った。

 孫空女の顔が引きつった。

 

「沙那姉さん、それでいいじゃないですか。孫姉さんに三十回達してもらって、それで、水を貰って帰りましょうよ」

 

「朱姫――」

 

 孫空女が朱姫を蒼い顔で睨んだ。

 

「黙りなさい、朱姫。如意仙女様、わたしたちにお任せ下されば、如意仙女様に女の昇天という経験を差し上げます。いかがですか?」

 

 沙那は言った。

 如意仙女は笑った。

 

「いいでしょう。やってごらん。やれるものならね」

 

 少女の姿の如意仙女は言った。

 沙那は、孫空女と朱姫とともに、如意仙女のそばまでやってきた。

 こうやって見ても、ただの十七、八の娘にしか見えない。

 

「では、如意仙女様、わたしたちなりの責めをやってみます。でも、わたしたちが奉仕する限りは、わたしたちのやり方でやらせていただきたいのです」

 

 沙那は言った。

 

「まあ、もちろん、そうだろうね。なにをどうすればいいの? 横になればいいのかしら? それとも、うつ伏せ? まずは、股でも開く?」

 

 如意仙女は胡坐にかいた脚を大きく開いて、膝を立てた。

 如意仙女の女陰が露わになる。黒い恥毛に隠れた女の部分が、沙那たちの視界に入った。

 

「それよりも、まずは、愛し合うための準備をしましょう、如意仙女様。如意仙女様は、被虐の悦びはご存知ですか?」

 

「被虐の悦び?」

 

 沙那の言葉に、如意仙女はきょとんとしている。

 

「完全に無力な存在となって、虐げられる悦びです。自分がなにも抵抗できず、なにを命令されても従うしかなく、そして、いたぶられる悦びです。それが、被虐の悦びです」

 

「さあね。わからないよ」

 

 そうだと思った。

 これだけの力を持ち、人間の神とまであがめられるようになった存在だ。

 無力な存在とはほど遠い。

 

「女の悦びというのは、本質的には、支配される悦びです。それが、女の本能なのですよ」

 

「そうなの、沙那?」

 

 孫空女が横から呟いた。

 沙那は、孫空女に顔を向けて睨みつけた。

 それで、孫空女が慌てて、口を閉じる。

 

「そうなのですよ、如意仙女様。女の悦びは、まずは、無力な状態になって、相手に支配される状態になることの向こうにあります。如意仙女様は、女の悦びを味わいたいとおっしゃいました。それならば、如意仙女様は、まずは、無力な存在になって、わたしたちに支配されなければなりません」

 

「……それで?」

 

 如意仙女は、さすがに不審な視線を向けている。

 

「女の悦びです。それを知りたいですか?」

 

「まあね。それがわたしの望みだよ」

 

「だったら、まずは、如意仙女様をわたしたちに支配させてください……。如意仙女様の力が使えなくなるような霊具……、例えば、首輪は作れますか?」

 

「わたしの力を封じる首輪かい?」

 

 如意仙女は言った。

 

「そうです。それを嵌めたら、他人から外してもらわなければ、なんの術も遣えなくって、なにもできない。そんな首輪は作れますか?」

 

「まあ、それも、一興のうちだね。いいだろうよ。お前たちの申し出に乗ってやるよ」

 

 如意仙女は、そう言って、手を空中にかざした。

 次の瞬間、如意仙女の手には、青い首輪が三個と、赤い首輪が一個あった。

 

「まずは、その青い首輪をお前たちが嵌めな」

 

 如意仙女は、青い首輪を放った。

 

「これはなに?」

 

 孫空女が青い首輪を手に取った。

 沙那も朱姫も取る。

 

「お前たちの前で、無力になるのも危険だからね。一応の予防策は取らせてもらうよ。この青い首輪は、わたしにしか外せない。そして、お前たちが、この部屋から出ようとしたり、わたしに対して邪悪な感情を抱けば、その青い首輪が絞まり、お前たちを殺す。そういうことさ。言っておくけど、この如意仙女の身体は、不死身でね。傷つけようとしても、無理だから、覚えておいておくれ」

 

「結構です」

 

 沙那は、青い首輪を自分の首に嵌めた。

 かちゃりと音がして、そこに霊気の縛りを沙那は感じた。

 孫空女と朱姫も青い首輪をそれぞれの首に自ら嵌める。

 

「では、赤い首輪をどうぞ、如意仙女様。これで、如意仙女様は無力になるのですね」

 

「そういうことだね。もちろん、時間制限はあるよ。一刻(約一時間)だね。一刻経てば、わたしは、これを外すことができるようになる。さあ、一刻(約一時間)以内に、お前たちは、わたしをいかせるんだ。やってみな」

 

 如意仙女は、赤い首輪を自分の首に嵌めた。

 

「さあ、被虐の悦びというのが、どれほどのものが、体験させておくれ」

 

 如意仙女は言った。沙那は微笑んだ。

 

「まだですよ、如意仙女様。完全に支配される存在にならなければならないとお教えしたじゃないですか。如意仙女様は、まだ、力を残しています」

 

 沙那は、すっと立ちあがって、少女の姿の如意仙女に飛びつき、彼女の後ろから羽交い絞めした。

 如意仙女の身体が、びくりと震えた。

 

「さあ、朱姫、この如意仙女様に『縛心術』をかけて。いまは無力な存在だから、あなたの術でも抵抗できないはずよ」

 

「な、なにするつもりだい?」

 

 如意仙女が恐怖を感じて、沙那の身体で抵抗し始めた。

 孫空女も手伝って、その如意仙女の顔を無理矢理、朱姫に向ける。

 

「大丈夫ですよ、如意仙女様。あたしたちは、決して邪悪なことを考えているわけじゃないですから」

 

 朱姫がそう言って、如意仙女の眼を覗き込んだ。

 次の瞬間、如意仙女の抵抗がなくなった。

 

「お、お前たち……」

 

 朱姫の『縛心術』が身体に流れ込んだのだろう。

 如意仙女の顔が次第に蒼くなる。

 

「これで、如意仙女様は、一切の抵抗ができません。あたしの言うことに絶対服従です。いいですね」

 

 朱姫が言った。

 如意仙女は頷く。

 朱姫が微笑んだ。

 

「それで、どうするんです、沙那姉さん?」

 

 朱姫が沙那に視線を向けた。

 

「まずは、わたしたち三人の命令に逆らえないように暗示をかけ直して、朱姫」

 

 朱姫が如意仙女に向き直る。三人の言うことに服従しろと、数度、同じ言葉を如意仙女に言う。

 

「……さあ、如意仙女様。あたしの命令を繰り返すんです」

 

「わ、わたしは、お前たちの命令に従う。逆らえない」

 

 如意仙女の口がそう言った。

 

「これで、完全に『縛心術』にかかりました、沙那姉さん」

 

 沙那は頷いた。

 

「では、わたしたちの青い首輪を外しなさい、如意仙女様」

 

 沙那が言うと、沙那、孫空女、朱姫の三人の首輪が同時に外れた。

 

「これで、如意仙女様を護るものはなくなりましたよ。邪悪なことを考えても、如意仙女様を助けるものはありません。水は頂きます。朱姫、水を汲んできて」

 

 朱姫は沙那の指示に従い、部屋の奥の水瓶に向かい、水筒に水を汲んだ。

 今度は、如意仙女は、それを阻止することはできない。

 

「お、お前……。いい加減にしないと、承知しないよ。もしかしたら、最初から、これが目当てだね。女の悦びだの、被虐の悦びだの……。最初から、この状態にするのが狙いだったね」

 

「そんなことはありませんよ、如意仙女様。約束は果たします。それよりも、如意仙女様。如意仙女様は、一刻(約一時間)すれば、自分で赤い首輪を外すことができ、力も回復できるとお思いですよね?」

 

 如意仙女の顔に不審の色が浮かぶ。

 

「でも、如意仙女様は、一刻(約一時間)経っても、自分では首輪は外せません。いま、そういう暗示をかけてしまいます。さあ、朱姫」

 

「や、やめないか。そんなことしたら、承知しないよ」

 

「どう、承知しないのですか、無力なくせに」

 

 朱姫は言った。その手を如意仙女の顔にかざす。

 

「……如意仙女、お前は、二度と自分では、その赤い首輪を外せない。外すことができるのは、わたしたちだけ。そして、わたしたちが外さない限り、お前は、力を取り戻すことができない」

 

 三度同じことを朱姫が言うと、如意仙女の視線が一瞬、虚ろになった。

 また『縛心術』がかかったのだ。

 

「お、お前たち……」

 

 如意仙女が三人を睨んだ。

 しかし、羽交い絞めしている如意仙女の身体は震えている。

 その顔には、恐怖の色がある。

 もしかしたら、この如意仙女は、生まれて初めて、恐怖というものを感じているのかもしれない。

 

「さあ、どうします、沙那姉さん。帰りますか。これで、水は手に入ったし、如意仙女は逆らえないし……」

 

 朱姫が言った。

 

「待って。まさか、このまま、置いていくつもりかい。首輪を……この首輪を外してからにしておくれ」

 

 朱姫の言葉に如意仙女が大きく動揺した。

 

「心配いりませんよ、如意仙女様。わたしは、約束は果たすつもりです。如意仙女様が、わたしたちの責めで昇天されたら首輪は外して差し上げます。昇天できなければ、この洞府から出られないように、暗示をかけ直して、わたしたちは帰りますが」

 

「わ、わたしは、一度も、達したことがないと言ったじゃないか――」

 

 如意仙女は叫んだ。

 

「だったら、ここに放置します。如意仙女様、両手と両足から力を抜いてください。もう、自分では如意仙女様は、身体を動かすことはできません」

 

 沙那が言うと、『縛心術』の影響で、如意仙女の身体が脱力した。

 

「さあ、朱姫は、如意仙女様の股間を責めてあげて。わたしは、胸を責めるわ。孫空女は、ほかの身体のあちこちを」

 

 沙那は言って、如意仙女の胸に口を寄せた。

 

「やっぱり、そういうことになるか」

 

 孫空女は言った。

 

「じゃあ、朱姫の舌技を味わってください、如意仙女様」

 

 ふたりもうずくまり、如意仙女の股に舌を伸ばす。

 

「ひいっ」

 

 如意仙女が反応した。

 達したことがないと言っていた如意仙女が、ほんの小さな沙那たちの舌の刺激で声をあげた。

 如意仙女の顔は蒼白だ。

 恐怖が如意仙女を覆っている。

 生まれて初めて、他人に支配されるという危険な状態に、如意仙女は動転しているのだ。

 自由の利かない身体を懸命にもがこうとしているが、『縛心術』で身体を自分では動かせないと暗示をかけているのでそれができないでいる。

 

「感じるんですよ、如意仙女様。感じなければ、ここに力を失った状態で、閉じ込められるんですから」

 

 沙那は如意仙女の胸から舌を離して言った。

 そして、すぐに責めを続ける。

 

「ゆ、許して、感じることができないんだ、わたしは……。ゆ、許して……」

 

 如意仙女は呟くように言った。

 しかし、その言葉には、嬌声が混じり始めている。

 女陰を責めている朱姫が沙那に視線を向けて微笑んだ。

 朱姫は、如意仙女の股間を視線で示す。

 

 その股間は濡れていた。

 ねっとりとした粘りのありそうな愛液で、如意仙女の股間は濡れている。

 言葉とは裏腹に、本当に被虐の悦びに如意仙女は興奮しているのだ。

 如意仙女が知らなかった性の封印を、力が封じられたという状態が解いたようだ。

 

「あはあっ」

 

 如意仙女が大きな声をあげた。

 朱姫が、如意仙女の女陰に指を入れている。

 百人もの女と行為を試して、一度も達したことがないと言っていた如意仙女だ。

 それが感じるものかどうかわからない。

 だけど、明らかに如意仙女が感じ始めている。

 

「なんだろう、これ? 怖い――。怖い……」

 

 如意仙女が震えはじめた。

 舌技の巧みな朱姫が女陰を責め、沙那と孫空女は、如意仙女に構えさせないように、身体のあちこちを刺激している。

 

「怖い……怖い……怖い……」

 

 如意仙女の声が呻き声のようになった。

 如意仙女が感じている。間違いない。

 朱姫の責める如意仙女の股間は、はっきりとした蜜液の音がしている。

 

「ふ、ふわああっ」

 

 突然、如意仙女の大声が弾けるように迸った。

 眼を見開いて、身体を反らせる。

 

 絶頂した?

 

 達したことがないと言った如意仙女が達した。

 沙那の中に達成感のようなものが沸き起こる。

 沙那は、呆然としている如意仙女をうつ伏せにして、その股の下に顔を入れた。

 朱姫は、その上から如意仙女のお尻を舌で責める。

 孫空女が、如意仙女の胸を指で攻撃する。

 

「いひいいいっ」

 

 如意仙女は、その責めで二度も連続でいった。

 

「や、優しくして……」

 

 如意仙女が叫ぶように言った。

 

「優しくしていますよ、如意仙女様」

 

 沙那は言った。

 

「そうだよ。優しくしているよ」

 

「気持ちがいいんですよね、如意仙女様。朱姫にもわかりますよ」

 

 ふたりもわかっている。

 包み込み、抱きしめるような責め――。

 如意仙女の身体を持ちあげた。三人で取り囲んで抱きしめる。

 

「駄目ええっ――。あああっ――ああっ――」

 

 沙那は、朱姫が責めている如意仙女の肉芽に手を伸ばした。

 そして、その刺激を強める。

 朱姫は、その代わり女陰に再び指を入れて責める。

 ふたつの乳首は、孫空女が繰り返し、口の中で転がしている。

 

「これは……これが……」

 

 如意仙女が叫ぶ。

 

「これが女の悦び――ああっ――ひゃああぁぁぁ――いくうっ――」

 

 次の瞬間、如意仙女は全身を震わせて悶絶した。

 そして、如意仙女はぐったりと横たわってしまった。

 

「朱姫、如意仙女様の『縛心術』を解いてあげて」

 

 沙那は、快感に酔ってしまっている如意仙女の横にしゃがんだまま言った。

 

「いいんですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫が視線を向ける。

 

「いいのよ」

 

 朱姫が『縛心術』を解いた。

 沙那は、如意仙女の首に手を伸ばして赤い首輪を外す。

 すると、如意仙女の虚ろな眼が開いた。

 

「お前たち……」

 

 如意仙女の口が開く。

 沙那は、如意仙女に視線を向けた。

 

「……ありがとう」

 

 如意仙女は言った。

 そして、優しげな笑みを浮かべる。

 

 突然、辺りが真っ白い光に包まれた。



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169 半妖少女への懲罰

 沙那は、気がついた。

 風景が一変している。

 

 あの白い柱の公園だ。

 如意仙女(にょいせんじょ)の洞府へ『移動術』によって跳んだ場所だ。

 孫空女と朱姫もいる。

 三人とも全裸だったが、二番目の部屋で脱ぎ捨てた服も装具もそばにある。

 

「沙那、見て」

 

 孫空女が言った。

 服のほかに、如意仙女のいた部屋にあった水甕が、そのまま、ここにある。

 その中にはたっぷりと水が蓄えられていた。

 

「如意仙女の贈り物ということですね」

 

 朱姫が服を着ながら言った。

 もっとも、朱姫の服はもうぼろぼろだったから、着るというよりは、巻くという感じだ。

 

「これもあるわ」

 

 沙那の手には、あの如意仙女につけさせていた赤い首輪もある。

 

「如意仙女の首輪かい?」

 

 孫空女が沙那の手の中を覗きつつ言った。

 

「そうよ、孫女。これは、とっておくわ」

 

「とっておいてどうするのさ」

 

 身支度の速い孫空女は、もう、ほとんど服を着終わっている。

 

「わたしたちだって、ご主人様に秘密があってもいいわ。如意仙女ほどの存在の力を封じる首輪だもの。ご主人様にも効果があると思うわ」

 

「なるほどね」

 

 孫空女もにやりと笑った。

 

 そして、怪力の孫空女が水をたたえた水甕を抱えて居酒屋に戻る。

 女主人が店の支度をしていたので、如意仙女から、落胎泉(らくたいせん)を貰ったと説明した。

 彼女は、眼を丸くして驚くとともに、使い残りの水は置いていくと言うと、声をあげて喜んだ。

 

 一緒に行こうというのをうまく断り、三人だけで宝玄仙の寝ている住居側の客間に進んだ。

 水甕は玄関に置き、水筒の水だけを持って、宝玄仙のところまで戻る。

 部屋の前まで行くと、中から談笑が聞こえた。

 七星の笑い声もする。

 

「なんでしょう?」

 

 朱姫が言った。

 

「さあ」

 

 沙那は部屋の戸を開いた。

 

「ご主人様、戻りました」

 

 沙那は膝をついて言った。

 

「ああ、待っていたわ。苦しかったのよ」

 

 その口調で、宝玄仙ではなく、宝玉だと気がついた。

 

「宝玉様かい?」

 

 孫空女も言った。

 

「そうよ。宝玄仙は苦しそうだったから、わたしが変わったの。でも、わたしもさすがにつらかったわ。もっとも、つらくなったら、七星が素敵なことをしてくれるので、これはこれで、よかったけど……」

 

 宝玉が微笑んだ。

 

「あたいと宝玉さんは、もう仲良しさ。宝玄仙さんには悪いけど、こっちの宝玄仙さんは、いつもの宝玄仙さんの一万倍はいい人だね。あたいは、すっかりと打ち解けちゃったよ」

 

 七星は笑って言った。

 

「と、とにかく、落胎泉の水をお飲みください」

 

 沙那は、朱姫に持たせていた水筒を差し出させた。

 七星が受け取り、枕元の器に入れ直して、宝玉の口に持っていった。

 

「宝玉さん、ほら」

 

 七星が宝玉を抱き起こして、その口に当てる。

 

「あら、口移しで飲ませてくれないの、七星?」

 

 宝玉が甘えた声を出す。

 

「勘忍してよ。得体のしれない水なんて口にしたくないんだよ。普通の水で、さんざんやってあげたじゃないか」

 

「ああん、じゃあ、またやってね」

 

 宝玉は、落胎泉の水を飲んだ。

 するとみるみるうちに、宝玉の顔に生気が戻る。

 

「凄い効果ね。もう、苦しいのが取れてきたわ。ありがとう、みんな。宝玄仙の分もお礼を言うわ」

 

「とんでもありません。とにかく、安心しました」

 

 沙那は言った。

 

「ところで、朱姫……」

 

 宝玉が、七星の支えを外させながら朱姫に視線を向けた。

 もう、身体を動かせるようになったようだ。

 宝玉は、寝具の上で上半身を起こした姿でいる。

 服を着ていないので、かたちのいいふたつの乳房が露わだ。

 腰から下は、薄い掛布で覆われている。

 

「はい、なんでしょう、宝玉様?」

 

 朱姫は言った。

 

「七星から聞いたわ。あなた、随分と七星に酷いことをしたみたいね」

 

「えっ? い、いえ……。あっ……、あのう、それは、ご主人様が……」

 

「黙りなさい。宝玄仙が気まぐれであり、悪戯好きで調子に乗りやすいのは、わたしも申し訳ないと思うし、謝るけど、あなたまで調子に乗って、同じ仲間に手酷い悪戯をするなんて、どうかと思うわ。お仕置きが必要ね」

 

「え、ええっ?」

 

 朱姫は声をあげた。

 沙那は宝玉を見た。

 顔は笑っているが眼は真剣だ。

 宝玉は本気らしい。

 

「来なさい、朱姫」

 

 朱姫が蒼い顔をして、宝玉のそばまで進む。

 宝玉が、朱姫の首に手を伸ばす。

 

 かちゃりと音がした。

 

「ひいっ。な、なにをつけたのですか、宝玉様?」

 

 朱姫の顔が引きつる。

 宝玉は、掛布の下から首輪を取り出したのだ。

 そして、それを朱姫の首にはめた。

 

「霊具の淫具よ、朱姫。あなたも覚えがあるでしょう? 宝玄仙が以前、あなたに嵌めたもので、わたしが外してあげたものよ。日に三度、お尻で自慰をしなければ、身体が欲情して苦しくなるあの首輪よ。しばらく反省なさい」

 

「そんなあ――。七星姉さんのことは……、あ、あれは、ご主人様の命令なんです。本当です――」

 

 朱姫は泣きべそをかきかけている。

 

「言い訳は無用よ。あなたも面白がって、七星に酷い仕打ちをしたのは事実なんでしょう? とにかく、それをしていなさい。しばらくしたら、外してあげるし、あなたは悪くないと判断して、宝玄仙がそれを外すなら、それでいいわ。だけど、宝玄仙が外してくれないなら、わたしが外すまで、また、お尻を日に三度、みんなの前で慰める日々を過ごしなさい」

 

「お願いします、宝玉様。反省します――。反省しますから」

 

 朱姫が眼に涙を溜めながら哀願する。

 

「罰は罰よ、朱姫。効果がでるのは明日からよ。しっかりと反省しなさい。それと、今度は、自慰じゃなくて、日に三度、他人にやってもらわければ、淫情から解放されないように術をかけたわ」

 

「そんなあ……」

 

「しかも、お尻以外の部分では達することができなくしてあるわ。淫情を解放してくれる唯一の首輪と連動するお尻用の張形は、七星に渡して置いた。果てしない淫情で苦しみたくなければ、宝玄仙を含めた他の四人の誰かに、それでお尻を慰めてもらうのよ。まずは、七星に渡しておいたから。七星にお願いして、お尻を責めてもらいなさい。いいわね、朱姫」

 

「お願いです。許してください、宝玉様」

 

 朱姫も必死の態度だ。

 しかし、あれは、もう無駄だ。沙那は確信した。

 

「そういうわけだから、苦しくなったら言いな、朱姫。お前がいい娘だったら、お前の尻を慰めてやるよ。だけど、あたいが気に入らない態度をとれば、そのままだ」

 

 七星が宝玉が渡したのであろう、細い張形を手で振りながら言った。

 

「か、勘忍してください、七星姉さん」

 

 朱姫が肩を落とした。

 

「じゃあ、わたしは、一度寝るわ。眼が覚めたら、宝玄仙に戻っていると思うから。みんな、またね」

 

 宝玉は横になった。

 すぐに寝息が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 宝玄仙が爆笑した。

 南に向かう街道だ。

 旅人の姿はほとんどない。

 だが、街道は整備されていて楽な旅だ。

 街道は、女人国の国都に繋がっているはずで、十日も歩けば、そこに到着するだろう。

 

 孫空女は先頭を歩いていたが、宝玄仙が昼餉にしようと言ったので、沙那と支度をしていた。

 すでに宝玄仙は、道端に結界を組み、椅子代わりの石に腰掛けている。

 

「それで、宝玉に、あの首輪を嵌め直されたのかい、朱姫。これは傑作だね。七星の調教を命じたお前が、今度は七星に調教されるというわけだ。せいぜい、励むといいよ」

 

 宝玄仙は笑っている。

 万が一にも、宝玄仙が朱姫の首輪を外すわけがないと思ったが、わずかな期待を抱いていた朱姫が、完全に意気消沈して、宝玄仙の前で座り込んだ。

 

「じゃあ、朱姫、さっそく、やろうじゃないか。尻をめくって、こっちに向けな。宝玄仙さんの前で、やってやるよ。昼餉の支度は、沙那と孫空女がやるってさ」

 

 七星が張形を取り出しながら言った。

 孫空女はそれを横目で眺めた。

 昼餉の支度といっても、それほどのことがあるわけじゃない。

 出発前に、宿屋代わりにしていた居酒屋の女主人から購った鶏肉の燻製の塊りを数切れずつ切って、人数分の皿に載せるだけだ。

 すでに沙那が切り終えて、孫空女が並べた木皿に載せ終わっている。

 

 沙那は、今回のことで、少しも朱姫を庇う気がないようだ。

 宝玉にもなにも言わなかったし、宝玄仙にも、宝玉が朱姫に対する罰として、そうやったと説明しただけだ。

 とりなしを頼んだ朱姫にも、しばらく反省しろと冷たく突き放していた。

 

「な、七星姉さん、お願いします……。朱姫の……お尻をほじってください」

 

 朱姫が頭を地面につけて跪き、貫頭衣の裾をまくってお尻を出した。

 下着は、立て膝になった膝までずりおろされている。

 

「どうしようかなあ。この前は、手酷い仕打ちを受けたしね」

 

 七星はにこにこ笑っている。朱姫に仕返しができるのが、本当に愉しそうだ。

 

「七星、気が進まなければ、朱姫の尻なんて、慰めてやらなくてもいいのさ。晩まで放っておけば、淫情で苦しみもがき始めているから、そこまで待てば、朱姫のお願いにも熱が入るというものさ。最初の頃に五日ほど放っておいたことがあるから、その程度じゃあ、発狂しないことは確認済みさ」

 

 宝玄仙だ。

 面白いことだけが好きな宝玄仙は、七星と一緒になって朱姫をいたぶることに悦に入っている。

 可哀そうだが、宝玄仙が気まぐれにも朱姫を解放することはなさそうだ。

 しばらく、朱姫の調教係は七星ということになるのだろう。

 

「そ、そんな。もう、苦しいです。つらくなってきているんです。七星姉さん、もう、お願いします」

 

 朱姫は頭を地面につけながら言った。

 確かに、朱姫がもう魔具のために欲情しているのはわかる。

 剝き出しになった朱姫の下半身は、もう紅く火照っているし、全体に脂汗のようなものが浮かんでいる。

 

 支度が終わったので、孫空女は沙那と一緒に、少し離れた場所で、三人が落ち着くのを待った。

 沙那も、じっと朱姫や七星の様子を見ている。

 宝玄仙の合図があれば、昼餉の燻製肉を配るのだが、しばらくはかかりそうだ。

 

「そうだね。明日くらいまで放っておくかな。今朝もやってやったじゃないか、朱姫。一日一回でいいだろう? あたいは、飽きちゃたんだよ。一日一回。そうしよう。うん」

 

 七星は言った。

 

「勘忍してください、七星姉さん。そんなに放っておかれたら、朱姫はおかしくなってしまいます。これまでのことは謝りますから……。お願いです、お情けをください。お願いします」

 

 朱姫は、地面に顔をつけたまま、顔を七星に向けた。その表情は必死だ。

 

「飽きたって言っているだろう、朱姫。お情けが欲しければ、あたいが興を感じるようなことをやりな」

 

 七星は言った。

 

「な、なにをやればいいのですか、七星姉さん?」

 

「自分で考えるんだよ――。と言いたいけど、まあ、最初だからね。じゃあ、自分で肉芽の皮をめくって、百回擦りな。数をかぞえながらね。そうしたら、お情けをやるよ」

 

「だ、だって、首輪のせいで、普通じゃいけないんです。お尻以外のところで刺激を受けると、いけない苦しみが増えるだけで、苦しくなるんです、七星姉さん。日に三回――。三回は必要なんです」

 

「知らないよ。よく考えれば、あたいがお前の尻を日に三回もほじるなんて、面倒なだけじゃないか。あたいは、お前の奴隷じゃないんだ」

 

「も、もちろんです、七星姉さん。奴隷はあたしです。お願いですから、日に三回やってください。そうしないと、本当に苦しいんです」

 

「だったら、苦しめばいいだろう。それに、あたいは、どうしたら、あたいが面白いと思うのか、教えてやっているんだ。気が進まなければ、やらなきゃいいだろう――。さあ、もう、食事にしよう」

 

 七星がぴしゃりと言う。

 本来、七星には嗜虐癖もなければ、しつこく他人を追いつめるような性格も持っていない。

 あんな風に朱姫に言っているのは、本当にこのところの朱姫の仕打ちに腹を据えかねていたに違いない。

 まあ、沙那ではないが、朱姫の身から出た錆かもしれない。

 

「わ、わかりました。やります。朱姫は、百回、肉芽を擦ります。それで、昼の分をお願いします、七星姉さん」

 

「ちゃんと、感じるように本気でやらないと駄目だよ、朱姫。手を抜いているとあたいが判断したら、最初からやり直しだからね。あたいの眼はごまかせないよ。本気でやっているかどうかなんて、見ていればわかるんだ」

 

「わかっています。命令に従います。だから、日に三回――。三回、お願いします」

 

「さっさと始めな、朱姫。百回擦れば、昼の分を一回やればいいんだろう」

 

 宝玄仙は、七星と朱姫の様子を愉しそうに眺めている。

 いつもの宝玄仙だ。

 昨日まで、照胎泉(しょうたいせん)の水を飲んで身体が起きあがれないくらい苦しんでいたとは信じられない。

 如意仙女(にょいせんじょ)からもらった落胎泉(らくたいせん)を飲んだ後、宝玄仙の身体は、そのまま今日の朝まで眠り続けた。

 眼を覚まさない宝玄仙を心配はしたものの、照胎泉で苦しんでいたときとは異なる穏やかな呼吸に安心もしていた。

 

 そして、今朝――。

 宝玄仙は起きあがり、完全に復活していた。

 沙那が簡単に事情を説明し、宝玄仙はわかったと返事をして、すぐに旅を再開すると告げた。

 それで、部屋に置いてくれた居酒屋の女主人に礼金とともに、お礼を言い、そして、あの女医のところにも赴いて感謝の言葉を伝えた。

 

 それで出発した。

 そのお礼回りのあいだに、七星は、最初の尻ほじりを朱姫にやったようだ。

 宝玄仙が休んでいた部屋と供が寝泊りしていた部屋は異なるので、宝玄仙は七星が朱姫の尻を責めるのを見なかったのかもしれない。

 

「ああ……やります。やりますから……。一、二……」

 

 朱姫が尻を高くあげた姿勢のまま、片手で股間を擦りはじめた。

 すぐに情感のこもった声が朱姫の口から洩れだし、身体を震わせはじめる。

 

 十五をかぞえたところで、朱姫の身体は、最初の絶頂の仕草を示した。

 しかし、それが偽物の絶頂であることを孫空女も知っている。

 あの首輪をしている限り、尻以外ではいけないらしい。

 ともかく、宝玉がそう施したのであり、達したと思うだけで、決して達することはなく、絶頂と同じ快感を受けることで、絶頂寸前の状態で身体の反応が止まってしまうようだ。

 それから後は、絶頂するはずなのに、絶頂しなかった苦しみが続くだけだ。

 

「はひっ、おうっふ……ひぃ――。もう……た、堪ら……ない……三十二……三十三……ああ、また、いく――。三十四――。やっぱり、いけない――。苦しいよう……さ、三十五……」

 

 途中から朱姫の声は、完全に泣き声に変わった。

 何度も背が浮きあがり、嬌声も漏れる。

 しかし、絶頂した時の独特のよがり声と身体の反応だけはない。

 肉芽を擦りながら、何度も何度も絶頂寸前の苦しみだけを繰り返し味わっているに違いない。

 

「……九十……きゅ、九……ひいっ……ひゃ、百――。お、お、終わりました……な、七星姉さん―――」

 

 朱姫は息も絶え絶えに言った。

 

「ああ、約束だからね。お尻にお情けをあげるよ」

 

 七星は、朱姫の剝き出しにお尻に無造作に張形を突き挿した。

 

「はにゃあぁぁぁ――」

 

 いきなり肛門に張形を突き挿された朱姫は、絶叫を口から迸らせた。

 しかし、その声には、はっきりとした愉悦も混じっている。

 

 七星の挿した張形は、もう、ぎりぎりまで埋まっている。

 痛みもあるはずだが、それよりも、朱姫は淫欲が暴れ回って苦しい熟れきった身体が、やっと解放される悦びでいっぱいでもあるようだ。

 挿しただけだというのに、すでに朱姫は絶頂の寸前の仕草を示している。

 

「一」

 

 七星はそう言い、すぽんと張形を朱姫から抜いた。

 しばらく待っても、それ以上なにもないので、朱姫は、顔をあげて、七星を見て呆然としている。

 

「あ、あの……ま、まだ、終わっていません」

 

 すると七星がげらげらと笑いだした。

 

「あんまり、日に三回だの、昼の一回だとのうるさいから、言った通りにしてやっただけじゃないか。百回擦れば、一回――。一回やってやったよ。満足だろう、朱姫?」

 

「ち、違います。その一回じゃありません。一回、達するという意味で……」

 

「あたいは頭が悪いからねえ。ちゃんと説明してもらわないとわからないじゃないか、朱姫。そうかい、百回肉芽を擦れば、一回達しさせてもらえると思ったんだね、朱姫。じゃあ、もう一度、やりな、朱姫。でも、一回は一回だ。百回に擦るたびに、一回ほじってやる。いま、お前が貰えるお情けはそれだけさ、朱姫」

 

「それじゃあ、いけません――。お願いです、七星姉さん。もう、意地悪しないで」

 

「百回に一回だよ。その代わり、次の一回は、挿したままにしてやるよ。挿したままなら、お尻を一生懸命に振れば、気をやれるんじゃないか?」

 

「そ、そんなあ」

 

 朱姫は泣き出した。

 

「嫌ならやらなきゃいいよ。さあ、宝玄仙さん、そろそろ、食事しようよ」

 

「そうだね」

 

 宝玄仙は笑ったまま言った。

 孫空女は沙那とともに、木皿を配った。

 朱姫の分は、地面につけた顔の前に置く。

 

「やります……。百回、またやります」

 

 朱姫は、泣き声で言うと、また、数をかぞえながら自分の股間を擦りはじめた。

 すぐにおこりのような反応を身体が示す。

 だが、やっぱり偽物の絶頂なのだろう。嬌声がすぐに悲鳴に変化する。

 そうやって、何度も苦しい絶頂の仕草だけをして、やっと百回が終わる。

 七星が、朱姫のお尻に張形を突き挿した。

 

「ほら、存分に愉しみな」

 

 七星がにやりと笑う。

 

「ひんっ――ひいっ――はあ……はっ――」

 

 朱姫が、悲鳴だかよがり声だかわからないような声を出しながら、猛烈な速さでお尻を振りはじめた。

 

「ひいっ――やっと、やっと、いけます――。もう、ああ……いきます……はひゃあっ――いくっ――」

 

 甲高い声が朱姫の喉から吹き出る。身体が限界まで仰け反っている。

 しかし、その声が、これまでで一番大きな悲鳴に変化した。

 

「駄目――、いけない――。ああっ……、駄目です。いけないんです、七星姉さん」

 

 朱姫が叫んだ。

 すると、七星がまた笑った。

 

「当たり前だよ、朱姫。お前、宝玉さんの話のなにを聞いていたんだよ。自分でいじくったって達しないと言っただろう。それは、肉芽も尻も同じさ。あたいが手を離して、お前だけが腰を振れば、自慰と一緒じゃないか。いけないんだよ。あたいの手が添えてなければね」

 

 七星は言った。

 

「だったら、手を……手を添えてください。もう、限界なんです、七星姉さん」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 

「あたいの分は、ここまでさ。夜は必ずやってあげるよ。それまで我慢しな」

 

 七星は、話はこれで終わりというように、木皿を手に取った。

 そして、肉を食べ始める。

 

「後生です。お願いです。お情けをください、七星姉さん」

 

 朱姫が起きあがり、七星の前で手を合わせた。

 七星は、冷たく首を横に振る。

 

「あたいは終わり。孫空女か、沙那に頼めばいいだろう」

 

 七星は言った。

 朱姫がこっちにやってきた。

 

「お願いします。このままじゃあ、朱姫は、おかしくなってしまいます」

 

 朱姫の顔は淫情に呆けたようになっている。

 真っ赤に上気した顔は、涙と鼻水で汚れるとともに、絶頂寸前で放置されて達することのできない苦しみが浮かんでいる。

 

「……と朱姫が言っているけど、どうする、沙那?」

 

「わたしは、通天河(つうてんが)を渡る前に、朱姫に食堂で『影手』でわたしの身体を弄ばれたことを忘れてないわ。それからも、何度も『影手』を遣って道端で悪戯をされたし……。七星の言う通り、夕方まで、そうやっていればいいと思う。本当は、明日の朝まででもいいと思っているわ」

 

「そんな、沙那姉さん――。じゃあ、孫姉さん、お願いです。もう、反省しています。このところ、調子に乗っていました。悪かったと思っています」

 

「そう言えば、朱姫は、このところ、あたしにも意地悪いよね。霊感大王(れいかんだいおう)の洞府で、容赦なくあたしの身体を責めたてたしね――。ご主人様のところに行きな。あたしらになにを言っても、お前にお情けをしてやるつもりには、当分ならないから」

 

 朱姫が泣き顔のまま、宝玄仙に振り向いた。

 

「実は宝玉に言われてるんでね、朱姫。お前にお情けをくれるのは、七星か、沙那か、孫空女だ。わたしは、この件には関わらないよ。ただ、面白いから見物はさせてもらうけどね」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、朱姫がわんわんと泣き出した。

 まったくの飾りもない。

 心の底からの号泣だ。

 地面にしゃがんで声をあげて泣いている。

 下着は、膝に引っかかったままだ。

 近づいた七星が、朱姫を強引に四つん這いにさせた。下袍をめくりあげる。

 

「じゃあ、今回は、これくらいで勘弁してやる。もう、調子に乗るんじゃないよ」

 

 七星は、肛門に挿さったままだった張形を激しく前後しはじめた。

 

「はひいっ――あり、ありがとう、ひいっ……ああ……ございます……いいっ、はひっ……はっ、はっ、ああっ……」

 

 七星が張形を出し入れするたびに、朱姫は官能の叫び声をあげた。

 そして、絞り出すような声を発して、朱姫の身体は硬直し、そして、がくがくと痙攣した。

 

「うわっ」

 

 七星が朱姫の身体から飛びのいた。

 朱姫は、身体こそ倒しはしなかったが、感極まったのか絶頂すると同時に、股間から小便を洩らしたのだ。

 

「ご、ご免なさい、七星姉さん。つい、出ちゃったんです」

 

 朱姫は泣き声のまま言った。

 その股からは、まだ小便が迸り続けている。

 そんな朱姫に、沙那が近づいて、その顔をそっと抱いた。

 孫空女も、そばまでいき、頭を擦る。

 

「皆さん、謝ります――。朱姫は、このところ悪い娘でした」

 

 朱姫は叫ぶように言った。

 

「まあ、そんなことないわ。これは、お遊びよ、いつもの。朱姫は朱姫でいいのよ」

 

 沙那が朱姫を抱いたまま言った。

 朱姫の嗚咽がますます激しくなる。

 

「それにしても、七星、責め方も、追いつめ方もなかなか、板についているじゃないか。感心したよ。しばらくは、朱姫を預けるよ。朱姫を調教してみな。嗜虐する愉しさが理解できるはずだから」

 

 宝玄仙が言った。

 

「もういいよ。あたいは、これで気が済んだし、やっぱり、人を責めるのはあたいには向かない気がする。朱姫のことは、宝玄仙さんに委ねるよ」

 

「そ、そんな、七星姉さん、見捨てないで――。お願いです。朱姫を躾けてください。なんでも言うことをききます」

 

 朱姫が声をあげた。

 それはそうだろう。

 七星は、あまりわかっていないから、宝玄仙に朱姫のことを委ねると言ったのだろうが、朱姫からすれば、地獄のような宝玄仙の調教を受け直すよりは、七星がいいに決まっている。

 結局は、七星は朱姫の尻をほじってやったが、宝玄仙だったら、本当に五日くらいは放置責めする。

 それこそ、発狂寸前まで放っておくくらいのことは笑いながらやる。

 

「あたいがお前を躾けるの?」

 

 七星は顔をしかめた。

 

「お願いします。奴隷になりますから、七星姉さん」

 

 朱姫が必死の様子で頭を下げた。

 

「はあ」

 

 七星が嘆息した。

 

「この通りです」

 

「よくわからないけど、わかったよ、朱姫」

 

「ありがとうございます」

 

 朱姫がほっとした表情をした。

 

「そうと決まれば、七星、お前には、奴隷の主人としての心構えを教えるよ。教えると言っても、体験した方がいいからね――。朱姫、立ちあがって、手を後ろに回しな」

 

「は、はい」

 

 朱姫が宝玄仙の命令のまま、手を後ろに回すと、宝玄仙がとりだした手錠を朱姫の手首にかけた。

 朱姫がぎょっとした顔をする。

 

「七星、朱姫は、しばらくはこのままだ。明日から、朱姫は、後ろ手のままでも着られるように処置をした服だけを着させな。奴隷の世話は、奴隷の主人の基本だ。しばらくは朱姫はなにもできない。着替えも、身体を拭くことも、糞尿だってひとりではできないだろう。面倒看てやりな」

 

「なんだよ。それじゃあ、あたいが奴隷みたいじゃないか」

 

 七星が不平を言った。

 

「それじゃあ、逆転してもいいけどね。お前が後ろ手に拘束されて、朱姫が世話をするのさ。それがいいのかい?」

 

「わかった。やるよ、畜生――。朱姫、脚を拡げな。小便を垂らした股を拭いてやるから。そしたら、汚れた下着を交換してやる。食事は口でしな。皿が地面に置いてあるから、犬みたいに喰えるだろう?」

 

「わ、わかりました。それと、よろしくお願いします」

 

 朱姫が、紅く顔を染めて脚を開いた。

 その股間に布を持った七星の手が伸びる。

 

「しばらくは、ご主人様も七星と朱姫で遊びそうね」

 

 沙那が孫空女の耳元でささやいた。

 

「つまりは、あたしらは解放されるということかい」

 

「大いなる平和ということよ」

 

「いいねえ、平和、最高――」

 

 孫空女もしっかりと沙那に頷き返した。

 

 

 

 

(第27話『女神の試練』終わり)






 *


【西遊記:53回、如意真仙(にょいしんせん)

 玄奘一行は、女人(にょにん)国に渡る河岸に着きます。
 そして、たまたまやって来た舟の船頭に向こう岸に渡らせて欲しいと頼むと、船頭は快く引き受けてくれます。
 孫悟空は、その船頭が陽に焼けた女であることに気がつきます。

 向こう岸に到着したところで、玄奘と猪八戒が喉の渇きを潤そうと、何気無く河の水を飲みます。
 すると、途端にふたりが腹痛で苦しみだします。

 孫悟空たちは、とりあえず近くにあった居酒屋にふたりを連れていき、事情を説明して助けを求めます。
 居酒屋には老女がふたりいて、苦しむふたりを引き付けてくれます。
 その老女たちによれば、あの河は「子児河(しごかわ)」といい、その水を飲めば、男でも妊娠してしまうということでした。つまり、玄奘と猪八戒の腹痛は妊娠によるものだと説明してくれます。
 孫悟空はびっくりします。

 つまり、男がいない女人国では、そうやって子供を作るのだというのです。
 老女たちは、国都には「照胎泉(しょうたいせん)」という泉があり、それを覗けば妊娠しているのが、男児か女児かがわかり、破嬰洞(はえいどう)にある「落胎泉(らくたいせん)」という水を飲めば、堕胎でできることなどを教えてくれます。
 ただ、いまは、落胎泉は、如意真仙(にょいしんせん)という妖魔が独り占めをしているということでした。

 孫悟空は、破嬰洞にやってきます。
 そこにいた如意真仙という妖魔に、泉の水を寄越せと迫ります。
 しかし、如意真仙は、あの紅孩児(こうがいじ)の叔父でした。そして、紅孩児の一件を恨んでいて、水を渡そうとしません。
 孫悟空は強引に奪って戻ろうとしますが、孫悟空が水を汲もうとすると、如意真仙は邪魔をし、そうかといって、まともに戦おうともしません。
 どうにも、うまくいかない孫悟空は、一度戻って手助けを連れてくることにします。

 孫悟空は、今度は沙悟浄と一緒に、破嬰洞に行きます。
 今度は、孫悟空が戦っている隙に、沙悟浄が落胎泉の水を汲むことに成功します。
 孫悟空は、命まで奪う必要もないと、如意真仙を許して水だけを持って立ち去ります。

 玄奘と猪八戒は、落胎泉の水で堕胎に成功しますが、ひどい下痢にしばらく苦しむことになります。
 ふたりの回復後、一行は、通行手形に印をもらうために、女人国の国都に向かいます。


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 第28話  狂い女と三行半【七星(ななほし)
170 面倒で不本意な調教


 雨の音が激しく窓を叩いていた。

 

「ああ、これじゃあ、また、明日もこの宿町に足留めかなあ」

 

 七星は呟いた。

 眼の前に股間を包む下着だけを身につけさせた朱姫がいる。

 朱姫は、床に置いた皿に載せた食事を口だけで、苦労しながら食べている。

 

 面倒なことだ。

 

 手を遣えば、朱姫も七星もなんの面倒もないのだが、宝玄仙の気まぐれで、この五日ほど、朱姫は後ろ手に手錠で拘束されている。

 首には、霊具である茶色の革の首輪だ。

 そんな格好で、朱姫は懸命に食事をしているのだが、やっぱり、口と顎の周りは、食べ物の汁でべっとりと汚れてしまっている。

 食事の後で、それを拭いて世話をするのは七星なのだ。

 面倒くさいことこのうえない。

 一刻も早く、朱姫の後ろ手の拘束を解いてやりたいのだが、まだ、宝玄仙の気まぐれは続いていて、朱姫は解放してもらえない。

 ……ということは、朱姫の「調教係」というものにさせられた七星の面倒も終わらないということだ。

 

 女人国の国都に向かう街道沿いの宿町だ。

 国都まで二日というところらしいが、昨日からもここで足留めされている。

 国都に通じる山岳道が崖崩れで封鎖されているのだ。

 大した崖崩れではないので、人足が集まれば半日で通れるようになるという話だが、肝心の雨が止まないので、工事は始められないでいるようだ。

 ずっと南に迂回すれば、一日余分に歩くだけで、国都に辿り着くのだが、別に急ぐ理由があるわけではない。

 雨の中を旅するのも気がめいるので、山岳街道が開通するまで、この宿町で過ごすということに決まった。

 

 五人でふたつの部屋を借り、広い方を宝玄仙と沙那と孫空女。狭い方を七星と朱姫が使っている。

 このところ宿に泊まるときには、いつもこの部屋割だ。

 七星が朱姫の調教係ということになっているからだ。

 

 朝食の時、宝玄仙に連れられた沙那と孫空女は、とても疲れた顔をしていた。

 また、夜の間、宝玄仙に責められたのかもしれない。

 そして、今日は、一日、宿で所在無く過ごすということに決まったから、今頃は向こうでも淫靡な悪戯が始まっているに違いない。

 もっとも、結界で遮断されているので、隣の部屋でなにをやっているかは、まったく気配さえも掴むことはできない。

 

「お、終わりました、七星姉さん」

 

 床に跪いたままの朱姫が身体を起こして言った。

 案の定、胸と口の間の部分が食べ物で汚れている。

 

「ああ、来な」

 

 七星は、寝台に腰掛けたまま、朱姫を呼んだ。

 朱姫は、大人しく七星の前に、膝だけでやってくる。

 寝台の柵にかけていた布をとって、朱姫の身体の汚れを拭いてやる。

 

「ほら、もういいよ、朱姫」

 

「ありがとうございます、七星姉さん」

 

 朱姫は頭を下げた。

 

「ああ」

 

 七星は嘆息した。

 これじゃあ、どちらが主人で、どちらが奴隷だかわかりはしない。

 朱姫は、宝玄仙によって後ろ手の手錠をされているから、日常生活のなにひとつもできはしない。

 食事はさっきみたいに、床に置いて口だけでさせることはできるが、糞尿のときには手を貸してやらないとならないし、後ろ手のままでも着させることができるように加工した貫頭衣も下着も七星が着させないとならない。

 旅で汚れた身体だって、足の指から髪の先まで、七星が洗ってやるのだ。

 まるで、でかい赤ん坊を任された気がする。

 宝玄仙のように嗜虐趣味を持った人間なら、朱姫のような可愛い顔の娘が、ああやって、恥辱的な扱いをされるのに接するのは愉しいのかもしれないけど、そういう趣味のない七星には、ひたすら面倒なだけだ。

 

「あ、あのう……、七星姉さん、朝のお情けを……」

 

「そうだったね。尻をこっちに向けな」

 

「はいっ」

 

 朱姫が顔を上気させ、嬉しそうな表情をした。

 そして、くるりと身体を反転させ、膝を立てたまま上半身を倒して、顔を床につける。

 下着に包まれた朱姫のお尻がこちらに向かって掲げられる。

 

 七星は、べろりと朱姫の下着を膝までおろした。

 むわっとする女の臭気が、七星の鼻に入ってくる。

 朱姫の股間はべっとりと濡れ、股間は溢れ出る愛液でてらてらと光っている。

 相当に溜まっていたのだろう。

 これから、お尻をほじってもらえるという悦びで、朱姫の腰はかすかに震えはじめてもいる。

 七星は、寝台の横の台から、霊具である尻孔用の張形をとると、朱姫の双臀の割れ目をこちょこちょと張形で擦った。

 

「あふっ。き、気持ちいいです、七星姉さん――」

 

 朱姫が感極まった声を出した。

 たったそれだけで、さらに股間から淫液がどっと溢れ出てくる。

 

「そうかい、気持ちいいのかい、朱姫」

 

 七星は、自分の声に熱がこもらないのを感じながら、ぐいっと朱姫の尻たぶの片方を掴んで、尻の孔を露わにする。

 

「ひんっ」

 

 朱姫が声をあげる。

 

「お前の股間汁で、張形を濡らしな」

 

 七星は、張形を朱姫の股間にやって、びしょびしょの淫液で張形をまぶす。

 

「あん……はあん……」

 

 朱姫が快感に激しく悶えはじめる。

女陰や肉芽を張形の先で突かれ、弄られるのが気持ちいいのだろう。

 高くあげた尻だけじゃなく、突っ張った太腿も快感でがくがくと痙攣をしはじめた。

 

「ほら、挿すよ」

 

 たっぷりと濡れた張形を朱姫の肛門に、ずぶずぶと突き挿していく。

 

「ひぎいっ――。い、いいっ……。ああっ――。気持ち、気持ちいいです、七星姉さん――」

 

 朱姫が叫んだ。

 そして、呻き声のような嬌声をあげる。

 

「いく、いきますっ」

 

 尻の刺激に弱く、あっという間に達するので、それだけは助かる。

 

「いっていいよ、朱姫」

 

 七星はそう言いながら、朱姫の肛門に挿し入れた張形をぐりぐりと回す。

 そして、回転させたまま、前後に動かして挿入を繰り返す。

 

「いくっ」

 

 朱姫は一番の痙攣を起こして、身体を仰け反らせた。

 そして、痛みを思わせるような激しい悲鳴をあげる。

 もちろん、痛みではない。

 溜まった淫欲が解放される悦びに、我を忘れているのだ。

 さらに、股間から潮のような愛液がまた吹き出し、朱姫が跪いた膝の間の床を汚した。

 

 七星は、そんな朱姫の姿を見て、朱姫には聞こえないように小さく嘆息した。

 あの噴き出した潮によって汚れた床を掃除するのも七星だ。

 それだけじゃなく、体液でべっしょりと汚れた朱姫の股間や汗にまみれた身体を拭くのも七星だ。

 本当に他人の面倒をここまで看させられるのは面倒くさい。

 早く、宝玄仙も宝玉も、朱姫を解放しないものだろうか。

 

 もっとも、朱姫がこんなことになったのは、このところ朱姫が調子に乗っていると、宝玄仙の隠れた人格である宝玉に、七星が訴えたのがきっかけだ。

 この女人国に入ったばかりのときに、照胎泉(しょうたいせん)という水を宝玄仙が不用意に飲んで毒に犯された。

 本当は毒ではなく、子を成す準備であり、子母泉(しぼせん)の水を飲んで妊娠をすれば、身体の不調は戻るのだが、子を産むつもりのない宝玄仙には毒と同じだ。

 

 子母泉の水を飲む以外の方法で、宝玄仙の身体を癒すには、如意仙女(にょいせんにょ)が持っている落胎泉(らくたいせん)の水を飲むしかなく、それを手に入れるために、孫空女と沙那と朱姫が出かけて行った。

 七星は、その間、毒密で苦しむ宝玄仙を看病することになったが、その途中で、宝玄仙の別人格である宝玉が出現した。

 冷酷で気まぐれで嗜虐癖のどうしようもない女である宝玄仙とは異なり、宝玉は優しく、よく話を聞いてくれるし、宝玄仙とは逆に被虐を好む女だった。

 

 子宮に溜まった毒密を出させるための七星の愛撫も、宝玉のお気に入りになった。

 横になっている間、七星は宝玉といろいろなことを語った。

 そのときの話の中に、このところの朱姫の悪戯についても話題になった。

 最近の朱姫は、宝玄仙と一緒になって、七星や沙那や孫空女を魔術で責めるということがかなり頻繁になっていたのだ。

 

 それで三人が戻ったときに、宝玉が朱姫に罰だと言って霊具である革の首輪を嵌めたのだ。

 その首輪は、もともとは、以前、宝玄仙が最初の調教を朱姫に施したときに遣ったものらしく、それを嵌めると日に三度、尻で自慰をしなければ、道術によって激しい淫情に苛まれるものだった。

 宝玉は、それを自慰ではなく、他者に尻を犯されなければ、淫情が解放しないようにしてしまった。

 しかも、張形の霊具による尻以外の愛撫に対しては、快感が溜まるだけで決して達することがないという仕掛けまでした。

 

 朱姫は泣き叫んだが、それを嵌められてしまえば、当の宝玉か宝玄仙にしか、首輪を外すことができない。

 面白いことが大好きな宝玄仙が外すわけがなく、朱姫は定期的にやってくる淫欲の発作を抑えるために、誰かにその張形でお尻を癒してもらわなければならなくなったのだ。

 

 その誰かに、宝玄仙は七星を指名した。

 しかも、手錠で朱姫の両手を後手に拘束して、朱姫を調教しろと七星に引き渡したのだ。

 だが、このところ、道術で朱姫にされていた悪戯の仕返しを堪能したのは最初だけだ。

 

 すぐに一日三度の尻への凌辱など面倒なだけになった。

 しかも、後手に拘束されている朱姫は、なにをするにも七星の手を借りなければならない。

 そういうことをすべて、調教の材料にしろということなのだが、そういう嗜虐趣味のない七星にとっては、まるで朱姫の世話係をさせられているようなものだった。

 食事の世話から、下の世話。着替えや身体の手入れまでやっているうちに、七星の方が朱姫の召使いになった気がしてくる。

 

 七星は、朱姫の股間を拭いてやり、寝台にでも横になっていろと命じた。

 朱姫は膝まで下げていた下着を後ろ手で腰まであげて、寝台に乗る。

 次いで、七星は、朱姫の股間から噴き出した体液で汚れた床を掃除した。

 

 すると、部屋の入口が叩かれた。

 扉が開く。

 この部屋には、宝玄仙の結界がかかっているから、戸が開くということは、宝玄仙か沙那か孫空女ということだ。

 七星が顔をあげると、宝玄仙がいた。

 後ろには、沙那と孫空女もいる。

 

「朱姫、宝玉様よ」

 

 沙那が言った。

 

「七星、朱姫、元気だった? まあ、朱姫は元気ということはないわね」

 

 宝玄仙ではなく、もうひとつの人格の宝玉だ。

 

「宝玉様」

 

 朱姫が寝台から飛び降りて、宝玉の前に後手に拘束された下着だけの身体をひれ伏させた。

 

「……しゅ、朱姫は反省しています。もう、調子に乗ったりしません。どうか、お許しください」

 

 朱姫が顔を床につけたまま叫ぶように言った。

 宝玉が、しゃがみ込んでそっと朱姫を抱き、その顔をあげさせた。

 

「朱姫、五日間つらかった?」

 

 宝玉が朱姫の裸身を抱きしめながら言った。

 

「はい……」

 

 朱姫は宝玉の腕の中で頷いた。

 宝玉が、力を込めて朱姫を抱きしめる。

 そして、その宝玉がすっと朱姫を離した。

 朱姫の首に巻かれていた霊具が宝玉の手の中にある。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 朱姫がほっとしたように、大きな声をあげるとともに、頭を下げた。

 やっと朱姫は解放されたようだ。

 

「やれやれ、これで朱姫の世話をしっぱなしの日常から解放されるよ」

 

 七星は正直な感想を口にした。

 孫空女も沙那も苦笑している。

 

「朱姫、沙那にも礼を言いな。お前を解放してやってくれと、沙那が宝玉様に頼んだんだ」

 

 孫空女が微笑みながら言った。

 

「沙那姉さん、ありがとうございます」

 

 朱姫が頭を下げる。

 

「いいのよ。ただ、わかってね。わたしは、この一行の嗜虐の悪癖は、ご主人様だけでたくさんなの。そして、なによりも、わたしは、部屋の外や人のいる場所でいやらしいことをされたくないの」

 

 沙那もしゃがみ込んで、朱姫の頭に優しく手を置く。

 

「わかっています、沙那姉さん。でも、夜のときはいいですよね。夜の営みのときだったら、沙那姉さんだって、朱姫の身体を責めたてることもありますから」

 

 朱姫の言葉に、沙那の顔が一瞬凍った気がした。

 

「まあ……それは、確かにねえ」

 

 沙那が仕方がないという感じで言った。

 

「じゃあ、夜の営みでは、朱姫が少し羽目を外してもいいということですよね」

 

「そ、そうね……」

 

 朱姫の表情がほころぶのとは正反対に、沙那の微笑みが引きつっている気がする。

 

「さて、ついでに、宝玄仙が取りつけた手錠も外してしまいましょうね。朱姫、向こうを向いて」

 

 宝玉が朱姫を反転させた。

 そして、朱姫の手錠に触れたが、すぐに顔をしかめた。

 

「宝玄仙め……」

 

 宝玉が呟いた。

 

「どうしたのさ、宝玉さん?」

 

 七星は、宝玉の表情が曇ったことに気がついて訊ねた。

 

「宝玄仙ったら……。あいつ、わたしに勝手に外せないように、『道術錠』をしているわ」

 

 宝玉が呟いた。

 

「道術錠?」

 

 孫空女だ。

 

「『道術錠』というのは、道術遣い特有の鍵でね。複雑な術式を施して、簡単に術で解錠できなくなる仕掛けのことよ……。つまりは、宝玄仙は、朱姫の手錠にわたしが外すことのできなくなる仕掛けをしているということよ。わたしだけではなく、宝玄仙にも、もはや術では外せないわ。宝玄仙が術で刻んだ条件を満たさない限り、朱姫の手錠はずっとこのままよ。あいつったら、なんてことするのかしら……」

 

 宝玉が嘆息した。

 

「ど、どういうことになっているのですか、宝玉様?」

 

 朱姫がうろたえた。

 

「宝玄仙は、わたしが勝手に朱姫の手錠を外してしまうことを予想していたようね。だから、意地の悪い条件を術で刻んで、『道術錠』をかけたの。もうこれは、宝玄仙が、あらかじめ設定したことが起きないと手錠は外れないわ。逆に言えば、それが成立すれば、宝玄仙がいなくても外れるわ」

 

「そ、そんな……。じゃあ、ご主人様の設定した解錠の条件とは、なんですか、宝玉様?」

 

 朱姫の身体が震え、朱姫を後手に拘束している手錠がじゃらりと音を立てる。

 

「ちょっと、待って、朱姫。普通は、『道術錠』の鍵は、施した本人にしか読みことはできないんだけど、わたしと宝玄仙は、本当は同じ人間だから……。それにしても、宝玄仙ったら、いつの間に、わたしに心を閉ざすことを覚えたのかしら……」

 

 宝玉はぶつぶつと呟きながら、しばらくじっと手錠を見つめていたが、やがて顔をあげて嘆息した。

 

「わかったわ。だけど、宝玄仙は、とことん、朱姫で遊ぶつもりだったようね……」

 

 宝玉はそれだけを言った。

 

「沙那、宝玄仙の霊具を集めている葛籠(つづら)の中に、赤色の布で包まれたものがあるから、そのまま持ってきてくれる」

 

 宝玉は言った。

 

「わかりました」

 

 沙那は出ていく。

 

「ねえ、朱姫のいつもの『獣人』で引き千切ったらどうなのさ?」

 

 孫空女が言った。

 

「それでも、無理よ。わたしも宝玄仙も道術は一流よ。朱姫の術程度で破れるわけがないわ。朱姫が『獣人』で産み出す力も、所詮は朱姫の術によるものなのだから」

 

 沙那が戻って来た。

 手に赤い布の包みを抱えている。

 

「これでしょうか?」

 

 沙那が宝玉にその包みを渡した。

 宝玉が床にそれを置き、包みを開くと中には、革の下着がひと組入っていた。

 乳房を包む胸当てと、股間を覆う下着だ。

 みんなでそれを覗き込む。

 

「なに、これ?」

 

 孫空女が声をあげる。

 

「ご主人様らしいわね」

 

 沙那も言った。

 胸当てはともかく、股間に履く革の下着には、内側に当たる部分に二本の張形が突き出ている。

 それをどんな風に履くのかということは、容易に想像できる。

 

「悪趣味だね。さすがは宝玄仙さんだよ」

 

 七星も言った。

 

「あ、あの、もしかして、さっきの解錠の条件というのは……」

 

 朱姫だ。

 心なしか顔が蒼い。

 

「これを身に着けて半日以上を過ごすことよ。それで、ひとりでに手錠は外れるわ。宝玄仙が、この下着の霊具を作っていたのは知っていたけど、こういうことだったのね。相変わらず、嗜虐には手を抜かない女よね、彼女も」

 

 宝玉は言った。

 

「こ、これは、ご主人様の霊具なのですか?」

 

 朱姫の声は震えている。

 宝玄仙の霊具といえば、それだけでえげつない効果があるというのが予想できる。

 朱姫は、それを身につけなければならないらしい。

 まあ、朱姫への懲罰の総仕上げというところだろう。

 宝玄仙が、朱姫に対して含むところがあったとは思えないが、宝玄仙も意地の悪い罰を思いついたというところなのだろう。

 

「これを身に着けるとどうなるんだい、宝玉様?」

 

 孫空女が革の下着をひょいと持ちあげた。下着の内側の男根の部分がぶるりと震える。

 

「それにも『道術錠』が仕掛けられているわ。そっちも半日経つまで脱げなくなる。下着が人間の肌を感じると、ありとあらゆる責めを下着が加えはじめるわ。我慢するのね、朱姫。仕方ないわ」

 

「そんなあ」

 

 朱姫が泣きそうな表情になった。

 

「まあ、しょうがないか、朱姫」

 

 孫空女が朱姫の裸身の肩をぽんと叩く。

 

「本当に、それしか方法がないんですか、宝玉様?」

 

「残念だけどね、朱姫」

 

 宝玉は言った。

 

「諦めなよ、朱姫。じゃあ、さっそくつけようか」

 

 孫空女は、革の胸当ても手に取り、朱姫の肩を抱く。

 

「ちょっと待って、孫空女。ねえ、宝玉様、半日外せないということは、その……もよおしたときは、どうなるのです?」

 

 沙那だ。

 確かに、小便や大便をしたくなったらどうなるのだろう。

 

「どうにもならないわね。おしっこは、隙間から滲み出るはずだけど、大きい方は出す方法はないから、済ませてから履くのね、朱姫。沙那と孫空女が、浣腸してあげたらどうかしら。それから、宝玄仙の魔具を身につけたらいいんじゃない」

 

 宝玉がそう言うと、朱姫が悲痛な表情になった。

 

「まあ、そういうことなら、向こうの部屋に行こうか、朱姫。あたしと沙那が面倒看てやるから」

 

 孫空女が言った。

 心なしか嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 

「行きましょう、朱姫」

 

 沙那も一緒になって、孫空女とともに朱姫を連れていった。

 まるで、執行人に挟まれて死刑台に送られる囚人のようだと七星は思った。

 

「それと七星――。これは、頼まれたものよ」

 

 沙那が小さな包み紙を扉のそばに置いてから、部屋の外に出た。



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171 嗜虐酔いの女

「それと七星――。これは、頼まれたものよ」

 

 沙那が小さな包み紙を扉のそばに置いてから、部屋の外に出た。

 

「なあに、あれ?」

 

 宝玉が、沙那が置いていったものを見て首を傾げた。

 

「気にしなくてもいいよ、宝玉さん。それにしても、あいつらも、よくやるよね。これから、朱姫に浣腸をして、その後、あの下着を履かせるんだろう? それになんだか、孫空女は心なしか愉しそうに見えたけどね」

 

 宝玉とふたりだけになると七星は言った。

 

「こうなったら朱姫を責めることを愉しむつもりなんじゃない。なんだかんだで、あの三人は仲良しよ。お互いに責めたり、責められたりして、それなりに愉しむわ。そういう仲なのよ」

 

「へえ……」

 

 なんとなく、あの輪の中には入りたくないという気持ちが沸き起こった。

 七星は、やっぱり嗜虐も被虐も好きにはなれない。

 それに、女同士の性愛も悪くはないが、やはり、性行為は異性間でやるのがまともだと思う。

 もちろん、必要であれば、それなりの態度で相手に合わせることはする。

 それは、娼婦として培った技の内だ。だが、本気で愉しむこととは別だ。

 

 例えば、この宝玉と愛し合うときは、嗜虐者になりきらなければならない。

 それが、宝玉を悦ばせるのだ。

 そんなときは、七星はいくらでも嗜虐者の演技はできる。

 沙那から借りたのは、そのための道具だ。

 それにしても、宝玄仙にしろ、宝玉にしろ、性愛のやり方が随分と偏っている。昔からこうだったのだろうか?

 

「ねえ、宝玉さん、あんたは、男に惚れたことはないのかい?」

 

 七星がそう言うと、宝玉は驚いた顔した。

 

「男?」

 

「あんたが、男に酷い目に遭ったということは知っているし、だから、いまは、男よりも女がいいって感じなんだろうけど、最初からそうだったわけじゃないんだろう? それだけ、綺麗なあんたなんだ。男には不自由しなかったし、世の中には、まともな男だっていただろう?」

 

「さあ、どうだったかしらね……」

 

 宝玉は妖艶に微笑んだ。

 その表情があまりにも美しく、さすがの七星もどきりとした。

 

「……どうでもいいじゃない。いずれにしても、昔のことよ。いまは、沙那や孫空女や朱姫といった仲間に囲まれて幸せよ……。でも、あなたは、わたしたちの本当の仲間にはなってくれないの?」

 

 宝玉が着ているもの脱いでいく。

 宝玉は下着を身に着けていなかった。

 白くて美しい肌が、七星の眼に飛び込んでくる。

 

「さあ、愛し合う時間よ、七星……」

 

「愛し合う?」

 

 宝玉の腕が七星に絡みつく。

 七星は、宝玉の口づけをして、唾液をすする。

 宝玉の舌が七星の舌と絡まる。

 七星の身体に熱いものが込みあがる。

 

「はあ……」

 

 宝玉の口から舌を離した。

 性技については自信も持っていたが、宝玉の舌技に一瞬、七星が翻弄されていた。

 七星は、少し驚いていた。

 

「……わたしたちの仲間になるのが不安?」

 

 部屋の真ん中で、七星は宝玉と立ったまま抱き合っていた。

 七星はまだ服を着ているが、宝玉は全裸だ。

 その宝玉が、七星の耳元でそう言った。

 

「ふ、不安とか……そんなんじゃあ……」

 

「そうよね……。ひとりがいい……。仲間なんていらない……。そんな感じね」

 

 七星は、驚いて宝玉の顔を見た。

 宝玉は微笑んでいた。

 

「宝玄仙の話をするわ……」

 

 宝玉が言った、

 そして、七星を促して、寝台に並んで腰掛ける。

 

「わたし……いえ、宝玄仙は、東方帝国の帝都で、人に裏切られ、あるいは、見捨てられて、身の毛のよだつほど嫌いな男たちに、二年間も凌辱される日々を送ることになった……。それは知っているかしら?」

 

「酷い目に遭ったというのは、聞いたよ」

 

「それは、宝玄仙を徹底的な人間嫌いにしたわ」

 

 詳しくは知らないが、宝玄仙は東方帝国の帝都で罠に嵌って、闘勝仙(とうしょうせん)という天教の最高神官たちの慰み者になったと聞いたことがある。

 それが、宝玄仙を人間不信にしてしまったということだろうか。

 

「二年経って、やっと宝玄仙……、そして、わたしは、凌辱の日々から解放された。でも、仲間なんて二度と、作るものかと思った。あなたは知らないと思うけど、この旅を始めるとき、宝玄仙はたったひとりで旅をするつもりだったわ。教団から無理矢理つけられた供は、『縛心術』をかけて、妖魔のせいだと思わせて、痛みつけてから追い払ったの……」

 

「追い払った?」

 

「そうよ。他人なんてこりごり。二度と人と関わるものかと決心し、西域に向かう途中で、どこかに隠棲の場所を見つけて、人と接触せずに暮らす決心をしていたわ。男どころか、世の中のすべての人間と離れたいと思って旅を始めたのよ」

 

「世の中のすべての人間?」

 

 七星は宝玉の表情からその感情を読み取ろうとしたが、それはあまりにも複雑すぎて無理だった。

 宝玉は、微笑んでいるようでもあり、悲しんでいるようでもあり、あるいは、怒っているようにも見えた。

 

「でも、沙那に遭った。宝玄仙は、沙那の純情さや優しさ、もちろん、可愛さも気に入って、旅に連れていきたくなった。やり方は悪辣だけど、当時の宝玄仙は、霊具で支配しなければ、他人を信用する気になんてならなかったのよ。とにかく、沙那に出遭って、宝玄仙は、なぜか、もう一度、他人と接する気になったのよ」

 

「沙那はいい人だしね。少し真面目すぎるけど、心が真っ直ぐで思いやりがある。沙那と接することで、宝玄仙さんの人間不信も直ったということだね」

 

 七星は言った。

 宝玉が七星の身体に抱きついてきた。

 そのまま、寝台に押し倒される。

 宝玄仙の美しい裸身が、七星の上に被さる。

 

「そうじゃないいわ。宝玄仙もわたしも、もう、他人なんて信じられないと思う。二度と……。だけど、沙那は別……。宝玄仙が旅の供に選んだ孫空女と朱姫もね」

 

「あの三人が例外で、宝玄仙さんの人間嫌いは続いているということかい」

 

「あなたも例外よ。なにしろ、あの宝玄仙が一緒に連れたがったんだもの」

 

「光栄だね」

 

 七星は苦笑した。

 

「わたしが言いたいのは、宝玄仙は、沙那と孫空女と朱姫、そして、あなた以外の誰とも接しようとしていないということよ。宝玄仙にとって、この旅は、もう一度、別の人生を生きるということを見つけることだけど、その人生には、宝玄仙は、沙那と孫空女と朱姫たちのみしか選んでいないのよ。そして、それ以外のすべての者を否定している」

 

 宝玉が七星の身体に裸身を押し付けてくる。

 七星は、腕を宝玉の身体に回して、その肌を撫ぜた。

 宝玉が甘い息をしはじめる。

 

「宝玄仙さんの人間不信は直ったわけじゃないんだね?」

 

「そうよ……。だけど、わたしも宝玄仙も、あの娘たちの前なら心を曝け出せる。自分の醜いところ、汚いところ、はしたないところ、素のままの自……分を見せられる……」

 

 七星は、宝玉の身体を撫ぜ続けた。

 しっとりと汗に濡れる宝玉の身体は、七星の手に吸い付くようで触り心地がよかった。

 宝玉の声に次第に甘いものが混じりはじめる。

 

「……あんたの言いたいことがなんとなくわかるよ。宝玄仙さんも、あんたも、男が嫌いで女が好きだというんじゃなくて、本当は、男であろうと女であろうとすべてが嫌いで、その唯一の例外が、沙那と孫空女と朱姫だと言いたいんだろう?」

 

 すると、宝玉がにっこりと微笑んだ。宝玉の前髪が汗で額に張りつている。

 

「そうよ……ああっ……」

 

 七星の指が、宝玉の背からお尻の割れ目をなぞった。

 宝玉が身体を仰け反らせる。

 

「そんなに大事な供にしては、扱いが酷いと思うけどね」

 

「そ、それは、宝玄仙の……せ、性癖だから……し、仕方ない……」

 

 七星は身体に乗っている宝玉のお尻を両手を掴んで揉んだ。

 指は宝玉の肛門の入口を前後左右に動かしている。

 この身体は、異常なほどにお尻が弱い身体だ。

 信じられないくらいのほんの少しの刺激で、宝玉にしろ、宝玄仙にしろ、よがりはじめる。

 

「ひああっ」

 

 あられもない叫びを宝玉が発した。

 七星は、さらに刺激を加えようとした。

 しかし、その七星の手を宝玉が掴んで、宝玉の身体から引き離した。

 七星は、驚いて、宝玉を見あげた。

 宝玉の妖艶な笑みが七星の顔のすぐ上にある。

 

「宝玄仙の認めた、もうひとりの例外があなた――。さっきも言ったけど、七星、あなたよ」

 

「あたいかい?」

 

 七星は思わず宝玉の顔を凝視した。

 

「あなたは、単に気まぐれで宝玄仙が、あなたをしばらく旅についてくるように誘ったと思っているかもしれないけど、一時的であろうと、永久であろうと、あの宝玄仙が自分の旅に加えようとしたのは、三人を除けば、あなただけだということよ」

 

「あたいだけ?」

 

「旅に誘うということは宝玄仙にとっては、本当に特別なことであり、あの宝玄仙が、自分の心を触れさせたいと考えた存在があなただということよ」

 

「あ、あたいは……」

 

「わかっているわ。宝玄仙にとって、あなたを人生の供にしたいと相手だと考えたとしても、あなたにとっては、宝玄仙は、そういう相手ではないということを……」

 

「それは……」

 

 人生の伴侶――。

 そんな言葉が七星の頭を掠めた。

 孫空女や沙那や朱姫にとっては、確かに宝玄仙は、“人生の伴侶”なのだろう。

 それは、言葉でもそう言っていたし、その覚悟は態度でもわかる。

 だけど、自分は……。

 

「もう、お喋りは終わり。さあ、愛し合いましょう、七星。今度は、まともに愛してくれると、この前、言ったじゃない。だから、ここに来たのよ」

 

 宝玉は言った。

 この前、照胎泉(しょうたいせん)の水を飲んで苦しんでいるとき、宝玄仙の身体に出現した宝玉に七星は、そういう約束をした。

 苦痛を癒すための看護としての愛撫ではなく、性愛として、宝玉を抱いてやると……。

 

「じゃあ、どっちが、猫になる? あたいかい? それとも、宝玉さん?」

 

 七星は言った。

 

「じゃあ、最初は、わたしが奉仕する。でも、後でわたしを縛って……。わたしは、拘束されて、嬲られるのが好き。責められるのがいい」

 

 宝玉がそう言いながら、七星の上衣のぼたんを外して、両側に拡げた。

 胸当てをずらされて、七星の乳首が宝玉の口に含まれる。

 

「ああ……」

 

 じわじわと込みあがる情感に、七星は声をあげた。

 舌遣いがうまい。

 朱姫も上手だが、宝玉の舌はそれとは比べものにならない。

 舌先だけで、たちまちに七星は、強烈な痺れに襲われる。

 

「ひっ」

 

 宝玉が七星の両側の乳首を舐めあげる。

 七星は、舐められるたびに、じわじわと股間から熱いものが滴り出るのを感じる。

 すごくうまい――。

 

「可愛い顔になってきたわ、七星。気持ちいいのね……。ふ、ふ、ふ……」

 

 宝玉の舌が、乳房から首筋にあがり、そして、七星の舌に絡みつく。

 七星は酔うようにその宝玉の舌を吸った。

 宝玉もまた、七星の口を舌で愛撫する。

 お互いの唾液と唾液が、それぞれの口の中で混じり合う。

 

「はあうっ」

 

 宝玉の口が離れたとき、七星は、耐えられずに嬌声を息とともに吐いた。

 宝玉の舌に我を忘れそうになったのに気がついて、七星は愕然とした。

 まともな性愛で相手に主導権を握られるというのは、七星は初めての経験だったのだ。

 

「わたしの技もそれなりのものでしょう? 年季が違うのよ」

 

 宝玉は妖艶に微笑むと、七星の身体から下袴と下着を取り去った。

 あまりにもあっけなく脱がされて、まるで、道術にでも遣ったかと思うくらいだ。

 だが、宝玉はなんの術も遣っていないのはわかる。

 純粋な性の技だけだ。

 宝玉が屈みこんで、七星の肉芽に舌を這い回らせる。

 

「あうっ……だ、駄目……」

 

 うわずった声が口から迸る。

 思わず内腿に力が入り、宝玉の顔を腿で締めつけてしまった。

 

「ご、ごめん……」

 

「いいのよ、七星……」

 

 宝玉が七星の股間で小さく笑った。

 すぐに舌先が七星の股間に戻る。

 

「ひうっ――」

 

 宝玉の舌の動きが速くなる。

 七星は、宝玉の頭を両手で掴んでいた。

 

「ああっ……ひああっ……あああ――」

 

 信じられない気持ちよさが、七星の股間から突きあがる。

 そして、宝玉の舌がすぼまって、七星の女陰に入ってくる。

 奥に差し入れられて、入口に近い膨らみを舌で強く圧迫された。

 

「い、いくっ――」

 

 七星が股間からなにかの噴出を感じた瞬間、それに合わせたように、宝玉も口を七星の女陰から抜いた。

 しかし、宝玉の舌は、まだ、七星の股間を刺激し続けている。

 七星は、大きな声で喘ぎながら、がくがくと痙攣した。

 宝玉の身体の下で七星は、あっという間にのぼりつめた。

 

「いったのね、七星」

 

 宝玉が微笑んだ。

 

「う、うん……。あ、あんた、凄いよ……。ほ、宝玉さん」

 

 七星はそれだけ言うのがやっとだった。

 まだ、心臓が爆発しそうだ。全身の気だるさが取れない。

 宝玄仙も巧みだが、七星がみたところでは、実はこの宝玉の方が性技は上手のような気がする。

 

 なにかこう……経験が違う。

 そんな気がするのだ。

 それに比べれば、宝玄仙の人格になったときは、性愛が直接的で単純な感じさえある。

 これでも、性愛に関しては、七星も百戦錬磨だ。

 性愛を交換することで、相手の人となりをある程度はわかる。

 

「じゃあ、あなたの番よ」

 

 宝玉が七星から身体を離した。

 

「う、うん」

 

 七星は、まだ重い身体を起こして、部屋の隅から一束の縄を取り出した。

 縄を見せると、宝玉の眼が淫らに光った。

 期待しているのだ。

 その期待に応えてあげるためには、嗜虐者になりきることだ。

 

 七星は、一度眼を閉じ、そして、開いた。

 開いた眼は、もう、冷酷で残忍な色で染まっているはずだ。

 宝玉が、七星の顔を見て、宝玉が酔ったような表情になる。

 

「縄を見るだけで興奮しているのかい、変態さん?」

 

 七星は、宝玉の両腕を背中にまわさせ、手首を重ねさせる。

 宝玉の真っ白い肌に縄がひと巻きふた巻き加わっていく。

 

「そ、そうよ……。わたしは、拘束されて、縛られて、苛められるのが好きな変態よ……」

 

 宝玉が色香の漂う喉を仰け反らせて、声をあげる。

 

「これは、霊具じゃない。普通の縄だ。いくら、道術の巧みなあんたでも、霊気のかかっていないただの縄を操ることは簡単じゃないだろう? ただの縄を道術で縄抜けするにはどうするんだい?」

 

 宝玉の乳房の上下に縄が加わり、首にも回される。宝玉は、両腕をしっかりと背中に組んだ状態で、しっかりと上半身を固定された。

 

「そ、そうね……。ま、まずは、縄を霊気のかかった霊具にするという術式が必要ね……。も、もっと簡単なものだと早くできるけど……。縄を自在に動かすほどの霊具にするのは、簡単じゃないわ……。でも、それさえできれば、縄抜けなんかすぐに……」

 

「でも、ここをいじくられながら、縄を霊具にするほどの道術は遣えないだろう?」

 

 七星は、立たせたままの宝玉の股間に指を挿し入れた。

 熱い……。そして、びっしょりと濡れている。

 

「ああっ」

 

 宝玉が声をあげる。

 七星の指がほんの少し動いただけで、もう、宝玉は膝を崩しかけた。

 そして、内腿に淫液を垂れ落ちさせるくらいに、股間を濡らしている。

 

「朱姫を調教するための道具として、宝玄仙に持たされている道具があるのさ。それは、朱姫には遣わなかったんだけど、あんたには遣ってやるよ」

 

 七星は宝玉の脚を肩幅に開かせた。

 その付け根に縄と一緒に取り出して、横に隠していた張形を宝玉の股間にずぶずぶと差し入れる。

 

「ひゃああっ」

 

 宝玉の裸身ががくがくと震えた。

 

「しっかりと股で咥えるんだよ、宝玉さん。脚を閉じても駄目だ。もしも、落としたりしたら、罰だよ」

 

「ああ……。わ、わかったわ。落とさないわ。しっかりとお股だけで道具を咥えるわ」

 

 宝玄仙が歯を食い縛った。

 

「そうだね。しっかりとね。腰を落としてもだたからね。股だけで咥えるんだよ」

 

 七星は、宝玉のお尻に指を伸ばすと、お尻の孔に指を入れて、内側をかき回した。

 

「そ、そこはだめえぇ」

 

 宝玉の全身が紅潮して、仰け反った。

 

「しっかり、立たなきゃだめだよ、宝玉さん」

 

「わ、わかっている……。わ、わかっているの。でも……ああっ……あひいっ――」

 

 宝玉の膝が、がくがくと震えはじめ、ほんの微かに内側に曲がる。

 宝玄仙も宝玉も、お尻が異常に弱い。

 しかし、改めて責めてみると、これ程とは思わなかった。

 まだ、愛撫というほどのものじゃない。

 だが、こうやって、お尻の内側を指で押すように、掻くように刺激するだけで、宝玄仙は、我を忘れたように乱れ始めている。

 そして、七星から与えられる刺激を逃がすまいかとするように、宝玉の肛門は、淫らな伸縮を繰り返してもしている。

 

「お、落とさないわ――。落とさないから――」

 

 宝玉が悲痛な表情で叫んだ。その全身がもう真っ赤に染まって、激しく揺れている。

 

「いく、いくっ――いくのっ――。七星、いってもいい――?」

 

 宝玉が叫んだ。

 

「駄目だよ。始まったばかりだよ。もう少し、我慢して、宝玉さん」

 

 宝玉がもうすぐ達するのはわかっている。

 七星も宝玉の肛門に伝える刺激を強くする。

 耐えられるわけがない。

 

「ああん……。そ、そんな……わ、わかったわ……。が、我慢してみる……あひっ……あっ、あっ――」

 

「そうだよ。我慢して、宝玉さん。いってしまったら、罰だよ」

 

「う、うん――。が、頑張る。ん……ああっ――んんんっ――」

 

 宝玉が汗にまみれた顔を左右に振りたてた。

 もういきそうなのだ。

 しかし、健気に耐えようとしている。

 本当に宝玉は可愛い。

 

「や、やっぱり、耐えられない――。ご、ごめんさい――。いくうっ――」

 

 宝玉が大きな声で叫んだ。

 七星はさっと指を肛門から抜いた。

 

「いっちゃうううう――、ええっ?」

 

 絶頂直前で刺激を消滅させられた宝玉が、びっくりしたような表情を七星に向けた。

 

「ど、どうして……」

 

 突然のおあずけに宝玉が呆然としている。

 七星は、宝玉が股で締めつけている張形を揺すった。

 宝玉がまた、大きな声で叫ぶが、すぐに手を引っ込める。

 

「どうしてじゃないよ、宝玉さん。宝玉さんが罰をもらわなくてもいいように、やめてあげたのにさあ――。それとも、罰がいいのかい、宝玉さん? 罰は、寝台に縛りつけて痒み剤だよ。それも宝玄仙さんから渡されているんだ」

 

「そ、そんな……。あれだけは嫌よ。とっても、痒くて、堪らないんですもの」

 

 宝玉が悲痛な表情になった。

 本当に嫌なのだろう。

 七星は遣われたことはないが、その痒さときたら生半可なものじゃないらしい。

 

「じゃあ、いかないように頑張るんだよ。それとも、いきたい? いけば罰だけどね」

 

 七星は、再び宝玉のお尻を指で刺激はじめた。

 

「ひゃあっ――。だ、だめ――。が、我慢できない」

 

 宝玉の身体がまた震えはじめる。

 それでも七星は愛撫をやめない。

 しつこく、しつこく、宝玉の肛門の中に刺激を送り続ける。

 しかし、宝玉がひと際大きな声で叫んで、気をやりそうになったとき、またもや、さっと指を抜いた。

 

「ひ、ひどいわ――。こ、こんなのって、酷い――」

 

 宝玉が泣き叫んだ。

 

「だったら、痒み剤がいいのかい、宝玉さん。宝玉さんがそれがいいなら、どっちでもいいよ。許可なくいって、痒み責めを受けるか、それとも、絶頂を我慢し続けるかだよ」

 

 七星は言った。

 宝玉の表情に悲痛なものが浮かんだ。

 我ながら、よくやると思う。

 まあ、これも演技だ。

 被虐の好きな宝玉をこうやって愉しませるのだ。

 

「じゃあ、いかせて……」

 

 宝玉が小さくささやいた。

 それを選択するのはわかっていた。

 快楽に弱い宝玉が、焦らし責めに耐えられるわけがない。

 それに比べれば、痒みに対しては、耐えられなくなれば、宝玉は術でそれを癒すことができる。

 どうしようもなくなるくらいに追い詰められれば、魔術を遣えばいいのだ。

 七星は、扉の近くに、沙那が置いていった紙包みを取った。中から黒い布をさっと取り出す。

 宝玉の眼が見開かれた。

 

「これがなにかわかるよね、宝玉さん。沙那から教えられたんだけど、これで目隠しをすると、宝玉さんも宝玄仙さんも、道術が遣えなくなるんだってね。それに自分では外せないんだろう」

 

「沙那ったら……なんてものを……」

 

 宝玉が呟いた。しかし、その表情は淫欲に熟れきった雌の色がある。

 七星は、その黒い布で宝玉に目隠しをする。

 これで、宝玉の魔力が失われたのだろうか……。

 宝玉の表情が変わったから、おそらく、そうなのだろう。

 

「さあ、もう一度、訊ねるよ、宝玉さん。痒み責めがいい? それとも、こうやって、徹底的に焦らし責めを続けるかい?」

 

 徹底的な焦らし責めと痒み責めの究極の選択だ。

 どちらも選べるわけがない。

 もっとも、こんな風に責めるということは、本当は、七星は苦手だ。

 だが、これくらいの演技力もあるし、宝玉がそれを望むからやっているだけだ。

 

「さあ、どうするの、宝玉さん?」

 

 七星は、また、宝玉の肛門に指を入れた。

 今度は二本――。

 宝玉の肛門の中で掻くように動かす。

 

「ひゃあ……ああっ――ああっ――」

 

 しばらく続けていると、宝玉がひと際大きな嬌声をあげ始める。

 七星はわかっている。

 いつ、どの瞬間に達するのかということなど、見ていれば明らかなのだ。

 またもや、七星は宝玉が極める寸前で肛門から指を抜いた。

 宝玉は泣き叫んだ。

 

「ふ、ふ、ふ……そんな風に悶え苦しむ、宝玉さんも可愛いけどね……」

 

 七星は、すぐに宝玉の肛門に指を入れると、今度ははっきりとした刺激をそこに加えた。

 

「あはあああっ」

 

 宝玉が全身を震わせて、ついに達した。

 かろうじて、身体を崩れることを免れた宝玉の股間から、ぼとりと張形が抜け落ちた。

 

「罰だよ、宝玉様」

 

 七星は、縄掛けされた宝玉の上半身をそっと後ろから抱いた。

 黒い布で覆われた宝玉の顔がぴくりと動いた。

 

「さあ、寝台に寝るんだよ。その後、脚を縛ってしまう。それで、痒み剤を身体中に塗るよ。それから、全身を筆で擽ってあげる。嬉しいよね……」

 

 七星は、がくがくと震えはじめた宝玉の身体を押して、そっと寝台に横たえた。



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172 翻弄の調教下着

「さあ、すっきりもしたし、観念して、ご主人様の下着をつけることにしようじゃないか、朱姫」

 

 孫空女が言った。

 

「なにか、嬉しそうに見えるんですけど、孫姉さん」

 

 朱姫が恨めしそうな表情を孫空女に向ける。

 沙那は、そんなふたりの様子に思わず含み笑いをした。

 後ろ手に拘束されていた朱姫に、一度、服を身につけさせ、宿の裏にある厠に連れていって浣腸をして、排便させ、そして、もう一度部屋に戻り、また、服を脱がせた。

 

 いまは、朱姫は全裸だ。

 その眼の前に、宝玄仙が作った霊具だという革製の上下の下着がある。

 朱姫は、それをいまから身につけなければならない。

 朱姫の後手の手錠には、宝玄仙が施した『道術錠』がしてあり、その解錠の条件が、眼の前の宝玄仙の霊具の下着を半日身に着けることだからだ。

 宝玉によれば、『道術錠』で条件付してしまえば、後で宝玄仙が術をかけ直すということはできず、条件が満たされなければ、『魔法錠』は、外れないのだという。

 

 宝玄仙としても、そろそろ、朱姫の手錠を外す時期だとは考えていたとは思う。

 女人国の国都に入るのに、朱姫を後手に拘束したまま入るわけがない。

 だから、宝玉の取り成しにより、勝手に外しても、今回は問題ないはずだ。ただ、外すためには、朱姫が宝玄仙の準備した貞操帯を半日嵌めないとならないというだけだ。

 

 宝玄仙の霊具である限りは、えげつなく責めて立てることが予想されるが、それが終わらなければ、手錠は外れない。

 だったら、宝玄仙ではなく、宝玉が表に出ているときに解錠してしまいたい。

 宝玄仙なら、霊具にのたうち回っていると、面白がってさらに別の術を重ねたりするかもしれないからだ。

 それは朱姫があまりにも可哀そうだ。

 

「嬉しいさ。これから、朱姫が困る姿を眺められるんだろう。でも、同情はしてあげるよ。ほら、さっさと身につけようよ」

 

 孫空女がまずは、胸当てをさっとかざす。

 

「ま、待ってください――。まだ、決心が……」

 

 朱姫が言った。

 

「なにが決心だよ。もう、覚悟、決めなよ。えげつない責めの大好きな朱姫じゃないか」

 

「もう、孫姉さん、まだ言うんですか。謝ったじゃないですか」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 もとはといえば、これは、このところの朱姫の悪戯がひどいという理由で、宝玉が朱姫に日に三度お尻を責めてもらわなければ淫情が収まらなくなるという首輪の霊具を嵌めたことから始まっている。

 宝玉は、さっき、その首輪を外してくれたが、面白がった宝玄仙が、それに重ねて嵌めた後手の手錠はまだ外れていない。

 それを外すための処置がいまからやることなのだ。

 

「そうね、もう、仲良くしましょう。いまは、三人で協力して、できるだけ穏便に朱姫の手錠を外すことにしましょう」

 

 沙那は言った。

 自分でも“穏便”にという言葉に無理があることはわかっている。

 でも、どうしようもないのだ。

 朱姫は、宝玄仙の魔具の洗礼を受けるしかない。

 まあ、朱姫が嫌がるのは無理はないかもしれない。

 宝玄仙の淫具はいつもえげつないが、今回のは見た目だけでそれがわかりやすすぎる。

 胸当てはともかく、股間に履く側の下着には、内側に二本の張形が突き出ているのだ。

 それを前後の孔に受け入れて装着しろということなのだ。

 

「じゃあ、付けるよ」

 孫空女が革の胸当てを朱姫の小さめの乳房に当てた。

 

「うわあっ――。ま、待ってください」

 

 朱姫が後ろに跳び跳ねてそれを避けた。

 お尻を床につけたまま、数歩退がる。

 

「なんだよ、朱姫」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「そ、そうだ――。お、おふたりも……おふたりも服を脱いでください」

 

 朱姫が叫ぶように言った。

 

「あたしらが?」

 

「なんで?」

 

 孫空女とともに沙那も声をあげる。

 

「あ、あたしのことを同情してくれるなら、おふたりも裸になってください。あたしだけ、恥ずかしい姿を晒すなんて、嫌すぎます。あたしは、いまから、ご主人様の淫具を半日も付けるんですよ。何度もはしたなく達するかもしれません。それをおふたりに、じっと見られるだけなんて、耐えられません」

 

 朱姫は、沙那と孫空女を交互に見ながら言った。

 

「じゃあ、どうするんだい。朱姫が淫具で責められている間、横でふたりで愛し合えとでも言うのかい?」

 

 孫空女が呆れた表情をした。

 

「できれば……」

 

「冗談じゃない。なんで、あたしらが……。そんなに嫌なら、ずっと後手で拘束されていればいいじゃないか。ご主人様がいつか外してくれるよ。淫具で苦しむ間、ご主人様が朱姫をそのまま放っておくとは思わないけどね」

 

「で、でも孫姉さん。もしかしたら、そのときは、あたしだけじゃなくて、孫姉さんも巻き込まれるかもしれませんよ。ご主人様は、そういうお方です――」

 

「いい加減にしなよ、朱姫」

 

「いいじゃないですか。それくらいしてくれても。おふたりが裸になってくれれば、あたしは諦めがつくんです」

 

「だったら、勝手にしな。あたしは知らないよ」

 

 孫空女が怒ったように、腰に嵌める淫具を寝台に放り投げる。

 

「わああっ――。だ、だったら、愛し合ってくれとまでは言いません。せめて、あたしと同じ姿になってください」

 

 朱姫は、孫空女と沙那にすがるような視線を向ける。

 沙那は嘆息した。

 

「わかったわ。わたしたちも服を脱ぎましょう、孫空女」

 

 沙那はそう言うと立ち上がり、身に着けているものを脱ぎ始めた。

「沙那――」

 

 孫空女が呆れたというような表情を向ける。

 

「朱姫の言っていることは訳がわからないけど、あなたもなんとなく気持ちはわかるんでしょう、孫空女?」

 

 沙那はどんどん服を脱いでいく。

 胸当ても股間の下着も脱いで素っ裸になる。

 

「わかったよ、脱ぐよ」

 

 孫空女も渋々という感じで服を脱ぐ。

 

「さあ、これでいいね、朱姫。じゃあ、胸の方からいくよ」

 

「は、はい」

 

 全裸になった孫空女がそう言うと、今度は朱姫は抵抗しなかった。

 孫空女が朱姫の胸に革の下着を当てると、背中側で留め具を締める。

 すると、留め具が沙那と孫空女が見ている前で消滅した。

 留め具がなくなったということは、再び出現するまで、これが外せないということだ。

 宝玄仙のことだ。道術や刃物で強引に脱ぐことはできなくしているだろう。

 

「ひゃあ」

 

 朱姫が小さな悲鳴をあげた。

 

「ど、どうしたのさ、朱姫?」

 

 孫空女が心配そうな声をあげた。

 

「な、なんでもありません。胸当ての形が、あ、あたしの身体にぴったりになるように大きさが変わったんです」

 

「それだけ? 動くとか、なにかが滲み出るとかは?」

 

 孫空女だ。

 

「い、いまのところは、なにも……。ただ……」

 

「ただ、なにさ、朱姫?」

 

「とても肌触りが気持ちいいです……。そ、そのう……。まるで、ご主人様の手みたい……。それと……」

 

 朱姫は、赤い顔をしてもじもじし始めた。

 

「それと?」

 

 沙那も訊ねた。

 

「それと、乳首が摘ままれるように、胸当ての内部の形が変わりました。へ、変な感じです……。む、胸全体が包まれるような……」

 

 朱姫が身体をくねらせる。

 

「装着した人間に合わせて、形が変わるみたいね……。つまり、ご主人様は、ただ、朱姫に装着させるためだけに、これを作ったんじゃないんだわ」

 

 沙那は、嘆息しながら言った。

 

「それって、どういうこと? 後手に手錠を嵌めた朱姫にこれを身につけさせるために、手錠の解錠の条件付として、ご主人様は、このおかしな下着を作ったんじゃないの、沙那?」

 

「それはそうよ、孫空女。だけど、それで終わるわけじゃないってことよ、いまの感じだと、これを身に着けると、その人間の身体に合わせて胸当ての形や大きさが変わるみたいよ。つまり、朱姫以外の女が身に着けたとしても、多分、同じように、ぴったりと密着するような感じになると思うわ」

 

 沙那は、朱姫の胸当ての側面に手を触れた。

 完全に肌にくっついていて、指を差し入れる余裕もない。

 装着した直後は、朱姫には大きすぎて少し余裕もあった。

 いまは、完全に朱姫の身体の大きさに合っている。

 

「それって……、つまり」

 

 孫空女が唾を飲んだ。

 

「つまりは、わたしや孫空女が身に着けることもできるということよ。朱姫で終わるわけがないわ。多分、わたしたちのどちらかにもにこれを着ろと言い出すわ。そして、これを装着したまま、歩かせるとか……」

 

 沙那は、もうひとつの下に履く側の下着を見た。

 内側に二本の張形――。

 これを履いて、外を歩かされる……。

 考えただけで総毛立つ。

 しかし、あの宝玄仙だったら、させかねない。

 いや、きっとさせる。間違いない――。

 

「やだよ――。こんなの履くの」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 

「でも、絶対、その気だと思うわ。と、とにかく、なにか対抗策を……。そ、そうだ。せめて、どんなことが起きるのか知るだけでも……。ねえ、朱姫、本当に、いまのところ、その胸当ては、なんにも動かない?」

 

「はい、沙那姉さん。動きません。ぴったりとくっついているだけです」

 

「そう……」

 

 沙那は不審なものを感じた。

 宝玄仙の淫具にしては大人し過ぎる。

 なにも仕掛けがないということはないだろう。

 

「……と、とにかく、朱姫、下も履いてよ」

 

 孫空女がもうひとつの下着を取りあげた。

 

「は、はい」

 

 朱姫が立ちあがって、脚を少し開く。

 

 孫空女が持った革の下着に、朱姫の脚を片方ずつ、くぐらせる。

 

「上げるよ」

 

 孫空女が、すっと下着を腰に向かって持ちあげる。

 

「まずは、後ろからかな。朱姫、ちょっと、前屈みになってよ」

 

 朱姫が孫空女に言われるまま、少し、身体を前に倒して、お尻を後ろに出す。

 下着の内側に装着されている張形の先が朱姫の肛門に触れた。

 

「ひゃん――、ああっ」

 

 朱姫の身体が震えた。

 孫空女が朱姫のお尻に張形のひとつをあてがった瞬間に、ほんの少し張形がぶるりと動いたのだ。

 沙那は、朱姫のお尻の入口に張形が振れたとき、心なしか張形の太さが細くなった気がした。

 そして、微妙に形も変化した。

 もしかしたら、あれは朱姫の肛門の内部のかたちに合わせて変化したのではないだろうか。

 そんな気がする。

 

「あうっ……ひいっ――ひゃん――、は、入ってきます。わああっ――。な、中に……」

 

 朱姫が甘い声をあげた。

 

「痛いの、朱姫?」

 

 朱姫が悲鳴のような声をあげたので、思わず沙那は言った。

 宝玄仙の作る張形は、いつも潤滑油のようなものを必要としない。

 必要な滑らかさを得るために、勝手に表面になにかが滲み出るのだ。

 だから、今回もなにも塗らずに、孫空女はお尻に入れようとしたのだ。

 

「ち、違います――。い、痛くないです……。で、でも――」

 

 朱姫の身体が仰け反って震えた。

 崩れそうになった朱姫の腰を孫空女が両手で支えた。

 しばらく静止したまま朱姫は、なにかに耐えるように歯を食い縛っていたが、やがて、顔をあげた。

 

「と、とりあえず、大丈夫です。急に……、急に入って来たので、びっくりしちゃっただけです」

 

 朱姫が短い息つぎをしながら言った。

 

「当てがったら、勝手に、ひとりでに入っちゃたんだよ、朱姫」

 

「わ、わかっています、孫姉さん。あ、あたしが感じすぎるから、声が出ちゃったんです。そ、そんなに勢いは強くありませんでした」

 

「じゃあ、前のも当てがうよ、朱姫」

 

 孫空女が内腿に当たってとまっている下着の内側に装着されているもう一方の張形を朱姫の女陰に当てた。

 すっと張形が動き出す。

 

「だ、だめえっ――」

 

 朱姫が叫んで、その場に腰を落とした。

 沙那は、孫空女が朱姫の女陰に張形を当てた瞬間、すっと張形がひとりでに朱姫の女陰に吸い込まれるのを見た。

 それとともに、なにかの魔術が動く気配があり、朱姫の股間には、革の下着がぴったりと張りついた。

 

「やっ、いやあっ……」

 

 朱姫が身体を仰け反らせて震えている。

 

「ど、どうしたの――、朱姫?」

 

 孫空女が朱姫の身体を支えながら叫んだ。

 

「お、お豆が……お豆がめくられて、包まれてるんです――」

 

 朱姫が泣きそうな声で言った。

 

「大丈夫?」

 

 沙那も朱姫に近づいて、孫空女とともに、朱姫を座らせると、身体を挟むように横にしゃがみ込んだ。

 

「ああっ……。と、とまりました」

 

 朱姫がほっとした表情をしながら、大きく息を吐いた。

 

「とまった? いやらしく動いたりしていないの?」

 

 沙那は思わず言った。

 そんなはずはない。

 脱げないのは確かのようだが、ただ張形を股間で咥えるだけでいいというような簡単な淫具を宝玄仙が作るわけがない。

 

「変だね、ご主人様にしては……」

 

 孫空女も言った。

 

「本当に、いまのところ、なにもないのね、朱姫?」

 

 沙那はもう一度朱姫に訊ねた。

 

「は、はい。中が密着して気持ちいいのと……、か、感じる部分を摘まむように包まれるのが変な感じですけど、と、とにかく、これなら、じっとしていれば大丈夫です」

 

 朱姫は全身を高揚させて、腰を淫らに動かしているが、確かに、いまのところ、余裕もあるような感じだ。

 

「なにか、変だよねえ」

 

 孫空女の言葉に、朱姫とともに三人で顔を見合わせて頷く。

 そのとき、なにかが起こったような気配がした。

 沙那の中に理由のない不安感が沸き起こる。

 

「ご、ご主人様――?」

 

 突然、朱姫が叫んで眼を見開いた。

 沙那は、仰天している朱姫が見ている方向に視線を向けた。

 

「ご主人様――」

 

 沙那も叫んだ。

 そこには、宝玄仙が立っていた。

 いや、よく見れば透き通っている。

 しかも、上半身だけだ。

 煙のようなものが集まって、宝玄仙の上半身をかたどっているのだ。

 

「ご主人様、どうして、ここに――?」

 

 孫空女がびっくりしている。

 

「わたしが、ここに現れたということは、わたしの結界の中で、朱姫がわたしの淫具を身に着けて、しかも、沙那か孫空女がそばにいるということだね。もしかしたら、ふたりともいるのかね……」

 

 その煙の宝玄仙が言った。

 

「ご主人様、これはどういうことなの?」

 

 孫空女が叫んだ。

 しかし、煙の宝玄仙はそれには応じない。

 

「孫空女、これは、ご主人様が道術で作り出している像よ。あらかじめ術を刻んでおいて、朱姫が履いている霊具を身に着けらたら、刻んでおいた術が働いて、この像が出現するようになっていたのよ」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙の像は、まっすぐに朱姫を向いている。

 つまり、朱姫の身に着けた淫具の方向に向かって喋るように設定されていたのだ。

 あらかじめ刻んでおいた像であることについては、こちらからの呼び掛けには反応しないことからわかる。

 

「これは、もしも、お前たちが、勝手にわたしの霊具を無許可で外そうとしたときに、現れるようにしていた像だよ。わたしは、ここにはいない。おそらく、いまは、宝玉がわたしの身体を支配しているのだろうね」

 

 宝玄仙の像がくくっと笑った。

 沙那は、ほかのふたりとともにそれを呆気にとられて見ていた。

 

「そこに、宝玉がいるなら、これをとめるのは不可能だと言っておくよ。もしも、宝玉がそこにはいず、別の場所にいるなら、朱姫と、朱姫のそばにいる者に言うけど、お前たちのいる空間は閉鎖されたよ。これから、半日間、誰も入れないし、お前たちも出られない――。終わるまでね……」

 

「……な、なにを言っているのさ、ご主人様は……?」

 

 孫空女が不安な表情をこちらに向けた。

 

「よ、よくわからないけど、わたしたち三人が、結界に閉じ込められたということらしいわ。それと、宝玉様に助けを求めても無駄ということのようね……」

 

 沙那は、宝玄仙の像が言ったことを要約した。

 

「なにが始まるんでしょうか?」

 

 朱姫が不安そうな声で言った。

 

「さ、さあ……」

 

 沙那はそっと朱姫の肩に腕を回した。

 朱姫が沙那に身体を寄せる。

 肌と肌を通じて、朱姫の不安が伝わっていくる。

 

「……さて、そこにいる沙那か孫空女、あるいは、そのふたりとも――。この像が消滅すると同時に、お前たちが身に着けている『共鳴封じの指輪』は、一時的に力を失うよ。つまり、朱姫の身に着けている淫具が与えるものが、そのまま、お前たちの身体に伝わってくるということだ。朱姫と一緒に、朱姫が装着したわたしの淫具を味わいな……」

 

 宝玄仙が喋った。

 

「共鳴?」

 

 孫空女が叫んだ。

 共鳴というのは、三人がまったく同じ宝玄仙の内丹印を身体に刻んでいるために起こる現象であり、三人の誰かが受けた官能が、まったく同時にほかのふたりにも伝わるというものだ。

 普段は、三人がそれぞれに嵌めている『共鳴封じの指輪』でそれは遮断されているが、それが無効化されるということは、三人の官能の共鳴が始まるということだ。

 

「……でも、それだけじゃ、面白くないからね。ちょっとした仕掛けもしておいたよ。いま、朱姫のそばにいる者が、ひとりだけなら、普通の二倍の官能がお前たちを襲う。三人だったら、三倍だ。七星と宝玉もいるなら、四倍、五倍になる。いったい、何人いるのかねえ、この部屋に……」

 

 宝玄仙の像が再び笑った。

 本当に嗜虐のこととなると、手を抜かないし、周到だ。

 宝玄仙は、自分がいないときに、朱姫の手錠を外すために、朱姫が嵌めた淫具が遣われることを想定して、いろいろな術を事前に刻んでおいたようだ。

 

「……どうやら、わたしたちは、ご主人様の罠に嵌ったということね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 

「罠って……?」

 

 朱姫だ。

 

「せめて、三倍で終わることに感謝しましょう。五倍じゃなくてよかったじゃない……。さあ、集まりましょう」

 

 沙那はそう言って、孫空女と朱姫を呼び寄せた。

 三人で丸くなり、お互いを抱き合う。

 

「始まるのかい……?」

 

 孫空女も不安そうだ。

 

「じゃあ、頑張りな――」

 

 宝玄仙の像が消滅した。

 

「あっ……」

「ああ――」

「いやああっ」

 

 沙那は、孫空女や朱姫と同時に声をあげた。

 股間と胸に急に圧迫感が加わったのだ。

 おそらく、朱姫が淫具の下着に包まれ、張形を前後の孔に挿している感触が伝わったのだ。

 つまり、共鳴が作動したということだ。

 

「いや――ああっ……」

 

 誰の声かわからないが、ほぼ同時に三人が声をあげた。

 沙那は朱姫と孫空女を抱いている腕に力を入れた。

 胸が急に揉みしだかれる感覚が襲ってきたのだ。

 しかも、乳首がくねくねと転がされる。胸を刺激されているだけとは思えない強烈な衝撃だ。

 

「な、なにこれ――。ひ、ひいっ――」

 

 孫空女が腕を離して、自分の胸を隠すような仕草をした。

 もちろん、そんなことは無駄なことだ。

 

「ああっ、あ、あたし、こんなの……た、耐えられません――」

 

 朱姫がもう泣きべそをかきかける。

 沙那も叫んでいた。

 想像のしたことのない、もの凄い快感が胸を襲う。

 これが、三倍の刺激ということだ。脳を焼かれるような衝撃――。

 こんな気持ちのいい胸の愛撫は初めてだ。胸だけで頭が真っ白くなる。

 

「い、いく――」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「あ、あたしも――」

「ああっ――ひゃあぁぁぁぁ――」

 

 朱姫と沙那も同時に声をあげていた。

 三人で胸だけで昇天してしまっていた。

 

「だめえっ……おかしくなる――」

 

 沙那は叫んだ。

 横で孫空女も朱姫もよがり狂っている。

 まるで宝玄仙のあの手に揉まれているような下着の責めにたちまちに二度目の絶頂に追い込まれる。

 

「あはああっ」

「んふっうう」

「いやあああっ」

 

 そして、あっという間に二度目の絶頂をした。

 しかし、それでも下着はとまらない。

 快感が凄すぎる。

 達したと思ったら、すぐに次の波が待っている。

 

「いぐうう」

「あ、あたしもおお」

「んはああっ」

 

 わけもわからず、三度目の気をやった。

 

「と、とまった……?」

 

 朱姫が激しく息を吐きながら呟いた。

 三度目の絶頂した直後に、やっと胸の刺激がとまったのだ。

 

「また、出た……」

 

 孫空女が嘆くような声をあげた。

 宝玄仙の像が、また出現したのだ。

 

「さて、この像は、お前たちが三回目に達したときに、現れるものだよ。下着の洗礼を味わった段階で、これから起きることを教えるためさ。三回目の絶頂をするまでに、どこまで味わったかね。最初は一箇所ずつしか責めず、胸、肉芽、女陰、肛門の順で作動するけど、三回目くらいだったら、おそらく二番目の肉芽の段階かい? まだまだ、序の口だよ……」

 

 宝玄仙の口がそう言う。

 

「に、二番目って……。まだ、胸だけ。それもちょっとだけ……」

 

 朱姫が恐怖に染まった表情で言った。

 確かに、胸だけであの衝撃だ。

 さらに敏感な股間を責められたらどうなってしまうのか……。

 

「な、なんか、怖いよ、沙那、朱姫」

 

 孫空女が手を伸ばした。

 その手を沙那はしっかりと握る。

 そして、朱姫の後手の手にも腕を伸ばして、その手を握った。

 

「こ、こうなったら、腹をくくるしかないわね。三人で頑張りましょう……」

 

 三人で手をぎゅっと握り合う。

 

「……じゃあ、再開するよ。最初の二刻(約二時間)は、一箇所ずつしか責めない。次の二刻(約二時間)は二箇所ずつだ。どれとどれの二箇所かは、お前たちが昇天するたびに変化する。そこまでいったら、休憩をさせてやる。一刻(約一時間)はお休みだ……」

 

「四刻……」

 

 孫空女がぼつりと言った。

 沙那も息を飲んだ。

 宝玄仙の容赦のない淫具に責められっぱなしで四刻なのだ。

 

「……もちろん、完全にとまるわけじゃないよ。振動が小刻みになるだけだ。休憩の後は、お前たちの好きなお尻の時間だ。たっぷりと三刻(約三時間)、お尻だけを責める。お尻だけにありとあらゆる刺激を与えてあげるよ。愉しみにしといで」

 

「な、なんですか、それ? 全然、半日じゃないじゃないですか――」

 

 朱姫が悲鳴をあげた。

 沙那もそう思った。

 最初に四刻、休憩という名の微振動の責めが一刻と、お尻で三刻……。すでに八刻だ。

 いや、文字通り、半日ということ?

 普通、半日というと昼間の半分の四刻くらいを差すが、宝玄仙は一日の半分の十二刻で考えてるのか?

 

「……それと、お尻を責めている間は、ほかの場所がお休みで退屈しないように、いくたびに敏感な場所に媚薬が滲み出て痒さが増すようになるからね。痒み死にしたくなけりゃあ、できるだけ、いくのを我慢するんだよ……」

 

「そんなあ……」

 

 孫空女が顔を蒼ながら呟いた。

 

「それからまた、一刻(約一時間)は休憩だ。まあ、休憩になるかどうかはわからないけどね。その頃には、痒みで死にそうになっているだろうから、一刻(約一時間)も放っておかれればおかしくなるだろうけど……」

 

 もう誰も口を開かない。

 ただただ、宝玄仙の像が語るえげつない予告に耳を傾ける。

 

「そして、最後の三刻(約三時間)は、お待ちかねの全部の場所の同時責めだ――。じゃあ、始めるけど、どうか、発狂しないでおくれよ。いくら、わたしの『治療術』があっても、頭の線が切れたのを治すのは面倒だからね」

 

 宝玄仙の像が笑った。

 これ以上ないと思うくらい冷酷な笑いだと沙那は思った。

 

「……さて、その前に、最後の仕上げだよ」

 

 宝玄仙の像が言った。

 

「うわっ」

 

 孫空女が叫んだ。

 沙那は孫空女に目をやった。

 孫空女の両腕に嵌まっている『拘束環』が作動し、孫空女の両方の手を後手に拘束したのだ。

 

「な、なんだよ、これ」

 

 孫空女が泣くような顔になった。

 これも、あらかじめ準備されていた宝玄仙の術なのだろう。

 宝玄仙の像が一度消えて、再び出現した。

 

「……この像は、孫空女の『拘束環』が作動して、さらに、もうひとり、共鳴する者がいるときに出現する像だ。この像を見ているということは、ここには三人いるね。最初から後手に手錠をされている朱姫。たったいま、『拘束環』により後手に拘束された孫空女。そして、まだ、身体の自由を残している沙那――。そうだね?」

 

 いったいどれだけ周到に準備したのだろう。

 もしかしたら、ほかの場合も想定して、もっとたくさんの像を準備がされているのだろうか。

 それが、状況に合わせて出現するように術で設定されているのだ。

 嗜虐に対するなんという熱心さだ。

 

「ここに、沙那が残っているなら、沙那にひとつの選択をさせてやる。選べるのは、沙那だけだ。これから、そこにいるわたしの像が沙那にある『縛心術』をかける。お前の右手がお前の左手首を背中で掴んで離れなくなる『縛心術』だ。それを流すただし、沙那には、それを受け入れるかどうかの選択をさせてやる」

 

「えっ?」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 だが、宝玄仙の像は、構わずに語り続ける。

 

「……受け入れるのであれば、背中で左手首を握りな。すると、責めの間、お前の手は背中から離れなくなる。だけど、受け入れれば、すべての責めの時間を半分にしてやる。全部で六刻(約六時間)で解放だよ――。ただし――」

 

 宝玄仙の像がまるで沙那を凝視したような気がした。

 もちろん、気のせいだ。

 宝玄仙の像は一定の方向を向いて、一方的に喋っているだけだ。

 

「……受け入れない場合は、沙那だけは、この責めから解放してやるけど、他の者への責めは倍の時間にする。沙那が受け入れないとしても、それは、いつも皆のために頑張っている沙那にご褒美だ。そのときには、沙那だけは共鳴封じも戻してやる……。その代わりに、朱姫と孫空女への責めの時間が、二十四刻(約二十四時間)、つまり、丸一日になる」

 

 宝玄仙の像が一旦、言葉を切った。

 沈黙が流れる。

 朱姫も孫空女も口を開かない。

 ただ、横目でちらりちらりと沙那に視線をやるのがわかる。

 

「……さあ、どうする、沙那? お前も責め苦に参加して、半分の六刻(約六時間)で終わらせるか、お前だけは免れて、その代わり、残りのふたりに倍の二十四刻(約二十四時間)責め苦を受けさせるかだ。わたしは、どっちでも構わない。どちらも、面白そうだからね――。朱姫と孫空女は口を出すんじゃないよ。いつも、沙那には世話になってんだろう? 沙那の選択に文句を言うんじゃないよ――」

 

 宝玄仙の像が口を閉じた。

 

「沙那……」

「沙那姉さん――」

 

 孫空女と朱姫のふたりが不安そうに沙那を見た。

 沙那はふたりに微笑みかけた。

 

「だ、大丈夫よ。あんたたちを見捨てたりしないから……」

 

 沙那は、自分の腕を背中に回した。

 『縛心術』が身体に入ってきたのがわかった。

 すると、またまた宝玄仙の像が一度消えて、すぐに出現し直す。

 

「……おやおや、沙那は助けてやろうと思ったんだけどね。なら、約束だから半分の六刻(約六時間)だ……。さあ、これで、お喋りの時間は終わりだ。始めるよ。どこで中断されているか知らないけど、最初は、一箇所ずつの責めだ――。そうそう、大事なことを説明するのを忘れていたよ。わたしの結界の中にいる限り、お前たちの誰も気を失うことはできないからね」

 

 像が消えた。

 

「きゃあ、また、胸が……」

「ひんっ」

「ああ――あっ、あっ――」

 

 再び胸が揉まれ始める。

 乳房全体に細かい振動を受けながら、全体を揉まれ続ける。

 乳首だけは、まったく別の動きで、しかも、左右別々の刺激で吸い付いたり、転がしたり、揉んだりする。

 たちまちに、三人同時にまたいってしまった。

 

「も、もう、駄目だよ――。こんなに、感じすぎちゃあ、変になるよ」

 

 達したばかりの孫空女が叫んだ。

 それは、沙那も同じ気持ちだ。

 一回一回の絶頂が凄すぎる。

 しかも、まだ、胸だけだ。

 本格的な責めはこれからなのだ。

 

「ど、どうしたら、いんですか――? ああっ、また……」

 

 朱姫が泣き声をあげた。

 そして、それは、すぐに嬌声に変化する。

 そのまま、さらに二度胸でいったところで、やっと胸の収縮が停止した。

 

「いよいよ……」

 

 朱姫と孫空女のどちらの呟きだったのだろう。

 それが合図であるかのように肉芽が振動をしはじめる。

 しかも、激しい。

 乳房の場合は、ゆっくりと込みあげるような官能だった。

 今度のは、衝撃的で強烈だ。あっという間に絶頂が訪れる。

 

「あうっ――」

「いくううぅぅう――」

「ひぎぃ――」

 

 三人同時に達した。

 絶叫が迸る。

 まるで、断末魔のような声だ。

 

 共鳴している限り、三人の絶頂は、時期も深さも一緒だ。

 この凄まじい快感の恐怖が孫空女と朱姫にも襲っているに違いない。

 しかし、許されない。

 すぐ次の波が襲う。

 

 もう、沙那には、ほかのふたりの声も姿も認識できなくなっていた。

 怒涛のような官能の大波にもがくだけだ。

 

「だめっ――。いぐうっ――」

 

 全身を震わせて絶頂を告げる声をあげた。

 さっき、いってから、ほんの少ししか経っていないだろう。

 

 そして、また、次の波――。

 

 助けて――助けて――。

 官能の深さが凄すぎるのだ。

 限界を超える絶頂が一回ごとに訪れる。

 

 沙那は、懸命に叫んでいた。

 その悲鳴の中で、沙那は腰を跳ねあげて、全身を痙攣させながら、何度目かわからない絶頂を迎えていた。



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173 狂いだす音

 完全に気を失っている宝玉から、七星は黒い布の目隠しを外す。

 宝玉や宝玄仙の術を封じる目隠しだ。 それを取り去って皮袋に入れる。

 そして、宝玉を拘束していた縄を解いた。

 

 宝玉は両腕を縄で後手に拘束され、両足首を寝台に開いた状態で繋がれていた。

 宝玉の身体を起こして、そのすべての縄を解いたが、宝玉が起きることはなかった。

 

「本当に、綺麗で、可愛い人だよ」

 

 七星は呟いて、宝玉の口に軽く口づけをした。

 そして、体液にまみれた宝玉の裸身を拭く。

 宝玉の身体の手入れが終わったところで、七星は掛布を宝玉の裸身にかけた。

 宝玉は幸せそうな寝息を立てて、まだ眠っている。

 

 七星がやった宝玉への責めは、徹底的な焦らし責めだ。媚薬効果もある強烈な掻痒剤を股間に塗って、まずは筆責めにした、

 次いで、さんざんに泣き叫ばせたところで、張形を使って股間を責めたてる。

 ただし、達しそうになったら責めを中断して、掻痒剤を追加する。

 そして、また、責める。

 しかし、絶頂寸前で、またやめて、媚薬を追加し……。

 

 それを何度も繰り返すと、宝玉は半狂乱になった。

 ほとんど常軌を逸するようになった宝玉を今度は、七星の手管のすべてを使って責めたてた。

 連続で何度も絶頂した宝玉が気を失うのに、そう長い時間はかからなかった。

 

「さて、じゃあ、あたいも休むかな」

 

 七星は服を身に付け直すと、もうひとつの寝台に横になった。

 雨はまだ続いていた。

 まだ、昼に近い時間だが宝玉との情交は疲れた。

 最初に、宝玉の性技で呆気なくいかされたし、その後、馴れない嗜虐者を演じたのも気疲れした。

 少し横になりたい。

 

 今頃は、隣の部屋で、朱姫は宝玄仙の淫具を身に着けてよがり狂っているのだろうか。

 様子を見にいこうかとも思ったがやめた。

 沙那と孫空女もいるし、朱姫もそんな姿をあまり、他人に見られるのも嫌だろう。

 

 まあ、宿には前払いで明日の朝の宿賃を支払っているらしいし、宝玄仙の結界もある。

 安全だし、邪魔する者もいない。

 宝玉が眼を覚ますのに、もう少し時間はあるだろうし、眼を覚ましたら、あの宝玉がまた迫ってくるかもしれない。

 やっぱり、休んでおこう。

 七星は、襲ってきたまどろみの中に身体を埋もれさせた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 くすぐったい――。

 

 七星は、妙な刺激で眼を覚ました。

 眼の前に一本の筆があった。

 それが、七星の耳に移動して、すっと撫ぜた。

 

「ひゃああっ――。な、なにすんだよっ」

 

 思わず七星は叫んだ。

 それで、ぎょっとした。

 身体が拘束されている。

 しかも、全裸だ、

 全裸で両手両足を寝台の四隅に開いて拘束されている。

 いったい、なにが起こったのだ?

 

「ひゃあああっ」

 

 また、耳がくすぐられる。

 七星は悲鳴をあげて、顔を筆から背けた。

 すると反対側からも別の筆が襲ってくる。

 

「うわあっ、ちょっと――。ひいいいっ」

 

 両側から耳をくすぐられて、逃げ場のない七星は全身をゆすぶって泣き叫んだ。

 筆が耳からすっと離れる。

 七星はやっと眼を開けた。

 身体の上に、宝玉が七星の腰の上に馬乗りになっている。

 いつの間にかしっかりと服を整えている。

 そして、両方の手に筆を持っている。

 宝玉がにやにやしながら、筆をまた近づけた。

 

「な、な、な、なにすんだよ、宝玉さん――。や、やめておくれよ」

 

 しかし、宝玉は笑いながら、七星の無防備な乳首を両方の筆でくるりくるりと撫ぜた。

 

「あひっ……いいっ――や、やめて……ひひゃあっ――」

 

 七星は身体を激しく動かして、筆を避けようとした。

 しかし、容赦なく、筆は七星の乳首を撫ぜあげる。

 

「ひゃあっ――ひゃん――ああっ――な、なんだよ……なんで、こんな……ああっ――」

 

 くすっぐたい。

 いや、くすぐったいだけじゃない。

 猛烈な快感が七星を襲う。

 たかが、二本の筆だけで、信じられな淫情が襲う。

 まるで、毒が回ったような衝撃に七星はたじろいだ。

 筆がすっと離れる。

 

「ほ、宝玉さん――。な、なんで……?」

 

 さっきまで隣の寝台で七星に責め抜かれて眠っているはずの宝玉が、なぜ、七星の上に乗っていて、その七星は全裸で寝台に拘束されているのか。

 

 まるで、わからない――。

 それにしても身体が熱い。

 くすぐられた胸だけじゃない。

 全身が熱病にでもかかったかのように熱い。

 いや、熱いだけじゃない。

 なにか、股間や胸から込みあげるものがある。

 虫が這っているような……。

 得体のしれない……。

 なんだ、これは……?

 

 これは……痒みだ。

 七星は愕然とした。

 身体の敏感な場所が猛烈に痒い。

 それが七星を襲っている。

 そう言えば、さっき掻痒剤を宝玉に使った後、その瓶をその辺りに放置していた。

 あれは、どうしたか?

 

「これを探しているのかい、七星?」

 

 宝玉が七星の股の間から、さっき掻痒剤の容器を見せた。

 しかし、中身がない。

 まだ、半分以上、塗剤が残っていたはずだが……。

 

「たっぷりと使ったんでなくなったんだよ。お前の全身に塗ってやったよ。特に、お尻と女陰には、丁寧に塗ってやったからね」

 

 宝玉がけらけらと勝ち誇ったように笑う。

 ぞっとした。

 まだ、かなりの量が残っていたはずの掻痒剤の容器を空にしただと?

 そして、やっと七星も身体の上の宝玉に違和感を覚えた。

 いや、彼女は……。

 

「……だけど、心配しなくていいよ。まだ、使っていない瓶がもうひとつあるんだ。この宝玄仙の媚薬は、生半端なものじゃないからね。塗られれば塗られるほど、痒みは増すよ。一生懸命に泣き叫ぶんだよ、七星」

 

「ほ、宝玄仙……さん?」

 

 腰の上にいるのは宝玉じゃない……。

 間違いなく、宝玄仙だ。

 宝玉の人格から、宝玄仙の人格に戻ったのだ。

 

「ど、どうして……?」

 

 七星は呟いた。

 

「意識の中で、宝玉からお前に受けた責めのことを聞いたよ。気持ちよかったそうだ。宝玉は幸せそうだったよ。どういう責めを受けたか、嬉しそうに教えてくれた……。だから、その礼をしようと思ってね……」

 

「れ、礼?」

 

 七星は息を飲んだ。

 

「……そうだよ。礼だ。お前に同じ責めを与えようと思って、わたしが出て来たんだよ」

 

 宝玄仙はそう言って、本当に別の掻痒剤の油剤の瓶をどこからか出した。

 蓋を開ける。

 それをすくい、右手の指に載せた。

 そして、身体を反転させ、七星の下半身向かって座り直す。

 

「う、うわああっ――。な、なにすんだよ」

 

 七星は、その油剤を載せた宝玄仙の指がさっと七星の股間側に動いたのに気がついて、大きな声で悲鳴をあげた。

 

「ひいっ……や、やめてよう……ああっ、あっ、あっ――」

 

 肉芽と女陰に媚薬が塗り込まれている。

 跳ね除けたいが、腰の上にしっかりと宝玄仙が載っているだけじゃなくて、四肢を引っ張られているので、ほとんど身動きすることができない。

 肉芽と女陰にたっぷりと薬が追加されたのがわかった。

 そして、宝玄仙の言うとおりに、すぐにさらに猛烈な痒みが襲ってきた。

 

「あああ――。な、なんだよ、これは――」

 

 七星は叫んだ。

 

 痒い――。

 痒いもんじゃない。

 痛い。

 痒さだか、痛みだかわからないものが襲う。

 全身から脂汗が吹き出る。

 

「この宝玄仙の特性の責め薬だ。こんなの味わったことはないだろう? さっきは、この身体にさんざんにやってくれたそうじゃないか。そういうことは、身を持って味わってからやるものさ。それが嗜虐屋の心得えというものだよ」

 

「こ、心得え?」

 

「そうだ。そうじゃないと、やり過ぎることもあるし、加減ができないじゃないか。嗜虐というのは、徹底的な奉仕と同じさ。それを朱姫で教えてやったつもりだったけど、理解できなかったようだね」

 

「な、なに言ってんだよ……。か、痒い……。あ、あたいは、嗜虐なんてご免なんだよ――。そ、そんなことよりも、な、なんとかしてよ――」

 

 七星は喚いた。

 猛烈な痒みが襲う。

 さっき塗られた場所だけじゃない。

 全身がただれるように痒い。

 一度、知覚してしまうと、もう痒さのことしか考えられない。

 

「……そうだね。お前には、嗜虐は無理だったようだね。拘束された朱姫の世話は、面倒だと思うだけだったようだね。人の世話が面倒だと思う人間は、嗜虐は向かない。残念だよ」

 

「ひいいいっ、痒いいい。ざ、残念でいい――。助けてええ」

 

 七星は喚いた。

 

「だから、やっぱり、お前は、被虐を受ける側に格下げだ。徹底的に奴隷根性を叩き込んでやる。あいつらみたいにね」

 

 宝玄仙はそう言って、七星の身体から降りた。

 

「そ、そういうあんたは、なんだよ――。ひ、人の世話が好きなのかよ――。か、痒い、痒い。もう、なんとかしてくれよ、宝玄仙さん……。こ、これは、酷いよ――」

 

「泣き喚くんじゃないよ、七星。わたしは、これでも嗜虐に手を抜かない女でね。面倒見だっていいんだけど、そうじゃないふりをしているだけさ。お前のこともしっかりと観察し、いろいろと試していたのだよ――」

 

「た、試した?」

 

「そうさ……。それよりも、始まったばかりじゃないか。隣の部屋では、こんなのとは、比べものにならない責め苦を三人は受けているんだよ。まだ二度塗りしただけだ。これから、どれだけ重ね塗られると思っているんだ。まだまだ、序の口だよ、七星」

 

 そして、宝玄仙は、七星に微笑みの浮かんだ顔を向けた。

 その顔にはっきりとした冷酷さが浮かんでいたので、七星はぞっとした。

 宝玄仙の言葉に偽りはない。

 これから、死ぬような目に遭わされる。

 間違いない――。

 

「とにかく、いつもは、あの三人を玩具にして遊ぶんだけど、いま、あいつらのいる部屋には、このわたしも、あと三刻(約三時間)は入れないんだ。だから、それまで、お前で遊ぶことにするよ。まあ、宝玄仙の本格的な責めを受ければ、三刻(約三時間)で、お前をちゃんとした家畜奴隷に育ててやるからね」

 

「な、なに、言って……。うあぁぁぁ――。ち、畜生……こ、こんな……」

 

 七星は身体を暴れさせた。

 拘束が外れないことも、動いても、痒みが癒されないことはわかっている。しかし、じっとしていられないのだ。

 

「さて、じゃあ、愉しい時間の始まりだよ、七星」

 

 宝玄仙が七星の身体から降りて、七星の眼の前に二本の筆を示した。

 七星はぞっとした。

 

「や、やめてよ……」

 

「まずは、洗礼を浴びな。同じ責めでも、お前とわたしでは、こんなにも違うということを知りな。お前の責めなど偽物さ」

 

 宝玄仙は、すっと筆で七星の股間を撫ぜた。

 

「はひゃああっ――」

 

 七星は、身体を仰け反らせて絶叫した。

 擦られたのは、肉芽と女陰周辺だ。

 痒みの頂点が刺激される快感――。

 考えられない快感だ。

 しかし、それはあまりにも弱い快感でしかない。

 それが、七星を襲った。

 

「まずは、泣き狂うんだ、七星。筆程度の刺激じゃ、絶対にいくことはできない。だけど、媚薬でただれた性器を刺激されるのは最高に気持ちいいはずだ。まずは、そういう性の地獄を彷徨うんだ。思考力もなにもかも吹き飛ばして、一匹の雌に成り下がりな」

 

 宝玄仙が繰り返し、肉芽を筆で擽る。

 そのたびに七星は、拘束されたままの身体を限界まで暴れさせた。訳のわからない言葉を叫び、そして、全身を跳ね上げるように動かした。

 

 宝玄仙は執拗だった。

 呼吸をするのを邪魔するかのような長い筆責めが続いた。

 

 あまりにも長い宝玄仙の股間への筆責めに、七星はついに失禁した。

 それでも、宝玄仙は失禁し続ける七星の股間を責め続けた。

 失禁が終わっても、汚れを拭かれることもなく、そのまま、筆で責める。

 そして、尿で媚薬が薄まったと言って、さらに、掻痒剤を追加して塗られた。

 

 また、筆責め――。

 七星は、狂ったように叫び、そして、暴れた。

 ついに声が枯れ、言葉がて出なくなった。

 

「面白いねえ、七星。まだ、意識を保っているのは知っているよ。やめてくださいと言ってみな。やめてやることを考えてやるよ……。もっとも、考えるだけかもしれないけどね」

 

 宝玄仙が笑いながら筆を動かす。

 

「や……ひゃあめ……ひゃめ……られ……」

 

 舌が動かない。

 うまく、喋ることもできない。

=それよりも、息が苦しい。

 眼の前が暗くなる。

 

「なにを言っているかわからないよ、七星。まだ、続けて欲しいという意味だととるよ。さあ、あと二刻(約二時間)は続けるからね。調教はそれからだよ――。言っておくけど、宝玄仙の調教は、まだ始まってもいないよ。これは、お前の中に、奴隷の根性を作り出しているだけだ。ほら、苦しいだろう? つらいだろう? 悔しいだろう?」

 

 宝玄仙が筆を操りながら、高笑いをする。

 

「あと、二刻(約二時間)もすれば、悔しさなんかは消え失せるよ。残るのは、性欲のことと恐怖しか考えられない呆けた頭だけだ――。さて、そろそろ、肉芽の勃起も限界かねえ。ねえ、七星、お前の肉芽は、ついに、小指の頭ほどの大きさになったよ。じゃあ、いいものをやるからね」

 

 そう言って、宝玄仙は、七星の股間になにかを施した。

 次の瞬間、七星の肉芽に信じられない衝撃が走った。

 

「がぐうああぁぁぁ――。が、がに? な、なにを……? はひいっ――」

 

 七星は、身体を限界まで仰け反らせた。

 肉芽の根元が締めつけられる。

 それだけじゃない。痒さと疼きが倍に……。

 いや、十倍になったような感覚に襲われたのだ。

 勃起している肉芽がこれ以上ないというくらいに敏感になった。

 かすかな風の流れさえ、そこで感じることができる。

 なにが起こったというのか。

 

「これは『女淫輪(じょいんりん)』という淫具さ。以前、沙那がしていたもので、今日から、お前に装着してやる。沙那は、気を操ることのできるほどの武術の達人だったから、この『女淫輪』を制御できたみたいだけど、お前はどうかねえ……」

 

「いやあああ、た、助けてええ、いやだああっ」

 

 苦しい。

 快感が苦しい。

 意識を保てないくらいの狂うような淫情が襲う――。

 

「普通は、これを嵌められると、四六時中、性愛のことしか考えられないほどの淫情に襲われ続けるよ。まあ、どうなるか……。一箇月程度で、お前は、性の家畜になると思うね。あの七星が淫欲のことしか考えられなくなった家畜になるというのも愉しそうだね」

 

 宝玄仙が大笑いする。

 七星は、股間に襲う刺激に泣き叫んだ。

 もう、痒いのか痛いのか、それとも、疼くのかわからない。

 感覚が鋭すぎる。

 肉芽が爆発する。

 そんな気さえする。

 そこに血が流れるたびに発狂するような刺激が走る。

 こんなの耐えられない――。

 

 しかも、いま宝玄仙は、この『女淫輪』とかいうものをずっと装着し続けるようなことを言った気がする。

 七星は、朦朧とした頭で激しい恐怖感も感じていた。

 こんなものを装着され続けたら、頭がおかしくなる。

 

「そろそろ、尻にいこうかね。この宝玄仙がお前の尻を開発し直してやるよ。沙那も孫空女も朱姫も、この宝玄仙が、尻で狂う尻人形にしてやったんだ。お前もそうしてやるよ」

 

 勘弁して――。

 七星はそう叫びたかった。

 しかし、うまく言葉が出てこない。

 出るのは、訳のわからない音だけだ。

 舌がうまく動かない。

 

「なにを言っているんだい、七星? もう、人間の声を忘れたのかい? そうだ、お前は、家畜にするんだからね。人間の言葉は不要か。家畜みたいな言葉しか喋れないようにしてやるよ」

 

 次の瞬間、七星の身体になにかが入ってきた。

 宝玄仙の強烈な道術が身体に注ぎ込まれたのはわかった。

 それがなにかはわからない。

 そして、宝玄仙が、指先で七星の肛門の入口を押した。

 指先にあの掻痒剤が載っている。

 それが塗り拡がられている……。

 

「ブヒィ――ブヒィィィ――」

 

 悲鳴の代わりに出たのは、豚のような鳴き声だ。

 七星は愕然とした。

 

「いい感じだねえ――。家畜みたいだよ。今日から、お前は、この宝玄仙の正式の供だ。三箇月の契約は終わりだ。一生、この宝玄仙についてきな。沙那は玩具。孫空女は奴隷。朱姫は家来。そういう身分があいつらの正式の身分だけど、四番目のお前は、家畜ということにするよ。いいかい、家畜?」

 

「ブヒィ――」

 

 なにを言っているのだ、この狂い巫女は――。

 しかし、出るのは豚の鳴き声だけ。

 本当に家畜みたいにされる。

 怖い――。

 

 そして、宝玄仙の指が肛門深くに挿し込んでくる。

 総身を砕くような妖しい快感が迸る。

 身体中の皮膚感覚が際立ち、限界まで研ぎ澄まされるようだ。

 なによりも、妖しい魔具を装着された肉芽が凄い。

 

「ブヒィ――」

 

「それ、いくよ。これはどうだい? ほう、いい感じで反応するじゃないか。じゃあ、これは? おっと、危ない。いきそうかい? だったら、このまま指を挿したまま、お休みだ」

 

 尻で絶頂しかけた、まさにその時に、宝玄仙の指がぴたりととまる。

 そのまま、発狂しそうな痒みと疼きが尻穴に残される。

 

「ブヒィ」

 

 もうどうでもいい。

 家畜にでもなんにでもなる――。

 だから、この苦しみを解いて欲しい。

 淫情を爆発させて欲しい――。

 

「ただ待つのも退屈だろう、七星? 『女淫輪』を動かしてやるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 すると肉芽の根元が急に振動しはじめる。

 

「ブヒィ、ブヒィ――」

 

 七星は身体を跳ねあげた。

 豚の鳴き声を絶叫し、そして、そこから沸き起こる愉悦に身体を任せる。

 これで、溜まった淫情を解放できる――。

 そう思った瞬間、不意に『女淫輪』がぴたりと止まる。

 

「ブヒィ……?」

 

 七星は、虚ろな視線を宝玄仙に向ける。

 宝玄仙が大きな声をあげて笑った。

 

「あと二刻(約二時間)は、いかせないと言っただろう、七星。心配しなくてもその『女淫輪』は、いきそうになったらちゃんと動きをとめてくれるよ。そういう術をかけた。だから、絶頂してしまうことはないから、安心して性の地獄を味わいな。さあ、そろそろ、いいかね?」

 

 宝玄仙が七星の肛門に挿し入れた指を内側の肉に沿って動かす。

 官能が爆発する。

 また、『女淫輪』も動き出す。

 今度は、ゆっくりとした動きだ。

 それでも、いまの七星には、激し過ぎる動きだ。

 

 股間には『女淫輪』の振動――。

 肛門は、宝玄仙の魔術のような指責めによる快感――。

 そして、全身に塗られた黒蜂油の疼きと痒み――。

 本当に狂う――。

 

「ブビィ――ブヒィ――」

 

 屈服する。

 なんでもする。

 だから、許して――。

 七星は、心の底からそう思った。

 

「まだだよ、七星。狂い方が足りない――。もっと、狂うんだ。さあ、掻痒剤を足してやるよ」

 

 宝玄仙の指が肛門から抜かれ、すぐに入ってくる。

 ねっとりとした感覚は、新たに掻痒剤が足された刺激だろう。

 まるで、肛門の中が肉芽のように鋭敏になっている。

 肉芽の振動も次第に激しくなる。

 

 いく――。

 今度こそ、いく――。

 だが、その瞬間、『女淫輪』も宝玄仙の指も静止した。

 

 またも、七星は絶頂寸前で取り残される。

 こんなに熱く、絶頂するために必要な何倍もの快楽が身体を暴れ回っているのに、絶頂だけを制御される。

 こんなに苦しいことは初めてだ。

 

「……ふふふ、ついに、泣き出したね。まだだよ。苦しみ方が不足だ。そのうち、泣くこともできなくなるよ。感情が潰れるからね」

 

 自分は泣いているらしい。そう思った。

 『女淫輪』が動き出す。

 宝玄仙の指も――。

 しかし、すぐにとまる。

 

「これじゃあ、責める暇もありはしない。本当に爆発しそうなんだね、七星。仕方ない、一度いかせてやるよ……」

 

 宝玄仙が言った。

 いかせてやる――。

 その言葉が歓喜の渦となり、七星の頭を席巻する。

 

 いけるのだ。それでこのただれるような痒みと疼きが癒されるのかわからない。

 これで――。

 

 宝玄仙の指の動きが速くなる。

 『女淫輪』も――。

 怒涛のようにやってくる官能の大波に、七星は可能な全身を限界まで暴れ回らせていた。

 

「ブヒィィィィ――」

 

 七星は声をあげる。

 いける。

 ついにいける……。

 全身をがくがくと震わせて、七星は断末魔の家畜の叫びを拭きこぼす。

 

 しかし、無慈悲な宝玄仙の指と『女淫輪』は、またも寸前ですっととまる。

 呆然とする七星の頭に飛び込んできたのは、宝玄仙の心からの愉悦の笑いだ。

 

「本当にいかせてもらえると思ったのかい、七星。嘘じゃないかとは、思わなかったのかい? 嘘に決まっているだろう? お情けなんかやらないよ。この宝玄仙の調教だよ」

 

 宝玄仙がげらげらと笑う。

 狂っている。

 こいつ、本当に狂ってる。

 

「……なんで、あいつらがあんなに、宝玄仙の調教を嫌がるのかわからないのかい。ただ、気持ちいいだけだったら、歓んで宝玄仙に責められたがるというものじゃないか。こういう性の地獄を味わわされるから、嫌がるのさ――。さあ、もう一度だ。次こそ、いかせてやろうじゃないか」

 

 再び始まる前後の刺激――。

 七星は今度こそと思って、本格的な昇天に身を飛び込ませる。

 しかし、やはり、寸前で止められる。

 文字通り、七星は泣き叫んだ。

 そして、宝玄仙の高笑い……。

 

「ほら、もう一度だ。今度はいかせるからね……」

 

 宝玄仙の言うことが嘘だということはわかっている。

 しかし、同じことを繰り返しているだけなのに、なぜか、七星は、今度はいかせるという宝玄仙の言葉を信じてしまう。

 そして、期待し、それが裏切られて、泣く。

 ひたすら、それを繰り返している。

 

「次は、本当にいかせるよ――。おや?」

 

 宝玄仙が少し戸惑った表情をした。

 なぜだろう。

 

「なにが可笑しいんだい、七星?」

 

 そう言われて、七星は自分が笑い声を出していることに気がついた。

 いや、いま、自分は泣いているはずだ。

 しかし、泣きながら笑っている。

 なぜか口から笑いが吹きこぼれている。

 もちろん、ブヒ、ブヒという豚の声でだが……。

 

「そうかい、感情が壊れ始めたかい。なぜか、宝玄仙の調教を最初に受けた者は、みんなそうなる。沙那もそうだった。孫空女は、最初じゃないけど、本格的な尻責めを最初に施したときがそうだった。朱姫もそうだね――。みんなが通る道さ」

 

 もはや、宝玄仙がなにを喋っているのかさえわからなくなってきた。

 部屋に宝玄仙と七星の笑い声が響く。

 

 『女淫輪』が震えだす――。

 宝玄仙の指も動き出す。

 うねうねと一番気持ちのいい場所をちゃんと刺激する。

 

「ブヒィ――」

 

 七星は豚の声で嬌声をあげた。

 凄まじい快感だ。

 七星は、込みあがる絶頂に身を委ねた……。

 それで、ぴたりと刺激が止まる。

 そうだ……。

 絶頂はさせないと言われていたのだ。

 だから、いけないのだ。

 部屋にくすくすというおかしな笑い声が響いた。

 それが自分の声だと気がつくのにしばらくかかった。

 

「次は、いかせるよ。嬉しいだろう、七星?」

 

 宝玄仙の指が動き出す。

 肉芽の霊具も……。

 ああ、次はいける……。

 身体を痙攣させて、七星は快楽の叫びを放つ。

 

 いくっ――。

 残酷にも、止まる指と肉芽の『女淫輪』――。

 

 いきたい――。

 からだが熱い――。

 

 解放して――。

 解放――。

 

「これで最後だ。次はいかせるよ」

 

 宝玄仙の声。

 次にはいける。

 七星は宝玄仙の責めに身を任せる……。

 達しようとした瞬間、またも刺激はとまった。

 宝玄仙が爆笑している。

 

「今度は、泣きじゃくるのかい。いろいろと忙しいねえ、七星」

 

 宝玄仙が言っている。

 訳がわからない。

 いきたい。

 

 尻の刺激――。

 くる――。

 待っていたものがくる。

 

 いく――。

 いや、いっていない。

 刺激がとまっている。

 宝玄仙がなにかを喋っている。

 

 わからない。

 

 どこからか豚の声がする。

 

 いや、泣き声か?

 

 笑い声かも……。

 

 また、宝玄仙の言葉。

 震える肉芽と肛門で動く指……。

 

 昇天する。

 いや、落ちる。

 落ちる……。

 

 とまる。

 

 馬鹿にしたような笑い声――。

 

 それは、宝玄仙の声なのか……それとも、自分の声なのか――。

 もう七星には区別がつなくなりかけていた。

 

 また、お尻と肉芽が震える……。

 気持ちいい――。

 

 音が聞こえる……。

 心が壊れる音だ。

 

 そして……。



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174 家畜調教

 息が……。

 息が止まっている。

 

「ブヒィ――」

 

 口から豚の鳴き声が迸った。

 それとともに大量の息が入ってくる。

 

「気がついたかい。宝玄仙の調教の途中で気を失ってしまうとは、まだまだ、精進が足りないねえ」

 

 宝玄仙だ。

 顔の前に宝玄仙がいる。

 二本の指を七星にかざしている。

 どうやら、寝台ではなくて床に降ろされているようだ。そして、屈んだ宝玄仙が七星の鼻をつまんでいたらしい。

 

「ブヒィ」

 

 口から豚の声が迸る。

 拘束は解けている。

 しかし、身体が動かない。

 全身が鉛のようだ。

 熱い。全身の疼きは続いている。

 なによりも股間が……。

 

「ブヒィ――」

 

 手をいきなり宝玄仙に踏みつけられた。

 

「なに勝手に、股ぐらに触ろうとしているんだい、七星。勝手に触るんじゃないよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 宝玄仙は手に乗馬鞭を持っている。

 怒鳴り声とともに、それで近くの壁を叩いて、大きな音をさせた。

 

「ご、ご主人様、あ、あのう……七星はなぜ、そんな声……?」

 

 沙那の声だ。

 七星は声の方向を振り向いた。

 そこには、沙那だけじゃなく、孫空女と朱姫もいた。

 どうやら、隣室でやっていた「道術錠」の解除が終わったのだろう。

 

 しかし、三人とも全裸だ。

 そして、ぎょっとした。

 三人の股間には、紛れもない男根がそそり勃っている。

 宝玄仙の道術で生やされたに違いない。

 あの智淵城(ちふちじょう)で七星がやられたのと同じ術だろう。

 

「豚の声のことかい、沙那? こいつは、今日から、わたしらの家畜だ。そのうちに乳房から乳も出るようにするつもりだよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 沙那だけじゃなく、孫空女と朱姫も顔をひきつらせた。

 

「あ、あのう……可哀そうでは……」

 

 沙那が控えめな声をあげた。

 

「なんだって、沙那?」

 

 宝玄仙が立ちあがって沙那をじろりと睨んだ。

 

「ひっ」

 

 沙那の顔が真っ蒼になって、身体を竦みあがらせた。

 

「だけど、家畜ってどういう……」

 

 今度は孫空女が口を挟んだ。

 しかし、宝玄仙が持っていた乗馬鞭を叩きつけて、孫空女の言葉を阻んだ。

 だが、宝玄仙が打ち据えたのは、七星の太股だ。

 

「ブフイイィ」

 

 七星は豚の声で悲鳴をあげた。

 

「もう決めたんだ。文句言うんじゃないよ――。沙那は玩具。孫空女は奴隷。朱姫は家来――。そして、四匹目は家畜だ。家畜には家畜に相応しい扱いがあるんだよ――」

 

 宝玄仙がまたもや、乗馬鞭を七星に叩きつけた。

 

「ブフィ――」

 

「ひいっ」

 

 七星の悲鳴とともに、朱姫の泣くような声もした。

 

「まあ、いつまでも豚の声じゃあ、愉しくないしね。人間の言葉を返してやるよ、七星」

 

 道術が走った。

 

「なにか言いたいことがあるかい、七星? 人間の言葉が喋れるうちに喋っときな」

 

 宝玄仙が床の上の七星を見下ろす。

「も、もう……ゆ、許して……」

 

 七星は、心からの恐怖を抱きながら言った。

 すると宝玄仙が笑い出した。

 

「こんなところで許したら、お前はおかしくなってしまうよ。お前は、この宝玄仙の寸止めを繰り返し味わって、気を失ってしまったんだよ。ただれるような疼きも痒みもそのままだろう?」

 

 宝玄仙の言う通りだった。

 全身が熱い。

 特に、何度も掻痒剤を塗られた肛門と肉芽が熱い。

 痛みのような掻痒感に襲われている。

 でも、それでも解放して欲しい。

 訳のわからない、性の地獄から逃げたい……。

 

「許して……」

 

「同じことを何度も言うんじゃないよ、七星。まだ、頭が馬鹿なのかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「お、お願い……し、します。もう、勘忍……」

 

「やかましい――」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 その権幕に七星は驚いたが、それよりも、宝玄仙の後ろの三人の顔が一斉に真っ蒼になった。

 三人が抱き合うように身を寄せ合う。

 

「いまから、こいつらが、お前を繰り返し犯す。黙って、向こうを向いて、四つん這いになって股を拡げな、七星」

 

「よ、四つん這い……?」

 

 七星は、呆然とした。

 すると、宝玄仙の形相が険しくなり、大きな音を立てて、足で床を踏んだ。

 七星は、慌てて身体を起こして、四つん這いになる。

 

「もっと、肢を拡げるんだよ、七星」

 

 宝玄仙が背後から大きな声を浴びせる。

 七星は肩幅の二倍くらいに股を開く。

 

「もっとだよ――」

 

 さらに開く。

 これ以上は、開けない。

 なにかが身体に入ってきた。

 宝玄仙の術だ。

 今度は、どういう術をかけられたのか……?

 

「七星、この朱姫が以前、銀角という雌妖にかけられたのと同じ術をかけてやったよ。朱姫、さっき説明した内容を七星に教えてやりな」

 

 宝玄仙の声がする。

 いまのところ、身体に変調はないが、淫靡な魔術に違いない。

 それに、あまりにも身体が熱く、痒い――。

 こうやって、じっとしているだけで狂いそうだ。

 しかし、いまの宝玄仙に逆らって勝手に動けば、どんな性の拷問を追加されるかわからない。

 

「な、七星姉さんにかけられた術は、七星姉さんの性感がゆっくりになる術だと思います……」

 

 朱姫が震える声で言った。

 その口調は、完全になにかに怯えているようだ。

 さっき、沙那たちは隣の部屋で惨い目に遭わせていると宝玄仙が言っていた気がする。

 それで、恐怖が染みついてしまった状況なのかもしれない。

 

「ゆ、ゆっくりって……?」

 

 それにしても、性感がゆっくりになるという意味がわからない。

 なんなのだろうか。

 

「味わえばわかるよ、七星。それよりも、お前は、今日から、この一行の最下等の家畜だよ。わたしだけじゃなくて、こいつらにも丁寧な口を利くんだ。わたしのことは、“ご主人様”。こいつらには、それぞれ、“様”をつけて呼びな。わかったかい?」

 

「わ、わかりました……。ご、ご主人様」

 

 自然に言葉がでてきた。

 とにかく、いまは逆らわないことだ。

 なにをされるかわからない。

 

「あの……。わ、わたしたちは、そんなことは……い、嫌です。七星もわたしたちも、お、同じですから……」

 

 沙那がおずおずと言った。

 その直後に肌が叩かれる大きな音がした。

 

「はぐっ――」

 

 沙那が苦痛の声をあげた。

 宝玄仙が持っていた乗馬鞭が、沙那のお尻を引っぱたいたと知ったのは一瞬後だ。

 

「奴隷の分際で、わたしのやることにけちをつけるのかい。いい度胸じゃないか。お前たちが受けた『調教下着』の洗礼は、予定の半分の六刻(約六時間)だけだったろう。残りの六刻(約六時間)をはかせるのはお前にするかね、沙那」

 

 沙那がこれ以上ないというくらいに蒼白になり、凍りついたように動かなくなった。

 『調教下着』と宝玄仙が言ったのは、朱姫がはくといって、隣の部屋に持っていたあれだろう。

 あの沙那までが、あれ程、怖がるというのは、余程の仕打ちだったに違いない。

 朱姫だけが、おかしな下着の責めを受けたと思っていたが、沙那や孫空女も巻き込まれたのだろう。

 

「孫空女、お前からだ。七星の女陰と肛門を一回ずつ、犯すんだ。その次は、朱姫、そして、沙那。股間に生やした男根から二度精を放ったら次と交替する。いいと言うまで、三人で繰り返し続けるんだ。いいね――。ほら、孫空女」

 

「う、うん」

 

 孫空女が四つん這いになっている七星の背中に取りつく。

 

「い、いくよ、七星」

 

 孫空女が背後から七星の女陰に男根の先を当てた。

 もうなにも考えないことに七星は決めた。

 媚薬でただれた身体が癒される――。

 それだけを思おうとした。

 

「ひぎっ――」

 

 七星の背中が思い切り鞭で叩かれた。

 叩かれると同時に温かいものが打擲された部分に注がれる。

 宝玄仙は鞭で叩くと同時に、『治療術』も注いでいるようだ。

 さっき、沙那を叩いたときもそうだったのだろう。

 

「七星、さっき、言っただろう。孫空女に家畜の挨拶をするんだよ。犯される前には、“お願いします”と挨拶し、精を受けるたびに、礼を言うんだ。名前に“様”を付けるのを忘れるんじゃないよ」

 

「あぐっ」

 

 また背中を叩かれる。

 すぐに『治療術』で痛みは引くが叩かれた直後は激痛であることに変わりない。

 

「お、お願いします……そ、孫空女様……」

 

 七星は言った。

 

「な、七星、と、とにかく、いまだけ……。いまだけは、我慢して……。ご主人様の頭が冷えるまで……」

 

 孫空女が囁くように言った。

 

 すると、背後でまた鞭が使われる音がして、孫空女が苦痛の声をあげた。

 

「聞こえているよ、孫空女――。さっさと七星の女陰に一物を挿さないか。そして、七星の孔の中を擦るんだ。普通に擦っていれば、男と同じようにその先から精が出る。心配しなくても、何発出そうとも男と違って、男根は小さくはならないから安心しな。気をやったのと同じように女の快感があるだけだ」

 

 びしりと乗馬鞭の打擲音がする。叩いたのは寝台の脚だ。

 

「ひいっ」

 

 朱姫の泣き声がした。

 だが、叩かれたのではなく、ただ怖くて声をあげたみたいだ。

 

「そして、さっきも言ったけど、七星の身体は、ゆっくりしか快感があがらない。だから、絶頂させないように、気をつけながら精を出すんだ。これから交替で繰り返し七星を犯させるけど、最初に七星に気をやられた者は、『調教下着』を六刻(約六時間)、装着させるかせるからね――。ほら、いけっ」

 

 孫空女の尻がまた鳴る。

 孫空女は今度は声をあげなかった。

 ただ、手を添えていた七星の腰に少しだけ力が加わっただけだ。

 

「ご、ごめんよ、七星」

 

 孫空女の股間の一物が入ってくる。

 

「お、おふうっ……」

 

 思わず大きな声をあげた。

 気持ちいい――。

 媚薬のために、痛みだか痒みだかわからなくなっていた股間が癒される。

 

「七星、よがり声をあげる前に、喋ることがあるだろう――」

 

 背中が鳴る。痛みと『治療術』の温かさ――。

 

「そ、孫空女様、お願いします――」

 

 七星は叫んだ。

 屈辱で少しだけ胸が痛くなる。

 しかし、それは、ほんの少しだ。

 それよりも圧倒的な快感が七星を襲う。

 これがもらえるなら、もう他のことはどうでもいいと思った。

 

「あううう、気持ちいい、あああっ」

 

 孫空女の腰が、二度、三度と七星の腰にぶつけられる。

 背中が浮きあがる。

 凄まじい快感――。

 自分の声とは思えないように、けたたましい声が七星の口から迸った。

 

「こ、こんなの……き、気持ちいい――、あぐわっ――」

 

 快感ですべてのものが吹き飛ぶ。

 恥辱も屈辱もない。

 あるのは、快感だけ……。

 七星は絶頂に向かって身を任せる。

 

 しかし、なにかが変だ。

 あっという間に訪れるはずの絶頂の高みがやってこない。

 ゆっくり、ゆっくりと昇っていく。

 荒れ狂う歓喜の渦で、七星はいつまでも留まり続けている。

 

 いけない――。

 いや、絶頂しそうなのだが、それが遥かに遠い。

 ゆっくりと……。

 ゆっくりと絶頂――。

 

「あああぁぁぁ――」

 

 孫空女が声をあげるとともに、身体を震わせた。

 そして、挿さっていた男根が抜き取られる。

 

「そ、そんな――。ま、まだだよ――あくうっ――」

 

 思わず叫んだ。

 まだ、いっていない。

 いや、それそこまで来ていた。

 だが、高みの寸前で孫空女の男根はなくなってしまった。

 いまは、さっき味わっていた快感の渦をゆっくりと降りさせられている。

 快感があがるのも、下がるのもゆっくりだ。

 これが、宝玄仙が仕掛けた道術の悪戯なのだ。

 なんということをするのだ。

 背中に激痛が加わる。宝玄仙の鞭だ。

 

「さっきから、家畜の挨拶はどうしたんだい、七星――」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……、そ、孫空女様」

 

 ぽたりぽたりと、涙が床を濡らした。

 

 こんなこと、もう耐えられない――。

 嫌だ。

 嫌だ――。

 嫌だ――。

 

 嗚咽が激しくなっていく。

 そして、それは号泣に変わった。

 涙と涎が、次々に床に落ちていく。

 

「も、もう、嫌だよ、ご主人様。七星が可哀そうだよ。許してやってよ」

 

 孫空女が叫んだ。

 しかし、それは鞭の音で遮られた。

 孫空女の苦痛の声があがる。

 

「次は尻だよ。早く精を出すんだ。心配しなくても、七星の尻穴は魔術できれいにしておいた。だから、遠慮なく挿入して精を出しな。終わったら、朱姫と交替だ」

 

 宝玄仙が叱咤した。

 

「そ、孫空女様――、お、お願いします」

 

 七星はとまらない嗚咽とともに叫んだ。

 

「七星……」

 

「お願いします、孫空女様――」

 

 もう一度言った。

 もう、どうでもいいのだ。

 途中まででも、寸前で引き返されてもいい。

 とにかく、痒さと疼きで頭がおかしくなる。

 刺激を受け続けなければ、本当に発狂してしまう。

 

「わかった……。い、いくよ、七星」

 

 孫空女が再び、背後から七星にとりつく。

 今度は、お尻の穴だ。

 入る瞬間、少しだけ痛みが走るが、それよりも快感が強い。

 尻の肉路が一気に埋まる。

 

「あううっ――うわああっ」

 

 逃れようのない快感が走る。

 ゆっくりだが確実に七星は昇っていっている。

 気持ちいい。

 

 孫空女が律動を開始する。

 込みあがる快感――。

 翻弄される。

 総身を貫く快感が、七星を襲っている。

 

 もう少し――。

 あと、ほんの少し……。

 孫空女の男根が繰り返し、七星を突く。

 いくっ……。

 

 孫空女の怒張が七星の尻穴の中で震えるのがわかった。

 

 逃げていく――。

 快感が遠のく。

 

「く、くそうっ――。い、いや……。あ、ありがとう、ございました、孫空女様――」

 

 慌てて、七星は叫んだ。

 

「ふっ、だんだんと、家畜の挨拶が様になってきたじゃないか、七星――。ほら、孫空女、朱姫と交替だ」

 

「ご、ごめん、七星……」

 

 宝玄仙に言われて、孫空女が七星から離れる。

 そして、朱姫の手が七星の腰に触れた。

 

「お、お願いします、朱姫様」

 

 自然に口から出た。

 

「な、七星姉さん……」

 

 朱姫の口から泣き声のような声が漏れた。

 背中を向けている七星には、朱姫の表情はわからない。

 だが、朱姫の悲痛な表情が眼に見えるような気がした。

 挿さってくる。

 七星の女陰に今度は、朱姫の股間の一物が入ってくる。

 

「はふうっ――」

 

 充実する。熱いものが七星の身体を充実する。

 また、律動が始まった。

 

 気持ちがいい――。

 自分は家畜だ。

 こうやって、皆から精を与えられ、快楽を貰う家畜なのだ。

 全身が仰け反るのがわかった。

 

 いく――。

 快楽の絶頂に昇らされる。

 昇天する――。

 

 ゆっくりとだが、いまの七星は確実に求め焦がれた絶頂に進んでいく。

 朱姫の律動は続いている。

 これならいける。

 

 しかし、朱姫の怒張がぶるりと震えた。

 子宮に熱いものが注がれるのがわかった。

 そして、朱姫が離れる。

 七星は進んでいた快楽の道を、再びゆっくりと逆に戻されていく。

 

「ひ、酷いよう……。あ、あんまりだ……。い、いや、あ、ありがとうございました、朱姫様――」

 

 七星は叫んだ。

 頭が割れる。

 気持ち悪い――。

 自分が自分でなくなる感覚――。

 苦しい――。

 

 果てしなく苦しいのに、快感に酔っている自分もいる。

 しかし、求めていた極みはまだだ。

 それでも、快感の地獄をいったりきたりしている間は、気持ちもいい。

 

「七星姉さん、お尻にいきます」

 

 朱姫が言った。

 

「お、お願いします、朱姫様――ああっ、いいよう、朱姫……様――あぐうっ」

 

 入ってくる。

 癒される。

 お尻のただれが消える。

 そして、突かれる。

 腰に朱姫の股間がぶつかる。

 

 何度も……何度も――。

 お尻の穴を朱姫が貫いている。

 

「はぐ――はっ――はっ、はあぁぁ――」

 

 もどかしいが、七星は何度目かの絶頂の道を確実に進んでいる。

 肉棒の震えを七星のお尻の肉襞が感じている。

 

「はうっ――」

 

 朱姫が突く。

 腰が震える。

 身体が仰け反る。

 絶頂する――。

 

 十数回の激しい突きが続く。

 七星はまだ達していない。

 もう、絶頂しているのだが、まだ昇りきっていないのだ。

 あと少し……。

 

 少し……。

 

 すぐ……。

 そこ……。

 

 朱姫の怒張が震えた。

 抜かれる。

 

 とまる――。

 快楽が止まる。

 ゆっくりと下がっていく。

 

 でも、気持ちがいい。

 さっき絶頂に向かっていたときの快楽が七星を襲っている。

 違うのは、だんだんと快楽が沈む方向に進んでいるということだけだ。

 

「あ、ありがとう……、ございました、朱姫様――」

 

 七星は言った。

 自分の声にははっきりとした泣き声が混じっている。

 

 泣いているのだ。

 自分は泣いている。

 

 吐きそうだ。

 苦しい――。

 快楽が苦しい――。

 嘔吐が込みあがる。

 

「次は、沙那だよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「もう嫌です。こんなの――。い、いくら、ご主人様でもあんまりです。七星に対して酷すぎます」

 

 沙那の叫びが聞こえた。

 

「うるさいよ、沙那――。あの『調教下着』をはきたいのかい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わ、わかりました。わ、わたし、はきます。だから、七星を許してあげてください」

 

 沙那が悲痛な声で言った。

 七星は、思わず後ろを振り返った。

 沙那と宝玄仙が睨み合っている。

 宝玄仙の顔がみるみる紅くなる。

 

 怒っている。

 逆らった沙那に対する宝玄仙の怒りが爆発しかけている。

 しかし、沙那もまた怒りの形相だ。

 強い視線で宝玄仙を睨んでいる。

 七星は驚いた。

 沙那があんな風に宝玄仙に対して敵意を剝き出しにするのを初めて見た。

 

「い、いい度胸だよ、沙那……。わかった。お前は、今日から家畜だよ。七星と一緒にね……」

 

 宝玄仙が冷たい声で言った。

 

「家畜で結構です。でも、七星を――」

 

 宝玄仙が乗馬鞭で沙那の肩を叩いた。

 沙那が苦痛の表情をして、よろめく。

 

「家畜が文句を言うんじゃないよ。お前も家畜だと言っただろう。お前には、もう、なにも言う権利はないんだよ。七星の隣で、同じように這いつくばりな。股間に発狂するような痒みを与えてやるよ。それでも同じことが言えたら、七星のことは考えてやる」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をして怒鳴った。

 沙那は、それ以上なにも言わずに、七星の隣で四つん這いになった。

 

「沙那……」

 

 七星は呟く。

 

「じゃあ、いくよ、沙那。地獄の痒みだよ。発狂するようなね。のたうちまわらないように、身体は硬直させてやるから安心しな」

 

 宝玄仙が言っている。

 その声は怒りのせいか震えている。

 

「あ、あたしも家畜でいい――」

 

 孫空女だ。

 そして、孫空女も七星の隣に四つん這いになる。

 

「お、お前――」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「沙那と七星にこれ以上なにかをするなら、あたしも家畜にしな、ご主人様」

 

 孫空女が怒鳴った。

 

「あ、あたしも同じです。家畜です」

 

 朱姫の声だ。朱姫も四つん這いになったようだ。

 

「わ、わかったよ、お前ら……。お前たちの調教は、一からやり直しだよ。しっかりと躾け直してやるから覚悟しな」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 頭が痛い。

 また、嘔吐があがってきた。

 

「うえぇぇ―――」

 

 口から胃液が吹き出た。

 

「七星、大丈夫?」

 

 沙那が驚いて、七星を抱き起こした。

 

「うえええ、うえええ」

 

 七星は吐き続けた。

 沙那の裸身が七星の出す嘔吐物で汚れるが、沙那は気にしていないようだ。

 七星は吐いた。

 嘔吐がとまらない。

 やがて、やっと吐き気がなくなる。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙の舌打ちがした。

 沙那も七星も七星の汚物で汚れている。

 でも、まったく気にしない感じで、沙那が七星の背を擦っている。

 

「お前、大丈夫かよ?」

 

 孫空女も寄ってきた。その時、からりと股間からなにかが落ちた。

 『女淫輪』だ。

 『女淫輪』が、七星の肉芽から外れたのだ。

 

「もういいよ、お前たち……。ほらっ、七星にかけた術は全部解いたよ。みんなで身体と部屋をきれいにしな。わたしは、夕食を食べてくる。お前らは夕飯抜きだよ。わたしに逆らったことを反省しな」

 

 宝玄仙は罰の悪そうな表情をしながら出ていった。

 ばたりと部屋の戸が閉まる。

 

「さあ、掃除しましょう」

 

 沙那は言った。

 朱姫の渡した布で自分の身体にかかった七星の汚物を拭いている。

 七星の身体は、朱姫が拭きはじめた。

 

 七星の手は自分の股間にいっている。

 媚薬の痒みはまだ残っている。

 術が抜けて身体は自由になったが、塗りたくられた掻痒剤はそのままだからだ。

 朱姫は、それにはまったく気がついていないかのように、七星の身体を拭いてくれていた。

 七星は、朱姫に身体を拭かれながら狂ったように、自分の股間をいじくり続けた。

 

「い、いくっ――」

 

 叫んだ。

 その横で、孫空女が無言で床を掃除していた。



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175 屈辱の置き土産

「……て」

 

 声がした。

 

「……起きて」

 

 また、声――。

 

「起きて、七星」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 七星は、眼を開けた。

 燭台の光が飛び込んでくる。

 夜のようだ。

 視界の中に、すっと宝玄仙の顔が入ってきた。

 

「ひいっ――。宝玄仙さん……。い、いや、ご主人様――」

 

 “ご主人様”と呼べと命令されたのを思い出して、慌てて、七星は言い直した。

 

「あんなのを“ご主人様”と呼ぶ必要はないわよ」

 

 宝玄仙は言った。

 声に少し怒りが籠っている。

 それで、七星は眼の前にいるのが、宝玄仙ではなくて、宝玉であることを悟った。

 

「宝玉さんか……」

 

 七星は呟いた。

 

「そうよ、七星。宝玄仙が酷いことをしたわね。わたしが代わりに謝るわ。あれでも、あれから、宝玄仙は意気消沈していたわ。やり過ぎたと反省しているようだけど、うまく表現できないのよ、彼女は」

 

 宝玉は言った。

 

「反省ねえ……」

 

 七星は呟いた。

 本当だろうか?

 あの宝玄仙には、反省とか、意気消沈とかいうのは無縁のような気がする。

 七星は身体を起こした。

 どうやら、寝台の上に横になっていたようだ。

 掛布に包まれていた七星は全裸だ。

 そして、眼の前の宝玉もまた全裸だった。

 ふたりの裸身が燭台の光で照らされている。

 

「あいつらは……?」

 

 七星がいるのは、ふたつ借りている部屋のうちの大きい方の部屋のようだ。

 昨夜までは、宝玄仙と沙那と孫空女が泊っていた部屋で、今夜は、宝玄仙がひとりで使っていた。

 

 隣の小さい方の部屋から出て来るなと、宝玄仙に命令された七星たちは、部屋の掃除を終えた後、ふたつの寝台を七星と朱姫が使い、沙那と孫空女は、寝台と寝台の間の床に横になったのだ。

 七星が眠りについたのはあっという間だったはずだ。

 いま、こっちの広い方の部屋にいるということは、眠っているうちにこっそりと、運ばれたに違いない。

 

「三人だったら、まだ、寝ているわ。彼女たちも、例の宝玄仙の下着の淫具で翻弄されたの……。疲れているの。だから、起こしちゃ可哀そうだと思って、あなただけを連れて来たのよ」

 

 宝玉は言った。

 隣の部屋もこっちの部屋も宝玄仙の結界が刻まれている。

 結界の中であれば、宝玄仙も宝玉も、ほぼ、無限の力を出すことができる。

 七星のことは、道術で運んできたに違いない。

 

「あなたの荷物と服はまとめておいたわ。それと、路銀も……。路銀は全部持っていっていいわ。わたしたちのことはなんとかなるから」

 

 宝玉の視線の先を見ると、七星がいつも担いでいる袋があり、その横に服がきれいに畳まれている。

 朱姫が管理している路銀の袋もある。

 

 そうか……。

 宝玉は別れのために現れたのか……。

 七星にはやっとそれがわかった。

 大きく嘆息した。

 

「路銀はいいよ……。それこそ、あたいひとりならなんとかなる」

 

 七星は言った。

 宝玉は、このまま立ち去れと言っているのだろう。

 確かに潮時だろう。

 宝玄仙と約束をした三箇月の期限には、まだ間があるが、別れるにはちょうどいい。

 これ以上、一緒にいると情が移って別れにくくなる。

 昨日、沙那たちが七星を庇ってくれたときは、本当に嬉しかった。

 

「宝玄仙は、悪い人間じゃないわ。ただ、ああいう性癖と性格だから……」

 

「わかっているよ、宝玉さん」

 

 宝玄仙に嗜虐趣味があり、七星を調教したがっていたのは、わかっていた。

 それを承知でついてきたのだ。

 それは、あの智淵城から救い出してくれた礼でもあった。

 三箇月という範囲なら、この身体を犯されるのに不満はない。

 そう思っていた。

 覚悟もしていたつもりだった。

 しかし、当然のことながら、宝玄仙は七星の心も調教しようとした。

 だが、残念ながら、七星はそういうことに向いてはいなかったようだ。

 心が拒否反応を起こした。

 それがあの嘔吐だったのだろう。

 

 七星も悟るしかない。

 自分は調教するのも、されるのも向いていない。

 体質に合わないのだ。

 残念だけど、一緒にはいられない。

 

 なんだかんだで、宝玄仙に対して、沙那も孫空女も朱姫もよい関係を築いている。

 だが、七星は違う。

 あの輪の中には入れないし、七星がいることで、おかしな不協和音も起きるような気もする。

 

 昨日の最後――。

 

 一瞬だったが、沙那たちと宝玄仙は、一閃触発になりかけた。

 彼女たちの信頼関係が崩れそうになったのだ。

 七星のせいで……。

 

 もしも、七星が嗜虐や被虐を受け入れる体質だったら、あの仲間に入って愉しく過ごすこともできただろう。

 

 だが、無理だ……。

 あの嘔吐でわかった。

 自分には受け入れられない。

 

 だから……。

 さよならだ。

 

「あんたのことは好きだよ、宝玉さん。沙那たちも好きだけど、あんたが一番のあたいのお気に入りさ。本当だよ」

 

「ありがとう。嬉しいわ」

 

 宝玉が微笑んだ。

 

「このまま、行くよ、宝玉さん――。別に怒って出ていくわけじゃないことを沙那たちに言っておいてくれると嬉しいよ。なんというか……。あたいは、逃げるだけさ。宝玄仙さんが怖くてね。そういうことにしておいておくれよ……。そして、あんたらは、仲良くやれってね」

 

「自分で言うのね、あなたを黙って行かせたなんて知られたら、あたしが彼女たちに叱られるわ」

 

「じゃあ、いいよ。なんにも言わなくて。あいつらには、置き手紙を残しておく」

 

 七星は寝台から降りようとした。

 

「待って……」

 

 宝玉が七星の手に触れた。

 七星は顔をあげて宝玉を見た。

 宝玉の眼がじっと七星の眼を覗いている。

 

「そのまま……。あなたに『縛心術』をかけるから」

 

 宝玉の言葉に七星は驚いた。

 思わず、身体を引く。

 

「心配しないで……。おかしなことはするつもりはないわ。ただ、少しだったら、あなたの身体の中の術を引き出せると思うの。そんなに大したことはできないんだけど……」

 

「へえ、あたいを本物の道術遣いにしてくれるのかい?」

 

 七星は道術遣いだが、術遣いとしては、最下級であり、簡単な霊具が遣える程度で、七星が扱える術なんてない。

 だから、本当にそんなことができるならそれは嬉しい。

 

「そんなは大したことはできない……。だけど、ひとつかふたつくらいなら、術を使えるようにできると思う。例えば『道術錠』とか……。上級術よ。使い方によって、かなりのことができるわ」

 

「ああ、あれか……」

 

 『道術錠』とは、宝玄仙が朱姫におかしな下着を身に着けることを強要させた便利な術だ。

 術遣いの施した条件付を実現しない限り、なにかが身体から外せなくなったり、動かせなくなったりするものだ。

 確かに、使い方によっては、とんでもない武器にもなるし、罠になる。

 

「だから、宝玄仙に仕返しをするといいわ。最後にね」

 

 宝玉は言った。

 

「仕返し?」

 

「彼女にもお仕置きが必要よ。あなたに酷いことをしたんだもの。あなたもそうしたいでしょう?」

 

「い、いや……。正直に言えば、仕返しはどうでもいいっていうか……」

 

 もう、嗜虐も被虐もこりごりという気持ちしか湧いてこない。

 本当に仕返しなどどうでもいい。

 別れると決めたからには、これ以上、余計なしこりを残したくないし、仕返しの仕返しで追われるのも怖い。

 このまま立ち去るのが一番いいような気もする。

 

「お願いよ。協力して。あいつにも罰は必要よ。わたしが協力するから。でも、わたしだけじゃ駄目なのよ。沙那たちでは調子悪いし……。ここは、あなたの手を貸してほしいわ」

 

「罰かい……?」

 

「そうよ。罰よ。それに、正直に言えば、宝玄仙は、いま、少しだけ後悔しているの。人の心に敏感なあいつは、あなたや沙那たちと、険悪になりそうになった一瞬に、もの凄い恐怖感を味わったわ――。それを解消するためにも」

 

「わかったよ、宝玄仙さん」

 

 七星は言った。

 そこまで言われたら仕方がない。

 なにか思うところもあるのだろう。

 

「それで、なにをすればいいのさ、宝玉さん?」

 

 すると宝玉がにっこりと微笑んだ。

 

「わたしの眼を見て……。あなたに、術式を擦りこむわ。それを遣うのよ。本来は、わたしたちには、あなた程度の霊気じゃあ、宝玄仙には術が効かないわ。だけど、一時的に、宝玄仙の身体の術返しを無効化する。後は好きにすればいいわ」

 

「なら、好きにさせてもらうよ」

 

 七星は宝玉に言った。

 やるからには徹底的にやってやる。

 よくわからないが、同じ身体を支配している宝玉の頼みなのだ。

 

「ところで、その前に……」

 

 宝玉の顔が七星の顔に寄ってきた。

 七星は、宝玉を抱きしめてその唇を吸う。

 宝玉の身体が、七星の腕の中で力を失っていく。

 

「素敵な口づけね……」

 

 七星が宝玉の口から自分の口を離したとき、宝玉は酔ったように視線でそう言った。

 

「あんたもだよ」

 

 本当だった。

 宝玉を口づけで責めながら、七星もまた股間に痺れるような疼きを感じていた。

 子宮に届くような強烈な口づけだった。

 本当に性の技の巧みな女性だ。

 

「最後に、もう一度、愛して」

 

「一度じゃなくて、何度でもいいさ」

 

 七星は宝玉を促して寝台に宝玉を横たえた。

 宝玉の裸身が寝台に仰向けになる。

 

「一度でいいわ。わたしだってあなたから離れられなくなるもの」

 

「じゃあ、忘れられない一度にしよう」

 

 七星は、宝玉の隣に身体を添わせて、宝玉の股間に手を伸ばす。宝玉の身体が震える。

 

「ああっ……」

 

 すでに宝玉の股間はびっしょりと濡れていた。

 そして、熱い――。

 七星の愛撫が始まると、宝玉は震えはじめた。

 

「ま、待って……。あ、あなたに――あなたに一度訊きたいことがあったの――」

 

 宝玉が吐息を吐きながら言った。

 七星は、宝玉を責める手を休めた。

 

「なにさ?」

 

「あ、あのね……。わたしと宝玉って、同じ身体をふたりで使っているでしょう? 普通、そんなことはないわよね。それは、異常なことなのよ」

 

「異常かどうかは知らないよ。世の中は広い。そういうこともあるかもしれない」

 

 七星は言った。

 

「だ、だけど、わたしたちの場合は、理由がはっきりしている。わたしたちのどちらかが、元の人格――。その人格が必要なものとして、もうひとつの人格を術で作り出した。意図的に本当の人格を分裂させたの」

 

「へえ……」

 

 そんなことができるのだと感心した。

 さすがは、天下一の道術遣いだ。

 

「だけどね、いまとなっては、わたしにも、宝玄仙にもわからなくなったのよ。本当は、どちらが、本来の人格だったのだろうって……」

 

「わからないって?」

 

「それで、あなたはどう思うか知りたかったの。ほら――。あなたは、勘がいい。自分でもそう言っていたし、それは、あなたのなんらかの道術的な能力だと思うの」

 

「それを知ることは大事なことなのかい?」

 

 七星は嘆息しながら言った。

 ひとりの人格が分かれたふたつの人格――。

 分かれたということは、どちらも本来の人格ということだろう。

 「どちらが元」ということはない。

 両方とも元の人格だ。

 

「いいえ、重要なことではないわ。だけど、あなたがどう思うか知りたかったの」

 

 宝玉は言った。

 

「だったら、あたいは、あんたが元だと思う」

 

 七星ははっきりと言った。七星の勘はそう感じている。

 宝玄仙は単純で無邪気だ。

 しかし、宝玉の無邪気さは、そう装っている感じであり、もっと周到で老練している気がする。

 宝玄仙には、そういう宝玉の隠している老獪さのようなものはまったく感じない。

 つまり、人格として若い――。

 生まれてから、そう何年も経っていないかのような……。

 

「答えてくれてありがとう、七星……。じゃあ、愛して」

 

「もういいの?」

 

「うん」

 

 今度は、宝玉の手が七星の股間に寄ってきた。

 あっという間に自分の身体の奥から快感が引き出されるのを七星は感じた。

 

 

 *

 

 

 なんだろう……?

 不可思議な違和感――。

 どうしたのだろう?

 

「やあ、宝玄仙さん――。いや、ご主人様って、呼ばないといけないんだっけ?」

 

 眼を開けた。

 眼の前に、椅子に座っている七星がいる。

 うっすらと笑みを浮かべている。

 きっちりと服を着ていて、その横には、荷物も整えられて置かれている。

 すぐにもでも旅に出られるような感じだ。

 その手でなにかを持っている。

 それが一本の糸だと知覚するのに、少しばかり時間がかかった。

 

「な、七星――。お前は……」

 

 七星の発する得体の知れない雰囲気に宝玄仙は戸惑った。

 そして、椅子に座っている七星に対する自分の視線がおかしいことにも気がついた。

 いまの宝玄仙は、七星を見上げるような感じだ。

 

 そして、気がついた。

 どうやら自分は四つん這いになっている。

 床に、手のひらと膝から後ろを床につけて、少し股を開いている。

 

「な、なんだい、これは?」

 

 それで、宝玄仙は、やっと事態を把握した。

 自分は全裸だ。

 全裸で犬のように床に四つん這いになっているのだ。

 

 立ちあがろうとしたが身体が固定されて動けない。

 下を見ると、床に張りついている手の部分に、白い丸が線で描かれている。

 はっとした。

 

 これは、宝玄仙が得意としている術のひとつで、『道術錠』を応用した技だ。

 白い線の中に人や物を閉じ込めるという術であり、その道術のために、宝玄仙の手足が、それぞれに描かれた枠線から離れなくされているのに違いない。

 

「お、お前の仕業かい、これは――?」

 

 宝玄仙は七星を睨んだ。

 

「そうでもあるし、そうでなくもあるね」

 

 七星が白い歯を見せた。

 そこには、なにか宝玄仙を追いつめているというような余裕がある。それが不気味だ。

 

「それは、あんた自身がやったことさ。あたいの術で、あんたみたいな大きな力を持つ道術遣いを術で拘束できるわけがないだろう?」

 

 宝玉――。

 宝玄仙の頭の中に、その名が浮かぶ。

 

 宝玄仙の身体に潜む、もうひとつの人格である宝玉――。

 宝玉は、七星を残酷に追い詰めて調教しようとした宝玄仙のやり方に不満を持っていた。

 それで、この仕打ちということだろうか……?

 

 宝玉が、術で自分自身を拘束し、宝玄仙と人格の交代をした。

 それで、七星に宝玄仙に仕返しをさせる態勢をつくった……。

 

 事態の把握ができ始めると、宝玄仙は、もっと最悪の状況に自分が陥っていることを悟らざるを得なかった。

 術が遣えなくなっている。

 霊気はあるし、周りの霊気ですら感じることもできる。

 しかし、動かすことができない。

 つまり、宝玄仙の中の道術が封印されているのだ。

 

 術が遣えない――。

 智淵城のときの手の紋章と同じだ。

 咄嗟に視線を落とすが、あのときのようなおかしな紋章は手の甲にはなかった。

 

「やっと焦った顔をしてくれたね、宝玄仙さん。『道術錠』だよ。あんたには、見えないけど、あんたの背中に、あんたの術を封じる『道術錠』の紋章を描いた。あたいがやったことだけど、もちろん、宝玉さんの協力のものさ。あたいが刻んだことが実現しないと、あんたの術は封印されたままだよ。その手足もね」

 

 七星は言った。

 

「じょ、冗談じゃないよ。な、なんてことしてくれたんだい――? さ、さっさと解くんだよ、七星。宝玉が絡んでいようと、いるまいと、こんなことをすれば、後で酷い目に遭うということくらいわかっているんだろう――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「わからないね。あたいはこれで去る。そう決めたんだ。あんたには世話になった。沙那たちもいい友達だった。だから、別れるのはつらいけど、あたいは、あんたらと一緒に旅をするのは向いていないことを理解した」

 

「む、向いてないって……」

 

「ああ、向いてないんだ。あんたにもわかったろう? だから、行くよ。あいつらは、まだ寝ているから、向こうの部屋に置き手紙をしておいたよ。だけど、あんたには、ひと言、お礼を言っておこうと思ってね。それと別れの言葉も……」

 

「お礼って……。それが、これかい――?」

 

 宝玄仙は呻くように言葉を吐いた。

 だんだんと状況も飲みこめてくる。

 いまは、まだ、朝というには早すぎる時間だ。

 おそらく、夜明け前――。

 外はまだ暗い。

 雨脚も相変わらず強い。

 部屋の中の燭台が部屋を明るくしている。

 

 朱姫に装着させた『調教下着』と共鳴で責め抜いた三人は、完全に明るくなるまで目を覚ますことはない気がする。

 ここには、七星と宝玄仙だけ。

 そして、宝玄仙は魔術を封印されて、全裸で四つん這いにされている。

 

 術の封印については、大部分が宝玉の仕掛けらしいが、封印の『道術錠』そのものは七星がやったようだ。

 そして、宝玉は、宝玄仙の中で眠っている。

 

 ……ということは、七星がこのまま、宝玄仙の術を封印したまま去れば、宝玄仙の術は戻らない。

 『道術錠』を解くには、七星が刻んだなにかを実現するか、行動すればいいはずだが、昨夜の腹いせに、七星がそれを教えずに行ってしまえば、『道術錠』を解くのが極めて困難になってしまう――。

 

「お、お前……ゆ、昨夜のことを怒っているのかい……?」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、自分の声が弱々しくなっていることに気がついた。

 術が封印された――。

 その事実に対する恐怖が、宝玄仙の自信を少しずつ奪っている。

 

「どう思う、あんたは?」

 

 七星は相変わらずの笑みを浮かべたまま言った。

 その笑みが不気味だ。なにを考えているのか……。

 

「や、やり過ぎたと思っているよ、七星……」

 

 仕方なく宝玄仙は言った。

 ここは、下手に出ることも許容しなければならないだろう。

 封印を解かれないまま、去られては堪らない。

 

 いや、それよりも七星を去らせてはならない。

 昨日の仕打ちは確かにやり過ぎだったかもしれない。

 それを解消しないまま、別れるなんて嫌だ。

 それに宝玉が……。

 

「ひぎいっ――」

 

 突然、股間に激痛が走り、宝玄仙が身体を仰け反らせて絶叫した。

 肉芽が引っ張られている。

 七星がずっと持っていた糸が引っ張られているのだと気がついたのは、七星が手を緩めて激痛が収まってからだ。

 どうやら、宝玄仙の肉芽の根元には糸が結ばれている。

 その糸の先を七星が持っているのだ。

 

「な、なにをするんだい――?」

 

 宝玄仙は七星を睨む。

 だが、七星は、再び糸を引っ張った。

 

「ひいっ――い、痛い――痛いってばあ――ひぎいっ――」

 

 あまりもの激痛に宝玄仙は、思いきり叫んだ。

 しかし、身体を床に固定されている宝玄仙には、その痛みに対応することができない。

 七星は、糸を限界まで引っ張ると、さらにもう一度力を加えて引っ張り、それを寝台の一部に結びつけた。

 

「はぎっ――。こ、こんなの……。や、やめておくれよ――痛い――痛いよ――。謝る、謝るよ、七星――。だ、だから……」

 

 宝玄仙は大きな声をあげた。

 肉芽が千切れる。

 信じられないような痛みだ。

 

「三人が眼を覚ますまでそのままだよ、宝玄仙さん。これがあたいのあんたへの感謝のしるしと置き土産だ。ほかにもいろいろとやろうとしたけけど、やめておくよ。封印を解く方法は、三人への置き手紙に残しておいたからね」

 

 七星は、限界以上に宝玄仙の肉芽を引っ張っている糸に、なにかの術をかけた。

 おそらく、『道術錠』だ。

 だが、この術は、かなりの高等術だ。

 最下級の術遣いに過ぎない七星に扱えるような道術ではない。

 だから、七星がこの術を遣えるように、宝玉がなにかを施したのだろう。

 

 それにしても、宝玄仙の思考力を吹っ飛ばすような痛みだ。

 『道術錠』をかけられたということは、そう簡単には、誰にもこの糸を解いたり、切ったりはできないということだ。

 

「それじゃあ、さよならだ。最後に杯を交わそうよ、宝玄仙さん。あたいは、本当は酒が好きでね。この一行は、酒飲みがいないから寂しかったよ。最後に一杯飲んでおくれよ」

 

 七星はそう言って、寝台の横に置いていた酒瓶を開けて、ひとつの盃に中身を注ぐ。

 

「じゃあ、あたいから飲むよ」

 

 七星が自分の眼の高さまで盃をあげた。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ――。さ、さっさと糸を解くんだ――」

 

 宝玄仙は苦痛に顔を歪めた。

 すると、七星が緊張している糸に手を伸ばした。

 

「ひいっ、や、やめておくれ――」

 

 宝玄仙の抗議もむなしく、七星の指が糸をぴんと弾いた。

 

「んぎいいいっ」

 

 加えられた猛烈な痛みに、宝玄仙は心の底からの絶叫をしていた。

 

「あたいと別れ酒を交わしてくれるよね、宝玄仙さん?」

 

 七星の手が糸に向かって、また伸びる。

 

「の、飲むよ。飲む――。た、助けて――」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 七星の指が糸の直前でとまった。

 宝玄仙はほっとした。

 

「そうかい。飲んでくれるかい、宝玄仙さん」

 

 七星がぐいとひと息で盃の酒を飲み干した。

 そして、もう一度、その杯に、酒をなみなみと注ぎ直す。

 

「あんたの番だ。宝玄仙さん」

 

 七星が立ちあがった。

 宝玄仙は盃が自分の口に近づけられるのを待った。

 しかし、なぜか、盃を持った七星は、宝玄仙の後ろに回った。

 そして、容器に入ったなにかの液体に、その杯の酒が足される音がした。

 かたかたという音はまだ続く。

 

「な、なにをしてるんだよ、七星?」

 

 不気味なものを感じて、宝玄仙は言った。

 しかし、身体を固定されているうえに、肉芽を糸で引っ張られ続けている宝玄仙には、後ろを振り返ることができない。

 

「あんたに酒を飲んでもらう準備をしているのさ。ただし、お尻でね」

 

 宝玄仙は総毛だった。

 七星が言った意味は明らかだ。

 

「酒をぬるま湯に足したよ。それを浣腸器で尻に入れてやる。口ではなく、尻から酒を入れられると効くらしいね。泥酔しないように湯で割ってやったから大丈夫だと思うけど」

 

「ふ、ふざけるな……」

 

 宝玄仙は呻いた。

 しかし、容赦なく浣腸器の先が宝玄仙の蕾に突き刺さる。

 

「うっ、うう……」

 

 すぐに、お尻の中に生温かい液体が注がれていく。

 

「排便用の桶はここに置くよ。隣の部屋の三人が眼を覚ますまで、洩らしたり、倒れたりしないように頑張りな。まあ、あいつらのことだから、あんたが汚物をぶちまけても、嫌な顔ひとつせずに、掃除してくれそうだけどね」

 

 七星は、宝玄仙の顔の下に木桶を置いた。

 

「た、頼むよ、七星――。ご、後生だよ。あ、謝るよ……」

 

 酒入り浣腸の効き目はあっという間だ。

 たちまちに、鈍痛が下腹部に込みあげるとともに、全身が熱くなる。

 宝玄仙は酒には強いが、酔いのようなものも感じ始めている。

 

「引っ張られている糸を解く『道術錠』の鍵は簡単さ。四人の人間に三発ずつ尻を叩かれなければならない。浣腸液を腹に溜めた状態でね。途中で洩らせばやり直しだ。あたいの分はやっておくよ」

 

 そういうと七星は、力一杯宝玄仙の尻を引っぱたいた。

 

「はぎっ」

 

 お尻よりも、叩かれたことにより、肉芽の引き千切るような激痛に宝玄仙は悲鳴をあげた。

 尻打ちの衝撃で、身体を動かしてしまったのだ。

 

「二発目行くよ」

 

 再び、大きな音とお尻の痛み――。

 そして、肉芽の激痛――。

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 

「三発目――」

 

 激痛――。

 本当に宝玄仙は泣き叫んでいた。

 

「それじゃあ、あたいはこれで行くから。残りの三人からの尻叩きは、あんたから説明してやってもらいな。それから、糸が外れる鍵は、“浣腸液を腹に溜めたまま、四人の別々の人間から力一杯尻を三回ずつ叩かれること”だからね途中で洩らしたり、力が弱かったら、全部がやり直しになる」

 

 七星がくすくすと笑った。

 なんという条件を……。

 それにしても……。いまの条件では……

 

「ま、待っておくれ……。その条件だと、お前がいなくなったら、四人目って……」

 

「そういうことさ。あたいがいなくなれば、四人目を見つけるのは骨が折れるだろうし、恥ずかしいだろう? だから、一回で終わるように頑張るんだよ、宝玄仙さん」

 

「い、いい気になるんじゃないよ、七星。つ、次に会ったら承知しないからね」

 

 宝玄仙は呻いた。

 すると、ぐいと自分の顎が持ちあがった。

 身体の前にやってきた七星が、宝玄仙の顎を掴んであげたのだ。

 その顔には、なにか含み笑いのようなものがある。

 

「な、なんだよ……?」

 

「ねえ、宝玄仙さんよう――。あんた、智淵城のときに、法兵たちの前で、幼児語で尻をほじってくれと頼んだんだってねえ?」

 

「な、なんで、それを……?」

 

「智淵城にいるときに、あたいの前で鹿力がそう言ったのを耳にしたのさ。実に見ものだったって話してたよ」

 

 七星の言葉で、あの時の恥辱が沸き起こる。

 あのときは、肛門に媚薬を塗られてから、違う言葉でお尻をほじってくれとねだるように強要されていたのだ。

 しかも、必ず新しい言い方でだ――。

 

 それを何回もやらされて、新しいおねだりの言葉が思いつかなかった。

 それで幼児語で尻を犯してくれとねだった。

 あのときの恥辱は、智淵城の仕打ちの中でも最大級のものだ。

 

「尻を叩いてくれと、沙那たちに説明する言葉は、その幼児語だけに限定するよ。糸が解ける前に、普通の喋り方をすれば、『道術錠』がかかり直してしまうことにする」

 

 抗議の言葉も慈悲をすがる言葉を放つ余裕もなかった。

 七星は、新しい『道術錠』を糸に刻んだ。

 霊気の移動は知覚できるのだ。

 新しい術をかけたということくらいは、いまの宝玄仙でもわかる。

 

「な――」

 

「なにか喋るんなら、気をつけな。幼児語だよ。『道術錠』がかかり直すと、残り三人の尻打ちが、残り四人になるよ」

 

 思わず口を閉じる。

 

「なにか、言いたいのかい、宝玄ちゃん?」

 

 七星がにっこりと微笑んで、宝玄仙の顔を覗き込んだ。

 

「ま、待って欲ちいの……。ほ、宝玄ちゃんには、恥ずかししゅぎるから……。こ、言葉だけでも……」

 

 恥辱で身体が震える。

 七星が爆笑した。

 

「そうか。恥ずかちいんだね。でも、『道術錠』は刻んじゃったんだよ。宝玄ちゃん、ご免ね」

 

 七星は宝玄仙の頭をごしごしと擦った。

 まるで、子供をあやすように……。

 

 そして、部屋を出ていった。

 手には、もういつものずた袋を持っている。

 

 部屋の戸がばたりと閉じた。

 宝玄仙はひとり、部屋に残される。

 

 打たれたお尻と肉芽の激痛――。

 そして、次第に拡大する下腹部の鈍痛――。

 

 宝玄仙には、歯を食い縛るしかできることがなかった。



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176 恥辱の解放条件

 朱姫の悲鳴のような声で目を覚ました。

 顔をあげると、朱姫が手紙を握りしめて泣いていた。

 

「どうしたの、朱姫?」

 

 沙那は声をかけた。

 孫空女も起きあがった。

 

 朝だった。しかし、外は薄暗い。

 相変わらずの長雨は、まだ続いているようだ。

 

「七星姉さんが……」

 

 朱姫はそれだけ言って、沙那に手紙を渡した。

 朱姫は肩を震わせて泣いている。

 沙那は、その朱姫を抱き寄せて、さっと手紙に目を通した。

 

「どうしたのさ、沙那? ところで、七星は、いないみたいだけど……」

 

 孫空女も手紙を覗き込んでいるが、孫空女は字が読めない。

 涙を流している朱姫と手紙を読んで深く嘆息した沙那を不安そうに眺めている。

 

「七星は、立ち去ったわ。ここに書かれているのは、別れの言葉よ」

 

 沙那は言った。

 孫空女の顔がこわばった。

 しかし、すぐに沙那と同じように嘆息した。

 

「無理もないよね。昨日は、あんなことがあったし……。逃げたくもなるよ……」

 

 孫空女は言った。

 昨日はいつになく、宝玄仙が酷く七星を責めたてた。

 責めに耐えきれなかったというよりは、七星には、限度を越えた調教の責めが、体質として受け付けなかったのだろう。

 それで、七星は宝玄仙や沙那たちから離れる決心をしたのかもしれない。

 別に、七星は術で旅に加わることを強制されているわけではない。

 あってないような「契約」という約束でついてきているだけだ。

 そして、三箇月で別れることになっていた。

 三箇月には、まだ十日ほど残っているはずだが、別れは唐突にやってきた。

 

「だけど、ただ、逃げ出したというのとは違うかも……」

 

 沙那は呟くように言った。

 昨夜、宝玉がやって来て、七星を術で隣の部屋に運んでいったのを沙那は知っている。

 『調教下着』と共鳴の責めで酷い目に遭い、一度、道術で回復してもらったものの、あまりにも身体がだるかったので起きあがらなかったが、あれは夢などではない。

 見た目だけでは、宝玄仙と宝玉の見分けはつかないが、あの七星に対する態度や雰囲気は、宝玉だと思う。

 

 七星の責めを中断した宝玄仙は、罰の悪そうな表情で、七星を含めた沙那たち四人をこっちの狭い側の部屋に残して、ひとりで隣の三人部屋に行った。

 その後、宝玄仙と宝玉の人格は入れ替わったのだろう。

 そして、宝玉の人格となった宝玄仙の身体が、七星を連れていった。

 そのとき、宝玉は七星の衣服や荷物、それから、一行の路銀まで持っていった。

 だから、七星が出ていったとすれば、宝玉と七星が話し合い、それで、別れを決めたに違いないと沙那は思った。

 

 朱姫は、まだ泣きじゃくっている。

 沙那は、その朱姫が、もう一通の封書を持っていることに沙那は気がついた。

 朱姫は二通の封書を持っていて、ひとつは開かれていて沙那に渡されている。

 もうひとつは、まだ朱姫の手の中だ。

 

「朱姫、それは?」

 

 沙那は言った。

 

「ひぐっ――。ひん……。あっ、そ、そうでした……」

 

 朱姫は涙を拭った。

 

「なにかの術がかかってる?」

 

 孫空女が朱姫の持っているもうひとつの手紙を見て言った。

 術がかかってる?

 

「……はい……。もうひとつは、なにかの術で封印されてて……多分、あの『道術錠』だと思いますけど、封鎖されています。破ることができません」

 

「それは、『道術錠』の術により、開封に条件付がされているということ、朱姫?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「そこまでは、あたしの術ではわかりません。だけど、そうだと思います」

 

「とにかく、ご主人様のところに行ってみようよ」

 

 孫空女が言った。

 三人で部屋を出て、隣の部屋に向かう。

 

「ご主人様、入ります」

 

 沙那が声をかけてから戸を開いた。

 ぎょっとした。

 慌てて、孫空女と朱姫を部屋に引き入れてから戸を閉じる。

 そこには、部屋の真ん中で全裸になり、四つん這いになっている宝玄仙がいた。

 

 苦しそうな表情で、こっちを見る。

 よく見れば、宝玄仙の身体から一本の糸が寝台に伸びている。その糸は限界まで張りつめられているが、もしかしたら、宝玄仙の股間に結ばれているのかもしれない。

 

 そして、宝玄仙の顔の下にはひとつの木桶――。

 一体全体、これはどういう状況なのか?

 少なくともここに七星がいないことは確かだ。

 

「ご、ご主人様、これは一体……?」

 

 さすがに沙那も気が動転して、そう言った。

 しかし、怒ったような宝玄仙の顔が、震えながら口を開く。

 

「さ、沙那……お姉ちゃん……。そ、そんなことよりも、ほ、宝玄ちゃんの、お、お尻、たたいてちょうだい……。ち、力一杯、三回よ。他のお姉ちゃんも……。は、早く――は、早くしてくだちゃい」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔で言った。

 その表情は恥辱で染まっている。

 

「ご、ご主人様……?」

 

「あ、あのう……」

 

 孫空女と朱姫が呆然としている。

 

「も、漏れちゃうの……。ほ、宝玄ちゃんは、もれちゃう。早く、してくだちゃい。お尻を叩かれる前に、う、うんちしちゃうと、糸が外れないの。はやく、ちて」

 

 引きつったような顔の宝玄仙が、それに似つかわしくない必死の声で言った。

 しかし、その甘ったるしい幼児のような喋り方は、これ以上ないというくらいに滑稽だ。

 

 それで、沙那は悟った。

 なにかの術に違いない。

 よくわからないが、宝玄仙の身体から寝台に向かって引っ張られている糸は、力一杯、三回ずつ、宝玄仙の尻が叩かれなければ外れないに違いない。

 あのおかしな喋り方は、それも条件付のひとつなのだろう。

 つまり、『道術錠』だ。

 

 もしかしたら、七星の置き土産だろうか。

 しかし、七星は道術は遣えないはずだ。

 

「は、早く、叩いてちょうだい。ほ、宝玄ちゃんのお尻、叩いて。さ、三人とも三回……力一杯ね。と、とにかく、早く――」

 

 宝玄仙は悲痛な表情だ。

 その肌には、鳥肌が立っている。

 おそらく、便意が限界に違いない。

 

「た、叩きます、ご主人様――。朱姫と、孫空女も準備して」

 

 沙那は、慌てて宝玄仙に駆け寄る。

 

「おかしいよ、ご主人様――。なんで、そんな喋り方なのさ?」

 

 沙那が平手を振り上げたとき、そう言って孫空女が笑った。

 

「そ、孫お姉ちゃん――」

 

 宝玄仙がそう言いながら、怖ろしい表情で孫空女を睨んだ。

 その表情で、孫空女の顔が凍りつく。

 

「いきますよ、ご主人様」

 

 沙那は、連続で三回、宝玄仙のお尻を叩いた。

 宝玄仙は苦痛の声をあげたが構わなかった。

 

「次は、朱姫よ」

 

 沙那は朱姫と交替した。

 朱姫は、これまでのことであらかた悟ったのか、沙那と同じように、続けて三回宝玄仙のお尻を打擲する。

 

「あ、あたしもやるの?」

 

 孫空女は首を傾げている。

 

「そうよ。早くやってあげて、孫空女」

 

「だけど、あたしが思い切りやったら、ご主人様のお尻がとんでもないことになるよ」

 

 孫空女が途方に暮れた表情をした。

 そうだった。

 孫空女は馬鹿力だ。

 並みの男の十人並みの力がある。

 その力でまともに叩けば、間違いなく、宝玄仙のお尻の骨は砕けてしまう。

 

「と、とにかく、わたしと同じくらいの力で……」

 

 沙那は言った。

 景気のいい音が三度鳴り響いた。

 宝玄仙の股間と寝台を結んでいた糸がぱらりと落ちる。

 

「お、お前たち、早く、桶を当てて――」

 

 普通の喋り方に戻った宝玄仙が叫んだ。

 沙那は、宝玄仙の顔の前の木桶を宝玄仙の四つん這いの股間の下に置く。

 木桶があてがわれるのと、宝玄仙のお尻から液体の混じった大便が噴出するのは、ほぼ同時だった。

 

「ち、畜生……」

 

 大便が終わると、宝玄仙は呻くように言った。

 まだ、四つん這いの姿勢は外せないようだ。

 床に白い線のようなものがあり、そこに宝玄仙の手足は置かれている。

 どうやったら、宝玄仙の手足が床から離れるのか沙那には見当もつかない。

 

「いったい、どういうことなのですか、ご主人様?」

 

 三人がかりで、宝玄仙の身体を拭き、木桶の便も外に片付けた。

 再び四人揃ったところで、沙那が三人の疑念を代表するようなかたちで、宝玄仙に訊ねた。

 

「……こ、これは、宝玉と七星の仕業だよ。わ、わたしに対する罰と仕返しだそうだ」

 

 宝玄仙は語りはじめた。

 

 昨夜、気がついたら、七星が眼の前にいたこと――。

 七星は、宝玉により幾つかの術が遣えるようになっていたこと――。

 おそらく、宝玉が宝玄仙の術を封印し、七星の術で宝玄仙の背中に術を封じる紋章を刻むとともに、床に宝玄仙の身体を床にくっつけたこと――。

 それは、七星の刻んだ『道術錠』の解錠の条件を満たさない限り、解けないことを説明した。

 

「まあ、七星を恨んじゃ駄目だよ、ご主人様。これは仕方ないよ。昨日、酷いことしたからさあ。いつか、謝る機会があったら、謝るといいよ」

 

 孫空女だ。

 

「ふ、ふざけるな、孫空女――。なにが、仕方ないんだよ。術が戻ったら、お前に逆恨みをぶつけてやるからね――。覚えておいで」

 

 宝玄仙が怒鳴りつけた。

 孫空女の顔が蒼くなり引きつる。

 

「とにかく、どうすれば、『道術錠』が解けるのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「し、知るものかい――。お、お前らに手紙を残すとか言っていたよ。渡されてないのかい――?」

 

 宝玄仙は、吐き捨てるように言った。

 

「ああ、そう言えば」

 

 沙那は声をあげた。そして、朱姫から、朱姫がまだ持っていた七星からのもうひとつの封書を取りあげた。

 さっきは、術がかかっていて破れなかった。

 沙那は、その封書に手をかけた。簡単に手で封書が破ることができる。

 やっぱり、宝玄仙の糸が外れるとか、木桶に排泄をするとか、そういうことが、手紙側の『道錠錠』の解錠の条件になっていたのだろう。

 その中身に眼を通して、沙那は思わず噴き出した。

 

「沙那、お前も、逆恨みの対象だからね」

 

 四つん這いの宝玄仙がじろりと睨んだ。

 沙那はすくみあがった。

 

「条件とは、なんですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫が、沙那の持っていた手紙を横から覗いた。

 すると、朱姫もぷっと噴いた。

 

「朱姫もだよ……」

 

 宝玄仙の冷たい声――。

 朱姫も真顔に戻り、黙り込んだ。

 

「それで、解錠の条件はなんだよ?」

 

 宝玄仙がこっちを睨んだ。

 

「ご主人様をお尻で一回ずつ絶頂させることです」

 

 沙那は、七星の手紙を宝玄仙の顔の前にかざした。

 

「そういうことなら、さっそくやってあげるよ。それくらいで、外れるならいいじゃないか」

 

 孫空女が立ちあがった。

 宝玄仙の後ろに回る。

 

「くうっ――。し、仕方ない……。じゃあ、た、頼むよ……」

 

 宝玄仙が顔を悔しそうにしかめた。

 

「いくよ、ご主人様」

 

 孫空女が宝玄仙のお尻に指を挿す。

 そして、くちゅくちゅと動かし始めると、例によって、宝玄仙はあっという間に乱れ始める。

 

「ご主人様、もう、いきそうかい?」

 

 孫空女が指で宝玄仙のお尻を何度か抜いたり挿したりしているうちに、宝玄仙の身体が小さく震えはじめた。

 

「う、うん……。い、いくよ……いくっ――」

 

 宝玄仙が声をあげた。身体が仰け反り、宝玄仙は達した。

 

「次はあたしが」

 

 朱姫が孫空女と交替した。

 朱姫の手管により、宝玄仙が二度目の絶頂に達するのに、それほどの時間はかからなかった。

 

「沙那姉さんの番です」

 

 朱姫が言った。

 沙那は、朱姫と交替して、宝玄仙の肛門に指を挿しこむ。

 もう、二度達している宝玄仙の身体が、すぐに震えだす。

 

「ああ……」

 

 宝玄仙が甘い声を出す。

 よくわからない感情が沙那の中に走る。

 宝玄仙を指でいたぶっている。―錠

そして、それで宝玄仙が感じている。不思議な倒錯の想いが、沙那を酔わせる。

 沙那の指が動くたびに、宝玄仙が甘い声と熱い息をこぼす。

 

「ああ……だ、駄目……駄目だよ……ああ……」

 

 沙那が指の速度をあげると、宝玄仙の乱れが大きくなった。

 さらに、大きく口を開けた宝玄仙が、閉じていた眼を開けて、首を震わせて打ち震えた。

 

「背中の紋章が消えました」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「な、七星め……」

 

 汗にまみれた宝玄仙が、身体を起こそうとした。

 そして、怪訝な顔をする。

 

「な、なんで……? なんで、まだ、離れないんだい?」

 

 宝玄仙が呆然とした声をあげた。

 

「術はどうですか、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 紋章は消えているのだ。

 身体の拘束が解けないとしても、術は戻ったのではないだろうか。

 

 宝玄仙が一瞬、押し黙った。

 突如、沙那の股間がなにかに掻きまわされた。秘肉が蠢動し、閃光のような快感が衝きあがる。

 

「ひぎいっ――」

 

 理解できない快感に沙那は、全身を反りかえらせた。

 

「いくうっ――」

 

 腰の砕けた沙那は、その場にへたり込んだ。

 

「術は戻ったよ。だけど、手足が床から離れないんだ。それについては、術も効かない」

 

 宝玄仙は、沙那にやったことなどなにもないかのように、平然と言った。

 沙那は、宝玄仙に恨みの視線を送りながら、まだ、気だるい身体を整える。

 股間がびしょびしょだ。

 一気にあげられた快感により、沙那は潮のようなものを股間から放出させてしまったのだ。

 

「あっ――、さっきの手紙に別の字が浮かんできました」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「なんと書いているんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙が声を張りあげた。

 

「そ、その……。ご主人様の術で、あたしたちの股間に男のものを生やしてもらって、今度も一度ずつ、ご主人様のお尻を犯せと、書いてあります。そうすれば、手と足は床から離れると……」

 

 朱姫が申し訳なさそうに言う。

 

「ちっ――。次から次へと……。こうなったら、さっさとやりな、お前たち。わたしのお尻を順番に犯すんだ」

 

 宝玄仙がやけくそのように声をあげる。

 沙那の股間に男性の怒張が生えた。

 いつものこととはいえ、やっぱり、自分の身体を術でいじくられて、男性器を生やされるというのは、気味が悪い。

 

「じゃあ、今度は、あたしが最初でいいですか、ご主人様?」

 

 朱姫が言った。

 どこか嬉しそうだ。

 宝玄仙を堂々と犯せるということが、朱姫を興奮させているに違いない。

 朱姫の上気した顔には、はっきりとした嗜虐の悦びが浮かんでいる。

 

「指よりも太いから、少しご主人様の愛液を借りますね」

 

 朱姫がそう言って、宝玄仙の股間に指を伸ばして、溢れている淫液を自分の股間の怒張にまぶす。

 

「あ、ああ……な、なんでもいいよ……ひ、ひいっ」

 

 朱姫の指に翻弄されて、宝玄仙が身体を震わせはじめる。

 不必要なくらいに、何度も何度も宝玄仙の股間に指を伸ばしては、愛液を宝玄仙の肛門と自分の男根に伸ばす。

 

「も、もういいだろう、朱姫? いい加減に……」

 

 声を洩らすまいと耐えている宝玄仙が真っ赤な顔を後ろに向けて、朱姫に強い視線を向けた。

 

「は、はい……。も、もう、始めます」

 

 朱姫が慌てて言った。

 いつもの悪い癖で、調子に乗りかけていたのだろうが、相手が宝玄仙では、大変なことになる。

 それに、いまの宝玄仙は、七星の『道術錠』で身体が拘束されているだけで、魔術は遣えるのだ。

 

「はひっ――」

 

 宝玄仙が快楽に声をあげた。

 三度も達している宝玄仙だから、すぐに達するだろう。

 朱姫の腰が律動を開始すると、宝玄仙は、官能の昂ぶりに呻き声をあげ始めた。

 

「うはっ……ひいっ……ほうっ……はううっ……ひんっ……」

 

 可愛らしい声を出しながら、宝玄仙は身体を激しく揺すって痙攣しはじめる。

 

「い、いくよう……」

 

 宝玄仙が大きな声で叫んだ。

 

「あ、あたしもいきます」

 

 朱姫は叫んだ。

 ひと際大きく、宝玄仙の白いお尻が震える。

 束の間の余韻の後、朱姫の腰が引き抜かれた。

 どろりとした精が、宝玄仙の肛門からこぼれる。

 

「うふっ……、ご主人様、可愛いです」

 

 朱姫が言った。

 

「よ、余計なことを言わなくていいんだよ、朱姫――。そらっ、孫空女、次は、お前だ――」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をして言った。

 

「う、うん」

 

 呆然と眺めていた孫空女が、弾かれるように立ちあがった。

 孫空女が、力強く宝玄仙に男根を突き挿す。

 すぐに、孫空女は、宝玄仙のお尻を犯し始める。

 

 宝玄仙が喘ぎ声を出し始めた。

 また、宝玄仙はあっという間に達するに違いない。

 

 次は、沙那の番だ。

 沙那は宝玄仙のお尻を犯して、泣かすことができるということが、なんだか、七星からの素敵な贈り物のような気がしてならなかった。

 

「い、いくよ、孫空女――」

 

 宝玄仙が泣くような声で吠えて身体を仰け反らせた。

 

「う、うん……。で、でも、あたし、まだ……」

 

 宝玄仙が達しても、孫空女はなかなか精を放つことはできなかった。

 結局、孫空女が精を出すまでに、宝玄仙は三回達しなければならなかった。

 

 孫空女が、上気した顔を沙那に向けて頷く。

 沙那の番だ。

 

 沙那は、興奮で震える身体を立ちあがらせて、つらそうな宝玄仙の白いお尻を両脇から掴んだ。

 そして、朱姫と孫空女と宝玄仙自身の精でびしょびしょになっている宝玄仙の肛門に、ゆっくりと股間のものを突き挿していった……。

 

 

 *

 

 

 そろそろ、夕方だ。

 

 しばらくの間、宝玄仙はずっと元気がなかった。

 七星の企みで、孫空女たちからお尻を犯された衝撃によるものではないことを孫空女は知っている。

 

 昼過ぎにやっと雨が止んで、急にいい天気になった。

 それでも、じっと宝玄仙は窓際に座って、所在無げに外にぼんやりと視線を向けていた。

 

 こういう旅をしない日というのは、孫空女や沙那や朱姫の身体を責めて、なにかしらの淫靡な悪戯をするのが常だったので、なにもない一日というのは、本当に珍しかった。

 

 宝玄仙はなんにも喋らないが、宝玄仙が誰のことを考えているのかは、丸わかりだった。

 宿の部屋には結界が張ってあって、外からは余所の者が中に入ることはできないし、音も漏れないのだが、逆に、廊下の物音は内側からはよく聞こえる。

 

 宿の廊下を誰かが歩く音がするたびに、宝玄仙は反応して、廊下の気配を探るような仕草を見せた。

 そして、足音が部屋の前を通り過ぎて、小さくなると、再び、視線を窓の外に向けて、じっと押し黙る。

 その繰り返しだ。

 宝玄仙が、今朝、立ち去った七星のことを思っているのは明白だった。

 

「前から七星は、三箇月経ったら、立ち去るって言っていたから、予定の行動だったんだよ、ご主人様」

 

 孫空女は、何気なく宝玄仙の背中に声をかけた。

 部屋の中にいるのは、宝玄仙と孫空女のふたりだけだった。

 

 沙那と朱姫は、日差しが出始めたので、汚れ物を洗って乾すために、宿町の共同洗濯場に出掛けて行ったのだ。

 孫空女は、宝玄仙とともに留守番だ。

 宝玄仙になにかがあったときに、その身を護るのが孫空女の役割だからだ。

 

「……あいつは、根性なしだよ。ちょっと、責めを強くしたくらいで音をあげてさ」

 

 宝玄仙は、外に視線をやったまま言った。

 その声には、かすかに溜息が混じっていた。

 

「いや、あいつは根性あるよ。智淵城のときだって、身体が操られているのに、あの虎力に逆らって跳びかかったじゃないか。ほら、沙那が最初の救出に来たときだよ。あのとき、七星の捨て身の体当たりがなければ、ご主人様は、虎力に捕まってしまって、沙那がご主人様の手足首を切断して、逃がすということはできなかったかもよ」

 

 孫空女は言った。

 

「まあ……あのときはね……。だけど、あいつは根性なしだ」

 

 宝玄仙はまた言った。

 視線を外に向けたままだ。

 

「ご主人様は、七星をずっと旅に連れていきたかったのかい?」

 

 孫空女は言った。

 

「わたしというよりは、宝玉がね……」

 

「宝玉様?」

 

「七星は、宝玉のお気に入りだったのさ。だから、ちょっとばかり調教して、わたしから離れられないようにしてやろうと思ったのにさあ」

 

 宝玄仙は、なにか苦いものを口にしたような表情をした。

 どうやら、宝玄仙は、宝玉の気に入った七星を旅の仲間に留めようと、本格的な調教をしようとしたということのようだ。

 しかし、結局は、七星はそれを肉体的なものはともかく、心理的に受け入れることができずに、責めの途中で嘔吐した。

 

 宝玄仙には、あのとき、珍しいことにそれで七星への責めを中断した。次いで、宝玉は、七星がこの一行から立ち去ることを認めた。

 立ち去る七星が、宝玉と組んで、宝玄仙を『道術錠』で仕返しをしたのは、愛嬌のようなものだ。

 責めるのも責められるのも、この四人の日常であり、遊びだ。

 もっとも、宝玄仙が被虐側に回るのは滅多にあることじゃないから、あれは貴重な出来事だった。

 

「だったら、普通に言えばよかったんじゃない。七星は、調教とか、嗜虐とか、被虐とかじゃなくてさあ。一緒にずっと旅をしてくれって言えば、案外とあっさりと受け入れてくれたんじゃないの、あいつは」

 

「しょ、しょうがないだろう、孫空女。やってしまったことは」

 

 宝玄仙が孫空女を睨んだ。

 しかし、その宝玄仙の表情は、怒っているというよりは、激しい悔悟が含まれている気がした。

 

 孫空女がそんな宝玄仙に戸惑いを感じていると、宝玄仙は、孫空女から視線を逸らせて、元のように、窓の外を眺める姿勢に戻った。

 孫空女は苦笑した。

 

 本当に宝玄仙は、七星に対して悪いことをしたと思っているのだ。

 冷酷で残酷で容赦なく他人を責めたてるくせに、どことなく、弱い……。

 それが、孫空女が感じている宝玄仙だ。

 いまの宝玄仙は、普段の宝玄仙にはない、そういう隠れた性質が滲み出ている。

 しばらく沈黙が続いた。

 

「孫空女」

 

 やがて、宝玄仙が言った。

 身体を反転させて、まっすぐに孫空女に身体を向けている。

 その表情に明るさが戻っている気がした。

 なんだか孫空女はほっとした。

 

「なにさ、ご主人様?」

 

「悪いが、下袴を脱いでくれるかい。下半身すっぽんぽんになっておくれ」

 

「な……」

 

 孫空女は絶句するとともに、自分の顔が真っ赤になるのを感じた。

 いきなりなにを言い出すのだろう、このご主人様は――。

 

「いいだろう? ちょっとばかり、お前の身体で憂さ晴らしをさせておくれよ。なんとなく、気が晴れないんだ」

 

「ちょ、ちょっと待って――」

 

 孫空女は、思わず立ちあがった。

 しかし、その身体が凍りついたように動かなくなる。

 

 宝玄仙の道術だ。

 身体の筋肉を硬直させられた。

 宝玄仙の身体が近づく。

 

 人形のように動けない孫空女の下袴を脱がして、下着ごと、足首に落とす。

 そして、足首から抜き去られる。

 宝玄仙が触ると、簡単に動く身体が、孫空女にはどうしても自分で動かすことができない。

 

「ご、ご主人様……。お、お願いだよ。こ、こんな悪戯……」

 

 無駄だとわかっている哀願を孫空女はした。

 しかし、孫空女の憐れみのこもった口調に、逆に宝玄仙の嗜虐の火がついたのか、その顔が淫靡に微笑む。

 宝玄仙の手が孫空女の前で合わされ、それがゆっくりと開く。

 その手に合わせて、孫空女の脚はゆっくりと開いていく。

 それは、孫空女の意思とは関係ない。

 

 やがて、孫空女の下半身は、みっともないがに股姿にさせられた。

 下半身に震えが走る。

 これからなにをされるのか……。

 

「股ぐらを曝け出されたくらいで、興奮しているのかい。変態女になったものだよ。あの五行山の盗賊団の女頭領がねえ――。いまじゃあ、下半身を裸にひん剥かれて、股を開かされたくらいで、下の口で涎を流し始めるんだからね」

 

「そ、そんなことあるものかい――」

 

 孫空女は、思わず声をあげた。

 いつも濡れるのは、宝玄仙におかしな淫具や道術を遣われるからだ。

 なにもしなくて濡れてしまうわけじゃない。

 

「じゃあ、賭けをするかい、孫空女?」

 

 宝玄仙がにやりと微笑む。

 そして、懐から小さな布切れを出した。

 親指の先程のほんの小さいな白い布だ。

 

「賭け?」

 

 孫空女は訝しんだ。孫空女の視線は、宝玄仙の持っている小さな布片に注がれている。

 淫靡な霊具に違いないのだ。

 

 急に、孫空女の身体が勝手に動く。

 そして、廊下に出る扉に向かって向きを変えて立たされる。

 腕は背中に回った。

 孫空女は、下半身を露出したまま、扉を向いて立たされた。

 

「これをお前の肉芽に貼るよ。心配しなくても、お前が女陰を濡れたりさせなければ、布はぴくりとも動かない。だけど、お前が興奮して女陰を濡らせば、この布片は振動する。お前が濡らせば濡らすほど、振動が強くなるからね。賭けてもいいけど、この布片は、わたしがなにもしなくても動き出すと思うけどね」

 

 そう言って、宝玄仙は、孫空女の肉芽のある場所に布を貼る。

 

「はうっ」

 

 指を押し付けられたちょっとした刺激で思わず声が出る。

 しかし、次に行った宝玄仙の仕打ちで、孫空女は総毛立った。

 宝玄仙は、孫空女が下半身を露出させた身体を向けている廊下への扉を全開で開け放ったのだ。

 

「ひいっ――。ご、ご主人様、や、やめてよ。こ、こんなの――。閉めて、閉めてよ」

 

 孫空女はびっくりして声をあげた。

 

「大きな声を出すんじゃないよ、孫空女。何事かと人が集まって来るじゃないか。扉を開ければ、結界で音を遮断しているのは無効になるんだよ」

 

 慌てて口を閉ざす。

 

「さて、誰がくるのかね。心配ないよ、裸を見られるだけで、結界の中には入ってこれないからね」

 

「堪忍して……」

 

 孫空女は、懸命に宝玄仙に訴えた。

 しかし、宝玄仙は愉しそうに笑うだけだ。

 しばらくすると、孫空女は鳥肌が立った。誰かがやってくる気配がする。

 

「おや?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「ご主人様、もう、閉めて、勘忍して」

 

 ここは二階だ。

 その二階に向かい、誰かが階段を昇ってくる。

 

「ああ、あの足音は、この宿屋の女亭主だね。明日出発するかどうか、訊ねにきたのかねえ? お前を見て、どんな顔するか愉しみだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「し、閉めて、閉めてったらあ――」

 

 孫空女は必死の声をあげた。

 足音が近づく。

 本当にこっちにやって来る。

 

「はうっ――」

 

 不意に股間の布片が動き出した。

 すぐに激しくなる。

 

「やっぱり、変態女に決定だね」

 

 宝玄仙が笑った。

 足音が二階の廊下になる。

 

「へ、変態を認める。み、認めるから……。ああっ……お、お願い――。ご主人様――あひいっ――」

 

 どんどん振動が強くなる。

 もう耐えられない。

 足音がそこまで――。

 

「ご主人様、お願い――ひぐうっ――」

 

 孫空女は叫んだ。

 それとともに凄まじい勢いで肉芽の振動が激しくなり、孫空女は、その場で絶頂してしまった。

 

「……ご主人様、戻りました――。そ、孫空女?」

 

 洗濯物を抱えた沙那が、孫空女の痴態を見て仰天している。

 その後ろには朱姫もいる。

 朱姫も口を開けて、驚いている。

 

「ひいいん――」

 

 泣き声だか嬌声だかわからない声が口から洩れる。

 ほっとした孫空女の身体から力が抜ける。

 

「早く入ってきて、戸を閉めてやりな、沙那、朱姫。本当に誰かが来ちゃうじゃないか」

 

 宝玄仙はそう言って、声をあげて笑った。

 肉芽の振動は、まだ激しく動いている。

 孫空女は、二度目の絶頂に向かって、身体を震え始めさせていた。

 

 

 

 

 

(第28話『狂い女と三行半(みくだりはん)』終わり)



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 第29話  鬼畜女王と鬼畜女【女王壱都(いと)
177 女王の舌人形


「道術遣い?」

 

 壱都(いと)は、「舌人形」を自分の股間から突き放した。

 すると、壱都の女陰から流れる淫液まみれになった舌人形の顔が訝しむように壱都を見上げる。

 もっとも、眼をただの宝石に変えられている彼女には、壱都を見ることはできないし、鼓膜を潰されているので、声を聴くこともできない。

 いつもの奉仕作業を中断させられた理由がわからず、戸惑っているだけだ。

 

 壱都は、その舌人形の顔を足の裏で、突き倒した。

 腕のない舌人形には、突き飛ばされた身体を庇う手段がない。

 床に思い切り顔を打ちつけた彼女は、慌てて、部屋の隅に這っていく。

 そして、彼女の定位置と定められている敷布の上に身体を丸める。

 

 視力と聴力と声までを奪われ、肩から下の腕と膝から下の脚を切断された哀れな女――。

 それが「舌人形」と壱都が命名した壱都の玩具のひとつだ。

 全身の毛を消滅させているので、その舌人形の顔には、髪と眉がない。

 だから、かつての美貌も失い、面影が少ないが、城内の者は、この舌人形の正体を知っている。

 しかし、誰もなにも言わない。

 舌人形の存在を口にすれば、処断されると決まっている。

 

 従って、舌人形の女は、存在しながらも、存在しない者として扱われている。

 生命の維持に必要なものは、すべて、壱都が道術で与えているので死ぬことはない。

 もっとも、かろうじて生きている彼女が、まだ正常な思考を抱いているのかどうかについては、もはや、壱都にも判断のしようがない。

 

「本当に道術遣いなのか?」

 

 壱都は、裸身に一枚はおりながら、報告を持ってきた女性将校である那美(なび)に視線を戻した。

 

「ま、間違いないと思います、陛下。北部地方監から照胎泉(しょうたいせん)を飲んで、苦痛を訴えた余所者の女のことが報告があり、手の者を派遣したところ事実でした。照胎泉を飲んで腹痛を起こすのは、道術遣いの証拠です。普通であれば、単純に発情するだけで、腹痛など起こしませんから……。場所は、北の西梁(せいりょう)に接する国境の宿町です」

 

 那美は言った。

 生真面目そうな表情とは対照的に、その顔は上気して真っ赤だ。

 無理はない。

 この部屋は、女を発情させる香で充満している。

 霊気の微香の影響を受けない壱都とは違い、生身の人間である那美にはつらいはずだ。

 軍装に包まれた彼女の腰がもじもじと動いていることが、それを証拠立てている。

 

 ここは、女王の寝所だ。

 時間も真夜中に近い。

 だから、舌人形の身分に落としてやった女に、壱都の股間を舐めさせていたのだ。

 一日の執務の疲れを癒すには自慰が一番だ。

 壱都にとっては、舌人形にさせる奉仕は、自慰と同じだ。

 

 女人国に道術遣いが入ったという報告は、壱都が定めている最重要の情報のひとつだ。

 その情報が入った場合は、いついかなる状況であろうとも、壱都に報告にこなければならない。

 そう決まっている。

 その場所が、淫靡な香が充満している女王の寝所であってもだ。

 

「それで、その道術遣いは?」

 

 壱都は言った。

 重要なのは、その道術遣いがどの程度の霊気の持ち主で、現在、どこにいるかだ。

 道術遣いの存在は、女人国の御法度ではないが、女王の座について以来、壱都は自分以外の道術遣いの存在を密かに消し続けていた。

 道術遣いであっても、常人と変わらぬ程度の下級の道術遣いは別だ。

 壱都が恐れているのは、自分を上回る霊気を持った道術遣いの存在だ。

 

 女人国の女王は、この国でもっとも力のある道術遣いが就く。

 それがこの国の掟だ。

 

 女王を凌ぐ道術を持つ者の出現――。

 これが王位の交替を告げるものであり、

 これを「神意」とも呼んでいる。

 

 壱都が三年前に、前の女王を退位させて、女王の地位を得たのもそれが理由だ。

 壱都は、その地位を失いたくない。

 前の女王は、お人よしのところがあり、この国の掟に従い、女王の挑戦者とまともに道術対決をして、そして負けた。

 女王挑戦者に対する道術対決で負ければ退位だ。

 そうやって、前女王は地位を失い、新たな女王として壱都が就いた。

 

 壱都の即位以来、女王挑戦者は出現していない。

 その可能性のある者は、芽にすぎないうちに、密かに摘み続けているからだ。

 

 壱都は、お人よしだった前女王のように簡単に女王の地位を失うつもりはない。

 女王挑戦者など笑止だ。

 その可能性がある場合は、密かに殺せばいいのだ。

 それで、壱都の地位は保たれる。

 この国の発展のためには、より強い道術を持つ者が、女王になるべきなのだとかいう戯言を言うから、前女王は、地位を失った前女王として、哀れな立場になったのだ。

 

「それが……」

 

 那美の顔が曇った。

 その腰は、はしたなく震えているが、それは、その那美の動揺する表情とは関係はない。

 欲情しているだけだ。

 彼女の重い表情の理由は、壱都が不満に思う報告をしなければならないことにあるに違いない。

 

「それが、どうした、那美? ちゃんと、わらわの眼を見て答えよ」

 

 その壱都の言葉に、那美は怯えた表情をしながらも、真っ直ぐに壱都の眼に自分の眼を向ける。

 那美の怯えは当然だ。

 壱都の結界が張り巡らせている城内であれば、壱都は、眼と眼を合わせるだけで、相手を意のままに操れる。

 その場で即死させることも可能だ。

 実際、少なくない前女王派の家臣をそうやって殺してきた。

 

「その道術遣いの行方は不明です、陛下。手の者を向かわせたときには、すでに出立した後でした。道術の大きさについてもわかりません。その道術遣いは、実際には、大した道術は遣わなかったようです。四人の供がいて、彼女たちはかなりの実力の持ち主のようだということしか判明しませんでした」

 

 那美の顔が怯えている。

 顔は怯え、下半身は欲情して震えている。

 滑稽な姿だ。

 

「もう少し詳しく説明せよ」

 

 壱都は言った。

 那美は説明をはじめた。

 那美が語ったのは、女人国の北側の玄関口である宿町に、照胎泉を飲んで倒れた女が出現したこと。

 彼女は四人の供を連れていて、たまたま近傍にあった居酒屋を経営する女の家に助けを求めたこと。

 そして、その供たちが、落胎泉(らくたいせん)を手に入れてきて、女道術遣いがそれを飲み、翌日には出立してしまったということだった。

 

「落胎泉? 本当か?」

 

 壱都は驚いた。

 女道術遣いが照胎泉を飲んだと最初に報告があったので、てっきり、子母泉(しぼせん)を飲んで、いまは妊娠していると思い込んでいたのだ。

 道術遣いが照胎泉を飲んで苦痛を訴えるのは珍しいことではないが、その苦痛を取り除くには、子母泉の水を飲んで妊娠するしかない。

 

 妊娠をすれば、赤子が産まれるまで、女道術遣いは道術をほとんど遣えなくなる。

 妊娠した女道術遣いの霊気が、自動的にお腹の胎児を護り育てることに遣われるからだ。

 だから、妊娠している女道術遣いを処分するのは難しいことではない。

 どんな女道術遣いでも、妊娠中は無力だ。

 

 落胎泉というのは、子母泉で妊娠してしまう以外に、照胎泉の影響を失わせるもうひとつの方法だ。

 落胎泉さえ飲めば、女道術遣いの苦痛が去るのは間違いない。

 しかし、あれは、如意仙女(にょいせんにょ)という女人国の不可思議な存在が護っており、簡単に手に入れることはできないはずだ。

 事実、落胎泉を手に入れた者が出現したのは、数十年前のことで、彼女は三代前の女人国の女王だ。

 

 落胎泉を手に入れることで、道術の大きさを世間に証明し、女王挑戦者の権利を得た。

 彼女は、その対決に勝利して女王になった。

 そして、年老いて道術が衰えたことにより引退するまで、女王の地位を失わなかった。

 

 落胎泉を得るということは、それだけで、女王挑戦権を得るのに十分であり、壱都の地位を脅かす可能性であることを悟るのに十分な事実だ。

 落胎泉を得た者が道術遣いではない可能性はない。

 道術なしに落胎泉を得ることが不可能なことはわかっている。

 

「その女が、落胎泉を手に入れたことに間違いはないのだな?」

 

「は、はい、陛下。それについては、手の者が大きな白い(かめ)一杯の落胎泉の存在を確認しました。幾つかの方法で試しましたが、甕ひとつの水は、すべて本物のようでした」

 

「甕一杯の落胎泉?」

 

 壱都は声をあげた。

 一体全体、どうやって、それだけの落胎泉を如意仙女から手に入れたというのだ。

 

 如意仙女の正体が、言い伝えのとおりに、この国の守り神のひとりであるのか、それとも、神に近いほどの力を得た人間か魔族が、長い年月を経て神そのものになったのかはわからない。

 ただ、非常に力の強い存在であることは確かだ。

 そして、その如意仙女は、本当に力を持った存在にしか落胎泉を渡さない。

 その如意仙女が、甕ひとつ分ほどの落胎泉を渡したということは、それだけのものを如意仙女が認めたということだ。

 そう考えていて、壱都はある事実に気がついた。

 

「待て、那美。お前の言葉には矛盾があるぞ」

 

 壱都は言った。最初の報告は、照胎泉を飲んで苦痛を訴えたことにより、その女が道術遣いだと判明したということだった。

 それに、続いた報告は、彼女が落胎泉を手に入れたという事実だ。

 照胎泉の水を飲んで苦しんでいる女道術遣いが、如意仙女と争い落胎泉を手に入れたというのはおかしい。

 那美の話をうのみにすれば、照胎泉を飲んで苦しんでいる道術遣いが、如意仙女の試練を受け落胎泉の水を得たことになる。

 壱都はそれを那美に指摘した。

 

「あの……如意仙女に挑戦し、落胎泉を手に入れたのは、道術遣いの連れていた女の供のうちの三人ということでございます」

 

 那美が甘い息を吐きながら言った。

 

「なに……」

 

 壱都は唸った。

 つまりは、道術遣いはひとりではなく、複数の道術遣いが含まれる道術遣いたちの一行ということになる。

 それはいい。

 だが、すると本当に力を持っているのは、照胎泉の水を飲んだ道術遣いの方ではなく、供の中の誰かということであろうか。

 

「本当に供なのか? 照胎泉の水を飲んでしまった方の道術遣いが供であり、如意仙女に向かったのが主人ではないのか?」

 

 壱都は言った。

 

「い、いいえ……。そ、それについては、誤りはないと思います。ふ、複数の手の者が、か、確認しました。照胎泉を飲んで倒れたのが女主人。そして、四人連れの供のうち、落胎泉を持ちかえったのが三人の供。と、供は、か、完全に女主人に、し、従っており、従者で……あることに間違いはありません……くっ」

 

 那美の腰の震えが激しくなった。

 この部屋の淫靡な香を吸い続ければ、生身の女であれば、あっという間に欲情する。

 香を発生させているのは、壱都の吐く息だ。

 この国には女しかいない。

 そうやって、淫靡な香を発生し続けることで、周りの女の力を奪い、それを壱都は身の安全を保つ手段のひとつとしている。

 

 那美は、その壱都に普通ではあり得ないくらいに接近している。

 まさに、息と息がぶつかるくらいの距離だ。

 那美が少しの時間で股間をびっしょりと濡らすくらいに欲情してしまうのは当然なのだ。

 事実、生真面目に報告を続ける那美の股間は、小便を洩らしたかのような丸い染みができている。

 下着と厚い軍服の布を通り越して染みを作るということは、おそらく那美の女陰は、いま大変な状態になっているのだろう。

 

「女主人とその供の名は?」

 

 壱都は那美の股間から顔に視線を戻した。

 那美の顔は上気し、前髪が汗で額に張りついている。

 少しでも早くこの部屋を退出したい。

 その感情が顔に出ている。

 

「お、女主人の名は宝玄仙(ほうげんせん)……。供のうち、名がわかるのは、沙那、孫空女、そして、朱姫……」

 

「宝玄仙――?」

 

 壱都は思わず声をあげた。

 その名は知っている。

 いまは、女人国の女王である壱都の故郷である魔域から半月ほど前に、ひとつの贈り物が届いていた。

 その贈り物に添えられてた手紙に、その名があった。

 あの道術で有名な東方帝国でも指折りの道術遣いの宝玄仙――。

 

 それが、魔域に向かう旅をしており女人国に入る可能性がある……。

 そういうことが書かれていた。

 壱都には、まったく関係のない話であるので、気にも留めていなかったが、女王に対する贈り物である霊具についてはよく覚えている。

 一国の女王に対する贈り物とはいえ、あれ程の貴重な霊具を面識のない相手に一方的に送りつけるとは、どういうことかと考えていたのだ。

 だが、受け取りを拒否して送り返すには惜しい。

 それ程の霊具だった。

 いかなる対応をすべきか考えているうちに、半月も経ってしまった。

 その霊具は、いまでもこの女王の寝所の結界で護られて保管している。

 

「へ、陛下は、宝玄仙の名に……こ、心当たりが?」

 

 那美は言った。

 

「宝玄仙か……。絶世の美女という話だな」

 

 壱都は頬を綻ばせた。

 

「ほ、宝玄仙が滞在した……居酒屋の女主人は、ああ……、そ、そのように証言……」

 

 那美は、そこまで言って、苦しそうに腰を沈めた。

 完全に欲情しきった仕草で手を自分の股間に触れさせた。

 

「那美、貴様は、女王の面前で自慰でも始めようというのか――」

 

 壱都は大喝した。

 

「も、申し訳ございません――」

 

 虚ろだった那美の眼が生気を取り戻して、見開かれる。

 そして、我に返った那美がその場にひれ伏した。

 顔は上気しているが表情は凍りつている。

 自分が無意識にやった動作について、恐れおののいている心境に違いない。

 

「まあ、よい。立て」

 

 壱都が言うと、那美は再び直立不動の姿勢に戻る。

 

「……調べよ。お前の使っている手の者のすべてをその宝玄仙の一行を見つけることに使え。なんとしても発見せよ。よいな」

 

 手の者というのは、この国中に密かに散らばせている諜報員のことだ。

 ただの旅人や行商人にやつしている場合もあるし、城郭や農村などに溶け込んで市井の民に紛れている場合もある。

 役人の場合もあるし、軍人もある。

 そうやって、この国のあちこちに女王の耳目となる人間を置いている。

 少しでも早く、王位に近づく可能性のある者を見つけて、それを排除し続けるためだ。

 

 道術に長けた者がいるという情報に接すれば、その人間は、数日後には、事故や災厄に巻き込まれて不慮の死を遂げることになる。

 その束ねをしているのがこの那美だ。

 

 ほとんどの前女王派は処分した。

 唯一の例外なのがこの那美だ。

 それくらい有能な女だ。

 いまは完全に壱都に忠誠を誓っているし、壱都は、もう些かの疑念も那美に抱いていない。

 道術で心を支配することも考えたが、それでは、この女の知性の働きを損なう場合がある。

 だから、それはしていない。

 

「は、はっ」

 

 那美が敬礼した。

 壱都は頷いた。

 もう一度敬礼し、退出しようとする那美を壱都は留めた。

 表情をこわばらせた那美が、再び姿勢を戻す。

 

「大事な報告だった、那美。女王の寝所を侵してまで、即座に報告しようとしたお前の判断は正しい。いつもながら、お前の判断と働きには満足している」

 

「お、恐れ入ります……」

 

 那美は頭を下げた。

 

「褒美をやろう――。わらわの舌人形を貸してやろう。ここで、気をやっていくがいい」

 

 壱都は言った。

 一瞬、那美は、壱都の言葉の意味を理解できていないようだったが、すぐに顔を蒼くした。

 上気して火照りきっていた顔が瞬時に蒼くなるのは興味深かったが、それくらい衝撃的な言葉だったようだ。

 

「そ、それは……お、恐れ多いことで……」

 

「なにをいまさら、わらわと那美の仲ではないか」

 

 この那美は、壱都の「猫」のひとりでもある。

 何度も裸で抱き合った。

 壱都は女人国の出身ではないが、女しかいないこの国では、女同士で愛し合うのは珍しいことではない。

 女王には、側女の制度もあるが、前の女王は性の相手としての側女は置いていないし、壱都もそうだ。

 もっとも、前の女王の場合は、性格が禁欲的で性行為に消極的だっただけであり、壱都の場合は、側女のように専用の女ではなく、那美のような気に入った女を気まぐれに性の相手にするのを好むからだ。

 

「は、早く、下袴と下着を脱げ。それとも、逆らうのか?」

 

 壱都は試すような表情を那美に向けた。

 

「し、舌人形だけは……お、お許しを……。ほ、ほかのことであれば、な、那美は幾らでも破廉恥なことをしますから……」

 

 那美は小さく震えだした。

 

「三度目は同じことを言わんぞ、那美。下半身に身に着けているものをすべて脱いで、股を拡げよ」

 

 壱都は強い声をあげた。

 那美は押し黙り、震えながら下袴を脱ぎ、下着を取り去った。

 命じられたとおりに、脚を開く。

 

 無毛の股間が軍服を着た上半身の下に出現した。

 むっとする女の匂いが拡がる。

 無毛の女陰は、那美が女王の性愛の相手であることの象徴だ。壱都が自ら剃って、毛が生えなくなる道術をかけた。

 同じように無毛の股間をした女は、この城内に十数名いる。

 逆に、壱都の性愛の対象でない者が、剃毛することは死刑となる罪である。

 

「これは、これは……。これほどに、欲情しておったのだな」

 

 壱都は那美の濡れきった股間を眺めながら言った。

 那美の股間は、愛液が濡れるどころか、内腿に溢れた淫液が足先まで滴っている。

 壱都は、念を集中し、部屋の隅に縮こまっている舌人形に電撃を送った。

 眠っているように静かにしていた舌人形が、声のない悲鳴をあげて、のたうち回る。

 それが、奉仕を始めよという合図なのだ。

 舌人形は、膝下と腕のない姿で、のそのそと這ってくる。

 

「舌、お前の相手はこれだ」

 

 壱都は舌人形の首を掴んで、那美の股間に押し付けた。

 無論、舌人形には、壱都の声は聞こえない。

 ただ、気配でこの部屋にふたりの人間がいることくらいは悟っているだろう。

 その相手が誰かということは知りようもない。

 ただ、顔の前に突きつけられた女の女陰を舐めるために舌を伸ばすだけだ。

 

「お、お許しを……ああっ……」

 

 那美がそう言いながら腰をくねらせた。

 

「いいっ」

 

 那美が喉を仰け反らせた。

 熟れきった女の股間に舌人形の舌が這う。

 たちまちに、那美の口から欲情の声が漏れていくる。

 

「お、お許し……」

 

 那美の身体が震えだす。

 懸命に声を耐えている。

 それでも、耐えきれずに声は漏れ出る。

 

「ああ……あっ……ああっ――」

 

 那美の膝が激しく震えはじめる。

 

「那美、舌人形の舌遣いは絶品であろう? わらわが一から調教した逸品だからな。気に入れば、いつでも味わいにくるがよい。お前であれば、いつでも貸してやるぞ。もちろん、わらわの前に限るがな」

 

 壱都は言った。

 

「お、お許しを――んくうううっ」

 

 那美ががくがくと震えて、大きな声をあげた。

 達したのだ。

 

 壱都は、奉仕を続けようとする舌人形の無毛の頭を乱暴に横に押した。

 床に舌人形が倒れる。

 壱都は、その身体を足で踏みつけた。

 舌人形がその場で平伏する。

 足で踏むのは、「その場に伏せ」の合図なのだ。

 

「気持ちよかったか、那美?」

 

「き、気持ちよかったです……」

 

 那美は泣き声の混じる声で言った。

 

「気持ちよかったのであれば、よいではないか。なぜ、そのようなつらい顔をしておるのだ?」

 

「つ、つらくございません。へ、陛下の前ではしたなく達した那美のことを恥じておるだけでございます」

 

 那美がこの部屋に入った時から「舌人形」の存在から眼を背けようとしているのはわかっていた。

 だから、試すようなことをした。

 那美が、舌人形に対する畏敬の念が少しでも残っているような素振りを見せれば、那美であろうと、この場で処断するつもりだった。

 だが、那美の反応は、概ね、壱都を満足されるものだった。

 

「よかろう――。いってよいぞ。宝玄仙については、次の報告がわらわの満足できるものであるのを期待しておる。もちろん、悪い知らせでもよい。宝玄仙と供の情報については、どんなに小さなものであっても、最優先で報せよ」

 

「しょ、承知いたしました」

 

 那美が脱いだ下袴と下着を抱えて、下半身を露出したまま、控えの間に退出した。

 

「さあ、わらわにも続きをしてもらおうか。そうすれば、ご褒美にお前の股をほじってやるぞ、元女王よ」

 

 壱都は、まだ床に伏せている舌人形の首を手で押した。

 

 舌人形――。

 本当の名は、陽炎子(ひむこ)……。

 すなわち、前の女王である陽炎子が立ちあがり、寝台に座って股を拡げる壱都に寄ってくる。

 「舌人形」に成り果てた前女王の陽炎子は、鼻から香る壱都の女陰の匂いを頼りに、壱都の股間を見つけ、そして、舌を伸ばした。

 

 三年前――。

 新女王についた新参者の壱都が最初にやったことは、道術による宮廷の支配、前女王派の追放、そして、その見せしめとしての前女王の処分だった。

 その処分とは、前女王の霊気を消失させ、耳目と声を奪い、手足を切断し、身体の体毛を処理し、舌で性奉仕をするだけの「舌人形」として、壱都の寝所で飼うことだった。

 

 その前女王もいまや、完全に壱都の用の性処理の道具と成り果てている。

 舌人形の正体は、現在の宮廷で全員が承知していながら、決して口にしてはならな知識だ。

 

 舌人形の舌が、壱都の一番感じる部分を這う。

 たちまちに快感が走る。

 

 壱都は、身体を痺れさせる舌人形の舌に身を任せた。



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178 暗殺隊の襲撃

「ご主人様、少し、用を足してくるよ」

 

 孫空女は、立ちあがった。

 女人国の国都まで、あと半日という位置にある山中だ。

 長雨のために土砂崩れのあった場所を通り抜けるのに、予想以上の手間がかかってしまい、国都の目の前というところで、野宿になってしまった。

 野宿は久しぶりだが、この旅では馴れたものだ。

 

 早めの夕食も終わらせて、宝玄仙のための寝床の準備も終わった。

 孫空女たち三人は、地面の上に敷いた薄い布の上に一枚の毛布だけをかけて、かたまって寝るだけだから、寝床の準備というほどのものはない。

 もっとも、大人しくそこで寝られるのは、宝玄仙が黙って休むことを許した場合だけだ。

 そして、それは滅多にあることではない。

 今夜は、なにをやらされるのか……。

 

 一番多いのは、三人のうちの誰かが指定されて、宝玄仙を含むほかの三人から、身体を拘束されて徹底的に責められることだろうか……。

 あるいは、ふたり、それとも三人で、お互いを責め合うとか、おかしな淫具で責め苛まれるとかだろうか……。

 男根を生やされて、ほかの仲間を犯すことを命じられるということもある。

 みんなで宝玄仙に奉仕するという場合もある。

 その場合は、女として奉仕する場合もあるし、男根を生やされて男として奉仕する場合もある。

 ほかの仲間の前で自慰を命じられるということもある。

 その場合も、女としての自慰もあるし、男の自慰の真似事をさせられる場合もある。

 

 共通するのは、大抵は快楽の地獄を味あわされるということであろうか。

 死ぬほどの快楽とか、連続絶頂……。

 あるいは、絶頂させてももらえない焦らし責めや放置責め……。

 感度をあげられて想像を絶する悶絶をするとか……。

 

「用足しって、なんだい、孫空女? 大きいのかい、小さいのかい?」

 

 宝玄仙が、宝玄仙の結界から出ようとした孫空女に声をかけた。

 思わず全身が硬直する。

 供を嗜虐することが大好きな宝玄仙は、気まぐれのように、供の排泄まで責めの材料にしたりする。

 命じられたら、孫空女たちには拒否することはできない。

 言われるまま、小便であろうと、大便であろうと、皆の前でやらなければならない。

 だが、いくら気心しれた仲間の前だと言っても、周りを取り囲まれて、自分の排泄を見られるというのは、馴れるものではない。

 

「ち、小さいのだよ」

 

「そうかい、孫空女。早く帰っておいで。今夜は、趣向を凝らしているんだ。久しぶりに、新しい淫具を作ったんで、お前たちに試したいのさ」

 

「わ、わかったよ……」

 

 ほっとすると同時に、不安も拡がる。

 安心した部分は、いまは排便を嗜虐の材料にされることはないということだ。

 不安の部分は、それが終われば、宝玄仙の新しい淫具というものを味わなければならないということだ。

 宝玄仙の淫具といえば、霊具であり、とんでもなく、えげつないものだと決まっている。

 

 限りなく快感を身体に溜めながらも決して発散できない『溜め袋の護符』――。

 

 媚薬効果のある気体を流す道具であり、鼻に詰めると自分では外せなくなる『淫霧の綿』――。

 

 発狂するような痒みが発生する塗り薬である『ずいき油』――。

 

 身体の快感の感覚の一部を外に出されて、小さな球体に感覚を繋げられる『刺激玉』――。

 

 乳首や肉芽に包み張りついて、振動を加えるという『振動片』という布切れもある。

 

 そう言えば、触手が股間の部分に生えている『触手下袴』という服もあるし、この前、朱姫が装着し、共鳴によって、孫空女と沙那も味わった『調教下着』という衣類もある。

 

 沙那が一年間餌食になり、沙那の超敏感な身体の原因になった『女淫輪』や、お尻が弱点の朱姫を作り出した『尻棒』と首輪の尻調教具もあった。

 

 とにかく、宝玄仙の作る淫具は、一筋縄ではいかない強烈な嗜虐の道具ばかりだ。

 今夜は、それを試されるらしい。

 知らず、口から嘆息がでてしまう。

 

 考えてみれば、宝玄仙が作る魔具でまともな道具というのは、孫空女の耳に隠している『如意棒(にょいぼう)』くらいではないだろうか。

 『如意棒』というのは、正式には『如意金箍棒(にょいきんこぼう)』といい、黄金を道術で圧縮している伸縮自在の棒だ。

 普段は、耳に隠せるほどに小さいが、孫空女の声で、七尺(約二メートル)ほどの長さになる。道術の影響で怪力になっている孫空女にぴったりの武器だ。

 

 ほかにも役に立つ道具はあるが、どこかしら、おかしな仕掛けがついている。

 例えば、『変化(へんげ)の指輪』というのは、ほかの誰にでも、そっくりの姿に変身できる。しかし、変身するためには、その相手の唾液か精液を飲まなければならない。

 『遠耳・遠口』というのもあり、遠くに離れた者同士で会話ができるという霊具で便利だが、『遠口』には、一日間で効果が消滅し、その際に、一刻(約一時間)のいき狂いになるという副作用もある。

 

 あれほどの霊具作りの名人でありながら、その情熱をすべて、嗜虐のために使うというのは、孫空女でなくても呆れることだろう。

 霊具の中でも、人を操る操り具は、宝玄仙の得意とするものであり、身体の一部を人形に刻むことで完全に相手を支配してしまう『操人形』や、宝玄仙を帝都で慰み者にした闘勝仙(とうしょうせん)に復讐し、愛陽の城郭で沙那を捉える道具となった『服従の首輪』などは、世界広しといえども、宝玄仙にしか作れないだろうと、宝玄仙自身が言っている。

 

「行ってくるよ」

 

 孫空女は言った。

 

「灯りは、孫女?」

 

 沙那が声をかけた。

 

「ああ、いらない、いらない」

 

 振り返ることなく孫空女は沙那に手を振った。

 孫空女は夜目が利く。

 昔から常人には考えられないほどに眼と耳がいいのだ。

 宝玄仙の結界に包まれる場所は、焚火の明かりで照らされているが、少し離れれば、夜のとばりがおりてまったくの闇だ。

 だが、孫空女には見えるし、歩くことにも支障はない。

 

 孫空女は、少し離れた岩陰に場所を選び、下袴と下着を膝まで降ろして、その場にしゃがんだ。

 しかし、股間から尿を迸りはじめたとき、孫空女はなにかの気配を感じた。

 立ち上がり、そのまま下着と下袴を履き直す。

 尿はまだ流れ出ているから、生ぬるい尿が孫空女を濡らし続ける。

 

「誰だい――?」

 

 孫空女は闇に向かって叫んだ。

 なにかが動いた気がした。

 相手の殺していた気配が一斉に湧く。

 

「沙那――」

 

 

 叫んで警告を発した。

 ひとりやふたりじゃない。

 少なくとも十数人の人間に囲まれている。

 しかもこれまで気配を完全に隠して包囲していた。

 かなりの手練れの集団だ。

 

「『如意棒』――」

 

 孫空女は、耳から得物を出して構えた。

 小便は終わった。

 出したばかりの尿が、孫空女の下袴を張りつかせている。

 

 『如意棒』を構えた瞬間、咄嗟に孫空女は横に跳んだ。

 身体が勝手に動いたのだ。

 動いた後で、危険な気配を頭で感じていた。

 闇を金属が裂く音がした。

 たったいま、孫空女が尿をしていた場所の地面が弾く。

 

「なに?」

 

 道術の類いか?

 矢でも石でもない――。

 なにかが飛んできて、地面を弾いた。

 しかし、孫空女の肌は、周りに道術の動きを感じない。

 道術を遣われた気配がないのだ。

 

 それで、ふと思い出すものがあった。

 かなり前だが、天教の兵に襲撃されたことがあった。

 そのときは、火薬とかいうものを遣った爆発の攻撃だった。

 だが、いまのは、それとは違う。

 

「孫女――。大丈夫?」

 

 沙那の声がした。

 そのとき、再び、さっきの金属音がした。

 

「きゃああっ」

 

 沙那が悲鳴とともに倒れた。

 

「沙那――」

 

 孫空女は叫ぶ。

 沙那が倒れている場所に駆けた。

 はっとした。

 沙那は血を流している。

 脚だ。

 太腿を(つぶて)のようなもので撃たれたみたいだ。

 

 沙那は脚を押さえて、岩陰に這い進もうとしている。

 孫空女は駆け寄って、沙那の身体を掴んで、岩陰まで引きずる。

 

「だ、大丈夫、沙那?」

 

「う、うん。脚を撃たれただけだから……。わ、わたしはいいわ、孫女。それよりも、ご主人様を――」

 

 沙那の腿には火傷のような小さな穴があり、そこから血が滴っている。

 

「これは、なんなのさ? 道術? どこから、なにが飛んできたの?」

 

「孫女、これは、鉄砲よ」

 

 沙那は言った。

 そして、沙那は、剣で膝下の下袴を引き裂き、布で紐を作ると、傷口の上の部分を強く巻いた。それはあっという間だ。

 

「鉄砲?」

 

「そうよ、孫女。道術じゃないわ。火薬を使って金属の小さな弾を飛ばす武器よ。東方帝国の近衛軍なんかじゃ、鉄砲を遣う銃兵がいるらしいけど、確かに、滅多に見る武器じゃないわね」

 

「普通の武器ということ?」

 

「そうよ、だから、ご主人様の結界は効かないかも」

 

 沙那が孫空女の顔をしっかりと見た。

 結界というのは、術遣いが術で作る防護壁だ。

 どの程度の防護ができるかは、作る術遣いの力によって異なる。

 超一流の道術遣いの宝玄仙の場合は、考えられる最大級の結界だろう。

 結界の中では、ほとんど無限の力を操れるし、人や物を浮かせたり、自在に動かしたりできる。

 人間や野獣が結界に入り込むことを完全に防ぐこともできるし、外からの道術のたぐいも遮断できる。

 逆も同じだ。閉鎖もできる。

 

 しかし、それは宝玄仙の感覚が追いつくくらいのものが限界だ。

 さっきのように瞬時に飛んでくる物理的な攻撃には、結界はあまり役には立たない。

 それが、道術による防御結界の弱点のはずだ。

 あの鉄砲だと、宝玄仙が撃たれてしまうだろう。

 

「沙那、孫空女――」

 

 孫空女はその囁き声の方向を見て驚いた。

 宝玄仙だ。

 低い姿勢で、こっちに這い進んでくる。

 朱姫もいる。

 

「ご主人様、なんで結界から出て来たのさ」

 

 せっかく作っていた結界から宝玄仙が出た。

 それは危険だ。

 

「心配ないよ。ここに結界を刻むよ。小さく集まりな。それに、向こうにわたしたちの影を残してきた。少しは誤魔化せるさ」

 

「影?」

 

「わたしらの幻さ、孫空女。術を感知できない者だったら、向こうの結界の中に、わたしらの姿と気配を感じ続けるようにしてきたということさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「沙那姉さん、怪我をしたんですか?」

 

 やっとここまで辿り着いた朱姫が沙那を抱えた。

 

「大丈夫よ、朱姫。なんてことないわ」

 

「そうさ――。なんてことないさ、沙那。このわたしがいる限りね。即死しない限り……いや、即死したって、蘇らせてやるよ。この宝玄仙がね」

 

 宝玄仙は、沙那の傷に手をやって、それを凝視した。孫空女の見ている前で、沙那の傷は塞がって傷口は元の白い肌を取り戻した。

 さらに、ことりと小さな弾が外に出てきた。赤い血で濡れている。たったいままで、沙那の太腿の中にあったのだろう。

 

 沙那の提案で、四人でさらに小移動して、さっき沙那が撃たれた場所からも離れた。

 

「ここで、もう一度、結界をお願いします、ご主人様」

 

 沙那が囁いた。

 すぐに、周りの空間が道術で包まれる気配も感じた。

 新たな結界がここに刻まれたのだ。

 

 再び金属音が辺りを貫いた。

 三発、四発、五発――。

 続いて発生する。

 さっきの鉄砲の連続射撃だ。

 しかし、撃たれている場所はここではない。

 さっきまで宝玄仙と朱姫がいた場所に向かって、何発も鉄砲の弾が撃ち込まれているようだ。

 

「わたしらの影に向かって、撃っているようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご主人様、朱姫――。周りを……周りを燃やしてください。この闇の中では、隠れて囲んでいる向こうが有利です。火をつけて、襲撃者を炙り出しましょう」

 

 沙那は言った。

 

「わかった、沙那――。朱姫、以前、教えた術は遣えるね? ただの薪を霊具に変えて、火を発生させる術だよ。霊具作りの初歩の術だ。それを遣いな。周りの草や樹の一部を霊具にして、火を発生させるんだ」

 

「わ、わかりましたけど……。だけど、離れた場所にあるものを霊具にするなんて……」

 

 朱姫が言った。

 

「お前ならできる。やってごらん。いい機会だ。練習してみな。とにかく、もともと、生きとし生ける自然のものは、すべてに霊気が宿っているんだ。それを感じて動かすだけだ」

 

「わかりました。やってみます」

 

 朱姫は結界の中で身体を小さく丸めたまま、両腕を前に伸ばした。宝玄仙は、朱姫と背中合わせになった。

 たちまちに宝玄仙が向いている方向の離れた草木に炎があがる。

 少し続いて、朱姫の向いた側にも火が発生した。

 

「で、できました、ご主人様」

 

 朱姫が上気した顔で言った。

 

「よくやったよ、朱姫」

 

 宝玄仙が朱姫の頭に手をやった。

 一度燃えた炎は、周りの草木も燃え拡がりながら、どんどん大きくなっていく。襲撃者の狼狽の気配がはっきりと感じられるようになる。

 ところどころから悲鳴や慌てふためく声も聞こえる。

 

「孫空女、相手が炎に耐えられずに、飛び出して来たらいくわよ。でも、鉄砲には注意してね」

 

 宝玄仙の『治療術』を受けて、怪我の治った沙那は、剣を抜いて、飛び出す構えをしている。

 

「わかっているよ、沙那。どんな武器がわかってるなら大丈夫さ。狙い射ちされなけりゃあ、大丈夫なんだろう?」

 

「そうよ、孫女。鉄砲は、一発撃ったら、次の弾を撃つ準備に時間がかかるの。それが弱点よ。でも、あの感じだと、十数丁はあると思うわ」

 

「わかった」

 

 孫空女は頷いた。

 炎はどんどん拡がっている。

 さっきまでは、こっちが焚火の灯りに照らされて、向こうが闇の中だった。

 だが、炎が拡がることで、向こうも明かりに照らされるようになった。

 樹木に隠れた襲撃者の影もちらほらと見え始める。

 

「十数人……いや、二十人というところかな……」

 

 孫空女は沙那に囁く。

 

「鉄砲で襲撃するときには、同士射ちを避けるために反対側には、味方を回さないわ。敵は、音のする方向に集中しているはずよ。相手の指揮官もね」

 

 また、激しい鉄砲の金属音が続いた。

 今度は十発くらいが連続で鳴る。

 いずれも、射撃の方向は最初に宝玄仙が作って、寝所の準備をした結界の方向だ。

 まだ、宝玄仙が刻んだ影を宝玄仙と思い込んでいるのだろう。

 

「向こうの射撃に合わせて、影を消滅させたよ。撃たれて倒れたと思い込ませるようにね」

 

 宝玄仙が小さな声で言った。

 

「攻撃やめ――」

 

 女の声がした。

 慌てふためくような気配とともに、煙と炎の中から、二十人ほどの女が飛び出してきた。

 全身を真っ黒い服で包み、顔まで黒布で覆面をしている。

 

「いまよ――」

 

 沙那が叫んで飛び出す。

 孫空女も同時に飛び出している。

 

 予想と違う方向からの気配に、草木から出てきた襲撃者たちが慌てている。

 手に持った鉄砲らしいものをその場に投げ出し、腰の剣を抜こうとしている。

 

「もう、遅いよ――」

 

 孫空女は、彼女たちが剣を抜くよりも早く、襲撃者の集団の中に跳び込んでいた。

 真っ先に向かったのは、号令をかけた指揮官らしい女だ。

 

 その指揮官が眼の前――。

 すでに剣を抜いている。

 その動きだけで、かなりの手練れであることはわかる。

 だが、遅い――。

 

「そらよ――」

 

 孫空女の『如意棒』が、その女の剣を叩き折った。

 さらに、『如意棒』の反対側の先を指揮官の腹に打ち込む。

 

「うぐっ」

 

 呻きともに、女が地面にうずくまり動かなくなる。

 孫空女は振り向いた。

 襲撃者の半数は、もう沙那が倒している。

 

 残りの半分――。

 逃げようとする者はいなかった。

 全員を倒すのにそれほどの時間は必要としなかった。

 

「全員を集めな」

 

 宝玄仙がやってきた。

 孫空女は倒れて気を失っている女襲撃者たちを引きずって集めた。

 沙那と朱姫は、燃え拡がりかけている火が大きくならない処置をするために、駆けていった。

 一方で、集められた襲撃者を包み込むように、宝玄仙が結界をかける。

 つまり、結界の檻を作ったということだ。

 

「さてと、全員、ひん剥きな、孫空女」

 

 燭台を運んできて、灯りを地面に置いた宝玄仙が言った。

 孫空女は指示のまま、近くの者から身に着けているものを剥ぎ取りはじめる。

 統一された黒い装束は、彼女たちが訓練された襲撃者であることを感じさせた。

 最初の女の服を脱がして、頭巾を取り去ると、案外若かった。身に着けている下着も、いかにも若い女が身につけそうな流行の形のものだ。

 

「下着も脱がすのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は一度顔をあげた。

 

「当たり前だろう。全員をすっぽんぽんにするんだよ」

 

 言われたとおりに下着も剥ぎ取って全裸にする。

 そして、次の女に取りかかる。

 

 三人目にかかっているときに、その女が服を脱がされかけていることに気がついて、悲鳴をあげて抵抗の素振りを見せた。

 それを宝玄仙が、道術で押さえつける。

 

「や、やめてっ―――」

 

 哀願するものの、宝玄仙の術によって動けない女からは、簡単に服を取り去ることができた。

 そのときには、ほとんどの女が気絶から回復していた。致命傷となるような傷を負った者はいない。

 その数は、指揮官らしき女のほかに二十名だ。

 

 女襲撃者たちは、あちこちで叫び声をあげているが、宝玄仙の結界による術に押さえつけられて、逃げることも抵抗することもできないでいる。

 孫空女は、そんな彼女たちから機械的に服を脱がしていく。

 半分ほど終わったところで、沙那と朱姫が戻ってきて合流した。

 やっと、全員の装束を取り去った。

 

「さて、拘束を少しだけ緩めてやる。全員、立って並びな。少しでも逆らうと、この宝玄仙の道術の電撃が飛ぶよ」

 

 すっかりと気を削がれて、大人しくなった襲撃者たちが、顔を蒼くして立ちあがる。

 全員が裸体を寄せ合うように集まり立った。

 

「お前が指揮官だね?」

 

 ひとりだけ堂々としている女に宝玄仙が言った。

 孫空女が最初に打ち倒した女だ。

 黒装束と同じ黒い髪をしていた。

 年齢は三十くらいだろう。

 鍛えあげた身体をしている。

 その女はなにも喋らなかった。

 ただ、身体を手で隠しながら、悔しそうに宝玄仙を睨んだ。

 

「生意気な眼だね。気に入らないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ひいっ――。な、なにを――」

 

 次の瞬間、その女指揮官は、両手と両足を大きく拡げた姿になった。

 女の顔が恐怖に染まる。

 

「お前の名は?」

 

 宝玄仙は女に詰め寄った。

 

「さ、さあね」

 

 返事は拒否だが、声は震えている。

 宝玄仙は、女の股間に手をやった。

 

「ひぎゃあああっ――」

 

 女の絶叫が辺りに響いた。

 宝玄仙の手には、その女の十数本の陰毛が握られている。

 その毛を宝玄仙が空中に飛ばした。

 

「名前は? 本名でなくてもいいよ。お前をなんて呼んで欲しいのか言いな。本名を名乗りたくなければ、偽名を使いな。ただ、黙ったままなら、下の毛どころか、髪の毛も全部手で引っこ抜くよ」

 

 女指揮官の顔が恐怖に染まる。

 宝玄仙の手が再び、その女の手に向かう。

 

「く、黒子よ」

 

 女が慌てて言った。

 

「黒子だね。わかった――。朱姫、こいつに『縛心術』をかけな」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫が、磔になった黒子と名乗った女の前に立った。

 

「な、なにをする気よ……」

 

 黒子が朱姫と宝玄仙を交互に睨む。

 

「こいつは、術遣いじゃありませんね。少し、時間がかかります、ご主人様」

 

 朱姫が言った。

 

「いいさ……。好きにしな、朱姫。だけど、できるだけ早くしな。『縛心術』をかけて、わたしらを襲った理由を喋らせなければならないからね」

 

「わかりました。じゃあ、朱姫の得意のやり方でいきますね」

 

 そう言うと朱姫は、股を拡げている黒子の股間に手をやった。

 そして、淫らに指を動かし始める。

 

「な、なにすんだよ……。お、お前……あっ……やっ……き、貴様……」

 

 黒子がすぐによがりはじめる。

 指の技も舌遣いもうまい朱姫のことだ。

 あっという間に、黒子は追いつめられるだろう。

 

「あたしの手管に酔ってもらおうと思って……。あなたみたいな頑なな女性には、『縛心術』はかかり難いんです。でも、色責めされて心が弱っていると、もの凄く『縛心術』がかかり易くなるんですよ。知っていました、黒子さん?」

 

「ふ、ふざけるな……あ、ああっ……」

 

 黒子がよがりはじめる。

 

「朱姫の舌も味わいますか?」

 

 朱姫が屈んで、黒子の股間に舌を這いまわさせだした。

 口づけのような愛撫を朱姫がしばらく続けていると、はっきりとした官能の仕草を黒子はしはじめた。

 

「ああ……ひあ……あああ……」

 

 黒子の声が大きくなる。

 

「さて、あっちは朱姫に任せて、ほかの者にかかろうかね」

 

 宝玄仙がほかの襲撃者の女たちに視線を向ける。

 女たちが蒼くなる。

 もはや、鉄砲を武器に、こっちを容赦なく襲った襲撃者の影はない。

 ただ、宝玄仙の圧倒的な術の前に怯える女たちの姿があるだけだ。

 

「沙那、孫空女、お前たちは、この紐をこいつらの首に、首輪のように結んでまわりな」

 

 宝玄仙は、沙那に細い糸の束を手渡した。

 孫空女は、沙那とともに、その紐を怯える女たちの首に次々に巻いていく。

 女たちは、無駄だと悟ったのか抵抗しようとはしなかった。

 宝玄仙の渡した紐は、やはり霊具だった。

 首にくるりと軽く巻くと、あとは勝手に拘束を強くして結び目が失ってしまう。

 

「その紐は、特別だからね。勝手に外そうと思っても外せないよ……。そうだねえ。どれにしようかねえ……」

 

 宝玄仙はそう言いながら、足元に転がっていたなんでもない石ころを拾った。

 

「……これでいいかね。お前たちの首に結んだ紐とこの石ころを連動させたよ。この石ころと一定以上離れると、全身に電撃が走ることになる。逃げないことだね。我と思わん者は、逃げてみてはどうだい。もう結界術による拘束は外してあるよ。自由に逃げれるはずだ」

 

 宝玄仙が言った。

 二十人ほどの女たちが、お互いに眼を見合わせている。

 そのうちのもっとも後ろにいるふたりが、じりじりと退がり出したのを孫空女は気がついていた。

 次第にそのふたりだけが距離を取りはじめる。

 孫空女は放っておいた。

 ついにそのふたりが、反対を向いて駆けはじめた。

 他の女たちが騒然となる。

 

「うぎゃあぁぁぁあ――」

「ひぎゃあぁぁ――あぎゃああぁぁ――」

 

 しかし、ほんの少しだけ進んだところで、ふたりが同時に絶叫して倒れた。

 眼を見開いてのたうち回っている。

 

「うぎゃあぁぁ――」

「あががががが――」

 

 そのふたりがもがいている。

 

「ほら、さっさと戻って来るんだよ。そうすれば、電撃はとまるよ」

 

 宝玄仙が冷たく言った。

 しかし、そのふたりは、どうすることもできずにその場で転げ回っている。

 残りの女たちは、ますます真っ蒼になり身を縮めて寄せ合うだけだ。

 

 沙那が倒れもがいている女に寄る。

 孫空女もそれに倣った。

 ふたりで引き摺って、そのふたりをほかの女たちのそばまで寄せる。

 やっと電撃が収まったのか、ふたりの女の悲鳴ともがきがとまる。

 しかし、ふたりとも、その場から立ちあがれないでいる。

 ふたりの股間からは、洩らした尿が垂れ出ている。

 宝玄仙は、満足気にそれを眺めると、集めてあった女たちの衣類に手を伸ばした。

 次の瞬間、その衣類が高い炎を出して燃えあがる。

 

「きゃあ――」

「ああっ」

「ああ、そんなあ」

 

 女たちが一斉に悲鳴をあげた。

 全裸にされた女たちの衣類を燃やされたということは、女たちは、これから全裸で移動しなければならないということだ。

 

「なにか文句があるのかい、お前ら?」

 

 宝玄仙が女たちを睨んだ。

 女たちは、すくみあがった。

 朱姫と黒子のいる方向から、大きな女の嬌声が響いた。

 孫空女は視線をそっちに戻す。

 手足を拡げた黒子が朱姫の指で激しい声をあげたのだ。

 黒子の耳元で朱姫はなにかを囁き続けている。さっきと比べて、随分と黒子の表情は虚ろになっている。

 

「もう、いきたいですか、黒子さん?」

 

 かろうじて朱姫の囁き声が聞こえた。

 

「う、うん……」

 

「じゃあ、あたしに身を任せてください。楽にして、ほら、気持ちいですよね……」

 

 朱姫がそう言いながら、指の動きを強くした。

 

「気持ち……いい……」

 

 黒子の声はもう完全に弱々しい。

 その声と身体がさらに震える。

 そして、がくがくと身体を震わせて、絶頂の仕草をした。

 その間も朱姫は、黒子の耳元でなにかを囁き続けている。

 気をやってからもしばらくは、朱姫は黒子の股間を指で愛撫している。

 次第に黒子の顔がぼんやりとしていくのがわかる。

 やがて、朱姫は黒子から手を離した。

 

「……ご主人様、終わりました。黒子は、あたしの『縛心術』にかかりました」

 

 朱姫が宝玄仙を見る。

 

「ご苦労だったね、朱姫。じゃあ、なぜ、わたしらを襲ったのか訊くんだよ」

 

 朱姫が黒子に向き直る。

 

「じゃあ、黒子さん、あたしらを襲った理由を言いなさい」

 

 朱姫が黒子に言った。

 黒子の身体が震える。しかし、その口は開かない。

 

「強い暗示にかかっています。大丈夫です。あたしの術で白状させますから」

 

 朱姫が言った。

 そして、朱姫は、しばらく、なにかを黒子の耳元でささやき続けていた。

 

「さあ、もう一度、訊くわよ、黒子さん。なぜ、あたしたちを襲ったの?」

 

 黒子の口が少しずつ開いていく。

 しかし、突然、黒子の身体が大きく震えた。

 そして、口から血を噴き出す。

 

「しまった――。毒を口の中に隠していたね」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 そして、黒子を拘束していた術を解く。磔にされていた黒子の身体が地面に倒れた。

 

「そ、そんな……。『縛心術』にかかっているのに自殺するなんて……」

 

 朱姫がその身体を抱き受けた。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙が黒子の口を掴む。

 しかし、みるみるうちに黒子の顔は白くなり、ついに、完全に生気を失った。

 孫空女の眼にも、黒子の命が失われたのはわかる。

 沙那が近寄って、黒子の口を開けさせて、中を覗き込んだ。

 

「奥歯に毒薬を隠していたみたいです、ご主人様。噛みしめれば、毒を入れた容器が破れるようになっていたようです」

 

 沙那は顔をあげて言った。

 

「こいつの身体に結界を刻んでから術を送ろうとしたけど、さすがに間に合わなかったよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「じゃあ、雑魚どもから白状させるしかないね。まあ、どこまで承知していたかわからないけどね……」

 

 宝玄仙が黒子の屍体から身体を離し、じろりと拘束した女襲撃者たちに視線をやった。

 そして、女たちを孫空女たちに見張らせ、一度、荷のある場所に向かった。

 戻って来たときには手に、一尺(約三十センチ)ほどの真っ白い人形を持っている。

 顔の部分には口と鼻もある。

 

「ご主人様、それは、なに?」

 

「わたしの新しい霊具さ。『操人形(改)』さ。ちょうどよかったよ。実験代わりに、一度に二十人が操り人形にできるのか試してみるさ」

 

 宝玄仙はそう言い、『操人形(改)』を首に紐を巻いている女たちに向けた。女たちは怯えている。

 その女たちと宝玄仙の持っている操人形がなにかの力で結ばれたのが孫空女にはわかった。

 

「結ばれたね。これで、こいつらは、操り人形だ。この人形に念を込めて動かせば、そのとおりに全員が動くよ」

 

 宝玄仙が人形の顔に指をやって、口を開かせた。

 悲鳴が一斉に起きた。

 残った二十人の女たちが大きく口を開けている。操人形の口を宝玄仙が開かせたので、女たちの口も同じように開いたのだ。

 おそらく、宝玄仙の持っている人形の口が閉じるか、宝玄仙が念を込めるのをやめない限り、女たちは口を閉じられないのだろう。

 

「まずは、こいつらも口の中に毒を隠していないか調べようか。ついでに、女陰と尻の穴もだ。なにを隠しているかわかったもんじゃない。三人で調べて回りな」

 

 宝玄仙はそう言って、また、操人形を動かして、その脚を拡げた。

 全員の脚がその場で大きく開かれる。また、一斉に悲鳴が湧く。

 

「じゃあ、始めようか」

 

 孫空女は手近な女のひとりに寄った。

 沙那と朱姫もそれぞれに分かれる。

 

「力を入れるんじゃないよ。すぐに終わるから」

 

 眼の前の怯える女の口の中を調べ終わった孫空女は、指を女の女陰にゆっくりと挿していった。



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179 痴女集団の行進

 沙那は嘆息した。

 女人国の国都に向かう街道だ。

 一応は、あまり人のいなさそうな間道を選んでいるのだが、それでもさすがに国都のすぐ近くであり、人目は避けられない。

 その道を総勢二十人の女の全裸行進が続いている。

 沙那は、孫空女とともに最後尾にいる。

 宝玄仙と朱姫は先頭だ。

 ふたりとも大張り切りだ。

 

「本当に悪趣味だよね、ご主人様も……。それとも、朱姫かな?」

 

 孫空女が沙那にささやいた。

 その孫空女は十丁の鉄砲を束にして縛り、背中に背負っている。

 かなりの重量のはずだが、けろりとしている。

 

「悪趣味なのはふたりともよね……。でも、あの『操人形(改)』って、わたしたちに遣うつもりだったのでしょう。そういう意味では、あんな目に遭わなくてよかったわね」

 

 沙那は言った。

 二十人もの女襲撃者が、特に拘束されることもなく、宝玄仙について歩いているのは、首に巻かれた白い紐によって、宝玄仙から離れると全身に電撃が浴びせられるからというだけではなく、現在、彼女たちの全員が、宝玄仙の新しい霊具である操人形に刻まれているからだ。

 

 『操人形(改)』というのは、いつぞやの『操人形』を改良したものらしいが、一尺(約三十センチ)ほどの真っ白い人形の霊具であり、この人形に刻まれた者は、人形を持っている者が念を込めて人形を動かすと、その人形と同じように身体が動いてしまうという効果がある。

 それだけではなく、人形に与えた刺激が、刻まれた相手にも伝わってしまうという性質もあり、文字通り、人間を操り人形にしてしまう霊具なのだ。

 

「あひあっ」

「いやああ」

「ああん」

「ひいいっ」

 

 間道を一列になって歩いていた女たちが、一斉に嬌声をあげて腰をくねらせはじめた。

 また、先頭で操人形を持っている朱姫が、人形の股を擦ったのだろう。

 さっきから何度も何度も、同じようなことを繰り返して、女たちに官能の悲鳴をあげさせている。

 

「たくさん、いじくってやったから、お前たちもそろそろ気をやりたいだろう? ここらで、一回やっておこうかね」

 

 前の方から宝玄仙の大きな声がした。

 女たちの喘ぎ声が大きくなる。

 今度は、途中でやめることなく、女たちの全員が絶頂するまで、人形の股を擦り続けるつもりのようだ。

 

 立ちどまった女たちが苦しそうに悶える。

 もう立っていられなくて、股間を押さえてしゃがみ込んでいる女もいる。

 こうなってしまえば、宝玄仙や沙那たちを襲った襲撃者たちも、抵抗する(すべ)を失ったただの若い女たちにすぎない。

 無理矢理与えられる快楽に、女たちはひとりふたりと絶頂の声をあげていく。

 

 しかし、宝玄仙と朱姫のことだ。

 それでも許さず、最後のひとりが達するまで、彼女たちに操人形を通じて快感を与えて、淫らに身体を震わせ続けさせるに違いない。

 

 結局のところ、黒子と名乗った女指揮官が自殺した後の彼女たちへの訊問では、なんの情報も得ることはできなかった。

 黒子が誰かの任務を受けていたのは確実のようだが、黒子の指揮を受けていた彼女たちは、黒子から指図を受けるだけで、自分たちがどういう役割で、宝玄仙を襲撃したかということについては、なにひとつ知らされていないようだった。

 

 ただ、こういった襲撃は何度もやっており、命じられた相手を襲って殺すか拉致する。

 それが彼女たちの役割だったということはわかった。

 その場で殺すか、捕まえて誰かに引き渡すかは黒子が決める。

 彼女たちは、ただ普段は訓練し、必要があれば呼び出されて集まり、任務を遂行するだけのようだ。

 今夜は鉄砲を使用したが、彼女たちの全員が剣でも小刀でも、鉄砲でもなんでも遣うことのできる熟達した殺し屋らしい。

 その彼女たちも、いまでは、宝玄仙の操り具に捕らわれた哀れな犠牲者だが……。

 

 ひとりひとりに対する訊問が成果なく終わると、宝玄仙は、この女たちを盗賊として、女人国の国都まで連れていき、兵に引き渡すことを決めた。

 女たちの装束もすでに焼き払ったから、女たちは裸で行進するしかない。

 宝玄仙は、彼女たちの首に巻いた紐と道術で結んだ石ころを懐に持っている。

 その石から一定距離が離れれば、女たちの身体に電撃だ。

 だから、彼女たちは、宝玄仙が歩けば、後ろからついていくしかない。

 

 そういえば、孫空女が最初に宝玄仙に捕えられたときも、ああやって宝玄仙は山道を全裸で歩かせた。

 あのときは、宝玄仙は一定距離が離れれば電撃が走る対象として、自分が嵌めていた指輪を使っていた。

 しかし、その後、孫空女は宝玄仙から逃げ出して、しかも、その置き土産に宝玄仙の股間に掻痒剤を塗りたくっていった。いまとなっては懐かしい。

 

 もっとも、いま、宝玄仙が連行している女たちについては、もはや、逃げ出すことを心配する必要はないだろう。

 朝まで続いた宝玄仙による訊問は、彼女たちのひとりひとりから抵抗の気力を完全に奪っていた。

 電撃の恐怖や操人形などなくても、彼女たちはもう宝玄仙の命令に逆らうことはなかったかもしれない。

 

 とにかく、宝玄仙の趣味の混じった訊問は朝まで続いた。

 そして、明るくなってから、二十人の全裸の女と、宝玄仙たちの移動が開始された。

 移動に先立ち、宝玄仙は女たちの全員の身体の前後に、“私たちは盗賊です”という文字を道術で刻んだ。

 

 いま、その文字を刻んだ女たちが、地面にうずくまって激しい官能の悶えに身体をくねらせている。

 最初に絶頂した者は、二度目に向かって突き進んでいる者もいるし、まだ、最初の絶頂を耐えている者もいる。とにかく、往来の道端で、二十人もの若い女の嬌声の合唱が続いている。

 

 奇異の視線で立ちどまる旅人たちも次第に増え、いまでは合計三十人ほどの旅人が、この唖然とする光景を見物している。

 旅人の全員が女だ。

 ここは女人国で、女しかいない土地なのだ。

 最後の女が絶頂した。

 女たちの喘ぎ声がやんだ。

 

「ほら、すっきりしたところで、もう行くよ。立ちな――」

 

 宝玄仙の声が響く。

 何人かは、まだ啜り泣きをしている。

 その女たちが身体をふらつかせながら立ちあがる。

 

「前進――」

 

 宝玄仙が、愉しそうに号令をかけて、進み始める。

 女たちが首をうなだれて歩き出す。

 

「ところで、沙那はどう思う? 本当にただの盗賊かな?」

 

 歩きながら孫空女が囁いた。

 

「ただの盗賊に見えないわ。あなたはどう思う、孫女? ご主人様とあたしを襲って荷物と衣類を奪おうとした元盗賊の頭領として――」

 

 沙那は皮肉っぽく孫空女に言った。

 

「嫌な事言うねえ、沙那……。そうだね。あいつらは単なる盗賊じゃないよ。盗賊っていうのは、もっと荒んでいるものさ。農民になれない。商売も駄目。まっとうな仕事で人に雇われて働くこともできない。そういう人間が食い詰めて盗賊になるのさ」

 

「彼女たちは、それとは違う?」

 

「ああ、そうさ。あんなに一糸乱れずに行動できるほど鍛えられ、しかも、徹底した管理で不要な情報を知ることなく動くことができる集団なんて、普通じゃないよ」

 

「単なる盗賊でなければなに、孫女?」

 

「軍兵とか」

 

「そう思う?」

 

 沙那は低い声で言った。

 

「思うよ。あいつらは、特殊な仕事をするための兵として鍛えられていたんじゃないかな」

 

「そのわりには、ご主人様や朱姫の道術の訊問でも口を割らなかったわね」

 

「多分、自分たちでも知らずに、そうやって特殊な兵としての調練を受けていたのさ。どこかの私兵としてね」

 

「特殊すぎるわね……。でと、私兵として鍛えられていた特殊兵として、彼女たちが、なんで、わたしたちを襲う必要があるのよ」

 

「そんなの、あたしにわかるわけないじゃないか。考えるのは沙那の仕事だよ」

 

 孫空女は肩をすくめた。

 沙那は、嬌態を見せながら全裸で歩いていく女襲撃者たちを眺めながら考えた。

 二十人の襲撃兵の彼女たちはもちろんだが、それを率いていた黒子と名乗った女は尋常ではなかった。

 宝玄仙に捕えられ、『縛心術』で背後関係を喋らせそうになると、あっさりと毒薬を飲んで自殺した。

 それひとつだけでも、普通じゃない。

 

 そして、黒子の死により、それ以上、ほかの女に訊問しても無駄なようになっていて、沙那たちはなんの情報も得ることができなかった。

 一体全体、なんだったのだろうか。

 いずれにしても、意味のある推測をするには、情報がなさすぎる。

 

 道は間道を抜けて、再び国都に通じる大きな街道に合流した。

 周囲の騒ぎが大きくなってきた。

 二十人もの女の全裸行進だ。

 人の眼を引かないわけがない。

 多くの人間が周りに集まってくる。

 

 だが、女たちの背中に書かれた文字と、宝玄仙の醸し出す雰囲気にのまれて、声をかける者はいない。

 国都の街に入る城郭の外門らしきものが見えてきた。

 

「さあ、じゃあ、今度は、観客も集まったところでここで、もう一回、気をやってもらうよ。今度は立ったままだ。ほら、お前ら、股を開きな」

 

 女たちが一斉に悲鳴をあげた。

 しかし、朱姫がこれ見よがしに、宝玄仙の隣で操人形を高くあげて、その脚をぐいと開いた。すると、女たちの脚が一斉に開く。

 周囲が騒然としはじめた。

 

 女たちの破廉恥な姿に驚いたわけではなさそうだ。

 宝玄仙の術にびっくりしたようだ。

 二十人もの女が、たったひとつの人形に操られているという行為にざわめいている。

 

「みんなあー、朱姫の舌技を味わってねえ」

 

 朱姫がそう言いながら、持ちあげていた操人形を自分の口の前に持っていくと、人形の股間を舐めはじめた。

 女たちが同時に声をあげて悶えはじめた。

 悲鳴のような声をあげ続けて、よがり狂う女たちだが、股を開いて立った姿勢を崩せないでいる。

 

 ここは城門のすぐ近くだ。

 喧騒が大きくなると何事かと城門の中からも人が出てくる。

 あっという間に人だかりができ始める。

 女たちが上体を反り返らせて、ひとりふたりと悶絶していく。

 それでも、朱姫の舌はとまらない。

 だから、まだ達する途中の女も、一度いった女も、官能の波に身体をくねらせ続ける。

 

「ほら、お尻にも刺激をやるよ、お前たち」

 

 宝玄仙が朱姫が舐めている操人形のお尻の部分に手を伸ばして、指で擦りはじめる。

 嬌声をあげていた女たちの声と身体の乱れ方が激しくなった。

 当然、周囲の見物人の声も大きくなる。

 

「ねえ、いいの、沙那? あのまま、調子に乗らせておいて……」

 

 孫空女が沙那に声をかけた。

 

「そ、そうね。そろそろ、やめさせてくる」

 

 呆気にとられて見守っていた沙那は、我に返って、集団の先頭に向かって駆けた。

 

「ご主人様、もう、やめましょう――。これ以上やると大騒ぎになります――。朱姫、もう、やめなさい」

 

 沙那は、宝玄仙と朱姫のいる場所まで進むとそう言った。

 

「どうしてですか、沙那姉さん? これからが面白いのに」

 

 朱姫が操人形から口を離して、不満そうに言った。

 しかし、人形を宝玄仙が取りあげて、股間とお尻への刺激は継続した。

 従って、女たちの嬌声とまらない。

 

「そうだよ、沙那。こいつらは、わたしらを殺そうとした連中だよ。どこまでも恥をかかせてやればいいのさ。このまま、しばらくは、集まった観客の前でのいき狂いの嬌態を演じてもらうつもりさ」

 

 宝玄仙が言う。

 次第に、女たちの嬌声が大きくなる。

 会話もしづらくなるほどだ。

 それに、周囲を取り巻く見物人の数も多くなっている。

 いまや、大騒ぎといっていいような状況になりかけている。

 沙那もまた、声を大きくせざるを得ない。

 

「でも、ご主人様、周りを見てください。もう、大騒ぎじゃないですか」

 

「いいんだよ、沙那。別に、悪いことをしているわけじゃない。わたしらを襲おうとした盗賊をわたしの道術で懲らしめているだけだ。朱姫と話し合って決めた計画が詰まっているんだよ。邪魔すんじゃないよ、沙那」

 

「そうですよ、沙那姉さん。恥をかいてもらうには、たくさんの人間に見られた方がいいんです。それで、城門の前まで来たんですから」

 

 朱姫がそう言って、宝玄仙が愛撫している操人形の胸の部分を擦りはじめる。

 

「計画ってなんですか?」

 

 沙那は言った。周囲の声が大きいので、結構、沙那の声も大きい。

 すると宝玄仙と朱姫が、同時ににやりと微笑んだ。

 

「じゃあ、説明しますね、沙那姉さん。まずは、しばらくは立ったままいき狂いです……。ところで、そろそろ、少し趣向を加えますね……」

 

 朱姫が宝玄仙が持っている操人形の脚をただ開いた状態から、ぐいとがに股に変えた。

 

 どっという声が周囲からあがる。

 沙那は振り返った。二十人の女たちが、がに股姿に変わっている。

 その姿勢のまま、激しくよがり狂っている。

 

「……立ったままいき狂いの後は、操人形を遣って、彼女たちに自慰をさせます。最初は、股間ですが、最後にはお尻です。次は、全員で裸踊りです」

 

「裸踊り?」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 

「それが終わったら、ふたりひと組にさせて、ここで性愛をさせます。予定では、その頃には、抵抗の意思を失って、人形を遣わなくても、言いなりになっているはずなんです。最後は、四つん這いにして、片脚をあげておしっこをさせます」

 

 朱姫はあっけらかんと言った。沙那は、呆れて、すぐには言葉が出なかった。

 

「……朱姫、くすぐり責めが抜けているよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうでした。それを忘れていました。裸踊りの次は、両手両足を拡げて地面の上で横にさせて、徹底的なくすぐり責めです。その後に、ふたりひと組の性愛です」

 

 朱姫は言った。

 

「ま、まさか、それを本当にここで全部やりつもりですか、ご主人様? ここで?」

 

「当たり前だろう、沙那――。なにか、問題でもあるのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「も、問題って……。大ありです。ここは外ですよ。しかも、国都の城門の真ん前です」

 

 沙那は声をあげた。

 宝玄仙は、なにかを言おうとしたが、さらに沸き起こった騒ぎに、気を取られてそちらに視線を向けた。

 沙那もそっちを見る。

 

 城門から棒を持った兵の一隊が出てきたのだ。

 軍服を着ている。

 どうやら、国都に駐留する軍の一隊のようだ。

 集まっていた群衆を掻き分けて、こっちにやってくる。

 

「この騒ぎの責任者は誰だ?」

 

 指揮官らしき女将校が、こっちにやってきて叫んだ。

 すでに、宝玄仙が連れてきた二十人の女たちは、百人ほどの女の兵に囲まれている。

 ただ、まだがに股姿のまま嬌声をあげ続けている。

 宝玄仙が操人形への愛撫をやめないからだ。

 

「わたしだよ、お前は誰だい?」

 

 宝玄仙は、操人形を操りながら言った。

 女将校は、それを見てぎょっとした表情をした。

 

「こ、これは……。ど、道術か?」

 

 女指揮官が声をあげた。

 

「そうだよ。こいつらは、昨夜、わたしらを襲った盗賊の連中だよ。だから、ちょっと、術で懲らしめをしているところさ――。文句があるのかい?」

 

 宝玄仙は、女将校に邪魔だと言いたげな視線を向けた。

 

「お前は……い、いえ、あなたの名は?」

 

 女将校が急に口調を改めた。

 

「宝玄仙だよ。お前こそ、名乗りな」

 

 宝玄仙がそう言うと、女将校は、天保女(てんぽうじょ)と名乗った。

 

「ご主人様、少し、それをやめてください」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ふん」

 

 宝玄仙は面白くなさそうに、操人形を沙那に放った。

 沙那は、慌てて、それを両手で受ける。

 女たちの嬌態がやっととまった。

 派手にあがっていた嬌声がやみ、一斉にその場に座り込んだ。

 ところどころから啜り泣きが聞こえてくる。

 

「わたしは、女人国の国都の警備を預かる警備大隊の大隊長のひとりです。ところで、いま、道術と言われましたか?」

 

「そうだけど、わたしを襲った盗賊を撃退するのに、道術を遣っちゃ駄目なのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「い、いえ……。しかし、一応、事情を確認したいのですが……」

 

 国都の警備を預かる大隊長といえば、かなりの身分に違いない。

 しかし、それにもかかわらず、天保女の態度や口調は、通りすがりの異邦人に対するものとしては、非常に慇懃なものだ。

 女人国は、道術遣いが珍しい国らしいが、その地位も高いのだろうか。

 

「事情は、この沙那から聞きな」

 

 宝玄仙は沙那を顎で指した。

 沙那は、簡単に昨夜の襲撃の状況を説明した。

 

 襲撃後、宝玄仙と朱姫が淫靡な訊問をしたことはなるべく伏せたが、襲撃者たちの黒装束や下着を焼き払ったことと、宝玄仙の魔具で操っている状態であることについては、説明に加えねばならなかった。

 また、襲撃を指図した女指揮官が訊問の最中に毒で自殺したことと、遺体をそのままにしていることにも言及した。

 

「わかりました。襲撃の現場とその黒子という女の屍体はこちらで確認します。その上で、改めて事情をお伺いしたいことがあるかもしれません。ご協力を願えますか?」

 

 天保女は言った。

 

「わたしらは、城郭の中で適当な宿を見つけて泊るつもりだよ。そこに来てくれればいい。それでいいかい?」

 

「ありがとうございます。念のために、宿まで部下を同行させます」

 

 これだけの騒ぎを起こしたのだ。このまま連行されてもおかしくない。

 宿に入った後、必要により事情を説明するだけでいいというのは、随分と丁寧な扱いだ。

 

「もちろん、事情が判明するまで、宿の周囲は兵に警護させます」

 

「警護は特に必要ないけどね。それよりも、孫空女――」

 

 宝玄仙は大きな声で、孫空女を呼んだ。

 銃を背負っている孫空女がやってきた。

 

「これがこいつからが遣っていた武器だよ」

 

 宝玄仙はそう言いながら、孫空女の背中から銃をおろさせた。

 天保女が目を丸くしながら、部下を呼んで鉄砲を受け取らせる。

 

「この国では、鉄砲という武器が簡単に手に入るのですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「とんでもない。鉄砲の売買も所有も、死刑に該当する罪です。禁制品のひとつですよ……。それにしても、十丁も……。いったいどこから……? ともかく、彼女たちには厳しく訊問をする必要がありますね」

 

 天保女は、厳しい視線をうずくまっている女たちに向けた。

 

「ほらよ」

 

 宝玄仙が懐に入れていた石を天保女に見せた。

 

「これは?」

 

「こいつらは、この石についてくるよ。この石から離れれば、地獄の電撃が身体に浴びるからね。それこそ、必死について来るよ。その石を使って牢でも兵舎でもつれていくといいよ」

 

「こんなもので? これは霊具ですか?」

 

 天保女はびっくりしている。

 

「ただの石ころだよ。霊具は、あいつらの首に巻いている紐だ。この石は、たまたま道に置いていたものに、あの首の紐から出る霊気を反射させているだけさ。なんだったら、お前の提げている剣に結び直してやってもいいよ」

 

「そ、そんなことができるのですか?」

 

 宝玄仙の言葉に天保女が声をあげた。

 

「できるさ」

 

 宝玄仙が一瞬だけ真顔になり、そして、石ころを道に放った。

 それで、あの女たちの首の紐に刻まれている魔術道が石から、天保女の剣に刻み直されたのだと知った。

 しかし、後ろにしゃがみ込んでいた女たちが、一斉に悲鳴をあげた。

 

 女たちは、ここに来るまでに、宝玄仙にからかわれて、さっきの石を遠くに投げられたり、いきなり朱姫に持たせて走らせたりして、電撃責めに遭わされてきた。

 この石から離れたら電撃に苦しむことになることが骨身に染みこまされている。

 だから、宝玄仙が石を捨てたことで大声をあげたのだ。

 

「心配ないよ、お前ら――。お前らの首の紐は、この将校さんの剣に刻み直した。今度は、一生懸命にこの将校さんについていきな」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 女たちが複雑な表情をした。

 

「それじゃあ……、天保女様。わたしたちは、これで……」

 

 沙那は軽く頭を下げた。

 天保女が、部下のひとりを呼んで、宿まで一隊を率いてついていくように命じた。

 命じられたのは、飛輪(ひりん)という名の将校であり、どうやら、隊の第二位の地位にあるようだ。

 一緒に行く人数は、二十人というから、警護というよりも見張りの意味が強いに違いないと沙那は思った。

 

 

 *

 

 

 壱都(いと)が「舌人形」を蹴りあげた。

 なにか、彼女に粗相があったわけではない。

 気に入らないことがあったときの壱都の日常だ。

 

 手足のない舌人形は、この理不尽な壱都の仕打ちにも、抵抗する術もなく、ただ、耐えるだけだ。

 彼女は、一度仰向けにされると、なかなかひとりではうつ伏せになることもできない。

 だから、腹といい、胸といい、顔面といい、狂ったようにやってくる壱都の蹴りを苦痛の悲鳴をあげてのたうち回っている。

 

 那美(なび)は、その様子をじっと見守るしかなかった。

 壱都の寝所に来るのは三日ぶりだ。

 

 相変わらずの淫靡な香が充満している。

 那美は、入ったばかりだというのに、また、いつもの股間の疼きを感じていた。

 もっとも、報告を受けた壱都の反応は、熱くなりかけている那美の肉体を冷やすのに十分なものだった。

 

 何発目かの蹴りが、舌人形の顔面に入った。

 口からまとまった血を噴き出した舌人形は、それで動かなくなった。

 那美は、思わず眼を背ける。

 

 壱都が肩で息をしている。壱都は、舌人形……すなわち、前女王の陽炎子(ひむこ)に暴力をぶつけることで、やっと興奮が収まったのか、那美に向けた顔は、思ったよりも落ち着いたものだった。

 

「……それで、その宝玄仙という道術遣いは国都に入ったのだな、那美?」

 

「はい。一隊を宿につけておりますが……」

 

 宝玄仙と三人の供は、いくつかある国都の宿の中で、中の下というところの平凡な宿にいる。

 いまのところ、これといって動きはない。

 しかし、あの道術遣いが郊外で披露した術の凄さの噂を聞いた人間が、ひっきりなしにその宿に宝玄仙を訪ねに行っている。

 那美は、簡単に現在の状況を説明した。

 

「那美、宝玄仙に面会に行った人間をすべて調べあげよ」

 

 壱都が苛ついた口調で言った。

 

「すでにやっております」

 

「ふん……。新女王の可能性がある者がやってきたと知ったら、すぐに振る尻尾をそっちに向ける連中だ。すべてが終わった後で、目に物言わせてくれるわ」

 

 壱都が不機嫌な視線をまた前女王に視線を向けた。

 いまは「舌人形」と呼ばれている彼女は、最後に蹴られた状態からまったく動かない。

 口から吐いた血が、床に染みを作っている。

 ただ、死んではいないようだ。

 かすかに胸が上下している。

 壱都が術を施せば、すぐに回復するのだろうが、いまはその気はないようだ。

 

「もはや、密かに抹殺することは得策ではございません」

 

 那美は言った。

 その言葉が壱都の意に沿わぬことはわかっている。

 しかし、言わねばならないことだ。

 

 この女王が、手を回して国都に入る前の宝玄仙一行を襲撃させたのはわかっている。

 そして、失敗した。

 単に失敗しただけじゃない。

 あの襲撃をうまく利用して、宝玄仙は自分が、「女王挑戦者」として相応しいことを国都の民衆に示してみせた。

 

 鉄砲で武装させた女王の暗殺隊をあれほどに完膚なきまでに無力化し、彼女たちを国都に連行するなどして、その術の凄さを国都の民衆に見せつけたのだ。

 那美自身も群衆に紛れて、城外で行われた「見世物」を見物したが、哀れに術で操られる女王の暗殺隊の姿を見て度肝を抜かれた。

 あれ程に自在に二十人もの人間を操る術など、これまでに接したことはない。

 もしかしたら、いまの女王よりも道術力が上回るかもしれない。

 

 すでに、あの一件が、尾ひれを付けた噂話として、国都中に蔓延している。

 「偉大な道術遣い」が国都に入ったことは知れ渡り、もうすぐ、女王挑戦の儀式が行われるということを多くの人間が期待とともに信じ始めている。

 

 女王挑戦者に相応しいかどうかを定めるのは「神祇庁(しんぎちょう)」の役割だが、おそらく、宝玄仙の意思さえあえば、認めるしかないだろう。

 神祇庁の唯一の役割は、女王挑戦の儀を取り仕切ることであり、いくら女王の権力でも、神祇庁を操作することはできない。

 

 それに、あの宝玄仙は、城門の前で行った派手な道術の見世物で、完全に民衆の言の葉に乗ることに成功している。

 いま、宝玄仙が理不尽に死ねば、ただでさえ評判のよくない女王が、裏で手を回してやらせたと民衆は信じるだろう。

 

 女王挑戦の儀が正しく行われないということが知れてしまうと、この国は暴動が起きる。

 女王は、女王挑戦の儀を通じた神意によって立つ――。

 それが女人国の民の信じていることだ。

 挑戦の儀を否定すれば、その神意を女王が否定してしまうことになる。

 女王の挑戦を受けない女王は、その瞬間に民の敵となる……。

 

「宝玄仙は、女王に挑戦するのか……?」

 

 壱都は言った。

 その表情には、苛立ちとも焦りともとれないものが浮かんでいる。

 

「わかりません……。しかし……」

 

 那美は顔を伏せた。

 那美は、自分の心に浮かんだ言葉をさすがに続けることはできなかった。

 本当は、那美も信じ始めているのだ。

 

 もしも、より道術力の強い者が女王になるというのが、この国の神の意思であるならば、宝玄仙がここにやってきたのは、彼女を新女王にするという神の意思であろうと……。

 

 あの城門の外で触れた宝玄仙の道術――。

 

 それは、この残酷で気まぐれな壱都の道術よりも確かに上回るのではないだろうか。

 宝玄仙という人物が、どのような人物かはわからないが、この壱都よりも、残酷で冷酷で嗜虐的ということはないだろう。

 那美は、一礼をして、この淫靡な空気の充満する部屋を辞去した。



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180 女王挑戦者

「女王挑戦の儀?」

 

 宝玄仙はやってきた使者に、戸惑いとともに驚きで応じた。

 使者は、神祇庁(しんぎちょう)の者という触れ込みであったから、この国のそれなりの権威なのであろうが、それが一介の旅人に過ぎない宝玄仙に対して、両膝をついて礼をしている。

 つまりは、宝玄仙に対して貴族に対する礼をしているということだ。

 

 確かに、宝玄仙は、あの東帝国では最高位の貴族巫女だったが、この女人国ではもう関係ないし、かつての宝玄仙の身分をこの国の者が知っているわけがない。

 ましてや、宝玄仙は、天教の八仙の地位は返上し、その時点で、爵位も剥奪されているはずだ。

 従って、いまの宝玄仙は、ただの異邦の女にすぎないのだ。

 

 それに、話から判断すれば、宝玄仙の過去の経歴や人物に、こいつらは関心を持っていないし、本当に知らないようだ。

 だから、その宝玄仙に神祇庁の使者が、このような慇懃な礼をとっているということは、本当に一介の異邦の女に、「女王挑戦の儀」とかいうものをやらせるつもりなのだ。

 

 昨日、この宿に到着してから、懇意になりたいという理由で、やたらに訪問者が現れては、金品を置いていくと思ったら、そういうことだったのだ。

 神意だかなんだか知らないが、この国には、国都を訪れた道術遣いに「女王」への挑戦権を与えるという馬鹿げた仕来りがあるらしい。

 挑戦とは、道術と道術の対決であり、より強い道術を持つ者が女王に相応しいということになる。

 それがこの国の昔からの習わしであるらしい。

 いまの女王もそうやって、ただの旅の女から女王になったそうだ。

 

 そして、この宝玄仙がやってきた。

 あの城郭の郊外でやった、あの破廉恥な道術は、国都の人間の度肝を抜くのに十分だったらしい。

 そして、この国の人間にとっては、能力の高い術遣いの国都の訪問は、そのまま、女王への挑戦の儀が行われるということに等しいもののようだ。

 それで、宝玄仙が次期女王かもしれないと見込んで、いまのうちに知己になっておこうという人間が後を絶たなかったのだ。

 

「なるほどね」

 

 とりあえず、宝玄仙は言った。

 ちらりと、部屋の隅で大人しくしている沙那に視線を送る。考えなければならないことは、大抵は沙那の意見に従えば間違いないというのは知っている。

 だが、沙那は、思うところがあるのか、素知らぬ顔をして座っている。ここで助言してくれるつもりはないみたいだ。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「では、女王挑戦の儀について、詳しく説明してよろしいですか?」

 

 使者は言った。

 

「ま、待て、それについては、わたしも供の者と相談させてもらいたい。その上で返事をしよう」

 

「わかりました。では、支度金として、これらのものを置いていかせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 使者は、宝玄仙の前に、装飾のついた木箱を二名の部下に置かせた。

 使者は、一度、その木箱の箱を開けて中身を宝玄仙に示した。

 中身は金貨だった。

 それもかなりの量だ。

 これだけでもひと財産といえるだろう。

 まあ、それは、もらっておいていいだろう。

 旅に路銀は必要だ。

 

「わかった。置いていけ」

 

「それでは、明日の朝、もう一度、お伺いしたい。よろしいでしょうか、宝玄仙様?」

 

 使者の物言いは質問だったが、表情と態度には有無を言わせぬものがあった。

 もしも、宝玄仙が拒否すれば、面倒なことになりそうなのは明らかだった。

 それにしても、たったひと晩で、なんでこんなことになったのだろう。

 このままでは、本当に「女王挑戦の儀」とやらに参加せずに済ませられそうにない。

 

「相わかった」

 

 とりあえず宝玄仙は言った。

 

「ありがとうございます。ところで……」

 

 使者は、この宿の一室をぐるりと見回す。

 この旅館では一番大きな部屋だが、決して豪華な部屋というわけではない。

 寝台が四個あるほかは、大きな机と四脚の椅子があるだけだ。

 孫空女たち三人は、入り口に近い壁を背にして、大人しく床に座っている。

 その横には、これまでの訪問者たちが置いていった金品が集められていた。

 

「……怖れながら、この宿は女王挑戦者たる道術遣い様に相応しい寝所とは思えませぬ。よろしければ、こちらで準備させていただいた場所にお移りいただき……」

 

「それも、明日返事する」

 

 宝玄仙は言った。

 すると使者は、少し顔を曇らせた。

 

「しかし、ここでは、宝玄仙様の身の安全も……。国都に入る手前で襲撃者に命を狙われたと伺っておりますし、宿の周りを一時的には、飛天(ひてん)の率いる一隊に警備させておりますが、こんな場所では……」

 

 飛天というのは、宝玄仙たちがこの宿に入った時から、ずっと一隊を率いて宿の周りを警護をしている国都軍の女将校だ。

 飛天自身は、この部屋の外の廊下に張りついてて、何度言ってもそこから離れない。

 お陰で、供に対するいつもの嗜虐は自重せざるを得なかった。

 さすがに、部屋のすぐ外に立っていられては、いくら結界を張っているとはいえ、落ち着かない。

 

「黙れ」

 

 宝玄仙がそのひと言とともに、使者を睨むと、使者が気を飲まれた表情をした。

 

「この宝玄仙を見くびるな。お前にはわからぬかもしれんが、この部屋には、この宝玄仙の結界が刻んである。襲撃者どころか、たとえこの宿一帯が火事で焼け野原になろうとも、この結界に包まれたこの場所だけは、消し炭ひとつつけることもできんわ」

 

「これはお見それいたしました」

 

 使者は一礼をして、随行の者とともに去っていった。

 やっと、部屋に四人だけになることができた。

 

「……それで、どうなさるのです、ご主人様?」

 

 沙那が溜息とともに言った。

 

「ご主人様は、女王になるのかい?」

 

 孫空女が、そう言いながら、さっき使者が置いていった木箱を抱えて、ほかの金品と一緒に置いた。

 

「どうするって……どうすればいいと思う、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 少しばかりばつが悪い。

 なにしろ、昨日からひっきりなしにやってきた訪問客が、意味ありげなことを言いながら、価値のある贈り物をしていくのに対して、ずっと沙那は、こんな価値のある品々をただくれるわけがないから、用心しろと注意喚起し続けていたのだ。

 

 その沙那の忠告を、馬鹿にしてずっと無視をしていたのは宝玄仙だ。

 くれるものは貰えばいいし、面倒なことにはなるはずがないとはねのけていたのだ。

 だから、今日、神祇庁とかいうところの使者がやってきたときは驚いた。

 面倒なことになったのがわかったからだ。

 

「存じあげません――。それは、ご主人様がお決めになることだと思います。ただ、わたしの意見を申しあげれば、道術の高さが、この国の女王を定める唯一の基準だとすれば、ご主人様は、間違いなく、女王に相応しいと思います」

 

「わたしに、この国の女王になれというのかい、沙那? 冗談だろう?」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「冗談じゃないよ、ご主人様」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「なに?」

 

「考えてみたらどうなのさ。あたしらには、別に不都合はないよ。別に魔王たちと戦いに魔域に行きたいわけじゃないんだ。あたしも沙那も朱姫も、ご主人様が行くから旅をしているだけで、ご主人様がそうしたいなら、ここが旅の終わりで、なんの問題もないさ――。ねえ、朱姫?」

 

「はい」

 

 孫空女が朱姫に顔を向けると、朱姫が頷いた。

 

「しかし、女王なんて……。このわたしにそんなものが務まると思うかい、お前たち?」

 

 宝玄仙は呆れて言った。

 

「務まるかどうか、この国の女王というのがどういうものなのか、訊いてみればいいのでは?」

 

 沙那が言った。

 

「訊いてみるとは、誰にだい?」

 

「部屋の外にいるじゃないですか、飛天さんが。とりあえず、彼女に質問してみてはいかがですか?」

 

 宝玄仙は扉に眼を向けた。

 確かに、扉の向こうには、飛天という名の将校が立っている。

 彼女は、宝玄仙の護衛を命じられた隊長のくせに、どういうわけか、自らも直接に警備に当たると言って、部屋の外に侍っている。

 それが、宝玄仙の歓心を買うためにやっているのだということは、さすがに宝玄仙の察しがついていた。

 宝玄仙が望めば、飛天はいろいろと必要なことを教えてくれるだろう。

 

「飛天を連れておいで、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫が立ちあがり、部屋の扉を開けて、外に声をかけた。

 すぐに飛天が緊張した顔つきで入ってきた。

 

「そこに座りな、飛天。少しばかり話が訊きたいのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那が、宝玄仙の前に椅子を運んでくる。

 使者との面談に邪魔だから、宝玄仙が座る以外の椅子と机を部屋の隅に片付けていたのだ。

 

「とんでもありません。立ったままで結構です。ところで、なんなりとお申し付けください。宝玄仙様の警備だけではなく、宝玄仙様に必要なものを整えるための便宜を図るということは、わたしに与えられた命令なのです」

 

「いいから座るんだよ、飛天。そこに突っ立ったままでいられると、わたしが話しにくいんだ」

 

 飛天は困ったような表情をしたが、沙那が宝玄仙に従うように促したので、宝玄仙に向き合うように椅子に腰掛けた。

 

「単刀直入に訊ねるけど、この国の女王とは、なにをするものなんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「女王とは命令するものです。臣下と民は、それに従います」

 

「どこの誰ともわからない女をある日突然に女王と認めて、その命令に従うというのかい?」

 

「それがこの女人国の掟です」

 

 飛天は言った。

 

「女王の資格は、大きな道術力を持つということだけで、道術が強いだけの人間を女王にするというのは、本当のことなのかい? 道術が遣えるということと、女王として国を統治する力があるということはまったく別のことと思うがね」

 

「女王としての国の統治については、多くの臣下がおります。政事に関しても、国の護りに関しても、それなりの人材が揃っております。非力なれども、わたしもそのひとりです。細かいことで女王を煩わせることはありません」

 

「つまり、統治行為そのものについては、臣下がいるから心配ない。女王が細かいことをやらなくてもいいと?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「女王は君臨するものです。しかし、統治は、その臣下が行うべきものです」

 

 飛天ははっきりと言った。

 

「……女王は、なにもしなくてもいいということかい?」

 

「女王は、君臨して、統治せよと命じます。それに従い、臣下は統治します」

 

「女王の命に従い国を統治する者は、女王が選ぶのですか? それとも、女王は人事に口を出せないのですか?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「女王が望めば、女王は自分が望む者にそれを命じます。命じなければ、臣下の中で人事を司るところが、適材適所の人材を配置します」

 

 飛天は応じた。

 

「もしも、女王が我が儘で、とんでもない人間に統治を命じたら? もっと言えば、女王が自ら政事に口を出し、国を混乱させたらどうするのですか?」

 

 さらに沙那が言った。

 

「女王の命に従うだけです。その女王が王位にあり、彼女が命じるということは神意でもあるのです」

 

「でも、女王として相応しくない行いや命令、あるいは、言動もあるのでは?」

 

「女王が女王であることを判断する権利は、臣下にも民にもありません。わたしたちは、神意に従うだけですよ、沙那殿」

 

「じゃあ、女王が民に滅びよと命じればどうするのですか? 道術力の高さのみによって、王位を定めるというのは、そういうことではないのですか? 女王に相応しいかどうかは、もっと別のものがあると思うのですが……」

 

「沙那殿――」

 

 飛天はにっこりと微笑んだ。

 

「――わたしたちが従うのは、女王ですが、その根本にあるのは神意です。そして、それはこれまで、常に正しかった。この国は、いにしえの掟に従い、女性のみしか国土に立つのを認めず、道術の高い女性を女王として抱いてきました。その結果、この国は常に平和の中にありました。確かに、歴史においては、女王として相応しくない女王もいたということはあったと聞きます。しかし、そういう女王は、やがて、神意により新しい女王にその地位を譲ることになります。わたしたちが従うのは、常に神意なのです」

 

「じゃあ、わたしたちのご主人様が、神意により、女王に選ばれたら、あなた方はそれに従うというのですか?」

 

「もちろんです」

 

 飛天は即答した。

 

「繰り返して、お訊ねますが、女王は統治に口を出さずともよく、逆に望めば、政事を自由にできる。女王の命令には、臣下は実現すべく従う――。こういうことですか? 偽りは本当にないのですか?」

 

「ありませんよ、沙那殿」

 

「わたしたちのご主人様は、心を読める術もお持ちですよ。ここはご主人様の結界の中であり、あなたが嘘をつけばわかります。その術をかけてもよろしいですか?」

 

「よろこんで術にかかります、沙那殿、そして、宝玄仙様」

 

 飛天は言った。

 

「飛天、女王の義務とはなんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 少しの間、飛天は黙った。

 そして、やがて、口を開いた。

 

「女王の義務とは、神意に従うことではないでしょうか」

 

「神意?」

 

 宝玄仙は、眉をひそめた。

 

「具体的にはなんですか、飛天殿?」

 

 また、沙那が口を挟んだ。

 

「神意により選ばれれば、女王であることを受け入れ、即位すること。そして、女王として君臨すること。もしも、神意により、女王挑戦者が現れれば、それを受け、負ければ退位することです」

 

「女王が、挑戦を受けないことは?」

 

「ありえません、沙那殿。女王は、神意を代表するものです。挑戦を受けないことは神意の否定ですから」

 

「そうですか……。ご主人様、ほかに質問はございますか?」

 

 沙那が宝玄仙を見た。

 

「お前の言っていることを総合すると、女王になれば、わたしは、したくないことはやらなくてもいいし、逆にやりたい放題もできるということかい、飛天?」

 

「はい」

 

 飛天は頷いた。

 

「行っていいよ、飛天」

 

「わかりました」

 

 飛天は立ちあがり、一度、膝をついて部屋を出ていった。

 

「女王勝負を受けるかどうか、お決めになったのですか、ご主人様?」

 

 飛天がいなくなると、すぐに沙那が言った。

 

「ああ、お陰でよくわかったよ。女王になって、損をすることもなさそうだね。面倒なことは、家来に押しつけて、好き放題できるというわけさ」

 

「じゃあ、女王勝負をやるのかい、ご主人様?」

 

 孫空女だ。

 

「まあね」

 

「ご主人様の道術があれば、絶対に勝てると思います」

 

 朱姫が言った。

 

「ありがとう、朱姫。わたしが女王になれば、もちろん、お前たちは、わたしの側室ということになるのだろうね」

 

「側室ってなんですか?」

 

 朱姫が訊ねた。

 

「側室というのは、王妃の以外の王の妻たちのことよ、朱姫」

 

 沙那が言った。

 

「じゃあ、あたしたちは、ご主人様の妻ということになるのですか?」

 

 朱姫は当惑した表情をした。

 

「奴隷から妻に昇格だよ。わたしが、女王でいる間は、多少の贅沢はさせてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「いくらなんでも、女同士で妻とか夫とかいうのは不自然じゃないのかい、ご主人様」

 

 孫空女も言った。

 

「馬鹿だねえ、なにを言っているんだい、孫空女。この国には、女しかいないんだよ。女同士で結婚をするのさ。どちらかが夫で、どちらかが妻ということになるのさ」

 

「あっ、そうか」

 

 孫空女が頷く。

 

「まあ、少しの間だけさ。寄り道のつもりで、宮廷生活を愉しもうじゃないか、お前たち」

 

「ちょっと待ってください、ご主人様。寄り道のつもりというのは、どういう意味ですか?」

 

 沙那が言った。

 

「言葉通りの意味だよ、沙那。女王になって、しばらく愉しんでから、飽きたら適当に、家来どもをやり過ごして、また旅に出るつもりだよ。どうせ、いつまでに終わらせなければならないという旅でもなし」

 

「ええ? じゃあ、本気で女王になるつもりはないのかい?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「まあ、一、二箇月くらいは、女王生活も悪くないかもね。だけど、こんなところで、一生を過ごすなんて御免だね。どう考えても、わたしは、女王なんて柄じゃあないよ」

 

「でも、最初から王位を投げ出すつもりで、即位するなんて、無責任では?」

 

 沙那は言った。

 

「知ったことかい」

 

「だって、ご主人様。もしも、ご主人様が女王になって、二箇月で突然に王位を投げ出して消えてしまったら、この国に大きな混乱が起きるのではないですか?」

 

「それこそ、神意ってもんじゃないか、沙那。わたしみたいなものを女王にするなら、この国の神もそのくらいの覚悟も予測もあるってものさ。この国の神がどんな存在なのか知らないけどね」

 

 すると、沙那が盛大に嘆息した。

 

 

 *

 

 

「女王挑戦の儀は、明後日ということになりました」

 

 神祇庁の使者が説明するのを壱都(いと)は、黙って聞いていた。

 謁見の間である。

 

 使者の弁は、宝玄仙という道術遣いが、女王挑戦を正式に望んだということと、その対決の日取りと要領についての説明であった。

 沙那という宝玄仙の従者が神祇庁までやってきて、宝玄仙の女王挑戦の意思を告げに来たらしい。

 

 対決の要領については、三年前に壱都もやったので承知している。

 神祇庁が選んだ立会人のもとに、「神意の間」と呼ばれる宮廷の中にある大広間で道術対決をするのだ。

 道術対決は、立会人のほかに、多くの高官たちが観客として見物もする。

 対決にあたっては、どのような道術を使用しても構わない。

 それで、相手が屈服したと判断すれば、立会人が勝者に王位があることを宣言する。

 それだけだ――。

 

 女王挑戦の儀については、女王としての一切の権威が通用しない。

 完全に対応な立場で対決は行われる。

 壱都は、可能な限りの宝玄仙の道術力に関する情報を集めた。

 

 密かに壱都が組織していた暗殺隊をいとも簡単に無力化し、全裸行進のうえに、破廉恥な操り行動をさせた手腕だけでも、壱都の道術力を上回っていることは間違いなさそうだ。

 さらに調べれば、女王国の北部にいる独角兕(どっかくじ)という魔族王とも諍いを起こしたこともわかった。

 

 独角兕といえば、希代の女たらしの妖魔で、しばしば女人国にやってきて、女を浚っていく始末の悪い存在だったが、その独角兕を道術で叩き伏せただけではなく、近隣からの女浚いをやめることを術で誓わせたらしい。

 壱都自身は、独角兕と対決したことはないが、あの独角兕とまともに道術で対決して勝てるとは全く思わない。

 その独角兕が、簡単に捻られたということは、宝玄仙の魔術がそれだけ凄まじいということだ。

 

 まず、まともにやって、壱都が勝つとは思えなかった。

 それでも、壱都は王位を渡すつもりはない。

 壱都は、懐に入れている霊具を服の上から触った。

 女人国に道術遣いが現れたという情報を入手以来、壱都はそれを肌身離さず持っていた。

 

 服の上から確認する。

 それは、確かにある――。

 魔域から突然にもたらされた贈り物――。

 

 宝玄仙という大きな道術遣いがやって来るのに合わせたように、これが贈られてきたのは偶然だろうか……。

 それとも、なんらかの意思が働いているのだろうか……。

 とにかく、いまは、眼の前の女王挑戦の儀を乗り切ることだ。

 そのためには、この霊具が必要なのだ。

 

 壱都は、使者の言葉に黙って耳を傾けるふりをしながら、服の上から感じるその霊具の感触と強さをじっと味わっていた。



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181 存在しないはずの首輪

 対決が終わるまで待機をするようにと言われた部屋は、なかなかの居心地のよさそうな部屋だった。

 部屋の中には、座り心地が抜群の椅子もあり、部屋の脇に準備された大きな卓には、たくさんの果実や料理、そして、飲み物が並んでいる。

 

 ここは、現在のこの国の女王と宝玄仙との道術対決が終了するまで、沙那が孫空女と朱姫とともに待機するように命じられている部屋だ。

 待機ということになっているが、つまりは監禁だ。

 

 女王の地位を争う対決に当たり、この国の現在の女王の壱都(いと)が、宝玄仙との勝負が終わるまで、沙那たち三人が部屋に閉じこもり、宝玄仙に接触しないことを要求したのだ。

 

 女王挑戦の儀については、明確な公平を保つために、女王の権威は通用しないことになっている。

 しかし、沙那たち三人が、宝玄仙に接しないというのは、もっともな理由があった。

 沙那たちのうち、朱姫はれっきとした道術遣いであり、道術対決の場に朱姫がいるということは、勝負の公平性が損なわれるというのだ。

 その主張は当然であり、納得せざるを得ない。

 

 女王側には、壱都以外には道術遣いはいないからだ。

 沙那と孫空女は、道術遣いではないが、霊具が遣えるという時点で、世間では術遣いとみなされる。

 それに、沙那自身も、自分が術遣いなのか、そうでないのか判断がつかない。

 術遣いしか扱うことができないといわれている霊具を沙那も扱えるのは事実なのだ。

 

「勝負がつくまで、どのくらいの時間がかかるのかなあ?」

 

 孫空女が部屋の隅の卓の上から、果実をとって口に入れながら言った。

 

「さあね、ご主人様だったら、あっという間じゃないかしら――。それ、おいしそうね。わたしにもちょうだい、孫女」

 

「あいよ」

 

 孫空女が、自分が口にしていた赤い果実を沙那に放った。

 沙那はそれを空中で受け取って口にする。

 甘い汁が口に中に拡がる。

 さすがは、宮廷で準備するものだ。質もいいようだ。

 

「あたしも貰えますか、孫姉さん」

 

 沙那の横に座っている朱姫が言った。

 

「ほら」

 

 果実が飛んでくる。

 朱姫はそれを両手で掴んだ。

 

「わあ、おいしいです」

 

 朱姫がひと口食べて嬉しそうな顔をした。

 

「だよね」

 

 孫空女も食べながら顔をほころばせた。

 

「だけど、ご主人様がこの宮廷の女王になったら、あたしたちは、本当にどうなるんでしょう?」

 

 しばらくして朱姫が言った。

 

「側室とか言ってたっけ……」

 

 孫空女だ。

 

「その側室というのが、よくわからないんですけど」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね。ねえ、沙那――。実は、あたしにもよくわからないんだけど、側室というのは、王の……ご主人様の場合は女王か……。その女王の妻だって、沙那が説明していたような気がするんだけど、なんなのそれ?」

 

 考えてみれば、孫空女も朱姫も、貴族社会とは縁のない生活をしていた。

 一般庶民が側室を持つことはないから、側室という言葉に縁がないのは不思議ではない。

 

「簡単に言えば、王の性の相手をする女のことね……」

 

 沙那は説明した。

 

「性の相手?」

 

「正式の妻のほかにね。通常は、正妻である妃がいて、その以外の女を側室と呼ぶわ。ただ、その国の仕来たりによっては、側室ではなく、第二妻とか、第三妻とか呼ぶ場合もあるわ」

 

「つまりは、妾のことかい」

 

 孫空女は言った。

 

「王が側室を持つのは、性の相手ということもあるんだけど、子孫である子をできるだけ多く作るという目的もあるのよ。子が多ければ、有能な人材が産まれる可能性が高いし、政略結婚の道具とする材料も多くなるということね」

 

「だけど、沙那、この国の女は、例の照胎泉(しょうたいせん)子母泉(しぼせん)で子を作るんだろう。関係ないじゃないか」

 

「確かにそうね、孫空女。それに、女王は、世襲じゃなくて、道術対決という神意で決めるしね。この国の側室は、純粋に性愛が目的ね。わたしたちが、側室になるということは、わたしたちの唯一の存在意義が、ご主人様の性の相手をして、満足させることになるということよ、孫空女」

 

 沙那は肩をすくめた。

 

「まあ、どっちにしても、いまの立場と、そう変わらない気がしますね」

 

 朱姫だ。

 

「どうせ、しばらく、この宮廷で過ごすなら、武術師範のようなことをさせてくれないかしら。わたしは、もともと軍人だったのよ」

 

 沙那は言った。

 

「だったら、師範なんて言わずに、軍人でいいんじゃないの? 女王親衛隊長とかさあ。ご主人様に頼んでみれば? 女王なんだからさあ。沙那がご主人様の性の相手をして、そのほかに、軍人をするというのなら、ご主人様は、なんでもやらせてくれるんじゃない」

 

 孫空女は言った。

 

「いえ、もう軍人はいいわ。あの頃は気が張り詰めてたっていうか……。武術師範くらいの関わりがいいのよねえ……。それはともかく、やっぱり、性の相手というは絶対条件で、逃げることはできないかしら? 女王ともなれば、いろいろと政事を手伝う存在も必要と思うけど……」

 

「ご主人様は、政事なんて、なにひとつやるつもりはないと思うよ。女王に挑戦するつもりになったのも、政事なんてやらなくても構わないって、あの飛天(ひてん)が言ったからだし……」

 

 孫空女は言った。

 

「そうだったわねえ」

 

 沙那は嘆息した。

 

「ねえ、孫姉さんこそ、新女王の身を護る近衛隊長なんてどうですか? 豪華な将校の衣装は、孫姉さんにはお似合いですよ。でも、その恰好で、ご主人様の夜のお相手をするのも条件でしょうけど」

 

 朱姫が笑って言った。

 

「なんだってやるよ。ご主人様がやれと命令するならね。まあ、こんなにおいしいものが食べられるなら、側室も悪くないとは思うね」

 

 孫空女も笑って、また果実に手を出した。

 

 

 *

 

 

「ご主人様……」

 

 控室にやってきたのは沙那だった。

 女王挑戦の儀が終わるまで、三人の供はどこかの部屋に監禁されると、神祇庁の役人から聞かされていたので、沙那が現れたことに、宝玄仙は驚いた。

 

「どうしたんだい、沙那? 孫空女と朱姫と一緒に、対決が終わるまで、どこかに監禁されてるんじゃなかったのかい?」

 

 女王を決める道術勝負が開始されるまでは、もう半刻(約三十分)ほどのはずだ。

 控室として準備された部屋で、宝玄仙は特にすることもなく、ひとりで待っていたところだったのだ。

 

「ふたりは、待つように指示された部屋で大人しくしています。ただ、わたしは、道術遣いではないということがわかったので、ご主人様の世話をしてもよいということになりました」

 

「そうかい」

 

 宝玄仙は頷いた。

 女王との道術対決が終わるまで、供と一緒にいてはならないというのは、向こうが言い出したことだ。

 道術対決を公平にするには、ほかの術遣いが道術勝負の場にいてはならないというのだ。

 

 別段、不平もないので承知したが、沙那の言う通り、沙那は道術遣いではない。

 霊具が遣えるように、宝玄仙の魂の欠片を身体に入れているだけだ。

 霊気を身体に帯びていても、その霊気を動かすことができなければ、道術は遣えない。

 霊気を意図的に動かして、現象を起こすことを道術というのだ。

 沙那にしても、孫空女にしても、生まれつきの霊気がないので、どんなに身体に霊気を帯びても、それを動かす力がないのだ。

 

「ところで、お支度を手伝わさせていただきます」

 

 沙那は台に載せた銀色の輪をひとつ持ってきていた。

 

「なんだい、それは?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「道術対決の場では、これを両者が嵌めるんだそうです。これを装着することで、ほかの術遣いが道術勝負に関わることを防ぐと言っていました」

 

「ふうん。まあ、念のいったことだね」

 

 確かに霊具だ。強い霊気を帯びている。

 

「これを受け入れていただけますね?」

 

「ああ? なんて?」

 

「これを受け入れてくださるかと伺いました」

 

「おかしな念の入れ方をするねえ。まあ、もちろんだけど?」

 

 沙那が、銀の輪を両手に抱いて、宝玄仙の首に近づける。

 まるで首輪だし、首に嵌めるということに、少しだけためらいを感じたが、沙那のすることだから抵抗はしなかった。

 かちゃりと音がして、銀の輪が首に嵌る。

 

 その瞬間、宝玄仙はなにを自分が装着されれたのを理解した。

 全身の肌に粟が立つ。

 咄嗟に外そうとした。

 

「その首輪に触るな――。命令だ」

 

 沙那が叫んだ。

 首輪を外そうとしていた宝玄仙の両手が空中で停止する。

 

「二度と……未来永劫に渡り、お前は、その霊具を外してはならない……。その首輪の霊具のことを他人に話してもならない。命令だよ……。くくく、宝玄仙」

 

 沙那が喉で笑う。

 

「お……お前は……」

 

 沙那じゃない。

 眼の前の沙那が醸し出す気は、沙那ではない。

 なんで首輪を嵌められる前に警戒しなかったのだろう。

 宝玄仙は歯噛みした。

 眼の前の沙那が、別の女に姿を変えた。

 道術で沙那の姿に変わっていたのだ。

 

「はじめまして……。わらわが、これから、お前と道術対決をするこの国の女王の壱都(いと)だよ」

 

 その女が言った。

 美人だが酷薄そうな顔をしている。

 そして、宝玄仙に獲物を完全に追い詰めて満足感に浸っている肉食獣の表情を向けている。

 

「これ以降、わらわが命じない限り、お前はいかなる道術を遣ってはならない。しかし、道術対決の場では、道術を遣っている振りをしろ。これは命令だ。術対決が終わったら、お前はわらわが飼ってやる。前の女王と同じように、わらわに奉仕するための家畜にしてやるよ」

 

 壱都が言った。

 

「家畜?」

 

「手足を切断して、視力も聴力も声も奪い、舌で舐める以外のことしかできないわらわの自慰の道具だよ。わらわの寝所で飼っている。お前も同じようにしてやるよ」

 

「な、なんてことを……。それにしても、な、なんで、これを……」

 

 宝玄仙は愕然としていた。

 どうして、これがここにあるのだ?

 いや、宝玄仙以外に、この霊具を作れる者がいたとは、思いもしなかった。

 いや、しかし、これが帯びている霊気は……。

 それにしても、なぜ首に嵌める前に、気がつかなかったか……。沙那の姿だったので、油断しきってしまった……。

 

「……どうして、命令に逆らえないか不思議かい、宝玄仙?」

 

 壱都は、宝玄仙の表情を別のものと受け取ったようだ。

 悦に浸った顔で宝玄仙の身体に手を伸ばす。

 

「動くな……。命令だ。今後、わらわに対して、決して逆らうな。なにをされても、されるままにしていろ。わかったな、宝玄仙。命令を繰り返せ」

 

「わ、わたしは、お、お前に逆らわない……」

 

 宝玄仙の口が開き、勝手にその言葉を言った。

 

「今後、わらわのことは、“ご主人様”と呼ぶのだ。そして、必ず、丁寧な言葉を使え。命令だよ――。返事をしろ、命令だ、宝玄仙」

 

「こ、今後……、あ、あなたをご主人様と呼び、丁寧な言葉を使います……」

 

 またもや、宝玄仙の口が勝手にそう言った。

 

「立て、命令だ」

 

 宝玄仙はその場に立つ。

 それ以外の行動は一切ができない。

 逆らうことのできない支配具の恐ろしさというのを身を持って感じた。

 意思があるのに、身体が自由にならない。

 それは恐怖だ。

 壱都が満足そうに微笑む。

 

下袍(かほう)を捲れ、命令だ」

 

 宝玄仙の手は、下袍の裾を持ち、それをたくし上げた。

 白い下着に包まれた脚の付け根が、壱都の前に曝け出される。

 壱都があざ笑った。

 

「もっとだよ。今後、下袍をあげろと言われたら、(へそ)が見えるくらいまであげるんだ。わかったね、命令だ」

 

「はい、ご主人様……」

 

 宝玄仙の手は、一所懸命に裾をたくし上げて、胸までそれをあげ、なんとか、臍が見える状態をというのを実行した。

 

「ど、どうして、この霊具を……ご、ご主人様が……?」

 

 混乱している。

 唯一無二だと思っていた霊具……。

 それを壱都が持っていた。

 そして、うっかりとそれを嵌められてしまった。

 

「お前が首に嵌めた霊具は『服従の首輪』というのだよ、宝玄仙。この霊具を嵌められた者は、嵌めた者に一切逆らえない。“命令”と言われたことに必ず服従するらしいね。面白いだろう?」

 

 冗談じゃない。

 霊具の名まで一緒だ。

 これは、間違いなく、宝玄仙の作ったあの『服従の首輪』だ。

 やっぱりそうだ。

 宝玄仙に流れ込んでいる霊具からの霊気でわかる。

 これは、宝玄仙自身の霊具に間違いない。

 似せて作った他の者の霊具ではない。

 

 だが、宝玄仙は『服従の首輪』をひとつしか作らなかった。

 そのひとつは、最初は闘勝仙(とうしょうせん)が嵌めて、次に沙那に嵌めさせた。

 そして、御影(みかげ)に襲われた後に、宝玄仙の目の前で、孫空女に粉々にさせて壊した。

 だから、ここに存在するはずがないのだ。

 

「脚を拡げろ、命令だ。そして、許可をするまで、動くな」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙の脚が勝手に開く。

 壱都が、手を伸ばし、宝玄仙の腰から下着を切断して取りあげた、

 宝玄仙の腰から下着が外される。

 

「ほう、これは剃っているのかい、宝玄仙? わらわも、この城で性愛の相手にする女の恥毛は全部、剃らせているのさ。これは、手間が省けていいね……。どうして、股に毛がないんだい?」

 

 宝玄仙は黙っていた。

 やっぱり、“命令”という言葉を使われなければ、服従の術は働かない。

 宝玄仙の『服従の首輪』の特徴だ。

 似せて作っても、ここまで特性を真似できないはずだ。

 本当に、これは、宝玄仙自身の霊具ではないだろうか……。

 しかし、そんなはずはない。

 

「答えろ、命令だ」

 

智淵城(ちふちじょう)という場所の女囚となったときに剃られ、毛の生えない薬を塗られました。それ以来、そのままにしています」

 

 宝玄仙の口が言った。

 

「右手だけ自由にしていい。一番、感じるやり方で自慰をしろ、宝玄仙。命令だ」

 

 宝玄仙の右手はすっとお尻に動く。

 あまりの恥辱に全身の血が凍りつくようだ。

 

「待て――。お前、どこを触ろうとしてるのだ? 説明しろ、命令だ」

 

 壱都がきょとんとした声をあげた。

 

「お尻です……。わ、わたしの一番感じる場所は、お尻です」

 

 壱都が身体を前に曲げた。

 そして、爆笑した。

 

「そ、そりゃあ、悪かったね――」

 

 壱都は、まだ苦しそうに笑っている。

 宝玄仙は歯噛みした。

 これから、戦おうという相手に、自分の性癖をばらさなければならないというのは、なんという恥辱なのか。

 

「続けていいよ。そうかい。女が気持ちがいいといえば、大抵は、肉芽じゃないのかい……。ほかの場所に手がいったから、首輪の効果がなくなったと思ったじゃないかい……。ほう、お前が一番感じるのは、尻の穴かい――。肉芽よりも? こりゃあ、面白いねえ」

 

 宝玄仙の指は、たくしあげた下袍のあいだから肛門に向かい、尻穴に指を入れた。

 そして、尻の内側を掻くように動く。

 たちまちに痺れるような快感が尻孔から子宮を経て全身に拡がる。

 

「あ……ああ――」

 

 我慢できない声が宝玄仙の口から洩れる。

 

「口を開けな、宝玄仙」

 

 宝玄仙の口が勝手に動いて、大きく開かれる。

 その間も、右手の指は肛門の中でうねり続ける。

 息も忘れるような快感で宝玄仙は追い詰められる。

 “命令”により、「一番感じる方法」で、自慰をしている。

 だから、逃れようがない。

 壱都が宝玄仙の口の中になにかを注いだ。なにかの液体のようだ。

 

「飲み干すんだ、宝玄仙。命令だ」

 

 どろりとした甘い味のものが宝玄仙の喉を通り抜けた。

 

「うう……。な、なにを飲ませたのですか……?」

 

 気味の悪い感触が胃からお腹に伝わる。

 なにかが急激に下腹部に流し込まれている。

 

「これは、猛烈に小便がしたくなる薬だよ。すぐに効いてくる。仙薬の一種だからね」

 

 壱都が大きな声で笑った。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「それよりも、そろそろ、いきたいんじゃないのかい? お尻が一番感じる宝玄仙?」

 

 壱都が揶揄した。

 

「い、いきます……」

 

 宝玄仙は、次第に苦しくなる息とともに言った。

 

「じゃあ、いく寸前でやめろ、命令だ」

 

「はい」

 

 宝玄仙は、それからしばらく尻を刺激し続けた。

 そして、脳天を突き抜けるような快感が貫きそうになったとき、さっと肛門から指を抜いた。

 激しい焦燥感が宝玄仙を包む。

 

「いい顔だねえ、宝玄仙……。命令には従っても、心は服従するわけじゃないという説明も、その通りなのだね。本当のことを言ってごらん、命令だよ。こんなことをさせられて、口惜しいだろう?」

 

「く、悔しいです……。あなたを殺したいほどに――」

 

 命令に従い正直な気持ちを言った。

 そして、宝玄仙は壱都を睨みつけた。

 いまできることはそれだけだ。

 壱都は、満足そうに頷く。

 壱都を見ながら、絶対にこいつに酬いをくれてやると思った。

 

「じゃあ、宝玄仙、また自慰をしろ。今度も一番感じる方法でやり、いく寸前でやめろ。五回やれ。それくらいやれば、勝負の前に、体力も気力も削ぎ落とされるはずだ」

 

 宝玄仙は、歯噛みした。

 そして、右手を肛門に入れる。

 さっき達しかけた身体が、また一気に燃えあがる。

 すぐに絶頂のうねりがやってくる。

 そして、ぎりぎりのところで指がとまる。

 

 宝玄仙の切なそうな顔がいいと言って、壱都が喜んだ。

 少し落ち着いたところで、また、指が宝玄仙のお尻を責め始める。

 ぎりぎりのところで、自慰をやめて、また、繰り返す――。

 

 命令の五回を終える頃には、宝玄仙はあまりの恥辱で気を失いそうだった。

 そして、いったわけじゃないのに、それと同じ――いや、それ以上の倦怠感と理性を蝕むような疼きが宝玄仙を包んでいた。

 

「そろそろ、いいだろうね。じゃあ、下袍を脱いで、床に置け――。命令だ」

 

 宝玄仙は、たくし上げていた下袍をおろし、命令のとおりに、床に拡げる」

 

 壱都が愉しそうに喉で笑い続けている。

 

「下袍の上に乗れ。脚を開いてな、命令だ」

 

 宝玄仙の身体が、さっき脱いだばかりの下袍に乗る。

 

「小便をしろ、命令だ」

 

 壱都がそう言って、また、爆笑した。

 宝玄仙は、その壱都の笑い声を聞きながら、じょろじょろと自分の下袍の小便をかけた。

 

「そこまで、大人しく命令を実行するところをみると、この霊具の力は本当のようだね。どのくらいの効果があるのかは、もっとゆっくりと確かめさせてもらうとして、念のために、見えない糸で拘束させてもらうよ」

 

 壱都は、ふところから二本の銀色の糸を取り出した。

 そして、宝玄仙のそれぞれの両足首に結ぶ。

 さらに端末を左右の手首に結んで繋げた。

 壱都が糸に息をかけると、糸が透明になった。

 宝玄仙は、両手を腰から上にあげれなくなった。

 

「これも不思議な糸でね。『透明の糸』という。糸はもう存在しないんだけど、まるで、存在しているかのように、拘束が続くのさ。足首と手首を結んだから、腕があげられないはずだ……」

 

「透明の糸……?」

 

 愕然として呟いた。

 確かに、なにかに手首と足首が拘束されている感覚がある。

 まさか、こいつ、このまま道術の対決をさせるつもりか?

 

「……でも、実際には存在しないから、服を着たり、脱いだり、それとも他人がお前の身体を動かす場合は、関係ない。純粋に、お前が自分の身体を動かすときだけ、見えない糸の拘束状態が続くのさ。この『透明の糸』のことも喋るな――。命令だ」

 

「わ、わかりました、ご主人様」

 

「それじゃあ、せいぜい、愉しもうじゃないか、宝玄仙。道術勝負をね――。もう、動いていいよ」

 

 身体が自由になった。

 だが、いまの宝玄仙の格好は下半身は裸だ。

 そして、下着はまだ壱都が持っていて、下袍は、宝玄仙の脚の下で小便まみれになっている。

 

「道術勝負のときには、その小便まみれの下袍をはいてくるか、それとも、下半身を裸でくるかだ――。どっちでもいいが、どちらかひとつだ。命令だよ。下袍をはくのなら、神祇庁の連中や見届け人たちに、あまり近づかない方がいいだろうね。小便臭いのがばれるからね」

 

 そう言って、高笑いをしながら壱都が去っていく。

 呆然としている宝玄仙が、ひとり部屋に残された。

 

 存在するはずのない『服従の首輪』――。

 

 それが存在し、いま、宝玄仙の首にそれが嵌められている。

 

 宝玄仙は、自分の尿でびしょびしょに汚れた下袍を掴み、どうすべきかわからなくて、しばらく恨めしくそれを握ったままでいた。



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182 茶番の決闘

 壱都(いと)は、女人国の女王の象徴である王冠を自ら外して祭壇に載せた。

 それが儀式の最後だ。

 

 壱都は、喉の奥で笑いながら、壱都ともに広間の中央に進む宝玄仙に眼をやった。

 顔が真っ赤だ。そして、身体は小刻みに震えている。

 もちろん、恥辱と屈辱、そして、激しい怒りのためのようだ。

 まだ恐怖のためだということではなさそうだ。

 それは、宝玄仙の眼でわかる。

 この状況になっても、あんな眼ができるといのは、なかなかの気の強さだ。

 

 だが、すぐに宝玄仙の表情は、恐怖のみに包まれるだろう。

 そんな気の強い女をこれから、残酷に虐待できると思うと、壱都にも震えるほどの愉悦が込みあげてくる。

 

 宝玄仙の黒い装束の下半身の部分の下袴は、びっしょりと濡れている。

 さっき、控えの間でさせた宝玄仙自身の小便だ。

 近くに寄れば、異臭もしているのがわかる。

 そんな服を着させられながら、宝玄仙は表情には出すことなく、儀式が進むあいだ、堂々と振る舞っていた。

 

 もっとも、その宝玄仙の態度が、虚像に過ぎないことを知っている。

 宝玄仙には、さっき、『服従の首輪』という霊具を首に嵌めさせた。

 その首輪を嵌められた者は、首に嵌めた者に対して絶対服従する。霊具を嵌めた者は、その“命令”という言葉に一切逆らえないのだ。

 

 宝玄仙には、霊具を装着させられたことを人に告げること、首輪を外すこと、そして、壱都の許可なく術を遣うことを禁止した。

 これで、宝玄仙には、万が一にも壱都に勝つことはない。

 この霊具にどのくらいの強制力があるのはわからないが、この場で自殺しろと命じれば、宝玄仙は死ぬのかもしれない。

 

 これから行われることは、道術対決などではない。

 その名を借りた宝玄仙の処刑だ――。

 もっとも、道術対決の儀で相手の命を奪うことは、禁止されているので、死に等しい暴虐を受けるということになるのだろうが……。

 

 それにしても、なぜ、この霊具は、壱都のもとに贈られてきたのか?

 いまになっても、まったく理由はわからない。

 

 送り主は、魔域にある霊鷲山(りょうじゅせん)雷音院(らいおんいん)とあった。

 まったくの交流のない魔族の里だ。

 もともと、女人国には魔族は少ない。

 歴代の女王が、魔族の追放に熱心だったからでもあるし、如意仙女(にょいせんにょ)をはじめとする神に等しい力を持った存在が、魔族の浸透を阻害しているからとも言われている。

 

 いずれにしても、女人国は魔族にとっては、対立こそすれ、友好を結ぶ相手ではないはずだ。

 だから、魔族の王やその側近から、女人国の女王宛に貴重な霊具を贈られるいわれはないのだ。

 

 それでも、贈り物を持ってきた女使者をそのまま追い返すことはできなかった。

 その贈り物が、『服従の首輪』と呼ばれる壱都が想像もしたことのない強力な霊具だったからだ。

 そして、その女使者は、近いうちに、この国を宝玄仙という強力な道術力を持った術遣いが訪れるから、この道具が壱都には必要だろうと囁いた。

 

 その女使者は――人間だった。

 

 魔域の魔王たちは、女人国への使者に、魔族を使わないだけの分別はあったようだ。

 もっとも、魔域の事情に詳しくはない壱都は、あの魔族の里と呼ばれる世界に人間が存在するとは知らなかった。

 そのことについて、女使者に訊ねても、あいまいな返事をするだけだった。

 その女使者は、魔族でないだけではなく、術遣いですらなかった。

 そのようなただの人間が、本当にあの魔族の里で生きてけるのだろうか……。

 

 疑念は増えるばかりだったが、『服従の首輪』だけは本物だった。

 霊具の強さは、込められている道術力の強さだ。

 間違いなくこの霊具は本物だとひと目で悟った。

 それくらいの強力な霊力がその首輪に込められていたのだ。

 どういう存在が作ったものだか知らないが、壱都がこれまで接したことのない強力な道術力だ。

 だから、女使者の口上のとおり、人を支配できる能力があるというのは、本当だと思った。

 

 壱都は、その女使者に、受けないとも、受け取るとも、すぐには返事ができなかった。

 

 すると、女使者は、不意に宝玄仙という道術遣いのことを語ったのだ。

 大きな道術力を持つ術遣いの女――。

 そいつが女人国に現れて、神意による道術対決ということになればと……。

 

 あなたは前女王となり、その宝玄仙が女王となるのではないか……。

 宝玄仙は、あなた以上に残酷な女ですよと――。

 

 前女王……。陽炎子(ひむこ)

 女王挑戦の儀の敗北後、道術力を消失させ、面白半分で、手足を切断して、眼を奪い、声を奪い、音を聴く能力を奪った。

 そして、髪を剃らせ、眉と恥毛をなくして、舌で奉仕する奴隷にしてやった。

 最初の一箇月間で、三回舌を噛んで自殺しようとした。

 もちろん、そんなことで自殺などできるわけがない。

 それで諦めたのか、それからは自殺しようとすることはなかった。

 

 使者の言葉は、宝玄仙が新女王になれば、あなたが前女王と同じ境遇になるのではないかという怖れの呷りだった。

 宝玄仙が新女王になれば、当然、壱都がやった前女王への仕打ちを知る。

 そうすれば、必ず、あなたにもそれを行うだろうと――。

 

 半分は、あなたの行った残酷な行為への酬いとして……。

 もう半分は、大義名分を得た興味本位の嗜虐行為として……。

 あの女はそういう女です……。

 女使者はそう言った。

 

 女使者が、なぜ、陽炎子のことを知っていたのかはいい。

 宝玄仙という見知らぬ女道術遣いのことをよく知っていることもいい。

 だが、壱都の心を揺らしたのは、陽炎子の境遇に自分がなるというその言葉だった。

 

 恐怖した――。

 宮廷の人間が、自分のことをよく思っていないことは承知している。

 しかし、女王の権威と壱都が与える恐怖が、彼女たちへの絶対の支配を維持しているのだ。

 しかし、ひと度、壱都から権威と力がなくなってしまえば……。

 

 とりあえず、女使者に部屋を与えて宮廷に留まるように言った。

 無論、那美(なび)に命じて監視もつけた。

 那美は、この宮廷の中でも数少ない信頼できる人物のひとりだ。

 壱都の性愛の相手でもあるし、最初に前女王を見限った裏切者だ。

 そのことで、ほかの廷臣から侮蔑されていることもわかっている。

 もはや、壱都の権威にすがって生きるしかない女だ。

 だから、信用できる。

 事実、これまで那美は、壱都に叛意を抱いている高官や貴族の情報など、壱都に役に立つ情報を積極的にもたらしてくれた。

 裏切者は弱い。

 だから、力のある者を裏切らない。

 

 しかし、その日の夜のうちに、女使者は与えられた部屋からも宮廷からも、かき消えてしまった。

 那美の施した多くの監視の目をかいくぐって……。

 道術遣いではない彼女がどうやって、逃亡したかはいまだにわからない。

 

 だが、霊具は残った……。

 そして、女使者の告げたとおり、宝玄仙という道術遣いが、この女人国に現れた――。

 

 彼女について、那美に命じて、得られるだけの情報を集めた。

 どう分析しても、宝玄仙が壱都よりも優れた道術遣いであることは疑いようがなかった。

 

 それは、調査を命じた那美が、だんだんと壱都に対する態度を改めだしたことからも悟った。

 那美はわかったのだ。

 壱都よりも、その宝玄仙が道術力が高いことが……。

 那美の変心は、那美が壱都の力を疑いだした兆候だ。

 

 より道術力が高い者が女王であるべきだというのは、那美を含めたこの国の人間が信じきっていることなのだ。

 宝玄仙が女王に挑戦し、宝玄仙が勝てば、壱都はすべてのものを失うことになる。

 単に女王という権威を失うだけじゃない。

 これまでの壱都の行動に対する報復と懲罰が、壱都に振りかかるということでもある。

 

 壱都に残された行動はひとつ……。

 あの霊具を遣うことだ。

 もしくは、宝玄仙という新しい女王の奴隷となるか――。

 ふたつにひとつ……。

 

 なんとなく正体のわからない存在に踊らされている気がするが、ほかに方法はない。

 決心さえすれば、躊躇いはなかった。

 宝玄仙に『服従の首輪』をつけさせるのも難しい仕事ではなかった。

 

 事前の調査で、宝玄仙が連れている三人の供が、宝玄仙に負けず劣らずの有能な人材であり、その中で、特に、宝玄仙は、沙那という女に信頼を寄せていることはわかっていた。

 それで、女王挑戦の儀のためにやってきた宝玄仙から、供三人を引き離した。

 そして、沙那に化けて、宝玄仙の控えの間に行き、『服従の首輪』を嵌めさせた。首輪の効果を発生させるには、相手に「首輪を受け入れる」という趣旨の言葉を口にさせることという説明も正しかった。

 

 やはり、『服従の首輪』は本物だった。

 一度装着させたら、“命令”という言葉で、宝玄仙は、どんなことでもいいなりになった。

 下袍を捲らせ、下着を取り上げ、その場で自慰をさせた。

 しかも、いかせはしない。

 自ら寸止め自慰を繰り返すように命じたのだ。

 どのくらいの効果があるのかを確かめたかったのだ。

 

 絶頂を寸前にやめるなど、実際にはなかなかできることではない。

 女が眼の前の快楽に抵抗することは難しいのだ。

 だが、“命令”を与えられた宝玄仙は、本当にぎりぎりまで自慰を続け、寸前でやめた。

 あれは演技ではない。

 本当に自分の意思に関係なく身体が動くのだ。

 壱都は感嘆していた。

 

 それにしても、あのときは面白かった。

 一番気持ちのいい場所で自慰をせよと命じたから、てっきり、下袍を捲らせている股間でやるものと思っていたのだ。

 そうしたら、尻に指を持っていこうとした。

 壱都の予想と違う方法に手を動かしたときには、てっきり、霊具の効果が不完全なものだったに違いないと疑った。

 あれには笑った……。

 

 最後に下袍を脱がせて、その上に小便をさせた。

 そんなことをさせても、宝玄仙は、屈辱に染まった表情はしたが、まったく逆らうことができなかった。

 念のために、『透明の紐』で、宝玄仙の左の手足首と右の手足首をそれぞれに拘束してやったが、それは必要なかったかもしれない。

 あの『首輪』は本物なのだ――。

 

 女王挑戦の儀が開始されようとするいま、宝玄仙は自分の尿で汚れた下袍を履き、壱都の服の内隠しには、宝玄仙から取りあげた下着がある。

 そのことが、それを証明している。

 

 立会者として、大広間の中央にやってきた神祇官の老婆が、壱都と宝玄仙の間に立った。

 この老婆が、これから壱都と宝玄仙に最後の説明をし、そして、観客席の前に設けられている立会者の席に戻る。

 それで道術対決の開始だ。

 

 立会者の席の横には祭壇があり、さっき壱都が置いた女王の王冠がある。

 その場所以外の広い大広間には、なんの置物もない。

 床があるだけだ。

 

 壁に沿うように観客席があり、そこには高官や位の高い貴族が見物人として座っている。

 三年ぶりの女王挑戦の儀をひと目見ようと席はぎっしりだ。

 そのすべての眼が、広間の中央の壱都と宝玄仙に注がれている。

 

「……では、説明は終わりじゃ。どちらかが敗北を宣言するか、完全に気を失うかすれば、女王挑戦の儀は終わりじゃ。ただし、相手の生命を奪ってはならん。質問はあるか?」

 

 立会者である神祇官の老婆は言った。

 

「質問ではないが、宝玄仙殿はどうやら儀式が長くて、お漏らしになったようだ。服を着替えさせてはどうかな?」

 

 壱都はにやにやしながら言った。

 向かい合う宝玄仙の顔が真っ赤になるとともに、恥辱のために頬が引きつったようになった。

 神祇官が訝しむ表情で宝玄仙を見た。

 そして、驚いた表情で宝玄仙の下袍に眼をやり、その眼を大きく開いた。

 

「……着替えをするかね、宝玄仙殿?」

 

 神祇官が囁くように言った。

 

「いえ、このままで」

 

 宝玄仙が壱都をにらむ。

 着替えたくても宝玄仙は、服を着替えることができない。

 壱都によって、その小便まみれの下袍を履くか、下半身になにも履かずにいるか、どちらかでいよと命じられたからだ。

 “命令”という言葉で告げられたことが絶対なのだ。

 それ以外の言葉で言われたことは関係ない。

 それも確かめた。

 

「なら、よい」

 

 神祇官は、ゆっくりと席に戻っていく。

 観客が壁際で見守る「神技の間」という大広間の中央に、壱都と宝玄仙だけが残される。

 

「……宝玄仙、自ら降伏することは禁止する――。命令だ」

 

 壱都は、宝玄仙にしか聞こえない声で言った。

 宝玄仙はなにも言わなかった。

 ただ、悔しそうに歯噛みしただけだ。

 

「……徹底的になぶってあげるよ。この儀式は、単に勝敗を決めるだけじゃない。神意を問う場だからね。どんなに一方的にお前がなぶられようとも、誰もとめないのさ……」

 

 壱都は喉の奥で笑った。

 どうしても笑うのを我慢できなかったのだ。

 壱都は続けた。

 

「……さっきの神祇官の(ばば)あが言ったとおり、どちらかが降伏を宣言するか、気を失うかしなければ終わらない。それが神意を確かめる手段であり、その神意を確かめる前に、誰も終わらせることができないんだよ」

 

 壱都は言った。

 宝玄仙は、冷ややかな視線で壱都を見ている。

 

「……だからわらわが飽きるまで遊んだら、気を失わせてやる。気を失った振りなんてするんじゃないよ。命令だよ。本当に気を失うまで、わらわの相手をするのだ。わかったね?」

 

「わ、わかりました、ご主人様」

 

 宝玄仙は小さな声で言った。

 その声は震えていた。

 その震えが悔しさによるものか、込みあがってきた恐怖によるものかは、もはやわからない。

 

 鐘が鳴らされた。

 女王挑戦の儀の開始の合図だ――。

 

 壱都は、宝玄仙の服の襟を掴んだ。

 宝玄仙が表情を変える。

 宝玄仙には、道術を遣うことも禁止している。

 おまけに、『透明の糸』で左右の手首をぞれぞれの右足首と左足首に結んでいる。

 だから、腕を腰から上にあげることもできない。

 だから、なにをされても宝玄仙は、一切の抵抗ができない。

 

 壱都は、宝玄仙の襟を掴んだまま、後方に大きく跳んだ。

 宝玄仙は、両腕を体側に伸ばしたまま、右足を大きく踏み出した。

 

 これも“命令”によるものだ。宝玄仙には道術を遣っている振りをしろという命令も与えている。

 だから、壱都が後方に跳んだのと同時に、足を踏み出したのだ。

 見ている者には、まるで、宝玄仙が道術で壱都を吹き飛ばしたように見えるはずだ。

 実際は、壱都が自らの術で後方に大きく跳躍しただけだ。

 

 壱都は、宝玄仙に跳ばされたように、後方に大きく跳んでから二度、三度と床を後方に転がった。

 そして、立ちあがる。

 手には、さっきまで掴んでいた宝玄仙の襟が千切れて握られている。

 そして、服の前側を破られた宝玄仙は、胸元を露わにして立っている。

 

 壱都は、手に持った襟を投げ捨てた。

 最初は、少しずつ宝玄仙の衣服を破り捨ててやるつもりだ。

 この大勢の観客の前で、宝玄仙を素っ裸にさせてやる。

 それからは、壱都の欲求に従い、徹底的になぶる。

 見ている観客にも、壱都に対する恐怖が染み込むくらいに徹底的にだ……。

 

 宝玄仙がこっちに跳んだ。

 空中を走っている。

 もちろん、壱都の術だ。

 しかし、立会人にも、どちらの術なのかなど、観客にもその区別などつかない。

 

 壱都の前までやってきた宝玄仙が、壱都の術で右足を蹴りあげる。

 その脚が壱都の下腹に食い込む――。

 実際は寸前でとまっている。

 だが、蹴りに合わせて壱都が上に跳んだので、宝玄仙の蹴りは当たったように見えると思う。

 観客が大きくどよめく。

 

 飛びあがった壱都は、降りながら態勢を崩したように宝玄仙の下袍の両脇に爪を立てた。

 壱都の爪は、伸縮自在で術で刃物ように尖らせることもできる。

 

 腰から裾まで、宝玄仙の下袍を一気に切り裂く。

 さらに床を転がって、宝玄仙の後ろに回り、いまや二枚の前後の布になっている下袍の後ろ半分を腰から切り裂いた。

 立ちあがって後ろから股間を思い切り蹴りあげる。

 

「ひぎいいいっ――」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげて、丸出しの尻を上にして床にうずくまる。

 余程痛かったのか、股間を隠すように丸まったまま宝玄仙は立ちあがらない。

 

「立つんだ、命令だよ」

 

 壱都が宝玄仙を見下ろしながら呟くと、宝玄仙が真っ赤な顔をして、脚をふらつかせながら立ちあがる。

 

 壱都は、宝玄仙に組みついた。

 そのまま、転がる――。

 あまりにも最初から一方的であれば、さすがにからくりがあるのではないかと怪しまれる。

 そのための多少の演出も必要だ。

 

 転がったあと、仰向けになった壱都の上に、宝玄仙を馬乗りにさせた。

 だが、両手を体側から動かせない宝玄仙は、それ以上のことができない。

 壱都は下から両手を伸ばし、半分裂かれている上衣を肩から両腕に向かって一気におろした。

 これで、宝玄仙は後ろ手に自分の服で拘束された状態になった。

 本当はそんなことは必要ないのだが、腕をあげない宝玄仙の姿は、観客からすれば不自然だ。

 でも、これでその不自然さが消滅する。

 

 壱都は、宝玄仙を突き飛ばして、自分の身体から押し避けた。

 突き飛ばされた宝玄仙が床に倒れる。

 

 倒れるときには、壱都から胸当てをむしり取られている。

 宝玄仙の両方の乳房が剝き出しになった。

 両手は背中で上衣がまとわりついている。

 下半身は、前掛けのようになった下袍だけで、その下は裸体だ。

 

 壱都は、うずくまっている宝玄仙の前掛けになった下袍を掴んだ。

 むしり取る。

 宝玄仙の下半身は、腰の部分に下袍の残り布が残るだけになった。

 腕に服が残っている以外は、これでほぼ全裸だ。

 

「演出はこれくらいでいいだろうね。次からが本番だよ。宝玄仙、脚を開いて立つんだよ。命令だ」

 

 宝玄仙が恐怖の表情を浮かべて立った。

 服をすべて剥ぎとられた裸身が壱都の前にある。

 

「ふぎゃああぁぁ――」

 

 壱都は、今度は前側から股間を蹴りあげた。

 宝玄仙はもんどりうって倒れ、その場にのたうち回る。

 

「もう一度だ。何度もやってやるよ。次から倒れてもすぐに立つんだ。そして、同じように脚を開け――。命令だ」

 

 壱都は嗜虐の酔いを感じながら、宝玄仙に吐き捨てた。

 宝玄仙の表情が、完全に怒りから恐怖に変わったのがわかった。

 宝玄仙が怯えた様子で、立ちあがって脚を開く。

 

 今度は、拳を下から突き上げて、股間の頂点を打撃した。

 

「うげえええっ」

 

 宝玄仙は、口から唾液の塊りのようなものを吐いて、その場にうずくまった。

 今度は、なかなか立ちあがらなかった。

 『服従の首輪』の命令には逆らえないはずだから、肉体的に立つのが難しいのだろう。

 それでも懸命に立とうとする。

 

 観客はどよめいている。

 すでに一方的な展開になっているからだ。

 宝玄仙にもう抵抗力がないのは明らかだ。

 

 それに、通常、「女王挑戦の儀」の道術対決は、このような暴力的な勝負にはならない。

 道術でお互いに術をかけ合って、相手を拘束して終わりである。

 だから、あっという間に勝敗が決まることが多いのだ。

 激しい戦いになったとしても、攻撃術がお互いに飛び交うだけで、闘士が肉弾で戦うような格闘になることはない。

 事実、三年前に壱都が前女王の陽炎子(ひむこ)と戦ったときには、勝敗は数瞬でつき、一度も相手に触れるようなことはなかった。

 

「宝玄仙、降伏を宣言するならそれを告げよ。口が効けないならなんらかの態度で示せ」

 

 神祇官の老婆の大声が、観客の声を割って会場に響く。

 

「こ、降伏は……し……ない……」

 

 『服従の首輪』の命令に従い、宝玄仙が降伏を拒否した。

 これで、立会人は、道術対決をとめることができない。

 宝玄仙がやっと立ちあがった。

 

 股間の部分が紫色に変色している。

 すでに股の骨でも折れているかもしれない。

 脚は開いているが、両膝は内側に向き、股間を隠すようにしている。

 隠すことはできないはずだから、そうしなければ立てないのだろう。

 

 壱都は、その変色した部分に向かい、また、力の限り蹴りあげた。

 

「ふがぁぁぁぁぁぁ」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 そして、崩れ落ちる。

 股間の骨が砕ける感触が確かにあった。

 

 もうこのままでは、起きあがれないだろう。

 『服従の首輪』による命令があってもだ――。

 

 宝玄仙の身体は随分と弱いようだ。

 これでは、愉しむ間もない。壱都は苦笑した。

 壱都は、激痛に顔を曲げる宝玄仙の鼻の孔に指を挿しこんだ。

 

「ほげっ――」

 

 鼻の孔に指を入れて、無理矢理に立たせる。

 

「や、やめ……て……」

 

 鼻を吊りあげられた宝玄仙が涙を流す。

 膝を曲げてかろうじて立っている。

 

「宝玄仙、よくお聞き――。『治療術』を遣うことを許可するよ。だけど、この儀式を終わらせるのは、お前が気を失うことしかないんだ。お前が自分自身を『治療術』で治せば、それだけ、気を失うことができなくなって、苦痛が長引くことになるけどね……。ふふふ」

 

 壱都は言った。

 宝玄仙の顔が複雑な表情をした。

 壱都は、宝玄仙の鼻の孔に入っている指の先の爪を道術で少し伸ばした。

 伸縮自在の爪だ。

 宝玄仙の鼻の中で刃物のように尖った壱都の爪が、鼻の中の粘膜を突き破ったはずだ。

 

「はがあっ――」

 

 壱都は宝玄仙の鼻から指を抜いた。

 血が宝玄仙の鼻から吹き出る。そして、そのまま床に崩れ落ちる。

 宝玄仙が床に倒れてのたうちまわる。

 宝玄仙の顔から吹き出ている血が、うつ伏せになった顔の下に拡がる。

 

 観客から悲鳴のような声があがる。

 その宝玄仙の身体の中の道術力が動いている。

 どうやら、自分で『治療術』をかけたようだ。

 堪らず、苦痛が長引く方を選んだということだ。

 

 身体が回復すれば、さっきの“命令”が生きる。

 宝玄仙は、脚を開いて立つしかない。

 宝玄仙が立ちあがった。

 

 もう表情にあるのは、純粋な恐怖だけだ。

 最初にあった壱都に対する怒りや、屈辱感のようなものは消え失せている。

 顔には鼻血の痕が残っている。

 それでもさすがの美貌だ。

 血にまみれながらも、宝玄仙の顔は同性の壱都から見ても美しいと思う。

 

 もっとも、それは、これから壱都が宝玄仙の美貌を破壊してしまうまでのことだ。

 壱都は、また、股間を蹴りあげた。

 

「ほげえええっ」

 

 宝玄仙ががっくりと膝を落とした。

 

「お、お願い……します……。こ、降参させて……」

 

 宝玄仙が泣きながら言った。

 その宝玄仙の髪の毛を掴む。

 そして、床に力の限り顔面を叩きつけた。

 

「んがごうっ」

 

 宝玄仙の悲鳴とともに、観客が騒然としはじめる。

 

「宝玄仙殿――。降伏の意思を――」

 

 また、立会人の神祇官の老婆の声が広間に響く。

 おそらく、この大広間にいる人間の共通の意見だろう。

 それでも、条件を満たさなければ、神意として認められない。

 だから、宝玄仙の降伏の意思なしに終了できない。

 

「おかわりだ」

 

 苦痛の声をあげる宝玄仙の顔をもう一度あげさせて、また床に叩きつけた。

 

「んぼむっ」

 

 宝玄仙が奇声とともに、全身から力が失われた。

 それでも、まだ意識はある。

 

 三度、四度、同じように床に顔面を叩きつける。

 すると、完全に宝玄仙の身体から力が抜けた。

 

「は、はが……が――はが……」

 

 なにか喋っているようだ。

 宝玄仙の顔をこちらに向けさせた。

 鼻が潰れて、顔中に血が拡がっている。

 意識が朦朧としているのか、眼が壱都を認めていない。

 

「宝玄仙、降伏したいかい?」

 

 壱都は言った。

 

「ひゃ……ひゃい……」

 

 宝玄仙が呻き声のような声を出した。

 

「だったら、気を失うまで『治療術』を遣わないことさ」

 

 壱都は、道術で宝玄仙の身体を逆さに吊った。

 周囲が騒然となる。

 いま、宝玄仙の身体は、顔が壱都の腰の位置で逆さになっている。

 壱都は、宝玄仙の髪を掴んで引っ張り、顔面が床を向くようにさせた。

 

「ひゃ、ひゃめ……て……」

 

 なにをされるかわかっているのだろう。

 宝玄仙の声が悲痛なものになる。

 

 壱都は、手で髪の毛を引っ張っている宝玄仙の後頭部に片脚を載せた。

 道術を解き、その位置から宝玄仙の身体を床に叩きつける。

 後頭部に壱都の脚を載せて、体重をかけたまま――。

 

 宝玄仙の顔面が床にぶつかる大きい音が広間に響く。

 しかし、宝玄仙は悲鳴をあげることもできなかった。

 再び道術でさっきと同じ位置まで、顔面を下にして宝玄仙を逆さに吊るす。

 

 ちょっと顔面を覗いてみた。宝玄仙の顔の骨は完全に砕けている。

 壱都は立会人に視線をやった。

 立ちあがっている。

 そして、この一方的な惨劇に顔をしかめている。

 立ちあがったのは、宝玄仙の意識が残っているかどうかを確認するためだ。

 宝玄仙が気を失っていれば、挑戦の儀の終了を宣言できるのだ。

 壱都の足の下の宝玄仙が、気を失っていることは確かだ。

 しかし、壱都は『治療術』を壱都の側から送り込んで、意識を回復させた。

 

「宝玄仙、戦いを続けると言え、命令だ」

 

 壱都は血だらけの顔の崩れた宝玄仙の顔を神祇官に向けさせた。

 壱都の『治療術』は、意識を回復させただけで、崩れた顔を治療してはいない。

 宝玄仙が自ら『治療術』を遣わないのは、気絶して戦いを終わらせたいという意思ではなく、純粋に術を刻むだけの集中がもうできないだけだろう。

 

「た、たた……ひゃ……かい……ま……ひぇ――ます」

 

 神祇官の顔が呆然としている。

 

「そうか、まだ、参らないのか。あっぱれな挑戦者だね」

 

 もう一度、足を宝玄仙の後頭部に載せて、顔面を床に叩きつける。

 道術でまた宝玄仙の身体を宙に浮かせる。

 

 『治療術』で意識だけを回復させて、また、立会者に顔を向かせる。

 

「戦いを続けると言うのよ、命令だよ」

 

 宝玄仙に囁く。

 

「ひゅ……ひゅ……ひゅづけ……ひゅづける……」

 

 もう、なにを言っているのかわからないが、その意思は立会者に通じたようだ。

 立会者は、顔をしかめるものの、儀式の終了を宣言しない。

 

 今度は、顔面を床に着けたまま、その後頭部に壱都は両足を載せた。

 そして、宙吊りにした宝玄仙の二本の脚をそれぞれ掴んで立った。

 

「いくよ――。それっ」

 

 壱都の全体重を載せた宝玄仙の顔面が音をたてて、床にぶつかる。

 観客から怒号のような悲鳴があげる。

 

 だが、次の瞬間、その悲鳴がさらに拡大した。

 宝玄仙の顔面が、床についてその上に壱都を載せた状態で、逆さ吊りのまま壱都の術で床を動き出したのだ。

 まるで雪の上を走るそりのように、宝玄仙の顔が壱都を載せて大広間中を走りまわる。

 

 もはや、声を出す者もいない。

 静まり返った広間の中で、壱都は大きな声で唱を歌った。

 広間の中に、壱都の歌声と宝玄仙の顔面が床を擦り走る音だけが響く。

 歌いながら壱都は、壱都は後ろを振り向いた。

 

 宝玄仙の顔面がこすれてできた血の痕が、床の上に長い線を作っている。

 大広間の真ん中まで戻って、壱都は「乗り物」となっていた宝玄仙をとめた。

 

 しわぶきひとつない、まったくの沈黙が広間を覆っている。

 壱都は、宝玄仙の後頭部から降りた。

 

 髪を掴み、宝玄仙の顔をあげさせて、観客席にそれを向けた。

 爆発のような悲鳴をあがった。

 

 宝玄仙の顔は完全につぶれていた。

 凹凸の部分がすべてなくなり、鼻は削り取られて、砕けた骨の痕ようなものが露出している。

 ほとんどの皮は抉れて、顔の肉が剝き出しだ。

 それでも、まだ、意識を保っているのは、宝玄仙の顔を乗り回しながら、気を失わないように道術を宝玄仙に送り込んでいたからだ。

 

「宝玄仙……。聞こえるね。お前と取引きだ。その潰れた顔を『治療術』で治さないと、真言の誓約で誓えば、降伏させてやるよ……。どうだい? 拒否すれば、さっきのをもう一度だ」

 

 壱都は宝玄仙に言った。

 真言の誓約を結ぶということは、『服従の首輪』で命令を実行することとは違う意味を持つ。

 『服従の首輪』については、それが外れれば、命令は無効にできるが、真言の誓約は、『服従の首輪』が外れても、契約者同士の合意がなければ、誓いは破れない。

 つまり、宝玄仙はあの美しかった顔を取り戻す望みがなくなるということだ。

 

「……ひぇい……ひゃく…………ひゅ」

 

 宝玄仙の口からその言葉が漏れた。

 契約すると言ったのだろう。

 

「誓う――」

 

 壱都はそう言い、誓約を成立させた。

 

「降伏していい。命令を解除する」

 

 壱都は言った。

 

「ひょ……う……ほく……ひゅりゅ」

 

 宝玄仙が言った。

 なんと言っているかわからないが、神祇官はその唇の動きで宝玄仙の意思を呼んだようだ。

 

「女王挑戦の儀を終わる。壱都女王の勝利を認める」

 

 神祇官の老婆の声が、高々と神意の間に響き渡った。



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183 新たな支配者

 戸が開き、全裸の女が転がり入ってきた。

 全身に血を浴びているその女の顔面が完全に潰れていると悟るのに、一瞬以上の時間がかかった。

 そして、その哀れな姿が、変わり果てた宝玄仙だとわかった途端、沙那の口からは悲鳴が迸った。

 

「ご主人様――」

 

 沙那は、その宝玄仙を抱きしめた。

 朱姫は、まだ、その姿が宝玄仙であると知覚できないようだ。

 沙那の叫びに、半信半疑の表情で駆け寄ってくる。

 

「『如意棒』――」

 

 声がした。

 沙那は顔をあげた。

 横の孫空女が、『如意棒』を出して構えている。

 

「沙那姉さん、前――」

 

 朱姫が叫んだ。

 沙那は、倒れている宝玄仙を抱いたまま、視線を部屋の扉の方向に向けた。

 

 そこには、王冠を頭に載せた女が立っていた。

 後ろには、衛兵と思われる一隊が並んでいる。

 指揮をしているのは、あの天保女(てんぽうじょ)という大隊長だ。

 その横には、その天保女よりも階級の高そうな軍人がいる。

 彼女については、知らない顔だ。

 

「宝玄仙は、道術勝負に敗れた――。今日から、わらわの飼い犬にする。だけど、お前たちについては、それぞれ、選択をさせてやろう。宝玄仙はもう終わりだ。だから、わらわに仕えよ――」

 

「どういうこと?」

 

 沙那は激昂して暴れだしそうな孫空女を制して、王冠の女に言った。

 おそらく、この女は、宝玄仙と道術対決をしたいまの女王だろう。

 しかし、宝玄仙が負けた?

 

「お前たちが有能な人間であることは承知している。わらわがお前たちをもらってやる。拒否すれば、宝玄仙ともに家畜として飼う。いいか、家畜のように飼うではないぞ、家畜として飼う」

 

 女王と思われる女が言った。

 

「どういうこと――? 道術勝負はともかく、ご主人様になにをしたのよ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「口の利き方に気をつけろ、沙那。わらわは、この国の女王の壱都(いと)だ」

 

「女王?」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 しかし、沙那は眼の前のことが理解できなかった。

 道術勝負の勝敗はいい。

 だが、なぜ、宝玄仙は、このような哀れな姿になっているのか?

 

 宝玄仙の全身に残っている血が乾いた後は、宝玄仙のもののようだが、怪我をしているのは顔だけのようだ。この全身の血がすべて、顔の血なのか。

 

 そして、宝玄仙の顔が潰れ、それがそのままになっているのはなぜか?

 潰れているというものではない。

 鼻も唇もなくなり、眼の周りの凹凸もなく、ほとんど平坦になっている。肉は抉れ、骨が見ている部分もある。

 宝玄仙の道術である『治療術』は、どうしたのか? 宝玄仙はたとえ、意識を失っても、自己治癒するくらいの道術遣いなのだ。

 

「武器をしまえ、孫空女――。女王の面前であるぞ」

 

 天保女が声をあげた。

 

「うるさい。これは、どういうことだよ――?」

 

 孫空女が、宝玄仙を抱いている沙那の前に出た。

 

「逆らうのか」

 

 さらに、天保女が叫んだ。

 五名ほどの兵とともに壱都の前に出てきた。

 狭い部屋なので、それ以上は出て来られないのだ。

 

「やるのかい? あたしは強いよ――」

 

 孫空女が身体の前で『如意棒』を回転させる。

 『如意棒』が風を切る音が部屋の中に響く。

 天保女以下の兵が緊張したのがわかった。

 

「やめろ、孫空女――」

 

 壱都が静かに言った。

 

「なんだよ、女王?」

 

 孫空女は、『如意棒』を構えままだ。

 

「宝玄仙を見ろ。もはや宝玄仙は魔術遣いとしても、女としても終わりだ。それよりも、わらわに仕えよ。お前の実力があれば、天保女と並ぶ大隊長に取りたてるぞ」

 

「寝言はそれだけかい?」

 

 孫空女がまた、一歩前に出た。

 

「返事は?」

 

 壱都だ。

 

「嫌だ」

 

「孫空女、武器を捨てろ」

 

 天保女が叫んだ。

 

「この宮廷には、どのくらいの兵がいるんだい? 千人かい? 二千人かい? いずれにしても、お前らが束になってかかってきても、敵う孫空女様じゃないよ」

 

 孫空女が啖呵を切った。

 沙那は、宝玄仙を抱えながら、意外に宝玄仙の意思がしっかりしているのを確認していた。

 死んだようにぐったりしているようだが、見た目ほどには弱っていない。

 

「宝玄仙、こっちを向け、命令だ」

 

 沙那に抱かれていた宝玄仙が、突然動き、沙那の腕の中で壱都に顔を向けた。

 沙那は呆気にとられた。

 

「じっとして、息をとめろ、命令だ」

 

 壱都が言った。

 宝玄仙が硬直した。

 そして、すぐに小刻みに震えだした。

 本当に息が止まっている。苦しそうだ。

 

「女王、ご主人様になにをしたの? やめてください」

 

 沙那は叫んだ。

 

「なにをするもなにも、宝玄仙は、自分で息をとめているのだろう?」

 

 壱都は笑った。

 その間にも、宝玄仙の様子はおかしくなる。

 身体の痙攣が大きなものになっていく。

 

「お願いします。やめてください」

 

 沙那は絶叫した。

 

「孫空女に言うんだな。武器を捨てろってね」

 

 壱都は頬に酷薄な笑みを浮かべる。

 

「す、捨てるよ。捨てる」

 

 孫空女が『如意棒』を投げ捨てた。

 天保女の横の兵が、その『如意棒』を持っていこうとした。

 しかし、ひとりでは動かせなくて、三人がかりで引っ張っていく。

 だが、そのあいだも壱都は満足気に微笑むだけで、なにもしようとしない。

 

「女王――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「す、捨てたよ。あたしは武器を捨てたじゃないか」

 

 孫空女だ。

 

「女王、お願いです」

 

 朱姫も叫ぶ。

 

「女王」

 

 沙那は絶叫した。

 そして、激しく苦しむ宝玄仙をその手で抱きしめた。

 

「命令を解除する、宝玄仙」

 

 盛大な呼吸が宝玄仙に戻った。

 宝玄仙は沙那の腕の中で激しく息をする。

 

「宝玄仙、孫空女を完全に無力化しろ。お前が思う限りの絶対的な処置をしろ。命令だ」

 

 壱都が言った。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、孫空女が沈んだ。

 金属が床に落ちる音とともに、孫空女の手足が背中側でひとつにまとまって密着する。

 孫空女の手首と足首にしていた『禁箍具(きんこぐ)』だ。

 はっとした。

 眼が閉じられている。

 

「孫空女?」

 

 沙那は孫空女を呼んだ。だが、反応がない。

 孫空女が怯えたような表情で、口を開けてなにかを叫んでいるが、空気の乾いたような音しか出ていない。

 はっとした。

 これは、間違いなく宝玄仙の術だ。

 いま、この女王は、宝玄仙に完全なる無力化を命じた。

 それを受けて、宝玄仙は孫空女に刻んでいる内丹印により、孫空女の視力と聴力と声を奪ったのだ。

 沙那は唖然とした。

 

「いいねえ、宝玄仙……。なるほど、こりゃあ、確かに無力だね。こんなことができるのかい。宝玄仙、孫空女はずっとこのままでいいよ、命令だ」

 

 壱都が嬉しそうに言った。

 

「あなたの仕業ですか、女王?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「いいや、宝玄仙のやったことさ」

 

 壱都が嬉しそうに言った。

 やっぱり宝玄仙の道術なのだ。

 だけど、なぜ……?

 

「沙那姉さん、これ――」

 

 朱姫が沙那に声をかけた。朱姫は宝玄仙の首を指差していた。

 そこには、銀色の金属の首輪が嵌っていた。

 宝玄仙は、こんな首輪はしていなかったはずだ。

 これはなんだろう?

 それにしても、なにか見覚えがあるような……。

 

 そして、沙那は、記憶の底からひとつの霊具のことを思い起こした。

 もしかしたら……。

 

 『服従の首輪』――?

 

 沙那は、その首輪を凝視した。ほとんど目立たないが、首輪に紋様が薄く浮かんでいる。

 この紋様に見覚えがある。

 宝玄仙の供になって以来、ずっと鏡や水に移る自分の姿を見ては、これを恨めしく眺めていたのだ。

 忘れもしない。

 

「これは、まさか――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「沙那、それに触るな。宝玄仙を殺すぞ――」

 

 沙那は、首輪に触れようとした手をとめた。

 

「沙那姉さん、これを知っているのですか?」

 

 朱姫だ。

 

「知っているわ……」

 

 沙那は静かに言った。

 これは、『服従の首輪』だ。

 間違いない。

 

 この世にひとつしかないと宝玄仙は言っていたが、沙那が見間違えるはずがない。

 これを嵌められて、長い期間苦しんだのだ。

 しかし、朱姫が宝玄仙の供になったときには、宝玄仙は、沙那に装着していた『服従の首輪』を破壊していた。

 だから、朱姫はこの霊具を初めて見るのだ。

 だから、わからないのだ。

 

「沙那、朱姫、その首輪に触るな――。触れば、宝玄仙を殺す。まあ、触ったところで、お前たち程度の力じゃあ、それを外すことはできんと思うがな」

 

 壱都が言った。

 これが本当に『服従の首輪』だとすれば、壱都の言う通りであろう。

 宝玄仙から教えられた知識によれば、霊具の操作には、込められた道術力に見合う力が必要だ。

 宝玄仙は超一流の術遣いだ。

 壱都がどの程度の魔術遣いかは知らないが、前女王との女王挑戦の儀の道術対決に勝利して、女人国の女王になるくらいだから、それなりの術遣いに違いない。

 それ比べれば、沙那は当然として、朱姫もそれほどの術遣いではない。

 宝玄仙の霊具でも、最大の力を必要とする『復讐の首輪』を操作できるはずがない。

 

「天保女、兵を連れて、部屋から出ておれ」

 

 壱都が言った。

 

「しかし……」

 

「よい。わらわの身を護るのは、那美(なび)がいる。それにわらわは、術遣いだぞ」

 

「わかりました」

 

 天保女は、周囲に命じて、部屋から退出させた。

 部屋には、顔を潰された全裸の宝玄仙と沙那と朱姫、そして、拘束されている孫空女――。

 あとは、壱都と那美と呼ばれた女将校だ。

 

「……沙那、さっきの口ぶりでは、宝玄仙の首輪の霊具のことを知っているのだな?」

 

 壱都が言った。

 さっきから那美という女将校は、なにも喋っていない。

 しかし、女王が残したということは、余程の信頼のできる部下に違いない。

 

「知っているわ」

 

 沙那は言った。

 

「沙那姉さん……」

 

 朱姫が心配そうに、沙那を見る。

 

「宝玄仙、もしも、沙那と朱姫が、わらわに逆らうようなことがあれば、ふたりを殺せ――。命令だ。わかったな?」

 

「……ひゃか……ひ……あ……ひか」

 

 沙那の腕の中の宝玄仙が微かに呟いた。

 唇がないので、まるで空気が漏れているような音が混じる。

 沙那はぎょっとした。

 

 だが、とにかく、意識はしっかりとしているのだと悟った。

 宝玄仙が『服従の首輪』で支配されていて、壱都の命令に逆らえないのだとすれば、宝玄仙は、刻んでいる内丹印を通じて、一瞬で沙那や朱姫を殺せる。

 

「朱姫、逆らっちゃ駄目よ。ご主人様は、確実にわたしたちを殺すわ。それも一瞬で」

 

 沙那は言った。

 そして、宝玄仙を抱いている腕に力を入れた。

 

 可哀そうに――。

 どうやって、壱都に『服従の首輪』を装着されたのはわからないが、女王挑戦の儀の前に、壱都に嵌められたのだろう。

 そして、道術を封じられ、抵抗することを禁止され、顔がここまで崩れるほどの仕打ちを受けたに違いない。

 どんなに怖くて、悔しかったことか……。

 

「よくわかっているな、沙那。お前は、孫空女と違って、話し合いに応じそうだ。お前に与える条件も同じだ。わらわの部下になれ。それは、宝玄仙を見限ることが条件だ――。この那美のようにな……」

 

「那美……さん?」

 

 沙那は、壱都の隣で剣を抜いて立っている那美という女将校に視線を送った。

 誰かを見限ったと言われたとき、この那美は傷ついたような表情をした。

 沙那の頭は、懸命にいまの状況を考えようとした。

 なぜ、壱都は、天保女たちを外に出し、人払いをしたのか。

 いくら那美がいるとはいえ、危険なはずなのに……。

 

 この状況で壱都を護るのは那美だけだ。

 飛びかかれば、沙那だったら壱都を人質に取ることも可能だ。

 沙那は丸腰だが、壱都ひとりであれば、捕えるのは造作ない。

 

 いや、無理だ――。

 そこまで考えて、沙那はその可能性を自分で否定した。

 宝玄仙がいる。

 

 那美は剣を抜いているし、壱都を捕まえるのに一瞬以上の時間がかかってしまえば、『服従の首輪』の命令により、宝玄仙は沙那たちを殺す。

 それは、壱都を人質に取った場合でも同じだ。

 

「沙那、お前のことは調べた。なかなか有能な女のようだ。宝玄仙の供などやっているような女ではない。わらわに尽くせ。悪いようにはせんぞ」

 

「そうですね……」

 

 沙那は考えるような言葉を言った。

 いまは、考える時間が欲しい。

 なにか打開策はないのだろうか――。

 

「沙那姉さん……」

 

 朱姫が心配そうな声をあげた。

 

「さて、もうひとり。お前は朱姫だったな……。人間に見えるが、半妖らしいな」

 

 壱都が朱姫に視線を移す。

 よく調べている。

 沙那のことも知っているような口ぶりだったし、

 宝玄仙のことも調べあげたのだろう。

 それを利用して、罠に嵌めたに違いない。

 

 “命令”に従っている宝玄仙……。

 なにか策は――。

 どうすれば……。

 

「そ、そうです。半妖です……」

 

 壱都の言葉に朱姫が応じた。

 

「妖魔はこの国にはいらん。お前は、そこで死ね」

 

「なっ」

 

 朱姫が絶句した。

 

「宝玄仙、朱姫を殺せ……」

 

「お、お待ちください、女王――」

 

「宝玄仙」

 

「お願い、命令しないで――。なります。部下になります――。忠誠を尽くします」

 

 沙那は慌てて絶叫した。

 

「ほう?」

 

 壱都の口元がほんの少し綻んだ。

 

「忠誠を尽くします……。本当です。だから、朱姫を……それと、孫空女も……ご主人様も殺さないでください……。それさえ、約束してもらえれば、なんでもやります」

 

 沙那はそう言うしかなかった。

 

「本当になんでもするのか?」

 

「わたしたちのすべてを捧げます」

 

 沙那は言った。

 

「すべてを捧げるか……。いい言葉だな。聞いたか、那美」

 

 壱都は言った。

 

「聞きました」

 

 那美という女性が初めて口を開いた。

 その感情を殺したような口調に、沙那は、そこにこそ那美の感情が隠されているような気がした。

 

「このわらわにすべてを捧げる意思があるというのだな、沙那?」

 

 壱都が笑った。

 

「はい」

 

「宝玄仙を見限ってだな」

 

「命を保証してください。朱姫と孫空女も……。お願いします」

 

 沙那は宝玄仙を離した。

 朱姫が宝玄仙を受け取り、その膝の上に抱く。

 沙那は、その場で床に土下座をした。

 

「陛下、宝玄仙が首にしているのは霊具なのですか?」

 

 そのとき、突然、那美が口を開いた。

 

「どうしたのだ、那美?」

 

 壱都は言った。

 沙那は顔をあげた。

 壱都は口を挟んだ那美に対して、訝しむような視線を向けている。

 

「宝玄仙が首にしているのは、なにかの霊具であり、女王挑戦の儀のときに、その宝玄仙は、陛下の霊具を身につけさせられていたのですか?」

 

 那美の口調からはその感情を読むことはできないが、言葉には批判の意思があるような気がした。

 

「そうだといったら、どうするのだ、那美?」

 

「女王挑戦の儀の公平性を犯す行為は、神意に背く大罪です、陛下」

 

「だから、なんだというのだ、那美。お前の手で神祇庁に告発でもするというのかい?」

 

 壱都の口調に棘があった。

 だが、これで壱都が天保女たちを退出させた理由がわかった。

 沙那たちを話する際、当然、話の中で出てくるだろう『服従の首輪』のことを彼女たちに知られたくなかったのだ。

 

 女王挑戦の儀で、事前に霊具のようなものが使われることは、本来は、あってはならないことに違いない。

 あの神祇庁は、沙那たちの側にも、「女王挑戦の儀」はすべて、公平を保たれて行うというようなことを繰り返し言っていた。

 だから、勝負の間、沙那たちは、この別室で監禁されていたのだ。

 

「那美さん、わたしたちのご主人様……いえ、宝玄仙がしているのは、『服従の首輪』です。一切の命令を拒否できなくなる怖ろしい霊具です」

 

 沙那は言った。

 このことが、どれくらいこの女人国の民にとって、暴挙であるのかはわからない。

 だが、もしかしたら、それを知った那美が、女王を見限ることを決心してくれれば……。

 しかし、那美が首を横に振った。

 

「いえ、陛下にご忠告申しあげたかっただけです。決して、それをほかの者に知られてはなりません。陛下の考えている以上に、女王挑戦の儀は神聖にして、犯してはならないものなのです。陛下が、宝玄仙との対決にそのようなことをやったと、人々が知れば、民の暴動も起きかねません」

 

 那美は言った。沙那は失望した。

 

「……でどうするべきと、那美?」

 

「これを知っている者は処分すべきです。これは、知られてはならない事実です」

 

 那美は言った。

 やはり、那美の言葉には、なんの感情も込められていない。

 壱都は、那美の言葉をじっと考えている様子だった。

 そして、やがて、その顔に微笑みを浮かべた。

 

「この四人を殺すべきというのか、那美?」

 

 壱都は言った。

 

「四人ではありません。五人です。わたしも含めて……」

 

 那美は言った。

 すると、壱都は笑い出した。

 

「わかった、わかった。さすがは、諜報を預かるわらわの信頼する部下だ。だが、その必要はあるまい。のう、沙那――」

 

 壱都がまた、沙那に視線を向けた。

 沙那は、口を開いた。

 

「ご主人様……、いえ、宝玄仙がそれを告発できないことは絶対です。『服従の首輪』に支配されていますから――。そして、いまの孫空女にもその能力はありません――」

 

 沙那は視覚、聴覚と声を奪われて、部屋の隅で怯えている孫空女をちらりと見た。

 

「朱姫も同じ状態にすればいいのです」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「さ、沙那姉さん――」

 

 後ろで朱姫の息を呑む声がした。

 

「黙りなさい、朱姫。お前が生き残る術はそれしかないわ」

 

「じゃあ、死にます。そ、そんな恐ろしい目に遭うくらいなら」

 

 朱姫が怯えた口調で言った。

 

「耐えて、お願い、朱姫――。あなたたちのことは、わたしが世話をする。約束する。これまでと同じように、あなたたちを愛する。それを許してもらうように、いまから女王にお願いする」

 

 すると、壱都がまた声をあげて笑った。

 

「なにをわらわにお願いするというのだ、沙那?」

 

「無力になった三人をわたしが世話をすることをお許しください。そうすれば、わたしはなんでもします。どんな汚い仕事でも、残酷なことでも、壱都女王のために喜んでやります。だから、その三人とともに、わたしをお受け取りください。わたしたちの持っているすべてを女王に捧げさせてください」

 

 沙那はもう一度土下座をした。

 

「その言葉に偽りはないね、沙那?」

 

「ありません。三人の世話をわたしがやるということを条件に、わたしたちのすべてを捧げます、女王陛下」

 

 沙那は、頭を床につけたまま言った。

 

「真言の誓約を結ぶかい?」

 

「悦んですべてを捧げます、陛下――。わたしたちのすべてをお与えします。誓います。その代わり、三人の命だけは……」

 

 沙那は言った。

 

「わかった。お前の言うすべてを貰おう――。誓う」

 

 壱都が言った。

 沙那の中になにかが流れ込んだ。真言の誓約が刻まれたのがわかった。

 ほっとした。

 とりあえず、命の保証はできた。

 

「ありがとうございます」

 

 沙那は言った。

 その沙那の顔の前に、一本の小刀が投げられた。

 沙那は、顔をあげてそれを受け取った。

 

「じゃあ、最初の仕事だよ。朱姫の手首と足首を切断し、眼を抉るのだ。いま、ここでね――。それから、宝玄仙の髪の毛をそれで剃れ。それをやれば、お前のことを信用しよう」

 

 壱都は言った。

 

「ひいっ」

 

 朱姫の恐怖に包まれた悲鳴が聞こえた。

 

「宝玄仙に命じてください。術で朱姫を押さえさせてください」

 

「さ、沙那姉さん――、そ、そんな」

 

 朱姫の絶望の叫びがあがった。

 

「宝玄仙、命令だ――。朱姫を術で押さえつけよ」

 

 壱都が叫んだ。

 

「ひぐう――」

 

 沙那は後ろを振り向いた。

 朱姫が床に仰向けに倒れて磔になっている。

 宝玄仙は、朱姫が倒れたため、朱姫の腕の中から転がって床に倒れている。こんな状態で、宝玄仙は朱姫に術をかけたのだ。

 

「……じゃあ、やってもらおうか、沙那」

 

 壱都は、愉しい催しを見るかのような期待のこもった表情で、部屋の隅から椅子を取り出して座った。

 那美は、相変わらず、剣を抜いてこちらを警戒しながら立っている。

 その姿には、少しの隙もない。

 

「それよりも、宝玄仙には、自分の手で髪を切るように命令してはどうですか。その方が面白いのでは?」

 

 沙那は言った。

 すると壱都が爆笑した。

 

「それはいいねえ。宝玄仙に小刀を渡すがいい。宝玄仙にやらせよう。その前に、少し宝玄仙が身体を動かせるだけの回復をさせる。それに、宝玄仙は『透明の糸』という拘束具で、それぞれの手首を足首と拘束している。それも、解かねばならん。待て」

 

 『服従の首輪』だけじゃなくて、そのような拘束までさせて、道術対決をしたのだと思った。

 なんという卑劣な女なのか……。

 壱都は嬉しそうな表情で、なんらかの術を宝玄仙に注いだ。

 

「宝玄仙、沙那から小刀を受け取って、自分で自分の髪の毛をそれで剃りあげよ。命令だ」

 

 壱都は言った。

 沙那は宝玄仙に小刀を渡した。

 そして、沙那は立ちあがり、下着とともに下袴を脱いだ。さらに、上着の合わせを外す。

 壱都が目を見開いた。

 

「女王様――」

 

 沙那はその半裸の姿で壱都に擦り寄る。

 壱都が驚きながらも興味深そうな表情をして、沙那の突然の痴態を眺めている。

 

「先程、わたしたちのすべてを貰って頂きました。それは、本当でしょうか。この宝玄仙は、わたしを調教し、わたしに拭いようのない快楽の悦びを刻み、その虜にしてしまいました。女王様……いえ、壱都さまは、宝玄仙がやったのと同じように、わたしを愛して貰えますか? 疼くんです。毎夜のように宝玄仙に抱かれて、あの魔法のような快楽を覚え込まされたこの身体は、それがなしに生きていけるとは思えません」

 

 沙那は一気に言った。そして、壱都の足に縋り着く。

 女人国の女は、女同士で愛し合う。

 女王といえども例外ではないはずだ。

 

「ほう……快楽の虜か……」

 

「そ、それも、壱都様の調査でわかっていたのではないですか? わたしをはじめとした供の全員が、宝玄仙の性の奴隷であることを……」

 

 沙那は壱都の膝に身体を押しつけながら、壱都を見上げて顔を向ける。

 

「いいだろう――。お前もわらわの猫にしてやろう――。那美、見張っていよ。なにもできんとは思うがな」

 

「わかりました」

 

 那美が言った。

 壱都は椅子から降りて、沙那を床に横たえた。

 壱都の手が沙那のしている胸当てに差し込まれ、沙那の乳房を捏ねあげる。

 

「ああ……」

 

 自然に沙那の口から甘い声が漏れ出る。

 

「ここは、どのくらい調教されているんだい?」

 

 壱都の指が沙那の股間に伸びた。

 その指が、沙那の敏感な場所に触れた途端、沙那の全身に電撃のような官能が貫いた。

 

「ひいっ」

 

 沙那は全身を跳ねあげた。

 

「驚いたね。これほど、敏感な身体に接するのは初めてだよ……。なるほど、すっかりと調教されて、性愛なしには生きていけなくなった身体にされたというのは本当のようだね。これだけの感じやすい身体をしていたら、愛してくれる者なしではいられないというのはわかるね。いいよ。これからは、わらわが、お前のご主人様だ、沙那」

 

「嬉しいです、ご主人様――」

 

 沙那は、下から壱都の首に手を回して、顔を沙那の身体に押し当てて抱きしめた。

 その耳を手で覆うように……。

 

 壱都が沙那の乳首を口に含んだ。

 雷のような官能が胸から全身に迸った。



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184 首輪の謎と豚女王

 壱都が沙那の乳首を口に含んだ。

 雷のような官能が胸から全身に迸った。

 そのとき、壱都の首で、かちゃりと音がした。

 

壱都(いと)、沙那との真言の誓約を解除せよ。命令よ」

 

 その言葉が部屋に響く。

 

「解除する」

 

 壱都が沙那の腕の中で言った。

 

「応じる」

 

 沙那も言った。

 そして、沙那は、壱都を引き離し、そのまま突き飛ばした。

 

「さ、沙那――。えっ、宝玄仙?」

 

 突き飛ばされた壱都は、最初に沙那の豹変に驚き、次に、沙那の横に立っていた宝玄仙の姿に驚愕していた。

 

「壱都、すべての霊気を放出しなさい。そして、二度と術が遣えないように、自分の身体に施しなさい。道術を遣えないようにするんじゃないのよ。霊気を吸収できない身体に自分で自分を変えるのよ。全身全霊であなた自身にも二度と復活できない方法でやりなさい、命令よ」

 

 沙那の横の宝玄仙の口からその言葉が放たれた。

 崩れていた宝玄仙の顔は、すでに元に戻っている。

 自分で『治療術』を施したのだろう。

 ところどころに、まだ血の痕がついているが、それは、拭けばとれるもので、もう、ひとつの傷もない。

 壱都が眼を見開きながら、こっちを見ている。

 

「壱都の中で道術が動きまわっているわ。流石に一流の術遣いね。前女王を術が遣えない身体にしたと言っていたから、自分自身にもそれはできると思っていたわ。これで、壱都は無力よ」

 

「な、なんで……」

 

 壱都の声が震えている。

 その壱都の首には、『服従の首輪』が嵌められている。

 沙那が壱都を抱きしめたとき、起きあがった宝玄仙の身体が、自分でその首輪を外し、壱都に近づいて、壱都の首に嵌めたのだ。

 沙那は、壱都の愛撫を受けながら、それをしっかりと見守っていた。

 

「わたしが、お前の命令に逆らえたのが不思議かい、壱都?」

 

「『服従の首輪』なんて、や、やっぱり嘘だったのね、宝玄仙?」

 

 壱都が言った。

 なにか様子が違う。

 壱都からは、さっきまでの威厳も自信のような強いものが失われている。

 いまは、ただの怯えたひとりの女だ。

 自分を無力化するという道術が終わったのだろう。

 

「そんなに不思議?」

 

「な、なぜ……?」

 

「じゃあ、教えてあげるわ。教えたところで、いまのお前には、もう、その『服従の首輪』を扱える能力はないでしょうからね。その『服従の首輪』は本物よ。だから、宝玄仙は、お前の命令には逆らえなかったわ。その首輪をしている間はね――」

 

「な、なら、どうして……?」

 

 壱都は言った、

 沙那に突き飛ばされて、床に尻餅をついた態勢のまま、怯えた顔でこっちを見ている。

 

「残念ながら、わたしは、お前の命令をひとつも受けていないわ。わたしは、宝玉よ」

 

「宝玉?」

 

 壱都は、訳がわからないという表情をしている。

 

「沙那、あなたが、壱都から“すべてを貰う”という言葉を引き出してくれたから簡単に終わったわ。よくやってくれたわね」

 

 宝玉が言った。

 

「『服従の首輪』を有効にするためには、“受け入れる”という趣旨の言葉が必要なことは知っていましたから……」

 

 沙那は言った。

 あの愛陽の城郭で、騙されてその言葉を口にして、沙那は宝玄仙に『服従の首輪』を装着されてしまったのだ。

 知らないはずがない。

 

「受け入れる……?」

 

 壱都は、きょとんとしている。

 

「すべてを貰うと言ってくれたんでしょう、壱都? すべてということは、当然『服従の首輪』も含まれるわ。お前は、そのときに首輪の受け入れに合意したのよ」

 

 壱都は唖然としている。

 

「本当によく、あの言葉を壱都に口にさせたわねえ。それに、わたしが出現するとわかってたの?」

 

「機会を伺ってくれているとは思っていました」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙に施された首輪だが、別人格である宝玉には無効だ。しかし、宝玉にも問題はあり、かつて闘勝仙(とうしょうせん)から与えられた呪いを引き受けている彼女は、一切の攻撃術に対抗できない。

 だから、道術対決に出てくることはできず、じっと機会を待っていたのだと思う。

 そして、沙那が作った千載一遇の機会に人格を交代して、まだかかってはいなかった『服従の首輪』を外して壱都の首に装着してくれたのだ。

 信じてはいたが、際どいところだった。

 宝玉があそこでなにもしてくれなければ、本当に朱姫を傷つけるしかなかったし、逆に、焦れた宝玉が、あれよりも過早に現れても、壱都に制されて終わりだった。

 

「ふう、こ、怖かったです、沙那姉さん。本当に眼をくり貫かれるのかと思いました」

 

 朱姫が心の底から安堵している表情で言った。

 

「どうしてものときはそうしたわ。だって、あとで宝玉様でも、ご主人様でも治せるもの」

 

「そんなあ」

 

「本当よ」

 

 沙那はあっさりと言った。

 朱姫は複雑な顔になる。

 

「……それよりも、あなたはよく、なにもしないでいてくれたわね、那美さん」

 

 ずっと同じ姿勢でいる那美に宝玉は言った。

 

「わたしが、女王に与えられた命令は、見張ることでしたから……」

 

 那美はそう言って、剣を鞘に収めた。

 

「でも、難しいところだったわ。宝玄仙とわたしが交替してから、また、命令を繰り返されたら、今度は、宝玄仙だけじゃなく、わたしも“命令”に縛られるもの。ありがとう」

 

 宝玉は言った。

 

「那美、お前、裏切ったのか――」

 

 壱都は叫んだ。

 

「わたしは、一度も誰も裏切っていません。わたしの忠誠は、最初から、陽炎子(ひむこ)様にあります。ずっと耐えて、あなたの忠実な部下でいたのは、いつの日か、陽炎子様をお助けし、陽炎子様の力を乗り戻す機会があることを信じていたからです。そのために、多くのものを犠牲にしました」

 

 那美は言った。

 そして、顔を紅潮させて、壱都を睨んだ。

 

 

 *

 

 

「壱都、抵抗を禁止する。外にいる兵に知られないように努力することを命じる」

 

 宝玉は言った。宝玉は、部屋に遭った手近な布で裸身を覆っていた。

 壱都が怯えた様子で頷き、黙り込んだ。

 

「それにしても、なにか淫靡な香がたちこめているわねえ、この部屋は」

 

 宝玉は言った。

 宝玄仙に代わって、宝玄仙の身体に出現したのは、たった今のことだが、この部屋は変だ。

 部屋全体に、媚薬の性質をもった気体がたちこめている。

 

「あなたたちは、感じないの?」

 

「感じますよ、宝玉様。なにか身体が疼くような……」

 

 朱姫が言った。

 少し、顔が赤い。

 

「わたしもです。さっき、壱都に身体を触られたときにはびっくりしました」

 

 沙那も言った。

 

「女王の息は媚薬の香です。それで、周りの女の力を奪うのです」

 

 那美だ。

 

「そういうことなのね」

 

 宝玉は壱都を見た。

 確かに、壱都の出す息が媚薬の香りを醸し出している。

 宝玉は、壱都の身体に触れて、その効果を道術で消失させた。

 部屋の空気が正常になった。

 これでまともに話ができる。

 淫情に犯される空気でみんなで過ごすというのも悪くはないが、今日は少しばかり真面目な話が必要だ。

 

「那美さん、取引をしない?」

 

 宝玉は那美に顔を向けた。

 

「なんでしょうか?」

 

 那美が緊張した面持ちで応じる。

 

「おそらく、宝玄仙の術で、前女王の封じられている道術を復活できると思うわ。あなたの望みが、それなら、その術を前女王に施すわ」

 

陽炎子(ひむこ)様は、術を封じられただけではありません。手足を切断され、眼を抉られ、毒を飲まされて喉を潰され、耳に熱湯を注がれて聴力を壊されたのです。それは、物理的にやられたのであり、術によるものではありません……」

 

 那美は悲しそうに言った。

 

「……でも、術を戻してくれるだけでも構いません。それをしてもらうには、どのような代償が必要なのでしょうか、宝玄仙様?」

 

 那美は言った。

 

「わたしは、宝玉よ。まあ、それはいいわ。それに、そのような姿になった陽炎子殿の身体も戻せると思うわ。それも宝玄仙ならできる。生きた成功の事例もあるのよ。ちょっと待ってね」

 

 宝玉は、部屋の隅でうずくまっていた孫空女に術を施した。

 その場で、孫空女の拘束が外れ、失われていた視覚などが復活する。

 

「大丈夫、孫女?」

 

 沙那が言った。

 

「そ、そりゃあ……。でも、なにがあったの?」

 

 孫空女は周囲を見回しながら言った。

 視覚や聴覚を奪われていた孫空女には、なにが起きたのかはわからないはずだ。

 彼女が見たのは、しゃがみ込んで怯えている壱都、様子の変わった那美、復活している宝玄仙、そして、沙那と朱姫の姿だ。

 

「形勢逆転です。沙那姉さんと宝玉様が、『服従の首輪』を壱都に付け直したんです」

 

 朱姫が言った。

 

「『服従の首輪』? なるほど、そうことだったのか……。でも、なんで、壱都がそれを持ってたのさ?」

 

「いま、それを問い質すところよ、孫空女」

 

 宝玉は言った。

 

「もしかして、ご主人様じゃなくて、まだ、宝玉様なの?」

 

「そうよ。宝玄仙は、もう少し休ませるわ……それに、いま、身体を戻せば、壱都をあっという間に殺してしまいかねないから……。とにかく、訊くべきことを訊く前に、壱都を殺させるわけにはいかないし……」

 

「へえ」

 

 孫空女が納得したように頷く。

 

「さて、那美さん、さっきの続きよ。この壱都に虐待されていた前女王の回復に協力するわ。あなたに望むのは、少しの間、この部屋をわたしたちだけにして、そして、誰も入って来られないようにしてくれることよ」

 

「条件を受け入れます。わたしは、部屋の外に出ていき、入り口の外に立っています。わたしが命じれば、天保女(てんぽうじょ)たちもこの部屋の中のことには関与しません」

 

「お願い、那美さん」

 

 宝玉が言うと、那美は外に出ていった。

 部屋のすぐ外には、相変わらず、天保女たちが待機していたようだが、外に出るなり、那美は彼女たちになにかを言っていた。

 そして、扉が閉ざされた。

 

 宝玉は、この部屋に結界を張った。

 これで、外にはこちらの音は漏れないし、万が一、天保女たちが壱都を救出しようと飛び込んできても、結界に阻まれてなにもできない。しかも、壱都は人質状態だ。

 

「さて、これが宝玄仙だったら、淫靡な拷問で愉しみながら訊問するんだろうけど、わたしは、手っ取り早くやらせてもらうわ……。壱都、お前に、すべての質問に正直に答えることを命じる。わかったわね」

 

「わ、わかった……」

 

 壱都が言った。

 宝玉は、さっきまで壱都が座っていた椅子を動かして、壱都の前に置き、それに座る。

 

「その『服従の首輪』をお前は、どうやって手に入れたの?」

 

「女人国の女王に対する贈り物……」

 

 壱都は震える口でそう言った。

 

「贈った者は?」

 

霊鷲山(らいしゅうざん)雷音院(らいおんいん)の者……」

 

 どこかで聞いたことがある気がした。

 だが、思い出せない。

 

「宝玉様、それは、魔域の中にある、どこかの場所のことだと思います」

 

 沙那が言った。

 宝玉の表情から、疑念を読み取ったのだろう。

 

「魔域ねえ……。壱都、女人国は、魔域の魔王の誰かと親交があるの?」

 

 女人国は、むしろ、もっとも魔域の魔王たちとの繋がりがない国のひとつだと思っていた。

 魔域の魔王から霊具を贈られるという関係なのだろうか。

 

「親交などない……。連中は、突然、その魔具を、使者を使って贈ってきたのだ」

 

「なぜなの? どういうきっかけで?」

 

「なにもない。贈られたことに対して、わらわも驚きだった。いまだに、理由はわからない」

 

「じゃあ、なぜ、得体の知れない魔族からの贈り物を一国の女王が受け取ったの?」

 

「強力な霊具だった。それに、使者が、宝玄仙という道術遣いがこの国にやってくるとういうことを示唆した……。わらわと宝玄仙が道術対決になるだろうと……。宝玄仙という強力な術遣いから女王の座を護るためには、それを遣うしかないと思った……」

 

 宝玉はそれからいくつかの質問をしたが、それ以上の情報を得ることはきなかった。

 

「沙那、質問を代わってちょうだい……。壱都、沙那の質問にも正直に答えなさい。命令よ」

 

 宝玉はそう言って、壱都への尋問を沙那に委ねた。

 

「それよりも、宝玉様。その霊具について、どう思われますか? わたしは、ご主人様の作った霊具と瓜二つだと思いますが……」

 

 沙那が言った。

 

「その通りよ、沙那。ほとんど、まったく同じ『霊具』よ。ただ、唯一違うのは、宝玄仙が使った『服従の首輪』は、宝玄仙を通じてしか、必要な霊気を吸収しないようになっていたわ。これは、周りのあらゆる霊気をひとりで吸収するように改良されているわ。つまり、一度嵌めれば、術者がその場にいなくても、『服従の首輪』の機能が持続するというものよ」

 

「じゃあ、やっぱり、違うものなのですね。つまり、ご主人様の霊具じゃないということですか?」

 

「いいえ、そうじゃないわ。これは、間違いなく宝玄仙の『服従の首輪』よ。理解できないけどね……。術遣いの霊具は、霊具を作った術遣いの道術の波動を帯びてるわ。同じ道術の波動というものは存在しないわ。どんなに似ていても、術遣いごとに道術の波長は微妙に違うの。だから、霊具が帯びている波動を感じることができれば、誰が作った霊具なのかわかるものなのよ」

 

「なるほど……。それで、どうですか?」

 

「この霊具は、間違いなく、宝玄仙の道術の波動を帯びているわ……。それがどういうことなのか、わたしには理解できないの――。宝玄仙は間違いなく、ひとつしか『服従の首輪』を作らなかったはずなのに……」

 

「ご主人様の製法とまったく同じやり方でやれば、同じ波動を帯びた霊具ができるというものではないのですね?」

 

「違うわ。同じ身体を使っているわたしと宝玄仙でさえ、道術の波長は違うのよ。例えば、わたしは、死んだ闘勝仙たちとの真言の誓約を受け入れているということを除けば、宝玄仙と同じ能力を持っているから『服従の首輪』を作れる。だけど、もしも、わたしが作れば、できあがる霊具の性質も能力も同じだけど、帯びる波動は宝玄仙のものとは違うはずよ」

 

 宝玉は説明した。

 もともと、同じひとりの人間だった宝玉と宝玄仙は、人格が分かれることで、最初から別の人間だ。能力は近似していたが、性格同様に道術の波動も異なっている。

 そして、壱都に装着させたのは、間違いなく宝玄仙側が作った霊具だ。

 少なくとも帯びている道術の波動は、宝玄仙のものだ。

 宝玉のものでもなければ、ましてや、ほかの術遣いであるはずがない。

 宝玄仙の霊具としか思えない。

 

 しかし、宝玄仙が宝玉に知られずに、霊具を作るということはありえない。

 いま、こうやって、宝玉が表にでているときには、宝玄仙は眠っているが、宝玄仙が表に現れるときには、逆に、宝玉は宝玄仙の心の中で、宝玄仙が見たり、感じたりしたものを同じように感じることができるのだ。

 だから、断言できる。宝玄仙は、たったのひとつしか『服従の首輪』を作らなかった。

 そして、そのひとつは、御影に襲われた直後に、宝玄仙自ら破壊した。

 

 宝玉もそれを知っている。

 それにも関わらず、いま、ここに宝玄仙の波動を帯びた『服従の首輪』が存在している。

 それをどう考えればいいのか――。

 

「では、壱都……、あなたは、これが『服従の首輪』という名の霊具であることを知っていたわね?」

 

 沙那が壱都に言った。

 

「ええ」

 

「それは、誰に教えられたの?」

 

「雷音院の使者よ」

 

「さっきも同じことを言ったわね。だけど、どうして、霊鷲山雷音院の使者だと思ったの? その使者は、魔族だったの?」

 

「魔族じゃなかった。魔族は、この国には入れない。男が入れないのと同じだ」

 

「つまり、霊鷲山の雷音院の使者は、魔族でもなく、人間の女だったということ?」

 

「そうだ」

 

「その使者から、お前は『服従の首輪』の使い方や能力を聞いたの?」

 

「その通りだ」

 

「お前は、この霊具が誰が作ったものか訊ねた?」

 

 沙那は言った。

 

「そんなことは訊かない。誰が作ったものとかは、疑問を抱かなかった。当然、霊鷲山の雷音院の魔王が作ったものだと思ったから……」

 

「本当に、これは霊鷲山雷音院からの贈り物?」

 

 沙那は訊ねた。

 宝玉は首を捻った。

 沙那は、壱都の言葉を疑っているのだろうか?

 

「沙那、壱都は嘘を騙れないわ。『服従の首輪』を装着して、真実を言えと命令されれば、絶対に真実しか喋れないのよ」

 

 宝玉は口を挟んだ。

 

「ええ、そうだと思います。でも、それは、壱都が真実だと思っているということだけで、本当の真実であるという証拠にはなりません」

 

 沙那は、宝玉に言った。

 そして、壱都に向き直った。

 

「本当にその使者は、魔域からやってきた使者だったの? 魔域の魔王が、ただの人間の女を使者にしたの? なぜ、あなたはそう思ったの?」

 

 沙那は言った。

 

「そ、それは、使者がそう言った……。雷音魔王というの魔王の書状も携えていた。疑う理由はなかった……」

 

 壱都は言った。

 

「使者の名は?」

 

鳴智(なち)……」

 

 壱都は言った。

 

「鳴智ですって?」

 

 宝玉は声をあげた。

 

「知っている名ですか、宝玉様?」

 

「わたしたちを……わたしと宝玄仙が分裂する前……わたしに毒を飲ませて、道術を一時的に遣えなくして、闘勝仙に引き渡した娘の名が鳴智よ」

 

 宝玉は言った。

 

「壱都、その鳴智という女使者は、どんな女だった? 特徴を説明しなさい。できるだけ詳しくよ」

 

 沙那は言った。

 壱都は、鳴智を名乗った女使者の顔立ちや喋り方――。

 そのほか、思い出す限りのことを説明した。

 

「どうですか、宝玉様?」

 

 沙那が言った。

 

「さあ、壱都の言葉の限りにおいては、わたしの知っている鳴智に似ているとしか言えないわね。でも、鳴智が魔域に……?」

 

 宝玄仙が闘勝仙に復讐を果たす直前、鳴智は宝玄仙の前から姿を消した。

 桃源(とうげん)という、やはり、宝玄仙を裏切って闘勝仙に売り渡した宝玄仙の執事と一緒に……。

 まさに、宝玄仙の復讐の成功を予期していたかのような失踪だった。

 あのふたりがどこに消えたのか、いまだにわからない。

 なぜ、失踪したのかも……。

 

「その鳴智という女性は、どこで、どうしているのですか、宝玉様。つまり、ご主人様が帝都を出発する時点で、鳴智はどうしていたのです?」

 

 宝玉は、鳴智が桃源という執事とともに、宝玄仙が闘勝仙への復讐を果たす直前に失踪したことを説明した。

 

「……だとすれば、失踪をしたのは、ご主人様が闘勝仙への復讐を果たすだろうということを予期していたからだとしか考えられません。つまり、『服従の首輪』が完成したことを知っていたのだと思います」

 

 沙那は言った。

 

「『服従の首輪』のことは隠してたわ。彼らに知られるわけがないわ」

 

「でも、なんらかの手段で知ったのですよ、宝玉様」

 

「そうだとしても、じゃあ、なぜ、逃亡するの? もしも、事前に知ったとすれば、『服従の首輪』の存在を闘勝仙に教えたはずよ。教えていれば、宝玄仙は、闘勝仙に『服従の首輪』を嵌めるなんてことを成功したはずがないわ」

 

 宝玉は言った。

 

「宝玉様、わたしは、当時の帝都の状況はわかりません。誰と誰が敵対して、誰と誰が仲間だったということはまったく知識がありません。でも、一般論として申しあげますが、多くの敵がいるとして、その敵のすべてがお互いに仲間だとは限りませんよ」

 

「えっ?」

 

「宝玉様やご主人様の立場からすれば、闘勝仙もその取り巻きも、その鳴智も、桃源も、すべて敵だと思いますが、彼らがお互いに仲間だとは限らないということです」

 

「彼らは彼らで対立してたと?」

 

「そういう視点で考えて、ご主人様の『服従の首輪』の完成を知り、闘勝仙に危険が及んでいることを鳴智が知ったとして、あえて、それを闘勝仙には教えずに、ご主人様が復讐するに任せたとは考えられないのですか?」

 

 沙那の言葉には、宝玉もはっとするものがあった。

 闘勝仙は、宝玄仙や宝玉を支配するのにありとあらゆるもので縛った。

 取り巻きにもそうだった。

 漢離(かんり)仙、呂洞(りょどう)仙も、闘勝仙に単純に従っているだけではなく、彼らもまた、闘勝仙になんらかの弱みを握られている気配があった。

 ましてや、桃源や鳴智という術遣いでも貴族もない者たちに協力させるために、なんの処置もしていないということはありえない……。

 

「それは、あったかもしれないわ……。もしかしたら、桃源や鳴智も闘勝仙に脅されていたのかも……」

 

 それは十分にあり得ることだった。

 いや、そう言われると、それは確かだろう。

 

「では、その鳴智や桃源も、ご主人様と同じように、闘勝仙には死んで欲しいと思っていたかもしれませんね。『服従の首輪』のことを知ったとしても、闘勝仙に教えないかもしれない十分な可能性があります」

 

「認めるわ」

 

 宝玉は言った。

 

「では、少なくとも、鳴智は『服従の首輪』のことをよく知っていたのですよ。だから、その性能や使い方を説明できたのです、宝玉様――。もしかしたら、事前に逃亡を図る前に試作品かなにかを盗んだのかも……」

 

「いいえ、それはないと断言できるわ、沙那。宝玄仙は、試作品を作っていない。宝玄仙が作った『服従の首輪』は、後にも先にも唯一ひとつよ。闘勝仙を自殺させ、あなたに装着し、そして、御影の一件の後に宝玄仙が壊した、あのひとつのみよ」

 

「では、可能性は、壊したはずの『服従の首輪』がなんらかの方法で、修復されたとしか考えられませんね」

 

「いいえ、それもない。修復が可能とも思わないけど、修復できたとしても、その修復をした術遣いの道術が、この霊具に宿るはずよ。壱都がしている『服従の首輪』には、純粋に宝玄仙の道術の波動しか帯びていないわ」

 

 宝玉は言った。

 

「では、どういうことでしょう、宝玉様?」

 

「見当もつかないわね」

 

 宝玉は言った。

 結局、その後の訊問でも、宝玉の疑問を解く材料はひとつも得られなかった。

 宝玉は壱都への尋問を諦めた。

 

「……いいわ、じゃあ、終わりにしましょう。後は、宝玄仙に引き渡すわ。あまり、残酷なことをしないようにとは、わたしも宝玄仙には言っておくわ」

 

 宝玉は言った。

 

「ご主人様と交替するのかい、宝玉様」

 

 孫空女だ。

 

「そうよ、孫空女」

 

「考えてみれば、宝玉様が、普通に出てくるのって初めてだよね。いつも、宝玉様が出てくるときは、愛し合うときばかりだもの」

 

「まったくそうね、孫空女」

 

 宝玉は笑った。

 

「ところで、宝玉様、壱都に嵌めた『服従の首輪』はどうします? 破壊しなくていいのですか?」

 

 沙那が言った。

 

「その必要はないでしょう。壱都の首から外せば、自動的に破壊されるように、術を上書きしておくわ。そうすれば、悪用はできないから」

 

 宝玉は、壱都に近づいて、壱都の嵌めている首輪に、三重の『道術錠』をかけた。

 これだけの処置をすれば、事実上、壱都の首から外すことは不可能だ。

 ついでに、もしも外れれば、自動的に『服従の首輪』が分解して、機能を喪失するという処置も施した。

 

「さて、壱都――」

 

 宝玉は、もうすっかりと意気消沈し怯えきっている壱都に向き直った。

 

「は、はい」

 

「お前は、この部屋で聞いたこと、知ったことを他の者に告げてはならない。命令よ」

 

「わ、わかった……」

 

「それともうひとつ……。お前は、今後、わたしだけじゃなく、誰の言葉にも逆らえない。“命令”という言葉がなくても、すべての人間のすべての言葉に服従しなさい。あらゆる人間の奴隷として生きなさい。わかったわね、命令よ」

 

「ひいっ」

 

 その言葉の重さを理解できたのか、壱都の顔には完全な絶望の色が映った。

 

「じゃあ、宝玄仙と交替するわね。あとは、よろしく、沙那、孫空女、朱姫」

 

 宝玉は言った。

 

 

 *

 

 

 椅子に座った宝玉が意識を失い、その後、宝玄仙が表に現れるのにしばらくかかった。

 

 しかし、再び眼を開いた宝玄仙の身体に出現したのが、宝玄仙の人格であることは明らかだった。

 椅子から立ちあがるなり、いきなり、壱都の頬を張りあげたからだ。

 

「ご主人様――。ちょ、ちょっと待って」

 

 壁まで吹っ飛んでいった壱都にさらに詰め寄ろうとした宝玄仙に危険なものを感じて、孫空女は、とりあえず、宝玄仙の前に立ちはだかった。

 

「そうですよ。仮にも現段階では、壱都は、まだ、この国の女王なんです。暴力はまずいですよ。部屋の外には、壱都を護る衛兵がいるんです」

 

 沙那も一緒になって、孫空女とともに宝玄仙をとめた。

 

「とめんじゃないよ、お前ら――。こいつが、わたしになにをしたかわかってんだろう? 宝玉がなにを言おうとも、とりあえず、こいつの顔をぐしゃぐしゃに潰してやる。すべては、それからの話だよ――」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご主人様、ほら、壱都の首輪を見なよ。『服従の首輪』が嵌ってんだってさ。宝玉様が、誰から言われた言葉でも、全部服従しろって、命令して言ったんだ。なにかするなら、命令すればいいんだよ、命令――」

 

 孫空女は言った。

 すると、宝玄仙の表情が少しだけ落ち着いた気がした。

 

「誰の命令でも?」

 

「そうだよ、ご主人様」

 

 孫空女が大きく頷く。

 沙那も口を開いた。

 

「……それに、もう、どんな大きな力を持った術遣いや魔王でも、あの首輪を外すことができないそうです。壱都は、女王でありながら、いまや、女人国の最下層の人間の言葉も拒否することができないんですよ」

 

「ほう? 試してみるかい……。壱都、四つん這いになって、豚の真似をしな」

 

 すぐに壱都は、四つん這いになる。

 そして、歩き回りながら、ぶうぶうと声を出した。

 

「なるほど――。朱姫、やってみな」

 

 宝玄仙は手を叩いて笑いながら言った。

 

「壱都、下袍をめくって、立ったまま、おしっこしなさい」

 

 朱姫がそう言うと、壱都は顔を真っ赤にしながら、下袍をめくり、すぐに放尿を始めた。

 下着があっという間にびしょびしょになり、まとまった尿の柱が、下着の股間のから床に流れ落ちる。

 

「自分の汚した部分を舌で掃除しなさい。いや、訂正するわ。汚した部分だけじゃなく、お前の舌で、この部屋全部を隅から隅まで掃除しなさい。砂粒ひとつ残すんじゃないのよ」

 

 放尿が終わると、すぐに朱姫は言った。

 壱都は、屈辱に顔を歪めながら、床に顔をつけて、まず、自分の尿の溜まった床を舌で舐めはじめた。

 この部屋はかなり広い。

 おそらく、命令を解除するまで、いつまでも壱都は、あの姿勢で床を舐め続けなければならないだろう。

 

 壱都に対して朱姫がやっていることに満足したのか、宝玄仙は満足そうな表情に戻り、孫空女と沙那に視線を戻した。

 

「誰の命令でも服従しなければならない最下層の奴隷ということかい……。それに、あいつには、いま、霊気が感じられないね。それも宝玉の仕業かい?」

 

「そうです。宝玉様が壱都に、術を遣えなく道術を自分自身に施せと壱都に命令し、壱都は術を遣う能力を失いました」

 

 沙那が応じた。

 そして、沙那は、宝玄仙から宝玉に人格が交替している間に、ここで起こったことと、『服従の首輪』について、壱都の尋問から聞き出したことを宝玄仙に説明した。

 宝玄仙はそのひとつひとつに注意深く頷いていた。

 

「とにかく、その陽炎子(ひむこ)とかいう前女王の処置からはじめるかい。そいつは、あいつの寝所にいるんだね?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そのように聞いています。那美さんという女将校がいろいろと知っているはずです。呼びますか? 部屋の外で待っているはずです」

 

「わかった、呼びな――。おい、豚」

 

 宝玄仙は、壱都に向かって声をあげた。

 壱都は、宝玄仙の呼びかけがわからなかったのか、宝玄仙の言葉には反応しなかった。

 すると、宝玄仙が軽く手を振った。

 孫空女には、宝玄仙が壱都に対して、術を放ったのがわかった。

 

「ふぎゃああっ――」

 

 壱都が突然に発狂したような声をあげた。

 そして、その場にのたうち回る。

 

「豚と呼ばれたら、お前のことに決まっているだろうが、豚。ほかに、豚がいるのか、豚」

 

 宝玄仙は壱都にそう言った。

 だが、聞こえているのか、聞こえていないのか、まだ、壱都は絶叫しながらのたうち回っている。

 

 そして、やっと宝玄仙は、壱都に送っていた術をとめた。

 壱都の悲鳴がやんだ。

 しばらく動けなかったのか、少しの間、のたうち回った姿勢のまま、その場に寝ていたが、やがて、また、舌を出して床を舐めはじめた。

 さっきの朱姫の命令が生きているからだろう。

 

「おい、豚。床舐めはもうやめていい。いまから、お前の部下の那美を呼ぶ。那美がこの部屋に入ったら、わたしがいいというまで、那美の靴を舐め続けるんだ」

 

 壱都は返事はしなかったが、真っ蒼な顔になった。

 これまで顎で扱ってきた部下にそのようなことをするのは屈辱だろう。

 

「沙那、那美とかいう将校を呼んでおいで」

 

 宝玄仙の命令に従い、沙那が部屋の扉を開けて、那美を呼んだ。

 この部屋は、宝玉の刻んだ結界がそのままになっていた。

 こちらの喧騒は、まったく外には聞こえていなかったはずだ。

 

 那美が入ってきた。

 床にうずくまっている壱都に少し驚いていたが、その壱都がいきなり那美に近づいて、靴を舐めはじめたときには、眼が点になっていた。

 

「こ、これは?」

 

 那美は、びっくりした表情できょろきょろと視線を動かした。

 

「話は後だよ、那美……。それよりもだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい」

 

 那美の視線が宝玄仙に向いた。

 

「こいつの悪趣味で哀れな姿にされている前女王とやらのところに連れていきな。この宝玄仙に任せておけばいい。身体の一部が残っていれば、わたしの『治療術』で復活できる。お前の知っている女王様に完全に復活させるよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 那美は声をあげた。

 

「ああ、それこそ、恥毛の一本一本まですべて元に戻してやるよ。ところで、お前はその陽炎子とかいう前女王の愛人だったのかい?」

 

「まさか、陽炎子様は、そのような方ではありません」

 

 那美は顔を紅くした。

 

「ほら、豚、立て。お前の寝所にみんなで行くよ。外の者には、お前の口から適当に説明しろ。なんの問題もないという感じで、わたしらをお前の寝所に連れていくんだ。怪しまれないようにするんだよ」

 

 ずっと、那美の靴を舐め続けていた壱都が、それをやめて立ちあがった。

 しかし、完全には立ちあがる前に、突然、さっきのような悲鳴をあげて、また、床に倒れ込み、身体を暴れさせ始めた。

 そして、しばらくして、また悲鳴がやむ。

 

 孫空女には、また、宝玄仙が術を送ったことを悟った。

 おそらく、また、なんらかの道術で壱都に激痛を与えたのだろう。

 

「豚、わたしは、お前にいちいち、命令はしないよ。だけど、さっきみたいな激痛を味わいたくなければ、ちゃんとした態度をとるんだ。命令をされたら、返事しろ、わかったね。わかったら、立て、豚」

 

「わ、わかりました……」

 

 怯えきった壱都が立ちあがりながら言った。

 

「じゃあ、行くよ。お前が先頭を歩くんだ。そして、わたしらをお前の寝所に連れてきな、豚」

 

「はい」

 

 壱都は先に立って、部屋を出る扉を開けた。



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185 鬼畜には鬼畜、豚には糞

「わたしは、隠棲します」

 

 再び、陽炎子(ひむこ)はきっぱりと言った。

 ここは女王の寝所だ。

 

 女王の寝所は、壁に隔たれた三個の部屋から成り立ち、そのうちのひとつは、警護兵の詰所となっていて、壱都(いと)が普段使っているのは、そのうちのふたつらしい。

 

 いま、沙那は今後のことを話し合うために、そのうちの一室で、那美とともに陽炎子と対面していた。

 宝玄仙と朱姫は、壱都を連れて、もうひとつの寝所にいる。

 孫空女も一緒だ。

 

 最初は、壱都を連れていった宝玄仙とともにいたのだが、宝玄仙の壱都への仕打ちが、あまりにも惨たらしいので、孫空女とともに詰所に逃げているのだ。

 壱都にすれば、宝玄仙にあれだけのことをしたのだから、殺されないだけましかもしれないが、沙那は、あれはもう、すんなりと殺した方が、壱都は喜ぶのではないかとさえ思った。

 

 とにかく、いまは女人国の今後のことだ。

 宝玄仙は、もう、壱都への復讐以外には関心がなく、女人国の今後についての話し合いについては、まったくの無関心になり、すべてを沙那に押し付けている。

 宝玄仙の手伝いを指名されたのは朱姫であり、宝玄仙は、朱姫とともに、壱都への復讐にかかりっきりだ。

 

 壱都を先頭に歩かせて、みんなでここに閉じこもってから一日半の時間が経っている。

 もっとも、壱都が女王の寝室に数日間閉じこもるということは珍しいことではないので、まだ、怪しんでいる者は王宮にはいないらしい。

 

 また、道術対決に敗れた宝玄仙とその三人の供が、壱都ともに女王の寝所に入ったことも、誰もおかしいとは考えていないようだ。

 負けた敗者を残酷に苛むのは、いかにも女王壱都がやりそうな性癖だったからだ。

 今頃は、宝玄仙らは、壱都によって冷酷な仕打ちを受けているものと考えられているようだ。

 そういうことを沙那は、寝所の外に出入りしている那美(なび)から聞いている。

 

 舌人形として、残酷な仕打ちを三年間も受けていた陽炎子は、宝玄仙の術により、失った手足と眼、そして、聴力と声をとり戻していた。

 ただ、三年の間に壱都から受けた仕打ちは、陽炎子の精神を破壊していた。

 そのため、陽炎子を復活させるためには、さらに、神経や記憶、頭の中に対する『治療術』が必要であり、その結果、陽炎子には三年間の壱都から受けた記憶のすべてを失わせなければならなかったようだ。

 

 復活した後、なにがあったのかは説明したが、陽炎子は、それを知識として受け取っただけで、記憶としては受け取ってはいない。

 そのため、壱都に対する復讐心や恐怖心は、ほとんど抱いていない。

 

 ただ、宝玄仙が、復讐として壱都にやっている行為についても嗜めはしない。

 積極的に参加しないというだけのことだ。

 

「この国の掟は、道術のもっとも高い者が女王に就くというものです。宝玄仙様こそ、女王に相応しいのは間違いありません。わたしが復位するなど、考えられません」

 

 陽炎子は言った。

 

「でも、陽炎子様、隣室のご主人様のやっていることを知っていますよね? わたしも自分の主人のことを悪くは言いたくありませんが、あれでは、女王として相応しくないとは思いませんか? あなたのような方こそ、女王に相応しいとわたしは思いますが」

 

 沙那はなおも言った。

 横で那美も強く頷いている。

 

「三年前の女王挑戦の儀により、それについては、神意が出ています。わたしは負けて、壱都が勝ちました。神意なのです。それに背いて、わたしが復位するなど考えられません。そうではありませんか、那美?」

 

 陽炎子は言った。

 

「でも……」

 

 那美は言葉が重い。那美は女人国の民として、女人国の掟こそ正しいとする価値観の中にいる。

 陽炎子の言葉が正しいということを認識しているのだ。

 しかし、その反面、那美は陽炎子を女王として復位させ、自分こそ隠棲するつもりだったようだ。

 前女王派のうち、最初に壱都に寝返った者として、この陽炎子の復位を自分の最後の仕事にして、自分は宮廷から退くべきと思っている。

 

「お怖れながら、その理屈であれば、女王は壱都のままということになります。それでよいのですか? わたしのご主人様もまた、女王挑戦の儀で負けているのですよ」

 

 沙那は言った。

 

「宝玄仙様は、壱都から『服従の首輪』という霊具を装着されてしまっていたのでしょう? それでは、神意は下されていません。儀式は無効です。儀式をやり直して、神意を問い直すということになるでしょう。しかし、わたしの場合は違います。わたしと壱都の道術対決は、正しい手順で行われ、壱都が勝ったのです」

 

 陽炎子はなおも言った。

 本当に、この前女王は頑なだ。

 

「陽炎子様、女人国の歴史に、一度退位した女王が復位した歴史はないのですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それは……例はあります。女王挑戦の儀は、一度退位した者の挑戦を妨げるという掟はありませんから……。事実、そもそも、初代女王は、最初の女王にして、第四代の女王でもありますが……」

 

「決まりですね。壱都と陽炎子様のどちらが、女王として留まるべきか、神意を問えばよいのです。ここで、陽炎子様が決めるべきものではありませね」

 

 次の女王挑戦の儀など、壱都と宝玄仙の対決以上に茶番だろう。

 すでに道術を遣えなくなり、すべての人間の“命令”を拒否できないという操りをかけられている壱都が勝つ可能性は、万にひとつもない。

 

「しかし、宝玄仙様こそ……」

 

「わたしのご主人様は、女王になんかなりません」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「でも、宝玄仙様が、壱都の道術を簡単に退け、このわたしの身体をあれほどの短い時間で復活させたのです。わたしが敵わなかった壱都をあのような状態にして支配するほどの道術をお持ちなのですから、彼女こそ……」

 

「やめてください――」

 

 沙那は大きな声をあげた。

 その声があまりにも大きかったせいか、陽炎子は驚いた顔で黙り込んだ。

 

「……わたしのご主人様をもう、あんなことに巻き込まないでください。わたしのご主人様は、権力とか地位とかに本当に興味ないのです。もともと、壱都と争って女王になるつもりもなかったのです。ご主人様の望みは、ただ、どこかで愉しく暮らすだけなのです……。わたしたちと……」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙に権力欲はない。

 あるのは、あのおかしな嗜虐癖だけで、ほかにはなにも求めてはいない。

 だが、簡単に権力を手に入れることができるだけの力があるのは事実だ。

 

 望めば、あの凄まじい道術の力により、王位でも権威でもいくらでも手に入れることができるだろう。

 宝玄仙は、そいうものからもう離れたかったのだ。

 だから、宝玄仙は権謀術数の世界から逃れるために、東方帝国を脱出し、あてのない旅をしている。

 それにも関わらず、宝玄仙の力を妬む者、恐れる者、そして、羨望する者が宝玄仙に集まり、宝玄仙を苦しめる。

 

 鎮元仙士(ちんげんせんし)がそうだった。

 宝玄仙の八仙の地位を妬み、陥れるために神殿兵を率いて宝玄仙を捕えようとした。

 そして、金角、銀角のような女魔王をけしかけたりもした。

 

 そもそも、宝玄仙が魔域への巡礼などをするはめになったのも、帝都に残る者が宝玄仙の力を怖れたからだ。

 だから、宝玄仙はそういうものと争うことに興味がないことを示すために故郷の国を捨てた。

 それなのに、みんな追いかけてきて、宝玄仙から力や命を奪おうとする。

 

 眼の前の陽炎子も同じだ。

 宝玄仙に女王になって欲しいというが、望みもしていない権威を宝玄仙から奪おうとした天教教団と本質的には同じだ。

 望みもしていない権威を宝玄仙に押し付けようとしているだけだ。

 宝玄仙がただ、大きな力を持った道術遣いであるというそれだけの理由で――。

 

「わたしたちは、早々に立ち去ります。その後に、あの道術力を失った壱都に女王をそのまま就かせようと、陽炎子様が復位しようと、それとも、誰か後継者が決まるまで空位にしようと、それはあなた方が好きになさってください。ただ、わたしのご主人様は、このことに、もう一切関わりませんし、わたしが関わらせません」

 

 沙那ははっきりと言った。

 陽炎子と那美が戸惑った表情で黙り込んだ。

 

 そのとき、部屋の戸が、もうひとつの寝室側から叩かれた。

 そこから現れたのは朱姫だ。

 

「あのう……、那美様。ご主人様が、壱都の食事のお代わりを持ってこいと……」

 

 部屋に入ってきた朱姫はそう言った。

 

「いや……、朱姫殿、ああいうものを女王の寝所にたびたび持ってこさせるのは、さすがに部下に理由を説明するのが難しくて……」

 

 那美が渋い顔をした。

 

「朱姫、本当に冗談じゃないわよ。悪趣味もいいところだし、いい加減に、ご主人様にあれをやめさせるわけにはいかないの?」

 

 沙那も言った。

 

「じゃあ、沙那姉さんがご主人様に言ってくださいよ。三人の中で、唯一、ご主人様が話を聞くのが沙那姉さんなんです。あたしや孫姉さんが、ご主人様になにか忠告めいたことを言おうものなら、よくて、せせら笑いを返されるだけだし、悪ければとんでもない罰が戻って来るんです」

 

 朱姫は言った。

 沙那は盛大に嘆息した。

 

「いいわ。わたしが直接、ご主人様に言うわ」

 

 沙那は立ちあがった。

 そして、陽炎子のいる部屋から、宝玄仙が壱都をいたぶっている部屋に朱姫とともに入る。

 

「ああ、沙那かい。ちょっと、見てやってくれないかい。こいつの姿を」

 

 宝玄仙が本当に愉しそうな表情で、『如意袋(にょいぶくろ)』に入っている壱都を指差した。

 沙那はびっくりした。

 

 『如意袋』というのは、以前、紅孩児(こうがいじ)という少年妖魔に関わったときに奪ったもので、伸縮自在の魔力封じの袋だ。

 宝玄仙は、それを壱都を入れる檻として使っているのだ。

 本来は、人間が五人でも十人でも入れるくらいに大きくできるのだが、いまは、膝を丸めてうつ伏せにならないといけないくらいに狭くしている。

 それで、壱都は、その『如意袋』の中で窮屈そうな姿勢を強いられている。

 もちろん、全裸だ。

 

 そこまでは、沙那たちが、昨日、この部屋に一緒にいたときと同じだ。

 変わっているのは、壱都の頭だ。

 頭から壱都の髪がなくなっているのだ。

 全体がまだらな短髪になっていて、切った大量の髪が壱都がうつ伏せになっている身体の下に拡がっている。

 

「言っておくけど、“命令”で無理矢理切らせたんじゃないよ、沙那。“食事”をするか、それとも、自分で自分の髪を切るかどちらかにしろと言ったら、渡した鋏であんな風に自分で全部切ったのさ――。もっとも、切り終わった後に、ちゃんと“食事”は、命令でさせたけどね」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「そのことですけど、壱都の“食事”は終わりです。あんなものを女王の寝所に、何度も持ってくるわけにはいきません。それに悪趣味です。わたしも耐えられません。いっそ、殺してはいかがですか」

 

 沙那は言った。

 

「優しいのか、残酷なのかわからないねえ、沙那。とにかく、豚の“食事”は、豚の糞と決めたんだよ。もう、かなりの豚の糞を命令で食わせたから、そろそろ、この豚も馴れた頃だろうよ――。朱姫、那美に言って、とにかく、持ってこさせるんだよ」

 

 宝玄仙は、朱姫に向かって声をあげた。

 

「で、でもご主人様、それは難しいと、那美さんが……。それに、いま、沙那姉さんが……」

 

 朱姫は、おろおろと言った。

 宝玄仙が盛大に舌打ちした。

 

「どうしても駄目なのかい、沙那?」

 

 宝玄仙は不貞腐れたような声をあげた。

 

「駄目です。豚の便を食べさせるなんて、悪趣味です」

 

 宝玄仙は、壱都のやった自分に対する仕打ちの仕返しとして、ずっと、豚の排便を壱都に、無理矢理食べさせているのだ。

 その排便は、那美を通じて、兵に寝所まで持ってこさせたもので、どんなことでも命令に従わなければならない壱都は、『如意袋』の中で無理矢理、豚の排便を食べさせられた。

 それを食べて嘔吐したときには、その嘔吐物も一滴残らず、舌で身体の中に戻させた。

 そのあまりにも醜悪な光景に、沙那も孫空女も耐えられなくて、控えの間に逃げ出したのだ。

 

「しょうがないねえ……。じゃあ、豚の糞は、豚に作らせるか」

 

 宝玄仙は、たまたま手元にあった一枚の木皿を『如意袋』の中に投げ込んだ。それなりの道術があれば、外から『如意袋』の中に自由にものを入れられるし、取り出すこともできるらしい。

 

 しかし、逆に内側からは外に出ることはできない。

 それが『如意袋』の力だ。

 だから、『如意袋』の中に立ちこめているはずの悪臭は、こちら側には漂ってくることはない。

 ただ、壱都の口の周りに残っている排泄物の痕ひとつをとってみても、中はもの凄い臭いだろう。

 この一日だけで、かなりの量の豚の排泄物が『如意袋』の中に入れられたのだ。

 そして、その全部が壱都の腹の中に入った。

 

 木皿を投げ入れられた壱都は、それを受け取っても呆然としている。

 もはや、たった一日で、精根を抜かれたという感じだ。

 いまは、もう抵抗の言葉も哀願の言葉もない。

 ただ虚ろな表情をしているだけだ。

 

 宝玄仙は、ぎりぎりまで小さくしていた『如意袋』の大きさを拡大した。

 『如意袋』は、丸まってうつ伏せになっていた壱都が普通に座った姿勢になれるくらいには大きくなった。

 

「豚、その皿に大便しろ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご、ご主人様――」

 

 沙那は叫んだ。

 

「なんだよ、沙那――。いいじゃないか。外から持ってこられないというから、自分で“食事”を作らせているだけだろう――。おい、豚、わかっていると思うけど、その皿に大便したら、それを食うんだよ。命令だよ。それがお前の餌だからね」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は、聞いているだけで吐きそうになった。

 

 

 *

 

 

 旅の空だ――。

 

「国都にそれほどいたわけじゃないけど、なんか、旅も久しぶりって感じがするよね」

 

 先頭を歩く孫空女は言った。

 

「そうかい? まあ、宮廷の空気っていうのは、どこも醜悪には違いないね。権力争いとか、裏切りとかいろいろあるしね。宮廷だの王宮とかいう場所は、そういうものが、悪臭になって淀んでいる気がするよ」

 

 宝玄仙が応じた。

 その宝玄仙は、朱姫とともに、孫空女の後ろを歩いている。

 

「でも、あそこで食べた食事はとてもおいしいものでした。それに、あたしは、宮廷になんて入ったのは初めてでしたけど、ああいうところに出入りする王族や貴族は、やっぱり、着ているものや装飾具なんかも、ひと味違いますね」

 

 朱姫だ。

 

「そんなのは外見だけのことさ、朱姫。ひと皮むけば、権力におもねったり、驕ったりしている汚い内面がそこにあるんだよ。あまりにも醜いので、それを隠すために、豪華な衣装や装飾具が必要なのさ」

 

「じゃあ、ご主人様も、そういうものに染まりたくなくて、旅に出たというのもあるのですか?」

 

「冗談じゃないよ、朱姫。内面といえば、わたしよりも我が儘で残酷な女はいないよ。それくらいの自覚はあるさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 明るさを取り戻したような宝玄仙に接しながら、やっぱり、宮廷の空気は宝玄仙には合わないのだと、改めて孫空女は感じた。

 もしかしたら、沙那もそう思ったから、急かすように宝玄仙をけしかけて、旅を再開させたのかもしれない。

 壱都に対する宝玄仙の復讐が始まって三日目の朝、陽炎子や那美らがとめるのを振り切るようにして、沙那は強引に旅の出発を求めた。

 

 宝玄仙は、沙那に半ば強制されて、壱都への復讐を中止し、また、四人の旅が始まることになった。

 それに際して、陽炎子は兵を使ってでも、宝玄仙を引きとめる雰囲気だったが、沙那の頑な態度で、結局、出発を了承した。

 もっとも、国都の兵が束になっても、この四人だったら、それを突破する自信は孫空女にはあったが……。

 

「そういえば、沙那――。わたしは、聞いていなかったけど、結局は、この国の女王の地位については、どうなったんだい?」

 

 宝玄仙が沙那に訊ねた。

 沙那は、荷物を持って最後尾を歩いている。

 

「存じません」

 

 沙那は言った。

 

「ふうん、まあ、順当なら陽炎子が復位するんだろうねえ。それとも、壱都を形式的な女王にしておいて、裏で支配するか……。あの壱都は、いまや、誰の命令も逆らえないただの生き人形だからねえ」

 

 宝玄仙だ。

 確かに、これこらどうするのだろう。

 宮廷から出るときに、とりあえず、哀れなことになっていた壱都の外観は宝玄仙が元に戻した。多分、変なものを食わされたことによる身体の具合も治療したと思う。

 少なくとももう一度は、次の女王勝負のために、壱都を人前に出さなければならない。あのままでは、外に出せないので、最低限のことだけは、沙那がやらせたみたいだ。

 しかし、それ以上は、なにもしなかった。

 

「女人国の宮廷のことは、女人国の宮廷の人間に任せておけばいいんじゃないですか、ご主人様。わたしたちには、関係のないことですし」

 

「そりゃあ、そうだ、沙那」

 

 宝玄仙も明るく応じた。

 そろそろ、太陽も中天に差し掛かる。

 

「じゃあ、昼餉にしようか」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい」

 

 沙那が返事をして、道端の木陰にみんなを促した。

 

「ここじゃあ、駄目だね。道沿いじゃないか――。もっと、人目につかない場所にしておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、人目に?」

 

 沙那が微妙な表情で呟いた。

 孫空女も嫌な予感がする。

 宝玄仙が人目につかない場所で昼餉を取りたがるということは、その昼餉の場で人目があっては困ることを始めるということでもある。

 

 ただ昼餉として食事をすることが、人に見られて困る行為であるわけがない。

 少し道から外れて、奥まった場所に移動し、周りが樹木に囲まれている平らな場所を見つけた。

 そこで四人が車座になれる場所を作り、宝玄仙が結界を刻んだ。

 

 簡単な干し肉と干し餅を準備して皿に入れて配る。

 全員の前に、それが準備された。

 

「お前たち、合間に食べながらでいいからね」

 

 宝玄仙がそう言ったので、三人ともぎくりとして動きをとめた。

 

「あ、あのう……。合間に食べながらでいいというのは、どういう意味でしょうか、ご主人様?」

 

 沙那が全員を代表するかたちで宝玄仙に訊ねた。

 

「特段の意味はないよ。いつぞやは、あの壱都の暗殺隊のせいで、できなかった淫具の実験をやろうと思ってね」

 

 そう言って、宝玄仙は、あの『操人形(改)』を取り出した。

 

「ご、ご主人様――」

「なにをする気ですか?」

 

 孫空女が声をあげるのと、朱姫が叫ぶのが同時だった。

 沙那も驚いている。

 

「つべこべ言うんじゃないよ、ほらっ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は、突然、自分の身体の中に道術が侵入してきたのがわかった。

 宝玄仙が持っている『操人形(改)』と、この三人の身体が繋げられたのだろう。

 

「ほら、お前たちを三人同時に責めるときは、いつも『共鳴』だろう。だけど、『共鳴』は、身体に受けたひとりの快感を、ほかのふたりにも同じように受けさせてしまうから、本来の自分の快感じゃないわけだよね……」

 

 宝玄仙は、操人形を抱きながら言った。

 とてつもなく、嫌な予感がする。

 

 共鳴というのは、孫空女と沙那と朱姫の三人が、身体にまったく同じ宝玄仙の内丹印を刻んでいるために起きる現象であり、だれかひとりが快感を得ると、まったく同じ快感として、ほかのふたりも感じてしまうという現象だ。

 

 普段は、『共鳴』を封じる指輪か道術で、『共鳴』現象を防いでいるが、それを外してしまうと、三人の快楽の共鳴が開始される。

 『共鳴』が始まると、三人の快楽が繋がり、絶頂の深さも間隔も時期もまったく同調する。

 三人が快楽で溶け合うのだ。

 

「……だから、この操人形を使って、お前たちの三人に同じ刺激を与えたときの、反応の違いを知りたいと思ってね。つまり、お前たちの身体の感度の違いの実験さ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな……。ねえ、ご主人様、どうして、そんなことを知る必要があるんですか――?」

 

「わたしのやることに文句を言うんじゃないよ、沙那。お前たちは、ただ感じればいいだけだよ。ほら、最初は、胸からいくよ。胸の感度が一番いいのは誰だろうね?」

 

 宝玄仙が愉悦に浸った声で言った。

 次の瞬間、孫空女の手足が脱力した。

 『操人形(改)』に念を入れられたのだ。

 これで、自分の意思では動けなくなった。

 横を見ると、沙那も朱姫も同じ状態だ。

 

「ひゃ」

「ああ」

「はあぁ」

 

 誰が誰の声だがよくわからない。とにかく、三人同時に声をあげた。

 突然、両胸にねろりとした甘美な刺激が走った。

 宝玄仙を見ると、操人形の胸に自分の舌を這わせている。

 その刺激が孫空女の胸に伝わっているのだ。

 

 宝玄仙は、操人形の胸を執拗にぺろぺろと舐めたり、指で擦ったりしている。

 あっという間に、官能の疼きは胸から股間に伝わり、全身を痺れさせる。

 

「はふう……」

 

 孫空女は思わず息を吐いた。

 駄目だ……。

 孫空女は、こうやって動けなくされて与えられる愛撫に弱いのだ。

 あっという間に、自分が快感に包まれていくのがわかる。

 

「ほう、こうやって、比べると、胸が一番弱そうなのは、孫空女かい? だけど沙那もつらそうだね。一番、余裕があるのは、朱姫かねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女はつぶっていた眼を開けて横を見た。

 沙那は、自分の胸を腕で隠すようにして、俯いて小刻みに震えている。

 朱姫は、握り拳を作って、じっと歯を噛んでいる。

 

 そのあいだも、操人形を通した間接的な愛撫は続いている。

 胸が揉まれ、乳首をこねられる。

 宝玄仙の吸い付くような愛撫は、操人形を通しても全く同じだ。

 刺激を受けているのは胸だけだが、その疼きは全身に拡がっている。

 

「あっ……ああ……あっ……」

 

 あがってくる……。

 胸から拡がる官能の波が、孫空女に襲い掛かる。

 快感が胸なのか、股間なのかわからなくなる。

 ひとつに繋がる。

 そして、めくるめくような官能の嵐が一気に孫空女を襲った。

 

「あはああぁぁぁ」

 

 孫空女は首を仰け反らせて絶頂してしまった。

 自分でも驚くくらいの深い絶頂だった。

 胸だけでこんなにいってしまう自分に孫空女は驚いた。

 

 孫空女が達すると、操人形との接続が切断された。

 宝玄仙が、孫空女を操人形から切り離したのだ。

 孫空女に手足の感覚が戻った。

 

 沙那と朱姫のふたりは、まだ、よがっている。

 やがて、沙那が身体を前にくねらせて達した。

 絶頂すると沙那も操人形との接続を解かれた。

 

 最後に達したのは朱姫だった。

 朱姫が達するまでに、少し時間の間隔があった。

 

「胸については、孫空女、沙那、朱姫の順だね。まあ、孫空女は、全身が性感帯であるくらいに感じやすいからね。どの部位でも一番かもしれないね――。だけど、それは沙那も一緒か。そいうい意味では沙那が一番先だと思ったけど、意外だったねえ……。じゃあ、次は、肉芽にいこうか」

 

 宝玄仙の言葉とともに、また、手足の自由が利かなくなった。

 

「ま、まだやるのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は、音をあげた。

 

「当たり前じゃないか。全身を調べるんだよ。次は肉芽。肉芽の次は女陰。女陰については、人形の小さな女陰を責めるための小さな棒まで準備してあるんだからね。その後は、お待ちかねのお尻だ。ほかにも、全身を舐めたり、触手に包んだり、いろいろとやってみるつもりなんだ。愉しみにしておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな……。まさか、こんなことのために、『操人形(改)』を作ったんですか?」

 

 沙那だ。

 

「そうだよ。わたしは、わたしの趣味のために霊具を作っているんだよ。言いたいことがそれだけなら、始めるよ。やることはいっぱい準備してあるんだ」

 

 宝玄仙が操人形の股間に口をつけた。

 すると、甘美な爆発が肉芽に訪れ、凄まじい官能の痺れが、体表を伝わっていった。

 

「い、いくぅ――」

 

 びっくりするくらいにあっという間に、横で沙那が達した。

 だが、孫空女にも弾け飛ぶような快感が一気にやってきた。

 そして、込みあがる官能を感じる間もなく、快楽の絶頂に自分を押しあげていた。

 孫空女は、快感に我を忘れながらも、宝玄仙の心から愉しそうな笑い声をその耳に捉えていた。

 

 

 

 

(第29話『鬼畜女王と鬼畜女』終わり)






 *


【西遊記:54回、女人国女王(名は不明)】

 女人国女王は、あるとき、夢の中で、尊い存在が国都を訪問して、女王の夫になるというお告げを受けます。
 丁度そのとき、女王のところに、玄奘という法師がやってきて、通行手形に印を求めてきたという報告を受けます。
 女王は、玄奘の素性を知り、その玄奘こそ、お告げにあった人物だと確信します。

 女王に謁見することになった玄奘は、女王からいきなり結婚を申し込まれます。玄奘が断ると、女王は玄奘を軟禁してしまいます。
 困った玄奘が供に相談すると、孫悟空は自分がなんとかするから、とりあえず応諾して油断を誘えと助言します。

 玄奘が孫悟空の言葉に従い、結婚に応じる発言をすると、女王は上機嫌になり、供たちも呼んで盛大な宴をしてくれます。
 孫悟空は、その祝いの席で、自分たち三人だけで、天竺に向かうことにしたと口にして、玄奘に城郭の外まで見送って欲しいと頼みます。
 女王は許します。

 城郭の外には、玄奘のみならず、女王や兵も同行します。
 孫悟空は、城郭の外れで術を発して、女王と家来たちを痺れて動けなくします。
 孫悟空たちは、玄奘を連れて一目散に逃亡します。


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 第30話  お気に召すまま【多恋美羅(たれんちゅら)
186 多恋美羅(たれんちゅら)の館


「なんか霧が深くなったね……」

 

 前を進んでいた孫空女が、ついに途方に暮れたように立ちどまった。

 女人(にょにん)国を南に進む山道だったが、急に霧がたちこめて視界が悪くなった。

 異常なほどの深い霧である。

 昼間だというのに、ほとんど視界が利かず、まるで夜道を歩いているような感じだ。

 しかも、この付近の山道は、切り立った断崖沿いに道が続いている。

 一歩道を踏み外せば、谷底に滑落する危険もある。

 

「ご主人様、このまま、霧深い山道を進み続けるのは、少し危険です。なにしろ、わたしたちには不慣れな道です。道を踏み外して谷に落ちてしまう可能性もありますし……」

 

 沙那は言った。

 

「お前に任せるけど、どうするんだい、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「引き返したいと思います、ご主人様。今朝出発した麓の宿町まで戻りましょう」

 

「わかったよ」

 

 宝玄仙の言葉で態勢を変えて、再び元来た道を戻ることになった。

 孫空女が狭い道を戻り、再び逆方向になった全員の先頭に立つ。

 沙那は最後尾だ。

 

 孫空女が常に先頭であるのは、孫空女がこの一行の中で、最も感覚が鋭く、眼と耳が利き、さらに道術の探知もできるからだ。

 それに、なにかあったら最初に戦うのは孫空女だ。

 だから、孫空女はいつも荷物を持たない。

 そして、孫空女の後ろには、大抵は宝玄仙と朱姫が並んで進む。

 宝玄仙の日常的な世話は朱姫がやることが多い。

 沙那は最後尾で、一行の荷をほぼひとりで持っている。

 朱姫も荷を持っているが、中身は路銀と宝玄仙の身の回りの品と宝玄仙が遣う霊具だけだ。

 考えてみれば、旅を初めて、もう二年に近い歳月が流れていた。

 

 宝玄仙の旅の出発地は東方帝国の帝都だ。

 沙那が宝玄仙の供になったのは、帝都からそれほど離れていない愛陽という城郭だった。

 その一箇月後、東方帝国の西側の難所である五行山で孫空女が供に加わった。

 朱姫が供に加わったのは、東方帝国の西側の国境を越えた最初の宿町だ。

 

 それからこの四人で、東方帝国の属国とも呼ばれる諸王国を抜け、東帝国にとっては文明の境界といわれる通天河まで辿り着いた。

 通天河までやってきて思ったのは、そのは世界の果てでもなんでもなく、その先にも世界はあり、北にも南にも向かう道はあるという当たり前の事実だった。

 通天河よりも西は、魔域と称しているは魔族の生息地域だが、それすらも、別段世界を隔てる壁などがあるわけでもなかった。

 とにかく、色々あったが、そこから南に進路を変えて、通天河沿いの部落や小国家を過ぎ、いま旅をしているのがこの女人国だ。

 女人国を南に抜ければ、さらに別の人間の国があるそうだ。

 その果ては海があるらしい。

 

 故郷の愛陽には海はなかったから、沙那は一度も海というものを見たことがない。いまから、愉しみでもある。

 予定としては、そこから、再び海沿いに西に向かってから、今度は北上することになっている。

 魔域でも魔族の中心地域を避けるための迂回だが、一応の最終目的地は、金角、銀角の支配している魔域の西側の一角だ。

 

 もっとも、その金角と銀角の部下である倚海龍(いかいりゅう)によって、宝玄仙がその勢力地に辿り着くことがないようにと、通天河の真ん中に放り捨てられた。

 だから、金角と銀角の勢力地に受け入れてもらえないような場合については、目的地も変化するということになるだろう。

 いずれにしても、あてがあるようでない旅だ。

 

「まあ、万事、お前たちに任せるよ。それに、日があるうちに休むのは、大歓迎だよ。それだけ、愉しみの時間が増えるということだろう?」

 

「愉しみ……ですか?」

 

 沙那はうんざりしながら応じた。

 このあとの宝玄仙の言葉は予想もつく。

 

「じゃあ、今夜はどうする? 久しぶりに、この四人でくんずほぐれつの大乱交といくかい? 四人全員が後手縛りをして、舌だけで愛し合うのさ。今日は、このわたしもちゃんと、お前たちと同じように後手縛りになってやるよ」

 

 宝玄仙が嬉しそうに言った。

 

「そっちの方は、ご主人様に万事お任せします。もう、諦めていますから」

 

 また、いつもの馬鹿げた気まぐれだ。

 沙那は嘆息した。

 

「だったら、あたしたちは、『魔縄』で縛るんでしょうけど、ご主人様は駄目ですよ。逆に普通の縄ですからね」

 

 朱姫だ。

 

 『魔縄』とは、霊気を帯びた縄であり、一度結ぶと簡単に結んだだけでも道術なしでは絶対に解けないという霊具だ。

 宝玄仙がそれを使用した場合は、宝玄仙の魔術を上回る術遣いでなければ、解くことはできないから、事実上、宝玄仙しか解くことができない。

 朱姫が言ったのは、宝玄仙自身を拘束するのは、宝玄仙が術で解くことができる『魔縄』ではなく、霊気を帯びていない縄を使ってくれということだ。

 宝玄仙は大きな力を持つ道術遣いなので、霊気を帯びているものであれば、なんでも自在に扱える。

 だが、逆に、霊気を帯びていないものについては、道術で自由にすることはできない。

 

 これは、道術理に基づくもので、道術にしろ、魔術にしろ、すべては、人であれ、物であれ、備わっている霊気、あるいは魔力を意図的に動かす術のことなのだ。

 だから、霊気を帯びていない普通の縄を宝玄仙は、簡単には術で解くことはできない。

 

 もっとも、宝玄仙は霊具作りの天才だ。

 霊具というのは、霊気を帯びていないごく普通の物に力霊気帯びさせて、道術を発揮するという術を施した道具だ。

 宝玄仙は霊具作りの天才なので、普通の縄で縛られても、それを霊具に変えて、魔術で縄抜けをするというようなことができる。

 もっとも、それには、時間がかかるし、術を刻むための集中も必要なので、性愛をしながら普通の縄を霊具に変えてしまうというのはできないはずだと、朱姫は考えているのだろう。

 

「わかったよ。普通の縄で相手してやるよ。ふふふ、だけど、この宝玄仙の舌技にお前らが勝てるとは思わないけどね」

 

「ふふふ、条件が同じなら、朱姫も負けませんよ。ご主人様を追いつめて、泣かせてさしあげます」

 

 朱姫も応じた。

 

「ほう、愉しみだねえ。じゃあ、今夜は正々堂々と迎え撃ってやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那も気合いを入れることにした。

 朱姫の言葉じゃないが、こうなったら三人で宝玄仙を集中砲火して責めるしかない。折角の機会だ。宝玄仙を泣かせることができるなら、日頃苛められている溜飲も下がるというものだ。

 そのとき、不意に強烈な一陣の風が吹いた。

 

「うわっ、なんだい?」

 

「きゃああっ」

 

「な、なに?」

 

 咄嗟に沙那は、宝玄仙の身体を庇ったが、その横で態勢を崩した朱姫が、崖下に向かって飛ばされた。

 

「わっ、朱姫――」

 

 沙那の眼の前で、朱姫が風に飛ばされて谷に落ちていく。

 しかし、沙那は宝玄仙を庇っているために動けない。

 

「ちっ」

 

 崖下に落ちようとしている朱姫に、前を歩いていた孫空女が飛びついた。

 そのまま、ふたりで、崖の下に落ちていく。

 

「孫女――、朱姫――」

 

 沙那は、宝玄仙を支えながら悲鳴をあげた。

 ふたりの身体が崖下に消えた。

 

「ご主人様、姿勢を低くしてください――」

 

 とにかく、宝玄仙をその場に座らせる。

 また、強風が吹いて飛ばされる可能性がある。

 沙那はすぐに、崖下を覗いた。

 

「沙那ああ――」

 

 孫空女の声だ。

 崖下に半間ほど落下した場所だ。

 

 そこで、孫空女が『如意棒』を岩に突き差して、腕一本で宙吊りになる身体を支えている。

 もう一本の腕は、片手で朱姫を掴んでいる。

 その下は、完全な絶壁だ。

 かなり深いようだが、崖の下がどうなっているのか、霧のために見えない。

 沙那は、荷物の中から魔縄を取り出し、道の反対側の樹木の幹に巻いた。

 そして、どんどん繋げて、崖の途中で宙吊りになっている孫空女たちに向かって縄をおろしていく。

 

「孫女、縄よ――」

 

 沙那は崖下を見下ろし、朱姫を支えている孫空女に向かって叫んだ。

 縄は孫空女と朱姫に届いている。

 孫空女は、片手で自分を支えたまま、朱姫の腕を自分の腕一本で抱えて、朱姫の空いている手に『魔縄』を近づけた。

 

「朱姫、縄を手で掴め」

 

「はい、孫姉さん」

 

 朱姫が、『魔縄』の縄尻を手首に巻いて握った。

 それだけで、『魔縄』はしっかりと固定されて、解けないはずだ。

 本当はこういうのが、魔縄の本来の使い方だ。いつもいつも、嗜虐用の拘束具ではないはずだ。

 沙那は縄を引き、まずは、朱姫を引っ張りあげた。

 朱姫は這うような姿勢で上にあがってきた。

 手を地面につけたまま、激しく息をする。

 

 そして、次にもう一度、『魔縄』を降ろす。

 孫空女は、沙那の手を煩わせることなく、『魔縄』を掴んでひとりで登ってきた。

 

「み、皆さん、ありがとうございます……。孫姉さん、助かりました……」

 

 朱姫は、まだ蒼い顔をしている。

 

「それにしても、凄い突風だったよね。霧の次は風なんて、今日の天気はどうかしているよね」

 

 孫空女が言った。

 

「みんなの身体を『魔縄』で縛りましょう。また、突然の突風が吹いても、それでお互いに支えられます」

 

 沙那は言った。

 

「だったら……」

 

 宝玄仙がなにかを喋ろうとした。

 

「駄目です、ご主人様――」

 

 沙那は、慌ててそれを遮る。

 

「まだ、なにも言っていないじゃないか、沙那」

 

 宝玄仙が不満気に言った。

 

「どうせ、じゃあ、股間縛りで繋ごうとか……そういうことを言うつもりだったんじゃないですか、ご主人様?」

 

「よくわかるねえ、沙那」

 

 宝玄仙が感嘆するような声をあげた。

 

「わかりますよ。もう、かなりの付き合いになりましたから……。というか、本当にそんなこと考えていたんですか……? とにかく駄目です。おりたらなにをしても結構ですので、いまはそういうことはやめましょう。おかしな刺激を受けて、いざというときにうまく動けなかったら命に係わります。縄は全員が腰縄で繋ぎます。そして、みんなでできるだけくっついておりましょう」

 

 沙那は言った。

 

「いいねえ……。その言葉に偽りはないね、沙那?」

 

 宝玄仙がにやりと微笑む。

 

「えっ?」

 

 嫌な微笑みだ。自分はなにか言ったのだろうか?

 

「なにをされてもいいと言ったね? じゃあ、下におりたら予定変更だ。四人で乱交することについては変化なしだが、後手に縛るのは、沙那だけにするか。ほかの三人は、拘束なしにしようね」

 

「そ、そんなあ……。そうしたら、わたしだけが狙いうちじゃないですか。ほかの人は手を使うんでしょう?」

 

「お前は舌を使えばいいだろう。くんずほぐれつの大乱交さ」

 

 冗談じゃない。

 ひとりだけ拘束されれば、寄ってたかって全員に責められるに決まっている。

 一度火がつけば、沙那の身体は、どうしようもなく燃えあがってしまう。

 際限のない絶頂地獄に落とされるのは間違いない。

 

「ず、狡いですよ。わたしだけ舌だけなんて」

 

 沙那は抗議した。

 

「なにをしてもいいと言ったじゃないか、沙那。二言はないだろう?」

 

 宝玄仙が意地の悪い表情で微笑む。

 

「ちょ、ちょっと、孫女、なにか言ってよ」

 

 このままでは、三人で宝玄仙を集中して責めるという沙那の予定がぶち壊しだ。

 沙那は、思わず孫空女に助けを求めた。

 この場合、朱姫に助けを求めるのは逆効果だ。

 宝玄仙と同じ性癖を持つ朱姫は、こういうときには、必ず、自分の嗜虐癖を発散できる側に回る。沙那を容赦なく責めたてられる方を望むに決まっている。

 沙那の味方をしてくれそうなのは孫空女だけだ。

 しかし、孫空女は、素知らぬ顔をしている。

 

「ねえ、聞こえないの、孫女?」

 

 沙那は、反応のない孫空女に叫んだ。

 

「ごめん、沙那、聞こえない」

 

 孫空女は沙那に振り返ることなく答えた。孫空女は、一心不乱に、腰縄を準備している――ふりをしている。

 

「う、裏切るのね、孫女」

 

「裏切るって……」

 

「お、お互いに助け合ってきた仲じゃないの、孫女」

 

 沙那はまた言った。

 

「勘弁してよ。ご主人様の嗜虐癖の前では、仁もなければ、義もなしだよ。あたしだって、自分が大事だもの」

 

 孫空女は沙那を見ないまま言った。

 沙那はがっかりした。

 

「さあ、観念して行くよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那は、納得のいかないものを感じながらも、自分と宝玄仙に腰縄を結んで繋ぐ。

 そして、更に朱姫と孫空女の繋がっている縄尻にそれを結ぶ。

 

「じゃあ、行こう」

 

 孫空女が言った。

 進み始めると、時折、かなりの突風が山落ろしの横風になり、身体を崖の方向に時折押した。四人で支え合ってなんとか、やり過ごしながら進む。

 

「……なんか、おかしいよ」

 

 不意に孫空女が言って立ちどまった。

 

「どうしたの、孫女?」

 

 沙那は言った。

 

「来た道と違う。どこかで道を間違ったかも……」

 

「え?」

 

 沙那は前を見た。

 これだけの強風というのに、いよいよ霧が深くなっている。

 確かに、本当におかしな天候だ。

 

 そのため、まだ、日も高いはずだが、まるで夜を迎えようとしているかのように視界が悪い。

 沙那には、いまの道が逆戻りをしている道なのか、それとも、違う道なのか区別がつかなかった。

 よく知っている道じゃない。

 朝からの霧の中を通って来た道だ。

 感覚の鋭い孫空女がいうのなら、道を間違えたというのは本当なのだろう。

 

「……待って、灯りが見える」

 

 前に眼を凝らしていた孫空女が言った。

 

「灯りなんて見えませんよ」

 

 朱姫が顔をあげて言った。

 沙那にも、灯りらしきものは見えない。

 

「わたしも……あれっ?」

 

 しかし、次の瞬間、沙那にも深い霧の向こうにほんの微かになにかが見えた気がした。

 

「なにか見えたね」

 

 宝玄仙も言った。

 

「とにかく、進みましょう」

 

 沙那は前進を促した。

 少し進むと、小さな灯は明らかになった。

 霧深い山道にぽつりと灯がともされているのだ。

 一行は、その灯に向かうように進んだ。

 

 やがて、一件の小さな建物の前に辿り着いた。

 二階建ての木造の小さな宿屋だった。

 一階が食堂になっていて、二階に旅人を泊られるというかたちのどこにでもある典型的な宿屋だ。

 

 ただ、周りになにもない樹林を切り拓いて一軒だけぽつりと建てられていて、なぜこんなところに建物があるのだろうという感じだ。

 濃い霧のためにわからないが、この宿屋以外には、周囲に人が住むような里や部落さえもある様子がない。

 もの凄くおかしな雰囲気だ。

 とにかく腰縄を解く。辺りには、まだ嵐のような強風が吹き荒れている。

 

「ほう……これは……」

 

 宝玄仙が建物を見ながら呟いた。

 

「どうかしましたか、ご主人様?」

 

 沙那はなにか複雑な微笑みをしている宝玄仙に訊ねた。

 

「……いや、なんでもないよ。とにかく、入ってみるかね」

 

「でも、なんかおかしな感じじゃ……」

 

 しかし、沙那が口を挟む間もなく、もう、宝玄仙は宿屋の中に入っていった。

 慌てて、沙那も追う。

 孫空女と朱姫がそれに続く。

 

 中にはがらんとしていて、薄暗い燭台が食堂の真ん中に置いてあった。

 

「宿泊ですか?」

 

 四人が入ると、奥から白い服のひとりの少女が現れた。

 

「……お前がこの宿の主人かい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうです」

 

「大部屋をひとつだ。食事も欲しい。いくらだい?」

 

「大部屋はありません。すべてひとり部屋です――。宿代はなにで支払われるのですか? こんな場所にある宿屋ですから、お金の代わりに、それに見合う物で支払って頂いても構いませんが……」

 

 少女は言った。

 いや、少女というのは見た目だけのことであるようだ。

 沙那は、彼女の落ち着いた喋り方としっかりとした物腰から、彼女が実際には少女というような年齢ではない気がした。

 

「銀粒で払います」

 

 朱姫だ。

 この一行の路銀を管理しているのは朱姫だ。

 さっそく朱姫は、宿屋の主人である少女と代金の交渉を始め出した。

 

 三人でしばらく待つ。

 なぜか、交渉に時間がかかっているようだ。

 仕方なく、食堂の空いている席に座った。

 卓は全部で五個であり、ひとつの卓に四個から六個の椅子がある。

 

「……ご主人様、どうしても、ひとつの部屋を二人以上で使うことは駄目なんだそうです」

 

 やがて、朱姫がこっちにやってきてそう言った。

 

「お前の名は?」

 

 宝玄仙が女主人の少女に向かって言った。

 

多恋(たれん)です」

 

「じゃあ、多恋、どうして、ひとり部屋でなければ駄目なんだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「それぞれの部屋には寝台がひとつしかありません」

 

 多恋が応じた。

 

「構いません。わたしたちは、ご主人様の供ですから、床で寝られればそれでいいのです」

 

 沙那は言った。

 

「なんと言われようとも、ひとつの部屋に、おひとりずつ泊っていただけなければ困ります」

 

 言葉は丁寧だが、態度は頑なだ。

 多恋は引きそうにない。

 

「わかったよ。それでいい。今日は、ひとりずつ寝よう」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は驚いた。

 旅が始まって以来、宝玄仙はほとんどひとりで部屋で休んでことがない。

 ひとりで休んだことがあるのは、旅の最初の頃、まだ旅が天教教団の八仙としての巡礼の体裁だったときに、教団施設に宿泊するときに、そうしていたくらいのことだ。

 その天教教団の手配を受けることになってからは、宝玄仙の身を護るためにも、少なくとも三人のうち誰かは宝玄仙と一緒にいるようにしていた。

 

「いけません――。ご主人様がおひとりでは、なにかあったときに危険です。孫女か、朱姫か……それともわたしをご指名ください。ご主人様をお守りする者が必要です」

 

 沙那は言った。

 できれば、沙那自身が宝玄仙と同室となるのは避けたいが、宝玄仙をひとりにするのはもっと心配だ。

 

「心配ないよ。この宿屋はね――。お前たちは、わたしらをとって喰いはしないだろう?」

 

 宝玄仙が多恋を見た。

 

「もちろん、とって喰いはしませんが……。失礼ながら、お客様は、当館をご利用したことがあるのですか?」

 

 多恋が無表情のまま言った。

 

「この宿についてはないよ。ただ、お前たちについては知っている。昔、お前たちの仲間と暮らしたことがある」

 

 宝玄仙がそう言うと、無表情だった多恋が驚いたような表情になった。

 沙那も驚いた。

 

「この多恋さんをご存じなんですか、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 

「こんな小娘なんか知っているわけないだろう――。お前もわたしのことを知らないだろう、多恋?」

 

「存じません」

 

 多恋は言った。

 意味ありげな宝玄仙の物言いが気になる。

 あれは、なにかを隠しているときの宝玄仙だ。

 

「いいんだよ、沙那。今日は、ひとりずつだ。ちょっと早いが、荷を置いて食事にしよう。その後は、明日の朝までお前たちはそれぞれ自由にしていい。わたしの世話もいらない――。いいね」

 

「そ、それは構いませんが……。でも……」

 

 やはり、宝玄仙をたったひとりにするというのは気にかかる。

 それまでそんなことをしたことがないのだ。

 宝玄仙の敵は多い。

 これまでだって、予想もしない襲撃を受けたことも珍しくはなかった。

 

「それとも、お前は、くんずほぐれつの大乱交がやりたかったのかい、沙那? 部屋では無理そうだけど、ここでならできるんじゃないかい? お前がどうしてもというんなら、この食堂の床の上でやるかい? 大乱交を――」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は慌てて、首を横に振る。

 

「わかりました。ご主人様がそれでよろしいなら、今夜についてはそれで……」

 

 沙那は言った。

 まあ、宝玄仙のことだ。部屋に結界を組んで入れれば問題はないだろう。

 それに、この議論が長引けば、本当に食堂の床の上で乱交をしようと言うかもしれない。

 さっきは、冗談で言ったようだが、一瞬後には、それも面白そうだなとか考えるかもしれないのが宝玄仙だ。

 

「ところで、ここが、わたしの知っているお前たちの館だったら、娼婦の世話もするんじゃないかい、多恋?」

 

 夕食の支度を始めようとしていた多恋に、宝玄仙がそんなことを言いだした。

 やはり、おかしな物言いが気になる。

 なにか変だ。

 

「娼婦って……あたしたちは、女だよ、ご主人様」

 

 孫空女が口を出した。

 

「それがどうしたんだい、孫空女。ここは、女人国だよ。女同士で愛し合う国だよ。客も女なら娼婦も女さ。そうなるだろう――。それとも、お前は男娼を呼びたいのかい?」

 

「と、とんでもないよ。男娼なんて」

 

 孫空女が眼を白黒している。

 

「申し訳ありませんが、確かにここは女人国の一部なので男娼は呼べません。しかし、女の娼婦だったら準備できます。お好みの女がいれば、申し付けください」

 

 多恋がそう言ったので、沙那は少しばかり驚いた。

 ここに娼婦がいるという感じがしなかったからだ。

 それどころか、この多恋のほかに、人がいる気配がしない。

 この多恋がひとりで経営している宿屋だと今まで思っていた。

 

「……どこかに、ほかに女の方がいるのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「いいえ、ここにはおりません。しかし、近傍の村と契約しているのです。呼び出せばやって来てくれます。どのような女でも準備できますが?」

 

「近傍の村って……。でも、外はこんな強風ですよ。それに霧です……。まだ陽もあるのにあんなに暗いのですから、夜道は危険では……」

 

「問題ありません。どのような女がお好みがお申し付けください。娼婦を安全に運んでくる手段は幾らでもあります」

 

 多恋は言った。

 そう言われると、『移動術』のような術もある。

 しかし、眼の前の多恋は道術遣いなのだろうか。

 そんな雰囲気はないが……。

 

「じゃあ、ひとりずつ娼婦をあてがってもらうとするか。沙那、お前はどんな女に来てもらう?」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は慌てて、首を横に振った。

 

「ひ、必要ありません。お願いですから、ひとりで寝かせてください」

 

 沙那は言った。

 

「しょうがないねえ――。じゃあ、孫空女は?」

 

「あたしもひとりがいいよ、ご主人様」

 

「わかった。おまえたちふたりは、娼婦なしだね――。だったら、朱姫、お前は呼びな。そして、どんな感じだったか、明日の朝、わたしに報告するんだ。いいね」

 

 宝玄仙は朱姫に言った。

 

「え、ええ――? あ、あたしもひとりがいいです」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「遠慮するんじゃないよ、朱姫。本当は“責め”のお前が、わたしに飼われて“受け”に回っていろいろと欲求が溜まっていることは知っているよ。たまには、本来の“責め”に戻って思い切り発散しな」

 

「そんなあ」

 

 朱姫が困惑した声をあげる。

 だが、宝玄仙は無視して、多恋に話しかける。

 

「多恋、こいつは、小娘のような外見だけど、とんでもない嗜虐癖でね。そういう朱姫の相手になりそうな娘はいるかい?」

 

「ご主人様に、そんなこと言われたくはありませんよ」

 

 朱姫は頬を膨らませた。確かに、宝玄仙から、「とんでもない嗜虐癖」だと称されたくはないだろう。宝玄仙こそ、限度のない嗜虐の性癖の持ち主だ。

 

「だったら、ちょうどいいのがおります。まだ、娼婦になるのは経験が不足で、これからいろいろと教えていかなければならないと思っていた娘がおります。その娘を寄越しましょう。その娘に、女と愛し合う悦びを教えてあげて貰えますか、朱姫さん?」

 

 多恋が言った。

 

「いいだろう。朱姫、じゃあ、その娘を調教するんだ。ひと晩でどのくらい調教できたか、わたしに見せるんだよ――。もともと、烏斯(うし)国の東の国境沿いの分限者の娘を調教してたらし込んでいたお前だ。嫌な仕事じゃないだろう?」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 最初に朱姫に会ったとき、朱姫は、まだ能生(のうう)と名乗っていて、少年の格好をして大きな商家で働いていた。

 その商家の娘が(あかり)といい、まだ能生だった朱姫は、その朱を性の技でたらし込んで、宝玄仙を襲おうとした。

 

 もちろん呆気なく宝玄仙に抑えられ、朱姫は真名が「八戒姫(はっかいき)」であることを白状し、たらし込んでいた朱の一字を取って、真名を「朱姫」と変えさせられた。

 真名を変えるということは、魔族にとっては支配を受け入れるという意味らしい。

 血の半分が魔族である朱姫は、それで、宝玄仙の支配を受け入れている。

 

「まあ、嫌じゃないですけど……」

 

 朱姫がぺろりと自分の唇を舌で舐めた。

 

「では、あなた様はどのような女になさいますか?」

 

 多恋が宝玄仙に言った。

 

「お前だよ、多恋。お前がおいで」

 

 宝玄仙が言った。

 すると多恋が微笑んだ。

 

「嬉しゅうございます」

 

 多恋はそう言った。



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187 幻の妹-朱姫の部屋

 こんな山の中にある一軒家のような宿屋にしては、おいしい食事だった。

 そして、下の食堂で夕食をとった後は、四人それぞれの部屋で朝まですごすということになった。

 

 沙那と孫空女は、久しぶりにゆっくりとひとりで寝られる一夜を選んだが、朱姫については、宝玄仙から強制的に娼婦候補生の娘をひと晩でたらし込むように命令された。

 嫌も応もない。

 宝玄仙の命令だ。従うしかない。

 まあいい……。

 こういうことが嫌いかと言われれば、嫌いではないと答えるしかない。ただ、知らない相手だと緊張するだけだ。

 だが、今夜はもう覚悟を決めた。

 朱姫は、いま、その娘が来るのを待っているところである。

 

 しかし、娘は近傍の村からやってくるということだが、それもおかしなことだ。

 沙那も言っていたが、この霧と風の中を娼婦として身体を苛まれるためにやってくるというのは不自然だ。

 どこかに術遣いでもいて、『移動術』でやってくるというのであればわかるが、あの多恋(たれん)は、道術遣いではない。

 朱姫にはわかる。

 道術遣いとそうでないかの違いくらいなら朱姫にもわかるのだ。

 かといって、ただの人間でもない気がする。彼女はなに者だろう?

 その時、戸が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 朱姫が応じると、外からひとりの少女が入ってきた。

 小柄で、年齢は朱姫よりもひとつかふたつ下という感じだ。

 透けて見える丈の短い一枚の下着を着ていた。

 その下にはなにもつけていない。

 薄い布地を通じて、発達途中の恥毛が透けて見える。

 足も素足だ。

 

「ご調教、よろしくお願いします」

 

 少女は戸の前で跪き、寝台に腰掛ける朱姫に深々と頭を下げた。

 

「あたしは、朱姫よ」

 

「よろしくお願いします。朱姫様」

 

 頭を下げたまま少女は言った。

 その言葉で、朱姫は自分の中でなにかが起きたのを感じた。

 朱姫の中の嗜虐の火が灯ったのだ。

 

「あなたの名は?」

 

朱那女(しゅなじょ)です」

 

 朱那女と名乗った少女は言った。

 本名かどうかはわからない。朱姫と沙那の孫空女の名を知って、適当につけた名かもしれない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「……顔をあげなさい」

 

「はい、朱姫様」

 

 朱那女は顔をあげた。

 どこかで見た顔のような気がした。

 誰かに似ているのだ。

 そして、それが誰かがすぐにわかって朱姫は苦笑した。

 なんのことはない。

 朱那女は、朱姫自身に似ているのだ。

 不思議にもやってきた少女は、朱姫にどことなく面影が似ている。

 

「今夜は、あたしがあなたを調教するわ。聞いている?」

 

「聞いております、お客様。よろしくお願いします。朱那女に女の悦びを教えてください」

 

 朱那女はまた、両手を床につけて頭を下げた。

 

「その薄物を脱いで素裸になりなさい。その薄物は椅子の背にかけて……。じゃあ、寝台の上においで」

 

 朱姫は言った。

 全裸になった朱那女が寝台にあがってきた。

 

「両手を頭の後ろに回して、膝で立ちなさい」

 

「はい」

 

 朱那女が両腕を頭の後ろで組んで膝立ちになる。

 朱姫は、縄を取り出して、朱那女の細い首に首輪を作って結んだ。次いで、その縄尻を身体の前を通して背中側に回す。もちろん、朱那女のちょうど敏感な部分に当たるように調整して縄瘤を作っている。

 力を加えて、朱那女の股間に縄を喰い込ませる。

 

「あっ……」

 

 感じやすい場所を縄瘤で圧迫された朱那女が、顔を紅くして腰を悶えさせた。

 しかし、その動きで、さらに刺激を大きくしてしまったらしく、慌てて動きを止める。

 

「たった縄一本で動けなくなったでしょう。でも、これからよ」

 

 朱姫は、朱那女の双臀を割って背中に回った縄尻で、朱那女の頭の後ろの手首を束ねて結びつけた。

 しかも、縄の長さを調節して、朱那女が少し反り返らなければいけないくらいの長さにしてやる。

 中途半端な腕の位置は、朱那女にとっては少し苦しいはずだ。

 しかし、腕を頭にあげて安定させようとすると、縄瘤が股間を食い込むんで圧迫することになる。

 

 朱那女は縄に翻弄されるはずだ。

 その証拠に、まだ縄をかけただけだというのに、甘い吐息をしながら、小さな身悶えを始めた。

 

「朱那女、見てご覧なさい。この縄、あなたの股間に食い込んでいる部分だけが黒いでしょう? どうしてかわかる?」

 

「い、いえ……」

 

 紅い顔をした朱那女が小さく首を横に振った。

 

「股間に当たる部分には、たっぷりと媚薬を染み込ませたのよ。この宿に来てから、すぐに媚薬を融かした水を準備して浸けておいたの。もうすぐ、疼いて堪らなくなるわよ」

 

「そ、そんな……ううっ」

 

 媚薬という言葉に反応して朱那女が、大きく身体を動かした。

 しかし、その動きが背中に回した腕をあげることになり、それによって股間を責められてしまい、朱那女が思わず喘ぎ声を出したのだ。

 

「さあ、始めるわよ」

 

 まだ服を着たままの朱姫は、朱那女の前に移動すると、その朱姫と同じくらいの小ぶりの胸を舌でぺろりと舐めあげた。

 

「はあぁぁ……ああっ」

 

 朱姫の舌が朱那女の乳首を跳ねあげると、朱那女はうなじを仰け反らせて声をあげた。

 そして、また縄瘤に刺激を受けて、大きく息を吐く。

 

 朱姫は、その反応を愉しみながら、ねっとりとした乳首責めを続けた。

 舌が肌を動くたびに、身体を震わせて反応する朱那女は、その都度、縄瘤に股間を締めつけられて、甘い声を出した。

 そして、その縄瘤に翻弄される動きが、さらに強く縄瘤を動かすことになり、だんだんと朱那女の放つ声は大きなものになる。

 だが、朱姫の舌技に反応すまいとすると、無防備な身体に絶妙な朱姫の責めを全面的に受け入れることになり、朱那女が胸から受ける官能が大きくなるのだ。

 朱那女は、抜き差しならない状態に追い込まれているはずだ。

 その喘ぎが激しいものになっていく。

 

「ああぁぁああ……ああん――あうっ――」

 

「まだ、胸だけよ、朱那女。それなのに、もう、こんなに感じちゃって、はしたない娘ね」

 

 朱姫は、朱那女に食い込んでいる縄瘤に手をやると、前後に激しく動かした。

 

「は、はひいっ――い、いいっ――」

 

 朱那女は震えるような喘ぎとともに、大きく身体を動かした。

 それで、強い股間の刺激をまた受けて、身体を慌てて硬直させる。

 しかし、朱姫は朱那女に備えさせる余裕は与えるつもりはない。舌による胸の責めを続けながら、股縄を前後左右に大きく揺さぶる。

 

「は、はあ……はひっ――い、いいっ――いくっ……いきます……いく――いく、いく、いくううぅぅぅぅ――」

 

 壮絶な声をあげて、朱那女が太腿と痙攣させて震えだした。

 朱姫は、その反応を見計らうと胸と股間からさっと舌と手を離す。

 

「……そ、そんな、朱姫様」

 

 絶頂寸前で刺激を取りあげられた朱那女が切なそうな表情になる。

 

「そう簡単にいかせてあげるわけないでしょう、朱那女」

 

「だ、だって……ううっ」

 

 また、縄瘤の刺激を受けたのだ。

 朱那女の表情が泣きそうなものになった。

 

 しばらく時間を置いて、朱那女の身体の火照りが少しだけ鎮まるのを待ち、また、朱姫は胸と股間への愛撫を始める。

 だが、やはり、朱那女が絶頂寸前の反応を示したところで止める。

 

 同じことを十回は続けた。

 すると朱那女は半狂乱になった。

 

「か、勘忍して下さい――。いかせて、いかせてください」

 

 朱那女は泣き叫んだ。

 

「そんなにいきたければ、いけばいいでしょう。自分で縄を動かしてね――。それに、もう、たっぷりと媚薬の染みを受け取ってしまって痒くてどうしようもなくなっているんでしょう、朱那女?」

 

 朱姫は言った。

 さっきから朱那女は、腰をもじもじと動かし続けている。そろそろ、媚薬が効いてきておかしくない頃だ。

 度重なる朱姫の翻弄で、すでに息も絶え絶えになっている朱那女が苦しそうに喘ぐ。

 

「わ、わかりました……。しゅ、朱那女は自分でいきます……」

 

 朱那女が羞恥に染まった表情で頷く。

 縄を使って自分で気をやるなどということは、女としては最大の恥辱のはずだ。

 しかし、朱姫の焦らし責めに音をあげた朱那女は、その羞恥を捨てる覚悟したのだ。

 

「あ……ああ……あああっ――ひ、ひっ――」

 

 朱那女はこれまで耐えていた動きを解放し、後ろに回っている腕を使って、股間に喰い込んでいる縄を激しく動かし出した。

 

「縄で自慰をするなんてはしたない娘ね」

 

 朱姫は朱那女に言った。

 

「はい……ああ……ひいっ――は、はしたないです――朱那女は、は、はしたないです……ああっ……」

 

「勝手にいっては駄目よ、朱那女。いきそうになったら報告しなさい」

 

「は、はい……。い、いく……いきます……。は、はしたなく縄でいきます。はしたない朱那女を見てください――。い、いくっ……ああっ――あああ」

 

 朱那女が憑りつかれたように叫んだ。

 真っ赤に高揚して汗が張りつている朱那女の裸身がさらに高揚する。

 

「見ているわ。じっとね――」

 

「いくっ――いきます――」

 

 朱那女が叫んだ。

 だが、朱姫はどこまでも朱那女を追いつめるつもりだった。

 焦らしは、朱姫のもっとも得意な責めであり、この性の技で、朱姫と同じ年代の娘を数人はたらし込んだ。

 朱姫の焦らし責めで屈服しなかった娘はいない。

 

 朱姫は、ここでも縄で絶頂を迎えようとようとしてた朱那女に縄で気をやることを許さず、ぎりぎりのところで、首の縄を外して、さっと、股間から縄を抜いてしまった。

 

「ひいぃ――。ひ、ひどい、酷いです――」

 

 朱那女が涙を流して悲鳴をあげた。

 だが、朱姫は、それに構わずに、朱那女を寝台に仰向けに倒すと、今度は背中で手首を縛った縄尻を寝台の上部の手摺に結んだ。

 そして、別の縄を取り出すと、朱那女の左右の脚を大きく開かせて、それぞれ寝台の脚に結びつける。

 

「じゃあ、続きをやっていいわ、朱那女」

 

「ああ、そんな……ひ、酷すぎます――」

 

 両手を頭の後ろに回し、脚を開いて拘束されている朱那女には、もう太腿を擦り合すことさえできないのだ。自分で気をやることなどできるわけがない。

 

「どうしたの、朱那女? もう、いかなくていいの? お股が痒くないの?」

 

 朱姫は朱那女をからかいながら、朱那女の股間に手をやる。

 触れるか触れないかの微妙な強さで、すっかりと勃起して熱くなっている肉芽を擦る。

 朱那女は、おこりがついたかのように全身を痙攣させる。

 だが、また、朱姫は指を朱那女から離す。

 

「ああ、また……ひ、酷いです……お、お願いです――いかせてください――、お姉様――、ああっ、そ、それに、か、痒くて……」

 

 朱那女が感極まった様子で叫んだ。

 

「お姉様?」

 

 朱姫は、朱那女のその言葉に思わず、繰り返してしまった。

 

「も、申し訳ありません――、お、お客様。あ、あたし、つい……」

 

 朱那女が自分の言葉にびっくりしてしまった感じで、顔を少しだけ蒼くした。

 

「いいのよ、朱那女。あたしも嬉しい。でも、お姉様じゃなく、“お姉ちゃん”って呼んでくれない。どう考えても、あたし、お姉様って感じじゃないもの」

 

 朱姫は笑った。

 

「は、はい、朱姫お姉ちゃん」

 

 朱那女が恥じらいの表情を浮かべて言った。朱姫の中になにか熱いものが込みあげた気がした。

 

「いかせて欲しいの、朱那女? だったら、お姉ちゃんにそう言いなさい」

 

 朱姫は言った。

 

「もう、いかせてください、お姉ちゃん」

 

「いいわ。いかせてあげる……。でも、そのためには、お前もご奉仕しなきゃ。まだ、あたしは、朱那女になにもしてもらってないもの」

 

 朱姫は言った。

 

「ああ……なんでもします。言ってください。朱那女は朱姫お姉ちゃんのためになんでもしますから、どうか言ってください」

 

 朱那女が叫んだ。

 朱姫は、寝台の上で自分の服を脱ぎ、朱那女の薄物がかけてある椅子に置いた。

 朱那女と同じように全裸になる。

 

 そして、朱姫は、朱那女の身体の逆向きに覆いかぶさった。

 朱那女の顔の部分に朱姫の股間があり、朱姫の顔の下には、朱那女のびしょびしょに熟れきった股間がある。

 

「さあ、朱那女、お姉ちゃんの股間を舐めるのよ。お前があたしを気持ちよくしてくれれば、朱姫は、お前を気持ちよくしていあげるわ」

 

 朱姫は言った。

 

「舐めます。お姉ちゃんのお股を舐めさせてください……」

 

 朱那女が半泣きの声を絞り出すように言った。

 朱姫は、朱那女の顔の上に、朱姫の股が来るように、覆い被さった。逆に朱那女の股間は朱姫の顔の下だ。

 朱那女の股間に舌を這わせる。

 

「ひっ――い、いくっ――」

 

 朱那女の腰が跳ねあがって、拘束した膝が突っ張った。

 

「ほら、口は声をあげるだけじゃなくて、やることがあるでしょう」

 

 朱姫が言った。

 

「ご、ご免さない――。お、お姉ちゃんの舌があんまり、素敵だったから……」

 

 朱那女がそう言って、慌てたように舌で朱姫の股間に触れる。

 

「ひゃあああ――」

 

 朱姫はその強烈な刺激に股間を跳ねあげた。

 朱那女の舌は、朱姫の肉芽や女陰ではなく、予想外の朱姫の肛門に伸びたのだ。

 別に技巧に溢れた舌技でもなんでもない。ただ、漠然と肛門を舐めただけだ。

 しかし、そんな素朴な刺激だけで、朱姫は泣きたくなるような快感を得てしまう。

 

「ふ、ふ、ふ、お姉ちゃん、可愛いです……」

 

 朱那女が言った。

 

「ど、どうして、お尻を……?」

 

 朱那女がいきなり朱姫の最大の性感帯である肛門を舐めたときは驚いた。

 

「それよりも、朱那女にご褒美を……。朱那女も頑張ってご奉仕しますから……」

 

 朱那女が切なそうに身悶える。

 朱姫は、朱那女の股間に舌を伸ばす。

 拘束された朱那女の身体が弾け飛んだ。

 しかし、朱姫もまた、身体を激しく震わせる。

 朱那女の舌は、もう朱姫の肛門にしか伸びない。

 ほんの少しのお尻への刺激だけで、全身を蕩かせるように調教されてしまった朱姫の身体は、朱那女程度の愛撫で、もう達しそうになっている。

 慌てて、朱那女に与える舌の刺激を強くする。

 土手のように盛りあがっている朱那女の女陰の淵を舌でしゃぶる。

 もうその先端の肉の芽は充実しきっている。

 朱姫は、そこに舌を動きを集中する。

 

 朱那女の身体が激しく震えた。

 しかし、朱那女はその自分に与えられた快感を朱姫に戻すかのように、朱姫の肛門を嵌めまわす。

 朱姫の腰は自然と上に浮いてしまうが、朱那女はそれを逃がすまいとばかりに、朱姫の肛門に口づけをすると強く吸った。

 

「んんんん――あああ――」

 

 快感の底を撹拌された朱姫は、身体を弓なりして絶頂してしまった。

 まさか、先に昇天させられるとは思わなかった。

 朱姫は、これまでの焦らしから一転して、朱那女を絶頂させるための舌技にはっきりと切り替える。

 朱那女もまたあっという間に、がくがくと肌を波打たせて、熱い大量の淫汁を朱姫の顔に迸らせた。

 

「ご、ご免なさい――、お、お姉ちゃん……、あ、あたし……もしかしたら、いま……」

 

 朱那女は、朱姫の顔に股間から噴き出した潮をかけたのではないかと恐縮しているようだ。恥ずかしそうに拘束された身体をもじつかせる。

 しかし、それよりも、朱姫は確かめたいことがあった。朱那女が気をやった瞬間、朱那女の身体にこれまで隠されていたものを肌に感じたからだ。

 

「いいのよ、朱那女……。でも、舌できれいにして……」

 

 朱姫は、身体を反転させて、朱那女が股間から噴き出したの愛液で汚れた朱姫の顔を朱那女の口に持ってきた。

 朱那女が朱姫の顔を舐め回す。

 朱姫は、自分の指を朱那女の股間に伸ばした。

 

「ああ……。そ、そんな……お姉ちゃん……ああっ」

 

 達したばかりの朱那女の身体が、また激しく痙攣を始めた。

 朱姫は執拗に朱那女の女陰に指を動かす。

 朱那女の弱い場所を探すのを見つけるのは簡単だ。

 その弱い場所を繰り返し愛撫する。

 すぐに朱那女の反応が大きくなる。

 

 朱姫は、朱那女の女陰の中に指を入れた。

 朱那女は嫌がらない。

 たっぷりと愛液でまみれた膣に朱姫の指が深く抉っていく。

 朱那女は生娘ではなかった。

 だが、それほどの経験があるわけでもなさそうだ。

 この穴で朱那女はなにかを受け入れたことがあるようだが数は多くない。

 しかし、朱那女は、朱姫が指を入れても痛がりはしなかった。

 それどころか、激しい快感に身体を震わせている。

 

 朱姫の指は朱那女の恥裂の外に出て、肉芽を刺激した。

 再び朱那女は身体を震わせて気をやった。

 

 やっぱり……。

 間違いない。

 

 朱姫は確信した。

 さっきと同じものを感じたのだ。

 霊気だ。この朱那女は霊気を帯びている。

 つまり、道術遣いに違いない。

 

「朱那女、可愛いわ……」

 

 朱姫はそう言って、また、朱那女のまだ発達しきっていない女陰に指を入れる。

 さらに朱那女の感じるほかの場所を探す。

 二度達した朱那女の女の穴はこれ以上ないというくらいに熱く、そして、びしょびしょに濡れていた。

 無意識なのか、意識的なのか、朱那女の肉襞が、朱姫の指をぎゅうぎゅう締めつける。

 

「い、いくっ……ま、またいきます……お姉ちゃん……いくの。朱那女はいくの――」

 

 朱那女が朱色に染まりきった顔を激しく振りたてる。

 

「いっていいのよ、朱那女――。お前のいくところをじっと見せて……」

 

「う、うん……いく――。でも、あ、あたしばかり狡い――。ああ、いくっ――いくうううう――」

 

 朱那女は後頭部を後頭部に回している腕に押し付けて身体を突っ張らせた。

 三度目にして、最大の反応を示して気をやった朱那女は、がっくりと脱力して、動かなくなった。

 すっかりと脱力した朱那女から、朱姫はその縄を取り去った。

 その小柄な身体を優しく抱きしめる。

 

「ああ、お姉ちゃん……気持ち……気持ちよかったです……。でも、あたしばっかり……ごめんなさい……。今度は、あたしがご奉仕しますね……」

 

 朱那女が朱姫の腕の中で言った。

 

「いいのよ、朱那女――。それよりも、口づけしましょう」

 

 朱姫は朱那女の口に中に自分の舌を差し入れて、ねっとりと朱那女の舌を舐める。

 自分の唾液を朱那女の唾液に混ぜ、それを自分の口に入れ、さらに唾液を足して、朱那女の口に戻す。

 朱那女が今度はそれに自分の唾液を足して、朱那女に戻す。

 口から口に大量の唾液が行き交い、お互いの口から唾が漏れ出る。

 その唾をまたお互いに舐めとる。

 

「お、お姉ちゃん……あ、あたし……」

 

 やっと口と口を離したときには、朱那女はもうすっかりと、顔が蕩けていた。

 

「可愛いわ、朱那女……。本当の妹みたい……」

 

 朱姫にはもう本当の家族はいない。

 いまは、旅の仲間が家族のようなものだが、本当に妹がいたらこの朱那女のようだったのではないかと朱姫は思った。

 性欲の強い朱姫は、こんなに可愛い妹がいたら、こんな風に実の妹を朱姫の性の技で調教したのではないだろうか。

 そんな想像をして朱姫は、少しだけほくそ笑んでしまった。

 

「そ、そうだ……こ、今度は、あたしが……」

 

 朱那女は、朱姫は放り出していた縄を取り、朱姫の腕に手を伸ばす。そして、朱姫の右手首に縄を結ぶと、朱姫を仰向けにして、その縄尻を寝台の上側の手摺に縛る。そして、左手首も……。

 

 朱姫は、朱那女にされるままにしていた。

 両腕を頭側に伸ばして拘束された朱姫に、朱那女は両足首にも同じように縄を結び、大きく開いて寝台に拘束する。

 

「ふふふ、これで、お姉ちゃんはなにもできませんね……」

 

 朱那女が悪戯っぽく微笑んだ。

 

「さあ、それはどうかしら……?」

 

 朱姫は拘束されたまま、仰向けの朱姫の身体に跨っている朱那女の裸身を見上げながら微笑んだ。

 次の瞬間、朱那女の身体のあちこちに黒い手が浮き出る。

 朱那女がぎょっとした表情になる。

 

 朱姫の道術である『影結い』だ。

 黒い手は『影手』であり、それが朱那女の肌の上の敏感な場所で動き出す。

 

「ひいっ――こんなの……な、なに――?」

 

 朱那女が身体を震わせて身悶えだす。それはそうだろう。朱姫の『影手』は、朱那女のふたつの胸の膨らみと股間、そして、お尻に張り付いている。

 ゆっくりとした動きだが、それは確実に朱那女を官能の頂点に朱那女を導いていくはずだ。

 しかも、朱姫は『影手』をいくらでも激しく動かすことができる……。

 もっと感じる場所に移動させることも……。

 

「はうう――。こ、今度は……お、お姉ちゃんの番なのに……。ひんっ――。そ、そこは……あくうっ――」

 

 朱那女が朱姫の『影手』に翻弄されてよがり泣く。

 

「朱那女――お前はやっぱり、術遣いだったのね……。ふふふ……。術遣いなら、あたしの道術を受け入れてしまうから、いつでも、いくらでもこの『影手』の術でお前をいかせることができるのよ。拘束されてもね……」

 

 朱姫は言った。

 そして、朱那女の全身に張り付いている『影手』を激しくした。容赦のない三箇所責めに朱那女は、感極まった声をあげた。

 

「はひっ――ひい――あ、あたしは――術遣いじゃあり……ひん――ません――ひふうっ――」

 

 朱那女は言った。

 彼女の身体が浮きあがり、その唇から大きな声が溢れる。

 朱那女の可愛らしい顔が息も絶え絶えに喘ぎ続けた。

 

「いくっ」

 

 そして、朱那女はまた朱姫の身体の上で達した。がっくりと朱姫の身体の上に突っ伏して脱力する。

 

「どうしたの、朱那女……。あたしを気持ちよくしてくれるんでしょう?」

 

 朱姫は身体の上に乗って、まだ激しく息をしている朱那女に言った。

 

「そ、そうです……。しゅ、朱那女が……お、お姉ちゃんを気持ちよく……」

 

 朱那女が我に返ったように、朱姫の身体から起きる。

 

「それよりも、術遣いじゃないって、どういうこと、朱那女?」

 

 朱姫は言った。

 朱那女が術遣いであるのは確かなことだ。

 現実に、いま、朱那女の身体には、朱姫の『影手』の道術がかかっている。

 霊気を帯びないただの人間には道術は効かない。

 相手の持っている魔力を自在に操るのが術だからだ。

 

 朱那女が自分の身体に霊気を帯びているのは明らかだ。

 普段は隠しているのだろう。

 最初に入ってきたときには、朱那女の身体にはほとんど霊気は感じなかった。

 

 最近では、宝玄仙も普段は周囲の霊気の流れに自分の霊気を同化させて、霊気を持たない普通の人間と同じようになるようにしている。

 半妖で、霊気が外に発散し難い体質の朱姫は、そんなことをしなくても、もともと魔力はあまり目立たない。

 

「あ、あたしは、半妖です。術遣いじゃなくて、魔族の持つ魔力の血が流れているんです」

 

 朱那女がそう言った。

 朱姫は驚愕した。

 

「な、なんですって――。ちょ、ちょっと待って、それ、本当?」

 

 朱姫は叫んだ。

 いま、まさに朱姫の股間に触れようとしていた朱那女がきょとんとした顔をしている。

 

「は、はい」

 

「あたしも……あたしもそうよ……」

 

「えっ?」

 

 今度は、朱那女が驚いた表情になった。

 

「……朱姫お姉ちゃんも?」

 

 朱那女は目を丸くしている。

 

「本当ですか、朱姫お姉さん?」

 

 朱那女は言った。

 

「あ、あたしこそ訊きたい……。本当なの?」

 

「はい……」

 

「……両親のどちらが魔族?」

 

 朱姫は言った。

 東帝国に近い場所では“妖魔”と呼ぶが、この界隈では“魔族”だ。同じものだ。

 

「お母さんでした……」

 

「でした?」

 

「死にました。殺されたんです。この国では魔族は嫌われますから。父が魔族だったことを知られて、母も殺されました。お姉ちゃんがいたんですけど……そのときに……」

 

 驚いた。朱那女に姉がいたということ以外は、まるで朱姫と同じだ。

 朱姫も母親が妖魔、すなわち、魔族だった。

 母親は人間で、その子供として朱姫が産まれた。

 しかし、朱姫がまだ子供のときに、近隣の村人たちに寄ってたかって両親は撲殺されたのだ。

 一緒に殺されそうになった朱姫は、幼いながらもかなりの能力があった道術でそれを切り抜けて生き延びた。

 

 それから、ずっと『使徒の術』で作った使徒とともに、旅をしながら生きてきた。

 人間の娘とまったく同じ外観に成長した朱姫は、娘の格好のひとり旅で何度も犯されそうになった。

 それで女であることを隠して、さまざまに名前を変えて旅をした。

 

 たまたま雇われた烏斯(うし)国の東の宿町で、偶然にもやってきた宝玄仙を襲おうとして、逆に捕らえられ旅の仲間として加えられたのは一年半前のことだ。

 

 とにかく、朱姫は夢中になって、自分の生い立ちを語った。

 

 半妖として産まれて蔑まれたこと。

 殺された両親。ひとりぼっちの長い旅――。

 そして、仲間ができたいまのこと……。

 

「ねえ、どうして、あなたは娼婦なんてしているの?」

 

 朱姫は言った。

 朱那女は、朱姫に抱かれるための新米の娼婦としてやってきたのだ。

 朱那女がこういう仕事に慣れていないのは明らかだ。

 朱姫の手業で翻弄されるだけで、ちっとも主導権を取れないでいる。

 

「……いろいろとあったんです。あたしは、この村で救われました」

 

 そう言った朱那女が少しだけ、寂しそうな表情をした気がした。

 本当にいろいろとあったに違いない。

 朱姫もそうだった。

 

「……そうだ。一緒に旅をしようよ。本当の姉妹になるのよ。ご主人様に頼んでみる。ううん。絶対に認めてもらう。だから、一緒に旅をしよう」

 

「い、一緒ですか……?」

 

「うん――。ご主人様はちょっとばかり激しい方だから、最初は戸惑いと思うけど……。調教とかされるかもしれないけど、一緒に……一緒に受けてあげるから。ねっ? いいでしょう?」

 

 朱姫は一生懸命に訴えた。

 一緒に旅をする。

 この妹のような朱那女が四人の旅に加わる……。

 そう考えただけで朱姫は心が震えた。

 

 いや、絶対にそうならなければならない。

 こんなところで、自分にそっくりの生い立ちを持った半妖の朱那女と出遭ったのが、偶然であるわけがない。

 

「お姉ちゃんのご主人様に頼んでくれるの?」

 

「頼むわ。だから、朱那女……」

 

「うん」

 

 朱那女が朱姫の唇に口を寄せた。

 朱姫は、拘束された身体を突き出すようにして、朱那女の口の中を貪った。お互いの口が離れたときには、朱那女の顔がうっとりとしたような表情になる。

 

「お姉ちゃん……」

 

 朱那女の指が朱姫の股間を通り抜けて、弱点だと知った肛門に触れる。

 

「んひいい――」

 

 稲妻のような快感に朱姫は悲鳴をあげた。

 

「かわいい、お姉ちゃん、ふふふ……。じゃあ、遊ぼう」

 

 朱那女が微笑みながら朱姫の肛門の中に細い指を入れてくちゅくちゅと動かした。

 

「あひいっ――」

 

 もう朱姫にはなにも考えられない。

 怒涛のようにやってきた官能の波にあっという間に包まれ、そして、全身を痙攣させて絶頂していた。



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188 友情と恋愛-沙那の部屋

 疼く……。

 疼くのだ……。

 

 そして、寝台に脚を伸ばしていた沙那は、知らず股間に手をやっていた自分に気がついてはっとした。

 股間に手を伸ばして、自分は一体なにをしようとしていたというのか……。

 慌ててわざと首を振る。

 

 折角、珍しくも宝玄仙がひとりひとり休もうと言ってくれたのだ。

 それなのに……。

 だが、今夜はなにもない……。

 なにもいやらしいことをされずに寝るのだと思うと、なぜか、身体に淫らに疼いてしょうがない……。

 

 宝玄仙と旅をするようになって、二年に近い歳月が経った。

 毎日のように宝玄仙にいたぶられて、はしたなくも絶頂するのが当たり前のようになっていた。

 あの途方もない快楽を際限なく与え続けられ、沙那の身体はほかの誰よりも欲情に敏感になり、淫靡な反応を示す肉体になってしまった。

 

 この淫乱な身体は、もう元には戻らないだろう。

 なんという浅ましい身体になってしまったのか……。

 淫靡な女にされてしまったのだと思うほかない……。

 

 あの故郷の愛陽の城郭での日々―――。

 市民を相手に剣術を教える父が突然に他界したのは十五歳のときだった。

 母親を早逝により失っていた沙那にとっては、父親はたったひとりの家族だったが、親というよりは武術の師匠だった。教えてもらったのは武術のことだけで、男女の身体のことを含めたほかのことなどなにひとつ知ることなく沙那は育った。

 性愛という言葉は知っていたが、文字通り知っていただけだ。結婚をすれば、そういうことをするとは思っていたが、結婚をしていない男女が快楽を得るためだけに愛し合うということは知らなかった。

 本当に初心だったのだ。

 

 十五歳にしてすでに師範代だった沙那は、その武芸の腕を頼りに城郭軍に入った。

 武術だけでなく、指揮をする能力があると認められ、盗賊退治などでも功績を積み重ねて、あれよあれよと出世した。

 力を認められて、地位があがるのは純粋に愉しかった。

 そして、十八歳にして、城郭軍の千人隊長にまで出世し、『愛陽の鬼娘』という二つ名まで持っていた。

 慕ってくれる部下もいたし、仲間もいた。

 それは足を引っ張ろうとする者もいたが、総じて順風満帆の軍人生活だったと思う。

 

 「鬼娘」という綽名で畏怖されてもいた将校の沙那に近づいて、性の欲望のことを教える男などおらず、ましてや、この世に女と女で愛し合うという性愛があることは想像もしていなかった。

 当時のそういう知識のなさに、いまの沙那は笑いそうになる。

 “自慰”という言葉さえ知らなかったのだ。

 『服従の首輪』を嵌められて、“自慰をしろ”という宝玄仙の命令が理解できなくて、命令に従わない沙那に宝玄仙が卒倒するくらいに驚いていたことが懐かしい……。

 

 その沙那の運命が変わったのが宝玄仙との出会いだ。

 十八歳のときだった。

 愛陽の城郭に、まだ天教の最高神官の称号を持っていた宝玄仙がやってきたのだ。

 八仙と呼ばれる最高神官である貴族巫女は、なぜかたったひとりで従者もつけない巡礼の旅をしていた。いまはその理由を知っているが、当時は不思議に思ったものだった。

 ともかく、数日間、城郭内に滞在して祭事を引き受けることになった宝玄仙に、愛陽の行政府は護衛をつけることにした。それに選ばれたのが沙那だ。

 同じ女であり、美貌の貴族巫女の宝玄仙のそばに侍って身辺を防護するのに、女将校で武芸者の沙那はうってつけだったのだ。

 

 そして、幸か不幸か、その沙那を、隠れた嗜虐癖を抱いていた宝玄仙は気に入ってしまった。

 おそらく、不幸なことだったのだろう。

 しかし、これも、いまとなっては、本当に不幸だったのかわからない。

 まあ、運命の転機と思うしかない。

 

 行政府から護衛を命じられて宝玄仙のそばにいるようになると、貴族とは名ばかりで、宝玄仙は随分と気さくで、優しい人だとわかった。

 もちろん、それは、すでに沙那を獲物にしようと企んでいた宝玄仙の演技だったのだが、その宝玄仙に一緒に巡礼の旅にいかないかと誘われて沙那は迷ってしまった。

 

 愛陽の城郭を一度も出たことのない沙那にとっては、旅は憧れだったし、なによりも、道術が遣えるとはいえ、なんの腕に覚えのない宝玄仙が危険な西域への旅をするには、沙那という剣が必要だと思った。

 だが、せっかく千人隊長にまでなった軍人の地位を捨てることにも、躊躇いはあった。

 その日は返事はしなかった。

 

 しかし、旅に誘われた日の夜、祭事のための銀細工の道具が神殿から盗まれるという事件があった。

 その盗難品が沙那の荷物から発見され、沙那は疑われた。

 無論、宝玄仙の仕組んだことだったのだが、そんなこととは夢には思わない沙那は、嫌疑を晴らすためには、『服従の首輪』を首に装着すればいいと宝玄仙に言われ、それを承知した。

 『服従の首輪』を嵌めれば、絶対に嘘が言えないので、沙那の潔白が証明できると言われたのだ。

 そして、『服従の首輪』を宝玄仙に嵌められた沙那は、その瞬間に宝玄仙の奴隷になった。

 

 かくして、宝玄仙の罠に嵌り、性奴隷として調教される日々が始まった。

 『服従の首輪』の効果により、「命令」によって、やっていない盗みの自白をさせられた沙那は、流刑の代わりに宝玄仙に預けられた。つまり、城郭を追放されたのだ。

 媚薬と淫靡な道術により発狂するような欲情をさせられ、宝玄仙から破瓜をされたのは、旅の初日の夜のことだった。

 

 それ以来、今日のいままで、ほとんどただの一日も休むことのない被虐と淫欲の日々が続いている。

 なにも知らなかった沙那の身体は、ありとあらゆる性の実験台になった。

 いまは、知らない性などない。

 排泄器官としか思わなかった肛門で途方もない愉悦を覚えるようにもなったし、性感などなにもないはずの口の中でさえ、刺激を受ければだらだらと愛液を垂れ流して欲望してしまう。

 自分は淫乱になったのだ……。

 

 だから、ひとりでに股間に手をやるようないやらしい振舞いをしてしまうのに違いない。

 沙那は、疼く股間を慰めようとして動く自分の手をぎゅっと握った。

 

 だけど……疼く。

 だめだ……。

 我慢できない……。

 ほんの少しだけ――。

 ちょっと触るだけ――。

 

 沙那は、下袴(かこ)の紐を緩めて、掛け布の下の自分の下半身を包む下袴と下着を腿のところまでおろすと、疼きの頂点の肉芽をそっと押した。

 

「はうっ」

 

 思わず出た声にはっとして、口をつぐむ。

 心臓が激しく動悸している。

 

 だが、肉芽に自分の手が触れた途端に身体に流れ込んだ快感に、沙那は泣きなくなるくらいの欲望を感じてしまった。

 

 慌てて手を股間から離した。

 自分でもびっくりしている。

 沙那は生まれて初めていま、自分の意思で自慰をしようとした。

 

 宝玄仙に命令されたわけでもない。

 霊具で操られているわけでもない。

 強制されていないのに……。

 本当の意味での「自慰」をしようとした……。

 

 こんなことはいやらしくもはしたないことだ。

 それはわかっている……。

 

 沙那は、掛け布でしっかりと自分の腰から下を覆いなおした。

 どきどきしている。

 自分の心臓の音がはっきりと聞こえる。

 

 沙那は、もう一度おそるおそる自分の股間に手を伸ばした……。

 

「あっ……」

 

 衝撃が走る。

 気持ちいい――。

 身体全体が肉芽になったようだ。すでに女陰はどろどろに溶けたように濡れている。快感が全身に走る。

 

「んくっ、んんっ、んんんっ」

 

 指が止まらない。

 沙那の手は勃起した肉芽の一番感じる場所をいじくり続けている。

 本当に気持ちいい――。

 

「んんんっ」

 

 いく――。

 

 沙那は唇をぎゅっと結んで、身体を強張らせた。

 

「沙那、ちょっといい……?」

 

 その声とともに、いきなり戸が開いた。

 沙那はびっくりして慌てて掛け布の中から手を引っこ抜いた。

 戸から入って来たのは孫空女だった。

 具足も外して下袴と上衣だけの軽装だ。

 

「ど、どうしたの?」

 

 沙那は顔面が引きつるのを感じながら、懸命に平静を装って言った。

 

「うん、ちょっと相談があって」

 

 孫空女は、沙那が座っている寝台の頭側の端に腰を降ろした。

 沙那の心臓は早鐘のように鳴っている。

 なにしろ、薄い掛布の下の沙那の下袴と下着は腿まで下げられて、下半身はすっぽんぽんのままなのだ。

 しかも、沙那の手淫で絶頂寸前だった沙那の股間は淫液でびしょびしょのはずだ。

 沙那は匂いでばれやしないかとどきどきしている。

 

「そ、相談って……?」

 

 沙那は平静を装いながら自然な感じで、掛け布を腰に載せたまま、身体の向きを変えた。

 

「この宿屋、なにかおかしくない?」

 

 孫空女は言った。

 

「おかしい?」

 

「正直に言うよ……、沙那。笑わないでよ、沙那。あたし、さっきまで部屋でひとりでいて、気がついたんだ。不自然なくらいに身体が淫靡に疼くんだ。沙那はなにも感じない?」

 

 沙那はびっくりした。

 感じないどころじゃない。

 その淫靡な欲情に耐えられなくて、沙那は文字通り生まれて初めて自分の意思で自慰をしていたのだ。

 そして、まさにその自慰で昇天する寸前だった。

 

「か、感じないって言われても……」

 

 なにをどう言えばいいのか言葉が出てこない。

 とてもじゃないが、たったいま自慰をしていましたとは言えない。

 

「……ここ、普通の宿屋じゃないよ」

 

 孫空女は真面目な顔をして言った。

 

「えっ?」

 

「どこかに、得体の知れない何者かが隠れていると思う。あたしにはわかる。これでも少しは霊気も魔力を感じることができるんだ……。多分、間違いないと思う。だけど、これは、人間でも魔族でもない。もっと得体の知れない魑魅魍魎(ちみもうりょう)のたぐい……。魔物のようなものが、かもし出す魔力だよ」

 

「魔物?」

 

 魔物とは、魔族とは異なり、もっと得体の知れないなにかのことだ。妖怪とか、怪物とかとういうものだ。

 人間とは異なる亜人種にすぎない“魔族”を東帝国では、“妖魔”と蔑む物言いは、その妖怪にひっかけているのだ。

 とにかく、それを聞いた沙那は、すぐに起きあがりそうになった。

 しかし、自分の下半身の状態を思い出してそれを自重する。

 

「それは危ないわ、ご主人様が……」

 

 宝玄仙はひとりだ。

 道術で結界を作って防護しているとは思うが、あの危うい気まぐれ女は、放っておくとどんどん自ら罠に嵌って危機に陥る。

 

「ねえ、孫女、すぐに、ご主人様のところに行ってあげて。わたしもすぐに行くから」

 

 とにかく、宝玄仙の安全を確認することだ。それから、魔物について対応を考えればいい。

 しかし、なぜか孫空女は動こうとはしない。

 

「どうしたのよ、孫女。早く、ご主人様のところに向かってよ」

 

 なぜ孫空女が動こうとしないのか沙那には理解できない。どうしたというのだろう。

 

「大丈夫だよ、ご主人様は――。結界で護られているだろうから」

 

 孫空女は言った。

 

「それは、わかっているわよ。だけど、万が一のことがあるわ。とにかく、無事を確認しなけりゃあ……」

 

「沙那、あたしが心配しているのは、ご主人様よりも、沙那のことだよ」

 

 孫空女が声を大きくした。沙那は呆気にとられた。

 

「これを見て」

 

 孫空女はそう言って、自分の両手を沙那の前にかざした。両方の親指の付け根に細い紐が巻いてある。

 

「それがどうしたの? その紐はなに?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「多分、いまは大丈夫みたいだけど、おそらく、これをしないと沙那もどんどん魔物の魔術に蝕まれるよ――。手を出して」

 

 魔物の魔術に蝕まれる……?

 それではっとした。

 いくらなんでも、沙那が自分で股間を慰めるなど我ながら不自然だ。

 だったら、これはいつの間にか沙那自身も魔物の魔術にかかっていたに違いない。

 だから、それを心配した孫空女は来てくれたのだ。

 

 それにしても、孫空女が親指にしている紐はなんだろう?

 霊具の類いではないような気がするが……。

 沙那は言われるまま、両手を孫空女にかざす。

 

「そうじゃないよ、沙那。とにかく、背中側に回して……」

 

 孫空女の言っていることが理解できないが、とにかく親指を後ろにやって、身体をずらして孫空女に向ける。

 

「そうそう……。親指をくっつけて組むようにね……」

 

 孫空女が言った。

 次の瞬間、沙那の両方の親指は、ぎゅっと根元を紐で結ばれてしまった。

 

「あれ?」

 

 拘束された――?

 はっとした沙那は、慌てて親指を離そうとした。

 だが、根元がしっかりと結ばれていて離れない。

 

「いたっ」

 

 しかも、力を入れたために、紐で縛られた親指に痛みが走り、小さく叫んでしまった。

 

「簡単に騙されすぎだよ、沙那」

 

 孫空女が笑って、沙那の下半身を覆っている掛け布に手をかけた。

 

「わ、わ、わあ――。ちょ、ちょっと、孫女――」

 

 沙那は慌てた。

 孫空女に沙那のいまの状態を見られたくない。

 しかし、両手を後ろに縛られている沙那には、抵抗の手段がない。

 孫空女は容赦なく掛け布を引きはがした。

 

「いやあっ」

 

 沙那は思わず膝で股間を隠した。

 

「馬鹿だねえ、沙那……。あたしは鼻がいいんだよ。この部屋に入ってすぐに、沙那がいままでなにをしていたかわかったよ。だから、たまたま、持っていた細紐を自分の親指に咄嗟に巻いたんだよ。これは別に意味はないよ。ただ、沙那を縛ってしまおうと思っただけさ……」

 

 孫空女は、そう言いながらもどんどんと沙那の上衣の紐を解いて、合わせ目を開いていく。

 

「な、なにしているのよ、孫女――。ちょっと、やめてよ――」

 

 沙那は身体をくねらせて孫空女の手を避けようとするのだが、この状態では逆らいようがない。

 どんどんと服を脱がされていく。

 あっという間に、沙那の上衣は両側に開かれた。

 孫空女は沙那のしていた胸当てをずらして、ふたつの乳房を露わにした。

 

「ひっ――」

 

 やや荒っぽい仕草で孫空女が沙那の乳房を揉みあげた。沙那はたちまちに込みあがった快感に思わず声をあげてしまった。

 

「や、やめてよ、孫女――。やめてったら……」

 

 沙那は身体をくねらせて、孫空女の愛撫で溶けていく肉体をなんとか保とうとする。

 しかし、欲情に敏感なこの身体は、たったこれだけの刺激でも、腰が砕けるほどの快感を覚えてしまう。

 

「でも、あたしも身体が疼くのは本当だよ。あまりにもおかしいから、沙那に相談しに来たんだ……。そうしたら、沙那がおかしなことをやっていて……」

 

「お、おかしなことって……な、なに……、孫女―――? あっ……ああ……も、もう―――」

 

 沙那は抗議するが、孫空女の手が沙那を追いつめる。

 乳房と乳首に孫空女の指が絡まる。どんどん沙那の身体からは力が抜けていく……。

 沙那は、ついに孫空女に寝台に押し倒された。脱ぎかけの下袴と下着が、沙那の脚から抜かれる。

 

「い、いい加減にしてよ――」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 大声で怒鳴りあげた。

 孫空女の手がとまった。

 沙那の顔を見下ろしている。

 

「……どうしたのさ、沙那?」

 

 孫空女がばつの悪そうな顔をした。

 

「や、やめて……。もう、解いて」

 

 沙那は上半身を起こそうとした。しかし、孫空女の片手がそれを阻んだ。

 

「な、なによ、孫女?」

 

 沙那は孫空女を睨んだ。

 

「ちょっと、そのままでいて、沙那」

 

 孫空女はそう言うと、その場で服を脱ぎ始めた。

 呆気にとられる沙那の前で、孫空女はどんどん服を脱ぎ、あっという間に産まれたままの姿になった。

 

「見て」

 

 孫空女は、沙那の上に膝立ちで跨って、股間を突き出すようにした。

 その股間は真っ赤に充血して、はっきりとした欲情をしているのを示すように、孫空女自身の淫液でびっしょりだった。

 

「笑うでしょう……。これ見てよ。もう、あたしの股はこんなんなんだ。今夜はご主人様になにもせずに寝ていいって言われたのに……ううん、だからかもしれない。いやらしいことや気持ちのいいことをしてもらいたくて、こんなに勝手に濡れるんだ。淫乱で変態の身体だよね。みっともないとは思うけど、もう、あたしの身体はこんなんになっちゃったんだ……」

 

「孫女……」

 

「魔物の気を感じるのは本当だよ、沙那。だけど、それよりも、身体が疼くんだよ。それで、どうしようもなくなって、困って沙那のところにきたんだ。本当は変なことをしようとしたんじゃない。ただ、話でもすれば落ち着くと思ったから……。だけど、沙那も同じだってわかったら嬉しくて……。ちょっと、はしゃいだけど……。いいよ、軽蔑しなよ。あたしのこと変態だって……」

 

 孫空女は意気消沈してしまったようだ。

 

「け、軽蔑なんてしないわよ、孫女……」

 

 軽蔑するわけがない。沙那も同じだった。

 疼く身体をどうしようもなくなり、自慰で発散しようとしていたのだ。

 

「でも……、謝るよ、沙那」

 

 孫空女は沙那の身体からおりた。

 

「ま、待って――」

 

 沙那は声をあげていた。

 孫空女が振り向いた。

 

「なにさ、沙那?」

 

「声をあげて悪かったわ、孫女。わたしも同じなのに……」

 

「えっ?」

 

「わたしこそ、ひとり遊びをしていた変態なのに……。いい子ぶって、あなたに声をあげたことを悪かったわ。多分、わたしは、わたしのことを怒鳴ったんだと思う。いやらしくて、はしたなくて、変態で淫乱のわたしに腹が立ったのだと思う……」

 

 沙那は言った。

 

「沙那……」

 

 孫空女が寝台に戻って来た。

 

「だから……」

 

「だから、なに、沙那?」

 

「しよう」

 

「沙那……」

 

「ふたりでしよう、孫女……」

 

 

「うん」

 

 孫空女がにっこりと微笑んだ。

 そして、孫空女は再び、沙那に覆いかぶさる。

 孫空女の口が沙那の裸身に近づく。

 

「そ、その前に、ちょ、ちょっと待ってったらっ」

 

 沙那は声をあげる。

 

「今度はなに、沙那?」

 

 孫空女が顔をあげた。

 

「手を……手を解いてよ。括る必要はないでしょう――」

 

 沙那は孫空女を見上げながら言った。

 

 すると孫空女が、白い歯を見せた。

 

「駄目だよ。解いてあげないよ。沙那は舌ですればいいじゃないか。あたしは、手と舌を使ってあげるよ」

 

 孫空女は言った。

 

「狡いわよ」

 

「狡くなんてないよ、ほらっ」

 

 沙那の乳首に孫空女の口が被さる。

 そして、沙那の股間に孫空女の指が触れる。

 

「はううっ」

 

 狂おしい快感に沙那は声をあげた。

 もう、考えることはやめた。

 我慢していたものを一気に取り払う。

 わだかまりを捨てた。

 すると強烈な愉悦が全身に込みあがる。

 

 孫空女は大したことをしていないはずだ。

 宝玄仙や朱姫と違って、巧みな性の技を持っているわけじゃないのだ。

 沙那と同じで、どちらかというと性には奥手で、宝玄仙から与えられる調教という快楽地獄に一緒にのたうち回っている仲だ。

 

 しかし、その孫空女の馴れてはいない手管で、沙那はもう、昇りつめようとしていた。

 孫空女の舌が沙那の身体を這いおりて、股間に近づいてくる。

 沙那は与えられる舌の刺激に耐えられずに、声をあげて拘束されている身体を大きく反り返らせた。

 

 今日はいつもと違って、結界を張っていない。

 沙那の嬌声は廊下に漏れ出ているはずだ。

 でも、もうどうでもいい。

 どうせ、ほかに客はおらず、朱姫と宝玄仙がいるだけだ。

 明日の朝、からかわれるかもしれないが孫空女とふたりなら、どうってことない。

 

「き、気持ちいいよう――孫女――」

 

 沙那は声をあげていた。

 自分でも驚くような濡れた声だ。

 そして、孫空女の舌がついに、沙那の股間にやってきた。

 最初の刺激が肉芽に伝わった。

 

「くひっ――い、いいっ――く、くうっ――」

 

 すでに天国の入口を彷徨っている状態だった沙那は、たちまちに肉悦の頂点に押しあげられる。

 

「いいっ……いい――こ、こんな……んああ――あふうっ……そ、そこは――ひいっ――」

 

 身体の震えが止まらない。

 孫空女の舌が、沙那の陰核と女陰の入口を交互に、そして、激しく刺激する。

 

 突き抜ける――。

 なにがが一気に通り抜けていく――。

 

「いくっ」

 

 灼熱の炎そのものが沙那の身体に発生して降り注いだ。

沙那は、大きな声をあげながら昇天を極めてしまった。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 激しくいった。

 身体が融ける思いだ。

 心臓が苦しい。息も絶え絶えという感じで、沙那はまだ陶酔の中にいる。

 

「沙那、脚を開いて……」

 

 孫空女が言った。

 沙那は言われるまま限界まで脚を開く。孫空女が、沙那の股間に自分の股間を重ねた。

 

 そして動かす――。

 女陰と女陰――。

 肉芽と肉芽がぶつかり合いこすれ合う。

 

「はひいっ――」

「あ、はああ……」

 

 ふたりで愉悦の声をあげ合う。

 孫空女と沙那の淫液が混ざりあい、それがびちゃびちゃと卑猥な音を出している。

 その音に合わせるように孫空女が腰を振り、沙那の敏感な場所に自分の股間を擦る。

 沙那もまた、それに負けないくらいに強く孫空女の股間に自分の股間を押しつけて、快感を搾り取っている。

 

「いく……いくよ、沙那……もう、駄目、いくよ――」

 

 孫空女が感極まった声をあげる。

 ふたりの女陰はこすれ合い、いまや、溶け合おうとしている。

 肉と肉のぶつかる激しい音――。熱い――。融ける――。

 

「わ、わたしも……いく――。孫女――緒に……一緒にいこう――」

 

 沙那も叫んだ。

 その瞬間、最後の壁が崩壊した。

 沙那に隠されていた本能そのものがついに飛び出して、沙那を別の世界に浮遊させた。

 

「ああ……ああああ――あうううう――」

 

 沙那と孫空女のどちらの声なのかわからない。

 おそらく、ふたりの声だろう。

 沙那は孫空女とともに際限なく悶えながら、無限の彼方に向かってどこまでも舞いあがっていた。



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189 強姦主人-孫空女の部屋

 沙那の部屋に向かおうとした孫空女は、戸が反対側から開けられたのに驚いてしまった。

 そして、そこに立っていたのが、宝玄仙であるのを知って、もっと驚いた。

 

「ご、ご主人様、どうしたのさ?」

 

 珍しくも今夜はひとりずつの部屋で休むということになったので、宝玄仙の性の相手はしなくてすむはずだ。

 だが、なぜか、その宝玄仙が孫空女の部屋にやってきた。

 これはどういうことなのか?

 

「お前こそ、どこに行こうとしてたんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙はそう言って、ずかずかと部屋の中に入ってくる。

 孫空女は、押されるような感じで、寝台に腰掛けさせられた。宝玄仙は、その孫空女の横に腰掛ける。

 

「どこって……沙那のところ……」

 

 孫空女は言った。

 

「沙那のところに行って、なにをしようとしてたんだい? わたしに隠れて、ふたりだけで乳繰り合おうとしていたんじゃないだろうね?」

 

 宝玄仙が咎めるような、からかうような、そんな微妙な視線を孫空女に向ける。

 

「ち、乳繰り合うって……。なんてこと言うんだよ、ご主人様。ただ、この宿屋、なんか、おかしいから沙那に相談に行こうと思って……」

 

 孫空女は言った。

 

「おかしいというのは?」

 

 宝玄仙はじっと孫空女を品定めするような視線を受けてくる。

 足の先から頭の天辺まで舐め回すような嫌な視線だ。

 孫空女は落ち着かない。

 

「よ、魔物かなにか……。とにかく、得たいの知れない何者の気配だよ――。入ってきたときには気がつかなかったけど、この宿屋は宿屋全体から人間の霊気でもない、だけど、魔族でもない、不可思議な力の流れを感じるんだ。それに……」

 

 孫空女は、宝玄仙の視線に耐えられなくなり、少し身体をずらして、宝玄仙から離れるように身体を動かした。

 

「なにやっているんだよ、孫空女。勝手に動くんじゃないよ」

 

 宝玄仙が少しだけ厳しい声で言った。孫空女は、慌てて身体を元に戻す。

 

「……魔物の気配ということかい? まあいい……。それはわかったけど、魔物の気配を感じて、なんで沙那のところに行くんだい? あいつは、お前とは違って、そういうものを感じる能力はないよ。魔物のことだったら、なんで真っ直ぐにわたしのところに来ないんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「だって、ご主人様は……」

 

 孫空女は言い淀んだ。宝玄仙は、この館の女主人の多恋(たれん)を呼んで、今夜は性愛に励むとか言っていたのだ。そんなところに乗り込むのは気が引けた。

 

「さっさと言いな、孫空女」

 

 宝玄仙がぴしゃりと怒鳴った。

 

「う、うん、言うよ。ご主人様は、多恋というあの娘を抱くと言っていたから、邪魔しちゃ悪いと思ったんだよ」

 

 孫空女は言った。すると、宝玄仙が笑った。

 

「なにを言っているんだよ、孫空女。お前は、この館が怪しいと思ったんだろう? だったら、その館の女主人を部屋に呼び込もうとしているわたしこそ、危ないじゃないかい。邪魔するとか、悪いとかそういう問題じゃないだろう。そう思ったら、血相変えて、わたしのところに来るんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 そう言われればそうだ。

 なんで自分は、すぐに宝玄仙のところに行かずに、まずは、沙那のところに行こうと思ったんだろう。

 孫空女の感じたことは事実で、この館のどこかに妖魔が隠れているとすれば、多恋を呼び込んだ宝玄仙こそ危ないはずなのに……。

 

「ふふふ……。そうだね。お前の感じたものは正しいよ。この館には魔物がいる。それは確かさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「えっ?」

 

 やっぱりそうだったのだ。最初にこの館に入ったときの宝玄仙の反応が、どことなく不自然だった。

 宝玄仙は、この館に魔物が隠れていることに気がついたのだ……。

 だけど、だったらどうして、警戒する様子もないまま館に入っていったのだろう……。

 

「なら、ご主人様……」

 

「だけど――」

 

 孫空女の疑問の言葉を宝玄仙が遮った。

 

「だけど?」

 

「危険なものじゃない、孫空女……。お前も、無意識のうちにそれも感じたのさ。だから、真っ直ぐにわたしのところにやってこようとせずに、沙那に相談しようと思ったのさ。そうだろう?」

 

 宝玄仙が孫空女の顔を覗き込むような仕草をした。

 なぜか動揺してしまう。

 

「ほ、本当に危険じゃないのかい、ご主人様……?」

 

「危険じゃないさ。このわたしが言うんだ。わたしは、この魔物の一族を知っている。第一、魔族のすべてが危険でないと同様に、魔物だって、すべてが危険なわけじゃない」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 

「う、うん……」

 

 魔物と呼ばれる魑魅魍魎のたぐいのことは知らない。しかし、魔族だからといって、すべて危険ではないというのは、もう理解した。

 だったら、魔物のようなものも、同じなのかもしれない。

 とりあえず、孫空女は納得した。

 

「確かに、魔族も魔物も、人間を襲うものが多いけれども、連中にもいろいろとある。人間にもいろいろとあるようにね」

 

 確かに魔族も人間もいろいろだ。

 金角と銀角だって、敵対して戦ったものの、いまは和解して、彼女たちは宝玄仙の家臣という立場である。

 それよりも、人間の方が危険だ。

 人間は魔族や魔物のように単純には襲ってこない。

 味方のようなふりをして裏切ったり、騙したり、あるいは、謀略で陥れたりする。

 人間は人間であり、魔族や魔物は、魔族や魔物だ。

 だが、それは味方であり、敵であることとは別のことだ。

 

「本当に大丈夫なのかい、ご主人様?」

 

「お前もなんとなく、魔物の魔力の気配は感じても、邪悪なものは感じなかった……。そうだろう、孫空女? さっきも言ったけど、だから、お前はわたしじゃなく、とりあえず沙那と話そうと思ったのさ」

 

 そうかもしれない。

 いま、孫空女には、危険に際して焦ったような気持ちはない。

 ただ、謎めいた存在に対する不安があるだけだ。

 

「……それにね、孫空女」

 

 宝玄仙が孫空女を見た。

 心を見透かされているような気味の悪い視線だ。

 服の下の裸身のすべてを覗かれているような……そんな気持ちになる。

 

「お前がわたしのところに、すぐに来なかったのは、自分でも気がつかない嫉妬のせいさ。わたしが、多恋を抱くと聞いて、なんとなく、落ち着かない気分になったんだろう、お前は?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「な、な、な、なんてこと言うんだよ、ご主人様――。そんなわけがないじゃないか。嫉妬だなんて」

 

 孫空女は声をあげた。

 だが、なぜだか、顔が赤くなる自分を知覚している。

 嫉妬だなんて……。

 このご主人様は、本当になんてことを――。

 だが、次の瞬間、予期しないことが起きた。

 いきなり、宝玄仙が孫空女に組みつき、孫空女を押し倒したのだ。

 

「う、うわっ」

 

 だが、次の瞬間、虚を突かれた孫空女は咄嗟に反応できなかった。

 倒された孫空女は、宝玄仙の身体の下になる。

 

「ちょっと、ご主人様――」

 

 孫空女は驚いてしまって、下から宝玄仙をまじまじと凝視した。

 

「なんだよ、孫空女――。道術で抵抗できなくしないと、わたしにお前を抱かせないのかい?」

 

 宝玄仙が妖艶に微笑む。

 そして、孫空女の身体の上で立て膝になり、頭からすっぽりと服を脱いだ。

 宝玄仙が孫空女の上で下着姿になる。

 その下着もあっという間に、自分で取り去った。

 

「うわっ」

 

 思わず孫空女は声をあげてしまった。

 宝玄仙の妖艶で美しい裸身には、逞しい男根がそそり勃っていたのだ。

 

「早く、服を脱ぐんだよ、孫空女」

 

「う、うん」

 

 なぜ、いきなり押し倒されたのか、訳が分からないが、宝玄仙の言葉に逆らうことはできない。

 孫空女は宝玄仙の裸身に跨られたまま、服を次々に脱いだ。

 上衣と胸当てをむしり取るように寝台の下に投げ捨てると、下袴(かこ)を下着ごと、蹴飛ばしながら脚から外す。

 脱いだばかりの孫空女の股間に宝玄仙の手が触れた。

 ぐいと肉芽が潰されるように押される。

 

「いぎっ」

 

 激痛が走るが、それと同時に、まるで淫靡な術にかけられたかのような凄まじい快感も襲った。

 宝玄仙の荒々しい愛撫が続く。

 痛いはずなのに、痛さよりも気持ちよさが上回る。

 宝玄仙の指が孫空女の敏感な陰核を擦る度に、ぞわぞわとした快感が背筋を突き抜けていく。

 

「お前は、ちょっとばっかり、乱暴な方が気持ちいいんだろう? このわたしに調教されて、すっかりと嗜虐の悦びが染みついてしまたっからね。恥ずかしいことだって、痛いことだって、いまじゃあ、全部気持ちよさに繋がるだろう……? 白状しな、孫空女」

 

「あひっ――あうっ――そ、そんなこと――ご、ご主人様――ひっ、ひっ、ひいっ――」

 

 宝玄仙による孫空女の股間への責めは容赦ない。

 まるで握りつぶさんばかりの強い愛撫だ。

 それなのに、孫空女はもの凄い快感を味わっていた。

 痛いはずなのだ……。

 だが、痛くない――。

 いや、痛みが気持ちいい。

 

 もっと……。

 もっと、強く――。

 孫空女は知らず、自分の股を宝玄仙の手に擦りつけていた。

 

「ご、ご主人様――」

 

 孫空女は叫んだ。

 呼吸が苦しくなる。

 全身が痺れる。

 

「こんなのは愛撫でもなんでもないよ、孫空女。ただ、強く指で揉んでいるだけだ。それなのに、こんなのでいくのかい、お前は――? そんなに淫乱で、恥ずかしくないのかい?」

 

 宝玄仙が手の動きを激しくした。

 凄まじい速度で孫空女の女陰と肉芽が掻きまくられる。

 

「んんん、がああ――」

 

 孫空女は官能の叫びをあげながら身体を仰け反らせた。股間からあがってきた閃光のような快感が頭のてっぺんに突きあがり、そして通り抜けていったのだ。

 

「孫空女、また、躾を忘れたのかい? 勝手にいくなと言ってるじゃないか」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 達したばかりの孫空女の虚ろな視界に、宝玄仙の顔が映る。

 しかし、口調とは異なり、その表情は優しかった。

 まるで親が子を叱るような表情だ。

 孫空女は、その美しい宝玄仙の顔に束の間見とれていた。

 

 そうだった。

 いくときには、そのことを言ってから絶頂しなければならない。

 そして、勝手にはひとりではいかずに、許可を受けてから絶頂する。

 宝玄仙の調教により、身体に染み込まされた躾だった。

 だが、いまのはそんな余裕はなかった。

 あまりにも激しい宝玄仙の愛撫に、孫空女はなにも考えることができなかったのだ。

 

「ほら、なんとか言わないかい、孫空女……」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は我に返る。

 

「ご、ご免なさい、ご主人様――。そ、そんな余裕なくて……」

 

 すると宝玄仙がにっこりと微笑んだ。

 宝玄仙の口が孫空女の口を重なる。

 舌が絡んでくる。

 孫空女はその舌を舐め回すとともに、口の中に入ってくる宝玄仙の唾液をすすった。

 宝玄仙もまた、孫空女の口から唾液を吸い取っていく。

 お互いの唾液が混ざり合い、それぞれの口の中で咀嚼されて飲みこまれる。

 

「後ろを向きな、孫空女」

 

 宝玄仙が言った。

 なにをされるかはわかる。

 孫空女は半ば夢心地の気分のまま、うつ伏せになり膝を立てて、お尻を天井に突きあげた。

 

「きれいにしてあるだろうね」

 

「う、うん……」

 

 宝玄仙の指が孫空女の肛門に触れる。

 泣きたくなるような快感がそこに走る。

 

「返事は、孫空女?」

 

 宝玄仙の指が孫空女の菊孔に押し当てられて、入り口をくるくると回される。

 獣の快感が全身に迸る。

 

「し、してるよ――」

 

 手の上に頭を載せて寝台に顔を押しつけている孫空女は叫ぶように答えた。

 宝玄仙はいつでも、どこでも、供の身体のあちこちを責める。

 その中でも肛門への愛撫は宝玄仙のお気に入りの行為だ。

 だから、孫空女だけではなく、沙那も、朱姫も、機会さえあれば、水を使ってお尻の中を洗ったりしている。

 宝玄仙の性奴隷としての嗜みのひとつだ。

 

「これだけ濡れていれば、なんにもいらないね。お前の股から溢れた汁で肛門もなにもかも、べしょべしょだよ、孫空女――」

 

 宝玄仙の股間にあった怒張の先端が、孫空女の肛門に触れたのがわかった。

 

「ゆっくりと息を吐くんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、もう、言われなくても孫空女は、それをしていた。

 ゆっくりと宝玄仙の男根が孫空女の肛門の中に入ってくる。

 

 宝玄仙の供になる前には、排泄のための器官としか思っていなかった場所……。

 そこに宝玄仙の肉棒が押し入ってくる。

 そして、そこから途方もない快感を貪っている……。

 

「ゆ、許して……ご、ご主人様……はああ――あふう――」

 

 蕩けるような愉悦――。

 それが怖い。

 尻の肉襞を擦られる刺激から得られる快楽に、まだ孫空女の心は慣れない。

 だが、身体はすっかりと順応している。

 尻をなぶられる快楽に、いつの間にか孫空女は自ら腰を振って応じていた。

 

「いやらしい雌犬だね、孫空女。尻をなぶられてそんなに嬉しいのかい?」

 

 宝玄仙がゆっくりと肉棒を抜いていく。

 抜かれる刺激は、挿入されるときの気持ちよさよりも遥かに上だ。

 もう、孫空女は自分のからだがくねくねと動きまわるのを止められない。

 そして、もう少しで外に出ていくというところから、また宝玄仙のものが入ってくる。

 

「うはあっ……ははあ……んん……」

 

 そうやって突き上げられては抜かれ、そして、抜かれては突き上げられる。

 

「尻をほじられて嬉しいのかって、訊いてるんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙が孫空女の肛門に肉棒を突き挿したまま、孫空女の尻たぶの横をぴしゃりと叩いた。

 

「痛いっ――。き、気持ちいい……気持ちいいよ、ご主人様――」

 

 孫空女は、慌てて叫ぶ。

 しかし、また尻たぶを叩かれる。

 

「気持ちいいのは見ればわかるんだよ、孫空女――。嬉しいのか、そうじゃないかと訊いているんだよ」

 

 そして、また尻たぶが張られた。

 

「嬉しいよ、ご主人様――。嬉しい」

 

 孫空女はほとんど泣くような声で叫んだ。

 

「ふん、犬のように尻で犯されるのがそんなに嬉しいなら、雌犬のように扱ってやるよ。このまま、四つん這いで寝台をおりな」

 

 宝玄仙がそう言って肛門を強く押した。

 

「ひいっ」

 

 それだけで絶頂しそうになった孫空女は、宝玄仙の腰に押し出されて、寝台の脇に追いやられる。

 

「そ、そんな……ご主人様」

 

 肛門に男性器を受けれたまま、寝台を降りて歩くなんてできるわけがない。

 だが、孫空女の菊門深くに男根を突き挿している宝玄仙は、容赦なく孫空女を押し出していく。

 

「おりる――。おりるよう……、ご主人様――。お、押さないでよ――」

 

 孫空女は片腕を寝台の下に降ろして、まずは身体を支える。

 そして、態勢を崩さないように注意しながら、ゆっくりと重心を寝台の下に降ろしていく……。

 

「ちまちましているんじゃないよ」

 

 宝玄仙が半分ほど降りかけた孫空女の身体を腰で突き落とした。

 そのまま、体重を孫空女の腰にぶつける。

 

「ひぐううっ――」

 

 激しく肛門の内側を擦られて圧迫された孫空女は、悲鳴とともに身体を仰け反って絶頂してしまった。

 

「ほら、窓まで歩きな」

 

 絶頂の余韻に浸ることを許されずに、一歩一歩と孫空女は四つん這いの身体を進める。

 宝玄仙の一物が挿さったままなので、それに孫空女の腰を合わせるために、孫空女の膝は真っ直ぐに伸びている。

 そんな格好で歩かされるのは、恥辱以外のなにものでもない。

 

 だが、逆らえない――。

 宝玄仙に命令されると、それに従わなければならないという奴隷根性が孫空女の身体を勝手に動かしてしまう。

 

 歩くたびに、宝玄仙に強く肉棒を突き挿される。

 達したばかりの敏感な身体は、そこから快楽を搾り取ってしまい孫空女の身体を愉悦の頂点に押し上げる。

 

 一人用の客室であるこの部屋は狭い。

 すぐに窓の下まで孫空女は辿り着く。

 

「ほら、戻るんだよ。休んでいる暇はないよ。身体を回転させな。今度は戸のところまで歩くんだ」

 

 宝玄仙の命令に、人ひとり分くらいの狭い寝台の横の空間を使って孫空女は四つん這いの身体を逆に向ける。

 もちろん、宝玄仙の男根は挿さったままだ。

 

 それを繰り返しやらされた。

 最初に、戸まで辿り着くまでに気を一回やった。

 

 次の往復では、行きと帰りにそれぞれ一回ずつ絶頂した。

 

 三往復目も同じだ。

 

 次の往路でまた絶頂したときには、さすがに体力のある孫空女も、もうそれ以上動けなくなった。

 

「ご……ご主人……さ、ま――、も、もう、ゆる……し、て……」

 

 孫空女が、膝を崩して突っ伏したので、自然に宝玄仙が男根を引き抜いたかたちになった。

 

「ちょっとばかり、尻をほじられたくらいで、何度いくんだよ、孫空女」

 

 身体が脱力していうことをきかない孫空女の上から、宝玄仙のそんな言葉が浴びせられる。

 

「……こ、これは、ご主人様が……」

 

 宝玄仙に対する恨み節が孫空女の口から洩れる。

 こんなに浅ましい身体にしたのは、当の宝玄仙だ。

 もともと、こんなに快感に弱い身体でもなかったし、ましてや、尻なんかで頭が真っ白になるくらいに絶頂することがあるなんて思いもしなかった。

 

「仰向けになりな、孫空女」

 

 宝玄仙が孫空女の横腹を軽く蹴った。

 孫空女は気だるさに耐えて、床の上で身体を反転させる。

 

「雌犬にはもったいないけど、お前の女陰をわたしが犯してやるよ。お前のような雌犬は、寝台なんて勿体ないさ。床の上で十分だ」

 

 宝玄仙の腕が孫空女の太腿を抱え込む。

 もうどうにでしてという気分だ。

 それにしても今夜の宝玄仙は、いつになく乱暴で嗜虐的だ。

 

「う、うん……」

 

「うん、じゃないだろう、孫空女。奴隷の挨拶はどうしたんだい」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「お、お願いします――、ご主人様」

 

 慌てて孫空女は言った。

 孫空女の女陰に宝玄仙の肉棒が入ってくる。

 激しい――。

 ほとんど突き挿すだけの乱暴な挿入だ。

 

「はふうっ――」

 

 しかし、その最初のひと擦りで激しく感じてしまった刺激に孫空女は、胴体をうねり返らせた。

 その動きに合わせて、宝玄仙が孫空女の膣の中で右に左にと内襞を擦り、孫空女に新たな快感を足していく。

 

 そして、宝玄仙の怒張が孫空女の子宮の入り口を強く押したとき、孫空女に凄まじい官能の嵐が襲いかかった。

 孫空女は、宝玄仙の腕の中で激しく絶頂を極めていた。

 

「さっそくいったかい、孫空女。まあ、何度でもいきな――。今夜は、この宝玄仙がお前を抱き潰してやるよ」

 

「そ、そんな……」

 

 今夜の宝玄仙はおかしい。

 完全に常軌を逸したような感じだ。

 孫空女の中に恐怖が走る。本当に抱き潰される。

 まだ、宝玄仙の股間の怒張は孫空女を貫いたままだ。

 

 ふと、宝玄仙がにっこりと微笑みかけた。

 孫空女のすべてを包み込むような温かい視線だった。

 その視線を感じた途端、孫空女の中の恐怖心が消えた。

 残ったのは、宝玄仙に抱いてもらえるという期待感と悦びだけだ。

 

「いくよ、孫空女……」

 

「う、うん」

 

 宝玄仙がまた腰を激しく動かす。

 

「ひん……ひん……ひん……ひいっ」

 

 孫空女は腰が突きおろされるたびに肺腑から噴き出すような息をした。

 

「ほら、またいくのかい、雌犬――」

 

 宝玄仙はそう言って孫空女を罵りながら、滅茶苦茶に孫空女の女陰を突く。

 孫空女は、宝玄仙の肉棒によって、激しく身体を揺すられながら、自分を見下ろす優しげな宝玄仙の眼を見ていた。

 口調では宝玄仙は孫空女を罵倒しているが、視線は優しかった。

 その視線だけを孫空女は見ていた。

 

「いく……いくよ……また、いくよ――、ご主人様――」

 

 孫空女は切羽詰ってしまって叫んだ。

 

「ああ、いきな――。お前の身体に熱いものを注いでやるよ。だけど、終わらないからね。今夜は、朝までだ。いいね――。朝までだよ」

 

 宝玄仙がそう叫びながら、孫空女の子宮にどくどくと精の塊りを注ぎ込んだのがわかった。

 

「はああぁぁぁ――いくうっ――いく――」

 

 身体の内側に灼熱の愉悦を感じて、孫空女は甲高い声で絶頂した。

 

「まだ、気を失うんじゃないよ、孫空女。夜はまだ長いからね」

 

 衰えることのない宝玄仙の怒張が孫空女の女陰を叩き突き続ける。

 孫空女は、果てることも許されず、泣き声のような嬌声を喚き続けていた。



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190 望みの相手-宝玄仙の部屋

 部屋に入ってきた多恋(たれん)は全裸だった。

 少女らしい幼さの残る身体が、宝玄仙の視界に吸い込まれた。

 

「抱かれに来るのに、最初から裸というのは準備がいいじゃないか、多恋」

 

 宝玄仙は、寝台に横たわったまま言った。

 そして、宝玄仙もまた全裸だった。

 産まれたままの姿のまま、宝玄仙は多恋を待っていたのだ。

 

「わたしの供たちは、どうしているんだい、多恋?」

 

「愉しんでおられます」

 

 多恋は無表情で言った。

 

「面白いねえ。是非とも、お前に見せられた幻像とどんな夜を過ごしたのか白状させないとね……」

 

 宝玄仙は喉の奥で笑い声をあげた。

 

「……わたしたち種族をよくご存じなのでね、宝玄仙様」

 

 多恋はやっぱり無表情だった。

 この種族は、相手によって表情も姿も性格も使い分ける。

 いま、無表情で立っているのは、宝玄仙が心を読まれないように封鎖しているので、宝玄仙に対してどのように振る舞えばいいのかわからないのだろう。

 

「わたしは、名を名乗ったかねえ、多恋?」

 

「いいえ、お名乗りになりませんでした。しかし、お供の方々の意識を読んで知りました」

 

「意識ねえ……」

 

 人の心を読む妖魔――。

 悪意はないのは知っているが、やはり、気持ちのいいものじゃない。

 だから、宝玄仙もどうしても心を封鎖してしまう。

 

「失礼ながら、わたしたちの種族をどこで知り得たか教えていただきたいのですが……。わたしたち種族は、滅多に存在しません。わたし自身、同胞に最後に遭ったのは、百年以上も昔のことになります。他の同胞がどのようにすごしているのか興味があります」

 

「お前たちに同胞意識があるというのは知らなかったよ」

 

「教えてもらえれば、宿代はお返ししますよ、宝玄仙様」

 

 多恋が初めて表情を崩して微笑んだ。

 もちろん、本当に笑っているわけじゃないだろう。

 なんとか会話の糸口を得て、宝玄仙の興味のあるものを探ろうとしているのだ。

 同胞の存在に興味があるかどうかなど怪しいものだ。

 

 基本的にこの種族は、非常に頭がよく、高い魔力を持っている。

 おまけに心まで読むのだ。

 危険な魔物として忌み嫌う者は多いが、それはこの種族がなにを餌として生きているかを知らないからだ。

 

 もっとも知ったからといって好きになる者は少ない。

 害のある存在として、焼き殺されたという例も多く知っている。

 嫌う者は多いが、宝玄仙は嫌いではない。

 実際のところ、この魔物の中で十数年も暮らしたのだ。

 

「なにが宿代だよ。お前たちに金なんかいらないだろう? わたしが調教したあいつらが、お前にたっぷりと淫気をくれてやったはずだ。お前もたらふく得たはずさ。むしろ、金を欲しいくらいだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 すると多恋は、本当に表情を崩した。

 今度はさっきのような作り物の笑いではない。

 本当に驚いた表情だ。

 

 もちろん、眼の前の多恋も実際の存在ではない。

 少女のように見える姿もやってきた旅人を安心させるためにこの妖魔が作ったただの幻像だ。

 

「そうですね……。では、宿代はお返しします……。いいえ、むしろこれまで得たものをあげてもいいくらいです。本当は宿代など必要ないのですが、そういうものをもらわないと、逆に怪しまれて、中ですごしてくれないのですよ」

 

「だったらありったけ、溜まった路銀を出しな。お前には必要のないものだし、わたしの供は、それこそそれに見合う大量の淫気を提供しただろう?」

 

「そうですね」

 

 多恋はまた表情を崩した。

 そして、すっと宝玄仙の寝そべっている寝台に寄ると、その端っこに腰掛けた。

 

「それで、宝玄仙様は、淫気はくださらないのですか?」

 

 多恋は言った。

 “淫気”とは、この妖魔が餌にしているもので、人間が性行為で発生させる淫靡な気のことらしい。

 実際のところ、そんなものが本当に存在するのかどうか宝玄仙も知らない。

 だが、この妖魔は、それを食料としていて、自分の胎内に取り込んだ人間から、淫気なるものを発生させてそれを取りこむ。

 確かにそうやって生きているのだ。

 

 そのために、うっかりと入り込んだ者を性的に欲情させるために、ほとんど感じることのない微弱な振動で身体を燃えあげさせたり、淫靡な空気を流した後、深層意識の求める性愛の相手を幻像として出現させて、性行為に誘うのだ。

 

 今頃は、あの三人もこの妖魔の作った幻像を相手に性愛に励んでいるだろう。

 そして、淫気を発散しているに違いない。

 

「お前みたいな、小便臭い女を抱くのは好きじゃないよ。ただ、話をしたかったから呼んだんだよ。わたしは、お前の種族の中でずっと子供時代をすごしたんだ。つまり、懐かしいのさ」

 

「本当にわたしの種族のことをよく知っていますね。成長しかけの少女がお好きではないのなら、こういうのはいかがですか?」

 

 多恋の姿が消えて、沙那になった。

 素裸の沙那が宝玄仙の足元に腰掛けている。

 

「……それとも、孫空女さんの方がお好みですか。朱姫様は、先ほどの多恋の年恰好と変わらないのでお好みとは外れるのかもしれませんが、そちらがよければ朱姫さんになりますが? あるいは、男を出しますか? 女人国では男がご法度なので、女人国出身のお客様が泊られるときには、男を出すことが実際には多いですよ」

 

 沙那の姿が今度は、見たことのない青年の姿に変化する。

 寝台に腰掛ける脚の間には、すでに男根が隆々とそそり勃っている。

 

「いいから女に戻りな、多恋。いろいろあってね……。男はもうこりごりだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 多恋の姿が最初の少女の姿に戻る。

 

「少し心を解放して頂ければ、宝玄仙様の潜在意識を読みとって、ご興味のある相手をご提供するのですが」

 

 多恋は言った。

 

「そうだねえ……」

 

 宝玄仙は呟いた。

 確かに興味はある。

 自分自身の中に眠っている淫靡な願望というものに……。

 自分の場合は、どんな性愛の相手が出てくるのだろう。

 

「多恋というのは、呼び名かい?」

 

 だが、宝玄仙は別のことを言った。

 性愛の相手なら、あの三人がいる。

 わざわざ、幻を抱く必要はない。

 

 それよりも、今夜はこの妖魔と話がしたい。

 昔の空気に触れているようで懐かしい。

 子供時代には、嫌っていた時期もあったが、いまとなっては、あの母親の気持ちも理解できるようになった気がする。

 

「そうです。呼び名です……。“多くの恋”……。人間の言葉で、そういう意味なのでしょう? 随分とわたしたち種族のことをご存じのようですので、もうおわかりと思いますが、わたしは、わたしの中に入ってくれた人間の潜在意識に触れて、淫乱な部分の心の願望を実体化します」

 

「つまり、幻を抱かせる……」

 

「そうですね。その幻影は性行為の相手として出現するわけですが、そうやって淫靡な気を発散してもらうのです。それは一夜の恋……。そういうものだと思っています」

 

「一夜の恋かい」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「わたしの中に入ってもらった人間の方々に、それぞれのわたしが、一夜の恋を提供しているのです。だから、“多恋”そう名乗っています」

 

「なるほど……。だけど、真名は“美羅(ちゅら)”というんじゃないのかい? わたしが住んでいたお前の同胞たちは、二匹とも真名の最後に“美羅”という言葉がついたね。“多恋美羅(たれんちゅら)”――。さしずめ、それがお前の真名じゃないのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 すると眼の前の多恋が消滅した。

 

 一瞬だけだが、部屋の燭台の光も消滅して、館が揺れた。

 まるで、動揺しているかのように……。

 しかし、すぐに光も戻り、多恋も出現し直した。

 

「……驚きました。魔物の真名のことをどうしてご存じなのですか……? それは人間にはほとんど知られていないはずなのに……」

 

 多恋の口から驚嘆の言葉が発せられた。

 こいつ自身が言ったとおり、魔族はまだしも、魔物のことを知る人間は少ない。

 魔物には真名というものを持つものが多く、真名を知られると相手に支配されるという性質があるということは、ほとんど知られていない事実だ。

 そして、本当に支配するには、真名を付け直して、相手にそれを認知させるという行為が必要なことも……。

 

「言ったろう。わたしは、お前の種族の中に住んでいたと……。わたしの母親は魔物遣いだったのさ。魔物の真名を知り、真名を付け直すことで魔物を支配していた」

 

「そんなお方がおられるのですね。宝玄仙様のお母様ですか……」

 

「まあ、変わり者でね……。だから、真名のこともわたしは知っているのさ。さっきも言ったけど、実際、わたしの母親は、お前の同胞を家にして暮らしていたよ。真名を付け替えてね」

 

 宝玄仙は言った。

 母親……。

 

 性に対して解放的で際限のない淫乱さを持っていた女だった。

 そして、道術遣いにして、魔物遣いだった。

 

 得意は魔物の操りであり、多恋のような存在を二匹も手に入れて、そこを住居にして「淫靡の館」と名付けて暮らしていた。

 そこに何人もの男の愛人と女の性奴隷を囲って生活をしていたのだ。

 

 十二歳で家を出て、天教教団に入るまで、そういう場所で宝玄仙は育った。

 だから、この宿屋の中は、宝玄仙の子供時代の匂いだ。

 この館の発する淫靡な雰囲気は、宝玄仙がずっとすごした少女時代の空気そのものだ。

 

「わたしの同胞を家に……。そうですか。なにかの比喩的表現かと思っていましたが、本当のことなのですね。それにしても、わたしの同胞の中で暮らすとは、なかなかに豪放な女性ですね。わたしは興味を抱きます……」

 

「そうだね。わたしも、いまにして思えば、豪放だと思うよ」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「ふふふ……。それよりも宝玄仙様はいかがですか。三人のお供の方の淫気は、本当に濃くて充実した味です。しかも大量です。あの三人のお供を支配されているあなたであれば、わたしも支配されてもいいと思っていますが?」

 

 多恋が言った。

 これは本音かもしれない。

 この種族の求めるものは、本当に淫気だけなのだ。

 

 人間を殺したり傷つけたりすることはない。

 だが、淫靡な幻を見せられて、無理矢理に性行為をさせることは、心を傷つけられたと感じる人間も多いのは事実だ。

 だから、人間の方がそれを求め、勧んで淫気を提供してくれるなら、この妖魔からすれば、むしろ望ましいことだろう。

 

「残念だけど、旅の途中でね」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「そうですか。でも、本当にお三人のお供の方々の淫気は素晴らしい」

 

 いまごろは、あの三人とも、真相意識に引っ掛かった淫靡な幻像の相手をし、淫気を絞り出されているのだろう。

 あいつらが、潜在意識からどんな性の相手を出現させたのか興味がある。

 明日はそれぞれに訊き出すことにしよう――。

 

「……よければ、宝玄仙様の旅に合わせて、わたしが移動してもよいですよ。この女人国という場所は、淫気の集まりやすい場所でして、充実もしてたのですが、宝玄仙様がわたしを受け入れてくださるのであれば、一緒に移動してもいいです」

 

 多恋は言った。

 

「冗談じゃないよ。宿屋を連れて旅ができるかい」

 

「ええええっ、残念です」

 

 そして、眼の前の多恋の存在が消滅した。

 いくら待っても宝玄仙が多恋に手を振れようとしないので、本当に多恋の身体に興味がないと判断したのだろう。

 だから、幻像を消したのだ。

 

「さて、宝玄仙様のお話の相手も愉しいですが、お話は愛し合いながらもできますよ。そろそろ、わたしの相手をしていただけないですか?」

 

 喋っているのは宿屋そのものだ。

 この建物――。

 実はここは建物じゃない。

 美羅(ちゅら)族と呼ばれるこの存在は、建物のように見えるこの大きな姿そのものが魔物だ。

 そして、建物の姿で自分の胎内に人間をおびき寄せ、その人間の心を読み、性愛の相手を幻像として出現させて、淫気を搾り取る。

 そうやって淫気を喰らい、必要があれば移動もする。

 こんな山奥に出現したのは、たまたま、どこかに移動する途中だったのか、もしかしたら、あの怪しげな霧もこいつの仕業かもしれない。

 なにしろ、魔力は高いのだ。

 その魔力のすべてを淫気を集めるために遣うのだが……。

 

「じゃあ、閉じていた心を解放して、お前に見せるよ。わたしが気に入る相手を出してみな。そうしたら、わたしの淫気も提供してやるよ」

 

「本当ですか?」

 

「もっとも、わたしにも、わたしが真に求めているものはわからないのさ。実際のところ、わたしは、沙那や孫空女や朱姫といった存在がいるし、そっちについては満足しているからね。本物がいるのに、偽者を抱いてもしょうがない」

 

「でも、心にさえ触れさせていただければ、まだまだ、宝玄仙様の心を震わせるような性愛の相手を提供できると思いますよ」

 

 館が喋った。

 宝玄仙は心を解放した。

 特になにも感じない。

 しかし、この瞬間もこの館の魔物は、宝玄仙の潜在意識を探り続けているのだろう。

 

「わかりました……。宝玄仙様が興味を抱いてくれる姿を読みとりました」

 

 声がした。

 そして、眼の前にひとりの女性が出現した。

 その女性の姿に、宝玄仙は唖然とするとともに、身体が一瞬硬直した。

 そして、込みあげた笑いを爆発させた。

 

「……お気に召さないかい?」

 

 宝玄仙の笑いの発作が終わるのを待ち、そして、その女性が言った。

 

「ああ、お気に召さないね……。ああ、だけど、あいつなら、興味を抱くかもしれない……」

 

 そして、宝玄仙は、自分を意識の中に埋没させた。

 宝玉と交替するために……。

 

 

 *

 

 

 多恋美羅の意識体は、眼の前の宝玄仙が消滅し、別の人格がその身体に出現するのを感じた。

 

 随分と興味深い生命体だ。

 ひとつのからだをふたつの人格で共同で使用している。

 随分と長く生きた多恋美羅もそんな生命体に触れたのは初めてだ。

 

 そして、別の人格が完全に出現した。

 心を閉ざしていない。

 だから、多恋美羅は眼の前の女性の名が宝玉というのを知った。

 

「宝玉、久しぶりだね」

 

 意識体は言った。

 

御前(ごぜん)――」

 

 出現した宝玉は声をあげた。

 そして、母親の姿をした幻像の裸身に飛びついてきた。

 “御前”とは、母親の呼び方のようだ。そう呼ぶように強要さるているみたいだ。心を読むことで、その情報を得た。

 

「御前、わたし、あの時……十二のとき、御前から逃げたけど後悔していたの。わたしも蘭玉のように御前に調教されればよかった。ねえ、御前、いえ、お母さん……」

 

 宝玉が言った。

 

 

 *

 

 

「お願いします――。この通りです。朱那女(しゅなじょ)を旅の供に加えてください」

 

 朱姫が宝玄仙の足元で土下座をしている。

 そんな朱姫を宝玄仙は困った顔で見下ろしている。

 沙那はそれを複雑な気持ちで見守っていた。

 

 一夜をすごした宿屋の食堂だ。

 そこで、沙那は朝食のためにみんながおりて来るのを宝玄仙とともに待っていた。

 もっとも、宿屋に見えるが、ここは、本当は館魔物ともいわれる巨体の魔物の胎内らしい。

 そういうことを沙那は、一階に降りてきてから、食堂で待っていた宝玄仙に教えられた。

 

「だから、朱姫……。いま、ご主人様が説明なさったじゃない。あれは幻像だったのよ――。いいから、立って椅子に座りなさい」

 

 朱姫は宝玄仙の足元にひれ伏していた身体を起こして、沙那の隣に座った。

 だが、まだ納得がいっていないようだ。

 それは当然だろう。

 沙那もさっき、この館魔物のことを聞かされて、驚いたばかりなのだ。

 

「でも、あたし、朱那女とずっと話をしたんです。それで、朱那女も一緒に旅をするって決心したし――。きっとご主人様も気に入ると思います。ご主人様の嗜虐も受け入れるって言っていました。顔だって、ご主人様好みの可愛い顔をしています。お願いします」

 

「ねえ、朱姫……」

 

 沙那は口を挟んだ。

 だが、朱姫は喋り続ける。

 

「とにかく、この宿屋の近くにあるという村に帰ったはずなんです。一緒に行って、朱那女を捜して、そして、旅の一員として認めてください。あたしと一緒で、半妖で、身寄りがなくて……。それで同じように親を殺されて……」

 

「いいから喋るのをやめておくれ、朱姫。もう一度、説明するから」

 

 宝玄仙が苦笑しながら言った。

 朱姫の話によれば、朱姫の部屋には、朱姫と生い立ちがそっくりな妹のような存在が出現したらしい。

 

 家族が欲しい――。

 それが朱姫の潜在意識の願望だったのだろう。

 だから、妹としか思えない幻像をこの館は提供したのだ。

 

 しかし、だったら、なぜ、自分にはあんな……。

 思い出しても顔から火が出る思いだ。

 

「いいかい、もう一度説明するよ、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 

「……この宿屋のように見える館は、実は本当の建物じゃないのさ。魔物だよ。建物一個が一匹の魔物なのさ。こいつら種族は、宿屋の格好をしているときもあるし、娼館の場合もある。あるいは、ごく普通の一軒の屋敷のときもね。共通しているのは、中に取り込んだ人間に激しい性行為をさせて、それで発生する淫気と連中が呼んでいるものを吸収することなんだ」

 

「淫気?」

 

 朱姫が怪訝な顔になる。

 どう見ても、納得している感じじゃない。

 宝玄仙がさらに口を開く。

 

「……だから、この館魔物は、中に入った人間の心を読んで、媚薬効果のある空気や建物自体の微弱な振動で性感を呼び起こし、そして、囚われた人間がもっとも淫靡な反応を示す幻像を出現させて、性愛をさせるのさ。お前のところに、なんとかとかいう娘が出て来たのは、お前の深層意識がそういう相手を欲したからさ」

 

「意味がわかりません、ご主人様。じゃあ、朱那女はどこにいったのですか? この宿屋が契約している近傍の村で暮らしていると言っていたんです」

 

「そんな村なんてあるものかい。好みの相手が、ほいほいと出現したら不自然だから、出まかせを言ったんだよ。実際には、この魔物の術で産み出したただの幻だよ、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうです、朱姫様。あなたを失望させる結果になったのは、申し訳ありませんが、朱那女は実在しておりません。一夜の夢としてお忘れください」

 

 隅に立っていた多恋が言った。

 多恋は、沙那たち四人に朝食を提供するために待っているのだ。

 先に食べてもよかったが、宝玄仙が、全員が揃ってから食べようと言ったので、こうやって食堂で座って待っているところだ。

 あとは、孫空女がやってくれば四人が揃う。

 

 朝になり、沙那が食堂に降りて来たときには、すでに宝玄仙がそこにいて、多恋と話をしていた。

 そこで沙那は、この宿屋そのものが魔物であるという驚きの真相を教えられた。昨夜の現象が、沙那の深層意識に眠る願望であるということも……。

 

 そして、朱姫がいまおりてきて、宝玄仙を見るなり、朱那女という娘を供に加えてくれと宝玄仙にすがりついた。

 かなり大変だった。

 一方で、孫空女は、いつになく起きるのが遅いようだ。

 

「この多恋だって幻像だよ。この館の中に出現するのは、人間であろうと、物であろうと、全部、この館魔物の一部なんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「じゃあ、朱那女はどこにもいないのですか?」

 

 朱姫ががっかりした様子で言った。

 

「そうだよ、朱姫――。それにしても、朱那女というのは、随分とわかりやすくお前の潜在意識を具象化したじゃないか。お前と沙那と孫空女から一字ずつかい。それも、お前の妹ねえ――。まあ、朱姫らしいよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 朱姫はまだ完全には納得のいかない様子だ。

 

「……それはそれとして、沙那、いい加減に、お前の部屋にどういう存在が出現したのか白状しな。せめて、男だったか、女だったか教えておくれよ」

 

 宝玄仙が意地の悪い笑みを浮かべて沙那に言った。

 

「な、なにもありません。誰も来ませんでした」

 

 沙那は言った。

 絶対に言えない―― 。

 

 孫空女が出現して、手を拘束されて愛し合いましたなんて、死んでも白状したくない。

 それにしても、本当にあれが自分の潜在意識に眠る淫靡な願望のひとつなのか……。

 

「そんなわけがないだろう。この多恋は、確かにお前のところからも、淫気を得たと言っていたよ。まあ、いくら訊いても、多恋も教えてくれないし、さっさと白状するんだよ、沙那」

 

「なんと言われても、誰も来ませんでした、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 この秘密は墓場まで持っていくつもりだ。

 殺されても白状するつもりはない。

 

「おはよう……」

 

 そのとき、孫空女が階段をおりてきた。

 なんだか身体がだるそうだ。

 

「ああ、孫空女、お疲れじゃないかい」

 

 宝玄仙が階段から降りて、眼の前に座った孫空女に声をかけた。

 

「……そりゃあそうだよ、ご主人様。あんなに、やられたら疲れるよ。それよりも、ご主人様は、いつの間に起きたのさ。てっきり、あのまま一緒に寝たかと思ったのに……」

 

 孫空女は言った。

 

「ほう、お前のところには、わたしが来たのかい?」

 

 宝玄仙が愉快そうに声をあげた。

 

「わたしが来たって……。なに言ってんの、ご主人様? あたしの部屋に来たじゃないか。それで、あたしをあんなに……」

 

 孫空女が口に中でぶつぶつと言った。

 すると宝玄仙が笑い出した。

 その笑いがあまりにもけたたましく、そして、激しいので孫空女は訳がわからないという表情で呆然としている。

 その横で、朱姫はがっかりした様子で肩を落としている。

 

 沙那は、今日だけは孫空女の顔がまともに見れなくて、どこに視線をやっていいかわからず、困惑した気持ちになっていた。

 

 

 

 

(第30話『おきに召すまま』終わり)



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 第31話  親切心の代償【琵琶子(びわこ)
191 優しき女薬師


 山の緑が濃い季節になった。

 琵琶子(びわこ)の座る橋のたもとにも、温かい日差しが当たっている。

 城郭の中心にあるこの橋は、旅人の往来が多い。

 この城郭は、女人国を南北に縦断する大きな街道沿いにある。

 従って、この付近にすんでいる女や旅の者の多くが橋を渡っていくのだ。

 

 琵琶子は、この橋のたもとにむしろを敷き、薬を売っていた。

 生業は旅の薬師だ。

 旅をしながら薬草を求め、そして、それを薬にして売り、路銀が貯まれば、また旅をする――。

 そうやって生きている。

 

 だが、今日の朝からじっとむしろに座っているが、まだひとりの客も来ない。

 売る薬が悪いのではない。

 祖母の代から受け継いだ薬師の技は、自慢ではないがこの女人国でも一、二を争うものだと自負している。

 

 ただ、薬のことだ。

 信用のない見も知らずの旅の女から求めた薬を飲もうという者は少ない。

それに、琵琶子はまだ二十歳だ。

 薬師としては見た目が若すぎた。だから売れないだけだ。

 

 もっとも、琵琶子には焦ったものはない。

 琵琶子の薬は、飲めば驚くほど効く。

 だから、最初に誰か薬を買いさえすれば、その買った客がその怖ろしいほどの効き目を喧伝してくれる。

 その評判でまた新しい客が集まり、彼女たちがまた琵琶子の薬の効果を広め、そして、さらに客がやって来る。

 そうやって、琵琶子の薬が大評判となり、旅を再開する路銀が集まる。そういうことになるはずだ。

 従って、やってきたばかりのこの城郭では、まだ、琵琶子の薬の評判は広まるところまではいっていないだけなのだ。

 いまは、琵琶子の座るむしろに拡げた薬に眼を止める者はいないが、これがあと十日もすれば、かなりの客が琵琶子の前に集まることになるのは間違いない。

 

 琵琶子は、橋のたもとに座ったまま、大勢の通行人に眼を配っていた。そして、ふと、その中のひとりのきれいな女に眼がとまった。

 年齢は琵琶子と同じくらいだろう。

 だが、ごつごつとした肌と大柄で日に焼けた肌の琵琶子には及びもつかない美しい肌の美女だ。

 武道着を身に着け、腰にベルトを巻き、そこに細剣を差している。

 そして、背に大きな籠を背負い、食料を入れている。

 

 旅の女に間違いない。

 おそらく、城郭で旅に必要なものを調達して戻るところだろう。

 

 だが顔が蒼白い。

 どことなく足元がおかしく、苦しそうだ。

 顔には脂汗のようなものが浮かんでいる。琵琶子には、その理由がすぐわかった。

 

「ちょっと、おめえ──。そこの細剣を帯びた女の人──。んだ、おめえさんだ。ちょっと、こっちにけれ」

 

 最初は自分が呼ばれたことにも気がつかなかったようだが、琵琶子が何度か声をかけたので、しばらくしてから、その女は琵琶子の座る場所の前までやってきた。

 やはり、そうだ──。

 

 間違いない。

 その女の腰から漂う微かな匂いが、琵琶子の勘が正しいことを物語っていた。

 

「それを飲むといいだ。まあ、宣伝代わりだ。ただでいいだ──。その代わり、薬が効いたら、この琵琶子の薬はよく効くと、旅先でもいいから機会があれば喧伝してけれ。それでええから……」

 

「薬……?」

 

 女はむしろに胡坐で座っている琵琶子の視線に合わせるためにしゃがみ込もうとしたが、途中で顔をしかめてやめた。

 そして、立ったまま、琵琶子をいぶかしげに視線を送っている。

 

「腹を壊しているんだろう? それも、少しばかり、漏らしているみてえじゃないか。これを飲めばてきめんだ。すぐに効いて楽になるから……。騙されたと思って飲めや」

 

 琵琶子は、声をひそめてその女だけに聞こえるような声で囁いた。

 漏らしていることを指摘されたら、さすがにその女も恥ずかしいと思ったからだ。

 だが、余程に腹が痛いのは、琵琶子にはすぐにわかった。

 腹を下したまま、どこからどこに行くのかは知らないけど、耐えられなくて、ほんの少しもらしたに違いない。

 その匂いが敏感な琵琶子の鼻に漂っている。

 すると女が真っ赤な顔をした。

 

「ど、どうして、それを……」

 

 女が引きつったような表情になった。

 

「わかるんだ。おらには、大抵の身体の不調はひと目でわかる。おめえさんが、どこに行くのか知らねっけど、そんなに腹を下しちゃままじゃあ、苦しいだろう? ここで飲んでいきな。四半刻の半分もすればすっかり効くはずだ。嘘だと思って、試してけれ」

 

 女はほんの少しの間、迷っていたみたいだけど、やがて首を横に振った。

 

「心遣いは嬉しいんだけど……」

 

 女のその言葉を琵琶子は遮った。

 

「おらは、まんだ若けえけんども、これでも医術の心得がある。しかも、腕もええのさ。だから、ぱっと見ただけで、大抵の身体の不調はわかるだ。悪いことは言わないから飲みな──。金はいらね。苦しいんだろう? そんままにしておくと、四半刻もしないうちに、下袴(かこ)の中にぶちまけちゃうよ」

 

 半分は脅しだが、女は明らかに動揺した。

 

「で、でも……」

 

「おや、その下袴の内側には下着じゃなくて、布を巻いているのかい? そんなに腹が下っているなら、宿屋に休んでいればええじゃねえか」

 

 すると女が眼を見開いた。

 

「腰に布を巻いていることまでもわかるの、あなた?」

 

 女は、ゆっくりとした動きで、そこに座り込んだ。

 本当に苦しそうだ。

 だが、苦しそうに歪む顔は、さらに彼女の美しさを惹きたてている気がする。

 本当に綺麗な女の人だ。

 

「わたしは、沙那よ──。あなたは?」

 

 沙那と名乗った女が言った。

 

「おらは琵琶子。旅の薬師だ」

 

「薬師?」

 

「こうやって薬を売って歩く行商をしているのさ……。いや、逆かな。旅をするために薬を売って、それで路銀を作り、また、あちこちさ旅さする。そうやって、見聞を広めて腕を磨き、天下一の薬師になるのさ。おらは、この女人国を出て外の世界に行くつもりだ」

 

「天下一の薬師……。素晴らしい志ね。じゃあ、遠慮なく薬はもらうわ、琵琶子……。だけど、効かないと思うわ」

 

 沙那が言った。

 琵琶子はむっとした。

 

「おらの薬が駄目だと言うのけ? 試してもいないのに」

 

「ごめんなさい、そうじゃないの……。頂くわね……。水も貰うね、琵琶子」

 

 沙那は、琵琶子の渡した薬を口に含み、さらに、琵琶子の水筒を使って、それを流し込んだ。

 

「そのまま休んでいるとええよ。だけど、そのままどっか行っちゃ駄目だ、沙那。おらの薬を馬鹿にしたんだ。絶対に効くから──。効果を確かめてもらって、きっちりと謝罪をしてもらうからね」

 

 琵琶子は言った。

 

「気分を悪くしたなら先に謝るわ、琵琶子……。だけど、このお腹の痛みは、なにかにあたったわけでも、病気で腹を下しているわけでもないの──。そうであれば、あなたの薬は効くんでしょうけど、多分これは無理よ……。これは、道術よ」

 

「道術?」

 

 琵琶子は声をあげた。

 道術なんていう言葉は、滅多に耳にする言葉じゃない。

 ほかの国はいざ知らず女人国には道術遣いはほとんどいない。

 しかし、道術で腹が痛くなったというのはどういうことだろうか?

 

「道術というのは、腹が痛くなるものかね? あんたは道術遣いかい、沙那?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 すると沙那は、自嘲気味に微笑んだ。

 

「なら白状するわ。薬をくれたお礼にね……。馬鹿馬鹿しいこの行動について説明するから、それを聞いて、思い切り笑って、わたしを馬鹿にしていいわ。わたしも、本当は一緒に笑いたい気分よ。実は、これはわたしのご主人様の悪戯なの」

 

「ご主人様の悪戯?」

 

 琵琶子は首を捻った。

 まるで意味が分からない。

 

「わたしは、ある女主人に仕える供であり、わたしのご主人様は道術遣いなんだけど、わたしは、そのご主人様に道術で便意を意図的にもよおされて、城郭の商屋に買い物に行かされているの。腰に履いているのはおしめよ──。ほんっとに、馬鹿馬鹿しいでしょう、琵琶子?」

 

 沙那は言った。

 琵琶子は驚いた。

 

「道術でわざと便意を起こさせているって……。一体全体、それはどういうことけ? なんでそんなことをしているのさ?」

 

「なんでこんな仕打ちを受けなければならないのか、わたしが訊きたいわ。とにかく、わたしのご主人様はただの気まぐれで、わたしが困る顔が見たくて、強い便意を道術でわたしの身体に起こしてから、外にお使いに出したのよ。おしめをさせてね。だから、わたしの腹痛は道術によるものであり、普通の薬じゃあ効かないということよ」

 

「なして、おめえさんのご主人様は、そったら酷いことをするんだ?」

 

「なぜと言われても……。なぜなのかしら──。まあ、遊びね。ご主人様の遊びよ。ご主人様の愉しみのためにやっているのよ」

 

「わかんねえなあ……。おめえさんの腹が痛くなり、外で大便を洩らすことが、おめえさんのご主人様の愉しみになるということけ?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 この沙那の言っていることは、琵琶子の理解の外にある。

 

「そういうことになるわね……。わたしが困ると、ご主人様は愉しいのよ」

 

 沙那はそれしか言わなかった。

 琵琶子は、唖然としてしまった。

 

「なにが愉しいのけ?」

 

「わたしが、我慢できなくなって、外でおしめに便を洩らすことよ。そうやって、意地悪をするのが愉しいの。だから、わたしはここでは暇をつぶしているのよ。用事が終わっても、一刻半は宿屋に戻って来るなと言われているのよ」

 

「したくなったら、厠にいけばいいだ」

 

 琵琶子は言った。

 

「無理よ。ご主人様がわたしにつけさせたおしめは道術でなければ外せないわ。我慢できなくなれば、わたしはおしめにするしかないわ……。本当に碌なこと考えつかないったら、あのご主人様は……。腹が立つ……」

 

 沙那の言葉の半分は、独り言のようだった。

 いずれにしても、そんな理不尽な命令と仕打ちは、とてもじゃないが信じられない。

 

「おめえさんのご主人様は、どんな人だ?」

 

 そんな酷いことをするのだから、とんでもない意地悪の悪党に違いなく、その悪党にこの沙那は捕えられているのではないか……?

 そんな想像が琵琶子の頭に浮かんだ。

 

「どんな人って……。そうねえ。女道術遣い──。顔はきれい。絶世の美女といっていいわ。髪は黒く、瞳も黒い。年齢は……不詳。見た目は若いわ。わたしよりも少し上に見えるくらい……」

 

「おめえさんと同じくらい?」

 

 意外だった。意地悪の悪党だから、もっと年寄を想像していた。

 しかも、絶世の美女だという。絶世の美女の悪党……。やはり、想像できない。

 

「……ちょっと待って、琵琶子。おかしいわ」

 

 沙那がお腹をおさえた。

 

「どうしただ、沙那? 薬が効かねえか?」

 

「逆よ──。楽になってきた……。こんなのあり得ないのに……」

 

 沙那の言葉に琵琶子は笑った。

 

「あたりめえだ。おらの薬が効かねえわけがねえ。天下一の薬だぞ」

 

 琵琶子は言った。

 

「まさか……。ご主人様の道術の効果を失くすことができるだなんて……。琵琶子、本当に凄いわ。こんなことあり得ないけど……。ただの薬がご主人様の道術に打ち勝つなんてありえないはずだけど……でも、本当に効いている。楽になった──。ありがとう」

 

 沙那が眼を見開き、そして、琵琶子に嬉しそうに笑いかけた。

 

「本当にありがとう」

 

 沙那は琵琶子の手を握る。

 

「よかっただ。じゃあ、約束通り、お代はいらねえだ──。楽になったんだったら、もう、行くといい、沙那」

 

「ありがとう、琵琶子。あなたの薬のことは一生懸命宣伝するわ」

 

 沙那は嬉しそうに立ち去っていった。

 それから、しばらく客はこなかった。

 いや、沙那は客ではなかったから、この橋のたもとで商売を始めて、まだ一度も客は来ていないということか……。

 琵琶子は思い直した。

 

 それからしばらく、琵琶子はそこに座っていた。

 相変わらず往来は多いが、琵琶子の薬を求めにくる客は、まだいなかった。

 琵琶子のむしろの前に二人目の女がやってきたのは、太陽が中天から西に半分ほど傾いた頃だった。

 沙那が立ち去ってから二刻(約二時間)は経っている。

 

 今度の女は、まっすぐに琵琶子のところにやってきた。

 少し背が高い赤毛の女だ。

 美人だ。

 傭兵風の軍装をしていたが、特に武器は持っていない。

 さっきの沙那と同じように荷物を入れるかごを背負っている。

 顔色が悪い。今度の女もさっきの沙那と同じように腹を痛めているようだ。

 

「あれ?」

 

 琵琶子は近づいてくるその赤毛の女が、さっきの沙那と同じように腰に布をあてていることに気がついた。

 沙那の言葉を借りれば“おしめ”というやつだ。

 いったい、どういうことだろう。

 そんな奇妙な恰好の女が続けてふたりも現れるとは……。

 

「あ、あんたが、琵琶子?」

 

 赤毛の女はお腹を押さえながら言った。

 さっきの沙那と同じように顔に脂汗を流している。

 

「そんだが……」

 

「これ──」

 

 赤毛の女は身体を屈めて、編上げの長靴の踵側から小さな紙の包みを取り出した。

 身体を屈めたとき、彼女は苦しそうに顔を歪めた。

 赤毛の女の出したのは、小さな金粒だった。

 琵琶子は驚いた。

 大金だ。

 路傍の薬売りに使う額ではない。

 

「沙那が貰った薬をおくれ」

 

 赤毛の女は言った。

 

「沙那? 知り合いけ?」

 

「そうだよ。孫空女というんだ……それよりも、お願いだよ。薬を……」

 

 琵琶子は薬と水筒を渡した。

 孫空女は、それを飲み、そして、ほっとしたようにその場に座った。

 

「ねえ、おめえも、あんたのご主人様とかいう人に、道術でお腹を痛くされているけ?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 

「へえ、沙那は、そんなことも話したのかい? そうだよ。あたしらのご主人様がね」

 

 孫空女は頷いた。

 

「なんで、おめえらのご主人様という人は、そんな酷いことを供のおめえらにするんだ?」

 

「さあ、なんでかな……。まあ、愉しみなんだろうけど……。だいたい、これのどこが愉しいのか……」

 

「おめえがしているのも、おしめだろ? おめえらのご主人様は、おめえらにおしめにうんちをさせたいのけ?」

 

 琵琶子がそう言うと、孫空女という女が顔を赤らめた。

 

「あ、あんた、あたしがおしめしているのもわかるの?」

 

 孫空女が驚いた表情になった。

 

「わかるさ──。まあ、もっとも、さっきの沙那もそったらことを言っていたしね。道術で脱げなくされているんだろう。ひっどい女だよねえ──。ねえ、おめえらは、なんで、そんな酷いことをされて、我慢しているんだ?」

 

 

「まあ、しょうがないさ。そういうご主人様なんだから──」

 

 それから他愛のないことを孫空女と話した。

 話せば話すほど、この孫空女が素直で正直で、優しい女だということもわかった。

 さっきの沙那もいい人そうだったし、こんなに気立てのいい供に、わざわざ腹を痛くさせるような嫌がわせをする女道術遣いというのは、どんな悪い奴なのだろうと思った。

 それから、四半刻の半分(約七分)ほど経った。

 

「さ、沙那の言う通りだ。本当に薬が効いてきたよ。ありがとう、琵琶子」

 

 楽になったのだろう。

 孫空女がにっこりと微笑んだ。

 本当に気持ちのいい微笑みだ。

 

「いいよ……。だけど、こんなには、代金はもらえないよ。おらの薬はそんなにはしないよ」

 

 琵琶子は、孫空女が最初に渡した金粒を差し出した。

 

「いいや、ご主人様の道術に打ち勝つなんて、これくらいの価値はあるさ」

 

 孫空女は金粒を受け取ろうとしなかった。

 

「だども……」

 

「いいからとっておいてよ。あたしらも路銀は自由にはならないから、やっと隠して持ってきたんだ。それよりも、もしかしたら、もうひとり、朱姫という娘がやってくるかもしれない。そのときは、この金粒で、その朱姫にも琵琶子の凄い薬をわけてやってくれないかい?」

 

 孫空女は言った。

 

「わかっただ」

 

 琵琶子は頷いた。

 孫空女が立ち去ると、また、琵琶子は暇になった。

 それから、沙那や孫空女とは、関わりのない客が、数名琵琶子のむしろに並べた薬を覗きこんでいった。

 そのうち、実際に買い求めたのはひとりだった。

 六十は超えた老婆であり、歯痛をやわらげる薬で代価を払って持っていった。

 

 陽が西に傾いてきた。

 琵琶子は、その日の商いをやめることにして、売り物を片づけ始めた。

 そこに影が差した。

 琵琶子が顔をあげると、貫頭衣を身に着けた小柄の可愛らしい少女がそこに立っていた。

 顔が蒼白い。

 咄嗟に、彼女が孫空女が言っていた朱姫だということがわかった。

 沙那や孫空女と同じように、便意による腹痛に悩んでいるのがわかったからだ。

 

「おめえさんは、朱姫という人だね?」

 

 琵琶子は言った。

 

「そ、そうです……。く、薬を……お、お願い……します」

 

 朱姫は本当に苦しそうだった。

 琵琶子は慌てて、片付けかけていた荷から腹痛を癒す薬を探して、朱姫に差し出した。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 朱姫はお辞儀をして、それを受け取った。

 沙那と孫空女とは違い下袍(かほう)なので腰におしめをしているかどうかはわからないが、きっと同じような仕打ちにあっているのだろう。

 本当に可哀そうだ。

 

「とにかく、飲め。そして、休んでけ」

 

 琵琶子は、水筒を朱姫に差し出した。

 しかし、朱姫が水筒を受け取ろうとしたとき、朱姫の反対に手にあった薬がさっと別の手によって、取りあげられた。

 

「な、なにすんだ?」

 

 琵琶子は声をあげて、朱姫が飲もうとしていた琵琶子の腹痛薬を横取りした人物を見あげる。

 

「ひいいっ──、ご主人様」

 

 朱姫が小さく叫んだ。

 そこに立っているのは、黒い装束を身にまとった黒髪の美女だ。

 本当に綺麗な女だと思ったが、若い見た目でありながら、どことなく年齢の印象を与えない不思議な雰囲気がある。

 琵琶子は、彼女が沙那や孫空女を酷い目に遭わせているあの悪い女主人だと思った。

 

「沙那や孫空女を問い詰めても、なにも白状しないから、朱姫をつけてきたけど、こういうことだったのかい?」

 

 その女主人は言った。

 

「あんた、なにすんだい、それはおらの薬だ」

 

 琵琶子は立ちあがった。

 背丈は琵琶子がやや高いくらいだ。

 その女主人と琵琶子は向かい合うかたちとなった。琵琶子は女主人をにらみつけた。

 わざわざ自分の供を道術で腹痛を起こさせて苛めるような悪い女だ。

 文句のひとつやふたつは、言ってやりたい。

 

「……お前、道術遣いだね」

 

 女主人は琵琶子に視線を送りながら不意に言った。

 

「道術遣い──? そったらもんじゃねえ。馬鹿を言うな」

 

 そう言えば、沙那はこの女が道術遣いだとか言っていた。だったら、ちょっと危険なんだろうか。

 見た感じ、腕っぷしはなさそうだし、武芸の心得もなさそうだ。

 武芸の心得だったら、琵琶子の方が遥かに上だろう。

 それはひと目でわかる。

 だが、道術遣いというのは、おかしな道具や得体の知れない力を振るうことがある。

 面と向かって立ち合うのは避けるべきかもしれない。

 

 それにしても、この女主人は、琵琶子のことをいきなり道術遣いだと言った。そんなことがあるわけない。

 

 

「いや、お前は道術遣いだよ……。見ればわかるのさ、わたしにはね」

 

 女主人は言った。

 

「道術なんて遣えねえ。おらは、旅の薬師だ。薬を行商して旅している女だ」

 

 琵琶子は言った。

 

「霊気はあるけど、術が使えないほどに乏しいのかね……。いいや、そうじゃないようだね。決して霊気も小さくない。だけど、随分と偏っているようだ。だから、道術が遣えないんだね。だけど、この宝玄仙の道術を取り消すような仙薬を作るんだ。道術遣いとしては、一流どころと言っていいほどの霊気があるよ、お前にはね……。もっとも、薬作りに限定されるようだがね」

 

「仙薬……? 仙薬とはなんだあ?」

 

 琵琶子は思わず言った。

 

「仙薬のことも知らなくて、薬を作っていたのかい、お前は──。仙薬というには、霊気を込めた薬のことだ。普通、霊気を持たない人間には、道術は効かないけど仙薬は別だ。だから、道術使いの薬師は、ただの道術遣い以上に、重宝される存在だ。だけど、本当にお前は、自分が道術遣いで、仙薬を作る能力があると知らなかったのか?」

 

 女主人が呆れたような声をあげた。

 

「そったらもんであるわけねえ。死んだおっとうも、おっかあも、道術遣いなんかじゃなかった。もちろん、おらもだ」

 

「両親が道術遣いでなくても、子が道術力を持って生まれるのは珍しくはないよ──。ところで、お前の名は?」

 

 女主人が言った。

 

「琵琶子だ」

 

「そうかい、琵琶子。わたしは、宝玄仙だよ。お前がわたしの供に対する調教を邪魔してくれた礼はちゃんとさせてもらうよ。だけどその前に、こっちを先に片付けたいんだ。ちょっと待ってくれるかい──。さて、朱姫」

 

 宝玄仙と名乗った女主人が朱姫という娘に向き直った。

 朱姫は、明らかに恐怖に怯えた表情をした。

 普段から苛められて、恐怖を刻み込まれているのだと悟った。

 沙那や孫空女の苦痛に歪んだあの表情、そして、眼の前で恐怖に怯えている朱姫の顔……。

 琵琶子の中に、宝玄仙に対する怒りが込みあがる。

 

「は、はい……」

 

 朱姫が怯えた声をあげる。

 

「この宝玄仙の調教を無視して、勝手な真似をしようとしたんだ。それなりの覚悟はあるんだろうねえ?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「は、はい……。い、いえ、でも……」

 

「どっちなんだい?」

 

 宝玄仙が強い声をあげる。

 

「ひいっ──。でも、沙那姉さんも孫姉さんも……」

 

「わかっているよ、あいつらにはいま罰を与えているところだ。それこそ、怖ろしい目に遭わせている。だけど、お前はどうするんだい。お前もこの薬を勝手に飲んで、わたしに逆らうかい? そして、沙那や孫空女と一緒に、罰を受けるかい?」

 

 宝玄仙がさっき取り上げた琵琶子の薬を朱姫に示した。

 朱姫は、頭を振った。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様」

 

 朱姫は、もう宝玄仙を直視していられなくて、眼をつぶってうつむいた。

 琵琶子は、こんなに、一方的に人を怯えさせるような人間関係に初めて接した。

 

「そこでしな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はっ?」

 

 顔をあげた朱姫は、きょとんとしている。

 琵琶子にも、たったいま宝玄仙が口にしたことの意味がわからなかった。

 

「……いま、この場で立ったまま、お前につけさせたおしめに排便をするんだ。そうしたら、許してやるよ、朱姫」

 

 宝玄仙が微笑みながら言った。

 朱姫が信じられない言葉を言われたというように顔色を変えた。

 そして、宝玄仙の顔を見て、明らかに表情が引きつった。

 朱姫の蒼白い顔がさらに真っ白になる。

 

「やるんだよ──。いま、ここでね」

 

 朱姫の身体が小刻みに震えてきた。朱姫は、また、眼を閉じ、そして、両方の手をぎゅっと握りしめた。

 

「くっ……あ、ああ──」

 

 朱姫が震えている。朱姫のお尻から小さな空気音がするとともに、臭気が沸き起こった。

 大便の匂いが朱姫から激しくたちこめる。

 朱姫がうつむいたまま激しく嗚咽を始めた。

 

「ひ、ひん、ひん、ひいん──」

 

 だんだんと朱姫の泣き声は大きくなる。

 宝玄仙の理不尽な命令に従ったのだということがわかった。

 琵琶子は驚いた。

 余程、嫌だったのだろう。朱姫は道端で立ったまま泣きじゃくっている。

 

 だが、これだけ泣いているのに、宝玄仙の方は同情するどころか、そんな朱姫を眺めて悦んでいるみたいだ。

 琵琶子の頭にかっと血がのぼる。

 なにか言ってやろうとして口を開くが、宝玄仙は次の瞬間、琵琶子も唖然とするような行動に出た。

 泣きべそをかく朱姫のお尻を下袍越しに思い切り押したのだ。

 

「ひゃああぁ──」

 

 朱姫が悲鳴をあげた。朱姫の股間を包んでいるおしめには、いま、朱姫がしたばかりの大便があるはずだ。

 それを潰して、お尻全体に擦りつけるように宝玄仙は、朱姫のお尻を手で押している。

 

「ひゃ、ひゃあ……ひゃ──お、お許しを──」

 

 朱姫はそのひと言だけ呻くように言い、あとはさらに激しく泣き出した。

 

「よし、行きな、朱姫。そこの河でおしりとおしめを洗っておいで。きれいになったら、宿屋まで戻ってきな。それで、お前の罰は勘弁してやるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は、橋のたもとをおりて、橋の下の川めがけて駆けていった。

 

「お、おめえ、なんて酷い人なんだ……」

 

 琵琶子はそれだけしか言えなかった。

 

「さて、じゃあ、琵琶子だったね。お前にも、礼をさせてもらうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「礼って?」

 

 琵琶子が怒鳴ろうとした途端──。琵琶子が開けた口が大きく開いたまま、閉じなくなるとともに、手足が動かなくなった。

 なにが起こったかわからない。

 

「あ……はが……あが……」

 

 本当に口が閉じない。これが道術というものなのだ。

 琵琶子の心に一転して恐怖心が走る。

 宝玄仙が、琵琶子の顔を覗き込む。

 

「陽に焼けているし、手なんて薬と土が染み込んで肌も荒れているけど、よく見れば顔立ちはいいじゃないか。絶世の美女とは言わないが、中の下の美女というとこかね。まあ、ひと晩、可愛がってやるよ。女人国の女は、性に解放的な女が多いから、お前も女と愛し合うのは初めてじゃないだろう、琵琶子?」

 

「は……が……へ……」

 

 琵琶子は喋ろうとするが、まったく、言葉にならない。

 

「荷物を持って、ついておいで、琵琶子」

 

 宝玄仙が言った。

 すると驚いたことに、琵琶子の手足が琵琶子の意思と関係なく、勝手に動きはじめた。

 琵琶子の身体は片付けかけていた薬を収納し直し、琵琶子自身に荷を琵琶子の背に担がせる。その間、まったく口が閉じない。

 涎がだらだらと口から流れ落ちる。

 

「いくよ」

 

 宝玄仙が歩きはじめると、琵琶子の脚は操られるように、その背を追っていった。



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192 鬼畜女にさらわれて

 宝玄仙の道術で歩かされる間、一度も口が閉じなかった。

 琵琶子(びわこ)は、大きく口を開けて涎を垂れ流しながら大通りを歩かされ、じわじわと宝玄仙に対する怯えが身体に染み込むのを感じた。

 

 この悪女は、琵琶子をどこに連れていき、なにをさせるつもりなのか……。

 琵琶子は恐怖した。

 

 連れてこられたのは、ごく普通の宿屋だった。

 宝玄仙は、その平屋建ての宿屋の部屋のうち、ほかの部屋とは並びが違う大き目の部屋に琵琶子を連れていった。

 戸が開く。

 宝玄仙が先だって入った部屋に琵琶子が入ると、勝手に戸が閉じた。

 

「はっ、はがぁ、がぁ……」

 

 眼の前にあった光景に琵琶子は悲鳴をあげた。

 部屋の真ん中には、昼間、琵琶子の腹痛薬を求めていった沙那と孫空女が全裸で向かい合うように立たされていた。

 だが、琵琶子が悲鳴をあげた理由は、その哀れな姿だ。

 

 素っ裸の沙那と孫空女は、お互いにぴったりと肌と肌をくっつけ合って爪先立ちで立っていた。

 しかもふたりの口と口はなにかで貼りつけられたかのようにぴったりとくっついている。

 そして、隣り合ったふたりの鼻と鼻の間から一本の銀色の糸のようなものが伸びて天井の金具と繋がっていた。しかも、驚いたことに、ふたりの鼻の穴は、同じひとつの鼻輪で接続させて、その間に糸が通っているのだ。

 よく見れば、その糸はふたりの顔ではなく、股間から伸びているようだ。

 さらにお互いの腕は、向かい合う相手の背中の後ろに伸び、そこで手首を縛られている。

 

 つまり、沙那と孫空女のふたりは、股間に結ばれた糸で天井から吊られて爪先立ちを強要され、そして、お互いをぴったりとくっつけ合うように身体を密着させられているということだ。

 しかも、鼻と鼻を金属の輪で繋げられ、鼻と口を密着され、その鼻輪に股間から伸びる糸が通っているのだ。

 道術なのだろう。

 

「んんん──」

「んんんん──」

 

 琵琶子の姿を見て、ふたりがなにかを叫んだ。

 もちろん、なにを言っているかはわからない。

 

「お前たちふたりは、この琵琶子のことは気にしなくてもいい。肉芽が引き千切られないように、一生懸命にその姿勢を保つことだけを考えな──。琵琶子、ちょっと待っていておくれ。荷物はおろしな」

 

 琵琶子の手足は、また、琵琶子の意思に関係なく、背負った荷を降ろして、部屋の隅に置いた。

 そして、置き終わると、部屋の入り口近くに戻って、全裸で爪先立ちをしている沙那と孫空女を向くように立たされる。

 

 自分の身体なのに、自分の意思で動かず、他人に動かされるのだ。

 琵琶子は気が動転していた。

 これが道術遣いの力というものなのだ。

 それにしても、この道術遣いは琵琶子になにをしようとしているのか……。

 

 宝玄仙は、全裸でくっつきあってつま先で立っているふたりに近寄ると、沙那の方に後ろから近づき、背中側から乳房をくしゃぐしゃと揉み始めた。

 

「んんっ──」

 

 沙那が顔を真っ赤にして震えはじめる。

 それとともに、胸を揉みしだかれる動きで身体の平衡を崩した。

 すると、沙那だけではなく、孫空女の塞がった口からも大きな悲鳴があがる。

 そうやって、宝玄仙はひとしきり、ふたりに悲鳴をあげさせては悦に浸った表情になっていた。

 

「あ、ああっ──」

 

 口を閉じられない琵琶子は声をあげた。

 

「そうだったね……。ほら、口を戻してやるよ──。悪かったね。忘れていたよ」

 

 宝玄仙が言うと、ずっと開けっ放しだった口がやっと閉じることができた。

 長く口を開きっぱなしにさせられて、顔の筋肉が痛い。

 だが、とにかく、口は自由になった。

 もっとも、手と足の自由は、まだ戻らない。

 

「あ、あんた、なんだ? なして、こんなことするんだ?」

 

 琵琶子は叫んだ。

 

「ほう、まだ元気じゃないか。この宝玄仙の道術を受けた女は、まず最初に、恐怖で心を潰されて、あっという間に大人しくなるものだけどね。身体の自由を奪われたことがわかっても、そうやって怒鳴ることができるような、気の強い娘はわたしの大好物だよ」

 

 宝玄仙がこっちにやってきた。

 近づきながら、両手を上にあげる仕草をした。

 

「ひゃあ──」

 

 琵琶子の両手がひとりでに頭の後ろに張りつく。

 

「な、な、なんだよ、これは?」

 

 琵琶子は暴れて、得体の知れない力を振りほどこうとするのだが、どうしても身体が自由にならない。

 

「お前が道術遣いだったのが運の尽きさ。しかも、ここは、わたしの結界の中だ。一切の抵抗ができないと思いな、琵琶子──。それに気が強そうなところが気に入ったよ。少しの間、ここで遊んでいっておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「遊ぶって……」

 

 とてつもなく嫌な予感がする。この悪魔のような女とこの部屋ですごす……。なにをされるかわかったものじゃない。冗談じゃない。

 

「とにかく、どんな道具を持ってんだい。見せてみな」

 

 宝玄仙が琵琶子の目の前に立つ。

 そして、淫靡な笑みを浮かべた。

 

「な、なにするつもりだ? ば、馬鹿な真似すんじゃねえ──」

 

 その表情に不気味なものを感じて、琵琶子は声をあげた。

 

「馬鹿な真似というのは、なにをされると思ってるんだい?」

 

 琵琶子の前に立った宝玄仙が言った。

 

「な、なんだよ……」

 

 宝玄仙の視線が琵琶子の全身を舐める。

 それこそ、つま先から頭のてっぺんまでじっくりと観察するような視線だ。

 その妖しい視線に、なにかたじろぐものを感じた。

 宝玄仙の手がすっと琵琶子の足首近くまである下袍(かほう)の裾を持った。

 

「う、うわっ、な、なにすんだ?」

 

 その下袍がたくし上げられていく。

 

「わあ、やめるだ。やめてけれ──。誰か──、誰か来てくれっ」

 

 琵琶子は絶叫した。

 すると、宝玄仙の手が止まった。

 下袍の裾は、太腿の近くまでまくりあげられてとまっている。

 しかし、それは、琵琶子の悲鳴で躊躇したというのではなく、琵琶子の反応が面白くて、ちょっととめて見たという感じだった。

 

「もっと、叫ばなくていいのかい、琵琶子──。ほら、助けを呼びな。そうじゃないと、あっという間に素っ裸にされちまうよ」

 

「誰か助けてけれ──」

 

 琵琶子は絶叫した。

 

「ほう、うるさいねえ。耳がどうかなるよ」

 

 宝玄仙がさらに下袍の裾をあげる。

 今度はほとんど股間の寸前まであげられた。

 

「やめてけれ──」

 

 琵琶子は悲鳴をあげた。

 しかし、宝玄仙はそれを心から愉しむような感じだ。

 どうやら、どんなに大きな声をあげても外には聞こえないようになっているのだろう。

 そうでなければ、こんなに落ち着いていられるわけがないし、琵琶子の悲鳴を聞きつけた者が誰か来てもよさそうだ。

 

「ほら、もっと悲鳴をあげな。素っ裸にされるだけじゃないよ。はしたないことをさせられることになるよ。嫌なら逃げるんだね。暴れな。悲鳴をあげるんだ」

 

 宝玄仙はそう言いながら下袍をじわじわとあげて、完全に下着が露出するまでまくりあげた。そして、まくり上げた裾の部分を琵琶子の腰紐に挟み込んで、落ちないようにする。

 琵琶子は、そんな風に露出された股間を隠したくて、脚を閉じようとするのだが、肩幅に開いた琵琶子の脚は、まったく動かない。

 

「どれどれ、じゃあ、ちょっと鳴いてもらおうか」

 

 宝玄仙が人差し指を伸ばして、琵琶子の下着の股間の部分とゆっくりと擦り出した。

 得体の知れない感覚が込みあがってくる。

 

「ひゃっ、ひゃあ──。き、気持ち悪い……。や、やめてけれ──」

 

 琵琶子は突然に込みあがった疼きに恐怖して叫んだ。

 しかし、宝玄仙は琵琶子の股間を苛む動きをやめようとしはしない。

 じっくりと、そして、しつこい指の刺激が琵琶子をおかしな気分にさせる。

 琵琶子に理解できない妖しいものが、じわじわと込みあがってくる。

 

「き、気持ち悪い……や、やめるだ……」

 

「気持ち悪いってことはないだろう? 気持ちいいの間違いだろう? それが証拠に、ほらほら、もうしっかりと濡れて来たじゃないか」

 

 宝玄仙は執拗に指で敏感な場所をなぶり続ける。指を避けようと思うが、身体を動かすことができないので、逃げられない。

 

「んんんっ──」

「んんんんんん」

 

 沙那と孫空女が揃って大声をあげた。

 しかし、ふたりともお互いの口を接着されているために声を出せないのだ。

 だが、その表情は、明らかに宝玄仙に対する不満のようなものがある。

 ふたりが、琵琶子のために叫んでくれているというのはわかった。

 

「なんだ、お前ら──。お前らが悪いんだろう? こんな純朴そうな田舎娘を巻き込んだのは、お前たちだよ──」

 

 宝玄仙は笑いながら、琵琶子の股間を擦り続ける。

 なにかが昇ってくる。怖い──。そして、熱い──。

 

「ああ……な、なんだ、これ……。ああっ──き、気持ち悪いだ……はあ……は、ああ……ああ……」

 

 おかしな声が自分の口から洩れてびっくりした。

 しかし、それを止めることができない。

 なんだこれ……。

 宝玄仙の指が擦る部分がどんどん熱くなる。

 

「とても、気持ち悪がっているような声には聞こえないよ、琵琶子。どれ、じゃあ、これはどうだい?」

 

 宝玄仙が指を動かしながら笑った。

 

「あひいっ──」

 

 琵琶子は悲鳴をあげた。

 宝玄仙の指が琵琶子の一番気持ちのいい場所をくるくると回したのだ。

 

「そ、そこは……。や、やめてけれ、やめて……やめて──やめ……」

 

 あっという間になにかが込みあがる。そこを触られるのは怖い。しかし、宝玄仙の指は、もうそこしか触らない。

 

 回る。

 擦られる。

 右に──左に……。

 そして、押される。また、回る──。

 

「ひいいっ──ひゃあ──ひゃっ」

 

 甲高い声が口から洩れる。

 抑えられない。なんだろう、これ……。

 

「おつゆは多い方のようだね。どのくらいの経験があるんだい。女人国の女は、友情代わりに女同士でお互いに慰め合う者が結構多いようだけど、お前は、何人くらいと乳繰り合ったんだい、琵琶子?」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那と孫空女の抗議の声が大きくなる。

 

「お前たちはうるさいよ、さっきから──。ちょっと、これで遊んでな」

 

 宝玄仙が言った。

 ふたりの股間から伸びている糸が、急に振動を始めたのがわかった。

 沙那と孫空女の閉じられている口から絶叫が迸る。

 

「ふふふ、あいつらがどこで吊られているかわかるかい? ここだよ。お前がわたしに弄くられているふたりのここを糸で繋いで天井から吊っているのさ。ちょっとでもどちらかの身体が倒れれば、ふたりとも糸で結んでいる場所が引き千切られるようにしてやっているんだよ。この宝玄仙の使う糸は特別でね。どんなに力を加えても糸なんか切れはしない。切れるのは糸で結んでいるあいつらのここさ……」

 

 宝玄仙がいじくっているのは琵琶子の敏感な肉芽だ。

 そんなところをこんなに執拗に刺激されるのは初めてだし、ましてや他人に弄くられるなどこれまでに経験がない。

 

 それにしても、この宝玄仙は、あのふたりのここを糸で吊るしていると言ったのか?

 驚いて部屋の真ん中で吊られている沙那と孫空女に視線を向ける。

 ふたりは口と口、鼻と鼻を密着させられて、悲鳴も満足にあげることができないが、爪先立ちの身体はお互いにぶるぶると震えていて、本当は泣き声をあげるくらいに苦しいのだとわかる。

 沙那に比べれば、孫空女は少し背が高いので、肉芽を結んでいるとすれば、沙那と孫空女の肉芽同士も縦に糸で結んでいるのだろう。

 それをさらに天井から吊るしているということは、どちらかが爪先立ちを崩せば、ふたりとも肉芽が引き千切られるということになるのだろうか。

 そして、そんな姿勢を強いられているふたりをさらに追い詰めるために、宝玄仙は、吊っている糸に振動を追加したのだ。

 琵琶子は、宝玄仙の残酷さに血の気が一斉に引いた。

 

「心配ないよ。あいつらは、ふたりとも体力があるからね。そう簡単にはへこたれはしないさ。それよりもお前だ。さっきの質問に答えな。どれくらい経験があるんだい?」

 

 宝玄仙の指にほんの少し力が加わった。琵琶子の敏感な尖りを下着越しに指でつまむように揉んでくる。

 

「そ、そっただこと……。ああ……あひぃ──ああ」

 

 口から漏れ出る声が大きくなる。得体の知れない力で身体を動けなくされて、敏感な場所を好き勝手に弄くられて、声を出させられる──。

 これまでの人生に経験したことのない、あまりにも屈辱的な仕打ちに、琵琶子は打ち震えた。

 

「さっさと答えな、琵琶子。どのくらいの女とこうやって、お互いを慰め合ったことがあるんだい?」

 

 身体になにかがあがってくる。最初はさざなみのような弱いものだったが、いまは大きな波だ。それが衝撃になり、もう、頭の天辺まで波及している。

 

「ひゃああっ──」

 

 琵琶子の口からむせび泣くような喘ぎがあがった。

 いったいこれはなんだろう──。なにが起こっているのだ──。

 自分が自分でなくなる。

 

「や、やめてけれ──お、お願いだあ……ああ……も、もう……だめ……だ。変だ。な、なんか……変だ──」

 

 琵琶子は声をあげた。

 恥ずかしい──。

 でも、気持ちいい──。

 頭がぼんやりとする。

 いや、沸騰しそうだ。

 もう、なにがなんだかわからない。

 

「どうやら、ほとんど経験がないようだね。もしかしたら、自慰もないのかい、琵琶子?」

 

 宝玄仙が笑った。

 その馬鹿にしたような笑いが悔しい。

 

「おや、涙を流したねえ。そんなに見も知らぬ相手から、こうやってここを弄られるのが悔しいかい、琵琶子?」

 

 股間の熱い頂点を擦られる。

 全身が硬直させられて、逃げることもできない。

 無理矢理になにかが込みあげさせられる。

 

「あああぁぁぁ──」

 

 切羽詰ったなにかの大波が襲いかかる。

 全身がぶるぶると激しく震える。

 そして昇って弾ける。

 束の間、その弾け散った衝撃が全身に拡がって続き、やがて、大きな脱力感が琵琶子を襲った。

 

「いったようだね。まあ、感度は普通というところかね」

 

 宝玄仙が言った。

 激しい屈辱感が琵琶子を襲う。

 部屋の戸が外から叩かれた。

 

「ご主人様、戻りました……」

 

「入んな」

 

 入って来たのはさっきの朱姫だ。

 腕に白い布を抱えている。

 琵琶子はそれが、朱姫が立ったまま大便をさせられたおしめだということに気がついた。

 朱姫は、戸の前にいる琵琶子を見て、ぎょっとした表情をした。

 

「ひっ」

 

 しかし、さらに部屋の奥の沙那と孫空女の姿を見たとき、小さな悲鳴をあげて、その場に座り込んでしまった。

 

「戻って来たね、朱姫──。こいつは、さっきの琵琶子だ。こいつのことはお前に任せるよ」

 

 宝玄仙が、蒼い顔をして座り込んだ朱姫に言った。

 

「なっ……ま、任せるってなんですか……?」

 

 座り込んだ朱姫が呆然とした表情をこちらに向けた。

 

「沙那と孫空女の状況は、お前にも理解できるだろう? さすがに連中もあれじゃあ、いつまでも持たない。だから、こいつが二十回いくまでと決めた。だから、お前の舌で二十回いかせてやりな」

 

「二十回……?」

 

 朱姫がきょとんとしている。琵琶子もなにを言われたのかわからない。

 

「こいつが二十回達したら、沙那と孫空女を許してやるということだよ。わかったら早くしてやりな。沙那と孫空女の肉芽を引き千切りさせたくなければね」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 なんという悪意のこもった笑いだろう。

 琵琶子は、その笑いに怒りが込みあがるとともに、恐怖に包まれた。

 

「琵琶子、二十回だよ……」

 

 宝玄仙が琵琶子の股間の下着を掴んだ。

 それをすっとおろしていく。

 

「ひゃああぁぁ──。や、やめてけれ──」

 

 琵琶子は泣き声をあげた。

 

 しかし、抵抗することはできない。

 琵琶子の下着は膝の上まで引き下げられた。

 

「少し毛深いようだねえ。一度も手入れしたことがないのかい?」

 

 からかうような口調で宝玄仙は、また 琵琶子の股間に手を伸ばす。

 

「ひゃあ」

 

 宝玄仙がまた琵琶子の羞恥の尖りをいじくり出した。

 快感が衝き抜ける。

 琵琶子はぶるりと身体を震わせてしまった。

 

「ほら、どうだい? そんなによがり狂う程、気持ちいいかい? ちょっとお豆を触っているだけじゃないか。それだったら、この朱姫はかなりの手管だからね。それこそ、天にも昇る気持ちを味あわせてくれるよ」

 

 そう言いながらも宝玄仙は、琵琶子をいたぶる指をやめない。

 だんだんと琵琶子は、この宝玄仙がなにが愉しくてこんなことをやっているかがわかってきた。

 この宝玄仙は、琵琶子が泣きそうな顔でよがるのが面白くて仕方ないのだ。

 ただそれだけなのだ。

 

 だったら感じなくすればいい。

 そうしたら、この宝玄仙はつまらなくなって、琵琶子への悪戯を止めるに違いない。

 琵琶子は歯を食い縛った。

 もう、絶対に感じるものかと決心した。

 

「ほう、抵抗するつもりかい……? 面白いねえ。やってみるかい。宝玄仙の手業に対抗できるかどうかやってみるといいよ。言っておくけど、わたしは、お前みたいな素人娘なんて、あっという間にいかせてやることができるよ。あっという間だよ……。ほら、いくよ」

 

 すると、いままではただ擦っていただけの指がまるで違いものに変わった。

 微妙に締めつけたかと思うと、次の瞬間には振動を加えながら締めたり緩めたりして、新たな刺激を追加していく。

 刺激が変化するのではない。

 どんどん足されるのだ。

 加えられる刺激に耐えようと気を引き締めると、すぐに別の刺激に変化する。

 その動きに対応しようと決心した直後に、また別の力が加えられるのだ。

 

「んんっ、んんっ」

 

 とにかく、琵琶子は込みあがる快感を必死になって耐えた。

 

「肉芽責めだけでもいろいろあるだろう、琵琶子。こんなにたくさんの種類の刺激を受けたことはないだろうね。そろそろまた極めそうかい?」

 

 敏感な性感の急所にこれだけの仕打ちをされたら、もう琵琶子にはどうしようもなかった。

 琵琶子の口と腰は、琵琶子の意思を裏切り、大きな嬌声を迸せるとともに、淫らに腰を動かす。

 

「ああ……ああっ──あ──あ……ああ……」

 

 もう耐えられない

 

「だんだん気持ちよくなったかい。さっきは、二度と気をやるものかというような顔をしていたのに、それから幾らも経っていないよ」

 

 からかわれても琵琶子は、声と震えを止めることができない。

 

「んはああああ──」

 

 ほどなく、琵琶子はまた昇り詰めさせられてしまい、動きを封じられている身体を小さく仰け反らせると二度目の絶頂をした。

 

「さあ、あと十九回だ、朱姫──交替しな」

 

 宝玄仙は朱姫に強い口調で言った。

 

「は、はい、ご主人様」

 

 朱姫が弾かれるように立ちあがる。

 これをあと十九回……。

 琵琶子は恐怖した。

 そんなにできるわけがない。

 身体がばらばらになってしまう。

 

「十九回なんて、そんなにできるわけがねえだ──。許してけれ、許してけれ──」

 

 琵琶子は叫んだ。

 

「ご、ごめんなさい、琵琶子さん」

 

 朱姫が達したばかりで激しい気だるさを味わっている琵琶子の身体にとりつく。

 

「……その代わり、気持ちよくしますから、勘忍してください」

 

 朱姫は腰紐に差し込んであった下袍の裾を外し、下袍の腰の部分の留め金をはずしてばさりと足元におろす。

 膝上でとまっていた下着も足首から抜き取られた。

 琵琶子自身の意思ではまったく動かない琵琶子の身体は、朱姫の手にかかるとまるで人形のように自在に動かされる。

 下半身だけ素っ裸になった琵琶子の股間の前に朱姫がしゃがみ込んだ。

 朱姫の舌がすっと琵琶子の股間に伸びる。

 

「ひゃあ、やめてけれ──そんな汚いこと──」

 

 琵琶子は叫んだ。

 股間に衝撃が走った。

 琵琶子は大きな声で泣き叫んでいた。

 

 部屋の奥では、沙那と孫空女が涙をこぼしながら呻き声をあげ続けている。

 糸で吊られるふたりの肛門に、宝玄仙が指を入れてくちゅくちゅと動かしているのだ。

 ふたりの震えは激しいものになり、口を塞がれたふたりの声は、悲痛なものになっている。

 高くあげられたふたりの踵の震えは大きく、もういまにも倒れそうだ。

 それなのに、宝玄仙は心の底からの愉悦に浸った表情でふたりのお尻をなぶり続ける。

 

 狂っている──。

 ここは狂人の集まりだ──。

 なんで、こんなことになってしまったのか──。

 

 なにかが込みあがる。

 全身に苦しみとも悦びともわからないなにかの毒のようなものが拡がる。

 その毒があがってくる。

 

「ひゃあああ──」

 

 琵琶子は三度目の気をやって、骨が抜けたようにぐったりとなってしまった。

 しかし、それで許されるわけもなく、すぐに四度目の絶頂をさせるための朱姫の舌が琵琶子を襲い続けた……。



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193 悪い女主人に毒を

 琵琶子(びわこ)が自分の宿屋で目が覚めたのは、朝というよりは昼に近い時間だった。

 気だるさに耐えて、なんとか身体を起きあがらせる。

 宿屋から買った水で洗顔をして髪の手入れをする。

 今日の商売はどうしよう……。

 ふと考えた。

 

 本当だったら、昨日むしろを出した場所にとっくに座っている時間だ。

 旅の薬屋が品を出しているという噂はそろそろ拡まっているはずだろう。

 昨夜の店じまいの前に歯痛の薬を買っていった老婆もその効き目に驚いて、別の薬を購いにくるかもしれないし、その評判を耳にした知り合いがやってくるかもしれない。

 とにかく、琵琶子の薬は効く。

 一度使ってさえくれれば、絶対に評判になってくれるのは間違いないのだ。

 だが、昨日あんなことがあったのだ。また、あの場所に座ることは気が引けた。

 

 昨日……。

 

 沙那というきれいな栗毛の女性に会った。

 彼女は、道術で便意をもよおされ、おしめをして外に出されている最中であり、腹痛で苦しんでいた。

 それは、意地の悪い彼女の女主人である、道術遣いの宝玄仙という女にやられたことであり、沙那が外でおしめに大便をしてしまうようにという陰湿な悪戯だった。

 だが、たまたま琵琶子の前にやってきたその沙那に、琵琶子は腹痛を押さえる薬を与えた。

 その結果、道術による便意がなくなって、沙那は喜んで戻っていった。

 

 次にやってきたのは、やはり、同じ宝玄仙に仕えている孫空女という赤毛の女だ。

 沙那と同じように便意をもよおされておしめをつけて外に出されたところだった。

 孫空女は、沙那から聞いたのか、琵琶子の腹痛を押さえる薬を求めにやってきた。

 編上げの靴に金粒を隠して持ってきたから、あれは、あの宝玄仙という女主人に見つからないようにこっそりと持ってきたに違いない。

 そして、琵琶子の薬で宝玄仙の道術を取消しにして、孫空女も喜んで去っていった。

 

 三番目にやってきたのは、朱姫という娘だった。

 最初にやってきた沙那と、次にやってきた孫空女──。そして、その朱姫は、三人で宝玄仙という悪女に仕えているようなのだ。

 なんの理由なのかはいまだに理解できないが、彼女たちの女主人の宝玄仙は、ただの遊びのために、自分の三人の供に限界までの便意を与えて、おしめをさせて外出をさせたのだ。

 しかも、厠で用をたせないように、おしめが脱げないように道術をかけてだ。

 

 だが、朱姫を尾行して四番目に現れたのが、その宝玄仙だった。

 宝玄仙は、おしめを汚すことなく戻って来た沙那と孫空女に不審を抱き、こっそりと朱姫の後を追ってきたのだ。

 その結果、琵琶子の存在を知り、自分の「遊び」(宝玄仙は、「調教」と言っていたが)の邪魔をしたと怒り、琵琶子を自分たちが泊っている宿屋に連れ込み、「仕返し」として、淫らに琵琶子の身体を苛んだ。

 

 即ち、琵琶子は道術で身体の自由を奪われ、手足を宝玄仙に操られて、宝玄仙に従って部屋に連れ込まれ、そこで下半身の下袍(かほう)と下着を脱がされて、快楽責めにあったというわけだ。

 

 最初に宝玄仙、途中で戻って来た朱姫に股間をいじくられて、連続で二十回も絶頂させられた。

 朱姫は、琵琶子の薬を飲んで宝玄仙の道術を取り消そうとしていたのを見つかり、その場でおしめに大便をさせられていて、その身体を洗うために部屋から出ていたが、琵琶子がその部屋に連れ込まれてから合流したのだ。

 ほとんど性行為らしい性行為の経験のない琵琶子にとっては、ひと晩で二十回というのは信じられない数だった。

 

 その間、あの沙那と孫空女は、ふたりの肉芽を一本の糸で結ばれ、天井から爪先立ちになるように吊りあげられて、その身体をずっと愛撫されるという苦痛を受け続けていた。

 ふたりは汗びっしょりになりながらも、そんな不自由な姿勢で受ける愛撫に数刻も耐え続けた。

 琵琶子が二十回目の気をやったとき、やっと沙那と孫空女は道術の拘束と肉芽の天井吊りを許された。

 そして、糸を消滅してもらったふたりはその場に座り込んでいた。

 

 もう、動くことのできそうのないふたりを、さらに宝玄仙は縄で拘束し直しながら、琵琶子については、もう邪魔だからと言い、その宝玄仙によって、部屋の外に放り出された。

 荷物とともに、脱がされた下着と下袍を廊下に放り投げられ、部屋から文字通り、蹴り出されたのだ。

 

 琵琶子は、手足がばらばらになりそうな疲労感に耐えて、なんとか廊下で服を整えると、ほとんどつたい歩きのような感じで、夜道の中、この自分の部屋がある宿屋まで戻って来た。

 

 幸いにもまだ、夜中というような時間ではなかったのがよかった。

 とにかく、買い置きしておいた干し餅を水で薄めた酒で流し込んだ。そして、そのまま死んだようにいままで眠っていた。

 そして、いま起きたところというわけだ。

 

 それにしても、本当にあれはなんだったのか──?

 あの宝玄仙という女道術遣いと、虐げられているあの可哀そうな三人の女は何者なのか──?

 なにか琵琶子の心に釈然としないものが沸き起こっている。

 

 特に、沙那と孫空女と朱姫の三人……。

 雰囲気では、琵琶子が部屋を追い出されてからも、さらに酷い仕打ちを受け続けそうな気配だった。

 宝玄仙は、“当然の酬い”というような言い方をしていたが、琵琶子には、彼女たちのとった行為のどれが、「罰」に値する行為なのか理解できない。

 

 なんとか、あの可哀そうな境遇の三人をあの悪女から救ってやることはできないだろうか。

 そんなことを考えていた。

 薬を売りながら旅をする琵琶子には、身を護るために遣う毒薬がたくさんある。それを利用することはできないだろうか……。

 

 そのとき、部屋の戸が叩かれた。

 戸を開くと、驚いたことに、そこに沙那が立っていた。

 

「沙那──。大丈夫だったのけ? まあ、座ってけれ」

 

 琵琶子は言った。

 沙那は寝台に座る琵琶子の前の椅子に、琵琶子と向かい合うように座った。

 

「昨日は、わたしのご主人様がごめんなさい。わたしからも謝ります──」

 

「そっただこと……。おらのことよりも、おめえさんたちのことが……」

 

 だが、琵琶子の言葉を遮るように、沙那が深く頭を下げた。

 

「沙那……。頭をあげてくれ、沙那。おめえさんが頭を下げる必要はないだろうが……」

 

「いいえ、元はといえば、わたしがあなたの薬を飲んで、ご主人様の道術を取り消そうなんて馬鹿なことをしたから……」

 

「それのなにが悪いことだ? わざわざと外に出て、おしめにもよおせということの方が、馬鹿げた仕打ちとは思うが……」

 

「あなたにはわからないと思うけど……。まあ、いいわ。とにかく、話はやめましょう。これを受け取ってくれない?」

 

 沙那は、琵琶子の前に小さな布の塊りを差し出した。

 

「なんだ、これは……?」

 

 琵琶子は袋を受け取って開いた。中には、まとまった量の金粒が入っていた。

 

「こ、これは?」

 

 琵琶子は眼を見開いた。

 その金粒をこの女人国の貨幣に換算すれば、琵琶子が道端で薬を売って稼げる額の十年分に匹敵するだろう。

 

「こんなものを受け取る理由はねえ──」

 

 琵琶子は驚いて袋を包み治して突っ返した。

 

「いいのよ、理由はあるでしょう。昨日の詫び代よ──。それに、それは、わたしからじゃないわ。ご主人様からよ──。だから、遠慮しないで」

 

「ご主人様って……。あの宝玄仙という道術遣いからか?」

 

「そ、そうよ……。そのう……。ご主人様は……反省しているわ」

 

「反省? あの悪い道術遣いがか?」

 

 あの宝玄仙が反省するなど信じられない。

 琵琶子が恥辱で泣くのを心から愉しそうに笑っていたのだ。

 それに、供に対する人を人とも思わないような仕打ちと辱め……。

 あの悪い女は反省などしない。

 おそらく、この沙那が間に入って、取り持ちをしているのだろう。

 だが、琵琶子が“悪い道術遣い”と言ったとき、ほんの少し、沙那の顔が歪んだ気がした。

 

「悪い道術遣いって……。まあ、そう思うのも無理はないとは思うけど……。確かに、ちょっとばかり、羽目を外すというか……調子に乗るというのか……。でも悪気はないのよ。少しだけ、性癖が極端なだけで……」

 

「性癖? あれが性癖なのけ? あんたらに外でおしめに大便をさせるのがか?」

 

「まあね……。そういうことをして愉しむのよ。そういう性癖もあるのよ」

 

 沙那の説明していることがまったく理解できない。

 なんで、外で大便をさせるというのが性癖に通じるのか──。

 それは琵琶子の理解を遥かに越えている。

 そんなことを沙那が言うのも信じられない。

 

「じゃあ、聞くが、あんたらはあんなことをさせられて気持ちいいか?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 

「……それは……。まあ、まるっきり、嫌だというわけじゃないわ。被虐の悦びというか……。とにかく、ご主人様が愉しければそれでいいのよ。それがわたしたちの役目だから」

 

「股間の敏感なところを糸で吊りあげられて何刻も放っておかれるのがか? しかも、吊りあげられた窮屈な姿勢で、乳やお尻や股をいじくられて悲鳴をあげさせられてもか?」

 

「そうよ。気持ちいいのよ、琵琶子。ああいうことは、わたしたちが気持ちいいからやってもらっているの」

 

 沙那ははっきりと言った。

 琵琶子は呆然とした。

 これはきっとあの宝玄仙という悪女が、沙那にそう言わせているのに違いない。

 そして、沙那は、それには逆らえないのだ。

 言われた通りにしなければ、罰が与えられるのだ。

 絶対にそうだ。

 

「わかっただ、沙那」

 

 琵琶子は言った。

 

「わかってくれた? じゃあ、ご主人様のお詫びを受け入れてくれるのね?」

 

「いいや……。おめえさんのことはわかった──。だから、いいものをやる」

 

 琵琶子は立ちあがり、荷物から丸薬の袋を取り出した。

 そこから、三粒ほどを出して別の薬袋に入れて、沙那に差し出した。

 

「これは?」

 

 沙那は薬を受け取りながら首を傾げた。

 

「毒薬だ」

 

「毒?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「……そうだ、毒だ。多分、道術遣いだろうと見破れねえ。簡単に水に溶けるし、味もしねえ。それを飲めば、三日は息をする以外はなにもできねえ。それをあの宝玄仙という悪女に飲ませるといい。そして、逃げるだ。あんたらが、あの悪女に囚われているのはわかるだ。だから──」

 

「そ、そう……。これを宝玄仙……ご主人様に飲ませろというのね……」

 

 沙那の声は震えている。

 感謝しているという雰囲気はない。

 それよりは、込みあがった怒りに耐えているという感じだ。なんで、そんなに怒るのだろう。

 

「毒の効き目を疑っているなら、心配ねえ。おらの薬は絶対だ。おめえも腹痛を一発で治したおらの薬の力を味わったべ? なにも、絶対に使えとは言ってねえ。だども、どうしても耐えられなくなったとき、逃亡できる手段もあるというのも悪いことじゃないはずだ──。とにかく、あの悪い道術遣いは……」

 

「そうかい──。よく、わかったよ、琵琶子」

 

 沙那が怒りの表情で立ちあがった。

 琵琶子は呆気にとられた。

 その直後、琵琶子の身体が不意に立ちあがり、直立不動の姿勢になった。

 咄嗟に、昨日かけられた身体の自由が奪われる道術だと悟った。

 しかし、なぜ、沙那が道術をかけたのか。

 沙那もまた、道術遣いだったのだろうか──。

 

「な、なんで……」

 

「宝玄仙に毒薬を飲ませようとは、いい度胸じゃないか……。ちょっと、待ってな。この部屋に結界を張るからね。お前が泣き叫んでも、誰にも助けに来れないようにしてやるよ。それまで、お前の手足をまたわたしの『分身』にしてやるから、準備してな」

 

 これまでの口調と打って変わった喋り方に琵琶子はたじろいだ。

 しかし、次の瞬間、琵琶子はもっと驚愕した。琵琶子の手が勝手に下袍(かほう)をたくし上げて、下着の中に右手を入れたのだ。

 そして、昨日信じられないくらいの数の気をやらされた快感の尖りをいじくりはじめたのだ。

 

「な、なにするだ、沙那──。こ、こんな」

 

 すぐに随喜の喘ぎが沸き起こる。

 鼻息が荒くなり、自然と身体が震える。

 昨日の再現だ。

 しかも、襲っているのは自分の手なのだ。

 琵琶子には抵抗の手段がない。

 じわりじわりと琵琶子は、自分の指によって、昨日の興奮状態に身体を燃えあがらせられる。

 

「わたしは、沙那じゃないよ──」

 

 沙那の姿がその場で宝玄仙になった。

 

「うわっ」

 

 琵琶子は叫んだ。

 つまり、やってきたのは、沙那ではなくて、沙那に変身していた宝玄仙だったのだ。

 自分は、その宝玄仙自身に、宝玄仙を昏睡させる強力な毒薬を渡そうとしていたのだ。

 それを宝玄仙に飲ませろと言って……。

 

「ほ、宝玄仙……」

 

 琵琶子は小さく呟いた。その間も琵琶子の指は、琵琶子自身を責め続けている。

 心地良い戦慄がじわじわと身体をだんだん突きあげて来る。

 昨日の余韻がまだ残っているのか、一度火がついた身体はどうにもとまらない。

 身体を突き抜ける甘美な快感が数瞬ごとに倍増する。

 琵琶子は顔をあげて、熱い淫らな吐息を充満させ始めていた。

 

「気安く名前を呼ぶんじゃないよ、琵琶子。沙那があんまりうるさいから、謝罪に来てやったんだけど、お前にも、そんな了見があったんなら遠慮はいらないね。宝玄仙の恐ろしさを骨身に染みこませてやるよ──」

 

 宝玄仙は、部屋を回りながら、四隅でなにかを仰ぎ見るような仕草をしている。

 多分、結界というのを張っているのだろう。

 琵琶子も、昨日のことで、宝玄仙が結界という道術を張った場合には、どんな喧騒も外には伝わらなくなるということがわかっている。

 琵琶子は道術により自分の股間を慰めさせられながらそれを見ていた。

 

「じゃあ、お前のために素敵な相手を連れて来るからね。お前の股ぐらにぬるぬるしたものをいっぱい出しておきな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ああ、はっ、はあっ、はあ……」

 

 一方で、琵琶子はもうかなりのところまで追い詰められていた。

 いままで性愛どころか、自慰でさえも満足にやったことはない。

 女人国(にょにんこく)の女は、女同士の友情の代わりにお互いの身体を慰め合うということが多い。

 だから、ほかの国の人間からは、女人国の女は性に淫らだと思われているのを知っている。

 

 だが、琵琶子はそういうことが苦手だった。

 気持ちよくなるために、身体を慰めるなど悪いことをしているようで嫌だった。

 十代の頃、知り合った娘に教えられて自慰をしたこともあったが、あの衝撃は強烈であるだけではなく、恐怖も感じた。

 それ以来、自分の股を慰めるというようなことはなかったから、昨日だけで二十回以上も気をやるというのは、これまでの人生で達した絶頂の数の数倍の数をやったことになるのだ。

 

「わ、悪かっただ……ああっ……謝るだ……謝るから……ああっ」

 

「謝らなくてもいいよ、琵琶子。愉しみが減るじゃないか。精一杯逆らっておくれ」

 

 宝玄仙が笑った。

 その冷たい笑いに背筋がぞっとする。

 それよりも、もう琵琶子には、自分の口からいやらしい吐息が出るのがとめられないでいた。

 他人が責めるのではない。

 敏感な場所をいじくっているのは琵琶子自身なのだ。

 だから、一番気持ちのいい場所を……。

 しかも、抵抗の気力が出ないように変化をさせて責めてくる。

 

 こんなことは、人前でやる行為ではない。

 しかし、そんな姿をほとんど知らない女の前で晒さなければならないのだ。

 琵琶子の指が、肉の豆を包んでいる指に力を加えた。

 

「お前は前の豆専門のようだね。女陰に指を入れたことはないのかい?」

 

「そ、そっただことは……」

 

 言葉とともに、琵琶子の鼻から荒い息が漏れる。

 自分の指が突然激しく動き出した。琵琶子の意思にまったく関わりなく──。

 

「あひいっ」

 

 思わず琵琶子は叫んだ。

 

「どれ、どんな風になっているか見せてごらん」

 

 宝玄仙が手を伸ばして、下袍の留め金を外して、琵琶子の脚から下袍ともに下着も取り去った。

 その早業は、それこそ道術のようだった。

 琵琶子は、上衣を身に着けたまま、下半身だけを素裸にされて、自分の股間を責め続けている。

 

「なかなか、いかないようだね。あいつらとは違って、まだまだ鈍感なんだろうねえ。あいつらに道術で自分の股間をいじくらせたら、それこそ、あっという間に連続でいき続けるけどね……。お汁はどうだい?」

 

 宝玄仙の指が琵琶子の女陰に伸びる。

 まるでそれを受け入れるかのように、琵琶子の脚が勝手に開く。

 

「ああ、汁については、かなりいい感じでぬるぬるしてきたね。いいよ、そのまま続けな──。すぐに、お前の相手を連れて来るからね。ちょっとの間、それを続けているんだ。いきたければいってもいいよ」

 

 宝玄仙が琵琶子から離れて、部屋から出ていった。

 こんなことはしたくない。

 逃げたい。

 琵琶子は泣きそうになった。

 だが、琵琶子の指は、琵琶子の感情とはまったく関係なく、肉の豆をぎゅっと押しながら円を描くように動かし続ける。

 なにかが下腹部からせりあがって来るのがわかる。

 

「あふう……ああふう……あふ……」

 

 昇っていく。

 気持ちが昂る。

 もう、なにがなんだかわからなくなっていく。

 宝玄仙は、誰か琵琶子の相手をさせる者を連れてくると言っていた。

 誰を連れて来るのだろう?

 

 もしかしたら、本物の沙那か孫空女……あるいは、昨日、宝玄仙に代わって、舌で何度も琵琶子をいかせた朱姫という娘だろうか──。

 とにかく、いまのうちに……。

 しかし、逃げるどころか、琵琶子の手足は、琵琶子の意思を裏切って、琵琶子を責め続けている。

 

「んんんっ──くふうっ……」

 

 腰が震えてくる。

 もう絶頂が近いのがわかる。一昨日までは絶頂の感覚なんてわからなかった。

 だが、一日に二十回も達するという経験は、はっきりとその感覚を琵琶子に植え付けさせられた。

 

「あひいいっ」

 

 琵琶子はついに痺れるような快感の迸りにより、立ったまま気をやった。

 戸が開いた。

 

「おや、さっそくやったかい?」

 

 宝玄仙がにやりと笑う。

 なにか答えようとしたが、宝玄仙が連れていくものを見て、琵琶子は絶句した。

 もうどうでもいいような気持ちになっていた琵琶子の心が、一度に正気を取り戻す。

 宝玄仙は、どこから連れて来たのか、琵琶子の身体を同じくらいの大きさの筋骨たくましい黒犬を連れて来たのだ。

 

「ひいっ」

 

「もう、自慰はいい、琵琶子。これからは、この“くろ”に任せな」

 

 琵琶子の手が股間から離れた。

 しかし、それだけだ。身体は動かすことができない。

 琵琶子の両手は体側にだらりと伸びたまま動かない。

 

 “くろ”というその大きな犬が、赤く長い舌を出して、下半身裸体の琵琶子にのっそりと近づいていく。

 その獰猛そうな口からは尖った牙がはっきりと見えていて、その間からはぼたりぼたりと涎が流れている。

 一度気をやり、熱くなりかけていた琵琶子の身体が、あっという間に冷え切る。

 まず、感じたのは、その鋭い牙に噛みつかれ、引き裂かれるという恐怖だ。

 

「あまり叫ぶんじゃないよ。これでも臆病な犬でね。怖がったら相手に噛みついて肉を引き裂くように仕込んでいる。お前なんか、あっという間に噛み殺されるよ」

 

 琵琶子の背に冷たいものが走る。

 

「ひぃ……。た、助け……」

 

 言葉が最後まで出てこない。

 

「喋るんじゃないよ。噛みつくよ……。ほら、くろ、この琵琶子を味わいな」

 

 黒犬は、くんくんと琵琶子の足の指においを嗅いだ。

 そして、その頭がぐいとあがると、次第に股間に向かって顔があがってくる。

 はあはあと息を吐きながら、よだれをこぼしながら……。

 琵琶子は気が遠くなるのを感じた──。

 

「い、犬を──犬をどけてけれ……」

 

 ささやくような声だ。大きな声を出して、犬を刺激したら噛みつかれるかもしれない。

 犬がぺろりと琵琶子の太腿を舐めた。

 

「うっ──」

 

 悲鳴をあげるのをかろうじて堪えた。

 全身に鳥肌が立つ。

 

「後ろを向いて、尻を出しな──」

 

 琵琶子の身体がくるりと反転して、犬に向かって背を向ける。

 そして、寝台に両手をついて、後方にお尻を突き出すような格好にされる。

 

「助けて……堪忍してけろ。堪忍……か──た、助けて──」

 

 しかし、宝玄仙は嘲笑うだけだ。

 黒犬が後方から、犬の息を股間に感じるくらいに近づいて琵琶子の股に顔をつけた。

 そして、琵琶子の股間を後ろから舐めはじめた。

 

「ひぎいっ」

 

 琵琶子は総毛だった。

 

「どうやら、くろはお前のことが気に入ったようだよ。いい気持ちにしてくれるから、愉しみしてな」

 

 宝玄仙が大笑いしている。

 その間も犬が琵琶子の愛液を舐めまくっている。

 

「ひゃ、ひゃあ──ひゃ」

 

 世の中にこれほど怖いものがあったのだ。

 犬の息が股間に噴きつけられる。

 それとともに、ぺろぺろと琵琶子の敏感な場所を無遠慮に犬の舌が這い回る──。

 

「そろそろ、いいかねえ。じゃあ、くろをけしかけるよ、いいかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「な、なにするつもりだ……?」

 

 恐怖でいっぱいになった。これで終わりではないのだ。

 これ以上、なにを……。

 

「まさか、くろの相手がこれで終わりと思っていないだろうねえ。もちろん、最後までやってもらうからね。黒の肉棒だって、人間の男に引けは取らないよ。女人国の女は、男の経験はないだろうけど、人間よりも先に犬の肉棒を味わえるというのは、ほかの国の女でも経験することのできない貴重な体験さ」

 

 宝玄仙が言った。

 次の瞬間、犬の体重がどんと琵琶子の背中に加わった。

 

 犯される──。

 

 琵琶子の心が恐怖だけに包まれた。

 その瞬間、じょろじょろと琵琶子の股間から小便が垂れ流れ始めた。

 

「おや、怖さで小便を洩らしたのかい。だけど、大丈夫さ。人間とは違うからくろは、お前の小便だって、ちっとも汚いとは思わないからね」

 

 小便は琵琶子の脚の間から垂れ流れ続ける。

 犬の激しい息が琵琶子の首に当たる。

 琵琶子の股間に、なにか熱いものが当たった気がする。

 それが犬の怒張だと悟ったとき、琵琶子の頭でなにかが起こった。

 真っ白になる──。

 ずるずると自分の身体が崩れ倒れるのがわかった。

 

「ちっ──。気を失って、身体を支えることができなくなったか……。犬の相手を気絶してまで拒んだのかい……」

 

 それが意識を失う直前に聞いた宝玄仙の最後の言葉だった。



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194 落花狼藉・鬼畜無惨

「目が覚めたかい、琵琶子(びわこ)……?」

 

 声がした。

 はっとした。

 眼を開けた。宿屋の琵琶子の部屋だ。

 寝台の上にうつぶせになっている。

 どうやら、気を失ってしまったようだ。

 

 そうだ……。あの黒犬に犯されそうになって……。

 琵琶子は、手を股間にやった。

 それで、気がついた。いつの間にか、下半身だけじゃなくて、上半身も含めて全部服を脱がされている。

 股間は、びっくりするくらいにびしょびしょだ。

 そういえば、気を失う寸前に失禁をしたような気がする。

 いずれにしても、触った感じだけでは、あの犬に犯されたのかどうかわからない。

 とりあえず手足の自由は戻ったようだが……。

 

「大丈夫だよ。まだ、くろに犯されちゃいないよ」

 

 琵琶子は、身体を起こして、身体を腕で隠しながら、宝玄仙の声がする方向に視線を向けた。

 宝玄仙は、椅子に座ってにやにやしながらこっちを見ている。

 

「お、おめえ、なして、こんなことを――」

 

 琵琶子は声をあげた。

 

「大きな声を出すんじゃないよ、琵琶子。別に外に声は漏れはしなけど、くろがびっくりして、お前に飛びかかって来るじゃないか」

 

 宝玄仙はくっくっと喉の奥で笑った。

 琵琶子は、はっとした。

 そして、なんとなく、廊下に出る戸に視線を向けた。

 

「ひっ」

 

 そこにあの黒犬が座っている。まるでこっちを威嚇するかのように―――。

 琵琶子は叫びそうになった口を押さえて、悲鳴を押さえた。

 

「……いい心掛けだよ、琵琶子。抵抗したり、騒いだりすると、あの犬をけしかけるよ。人間の女の股ぐらに陰茎を突き挿して射精するように躾けてある犬だ。わたしの命令ひとつで、お前に襲いかかるよ」

 

 宝玄仙が椅子に座って脚を組んだまま、こっちを見て言った。

 

「ゆ、許してけれ……」

 

 全身に恐怖が走る。

 背中にどっと冷や汗が流れるのがわかった。

 

「……まあ、犬に犯させるのも面白いかもねえ。わたしは、面白ければどっちでもいいんだけど……」

 

「そ、それだけは……。あ、あんたに飲ませろと、毒薬を供の人に渡そうとしたことは悪いと思っているだ……」

 

 やっと頭が回り始めてきた。

 そう言えば、そういうことだった。

 沙那に変身して謝罪にやってきた宝玄仙に、それとは知らずに、この宝玄仙に毒を飲ませろと、強烈な毒薬を渡そうとしたのだ。

 それで、宝玄仙が怒って、琵琶子に道術をかけ……。

 

「もう、そんなことはどうでもいいよ、琵琶子。それよりも、お前が小便をした床をこの宝玄仙が拭いてやったんだ。礼を言って欲しいものだね……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そ、それは……。あ、ありがとうございま――……あっ」

 

 とにかく刺激しないことだ。

 そう思って、寝台の下の床の部分に視線を向けて、愕然とした。

 床にさっきまで琵琶子が身に着けていた服がぐしゃぐしゃになって丸まっている。

 どうやら、この宝玄仙は、琵琶子の身に着けていたものを脱がせて、それで床の汚れを拭いたのだ。

 

「なんか文句あるのかい、琵琶子。お前の汚したものを、お前のもので拭く。当たり前の話だろう」

 

「なっ」

 

 言葉が出ない。

 もういい。とにかく、刺激をしないように……。

 

「それよりも、お前には、宝玄仙を虚仮(こけ)にしようとした罰を与えてやるよ。左手首を背中で右手で握りな」

 

「な、なんだ?」

 

 琵琶子はびくりとして宝玄仙を凝視する。

 

「別に嫌ならいいよ。くろに命令を与えるよ。“犯せ”とひと言叫べば、あいつは、お前に飛びかかって来るからね」

 

 宝玄仙が“犯せ”という単語を口にしたとき、座っていた犬が、がばりと起きた。

 琵琶子は、悲鳴をあげたが、宝玄仙が手を犬に伸ばすと、すっと座り直す。

 あまりの怖さに息がうまくできない。

 琵琶子の喉からおかしな音が漏れる。

 

「くくく……。犬に命令して欲しいのかい、琵琶子。わたしは、お前になんと言った?」

 

 宝玄仙が急に大きな声をあげた。

 琵琶子は、思い出して、慌てて、手を背中に回して手を組む。

 

「そうだよ。その手をちょっとでも離したら、犬に犯されると思いな……。いや、考えてみれば、女人国の女は、性に放胆な女が多いから、犬だって大切な性愛の相手かもしれないね。犬の肉棒というのを味わってみるかい?」

 

「ゆ、許してけれ……」

 

 全身に震えが走る。

 逆らえば、本当にやるに違いない。

 この宝玄仙という道術遣いは、ただの愉しみのためだけに、躊躇なくあの犬を琵琶子にけしかけるだろう。

 

「別にお前を拘束したりしないし、道術はかけないでおいてやる。だから、逆らいたければ、逆らいな。逃げたければ逃げればいい。だけど、ちょっとでも逆らえば、犬に襲わせる。犬がいやなら、わたしの命令の通りに動くんだ。口答えはおろか、哀願さえも容赦しない―――。人形にでもなったように、命令のまま、身体を動かすんだ。わかったね、琵琶子」

 

「あ……は――」

 

 返事をしようと思ったが、すぐには口が動かなかった。

 恐怖で言葉が喋れないということが本当にあるのだと思った。

 

「返事は――?」

 

 宝玄仙が不快な表情をした。

 

「わ、わかっただ」

 

 琵琶子は慌てて叫んだ。

 

「膝を立てて、股ぐらを開くんだ。これ以上、開けないというくらいまで限界までね」

 

 恥ずかしいとかいう感覚はなかった。

 あったのはただの恐怖だけだ。

 寝台の上の琵琶子は、宝玄仙に向かって立膝をして股を開く。

 

「やっぱり、あまり使いこんでいないようだねえ。その女陰になにかを入れたことはあるかい?」

 

 宝玄仙が琵琶子の股を覗き込みながら言った。

 同性とはいえ、ここまで羞恥の源を曝け出して観察されるのは恥ずかしい。

 しかし、少しでも逆らえば、犬をけしかけると言われている琵琶子は、脚を閉じることができない。

 自分の意思でこんな破廉恥な恰好をしなければならないというのは、道術で手足を操られて、恥ずかしい姿勢をとらされるよりも遥かに屈辱だ。

 

「返事は――?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「そっただこと……」

 

「本当に、ないのかい?」

 

「ない」

 

 琵琶子は言った。

 すると宝玄仙が笑った。

 

「性に対して放胆な女人国の女のくせに、その歳になるまで、未通女かい。城郭の商家通りに行けば、女同士を慰める張形が普通に店に並んでいるような国じゃないかい」

 

 なにがおかしいのか、宝玄仙はしばらくのあいだ、笑い続けた。

 女人国の女の全員が性に解放的であるわけじゃない。それは単なる噂だ。

 

「……いいだろう。なら、犬に犯されるのが気を失うくらいに嫌だったというのは理解できるね。だったら、お前に選ばせてやるよ、琵琶子――。これがなにかわかるかい?」

 

 宝玄仙は、手元から小さな道具を取り出した。

 琵琶子は、それがよく洗濯物を留める時に使う、小さな木の留め具ということに気がついた。

 洗濯物を押さえる部分が平らになっていて、反対側を操作して強くそこで挟むものだ。

 

「これを乳首につけるのと、くろに犯されるのとどっちがいい?」

 

「そ、そっただこと」

 

 冗談じゃない。

 思わず逃げようとして、慌てて思い留まる。

 動けば、宝玄仙は笑いながら、あの犬に、琵琶子を犯せと命令するだろう。

 琵琶子は、思わず戸口に視線を向けた。

 あの黒犬は、宝玄仙が琵琶子を襲えと命令するのを、いまや遅しと待つかのように、じっとこっちに視線を送り続けている。

 

「どっちがいいかと訊いているんだよ、琵琶子。もちろん、こんなもので乳首を挟まれば痛いよ。だから、選ばせてやっているんだよ。犬に犯されるのがいいのか、それとも、痛いのがいいのかとね……」

 

 笑いを浮かべているものの宝玄仙の眼の奥には、途方もなく残忍な光がある。

 琵琶子は返事をすることができずに、震えながら首を横に振り続けた。

 

「早く答えるんだよ。乳首責めかい――。それとも、犬かい――」

 

「ど、どっちも嫌だ――。お、お願いだ……」

 

「どっちかって、訊いてるんだよ。答えなければ勝手に決めるよ」

 

「いやっ」

 

「犬かい」

 

「そ、それだけは……」

 

「じゃあ、乳首だね」

 

「そ、そっただもの――」

 

「どっちだい? 乳首かい、犬かい――。もう、いい。面倒になったよ。両方だ……」

 

「ひいっ。乳首を――。乳首にしてけれ」

 

 慌てて叫んだ。

 宝玄仙は、残虐な微笑みを浮かべると、右の乳首に洗濯留めを挟んだ。

 

「あひいっ」

 

 琵琶子は悲鳴を迸らせた。

 千切れる……。

 痛い――。

 

「結構なものだろう、琵琶子。特別に挟む力を強くするように改良しているからね」

 

 宝玄仙は、そう言いながら、乳首を挟んでいる洗濯留めを指で弾いた。

 

「あぎゃあっ」

 

 身体に走った激痛に琵琶子は絶叫した。

 全身から汗が吹き出す。

 首から滴る汗が、胸に吸い込まれていく。

 

「痛い――。は、外して」

 

「外したきゃ、自分で外せばいいだろう、琵琶子。もちろん、勝手に手を背中から解いたら、くろに命令するけどね」

 

 なんという残忍な女なのだろう。自分で外すことのできる手段を与えておきながら、それを琵琶子の意思でさせないようにしているのだ。意地の悪いやり方だ。

 

「……片方じゃあ、釣り合いがとれないね」

 

 宝玄仙は容赦なかった。左の乳首にも洗濯留めをつけた。

 

「ひぎいっ」

 

 大きく口を開けた琵琶子は、大きく開いた脚に力を入れて、襲った激痛に耐えた。

 

「ほらっ――。痛けりゃ、自分で外しな。外していいんだよ。くろは、お前を犯したくて、犯したくて、涎を垂らしているじゃないか。お前の女陰をくろに使わせてやっておくれよ」

 

 宝玄仙は、両方の乳首の洗濯留めを代わる代わる弾く。

 琵琶子はどうすることもできずに、ただ悲鳴をあげ続けた。

 

「いい顔だねえ……。あまり、陽に焼けているんでわからないけど、よく見れば、なかなかの気量じゃないか。その気量も、苦痛で顔を歪めると、もっとそそる顔になるねえ。お前が苦しむ顔は好きだよ、琵琶子。きっと、くろも好きさ」

 

 全身に水を浴びたような汗が噴き出る。

 

「許してけれ……。許してけれ……。い、痛い……。もう、駄目だ――。お願いだ。許してけれ」

 

 琵琶子はうわ言のように口にし続けた。

 

「別に痛けりゃあ、外せばいいだろう。それに、お前の意思で乳首責めを受けているんだろう? だいたい、許して以外に言えないのかい。女陰を掘られて気持ちいいことよりも、乳首を痛めつけられる方がいいんだろう? それが証拠に、自分の手で外せるのに、外さないじゃないか――。そんなに、涙を流すほど、痛いなら自分で外せばいいだろう」

 

 宝玄仙は強い力で洗濯留めを弾き続ける。その度に全身を裂くような痛みが走る。

 だが、自分で留め具を外したり、身体を避けて逃げたりすれば、犬に襲われるのだ。

 抵抗することはできない。

 

「だったら尻責めに変えてやってもいいよ。尻だったら、犬じゃなくて、この宝玄仙がやってやるよ。乳首責めに変えて、尻を責めてくれといいな。そうしたら、外してやるよ」

 

「は、外してけれ……」

 

 琵琶子は言っていた。

 

「じゃあ、尻がいいんだね?」

 

 尻とはなんだ。

 そんなところを弄られるというのは想像することもできない。だが、乳首の痛みはもう限界だ。

 これ以上は耐えられそうもない。

 

「お、お尻を……」

 

 そこまで言って、悔しくて涙がどっと出た。

 なんで、そんなことを言わなければならないのだ。

 琵琶子がなにをしたというのだ。

 

「尻がどうしたんだい、琵琶子。弄り回してくれと頼むならそうするよ。だったら、ちゃんと口にするんだ。尻を弄ってくれってね――。さもなきゃあ、いつまでも外すことは許さないよ」

 

 また洗濯留めを弾く。

 それだけじゃない。宝玄仙の手が洗濯留めで乳首を挟んでいる部分に伸びて、ぎゅっと力を加えた。

 

「はぎゃああ――」

 

 これまでの痛みの数倍の痛みが走る。

 

「悲鳴をあげるよりも、言うべきことがあるんじゃないかい?」

 

「お尻……尻をなぶってけれ――。お願いだ」

 

 そう叫んでいた。

 

「いいよ。そこまで必死に頼まれちゃあ、してやらなくちゃね。身体を動かしていい……。乳首のものを外して、今度は、うつ伏せになって、尻をこっちに向けるんだ。肩を寝台につけてね」

 

 宝玄仙は言った。

 

 

 *

 

 

 今度は縄で拘束された。

 うつ伏せになった状態で、左手首と左足首、右手首と右足首をそれぞれ縄で拘束された。

 琵琶子は、みっともなく開いた股間を宝玄仙につき上げた状態で動けなくなった。

 排泄器官を他人から凝視されるという羞恥に、思わず腰を引こうとする。

 

「尻を降ろすんじゃないよ――」

 

 平手が飛んで、大きな肉を叩く音がした。

 

「あうっ」

 

 仕方なく琵琶子は、できるだけ高く尻をあげる。

 

「そうだよ……。だけど、そうやって、雌犬のように尻を出しているのを眺めていると、やっぱり、くろを使いたくなるねえ……。気が変わったよ。尻責めはやめだ。くろに犯させることにするよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「そ、そんな……。お願いだ――。お尻を責めてけれ。尻を――」

 

 琵琶子は叫んだ。

 宝玄仙が笑う。

 

「わかったよ、琵琶子。じゃあ、最初に浣腸をするよ。いいね。尻責めのときは、まずは尻を洗わなければならないんだ。宿に戻れば、浣腸をしなくても尻の汚れをなくしてくれる霊具もあるんだけど、ここには持ってきていないからね」

 

「か、浣腸?」

 

 ぞっとした。

 

「この宝玄仙の道術で、空中の水分で薬剤を合成して、お前の尻に送ってやるよ……。まあ、宝玄仙に任せな。しっかりと感じる尻にしてやるからね。わたしの供三人もいまじゃあ、尻が一番の性愛の場所でね」

 

 まだ、普通の性行為も自慰さえも経験が少ないのだ。

 それなのに、尻で性の悦びを感じる身体にするという宝玄仙の言葉に、琵琶子は怯えた。総身が一瞬で冷え切る。

 

「ひうっ」

 

 いきなりだった。

 宝玄仙の指がねっとりと琵琶子の菊門を弄りはじめた。

 

「ああっ……や、やだ……」

 

 尻をあげて肛門を曝け出すという格好だけでも耐えられないのに、これまでに誰にも見られたことすらない場所を無遠慮に指でいじくられる仕打ちに、琵琶子はじっとしていることができない。

 

「そんなにお尻を振るんじゃないよ。それとも、我慢できないくらいに気持ちがいいのかい、琵琶子。もしかしたら、尻で快感を覚える素質があるんじゃないかい? まだまだ蕾が固いようだけど、すぐになんでも受け入れられるようになるさ」

 

 菊門を触っていた指がゆっくりと入っていく。

 なにかを塗っているのか、特に抵抗もなくするすると宝玄仙の指が琵琶子の肛門の奥に、奥にとすべり入ってくる。

 

「う、うん――。や、やんだ……」

 

 気持ち悪い。

 あるのは嫌悪感だけだ。だが、信じたくはないが、同時に妖しい感覚も拡がってくる。

 触られているのに後ろなのに、前の肉芽が疼き、女陰にじわりとした蜜が溢れるのを感じていた。

 

「感じてきたようだね……。じゃあ、こんなのはどうだい?」

 

 宝玄仙は、琵琶子の股間が疼き始めていることに気がついている。

 琵琶子は歯噛みした。

 そんなことを知られたくない。

 お尻なんかをいじくられても気色が悪いだけだ。

 それを宝玄仙に示さなければならない……。

 しかし、琵琶子の肛門の内側がくすぐられるように触られる。

 

「ひゃ……ひゃん」

 

「可愛い声で鳴くじゃないか、琵琶子。そんなに腰を動かすほど宝玄仙の指がいいのかい?」

 

 そんなことはない。

 琵琶子は言い返したかった。

 しかし、どうしてもお尻を動かすのをやめることができない。

 気持ちいいのだ。

 股間に痺れるような快感が走っている。

 ただ、お尻をなぶられているだけなのに……。

 

「さて、そろそろ、いくよ」

 

 指が抜かれた。

 ほっとしたが、宝玄仙の指がなにかを押さえるかのように、ぎゅっと、琵琶子の肛門に入口に力を入れた。

 

「な、なんだ――?」

 

 なにかが入ってきた。

 水のようなものが大量に琵琶子の肛門から身体の中に流し込まれている。

 宝玄仙はさっきまでなにも持っていなかったから、多分、道術で薬剤を合成して抽入しているのだと悟った。

 つまり、琵琶子は浣腸されているのだ。

 

 浣腸すると言われて、本当は冗談じゃないかと思っていたのだが、本当にやられている。口先だけの女じゃないのだ。

 気持ち悪い。

 なにかが腸の中に満たされていく。

 

 浣腸を受けるとどうなるかということくらいは、琵琶子にもわかる。

 なにしろ、琵琶子は薬師なのだ。

 液体を肛門から入れれば、腸はあっという間にそれを逆流させるように反応し、便と一緒にそれを肛門に押し返す。もちろん強烈な便意を伴って……。

 

「これはなにかに使う木桶かい? これを借りるよ、琵琶子」

 

 宝玄仙の指が琵琶子から離れた。

 もう、腹部の痛みは始まっている。

 

「も、もう、お腹が……」

 

 全身から脂汗が吹き出す。

 いったい、どれくらいの量を入れたのだ。

 もの凄い圧迫感を肛門に感じる。いまにも排便が外に噴き出しそうだ。

 

「お、お願いだ」

 

 琵琶子は、足の指を擦り合わせたり、足首に結びつけられている手の拳を握ったり開いたりして、なんとか気を紛らわせようとする。

 

「準備できる前に粗相したら、その瞬間にくろに命令するからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そ、そんな……。だったら、早く、早く――」

 

 琵琶子は焦って叫んだ。

 

「これをあてがって欲しいのかい、琵琶子?」

 

 宝玄仙が嬉しそうな表情で、木桶を琵琶子の顔側に置いた。

 

「な、縄を解いて厠に行かせてけれ」

 

 琵琶子は叫んだ。

 

「そんな選択肢はないよ。このまま木桶にするか。それとも、床にぶちまけて、尻が汚れたまま、けつをくろに掘られるかだ。くろはちゃんと尻でも犯してくれるよ。ちゃんと訓練してあるからね。お前のお尻が糞まみれでもまったく気にしない。むしろ、大喜びでやるんじゃないかい」

 

 宝玄仙は言った。

 

「くうっ……。き、木桶を――」

 

 琵琶子は叫んだ。

 選択の余地などなかった。

 もう限界点を過ぎた排泄欲が、肛門のすぐ直前までやってきていた。

 

「じゃあ、また選ばせてやるよ。木桶をあてがって欲しければ、お前の肛門を拡張してくれと頼みな。お前の肛門は、まだ、なにかを受け入れるのには狭すぎるからね。排便をした後で、少し拡げてやるよ」

 

「そっただこと……」

 

 琵琶子は歯を喰い縛って、便意を耐えた。

 猛烈な便意が襲いかかっている。もう我慢できない。

 

「もちろん、拒否してもいい。だけど、そのときは、床に大便を撒き散らした後で、糞まみれの尻をくろに尻を犯される――。さあ、どっちがいい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 あの悪意の籠った卑劣な笑いだ。

 犬に尻を犯されるなど、そんな選択などできるわけがない。

 それがわかっていて、わざと琵琶子の口から言わせているのだ。

 

「木桶を当ててけれ」

 

 それしか言えない。

 

「頼むことが違うだろう、琵琶子。お前が選べるのは、肛門を拡げて欲しいと頼むことか、犬に尻を犯されるかのどちらかだけだ。早く選んでおくれ、どっちがいいんだい?」

 

 口惜しい――。

 口惜しい――。

 口惜しい――。

 息の止まるような恥辱に琵琶子の全身は凍りつく。

 

「こ、肛門を拡げてけれ」

 

 琵琶子は言った。

 

「お前のけつの穴を大きくしてくれというんだね?」

 

「そうだ……。大きくしてけれ。肛門を拡げて……」

 

 そこまで言って噴き出した涙に、言葉を続けることができなくなった。

 

「それは、嫌々頼むのかい? それとも、心からお願いしているのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 くそう――。

 どこまでなぶる気だろう。

 琵琶子は歯噛みした。

 

「こ、心からの……お願いだ。だ、だから、早く、木桶を――。木桶を当ててけれ」

 

 琵琶子は叫んだ。

 

「どこに当てるんだい、琵琶子? 顔の前でいいかい?」

 

 宝玄仙がそう言って大笑いした。

 

「お尻に当ててけれ。もう、出る。出そうなんだ―――」

 

 琵琶子は絶叫した。

 もう便意は限界だ。

 そこまでやって来ている。

 あと数瞬ももたない。

 

「木桶になにをするんだい? 言わないと、当ててやらないよ」

 

 まだ、宝玄仙は笑い続けている。

 

「は、早く――」

 

「なにをひり出そうとしているのか、言うんだよ。言いたくなけりゃあ、床にぶちまけな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「う、うんちだ……。うんちを出させてけれ」

 

「もっと、でかい声で叫ぶんだよ、琵琶子」

 

「うんちを――。うんちさせてけれ――」

 

 琵琶子は絶叫した。

 宝玄仙が木桶を後ろにあてがったのを感じたのと、琵琶子の肛門が液体と一緒に、大便を放出するのがほとんど同時だった。

 激しい嗚咽をしながら、琵琶子は自分の排便が木桶に流れ落ちる音を聞き続けていた。

 琵琶子は、その音が琵琶子の心が壊れる音のような気がした。

 

 蝕まれる……。

 宝玄仙という毒女の猛毒がじわじわと琵琶子の精神を崩壊させていくのを琵琶子は他人がされていることのように感じていた。



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195 口惜しい尻調教

 木桶に三回目の排便をさせられた後で、布でしっかりと身体を拭かれた頃には、琵琶子(びわこ)には、もう抵抗の意思も、理不尽な扱いに対する宝玄仙への怒りもすっかりと消えていた。

 宝玄仙が琵琶子の身体を拭くのに、これ見よがしに、琵琶子から脱がせた下着や胸当てを使うことも気にならなかった。

 木桶にさせられた琵琶子の排便は、そのまま道術でどこかに放出されたようだ。

 当然あるはずの臭気は、どこからも匂ってこなかった。

 

 いずれにしても、宝玄仙が琵琶子を人格のない奴隷同様に扱おうとしていることは琵琶子にもわかった。

 あの沙那や孫空女や朱姫の三人も同じような仕打ちを受けて、この悪女の奴隷にされているのだろうか──。

 そんなことも思ったりした。

 

 自分がこれほどの屈辱を受けることになるとは、昨日までには夢にも思わなかった。

 薬師としての腕を頼りに、旅をしようと決めたときに、命の危険は覚悟したはずだが、このような恥辱は、琵琶子には想像もしていないことだった。

 

「すっかりと大人しくなったね、琵琶子。出すものを出して、気持ちがいいかい?」

 

 なにも言う気が起きない。

 琵琶子は、排便をさせられたときと同じ格好で、ただ、宝玄仙に尻を向けたままでいる。

 

「口が効けなくなったのかい? わたしの機嫌を損ねたら、その瞬間にくろをけしかけるという言葉を忘れたかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「気持ちなど……、全然よくねえ」

 

 琵琶子は言った。

 

「いいだろう。じゃあ、琵琶子、それよりも、このわたしに、なにか頼むことがあるだろう? それを口にしな。くろがこっちを見ているのを忘れないようにね」

 

 宝玄仙は意地の悪い笑い声をあげた。

 

「お、お尻の穴の拡張を……してけれ」

 

 琵琶子は言った。

 お尻を宝玄仙に向けているので、顔を向けなくて済むのがせめてものことだった。

 とても面と向かってそんなことを頼むのは耐えられない。

 

「こんなものしかなかったけど、これでいいかい?」

 

 宝玄仙は、なにかを琵琶子の顔に近づけた。

 琵琶子ははっとした。

 

「そ、それは……薬草を潰すための、おらのすりこぎじゃねえか──」

 

 思わず叫ぶ。

 薬草を薬にするために使う大切な道具だ。

 そんなものを自分の尻をなぶるために使わせるなんてとんでもなかった。

 

「仕方ないだろう。ここには手頃なものはほかにないんだ。心配しなくても、霊具に変えてやるよ。最初からこの太さはつらいだろうから、ちゃんと細いやつから使ってやるよ。だけど、さすがに薬師じゃないか。すりこぎひとつにしたって、いろいろな太さのものが揃っているんだねえ。尻の調教用にちょうどいいよ。潤滑用の薬剤も使ってやるし、なんの心配もいらないさ」

 

「そ、そんな問題じゃねえだ。それは、おらの大切な……」

 

「大切なものならなんなんだい、琵琶子。別に犬の陰茎をそのまま使ってもいいんだけど、そっちにするかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 犬を使うと脅されればそれに逆らうことはできない。

 琵琶子は唇を噛んだ。

 

「おまえのすりこぎを尻の調教に使っていいのかい? それとも駄目なのかい? どっちだよ?」

 

「すりこぎを使ってけれ……」

 

 そう言うしかない。

 

「そうだよ。無駄な抵抗をするんじゃないよ。まったく……」

 

 宝玄仙がどこかに行く。

 そして、また戻ってくる。

 今度は、すりこぎを三本持っている。

 大、中、小の太さのもので、大は最初に薬草を荒く削るときに使い、だんだんと細くしていき、最後は一番小さいもので粉のようにするのだ。

 だが、いまそれは、琵琶子自身の尻をなぶるために使われようとしている。こんな屈辱と悔しさはない。

 

「どれを使うか……。これでいいかい?」

 

 宝玄仙がわざと一番太いものを琵琶子の顔にかざす。

 だが、なにも言わなければ、面白がって、そのまま太いものを挿しこむかもしれない。

 琵琶子は思わず恐怖に眼を見開く。

 しかし、これは大切な道具なのだ。

 道具に対する愛着もある。

 しかし、いまは、その先端が丸みを帯びたその棒がとんでもない凶器に見える。

 

「細いのを……」

 

 それだけを言った。

 

「ふん、じゃあ、望みどおりにしてやるよ。さあ、尻をあげた、あげた。頭と肩は寝台につけて、尻だけをあげるんだよ。その姿勢を崩したら、黒に命令するよ」

 

 琵琶子は、躊躇いつつも、言われたとおりに尻を上にあげる。

 

「もっとだよ」

 

「ひぐっ」

 

 宝玄仙の指が琵琶子の尻穴にぐいを突き刺さり、上にあげたのだ。

 

「あ、あげるだ……。あげるから……」

 

 琵琶子は恥ずかしさに耐えて、限界まで尻をあげる。

 

「お前のはしたない女陰が丸見えになるように、脚を少し拡げな、琵琶子」

 

「くっ」

 

 悔しさに涙が流れる。

 宝玄仙はしつこく琵琶子の嫌がることをさせたいし、言いたいのだ。

 そして、逆らったり抵抗したりしようとするのを愉しんでいるのだ。

 逆らうことのできない琵琶子は、言いなりになるしかない。

 

「まあ、そんなところかね……。これ見てごらん」

 

 宝玄仙は、どろりとした粘性のものが入っている小さな容器を琵琶子の顔の前に持ってきて見せた。

 

「な、なんだ、それは?」

 

 つんとする刺激臭に思わず琵琶子は訊ねた。

 

「これはずいき油という粘性の薬剤だよ。わたしの精製したものだけど、精製に使った薬草を教えてやるよ。東帝国の南部で栽培される赤芋の茎を干したときに出る成分を使ったものでね。ほかに……」

 

 宝玄仙は、ひとつひとつ説明しながら、宝玄仙がずいき油と呼んだ薬剤の成分を説明し始めた。

 聞きながら琵琶子は総毛立った。

 その内容のものを混ぜて加工すれば、どんなものができあがるか簡単に想像がついたからだ。

 

「じょ、冗談じゃねえ、そっただものをなんに……」

 

「もちろん、お前の尻に入れるすりこぎに塗るのさ。後ろの穴からはおつゆが出ないから、こういう潤滑油を塗らないと入らないからね」

 

 琵琶子の全身から冷や汗がどっと流れる。

 初心な琵琶子でも何度か耳にしたことがある強烈な媚薬の原料ばかりだ。

 しかも、琵琶子の想像が当たっていれば、宝玄仙の説明したものを混ぜ合わせてできあがった薬剤は、猛烈な痒みが発生するはずだ。

 

「や、やだ……。そ、それだけはやめてけれ──」

 

 琵琶子は言った。

 

「いいから、力を抜くんだよ。それとも、犬に掘られるのがよければ言いな。すぐに予定を変更してやるよ。それから、このずいき油の効き目は、わたしの道術で本来の数倍に高めてあるからね。どうやら、このずいき油の恐ろしさが想像できたようだけど、これは、お前の考える数倍の効き目だからね」

 

 宝玄仙は愉しそうに笑った。

 冗談ではない。本当にこの女は狂っている。

 そんなものを作るなんて。しかも、それを琵琶子に使つもりなのだ。

 

 強烈な掻痒剤を尻に塗られる──。

 琵琶子はもう、どうしていいかわからない。

 だが、逃げれば犬が襲ってくるだろう。

 獰猛そうな犬が、はあはあと息をする声が嫌でも琵琶子の耳に入る。

 その音が、琵琶子の抵抗心を根こそぎ奪ってしまう。

 宝玄仙が琵琶子に見えるように、たっぷりと指ですくった薬剤を一番小さなすりこぎに塗りつけた。

 

「力を抜きな、琵琶子。最初に棒を尻に入れるときは怪我をしやすいんだ。力を入れると、すりこぎが腸の襞にくっついて、抜くときに尻側に裏返ってしまう。そうなると、尻が二度と使いものにならなくなって大変なことになるよ。無様な尻になりたくなかったら、入れられるときには息を吐き、出る時に息を吸うんだ。それもゆっくりとね」

 

「ひっ」

 

 ひんやりとした感触が肛門に伝わったのだ。

 しかし、まだすりこぎではない。

 宝玄仙の指だ。

 だが、ひんやりとした感触は、さっきのずいき油を指にも塗っているのだろう。

 その宝玄仙の指が、薬剤を塗り拡げるように動く。

 

「んん……ふんん──」

 

 鼻息とともにどうしても声が出てしまう。

 気持ちいいのだ。

 なんだかわからないが、じっとしていることのできない刺激が、宝玄仙の指から琵琶子の身体に伝わってくる。

 

 汗が顔を伝い落ちる。

 顔だけじゃない。

 全身に汗が噴き出している。

 こんなにも気持ちが悪く、震えるほど怖えているのに、どんどんと汗が全身から流れるのだ。

 

「まだまだ、開発のしていない尻穴というのは、久しぶりだねえ。こうやって、あいつらの尻を一から調教してやった頃が懐かしいよ。いまじゃあ、この尻が一番の性感帯だというんだからね」

 

 宝玄仙が喉で笑った。

 きっとあの沙那や孫空女や朱姫のことを言っているのだと思った。

 あの気の毒な三人……。

 いま、琵琶子がそうであるように、この宝玄仙という悪女に捕えられて逃げることができないで、毎日こんな恥辱を与えられているに違いない。

 

「浣腸をした直後なんで、だいぶほぐれてはいるようだね」

 

 そう言いながら、宝玄仙は丹念に薬剤を尻穴の内側に塗りこめていく。

 指が動くたびに、琵琶子はどうしてもはしたない声をあげてしまう。

 

「さて、じゃあ、そろそろいくよ」

 

 宝玄仙がそう言い、琵琶子の尻の内側に入っている指が琵琶子の中で折れ曲がって跳ねはじめた。

 

「んんん──んん……くわぁ──」

 

 一気にやってきた甘美な感覚がどっと琵琶子の全身に拡がり、暴れはじめた。

 信じたくはないが、琵琶子の女陰から溢れた淫液が太腿に伝うのを感じた。

 

「ああ……あん……ああっ──」

 

 自分が出しているとは信じられないような甘い声が口から漏れ出る。

 宝玄仙の指が跳ね動く。疼きのようだったなにかが、はっきりとした快感に変化して、それが琵琶子を襲っている。

 琵琶子の中でなにかが起きている。

 それがなにかわかからない。

 だが、それが全身に拡がり、頭の中のなにかが弾ける──。

 

「そろそろいいね……」

 

 琵琶子の中でなにかが爆発しそうになったとき、宝玄仙の指がすっと尻穴から逃げていった。焦燥感のようなものが琵琶子を襲う。

 

 それではっとした。

 自分はなにを考えているのか──。

 いま、指が離れたとき、それを残念だと考えなかったか……。

 琵琶子は自分の感情に愕然とした。

 

「随分と名残惜しかったようだけど、心配しなくても、すぐにすりこぎの出番さ。宝玄仙の尻穴調教を愉しみにしておくれ」

 

 心を読まれている……。

 琵琶子に恐怖とともに、快感を覚えたことを否定したくてもできないくらいに反応を示してしまった自分に対する悔しさが込みあがる。

 

「息を抜くんだよ」

 

 すりこぎの先端が当たった。

 心臓がどきりと鳴った気がした。

 

「息を抜くんだ、琵琶子」

 

 大きな声を出された。

 しかし、琵琶子はそれを実行することができない。

 息を吐きたくても、恐怖が身体を覆い、息をすることができないのだ。

 宝玄仙の強い舌打ちが聞こえた。

 

「そんなに尻穴をすぼめられたら入らないじゃないか。息を抜くんだよ、琵琶子」

 

「許して……許してけれ──もう、許して……」

 

 琵琶子はもう、それしか喋れなかった。

 全身が激しく震えるのを感じる。

 もう、嫌だ──。

 誰か助けて──。

 

「わかったよ、じゃあ、くろをけしかけるよ。今まで頑張ったけど、全部帳消しだ。犬にお前の穴を掘らせて終わりにしてやる」

 

「ひゃあ──。そ、それだけは勘忍してけれ。お、尻を……お尻を緩める。が、頑張るから──」

 

 琵琶子は懸命に息を吐く。

 それに応じるように、宝玄仙の扱うすりこぎがゆっくりと尻穴に入ってくる。

 

「くうう……」

 

 排泄器官であるはずの場所に、異物が入ってくる。

 しかも、それは薬師である琵琶子の大切な道具のひとつだ。

 それがゆっくりと尻穴に沈まされている。

 

「あ、ああ……」

 

 かなり深く入ったと思ったところから、こんどはゆっくりと引き戻されていく。

 押し込まれたときにも気持ち悪かったが、出されるときの不快感はそれを遥かに上回る。

 しかし、その不快であるはずの刺激に、琵琶子の身体はいやらしく反応してしまう。

 

 声があがる。

 ぞくぞくという得体の知れないものが全身を蝕むのだ。

 それがすりこぎが入ってきたときに生まれて、出ていくときに倍増する。

 

 そして、また入ってくる。

 あのぞくぞく感がさらに拡大する。

 

 出る……。

 さらに大きくなる。

 

 また入る──。

 この感覚が快感というものだと悟った。

 快感が拡がっている。尻穴で快感を覚えるという信じられない感覚が琵琶子を襲い、そして、拡がっている。

 

 皮膚は粟立っている。

 しかし、熱い。

 

 いままでの人生で知らなかった感覚だ。

 それを覚え込まされようとしている。

 あの疼き……いや、快感が子宮に拡がる。

 

 後ろをなぶられるというのは嫌悪感でしかない。

 だが、確実にそれ以外のものも琵琶子ははっきりと感じている。

 

 しばらくは、宝玄仙によるすりこぎの責めが続いた。

 どれくらい続いたのか……。

 

 やがて、ついに怖れていたものがやって来た。

 痒い……。

 

 ずいき油の効き目が琵琶子を襲ってきている。

 一度、知覚してしまうと、もうどうしていいかわからなかった。

 

 尻穴が痒い。

 いや、内側も……。

 お尻全体が焼けるように熱い。

 そして、痒い──。

 

 痒い。

 痒い。

 痒い──。

 痒い……。

 

「ひ、ひいぃ……ひんっ──ひいぃ──」

 

 琵琶子は悲鳴をあげた。

 その痒さが、すりこぎの動きですっと消えて癒される。

 気持ちいい。信じられないくらいに気持ちよくて、すりこぎが動くのが嬉しい……。

 

「あは──はあんっ……はん、はあん──はん、はん……」

 

「尻をそんなに振るほど気持ちいいのかい、琵琶子。だんだんと雌犬らしくなってきたじゃないか」

 

 宝玄仙が笑いながらすりこぎを動かし続ける。

 もう、我慢できない。

 あまりの快感に琵琶子は、耐えて続けていた声を張りあげた。

 

 琵琶子の身体に閃光のようなものが走った。

 それがぱあっと拡がり、琵琶子の中で激しく弾け砕けようとした。

 

「さて、じゃあ、お休みだよ」

 

 だが、まさに最後の瞬間に、宝玄仙がすっと尻穴からすりこぎを抜いたのだ。

 燃えあがるだけ、燃えあがらせておいてから、突然、お尻を責めるのをやめられてしまって、琵琶子は愕然とした。

 

「そ、そんな……」

 

「そんな、なんなんだよ、琵琶子? それとも、もっと尻をほじくって欲しいのかい。そう言えば、考えてやるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 どこまで心が汚いのだと思った。

 琵琶子が達する寸前だったのは知っているはずなのだ。

 それなにの、わざとぎりぎりまで責めておいて、それで寸前でやめて放置する。

 あとは、琵琶子に屈辱的な言葉を言わせるまで再開はしないのだろう。

 そのあまりの悪辣なやり口に琵琶子は震える。激しい怒りを感じる──。

 そして、それに屈服しなければならない自分自身に対しても……。

 

「お、お願いだ……。お尻を……お尻をもっと責めてけれ」

 

 琵琶子は言った。

 自分で頼むなんて屈辱だ。

 だが、発狂するような痒みは、琵琶子の尻穴を襲っている。

 もう、いまの琵琶子には、それを癒してもらうことしか考えられない。

 

「堕ちてきたじゃないか、琵琶子」

 

 宝玄仙が心から嬉しそうに笑う。その笑いに腹が立つ。

 

「……だけど、お情けはお預けだ。このまま一刻はそのままだ。言っておくけど、ちょっとでも動いてごらん。その瞬間に、くろをお前に襲わせるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ぐううっ──」

 

 琵琶子は、告げられた言葉とこんなにも宝玄仙の責めを渇望してしまっている自分が情けなくて恥辱の呻き声をあげた。

 

「どうしたんだい、琵琶子──。そんなに一刻も待つのが嫌なら、お尻が気持ちいいから、尻をほじってくれと喚き続けな。そうしたら、もしかしたら、気が変わるかもしれないよ」

 

 どこまで心がねじけているのだろう。

 だが、この痒さには耐えることはできない。

 このまま一刻も放置されれば、自分は発狂する。

 

「お尻が気持ちいいだ。どうか、おらの尻をほじってください」

 

 琵琶子は言った。

 

「もう一度」

 

「お尻が気持ちいい──。尻をほじってくけれ」

 

「もう一度」

 

「お尻が気持ちいい──。尻をほじってくけれ」

 

「もう一度」

 

「お尻が気持ちいい──。尻をほじってくけれ」

 

「もう一度」

 

「お尻が気持ちいい──。尻をほじってくけれ」

 

「もう一度」

 

 何度同じことをさせるつもりだろう。

 もう、尻穴の痒さは限界を超えていた。

 

「か、痒い、痒いだ──。ああ、なんとかしてけれ──」

 

 琵琶子は絶叫した。

 

「関係のない言葉を喋るんじゃないよ──。もう一度、やり直しだ。尻をほじってくれと、百回言いな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「痒い………痒いだ……痒い……」

 

 だが、もう琵琶子はそれしか喋れなかった。

 呻くように痒いと言い続けた。

 

「尻をほじってくれだろ──」

 

 宝玄仙の声──。

 はっとして、尻をほじってくれと叫ぶ。

 

 お尻が気持ちいい……。

 尻をほじってくれ──。

 ただ、その言葉だけど言い続けた。

 

 もう頭が朦朧とする。

 だんだんとなぜ、その言葉を喋っているのかもわからなくなる。

 頭にあるのは、お尻が気持ちいいということと、尻をほじって欲しいということだけだ。

 

 何度同じことを叫んだだろう。

 おそらく、百回……。

 いや、その倍は叫んだかもしれない。

 

「わかったよ、琵琶子……。そんなに頼むなら、尻をほじってやるよ」

 

 宝玄仙がついに言った。

 琵琶子は安堵の涙が流れるのを感じた。

 

「あ、ありがとう……ございますだ……」

 

 感謝の言葉が躊躇なく出る。

 

「だけど、すりこぎを使うのはやめだよ。やっぱり、くろにやらせることにするよ」

 

 宝玄仙がそう言った。

 言われた瞬間は、すぐには意味がわからなかった。

 だが、その意味を悟ったとき、琵琶子は縄で縛られたまま逃げようとした。

 しかし、宝玄仙の道術で身体を硬直させられてしまった。

 身体が凍りつき、ぴくりとも動かない。

 

「くろ、おいで──」

 

 宝玄仙が戸口に座っていたあの犬を呼んだ。

 大きな犬の身体が床を軋ませてやってくる気配を感じた。

 

「そっただこと……──い、犬だけはしねえと約束してくれたじゃないだか──」

 

 琵琶子は叫んだ。

 

「そうだね。犬に犯されるのが嫌で、乳首責めを受け、浣腸されるのも合意し、尻穴をいたぶられるのも耐えたんだったね……。確かに、約束はしたね。うん、覚えているよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「だったら……」

 

「だけど、わたしは約束を破るのが大好きなのさ……」

 

 宝玄仙は酷薄な響きを込めて、そう言った。

 

「か、勘忍してけれ──。犬だけは勘忍してけれ。お願いします。なんでもするだ。どんなことされてもいいだ──。だ、だから、犬だけは……」

 

 琵琶子は叫んだ。心の底から悲鳴をあげた。

 

「くろ、尻だよ」

 

 宝玄仙がそれだけを言った。

 どんと犬の肢が琵琶子の肩に乗り、荒々しい犬の息遣いが琵琶子のうなじにかかる。

 

「ひいっ──」

 

 琵琶子は声をあげた。

 

「……そんなに嫌かい、琵琶子?」

 

 宝玄仙の声。

 

「嫌だ。本当に、ほかのことならなんでもするだ。ほ、本当になんでもするだ。だから、犬だけは……」

 

 琵琶子は一縷の望みを求めて言った。

 

「この宝玄仙の奴隷になるかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「なる。なるだ。だから、犬は堪忍してけれ──」

 

 琵琶子は懸命に言った。

 

「だったら、また、選ばせてやるよ。犬に尻をほじられるのがいいか……それとも、さっきのずいき油を塗って丸一日放置されるかだ。ずいき油の痒みに丸一日耐えられたら奴隷にしてやる。もっとも、多分、耐えきれずに狂い死ぬと思うけどね──。さあ、犬に尻を犯されるのと、痒み責めで狂い死ぬのとどちらかを選びな」

 

 そんなものを選べるわけがない。

 選べることができないのをわかって言っているのだ。

 だが、琵琶子は選んでいた。

 犬に犯されるくらいなら、痒み死んでもいい。

 

「ずいき油を……」

 

 それだけ言った。琵琶子は、はっきりと自分の声が泣き声なのがわかった。

 

「おまえの望みはわかったよ、琵琶子。じゃあ、望みどおりに、ずいき油を塗ったままここに放置してやるよ……。ただし、犬にお前の尻を犯させた後でね」

 

 琵琶子は抗議の声をあげた。

 

「……さっきも言ったろう? わたしは、約束を破るのが好きなのさ──。くろ──」

 

 その琵琶子の尻に、犬の肉棒が突き刺さった。

 

「ぎゃあああぁぁぁ──」

 

 琵琶子は狂ったように叫んだ。

 だが、道術で拘束された身体はぴくりともしない。

 その琵琶子の尻穴に入り込んだ犬の男根から精液が激しく迸る感触を感じた。

 

「犬の性交は半刻は続くからね。せいぜい、愉しんでおくれ──。わたしは、その間、食事をしてくる。戻って来たら続きをやろうね、琵琶子」

 

 犬に尻穴を犯されるという衝撃に気が遠くなっていく琵琶子に、そんな宝玄仙の言葉が放たれた。



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196 狂女たちと被害者の会

「起きて……」

 

 身体を激しく揺すられた。

 

「起きて、琵琶子(びわこ)

 

 頬をやや強く叩かれる。

 眼を開けた。

 

 そこにいたのは、沙那だ。

 最初は、なぜ、沙那が……と思っただけだったが、そもそも、この部屋に最初に宝玄仙がやってきたときに、沙那に変化をしていたのを思い出した。

 それを宝玄仙とは思わずに、毒薬を宝玄仙に飲ませろと言って渡そうとた。

 それで、手酷い仕返しを宝玄仙にされている最中だったのだ。

 全身に緊張が走る。

 

「沙那、早くしないと、時間がないよ。ご主人様はすぐにやって来ると思うよ」

 

 別の声がした。

 赤毛の女……。

 孫空女だ。

 戸のところに、孫空女が立っているのだ。

 棒のようなものを背中にして、戸が開かないように身体とその棒で押さえている。

 

「あ、あんたら、本物け……?」

 

 それだけを言った。

 

「ああ、そう言えば、わたしに化けてご主人様があなたのところに行ったんだったわね。面と向かって謝るのは嫌だから、身体を貸せって言うから貸したのに……。素直に謝るのか思えば、こんなとんでもないことをあなたに始めてしまって……」

 

「謝る?」

 

「一応ね……。宿屋を出ていくときには、そう言ってたんだけど……。とにかく、あなたへの仕打ちをやめさせたいけど、いまは、頭が熱くなっているから、なにを言っても無駄なの。だから、悪いんだけど、ここから逃げてくれない……。あとは、わたしたちでなんとかするから」

 

「逃げる?」

 

 思わず訊ねて、琵琶子は、初めて自分がちゃんと服を着ていることに気がついた。

 

「……あなたがいま着ている服は、悪かったけどあなたの荷の中から勝手に出したわ。その……着ていたらしい服は汚れていたから」

 

 そうだった。

 宝玄仙は琵琶子に対する嫌がらせのために、琵琶子から服を脱がしただけではなく、それを雑巾のように床を拭いたり、汚れた琵琶子の身体を拭くために使ったりしていたのだ。ふと見ると、その衣類は部屋の隅に小さく固めて置いてある。

 

「……これを持っていって。あの服の弁償代と、今回のことの詫び賃だと思ってちょうだい」

 

 沙那が琵琶子に小さな包みを押しつけた。

 それは、沙那に化けた宝玄仙が最初に琵琶子に渡そうとした金粒の入った包みだ。

 

「そ、そっただもの……」

 

 額が大きすぎる。

 琵琶子は躊躇した。

 

「こんなことをされて、腹が立つのもわかるし、逃げなければならないということが理不尽に思うかもしれないけど、ご主人様は、戻って来たらさらに輪をかけて、あなたを責めるわ、琵琶子」

 

 琵琶子の反応を別なものと沙那は受け取ったようだ。

 沙那がそう言った。

 

「どこまでも調子に乗るからね」

 

 戸を背にしている孫空女が付け足した。

 

「ここから、逃げろというのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「そうよ……。ここは二階だけど、あなたも、荷物も、わたしたちが安全に窓から降ろす。だから、下に降りて、どこかに……。ご主人様は、いま一階で食事をして、朱姫が足止めをしているわ……。でも、朱姫がいつまでご主人様を抑えていられるか……」

 

 だんだんと事情がわかってきた。

 宝玄仙は琵琶子に犬をけしかけて、それから、食事をすると言って部屋の外に出ていった。

 琵琶子は、犬に尻を犯されながらあまりもの恥辱で、意識が遠くなり気を失ったようだが、そのあいだに、この沙那や孫空女たちが部屋にやってきて、なんとか宝玄仙から琵琶子を助けようとしているのだ。

 食事をしている宝玄仙をあの朱姫という娘が足止めし、ここに沙那と孫空女が来て、気を失っている琵琶子に服を着せ、荷をまとめたのだ。

 ここから逃がそうとして……。

 

 そう言えば、宝玄仙の道術や縄で身体を拘束されていたはずだが、いつの間にか自由になっている。

 しかし、宝玄仙は、すぐに戻って来るだろう。

 戻って来たら、また、拘束されて、酷い目に遭わされる。

 だんだんと恐怖が戻って来た。

 

「お、おらを逃がしてけれ、お願いだ」

 

 琵琶子は言った。

 

「わかっている。そのために来たのよ──。じゃあ、さっそく……」

 

 沙那が促した。琵琶子は、寝台から降りようとした。

 それではっとした。

 

「だ、だども、もしも、おらを逃がしたことをあの人に知られたら、今度はあんたがもっと酷い目に遭うんじゃないのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「わたしたち?」

 

 一瞬だけ、沙那はきょとんとした顔をしたが、すぐに微笑んだ。

 

「そんなことをあなたが気にすることはないわ、琵琶子。わたしたちは、あなたに酷いことをした宝玄仙の供なのよ。あなたにとっては、わたしたちに対しても、憤りがあるはずでしょう」

 

 沙那は言った。

 

「そっただこと……それよりも、いいことがある。ここに毒薬があるだ。あの宝玄仙に飲ませるだ。道術遣いでも三日は昏睡状態になる。その間に、あんたらも逃げたらいい」

 

「毒薬?」

 

 沙那が眼を白黒している。

 だが、琵琶子は続けた。

 

「死にはしねえ。だが、その一歩手前くらいにはなるだ。とにかく、あんな悪魔みてえな女に、あんたらが捕えられているのはわかっている。多分、道術で脅されて逃げられないんだべ? それを奴隷のようにされているんだべ? これを飲ませて逃げるがいいだ。これを飲ませるだ」

 

 琵琶子は、沙那に化けた宝玄仙に渡そうとした薬の袋を沙那に示した。

 それはまだ、寝台の横の台に置いたままだったのだ。

 

「他人様から見れば、そういうことになるのかなあ、わたしたちって……?」

 

 沙那が言った。

 琵琶子に対してではない。

 孫空女に言ったのだ。

 

「そういうことになるんじゃないかな、沙那。間違っていないよ。あたしたちは、悪い女道術遣いの宝玄仙に捕えられて、道術で逃げられないようにして奴隷にされている──。確かに、そうだよ。そうでない者は、三人の中の誰にもいないさ」

 

 孫空女は応じた。しかし、なぜか、笑っている。

 

「否定したいけど、考えてみれば、その通りだということが悲しいわね、孫女」

 

 沙那も笑った。

 その表情には、あまり切迫感のようなものはない。

 むしろ、あっけらかんとしている。

 

「……とにかく、わたしたちのことは気にしないで。ご主人様は、きっとわたしたちに罰を与えると思うけど、それはあなたには関係ない。むしろ、わたしは、あなたがこれ以上、惨い仕打ちを受けないことだけを願うわ。きっと、ご主人様は、あなたに無茶をしたでしょう、琵琶子?」

 

 沙那の言葉には、琵琶子に対する心からの同情が籠っているのがわかった。

 こんなに優しい人たちを残酷に扱う宝玄仙に対する怒りが再び込みあがる。

 この沙那たちに、宝玄仙は、腹痛を起こさせて外でおしめにもよおすようにけしかけたり、肉芽を糸で吊って爪先立ちで数刻も放置したりするという拷問をしているのだ。

 そういうことを宝玄仙は、この沙那たちに日常的にやっている気配さえある。

 

「だから、この毒薬を──」

 

 しかし、沙那は首を横に振った。

 

「ねえ、琵琶子、わたしたちをわかって欲しいとは思わないけど。これだけは知っておいて欲しいの。わたしたちのご主人様は、本当に困ったお人で、わたしたちに対する扱いをわたしたちは許せないときもあるし、耐えられないと思うこともある……」

 

「だったら……」

 

「いえ、聞いて──。だけど、それでも、わたしたちは、命を張って、ご主人様をお護りするし、旅についていくわ。あんなのでもわたしたちご主人様なの。命を危うくするなんてとんでもない。あなたになにをしたのかの予測はつくけど、お願いだから、許してやってくれないかしら」

 

 沙那は言った。

 琵琶子は呆然とした。

 

「あ、あんなことをされているというのにけ?」

 

「そうね──。とにかく、それよりも……早く」

 

 沙那が言った。

 琵琶子は、やっと寝台を降りて、窓に近づいた。

 そして、窓のところに立っていたものを見て悲鳴をあげた。

 そこにいたのは、あの黒犬だった。琵琶子を威嚇するように、こっちを見て、唸り声をあげている。

 

「どうしたの?」

 

 沙那が首を傾げた。

 

「そ、その犬──」

 

 琵琶子はそれだけを言った。黒犬は四つん這いになり、いまにも琵琶子に飛びかかろうとしている。

 口を開き、その口の中には、獰猛な牙と光る涎──。

 

「犬?」

 

 反対側の戸口でこっちを見ている孫空女が、疑問のこもった声をあげた。

 

「犬がいるの、そこに?」

 

 沙那が言った。

 

「いるべ、黒犬が──。あの犬……。おらを犯したその大きな犬が──」

 

 琵琶子は叫ぶように言った。

 そうだ。自分は犬に尻を犯されたのだ……。

 さっきまで受けていた仕打ちを思い出して愕然とした。

 すると沙那が盛大に嘆息した。

 

「……どうやら、あなたに逃亡防止でかけていた『縛心術』は、筋肉を弛緩させて身体を拘束していたものだけじゃなかったのね……。いい、琵琶子、この部屋には、犬なんていないわ。いないのよ──」

 

 

「だ、だども……」

 

 しかし、確かにそこにいるのだ。

 窓から逃げようとする琵琶子に噛みつかんばかりに口を開けている。

 

「『縛心術』という術よ──。なにをこの部屋でされたのかわからないけど、『縛心術』という道術で、幻を見させられていたのよ。窓にはなにもいないわ。だから、逃げましょう」

 

 沙那が言った。

 

「だ、だども、その犬が……確かに、そこにいるし、あの犬に股を舐められて……お尻を──」

 

 犬に受けた恥辱が琵琶子に蘇る。

 

「尻を犬に?」

 

 孫空女が驚いたような声をあげた。

 

「……まったく、あのご主人様は──」

 

 沙那は息を吐いた。

 

「……だけど、どうしよう──。もう一度、朱姫を呼んで縛心術を解き直させるしかないわね……。逃亡防止にそんな『縛心術』をかけているんだったら、これからも行く先々で、その犬の姿が見えてしまうかも……」

 

「……本当にあの犬の姿が、おめえらには見えないのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「犬なんていないわ。きっと、あなたが逃げようとすると、その犬の幻を見えるように道術をかけられているのよ」

 

「だ、だども、その犬がおらを……」

 

 犯されたのだ。

 あの感触は決して幻などではない。

 そして、黒犬はじっと琵琶子を見ながら、牙を向けている。

 

「もしも、その犬があなたになにかをしたなら、それは本当に起こったことじゃないということだけ言っておくわ。ご主人様は犬なんて飼っていないし、あなたに卑猥なことをするような犬をご主人様が準備できるわけはないわ」

 

 沙那が言った。

 

「ところで、じゃあ、どうするの、沙那──。朱姫を呼び直すにも、朱姫はもうご主人様と一緒だよ」

 

 孫空女が言った。

 

「第二案しかないわね」

 

 沙那が言った。

 

「第二案?」

 

 孫空女が嫌な顔をした。

 

「仕方ないでしょう、孫女」

 

「だけど、後で受けるご主人様の罰が、手酷いものに変わるだろうね」

 

 孫空女が諦めたように笑った。

 

「まあ、しょうがないわね。どうせ、罰を受けるのは間違いないんだから、程度問題だったら、我慢しましょう」

 

 沙那も笑って応じた。

 罰を受けるということをなぜ、笑って会話できるのだろう。

 琵琶子は不思議なものを見る思いだった。

 そう言えば、さっき、沙那はあの宝玄仙を庇うようなことを言った。

 宝玄仙が沙那たちに与えたあの残酷な仕打ちと、いまの沙那の言葉が結びつかない。

 

「おらのことであんたらが、罰を受けることになるのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「そんなことは──」

 

 沙那がなにかを言いかけたとき、なにかの騒動が戸の外から聞こえてきた。

 

「ご、ご主人様、お待ちください」

 

 廊下から大きな声がした。

 琵琶子には、それがあの朱姫の声だとわかった。

 

「余計なことを喋るんじゃないよ、朱姫──。中に沙那と孫空女がいるんだろう。知らせようとしても無駄だよ。開けな、沙那、孫空女──。その琵琶子の調教は、まだ途中なんだよ。邪魔すると容赦しないよ」

 

 琵琶子はその声にすくみあがった。

 戸ががちゃがちゃと揺すられる。

 外から宝玄仙が開けようとしているのだ。

 だが、孫空女が戸の取っ手を押さえるともに、身体で戸が開くのを阻止しているので、戸は開かないでいる。

 

「孫女──」

 

 沙那が声をあげた。

 

「わかっているよ、合図があるまで開けないよ、沙那」

 

 孫空女が、棒を背にしている身体に力を入れている。

 戸はこちらに開く形式だ。つまり、孫空女がどかない限り、戸は絶対に開かない。

 

「この琵琶子になにをするつもりですか、ご主人様──。答えてください」

 

 沙那が声を張りあげた。

 

「そいつは、わたしを毒殺しようとしたんだよ。当然の酬いだよ」

 

「それは、ご主人様が昨日手酷いことをしたからじゃないですか。だいたい、謝るためにここに行ったんじゃなかったんですか? なんで、ご主人様は、琵琶子に酷いことをしているんですか?」

 

「──もういい、沙那。お前と議論なんてするつもりはないんだよ。まだ、そこに琵琶子はいるんだろうねえ。もしも、逃がしたりしてあったら、ただで済むと思うんじゃないよ。宝玄仙の地獄責めを三日間続けるからね。覚悟しな──」

 

 宝玄仙が外から怒鳴った。

 

「……三日間だってさ、沙那」

 

 孫空女がささやいた。

 その表情には笑いもあるが、怯えのような色もある。

 

「三日も受ければ、それが多少延びても同じよ……。三人で耐えましょう。四日か……五日か……」

 

「ご主人様の気まぐれが終わるまでということ?」

 

 孫空女が苦笑した。

 沙那が懐からなにかを出した。

 そして、それを隠すように持って、戸のそばに張りつく。

 

「ちっ──。埒もないねえ……。朱姫、『獣人』になって、その戸を突き破りな」

 

 宝玄仙が戸を叩きながら、外でそう言った。

 

「そ、そんなことできません」

 

 朱姫の声──。

 

「だったら、お前をここで痛い目に遭わせるよ。言うことをききな」

 

「そ、そんな……。さ、沙那姉さん、孫姉さん──」

 

 朱姫の悲痛な声がしている。

 

「いいわ。開けて、孫女」

 

 沙那が小さな声で言った。

 孫空女がさっと身体を外して、戸を開けた。

 

 戸を殴るように叩き続けていた宝玄仙がつんのめって部屋に入ってきた。

 倒れそうになる宝玄仙の身体を戸の横で待っていた沙那が抱えた。

 すると、抱えながらも、沙那は、宝玄仙の首になにかを嵌めた。

 沙那は、そのまま宝玄仙の身体を捕まえて、動かないように拘束している。

 

「ご主人様、とにかく、落ち着いてください──」

 

 沙那の腕の中で暴れている宝玄仙を宥めるような口調で沙那が言った。

 

「──いいから、離しな、沙那──。あれっ?」

 

 険しい表情をしていた宝玄仙の動きがとまった。

 その手が、沙那が嵌めた首輪に触れた。

 宝玄仙は、それを外したいような仕草をしたが、すぐにぎょっとしたような表情になった。

 外から、朱姫がすぐに入ってきた。

 孫空女がばたりと戸を閉め直して、内側から鍵をかける。

 

「お、お前、なにを嵌めたんだい、沙那──。ま、道術が……」

 

「だから、話し合いですよ。とにかく、こちらに、ご主人様……」

 

 沙那が宝玄仙を寝台まで連れていって押し倒した。

 琵琶子は、慌てて身体を避ける。

 

「朱姫、琵琶子の『縛心術』を解き直して──。琵琶子は、存在しない黒犬が見えるような『縛心術』をまだ、ご主人様にかけられていたわ。解いてあげて」

 

 沙那が朱姫に向かって言った。

 

「朱姫、余計なことをすると罰だよ──。とにかく、この首輪はなんだい? 答えるんだよ、沙那」

 

 寝台に押し倒されている宝玄仙が怒りの表情で声をあげている。

 

「ご主人様、落ち着いてよ。これじゃあ、話し合いにならないじゃないか」

 

 孫空女もやってきて、宝玄仙に跨る。

 そして、驚いたことに、宝玄仙の下袍の留め具に手をかけて外そうとしている。

 沙那は、宝玄仙の腕を押さえながら、宝玄仙の上衣の紐に手をやっている。

 ふたりがかりで、宝玄仙の服を脱がそうとしているのだとわかった。

 

「お、お前ら……な、なにを──」

 

 宝玄仙の顔が赤くなる。必死で抵抗しようとしているが、力では沙那と孫空女にかなわないようだ。

 宝玄仙はなすすべなく、服をどんどん脱がされていく。

 

「ご主人様、抵抗は無意味です。これは、『如意仙女』の作った道術を封じる首輪です。これを嵌められた者は自分では外せないし、道術は遣えなくなるんです──。だから、わたしたちには、抵抗できないはずです。諦めてください」

 

「そうだよ、ご主人様……。力なら、あたしと沙那にかなうわけがないじゃないか」

 

 沙那と孫空女が寄ってたかって宝玄仙の身体から一枚、一枚、服をむしり取っている。

 琵琶子は、なにか恐ろしいものを見るような気持ちでそれを眺めていた。

 

「わたしたちと遊んでください、ご主人様──。そうだ、わたしたちに指技と舌技を教えてください。まずは、ご主人様の身体でやってみますので、ご意見を聞かせてください」

 

「そうだね。あたしも、ご主人様や朱姫のように、相手を簡単に翻弄させられるような手管が欲しいよ。いつも、ふたりにやられるばかりでさあ……」

 

 もう宝玄仙は素っ裸だ。

 それをふたりはくるりと身体をひっくり返した。

 沙那が宝玄仙の身体に逆さに乗って押さえつけて、股を両腕でこじ開けている。

 その股に孫空女が屈んで舌を伸ばしている。

 

「お、お前たち……いい加減に……あ、ああ──お前ら──ゆ、許さない──ああっ……」

 

 素っ裸の宝玄仙が甘い声をあげて、よがり始めた

 琵琶子は眼の前で突然始まった痴態を唖然として眺めていた。

 

「琵琶子さん、こちらに」

 

 朱姫だ。

 呆然と寝台の三人の姿を眺めていた琵琶子の袖を引っ張り、琵琶子の身体を寝台の反対側に向けた。

 

「……ご主人様にかけられた『縛心術』を解きます。安心してください。普通は、ご主人みたいな強い道術をほかの者が解くなんてことはできないんですけど、『縛心術』だったらあたしの方が道術が強いんです……。ご主人様の道術を解きます。琵琶子さん、まだ、黒犬が見えるというのは本当ですか?」

 

「み、見えるだ……」

 

 琵琶子は窓を見た。

 しかし、もうそこにはいなかった。

 だが、視線を反対側の戸に向けると、今度はそこに座っている。

 

「……ひいっ──。そこの戸のところ──すぐ、そばだ」

 

 琵琶子は悲鳴をあげた。

 

「そうですか。でも、そこにはなにもいません。きっと、逃げようとすると犬が見えるよう『縛心術』をかけられています。さっきは、窓から逃げようとしたんで、窓側に見えたんです。今度は、窓じゃなくて、逃げるとしたら、扉からだと考えたので、犬の姿が扉に移動したんですよ……。わかりました。あたしの眼を見てください……」

 

 朱姫が言った。

 言われたとおりにする。なんだか、その眼に吸い込まれるような気がした。

 次第に気が遠くなるような……。

 

「……どうですか、まだ見えますか、琵琶子さん」

 

 朱姫の声ではっとした。なんだか、少しの間、眠っていたような感じだ。

 琵琶子は、さっき黒犬がいた場所に視線を向けた。

 今度はなにもいない。部屋を見回すが、どこにも黒犬はいなかった。

 

「いなくなっただ」

 

「よかった……。ご主人様の術は解けました。琵琶子さんは自由です」

 

 朱姫が微笑んだ。

 自由──。

 つまり、この時間を利用して、逃げなければならないのだろう。

 琵琶子は、寝台に視線を向けた。

 

 身体を裏返しにされた宝玄仙が、沙那と孫空女のふたりに身体を押さえつけられて股間を責められている。

 もう、身体を紅く染めて、はっきりとしたよがり声をあげている。

 孫空女が舐め回しているのは、宝玄仙の肛門のようだ。

 そこに孫空女の舌が動くたびに、宝玄仙は信じられないくらいに、快感に狂ったような嬌態を示している。

 

「ふふふ、ご主人様は、お尻が特別弱いんです、琵琶子さん」

 

 朱姫が琵琶子に語りかけた。

 

「だから、ちょっと、お尻を責められただけで、あんな風に可愛く泣くんです……。もっとも、そのご主人様に躾けられたあたしたち三人とも同じなんですけど……」

 

 朱姫が妖しい表情で微笑んだ。

 

「琵琶子、お前も、ご主人様のお尻をなぶってみるかい。簡単なものだよ。指をちょっと入れて、くちゅくちゅと動かすだけさ。あたしらが押さえている間にやっていったらどう?」

 

 孫空女が顔をあげて、悪戯をするような表情を琵琶子に向けた。

 

「いいのよ、琵琶子、遠慮しないで──ご主人様のお尻をどうぞ」

 

 沙那も言った。

 琵琶子は怖ろしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 沙那が妖しく微笑んで、宝玄仙のお尻を責めてみろと言ったところまで語ったとき、琵琶子の語りに耳を傾けていた女が馬鹿みたいに笑った。

 どうしても笑いを我慢できなかったらしく、頭がおかしくなったのかと心配するくらいにその女は笑い続けた。

 なんだか、笑い者にされたみたいで、琵琶子は少しだけ不機嫌になるとともに、酒の席とはいえ、初めて会った女に、そんな話をしたことを後悔した。

 

 女人国を初めて出た最初の夜だった。

 南の国境を越えた宿町の一軒の宿屋である。

 そこに琵琶子は宿をとったのだ。

 そして、ここは、その宿屋にある一階の食堂だ。その食堂で知り合った女と琵琶子は酒を交わしていた。

 その酒の話題にしたのが、琵琶子のあの衝撃の体験についてだった。

 

 琵琶子とその女以外の周りの人間は、男ばかりだ。

 その女に言わせれば、旅をするのは男であるのが普通であり、むしろ女の旅人は珍しいらしい。

 ましてや、女のひとり旅など、なにをされてもおかしくはない。

 だから、気をつけなければならない。そういうことをその旅の女は教えてくれた。

 

 琵琶子のどこかに、女人国の女であることの匂いがあったらしい。

 だから、その女は、気になって声をかけたのだと言ってくれた。

 見た目も話し方もちょっと気の強そうで怖そうな女だと思ったが、そんな外見とは違って実際には優しい女のようだ。

 

 また、世に中に男というものがたくさんいたことは知っていたが、一歩、国境を越えただけで、そこは男の世界だった。

 

 男──。

 男──。

 男──。

 男しかいない──。

 

 むしろ女を探すことが難しいくらいだ。

 これ程に男が溢れている光景を見てしまうと、覚悟はしていたものの身体が竦む気がした。

 そんなときに、偶然に出遭った旅の女だった。

 琵琶子と同じように、女ひとりで旅をしていたらしく、琵琶子に酔客が絡んだとき、一発で黙らせるほどの啖呵を切って追い払ってくれた。

 その頼もしさに惚れぼれと眺めていると、その女が声をかけてきたのだ。

 

 酒を誘ってくれたその女に対して、酒の嫌いじゃない琵琶子はそれを受けた。

 そして、その女は本当に気の優しい女性で、すぐに琵琶子は打ち解けた。

 

 それで、なんとなく、女人国の国境を越える前に経験した奇妙な女連れの一行の話をしたのだ。

 会ったばかりの女性に、道術で操られて自慰をさせられたとか、お尻をいたぶられたとか、ましてや、浣腸を受けて大便をさせられたというような話をするのは、考えてみればおかしなことだが、やっと女人国を出て解放的になっていた気分がそうさせたのか、それとも、それを受け入れてくれるような雰囲気をその女性から感じたのかはわからない。

 とにかく、気がつくと、かなり露骨な話を語っている自分がいた。

 

「いやあ、すまなかったよ。あんたのことを笑ったわけじゃないのさ──。ただ懐かしくね。相変わらずだし……」

 

「懐かしい? 相変わらず?」

 

 琵琶子は言った。

 

「ああ、そうだよ。懐かしいのさ……。それで、あんた、どうしたんだい? その沙那の申し出に従って、宝玄仙さんのお尻をほじったのかい?」

 

 女は言った。

 琵琶子は驚いた。

 話はしたが、宝玄仙だとか、沙那だとか、あるいは、孫空女、朱姫というような実際の名は出さないように話していたのだ。

 場所についても、女人国のある城郭だと言っただけだ。

 

「なして、名を知っているだ? もしかしたら、おらは、うっかりと名を喋っただか?」

 

 琵琶子は言った。

 

「いいや、あんたは、名前は出してないよ。だけど、世の中がいくら広いといっても、そんな四人連れの一行が、ほかにいるわけはないからね」

 

「ほえ?」

 

 思わず声をあげる。

 どうやらあの四人と知り合いらしい。

 琵琶子は改めてその女を見た。

 

 あの宝玄仙ほどじゃないけれども、綺麗な顔立ちの女性だと思った。

 年齢は孫空女と同じ歳か、もっと若いくらいだろうか。

 髪は青で、青い髪というのは、とても珍しいと思った。

 

「あたいの話は、あんたの話の後にちゃんとするよ。でも、ちょっと簡単には終わらないけどね……。ところで、それで、どうだったのさ? あんた、その沙那に言われて、宝玄仙さんのお尻に手を出したのかい?」

 

 彼女は身を乗り出しながら言った。

 

「そんなことはしねえだ。もう、なにがなんだか、怖ろしくなって逃げて、それっきりだ。それから、どうなったのか、おらにもわからねえ。あの供の女の人たちが、あの道術遣いに罰を受けたのかどうかもわからねえ……。おらを逃がしてくれた、あの人たちのことを少し心配はしているだが……」

 

「まあ、気にしないことだね。あれはあれで、連中は、宝玄仙さんを慕っているし、いい関係を作っているからね──。まあ、それにしても、手を出さなかったことは正解さ。もしも、手を出していたら、そのまま、縁ができちまって、しばらく旅に同行するなんてことになりかねなかっただろうし……」

 

 その女が笑いながら言った。

 琵琶子は唖然とした。

 

「もしかしたら、その人たちを知っているのけ?」

 

「まあね……。じゃあ、今度はうっかりと縁を作ってしまって、大変な苦労をしたあたいの話をするよ──。まあ、でも長くなるかもね。よかったら、場所を変えて、あたいの部屋にいかないかい? というか、これもなにかの縁じゃないか。しばらく一緒に旅をしないかい。もちろん、よければだけど」

 

 青い髪の女はそう言った。

 

「そ、それは、あんたみたいな強い人と一緒に旅さできるのは、願ったり、かなったりだ。だども、おらみたいな者と、本当に一緒に旅をしてくれるのけ?」

 

 琵琶子は言った。

 

「もちろんさ──。宝玄仙さんの被害者の会の仲間じゃないか」

 

「被害者の会?」

 

「そうだよ。それじゃあ、あたいの話をするね……」

 

 女がそう言って、ふと思い出したように琵琶子を見た。

 

「あれ? そう言えば、あたいは、あんたの名を訊いてなかったよね」

 

 女は言った。

 

「そうだったな。おらは琵琶子だ。薬師の琵琶子だ」

 

「あたいは、七星(ななほし)さ。これでも用心棒が生業さ──。それで、さっきの話だけど、三箇月ほど、あの宝玄仙さん一行と旅をしたのさ」

 

「それは用心棒をしただかか?」

 

 琵琶子は訊ねた。

 七星が用心棒が生業だと言ったからだ。

 

「用心棒……というわけじゃないよね。なんだろう──。強いて言えば、三箇月の契約で、あの宝玄仙さんの性奴隷にされたというか……」

 

「性奴隷?」

 

 聞きなれない言葉に思わず、琵琶子は声をあげた。

 

「こ、声が大きいよ、琵琶子」

 

 七星が慌てたように、周りを見回しながら言った。

 琵琶子も慌てて口をつぐんで、見回したがふたりの会話に耳を向けている男はいないようだ。

 

「まあいいよ……。それで、あたいの場合はねえ……」

 

 懐かしむような表情で、七星が語り始めた。

 

 

 

 

(第31話『親切心の代償』終わり)






 *


【西遊記:第55回、琵琶洞の女怪(名前なし)】

 女人国の女王たちを孫悟空の神通力で動けなくして逃亡しようとした矢先、突然につむじ風が襲いかかり、玄奘をさらってしまいます。
 さらったのは、女妖怪であり、孫悟空たちは慌てて、つむじ風を追いかけます。
 すると、つむじ風は毒敵山という山で消え、そこには『琵琶洞』と書かれている屋敷がありました。

 とりあえず、孫悟空は小さな蜂に化けて、屋敷に忍び込みます。
 屋敷の中では、色っぽい女妖怪が玄奘に言い寄っている真っ最中でした。
 孫悟空は、変身を解いて、女妖怪に襲いかかりますが、毒針の付いた武器を頭に刺されて退散することになります。

 孫悟空が逃亡すると、女妖怪は玄奘を寝室に連れ込んで、性愛を迫ります。
 しかし、玄奘が断固として拒み続けるので、怒った女妖怪は玄奘を縛って、廊下に放り投げてしまいます。

 一方で、孫悟空は、今度は猪八戒とともに、二度目の乗り込みをしますが、今度は猪八戒が毒針の武器にやられて、またしても退散することになります。
 屋敷の外に退却した孫悟空たちのところに、老女に化けた観音菩薩が通りかかります。
 孫悟空は、救援を求めますが、観音は琵琶洞の妖怪が手強くて自分や釈迦でも退治は難しいので、その女怪が唯一敵わない昴日星官(ぼうにちせいかん)に助力を求めるべきと諭します。

 観音の仲介で、星界を守っている二十八宿のひとりである、昴日星官がやってきます。
 孫悟空は三度目の襲撃をして、女怪を屋敷の外に誘き出します。
 昴日星官は、巨大な雄鶏(おんどり)になって、女妖魔を踏みつけて退治します。女妖魔は、女(さそり)の精でした。
 三蔵は救出され、一行は旅を再開します。


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 第32話  女人奴隷狩り・前篇【金水蓮(きんすいれん)
197 真昼の決闘


「ご主人様、あたしの後ろに――」

 

 城門を出て、城郭の郊外を孫空女とふたりで歩いているときに、突然、孫空女がそう言った。

 それで、宝玄仙は、初めて大勢の兵に囲まれているということに気がついた。

 女人国の南の国境に近い大元府(だいげんふ)という城郭だ。

 国境を越える手続きをするために、孫空女を伴って城郭の中心にある役所に行き、郊外の小さな宿屋で待つ沙那と朱姫のところに戻るところだったのだ。

 その大元府の城郭の門を越えてすぐだった。

 宝玄仙と孫空女を囲んだ一隊は、騎馬が三騎に兵が五十人ほどだ。

 

「お前たちは、この付近の住民ではないな」

 

 将校らしき女が、馬上のまま言った。

 

「それがどうかしたのかい?」

 

 孫空女が応じた。

 

「怪しいな。ちょっと、軍営まで来てもらおうか」

 

「なんで、住民でないのが怪しいんだよ。あたしらは旅の者だよ。ちゃんと手続きもしたところだ」

 

 孫空女が言った。

 その通りだった。

 女人国の南地方で行動するためには、手形という旅の許可書が必要だった。

 そんなものが必要だったのは、東方帝国内とその属国の諸王国の幾つかだけだったから、久しくそのような手続きはしていなかった。

 その頃持っていた正式の手形もとっくの昔に失くしている。

 いま、持っているのは、女人国の国都を出立するときに、那美(なび)に作らせた偽名の手形だ。

 あちこちで騒動を起こしたので、“宝玄仙”という名は使っていない。

 確か、“蘭玉”と書いたはずだ。

 

 孫空女、沙那、朱姫の三人は面倒なので、奴隷ということにして、所有物扱いにしてある。

 出身が東方帝国としているので、貴族が奴隷を所有する文化がある東帝国の人間が奴隷を連れ歩くのはおかしくない。

 そして、奴隷の出国手続きは、主人がまとめて税を支払うので、奴隷本人が役所に出頭する必要もない。

 手続きは宝玄仙のひとりが行けばよく、それも簡単に終わった。

 

 もっとも、簡単に終わったのは理由がある。

 買い出しのために城郭の中心部に行くついでに、事前に情報を仕入れてきた沙那が、手続きの書類を出すときに、手形の書類の間に銀粒をひとつ挟んでおけ忠告したのだ。

 その通りにすると、あっという間に手続きは終わった。

 宝玄仙の見るところ、それをしなかったほかの旅の者は、手続きに手間取り、待たされたりしているようだった。

 

「だって、お前たちは今日、この城郭にやってきたであろう?」

 

 将校が言った。

 

「それがどうしたんだよ?」

 

 孫空女が応じた。

 

「この界隈には、集団で女を浚っては、国境を越えて運んで奴隷として運ぶ“黒賊”というのがはびこっている。ついこの間も小さな村が襲われて、若い女が根こそぎ連れていかれた。しかし、軍が出動したときには、もう逃げた後だったのだ」

 

「それがどうしたんだい?」

 

 孫空女はふて腐れたように応じる。

 

「だから、きっと手下を密かに軍営の近くにおいて、見張らせているに違いないのさ。だから、城郭にやってきた者で怪しい者は、念入りに調べている。お前たちは怪しい。だから、来てもらう」

 

 将校は言った。

 

「なにが怪しいんだよ。ふざけるんじゃないよ」

 

 孫空女が一歩前に出た。

 さっと耳に手をやったから、普段、耳の中に隠している『如意棒(にょいぼう)』を拳の中に移したに違いない。

 伸縮自在の孫空女の無敵の武器だ。

 

「とにかく、ふたりとも捕える。それとも、通行料の銀を払っていくか?」

 

「銀?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「そうだよ。銀だ。後ろの女主人が懐に持っているのだろう?」

 

 将校は言った。数を恃んでいるのか、鞍に手をやったままにやにやしている。

 どうやら、賄賂が目当てだとわかった。

 役所で宝玄仙が袋から銀粒を出したのをどこかで見ていたのかもしれない。

 それで、それを取りあげてやろうと、部下を率いて追ってきたというところだろう。

 それにしても、腐った軍だ。

 さっき、賊徒にしてやられていてばかりということを口にしていたが、こんなに軍が腐ってるなら、さもありなんだ。

 

 

「そんな持ちあわせはないよ。あっても、払う理由はないね。とにかく、道を開けな」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「大口を叩いたね、お前。軍営に連行して、拷問を受けたいかい?」

 

「ほほう……。この宝玄仙を拷問にかけるというのかい? 面白い、やってご覧――」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 もっとも、この一隊に襲いかかられたら、宝玄仙には防ぎようがない。

 こいつらは道術遣いではない。

 道術遣いではないということは、宝玄仙の道術は直接には効かないのだ。

 相手が道術遣いだったら、逆に宝玄仙の敵ではないが、そうでない場合、宝玄仙はただの力のない女にすぎなくなる。

 もっとも、宝玄仙には、孫空女、沙那といった剣がある。

 

「孫空女、暴れな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あいよ、ご主人様。伸びろ――」

 

 孫空女が無造作に歩き出しながら、右拳の中の『如意棒』を長くした。孫空女の右手に七尺(約二メートル)の『如意棒』が出現する。

 

「いくよ――」

 

 孫空女が不意に全力で駆けた。

 疾風のような孫空女の動きに、取り囲んでいた徒歩の兵の誰も反応できなかった。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、馬上の将校は叩きのめされて、もの凄い勢いで地面に転がり落ちた。

 死んではいないようだが、完全に気絶している。

 

 やっと兵が騒然となった。

 一斉に剣を抜く。

 しかし、孫空女はそれを待たずに、『如意棒』を振り回して兵を突き倒し、こっちに戻ってくる。

 そして、宝玄仙の前に再び戻った。

 

「やるんならやってもいいけど、それなりに覚悟しな。いまみたいに、手加減するのは、あたしは苦手なんだ。次に近づく者は、首が飛ぶと思っておきな」

 

 孫空女が叫ぶと、こっちを取り囲み直そうとしていた兵の脚がとまった。

 お互いに躊躇するように、顔を見合わせている。

 

「なにをしているの――。捕まえなさい」

 

 後方から馬上の女が叫んだ。

 気を失っている隊長らしき女将校の次級者なのだろう。

 まだ若い。

 経験のなさを威圧的な態度で補完しているような気配がある。

 もっとも、いまは、その若い女将校が金切り声でいくら叫んでも、なかなか前に出ようとする兵はいない。

 ただの一撃で、孫空女の腕が並でないことを女兵は悟っているのだ。

 

「こらっ――。お前、馬に乗って叫んだ女――」

 

 孫空女が大声をあげた。

 その馬上の女将校がぎょっとした表情になる。

 

「次はお前だよ。お前とあたしの間に、どれくらいの数の兵がいようとも関係ないよ。お前を馬から叩き落とす。次に命令を出したら、そうする。だから、兵に前に行けと命令してみな――」

 

 孫空女の言葉で、若い女将校の顔が真っ赤になった。

 しかし、命令を出すことができないでいる。

 

「やめよ――」

 

 突然にほかの場所から別の声がした。

 

「なにい?」

 

 若い女将校は、険しい表情で声の方向を向いたが、すぐにはっとした表情になった。

 宝玄仙もそっちに視線を向けた。

 そこには、ひとりの軍装をした女が立っていた。

 腰に剣を佩いている以外は、

 具足を身に着けていない。

 しかし、身に着けている軍章とかもし出す雰囲気は、彼女が軍人であり、しかも、高級将校であることを示していた。

 馬上の女将校もそれを感じたようだ。馬上でたじろいだ表情になっている。

 

「お前の名と、気絶している指揮官の名を言え」

 

 その女が言った。

 

「な、なんで、そんなことを言わなけりゃならないのよ?」

 

 若い女将校が返した。

 

「わたしが、今日、赴任してきたお前たちの上官だからだ。大元府軍の副長として赴任する金水蓮(きんすいれん)だ。名はすでに官報で承知しているだろう。噂のとおりに、大元府軍は腐っているようだな。軍がいつからか関賃を旅人から取りあげる小遣い稼ぎをしているとはな」

 

「そ、それは」

 

 女将校はびっくりしている。

 

「早く名を言え――。おい、倒れている将校を起こせ」

 

 金水蓮が、近くにいた兵に叫んだ。

 命令を受けた兵が慌てて、最初に孫空女が倒した女将校を引き起こす。

 次の瞬間、その女将校の首が宙を舞った。

 

「ひええっ――」

 

 首が飛んだ女隊長の身体を支えていた兵のふたりが悲鳴をあげて尻餅をついた。

 馬上の女将校も叫び声をあげた。

 そして、ほかの兵も騒ぎ始める。

 

「吠えるな――。いまのは、副指揮官として不良将校を処断したのだ。首を刎ねられた女将校は、不当に軍を動かして、旅の者から賄賂をとろうとした。その罪でこの金水蓮が処断した。司令官には、着任の挨拶の際に、わたしから報告する。お前たちは、このとおりのことを軍営に戻って、将軍に報告せよ。賄賂を要求するような不良将校が、新しい副長に処断されましたとな」

 

「わ、わたしはただ……」

 

 若い女隊長がうろたえた声を出した。

 

「もう、お前の名はいい。ほかの兵も罪は問わん。だが、顔は覚えた。次は容赦ないと思え――。わたしが着任した限り、これまでのようなだらけた軍ではいさせない。それなりの覚悟をせよ」

 

「わかりました――。前進準備――」

 

 若い女隊長が命じ、兵は首のなくなった指揮官を運ぶ担架を応急で作り、四人で抱えあげた。

 切断された首はその担架に乗せられて布がかけられた。

 兵たちが隊伍を整えて、城郭に向けて去っていく。

 

「見事な仕置きじゃないか、金水蓮とやら……。こんなに気合の入った軍の指揮は初めて見たよ」

 

 宝玄仙は言った。

 金水蓮が微笑みを浮かべた顔をこっちに向ける。

 

「この大元府一帯には、国境を越えた男たちの国と手を組んだ奴隷狩り団が猛威を振るっている。わたしは、それを鎮めるために派遣されたのだ」

 

 金水蓮は言った。

 

「そうかい。まあ、わたしらには関係ないが、頑張っておくれ」

 

 宝玄仙は孫空女を促して、立ち去ろうとした。

 その前に金水蓮が立ちはだかる。

 

「なんだい?」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 

「職務だから、手形だけは検めさせてもらっていいかい。この一帯に黒賊という奴隷狩り団がはびこっているのは本当のことなのさ。だが、なぜか軍の取り締まりの裏をかかれ続けてどうしても捕えられないのさ」

 

「んっ? それがどうかしたのかい?」

 

 孫空女が警戒するように、金水蓮を睨む。

 

「つまり、処断した将校の言葉は丸っきりのでたらめでもないとわたしは思うのさ。きっと、城郭軍の動きを見張っている手下が城郭の中にいるはずだ。もっとも、旅人なんかじゃなく、もっと疑われにくい城郭の住人になりすましている思うけどね。あるいは、軍の中かね……。だから、形式的な検分だ。手形をいいかい?」

 

「ああ、手形かい」

 

 孫空女はなんの躊躇もなく、雑嚢から手続きの終わった手形を金水蓮に渡した。

 手形は孫空女に持たせていたのだ。

 

「それにしても、凄まじい動きだった。あのまま放っておいたら、やられたのは、あの隊の方だったのは間違いない。着任前とはいえ、もう、わたしの軍だ。それが使いものにならなくされるのは避けたかった――」

 

「そりゃあ、どうも。あんたの剣筋も見事だったよ」

 

 孫空女が緊張を解くのがわかった。

 

「そこまでの武芸の持ち主であるあんたの名を教えてくれないかい。これでも、わたしも軍人であるけど、武術家の端くれのつもりなのさ。優れた腕の持ち主の名は知りたいのさ」

 

 金水蓮が何気無く言った。

 宝玄仙ははっとした。

 その瞬間、宝玄仙は自分の迂闊さに気がつかざるを得なかった。

 孫空女に、手形には偽名を使っていることについて、念押しを忘れていたのだ。

 

「あたしは孫空女だ」

 

 宝玄仙が口を挟む余裕もなかった。

 やっぱり、孫空女はなんの考えもなしに、名を金水蓮に教えた。金水蓮の眉がかすかに反応した。

 しまった……。

 宝玄仙は心の中で嘆息した。

 

「へえ、あんたは孫空女というのかい? それで、後ろの女主人さんは?」

 

 金水蓮は言った。

 もう、取り繕っても無駄だ。

 金水蓮が、名乗りと手形の名が一致しないことに気がついたのは明らかだ。

 宝玄仙は放っておくことに決めた。

 

「宝玄仙だよ」

 

 孫空女が応じる。

 

「この手形には、あんたは、宝玄仙の女奴隷ということになっているね。そんなに強いのに奴隷というのは本当かい?」

 

 金水蓮は孫空女に言った。

 その顔には、まだ微笑みを浮かべているが、もうその微笑みは本物ではない。

 だが、殺気のようなものは殺しているのだろう。

 そんなものを出したら、孫空女はすぐに反応するはずだからだ。

 

「奴隷? ああ、今回はそういうことになっているの? じゃあ、そうだよ。あたしはご主人様の奴隷に間違いないね」

 

 孫空女はあっけらかんと言った。

 宝玄仙は呆れた。

 孫空女には、相手を騙すとか、疑われないように嘘をつくとか、そういう発想はないのだろうか。

 

「じゃあ、本当は奴隷じゃないんだ? そうだよね。あんなに強い武芸者が、ただの奴隷ということはないよね。それにちっとも奴隷には見えないし。なにか理由があるんだろう?」

 

 金水蓮だ。

 

「いや、奴隷だよ。うん、うん、ねえ、ご主人様――」

 

 孫空女がこっちを見る。

 

「まあね……。それもただの奴隷じゃない。性奴隷だ。このわたしが、こいつの身体を弄んで遊ぶための道具だ。間違いないね」

 

 宝玄仙は首をすくめた。

 もう、どうにでもなれだ。孫空女のお陰で、金水蓮が自分たちを疑っているのは間違いないのだ。

 

「性奴隷? 本当に?」

 

 金水蓮が急に妖しい視線を浮かべてそう言った。

 宝玄仙は、金水蓮が性奴隷という言葉に反応したことに、少しだけ驚いた。

 どうやら、この女には、そういう性癖があるらしい。

 醸し出した気配は、明らかに宝玄仙の性癖と同質のもののような気がした。

 だが、すぐにそれは隠れ、金水蓮の顔は、また軍人のそれになる。

 

「宝玄仙に孫空女かい……。じゃあ、聞くけど、この手形に書かれている名がまるっきり別の名なのはなんでだい?」

 

 金水蓮が言った。

 孫空女の表情が、やっとはっとなる。

 そうなのだ。

 宝玄仙も孫空女に手形を手渡したときに、中身を見せたので、偽名で手続きをしたことを理解したものと思っていたが、考えてみれば孫空女はまったくの文盲だ。

 孫空女にとって、文字はまったくの模様にすぎないということを、宝玄仙もうっかり忘れていた。

 

「別の名? えっ――。ああ、そうか。そうだよ。別の名さ……。その、呼び名だよ、呼び名。通称というやつだよ。通称、宝玄仙と孫空女、そういうことさ」

 

 取り繕いの嘘を孫空女は言った。

 まあ、あれでも精一杯だろう。

 この女に嘘をつけと命じる方が無謀だ。宝玄仙は改めて思った。

 

「ああ、通称ね――。じゃあ、本名は?」

 

 金水蓮は何気ない口調で言う。

 

「本名……? さあ……? その手形に書いてあるんじゃないの……?」

 

 孫空女は困った口調で応じている。

 宝玄仙もこの後、どうなるのかだんだんと興味を覚えて口出ししない。

 

「書いてあるさ。だから、教えてくれてもいいだろう、通称の孫空女?」

 

「ほ、本名は、忘れたんだ。普段は、通称を使うから」

 

「自分の名前を忘れたのかい、孫空女――。そんなのあり得ないだろう?」

 

「あ、あり得るさ。あたしは馬鹿だからね」

 

 馬鹿なのは本当だろうさ――。

 宝玄仙は心の中で言う。

 

「じゃあ、ご主人様の本名は?」

 

「そ、そんなのご主人様に直接訊いてよ」

 

「でも、わたしは、あんたに聞きたいんだよ――。ところで、あんたをなんと呼べばいいのさ? 本名を忘れちゃったんだったら、呼びようがないじゃないか」

 

 金水蓮だ。

 これは、もう孫空女とのやり取りを愉しんでいる気配だ。

 

「孫空女だよ。通称でそう呼ばれていると言ったじゃないか」

 

「そうだったね。ああ、そうか、本名もこの手形を見ればいいのか……。ああ、ここに、“済美(さいび)”と書いてあるね。ほかにもふたりの名があるけど、赤毛という特徴と背丈なんかがあんたにぴったりだ。そうか、あんたの本名は、済美かい?」

 

 それは、手形に使った孫空女の偽名ではない。

 金水蓮は、咄嗟に思いついた適当な名を言っただけだ。

 これは、本当に孫空女をからかって遊んでいる。

 宝玄仙は、なぜかそんな金水蓮に親しみを感じかけていた。

 

「そうだよ、済美だよ。うん、思い出した、済美だ。あたしの本名は済美だ。これで、もういいだろう、金水蓮――? ほらっ、もう疑いは晴れたたろ」

 

 孫空女はほっとした表情になる。

 馬鹿じゃないかと思った。

 これまでのやり取りで疑いが晴れるということがあり得るわけがない。

 

 もっとも、孫空女も、金水蓮に疑われて根掘り葉掘り質問をされているということくらいは悟っているらしい。

 まあ、孫空女にしては上出来かもしれない。

 これが沙那なら、最初からうまく立ち回り、疑いなんて露ほども与えずに、逆に向こうのことを聞き出すくらいのこともする。

 朱姫の場合にしても、うっかり話し込んだりすると、相手が道術を持たない相手でも、いつの間にが『縛心術』をかけるということくらいはする。

 孫空女という人選が間違いだったか……。

 

「あっ、ご免――、読み間違った。済美というのは、栗毛の髪の女奴隷とある。赤毛の方の名は……“お猿さん”。そう書いてあるね。あんたの本名は、お猿さん――。それでいいんだね?」

 

「お猿さん? 本当にそう書いてあるの?」

 

 孫空女が怪訝な表情をする。

 もう、金水蓮は、はっきりとからかっているのだが、まだ、それに気がつかないようだ。

 もしかしたら、宝玄仙のことだから、“お猿さん”と本名を騙らせることくらいのことはやりかねないと考えたのかもしれない。

 

「書いてあるわけないだろう、馬鹿――。さあ、ふたりとも軍営に来てもらうよ。抵抗するなら、ここで抵抗できなくする。言っておくけど、あんな腑抜けた隊長とこのわたしを一緒にしないことだね。抵抗すると容赦しないよ」

 

 金水蓮は、手形を放り投げると、さっと飛び退がって剣を抜く。

 

「ふん、なんだよ、結局、やんのかよ」

 

 孫空女は身構えた。

 だが、すでに耳に隠した『如意棒』は出さないようだ。

 

「さっきのおかしな武器を出しなよ。それくらいは、待ってやるよ、孫空女――。そっちが本名なのはすぐにわかったよ」

 

 金水蓮が剣を構えたまま言った。

 

「だったらもったいぶって、からかってたんだね。あたしは、そういうことをされるのが一番腹立つんだ――。いいよ。遠慮しなくても、お前なんか左指一本で十分さ」

 

 孫空女は応じた。

 

「ほう、この金水蓮を相手に、武器なしでやろうと言うんだね。面白いよ。後ろの女の加勢はなしだよ。一対一でいこうや」

 

 金水蓮が言った。

 宝玄仙が道術遣いであることは言ってはいないし、さっきの偽の手形にも書かれてはいないが、なにか得体のしれないものを宝玄仙に感じてはいるのだろう。

 

「ご主人様、ここはあたしひとりで十分だよ。手出しはしないでよ」

 

 孫空女は言った。

 もっとも、手出しをしてくれと言われても、宝玄仙にはできることはなにもない。

 それにしても、この金水蓮という女将校……。

 

 なかなかきれいな顔立ちをしている。

 軍装を着ながらもその下の見事な肢体の線は、鍛えあげられながらも女としての美しさを少しも損なっていないのがわかる。

 

「金水蓮、いつでもきな。ただし、あたしが勝ったら、ご主人様とあたしを大人しく行かせると約束しな」

 

 孫空女が言った。

 

「いいとも……。じゃあ、わたしからも要求するよ。わたしが勝てば、お前たちを取り調べる前に、たっぷりとその身体を愉しませてもらうよ」

 

 金水蓮がにやりと笑った。

 

「なんだって、金水蓮?」

 

 声をあげたのは宝玄仙だ。

 

「……わたしが勝ったら、あんたらふたりをわたしの寝室に連れていく。そこでたっぷりと味見をさせてもらうと言ったのさ」

 

 金水蓮が笑った。

 自分が負けるとは露ほども思っていないらしい。

 罪人を取り調べる前に味見をしたいとは、こいつはこいつで、とんでもない将校だと思ったが、いずれにしても面白いことになってきた。

 

「承知したよ。孫空女がわたしの奴隷であることは本当だ。この宝玄仙が約束するよ。お前が勝てば、わたしと孫空女はお前に抱かれてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご、ご主人様――」

 

 孫空女が抗議の響きを込めた声をあげた。

 

「文句を言うんじゃないよ。勝てばいいんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ちっ――。まあいいや。とにかく、さっさと始めるよ」

 

 孫空女は構えた。

 金水蓮も構え、その表情が真面目なものに変わる。

 そして、いきなり構えていた剣を無造作に振った。

 予告のない不意急襲だ。

 しかし、孫空女は予想していたのか、構えを崩すことなく、

 剣先を紙一重で避ける。

 そのまま金水蓮の懐に飛び込み、金水蓮の脇腹に指を立てた拳を力一杯喰い込ませる。

 

「うぐっ」

 

 金水蓮の身体が孫空女の拳で浮きあがり、背中から倒れる。

 倒れる金水蓮の右手を孫空女の手刀が打つ。

 金水蓮の持っていた剣が宙に舞った。

 

「もう、おしまいかい?」

 

 地面に倒れている金水蓮に孫空女が間合いを詰める。

 孫空女の拳は、さらに急所を打つべく、もう構えられている。

 

「どうかね?」

 

 金水蓮の腕がさっと伸びた。

 なにかが跳んだ。

 鞭だ――。

 金水蓮の腰の後ろに束ねて隠していた革鞭が飛んだのだ。

 その鞭先が生き物のように孫空女の振りあげた拳に巻きついた。

 

「くっ」

 

 孫空女が一瞬、虚を突かれた表情になった。

 金水蓮が操る鞭が孫空女の腕に巻きつき、大きく引っ張られる。

 逆に、金水蓮は展張された鞭を利用して身体を起こす。

 ふたりの距離が再び縮まる。

 

「おおっと」

 

 今度は、孫空女の方が態勢を崩している。

 しかし、孫空女が鞭の巻かれた腕を金水蓮ごと振り回した。

 

「うわっ、なんだ――?」

 

 振り投げられるかたちの金水蓮は、身体を捻って態勢が崩れるのを防いだ。

 孫空女から鞭が離れた。

 

「それがお前の本当の得物かい」

 

 再び距離を保って向かい合ったとき、孫空女が言った。

 

「たっぷりとわたしの鞭で踊ってもらうよ、孫空女」

 

 金水蓮の鞭が孫空女の脚元を狙って飛ぶ。

 孫空女が跳躍して避ける。

 鞭先が生き物のように方向を変えて孫空女を追う。

 孫空女の脚に鞭先が当たる。

 

「ちっ」

 

 孫空女がぐらりと崩れる。

 もう鞭は一度戻り、次の一撃を開始している。

 孫空女の脚にさらに一撃――。

 

「んぐっ」

 

 大きな音が孫空女の太腿から発生する。

 孫空女の下袴(かこ)がひと筋避けて、そこから血が滲んで、肌が露出した。

 

「ほら、こっちだよ」

 

 今度は右肩だ。

 孫空女の右肩の服が飛んだ。

 

「ひぎっ」

 

 孫空女が苦痛の声をあげる。

 だが、そのときには、腰の横――。

 そして、また右脛――。

 鞭先が動くたびに孫空女の衣服が切り裂かれている。

 

「くそう、ちょこまかと、面倒な鞭だよ」

 

 次々に距離を保ったまま縦横無尽に空気を裂く鞭に、孫空女が翻弄されている。

 

「ほらほら、もっと踊りな――。わたしの鞭で素っ裸にしてやるよ」

 

 金水蓮が愉しそうな声をあげた。

 

「うっとうしいねえ」

 

 孫空女が飛んでくる鞭先を右手で掴んだ。

 

「そ、そんな、わたしの鞭を手で……」

 

 金水蓮が狼狽えた声をあげたときには、動きのなくなった鞭沿いに金水蓮の懐に孫空女が詰めている。

 

「くらえっ」

 

「ぶほっ」

 

 再び孫空女の指を立てた拳が金水蓮の身体に喰い込んだ。

 今度は腹だ。

 凄まじい衝撃だったのだろう。

 金水蓮が体液のようなものを吐きながら、その場に跪いた。

 

「ほら、わたしの左指は強かったろう、金水蓮?」

 

 孫空女が膝で立っている金水蓮の眉間に左親指を置いた。

 あのまま力を入れれば、勝負は終わりだ。

 金水蓮は、意識を失い、その場に倒れるだろう。

 

「ひゃああ――」

 

 孫空女が金水蓮にとどめを刺そうとした瞬間、今度はその孫空女が金水蓮の前にしゃがみ込んだ。

 金水蓮が呆気にとられている。

 

「ご、ご主人様、や、やめてえ――」

 

 孫空女が両手で股間を押さえてうずくまった。

 

「な、なに、これ?」

 

 金水蓮がびっくりしている。

 もちろん、孫空女が突然嬌声をあげたのは、宝玄仙によるものだ。

 孫空女が勝とうとした瞬間に、宝玄仙の道術が孫空女に加わり、孫空女の全身の性感帯に同時に強烈な刺激を加えたのだ。

 

「ひゃうううんん――」

 

 孫空女が自分の身体を抱いたまま、激しく身体を震わせた。

 達したのだ。

 金水蓮は唖然として孫空女を眺めている。

 

「どうしたんだい、孫空女?」

 

 金水蓮が眼の前で声をあげて倒れた孫空女の身体に手を振れた。

 

「さ、触ったら、だめえええ」

 

 金水蓮が孫空女を抱き起こそうと触れた途端、孫空女は再び一気に快感を爆発させてしまった。

 道術により急激に性感帯を呼び起こされた副作用だ。

 一瞬だけ、孫空女の全身は性感帯の塊りのような状態になっていた。

 そのときに金水蓮が孫空女の身体に触ったため、孫空女はその刺激でまた達してしまったのだ。

 

「お前の勝ちさ、金水蓮――。わたしと孫空女はお前に抱かれてやるよ」

 

 宝玄仙は笑いながら言った。

 事態の把握できない金水蓮は、納得のいかない表情で呆然として、孫空女と宝玄仙を交互に視線を向け続けていた。



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198 行きずりの百合愛

「ご主人様、ひどいよ──。どう考えても、あたしの勝ちだったのに」

 

 孫空女は大人しく服を脱ぎながら、準備された脱衣箱に次々に衣類を入れていく。

 宝玄仙は返事をしない。ただ、笑うだけだ。宝玄仙もまた、与えられた脱衣箱に服を脱いでいる。あっという間に宝玄仙の美しい肢体が露わになった。

 その頃には、すでに孫空女も全裸だ。

 

「わかっているよ。あんたの勝ちだよ、孫空女──。ちゃんと認めるよ」

 

 金水蓮(きんすいれん)だ。金水蓮も服を脱いでいるが、腰の下着だけは身に着けている。

 ここは、大元府の城郭内にある軍営付近にあてがわれた上級将校用の住居だ。

 孫空女は、宝玄仙とともに再び城郭に戻り、金水蓮という新任の副長という上級将校の住居にやってきたのだ。

 

 金水蓮は、この大元府(だいげんふ)の城郭軍の司令官に次ぐ指揮権をもった副長として大元府にやってきたそうだ。

 本来であれば、それくらいの上級将校ともなれば、従者となる兵を従えて、しかも家人を率いて赴任するのが普通らしい。

 それがただひとりで、供も連れずに、しかも徒歩でやってきた。

 その途中で城郭の将校が兵を連れて、一介の旅人から賄賂を要求するところを目撃して、その場で処断した。

 つまりは、軍人としては、かなり果断であり、さらに随分と型破りの女のようだ。

 

 金水蓮とともに城郭に戻った宝玄仙と孫空女は、軍営近くの料理屋で時間を潰した。

 その間、金水蓮は軍営に行き、異動の完了の報告とともに、将校をひとり処断したことについて、軍司令官に報告してきたようだ。

 三刻(約三時間)ほど待った頃、金水蓮は軍営から出てきた。

 住居を整えるためと、旅の疲れをいやすために数日の休暇をもらったようである。

 

 そして、そのまま、副長にあてがわれたという住居に、宝玄仙と孫空女を伴って入った。

 住居は、高級将校が家人を従えて生活するための手広なものであり、出入り口となる門には、従兵が起居する小屋もあって、すでにそこには三人ほどの女の兵が侍っていた。

 金水蓮は、その女兵たちに、金水蓮であることをだけを告げ、案内は不要であり、指示があるまで屋敷に入ってこないことだけを命じて、そのまま、宝玄仙と孫空女を屋敷に連れ込んだ。

 屋敷の中は、きちんと清掃されて家具や調度品も整えられていたが、さすがにがらんとしている。

 そのがらんとした屋敷を探索し、寝室らしき場所を見つけて、三人で服を脱ぎ始めたところだ。

 

 服を脱ぐ目的は、これから三人で性愛の行為を始めるためである。

 賄賂を要求した将校を処断したものの、宝玄仙と孫空女が只者でないことについて、金水蓮は確信をしたようだ。

 金水蓮がこの城郭に派遣されたのは、この女人国の南の国境付近ではびこっている黒賊(くろぞく)と呼ばれる奴隷狩り団の撲滅のためであり、黒賊は近隣の農村や小さな町を襲っては、若く綺麗な女を浚い、国境を越えた南側に奴隷として売り飛ばしているらしい。

 しかし、大規模な誘拐団にも関わらず、いまだに討伐どころか全容も解明されていない。

 金水蓮は、それについて、賊の手下が城郭の中、もしかしたら、軍兵の中に紛れ込んでいて、軍の動きについて賊に情報を洩らしているのではないかと睨んでいたようだ。

 そういう疑念もあったため、旅人とはいえ、偽名を使って城郭にやってきた宝玄仙と孫空女たちを調べようとしたようだ。

 

 もっとも、金水蓮も、本当に宝玄仙と孫空女を黒賊の一味として怪しんだというわけではなさそうだ。

 まあ、嘘の書類を持っているのは確かだし、一応話を聞いてみようと思っただけのようだ。

 腹がたつが、金水蓮の物言いによれば、孫空女が賊徒の間者だとすれば、あまりにも間抜けすぎるという。

 

 とにかく、話の成り行きで、孫空女と金水蓮は一騎打ちをすることになり、孫空女が勝ったら無罪放免とし、金水蓮が勝ったら大人しく取り調べを受けるだけではなく、宝玄仙と孫空女の身体を味見することを承知するという賭けになった。

 金水蓮とすれば、孫空女に負けるとは思っていなかったようだし、どうせ、黒賊の一味ではないとわかっているふたりの取り調べはどうでもいいことだから、どちらかといえば、「味見」の方に興味があったらしい。

 

 女人国の女は、女同士の性愛には解放的だ。

 愛情や快楽のためだけではなく、友好の印として、性愛をすることは珍しくない。

 金水蓮もまた、そんな女人国の慣習に染まって生きている女であり、大元府の軍の一隊をたったひとりで圧倒した孫空女の武辺に興味を抱いたらしい。

 女人国の女にとって、人間に興味を抱くというのは、身体に興味を持つというのと同じでもある。

 

 もっとも、何ごとにも例外はあるようだ。

 少し前に宝玄仙が手を出そうとした、なんとかという薬師はまったく性愛には初心であり、女同士で愛し合うという経験は皆無に等しかった。

 色々あって騒動になり、宝玄仙がその初心(うぶ)な薬師を調教しようとした。

 まあ、宝玄仙にその薬師が捕らわれるのは、なんとか防いだものの、その代償も大きかった。

 そういえば、女人国を出て、さらに異国に向かうとは口にしていたが、元気にしているといいのだが……。

 

 まあ、いずれにしても、宝玄仙にさまざまな恥辱や快楽で責められるのは、三人の供の日常のことであり、宝玄仙が抱かれろと命令するのであれば、金水蓮という見知らぬ女に裸身を晒すのも仕方がない。

 これもすべて、宝玄仙という変態巫女の供になることを応じた者の義務のようなものだろう。

 

 金水蓮は、腰の下着の上から腰の前後で留めて股間に履く革帯を装着しようとしている。

 これは女人国の女が、お互いに責め合うときに使う一般的な性具であり、ちょうど股間の部分に男根を模した革の張形がついている。

 こういうものを使って、「男役」の女が、受け側の女を満足させるのだ。

 その張形のついた革帯は、素肌にもつけられるし、下着の上からもつけられる。一応、勝ったということになっている金水蓮は、いまは下着の上から装着しようとしていた。

 女人国の女が性に解放的というのは有名なことのようだが、それは特に、この南で顕著のようだ。

 孫空女も、城郭の商家の軒先に、いろいろな性具が堂々と並べられていたことには驚いた。

 それも女人国ならではだろう。

 女用の性具など、ほかの国であれば大通りに面した店先には並ぶことなどあり得ない。

 

「……いや、そういえば、本当はあんたが勝ったんだから、あんたが責め役をすべきなのかな、孫空女? わたしはいつも責め役だから、うっかりと性具を巻いちゃったけど、やっぱり、孫空女が“立ち”で、わたしが“受け”になるべきだよね──」

 

 金水蓮が一度装着した性具を外すような仕草をした。

 

「い、いいよ……。わたしはそんなもの」

 

 孫空女は慌てて言った。

 

「金水蓮、遠慮しなくていいよ。こいつに“立ち”は無理だよ。一度やらせたけど、あっという間に、“立ち”のくせに、“受け”になっちまって、呆れたものだったよ。こいつに“立ち”をさせても、どう動いていいかわからないさ」

 

 宝玄仙は言った。

 “立ち”とは責め役で、“受け”とは責められ役のことらしい。

 宝玄仙も女同士の性愛のときには、そんな言葉を使う。

 

 その宝玄仙は寝台の横に見物するかたちで椅子を持ち出して、もう、座り込んでいる。

 最初は、金水蓮と孫空女──。

 宝玄仙は、その後で金水蓮を抱き合うということになっているのだ。

 

「じゃあ、いくよ、孫空女」

 

 金水蓮が孫空女の裸身を導き、寝台の上に誘った。

 

「あっ」

 

 寝台に押し倒された孫空女は、思わず声をあげた。

 上から身体を合わせた金水蓮に、孫空女の脚と脚の間に金水蓮の両脚が置かれるのを許してしまったのだ。

 これでは、孫空女の脚は大きく開くしかなく、しかも抵抗がしにくい。

 孫空女は、最初の態勢だけで、かなり追い詰められた状態になってしまったことに気づいた。

 もちろん、金水蓮も狙っていたのだろう。

 孫空女の戸惑いの表情に、にやりという微笑みで返してくる。

 

「金水蓮、孫空女を抱いて、驚くんじゃないよ」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「驚くってなにさ、宝玄仙さん?」

 

 金水蓮が宝玄仙を見た。

 

「孫空女に触れてみればわかるよ」

 

 宝玄仙がくすくすと笑う。

 嫌な感じだ。

 金水蓮が唇を使って孫空女の耳の周り、そして、両手で背中を愛撫しはじめる。

 

「ああ……」

 

 金水蓮の与える刺激のために、全身に昇ってきた快感に孫空女は身体を震わせる。

 じわじわとした快楽ではない。激しい官能の波が一気に孫空女の身体を襲ったのだ。

 泣きたくなるような熱い波だ。

 金水蓮が愛撫しているのは、顔の周りであり、ただの背中だ。

 それだけの刺激のはずなのに、孫空女の身体はもう火がついたように燃えあがっている。

 それもほんの少しの時間だけのことにすぎないのにだ……。

 

 どうして、こんなにも自分は快楽に弱いのだろう。

 これも宝玄仙から受けた調教の日々と孫空女が全身に帯びている霊気の副作用のためのようだ。

 快楽に対して果てしなく弱い身体──。

 それが孫空女だ。

 

「もう切羽詰って来たのかい、孫空女。相変わらずの淫乱ぶりじゃないか」

 

 宝玄仙の声だが、その宝玄仙に恥辱的な言葉をぶつけられた途端、股間がどっと淫液で濡れるのがわかった。

 孫空女を抱いているのは金水蓮だが、宝玄仙の言葉が投げられることによって、なんだか宝玄仙に抱かれているような錯覚を感じる。

 そう考えたら、また、身体が熱くなる。

 

「わたしも混ぜてもらっていいだろう、金水蓮?」

 

 宝玄仙が立ちあがったようだ。

 

「いいよ、宝玄仙さん」

 

 金水蓮が場所を開けるような仕草をしたが、宝玄仙がそれを制した。

 そして、孫空女の頭側に移動し、胡坐をかいた脚の上に、孫空女の頭を載せた。

 そして、孫空女の両耳に指を入れて回し始めた。

 

「ひゃあ──くすぐったいよ、ご主人様」

 

 孫空女は思わず身体を捻って避けた。

 しかし、それが宝玄仙には気に入らなかったようだ。

 

「おや、抵抗するのかい?」

 

 冷たい笑みが、孫空女が見上げる宝玄仙の顔に浮かんだ。

 

「うわっ」

 

 体側の腕が脚の方向に引っぱられる。逆に足首が腕の方向に引きつけられる。

 

「な、なに──?」

 

 孫空女は戸惑った。

 しかし、なにが起きているかすぐにわかった。

 孫空女の手首と足首には、『緊箍具(きんこぐ)』という赤い腕輪と足環がある。

 四肢の手首と足首とさらに首輪と合わせて、真っ赤でひと揃いの色とかたちなので、まるで装飾具のようだが、れっきとした嗜虐のための拘束具である。

 つまり、この『緊箍具』は、宝玄仙の道術ひとつで、いつでもどこでも、好きな組み合わせでお互いに密着するのだ。

 いま、孫空女の右手首と右足首、左手首と左足首が引き合っている。

 金水蓮に抱かれようとしている孫空女を拘束しようとしているのだ。

 

「ご、ご主人様──」

 

 孫空女は抗議しようとしたが、すでに道術は『緊箍具』に注がれてしまっている。

 孫空女は、性具を付けて孫空女に載っている金水蓮と、足の下に孫空女の頭を抱えている宝玄仙の間で、左右の脚をがばりと開いてそれぞれの足首を手首とくっつけられた状態で固定されてしまった。

 これはさすがに恥ずかしい。

 

「どうにでもしてちょうだいっていう格好だろ、孫空女」

 

「こ、こんなの酷いよ、ご主人様」

 

「お前はそれがお似合いだよ、孫空女。性奴隷の分際で、一人前に普通に抱かれようなんざ、十年早いんだよ──。さあ、金水蓮、いくらでもなぶっていやっていいよ。たっぷりと仕込んでやっておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「これは驚いたね。こういう仕掛けだったのかい──。それにしても、孫空女が奴隷というのは本当のこと?」

 

 金水蓮が宝玄仙に言った。

 

「孫空女に訊いてみればいいだろう、金水蓮」

 

「そうなのかい、孫空女?」

 

 金水蓮は、今度は孫空女に訊ねた。

 

「そ、そうだよ。あたしは、ご主人様の性奴隷だよ」

 

 みっともなく股を拡げた格好で、孫空女は仕方なくやけくそで答えた。

 すると金水蓮が驚いた表情をした。

 

「へえ……」

 

 一度、身体を離していたかたちだった金水蓮が再び、孫空女に自分と自分の肌を密着させた。

 金水蓮の滑らかな肌が、孫空女の肌に触れる。

 ひんやりとして気持ちいい。

 金水蓮の肌が冷たいというよりは、孫空女の身体が熱くなりすぎているのだろう。

 

「あひいっ──」

 

 孫空女は悲鳴をあげて身体を震わせた。

 金水蓮が片手を伸ばして、横に拡がっている孫空女の内腿の内側をすっと撫ぜたのだ。

 まだ、性器には遠い部分だが、身動きできなくされている状態がそうさせているのか、もともと、どこをどう触られても感じすぎるのか、とにかく、そのひと撫でで、孫空女の女陰といい、肛門といい、全身のすべての敏感な場所がぼっと燃えあがる。

 

「ひい──ひっ──ひんっ──」

 

 金水蓮が同じ場所を指で撫ぜる。

 孫空女は繰り返し悲鳴をあげた。

 

「こ、これは……凄いね……」

 

 金水蓮がごくりと唾を飲みこんだ音がした。

 

「驚いたろう、金水蓮。このわたしが二年もかけて調教した性奴隷だよ、こいつは。身体中が敏感になりすぎて、ほんの少し愛撫を受ければ、たちまちに淫乱な雌になりさがる最高級品の玩具さ。しかも、鍛えてあるから、五回や十回連続でいったくらいじゃあ、潰れはしないよ。さあ、遠慮なく、抱き潰しておくれ」

 

 宝玄仙がそう言いながら、孫空女の両耳をくすぐってきた。

 

「う、うわあっ──そ、それはやだっ」

 

 左右からの耳への刺激に孫空女は、顔を背けることができずに悲鳴をあげた。

 しかも、金水蓮は、無遠慮に孫空女の左右の腿に繰り返し刺激を加えてくる。

 だが、『緊箍具』に左右の手首を足首に密着されている孫空女には、ふたりの愛撫を避ける手段がない。

 ただ、ふたりの与える刺激を受け入れるだけだ。

 

「あ、ああ──ああ……お、お願いだよ……も、もう、いやだよう……」

 

 耳のくすぐったさで、愛撫に構えることをできなくされるため、脚に愛撫を加えられると、もうどうしていいかわからない。

 どんどんと股間が疼きはじめる。

 自分でももうどろどろに女陰が濡れているのがわかる。

 

「可愛いねえ、孫空女。それによがってるあんたは素敵だよ。もっと、その声を聞かせてよ。感じている顔を見せてよ」

 

 金水蓮が酔ったような口調で言った。

 駄目だ。追い詰められる──。

 まだ、本格的に責めているわけではないだろうが、孫空女はすでに切羽詰った状態になっている。

 

「ああ、ひい……も、もう──」

 

 だんだんと金水蓮の手は内腿でも局部に近い部分に迫っている。強まる刺激を逃がしたくても、宝玄仙が耳を両側からいじくっているので、左右に顔を振ることもできない。

 押し寄せる──。

 淫らな大波がやってくる。

 

「あひいいっ──」

 

 もう、限界に達している孫空女は声をあげた。

 

「い、いくよ──いかせてぇ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「駄目だよ、まだまだ、お預けだよ」

 

 金水蓮がにやりと笑って、愛撫の手を緩める。

 刺激の場所を股間の付け根の官能の頂点から離れた場所に移動して、ぎりぎりに隣接する場所を繰り返し責める愛撫に変えた。

 それでも、孫空女には十分な刺激だった。

 

「い、いくっ──」

 

 孫空女は大きく身体を仰け反らせた。

 やってきた官能の嵐についに耐えきれずに、絶頂をしてしまったのだ。

 やっと、宝玄仙が両耳からすっと指を離してくれた。

 

「えっ?」

 

 金水蓮が呆気にとられた声が耳に入ってきた。

 

「そんな……じっくりと焦らし責めにしようと思っていたのに──」

 

「ほら、こいつを抱けば驚くとわたしが言った意味がわかったかい、金水蓮」

 

 宝玄仙が言う。

 馬鹿にされたような言い方がなにか悔しい……。

 

「ほ、本当だね。驚いたよ。なんて敏感な身体なんだい。それにいき顔も可愛いし……。本当にあんたが好きになってきたよ、孫空女」

 

 眼を開けると金水蓮が嬉しそうな表情で微笑んでいた。

 その金水蓮の唇が孫空女の口に近づく。

 唇が合わさると、金水蓮の舌が猛烈な勢いで孫空女の口の中に侵入してきた。

 

「んふっ」

 

 息がとまるような激しい舌による口の中への愛撫だ。

 金水蓮がむさぼるように孫空女の唾液にまみれた孫空女の舌をすすり、そして、こねまわす。口と口の間から漏れ出る孫空女と金水蓮の唾液がつっと顎を伝って首に落ちる。

 舌のすべてが舐められ、口のあらゆる場所を金水蓮の舌が動きまわる。身体が熱くなる。口の中で受けている刺激が全身に伝染する。

 肉芽が……。

 胸が……。

 子宮が燃える……。

 お尻も……。

 

「はああ……」

 

 金水蓮の唇が離れたとき、思わず吐息をついた。

 あまりにも激しい口づけで頭がぼうっとなる感じだったのだ。

 

「可愛いねえ……。あんなに凄い戦士なのに、愛し合うために身体を合わせるときには、こんなに可憐だなんて卑怯だよ……」

 

 金水蓮が微笑んだ。

 

「ひ、卑怯って……。な、なんだよ……」

 

 孫空女だって好きでやられっぱなしなわけじゃない。

 大股開きで拘束されてしまえば、されるがままになるしかないじゃないか……。

 

「あんたが大好きになってきたってことさ、孫空女」

 

 金水蓮が、次は孫空女の乳首に自分の乳首を擦り合わせてきた。

 

「んんっ」

 

 金水蓮の乳首が孫空女の乳首を弾いた。

 甘美な痺れがそこから迸る。

 

「ああっ、いやだあ」

 

 孫空女は、思わず身体を捻った。

 しかし、金水蓮の乳首が追ってくる。

 また弾かれる。

 

「ひんっ」

 

 声が出てしまう。

 

「ほら、逃げるんじゃないよ、孫空女」

 

 宝玄仙がそう言って。腕を伸ばして孫空女の乳房を両側から挟んだ。

 そして、こねまわされる。

 逃げ場を失った孫空女の乳首が右に左に、そして、上下に激しく弾かれる。

 

「ああ……ああん──」

 

 口から甘ったらしい声が出る。

 自分の声じゃないような声だが、間違いなく欲情している自分の声だ。

 

「はん……はあ──ああ……」

 

 孫空女の嬌声に応じるように金水蓮も切なそうな声をあげ始めた。

 眼を開けると金水蓮の眉間に快感の縦皺が寄っている。

 金水蓮は自分から乳首を刺激しているだけだが、孫空女はその乳首と乳首が擦り合される刺激に加えて、宝玄仙の胸揉みが加わっている。

 宝玄仙の吸いつくような手がねっとりと孫空女の胸を揉みあげる。

 そこに、金水蓮の乳首が孫空女の乳首を目がけて襲っている。

 

「はあああんん──」

 

 孫空女はどうしようもなくなって、また軽くいってしまった。

 全身を快感の嵐が駆け巡る。

 

「ほらね、金水蓮──。どうしようもなく敏感な身体だろう?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「そ、そうだね──。いやらしすぎるよ……。まだ、なんにもしていないのにね。太腿を触って、乳首を責めただけじゃないか、孫空女」

 

 金水蓮が酔ったような声で言った。

 ふたりに笑われているようで、なにか悔しい。

 孫空女は、なにか言い返してやろうとした。

 

「ひゃああ──」

 

 しかし、それはできなかった。二度も達しながらも、まだ触って貰えずに、ずっと疼き続けていた股間に金水蓮の膝が押しつけられたのだ。

 そして、その膝がぐりぐりと孫空女の肉芽と女陰の入口を乱暴に圧迫する。

 繊細な刺激ではないが、いまの孫空女にはそれで十分だった。

 いや、その激しさこそ、孫空女の待ち望んでいたものかもしれない。

 大雑把で鈍い快感が股間に拡がる。もどかしいような、それで狂おしい感覚が股間に滲む。

 

「はあ……ああ──あひっ──。は、激しいよ……、き、金水蓮……ひいっ──」

 

「もっと名前を呼んでおくれ、孫空女──。あ、あんたがわたしの名を呼ぶと、それだけであたしの子宮は弾けそうさ」

 

 再び金水蓮が乳首で乳首を擦り付ける。

 金水蓮の乳首が孫空女の乳首を擦るたびに、背中に衝撃が走る。

 その衝撃が圧迫を続けられている股間に響く。

 股間の響きが、乳首をさらに敏感にする……。

 

「んん」

 

 金水蓮の舌がまた口の中に入ってきた。

 口の中に金水蓮の舌が這い回る。

 宝玄仙の乳房を揉まれ、乳首を金水蓮の乳首で弾かれ、膝で股間を揉まれる。

 完全無防備の孫空女の全身の性感帯にいろいろな刺激が加えられる。

 また、追い詰められる……。

 

 孫空女は身体を震わせた。

 そこに、さらに金水蓮の両手が孫空女の脇から身体の横を通って脇腹と腰の横をくすぐるように触っていった。

 それが繰り返される。

 

 もう駄目……。

 二度も達した孫空女の身体は、信じられないくらいに鋭敏になっている。孫空女は三度目の昇天に向かっていっていた──。

 

「金水蓮──」

 

 不意に宝玄仙の嗜めるような声がした。

 その声を合図にするかのように、金水蓮がすっと離れた。

 

「な、なに?」

 

 すべての愛撫を取り上げられて、束の間、孫空女は呆然とする。

 

「お前のことはわかっているよ。また、いきそうだったんだろう、孫空女。ちょっとは我慢しな」

 

 宝玄仙が揶揄するように言った。孫空女は歯噛みした。

 

「いかせるのも自在……いかせないのも自在……。いき顔も、それに耐えている顔も本当に可愛いね。わたしは、あんたの虜になりそうさ、孫空女」

 

 金水蓮が言った。

 

「可愛い、可愛いって、いい加減にしろよ──」

 

 孫空女は抗議の声をあげた。

 これまでの人生で可愛いなどと言われたことなどほとんどない。

 幼い頃から腕っぷしが強く、大の男が大勢かかっても倒せない孫空女を可愛いなどと表現する者はいなかった。

 

 いや、いたか……?

 独角兕(どっかくじ)

 あの間抜けな色情狂の魔王──。

 そいつが、やたらに連発していたか……。

 

「だって、可愛いじゃないか」

 

 金水蓮がぐいと膝で孫空女の女陰を押した。

 

「ひ、ひいん──」

 

 孫空女は身体を弾かせた。

 

「ほらね、可愛いよ、孫空女」

 

 金水蓮がすっと膝を離す。

 

「ま、待って」

 

 思わず叫んだ。口に出してしまって、しまったと思った。顔が赤くなる。

 宝玄仙と金水蓮が同時に爆笑した。

 

 悔しい──。

 孫空女は顔を横に向けた。

 

「わ、笑って悪かったよ、孫空女──。勘弁な。膝をあげるから」

 

 金水蓮がぐいぐいいとまた膝で女陰を圧迫する。

 気持ちいい──。

 孫空女の思考を吹き飛ばす快感が衝き起こされる。

 

「ほら、孫空女、自分から腰を動かして、金水蓮から快感をもらうんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 その言葉に操られるかのように、孫空女は腰を自分で動かした。

 

「わ、わかったよ……。あっ、あああっ」

 

 快感が弾けた。

 腰を動かすことで快感が倍、いや、十倍にもなる。一気に絶頂がやってきそうだ。

 

「あんなに強い戦士のあんたが、こんな風に浅ましい腰の使い方をするのかい、孫空女?」

 

 金水蓮が言った。

 

「お、お願いだよ──。そ、そんなことを言わないでよ──あ、あひいっ──ひい──」

 

 孫空女は叫んだ。

 もうなにを言われても腰を動かすのを止められない。もうすぐだ──。

 三度目にして、最大の絶頂がそこまできている。

 快感が全身を支配する。宝玄仙がよく言う“雌の本能”だ。

 

 雌の本能そのものが、孫空女を支配する。

 もっと気持ちよくなりたい。宝玄仙の馬鹿にしたような言葉も、金水蓮のからかいもどうでもよくなっている。

 あるのは、全身を満たす官能の大波と金水蓮の膝──。

 来る──。

 昇天する。

 

「い、いくっ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「おっと、危ない」

 

 金水蓮が慌てたように膝を離した。

 

「な、なんでだよ──」

 

「なんでじゃないよ、孫空女。わたしがなんのために、こんなものを付けていると思っているんだよ。お願いだから、膝なんかで達しないでおくれよ」

 

 金水蓮が腰につけている革の張形を孫空女の顔の前に示した。

 

「あっ……」

 

 張形の先端が孫空女の眼の前に突きつけられたとき、なにか圧倒するものを感じて、思わず孫空女は声を出してしまった。

 

「そろそろ、本格的に行こうよ、孫空女──。でも、その前に、これを舐めな。この金水蓮に奉仕するんだよ、孫空女」

 

 金水蓮がさらに張形を孫空女の顔に近づけた。

 張形が孫空女の口の先までやってきた。

 

 大した躊躇はなかった。

 孫空女は大きく口を開けた。

 そこに金水蓮の股間に装着された張形が入ってきた。

 

 舐める──。

 眼を開けた。

 下着に包まれた金水蓮の股間がそこにあった。

 革の細帯で締めつけた金水蓮の下着が愛液がぐっしょりと染みているのがわかった。



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199 女同士の求婚

「いくよ、孫空女、覚悟はいいかい?」

 

 金水蓮(きんすいれん)が言った。

 

「も、もう、どうにでもして……」

 

 舌が痺れるほど、張形を舐めさせられた孫空女は、多少の苛立ちを込めてそう言った。

 相変わらず、宝玄仙の道術により、右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれ『緊箍具(きんこぐ)』で接続されて、大股開きにさせられている。

 言葉のとおり、本当に、もうどうにでもしてという格好だ。

 心境も同じだ。

 

「遠慮なく抱き潰しておくれ、金水蓮」

 

 宝玄仙が言った。

 宝玄仙は、いまは寝台から降りて、再び寝台の横の椅子に裸で脚を組んで座っている。

 金水蓮の股間に装着された張形が、孫空女の無毛の女陰にあてがわれる。

 

「じゃあ、いくよ、孫空女──。わたしの責めはちょっとばかり乱暴かもしれないよ」

 

 金水蓮の顔に酷薄な笑みが浮かぶ。

 孫空女は嫌な予感がした。

 なにか言おうとしたが、次の瞬間、ずんといきなり勢いよく、孫空女の女陰に張形が打ちこまれた。

 

「んふおあああっ──」

 

 孫空女は身体を仰け反らせて叫んだ。

 巨大な快感が孫空女の全身で弾ける。

 いきなり始まった激しい交合に孫空女は、身体を限界まで仰け反らせた。

 動こうとした孫空女の身体を金水蓮の強い力が阻む。

 

「こ、こんな──」

 

 孫空女は怯えた。

 何度か達した軽い絶頂で、孫空女の身体はこれ以上ないというくらいに高まっていたようだ。

 たった一撃で孫空女の中の防波堤はすべて吹き飛んだ。

 あとは、ただ、いかされるだけの人形に成り下がるだけだ。

 これまでに宝玄仙から教え込まれた調教の記憶で、もう自分の身体がどうなったかを悟ってしまった。

 

 もう、あっという間に絶頂するのだろう。

 ものの数瞬──。

 そして、それが繰り返す──。

 孫空女は、これから始まる絶頂地獄の予感に身体を震わせた。

 

「ま、待って……、金水蓮……」

 

「どうしたのさ、孫空女? どこか痛いかい?」

 

 金水蓮はそう言いながらも腰を大きく振っている。

 口調は優しいくせに、腰の動きは荒々しさそのものだ。

 

「も……もっと優しく……」

 

 怖い──。

 怖いのだ。

 このままではすぐにいかされる。

 そして、歯止めが利かなくなる。

 

「贅沢言うんじゃないよ、奴隷のくせに」

 

 横で見ている宝玄仙が叱咤した。

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃない、孫空女──。金水蓮、もっと激しくやってやりな」

 

「ああ、任せておくれ」

 

 性交というよりは、腰の張形を使った孫空女への打擲だ。

 まるで大槌で杭を打ち込むかのように、もの凄い力と速さで孫空女の女陰に張形が叩きこまれる。

 それが繰り返す。

 

「ひゃあ、ひゃん、ひゃあ、ひゃあ──は、弾ける──弾け……飛ぶ──飛ぶ──ひゃああ──」

 

 孫空女は激しく喘いだ。

 金水蓮の渾身の力が、孫空女の子宮にぶつかる。

 

 ぶつかり──、当たる。

 打つ。

 打つ──。

 打つ──。

 すごい──。

 息が止まる──。

 考えることのできない激しい突き──。

 

「い、いくうっ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 真っ白なものが孫空女の頭で弾けた。

 全身ががくがくと震えて、拘束されている身体を弓なりにする。

 そして、その白い光が孫空女を包む……。呆気なく絶頂した。

 

「まだまだだよ、孫空女──。まだ、始まったばかりだよ」

 

 しかし、ずんという衝撃で、飛びかけていた意識が戻る。

 また、突かれる──。

 すぐに次の絶頂が……。

 

「駄目……また、いく……ああっ……あ、あ、ああっ──いくよ──」

 

 全身ががくんがくんと揺れた。今度も深い絶頂だ。

 しかし、脱力する暇もない。

 痙攣が続いている身体に、金水蓮の腰の張形が容赦なく叩きつけられる。

 

「ひぎいっ──ちょ、ちょっと待って──。ちょっとで……いいから──」

 

 孫空女は心の底から叫んだ。

 さすがにこれは堪らない。

 深い絶頂で身体が脱力状態になりかけているところに、激しく女陰を擦られて、またいくのだ。

 息をする暇さえない。

 

「ああ……こ、壊れる……。き、金水蓮──、ま、また、くる──。ほう──ほわっ──」

 

 突きつけられる衝撃と衝撃の間の束の間の時間を探して、懸命に空気を探す。

 しかし、それが吸えないうちに、また、激しい波がやってくる。

 

 絶頂──。

 溺れる。

 快楽の洪水だ。

 孫空女は、官能の大波に沈み、水面を探すかのようにもがき続ける。

 しかし、次々に被さる波にどうしても上にあがれない。

 

 助けて……。

 また、絶頂──。

 

「いぎい──そ、そんなに──」

 

 もう自分でもなにを言っているかわからない。

 孫空女は拘束された全身を仰け反らせて、ただ喚いた。

 

 息が……。

 息がもたない……。

 

「すごいよ、宝玄仙さん──。孫空女の身体──。敏感すぎて、可愛すぎるよ。五、六回突くだけで……がくがくと……次々に……気をやり続ける……女なんて、初めて接したよ」

 

 金水蓮が孫空女に女陰を叩きつけながら叫んだ。

 

「ああ……わたしのお気に入りさ」

 

 宝玄仙の声──。

 

「ほら、孫空女、もっとよがるんだよ。もっと速度あげるよ」

 

 金水蓮が言った。

 

「そ、そんな──」

 

 全身が壊れたかのように跳ねる。

 骨が砕けるような衝撃の連鎖だ。

 孫空女は唯一動く顔を左右に振りたてて、悲鳴を迸らせた。

 

「ああっ……だ、だめ──。こ、壊れる……」

 

 だんだんと金水蓮の声も顔もわからなくなる。

 すべてはぼんやりとしたもやの中に埋没していく……。

 

「また、いぐううう──」

 

 孫空女はまた叫んで、全身を揺すった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を張られた。

 かなりの痛みだ。

 一瞬、気を失っていたらしい。

 

 眼を開ける。

 頬を張ったのは金水蓮のようだ。

 ただ、金水蓮の顔には、残酷なものはない。

優しげな微笑がそこにあるだけだ。

 

「お、お願い……だよ……。も、もう……や、めて……」

 

 孫空女はやっとのこと言った。

 

「さすがは、孫空女だよ……。これだけ耐え続けるなんて凄いよ」

 

 金水蓮はそう言いながら、寝台の横の椅子に戻った。

 そして、酒と肉を口にしながら、孫空女と宝玄仙の性交を眺める態勢に戻った。

 明るい時間にはじまった性愛は、すっかりと外が夜になっても続いていた。

 いまが、どのくらいの時間で、孫空女が責められ始めてからどのくらいの時間が過ぎたのか孫空女には見当もつかない。

 

 最初に金水蓮に張形で女陰を突かれまくり、狂ったように連続絶頂したあと、休む時間を与えられずに、責め手は宝玄仙に代わった。

 始める前は、孫空女の次には、宝玄仙と金水蓮の組み合わせでも、愛し合うようなことを言っていたが、結局、責められるのは孫空女ひとりであり、しかも、ふたりがかりで責められている。

 

 金水蓮の後は、今度は宝玄仙がいつもの道術で股間に生やした怒張で孫空女の尻孔を犯して、孫空女はいき狂った。

 

 そして、十回ほど絶頂させられると、また、金水蓮と交代し、金水蓮が疲れると、宝玄仙に交代する……。

 孫空女ひとりだけが、食事抜きで犯され続ける。

 

 それを数刻続けられ、もう、なにがなんだかわからなくなった。

 どのくらい絶頂したのか……。

 二十や三十じゃきかない。

 

 最初に金水蓮に犯されたときにされていた『緊箍具』による拘束はもうない。

 ただ、手も足も全身が鉛にでもなったかのように動かない。

 ただ、されるがままにされるだけだ。

 

 そうやって、ふたりがかりで犯され続けている間に、金水蓮が屋敷の外の詰所にいる女兵に命じて、照明用の油と食料を準備させたようだ。

 金水蓮は、女兵は屋敷には入れずに、ものを玄関から受け取ると、自分でこの部屋に照明を入れ、酒と肉を部屋に運んできたのだ。

 そう宝玄仙に説明していた。

 

 金水蓮が準備した飲み物と食べ物は部屋の隅にある卓の上にある。

 しかし、それを口にするのは金水蓮と宝玄仙だけだ。

 孫空女はずっと犯され続けている。

 

 金水蓮が孫空女を責めている間に宝玄仙が食事をし、宝玄仙が責めている間に金水蓮が食べるという具合にやっているのだ。

 その間、孫空女はただの少しも休ませてもらえない。

 

 犯し続けられて、孫空女が意識を失いかけると、身体を抱きしめられて、あちこちを触られる愛撫に変え、孫空女がほんの少し体力が回復するのを待つ。

 休息といえば、それが休息だが、連続絶頂で息も絶え絶えになった呼吸を元に戻すことを許されるだけで、快感が休ませてもらえるわけじゃない。

 身体中を触られまくって、どんどん敏感さが増すばかりにされるのだ。

 

 孫空女の息が少し戻れば、また、孫空女の女陰か尻に張形か怒張が突き挿されて、また犯される。

 それが果てしなく繰り返されている。

 

 いまは、宝玄仙に背中側から抱かれて、全身をくすぐるように愛撫をされている。

 その間、意識を孫空女が落としかけたので、金水蓮が近づいて、孫空女の頬を張ったのだ。

 

「ちょっと、交代しておくれ、金水蓮。わたしも、もう少し、腹にものを入れるよ」

 

 宝玄仙が言って、孫空女から離れた。

 

「ああ」

 

 金水蓮が立ちあがって、寝台にあがってくる。

 

「お、お願いだよ……」

 

 孫空女も寝台から降りようとするが、簡単に金水蓮に押し倒される。

 普通なら、簡単に跳ね除けられる金水蓮程度の力が、いまの孫空女には逆らうことのできない圧倒的な力に思える。

 もう、完全に力が入らない。

 かろうじて、意識を保っているだけの状態だ。

 

 この一日で、もう何十回の絶頂をしたのか……。

 一回いくごとに、孫空女の身体は敏感になっていく。もともと感じやすい孫空女の全身は、いまや敏感な性感帯の塊りのようになっている。

 

 女陰や尻を犯されるどころか、脇やわき腹に爪を立てられるだけでいきそうになるのだ。

 金水蓮や宝玄仙に肌のどこかを擦られるだけで、絶叫して肌に粟を立ててしまう。

 ちょんと乳首や、ましてや肉芽などに触られようものなら、それこそ、それだけで達しそうになる。

 

 宝玄仙と出遭うまでは、こんな身体じゃなかった。宝玄仙に覚え込まされた快感が、ここまでの淫乱な身体を作ってしまったのだ。

 もちろん、女同士の性愛など知らなかった。

 男は知っていた。

 しかし、男を受け入れるときは、男が射精すればそれで終わりだ。

 孫空女が達するとか、達しないとか関係ない。

 性愛とはそういうものだと思っていたし、それほど気持ちがいいという思いもなかった。

 

 だが、宝玄仙が教えてくれた性愛は、孫空女が知っていたものとまったく違うものだった。

 果てしなく深い絶頂──。

 一度どころか、永遠に続くのかと思うような連続のいき狂い──。

 女同士のときには、男と愛し合うときとは違うのだ。

 

 女と女の性愛には、終わりがない。

 まさに体力が尽きるまで続く。

 いまもそうだ。

 ふたりが何度孫空女を犯したかはわからない。

 これが男だったら、そう射精はできないから、とっくに終わっている。

 しかし、孫空女を犯しているのは、ただの張形であり、道術で作った男とは違う女の肉棒だ。射精のない性交に終わりはない。

 ふたりが飽きるまで続くだけだ。

 

「また、これでいこうか」

 

 金水蓮が革の張形を腰に嵌めて言った。

 一回目のときには、下着の上から装着していたが、いまは生身の股間に直接嵌めている。

 装着帯の隙間からは、金水蓮の淫液がびっしょりと滲み出ている。

 金水蓮もまた、孫空女を犯しながら、その興奮に酔っているのだということがわかる。

 

「ま……まって、あ、あたしが奉仕する……」

 

 孫空女はやっとのこと言った。

 これ以上、犯されたくない。

 それこそ、手足がばらばらになる。

 奉仕をすれば、その間、少しは身体を休ませることができる。

 

「いいから、いいから……わたしは、あんたを抱きたいのさ。可愛い、可愛い、孫空女をね」

 

 金水蓮の唇が、押し倒しされた孫空女の唇に重なる。

 口の中を責めたてる激しい舌の愛撫だ。

 舌先で口の中を舐め回されて、股間からどっと愛液が溢れた。

 

 いく……。

 懸命にもがいて、口を振りほどく。

 

 もう、駄目だ──。

 休まないと死んでしまう……。

 

「どこいくんだい、孫空女?」

 

 金水蓮が笑って言った。

 どうでもいい……。

 逃げるのだ……。

 

 なんとか腕をすり抜けて、寝台から降りる。

 しかし、そのまま転げ落ちてしまった。

 

 腰が立たない。

 足も動かない。

 全身の筋肉という筋肉から力が抜けている。

 立てない──。

 孫空女は愕然とした。

 

「なんで、床に寝てるんだい、孫空女?」

 

 孫空女を追って寝台から降りた金水蓮が笑って言った。

 寝ているんじゃない。

 倒れているんだが状態は同じだ。

 

「こいつは、乱暴に床で犯されるのが好きなのさ」

 

 宝玄仙が笑いながら口を出す。

 

「ち、違う──」

 

 孫空女は抗議の声をあげた。

 しかし、金水蓮の腕が孫空女の身体を裏返しにして、臀部を両手で持った。

 まさか……。

 

「さっきから、宝玄仙さんが、あんたの尻を犯すのを見て、女陰とは比べものにならないくらいに悶えるのがわかったからね。前よりも後ろの孔が好物みたいじゃないか。だったら、わたしもやらせておくれよ、孫空女」

 

 金水蓮が言った。

 

「や、やめてよお──」

 

 孫空女は思わず言った。

 だが、尻が金水蓮に向かって引っ張られる。

 全身が弛緩して抵抗できない。

 孫空女の肛門に革の張形の先端が触った。

 

「ひいっ──」

 

 孫空女は懸命にすがるものを探した。

 だが、なにもない。床に爪を立てる。

 ぐりぐりと肛門に張形が突き挿さる。

 

「あ、あがが──、あがあ……」

 

 腰の中でなにかが炸裂する。

 意識が飛ぶ。

 快感だけが残る。

 すべてが消える……。

 

「ほら、もっと泣くんだよ、孫空女」

 

 激しい肛門への突きで、意識が覚醒する。

 ずんずんと突かれる。

 意識が飛んでは戻り、戻っては飛ばされる。

 

「し、死ぬ……」

 

 肛門への荒々しい凌辱が続く。

 また意識が飛んだ。

 身体が跳ねあがる。

 自分の意識とは関係ない。

 勝手に身体が反応するのだ。

 動くことのできない孫空女の身体は、金水蓮の責めで激しく動き回る。

 

「はぐううっ──。い、いくっ──」

 

 あっという間に達した。

 もちろん、それで終わらない。

 もう次の絶頂がやってきている。

 

「い、いく──」

 

 また叫ぶ。

 

「何度もでもいきな、孫空女。何度でもね──」

 

 金水蓮が酔ったように叫んだ。

 

「はぎっ──」

 

 叫びながら孫空女はまた達した。

 そして、三度目──。

 

 四度目──。

 

 五度目──。

 

 六度──。

 

 さらに、次──。

 壊れる──。

 いや、壊れている。

 

 解放して──。

 

 解放……。

 

 もう、叫ぶこともできない。

 連続で達した数もわからなくなり、金水蓮に犯されているということも知覚できなくなったとき、急に、孫空女を支えていた金水蓮の力が失われた。

 やっと解放されたのだと思った。

 孫空女の臀部から金水蓮が離れたのだ。

 金水蓮が手を離すと、するずると身体が床に落ちていった。

 孫空女は、そのままの状態で床に突っ伏した。

 

「はあ……はあ……はっ……はあ」

 

 呼吸を求めて、孫空女の口は大きく開けられていた。

 孫空女の身体で動いているのはそこだけだ。

 その孫空女の身体の下に金水蓮の足が入れられた。

 仰向けにひっくり返される。

 

「な、なに?」

 

 孫空女が虚ろな眼を開けると、もう、金水蓮が眼の前に覆い被さろうとしていた。

 

「もちろん、お愉しみの時間さ」

 

 金水蓮の指が孫空女の乳首を弾いた。

 

「あふっ──もう、駄目だよ……駄目──」

 

 孫空女は本当に恐怖した。

 頭はまだ霧がかかったかのようにはっきりしない。

 それだけじゃない。

 金水蓮の身体が霞んでいる。

 

「んふうううう」

 

 張形が女陰に突き挿さった。

 孫空女は泣きながら悲鳴をあげた。

 かろうじて覚えているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 完全に床で気を失っている孫空女に、金水蓮はそっと薄い毛布をかけた。

 孫空女は裸身を丸めて、まるで猫が眠るかのように寝息を立てている。

 本当に可愛らしい寝顔だ。

 これが、あの無敵の女戦士なのだ。

 それがひとたび裸身を抱かれれば、何度もいき続ける可愛らしい女に変わる……。

 その違いに、金水蓮の心は孫空女になにもかも奪われてしまっていた。

 

「どうだった、孫空女は?」

 

 宝玄仙が盃に注いだ酒を飲みながら言った。

 

「最高さ……」

 

 金水蓮は言った。

 本当に心からそう思った。

 こんな相手は二度とは現れないだろう。

 孫空女と離れてはならない──。

 金水蓮の直感がそう告げていた。

 

「ねえ、宝玄仙さん」

 

 金水蓮は、腰の性具を外してから宝玄仙に向き直った。

 宝玄仙は素裸だ。金水蓮も同じである。

 

「なんだい?」

 

「孫空女を身請けさせて欲しい」

 

 金水蓮は言った。

 

「身請け?」

 

 宝玄仙が驚いている。

 

「そうだ、身請けだ。孫空女は、あんたの奴隷なんだろう? だから、身請けに必要な値を付けてくれ。わたしは、上級将校としてかなりの報酬を軍から受けているが、自分のために使わないから、かなりの蓄えになっている。これまで使うつもりないものだったけど、すべてを出してもいい。孫空女と一緒になれるなら……」

 

「一緒になるというのはどういうことだい? こいつをお前の奴隷にするということかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 まるで金水蓮の申し出を愉しんでいるかのようだ。

 もちろん、これだけの女性だ。

 あの武力にして、寝台の上におけるこれだけの可憐さと淫乱さ……。

 最高級の存在だ。

 そう簡単に手放すつもりはないかもしれない。

 

 だが、なんとしても手に入れたい。

 この孫空女を──。

 

「奴隷になんかするものか。妻にしたい」

 

 金水蓮は言った。

 

「妻?」

 

 宝玄仙の顔から一瞬だけ、笑みが消えて驚愕の色が浮かんだ。

 そして、まだ微笑みに戻る。

 

「そうだ、妻だ。わたしは、孫空女を妻に迎えたい……。いや、一緒になってくれるなら、わたしが妻でもいい。わたしは軍人だから、女人国の法により、他人の妻になることは許されず、夫でなければならない。でも、孫空女がどうしても、自分が夫になるということを望むのであれば、わたしが妻になる。とにかく、わたしは一緒になれればいいのだ」

 

「こいつを妻にねえ……」

 

 宝玄仙が微笑みながら嘆息した。

 

「値をつけてくれ……あるいは、条件でもいい。どんなものであっても、わたしが可能なことなら提供する」

 

 金水蓮は言った。

 宝玄仙が大切にしている奴隷だ。宝玄仙はなにを代償に求めるのだろう。

 

「女と女が夫婦というのはおかしなものだね。女人国の中では普通のことなのだとは思うけど、やっぱりわたしは、異邦人だからね。不思議な感じがするよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わたしたちの習慣だ。生涯の友好を誓い合った者は夫婦の契りをするのだ。夫と妻として……。それは、異国の習慣と同じでは?」

 

「いまだって、ふたりで乳繰り合ったじゃないか。なにが不満なんだい? 抱きたきゃ、叩き起こして抱けばいいじゃないか──。遠慮なく続けな」

 

「孫空女を永遠に手に入れたい。一度だけじゃない。ずっと一緒にいたいんだ。そのための契りだ」

 

「さっき、会ったばかりの女だよ。もう少し、抱いてみたらどうだい?」

 

「もう十分に抱いた。これほどの相手はいない──。お願いだから、値をつけてくれ」

 

 金水蓮は言った。

 どうやっても手に入れる。

 もう覚悟は決まっている。

 この孫空女と二度と離れるつもりはない。

 

「こいつは、物じゃないんだよ、金水蓮」

 

「それはわかっている。だけど、奴隷だろう、あんたの? あんたもそう言ったし、孫空女もそう言った」

 

「ああ、だけど、あいつは、わたしの奴隷なんだよ。お前のじゃない……。そして、こいつは自分で奴隷と言っているんだ。この意味がわかるかい、金水蓮」

 

 宝玄仙がじっと金水蓮に視線を向けた。

 

「なるほど──」

 

 金水蓮にも宝玄仙の言っている意味がわかった。

 奴隷であろうとも、孫空女は自分の意思をもって宝玄仙に仕えている。

 そう言いたいのだろう。

 宝玄仙が承知して、金水蓮に渡す──。

 そういうものではないと……。

 

「──だったら、孫空女に正式に申し込む。もしも、彼女が承知したら、わたしに欲しい。これでいいかい?」

 

 金水蓮は言った。

 この気持ちに偽りはない。

 本気の気持ちだ。

 

「そんなにこいつを手に入れたいのかい?」

 

「もちろんだよ」

 

 金水蓮は断言した。

 足の下で眠っている孫空女を見た。

 可愛らしい寝顔だ。

 金水蓮を遥かに上回る武術の腕であれば、金水蓮の対等の伴侶として申し分ないし、あれ程に金水蓮の快楽をぶつけられる者も、受け入れてくれる者もいない。まさに最高の相手だ。

 

「いいだろう……。条件を付けるよ、金水蓮」

 

 しばらく考えていた様子だった宝玄仙が言った。

 

「幾らだい?」

 

 金水蓮は言った。

 

「財と交換じゃないよ。条件って言ったろう」

 

「なんだい?」

 

 地位だろうか。それとも爵位だろうか……。

 軍人である金水蓮には、動かせる文官としての官職には限りがある。

 逆に軍人としての地位ならある程度は自由になる。

 要求が爵位だったら、金水蓮に使える伝手は限られる。

 宝玄仙の要求するものが手に入るだろうか……。

 

「賭けをしようじゃないか、金水蓮」

 

「賭け?」

 

 意外な言葉に金水蓮は戸惑った。

 

「ああ、賭けだ。お前とわたしと、性愛の勝負をしようじゃないか。対等の条件でね。それで、相手の手管に落ちた側が負けだ。わたしが負けたら、孫空女はくれてやるよ」

 

「承知した」

 

 金水蓮は即答した。

 性交に関する手管の戦いなら、まず負けるとは思わない。

 この宝玄仙がどれだけのものかはわからないが、なんとしても勝ってみせる。

 

「おやおや、お前が負けた場合の条件を聞かなくていいのかい、金水蓮?」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「負けるつもりはないからね。孫空女は絶対に妻にしてみせるよ。だから、負けた場合の条件はどうでもいいんだ。すべての財を賭けるよ。あるいは、命を寄越せと言われてもいい。歓んでくれてやる」

 

 金水蓮は言った。

 

「お前の命なんかどうでもいいさ──。だけど、お前が負けたら、この宝玄仙の調教を受けるんだ」

 

 そう言って宝玄仙はにやりと笑った。



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200 賭けの代償

 沙那と朱姫は、指定された城郭の居酒屋で荷を持って待っていた。

 ちょっと高級感のある居酒屋で、椅子ではなく座敷のような場所で座って酒や食事 をとるかたちの場所だ。

 隣の席とは衝立で仕切られていて、距離も少し離れている。

 それで、ある程度の個室性が保たれるようになっている。

 

 もっとも、衝立があるだけだから会話は聞こえる。

 座れば身を隠せるというだけのことだ。

 まだ、午後になったばかりの時間だというのに、もうかなりの酔客で溢れていた。

 それなりの格式のようだ。

 なんとなく、沙那や朱姫にとっては、場違いな場所のような気持ちになった。

 

 しかし、宝玄仙からの伝言にあった“金水蓮(きんすいれん)”という名を出すと、品のいい女中が愛想よく、沙那と朱姫を最奥の席のひとつに案内した。

 とりあえずちょっとした食事と果実水を注文する。

 

「それにしても、ご主人様と孫姉さんは、昨夜はどこに泊ったんでしょうね?」

 

 朱姫が言った。

 

「さあ……?」

 

 沙那もそう答えるしかない。

 そもそも、この居酒屋に入るために使った“金水蓮”というのはどういう存在だろう?

 

 昨日の夜、ついに宝玄仙と孫空女は、宿に戻って来なかった。

 孫空女がついているのだから、滅多なことは起こらないとは思ったが、城郭に国境越えの手続きを行っただけのふたりが、なかなか戻ってこないとなると、やはり心配になる。

 以前もあのふたりの組み合わせで、智淵城(ちふちじょう)に捕らわれたこともあるのだ。

 探しに行くべきか、待っているべきか迷っていると、最初の伝言が宝玄仙から届いた。

 

 伝言を持ってきたのは、ひとりの女性兵であり、それにも沙那は驚いた。

 その女性兵に事情を訊くと、宝玄仙と孫空女は、金水蓮というこの城郭軍の副長の客となり、その屋敷にいるらしい。

 どういう経緯でそうなったかについては、その女性兵は知らなかった。

 彼女も首を傾げているくらいだ。

 

 しかし、事情を訊く限り、意気投合した様子で屋敷にやってきたということのようだったので、心配のほとんどは消えた。

 その女性兵が持ってきたのは簡単な手紙だった。

 今日はその上級将校の屋敷に宿泊するという趣旨の言葉が書いてあり、ほかには伝言はなかった。

 

 二度目の伝言が届いたのは、そのまま夜がすぎた今朝のことだ。

 やはり、昨日やってきた女性兵が、沙那と朱姫の泊る宿屋にやってきて、手紙を残していった。

 女性兵によれば、宝玄仙と孫空女は、やはり、そのまま金水蓮という将校の屋敷で一夜をすごしたらしい。

 

 手紙には、沙那と朱姫に、城郭までやってきて指定の居酒屋で待つようにという指示があり、店の名と金水蓮の名で席が取ってある旨のことが書かれていた。

 それで、ここにやってきたのだ。

 指示の時刻は、午後の始まりから三刻(約三時間)をすぎた時刻であったので、まだ一刻(約一時間)ほどの時間がある。

 宝玄仙たちは、まだいないようだった。

 

「……まあ、もっとも、なにをしているかは予想がつくけどね、朱姫」

 

 沙那は、宝玄仙の指示で運んできた葛籠に視線を送りながら言った。

 宝玄仙の指示は、この居酒屋で待つようにというもののほかに、宝玄仙の荷の中から指定された葛籠(つづら)を持って来いというものもあった。

 

「この中身って、あたしたちには、あまり見せないけど、あれですよね……」

 

「そうね。あれね、朱姫」

 

 沙那は応じた。

 そして、嘆息する。

 どうせ、また面倒なことをやり出したに違いない。

 宝玄仙が持ってくるように指示をしてきた葛籠には、沙那たちには開けられないように宝玄仙は、『道術錠』をかけている。

 だが、その中身を沙那は知っていた。もちろん、朱姫も知っているし、孫空女も知っているだろう。

 その中身は、おびただしい数の性具だ。沙那たちを苛むありとあらゆる霊具が入っている。つまりは、宝玄仙の調教道具一式だ。

 

 なんで、こんなものを持ってくるように指示をしてきたかの細部の状況は不明だが、おおよその見当はつく。

 なにかの新しい愉しみを宝玄仙は見つけたに違いない。

 宝玄仙の愉しみといえば、嗜虐に決まっている。

 つまりは、宝玄仙は、この城郭で新しい嗜虐の獲物か、嗜虐の材料を見つけたということだ。

 

 特にすることもなく、朱姫とふたりで簡単なものを腹に入れながら待っていた。

 宝玄仙がやってきたのは、沙那たちが到着して一刻(約一時間)後だった。

 ほぼ、宝玄仙が手紙で指示をしてきた時刻ぴったりだ。

 

 宝玄仙と孫空女のほかに、軍服を着た女がいる。

 歳は三十くらいだろうか。

 美人だが風格があり、軍人らしい威厳もある。

 この国の軍章には国都で接する機会があったから沙那にもわかる。

 その女軍人が装着している軍章は、準将軍級のもののはずだ。

 女中の案内により、三人は連れだってこっちにやってくる。

 

 孫空女、その高級軍人、宝玄仙の順だ。

 高級軍人は、彼女が金水蓮なのだろう。どことなく顔が赤い。

 孫空女はなにか清々した表情をしている。

 宝玄仙は愉悦に浸りきった表情だ。

 ふたりに挟まれている金水蓮だけが暗い表情をしている。

 

 沙那の頭に、直感的に金水蓮はなにか淫靡な悪戯をされているに違いないと思った。

 沙那にも経験はあるからだ。

 それに、あの宝玄仙の表情は、彼女が嗜虐に酔っているときのものだ。

 どうやら宝玄仙の嗜虐の相手は、あの金水蓮のようだ。

 それにしても、相手は準将軍級の高級軍人ではないか。宝玄仙も面倒な相手を見つけてきたものだ。

 

「沙那──、朱姫──」

 

 孫空女がこっちを見て手を振った。

 こっちも手を振り返す。

 三人が座敷の前に着いた。

 

 座敷に上がる前に履物を脱ぐ形式の場所だ。

 宝玄仙と金水蓮が並んで上り框に座り、履物を脱ぐ態勢になった。

 驚いたことに、孫空女が金水蓮と思われる軍人の前にしゃがみ込み、まるで従者のように軍靴を脱がしている。

 高級軍人の女は、ただ、されるがままだ。

 それに対して、宝玄仙は自分で履物を脱いでいる。

 おかしな感じだ。

 

 いつもなら、孫空女は宝玄仙の世話をするだろう。

 もうひとりが、貴族であろうと将軍であろうと、孫空女には関係はない。

 そんな貴賓を気にする孫空女ではないのだ。まるで、孫空女が金水蓮の従者のようだ。

 考えてみれば、準将軍級の軍人であるのに、軍人としての従者を連れていない。

 沙那と朱姫は、居住まいを正して三人を迎えた。

 

 宝玄仙は躊躇いなく一番の上座に腰を降ろした。

 その横に金水蓮。沙那たちは、孫空女を含めて、その宝玄仙と金水蓮に向かい合うように座った。

 

「こいつは、金水蓮だよ。この城郭軍の新任の副長だそうだ」

 

 やっぱり、彼女が金水蓮なのだ。

 それにしても、副長というのは驚いた。

 事実上のこの城郭総軍を直接指揮する立場の女性だ。

 かなりの権力を握っている女性といっていい。

 そんな高級軍人と、なぜ、宝玄仙が知り合ったのか……。

 

「金水蓮よ」

 

 金水蓮が小さく頭を下げた。

 やっぱり、顔が少し上気している。

 よく見れば、額にはかなりの脂汗が浮かんでいる。

 絶対になにかを宝玄仙にさせられている。

 

 沙那は少し不安になってきた。

 宝玄仙の悪戯は見境がない。

 こんな権力者を自分の嗜虐趣味の対象にしたりして、後で面倒なことにならなければいいのだが。

 

「こいつらは、沙那と朱姫だ、金水蓮。孫空女とともに、このわたしの旅の供にしている奴隷だ。性奴隷だよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あの……、よろしくお願いします、金水蓮さん」

 

 いきなり、性奴隷というような紹介をした宝玄仙に少したじろぎを覚えながら沙那は言った。

 

「朱姫です」

 

 朱姫もまた、戸惑った表情をしている。

 その時、数名の女中が料理と飲み物を運んできた。

 卓の上に、所狭しと料理や飲み物、それから菓子や果実などが並んでいく。

 

「遠慮しなくてもいいよ、こいつの奢りだ。ねえ、金水蓮?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「うっ」

 

 金水蓮がなにかを言おうとしたときに、急に小さな声をあげて、身体を震わせた。

 なにかに耐えるような表情だ。

 

 咄嗟に、淫靡な悪戯だと思った。

 宝玄仙が金水蓮の身体になにかをしているに違いない。

 あれは、望まない官能を与えられたときに、苦痛と淫情の表情だ。

 しかし、眼の前には、まだ数名の女中たちが卓の支度をしている。

 そこで、宝玄仙は金水蓮を苛んでいるのだ。

 

「ほ、宝玄仙さん……。こ、ここでは……」

 

 金水蓮が苦しそうに言った。

 

「賭けに負けたお前が、なにか言う権利があると思っているのかい、金水蓮?」

 

 宝玄仙がにやついている。

 賭けとはなんだろう。

 金水蓮はしばらくのあいだ、歯を食い縛ってなにかに耐える表情をしていた。

 やがて、女中たちが卓の準備を終えると、宝玄仙が、給仕はいらないから声をかけるまで近づくなと、女中たちを追い払った。

 

 それと同時に、金水蓮は、急に脱力したようにぐったりとなるとともに、ほっとした表情になった。

 宝玄仙の責めが中断されたのに違いない。

 

「ご主人様……あ、あのう、金水蓮様は、どうして……?」

 

 朱姫だ。朱姫もまた、金水蓮の不自然さに気がついたのだろう。

 

「金水蓮に訊いてみな」

 

 宝玄仙がにやにやしたまま言った。

 

「わ、わたしに説明させるのかい、宝玄仙さん?」

 

 金水蓮が抗議をするような表情をした。

 すると、宝玄仙がかすかに手元を動かした気がした。

 

「あっ……。くっ……つ、強いよ……。わ、わかったから……。説明……ああっ……する……から……」

 

 金水蓮は身悶えしながら言った。

 

「早く、説明するんだよ。さっさと言い終わらないと、振動を強くするよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「し、『振動片』という布を張られている……」

 

「『振動片』──」

 

 沙那は思わず声をあげてしまった。

 『振動片』というのは、薄い小さな一寸四方の四角い布で、身体の敏感な部分を包み込み、道術ひとつで好きなように振動させることができるという霊具だ。

 霊具の性具としては一般的なものだ。

 

「くっ──。も、もうやめて……」

 

 金水蓮が小さな悲鳴をあげて、卓に突っ伏した。

 かなりの刺激を受けているようだが、懸命に口から声が漏れるのを耐えている感じだ。

 

「やめて欲しければ、ちゃんと説明するんだよ。どこと、どこに『振動片』を付けられているんだい、金水蓮?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ち、乳首……と……に、肉芽──はあっ……」

 

 最後の嘆息は、おそらく振動がとめられてほっとしたときの声だ。

 しかし、さっきから見ていると、宝玄仙は金水蓮に与える『振動片』の刺激を動かしてはとめ、とめては動かしというようにやっているようだ。

 

 沙那の経験だと、あれは苦しい。

 どんどん官能が蓄積されて、爆発しそうになる。

 それを繰り返されると、思考力が失われ、自分が自分でなくなる淫乱な雌になってしまうのだ。

 金水蓮も、ここまで来るまでにかなりその洗礼を受け続けているのだろう。

 もう、溜まった快感で呆けたような表情をしている。

 

「ご主人様、説明してもらえますか?」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、わかっているよ、沙那。ただし、この五人で固めの杯をしてからね」

 

 宝玄仙はそう言うと、卓の上を見回し、小さなお猪口をとった。

 

「盃って、あたしらは飲めないよ、ご主人様」

 

 孫空女だ。

 

「ねえ、孫空女、この状況はどういうことなの?」

 

 沙那は隣の孫空女に言った。

 

「う、うん、あのね……」

 

「話は後だよ、お前たち。固めの盃と言ったろう。ただし、宝玄仙流のね──。まずは、わたしから見本を見せるよ」

 

 宝玄仙は、お猪口を床に置くと、周囲を見回して、自分が衝立の影に隠れているのを確認してから、驚いたことに両手を下袍(かほう)の下に入れた。

 そして、腰を浮かして足先から下着を外した。

 沙那は眼を見開いた。

 

「ほら、しまっておいておくれ、朱姫」

 

 宝玄仙がその下着を卓越しに、朱姫に放り投げた。

 朱姫が慌てて、それを空中で受け取り、さっと丸めて隠した。

 そして、宝玄仙は、今度はお猪口を手に取るとそれを手で持って、下袍の下に入れた。さらに、もう一方の手も下袍の下に差し入れて、動かし始める。

 

 沙那は驚愕した。

 宝玄仙は、いまここで自慰をしているのだ。宝玄仙の美しい顔がすぐに真っ赤になり、鼻孔が膨らんだ。

 やがて、喘ぎ声に近いように小さな呼吸音が起こり、すぐに、身体を縮めるような仕草をしてぶるぶると震えた。

 

 両手を下袍から出す。

 お猪口の中には、粘性の白濁液が少しだけ溜まっている。

 宝玄仙の愛液だ。

 

 沙那は唾を飲んだ。

 ほかの者も驚愕の表情で黙って宝玄仙のやったことを見ていた。

 宝玄仙は、自分の淫液の入ったお猪口を卓の上に置くと、右手を朱姫にぐいと伸ばした。

 二本の指にべっとりと宝玄仙の愛液がついている。

 

「きれいにしな、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい、ご主人様」

 

 朱姫が慌てて、口を伸ばし、宝玄仙の汚れた指を舐める。

 

「終わりました……」

 

 口できれいにした後で、朱姫は自分の服の袖で舐めることで宝玄仙の指についた自分の唾液を拭いた。

 

「……ほら、やり方はわかったろう? このお猪口に順番にお前たち四人の淫液を入れな。それが終わったら、混ぜ合わせて、五人で分けて、それを飲むんだ。それが、宝玄仙流の固めの杯さ」

 

 宝玄仙は笑った。

 沙那は呆れた。

 なんという悪趣味な行為だろう。

 だが、宝玄仙自ら、こんな場所で自慰をやってみせたのだ。

 沙那たち供ができませんで済ませられるわけがない。

 

 沙那は諦めた。

 朱姫も孫空女も同じ表情だ。

 ふたりとも小さく嘆息した。

 

 金水蓮だけが、信じられないというように眼を大きく開けて驚いている。

 まあ、金水蓮の反応が常人の反応だろう。

 宝玄仙の思いつきの悪戯には、時々ついていけないと思うことがある。

 

「最初は朱姫だ。お前も下袍だから簡単だろう。このお猪口に、お前の淫液を足しな」

 

 宝玄仙が朱姫に、さっきのお猪口を渡した。

 朱姫は黙ってそれを受け取り、すぐに自慰を始める支度を始めた。

 

「どこから、話せばいいかね……。わたしと孫空女がこいつと会ったのは、昨日の昼間さ。手形の手続きが終わって、お前たちの待つ宿屋に戻る途中でね……」

 

 朱姫が自慰をしているのを余所目に、宝玄仙がこれまでの成り行きを語り出した。

 つまりは、宝玄仙と孫空女は、役所からの宿屋に向かう帰路で、賄賂をせびろうとした腐った軍の一隊に脅迫をされたようだ。

 放っておけば、孫空女が数十名程度の軍くらい圧倒したに違いないが、賄賂を求めた指揮官をその場で処断し、隊の撤収を命じたのが、たったひとりで赴任先の大元府(だいげんふ)に向かっていた新着任の副長の金水蓮だったらしい。

 

 彼女は、偶然、その現場に遭遇し、副長の権限で、その不良将校を処断したようだ。

 その後、なぜか、金水蓮と孫空女が一騎打ちということになり、しかも、宝玄仙の説明によれば、孫空女が負ければ、宝玄仙と揃って金水蓮に抱かれるために身体を提供するという馬鹿げた条件にしたらしい。

 

 そして、孫空女が負け、沙那たちの待つ宿屋には向かわずに、そこから、再び城郭に戻り、ふたりで金水蓮の屋敷に向かったというわけなのだ。

 沙那は呆れてしまった。

 

「本当は、あたしが勝ったんだよ。とどめを刺そうとしたときに、ご主人様が淫靡な術であたしを動けなくしたんだ」

 

 孫空女が言った。

 

「なるほどね」

 

 そんなことだろうと思った。

 身のこなしだけである程度の実力はわかる。

 金水蓮の場合は、宝玄仙に陰湿な魔具を敏感な場所につけられているので、はっきりとはわからないが、少なくとも孫空女が負けるような相手とは思えない。

 さっき、聞いたような条件であれば、面白い方を好む宝玄仙が強引に孫空女を負けさせたのは間違いない。

 

「まあ……そうだよ」

 

 金水蓮が孫空女に笑みを浮かべた。

 

「ああ……」

 

 不意に朱姫が甘い声をあげた。

 視線を向けると、朱姫がお猪口を下袍から出そうとしているところだった。

 少しだけ、淫液の量が足されている。

 

 どうやら、終わったようだ。

 お猪口が沙那に回ってきた。

 しかし、沙那は、宝玄仙や朱姫とは違い男がはくような下袴(かこ)だ。

 ふたりのように、隠しながら自慰をするということができない。

 

 衝立で隠れているとはいえ、ここは人の多い居酒屋だ。

 個室というわけではなく、ただ、陰になっているだけだ。

 酔客の声だってたくさん聞こえてくる。

 つまりは、こちらの声や物ずれの音も聞こえるだろう。

 衝立だって、背の高いものではないので、上から覗き込めば、なにをしているのかは丸わかりだ。

 女中だって、いつ戻るかわからない。

 さすがに躊躇してしまう。

 

「なにやっているんだよ、沙那──。はじめないか──。女中が来たところで、どうせ女同士じゃないかい」

 

 宝玄仙が叱咤した。

 

「は、はい」

 

 沙那は慌てて膝立ちになった。

 

「孫空女、お願い……。見張っていて……」

 

 それだけ言った。

 

「う、うん……。あたしのときもね、沙那」

 

 孫空女が言った。

 沙那は立膝になった。

 下袴を下着ごと、膝まで降ろす。

 

 今更、この四人の中で裸身が恥ずかしいということはない。

 だが、今日は、金水蓮という客がいるために、大きな羞恥を感じる。

 

 片手で股下にお猪口を構え、もう片方で肉芽を擦りはじめる。

 いく必要はないのだ。

 少しだけ淫液を注ぐだけだ。だが、お猪口に入るためには、膣から分泌された淫液が溢れて、外に垂れ出るくらいまでは出さないといけない。

 

 自慰のやり方はありとあらゆる方法を教え込まれた。

 沙那は、一番最初に教わったやり方でやることにした。

 つまりは、二本の指で肉芽を挟み、最初はつるりと被っている皮をめくる。そして、普段は隠れている鋭敏な場所を外気に触れさせて、指で擦るのだ。

 

「んふっ」

 

 たちまちにうちに快感がやってきた。

 初めて宝玄仙に自慰をさせられたときには、こんな場所の皮がめくれるということは知らなかったし、めくるという感覚もよくわからなかった。

 いまは、こんなに感じる場所になった。

 まだ、ほんの数擦りにしかすぎないのに、もう爆発しそうな快感が全身を駆け巡っている。

 

「ああっ──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「さ、沙那、声が大きいよ──」

 

 孫空女がびっくりした声で言った。

 沙那は羞恥で顔が真っ赤になるのを感じた。

 気持ちよさに酔ってしまって、ここがどこだか一瞬だけ忘れていたのだ。

 それに、いつもは宝玄仙の結界の中でしかやらないので、声を我慢するということがない。

 だから、我を忘れて、いつものように嬌声をあげてしまったのだ。

 宝玄仙が笑っている。

 

 沙那は、もう顔をあげることができずに、お猪口に淫液を注ぐという行為に没頭することにした。

 やがて、震えるような快感の波が沙那を襲った。

 懸命に歯を食い縛ったが、少しは声は出てしまう。

 かなりの深い絶頂だ。

 しかし、確実に膣から溢れ出た淫液がお猪口に足されるのは感じた。

 

「沙那、ひとりで、そんなに入れたら、後の二人が困るじゃないか」

 

 宝玄仙がからかうような声をあげた。

 沙那は恥ずかしくて、なにも言い返せなかった。自分は汁が多いのだろうか。

 次に、孫空女が沙那からお猪口を受け取り、沙那と同じような恰好で下袴と下着を降ろして自慰を始めた。

 

 孫空女は、一番通路側なので、沙那は孫空女の反対側の横に移動して、通路と孫空女の間に座り直した。

 そして、近づく者がいないかを見張る。

 しばらくして、孫空女も小さな声をあげて身体を震わせた。

 お猪口が孫空女の股下から卓の上に戻される。

 四人分となると、もう、かなりの量がそこに溜まっていた。

 

「さて、最後は客人の金水蓮だ……。もっとも、お前の場合は、もう自慰をする必要もないかもしれないね。股なんかもうぐっしょりだろう?」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「で、でも、わたしは……」

 

 金水蓮が困ったような表情をした。

 

「ああ、そうだったね。お前は縛られているんだったよ──。朱姫、こっちに来な。金水蓮の世話をするんだ」

 

 宝玄仙が朱姫にそう言うと、朱姫はすぐに立ちあがって、金水蓮の横に移動していく。

 

「金水蓮さんは、どうかしたの、孫空女?」

 

 沙那は言った。縛られていると宝玄仙が言った気がするが、別に拘束をされている感じはない。

 

「ほら、あれだよ、壱都(いと)からご主人様が取り上げた『透明の糸』だよ。それで、手を腰に結び付けられているんだよ、金水蓮は──」

 

 孫空女が言った。

 

「そういうこと──」

 

 沙那は納得いった。

 『透明の糸』というのは、そもそも、女人国の国都で、女王壱都と宝玄仙が女王争いをしたときに、壱都の罠に嵌った宝玄仙が施された拘束具だ。

 絶対に切れない細い糸であり、拘束を終えた後に道術でその糸を透明にしてしまうことができる。

 だから、周りの人間には、その人間が拘束をされているようには見えないのだ。

 しかも、例えば、両手首を『透明の糸』で縛られていると、自分では手首を離すことはできないものの、他人が動かせば、簡単に手首は離れ、他人の力がなくなれば、また、手首は元の束ねた状態に戻るという仕掛けもある。

 宝玄仙は、それを壱都に装着されて、女王争いの儀に出場させられたが、壱都を無力化した後、この霊具は、相手を拘束したまま、服を脱がせたり、着させたりすることができると喜んでとりあげたのだ。

 宝玄仙の頭の中は、本当に、嗜虐のことでいっぱいなのだと呆れたものだった。

 

「あら、本当ですね。これだったら、手で擦る必要はないかも……。下袴のお股の部分がぐっしょり……」

 

 金水蓮の横に移動した朱姫が、卓の陰に隠れていた金水蓮の股間に視線を送り言った。

 沙那もちらりと金水蓮の下袴に目をやった。

 金水蓮の下袴の股間は、気の毒なくらいに濡れほそび、厚い布越しに丸い染みができている。

 

「じゃあ、下袴を脱がせますね」

 

 朱姫が金水蓮の下袴に手をかけようとした。

 

「お、お願いだから、早くしてよ。こんなところを誰かに見られたら……」

 

 金水蓮は不安な表情をしたが、淫液をお猪口に溜めろという宝玄仙の理不尽な命令には、逆らうつもりはないようだ。

 そして、金水蓮の股間は本当にびしょびしょだった。

 肉芽には、肉芽を包んで丸まっている『振動片』が半透明になって張り付いている。

 淫裂から溢れ出た愛液が、秘肉も恥毛も股間の内腿もびっしょりと濡らせている。

 恥毛に隠れた女陰は真っ赤に充血して、見ているだけで熱さを感じる気がした。

 朱姫が金水蓮の股間の下にお猪口をあてがう。

 

「朱姫、お前に任せるよ。『振動片』にかけた道術は、強いものにはしてないよ。お前でも道術をかけられるはずさ」

 

 宝玄仙が朱姫に言った。

 

「はい──じゃあ、金水蓮様、歯を食い縛ってください。声が漏れ出ないように」

 

 朱姫が言った。

 あれは、朱姫が嗜虐心を発散できる嬉しさに酔っているときの声だと沙那は思った。

 本当は、嗜虐癖が強い朱姫は、宝玄仙によって、いつも被虐の扱いを受けている。

 だから、本来の嗜虐側で性欲を発散できるときは、いまのように、妖しげな魔性の表情を浮かべる。

 あの顔のときは、朱姫は、宝玄仙以上にたちの悪いことが多い。

 

「あふっ──」

 

 金水蓮が震えだした。

 『振動片』が動き出したのだ。

 すっかり熟れきっている金水蓮の股間は、ちょっと振動片を動かしただけで、ぷたりぽたりとお猪口に淫液を追加した。

 それでいいはずだ。

 しかし、朱姫は、なぜかやめようとしない。

 

「なかなか、出ませんね。もう少し、振動を強くしていいですか?」

 

 そんなことを言っている。

 宝玄仙はにやにやしてそれを眺めている。

 また、始まったと、沙那は思った。

 

「そ、そんな……ああ……」

 

「でも、いつまでもこうしているわけにも──。そろそろ、女中さんも様子を伺いに来るんじゃないですか?」

 

「わ、わかったよ──。つ、強く……して……」

 

 金水蓮は言った。

 朱姫がにやりと微笑む。

 

「んんふうっ──」

 

 金水蓮がびっくりしたような声をあげた。

 かろうじて叫ぶことだけは防いだようだ。卓越しに見ている沙那がはっきりとわかるくらいに、半透明になった『振動片』が、右に左に、上に下にと動きまわっている。それももの凄い勢いだ。

 

 おそらく最大振動だ。

 あの振動を乳首にも加えられているのだろう。

 

「んくううう」

 

 金水蓮の身体が反り返る。

 しかし、その瞬間に『振動片』がぴたりと停止した。

 朱姫の得意の“焦らし”だ。

 本当にこの半妖の娘は……。

 放っておけば、これを果てしなく繰り返すだろう。

 

「朱姫、悪戯はやめなさい。もう、溜まったでしょう」

 

 沙那は冷たくたしなめた。

 さっきの刺激だけで、金水蓮は、もう十分な淫液をお猪口に入れていた。

 朱姫が玩具を取り上げられた子供のような不満そうな表情をこちらに向けた。

 

「まあいいよ。後の愉しみということもあるさ。朱姫、金水蓮の服を整えてやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい」

 

 朱姫は、金水蓮のびしょびしょの股間をそのままにして、元通りに下袴を整えさせた。

 

「さて、じゃあ、固めの杯だ」

 

 宝玄仙は、お猪口に口をつけると中に溜まった五人の愛液を少しだけ飲んだ。

 それを金水蓮の口に持ってくる。手の使えない金水蓮は、そうやって他人の手を使って飲食をするしかないのだが、さすがに嫌そうだ。

 しかし、文句を言わずにちょっとだけ口に入れた。

 そして、気持ち悪そうな表情で飲み干す。

 次いで、朱姫、孫空女、最後に沙那が飲み干した。

 

「じゃあ、食事しようか。朱姫は、食べながら、金水蓮の給仕をしてやりな」

 

 宝玄仙が言った。どうやら、拘束を解いてやるつもりはないようだ。

 沙那は、口の周りを準備されていた手拭いで拭きながら口を開いた。

 

「そろそろ、教えてください、ご主人様。どうして、金水蓮さんとご主人様が、こういうことになっているのですか?」

 

「こいつは、賭けに負けたのさ」

 

 宝玄仙が盃をさっと沙那に出した。

 沙那は卓から酒の入った瓶をとって、それに注ぐ。

 

「賭けってなんですか?」

 

 沙那は言った。

 

「ふたりで手管を尽くして、性の技術で相手を屈服させるという勝負さ。そいつに負けて、この金水蓮はわたしの調教を受けることになったのさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 金水蓮は少しだけ悔しそうな表情をした。

 

「なんで、そんな勝負をすることになったのですか?」

 

 沙那は何気なく訊いた。

 

「こいつが孫空女を嫁に欲しいと言ったのさ。だから、わたしと性の技で勝負して勝ったら、くれてやると言ったのさ。そして、負けたらわたしの調教を受けるという条件でね。まあ、このわたしが負けるわけがないからね。ちゃんと、いき狂いにしてやったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「き、聞いていないよ。あたしを賭けたってどういうことさ、ご主人様。負けたらどうするつもりだったのさ」

 

 孫空女だ。

 どうやら、孫空女の知らない間に、そんな勝負が行われたようだ。

 孫空女はくだらない賭けの商品に自分がされたことが気にいらないようだ。

 

「ぐずぐず言うんじゃないよ、孫空女。わたしが負けるわけがないじゃないか」

 

「なに言ってんだよ、ご主人様。ご主人様なんか、ほかのところは大丈夫だけど、お尻を責められたら、このあたしが相手でも簡単に翻弄されるじゃないか。なんで、そんな危ない賭けをやったのさ──」

 

「お尻?」

 

 声をあげたのは、朱姫から肉を食べさせてもらっていた金水蓮だ。

 どうやら、そんな恥辱的な行為を甘んじて受けているのは、勝負に負けたという自負心によるもののようだ。

 

「あんたの弱点は、お尻なのかい?」

 

 金水蓮が悔しそうに言った。

 

「いまさら、知っても遅いだろう」

 

 宝玄仙がそう言いながら、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめた。



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201 囚われた女将校

 朱姫は、宝玄仙に言われて、縄を持って宝玄仙の横で待機をしていた。

 いつもの『魔縄』ではない。本物の縄だ。

 

「さて、両手を背中に回しな、金水蓮(きんすいれん)

 

 宝玄仙が言った。

 

「わ、わかった……」

 

 一糸まとわぬ全裸になった金水蓮は、逆らうことなく正座をしたまま背中に腕を回した。

 

 居酒屋における食事を終えて、再びみんなで金水蓮の屋敷に戻って来た。

 金水蓮が約束の調教を宝玄仙から受けるためだ。

 念のために宝玄仙は、屋敷の中の一番広い居間に結界を張ったようだが、かなり屋敷は広いようだ。

 金水蓮が多少の大声をあげても、外の詰所にいる女性兵には聞こえることはないだろうと朱姫は思った。

 

 部屋には五人の女がいるが、服を着ていないのは金水蓮ただひとりだ。

 いつもは、宝玄仙の嗜虐趣味を満足させるために、沙那か孫空女か朱姫、あるいは、全員で宝玄仙の調教を受けるのだが、今日は金水蓮を相手に宝玄仙以下四人がかりで責めるということになっている。

 

 とりあえず、朱姫は宝玄仙を手伝って、まずは縄で金水蓮を縛る役を命じられた。

 沙那と孫空女は、部屋の隅で宝玄仙から命じられた性具を準備している。

 さっきから、ふたりで大騒ぎしているのは、余程、えげつない性具であるのに違いない。

 

「そうじゃない。背中で腕を組むようにして、もっと上にあげるんだよ」

 

 宝玄仙が金水蓮に言った。

 

「こ、こうかい」

 

 金水蓮が言われたとおりに、腕を背中で腕を組んで胸の後ろくらいまであげた。

 

「じゃあ、朱姫、やってみな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい」

 

 朱姫は、まず、縄で金水蓮の両腕の手首を束ねるように縛る。

 その縄尻をぐいと引き、金水蓮の腕を首側に引き寄せた。

 金水蓮は、少しだけ顔をしかめたが、文句は言わなかった。

 次いで、引き上げた縄尻を片方の二の腕にふた巻きして、縄を前に回して、乳房の上側を通す。

 さらに、その縄尻を反対の二の腕にふた巻きして、背中に回し、最初に手首を縛った縄を結合して、次に、縄尻を戻して、また、二の腕に巻く。次は乳房の下を通って、縄と縄で上下に乳房を強調させるように挟む。

 今度は、もう一方の二の腕にもふた巻目を施し、また、最初に手首を縛った縄を結合し、今度は首の横を通って、乳房に加わる上下の縄を縦に割る。

 その縄を返して、首の反対側を通り背中で結合する。

 終わりだ。

 

「どうですか、ご主人様?」

 

 朱姫は、縄が緩んでいないかということと、絞り過ぎて血がとまっていないかなどを確認してから宝玄仙を仰ぎ見た。

 

「いいようだね──。さて、どうだい、金水蓮、縄で縛られるというのは?」

 

 宝玄仙が、縄に挟まれた金水蓮な防備な乳房を触りながら言った。

 

「へ、変な気分だよ……」

 

 宝玄仙の軽い愛撫にさっそく甘い息を吐きながら、金水蓮が応じた。

 

「朱姫、覚えておきな。宝玄仙の縄は、ただ自由を奪うためのものじゃない。無防備な状態にされたことに対する恐怖とともに、縄による束縛感に酔わせて、心理的な被虐の本能を呼び起こすんだ。だから、女が酔えるような縄の扱いでなければならないし、縄だってそれなりに準備したものでなければ駄目なのさ。痛いばかりじゃあ、酔えないからね」

 

「準備ですか?」

 

 朱姫は訊ねた。

 

「縄のけばけばを焼き切って失くし、全体に油を染み込ませている──。金水蓮、痛くはないだろう?」

 

「い、痛くはないよ……。ただ、裸にされて、がっちり縛られると変な感じになるだけさ」

 

「変な感じかい? つまり、こうやって、動けなくされて触られると、感じるんだろう?」

 

 宝玄仙が笑いながら、金水蓮の胸に手を這いまわされる。

 

「あっ、ああ……。そ、そうだね……」

 

 宝玄仙の愛撫に、金水蓮は次第に息を弾ませ始める。

 

「さて、次は脚も縛るよ──。金水蓮、脚を崩して、胡坐を組みな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「こ、こう……?」

 

 金水蓮が胡坐になると、宝玄仙が朱姫に頷いた。

 朱姫は、金水蓮のくるぶしを合わせるようにして、足首に別の縄を巻きつけた。

 そして、縄尻を伸ばして、首に巻きつけて、少し絞る。

 

「くっ──」

 

 窮屈な姿勢で上半身を足首側に近づけさせられた金水蓮が、苦しそうな声をあげた。

 朱姫は、それには構わずに、縄尻を右腿に回して輪を作り、その縄尻をまた首の後ろに巻いて引き上げる。

 同じように左腿も引き上げさせる。

 その状態で、もうひと絞りして、首を足首に近づけさせてから、身体を起こせないように足首の縄に繋げる。

 

「胡坐縛りですよ、金水蓮様」

 

 朱姫は言った。

 

「これを完全に顔を足首までくっつけさせれば、それだけで拷問になる。まあ、これくらいなら、ちょっとばかり苦しいだけだろう?」

 

 宝玄仙だ。

 

「う、うん」

 

 金水蓮が、胡坐にかいた脚に向かって上半身を曲げさせられて畳まれた状態で言った。

 

「さて、じゃあ、これからが本番だ。約束通りに、宝玄仙の調教を受けてもらう。お前の休暇は二日だったね、金水蓮?」

 

「そ、そうだ」

 

「じゃあ、二日で仕上げるよ──。朱姫、こいつを塗ってやりな。まずは、宝玄仙の調教の洗礼を浴びてもらうさ」

 

 宝玄仙が朱姫に渡したのは、『ずいき油』だ。

 さすがに朱姫もこれだけは、慣れることができない。

 この薬剤を敏感な部分に塗られると、身体の感度が上がるだけじゃなく、猛烈な痒さが加わるのだ。

 その痒さは、張形や男根に犯されて、何度も気をやってはじめて癒されるという道術的な作用もある。

 つまり、これを塗られたら最後、獣のようにいきまくらなければ、身体が苦しさから解放されることはないのだ。

 

 身体を足側に曲げている金水蓮には、背中側で話している宝玄仙と朱姫の様子は見えない。

 しかし、得体の知れないものを身体に塗られるという恐怖は感じているのだろう。

 不安そうに身体を震わせた。

 

「な、なにを塗るんだい。変なものはやめておくれよ」

 

 金水蓮は言った。

 

「なにを言ってるんだよ、金水蓮。変な薬に決まっているじゃないか。お前は、もう、なにも考えなくていい。二日間、ただ、性の悦びのことだけを考えればいいんだ」

 

 宝玄仙に促されて、朱姫は両手にたっぷりと『ずいき油』を載せて、金水蓮の乳房にまぶし始めた。

 すぐに金水蓮は、噛み殺した口から声を洩らして反応しはじめる。

 新しく盛った溶剤をすでに勃起していた乳首に包むように塗ると、激しく身体を震わせて声をあげた。

 

「ふふふ、感じますか、金水蓮様?」

 

 朱姫は執拗に胸をこねまわしながら言った。

 

「あ、あんた……じょ、上手だね──。か、感じるよ……ああ……」

 

 金水蓮は、だんだんと息遣いを荒くしていく。身体の感度は悪くはないようだ。

 朱姫が接したことのある女の身体の中では、感じやすい方に入るだろう。

 

「よし、胸はそんなものでいいだろうね──。股間に塗るのは、これからなにをされるのか、こいつに教えてからにするか……。沙那、孫空女、準備はできたのかい?」

 

 宝玄仙は部屋の隅で性具の準備をさせられていた沙那と孫空女に向かって叫んだ。

 

「は、はい──、ご主人様」

 

 沙那が盆を持って、孫空女とともにやってきた。

 盆の上には、張形が五本並んでいる。

 それぞれに形が違う。

 いずれも宝玄仙の霊具だ。

 だが、右側のふたつ以外は、朱姫には遣われたことのないものだ。

 さっきから、沙那と孫空女が準備をしながら、騒いでいたのは、見たことのない張形のえげつなさにびっくりしたからだろう。

 朱姫も盆の上に並んだものを見て驚いた

 宝玄仙は、金水蓮に見えるように、盆を金水蓮が屈んでいる側の床に置かせた。

 

「な、なんだい、これ?」

 

 上半身を屈めた金水蓮が、それを見て声をあげた。

 

「もちろん、お前の女陰をこれから犯す道具に決まっているだろう。まずは、ひとつにつき、百回だ。百回抜き差しさせる。合計五百回だ」

 

「ひゃ、百回――?」

 

 金水蓮がびっくりしている。

 

「その間に、何度いきまくってもいいけど、その後は、わたしら四人が道術で生やした男根でお前を犯すからね。準備段階でいきすぎると、朝までにお前が壊れてしまうかもしれないから気をつけな」

 

「じょ、冗談じゃないよ──。そ、そんなものを百回ずつなんて、それは惨いよ」

 

 金水蓮は抗議の声をあげた。

 

「ちっとも惨くはないさ。二日間、お前はありとあらゆる性の調教を受けるんだ。二日経った頃には、こんなものは序の口にすぎなかったとわかるはずさ──。さて、じゃあ、五本の張形の説明をするかね……」

 

 宝玄仙が金水蓮の前に座り込んだ。

 そして、五本のうちの一番細い一本を取り出す。

 

「まずは、これが一本目だ。肌触りは人間の男の男根と同じだけど、少し細めだ。まあ、挨拶代りというところだね。二本目はこれだ──」

 

 宝玄仙が次に金水蓮の顔の前に差し出したのは、一本目の倍はあるんじゃないかと思うくらいの太い張形だ。

 

「そ、それは……お、大きいよ……」

 

 なにを言っても無駄ということはわかってきたのだろう。

 金水蓮の抗議も控えめな声になった。

 

「いや、一本目が終わった頃には、お前の女陰はかなりほぐれているはずだ。これくらいがちょうどよくなっているよ。三本目はこれだよ」

 

「くっ」

 

 三本目を顔の前にかざされた金水蓮が絶句している。

 三本目は、二本目と太さは変わらないが、表面にたくさんの小さな瘤のでこぼこがついている。

 あんなもので膣の中を掻きむしられたらどうにかなってしまう。

 朱姫もそれが自分に使われることを想像して、身震いした。

 

「これが四本目だ。お前の股が発する女の匂いに、こいつも興奮しているようさ。こいつの餌は、女の淫液だから。たっぷりとご馳走してやっておくれ」

 

 朱姫は、金水蓮の表情を覗き込んだ。なにも言葉を発しないが、金水蓮の顔が蒼くなっているのがわかった。

 四本目の張形は、表面に小さな無数の触手がついていて、それがうようよと蠢いている。

 これは張形というよりは、女の股間の精液を貪る生き物だ。

 

「これは五本目だ」

 

 五本目の張形は、太い張形と細い張形の二股に分かれている。

 太い張形には、表明にびっしりとけばけばがついていて、細い方は、かたちが球状のでこぼこになっていて少し短い。

 宝玄仙が道術を込めたのがわかった。

 すると、その張形が動きはじめた。

 

 すなわち、太い方の張形のけばけばが動きはじめたのだ。

 しかも、張形の前側と横とでは動き方が違う。

 そして、細い球体の張形は、くるくると回転をしている。

 

「こいつは、前の穴と後ろの穴を同時に責めてくれる張形だ。お前は、尻については、経験が少ないようだから、細めにしておいてやったよ」

 

 金水蓮はもうなにも言わなかった。

 しかし、彼女の不安は、背中越しに十分に伝わってくる。

 

「さて、説明は終わりだ。じゃあ、雌になってもらうよ」

 

 宝玄仙は、最後に取り出した細い黒布を取り出すと、金水蓮の眼を隠して、頭の後ろでしっかりと結んだ。

 

「な、なにすんだい──?」

 

 金水蓮は叫んだ。

 

「なにって、目隠しに決まっているだろう、金水蓮。眼が見えなくなると、信じられなくらいに肌が敏感になるからね。いつも“立ち役”だと言っていたお前は、こういう経験も少ないかもしれないけど、まあ、やみつきになるんじゃないかい」

 

 宝玄仙はそう言って、金水蓮の身体をごろんと転がした。

 

「あっ──。い、いやっ──」

 

 金水蓮は悲鳴をあげた。

 倒されて胡坐縛りの脚が上になったことにより、金水蓮の股間にふたつの穴が完全に曝け出されたのだ。

 すでに愛液の滲んでいる金水蓮の女陰が、ひとつの生き物のように収縮をしているのがわかった。

 

「ほら、みんなで『ずいき油』を股間に塗ってやりな」

 

 宝玄仙の指示で、三人で金水蓮の股間に媚薬を塗り拡げる。

 もちろん、お尻の中に塗るのも忘れない。

 金水蓮は、だんだんと声を激しくしながら、媚薬が塗られる刺激に懸命に耐えていた。

 我慢しようとしているのがわかると、朱姫は悪戯したくなり、肉芽の皮を繰り返しめくっては、内側に薬剤を塗り込み、塗り込んでは、まためくって新しい薬剤を足すということを繰り返した。

 

「ちょ、ちょっと、塗りすぎじゃない、朱姫……」

 

 沙那が嗜めるようなことを言った。

 

「だって、取り澄ましたようなところが気に入らないんです」

 

 朱姫は正直なことを言った。

 城郭軍の副長といえば、数千人の兵を動かす指揮官だ。

 当然、高い気位を持っている。

 これからやろうとしているのは、その金水蓮の気位を一枚一枚剥いでいく作業だ。

 その作業の先に、金水蓮は被虐の悦びを感じることができるだろう。

 だから、まずは、これだけ指で股間をいじくられながら、気をやるまいと張っている心を砕かねばならない。

 朱姫は肉芽を責めている自分の指を激しくする。

 

「んふっ──」

 

 ついに金水蓮は、女陰を天井に向けた恥ずかしい恰好で、最初の気をやった。

 

「薬剤はそれくらいでいいだろうね──。じゃあ、お前たちは、薬が効いてくるまで、これでこいつの身体を責めな」

 

 次に宝玄仙が渡したのは柔らかそうな毛先のついた大小の筆だ。

 三人で一斉に金水蓮の身体に筆を伸ばす。

 

「ひいっ──」

 

 達したばかりで敏感になっている身体に、同時に三箇所の筆による急所責めを受けた金水蓮は、さすがに悲鳴をあげた。

 

「沙那姉さんは、股間をお願いします。孫姉さんはお尻です。でも、しばらくは、肝心なところには直接は触れずに、周りだけを責めてください。あたしは、全身のほかの部分を責めますから」

 

 朱姫は言った。

 沙那と孫空女は、朱姫の言う通りに、肉芽の周りと肛門の周りだけを集中的に筆で擽り始めた。

 身体をひっくり返して筆から逃げようとする金水蓮を片手で押さえると、朱姫はまずは、片方の耳の中を筆で擽る。

 

「あひっ──」

 

 金水蓮が激しく悶えはじめた。逃げることのできない金水蓮の耳を左右から繰り返し筆で責める。

 股間にも執拗な筆責めを受けている金水蓮は、やがて、がくがくと身体を震わせはじめた。

 しかし、今度はあまりにも弱い刺激すぎていけないはずだ。

 だが、筆責めで感度はいくらでも高まってしまう。

 すると、媚薬が利きはじめたときの苦しさが倍増するのだ。

 朱姫は苦しそうにもがく金水蓮の鼻の孔に筆を移動させた。

 

「や、やめなよ、そこは──」

 

 金水蓮は不自由な首を振って、朱姫の鼻責めを避けようとする。

 もちろん、朱姫は許さない。

 鼻の穴を塞ぐように筆先を突っ込む。

 金水蓮がくしゃみをしそうな表情になると、筆を抜き、すぐに再開する。

 何度か繰り返すと、金水蓮は、涙と鼻水で顔を汚し始めた。

 

「だんだんとみっともない顔になってきましたよ、金水蓮様」

 

 朱姫はそう言いながら、鼻を責め続けた。

 やがて、身体を暴れさせる金水蓮の身体が真っ赤になり、全身が脂汗でびっしょりとなった。

 

「あひいぃ──」

 

 金水蓮がいくような仕草で身体を仰け反らせた。

 しかし、朱姫には、それが本物ではないことを知っている。

 あまりに追い込まれた身体が、絶頂をするものと勘違いしたのだ。

 だが、いまの金水蓮は絶頂してもおかしくないくらいに燃えあがっているだけで、まだ、最後のひと押しの刺激が足りないはずだ。

 その通り、金水蓮は、一転して苦しそうな嬌声を出し始めた。

 呻きのような嬌声は、しばらく続いた。

 

「ひっ、ひっ──ひっ──」

 

 やがて、だんだんと金水蓮の呼吸がおかしくなってきた。

 朱姫は、沙那と孫空女に言って、金水蓮を責める筆を引き揚げさせた。

 

「さあ、ご主人様、どうしましょう──? このまま、筆責めを続けても、金水蓮様は堕ちると思いますけど……」

 

 朱姫は宝玄仙を見た。

 

「それも面白いけど、まずはいき狂いの苦しみを教えてやるさ。一本目の張形から始めな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかりました。でも、その前に、わたしたちはひと息入れませんか、ご主人様?」

 

 朱姫がそう言うと、宝玄仙は朱姫の意図に気づき、頬を綻ばせた。

 

「いいねえ……。じゃあ、お茶を入れておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は立ちあがって、金水蓮をそのままにしたまま、一度部屋を出て、台所に行き、お茶の準備を始めた。

 沙那と孫空女も追ってきた。

 

「やっぱり、朱姫はえげつないよね」

 

 孫空女が湯を沸かす準備をしながら言った。

 

「本当よね。わたしもこのところ、ご主人様に責められるよりも、朱姫の方が怖いと思うくらいよ」

 

 沙那も言った。

 

「沙那姉さんと孫姉さんは、ああやって嗜虐側に回ることは愉しくないんですか?」

 

「正直言うと、あたしは、ああいう風に人を責めるということは嫌なんだよ、朱姫」

 

「えっ? じゃあ、責めるよりも、酷い目に遭う方がいいんですか、孫姉さん?」

 

 意外な言葉を聞いて、朱姫は孫空女の顔を振り返った。

 

「……酷い目って……。まあ、酷い目に遭いたいわけじゃないけど、ああやって、人を責めて追いつめるというのは気分がいいわけじゃないよ。どちらかといえば、気が進まないよ」

 

「実はわたしもよ。人を嗜虐すると、時々、自分がされているような気分になり、苦しいの」

 

 孫空女に引き続いて、沙那も言った。

 

「はあ……」

 

 朱姫は言葉を思いつかずに、そんな返事をした。

 そして、改めて、自分が嗜虐癖の多い女であり、沙那や孫空女が自分とは真逆の被虐性が主体なのだという事実を思い知らされた気分だ。

 

「それでね、朱姫──。さっき、ここに来るときに、浴室を覗いたんだけど、結構広い湯桶があったの。ご主人様の好きなお湯を溜めて中に入る形式の浴室よ。それに、窮屈かもしれないけど、五人一度くらい一度に入れそうな湯桶だったわ」

 

「風呂……ですか?」

 

 朱姫はきょとんとした。

 沙那が大きく頷く。

 

「わたしと孫空女は、それを準備するために戻って来なかったということにして、金水蓮への責めは、あなたとご主人様でやってくれないかしら」

 

 沙那が言った。

 朱姫は沙那の意図がわかった。

 

「そ、それはいいですけど……。本当に参加したくないんですか?」

 

 責められて気持ちがいいのも悪くはないが、思う存分他人をいたぶるというのも、溜まっていたものを発散できていい気持ちになるものだ。

 沙那と孫空女は、本当にそういうことが嫌なのだろうか?

 

「本当に、本当に、参加したくないんだよ、朱姫──」

 

 孫空女も言った。

 四人分の準備していたお茶の準備を二人分に減らして、できあがったお茶を茶請けの菓子とともに持って、朱姫は居間に戻った。

 

 金水蓮は、胡坐縛りをひっくり返された姿のまま、苦しそうに呻いて身体を暴れさせていた。

 朱姫は、その姿にちらりと目をやり、宝玄仙に向かい、沙那と孫空女が浴室の準備のために、しばらく戻って来ないということを告げた。

 

「へえ、湯桶があるのかい。それはいいね──。最高じゃないか。しばらく、ここに厄介になるかね」

 

 宝玄仙が眼を輝かせた。宝玄仙は、本当に湯桶に湯を溜めて身体を中に漬ける形式の浴室が好きだ。

 そういう風習は、宝玄仙出身の東帝国にはなく、東帝国の浴室とは、蒸気をたちこめた熱い部屋に入って、汚れとともに汗を出し、それを水か湯で拭くというものらしい。

 それも、貴族や分限者の屋敷くらいしか浴室もなく、庶民の身体の洗い方は、ただ身体を布で拭くだけであり、庶民の大部分が、生涯、浴室に入るという経験もなく、一生を終えるようだ。

 宝玄仙の座る椅子の横の卓にお茶を並べ、朱姫も一緒に飲み始める。

 案の定、金水蓮は切羽詰った声をあげ始めた。

 

「か、痒い──。痒いよ──。も、もう縄を解いて……」

 

 金水蓮はついに、大きな声をあげた。

 

「もうちょっと、ましなことを言ったらどうなんだよ、金水蓮。調教はまだ始まってもいないんだ。縄を解くわけがないだろう」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「だ、だって──。こ、これは……」

 

 金水蓮の身体の悶えが大きくなる。

 一度知覚してしまうと、あの『ずいき油』の痒さはどうしようもなくなることを朱姫は知っている。

 痒さはどんどん大きくなり、やがて、すべての思考力が破壊される。

 もう痒さを癒してもらうことしか考えられなくなり、どんな命令にも従ってしまうことになる。

 何度も、何度も、朱姫もそうやって、宝玄仙に責められて、被虐の悦びを覚えさせられた。

 今では、被虐も被虐も、朱姫の本当の性癖だ。

 

「お、お願いだ、なんとかして──」

 

 金水蓮は身体をゆさゆさと動かし始めた。

 もう、じっとしてはいられないのだろう。

 

「掻きたいなら、掻けばいいだろう、金水蓮」

 

 宝玄仙が意地悪く言う。

 だが、掻きたくても、両手を背中で縛られている金水蓮には、痒さを癒す手段がない。

 脚は胡坐に拘束されているので、腿を擦り合わせて痒みを癒すことさえできないのだ。

 しばらくのあいだ、金水蓮は狂ったように喚き続けて、縛られた身体を懸命にもがかせていた。

 無論、そんなもので痒みは取れない。

 朱姫と宝玄仙は、そんな金水蓮の痴態を眺めながら、たっぷりと時間をかけてお茶を飲み続けた。

 

「ご、後生だよ──。後生だから──」

 

 半刻(約三十分)は経っただろうか。

 金水蓮がついに泣きはじめた。

 朱姫も少しだけ驚いた。

 

 城郭軍の副長にして、孫空女によれば、賄賂を取ろうとした女将校をその場で処断するほどの苛烈さを持っている女将校だ。

 それが、哀れな声をあげて屈服し、身体を責めてくれと泣きだしたのだ。

 

「いいだろう──。じゃあ、始めな、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は、金水蓮のそばにある床の上の盆から一番細い張形を手に取った。

 そして、金水蓮の柘榴のように充血した女陰に、張形を突き挿した。

 

「ほごおおおっ──」

 

 獣のような声をあげて、金水蓮が全身を突っ張らせた。

 性の悦びに我を忘れた金水蓮が大きな声をあげて、達したのだ。

 

「まだ、一回目ですよ、金水蓮様」

 

 朱姫はそう言って、金水蓮をからかい、二回目の挿入を開始した。

 

「どれどれ、もっと、感度をあげてやろうかね」

 

 宝玄仙がそう言って、さっきの筆の一本をとると、大きく勃起している金水蓮の肉芽めがけて、筆を使い始める。

 

「ひい──」

 

 金水蓮は筆の繊細な刺激と、張形による激しい突きを同時に受け、たちまちに悶絶してしまった。

 金水蓮が二度目の絶頂をしたのは、朱姫の張形の突きが十五回目のときだった。

 その後は、もう、城郭軍の副長の片鱗のなく、ただの追い詰められた女になって、金水蓮は苦痛のような嬌声をあげ続けた。

 

「九十九……百──」

 

「いくっ──」

 

 また身体を仰け反らせる。

 百回の抜き差しで、結局、金水蓮は合計五回の絶頂をした。

 

「じゃあ、二本目だ。あと四本」

 

 宝玄仙だ。

 

「か、勘忍して──か、身体がばらばらになる」

 

 目隠しをされた金水蓮の顔から悲鳴があがった。

 

「そんなわけがないだろう。どんどんいくよ、朱姫、始めな」

 

 宝玄仙はそんな金水蓮を嘲笑った。

 朱姫は、二本目のひと回り太い張形を金水蓮の女陰に突き挿す。

 たっぷりと愛液が溢れている金水蓮の股間は、簡単にその太い張形を受け入れた。

 

「いぐうっ──」

 

 金水蓮がいきんだ。

 二本目の張形が十回目の挿入をしたときだった。

 結局、絶頂の数が十回を越えたとき、ついに、金水蓮が白目を剥いた。

 まだ、二本目の張形は、残り三十回くらいの抜き挿しが残っている。

 宝玄仙に命令されて、朱姫は金水蓮の頬を張り飛ばす。

 呆けた表情の金水蓮がうっすらと眼を開ける。

 そして、状況を思い出したのか、その顔に恐怖の色が映る。

 

「じゃあ、続けますね。七十七──」

 

 連続で絶頂する状態がまたすぐに復活した。

 二本目が八十回を越えると、ほとんど、ひと突きかふた突きで一回の絶頂を極めるようになった。

 金水蓮の全身の激しい痙攣がとまらないようになる。

 

 九十を越えると、ぴゅうと股間から潮を噴いた。

 小便のような愛液交じりの液体が、床を濡らす。

 それからは、絶頂の度に潮を噴くことが多くなった。

 

 残り十回をするまでに、二度も金水蓮を潮を噴き、また、金水蓮は気を失った。

 また、頬を張って起こし、三本目に入った。

 

 太さは同じだが、女陰を刺激しまくるように側面にたくさんのいぼがついている。

 それを使いはじめると、金水蓮の悶えは、一層激しくなった。

 

 二十回目までに、三本目だけで十数回の絶頂をした金水蓮は、口から泡のようなものを吐き、ついに動かなくなった。

 また、頬を張ったが、今度は覚醒しない。

 朱姫は、困って宝玄仙を見た。

 

「ちょっと待ってな」

 

 宝玄仙が部屋の隅の荷に向かって、そこから細い棒を持ってきた。

 それをどろどろになった女陰に挿しこむ。

 

「ひぐあっ──」

 

 金水蓮が身体を跳ねあがらせた。

 それと同時に、今度は金水蓮が尿を出し始める。

 潮と愛液と尿で、床はもの凄い状況だ。その上に金水蓮の目隠しと緊縛をされた身体が載っている。

 

「な、なに……?」

 

 金水蓮の顔が恐怖そのものになる。

 

「いまのは電撃棒だよ。今度、気を失ったらまたやるよ。それが嫌なら、一生懸命に意識を保つんだ」

 

 宝玄仙は残酷に言い放った。



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202 調教二日間

 二日で金水蓮(きんすいれん)を陥とす。

 そう宝玄仙は決めていた。

 

 電撃棒で覚醒された金水蓮に対し、宝玄仙は朱姫に三本目の張形の残りの抜き挿しを続けさせた。

 一本につき百回の抽送──。

 それを五本分だ。

 しかも、ただの張形じゃない。

 最初の二本は、曲がりなりにも普通の張形だが、二本目は極太だ。

 そして、三本目はいぼ付きで、四本目触手付き──。

 五本目は尻穴と同時に責めるかたちの特殊なものだ。

 これをたっぷりのすいき油を塗りたくってやった股間に対して行っている。

 すでに金水蓮は、朦朧としている。

 

 三本目が終わるころには、金水蓮は、もう、何度絶頂したかわからなくなった。

 気絶も十回を越えると、その都度、電撃で無理矢理に起こさなければならなくなった。

 とにかく、全身から体液という体液を撒き散らして、金水蓮はいきまくった。

 

 四本目の触手付きの張形を改めて見せると、もう、女性将校の片鱗も残っていない金水蓮は、哀訴してそれを拒絶した。

 しかし、それを防ぐ手段は金水蓮にはない。

 朱姫は、容赦なく四本目の張形で金水蓮を責めた。

 この霊具は、本来は抜き挿しする必要はない。

 ただ、挿入するだけで膣の中の敏感な部分を勝手に探し出して、張形は侵入した女を責めたてる。

 朱姫もわかっている。

 ぐいとその張形をねじ込むと、しばらくそのままの状態で保つ。

 金水蓮は眼を見開いて、声をあげて達した。

 朱姫は、それを確認してから張形を抜く。

 

 そして、また挿して固定する。

 そうやって、触手の張形が金水蓮を膣の中で責めたてるのを待つ。

 また、果てる。

 すると、朱姫は、一度張形を抜き、また挿す。

 これには、金水蓮は堪らないだろう。

 宝玄仙も容赦のない朱姫の責めに、感嘆の声をあげたくらいだ。

 

 触手はどんなに時間をかけようとも、絶対に潜り込んだ膣の中から女の淫液を搾り取ろうと活動する。

 つまり、あのやり方だと、百回挿せば、金水蓮は百回の絶頂をすることになる。

 すでに数十回の絶頂を金水蓮は繰り返している。

 この上に、百回の絶頂に金水蓮の身体は耐えるだろうか。

 そして、まだ、五本目の張形も残っているのだ。

 

 果てしなく金水蓮は、絶頂を繰り返したが、三十回目で大便を垂れ流して、もう覚醒しなくなった。

 電撃棒で何度責めても同じだった。電撃の刺激で身体を跳ね上げるが、覚醒はしない。

 

「これ以上は無理なようだね。予定を変更して、みんなでこいつの身体を洗ってやるか──。沙那、孫空女、床を掃除しな。そして、こいつを浴室に運ぶんだよ。そこで部屋の中をうかがっているのは知っているよ」

 

 宝玄仙は扉に向かって叫んだ。

 扉が開いて、ばつの悪そうな表情の沙那と孫空女が入ってきた。

 

「あ、あのう……、ご主人様、浴室の準備ができました」

 

 沙那が言った。

 こいつらが中に入りたがらずに、扉の外で様子をうかがっていたのはずっと気がついていた。

 朱姫は喜々として、嗜虐をするが、このふたりは、根っから被虐が染みついてしまったのか、誰かを嗜虐させると、本当につらそうな表情になる。

 どうやら、他人を責めることで、自分が責められているような苦しさを覚えるらしい。

 かといって、このふたりは、歓んで被虐を受け入れるほど、染まりきってはいない。

 被虐されることで、ふたりとも果てしなく快感に酔うくせに、心の中ではそれを嫌がっているのだ。

 それでいて、途方もなく感じやすい身体を持っている。まさに、最高の玩具ふたりだ。

 

 それに比べて、朱姫の良さは、それとは違う。

 朱姫は、もう立派に宝玄仙の嗜虐趣味を手伝う助手だ。

 嗜虐の調子に乗ったときの朱姫を沙那や孫空女は嫌がるが、逆に、次々に新たな責めを思いつく朱姫の嗜虐は、宝玄仙の嗜虐癖を大いに活性化させる。

 

「いいから、掃除だよ、お前たち」

 

 宝玄仙は言った。

 いつもなら、罰を与えるところだが、今日は気分がいいのだ。

 とにかく、こんな愉しい玩具(金水蓮)を手に入れたのだ。

 

 沙那と孫空女が脱力している金水蓮を横に動かして、汚れた床を掃除しはじめる。

 朱姫は、小便どころか大便まで垂れ流した金水蓮の身体を布で拭く。

 そして、沙那が金水蓮から目隠しを取り去った。

 朱姫が金水蓮の縄に取りついた。

 しかし、縄を解こうとしたその朱姫に、宝玄仙は声をかけた。

 

「首と脚を結んでいる縄だけは外しな。ただし、ほかの部分はそのままだ」

 

 朱姫は、言われた通りに、上半身を足首に近づけていた縄は解いたが、上半身を拘束した縄と足首はそのままにした。

 そんなことをしていても、金水蓮はまったく意識を回復しなかった。

 部屋の掃除の終わった沙那と孫空女が、縛られた金水蓮の裸身を両側から担いで、胡坐のまま、金水蓮を浴室に運ぶ。宝玄仙と朱姫もそれに続く。

 

 浴室に到着した。

 何人で使うことを想定しているのか、洗い場も湯桶もかなりの広さがある。

 湯桶には、温かい湯が半分ほどまで張っている。

 全員が脱衣場で裸になった。

 その湯桶の中に、後ろ手で胡坐に縛ったままの金水蓮を放り込んだ。

 

 湯桶に張ってある湯は湯桶の半分ほどだが、五人で一度に入ると湯が溢れそうになる。

 かなり密着した状態になった。宝玄仙と沙那と孫空女と朱姫が囲む中心に縛られた金水蓮が座っている状態だ。

 まだ、金水蓮は覚醒しない。

 宝玄仙は、金水蓮の背を押して顔を水面に浸けさせた。

 やがて、大きな泡が水中に浮かんだかと思うと、金水蓮が水中でもがきはじめた。

 髪の毛を掴んで、一度水面に顔をあげさせる。

 

「ぷはああ、はあ、はあ、はあ……」

 

 盛大に息をするのをもう一度、水面に浸けた。

 金水蓮は懸命に顔をあげようとしているが、宝玄仙が首を押さえているので、顔をあげられないでいる。

 軍人だから、宝玄仙よりも力があるはずなのだが、いまはほとんど力が入らない状況みたいだ。

 やがて、かなり力が弱まった。

 そこを見計らって顔をあげさせる。

 

「金水蓮、お前は調教の途中で気を失ったんだよ。どういうことなんだい。意識を保つことくらいできないのかい」

 

 宝玄仙は金水蓮の髪を掴んで強引に顔を上に向けたまま怒鳴った。

 

「か、勘忍……」

 

 金水蓮はまだ朦朧としているようだ。

 だが、いつもの強気な態度はもうない。

 嗜虐に怯えるひとりの女がそこにいるだけだ。

 

「お前の身体をみんなで洗ってやるけど、それが終われば、最初からやり直しだ。次は気を失わないようにしな。いいかい、最初からさっきのをやり直しだ」

 

 宝玄仙がそう言うと、金水蓮の顔が恐怖に染まった。

 そして、洗い場に出した拘束したままの金水蓮を四人がかりで洗った。

 文字どおり、隅から隅まで手で金水蓮の身体を擦り回った。

 それこそ、髪の毛を一本一本洗う勢いで丁寧に擦り、後ろ手の指も胡坐の足の指も一本一本股を拡げて擦る。

 さらに、女陰の奥はもちろん、肛門の最奥まで指が届く範囲で洗い、最後には口の中も掃除した。

 

 張形責めで身体の感度をあげ尽くされていた金水蓮は、四人の指が身体を這い回るたびにいき続けた。

 湯から出すと、金水蓮の身体を拭かせて、今度は沙那と孫空女に、一本目の張形から責めさせた。

 

 金水蓮は発狂したように叫び続けながら、何十回も連続絶頂をしたが、今度は三本目のいぼ付きの張形で完全に果てた。

 肛門に電撃棒を挿し入れて電撃を与えて、意識を回復させる。

 しかし、意識を戻したのは今度は一度だけだ。

 三本目の張形が百回を終えることなく、金水蓮は電撃でも起きなくなった。

 

 仕方なく、また沙那と孫空女に命じて、浴室に連れていき、休息させる。

 しかし、呼吸を整えさせるだけだ。あがりきった身体の感度は下げさせないように、身体を手で擦り回ることは続けさせる。

 なんとか意識を戻したところで、湯から出し、また、張形で責める。

 

「か、勘忍……」

 

 三度目のやり直しをすると告げると金水蓮は、ついに泣き出した。

 宝玄仙は自分の身体に愉悦が染み渡るのを感じた。

 宝玄仙の眼の前で、不良将校を処断したくらいに果断な軍人が、哀れな声を出しながら泣きはじめたのだ。

 

 三度目のやり直しは、また朱姫にやらせた。

 今度は電撃棒を尻に挿したままだ。

 次は一本目の張形の百回もたなかった。

 宝玄仙は、金水蓮の身体を拘束した縄を解かせて、浴室にまた連れていかせた。

 沙那と孫空女と朱姫に命じて、縄痕をほぐすように湯の中で金水蓮の身体を揉ませる。

 湯の中で金水蓮は目を覚ましたが、もう、ただ意識を起こしただけの状態だった。

 全身が脱力して、自分ではまったく動くことができないようだった。

 

「金水蓮、もう一度、最初からやり直すのと、お前の陰毛を剃り落とすのとどちらがいい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「け、毛を剃って……ください……。お、お願い」

 

 金水蓮は哀願の色を顔に浮かべて言った。

 洗い場で金水蓮の恥毛を剃り落とさせる。

 宝玄仙の恥丘にも一本の毛も生えていないから、五人の女の股間はすべて無毛の状態になった。

 湯から出し、身体を拭かせると、今度は金水蓮を寝室に連れていった。

 

 宝玄仙の霊具の中から『尻棒』を持ってこさせる。

 これは宝玄仙の開発した尻孔調教用の淫具だ。

 準備を必要とせずに、これで尻を犯せるという霊具だ。

 つまりは、浣腸で尻孔を掃除しなくても、これを尻に挿し入れると、道術で尻の中の汚れを失くして消滅させることができるとともに、挿入に必要な潤滑油が自動的に棒の表面に発生する。

 あと、霊気を込めることができれば、子供も指程の細さから、大人の拳くらいの太さまで自在に大きさを変化させることができる。

 宝玄仙は、『尻棒』を一番細い太さにして、うつ伏せにした金水蓮の肛門に挿入していった。

 

 金水蓮は別に抵抗しなかった。

 もう手足は拘束していないが、ただ、されるままに『尻棒』を受け入れていた。

 完全に『尻棒』が金水蓮の肛門の中に没すると、抜け出ることのないように道術をかけて、金水蓮の尻孔の中で『尻棒』を振動させた。

 

「ほごぉっ──」

 

 無反応だった金水蓮の身体が仰け反った。

 再び、全身を真っ赤に染めた金水蓮を仰向けにすると、宝玄仙は自分の股間に男根を発生させて、寝台の上で金水蓮を犯した。

 金水蓮の肛門で暴れている魔具は、しっかりと女陰に侵入した宝玄仙の男根にも強い刺激を与えた。

 

 挿入している宝玄仙でもこれだけ感じるのだから、直接に淫具で尻を責められている金水蓮は苛酷な情況だろう。

 

 金水蓮は何度もよがり泣き、宝玄仙の身体の下で絶頂を続けた。

 三度ほどいかせたところで、金水蓮の責めを供たちに交替させることにした。

 沙那と孫空女と朱姫の全員の股間に男根を発生させる。

 これをやるたびに、沙那も孫空女も嫌そうな顔をする。

 朱姫だけは、満更でもない顔をしているが……。

 

「こいつを寝かせるんじゃないよ。お前たちは、交替で寝ていいけれども、金水蓮は朝まで犯し続けるんだ」

 

 もちろん、いまでも金水蓮の尻孔では魔具が跳ね回っている。

 誰も触っていない状態でも、金水蓮はおこりのような痙攣を続けている。

 

「わ、わかりました、ご主人様……」

 

 沙那が諦めたような表情で言った。

 ほかのふたりも、それぞれに頷いた。

 宝玄仙は、金水蓮を三人の供に任せて、宝玄仙自身は、隣の寝台で休むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きると、朱姫が金水蓮を責めているところだった。

 金水蓮は、朱姫の裸身に腕を回して、繰り返して襲っている快感の嵐に、完全に埋没していた。

 起き抜けの宝玄仙の視線に、短い時間で続けてよがる金水蓮の姿が映る。

 もう、正気を失った表情だ。

 それだけではない。

 朱姫に犯されながらも、自ら腰を動かして、快楽を貪ろうとしている。

 宝玄仙は、床に転がって裸のまま寝ていた沙那と孫空女を蹴り起こして、朱姫と交替させた。

 

 相手が変わっても、金水蓮の淫蕩な痴態は変わらない。

 与えられ続けた官能の苦痛を欲望の悦びとして感じ始めているのだ。

 本当に嬉しそうに、『尻棒』と女陰に挿入される男根の快楽に酔っている。

 

 ひと通り三人との性交が終わると、三人の股間から男根を消滅させて、三人には朝食の支度をするように命じた。

 三人が部屋を出ていく。

 ふたりきりになると、金水蓮を床に引きずり落とした。

 

「舐めるんだよ、金水蓮」

 

 寝台に座った宝玄仙は、床に身体を崩している金水蓮に、自分の股間を開いて股を晒した。宝玄仙の股間には、もう男根はない。

 あるのは、女の性器だ。

 金水蓮は嬉しそうに、這い寄ってくると、舌で宝玄仙の股を舐めはじめた。

 

「あ、ああ……き、気持ちいいねえ」

 

 快感があがってくる。

 金水蓮の全身からも、奉仕の悦びが伝わってくる。

 舌が宝玄仙の肉芽の皮をこじ開けるようにまさぐる。

 そして、舌先で続けざまに強く肉芽を弾かれた。

 

「い、いくよ……」

 

 快感が迸るまま宝玄仙は、快楽を放出させた。

 女陰から溢れた愛液を金水蓮に舐めとらせる。

 

「お前は、わたしたち全員の飼い犬だよ。いいね、金水蓮──」

 

 とろんとした表情の金水蓮に言った。

 

「わ、わたしは……み、皆様の犬です」

 

 腑抜けのようになった金水蓮が微笑みながら言った。

 宝玄仙は、葛籠の中から鎖で繋がれた手錠付きの首輪を持ってきた。

 それを金水蓮の首に嵌める。

 首の後ろ側からは、鎖で繋がれた手錠があるので、それを金水蓮の背中で両手を拘束する。

 

「ご主人様、食事の支度ができました」

 

 朱姫が言いに来た。

 

「わかった」

 

 宝玄仙は紐を持ってくると、金水蓮の首輪の前側の金具に繋ぐ。

 そして、紐を曳き、金水蓮を立たせた。

 足腰がうまく動かないようだが、なんとか金水蓮は立ちあがった。

 

「あ、あの……、お尻の──」

 

 数歩引っ張って歩かせたところで、金水蓮が上気した顔で言った。

 金水蓮の尻では、昨夜から挿入しっぱなしの『尻棒』がまだ小さな振動を続けているのだ。

 激しい責めで筋肉が弛緩しているだけでなく、尻の刺激で満足に歩くことのできない金水蓮は、淫具をとめて欲しくて哀願をしようとしたのだ。

 

「ああ、尻が物足りないのかい──。じゃあ、刺激を強くしてやるよ、金水蓮」

 

 宝玄仙は、わざとうそぶくと、道術を込めて金水蓮に埋まっている『尻棒』をひと回り大きくするとともに、振動を少し強くした。

 

「ち、違うううっ──」

 

 金水蓮は、激しい嬌声をあげてうずくまった。

 そして、その場で絶頂した。

 脱力した金水蓮の首輪に繋がった紐を引っ張って無理矢理に立たせる。

 食事は、昨日、最初に金水蓮を責めた居間に準備されていた。

 

「朱姫、こいつの分は床に置きな」

 

 料理の並べられている卓につくと宝玄仙は言った。

 

「ど、どうぞ、金水蓮様……」

 

 朱姫が宝玄仙の足元にうずくまっている金水蓮の顔の下に、飯と汁の魚の入った椀と皿を置く。

 

「こいつは、さっき、わたしらの飼い犬になることを了解したよ。だから、呼び捨てでいい。それ以外の呼び方は禁止だ」

 

 朱姫だけでなく、沙那と孫空女もぎょっとした表情をしたが、誰もなにも言わなかった。無論、金水蓮に抗議の色はない。

 

「……じゃあ、食べなさい、金水蓮」

 

 朱姫が言い直した。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……。はああ……──」

 

 金水蓮が尻を責める魔具に喘ぎながら言った。

 宝玄仙は、金水蓮に食べ物を口に入れるように命じたが、両手を背中で手錠をかけられている金水蓮には、犬食いをする以外に食べる方法がない。

 そうやって、金水蓮に惨めな食事をさせながらも、宝玄仙は金水蓮の尻孔の淫具による責めを続けた。

 

 金水蓮は、尻から伝えられる官能と戦いながら、口で食事を貪った。

 食事が終わると、朱姫に金水蓮の顔を洗わせて、四刻(約四時間)ほど、床の上で休むことを許した。

 『尻棒』は、挿入したままだが振動だけはとめてやった。

 金水蓮は死んだように眠った。

 

 太陽が天頂に達する時刻になると、宝玄仙は金水蓮を蹴り起こした。

 

「ほわっ──」

 

 まだ、寝ぼけ眼の金水蓮を『尻棒』の振動を与えることで少し正気に戻す。

 顔に目隠しをして、解けないように目隠しの上から『魔縄』をかける。

 そのまま、首輪の紐を引っ張って歩かせる。

 尻に振動を受け続けている金水蓮は、腰をみっともなく引いた姿勢でついてくる。

 そのまましばらく歩かせても文句を言わなかった金水蓮が、やがて、開け離れた戸の外側から外気を感じて、急に怯えて立ちどまった。

 

「ど、どこへ連れていこうというの──?」

 

 金水蓮は、焦った様子で叫んだ。

 

「犬になったお前を外で散歩させようと思ってね」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、嫌がってうずくまった金水蓮の両腕を沙那と孫空女に掴ませて、強引に外に連れ出した。

 そのまま、素っ裸に首輪と後ろ手錠をつけた金水蓮を歩かせる。

 玄関のある側には、城郭軍がつけた金水蓮の従兵の詰所がある。

 宝玄仙は、そちら側を避けて、反対側の勝手口から金水蓮を出した。

 ぐるぐると裏庭を歩かせる。

 まだ、庭の中なのだが、目隠しをされている金水蓮には、どこを歩かされているのかまったくわからないはずだ。

 それで、一度、屋敷の裏戸から外の通りに出し、気づかれないようにすぐに戻した。

 

 ただし、そのときに、そっと、金水蓮の両耳に『遠耳』をつけた。

 『遠耳』とは、『遠口』と組み合わせて使用するもので、離れていても『遠耳』は、『遠口』の拾った音を拾うという能力がある。

 宝玄仙は、金水蓮の耳に装着した『遠耳』に連動させた『遠口』を朱姫に命じて大通りの賑やかな場所に捨てに行かせている。

 これで金水蓮の耳には、大通りの喧騒が入ってくるはずだ。

 

「ひっ、そ、そんなあ」

 

 案の定、『遠耳』を付けられた金水蓮は、明らかに怯えた表情を示し始めた。

 裏庭に戻ったのだが、金水蓮は、この格好のまま、大通りの近くに連れていかれたと思ったに違いない。

 目隠しをした金水蓮の表情は恐怖だけの色に包まれている。

 

 これまでは、なんだかんだで、屋敷の中だけの「遊び」だ。

 それが突然に、外に連れ出されて、恥を晒されようとしているのだ。

 この城郭の中で、軍の副長として生きていかなければならない金水蓮にとって、街の真ん中でそんな羞恥を晒すのは耐えられないはずだ。

 

「も、戻して──。戻してください、宝玄仙さん──」

 

 金水蓮はうろたえた声をあげた。

 

「大きな声を出すんじゃないよ。ここは、大通りのすぐそばの路地なんだ。お前の声で人が覗きにきても知らないよ」

 

 そう言うと金水蓮は真っ蒼な顔で口をつぐんで震えはじめた。

 そして、実際には裏庭の外壁の内側なのだが、壁の杭に金水蓮の首につけた紐を繋げた。

 

「な、なにするんだい──。そ、そこにいるんでしょう? お、お願いだよ。まさか、ここに、置いていくつもりじゃないよね」

 

 金水蓮の身体から沙那と孫空女が手を離すと、金水蓮は後ろ手の裸身をしゃがみ込ませて、小さな声で懸命に囁いた。金水蓮の耳には、ぞっと大通りの喧騒が聞こえ続けているために、本当に、屋敷の外だと思っているのだ。

 

「よく、お聞き、金水蓮。わたしらは、これでさよならだ。愉しかったけど、旅の途中でね──。助けて欲しければ、大声で叫んで人を呼びな。その哀れな姿のお前が、城郭軍の副長だと城郭中に知れわたるだろうけどね。きっと、軍兵が救出に来てくれるさ」

 

「ま、待って──」

 

 金水蓮は、一度だけ大きな声で叫んだ。

 次第に離れる宝玄仙たちの気配を感じたのだろう。

 しかし、すぐに顔を隠すように、しゃがんだまま下を向いた。

 もちろん、金水蓮の尻孔の淫具は、ずっと淫らな振動を続けている。

 

 宝玄仙は、そのまま裏庭に繋いだ金水蓮を放っておいた。

 ずっと同じ姿勢で金水蓮はしゃがみ込んだままだった。

 大声で助けを呼ぶということはしようとはしない。

 

 やがて、夕方になり、辺りが冷えはじめると、宝玄仙は金水蓮に近づき、乳房をぎゅっと揉んだ。

 

「ひゃああ──。だ、誰? 誰だい?」

 

 金水蓮は悲鳴をあげた。

 宝玄仙は構わずに、無言のまま乳房を揉み続けた。

 そして、女陰に手を伸ばして、肉芽を責める。

 

「あひいいぃぃぃっ──」

 

 金水蓮はもの凄い声をあげて身体を仰け反らせた。

 羞恥責めで身体の感度があがるだけ、あがっていたのだろう。

 それに、ずっと与え続けられてきた『尻棒』の振動によって、肉体は限界を迎えていたのだ。頭と身体の錯乱状態を耐え続けてきた反動が出たのだ。

 そのまま肉芽を触っていると、金水蓮は、立て続けにいって、その場で失神して果てた。

 これが決め手だったようだ。

 

 屋敷に連れ戻した金水蓮は、目隠しを外されて、眼の前に宝玄仙たちがいることを知って、安堵のあまり泣きじゃくった。

 それからは、すっかりと従順となり、“ねこ”として、宝玄仙だけではなく、沙那や孫空女や朱姫の責めを受けるようになった。

 ちょっとした責めにもよがり狂い、あるいは、自ら腰を振って快楽を貪る淫乱さを示すようになった。

 そのまま夜まで責め続けて、果てたところで寝かせた。

 

 翌朝、目を覚ましたところで、宝玄仙は、裸の金水蓮を床の上に正座をさせて、その前に四人で立った。

 いまは、金水蓮は、一切の拘束具は身につけていない。

 随分と長い時間責め続けた『尻棒』も抜いている。

 

「お前には、選択をさせてやるよ──。金水蓮、お前は、今日から出仕のはずだろう? だから、このままわたしらと別れるか、それとも、しばらくわたしらの飼い犬となるかを選ばせてやる」

 

 宝玄仙は、抜いたばかりの『尻棒』を金水蓮の身体の前に置いた。

 

「もしも、もう、わたしの調教を受けるのが嫌だと思ったら、この『尻棒』には触らずに、そのまま部屋を出ていくんだ。そうすれば、わたしらも、このまま、この屋敷を去り、お前が夕方戻るときには、この城郭からも消えているだろう」

 

「えっ、消えるって……」

 

 金水蓮が狼狽えた声をあげる。

 だが、宝玄仙はそれを制した。

 

「……いいから、聞きな──。しかし、逆に、お前が、これからもわたしの調教を受けたいと思い、もっと関係を深くしたいと願うなら、ここでお前自ら、『尻棒』を尻に挿すんだ。そして、そのまま出仕しな。そうすれば、わたしらは、お前が夕方に戻るまで待ち、昨日以上に激しい調教をお前に施してやる」

 

「き、昨日以上?」

 

 金水蓮の顔が引きつるのがわかった。

 昨日以上の調教というのが想像できないのだろう。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。 

 

「今夜は、お前の尻孔調教をさらに進める予定だ。お前も、こいつらと同じように、尻が全身のどこよりも感じる変態にしてやる──。どちらでもいい。さあ、選ぶんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな──。捨てないでくれ──」

 

 金水蓮はほとんど躊躇うことなく、『尻棒』を手に取ると、腰を浮かせて自分のお尻の中にそれを埋めた。



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203 奴隷狩りの夜

 星空の明るい夜だ。

 瞳子(とうこ)は、店の女たちとともに、店の品物と一緒に裏山に準備してあった隠れ処に逃げ込んだが、姉の蝶子(ちょうこ)は、店に戻ってしまった。

 黒賊と戦うために──。

 

 ふたりだけの家族だった。

 両親が揃って災厄で死んだのは、瞳子が十歳で、蝶子が十七のときだ。

 幸いにも親はそれなりの蓄財を残してくれていた。

 世話をしてくれる人もあり、蝶子は、生まれ育ったこの「(げい)」という町で、古着を買い取って売るという小さな店を開き、生まれ育った故郷で商売を始めた。

 

 店はすぐに繁盛し始めた。

 おそらく、蝶子には商売の才能があったのだろう。

 なんでもない古着が、蝶子の手にかかりちょっとした手間が加わることで、品がよくてかわいらしい衣類に変身した。

 店はすぐに終日、女たちで賑わうようになった。

 十二になると瞳子も半人前以上の仕事ができるようになり、店を手伝い始めた。

 

 それから五年──。

 瞳子は十七になり、蝶子は二十四になった。

 店は大きくなり、国境に近い小さな迎の町まで、大元府(たいげんふ)の城郭からもわざわざ買いに来る者もいる。三人の女を店で雇うようにもなっていた。

 すべてが順調だった。

 

 黒賊が出没するようになるまでは……。

 黒賊というのは、最近突然に、女人国南域に現れた謎の人浚い団だ。

 ひとり、ふたりを浚うのではない。

 大勢いて、全員が馬に乗り、神出鬼没に現れては、小さな村や町を襲い、見た目の美しい女を大勢浚っていく。

 残虐という噂もあり、略奪もする。

 略奪をしながら、女を物色して目ぼしい者を浚っていくのだ。

 

 浚った女をどうするのかははっきりとは知られていないが、国境を越えた男の国に奴隷として売り捌くのだとも噂されていた。

 女人国は男のいない国だが、南で国境を接する祭賽(さいさい)国は、男の国であり、女の地位が低くて女奴隷として売買されている。

 黒賊には、その祭賽国の男が混じっているという話もある。

 いずれにしても、大元府にある城郭軍が追い回しているが、いまだに黒賊の勢いは衰えない。

 

 とにかく、黒賊は、不意に出現しては暴れ回り、奪い、去っていく。

 そして、噂だけが拡がり残っていく。

 わかっているのは、賊の長が、楊鬼女(ようきじょ)という名の女ということだけだ。

 

 この一帯の軍管轄は大元府の城郭軍だ。

 だが、腐っていると言われていて、なんの役にも立たないのはよく知られていた。

 賊が出現した場所にやってきて、しばらく逗留して去るだけだ。

 軍がいる間は、近傍には黒賊は確かにやってこないが、いなくなればまたくる。

 それに、軍は駐留している間に、治安代として賄賂を要求するし、代価を支払わずに物を奪うし、畠を荒らす。

 賊と同じくらいにたちも悪かった。

 

 仕方なく、それぞれの町や村は自警団を組むようになった。

 自警のできない場所は、最初に黒賊の餌食になった。

 蝶子と瞳子の暮らす町がこれまで襲われなかったのは自警団があったからだ。

 

 だが、その黒賊がやってきた。

 一千ほどの馬がこっちに近づいているという報せは、近傍の村が知らせにきてくれた。

 お互いに連携を結んでいる村のひとつだ。

 そこから情報を馬で届けてくれたのだ。

 幾つかの村を襲いながらこの町に黒装束の騎馬の集団が近づいている。

 間違いなく黒賊だ。

 

 姉の蝶子は、以前から準備していた町の外の岩山の隠れ処に、三人の雇い女と瞳子を連れてきた。

 しかし、蝶子はそのまま、戻ってしまった。

 一緒に残ってくれという瞳子の哀願も、微笑ながら拒否された。

 蝶子は自警団のひとりなのだだ。

 黒賊から町を護るために、ほかの自警団の者と一緒に戦うために戻ったのだ。

 

 姉がいなくなってしばらく経つ

 瞳子は蝶子に留まれと言われている場所から少し離れた場所に移動していた。

 ここなら林から突き出した岩から町に入る街道が見下ろせた。

 瞳子のほかにも、黒賊がやってくるという噂で、町から逃げようとしている者がちらほらいた。

 もっとも、それほど多い数ではない。

 多くの者が戦うつもりで留まっているのか、それとも、ほかの方向から逃げようとしているのか……。

 

 本当に黒賊がやって来るのだろうか。

 脱出しようとする者は見えるが、瞳子には町が襲われるという実感がまだ湧かないでいた。

 自分だけ逃げたという罪悪感に苛まれなくてすんだのは、襲撃されるという実感がなかったからだろう。

 

 だが、しばらくして、伝わってきた地響きに瞳子は思わず腰をあげた。

 眼下の街道を馬群が駆けていった。

 一瞬、なにが通ったのかわからなかった。

 黒い装束が夜の闇に紛れてよく見えなかったのだ。

 馬にも黒い布がかけられていた。まるで、闇の中を地響きだけが過ぎていったような感じだった。

 

 黒賊だ──。

 

 全身の毛穴から汗が噴き出した。

 やっと、町が賊に襲われるという実感が瞳子に伝わった。

 

 蝶子──。

 背に粟が立つ。

 駆け去った黒い装束の五百くらいの集団──。

 

 あれが黒賊としたら、迎の自警団などひとたまりもない。

 自警団など、数で数十人くらいだ。

 数で圧倒し、しかも、騎馬にも乗る野蛮な集団に自警団が勝てるわけがない。

 

 初めて瞳子は、蝶子が戦うためではなく、死ぬために戻ったのだと悟った。

 迎の町を見に行こう。

 そう思った。

 

 迎の町でなにが起きているのか、自分は知るべきであるに違いない。

 蝶子が町で戦って死ぬことを選んだように、瞳子にとっても迎の町は故郷であり、父母と暮らした場所だ。

 蝶子と一緒に店をやっている町なのだ。

 

 岩山を降りているときに、また地響きがした。

 今度の地響きは、荷駄馬車を曳く馬群の音だ。

 荷駄馬車は全部で十数台はあるだろうか。

 最後尾の二台には荷が積んであったが、ほかは空だ。

 おそらく、あれに戦利品を載せるのだろう。

 載せてあった二台の荷は、ここにやって来る途中で略奪した物だろうか。

 ただ、荷だけで人は載せてはいない。

 途中の村では奴隷狩りはしなかったのだろう。

 

 荷駄馬車の群が遠ざかると、街道は静かになり、土煙もなくなった。

 瞳子は夜の街道を駆けた。

 走り続けた。

 

 闇は気にならなかった。

 それよりも、姉の蝶子のことだけを考えた。

 町の裏にある岩山だ。これほどまでに町は遠かったのか──。

 走りながら思った。

 

 やっと町の入口が見えていた。

 町は明るかった。

 燃えているのだ。

 多くの建物が炎に包まれている。

 

 瞳子は町の入口で倒れている数名の女に目を留めた。

 自警団の服を着ている。

 走った──。

 三人とも頭を割られて死んでいた。

 姉ではない。

 

 瞳子は、そこからさらに町の中に眼をやった。

 立っている者はひとりもいない。すべて死んでいる。

 自警団の者たちばかりだ。

 あの死んでいる自警団の兵の中に姉が混じっているのだろうか。

 瞳子はひとり、ひとり屍体を確かめながら進んでいった。

 不意に身体が浮いた。

 

「きゃああぁぁぁ──」

 

 瞳子は悲鳴をあげた。

 身体が掴まれている。

 しかもふたりにだ。

 瞳子は横抱きにされながらも、自分を担ぎあげた者たちを見た。

 全身を覆う黒い装束を着ている。

 顔さえも眼の部分以外は、黒布で覆っている。

 

 黒賊だ──。

 黒賊に捕えられてしまったのだ。

 瞳子は恐怖で身体が動かなくなった。

 奴隷狩り団に捕らえられた──。

 

「上玉だ。あたしが捕えた」

 

 ひとりが言った。

 

「あたしたちだよ。あたしたちふたりだ」

 

 もうひとりが叫んだ。

 

「わかった。あたしたちだ──。目ぼしい獲物が手に入れられなくて、お頭からお目玉を食うかと思っていたけど、これは若くて上玉だ。逆にご褒美がもらえるさ」

 

「やったね。しかし、こいつ、どこに隠れてたんだろう──。こんな上玉が残っていたなんて……」

 

「そんなことはどうでもいいさ。さあ、ほかの連中に横取りされないうちに、本営に連れていくよ」

 

 ふたりの賊は、担ぎあげた瞳子を地面に一度降ろした。瞳子は逃げようとしたが、ふたりがかりで力強い腕で、うつ伏せに押さえられた。

 ふたりの賊は、瞳子の両手を背中に回させて革紐で手首を縛った。

 足首もまとめて革紐で拘束される。

 瞳子は震えていた。恐怖で声もあげられない。

 

「生娘かな?」

 

 ひとりが言う。

 

「さあ? お前、生娘か──? つまり、女陰に物を入れたことがあるかい?」

 

 瞳子はわけもわからず首を横に振った。

 生娘とはなんだろう──?

 そう思ってから、そう言えば南の祭賽国では、性経験のない女が高く奴隷として売れるという話を聞いたことがある。

 生娘というのは、本来は、男性と性経験のない女のことを言うらしい。

 そういう意味では、女人国のすべての女が生娘だ。

 女人国には男はいない。

 男と性愛を交わす機会は皆無だ。

 だが、祭賽国でいう生娘というのは、女の穴にものをいれたことのない女という意味だ。

 つまり、女陰がまだ膜で塞がっている娘のことで、破瓜を終えていない娘のことだ。

 

 瞳子はまだその経験はない。

 まだ、破瓜はしていない。

 店の女と愛し合ったことはあるが、女陰にものを入れるということはしなかった。

 痛いと言われていたし、なんとなく恐かったのだ。

 

 南の祭賽国では、性行為というのは、恋愛感情か性欲を発散するための行為らしいが、女同士で愛し合う女人国の女は、友愛の表現という意味もある。

 裸でお互いの身体を触り合って気持ちよさを交換するのだ。

 

 店の女三人は、姉の友愛の相手であり、それから瞳子の友愛の相手にもなった。

 姉の蝶子とは、瞳子が十二歳の誕生日以来、女同士の愛の行為を教えてもらっていて、その蝶子が、自分と友愛を交わした店の女たちを瞳子に紹介したのだ。

 

「なんだ、生娘じゃないのか……」

 

 瞳子が首を横に振ったので、生娘であることを否定したと思ったのだろう。

 瞳子を捕えている賊のひとりががっかりした声をあげた。

 

「いいさ──。それでも、この若さと気量なら、一級はつくさ」

 

「生娘なら特一級なんだけどね」

 

「一級でもいいよ。報金が貰える」

 

「報金だね」

 

 瞳子はふたりにもう一度横抱きに担ごうとした。

 瞳子は悲鳴をあげて暴れた。

 

「ちっ──。いきなり騒ぎ始めたよ。あんまり、大騒ぎさせるとほかの者に奪われるよね」

 

 瞳子を地面に抑えながら一方が言う。

 

「なにか口に入れる物はないかな……。革紐を直接口に噛ませると頬を傷めて、評価が下がるかもしれないし……」

 

「ああ、あるじゃない──。どうせ、査定とのとき剥がされるんだし……」

 

 突然、うつ伏せに押さえつけられていた瞳子の下袍(かほう)の中に手が差し入れられた。

 

「いやああぁぁぁ──」

 

 瞳子は手足をばたつかせた。腰の下着が剥がされようとしている。

 

「う、うるさいよ。とんだお転婆だよ、こいつ──。い、痛あぁぁ──」

 

 瞳子は暴れることで、緩んだ腕の手首に思い切り噛みついた。

 噛みつかれた賊が悲鳴をあげた。

 

「な、なにすんだよ──」

 

 首根っこを引き揚げられて、思い切り頬を張られた。

 一瞬、意識が飛ぶようなもの凄い張り手だった。

 瞳子は手足を縛られたまま、地面に叩きつけられた。

 

「駄目だよ。顔を打っちゃあ」

 

 もうひとりが瞳子を引っぱたいた賊を嗜めた。

 

「ご、ごめん、つい──」

 

 結局、下袍の中の下着を膝までずり下げられて、小刀で切り剥がされた。

 下着を失った股間にすっと外気が入ってくる。

 瞳子は、剥ぎ取られた下着を丸めて口に詰められた。

 さらに、それが出ないように、口を割るように噛まされて革紐を顔の後ろで結ばれる。

 

 瞳子はそのまま、そのふたりに担がれて町の中心に向かって運ばれた。

 中心に向かうにつれて、凄惨な町の様子はさらに酷くなった。

 あちこちの民家が燃えている。商家のほとんどは荒らされて、中の品物が物色されて荒らされている。

 

 もう、抵抗している者はいない。

 自警団が壊滅しているのは明らかだ。

 町のところどころで死んでいる屍体はすべて自警団の女だ。

 逆に倒れている黒賊はひとりもいなかった。

 また、瞳子と同じように縛られて運ばれていく女も幾らか見た。

 全員が同じ方角に向かっているようだ。

 

 縛られた瞳子が連れていかれたのは、町の中心にある広場だ。

 そこには、たくさんの黒賊がいて、戦利品の品物を荷駄馬車に積む作業をしていた。

 荷駄馬車には、女だけを積んでいるものもあった。

 全員が首輪をされてひとつに繋がれている。

 

 見ていると、新しいひとりの女が馬車の下で首輪をされて、荷駄馬車にあげられた。

 その女の首輪には短い鎖が繋がっていて、荷駄馬車に乗っている数名の黒賊が、その鎖をすでに乗っている他の女の首輪の金具に接続した。

 ああやって、どんどん繋げていっているのだと思った。

 

 瞳子は、担がれたまま、同じように拘束された町の娘とそれを捕えている賊が並ぶ列の最後尾につかされた。

 猿ぐつわ代わりの革紐は外されて、口の中の下着も抜かれる。

 この列の前方で、なにかの選別作業をしているようだ。

 

 やがて、瞳子の前に並ぶ者がひと組になった。

 眼の前には、大きな幕が張られている。選別作業は、その中で行われている気配があるが、こちらからは見えない。

 

「あと、ふた組か。いいだろう、両方入れ」

 

 布の向こうから顔を出した黒装束が言った。

 幕の中に入ると、大きな篝火がふたつかざされていた。

 その篝火の間に椅子に座った女がいる。

 その女だけは黒装束をつけていなかった。

 

 ただひとり椅子に座った女の後ろには、やはり黒装束の女が立っている。

 ほかにも十人ほどの兵らしき黒装束の賊が幕の内側にいる。

 篝火の光で、その女の顔についた惨たらしい傷跡がはっきりと見えた。

 傷跡は左の眼の上から鼻の上を通り、右の頬に抜けている。左の眼には眼帯があった。

 この女が黒賊の頭領だという噂の楊鬼女だろうか──。

 

 瞳子は、もうひと組とともに、その傷の女の前に曳きだされて跪かされた。

 もうひとりの拘束された女も逃げないように、両側から賊に身体を押さえられる。

 その賊たちも跪いている。その横の瞳子たちも同じような態勢になった。

 

「か、解放して。身代金を払うわ」

 

 隣の組の犠牲者が叫んだ。

 

「あっ、神楽(かぐら)様──」

 

 瞳子は思わず叫んだ。

 これまで気がつかなかったが、瞳子とともに曳きだされたのは、この迎の町の支配する県令の孫娘だ。

 瞳子も遠くから顔を眺めたことがあるくらいなので、すぐにはわからなかったのだ。

 

「どうかな、内儀(ないぎ)殿?」

 

 傷の女が、神楽の言葉を無視して、真後ろに立っている黒装束の女に振り向いた。

 内儀というのが、「妻」という言葉の別称だという知識は瞳子にはあった。

 だから、内儀というのが、その女の名前なのか、誰かの妻という意味で傷の女が呼び掛けたのかはわからない。

 

 内儀──とりあえず、瞳子は、ひとりだけ不思議な雰囲気を持つその黒装束をそう覚えることにした──は、すっと前に進み出て、なにかの砂のようなものを瞳子と神楽の上からふりかけた。

 

「こっちは、破瓜前──」

 

 内儀は瞳子を指差して言った。

 

「や、やった──」

 

 瞳子を掴んでいる賊が嬉しそうに叫んだ。瞳子を掴む手に力が加わる。

 

「こっちは、破瓜をしている。かなりの数のものを女陰に受けた経験がある」

 

 そう言って神楽を指差した。そして、再び、傷の女の後ろに下がった。

 

「わ、わたしを解放してください。わたしの祖母がいくらでも身代金を支払うはずです」

 

 神楽がまた言った。

 傷の女が神楽に眼をやる。

 

「ふうん……。こっちは、気量はいまひとつだね。三級の舌人形用にでもするか? いやいやいや……。しかし、ちょっと肉が付き過ぎていて、南の男どもは触手が動かないかもしれないねえ……。二束三文で買いたたかれるんだったら、世話代が勿体ないだけか──。処分するかねえ」

 

 傷の女が神楽を眺めながら首を横に振った。

 

「駄目だね。こいつは捨てな」

 

 傷の女は言った。

 

「ええっ──。そんなあ、こいつがさっきから喋っているとおり、この迎の県令の孫娘ですよ。身分の高い格式の娘なんです、お頭。屋敷に隠れていたのを見つけ出したんですよ。本物なんです」

 

 不満げな声をあげたのは、神楽をつれてきた賊のひとりだ。

 神楽は、瞳子と同じように両側からふたりに掴まれている。

 

「馬鹿か、お前は──。身分が高かろうが、低かろうが、裸にすれば同じだろう。顔と裸の美しさ──。値を付けるのはそれだけだ。この女人国じゃあいざ知らず、祭賽国に売り飛ばすときに、性奴隷の家柄なんて関係あるかい」

 

 傷の女が怒鳴った。

 

「じゃあ、身代金をとったら……」

 

 喋ったのは、神楽を連れてきたもうひとりの賊だ。

 

「誰が 払うんだよ。この娘が言っている県令だという婆あは、あたしが直接殺した。役所の玄関に首を晒しているから見てきな」

 

 傷の女の言葉に、神楽が悲鳴をあげた。

 

「ちぇっ、役立たずかい」

 

 神楽を捕まえていた賊は、神楽を掴むと外に連れ出していった。神楽はけたたましい悲鳴をあげながら、連れていかれる。

 

「さてと──」

 

 傷の女が瞳子を見た。

 

「こいつは破瓜前かい──。お前、歳は幾つだい?」

 

 傷の女の視線が瞳子を貫く。彼女がかもし出す威圧感に、瞳子の身体は小さく震えだす。

 

「じゅ、十七……」

 

 瞳子は言った。

 全身に恐怖が走る。

 

「十七で破瓜知らずかい。このところ、いろいろな性具を堂々と商家が売るようになったんで、なかなか破瓜前の娘を手に入れることができなくなったんだけど、こりゃあ、なかなかの品になりそうだ──。お前たち──」

 

「はい」

 

「はい──」

 

 嬉しそうに返事をしたのは、瞳子を掴んでいる両側のふたりだ。

 

「こいつは特一級評価だ。よくやったね──。報金のほかに、昇任だ」

 

 傷の女に指示されたひとりが、瞳子を連れてきたふたちの前に小さな袋を置いた。

 これが報金なのだろう。

 両側のふたりが歓喜の声をあげた。

 傷の女が頷くと、瞳子を掴む者が、さっきのふたりから、最初から幕にいた黒装束に交替した。

 ふたりの賊は、嬉しそうに袋を持って、幕の外に出ていった。

 

 すると、いつの間にか準備されていた鉄の首輪ががちゃりと瞳子に嵌められた。

 さっき、垣間見た荷駄馬車の上に繋がれていた女たちがしていたのと同じものだ。

 首輪には鎖も繋がっている。

 足首の革紐だけが外された。

 

「わ、わたしをどうするつもりですか──?」

 

 瞳子は叫んだ。

 

「ほう、なかなかに気の強い娘だねえ──」

 

 傷の女が感嘆の声をあげた。

 

「あたしは、楊鬼女だよ──。お前も、黒賊の噂は知っているだろう? お前には、性奴隷としての修業を積んでもらうよ。そして、男に抱かれる奉仕用の奴隷として売られるんだ。せいぜい、励みな」

 

 やはり、傷の女は楊鬼女だった。

 性奴隷として南方に売られる──。

 瞳子の恐怖が本物になった。

 

「お頭、軍が出動したという連絡が……」

 

 突然、幕が開き、外から入ってきた黒装束が言った。

 

「ほう、あの腑抜けた軍にしては動きが早いじゃないか。まだ、この迎を襲ってから三刻(約三時間)も経っていないよ」

 

 楊鬼女が、報告をしてきた賊に顔を向けた。

 

「率いているのは新しい副長です。騎兵だけで向かっているようです──。情報によれば、こっちに着くまで、もう一刻(約一時間)もないかもしれません」

 

「どのくらいの勢力だい?」

 

「その副長が率いている騎兵は、百騎ほどです」

 

 報告の賊が言った。

 

「お頭、百騎程度なら蹴散らせますよ」

 

 喋ったのは別の黒装束だ。

 楊鬼女以外は、すべて黒装束で顔を隠しているので、お互いの関係がわかり難いが、この黒賊には、はっきりとした階級があるようだ。

 まるで、大元府にいる政府軍のようだと瞳子は思った。

 

「馬鹿だね、大元府の新しい副長の金水蓮(きんすいれん)は、かなりのやり手らしいよ。数を多くしても弱兵が混じったんじゃあ、全体が弱くなる。だから、精鋭だけを連れてきているんだよ──。そういう隊は強いさ──。よし、撤収だ」

 

 楊鬼女の声で、幕の周りが一斉に動き出した。

 外にも命令が伝えられる。

 軍の動きにまったくの素人の瞳子だが、あっという間に集団がひとつの動きにまとまっていくのに接し、この集団が非常に鍛えあげられた集団であると思った。

 楊鬼女が立ちあがると、すぐに幕が外されて、楊鬼女の前に馬が曳きだされる。

 

 瞳子はぐいと首輪を引かれた。どこかに連れていかれる。

 さっきの内儀と呼ばれた黒装束の横を通ったとき、彼女の姿が消滅した。

 瞳子は驚愕した。

 最初は、なにが起きたのかわからなかったが、やがて、あれは道術に違いないと思った。

 道術遣いだったのだ……。

 首側が曳かれる。

 

「ひゃああ──」

 

 少し歩いたところで、瞳子は悲鳴をあげた。

 さっきまで幕があったすぐ近くの場所に、神楽の屍体が転がっていたのだ。

 背中に傷があり、うつ伏せの身体の下にはおびただしい血が地面に拡がっている。

 神楽が息をしていないのはひと目でわかった。

 殺されたのだ……。

 さっきまで生きていたのに……。

 

「瞳子──」

 

 荷駄馬車の群に近づいたとき、一台の荷駄馬車から叫び声がした。

 蝶子の声だ。

 

「お姉ちゃん──」

 

 蝶子は一台の荷駄馬車の中から声をあげていた。瞳子がされているのと同じような首輪で荷駄馬車の荷台にほかの女とともに繋げられている。

 瞳子はそっちに駆け寄ろうとした。

 しかし、首輪がぐいと曳かれる。

 

「あっちは、二級奴隷だ。お前は特一級だからこっちだ」

 

 蝶子のいる荷駄馬車から強引に離される。

 

「お姉ちゃん──お姉ちゃん──お姉ちゃん──」

 

 瞳子は叫んだ。

 しかし、次第に蝶子の乗っている馬車が遠くなる。

 

「なんでここにいるの、瞳子──? どうして──?」

 

 それがかろうじて聞き取れた蝶子の言葉だった。

 それ以外の言葉は、撤退の準備をする喧騒の中に埋もれてしまった。

 

「これに乗れ──」

 

 一番隅にあった荷駄馬車に押し上げられた。

 その荷駄馬車には、三人しか女がいなくて、一番奥の娘の首輪の鎖は、荷駄馬車の壁に繋がれていた。

 残りのふたりはそれぞれ前の娘の首輪に繋がれている。

 三人の娘は全員すすり泣いていた。

 

萌香(ほうか)──」

 

「瞳子──」

 

 三人のうち、ひとりは知っている娘だった。

 幼馴染であり、子供の頃から仲良しだ。

 瞳子の首輪がその萌香の首輪に繋がれた。

 それまで乗っていた賊が、荷台から降りていく。

 

「瞳子も捕まったのね」

 

 萌香がすすり泣きながら言った。

 

「さっき、お姉ちゃんを見たわ、萌香──。他の馬車にいたの。二級とか言ってた」

 

 瞳子は言った。

 

「二級……。二級はすぐに売られる奴隷よ。わたしたちは一級だから、調教をしてから売られるとか言っていたわ。怖いわ……、瞳子。どうしよう……」

 

 萌香はまた泣き出した。

 

 萌香は一級……。

 瞳子は特一級だ──。

 そして、姉は二級──。

 県令の孫娘の神楽は売り物にはならないと殺された……。

 

 この黒賊は、人間をただの品物としか扱わない集団なのだ。

 その奴隷狩り団に自分は捕えられた。

 これからどうなるのだろう──?

 瞳子の心にたとえようのない不安が拡がる。

 

「出発──」

 

 どこかで命令の声がした。

 がくんと揺れて、荷駄馬車が動き出す。

 燃え続ける町並みの中を荷駄馬車は、だんだんと速度をあげて進み始めた。



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204 女主人の提案

「や、やだっ──は、放してよ──いやだぁ──」

 

 金水蓮(きんすいれん)は、屋敷の外の従兵の詰所まで聞こえるのではないかと思うような大声を出した。

 

「うるさいねえ、悲鳴で従兵を呼ぶつもりかい、金水蓮──。沙那、こいつの口に猿ぐつわを噛ませな」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 金水蓮の屋敷だ。

 ここに三人の供とともに逗留するようになって十日余りが経っている。

 

 金水蓮は、毎日出仕して、副長として兵を錬成する日々を続けている。金水蓮によれば、大元府の兵はどうしようもないくらいの軟弱な兵らしい。

 それを精鋭に変えるべく、火の出るような調練を金水蓮は兵に課している。

 これまでのぬるま湯のような軍人生活を一変させ、いきなり激しい調練をやり出した金水蓮を恨む怨嗟の声が軍の中に蔓延しているのは金水蓮も知っているようだ。

 それでも、金水蓮は、兵を絞る手を緩めるつもりはないらしい。

 

 そのような鬼の調練を続ける城郭軍の副長としての顔の一方、夜に屋敷に戻れば、いまのように宝玄仙の調教を受ける日々が続いている。

 宝玄仙の性奴隷としての調教に泣き喚く日々も、兵に厳しい調練を要求する金水蓮と同じように、金水蓮のもうひとつの真実の顔だ。

 沙那が慌てて駆け寄って口の中に布を押し込む。

 

「ごめんなさい、金水蓮さん」

 

 金水蓮の口の上から、沙那が紐状にした布を噛ませて後頭部で結ぶ。

 

「余計なことを言うんじゃないよ、沙那」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 猿ぐつわを終えた沙那が慌てたように寝台から降りる。

 いま寝台に乗っているのは、金水蓮と宝玄仙だ。

 この寝台は、すでに宝玄仙の手により霊具に変えられていた。

 つまり、寝台の上は、宝玄仙が自由自在に操作できる力場になっている。

 宝玄仙の道術により、この上に載せられた者は、宝玄仙の手でなければ姿勢を変えることができない。

 いまの金水蓮は、寝台で全裸にされてうつ伏せになり、膝を立てて尻を高くあげた格好で固定されている。

 両手は寝台につけた頭の横に置かれていて離すことはできない。

 

 そういう格好で、やはり裸の宝玄仙に尻を調教されているのだ。

 宝玄仙の手には、尻穴調教用の霊具である『尻棒』がある。

 

 そして、沙那と孫空女と朱姫は、寝台の下の床に正座で待機させている。

 宝玄仙が金水蓮を犯すのを見物させているのだ。

 三人とも全裸であり、宝玄仙が激しく金水蓮を責めるのを悄然として見ている。

 

「んぐ、ぐぐ……」

 

 宝玄仙は、尻穴用の張形を挿れている金水蓮の菊門の内側を荒々しく抉った。

 金水蓮の顔に苦悶の表情が浮かぶとともに、眼に涙がこぼれた。

 

「もう少し、開かせるかね」

 

 宝玄仙は跪いている金水蓮の片脚を外側めがけて思い切り蹴った。

 金水蓮の脚は大きく開き、そして、寝台の発する道術の力により、その開脚した状態で固定される。

 

「たかだが、このくらいの太さの張形に音をあげてどうするんだよ、金水蓮──。こいつら、三人には、以前、この宝玄仙の腕を入れてやったこともあるんだよ。もっとも、そのときには、さすがに尻の穴が裂けてしまって、道術で再生してやらなければならなかったけどね」

 

 宝玄仙は笑った。

 組み伏せている金水蓮の身体から新しい汗が噴き出した。

 それが張形による刺激によるものか、宝玄仙の言葉が与える恐怖によるものかはわからない。

 

「さて、じゃあ、もう少し太くするかね」

 

 宝玄仙は、金水蓮の肛門から張形を一度抜き、それに道術を込めた。

 霊具である『尻棒』が二寸(約六センチ)の太さになる。

 さらにその表面にじわっと潤滑油が滲み出る。

 

「次は、これだよ──。尻の力を抜くんだよ」

 

 宝玄仙は、顔を伏せている金水蓮の髪を掴むと、思い切り引きあげた。

 そして、金水蓮に見えるように、これまでの倍の太さに変わった『尻棒』を翳す。

 

「んぐ、んぐっ……」

 

 金水蓮が髪で引きあげられている首を横に振った。

 拒絶をしているのだろう。しかし、猿ぐつわに阻まれた口は、その哀願の言葉をただの呻き声に変える。

 これからさらに過酷になる責めに震えはじめた金水蓮に満足した宝玄仙は、金水蓮の髪を離した。金水蓮の顔が、再び床に伏せられる。

 

「ご、ご主人様……、あ、あのう……。勘弁してあげたら……」

 

 沙那が寝台の下からおずおずと言ってきた。

 

「なに言ってんだよ、沙那。わたしは、まだ、ほとんど、なにもしていないよ。ただ、『尻棒』で少しばかり、こいつの尻を擦ってやっただけさ。それに、結構、こいつも素質があるようだよ。嫌がっているようだけど、尻穴も満更でもないようさ。いたぶっているのは尻だけなのに、しっかりと前の穴はお汁でびしょびしょになっているよ」

 

 宝玄仙は、そう言うと、手を伸ばして、びっしょりとなっている金水蓮の股間から淫液をすくい取った。

 

「んぐうっ──」

 

 いきなり股間の刺激を受けた金水蓮が身体を仰け反らせる。

 宝玄仙は、二本の指についた金水蓮の愛液の粘りを寝台の下の三人に見せた。

 三人が小さく声をあげるのがわかった。

 

「さて、いくよ、金水蓮。さっき見せた太さだからね。力を入れると怪我をするよ」

 

 宝玄仙は、太さを増した『尻棒』の先で、金水蓮の無防備な菊口の周囲を揉みしだいていく。

 

「くうっ──んぐう──」

 

 この十日、従順として宝玄仙の調教を受け続けた金水蓮だったが、さっきの太さは金水蓮の想像を超えていたのだろう。

 張形から逃れようと、汗にまみれた双臀が左右に動く。

 身体の下の乳房が波打つ。

 金水蓮の菊蕾はしっかりとしぼんだままだ。

 肛門を抉っている張形に、ほんの少しだけ力を入れる。

 

「んぐうっ──」

 

 金水蓮が苦痛の声をあげたが、宝玄仙には、その声に快感の響きが混じるがわかった。

 宝玄仙は、『尻棒』を持つ反対の手を金水蓮の股間に移動させた。

 

「んんんんんん──」

 

 肉芽をころころと転がすと、金水蓮の身体が真っ赤になり激しく震えだす。

 あっという間に、金水蓮は、股間から淫液がしたたり落ちるくらいに蜜を溢れさせた。

 それとともに、すぼんでいた肛門がわずかに緩んで、小さな花のように開く。

 宝玄仙は、さらに『尻棒』に力を込め、奥に向かい入れる。

 

「んぐうっ」

 

 金水蓮の肛門がまた緊張を取り戻す。

 十日も尻を調教したのだ。もう、すっかりと妖しい快感を尻で感じるようになっているはずだ。

 金水蓮が、尻から受ける身体の火照りをもうどうすることもできなくなっているのも知っている。

 しかし、それでも排泄行為にしか使わない場所に、あの張形を受け入れるのは抵抗があるのか、しっかりと意識が覚醒している状態で、尻を責められるのを受け入れることは難しいようだ。

 

「何度も言わせるんじゃないよ、金水蓮。張形を受け入れるときには、息を吐くんだよ。尻が壊れてもいいのかい」

 

 宝玄仙は罵声を浴びせる。

 その瞬間は金水蓮も息を吐くのだが、すぐに緊張で息が止まり、肛門が縮まる。宝玄仙は、何度も怒鳴らなければならなかった。

 

「仕方ないねえ……。誰にしようか……」

 

 宝玄仙は、全裸で正座している朱姫、沙那、孫空女に視線を送る。

 そして、孫空女に目を留めた。

 

「孫空女──。あがっておいで」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あ、あたし?」

 

 突然の指名を受けて、戸惑いの表情をしながらも、孫空女は寝台にあがってきた。

 その孫空女の両手を『拘束環』を使って背中で拘束する。

 

「な、なにさ、これ、ご主人様?」

 

 いきなり、後ろ手にされた孫空女が戸惑っている。

 

「金水蓮の緊張をほぐしてやりな、孫空女」

 

「ほ、ほぐすって……」

 

 孫空女はなにをしていいのかわからないようだ。

 

「なんでもいいから、金水蓮の身体を責めて気をやらせるんだよ。気をやれば、身体もほぐれる。このくらいの『尻棒』もすっと受け入れるさ」

 

「わ、わかった……。でも、だ、だったら、これを外してよ、ご主人様」

 

 孫空女は背中で拘束された腕を揺らせた。

 

「なんでだよ?」

 

 宝玄仙は込みあがる愉悦に思わず微笑みを洩らしてしまう。

 

「手が使えなきゃ、なにもできないよ」

 孫空女は言った。

「達者な口があるじゃないか、孫空女──」

 

 宝玄仙は笑った。

 孫空女を拘束していたのも、孫空女を指名したのも、別になにか魂胆があったわけじゃない。

 単に気紛れだ。

 しかし、そういえば、金水蓮が宝玄仙の調教を受けるきっかけとなったのは、この金水蓮が孫空女の武術と性愛に弱い敏感な身体を気にいって、宝玄仙に身請けさせて欲しいと頼んだことから始まっているのだと思い出した。

 孫空女に手ではなく、舌で責めさせようと決めたのも、孫空女が寝台にあがる寸前のことだ。

 

「わ、わかったよ」

 

 孫空女は、金水蓮の開いている股の下に潜り込んだ。

 そして、上半身を後ろ手の腕で起こして、金水蓮の股間を舐めはじめる。

 

「んふんんっ──」

 

 金水蓮の身体が跳ねる。

 孫空女の舌が、金水蓮の股間を動きまわっている。ぐちょぐちょという孫空女の唾液と金水蓮の噴き出す愛液の混じり合う破廉恥な音がだんだんと大きな音を立てる。

 金水蓮の欲情の度合いが上がるにつれて、菊皺がしっとりと濡れ、次第に開いてきた。

 宝玄仙は、『尻棒』で菊蕾を突きながら、そこが十分な柔らかさを得はじめたのを悟った。

 

 宝玄仙は、しばらくそのままで待った。

 孫空女は一生懸命に舌を動かして、金水蓮の股間への奉仕を続けている。

 その懸命さが健気で本当に可愛く感じてしまう。

 寝台に張りついている金水蓮の足指が反り返っては曲がり、曲がっては反り返る。

 孫空女の顔の上の金水蓮の股間が発する水の音はだんだんと激しくなる。

 

「んふっ、んふっ、んふっ──」

 

 金水蓮は猿ぐつわの奥から激しく声を出し始める。

 孫空女が金水蓮の女陰に口づけをするように吸い始めたのがわかった。

 

「んぐうっ──」

 

 ひと際大きな声で呻くと、金水蓮は身体を限界まで仰け反らせた。

 それでも、孫空女は舌で責めるのをやめない。

 やがて、金水蓮の身体の痙攣が波のように小さく繰り返すようになった。

 

「んふうう、んぐううううっ」

 

 宝玄仙は、『尻棒』を金水蓮の肛門にずぶずぶと突き挿した。

 金水蓮は声をあげ続けているが、それは苦痛による悲鳴だけのものではない。

 快感に吠えているのだ。

 やがて、すっかりと根元近くまで『尻棒』は埋まった。

 

「いいかい、金水蓮。女陰の快感が比較的短くて閃光のように弾ける快感なら、肛門で受ける本当の快感は、それがじっくりと持続する快感だ。圧倒的な強い快感がしばらくの間続くんだ。お前も病み付きになるよ」

 

 宝玄仙はそう言って、今度はゆっくりと『尻棒』を抜いていく。

 金水蓮の身体の乱れが大きくなる。

 尻への愛撫は、挿入するときよりも抜くときのほうが圧倒的に強い。

 金水蓮はえぐり取られるような快感に圧倒されているに違いない。

 

「何回目に無様にいくんだろうね」

 

 宝玄仙は先端近くまで抜いた『尻棒』を今度はまた沈ませ始める。

 孫空女の股間への舌責めは続いている。

 何度か『尻棒』を入れたり、出したりすることを繰り返した。

 もう、圧迫感はない。金水蓮の肛門は二寸(約六センチ)ほどの太さもある張形を抵抗なく受け入れている。

 やがて、金水蓮はもの凄い痙攣をしはじめたかと思うと、猿ぐつわの下で大きく叫び、がくがくと腰を大きく跳ねあげた。

 

 

 *

 

 

「しばらく軍営に寝泊りするだって?」

 

 宝玄仙は言った。

 金水蓮の屋敷の中の浴室の湯桶の中だ。

 女五人の淫行が終わって、いまは、全員で湯桶に浸かっていた。

 五人入ればさすがに窮屈で、五人の肌と肌、乳房と乳房が密着している。

 しかし、それは、それで心地いい。

 

 金水蓮の尻を責めたてて、気絶寸前まで連続絶頂させた後は、孫空女、沙那、朱姫の順番で寝台にあげて、ひとりずつ数回、昇天させた。

 最後には四人に宝玄仙を舌で奉仕させ、宝玄仙も絶頂して果てた。

 そして、あらかじめ準備してあった浴室にやって来たのだ。

 

 もう、夜も深い。

 五人で身体を擦り合って、ここでもお互いに気をやりながら、五人で代わる代わる痴態を交換した。

 そして、やっと落ち着いた状態になり、湯船に全員で入ったのだ。

 しかし、湯船の中で、金水蓮が明日からは、しばらく、軍営に留まらなければならないので、夜も屋敷には戻って来られないと語りだした。

 

「も、もちろん、その間は、この屋敷は自由に使っていいし、従兵たちにはよく言っておくから……」

 

 金水蓮は言った。

 その表情は、切なそうで、なんだか残念そうな口調だ。

 多分、その通りなのだろう。

 この十日、金水蓮には、どっぷりとした快楽浸けの生活を与えてやった。いまでは、被虐は金水蓮の新しい性癖として、すっかりと身についてしまっている。

 

「この宝玄仙との性愛が嫌になったのなら、そう言えばいいじゃないか、金水蓮。わたしらは旅の女だ。いつでも出ていって、旅を再開するよ」

 

 宝玄仙はわざと言った。

 

「そ、そんなことは言っていないよ。わたしだって、みんなとここですごしたいのだよ。だけど、そうも言っていられなくて……。わたしにも任務があるし……」

 

 金水蓮は言った。

 

「任務というのは、黒賊のことですか、金水蓮さん?」

 

 沙那だ。

 

「そうだよ、沙那」

 

 金水蓮は頷いた。

 

「そう言えば、城郭の人間によれば、また、黒賊が出たらしいね。もっとも、城郭軍はなにもできなかったようだけど……」

 

 孫空女が続けた。

 そう言えば、沙那と孫空女のふたりには、今日は外に出て、食材などの買い出しをさせていた。

 そのときに、なにかの噂話を仕入れて来たのだろう。

 

(げいい)の町だよ。昨夜襲われたんだ。町全体が略奪を受けて、多くの人間が殺された。浚われた女は三十人ほど……。襲撃の情報に接したとき、このわたし自身が騎兵だけを連れて急行したのだ。今度こそ、尻尾を捕まえてやろうと思ってね……」

 

「ああ、昨夜は戻らなかったけど、お前、出動してたのかい」

 

 宝玄仙は言った。

 

「……うん……。だけど、到着した時には、すでに賊は立ち去った後であり、誰ひとり残っていなかった。まるで、こちらの動きを完全に把握しているかのようだった。そうさせないように、騎兵だけで、しかも、精鋭だけを連れて急行したんだけどねえ……」

 

 金水蓮は無念そうだ。

 

「そりゃあ、情報が漏れていたんだろうさ、金水蓮。以前、お前自身も言っていただろう。城郭の中か、もしかしたら、軍営の中にも、連中の手の者が混じっているに決まっている。そいつらが、軍の動きを本隊に連絡しているのさ」

 

「それは、わたしも予想をしているよ、宝玄仙さん。だから、今度は情報を受けると同時に、騎兵で突っ走ったんだ。どんなにすぐに連絡しようとしても、わたしが率いた騎兵より速く駆けることはできないはずだ。手の者が、軍が動いたことを知らせようとしても、そいつが到着するよりも早く、わたしらが着くはずだったのだ」

 

「だけど、実際には、警報の方が早く賊に到着していた──。そうなんだろう、金水蓮?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そういうことさ。いずれにしても、わたしの面目にかけて、黒賊は捕まえたい。今度こそ、連中の尻尾を掴む。だから、わたしは、軍営に寝泊りして、すぐに出動できる態勢を作っておこうと思う。あなた方としばらく会えないのは寂しいんだけど……」

 

 金水蓮の表情がきりっと締まったものになった。

 さっきまで快楽に酔っていた雌の顔ではない。果断にして有能な軍人としての顔だ。

 

「いつも、その黒賊には、軍の動きを読まれて、してやられているのですか?」

 

 朱姫が何気ない口調で言った。

 

「そうなのだよ、朱姫。わたしにはわからない。軍の動きを見張っている者がいることはほぼ確実に違いないとは思う。だけど、どうやって、軍の出動を実際に襲撃している賊の本隊に伝えているのだろう。町や村を襲撃している連中は、どうやって距離が離れている城郭にいる政府軍が動いたことを察知し、絶好の時期に撤退していくことを可能にしているのだろうか」

 

「黒賊が出現したとわかれば、すぐに政府軍は出動するのでしょう、金水蓮さん? 政府軍が出動する時間を予想して、あらかじめ決めた時間内に撤退することを決めているのでは?」

 

 湯の中で乳房を宝玄仙に密着させている沙那が言った。

 そういえば、こいつは、故郷の東帝国では、地方軍の千人隊長だった。女人国とは異なり、男しかいないような軍の中で、若い女ながらも千人隊長を張っていたくらいだ。

 軍人としての能力は、ここで副長をしている金水蓮に、引けを取らないだろう。

 

「わたしもそうだと思っていた、沙那。だから、昨日は、騎兵だけで出動したのだ。これまでの政府軍の対応だったら、歩兵も含んでいたからもっと遅かった。政府軍の動きを予測して動いているのなら、昨夜の対応は、予想外だったはずなんだ。それに、騎兵だけで急行した昨夜の動きについては、十分に意表をついていたはずだ──。」

 

「軍の中に通報者がいると仮定して、むしろ騎兵の動きを見張っているんじゃ?」

 

「だが、軍営を見張っている者がいると思ったから、騎兵の出動だって、わざと歩兵の隊については、いつものように軍営から出動する動きをさせながら、騎兵については、城郭の郊外にある軍牧から出動させたのだ。だから、城郭の中からでは動きが察知できなかったと思う。それなのに……」

 

 金水蓮が唇を噛む。

 

「金水蓮と一緒に出動した騎兵の中に手の者がいたんじゃないのかい?」

 

 今度は孫空女が口を挟んだ。

 

「それは否定できない、孫空女。だけど、わたしと一緒に出動したのはわずか百騎だ。その百騎の中でおかしな動きをすればすぐにわかった。だから、その百騎に手の者が混じっていても、黒賊の本隊と情報をやり取りできるはずはないのだ」

 

「……だったら、やっぱり、なんらかの手段で情報が漏れていたのでしょう。遠くにいる者に対する連絡手段は、なにも直接に連絡者を派遣することに限りませんよ、金水蓮さん」

 

 沙那が言った。

 

「例えば?」

 

「光による通信。あらかじめ決めておいた符号を使えば、光の発する時間の長短を組み合わせることで、かなりの複雑な伝言を送ることができます」

 

「なるほど、それは気づかなかったよ、沙那。今度は、光のようなものを使っておかしなやり取りをしている者がいないか見張らせることにするよ」

 

 金水蓮が少し喜んだような声をあげた。

 

「ただ、光のようなものは逆に目立ちます。わたしは、もっと単純に情報をやり取りしているように思います」

 

「もっと単純な方法ってなんだい、沙那?」

 

「道術ですよ、金水蓮さん」

 

「道術?」

 

 金水蓮は少し驚いた声をあげた。

 

「道術というのは、遠くにいる者に情報を送るというようなこともできるのか?」

 

 横で聞いていた宝玄仙は、金水蓮の反応に逆に驚いた。

 遠方との情報交換手段については、思いつく道術だけでも、十以上もの手段がある。

 そう言えば、金水蓮は道術には疎い。

 金水蓮に限らず、女人国の人間のほとんどは道術についてあまり知らない。

 そういえば、道術が遣えるというだけで、女王への挑戦権が得られるくらいであり、道術師が珍しい土地柄であることを思い出した。

 

「金水蓮、もしかして、お前は、自分のところの軍の中に、道術遣いが混ざっているかどうか確認していないのかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「道術遣い? そんなことは考えたこともなかった」

 

 金水蓮は言った。

 やっぱり、予想通りの反応だ。

 軍の副長である金水蓮でさえ、この反応なのだろうから、軍全体でも、道術遣いを探知する者などいないのだろう。

 それをいいことに、道術の遣える手の者を軍に紛れ込ませて、軍の動きを逐一知らせているに違いない。沙那の予想は正しい気がした。

 

「仕方ないねえ。まあ、この屋敷に逗留させてもらって、お前の身体も堪能させてもらっている間柄だし、少しは、お前の仕事に協力してやろうじゃないか。このわたしたちをお前と一緒に、軍営に連れていきな。お前が軍営に起居するなら、わたしたちもついていくよ」

 

「えっ? 宝玄仙さんたちが?」

 

 金水蓮が驚いたような声をあげる。

 

「ああ……。この宝玄仙が、政府軍の中に紛れている道術遣いを洗いだしてやろう。能力の高い道術遣いなら、自分の持っている道術を隠すこともできるから、すぐにはわからないかもしれないけど、霊気を隠したまま道術を遣うことはできないからね。道術で賊と連絡を取ろうとした瞬間に、このわたしが見つけてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「へえ、ご主人様もいいところあるんですね」

 

 沙那がからかうような口調で言った。

 

「まあ、わたしとしても、無辜の娘を浚っては奴隷として売るなんて連中は許せないからね」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 もちろん、宝玄仙には別の魂胆もある。

 これまで金水蓮の調教は、屋敷の中だけだったが、宝玄仙も軍営に一緒に赴けるなら話は違う。

 それこそ、昼も夜も、状況の許す限り金水蓮を苛むことができる。

 せっかく見つけた愉しい玩具だ。

 もう少し、堪能するまで遊びたい。

 これで別れるのは、勿体ない。

 

「よろしくお願いします、宝玄仙さん。あなた方が軍営に留まれるようにすることは、副長の権限でなんとかする」

 

 金水蓮は頭を下げた。

 

「さて、そうと決まったら、この宝玄仙の手間賃を前払いで払ってもらおうかね……。その身体でね」

 

 宝玄仙は、湯の中で金水蓮の股間をしっかりと掴む。

 

「ひゃ、ひゃん」

 

 金水蓮が急に可愛らしい顔になって、顔を赤くした。



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205 密告者の影

「どこの馬の骨とも思えぬ者から武術の師範を受けるなど納得できません、副長殿」

 

 軍営の中にある練兵場だ。

 ずらりと並んだ将兵を代表するかたちで、ひとりの若い将校が言った。

 

「なんだと?」

 

 金水蓮(きんすいれん)が威圧のこもった視線をその将校に向けた。

 沙那でさえたじろぐほどの迫力だが、その若い女将校は、ほんの少し顔を蒼ざめて表情を歪めただけだった。

 

「そ、それよりも、その女たちを軍営に連れて来たのはどういうわけなのですか? 説明してください、副長殿」

 

 なおもその若い将校は言った。

 金水蓮に対しても引き下がるものかという断固とした決意が垣間見える。

 

「副長の“ねこ”だという噂もありますが──」

 

 金水蓮に面している若い将校ではない。

 その後ろに並ぶ三百人ほどの兵の中から漏れた揶揄だ。

 それと同時に兵から一斉に失笑が湧いた。

 

 どうやら、若い将校の不満は、後ろの大勢の兵の一致した声でもあるようだ。

 金水蓮の着任以来、彼女が城郭の政府軍に火の出るような調練を課しているのは、沙那も聞いていた。

 だから、その溜まりに溜まった鬱憤が沙那と孫空女が武術師範として兵の調練に加わることへの抗議として表れたに違いない。

 沙那はそう思った。

 金水蓮が怒鳴ろうとしたのを沙那は手で制した。

 

「あなた、名は?」

 

 沙那は言った。

 

関子女(せきしじょ)だ」

 

 若い女将校は言った。

 年齢は沙那と同じくらいかもしれない。

 それなりに武術の腕があるのは、沙那が見ればわかる。だから、自信もあるのだろう。

 ここの軍人でもない沙那や孫空女の修練を受けなければならないということに不満を覚えるのもわかる気がする。

 

 宝玄仙と金水蓮の取り決めで、宝玄仙だけではなく、沙那たち一行も、これまでの金水蓮の屋敷ではなく、政府軍の軍営の中に寝泊りすることになった。

 さすがに、副長の居室に寝泊りするわけにはいかないので、沙那たちは金水蓮の副官である楊恋(ようれん)の手配で、将校用の部屋をふたつあてがわれた。

 そこに四人で寝泊まりしている。

 

 宝玄仙の性愛仲間となった金水蓮は、すっかりと宝玄仙の嗜虐に馴らされてしまい、宝玄仙の与える被虐の快楽の虜になっている。

 だから、宝玄仙が軍営に泊るようになると、宝玄仙の命じるまま、夜な夜なやってきては、淫情に耽るということを続けさせられている。

 

 一応は、宝玄仙も軍営の中で金水蓮を調教するときには、兵に知られないようにするくらいの配慮はしているようだが、それでも兵たちはなにかを感づいているのかもしれない。

 その噂と日頃の厳しい調練の鬱憤が重なり、いまの金水蓮に対する反抗になったのだろう。

 

 その宝玄仙は、金水蓮を軍営の中で愉しむということのほかに、朱姫とともに道術遣い狩りをしている。

 いまのところ、道術遣いを発見することはできないようだ。

 もっとも、それは、この軍の中に道術遣いがいないということを示すものではない。

 能力の大きな道術遣いは、自分の持つ霊気を自らの道術で隠すこともできる。

 宝玄仙は、兵の中に隠れている道術遣いは、そうやって自分の霊気を隠していると考えているようだ。

 実際、宝玄仙や朱姫自身もそうやって自分たちの霊気を隠している。

 だから、霊気を隠した手の者がいたとしても、宝玄仙が道術遣いであることを感づいていないはずだ。

 

 もしかしたら、密告者も、ここにいる兵と同じように、宝玄仙については単なる性愛の相手を金水蓮が軍営に引き込んだだけと思っているかもしれない。

 そういうこともあるので、沙那も軍営の中で宝玄仙が金水蓮と愛し合うのは反対していない。

 手の者を洗い出すのに、うまい隠れ蓑となってくれるだろう。

 

 道術遣い狩りをしている宝玄仙と朱姫に対し、沙那と孫空女は、兵に対して武術を教えることなった。

 沙那と孫空女も、武術に関しては、この軍に混じっても別格に強いはずだし、故郷の愛陽で軍人だった沙那は、将兵に武術を教えることについても自信がある。

 それに、そうやって、兵に接することで、宝玄仙とは違うやり方で、黒賊の手の者を洗い出すこともできると思った。

 

「ねえ、関子女殿、あなたは、わたしと孫空女を武術の師範としては認めたくないのね」

 

 沙那は言った。

 

「そうだ」

 

 関子女の視線は沙那ではなく、金水蓮にはっきりと向いている。

 金水蓮が怒りの形相で口を開いたのを、沙那はまた制した。

 

「腕には自信がある?」

 

「もちろん」

 

 関子女は言った。

 

「だったら、試してみる?」

 

「試す?」

 

「わたしとあなたで対決してみましょう。でも、わたしが勝ったら、大人しくわたしの稽古に従いなさい──。それで、よろしいですね、金水蓮さん?」

 

 沙那は言った。

 

「あ、ああ」

 

 金水蓮は頷く。

 

「よし、調練用の木剣を二本持って来い──」

 

 関子女が後方の兵に指示した。

 兵が騒ぎ、沙那と関子女の対決を囲む形になる。

 金水蓮も孫空女も、その輪に混じり傍観する態勢になる。

 

「木剣は必要ないわ」

 

 沙那は腰の細剣を抜いた。

 

「えっ?」

 

 関子女が訝しむ表情になった。

 

「真剣でやりましょう、関子女殿。それとも、その勇気がない?」

 

 沙那は言った。

 関子女の顔がみるみる真っ赤になる。

 

「ゆ、勇気がないだと? いいだろう、真剣でやってやろう。真剣を遣うと言えば、あたしが臆してやめるとでも思ったか」

 

 関子女も剣を抜く。

 周囲がどっと沸く。

 

「副長殿──。真剣を遣う以上、なにがあってもそれは調練のうえ……。あたしが、この沙那という女性を斬り殺しても、それは不問のこと。それを約束してくれませんか」

 

 関子女が言った。

 

「約束するよ──」

 

 金水蓮の代わりに明るく応じたのは孫空女だ。

 孫空女は、沙那がこの関子女に不覚をとるとは露ほど思っていないようだ。

 それは、沙那も同じだ──。

 

「よろしいですね、副長殿?」

 

 孫空女のからかうような口調に気分を害したのか、さらに関子女は顔を真っ赤にして言った。

 

「わかった。なにが起きようとも、不問だ」

 

 金水蓮が言った。

 

「よし、じゃあ、覚悟しな、沙那。真剣を交えた戦いではなにが起きるかわからないのだ。斬り殺されても恨むんじゃないよ」

 

 関子女が剣を構える。

 

「わたしなら、なにが起きるかわからない戦いはしないわ」

 

 沙那も構えて、剣先に殺気を込めた。

 関子女の顔から余裕も闘気も消え失せる。

 剣を向かい合わせることで、格の違いを感じたに違いない。

 関子女の顔から血の気が失せていくのがわかった。

 

 沙那は、一歩前に出た。

 関子女の構えには隙はない。

 なるほど、大言を吐くだけあって、なかなかの腕だ。

 だが、それだけだ……。

 

 沙那は思念を消す。自分を構える細剣とひとつにする。

 対峙したまま膠着させる。気と気をぶつける。

 関子女が息を吐いた。沙那はすっと殺気を込める。関子女の身体に緊張が走るのがわかる。

 そのまま気をぶつけ合ったまま向かい合う。

 関子女の顔から汗が滴る。

 沙那は、関子女が息を吸おうとする瞬間を狙って殺気を込める。

 

 呼吸をしようとすると沙那が殺気をぶつけるので、関子女はうまく呼吸ができないでいる。関子女の顔が真っ赤になる。

 

 関子女の身体が震えた。

 沙那がずいと前に出た。

 関子女の眼が白くなり、関子女はその場に崩れ落ちた。

 周りが騒然となった。

 

「なにが起こったの?」

 

 声をあげたのは、金水蓮の副官の楊恋だとわかった。

 金水蓮が唯一信頼している将校であり、金水蓮の補佐をするのが役割だ。

 丸い顔と丸い目が特徴で、およそ軍人らしくない可愛らしい顔をしている。

 いまの勝負の理由が周囲にはわからなかったようだ。

 楊恋の言葉は、この場にいる全員の思いでもあるようだ。

 

「気と気で戦ったのですよ。関子女殿が息を吸おうとするたびに、わたしは殺気を込めて、それを邪魔しました。それに耐えられなかった関子女殿は、気を失ってしまわれたのです」

 

 沙那は説明した。

 剣を収めて、倒れた関子女の背後に回る。

 ふと見ると、関子女は気を失うときに失禁もしたようだ。股間がしっとりと濡れていた。

 沙那は、関子女の上半身を起こして、彼女に活を入れた。

 関子女は、息を吹き返したが、あまりにも圧倒的な自分の敗北に呆然としているようだった。

 

「さあ、次は、あたしだよ。何十人でもいいよ。我と思わん者は、一斉にかかっておいで──。真剣でも、木剣でもなんでもいい。あたしは手加減してあげるから、安心しな──」

 

 孫空女の手から『如意棒』が伸びる。

 いつもの長さではなく、兵たちが持つ剣と同じくらいの長さにしたようだ。

 孫空女は、それを片手でくるくると回した。

 兵たちが騒然となった。

 

「我と思う者は何人でもいいから出るんだ。孫空女の身体にかすりでもすることができた者は、この金水蓮が褒美をやるよ」

 

 金水蓮が叫んだ。

 おお、という声があちこちから起きて、わらわらと将校や兵たちが前に進み出てきた。

 孫空女と対決するために出て来たのは総勢で二十人ほどだった。

 

「楊恋、これが報奨金だ。お前に預ける──。一番最初に孫空女に触れることができた者にこれをやる。ただし、誰にも触ることができなければ、これは孫空女に渡す」

 

 金水蓮の後半の言葉は、これから孫空女に立ち向かう将兵たちに向けられたものだ。金水蓮が、懐から五枚ほどの女人国の金貨を出して、楊恋に渡した。

 

「確かにお預かりいたします。審判は、この楊恋です。最初に孫空女殿に触れた者にこれを渡しますよ──」

 

 楊恋が陽気な声で叫んだ。

 実際に報奨金が出現したことにより、兵たちから歓声があがった。

 なんだか、最初の険悪な雰囲気が、孫空女と楊恋の陽気な声によりかき消され、金水蓮が懸賞を出したことで一掃された。

 さらに五人ほどが声をあげて、孫空女が対決するのは二十五人となった。

 その二十五人が孫空女と向かい合って並ぶ。

 全員が真剣だ。さすがに見物の兵たちからはどよめきが起きた。

 

「はじめ」

 

 楊恋の声がかかる。

 孫空女が『如意棒』を低く構えた。

 二十五人の将兵の剣は、それぞれに構えられている。

 三人ほど同時に突っかかってきた。

 

 孫空女は、『如意棒』で剣を払い、次の瞬間、その三人の脇腹を順に軽く突いた。

 軽くといっても孫空女の基準での話だ。

 三人がその場にうずくまる。

 兵が騒然とした。

 

 いま、なにが起きたかを理解した者は少なかったかもしれない。

 それくらい孫空女の『如意棒』は速く動いたのだ。

 常人の眼だと、突っかかった三人が突然にうずくまったとしか思えないかもしれない。

 

 孫空女の後ろからひとりが、無言で切りつけた。

 振り返ることなく、孫空女が『如意棒』を後ろに引いた。

 その兵が手首を掴んでうずくまる。

 

 孫空女はさらに『如意棒』を前に出して、前方の数名の腕を打つ。

 それで、彼女たちはうずくまる。

 

 今度は、五、六名が同時にかかってきた。

 孫空女が跳躍した。

 かかってきた兵たちの頭の上を孫空女は跳んでいく。

 跳びながらも、『如意棒』を払っている。

 孫空女が集団の外側に着地した。そのあいだに、孫空女は空中で三人ほどを倒していた。

 

 そして、孫空女の着地とほぼ同時に、その周囲の五人ほどがまた腹を打たれてうずくまる。

 それまであっという間だ。

 すでに孫空女に向かう者は半分になっている。

 

 残りは十人だ。

 その十人は連携して動く気になったようだ。

 ひとりの将校らしき者が指図して、前に五人、後方に五人という態勢になった。

 孫空女が動くと、前の五人が声を掛け合って行く手を阻む。

 沙那が見ていると、孫空女はまだにこにことした表情を浮かべている。かなりの余裕があるようだ。

 

「もう、来ないのかい、あんたら?」

 

 少し膠着した状態になったときに、孫空女がそんな揶揄するような声をあげた。

 

「いけっ」

 

 それを合図にするかのように、指図をしていた将校が声をあげた。

 しかし、孫空女は動いていた。

 風のように向かってきた前方の兵の横をすり抜けると、声を出した将校の前に出たのだ。

 将校の表情が一変した。

 だが、次の瞬間、将校の顔から生気が消えて、その場に崩れた。

 孫空女がすり抜けた前方側だった兵が振り返った。

 

 腰、横腹、腕──。それぞれに打たれて全員がうずくまる。

 残った前方側の二名は、後方側の兵と合流した。

 

 残り七人──。

 孫空女が駆ける。

 

 跳ぶ──。

 誰も孫空女の動きについていけない。

 ひとり、ふたりと倒れる。

 

 立っているのは、あと五人。

 孫空女が『如意棒』を地面について跳躍して、残りの兵の後方に降りた。

 降りたときには、残りが三人になっている。

 次に振った『如意棒』で、立っている者がひとりもいなくなった。

 一瞬、静まり返った練兵場がどっと沸いた。

 

「今夜は、ちょっとばかり、打たれた場所が痛いかもしれないけど、冷やしておけば、明日の朝にはなんともないはずさ」

 

 孫空女はうずくまっている二十五人に向かって言った。

 

「素晴らしいです、孫空女殿。沙那殿もおそらく、凄かったのだと思いますけど、あたしみたいな者には、孫空女殿の闘いがわかりやすく感銘を受けました──。どうか、おふたりの稽古をあたしにもお願いします」

 

 楊恋だ。楊恋は顔を紅潮させている。

 ふと見ると、多くの見物の将兵が、同じように孫空女の武術に圧倒された顔をしている。

 

「沙那といい、孫空女といい、素晴らしい腕だな。それにしても、いくらふたりが強いといっても、大元府軍で腕に覚えのある者が揃いも揃って、このていたらくとは呆れたな。明日からまた鍛え直しだ──。よいな、お前たち」

 

 金水蓮が大声で怒鳴った。

 興奮気味だった練兵場がしんとなった。

 

「ねえ、楊恋、その報奨金は、あたしのだよね?」

 

 静寂を破るように、不意に孫空女が言った。

 

「も、もちろんです」

 

 慌てたように、楊恋が孫空女に、最初に金水蓮が楊恋に委ねていた金貨の入った包みを差し出した。

 

「じゃあ、この金貨で今夜は、宴会をしようよ。酒と肉を買えるだけ買って騒ぐんだ。これだけあれば、この軍の全員に行き渡るくらいの酒も肉も買えるさ──。あたしたちとあんたらのお近づきの印しさ──。宴会だよ──。いいよね、金水蓮?」

 

 孫空女が大声で言った。そして、金水蓮に視線を向ける。

 

「あ、ああ……。わ、わかったよ。司令官にはわたしから許可をもらう……」

 

 孫空女に圧倒されるように金水蓮が言った。

 すると兵たちが悦びの歓声をあげた。

 

「……その宴会には、あんたも参加しな、金水蓮──。兵には、厳しくするだけじゃあ、駄目さ。士気をあげてやることも考えなきゃ」

 

 兵たちが騒ぐのを尻目に、孫空女が金水蓮にそっと近づいて、そうささやいた。

 沙那は、それを横で聞いていた。

 金水蓮は眼を丸くしている。

 

 沙那は、そう言えば、もともと、孫空女が数十人の荒くれの男を束ねる賊徒の女頭領だったことを思い出した。集団の指揮官として、人をまとめることも、その力を集める方法についても、孫空女は熟知しているのだと思い当たった。

 

「楊恋さん、悪いけど、肉と酒の手配をよろしく。誰かにやらせてよ。軍だから全員が飲むというわけにはいかないかもしれないけど、飲めない兵には、肉だけでも包んであげてよ」

 

 孫空女が金水蓮の横の楊恋に、金貨の包みを返した。

 楊恋が驚いた表情で、孫空女を見返していた。

 

 

 *

 

 

「体術の基本は、投げる、固める、打つだよ。打つのは、拳、掌底、肘、膝、足。打つ場所は急所で、固める場所は関節。打つ場所も、固める場所も決まっている、まずは、基本から覚えてもらうよ」

 

 孫空女が説明すると、集まった兵たちが熱心に頷いた。

 宝玄仙らとともに孫空女が大元府の軍営に起居するようになって五日ほどが経っている。

 孫空女と沙那は、軍の兵に対して武術を教える日々が続くようになっていた。

 沙那は剣──。

 孫空女は体術だ──。

 体術というのは、武器を遣わずに、身体だけで相手を打倒したり、身を護ったりする技のことだ。

 

 そういう分担になったのは、お互いの個人的な技量はともかくとして、剣術を教えることについては、愛陽という東方帝国の城郭で若い千人隊長だった沙那に一日の長があったからであり、孫空女の剣は、あまりにも常人離れをしていて、通常の人間に伝授するには向いていなかったからだ。

 それに、孫空女の剣は自己流だが、体術は短い期間だが、一応は師匠について学んだことがある。

 それで孫空女は体術を受け持つことにしたのだ。

 

 宝玄仙と朱姫は、軍営の中では所在無げの様子だ。

 もっとも、実際にはそう見せかけているだけで、軍営の中の霊気の気配を探る日々を続けている。

 宝玄仙によれば、なんらかの道術の痕跡は残っているらしい。

 それで、軍の中に、道術を遣える者がいるに違いないということは確信しているようだ。

 だが、宝玄仙がここにやってきてから、誰も道術を遣っていないことは明らからしい。

 そして、その何者かは、自分の霊気を隠している。

 だから、いまのところ、その何者かを見つけることはできないでいるのだ。

 

 しかし、道術を遣えば、すぐにわかる。

 宝玄仙はそれを待っている。

 だが、黒賊の手の者が入り込んでいるとしても、その手の者は、頻繁に連絡を取り合うようにはしていないらしく、道術でどこかに情報を送るという気配がまだないようだ。

 

 最初こそ、道術遣い狩りに張り切っていた宝玄仙だったが、兆候が出るまで待つしかないとわかると、すぐに退屈病が出て、不満を表し始めた。

 夜ともなれば、宝玄仙の性愛の相手を沙那も孫空女も務められるし、いまや、宝玄仙の嗜虐の“ねこ”になった金水蓮もいる。

 しかし、三人とも、軍の中で兵の調練を受け持っているので、宝玄仙が昼間の時間を持て余し始めたのだ。

 

 それで、いまのところ、昼間の宝玄仙の相手をしているのは朱姫だけだ。

 朱姫は、それについて、不満たらたらだが、孫空女も沙那も相手にせずに、兵に剣術や体術を教えることに全神経を注いでいる。

 宝玄仙の嗜虐趣味の餌食となって、官能地獄に浸る日々を送るよりも、こうやって調練で汗を流す清々しい時間を送る方がいいに決まっている。

 

「じゃあ、見本をみせるよ。関子女、あたしにかかっておいで」

 

「わかりました、孫空女殿。だけど、全力でいきますよ」

 

 関子女が立ちあがった。

 金水蓮に連れられて、その金水蓮に頼まれるというかたちで兵に武術を教えることになった孫空女と沙那が兵の前に最初にやってきたその日、沙那と孫空女は、得体の知れない部外者から武術を師範されることを不満がった兵を相手に、実際にその腕を披露した。

 沙那についても、孫空女についても、兵を唖然とさせるような強さを示し、兵に、ふたりによる武術指導を受け入れることを納得させたのだ。

 そして、その夜に孫空女の提案で開いた兵と宝玄仙一行の親睦を持つための大宴会によって、ほとんどの兵は、金水蓮の連れてきた得体の知れない四人を好意的に受け入れることにしたようだった。

 

 多くの兵が沙那と孫空女の指導の場に積極的にやってくるようになり、五日目の今日になると、教えを求める兵が多すぎて、金水蓮の副官の楊恋に頼んで、事前整理してもらわなければならないようになった。

 

 兵は自分の強さには敏感で、そして、貪欲だ。

 軍人としての武術の腕は、自分の命を護る術でもある。

 沙那の指導も孫空女の指導も、たった一日だけでも、それなりの効果があるように工夫して内容を選んでいる。

 強くなったという実感を覚えることで、修練に身が入り、さらに技量が向上するようになる。

 武術師範の効果があれば、将兵は孫空女たちを認めることになる。孫空女や沙那を認めるということは、その主人である宝玄仙を認めるということだ。

 

 そして、わずか五日にして、孫空女も沙那も、将兵の心を掴むことに成功していた。

 初日に沙那と戦った関子女も、いまや、もっとも熱心な生徒のひとりだ。

 武術に自信があっただけあり、純粋に武術を認める女だったようだ。

 武術の強さには敬意を示す。

 それが関子女という軍人なのだ

 

「遠慮しなくていいよ」

 

 関子女と向かい合うと孫空女は言った。

 関子女の腕が飛んできた。

 孫空女はそれをかわして、その腕を抱えて関節を決める。

 

「動けるかい、関子女?」

 

「な、なにこれ? 動けないわ」

 

 関子女が狼狽えた声をあげた。

 

「あたしは少しも力を入れていないよ。だけど、少しだけ力を入れれば、腕は折れる。関節というのはあまり鍛えようがないのさ。その弱い部分を固める。つまり、これが固めるという技だよ」

 

 孫空女は腕を離してから言った。

 

「まったく動かなかったよ。あたしの腕が石になったみたいだった」

 

 関子女は感嘆して肘を撫ぜている。

 

「今日は、基本だけを教えるよ。固める、投げる、打つだよ。今日は、その基本技だけを教えるけど、実際に戦うときにも、ただ、それを組み合わせるだけなんだよ」

 

 孫空女は、兵を相手にいくつかの技を教えた。

 夕方になる頃には、兵の体術もある程度のかたちをとるようになってきた。

 そろそろ、終わろうと思っていたら、宝玄仙が朱姫とともにやってきた。

 

「ご、ご主人様」

 

 孫空女は言った。

 

「孫空女、いきいきしているねえ」

 

 宝玄仙は微笑んでいる。

 孫空女は嫌な予感がした。

 

「どうしたのさ?」

 

「あまりにも退屈だからね。わたしも体術くらい習おうと思ってね。少し相手をしておくれよ」

 

 宝玄仙がそう言うと孫空女に近づいてくる。

 兵が歓声をあげた。沙那や孫空女の主人として、宝玄仙もなかなかの人気がある。

 宝玄仙が道術遣いであることは隠しているので、宝玄仙の実力は知らないが、兵たちは、よくわからないまでも、宝玄仙からなんらかの力を感じているのかもしれない。

 その宝玄仙の実力が見られるかもしれないというので、歓んでいるのだ。

 だが、孫空女はびっくりした。

 

「な、なに言ってんのさ、ご主人様。そ、そんなことできないよ」

 

 宝玄仙は体術など知らない。

 あっという間に孫空女が宝玄仙をねじ伏せてしまうだろう。

 

「いいじゃないですか、孫姉さん。お相手をしてあげても……。正直、あたしだけじゃあ、限界です」

 

 朱姫が不満顔で言った。よく見ると朱姫の顔は赤い。

 それに脚が覚束ないようだ。

 たったいままで、激しい宝玄仙の責めを受けていたのかもしれない。

 

「だって、朱姫……ご主人様は……」

 

 宝玄仙は武術については、なにひとつ駄目だ。

 宝玄仙が相手なら、孫空女はそれこそ、指一本使わずに、宝玄仙を無力化できる自信がある。

 

「いいから、やるよ。横で聞いていたけど、固める、投げる、打つだったね」

 

 わかったようなことを喋りながら、宝玄仙が強引に孫空女の前に出てきて構えた。

 孫空女は仕方なく、構えを取る。

 少しばかり、相手をすれば諦めるだろう。

 兵たちが歓声をあげて、見物の態勢になる。

 

「じゃあ、いいよ、ご主人様。かかってきてよ。痛くはしないから大丈夫だよ。ご主人様でも、できるような体術を教えるよ」

 

 孫空女は言った。

 まあ、せっかくの機会だから、宝玄仙にも護身術のひとつも覚えてもらった方がいいかもしれない。

 

「構えはどうするんだい。こんなんでいいのかい」

 

 宝玄仙がにこにこしながら腕を前に出した。

 まるでなっていない。

 隙だらけだ。

 孫空女は、小さく嘆息した。

 

「そうじゃないよ、ご主人様……。」

 

 孫空女が宝玄仙の構えを直そう思ったとき、不意に股間に違和感があった。

 

「ひゃん──」

 

 孫空女はその場に跪いてしまった。

 猛烈な快感が突然に、股間とお尻から込みあがったのだ。

 宝玄仙の道術だ。

 孫空女の身体に刻んでいる魔法陣を使って孫空女の身体の感覚を操作しているのだ。

 しかも、女陰と肛門がなにかの塊りに抉られるように刺激される。

 その塊りは幻だが、受ける快感は現実だ。

 

「ひゃあぁぁぁ、んああぁ……んんん──」

 

 宝玄仙が組みついてきて、孫空女を倒した。

 なんでもない動作だが、激しい快楽を受けている最中の孫空女にはそれを跳ね返すことができない。

 孫空女を組み伏せている宝玄仙の手が身体を押さえるようにして、孫空女の股間の上に載った。

 

「くううっ──」

 

 その瞬間、押し寄せていたものが一気に迫り、弾け飛んだ。

 孫空女は、兵たちの前で絶頂を極めて硬直し、総身を激しく打ち震わせた。

 

「なんだい、体術も大したことはないね」

 

 宝玄仙が笑いながら孫空女から離れた。

 孫空女は、身体を地面に倒したまま、恨めしく宝玄仙を見あげた。

 兵たちはざわめいている。

 周りで見ている者には、宝玄仙が悪戯で道術を遣ったことはわからない。

 孫空女の様子がおかしかったことに気がついた者は多かったかもしれないけど、まさか、快楽で昇天したとまでは考えないだろう。

 

 孫空女は、濡れた股間を隠しながら立ちあがった。

 あの孫空女をなんなく倒した──。

 やはり、凄い戦士に違いない──。

 そんな声を交わしているのが聞こえる。

 

 孫空女は馬鹿馬鹿しくて、なにか反応する気になれない。

 宝玄仙は退屈が収まったのか、やってきたときと同じように、朱姫とともに立ち去っていった。

 

 

 *

 

 

「道術遣いです……。間違いありません」

 

 『伝声術』だ。

 本拠地の楊鬼女(ようきじょ)に対する報告は、原則として軍の出動に関するものに限られていた。

 しかし、特に重要な場合は、その限りではない。

 今回については、その特別な場合だと思った。

 だから、こちらから報告すべき事項だと判断した。

 

 もっとも、報告の直接の相手は、楊鬼女ではない。楊鬼女は黒賊の頭領だが、道術遣いではないので『伝声術』の相手はできない。

 “声”を受け取るのは、いつも楊鬼女の横にいて、常に頭巾を被って顔を隠しているあの道術遣いだ。

 

 楊鬼女は、「内儀(ないぎ)」と呼んで、彼女に高い敬意を払っているが、黒賊の中の誰も彼女の正体を知らない。

 それどころか、彼女の顔を見た者もいないだろう。

 

 いったい、彼女は何者なのだろう。

 いずれにしても、こちらの状況の変化を伝えるべきだ。

 

「……孫空女という女です。不思議な霊具の武器を扱います。道術遣いに間違いありません。それに……」

 

「なんだって──?」

 

 遠い本拠地から応答しているのは、その内儀だ。

 彼女が道術遣いの名を問うてきたので、そう伝えたところ、「孫空女」という名前をだしたところ明らかに動揺した様子が向こうから伝わってきた。

 孫空女の名がどうしたのだろう──。

 

「それと……」

 

 さらに孫空女とともにやってきた三人の名を言おうとした。しかし、なぜか、突然に『伝声術』が遮断された。

 理由は不明だ。

 いきなりのことで焦った。

 

「……見つけたよ」

 

 幹部用の宿舎の一室であるこの部屋の戸が開いた。

 鍵はしてあったが、向こう側から別の鍵を使われたのだ。

 そこに宝玄仙が立っていた。

 横には金水蓮もいる。

 

「手の者はお前だったのか、失望したよ、楊恋。信頼していたのに残念だよ」

 

 金水蓮が言った。

 楊恋は、思わず剣に手を伸ばした。

 しかし、その腕がなにかに阻まれて動かなくなった。

 見ると、剣に伸ばした手に、黒い手の影が張りついている。

 なんだろう、これは──?

 

 そう思っているうちに、全身にその黒い影が浮かびあがった。

 楊恋は動けなくなった。

 宝玄仙と金水蓮の背後から、朱姫という名の娘も現れた。

 

「訊問はわたしに任せてもらうよ、金水蓮。宝玄仙流のやり方で、洗いざらい白状させてやるよ──。覚悟しな、楊恋」

 

 宝玄仙が酷薄に笑った。

 楊恋は背中に冷たい汗が流れるのがわかった。



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206 黒賊の砦

 お互いに全裸のまま、疲れ切った身体を抱き合うようにして眠っていた瞳子(とうこ)萌香(ほうか)が牢の中で眼を覚ましたのは、陽もすっかりとあがった頃だった。

 

「食事だよ」

 

 牢の格子が揺れるほど叩かれた。

 この十日以上、ずっと瞳子と萌香の世話をしている鳴智(なち)という女性が、朝の食事を持ってきたのだ。

 

「ほら、食いな。調教は、一刻(約一時間)後に始めるそうだ。それまでに、食事と排便を済ませておきな」

 

 格子の取り付けられた小さな差出口から、食べ物が入った皿がふたつと蜜水の壺、そして、排便用の容器が入れられる。

 瞳子は、それを受け取ると、牢の隅にある排便容器を持ってきて、逆に差出口越しに鳴智に渡した。

 鳴智はそれを受け取ると、立ち去っていく。

 

「ま、待って、鳴智さん──」

 

 瞳子は格子越しに声をあげた。

 

「ああ?」

 

 歩きだしていた鳴智が立ちどまって振り返った。

 生まれ育った町である(げい)が黒賊の襲撃を受けてから十日以上が経っていた。

 あの黒賊に襲われた夜、瞳子はここにいる幼馴染の萌香や姉の蝶子(ちょうこ)、そして、ほかの三十人ほどの娘とともに、馬車に載せられて町の外に連れ出された。

 

 荷駄馬車の群が、迎の町を出て山道に差し掛かると、黒賊の馬車のうち、女を運ぶ馬車だけが道を外れて繁みの中に作られた広場に入り込んだ。

 そこで改めて、浚われた女の峻別が行われたのだ。

 繁みの中には、幌付きの馬車が二台待っていて、そこに十人ほどの黒衣の人物が待っていた。

 あの黒賊の女頭領である楊鬼女(ようきじょ)とその取り巻きたちが、その黒衣の人物たちとなにかを交渉しはじめた。

 すすり泣く周りの娘たちを横目に瞳子は、その様子をじっと見守っていた。

 それで、黒賊がここで浚った女を奴隷として売り払おうとしていることを悟った。

 しばらくすると、瞳子たちが乗っている荷駄馬車から降ろされた者はいなかったが、ほかの馬車からは次々に女が降ろされはじめた。

 

「お姉ちゃん──」

 

 荷駄馬車から降ろされる女の中に姉の蝶子を認めて、瞳子は叫んだ。

 

「瞳子──」

 

 姉の蝶子も叫んだ。

 

「お前たちは、姉妹か?」

 

 楊鬼女がそう蝶子に話しかけているのが聞こえた。

 蝶子がうなづくと、楊鬼女が周囲の取り巻きと相談し始めた。

 そして、黒衣の人物たちに渡される集団の中から、蝶子だけを瞳子のいる荷駄馬車を連れてきた。

 

「こいつは歳をとっているから二級でしか売れないと判断していたけど、お前と対なら姉妹奴隷で売れるという判断になったよ」

 

 蝶子を荷駄馬車に載せる指図を部下にするついでに、楊鬼女が荷駄馬車に近づいてきて言った。

 瞳子は、荷駄馬車に乗せられて瞳子の首輪に鎖で繋がれた蝶子とただ抱き合った。

 蝶子を載せる代わりに、荷駄馬車に乗っていた四人の娘のうち、先頭側のふたりが降ろされた。

 理由はわからない。

 こっちに載せられていた娘は、黒賊の砦に連れ帰り、「調教」をしてから付加価値をつけてから売るとか言っていた。

 蝶子をこちらに乗せることで、なにかの取引が必要になったのかもしれない。

 

「……あいつら……男よ……」

 

 抱き合って泣いていた蝶子が、瞳子の耳元でささやいた。

 瞳子は驚いて黒衣の人物たちに改めて視線を向けた。

 それが、瞳子が初めて見た「男」だった。

 

 その後、瞳子と蝶子、そして、萌香だけを乗せた荷駄馬車は、黒衣の人物たちと幌馬車を置いて進み始めた。

 進み始める前に、荷駄馬車の三人には目隠しをして後手に縛られた。

 黒衣の人物たちが幌馬車に乗せた女たちをどうしたのかはわからない。

 おそらく、そのまま国境を越えて南側にある祭賽(さいさい)国に連れていかれるのだろう。

 

 やがて、辿り着いたのがこの黒賊の砦だ。

 姉の蝶子がどうなっているかはわからない。

 ここに辿り着いた夜に引き離されてから、そのまま会っていない。

 

 瞳子と萌香は、それから「調教」という名の性の訓練を受ける日が始まった。

 まずは、なにをされてもいき狂いになるような感じやすい身体を作るのだと言われて、一日中、性欲に狂う日々を送らされている。

 ありとあらゆることをされた。

 

 媚薬に性具──。

 生活のすべてが瞳子と萌香を淫情に狂う性奴隷にするための手段だった。

 いまこうして、眼の前にある食事と飲み物──。

 それにさえも、たっぷりの媚薬が入っていることはわかっている。

 しかし、口にしないことは許されない。

 残せば、あの世話役の鳴智という女が、文字通り尻に詰め込んででも身体に注入する。

 すでに十日……。

 

 瞳子の身体は、十日前とはまったく違う淫乱な身体になっていた。

 そんなとき、偶然にも自分たちの世話をするあの鳴智が、自分たちと同じような捕らわれた存在であるということを知った

 それを話していたのは、黒賊の女兵たちで、鳴智という女は楊鬼女と一緒にいる道術遣いの奴隷だというのだ。

 

 同じ奴隷という境遇であるならば、もしかしたら、鳴智は瞳子の味方になってくれるのではないだろうか。

 今朝は珍しくも、周りに黒賊の兵がいない。

 瞳子は一抹の希望を求めて、鳴智に声をかけた。

 

「なにか用かい?」

 

 鳴智がこっちに戻って来た。

 瞳子は、鳴智の襟の内側に銀色の首輪があることに気がついた。おそらく、これはなんらかの奴隷としての象徴に違いない。

 瞳子は、立場は違うが、鳴智も同じ囚われの境遇であるということを確信した。

 

「わ、わたしたちを逃がして──」

 

 瞳子は言った。

 すると鳴智はせせら笑った。

 

「なにを言い出すのかと思えば、呆れたものね。なんで、わたしがお前たちを逃がすのさ」

 

「耳にしたのよ。あなたもわたしたちと同じ囚われ者なのでしょう? お願い。逃がして──。一緒に逃げましょう。ひとりなら難しいかもしれないけど、みんな一緒なら絶対に逃げられる。だから、わたしと萌香と姉とあなたで……」

 

 そこまで喋ったとき、思い切り格子を蹴り飛ばされた。

 

「飽きれたお馬鹿さんだねえ。頭の中がお花畑でできているのかい? お前の言うとおりに、このわたしが囚われ者だとして、なんでお前たちのようなお荷物を連れていくのさ。もう少しましなことを言いな──」

 

「ひっ」

 

 あまりの剣幕に、瞳子は息を呑み、それ以上喋れなくなってしまった。

 

「食事の時間は、半刻(約三十分)だけだよ。そのときに、まだ、食べ物が残っていれば、この前のときのように食べ残しは湯に溶かして、尻に詰め込むからね。ついでに、その結果、お前らがひり出した大便は、あの蝶子に喰わせるよ」

 

 瞳子はぞっとした。

 どこにいるのかわからない蝶子……。

 しかし、その名を持ちだされれば、観念するしかない。

 瞳子はすでに、食事にかかっている萌香とともに、与えられたものを口にする態勢になった。それを見て、鳴智は満足して立ち去っていった。

 

「……瞳子、あんた、まだ諦めていないの……?」

 

 萌香がうつむきながら言った。

 

「諦める? なにを? 逃げることを──? なんで、諦めるのよ。きっとわたしたちは、助かるわよ。希望を捨てちゃ駄目よ、萌香」

 

「どうやって、助かるのよ……」

 

 達観したような表情の萌香が瞳子に視線を合わせることなく言った。

 そして、萌香は、再び、与えられた食物を口に入れ始める。

 

 どうやって助かるのか……。

 それは、さすがに瞳子にもわからない。

 しかし、希望を捨ててはいけない。

 それだけは正しいはずだ。

 

 それ以上はどうしようもなく、しばらくは、瞳子も黙々と食べ物を口にする。

 先に食べ終わった萌香が、排便用の容器を隅に持っていって、用をたし始めた。

 調教が終わるまでに、排便を済ませるのだ。

 今日は、萌香が先にしているが、瞳子が先に済ませる場合もある。

 恥ずかしいとかは言っていられない。

 ちゃんとやっておかなければ、罰が与えられるのだ。

 

 牢の壁には、小さな溝があり、そこに水が流れている。

 用便を済ませた萌香は、その水でお尻を洗いはじめた。

 溝は牢の右から左に流れているが、水が注ぎ込む穴は、拳ほどの大きさであり、そこから逃げることは不可能だ。

 

 萌香が用便を済ませると、瞳子も排便用の容器に跨った。

 瞳子もそうしていたが、瞳子が排便するときには、萌香も反対側を向いてくれる。

 隠れる場所のない牢で排便をするには、お互いにそうするしかない。

 排便を済ませて容器に蓋をする。

 そして、溝に流れている水でお尻と股間を洗う。

 

 それが終わった頃、牢に数名の人間がやってくる気配がした。

 萌香が息を呑む声がした。

 始まるのだ。

 瞳子も自分の肌に粟が立つのがわかった。

 慌てて、萌香の横に並び、正座をして床に頭を下げる。

 牢の外に数名の人間が立ったのがわかった。

 

「本日も調教よろしくお願いします」

 

 萌香とともに頭を床につけたまま言った。

 

「頭をおあげ」

 

 その声で頭をあげる。

 

「ひっ」

 

 横の萌香の口から悲鳴が漏れた。

 瞳子ももう少しで、声をあげるところだった。

 そこに立っていたのは、あの道術遣いだ。

 いつも、身体全体を覆う布一枚の黒い外套で被っていて、顔も外套と繋がった頭巾で隠している。

 楊鬼女が内儀(ないぎ)と呼び、一目も二目も置いている存在だ。

 瞳子の観察するところ、この黒賊を動かしているのは、あの隻眼の楊鬼女だが、影で支配するのは、この内儀という気がする。

 

 内儀がなにかを告げるとき、楊鬼女がそれを拒否することはない。

 逆に、楊鬼女は、大きな決断をするときには、必ず、あの内儀という道術遣いに相談をしている。

 瞳子の鋭敏な観察眼は、ふたりの奇妙な関係に気がついていた。

 

 いずれにしても、“内儀”というのは、「人の妻」という意味のはずだ。彼女の名ではないことは確かだ。

 その内儀がいる。一緒にいるのは、黒賊の女兵四人だ。

 

「今日から調教の第二段階に入るからね。生娘のままで、男との性交を快楽として受けとめられる身体にするのは難しいけど、霊具を遣えばできないことじゃない。ただ、霊具を遣えるのは、この黒賊団の中ではわたしだけだ。だから、楊鬼女の頼みでわたしが直接調教を受け持つことになったよ」

 

 内儀は言った。

 瞳子は、なにをされるのだろうという怯えの半分、内儀が、「楊鬼女」と呼び捨てにしたことをしっかりと気づいていた。

 

 牢の扉が開いた。

 四人の兵が牢の中に入ってくる。瞳子と萌香は正座をしたまま、両手を背中に回す。

 毎日繰り返している儀式のようなものだ。

 

 この後に背後に回った兵が瞳子と萌香の手首に革錠を嵌めるのだ。

 続いて、正座をしている足首にも同じような足錠が嵌められる。

 そして、最後に、瞳子と萌香の首に革の首輪を嵌める。

 それがいつもの調教の始まりだ。

 

 その後、連れていかれるのが、牢の並ぶこの廊下の近くにある調教部屋だ。

 瞳子と萌香は、この砦に連れて来られて以来、その調教部屋と、この牢以外の場所に連れていかれたことがない。

 いまから、またあの調教部屋に連れていかれるのだという暗い気持ちになる。

 しかし、今日は、いつものように手枷も足枷もつけられなかった。

 なぜか、じっと内儀は正座で腕を背中に回した瞳子と萌香の裸身をしげしげと見つめている。

 

「お前ら、まだ毛の処理をしていないのかい」

 

 しばらくしてから、内儀は不満げな口調でそう言った。

 

「え?」

 

 毛というのがなんのことかがしばらくわからなかったが、やがて、内儀が剃っていないといった場所の毛がなんのことかわかり、瞳子は羞恥で顔が真っ赤になるのを感じた。

 確かに、まだ瞳子も萌香もしっかりと恥毛は残っている。

 それが残っていることに内儀は文句を言っているのだ。

 

「だから、楊鬼女は駄目なんだよ。いままで、なにをやってたのかねえ。毛を剃りあげるというのは奴隷の証じゃないか」

 

 ぶつぶつと不平のような言葉を内儀は吐いた。

 

「まあいい、調教の前に剃りあげるよ。お前、刷毛と石鹸持っておいで──。こっちのお前たちは、ふたりとも、尻を床につけて股を開きな」

 

 内儀は言った。女兵のひとりがどこかに走り去っていく。

 

「い、嫌です──」

 

 瞳子は声をあげた。

 冗談じゃないと思った。

 そんなところを剃られるなんて、死んでも嫌だ。

 

「ほう?」

 

 機械的な口調で喋っていた内儀が、瞳子の強い拒否反応に急に興味を持ったように瞳子の顔を覗き込んだ。

 

「と、瞳子──」

 

 横で萌香が咎めるような声をあげた。

 だが、そんな場所の毛を剃られるなど、瞳子には耐えられない恥辱だった。

 なんでそんなことをされないといけないのか。

 

「お前は瞳子かい?」

 

 内儀は言った。

 

「そ、そうです」

 

 瞳子は言った。

 

「あの蝶子の妹だね?」

 

 突然、姉の名を出されて瞳子は愕然とした。

 

「お、お姉ちゃんは──お姉ちゃんを知っているんですね。お姉ちゃんはどこですか。教えてください。お願いします。お願いします──」

 

 瞳子は叫んだ。

 

「蝶子に会いたいかい?」

 

 内儀は笑いのこもった声で言った。

 

「会わせてください。お姉ちゃんは……、姉は無事ですか──?」

 

 瞳子は夢中で声をあげていた。

 

「無事さ。昨日までは、このわたしが蝶子を調教してやったのさ。お前の姉もなかなかの小生意気な女でわたしの大好物だったけど、お前の方が気は強そうだね。お前の姉さんの股も、このわたしがつるつるにしてやったよ。姉さんに会いたければ、大人しく股を開きな」

 

 内儀は言った。

 瞳子は絶句した。

 

「開くんだよ、瞳子。今日の調教は、お前を中心にやってやるよ。お前のような気の強そうな娘は、わたしの大好物さ」

 

 それでも、瞳子はなかなか命令を実行することができなかった。

 すると、内儀が懐から黒い輪を取り出した。

 

「これが見えるかい、瞳子?」

 

 内儀は瞳子の前にその黒い輪をかざしながら言った。

 輪の大きさは、ちょうど瞳子や萌香の首の大きさ程だろう。

 

「は、はい」

 

 瞳子は頷いた。

 内儀は、その黒い輪を持っている手の反対側の手の指をぱちんと鳴らした。

 途端に、内儀が持っている輪が指輪ほどの小ささに縮んだ。

 今度は、小さくなった輪を持っていた手を振った。一瞬にして、元の大きさになる。

 これが道術というものなのだ。瞳子は感嘆していた。

 

「わかるね?」

 

 内儀はそう言うと、その黒い輪を瞳子の横で怯えている萌香の首に押し付ける。

 ぱちんと音がして、黒い輪が萌香の首に嵌っていた。

 

「きゃああああ」

 

 瞳子とともに、黒い輪が一瞬にして小さな輪になるのを見ていた萌香が、その輪が自分の首に装着されたことで悲鳴をあげた。

 

「もう一度、言うよ。股を開きな。指を鳴らして、友達の首をもぐよ」

 

 内儀は言った。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 瞳子は声をあげていた。

 頭巾の下の内儀の顔が笑った気がした。黒い影になってよくわからないが、布の下の内儀の顔は意外なくらいの美人のように思った。

 

「いいから、限界まで股を開きな。友達が死ぬよ」

 

 内儀は指を鳴らす仕草をする。

 

「瞳子、お願い──」

 

 萌香の声には恐怖の響きがある。

 

「こ、殺すわけがないわ。わ、わたしたちは、大事な商品なんだから──」

 

 瞳子は内儀を見返していた。

 罰を与えるなら与えればいい。

 萌香を殺すなど、はったりに決まっている。

 この十日も罰を与えるとはいいながら、一度も暴力は振るわれてはいない。

 瞳子も萌香もいずれは、性奴隷として売り飛ばす商品なのだ。

 傷を付けることで値打ちが下がるに違いない。

 ましてや、殺してしまえば、儲けにはならない。

 

 それにしても……と自分でも思う。

 奴隷狩り団の本拠地で、道術遣いを相手にこんな啖呵を切ることがどういうことなのかということはわかっている。

 しかし、この十日、この黒賊の言いなりになって、淫靡な調教により身体をいじくられ続けた鬱憤が爆発したのだ。

 

 後先考えない向う見ずなのは瞳子の欠点──。

 よく姉の蝶子が言っていたのを思い出す。考えてみれば、蝶子の言いつけに従い、迎の町の裏山で隠れていれば、こんな風に奴隷狩りに遭うことはなかったはずだ。

 だが、我慢できなかったのだ。

 

 いまもそうだ。

 我慢できない。

 こんな連中に屈服するなんてもう嫌だ。

 しかし、瞳子の言葉に、内儀は怒るでもなく、ただ、笑い出した。

 なんだか、激しく怒鳴られるよりも、その笑いのほうがぞっとした。

 

「……だったら試してみるかい? 正直、わたしは、この黒賊が儲かろうが、損をしようがどうでもいいことなのさ。女奴隷狩りだっていうから、少しは愉しめそうかと思ったけど、どいつもこいつも、調教のしがいのない娘ばかりで飽き飽きしていたところさ。だけど、お前は違うようだ──。わたしは、お前のような気の強い娘が、恥辱に顔を歪めるのを見るのが大好きさ」

 

 内儀は言った。

 

「瞳子、お願い──」

 

 萌香がもう一度叫んだ。

 瞳子は正座を崩して、床に尻をつけて、限界まで脚を開いた。

 この十日間のように拘束されて股を開かされるのではない。

 自分から開くのだ。

 その悔しさに身体が震えた。

 

「いいねえ……。十日も楊鬼女たちの調教を受けながら、心は折れないとはねえ。余程、気が強くできているんだろう。もっとも、楊鬼女たちの調教など、本物の調教じゃないけどね。ただ、男に悦ばれるような感じやすい身体を作っているだけだ。まあ、このわたしが、お前だけは特別な調教をしてやるよ」

 

 内儀は喉の奥で笑った。

 心の底から愉しんでいる──。

 そんな笑い声だ。

 

「どれどれ……」

 

 内儀がしゃがみ、曝け出している瞳子の股間をしげしげと眺め出した。

 瞳子は、思わず顔を横に向ける。

 

「……それなりに調教は受けたようだね。随分と肉芽も膨らんでいるし、開くだけでしっとりと濡れる女陰も、道具としては、そこそこだ。楊鬼女は、お前たちを生娘で売りたいらしいから、女陰にものはまだ突っ込まれていないんだろう?」

 

 瞳子は黙っていた。

 何度やられても、こんな風に性器をもののように評価されるのは恥辱以外のなにものでもない。

 

「あ、あたしたちは……」

 

 萌香が遠慮がちに口を開いた。

 

「お前は喋るんじゃないよ──。瞳子に訊いているんだよ──」

 

 内儀が強い口調で叱咤した。

 萌香は小さな悲鳴をあげて黙り込んだ。

 

「な、なにも入れられていません」

 

 瞳子は仕方なく言った。これ以上機嫌を損ねると、本当に萌香の首をもがれるかもしれない。

 内儀が、瞳子や萌香の商品としての価値に興味がないというのは本当かも知れない。彼女が気まぐれのように萌香を殺したとしても、楊鬼女は、内儀には文句を言えない。そんな気もする。

 

「まあ、お前たちの処女膜には興味はないけど、破ると楊鬼女が小うるさいから、霊具を遣って、破らないまま、女陰を調教してやるよ。破瓜をやりながら、痛みよりも、気持ちよさでよがり狂えるようにしてやろう──。もっとも、その前に、毛を剃ってからだ」

 

 内儀は言った。

 そのとき、剃毛の道具を揃えに行っていた女兵が戻って来た。

 刷毛と白い泡入りの小壺が載っている盆を内儀のそばに置いた。

 

「さて、じゃあ、瞳子──。両手を足の外側から伸ばして、開いている脚の足首を内側から掴むんだ……。そうそう、そんな感じだ。じゃあ、許可するまで離すんじゃないよ。手を離した途端に、指を鳴らすからね。そうするとお友達が死ぬよ」

 

「くっ」

 

 思わず小さな舌打ちが漏れた。

 だが、内儀はそういう瞳子の反応が逆に嬉しいようだ。

 愉しそうに、また笑った。

 

「じゃあ、出番だよ、萌香。瞳子の毛を剃る前に、舌で瞳子の気持ちをほぐしてやりな」

 

「ほ、ほぐす……ですか?」

 

「両手を背中で組んで、瞳子の身体に舌を這い回すんだ。手を離したら死ぬよ。さあ、始めな」

 

「ひいっ」

 

 萌香は真っ蒼な顔をになって、手を後ろに組む。

 そして、立て膝になって、瞳子の身体の前にやってきた。

 だが、どうしていいかわからないようだ。

 萌香は瞳子の前でうろたえたように動きを止めてしまった。

 

「この砂時計がわかるね」

 

 内儀はどこからか取り出した小さな砂時計を瞳子と萌香が向かい合う横の床に置く。

 

「……この砂が落ち切るまでに、瞳子をいかせるんだ。できなければ、お前は用無しだ。首をもいで殺す。ほら、始めろ──」

 

 内儀はぞっとするような声で言った。

 

「は、はいっ」

 

 萌香は悲痛な表情で舌を伸ばして、瞳子に迫ってきた。

 萌香の舌が、瞳子の乳房をぺろぺろと舐める。

 

「ああっ──」

 

 萌香の優しい舌の愛撫は、この十日で開発された瞳子の快感をあっという間に呼び覚ます。

 激しく襲ってくる淫らな波に、瞳子はすぐに声をあげていた。

 気持ちいい……。

 堰を切ってしまうとさっきまでの強気はどこかに消え失せえしまう。

 

 ほかの誰でもない。

 幼馴染であり、この黒賊の本拠地で一緒に調教を受け続けている萌香の責めだ。

 染み込むような萌香の愛撫は、たちまちのうちに瞳子の身体を蕩けさせる。

 

「両方の乳首を代わる代わるに吸いな」

 

 内儀の声。

 それに従い萌香の情熱のこもった舌の刺激が瞳子に加わる。

 瞳子は、自分の口がさらに激しいよがり声を出すのを防ぐことができなかった。

 全身がおこりにかかったように震える。

 込みあがる──。

 もう、絶頂しそうだ──。

 

「ほ、萌香──。も、もう駄目──」

 

「いって、お願い」

 

 一度口を離した萌香が叫んだ。

 そうだった。

 萌香は、瞳子がいかなければ、殺すと脅されているのだ。

 だから、いってあげなければならない。瞳子は身体の緊張を解いた。

 萌香の口が瞳子の乳首を吸ったり、転がしたりする。強烈な快感が瞳子を襲う。

 

「いくううううっ──」

 

 瞳子はひと際大きな声で叫んで、迸る快感に身体を委ねた。熱いものが股間から弾けて、全身を貫いていった。

 

「胸だけでいくというのはなかなかだね。さあ、あと二回はいってもらうよ。萌香、今度は股だ。瞳子の肉芽を同じように口だけで奉仕しな」

 

 内儀は言った。

 萌香が身体を屈めて、瞳子の股間に顔を向かわせる。

 

「ひぐうっ──」

 

 圧倒的な快感──。

 それが瞳子を襲う。

 達したばかりの瞳子の身体が、次の絶頂を迎えたのは、長い時間が経ってからのことではなかった。

 

「もう一度だ」

 

 内儀は言った、

 もうどうにでもして……。

 そんな感情が瞳子を包む。

 また加えられる萌香の舌の刺激……。

 また、昇ってくる──。

 

「あはああっ」

 

 そして、瞳子は、三度目の絶頂に身体を仰け反らせていた。

 

「じゃあ、いよいよ、毛剃りの時間さ。今度も、萌香がやるんだ──。お友達の股間をつるつるに剃りあげな」

 

 萌香は、内儀から渡された泡のついた刷毛を無表情で受け取った。

 

「まずは、瞳子の股間に泡を塗りな……。だけどね……」

 

 内儀がまた、くくくと笑う。

 

「今度は、逆にいくんじゃないよ、瞳子。刷毛が気持ちよくていったりしたら、今度も萌香の首をもぐからね」

 

 内儀は言った。

 

「そ、そんな……」

 

 三度も続けて絶頂させられて、瞳子の身体はこれ以上ないという程に燃えあがっている。

 十日も調教を受け続けてきた淫乱な身体だ。十日前の瞳子ならいざ知らず、いまの瞳子は、ほんの少しの刺激でも淫らな反応をしてしまう破廉恥な身体になってしまっている。

 眼の前の萌香が持っている柔らかそうな刷毛の刺激に耐えられそうもない。

 

「お願い、瞳子」

 

 瞳子の無防備な股間に刷毛を近づけながら、萌香が悲痛な声で訴えた。

 

 

 *

 

 

 刷毛による快感を受けながら歯を食い縛って、それを受けまいとする瞳子の狂乱を内儀は満足感を持って眺めていた。

 気の強い娘を屈服させて泣かせる──。

 それは、なによりも性的興奮を満足させる。

 

 命令とはいえ、奴隷狩り団に身を寄せて、網を張るなどということは気の進まない仕事だったが、初めて調教のやりがいのある奴隷にぶつかったのだ。

 楊鬼女という三流の盗賊女を頭領に仕立てて、黒賊という奴隷狩り団を作らせて以来、捕えられた娘は、どいつもこいつも、精根を抜かれた人形のような存在にすぎなかった。

 瞳子の恥毛を反らせている萌香のように……。

 

 しかし、この瞳子は違う。

 十日以上も性感という性感を開発され続けたにもかかわらず、少しも折れない強い心を持っていた。

 自分という道術遣いを相手にして、怖がるのではなく、反抗してみせた。

 久しぶりに嗜虐の血が騒ぐ存在に巡り合った。

 

 自分の心は新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃいでいた。

 萌香に瞳子の肉芽の周りにもっとたっぷりと泡を載せるように命じた。

 ふたりの表情が悲痛なものになる。

 瞳子は、肉芽をさらに刷毛によって刺激されることで、いってしまうというという恐怖。萌香は、瞳子が絶頂することで自分が殺されるという恐怖だ。

 怯えた様子の萌香が、全身を震わせながら快感を振り避けようと身体を震わせる瞳子の股間を刷毛で責めている。

 ふたりの耐えている姿が、内心の嗜虐心を最高に満足させる。

 

「……様……」

 

 牢の外から不意に声をかけられた。

 

「鳴智……」

 

 熱くなった感情が途端に冷え切ってしまう、不快な感情が身体に沸き起こる。

 女人国に送られるに当たって、夫からつけられた女奴隷だ。

 この女を見るたびに背に虫酸が走る。

 たとえようのない嫌悪感が身体に走るのだ。

 

 それがどういう理由なのかわからない。

 消されている記憶に関係があるのか……。

 もしかしたら、自分は、この女となにかの因縁があるのだろうか。

 この女奴隷の首に装着させている『服従の首輪』──。

 自殺をしろと命令したいという発作のようなものが込みあがる。

 どうして、自分はこんなにも、この女奴隷が気に喰わないのだろう?

 

「なんだい、鳴智? 調教中に顔を出すなと言ったはずだよ」

 

 不機嫌さを隠すことなく牢の外に立つ鳴智に言った。

 

「しかし、『伝声術』が、楊恋(ようれん)から……」

 

 鳴智が台に載せた『伝声球』を視線で指した。

 城郭軍に入り込ませている手の者の道術遣いの楊恋からの伝言が来ていることを示す“赤”の色に『伝声球』が染まっている。

 

 瞳子に対する調教を邪魔されて、盛大に舌打ちした。

 しかし、そういう自分の態度にも特に動揺する様子もなく、鳴智は泰然としている。

 まったく、この女奴隷もなにを考えているかわからない。向こうは向こうで自分を憎んでいるような感じでもある。

 もっとも、向こうの境遇や、なぜ、奴隷という身分になったかというような疑念をぶつける気にもなれない。

 ただの女奴隷だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 

 萌香が瞳子の恥毛を剃りあげるのに任せながら、牢の外に出て『伝声球』を手に取った。

 城郭軍の中の楊恋が、この黒賊の本拠地に送る伝言を受け取るために作った霊具だ。

 一流の道術遣いである自分であれば、霊具なしに『伝言術』の声を受け取ることができる。

 しかし、そうすると、いつ入って来るかわからない伝言により、思念を邪魔される。だから、直接に頭に入らないように、伝言は、この『伝声球』を通して受け取ることにしたのだ。

 鳴智の抱えている台の上の『伝声球』を手に取り、耳に入れる。

 

 楊恋の声が聞こえてきた。

 向こうからの伝言は、軍の出動に関するものに限られていた。

 だが、軍が出動しようにも、この本拠地は、城郭軍には知られていないはずだ。

 だから、なんとか奴隷狩りの襲撃をした黒賊の尻尾を掴もうと、躍起になって出動してくる。

 それでも、巧妙に伝えられる楊恋からの報告で、やってくる城郭軍には、なんの姿も見せることなく、黒賊は奴隷狩りという襲撃を続けられている。

 

 しかし、今日の楊恋からの報告は、軍の出動に関するものではなかった。

 軍営の中に道術遣いがやってきたというものだ。

 女人国には、道術遣いの存在は少ない。

 男を追放して、道術により子を授かるという風習が影響しているのか、なぜか、女人国には道術なしで産まれる子が多い。

 力を持った道術遣いは、それだけで、女人国の掟により女王になれるくらいなのだ。

 

「道術遣いです……。間違いありません」

 

 楊恋は切羽詰った口調で伝言を送ってきた。

 だからなんだというのだ。

 内心で悪態をつく。

 軍営の中に道術遣いがやってきたらやってきたで、うまくやればいいだけのことではないか。

 軍営の中に入り込んでいる手の者の安全など、知ったことか──。

 まったく興味はなかったが、一応は、その軍営にやってきたという道術遣いの名を訊ねた。

 

「……孫空女という女です。不思議な霊具の武器を扱います。道術遣いに間違いありません。それに……」

 

 

「なんだって──?」

 

 楊恋の声がそう言ったとき、心臓が激しく震える気持ちを味わった。

 自分がこの奴隷狩り団に身を寄せている理由──。

 夫がこの女人国に張ったさまざまな網で捕えようとしている三人の名のひとつとそれが同じだったからだ。

 夫が捕えたい女は三人……。

 

 孫空女──。

 沙那──。

 このふたりの女戦士。

 そして、宝玄仙を名乗る道術遣い──。

 

「それと……」

 

 さらに楊恋の伝言はなにかを続けようとした。

 しかし、不思議にも、そこで『伝声術』は遮断された。

 自分の強力な道術である『伝声術』が中断されたという事態に、呆気にとられていた。

 

 なにが起こったのだろう?

 考えられるのは、なにかの都合により楊恋が、『伝声術』を中断させたか、ほかの第三者の手によりそれが妨げられたかだ。

 『伝声術』を邪魔できるのは、道術でしかない。しかも、強力な道術でしかできない。

 

 楊恋が告げてきたのは、孫空女の名──。

 しかし、孫空女は道術遣いではないはずだ。

 『伝声術』を阻止した力……。

 孫空女と一緒にいるというもうひとりの宝玄仙──。

 ほかに考えられないだろう。

 

 ついに、獲物が網に引っ掛かったのだ。

 長い任務がようやく終わりそうだという思いが身体に走る。

 遠くにいる夫に連絡をとるために、この場を立ち去ろうとした。

 それで、ふと牢の中の奴隷の存在を忘れていたことを思い出した。

 瞳子の股間はつるつるに剃りあげられて幼女のそれと同じになっていた。

 

「ふたりを調教部屋につれていき、拘束しとくんだ、鳴智」

 

 まだ、その場に立っていた鳴智に言った。

 

「わかりました。ところで、楊恋が捕らわれたことは明確でしょう。楊鬼女殿に報せましょうか?」

 

 鳴智が冷静な口調で言った。

 このわけ知り顔が気に入らない。

 鳴智が提案したというだけで、その気がなくなる。

 

「余計なことはしなくていい。お前は言われたことだけをすりゃあいいんだ」

 

「かしこまりました、宝玄仙(ほうげんせん)様」

 

 すると、鳴智が無表情で言った。



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207 性感拷問

「わたしの道術は、そこらの自白剤よりも余程効くよ」

 

 宝玄仙が嬉しそうに笑いながら言った。

 楊恋(ようれん)は、大きな卓に手足を伸ばして仰向けに寝かされた。

 どういうわけか、手足はまったく動かない。

 自分の身体の中の霊気が動きまわっている。眼の前の宝玄仙が霊気を注いでいるのだ。

 

 部屋の中にいるのは、道術で楊恋を動けなくした宝玄仙──。

 宝玄仙の供で、やはり道術遣いのようである朱姫──。

 そして、金水蓮だ。

 いまのところ、この三人以外にいない。

 

 だが、いまの楊恋には、この三人から逃げ出すのは不可能だということを悟っていた。

 どうやら、宝玄仙は孫空女よりも、そして、朱姫よりも遥かに力のある道術遣いのようだ。

 楊恋を捕えたのは、朱姫の道術による黒い手だが、それを凌駕する圧倒的な力が楊恋を襲っている。

 これが宝玄仙の力なのだ。

 宝玄仙は、単なる金水蓮の性愛の相手というわけではなかったのだ。

 おそらく、楊恋をはじめとして、楊鬼女が城郭軍に紛れ込ませた手の者を狩るために金水蓮が連れ込んだに違いない。

 

 そして、宝玄仙の道術遣いとしての力は楊恋よりも上だ。

 圧倒的な力の差──。

 それを宝玄仙から注ぎ込まれる霊気から感じる。

 

「なにもかも喋って貰うよ。言っておくけど、お前がしていいのは、わたしらの質問に答えることだけだ。間違っても、反抗的な態度をとるんじゃないよ。奴隷狩りなんてやるような連中には、もっと残酷に拷問して自白させてもいいと思っているんだけど、特別に、この宝玄仙の道術で訊問してやっているんだからね。この世のものとは思えないほどの苦しみのあげくに自白させてもいいんだよ」

 

 顔から血の気がひくのがわかった。

 秘密を守り抜くことは不可能……。

 そんな気がしたからだ。

 黒賊の本拠地の場所──。

 軍営に紛れ込んでいるほかの手の者の存在──。

 そういうものを洗いざらい喋らされてしまうのかもしれない。

 

「宝玄仙さん、本当に楊恋が手の者なのかい?」

 

 部屋の隅の椅子に座って、こっちを見守っている金水蓮が言った。

 軍人としては優秀だが、単純でおめでたい女……。それが金水蓮だ。

 

 だが、自分の性愛の相手を軍営に連れ込んで愉しむ呆け者だと思っていたが、もっと警戒すべきだった。

 あるいは、殺してしまうとか……。

 これまでの上級将校とはうって変わって、賄賂には手を出さず、火の出るような調練で軍改革を始め出したときには、危険だから暗殺することも考えた。

 だが、この宝玄仙という自分の性愛の相手を軍営に連れ込んだことで、楊恋の考えは変わった。

 欲の対象が違うだけで、こいつもこれまでの上級将校と同じだと思った。

 いまは、任務に燃えて軍人をやっているようだが、やがて、堕落した軍人に染まっていくだろう。

 実際のところ、屋敷でも、そして、この軍営の中でも、夜な夜なこの宝玄仙たちと痴情に耽っているのは確認していた。

 そんな将校など、恐れる必要はないとも思った。

 

 しかし、もしかしたら、それらのすべてが、楊恋たちのような手の者を油断させるために手段だったのかもしれない。

 実際、楊恋は、自分が捕えられるまで、これ程に自分たちが追い詰められていたという実感を持っていなかった。

 

「こいつが奴隷狩り団の手の者かどうかは、こいつが喋ってくれるよ」

 

 宝玄仙はそう言いながら、新しい霊気を楊恋の身体に注いだのがわかった。

 はっきりと身体の変調を感じたのだ。

 身体中の血が熱くなる。

 痛みとも痒みともつかない感覚がやってくる。

 無数の蟻が、皮膚の下でうごめきはじめた。そんなぞわぞわした感覚だった。

 

 楊恋は悲鳴をあげた。

 しかし、声が出ていない。

 喉の奥から空気が漏れただけだ。それだけじゃない。

 さっきは、手足だけだった身体が、もう、指も動かせなくなっている。

 指だけじゃない。顔も動かせない。

 楊恋が唯一動かせるのは、瞬きをする瞼だけだ。それ以外の身体の筋肉のすべてが完全に弛緩されている。

 

「朱姫、こっちに来て、手伝いな。まず、この女を素っ裸にするんだ」

 

 宝玄仙が言うと、金水蓮の横に座っていた朱姫という娘が小走りにやってきた。

 まだ、二十にもなっていない小娘だろう。

 だが、この娘さえも、楊恋を上回る道術遣いだった。

 この部屋に金水蓮に踏み込まれたときに遣われたあの黒い手の道術は、完全に楊恋の身体の動きを封じたからだ。

 この朱姫の道術に楊恋は抵抗することができなかった。

 

「服を脱がされるのが嫌だったら、そう言ってください、楊恋さん。その方が愉しいですから」

 

 朱姫がそう言ったときには、すでに朱姫が手に持ってきた鋏で軍装の下袴(かこ)が裾から切り裂かれていた。朱姫は、器用に楊恋の肌に触れることなく、楊恋が着ている軍服を切り裂いている。

 次第に感じさせられる肌に直接触れる空気に楊恋は恐怖を感じていた。

 

 こうなったら、少しでも長く自白を耐えて、本拠地にいる楊鬼女たちが逃げる時間を確保することを考えるしかない。

 『伝声術』が中断されたことで、本拠地にいるあの道術遣いは、なんらかの異変を感じたはずだ。

 あるいは、楊恋が捕えられたことに、この軍に紛れ込んでいる他の手の者が気がつけば、軍を抜けて本拠地に変異を報せに行けるだろう。

 

 せめて、数日──。

 その時間さえ確保できれば、なんとか黒賊の主力を逃がすことができる。

 

「きれいな肌をしていますね。とてもおいしそう。ご主人様、後であたしも味見してもいいですか?」

 

 朱姫が妖しい笑みを浮かべながら言った。

 その時には、もうすでに、楊恋は下着だけの姿にされている。

 胸当ての布が切られて剥ぎ取られる。

 露わになった胸が震える。

 その露わになった楊恋の胸の頂点に、朱姫がちょんと指を伸ばした。

 

「ひいっ」

 

 込みあがった得体の知れない官能の爆発に楊恋は声をあげた。ただのひと触りだけで、両方の乳首が勃起し、全身から一斉に汗が噴き出たのだ。

 初めて、想像以上の身体の変質が自分に襲っているのがわかった。

 もの凄い感度まで全身を敏感にされている。

 それを知覚した。さっきの宝玄仙の道術に違いない。

 

「ふふふ……。待つんだよ、朱姫。まずは仕事さ。金水蓮に世話になっているんだ。金水蓮が知りたがっていることをなにもかの喋らせるんだよ。軍営に集めて、沙那と孫空女が見張っているいる兵たちも早く居室に戻してやらないといけないしね。ほかの手の者の名をこいつが喋るまで待ってな」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 朱姫が楊恋から下着を取り去り、楊恋は素っ裸になった。

 

「さてと──。じゃあ、始めるかね」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、胸の間から臍にかけて、宝玄仙の指がすっと撫ぜた。

 

「ひふうっ──」

 

 楊恋は声をあげていた。

 柔らかくて軟体動物のような指だった。

 朱姫が乳首に触ったときのような……。

 いや、それ以上の快感が楊恋を襲った。

 

 だが、宝玄仙の指はすぐに遠のいた。

 去っていった指を追うと、そこには、にやにやしながら楊恋を見下ろしている宝玄仙と朱姫の顔がある。

 

 楊恋は愕然とした。

 いま、自分はさっきの指をもっと欲しいと思っている。

 宝玄仙の指が身体から離れたとき、広大な原野の真ん中に裸で放置された気分を味わった。それは、まだ続いている。

 

 触って欲しい──。

 楊恋の肌にさっきの愛撫が欲しい──。

 楊恋の心は叫んでいた。

 壊れていく……。

 

 楊恋は恐怖した。

 欲情によって、心と身体が離される。

 宝玄仙がしようとしているのはそういうことだ。

 わかっているが、どうにもならない。

 すでに、楊恋の身体は、楊恋の心を裏切り始めている。

 

「お股が真っ赤になっていますよ、楊恋さん。おつゆもこんなに……ふふ」

 

 朱姫が楊恋の股間の一番敏感な頂点をつんと突く。

 

「おごうっ──」

 

 もの凄いものが肉芽から突きあがる。

 楊恋は絶叫していた。

 身体を根こそぎ、どこかに運び去ってしまうような快楽の暴発だ。

 しかし、その朱姫の指もすぐに離れる。

 

 また、淫靡に微笑みながら楊恋の痴態を見守るふたりの視線──。

 駄目だ──。

 理性を保たなければ……。

 

 楊恋は、懸命に自分を保とうとした。

 数日どころではない。いま、自分はあっという間に知っていることを喋ろうとしている。

 ほんの少しの快楽と引き換えに、仲間のことを売ろうとしている。

 

 でも、身体が熱い。

 全身が炎で炙られでもしているようだ。

 かすかな部屋の中の風の流れでさえも、抗しがたい刺激として楊恋を襲う。

 空気だけでいく──。

 そう思ったとき、楊恋の理性の部分が、淫乱な女体に取り替わる。

 

「もう一度、いくよ、楊恋。この刺激だよ。これが欲しいかい?」

 

 宝玄仙がさっきと同じように、胸の谷間から臍にかけてすっと指を這わせる。

 

「ひいいいいいいっ」

 

 なにかを浴びたように楊恋の身体は硬直した。

 全身の神経という神経が宝玄仙の指が触れる部分に集中する。

 

 もっと欲しい。

 もっと……。

 

 しかし、宝玄仙の指はそれだけで終わりだ。

 楊恋は泣きそうになった。

 

「もう少し触って欲しいのかい、楊恋?」

 

 宝玄仙の指がまた伸びて、腰の横の肌に移動する。

 そこから、だんだんと股間に向かってくる。

 楊恋の心は、やがてやってくるであろう愛撫を期待して踊りあがる。

 女陰の中からどっと淫液が溢れるのがわかる。

 

 もうすぐ……。

 

 宝玄仙の指が楊恋が触れて欲しい蜜壺に向かう……。

 ところが、そこですっと宝玄仙は指を引いた。

 

 楊恋は、すぐにはそれが信じられなかった。

 宝玄仙を見る。

 そして、絶望的な気持ちになった。

 宝玄仙も朱姫も、とても冷ややかな表情で楊恋を見下ろしていたからだ。

 楊恋が、こんなにも切なくて、愛おしく思っているのに、このふたりは、まったく楊恋に愛情を抱いていない。

 

 もう触る気がないのかもしれない……。

 それを悟ったとき、楊恋に恐怖が込みあがる。

 

「ど、どうして……」

 

 それ以上言葉が出てこない。

 刺激をこれ以上与えてもらえない……。

 

 その事実を受け入れることができず、楊恋は身体を震わせた。

 しかし、楊恋の身体はぴくりともしない。

 できるのは、愛おしい宝玄仙と朱姫にすがる視線を向けるだけだ。

 

 はっとした。

 宝玄仙がその楊恋の瞼に手を近づけた。

 あの指が来る──。

 それが顔であっても嬉しかった。

 

 だが、宝玄仙の指が楊恋の顔の肌に触れることはなかった。その代わり、楊恋の瞼はすっと閉じて、もう開かなくなった。

 愕然とした。

 ふたりを見ることさえ禁じられた──。

 楊恋は悲鳴をあげそうになった。

 宝玄仙や朱姫が楊恋に触れたときの、あの幸せが逃げる。

 まったくの闇に取り残される。

 

 欲しい──。

 あの指が欲しい。

 それが与えられるなら、なにを提供してもいい。

 

 胸が張り裂ける。

 心が破れる。

 

 指を……。

 刺激を……。

 

「そろそろ、いいだろう、楊恋? 黒賊の本拠地はどこにあるんだい?」

 

 闇の中に、そんな宝玄仙の声が突き差した。

 希望の光だ。

 楊恋の心が晴れやかなものになる。

 宝玄仙の声は、それ程までに楊恋の心に心地いい。

 

 声で愛撫される。

 愛おしい……。

 もっと欲しい……。

 声を聞かせて欲しい……。

 

 気がつかないうちに楊恋は口を開いていた。

 

水蓮洞(すいれんどう)……」

 

 楊恋は喋っていた。

 

花果山(かかざん)の水蓮洞か──」

 

 部屋のどこからか宝玄仙でもない、

 朱姫でもない叫びがあった。

 その叫びが誰の者なのか楊恋にはわからなかった。

 この部屋には、宝玄仙と朱姫のほかに誰かがいるのだろうか?

 

「いい子だね、朱姫。ご褒美をあげな。だけど、ひと触りだけだよ……」

 

「はい」

 

 朱姫の指が楊恋の鋭敏な股間の頂点をぎゅっと押した。

 楊恋は叫んでいた。

 この世のものとは思えない愉悦の嵐──。

 それが全身を貫いたのだ。心臓も止まるような快感の渦が巻き起こる。

 だが、それもすっとなくなる。

 再び闇にたったひとりで残される。

 

「もっと、わたしたちが興味を持てるようなことを教えることができるかい?」

 

 宝玄仙の声がした。

 楊恋は焦った。

 早く喋らなければ、宝玄仙や朱姫の機嫌を損ねてしまう。

もしも、楊恋に興味がなくなり、この闇に残されたらどうしよう。

 

 楊恋は動転していた。

 喋らなければ──。

 ふたりがどこかに行ってしまう。

 それだけは嫌だ。

 ふたりと繋ぎとめるためには、ふたりの欲しがる知識を提供すること──。

 どうやら、それを欲しているようだ。

 

 そして、それは簡単に提供できる。

 楊恋は、軍営に入り込んでいる他の仲間の名を言った。

 すると、誰かが名を問い返した。

 楊恋がほかの手の者である五人の女の名を言い、それをもう一度繰り返して、それ以上はいないということを言うと、部屋の中から誰かが慌てて飛び出していく気配がした。

 もっとも、それはどうでもいいことだ。

 

 それよりもご褒美だ。

 五人の名を告げることで、楊恋の身体にすっと指が与えられた。楊恋は悦びに震えた。

 指の刺激が去ると、またそれを取り戻すために、ほかの知識を話した。

 どうやって、軍に紛れ込んだのか──。黒賊が総勢何人くらいか。浚った奴隷をどうやって、祭賽国(さいさいこく)の奴隷商人に売り渡すのか──。

 軍に入り込んで情報を送るのが役目の楊恋が知っていることは多くはなかったが、知っていることはすべて話した。

 その知識が宝玄仙と朱姫を満足させるものであると、楊恋の肌にあの刺激がもらえる。

 

 もっと……。

 もっと触って欲しい……。

 

 ほかにふたりに提供できる知識はないか。

 楊恋は懸命に考え続けた。

 そして、喋り続けた。

 

 黒賊のことについて、喋ることがなくなったら、楊恋は自分のことを喋った。

 生まれのこと……。

 親のこと……。

 最初の自慰……。

 最初の性愛……。

 感じる場所……。

 喋ることは幾らでもあった……。

 

 指が欲しくて、楊恋はいつまでもいつまでも喋り続けていた。

 

 

 *

 

 

 蝶子(ちょうこ)は、手足を大きく拡げて部屋の真ん中に立たされていた。

 身に着けているものはなにもない。

 完全な素っ裸で、手首と足首を縄で縛られて、部屋の壁の金具と縄で繋がれているのだ。

 その蝶子の裸身の周りには、椅子に座った黒賊の兵たちと、黒賊の女頭領の楊鬼女(ようきじょ)が囲んでいる。

 蝶子は、そんな黒賊の悪党たちに、股間で物を挟んで締めつけるという訓練をさせられているのだ。

 

「お前は、歳をとっているから、妹の瞳子のように、ただ感じるだけじゃあ、客を歓ばすことはできないさ。しっかりと、道具を鍛えなきゃね。お前の武器を鍛錬して、芸のひとつでも覚えな。股で卵を割ったり、果物を潰したりするのさ。そして、妹と一緒に客の相手をするんだ。美人姉妹奴隷ということで、ひとりひとりで売るよりも、遥かに高額の性奴隷として売り捌けるさ」

 

 楊鬼女は笑いながら部下に命じて、蝶子の膣に筒状の性具を挿し込んでいく。

 十日間の調教で感じやすくなった肉体と、朝からの全身への愛撫により、すっかりと受け入れ態勢の整っている蝶子の女陰は簡単に性具を受け入れていく。

 

 蝶子に挿入されている性具は、この黒賊の連中が浚った女を調教するために作った淫具であり、女の膣の筋肉を訓練するための器具らしい。

 器具の名は、「膣圧器」といい、女陰に限界まで挿入しても、その端が股間からはみ出すほどの長さだ。

 そして、挿入された筒を締めつけると、その力に応じて、女陰からはみ出している部分の色が変化するのだ。

 すなわち、なんの力も与えないと白色だが、膣で締めつけることにより、だんだんと紅くなり、限界まで締めると真っ黒になる。黒くなるまでに締めつけることができれば、それこそ、柔らかな果物どころか、固い野菜でさえも割ることができるらしい。

 

「ほら、締めな」

 

 蝶子は絶叫して女陰に力を入れる。蝶子を縛った四本の縄尻が、蝶子が身悶えをすることにより、ぎしぎしと壁の金具を引っ張って音を立てる。

 

「もっと、締めるんだよ。せめて、赤色から黒っぽくなるくらいまで締めたら、妹に会わせてやるよ。姉妹で客を取る訓練をさせないといけないからね」

 

 瞳子(とうこ)──。

 蝶子のたったひとりの肉親……。

 両親が死んでからは、この蝶子が親となって、瞳子を育ててきた。

 黒賊に捕らえられて一緒に性奴隷にされるということになり、蝶子は絶望を味わったが、いまは、ただ会いたい。

 会って、瞳子を抱きしめたい。いまの蝶子の望みはただそれだけだ。

 

「股を締めるときには、尻に力を入れるんだよ。何度も教えたろう」

 

 正面の椅子に座っている楊鬼女が笑いながら言った。

 楊鬼女の腰掛ける椅子の横には小さな台があり、そこには、酒瓶と盃がある。

 楊鬼女はさっきからその酒を口にしながら、部下にあれこれと指示をして、蝶子の調教を指図している。

 

「尻だよ、尻──」

 

 背後にいる部下が瞳子の双臀を平手で張った。

 ぱしんという景気のいい音が部屋に響き渡る。

 

「おお、真っ赤になるまで締めつけられたかい。もう少しだね。どれ、空気を送ってやんな」

 

 楊鬼女言った。

 ふたりほどの部下が、蝶子が挿入している筒具の先端に近づく。

 いまは赤くなっているその筒具の先に短い管を繋ぐ。その管には丸い球体がついていて、それを強く押すと、管から空気が流れて、「膣圧器」が膨らむようになっているのだ。

 膨張した筒具をさらに肉襞で喰い締めることにより、さらに女陰の収縮力が鍛えられるのだ。

 

「あああいいいっ」

 

 蝶子は汗まみれの身体を揺らして声をあげた。

 脂汗が全身に滲んで、裸身を滴っていく。

 しゅうしゅうと空気が送られる。膨らむことで筒具は、微妙な振動を蝶子に与えることになる。

 その刺激だけで切羽詰った状態になるくらいに感度のあがっている蝶子の身体は、たちまちに筒具の膨らみから快感を搾り取ってしまう。

 

「そ、そんなに大きくしちゃいや……」

 

 蝶子は泣き声をがあげた。

 

「女同士の性愛とは違って、男にはそれぞれに大きさも形も違う肉棒がついているんだ。中には、想像できないくらいに大きな一物を持つ男だっているらしいよ。妹がそういう肉棒を女陰で飲みこめるようになるまでは、お前が相手をしなきゃならないだろう。その練習だと思いな」

 

 楊鬼女はそう言って、容赦なく筒具に空気を送り込ませる。

 あまりもの圧迫感に蝶子は、歯を食い縛った。腰を前に出して、懸命に膣を締めつける。

 膨張した筒具に筋肉の圧迫を加えて締める。

 

「まだ力が入るはずだよ。もっと、力を入れな」

 

 楊鬼女は声をあげた。

 

「も、もう無理です……。す、少し休ませてください……」

 

 蝶子は女陰を締めつけながら呻いた。

 

「誰か、こいつの尻に指を挿し込みな」

 

 楊鬼女が言った。

 肛門になにかの溶剤を塗った指が挿し入れられる。

 その淫靡な刺激に、蝶子は顔をしかめて、嬌声をあげた。

 身体を貫く妖しい快感だ。さらに汗が出る。

 

 気持ちいいのだ。

 尻が気持ちいい……。

 悔しい……。

 お尻の孔で感じる身体にさせられてしまった。

 

 お尻だけじゃない。十日余りの調教で、全身のあらゆる部分の性感帯を開発された。

 四六時中媚薬を飲まされて、快感漬けにされることにより、蝶子は信じられないくらいに淫乱な身体になった。

 

「締めな」

 

 肛門に入れられた指がくちゅくちゅと動いた。蝶子は悲鳴をあげた。

 

「ああっ」

 

 蝶子は懸命に尻孔に力を入れる。

 筒具がほんの少し黒さを増した気がした。

 

「やればできるじゃないか。じゃあ、もう少し、膨らませな」

 

 楊鬼女だ。

 また、空気が送られて、筒具が膨張する。

 苦しさに蝶子は声をあげる。

 

「腰を動かすんだ。前後に振れば、まだ力が入るだろうが」

 

 楊鬼女が酔った口調で怒鳴った。

 蝶子は前後に腰を振る。確かに力も入るかもしれない。だが、それとともに快感も蝶子を襲う。

 淫情の嵐が蝶子の身体を席巻する。

 

「そうだよ。その調子だよ、蝶子──」

 

 筒具に空気を送り込んでいた部下のひとりがそう言って応援した。

 しかし、これ以上は無理だ。

 筋肉が限界なのではない。

 腰を動かすことで、狂おしい淫情が蝶子を襲い、それが蝶子を追いつめている。

 

「い、いきそうです──。いきそうです──」

 

 蝶子は腰を振りたてながら叫んだ。

 

「いけばその瞬間、股間が締めあげられるさ──。いきな」

 

 楊鬼女が言った。

 

「いくっ」

 

 蝶子は顔を仰け反らせた。

 

「おお」

 

 周りの女たちが叫んだ。なんの叫びなのかわからない。

 

「一瞬だけど黒くなったよ。よくやったね、蝶子」

 

 楊鬼女の嬉しそうな声がした。

 蝶子は、激しく息をしながらそれを聞いていた。

 

「もっとも、膣圧器の訓練中に気をやるというのは、いよいよ、淫女らしくなったじゃないか」

 

 楊鬼女の揶揄ももう気にならない。

 それよりも、圧倒的な絶頂の余韻が蝶子を襲っている。

 

 そのとき、急に部屋の外に慌ただしい混乱が沸き起こり、やがて、ひとりの女兵が調教部屋に飛び込んできた。

 

「お頭、軍です──。軍がいつの間にか砦を包囲しています」

 

 その部下が叫んだ。

 

「なんだと──。そんな報せはなかったよ」

 

 楊鬼女の慌てふためいたような声が響く。

 蝶子は、まだ筒具を股間に挿入したまま、それをぼんやりと聞いていた。

 引き続いて、ほかの部下も飛び込んでくる。

 

 どうやら、本当に軍がここに殺到しているようだ。

 すでに四周を包囲されて逃げ場のない状態らしい。

 楊鬼女は、軍の動きを察知できなかったことに驚いていたが、その理由は蝶子にはわからない。それよりも、この騒動で与えられた少しの休息が嬉しかった。

 

 楊鬼女は懸命に、内儀(ないぎ)を探せというようなことを言っていた。

 内儀というのは、あの道術遣いのはずだ。最初の十日は、その内儀と呼ばれる道術遣いが蝶子を調教した。

 快感責めにされただけではなく、股間の毛も剃りあげられた。

 排便でさえも調教の手段にされた。

 

「……内儀殿はどこにもいません」

 

 やがて、数名の部下が交互にやってきてそう楊鬼女に報告した。

 

「そんなわけがあるものかい──。探すんだよ」

 

 楊鬼女は狂ったように喚いている。

 蝶子は忘れられたように放っておかれながら、その喧騒にじっと耳を傾けていた。



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208 隠し峠の陥落

 砦を包囲していた大元府(たいげんふ)軍が動きはじめた。

 楊鬼女(ようきじょ)は、第一の防護壁の内側の見張りやぐらに自ら登ってそれを見ていた。

 騎馬隊が土煙を上げるのもはっきりと見える。

 

 あの騎馬隊を率いているのは、大元府軍に新しくやってきた金水蓮という副長だろう。

 騎馬隊の先頭には、“金”の文字の旗が靡いている。

 

 しかし、砦は小高い崖の上にあり、自然の要害を三重の防壁で囲んでいる。

 簡単には攻めあげることはできないはずだ。

 だが、すでに完全に包囲が完了していることは明白だ

 五百ほどの黒賊の女兵たちは全員が持ち場についているものの、間道や小道、とにかく、すべての逃げ場は歩兵で封じられている。

 逃げることは出来そうもない

 

 砦は崖の上にあるが、馬を走らせる牧はすっと下の山裾にある。

 そこはすでに城郭軍に落ちていると考えていい。

 騎馬だったらどんなに堅牢な包囲でも突破できる自信はあったが、それもできない。馬はない。

 

「防護壁に近づいたら、矢を射降ろすんだ。石でもなんでもいい。登っていくる兵を叩き落とせ。油も用意しろ。頭から降り注いで、火をつけてやれば、怖気づいてしばらくは来ないさ」

 

 楊鬼女は伝令を呼んで、最前の防護壁で指揮をしている隊長に伝えた。

 それにしてもなんでこんなことになったのだろう。

 城郭軍の動きは、これまで完全に把握していたはずだ。

 

 楊恋(ようれん)をはじめとして、軍営に送り込んでいる手の者が、軍の動きを完全に察知していた。

 奴隷狩りをするために近隣の町や村を襲っても、常に余裕を持って離脱することができたし、万が一にもこの水蓮洞(すいれんどう)の砦に攻め込まれることがあっても、この花果山(かかざん)以外に、第二、第三の砦を準備していて、黒賊の全部が、身を隠すことも可能なようにしていた。

 

 だが、今回に限って、なぜか、まったく城郭軍が動いたという警報がなかった。

 気がついたら、この砦を完全に包囲されていて、逃げ場を封鎖されていた。

 内儀、つまり、宝玄仙(ほうげんせん)という名の道術遣いはどうしたのか?

 この状況で、彼女からの指示がないというのはどういうことなのだ──。

 

 なにしろ、この黒賊を作ったのは、あの道術遣いなのだ。

 楊鬼女を表の頭領にしたてて、女狩りをする賊徒を作ったのだ。

 祭賽(さいさい)国の奴隷商人との繋がりも持っていて、浚った女の大部分を連中に売り飛ばす手配をしたのもあの道術遣いだ。

 確かに、奴隷狩りは、けちな盗賊をするよりも遥かに金になった。

 楊鬼女も、女人国の女というものが、あれほどに外国で価値があるものとされているのは知らなかった。

 

 もっとも、祭賽国の奴隷商人に売り飛ばしていたのは、二級程度の女までだ。

 浚った女のうち、特に質のいい者、美しい者については、調教したうえで別の場所に送っていた。

 その送り先がどこであるかは、楊鬼女さえも知らない。

 あの道術遣いが、『移動術』とかいう道術で、どこかに連れ去っていたのだ。

 慰み者として、誰かの饗応に使うのだと言っていた気がするが、詳しいことは楊鬼女には知らされてもいない。

 

 だが、その道術遣いがいない。

 城郭軍が砦に殺到し、いまこそ、あの道術遣いの道術が欲しいというときに、彼女はいなくなった。これはどういうことなのか。

 見捨てられて捨て駒にされた。

 そんな勘繰りが楊鬼女を襲う。

 

「畜生、矢も石もいっぱいあるんだ。防護壁の下まで来たら、交替で休まずに落とすんだよ。矢も石もたっぷりあるからね」

 

 楊鬼女は叫びながら、自分が遣う強弓を持った。楊鬼女がここで戦うために準備させたものだ。弦が切れたときのために、予備も置いてある。

 

 城郭軍が動いた。

 なんと攻めて来るのは騎馬隊だ。

 旗印から判断すると、どうやら金水蓮が自ら砦攻めの先頭を来るようだ。

 それにしても、防護壁で囲んでいる砦を騎馬隊でどうしようというのだろう。

 一瞬、馬鹿な隊長だと思った。

 

 もしかしたら、あの女副長さえ、倒すことができれば、城郭軍はまとまりを失くして撤退するのではないか。

 そんな希望も楊鬼女に沸き起こる。

 撤退するまではないとしても、この重厚な包囲網に綻びが生まれたならば……。

 

 騎馬隊に続いて、歩兵も進んでくる。

 こちらの矢が届く限界まで進んでから、騎馬隊が一斉に馬を降りた。

 そのまま、歩兵の先頭になるように防護壁にとりついた。

 

「よし、戦闘開始──」

 

 楊鬼女が合図をすると、ぱらぱらと黒賊の女兵たちが矢を射下ろす。

 大きな石を落とす者もいる。登ってくる城郭軍は、盾で防いでいるが、それでもひとり、ふたりと、怪我をして転げ落ちていく。

 だが、登ってくる勢いが圧倒的に強い。このままでは、簡単に突破される。

 

「矢──」

 

 そばにいる女兵に声をかけて、楊鬼女は足場を取り直す。

 “金”の旗はまだ遠い──。

 だが、その先で指揮をしている指揮官であれば……。

 受け取った矢を引き絞った。

 放つ──。

 遠くで楊鬼女の矢を受けた最前の兵が肩に矢を受けて転がり落ちた。

 

「次」

 

 次の先頭を射る。

 二人目も下に飛んだ。

 

「次」

 

 三射目を準備する。

 こうなったら戦えるだけ戦ってやる。

 ここで死ぬのだ。

 

 楊鬼女は腹を据えた。

 先頭になった三人目も飛んだ。

 攻め手の動きが慌ただしくなる。

 それとともに、明らかに動きが鈍くなった。

 前に進むのではなく、盾で前を護るのに時間を使いはじめた。

 

 これでいい──。

 盾に隠れることで、城郭軍の動きは鈍くなった。

 

「防護壁が突破されました──」

 

 慌てふためいた伝令がやぐらに登ってきて叫んだのは、そのときだった。

 

「なに?」

 

 楊鬼女は声をあげた。

 そんなはずはない。

 攻め手の城郭軍は、明らかにこの第一の防護壁で攻めあぐねている。

 

「後ろです。後方から攻めてきた少数の集団が、裏側の防護壁を超えました。すでに一の壁も、二の壁も進んで、第三の防護壁に辿りついています」

 

「しまった。こっちの派手な動きが囮だったのか──」

 

 楊鬼女はやぐらを転げ落ちるように降りると、裏側の防護帯に向かって駆けた。

 

 

 *

 

 

 孫空女は、『如意棒』を振り回しながら、ただ押した。

 矢が跳んできても、石が降ってきても関係ない。ただ払い除けるだけだ。

 そして、歩き進む。

 孫空女の周りにある者はなにもなく、それを追うように沙那が指図をしている一隊が、孫空女が作った突破口を突き進んでくる。

 

 連中の防護壁らしきものは、もうふたつ破った。

 ここは最後の防護壁のようだ。

 その内側には、木造の建物の一群が見える。

 ここを越えれば、戦いの場所は建物の中になるだろう。

 

 浚われたという女たちは、その中にいるのだろうか。

 それとも、もう奴隷商人に売り飛ばされているのだろうか。

 

「孫空女、出すぎないで──。一緒にいて──」

 

 遥かに後ろから沙那の叫びも聞こえる。

 孫空女は構わなかった。

 無辜の女や娘を襲っては、奴隷として売り飛ばすなんて許せない。

 何百人が孫空女にかかろうとも、とめられるわけはないのだ。

 それが証拠に、これまで数十人を倒しながらも、ただのひとりも孫空女の身体に武器を掠らせることができた者はいなかった。

 

「孫空女だね?」

 

 そのとき、いきなりそばに誰かが出現した。

 兵ではない。

 黒い布を全身で覆った人のかたちをしたものが、いきなり現れたのだ。

 

 孫空女は、その人のかたちに向かって、『如意棒』を振った。

 だが、それはできなかった。

 なにが起きたのかわからない。

 気がつくと地面に倒れている。

 

「あっ──」

 

 孫空女は叫び声をあげた。

 手と足がくっついている。

 手首と足首の『緊箍具(きんこぐ)』がひとつに束ねられているのだ。

 孫空女の手首と足首につけている腕輪と足環は、宝玄仙の霊具であり、拘束具具だ。

 

 宝玄仙の道術ひとつで、孫空女を好きなように拘束するために装着させられているものである。いまは、全部の輪が密着して、手足がひとつに束ねられた状態だ。

 

「重いわね、これ」

 

 その黒い布の女が、地面に落ちた『如意棒』を拾おうとして言った。

 次の瞬間、『如意棒』は小さくなり、いつも孫空女が耳に隠しているときの大きさになる。

 

 道術だ──。

 この女は道術遣いだ。

 道術で孫空女を拘束し、『如意棒』さえも小さくした。

 

 しかし、この『緊箍具』も、『如意棒』も宝玄仙の道術がかかっている。

 簡単には、ほかの道術遣いがそれを操れるわけがない。

 宝玄仙がそう言っていた。

 だが、確かに、この道術遣いは、自分の道術で孫空女が持っていた宝玄仙の霊具を自在にしている。

 

「だ、誰だ、お前──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 後方では、沙那の悲鳴のような声も聞こえる。

 孫空女が捕えかけられていることを悟ったようだ。

 しかし、あの喧騒は、まだ、黒賊の兵に突進を阻まれているらしい。

 そのとき、風が吹いて、道術遣いが顔に覆っていた頭巾がめくれた。

 

「あっ──、ご主人様」

 

 黒い頭巾の下にあったのは、紛れもなく宝玄仙の顔だ。

 突然に表れた宝玄仙の姿に孫空女は叫び声をあげた。

 

「行くよ」

 

 なぜ、ここに宝玄仙が?

 動転している孫空女の胃が捩れた。

 『移動術』だ。

 どこかに道術で跳ばされる──。

 不意に孫空女の周りから戦いの喧騒が消滅した。

 

 

 *

 

 

 できることはもうない。

 楊鬼女は、最後を悟った。

 剣を振りながら、自分が護る場所以外のところから、次々に城郭軍が砦に入り込んでいくのが見ていた。

 すでに、黒賊の隊は秩序を失っている。

 ばらばらに戦いながら、懸命に城郭軍の砦への侵入を防いでいる状態だ。

 

 この裏側の防護帯については、第三の防護壁も突破された。

 護る手段は、ここにはもうない。

 街道から通じる正面からの軍勢を囮にして、裏に回り込んでいた少数の隊にしてやられたのだ。

 

 赤毛の棒を振り回す女が、もの凄い勢いで突進してきているという報告を受けたのだが、楊鬼女がやってきたときには、その赤毛の女はいなかった。

 その代わり、栗毛の細剣を振る女が巧みな指揮をしていて、防護の弱いところ、弱いところを選んで内側に城郭軍の兵を入れてきていた。

 

 楊鬼女がこちら側の指揮を把握したときには、すでにもう遅く、裏の護りは完全に破られてしまった後だった。

 もう、半分は砦に入っているだろう。

 

「正面も破られました。すでに三の壁も越えられています」

 

 楊鬼女を見つけて、駆けてきた伝令が叫んだ。

 その伝令も剣を振っている。

 

 楊鬼女の周りは、城郭軍だらけだ。

 戦いながら、楊鬼女は伝令の報告に応じた。

 裏側が突破されたことで、浮足立った黒賊の兵が、正面の大軍の突破も許したのだろう。

 仕方がない。

 兵は背中に敵を感じては戦えない。

 

 黒賊は終わりだ。

 楊鬼女は、懐から火具を取り出して、歯で紐を引く。

 それを地面に叩きつける。

 白い煙があがって、火の塊りが宙に飛んだ。

 そして、上空で爆発する。

 

 「散れ」という合図だ。

 こうなったら、ひとりひとりが戦闘に紛れて逃げるしかない。

 運のいい者は城郭軍の包囲を抜け出すことができるかもしれない。

 楊鬼女は、もう、ほかの部下のことは頭から消した。

 ここから先は、ひとりひとりの戦いがあるだけだ。

 頭領も、部下も関係ない。ただのひとりだ──。

 

 外側に向かって進む。

 前を塞ぐ城郭兵を五人、六人と倒していく。

 方々で戦闘が続いている。

 大部分は、数名の黒賊が大勢の城郭軍に囲まれていて、抵抗の手段を失って捕えられている。縄で縛られはじめられた黒賊の兵もいる。

 

「どこにいくの? あんたが大将の楊鬼女ね?」

 

 不意に栗毛の女が前を塞いだ。

 細剣を持っている。

 巧みな指揮で裏側の防護壁をあっという間に破った城郭軍の指揮官だ。

 近くで見ると、軍服を着ていない。

 将校ではないのだろうか。

 いまは、ひとりのようだ。

 すでに集団と集団の戦いは終わっている。

 この女もいまは、ひとりの戦士として剣を振っていたのだろう。

 

「孫空女はどこ?」

 

 その女は言った。

 

「誰だい、その孫空女というのは?」

 

 楊鬼女は、その女に剣を叩きつけた。

 払われる──。

 もう一度、斬ろうとした。

 しかし、できなかった。

 手に剣を持っていない。

 さっき払われたときに、剣を飛ばされたのだと悟った。

 

「孫女はどこよ?」

 

 栗毛の女が楊鬼女に剣を突きつけた。

 剣で押されるかたちで、楊鬼女は地面に尻餅をついた。

 

「そんなのは知らないよ」

 

 楊鬼女は叫んだ。

 五、六人の兵が飛びかかり、楊鬼女の身体をぐるぐる巻きに縄で縛り始めた。

 

 

 *

 

 

 沙那は、金水蓮の命令で黒賊の賊徒たちが、次々に首を刎ねられるのを遠くから見ていた。

 金水蓮の命令は容赦なかった。

 相変わらずの果断さだ。

 その姿には、宝玄仙の調教でよがり狂う哀れな女の姿は皆無だ。

 

 金水蓮は、まずは、楊鬼女をはじめとした二十人ほどの首脳陣を拘束させて大元府の軍営まで檻車により運ばせた。

 そして、残りの数百人の賊徒については、すべて首を刎ねるように命じたのだ。

 刎ねられた黒賊の頭は、どんどん荷駄馬車に放り込まれている。

 もうすでに、五台の荷駄馬車が賊徒の首で山積みになった。いまは、六台目だ。

 

 奴隷狩り団は許さない。

 断固なる決意がそこにある。

 それにこれは、見せしめでもある。

 残酷なようだが、黒賊の末路を世間に悟らせることで、第二、第三の黒賊を防ぐことができるのだ。

 

 砦に囚われていた女は、たった三人だけだった。

 名前は、蝶子(ちょうこ)瞳子(とうこ)萌香(ほうか)だったと思う。

 ほかに浚った女は、すでに奴隷商人に売られてしまったらしい。

 捕えた賊徒たちの言葉は一致していて、それは確かのようだ。

 

 相手先の祭賽(さいさい)国の奴隷商人については、連れていった首脳陣から拷問で白状させるのだろうが、すでに国外に連れ出されているとしたら、もう、戻すのは難しいのかもしれない。

 それよりも、沙那の頭は、ほかのことでいっぱいだ。

 

 孫空女──。

 孫空女がまだ見つからないのだ。

 裏側から攻めた少数の集団にいた沙那と孫空女は、沙那が集団の指揮をして、孫空女の武力で防護を破るというかたちで突き進んでいた。

 だが、孫空女が前に出すぎた。

 ひとりになったところで、孫空女が不覚をとることはないとは思ったが、隊を事実上指揮する沙那たちとは、まったく連携ができないところまで孫空女は進んでいた。

 沙那の位置からはよく見えなかったが、戦っている孫空女が突然にうずくまったのがわかった。

 孫空女を無力化したのは、黒い布で全身を覆った女で道術遣いのように思えた。

 そして、あっという間に、孫空女とともに、その場から消滅してしまった。

 

 金水蓮が、この砦を制圧したとき、沙那は城郭兵とともに、孫空女を探したが、見つかったのは、全裸で拘束されている三人の女だけで、孫空女はどこにもいなかった。

 いまは、孫空女の捜索を城郭兵に任せるとともに、金水蓮に頼んで、ずっと後方に待機をしていた宝玄仙と朱姫に伝令を送ってもらっている。

 ふたりの道術があれば、別の探し方もある。

 宝玄仙も朱姫も道術の流れを追うことができる。

 孫空女が連れ去られた場所を道術を追いかけることが発見できないだろうか。

 

「沙那姉さん──」

 

 背後から朱姫の呼び掛ける声がした。

 沙那は振り返った。

 朱姫とともに、宝玄仙がこっちに歩み寄ってくる。

 一応は、数名の城郭兵が警護をしている。

 

「孫空女がいないだって?」

 

 宝玄仙が沙那のいる場所に着くなり言った。

 宝玄仙もいつになく真剣で、心配そうな顔をしている。

 

「はい」

 

 沙那は頷いた。

 そして、孫空女が消えた状況と道術遣いではないかと思われる存在のことを告げた。

 その道術遣いは、いまのところ発見されていないことも──。

 

「じゃあ、霊気の気配を探るかね……」

 

 宝玄仙が深く息を吐きながら言った。

 

「見つかった──。見つかったよ──」

 

 金水蓮だ。

 息せき切った金水蓮がこっちに走ってくる。

 

「見つかったというのは、孫空女のことかい?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「そうだ。砦の奥に隠し部屋があった。そこに囚われているようだ。道術で封鎖されているからまだ開けられないが、中から孫空女の声もした」

 

 沙那は宝玄仙と朱姫とともに、金水蓮の後ろを駆けた。

 砦の中は、入り組んでいて迷路のようになっている。金水蓮の案内で隠し部屋という場所に辿り着いた。

 建物の部屋ではない。

 そこを突き抜けたところにある岩肌だ。

 ただの岩壁にしか見えないが、十人ほどの城郭兵が壁にとりついている。

 

「孫空女、そこにいるのかい──?」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 

「……ご主人様……」

 

 弱々しいが確かに孫空女の声がする。

 

「孫空女、いるのね、そこに? 怪我はないの? 大丈夫?」

 

 沙那は岩壁に張りついて声をあげる。

 

「……大丈夫だけど、『緊箍具』で手足を拘束されているよ」

 

 孫空女の声。

 沙那は心の底から安堵した。

 

「誰かいるの?」

 

「……いまはいない。道術遣いがさっきまでいたけど、どこかに消えたよ」

 

 孫空女の声が応じた。

 

「ご主人様──」

 

 沙那は宝玄仙に振り向く。

「わかっているよ。これは、『道術錠』だね。そんなに複雑なものではないし、簡単に片付きそうだよ」

 

 宝玄仙が岩壁を眺めながら言った。

 そして、しばらく待つと、ぎ、ぎ、ぎという音とともに、岩が開く。

 そばの城郭兵たちがどよめく。

 まるで扉のように両側に開いた岩壁の内側の小さな空間に、確かに手足の『緊箍具』を密着させられて動けなくされた孫空女がいた。

 

「ご主人様」

 

 地面に倒れている孫空女が言った。

 いままで暗闇の中にいたのだろう。陽の光が眩しそうだ。

 

「手間かけさせるじゃないか、孫空女。戻ったら、お仕置きだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「か、勘弁してよ。まさか、ご主人様の『緊箍具』を操作されるなんて思わなかったんだよ」

 

 孫空女は言った。

 次の瞬間、孫空女の手足が離れた。

 宝玄仙が道術を遣ったのだろう。

 手で身体の土を払いながら、孫空女が岩の小部屋から出てくる。

 

「なにがあったの、孫女?」

 

 沙那は言った。

 

「なにがあったか、あたしにもよくわからないよ、沙那。いきなり、道術遣い現れて、拘束されたかと思ったら、『移動術』で跳ばされて、ここに閉じ込められたんだよ」

 

「その道術遣いはどこに行ったんですか、孫姉さん?」

 

 朱姫だ。

 

「さあね。少しの間、一緒にいたけど、すぐにいなくなったよ」

 

「まあ、無事でよかったさ。黒賊も片付いたし、四人で大元府に戻るかね。金水蓮、お前は忙しいだろうから戻って来られないかもしれないけど、今日は、お前の屋敷の方ですごさせてもらうよ。この孫空女にたっぷりと仕置きをするんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そりゃあ、いいねえ。遅くなっても、顔を出すよ。わたしも混ぜておくれ、宝玄仙さん」

 

 金水蓮がにこにこしながら応じた。

 

「そんなあ、ひどいよう……。一生懸命に戦ったじゃないか」

 

 孫空女は不満そうだ。

 

「つべこべ言うんじゃないよ。まあ、今夜は眠れないと思いな、孫空女。気を失いたくても、失わせはしないよ。宝玄仙の快楽地獄責めといこうかね」

 

 宝玄仙が言った。

 周りの兵が眼を白黒させているのが沙那にはわかった。

 

 

 *

 

 

「行ったようねえ」

 

 孫空女を見下ろしている男が笑った。

 この男のことを知っている。

 実際に顔を見たのは、一瞬だけだが忘れようもない。

 

御影(みかげ)……」

 

 孫空女は、仰向けになって地面に磔にされた状態で、ふたりの人間に見下ろされている。

 ひとりは、孫空女を道術で捉えてこの岩の中の小部屋に連れてきた道術遣い──。

 なぜか、宝玄仙とそっくりの顔をしていて、御影もこの道術遣いの女を“宝玄仙”、あるいは、“お宝”と呼んでいる。

 

 ここに、その宝玄仙そっくりの道術遣いに連れてこられたとき、御影がすでにいたのだ。

 

 御影と接したのは、まだ、宝玄仙と旅をしはじめたばかりのときだ。

 宝玄仙を襲って洞窟に隠れていた御影を沙那の策で追い、この孫空女自身が御影の心臓に『如意棒』を突き差して殺した。

 

 その御影が生きて、ここで待っていた。

 そういえば、あのとき、宝玄仙は、御影は殺されても、いつか復活するだろうと言っていた。

 道術遣いとして、御影は『魂の欠片』をどこかに隠していて、そこに霊気を少しずつ溜めることで、いつか蘇るだろうと言ったのだ。

 その御影がいる。

 

 つまり、御影は蘇り、再び宝玄仙の前に現れたということだ。だが、その御影の横にいる宝玄仙にそっくりの女は誰だろう。

 

「まだ、あたしも十分に復活したとは言えないからね。いまは、あの宝玄仙と一戦を交える気にはならないわ。だけど、お前には、たっぷりと仕返しをしてやらなきゃね。なんせ、あたしの分身を殺し、あたし自身もお前が殺したんだからね。いまは、宝玄仙よりも、お前が憎いわあ」

 

 御影が言った。

 相変わらずの女のような喋り方は、やはり、気持ちが悪い。

 

「あの宝玄仙とあなたは、どんな因縁があるのですか?」

 

 偽の宝玄仙が言った。

 

「そのうちに教えてあげるわ、お宝」

 

 御影は言った。

 

「お前の偽者をすっかりと信用して、連れていくようだね」

 

 御影は岩壁に拡がる大きな鏡を見ながら言った。

 岩壁は、御影の道術で鏡になっていて、そこに偽者の孫空女を発見した宝玄仙たちの様子が投影されていた。

 それも御影の道術だ。

 孫空女は、地面に磔にされながら、首を横にして、それを見ていた。

 偽者を本物と信じて連れていこうとする宝玄仙や沙那や朱姫に警告したいが、それをする手段は孫空女にはない。

 

「快楽地獄責めだとか言っていたね。六耳(ろくじ)も大変ね」

 

 御影は笑った。

 

「六耳ってなんだよ?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「変身の上手な魔域の妖魔の一族よ。さすがの宝玄仙でも偽者だというのは見破れないと思うわ。なんせ、偽者じゃない。本物そのものになるのが、あの妖魔の能力だしね」

 

「ご主人様をどうするつもりだよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「どうもしないわ。どうせ、六耳には、宝玄仙にかなうような能力はないしね。うまくいけば、寝首くらいかいてくるかもしれないけど、それほど期待はしていないわ。沙那や朱姫とかいう護衛もいるしね」

 

「だったら……」

 

「今回のあたしの狙いは、最初からお前だよ、孫空女」

 

 御影は、孫空女の言葉を遮るように言った。

 

「あ、あたし……?」

 

「さっきも言ったでしょう。このあたしを二度も殺したお前を復讐するのよ」

 

 孫空女は舌打ちした。

 少しばかり追い詰められた状況のようだ。

 宝玄仙たちが、あの六耳を偽者だと気がつけば、孫空女がまだ捕えられていることに気がついて救出をしようとしてくれるかもしれないが、あの様子では、それには時間がかかるかもしれない。

 

「こ、こいつも六耳かよ?」

 

 孫空女は、偽宝玄仙に視線を向けて言った。

 

「違うわ。六耳には、道術まで真似ることはできないわ。お前に装着された宝玄仙の霊具をこいつが自在に操るのを見たでしょう? このお宝は、紛れもない本物の宝玄仙よ」

 

「冗談言うんじゃないよ。本物なんかであるものかよ」

 

 孫空女は言い返した。

 

「まあ、そんなことはお前にはどうでもいいでしょう? それよりも、口を開けなさい」

 

 御影は言った。そして、横に置いてある棍棒を手に持った。

 なにかの道術が注ぎ込まれるのがわかった。孫空女の口は、孫空女の意思とは無関係に開く。

 道術だ──。

 御影が棍棒を大きくあげた。

 孫空女は、顔から血が引くのがわかった。

 開いた孫空女の口をめがけて、棍棒が縦に振りおろされる──。

 

「あがああああ」

 

 口の中に棍棒の先が叩きつけられた。

 前歯が三、四本折れて、口の中にこぼれた。

 孫空女は激痛に絶叫した。

 

「もう一度よう」

 

 御影が笑いながら、上に戻した棍棒を再び、力一杯、孫空女の口にめり込ませた。

 

 

 

 

(第32話『女人奴隷狩り・前篇』終わり、第33話『同・後篇』に続く)

 





 *


【西遊記:第56回、偽孫悟空(六耳獼猴(ろくじびこう))・前篇】

 旅の途中で、孫悟空が玄奘の乗る白馬を疾走させる悪戯をします。
 そのため、馬に乗っていた玄奘はたったひとりで見知らぬ土地にやって来てしまい、運悪く盗賊の集団に捕えられて、縛られて樹木にぶらさげられてしまいます。

 慌てて玄奘を追いかけてきた孫悟空たちに、盗賊団は玄奘を無事に返してほしければ、身代金を払えと脅迫をします。
 孫悟空が断ると、盗賊たちがいきなり孫悟空を殺そうと斬りかかってきました。
 たちまちに、孫悟空は盗賊たちを返り討ちにします。
 そのとき、ふたりが死んでしまい、残りは四散します。

 しかし、玄奘は、孫悟空が盗賊をふたり殺したことに不平を口にします。とりあえず、弔いの経を玄奘は唱えましたが、その祈りの言葉に、孫悟空に対する戒めの言葉を加えます。
 孫悟空は、玄奘を助けるために苦労をしているのに、こんな風に叱られるのは不本意だと不満をぶつけます。

 玄奘と孫悟空がぎくしゃくした雰囲気のまま、近くにあった老夫婦の家に一夜の宿をお願いすることにします。
 その老夫婦は“楊”という姓であり、家旅の高僧である玄奘を快くもてなしをします。
 夕食をご馳走になったあと、玄奘たちと老夫婦は世間話をします。
 その席で、老夫婦は盗賊になってしまったひとり息子のことを嘆きます。孫悟空たちは、昼間退治した盗賊団たちのことを思い出してしまいます。

 ところが、そのひとり息子は、その老夫婦の息子であり、蹴散らした盗賊のひとりでした。
 その楊家の息子は、自分の家に孫悟空たちが休んでいるのを見つけ、仕返しをしようと、仲間を呼び寄せて一行の襲撃を企てます。
 しかし、老夫婦が盗賊が家を囲んでいるのを見つけて、玄奘たちを裏口から逃がしてくれます。

 逃亡をした玄奘たちですが、楊家の息子を始めとした盗賊団たちは、玄奘たちを頭領の仇として殺してやろうと追いかけて来ます。
 孫悟空は、彼らを向かえ討ち、大半を殺してしまいます。

 しかし、この殺生に対して、玄奘はかんかんに怒り、緊箍(きんこ)呪で孫悟空を懲らしめてから、破門を言い渡します。
 そして、さっさと立ち去らないと、また緊箍呪で苦しめると脅します。
 仕方なく、孫悟空は、觔斗雲(きんとうん)で立ち去ります。(後篇に続く)



 なお、今回、黒賊の本拠地として名称を使った「花果山(かかざん)水蓮洞(すいれんどう)」は、孫悟空の故郷です。


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 第33話  女人奴隷狩り・後篇【偽孫空女】
209 寸刻みの処刑と反抗的な供


「ひぎゃあああ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 御影(みかげ)が、孫空女の肉芽に突き差してある『魔針』をぐいぐいと動かしたのだ。

 

 もはや、痛みなのか快楽なのか判別がつかなくなっている。

 ただ、限界を遥かに超える痛覚に孫空女は悲鳴をあげるだけだ。

 

 孫空女の手足は、いまや膝から下、肘から上がなくなっている。

 この洞窟に監禁されてから数刻置きに、指先から寸刻みに切断されてそうなったのだ。

 いまは、膝と肘の剝き出しになった骨に金具を打ちこまれて、その金具に繋げた丸い金属の輪により、洞窟の地面に置いて鉄の大きな板にやはり、金具で繋げられている。

 前歯もすべて折られた。

 

 ここにあの偽者の宝玄仙に連れて来られてから、どのくらいの時間が経ったのだろうか?

 

 この花果山(かかざん)水蓮洞(すいれんどう)金水蓮(きんすいれん)率いる城郭軍とともに攻めたときに、孫空女は、宝玄仙そっくりの道術遣いに捕らえられてその虜囚にされた。

 戦闘の最中に、『移動術』でこの岩山に作られた空間に連れ込まれたのだ。

 

 それから、何日経ったのか……。

 あれ以来、ずっと拷問されている。

 

 拷問をしているのは御影と、御影が“お宝”と呼んでいる宝玄仙の偽者だ。

 どこからどう見ても、孫空女には宝玄仙としか思えないくらいにそっくりで、同じ道術を遣う。

 孫空女を戦闘の最中に拘束したのも、もともとは本物の宝玄仙が孫空女を嗜虐するために装着させていた『緊箍具(きんこぐ)』という腕輪と足環だ。

 宝玄仙の身体を支配するのも、性感の感覚を操るのも自在で、まさに宝玄仙のようだ。

 

 違うのはその残酷さだ。

 嗜虐をしても愛情を感じることのできる宝玄仙の責めとは違って、この“お宝”が与えるのは、純粋な苦痛だ。

 それを御影の命じるままに、淡々と術で孫空女を痛めつける。

 

 最初に身体を道術で動けなくされて、口に棍棒を御影に突っ込まれて、前歯を全部折られた。

 そして、次に指を一寸ずつ切断された。

 

 おそらく、それまでに数日をかけたに違いない。

 指が終われば、手首を切断され、手首がなくなると、腕を少しずつ刃物で抉り斬られた。

 孫空女が苦痛にのたうち、ひと通りの苦しみを味わうと、また、さらに手足を短くされていった。

 

 殺すつもりだけはないのか、術により止血だけはされている。

 舌を噛んで自殺をすることも無意味だろう。

 舌を噛みきっても人はすぐには死ねないのは知っているし、いずれにしても、このお宝があっという間に蘇生させるに違いない。

 

 だが、孫空女が苦しいのは、いまや、身体の要所に突き差されている『魔針』の存在だ。

 これは、孫空女の身体に激痛を与えるためだけに刺されているもので、いまは、二十本ほどの数が、突き差されている。

 骨に取り付けられた金具で身体を拘束された孫空女には、それを抜く方法はない。

 剝き出しにされた骨に金具をねじ込まれたときもこの世のものとは思えない激痛だと思ったが、時間が経つにつれて、その痛みはだんだんと麻痺を感じてきた。

 

 そんなときに、遣われ始めたのが、この『魔針』であり、孫空女の肉芽、女陰、乳首に刺された。刺されるだけで、狂おしい痒痛を与えるこの霊具は、ほんの少し動かすだけで、怖ろしいほどの激痛を孫空女に与えるのだ。

 

「ほら、数をかぞえるのよ、孫空女。十を数えれば、やめてあげるわよ」

 

 御影が笑いながら言った。

 相変わらずの、女みたいな喋り方で気持ち悪い男だ。

 

「く、糞が……」

 

 孫空女は呻いた。

 

「おや、また悪態をついたわね。仕方がないわね。水を被って貰おうかしら」

 

 御影は言った。

 

「ひいっ」

 

 孫空女は、水と聞いて、慌てて叫んだ。

 

「遅いわよ。それにしても、なかなか、躾を忘れる女よねえ──。よくも、あの宝玄仙は、お前みたいなじゃじゃ馬を手なずけているものね」

 

 孫空女の顔の上に、絹の布が被される。

 顔を振って暴れるが、布が外れることはない。

 孫空女が監禁されているこの洞窟にいる間、この御影とお宝がずっといるわけではない。

 やってくるのは、時々であり、御影だけがやってくることもあるし、お宝と一緒に来ることもある。

 ただ、偽宝玄仙のお宝だけがひとりでくることはない。

 

 御影が来れば、必ず、孫空女に対する拷問が始まる。

 なにかを聞きだそうというわけでも、なにかを要求されることもない。

 ただ、孫空女を苦しめるためだけにやってくるのだ。

 いまは、お宝は来ていない。

 御影は、容器に入れた水を布を被せた孫空女の顔の上にかけた。

 

「いつもの通りよ、孫空女。悲鳴をあげるのを我慢できれば、布を取ってあげるわ」

 

 御影は嬉しそうに今度は、乳首に刺されている『魔針』を弾く。

 

「んんんぐぐぐぐぐ──」

 

 悲鳴など耐えられるわけがない。

 痛みは外から与えられるのではないのだ。

 痛覚の神経そのものが砕かれるような痛みだ。

 

 孫空女が食いしばった口からは、悲鳴が迸っていた。

 絹の布の上に水が足される。

 孫空女は、懸命に空気を吸うために鼻と口から空気を吸おうとする。

 しかし、張りついた布からは、水滴が入って来るだけで、空気はやってこない。

 

 苦しい──。

 空気が──。

 

「んんんん──」

 

 また『魔針』が弾かれる。

 今度は、女陰の『魔針』だ。

 激痛によって、孫空女の股間から尿が流れ出したのがわかった。

 

「また、洩らしたのねえ。本当に堪え性のない身体ねえ──。もう一度よ」

 

 孫空女は口を閉じた。

 意識が遠くなる。

 息が……。

 

「いくわよ」

 

 予告されることで、今度は構えることができた。

 『魔針』を弾かれるが、なんとか呻き声だけで耐えた。

 

「まあ、声は出ていたけど、許してあげるわ」

 

 御影が言い、布を取り去ろうとした。

 孫空女の口は空気を求めて、懸命に口を開く。

 

「なんてね……」

 

 半分だけ取り去られかけた布が被せ直される。

 

「んんん」

 

 孫空女は声をあげた。口と鼻の上から布が外れる直前だったのだ。

 まだ、空気が吸えていない。

 

「やっぱり、死んでよ。屍体を送りつけた方が、宝玄仙も嘆くと思うからさあ」

 

 御影は言った。

 その御影が立ち去る気配を失いかけた意識の中で孫空女は微かに感じていた。

 

 

 *

 

 

 雨は土砂降りになってきた。

 些かの逡巡の後、果物を入れた籠を雨衣の中に隠しながら、大回りして城郭の広場に向かった。

 自分にはその残酷な姿を見る責任もある。

 そんな風にも考えた。

 

 広場に立てられた二十本の木杭の一本一本に黒賊の首脳たちが全裸にされて鎖で拘束されている。

 彼女たちは、この数箇月、女人国の南域を荒らし回って、町や村から若い女を浚っては南の祭賽(さいさい)国の奴隷商人に売り飛ばしていた賊徒たちだ。

 

 七日前の城郭軍の隠し砦への奇襲に、沙那は孫空女とともに、金水蓮率いる討伐軍に加わった。

 沙那と孫空女が加わったのは、正面から責める主力ではなく、裏手から迫った少数の別働隊だったが、結局のところ、その別働隊がもっとも早く砦内部へ侵入することに成功した。

 その結果、呆気ないくらいに簡単に数百人もいた賊徒の砦は落ち、頭領の楊鬼女以下、数百名の賊徒はことごとく殺されるか、捕えられるかした。

 

 三重に準備された重厚な護りからは、苦戦も予想されたが、終わってみれば、信じられないくらいの圧勝だった。

 城郭軍側にほとんど被害らしい被害もなく、夜明けとともに始まった戦いも陽が中天に上がりきる前に終了していた。

 戦いの最中に、孫空女が敵に捕らえられるという一幕もあったが、監禁されていた三人の女とともに、砦の中に道術で作った岩の中の小部屋で発見された。

 まあ、それは、討伐が終わった後の惨劇に対するひとつの愛嬌のある出来事だった。

 

 討伐軍を指揮した金水蓮は果断だった。

 黒賊は最初から皆殺しにするつもりらしかったらしく、情報をとるための首脳陣だけを拘束すると、訊問するに値しない数百人の黒賊の女兵のすべての首を刎ねることを命じたのだ。

 

 刎ねられた首は、城郭の外に並べて見せしめにするために運び出されて、首のなくなった屍体はその場に放置された。

 血の匂いが谷間中に蔓延して、さすがの沙那も些か吐気をもよおすほどだった。

 

 城郭軍が捕虜と兵の首を運んで大元府に戻ると、その日のうちに、大元府の城郭の内外を始め、周辺の町や村に一斉に布告が流され、黒賊が捕えられて、その賊徒が大元府に晒されていることが告げられた。

 

 そして、賊徒の兵の生首は、城郭の城門の外から街道沿いに並べられ、訊問のために連れてこられた首脳陣たちの身柄は、その訊問の終了した三日後から城郭内の広場にこうやって生きたまま晒されている。

 楊鬼女(ようきじょ)をはじめとする二十人の女が、広場に据え付けられた杭に立ったまま鎖で縛られるときも、沙那は群衆とともに、それを見守っていた。

 余程、酷い拷問を受けたらしく、全員の首脳陣の五体のどこかしらは失われていて、指がなかったり、焼け金具で顔をはじめとする身体のあちこちを焼かれたような痕でいっぱいだった。

 頭領の隻眼の楊鬼女は、もうひとつの目玉もくり抜かれて、両方の眼がただの孔になっていた。

 

 そんな彼女たちは、全裸のまま、ひとりにつき、一頭の騎馬に、その身体を引き摺られてここに連れて来られ、群衆の罵声の中、ひとりひとり杭に繋がれていった。

 まずは、杭に金具で装着された手枷と足枷を嵌められて立たされ、首が垂れないように、首を押さえる金具もその場でつけられたのだ。

 

 沙那が見るところ、この最初の段階で、二十人のうちの五人ほどが、すでに死んでいるようだった。

 生死に関わりなく、屍体についても、まだ息をしている賊徒と同じように杭に拘束された。

 おそらく、そのときに死んでいた者のほうが幸せだったに違いない。

 

 金水蓮は、そうやって杭に立ったまま拘束した賊徒の首脳陣を柵で囲ませて、群衆が手を出すのを禁じ、完全に屍体が腐りきるまで、そこに放置することを命じたのだ。

 糞尿さえも垂れ流しで、食べ物も水も与えられず、彼女たちは、こうやって、長い時間をかけた死刑を受けることになったのだ。

 

 最初の一日こそ、彼女たちは悲鳴をあげていたが、それも二日目にはただの呻き声になった。

 四日も経つと、死んだ者が多くなり、その頃には、たくさんいた群衆も、もう数える程しかいなくなった。

 いま、生きているのは頭領の楊鬼女ただひとりだ。

 ほかの賊徒は、もう完全に屍体になっている。

 それは沙那が見ればわかる。

 そして、いまは、十人ほどの城郭兵が警備のための囲んでいるほかに、五、六人の野次馬がいるだけだ。

 

 雨脚が激しくなってきた。

 両眼を失った楊鬼女が、懸命に口を開けて雨水を飲もうとしている。

 雨が降ったことが、彼女にとって運がいいということはないだろう。

 この雨水を飲んだことで、楊鬼女の寿命はまた延びるに違いない。

 それだけ、楊鬼女の苦しみは続くということだ。

 

 もっとも、もう七日も経つのに、楊鬼女だけが生きていることには秘密がある。

 楊鬼女の拘束されている杭だけには、宝玄仙の道術が加わっているのだ。

 つまり、あれは霊具なのだ。

 楊鬼女を縛りつけている杭だけは霊気を放出しており、道術が効いている。

 しかも、それは、拘束された対象に、『治療術』を少しずつ注ぎ込むという道術だ。

 楊鬼女は、そうやって、少しずつ身体を回復させられながら、苦しみの時間を果てしなく長く延長されている。

 

 最初に、この城郭軍の副長であり、宝玄仙の性友達の金水蓮が、宝玄仙にそれを頼みに来たとき、横で聞いていた沙那は、その残酷さに眉をひそめた。

 食べ物も水も与えられず放置されるという苦痛を受けながら、宝玄仙の術により、身体を回復させられて、死ぬことや弱ることを許さないというのだ。それこそ、究極の極刑かもしれない。

 

 宝玄仙はよく考えもせずに、言われるままに処刑用の杭に道術を注ぎ込んだが、宝玄仙自身が、この処刑場となった広場にやってきたことはない。

 沙那もそれをさせたくはない。

 それは残酷な光景だったからだ。

 

 霊具になった杭に拘束された楊鬼女は、霊具に込められた宝玄仙の道術により、身体を回復させられながら、少しずつ弱まっていった。

 酷い情景だ。

 しかし、苦しみが続くその光景ももうすぐ終わりかけていた。

 沙那の見たところ、残り数日で楊鬼女もやっと死ねるのではないか。

 そう思っていた。

 

 だが、この雨だ──。

 楊鬼女は、生きたいという人間の本能のまま、懸命に水を飲んでいる。

 水を飲むことで、楊鬼女はまた元気さをかなり取り戻すに違いない。

 それにより、どのくらいの寿命が延びるのかは、沙那にも見当はつかない。

 ただ、楊鬼女の寿命が延びることは、彼女の極刑がまだまだ伸びるということだ。

 

 沙那は、雨に濡れながら、広場を後にした。

 金水蓮の屋敷に向かう。

 沙那が屋敷の前にやってくると、金水蓮にあてがわれている従兵の女兵が詰所の小屋から出てきて手を振った。

 

 本来ならば、彼女たちの役目は、城郭軍の副長の金水蓮について、副長が伴っているはずの召使たちとともに、身の周りの一切の面倒を看ることだ。

 だが、高級軍人としては、型破りの金水蓮は、従兵による世話を必要とせず、従兵の彼女たちが屋敷の中に入ることを歓ばない。

 だから、部屋の掃除や洗濯、そして、食事の支度、あるいは、買い物などの行為は、宝玄仙とともに居候をしているかたちの沙那たち供が引き受けている。

 従って、従兵の彼女たちは、金水蓮が軍営に通うのを交替でついていく以外にすることがない。

 だから、四六時中、こうやって詰所であるこの小屋にいる。

 

 最初は、宝玄仙一行が、軍営の副長の金水蓮の屋敷に出入りすることに戸惑っていた彼女たちも、もう馴れたものだ。

 宝玄仙が金水蓮の性友達だということには、気がついているだろうが、元来、性に解放的な女人国の慣例に従い、彼女たちもそれほど気にしたりはしない。

 

「お帰りなさい、沙那さん。副長殿が戻っていますよ」

 

 従兵が声をかけた。

 沙那についても、孫空女についても、先日の黒賊討伐戦で軍とともに活躍したことは知られている。

 最初こそ、武術師範として軍営に入ったときに余所者扱いだった沙那たちも、いまや、大元府軍の中では、それなりの人気者でもある。

 

「金水蓮さんが?」

 

 沙那は、雨衣の下から果実をふたつ出して、声をかけた従兵の女兵に渡す。

 彼女が礼を言って、ふたつのうちのひとつを奥にいた同僚に放った。

 中から、沙那に対する感謝の言葉が聞こえてきた。

 

「異動の準備ということです。三日ほど、休暇を取られたようです」

 

「異動の準備ねえ……」

 

 沙那は苦笑した。

 黒賊を討伐するために大元府軍に派遣された金水蓮も、その任務が終わり、中央の軍に戻ることが決まっている。

 もともと、地方軍で勤務をするような軍人ではなく、有能だということで、黒賊という奴隷狩り団を討伐するためだけに派遣されてきていたらしい。

 いま、その仕事も終わり、残りの事後措置が済めば、中央軍に呼び戻されて、この大元府の城郭を去るようだ。

 

 随分と長い滞在になったが、金水蓮が再び中央軍に戻るのに合わせて、旅の再開も決まっている。

 いよいよ、女人国を越えて、南の祭賽(さいさい)国に入る。

 祭賽国は、海に面している国でもあり、一連の沿岸国と合わせて南域を呼ばれる地域に属する国のひとつだ。

 海を見たことのない沙那も、少しばかり愉しみにしている。

 

 大元府を去るにあたり、金水蓮は、宝玄仙に自分と一緒に国都に向かわないかと提案してきた。

 金水蓮の本来の赴任地は、中央軍のある国都らしい。

 金水蓮としては、宝玄仙に教えられた嗜虐の悦びと離れるのが惜しくてそう言ったのだろうが、前女王の壱都にまつわる因縁で、この女人国の国都から逃亡してきたようなかたちである宝玄仙がそれを承知するわけがない。

 

 その代わり、最後の最後まで痴情に耽けようと、宝玄仙は、金水蓮に、この城郭にいるあいだは可能な限り休暇を取れと言ったのだ。

 文字通り、朝から晩まで性愛を交えようというのだ。

 

 金水蓮は承知し、さっそく休暇を取ったのだろう。

 荷物らしい荷物もなく、家人も連れていない金水蓮が異動の準備などあるわけがない。

 それこそ、身ひとつでここにやってきて、身ひとつで去るだけのはずだ。

 

 沙那は、従兵のいる詰所を通り過ぎて、屋敷の中に入った。

 濡れた雨衣を玄関に置き、奥に進む。

 なにかの気配がする。

 

「ご主人様、戻りました……」

 

 沙那は寝室とひと繋ぎになっている居間だ。

 入っていきなり、女の淫液特有の淫靡な香りが沙那の鼻についた。

 ぎょっとした。

 四肢を寝台の四隅に伸ばして拘束された孫空女が、金水蓮と朱姫に裸身を舐め回されている。孫空女は半狂乱だ。

 

「戻ったのかい。お前も服を脱ぎな」

 

 やはり全裸の宝玄仙が椅子に座ってそう言った。

 

「ど、どうしたのです、これは?」

 

 沙那は居間の卓の盆に果物を置きながら言った。

 そして、命令のまま、身に着けているものを脱ぎ始める。

 

「なに、このところ、孫空女が生意気だろう? それで、原点に戻って懲らしめてやろうと思ってね。最近、甘やかすことが多かったから、調教をやり直すのさ」

 

 宝玄仙は、沙那が置いたばかりの果実に手を伸ばして、皮のままかぶりついた。

 

「はあ……」

 

 沙那はちらりと気の毒な孫空女を見る。

 確かに、この数日、孫空女は、妙なくらいに宝玄仙との性愛を嫌がる。

 もともと、快楽責めの度合いの激しい宝玄仙との性行為は沙那も嫌だが、こうなったのもひとつの定めだと観念して、命じられれば服も脱ぐし、身体も開く。

 それが、宝玄仙の供の宿命というようなものだ。

 

 しかし、この数日、孫空女は確かに頑なに宝玄仙に抱かれるのを拒否して、理由をつけては逃げ回っている。

 もちろん、激しく拒絶するくらいの方が宝玄仙は愉しいので、宝玄仙は道術で逃げるのを防止しては、孫空女をいたぶっていたが、沙那は、あまりもの孫空女の嫌がりようになにか不自然なものも感じてもいた。

 

 やはり、宝玄仙も妙だと思っていたのかもしれない。

 だから、孫空女は、「調教のやり直し」などということをさせられるはめになるのだろう。

 

 最後に脱いだ下着を畳んで床に置いた衣類の下に隠すと、沙那は金水蓮と朱姫が責めている孫空女に向かった。

 そして、孫空女がなぜ、こんなにも半狂乱なのかがわかって、身体を硬直させた。

 

「こ、これは、『溜め袋の護符』……」

 

 思わず沙那は口に出す。

 全身が汗まみれになり、全身に水を被ったような体液を撒き散らしている孫空女の額に、あの恐ろしい霊具が張りつけてあったのだ。

 『溜め袋の護符』とは、どんなに刺激を与えられても、それが身体に溜まり続けて逃げていかないという霊具であり、しかも、絶対に絶頂することができないという効果がある。

 沙那は、宝玄仙の霊具の中でもこれが一番苦しいと思っていて、沙那も何度もこれを張りつけられて責められたことがあるが、いくにいけずに、快楽だけがどんどん上昇する苦しさは、ほかには喩えようもない。

 

「ひぎきゅう、ひぎいいっ、がごぎいぃぃぃ──」

 

 喚いている孫空女は、最早、人間の言葉を発していない。

 寝台の上の孫空女は、全身をのたうち回らせながらも、拘束されて防ぎようのない金水蓮と朱姫の愛撫を一身を受けさせられている。

 金水蓮は股間を、朱姫は胸を舐め回している。

 ただでさえ巧みで、苦しいふたりの舌技なのに、いまは、霊具の影響により、発散できない快楽として、それが襲っている。

 

 沙那も知っているが、『溜め袋の護符』の恐ろしさは、尋常ではないのだ。

 いま、孫空女は股間と乳首を舐めらているが、普通なら、その舌がほかの場所に移動すれば、刺激を受ける場所も移動する。

 しかし、『溜め袋の護符』の場合は、その舌が離れても、刺激だけはそこに残り続ける。

 そして、ほかの場所を刺激されれば、その場所も新しい快楽の場所として残る。

 その間も、前に受けた刺激の場所にずっと刺激を受けていると同じ状態だ。

 さらに別の場所が加われば、そこも刺激として残る。

 同じ場所に刺激を受けても、それまで以上の強い刺激として快楽の攻撃が加わることになる。

 

 どれくらいの時間を孫空女が愛撫を受け続けているかわからないが、あの様子では、全身を愛撫されていると同じ状態だろう。

 しかし、護符を張られている限り、絶頂はできない。だが、どれくらいの絶頂をもう溜めているのだろうか。

 ああなってしまっては、それを剥がすのも地獄だ。

 護符を剥がせば、溜まりに溜まった数十回分の絶頂が一気に孫空女を襲うだろう。

 

「なにしているんだよ。お前も、孫空女の身体に、快楽を溜めさせるんだよ──。そうだねえ、お前は、足の裏でも舐めてやりなよ。くすぐったさが数瞬ごとに倍になる苦しさは、快楽の気持ちよさとは別のものさ。こいつは泣き叫ぶだろうよ」

 

 宝玄仙が突っ立ったままの沙那に言った。

 

「も、もう、可哀そうでは……?」

 

 沙那は言った。

 このままでは、孫空女は狂ってしまうかもしれない。

 それに、なんだか様子がおかしい。

 白目と黒目を交互にして、小刻みに痙攣している。

 口から出る悲鳴も、常軌を逸している。

 

「いいから、舐めるんだよ。あと四半刻(約十五分)で解放してやるよ。その代わり、足の裏を舐め続けな、沙那。それが終わったら、四人で孫空女を犯すよ。そして、明日の朝には、このところ生意気でしたと土下座をさせるさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「明日の朝って、それまで続ける気ですか、ご主人様?」

 

 沙那は驚いた。

 まだ、陽は高い。

 明日の朝どころか、夜になるのもまだまだ先だ。

 

「なにか文句があるのかい、沙那? これでも、わたしは、このところの孫空女に怒っているんだ。それとも、お前が引き受けるのかい? 『溜め袋の護符』を貼って、孫空女の横に並ぶのかい?」

 

 沙那は身震いした。

 そして、孫空女に向かい、その足裏の前にうずくまると、そこに舌を伸ばした。



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210 複製された女

「孫空女、死に損ねたかい?」

 

 御影(みかげ)は眼の前の肉の塊りを見下ろしながら言った。

 顔に絹の布を被せて水をかけるという拷問と『魔針』の責め苦を受け続けている孫空女は、もう幾日も死の一歩手前にいた。

 

 それでも、なかなかに頑丈な精神を持っているようだ。

 孫空女の眼には、まだ御影に対する反抗と怒りの色がはっきりと映っている。

 普通、これだけの痛みと苦しみを味わい続けさせられれば、とうの昔に屈服し、御影に対する支配に落ちているはずだ。

 だが、やはり、この孫空女は、拷問で他人に屈するような女ではないようだ。

 

「ちょっとばかり、予想外のことがあってね。もう少しお前の身体を斬り刻ませてもらうことになったわ」

 

 手足のない孫空女の裸身がかすかに身じろぎする。

 その表情が恐怖に染まっている。

 

「身体を少しずつ斬り刻まれるのはつらいかい、孫空女? もしかしたら、いつか、宝玄仙がやってきて救出され、あの大きな霊気で、失われた身体の一部も回復させてくれると思っている? そんなことは、思うだけ無駄よ……。もう、宝玄仙たちが大元府(たいげんふ)の城郭を出発してから、もう十日も経っているわ」

 

 御影は言った。

 孫悟空はか細い息をしながら、御影を睨むだけだ。

 本当にしぶとい女だ……。

 

「……お前の代わりにいる六耳(ろくじ)も一緒だから、お前がここに捕らえられているなんて、連中には想像のしようもないわ。つまらない希望など捨てなさい」

 

 岩壁を道術でくり抜いて作った大きな洞窟の最奥の部屋だ。外に通じる入口はずっと遠い。

 だから、四隅の壁にかかっている燭台の灯りが風で揺れることもない。

 孫空女をお宝が捕えてから、孫空女はずっとここで御影とお宝の拷問を受け続けている。

 もう、時間の間隔もないはずだ。

 ここに監禁されている時間が、まだ、三日なのか、それとも十日も過ぎているかは孫空女にはわかりようもない。

 

「まあ、希望を持ちたいという気持ちはわかるわ、孫空女。いまのお前には、仲間がここに助けに来てくれるということだけが希望だものね……。希望は温かいわ……。希望があれば、手足を切り刻まれて、自力では逃亡は不可能になったお前にも生きているという実感ができるものだしね……」

 

 御影は手足がすっかりとなくなって、胴体と首だけの姿の孫空女を満足気に見おろす。

 しゅうしゅうと孫空女が漏らす音が洞府に響く。

 この女はまだ絶望はしていない。

 しかし、希望の光も失われつつある。

 もうすぐだ。

 そうしたら、殺す。

 御影はそう決めていた。

 

「……でも、そんな希望はないわ。宝玄仙には、六耳をお前だと思い込ませて、同行させた。六耳は、いつまでもお前のふりをして旅に同行するだろうし、お前の仲間がそれを疑うことはないわ。もしも、六耳がお前じゃないと気がつけば、宝玄仙はここにお前を探しに来るはずでしょう?」

 

 御影は語り続ける。

 孫空女が嫌そうに顔をしかめた。

 この女は面白い……。

 無視するなら、徹底的に無視すればいいのに、すぐに感情が顔に出る。

 御影は微笑んだ。

 

「……あいつの大きな霊気があれば、霊気で包まれている岩壁の中のこの場所は、あっという間に探知できるわ。それなのに、宝玄仙もお前の仲間も来ない。それが、宝玄仙たちが、お前がいなくなったという事実に気がついていないという証拠よ。ここは、黒賊の拠点があった水蓮洞(すいれんどう)の中の隠し部屋なのよ。お前がいないことに気がつけば、最初に探しに来るはずの場所よ」

 

 御影は、持ち込んだ小さな木の椅子に腰を降ろしていた。

 時折、女芯に突き差したままの『魔針』に手を伸ばして弾く。

 

「んんんんぐぐぐぐううう──」

 

 孫空女が喰いしばった口から呻き声をあげる。

 もっとも、前歯は最初に叩き折ったので、どんなに歯を噛みしめても、前歯のあった場所からは、孫空女の激しい呼吸の音が漏れだしてしまう。

 

「『魔針』の刺激に対しては、声を出すなと何度も言っているでしょう?」

 

 御影は、孫空女の顔の上に絹の布をまた被せる。

 『魔針』を弾かれたときに悲鳴をあげた場合は、罰として、息をとめる責めを与えると伝えている。

 だから、呻きを耐えようとするのだが、『魔針』の痛みは、人の耐えられる痛覚を遥かに超えているのだ。

 声を洩らさないことなどなかなかできるものではない。

 

 御影は、孫空女に被せた布の上から水をかけた。

 しばらく待つと、口のところの布が膨らんだり縮んだりする。だが、息は吸えない。

 

 もう一度、今度は、乳首に突き差した『魔針』を弾く。

 盛大な空気音が口から響いたが、声だけは出さなかった。

 同じことを三度続けた。

 これにも孫空女は耐えきった。

 御影は些かの感嘆を覚えながら、孫空女の顔の布を外してやった。

 孫空女が盛大に呼吸をした。

 

「苦しいだろうねえ……。犯してくれって頼めば、そのあいだは、責め苦をやめてあげてもいいわよ」

 

 御影は言った。

 孫空女の表情が動揺した。

 この気の強い女が拷問をされて自分から強姦してくれと頼むことはないだろう。

 

 だが、それは希望でもある。

 御影が孫空女の“女”に興味を持っていると思えば、この状態を脱却できる別の「希望」も見えてくる。

 その希望をひとつひとつ壊すのだ。そうすれば、孫空女の強い精神はやがて壊れる。

 

「もっとも、お前を犯すのは、あたしじゃないわ。あたしは、お前の裸には興味ないしね。その証拠に、お前の裸身に接しても、少しもあたしの一物は勃起しないわ。お前に準備しているのは、盛りのついた鬼坊主という白痴魔族よ」

 

「白痴魔族……?」

 

 孫空女が久しぶりに反応した。

 訝し気に表情を曇らせている。

 

「雌を犯して精を抽入するということしかできない白痴の魔族だけど、精力だけはすごいわよ。宝玄仙の道術封じの効果を失わせているお前が確実に妊娠するだけの精を与えてくれるわよ。そいつらとやりたくなったらいつでも言ってちょうだい」

 

 御影は笑った。

 微かだが、希望の光が映りかけていた孫空女の顔が暗く染まった。

 

「ち、畜生──。もう、殺せよ──。殺せ──」

 

 孫空女は喚いた。

 耐えていたものが暴発した。

 そんな感じの悪態だ。

 

 短くなった手足に取り付けた金具に繋げた鎖ががちゃがちゃと揺れる。

 そんなことをすれば、骨に響いて激痛が走るはずだが、もう、痛覚が麻痺しているのだろう。

 

「殺しはしないわ。そんなことはわかっているでしょう、孫空女。お前は、ここで、気の遠くなるほどの長い時間の拷問を受けるのよ。それを終わらせたければ、白痴の魔族の精を受けたいと言いなさい。もちろん、そのときには、妊娠をしやすくする仙薬をあげるわ。きっと、素敵な赤ちゃんができるわよ」

 

 御影は言った。

 

「くそう……。も、もう、殺してよ……」

 

 孫空女は呻いた。

 

「じゃあ、なんで死なないのよ。さっきもやったけど、お前は息をしばらくとめてやってから濡れた布を取ると、一所懸命に息をするじゃない。なんで、そのときに、そのまま息を止めて死なないの? 水を差し出すとごくごくと飲むし、死にたくないんでしょう? だから、生きたまま殺してあげるわ。なんの感情も抱くことができなくなるように心を壊してから、白痴の鬼坊主をけしかけてあげるわ」

 

 御影は、閉じていた孫空女の眼が開いているのに気がついた。

 泣いている。

 孫空女が涙を流している。

 

「せいぜい泣くといいわ。あと数日すれば、お前は泣くことはできなくなる。心が潰されるからね。希望のない果てしない拷問の向こうになるのは、荒れた心の荒野よ」

 

 御影は、『魔針』を弾く。

 孫空女は、悲鳴が漏れるのに耐えながら、拘束された身体を仰け反らせた。

 十回ほど続ける。

 続け過ぎれば、さすがの『魔針』の激痛でも耐性ができてくる。

 だから、ほどほどでやめるのだ。その方が、孫空女には堪えるはずだ。

 

「さて、さっきも言ったけど、もう少し、お前の身体を切断させてもらうわ。大丈夫よ。この世のものとは思えないほどの激痛は与えるけど、殺すことだけはしないから、安心して」

 

 御影は立ちあがった。

 そして、孫空女の手足を切り刻むために使い続けてきた刃物を手に取る。

 

「も、もう、殺して……」

 

 孫空女の顔が真っ蒼になる。

 その孫空女にゆっくりと御影は近づいた。

 そのとき、御影は洞窟の入口に人が入ってくる気配を感じた。

 一瞬、御影の身体に緊張が走ったが、道術でその人物が誰であるのかを悟り、緊張を緩めた。

 

 孫空女に道術を込めて、聴力と視力を奪った。

 その口から悲鳴が迸った。

 突然に、一切の感覚を遮断されて、恐怖に包まれているのだ。

 だが、孫空女の研ぎ澄まされた触感も封じている。

 誰かがやってきても、その気配を知ることはできない。

 

「御影様……」

 

 入口から歩いてきたその女の顔が岩壁の灯りに照らされた。

 

鳴智(なち)、どこに隠れていたかわからないけど、よくも、あの金水蓮(きんすいれん)とかいう指揮官の捜索から逃れたものねえ。お前たちが作った黒賊は壊滅よ。ひとり残らず処刑されたというじゃない」

 

 御影は言った。

 鳴智は無表情でちらりと手足のなくなった孫空女に視線をやった。

 しかし、すぐに無視をして、御影に顔を戻す。

 この女が、孫空女の残酷な姿になにを感じたのかはわからない。

 相変わらず、感情の見抜き難い女だ。

 この心を閉ざした女が泣き喚く様子を見たい。

 そんな淀んだ欲望が御影を湧いてくる。

 

「わたしが作ったわけではありません。宝玄仙様です。わたしは、宝玄仙様の命令により動いただけですから」

 

「あいつは“お宝”よ。紛らわしいから、お宝と名乗ることに決めたそうよ。宝玄仙というのは、あいつが天教に出家してもらった戒名だしね。天教を追放された身で、宝玄仙を名乗るのは、おかしなことだとあたしが言ったら、お宝は、これからは宝玄仙とは呼ぶなと自分で言ったわ。まあ、素直で可愛らしいわよね。元の宝玄仙とは大違い」

 

 御影は笑った。

 

「ならば、お宝の黒賊です。わたしは、ただお宝の命令に従って動いただけです」

 

「お宝の命令に従うように命じたあたしの命令にでしょう、鳴智?」

 

 御影は言った。

 

「そうでした。お宝の命令に従うように命じたあなた様の命令です、御影様」

 

 すべての感情を殺したように鳴智は言った。

 御影は、その鳴智の首に嵌めさせている『服従の首輪』に視線をやった。

 やはり、大した道術だ。

 

 宝玄仙の身体の一部から復元したお宝───。

 それは、もうひとりの宝玄仙であり、あの智淵城で保管していた宝玄仙の手首から先を使用して、『治療術』により復元して複写した人間だ。

 つまり、宝玄仙の複製というわけだ。

 本物と同じ……。

 だが、お宝が、本物の宝玄仙ほどの道術が遣えれば、新たに魔域で居場所を作ろうとしている御影の野望の実現に、お宝の道術が役立っただろう。

 

 しかし、お宝は完全ではなかった。

 お宝の復元のもとになった右手首に刻まれていた紋章……。

 あれが、どうしてもお宝の道術を完全に発揮するのを邪魔をするのだ。

 紋章に刻まれた道術封じは、どんなに御影がその効果を失くそうとしても、お宝の霊気を制限してしまう。

 そして、紋章の効果を消滅させることのできた唯一の存在である虎力たちは、宝玄仙によって死骸に変えられた。

 

 いずれにしても、そのお宝が作った霊具がどれくらいの完全なものであるかが不安だった。

 だから、存在すべき記憶を消去させ、自分を御影の妻だと思い込ませているあの宝玄仙───、すなわち、お宝に作らせたこの支配霊具を鳴智に試したのだ。

 

 この鳴智は宝玄仙とはかなりの確執のある女だ。

 御影の最初の命を奪ったのは、その宝玄仙だった。

 当時はまだ宝玄仙士であり、元はといえば、御影が宝玄仙を陥れて性奴隷にしてやろうと思って調教していたのだ。

 だが、宝玄仙は逆に御影を罠にかけて皇帝に御影を処刑させるように仕向けた。

 それが最初の死だ。

 

 しかし、御影は万が一のときのために、自分が死んでも蘇ることができるように『魂の欠片』を準備していた。

 託していたのは、魔域に棲む雷音魔王(らいおんまおう)という男だ。

 雷音院という魔王城に棲む魔王のひとりだ。

 

 だから、御影の二度目の命は、魔域の雷音院と呼ばれる魔王の城で蘇った。

 雷音院に棲む雷音という魔王に、御影の渡した御影自身のもうひとつの『魂の欠片』と引き換えに、御影の復活に必要な霊気の補填を頼んでいたのだ。

 魔族である雷音は、思いのほか義理堅く、御影との約束を果たして、御影を復活させてくれた。

 

 そのとき復活して驚いたのは、魔域における平凡な勢力にすぎなかった雷音の雷音院が魔域における大勢力となり、雷音自身が大魔王と呼ばれる存在になっていたことだ。

 御影の『魂の欠片』の保管をするのと引き換えに渡した、もうひとつの『魂の欠片』がそれを実現したのだ。

 『魂の欠片』は、別名、『賢者の石』と呼ばれていて、それを破片にして、畜生に与えて強い魔族にし、それを自分の部下にすることで、勢力を一気に拡大したのというのだ。

 

 御影は二度目の命で、雷音大王に仕えつつも、この大陸のあちこちを風来した。

 御影の役割は雷音大王のために、賢者の石を集めて提供することだ。

 雷音大王は自分の力を得るために賢者の石が極めて有用であることを知ったのだ。

 

 風来の最後には東方帝国の帝都にもひそかに行ってみた。

 宝玄仙士は宝玄仙という天教の最高位となっていたことがわかったが、その宝玄仙は帝都にはいなかった。

 魔域に向かう旅を始めていたのだ。

 巡礼という名目だが、実態は帝都追放だ。

 

 なにがあったのかも知った。

 宝玄仙は、二年間も闘勝仙とその取り巻きの慰み者として恥辱の生活を送り、その挙句に、その闘勝仙を復讐のために殺したということだった。

 闘勝仙という八仙についても御影は熟知していた。

 性格は最悪だが、道術の高さについては、この世に出現した最高の道術遣いだと思っていた。

 御影が帝都で処刑されたときには、まだ、闘勝仙は帝仙という八仙の最高地位ではなかったが、そのときも霊気の大きさでは当時の帝仙を遥かに凌いでいた。

 

 その闘勝仙が死んだ。

 宝玄仙の霊具に屈して死んだのだ。

 つまりは、霊具を通じて道術を込めたとはいえ、宝玄仙の霊気が闘勝仙を上回ったということだ。

 

 宝玄仙の道術がそれ程とは思っていなかっただけに、その事実に驚いたものだった。

 さらに、闘勝仙は宝玄仙を支配するためにさまざまな道術の縛りもしていた気配もある。

 いまだに、どうやって闘勝仙を出し抜いたのかわからない。

 

 そのとき、鳴智という女の存在も知った。

 桃源という宝玄仙の執事とともに、闘勝仙の意を汲んで宝玄仙を二年間嗜虐し続けたという小娘らしかった。

 ただ、桃源も鳴智も、宝玄仙が闘勝仙を殺したときに行方をくらましていて、帝都にはいなかったが……。

 

 とにかく、その宝玄仙を支配してやろうと思い、西方巡礼の旅の途中の宝玄仙を探し出して手を出したが、その供になっていたこの孫空女に不覚を取り、御影は二度目の命も失った。

 

 そして、再び、三個目の命により、意識を吹き返した。

 鳴智と桃源を偶然に見つけたのは、その二度目の復活の直後だ。

 苦労をしながら赤ん坊連れの旅をしていた夫婦と知り合い、それがあの宝玄仙を陥れた二人だとわかって、すぐに雷音院に騙して連れていって、監禁してやった。

 宝玄仙の秘密を白状させるためだ。

 御影の知る限り、宝玄仙が殺した闘勝仙は、人間族としては史上最高の道術遣いだった。

 それをどうやって殺したのか知りたかった。

 しかし、ふたりはなにも有益な情報は持ってなかった。

 当時の御影はがっかりしたものだった。

 だが、思わぬ収穫が鳴智だった。

 桃源は役立たずだったが、鳴智は工作員としても、暗殺者としても、闘勝仙に鍛えあげられており、御影は自分の部下として使うことにした。

 

 一方で、雷音院における御影の役割は、それ以前と同じように、雷音大王のために、『賢者の石』を探して提供することになった。

 ところが、あるとき、あるふたつの『賢者の石』、つまり『魂の欠片』を渡すことで、魔域の情勢が一変するようなことが起きた。

 

 雷音大王とその第一の部下の牛魔王が飛躍的に力を大きくして、雷音大王と牛魔王が次々に魔域の各魔王を倒して、魔域の覇者になったのだ。

 しかし、それは御影が提供した『賢者の石』のおかげだ。

 

 だが、御影が与えたものによって、雷音が覇王の地位を築いたのであれば、その地位は、雷音に『賢者の石』を与えた御影にこそ相応しいだろう。

 しかし、それはもうひとつの事実により断念せざるを得なかった。

 

 御影は知らなかったが、『魂の欠片』により復活を繰り返すたびに、蘇る魂は小さくなるのだ。

 道術遣いの魂は、霊気の強さにも通じる。

 魂が小さくなることで、霊気は減り、三度目の命をすごしているいまの御影の霊気は、本来の御影の霊気の半分程度にしかすぎない。

 その程度の力の御影が、魔族王の雷音にとって替わるのは難しい。

 しかし、それでも、御影は雷音が得たものは、本来は、自分が得るべきものだと思っている。

 

「子供に会いたいかい、鳴智?」

 

 御影は言った。

 無表情だった鳴智の顔が真っ赤になり、その顔が御影に対する激しい憎悪に染まる。

 

「連れて来てもいいわよ。ここにね──。『移動術』を遣えば、わけないわ。二歳なんでしょう? 可愛い女の子よね。会いに行きなさいよ。誰も止めはしないわ。大切に保護させている。それは保障するわ」

 

 鳴智の瞳からぼろぼろと涙が落ちる。小生意気そうな表情が気に入らなかったが、その鳴智がこれほどまでに悲しみに激するのを見ると溜飲が下がる気がする。

 

 お宝に作らせた『服従の首輪』───。

 それを嵌めさせてから、この人間の女は、人であって人ではない。

 御影の命令を遂行する意識を持った人形にすぎない。

 生まれたばかりのお宝が最初に作った『服従の首輪』を嵌めさせたのは鳴智だ。

 どのくらいの効果があるものか確かめるための実験台にしたのだ。

 

「お、お願いします……。命令を……命令を解いてください。どんなことでしますから……」

 

 鳴智は吐くような声で言った。

 

「考えておくわ。だから、宝玄仙を魔域に連れて来るのに協力しなさい。そのときに、命令を解いてあげるわよ。宝玄仙は、まだ大元府にいるわ。お前の姿を見せておいで──。そして、自分は、魔域の雷音院にいると教えるのよ。お前のことを憎んでいる宝玄仙は、お前を追ってくるわ」

 

 御影は笑った。

 

「ほ、宝玄仙は、わたしを憎んでいるんです。わたしと会えば、わたしを捕えて復讐しようとするに決まっています」

 

 鳴智は悲痛な顔で言った。

 

「捕まらないようにするのよ。お前は、宝玄仙を魔域に連れてくる餌なのよ。餌が餌の役目を果たせないようなら、娘をお前の前に連れて来るわよ。そうしたら、お前は、“命令”に従い娘の首を締めつけるんだろうね。夫の桃源を殺したように──」

 

 御影がそう言うと、がっくりと膝をついて、鳴智はその顔を両手で覆った。

 

「お前が……お前が殺させた……。このわたしに……命令をして……あの人を絞め殺せと……拘束されて動けないあの人を……このわたしに……」

 

 がばりと顔をあげた鳴智が御影を睨みつけ、喉から絞り出すような声をあげた。

 

「そうよ。でも、首を絞めて殺したのはお前よ。夫が息をしなくなったときの手の感触はまだ覚えているの、鳴智? どうだった? 『服従の首輪』を嵌めることを甘受してまで護りたかった夫を、自分自身で殺したときは?」

 

 鳴智が悲鳴をあげた。鳴智は思い出しているに違いない。

 あのときのことを……。

 

 あのとき、御影は夫と幼い子供を人質にして鳴智に『服従の首輪』を嵌めることに同意することを要求した。

 あの支配霊具は、それを装着することに同意しなければ、道術が発揮しないのだ。

 だが、一度でも、その支配霊具の受け入れに同意することを口にすれば、道術が発揮して、服従の道術が結ばれる。

 

 霊具を試すために鳴智に『服従の首輪』を嵌めさせた御影は、その効果を知るために、鳴智に夫の桃源の首を絞めて殺すことを命令した。

 命令に逆らえない鳴智は、御影の眼の前で泣き叫びながら、桃源の首をその息が完全に停止するまで締め続けた。

 やはり、あの霊具は完璧だ。

 霊具については、お宝も、本物の宝玄仙並みの道術を発揮することはできる。

 

「娘に会いたい。会いたいのです──。お願いします」

 

 鳴智は、今度は哀願の表情になった。

 

「会ってもいいと言っているでしょう。誰も止めていないのよ。ひと目見てくれば。いつでも、『移動術』で魔域まで連れていくわよ」

 

 すると、鳴智は発狂したような声をあげだした。

 会いたくても会えない──。

 

 鳴智は、自分の子供を見るわけにはいかないのだ。

 夫を自ら殺させられたことで、心が壊れたようになって動かなくなったしまった鳴智に、御影は次に娘の姿を見たら、その手で娘を絞め殺せと命令したのだ。

 そして、御影に従わなければ、鳴智の前に娘を連れてくると脅した。

 その姿を見てしまえば、自分が娘を殺すことを防げない鳴智は、『服従の首輪』だけではなく、御影のその脅迫によっても、御影の野望に協力させられている。

 

 いずれにしても、この人間の女は役に立つ。

 また、宝玄仙を誘き出す餌にもなるだろう。

 帝都を出立する前に宝玄仙が、自分を二年間も虐げ続けたこの女奴隷を探し回っていたのも御影は知っている。

 

「わたしを……わたしを殺してください……。お、お願い……」

 

「殺しはしないわ。自殺もさせない。死ぬようなことをわざとすることも禁止よ。死なずに、宝玄仙の前に出て、餌になって、魔域に向かわせなさい」

 

 御影は言った。

 

「あいつは……あいつは、魔域に向かっているんです。放っておけば、魔域に向かいます」

 

 鳴智は叫んだ。

 

「そんなことはないわ。あの女は気まぐれよ。なんとなく旅が愉しいから、魔域に向かう旅を続けているだけで、いつ気持ちが変わって、旅をやめるかわからないわ。事実、あいつは、随分と長く大元府の城郭にいるけど、ちっとも動こうとしないじゃない。あいつが魔域に向かう動機づけを与えて来るのよ、鳴智」

 

「宝玄仙を魔域に向かわせて、どうしようというのです?」

 

 鳴智は言った。

 

「お前の知ったことじゃないわ。お前は、どうやったら、宝玄仙が大元府を出立する気になるか、それだけ考えていればいいのよ」

 

 御影の見たところ、宝玄仙は、あの金水蓮という城郭軍の女副長に意気投合しているようだ。

 あのまま、城郭に住みつくということはないだろうか。

 

「金水蓮は、本来はこの国の中央軍の軍人です。黒賊が討伐された以上、もうすぐ、国都に呼び戻されます。そうすれば、宝玄仙は旅の再開をするに違いありません」

 

「そうなの? よく調べているわね、鳴智」

 

「だから──」

 

「やるべきことをやってから要求するのね、鳴智。そう言えば、あの壱都(いと)とかいう前女王に嵌められた『服従の首輪』をどうやって呆気なく宝玄仙が外したのか調べはできたの?」

 

「それは……」

 

 鳴智が言葉に詰まった。

 この女人国の女王壱都を御影の傀儡にし、ここを御影の勢力の基盤にしようとした企ては、呆気なく、壱都が破れたことで潰えた。

 女人国は、珍しくも魔族のほとんど入り込んでいない土地だ。

 だから、御影が雷音と争うための基盤としてここを手に入れても競合する魔族はいないのだ。

 だから、あの壱都とかいう心の歪んだ女王に、御影のもたらした霊具を遣わせて、壱都が政権を保持するために、御影がなくてはならないようにしようとした。

 だが、その最初の工作のとき、この鳴智は壱都に宝玄仙の存在を報せて、壱都に宝玄仙を捕えさせようとした気配がある。

 

 鳴智が、どういうつもりで、壱都に宝玄仙を直接けしかけたのかは知らない。

 しかし、その結果、一度は、『服従の首輪』を嵌められて瀕死を追った宝玄仙が、女王対決の直後に自分で首輪を外して、逆に、壱都に嵌め直してしまった。

 どうやって、それをやったかを鳴智に調べよと指示しているが、いまだわからないようだ。

 

「まあ、いいわ。とにかく、宝玄仙の餌になっておいで」

 

 御影は言った。

 

「……餌の役割を果たして、お前が魔域にいることを仄めかしたら、お宝と合流して、本当に魔域に戻りなさい。魔族王への貢物として集めているこの女人国の娘たちの世話係として同行するのよ。お宝にはそんな役割は無理だからね」

 

「そ、そんな……魔域に戻れば、娘と会う可能性が……」

 

 鳴智は震えだした。

 

「会わないように努力するのね。娘を殺したくなければね。あたしの計画が成就したら、まあ、解放してあげるわ。だから、せいぜい、励みなさい。いい、これは“命令”よ」

 

 御影は言った。

 鳴智は、ほんの少しの間、憎悪をそのものの眼で御影を睨みつけていたが、すぐに顔を伏せた。

 そして、次に顔をあげたときには、また、あの感情を殺したような表情になっていた。

 御影はなんとなくそれが気に入らなかった。立ち去ろうとする鳴智を御影は呼びとめた。

 

「待って、鳴智──」

 

 鳴智は振り向いた。

 

「……そこにいるのは、お前と同じように、あの宝玄仙の嗜虐趣味の犠牲になり、あの変態女の奴隷にされて旅の護衛をしている犠牲者よ」

 

「はい……」

 

 鳴智は振り返ったときの姿勢のまま、額に皺を寄せた。

 なんのために呼びとめられたのかがわからず、戸惑っているようだ。

 

「いままでに回収した肉片だけでは、不足していることがわかったのよ……。まあ、なんのことかわからないでしょうけどね」

 

 御影はくすくすと笑った。

 しかし、鳴智の口元が御影に挑戦するようにあがった。

 

「わかりますよ。お宝と同じ手段で、もうひとりの孫空女を作ろうとしているのでしょう?」

 

「ほう?」

 

「妙な道術で身体の一部を使って、人間の複製をつくる。その複製を作る過程の中で、持つべき記憶を操作して、完全に自分の支配にしてしまう。そうなのでしょう?」

 

 御影は驚いた。

 ただの人間の女と思って侮っていたが、ある程度の洞察力はあるようだ。

 しかし、道術を遣えない鳴智が、お宝を出現させた手段について想像がついているとは思わなかった。

 

「孫空女の複製など作ってどうするの? それで、宝玄仙を殺させるのかしら」

 

 御影はうそぶいた。

 

「あなたが、孫空女の複製をどうするかなんて知りませんね。でも、わたしだったら、あの武力を持った女を言いなりにできるなら、女人国で集めた性奴隷に混ぜて、あの好色の魔族王に送り込みますよ。あなたが、邪魔者だと考えている魔族王を殺させるためにね」

 

 鳴智の言葉に、さすがに御影も言葉を失った。

 

「あら、図星だったんですか? 魔域一の策士のおつもりだったようですから、もっと、複雑な策なのかと思ったら、わたしに呆気なく見破られるような策なんて、あの魔族王には通用しないんじゃないですか」

 

 鳴智はけらけらと笑った。

 

「いまの考えを口にすることを禁止する。命令よ。文字に書いたりして、間接的に暴露することも禁止よ」

 

 御影は言った。

 

「“命令”なんてなくても、言いはしませんよ。魔族王が殺されて、あなたの野望が成就することが、いまのわたしの望みでしかないのですから」

 

「だったらいいわ。じゃあ、お前に命じるわ。いままでにこいつから集めた肉片は、もともとは、宝玄仙の道術で作り直しているものだったらしく、孫空女の本来の肉体ではないようなのよね。それで、腕については肩まで、脚については、腿の付け根から新たに斬り落とす。それをお前がしなさい」

 

 御影は持っていた小刀を鳴智の足元に放り投げた。

 

「そ、それは……」

 

 鳴智の顔色が変わる。逆らえない闘勝仙の命令とはいえ、気が強く、あの宝玄仙に対して二年間の恥辱を続けたほど嗜虐癖が強く、また、必要ならば人殺しも辞さない鳴智だが、実は残虐なことが苦手なのはわかっている。

 だから、やらせるのだ。

 

「“命令”よ」

 

 御影は言った。

 鳴智は、無表情だが、真っ白い顔をして小刀を手に取った。

 小刀を持った鳴智が近づくのを認識できない孫空女の肩に、鳴智は深々と小刀を突き差した。

 

「あぎゃあああああ」

 

 孫空女が絶叫した。

 四肢を繋がれたまま暴れ回ろうとする孫空女を道術で押さえつける。

 鳴智は苦労しながら孫空女の腕の肉を斬っている。

 やがて、孫空女の悲鳴が嫌な叫び声になった。

 もっとも、道術で止血をしているので、ほとんど出血はない。

 

 やっと半分ほどに肉に切り込みができたところで、孫空女は気を失った。

 鳴智の顔がますます白くなる。

 そして、身体を震わせている。

 それでも、“命令”により、鳴智の手は、孫空女から腕を切断するために動いている。

 

「乳首の『魔針』を弾くのよ、鳴智。命令よ。痛みで孫空女は覚醒するわ」

 

 鳴智が孫空女の乳首に刺さっている『魔針』を強く抉った。

 

「んぎいいいい」

 

 孫空女の身体が跳ねて、覚醒する。

 

「はががががが──あががああ──ぎがああああ──」

 

 さすがの孫空女も発狂したような悲鳴をあげている。

 刃物などほとんど使ったことのない鳴智だ。

 骨を断つこともすぐにはできずに、孫空女の肩の骨を何度も何度も削るように刃物を動かしている。

 青白く見える骨が、孫空女から少しずつ切断されていく。

 孫空女は長く尾を曳く叫び声をした。

 

「こ、殺して……お願い……もう、殺して──」

 

 孫空女は半狂乱で叫んだ。

 

「お前は死なさないわ、孫空女。人ではあり得ないような苦しみの中で、ここで何年も留まり、苦しみながら生き続けるのよ」

 

「こ……こ、殺して……」

 

「さっきも言ったじゃない、孫空女。鬼坊主の精を孕ませてくれと頼むなら、拷問はやめてやってもいいわ」

 

「わ、わかった……。孕むから……。孕む……」

 

 やっと骨が切断されて、腕の重みで下側の肉が千切れて落ちたとき、孫空女はそう呻いてから、再び気を失った。

 鳴智が嘔吐した。

 

「もう、許して……」

 

 涙を流しながら嘔吐物で汚れた口の周りを手で拭いて、鳴智は言った。

 

「反対の腕もよ。それが終われば、腿よ」

 

 御影は笑いながら、そう命令した。



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211 股間焼きの懲罰

「もう、嫌だって言ってるじゃないか」

 

 縄で縛ろうとした宝玄仙の手を孫空女が振り払った。

 その孫空女の爪の先が、宝玄仙の頬を引っ掻き、宝玄仙の頬から血が飛んだ。

 沙那は驚愕した。

 

「そ、孫女──」

 

 沙那は叫んだ。

 だが、孫空女が、さらに宝玄仙に飛びかかろうとしていることに気がついて、沙那はもっと驚いた。

 確かにこのところの宝玄仙の孫空女に対する扱いは、多少常軌を逸したところもあったが、いままでに、孫空女は、宝玄仙に手を出したことはない。

 最初に宝玄仙に捕らわれて逃げ出したとき、御影の道術封じの布に包まれて動けなくなった宝玄仙の股に刃物を突きつけたということはあったが、それ以降、孫空女は宝玄仙の奴隷になると約束して、どんなに理不尽で残酷な命令でも、不平や不満は言うが逆らいはしなかった。ましてや暴力を振るうなんてことはなかった。

 

 しかし、今日の孫空女は違った。

 昨日も金水蓮を含めた四人がかりの快楽責めに遭ったのだが、孫空女はその裸身のままで床に寝かされていた。

 そして、金水蓮が数日振りに出仕すると、すぐに宝玄仙は孫空女を蹴り起こして、昨日の続きをやると言って、縄で孫空女の手を後手に縛ろうとしたのだ。

 

 これに対して、起き抜けの孫空女は腕を払って抵抗した。

 その爪が宝玄仙の頬を掠めた。

 だが、それは、孫空女の頭が、起き抜けでまだはっきりしていなかったためにやってしまった反射的なものだと思っていた。

 

 しかし、孫空女は、宝玄仙の頬を傷つけたというのに、悪びれた様子も後悔の表情もなく、続けて宝玄仙に跳びかかろうとしている。

 続く行動で、はっきりとした意思を持って、孫空女が宝玄仙に暴力を振るおうとしたことが信じられない思いだった。

 

 もっとも、宝玄仙は、道術によって沙那の身体も孫空女の身体も一瞬にして支配できる。

 朱姫もそうだが、宝玄仙の三人の供の身体には、宝玄仙が感覚支配をするための内丹印が刻まれているし、さらに、孫空女の手首と足首には、孫空女を拘束するための『緊箍具』が嵌められている。

 

 宝玄仙は、孫空女が飛びかかろうと気配を示しても、道術でそれを封じようとはしなかった。ただ、孫空女の凶暴な態度に眼を丸くしていただけだ。

 孫空女が宝玄仙に掴みかかろうと飛びかかった。

 沙那は、かろうじて孫空女の胴体にしがみついて、そのまま孫空女を押し倒すことでそれを阻止した。

 

「は、離せ、沙那──」

 

 一緒になって床に倒れ落ちると、孫空女が上に乗った沙那を乱暴に払いのけた。

 孫空女の怪力で壁まで転がった沙那は、頭を壁に打ちつけてしまって、一瞬だけ眼がくらんだ。

 がしゃんという音がした。

 沙那が顔をあげると、手首と足首の『緊箍具』をひとつにまとめられて床の上でもがいている。

 

「ち、畜生──。は、離せ──」

 

 孫空女は悪態をついた。

 

「さて、どうしてやろうかね、孫空女──。さて、沙那、今日ばかりは、お前もこのわたしが、孫空女に罰を与えるのを駄目だとは言わないだろう。こいつは、罰に値することをやろうとした──。そうだよね、沙那」

 

 宝玄仙は、引っ掻き傷で血が滲んでいる自分の頬に触れながら言った。

 その顔には、残酷な笑みが浮かんでいる。

 宝玄仙が手を離したとき、孫空女がつけた傷も滲んでいた血もすっかり消滅していた。宝玄仙が自分自身に『治療術』を遣ったのだろう。

 いつもながら、宝玄仙の『治療術』はすごい。

 

 沙那は、道術遣いは、誰でも宝玄仙と同じことができるのかと思っていたが、実はそうではないことを最近になって知った。そもそも『治療術』というのは、極めて高等の道術のひとつであり、そう簡単にできるものではないらしい。

 もそも『治療術』というのは、極めて高等の道術のひとつであり、そう簡単にできるものではないらしい。

 しかも、宝玄仙の『治療術』は、まさに天下一であり、沙那が黒夜叉という女に拷問されたときも、油で焼けただれた髪や顔を復元してくれたし、智淵城から逃亡するために、沙那が宝玄仙の手首と足首を切断したときも、自分自身を治療して、失われた手足を新たに復活させた。

 宝玄仙自身は、身体の一部さえ残っていれば、全身を回復できると言っているが、そんなことができるのは、宝玄仙並みの道術を持っている道術遣いか魔族だけらしい。

 

「ねえ、孫女、どうしたのよ、落ち着いてよ」

 

 沙那は、宝玄仙に応じる代わりに、まだ、暴れようとする孫空女の裸身をなだめるように押さえつけた。

 その沙那の右手に孫空女の歯が喰い込んだ。

 

「いたぁああああ──」

 

 沙那は悲鳴をあげながら、孫空女の顔を押さえつけて、それを引き離した。

 あまりにも腹が立って、噛みつかれた手で孫空女の頬を張り飛ばした。

 それではっとした。

 

「ご、ご免、孫女──。だ、だけど、あなたが悪いのよ」

 

 沙那は、唸り声をあげて沙那を睨む孫空女に言った。沙那の右手は、孫空女の歯型がはっきりとついて、そこから血が出ている。

 その右手が、上から押さえられた。顔をあげると宝玄仙が怪我をしている沙那の右手に触れている。

 あっという間に痛みはなくなり、宝玄仙が手を離したときには、もう傷はなくなっていた。

 

「さて、沙那、お前も、このところの孫空女には、調教をやり直すべきだと、そう思うだろう。納得したら、こいつの耳から『如意棒』を出しな。わたしがそれを伸ばすから、そうしたら、こいつの脚を開かせてそれに繋げるんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は、仕方なくまだ暴れようとしている孫空女の耳に手を伸ばして、『如意棒』を取り出す。

 

「伸びろ」

 

 声を発したのは宝玄仙だ。

 この霊具の武器を自在に操れるのは、宝玄仙と孫空女だけだ。

 孫空女がそれができるのは、宝玄仙がそれができるように霊具に道術を刻んでいるからだ。

 だから、沙那には操ることができない。

 針ほどの大きさだった『如意棒』が、七尺(約二メートル)の長さになった。

 

「どうしたんですか? さっきの物音はなんですか?」

 

 朱姫が部屋に飛び込んできた。

 朝食当番の朱姫は、台所で食事の片づけをしていたのだ。

 すでに出仕した金水蓮はもちろん、宝玄仙も沙那も朱姫も、もう食事は済ませた。

 まだ、朝食をとっていないのは、今朝、起きることのできなかった孫空女だけだ。

 

「この馬鹿たれを調教だよ。沙那と一緒に、こいつの股を開かせるのを手伝うんだ、朱姫──。ほら、お前に孫空女の『緊箍具』を操れるように道術を解放したよ。やりな──」

 

 宝玄仙はそう言って、部屋の真ん中に椅子を持ってきて、そこに腰を降ろす。

 

「なにがあったんです、沙那姉さん?」

 

 朱姫は沙那に顔を向ける。

 

「孫女が、暴れてご主人様の顔を引っ掻いたの。わたしも噛みつかれたし……。傷は、すぐにご主人様が治したんだけど……」

 

 沙那は説明した。

 

「昨夜も拷問──。その前も拷問──。ずっと、拷問──。あたしばっかり、酷いじゃないか。もう、嫌だって言っているんだよ」

 

 孫空女が喚いた。

 朱姫は、そんな孫空女に驚いている。

 

「孫姉さん、落ち着いてくださいよ」

 

 朱姫は孫空女の前にしゃがみ込んだ。

 

「あんた、反省していないの?」

 

 沙那も呆れてしまった。

 孫空女は、どうしたというんだろう?

 拷問というが、拘束されて身体を責められるのは、いつものことだ。

 それを拷問というのなら、宝玄仙の供は務まらない。

 

「反省ってなにさ、沙那? あたしは、今日はもう、嫌だよ。休みたいんだ。沙那まで一緒になって、なにすんだよ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「諦めなさい、孫女。あなたが悪いのよ。一体全体、ご主人様に手をあげるなんて、どうかしたの?」

 

 沙那は言った。

 そして、四肢をまとめて拘束されている孫空女の足に『如意棒』を近づけた。

 

「沙那姉さん、孫姉さんの『緊箍具』の足輪だけ外します。そうしたら、孫姉さんの脚をもって、『如意棒』にくっつけてください。『如意棒』と『緊箍具』が接触したら、そこで金属同士が密着するように、道術をかけますから」

 

 朱姫が言った。

 ぱんと音がして、孫空女の足輪が外れた。

 沙那は、片脚を両手で掴むと、ぐいと引っ張って、『如意棒』の端に足首を密着させた。

 金属が弾ける音がして、そこで『緊箍具』が接続される。

 

「ひぎいっ」

 

 そのときだった。

 突然に、朱姫が転がった。

 まだ自由であるもう一方の足で孫空女が朱姫を蹴り飛ばしたのだ。

 

「孫女──」

 

 沙那は怒鳴った。

 その沙那の頭に、孫空女の束ねた両手が降ってくる。

 沙那は避けられず、頭を護るために思わず屈む。

 

「うわっ」

 

 悲鳴は孫空女のものだ。

 顔をあげると、孫空女の腕が一度離れて、もの凄い速さで背中側に回り、そこで、もう一度、金属音がして拘束された。

 

「最初の頃を思い出すねえ、孫空女──。そんなにわたしと遊びたいかい?」

 

 宝玄仙が微笑みを浮かべながら言った。

 どうやら、いまのは、沙那を殴ろうとした孫空女の両手を道術によって、宝玄仙が強引に背中側で接続し直したのだ。

 だが、沙那は、笑っている宝玄仙の顔から、実は宝玄仙が完全に怒っているということを悟った。

 今日の孫空女に対する責めは、厳しいものになるだろう。

 

「いったああ……。もう、許しませんよ、孫姉さん」

 

 朱姫が頭を擦りながらやってきた。

 すると、孫空女の裸身に黒い手が一斉に発生した。

 朱姫の『影手』だ。

 孫空女の全身に浮かびあがったその黒い手が孫空女の裸身で動きはじめる。

 

「な……こ、これ……ああっ……あ、ああ、あっ……しゅ、朱姫、これ、やめ……」

 

 孫空女が悶えはじめた。

 黒い手が動き、孫空女の丸い乳房がぐにょぐちょとうねり、その先端の勃起は、左右前後に弾かれて動きまわっている。

 股間に張りついている四つほどの手も、それぞれに動きまわっているし、何本かの影の指が、孫空女の女陰と肛門に入ってもいる。

 孫空女の裸身は、あっという間に紅くなり、淫らな汗で照りはじめる。

 

 沙那は、孫空女のもう一方の脚に飛びついて、強引に拡げさせた。

 がしゃんという金属音がして、やっと、孫空女の両足首は、『如意棒』の両端で固定される。

 孫空女は朱姫の『影手』に責められてもがきながら、両手を背中に回して、大きく脚を開いた状態で拘束された。

 ばさりと沙那に向かって、縄の束が降ってきた。

 

「そいつを『如意棒』の真ん中に結びな。そうしたら、天井の金具に縄を通して吊りあげるんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫とふたりがかりで、言われた通りに、『如意棒』に縄を繋ぎ、その孫空女の股間を開いている『如意棒』を天井の金具に通した縄をぐいぐいと引っ張る。

 この居間の天井には、「責め」用の設備として、人間を宙吊りにするための金具を宝玄仙と金水蓮が取り付けたのだ。

 

 孫空女の裸身が浮きあがり、逆さ吊りになる。

 それが完成したところで、孫空女の身体から黒い手が消滅した。

 沙那も朱姫も、ひと仕事終えたような感じで、揃って大きく息を吐いた。

 

「たっぷりと泣いてもらおうかね」

 

 椅子に座って待っていた宝玄仙がそう言って、近づいてきた。

 いつの間にか、手に火のついた蝋燭を持っている。

 

「こんがりとお前の豆を焼いてやるよ」

 

 宝玄仙は火のついたその蝋燭をちょうど眼の高さくらいの位置にある孫空女の股間に近づける。

 孫空女の女陰は、朱姫に責められたばかりで、孫空女の愛液でてらてらと光っていた。

 そこにぶっすりと、宝玄仙の持っていた蝋燭が突き挿された。

 

「ひいいいっ──」

 

 孫空女が宙吊りの身体を跳ねさせた。

 その振動で蝋燭の蝋が、孫空女の敏感な股間に飛び散る。

 

「ひぎゃあっ──」

 

 孫空女の獣じみた悲鳴があがる。

 また、暴れるので、さらに股間に熱い蝋が散る。蝋の落ちた部分が孫空女の股間で固まるとともに、その部分が軽い火傷となって肌に赤い丸を作る。

 

「あぐっ……あぎいっ──。あ、熱い──。か、勘忍して……」

 

「なにが、勘忍だい。その蝋燭の火で、肉芽が焼けただれるまでそうしてな。こんがりと焼け切ったら、ちゃんと『治療術』で治してやるよ。その代わり、じわじわと敏感な場所が焼けていく苦しみはしっかりと味わいな」

 

 宝玄仙は言った。

 その言葉に沙那は身震いした。

 孫空女の股間に突き挿された蝋燭は、だんだんと短くなりながらも、ぽたぽたと蝋を落としていく。

 

 やがて、悲鳴と哀願を繰り返しながら、孫空女が熱さの苦しみに痙攣し始めた。

 恐怖と熱さに呻いている孫空女だが、それと同時に感じてもいることに沙那は気がついていた。

 蝋燭の垂蝋責めに遭っている孫空女の女陰は、さらに溢れ出る愛液でびっしょりと濡れていたのだ。

 宝玄仙の調教で、完全に被虐の躾を注ぎ込まれている孫空女は、憐れみの悲鳴をあげながらも、同時に快感を覚えているのだ。

 

「謝るよ、もうしないよ──。お、お願いだよう──」

 

 孫空女が泣き叫んだ。

 垂蝋の熱さもそうだが、次第に股間に近づく蝋燭の炎に孫空女は、明らかな恐怖を感じてきたようだ。

 いつものような言葉責めだけではなく、本当に肉芽が焼かれるということを悟ったのだろう。

 

「小便をして消せばいいじゃないか、孫空女。それをしなければ、本当に焼けちまうよ」

 

 宝玄仙は再び、椅子に座って、孫空女を観察する態勢になった。

 沙那は朱姫とともに、どうしていいかわからず、孫空女の両側で立っていた。

 すると、孫空女の逆さ吊りの股間からおしっこが飛び出してきた。

 噴水のように上に水流があがっているが、蝋燭の火を消すには至らない。

 流れ落ちた尿は、孫空女の裸身を伝って、髪の下の床に溜まっていく。

 

「あらあら、小便をするのが早すぎたようだね。もう少し、短くなってからしないと駄目じゃないか」

 

 宝玄仙の残酷な笑い声が部屋に響く。

 

「あ、熱い……、熱い……。か、勘忍して……」

 

 孫空女が呻きはじめる。

 もう、かなり蝋燭は短い。

 宝玄仙はやるといったらやるだろう。

 『治療術』ですぐに治せるのだから、肉芽を焼きただらせるくらい躊躇なくする。

 沙那はだんだんと怖くなってきた。

 

「ご、ご主人様──」

 

 堪らず沙那は声をあげた。

 

「外に出といで、沙那」

 

 沙那の言葉を待たず、宝玄仙が沙那に振り向くことなく言った。

 

「えっ?」

「お前には、これからのことがつらいのはわかっている。だから、外に出て来るんだ。きっちりと三刻(約三時間)は、戻って来るんじゃないよ。命令だ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「で、でも……」

 

「いいから、外に出といで。わたしは、これから本当に、こいつの肉芽も女陰も焼き焦がすつもりだからね。お前にはそんな残酷な光景は耐えられないだろう? 今日は、お前の罰じゃないんだ。だから、お前を苦しめたくはない。黙って出ていきな。三刻(約三時間)以内には、残酷な部分の罰は終えておく。約束するよ──。ところで、朱姫──」

 

 宝玄仙は、今度は朱姫に顔を向けた。

 

「は、はい」

 

「お前は逆に、わたしがやることを見ておくんだ。嗜虐とは、相手に対する徹底的な奉仕と同じだ。相手が被虐に酔うぎりぎりのところを見極めて責めるんだからね。度を越せば、残酷な刑罰になってしまう。それは嗜虐じゃない。いまは、孫空女は染みつかされた被虐に酔って股を濡らしているが、もうすぐ、ただの苦しみだけになる。その境目を観察するんだ。これは、勉強だと思いな」

 

「はい……」

 

 朱姫は蒼ざめた顔を頷かせる。

 

「さあ、沙那、外に行くんだ──。さて、朱姫、じゃあ、油を持っておいで。それを孫空女の股間に塗っておきな。蝋燭の火が近づいたら、その油に火がつくようにね」

 

 宝玄仙は言った。

 その直後、沙那は強引に部屋を出された。

 部屋を出る直前に見たのは、朱姫が、孫空女の股間から蝋を擦り取りながら、照明用の油を刷毛で塗るのと、孫空女がやめてくれと泣き叫んでいるその光景だった。



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212 先輩奴隷と後輩奴隷

 孫空女に対する罰の途中で外に出るように命じられた沙那はなんとなく城郭の広場に足を延ばした。

 だんだんと弱っていく楊鬼女(ようきじょ)を確認すること──。

 それは沙那の日課になっていた。

 食べ物も水も与えられずに木杭に立姿で鎖で縛られて晒し刑となっている楊鬼女は、『治療術』の効果のために、まだ、死ねないでいた。

 ほかの十九人は、すでに屍体となっているが、ただひとり、楊鬼女はまだ呼吸を続けていた。

 女人国の南域を騒がせた黒賊のなれの果てだ。

 

 最初の数日こそ、激怒と復讐心によって怒声を浴びせる見物人でこの晒し刑の会場もにぎわいを見せたが、いまは、ひっそりとしている。

 人間が苦しみ抜く光景を見るというのは気持ちのいいものじゃない。

 当初の激情が収まると、人々はやがて、いまだ楊鬼女が生き続けて苦しむこの一画を敬遠するようになっていた。

 

 垣根で囲った刑場の警備もいまではおざなりだ。

 臨時の刑場となっているこの一帯を警備する隊の詰所の小屋は隣接して作られているが、外に出て見張るのは数名だ。

 いまも、数名の兵が刑場の四周に立っているだけで、ほかには兵はいない。

 見物人もぱらぱらといるだけだ。

 

 沙那は、その中でひとりの若い女性の動きが気になっていた。

 特に不自然というものではない。

 買い物籠をぶら下げて歩く、どこにでもいるような市井の女だ。

 しかし、密かに、醸し出す異様な気配──。

 それが沙那にはわかった。

 

 それに後ろ姿だが、どこかで会ったことがあるような気がするのだ。

 少し離れた場所から、見るともなく沙那はその女に気を配っていた。

 

 その女は、楊鬼女が拘束されている場所に向かって歩いていく。足早というわけでもなく、かといってゆっくりでもない。

 普通の歩みだ。

 そして、その女は立ちどまり、垣根越しに楊鬼女をじっと見た。

 少し距離があるが、石でも投げれば届くくらいの距離だ。

 最初の日は、石や物をぶつけようとする民衆をこの刑場を警護する兵たちが懸命になだめていたのを沙那は思い出す。

 

 沙那は、楊鬼女を見る女の横顔が見える位置に移動した。

 やはり、会ったことがある。

 沙那は確信した。

 その女を見たのが、どこだったかまだ思い出せなかったが、もうすぐ思い浮かぶ気がする。沙那は、その女に向かって歩みを寄せた。

 

 そのとき、その女が買い物籠からなにかを出した。

 それを口に咥えて、ぷっと吹く。

 

「あっ」

 

 一瞬の早業だった。その女の口に咥えたなにかの道具から、針のようなものが飛び出したのだ。

 それは距離のある楊鬼女の首筋に深く突き刺さった。

 すると、楊鬼女の身体が微かに震えだした。

 

 毒だ──。

 沙那は悟った。

 

 吹き矢のようなもので、その女は楊鬼女の身体に毒針を飛ばして刺したのだ。

 離れて見守る沙那にも、楊鬼女の全身から力が抜けたのがわかった。

 すると、楊鬼女に刺さっていた針が抜け出た。

 どうやら糸のようなものがついていたようだ。

 女はそれを手繰って針を回収して籠に隠した。

 そして、何ごともなかったかのように、再び、歩き去っていく。

 

 一瞬のことだった。

 その女が、警備をする兵に知られることなく、楊鬼女を毒で暗殺し、立ち去って行く。

 沙那は、歩みを速めて、その女の背を追った。

 

 女は、刑場となっている広場に通じる路地に入った。

 沙那は、慌ててそれを追う。

 女を追いかけて、沙那も路地に入った。

 誰もいない。

 

 路地の両側には建物の壁があり、道はずっと続いている。

 沙那は駆けた。

 その沙那の靴になにかが刺さった。

 

 なに──?

 訝しんだのは一瞬だ。

 次の瞬間、沙那は全身の力を失い壁に崩れ落ちていた。

 なんという不覚──。

 

 沙那は、路地の足元に敷かれていた針を踏んでしまい、そこから毒液を身体に受けてしまったのだ。

 全身の力が抜ける。

 あっという間に毒が身体に回る。

 壁にもたれかかるように倒れている沙那の前に、さっきの女が現れた。

 どこから回り込んだのか、沙那が追ってきた広場側から路地に入って来たのだ。

 

「あんた、沙那ね」

 

 女の言葉は質問ではなく、確認だった。

 眼の前にある女の顔がはっきりと目に入る。首に銀色の首輪がある。

 

 まさか……。

 それとまったく同じものを沙那もしていた。

 宝玄仙と旅を始めたときに、最初に嵌められた『服従の首輪』という支配霊具だ。

 色も形も同じ。首輪の側面についている小さな文字さえも同じだ。

 

鳴智(なち)?」

 

 沙那の頭に不意にその名が浮かんだ。

 どこでその顔を見たのか、沙那は思い出したのだ。

 烏鶏(うけい)国で雷王(らいおう)の幽体に襲われたとき、実体化した雷王を若い娘に変えて宝玄仙が仕返しをした。

 その『復活の儀』の道術で、幽体の雷王を実体化するときに、雷王の魂が入る肉体の器が必要だった。

 しかし、死後数年経っている雷王の身体はすでに骨になっていて、宝玄仙が『治療術』で復元したのだが、宝玄仙はまともには直さず、雷王が入る身体を若い娘にして、その肉体に雷王の魂を放り込んだ。

 そのときの娘の姿が、眼の前の女だ。

 

 しかし、なぜ、その雷王がこんなところにいるのだろう。

 あの雷王は記憶を消去して、そのまま放逐した。それから、旅を続けていた沙那たちと同じ方向に向かい女人国までやってきたのだろうか。

 そう考えて、沙那は別の考えが浮かんだ。

 

 あのとき、宝玄仙は、雷王に向かって、「このわたしが、一番恨みに思っている身体にしてやった」と言っていた。

 そのときに、宝玄仙が雷王の入った娘の身体に名付けた名が鳴智だ。

 もしかしたら、眼の前の女は、宝玄仙の知っている本物の鳴智ではないだろうか。

 

 そういえば、女人国の国都で、壱都に『服従の首輪』を装着させて、その首輪をどこから手に入れたか白状させたとき、魔域の魔族王からの贈り物として、鳴智という人間の女の使者が持ってきたと言っていた。

 その使者の鳴智に違いない。

 

 宝玄仙が恨みを持っているという鳴智と、壱都に魔族王の使者として近づいた鳴智は、やはり、一致すると考えていい。

 眼の前の女は、あのとき、宝玄仙が雷王に与えた娘の身体そのものだ。

 

「わたしを知っているのかい、沙那? まあいいよ。ここじゃあ、人目があるかもしれないからね」

 

 鳴智は買い物籠から小さな布袋を出した。

 中には針の束の入った容器があり、そこから鳴智は一本の針を出す。

 そして、別に取り出した茶色の小瓶の蓋を開けて、その針先を浸した。

 

「な、なにするの……?」

 

 沙那は首筋に近づくその針に声をあげた。首にちくりと痛みが走る。

 

「心配する必要はないわ。この毒も、あんたの足に刺した針の毒も、少しの間身体が弛緩して動けなくなるだけよ。殺しはしないわ。もっとも、あんたの手首でも斬って持ち帰れば、あいつも悦ぶんだろうけど、そんな義理もないし、あんたに恨みもないしね」

 

 鳴智は、そばの建物の裏口を開いて、その中に沙那の身体を引き摺り込んだ。

 その建物は、なにかの倉庫らしく、大きな木箱がたくさん置いてある。

 しかし、中には誰もいない。

 鳴智は木箱のひとつに沙那をもたれさせると、その前に座り込んだ。

 

「わ、わたしをどうするつもりよ、鳴智?」

 

 沙那は言った。

 身体はどうしても動かない。

 しかし、舌は動く。

 喋ることに支障はない。

 意識もはっきりとしている。

 

「どうもしやしないわ。話がしたいだけよ──。もっとも、どうやって、近づけばいいか途方に暮れていたんだけど、逆に、あんたから追いかけてきてくれたんで助かったわ。しかも、たったひとりでね──。ご苦労さん」

 

「話?」

 

「宝玄仙と孫空女は、あの金水蓮とかいう将校の屋敷にまだいるの? 半妖の娘も一緒かしら? 半妖の娘って、名は朱姫だったかしら?」

 

「よ、よく知っているわね、鳴智」

 

 沙那は言った。

 鳴智はまったくの無表情だ。

 鳴智がどういうつもりで、沙那に接近したのかわからない。

 もっとも不用意に追いかけようとしたのは沙那だが……。

 

「もちろん知っているわ、沙那。どんなことでもね。それがわたしの役割だから……。宝玄仙の旅の供にして性奴隷。もう、二年もあの変態女に従って、宝玄仙に虐げられながらも、あの女を護りながら旅をして、あの嗜虐癖の相手も務める──。よくやるものね。わたしは三箇月で音をあげたけど」

 

 鳴智は言った。

 

「三箇月って?」

 

「あら、わたしのことは宝玄仙から聞いていないの?」

 

「詳しくは……。裏切ったということと、主人様が恨みを持っているとしか……」

 

 沙那は言った。

 すると鳴智の口元が浮きあがり、自嘲気味の微笑みが顔に浮かんだ。

 

「ご主人様ね──。わたしも、そう呼ばされたわね。まあ、宝玄仙がわたしを恨みに思っているのは当然か。闘勝仙の命令とはいえ、二年間もあの屋敷で、宝玄仙をいたぶってやったからね」

 

 

「闘勝仙? 二年間?」

 

 沙那は声をあげた。

 闘勝仙によって与えられた二年間の恥辱は、闘勝仙とその取り巻きの神官だけによるものだと思っていた。

 こんな若そうな女性が関わっていたということは知らなかった。

 

「あなたも道術遣い?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「ただの人間の女よ。もともとは、姓も持っていた貴族よ。あの女に買われてそんなものはすべて失ったけどね」

 

「買われた?」

 

「わたしは、あの女が最初に奴隷にした女よ。刻印はされなかったけど、手続きを踏んだ正式の奴隷よ。あんたらの先輩ということになるのかしら」

 

 鳴智は笑った。

 

「だ、だから、それを恨みにして、ご主人様を裏切ったの?」

 

 宝玄仙の性奴隷だった鳴智が、闘勝仙と一緒になって宝玄仙を嗜虐し続けたとすれば、そういうことになる。

 

「そうね……。最初はね──。恨みに思っていたわ」

 

 鳴智は言った。

 そのの表情に、やっと感情のようなものが浮かんだ気がした。

 しかし、それがどういう感情であるのかまでは、沙那にはわからなかった。

 

「最初?」

 

「そうよ。恨みに持っていたのは最初だけよ──。闘勝仙の命令により、屋敷における宝玄仙の嗜虐を任されてしばらくすると、あの宝玄仙があたしの家族の金銭的な面倒を看てくれているという事実を知ったのよ。さっき、元貴族だと言ったけど、実は名ばかりで、没落した貧乏貴族。借金があり、わたしは、その借金の一部に充てるために、娼婦として売られる予定だったの」

 

「借金奴隷?」

 

「そのわたしを買ったのが宝玄仙であり、あいつはわたしを調教したのよ。それが気に入らなかったわたしは、宝玄仙を陥れようとしている闘勝仙の道具となることを決めた。口移しで一時的に道術が遣えなくなる『仙薬』を飲ませてやったわ。そして、あいつは闘勝仙に捕らえられた。宝玄仙は、八仙でありながら、身体を弄ばれる、連中の性奴隷になった……」

 

「それって……」

 

 沙那は驚いた。

 闘勝仙と宝玄仙のことは知っているが、いまの言葉の通りなら、この鳴智こそ、宝玄仙を闘勝仙に売り渡した張本人ということになる。

 

「……へえ、なにも知らなさそうな顔ね……。あいつは、わたしのことをあんたたちに話してないようねえ……。まあ、とにかく、わたしは、その宝玄仙を逆に奴隷として躾けてやったわ──。でも、そんな目に遭いながらも、あいつは、わたしの家族への金銭的な援助だけは続けてくれたのよ。それを知ったときに、わたしは愕然としたわ」

 

「だったら……」

 

 そうであれば、二年間の恥辱の日々のどこかで、宝玄仙と鳴智は和解をしていたのではないだろうか。

 少なくともその機会はあったはずだ。

 

「だけど、わたしは宝玄仙への嗜虐をやめなかった。やめるわけにはいかなかったの。裏切れば死──。闘勝仙は二重三重の脅迫をわたしにしていたわ。あいつがわたしに求めたのは、宝玄仙に対して冷酷で陰湿な女調教師であることよ。わたしは、その役割を演じ続けたわ……。それに──」

 

 鳴智の表情が緩んだ。なにかを思い出すような表情だ。

 

「あいつを嗜虐するのはいい気持ちだった。あいつも、わたしに責められるときには酔ったような表情になってくれるようになったし、他人には見せない解放された痴態をわたしにだけには見せるようになってくれた。わたしと宝玄仙は、責める者と責められる者という関係で結びついていたわ……」

 

 鳴智がうっとりとしたような表情になった。

 沙那は、その表情があまりにも、これまでの鳴智とは異なっていたので、ちょっと戸惑ってしまった。

 

「いいえ、もちろん、宝玄仙にはそんな気持ちはなかったのはわかっている。でも、わたしはそう思っていた。だから、あいつが、なにかの霊具を作り始めたときも、邪魔をしなかった。それどころか、それを誰にも知られないように隠しもしたわ。そして、あいつは、闘勝仙への復讐をやり遂げた。二年間も虐げられた性奴隷でありながらね。わたしは感嘆したわ」

 

 沙那は、鳴智が見た被虐に酔う宝玄仙とは、宝玉に違いないと思った。

 

「……でも、あなたは逃げた。桃源(とうげん)という男と一緒に。ご主人様の前から……」

 

 沙那は言った。

 それは宝玉が言ったことだ。

 闘勝仙の復讐を果たす直前に、宝玄仙を長く虐げていた桃源と鳴智は帝都から姿を消している。

 

「赤ん坊を宿したのよ。それでなにもかも怖くなった。宝玄仙に復讐されるなら、それも受け入れてやろうかと思ったのは事実よ。だけど、そうはいかなくなった。だから逃げたのよ」

 

「赤ん坊? 子供がいるの?」

 

 沙那は驚いて言った。

 すると鳴智は我に返ったような表情になった。

 

「随分と調子に乗って、つまらない話をしちゃったわね。こんな話をするつもりじゃなかったんだけど、あんたと接していると、なにかを語りたいようなそんな気持ちになったわ──。それよりも、わたしが伝えたいことを言うわ。わたしは、魔域に戻る。わたしに復讐したければ、魔域に来るがいい。そう宝玄仙に伝えて」

 

 鳴智は立ちあがった。

 

「ま、待って──」

 

 沙那は慌てて言った。

 まだ聞くべきことを聞いていない。

 知りたいことはまだたくさんある。

 

「その『服従の首輪』──。なぜ、それをあなたがしているの? それはどうやって作られたものなの? それをあなたに嵌めたのは誰?」

 

「さあね……。知りたければ魔域に来るのね。霊鷲山(りょうじゅざん)にある雷音院(らいおういん)──。そこで待っているわ。宝玄仙に確実に伝えてちょうだい、沙那」

 

 鳴智は外に出る戸に向かっていく。

 沙那は慌てて追おうとした。

 かなり筋肉が戻っている。

 だが、まだ、立ちあがる程には快復していない。

 沙那は、鳴智を追うことを断念した。

 

「桃源さんとあなたの子供も、そこにいるの──?」

 

 沙那は叫んだ。

 すると出ていきかけた鳴智が立ちどまった。

 

「夫は死んだわ。わたしが殺したの」

 

 鳴智は、一度振り返り、それだけを言った。

 そして、再び、路地に通じる戸に向かう。

 

「……そう言えば、このところ、孫空女の態度って不自然だったりしない?」

 

 突然、鳴智はそんなことを言った。

 鳴智の質問の意図がなににあるのか理解できずに、沙那はすぐに応じることができなかった。

 

六耳(ろくじ)──。その魔族のことを調べてご覧なさい。案外、朱姫だったら知っているんじゃないのかな」

 

 鳴智はそう言って、戸の外に消えていった。



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213 本物そっくり

 命令した三刻(約三時間)には、随分と時間があるのに、沙那が戻って来た気配を感じた。

 宝玄仙は舌打ちした。

 まだ、孫空女への罰は途中だ。

 

 股間を焼け焦がした孫空女の裸身は、まだ宙吊りのままだ。

 もっとも、孫空女は股間が燃える苦痛で気を失ってしまい、まだ覚醒していない。

 宝玄仙は、まだ続けるつもりだった孫空女への懲罰をやめることにした。

 沙那がこの状況を見たら、また文句を言うに決まっている。

 怒りのあまりとはいえ、よく考えたら、孫空女の股間を油で燃やしてしまうというのは、やり過ぎだったかもしれない。

 『治療術』を送り込み、孫空女の股間の火傷の治療を開始する。

 

「ご主人様、朱姫──」

 

 居間の扉が勢いよく開いた。

 ちょうど、『治療術』が終わったところだ。

 気を失った孫空女が、身じろぎをする。意識を取り戻したようだ。

 

「朱姫、孫空女をもう降ろしていい」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫が孫空女を吊っている縄を解くために、壁に向かおうとした。

 

「待って、朱姫──。自由にしないで──」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙は驚いた。

 

「ねえ、朱姫、六耳(ろくじ)という魔族を知っている?」

 

 沙那は突然言った。

 

「なんだい、沙那、藪から棒に……」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「六耳がどうかしたんですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫が首を傾げている。

 

「いいから教えて。知っているの? 知らないの?」

 

 沙那は切羽詰った様子だ。

 外でなにが起こったのだろう。

 

「そういう名の魔族の噂は耳にしたことがあります」

 

 朱姫は言った。

 半妖の朱姫は、宝玄仙と出遭うまで人間としての生活よりも、魔族としての生活が長かった。

 だから、魔族の世界についてある程度の知識はある。

 

「六耳というのは、どんな魔族なの?」

 

 沙那の顔には焦ったようなものがある。

 いったい、どうしたのだろうか。宝玄仙は訝しんだ。

 

「たしか、魔域にいるという物真似妖怪です。本物にそっくりに変化し、姿だけではなく、ある程度の能力や性格も写しとります。六耳のことを称して、本物そっくりになるのではなく、本物になる。よくそういいます」

 

「本物との見分け方は?」

 

「……ありません。本物そのものになるんですから」

 

 朱姫は少しの間考えてから言った。

 

 沙那が細剣を抜いた。

 それをまだ逆さ吊りの孫空女の顔に突きつける。

 

「沙那姉さん、なにを──」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「朱姫、黙っていて──。孫女、答えて。わたしとあなたが最初に出遭ったのはどこ?」

 

「……と、東方帝国の五行山……。さ、沙那──、なにすんのさ……」

 

 孫空女が苦痛に歪んだ眼を開いた。

 

「もうひとつよ。そこで、わたしはあなたの身体の一部を斬ったわ。それがどこか覚えている?」

 

 沙那は言った。

 なにを言っているのだろう、沙那は──。

 あのとき、沙那は孫空女に斬りかかったものの、どこにも剣は当たっていない。

 沙那は、宝玄仙の結界に孫空女が入ることを防ぎたかっただけで、斬ることなく孫空女の身体を剣のつばで押したのだ。

 だが、孫空女は呆気なく、沙那の身体を押さえつけて無力化した。

 沙那の剣技の凄まじさを知っていただけに、孫空女がそれを手もなく捻るのに接したときは驚いた。

 宝玄仙もそのときのことは、よく覚えている。

 

「そんな昔のこと覚えているわけないよ。どこかに剣先が掠ったけど、もう傷も残ってないしね」

 

 孫空女は言った。

 

「……じゃあ、わたしがあなたの身体の一部を斬ったことだけは、覚えているのね」

 

「まあね。だけど、昔のことだから……」

 

「わたしは、この二年間、ただの一度も、あなたを怪我させたことなどないわ」

 

 沙那は細剣を孫空女の顔にさらに伸ばした。

 

「お前、何者だい──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、その瞬間、孫空女の身体が勢いよく天井に振られた。

 動物のような叫びが、部屋に響く。

 

 孫空女じゃない。

 すでに、真っ黒い大きめの猿のような姿に変化している。

 孫空女の姿を消すのと同時に、拘束したものをすべてすり抜けている。

 自由になった身体で、そのまま天井を伝って部屋の外に出た。

 

「いけない──。『移動術』で逃げるよ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 居間の外は結界の外だ。

 宝玄仙の阻止道術が間に合わない。

 居間の外側の空間で、空間が捻じれる気配がある。

 

 一番、居間を出る戸に近かった朱姫が飛び出す。

 次いで、沙那。

 

 宝玄仙は少し遅れて、黒い人影を追って、居間の外に飛び出した。

 そのときには、空間が閉じ、『移動術』の出口が消滅しようとしているところだった。

 宝玄仙は、『移動術』の結界が閉じられるのを防ぐために精神を集中した。

 

「駄目だ──。閉じられた」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 間一髪で間に合わなかった。

 

「朱姫、いまのが六耳なの?」

 

 沙那はまだ細剣を抜いたまま、朱姫に詰め寄った。

 

「あたしにはわかりません。六耳という本物そっくりに姿も能力も化ける魔族が魔域にいると聞いたことがあるだけです。だけど、あれが孫姉さんに化けていたとしたら……」

 

 朱姫はうろたえた声をあげた。

 

「孫空女は、ずっと行方不明のままなのよ。おそらく、水蓮洞(すいれんどう)を急襲したときに、道術遣いに一度捕えられたときからね。六耳という魔族が、孫空女と入れ替わるならそのときしかないわ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「追っかけましょう」

 

 やっと事態を悟ったらしく朱姫が声をあげた。

 

「無理だよ。『移動術』の空間は閉じちまった。もう少し早く、わたしが気がついていれば……」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 六耳が逃亡した空間は完全に閉じられている。

 もう、追いかけられない。

 

「追いかけられます。あたしは、咄嗟に『影手』を六耳の身体にひとつだけ張りつけました。その霊気の流れを追ってください」

 

 朱姫は言った。

 宝玄仙は驚いて、建物に流れる霊気の流れを探った。

 確かに、捉えにくい朱姫の霊気の細い流れがどこかに繋がっている。

 だが、これで追いかけることができる。

 その霊気を辿って、宝玄仙の『移動術』を空間に刻み直せる。

 

「お手柄だよ、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。道術を刻むために精神を集中する。

 すぐに新たな『移動術』の空間が開かれた。

 そこは、六耳が逃げた場所に通じているはずだ。

 沙那が細剣を鞘に収め、空間の出入り口に向かって身体を投じた。

 

 

 *

 

 

「ふがああぁぁぁ──」

 

 獣じみた声をあげて、だるまのような胴体だけの孫空女が、鬼坊主の腕の中でのたうつ。

 凄まじい量の精を膣に受けて、また達したのだろう。

 

 精を放つことで、一時的に満足をした鬼坊主が、孫空女を地面に放り出した。

 結界で包んだ空間の中で、手足を付け根から失くした胴体だけの孫空女がどたりと音を立てる。

 待っていた二匹の鬼坊主が争うように孫空女を奪い一匹が、孫空女の女陰にそそり勃つ肉棒を押し込む。

 孫空女は、吠えながらそれを受け入れ、がくがくと胴体を痙攣させた。

 

 三匹の鬼坊主と孫空女は、御影の準備した閉鎖した結界の中で、もう、ほとんど三日続けて、ひたすら鬼坊主たちの精を孫空女が受け続けるという時間をすごしている。

 御影が準備した結界には、入った者の性欲を活発化させる空気で充満させている。

 ただでさえ、性欲の強い鬼坊主は、それで狂ったように眼の前の孫空女を交替で犯し続けた。

 数刻置きに、中に肉の塊りを放り投げてやる。

 その間だけ、三匹は孫空女を犯すのを中止して、肉を取り合い口に入れる。

 まるで、動物そのものの姿に、御影は気分が悪くなる気持ちだが、孫空女もまた、三匹が取り合って地面にこぼれた肉の破片を、胴体をくねらせて這い向かい、口に入れる。

 そこにはもう、なんの知性も感じることはできない。

 

 もう少し、ゆっくりと壊してもよかったが、手っ取り早く精神を破壊する魔薬を使った。

 その結果、孫空女の最後に残っていた理性は砕かれ、本能のみで生きる動物になりさがった。

 

 限度を超える長い拷問と魔薬による物理的な脳の思考回路の破壊により、孫空女の精神がすでに壊れているのは明らかだ。

 いまの孫空女は、肉欲と食欲しかないただの生き物でしかない。

 こんな孫空女を見たら、宝玄仙はどう思うだろうか。

 それだけでも溜飲が下がる気持ちだ。

 

 孫空女の身体が大きく仰け反った。

 その顔は狂気じみた愉悦で充満している。

 獣のような魔族に抱かれて、性の悦びでいっぱいなのだ。

 御影が知る限り天下一の女傑だったが、孫空女もこうなってしまえば些か哀れなものだ。

 

 空間が揺れた。

 御影は自分を防護する態勢をとったが、出現しようとしている人物を悟り、緊張を解いた。

 眼の前に『移動術』で出現したお宝が現れた。

 

「まだ、やり続けているのですね」

 

 お宝は眉をひそめた。

 三日前に鬼坊主を道術で連れて来たのはこのお宝だ。

 御影が作った結界の膜の中で、その三匹に孫空女を渡すと、すぐに孫空女を取り合って犯し始めた。

 お宝は、出立の準備のためにすぐに立ち去ったが、それから三日して、まだ、同じ光景が続いているのを見て、驚いたようだった。

 

「見ているだけで吐気をもよおすわね。まあ、孫空女から肉片を回収したし、目的は果たしたわ。我々は、そろそろ行くとしようか」

 

 御影は言った。

 

「貢物にする女人国の女については、結局、十五人ほどに絞りました。性技も仕込み終えた粒揃いの人間の美女です。きっと、雷音大王は気に入ると思います」

 

 お宝は言った。

 

「いま、そいつらはどうしているの?」

 

「移動できる状態で監禁しています。とりあえず、鳴智(なち)が看ています」

 

「鳴智は戻ったの?」

 

 鳴智には、宝玄仙と接触し、魔域に自分がいると告げ、宝玄仙が魔域にやってくる餌になれと命じている。

 その鳴智が戻ったということは、御影の命令を遂行し、そして、宝玄仙に捕らえられなかったということだろう。

 

「戻りました──。それにしても、あの女は、いつも無表情で見ているだけでむかついてくるのです。どうして、あんな女を使い続けるのです、あなた?」

 

 お宝は言った。

 宝玄仙の肉片からお宝を作ったとき、宝玄仙の本来の記憶は封印し、御影に都合のよい偽の記憶を擦りこませている。

 そのため、自分を二年間も嗜虐した鳴智の記憶はお宝にはない。

 だが、記憶は封印されても、本能は残っている。

 宝玄仙であるお宝の本能は、鳴智に対する恨みを忘れていないのだろう。

 

「あの女は、『服従の首輪』を嵌めたただの道具よ。裏切ることもないし、あれで、なかなかに仕事はできるわ。切り捨てるのは簡単だけど、いまはまだその時期ではない。宝玄仙を魔域に連れてくる餌でもあるわ。ほかの餌も準備しているけど、餌はたくさんあっていいわね」

 

 御影は言った。

 

「申し訳ありません。わたしの道術が元に戻れば……」

 

 お宝は顔を伏せる。

 そして、片手を出して自分の手をしげしげと眺めた。

 その手には、うっすらとなってはいるが決して消えない道術封じの紋章がある。

 お宝の両手と両足の紋章を消すために、ふたりで努力したが、結局それを果たすことはできなかった。

 お宝の術が完全であれば、御影の野望は、もっとわかりやすいかたちをとっていたはずだが、いまのお宝には、攻撃道術の類いは一切遣えない。

 もっとも、それ以外の道術は、やはり宝玄仙だけあって、凄まじいものではある。

 

「いいのよ──。それよりも、いつか、魔域の王の妻の地位。それをお前に捧げたいわね。お前のような美しい女には、それくらいの地位は、あってしかるべきよ」

 

 御影はお宝の腰に手を回して、その身体を引きよせた。

 お宝は御影にもたれかかるように身体を寄せる。

 

「わたしは、いまのわたしに満足しています。あなたが、夫でいてくれて、わたしを妻と呼んでもらえる。それだけで幸せです」

 

 御影を愛していると思い込まされているお宝──。

 この女もまた道具だ。

 御影が手に入れたいものを手にするために準備した“物”にすぎない。

 

 だが、なかなかの一品でもある。

 宝玄仙と同じ美貌と身体を持ち、性技も抜群。快楽に没頭する姿もまた可愛い。

 だが、本物ではない……。

 それだけが、御影を満足させない。

 

 結界の膜の中の孫空女が吠えた。

 孫空女に精を注いだ鬼坊主は、孫空女の胴体を、順番を待っている鬼坊主に渡した。

 その鬼坊主が孫空女の女陰に肉棒を突き挿す。

 三日間続いている変化のない光景だ。

 

「まだ三日では、孫空女が鬼坊主の子を宿したかどうかはわかりませんね」

 

 お宝がその様子に眼をやりながら言った。

 孫空女が帯びている霊気に備わる受胎しない効果を消したのも、逆に、排卵を活性化し、妊娠しやすくする仙薬を準備したのもお宝だ。

 お宝には、孫空女に白痴の魔族の子を孕ませたいから、その準備をしろと命じた。お宝は、そのための仙薬や孫空女にけしかける魔族を連れて来た。

 

「宿しているわ。あんなに受胎しやすい状態にして、あれだけの精を受ければ間違いないわ」

 

 御影は鬼坊主の精を受け続けている狂った孫空女を眺めて言った。

 

「あなた、空間が……」

 

 お宝が不意に言った。

 御影も気がついた。

 また、何者かが『移動術』でここに出現しようとしている。

 

 そして、現れたのは、六耳だ。

 変身をしていない。猿を思わせる小さな身体が恐怖に包まれたように、きいきい喚いている。

 

「なにを言っているの、こいつは?」

 

 御影はお宝に訊ねた。

 変化をしていない状態の六耳は、言語を喋れない。

 お宝は、直接心で会話する術を遣えるので、この喚き散らす六耳の言葉も理解できるのだ。

 

「どうやら、宝玄仙に正体を見破られたようです」

 

 お宝は言った。

 

「そう……。ならば、ここに、宝玄仙が追ってくるわね」

 

 御影は言った。

 お宝に頷く。

 お宝が御影に身体を寄せられたまま、『移動術』で跳躍する結界を結び始めた。

 

「ギイキイイ──」

 

 六耳が喚いている。

 一緒に連れていってかくまって欲しいのだろう。

 一瞬迷ったが、御影は六耳の胴体に妙な黒い手の影が張りついていることを悟った。

 

 これは道術だ。

 これを張りつけられている限り、どこまでも宝玄仙は、霊気を伝って追ってくることができる。

 だから、六耳についてこられても面倒だ。下手をすれば、これから戻ろうとしている魔域にある御影の棲み処まで辿られる。

 

 宝玄仙を魔域に来させたいのは確かだが、まだ早い。

 準備ができていない。

 御影は、六耳を蹴飛ばして、孫空女と鬼坊主が包まれている結界の膜に放り込んだ。

 六耳の霊気では、その中からは脱出できないはずだ。

 膜の中の六耳が悲鳴をあげている。

 鬼坊主たちは、一瞬だけ、六耳に視線を向けたが、その小さくて黒い姿にすぐに興味を失くして、孫空女を抱き耽っている。

 御影はお宝とともに、結界で結ばれた向こう側に跳躍した。

 

 

 *

 

 

 

「ご主人様──」

 

 先に跳躍していた沙那が叫んだ。

 『移動術』で逃亡した六耳を追うため、六耳の身体に朱姫が張りつけた霊気を辿ることで辿り着いたのは、岩壁に包まれた洞窟だった。

 洞窟の壁には、松明が燃えていて、周囲を明るくしている。

 宝玄仙は、沙那が剣を構えている先を見た。

 

 三匹の巨体の魔族が道術の膜に包まれている。

 なにかをしているようだ。

 宝玄仙は、その魔族が群がっている中心に孫空女の顔が見えた気がした。

 

「そこに孫女がいます、ご主人様──」

 

 沙那の必死の声が洞窟に響いた。

 宝玄仙は、霊気を充実させて、眼の前の結界の膜を飛ばす。

 

「『影手』──」

 

 朱姫が叫んだ。

 三匹の魔族の身体に一斉に黒い手が浮かびあがる。

 三匹が孫空女から引きはがされて反対側の壁に貼りつけられた。

 朱姫の『影手』が大きな魔族の身体を押したのだ。

 醜悪な三匹の魔族の股間には、巨大な肉棒がそそり勃っている。

 

 沙那が飛び込む。

 喉を斬られた三匹の魔族が血飛沫をあげて崩れ落ちた。

 

「孫女──。そ、孫女──?」

 

 血の滴る細剣をまだ手にしている沙那が、たった今まで抱き潰していた孫空女を見て目を丸くしている。

 宝玄仙も驚いた。

 

 孫空女の手足は、付け根から切断されて、胴体だけの芋虫のような身体になっている。

 全身が魔族の精液にまみれ、女陰は魔族の精液だけでなく、女陰が裂けて流れている孫空女の血らしきものでもまみれている。

 精神を犯されたようなおかしな表情の孫空女は、ほとんど意識がない状態だ。

 だが、沙那の驚きの叫びも、宝玄仙の驚愕も、それだけが理由じゃない。

 そんな哀れな姿の孫空女がふたりいたのだ。

 

「畜生──。どちらかが六耳だね」

 

 宝玄仙は呟いた。

 

「孫女──。わかる、沙那よ。大丈夫?」

 

 沙那がふたりの孫空女の前に屈みこんで声をあげた。

 どちらの孫空女からも返事はない。

 さっきのように、本物の孫空女しかわからない質問をして見分けるという方法は使えないだろう。

 

「両方を治療して、それから見分ければどうでしょう?」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね……」

 

 それしかないかもしれないと宝玄仙は思った。

 だが、この状態の孫空女を治療するのはかなりの時間を使うに違いない。

 もしかしたら、肉体だけではなく、精神も犯されているかもしれない。

 そうだとしたら、孫空女の精神に入り込んで、損傷している頭の線を繋いだり、精神崩壊を招いた記憶の消去などもしなければならない。

 それを魔族にも行うというのは、逆に魔族の神経に入り込むことになり、宝玄仙もかなりの打撃を負う。

 そんなことを考えていると、ふと、宝玄仙は、横たわる胴体のないふたりの孫空女のひとりからあるものを感じた。

 宝玄仙は、そっと、その一方の孫空女の下腹部に触れた。

 

 かすかだが生命の気配がある。まだ、生き物にはなりきってはいないが、確実に存在し、生を宿すための力を懸命に集めている。

 

 胎児──?

 宝玄仙は確信した。

 

 つまり、こっち側の孫空女は胎児を宿しかけている。

 まだ卵だが、人と魔族の相の子だ。

 

 本来は魔族である六耳が、子宮に人と魔族の相の子を宿す可能性は皆無だろう。

 だとすれば、こちら側が本物の孫空女だ。

 

「こっちが本物だよ。そっちは殺してしまいな、沙那」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかりました……」

 

 沙那が、もうひとりの孫空女に細剣を向けた。魔族の血を吸ったばかりの剣先が、その孫空女の首筋に伸ばされる。

 

「キキィ──」

 

 胴体のない孫空女が、黒い身体に変わって跳びはねた。

 次の瞬間、その六耳は、沙那によって胴体をふたつに裂かれた。

 宝玄仙は、まだ、魔族の精にまみれた孫空女の身体を抱いたままでいた。

 

 宿しかけている命──。

 どうすべきか躊躇した。

 

 ふと朱姫を見る。

 魔族の雄と人間の女に間に生まれた半妖の朱姫──。

 

 もしも、この孫空女が宿したものが生を手に入れたならば、同じ半妖ということになるのだろう。

 魔族の血が混じっているとはいえ、孫空女の子供……。

 この卵を消し去ることは、罪もない生命を、生まれることさえ許さないまま殺すということにならないか。

 

 宝玄仙は首を横に振る。

 そして、霊気を集中して、孫空女のお腹にある生命の卵を消し去った。



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214 女人国のもてなし

「宝玄仙さんは、孫空女とともに、まだ閉じこもっているのかい?」

 

 屋敷に戻ってきた金水蓮は、心配そうに、朱姫に訊ねてきた。

 

「あんなになった孫姉さんを誰にも見せたくないみたいです」

 

 朱姫は言った。

 横で沙那が頷く。

 金水蓮の屋敷だ。

 花果山(かかざん)水蓮洞(すいれんどう)に取り残されていたかたちの孫空女を救出して、ここに連れ帰って三日目だ。

 

 宝玄仙は胴体だけの孫空女を空き部屋に連れていき、朱姫も沙那も追い払った。

 それから、ただの一度も、部屋の外に出てこない。

 部屋の外から声をかけると、大丈夫だという宝玄仙の声が戻ってくるから、心配はないのであろう。

 

 いつものように大きな卓に夕食を並べる。

 準備するのは三人分だ。

 沈黙が続く。ただ、食事の音だけが響く。

 

「孫空女があんな目にあったのは、わたしのせいだ。わたしが水蓮洞を攻略した後、十分に探索させなかったからだ」

 

 食事が終わると、金水蓮がぽつりとつぶやくように言った。

 金水蓮は、最初の夜に一度だけ孫空女を見ている。

 宝玄仙が孫空女を治療している部屋に強引に入り込んで、ふたりの様子を見舞ったのだ。

 金水蓮は、手足のない孫空女の身体よりも、知性の存在しない孫空女の表情に驚いていた。

 朱姫と沙那が最後に孫空女と宝玄仙の姿を見たのも、そのときが最後だ。

 

 呆けた表情で、絞まりのない口から涎を流す孫空女は、孫空女であって孫空女ではなかった。

 宝玄仙は、孫空女が長いあいだ拷問されたというだけではなく、強烈な仙薬により頭の線を焼き切られていると言っていた。

 

「……それを言うなら、わたしたちこそ責められるべきです。あんな魔族を孫空女と思い込んでいたなんて……。もしも、偽者だとすぐに気がつけば、手遅れにならないうちに、本物の孫空女を救いに行けたんです。二年間も一緒だった仲間を見誤るなんて、情けないです」

 

 沙那だ。

 

「仕方ないです、沙那姉さん……。六耳(ろくじ)は、姿形だけではなく、能力や性格やものの考え方、本物がかもし出す気も真似るんです。疑わなければ見分けなどつけようもありませんよ」

 

 朱姫は言った。

 再び、沈黙が続く。

 

「沙那……」

 

 やがて金水蓮が口を開いた。

 

「なんでしょう、金水蓮さん?」

 

 沙那が顔をあげる。

 

「もしも、孫空女が元に戻らなければ、わたしに面倒を看させてもらえないだろうか? 君たちはどこかに向かう旅の途中とかいっていたし、あんな孫空女を連れて旅などできないだろう。今度、国都に着任すれば、わたしが責任をもって──」

 

「大丈夫ですよ、金水蓮さん。ご主人様は、孫空女をきちんと治します。それに……」

 

「それに、なに?」

 

「もしも、孫空女が回復しないということになっても、ご主人様は、孫空女を手放さないと思います。わたしたちは、仲間であり、もう家族ですから。孫空女がもう旅を続けることができそうになければ、わたしたちの旅は、それで終わりになると思います」

 

 沙那は静かに言った。

 

「そうか……」

 

 金水蓮は納得したように頷いた。

 

「大丈夫ですよ。ご主人様は、同じような状態だった陽炎子(ひむこ)女王のときだって、完全に治療したじゃないですか」

 

 朱姫は言った。

 

「陽炎子女王様?」

 

 金水蓮が声をあげた。

 

「朱姫──」

 

 沙那が朱姫を叱咤した。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 朱姫は言った。

 国都で陽炎子や壱都と関わったことは固く口止めされていたのだ。

 金水蓮とは、かなり親しくはなっていたが、あの壱都が失脚したことと、陽炎子の復位に、宝玄仙が深く関わっていることは教えていない。

 ましてや、陽炎子が壱都により、手足のない舌人形にされていたなど、秘密中の秘密だ。念を押されていたけど、つい口に出てしまったのだ。

 

「陽炎子女王が孫空女と同じ状態だったとは、どういう意味なのだ?」

 

 金水蓮は強い口調で、沙那と朱姫に詰め寄った。

 沙那は、仕方がないという口調で金水蓮に説明を始めた。

 

 すなわち、壱都と宝玄仙が女王対決をしたこと──。

 壱都が不正な手段で宝玄仙を瀕死の状態にさせたこと──。

 その直後に、宝玄仙が仕返しをして、壱都から霊気を奪ったこと──。

 そして、女王の寝室に囚われていた前女王の陽炎子を救出し、宝玄仙が『治療術』で回復させたことなどを話した。

 金水蓮は目を丸くしていた。

 

「わたしは、道術対決の末、陽炎子女王が復位したということは噂で聞いていたが、その前に、そんな経緯があったとは知らなかったよ」

 

 金水蓮は、あの国都における女王対決の騒動のときには、国都の中央軍とは離れて別の任務についていたらしい。

 だから、あのとき、一時的に有名人になった宝玄仙のことは知らなかったようだ。

 

「ならば、君たちは、復位した陽炎子女王の恩人ということになるのか。そんな貴人とは承知していなかったから、随分と無礼な態度であったと思う。許して欲しい──」

 

「やめてください、金水蓮さん」

 

 沙那が苦笑した。

 

「ねえ、沙那姉さん、もう、三日目ですし、いくらなんでもご主人様に、ちゃんとした食事をしてもらった方がよくないですか? あたし、簡単につまめる食事を準備しましょうか?」

 

 朱姫は言った。

 宝玄仙は、道術により、ある程度は食事や水分補給をしなくても生きていけると言っていた。

 しかし、やはり、ちゃんと食べてもらった方がいいに違いない。

 

「そうね。それに、ほとんど寝てもいないようだし、様子を見て、一度休むことをお勧めしましょう」

 

 沙那は言った。

 それで、朱姫は台所に向かい、手でつまんで食べられるようにした食事を準備した。

 それを盆に載せて、沙那と金水蓮とともに、宝玄仙がいる部屋に向かう。

 だが、部屋の前までやってきて、すぐに声をかけるのに躊躇した。

 沙那も金水蓮も扉越しに伝わる声と物音に訝しんで眉をひそめている。

 

「沙那姉さん……」

 

 朱姫は囁く。

 

「そ、そうね」

 

 沙那も不審な表情だ。

 部屋の中の様子がおかしいのだ。

 人が話をしているような……。

 いや、いきむような声……。

 そして、思い当たった。

 これは、嬌声だ──。

 

「ご主人様──」

 

 沙那もやっとそれに気がついたようだ。

 朱姫が、内側から聞こえるのが女と女が愛し合うときの声だと悟ったのと、沙那が扉を開けるのは同時だった。

 そして、そこにあった光景に朱姫は、沙那や金水蓮とともに唖然としてしまった。

 

 全裸の宝玄仙と孫空女が汗まみれで抱き合っている。

 宝玄仙は床に胡坐をかき、おそらく、股間に男根を生やして、その上に後手縛りの孫空女を座位で向かい合って跨らせている。

 その状態で、孫空女と宝玄仙は、口と口を激しく重ねあわせている。

 部屋の外まで聞こえていたのは、宝玄仙に裸身を抱擁されながら声を荒げている孫空女の声だったのだ。

 宝玄仙は、孫空女の背中の中ほどに縛り合わせている両手首を掴み、双臀の亀裂に手を添えて支えながら、上下に激しく孫空女を揺さぶっている。

 

「ご、ご主人様──。お、お願いだよ……。い、いい加減に……ああっ──あん、あん、あああっ──い、一緒に──い、一緒にいってよ──あひいいいっ……」

 

「一緒にいかせたかったら、頑張って腰を振りな、孫空女。わたしが達しなければ、いつまでたっても終わらないよ」

 

 宝玄仙は愉しそうに孫空女を身体の上で跳ねさせる。

 孫空女は凄惨な表情だ。

 

「ご、ご主人様、な、なにを──?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「孫女──」

「孫姉さん」

 

 金水蓮と朱姫も、すっかりと元に戻った様子の孫空女を確認して声をあげた。

 

「なあに、ちゃんと、『治療術』が終わったのかどうか検査さ。こいつに、わたしをいかせてみろと言っているんだけど、自分ばかり達するだけで、ちっとも気持ちよくさせてくれないんだよ──。ほら、孫空女、もっと、腰を自分で動かすんだ」

 

 宝玄仙は一度こっちに顔を向けてから、すぐに孫空女に向き直った。

 そして、左手で支えている孫空女の双臀の亀裂を指でくちゅくちゅと動かした。

 孫空女は悲鳴をあげて、身体を仰け反らす。

 

「あひいいいぃぃぃ──」

 

 孫空女は身体をがくがくと痙攣させると、敏感な弱点を刺激された激しい狼狽のまま、宝玄仙の膝の上に載せた太腿を震わせた。

 宝玄仙に身体を支えられながら身体を限界まで仰け反らせた孫空女は、今度はがっくりと宝玄仙の側に身体を倒し、汗まみれの身体を宝玄仙の裸身にもたれさせる。

 

「ど、どうして、一緒に来てくれないのさ」

 

 孫空女は悔しさと切なさの混じった声で恨めし気にそう言った。

 

「お前たち、扉のところで、なにをぼうっと突っ立っているんだよ。孫空女の回復祝いだよ。さっさと服を脱ぎな。部屋の隅にある葛籠の中に手錠がある。三人とも、服を脱いで、お互いに後ろ手錠をしたら、こっちに来るんだ。全員可愛がってやるよ」

 

 宝玄仙だ。宝玄仙は本当に嬉しそうだ。

 

「そ、それじゃあ、みんな……」

 

 沙那が言った。

 そして、三人で部屋の奥に向かう。

 沙那が宝玄仙の淫具入れである葛籠から革手錠を三個出した。

 それを卓の上に並べ、服を脱ぎ始める。

 朱姫も金水蓮も裸になるために衣服を脱ぐ。

 

 朱姫は、支度をしながら、抱き合っている孫空女と宝玄仙の様子を眺める。

 孫空女は何度目かの絶頂にうなじを仰け反らせて、狂おしく身悶えをしながら、また身体を痙攣させている。

 

「あっ」

 

 孫空女が声を張りあげた。

 朱姫は、宝玄仙が孫空女の哀調のこもった悲痛の呻きに合わせて孫空女の中の道術で生やした怒張から精を出そうとしているのだと悟った。

 孫空女は、その瞬間を知覚したのだろう。

 悩ましく身体をくねらせながら、嬉しそうに声を張りあげている。

 宝玄仙が孫空女の裸身を力強く抱き寄せて顔をしかめた。

 

「き、来てくれたんだね。う、嬉しいよ、ご主人様──」

 

 孫空女が絶叫して、また、身体をがくがくと震わせた。

 

 

 *

 

 

 朝の光が窓から射しこんでいる。

 沙那は身体を起こした。昨夜の乱交のまま、全裸で床に横たわっていたようだ。

 いつのまにか掛布がかけられていた。後ろ手錠も外されている。

 

 昨夜は、宝玄仙に命じられるまま、宝玄仙以外の四人が後手に拘束をしたままお互いを愛し合った。

 それぞれに陰部を舐め合い、唾液をすすり、股間を擦り合ったのだ。

 そして、宝玄仙の手管に全員が何度も何度も達し、ひとり、ふたりと失神して離脱していった。

 沙那は、四人の中で何番目に気を失ったか、もう覚えていない。

 かろうじて記憶しているのは、絶頂が十回を超すまでだ。

 それ以降の記憶は混沌としている。

 

 上半身を起こして、乱れた部屋を見回す。

 広い部屋のそれぞれの床で、孫空女と朱姫と金水蓮が失神した状態のまま横になって寝息を立てている。

 それぞれ、掛布をかけられているが、どうやら全員が拘束を外してもらっているようだ。

 

「起きたのかい、沙那」

 

 宝玄仙の声がした。

 振り返ると、椅子に腰掛けた宝玄仙が、服を整え、ひとりで卓に載せた茶を飲んでいる。自分で淹れたのだろう。

 

「よかったです。孫女は元に戻ったのですね。ありがとうございます」

 

 沙那は言った。

 

「お前に礼を言われることじゃないさ。孫空女は、わたしの女奴隷だからね。主人のわたしが回復させるのは当然さ」

 

「それでも、お礼を言いたいのです」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は微笑みながら静かに頷いた。

 しかし、すぐにその顔が真顔になった。

 

「孫空女を拷問したのは、御影(みかげ)だそうだ。孫空女がそう言っていた。もっとも、いまの孫空女は水蓮洞(すいれんどう)で受けたことはよく覚えていないと思う。孫空女の壊れた神経を繋ぎなおして回復させるために、消した記憶もある。その過程の中で、孫空女がそう言った」

 

「御影? あの孫空女が殺した? 復活したのですか?」

 

 沙那は声をあげた。

 御影が死んだのは、宝玄仙との旅がまだ始まって間もない頃だ。

 孫空女が旅に加わってすぐのときで、東方帝国の西側の山中で御影の罠に嵌って、宝玄仙が浚われたのだ。

 沙那は孫空女とともに、宝玄仙が捕らわれている洞窟に入り、宝玄仙を救出して御影を殺した。

 御影にとどめを刺したのは。孫空女だ。

 つまり、今回のことは、その仕返し……?

 沙那は思った。

 

 また、御影の復活に使われたのは、やはり、御影自身の魂の欠片だろう。

 御影は、それ以前に、お蘭に頼んで作らせた自分の魂の欠片を幾つか持っていた。

 そのひとつを使い、再び蘇ったということに違いないと思う。

 

「また、ご主人様を狙ってくるのでしょうか?」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙の話によれば、御影はずっと以前から、かなり宝玄仙に恋慕していたという。

 

「あの男女がなにを考えているのか知っちゃいないよ。だけど、孫空女によれば、わたしにそっくりの道術遣いが御影のそばにいたそうだ」

 

「ご主人様にそっくりの道術遣いですか?」

 

「ああ、そっくりというよりは、まるでわたしそのものだったそうだ。孫空女は、その道術遣いの女に、『緊箍具(きんこぐ)』を操作されて捕まったらしい」

 

「それも六耳でしょうか?」

 

 魔域からやってきたらしい六耳という物真似妖怪は、もう何日も孫空女に成りすまして、沙那たちと一緒に暮らしていた。

 沙那は、それが孫空女でないことなどまったく気がつかなかった。

 孫空女を捕えたという宝玄仙そっくりの道術遣いとは、それと同じだろうか。

 しかし、宝玄仙ははっきりと首を横に振った。

 

「朱姫によれば、六耳の能力は姿かたちと性格や性質まで真似てしまうことらしいね。だけど、霊気については、かもし出す霊気の気までは真似られるが、道術そのものは写せないようだ。それに、孫空女の『緊箍具』は、複雑な術式を刻んでいて、事実上、わたしでなければ操作できないはずなんだ。それが、どうして、その道術遣いが操れたのかさっぱりわからないよ」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 

「ご主人様、わたしもお伝えしたいことが……」

 

 沙那は言った。

 そして、六耳の正体を突き止める直前に、城郭の広場で鳴智に出遭ったことを言った。

 いままで、鳴智のことを宝玄仙に伝える機会がなかったのだ。

 沙那は、鳴智と話した内容について、できるだけ一言一句正確に宝玄仙に伝えた。

 

「鳴智が?」

 

 宝玄仙は驚いていた。

 

「あいつどこに消えたかと思っていたら、魔域に逃げて、よりにもよって、御影とつるんでいたのかい?」

 

 宝玄仙が苛々した様子で言った。

 

「それも違う気もするんです」

 

 沙那は、鳴智が『服従の首輪』をさせられていたことや、桃源を夫と呼び、その夫を殺したと呟いたことなどを説明した。

 宝玄仙はそれを聞いて複雑そうな表情をした。

 

「壱都といい、鳴智といい、なんで『服従の首輪』があちこちで出現したのかねえ?」

 

 宝玄仙は首を傾げた。

 

「ご主人様、それについては、わたしにひとつの仮説があります」

 

 沙那は言った。

 これは、智淵城以来、ずっと沙那が心の中で考えていたことだ。

 ひとつの可能性であり、危惧していたことだ。

 そして、宝玄仙とうり二つの存在が出現したという事実で、その沙那の危惧が現実になったのかもしれないと思った。

 

「仮説?」

 

 宝玄仙がじっと沙那に視線を向ける。

 

「『治療術』です、ご主人様」

 

「『治療術』がどうかしたのかい?」

 

「ご主人様は、時々おっしゃいます。身体の一部でも残っていれば、全身を完全に復活できると──。実際に、今回も孫空女の失われた手足を復活なさいましたし、ご主人様自身が智淵城で手首と足首を失ったときもそうでした。また、雷王のときは、ただの骨から、一個の肉体を組成なさいました」

 

「ああ」

 

「逆ならどうなのでしょう?」

 

「逆とはどういうことだい、沙那?」

 

「例えば、身体を半分に斬ります。上半身と下半身。上半身を『治療術』で治して、失った下半身を復活させれば元に戻りますが、そのときに、同時に下半身を治療して、上半身を復活させれば、元の人間が二人という状態になるのではないでしょうか」

 

「まさか……」

 

 宝玄仙は半信半疑だ。

 

「でも、それで、説明がつきます。新たに作られている『服従の首輪』が、ご主人様と同じ霊気を帯びているのも納得がいきます。御影と一緒にいるのも、ご主人様なんですよ。身体の一部から復活したもうひとりのご主人様なんです。だから、同じ霊気だし、ご主人様しか扱えない霊具も自在に扱えるんです」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙はしばらく無言だった。

 沙那が説明したことを考えているのだろう。やがて、口を開いた。

 

「わたしの肉片で復活するといっても、髪の毛一本や爪の欠片から復活するというわけにはいかない。それなりに、霊気を帯びている身体の一部でなければ無理だよ」

 

「智淵城です。あのとき、わたしが切断したご主人様の手首と足首……。あの一部は、どうしても発見できませんでした。もしかしたら、智淵城の虎力たちは魔域と繋がっていたのかもしれません。御影は彼らを通じて、ご主人様の身体を受け取ったんです」

 

 沙那は言った。

 すると、宝玄仙が嘆息した。

 

「なるほどねえ。わたしの身体なら一部であっても、それなりの霊気を帯びている。本体のわたしが死んでいれば、肉片もただの肉片だけど、生きているなら、本体と離れたとしてもほんの少しは霊気が繋がり続けて、身体の一部を使って『治療術』で全体を復元することは不可能じゃないだろうね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「つまり、いまのわたしの想像は、あり得るということですね?」

 

「ああ、あり得るね。辻褄も合いそうだ……。それにしても、あいつ、わたしの複製を作りあげて、なにしてるんだい。複製とはいえ、あの悪党にわたしの身体をこねくり回されているのかと思うと、虫酸が走るよ」

 

 宝玄仙は悪態をついた。

 

「……それともうひとつ気になることがあります」

 

「気になること?」

 

「はい……。孫空女は、拷問されながら手足と切断されたり、歯を砕かれたりしました。でも、御影がそうやって孫空女から切断した手足などは、あの洞窟のどこにもありませんでした。孫空女の手足を御影はどうしたんでしょう」

 

「つまり……」

 

 宝玄仙がじっと沙那を見ている。

 

「御影は、ご主人様について一度できたことを、孫空女についても同じことができるということです」

 

 沙那は言った。

 

「……魔域に、どうしても向かう必要はありそうだね。あいつ、わたしたちの複製を作って、なにを企んでいるんだい──」

 

 やがて、宝玄仙がそう言った。

 

「危険です」

 

「わかっているよ、沙那。だけど、鳴智もその魔域で待っている。そうなんだろう?」

 

「でも……」

 

「あの男の三度目の命を消し飛ばすのはわたしの役目さ。今回の孫空女の件だけじゃなく、あの男女には、ふたつもみっつも貸しがあるんだ……。今度こそ、あいつを捕まえて、生まれ直したのを後悔させてやるさ」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 

 

 *

 

 

 別れは意外に呆気なかった。

 中央軍に戻るために、大元府を出立した金水蓮とは、そのまま城郭の外で別れた。

 結局、二箇月近くも大元府には滞在したことになる。

 宝玄仙と旅を始めてから、同じ場所にこれだけ居続けたのは初めてだろう。

 

「孫女、具合はどう?」

 

 声をかけたのは最後尾を歩く沙那だ。

 

「いい加減に、病みあがりみたいに扱うのは勘弁してよ、沙那。すっかり大丈夫だよ。ご主人様のお陰でね」

 

 孫空女は言った。

 もっとも、水蓮洞で受けた拷問のことは、霞にかかったように孫空女の記憶からは抜け落ちている。

 実際、孫空女は、最初に水蓮洞で捕えられたとき、御影と御影が“お宝”と呼んだ宝玄仙そっくりの道術遣いと会ったことは覚えているものの、それ以外のことをほとんど記憶していない。

 激しい拷問を受けたはずであるのだが、その記憶がぽっかりと抜け落ちているのだ。

 なにか忘れてはいけないものを失った。そんな気持ちでもある。

 

 もっとも、救出されたとき、自分は完全に理性を失った状態だったらしい。

 記憶を失わせて脳の線を繋ぎなおさなければ、元には戻らない……。

 そんな状況だったようだ。

 

「まあ、元気ということは確認済みさ。昨夜もお尻で繰り返しよがり狂ったじゃないか。なにもかも元通りさ」

 

 宝玄仙だ。

 昨日は、金水蓮との最後の一日ということで、激しく五人で抱き合った。

 丸一日続けた乱交に、最後には、孫空女だけじゃなく、みんでお互いの身体を貪る雌そのものになった。

 狂ったように女同士で抱き合ったのだ。

 

「あ、あたし、具合よくありません。よく、皆さん、普通に歩けますね」

 

 朱姫がぽつりと言った。

 孫空女は思わず噴き出した。

 乱交のときは、最後には中心になって責められる「犠牲者」が必ず生まれる。

 いつも、その犠牲者は、孫空女か沙那なのだが、昨日は珍しく、朱姫が寄ってたかって責められた。

 いきすぎて腰が砕けて動けなくなった朱姫は、今朝になってもまだ昨夜の余韻が残っているようだ。

 

「いずれにしても、この女人国も今日で終わりだねえ。女しかいない不思議な土地だったけど、昼過ぎには国境の関も通過できるだろう……」

 

 宝玄仙が言った。

 金水蓮が、大元府軍副長の名で書いた身元保証書を持たせてくれている。国境の関などあっという間に通過できるに違いない。

 

「国境を越えたら、久しぶりに手頃な男でも見つけて遊ぶかい?」

 

 宝玄仙が続けた。

 

「ご主人様、なんてこと言うんです」

 

 沙那がぴしゃりと宝玄仙を叱った。

 宝玄仙が笑った。

 いつもの旅だ──。

 

 しばらく進み、郊外といえるくらいに離れたとき、ふと見ると、街道辻で三人の娘が並んで立っていた。

 よくわからないが、通って行く旅人を見守っているようだ。

 孫空女を先頭にした一行が、その三人の娘のいる場所に近づくと、彼女たちが破顔した。

 

「宝玄仙様とそのお供の方々ですね?」

 

 三人の娘のうち、もっとも歳上らしい女が深々とお辞儀をしながら言った。

 

「そうだけど、お前たちはなんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「黒賊に浚われて、宝玄仙様たちに救出された蝶子(ちょうこ)と申します。こっちは、妹の瞳子(とうこ)、もうひとりは、妹の友人の萌香(ほうか)です。昨日、お礼を申すために城郭の軍営に伺ったときに、今日、出立だと耳にして、ここでお待ち申しておりました。実は、軍営で、宝玄仙様たちこそ、黒族討伐の最大の功労者だとお聞きし、お礼を申したくて、昨日、お泊りの屋敷に伺ったのですが、従兵の方に今日面会するのは無理だと言われまして……」

 

 その蝶子が言った。

 そう言えば、昨日は大乱交をやるために、金水蓮が誰がやってこようと、追い返せと従兵に命じていたのを孫空女は思い出した。

 

「お礼なんていいわよ。助かってよかったわ。一緒に浚われたほかの方々が救出できなかったのは残念だけど」

 

 沙那が言った。

 

「まあ、そういうことさ。町の復興も大変なんだろう。じゃあ、元気でね」

 

 宝玄仙は言って、出発を促すような合図をした。

 

「お、お待ちください。せめて、一日、皆様にお礼をさせてもらえませんか? 大したものはありませんが、なにもしないのでは、わたしたちの気がすみません。どうか、お願いします」

 

 蝶子が前を塞ぐようにして言った。

 行く手を阻まれたかたちの孫空女は戸惑って、宝玄仙を返り見た。

 

「折角だけど、今日中に国境を越えたくてね」

 

 宝玄仙が言った。

「でも……」

 

 蝶子は困った表情になった。

 お礼をしたいという気持ちに嘘はないようだ。

 それになかなかの強い気性でもあるようだ。

 ちょっとやそっとでは引き下がらないという気がする。

 

「……それとも、いわゆる女人国流のもてなしをしてくれるのかい? それならいいよ」

 

 宝玄仙が悪戯っぽく言った。

 

「ご主人様──」

 

 沙那が叱るような声をあげた。

 宝玄仙が言った“女人国流のもてなし”というのは、言葉通りの意味ではなく、この国では、性奉仕の隠語でもある。

 

「……妹たちはまだ娘ですから……。でも、わたしでよければ……」

 

 蝶子が顔を赤くして言った。

 孫空女は驚いた。

 そして、ここは女同士の性愛に解放的な女人国だということを思い出した。

 

「わ、わたしたちも、子供じゃありません。お相手できます。先日、お互いの破瓜をやり合いました。ちゃんと報告したじゃないですか、お姉ちゃん」

 

「そうです──」

 

 瞳子と萌香というふたりの娘も口を揃えて言った。

 すると宝玄仙が嬉しそうに笑い出した。

 沙那と朱姫は眼を丸くしている。

 つまりは、お礼というなら身体を差し出せと宝玄仙が言い、わかりましたと三人が応じたということなのだ。

 

「女人国を出るのは、二、三日、伸ばすかね、お前たち──。お前は蝶子だったね、じゃあ、蝶子、そうと決まれば、案内しておくれ。食事なんてどうでもいいよ。わたしが食べたいのは、お前たちだからね」

 

 宝玄仙の露骨な言い回しに、蝶子も驚いていたが不快な様子はなかった。

 むしろ、これから始まる性愛に対して、なにか期待のこもった表情をしている。

 

 まだもう少し、女人国には逗留することになりそうだ。

 孫空女は嘆息するとともに、蝶子たちを先導にして、街道から脇に入る道に歩みを変えた。

 

 

 

 

(第33話『女人奴隷狩り・後篇』及び『女人国篇』終わり)

 






 *


【西遊記:第57•58回、偽孫悟空(六耳獼猴(ろくじびこう))・後篇】


 玄奘の追放をとりあえず受け入れた孫悟空は、その足で天界に向かい観音菩薩にとりなしを頼みます。
 観音は、孫悟空にここに留まるように諭します。

 一方で、孫悟空が追放されたために、食事を集めるのが、沙悟浄と猪八戒の役目になります。ふたりが玄奘から離れて、食材を探しているあいだに、偽孫悟空が玄奘の前に出現します。
 偽孫悟空は、玄奘を襲って荷物を奪って、どこかに逃亡します。
 玄奘はかんかんに怒ります。

 沙悟浄と猪八戒は、玄奘のところに戻り、事情を知ります。
 ふたりは話し合い、どうやら孫悟空は怒っているようだが、沙悟浄が仲介に入り、孫悟空に謝罪させて、玄奘に破門を取り消させようと考えます。場合によっては、観音菩薩にとりなしを頼もうとも話します。
 それで、孫悟空の行方が、孫悟空の故郷の花果山だと予想して、沙悟浄が向かうことにします。
 猪八戒は、玄奘の面倒です。
 沙悟浄は、孫悟空を探しに行きます。

 ところが、花果山にいた孫悟空は、やって来た沙悟浄と諍いになって、追い払われてしまいます。
 沙悟浄は、その足で、今度は天界の観音菩薩に、孫悟空の無法を訴えに行きます。

 ところが沙悟浄は、観音菩薩のところに、孫悟空がいたので驚いてしまいます。
 沙悟浄の話から、自分の偽者が暴れていることを知った孫悟空は、花果山に飛んでいきます。
 そこで、偽孫悟空に襲いかかります。

 ところが、両者の強さは全くの互角であり、なかなか決着がつきません。
 ふたりは、戦いながら観音菩薩の前にやって来ますが、観音も、天界の諸将も、どちらが本物なのかわからず、困ってしまいます。

 そこに釈迦が現われて、片方は六耳獼猴(ろくじびこう)という別世界の存在であることを教えます。
 偽孫悟空は、虫に変身して逃亡しようとしますが、釈迦如来に捕えられ、本物の孫悟空が殴り殺します。

 孫悟空は、玄奘のところに観音ともに戻ります。
 観音は、これからの旅にも、まだまだ孫悟空が必要であり、破門を解くように玄奘に説教をします。
 玄奘はこれを受け入れて、孫悟空の破門を解きます。


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 第34話 【余話】一炊の人生【盧生(ろせい)
215 単話・一炊の人生【盧成(ろせい)


 一話物の短編です。


 ある春の日の暮れのことだった。

 街道沿いにある小さな宿町だ。

 大きな城郭と城郭を結ぶ街道沿いであり、ここはその街道を旅する者を目当てにした宿屋や食堂が並ぶ町だ。

 

 盧成(ろせい)はその宿町にある橋のたもとに座っていた。

 疲れていた。

 生きていることにだ……。

 

 盧成は、その宿町の橋のたもとでぼんやりと、行き交う人を眺めていた……。

 死ぬつもりだった……。

 だが、死ぬ気力さえも盧成にはなかった……。

 

 誰かが、自分を殺してくれないだろうか……。

 そんな気持ちで、盧成はなんとなく、目の前を見ていた……。

 

 

 *

 

 

 盧成は、かつては、ある城郭で一番の財産家である高利貸しの息子であり、分限者の父親が早世したために、その莫大な財を受け継ぎ、使いきれないほどの財を自由に扱える身分だった。

 だが、いまや、この日に食べ物にも困るほどの哀れな立場になっていたのだ。

 それというのも、あの女のせいだ。

 

 盧成の父親は、分限者といっても大変な吝嗇家であり、無駄な金は一切使わないという男だった。

 だから、盧成も分限者の息子といっても、贅沢などひとつもしたこともなく、朝に昼に夕に、さまざまな仕事で、父親からこき使われながら、慎ましい生活を送っていた。

 

 しかし、その吝嗇家の父親が死んだ。

 盧成には、これまで使うことの許されなかった莫大な財が手に入った。

 資産家だった父親は、財を貯めることだけが生き甲斐という男であり、住んでいた屋敷も小さく、家人など誰ひとりいなかった。

 家のことで、必要なことは盧成ひとりでやっていた。

 

 母親は知らない。

 盧成が物心つく前に死んだと聞く。

 盧成が子供のときは、盧成の世話をする婆やが雇われていたようだが、盧成が十歳のときに、その婆やが死ぬと、もう家にやって来る者は誰もいなくなった。

 父親は、極端な人間嫌いでもあったのだ。

 

 自分に親しく近づく者があると、きっと、自分の財を奪おうとしているのだろうと言って、絶対に自分の周辺に人を寄せつけなかった。

 従って、青年になった盧成にも、親しい知人や友人などおらず、ただ、父親の身の周りを世話する家人のような生活を送っていたのだ。

 

 だが、その父親がやっと死んだ。

 盧成には、厳しかった父親が死んだ哀しみなどほとんどなく、ただ、莫大な財が自由にできる立場になったのが嬉しかった。

 

 すぐに大きな屋敷を購い、大勢の家人を雇って、贅沢な暮らしを始めた。

 遠くの銘酒があると聞けば、すぐに取り寄せ、珍しい食べ物があると耳にすれば、財に物を言わせて取り寄せた。

 庭には一日に四度色を変えるという花を植え、白孔雀を放し飼いにし、あるいは、錦を縫わせ、玉を集め、香木の車両を走らせるとか、とにかく、考えられる限りの贅沢をした。

 たちまちに、盧成の名は、城郭で知らぬ者のないものになり、大勢の「知人」や「友人」が毎日、盧成の屋敷に集まった。

 それでも、一生、使い切らないくらいの財が盧成にはあったのだ。

 

 やがて、盧成にひとりの恋人ができた。

 城郭の女ではなく、旅の女ということであったが、盧成がこれまでに遭ったことのないほどの美女だった。

 盧成は、その女の虜になった。

 そして、結婚した。

 

 だが、妻になった途端に、その女の態度が豹変した。

 盧成を寝屋に近づけないようになり、勝手に盧成の財も使い始めた。

 そして、あるとき、あろうことか、盧成の留守のとき、若い男を連れ込んで淫行をしていたのだ。 

 たまたま、屋敷に戻って、その淫行の現場に遭遇した盧成は、思わずかっとなり、妻と若い男に殴りかかった。

 妻は逃げ、その若い男は、盧成がひと殴りしただけで動かなくなった。

 死んだのだ。

 盧成は愕然とした。

 殺すつもりで殴ったののではない。

 しかも、頭をひと殴りしただけだ。

 それで、死んでしまうとは……。

 

 そして、すぐに四十くらいの役人と、兵がやってきた。あっという間にやってきたのは、逃げた妻が呼んだのだと思ったが、実は、その妻とその役人は結託していたのだ。それは後でわかった。

 とにかく、その役人は、悪いようにはしないと言って、間男に出くわしたので、思わずかっとなって殺したと自白せよと言われた。

 そして、せいぜい罰金を払って罪を許されるようにしてやるから、賄賂を準備しろとも言われて、言われただけの財も渡した。

 

 そして、盧成に言い渡された判決は、流刑地で三十年の労働だった。

 盧成は呆然とした。

 そして、盧成は流刑地に送られた。

 しかし、その流刑地で半年ほどがすぎたときだった。

 驚くことに、盧成は自分が殴り殺したと思っていた男と、その流刑地でばったりと出遭ったのだ。

 腰が抜けるほど、びっくりした。

 

 問い詰めると、男は金をもらって、盧成に殺された演技をしただけだと笑った。

 だが、その金も使い果たし、くだらない罪を犯して捕らえられ、たまたま盧成と同じ流刑地に送られたらしかった。

 

 盧成は流刑地を脱走した。

 脱走は死罪だが、死は覚悟した。

 苦労して故郷に辿り着いた。

 自分の屋敷だった場所で見たのは、夫婦となっている妻と、盧成に自白を進めたあの役人だった。

 このふたりがぐるになって、盧成から財を奪ったのだと悟った。

 盧成は、自分のものだった屋敷に忍び込んで、女と役人を惨殺した。

 

 今度は本当の殺人だ。

 盧成は逃走した。

 

 それから、半年……。

 盧成は、食べるものさえ困るほどの哀れな立場になっていた。

 そして、名前も知らない宿町に辿り着き、死ぬことを考えていた……。

 

 

 *

 

 

 そのとき、盧成は、眼の前の食堂に入ろうとしている四人組の女に眼がいった。

 四人が四人とも大変な美女の女連れだった。

 だが、盧成ははっとした。

 四人の中の黒髪の女にだ──。

 盧成の妻だったあの女か──?

 そう思ったのだ。

 

 だが、よく見れば、まったくの別人だ。

 同じなのは、そのすらりとした身体つきと、黒髪くらいだろう……。

 当たり前だ。

 あの悪女は、盧成がこの手で殺したのだ。

 目の前を歩いているわけない。

 

 それに、よく見れば、眼の前を通り過ぎた黒髪の女は、盧成の妻だった女に比べてもずっと美人だった。

 世の中には、あんな美女もあるのだと思うほどの美女だ。

 

 盧成は溜息をついた。

 素晴らしい美貌だ……。

 気がつくと、盧成は立ちあがっていた。

 

 死ぬ理由を思いついたのだ。

 あの女を抱くために死のう……。

 そう思った。

 

 ただの通りすがりの女だが、おそらく、盧成の人生で、あれほどの美女には、二度と遭うことはないだろうと思った。

 その女を抱くために襲い、それが理由で殺される。

 なんという意味のある死だろうか……。

 

 四人の女のうち、栗毛の髪をした女は腰に剣をさげていた。

 先頭を歩いていた赤毛は丸腰だったが、背が高くて、女ながらも遣い手のように思えた。

 もうひとりは、ただの少女に思えた。

 

 いずれにしても、こんなすきっ腹を抱えた盧成など、あの女を襲うことには成功しないのは明白だ……。

 女たちに遣り込められなくても、食堂にいるほかの客が盧成を押さえつけてしまうに違いない。

 そして、やられて死ぬのだ……。

 あの女を襲おうとして死ぬ。

 

 それほどの価値のある美貌だと盧成は思った。

 盧成は、その女たちが入っていった食堂に向かった。

 橋の前で一本の棒きれを見つけた。

 盧成は、その棒を持って食堂に入っていった。

 

 

 *

 

 

「だから、なんで、わたしなのよ、朱姫──。いい加減にしないと怒るわよ」

 

 沙那が真っ赤な顔をして怒鳴っている。

 本当に根が生真面目だから、からかうと愉しい。

 それにもかかわらず、ちょっと身体を触れば、たちまちに淫情に襲われる感じやすい身体をしているのだ。

 それが実に面白いのだ。

 

 沙那には悪いが、朱姫の手管からすれば、沙那をどんな風にも料理できる。

 ちょっとした鍵になる言葉を聞かせることで、身体が動かなくなる暗示をひそかにかけているし、そんなものを使わなくても、朱姫が沙那の身体に触れることができれば、一瞬にして沙那を脱力させるような快感を与えることもできる。

 

 朱姫の手管に、沙那は大した抵抗もできずに、拘束を許してしまうに決まっている。

 だが、真っ赤な顔して、生真面目に腹をたてる沙那を眺めていると、本当にそれをしてやりたいような誘惑にかられる。

 

「でも、新しい淫具の実験台といえば、なんとなく、沙那姉さんの係なんじゃないですか……? 今度の試作品は凄いですよ。普段は普通の下着なのに、ちょっとした音を聞かせると、その下着が股間に貼りついて脱げなくなるだけじゃなく、下着の内側から無数の小さな触手が飛び出して、股間全体に悪戯するんですよ……。そんなのはいてみたいと思いませんか、沙那姉さん?」

 

 朱姫は言った。

 立ち寄った宿町の食堂だが、少し食事の時間とは離れているので、四人のほかに客はいなかった。

 店にいるのは、この店をやっている老夫婦だけだ。

 その老夫婦も、四人の卓に注文の雑炊の鍋を置くと、店の奥に引っ込んでしまった。

 すでに代金は払っているので、別に朱姫たちを見張る必要もないのだろう。

 だから、少しくらい卑猥な話をしても、四人のほかに聞く者もいない。

 

「こ、答えになっていないわよ、朱姫──。くだらない淫具の試作品にわたしを使ったら、承知しないわよ」

 

 沙那は真っ赤な顔をして、必死に言っている。

 その視線は、朱姫ではなく、横でにこにこ笑っている宝玄仙にちらちらと向いている。

 沙那は、気紛れの宝玄仙が、朱姫の戯言を気に入って、沙那に朱姫の新しく作成した下着のかたちの責め具の実験台になれと言うのではないかと冷や冷やしているのだ。

 

「でも、今度のは出来がいいんですよ、沙那姉さん……。だって、触手を作動する前には、ただの普通の下着にしか見えないし、肌触りも普通です。淫具だとわからないように細工をしているので、おそらく、ご主人様にだって、わからないと思います。もちろん、沙那姉さんには見破るのは不可能です……。それが、ちょっとしたきっかけで、城郭の真ん中で、股間を責める貞操帯のようになるんです。凄いでしょう──」

 

「頭を叩き割るわよ、朱姫──。だ、だったら、孫空女にしなさいよ。わたしの名を出すんじゃないわよ──」

 

 沙那が朱姫に詰め寄るように椅子から立ちあがって、朱姫に顔を寄せた。

 

「な、なんで、あたしなんだよ──。沙那こそ、名を出すんじゃないよ──」

 

 雑炊を四人の椀に取り分けかけていた孫空女が、びっくりしたように声をあげた。

 

「でも、もう遅いんですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫はにっこりを沙那に微笑みかけた。

 

「遅い?」

 

 沙那は不審な表情になった。

 

「だって、本当に触手を活性化させる前には、本当にただの下着なんです……。沙那姉さんだって、ちっとも気がつかなかったでしょう……」

 

 朱姫は、その場で手拍子を打った。

 二回……三回……一回……。

 

「ひっ──」

 

 沙那がその場に伸びあがった。

 そして、真っ赤な顔になる。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 両手で崩れ落ちそうになる腰を支えるように、両手でがっしりと卓の縁を掴んだ。

 沙那にはかせていた朱姫の新しい触手下着が動き出したのだ。

 いまの手拍子は、眠っていた触手を一斉に活性化させる音だ。

 いまごろ、沙那の股間は一斉に襲い掛かった小さな触手に苛まれ始めているだろう。

 沙那の顔からみるみる汗が吹き出してくる。

 そして、耐えきれなくなったように、沙那が小さな声をあげて、両手で股間を押さえて椅子に崩れ落ちた。

 

「あっ、あっ、あっ……」

 

 沙那は荒くて細かい息をしはじめた。

 一生懸命に声を耐えるように、歯を噛みしめている。

 それでも、我慢できない声が沙那の口から漏れ出ているのだ。

 

「おやおや、もう、すでに仕込んであったのかい……。しかし、この沙那がまったく気がつかないとはねえ。そりゃあ、大したものじゃないかい、朱姫……。だったら、この触手下着の胸当てというのも作ったらどうだい? どうせなら、上下で責めたてる方が面白じゃないかい」

 

 宝玄仙が沙那の様子に面白がって言った。

 

「……もう、それも作ってありますよ。動かしてみますか、ご主人様」

 

 朱姫はあっけらかんと言った。

 そして、沙那をじろりと見た。

 沙那の眼が大きく開く。

 

「あ、あんた……ま、まさか……」

 

 沙那が真っ赤な顔で呟いた。

 朱姫は手拍子をした。

 今度は三回続けて……。

 

「あはあっ──」

 

 沙那がびっくりするくらいの大声を出した。

 そして、両手で胸を抱く。

 股間に加えて、沙那のつけている胸当ての内側でも、触手が動き出したはずだ。

 

「さ、沙那──。こ、声が大きい──」

 

 あまりの沙那の大きな嬌声に、孫空女も驚いて声をあげた。

 

「だ、だって……だって……だって……あ、あああっ……」

 

 沙那ががくがくと身体を揺すって、喉を突きあげるように顔をあげた。

 早速達したようだ……。

 

「実験は成功ですね……。じゃあ、次は、達しそうになったら自動的に触手が動かなくなるように、命令を与えますね。焦らし責めの動きをさせます……」

 

 朱姫は沙那の身に着けている上下の下着に、合図の手拍子を送ろうとした。

 そのとき、食堂に見知らぬ男がのそりと入ってきた。

 眼が血走っている。

 右手に棒を持っている。

 異常な雰囲気だ。

 しかも、その目線は、まっすぐに宝玄仙を見つめていた。

 

「なんだ、お前──?」

 

 すでに孫空女は立ちあがっている。

 朱姫は、慌てて口笛を吹いた。

 これで、沙那を苛んでいる下着の触手は活動を静止して、下着の布の中に完全に同化したはずだ。

 しかし、沙那は椅子から崩れ落ちて、床に座り込んでしまった。

 

「やらせろ、女──」

 

 男は言った。

 

「やらせろ? わたしかい?」

 

 卓に座ったままの宝玄仙がいきなり出現した暴漢にちょっと興味を抱いたような声を発した。

 そして、男が眼の前の孫空女に向かって、棒を振りあげた。

 

「こ、このう──」

 

 しかし、次の瞬間、その男がその場に崩れ落ちた。

 床に座り込んだ沙那が、宝玄仙に近づいた男の足を払ったのだ。

 

「うわっ──、あぐっ──」

 

 男が倒れるところを沙那が膝で待ち構えて、顎を思い切り打ち砕いた。

 顎の急所に沙那の膝を受けたかたちになった男は、そのまま動かなくなった。

 

「沙那、あんたが出るまでもなく、こんなの指一本でやっつけられたのに」

 

 孫空女は不満そうに言った。

 

「わ、わかっているわよ──。八つ当たりの腹癒せよ──」

 

 沙那が怒鳴った。

 そして、淫情の余韻で汗びっしょりの沙那が立ちあがった。

 

「それにしても、なんだい、こいつは──?」

 

 宝玄仙が床に倒れている暴漢を眺めて言った。

 孫空女と沙那の視線も男に向く。

 奥に引っ込んでいる店の老夫婦は出てこない。

 もしかしたら、一瞬のことで騒動に気がつかなかったのかもしれない。

 

「……この男、とても悲しそうな感情をしてました、ご主人様……。なんとなく、死にたがっているような心をこの暴漢から感じました……」

 

 襲ってきた暴漢からやってきた強い感情について、朱姫は宝玄仙たちに説明した。

 朱姫は、『縛心術』だけじゃなく、その気になれば、相手がどんな感情を抱いているかを漠然と感じることができる。

 この男からは、非常に強い感情があった。

 だから、意図することなく、朱姫の心に男のその感情が雪崩れ込んだのだ。

 

「死にたがっていた? 穏やかじゃないねえ……。それに、そんな男がわたしになんの用があったんだい?」

 

 宝玄仙が不思議そうに、顔を朱姫に向けた。

 

 

 *

 

 

「こらっ、起きな」

 

 頬を叩かれた。

 盧成は眼を開いた。

 気がつくと、椅子に座らせられていた。

 はっとした。

 両側に赤毛の女と栗毛の女がいる。盧成の腰かけさせられている椅子に密着して自分たちの椅子を寄せて、盧成の身体を椅子に押しつけていた。

 頬を叩いたのは、赤毛の女の方のようだ。眼が覚めた途端に、両側の女たちの殺気のようなものが伝わってきた。

 

「わっ、わっ──。た、助けてくれ──」

 

 盧成は思わず声をあげた。

 

「助けてくれとはなんだい? お前がわたしらを襲ったんだろう」

 

 卓を挟んで、盧成の向かい側に座っていた黒髪の女が声をあげて笑った。

 盧成はやっと、自分がこの黒髪の女を襲おうとしたことを思い出すとともに、どうやら、簡単にやられてしまったらしいということを悟った。

 

「い、いや、覚悟はできている。確かに、俺はあんたを襲おうとした悪党だ。存分に殺してくれ」

 

 盧成は言った。

 自分は死にたくて、この黒い髪の女を襲おうとしたということも思い出したのだ。

 

「わたしは宝玄仙という女だ。なにを考えているかわからないけど、別に殺しはしないさ。だけど、朱姫がお前が死にたがっていると言っていたんで、穏やかでないと思ってね。退屈しのぎに話を聞いてやるから、なぜ死にたいと思っているのか、話してみな」

 

 宝玄仙と名乗った女が言った。

 

「朱姫?」

 

 盧成は宝玄仙の右横に座っている少女に視線をやった。

 十六、七くらいの美少女だ。

 彼女が朱姫らしい。

 

「わかりました……。話をします。俺がこんなに惨めな境遇になったのは、あなたと同じ髪をした女のせいなのです。それでつい、その恨みをあなたで晴らしたいと、つい、八つ当たりをしてしまったのです」

 盧成は自分の不幸な半生を語り始めた。

 

 

 *

 

 

「……これで終わりです……。そして、俺は死ぬために、あなたを襲おうとして、あなた方に捕まってしまいました」

 

 盧成は語り終えた。

 目の前の四人の女は、盧成が話し終えても、しばらくは不機嫌そうに押し黙ったままだった。

 

 話をしているうちに四人の女の名は覚えた。

 黒髪の女が女主人で宝玄仙、栗毛で剣をさげている女が沙那、赤毛の長身が孫空女、そして、小柄な少女が朱姫だ。

 いずれも、十人の男がいれば十人とも振り返るような美女と美少女だ。

 

「さて、どうするかねえ……。この阿呆は……」

 

 宝玄仙が嘆息した。

 

「放っておけばいいんじゃないですか。わたしたちが関わりになる理由はなさそうですよ」

 

 沙那が呆れた顔で言った。

 

「でも、放っておけば野垂れ死ぬことは間違いないよ。なんだか、生きる意思を失っているような感じだしさあ」

 

 孫空女はいささか同情的な表情を盧成に向けてくれている。しかし、沙那は冷たい目だ。

 

「自業自得じゃないのよ……。親の遺してくれた遺産を馬鹿みたいに使って、それで、明らかに欲得にかられたとしか思えないような女に引っ掛かって、騙された挙句に人殺しをするなんて……。別に殺されたふたりに同情するだけじゃないけど、せっかく命をかけるのなら、もっとましなことができたんじゃないのかしら──。死ぬ気で働けば、きっとなんでも成し遂げられることができたわよ。その浮気女を見返せるくらいのことはできたと思うわ」

 

「まあ、そういうけど、沙那みたいに、なんでも理性で解決できるわけじゃないし、優秀でもないのさ……。人というのは感情的なものなんだよ。そして、弱いのさ。あたしは、これでも盗賊団の頭領だったからね。そういう弱い男というのをたくさん見たよ──。ねえ、あんた、これからどうするんだい? 辻強盗にでもなるのかい? このままじゃあ、それくらいしか生きていける道はないんじゃないかい?」

 

 孫空女が盧成を見た。

 

「まあ、もともと、わたしと一発やりたいという話だったろう? だったら、別にやったっていいんだよ。それでこの世に未練がなくなるというのなら、冥途への土産だ。たっぷりと奉仕してやるよ」

 

 宝玄仙が哄笑した。

 盧成はびっくりした。

 

「……とりあえず、雑炊が冷えちゃいましたね。温め直してもらいます」

 

 朱姫という娘が、店の老婆を呼んだ。

 そして、鍋のものを温め直すように頼み、老婆は雑炊を入れた鍋を持って厨房に引きあげた。

 

「とにかく、朱姫、こいつの心の黒い部分を取り除いてやりな。お前の『縛心術』でね」

 

 宝玄仙が朱姫に声をかけた。

 

「そうですねえ……。でも、この人の心の闇は相当に根深そうですよ、ご主人様……。そう簡単にはいきませんよ。この人が人生に絶望しているというのは本当だと思います……。多分、この人は、とても真面目なんだと思います。だから、人生を真面目に思いつめてしまうんですね……」

 

「なにが、真面目だい。真面目な男が強姦をしようとなんてするかい──」

 

 宝玄仙が吐き捨てるように言った。

 

「ねえ、盧成さん……。この杯に水が入ってますよね……。これをじっと見つめてください。なにも考えずに……」

 

 盧成は朱姫に言われたとおりに、杯の中の水をじっと見つめた。

 朱姫が杯の淵をこつんと叩いた。

 すると、杯の中の水にたくさんの波紋が浮きあがった。

 盧成はその波紋をじっと見つめた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「はい──」

 

 朱姫の声がして、ぱちんと手を叩かれた。

 盧成ははっとした。

 一瞬だけだと思うが、盧成は眠っていたのだろうか……。

 そんな気分だ。

 いずれにしても、すごく晴れ晴れとした気持ちになった。

 

「おっ、顔色がよくなったじゃないかい──」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「なにをして頂いたのかわかりませんが、すごく気分が落ち着きました。ありがとうございます」

 

 盧成は頭をさげた。

 

「だったら、今度はわたしと一緒に二階に行こうじゃないか──。お前が微睡んでいるうちに、この店の亭主には話がついているよ。二刻(約二時間)ほどなら、二階を貸してくれるってよ」

 

 宝玄仙が立ちあがって、盧成の手を取った。

 

「へっ? 二階に行って、なにをするんです?」

 

 盧成は言った。

 

「なにを言っているんだい──。それが目的でこの店に飛び込んできたんだろう?」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

 *

 

 

「いくっ、いくっ、いくよ──」

 

「俺もいく──。いきます──」

 

 盧成は悲鳴のような声をあげた。

 そして、宝玄仙の女陰の中に再び精を放った。

 それとともに、宝玄仙の真っ赤に充血した身体ががくがくと揺れた。

 汗に濡れた宝玄仙の顔が天井に向かって吠えた。

 宝玄仙の膣は独立した生き物であるかのように収縮して、盧成の怒張を締め付け、まるで精を一滴残らず搾り取るかのように動く。

 

 精魂尽きた盧成は、宝玄仙の裸身にぐったりと身体を預けて覆いかぶさった。

 昼間から始まった宝玄仙との性交は二刻(約二時間)どころか、半日経っても終わらなかった。

 

 沙那とかいう宝玄仙の供が二度、三度と声をかけにきたが、その都度、宝玄仙が追い払った。

 盧成としても、こんな素晴らしい身体を簡単に味わい終わらなかった。

 抱いても、抱いても、まだ、抱き足りない。

 そんな感じだった。

 盧成と宝玄仙は、まるで二匹の性獣にでもなったかのように、お互いの身体をむさぼりあった。

 

「ふう……」

 

 盧成の身体の下の宝玄仙が大きく息を吐いた。

 

「……なかなかの一物だったよ……。わたしをこんなに夢中にさせた男は、そうはいなかったよ」

 

 素っ裸で汗まみれの宝玄仙が優しげな笑みを盧成に向けた。

 そのとき、盧成の意は決した。

 こんな女はふたりといない。

 これっきりでお別れなどありえない──。

 

「宝玄仙さん、お願いです──。俺の嫁になってください。どんなことをしても幸せにしてみせます──。石に噛り付いてでも、働いてあなたを養いますから、俺と結婚してください」

 

 盧成は言った。

 

「……養ってくれる必要ないさ。必要な分は自分で稼げるけからね……。だけど、わたしの幸せは、性的な満足を与えてくれることだよ。わたしの夫になるなら、わたしを毎日抱けるかい? それなら、嫁になってやってもいいよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 この身体なら毎日抱ける──。

 いや、それどころか、毎日抱かなければ耐えられないだろう……。

 

「もちろん、毎日、あなたを抱いてみせます」

 

 盧成は力強く言った。

 

「じゃあ、嫁になってやるよ」 

 

 宝玄仙が言った。

 

 

 *

 

 

 家に戻ると、家出をすると書かれている手紙が卓の上に残されていた。

 嫁の宝玄仙は出て行った後だった。

 

 残念という気持ちはなかった。

 盧成はむしろほっとしていた。

 ただ、宝玄仙との夫婦生活にあたり、なにかと世話をしてくれたあの三人には、宝玄仙が家を出て行ったことを告げなければならないだろうと思った。

 

 宝玄仙が盧成との婚姻に承知をしてくれたあと、盧成は四人の女とともに、手配書の関係のない城郭に行き、宝玄仙とふたりで暮らすためのこじんまりとした家を借りた。

 しかし、宝玄仙との結婚生活は一年もたなかった。

 

 宝玄仙との結婚の条件は、毎日性の相手をすることという一点だったが、それは決して、比喩的表現ではなかった。

 宝玄仙は本当に毎晩必ず盧成に求め、休日ともなれば、一日中ふたりで抱き合いたがった。

 

 宝玄仙という女は、安住の地を求めて三人の美女の供を連れて旅をしていたらしい。

 しかし、その宝玄仙が盧成との結婚を承諾して旅を終えたため、三人の供の旅も終わったようだ。

 

 三人は盧成と宝玄仙が暮らす家の近くに共同で暮らす家を見つけて住むことになった。

 また、ふたりの生活をなにかと面倒を看たのもこの三人だ。

 最初のうち、生活力のない盧成のために、生活費や食べ物などを交代で差し入れたのはこの三人だったし、盧成のために城郭の商家の仕事を見つけてきてくれたのは沙那だ。

 孫空女と朱姫も、家の家事についてはなにもしない宝玄仙の代わりに、女中のように家の仕事をしてくれたりした。

 

 宝玄仙との生活は充実していた。

 なによりも、こんな絶世の美女を毎日、毎晩抱けるのだ。

 宝玄仙は閨房術についてはすべてに熟達していたし、盧成は性の快楽という快楽を極めつくした。

 しかし、充実していたのは最初の三箇月だけだ。

 

 どんな美食でも、毎日食べ続ければ、いつか飽きてしまう。

 宝玄仙というのはそういう女だった。

 三箇月がすぎると、盧成はだんだんと、宝玄仙との営みが苦痛になっていった。

 それでも、多淫の宝玄仙のために、盧成は毎日彼女を抱き続けた。

 

 だが、次第に宝玄仙との営みは義務のようになっていった。

 あんなに恋焦がれた宝玄仙なのに、盧成は宝玄仙を抱くことが嫌になっていったのだ。

 

 一度始まれば、宝玄仙との行為は際限がない。

 盧成はやがて、宝玄仙との行為を何かと理由を作って逃げ回るようになっていった。

 宝玄仙は約束と違うといって盧成をなじったが、盧成は仕事にかまけて、あまり家には帰らなくなった。

 

 すると、宝玄仙は堂々と浮気をするようになった。

 盧成が抱かない日々が続くと家に男を連れ込むのだ。

 

 盧成はそれを糾弾するよりもほっとした。

 宝玄仙がほかの男にかまけてくれれば、盧成はその分、宝玄仙との行為を免れるからだ。

 宝玄仙が盧成以外の男と寝るのはもう当たり前になった。

 

 最後の二箇月は、盧成は一度も宝玄仙を抱かなかった。

 そして、今日、仕事から家に戻ると宝玄仙はいなくなっていた。

 

 盧成はほっとした。

 

 

 *

 

 

「行っちゃったか……。結婚に向くようなご主人様じゃないからね……。まあ、気が向けば戻ってくると思うけど、あんた、どうするの? だけど、離縁状というわけじゃないんだね」

 

 沙那、孫空女、朱姫が暮らしている家に、宝玄仙が失踪したことを報せたところ、最初にやってきたのは孫空女だった。

 ほかのふたりはまだ来ないので、盧成は、家の中で孫空女とふたりきりになっていた。

 

 盧成はこれまでに経緯を説明した。孫空女たち三人には、かなり赤裸々な性の悩みの相談もしていたから、おおよそのことを察していたと思うが、とにかく、宝玄仙が家出をしてどこかに行ってしまったということを話した。

 

 しかしながら、宝玄仙が残していったのは、あくまでも家出をするという内容であり、離縁状ではなかった。

 手紙の文面で判断する限り、宝玄仙には離縁をする意思はなさそうだ。

 そういう宝玄仙の結婚観というのはよくわからない。

 

「あんな狂ったような性生活は俺には無理だ。宝玄仙が戻ってくる場所にはいたくない。ここから出ていくことにする」

 

 盧成は言った。

 

「別に出ていくことないんじゃないのかなあ……。あのご主人様のことだから、あんたがもう一緒に暮らしたくないというんなら、無理に同居はしないと思うよ。どうせ、ご主人様は、ご主人様の性の相手を毎日できないと一緒にいても仕方ないと思うだろうしね……。だから、せっかく仕事も見つけて、暮らしていけるだけの人生を見つけたんだから、それを満喫すれば?」

 

「優しいのだな、孫空女……。どうせなら、もっと考えてから妻を選べばよかった。お前のような心根のいい女を嫁にするんだったよ……」

 

 盧成は自嘲気味に笑った。

 

「あたしかい? 別にいいけど……」

 

 孫空女がそう言ったので驚いた。

 

「いいのか──?」

 

「だって、ご主人様があんたと結婚したときに、三人で話し合っていたのさ。ご主人様があんたを伴侶に選んだんなら、あたしらも伴侶になるつもりさ。あんたがどう思うかにかかわらずにね──。あたしたちはずっとその気だったよ。だから、あたしに限らず、好きな女を抱きなよ」

 

 孫空女が破顔した。

 

「だったら、そうさせてもらうよ」

 

 盧成の新しい生活が始まった。

 

 

 *

 

 

 孫空女、沙那、朱姫の三人が盧成の前に並んでいる。

 三人は怒っているというよりは、とても残念そうな顔をしていた。

 盧成には正直にいえば、彼女たちがどうして腹をたてたのか全くわからなかった。

 

 孫空女を表向きの妻ということにしながら、事実上は、沙那、朱姫を含めた三人の女を妻にするという生活は十年続いた。

 三人の女を交代で抱くというのは悪くなかった。

 それも絶世の美女たちだ。

 

 なんでも受け入れてくれる優しい孫空女──。

 生真面目な性質に潜む淫らな身体という意外性の沙那──。

 性の技の豊富な朱姫──。

 三人は三人の味があり、盧成はその三人妻との生活を愉しんだ。

 仕事もやめた。

 

 生活に必要なものは三人が持ってくるので、盧成は生活のために働く必要がないのだ。

 ただ自堕落に家にいて、好きなときに好きな女を抱く……。

 それだけの生活をしていた。

 

 そして、十年が流れた。

 盧成は歳月にふさわしく外見が変化したが、三人の女の外見はまったく変わらなかった。

 それどころか、年月とともに、ますます若くなるような気もする。

 だが、盧成には魔が差したのだ。

 

 この十年、盧成が相手をしたのはこの三人の女だけだった。

 それに不満があったわけではなかったのだが、偶然に知り合った若い町娘をどうしても抱きたくなってしまったのだ。

 三人には悪いが、孫空女たちを抱くようになって初めて、ほかの女を抱いた。

 

 そして、それはすぐにばれた。

 だが、それがこんなにも、彼女たちを傷つけることだとは思いもしなかったのだ。

 この三人を抱くのはよかったのだが、さらにほかの女を抱くというのは、三人にとっては、とてつもない裏切り行為だったらしい。

 

「どうしても、許すことができないのです……。あなたとわたしたちの夫婦生活は、これで終わりにさせてください」

 

 沙那が出て行った。

 

「残念だよ、あんた……。最初の頃のように、あたしたちだけを見ててくれたら、四人でずっと仲良く暮らせたのにね……」

 

 孫空女も出ていった。

 

「これは、この十年であたしたちが貯めたもののすべてです。すべて差しあげます。さようなら」

 

 最後に朱姫が出て行った。

 残ったのは山のような黄金だけだった。

 盧成は、自分が悪いのだからなにも言えずに、ひたすら慟哭を続けるばかりだった。

 

 

 *

 

 

 三人の嫁は失ったが、莫大な財は残った。

 盧成は、寂しさを紛らわすように、その財を使って、贅沢放題を始めた。

 財産があれば、多くの友人もできたし、縁者もできる。

 女だっていくらでも手に入る。

 

 盧成は、宝玄仙のことも、三人の嫁のこともだんだんと思い出さなくなった。

 しかし、あれだけたくさんあった黄金も、三年も経つうちに、すっかりとなくなってしまった。

 財がなくなれば、周りの人間も離れていく。

 盧成は、いつの間にかすべてのものを失ってしまっていた。

 

 

 *

 

 

「久しぶりね……」

 

 橋の下で佇んでいた盧成は顔をあげた。

 そこにいたのは、沙那だった。

 

「ああ、沙那か……」

 

 一度は妻だった女だ。

 しかし、この三年間、一度も会わなかったし、会いたいという気持ちも湧かなかった。

 だが、こうやってなにもかも失ってしまうと、彼女たちがどんなに素晴らしい女性たちだったかというのがわかる。

 失ってしまったものの大きさが身に染みて理解できた。

 なによりも、こうやって、沙那は盧成に声をかけてくれた。

 財があるときに周りにいた人間は、もう盧成には声ひとつかけようとしてくれないのにだ……。

 

「噂では聞いていたわ。あんたって、どうしようもない人ね」

 

 沙那の言葉は辛辣だったが、その口調には愛情のようなものが籠っている気がした。

 彼女の口元は笑っていた。

 

「お腹が空いていそうね……。その辺の料理屋で話でもしましょうよ……」

 

 沙那が微笑みながら言った。

 

「そんな金はないんだ。俺はこのまま野垂れ死ぬことにするよ、沙那」

 

 盧成は言った。

 

「馬鹿ねえ……。驕るわよ。いらっしゃい」

 

 沙那は強引に盧成を橋の下から近くの料理屋に連れて行った。

 料理屋に来ると、沙那は勝手に店の主人に料理を注文した。

 沙那はちゃんと、盧成の好物を覚えていて、それが卓の前に並べられていく。

 

 三日ぶりの食事に、盧成はむさぼるようにそれを食らった。

 やがて、腹が落ち着いてきた頃を見計らったように、沙那がおもむろに口を開いた。

 

「もう、夫婦にはなれないけど、その気があれば、あなたの面倒を看てあげてもいいわよ。ただし、真面目に生活する気があればの話よ……。人生をやり直すつもりはある、盧成さん?」

 

「もしも、機会があれば、人生をやり直すよ、沙那──。いろいろな経験をしてわかったけど、俺の不幸は、すべて俺が呼び込んだものだったよ……。考えてみれば、俺は決してやくざな人間ではなかったんだ。親父が生きていたころには、質素に暮らしていたし、馬車馬のように働いたりしたが、その時代が一番充実していたな──」

 

「なによ、まるで人生が終わったみたいに」

 

 沙那が笑った。

 

「いや、終わりだよ……。親父が死んで、分不相応な財を手に入れてしまった。それが俺の人生をおかしくしたのだと思う。あのとき、俺は財を使うことじゃなくて、ちゃんとした生活をすることを選ぶべきだったのだ……。だが、いまからではもう遅いな……。俺ももう四十もすぎて、五十に近い……。人生をやり直す機会は終わった」

 

「人生に遅いも、早いもないわ……。あなたがそう言ってくれるなら、わたしの伝手で、勘定方の役人の仕事を紹介をしてあげられると思うわ。少し離れた城郭なんだけど、行く気ある?」

 

 沙那が言った。

 

 

 *

 

 

 順風満帆だった──。

 盧成はこれまでの人生の失敗を取り戻すように、真面目な生活をしたし、仕事にも全力を尽くした。

 勘定方というのは、役所の財政管理をする部署であり、ずっとむかし、金貸しだった父親に徹底的に鍛えられていたのが役にたった。

 財務に明るい者というのは、かなり重宝された。

 堅実な成果をあげて、盧成は仕事のうえでの信頼も得るようになった。

 

 小役人の給与は高いといえなかったが、暮らしていくには十分なものだった。

 五十のとき、盧成は紹介で結婚した。

 盧成の年齢の半分しかない二十五の女だ。

 真面目な盧成の仕事ぶりに、伴侶を紹介してくれる人がいたのだ。

 これまでの結婚の失敗のこともあり、盧成はあまり乗り気ではなかったが、半ば強引に会わせられると、盧成は相手の女性が気に入ってしまった。

 決して美人ではないが、笑っている顔がとても温かいのだ。

 

 迷った末に盧成は結婚した。

 婚姻の宴は、お互いの友人を呼んで催したが、あの四人の女も来てくれた。

 四人とも、元夫の盧成の婚姻を心から祝福してくれた。

 

 不思議なのは、あの四人の外見が少しも最初に会ったときと変わっていないことだ。

 妻が四人は誰だと質問をしてきた。

 盧成はどう答えようかと迷ったが、すかさず、沙那が昔からの友人だと言った。

 みんなが祝ってくれた。

 いい婚姻の宴だった──。

 盧成はいまでも、そのときのことを思い出す。

 

 

 *

 

 

 あの婚姻の宴から、三十数年がすぎた。

 昔は急ぎ足で歩いた道も、いまではゆっくりとしか進めなくなっていた。

 二人目の息子の就職も決まり、家を出て行った。

 

 この日は、たまたま一人目の息子夫婦が一歳になる孫を連れて遊びに来ており、盧成は孫を抱いて日向ぼっこをしていた。

 

「孫かい、爺さん?」

 

 声をかけられた。

 盧成は顔をあげた。

 そこにいたのは、宝玄仙だった。

 孫空女、沙那、朱姫の三人もいる。

 相変わらず、昔のとおり、若くて美しいままだ。

 もう、盧成はそれを不思議とは思わなくなっていた。

 彼女たちは、そういう存在なのだ。

 

「ああ、孫じゃ……。久しぶりじゃな、宝玄仙……」

 

 盧成は言った。

 

「かわいい子だね……。お前に似ているよ」

 

 宝玄仙が盧成に抱かれている子供を覗き込みながら言った。

 

「わしに似たら大変じゃ……。長男は真面目だからな。長男の血をしっかりと引いて欲しいよ……。わしになんかに似ず、人間らしい正直な暮らしをして欲しいものじゃ」

 

 盧成は言った。

 

「お前も随分と人間らしい生活をしていると思うけどね、盧成……。昔とは大違いさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「まあ、それが一番大切なことなんじゃがな……。わしは気がつくまでに、かなり時間がかかったがのう……」

 

「時間がかかろうが、それに気がつけば結構じゃないかい」

 

「まあな……。あんたらのおかげだと思う……。それにしても、宝玄仙、相変わらず、多淫な人生を送っているようじゃのう」

 

 盧成は笑った。

 離れている城郭のことなのだが、宝玄仙の噂も時折は耳にする。

 まだまだ、大勢の男や女を相手に豊かな性生活を送っているようだ。

 城郭でも有名な魔女だが、この女と一年近く夫婦生活をしたことがあるというのが、盧成のひそかな自慢だ。

 それどころか、宝玄仙が従者のように使っている美女三人もまた、盧生の妻だったことがあるのだ。

 

「それが、わたしらしい人生というものさ」

 

 宝玄仙が破顔した。

 

「そうじゃな……。それぞれに、相応しい人生というものがある。その分限を守るのがよい人生なのじゃろうな」

 

 盧成は言った。

 

「ねえ、盧成さん……。足の下を見てもらえませんか?」

 

 不意に朱姫が声をかけてきた。

 盧成が言われたとおりにすると、足元に波紋のようなものが広がっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「さあ、雑炊を温め直したよ……」

 

 老婆の声がした。

 はっとした。

 盧成は突然に見知らぬ場所にいた。

 いや、見知らぬ場所ではない。

 

 記憶が急激に蘇った。

 ここは宝玄仙を襲おうとしたあの宿町の料理屋だ。

 なにもかも、あのときのままだ……。

 

 いや、そうではない……。

 いまがそうなのだ。

 

 盧成は束の間眠っていたのかもしれない。

 そして、夢を見たようだ。

 

 その夢の中で、盧成は宝玄仙の夫となり、次いで、孫空女、沙那、朱姫、三人の夫になり、たくさんの財を使い果たし、やがて、小役人になって遅まきながらも普通の伴侶を得て、ふたりの子供と孫に恵まれた。

 その夢の中で盧成は五十年の人生をすごした。

 

「どうしたんだい、お前? なにか憑かれたような顔をしているねえ。朱姫の『縛心術』で心が楽になるかと思いきや、なんだか沈んだ感じになった気がするよ……。朱姫、お前の術は効果がなかったんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 孫空女、沙那、朱姫もいる。

 

「まあ、所詮、人はそれぞれですからね」

 

 朱姫は肩をすくめた。

 そして、水の入った杯をすっと手元に引っ込めた。

 それにしても、盧成は当惑していた。

 

 夢の中の五十年……。

 目の前にたったいま老婆が置いていった雑炊があるが、微睡む前に朱姫が冷めた雑炊を温め直して欲しいと、店の老婆に頼んでいたのを覚えている。

 つまり、あの五十年の人生は、眼の前に置かれた雑炊を温め直すあいだだけの時間でしかなかったのか……。

 盧成は愕然としていた。

 

 しかし、あの歳月はしっかりと盧成の心に刻まれている。

 ふたりの子を産んでくれた最後の妻の顔もしっかりと覚えているし、さっきまで抱いていた孫の感触だって手に残っている。

 

「だったら、今度はわたしと一緒に二階に行くかい? この店の亭主に頼んで二階を借りて、わたしを抱いてもいいよ。殺されるのを覚悟で飛び込んだんだ。それに免じて、情けないお前の性の相手をしてやろうか?」

 

 宝玄仙が笑った。

 盧成は一瞬当惑したが、すぐに首を横に振った。

 

「いいえ……。よくわかりませんが、なにか憑き物が落ちた気分です。皆様にご迷惑をおかけして済みませんでした……。俺はこれから、なんとか人生を取り戻す努力をします。そして、今度こそ、人間らしい正直な暮らしをします」

 

 盧成はきっぱりと言って、頭をその場でさげた。

 宝玄仙が肩透かしを食って、当惑したような顔になった。

 

「……ふうん、まあいいよ……。じゃあ、そうしな……。確かに、それがいいさ。じゃあ、少しだけど金をやるよ。物は言うべし、金はやるべしだ──。自殺する気がなくなったのは結構だが、当座の金は必要だろうしね──。朱姫、いくらか路銀をわけてあげな」

 

「はい」

 

 宝玄仙の命令に朱姫が元気に頷き、盧成の前にかなりの路銀を置いた。

 

「浅ましいが頂きます──。この恩は忘れません」

 

 盧成はもう一度頭をさげた。

 

「なにを言っているんですか、盧成さん……。長い付き合いだったじゃないですか。五十年も付き合ったんだし……。でも、どんな人生だったんですか?」

 

 朱姫が悪戯っぽくけらけらと笑った。

 盧成はびっくりして朱姫の顔を見た。

 ほかの三人の女が、不思議そうな顔で朱姫と盧成の顔を眺めた。

 

 

 

 

(第34話『一炊の人生』終わり)




 *


 本作品は、『邯鄲の夢』という中国の故事及び芥川龍之介『杜子春』をモチーフにしています。


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 第35話 【余話】猥本騒動、又は、女戦士ふたなり調教【寿黒翁(じゅこくおう)
216 女戦士の股擦り


「だ、誰かあ──。た、助けてくれ──」

 

 孫空女は、ひとりで宝玄仙たちが待つ宿屋に向かう途中で、年寄りが金切り声でそう叫ぶのを耳にした。

 周囲に人はいない。集落は少し離れている。

 

 孫空女は、声のした林に向かって歩き、藪の中を覗き込んだ。

 状況としては、特段に変わったことというほどではない。

 ただの物盗りのようだ。身なりの貧しそうな老人が、三人ほどの男に囲まれている。

 老人を囲んでいる男たちの様子から、彼らがそこらの与太者であることはすぐわかる。

 老人は、なにかの荷物を服の下に隠して、それを必死に抱え込んでいる。

 どうやら、男たちは、その老人が護っている服の下のなにかを奪いたいようだ。

 

 老人の服はぼろぼろで、すでに殴られたような痕がある。

 しかし、それでも、老人は必死になって服を押さえて、服に隠したものを奪われるのを防いでいる。

 

 祭賽(さいさい)国という国の中の山村だ。

 この祭賽国は海に面した国らしいが、この界隈まだ海には遠く、山を切り拓いて作られた五個ほどの農村が集まった土地である。

 孫空女は、その村々の中心にあるひとつの宿町に向かう道の途中にいた。

 近くの農村で旅の食料を調達するために、他の者とは途中で別れたのだ。

 そして、食糧の調達を終え、宿町の宿屋で待っている宝玄仙たちと合流するために、宿町に向かっている途中だった。

 そこで暴漢に襲われている老人に遭遇したのだ。

 

「こらっ、そこでなにしているんだい」

 

 孫空女が声をかけると、老人を取り囲んでいた三人の男が孫空女に振り向いた。

 

「なんだ、お前は?」

 

 男たちは呆気にとられている。

 

「年寄りを相手にみっともないことしてるんじゃないよ。失せな」

 

「なんだと?」

 

 男のひとりが恫喝面を孫空女に向けた。

 

「どうせ、盗賊だろう? あたしも経験があるから、盗賊も絶対に駄目だとは言わないけど、三人がかりで、そんな年寄りを殴るなんて気に入らないね」

 

「気に入らなければ、どうするんだよ、ああっ? そんな他人の心配よりも、自分の心配しろよ、女。こんな人気のない藪の中に、若い女がひとりでやってくるなんざ、お願いだから犯してくださいと言っているようなものだぜ」

 

 三人の男が絡む相手をうずくまっている老人から孫空女に切り替えた。

 

「やんのかい?」

 

 孫空女は構えることなく言った。

 男たちが武器も持たない孫空女を侮っているのは確かだ。

 しかし、見たところ大して強くもなさそうだ。それは仕草でわかる。

 耳に隠している『如意棒』を出すまでもない。

 男たちが近づいてきた。

 孫空女は、背負っていた荷をその場に降ろす。

 

 男たちの顔には、好色の色もある。

 飛んで火に入ってきた虫を犯してやろうという気分だろうか。

 三人のうちのひとりが孫空女に飛びかかってきた。

 

「おっと」

 

 軽く身体をかわして頭を掴み、そのまま、身体を反転させて後頭部から地面に叩きつける。

 

「んぎいっ」

 

 それほど力を入れたわけではないが、地面に投げられた男は呆気なく動かなくなった。

 

「うわっ」

「やりやがったぞ」

 

 残りのふたりが声をあげて同時に飛びかかってきた。

 拳で殴りかかってきたが、それもいなして、それぞれの鼻の頭に裏拳を喰らわせた。そのふたりも顔を覆って地面に突っ伏した。

 

「爺さん、大丈夫かい?」

 

 孫空女は呆然としている老人に近寄って声をかけた。

 暴漢たちはちょっとばかり撫ぜてやったようなものだ。大して怪我もしていないし、意識も残っている。孫空女が離れると、うずくまっていた男たちは、地面を這うようにしてどこかに去っていった。

 

「お、お前さんは……? いたっ……痛たたた──」

 

 老人は、まだ服の下のなにかを服越しに抱いたまま、立とうとして呻き声をあげた。

 

「立てないのかい?」

 

「い、いや、大丈夫だ……。た、助けてくれたのじゃな。どこのどなたかわからんが、礼を言う。わしは、寿黒(じゅこく)という者じゃ」

 

 老人は言った。

 

「寿黒さんか。あたしは孫空女さ。ところで、あいつらはなんだい?」

 

「わしの財産を狙う悪党どもじゃ」

 

「財産?」

 

 財産というが、寿黒の身なりはどう見ても裕福とは言えない。

 どちらかといえば、貧乏そうだ。

 

「ああ、そうじゃ」

 

「まあ、いいや。ところで、寿黒さん、家は遠いのかい?」

 

「そうでもない……」

 

 寿黒は孫空女がこれから向かおうとしている宿町の名を言った。

 

「なんだ、あたしのご主人様と仲間が待っている宿町じゃないか。だったら、背負ってやるよ」

 

「いや、それは……」

 

 寿黒は迷ったような仕草を示した。

 

「嫌ならいいけど、でも、それじゃあ、歩けそうもないじゃないか」

 

 孫空女は、置いていた荷を持ち、背負い紐を利用して身体の前側に抱える。

 そして、身体を屈ませて背中を見せて、寿黒を振り返った。

 

「そうじゃな。じゃあ、済まんが世話になる」

 

 寿黒は孫空女の背に乗って、孫空女の首に腕を回す。

 孫空女は寿黒を背負って立ちあがった。

 

「重くはないか?」

 

 孫空女の背中の寿黒が言った。

 

「大したことはないよ」

 

 孫空女は笑って応じた。

 しかし、次の瞬間、身体を緊張させた。周囲の藪からがさがさという物音と大勢の人間が近づく気配がしたのだ。

 

「動くな、命が惜しけりゃな」

 

 周囲から一斉に男たちが現れた。

 人数は十人ほどだ。さっき叩き伏せた三人の男も混じっている。

 孫空女はぎょっとした。

 

 全員が弩弓を持っている。

 弩弓とは強い金具と弦により台に固定した矢を引き金で発射するようにした武器だ。

 弓とは違い技術がいらず、素人が遣っても的を外しにくい。

 それが十本はあり、全部がこっちを向いている。しかも至近距離だ。

 

 それでも、孫空女だけなら避けることも可能だが、いまは寿黒もいる。寿黒がいる背中からも弩弓は向いているのだ。

 

「少しでも抵抗すれば全部を同時に発射させる。荷物をおろせ。じじいはそのままだ」

 

 指揮官らしき男が言った。

 

「この爺さんも殺す気かよ? なにかを探っているんじゃないのよ」

 

 孫空女は言った。なにを目当てで、こいつらが寿黒を襲ったのか知らないが、財産がどうのこうのと寿黒は言っていた。

 殺しては都合が悪いのではないだろうか。

 とにかく、刺激しないようにゆっくりとした仕草で荷をおろす。

 

「探し物はもう見つけた。どこに隠しているのかと思っていたが、どうやら常に服の下に隠しているようだ。じじいは殺して、それを奪えばいい。ついでに、関係がないのに関わってきたお前も殺す」

 

 喋っている男には、明らかに勝ち誇った表情がある。

 口元が残忍で好色な笑みで歪んでいるように感じた。

 

「そ、孫空女……」

 

 背中の寿黒が不安そうに名を呼んだ。

 

「なんとかするよ……。多分ね」

 

 孫空女は言った。

 

「じじいを背負ったまま、その木の前に立て」

 

 男が指示したのは、枝が多く出ている背の低い樹だ。

 孫空女はゆっくりとその樹に向かった。

 

「じじいを降ろせ」

 

 木の根元に立った孫空女に男は言った。

 寿黒が離れるのを待つのだ。

 それまでは我慢するしかない。

 いま、弩弓を一斉に放たれれば、孫空女はともかく、寿黒は死ぬだろう。

 

「その樹の枝を跨げ。樹を向いたままな。そして、両手を幹の向こうに回せ。逆らえば、一斉に弩弓を射る」

 

「言うとおりにするよ。だから、爺さんをあたしから離してやってよ。もしも、間違って当たったら可哀そうじゃないか。あたしも、死にたくはないから逆らわないよ」

 

 孫空女は言った。寿黒が孫空女から離れたときが反撃の機会だ。

 弩弓の狙いは、すべて孫空女に向かうはずだ。

 孫空女だけなら避けられるのだ。

 

「まずは、言った通りにしな」

 

 男は言った。声がかすかに興奮で震えている気がする。

 嫌な興奮の仕方だ。あれは男が女に欲情しているときのものだ。

 だが、それこそ、状況打開の機かもしれない。

 孫空女は樹から出ている太い枝を跨いで樹木を抱くように立つ。

 枝は横振りになっていて、孫空女が跨いだ部分は水平に近い。

 ただ、高さはかろうじて爪先立ちで地面に立てるくらいだ。

 両腕で幹を抱き、身体を樹木に寄せる。

 

「こ、これでいいのかよ?」

 

 孫空女は言った。

 だが、なんでこんなことをさせるのだろう。

 これで、孫空女の背中と正面は樹木に護られたかたちになる。

 もちろん、両側からも弩弓は狙っているので、孫空女が追い詰められている状況に変化はないが、樹木を抱くことで、致命傷を負わない可能性が高くなっている。

 これなら一斉に弩弓を射られても、横腹に当たるだけで済むかもしれない。

 もっとも、孫空女のすぐそばにおろおろした様子で立っている寿黒は、もっとも危ないということに変わりはない。

 

「女、股を枝で擦れ。十個の弩弓が狙っていることを忘れるな」

 

 男は言った。

 

「な、なにぃ?」

 

 孫空女は声をあげた。

 なにを考えているんだと思った。

 こうなったら、もう暴れてやる。耳に隠している『如意棒』を取ろうとして孫空女は身体を緊張させた。

 

「お前ら──」

 

 孫空女の殺気を感じたのか、指図をする男がそう叫んだ。

 弩弓が一斉にがちゃりと音を立てる。

 

「わ、わああ──。わかったよ」

 

 孫空女は慌てて叫んだ。

 やっぱり駄目だ。

 寿黒は、孫空女のすぐ隣のうえに、孫空女が即座に対するとしても、樹が邪魔で寿黒に跳んでくる矢を弾けない。

 絶対に弩が当たる。

 

「はやく、やれよ」

 

 仕方なく孫空女は、つま先立ちで樹木に跨っている股間を前後に動かす。

 峻烈な刺激がどっと混みあがる。

 

「くっ」

 

 思わず声が出た。

 しまったと思ったが、我慢できなくて口から漏れ出てしまったのだ。

 

「なんだあ? もしかしたら、淫乱女かあ?」

 

 どっと周囲を囲んでいる男たちが笑った。恥ずかしいが、たった一回でこんなに劣情をしてしまっては、そうからかわれても仕方がないと思う。

 どうして、自分はこんなに感じやすいのだろう。宝玄仙に調教され尽くした身体は、服越しとはいえ股を枝に擦りあげると、樹木のごつごつとした表面に敏感な部分を激しく刺激させてしまい、どうしようもなく官能をかきたててしまう。

 

「さっと続きをやれよ」

 

「へっ──。お、犯すんならさっさとやればいいじゃないか。女に恥をかかせて愉しいかい」

 

 孫空女は言い返した。

 男が孫空女に近寄ってくれば……。

 それを逆に利用すればいい。

 

「いいからやりな。すげえ別嬪だが、なかなかの腕っぷしみたいだしな。うっかりお前に近づけば危険だ」

 

 畜生……。

 見透かされている──。

 孫空女は歯噛みした。

 諦めて股間を樹木で擦りはじめる。

 腰を前後に動かして、股間を樹に擦る。

 

 気持ちいい……。

 どうしても、鼻息が荒くなる。

 何度かやると、下袴(かこ)の内側の女陰がべちょべちょに濡れるのがわかる。

 樹木に股間を押しつけるたびに、蕩けるような愉悦が身体を駆け巡る。

 

「はあ……はん──はっ……」

 

 摩擦により総身に込みあがる妖しい快感がどんどん快感を増幅している。

 口を閉じようと努力するのだが、感じすぎる孫空女の鋭敏な肌はそれを許さない。

 どうしても、甘い声が自分の口から出るのを止められない。

 

「畜生、色っぽく悶えやがって……。堪らないぜ──。おい、じじい」

 

 男の上ずった声がした。

 

「な、なんじゃ……」

 

 怯えたような寿黒の声が隣から聞こえた。

 

「その女の胸を剥き出しにして、揉め」

 

「な、なんじゃと──」

 

 寿黒は、憤った声を出した。

 

「逆らうと、女と一緒にぶっ殺すぞ」

 

「そんなことできるか──」

 

 怒りに興奮する寿黒が叫んだ。

 

「じ、爺さん、構わないよ。や、やって……」

 

 孫空女は慌てて言った。

 

「しかし……」

 

「いいから」

 

 孫空女は言った。

 

「わ、わかった……。す、すまん」

 

 寿黒の指が孫空女の上衣の服の紐を解いていく。

 

「お前は、樹でせんずるのを止めんじゃねえよ、女──。今度、やめると、弩をぶっ放すぞ」

 

 孫空女は、仕方なく、また股間を擦る。

 泣きたくなるような快感が走る。

 そのうちに、上衣が開かれ、胸当てがずらされて、乳房が外にこぼれた。

 おずおずとした手つきで、寿黒が両方の胸をぐしゃぐしゃと揉み始めた。

 限界に近づいていた股間の快感に新しい胸の刺激が加わったことで、ついに強烈な絶頂の閃光が身体を貫いた。

 

「はひいいっ──」

 

 孫空女は、暴漢たちの前ではしたない愉悦をやってしまった。

 襲ってきたあまりもの快感に孫空女は大きな声をあげてしまい、寿黒がびくりとなった。

 

「うわっ」

 

 寿黒がびっくりした声を出す。

 

「ご、ごめん」

 

 自分でもわけがわからず謝ってしまう。

 

「く、くそう──。もう、我慢できねえ。こんないい女、じじいなんかにゃ勿体ないぜ」

 

 ずっと喋っていた男が近づいてきた。

 

「どけっ」

 

 寿黒を腕で払いのけると、小刀の刃を孫空女の鼻に当てた。

 

「抵抗すると、すっぱりいくぜ」

 

 男の荒い鼻息が、孫空女のうなじにかかる。

 そして、孫空女の鼻に刃物を突きつけたまま、空いている手で孫空女の下袴を脱がそうと、自分の下袴の紐をまさぐる。

 しかし、片手ではうまくいかないらしく焦ったような感じになった。

 

 いまだ──。

 孫空女は思い切り頭を後方に振った。

 孫空女の頭突きが背後から抱きついている男の鼻にぶつかる。

 顔の前の小刀は、間一髪、手で弾き飛ばした。

 

「ほがっ──」

 

 枝に乗っていた身体を後方に倒れ込ませた。

 背中を地面に向かわせながら、孫空女の頭突きを受けて顔を押さえている男の首筋に踵を喰い込ませる。

 男が呻き声をあげて倒れた。

 

「爺さん、伏せて──」

 

 孫空女は叫びながら、耳から『如意棒』を出す。

 

「伸びろ──」

 

 周囲がやっと騒然となる。

 無秩序な弩弓が飛翔する。

 全部は避けられない。

 寿黒に向かっている弩弓を先に叩き落とし、ほかの弩弓は身体を捻って避ける。

 避けられない一本が太腿を掠る。

 

「ちっ──」

 

 地面に転がりながら態勢を取り直す。

 弩弓は一度放てば、装填には時間がかかる。

 孫空女は『如意棒』を振り回して、彼らを追う。そして、逃げようとする男たちをひとりひとり『如意棒』で打ち据える。

 

 十人いた襲撃者の全員を倒すのは大した仕事ではなかった。

 周囲の草むらに孫空女に倒された男たちが転がる。

 全員を叩きのめすと、孫空女はひとりひとり回って、気を失っているのを確認する。ついでに弩弓を全部壊してしまう。

 

「怪我はないかい、爺さん?」

 

 全部が終わると、草の上に腰を抜かしたように座り込んでいた寿黒に孫空女は近づいた。

 そのとき、まだ胸が剥き出しだったことに気がつき、慌てて胸元を直す。

 

「あ、あんた……」

 

 寿黒が呆気にとられて見ている。

 

「大丈夫そうだね」

 

 孫空女は寿黒の無事を確かめると、気を失っている暴漢のひとりが頭に巻いていた布をとりあげて、自分の傷の上を縛り腿の応急治療をする。

 大したことはない。宿に戻れば宝玄仙が治療をしてくれるだろう。

 もう一度、寿黒のいる場所に戻る。

 

「ほら、背中に乗りなよ。もう、行こう。連中が復活する前に、遠くまで逃げとかなきゃ面倒だ」

 

 孫空女は背中を寿黒に見せた。

 

「だ、大丈夫じゃ。そんな怪我をした女の背を借りんでも歩ける。それよりも、あんたは何者なんじゃ?」

 

 寿黒は孫空女に畏敬のこもったまなざしを向けた。孫空女は少し戸惑った。

 

「あたしは、ただの旅の女だよ。宝玄仙という女主人の供さ。爺さんが向かっている宿町にあたしも向かっていたところでね。そこで、あたしのご主人様が待っているんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「なんで、わしみたいな見知らぬ年寄りを助けようと思ったんじゃ?」

 

「たまたま、通りかかったからさ──。まあ、ひとりで歩けるなら大丈夫だね。こいつらが何者か知らないけど、これからは気をつけな。じゃあね」

 

 孫空女は荷を背負うと、一度手を振って、街道に向かって歩きかけた。

 

「待て──。頼む、待ってくれ──」

 

 寿黒の切羽詰った声が背中から追いかけてきた。

 孫空女は振り返った。

 足を軽く引き摺りながら、寿黒がやってくる。

 

「なにさ?」

 

 孫空女は言った。

 

「これまで、誰にも相談できんかったことがあるんじゃが、あんたなら信用できる。これを……。これを見てくれ」

 

 寿黒は、服の下に隠していた糸で綴った一冊の書物を差し出した。

 

「なにこれ?」

 

「わしの財産じゃ。この書物には、それなりの財宝の場所が隠されておるのじゃ。だが、残念ながら、わしにはこれが読めん。字が読めんのじゃ。かといって、身も知らぬ他人のことは信用できん。だから、これまで誰にも相談できずに、この書物を隠し持っていただけでいた。だが、これは宝の隠し場所が書かれている書物なのだ」

 

「宝の隠し場所?」

 

 孫空女は声をあげてしまった。

 

「だが、わしが、財宝の在り処を書き記した書物を持っていることを聞いた誰かがおるようじゃ。こいつらは、その誰かの回し者だと思う──。頼む。わしの代わりにこれを読み、この書物になにが書いてあるのか教えてくれ。あんたなら、信用できる」

 

 寿黒は一世一代の決心という感じの必死の形相で書物を孫空女に差し出している。

 

「や、藪から棒になにさ。あたしも身も知らぬ他人だよ」

 

 孫空女は困って言った。

 

「他人でも、若い女のあんたがあんな目に遭いかけてでも、他人のわしを助けてくれようとしたんじゃ。あんたがいなければ、わしはここで死んでいたかもしれん。あんたなら、騙されて財宝を横取りされても諦められる」

 

「そ、そんな……」

 

 孫空女は寿黒の差し出す書物に眼をやった。

 古そうではないが、新品でもない。表紙になにか字が書いてあるが、孫空女には読めない。

 孫空女も文盲だ。

 何気なく受け取って、ぱらぱらとめくった。

 ところどころに絵があり、女の裸が描かれている。

 これはなんだろう?

 

「残念だけど、あたしも字が読めないんだ──」

 

 孫空女は、書物を返しながら言った。

 

「そ、そうかあ……。読めんのか……」

 

 すると、寿黒は見るからに意気消沈した様子になった。

 

「だ、だけど、あたしの仲間は字が読めるよ。仲間に相談していいかい?」

 

 孫空女は言った。



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217 指さす猥本(わいぼん)

「沙那がいなけりゃなんだって言うんだよ、孫空女」

 

 宝玄仙は、ぴしゃりと言った。

 祭賽国(さいさいこく)にやってきて数日目の夕方だ。

 旅の食料を農村で調達するため、道中の途中で別れた孫空女が宿屋に合流したのだが、そのとき、萎びたようなひとりの年寄りを連れてきたのだ。

 なにか相談事があるようなのだが、孫空女はそれを沙那に訊いて欲しかったようだった。

 

「い、いや、ご主人様でもいいんだけど……」

 

 孫空女は慌てて、取り繕ったように言った。

 宿屋で借りている一室である。

 片側に寝台が四つあり、その反対側に卓と椅子がある。

 その卓に宝玄仙と孫空女と、そして、孫空女が連れてきた貧乏くさい年寄りがいるという状況だ。

 沙那と朱姫は、宿屋の外に用足しに行かせている。

 すでに結界を刻み終わっていて、この部屋は宝玄仙の霊気によって外界から護られているため、ふたりとも安心して出かけたのだ。

 

「“でも”とはなんだい。“でも”とは──。言っておくけど、わたしは、沙那なんかよりもずっと人生経験が多いし、物事の裏表を知っている。相談事ならわたしにするがいいじゃないか」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そうかなあ……。人生経験が多いのは認めるけど……」

 

 孫空女は口の中でぶつぶつ言っているが、しっかりと言葉に出していることに気がついていないのだろうか。

 

「まあいい。じゃあ、話はわたしが聞いてやるよ。だけど、その前にお前は、怪我をしているみたいじゃないか。どれ、治してやるから下袴(かこ)を脱ぎな」

 

 宝玄仙は言って、孫空女を横の寝台に促した。

 

「う、うん……。じゃあ、寿黒(じゅこく)さん、ちょっと待っててよね」

 

 孫空女はそう言うと、寝台にあがり、寿黒に背を向けるように寝台の上に座ると、下袴を膝まで降ろした。

 矢傷は大したことはない。

 放っておけば治るが、宝玄仙は孫空女の身体に傷が残るのは好まない。この女の身体は、宝玄仙の玩具なのだ。以前は、宝玄仙と出遭う前につけた傷もあったが、いまはすべて宝玄仙の道術で修復している。

 いまの孫空女は、傷どころか、ほくろひとつない完璧な真っ白い肌だ。

 

 宝玄仙は、孫空女の傷口に手をやる。

 暴漢に襲われていたこの寿黒という年寄りを助けるために怪我をしたという。

 宝玄仙は傷口に手を置き、すぐに離した。手をどけたときには、もう、孫空女の傷はなくなっている。

 

「ほう、道術か……。あんた、道術遣いか」

 

 感嘆したような声が寿黒から漏れ出た。

 宝玄仙が振り返ると、椅子から立ち上がった寿黒がこっちを凝視している。

 

「若い女が下袴を脱いでいるのをそうやって覗くのは、礼に反するんじゃないかい、寿黒?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「なあに、眼の保養じゃ。わしは、すっかりとこの孫空女殿が気に入ってのう。揉ませてもらった乳房もいい感触じゃった。わしがあと二十年若ければよかったが、残念ながら、わしはもう男を終わっておる」

 

 寿黒は笑った。

 

「乳房を揉んだ? お前、なにをしてきたんだい?」

 

 宝玄仙は孫空女を振り向いた。

 

「な、なんでもないよ、ご主人様。暴漢に囲まれて仕方がなかったんだよ」

 

 孫空女が慌てて事情を説明した。

 その説明によれば、この寿黒は価値のある品物を持っていて、それを狙った十人ほどの暴漢に襲われたというのだという。

 そして、それを孫空女が救ったようだ。

 そのとき、一時的に孫空女は窮地になり、裸にされて襲われそうになった。寿黒は、その暴漢の長に命令されて、孫空女の胸を揉んだということらしい。

 

「事情はわかったけど、その連中は、この爺さんのなにを狙ったんだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 見たところ、貧しい農夫という感じだ。十人がかりで襲うような財産を持っているとは思えない。

 

「ねえ、寿黒さん、説明していいかい? この人は、あたしのご主人様で、本当に信用のできる人だよ」

 

 孫空女は服を整えながら寿黒に決心を促すように顔を向けた。

 

「わかっておる。ここまでやってきた限り、なにも隠すつもりはない。まずは、これを見てもらえんじゃろうか」

 

 寿黒は服の下から一冊の書物を取り出して卓の上に置いた。宝玄仙は、孫空女とともに、もう一度椅子に座って、寿黒に向かい合うように座る。

 だが、宝玄仙はその書物の表紙を見て多少驚いた。

 こんな本を肌身離さず持つとは……。

 思わず、笑みがこぼれた。

 そして、思わず寿黒の顔をしげしげと眺める。

 この男も案外……。

 

「この書物の中に、この寿黒さんに遺された遺産の隠し場所が隠されているみたいなんだ」

 

 孫空女は言った。

 

「これに遺産がだって?」

 

「そうなんだよ。だけど、寿黒さんは字が読めないんだよ。協力してあげてよ、ご主人様。あたしも字が読めないし」

 

「よくわからないけど、これになにかの財が置かれている場所が書かれているのかい?」

 

 宝玄仙は、卓の上の書物を手に取った。

 

「おや、これは……?」

 

「どうかしたの、ご主人様?」

 

 書物を手にしたときの宝玄仙の反応に、孫空女が不審の声をあげた。

 

「この書物には、なにかの道術がかかっているねえ」

 

「道術?」

 

 寿黒翁が眼を見開いている。

 

「なにかをきっかけに、この本に隠れているものが現れる。文字かもしれないし、他のものかもしれない。なにがどうなるかはわからないねえ。知らなかったのかい?」

 

 本そのものは、普通に開くこともできるし、読むこともできる。しかし、それ以外はいまのままではわからない。『道術錠』のようなもので、あらかじめ、決めてある暗号や動作をすれば、道術の封印が解けるという性質だとは思う。

 

「知るものか。わしは道術遣いではない」

 

「まあ、とにかく、事情を聞こうかね、寿黒」

 

 宝玄仙は言った。

 寿黒は語り始めた。

 

「つまり、これは遺産なんじゃ。この国がひっくり返るような途方もない財宝とか、そういうものじゃない。ただ、大金には違いないし、わしにとってはどうしても手に入れたいものじゃ。見た通り、その日その日を生きていくのがやっとの貧乏農夫じゃが、この遺産があれば、わしは大金持ちの仲間入りができるはずじゃ」

 

「遺産とは誰のだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「女房の兄じゃ。一箇月前に死んだ。旅の男だったようだが、最後の一年ばかりわしのところで暮らしておった。わしのところにやってきたときには、かなり弱っておった。まあ、わしらが世話をしたことを義兄は感謝してくれたようではあったな。それで死んだときに財を遺してくれたのだ」

 

「ほかの家族は?」

 

「ほかに身寄りはないし、家もない。わしらが引き取らなければ、いくら財を持っていても、病になってしまえば、野垂れ死にするしかなかったはずじゃからな」

 

「それで、遺産というのはなんだい? 暴漢が十人も襲ってくるような財宝なんだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「連中が襲ったのは、わしのせいじゃな。村の酒場で義理の兄が大金を遺してくれたというようなことを気のおけない友人に話したことがある。それを横で聞いていたのかもしれん。だが、実際にはあんなに大勢で襲って見合うものではないと思うな。中身は宝石と金細工じゃ。(かめ)に一杯のな」

 

「甕? 財を知ってるのかい?」

 

「最初にわしらのところにやってきたとき、実際にその甕を見せながら、死んだらわしらに譲ると言ったんじゃ。大金じゃないといっても、あれなら、この宿くらいは簡単に買えるくらいの額にはなると思う」

 

「そりゃあ、大した財産だよ、寿黒さん」

 

 横から孫空女が言った。

 

「だが、その後で、すぐに隠してしまった。死んだら隠し場所を教えると言われたな」

 

「なんで、死んだらなんだい?」

 

「そりゃあ、厄介者扱いされたくなかったからじゃろ、宝玄仙さん。もう、長くはないから、親切にしろということだったんじゃろう。実際のところ、生きている間は、毎月、数個の金細工や宝石を渡してくれていた。最後まで面倒を看てくれれば、全部をやるというのが口癖じゃった。まあ、それが義兄の気持ちじゃったんだろうのう」

 

「その甕は、その人が家の中に隠してたの?」

 

 孫空女だ。

 

「いや、家の中ではないと思う。あんな小さな小屋のような家に、わしらが見つけられないような場所はない。どこかの外に埋めたのだと思う。義兄は、最初に見せた甕一杯の財から、毎月、生活費として、少しずつ渡すだけのものを残して、ほかはどこかに埋めにいったようじゃ」

 

「病なのにかい?」

 

「いや?最初は、甕を持って山歩きくらいできるくらいは頑丈だったんじゃ……。いや、死ぬ直前まで丈夫だったな。歩けなくなったのは、十日くらいのものじゃ。最初の発作が起きて、外に出れなくなるくらいに弱ったかと思ったら、あっという間に死んでしもうた──」

 

「家の外というのは間違いないのかい?」

 

「実際のところ、甕をどこかに隠してきたと、始めの頃にそう告げた日があった。外であるのは間違いないと思う」

 

「ふうん」

 

 宝玄仙は肩を竦めた、

 

「人というのは、呆気なく死ぬものじゃな。義兄は、確かにもう長くないと口癖にしておったが、それは嘘じゃと思っておった。あと十年は生きそうな、偏屈じゃが元気な男じゃった」

 

 寿黒が懐かしむような顔をした。

 

「とにかく!それで、財の入った甕をどこかに埋めたということかい? そして、その場所をあんたらには隠した」

 

「そうじゃ、宝玄仙さん。義兄は、甕の埋めてある場所は、ちゃんとどこかに書いてある。死ぬ前にそれを渡すから、死んだ後は勝手にすればいいと言ったな。最初の発作のすぐ後で、死ぬ十日前のことじゃった。もっとも、わしらもそれをそんなに気にはせんかった。その時がくれば、なにもかも教えてくれると思っておったし、義兄自身もまだまだ寿命は尽きん気でおったと思う」

 

「しかし、あっという間に死んでしまった……。そういうことかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうじゃ。一箇月前じゃ。小さな畠で仕事をしているときに、女房が飛んできて、義兄の様子がおかしいと騒ぎ出したのじゃ。すぐに家に戻ったが、二度目の発作というのはすぐにわかった。それで、城郭にいる医師を呼ぼうとすると、そのわしを義兄が腕を掴んで引き留めたのじゃ。もう、口がきけなくなっていて、なにかを伝えようとするかのようじゃったが、どうしても言葉にならんようじゃった」

 

「それでどうなったのさ?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「それでなあ、孫空女、そのとき、女房が、『なにかを伝えたいの?』と言うと、義兄はかろうじて微かに頷き、わしが『財のことか?』と訊ねると、また、小さく頷いた。やっぱり、言葉はもう出せないようじゃった。『わしらに譲ると言った甕の埋めた場所のことじゃな?』と言ってみると、もう一度頷き、なにかを指差す動作をしたんじゃ」

 

「それがこれかい?」

 

 大方の察しがついて宝玄仙は卓の上の書物を指差しながら言った。

 

「そうじゃ。義兄が指差した先には、この書物があった。字の読めないわしら夫婦には、書物など無縁じゃが、義兄は文字が達者でなあ。これと同じような本を何冊か持っていて、棚に置いておった。義兄の指先には、その書物があり、わしが『これか?』と示すと、義兄は、幾つかある書物の中から、これを手に取って、懸命に指を差したんじゃ」

 

「間違いなく、この本なのかい?」

 

 宝玄仙は困惑した。

 どうやら、寿黒はこれがなんの本なのかはわからないようだが、本の内容から考えると、そんなに大切なものを隠すような本ではない。

 まあ、それが怪しまれないための手段かもしれないが……。

 

「確かだ。一所懸命になにかを告げようと、なんどか同じようにこの本を指で差した。『これかい?』とわしが言うと、義兄は満足気に頷いた。わしには笑ったように見えたが、それきりじゃった。医師を呼びに行く必要はなくなった。義兄は死んだ」

 

「つまり、これは、その死んだ旅の男が、この本に財の隠し場所を残したということかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうじゃ」

 

 寿黒は言った。

 

「それで、この本について、調べたのかい?」

 

「葬儀が終わってからな。すぐに調べたいとは思ったが、さっきも言ったが、わしら夫婦は文字が読めん。だから、これがなんの書物であるかもわからん。中に紙切れか書き込みでもあれば、それが財の場所を示したものだと見当もつくのじゃが、隅から隅まで眺めたが、そういうものはなかったな」

 

「それで、どうしようと思ったんだい? とにかく、誰かに読んでもらわなければ話にならないだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「実際にそうしたよ、宝玄仙さん。わしは、二度ほど、字の読める知人に頼んで、この書物を読んでくれと頼んだのじゃ。しかし、けんもほろろに怒られたな。怒った理由がよくわからんかったが、とにかく、馬鹿にするなと怒鳴られた。わしも、それで無暗に書物を人に見せるのは考えるようになった」

 

「財の隠し場所の鍵となることが書かれているはずだということは告げたかい、寿黒?」

 

「いいや、そういうことはなるべく伏せようと思ったんじゃ。考えてもみてくれ。わしがそう説明し、その書物に実際にそういうなにかが書かれていたとする。だが、それをわしには教えず、読んでくれた者が勝手に掘ってしまってはわしらにはなにも残らんというわけじゃないか。わしも、書物を読んでくれと頼むのは、余程信用ができる者にしかできんからな」

 

「ところで、書物を読んでくれと頼んだ相手は、ふたりとも女だろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「確かにそうじゃな。なんでわかったのじゃ?」

 

 寿黒の口調には少しだけ驚きの響きがあった。

 

「なんとなくそう思っただけさ──。じゃあ、もうひとつだ。その義理の兄だという男は、道術遣いかい?」

 

「いいや違う。わしも女房も、もちろん違う」

 

 寿黒は首を横に振る。

 

「だが、さっきも言ったけど、この書物には、道術がかけられている。じゃあ、どこかの道術遣いに頼んだろうね。その道術遣いに心当たりは?」

 

「ないのう。城郭に行けば、そういう人が見つかるのじゃろうか。ともかく、わしには見当もつかんな」

 

「まあ、通りすがりの流れ魔師に頼んだのかもしれないしね。しかし、それなりの高等道術だよ」

 

「どういう道術なのじゃ?」

 

 寿黒が訊ねた。

 

「道術を遣った錠前のような封印をしている。道術を遣い、封印を解くための条件として、なにかの行動条件を刻むのさ。たとえば、呪文を唱えると、踊りをおどるとかね……」

 

「踊る?」

 

 寿黒が面食らっている。

 

「例えばだ……。とにかく、決まったことをしないと、封印が開かないようにするのさ。この場合は、この書物の前で、決まった動作かなにかすれば、財の隠し場所がどこかに出現すると考えてもいいかもしれないね」

 

「それで、なにをすればいいのさ、ご主人様?」

 

 すっと黙って話を聞いていた孫空女が言った。

 

「わかるものかい。なにか、手掛かりはないのかい、寿黒?」

 

 宝玄仙は寿黒を見た。

 

「わからんなあ。ちょっと、すぐには思い出せんのう。義兄は、他にはこれといったことは告げなかったと思う。道術がかかっていたというのも、いま、初めて知ったことじゃ」

 

 寿黒は首を傾げた。

 

「ねえ、ご主人様、もしかしたら、その書物に書かれていることに関係があるんじゃないのかな? それに書かれていることをやれば、財の場所がどこかに出てくるとか……」

 

「お前もそう思うかい、孫空女?」

 

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「うん、そう思う」

 

「じゃあ、試しにやってみるかねえ」

 

 面白いことになってきたと思った。

 宝玄仙は、もう一度、書物を手に取って、ぱらぱらと中身を読む──。

 

 これなんか面白い……。

 いや、これも……。

 それをこいつらにやらせることを考えるだけで、笑いが込みあがる。

 ふと気がつくと、書物を前にして、にたにたしている宝玄仙を不思議そうに寿黒と孫空女が眺めている。

 

「……まあ、いい。じゃあ、とにかく、始めるかねえ──。ところで、寿黒」

 

 宝玄仙は寿黒を見た。

 

「なんじゃ?」

 

「事情はわかったから、この宝玄仙がこの書物の封印の解除に協力してやろう。ただし、条件がある」

 

「条件とは?」

 

「なにも面倒くさい条件じゃない。これから始まることに対して、決して騒ぎ立てず、大人しくそこに座っていることさ。眼の保養は十分にさせてやるけどね……」

 

「わ、わかった」

 

 寿黒は、意味ありげな宝玄仙の言い方に不審な表情をしている。

 

「……ねえ、ご主人様、眼の保養って──?」

 

 なにかの不安を感じたのだろう。孫空女が言った。

 

「説明は後だよ。それよりも、お前、すぐに裸になりな。素っ裸にね」

 

「な、な、なんでだよ、ご主人様?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「なんでだって、お前が持ってきた話だろう。それに、そのお前も言ったじゃないか。この書物に書かれていることをやれば、封印が外れるかもしれないと」

 

「ど、どういうことさ。説明してよ、ご主人様──。それとあたしが裸になることになんの関係があるのさ。これはなんの書物なのさ?」

 

 孫空女は真っ赤な顔をした。

 

「やっと、その核心の質問をしてくれたねえ、孫空女」

 

 宝玄仙は頬を綻ばせた。

 

「ただいま帰りました、ご主人様」

 

 その時、沙那の声がして、荷を抱えたその沙那と朱姫が部屋に入ってきた。

 

「あら、お客さんですか?」

 

 沙那がそう言い、寿黒に向かって小さくお辞儀をした。

 横の朱姫も同じように会釈をしている。

 

「孫空女、お前のことは、やっぱり後でいい。よく考えれば、こういうことは、沙那の方がいいね。嫌がるからね──。さて、沙那、こっちは寿黒だよ。孫空女が連れて来たんだけど、これから、人助けをしようと思うんだ。協力してくれるね?」

 

 宝玄仙は、沙那をじっと見る。

 

「人助けですか……。は、はい……」

 

 沙那は多少の驚きを込めた表情で頷いた。

 

「人助けってなんですか、ご主人様?」

 

 朱姫が言った、

 

「この寿黒の義兄が遺した隠し財産を見つけてやるのさ」

 

「……でも、ご主人様が人助けだなんて……。も、もちろん、協力しますけど……」

 

 沙那は言った。

 

「いいから、荷を片づけてこっちにおいで、お前たち」

 

 宝玄仙が命じると、沙那と朱姫は、抱えていた荷を旅の荷と一緒に置き、こっちにやってきた。

 ふたりを椅子に座らせると、宝玄仙は寿黒と沙那たちのそれぞれに相手を紹介し、暴漢に襲われた寿黒を孫空女が助けて、ここまで連れてくるまでの顛末を簡単に説明した。

 

「それは災難でしたが、でも、さっき言っていた義兄の遺産とは、どういう事情なのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「つまりは、この人には、財を遺してくれた義兄がいてね。その義兄は、甕一杯の金細工と宝石を持っていたんだけど、それをどこかに隠し、その場所を教えないまま、死んでしまったのさ。唯一の手掛かりは、死ぬ間際にその義兄が指差したこの書物でね」

 

「その書物にですか……?」

 

 沙那が本の表紙を覗き込むようにしたので、さっとそれを隠す。

 

「この書物がなんらかの鍵を握っているのは間違いないのさ。それに、この書物には『封印がかかっている。それで、わたしらは、この書物に書かれていることを実際に行えば、『封印が解けて、財の隠し場所がどこかに出現すると考えたのさ」

 

「そ、そうですか……。それで、なにを……?」

 

 沙那は、なにか不穏なものを感じているようだ。

 なにか逃げ腰であり、おどおどしている。そして、その沙那の勘は正しいことを宝玄仙は知っている。

 

「朱姫、『魔縄』を持っておいで」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ま、魔縄でなにをするんですか、ご主人様?」

 

 朱姫がびっくりしたように言った。そして、ちらりと寿黒を見る。寿黒の前で、なにかを始める様子であることに驚いているのだ。

 

「いいから持ってくるんだよ──。さて、沙那。お前には、手始めにこの書物を口に出して読んでもらおうかね。文字の読めない孫空女や寿黒のために、大声でね」

 

 宝玄仙は立ちあがり、逃げ場を塞ぐように椅子に座っている沙那の正面に立った。沙那の顔に恐怖の色が出現する。

 

「な、なんですか、ご主人様?」

 

「いいから、いいから──」

 

 宝玄仙は朱姫の持ってきた『魔縄』を受け取ると、それを道術で四本にして、有無を言わせずに、沙那の一方の二の腕を椅子の手摺に結わえはじめる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください──」

 

 沙那はびっくりして抵抗しはじめる。

 

「暴れるんじゃないよ、沙那。道術をかけて欲しいのかい」

 

 宝玄仙がそう言ったときには、すでに、沙那の身体の内丹印を遣って、沙那の筋肉を弛緩させて抵抗を封じている。

 

「ご主人様──。ちょっと、ご主人様──」

 

 沙那が目を丸くしている。その沙那の二の腕をそれぞれの手摺に動けないように縛りつけると、道術を解いて、手にさっきの書物を手に取り、目星をつけておいた頁を開いて持たせる。

 拘束されているのは、二の腕だけなので、手に持たせることはできる。

 

「ここだよ。この頁から読みあげな。前段は性の技についての解説だけど、終章はなにかの物語のようだね。ちょうどいいから、ここを読みあげるんだ」

 

「こ、これって──」

 

 書物を持たされた沙那が、そこに眼をやって絶句している。

 

「ねえ、いま、性の技って言わなかった?」

 

 孫空女が声をあげる。

 

「ああ、言ったね。この書物の名は、“性典(せいてん)”と書かれている。古今東西の性の技が書かれた本だね。しかも、この巻はちょうどわたし好みの嗜虐の技のようだね。どうやら、寿黒の義兄とかいう男もなかなかの好き者だったようだ……」

 

「嗜虐の技?」

 

 椅子に拘束されている沙那も悲鳴のような声をあげた。

 

「さあ、お前らは見物だ。寿黒と一緒に、沙那の前に椅子を移動して座りな。つべこべ言うと、立場を逆転させるよ。ほら、動いた動いた──」

 

 宝玄仙は、顔を引きつらせている沙那が座っている椅子を卓の反対方向に向ける。宝玄仙に逆らうことで、とばっちりを受けたくない孫空女と朱姫が、寿黒を促しながら沙那の前側に椅子を移動させて、見物の態勢をとる。

 

「さあ、沙那始めていいよ。ちょうど、娘が椅子に縛られたところがあるだろう。そこから読みな」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那に開いて渡した部分は、書物のうち物語になっている部分だ。

 暴漢に捕えられた娘が、椅子に縛られてなぶられる状況のようだが、ちょうどいいので、沙那も同じ格好をさせたのだ。

 

「ご、ご主人様──。こ、こんなの酷いです。お、お願いですから……」

 

 沙那は、突然のことに、まだ覚悟ができないらしい。それに、寿黒という存在が気になるようだ。さっきから、ちらちらと見ている。

 

「この寿黒なら、男であって男じゃないんだってよ。年寄りの冥土の土産にお前の痴態くらい見せてやりな──。それに、ただ、文字を読むだけじゃないか。今更、恥ずかしがるんじゃないよ」

 

「まあ、わしのことは気にせんでくれ。もしも、財が手に入ったら、幾らかは礼をさせてもらうから……」

 

 寿黒もまんざらでもなさそうな表情で言った。まあ、寿黒も男だ、若い女が羞恥に顔を歪める姿を眺めるのは嫌ではないだろう。

 

「そ、そんなあ……」

 

 沙那は、書物を両手で持たされたまま、途方に暮れた表情をする。

 

「さっさと読むんだよ。言うことをきかないと、また、『縛心術』をかけて、ひとりだけ裸で外を歩かせるよ」

 

 これまで、さまざまな罰を与えたが、沙那がもっとも嫌がるのは、裸で外を歩かされたり、立たされたりする羞恥責めだ。

 しかも、それを『縛心術』をかけてやらせることだ。そして、見物人が集まったところで、『縛心術』を解いて正気にさせるのだ。何度やっても、沙那は、そのたびに泣き叫ぶ。

 宝玄仙の脅しに、沙那は真っ蒼になった。

 

「わ、わかりました……。ただ、読めばいいんですね、ご主人様」

 

 沙那は言った。そして、書物を読みあげる態勢になった。

 

「……薬で、人形のように動けなくなった愛羅(あいら)は……」

 

 沙那は語りはじめる。

 

「責められている娘の名は、沙那に読み替えな」

 

 宝玄仙は口を挟んだ。

 沙那は顔を引きつらせたが、それ以上は抵抗するつもりはないようだ。言われたとおりに読み始める。

 

「……く、薬で人形のように動けなくなった沙那は、完全に意識を喪失しているのではなく、意識だけはどこまでもはっきりとしている。そのことが……、さ、沙那を困惑させていた……。ただの痺れ薬ではなく、五感はどこまでもはっきりとし、しかも、動けないことで、むしろ何倍も感じているようだ……」

 

「どれ、動けないと感じるのかどうか、試してみるかい。朱姫、沙那の身体を擦ってやりな」

 

「はい」

 

 朱姫が素直に立ちあがる。

 こういうときに、朱姫は持ち前の嗜虐癖に火がついたような状態になる。沙那の境遇に同情はしない。

 むしろ、積極的に責めたてる。

 

「しゅ、朱姫、や、やめてよ」

 

 沙那が椅子の上でじたばたし始めた。

 

「沙那、お前は、読むのをやめるんじゃない。今度、やめたら『縛心術』だよ。この宿の前に、裸で自慰をさせながら立たせ続けるよ」

 

 宝玄仙は激しく叱咤した。沙那は泣きそうな表情になる。

 

「……次に、男が、愛羅……いえ、沙那の下袍(かほう)に手をかけ──。ひいいっ──」

 

 沙那が声をあげた。後ろに回った朱姫が書物を読む沙那の胸を服の上から擦ったのだ。

 しかし、感じやすい沙那は、たったそれだけの刺激で、声をあげるほど感じてしまったらしい。

 

 もっとも、縛られて性愛の物語を無理矢理口に出して読まされるという恥辱が、沙那の官能に火をつけているに違いない。

 それに、寿黒の存在もある。

 見知らぬ老人の前でやらされる恥辱は、被虐癖を染み込まされている沙那を追い詰めるはずだ。

 

「どうしたんだい、沙那? そんなところに、いきなり嬌声が書かれているのかい?」

 

 宝玄仙はからかった。沙那は、羞恥に顔をますます赤くした。

 

「お、男は、さ、沙那から……下袍を抜き取ると──あ、脚を──」

 

「じゃあ、こっちの沙那にも同じことをしてもらおうか。朱姫、沙那の下袴を脱がしな。少しだけ、また道術で動けなくするから」

 

「や、嫌です、ご主人様──。こ、ここでは……、ああっ」

 

 朱姫が沙那の下袴に手をかけて紐を解きはじめると、沙那は嫌がって足をばたつかせたが、宝玄仙の道術ですぐに抵抗できなくされる。

 すでに嗜虐に酔っている朱姫が、容赦なく沙那から下袴を剥ぎ取ってしまう。

 たちまちに沙那のかたちのいい脚が露わになった。

 横で寿黒が唾を飲む音がする。年寄りといえども、やっぱり男には違いないということだ。

 

 宝玄仙の悪戯心に火がつく。沙那にもう一度道術を施す。

 ある細工を沙那に施す。

 

「ああっ、いやああ」

 

 自分の身体の違和感に気がついた沙那が声をあげる。

 

「ご、ご主人様、こんな悪趣味です……」

 

 沙那がびっくりしている。

 

「なにを慌てているんだよ、沙那。さあ、続きを読みな。それとも、『縛心術』がいいかい?」

 

 沙那は悲痛な表情になり、そして、一生懸命に股間を擦り合わせて、そこを隠そうとしている。だが、沙那の股間に出現した膨らみがよく見れば顕著だ。もっとも、いまのところ、誰も気がついてはいないようだが。

 

「……男は、沙那の脚を持ち、手摺にかけて……、やだっ」

 

 そこまで読み、沙那は読むのを悲鳴をあげて躊躇った。聡い沙那は、沙那が読んだ物語のとおりの仕打ちを受けることを予想している。だから、そこから先を読むのをやめたのだ。

 

「沙那、続きを読みな」

 

「お願いです。もう、勘忍してください。こんなの酷すぎます」

 

 沙那が哀願した。

 

「朱姫、代わりに読みな。そして、その通りの行動を沙那にさせるんだ」

 

 宝玄仙は冷たく言い放つ。

 朱姫が沙那から書物を取りあげて読み始める。

 

「はい……。男は……愛羅……いえ、沙那の脚を持ち、手摺にかけて縄で縛った。そして、もう片方の脚も同じように結わえてしまった。沙那は、両脚を大きく開いて椅子の手摺にかけた状態で閉じられなくされた……。じゃあ、やりますね、沙那姉さん」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 そして、抵抗できない沙那の脚を持ち、引き揚げて手摺に縛る。

 『魔縄』の効果は、ほんの少しの縛りでも絶対に解けないことだ。

 沙那の片脚が大きく開かれる。沙那は悲鳴をあげるが、朱姫は構わずに、もう片方も反対の手摺に載せて縛る。沙那は、下半身を小さな下着だけで包んだ状態で、大きく股を開かされて拘束されてしまった。

 

「な、なんじゃあ? この人は男じゃったのか?」

 

 寿黒は声をあげた。

 寿黒がそう思ったのも無理はない。さっき、宝玄仙が道術で、沙那の股間に男の男根を生やさせたのだ。

 その男の性器が、開脚した沙那の股間でしっかりと大きくなっていた。

 下着の中で勃起した男性器がしっかりと沙那の下着の中で膨らんでいる。

 

「しっかりと、女だよ。道術で男性器を生やされただけさ、寿黒──。それにしても、お前は、なんで、そんなに股間の一物を大きくしているんだい、沙那。ちょっとばかり、艶物の書物を読んだだけでそんなに興奮したかい?」

 

 宝玄仙の揶揄で沙那は泣きそうになっている。

 沙那が、宝玄仙の掘った罠に足を踏み入れてしまったのは明らかだ。

 娘が責められているような醜悪な読物を読まされ続けているうちに、自分では判断のできない奇妙な陶酔に沙那は全身を操みぬかれだしたのだ。

 しかも、その娘が受けている仕打ちを自分もされることにより、頭の中で重ねあわせてしまいすっかりと身体を興奮させてしまったのだ。

 

「さて、そろそろ、封印の解除といこうかね。この書物のどれをやれば、条件付された封印が解除されるかわからないけど、とにかく、片っ端からやっていこうか」

 

 宝玄仙は言った。

 

「だったら、ここの章には、“稚児苛め”になっていますよ、ご主人様。ちょうどいいし、沙那姉さんでそれをやってみませんか」

 

 朱姫が言った。

 

「稚児苛め?」

 

「大人になっていない少年の性器をあの手この手でいたぶるんです。沙那姉さんみたいなきれいな女の人に生えた男性器は、ある意味、稚児さんのもののようなものじゃないですか」

 

「なるほど、手始めに、そこからやるかね。そういうわけだから、協力してもらうよ、沙那──。じゃあ、朱姫、まずは、沙那の下着を刃物で切って、とり去ってしまいな。こいつが、どんな風に興奮して男根を勃起させているか見物させてもらおうじゃないか」

 

 宝玄仙が言うと、沙那は哀願して首を懸命に横に振る。

 

「ね、ねえ、ご主人様──」

 

 我慢できなくなった孫空女が抗議の声をあげた。

 

「心配しなくても、後でお前にもしっかりとなにかをやってもらうよ、孫空女。だけど、最初は沙那だ。大人しく見物しているんだ」

 

 そう言うと孫空女は、それ以上喋らなくなってしまった。

 朱姫が、荷物の中から刃物を持ってきた。そして、容赦なく沙那の股間から下着を切り取ってしまう。

 

「いやああああ──」

 

 沙那の悲鳴があがる。

 男性器だけじゃない。

 その下の沙那の女性器は、どろどろに沙那自身の愛液で濡れていた。

 

「ほう、ほう、ほう」

 

 寿黒が馬鹿みたいな声をあげた。

 

「さてさて、ちょっと書物を貸しな。なんて書いてあるんだい?」

 

 書物を受け取った宝玄仙は、朱姫の示した章に眼をやった。



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218 稚児いじめ

 なんでこんなことになったのか……。

 沙那は、手摺に載せられた手足が絶対に解けない『魔縄』で拘束されている以上、もう諦めの境地になった。

 寿黒(じゅこく)という知らない老人の前で痴態を晒させられるのは嫌だが、耐えるしかないだろう。

 こうなったら、宝玄仙の暴走は絶対にとまらないし、どうしようもない。

 沙那は、抵抗を諦めて全身の力を抜いた。

 

 眼の前には嗜虐の酔いに染まった朱姫がいる。

 その朱姫の前で沙那は、下半身だけを素裸にされて、両脚と両手を椅子の肘掛けにあげて縛られている。

 曝け出した股間には、宝玄仙の悪戯で生やされた男根がそそり勃っている。

 性的な興奮をすると勃起してしまい快感を覚えているのがが丸わかりになってしまう男根というものは、本当に恥ずかしい。

 

「ほう、ほう、ほう」

 

 寿黒がまた、おかしな声をあげた。

 眼をらんらんと光らせて沙那が曝け出している股間を凝視している。それが一層沙那の羞恥を引きあげる。

 恥を晒している股間を隠したいが、椅子の肘掛けで脚を開脚されている沙那には、その方法がない。

 

「では、ご主人様、なんでも指示してください。それで、どうするんですか? まずは、沙那姉さんの胸を出していいですか?」

 

 朱姫が酔ったような声で言った。そして、まだきちんとしている沙那の上衣に手をかけた。

 これは完全に調子に乗っている。

 沙那は怖ろしくなった。

 調子に乗ったときの朱姫は、宝玄仙以上に厄介なのだ。

 

「ちょ、ちょっと、朱姫──。こ、これは、封印を解くためにやっているのよ。忘れちゃ駄目よ」

 

「わかってますよ、沙那姉さん」

 

 朱姫はそう言いながら、どんどん上衣の紐を解いていく。

 あっという間に上衣が左右に開かれる。

 

 絶対にわかっていない──。

 朱姫は躊躇わずに、沙那の胸当ての留め金を外して、沙那の乳房を露わにした。

 ぷるりとふたつの乳房がこぼれ出る。

 

「どうだい、寿黒、なかなかの身体だろう? こいつも孫空女も、そして、その朱姫もわたしの性奴隷だよ。これだけの女たちはそうは見つからないよ」

 

 宝玄仙が自慢げに愉しそうに言った。

 

「性奴隷? 孫空女殿……いや、孫空女は奴隷じゃったのか?」

 

 寿黒が声をあげた。

 奴隷と聞いた途端に、寿黒の態度ががらりと変わった気がした。なにか嫌な感じだ。

 

「ああ、わたしの自慢の奴隷たちだよ。思わずそそられるだろう?」

 

「そ、そうじゃのう……。わしも二十年……いや、十年若ければのう──」

 

 寿黒が唾を飲みこむ音がした。

 もうどうにでもして──。そんな気持ちだ。

 

「……さて、じゃあ、まずは、乳首責めでもやってもらおうかね……。どれどれ、男の子の乳首の開発だそうだ。最初は、なにも感じない者が多いし、逆に痛がる者もいるが、それでも続けることが大事なんだそうだ。続けるうちにいずれは女のように感じる乳首になるとあるね──。さあ、やってみな、朱姫」

 

 宝玄仙が書物を読みながら言った。

 

「はい」

 

 来た──。

 朱姫の手が沙那の無防備な乳首に伸びる。

 

「ひゃ、ひゃあ──」

 

 左右の乳首を同時に指でいじくられる。まるで舌で舐めたような優しい朱姫の指使いに、沙那は、思わず悲鳴をあげてしまった。

 痺れるような官能に見舞われて、全身がぞくりと震える。

 

「まあ、沙那姉さん、まだ、前の棒が勢いを増しましたよ」

 

 朱姫が指を巧みに動かしながら、からかいの言葉をかける。

 顔が充血するくらいに真っ赤になっているのが自分でも感じる。

 

「沙那、この書物のとおりにやるんだよ──。そうじゃないと封印が解除しないだろう。この書物によれば、まだ、開発していない男の子の乳首は、舐められても気持ち悪いだけだそうだ。それを長い期間、刺激続けることで、感じる乳首に作りかえて、精神的にも肉体的にもいたぶるんだ。それが、いきなり、感じまくってどうするんだい」

 

 宝玄仙の叱咤の声がかかる。

 

「そ、そんなこと言われても──」

 

 それにしても、こんなことで封印が解除されるというのは本当だろうか。騙されているのではないだろうか……。

 

「そうですよ、沙那姉さん。嘘でもいいから、気持ち悪いとか、感じないとか、喋ったらいいんじゃないですか」

 

 調子づいた朱姫が沙那の乳首の周りをちょんちょんと突きながら言った。

 すっかり固くなって沙那の乳首が朱姫の指でますます尖りを増す。

 耐えられない淫情の毒液が全身を犯していくかのようだ。

 身体が熱くなる──。胸だけでなく全身の肌が欲情に溶けだす。

 また、胸を朱姫の指が襲う……。

 

「あふうっ」

 

 痛いほどの官能……。

 胸から拡がる甘美な陶酔のうねり……。

 なにも考えられなくなる──。

 

「ほら、沙那姉さん、嫌がるんですよ。痛がってください。本当は気持ちいいけど、嫌がるんですよ。ほら、嫌がるんです……。嘘だけど嫌がるんです……。嘘をつくんです……。でも、嘘をつけばつくほど、気持ちよくなりますよ……。ほら、嘘ついてください……。気持ちよくなりますから」

 

 朱姫のささやくような言葉。朱姫の言葉が耳に入ると、なぜか、頭がぼうっとしてくる。

 その沙那の頭に朱姫の言葉だけが染みてくる。嘘をつくと気持ちよくなる……。嘘をつく──。

 

 嘘をつくと……気持ちがいい……。

 自然に沙那の口が開く。

 

「い、痛いわ──。痛いわぁ──。ふわあぁっ──」

 

 本当は痛みなどひとつもない。

 しかし、嘘を言わないといけないので、そう口にする。

 すると突然、乳首が焼けるように熱くなった。

 その朱姫が乳房の膨らみを包むように掴み、そして、指の間に挟んだ乳首を軽く動かした。

 突然、ただれるような快感が乳首を包み、なにかが突きあがった。

 

「ひいいいっ──」

 

 沙那はあまりの衝撃に叫んでしまった。気がつくと朱姫の手に胸を押しつけるように身体をせり出して、自分から上下に揺すっていた。

 

「はひいいいっ──」

 

 気持ちいい……。

 朱姫の手に乳房を押しつけて乳首を擦る。

 

「あらあら、沙那姉さん、自分から擦るなんてはしたないですよ」

 

 朱姫がからかう。

 でも、自分ではやめられない。

 沙那は狂ったように乳首を自分で朱姫の手に擦りつけていた。

 気持ちよさが異常だ。

 なんだろう、これ──?

 

「ほら、嘘で痛がって……」

 

 朱姫が耳元でささやく。

 

「痛いから、やめてぇ──」

 

 沙那は叫んだ。

 すると、またとてつもなく熱い官能の波が襲う。

 子宮を貫かれたような衝撃が股間で爆発する。

 

「はあああっ──」

 

 もうどうでもいい。

 気持ちいい……。

 

「朱姫、今日は、そういうんじゃないんだよ。『縛心術』で遊ぶんじゃないよ」

 

 不意に宝玄仙の声がした。

 朱姫が沙那の乳房から手をどける。

 快感が中断され、それではっとした。

 沙那は、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。

 いま、宝玄仙は、『縛心術』と言った?

 『縛心術』?

 

「あ、あんた、まさか……」

 

 沙那は朱姫を睨みつけた。

 いつの間にか、朱姫の『縛心術』にかけられていたということだろうか?

 

「そ、そんな、怖い顔しないでくださいよ、沙那姉さん。これは、封印の鍵を解くために仕方なくやっているんですから……。と、とにかく、稚児の乳首を責めるというのは、解錠の条件じゃないようですよ、ご主人様」

 

 朱姫が取り繕ったように言った。

 

「じゃあ、いよいよ、本格的に稚児責めといこうかね。じゃあ、朱姫、ちょっと、その勃起した肉棒を擦ってみな」

 

「はい」

 

 朱姫が、膨張しきった沙那の股間に生えた男根の根元を刺激しはじめる。

 触れるか触れないかの柔らかい触れ心地だ。

 

「ああ……」

 

 沙那の口から嬌声がこぼれ落ちる。

 

「ほら、寿黒、男根を生やした女が、一物を勃起させながら、女の部分でも涎を流し続けるのは不思議な感じだろう?」

 

 宝玄仙だ。

 はっとした。

 この沙那の痴態を見られているのは、仲間内だけじゃないというのを思い出したのだ。

 寿黒という老人もいるのだということを思い出した。羞恥でかっと身体が熱くなる。

 

「そ、そうじゃな……。この歳になって、こんな妖艶なものを見られるとは思わんかったのう──」

 

 寿黒の感嘆の声がする。

 この助平爺と思ったが黙っていた。

 老人になっても、男は男だろう。

 

「じゃあ、朱姫、徹底的に焦らしてごらん。稚児苛めの醍醐味は、ぎりぎりのところで焦らし続けて、泣き叫ばせることだそうだ。沙那が、本気で焦らしに泣けば、封印が解除されるかもね」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 朱姫が嬉しそうに言う。

 

「そ、そんなあ……」

 

 沙那は拘束された身体を左右に振って悶えさせた。

 朱姫の指は、怒張した男根だけではなく、濡れほぞった女陰の周りや肛門の入口付近にも這い回る。

 

「ひいいっ──」

 

 あっという間にとんでもなく熱いものがそそり勃った男根を駆けあがる。

 だが、射精するぎりぎりのところでとまる。

 さすがは朱姫の手管だ。その絶妙さは、いまいましいほどだ。

 

「ふふふ、先っぽからお汁が出てきましたね。朱姫が舐めとってあげます」

 

 そう言った朱姫が、小さな口で沙那に生やされた男根を含む。

 

「んんああああ……、はあっ──」

 

  朱姫の舌が男根の先の膨らんだ部分にある筋の割れ目の部分を吸いつくように舐めあげた。

 しかし、決していかせるための動きではない。

 的確に感じるように責めながらも、巧みにぎりぎりのところで舌をとめたり、あるいは、ほかの部分に逃げたりして焦らされる。

 

 それをひたすら繰り返される。

 いつの間にか嬌声が哀願に変わる。

 頭がぼうっとなる。

 思いっ切り強くしごいて欲しい。

 しかし、果てしなく朱姫の舌の責めは、いやらしく沙那の男根の先を動き回る。

 

「あうっ」

 

 不意に朱姫が口で沙那の亀頭の部分を少しだけ強く吸った。

 沙那はそれだけで恥ずかしいほどに身体をびくりと反応させた。

 

 しかし、それだけだ。

 沙那が強い刺激に快感を爆発させようとすると、もう、朱姫の舌は一番気持ちのいい場所からは逃げている。そして、とろ火のような淫情の苦しさだけが残される。

 舌が肉棒を舐める。

 

 熱い……。

 また、やってくる──。

 今度はもっと凄いものがくる。

 朱姫の舌が怒張の先端にまた動く。

 

「はあああぁぁぁ──」

 

 沙那は身体を痙攣のように震わせた。

 しかし、ぎりぎりのところでまた逃げる。

 もう嫌だ……。

 これ以上されると頭がおかしくなる……。

 

「お、お願いよ、朱姫──も、もう──」

 

 沙那はほとんど泣くような声で叫んでいた。

 やっと朱姫が口を離す。

 

「じゃあ、もう一度です。指でまた根元と横を擦ってあげます。先っぽから出てきた沙那姉さんのお汁はみんな朱姫が舐めとってあげますからね」

 

 朱姫は再び沙那の怒張の根元に擦る。

 沙那は、猛りきった男の性器への嬲り責めに悲鳴をあげた。

 男根の先を朱姫が舐める。

 また、沙那はあられもない声をあげさせられる。

 

 しかし、すぐに舌は男根から離れて余韻だけが残る。

 その余韻の冷めないうちに、今度は指が根元から怒張の横を擦りあげる。

 快感が昇る。

 怒張の中を精が迸りかけているのがわかる。

 

「い、いくっ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「無理ですよ、沙那姉さん。まだ、いけないはずです」

 

 朱姫は笑いながら、一瞬だけ手を離す。

 どうしていいかわからない欲情の嵐が身体を惑いはじめる。

 

 すると、再び根元を擦られて、先っぽを舌で刺激される……。

 あまりの長い時間の焦らし責めに沙那は自分が泣きだしてしまったのがわかった。

 

「お願い、朱姫──。お願い──」

 

 沙那は何度目かの哀願を繰り返した。

 しかし、朱姫は愉しそうに微笑むだけで、ひたすら男根をいじくり続ける。

 次第に与えられる刺激に身体を振り動かす力もなくなる。

 意識さえも遠くなる感じだ。

 

「そろそろいいですか、ご主人様?」

 

 朱姫は顔を宝玄仙に向ける

 

「そうだね。焦らし責めは違うようだからね。じゃあ、後は、お前の好きなときにいかせな、朱姫」

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様」

 

 沙那は悦びの声をあげた。

 やっと解放されるのだ。

 嬉しい──。

 一瞬だけ、寿黒の存在を思い出したが、すぐにそんなことはどうでもいいという気持ちになる。

 それよりも、やっと出させてもらえる。それだけで幸せだ。

 

「じゃあ、沙那姉さん、こんな刺激はどうですか?」

 

 朱姫が猛りきった沙那の男根の横を爪でかりかりと掻く。

 

「ひゃ、ひゃん──」

 

 恥ずかしいほど勢いよく沙那の股間の勃起した棒が揺れる。

 絶頂寸前特有の汁が先からどんどん漏れ出す。

 しかし、最後の最後の刺激が与えられない。

 先から汁は溢れてくるが、溜まったもののすべてを噴出するだけの刺激が与えられないのだ。

 

 

「しゅ、朱姫、悪戯はやめて──。お願いだから、ひと思いに──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ひと思いになんですか、沙那姉さん? ちゃんと言わないと出させてあげませんよ」

 

 朱姫が、根元から先っぽの膨らんだ頂点の寸前までを繰り返して擦りあげ始める。

 しかし、もの凄く遅い。だから、精を爆発できない。

 そして、どんどん刺激を溜め続けさせられる。

 

「朱姫、お、お願い、もう出させて──。ご、ご主人様も出していいとおっしゃたっじゃないの──」

 

 眼からぼろぼろと涙が出た。

 それくらい、もう沙那は追いつめられていた。

 

「ご主人様は、あたしの好きなときに、沙那姉さんに射精させてもいいと言ったんですよ。それに、恥ずかしがり屋の沙那姉さんは、寿黒さんの前で恥をかくなんて嫌ですよね。だから、出させないようにしてあげているんです」

 

 わけのわからないことを言って、朱姫が沙那をなぶる。

 その間も、朱姫の指はぎりぎりの刺激を沙那の男根に与え続ける。

 まさに究極の寸止めだ。

 

 射精はほぼ寸前まできている。

 身体のどこをどう刺激されても感じるくらいに鋭敏になっている。

 それなのにいけない。

 最後のほんのちょっとの刺激だけを巧みにかわされ続けるのだ。

 そして、始まる怒張への繰り返しの刺激──。

 

 根元……。

 横……。

 先っぽ……。

 そして、根元──。

 そこに肛門の周りと女陰の周りへの刺激も加わる──。

 

 いくっ──。

 沙那は身体を硬直させる。

 しかし、また朱姫の与える刺激が逃げる。

 

 いけない──。

 ほんの少しなのに……。

 もうちょっと……。

 

「もう、可哀そうだから、許してあげますね、沙那姉さん」

 

 朱姫が陰湿な笑みを浮かべながら、限界までそそり勃った男根の側面をやっと強く擦り出す。

 

「あああぁぁぁぁ──」

 

 沙那はあまりにも壮絶な快感の高まりに狂ったような声をあげた。

 

「……なんちゃって……」

 

 しかし、またしてもぎりぎりのところで、朱姫はぱっと手を離した。

 後は射精するだけの刺激を失った官能の猛りが、むなしく沙那の身体の中で毒液のように彷徨い暴れるだけだ。

 

「あ、あんまりよ、朱姫──。こ、こんなのないわ──」

 

 沙那はあまりの怒りに絶叫した。

 

「怒られる筋合いはありませんよ、沙那姉さん。ちゃんと出させてあげているじゃないですか。さっきから、ちゃんと出しているでしょう。先っぽからじわじわと……」

 

 朱姫はくすくすと笑いながら、

 今度は先っぽだけをいじくり出した。

 ほんの少しの指先の動きで、沙那の快感は爆発を迎える。

 

「これ?」

 

 確かにぎりぎりまで追い詰められて、次々に滲み出るように精が怒張の先端から出てはいる。

 しかし、それは暴発できない苦しみの膿のようなもので、沙那が発散したい精そのものではない。

 

「そうです。沙那姉さんが出せるのは、そのにじみ汁のような精だけです。それを搾り取ってさしあげますね」

 

 朱姫は言った。

 

「そ、そんなあ──」

 

 沙那は、また泣き声をあげる。

 すると刺激がいきなり強くなった。先端の部分が強く指で擦られ始めたのだ。

 

「い、いくっ──」

 

 沙那は今度こそ身体を震わせて叫んだ。

 

「無理ですよ。先っぽだけじゃあいけないですよ。先っぽだけを触られると、快感があがるだけで絶対にいけません。いいですか、先っぽは気持ちよさがあがるだけでいけないんです……。さあ、沙那姉さん。あたしの言葉を繰り返すんです」

 

 放心した頭になぜか朱姫の言葉だけが響く。

 

「……先っぽだけじゃあいけない……。気持ちよさだけがあがる」

 

 朱姫の言葉をただ繰り返す。

 

「沙那──、しっかりして──。朱姫、いい加減にしなよ」

 

 どこか遠くから孫空女が怒鳴る声が聞こえる。

 しかし、それはとても遠くだ。その孫空女の声も宝玄仙にたしなめられてすぐにやむ。

 だんだんと朱姫の声以外に聞こえなくなってくる。

 先っぽが擦られる。

 いままでのような弱々しい触り方ではない。激しく強い刺激だ。沙那は絶頂の予感に打ち震えた。

 

 しかし、なぜか、いけない。

 どうしても寸前でとまってしまう。

 与えられる刺激は強いままで、今度は中断されない。

 それなのに、沙那の肉棒の中の精は頂点の部分まで押し進んだ後、どうしてもそこから外に出ようとしない。

 溜まったものが出ないのに、次から次へとさらに先端になにかが押し進む。

 外に尿が出ないのに、身体中の水分という水分がその封鎖された出口に殺到している──。

 そんな気分だ。

 

 ひたすらあげられる快感の度合い──。

 先っぽをひたすら擦られる──。

 快感があがる。

 そして、溜まった状態のまま、

 次の快感を足される──。

 

 苦しい──。

 もはや、息をするのも苦しい。

 なぜ、こんなことをされているのかもわからない。

 

「も、もう……いかせて──。お、お願い、出させて──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ちゃんと出てますよ、沙那姉さん。どんどん、お汁が先っぽから溢れ出ています。朱姫が、それを全部吸い取ってあげます。これだけ出せば、きっと、もう、普通の三回分くらいは出しているはずですよ」

 

「ひ、ひん、ひいぃ──。お、お願い──。もう、勘忍して──。もう、出させて──」

 

 もう頭がおかしくなる。

 沙那は最後の力を振り絞るように叫んだ。

 

「わかりました。出させてあげます。でも、その前に、朱姫の言うとおりにしてください……」

 

 朱姫が耳元でささやいた。

 その間も朱姫の指は、沙那の怒張の亀頭を責め続けている。

 

「……わ、わかったわ……。はあ……はあ……ああっ……な、なんでもするから……」

 

「簡単なことです。こう口に出して言ってください。沙那姉さんは、もう、その肉棒からじゃないと精を出すこともできないし、いくこともできないんです。感じやすい女の股もお尻も全部きもちいいけど、そこじゃあ、いけないんです。わかりましたか……。言ってください。沙那姉さんは、男の性器じゃないといけないって……」

 

「朱姫──」

 

 また、孫空女の怒鳴り声だ。

 そして、笑いながら宝玄仙が、立ちあがろうとする孫空女を道術で止めている。

 しかし、それはどこか遠くの出来事だ。

 沙那と朱姫には関係がない。

 

「わ、わたしは……男の性器じゃないと……い、いけない──」

 

 なにかが頭に入ってきた。それがなんだかわからない。

 

「じゃあ、次は、お尻の中も刺激しちゃいますね、沙那姉さん」

 

 そういうや否や、朱姫の右手の指がお尻に挿入してきた。

 

「ひゃああぁぁぁ──」

 

 沙那は悲鳴をあげていた。

 そこは宝玄仙はさんざんに開発されてしまった沙那の最大の性感帯だ。お尻の中の感じる部分を滅茶苦茶に刺激される。

 

「あがあああ──」

 

 自分の口から獣のような声が出るのがわかった。

 今度こそいく──。

 沙那は拘束された身体を限界まで仰け反らす。

 朱姫の指がさらに足される。そのお尻の中の肉襞の部分をかき出すように刺激する。

 股間に生えた男根がさらに堅さを増していく。

 

「いっていいんですよ、沙那姉さん──。いかないんですか?」

 

「ひひいっ──い、いけない──、いけないのお……」

 

 沙那は声をあげた。

 十分すぎるほどの刺激であるはずなのにいけないのだ。

 

「忘れたんですか、沙那姉さん──。男性の性器に刺激を受けないといけないんですよ」

 

 もう性感は爆発しそうだ。

 しかし、絶頂できない──。

 もう、狂いそうだ。

 

 沙那は、もう恥も外聞もなかった。

 ひたすらいかせてくれと叫び続けた。

 それなのに、朱姫は飽きるほど肛門を刺激し続ける。

 もの凄い快感なのに、いけない。

 もう少しのところでとまっている。

 身体に力が入らず、沙那は情けない声で悶え続けた。

 

「朱姫、触って、に、肉棒に──肉棒に触って……。これを擦って──。お願いよ、もう狂っちゃうわ──」

 

 あまりの性の拷問に沙那は半狂乱になった。

 

「いいですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が満面の笑みを浮かべた。

 なにかを企んでいるかのような表情だが、いまの沙那には、それを勘ぐる余裕はない。

 

 それよりも一度でいい。

 射精させて欲しい。

 この封じられた快感を爆発させたい。

 

「でも、もうちょっと我慢してくださいね、沙那姉さん」

 

 そう言うと朱姫は、沙那の怒張の先端に両手の手のひらを被せて円を描くように亀頭を撫で回し始めた。

 

「う、うわっああぁぁぁぁ──ま、待ってえぇぇぇっ──」

 

 頭を殴られたような衝撃が走る。あまりの刺激に声も出ない。

 

「沙那姉さんがけだもののようによがり続ける姿って素敵です。いつも冷静で知的だから、その違いが興奮します」

 

 そう言いながらも、両手の速度をあげる。

 

「ひぎいっ──い、いくっ──」

 

「心配いりませんよ。先端だけじゃいけないという暗示もまだ残っていますから」

 

 もう朱姫がなにを言っているかもわからない。

 もう、絶頂する──。

 しかし、できない。

 あまりの刺激に射精できると思うのだが、どうしても射精出来ないのだ。

 

 怖ろしいほどの快楽だけが溜まり続ける。

 もう限界──。

 いくことも許されない……。

 もちろん発散しない快楽がなくなることはない。

 男根はどこまでも膨れる気がする。

 萎えることも許されず、沙那は、ただ身体を震わせて叫び続けるしかなかった。

 

「もっともっと悶えてください、沙那姉さん」

 

 朱姫の嬉しそうな声が抱けが響く。

 そして、また、お尻に指を入れて敏感な場所を押しあげる。

 

「はひいっ──」

 

 あまりの刺激に錯覚の絶頂が沙那を襲う。

 そして、次の瞬間にこれは絶頂ではなかったと思い知らされて、奈落の底に突き落とされる。

 それを繰り返される。

 

 片方の指はお尻の中──。

 もう片方は、怒張の先端だけでを刺激し続ける。

 絶頂の瞬間はそこまでやってきている。

 しかし、いくら待ち望んでもそれがやってこない。

 寸止めの状態が延々と続く。

 

「じゃあ、さらに上の段階の朱姫の快楽地獄を味あわせてさしあげます。沙那姉さん──。これでも、性の技だったら、ご主人様にも負けないと思ってるんですよ」

 

 不気味なことを言いながら、朱姫は肛門を刺激する指をそのままに、やっと手を怒張の先端から側面に移動させた。

 根元から側面を伝って絞り上げるように先端まで……。

 だが、相変わらずその速度はあまりにも遅い。

 これ以上ないかと思うようなゆっくりとした動作だ。

 いく寸前までいっているのに、あまりにも遅い刺激のためにいけない──。

 

 沙那は叫んでいた。

 それでも朱姫の手管は変化しない。

 根元から這いあがった指は、ゆっくりと先端まであがり、先っぽの部分を指の輪っかでぐりぐりと刺激し、そのままそこをを手のひらで撫でる。

 先端を刺激する力は強いが、側面への刺激はあるかないかだ。

 

 これを果てしなく続けられた。

 快感が臨界点で停止している。限界まで達した快感がゆっくりとした刺激で、臨界点ごと上に押しあげられている感じだ。

 いつまでたっても待ち望んでいたものがやってこない。

 この状態が再び延々と続く……。

 もう身体に力は入らない。射精寸前の状態のまま、ひたすら身体を硬直させるだけだ。

 

「じゃあ、今度は、いく寸前で、いくと絶対言うんです。繰り返してください。いくと言わないときは、いけませんからね……。さあ、沙那姉さん、いまの言葉を繰り返してください……」

 

 耳元でささやかれる朱姫の言葉には逆らえない。

 沙那は言われるまま、朱姫の喋った内容を口にする。

 

「いく前にいくと言う……。言わない限り、いけない……」

 

「そうです。よくできました」

 

 なにかが頭に刻まれる。

 朱姫の言葉が繰り返し、頭で鳴り響いている。

 いく寸前にいくと言い──、言わない限り、いけない……。

 

「じゃあ、速度をあげます。お待たせしました、沙那姉さん、いっていいですよ」

 

 怒張の側面が勢いよくしごかれる。

 やっと出せる。熱いなにかが肉棒の中をせりあがる。

 

「いくっ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「はい、休憩です──」

 

 朱姫がぱっと手を離す。

 沙那は泣き叫んだ。

 まさに地獄責めだ。

 

 そして、少しだけ休むと、肛門の中を刺激されて、快感の度合いを跳ねあげさせられ、強い刺激で側面をしごかれる。

 だが、沙那の「いく」という言葉を合図に、手を離してしまう。

 もういかせる気がないのだと悟るしかない。

 

 沙那はもう涙がとまらくなっていた。

 しかし、それでも、果てしなく繰り返すと、少しの刺激であろうと、もう肉棒を触ってもらえれば瞬時にいけるのではないかと思うくらいに快感の限界がやってくることがある。

 だが、そのときは、朱姫は、まるで沙那の心を読んでいるかのように、肉棒の側面を触るのをやめて、先端だけの強い刺激に切り替えるのだ。

 

 亀頭を包み込むような刺激と手で回す責め……。

 先端ではいけない──。

 沙那は横を擦ってくれとひたすら叫んだ。

 やがて、あまりの焦らし責めに呼吸すら苦しくなる。

 息苦しさに気を失いそうになるとやっと側面を擦ってくれる。

 しかし、それすらも、沙那が「いく」と叫ぶことで中止されてしまう。

 

 頭が白くなる。

 常軌を逸した焦らし責めに、沙那が正気を失いかけた。

 いや、もう失っている。

 いまの沙那は、一回の絶頂のためになんでもできる。

 

 一度でいい──。

 出させて──。

 たった、一回でいいから……。

 

「次はいかせますよ」

 

 朱姫が優しげな微笑とともにそう言う。

 沙那は、それを信じて、込みあがる快感に身を委ねる。

 しかし、寸前で裏切られる。

 

 昇天できると思っていただけに、それを奪われる悔しさと衝撃は大きい。

 だが、それでも「次はいかせる」と繰り返されると、どうしても次こそ、絶頂を与えられると思ってしまう。

 沙那にはもうどうしようもない。

 

 「いくっ」と叫ぶと、朱姫は必ず、刺激を追加するのをやめる。

 わかってはいるけど、それを告げることなく、いくことはできない。

 

「もっと遊んでいたいけど、孫姉さんが怖い顔で睨んでいるので、出させてあげます。朱姫の眼を見てください。いまは、沙那姉さんは、男の性もありますかは、お尻の中のこりこりした部分を押すと、射精できますよ。でも、少しずつです──。さあ、朱姫の眼を見てください」

 

 言われたとおりにする。

 一瞬意識が消えた気がした。

 だが、それは錯覚のようだ。

 まだ、朱姫は眼の前にいて、ずっと沙那を責め続けている。

 朱姫が怒張を刺激するのをやめた。

 

 今度は肛門の中だけの責めに変える。

 肛門の中の膨らみの部分という場所を押し動かされる。

 下腹部の底からなにかがゆっくりとあがる。

 そして……。

 

「いくううぅぅぅっ──」

 

 沙那は叫んでいた。

 しかし、求めていたものとは違う。圧倒的な勢いのある迸りとはほど遠い、ほんのわずかな量だけだ。

 それが、肉棒の先端からぴゅっと出た。

 

「あぐうっ──」

 

 それでも、やっと快感を放出できたことで沙那の意識は飛びそうになる。

 

「じゃあ、また、我慢できますね」

 

 また、朱姫はしばらくは肉棒の先端だけの刺激に変える。

 やがて、沙那の頭がおかしくなるほどに苦しくなると、お尻の中を刺激して、かすかな射精だけをさせる。

 

 それが繰り返した。

 十回も続くと、沙那はついに限界を超えた気がした。

 しかし、まだ気絶さえもさせてもらえない。

 気を失う寸前で、ほんのちょっとだけ精を放出されて、なんとか正気を戻される。

 そこまで追い詰めるまでは、あのほんの少しの精でさえも出させてもらえない。

 もう嫌だ。沙那は、身体を激しく振り動かした。

 

「沙那姉さん、椅子がひっくり返るじゃないですか」

 

 朱姫が不満げに椅子を押さえる。

 だが、そんなことはどうでもいい、

 もう、こんなことやめたいのだ。

 

「寿黒、沙那の椅子を後ろから押さえてやっておくれ。ついでに、あいつの乳房を揉んでいいよ」

 

 どこからか宝玄仙の声がする。

 

「じゃあ、奴隷女の身体を愉しませてもらうかのう」

 

 誰かがやってくる。しかし、頭が朦朧として働かない。

 

「だが、こ、こんなことさせてもらって、いいのかのう」

 

 そんな声とともに、誰かが後ろにやってきた。

 そして、沙那が縛りつけられている椅子が背後から押さえられる。それだけじゃない。剝き出しになっている乳房に手が載せられて揉み始めた。

 

「おわああっ──」

 

 さんざんになぶられながらも、最初の刺激以降、放っておかれた乳房への新しい刺激に沙那は絶叫した。

 全身が溶けるかと思うような快感が沙那を襲う。

 

「これで、暴れられませんよ、沙那姉さん──。じゃあ、少しずつ精を出す気持ちよさと苦しさを味わってください」

 

 背後から胸を揉まれる両手で身体を押さえられているので、身体をよじることもできなくなった。

 朱姫の指は肛門にあの膨らみを刺激し続ける。

 ほんの少しずつ出してもらえる精──。

 沙那は悶え叫びながら、肉棒から精を少しずつ出す。

 完全な絶頂ではないが、射精の快感──つまり、絶頂の快感がやってくる。

 

 もうわけがわからない。

 先端への刺激──。

 側面を激しく擦ってはすぐに中止される責め──。

 肛門を刺激されて、染みだされるように出される精──。

 それが繰り返す。

 

 頭が白くなる。

 もう、声も出ない。

 身体は椅子の上で仰け反ったまま痙攣のような震えは止まらない。

 胸は荒々しく揉まれ続ける。

 

 胸が溶ける──。

 ほんの少量だけの精だけが先端から飛び出る。

 

 とまらない──。

 まるで、ずっと長い時間絶頂しているかのようだ。

 しかし、これは絶頂ではない。

 それは、まだ一度も与えられていない。

 

「沙那姉さん……、まだ、起きていますよね?」

 

 不意に朱姫の声が頭に流れ込んだ。

 沙那はいつの間にか閉じていた眼を開いた。

 朱姫と視線があった。

 

「もう、許してあげます。もう一度、あたしの眼を見てください。すべての暗示を解きますから」

 

 沙那は、泣きながら朱姫を見た。

 もう、慟哭が止まらないのだ。自分でもどうしようもない。

 なにか頭にかかっていた霞がとれた気がする。

 

「いまのはなんじゃ?」

 

 不意に後ろからした声に沙那は愕然とした。

 誰だ──。

 誰かが沙那の胸を無遠慮に揉んでいる。それが寿黒といかいう老人だと悟るのに少しかかった。

 

「い、いやぁ──な、なんで──いやっ」

 

 沙那は身体を揺すってそれを避けようとするが、縛られている身体ではどうしようもない。

 乳房や乳首が揉まれ、

 そして、こねられる──。

 

「今更、なに言ってるんですか、沙那姉さん……」

 

 朱姫が呆れたように笑っている。

 

「あ、あんた、また、『縛心術』で……」

 

 わけのわからない暗示で、頭を弛緩させられたに違いない。

 

「それよりも、もういきたいんですよね。いかせてあげますね。ご主人様に教わったんですけど、本当は、男の人は、お尻のここを刺激されると射精が止まらなくなるそうですよ。沙那姉さんは、ご主人様の魔術で、いまは男の性も与えられていますから、多分同じだと思いますよ……」

 

 朱姫がお尻の中を刺激した。

 

「い、いくっ──」

 

 沙那のすべての思考を吹き飛ばすような快感が突然に爆発した。

 

「おおっ──」

 

 声は後ろの寿黒からだ。

 沙那の肉棒の先端から噴きあがった精は、人の頭のずっと上まで勢いよくあがったのだ。

 身体がばらばらになるような強烈な快感の余韻が沙那を襲う。

 

「ひゃ、ひゃ……」

 

 舌がうまく動かせない。

 

「愉しいのはこれからですよ、沙那姉さん。一度精を出しても、お尻の中のこの膨らみを刺激され続けると精の噴出を止められないそうです」

 

「ひいいいぃ──いくぅ──」

 

 再び精が肉棒の先から飛び出した。たったいま射精した直後なのにさらに精が飛び出る。

 沙那は、連続絶頂の予感に恐怖した。

 男の性器をつけられていても、身体は女だ。女の身体はいくらでも絶頂を続けられる。それこそ、気を失って果てるまで繰り返すことができる。

 

 沙那の肛門の中の朱姫の指はとまらない

 また、精が迸る。

 

 焦らし責めから一転して、今度は連続絶頂責めだ。

 沙那は悲鳴をあげた。

 絶頂感が脳天を突き抜け完全に体から力が抜け、意識が飛びそうになる。

 

「まだまだですよ、沙那姉さん」

 

 続けられる快楽責め。

 すぐに圧倒的な射精感がやってくる。

 そして、なすすべなくまた射精させられる。

 もう快感はない。

 苦痛だけだ。

 そして、壊れてしまうという恐怖感──。

 

「沙那姉さん。今度は、いくらでもいっていいですよ」

 

 朱姫が笑いながら肛門の刺激を続ける。

 

「はぎぃぃぃぃ──」

 

「また、いったんですね。もう一度ですよ──」

 

 朱姫の声──。

 そして、また射精──。

 

 ただ、射精するだけではない。反応は男だが、女の身体でもある沙那には、女の絶頂の快感も襲っている。

 これだけ短時間に繰り返される絶頂に沙那の意識はもう限界を超えている。

 

 ほとんど間隙のなくなった連続絶頂──。

 沙那の頭は今度こそ白くなる。

 意識が飛ぶ──。

 

 また絶頂……。

 叫んでいるのかそうでないのかもわからない……。

 

 絶頂──。

 噴きあがる射精──。

 眼の前から景色が消えていく……。

 

 女陰と股間から潮なのか精なのかわからないものが吹き出す……。

 白くなる……。

 

 眼の前が強い光に包まれた気がして、それでもうなにもわからなくなった……。



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219 尻文字調教

「これは、これは、なかなかいいものを見させてもろうたのう……」

 

 寿黒(じゅこく)が椅子に拘束された沙那の身体からやっと手を離した。

 沙那は、朱姫の責めに完全に果てて、気を失っている。

 孫空女は、その姿を呆然と眺めていた。

 

 ただの人のいい老人に思えた寿黒だったが、この部屋の淫靡な空気にあてられたのか、朱姫と一緒になって沙那を責めたてたようなかたちになり、ついには、沙那に激しい色責めをして半狂乱のまま意識を失わせる役目の一端を担うまでした。

 朱姫と寿黒は、気を失った沙那を縛っていた縄を解き、その裸身を寝台に横たえた。

 孫空女は、その様子を口もきけずに眺めていた。また、朱姫が面白半分で精を絞りとった沙那の股間に生えていた男根は、もうだらりとしている。

 その下のすっかりと充血した女陰は、そこだけ別の生き物であるかのようにどろどろに淫液を垂れ流しながら孔の部分を開いたり閉じたりの小さな蠕動運動を繰り返している。

 

「なにやっているんだい、孫空女。次はお前だよ」

 

 宝玄仙が、腰が椅子に張りついたかのように動けないでいた孫空女に言った。

 

「あ、あたし……?」

 

「この寿黒に協力してやるんだろう?」

 

 宝玄仙が嗜虐の悦びいっぱいの笑みで孫空女を見る。

 確かに、書物にかけられている封印を解除するのを手伝ってやりたいという気持ちはあったが、さっき、寿黒がいやらしく沙那の胸を揉みしだくのを見てその気も失せた。

 

「書物にかかっている封印を解く条件は、稚児責めではないようだね。それから、焦らし責めでもないね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「口内奉仕でもないですよ。それなら、沙那姉さんにあたしがやったから、それで解錠できてるはずですから」

 

 朱姫だ。

 

「そうだね。責めの激しさに“気絶”というのも条件ではなさそうだね」

 

 宝玄仙が笑って応じる。このふたりが、どこまで書物にかかった封印を解くことに真剣なのかわからない。

 ただ、それを口実に沙那で遊んだようにしか思えない。

 

「も、もういいよ──。そんなのどうでも」

 

 孫空女は言った。

 

「いいから、服を脱ぎな。それとも、無理矢理脱がされたいかい? まあ、それもいいかねえ。人形のように動けなくされて、そこにいる寿黒に一枚一枚脱がせてもらうかい?」

 

 宝玄仙が意地の悪い口調で言う。

 

「まあ、奴隷の女主人さんがそう言われるんなら、仕方ないからやるがのう」

 

 寿黒の顔がいやらしい笑みで歪んだ。

 孫空女は、こんな助平爺を助けたことを後悔してきた。

 

「ぬ、脱ぐよ」

 

 孫空女は立ちあがった。

 こうなったら、なにを言っても、どんな抵抗をしても無駄だ。諦めるしかない。

 孫空女は黙って、着ているものを脱ぎ始めた。下袴(かこ)を脱ぎ、そして上衣をとって座っていた椅子の背にかける。そして、胸の揺れを押さえている胸当てを外す。それは、畳んでから背凭れにかけている服の下に隠す。

 残っているのは小さな腰につけている下着だけだ。

 それも脱ごうとした。

 だが、突然、腕が背中に引っぱられて強引に回される。

 

「ご、ご主人様、な、なんだよ──?」

 

 宝玄仙の道術だ。

 孫空女が手首に装着させられている『緊箍具(きんこぐ)』が背中に引っぱられているのだ。そして、がちゃりという金属音とともに、その拘束具の霊具が腰の上あたりで密着して離れなくなった。

 

「ど、どうしてだよ。ご主人様?」

 

「なに、せっかくの客人だから、少しくらい愉しませてやろうと思ってね。やっぱり寿黒に脱がしてもらいな」

 

「な、なんで──?」

 

 冗談じゃない。どうして、そんなことをさせなきゃならないのか──。

 

「逆らうのかい?」

 

 しかし、孫空女の拒否の態度に、宝玄仙が急に声を低くした。

 孫空女は背に冷たいものが流れる気がした。宝玄仙のあの声には逆らえない。

 

「わ、わかったよ、ご主人様……」

 

 仕方なく孫空女は裸身を寿黒に向ける。

 

「ほう、ほう、ほう」

 

 寿黒が孫空女の身体を上から下まで眺めながらおかしな声をあげた。

 

「ほら、孫空女、寿黒にお願いしな」

 

 孫空女が嫌がっているのをわかって言っているのだ。おそらく、一切の哀願が無駄だろう。孫空女は内心で歯噛みしながら、寿黒に視線を向ける。

 

「ぬ、脱がしてよ、寿黒さん……」

 

「そうじゃのう。じゃあ、奴隷女のあそこを眺めさせてもらうかのう」

 

 なんだか、宝玄仙が奴隷女と紹介してから、寿黒の態度が一変した気がする。

 山で助けてあげたときには、孫空女に賞賛のこもった視線を向けていた気がしたが、いまは、なんだが蔑みのようなものを感じる。

 気のせいだろうか──。

 寿黒の両手が、孫空女の下着にかかる。

 そして、すっと足首まで脱ぎおろされる。

 

「触ってもいいかのう、宝玄仙殿?」

 

 孫空女の足首から下着を取り上げると、寿黒が言った。

 かっとなって怒鳴りあげようと思ったが、それよりも早く、宝玄仙が口を開く。

 

「調子に乗るんじゃないよ、寿黒──。じゃあ、また、座ってな」

 

 がっかりしたような感じで、寿黒が離れていく。少しだけ、溜飲が下がる。

 

「そこで、お尻を床につけないようにしゃがみな、孫空女──。朱姫、『魔縄』を持っておいで」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 孫空女は命令に従って、踵にお尻を載せるように腰を落とす。『魔縄』を持ってきた朱姫がそばまでやって来る。

 

「その『魔縄』で孫空女の腿と足首をそれぞれ縛ってしまうんだ、朱姫。立てないようにね」

 

「はい」

 

 さっそく朱姫が作業を始める。

 孫空女は観念して、されるがままに任せた。

 腿を縛った『魔縄』で左右それぞれの足首と結ばれる。そうやって縛られてしまうと、宝玄仙が言った通りにもう立つことができない。

 なにをさせられるのかわからず、緊張で心臓が痛いくらいに鼓動するのがわかる。

 

「さて、お前にやってもらうのはこれだよ」

 

 宝玄仙が愉しそうに、書物を開いて孫空女の眼の前にかざした。

 孫空女は字が読めないが、その頁には絵が描かれていた。

 だから、宝玄仙が孫空女にこれからなにをさせようとしているのかわかった。

 

「い、いやだよ──。そんなの──」

 

 思わず逃げようと思った。しかし、すでに立つどころか歩くこともできないようにされている。

 それでも立とうとしたので、そのまま態勢を崩してひっくり返ってしまった。

 しかし、両膝を曲げたまま拡がらないように縛られているので、倒れるともう自分では起きることが難しい。

 

「字の書けないお前にはちょうどいい練習さ。文字を教えてやるから少しは練習しな」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ふ、普通に練習するよ──。そ、そんなの酷いよ──」

 

 宝玄仙に見せられたのは、女が股間に筆を挟んで字のようなものを書いてある挿絵だった。そんな恥ずかしいこと冗談じゃないと思った。

 孫空女は身体を暴れさせる。しかし、どうしようもない。こうなったら、さすがに孫空女でも逃げようがない。

 

「ねえ、ご主人様、ほかのことならやるよ。でも、そんなのやだよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 そんな孫空女を押さえつけ、宝玄仙は横倒しになっている孫空女の身体に馬乗りになった。

 

「お前の言い出したことじゃないか、孫空女。あの書物の封印を解くためだ。やるんだよ。もしかしたら、これが鍵になっていて、お前が女陰で筆を挟んで字を書けば、封印が外れるかもしれないじゃないか」

 

「もう、そんなのどうでもいいよ。あたしが悪かったよ。もう、やめようよ」

 

「ええい──、聞き分けがないねえ……。朱姫、痒み剤を持ってきな。こいつの女陰にたっぷりと塗ってやるんだ。痒さに耐えられなくなったら、筆でもなんでも、女陰で咥えさせてくれとお願いするに決まってるよ」

 

 痒み剤と聞いて、孫空女は総毛だった。あれは少量塗るだけで、発狂するような痒みを与える宝玄仙の地獄の『仙薬』だ。

 

「そ、それだけはやめてよ、ご主人様──。わかったよ。わかったからやる。字を書く。書くよ──。だから、痒み剤だけはやめて──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 朱姫が薬剤の入った容器を持って戻ってきた。

 

「もう遅いよ。じゃあ、朱姫、わたしが押さえつけておくから、こいつの女陰にたっぷりと塗り込みな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい──。じゃあ、孫姉さん、いきますよ」

 

 わざとらしく朱姫が、孫空女の眼の前に指に載せた薬剤を見せる。これ以上は無理だと思うくらいにたっぷりと指に載せている。

 そして、朱姫の指が孫空女の股間に移動する──。

 薬剤を載せたその朱姫の指が孫空女の女陰に入ってくる。孫空女は心の底から悲鳴をあげた。

 

「謝るよ、ご主人様……。謝るから──。ねえ、勘忍して……。痒み剤だけは塗らないでよ……」

 

 孫空女は哀訴する。しかし、朱姫の指が容赦なく孫空女の女陰の孔を出入りする。薬剤を塗っているだけではない。朱姫はしっかりと孫空女を追い込むように、女陰の中や敏感な肉芽にも指を伸ばしている。孫空女の抵抗力を根こそぎ奪うような朱姫の手管に、あっという間に孫空女は快感の疼きを込みあげさせてしまう。

 

「あ、ああ……あん、あんっ……」

 

 一度受け入れてしまうと、朱姫の指は簡単に女陰の最奥まで侵入をしてくる。

 朱姫の指の触れるところのすべてに、痒み剤が繰り返し塗られているのだと思うと、孫空女は怖くなる。

 朱姫は、孫空女の肉芽の皮の裏にも皮を器用にめくりながら、薬剤を塗り込めている。

 

「しゅ、朱姫……も、もう──ああ……はあっ──」

 

 孫空女は身悶えた。耐えがたいものがどんどん込みあがる。哀願する声に荒い鼻息が混じる。

 

「ふ、ふ、ふ、そんなに気持ちいいですか、孫姉さん……? そんなに指を締めつけられると抜けなくなりそうです」

 

 女陰に油薬を塗り足していた朱姫がからかう。

 

「どうしたんだい、孫空女──。まだまだ、始まってもいないんだよ──。朱姫、こいつは、二、三回いかせておきな。そっちの方が、抵抗の気も失せるからね」

 

「わかりました」

 

 朱姫はそう言うと、また、さらに薬剤を指に足して、女陰に指を挿した。そして、その指を女陰の中の上側の部分を刺激するように動かした。

 

「はひいいぃぃぃ──」

 

 突然、頭を殴られでもしたかのような衝撃が走った。

 真っ白い光のようなものに包まれたかと思うと、孫空女はいつのまにかがくがく身体を震わせている自分に気がついた。

 激しく達したのだと悟ったのは、絶頂の余韻が身体を包み込むようになってからだ。

 

「あっという間ですね、孫姉さん──。もう一度いきますか?」

 

 朱姫が指を抜かないまま、そう言って笑った。

 そして、また同じ場所を刺激する。

 抵抗できないものが込みあがる。

 孫空女は再び声をあげて達していた。

 やっと、朱姫と宝玄仙が孫空女の身体から離れた。

 

「しばらく放っとこうかねえ──。じゃあ、孫空女、股間で筆を挟んで字の練習をしたくなったら言いな」

 

 宝玄仙と朱姫が孫空女から離れた。

 孫空女は横倒しのまま放置される。

 まだ、荒い息をしながら孫空女はやがてやってくるだろう地獄の痒みに恐怖した。

 そして、それはすぐにやってきた。

 

 きた──。

 そう思った。

 あの痒みが襲ってきたのだ。

 一度知覚してしまうと、もうどうしようもない。

 孫空女の股間で、猛烈な痒み爆発する。

 

「あ、あ、あ……──か、痒い──か、痒いよう──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 あの恐ろしい痒さが襲ってきたのだ。

 

「か、痒い、痒いよ──。ああ、何とかしてよ、ご主人様」

 

 孫空女は、もどかしげに身体をくねらせた。

 

「どこがそんなに痒いんですか、孫姉さん? 大声で言うんですよ」

 

 朱姫がからかうように言った。孫空女は怒りでかっとなった。

 しかし下手なことを言って、しばらく放っておくようなことをされると大変なことになる。

 

「い、意地悪を言うんじゃないよ、朱姫。あ、あそこが痒いに決まってるじゃないか──」

 

 孫空女は床に転がったまま喚いた。

 

「あそこって、わかりますか、ご主人様?」

 

 朱姫がわざとらしく言った。

 

「さあね、鼻でも痒いんじゃないかい。随分と汗も出てきたようだからね」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「なんだ……。鼻が痒いんですか。じゃあ、掻いてあげますね、孫姉さん」

 

 朱姫が近づいて、孫空女の鼻を軽く掻く。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ、朱姫──。か、痒いんだよ。あ、あそこに、筆を……筆を入れて──。お、お願いだから。もう、なんでもするよ」

 

 孫空女は、全身が火がついたように熱くなって、わけがわからなくなり声をあげた。あまりの痒さで全身が震えてくる。ほんの少しもじっとしていられない。

 孫空女は床の上でのたうち回った。しかし、もの凄い痒さが襲っている女陰だけは、どうしても触ることができない。

 

「あひいぃい──か、痒いよう──。ご主人様、ご主人様、ご主人様──」

 

 孫空女は泣き叫んだ。

 

「どこが痒いんだい、孫空女? はっきり言わないかい」

 

「言う、言うから──なんとかして。女陰だよ。女の孔が痒いんだ。お、お願いだよ。さっき言っていた股で筆を咥えるというのをやらせてよ」

 

 もう恥もなにもない。きっと、それをやらないと許してくれない。孫空女は懸命に訴えた。

 

「わかったよ。じゃあ、準備するから、その言葉を忘れるんじゃないよ──。朱姫、じゃあ、これを足しときな」

 

 そう言いながら、宝玄仙は朱姫になにかを渡して離れていった。

 朱姫は、いきなり孫空女の股に手をかけた。なにをする気だろうと思っていると、驚いたことに、いつのまにか再び痒み剤を指にすくっていて、さらに塗り足そうとしている。

 

「あっ──、な、なにしてんだよ、朱姫──」

 

 孫空女はけたたましく叫んだ。

 

「ご主人様の言いつけですから。仕方ないんです」

 

 そう言いながら、本当に愉しそうに朱姫は、痒みでただれそうな孫空女の股間に、さらに薬剤を追加していく。

 孫空女はあまりの仕打ちに絶叫した。

 やがて、朱姫の手は女陰から離れたが、しばらく孫空女の身体にまとわり続ける。しかし、朱姫の手は一番痒い場所には触れない。孫空女の肛門や胸などを刺激する朱姫の手管は、孫空女を翻弄して、そし、狂おしい悲鳴をあげさせる。

 

「さあ、準備ができたよ」

 

 宝玄仙の声がした。

 孫空女は汗まみれの顔をあげた。

 床の一部が白くなっている。宝玄仙の道術だろう。そこに文字を書けということに違いない。

 

「朱姫、孫空女をこっちに連れておいで」

 

「わかりました」

 

 横倒しになってもがいていた孫空女の身体を朱姫が起こした。

 

「さあ、進んでください」

 

「こ、こんなんで歩けるわけないじゃないか、朱姫……」

 

 進もうにも両脚とも、膝が真っ直ぐにならないように腿と足首を結びあわされている。

 しかも、股間の痒みは限界に達している。

 これ以上、焦らされれば狂ってしまう。孫空女は悲鳴をあげた。

 

「我がまま言うと、こうですよ」

 

 朱姫がいきなり孫空女の鼻の孔に二本の指を突っ込んだ。

 

「ふ、ふがっ──。んんむ──んんむから──」

 

 朱姫は鼻の孔に二本の指を入れて、容赦なく引っ張る。孫空女は、悲鳴をあげながら、身体を捻って、不自由な身体でよちよち進む。

 

「ほう、ほう、ほう──なかなかの奴隷扱いじゃな」

 

 寿黒が面白そうに囃し立てる。孫空女のむかっ腹がさらに増長する。しかし、いまは、耐えるしかない。

 そして、やっと宝玄仙が道術で白い紙のようなものに変えた床の上までやってきた。朱姫が手を離す。

 

「ほら、歩けるじゃないですか、孫姉さん」

 

「く、くそう──。あ、あとで酷いからな、朱姫」

 

 孫空女は悪態をついた。

 

「あっ……。そんなこと言うなら、また、痒み剤を足しますからね」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 

「うわっ、そ、それだけは──」

 

 しかし、朱姫はもう痒み剤を再び指にすくって孫空女の裸身に迫っている。

 

「ひゃあああぁぁ──。そ、そこは嫌だ。嫌だってばあ──」

 

 しかも、朱姫の指は、双臀の女陰よりもさらに秘めやかな後ろの孔に触れてきている。孫空女は愕然となった。

 

「そんなに嫌ですか、孫姉さん?」

 

「嫌だよ。そこだけは勘弁してよ──。ね、ねえ、ご主人様──朱姫をやめさせてよ」

 

 孫空女は宝玄仙に哀願の顔を向けた。

 

「塗ってもらいな、孫空女。お前のお尻は敏感だから、塗ればこっちでも愉しく字の練習ができるさ」

 

 宝玄仙は面白そうに笑った。

 

「朱姫、お願いだよ。それだけはやめてよ……」

 

「ふふふ、朱姫様、やめてくださいって言ったら考えますよ、孫姉さん」

 

 朱姫が油薬をかざしたまま言った。

 

「しゅ、朱姫様、やめてください。お願いします」

 

 怒りで血が沸騰しそうだが、それでも孫空女は懸命に朱姫に訴えた。

 

「そんなに嫌ですか?」

 

「は、はい………どうか許してください、朱姫」

 

「そう。そんなに言うなら残り全部塗ってあげます」

 

 朱姫は、笑いながら、油薬を孫空女の深い亀裂の奥へ挿し入れた。

 

「う、嘘つきいぃぃ──」

 

 油薬独特のひんやりとした感触に孫空女は引きつった声をあげた。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか。朱姫、これを孫空女の股に咥えさせな」

 

 宝玄仙が朱姫に渡したのは、握る部分がやたらに太い男根のかたちになっている一本の筆だ。

 しかも、表面はたくさんのでこぼこがついている。

 

「じゃあ、入れますね」

 

 男性器そのものの感触が股間に加わる。しかも表面のでこぼこが、油薬で地獄の痒さで蕩けている女陰の粘膜を擦ってくれる。孫空女はあまりの気持ちよさに身体を仰け反らせて吠えた。

 

「気持ちよさそうじゃのう」

 

 寿黒がそう言って笑った。なにか理不尽なものを感じて孫空女は悔しくなった。

 

「落ちにくいようになっているはずだけど、一生懸命に締めつけな。もしも、途中で落とそうものなら、また、痒み剤を追加して、一刻(約一時間)は、そのままでいさせるからね」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女はぞっとした。宝玄仙は責めに関してはやるといったら、必ずやる。孫空女は、筆を挟んでいる股間を締めつけた。

 

「さあ、床に筆先をつけて動かしてごらん。墨がなくても床に文字が書けるからね。まずは、お前の名前からいこうか」

 

 宝玄仙の言葉で、孫空女が跨っている床の上になにかの記号が浮かびあがった。

 

「こ、これは……?」

 

 孫空女は、さらに加わってきた肛門の痒さに震えながら顔をあげた。

 

「それがお前の名前だよ。その通りに書くんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「くっ」

 

 なんか難しそうな字だ。

 自分の名がああいう風なかたちとは知らなかった。孫空女は見本をたよりに、筆を咥えた女陰を床の上で動かす。

 

「ひいいい──」

 

 その途端、孫空女が股に入れている筆の柄が強く振動し始めた。ただれたような痒みがいっぺんに癒されるあまりの気持ちよさに孫空女は大声で吠えた。

 しかし、孫空女が快感にのたうとうとすると、嫌がらせのようにぴたりと振動が止まった。すると、また、痒みが襲ってきて、孫空女を苦しめる。

 

「字を書くのをやめると振動がとまる仕掛けになっているんだ。痒みで発狂したくなかったら、一生懸命に字の練習をしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「その奴隷は、字の練習をしながら気をやりそうではないかのう」

 

 寿黒が冷やかしのような声をあげる。

 やっぱり、奴隷だと聞きた途端に、寿黒は孫空女たちに対する態度ががらりと変わった。それにもなにか腹が立ってくるが、いまはそれどころじゃない。この痒さをなんとかするには、卑猥な芸のようなことを続けるしかないのだ。

 

 気の遠くなるような恥辱を覚えながら下腹部をかくかくと動かし、股間で字の練習をするという恥辱に挑んだ。

 そうすると、筆に激しい振動が襲ってきて、絶頂に追い込まれる。

 しかし、それに我を忘れると振動がとまり、また、とてつもない痒みが戻ってくる。その繰り返しにより、いつのまにか全身にびっしょりと生汗をかいた孫空女は、そのおびただしい汗と、そして、女陰から滴り落ちる愛液で床を汚していた。

 

 畜生──あたし、なにをやっているんだろう。

 痛みとさえ錯覚するような痒み──。

 それが癒される筆の振動──。

 そのあまりもの気持ちよさ──。だが、それを受け入れてよがるとぴたりと止まり、奪われる快感と戻ってくる痒み──。

 だんだんと追い詰められて、孫空女の頭は朦朧としてくる。

 

 字を書く速度が緩慢になると、宝玄仙だけではなく、寿黒も囃し立てるような声をあげるようになった。

 そして、ついに、途中で孫空女は激しい気をやった。

 

「怠けちゃいけませんよ、孫姉さん」

 

 絶頂とともに、お尻を床につけてしまった孫空女は、朱姫に腰をあげられて元の中腰の態勢に戻る。

 休息も許されず、孫空女は、何度も何度も同じことをさせられた。なんとか文字らしきものを書きあげると、宝玄仙が道術で床に書かれた文字を消す。そして、ひたすら繰り返すのだ。

 

「それにしても、床はまるで小便でも洩らしたようになったのう」

 

 やがて、寿黒が言った。

 孫空女はふと床を見た。確かに、孫空女が文字の練習をした床は、黒い文字とそのまわりのたくさんの液体でいっぱいだ。

 

「じゃあ、次は、お尻で同じことをしましょうね、孫姉さん。挟みやすいからお尻は女陰で咥えるよりも簡単ですよ」

 

 朱姫がそう言って、女陰から筆を引っこ抜いた。

 

「ふわあぁぁぁぁ──」

 

 筆が抜かれる感触で、再び孫空女は痴態を晒してしまった。

 

「ほう、ほう、ほう、何度もいったのに、随分と敏感な奴隷じゃのう」

 

 寿黒が驚いたような声をあげる。

 

「このわたしが調教したからね」

 

 宝玄仙が応じる。

 孫空女は消えてしまいたいような恥ずかしさを感じた。

 

「じゃあ、次はお尻ですよ、沙那姉さん」

 

「も、もう……か、勘忍」

 

 何度もいかされて孫空女の身体は全身が鉛になったかのように重かった。少しでもいいから横になりたい。

 

「あら? じゃあ、やめますか、孫姉さん? 別にいいんですけど。いいのかなあ、ここ痒くないんですか?」

 

 朱姫が孫空女の肛門の入口をこちょこちょとくすぐった

 

「ひゃあああぁぁぁ──」

 

 孫空女はあまりの衝撃に大声をあげた。女陰の痒みが紛れることで忘れていた肛門の痒みが一度に襲ってきたのだ。名状できない恐ろしい痒みが、刺激されたことで呼び起こされて、一度に肛門にやってきた。

 

「い、嫌だ──。ひゃあ、ひゃあ──」

 

 孫空女は不自由な腰を跳ねあげる。もちろん、それで痒みは癒されない。それどころか、かなりの時間、肛門については、放っておかれたことで痛みのような痒みがどんどん倍加していく。

 

「ほら、孫空女、おねだりしないか。尻でも字の稽古をしたいだろう?」

 

 宝玄仙がからかいの言葉を投げる。しかし、それを悔しいとか、恥ずかしいとか思うような余裕は、いまの孫空女にはない。

 

「お尻でやるよう……。お尻に挿してよう──。れ、練習させて。お願いだよ──」

 

 孫空女は大声で叫んでいた。

 

「そんなにお尻に筆を入れて欲しいですか、孫姉さん?」

 

 朱姫が意地の悪い言い方をしながら、また、お尻を刺激した。だが、ひんやりとした感触──。

 孫空女は嫌な予感がした──。

 

「朱姫、お前、な、なにを……」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 

「いやらしい孫姉さんに贈り物です」

 

 ずぶずぶと朱姫の指が入ってくる。その指から与えられる感触は明らかに、新たに油剤を足している。

 

「あああぁぁぁ──、お、お前、覚えてなよ──」

 

 孫空女は身体を震わせた。

 

「もちろん、覚えています。孫姉さんは、お尻がとても弱いってことですね」

 

 そう言いながらどんどん朱姫は、油剤を足していく。尻をなぶられながら、孫空女は悲鳴をあげ続けた。

 そして、朱姫が離れていく。それからしばらくは、いくら、尻で字を書くと訴えても、朱姫と宝玄仙、それに、寿黒までそんな孫空女を嘲笑うような笑い声をあげるだけだった。

 最後には本当に泣きながら、尻に筆を挿してくれという哀願の言葉を叫んだ。

 

「じゃあ、朱姫、挿してやりな」

 

 やっとのこと宝玄仙が言った。

 

「はい、ご主人様」

 

 ずぶずぶと肛門にさっきの筆の柄が侵入してくる。孫空女は我知らず吠えるような声をあげていた。

 性感を根こそぎ燃えあがらせるような強烈な刺激に孫空女は、身体をのけ反らすこともできない快感を味わっていた。

 しかし、それだけだ。癒されたと思った肛門の中の肉襞から染み出るような痒みがやってくる。

 

 痒い──。痒い──。痒い──。

 涙がひとつ、ふたつとあごから落ちる。

 

「さあ、始めていいですよ、孫姉さん──。文字の練習している間は、痒みが止まりますよ」

 

 宝玄仙の道術で床にうっすらと線が浮きあがる。それに沿って肛門に刺さった筆を動かすのだ。

 

「ぬおおおっ──」

 

 孫空女は馬鹿みたいな声を出していた。

 強烈な振動がやってきたのだ。骨の髄まで孫空女を蕩かしてくれる待ちに待った刺激が肛門から脳天に突き刺さる。熟れきった身体と精神まで犯すような痒みが消滅する気持ちよさに、孫空女の頭は一瞬白くなった。

 しかし、その瞬間、筆の振動がぴたりととまる。

 

「駄目じゃないですか、孫姉さん。今度、とめたら、筆を抜いてお預けにしますよ。もちろん、痒み剤も追加です」

 

「ぐううっ──」

 

 孫空女は気の遠くなるような恥辱を味わいながら、再び尻を前後左右に懸命に動かす。

 すると頭を朦朧とするような強い振動がお尻に突き刺さる。

 

「ほわああっ」

 

 今度は尻で床の線をなぞりながら達した。前の女陰からぼたぼたぼたと大量の愛液が床に滴り落ちた。

 

「やっと、お尻でも達しながら字が書けるようになりましたね。その調子ですよ、孫姉さん」

 

 朱姫が横で言った。

 もう頭もうまく回らない。なんのためにこんなことをしているのかもわからなくなる。頭の中には、ただ、お尻を動かすことをやめたら、死ぬような痒みが襲ってくるという恐怖感だけだ。

 しかし、すぐに筆の振動であっという間に達してしまう。そして、続けざまに肛門の奥から襲う官能の爆発に身を任せると、肛門にあの疼きが戻ってくる。それを逃れるために、孫空女ははしたない中腰の格好で尻を動かす。

 

「も、もう駄目えぇぇ──」

 

 尻で何十回いったのか──。

 どうしても身体を保つことのできなくなった孫空女は、ついに、拘束された身体を床に倒れさせた。

 嗚咽が止まらず、孫空女は、筆を肛門に挿したまま、幼女のように慟哭した。

 

「さて、股間で字を書くというのは、封印の解錠の条件でないようだね。次にいこうか」

 

 やっと宝玄仙が言った。



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220 ふたなり遊び

 失神から冷めていた沙那は、痺れたように重い身体を寝台で横たえたまま、拷問のような孫空女への仕打ちを眺めていた。

 沙那が、眼を覚ましたときには、すでに孫空女は股間で筆の柄を咥えさせられて、床の上に文字を書かされている最中だった。

 

 沙那が見たところ、どうやら、孫空女は股間と肛門に痒みの発生する油剤をたっぷりと塗られているようだ。

 そんな孫空女に、宝玄仙と朱姫は、股間で字を書いているときは股に咥えさせた筆を道術で振動させ、孫空女が止まると振動もとめるということをしていた。

 振動をとめられると、発狂するような痒みに襲われる孫空女は、振動による官能に耐えながら、恥辱的な行為をするしかない。えげつないふたりの責めに沙那はぞっとする思いでそれを見ていた。

 

 繰り返しそれをやらされるうちに、やがて孫空女は、次第に短い間隔で絶頂するようになった。

 女陰ではなく、肛門に筆を入れられて文字を書かされたときには、一字を書くあいだに一回から二回の絶頂をしていた。孫空女は、汗と淫液を床にまき散らしながら卑猥な方法で字を書き続けた。

 

 宝玄仙と朱姫が、封印を解くということを口実に、沙那と孫空女を嗜虐して遊んでいるのは明らかだ。

 封印を解く条件かどうかを試すだけなら、字を書くのは一度だけでいいのだ。

 孫空女がやらされたように、何度もやる必要はない。

 それに、痒み剤を塗ったり、股間に挿入した筆の柄を振動させるなど、本当にあの書物に書かれているのだろうか。

 宝玄仙の思いつきで付け加えたのではないだろうか。

 やっと許されて肛門から筆を抜かれた可哀そうな孫空女は、激しく息をしながら床に身体を横たえている。

 

「ほう、ほう、ほう」

 

 寿黒がおかしな声をあげて孫空女の痴態を悦んでいる。

 沙那は、宝玄仙と朱姫の悪戯とは別に、寿黒の態度の変わりようにも驚いていた。

 暴漢から孫空女から命を救われた寿黒は、最初は明らかな敬意をもって孫空女に接していた。

 しかし、寿黒に遺された財が、書物のどこかに隠されていて、それが封印を解除することで出現するかもしれないということがわかり、しかも、その書物が古今東西の嗜虐の技が書かれていたことから、沙那と孫空女が、そこに書かれている嗜虐を受けさせられ始めたときに、寿黒の態度は変わった。

 

 沙那だけではなく、孫空女にも、蔑みのような態度で接し出したのだ。

 宝玄仙が手を出すことを禁じているのでなにもしないが、許されれば朱姫と一緒になって嗜虐を行う気配さえある。

 事実、沙那は、宝玄仙にけしかけられた寿黒によって胸を責められた。

 その変化は、宝玄仙が沙那や孫空女を自分の奴隷だと呼んだときに起こったような気がする。

 沙那は思い出さざるを得なかった……。

 

 この祭賽(さいさい)国は、東方帝国と同じように奴隷制度のある国なのだということを──。

 東方帝国の奴隷制度は、所有が帝都の大貴族に限られており、世間的にはほとんど知られていないが、この祭賽国は、城郭の中で普通に奴隷が売買される国らしい。

 しかも、奴隷は女に限られる。奴隷の地位は異常に低く、売買される女奴隷は家畜と同じ扱いだともいう。

 奴隷としての売買が認められるくらいだから、もともと、女の地位が低いのだ。

 そんな伝統もあるから、隣国に男の存在を認めない不思議な女人国というものも生まれたのかもしれない。

 

「ねえ、ご主人様……。次は、これなんてどうですか? 男性器に洗濯物を干すときに使う留め具を挟むんです。沙那姉さんは、いま、男性のものもありますからできますよ」

 

 朱姫が書物をめくりながら言った。

 

「そうだねえ。ついでに、孫空女にも生やさせて、こいつらに引っぱり合いをさせてみるかい。負けた方には、これをやらせようじゃないか。片脚だけを吊りあげて、男の性器で小便させるんだ」

 

 宝玄仙がさらに書物を開いてそう言った。

 沙那は総毛立った。

 

「な、なんだよ、それ、酷いよ」

 

 叫んだのは横になって倒れている孫空女だ。

 

「そ、そうですよ。冗談じゃありませんよ。そんなの酷いじゃないですか」

 

 沙那は思わず叫んでいた。

 

「おや、気がついてたのかい、沙那。じゃあ、腕を背中に回しな。朱姫に後手に拘束させるんだ──。それから、孫空女、お前は、奴隷の分際でうるさいよ。ほら、沙那と同じものを生やしてやるよ」

 

 宝玄仙が、丸くなって横たわる孫空女のところにいき、道術をかける仕草をした。こっちには背を向けているのでよく見えないが、孫空女が悲鳴をあげたので、おそらく、沙那と同じように男性器を生やされたのだろう。

 

「そういうわけだから、沙那姉さん、起きて背中をこっちに向けてください」

 

 朱姫が『魔縄』を持ってやってきた。

 

「あ、あんた、調子に乗って──」

 

 沙那は朱姫を睨んだ。

 

「後ろを向くんですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫は、高圧的な表情で沙那を見下ろす。

 沙那は、沸騰しそうな怒りに耐えながら、朱姫に背を向けた。朱姫をやり込めるのは簡単だが、宝玄仙が命令している以上、絶対に逆らうことはできない。

 仕方なく背中に腕を回す。力一杯握った拳だけがせめてもの抵抗だ。

 背中で手首が縛られる。さらに二の腕がひと巻きされて胸の上下を挟むように縄が巻かれる。

 

「寝台を降りて、孫姉さんと同じように、しゃがんでください」

 

 朱姫は言った。

 沙那は無言で膝を折ってしゃがんだ。

 その沙那の太腿にふた巻ほど縄が巻かれて、ふくらはぎと足首にしっかりと繋がれる。反対の脚も同じように拘束されると、もう、膝を折った状態で身体を揺すりながらでなければ前には進めない。

 

「それにしても、考えてみれば、この男の性も面白いですよね。沙那姉さんがどんな責めが好きなのか、よくわかりますものね」

 

 朱姫が沙那の股間に生やされている男性器を手でこねる。

 

「ちょ、ちょっと、朱姫、や、やめなさいよ」

 

 沙那は身悶えた。

 

「沙那姉さんは、こうやって、身動きできなくなって、責められると、それだけで興奮するんですよね。ほら、もうこんなに元気になってきましたよ」

 

 朱姫が男性器の下側を擦りながら笑った。朱姫の言うとおり、沙那に生やされている肉棒は、すっかりと勢いを取り戻して股間でそそり勃つ。

 

「でも、凄いですね。完全に男性のものそのものですね。ちゃんと、玉袋もあるんですね。しかし、こうやって、完全な男性器があって、女性器も当たり前にあるというのは、なんだか人間じゃなくて、妖魔みたいです」

 

 朱姫は、今度は、肉棒の下にぶらさがっている玉袋を握る。

 

「い、痛い──」

 

 朱姫の力が強い。沙那は悲鳴をあげた。

 

「じゃあ、こっちに来てください、沙那姉さん」

 

 いつの間に手に持っていたのか、朱姫は長い紐糸を取り出して、沙那の股間の男性器の根元に巻いた。そして、結ばれた紐を引っ張り始める。

 

「ひぎっ──。い、痛い──。や、やめなさい、朱姫」

 

 沙那は男性器が引っ張られる痛みに悲鳴をあげながら、懸命に拘束された脚を前に出す。

 

「沙那姉さんは、痛いことは好きじゃないみたいですね。あんまり、ここが大きくなりませんね。やっぱり、女の部分を弄られる方がいいですか?」

 

 孫空女の横まで歩かされると、朱姫は今度は沙那の女陰をいじくりはじめる。

 やりたい放題とはこのことだろう。はしたなく声をあげさせられながらも、絶対に後で朱姫をとっちめてやろうと沙那は心に決めた。

 

「こっちは、痛いのも満更ではないようさ」

 

「ひぎいっ」

 

 宝玄仙が笑いながらそう言い、沙那と向かい合うように身体を起こされた孫空女の股間の玉袋を握り揺らした。宝玄仙の言うとおりに、孫空女の股間に生やされた男根がぐいと勢いを強くしてそそり勃った。

 

「お前が痛いのがいいとは知らなかったよ、孫空女。五行山を騒がせた盗賊団の女頭領が哀れな変態に成り果てたものさ」

 

 宝玄仙が玉袋を握ったり、引っ張ったりして孫空女をからかっている。孫空女は泣くような声で悲鳴をあげている。

 

「痛い──痛いってばあ、ご主人様──いぎっ──」

 

 本当に宝玄仙は力一杯に握っている。

 孫空女の一物は興奮をしているようだが、沙那は逆に鳥肌が立ってくる。沙那は自分の顔が引きつるのがわかった。

 

「痛いのが感じるんですか? それは変態すぎるんじゃないですか?」

 

 朱姫が孫空女の怒張を指で弾いた。

 

「はがっ──。しゅ、朱姫、お前まで調子に乗るんじゃないよ」

 

 孫空女が朱姫を恐ろしい表情で叫ぶ。

 

「そんな怖い顔したらいやですよ、孫姉さん。いつもの遊びじゃないですか」

 

「しかし、単に痛いのが好きというわけじゃなさそうだね。お前がやったら、少し勢いがなくなったよ」

 

 宝玄仙が孫空女の股間をしげしげと見ながら言った。

 

「きっと、ご主人様が責めるからですよ。孫姉さんは、ご主人様が好きですから、痛くても反応しちゃうんですよ、きっと──」

 

「う、うるさいよ、朱姫」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして朱姫に怒鳴った。

 

「じゃあ、朱姫が孫姉さんのここを大きくしてさしあげますから」

 

 朱姫はしゃがみ込んで、孫空女の男根の先を口に含んだ。孫空女が真っ赤な顔をしてよがり始める。沙那にやった舌責めをしているのだろう。孫空女はあっという間に全身を真っ赤に染めて汗を滲ませ始めた。朱姫の口の中の男性器がこれ以上ないというくらいに大きくなる。

 

「しかし、お前が沙那につけた紐はいいねえ。こっちにもおくれ。こいつにもつけさせるよ」

 

 宝玄仙が言った、

 

「はい、どうぞ」

 

 朱姫は、孫空女の一物から口を離して、着ていた貫頭衣の内隠しから沙那の男根の根元に巻いているのと同じ細い紐糸を出して宝玄仙に手渡した。宝玄仙がそれを受けとり、孫空女の股間にそそり立っている男根にも結ぶ。

「じゃあ、お前の犬とわたしの犬を競争させるかい? 負けた方は、寿黒の前で裸を晒すことにしようじゃないか。ついでに、男性器も生やすんだ。男の性器をつけると、なにに対して興奮しているか丸わかりになるから、かなり恥ずかしいことになるけどね」

 

「受けて立ちますよ、ご主人様。ご主人様が負けても、約束は守ってくださいね」

 

 ふたりが勝手なことを言い始めた。いつもの調子で、どんどん責めが変わっていく。それにしても、沙那と孫空女の意思を無視したふたりの会話に、沙那は強い憤りを感じずにはいられなかった。

 

「ご主人様、朱姫──。な、なにを言っているんですか」

 

「そ、そうだよ、酷いよ」

 

 沙那と孫空女はふたりで叫んだ。

 

「奴隷のお前らには、口答えの権利などありはしないよ。それっ、部屋の壁から壁まで、十往復だ。それいけ──」

 

 宝玄仙が孫空女の一物の根元に結んだ紐糸を引っ張って歩かせ始める。

 

「あぎっ」

 

 孫空女が声をあげる。そして、前によちよちと進み始める。

 

「あたしたちもいきますよ。負けないでくださいね、沙那姉さん」

 

 朱姫も沙那の男根に巻きつけた紐糸を引く。股間に激痛が走った。

 

「ひいっ」

 

 沙那は悲鳴をあげて、さっきのように、後手にされた身体で、膝を曲げて拘束されている両脚を一歩、一歩と前に出す。

 

「そ、そんなに引っ張らないで、朱姫」

 

 沙那は哀願の声をあげざるを得なかった。

 孫空女とふたりで、部屋の壁から壁まで一物を紐で引っ張られて歩かされ、壁まで行けば反転して、反対側の壁に向かわせられる。

 歩くあいだに、ときどき、身体の敏感な部分を愛撫されて刺激される。

 一物が勢いを失くさないようにということらしい。

 

 さらに、八往復目からは、宝玄仙が最後の三往復は、一往復ごとに肉棒から精を出してから進まなければならないという決まりを付け足し、沙那も孫空女も、男と女の性器をいじくられて、無理矢理に精を放出させられた。

 

 理不尽な競争をさせられて、やっと宝玄仙が言った十往復が終わった頃には、全身にびっしょりと汗をかいていた。

 この間、寿黒は、耳障りな歓声をあげながら、沙那と孫空女の恥辱的な競争を見物していた。

 結局、競争をして勝ったのは沙那だ。

 体力は孫空女が勝るが、宝玄仙は孫空女の身体に対する悪戯を激しくやりすぎて、最後の一往復は、孫空女の腰が抜けた状態になったのだ。

 なにせ、一度でいい射精を孫空女は三回くらいずつさせられていた。

 

「しょうがないねえ。じゃあ、脱ぐよ」

 

 宝玄仙は苦笑しながら、服を脱ぎ始めた。

 寿黒は、宝玄仙まで裸になったことに目を丸くしていたが、宝玄仙はまるで寿黒などここには存在していないかのような振舞いだ。

 素っ裸になった宝玄仙の身体には、沙那や孫空女と同じような男性器がついている。

 

「ご主人様のここも元気ですね」

 

 朱姫が宝玄仙の股間を眺めながら言う。朱姫の言うとおりに、宝玄仙の股間の一物はそそり勃っている。

 

「わたしは、お前たちを嗜虐しているときが、一番興奮するからね。いまは、興奮の頂点をいうわけさ──。それにしても、そろそろ、わたしも精を抜きたいねえ。孫空女、お前の尻で受け入れてくれるかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「も、もう、なんでもしてよ」

 

 不自由な拘束された身体でくだらない競争をやらされて、息も絶え絶えの孫空女がやけくそのように言った。

 宝玄仙は、孫空女の身体を前倒しにして、肩を床につけさせると、お尻を高く上げさせて、そこに股間のものをゆっくりと突っ込んでいった。

 お尻に宝玄仙の男根を受け入れると、孫空女はすぐによがり始める。そして、吠えるように嬌声をあげ、身体を何度もそり返らせて、短い間隔で続けて気をやった。やっと、宝玄仙が孫空女のお尻の中に精を放った仕草をみせたときには、もうほとんど口もきけないくらいになって、身体中の力が抜けたような状況になった。

 

「ご、ご主人様、いま、なんのためにわたしたちが、こんなことをしているか覚えていますか?」

 

 今度は沙那を犯そうという気配を漂わせている宝玄仙に沙那は怒鳴った。

 完全に最初の目的を逸脱しているとしか思えない。ここで、孫空女を犯すことは書物の封印を解錠することと関係ない。

 

「そう言えば、そうだったね。忘れていたよ──。さてさて、じゃあ、次はなにをするんだったかね」

 

 宝玄仙は笑って、椅子を引っ張ってきて座り直した。そして、ぱらぱらと書物をめくり出す。

 

「洗濯物を留める留め具で性器を挟む責めですよ、ご主人様」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだったね。持っておいで、朱姫」

 

 宝玄仙が言い、朱姫は性具をしまっている葛籠に向かう。

 

「ほら、始めるよ、孫空女。身体を起こさないか」

 

 宝玄仙が横になっている孫空女の身体を起こそうとする。

 

「か、勘忍して……。す、少し、休ませて……」

 

 本当に孫空女はつらそうだ。そんな孫空女を宝玄仙は容赦なく起こして、沙那と向かい合うようにしゃがませる。

 

「持ってきました、ご主人様」

 

 朱姫が持ってきたのは、普通の洗濯物を留めるための留め具ではなく、宝玄仙が調教用に作成した大きな留め具だ。しかも、挟む力を強く改良したものだ。そして、魔具でもあるこれは、ただ挟むほかにも、えげつない動作もする。それを知っている沙那は怖気づく。

 しかも、その留め具は、沙那の股間の男性器の先に向かっている。

 

「い、いやよ、それは──」

 

 びっくりして、沙那は思わず身体を後方に退がろうとした。だが、朱姫が後ろから支えて、それを阻む。

 

「はぎいいぃぃ──」

 

 一物の先端に留め具が挟まれた。息も止まる程の激痛だ。沙那は大声をあげた。

 

「は、外して──。ちょっと、外して、朱姫、ご主人様──はぎっ──」

 

 沙那は激しく身体を暴れさせた。しかし、それを朱姫が後方から支えて阻止する。

 

「大丈夫だよ、朱姫。この宝玄仙の魔具だ。揺すっても、叩いても、絶対に外れないさ──。ほら、お前だよ、孫空女」

 

 宝玄仙は顔面が蒼白になっている孫空女の肉棒に、もうひとつの留め具を伸ばす。

 

「おやおや、また、大きくなったじゃないか。やっぱり、お前は痛いのも満更じゃないようだね」

 

 宝玄仙がぎりぎりの位置で手を止めて笑った。孫空女の顔が屈辱に歪んでいる。沙那は、孫空女への仕打ちが可哀そうになり、思わず顔を背けた。

 その孫空女がけたたましい悲鳴をあげた。

 顔をあげると、沙那と同じように肉棒の先端に留め具を付けられている。激痛に顔が歪んでいる。

 

「さあ、じゃあ、引っ張り合いを始めますよ」

 

 沙那と孫空女は、朱姫に促されて向かい合わされる。そして、朱姫が、沙那と孫空女がつけられている留め具を紐で結んだ。

 

「ほら、お互いに退がっていきな。負けた方は片脚あげて小便だよ」

 

 宝玄仙が囃し立てる。

 しかし、怖ろしいほどの激痛だ。引っ張り合いなど冗談じゃない。沙那はただ、悲鳴のような呻き声をあげることしかできなかった。

 

「引っ張り合うんだよ、お前たち」

 

 宝玄仙が苛々したような声をあげる。

 そんなことを言われても、この状態を耐えるだけで必死なのだ。引っ張り合いなどできない。

 

「しょうがないねえ」

 

 宝玄仙が呟いた。

 その直後、もの凄い衝撃が男根の先に走った。

 

「はぎゃああぁぁぁ──」

「ふがああぁぁぁぁ──」

 

 沙那も孫空女も発狂したような声をあげてしまった。

 

「ほら、お前たち、早く引っ張り合いな。だんだんと強くなるからね」

 

 沙那はじりじりと身体を後ろに退げる。孫空女も必死の形相で同じことをしている。

 

「沙那姉さんと孫姉さんは、どうしたんですか、ご主人様?」

 

 朱姫が首を傾げている。

 

「ふ、ふ、ふ、こいつらがしている留め具の先から弱い電撃が流れているのさ。もっとも、いまは、弱いけど、だんだんと強くなるけどね」

 

 宝玄仙の言葉のとおり、男根の先から流される電撃は次第に強くなる。沙那は叫びながら身体を懸命に後方に退げる。さっきまでは、留め具で性器を挟まれるのが耐えられないと思っていたが、性器に直接電撃を流される激痛に比べれば、留め具の痛みなど大したことはないと思った。

 しばらくの間、沙那と孫空女の股間につけた留め具を繋いだ紐が引き合ったが、やがて、孫空女についていた側が外れた。

 孫空女は尻餅をついてひっくり返る。

 

「は、早く外して、朱姫──」

 

 沙那も喚いた。まだ、あの電撃が留め具から流れているのだ。

 

「そんなに焦らないでください、沙那姉さん。いま、外しますから」

 

 しかし、朱姫はなかなか沙那につけた留め具を外そうとしない。揺すったり、弾いたりして、さんざんに沙那を泣かせてから、やっと外してくれた。

 沙那もまた、その場にひっくり返った。

 

「ほら、罰だよ。牡犬のように片脚あげて小便しな。朱姫、木桶を持っておいで」

 

 孫空女が宝玄仙にお尻を叩かれて、孫空女の脚をあげさせている。孫空女は、ほとんど泣いたような顔をしながら、膝をまげたまま、片脚をあげた。

 

「次は、なにを試しますか、ご主人様? 留め具で引っ張り合うというのも、封印の鍵ではありませんでしたね」

 

 朱姫が木桶を孫空女の股の下に置きながら言った。その間、孫空女は、肩を床につけてうつ伏せになり、片脚だけを大きく掲げるという恥辱的な恰好で待たされている。

 

「そうだねえ……。だけど、あんまり、この書物には、女責めの種類がないんだよねえ。『性典、第十巻、嗜虐篇第三』と題名にあるからねえ。嗜虐篇の第三は、男責めが主体なのかもしれないねえ──。ねえ、寿黒、確か、最初に何冊か書物があるうちの一冊がこれだと言っていたろう? じゃあ、『嗜虐篇第一』と『嗜虐篇第二』も持っているんじゃないかい? そっちには、女責めの嗜虐方法がたっぷりと書かれているんだろう? そっちを持ってきな。男責めも面白いけど、そろそろ、女として責めたいんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「さあのう……。わしは字が読めんし、ほかの本の題名と言われてもわからんのう。この書物が、こんなとてつもない性の遊びについて書かれているとは、今日の今日まで知らんかったしのう」

 

 寿黒が応じた。

 沙那は呆れるとともにかっとなった。さんざんの仕打ちは、曲がりなりにも、この書物の封印を解錠するためにやっているのだ。書物を変えれば、それそのものがなんの意味もない。

 だが、文字が読めないという寿黒の言葉で気がついたことがある。

 沙那は慌てて、口を開く。

 

「ま、待って、孫空女──。脚を下ろして」

 

「なにを言ってるんだい。勝手なことを言うんじゃないよ、沙那。それとも、お前がやるのかい」

 

 孫空女の片脚小便をやめるように言った沙那に対して、宝玄仙が声を荒げた。

 

「い、いえ……。でも、聞いてください。わたし、少し思ったことがあります。その書物の封印についてです。それに、財の場所が書かれている場所です──。そもそも、それが目的ですよね、ご主人様」

 

 沙那は叫んだ。

 すでに宝玄仙は忘れかけているようだが、そういう話だったのだ。

 

「ああ……そう言えば、そうだったねえ──。お前になにか考えがあるのかい? まあ、このまま、一個一個潰すように、お前と孫空女が責めを受け続ければいいんじゃないかい? そのうち、どれかが当たって解錠できるさ」

 

 宝玄仙は不満げに言った。

 

「闇雲にやって封印が解錠できるわけがないじゃないですか──。少しは、効率よくやろうとか、合理的に考えようとかないんですか? そんなやり方でいつ終わるというんですか」

 

 沙那は拘束されたまた懸命に訴えた。

 

「お前になにか考えがあるのかい、沙那?」

 

「もちろんです。とにかく、縄を解いて、わたしにもその書物を見せてくれませんか?」

 

 沙那が言うと、仕方がないという感じで、宝玄仙が朱姫に沙那の縄を解くように言った。

 拘束が解かれると、沙那は卓の上にある問題の書物を手に取った。そして、すぐに、沙那の予想が正しいことを悟った。

 財の埋められている場所が書かれている場所の予測がついたのだ。

 

 それにしても──。

 

 このまま終わらせるには、あまりにも悔しい。沙那は、ぱらぱらと中身をめくった。宝玄仙の言うとおり、これは基本的には、男を嗜虐するための方法が書かれているようだ。よりにもよって、なんでこんなものに財の場所を隠したのかは知らないが、おそらく、これなら、盗んでいく者などいないとでも考えたのだろうか。

 あるいは、寿黒に遺産を遺した男もこういう倒錯の趣味の持ち主だったのかもしれない。

 

 さまざなま責めの手段が書かれているが、本当に男責めばかりだ。沙那が最初に読まされた物語も、冒頭こそ女が男になぶられているが、しばらくすると、立場が逆転して、責められていた女が自分を責めていた男に仕返しをしている。

 むしろ、そっちが物語の主体であり、長々とえげつなく男に仕返しをする描写が続いている。

 

「ご主人様、ここを読んでください。さっき、わたしが読まされた物語の続きです。責める者と責められる者の立場が逆転しています。これは、かなり複雑な情景だとお思いになりませんか?」

 

 沙那は、宝玄仙に書物の該当の部分を示しながら言った。

 

「まあ、そうだねえ──。よく読まなかったけど、あれから、女が復讐するんだねえ。凝った話じゃないか」

 

 宝玄仙は言った。

 

「確かに、書物の前段の部分は、さまざまな責めの方法が書いてありますが、これが封印の解錠の条件であれば、もしかしたら、この手の趣味の男性が、偶然にもそういう倒錯した性愛の中で行ってしまう可能性があります。そうすると、封印を第三者に解錠されたくない義兄殿としては、困るのではないでしょうか。だから、解錠の条件は、より複雑な方法にしたと予想できます」

 

 沙那はできるだけ真剣な表情で言った。内心では思い切り心の中で舌を出している。

 

「なるほど、一理あるかもしれないね。この手の書物を持っているということは、それなりの趣味の男だったということかもしれなからね。わたしが普段、こういうことを日常的にするように、そいつもやっていたのかもしれないねえ──。寿黒、お前の義兄というのは、ここに書いている男のように責められたり、あるいは、女ではなく男を責める嗜虐癖でもあったかい?」

 

 宝玄仙が寿黒に振り向く。

 

「さあのう……。さすがに、そこまでは知らんなあ。わしの家に来たときには、もう弱っておったし……。まあ、一度も結婚をせんかったのは確かのようじゃが……」

 

 寿黒が応じた。

 

「義兄殿の性癖なんてどうでもいいですよ、ご主人様。でも、もしも、書物の前段に並べられているような単純に一方の側が責める行為が解錠の手段であれば、もしかしたら、予期せず、封印の解錠の条件にある行為を書物の前で行ってしまうかもしません。しかも、さっきご主人様と朱姫が、どんどん責めを気まぐれに変えたように、嗜虐する者は、どんどん責めを変化させます。そのときにまぐれあたりで、関係のない者が封印解除の条件を満たしてしまうかもしれませんよ」

 

「んんっ? つまりどういうことだい?」

 

 宝玄仙は首を傾げた。

 

「あるいは、財のことなどまったく知らない第三者が、書物を読んで、書かれている責めを試してみたときに、偶然に財の隠し場所を見つけてしまい、財が横取りされてしまうかもしれません。だから、単純にこの書物に書かれていることを封印解除の条件にすることはないんですよ──」

 

 沙那は言った。

 

「つまり、もっと複雑な方法こそ、解錠の条件だというのかい、沙那?」

 

「そうです、ご主人様。書物の後半に書かれているような、責められていた者が責め手となり、責め手だった者が責められる。これくらいの複雑な条件であれば、うっかりと封印の解錠が発動するということはないでしょう。わたしを責めていたのは朱姫です。逆転して、朱姫をわたしが責めれば、もしかしたら封印が解錠されるかもしれません」

 

「わかった──。まあ、やってみようか──。じゃあ、朱姫、お前は裸になりな。手を後ろに組んで、沙那に縛られるんだよ」

 

 黙って話を聞いていた朱姫が蒼い顔で声をあげた。

 

「孫空女の拘束も解きます。朱姫にはたっぷりと仕返しをしたいので、孫空女にも手伝ってもらいたいし……」

 

「好きにしな。わたしは面白ければなんでもいいのさ」

 

 宝玄仙は、朱姫の困惑顔に満足そうな表情をした。

 沙那は、孫空女を縛っている脚の『魔縄』を解いた。『緊箍具(きんこぐ)』については、宝玄仙が道術で解錠してくれた。身体の自由を得た孫空女だが、まだ、つらそうに両手を床について裸身を支えている。

 その間、沙那は、何度か朱姫に怒鳴り、服を脱ぐことを促した。朱姫は、顔を引きつらせながら、一枚一枚服を脱ぐ。

 

「孫空女、悪いけど、朱姫を後手に縛ってくれる。わたしは、荷の中から責め具を持ってくるから」

 

「わ、わかった」

 

 孫空女は、まだだるそうにしながらも立ちあがった。

 朱姫はもう全裸になっていて、観念して両手を背中に回して組んでいる。

 

「そ、孫姉さん……。お願いします」

 

 責め側から一転して責められる側にさせられた朱姫は、すっかりと意気消沈しているようだ。

 

「どんな風に責めるんだい、沙那? 愉しみだよ」

 

 宝玄仙は、縛られる朱姫を眺めながら、責め具を取りに行く沙那に振り返ることなく声をかけた。

 

「お愉しみです」

 

 沙那は言った。そして、荷の中からいくつかの性具を選んで出す。そして、ほかに、自分の荷の中からもうひとつ……。

 

「ほう、浣腸器かい、沙那? 朱姫に、寿黒の前で大便をさせようということだね。まあ、面白そうじゃないか。その筆はなんだい。それを使うのかい?」

 

 宝玄仙は沙那が持っているものに眼をやって言った。

 

「浣腸をして、さらに筆でくすぐって苦しめます。浣腸はこの前、手に入れた火酒があるので、水で薄めて酒浣腸をしてみたいと思います」

 

 沙那たち供は、酒は飲まないが、まれに宝玄仙は寝酒を少しだけ飲むことがある。火酒はかなり強い酒だが、宝玄仙はそれをおいしそうに嗜む。

 

「ひいっ──。さ、沙那姉さん、そんなのは堪忍してください」

 

 沙那の言葉に、朱姫が悲鳴をあげた。

 

「うるさいよ、朱姫。さっきまであたしたちをえげつなく責めてくれたじゃないか。沙那と一緒に、たっぷりと酒をお尻に注いでやるよ」

 

 孫空女が後手縛りの縄をぎゅっと締めながら朱姫に言った。

 

「違うわ、孫空女──。酒浣腸を受けるのは、ご主人様よ」

 

 沙那は、完全に油断している宝玄仙の首に、あの如意仙女の『道術封じの首輪』をがちゃりと装着した。



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221 ふたなり攻守逆転

「あれ、あれっ、あれっ──? な、なにするんだい、お前」

 

 宝玄仙が悲鳴のような声をあげたので、孫空女は、朱姫を縛っていた手を休めて振り返った。見ると、沙那が宝玄仙の背後から首輪を装着させたところだった。

 孫空女は驚いた。

 

 沙那が宝玄仙に嵌めたのは、確か如意仙女から手に入れた『道術封じの首輪』だ。あらゆる道術遣いが逆らえない最高の力を持った道術封じの霊具だ。おそらく、如意仙女(にょいせんじょ)から与えられたものだ。

 それを沙那は、宝玄仙に装着したのだ。

 

「お、お前、どういうつもりなんだい、沙那? こ、こんなことして、後でどうなるかわかっているんだろうねえ。すぐに外すんだよ」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔で怒鳴っている。懸命に首輪を外そうと両手でもがいているが、あれは、他人なら簡単に外せるが、装着された者はどうしても自分では外せないのだ。

 

「申し訳ありません、ご主人様。でも、書物の封印を解くためです。ご理解ください。書物の封印を解くには、朱姫を責めるだけでは不十分です。ほら、ここ読んでください。物語の部分です」

 

「はあ?」

 

 宝玄仙が怒りで真っ赤になった顔で沙那を睨んだ。

 だが、沙那は平然としている。

 

「最初に女を責めていた男が責められていますよねえ。この書物の前で、わたしたちを最初に責め始めたのは、ご主人様です。ほら、わたしを椅子に縛ったじゃないですか。だから、書物に書かれているとおり、最初に責め手になった者が、責められなければならないんですよ」

 

 沙那は、そう言いながらも、宝玄仙の両手を束ねて、『魔縄』で手首を束ねている。宝玄仙は抵抗しているが、道術がなければ宝玄仙など非力もいいところだ。

 あっという間に、手首を縛られて、沙那に椅子から引っ張り立たされる。

 

「そ、そんなことどうでもいいんだよ、沙那。すぐに離すんだ。後で承知しないからね」

 

「でも、これは仕方ないんです。とにかく、書物の封印を解くのを試させてください、ご主人様。書物によれば、女に浣腸をしようとした男は、女に抵抗されて逆に拘束され、飲んでいた酒を浣腸液に混ぜて注がれるんです。ご主人様も同じ目に遭ってください。お願いします」

 

「な、なにがお願いしますだよ。だいたい、如意仙女の首輪なんて、どこに隠してたんだよ。このわたしが取り上げて、処分したはずじゃないか」

 

「隠してなんかいないですよ。ちゃんと、宝玉様から受け取りました。ご主人様は、処分したつもりだったかもしれませんけど、それは宝玉様がご主人様に与えた錯覚です。本当は、ちゃんと、宝玉様がわたしに託したんです。宝玉様は、無力になってわたしたちに愛されるのが好きなので、あの霊具は必要だそうです」

 

「ちっ、宝玉め……」

 

 

 宝玄仙が呻くように言った。

 

「もういい、それよりも拘束を解くんだよ。三つ数えるうちに首輪を外すんだ。そうしなければ罰だよ」

 

 宝玄仙は喚いているが、沙那は取り合わず、宝玄仙の手首を束ねている縄の縄先を天井の梁に向かって放り投げた。

 そして、梁の上を通って戻って来た縄を引き上げて、宝玄仙を爪先立ちにさせた。

 

「お、お前たち、奴隷の分際で、なにをしておるか──。許さんぞ」

 

 突然真っ赤な顔で、寿黒(じゅこく)が立ちあがって怒鳴った。驚いたことに沙那に詰め寄ろうとしている。

 だが、沙那は寿黒を突き飛ばした。

 

「うるさいわねえ、四の五の言うと、そっ首叩き落とすわよ。愛陽の鬼娘という二つ名は酔狂でつけられたわけじゃないのよ」

 

 沙那が怒鳴りあげた。

 寿黒は気落ちをしたまま唖然としている。

 どうやら、奴隷だと教えられた、沙那や孫空女が、「主人」である宝玄仙に危害を加えるような行為をしているのが信じられないみたいだ。

 だが、沙那は相当に腹を立ててるみたいだ。

 荷のそばに立てかけてあった自分の細剣を引っ掴かむと、眼を白黒させている寿黒に鞘のままの剣を突きつけた。

 

「軍に入って最初に盗賊を殺したのは十六のとき。それから、気に入らないやつの首を落とすのに躊躇ったことはないわ。今度、勝手にその椅子から離れてごらん。その瞬間に、首が落ちると思いなさい──」

 

 沙那が凄い形相で怒鳴った。寿黒は、真っ蒼になって口をつぐむ。

 それにしても、全裸で男根を股間に生やされている沙那は、明らかな興奮状態のようだ。

 沙那の股間の怒張は、これ以上ないというくらいにそそり勃っている。あの性器は、官能の刺激を受けたときだけではなく、通常の興奮状態でも反応するのだと思った。

 

「ねえ、孫女、あんたの『如意棒』を貸してくれない。ご主人様の脚を拡げて拘束したいんだけど、手頃な棒がないのよ」

 

 沙那が言った。

 

「あ、ああ……」

 

 孫空女は沙那に気落とされてしまって、言われるままに耳から『如意棒』を取り出して伸ばす。

 そして、吊られている宝玄仙の足元に運び、宝玄仙の両脚を大きく開脚させて、足首を『如意棒』に縛りつけた。

 『如意棒』は重い。

 おそらく、宝玄仙の力では、手首の縄を解いても、この場から動くことはできないだろう。

 

「お、お前も、こんなことしてどうなるか、わかっているだろうねえ、孫空女……」

 

 足元で作業をしていた孫空女を見下ろしながら宝玄仙が言った。

 

「まあ、こうなったら、ご主人様も沙那の言うとおりにしてよ……。沙那、だいぶ怒っているみたいだよ、ご主人様」

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は、悔しそうな表情で顔を歪めている。

 

「さあ、これで、ご主人様は、なにもできませんね。たっぷりとなぶってさしあげます。この書物の最終章の奴隷女の復讐です。今夜は寝かせませんよ。孫女とふたりで、徹底的に責めますから。たまにはいいですよね……」

 

 沙那が宝玄仙の顎を掴んでぐいと引きあげる。

 そして、両手で宝玄仙の顔を持って、宝玄仙の口の中に舌を入れて舐めはじめた。

 ねっとりとした口づけで、次第に宝玄仙がかすかに悶えはじめたのがわかった。

 それとともに、宝玄仙が自らの道術で生やした男根が勢いを持ち始める。

 

 宝玄仙は道術を遣えない状態だが、如意仙女の『道術封じの首輪』の首輪は、宝玄仙の魔力を無力化するのではなく、停止をさせているだけである。

 だから、宝玄仙が道術で生やした宝玄仙と孫空女と沙那の男根はなくならない。

 宝玄仙の道術封じを解除して、宝玄仙自身が道術を逆転させなければ、道術の効果は消えない。

 

「まあ、ご主人様、わたしの口の奉仕で感じていただけたんですね? うれしいです」

 

 そう言って、沙那は宝玄仙の股間の怒張を手で弄び始めた。宝玄仙は、次第に身体を高揚させて悶えだした。

 

「お、お前、この宝玄仙に……」

 

 宝玄仙は呻くような声をあげたが、孫空女には、かなり宝玄仙が被虐に酔いはじめているのがわかった。

 もう、長い付き合いなのだ。

 しかも、毎日のようにお互いの痴態を晒し合っている。

 嗜虐癖の宝玄仙だが、しっかりと被虐を受け入れることもできるということは十分以上に知っている。

 被虐癖が強いのは宝玉だが、所詮は同じ身体なのだ。宝玉が感じることは、宝玄仙も感じる。

 

「そればっかり、ご主人様……。でも、もしかしたら、この沙那にもご主人様のように嗜虐の癖があるのかもしれませんね。わたし、いま、興奮しています……」

 

 沙那が宝玄仙の裸身に自分の裸身を擦りつけはじめる。

 宝玄仙の汗と沙那の汗が混じり合い、お互いの肌に塗り合っている。

 

「は、はああぁぁ──」

 

 ついに、宝玄仙が嬌声のような声をあげた。

 

「ふ、ふ、ふ……。どうですか、ご主人様、たまには、身動きできなくなって、わたしたち供になぶられるというのは……? まあ、満更でもなさそうですけど」

 

 宝玄仙の股間の怒張はいきり勃っている

 

「さ、沙那……お、お前、いい加減に……」

 

 額に髪を張りつかせた宝玄仙が沙那をきっと睨んだ。

 

「いい加減になんですか……? いまだけは、あまり、強いこと言わない方がいいんじゃないですか、ご主人様──。いまのご主人様は、なにもできない状態なんですから。こんなことをしても、抵抗できないですよね」

 

 沙那は宝玄仙の股間の男根を片手で握ると、勢いよく上下に擦り始めた。

 それとともに、もう一方の手で宝玄仙の弱点であるお尻をいじくる。

 沙那は、ひとしきり、宝玄仙に官能の声を絞り出させると、宝玄仙からいったん離れた。

 

「あっ、ああっ、あああっ」

 

 宝玄仙はぐったりしたように裸身を縄にもたれさせる。

 

「さあ、じゃあ、今度は、わたしたちがこの書物の封印の解除の試しをさせてもらいます。この書物の後半の物語の部分のとおりにいきますね……。ええっと……」

 

 沙那が卓の上の書物を手に取り、めくりはじめる。

 

「……酒浣腸の前に、こうやって、吊りあげた男の怒張の根元を縛る描写がありますね。精を出したくても出せないように強く縛るみたいです。そうしておいて、その男は男根を責められて苦しめられるんです」

 

「お、お前、そんなことを本当にするつもりじゃないだろうねえ。地獄責めだよ。お前の嫌いな『縛心術』で羞恥責めするからね──。わかっているんだろうねえ、沙那──。聞いているのかい、沙那──。返事しな──」

 

 宝玄仙が喚いた。

 しかし、沙那はそんな宝玄仙を無視して、また、荷物のある場所からなにかを取り出して戻ってくる。

 宝玄仙の霊具で、勃起した男根の根元に巻いて射精をできなくする霊具だ。

 随分と前だが、鉢露(はちろ)国で明月と風月を捕えていたぶったときに、男根に装着させて苛め抜いたことがある。

 ほかにも色々と持ってきていて、最初にも持ってきた浣腸器とともに、横の寝台に並べ始めた。

 

「でも、ご主人様の道術が止まっていては、ご主人様の霊具は使えないわよねえ」

 

 沙那が宝玄仙の股間の怒張の根元にを革帯のような例の霊具を嵌めながら困ったように言った。

 

「こいつにさせればいいよ、沙那。最近は、ご主人様の霊具でもある程度は操作できるみたいだから」

 

 孫空女は後手縛りにして、床に座らせていた朱姫の頭をぽんと叩いた。

 

「あ、あたしですか……?」

 

 沙那が宝玄仙を責めるのを蒼白になって見ていた朱姫が顔をあげる。

 

「おいで、犬──」

 

 沙那が朱姫を睨んだ。孫空女でさえぞっとするような怖い表情だ。沙那にもあんな顔もできるのだと驚いたが、演技のようでいて、もしかしたら、いま、沙那は相当に腹をたてているのかもしれない。

 

「い、犬?」

 

 朱姫はびっくりしている。

 

「二度も呼ばせるんじゃないわよ、犬」

 

「は、はい」

 

 沙那の険しい表情に、朱姫は、後手縛りのまま、慌てて沙那と宝玄仙のいる場所にやってきた。

 

「ご主人様に装着させたこの霊具を発動させるのよ、犬──。わたしたち側につくなら、縄も解いてあげるし、わたしたちと一緒に、ご主人様を責めさせてあげるわ。でも、嫌なら、ご主人様の前に、まずは、お前に仕返しをするわ。このわたしにも嗜虐ができるということを骨身に染みこませてあげるわ」

 

 沙那はもの凄い表情で朱姫を睨んでいる。孫空女は横で見ているだけで怖気が走った。

 

「さ、沙那姉さんの命令に従います──。お、お願いします。沙那姉さんと孫姉さんの側にしてください」

 

 朱姫は即答した。

 

「しゅ、朱姫、お前──」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「ご主人様、これは演技ですよ、演技──。書物の封印を解くためです。ご主人様も協力してくださいよ」

 

 沙那がそう言って、朱姫を見て頷く。

 朱姫によって、宝玄仙の股間の怒張の根元に巻いた霊具に道術が注がれたのが孫空女にはわかった。

 これで、精を出したくても出せなくなったのだろう。

 

「ご主人様の前に立ちなさい、犬」

 

「えっ?」

 

 朱姫がぽかんとして沙那を見た。だが、沙那の顔を見て、すぐに命じられたとおりに、天井から両手を吊られて、脚を開脚して立たされている宝玄仙の前に立つ。

 

「いいというまで、ご主人様の男の部分を舐めなさい」

 

「は、はい、沙那姉さん」

 

 朱姫がその場に跪こうとした。朱姫が口で宝玄仙の股間を咥えるためにはそうするしかない。

「ひぎいっ──」

 

 しかし、座ろうとした朱姫の髪を沙那がむんずと掴んで引きあげた。

 

「い、痛い──痛いです、沙那姉さん」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 

「誰が、座っていいと言ったのよ。わたしは、さっき、ご主人様の前に立ちなさいと命令したでしょう、犬。その命令も生きているのよ。立ったまま、ご主人様に奉仕するのよ」

 

「ひいいぃ──。わ、わかりました。沙那姉さん」

 

 朱姫は泣き声をあげた。

 いつもと違う沙那の権幕に、朱姫はもう半泣きの状態だ。

 朱姫は立ったまま前屈みになり、尻だけをあげたようなみっともない姿で宝玄仙の股間の男根を舐めはじめる。

 

「あ、ああ……あ、ああ……お、お前ら……」

 

 宝玄仙が顔をしかめて身悶えている。ある程度の性感を抑制できるが、さすがは朱姫の舌技だ。あっという間に宝玄仙を翻弄し始めている。

 沙那がその朱姫の後ろに立った。寝台の上から潤滑油の入った小さな容器をとる。そして、自分の股間の上にぼとぼとと中の潤滑油を垂らした。

 

「お尻を犯してあげるわ、朱姫。それが終われば、お前のことは許してあげる」

 

 朱姫の腰がぶるりと反応した。それが拒絶なのか、応諾の態度なのかわからない。いずれにしても、沙那の股間の怒張は、ずぶずぶと朱姫の後ろの孔に入っていく。

 

「……んんんっ」

 

 朱姫の身体が跳ねあがった。

 明らかに欲情している反応だ。肛虐には誰よりも弱い朱姫だ。沙那が朱姫のお尻を犯し始めると、すぐに全身を真っ赤に染めて身体を震わせはじめた。

 前屈みの口で懸命に宝玄仙の股間への奉仕をしながら、閉じられた口から唸り声のような喜悦の響きを出し始める。

 

「んんはあああ、沙那姉さんんん」

 

 沙那が、ゆっくりと朱姫に挿し入れたものを前後に動かし出すと、すぐに朱姫は、背中を仰け反らせて悲鳴のような声をあげた。

 

「もう、いっちゃたのね、朱姫。可愛いわね」

 

 沙那が言うと、朱姫が宝玄仙の口を含んだまま、真っ赤な顔をして頷いた。

 その動きで男根を激しく刺激された宝玄仙が身体を鋭い声を出して身体を震わせた。

 

「ひ、ひいいっ──。沙那姉さん──」

 

 しかし、次の瞬間、朱姫が宝玄仙の怒張から口を離して悲鳴をあげた。

 

「朱姫、誰がご主人様への奉仕をやめていいと言ったの?」

 

 沙那は意地の悪い口調で言った。

 

「だ、だって──さ、沙那姉さん……ああ、あああ……や、やめてください……うああぁぁぁ──」

 

 もう、朱姫は逃げようとしている。しかし、沙那の両手がしっかりと朱姫の腰を掴んで離さない。

 

「なにしているのさ、沙那?」

 

 びっくりして孫空女は叫んだ。

 

「仕返しよ……」

 

 沙那は冷たい口調でただそれだけを言った。なんだか孫空女は沙那が怖くなった。

 

「おしっこ……」

 

 朱姫が悲痛な声で呟いた。

 

「なに、朱姫?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 

「沙那姉さんが、朱姫のお尻の中でおしっこしているんです。孫姉さん、助けてください──」

 朱姫が泣きながら言った。

 

「もう終わったわよ、朱姫」

 

 沙那が朱姫の肛門の中から男根を引き抜いて、ぴしゃりとお尻を叩いた。

 

「これに懲りたら、わたしを舐めんじゃないのよ、朱姫。しばらく、そこにいなさい」

 

 沙那が言った。朱姫は後手縛りのまましゃがみ込んで、歯を食い縛っている。

 

「あ、あんた、時々怖いね」

 

 孫空女はぞっとした。

 

「さて、ご主人様の番ですよ」

 

 沙那がにやりと微笑んで宝玄仙を見る。沙那のこの眼は、本当に宝玄仙にも仕返しをするつもりだろう。しかし、その後のことを考えると、孫空女はさすがに躊躇してしまう。

 しかし、沙那は頓着していないようだ。手際よく大きな盃を準備すると、そこに火酒を少し入れて、さらに水を差した。

 

「これは以前、ご主人様がわたしたちに無理矢理飲ませてからおしめをつけて外に出した強烈な腹下しの仙薬ですよ。覚えていますか?」

 

 沙那が宝玄仙の眼の前に、紙に包んだ粉剤を示した。

 

「お、お前……」

 

「水が冷たいのは我慢してください。ご主人様のように道術が遣えないので、温かくはできないんです。でも、冷たい方がすぐに効いてくると思いますから」

 

 沙那は盃の中に腹下しの仙薬を足すと、浣腸器を取り出して、その特性の浣腸液を吸い込ませた。

 

「じゃあ、これをご主人様のお尻に入れていいですよね」

 

 沙那が浣腸器を宝玄仙の前にかざしながら言った。

 

「す、好きにしな……。だけど、覚えておいでよ」

 

「じゃあ、好きにさせてもらいます、ご主人様」

 

 沙那が愉しそうに宝玄仙の後ろに回る。宝玄仙の顔が引きつる。

 

「ね、ねえ……いいの、沙那? 大丈夫かなあ?」

 

 孫空女は思わず言った。

 

「今更遅いわよ、孫女──。考えてごらんなさいよ。いまここで、やめても、ご主人様はきっと後でわたしたちにお仕置きをするわ。そうですよね、ご主人様?」

 

「ひいっ」

 

 宝玄仙が声をあげたのは、沙那が宝玄仙の肛門に浣腸器の先を差し込んだためのようだ。

 

「あ、当たり前だろう。こんなことしてただでおくものかい──。ぐうの音も出ないくらいに、とっちめてやるからね。覚悟しな、沙那──。それにお前もだよ、孫空女」

 

 宝玄仙が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「ほらね、孫女──。もう、どうやってもお仕置きを受けるのよ。だったら、ここで、仕返しをするだけした方がましというものよ」

 

 沙那は平然と宝玄仙に注ぐ浣腸器に力を入れていく。

 

「あ……あ……」

 

 さすがに浣腸液を無理矢理に体内に注入されて宝玄仙は苦しそうだ。

 

「あ、あたしは、沙那みたいに計算高くないんだよ。そんな風に達観できないよ」

 

「なら、いいわよ。わたしは、今日は腹を括ったわ。それに、あんた、さっき、あんな風にされて腹が立たなかったの?」

 

「そりゃあ……」

 

「だったら、ちゃんと怒ることも必要なのよ。わたしたちも、仕打ちが過ぎれば、腹も立てるし、恨みも感じるということをこの人たちには教えなければならないのよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「……ね、ねえ……さ、沙那姉さん──。あ、あたし、厠に行っても……」

 

 後手縛りのまま床にうずくまっている朱姫が苦しそうに言った。

 さっき朱姫の肛門に沙那が男性の性器を挿入したまま小便をした。だから浣腸液を注がれたと同じような状況になり、朱姫は襲ってきた便意に苦しみ始めたようだ。

 

「さっさと行っておいで、朱姫。厠はこの建物の裏よ。わかっているんでしょう。扉を開けてあげましょうか?」

 

「そ、そんな、沙那姉さん──。ここは、二階ですよ。一階の酒場には男の人がいっぱいだし、厠に行くには、さらにそこから裏庭を抜けて……」

 

 朱姫は全裸だ。それに後ろ手に縛られている。その恰好で部屋の外には行けない。

 ここは、まだ宝玄仙の結界の中だから安心だが、一歩部屋の外に出れば、たくさんの他人がいる。

 素っ裸で朱姫のようなかわいい娘が後手縛りで現れれば、もしかしたら寄ってたかって犯されるかもしれない。

 

「だったら我慢するのね。いま、取り込んでいるのよ。見ればわかるでしょう?」

 

「で、でも……。お、お願いです……。縄を解いて……」

 

 朱姫は、また泣きべそをかきはじめた。

 

「待つのが嫌なら、その恰好でひとりで外にいくのね。そこらへんにいる男を捕まえて、厠に向かう経路にある戸は開けてもらいなさい」

 

「沙那姉さん……さ、さっきは、ごめんなさい──謝りますから……」

 

「謝っても無駄よ、朱姫。わたしは、今日は怒っているのよ──。まあ、でも謝らないよりはましね。許してあげるわ。でも、もう少し、待ちなさい」

 

 沙那はぴしゃりと言った。朱姫は脂汗をかきながら顔をしかめた。

 

「……さあ、孫女、お代わりの準備ができたわよ。あんたがやるの? それとも、また、わたしがする?」

 

 沙那が注ぎ終わって空になった浣腸液に、新しい液体を抽入して孫空女に示した。

 

「や、やるよ──」

 

 孫空女は沙那から浣腸器を受け取った。こうなったら、毒喰えば皿までの心境だ。

 

「お、お前ら……」

 

 宝玄仙はもう苦しそうに歯を食い縛っている。そのとき、宝玄仙の下腹がぐるぐると鳴った。宝玄仙が羞恥に顔を染めた。

 その瞬間、孫空女の腹は座った。沙那ではないが、どうせ同じことなのだ。

 どんな仕返しをされるかわからないが、理由があろうとなかろうと、宝玄仙に嗜虐される日常に変化はない。

 考えてみれば、ここで仕返しをすることと、仕返しをしないことは実は同じことなのだ。

 

「い、いや、沙那……。あ、あたし、これじゃなくて、さっきのやつをやるよ」

 

 孫空女は自分の声が震えるのがわかった。とりあえず、浣腸器を卓に戻す。

 

「さっきのって?」

 

「おしっこだよ」

 

 孫空女は言った。

 沙那は一瞬だけ眼を丸くしたが、すぐに悪企みを共有したような表情になった。

 

「いいんじゃない。やってよ、孫女」

 

「うん、やるよ、沙那」

 

 孫空女は宝玄仙の背後に回った。両手で宝玄仙の尻たぶを掴む。孫空女の男根は、これ以上ないというくらいにいきり勃っている。宝玄仙を犯して泣かせるということが孫空女を激しい興奮状態にさせる。

 

「お前、まさか、この状態のわたしに……」

 

 宝玄仙が狼狽した声をあげた。

 

「沙那、さっきの潤滑油をかけてよ」

 

「うん」

 

 孫空女は、股間からそそり勃つ怒張の先端を宝玄仙の菊門に当てる。その上に、とろとろと沙那が潤滑油を流し落とす。

 

「じゃあ、いくよ、ご主人様」

 

 孫空女は、宝玄仙にあてがった怒張に力をいれる。

 

「う、うわっ、ほ、本当にやるつもりかい──。わ、わかった。わかったよ。さっきはちょっと羽目を外しすぎたよ。だ、だから、いま、そこに挿すのはやめておくれ」

 

 宝玄仙が拘束された全身を揺らして悲鳴をあげた。また、宝玄仙の腹がごろごろと鳴った。

 気がつくと宝玄仙の身体は、脂汗でびっしょりであるだけではなく、鳥肌も立っている。もう、かなり便意で苦しくなっているに違いない。

 

「じゃあ、あたしと沙那を許すかい、ご主人様?」

 

 孫空女は、さらに宝玄仙の肛門を手で押し開いた。

 

「ひ、ひゃあ──」

 

 宝玄仙が悲痛な声をあげた。

 

「どうするのさ、ご主人様?」

 

 孫空女は、肉棒の先でちょんちょんと宝玄仙の菊門を突く。

 

「う、うわっ──。お、お前──な、なんてことを……。も、もう、漏れそうなんだよ。や、やめておくれよ」

 

 宝玄仙は顔をのけぞらせて悲鳴をあげた。

 孫空女は思わず唾を飲みこんだ。

 絶世の美女と称してもいいくらいの美しい顔と身体の宝玄仙だが、嗜虐を受けて苦悩に顔と身体を歪める様には、女の孫空女でもぞくぞくするような色気を感じる。

 孫空女は思わず倒錯の身震いをした。

 

「わかった──わかったよ……。や、約束する。仕返ししない……。だ、だから……」

 

「や、約束するのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は、びっくりした。そんなことを言うとは思わなかったのだ。

 しかし、それで、それくらい宝玄仙が追い詰められているということがわかった。

 考えてみれば、沙那は、ただ、酒と水を混ぜて浣腸液を作っただけでなく、あの宝玄仙自身の強烈な仙薬である下剤を混ぜていた。

 宝玄仙のおこりのような小刻みな震えが宝玄仙の苦しさを物語っている。

 

「どうする、沙那?」

 

 孫空女は沙那をちらりと見た。

 

「あなたに任せるわ、孫女」

 

 沙那は微笑んだ。

 孫空女は苦しそうに震える宝玄仙を改めて見た。

 

「た、頼むよ……、そ、孫空女……」

 

 宝玄仙が呻いた。

 その哀願に孫空女のなにかが疼いた。

 孫空女の手が、勝手に背中から腕を回して宝玄仙の胸と股間に伸びる。

 

「ひ、ひゃああぁぁぁぁ──。こ、これ以上、刺激しないでおくれ。お願いだよ──」

 

 胸と股間を刺激すると、鳥肌が立っていた宝玄仙の肌が真っ赤になった。そして、身体を震わせて懇願する。

 孫空女にも覚えがある。便意に耐えているいまは、加えられる官能にいっさいの抵抗ができない。

 敏感な場所を愛撫されることに備えようとすると、限界に耐えている肛門を緩めてしまうことになる。だから、孫空女の拙い手管にも、宝玄仙は翻弄されてしまうのだ。

 

 孫空女は決意した。

 宝玄仙をここまで追い詰めて泣かせるなど、二度とない機会に違いない。

 沙那の言い草ではないが、ここでやめても、今後の宝玄仙の責めが緩むことなどない。

 それに、宝玄仙を責められるというこの瞬間が得られるなら、それなりの代償を払っても悔いはない。

 孫空女は、また宝玄仙の尻たぶを掴んだ。

 そして、股間の怒張を宝玄仙の菊門に突き入れていった。

 

「いぎいいいっっ──。お、覚えてなよお──、孫空女──」

 

 宝玄仙が息を吐きながら声をあげた。

 

「孫女、見て──。ご主人様は、感じてられるわ。男性の性が元気になったわ」

 

 沙那が叫んだ。

 

「ふがあああ──」

 

 孫空女もまた、男としての激しい快感に声を出していた。宝玄仙の肛門に突き挿した肉棒が宝玄仙の肛門の内側の柔らかな肉襞にぎゅうぎゅう締めつけられたのだ。

 大きな快感が突き抜け、その勢いのまま孫空女は宝玄仙の尻の中で精を放った。痺れるような甘美感が襲った。そして、女の快感が遅れてやってきて、孫空女の子宮をずんと響くように疼かせた。

 

「……あああうううっ……ああ、だ、だめだよおぉぉぉ……こ、こんなの狂ううっ……」

 

 宝玄仙が痙攣を起こしたように震えた。宝玄仙が孫空女の精を受けて、その衝撃で達したような仕草を見せた。

 

「ああ……だ、駄目だ。男の……男のものにつけられた霊具が邪魔で……できない……出せない……。こ、こんなの……」

 

 男根の根元で宝玄仙の精を止めている霊具が、宝玄仙が達するのを邪魔したらしい。激しい絶頂を味わいながらも、霊具の影響により官能が昇天する悦びだけを与えられなかった宝玄仙はその悔しさに震えているようだ。

 大きな満足感が孫空女を襲う。

 宝玄仙が自分の体重をぐったりと手首に縛った縄にもたれさせる。

 

「まだ終わってないよ、ご主人様……。あたし、おしっこしたいんだ。ちょっと、ご主人様、厠になってくれる?」

 

「か、厠?}

 

 宝玄仙が表情を険しくした。

 孫空女の怒張は、まだ勢いを残したまま、宝玄仙の肛門に突き挿さっている。

 実は、孫空女はさっき片脚をあげて小便をさせられそうになったときから、尿意が溜まっていた。

 孫空女は、その我慢していた股間の力を抜いて尿意を解放させた。宝玄仙の肛門の中で、孫空女の尿が迸る。宝玄仙が全身を仰け反らせて、苦悶の悲鳴をあげた。

 

「あらぁ? ご主人様の前のものがもっと元気になりましたよ。肛門におしっこをされて歓ぶなんて、ご主人様もわたしたちと同じ変態ですね」

 

 宝玄仙の前にいる沙那が囃し立てるように言った。

 孫空女も宝玄仙の肛門から男根を抜いて、宝玄仙の前に回り込んで股間を覗いた。確かに、怒張が大きくなっている。

 

「そうだね、ご主人様、肛門でおしっこされて、感じているんだね。こんなんでよければ、またやってあげるよ、ご主人様」

 

 孫空女は股間のものを拭きながら言った。

 宝玄仙は悔しそうに身体を震わせてうな垂れている。

 

「お、お前たち……な、なんということを……。主人に対する奴隷の反乱は死罪じゃぞ……」

 

 寿黒だ。真っ蒼な表情で震えている。

 そう言えば、そんなのがいたということを思い出した。

 

「なに言っているのよ、あんたのためにやっているのに、ねえ、孫女?」

 

 沙那が言った。

 

「こいつのため?」

 

「そうよ、孫空女──。ご主人様、まさか怒っていませんよねえ? この書物に書いているとおりにやってみて封印が解除できないかどうか試したんですよ」

 

 沙那がうそぶいた。

 

「そ、そうだね。そうだよ、ご主人様。残念ながら、お尻の中でおしっこをするというのは、封印の解除の条件じゃなかったよ」

 

 いまさら無意味だろうが、一応はそういう建て前にしておこうかとも思った。

 

「も、もういいよ……、お前たち。それよりも厠に……」

 

 宝玄仙が呻いた。便意がつらいのに違いない。

 

「あ、あたしも……」

 

 足元で朱姫も小さな声で呻いた。

 ふたりとも鳥肌が立っている。

 

「ふたりとも、もう少し、我慢してください。最初に財の隠し場所についての話にけりをつけますから」

 

 沙那がそう言って、書物を手に取った。

 

「封印を解除する条件がわかったの、沙那?」

 

 孫空女は言った。自信満々の沙那の表情は、明らかになにかの確信を抱いているということがわかる。

 

「そうね。わかったわ。それほど、難しい話じゃないわ。だいたい、なぜ、ご主人様もあんたも、書物を読んで、そこに書いていることを実行すれば、封印が解けると思ったの? 孫女、あんたならわかるでしょう。あんた、この書物を読んで、この中の描写のどれかを真似することができる?」

 

「できるかって……。それで、いままでご主人様とかが、あたしと沙那にやらせていたんじゃあ……」

 

「ご主人様も朱姫も読み書きができるわ。でも、あんたは字が読めない。あんたひとりだったらどうなのよ。ここに文字で書いてあることが鍵なら、どうやってそれを知るのよ……」

 

「あっ」

 

 沙那がなにを言っているのかわかった。

 寿黒も文字が読めない。

 だから、そもそもこの書物がなんの本なのかもわからなかった。

 それで、ここに連れて来たのだ。封印の解除の条件が、この書物に書かれている内容と関係があるなら、寿黒にはそれを実行することはできない。寿黒はその内容がわからないからだ。

 

「寿黒の義兄殿は、字の読めない寿黒に、財の隠し場所を教えたかったのよ。確かに、この書物には、多少の挿絵もあるけど、書いてある内容が封印の鍵になるなんて考えることに意味があるのかしら」

 

「そ、そうか……。じゃあ、封印にはこだらなくてもいいということ……?」

 

 孫空女がそう言うと、沙那がにやりと微笑んだ。

 

「もっと、単純に考えればよかったのよ。最初から、道術のことなんて無視すれば、簡単に正解に辿り着いたのよ」

 

 沙那がいきなり、書物の背を閉じている紐を引き千切った。

 

「あ……なにを──おおっ?」

 

 寿黒が立ちあがって、こっちに転がるようにやってきた。

 孫空女も目を丸くした。

 沙那が糸を解いた書物の背の部分から小さく畳んだ紙片がぱらりと落ちたのだ。

 

「常識で考えるのよ。この書物になにかが隠してあると告げて、その人が死んだのなら、純粋にこの書物に隠しているのよ。この本がなんの本であるとか、そういうことに関係なくね。寿黒は、文字が読めないから、書物に触るわけない。だから、義兄殿は、財を埋めた場所を描いたこの書面を書物の背に隠したのよ」

 

 沙那とともに、書物に隠されていた紙片を開いた。しかし、そこにはなにも書いていない。ただの白紙だった。

 

「なにも書いてない……。どういうことさ、沙那……?」

 

 孫空女は顔をあげて沙那の顔を見た。沙那の推理は正しいと思ったが、財の場所は描かれていない。沙那はなにか間違っていたのだろうか。

 

「そうね。白紙ね……」

 

 しかし、沙那の顔にはまだ余裕がある。

 

「……でも、わたしたちは関係のない他人よ。義兄殿は、寿黒に財を譲りたかったのでしょう? わたしだったら、万が一、この紙片を他人が先に見ても大丈夫なように、地図かなんかを描いてから、道術で消しおくわ。寿黒か、その奥さんが手にしなければなにも浮き出てこないような封印を刻んでね」

 

 沙那が寿黒にその紙片を渡した。

 果たして、その瞬間に白紙だった紙片になにかの詳細な地図が浮き出てきた。

 

「おおおお、地図じゃ──。地図じゃああ」

 

 寿黒は歓声をあげた。

 

「だったら、もういいでしょう──。さっさと、出ていきなさい」

 

 沙那は、地図と書物の残骸を寿黒に押し付けると、そのまま寿黒を部屋の外に出した。それこそ、文字どおり叩き出したのだ。

 部屋の中にはいつもの仲間だけになった。

 

「さて、待たせたわね、朱姫──。縄を解いてあげるわ。服を着て、厠に行っていいわ。でも、その前にひと仕事してからね──。そして、お前が戻って来たら、ご主人様に桶に排便をしていただくから、なるべく早く戻っておいで」

 

 沙那が朱姫の縄を解きはじめた。

 

「ま、待って……。ん……ら──。わ、わた……わたしを先に……して……」

 

 宝玄仙が苦しそうに叫んだ。肛門に注入した火酒は、時間が経てば経つほど、宝玄仙の体内に腸を通じて染み込んでくるはずだ。宝玄仙はそろそろ酔っ払ってきたのか、呂律がおかしくなっている。

 

「心配いりません。ご主人様のお尻には、朱姫に栓をしてもらいます。ほら、わたしたちによく使う肛門を締めつけると、ぶるぶると振動するあのいやらしい霊具ですよ。朱姫が戻ってくるまで、それで気を紛らせてください──。それに、まだ筆責めを受けていないじゃないですか。それが終わらないと排便なんてさせてあげれません。さあ、朱姫」

 

 縄を解かれて自由になった朱姫に、孫空女は沙那がいま言及した肛門栓の霊具を手渡した。この霊具にも随分と苛められた。これを宝玄仙に施すことがあるとは思わなかった。

 朱姫は、なんの迷いもなく宝玄仙の尻にそれを挿し込む。

 たちまち宝玄仙は狂ったような声をあげて、全身を仰け反らせる。

 

「いっ──いくうっ……お、お尻……お尻ら……凄い──。お、お前ら……ち……許さ……おごごご……うあああぁ……い、いくうう──」

 

 絞り出したような悲痛な声を宝玄仙があげた。宝玄仙の股間の怒張は信じられないくらいに膨れあがり、そして、激しく充血して、真っ赤を通り越して赤黒くなっている。

 

「厠に、い、行きますね、さ、沙那姉さん……。でも、あたしが戻るまで……待っていてくださいね。仲間外れにしないでくださいよ。朱姫も……朱姫もご主人様を苛めるのに混ぜてくださいね」

 

 朱姫がお腹を押さえながら言った。

 孫空女は、この期に及んでも、嗜虐側に参加したいという朱姫におかしみを感じてしまった。嗜虐についてはすぐに調子に乗る小生意気な妹だが、なぜか憎いという気持ちが湧いてこない。孫空女は苦笑した。

 

「わかったわよ。でも、早く戻っておいで」

 

 沙那も笑って、朱姫が脱いだ貫頭衣を手に取ると朱姫に投げた。

 朱姫はそれを着ると、小走りに部屋を出ていく。

 

「さて、じゃあ、朱姫が戻るまで、ご奉仕します」

 

 沙那が宝玄仙の身体の前に跪く。舌を伸ばして、宝玄仙の怒張を舐めはじめる。沙那は沙那で完全になにかにとり憑かれたような表情をしている。

 

「あ、あたしも……」

 

 孫空女も沙那の隣に跪き、宝玄仙の股間に舌を這わせる。

 ふたりで左右からぺろぺろと舐め回し、そして、吸ったり舌で弾いたりする。

 

「あ、あああ、や、やめておくれえ──。も、漏れちゃうよう──」

 

 酔いと、官能と、そして、強烈な便意──。激しい快感と排便の両方を崩壊寸前で我慢させている霊具の効果──。

 宝玄仙は完全に狂乱の状態だ。

 

「こ、今夜は、みんなでご主人様を徹底的に苛め抜くわよ……」

 

 沙那が宝玄仙の男根の横を舐めあげながら言った。

 

「でも、明日は……」

 

「明日のことを考えちゃ駄目」

 

 沙那が叱咤した。

 それもそうだ。きっと、明日は宝玄仙の報復として、怖ろしい性の拷問が待っているに違いない。

 まあ、それはそれで仕方がない。

 宝玄仙の本格的な責めは恐怖ではあるが、それを望んで子宮を疼かせている自分もいることは確かだ。

 

「んぐうううっ、漏れるう、あぐうううう」

 

 宝玄仙が苦しそうな雄叫びをあげた。

 もはや、人間の言葉ではない。

 獣の声だ。

 そんな宝玄仙にこの世のものとは思えない美しさを感じていた孫空女は、自分の舌で宝玄仙が狂い暴れるのに接しながら、心からの満足心をもって、上目でうっとりと宝玄仙を見つめていた。

 

 

 

 

(第35話『猥本騒動、又は、女戦士ふたなり調教』終わり)



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第6章【祭賽(さいさい)帝国(水滸伝艶義)篇】
222 梁山泊に近づく者


「あれが賊どもの拠点です、将軍」

 

梁山泊(りょうざんぱく)か……」

 

 およそ、五刻ほど馬を駆けさせたところで、史延(しえん)が馬をとめた。

 さすがに、国軍騎兵団でもっとも優秀だと言われている将校だけのことはある。

 蘭貫(らんかん)も、国軍ではもっもと若い将軍であり、体力にも、馬捌きについて自信があったが、やはり、史延にはかなわないと思った。

 蘭貫は、史延に続いて馬を降りる。

 

 ここは、地形が小高い丘となっている場所であり、周囲に高い樹木の影はない。

 樹木のない正面には、広大な湖水が拡がっている。

 梁山湖という名であり、湖水の中心に大きな島がある。

 島というにはかなり大きい。

 そこが、「梁山泊」と号している叛徒の本拠地だ。

 もともとは、王倫(おうりん)という男を頭領とする盗賊団にすぎなかったが、その盗賊団を本拠地ごと乗っ取った賊徒が中心となって、さらに全国各地から集まった豪傑、女傑たちが集まって叛乱の巣を作った。

 叛乱、即ち、国への蜂起ということだ。

 

 しかし、湖の水に阻まれた自然の要害だったということもあり、王都からそれほど離れていない場所にできた叛乱の巣にもかかわらず討伐軍の派遣は遅れた。

 また、地方で賊徒が発生するなど、珍しいことでもなく、所詮は集まっているのは、軍法も知らぬ無法者たちにすぎないという中央の侮りもあった。

 そもそも、梁山泊の賊徒の首領は、晁公子(ちょうこうし)という女であり、元は近傍の農村の女名主だ。しかも、いまの梁山泊の核となったのは“女賊”とも称されていた女が主体の白巾賊という女集団だ。

 さらに、賊徒の企みの中心になっているのも、やはり、呉瑶麗(ごようれい)という女であり、元は国軍の武術師範代だ。

 

 いまは、運城(うんじょう)の城郭の小役人だった宋江(そうこう)、同じく運城軍の上級将校だった朱仝(しゅどう)雷横(らいおう)などの男たちも加わっているものの、女中心の集団という感は否めない。

 だから、すぐに潰せるという油断があった。

 

 その結果、梁山泊の叛乱は拡大して、さらに青州と呼ばれる梁山泊勢力の東側の李忠(りちゅう)の大乱への連鎖に繋がることになった。

 そして、その連鎖は、さらにこの国の全土にまで、拡がる様相を示しつつある。

 

 ただ、これほどのことになっても、いまだに中央では危機感を抱くものは少ない。

 地方の叛乱のことなど、聞き心地のよいことしか伝えようとしない宰相の蔡京(さいけい)や近衛城軍の高俅(こうきゅう)に阻まれて皇帝に伝わることはないし、小規模の盗賊団程度としかされていない梁山泊の討伐など、恩賞を期待できるものでもなく、国軍の各将軍にとっても、現段階では旨味のある任務ではない。

 だから、中央はいまだに動かない。

 

 しかし、梁山泊は危険だ。

 少なくとも、先をみる頭がある者は、梁山泊をいま叩かなければ、あと数年後には、取り返しのつかないことになっている可能性があるという共通の認識が生まれつつある。

 蘭貫もそのひとりだ。

 

 いずれにしても、梁山泊から始まった叛乱は、数回にわたって地方軍の討伐軍を押し返し、いまでは、運城の城郭を占領して、県全体の土地をすべてを支配下に置いている。

 また、単に占領するのみならず、行政をして統治を行い、流通を動かし、まともな治政をしているのだ。

 税は、本来の祭賽(さいさい)帝国のものよりも遥かに安く、占領地の旧来の役人をそのまま使うが、徹底した不正の防止をしたことにより、むしろ、賊徒の支配地域の方が統治が安定していて、賊徒の支配域だというのに混乱は最小限で、むしろ、人民の流入まで起こっている。

 これで、危機感を抱かないのが、おかしいとは思うのだが、それが現実だ。

 

「俺を将軍と呼ぶのはよせ、史延。どこに、叛徒たちの耳目が隠れているかわからん。ここにいるのは、俺とお前のふたりだけだ。襲撃されれば、無事では済むまい」

 

 梁山泊の強みは、人に紛れている賊徒たちの間者にもある。

 梁山湖や運城に入り込んでいる表の賊徒のほかにも、民に紛れている影の賊徒もいて、これが梁山泊の勢力地に入り込む政府の諜者狩りをして、情報を遮断してしまう。

 だから、これ程の叛乱となったのに、驚くほどに情報が少ない。

 そういう裏の活動に長けた者が梁山泊の叛乱に集まっているのは間違いない。

 人の豊富さ……。

 これも、梁山泊の武器だ。

 

「そんなに用心することはないんじゃないですか? だって、敵は、女に率いられた集まりですよ。北州軍の討伐が失敗したのは、所詮は地方軍が軟弱だからでしょう。国軍が出動するとなれば、俺と将軍とふたりで、簡単に討伐できますよ」

 

 史延は腰の剣を鳴らした。

 

「違うな、史延。梁山泊は強い。戦のかけ引きも巧みであり、かなりの知恵者がいると思っていい。だからこそ、油断してはならんのだ」

 

「わかりましたよ。こうやって、将軍自ら忍んで偵察にくるくらいですから、蘭貫将軍殿が連中を一人前の相手とみなしているということは理解しました。じゃあ、俺もそれなりの相手と思わせていただきます。ところで、将軍殿でなければ、どのようにお呼びすればよろしいのですか?」

 

「そうだな。さすがに梁山泊の勢力地では無理だが、それを越えれば、とりあえず、役人ということにしようか。お前は従者だ」

 

「なるほど、じゃあ、将軍殿のことを蘭殿と呼ばせてもらいますよ。俺のことは、“延”と名を呼び捨てにしてください」

 

「それでいこう、延──。それで、あれを落とすとなれば、どうする? すでに占領されている運城は力押しするしかないが、あの梁山泊の湖塞を落とさねば、あそこに逃げられて終わりだ。最終的には、あの湖塞を確保できねば、この賊徒は討伐できん」

 

 蘭貫は湖を指さした。

 

「まずは、あの林冲(りんちゅう)の黒騎兵を抑えること。そして、水軍です。いずれにしても、まずは大軍で騎兵を撃破し、湖塞については、水軍を確保したうえで、腹の座った攻めが必要でしょう。女賊どももいまでは水軍もどきを準備しているみたいですしね」

 

 さすがは史延だとは思った。

 侮りのようなことを口にはしていたが、しっかりと一人前の敵として、梁山泊の軍を分析している。

 今度の討伐戦において、全軍を指揮することになっている蘭貫の補佐として指名した自分の眼に狂いがなかったことがわかり、満足した。

 一度も負けたことがないという林冲という黒衣の男の率いる騎馬隊は、本当に脅威だ。

 そして、本拠地が水に囲まれた島にあるということも、討伐を複雑にする。

 

「ほかにはあるか?」

 

「あの山塞……、湖に存在するから湖塞と呼ぶべきでしょうか……。あそこにこもる女たちの団結は強固です。それに敗れれば残酷に殺されることがわかっています。だからこそ、死ぬ物狂いで戦ってきます。言わば死兵です」

 

「もっと大きく見よ。帝都との距離だ」

 

「なるほど」

 

「見えたか?」

 

「帝都からたった馬で十日の距離です。しかも、北側からの流通を陸路でも水路でも制する位置にこの拠点はあります。しっかりと、戦略上の要地でもあることを見抜いて、ここに拠点を作ったということでしょうか」

 

「そうだな。いまは、小さな叛乱の域を超えていないが、しばらく、あの湖塞だけではなく、この地方一帯も連中が支配するということにでもなれば、沿岸の交易に頼っている帝都の流通はかなり影響される」

 

「しかし、それほどのことを連中が考えていますかねえ?」

 

「考えた……としてみよ」

 

「ならば、このまま手をこまねいていれば、もっと富が賊徒に集まりだすということになりますか? そして、帝都が弱くなる。そうなれば、あの連中はもっと強くなる……ですか……?」

 

「そうだ。放っておけば、さらに連中に人も財も集まる。力も蓄えていく……」

 

「まさか、女たちには、そんなことはできないですよ──。女の叛乱に誰が集まりますか」

 

 史延は言った。

 女が率いる賊徒が起こした叛乱――。

 確かに、それが国軍や宮廷内だけではなく、世間の多くの意見だといえるだろう。

 だから、これまで放置されてきた。

 その気になればいつでも潰せると──。

 しかし、実際、そうだろうか?

 すでに、二度の大規模な討伐に失敗している……。

 当初は、集まっているのも、逃亡した女奴隷たちに過ぎないと言われていたが、現実には名だたる男もかなり梁山泊に集結して、女頭領の晁公子の支配に従っている。

 

「とにかく、そうなる可能性があるということだ、延。だから、いまのうちに芽を摘むのだ。このまま、さらに数年もしてみろ。いまの話を笑い話とは考えられなくなるかもしれないぞ」

 

 いまのところ、国軍において、この梁山泊の蜂起に、本当の意味において危機感を抱いている将軍は蘭貫ひとりかもしれない。

 討伐に成功しても大きな功績になることなく、失敗すれば女に負けた将軍として糾弾される。割りの悪い仕事として、多くの将軍は及び腰だ。

 そのことも、この湖塞の討伐を遅らせている理由のひとつだ。

 しかし、本当に杞憂にすぎないのだろうか。

 湖から風が吹く。蘭貫の上衣の袖が風になびく。

 

「さて、陽が暮れるまでに、どこかの宿町に戻ろう。さすがに、叛徒の城郭で夜を過ごすわけにはいくまい」

 

 運城は梁山湖に近いが、すでに叛徒の勢力地であり危険だ。ひと通り、梁山泊の周辺を確認してから、何とか梁山泊の勢力範囲を抜けた宿町まで戻りたいと思った。

 蘭貫は、馬を寄せるとひらりと跨った。

 

 

 *

 

 

 適当な宿町で宿屋を見つけたのは、すっかりと辺りが夜に包まれてからだった。

 梁山泊から南に下った光城という城郭に近い宿町であり、すでに梁山泊の叛徒の支配地域の外になる。

 

「女奴隷はいかがですか? 無論、料金は必要ありませんが……」

 

 夕餉のためにあてがわれた食堂の個室で宿の主人がそう言ったのは、蘭貫が帝都からやってきた小役人という触れ込みだったので気を利かせたに違いない。

 

「呼んで貰おうか」

 

 しばらく考えてから蘭貫は言った。

 この城郭は、あの梁山泊が支配する湖の眼と鼻の先の先くらいの距離だ。この土地で、あの叛乱がどのように思われているかを知っておきたいし、土地の情報を得るために女を抱くというのもひとつの手段だ。

 

「わかりました。すぐに部屋の方に向かわせます」

 

「女には縄を一束持たせて欲しい。女は縛ってから抱く。それが俺の趣味でな」

 

 すると宿の主人が破顔した。

 蘭貫はひとりで宿泊のための部屋に向かった。ほかの一般の客が泊る宿泊棟とは別になっている離れにそれはあった。従者の侍る控えも隣接している。

 部屋に戻ると、史延から伝言が置いてあった。従者と主人が一緒に食事をするというのは不自然なので、別々に夕餉をとっていたのだ。伝言には、土地の女を抱くので、控えの間ではなく、ほかの部屋を自分用に準備させたとあった。蘭貫は苦笑した。

 

 やがて、女がやってきた。

 女は盆に載せた酒を持っていた。別に注文したわけではない。

 これも宿の主人が提供する饗応のひとつなのであろう。その盆の上には、蘭貫が準備を命じた縄もある。

 女は、蘭貫が思わず息を呑むくらいのはっとするほどの美人であり、これだけの気量の女はちょっと帝都でも見ないと思った。これだけの女が本当に奴隷女なのかと驚いてしまった。

 しかし、奴隷女には違いない。肌の透けた薄物を着ていて、奴隷の身分を示す焼印が両方の乳房に刻み込まれていた。また、薄物からは彼女の白い肌と股間の恥毛もはっきりと透けて見えてもいる。

 女は蘭貫の座る卓に酒と肴、そして、縄を置くと、無言のまま、床に跪いて頭を下げた。

 

「ここに座るがいい」

 

 蘭貫は、自分の横の椅子を示した。

 顔をあげた女は当惑したような表情をしている。

 奴隷の身分で、男と同じ席に座ることは許されることではない。

 だから、対等の立場であるかのように、隣の椅子につくことを命じられて困っているのだ。

 

「お前は、俺を悦ばせるように主人から指示を受けてきたのだろう? ならば、俺の命令に従え。俺は少し、お前と話がしたい。そのように床に座られては話がしづらいのだ」

 

 蘭貫は言った。

 

「しかし……」

 

 女はまだ困っているような顔だ。その表情もまた蘭貫の情欲をかきたてる。

 

「命令だ。俺の隣の椅子に座れ」

 

「わかりました」

 

 女は立ちあがって、蘭貫の示した椅子に座った。

 蘭貫は、女が卓に準備した酒の横の盃を手に取った。女の手が伸びて、その盃に酒を注ぐ。

 

「お前に先にすごしてもらう」

 

 蘭貫は女が注いだばかりの盃をその女の前に置いた。女は驚愕した表情をした。

 

「と、とんでもございません。お客様の酒を口にするなど……」

 

 女は恐ろしいことを聞いたというような仕草をする。

 

「同じことを二度も三度も命令するのは疲れる。今後、俺の命令にいちいち逆らうな。俺が酒を飲めと言えば、飲め──。それとも、下戸なのか?」

 

 わざと苛ついた口調で言った。女の顔が蒼くなった。

 

「い、いいえ──。では、いただきます」

 

 女は慌てたように、自分の前に置かれた盃を手に取った。そして、ひと息でそれを飲み干す。

 女が確かに酒を口にするのを確認して、蘭貫は女が空にした盃を受け取った。女がその盃に酒を注ぎ直す。

 女に酒を飲ませたのは、毒見の意味でもある。

 蘭貫は、盃の酒をあけ、空になった盃を女に戻す。

 今度は、女は拒否しなかった。女が盃を受け取ると、蘭貫は酒瓶をとり、それに酒を注ぐ。女は、それも黙って受けた。

 女はその酒もひと息で飲み干した。

 蘭貫は、女が注ぎなおした盃を卓に置く。

 

「名は?」

 

 蘭貫は訊ねた。

 

菖蒲女(しょうぶじょ)と申します」

 

「この辺りの生まれか?」

 

「生まれは帝都です。母も奴隷女でした」

 

「そうか」

 

 奴隷の産んだ子供だといって奴隷になるとは限らないが、女が生まれた場合は、その娘もそのまま奴隷として売られる場合も多い。

 所有する奴隷女が子を産んだ場合は、所有者の主人にその育成の責任があるが、奴隷女の産んだ子が女であるときは、それを商品として売ることが認められている。家畜の産んだ家畜の仔を処分するのと同じということだ。

 奴隷である女に人権はない。あくまでも所有者の家畜であり、そのような奴隷制度がこの国の実態なのだ。

 

「ここから、北に行ったところに梁山湖という湖があるのを知っているな?」

 

 菖蒲女がびくりと身体を震わせた。

 

「どうだ?」

 

 女がすぐに応じなかったので、蘭貫は重ねて質問した。

 

「し、知っております」

 

 女が顔を下に向けた。それで女の表情がわからなくなった。

 

「そこに大勢の叛徒が集まっているそうだな。湖に近い運城という城郭も支配されている。それは耳にしたことがあるか? しかも、そこでは奴隷身分が禁止だそうだ。事実、逃亡奴隷も逃げ込んでいる。知っているか?」

 

「少しは……」

 

「どう思う?」

 

「恐ろしいことです。政府に叛乱するなど……。ましてや奴隷の身で……」

 

 菖蒲女は俯いている。やはり、どのような感情を抱いているかが読めない。

 

「本当に興味はないのか? 連中は、国に対する叛旗を揚げ、この国から奴隷制度を追放しようとしているらしいぞ。奴隷の身分から解放されることに興味はないか?」

 

「恐ろしいことです……。もう、勘忍ください」

 

 菖蒲女が少しだけ口調を強くした。蘭貫は、少しだけ菖蒲女の感情を覗くことができた気がした。

 

「感情を害したのなら済まなかったな」

 

 蘭貫は酒の盃を空にして、盃を女に渡す。

 

「そ、そんな……」

 

 菖蒲女は盃を受け取った。その盃に酒を注ぐ。

 注がれるたびに菖蒲女は、ひと息で酒を飲む。蘭貫もしきりと重ねたふりをする。菖蒲女の身体の線が崩れて、薄物の下の肌が桃色に変わった。

 

「……俺が女を抱くときには、縛ってから抱くのだということは宿の主人から教えられたか?」

 

 やがて、蘭貫は言った。

 実のところ、蘭貫には、女を縛って抱く嗜虐趣味があるわけではない。

 ただ、酒を飲むときに、女に毒見をさせたように、用心をしただけだ。女を抱いてそのまま寝入り、殺されるということも最近続いている。軍人である蘭貫は、たとえ、眠っていても首を掻かれるとは思わなかったが、用心をすべきだと思った。

 菖蒲女は立ちあがり薄物を脱いだ。

 菖蒲女の肌が眼の前に現れる。薄物越しに見えた彼女もきれいだったが、こうして抱かれるために裸身を晒す彼女は、さらに美しくなった。

 

「背に腕を回せ」

 

 すると、菖蒲女が蘭貫に背を向けて、両手を背中に向けた。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 菖蒲女の声は少し震えている気がした。

 蘭貫は、女の手首を束ねて縛り、その縄尻を二の腕に巻いて固定し、乳房の下に回して反対側の二の腕に巻き、手首を縛っていた縄から出ている縄で返して、今度は乳房の上を通って、再び背中で結ぶ。

 これで女は両腕を背中に回して身動きできなくなった。

 蘭貫は菖蒲女を促して、寝室に向かわせた。

 緊縛されたまま寝台に横になろうとした菖蒲女を引きとめて、その身体を横抱きに抱いた。

 

「あっ」

 

 菖蒲女が小さな声をあげた。

 蘭貫は、そのまま寝台の上に胡坐をかいた。

 まだ服は着たままだ。菖蒲女だけが、全裸で寝台に座る蘭貫の脚の上に載せられている。

 蘭貫は、菖蒲女の胸の焼き印を指でなぞった。本物だ。確かに焼印だ。奴隷女には、必ず身体のどこかに焼印をする。そして、奴隷女は必ず、その焼印を晒すことが法で定められている。隠すことは死罪だ。

 

 身体のどこ焼印をするかは自由だが、晒さなければならないという定めがあるので、この菖蒲女のように胸に施されると、すべての生活を裸身に近い状態でしなければならないということになる。奴隷女とはいえ、男の前で裸身を晒し続けるということは普通の生活はできないということだ。そうすると、この菖蒲女のように娼婦にでもなるしかない。それでも、尻や股間に焼印をされるよりはましだろうが……。

 

「歳は……?」

 

 蘭貫は菖蒲女の女の部分に指を伸ばす。

 菖蒲女の裸身が震えた。女陰に手を這わせると、乾いていた股間がだんだんと湿り気を得ていく。

 

「あ、ああ……に、二十……二」

 

 二十二……。

 奴隷女の娼婦としてはそれなりの年齢であろう。蘭貫はさらに愛撫を続けた。菖蒲女の肉芽がむくりと大きくなるのがわかった。眼の下にある縄に挟まれて強調された乳房の中心のふたつの突起がぴんと尖る。

 

「お前の主人は、この宿の主人ではあるまい?」

 

 蘭貫の指先は、菖蒲女の肉芽の周りを執拗になぶる。だんだんと菖蒲女の息が荒くなり、菖蒲女の表情から余裕のようなものが消滅する。

 

「ご、ご主人様は──」

 

 菖蒲女は、宿町の分限者の名を言った。どうやら、宿の主人が提供した賄賂ではなく、その分限者の提供だったようだ。蘭貫が菖蒲女を気にいれば、朝になってその分限者が現れて挨拶をする。そういうことになっていたらしい。

 

「んん、んああ──」

 

 ついに菖蒲女が大きな声をあげた。

 一瞬だけ汗ばんだ菖蒲女の裸身が弓のように湾曲した。そして、そのままたわんで硬直する。軽くいったらしい。蘭貫は素知らぬふりをして、菖蒲女の股間を弄ぶことを続けた。

 蘭貫の股間の一物はすでに怒張になっている。

 しかし、蘭貫はもう少し、いろいろと菖蒲女に物を訊ねたかった。それは、たとえ奴隷女の言葉であっても、その奴隷女の感情を通じて、あの叛乱がどう思われているかという情報を手に入れたかったということもあるし、純粋に菖蒲女の痴態が愉しかったからでもある。

 本当に娼婦であろうかと疑念を感じる程、菖蒲女のよがり方はしとやかで慎みのようなものがあった。それがだんだんと淫情に酔い、あられのない痴態に変わっていく。それがよかった。

 しばらく、そうやって股間を責め続ける。菖蒲女の白かった肌は真っ赤に染まり、蘭貫の指が触れている股間は、もう淫液でびしょびしょだ。

 蘭貫は女陰の中に指を挿す。その入口に近いさらざらした部分を擦る。

 

「ふくうっ──」

 

 菖蒲女は激しく身体を震わせて大きく身体を跳ねあげた。今度はかなり激しく気をやったようだ。

 

 抱くか──。

 

 蘭貫は思った。

 最初はこうやって、気を失うまで責め続けて果てさせるつもりだったが、あまりにも妖艶な菖蒲女の痴態に気が変わった。この菖蒲女は、これまでに蘭貫が接した中でも最高部類の女だ。たとえ奴隷女としても、これ以上の女はいない気がする。

 蘭貫は菖蒲女を横に置き、服を脱いだ。

 

「む、胸を──」

 

 菖蒲女の上に乗ろうとすると、菖蒲女が消え入るような声で言った。

 

「胸?」

 

「お、お股ばかりあんまりです。む、胸も責めてくださいませ……」

 

 あまりに恥ずかしそうな口調で呟いた菖蒲女に対して、蘭貫は思わず笑みを漏らしてしまった。

 

「そうか。胸が弱いのだな、お前は?」

 

 蘭貫は菖蒲女の勃起した乳首を口に含む。この可愛い女を身請けできないものか。本気でそんなことを考えた。こんな小さな宿町の分限者の持ち物にしておくのはあまりにも惜しい。

 しかし、不意になにかが胃から込みあげた。気がつくと、赤いものを口から噴き出していた。

 

 血──?

 

 それが自分の吐血だと気がついて愕然とした。

 

 なぜ……?

 

 この感触は毒に違いない。しかも、これはおそらく猛毒だ。放っておけば、このまま死ぬ──。

 だが、そんな毒をいつ飲まされたのか……?

 夕餉で口にしたものは、事前に史延が毒のないことを確認している。いま、菖蒲女が持ってきた酒には、実は飲んだ振りをしただけで、一滴も口には入れていない。

 そして、ふと気がついたことがある。

 

 汗──?

 

 いま、自分は菖蒲女の乳首を舐め、その肌から流れる汗を口にした。

 その汗が?

 蘭貫が倒れ込んでいる菖蒲女の身体がむくりと起きた。後手縛りのまま、身体を揺すって邪魔そうに蘭貫を振るい落とす。

 蘭貫の吐いた血が菖蒲女の胸を汚している。

 だんだん暗くなる視界で最後に蘭貫が見たのは、冷酷な表情で自分を見下ろしている菖蒲女の顔だった。

 

 

 *

 

 

 寝室の扉が開いた。

 蔡香(さいか)が入ってきた。蔡香もまた、奴隷女の格好をしている。

 

「あら、九頭女(くずじょ)さん、いい格好ですね」

 

 蔡香が後手に縛られている九頭女の裸身を眺めながら笑った。

 

「冗談を言ってるんじゃないわよ。早く、解いてちょうだい、蔡香」

 

 九頭女は言った。

 

「結構時間がかかったんじゃないですか、九頭女さん」

 

 蔡香が九頭女を拘束している縄を解きながら、血を吐いて死んでいる蘭貫に視線をやった。

 

「用心深い男でね。酒は飲みやしないし、女を抱くにも自由を奪ってからときたものだよ。それと執拗に梁山泊のことを探っていたよ。やっぱり、あの蘭貫将軍であることは間違いないね。だけど、まあ、これで蘭貫は死んだ。梁山泊のことを本気で討伐しようと思う将軍はいなくなった。当分は大きな討伐はないわ。その間に、また公子殿たちは塞を充実することができる」

 

「それで、史延の方はどうしたの、蔡香?」

 

 縄を解かれると、九頭女は布を使って、血で汚れた身体を拭いた。

 そして、蔡香の準備した服を着る。奴隷女としての服ではなく、黒装束の下袍と上衣だ。

 これから、この宿町を離脱して逃亡することになる。そのために目立たず、そして、動きやすい恰好になる必要がある。

 

「死にましたよ。こっちは最初の酒で死んでくれました。だから、九頭女さんのように、何度も達しなくてすみました」

 

 蔡香は言った。蔡香もまた、史延の抹殺に成功したということだ。そして、どこかで蘭貫が九頭女を弄ぶのを覗いていたのだろう。

 九頭女は苦笑した。

 

「それより、九頭女さん、胸の印をお願いします」

 

 蔡香も服を着替えながら、自分の乳房を示した。そこには、九頭女が刻んでいるものと同じ刻印がある。

 

「そうだったね。忘れていたわ」

 

 九頭女は、道術で自分と九頭女の胸に作った偽の奴隷印を消滅させる。

 さらに、口から含んだ毒液を乳房から体液として滲ませていた道術の効果も消失させ、体内に入れた毒も『治療術』で消した。

 蘭貫がなかなか毒酒を口にしなかったため、とっさに毒液をそうやって舐めさせたのだ。

 

「この宿の亭主は?」

 

「仙薬を使ってあたしらのことは忘れさせました。この蘭貫と史延の死骸を見ても、なんでこいつらがここにいるのか理解できないでしょうね」

 

 蔡香がにやりと微笑む。

 この宿に泊りに来た蘭貫と史延に接するために、九頭女の道術と蔡香の仙薬で意思を朦朧とさせて、この宿の主人を操った。

 そして、既に、その主人の記憶からも、今夜のことは抹消させたということだ。

 

 もちろん、蘭貫と史延のことは、ずっと以前から追いかけていた。

 梁山泊の強敵になると評価したときから、密かに抹殺する機会を狙っていた。梁山泊の叛乱はまだ成熟していない。

 運城の支配も始まったばかりであり、国として戦うための力を蓄えるにはもう少し時間が欲しい。

 梁山泊のことを本当にこの国の危機と気がついている軍人は、いまのうちに処分しておく必要がある。

 

「さて、あんたには、これからしばらく、運城と梁山泊内の娼館を任せるわ。とりあえず、目障りな者はいなくなったし、運城も静かになると思う。あんたも、そろそろ、ひとりだちしてもいいしね」

 

 娼館というが、実際は九頭女が育てた女諜報組織だ。その隠れ蓑が娼館になっているだけだ。

 

「わかりましたが、九頭女さんは?」

 

「次は、北安の城郭に戻るわ。あそこに派遣された新しい高官が切れ者でね。ちょっと揺さぶってみるわ。梁山泊の敵になりそうなら、いつものように……」

 

 九頭女は手で首を裂く動作をして、おどけた顔をした。

 軍人であろうと、文官であろうと、無能であれば生かし、有能だと見極めたら、手を尽くして失脚させるか、暗殺する。

 それが、九頭女たちのしていることだ。

 蘭貫についても、真面目で優秀な国軍の城軍であったため、手を出して殺した。

 汚れた仕事だが、梁山泊がいずれ国を奪うためには、必要なことだ。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 準備ができたところで、九頭女は蔡香をそばに寄せて立ちあがった。



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 第36話  女奴隷の叛乱・前篇【九頭女(くずじょ)
223 馬曳き女奴隷


「冗談じゃないよ、まったく──。わたしは、宝玄仙だよ。八仙だよ。貴族だよ。皇帝とだって、一緒に食膳をともにするほどの身分なんだ」

 

 祭賽(さいさい)帝国の北安という城郭の大通りを城門外に出る方向に向かって歩きながら、宝玄仙は不平を言っている。

 孫空女は、黙ったまま苦笑した。

 すると、沙那が口を開く。

 

「八仙っていったって、この国では通用しませんよ、ご主人様。天教の神殿なんて、ひとつもないような土地じゃないですか。それに、ご主人様は八仙の身分を返上なさったんですよね。そうすれば、ただの人ですよ」

 

 沙那の口調には、なんとなく宝玄仙の憤りを愉しんでいる雰囲気もある。

 

「そうだよ、ご主人様。それに、今更東方帝国の貴族といっても、爵位は剥奪されているに違いないって、前に言ってなかったかい?」

 

 孫空女も続けた。

 

「それでも、それなりの敬意をもって扱われるべき人間だと言ってるんだよ。わたしたちが女だから、なんだって言うんだよ。わたしは、こんなに馬鹿にされた思いになったのは初めてだよ」

 

「まあまあ、ご主人様。仕方がないよ。この国じゃあ、女であることは、一人前じゃないということらしいからさあ」

 

「なに悟ったことを言ってんだよ、孫空女。お前らしくもない。女だから泊められないって断られたときに、なんで暴れないんだい。怒って暴れ出せば、いくらでもけしかけてやったのに──」

 

「暴れるってなんだよ、ご主人様」

 

 孫空女は困惑して、歩きながら振り返った。

 宝玄仙はまだ感情が昂っているのか、不機嫌そうに顔を真っ赤にしている。

 

「沙那の影響かなんか知らないけど、いつの間にか、分別ついた大人のふりしやがって、元五行山の盗賊団の女頭領が呆れるよ。馬鹿にされたときには、渡してある如意棒(にょいぼう)で暴れるんだよ」

 

「む、無茶言わないでよ、ご主人様。こんな城郭の中心街で暴れたりしたら、あっという間に軍がやってきて、四人揃って捕縛されちゃうじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 

「それこそ、沙那の受け売りじゃないか。馬鹿のお前がそんな後先考えて行動してどうするんだよ──。いや、……ははあ、さては普通の宿を断られて、木賃宿に入れば、相部屋が普通だから、夜の奉仕がないと思っているね?」

 

 宝玄仙が喚き散らす。

 通りゆく城郭の人々が何事だろうとこっちを見るが、宝玄仙は素知らぬ顔だ。

 孫空女も閉口した。

 

 もっとも、宝玄仙が怒るのも無理はない。

 この祭賽国の帝都に近い城郭である北安(ほくあん)に到着したのは昼過ぎのことだ。

 この城郭で、祭賽国を横断するための手形の手続きをする必要があり、それについてはなんとか終わったのだが、今夜の宿を求めていくつか回ったところ、すべて満室だということで断られたのだ。

 最初は、言葉通りの意味だろうと思っていたのだが、三軒目の宿で宿泊を断わられた直後、一行の眼の前で別の男客を受け入れるということがあった。

 

 それで不平を言うと、宿の者は明らかに侮蔑の表情で、女連れのみの客は、宿の品位が落ちるから受け入れられないのだと言い直されたのだ。

 この城郭内では、女だけの客を泊める宿はないだろうから、城郭の外に並んでいる木賃宿に行けとも言われた。

 女だということだけで馬鹿にされたことで、宝玄仙は怒り心頭ということなのだ。

 この祭賽帝国は女の地位が低い。

 それについては、孫空女もこの国に入って以来少しずつ気がついていたが、国都の近くになるにつれて、それは顕著になった。

 

 金があっても、男が商う店では物を売ってくれないし、席について食事をすることも断られる食堂も多い。

 挙句の果ては、宿屋街の一斉宿泊拒否だ。

 それで宝玄仙は不機嫌になった。

 孫空女としては、いい迷惑だ。

 宝玄仙の機嫌が悪くなれば、その腹いせは供である孫空女たちが負う。

 

 もっとも、木賃宿なら、宝玄仙の言うとおりに、相部屋が当たり前だ。

 寝台のあるような寝室で寝ることはなく、大きな部屋で床の上に寝具を直接敷いて寝ることになる。

 四人だけになれないから、宝玄仙はいつもの性奉仕を孫空女たちにさせることができない。

 確かに、久しぶりに平和な夜をすごすことができるだろう。

 さっきから沙那は上機嫌だが、沙那もそう思っているに違いない。

 

「大丈夫ですよ、ご主人様」

 

 すると、不意に朱姫が口を開いた。

 孫空女はなんとなく、後ろを振り向く。

 すると、宝玄仙の横を歩いている朱姫が、悪だくみを思いついたような表情で宝玄仙を見ていた。

 孫空女は嫌な予感がした。

 

「なにが、大丈夫なんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙が応じた。

 

「相部屋は相部屋で愉しみ方もあるということです。沙那姉さんや孫姉さんの声が出せないようにしてから、ご主人様の道術で金縛りにして、遊べばいいんですよ。周りが他所の人でいっぱいの場所みたいなところで何回もこっそりといかされたりしたら、恥ずかしがり屋の沙那姉さんなんて、きっと泣いてしまいますよ」

 

「しゅ、朱姫──」

 

 声をあげたのは一番後ろを歩いていた沙那だ。

 孫空女もこの小娘はなんてことを言い出すのかと思った。

 しかし、もう遅い。

 振り返ると、宝玄仙の眼が輝いていた。さっきまでの不機嫌が吹き飛んで、すっかりと上機嫌の表情になっている。

 

「お前、最高だよ、朱姫」

 

 宝玄仙がにんまりとした。

 

「ねっ、だから、ご主人様、あたしも今夜は責め側にしてくださいね。お願いですよ」

 

「当たり前だよ、朱姫。お互いに、何回相手をこっそりといかせられるか競争しようじゃないか。そうだねえ、相部屋だから、また、ほかの客と並んで、寝具だけをくっつけて寝るんだよね。じゃあ、沙那と孫空女を動けなくして、声も出せないようにするよ 」

 

「だったら、それから先は、お互いに道術はなしにしませんか。純粋に手管だけで責めることにするんです」

 

「いいねえ。ただし、おかしなことをやっていることを他の客にばれれば負け。ばれないように制限時間内に、たくさん相手をいかせた方が勝ちということにしよう。お前はどっちにする。沙那かい? それとも、孫空女にするかい?」

 

「そうですねえ……」

 

 朱姫が考える表情になる。

 

「な、なに勝手なことを言っているんだい、朱姫──。それにご主人様。そ、そんなことやらないからね」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「そ、そうですよ。それにその話には、わたしたちの意見はないんですか?」

 

 沙那だ。

 

「そんなものを聞く必要はないね。この国には、奴隷女に人権なんかないらしいしね」

 

 宝玄仙がうそぶく。

 

「い、嫌です。そんな余所の人のいる場所で辱められるなんて」

 

 沙那は真っ赤な顔になっている。

 

「精一杯嫌がってな、沙那。その方が愉しいからね。どうせ、拒否できないんだ。できるだけ、嫌がっておくれ──。じゃあ、朱姫、わたしは沙那にするよ」

 

「じゃあ、あたしは、孫姉さんですね。わかりました」

 

 朱姫がにこにこして言う。

 

「か、勝手に決めんじゃないよ、朱姫──」

 

 孫空女は朱姫を怒鳴りあげた。

 しかし、そのとき、ふと眼の前に唖然とするような光景がやってきて、そちらに意識がとられた。

 そして、“それ”が、だんだんとこっちに近づくにつれ、孫空女は目を疑った。

 一方で、周囲の通行人が左右に散っていく。

 その動きに合わせて、孫空女たち四人も大通りの脇に身体を寄せた。

 人分けされた通りを向こうから一台の乗り物がやってきた。

 

「な、なんですか、あれ?」

 

 朱姫が小さな声をあげた。

 孫空女もまだ驚いていた。

 やってきたのは屋根のない軽馬車だ。

 

 ただ、尋常でないのは、その軽馬車を曳いている存在だ。

 軽馬車を曳いているのは、身体の大きい三人の半裸の女だったのだ。

 前に出ている真ん中の女と少し後方の残りの女の三人の女が、細い鎖で軽馬車に繋げられて、若い男を載せた軽馬車を引っ張っている。

 上半身は裸で身体を隠しているのは股間を覆う革の半下袴と編上げの長靴だけだ。

 その半下袴には腰の部分に留め具がついており、そこから曳き鎖が両側から伸びて軽馬車に繋がっている。

 そうやって三人の女が汗だくになって、男を載せた軽馬車を曳いているのだ。

 三人の両腕は背中側に束ねられていて革の袋のようなものに包まれている。

 また、女たちの口にはあぶみが噛まされていて、それも馬車に乗っている男の手元に伸びていた。

 

「……馬鹿二郎殿だよ」

 

 誰かがこっそりと悪態をつく声が孫空女の耳に入った。

 龍家の二番目──。

 龍二郎──。

 そんな言葉も聞こえる。龍二郎は本当の名で、馬鹿二郎というのが綽名らしい。

 

「どこかの貴族のお坊ちゃんのようだね……」

 

 道端に避けた人込みの中で、宝玄仙が舌打ちしながら呟いた。

 

「あれが奴隷の印でしょうか……?」

 

 沙那が蒼白な顔で呟いた。沙那の顔が白いのは、あまりの怒りのために、顔の血が引いているのだ。長い付き合いになった孫空女にはそれがわかった。

 

「そのようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那と宝玄仙が言及したのは、軽馬車を曳く馬代わりにされている三人の女の腹にある紋章のことだ。

 あの印はこの国の奴隷制度上の正式奴隷であることの紋章であり、すべての奴隷はそれを常に晒して生きなければならないと耳にしたことがある。

 この祭賽国に入ってしばらく経つが、正式の奴隷に接するのはこれが初めてだった。

 多くの奴隷は、屋敷内に閉じ込められていてさまざまな労働をさせられていることが多いらしく、表に出てくることは少ないのだ。

 

「まあ、他人のことをどうこう言えるわたしじゃないけど、あまりにもこれ見よがしに嗜虐をされると気分が悪くなるね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あれは、嗜虐じゃありませんよ、ご主人様。ただの悪趣味です」

 

 沙那だ。

 孫空女には、嗜虐と悪趣味の違いは判らなかったが、沙那にとっては別のものなのだろう。

 

「それっ、時間がない、急げ──」

 

 見物人の存在に気をよくしているのか、龍二郎が長い鞭を操って、三人の女の背中に振るった。

 

「んぐっ──」

「あぐっ──」

「んん──」

 

 三人がそれぞれに悲鳴をあげるとともに、軽馬車の速度があがった。

 よく見れば、三人の背中は古い傷も新しい傷も多く、みみず腫れでいっぱいだ。

 また、傷は背中だけではなく、脚や肩にもある。

 太腿にあるのは火傷の痕のようであり、これは比較的新しいのではないだろうか。

 人間の女に曳かれた軽馬車が城門の方角に通り過ぎていくと、両側に散っていた人々も大通りに戻り、再び元の喧騒を取り戻す。

 

「あれが本物の奴隷……」

 

 沙那が険しい表情で呟いた。

 そして、女奴隷に曳かされる馬車は見えなくなった。

 しばらく歩く。

 すると、城門が見えてきた。

 

 孫空女たちが向かおうとしている木賃宿が集まっている場所は城門の外にある。

 この城郭の街並みは城門で終わるわけではなく、城門の外にも拡がっている。

 貧民層の住居地区は、むしろ城門の外、いわゆる城外にあるので、貧しい旅人の宿泊する木賃宿もその地区に多くある。

 

「ご主人様、あれ──」

 

 しかし、城門をまさに出ようとしたときに、朱姫がなにかを見て、立ちどまった。

 孫空女もほかの仲間とともに、朱姫の示した方向に視線をやった。

 

「おや?」

 

 かなり遠くだが、さっきの軽馬車が見える。

 あの三人の汗だくだった女は、くつわに繋がった革紐を一本の立木に結ばれて、地面にしゃがみ込んで休んでいるようだ。

 三人の女の繋がれた場所の向こうには、小さな牧のようなものがあり、そこには人だかりがしている。さらにその向こうには、大きな建物がある。

 

「あれは奴隷商館のようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「奴隷商館って?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「奴隷を買ったり、売ったりする場所さ」

 

「こ、こんな街中で人間を売り買いするのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は驚いて言った。

 

「なにを驚いているんだい、孫空女。当たり前だろう。女奴隷はこの国の認めている正式の商品なんだ。街中で売り買いしなきゃどこで商売するんだよ。奴隷を買うような男は金持ちに決まっている。だから、ここのような大きな城郭の中には、大抵はあるさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうか……。なんとなく、奴隷って、こっそりと売られているものだと思ったからね。こんなに公に売られているなんておかしく思ったのさ、ご主人様。言われてみれば当たり前か」

 

「まあ、東方帝国にも奴隷という存在はいるけど、売買の対象ではないからね。奴隷は手続きをして、正式奴隷にするけど、一度誰かの奴隷になれば、ほかの者の奴隷になることはない。一生、同じ人間の奴隷だ」

 

 そう言えば、宝玄仙はまだ東方帝国の帝都にいるときに、一度だけ正式の奴隷を持ったことがあるということを孫空女は思い出した。

 この前、御影に捕らえられて酷い目に遭った後で、宝玄仙が孫空女たちに詳しく教えてくれたのだ。

 宝玄仙が奴隷手続きをしたのは鳴智(なち)で、奴隷にしたものの宝玄仙を裏切って罠に嵌め、闘勝仙(とうしょうせん)に宝玄仙を売り渡した。

 後にも先にも宝玄仙が正式に奴隷を持ったのはそれきりであり、ほかにはないそうだ。

 孫空女や沙那や朱姫を奴隷だというが、実は奴隷の手続きはしていないし、本来の立場は女主人と旅の供というものだ。

 

「それにしても、あの人だかりはなんでしょう?」

 

 沙那が言った。

 人だかりは牧のような場所にできている。

 こっちから見えるのは三十人くらいだろうか。

 全員が男で女はいない。

 ただ、服装はまちまちで、みんな通りすがりという感じだ。

 牧のようになった場所の中を見ているようだ。

 

「競り……という感じでもないねえ」

 

 宝玄仙が首を傾げた。

 四人で人だかりの方向に向かった。

 そして、集団の後方に加わり、人の頭と頭の間越しに、その向こうに視線をやった。

 

「あっ」

 

 孫空女は声をあげてしまった。

 女四人の存在に周りの男が不審の眼を向ける。

 しかし、そんな周りの視線も気にならなかった。

 

 低い垣根に囲まれた牧の中には、縄で拘束された五人ほどの女が、木杭に縛られて服を剥かれていた。

 女たちはいずれも可愛い顔立ちをしていて、そして、泣き叫んでいる。

 そばには、家畜に使うのと同じ焼きごてが準備がされていた。篝火の炎の中に焼印を押すための焼きごてが差されていて、それを奴隷商人の部下らしき男が二人ほどで扱っているのだ。

 そばには椅子があり、さっきの龍二郎が座っていて、その横では奴隷商人の主人らしい男が恵比寿顔でその龍二郎のご機嫌をとるような態度をとっている。

 なんとここで、女奴隷に焼印をつける作業が行われているのだ。

 

「腹だ──。龍家の奴隷は、腹に印章と決まっている」

 

 龍二郎が笑って言った。

 泣き叫ぶ女のひとりの腹に、篝火から取り出された焼きごてが取りだされる。

 真っ赤になった焼印が両手両足を二本の木杭に縛られて拡げられている女の裸身に近づく。

 

「ひぎゃあああぁぁぁぁ──」

 

 女の絶叫がして、肉が焼ける嫌な匂いがここまで漂ってきた。

 そして、女は小便を垂れ流してその場で気絶をした。女の腹には、さっき軽馬車を引っ張っていた女たちの付けられていたのと同じ紋章が刻まれた。

 

「な、なんてことを……」

 

 孫空女は惨たらしいその光景に歯噛みした。

 国によって認められた行為とはいえ、罪のない女の身体に傷をつけて、奴隷にする……。

 そんなことが許されていいのか。

 しかし、その孫空女の耳に、また周囲の男たちのひそひそ話が聞こえてくる。

 

 さすがは女人国の女奴隷……。

 上級の性奴隷……。

 性技も容姿も抜群……。

 五人も一度に購えるのは龍家だからこそ……。

 そんな会話をしている。

 

 女人国の女──?

 

 あそこにいるのは、女人国から浚われてきた女なのか──?

 気がつくと孫空女は、見物の男たちを押し分けて人だかりの先頭に立っていた。

 

「待て──。そこにいるのは、女人国から連れてきた女なのかよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「なんだ、お前は?」

 

 龍二郎の横の奴隷商人が眉間に皺を寄せて言った。

 

「質問に答えるんだよ、お前。その女たちは、女人国の女なのかと訊いたんだ」

 

 女人国の南域で発生した奴隷狩り団──。

 南域の小さな町や村を襲撃しては、この祭賽帝国に売り飛ばせそうな若い女を浚い、密かに売っていた。

 その活動の裏には、孫空女も捕えられたあの御影が暗躍していた気配があるが、とにかく、その楊鬼女という女頭領が率いる黒賊という奴隷狩り団は、女人国の軍により討伐されて、それに関わった者はことごとく処刑された。

 

 しかし、襲撃のときに救出した三人の被害者以外は、すべて、売り飛ばされた後であり、浚われたままになっている。

 その浚われたままの女の一部がこの目の前の五人なのではないだろうか。

 

「お前には関係ない、女」

 

 奴隷商人が不機嫌な顔で応じた。

 

「待て、王英」

 

 龍二郎がその奴隷商人を制した。

 王英というのは奴隷商人の名前だろうか。

 

「お前は誰だ?」

 

 龍二郎が椅子に座ったまま孫空女を見た。

 

「孫空女だよ」

 

 孫空女は龍二郎を睨んだ。

 

「そうか、ならば答えよう、孫空女。この女奴隷は、この龍二郎が購入したものだ。この奴隷は“初女奴隷”でな。初女奴隷というのは、これまで誰の奴隷でもなかった女が、初めて奴隷になるというものだが、その初女奴隷には、最初に主人になった者が奴隷の紋章をつけなければならないことになっている。それがどうかしたのか?」

 

 龍二郎が言った。

 

「そんなことを訊いているんじゃないよ。女人国の女かと訊いたんだ」

 

「あ、あたしたちは、女人国の者です。お願いです。助けてください──」

 

 拘束されている女のひとりがそう叫んだ。

 やっぱりそうだったのだ。孫空女の頭にかっと血がのぼった。

 

「……この女たちの出身がどこなのかということは知らんな。俺が知っているのは、この女たちが奴隷という商品であり、俺が買ったという事実だけだ」

 

 龍二郎だ。

 

「女人国の女を誘拐して奴隷にするというのは、さすがの祭賽国の法でもご法度じゃないのかい?」

 

 喋ったのはいつの間にか孫空女の横にいた宝玄仙だ。

 気がつくと左右に荷を担いだままの沙那と朱姫もいる。

 

「知らんと言っているだろう──。もういい。美しい顔立ちをしている女だから相手をしてやったが、お前のような身分の者に、この俺が直接口をきくいわれはないのだ。もういいぞ、王英、続けよ」

 

「はっ、龍二郎様」

 

 王英が合図をした。

 再び篝火から取り出された焼きごてが次の女に向けられた。その女の泣き叫ぶ声が周囲に響く。

 

 冷静だったのはそこまでだ。

 短い時間で頭に蘇ったのは、あの奴隷狩り団の討伐のときに、御影に捕らえられて拷問を受け続けたときの記憶だ。

 教えられはしたもののそんなことはいまのいままで、思い出さなかった。

 宝玄仙が『治療術』で拷問を受けた孫空女を回復させたときに、壊された頭の線を繋ぎなおすために、その記憶を消してしまったからだ。

 しかし、いまこの瞬間、それが一瞬だけ頭に入ってきた。

 

 手足を寸刻みで刻まれ、『魔針』という魔具で拷問され、そして、窒息責め……。

 挙句の果ては、白痴の妖魔との果てしない交合──。

 その白痴の妖魔との性交で与えられる官能を歓びむさぼる自分……。

 

 激情に襲われ、頭が真っ白になる……。

 

「もう、やめなさい、孫女──。死んでしまうわ」

 

 突き飛ばすように沙那の身体が前に立ちはだかった。

 はっとした。

 

 なにが起こったのかわからない。

 沙那が阻止している孫空女の眼の前には、鼻を潰されて、顔面を血だらけにしている龍二郎がいる。

 その横には、やはり頭から血を流している王英もいた。

 驚いて孫空女は周りを見回した。

 

 大勢の男たちが倒れている。

 孫空女の周りで見物をしていた男たちだ。みんな身体のあちこちを押さえて呻いていた。

 その中には、王英の部下で女人国の女たちに焼印をしていたふたりの男もいる。

 また、手足がおかしな方向に曲がっている。

 倒れている男たちのほかには、周囲に人影はなくなっている。全員逃げ散ったのだろうか──?

 

「な、なにこれ……。あたし、どうしたのさ?」

 

 孫空女は呆然として言った。

 ふと両手を見る。両方の拳が血だらけだ。この状況を孫空女が作ったのは明らかだ。

 

「覚えてないの、孫女? あんた突然暴れ出したのよ」

 

 孫空女を押さえていた沙那が、孫空女から手を離して言った。

 沙那はまだ荷を担いだままだ。

 おそらく、あっという間の出来事だったのだろう。

 

「ぐずぐずするんじゃないよ、お前たち。こうなったら、逃げるしかないよ。城門は目と鼻の先だ。逃げた見物人の連中が、すぐに兵を連れて来るに違いないよ」

 

 宝玄仙だ。宝玄仙は、呆然としている女人国の女たちの拘束を次々に解きながら叫んだ。

 

「孫女、早く──」

 

 沙那が孫空女を促した。

 

「う、うん……」

 

 孫空女は、五人の女のうち、最初に焼印をされて気を失っている女を背負った。

 

「ついでに、これ、貰っていきます」

 

 朱姫だ。朱姫は龍二郎の懐を探っていたが、貨幣らしきものを包んだ袋を見つけたようだ。それを自分が背負っている葛籠に放り込んだ。朱姫は、一行の路銀を管理しているのだ。

 

「いいのかい、そんなことして?」

 

 孫空女は、まだ意識のない女を背負いながら朱姫に言った。

 

「いいも悪いも、これ以上、悪いことなんてないですよ、孫姉さん。孫姉さんは、なんの罪のない奴隷商人とその客の貴族、そして、見物人に突然襲いかかって大怪我をさせたんですから」

 

 朱姫が言った。

 

「なんの罪もない──?」

 

 またかっとなった。罪のないなんてことがあるものか。こいつらは、それこそ罪のない女人国の女を浚って奴隷にして焼印をつけようとしていたのだ。

 

「怖い顔をしないでください、孫姉さん。あたしは、この国の法の話をしたんですから……。でも、ありがとうございます。孫姉さんのお陰であたしも気分がすかっとしました」

 

 朱姫が微笑んだ。

 

「逃げるわよ──」

 

 沙那が叫んだ。

 ほかの四人の女を連れて垣根の外に出る。

 奴隷にされていた女たちは、引きはがされた衣類をそれぞれに身に着けている。

 

「待ちな──。こいつらも連れていくよ」

 

 宝玄仙が叫んだ。宝玄仙が言ったのは、龍二郎に馬にされて連れられてきた三人の大女だ。突然の暴動に怯えた様子でこっちを見ている。

 沙那が剣を抜く。

 三人のいる場所に飛び込んだ。

 女たちを拘束していた鎖や革紐などをことごとく切断していく。口に嵌められているくつわも取り払った。

 四肢の自由になった三人がどうしていいかわからず立ち尽くしている。

 

「逃げるからついておいで、お前たち──。一生、あの貴族の坊やの奴隷でいたきゃ、そのままでいいけど。一緒に来れば助けてやるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 しかし、三人は顔を見交わせている。

 

「ちっ──。もう、時間がない。行くよ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は駆け出そうと思った。しかし、どっちに逃げたらいいのだろう。このまま城門を通り抜けられると思えない。

 

「あたしは、行くよ──」

 

 馬にされていた女のひとりが叫んだ。

 

「あたしも──」

 

「あたしも一緒に」

 

 三人が口々に言ってこっちに駆けてきた。

 

「沙那──」

 

 宝玄仙が沙那を見た。

 どこに逃げればいいか考えろと言うことだろう。

 しかし、沙那も当惑している。

 あらかじめ準備していれば、宝玄仙の『移動術』で逃亡するという手もあったが、『移動術』を遣うには、『移動術』の出口をあらかじめ刻んでおく必要がある。

 そんなものはもちろん存在しない。

 

「あんたらは、この城郭は長いんでしょう? 城郭内のどこかに貧民街のような場所はないの? 犯罪者が逃げ込むような狭くて物騒な場所よ──。簡単には軍も追ってこれないような」

 

 沙那が三人の大女に言った。

 

「こっちに──」

 

 三人のうちのひとりが走り出した。

 みんながそれを追う。

 そのとき、城門側から気配があった。

 ふと見ると、兵の一団がこっちにやってくる。

 

「沙那、あたしが後ろにつく。ご主人様たちを頼むよ」

 

 孫空女は叫んだ。背中に担いでいた女を三人の大女のひとりに託す。

 ひとりが気絶した女を背負う三人の女、宝玄仙、荷を背負った沙那、そして、女人国の女たち、さらに朱姫と続く。

 孫空女は最後尾を少し距離をおいて駆けながら、次第に速度を落とし、前の集団から距離を取った。

 

 全員が路地のような場所に駆け込んだ。

 孫空女は、その路地の入口で止まった。

 孫空女に向かって兵が殺到した。

 

「『伸びろ』──」

 

 孫空女は『如意棒』を伸ばして構えた。

 兵は棒のようなものを持っている。剣を構える者もいる。

 

 飛び込む──。

 『如意棒』をふた振りしただけで、五、六人が倒れる。

 残りが一斉に襲ってくる。

 退がった。

 また、『如意棒』を振る。

 少し前に出てきた集団が倒れる。

 先頭の集団に躊躇が見える。

 

 孫空女は後方に駆けた。

 路地の中に兵が駆け込んでくる。

 孫空女は、とまっては倒し、そして、倒しては退がった。

 しかし、きりがない。兵はどんどん増えてくる。

 

「ちっ」

 

 いつの間にか、孫空女が後退しようとしている前も先回りされて囲まれていた。

 気がつくと、孫空女は逃げ場をなくしていた。

 しかし、沙那たちはどこかに逃げられたようだ。

 孫空女の見たところ、城門から追ってきた兵は、すべて孫空女に引きつけることに成功したように思う。

 

 だが、こうなってしまえば、さすがの孫空女もつらい。

 孫空女が逃げ場を失くしたことがわかると、隊長らしき者が指図をして、路地を塞いで遠巻きに孫空女を包囲させた。ずっと後ろでは、はしごや網のようなものが準備されている気配もする。

 孫空女は舌打ちした。

 

 その時、ふと気がつくと、霧のようなものが立ち込み始めた。

 だんだんとその霧が深くなり、周囲の視界を失くす。

 いや、霧じゃない──。煙だ──。孫空女にはわかった。

 

「その煙を吸うんじゃない。屈みなさい──孫空女」

 

 どこからか女の声がした。

 聞いたことのない声だ。

 とにかく、孫空女は地べたに這うようにしゃがんだ。

 すでに煙はかなり濃くなっている。煙の充満している腰から上の部分は真っ白い煙により、完全に視界がなくなっている。

 

「こっちよ」

 

 煙の下からか手が伸びた。

 その手は見知らぬ女だ。大変な美女だが、知らない顔だ。

 とにかく孫空女はその手を握った。

 

「行くわよ、孫空女」

 

 その女が言った。女の顔がはっきりと見えた。

 微笑んでいる。

 手が引っ張られる。引かれるまま孫空女は、腰を屈めたまま駆けた。

 

「なんで、あたしの名を知っているのさ?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「話は後よ――。みんな待っているわ」

 

 女は孫空女を連れて、路地を駆け回る。いつの間にか、追っ手を振り切っていた。

 だが、この女は何者なのか?

 罠であるのか、救いであるのか判断できなかった。

 

「わたしの名は九頭女(くずじょ)──。この国の奴隷の救出への協力に感謝するわ」

 

 駆けながら、その女がそう言うのが聞こえた。

 そして、ただの壁のような場所に突然に開いた裏木戸のようなところに、孫空女を引っ張り込んだ。



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224 叛徒たちの娼館

 孫空女が九頭女(くずじょ)とともに、建物内に現れたときにはほっとした。

 沙那は、孫空女が自ら囮になって、追手の兵を引きとめてくれていたことに気がつかなかったのだ。

 

 とにかく、沙那も事態を把握はしていない。

 路地に入り込み、後ろに兵が見えなくなったところで、突然に九頭女と名乗る女が前に現れ、沙那たちと逃亡奴隷を匿うからついて来いと言われたのだ。

 嫌も応もない。

 ここで逃げられなければ、全員捕えられるだけだ。

 四人だけならともかく、逃亡奴隷を八人も抱えている。

 いくら、路地に入ることで時間を稼いだとしても、このまま逃げられるとは思えなかった。

 

 沙那はとっさに判断して、その九頭女の申し出に乗った。宝玄仙も文句は言わなかった。

 九頭女の案内で路地を通り抜け、いつの間にか表通りに近い場所まで戻って来ていた。

 そして、眼の前に三階建ての建物があった。

 

金光院(きんこういん)の裏よ。その勝手口から全員入って」

 九頭女が言った。

 

「金光院? 神殿かい、ここは?」

 

 宝玄仙がいぶかしげな声をあげた。

 すると九頭女がぷっと噴き出した。

 

「ある意味ではそうかもしれませんね、宝玄仙殿。命を洗うところということは同じでしょう。ここは妓楼で、この裏は城郭の色町です。金光院は、その中にある妓楼の中でも、特に有名な店のひとつです」

 

 九頭女は言った。

 そのとき、沙那は孫空女がいないことにはじめて気がついたのだ。

 そのまま、戻ろうと思った。

 しかし、それを九頭女が制した。

 

「ここは、わたしに任せて、沙那」

 

 そう言って九頭女は突然その場から消えた。

 移動術?

 まるで、壁に消えたようにしか思えなかった。九頭女のいた場所には壁があるだけだ。

 道術――?

 まだ、わからないが、いずれにしても、沙那は九頭女がただ者でないということを悟った。

 とにかく、ここは任せた方がいいと判断した。

 それにしても、なぜ、宝玄仙の名や沙那の名を知っていたのだろうか――。

 だいたい、彼女は何者なのか?

 

 九頭女に促された金光院の勝手口から入ると、すぐに数名の女たちが出てきた。

 ここで働いている遊妓たちだとすぐにわかった。

 全員が肌の露わな薄物を着ている。

 限りなく薄い生地の一枚ものを身にまとっていて、乳首も恥毛もはっきりと浮き出ている。

 そして、全員が肌のどこかに奴隷の刻印がある。

 

 奴隷の刻印の場所はまちまちだ。

 一番多いのは二の腕か胸の上についている者だが、中には乳房や尻、あるいは下腹部につけられている者もいる。

 確か、奴隷の印は常に露出しなければならないのがこの国の法だったから、そんなところに印をつけられては、裸で外を歩かなければならないということだ。

 もっとも、奴隷などというものは、大抵は分限者の屋敷内に監禁されて、滅多に外には出ないらしいから、実際にはそれほど悩むことはないのかもしれない。

 

 沙那たちは、その女たちの先導により、建物内を進んだが、内部は迷路のようになっていて、やたらに廊下が入り組んでいた。

 しかも、道順が憶えられないように調度品なども一切が置いていなかった。

 やがて、小さな部屋に入れられ、驚いたことに、そこには、さらに地下に下る階段があった。

 さらに階段を降りると、再び廊下があり、大きな部屋に全員が案内された。

 連れてきた奴隷女たちについては、向かいの部屋で休んでもらうといって遊妓たちが連れていった。

 その大部屋には、沙那と宝玄仙と朱姫が残ることになった。

 そして、しばらくすると、孫空女を連れた九頭女が部屋に入って来たのだ。

 

「孫女、無事でよかったわ」

 

 沙那はほっとして言った。

 

「なんとかね。この九頭女に助けられたよ。ところで、ここはどこ?」

 

 部屋には椅子や卓のようなものはなかった。ただ、床には柔らかな絨毯が敷き詰められていて、どこにでも寝たり座ったりできるようになっている。

 九頭女が床に座ったので、沙那たちも九頭女の前になんとなく座る。

 

「ここは、金光院という妓楼よ」

 

 九頭女がさっきと同じ説明を孫空女にした。

 

「まだ、城郭の中だよね?」

 

「残念ながらね、孫空女。突然のことで、あなた方を城郭の外に出せる余裕はなかったわ。いずれにしても、道術で城壁は越えられないわ。特殊な仕掛けがしてあるの」

 

 九頭女が応じた。

 

「孫空女は、『移動術』でここまで来たの?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「うん。途中からね。この九頭女に連れられて……。沙那たちは違うの?」

 

「わたしたちは、路地を伝って、そのまま、ここまで駆けて来たわ」

 

「孫空女は、すっかりと包囲されてしまっていたし、兵たちには、この場所に逃げ込むのを知られるわけにはいかなかったのよ」

 

 九頭女が応じた。

 

「追手を巻くために『移動術』を遣ったということ?」

 

 沙那は言った。

 

「仕方なくね。道術遣いがいるということはできれば知られたくなかったんだけどね。もう、それ以外に方法はなかったから……。逃げおおせて、うまく連中を巻く手段がなかった。絶対に、この場所に逃げたことを知られるわけにはいかないのよ」

 

 九頭女は言った。

 

「でも、わたしたちは普通に駆けてここにきたわ」

 

 沙那は言った。

 孫空女は『移動術』で追手の兵を攪乱したらしいが、沙那たちは比較的まっすぐにここまでやってきた。それほど、追跡を振り切る工夫はしていない。

 

「それは大丈夫よ、沙那。あなたたちの身代わりが今頃、軍に追いかけ回されているわ。彼女たちは、しばらく、そうやって追いかけられてから、まったく別の場所で姿を消すことになっているわ」

 

 沙那は驚いた。

 そんなことをしてくれているとは思わなかったのだ。

 

「そんなことをして大丈夫なの? その身代わりの人たちが軍に捕らえられたら」

 

「心配いらないわ、沙那。そういう工作に馴れた者たちだから……。身代わりになった手の者を指揮しているのは、蔡美(さいび)という者よ。戻って来たら挨拶をさせるわ」

 

 九頭女は言った。

 いま、九頭女は、“手の者”という言い方をした。いったい彼女たちはどういう立場の人間だろう。

 

「ところで、お前、何者だい?」

 

 黙ってやり取りを聞いていた宝玄仙が言った。

 

「これは、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。九頭女と申します。この妓楼の主人です」

 

 九頭女が頭を下げた。

 

「九頭女かい。最初に言っておくよ。助けてくれたことには感謝する」

 

「それには及びません、宝玄仙さん。あなた方もこの国の女奴隷を助けてくれました」

 

 九頭女は応じた。

 ひと筋縄ではいかない気配をこの九頭女から感じる。

 単に女奴隷を助けようとした沙那たちを義侠心だけで、助けようとしたのではない気がする。

 ただの気紛れで、自分の妓楼に城郭兵に追われている女を匿うということはしないだろう。

 下手をすれば、逃亡奴隷や沙那たちごと捕えられて、一蓮托生の処刑となる。

 

「ところで、ここは妓楼だったね?」

 

 宝玄仙が真面目な表情で言った。

 

「はい」

 

「そして、お前は、ここの女主人?」

 

「はい」

 

「お前も客をとるのかい?」

 

「……とることもあります。わたし自身がこの妓楼一の女ですから。わたしを目当てで通ってこられる殿方もおられますから。もちろん、簡単にわたしを抱くことはできません。何度か通ってこられて、わたしの気が向いたら……。ということになりますね」

 

 九頭女が困惑気味の口調で応じた。

 

「どういう手順で抱かせるんだい?」

 

「そ、そうですねえ。まずは、店の馴染みになってもらうところから……」

 

「馴染みというのはどうやってなるんだい?」

 

 沙那もまた当惑していた。

 宝玄仙は一体全体なにを探ろうとしているのだろう……?

 

 いずれにしても、沙那は、どうして九頭女が自分たちのことを知っていて、そして、間一髪のところで助けてくれたのかを知りたかった。

 それに、軍と敵対するような危ない橋を躊躇いなく渡り、しかも、その手際の良さの背景も知りたい。

 だが、確かに、この妓楼もただの妓楼ではなさそうだ。

 この店には裏がある。

 それを探ることも大事だ。

 ただの妓楼が、沙那たちに成りすまして軍を引きつけるというような特殊な工作のできる“手の者”を組織しているわけがない。

 

「馴染みのなり方ですか……? そうですねえ……。まずは、店の客になってもらうところから……。そして、贔屓の客になったところで、わたしを抱きたいという意思を手代女を通じて伝えてもらいます。そして、その客が上客と判断した場合には、わたしと客が、数度同じ席で酒などをかわします。実際に抱かれるのは、三度目か、四度目か……」

 

「そういうまどろっこしいことは嫌なんだよ。お前を抱くのに、いくらかかるか言いなよ」

 

 宝玄仙が不満そうに言った。

 

「ご、ご主人様――」

 

 沙那は声をあげた。

 忘れていた――。

 宝玄仙がまともな質問をしていると考えたのが愚かだった。

 九頭女は美人だ。

 しかも、宝玄仙が興味を持ちそうな気の強さ、意思の強さを感じさせる。

 そういう女を嗜虐して、性の技で屈服させて泣かせるのが宝玄仙は大好きなのだ。

 さっきから一生懸命に訊ねているのは、九頭女を抱く方法を質問しているだけで、九頭女の裏にある背景や沙那たちを助けてくれた理由を探っているのではまったくないのだ。

 

「なんだい、沙那? 大きな声を出して――」

 

 宝玄仙は話を遮られて不満そうな表情を沙那に向けた。

 

「わたしが質問します、ご主人様」

 

 沙那は言った。

 

「お前が、九頭女と寝る方法を訊ねるのかい?」

 

 宝玄仙が目を丸くした。

 

「違います。そこから離れてください。まずは、この九頭女がわたしたちの敵なのか、味方なのか、そういうことを知る必要があるんじゃないですか」

 

 すると九頭女が声をあげて笑った。

 

「わたしたちは、敵じゃないわ。それくらいは認めてくれていいのではないの、沙那?」

 

「それは、わたしたちの名をどうして知っているのかを教えてもらってから判断します、九頭女さん」

 

 沙那は九頭女の顔を見つけた。

 沙那の言葉を面白がっている不敵な態度が九頭女の笑みの中にある。

 

「夢で見た……。そういうことにしておきましょう」

 

 九頭女はしばらく考えてから言った。

 

「夢?」

 

 声を発したのは宝玄仙だ。

 

「あなた方がこの城塞にやってくるという夢を見ました。そして、わたしたちを助けてくれると……。果たして、本当に夢のとおりのあなた方が国都にやってきて、この国で虐げられている奴隷を救おうとしてくれました」

 

「出任せを言うんじゃないよ、九頭女――。なにが夢だい」

 

「でも、あなた方の存在については知っていました。耳にしていたていたとおりの方々でした」

 

 九頭女は言った。

 

「耳にしていた……? いま、耳にしていたと言いましたよね。誰からわたしたちのことを聞いたのですか?」

 

 沙那は口を挟んだ。

 

「あらっ……。わたしとしたことが口を滑らせましたね……。仕方ありません。では、正直に申しましょう。あなた方のことは、以前、ある人物から噂を聞いていました。大変な女傑たちだとも伺っています。女人国側から祭賽(さいさい)帝国に入ることも聞いていましたから、そうなれば、この城郭はかなりの高い公算で立ち寄りと読んでいました。国を越える手続きは、帝都か、ここでする必要がありますし……」

 

「わたしたちのことを知っていた?」

 

 沙那は困惑した。

 そんなことがあるだろうか。

 初めて来る国なのだ。この城郭だって、たまたま通過しようとしていただけだ。

 

「じゃあ、もっと言いましょう。女人国側からの街道には手の者を配置してます。わたしたちが普通の娼館の女ではないことはわかったと思いますが、実はわたしたちは、この国の奴隷女を解放する活動をしています。この娼館はその隠れ蓑です」

 

「奴隷女の解放?」

 

 それはこの国の法では犯罪だろう。

 だが手慣れた感じがあり、そういうことを常態にしている感じはある。

 つまりは、国に逆らう活動をしている地下組織というところだろう。

 この九頭女はその女頭領というところか?

 

「女奴隷はわたしたちの活動のひとつですね。女人国からは不当に連れて来られた女が闇奴隷として次々に送られます。街道沿いの手の者はそういう情報を集めるためのものです。あなた方のことは、ある人物から耳にしてました。もしかしたら、会えるかもしれないと思い、それらしい人物が街道を通過すれば、情報をあげるように伝達をしてたのです」

 

「わたしたちのこと存在を掴んでたの?」

 

「そういうことです。あなた方についても、逐次に情報が入ってました。この城郭を通過してくれたのは偶然ですが、それで、なんとか接触できないかとも考えていました。もっとも、あんなにあっという間に騒動を起こすとは思いませんでしたけど……。お陰で、探し出して接触を試みる手間は省けました」

 

「わたしたちのことを伝えたある人物とは誰ですか?」

 

 沙那は言った。

 

「いまは、申しあげるわけにはいきません」

 

 九頭女だ。

 

「なぜです?」

 

「あなた方がわたしたちの敵なのか、味方なのか決まっていないからです。あなたが、わたしたちを味方と考えてくれるなら、教えます」

 

 九頭女は笑った。

 

「敵とか味方とか、どういうことさ? あんたらは、なにかと戦っているのかい?」

 

 突然、孫空女が口を挟んだ。

 面倒な思考を踏まない孫空女の言葉は、時折、単刀直入に核心を突くことがある。

 いまがそうだ。

 確かに、九頭女はなにかと戦っているに違いない。

 その戦いの中に、偶然、沙那たちが関わった。

 そして、たまたま、宝玄仙や沙那たちの存在を耳にしていて、救出の手を差し伸べた。そういうことなのだろう。

 戦っている――。

 そうであれば、これまでに道中で接した情報から思い当たることはある。

 

「この国と戦っている……。そうなのね、九頭女?」

 

 沙那は言った。

 九頭女は少しだけ動揺の色を顔に浮かべた。どうやら、当たりらしい。

 

「奴隷解放? いや、叛乱?」

 

 さらに沙那は言った。

 この城郭に来るまでに、この祭賽帝国のあちこちで奴隷制度の実態も聞いたし、賊徒、叛徒が横行しており、逃亡奴隷たちが隠れ里を作ったり、あるいは、盗賊化しているという話も聞いた。

 その中でももっとも規模の大きいのは、ここから少し東側で起こっている「梁山泊」の叛乱と、青州と呼ばれる地域で起きている李忠という男の叛乱だ。いずれも、近傍の城郭を占拠して叛徒による自治をしいている。

 ともかく、九頭女は、そういう叛乱のどれかに関わりのあるなにかなのかもしれない。

 しかし、それが国都に近いこの城郭で妓楼を開いているというのはどういうことなのだろう。

 

「この先は、おいそれとは言えないわ。ただ、わたしたちは、この国の不条理と戦っている。それだけは言っておくわ」

 

 九頭女は真顔で言った。

 

「不条理?」

 

「そうよ、沙那。あなたも見たでしょう。別室で休ませているけど、なんの罪もないのに、城郭を馬のように馬車を曳かされていた女たち――。家畜のように健康な身体に焼印を押されていた女たち――。彼女たちがなにをしたというのかしら。そんな不条理は、この国の現実よ。それは改めなければならないわ」

 

 やはり、九頭女は奴隷解放のために戦っているのだ。

 しかも、こんな国都に近い城郭のど真ん中にある妓楼をその拠点としているに違いない。

 沙那は驚いた。

 

「話はよくわからないが、味方になってやろうじゃないか、九頭女。まあ、助けられたのは確かだしね」

 

 宝玄仙が突然言った。

 

「本当ですか?」

 

 九頭女の顔が綻んだ。

 

「だけど、条件がある」

 

「条件?」

 

 嫌な予感がした。

 宝玄仙の考えていることなどいつもひとつだけだ。

 

「ああ、そうだ。はっきりと言っておくけど、お前たちが政府に叛抗しているとか、この国の奴隷制度を潰そうとしているとか、そういうことはなにもわからないし、興味もない。匿ってくれたことについては感謝するけど、それだけだ。それに恩を着せられて、得体の知れないお前らの戦いに加わるつもりはない。その義理もない」

 

「でも、奴隷を救ってくれました」

 

 九頭女は言った。

 

「それは、この馬鹿たれが暴れたからさ。消してやった記憶が込みあがったかどうなのか知らないけど、あれにはしっかりと罰が必要だね。お陰で、こんなことになったんだ」

 

 宝玄仙は孫空女を指さした。

 

「ご、ご免よ、ご主人様」

 

 孫空女が頭をすくめた。

 

「孫姉さんは、あの奴隷にされていた女たちが、女人国から浚われたというのが許せなかったんですよ、ご主人様。許してあげてください」

 

 孫空女の横に座っている朱姫が声をあげる。

 

「まあ、女人国から連れてこられてきたと知れば、満更無関係とはいえないしね……。だけど、それと、お前らにこの宝玄仙が力を貸すのとは違うさ。味方がどうのこうのと言っていたけど、つまりは、お前たちは、実は反政府組織のなにかであり、わたしたちにその活動に協力しろ――。そう言いたいんだろう、九頭女?」

 

 宝玄仙が九頭女に視線を向け直す。

 

「そうです」

 

「だったら、わたしの出す条件を果たせば、匿ってくれた駄賃代わりに、なにかを引き受けてやってもいい。まあ、条件次第ということさ」

 

「条件とはなんですか、宝玄仙さん?」

 

「お前とわたしで、性愛の勝負をするのさ。限界までいかされた方が負け。負けた者は相手に従う。そういうことにしようじゃないか、九頭女」

 

 宝玄仙が破顔していった。

 

「ま、またですか、ご主人様」

 

 何度同じようなことをやれば気が済むのだろう。

 まったく同じことを女人国の大元府で、あの金水蓮とやったばかりだ。

 ここでも、この九頭女と同じことをやるつもりなのだ。

 沙那は呆れた。

 

「わ、わたしは、女と床入れしたことはありません」

 

 九頭女は目を丸くしている。

 

「この国の不条理と戦うためだろう? こんなところで、妓楼を開いて、政府の情報でも集めているんだろうけど、なかなかにいいやり方じゃないか。それを城郭のど真ん中でやるなんていうのは根性も座っているしね――。その根性をちょっとここで示しな。お前も一応は、この店一の女ということになっているんだろう。性の技でこの宝玄仙に勝てば、なんでもやってやるよ」

 

 宝玄仙が顔に愉悦の色を浮かべた

 沙那は嘆息した。

 宝玄仙が暴走しかけているのをとめるべきか、成り行きに任せるべきか少しばかり躊躇した。

 

「わかりました。条件を飲みましょう。性愛の勝負ですね――。やります」

 

 九頭女は大きく息を吐いてから言った。

 

「そうこなくっちゃね。じゃあ、服を脱ぎな、九頭女」

 

 宝玄仙が立ちあがった。そして、着ているものを脱ぎ始める。

 

「こ、ここで?」

 

 九頭女はびっくりしている。

 

「ここでだよ」

 

 宝玄仙はどんどん着ているものを脱いでいる。九頭女はどうしていいかわからない様子でおろおろしている。

 

「でも、寝具もなにも……。それに彼女たちもいるし……」

 

 九頭女がこっちを見る。なんとなく視線が合った。

 

「なにをごちゃごちゃ言ってるんだよ、九頭女――。朱姫、ひん剥きな」

 

 宝玄仙が朱姫に言った。

 

「はい」

 

 朱姫が返事をすると同時に、九頭女が悲鳴をあげた。九頭女の身体に一斉に黒い手の影が浮きあがったのだ。

 朱姫の『影手』だ。

 九頭女は、たくさんの黒い手に押し倒されて、床にばったりと倒される。

 さらに、朱姫は、立ちあがって、倒れている九頭女の服に手をかけた。

 

「さあ、九頭女さん、脱ぎ脱ぎしましょうね」

 

 朱姫がそう言って、九頭女の上衣の紐をくつろぎ始めた。

 始まった――と思った。

 孫空女と視線を合わせる。そして、邪魔にならないようにふたりで部屋の隅に移動する。

 

「ま、待って――。あ、あんたたち、なにを考えているのよ――」

 

 上着が剥がされて上半身が胸当てだけになったところで、九頭女が懸命にあがいて、やっと朱姫の手首を掴んだ。

 

「ご主人様、やっぱり、あたしの道術じゃはね返されるみたいです」

 

 朱姫が宝玄仙を見る。

 

「いや、そんなことないさ。いまのところ、五分五分というところじゃないかい? それに、嫌がる女が抵抗する様子は風情があっていいじゃないか。脇の下でもくすぐってやりな。力も抜けるさ」

 

「なるほど。わかりました、ご主人様」

 

 朱姫の『影手』の一部が朱姫の両手首を掴んでいる腕の脇に移動していった。

 

「ひゃああっ」

 

 九頭女が声をあげて身体をくねらせた。九頭女の腕は再び、床に押しつけられる。抵抗の力が少なくなった九頭女から、朱姫が腰紐を解いて着物をさっと剥ぎ取る。

 九頭女は色っぽい下着姿になった。

 

「さて、じゃあ、性愛の勝負といこうじゃないか、九頭女」

 

 宝玄仙が立ちあがって言った。そして、身に着けていた胸当てと腰の下着を取り去って全裸になる。

 その間も、朱姫の『影手』は九頭女の身体を這いまわっている。

 『影手』越しとはいえ、あの朱姫の手管だ。九頭女は翻弄され、身体を赤くして身体をくねらせている。

 

「はあっ、ああっ」

 

 九頭女の喘ぎ声が大きくなる。

 

「どれどれ、そろそろどんな持ち物を持っているか見せてもらおうかね」

 

 宝玄仙がそう言うと、朱姫がまず九頭女の胸当てを剥ぎ取った。

 白い陶器のようなふたつの乳房が露わになる。

 途端に、その乳房に十数本の『影手』が飛びかかった。

 真っ黒になった九頭女の乳房がくねくねと動く。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 九頭女が悲鳴をあげた。

 

「いい声で鳴くじゃないかい。朱姫、その調子だよ。流石はわたしの愛弟子だよ」

 

 宝玄仙は大喜びだ。

 

「愛弟子と言ってくれるんですか? 嬉しいです。ご主人様」

 

 朱姫が言った。そのあいだも、朱姫の道術による影手は、九頭女の肌のあちこちを愛撫し続けている。

 

「……わ、わかりました……。やります――。お、お相手しますから、や、やめてえっ。せ、せめて、灯りを――」

 

 九頭女が泣くような声をあげた。

 部屋の中にはふたつの灯篭が薄明るい照明を作っている。

 叛政府活動の隠れ蓑とはいえ、妓楼を仕切る女にしては、案外に初心のようだ。

 こんな明るい場所で淫情に耽るのは耐えられないということらしい。

 

「ああ、灯りかい。わかったよ、朱姫」

 

 宝玄仙が愉しそうに朱姫に声をかける。

 

「わかりました」

 

 朱姫が『影手』で九頭女をいたぶる手を休めて、なにかの術をかける仕草をした。

 部屋の壁が真っ白く光って、まるで昼間のような明るさがやってくる。

 九頭女がまた悲鳴をあげた。

 

「これで、九頭女の持ち物については、隅から隅まで点検できるというものだよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「じゃあ、九頭女さん、ご主人様にお道具をお見せください」

 

 朱姫が九頭女の腰の下着に手をかけた。

 

「ちょっ、ちょっと……。んひいいっ」

 

 九頭女が嫌がって手で防ごうとするが、その手に次から次へと『影手』が群がり、その指を引き離して下着から手を離させた。朱姫の手が九頭女の腰から下着をすっとおろしてしまう。

 朱姫は、九頭女の足首から下着を抜き取る。

 

「もしかしたら、朱姫って、それなりの術遣いなのかなあ……」

 

 ずっとその光景を観察していた孫空女が首を傾げながら言った。

 沙那もそう思った。

 いままで、朱姫のことは術遣いとしては、下級、よくて中級程度と思っていたが、こうやって、朱姫の道術でほかの術遣いが翻弄されているのを見ると、それなりの道術遣いなのだろうか。

 

「そうねえ……。でも、術遣いとしての強さって、比較問題なんでしょう?」

 

 沙那は言った。術遣いの力は霊力の強さであるが、どんなに大きな霊力を持っていても、それよりも大きな霊力を持つ相手には歯が立たない。

 だから、朱姫が九頭女を術で翻弄しているとしても、九頭女が道術遣いとして下級程度の道術遣いであるならば、朱姫が凄いとは言えないのだ。

 

「あっ、ああっ、あああ――」

 

 いま、朱姫は、頑なに脚を開くのを拒んでいる九頭女の両脚を道術で左右に少しずつ割っている。

 朱姫の表情を見ると、あれは愉しんでいる。

 

「ほらほら、もっと頑張らなくていいんですか、九頭女さん。あたしたちの玩具にされますよ」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 沙那は嘆息した。

 ひと思いにやれば、あっという間に開脚させることができるが、九頭女の力で支えられるぎりぎりのところで加減して『影手』で脚を左右に引っぱっているみたいだ。

 それに比べて、九頭女は道術と筋力の全力でそれに対応しているようだ。

 朱姫にはまだ余裕があるようだが、全力で脚に力を入れている九頭女は、いずれは力尽きるだろう。

 その証拠に、徐々にではあるが、九頭女の脚は羞恥の源を露わにしようとしている。

 

「いや、違うよ、沙那。あたしは、ある程度は道術の波を感じることができるからわかるんだけど、朱姫の霊気はどんどん大きくなっている。風船みたいに膨れあがる感じなんだ」

 

「風船?」

 

「うん。あれだと、九頭女がどんなに頑張っても、朱姫には勝てないと思う。それに、九頭女は決して低い術遣いじゃないよ。九頭女はあたしがいままでに会った術遣いの中でも魔力は小さい方じゃない。むしろ、おかしいのは朱姫の方さ。あんなに、大きく膨れあがった朱姫の霊力は始めて接したよ」

 

 孫空女がそう言った。

 

「おかしいとはどういうこと、孫空女?」

 

「朱姫以外の術遣いは、大抵は、霊気、つまり、霊力は変化しないよ。ご主人様だってそうさ。ご主人様は霊力が途方もなく大きいけど、それが変化するということはないんだ。霊力を消すことがあるけど、それは不意に見えなくなる感じで、小さくなるのとは違うんだよ」

 

「そうなの?」

 

「うん、だけど、朱姫の場合は、普通のときはほとんど感じることができないくらいなのに、道術をかけるときには、それがだんだんと大きくなる。まるで、必要なものをどんどん取り込んで膨れるみたいに」

 

 沙那は驚いた。

 しかし、そう言えば、朱姫の霊力について、宝玄仙が普段はほとんどわからないくらいに小さいと表現していたことを思い出した。

 その割には、『獣人』のような巨大な道術力が必要な術も一時的とはいえ遣うことができるし、以前は『使徒』の術も操っていた。

 朱姫が何気に使う『移動術』も、あれが遣えるのは一流の術遣いだけだとも聞いたことがある。

 道術の源である霊力の量が変化するというのが、普通にはない特徴なのであれば、それが朱姫の半妖としての特殊体質によるものなのだろうか。

 

 沙那は視線を部屋の真ん中に戻す。

 九頭女の脚はついに大きく開脚されて、股間の中心を宝玄仙の前に曝け出している。

 どうやら九頭女は、霊力と体力の両方を使いきったようであり、全身に汗をかき、激しい呼吸で胸を大きく上下させている。

 

「な、なに、この娘……。こ、このわたしが、抵抗できないなんて……」

 

 九頭女が悔しそうに呟いた。

 

「そりゃあ、そうさ。この朱姫は、こと嗜虐にかけては、いくらでも霊力を振り絞れるのさ。なんといっても、わたしの弟子だからね」

 

 宝玄仙が言った。いま宝玄仙の身体は、大きく割れた九頭女の脚の間で胡坐をかいている。

 もう手を伸ばせば、いくらでも九頭女の股間をなぶれる位置だ。

 

「嬉しいです、ご主人様。あたしのことを、また愛弟子だと言ってくれるんですね」

 

 朱姫が叫んだ。朱姫の眼が大きく開いている。本当に感激しているようだ。

 

「当たり前だよをお前はわたしの弟子さ。術遣いとしても、嗜虐者としても大きな素質を持っているわたしの最初の弟子だ。それに、わかっていると思うけど、いま、お前は自分でも信じられないくらいに霊力を増幅させたよ。思った通り、嗜虐については、精神が集中できて道術力を大きくできるようだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わ、わたしをこれ以上、どうする気ですか? 性愛の勝負なのでしょう――。どちらが勝つか、負けるかの性愛の勝負をするのではないのですか?」

 

 朱姫の『影手』により、四肢を床に押さえつけられている九頭女が首だけあげて叫んだ。

 

「そういえば、そんなことを言ったねえ――。じゃあ、勝負といこうじゃないか。いくらでも、責めてもらってかまわないよ、九頭女。最初に教えてもいいけど、わたしは、お尻が弱いんだよ。それ以外はお前みたいな若い女が束になってもこの宝玄仙を陥せはしないさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 そして、身動きのできない九頭女の股間に指を這わせ始めた。

 あっという間に、九頭女が大きな嬌声をあげはじめる。

 

「ああ……、ひ、卑怯です――ああっ……。手を……手と脚を自由にして――ひいっ――。んああはあっ」

 

 宝玄仙に淫裂をなぶられて九頭女は呆気なく最初の絶頂をした。

 床に貼り付けられている九頭女の裸体が弓なりになり、しばらくして、がっくりと脱力した。

 宝玄仙が少しだけ呆れたような顔をして、九頭女の股間に入り込んでいた指を抜く。

 

「勝負はお前とわたしの勝負だよ。朱姫がなにをしようと関係ないだろう……。ねえ、朱姫」

 

「あたしもそう思います、ご主人様――。なにが卑怯なのかわかりません。九頭女さんも一生懸命に戦ってくださいよ」

 

 そう言いながらも朱姫は、『影手』を緩めない。

 それどころか、九頭女が最後の力を振り絞って、朱姫の『影手』から脱しようとすると、手足を押さえている『影手』の数を倍くらいに増やし、しかも、また脇の下に新しい『影手』を出現させて、くすぐり始めた。

 

「ひっ、いやあ、んはああっ、も、もうやめてえ」

 

 真っ赤になった全身を仰け反らせた九頭女は、力を振り絞るように抵抗を続けている。だけど、朱姫の影手の愛撫に翻弄されて、だんだんと抵抗も弱まっている。

 これは二度目の昇天もすぐだろう。

 

 とにかく?こうなったら、このふたりは、最後の最後まで九頭女の身体から淫情を搾り取るに違いない。

 九頭女には多少は気の毒のような気もするが、最初に宝玄仙の相手を容認するようなことを言ったような気がするし、宝玄仙がああやって遊んでいるということは、九頭女が要求していた彼女たちへの活動に協力する気はあるのだろう。

 

「ご主人様、よければ、わたしたちは別室で休ませてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 沙那は言った。

 確か廊下を挟んだ隣の大部屋に、一緒に逃げてきた逃亡奴隷たちがいるはずだ。

 彼女たちは、そこで食事や寝具を与えられるとともに、治療を受けて休んでいるそうだ。

 沙那も孫空女と一緒に、そっちで休もうと思った。

 ここは地下だからよくわからないが、そろそろ夜もかなり更けた頃だろう。

 

「ああ、好きにしな」

 

 宝玄仙がこっちを見ることなく言った。

 沙那はほっとして、孫空女を促して部屋を出る扉に向かった。

 そして、部屋を出るときに、ふと宝玄仙と朱姫の様子を見た。

 

「ふあああっ、そ、そこだめえ――」

 

 そのとき、九頭女が絶叫した。

 一方で、身動きのできない九頭女の裸身の隅々を確かめるように、宝玄仙と朱姫が九頭女の全身を愛撫をしている。

 また、その反応の激しい場所があると、そこに朱姫の『影手』がひとつずつ置かれて、刺激を加えだす。

 その状態で、宝玄仙は新しい九頭女の性感帯を探して指を這い回らせる。

 

 朝までに九頭女の性感帯の地図を作ってしまおう――。

 ふたりがそんなことを言い合って笑っている。

 沙那は、もう一度嘆息して、今度こそ振り返ることなく部屋の外に出た。



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225 流行りの奴隷唄

 

 

 

 “鬼神もおののく迫害や

  天地も憂う嗜虐受け

  墳墓も持てぬ屍の

  上に築いた奴隷国

  哀しや今夜も冥土旅”

 

 

 

「なんだ、それは?」

 

 酆美(ほうび)は訊ねた。

 長屋の仲間三人で安酒を飲んで、家に戻る途中だったのだが、その帰路の途中で、急に朋友の右京(うきょう)が歌い出したのだ。

 

「んんっ、なにがだい?」

 

 口ずさんでいた右京が歌うのをやめて、こっちを見る。

 

「それよ、それ。いま歌ったのはなんだ?」

 

 この三日やたらと耳にする流行り歌だ。

 仕事で半月ほど城郭を留守にしていた。そして、久しぶりに北安に戻ってわずか三日なのだが、その歌をもう幾度聞いたかわからない。

 今朝は同じ長屋の子供がそう唄いながら、石遊びをするのを見たし、昨日は河原の乞食がそれを口ずさむのを耳にした。

 

「知らんのか? この半月ばかり、やたらにはやっている奴隷歌だ」

 

 すると、後ろを歩いていた朱信(しゅしん)が応じた。そして、同じ歌を唄う。

 

「やめてくれ、なにか気が滅入る」

 

 歌詞も陰気だが、曲はもっと暗い。

 まるで死の国に引きずり込まれるような雰囲気がある。

 それをこんな夜更けに唄われるとなにか不気味な気分になる。

 

「最初は色町の女たちが唄い出したらしいな。いまでは、この城郭で知らぬ者はないほどの流行りだぞ、酆美」

 

「色町か……」

 

 色町で働く遊女はほとんどが奴隷だ。

 女としての身体を酷使させられて、使いものにならなくなれば殺されて処分される。

 そんな境遇がこの暗い歌を流行らせたのかもしれない。

 だが、この歌には遊女たちだけじゃなく、唄う者すべての気を鈍らせるような不思議な力がある。

 

 そのとき、またどこからかその歌が聞こえてきた。

 酆美は舌打ちした。どこかの酔客が唄っているようだ。

 

「それよりも、(えん)魔女のことを聞いたか、酆美?」

 

「閻魔女? また、出たのか、右京?」

 

 閻魔女というのは、このところ北安の城郭を震撼させている謎の人斬りのことだ。

 それくらいは酆美も知っていた。

 夜の闇に紛れて、貴族狩りをしている人殺しだ。

 死ぬのは屋敷に奴隷を飼っていて、彼女たちに惨い扱いをしているという噂がある貴族たちばかりで、心当たりのある者はかなり戦々恐々としているらしい。

 城郭の兵が懸命に犯人を追っているがいまだに影もつかめないようだ。

 もっとも、狙われるのは、元々、評判のよくなかった者たちばかりなので、庶民には喝采をひそかにあげている者もいる。

 酆美もそのひとりだ。

 

「ああ、また、出たらしい」

 

「本当か?」

 

 酆美は言った。自然と声が低くなる。

 

「ああ、今朝だ。大通りの南の辻に、あの(りょ)大卿の首が晒されたらしい。そのそばには、さっきの歌が書かれた立て札もあったそうだ。すぐに、城郭兵が撤去したから見た者は少ないが、それは確かなことらしいな」

 

「閻魔女の仕業か?」

 

 朱信だ。朱信もあたりの耳をはばかっているのか、その声は小さい。

 

「間違いないだろうな。呂大卿といえば、確かに奴隷扱いは酷いという評判だったからな」

 

 右京が言った。

 呂大卿の悪名については、酆美も知っていた。

 その呂家の館でふた月に一度開かれるという酒池肉林の宴は、庶民でも知らない者のいない残酷な奴隷殺しがいつも繰り替えされていた。

 女奴隷を裸にして、空腹の野獣を入れた檻に放り込んだり、腹いっぱいに油を飲ませたうえに、全身に油を塗って、人間灯篭として燃やして明かりにしたという逸話は、枚挙にいとまがない。

 残酷な奴隷扱いでは城郭でも一、二を争うだろう。

 その噂は、呂家の血の宴として、酆美も常に耳にしていた。

 

 その呂家の主人が呂大卿だ。

 閻魔女は、奴隷扱いの惨い貴族を標的にしているらしいので、当然、呂家も警戒していただろう。

 だが、それでも殺されたのだ。

 

「誰だろうな、その閻魔女は?」

 

 これだけ世間を賑わせながら、いまだに城郭の警備兵には尻尾も掴ませていない。

 ただの人殺しではないという気がする。

 

「さあな。本当に幽魔なのかもしれん」

 

「幽魔?」

 

 酆美は右京の言葉に思わず問い返した。

 

「残酷に殺された女奴隷の亡霊が、閻魔女という幽魔となって仕返しをしているのだ。人間ではないのだ。だから、城郭兵が躍起になって追いかけても捕まえられんのだ」

 

「まさか……」

 

 恨みを持って死んだ人間の魂が、妖魔と結びついて幽魔となるという話は聞いたことがある。

 しかし、ただの伝承であり、そんなことを信じる者は少ない。酆美も幽魔の話は信じていない。

 

「また、聞こえたな」

 

 長屋も近くなったときだ。三人が暮らしている住居である長屋は、南の外門の近くになる。そこで、また、さっきの歌が聞こえてきたのだ。

 しかし、今度は若い女の声だった。

 こんな夜更けに若い女の声とはいささか奇妙なものも感じた。

 

 そのとき、酆美は嫌なものを感じた。

 匂いだ――。

 

 血の匂い……。

 外門の横を通る辻を曲がった。

 

「なんだ?」

 

 曲がったところでいきなり、道の真ん中に立て札がある。

 こんな道の真ん中に立て札など邪魔だから、誰かの悪戯に違いないと酆美は思った。

 

 しかし、血の匂いが……。

 

「ぎゃっ――」

 

 右京が突然叫んだ。

 

「うわっ」

 

 朱信も大声をあげる。

 酆美はよくわからないまま、ふたりが視線を向けた地面を眺めた。

 

 次の瞬間、酆美も大声を出して、腰を抜かしてしまった。

 三人で立て札の下にある“もの”を驚愕して見ていた。

 そこにあったのは五個の人間の生首だ。

 まだ、温かささえ感じるような新しさがある。それが、立て札の下に五個、整然と並べられていたのだ。

 

「……あ、あの歌だ」

 

 灯篭を持っていた右京が立て札に明かりをかざしながら呟いた。酆美も見た。確かにあの歌だ。

 最近、国都で急に流行っている歌――。

 

 

 

 “鬼神もおののく迫害や

  天地も憂う嗜虐受け

  墳墓も持てぬ屍の

  上に築いた奴隷国

  哀しや今夜も冥土旅”

 

 

 

 その立て札にはそう書いてあった。

 

「こ、こいつは、王英殿だ」

 

 叫んだのは朱信だ。

 酆美にもわかった。五個の首の真ん中は確かに王英だ。

 王英というのは、この国都でもっとも大きな奴隷商館を経営している男で、そう言えば、その奴隷商館はこのすぐそばだ。

 

「誰か――、誰か――」

 

 とりあえず酆美はそう叫んでいた。

 ここで人が死んでいることを誰かに知らせなければ――。

 考えていたのはそれだけだった。

 

 

 *

 

 

「あなたたち、王英を殺すときに、あの歌を唄ったの?」

 

 九頭女(くずじょ)だ。

 苦笑している。

 

「歌って、なにさ、九頭女?」

 

 孫空女が応じた。

 

「奴隷歌よ」

 

 九頭女は言った。

 金光院の地下の一室だ。

 

 半月前から沙那たち四人は、この金光院という九頭女が経営する妓楼に寝泊りしていたが、九頭女と話をするのは、この地下の一室だけのことと決まっていた。

 普段は、この部屋と隣の大部屋を四人で使っていて、話が必要なときは九頭女がここに降りてきて、沙那たちを呼んで話をする。そういうことになっていた。

 九頭女が持ってくる話は、いつも決まっていて、次の閻魔女の狙いはこの男だ――と告げることだ。

 

 城郭でも、女奴隷の扱いの悪いという評判の者を選んで、沙那たちに指定する。

 沙那と孫空女と朱姫は、その指定された男を襲って、大抵は殺す。

 そして、そいつが扱っていた女奴隷を解放する。

 それがこの半月、ずっとやっていた沙那たちの仕事だ。

 

 血に飢えた暗殺者のように人を殺して回るのは愉しい仕事ではないが、それが虐げられている女奴隷を救うことになると考えれば、少しは自分を慰められる。

 奴隷扱いの酷い貴族たちを闇から襲う閻魔女という正体不明の暗殺者の噂は、たった半月で、城郭で知らぬ者のいない程の評判になった。

 

 神出鬼没なのは当たり前で、逃げるときは常に、朱姫の『移動術』で、この地下の部屋まで直接逃げてくる。

 警戒の厳重な屋敷を襲うのは簡単な仕事ではないが、沙那と孫空女のふたりが揃えば、大抵はやってのけられる。

 それに、普通の扉の錠前ならば、朱姫の『影手』が錠前の反対側に入り込んで開けてしまう。

 朱姫の道術は、時間さえかければ、そんなこともできるくらいに上達しているのだ。

 

「歌なんて唱わないよ。ねえ、沙那」

 

 孫空女が言った。

 沙那も頷く。

 奴隷歌というのは、九頭女が妓楼の女たちを使って流行らせた陰気な流行歌のことだ。

 歌詞は、“鬼神もおののく迫害や、天地も憂う嗜虐受け、墳墓も持てぬ屍の、上に築いた奴隷国、哀しや今夜も冥土旅”というもので、一度耳にしたら忘れられないような陰気な曲に載せて、九頭女は妓楼の女たちに口ずさみさせたのだ。

 

 奴隷女の悲哀を込めたこの歌は、あっという間に色町で知らぬ者のいない流行になり、いまでは、城郭の子供の遊び歌にもなっていると聞く。

 沙那たちが、九頭女の命令で人斬りをしたときには、必ずこの歌の歌詞を書いた立て札か張り紙をしていくことにしている。

 この殺人がただの人殺しではなく、奴隷女の惨い扱いに対する仕打ちであることを表現するためだ。

 

 だが、いま九頭女が言ったように、人を殺すときに歌など唄ったりしない。

 それほど、人殺しを愉しんでいるわけではない。

 宝玄仙が請け負った仕事だから、仕方なく協力しているのだ。殺人という手の汚れた仕事をするのは嫌だが、これも戦いなのだと自分を納得させている。

 

 九頭女たちは、この国の理不尽な奴隷制度をなくすために戦い続けている。

 つまり、これは戦なのだ。

 戦である以上、人は死ぬ――。

 人を殺すことが嫌なら戦うことはできないし、それに協力することを決心したのであれば、手が汚れることを厭うことはできない。

 それに、殺したのは、これまでに奴隷女を惨く殺し続けてきた男たちばかりだし、無駄な殺生は一切やっていない。

 

「九頭女、わたしたちが、人殺しを愉しんでやっているわけじゃないということを知っておいて欲しいわ。そりゃあ、今更、綺麗ごとを言うつもりはないけど、鼻歌を歌いながら人殺しをするほどに、心は荒んではいないつもりよ」

 

 沙那は言った。

 

「それは悪かったわ、沙那――」

 

 九頭女が頭を下げた。

 

「仲間でもないあなたたちに一番汚れた仕事をやってもらっている。それについては心苦く思っているし、感謝しているわ。でも、あなたたちのような手練れはわたしの手の者にもいないし、それに、これは、やらなければならないことだから……」

 

 九頭女は言った。

 沙那たちがこの仕事を受けることになった理由は、半月前に遡る。

 女人国から浚われた女奴隷を助けるために、孫空女が奴隷商館で暴れたことをきっかけに、宝玄仙以下の四人は、この祭賽(さいさい)国の北安の城郭で手配される身の上になった。

 それを匿ってくれたのがこの九頭女であり、そして、九頭女は城郭で一番の妓楼を経営する女主人でありながら、実は、奴隷解放の闘争のために陰で戦い続けているという裏の顔を持っていたのだ。

 

 九頭女は、ほとぼりが冷めるまでこの妓楼に沙那たちを匿う代わりに、その裏の戦いに協力することを求めた。

 例によって宝玄仙が、九頭女の申し出に対して、九頭女の身体を堪能させることを要求し、朱姫と一緒になって、それこそ、九頭女の淫液という淫液を搾り取るほどに抱き潰した。

 

 それで沙那たちは、九頭女の依頼を受けることになったのだが、その九頭女の依頼というのが、飼育奴隷の解放と飼い主の男の処断という荒仕事だ。

 

 つまりは、この国の帝都にも近く、そして、奴隷制度の強い北安の城郭で、奴隷扱いの惨い者を殺して回り、この祭賽国の王政府を動揺させるとともに、この国の奴隷制度の惨い実情を世間に広めて国の評判を落とそうというのだ。

 また、女奴隷の扱いが惨いという評判が立つと密かに暗殺されるという評判があれば、動物同様に扱われているこの国の女奴隷の処遇を少しでも改善することができるであろう。

 それに、沙那たちにははっきりとは言わないが、九頭女には、この一連の閻魔女騒動には別の狙いもあるようだ。

 

 九頭女は、この城郭で妓楼を経営しながら奴隷解放の闘争のために、この周辺一帯の政府の動きや要人に関する情報を探っている組織の首領らしい。

 また、実は、もっと大きな叛乱組織の一部であるという気配がある。

 つまりは、九頭女の妓楼は、この国で発生しているもっと大きな叛乱組織の末端のひとつであり、九頭女が属しているその叛乱は、この城郭や国都の動きをここ以外の別の場所に本拠地を持っているのだ。

 そういうことのようだ。

 

 もっとも、九頭女の加わっている叛乱組織の本拠地がどこかということについては、九頭女も、九頭女の部下たちも明確には口にしない。

 沙那もまたしつこくは訊ねない。

 

 沙那がこの九頭女の活動に協力しているのは、宝玄仙がそれを命じるからであり、本格的に彼女たちの叛乱に加わるつもりはないからだ。

 

 ただ、予想はついている。

 この城郭から馬で六日ほどの距離に梁山湖という湖があり、そこに、梁山泊という比較的大きな叛乱が発生している――。

 賊徒化した多くの逃亡奴隷の集団の中でも、かなり大規模なものであり、近傍の城郭を支配下にしたりしており、ほかのものとは一線を画している。

 

 全土の女奴隷の解放も謳っており、数千の女奴隷たちが、その梁山湖の中心にある梁山泊や占拠した運城の城郭に集まっている。

 これまでに二度の地方軍の討伐を受けて、それを撃退しているが、さすがに帝国政府としても、これ以上放置するわけにはいかず、三度目の討伐は帝都の国軍が出るのではないかという話もあるようだ。

 地方軍と国軍では装備も勢力も段違いであり、国軍の出動となれば、もちろん、ともなれば、ただでは済まないだろうと考えられているみたいだ。

 しかし、帝都の近傍でもあるこの北安の城郭の中で物騒な出来事が続けば、そんな小さな奴隷女の叛乱など捨て置かれる。

 国都やその周辺の治安の方は、「一介」の地方の叛乱よりも優先されるからだ。

 九頭女の狙いもそこにあるに違いない。

 つまりは、この北安での派手な一連の暗殺騒動は、離れた場所にある彼女たちの叛乱のための騒乱行動というわけだ。

 

 とにかく、九頭女の依頼に従って、沙那と孫空女と朱姫は、協力してこの城郭で評判の悪い貴族たちの屋敷などを襲撃しては、虐げられていた女奴隷を助け出した。

 これらの活動が、“閻魔女”という架空の人斬りの名で呼ばれるようになったのは、この十日ばかりのことだ。

 閻魔女というのは、冥界からの女使者の伝説のある神の使いの名だ。

 

 いずれにしても、助けた女奴隷は、九頭女の部下である蔡美という女が部下とともに密かに城郭を脱出させている。

 脱出後は、女人国に越境させて逃がしている者もいるし、彼女たちの戦いに加わるために、梁山泊に合流する者もいる。

 叛乱に加わらせる者は、それを望む者だけだ。

 

「もしかしたら、それは沙那姉さんたちではなく、女奴隷たちかもしれません」

 

 黙って話を聞いていた朱姫が言った。

 この広い部屋には、九頭女と沙那と孫空女と朱姫の四人だけだ。“仕事”に関わる話をするときには、いつもこの態勢だ。そのとき、朱姫はいつも黙って話を聞くだけで口を開くことは滅多にないから、朱姫の側から喋るのは珍しい。

 

「女奴隷?」

 

 九頭女は視線を朱姫に向けた。

 

「はい。昨夜の襲撃は、王英の奴隷商館だったので、たくさんの女奴隷を一度に解放しましたよね」

 

「え、ええ」

 

 九頭女は少しどもった。

 最初の性交のときに、九頭女は、朱姫の道術の手管にこってりとしてやられた。それで、なぜか、九頭女は、この半妖の小娘に苦手意識を持ったようだ。

 北安という帝都にも近い大規模城郭で堂々と叛乱の巣をつくるほどの女傑が、こんな少女のような朱姫を怖がるような仕草を示すのは少し面白い。

 

「そのときに、奴隷女たちの何人かが、その歌を唄っていたと思います」

 

 いつもは、朱姫の『移動術』で逃げるのだが、昨夜は、大勢の奴隷女を一度に匿うという計画だったため、九頭女と朱姫が奴隷女を集めて『移動術』で逃がし、沙那と孫空女は別に逃亡した。

 だから、沙那は奴隷女たちがその奴隷歌を唄ったのを聞いていない。

 

「そういうことだったのね。いずれにしても、閻魔女が出現するときには、その歌が聞こえるという話が、たった一日でいう評判になっているわ。だから、城郭では、その奴隷歌を唄う女を探索しているようよ。それで、今日一日、あの歌を唄う女がはたと消えてしまったようよ」

 

 九頭女が笑った。

 

「閻魔女が奴隷歌を唄いながら、女奴隷を惨く扱う悪人を退治する……。いかにも市民が喜びそうな話ね。いいわ、次からの仕事では、わたしたち三人でそれを歌いながらやりましょう」

 

 沙那は言った。

 

「それはともかく、ご主人様は、相変わらずのことやっているのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「そうね。宝玄仙殿だから、やりようによっては、わたしと並ぶ二枚看板になると思うのに……」

 

 九頭女が困った表情をした。

 今度は、沙那が苦笑する番だ。

 宝玄仙の命令により、沙那たち三人は、悪い評判の貴族を闇討ちしては奴隷を救出するという九頭女の指示する荒仕事をしているが、当の宝玄仙はそんな仕事をするわけではない。

 それで退屈し始めた宝玄仙は、九頭女に断らずに勝手に遊妓の真似をして客を取り始めたのだ。

 

 口さえ開かなければ、沙那が見ても嘆息するほどの美貌を持つ宝玄仙だから、普通なら、城郭一の遊妓と称される九頭女とも並ぶ金光院の二枚看板になるだろう。

 しかし、宝玄仙がやっているのは、妓楼に初めてやってきたような若い男を捕まえては遊ぶという美少年食いだ。

 

 宝玄仙のやることには勝手にさせるしかないと悟っている九頭女も、これには困り顔なのだ。

 金光院は、品の良さで売っている妓楼だ。

 美少年だといえば、いい寄ってくるというおかしな娼婦がいるという評判が立つのはいいことではない。

 

「沙那たちからも忠告してくれないかしら」

 

 九頭女は言った。

 沙那はちょっと困った。

 九頭女のいうことも理解できないではないが、基本的に宝玄仙は気まぐれだ。

 いまさら直るものではないし、実害がないなら放っておく方がいい。

 美少年食いなどいい趣味とは言えないが、無理にやめさせれば、別の退屈凌ぎのとばっちりは沙那たちにやってくるかもしれないのだ。

 

「ご主人様は、退屈するのが嫌いなんですよ、九頭女さん。九頭女さんがまた、相手をしてあげれば、やめると思いますよ」

 

 朱姫がそう言って、両手を前に出して、空中で九頭女の胸を揉むような仕草をした。

 

「か、『影手』はやめて――」

 

 九頭女が真っ赤な顔になって、自分の胸を抱いて叫んだ。

 

「ご主人様がいないのに、そんな悪戯しませんよ、九頭女さん」

 

 朱姫がけらけらと笑った。

 

「朱姫──」

 

 沙那が朱姫の悪ふざけを叱ると、朱姫が悪戯っ娘のような笑みを浮かべて、首をすくめた。



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226 娼館にやって来た童貞男

「なかなか、いい道具を持っているじゃないか、坊や」

 

 宝玄仙は言った。

 

「もう、勘弁してくださいよ」

 

 寝台の上で股間を大きく開いた格好でいる青年は羞恥に顔を染めたような表情になった。

 なかなかの美青年だ。李勝(りしょう)とかいう分限者の連れで、その甥だったと思うが、半ば強引に引き離して今夜の相手として連れて来たのだ。

 

 確か童貞だとも言っていた。その分限者がこの青年に筆卸しをさせてやると話していたような気がする。

 この半月ばかり、暇に飽かせて久しぶりに男漁りをして愉しんでいたが、今夜の獲物はこれまでで最高に美しい青年だ。

 見た感じは十七、八といったところか──。

 股間に逞しく勃起しているものがなければ、少女だといって通用するかもしれない女のような艶めかしい肌と丸みを帯びた身体をしている。

 

 すでにふたりともなにも身に着けていない。

 青年と向かい合うように寝台に乗っていた宝玄仙は、すっと股を開いて女陰を青年に見せつけるようにした。

 青年がごくりと唾を飲みこむ音が聞こえた。

 

「女のここを眺めるのは初めてかい、坊や……」

 

奔破児(ほんはじ)です」

 

 青年が少しだけ不満そうな表情をした。

 

「名を呼んで欲しいのかい、坊や?」

 

 宝玄仙はからかうような口調で言った。

 奔破児と名乗った青年は、今度は気後れしたような顔になる。本当に可愛らしい。

 まだ、女に対して遠慮のようなものがうかがわれる。

 もっとも、あと何人か抱けば、自信も生まれ、女に対してそういう感情はなくなるだろう。

 

 そして、知るに違いない。

 女にもいろいろあり、感じ方も身体も、そして、相性もあるということを……。

 最初の相手が宝玄仙であることが、この奔破児という青年にとって、幸福なのか不幸なのかは知らない。

 ただ、後々になっても宝玄仙ほどの女はいなかったと思わせる自信はある。

 

「ふ、ふ、ふ、お前が男になったら、名を呼んでやるよ、坊や」

 

「お、男ですか」

 

「ああ、男にね」

 

 宝玄仙はすっと奔破児の股間の肉棒に手を伸ばす。

 

「あっ」

 

 奔破児が顔をしかめる。

 宝玄仙が触れたのは、奔破児が屹立させている肉棒と陰嚢そのものではなく、その横の太腿の表皮だ。

 奔破児の身体が微妙な身悶えをした。

 宝玄仙の手の肌はそれだけで強烈な官能の刺激を相手に与える強烈な性具のようなものだ。

 しっとりと適度に湿り、そして相手の肌に吸い付くような不可思議な感触……。

 三人の女の供たちも、この宝玄仙の手の感触には悶え狂う──。

 

「坊や、そんなに男の道具を硬くされたら、わたしもおかしくなってしまうじゃないか」

 

 宝玄仙は奔破児の肌に手を置いたまま、唇をその首筋に向かわせる。宝玄仙の乳房が奔破児の胸に乗る。

 奔破児の肌の熱さと心臓の鼓動が、宝玄仙の身体に伝わる。

 

「玉鈴《ぎょくりん》殿……」

 

 宝玄仙の唇が奔破児の白いうなじを舐めると、奔破児が切なそうに宝玄仙を呼んだ。

 玉鈴というのは、九頭女の妓楼の女として並ぶために勝手に作った名乗りだ。

 もっとも、毎夜毎夜、名は変えているので、今夜の名乗りが玉鈴だったかどうかは定かでない。

 奔破児がそういうからそうなのだろう。

 

「呼び捨てにしておくれ、坊や……。妓楼の女だよ、わたしは……」

 

 宝玄仙は言った。

 舌を首の周りに這い回らせる。

 奔破児の身体がどんどん熱を帯びるのがわかる。

 

 今夜は奴隷女という触れ込みはしていない。

 九頭女の経営する妓楼に多くの女がいるが、ほとんどが身体のどこかに刻印を持つ奴隷女だ。

 だが、すべてがそうであるというわけではない。

 中には奴隷のような卑しい女を抱きたくないという男もいるからだ。

 実際には、奴隷の刻印を持とうと持つまいと、すべて、九頭女の息のかかった手の者のひとりらしいが、女を買いにくる男は、確かに、奴隷女と普通の女では態度が違う。

 今夜の宝玄仙は奴隷女ではなく、普通の女として店に出たから、奔破児もそれなりの扱いをしてくれる。

 これが、道術で奴隷の刻印を刻んでから店に出ると、はっきりと態度が変わる。

 初めての男でも、奴隷女には容赦はないし、遠慮もしない。

 性処理の道具のように扱われるのも悪くはないが、相手にへりくだった態度の演技は得意ではないので、このところは、奴隷の刻印なしに店に出ることにしている。

 

 もっとも、こうやって店に来る男を漁って部屋に連れ込むことを九頭女がいい顔をしていないのは知っている。

 変に真面目な女で、妓楼を隠れ蓑に政府と戦う叛乱の活動をしているような女のくせに、店の格式だの評判などと面倒なことを言う。

 だから、また、九頭女が宝玄仙の相手をするならやめてやると応じたら蒼い顔をして黙り込んだ。

 最初にこの妓楼にやってきたときに、朱姫に手伝わせて九頭女を抱き潰して以来、九頭女は宝玄仙に抱かれるのを恐怖している。

 あのときは、朝まで抱き潰して、それこそ、指先ひとつ動かせなくなるくらいにいき狂いにしてやったのだ。

 

「ぎょ、玉鈴……」

 

 奔破児が切なそうな声をあげた。

 

「なんだい?」

 

「い、いい気持ちです……。いや、気持ちいいよ」

 

「わたしもだよ、坊や……好きなところに触っていいんだよ。どこでも気にいるようにしてごらん」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙は肌と肌を触れ合わせたまま、自慢の舌技で奔破児の顔の周りを愛撫していった。

 同時に奔破児の股間に這わせた手を太腿で動かし続ける。

 まだ、核心の部分には一度も触れていない。

 しかし、そうやって淫靡に肌をまさぐるだけで、奔破児の下腹部はますます充血を深めていくのがわかった。

 奔破児の手がすっと宝玄仙の乳房を包んだ。

 遠慮がちな手つきで宝玄仙の乳房を揉み始める。

 

「あ、ああっ……」

 

 びっくりした。

 

 意外なほどの官能の刺激に、宝玄仙は思わず甘い息を洩らしてしまった。

 不細工に握られて痛くされるのかと思ったら、しっかりと感じさせるように宝玄仙の乳房を触ってくる。

 しかし、こんな初めて女に触れるような青年にやり込められるわけにはいかない。

 宝玄仙は、太腿を這わせていた手をそっと奔破児の股間そのものに動かした。

 屹立した肉棒の下に手を滑らせて、ふたつの肉の袋を手のひらに載せて転がす。

 

「ひ、ひゃあ」

 

 今度は、奔破児が女のような声をあげた。

 まだ、それほどの刺激を与えているわけではなく、ただ玉を軽く弄んでいるだけだが、奔破児の肉棒は敏感に刺激に反応させて、さらに勃起を逞しくした。

 宝玄仙はさらに奔破児に加える刺激を強める。

 

「あっ、そんな」

 

 奔破児が狼狽の声をあげる。

 その戸惑いの態度が面白い。

 宝玄仙は手の中で暴発させてやろうと思った。

 そのとき、この美青年がどんな泣きそうな顔をするのか見てみたい。

 舌を奔破児の平らな胸に滑らせる。

 奔破児の身体の震えが大きくなる。

 

 それにしても、こうやって官能に歪める顔は女のように色っぽい。

 奔破児が切なそうな苦悶の顔をする。そして、それが宝玄仙の嗜虐心をそそる。

 宝玄仙は奔破児の怒張の先端を包み込むようにして撫ぜながら、もう一方の手で垂れ袋を舐めっこく揉みあげる。

 百戦錬磨の宝玄仙の手管だ。

 奔破児はあっという間に怒張の先端から精の一部を滲ませ始めた。

 

「わたしに任せておきな……。なにも考えなくていいよ」

 

 宝玄仙は奔破児の反応を注意深く確認しながら、巧みに激しく刺激したかと思うと、今度は触れるか触れないかの弱い刺激に変化させたりする。

 相手が男でも女でも基本は同じだ。

 つまりは備えさせないことだ。

 そうすると快感に無防備になり、いつの間にか相手は宝玄仙の手の中で踊る玩具になる。

 

「うっ」

 

 奔破児が眉を寄せて小さく首を振った。

 もしかしたら、もう出しそうなのかもしれない。

 股間で受け取ってやってもいいが、この女みたいな綺麗な顔を見ていると、やっぱり暴発して宝玄仙の手の中で出してしまったときの羞恥の表情をさせてやりたい。

 

「ほら、お前の手は遊んでいるじゃないか。わたしを気持ちよくしておくれ。もっと股を濡らしてくれなければ、受けとめてやれないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 本当はもうしっかりと濡れている。

 奔破児の苦悶の表情がなによりの宝玄仙の官能を刺激する。

 それに相手に合わせて、女陰を濡らすくらいのことは宝玄仙にとっては難しいことではないのだ。

 ただ、まだ受け入れ態勢ができていないということで、手で奔破児の股間を弄ぶ時間を長くする口実を作っているだけだ。

 奔破児の手が宝玄仙の女陰に触れた。

 

「ふわっ──」

 

 また声が出た。

 宝玄仙は戸惑った。

 さっき胸を触られたときもそうだったが、初めてとは思えないような奔破児の手管だ。

 奔破児の指が女陰の肉襞を拡げる。

 そのあまりの気持ちよさに宝玄仙は再び大きな声を出させられた。

 宝玄仙から余裕のようなものがなくなる。

 

「あ、あひっ……」

 

 宝玄仙は身体を震わせた。

 

「玉鈴も感じているんだね……」

 

「あ、ああ、感じているよ、坊や……。いや、奔破児──」

 

 気持ちいい──。

 

 その快感は驚くほどだった。

 なぜ、初めて女に触ったような若い青年がこんな性技を持っているのだろう。

 やっぱり、女陰で精を受けようか……。

 宝玄仙は思い直して、態勢を作り直そうとした。

 

「だ、駄目だ──」

 

 しかし、奔破児は突然叫んだかと思うと、宝玄仙の手の中に精を破裂させた。

 熱い体液が宝玄仙の手の中に三回に分かれて炸裂した。

 

「ご、ごめん──」

 

 奔破児が顔を真っ赤にしてうな垂れた。

 本当に可愛らしい。

 

「なにを謝っているんだい、奔破児?」

 

 宝玄仙は手のひらの奔破児の精を自分の股間に擦り付けた。

 そして、悄然としている奔破児のを寝台の真ん中に座らせて、その股間にそそり勃つものの上に自分の腰を載せると、ゆっくりとまだ逞しさを保っている一物を自分の女陰で受け入れていった。

 

「う、動いてごらん……。す、好きなように弄んでおくれ」

 

 宝玄仙は、腰の部分で繋がったまま、向かい合って座っている奔破児に言った。

 

 奔破児がぎこちなく腰を動かし始めた。

 膣内に快感が迸る。

 濡れた孔を熱い怒張が往復するたびに、知らず宝玄仙は腰をくねらせていた。

 演技ではない。

  本当に気持ちいいのだ。

 微妙な振動──。

 巧みに宝玄仙の女陰の中の快感の部分を探り当ててそこを集中して突く技巧──。

 本当に初めてなのだろうか──?

 

 性に未熟な青年だということを忘れて、宝玄仙は奔破児の責めをはっきりと受け入れる態勢になった。

 なぜ──。

 

 宝玄仙の頭に少しだけ疑念が走る。

 奔破児の怒張が激しく宝玄仙の子宮を突いている。

 

「あっ、ああっ」

 

 もの凄いものが全身から込みあがる。

 いま、宝玄仙は絶頂に達しようとしていた。

 今夜が最初の性行為であるはずの相手から、あっという間にいかされようとしている自分が信じられない。

 

「おふっ──い、いいっ──は、激しいよ──い、いく、いくよっ──」

 

 宝玄仙は奔破児の腰の上で強く弱く突き上げられながら、やってくる官能の嵐に酔っていた。

 奔破児の両手が宝玄仙のふたつの乳房をわし掴みにした。

 乳房を掴まれて上下に全身を動かされる。

 下に強く引っ張られて、子宮の奥に奔破児の怒張が突き挿さる。

 そして、すぐに持ちあげられて、また叩きつけられる。

 

「ひぎいっ──ほごっ──」

 

 宝玄仙の口から獣のような声が出る。凄すぎる──。

 そして、膣の中で奔破児の精が弾けた。

 

「あ、ああ、わたしもいくっ──」

 

 宝玄仙は身体を仰け反らせて、女の悦びを爆発させていた。

 絶頂する瞬間、跨っていた奔破児を両手でしっかりと抱き掴んでいた。

 しばらくは絶頂の余韻にそうやって浸った。

 満たされたという満足感が宝玄仙に拡がる。

 

「素敵でしたよ、玉鈴──」

 

 優しげな微笑とともに、宝玄仙は奔破児から抱きかかえられるように寝台に寝かされた。

 

「あ、あんた……な、何者だい……?」

 

 自分を見下ろしている奔破児を眺めながら、宝玄仙は、思わずそう口に出していた。

 こんなに宝玄仙を性的に満足させてくれる相手がこれまで女を知らなかったはずがない。

 それを隠していたに違いないのだ。

 

「奔破児だよ」

 

 青年はそう言うと身支度を始めた。

 

「も、もう、行くのかい?」

 

 宝玄仙は驚いて言った。

 精を出したばかりだ。

 これで終わりにするとしても、もう少し寝物語などをするものだろう。

 

「叔父が待っていると思うから」

 

 奔破児は言った。

 すでに衣類を着終わりかけている。

 宝玄仙は慌てて身体を起こして、奔破児の身支度を手伝う。

 ほったらかしでは遊妓として不自然すぎる。

 まだ精のついている男根を舌で掃除しようとした。

 しかし、それを制される。

 奔破児はさっと自分で下着を着けて、下袴を履く。

 

「また来るよ」

 

 奔破児は意味ありげな笑みを浮かべると、あっという間に部屋を出ていった。

 呆然としている宝玄仙を置き去りにして……。

 

 

 *

 

 

「どうでした、奔破児様?」

 

 妓楼の大広間で待っていた李勝が肥った身体を揺すりながら近づいてきた。

 分限者の叔父ということになっているが奔破児の部下だ。

 

「いたぞ。道術遣いだ」

 

 奔破児はささやいた。

 霊力を消していたので、向こうは奔破児が道術遣いだということに気がつかなかったようだが、奔破児はあの女が達する瞬間に、ほんのちょっと霊力を消し損ねてしまったのを感じていた。

 

 このところ連続で発生している閻魔女騒動──。

 

 それを全部突き合わせて、どうやらこの色町が怪しいということには目星をつけていた。

 しかし、たくさんある遊郭のどれがそうなのかわからなかった。

 手掛かりはないのだ。

 手掛かりらしい手掛かりといえば、一味に道術遣いが紛れているということくらいか。

 だから、遊郭という遊郭に片っ端に入り、初めての客を装って内部を探った。霊力の存在を探るためだ。

 

 妓楼を探るには、性行為が初めての童貞を装うのがよかった。

 うろうろしても、不馴れだからと怪しまれないし、向こうも油断する。

 幸いにも奔破児は、道術など遣わなくても、筋肉を少し動かすだけで、どう見ても若い青年としか思えない身体を作ることができる。

 しかし、実際には、経験も才能も豊かな諜報専門の軍人だ。

 

 そして、やっとここを見つけた。

 道術遣いが存在するといって、ここが閻魔女の拠点とは限らないが、奔破児の勘はここが怪しいということを告げている。

 あの女だけではない。

 遊女たちひとりひとりの身のこなし──。

 自然なようだが、なにか研ぎ澄まされたものを感じる。

 

「今夜のうちにやるぞ、李勝」

 

 支払いを済ませると、奔破児は店を出ながらささやいた。

 李勝が驚いた表情になった。

 

「しかし、まだ、確証が……」

 

「わかっている。これは賭けだ。しかし、ここが怪しいと俺の勘が告げている。それに……」

 

 奔破児は道端で立ちどまって李勝の顔を覗き込む仕草をした。

 李勝が飲まれたような表情になる。

 そこにはさっきのように初めての性行為で羞恥に頬を染める初心な青年の顔はないはすだ。

 帝都から派遣された政府の諜報を預かる将校としての鋭くて、不敵な笑みがあるはずだ。

 

「それに、なんですか?」

 

「いまなら、俺の道術封じがあの道術遣いの女に効いている。明日の朝になれば、それも効果を失うぞ」

 

「では、しっかりと放ったのですね」

 

 李勝もにやりとする。

 奔破児の精には道術遣いの術を封じる特殊な効果がある。

 あの道術遣いが閻魔女とすれば、その術が封じられているうちに捕縛してしまうのがいい。

 拷問をして取り調べた結果、無実であればそれはそれで放免すればいい。

 そのときには、本当の一味は警戒してしまうだろうが、そのときはそのときで、なんらかの動きがあるはずた。

 それがまた連中に近づける手がかりになるかもしれない。

 

 しかし、おそらく──。

 奔破児の勘は絶対に間違いがないということを奔破児自身に教えてくれていた。

 

 

 *

 

 

「ひゃあ、ああ、あああ──」

 

 女奴隷の悲痛な官能の叫びが地下の部屋に響く。

 銀婆(ぎんばあ)が、壁に磔にされて大股開きにされている奴隷の肉芽を柔らかな羽根で繰り返し繰り返しくすぐっているのだ。

 女奴隷の悲鳴のような嬌声が繰り返される。

 

「ほれ、人生、最後の気ぞ──。せめてもの情けに最後に昇天させてやるからいくがよいぞ。もっとも、昇天した瞬間にお前の肉の実を斬り落とすがのう」

 

 銀婆がそう言って羽根を持つ手を激しくする。

 銀婆の反対の手には剃刀がある。

 女奴隷が気をやった瞬間にその剃刀は動くのだろう。

 それを受け取るための家人は、銀婆の横に紙を拡げて待機している。

 

 女奴隷が泣き叫ぶ。

 気をやれば死ぬのだ。

 女奴隷は悲痛な表情で懸命に官能を耐えている。

 その苦しげで切なそうな表情もいい。

 

 堂人君(どうじんくん)はそれを十人ほどの家人とともに眺めていた。

 ここは、特別に借りている場所であり、軍営に近い安全な場所だ。

 しっかりとした警備もなされているし、この地下に入る入口にも警備の人数を割いている。

 これだけの態勢を整えるにはかなりの経費がかかったが、女の肉芽の焼酎浸けは、長寿の仙薬として貴族たちに珍重されている。いくらでも代金に上乗せできるだろう。

 

 奴隷女の身体の震えが激しくなった。

 閉鎖された密室には、その奴隷女のかもし出す淫靡な匂いがたち込めている。

 なかなかにいい女で、堂人君との身体の相性も良かった気がする。

 殺してしまうには惜しいが、これも商売だ。

 仕方がない。

 できあがった女焼酎で稼いだ金で奴隷女をまた購うことはできる。

 

 堂人君の商売は、こうやって女奴隷の肉芽を斬りとって焼酎浸けにして、それを卸すことだ。

 精力を増進させるとともに、長寿の効果もあるということで、かなりの需要があった。

 城郭の郊外には、肉芽を採集するための女奴隷の専用の牧もあるのだが、最近の閻魔女騒動で自重を余儀なくされた。

 閻魔女とは、女奴隷を惨く扱う者を暗殺するという謎の殺し屋だ。

 

 その殺し屋が現れたのは、まだ、この半月ばかりのことだが、堂人君は素早く動いた。

 堂人君の女焼酎といえば、かなりの評判もあるし、奴隷扱いの惨い者が狙いだとすれば、最初に標的にされそうな堂人君の商売だ。

 それで形としては慌てて、女の牧を閉鎖したことにして、女奴隷は売り払った。

 しかし、実際には、この秘密の場所を借りて、女奴隷をここの敷地にある地上の小屋に移して、この地下室でひそかに焼酎作りを続けている。

 

 安く女奴隷を買い、調教をして肉芽を肥大化する

 そして、熟れきった実に成長したところで切断して焼酎に浸けこむ──。

 いまやっているように、狩り取りの時期のきた女奴隷をここに連れてきて、実を切断するのだ。

 狩り取りが終われば、その女奴隷には価値はない。

 地上に連れていき、殺して穴に埋める。

 いま身体を震わせている女奴隷を埋めるための穴もすで掘り終わっている。

 

 需要はあるのだ。

 女奴隷の性器の一部というそれだけのものが、とんでもない高価な品物として貴族を中心とした上級階級の人間に売れる。

 しかも、一回の実の切断で五十本ほどの焼酎が作れる。

 こんな商売をやめられるわけがない。

 

 女奴隷が身体の震えを大きくした。

 あと数瞬で達するだろう。

 この女奴隷の命が終わるときだ。

 

「い、いやあああ──」

 

 女が涙を流しながら身体を反りかえらせた。

 絶頂の瞬間の女の実を斬りとるのが、堂人君の焼酎浸けの秘密だ。

 銀婆の剃刀が地下室を明るくしている灯篭の光を受けて輝いた。剃刀が膨れあがった女奴隷の肉芽に近づく──。

 しかし、それだけだ。

 なぜか銀婆の手元がそれでとまった。

 

「銀婆?」

 

 堂人君は声をかけた。

 銀婆の身体が揺れた気がした。

 そして、その首がずるりと首から転げ落ちた。

 

「ひゃあああ──」

 

 堂人君は噴きあがる血の飛沫を浴びながら悲鳴をあげた。

 その視界が不意に横に倒れた。

 自分の首が胴体から離れるのをはっきりと堂人君は知覚していた。

 

 

 *

 

 

 堂人君を護っていた十人ほどの男の息の根をとめるのは難しい仕事ではなかった。

 閉鎖された地下室が彼らの逃げ場を失わせてくれていたからだ。仕事はすぐに終わった。孫空女と沙那の前に十数人の死体が転がった。

 

「彼女を頼むわ」

 

 沙那が言った。

 血の海になった部屋で、沙那が銀婆と堂人君の首を拾って袋に込めるのを眺めながら、孫空女は、逆に血の気を失っている女奴隷の拘束を『如意棒』で壊した。

 身体が自由になった女奴隷が呆然と孫空女を見ている。

 

「あんたの仲間は、すでに脱出させたよ」

 

 孫空女はよろめいている女奴隷の身体を支えながら、準備していた大きな布を渡した。

 女奴隷はそれを身体に巻きつけた。

 

「名前は?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「ら、蘭です」

 

「蘭さんかい。あんたの身の上は外にいるあたしらの仲間が受け持つよ」

 

 孫空女が言った。

 

「あ、あなた方は……?」

 

 蘭は言った。

 

「閻魔女よ」

 

 沙那が口を出した。

 すでに麻袋を肩に抱えている。

 警護の男たちの首はついたままのようだから、どこかの辻に晒すのは堂人君と銀婆の生首だけにするのだろう。

 

「閻魔女──?」

 

 蘭の顔が輝く。

 いつもそうだが、眼の前で人が死ぬのを見て、もっと怖がるのかと思いきや、助けられた女奴隷たちの誰も彼も閻魔女という名乗りに希望の眼を輝かせる。

 閻魔女という名は、すでにこの祭賽(さいさい)国の奴隷たちの中では、救いの主として浸透しているようだ。

 

「さて、行きましょうか」

 

 沙那が言った。

 例の奴隷の歌を口ずさみ始める。

 孫空女も救出した蘭とともに地上に上がる階段を昇りながら唄う。

 一応、これも叛乱の活動の一環だ。

 閻魔女の評判が恐怖とともに拡がれば、この国の制度に関係なく、奴隷を惨く扱う者は少なくなるはずだ。

 

 地上に出た。

 蔡美(さいび)と朱姫が待っていた。蔡美は九頭女の部下であり、今夜の暗殺の同行者だ。救出した女奴隷を城郭の外に逃亡させる仕事を請け負うことにもなっている。

 また、外で警護していた者は全員眠らせるか倒している。

 運悪く孫空女と沙那たちの姿を見てしまったものは可哀そうだが命を奪った。

 もっとも、それは数名で済んだ。

 例の奴隷歌が周囲に響きはじめると浮足立った者たちがさっさと逃げ始めたからだ。

 蘭をふたりに引き渡す。

 

「じゃあ、すぐに戻ります、沙那姉さん、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「そっちは、お願いします」

 

 蔡美が言った。

 三人が朱姫の『移動術』で消える。

 行き先は金光院ではない。

 国都の中に別に作っている逃亡奴隷を匿うための船宿だ。

 この北安の城郭には、南の海から運んでくる荷を運び入れるための河と繋がる運河がある。

 そこに連接する船宿だ。

 もちろん城門同様、水路の警戒も厳しいが、蔡美たちはその経路を活用して、国内で救出した奴隷を外に脱出させている。

 ほかにもさまざまな手段で奴隷女を城郭の外に出しているようだが、孫空女たちもそのすべてを教えられているわけではない。

 また、『移動術』で城壁を越えられればそんな苦労もいらないのだが、この北安の城壁には、道術除けの霊具が張り巡らされていて、『移動術』では脱出できないのだ。

 

「さっさと終わらせよう、孫女」

 

 沙那が言った。

 高い塀に囲まれているこの施設の裏手から外の通りを覗く。

 誰もいないことを確認して、壁に張り紙を貼り、その下に堂人君と銀婆の生首を置く。

 このすぐ先は王軍の軍営だ。

 この首はすぐに見つかるに違いない。

 地下室への出入り口があった場所に戻ると朱姫が待っていた。

 

「終わりました。帰りましょう」

 

 朱姫が言った。

 蔡美は戻って来ない。

 いつもの手筈と同じだ。

 蔡美には、救出した奴隷女を梁山泊に送るという仕事がある。

 かなりの難事であるはずだが、蔡美は、これまでに救出した大勢の逃亡奴隷のひとりも欠けずに脱出に成功させている。

 熟練した手練れの仲間と孫空女たちの知らない多くの闇の脱出手段がそれを支えているようだ。

 

「結界を刻みます」

 

 朱姫が新しい『移動術』の結界を刻み始めた。

 今度の跳躍先は、金光院の地下だ。

 それで終わりだ。

 後は身体を洗い休むだけだ。

 孫空女もほっとした。

 

「先に行きます──」

 

 朱姫が結界の先に姿を消す。

 

 孫空女も続こうと思った。

 

「うわっ、だ、駄目です──」

 

 朱姫の悲鳴が不意に結界の向こうから響いた。

 

「うわっ、なに?」

 

 次の瞬間、孫空女は結界に弾き飛ばされて尻餅をついた。

 結界が向こう側から閉鎖されたのがわかった。

 当然、朱姫の声も途切れる。

 なにが起こったのかわからない。

 

「ど、どうしたの?」

 

 沙那が驚いたように叫ぶ。

 

「わ、わかんないよ、沙那──。突然、『移動術』の結界が封鎖されたんだ」

 

「なんで?」

 

「さあ……?」

 

 孫空女も首を傾げる。

 朱姫が向こうで咄嗟に結界を切断したとしか思えない。

 孫空女は沙那と呆気にとられたまま視線を見交わせた。



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227 道術殺しの精液

 『移動術』で金光院の地下の部屋に戻った瞬間に、朱姫は異変に気がついた。

 五、六人の黒い影──。

 確かめようと振り返った瞬間に背後から抱きしめられた。

 

「うわっ」

 

 悲鳴をあげるとともに、周りが城郭兵だらけだということを悟った。なぜ、ここに兵がいるのかということを思う余裕はなかった。考えたのは、結界から続いてやってくる沙那と孫空女のことだ。

 

「だ、駄目です──」

 

 警告を送るとともに、咄嗟に結界を閉じた。

 次の瞬間、力強い数本の腕が朱姫を押さえつける。

 床にねじ伏せられながら大きく眼を見開いた。

 なにが起こっているがわからない。

 

「道術遣いだ──。奔破児(ほんはじ)殿に知らせを──」

 

 誰かが叫ぶとともに、数名が部屋を出ていく気配がした。

 同時にさらに多くの人間が部屋に入り込んでくる。

 

「いたああっ、な、なによ、あんたたち――」

 

 強引に膝立ちに立たされて、後ろ手に革紐で縛られる。

 周囲は武装している城郭兵だらけだ。よくわからないが、金光院の娼館が王軍によって制圧されたのだ。

 ならば宝玄仙は──?

 そして、九頭女たちはどうしたのか──。

 

「あんたたち──」

 

 思い出したように身をもがいた。

 容赦のない蹴りが朱姫の腹に喰い込んだ。

 

「あぐっ」

 

 一瞬、視界がなくなる。

 金属の塊りを腹にぶち当てられた感じだ。

 息が詰まって、眼から涙が溢れた。

 

「いぎっ──」

 

 再び兵のつま先が鳩尾を突き上げた。

 口から胃液のようなものがこぼれる。

 

「んぎいいいっ」

 

 さらに拳──。

 今度は頬だ。

 耳鳴りがしてわけがわからなくなる。

 反対側からも顔を殴られた。視界が消える。

 倒れかけるのを無理矢理に起こされる。

 

 ぼんやりとした視界が戻ると、眼の前に誰かがいた。

 顔をあげる。

 そこにいたのは女と見まがうような美しい顔立ちをした将校だ。

 将校であることは軍装からわかった。

 だが、男──?

 女ではないのか?

 

「道術遣いに間違いないか?」

 

 その男が周囲の兵に言った。

 男の声だ。

 やはり、男なのか──?

 それにしても美しい顔だ。

 喋っているとそうでもないが、口を開かなければ少年のようにしか見えない。

 

「突然、この部屋に道術で現れました、奔破児殿。間違いありません」

 

 誰かが報告する。

 

「ふむ」

 

 奔破児という将校が値踏みをするような視線で朱姫を見下ろす。

 

「……霊力がほとんどない……。本当に『移動術』を?」

 

 よくわからないという表情をしている。

 そう言えば、道術をかけようとしてないときの朱姫は、霊力が探知できないくらいに小さくなるらしい。

 そして、道術をかけようとすると、身体の中の霊気が増幅し、道術を遣えるようになる。

 半妖である朱姫の特性のようだが、それについて宝玄仙が常に驚愕したようなことを言っているのを思い出した。

 

 いずれにしても、霊力を探知できるということは、この奔破児も道術遣いに違いない。

 もっとも、朱姫にもそれはわからない。

 おそらく、眼の前の男は自分の霊力を外部から探知できないように遮断している。

 

「こいつが(えん)魔女でしょうか?」

 

 奔破児の横の肥った男が言った。

 そいつは軍服を着ていない。

 でっぷりと太っていて、どこかの分限者のようにしか見えない。

 

「わからんな。すでに連行したふたりの女も含めて、誰かが閻魔女に間違いないだろう。奇襲した我々にあれだけ抵抗してみせたのだ。ここが、ただの妓楼ではないことだけは確かだ」

 

 奔破児が言った。

 その言葉で、宝玄仙と九頭女(くずじょ)はすでに連行されたということが予想ついた。

 おそらく、沙那たちとともに、堂人君(どうじんくん)とかいう女焼酎業者を襲っている間に、この金光院が城郭兵に急襲されたのだ。

 それで、宝玄仙、九頭女は連行されたに違いない。

 いくらかは抵抗したらしいが、すでにここは城郭兵により制圧されているようだ。

 そこに朱姫は、『移動術』で、のこのこと戻ってきてしまったのだ。

 

 だが、これによりかなり悪い状況になったということも悟れる。

 さっきの活動で、女奴隷の肉芽を切断して殺そうとしていた堂人君とその部下の銀婆たちを閻魔女の名で殺した。

 その堂人君と銀婆の生首は、国都の辻に閻魔女の象徴でもある奴隷歌の貼り紙とともに晒している。

 まだ、その情報は入っていないようだが、その報告と、朱姫が『移動術』で戻った時間を突き合わせれば、閻魔女の仕事が、朱姫が『移動術』で戻った時刻と合致することは容易にわかる。

 そうすれば、すでに連行されているに違いない宝玄仙と九頭女も身が危険だ。

 

 どうすべきか──。

 一度だけなら『獣人』の道術が遣えるかもしれない。

 だが、一度だけだ。

 それからはしばらく遣えないし、眼の前の兵からは脱出できるが、あの道術は長く続けることができない。

 霊力が切れれば、それで終わりであり、さらに一階にいるであろう城郭兵の囲みを突破できる見込みはないような気がした。

 

「念のために、こいつにも道術封じをしておくか」

 

 奔破児が言った。

 すると周りの兵が歓声のような声をあげた。

 なんだかおかしな雰囲気だ。嫌な予感とともに、朱姫の背に冷たい汗が流れる。

 朱姫の胸元にひとりの兵の手がかかった。

 

「いやあっ」

 

 思い切り叫んだ。

 

「へぶっ、んぐわっ」

 

 その途端に、眼に火花が走った気がした。

 顔を殴られたのだ。

 しかも、両側から……。

 口の中に血の味が拡がる。

 息ができなくなる。

 

「んぐわっ」

 

 また、無防備な腹に蹴り。

 全身が脱力する。

 しかし、倒れることはできない。

 膝立ちのまま身体を押さえつけられている。

 

「それっ、服を脱ぎな」

 

「ひいいっ」

 

 服が胸元から下まで一気に破り取られた。

 数名の兵が寄ってたかって切れ端になった服を朱姫から取り去る。

 腰から下も奪い去られて、身体にまとっているのは下着のほかには、破り残った腕の部分と靴のみだ。

 次に胸当てが奪い去られる。

 汗ばんでいる胸が露わになる。

 そして、腰の下着に手もかかる。

 あっという間にそれも引き千切られる。

 再び身をよじる。

 

「いやあっ、んぶっ」

 

 抵抗の素振りをした途端に殴られた。全身が脱力する。

 犯される──。

 

 その恐怖が朱姫に走る。

 身体を覆うものはもうなにもない。

 股間に直接当たるひんやりとした外気が自分の哀れな姿を実感させる。

 

 嫌だ──。

 両親を殺されてから、何度も人間の男から繰り返された強姦の恐怖──。

 それが蘇る。

 

「霊力が拡大したぞ」

 

 奔破児が大きな声をあげた。

 無意識のうちに霊力が体内に溜められたらしい。

 いや、そもそも、朱姫はまだ意図的に自分の中の霊力を拡大したり縮小したりということはできない。

 もともと、そういう体質ではない宝玄仙は、霊力の拡大を制御する方法だけは、どうやればいいのか教えてやれないと言っていた。

 ただ、朱姫が嗜虐癖に酔うときには霊力がどんどんあがる──。

 そんなことを言っていた気がする。

 

 だから、宝玄仙は、このところ、よく嗜虐の際に、朱姫に手伝わせて道術を遣わせることが多い。

 宝玄仙なりの朱姫に対する道術指導でもあるようだ。だが、いま、強姦の危機に陥ることで霊力があがった。

 恐怖によっても、朱姫の魔力は大きくなるようだ。

 

「股を開かせろ──」

 

 奔破児が叫んだ。

 両側から手が伸びる。

 反射的に朱姫は下肢に力を入れた。

 しかし、すると蹴りが腹に突き刺さる。背中からも蹴られる。

 

 『獣人』の道術──。

 

 頭に浮かぶ──。

 いや、まだだ。機会を待つべきだ……。

 宝玄仙がどうなっているのか……。

 朱姫の道術が最後の手段という状況もあるかもしれない。

 それに、沙那と孫空女もきっと助けにきてくれる。

 いまはまだ──。

 

「また、霊力がしぼんだ。どうなっているのだ、こいつは?」

 

 奔破児が首を傾げているのがぼんやりとした視線に映る。

 

「まあいい……。とにかく、寝かせろ」

 

 奔破児が言った。そして、下袴をあろしはじめる。

 朱姫の身体にたくさんの腕がかかる。

 無防備な裸身に男の手がかかると無意識に抵抗してしまう。

 

「や、やだよおっ、へぶっ」

 

 すると、また暴力が襲ってくる。

 腹──。

 背中──。

 顔──。

 滅茶苦茶に殴られて蹴られる。

 

 力を失った朱姫の身体が床に倒された。

 左右から別々の兵に両脚を引っ張られる。

 股の間に奔破児が立った。

 朱姫は顔をあげる。

 逞しい怒張が奔破児の股間にそそり勃っている。

 開いた両脚がさらに立て膝の形をとらされる。

 

「少し、ほぐせ。抵抗したら、また殴れ」

 

 奔破児が笑いながら言った。

 

「ひいっ」

 

 その瞬間、五、六の手が朱姫の股間に伸びてきた。

 朱姫の無毛の恥丘がたくさんの手で荒らされる。

 恥唇の両側を引っ張られてくつろげられて、女陰の中に別の指が入り込む。

 肉芽には別々の手が両側から──。

 ばらばらの手が一斉に女陰を愛撫する。

 それがしばらく続く……。

 

「ひ、ひゃあ──」

 

 歯を食い縛っていた口から嬌声が漏れたのは、さらに別の指が肛門に伸びたときだ。

 

「こいつ、異常に尻が弱いぞ」

 

 誰かが愉しそうに言った。

 その言葉を合図のように、肛門をなぶる手もさらに増える。

 まるで虫がたかるように、朱姫の下腹部が大勢の兵の手により責められる。

 

「あひいっ──」

 無理矢理に官能を引き出さされる恥辱──。

 しかし、淫情が朱姫を襲い、官能の酔いが朱姫を包んでいく。

 ひとりが人差し指を女陰の中央に挿し込み、内部の感触を確かめるように抽送する。

 両側の粘膜の部分をそれぞれに擦られる。

 その上端の敏感な突起をすくい出されて摘まんだり、はねられたりして刺激される。

 そして、肛門にも指が──。

 朱姫は泣き声をあげた。

 

 すべての人格を否定されて、ただ、よがるだけの獣にされていく気分だ。

 殴られ続けた全身の筋肉は弛緩している。

 そして、性器をいじくられて感じしまう性感だけがどんどん膨らんでいく。

 

「そろそろ、いいと思いますよ、隊長」

 

 誰かが言った。

 奔破児が動いた。

 露出した下半身が朱姫の股間に迫る。

 

 犯される──。

 どうしようもない恐怖が走る──。

 

「ふぐっ」

 

 朱姫は押さえつけられている身体を激しく揺すった。

 その顔面に拳が食い込む。

 視界が消える。

 鼻から血が噴き出すのがわかった。

 その血が口の中に入ってくる。

 口の中で噴き出している血と混じる。

 朱姫は口から溜まった血を吐いた。

 

「まだ、殴られ足りないのか?」

 

 奔破児の声──。

 眼を開ける。

 奔破児の拳に血がついている。

 顔面を正面から殴ったのは、この奔破児のようだ。

 朱姫は首を横に振った。

 次の瞬間、かなりの容積をもった怒張の先端が体内に押し入ってきた。

 

「あがぁ──」

 

 裂けるような痛み──。

 身体の力が入り過ぎているのだとわかった。

 諦めて力を抜く。

 痛みがなくなり、すっと快感が拡がる。

 

 奔破児の肉棒が朱姫の女陰の最深部に達した。

 さんざんになぶられて淫液を出さされたとはいえ、まだ十分でないのか痛みがある。

 それでも、気持ちよさはある。

 宝玄仙に調教され尽くした身体だ。

 どんな愛撫であろうと、そこから快感を搾り取ってしまう。

 

「よがってますよ、こいつ」

 

 押さえつけている兵のひとりが声をあげる。周りの兵がどっと沸く。

 朱姫の身体に屈辱が走る。

 それとともに、眼から涙がぼろぼろとこぼれる。

 そして、朱姫の股間の奥で膨れあがった怒張の先端から精が迸るのがわかった。

 

 熱い劣情の液──。

 しかも、朱姫を感じさせるとか、奔破児が気持ちよくなるとかいうような性交ではない。

 ただの作業のような感じで、朱姫の股間に精を注ぎ込んだのだ。

 それが激しい恥辱を朱姫に与える。

 しかし、体内に拡がる違和感を朱姫は覚えた。

 

 なんで、霊力が?

 朱姫の中の霊力がなにかに覆われている。

 そんな感じだ。

 そう言えば、道術を封じるとかいうような意味のことを発言していた気がする。

 

 精を放つことで道術封じ──?

 朱姫は驚いた。

 奔破児の怒張が朱姫の中から出た。

 

「もういいぞ、お前たち、勝手にやれ」

 

 奔破児がそう言って離れていく。

 

「俺が先だ──」

 

 大きな兵が周囲の男を押し避けるように朱姫の脚を抱える。

 すでに下半身を露出していて、腰をぶつけるように奔破児が精を放ったばかりの朱姫の股間の谷間に怒張を埋めてくる。

 

「い、いやあぁ──」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 激しい律動が股間を襲う。

 

「早くしろよ、たくさんいるんだからな」

 

 周りの誰かが言う。

 

「わかっているよ。さっさと出せばいいんだろう」

 

 律動がさらに激しくなる。

 十回ほどでぶるりと身体を震わせて兵が身体を硬直させた。

 そして、朱姫の中に新しい精が最深部に注がれる。

 

「どけっ」

 

 その兵が押し避けられて別の兵が朱姫に乗ってくる。

 挿し込まれる怒張──。

 もう早く終わって欲しい──。

 思うのはそれだけだ。

 

 しかし、何人の兵に犯されたら終わるのだろう──。

 繰り返される凌辱──。

 次々に男が交代して、精が注がれる。

 なにも考えない。ただの作業だと思い定める。

 

 何人目かのときに、姿勢を反対にされた。

 背後から犯される態勢だ。

 少しでも抵抗の素振りを見せると滅茶苦茶に殴られる。

 もう諦めた。

 好きなようにやればいいのだ。

 

「ほら、咥えな」

 

 誰かが強引に肉の幹を朱姫の口に含ませた。

 

「歯を当てたら、歯を全部を折るぞ。しっかりとしゃぶりな」

 

 これ以上、殴られたくなかった。

 大人しく顔を前後に揺すって舌を動かす。

 その間も後ろから激しく股間を突かれるのは続けている。

 

「けっ、こいつうまいぜ」

 

 しばらくすると、前側の男が嬉しそうに身体を震わせた。

 早く終わらせたくて、技を使う。口の中の幹を縫い目に沿って舌先を動かし、さらに先端をすすりあげるようにした。

 男がさらに震え、口の中に粘性の液体が迸る。

 口から男の肉棒が出ていく。

 それにあわせて朱姫は舌で口中に拡がった精液を外に出す。

 今度は後ろの男が朱姫の女陰に精を放った。

 前後の男たちが代わる。

 次は、口の中に二本入ってきた。

 

「はうっ」

 

 背後から股間を貫かれて思わず声を出してしまう。

 女陰を突かれたことではなく、背後から貫くために後ろの男が尻たぶをぐいと持って肛門の周りを刺激したのだ。

 それで激しい快感が朱姫を襲った。

 しかし、とりあえず、後ろの穴を犯すということはなさそうだ。

 それだけはほっとする。

 ただ、朱姫が反応したことに周りが沸く。

 口惜しさが全身を駆け巡る。

 律動が開始された。

 

「先に連れていった道術遣いの女たちはやらせてくれなかったし、店の女も地下室組はなしだ。地下の探索なんてつまらない役割を当てられたと思ってけれど、むしろ運がよかったぜ」

 

 背中越しの朱姫を犯す男がそんなことを言いながら腰を回しながら突いてくる。

 

「ほら、気を抜くんじゃねえよ」

 

 口の中に肉棒を突っ込んでいる兵のひとりによって髪の毛が引っ張られた。慌てて舌を動かす。

 

「乳房は小さめだが、それもいいな」

 

 後ろの男が朱姫の胸の下で揺れる膨らみの片側を手のひらですくうように揉みしだく。

 もうひとつの乳房は別の手が握りしめてくる。

 胸を責めるふたつの手管の違いが、朱姫の官能を呼び起こす。

 

「そろそろ、いくぜ」

 

 背後から突く男の肉棒の律動があがった。

 

「たまんねえや」

 

 尻が持ちあげられるように強く引っ張られる。

 精が朱姫の中で迸る。

 

「こっちもだ」

 

 続いて口の中にも精液が拡がる。

 すぐにもうひとつ──。

 口の中の血と混じった精の味が朱姫の凌辱感を呷る。

 そして、すぐに次の男──。

 背後からの動きが今度はまったく別の責めになり、朱姫の反応を愉しむようにねっとりと動かす。

 こぼれ落ちる嬌声が悔しい──。

 

「おいおい、熱くなってきたぜ」

 

 後ろの男が嬉しそうに叫んだ。

 そんなことはない。

 朱姫は叫びたかった。

 しかし、その口もすぐに別の肉棒に塞がれる。しかも、今度のは大きい。

 喉まで貫くような長さに、朱姫を嘔吐感が襲う。

 

 氷のように冷たくなる心──。

 それと矛盾するように官能の与える甘美感に熱くなる肉体──。

 犯されながら嘲られる恥辱──。

 あらゆるものが朱姫を襲う。

 

 繰り返し、繰り返し、周りの兵によってたかって膣と口を犯された。

 途中からなにも考えることができなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらいの時間が過ぎたのか……。

 朱姫の身体にたかる新しい兵がいなくなった。

 終わったのか?

 

 朱姫は鼻をすすりあげた。

 鼻水とともに血が鼻に入り、血の匂いが拡がる。

 全身はまるで力を失ったように動けない。

 その朱姫の髪を掴んで身体を引き上げられた。

 朱姫は後ろ手のまま、ずるずると立たされる。

 

「外まで歩け──」

 

 無理矢理に立たされて尻を蹴りあげられる。

 

「ひいっ──」

 

 その蹴り出される力によって、朱姫の身体は床に倒れ込んだ。

 

「ほら、立てよ。また蹴られたいか」

 

 誰かが言った。

 朱姫は懸命に立とうとする。

 しかし、どうしても脚に力が入らないのだ。

 

「歩けなきゃ、這えよ」

 

 うつぶせの横腹に兵の靴先が食い込む。

 

「ふぐっ──。あ、歩きます……。も、もう、やめて」

 

 やっと口がきけた。

 朱姫は身体を捩じって懸命に前に進ませる。

 立とうとは思うのだが、まだ力が戻らない。

 でも、少しでも前に進むという仕草を見せないと、また滅茶苦茶に殴られるに違いない。

 やっと地下室と地下室を繋ぐ廊下まで出た。

 上に通じる階段から誰かがやってくる。

 

「お前たち、まだ、この娘に関わっていたのか。もう、引き上げだ。軍営に戻るぞ。ほかの店の女はすべてもう軍営に運んだぞ」

 

 朱姫は顔をあげた。

 奔破児の横にいた肥った分限者の服装の男だ。

 

「抱えて連れて来い」

 

 その男が言った。

 

「はっ」

 

 数名の兵が朱姫の裸身を抱え上げる。

 

「待て、念のためだ。連行する前に、ここで、腕と脚の骨を折っておけ」

 

 肥った男が言った。

 朱姫の身体が再び床に降ろされる。手首の革がほどかれていく。

 

「や、やめて──」

 

 朱姫は絶叫した。

 その朱姫の右腕が数名の兵に抱えられて、関節の逆の方向に強引に捻じ曲げられた。

 

「あぎゃあああ」

 

 激痛が走る──。

 大きな音とともに、自分の肘の骨が外されたのがわかった。

 そして、棍棒のようなもので肘と手首の間を叩き潰される──。

 

 迸る口からの悲鳴が終わらないまま、今度は反対側の腕に兵たちが手をかけた。

 股間からじょろじょろと尿が垂れ流れるのがわかった。

 その朱姫の反対側の腕からも大きな音がして激痛が襲った。

 

「うぐあああっ、はぎゃあああ」

 

 けたたましい絶叫が自分の声だと気がついたのは、持ちあげられた膝に大きな兵が両脚で着地した瞬間だった。

 そして、暗くなる視界の中で、膝から下がおかしな方向に曲がっているのがかろうじて見えた。



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228 囚われた女道師

 奔破児(ほんはじ)とかいう名の隊長が、九頭女(くすじょ)の身体からおりた。

 九頭女の女陰に精を放ったばかりの男根が外に出ていく。

 

 九頭女は、後ろ手に革紐で拘束された手首をねじって、なんとか牢の床に横たえていた身体を起こした。そして、まくり上げられていた合わせ布の下半身の部分をなんとか戻して、精を受けとめたばかりの股間を隠す。

 本当は犯されたばかりの身体がだるい。

 だが、眼の前にいる女のような顔をした男に弱みのようなものを見せるのが嫌だった。

 

 もうすぐ朝になるのではないだろうか。

 しかし、ここは軍営の地下に当たるらしく陽の光はまったくない。

 軍兵の襲撃を受けたとき、白い煙のようなものが金光院の中で拡がった。その煙を吸った直後に、急に睡魔が襲って意識が遠くなったのだ。

 おそらく、眠りをもよおす効果のある薬草を燃やされたのだと思う。

 そして、気がついたら、この軍営の地下牢に、後ろ手に手首を拘束されて監禁されていた。店の者や宝玄仙などがどうなったのかわからない。

 

「わたしの店の贔屓のお客様には、城郭の高官の方も大勢おられますよ。国都からわざわざ遊びに来られるお客さんもいるんです」

 

 九頭女は奔破児を睨みつけた。

 金光院は高級な妓楼だ。

 客も選ぶ。

 金光院に出入りできる客には政府の高官だけではなく、高級軍人もいる。

 国都にある高級妓楼に勝るとも劣らぬ女を揃えており、その評判が伝わり、国都から一日ほどしか離れていないこともあり、国都からの賓客もいる。

 その中には、王族さえいるのだ。

 

 どこまでの確証をもって金光院を軍で急襲したかはわからないが、時間が経てば、そういう帝国政府の高官の介入も期待できる。

 それだけの賂も使った。

 政府の高官に賂を払うなど、反吐を吐きたくなるようなことだったが、これも戦いの一部だと思ってやっていたのだ。

 

「国都にも名が響いている美妓と評判のお前が、女奴隷の救い主として派手に動いていた閻魔女の親玉とはな、九頭女」

 

 奔破児は服を整えながら九頭女を見下ろして言った。

 鉄格子の向こうの廊下には武装した兵が十人ほどいるが、いま牢の中にいるのは、この女のような顔立ちの奔破児がひとりだけだ。

 ただの女だと思い油断しているに違いない。

 

「閻魔女?」

 

 九頭女はとぼけた。

 確証などないはずだ。

 白を切りとおせばいい。

 長く調査や監視をされたという気配はなかった。

 そんなものがあれば、妓楼の外で活動している九頭女たちが必ずなにかを掴んだはずだ。

 それに、閻魔女の活動など半月ほどのものだ。

 なにか確かなものを掴まれるには時間が早すぎる。

 

「なぜ、奴隷扱いの酷い主人を暗殺して回るようなことをしたのだ? お前の店の女には奴隷女が多いからな。情にほだされたか?」

 

 奔破児が言った。

 

「なにを言っているのか、さっぱりわかりません。ところで、わたしが捕えられていることを知らせたい方がいるのですが。そういえば、明日にも予約が入っておられる帝都からの高官のお客様がおられるのです」

 

 九頭女は、宮廷政府の高位の役人の名をあげた。

 

「んぎいっ」

 

 次の瞬間、九頭女の頬に火のような痛みが走った。

 横倒しに倒れる。奔破児が平手で九頭女の頬を力いっぱい張ったのだ。

 目まいがして視界が揺れる。

 しかし、こんな男に屈服した姿を見せてはならないという意地が九頭女の身体を起こす。

 

「最初に言っておく。閻魔女のことを白状させたいわけじゃない。それはいい。少し前、堂人君(どうじんくん)という男の首が晒されたのが見つかった」

 

「堂人君様?」

 

 惚けた。

 沙那たちに狙わせた悪党だ。

 女奴隷を使って、肉芽酒なるものを作っていたとんでもない男であり、当然に死ぬべき男だった。

 まだ、手筈の結果は知らなかったが、少なくとも、沙那たちは暗殺には成功したみたいだ。

 

「場所はこの軍営のすぐそばだ。堂人君が殺されたと思われる直後に、お前の店に『移動術』で戻った娘がひとりいた。それで、お前の店がその閻魔女の拠点となっていたことは明らかだ──。それはいいのだ」

 

 朱姫のことだと思った。

 計画であれば、朱姫とともに、沙那と孫空女が『移動術』で戻るはずだが、いまの物言いであれば、『移動術』で戻ったのは朱姫ひとりだけのような感じだ。

 沙那と孫空女は捕えられていないのだろうか。

 ならば、一緒に活動した蔡美もやはり無事に違いないが……。

 

「娘……? 誰です、それは? それに『移動術』で戻ったからなんだというんですか。ちょっとした同術遣いなら使える技じゃないんですか、それは? 『移動術』の遣える術遣いをお探しなら、妓楼などではなく宮廷道術遣いを当たってはどうなのです?」

 

 再び頬が張られた。

 九頭女は倒れた。またすぐに起きる。

 

「き、気安く殴らないで欲しいわね。妓楼の女にとっては、顔は商売道具だよ──」

 

 九頭女は啖呵を切った。

 

「商売のことは諦めるんだな。あの娘が自白すれば、それで終わりだ。お前だけでなく、店の女たちも全員処刑だ。この城郭か、あるいは、帝都に連れて行って、帝都広場で時間をかけて苦しみながら死ぬことになる。見せしめとしてな」

 

 奔破児は言った。

 

「その娘が自白を?」

 

 朱姫の身が心配だった。

 宝玄仙にしても、朱姫にしても、九頭女をはじめとする梁山泊の戦いに加わっているような女ではない。

 彼女たちの能力を見込んで、一時的に九頭女がその力を利用しただけだ。

 

「時間の問題だな。どんな人間でも同じだ。気丈な性格の者であれば、数刻の拷問なら耐えられるかもしれんが、三日も四日も苦しめられれば、大抵のことは自白する。あの娘が自白すれば、お前たちが閻魔女に関わっていたことが証明できる」

 

 拷問で無理矢理に自白を強要するつもりなのだとわかった。

 それとともに、朱姫はかなり惨い目に遭っていると予想もつく。

 朱姫が拷問を受けていると教えられて心が乱れた。

 ならば、宝玄仙も拷問されている可能性がある。

 自分たちの戦いに、関係のない人間を巻きこんでしまった。そんな悔悟が走る。

 

「それよりも、自分のことを心配するんだな。それから、宮廷の高官がなにを言ってこようと無駄だ。俺には、それだけの権限を与えられている。訊問でお前たちが死のうとも、なんの問題も起きない。書類を一枚出すだけで済む」

 

 奔破児の口調には感情のようなものがない。

 ただ必要なことを喋っている。

 そんな感じだ。

 気味の悪さが九頭女を襲う。

 

「こ、これは、取り調べなのですか……?」

 

 九頭女はできるだけ気の強さが籠るように奔破児を睨みつけた。そうしなければ、この奔破児の持つ不思議な力に圧倒されるような気がする。

 

「どうとでもとるがいい、九頭女。しかし、お前たちが助かる道はひとつだけだ。知っていることをすべて吐くことだ」

 

「知っていること?」

 

「実際のところ、閻魔女のことなど大して興味がないのだ。ある意味では、奴隷扱いの評判の悪い男たちが、奴隷仲間に恨みを持たれて殺されたともいえる。殺された連中について、市井では、殺されて当然だったとひそかにささやかれていることも知っている。だから、俺の満足する答えがもらえれば、お前だけではなく、店の女たちについても不問にしてもいい」

 

 どういうことだろう。九頭女は混乱していた。

 閻魔女のことでなければなにを喋れというのだろうか。

 

「俺の知りたいことはひとつだけだ。お前は誰に使われているのかということだ。この仕事は、たかが妓楼の女主人ひとりがやったこととは思えん。もっと大きな組織が背景にある」

 

 冷たい汗が九頭女に流れる。

 この奔破児はかなりのところまで予想がついている。

 もしかしたら、最初から閻魔女がこの国に対する外の叛徒と結びついているということまで悟っているのかもしれない。

 つまりは、梁山泊だ。

 あるいは、もともと、奔破児の職務そのものが、そういう叛乱分子を洗い出すことにあるのかもしれない。

 梁山泊と九頭女の妓楼が結びついていることを知られるわけにはいかない。

 九頭女の妓楼だけのことだけでは済まなくなる。九頭女の正面を含めて、密かに展開している多くの秘密分子が洗い出される可能性も出てくる。

 

 朱姫や宝玄仙には悪いが、ここは彼女たちを見捨ててでも逃げるしか……。

 それを自白させられるわけにはいかない。

 宝玄仙も朱姫も、梁山泊の活動にはなにひとつ関わっていない。

 彼女たちがなにを自白しようとも問題はない。

 しかし、九頭女が知っている知識は、ふたりの命を犠牲にしてもいいくらいに大切なものなのだ。

 

 九頭女は一度後ろに反り返り、そして跳ね起きた。

 肩の関節を外して、後ろ手の両手首を前に持ってくる。

 手刀を奔破児の首筋に向かって突き出したときには、一度外した両肩の関節を元に戻している。

 

「危ない──」

 

 格子の外から兵たちの怒号があがった。

 慌てて彼らが動くが、鍵のかかった格子が阻んでいる。

 奔破児は腰の剣を抜く暇さえないはずだ。

 

「おっと」

 

 しかし、奔破児も意外な身軽さで、九頭女の攻撃を避けていた。

 九頭女の両腕はたったいままで、奔破児の首のあった場所の宙を切る。

 

「ほう、なかなかの体術だな、九頭女?」

 

 格子のすぐそばまで跳び退がった奔破児が言った。

 その余裕のようなものが気に入らなかったが、いまはこの距離が開いただけでいい。

 九頭女は、自由な足ですかさず『移動術』の結界を刻んだ──。

 そして、跳躍する……。

 

「なんで?」

 

 しかし、思わず声をあげた。

 道術が発動しない──。

 

 いつどこで襲撃されても大丈夫なように、九頭女は『移動術』の結界を国都のあちこちに常に張り巡らせている。

 一時的に逃亡するだけなら、そのどれかの結界と結びつける新しい結界を刻むだけで、どこにでも逃げられずはずだ。

 

 しかし、なにも起きない。

 道術が効かない。

 なぜ……?

 

 不意に視界が揺れた。奔破児の脚が九頭女の両脚を払ったのだ。

 床に倒される。

 牢の扉が開いたが、外から兵が踊り込むのを奔破児が制している。

 

「道術が遣えなくなったのが不思議か、九頭女?」

 

 奔破児の脚が倒れた九頭女の横腹に叩きこまれようとした。

 

「ちっ」

 

 九頭女は裾から伸びる脚の先で、奔破児の足首を払った。

 奔破児が態勢を崩して腰から床に落ちる。

 上半身を起こして、九頭女は慌てて、今度は革紐で縛られている手で床に結界を刻み直す。

 やっぱり、霊力が動かない。そのために道術が走らないのだ。

 

「よくもやってくれたな、この淫婦が」

 

 九頭女の頭が掴まれて、床に叩きつけられた。

 身体の線が細い女のような男のくせに、やはり男と女では筋肉が違うのか──。

 奔破児は軽々と九頭女の頭を掴んで二度、三度と床に頭を打ちつける。

 

「んぎいっ、あがっ、があっ」

 

 体重をかけられた後頭部が床にぶつかるたびに意識が遠くなっていく。

 そして、馬乗りにされた。

 髪の毛を掴まれて、さらに頭を床に打ちつけられる。

 完全に脱力したところで、奔破児はやっと暴行をやめた。

 

「両腕を天井から吊り下げろ──」

 

 何人かの兵が牢の中に入ってくる。

 朦朧としている意識が手足を痺れた状態にしていた。

 今度は、抵抗することもできずに、両手首の革紐が天井の滑車から吊り下げられた鎖に繋がれる。

 すぐに、鎖が引きあがり足首が床から離れた。

 

 九頭女は、やっとここが単なる牢ではなく、拷問室であることに気がついた。

 牢にしては広く、そして、天井が高い。

 石作りの天井や壁には、吊り下げられている滑車以外にも、幾つかの滑車や金具がついている。

 

「さて、そろそろ、訊ねたことを喋りたくなったか?」

 

 奔破児が言った。手に棒を持っている。

 棒を縦に持ち、九頭女の腹と股間の間を思い切り突き抉った。

 

「ほがああぁぁぁ──」

 

 腹が破けたかと思うような衝撃に九頭女は声を張りあげた。

 突かれた反動で身体が後ろに振られる。戻って来たところを今度は別の兵の持っていた棒が突きあげた。

 

「んげええっ」

 

 九頭女は胃液を吐きながら身体を曲げる。

 次にやってくる突きを避けようと思った。

 しかし、振られた身体はどうしようもない。

 兵の待っている棒に向かって身体が戻っていく。

 だから、鎖を握って身体を引き上げようとした。しかし、まだ手の痺れは残っている。

 ただ、鎖を掴んだだけで終わった。

 

「んぐうう」

 

 重い棒の衝撃が下腹部を襲う。

 だが、後方に振られた身体は、今度はあまり揺れなかった。

 待ち構えていた別の棒が尻の真ん中に突き挿さったからだ。 

 

「はぐっ」

 

 九頭女は脚をばたつかせた。

 

「そんなに股を拡げちゃみっともないぞ、九頭女。国都一の美妓の名が泣くぞ」

 

 笑い声がした。

 奔破児だ。

 牢の壁にもたれかかって九頭女が暴行を受けるのを愉しそうに眺めている。

 尻の中心を棒が突き、あまりの痛さにがに股になってしまったのだ。慌てて脚を閉じる。衣類の裾に下から棒が差し込まれる。

 

「いやっ」

 

 棒を蹴り出そうと思ったが、再び勢いよく別の棒が九頭女を突く。裾の部分が破けて裂けた。

 振り戻った身体の肩口と袖に棒が突き差さる。棒が正面から容赦なく打撃する。

 棒を差しこまれている部分から衣服がびりびりと破れていく。

 少しずつ着ているものが紐状に裂かれていく。

 

「ほら、一生懸命に逃げた方がいいぞ、九頭女。裂かれるものがなくなって素っ裸になったら、もっとつらくなるぞ。女陰と尻に下から棒を突き挿してから、身体を棒で突きまくるからな」

 

 奔破児の言葉に周囲の兵が湧く。

 逆に九頭女には恐怖が走る。

 棒が迫る。

 棒で腹を抉られる激痛とともに、着物の前側が上から下までざっくりと裂けた。

 

 

 *

 

 

 白清(はくせい)は、金光院を囲んで閉鎖する隊の配置を指図しながら、白々と明るくなる城郭の朝を感じていた。

 電撃のように行われた金光院に対する捕縛劇で騒然となっていた色町も、朝を迎えるにつれて次第に静かになっていく。

 城郭全体にとっては一日のはじまる時間だが、夜が活動の時間である色町にとっては一日が終わる時間である。

 物々しく金光院の出入り口を封鎖している城郭兵を周囲の人間がどのように感じているのかは知らない。

 それでも、城郭兵の出動について、野次馬的な興味を示しても、敢えて関わりになろうという者はいない。

 金光院以外の部分の色町については、いつものような夜が終わり、なんでもない朝が始まろうとしているかのようだった。

 

 しかし、実際のところは、どうなのだろう?

 この金光院は、色町にある数々の妓楼の中でも最高級の格として知られていた店であり、わざわざ帝都からやってくるような、白清のような中級の将校など近づくこともできなかった上流階級の貴族たちが利用している店だ。

 

 そんな場所に軍など入れて、国都を含めた随一の美妓と称されていた九頭女をはじめとした二十人ほどの女を連行した。

 この手のことに手馴れているはずの軍人の白清でも、ただでは済まないのではないかという気がする。

 ただ、あの奔破児という帝都から派遣されてきた将校の命令なのだ。

 

 女のような顔立ちの将校だが、信じられないくらいの権力を持っているのは知っている。

 その奔破児の直々の命令による軍の出動だ。

 宮廷の余程の権力者でも口を挟むことはできないのだろう。

 

 噂によると奔破児という将校は、軍司令官ではなく、宰相の直属という話もある。

 あるいは、それも満更出鱈目な話ではないのかもしれない。

 だからこそ、国都の高官も利用している高級妓楼に、突然に軍を入れて閉鎖をし、女主人を捕えるなんていう無謀を指示することができるのだろう。

 

 いずれにしても襲撃はあっという間に終了した。

 命令により軍装を整えた一個大隊をもって、色町に軍を雪崩れ込ませて、金光院の周囲を包囲した。

 そして、奔破児の指示で、睡眠作用のある魔薬である毒草に火をつけて金光院の建物内に放り込んだ。

 しばらくして、一隊が入り込み、中を制圧した。

 それで一網打尽だ。

 

 しかし、いくらかの抵抗はあったという。

 それを聞いたときに白清は驚いた。

 ただの妓楼だと聞いていたが、軍の侵入に対して、女たちの幾らかが武器を持って戦ったというのだ。

 

 もっとも、それもすぐに抑えられて、抵抗を示した女たちは、すべて捕えた。

 女主人をはじめとする二十人ほどの女は軍営に連行された。

 客だった者は、すべて追い出されたが、店で働いていた者はまだ建物の中だ。

 建物の中にも王兵がまだ多く残って彼女たちを見張っているが、残っている女や男衆たちには、もう抵抗の素振りもないらしい。

 

 白清は、外回りを確認して、指示の通りの配置が整っていることを確認して、建物内に戻ろうとした。

 この場のすべての指揮をとる李勝(りしょう)に報告するためだ。

 李勝は軍服を着ておらず、見ただけではどこにでもいる市井の商人のようだが、あの奔破児を補佐する立派な軍人だ。

 もっとも、白清をはじめとして王軍の誰も、李勝が軍人としての服装をしたのは見たことはないのではないかと思う。

 将校である白清くらいになれば、李勝が大隊長級の高級軍人であることを知っているが、兵からすれば軍の周りをうろうろする李勝は、ただの軍属の文官としか思っていないかもしれない。

 

「白清隊長──」

 

 外回りを確認して、建物に入ろうとしたときに、兵のひとりに呼び止められた。

 確か組長のひとりだったと思う。

 名は確か、阮一郎だ。

 若いがなかなかの目端の利く男で、最近になって、ただの兵から五人の兵を指揮する組長に取りたてられた若者だ。

 

「どうした、阮一郎?」

 

「少し、よろしいでしょうか──。その路地に不審なものがあったので報告に参りました」

 

「不審なもの?」

 

「はい……。危険なものではないと思うのですが……。しかし、ここでは──。直接、ご確認いただきたいのです」

 

 妙な報告の仕方だが、阮一郎の顔は真剣だった。白清は少し考えてから阮一郎についていくことにした。

 

「こっちです」

 

 阮一郎は金光院を囲む場所からだんだんと離れていく。

 向かっている場所は、金光院を包囲する一隊からは死角になる場所だ。それが少し気になった。

 

「それです」

 

 路地に入ったところで阮一郎が言った。

 しかし、なにもない。ただの路地があるだけだ。

 

 なにもないぞ──。

 

 それを白清は、横に立つ阮一郎に対して言うことができなかった。

 背後からなに者かの腕が首に回った。

 

 女の匂い──?

 

 感じたのはそれだけだ。

 首を絞められてあっという間になくなる意識の中で、白清は自分を冷ややかに見ている阮一郎の視線を感じていた。

 

 

 *

 

 

 水の音がした──。

 意識が戻ったとき、白清は自分がどこかの地下にいるのではないかと思った。

 両手と両足には感覚がなかった。

 

 薄暗い──。

 しかし、だんだんと時間が経つと両手が背中で回されて縛られていることと、足首も閉じ合されて縛られていることがわかった。

 少し動かしてみたが、手慣れた玄人の縛りだ。

 とても解けそうにはない。

 

 天井が見えた。

 天井は石の壁だ。

 やはり、陽の光のようなものは感じない。

 どこかにある燭台の光のようなものが周囲にわずかな明るさを与えている。

 

「もう少し、生きてみたい?」

 

 女の声だ。

 

「だ、誰だ?」

 

 首を捻ろうとしたが、突然、乱暴に身体を蹴られてうつ伏せにされた。

 床に顔が入るくらいの穴が掘られていて、そこに胸から上を入れられた。

 背中から誰かに馬乗りにされる。そして、穴の中に入っている顔があげられないように、首を上から抑えられる。凄い力だ。

 すると別の人間の気配がして押さえつけられている頭の上から桶のようなもので水がかけられた。

 

「ぶはっ」

 

 慌てて穴の外に顔を出そうとするのだが、まるで巨人の手に抑えられているようにびくともしない。頭の上からかけられた水は、浅い穴の底に溜まり、水面が鼻の少し下までやってくる。

 

 さらに水──。

 水面が鼻の先に触れた。

 顔が水に浸かる。

 

 恐怖が白清に走る。

 身体を滅茶苦茶に暴れさせる。

 しかし、誰が乗っているのかわからないが、ほとんど白清の身体は動かない。穴に入っている顔は寸度もあげることができない。

 

「や、やめてくれ」

 

 白清は叫んだ。

 しかし、容赦なく三杯目の水が頭の上から注がれる。

 今度、水を入れられたら確実に顔面が水に浸かる。

 

「た、頼む──。やめてくれ──」

 

 白清は絶叫した。

 かけられる水が止まった。

 

「質問に答えるのよ、白清。わたしは、死にたくないかと訊いたわよ」

 

 さっきの女の声だ。

 ここにはふたりの人間がいる。ひとりは、白清の背中に乗って身体を押さえつけている者。

 そして、喋っている女だ。

 

 白清は混乱した。

 どうしてこんなことになったかわからない。

 

 そう言えば、金光院の包囲の指揮をしている途中で、部下のひとりである阮一郎が不審なものがあるので見て欲しいと報告してきたのだ。

 それは金光院から少し離れた路地にあるということで、阮一郎の案内でそこに向かった。

 路地に入ったところで、女の腕のようなもので背後から首を絞められた。

 女の腕といっても、もの凄い力であり、あっという間に白清は意識を失った。

 そして、気がつくとここにいた。

 

 そういえば、阮一郎はどうしたのか──。

 意識を失う直前、阮一郎の冷たい視線を見た気がする。

 いったい、どういうことなのか?

 

「質問に答えろとわたしは言ったのよ」

 

 女の声がして、頭に水がかかり始めた。

 

「う、うわぁ──。し、死にたくない──。死にたくない──。ひいっ──」

 

 白清は叫んだ。

 少しずつだが確実に水面は上がっていく。

 鼻の先に触れるだけだった水面が、鼻の孔のぎりぎりまでやってきた。

 

「そう、やっぱり、死にたくないのね。安心したわ。死にたがっている軍人をうっかり捕まえちゃったかと思ったから……。殺して、別の将校を見つけて連れてくるのも大変だしね」

 

 女の声──。

 

「げ、阮一郎か? お前なのか?」

 

 白清は背に乗っている人間に向かって叫んだ。

 これだけの力だ。男ではないだろうか。

 あのとき、近くにいた男は阮一郎だけだった。

 後ろから首を絞めた気配は、女のような気配があった。

 だから、背に乗っているのは阮一郎ではないかと思った。

 しかし、なぜ、阮一郎が白清を殺そうとしているのか──? 

 それに、ここはどこなのか?

 白清の頭は懸命に事態を把握しようと思考を巡らせた。

 

「阮一郎って、誰さ?」

 

 背中に乗っている人間が喋った。

 白清は驚いた。

 それも女の声だったからだ。

 

「さっき、殺した兵のことじゃないの?」

 

「ああ、そうか」

 

 女たちがそう会話をした。

 殺した──?

 どういうことだ──?

 阮一郎は殺された……?

 

「白清……? 白清隊長でいいのね、あなたは?」

 

 再び最初の女が言った。

 女がふたり──。ここにいるのはそれだけのようだ。

 そして、ここはどこかの地下……。

 

「ここはどこだ?」

 

 白清は言った。

 不意に頭の上に足が乗った。

 水面に顔面が浸けられる。

 白清はもがいた。

 頭を上げようとする。

 しかし、首と頭を押さえている腕も、頭を踏んでいる脚もどかない。

 暴れることで鼻と口から泥水が入ってくる。

 しかし、入ってくるのは水だけだ。

 空気はない。

 

 しばらく耐えていたが、やがて限界がやってきた。

 全身の力を振り絞って暴れる。

 しかし、やっぱりびくともしない。

 顔は水面に浸けられたまま動かない。

 鼻から入ってくる水──。

 

 白清は水中で悲鳴をあげた。

 それでも水面に浸けたままの顔をあげさせてもらえない。

 脅しではない──。

 本当にこのまま殺そうとしているのだとわかった。

 身体中が恐怖に包まれる。

 手で頭を押さえているものを外そうと思った。

 もちろん、手は動かない。

 背中で縛られているのだ。

 

 どろりとしたものが意識を覆い始める。

 生きる方法──。

 水を……。

 水を飲めばいい──。

 

 白清は最後の力を振り絞って口を開けて水を飲んだ。

 泥の味がしたが構わない。

 遠くなる意識の中で大量の水を腹に入れた。

 すると、やっと鼻の孔が水面の外に出た。

 

 懸命に白清は鼻の前の空気を必死に身体に吸い込んだ。

 しかし、次の瞬間、容赦なく新しい桶の水が頭の上から注がれた。

 再び白清の鼻は水中に没した。

 水を飲んだが、今度は最後まで飲み干す力は出てこなかった。

 

 だんだんと意識がこぼれ落ちていった……。

 不意に頭の上の足がなくなった。

 髪が引っ張られて、水面に顔が出される。

 白清は身体を反らせて咳込みながら、しばらく激しい呼吸を続けた。

 

「水の音が聞こえるかしら、隊長? ここは金光院の地下に通じる地下道よ。この地下道の側溝には水路があって、いくらでも水は追加できるわ。あんたたちは、金光院の地下も探索したらしいけど、あそこからこんな風に国都の地面の下を走る地下道に通じていたのはわからなかったようね。まあ、用心深く通路は隠されているから無理もないけど……」

 

 さっきから訊問を続けている女が言った。

 白清はなにも答えられなかった。

 声が出てこないのだ。

 それよりも、恐怖だけが支配していた。

 

 殺される──。

 こいつらは容赦なく白清を殺すだろう。

 さっき、阮一郎を殺したと口を洩らした。それも嘘ではないに違いない。

 

「何度も説明しないわ。わたしの質問にはすぐに答える──。それが生き残れるための唯一の条件よ。いいかしら? 死にたくなければ、質問には即答することね。わたしたちも必死だし、時間はかけたくないの。それから、何度も同じ質問をするのも好きじゃない。嘘を言われのもね。嘘を言えば、わかるわ。よく考えて答えてね。これが最後の機会よ。次に言い淀んだり、それから、嘘を言ったのがわかったら、顔はあげさせないわ。わかった?」

 

「わ、わかった……」

 

 白清はやっと言った。

 

「いい返事ね、隊長──。あなたは白清という名ね?」

 

「そうだ」

 

「あなたが指揮をしている隊の名は?」

 

 白清は自分の部隊名を答えた。直接の上官の名や主立つ部下の名も質問されたので、それも正直に答えた。

 

「そうやって、正直に素直に答えてくれればよかったのよ。さっきはごめんなさいね。苦しかったでしょう?」

 

 女が言った。

 白清は頷いた。

 

「もしも、正しくない答えをあなたが言えば、また、水を足すわ。満足する答えをしてくれたら解放する……」

 

「しょ、正直に答えている……」

 

 白清は言った。

 それにしても、頭を押さえている女の手はまるで万力のようだ。

 白清が全身の力をこめて暴れているのに、びくともしないのだ。本当に女の力なのか……。

 

「この金光院の襲撃を指揮したのは誰?」

 

「ほ、奔破児殿だ」

 

 白清は言った。

 

「どんな男? なんでもいいわ。知っていることをすべて喋りなさい。顔立ちや、生い立ち。職名。どんな性格で、家族はいるのか──。とにかく、知っていることを話すのよ」

 

 知っていることといっても大したことは知らない。

 女のような綺麗な顔をしているが、実際はとても残酷なことを平気でやる。

 職名も知らない。

 正式の指揮官ではない。

 しかし、司令官でもないのに、宰相から城郭軍の指揮権を得る書類を持っていて、軍を好きなように指揮できる。

 それだけの権限を与えられているようだ。

 家族がいるかどうかなどわかるわけがない。

 白清は自分の知る限りのことを思い出すままに言った。

 

「……それから術遣いだ」

 

 最後にそう言った。

 

「術遣い?」

 

 女は激しい興味を覚えたようだった。

 それは口調からわかった。

 

「どんな術遣いだよ?」

 

 質問をしたのは背中の女だ。

 

「よくは知らない……。ただ、精を放つことで──」

 

 相手が女の道術遣いなら、女陰に精を放つことで、その術遣いの魔力を一時的に封じることができる。

 ただし、一日だけのことだ。

 どういう仕掛けになっているかなど白清には想像もできないが、いつ精を放ったかに関わらずに、精による術封じは朝まで効果が続く。

 朝になりもう一度精を抽入すれば、女の術遣いは翌朝まで、再び道術が封じられる。

 これまでも奔破児がそうやって、術遣いを取り調べるのに接してきた。

 女たちはびっくりしたようだった。なにか小声でひそひそと話し合っていた。

 

「……精を与えることで魔術を封じるなんて驚きだけど、相手が男だったらどうするの?」

 

 訊問を続けている女が言った。

 

「男にも穴はあるさ。それでも効果は変わらないらしい」

 

 実際のところ、女みたいな顔をしているので、相手が男でもそうおかしいというような感じはしない。女のような見た目が嫌で、逆に奔破児は、無理をして凶暴性を表に出しているのではないかというような気さえする。

 

「ご主人様……いえ、金光院にいた女の魔術遣いにも、そうやって精を放って魔術を封じたのかしら?」

 

 女が言った。

 

「そ、そんなことは知らない……。う、嘘じゃない──。い、いや、そう言えば、金光院を制圧した直後に、あそこの地下に道術でやってきた娘がいたな。そいつには、精を放ってその場で術を封じたようだ」

 

 白清は言った。

 その後、よってたかって周囲の兵で輪姦をした。

 その騒ぎは知っている。気配を察して白清も見にいった。

 なかなかの美形で可愛らしい顔立ちをした娘だった。

 なによりも舌の技が最高だった。

 白清も輪姦に参加したが、口で奉仕させたらあっという間に、あの娘の口の中を精で汚してしまった。

 

 それからも言葉を変えて奔破児について詳しく訊ねられたが、白清にはそれ以上の知識がない。

 やがて、女たちも奔破児について、白清から新たな情報を得ることを諦めたようだ。

 

 そして、次に軍の組織のことや軍営の中のことを質問された。知っていることはすべて正直に答えた。

 軍営の中の牢がどうなっているのかと知りたがっていたので、棟になっている牢のほかに、軍営の下には、かなり広い地下牢があることも教えた。

 地下になっている牢の上側は、兵たちの営舎であり、大勢の兵が寝泊りをしている建物の下に地下牢があるのだ。

 

 それで終わりだった。

 突然に背中に乗っていた女が身体から降りて、顔を穴の外に出された。

 眼の前に栗毛の美しい女がいた。

 その女がさっきから白清を訊問していたのだ。

 その女の美しさと、白清の顔を水に浸けたときの残酷さが合致しなくて、白清は戸惑った。

 

「いろいろと教えてくれてありがとう」

 

 突然、その女が白清の顔を両手で包んだ。

 そして、びっくりしたことに、その女がいきなり口づけをしてきた。

 舌が白清の口の中に入ってくる。

 白清の唾液が啜られて、その女の唾液と混じり合う。

 その女の口が離れる。

 白清は呆然としていた。

 しかし、次の瞬間、さらに驚愕した。

 さっきまで栗毛の女だった顔が白清そのもの顔に変わっている

 どういうことなのだろう──?

 

「本当は殺してしまおうと思ってけど、素直に喋ってくれたので三日ほど眠ってもらうだけにするわ──。もっとも、こんな誰も知らない場所で、放っておかれたらどうなるかわからないけどね……。運がよければ、助かるかも……。あんたの部下と一緒に眠りなさい」

 

 口調は女だが、声は男だ。白清の声のような気がする。

 なにかが口の中に放り込まれて口を塞がれた。

 それがなにかの粉末だと気がついたのは、唾液とともにそれが体内に入ってからだ。

 次第に薄くなる意識の中で白清は、自分の身体が拘束されたまま、箱のようなものに押し込まれようとしていることがわかった。

 

「とにかく、さっき眠らせた阮一郎だかとかいう兵の唾液をすすって、あなたも『変化の指輪』で王兵に化けてちょうだい、孫空女。そして、軍営にふたりで潜り込もう……」

 

 もう視界は消えかけている。

 最後に聞いたのは、訊問係の女が、もうひとりの女にそう告げた言葉だった。

 

 

 

 

(第36話『女奴隷の叛乱・前篇』終わり、第37話『後篇』に続く)





 *


【西遊記:第62回、祭賽国・前篇(奔破児覇、覇破児奔)】

 一行は祭賽国(さいさいこく)にやってきます。
 その城郭のあちこちでは、鎖や枷をつけられたまま乞食のような格好で食べ物を乞いている僧侶たちが大勢いました。
 その中のひとりに事情を訊ねると、蘇の乞食僧侶が玄奘たちを古寺に案内します。

 古寺は「金光院」という廃寺のような場所でした。
 金光院の僧侶たちは玄奘がやってきたことに驚きます。それは、昨夜全員の夢のお告げがあり、この窮地を救ってくれる者がいるという啓示を受けたからでした。その夢の中に救い主として出てきた人物が玄奘の姿そのままだったのです。

 そして、僧侶たちは自分たち祭賽国の金光院の僧侶がこのような難儀に遭っているのは、祭賽国の国王による処罰だと説明します。
 つまり、この国の繁栄の象徴だった宝物が長く金光院の塔にあり、それがある日突然に失われ、それはこの国の僧侶たちが盗んだというのです。
 国王は、それを金光院の住職の仕業と断定して捕らえ、拷問をして自白させて処刑し、残った僧侶に枷をつけて暮らすという罰を与えたというのです。 
 しかし、それは濡れ衣だと主張します。
 そもそも、失われた宝物もいまだに見つかっていないと言います。

 玄奘はその理不尽を怒り、孫悟空たちに事態の解決を命じます。
 孫悟空は、とりあえず、失われた宝物だという「玉」を探すことにします。
 そして、金光院の塔にのぼったところで、奔破児覇と覇破児奔という二匹の妖魔を見つけます。
 孫悟空はあっという間に、その妖魔を取り押さえ、その妖魔たちが乱石山の碧破潭を棲み処とする龍王の家来だと自白し、その娘と夫が金光院から宝物の玉を盗んだと白状します。
 孫悟空に連れられた二匹は国王の前でそれを自白し、国王は金光院の無実を認め、ただちに罰を解きます。
 孫悟空は、盗まれた宝物を取り戻すために、碧破潭に向かいます。


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 第37話  女奴隷の叛乱・後篇【奔破児(ほんはじ)
229 女三蔵、調教開始


 なにが起きて、そして、どういう状況であるのか、さっぱりとわからなかった。

 とりあえず、宝玄仙は床の上で四肢を上下左右に引き伸ばされている裸身を懸命に揺さぶったり、鎖によって開脚に開かされている二肢をくねらせるように悶えさせたりした。

 

 とにかく、訳がわからない。

 気がついたらこうやって、素裸で手足を鎖で拡げられて拘束されていたのだ。

 四肢の手首と足首には金属の枷がつけられていて、枷に繋がった鎖が部屋の四隅の柱に向かって引っ張られているために、ほとんど身動きすることができない。

 また、仰向けになった視界に見えるのは天井だけで、高い位置に太い梁がある普通の天井だ。

 床は板張りのようだが薄地の絨毯のようなものが敷いてあり、裸身の宝玄仙にもひんやりとした感覚はない。

 首を捻って見える限りは、狭い庵の一室のような気がする。

 部屋の壁側は襖になっていて鍵がかかっている様子はない。外は庭のような感じだ。

 

 いったいここはどこなのだろう?

 

 少なくとも、金光院ではないことだけは確かだ。

 どこかの別の建物のようだが、

 窓は閉じられているので外の景色はわからない。

 ただ、夜の闇がうっすらと明るくなってきた頃から、外から鳥の声なども聞こえはじめた。

 それ以外については、どんなに大声を出しても現れる者もおらず、自分がこんな状況になっている理由を悟ることのできる情報がなにもない。

 

 どうしてこんなことになったかがわからない。

 記憶にあるのは、九頭女(くずじょ)の経営する金光院という妓楼で、遊妓の真似をして若い男と遊んだことだ。

 相手にしたのは、女みたいな顔をした若い男であり、奔破児(ほんはじ)という名だった。

 童貞だといっていた割には性技に長け、あっという間に宝玄仙もいかされてしまい驚いた。

 その奔破児はすぐに帰っていったが、宝玄仙はそのまま部屋で眠っていた。

 

 それからなにか騒動があった気がするが、眠いので放っておいた。

 だが、そのうちに部屋の中に白い煙のようなものが流れてきて、慌てて飛び起きた。

 その煙が「仙薬」であり、おそらく睡眠効果のある薬草が燃やされていることがわかったからだ。

 道術でその効果をうち消そうと思ったが、なぜか道術が遣えなかった。

 その理由を考える余裕はなかった。

 そのときには、大量にその煙を吸ってしまっていて、襲ってきた睡霊に意識を失ったのだ。

 

 そして、眼が覚めると、この部屋の中に鎖で縛られていた。

 まったくわけがわからない。

 なによりも、わからないのはまったく道術が遣えなくなっているこの状況だ。

 

 身体の中の霊力が、なにかに張りつけられたかのように動かないのだ。

 やっと、朝を迎えることで、少しずつ霊力を動かせるようになった気がするが、実際に道術を発揮するほどになるにはまだ数刻かかりそうだ。

 この鎖は霊具ではない。霊具ではない鎖を道術で外すには、まずは、道術を集中して拘束している枷を霊具にする。

 そして、霊具になった枷に改めて霊力を送り込んで枷を外すのだ。

 そこまでやるには、大量の霊力が必要だし、時間もかかる。

 

 不意に外から誰かがやってくる気配がした。

 宝玄仙は身体に緊張を走らせた。

 襖戸が開いた。

 

「これは玉鈴(ぎょくりん)、気がついたようだな。それにしても、なかなかに迫力のある恰好だな」

 

「お、お前は──」

 

 宝玄仙は部屋に入ってきた人間を見上げて、驚きの声をあげた。

 そこにいるのは、昨夜、宝玄仙と床をともにした奔破児だったのだ。

 あのときは、若い青年のような姿だったが、いまは軍服を着ている。

軍装に疎い宝玄仙にも、奔破児が身に着けている軍装が将校用のもので、しかもかなりの上級将校だということはわかる。

 

「これは、お前の仕業かい、奔破児? ど、どういうことだい。説明しな」

 

 宝玄仙は身体を揺すって叫んだ。

 しかし、がちゃがちゃと四肢を拘束している鎖が揺れるだけで、ほとんど身動きできない。

 

「ひひひ、奔破児お坊ちゃま──。こいつが、お坊ちゃまが気に入られた女でございますか? それにしても、確かに、なかなかに美人だし、いい身体をしていますな。性器についても、遊妓だと聞いてましたから、使い込んだような黒い色をしているかと思ったら、若々しい桃色の色をしてございますなあ」

 

 しわがれ声でしたので、慌てて顔を懸命に動かして奔破児の背中側を覗いた。

 すると、背の低い老婆が奔破児の背中からそっと出現した。

 その老婆が、宝玄仙が大きく開脚させられている股の間にしゃがみ込んで、横になにかの荷を置く。

 

「お前なんだい──? ちょ、ちょっと、このくたばり損ないは誰なんだい、奔破児? い、いや、そもそも、これはどういうことなんだい。説明しな」

 

 宝玄仙は声をあげた、

 

「くたばり損ないは酷いじゃないかい」

 

 老婆が空気の漏れたような笑い声をあげた。

 

「じゃあ、死にかけの(ばば)あだよ」

 

 宝玄仙は腹が立って怒鳴った。

 そして、かろうじて顔をあげ、顔を宝玄仙の性器にくっつけるようにして覗き込んでいる老婆の顔を見た。

 

 歳は何歳だがわからないが、七十よりも下ということはないだろう。

 宝玄仙の性器を値踏みするように凝視している。

 さすがにこれだけ間近に観察されると、内腿まで曝け出している腿を隠したくなる。

 しかし、鎖で引っ張られた四肢は、身体をよじらせることができるだけで、羞恥の源を隠すことなどできない。

 

「玉鈴だったかねえ。これから、長い付き合いになるんだから、名前くらい知っておいておくれ。あたしは、千代婆(ちよばあ)というんだ。お坊ちゃまの世話女なんだけど、今日からは、お前の世話をすることになりそうだよ。よろしく頼むね、ひひひ」

 

 また例の耳障りな笑いをする。

 

「玉鈴じゃないよ。わたしは宝玄仙だよ──。それよりも、さっさと鎖を解きな、奔破児。こんなことをしてただで済むと思っているんじゃないだろうねえ。わたしは、道術遣いだよ。娼婦でもなんでもない」

 

「娼婦じゃない? じゃあ、あそこでなにしてたんだ?」

 

「娼婦のふりをして遊んだだけさ。娼婦だと思って、こんなことしているんなら、すぐにこれを外すんだよ。さもないと酷いことになるよ」

 

 宝玄仙は懸命に首を動かして、宝玄仙の裸身をにやにやしながら見下ろしている奔破児に向かって叫んだ。

 

「そうか。とにかく、宝玄仙というのが本当の名なのだな。じゃあ、そんなな格好でなにができて、この俺にどんな酷いことができるのか教えてもらいたいものさ、宝玄仙──」

 

「なんだと? ふざけんじゃないよ。お前なんて、道術一発てみ……」

 

「その道術が遣えないのだろう?」

 

 奔破児がせせら笑った。

 その余裕のある雰囲気に嫌な予感がした。

 もしかして、道術の遣えない状況は、奔破児の仕業?

 

「ところで、お前の仲間は、軍営に連れていかれて拷問の真っ最中だ。しかし、お前については、この奔破児が気に入ったから、その身柄を俺が預かることにした。つまり、特別にお前だけは、俺が特別に借りている家で囲ってやることにしたということだ。感謝されことすれ、そうやって、罵られるとは心外だな」

 

 奔破児がそう言って千代婆の後ろに胡坐でしゃがみ込む。

 拷問という言葉に宝玄仙は驚いた。そういえば、この奔破児は高級将校の軍装をしている。そして、あの騒動……。煙で気を失う寸前に、軍がどうのこうのと誰かが叫んでいた気がする。あれは、国軍が金光院を襲ったときの騒動だったのか……? そして、拷問と言った。軍営に連れていかれた者が拷問にかけられていると……。

 

「ねえ、拷問と言ったかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「ああ、お前を含めて金光院にいた三人の道術遣いの女をはじめ、二十人ほどの女は軍営に連行して、閻霊女のことやその背景について取り調べをしている。三日もすれば、あることないこと話すだろう。そうすれば、全員処刑だ。だけど、お前だけはこうやって、俺の個人的な所有物して匿ってやることにした。感謝して欲しいものさ」

 

「ど、どういうことだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 この奔破児の言っていることが本当だとすれば、奴隷制度に反対し、北安の城郭を利用してで不穏な活動をしていた九頭女の部下は全員が捕縛されたということになる。

 閻霊女というのは、確か、九頭女が沙那たちにやらせていた、女奴隷の主人を次々に暗殺してしまうという荒仕事のことだったろう。

 そんな騒ぎを国都で起こそうとした理由は知らないが、随分と派手にやっていたようだったから、それが仇となって摘発を受けてしまったということのようだ。

 

 それにしても、この奔破児は、妓楼で宝玄仙と性交したときとは、まるで態度も口調も違う。

 やっぱり、あのときは、初心な青年を装っていたのだろう。

 昨夜は、十代のなにも知らないような青年にしか見えなかったが、いまはしっかりと二十代後半に見える。

 もっとも、女のように綺麗な顔立ちと白い顔の肌は変わらない。

 

「金光院は俺が摘発したということだ。あの連中が閻霊女と呼ばれていた活動をしていたことは明白だ。どんな罪になるかは裁判で決まるが、実際には俺が決める。少なくとも軍営に連れていった者は間違いなく全員処刑だ。金光院に隔離している者まで罪が及ぶかどうかは俺次第だな」

 

「……そう言えば、道術遣いを三人捕えたと言ったかい?」

 

 金光院にいた道術遣いは、九頭女と宝玄仙と朱姫だ。沙那や孫空女も霊具は使えるが、あのふたりを道術遣いとはみなさないだろう。

 金光院が軍に制圧されたのなら、九頭女が捕えられたのは確実だ。

 しかし、昨夜、朱姫は、沙那たちとともに、閻霊女の活動をするために外に出ていたはずだ。

 道術遣いが三人拘束されたとすれば、その中には朱姫も含まれるのか?

 だが、その朱姫が捕えられたとすれば、一緒にいた沙那や孫空女も軍営にいるのだろうか。

 

「半月ばかり国都を騒がせた閻霊女という暗殺者が、道術遣いであることは明白だ。神出鬼没の活動は、『移動術』を遣っているに違いないからな。そもそも、たかが妓楼に道術遣いが隠れていたというのは不自然だ」

 

「に、二十人……、連行した二十人というのは、全員が娼婦なのかい?」

 

「誰か気になる人間がいるのか、宝玄仙?」

 

「い、いや……」

 

 奔破児の口調が研ぎ澄まされたものに変わった気がした。

 この男にはうっかりとなにかを喋ってはならない──。

 宝玄仙の心に警告が鳴る。

 沙那と孫空女は娼婦ではないから、ほかの全員が娼婦であればそのふたりだけは含まれないと思ったのだが、もしも、まだふたりが自由であった場合は、下手な訊き方をすれば、閻霊女だったふたりがまだ残っていることを教えることになる。

 沙那と孫空女まで捕えられたかどうかは、いまは訊けない。

 

「とにかく、あんたのことは、お坊ちゃまが気にいったようだよ。だから、本来ならそいつらと一緒に殺されるところなのに、こうやって囲い者にしてもらえるんだ。よかったじゃないかい」

 

 千代婆がそう言いながら、さっき置いた荷を解いてなにかを拡げはじめた。

 残念ながら、仰向けに寝かされている宝玄仙には、股の間でなにかをしている千代婆の手元までは見えない。

 

「ちょ、ちょっとなにを始める気だよ、千代?」

 

 なにか嫌な予感がする。がそごそと音がして、いろんなものを宝玄仙の股の間で拡げている。

 

「この千代婆に任せておきな──。ところで、お坊ちゃま、この女のことをなんとお呼びすればいいのです?」

 

「いずれは妾にするつもりだが、いまは宝とでも呼べ」

 

「へえ、お坊ちゃま、この女を愛人になさる気ですか。たった一度なのでしょう? それほど、お気にいられたのですか?」

 

「そうだな。気にいった。いい身体だった。味わいも抜群だ。それで、性行為が初めての初心な若者を演じているはずなのに、うっかりと本気を出してしまった」

 

「情がうつりなさったかい?」

 

「まあな。とにかく、どうせ、こいつは、閻霊女の活動にも、叛乱にも深くは関わっていないだろう。そういう裏の顔など持てない女だ。こういうことに関する俺の勘は働く──。特に、身体を合わせた女に関しては間違うことはない」

 

 奔破児が笑って言った。

 

「お、お前ら、わたしの質問に答えるんだよ。なにを始める気かって、訊いているじゃないか──。それに、妾とはなんだい、奔破児。この宝玄仙が、お前のような男の妾になるわけがないだろう。冗談もほどほどにしな──」

 

 宝玄仙は苛つきを爆発させた。

 しかし、やっぱり、鎖はほとんど動かないし、霊力もなかなか回復しない。

 いや、霊力はあるのだ。

 しかし、動かして道術を発生させる部分がほんの少ししかないのだ。

 

「へえ、なかなか気の強い女じゃないですかい、お坊ちゃま。こんな女の赤貝まで晒して、奥の奥まで見られているというのに、これだけの跳ね返り──。本当にお坊ちゃまの妾などになりますかねえ?」

 

 千代婆が笑いながら言った。

 

「だから、お前に手伝ってもらうのだろう、千代婆──。金光院の一件が片付くまで、俺もなかなかこっちには来れんし、道術遣いの道術を封じるために、この宝玄仙だけではなく、軍営にいるふたりにも一日に一回ずつ精を放たねばならん。だから、任せたい」

 

「つまり、この宝とやらを、大人しい女にするということですね?」

 

「お前の色責めにかかれば、そんな女でも一箇月もすれば従順になるだろう。とにかく、調教をしてくれ。頼むぞ」

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ、奔破児──。ちょ、調教だって──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 調教をするとか、妾にするとか、こいつら頭がおかしいに決まっている。

 絶対に逃げなければ──。

 このままでは、なにをされるかわかったものじゃない。

 しかし、道術が……。

 

「おや、お坊ちゃま──。この宝殿の女陰は、調教という言葉に反応しましたよ」

 

 千代婆がわざとらしい大声をあげた。

 

「な、な、な──。う、嘘をいうんじゃないよ、千代」

 

 宝玄仙は激しく狼狽した。

 そんなことがあるわけがない。

 

「そんなに股ぐらを拡げておいて、なにを言ってるんだよ。この千代婆にかかれば、こと性に関しては、隠し事は無理だよ。さしずめ、お前、調教というのがどういうものか、身体で知っているね。そうだね、宝殿?」

 

「へえ、宝玄仙は、調教を受けたことがあるのか? 確かに、少し濡れてきたな」

 

 奔破児が宝玄仙の股間を覗き込みながら言った。

 全身がかっと羞恥で熱くなる。

 そして、もしかしたら、このふたりが言っていることは本当ではないかと考えてしまう自分がいる。

 

 かつて闘勝仙たちから受けた二年間の調教の日々……。

 それは、確かにいまいましい記憶として、身体に染みついてしまっている。

 感じたくないのに無理矢理引き起こされる官能──。

 血がなくなるかと思うような恥辱に襲われているのに、なぜか疼く股間──。

 ただ笑い者にするためだけに、開発されていった肛門──。

 

 あの歳月のことは、封印しても、封印しても、なくならない恥辱の日々……。宝玉とともに耐えた闘勝仙から嗜虐を受ける日々……。

 もう、あんな月日を送るのは嫌だ──。

 

「ち、違う。もういい──。とにかく、これを外すんだよ」

 

 宝玄仙は暴れた。

 しかし、やはり、四肢を開かされている身体は、反り返ることすら満足にできない。

 

「とにかく、お前には、ここで千代婆の調教を受けてもらう。千代婆の果てしのない色責めを受ければ、お前もいつか屈服するだろう──。千代婆、頼むぞ。この宝玄仙が、俺の囲い者になることを歓んで承知するように屈服させてくれ」

 

「じゃあ、お坊ちゃまのために、ひと肌脱ぎますかねえ」

 

 千代婆が言って、さらに宝玄仙の股間側ににじり寄った。

 

「お、お前、なにをすんだい……?」

 

「いや、こうやって、宝の凄まじい恰好を見ていると、確かに、お坊ちゃまの嫁に相応しい気もするねえ。器量もいいし、身体もいい。これで、その部分の結構なら申し分ないんだろうけどね」

 

「そっちの方も抜群だった。この俺がつい本気になるほどな」

 

 奔破児が言った。

 

「と、とにかく、外しな」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「馬鹿なことを言っているんじゃないよ。そんなことしないことくらい、わかってるんだろう。ここは諦めて、この千代婆の調教を受けな、宝」

 

 千代婆が揶揄するような声をあげた。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 こうなったら、道術が回復するまで耐えるしかない。

 それから、沙那と孫空女を探して、朱姫を助け出す……。

 それしかないか──。

 

 宝玄仙がとりあえず、この場は耐えようと、諦めの境地になりかけたとき、嫌な刺激臭がつんを鼻をついた。

 

 股の間から聞こえるがりがりという物音──。

 千代婆がなにかをすり鉢のようなもので擦っているようだ。

 鼻につくこの匂い……。

 宝玄仙には、それで、千代婆がなにをやっているかの予想がついた。

 全身がかっと熱くなり、同時に恐怖が走る。

 

「お、お前、まさか、千代……? まさか、おかしなものを作っているじゃないだろうねえ」

 

「ほう、宝殿はこの薬膳をご承知かね? まあ、最初じゃ。挨拶代りに、千代婆の特性の泣き油を馳走しようと思ってな」

 

「泣き油?」

 

 訳がわからないが、とんでもないものだというのは、想像がつく。宝玄仙はぞっとした。

 

「詳しい伝法は秘密だが、山芋にずいきに唐辛子、その他、古今東西の淫薬をすりつぶして溶かしたものを作っておる。これを股に塗られたら最後、どんなに勝気な女でもぼろぼろと涙と流すから、人呼んで“泣き油”じゃ。これを宝殿の股ぐらにたっぷりと塗ってやろうと思う。それから、さらにさらに痒みが起きる随喜の紐巻いた張形をお前さんの女陰に咥えさせる」

 

「か、痒み責めだと――。ふざけんな」

 

 宝玄仙は喚きたてだが、千代婆も奔破児も心を動かす気配もない。

 

「まあ、女であることのありがたみがわかって、お坊ちゃまの肉棒を頼むから味あわせてくれと、お前さんは喚き散らすだろうねえ」

 

 宝玄仙は頭から血の気が引くのがわかった。

 

「そ、そんなものを塗ったら、しょ、承知しないよ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、宝玄仙は、これから自分の身体になにが起きるかを知っていた。

 調教だと笑われながら、何度も闘勝仙たちに同じことをやってなぶられたのだ。

 最後には血を吐くような思いで、どんな恥辱的なことでも喚くことになる。

 人としての尊厳も廉恥も捨てて、ひたすら犯してくれとねだり狂うことになるのだ。

 

「ほう、あの玉鈴……いや、宝玄仙が少女のように怖がっているようだな」

 

 奔破児が興味深そうに言った。

 

「すぐに泣き出しますよ、お坊ちゃま」

 

 千代婆が、無防備な宝玄仙の股間に、ついに、そのねっとりをした泣き油を指で塗り始めた。

 

「ひ、ひいっ──、い、嫌だよ──」

 

 宝玄仙は暴れた。

 しかし、ほとんど抵抗のできない股間は、なすすべもなく千代婆の薬油をどんどん受け入れてしまう。

 千代婆の乾いた指先がねちっこく宝玄仙の陰部をなぶる。

 そして、泣き油が肉襞の内側に外側、そして、女陰の入口から最奥まで指でしつこく押し込まれて女の穴の隅々に塗りつけられていく。

 もちろん、女陰の先の敏感な突起については、とくに念入りに塗られた。

 そのたびに抉られるような鋭い甘美感に襲われた宝玄仙は、耐えようのない昂ぶった嬌声をあげさせられた。

 

「これだけ塗られりゃあ、もう、どうしようもありませんよ。お坊ちゃま。後は待つだけです」

 

 千代婆は嬉しそうに言った。

 

「うむ……。しかし、千代婆、そうゆっくりもしておられんのだ。二刻(約二時間)の内には、軍営に戻らねばならんし、そろそろ、宝玄仙の中に精を放たねば、道術封じが切れてしまうからな」

 

 奔破児が言った。

 

「ま、道術封じ?」

 

 宝玄仙は呆気にとられて声をあげた。

 

「ああ、俺の精には、なぜか道術遣いの霊力を封じてしまう効果があってな。昨夜はなかなかいい思いをさせてもらったが、それだけではなく、お前の霊力を封じてしまうということもさせてもらったのだ。だが、そろそろ、その効果も薄れることだ。だから、また、お前の中で放たせてもらうぞ、宝玄仙」

 

 奔破児が余裕の口調で言いながら立ちあがった。

 そういうことだったのだと思った。

 あの白煙に襲われたとき、道術が封じられてなければ、こんな風に呆気なく捕えられるということなどなかったはずだ。

 

 そして、奔破児は軍装を解きはじめる。

 宝玄仙の女陰に、その道術封じの精を送り込むつもりだろう。宝玄仙は逃亡の機会が失われつつあるということに絶望的な気持ちになった。

 

「まあ、待ってくださいよ、お坊ちゃま──。まだ、二刻(約二時間)は大丈夫なのでしょう?」

 

 千代婆だ。

 

「まあ、そうだが」

 

「だったら、二刻(約二時間)……。いや、一刻(約一時間)で十分ですよ。この宝に勝負の機会を与えてやったらどうですかねえ」

 

「勝負?」

 

 奔破児はよくわからないという声で応じた。

 それは、宝玄仙も同じだ。

 いまさら、勝負とはどういうつもりだろう?

 

「この宝殿と千代婆で、勝負するんですよ。これから、千代婆は、この宝殿を一刻(約一時間)を使って、あらゆる道具を使って責めたてます。それに、宝殿が耐えきって、一度も気をやらなかったら、ここは千代婆に免じて、この宝を無罪放免とするんです」

 

「こいつを解放するということか?」

 

「しかし、もしも、浅ましくも気をやってしまったら、諦めてお坊ちゃまの精を受け入れる。それはどうですかい」

 

 千代婆はけたけたと笑った。宝玄仙は屈辱で血が引く気がした。

 すでに宝玄仙は、あの淫油を股間にたっぷりと塗られてしまった後だ。

 勝負もなにもない。

 こいつは、ただ宝玄仙が追い詰められるのが愉しくてそんなことを言っているに違いない。

 しかし、奔破児はそれを聞いて、面白そうに笑い声をあげた。

 

「いいだろう。ちょうど、一刻後に、城郭の広場にある高塔の鐘が鳴り響く。それはここまで聞こえるから、それが鳴るまでだ」

 

「鐘の音?」

 

 宝玄仙は首を動かして、奔破児に顔を向ける。

 そのあいだにも、だんだんと股間が熱くなる気がする。

 これが、とてつもない痒みに変わるのはどのくらいか……。

 恐怖で背中にどっと汗が流れる。

 

「宝玄仙、この千代婆の責めが効かぬようならお前を調教で屈服させるなど、かなうことではない。そのときは、きっぱりとお前のことは諦めて解放してやろう」

 

「はあ?」

 

「しかし、もしも、たった一刻(約一時間)ももたずに、気をやったら、俺の精を受け入れることを承知しろ」

 

「ちっ」

 

 どうせ宝玄仙に選択肢はない。

 要は一刻(約一時間)耐えればいいのだ。

 そのときに、解放するという保証はないが、この宝玄仙が、この連中の拙い責め程度で思い通りになると勘違いしているこいつらに対する溜飲は下がる。

 

「や、やってやろうじゃないか。それまで、気をやらなければいいんだね――。い、一刻(約一時間)だね。約束を守りなよ」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。



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230 老婆と美女

「あっ、ああっ……く、くううっ」

 

 眼の前の宝玄仙が、四肢を拡げた裸身に脂汗を滲ませながら、激しく暴れはじめた。

 まだ、わずかな時間しか経っていないが、すでに宝玄仙はかなり追い詰められた状態になっているというのが、千代にはよくわかった。

 

「どうだね、この千代婆の泣き油の味は? 結構な美味だろう、宝殿?」

 

「こ、こんな……。あ、ああ……か、痒い──」

 

 宝玄仙が呻き声をあげる。

 あれだけの泣き油を女の穴の奥深くまでたっぷりと塗り込めたのだ。

 普通の女ならもう発狂したような声をあげている。

 だが、懸命に歯を食い縛って、自制心を保とうとしているのは、屈服した態度を絶対に見せたくないという自負心によるもののようだろう。

 その強い精神力を一枚一枚壊しながら剥いでいく。

 それで、奔破児(ほんはじ)の望む従順な女になるだろう。

 

「もう、降参かい、宝殿? お坊ちゃまに女陰をほじってくれと頼むかい?」

 

「だ、誰が──。だ、だけど……、こ、これは──。か、痒い、ひいっ──」

 

「まあ、まだ塗ったばかりだしね。この泣き油が本来の効果を発揮するのは、これからだよ。いまは序の口さ。そのうち、痛みにも感じるような痒みに変わるよ。それこそ、骨まで響く痒みにね。愉しみにしてな」

 

「ち、畜生──。お、覚えてなよ──、こ、このくそばばあ。ああ、か、痒い──」

 

 宝玄仙は、美しい顔をしかめ、白い歯をかちかちを鳴らして身をよじる。

 そして、左右に激しく首を振って、浅ましく割り裂かれた二肢を切なげにくねらせながら、荒々しい喘ぎを繰り返す。

 

 それにしても美しい女だと千代は思った。

 これまでに何人もの女を調教したことがあるが、これほどの美女に出遭ったのは初めてだ。

 幼い頃から知っていて、特定の女に執着することなどなかった奔破児がひと目で気に入ったというのもよくわかる。

 奔破児が女に興味を持つということは珍しいことだった。

 いや、もしかしたら、この奔破児が特定の女をものにしたいなどという気持ちになったのは初めてではないだろうかと千代は思った。

 

 千代が奔破児の両親に雇われて働いていたのは、奔破児が産まれる直前から十二歳になるまでの十数年だ。

 千代は奴隷の娘だった……。

 

 奴隷の娘は奴隷……。

 

 そんなこの国の仕来たりに関わらず、幸いにも奴隷にならずに済んだ千代だったが、決して裕福な生活をしてきたとは言えない。

 社会の底辺で、奴隷にも等しい生活だった。

 あらゆることをやった。

 若い頃は身体を売り、身体が売り物にならなくなると、調教した若い女を買いたがる男に売るというようなこともやった。

 箔をつけるために売り子の娘に性技を教えたりするようなこともやった。

 

 生きてきた……。

 ……というよりは、死なないでいた──。

 そんな人生だった。

 

 結婚したことはない。

 子は二十歳の頃に子を産めない身体になった。

 

 およそ人の情には無縁な人生を送ってきた千代だったが、それに転機が訪れたのは、千代が五十歳のときだった。

 縁があり、ある貴族の家に子守り女中として働く仕事が見つかったのだ。

 もちろん、千代が奴隷の娘だったなどということは隠していた。

 借金で家財を失った名家の末裔──。

 そう偽って雇われたのだ。

 

 子供が生まれるということで、急遽集められた子守り女中として、貴族の屋敷で住み込みで働く生活が始まった。

 そして、産まれたその屋敷のひとり息子が奔破児だ。

 

 奔破児は男らしさとは無縁な女のように美しい顔をした子供だった。

 これまでの人生で、千代はその子供ほど綺麗な顔立ちの子供を見たことがなかった。

 しかし、とても泣き虫で、それが父親には不満のようだった。

 同世代の友達に泣かされてばかりでいつも苛められてた。

 男の子なのに、女の子以上に顔がきれいで色が白いということで、馬鹿にされていたようだ。

 そんな奔破児のことを父親も疎ましく思っていたのか、女中にすぎない千代の眼にも、奔破児はとても愛情を籠めて育てられたとはいえなかった。

 

 男のくせに、女の子のような息子──。

 

 父親はそう思っていて出来の悪い息子と思っていた気配があるし、母親はまったく家庭のことを顧みるような女ではなかった。

 少年時代のある時期まで、奔破児は本当に孤独な幼年時代を送っていたと思う。

 そんな奔破児が泣いて戻るたびに、子守り女中の千代は菓子を与えて慰めたものだったが、もしかしたら、あの幼年時代に奔破児が唯一心を開いていたのが自分だったかもしれない。

 そのうちに、奔破児はこれ以上馬鹿にされたくないと思ったのか、自ら望んで武術を学ぶようになった。

 奔破児が十歳のときだ。

 

 武術に打ち込むことについては父親も悦び、父親はたくさんの武術の師匠を呼んで奔破児に教授を受けさせた。

 その中でも、一番奔破児が熱心だったのは体術だ。

 体術というのは武器を遣わずに戦う技術のことらしく、千代が屋敷から追い出されてからもずっと体術だけはやり続けたようだ。

 

 千代が屋敷を追い出されたのは、奔破児が十二歳のときだったと思う。

 もともと、屋敷に入る前に、女衒のような仕事をしていた千代は、その前身がばれて追い出されたのだ。

 仕方なく千代は、もとの女衒ような仕事に戻り、小さな宿町の場末の裏通りなどで女を調教するような仕事を転々としながら続けていた。

 再び社会の底辺の生活に戻ったのだ。

 

 そんな千代を突然、大人になった奔破児が訪ねて来たのは、千代が屋敷を追い出されてから十年後だった。

 奔破児は国軍の優秀な軍人となっていて、あの泣き虫だった幼少時代とはまったく違っていた。

 だが、色白で女のような綺麗な顔立ちはそのままで、確かにあの奔破児だった。

-奔破児は、千代のことをよく覚えていて、あちこちに手を回して探し出したのだ。

 その日から千代は、奔破児の身の回りを世話する老女として雇われることになった。

 

 顔立ちが綺麗なだけあり、奔破児はよく女にもてた。

 女には不自由しなかったといっていいだろう。

 千代が培った手管を教えもした。

 しかし、女にもてた分だけ、女には淡泊だった。

 自分から女を口説こうとしたことはなかったようだし、素人女であろうと、娼婦であろうと、あるいは、貴族女であろうと、奔破児はまったく興味を抱かなかった。

 求められれば肉体関係に応じ、終われば捨てる。

 それだけだ。

 

 その奔破児が初めて、女をものにしたいから手を貸してくれと言ってきた。

 商売女だというが、気が強く簡単にはものにできそうにないので、千代の能力で調教をして、陥してくれというのだ。

 

 千代は驚いた。

 とにかく、奔破児がその女を監禁させたという家にいった。

 そこにいたのがこの宝玄仙だ。

 

 商売女ではなかったが、娼婦の真似事をして暇をつぶすほど、随分と性に解放的な女のようだ。

 そして、ひと目見て、なぜ奔破児がこの女に執着したのかがわかった。

 ここに拘束されていた宝玄仙は、どことなく奔破児の母親に面影が似ていたのだ。

 

 話し方──。

 気の強そうな口調──。

 なんとなく相手を馬鹿にしているような態度──。

 それもあの家庭を顧みず、奔破児になんの愛情を示さなかった母親に似ていると思った。

 

 いずれにしても、奔破児は、千代を場末の生活から救い出してくれた恩人だ。

 なんとしても、この宝玄仙を奔破児のものにしてやりたい。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、勝負といこうかねえ、宝殿──。みっともなく、お前が気をやったらあたしの勝ち。見事に耐えきったら、お前は無罪放免──。そういうことだったね。気をやってしまったら約束だよ。お坊ちゃまの道具を味あわせてくださいと、お前の口からお願いするんだ、宝殿。いいね」

 

 千代は言った。

 

「わ、わかったよ──。そ、その代わり、わ、わたしが……あ、ああっ──わ、あたしが勝ったら──くうっ……。や、約束だよ──。わ、わたしを……か、解放するんだ──。い、いいね、奔破児──」

 

 宝玄仙は、歯をがちがちと鳴らしながら苦しそうに叫んだ。

 馬鹿な女だ。

 これだけ、追い詰められれば、この宝玄仙から絶頂を引き出すなど、千代にかかれば数瞬で済む。

 もちろん、たっぷりと一刻(約一時間)弄んでから、最後の最後に派手な絶頂をさせるつもりだが、宝玄仙が耐えれば耐えるほど、宝玄仙は自分をのっぴきならない状況に追い込んでしまい、その時には強制されなくても、自ら奔破児に犯して欲しいと喚くことになるに違いないのだ。

 

「俺も男だ。約束しよう──。見事に耐えきってみろ、宝玄仙。そうすれば、無罪放免で解放してやる。しかし、その代わり、千代婆に負けたら、これから一箇月、お前には、この家で果てしない調教を受けてもらう」

 

 千代の後ろに座っている奔破児が嬉しそうに言った。

 

「わ、わたしを……ば、馬鹿にすんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は呻くように言った。

 

「じゃあ、まずは、これくらいからいってみるかい?」

 

 千代は真っ赤になって震えている宝玄仙の肉芽を鳥の羽毛でさらさらとくすぐった。

 

「ひひゃああぁぁ──」

 

 宝玄仙が仰け反って絶叫した。

 

「おやおや、このくらいの責めでそんなに反応してどうするんだい、宝? 本当に勝負するつもりがあるのかい」

 

 千代は笑った。

 そして、今度は、宝玄仙の内腿と太腿の表皮を微妙な強さで、さらにくすぐってやった。

 あのまま肉芽を責め続けていればそれで終わりだから、責める場所は泣き油を塗りたくられた場所のぎりぎり外の部分にしてやったのだ。

 ここならなんとか気をやることは耐えることができるだろう。

 しかし、それでも、宝玄仙は、もう悲痛な悶えを示してはじめている。

 

「ほらっ、ほらっ、いきそうかい?」

 

 宝玄仙は歯を食い縛って耐えている。

 まだいかないはずだ。

 それはわかる。

 だが、微妙な場所をくすぐられるだけで、痒みにただれる場所を刺激してもらえない苦しさは、だんだんと恐ろしいほどの疼きを宝玄仙を与えていくはずだ。

 

「……ひぎいっ──い、い、い、い──。ち、畜生……か、必ず、お前らに仕返しを……」

 

 宝玄仙は狼狽と悔しさが一緒になったひきつった声で口走った。

 

「愉しみにしているよ、宝──。じゃあ、さっそく、その仕返しとやらをやってもらおうじゃないか。あたしは、ここ責めてやろうかねえ。お前も遠慮なくかかっておいで」

 

 千代は、再び鳥の羽毛を女陰の頂点の勃起している肉核を擦りあげた。

 

「あがあっ──」

 

 宝玄仙は真っ赤になった頬を限界まで横にずらせて全身を震わせた。そして、肉の頂点を繰り返し擦られて、悲鳴をあげてのたうつ。

 

「ほれ、仕返ししな、宝──。口惜しくないのかい?」

 

「ち、畜生──」

 

「ほら、仕返しするんだ。ほら、これはどうだい? これは?」

 

 執拗に肉芽を羽毛で擦りあげる。

 宝玄仙の反応がおかしなものになっていく。

 

「ああ……も、もう、やめておくれ──ひいいぃぃっぃ──」

 

 宝玄仙が開脚に拘束された両腿を苦しそうに悶えさせた。

 千代は、ひとしきり肉芽を中心に責めたてると、また、責めの部分を外して女陰の外側に移動させた。

 

「なるほど、さすがに宝玄仙だな。下の口の開けっぷりも見事なものだ」

 

 千代の背中越しに宝玄仙の痴態を覗いている奔破児が、宝玄仙の泣きそうな表情を見て笑った。

 

 発狂するような痒み責めに遭いながらも、柔らかい鳥の羽毛で、繰り返し微妙な刺激を与え続けられる宝玄仙には、いまや抵抗の手段もなく、ただ、ひたすらに身体をひねり、捩じり、なんとか襲ってくる官能を少しでも逃がそうと懸命になっている。

 もう、全身は真っ赤に火照り、頭の上から脚の先までびっしょりと脂汗でまみれている。

 

「まだまだだよ、宝──。もう少し、頑張ってくれるんだろうねえ?」

 

 千代は揶揄しながら、女陰の淵に沿って、こちょこちょと羽毛を動かす。

 素っ裸で手足の自由を奪われている宝玄仙は、激しく身体を震わせながら、だんだんと声が女っぽくなり、次第にその声も悶え泣きに近いものになった。

 

「だ、駄目えぇ──」

 

 顔を左右に振りたてる宝玄仙は強く叫んだかと思うと、いよいよ限界まで腰を上に突きあげた。

 おそらくいきそうなのだろう。

 腰が浮きあがったまま、一瞬、宝玄仙の身体が硬直した。

 

 千代は、さっと宝玄仙の股間をなぶる羽毛をどける。

 宝玄仙は四肢をがっくりと床に投げ出した。

 そして、しばらくの間、わなわなと震えていた。

 だが、直前で絶頂を取りあげられ、しかも、発狂するような痒きに襲われている宝玄仙の身体には、すぐに激しい悶えと震えが戻ってきた。

 

「いまのはお情けだよ、宝──。それとも、もう降参したくなったかい? 耐えられなくなくなったら、お坊ちゃまに女陰をほじってくれと言いな──。言っておくけど、もしも、お坊ちゃまが軍営に戻ってしまったら、次にここに戻られるで、泣き油を塗ったまま放っておくからね」

 

 千代は言った。

 

「そ、そのときには、ま、道術が戻って──、お、お前たちなんか、ぺ、ぺしゃんこにしてやるよ……」

 

 宝玄仙が息も切れ切れの声で呻くように言った。

 

「そうこなくっちゃな、宝玄仙──。さあ、千代婆、そろそろ、さっきの随喜巻きの張形を使ってはどうだ? 宝玄仙もまだまだ痒みが足りないようだしな」

 

 奔破児がからかうような声を出した。

 いつも冷静で自分というものを出さない奔破児の心を開いたような愉しそうな口調に、内心では千代は驚いていた。

 

「な、なんでもしな──。し、死んだって気をやらないよ。耐えきってみせるさ──」

 

 宝玄仙が自分を鼓舞するような大声をあげた。

 

「そうかい、じゃあ──勝負を続けようね、宝。今度は、これが随喜巻きの張形だよ。もっと痒くなること、請け合いさ」

 

 千代が、羽毛から持ち替えた次の責め具であるたっぷり湯でほぐした随喜の紐を巻きつけた張形を宝玄仙の顔の前にかざして見せた。

 宝玄仙の眼が大きく見開いて、その表情にさらに悲痛さが増す。どうやら、この淫具の効果をよく知っているようだ。

 

「満更知らないわけでもないようだね。だったら、この効果も知ってるんだろう? さて、じゃあ、宝におねだりをしてもらおうかね。そのただれそうな女陰にこれを入れて欲しいだろう? これを女の穴に入れておくれと、お坊ちゃまにお願いしな」

 

 千代は言った。

 

「だ、誰が──。そ、そんなことを……言うわけがない……だろう」

 

 宝玄仙は歯をがちがちと鳴らしながら叫んだ。

 

「遠慮なく言ってくれ、宝玄仙──。悦んで張形責めをしてやろう。昨夜は、童貞の初心な青年のふりなどしてすまなかったな。そのお詫びにたっぷりと俺がお前の女陰を責めてやる」

 

 あまりにも感情を剝き出しにした奔破児の口調に、千代は思わず後ろを振り返った。

 これまでに接したことのないくらいの崩れた相好だ。

 本当に奔破児が宝玄仙を気にいっているのだということを千代は悟った。

 

「き……え……な」

 

 宝玄仙はびっしょりと汗をかいた顔をひきつらせながら言った。

 

「ひひひ、じゃあ、お坊ちゃまにお願いする気になるまで、幾らでも油を足してやろうかねえ。まだまだ、一刻(約一時間)が終わるには時間もあるようだしね」

 

 千代は鉢に残っている泣き油を再びたっぷりと指ですくった。

 

「ひ、ひい──。わ、わかった、頼むよ。お願いするから、これ以上足すのは待っておくれ」

 

 全身が汗まみれの宝玄仙が、さらに油を足すという言葉に悲鳴をあげた。

 

「遠慮するんじゃないよ。だけど、あたしも、鬼じゃないんだ。腰から背骨まで痺れるような激しい痒みに襲われているお坊ちゃまの将来の女房殿の女陰に、これ以上の泣き油を足すことだけはやめてやるよ」

 

 千代は言った。

 一瞬だけ、宝玄仙が当惑した表情になった。

 

「その代わり、その真っ赤に熟れている下側で、物欲しそうにしている菊の蕾に塗ってあげようかね」

 

「そ、それだけはやめておくれ──。お、お願いだよ」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 千代は大声で笑いたてた。

 

「この千代には、色事にかけては少しも隠し事はできないと最初に申し渡したはずだよ。お前が女陰よりも後ろの孔が弱点なことは最初からわかっていたさ。それとも、ばれてないと思ったかい?」

 

「ほう、宝玄仙は尻が弱点か──?」

 

 奔破児が意表を突かれたような口調で言った。

 

「あたしに見たところ、異常に尻が弱いようですよ。あたしにはわかるんですよ、お坊ちゃま」

 

 千代は、ひくひくと疼くような収縮をしはじめた肛口に容赦なく泣き油を追加した。

 

「あぐうぅぅぅ──」

 

 宝玄仙はらに悲痛な声を出して、絶望的な表情になった。

 そして激しく震えながら、その新しい泣き油を肛門の中に受け入れていく。

 千代の指を肛門に受けた宝玄仙は、途端に悲鳴をあげて、炎に炙られたかのように身体を真っ赤にして暴れはじめた。

 そして、今度は狂気のように首を振る。

 

「も、もう耐えられない──。わ、悪かった。わたしが悪かったから、もう、勘弁しておくれ」

 

 そして、ついに昂ぶった声で屈服の言葉を張りあげた。

 

「じゃあ、お坊ちゃまに張形責めをお願いするね、宝? 多分、あっという間に気をやれるよ」

 

 千代は言った。

 

「す、する。お、お願いするよ」

 

 宝玄仙はもう意思を失ったかのように頷く。

 

「なら、言いな」

 

 千代はそう言って、激しく喘いでいる宝玄仙の汗びっしょりの頬をついた。

 

「ち、畜生──。み、惨めだよ──。く、悔しいっ──」

 

 宝玄仙はそう喚いたが、なかなか、張形責めを願う言葉を口にしようとはしない。

 おそらく、これが最後の抵抗なのだろう。

 もうかなり追い詰められていることはわかっている。

 それでも、言いたくないのに違いない。

 

「泣き油のお代わりが欲しそうだね。今度も尻の穴でいいかい?」

 

 千代は宝玄仙にささやいた。

 

「ほ、奔破児──様……ど、どうか、ほ、宝玄仙に……張形責めを──」

 

 慌てたように宝玄仙は叫んだ。そして、宝玄仙は張りつめていたものが切れたかのように、急に涙をこぼし始めた。

 

 千代は驚いた。

 不意に、宝玄仙が、眠ったように身体をがくりと脱力させたのだ。

 泣き油責めの間に気を失うというのも容易なことじゃない。

 それに、まだそこまで責めてはいないはずだ。

 その辺りの限界については、千代も百戦錬磨だ。

 さまざまな女体責めで、女がどれだけ耐えられるかということは知り抜いている。

 気を失わせるのも、させないのも思いのままなのだ。

 だから、気絶したように意識を失った宝玄仙にびっくりした。

 しかし、その宝玄仙は、すぐに眼を開いた。千代はほっとした。

 

 だが、なにかおかしい。

 よくはわからないが、宝玄仙の表情がさっきと微妙に変化している。

 宝玄仙の顔にあった傍若無人の強気の性格が表情から消えた気がするのだ。

 いまの宝玄仙には明らかな怯え……。

 そして被虐の酔いのようなものがそこに現れている。

 

「ああ……、な、なんてことなの……。か、痒い──。痒いもんなんてもんじゃないわ。苦しい。苦しいのよ──」

 

 宝玄仙がそう声をあげた。

 なんだか、さっきと口調が変わった気がする。

 そして、さらに驚いたことに、次の瞬間、宝玄仙がしくしくと泣きはじめたのだ。

 千代は、さっきまで悪態をつきながらよがっていた宝玄仙と、眼の前で泣きはじめた宝玄仙が同一人物とは思えなかった。

 

「さすがは、千代婆の泣き油だ。こんなにも早く、宝玄仙を泣かせるとはな」

 

 奔破児は感心したように、随喜巻きの張形を手にした。

 

「い、いや、お坊ちゃま……」

 

 千代は奔破児に、千代が覚えた違和感を説明しようとした。

 しかし、思い直す。

 説明のしようがない。

 それに、眼の前の宝玄仙は、やはり、宝玄仙だ。

 

 千代は身体を動かして、奔破児を宝玄仙の股の間に座らせる。

 そして、耳元であることをささやいた。

 奔破児がにんまりと微笑む。

 

「それじゃあ、宝玄仙、これを咥えてもらおうか」

 

 奔破児は、千代がささやいたとおりに、随喜巻きの張形を宝玄仙の穴に押し当てた。

 

「ひいっ──。そ、そこは──」

 

 宝玄仙は眼を大きく開いて抵抗のそぶりを見せる。

 奔破児が張形を押し当てたのは、穴は穴でも、さっき泣き油を塗ったばかりの後ろの穴だ。

 時間をかけてさんざんに責められた女陰の側ではない。

 たったいま、新たに泣き油を足されて、ついに宝玄仙が屈服の言葉を口にした場所であり、おそらく、この気の強い道術遣いの禁断の性感帯に違いない。

 

 奔破児は、磔になっている宝玄仙の尻の穴を探り当てるように股間の背後から太い張形をこじ入れていく。

 かなりの太さもあり、尻を責めるにしては不自然な態勢にも関わらす、宝玄仙の肛門は随喜巻きの張形をずぶずぶと受け入れていく。

 

「やっぱり、尻は完全に開発されているようだね」

 

 あっという間に張形を受け入れたのを見て、千代は言った。

 

「お、お願い……動かさないで……動かさないで──」

 

 まだ尻の穴に張形が挿さっているだけだが、それだけで息をするのもつらそうに宝玄仙は、そう言いながら胸を上下させて喘いでいる。

 

「そうはいかんだろう。まだ、約束の一刻(約一時間)には少しある。しっかりと戦って、気をやるのを耐えてくれ」

 

 奔破児はそう言って、肛門に突き入れた張形をゆっくりと回しながら前後に動かし始めた。

 宝玄仙は、つんざくような悲鳴をあげてうなじを仰け反らせた。

 そして、顔をしかめて絶息するような呻きをあげる。

 

「ほううっ」

 

 開脚に開かれている両腿の筋肉が断末魔のような痙攣を起こした。

 そろそろいくだろう──。

 もう少し、焦らせてもいいが、嬉々として張形で宝玄仙を責めている奔破児を見ていると、このまま、奔破児に宝玄仙を責め切らせてやろうと千代は思った。

 

 そして、宝玄仙はおこりにでもかかったかのように全身を痙攣させると、拘束された腰を大きく突き上げ、そして、がっくりと脱力させた。

 

「いったようだな、宝玄仙」

 

 奔破児が満足気に言った。

 

「い、いったわ……」

 

 宝玄仙は上気した頬を横に伏せて、ぽたぽたと床を涙で汚し始めた。

 

「じゃあ、約束通りにお坊ちゃまの精を受け入れるね」

 

「も、もう……、もう、女の……女の穴がただれそう……。痒くて……か、痒い……。あ、ああ──お、お願い──」

 

 宝玄仙はまだ激しく震えている。

 気をやったとはいえ、狂うような女陰の痒みはそのままだし、随喜の縄を巻いた張形はまだ、

 後ろの穴に挿さったままだ。

 泣き油の痒みが発狂するような激しい痒みであれば、随喜の痒みは痺れるような悩ましさを伴うじわじわと拡がっていく重い痒みだ。

 それを前後から受ける状態になっている宝玄仙は、いよいよ進退窮まっているに違いない。

 前後の穴からやってくるそれぞれのおぞましい痒みをなんとか紛らせたいのか、宝玄仙は、吠えるような声をあげながら呼吸をしている。

 

「それでは、お坊ちゃま、お好きなようになさいませ。もう、前戯は不要でしょう」

 

 千代は言った。

 前戯が不要どころではない。

 宝玄仙の女陰はただれたように充血し、下腹部からは滴り落ちるように淫液が床まで垂れている。

 千代は壁に向かっていき、羽目板を外して宝玄仙を繋いでいる鎖を操作するための操作桿を動かした。

 がちゃんと音が鳴り、宝玄仙の四肢に拘束している鎖が緩む。

 

 奔破児は懐から鍵を取り出すと、宝玄仙の両手の手枷だけを外した。

 宝玄仙がすぐに身体を丸めて、動くことができるようになった両手を股間に持っていこうとした。

 

「おっと、そうはいかんな、宝玄仙」

 

 すかさず奔破児が宝玄仙の両手を掴むと、強引に背中に持っていく。

 宝玄仙が怒りの声をあげる。

 そうやって、宝玄仙の腕を固定していたまま、奔破児は、千代の包みの中にあった金属の首輪を宝玄仙の細い首に嵌める。

 そして、その首輪の後ろ側に装着してあるふたつの手枷に宝玄仙の両手首を嵌めた。

 

「これで勝手なことはできんな」

 

 今度は両手を頭の後ろから動かせなくなった宝玄仙を見下ろしながら奔破児が笑った。

 宝玄仙は恨みのこもった視線で、身体を震わせながら、眼の前の奔破児を睨んでいる。

 

「脚を開け、宝玄仙──。俺の精をやろう。言っておくが、お前の道術を封じるためには、なにも精を女陰に注ぐ必要はないのだ。口でも尻でも、要は、俺の精液をお前の身体の中になんらかの方法で入れればいいだけだ」

 

「えっ?」

 

 宝玄仙が愕然となったのがわかった。

 もしかしたら、性交さえこばめば、なんとかなるとでも思っていたのだろうか。

 

「いま、自ら脚を開かなければ、そこにまだ残っている泣き油に俺の精を混ぜて、千代婆にお前の前後に穴に詰めさせるぞ。それでも効果は同じなのだ。お前にとっては、それで一日放っておくことになるから、もっとつらいことになると思うがな」

 

 その言葉で終わりだった。

 奔破児がそう言うと、宝玄仙は真っ赤な顔を今度は真っ蒼にして、諦めたように身体を横たえ、そして、両足を立て膝にして股を開いた。

 

「お、お情けをお願いします」

 

 宝玄仙が、まるで奴隷が使うような物の言い方をして眼を閉じた。

 奔破児は優越感に浸った表情をしながら下半身に履いているものを脱ぐ。そして、脂汗を流して苦しそうにしている宝玄仙の裸身に覆い被さった。

 

「あうううっ──」

 

 奔破児の一物が宝玄仙の股間に挿さる。その腰が動き出し、女陰に挿さった一物が宝玄仙の中で前後運動を開始する。

 宝玄仙はあられもない声をあげて全身を痙攣させはじめた。

 

「いく、いくっ、いくうっ──」

 

「いくらでもいけ、宝玄仙。最後には、道術を封じる精をたっぷり注いでやるぞ」

 

 奔破児が本格的に腰を使いだした。宝玄仙は狂ったように嬌声をあげる。

 

 ふたりの激しい性交はいつまでも続くかのようだった。

 宝玄仙が責められてから一刻(約一時間)であることを告げる鐘はとっくに鳴り終わった。

 それでも、ふたりの性交は終わらない。

 

 宝玄仙は何度も何度も絶頂の仕草をして奔破児の腕の中で果てた。

 それに比べて、奔破児は、腰の動きを自重し、なかなか精を放とうとはしない。

 宝玄仙はもう半分気が触れたような状態になってあがき続ける。

 千代は、我を忘れたかのように宝玄仙を抱き続ける奔破児を隅でじっと見守っていた。

 

 やがて、奔破児は尻餅をついた自分の腰の上に、頭の後ろに両手を置いた宝玄仙の裸身を載せるようにした。

 奔破児のそそり上がった一物は宝玄仙の女陰を貫いたままだ。宝玄仙は獣のように吠えた。

 

「ほおおおっ、んほおおお」

 

 奔破児が、宝玄仙を抱きながら、激しく腰を上下すると、上に下にと揺さぶられて、宝玄仙は髪を振り乱して官能の声をあげた。

 宝玄仙の身体が上下に揺れる。

 奔破児の腰が宝玄仙の股間を打つたびに肌と肌がぶつかる音と、ねちゃねちゃという宝玄仙の淫液が奔破児の肉棒を擦る音がする。

 

「ひいっ──、ま、また──」

 

「ああ、俺も、そろそろ、いくぞ……」

 

 奔破児が声をあげた。宝玄仙は喉を絞るような甲高い声を放って、奔破児の上で、ぐんと身体を反りかえらせた。

 その宝玄仙を抱きながら、奔破児も数度大きく身体を震わせて、呻き声をあげた。

 

 精を放ったのだ──。

 奔破児は、ぐったりとなった宝玄仙を手放す。

 宝玄仙は、身体がだるいのかそのまま横になったままでいる。

 

「千代婆、宝玄仙を頼むぞ──。しっかりと調教しておいてくれ」

 

 服を整えながら奔破児は、千代に言った。

 

「お任せください、お坊ちゃま。では、いってらっしゃいませ」

 

 千代は頭を下げた。

 ふと見ると、宝玄仙が横たわったままで険しい視線で奔破児を睨んでいる。

 さっきまでの狂態が嘘のように冷たい表情をしている。

 

「なんだい、その眼は?」

 

 なんとなく千代は言った。

 

「奔破児、お前、わたしを犯したのかい?」

 

 宝玄仙が奔破児を睨んだまま言った。

 

「は?」

 

 奔破児がその意外な言葉に宝玄仙の顔をじっと見た。

 

「犯したのかい? 質問に答えな──」

 

「犯していないと思いたいのか、宝玄仙?」

 

 奔破児が口元に笑みを浮かべた。

 

「ち、畜生……あいつ……。余計なことを……。負けやしないのに……」

 

 今度は、宝玄仙が悔しそうに歯を食い縛ってそう呻いた。

 

「さあ、坊ちゃま、そろそろ軍営にお戻りください。宝殿の調教はしっかりとやっておきますから」

 

 千代は、宝玄仙の様子に不審なものを感じながらそう言った。

 奔破児は満足気に宝玄仙を一瞥し、そして、部屋を出ていった。



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231 女囚拷問破壊

 朱姫の中に、奔破児(ほんはじ)という将校の精が注がれたのがわかった。

 まるで作業のようなあっけない性交だったが、手足の骨を砕かれて、動くだけで激痛が走る朱姫には、それはありがたかった。

 

 奔破児が去っていってから、なんとか身に着けている囚人用の灰色の合わせ服を整えた。

 前で合わせる着物であり、それを閉じて縄帯で閉じるのだが、手の折れている朱姫には、それは途方もない苦役の作業だ。

 それでも、裸でいるよりもましだ。

 なんとか丈の短い袖のない囚人用の着物を身に着ける。

 

「訊問の始まりだぞ、朱姫」

 

 やっと着物を着たところで、三人の訊問係の軍兵がやってきた。

 朱姫は虚ろな視界の中で前を見る。

 牢の中に入ってきたのは三人の男の兵であり、三人とも上半身が裸で、そのうちのふたりが黒い鞭を持っていることに気がついた。

 今日の拷問の手段は鞭のようだ。

 

「そろそろ、白状する気になったか?」

 

「ゆ、許してください……。あ、あたしは違います……」

 

 朱姫は無駄だとわかっている哀願をした。

 初日の訊問係の兵は、朱姫が閻魔女であることを白状しろといって執拗に拷問を加えるだけだった。

 二日目の今日も同じに違いない。

 

 質問はなにもない──。

 

 閻魔女であることを白状しろ。

 九頭女を始め、あの金光院にいた者が仲間であることを認めろ──。

 裁きの場でそれを自白せよ。

 

 求められるのはそれだけだ。さすがの朱姫もそれを認めれば、すぐに裁かれてあっという間に処刑されるということくらいはわかる。

 だから、耐えるだけだ。

 いつか必ず、沙那と孫空女がきてくれる。

 それを信じて、耐えきれるまで耐えるしかない。

 

 とりあえず朱姫という名だけを言った。

 喋ったのはそれだけだ。

 あの金光院に雇われている道術遣いだという嘘の身上も考えたが、それを訊問係に告げる機会はなかった。

 彼らが求めるのは、朱姫が閻魔女だと認めて、金光院が関与していたと自白すること。

 それだけなのだ。

 

「吊るせ」

 

 ひとりが言い、朱姫の砕けている腕がひとまとめにされて手首に鎖がかけられる。

 

「あがああぁぁぁ──」

 

 折れた腕で身体を引っ張られる激痛に朱姫は、それだけで絶叫した。

 あまりの痛さに狂ったように悲鳴をあげる。

 

「おいおい、まだ、なにも訊問などしてないんだぜ。そんなことで耐えられのか。もう、いい加減に白状しろよ。頑張っても無駄だぞ。絶対に自白することになる。頑張れば、それだけ苦痛の時間が長くなるだけだ。閻魔女だと認めれば、処刑してもらえるんだ。死ねば、それ以上の苦しみはない」

 

 朱姫を天井から吊るそうとしている男たちがそう言いながら、無理矢理に立たせた朱姫の手首の鎖を天井から伸びる鎖につなぐ。

 

「あ、あたしは、やって、ません──」

 

 朱姫は喚いた。

 膝も砕かれているため、爪先立ちに立たされると満足に立てない。

 だから、全体重が腕にかかるのだ。

 立つという姿勢だけで、果てしない激痛が朱姫に襲いかかる。

 朱姫は、全身に突き刺さるような痛みに、ぼろぼろと涙をこぼした。

 沙那のこと、孫空女のことを思い浮かべる。

 絶対に助けてくれる……。

 

「最初に言っておくぜ。これから、お前が口にしていい言葉は、“私は閻魔女です”。この言葉だけだ。それ以外の言葉を口にしたら、その囚人服をむしり取る」

 

「おいおい、むしり取るって、たったの一枚じゃないかよ」

 

「そのときは、その数だけ、俺たちの玩具になるということだ」

 

 兵たちがそう言って笑い合った。

 朱姫はそれを痛みに泣きながら聞いていた。前後には、鞭を持った兵がひとりずつ立っている。

 話しかけるのは、その前後の兵たちだ。

 もうひとりの男は、牢の出入り口の格子に背もたれて腕組みをしてこっちを見守る態勢になっている。

 いきなり背中に一打目の鞭が飛んだ。

 

「ふむうっ」

 

 朱姫は身体を揺すって背を逸らした。

 皮膚が焼かれると思うくらいの衝撃だ。

 そして、身体が揺れて、折れている四肢に激痛が走る。

 

「もう、声を出したな」

 

 前側の兵が嬉しそうに言った。

 

「まあ、おまけにしとこうぜ」

 

 朱姫は歯を食い縛った。

 全身には鈍痛なのか激痛なのかわからないものが走っている。

 息をするのもつらい。

 悲鳴をあげても痛みがそれで走る。

 

 前の男が鞭を振りかぶった。

 朱姫はやってくる鞭に備えた。

 鞭が横腹に喰い込んで囚人服を裂いた。

 かろうじて悲鳴は呑みこんだ。

 

「ほう? 耐えたか?」

 

 前の男が意外だというような声を出す。

 そして、背中に鞭が飛ぶ──。

 背中の筋肉が痙攣して、全身の筋肉が脱力する。

 今度は囚人服から出ている太腿に前から鞭が当たる。

 焼け串でもつけられたかと思うような鋭い衝撃と痛みが起きる。

 

「ひがあぁぁぁぁ──」

 

 もうなにも考えられずに悲鳴をあげた。

 鞭の痛さだけではない。

 吊られている腕が限界なのだ。

 まるで炎に包まれているような熱さだ。

 いや、熱さではなく、痛みのはずなのだが、朱姫が感じているのは紛れもない肌が火に焼かれている衝撃と苦痛だ。

 

「声を出したな」

 

 前の兵が腰から小刀を抜き、囚人服の縄帯を斬った。

 あわせていた布が開いて、朱姫の裸身が露わになる。

 

「小ぶりだが、形はいいな」

 

 小刀をしまった手が、朱姫の乳首を弾いた。

 

「ひゃあっ──」

 

 予期していなかった乳首への責めに朱姫は声をあげていた。

 

「声を出すなと言ったろう?」

 

 今度は背中側から囚人服が縦に裂かれた。

-前の男も手伝い、囚人服は切り裂かれて足元に捨てられた。

 朱姫は素裸にされたということよりも、これからは裸身に直接に鞭を受けなければならないということに恐怖した。

 

「今度は悲鳴の回数だけ、犯すというのはどうだ?」

 

「いいねえ──。どうです、班長?」

 

 鞭を持っている兵たちが、鉄格子の背に立っている男に視線を向けた。

 

「俺が最初だぜ」

 

 腕組みをした男がそう言うと、ふたりが口笛を嬉しそうに吹く。

 

 勝手にしろと思った。

 どうせ、こいつらは女囚を人間扱いしない。

 さんざんに拷問をして犯しまくろうと最初から決めていたに違いないのだ。

 

 昨日も金光院の地下で『移動術』で跳躍してきたところを捕えられて輪姦された。

 そして、この軍営に連れて来られて、棒で叩かれた。

 気を失うと、水をかけられて起こされる。

 その繰り返しだ。

 

 最後には、その場にいた兵たちに、また犯された。

 許されたのが、どれくらいの時刻だったのかはわからない。

 軍営の地下らしいこの部屋には窓がない。

 だから、時間の変化はわからないのだ。

 

 また、朱姫のいるこの牢は、そのまま拷問室でもあるようで、拷問と強姦が終わったところで、そのままこの部屋に鍵をされて放置された。

 乾いた麦餅と皿に入った水がいつの間にか部屋の端に置かれていた。

 そのとき一緒に置いてあったのが、たったいま切り裂かれた囚人服だ。

 とにかく、朱姫は呻きながら這いつくばって、水をすすり、麦餅を腹に入れ、痛みで動かない手でなんとか囚人服を身に着けた。

 

 助けが来るまで生き抜く──。

 沙那と孫空女が来てくれる。

 それまで生き抜く──。

 やらなければならないと思ったのはそれだけだ。

 

「じゃあ、続きをやるか」

 

 前側の兵がいきなり拳を朱姫の腹に叩き込んだ。

 

「ふぐっ」

 

 思わず口から体液を吐いた。

 

「これで、一回は決定だな」

 

 嬉しそうにそう言うと、再び鞭打ちの態勢になる。

 背中に鞭が飛ぶ。

 

「んんんん──」

 

 声を出さないなど不可能だと思った。

 たった一枚の布でも、肌に直接当たるのと、そうでないのとは大違いだ。

 骨の髄まで痛みそのものを擦りつけられるような衝撃が加わる。

 

 今度は前──。

 太腿が鞭先で削られて血が床に飛ぶ。

 

 後ろ――。

 前――。

 後ろ――。

 前──。

 

 逃れることのできない衝撃が鞭の打擲で繰り返し加わり、その度に一瞬意識が飛ぶ。

 そして、次の鞭で覚醒し、また、わからなくなる。

 

「はぎいいっ──」

 

 また派手に悲鳴をあげてしまった。

 鞭先が臍から下腹部までの女の性器の部分を抉ったのだ。

 股の前の皮膚が裂けて、そこから血が落ちだす。

 

「おい、おい、そこはやめとけ。後で使えなくなるだろうが。それで、九頭女のところは、性器が使いものにならなくなって、向こうの連中はつまらない思いをしてるんだぜ」

 

 じっと見ているだけだった腕組みをしている男が言った。

 残酷なことを世間話のように笑いながら話をするこの連中に激しい憤りが起きる。

 それに、女の性器を壊すような拷問──。

 その残酷さにも鼻白む。

 

「けっ、血がなんだっていうんだい。血が嫌なら、処女は犯せないじゃねえかい」

 

 朱姫の股間を打った兵が横殴りに朱姫の胴を打つ。

 今度はなんとか悲鳴を耐える。

 

「なにが処女だよ。九頭女は、性器と尻の穴が壊れちまって、小便も大便も垂れ流しの状態なんだぜ。お前、いくら顔がよくても犯す気になるかどうか、一度行ってみろよ」

 

 後ろに鞭──。

 次は脚だ。

 太腿からふくらはぎを鞭で裂かれる。

 前からも同じ場所──。

 そして、また後ろ。

 交互に脚が叩かれ、だんだんと血だらけになっていく。

 痛みもよくわからなくなり、ぼんやりとしてくる。

 すでに朱姫の身体はすべての力を失っている。

 折れた腕で吊られる痛みもそれほどではなくなっている気がした。

 

「こいつ、結構、丈夫だよなあ。それとも、お前らが手ぬるいのか?」

 

 腕組みしている男が口を開いた。

 その言葉に鞭打ちをしている男たちが奮起したように、さらに激しく鞭を加えはじめた。

 

 鞭の競演が始まる。

 太腿が裂け、乳房が破れる。

 全身のあちこちに鞭が飛ぶ度に、少しずつ皮膚が破れていく。

 朱姫の身体はだんだんと血で染まって真っ赤になっていった。

 爪先立ちの足の下には、朱姫の身体から伝って流れ集まった血が小さな塊りを作りかけている。

 重く、鋭く、冷酷な鞭──。

 それが狂ったように前後から果てしなく振りかかる。

 

「ほら、交替だ。手本を見せてやる」

 

 朱姫はふと眼を開く。いままで見ているだけだった男が前側の兵から鞭を取りあげた。

 

「鞭責めというのはこうするんだよ」

 

 朱姫の身体の乳房の下から腹の部分に鞭が飛んだ。

 

「ほぐううぅぅぅっ」

 

 全身を砕くかと思うような一打だ。

 鞭ではなく棒のようなもので殴られたような感じだ。

 打たれた場所に火で焼かれたように痛みが残っている。

 意思そのものを打ち砕くような猛烈な打擲だ。

 

「次だ」

 

 同じ男が鞭を再び振るった。

 

「はぎゃああ──」

 

 今度も朱姫は恥も外聞もなく悲鳴をあげた。

 声を出すなという命令も吹き飛んだ。

 次の鞭も、さっきの鞭を寸分たがわぬ位置に叩きつけられたのだ。

 

「次だぞ」

 

 三発目が来る。

 朱姫は懸命に身体を捩じらせた。同じ場所だけは──。

 それでも容赦なく、まったく同じ場所を鞭が抉った。

 全身の力という力が抜けた。

 

「小便洩らしたぜ」

 

 誰かが言った。

 股間が熱い。

 なにかが漏れている。

 確かにいま、自分はおしっこを洩らしたようだ。

 

「四発目だぞ」

 

「や、やめてぇ」

 

 朱姫は叫んだ。

 同じ位置に鞭が飛ぶ。

 肌が完全に破けて、そこからかなりのまとまった血が流れ出す。

 

「自白するか?」

 

 がっくりとしている顔が鞭の柄であげられた。

 

「やって……ません……」

 

 ほとんど気力だけでその一言をやっと呟いた。

 本当は、男たちの望む言葉が喉の先まで出かかっていた。

 いま、認めれば、この瞬間だけはこの苦痛から逃れられる。

 その考えが何度も朱姫を襲い、朱姫はそれをその度に打ち消す。

 きっと助けは来る。

 助けは来る──。

 助けに来てくれる。

 

「ちっ、まあいい。とにかく、こんな風に打て」

 

 再び最初の男たちに鞭が返される。

 そして、やってくる鞭の嵐──。

 

 十発──。

 

 三十発──。

 

 五十発──。

 

 もはや数などわからない。果てしのない鞭が続く。

 失神したい──。

 

 いまや、朱姫の望みは、この苦痛の中で、ほんの一瞬だけでもいいから気を失うことだ。

 しかし、激しい鞭の衝撃と痛みが、もう少しで失神してしまうはずの朱姫の意識を揺り動かす。

 

 失神したい……。

 しかし、そこに鞭──。

 さらに、鞭──。

 果てしのない激痛──。

 とてつもない衝撃──。

 

 だんだんと消えていく視界……。

 

 沙那姉さん──。

 孫姉さん──。

 朱姫は黒い闇に向かって呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水がかけられた。

 

「気がついたか?」

 

 いつの間にか身体が床に横になっている。

 手首に巻きついていた鎖はそのままだが、天井から吊られていた鎖が緩められて、身体が横たえられているのだ。

 どうやら、本当に気を失ったらしい。

 

「じゃあ、休憩は終わりだ。続けるぞ」

 

 男たちは床に座って休息をとっていたようだ。

 しかし、朱姫の覚醒を合図に再び、鞭打ちを始める態勢を作ろうとしている。

 

「も、もう、やめて……ください」

 

 朱姫は懸命に言った。

 

「いや、これからが本番だぞ」

 

 しかし、容赦のない言葉とともに、からからと鎖が上がっていく。

 朱姫の身体は天井に向かって、また引き上げられる。

 全身を焼く激痛が走る。

 だが、あがったのはほんの少しだ。

 膝立ちくらいの位置で鎖の上昇が止まった。

 

「じゃあ、まずは俺からだ」

 

 鞭打ちのときに指図をしていた男だった。

 その男がそう言って、朱姫の背中側に回り、朱姫の傷だらけの乳房をねっとりと揉み始める。

 

[いやっ

 

 鞭打ちで鋭敏になっている乳房をいきなり揉みあげられる衝撃は凄かった。

 なにかに射抜かれたような官能の矢が胸から全身に向かって走る。

 

「はうっ」

 

 しばらく揉まれると我慢できなくなり、思わず声をあげてしまう。

 

「随分と敏感だな」

 

 男の手が朱姫の乳房を包んで揉む。

 傷だらけの乳房を刺激されると痛みもある。

 しかし、その痛みさえもなぜか、愛撫による刺激と同じように、朱姫の淫情を呼び覚まし、朱姫に甘い吐息と声を出させてしまう。

 身体を揺らされ、折られている手足に鋭い痛みが襲う。

 しかし、その痛みを快感が上回る。

 

「はう、はあっ──」

 

 やめて欲しい。おぞましい──。

 そう思う反面、気持ちいいという感覚もだんだんと大きくなる。

 乳房だけが、まだ激痛が襲っている身体と別の器官のように喜悦を産み出し、じわじわと全身に性感を送り出す。

 宝玄仙に調教され尽くした身体は、どんな愛撫でも快感をむさぼり集めてしまう。

 股間にどんどん淫液が溢れるのがわかる。

 

「感じてるぜ、こいつ」

 

 胸を揉みながら男が馬鹿にしたように言った。

 抗議したかった。

 しかし、男の指が今度は朱姫の股間に移動した。

 

「ひんっ」

 

 股間に触れられた途端に物凄い甘美感が朱姫を襲った。

 指が朱姫の股間の亀裂から尻側の孔まで刺激する。

 力を失ったはずの下肢が、呼び起こされた官能に左右にくねり出したのがわかった。

 

「面白いな。いままで遊んだ、どの女囚よりも敏感だぞ、こいつ。もう、びしょびしょだ。鞭打ちで感じていたに違いないぜ」

 

 そんなことはない──。

 そう言いたかった。

 

 しかし、男の指は確実に朱姫の性感を呼び覚ましていく。

 男の指が朱姫の亀裂の奥に入ってきた。

 そして、ぴくぴくと左右に動かされる。

 

「ひいいんっ」

 

 歯を食い縛った口から大きな嬌声が漏れ出てしまった。

 

「まだ、娘のくせに、おそろしく淫乱な身体だ」

 

 朱姫をいたぶっている男が嬉しそうに声をあげた。

 そして、態勢を入れ替える。

 朱姫の身体を抱えるように持ちあげたときには、もう、下袴を脱いでいた。

 

「少し上げろ」

 

 折れた腕を吊る鎖が引き上げられる。

 朱姫の身体が立っている男の腰のあたりまで引きあがった。

 男は朱姫の両膝の下に手を入れて朱姫を持ちあげた。

 自然に朱姫は大きく股を開いたみっともない態勢になる。

 

「いやっ」

 

 さすがに羞恥を感じて声をあげる。

 しかし、男の勃起した男根に向かって、朱姫の股間の中心が降ろされていくのに気がつき、大きく動揺した。

 

「ふ、ふううっ」

 

 抗うことはできない。

 楽々と朱姫の股間は男の怒張に突き挿さった。

 すべての体力と筋力を失ったいま、深々と突き挿さった男の性器は、もう男の意思なしでは抜けることはない。

 

 再びからからと鎖が鳴る。

 朱姫の身体は、男に股間を貫かれたまま、丁度腰を男の男根に固定するような位置に吊りあげられた。

 身体が宙に吊られた状態で、男根が突き刺さった腰が上下左右に揺り動かされた。

 

「ふううん」

 

 五体を焼き尽くすような喜悦が腰が動かされるたびに次々に襲ってくる。

 そして、その揺れはだんだんと大きくなる。

 朱姫が感じる大きな官能の激情もそれに従い大きくなる。

 やがて、揺れは身体を激しく揺すられるような大きなものになった。

 

「はん、ひん、ふうっ」

 

 朱姫は止まらない淫情の嵐にあられのない声をあげた。

 腰を、背中を、そして、脳天を甘美な衝撃が駆け抜ける。

 激しい痛みと快感が混じり合い、朱姫の味わったことのない未知の感覚が起きようとしている。

 

 天井を仰いだ。

 朱姫を吊る滑車が見える。

 なにかが朱姫の身体を駆け抜けた。

 

「ひいいいいっ──」

 

 朱姫は大きく声をあげて衝き抜けた昇天に身を任せた。

 

「いっちまったぜ」

 朱姫を犯している男が嬉しそうに叫んだ。朱姫を揺らす腰の動きはまだ続いている。すぐに第二弾の衝撃が朱姫を襲う。

 

「ここで拷問中に犯されて、本当にいく女は初めてだぜ。俺にも代わってくれよ」

 

 大きく股間が抉られる。

 途方もない快感がまた、朱姫を突き上げる。

 

「じゃあ、俺もいくぜ」

 

 朱姫を抱えている男が言った。

 

 意識が遠くなる。痛みも消える。

 天にも昇る感覚に次第に朱姫は酔っていた。

 

「いく、また、いきます──ごめんなさい──」

 

 朱姫は狂ったように叫んで、砕け散る甘美の爆発に全身を委ねた。

 男が精を放ったのがわかった。

 

「交代だ」

 

 二度目の絶頂に達したばかりの朱姫の身体が次の男に渡された。

 

「三人の相手が終わったら、また気を失うまで鞭打ちだ。そして、また、犯してやる。それから、鞭打ち──。今日は、その繰り返しだ」

 

 その兵の怒張が精液と淫液でびしょびしょの朱姫の女陰に突き挿さっていく。

 

「こんなのはどうだ?」

 

 朱姫の腰を抱いて兵は、朱姫の身体をくるくると回し出した。

 

「ひゃああっ──」

 

 そこからやってくる劣情の嵐に朱姫は吠えるように嬌声をあげていた。

 

 

 *

 

 

「臭いな」

 

 訊問をする兵たちとともに入ってきた奔破児は最初にそう言った。

 横になっていた九頭女(くずじょ)は、兵たちによって囚人服を左右から引っ張られて、引き起こされた。

 全身の痣や折れている骨に激痛が走る。

 それでも、九頭女は込みあがる呻き声を耐えた。

 

 そして、九頭女は石畳の床の上に、両膝を折り曲げて座らせられた。

 その九頭女の前に奔破児がすっと立つ。

 泣きはらした顔を見られたくなくて、九頭女はさっと顔を伏せる。

 

 両手は後ろ手に手枷で拘束されている。

 左右の足首にも肩幅程の長さで鎖が繋がった足枷がつけられている。

 九頭女が遣い手だとわかったことで、夜休むときにもこうやって拘束されることになったのだ。

 だから、つけさせられたおしめも自分で交換することはできないし、身体を洗うこともできない。

 もっとも、身体を洗う水などここにはありはしないが……。

 

「おしめの匂いか。おい、お前たち、明日から俺の訊問の前には、こいつのちゃんとおしめを替えておけ」

 

 奔破児が呆れたように周囲の兵に言った。

 

「へえ、でも替えても替えても、きりがないんですよ。こいつは昨日尻の筋が切れちまって、くせえ便が垂れ流しなんで。これでも、一刻(約一時間)前に替えたばかりですよ」

 

「ちっ」

 

 奔破児は舌打ちした。

 九頭女は、伏せた顔をできるだけ無表情を装って、固く口を閉ざした。

 悪態をつきたかったが、口を開けば、また涙が落ちそうだった。

 この男たちの前で哀れな姿をもう見せるのは嫌だ。

 奔破児が髪の毛を掴んだ。髪の毛を引っ張られて強引に顔をあげさせられる。

 

「お前の尻が臭いと言ってるんだ。なんとか言ったらどうなんだ、九頭女」

 

 心臓が止まるほどの屈辱感に、九頭女の全身はわなわなと震えた。

 昨日の訊問では、九頭女は裸身を宙吊りにされ、股間と肛門に棒を突き挿されて、全身を棒で打たれた。

 股間と肛門に挿した棒を固定して、滅茶苦茶に棒を打ち身体を大きく揺らされたのだ。

 さらには、股間に突き挿さった棒を左右に回したり上下に動かされた。

 

 その結果、九頭女の肛門と膣の筋は切れ、穴を締めることができなくなったらしい。

 おそらく股間の骨も砕かれている。

 異物を入れられて乱暴にされた女の孔とお尻の穴は、もう使い物にはならないくらいにぐちゃぐちゃに壊された。

 

 だから、血の混じった糞尿が垂れ流し状態になってしまった九頭女に閉口した兵たちが、九頭女の股間に布を巻き、床が汚れないようにしたのだ。

 

「こうなったら、城郭一の美妓ももう終わりだな。糞便で汚れたお前の女陰など、もう誰も一物を入れたいとは思わんだろう──。しかし、お前らも馬鹿だな。どうせ、壊すなら味わってから壊せばよかったのに、いきなり壊しちまったら使えないだろう」

 

 周囲が嘲笑に湧く。九頭女はあまりの怒りに全身の血が沈み身体が冷たくなるのを感じた。

 こいつらは、女囚を人間とは思っていない。

 昨日も訊問と言いながら面白がって九頭女の性器を壊しただけだ。

 

「……まあいい。ところで、そろそろ、知っていることを白状したくなったか、九頭女?」

 

 奔破児が言った。

 

「こ、これ以上、なにほないわ。殺しひなさい」

 

 九頭女は言った。

 昨日の拷問で前歯を抜かれたので空気が漏れてうまく喋れない。

 九頭女が舌を噛んで自殺できなくするための処置らしい。

 身体が屈辱で震える。口を開いたことで、ついに耐えていた涙がこぼれた。

 

「前歯がないと、なんか間の抜けた顔になるんだな。尻も女陰も顔も壊れてしまったお前には、もう、女の価値もないな。まあ、それはそれで、お前を犯しにくる兵はいないだろうから、この地下牢ではよかったかもしれんがな」

 

 奔破児は言った。

 九頭女はまた黙って、恥辱に耐えた。

 

「聞きたいことを白状すれば、殺してやる。さっさと喋るんだ。お前が誰に使われているのかは予想がついてる お前に指図をしているのは誰だ? この城郭や帝都にはお前の妓楼だけじゃなくて、ほかにもお前たちの手の者が集まっている場所があるな? そこはどこだ? 訊きたいのはそれだけだ」

 

 奔破児は九頭女の髪を掴んで、顔を引き上げさせたまま言った。

 昨日の訊問でも奔破児は常に同じことを訊いてきた。

 この奔破児は軍人だが、隊を指揮するというようなことが役割ではなく、この国の叛乱分子を洗い出して処置をするということが役割なのだろうということはわかった。

 

 奔破児が知りたいのは、九頭女の結びついている叛乱、つまり、梁山泊のことのようだ。

 半月ほど城郭を騒がした閻魔女騒動のことは、それほど気にしていないみたいだ。

 閻魔女騒動は、きっかけだけで、奔破児の真の狙いは、怪しいと睨んだ九頭女からいろいろと訊き出せる状況ができたいま、可能な限りの叛乱の情報を手に入れたいのだろう。

 

 九頭女の裏の仕事は、確かに、この城郭から、ずっと離れた距離にあるの梁山湖を拠点とする梁山泊の叛乱と結びつている。

 その梁山泊の頭領である晁公子、あるいは、その参謀の呉瑶麗が九頭女に指示をする人物だ。

 しかし、それを白状する気などない。

 

 ひと言も喋らず拷問で死ぬ。

 もうその肚は決まっている。

 悔悟は自分たちの闘争に巻き込んでしまった宝玄仙や朱姫のことだ。

 沙那と孫空女はどうやら逃げおおせているようだが、九頭女の道術が封じられているように、宝玄仙や朱姫の道術も封じられているのだろう。

 店の女たちは、すでに覚悟のある者たちだから一緒に死んでくれるだろうが、できれば宝玄仙と朱姫たちには助かって欲しい。

 

「また、苦しい思いをすることになるぞ。すぐには死ねん。死んで楽になると思うな、九頭女」

 

 話すことなどなにもない。拷問で死ぬか、それともなにも喋らずに処刑されるかだけだ。

 いずれにしても、碧波潭の仲間のことなどひとつも喋らずに死んでみせる。

 奔破児がやっと九頭女の髪の毛を離す。九頭女は首を垂れた。

 その九頭女の眼の前に、奔破児の男根が晒される。

 眼の前の奔破児が下袴を脱いで、九頭女の前に性器を露出させたのだ。

 

「舐めろ──。精を吸い出せ。拒否すれば、お前の店の女をここで拷問して痛めつける」

 

 九頭女の固く閉めた唇に、奔破児の男根の先が突きつけられる。

 昨日からの奔破児の物言いから考えると、一緒に連れてこられた店の女は二十人近いようだ。

 彼女たちは訊問を受けているが、九頭女のように荒々しい拷問は受けていないらしい。

 それは奔破児の狙いが九頭女にあるからだ。

 もっとも、朱姫は別だ。

 

 朱姫は閻魔女活動のことを白状させるために拷問を受けている。

 それは奔破児が言っていた。

 そして、いまでも頑張っているらしい。

 

 いずれにしても、九頭女がいま奔破児の男根を舐めなければ、店の女たちをここで拷問するという。

 いずれは殺されるのかもしれないが、できれば楽に死なせたい。

 九頭女は口を開く。

 前歯のなくなった口で奔破児の醜悪な肉塊を口に含む。

 

 こんなやつの性器を吸うなど、その汚辱感に血の気が引く気がした。

 だが、自分のためではない。

 一緒に囚われている仲間に苦痛を与えないため──。

 そう必死に言い聞かせて、九頭女は懸命に奔破児の男根に舌を這わせる。

 

「下手糞だな。やっぱり、お前が遊妓というのは嘘だろ? そんな未熟な性技で妓楼の女は務まらない。どうせ、どうしても床をともにしなければならないときは、お前のふりをした誰かに交替でもしていたのだろう」

 

 奔破児は言った。

 九頭女はどきりとした。

 金光院という遊郭の女主人であり、自らも遊妓であるという触れ込みの九頭女なので、確かにどうしても性の奉仕をしなければならない場合がある。

 そのときには、奔破児のいうとおりに、性技に長ける仲間に九頭女の替え玉をさせて相手をしてもらっていたのだ。

 

 それは、奔破児の言ったとおり未熟な九頭女の技では、客の相手ができないからだ。

 九頭女は必死になって舌を動かした。

 妓楼の女だと思わせなければならない……。

 しかし、どうやってすればいいのか。

 どうすれば、男は精を口に出してくれるのか。

 とにかく、唾液を塗りたくり、懸命に舌を這わせる。

 

「なかなかよくなったが、まだまだだな。お前に比べれば、宝玄仙の舌技は天下一品だったぞ。俺は朱姫にはやらせてはいないが、兵たちによれば、朱姫もまた舌遣いが上手らしい。それに比べれば、お前は素人だ──駄目だな。そんなんじゃあ、いつまでもいけん」

 

 奔破児は、また九頭女の髪を掴んだ。

 そして、男根を含んでいる九頭女の顔を激しく前後に動かし始めた。

 

「んんん──」

 

 苦しさに九頭女は思わず呻き声を洩らした。

 しかし、奔破児はそれには構わず、九頭女の顔を自分の性感を発散させる道具であるかのように、荒々しく九頭女の口中に自分の男根を擦りつけている。

 奉仕をさせるではなく、九頭女の顔を遣って自慰をしているのだ。

 

「いまのお前の口は、この程度しか使い道がない」

 

 九頭女の屈辱感を呷るように奔破児が言う。

 しかし、九頭女はそれどころではない。

 大きな男根の先で喉の奥を突かれ、嘔吐感に繰り返し襲われている。しかも、息をする場所も塞がれて苦しい。

 その九頭女の口の中に突然、奔破児の精の飛沫がかかった。

 精を出したのだ。奔破児が九頭女の顔を動かすのをやめた。

 

「一滴残らず飲み干せ」

 

 奔破児は、九頭女の顔を自分の股間に押しつけたまま言った。九頭女は屈辱に蒼ざめる思いだったが、これも仲間のためだと言い聞かせて口の中のものを喉の奥に受け入れる。

 奔破児の精を飲み干すのを見計らったように、口が股間から離された。

 

「どうだった、九頭女? もしかしたら、男の精は始めて飲んだか? 遊妓であれば、後始末も当たり前。だが、お前はこんなことはやったことがなかったのだろう」

 

 奔破児は言った。

 

「ひょ、ひょんな、ことは……」

 

 九頭女は否定した。

 歯から漏れる自分の言葉が、九頭女の情けなさを拡大する。

 

「じゃあ、今日の訊問を始めるか。おい、後ろ手の手首に鎖を繋げ」

 

 兵が群がり、九頭女の手首に天井から伸びた鎖が引き上げられる。後ろ手の両手首が背中で引かれて、自然と九頭女はその場に立ちあがらされる。

 

「もう一度、訊くぞ。知っていることを喋る気になったか?」

 

 奔破児が九頭女の顔を覗き込むようにして言った。九頭女は眼を逸らして横を向く。

 

「まあ、あと三日もすればなんでも話すだろうさ」

 

 九頭女の背中に回った奔破児が九頭女の背中で吊られている手を掴んで言った。

 そして、次の瞬間恐ろしい激痛が指から走った。

 

「ひぎゃあああぁぁぁ──」

 

 九頭女は全身を揺り動かして絶叫する。その九頭女の身体を数名の兵で押さえつけられる。

 耐えられない衝撃が指からやって来る。

 九頭女は狂ったように悲鳴をあげた。

 

「爪の間に針を刺されるのは効くだろう? 全部で二十本もある。果たして、何本目でお前は喋る気になるのかな。それで喋らなければ、金具で一枚ずつ爪を剥ぐ。苦痛を終わらせたければ、さっさと喋ることだ」

 

 九頭女の背中で、指に突き刺さっている針がぐりぐりと動かされた。

 一瞬、意識が遠くなるほどの衝撃に頭が白くなるのを感じた。

 そして、次の瞬間には、喉が焼けるような悲鳴を口から迸らせていた。



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232 調教される女と死にかけ女

 宝玄仙は、宝玉と向き合っていた。

 自分の意識の中だ──。

 

 久しぶりに面と向かって語る宝玉は、急にひと回り小さくなった印象を受ける。

 なにかに怯えていて、おどおどしている。

 こんな宝玉は、最近は見ていなかった。

 だが、これは、闘勝仙に嗜虐されていた頃の宝玉だ。

 沙那たちと遊ぶために表に出てきている最近は、宝玉はいつも愉しそうで、生き生きとしている。

 そして、堂々としていて、

 この頃では、宝玄仙さえも圧倒するような存在感もあった。

 

 しかし、その宝玉は、いま、かつての弱々しかった宝玉に戻りかけている。

 宝玄仙は思い出さざるを得なかった。

 闘勝仙の嗜虐を一身に背負った宝玉は、闘勝仙の存在がなくなっても、宝玉として表に出てこれるようになるまでに、一年近い時間を要したのだという事実を──。

 

「宝玉、言っておくけど、わたしが願わない限り、もう勝手に出て来るんじゃないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わたしを除け者にするの、宝玄仙? ふたりでこの身体を使うという約束でしょう」

 

 宝玉は皮肉っぽくそう言ったが、宝玄仙には、その宝玉の空元気の下にある心の疲労感を相手から感じていた。

 同じ人間なのだ。

 宝玉の感じることは、宝玄仙も感じる。

 

 宝玉は、千代婆の責めに屈しそうな宝玄仙を心配して、度々出てくるが、宝玉は弱い。

 いや強いのだが、それは弱くなることで存在を保つ強さだ。

 それが宝玉という人格の本質だ。

 

 千代婆の責めを受けることで宝玉は、かつて闘勝仙に調教され尽くした日々を思い出そうとしている。

 それが宝玉をいまの弱々しい宝玉にした。

 

 もともとのひとりの人格である「宝玄仙」を、いまの宝玄仙と宝玉で分け合った。

 宝玄仙は、元の「宝玄仙」の強い部分と嗜虐癖を受け持ち、宝玉は残った「宝玄仙」の弱い部分と被虐癖を受け取った。

 宝玄仙が闘勝仙への復讐を、宝玉が闘勝仙から与えられる嗜虐に耐えることを、それぞれに担うためだ。

 

 確かに宝玉は、宝玄仙よりも心の耐性が強いのかもしれない。

 しかし、それは宝玉が相手に屈服し、自分を殺して相手を受け入れるという手段により成り立っている。

 その結果として、自分という存在を擦り減らさなければならない宝玉はどんどん自我が消える。

 そして、存在を小さくする。

 これが進めば、また、闘勝仙に責められていた時代のように、必要なとき以外は、この意識の闇の底に眠ってしまうことになるのかもしれない。

 宝玄仙は、それが心配なのだ。

 

「あの糞婆あの責めなんかにわたしは屈したりしないよ、ちょっと、遊んでいるだけさ。お前の出る幕じゃないよ、宝玉」

 

「わたしは被虐を受け持ち、あなたは嗜虐を受け持つ──。それでいいんじゃないの?」

 

 宝玉は言った。

 

「お前だって、赤の他人に責められるのが好きなわけじゃないだろう? 沙那たちと遊ぶのは好きだろうけど、愛情のない被虐には、本当は耐えられない……。そうだろう、宝玉?」

 

「あなただって、それほど強いわけじゃないわ」

 

「心配しなくてもいい。さっきも言ったけど、遊んでいるだけだ。いずれ、沙那たちが助けに来るさ。そして、助けられる。そしたら、またあいつらと遊ぼう。そのときは、変わってやるよ。お前は、あいつらと遊ぶのが好きなんだろう?」

 

 宝玉の負担が大きすぎると、宝玉は自分を出せなくなった頃のときのようになってしまう。

 あんなに愉しそうに表に出ることができるようになった宝玉──。

 それを、宝玄仙を守るためという理由で失わせたくない。

 

「でも、いつでも言って。わたしは、激しく責められることで濡れる女よ」

 

 宝玉は言った。

 

「実は、わたしも同じさ」

 

 宝玄仙は白い歯を宝玉に見せた。

 

 

 *

 

 

 はっとした──。

 

 そして、ここが、宝玄仙が囚われている奔破児の準備した家であり、相変わらず全裸で拘束されている自分に気がついた。

 首に嵌められた首輪についた手錠によって、首の後ろに両手首を固定されている。

 また、両足首にも枷がつけられていて、その間には、肩幅ほどの鉄の棒がある。

 だから、宝玄仙は開いた脚を閉じることができないのだ。

 

 そして、さらに、首は天井から伸びている鎖に繋がっている。

 いまは、その鎖は余裕をもって床に垂れているので宝玄仙は横になって休むことができていたようだ。

 

 首に繋がった鎖は、宝玄仙がここから逃げられないようにするための処置だ。

 もっとも、宝玄仙には、この部屋の外がどうなっているかわからないし、首に繋がっている鎖がなくても、道術が遣えない宝玄仙には、手枷と足枷をはずせないために逃亡の手段がない。

 

「眼が覚めたのかい、宝玄仙? なにかぶつぶつ言っていたね」

 

 横になっている宝玄仙を見守るように座っていた千代婆が愉悦に満ちた表情を見せる。

 その表情に腹が立つ。

 絶対に仕返しをしてやろうと心に決める。

 

「くっ」

 

 不自由な身体を揺すりながら宝玄仙は上半身を起こす。

 身体がだるい。

 これは、何度もいかされ続けられた後の身体の重さだ。

 千代婆の横に大小さまざまな形の張形が並んでいる。

 おそらく、宝玉は、その張形で連続の絶頂責めに遭っていたに違いない。

 

「お疲れのようだから、少し、休ませてやったけど、少しは元気が出たかい。ひひひ」

 

 千代婆が乾いた笑い声をあげる。

 

「い、いまは、何刻ごろだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 部屋の中は燭台の灯りで照らされているが、外はもう暗い。

 いまが、夜だということはわかるが、まだ宵の口なのだろうか……?

 それとも朝に近いのだろうか。

 

「まだ、陽が暮れたばかりさ。お坊ちゃまは、今夜は戻るかどうかわからないよ。朝までには必ず戻るだろうけどね。待ち遠しいだろう? それまでは、この千代婆がお前を慰めてやるからそれで我慢しておくれよ」

 

「あいつなんて待っているわけがないだろう? ふざけるんじゃないよ」

 

 宝玄仙は千代婆を睨みつけた。

 

「おやおや、ひと眠りしたら、随分と元気が出てきたじゃないか。そうでなければ張り合いがないというものさ。さっきまで随分と従順そうだったから、すっかりと屈伏してしまって、もう調教の必要はないのかと思ったくらいだったよ」

 

「お前のようなくたばり損ないの責めに、この宝玄仙が屈するはずはないだろう。弱くなったふりをしてやっただけさ」

 

 宝玄仙は言った。

 実は千代婆の責めが強くなると、すぐに宝玉が代わって表に出てきてしまっていた。

 だから、宝玄仙はその間の記憶がないし、どんな風に宝玉が耐えていたかを知らない。

 だが、これ以上の負担は強いたくない。

 もう、宝玉には交替させない。

 こんな老婆相手に屈服などするわけがない。

 

「そうかい、さっき、昼間にお坊ちゃまが戻って来たときには、随分と熱心にお坊ちゃまの肉棒をしゃぶっていたじゃないかい。やっと、お坊ちゃまの妾になる決心がついたかと思ったのにね」

 

「わたしが、あいつの肉棒をしゃぶった?」

 

 宝玉は、そんなことまでやったのかと驚いた。

 

「覚えてないのかい? 時々お前はおかしなことを言うね。今日の昼間どころか、昨日の朝だって、お前はお坊ちゃまの肉棒をおいしそうにしゃぶったよ。素晴らしい舌技だとお坊ちゃまは感激だったよ」

 

「ちっ」

 

 次に同じことを宝玄仙にさせようとしたら、あの女男の道具を噛み切ってやろうと思った。

 

「それにしても、本当に尻が弱いんだねえ」

 

「う、うるさいよ」

 

 尻を責められたことも覚えていない。

 もっとも、この宝玉仙の姿の宝玉がこの老婆の前に醜態を晒したことは予想がつく。

 だが、このときになって、宝玄仙は身体に異様な火照りと甘い疼きを感じ始めた。

 宝玉が千代婆の張形責めに逢っていたのなら、絶頂直後の身体のだるさは当然だが、いまの宝玄仙には、もっと別の官能の疼きが沸き起こっている。

 そして、それは股間だけではなく、ふたつの胸の膨らみの先端からも感じている。

 

「ち、千代婆、お前、わたしになにかしたかい?」

 

 当惑した宝玄仙は、千代婆に向かって叫んだ。

 

「眠っているうちに、この千代婆の“吠え油”を塗ってやったよ。お前の股間と胸にたっぷりとね。この前の“泣き油”ほどには痒くはないよ。その代わり、女の身体の敏感な場所が、疼いて疼いて仕方がなくなるというものだよ」

 

 千代婆がまた下品な笑い声をあげる。

 

「くうっ」

 

 宝玄仙は歯噛みした。また、ろくでもない媚薬を身体に塗ったのだ。

 

「千代婆と遊びたくなったら言っておくれ。いつでもいじくってやるからね。それから“吠え油”は一度使われたら最後、どんなに強情な女でも、自分が自分でなくなり、快感に吠えることになる。だから、“吠え油”というのさ」

 

 千代婆は言った。

 宝玄仙は、こんな道術も遣えないような人間の老女にいいように弄ばれる悔しさに耐えられずに、千代婆の反対側に身体を向ける。

 しかし、一度自覚すると、千代婆の塗った淫油は、宝玄仙の羞恥の部分に激しく襲いかかってくる。

 だんだんとじっとできないほどの掻痒感になり、次第に身体に震えが走ってくる。

 

 それにしても──。

 

 千代婆は、痒さは大したことはないと言っていたが、胸と股間を襲うむず痒さはどんどん強くなる。

 思わず太腿に力を入れるが、足首に棒を挟まれている宝玄仙には腿を擦り合わせて痒さを紛らすこともできない。

 

「どうしたんだい、宝? 随分と汗をかいてきたけど」

 

 背中から千代婆はからかうように言った。

 

「う、うるさいよ……。か、痒いんだよ。わかっているだろう?」

 

 宝玄仙は振り返ることなしに声をあげた。

 

「痒い? 蚊にでも刺されたかい?」

 

 千代婆は後ろから宝玄仙の太腿の内側を柔らかく擦った。

 

「ひぎっ──。さ、触るんじゃないよ」

 

 宝玄仙は手を払おうと、身体を左右に捩じった。

 千代婆が刺激しているのは、宝玄仙を悩ましている痒い部分の外側の腿であり、関係のない部分を刺激されることで、肝心な部分の痒さがさらに増してくる。

 年寄りのくせに思ったよりも力が強い千代婆は、もう一方の手で宝玄仙の胴体を掴み、いやがらせの刺激を太腿にさわさわと与えてくる。

 

「おっぱいを揉んで欲しいんじゃないのかい?」

 

 千代婆は背後から宝玄仙の耳元でささやいた。

 宝玄仙は黙ったまま、手錠に拘束されて頭の後ろの両手をぎゅっと握った。

 こんな老婆に屈服するなんて死んでも嫌だ。

 

「ほら、乳を揉んでくれと頼んでごらん。こんな風に気持ちよくなるよ。千代婆の“吠え油”は、痒いだけじゃないよ。この世のものとは思えない快楽をお前に与えてくれるよ」

 

 そして、千代婆は、背後から両手で宝玄仙の無防備な乳房を掴み、すくい上げるように揉みあげてきた。

 

「はひっ」

 

 思わず声をあげた。

 掻痒感に襲われていた乳房を揉まれた瞬間の溶けるような法悦はもの凄い峻烈さだった。

 乳首がこれ以上ないというくらいに勃起して充血する。

 

「こっちは、どうだい?」

 

 千代婆の手が股間に伸びる。

 千代婆の指は宝玄仙のむっちりとした太腿の付け根を揉むように撫であげる。

 しかし、いっこうにむず痒さの頂点である、その奥には伸びてこない。

 

 もっと奥を──。

 

 その言葉が喉まで出かかるのだが、それはどうしても口から出てこない。

 しかし、ますます掻痒感は増していく。

 宝玄仙は知らず、自分の股間を千代婆の指に向かって押し当てていた。

 

「あうっ」

 

 一瞬だけ痒みが収まり、そして、そこから官能の大きなうねりが湧き起きる。

 

「そんなに股を指に擦りつけないでおくれ。それとも、また、千代婆に調教されたくなったかい、宝?」

 

 千代婆の手がすっと離れた。

 快感を置き去りにされた宝玄仙は、はっとして、悔しさを噛みしめる。

 しかし、誘発されたむず痒さは、どうしようもなく宝玄仙に襲いかかる。

 もう悔しいだとか言っていられない。

 頼りのない一瞬だけの愛撫は、宝玄仙を苦しめる掻痒感を助長しただけだ。

 

「さ、触っておくれ、千代婆」

 

 宝玄仙はついに口にしていた。

 

「もっと、大きな声で言っておくれよ。歳のせいか、最近耳が遠くてね」

 

 千代婆が勝ち誇ったような顔をして宝玄仙を見る。

 しかし、もう駄目だ。

 

「わ、わかったよ、千代婆。触っておくれ。お願いだよ」

 

 もう限界だった。

 これ以上は我慢できない。

 

「調教されたいんだね?」

 

「そ、そうだよ。調教でもなんでもいい。これをなんとかしておくれ」

 

 これは、屈伏ではない。

 いまは、この老婆に一時的に従う緊急の避難のようなものだ。

 自分に言いきかす。

 

「じゃあ、乳を揉んでくれと言いな、宝」

 

「ち、乳を揉んでおくれ」

 

 もう宝玄仙は躊躇いなく言った。

 

「いいよ」

 

 千代婆は宝玄仙の乳房を無造作に掴んだ。

 

「ほうっ」

 

 思わず大声が出て自分でもびっくりした。

 異様に火照った乳房を揉まれたときの快感は、宝玄仙の予想を遥かに越えたものだった。

 そして、確かにこれを繰り返し使われたら、自分は自分でなくなるのではないか。

 そんな恐怖も感じた。

 

「“吠え油”の本領発揮だろう?」

 

 千代婆はからかうような口調で言う。

 しかし、いまや、それもあまり気にならない。宝玄仙は、さっき味わった快感──。

 それを強烈に求めていた。

 いままでに経験したことのない強烈な愉悦に、宝玄仙は渇きに苦しむ者が水を求めるような渇望感でいっぱいになった。

 

 そして、それに耐えようとしても、そんな叛逆の気持ちを嘲笑うかのようにあの痒さが戻ってくる。

 また千代婆が乳房を揉む。

 すると、痒さが癒え、同時に、あの毒に犯されるような快感が襲う。

 しかし、それもすぐになくなり、また、痒みとあの快感への渇望の中毒症状が襲う。

 宝玄仙は、すでに追い詰められていることに、気づかざるを得なかった。

 

「も、もう一度だよ……」

 

 いつまで経っても与えられない次の刺激に、宝玄仙は思わず声が出た。

 あの快感を知ってしまったら、もうこれなしでは耐えられない。

 恥を晒してもいいから、あと一度だけ……。

 

「ほらっ」

 

 千代婆が宝玄仙の乳房を抉るように十本の指を食い込ませる。

 そのまま、揉みしだかれると宝玄仙は、沸き起こった甘美感に震えながら声をあげた。

 しかし、また、手が離れる。

 また、戻って来る痒みと快楽への渇望──。

 

「いい加減にしておくれよ。もっとだよ――」

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 しかし、千代婆はそれを無視してすっと立ちあがった。

 そして、部屋の隅から盆に載せた食膳を運んでくる。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

「この先は食事の後さ。この千代婆が世話をするから、ここにあるものを全部食べておくれ。ちゃんとお前に食事をとらせるようにとお坊ちゃまに言われているんだね」

 

 千代婆は、宝玄仙の前に食事の乗った台を置く。

 

「な、なに言っているんだよ。い、いま、この状態で食事しろというのかい?」

 

 冗談ではない。この痒みを癒してくれるのはではないのか。

 そのために恥を忍んで、屈辱的な言葉を口にしたのだ。

 

「約束通りに慰めてやるよ。でも、それは、食事を平らげてからさ。ほれ、口を開けな」

 

 千代婆が嬉しそうに箸でつまんだおかずを宝玄仙に向かって伸ばす。

 この期に及んでの嫌がらせ──。

 その仕打ちに宝玄仙は、怒りで眼の前が暗くなる。

 

 だが、千代婆に従うこと以外の選択肢は宝玄仙にはない。

 恥辱感と掻痒感に眼がくらみそうになりながらも宝玄仙は、屈辱に耐えて、仕方なくその口を開いた。

 

 

 *

 

 

「……きて」

 

 身体を動かされる。

 

「……起きなさい、朱姫」

 

 また、声がした。

 朱姫は拷問に消耗した身体を懸命に寝返って、声の方向を見た。

 

「ひいっ」

 

 そこにいたのはひとりの王兵だった。

 その朱姫の悲鳴をその男の手が塞いだ。

 

「静かにしなさい」

 

 その兵が、いつもの牢番のひとりだと気がつき、朱姫は悟った。

 また、拷問の始まる一日が始まるのだ。

 

 牢番がやってくる。

 そして、奔破児が来て朱姫を犯す。

 それから、訊問係の拷問──。

 

 三日間繰り返された同じ日課だ。

 

 違うのは、一日ごとに、拷問よりも犯される時間の方が長くなっているということだ。

 二日目の拷問の最中に、訊問係の愛撫で何度も絶頂してしまった。

 それで感じやすい朱姫の身体を面白がって、多くの兵が朱姫を訊問したがったらしい。

 二日目に三人だった訊問係がその日は十人だった。

 おかげでその分は、棒打ちの時間は短かったと思う。

 

 今日で四日目──。

 また、拷問の一日が始まる。

 

 不思議にも恐怖のようなものはない。

 今日も始まる──。

 思うのはそれだけだ。

 

 男に対する怖気はある。

 だが、まるで感情がなくなったのように心が弛緩している。

 

「いいわね。静かにするのよ、朱姫」

 

 牢番の物言いに朱姫は当惑した。

 続いて兵がもうひとり入ってきた。

 なにか大きなものを抱えていて、それを床に置いた。

 どうやら死んだ女囚を運ぶための屍体袋らしい。

 

「あまり、時間がないよ、沙那。巡回はすぐに来ると思うよ」

 

 その続いてやってきた兵がささやいた。

 

「沙那──? 沙那姉さん?」

 

 朱姫は声をあげた。

 その口が再び塞がれた。

 

「ばか朱姫、声をあげるんじゃないのよ」

 

 慌てて朱姫の口を押さえた兵が言った。

 どう見ても牢番の兵だ。

 そして、大きな袋を抱えて床に置いた兵も王兵だ。

 しかし、いま、確かに沙那と呼んだ気がする。

 それとも、いまのは空耳だったのか。

 

「わたしたちよ。『変化の指輪』よ──」

 

 口を押さえたまま、その兵が言った。

 沙那なのだ。

 そして、もうひとりは孫空女。

 

 朱姫の眼から安堵の涙がぼろぼろと流れる。

 『変化の指輪』は、指に嵌め、そして、変身したい相手の体液をすすることで、その相手に変化をさせるための霊具だ。

 以前、使ったことがあるので朱姫も覚えている。

 随分昔だが、闘勝仙の連れてきた教団兵から脱するために使った。

 あのときは、宝玄仙の操る兵に『変化の指輪』を使って、沙那と朱姫に変身させるということをやっていた。

 

「大事なことを言うわ、朱姫。よく聞いて」

 

 男の兵の姿の沙那が言った。

 朱姫は頷いた。

 

「わたしたちは、やっと牢番に成りすましてここに潜入できたの。それで、金光院で捕えられた者は、九頭女も含めて、みんなここにいるのは確認したわ。だけど、ご主人様だけがいないの。この軍営のどこにもいないのよ──。あなた、心当たりある?」

 

 宝玄仙がいない──?

 

 朱姫は驚いた。

 九頭女も宝玄仙もここに囚われていると思っていた。

 宝玄仙も道術を封じられて、この軍営のどこかに監禁されていて、もしかしたら、自分と同じように拷問を受けているかもしれないと思っていた。

 朱姫はそう言った。

 

「そう……。まあ、いいわ。とにかく、あなたのことよ」

 

 兵の沙那が、合図をすると、孫空女であるらしい兵が屍体袋を開いた。

 沙那に助け起こされた朱姫は、その中にひとりの女囚を見た。

 屍体袋に入っているから遺体だと思っていたが、かすかに息があるようにも見えた。

 

「この死にかけた女囚を見つけるのに苦労したわ。彼女はまだ、死んでないわ。でも、もうすぐ死ぬと思う。わたしたちは、その遺体を片づけるのが仕事なの」

 

「はい……」

 

 朱姫は返事をした。

 

「だけど、死ぬのはあなたよ」

 

 朱姫を見る沙那の姿の兵が、不気味に微笑んだ。

 

「さ、沙那姉さん?」

 

 朱姫は思わず呟いた。



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233 泣き油…吠え油…狂い油

 激しい張形責めで意識を失った宝玄仙に、拘束したまま、“吠え油”という媚薬効果の強い掻痒剤を乳房と股間に塗ってやった。

 

 塗ってやった瞬間こそ、耐えるような仕草を見せたが、ほんのちょっと刺激してやったらそれで終わりだった。

 

 案の定、宝玄仙は屈辱に顔を歪めながらも、千代の責めを求めてきた。

 あの淫油に耐えて自制心を保てる者などこの世にはいない。

 こうなれば、あとは千代の手で踊っているようなものだ。

 限界まで千代の手管で責めたてて、奔破児(ほんはじ)に相応しい従順な奴隷妾として調教していくだけだ。

 

 まだ、三日目だ。

 奔破児と約束をした一箇月には随分ある。

 時間は幾らでもある。

 千代の培った性の技を駆使して、宝玄仙を千代と奔破児の与える性の虜にする。

 ここで与える快楽の中毒にしてしまい、奔破児から離れられなくするのだ。それで宝玄仙は堕ちる。

 

 それにしても──。

 

 この数日垣間見せる宝玄仙はなんなのだろう。

 責めが強くなると、急に口調が変化し、意思が弱くなったように従順になる。

 そして、責めが休みになると、勝気で性格の強い宝玄仙に戻る。

 そのうえ、不可思議にも、その宝玄仙は、その間の記憶を亡失しているかのような物言いをする。

 あれはなんなのか?

 とにかく、いま、この瞬間は、いつもの宝玄仙だ。

 

「それにしても、いい身体をしているよねえ」

 

 床の上に足を開いて寝そべっている宝玄仙を眺めながら千代は言った。

 かたちのいい胸は見事なくらいに仰向けになっても崩れず、そして腰の括れから豊かな腰に至る美しい曲線は完全な美の均衡を描ききっている。

 そして、この美貌──。

 性格はお世辞にも女らしいとはいえないが、時折見せる可愛らしさは、もしかしたら、逆に男心をくすぐるのかもしれない。

 いずれにしても、奔破児がひと目惚れした女だ。

 なんとしても、完全に屈服させてみせる。

 

「そ、それよりも、いい加減に──」

 

 宝玄仙は呻いて身体を震わせる。

 もう、少しもじっとしていられないのだろう。

 

「いい加減になんだい? もう少し、お前さんの身体を眺めさせておくれよ。それとも、明日の朝、お坊ちゃまがやって来るまで待つかい?」

 

 千代は苦しそうな宝玄仙に愉悦のこもった顔を見せつけた。

 宝玄仙の顔が歪む。

 

「……く、くそばばあが──」

 

 宝玄仙は、千代の舐めるような視線に耐えられなくなったのか悪態をついた。

 追い詰められそうになると、自分を鼓舞するかのように強気の口調で悪態をつく。

 しかし、それこそ、宝玄仙がぎりぎりの状態になっている証拠だということがだんだんとわかってきた。

 

 食事を先にしないと痒みを消してやらないと脅すと、宝玄仙は恥辱に顔を真っ赤に染めながらも、唯々諾々と千代に従って口を開け、千代が差し出す食べ物を受け入れた。

 “吠え油”の与える痒みと官能の疼きに苛まれながら食事をするのはつらそうだったが、これも調教の一環だ。

 眠っているとき以外は……いや、眠っているときでさえも、官能と淫情を呼び覚まし続け、四六時中淫乱が収まらない身体にしてしまう。それが千代の調教のやり方だ。

 

 わざと時間をかけて宝玄仙に食事をとらせた千代は、宝玄仙を仰向けにさせて、天井から吊っていた鎖を床の壁から伸びる鎖に繋ぎ替え、そして、両脚も大きく開脚した格好でやはり、壁から伸びる鎖で拘束した。

 暴れて手こずるようなら、首だけで宙吊りにして苦しめるというやり方もあるし、筋肉が弛緩する効果がある拭きかけ薬もある。

 

 しかし、宝玄仙は抵抗しようとしなかった。

 指示に従わなければ、痒みを消してやらないとまた脅すと、千代をもの凄い視線で睨みつけながらも、大人しく千代に従った。

 もう、“吠え油”が限界まで宝玄仙を苛んでいるに違いない。

 

「さて、じゃあ、宝にたっぷりと泣いてもらおうかのう」

 

 千代は荷の中から毛筆を取り出して、宝玄仙の身体の横に座った。

 

「お、お前、なに握ってるんだよ」

 

 千代がやろうとしていることに気がついた宝玄仙が顔を引きつらせる。

 千代は宝玄仙を見た。

 いつもは、この辺で宝玄仙の雰囲気が変化する。

 だが、いまはいつもの宝玄仙のようだ。

 

「ひひひ──。ところで、お尻の弱い宝じゃが、ほかにも弱い部分をお坊ちゃまに教えてやらんといかんでなあ。お前さんの弱い部分を白状しな。お尻の穴と女陰、そして、胸はもういいよ。それ以外の部分だよ」

 

 千代は、宝玄仙の勃起した乳首に向かって、乳房の裾から突端に向かって毛筆で撫ぜあげる。

 しかし、もっとも掻痒感が襲われているはずの乳首には触らない。その直前でさっと引きあげる。

 

「いいぃぃぃ──」

 

 宝玄仙は鞭で打たれたかのように胸を弾きあげた。

 限界まで追い詰められた掻痒感は、まだ一度も癒してやっていない。

 時々思い出したように刺激をしてやって、さらに掻痒感が襲うように促しているだけだ。

 そして、“吠え油”の真の恐ろしさは、痒さの向こうに発生する強烈な甘美感だ。

 さまざまな媚薬を使って、女体を思いのままに身体を操って、最後には完全に屈服させる。

 それが千代の得意の責め方だ。

 

「黙っていちゃわからんよ。ほれ、言わんか。お前の性感帯はどこだい?」

 

 千代は、持っていた毛筆を大きく割った太腿で動かした。

 しかし、毛筆は、太腿をすりりと撫ぜたかと思うと、真っ赤に充血している女丘を通り越して、反対側の太腿を撫ぜ戻る。

 

「ひっ、ひいい、くううっ」

 

 宝玄仙が苦しそうに身体を仰け反らせて呻いた。

 

「ほら、言わんか、宝。性感帯じゃ」

 

「し、知るもんか──。そ、それよりも、だ、騙したね。卑怯者」

 

 宝玄仙は顔を真っ赤にして声をあげた。

 

「騙してはいないさ、宝。ただ、その痒みを癒してやる前に、少し身体を調べてやろうということじゃないか。まあいいよ。じゃあ、どこが弱いのか、この千代婆が宝の身体を隅々まで調べてやろうかねえ」

 

 すると、床に仰向けに拘束された宝玄仙の顔が悲痛なものになった。

 そして、真っ赤になった顔で千代を罵った。

 千代は、そんな宝玄仙には頓着せず、跳ね回る宝玄仙の黒い髪の毛を払って右耳を剝き出しにすると、そこに筆を這わせた。

 

「んんんっ──」

 

 宝玄仙が感じてしまったのは丸わかりだ。

 これでも我慢しているつもりなのか、宝玄仙は必死になって、声を耐え、無表情を装っている。

 千代は、まずはその右耳の孔を筆先でまさぐり、縁を撫ぜ、後ろをくすぐる。

 

「あ、ああ……」

 

 結局のところ、宝玄仙は身体をいやらしくくねらせて声をあげる。

 こんなにも感じているくせに耐えているところを示そうとしているのは、可愛げがあるし面白い。

 剝き出しの女陰からは、耳をくすぐったことで、じっとりと愛液が溢れた。

 今度は、左耳を同じように筆で愛撫する。

 宝玄仙は真っ赤になって、千代を睨む。

 

「こ、このくそばばあ──」

 

 宝玄仙が必死の顔で睨む。

 この女が悪態をつくときは、追い詰められているとき──。

 本当にわかりやすい女だ。

 

「耳が弱いのかい? 耳が弱い女は被虐性が強いというがね」

 

「や、やかましいよ」

 

 宝玄仙は悔しそうに千代を見る。

 しかし、すでに身体中がわけのわからない官能の炎に襲われているはずだ。

 

 今度は毛筆をうなじから肩……。

 そして、腕から手首、さらに指の間の一本一本まで丁寧に撫であげる。

 宝玄仙は懸命に声を耐えているが、ほんの微かな肌の動きだけで、千代には、どこが宝玄仙の性感帯が隠れているかがわかった。

 ちょっとでも反応するところがあると、そこを集中的に筆先で擽る。

 するとたちまちに宝玄仙の女陰が反応し、食いしばっている口から嬌声が漏れる。

 そうやって、宝玄仙の身体の中の性感帯をひとつひとつ掘り起こしていく。

 

「じゃあ、ここで遊ぼうか」

 

 千代は宝玄仙の脇の下を筆でくるくるとくすぐった。

 宝玄仙がひきつったような笑い声を出して、身体を苦しそうによじる。

 

「ひい、ひいいっ──あはあっ──。た、頼むよ。はひっ──。や、やめておくれ──」

 

 繰り返し左右の脇とそして脇腹を筆先で擽ると、宝玄仙は脂汗を流しながら笑い苦しみだした。

 

「ひゃあははははは──く、くるしい──くすぐったい──ひゃははは──お願い……お願い……ひゃはははは──」

 

「お願いだからなんなのじゃ。あたしのような年寄りには、はっきりとものを言ってもらわんとわからんよ──。ほれ、ほれ」

 

 だが、宝玄仙がうまく喋ることができないように、くすぐったさのつぼを刺激して、笑いがとまらないようにする。

 宝玄仙は脂汗びっしょりになり、必死になって、やめてくれと叫ぼうとする。

 しかし、千代の筆でそれを阻止する。

 

「や、やめ──ひゃははは──や、めて──ひゃはははは──た、頼む──ひゃはははは」

 

 宝玄仙は死にそうな顔をして笑い苦しみ続けた。

 しばらく、宝玄仙を笑い責めにした後で、すっかりと脱力した宝玄仙をやっと許してやった。

 

 そして、千代は、今度は筆を左右に開いている脚に移動する。

 均整のとれた美しい脚だ。

 それを付け根から上の部分を除いて、隅々までなぞりまわす。

 

「あっ、あああっ」

 

 宝玄仙は、身体を左右に振って懸命に筆の刺激から逃げようとした。

 千代はそれを追いかけて筆責めを繰り返す。

 宝玄仙は、身体を震えわせて、どくどくと股間の亀裂から淫液を垂れ流した。

 

「じゃあ、お待ちかねの部分をくすぐってやるよ」

 

 千代はそう言って、真っ赤になって勃起している亀裂の頂点の肉芽に筆先が責める場所を移動させた。

 

「ひ、ひいっ──ひいっ──」

 

 宝玄仙は淫情を剝き出しにした嬌声をあげて、身体を仰け反らせた。

 女陰からは面白いように大量の花蜜が溢れだす。

 

「まるで小便をもらしたようじゃないか、宝。もの凄い量の愛汁だよ」

 

 千代は揶揄した。

 しかし、宝玄仙はもう悪態を言い返す余裕がないのか、全身を真っ赤にして、拘束された裸身をのたうち回らせている。

 優美な顔を左右に振りたてている宝玄仙は、あまりにも激しい性感の嵐に必死になって正気を保とうと努力しているかのようだった。

 

 やがて、いまにも昇天しそうな仕草で、激しい息遣いと小刻みな痙攣を始めた。

 だが、まだいけないはずだ。

 筆責めの刺激を絶頂するには弱すぎるくらいに加減している。

 これだと、快感が蓄積される苦しさがあるだけで、決して達しない。

 媚薬で高められている分だけ、絶頂できない苦しさは、宝玄仙の想像を絶しているだろう。

 

「ひ、卑怯者──。こ、こんな──」

 

 宝玄仙は、全身を激しく震わせて、怒りをあらわについに怒鳴った。

 

「この千代婆の責めが気に入らないのかい? お前は、あたしの調教を受け入れると言ったんだよ。まあ、気にいらないなら、やめてもいいけどね」

 

 千代は、宝玄仙を責めたてていた毛筆をさっと遠ざけた。

 これだけ責めたてた後だ。

 ここでやめられたら、燃えあがってしまった官能の嵐の行き所がなくなる。

 案の定、宝玄仙は、襲いかかる快感への焦燥感と全身を蝕む掻痒感にじっとしていられなくなって、悶えはじめる。

 

「た、頼むよ……。意地悪……意地悪をしないでおくれ……」

 

 宝玄仙が悲痛な表情で裸身をくねらせた。

 なにもしていない状態でも、宝玄仙の女陰はとめどのない淫液を溢れ出させている。

 もう、快感のうねりがとまらないのだ。

 痒みも限界だろう。

 このまま放っておけば、宝玄仙は明日の朝には狂ってしまうに違いない。

 

 そろそろいいか……。

 千代は、隠していた小瓶を取り出して、ふたを開け、つんとする刺激臭のする新しい塗り薬を取り出した。

 それに気がついた宝玄仙の眼が見開かれた。

 

「お、お前、な、なにを出したんだよ」

 

 宝玄仙は明らかに恐怖している。どうやら、千代が取り出したのが、また新しい媚薬ということに気がついたようだ。

 

「ひひひ……。これは、“狂い油”という媚薬だよ。“泣き油”を塗り、“吠え油”を塗り、その場所に、これを塗られたら性感帯の波止めが破壊されるのさ。四六時中、本来の数倍もの異常な性感が爆発して、それがとまらなくなる。多分、まともには生活ができなくなるだろうね」

 

「な、なんだとう――」

 

 宝玄仙の顔が恐怖でひきつるのがわかった。

 千代はほくそ笑んだ。

 

「とりあえず、お前の乳首に塗ってやるよ。もう、乳首の上に服を着ることはできなくなるだろうけどね。服なんて着たりすれば、布で乳首が擦れる度に、お前はいってしまうようになるに違いないさ」

 

「や、やめないかい──」

 

 宝玄仙は、それを聞いて必死になって身体を振りたてた。

 だが、千代は、そんな宝玄仙を無視して、自分の肌につかないように注意しながら、筆先に薬液をつけて、宝玄仙の両方の乳首に“狂い油”を塗りつけた。

 

「いぎいいっ──あ、熱い──」

 

 宝玄仙は発狂したような悲鳴をあげた。

 燃えるような痛み──。

 それが“狂い油”の特徴だ。

 

 皮膚の表面の皮が焼けるのだ。

 そして、皮膚の下に染み込んだ媚薬は、完全に宝玄仙の神経一本一本を侵し、本来の体液と入れ替わる。

 媚薬そのものが体液になり、宝玄仙の乳首は常に発情状態を保つようになる。

 道術遣いかなにか知らないけど、調教が終わったあと、その道術で、奔破児に逆らったりされたら困るのだ。

 この“狂い油”は、道術では治せない。

 そして、道術を刻もうとしても、胸に触られれば、道術など出せるような状態ではなくなる。

 これで、宝玄仙という道術遣いを制御できる。

 

 いずれは、調べあげた全身の性感帯のすべてをこの“狂い油”で犯してしまおうと思っている。

 しかし、一度にやれば、宝玄仙の精神は破壊されてしまう。

 だから、一箇月かけて少しずつ実行していくことになるだろう。

 

 宝玄仙の乳首が真っ赤に充血して最高の勃起状態になった。

 これで術式は終わりだ。

 この勃起状態は、もう宝玄仙が死ぬまで収まることはない。

 

「お前の乳首がどんないやらしい場所に変わったか教えてあげようかね」

 

 千代は、両方の乳首に指で挟むと、特に技巧もなく、ただ左右にくりくりと動かした。

 

「ほおおっ」

 

 まるで脳髄を犯されたかのような反応をして、宝玄仙は眼を見開いて叫んだ。

 そして、がくがくと大きな痙攣をすると、全身を使って芳烈な喜悦を爆発させて昇天した。

 

「達したね。乳首だけで、こんなに呆気なく達したのは、さすがの宝でも初めてだろう?」

 

 千代は言った。

 

「お、お前は……お前──ほう、はぎっ──も、もう、もうやめ……もうやめておくれ……ひいっ──ひいいいっ──」

 

 宝玄仙が達しても、千代は宝玄仙の乳首に対する愛撫をやめなかった。

 その結果、達したばかりの宝玄仙は、再び乳首だけによる連続絶頂という途方もない淫情に貫かれようとしている。

 

「あひっ──ひいっ、あああああいいぃぃぃ──」

 

 宝玄仙が狂ったような声をあげて、また身体を仰け反らせた。

 千代は乳首嬲りを続ける。

 快感に狂っている宝玄仙の顔に恐怖が浮かぶ。

 これだけ短い時間に乳首だけで絶頂を続ければそうなる。

 刺激されているのは乳首だけで、股間はまったく刺激されていないので、絶頂しても全身のただれたような淫情はそのまま蓄積される。

 それなのに、快感の爆発だけは連続して起きる。

 つまり、宝玄仙は、絶頂して快感が収まった場所に着地しているのではなく、さらに高い場所に脚を下ろしているのだ。

 そして、次の絶頂でさらに上に押しあげられる。

 

「ひぎ──あ、頭が割れる──こ、こんな、また、いぐうぅぅぅ──」

 

 “狂い油”におかされた乳首を責め続けられる宝玄仙は、文字通り、狂ったように喚き、さらに絶頂した。

 執拗に乳首を責め続ける千代に、宝玄仙は何度も激しく絶頂を繰り返した。

 そして、何回目かの絶頂で、股間の間から尿のような液の塊りを噴き出した。

 

「乳首責めで潮が吹けるようになったようだね」

 

 千代は言った。

 しかし、すっかりと錯乱状態になっている宝玄仙には、もう、千代のからかいなどまったく耳に入っていないようだ。千代の乳首への愛撫に、また上体を仰け反らせたかと思うと、再び股間から潮を噴き出した。

 もう、潮を噴いて絶頂するというのを身体が覚えてしまったようだ。

 これからは、乳首を責められると、たちまちに潮を噴いて昇天するということになるのかもしれない。

 奔破児は悦ぶだろう。

 

「お、お願い……あひぃ……ね、が、いだよ。もう、───がめて───乳首は……やめてぇ──」

 

 宝玄仙は切羽詰って叫んだ。

 その顔は涙と涎と鼻水でぐしょぐしょだ。

 千代は、宝玄仙の胸から手を離した。

 

 宝玄仙はほっとしたように、身体を脱力させた。

 しかし、それもほんの少しだ。

 すぐに、また苦しそうに身体を悶えはじめる。

 

「ああ……か、痒い……。う、うう……、こ、こんな……ち、畜生……ひ、酷いじゃないか……こんな風に弄ぶのは……」

 

 宝玄仙がまた全身を真っ赤にして身体をくねらせはじめる。

 

「どうしたんだい、宝?」

 

「苦しいんだよ。た、頼むから、続きをしておくれよ」

 

 宝玄仙は半泣きで言った。

 

「やめてくれというからやめてやったんだよ。そしたら、続けてくれと頼むのかい。それは、我が儘が過ぎるというものだよ」

 

「そ、そんな──。まだ、女陰を……一度も、女陰で、達して、いないじゃ、ないか。そこが、爆発しそうなんだよ──。と、とにかく、狂ってしまうよ。慰めておくれよ」

 

 宝玄仙は余裕のない口調で喚いた。

 

「わかったよ。続きだね」

 

 千代は再び指を乳首に持っていくと、くりくりと刺激する。

 宝玄仙は、身体を跳ね上げて悲鳴をあげた。

 

「そ、そこは、もういい──。か、勘弁しておくれ──ひぎぃ──」

 

 宝玄仙は狂ったように叫んだ。

 

「今夜は、お前が達することができるのは、この乳首だけだよ。苦しくなったら、乳首をいじくってやるからいくらでもねだるんだよ。この千代が、お前が求めるまま。それこそ寝ずにいじくってやるよ──」

 

「んぎいいい」

 

 宝玄仙がまた、乳首で昇天する。

 もはや、壊れたの玩具だ。

 

「……ひひひ……。ただし、女陰は別だよ。女陰だけは、明日の朝、お坊ちゃまがやってきたときにねだるんだ。そうしないと知らないよ。お忙しいお坊ちゃまは、そう何度もここには来てくれないからね。やってきてくれたときにおねだりをせがまないと、次に癒されるのはいつかわからないよ」

 

 こうやって、奔破児を狂おしいほど待ち望むように仕向ける。

 これを一箇月間続ければ、宝玄仙の気持ちに関係なく、奔破児を待ち望むという感情から逃げられなくなる。

 脳に擦りこまれるのだ。

 

「そ、そんな……このままなんて、あまりにひどいじゃないか──」

 

 宝玄仙は悲痛な表情で全身を揺らしている。

 そのあいだも千代の乳首責めは続いている。

 

「んはあああ」

 

 またぐんと身体が跳ねて、宝玄仙は潮を噴いて昇天した。

 そして、跳ねあがった身体が束の間静止したかと思うと、どすんと床に落下する。

 そして、宝玄仙の身体は床に溶けたかのように力を失った。

 

 しかし、すぐに身体をくねらせはじめる。

 もう、宝玄仙は途方もない官能の爆発の繰り返しを制御できなくなっている。

 悶えはじめた宝玄仙の乳首をまた愛撫する。

 

「あああ、た、助けて、だ、誰か助けてえ、ああああっ」

 

 宝玄仙は目を見開いて、身体を暴れさせた。

 そして、また大きく身体が跳ねあがったかと思うと、今度はその眼の色が真っ白に変わった。

 さらに口から泡のようなものを出して、これまでの最大の潮を迸らせたかと思うと、今度こそ、完全にがっくりと失神をした。



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234 暗躍する救援者たち

 昨日と同じように、九頭女に口で精を飲ませた後、奔破児(ほんはじ)は慌ただしくどこかに立ち去っていった。

 それから、かなりしばらくして、九頭女(くずじょ)を責める訊問係たちがやってきた。

 全部十人くらいだろうか。

 その中に奔破児は含まれていない。

 

「お前たち、準備しろ」

 

 指揮官らしい男が周囲の兵たちに合図した。

 九頭女は、膝を折って座らせられていて、その九頭女の前に、二本の鉄の棒の両脇に締め具のある奇妙な器具が持ってこられた。

 九頭女はぎょっとした。

 

「性器を壊し、尻の孔を壊し、歯を折って顔も壊した九頭女殿については、もう、あまり壊すところがないのでな。無い知恵を絞って、今日はその形のよい乳房を壊してやろうと思って道具を準備してきたのだ」

 

 その指揮官の男が言った。

 そして、いきなり囚人服の両肩の部分を引き下げられて、胸を剝き出しにされた。

 そして、金属の棒と棒の間に剥き出しにされた乳房が挟まれる。

 冷たい金属の棒が当たる感触に思わず九頭女は声をあげてしまった。

 

「ひ、ひいっ──」

 

「悲鳴をあげるのは早いぜ」

 

 左右から身体を押さえられるとともに、金属に挟まれたふたつの乳房が二本の棒の両側の金具でぐいぐいと締めつけられる。

 

「いたいいっ──」

 

 乳房を潰される激痛に九頭女は吠えるような声をあげて暴れた。

 しかし、両側から兵に押さえつけられ身体を動かすことができない。

 そのあいだも容赦なく二本の棒は九頭女の乳房を挟みつける。

 息もできないような激痛に、九頭女は絶え間のない悲鳴をあげ続けた。

 

「いい形になったじゃねえか」

 

 ほとんど上下の棒が密着したような状態になるまで締めつけられたところで、やっと金具が締められるのがとまった。

 その二本から前に出ている九頭女の乳房は不格好に平らになり、そして紫色に変色し始める。

 

「なにか喋ることはないかい?」

 

 正面の男が力いっぱい九頭女の乳首を握りしめた。

 

「ふぎいいいっ──」

 

 突き刺さるような衝撃に九頭女は声を迸らせた。

 九頭女は吐くような声をあげて、顔を仰け反らせた。

 

「喋ることはないかと訊いてんだよ──」

 

 ますます力が込められる。

 そして、乱暴に左右に振られた。

 九頭女は乳首が千切れるような衝撃にあらん限りの声をあげた。

 

「ひゃ、ひゃべることなんてないわ──」

 

 やっとのこと言った。

 抜かれた前歯の部分から空気が漏れてうまく喋れない。

 すると今度は力の限り乳首が引っ張られる。

 しかし、両側から九頭女を押さえつける兵たちが逆に九頭女の身体を後方に引っぱるので、自然と九頭女の平らに潰された乳房は長く伸びることになる。

 

「いがあぁぁぁ──ひゃめえぇぇぇ──」

 

 あまりの痛さに九頭女は狂ったように声をあげる。

 その伸ばされた乳房の上に釘の先端が乗った。

 九頭女はぎょっとした。

 釘を持っている兵が金づちを振りかざしている。

 

「ひゃ、ひゃめ──」

 

 次に瞬間、乳房の上の釘が金づちによって深くめり込んだ。

 

「あがががががぁぁぁぁぁぁ──」

 

 突き抜けるような激痛に九頭女は吠えた。

 

「次だ」

 

 今度は反対の乳房に二本目の釘が当てられた。

 金づちが乳房にぶつかった。

 肌を焼くような衝撃が駆け抜ける。

 紫色の乳房は、釘の部分から溢れた血により次第に赤く染まってきている。

 

「どんどんやれ」

 男が命じると、兵たちが寄ってたかって九頭女の乳房に釘を打ち始めた。

 九頭女は脳天を貫く激痛に泣きながら悲鳴をあげ続けた。

 

 兵たちは容赦なく、次々に九頭女の乳房に釘を打ちつけていく。

 乳房は、針山のようにたくさんの釘が突き刺さり、乳房は赤い汁をかけられたかのように真っ赤に血で染まった。

 股間からはとめどのない糞尿が、締めることのできなくなった肛門と膀胱から垂れ流し状態になった。

 履かせられたおしめが床を汚すのを防いでいるが、それでも溢れ出た便で、九頭女の尻の下は汚れ出すとともに、周囲に臭気を撒き散らし始める。

 

「けっ──。また、糞を洩らしたぜ、この女」

 

 誰かが舌打ちをした。

 九頭女の鼻にもその臭気がわかる。

 九頭女は堪えていたもののすべてが崩壊したような気分になり、激しい嗚咽をしながら泣きじゃくった。

 

「も、もう、ふり……むり──でしゅ」

 

 動かない舌で懸命に訴える。

 

「それは、俺たちが決めることだよ」

 

 引っ張られる乳首の上に釘が当てられた。

 そして、金づちで釘が乳首に突き刺さった。

 しかし、うまく刺さらずに、半分千切れた状態になっただけで、釘は下に落ちた。乳首が半分千切れた乳首からはおびただしい血が溢れだした。

 その時、牢内に奔破児が戻って来たのがかろうじてわかった。

 なんとなく、面白くなさそうな表情をしている。

 

「お前たち、訊問は一時やめだ。釘を抜いて治療させる」

 

 奔破児は言った。

 不満の声が一斉に湧き起こる。

 

「うるさい。向こうの連中が朱姫を責め殺しちまった。死んでしまえば、なんにもならない。とにかく、九頭女もいったん拷問を中止して、治療させる。訊問は明日にする」

 

 ぶつぶつと言いながら九頭女を責めていた兵たちがぞろぞとと出ていく。

 奔破児はひとり残り、外にいる牢番兵になにかを指示していたが、やがてそのまま去って行った。

 

 朱姫が死んだ……。

 その言葉が頭の中で繰り返される。

 深い後悔が九頭女を襲う。

 

 なんの関係もないのに、九頭女たちの闘争に協力し、金光院への王兵に討伐に巻き込まれて捕えられ、ついに拷問で責め殺されてしまった朱姫──。

 無邪気に性の技で九頭女を責めたてた可愛らしい道術遣いの姿が頭に蘇る。

 

 奔破児が出ていったのと入れ替わって、ふたりの牢番が入ってきた。

 牢の扉が閉じられる。

 何人かいるうちのふたりの牢番兵だ。

 そのふたりが九頭女を両側から抱えて、両脚を真っ直ぐにさせた。

 すでに感覚がなくなっている膝から下の部分に血が流れ出し、少しずつ脚の感覚が戻ってくる。

 

「水を……」

 

 その牢番兵のひとりが柄杓で水を差し出した。

 九頭女は差し出される柄杓に飛びついた。

 ひと息で飲み干す。

 身体に少しだけ力が戻る。

 それ程に身体が乾いていたのだと悟った。

 

「まだ、飲む?」

 

 また、柄杓が差し出された。

 九頭女は、それもひと息で飲んだ。

 三杯目を飲んで、少し落ち着いたので、四杯目は断った。

 

 もうひとりの牢番は、変色している乳房を挟んでいる金具を外してくれた。

 金具が外されても、しばらくは、乳房はおかしな形のまま、なかなか元の丸い形にはならないでいた。

 

「釘はまず、薬を飲んもらってから抜くよ。これを飲んでよ。頭が朦朧とするけど、痛みだけはよくわからなくなるらしいよ」

 

 その牢番の声は男なのだが、なんとなく口調が気になった。

 

「声を出さないで──。わたしたちよ、九頭女。沙那と孫空女よ……」

 

 呟くような声でそう言ったのは、最初に水を差し出してくれた牢番だ。九頭女は眼を見開いた。

 そして、ふたりの顔を見る。

 しかし、どう見ても男の兵だ。

 

「こっちを見ないで。普通にして」

 

 声は低いが、強い口調で九頭女の横の兵が言った。

 九頭女は慌てて顔を伏せる。

 

変化(へんげ)の指輪』という霊具よ。ご主人様の霊具なの。実際の牢番の姿を借りてやっとのこと、牢番に潜入できたのよ。あなたの治療をしたら、もう下番だから、いったん軍営から出ていくわ。でも、この姿の牢番はわたしたちだから覚えておいて」

 

「あ、あなたが……ひゃ、さ……な……ね……?」

 

 九頭女は下を向いたまま言った。

 さっきから、話しかけているのはおそらく沙那だと思った。

 

「そうよ。孫女、薬を」

 

 沙那の姿の牢番は、もうひとりから受け取った小さな丸薬を取り出した。

 

「これを口に入れて、奥歯で噛んで飲み干すのよ、九頭女。頭が朦朧として、なにもわからなくなると思う。その間にあなたの治療をするわ。気がついたときには、もういないと思うけど安心して、また来るから。明日の拷問が始まる前には、同じ薬を渡すわ」

 

 九頭女の顔の前に丸薬が差し出される。

 

「ま、待って、朱姫が死んだって……」

 

 奔破児が言ったのだ。

 朱姫が拷問死したと──。

 それを伝えなければならないと思った。

 朱姫は、この沙那と孫空女の仲間なのだ。

 

「わかっているわ。朱姫の遺体を捨てたのはわたしただから」

 

「えっ?」

 

 九頭女は思わず、そう言った牢番の顔を見た。

 そして、思い出して顔を伏せる。

 

「必ず助ける──。いま、それを準備しているわ。それまで耐えて。とにかく、いまは、ゆっくりしている時間がないわ。それに、ここは見張られているわよ。いま、この瞬間もね」

 

 沙那が微かに首を動かして、天井を示した。

 九頭女も自然な形で首を上に向ける。

 いままで気がつかなかったが、天井の滑車の横に、小さな穴がある。

 確かに、上の階の部屋からその穴を通して、九頭女の様子は監視できるのかもしれない。

 沙那がほとんど聞こえないような声でしか話しかけないのは、そのせいなのだ。

 

 手に隠した薬がもう一度差し出された。

 九頭女は、それを口に含み、喉の奥に飲み干す。

 急にぼうっとして、眼の前にいる人間だが誰なのか知覚できなくなった。

 

 

 *

 

 

 沙那と孫空女は、軍営を出たところで、梁山泊の仲間のひとりが女主人である古着屋に入り、そのまま奥に隠れた。

 そこで変身を解いて、沙那は孫空女とともに元の姿に戻り、服を着替えた。

 

 部屋の戸が微かに開き、女主人が顔を出した。

 女主人の名は、呂子(りょし)という名だ。

 金光院への王兵の襲撃後に、九頭女の部下である蔡美(さいび)から紹介された彼女たちの同志だ。

 隠してはいるが逃亡奴隷らしい。

 

 奴隷の刻印は服で隠している。

 発見されればすぐに処刑されるが、彼女も命懸けで、この城郭で身分を隠して店を構えている。

 同じように潜入している梁山泊の同志の女は、かなり大勢いる。

 沙那は、それを蔡美から教えられた。

 いまは、その同志たちと、沙那と孫空女は完全に連携している。

 沙那と孫空女は、王兵として忍び込む際に、この軍営の前の店を拠点として利用していた。

 

「蔡美から伝言があるわ、沙那」

 

 その女主人がそう言って、手紙を沙那に差し出した。

 

「ところで、朱姫は?」

 

 沙那は、手紙を受け取りながら言った。

 

「大丈夫よ。蔡美の手の者が船宿に連れていったわ。いまは、治療を受けていると思う」

 

 沙那は呂子から受け取った手紙を開いた。

 差出人の名はないが手紙は蔡美からだ。

 

 

 至急船宿に来て欲しい──。

 

 

 手紙にはそうあった。

 また、朱姫の状況についても大事はないということが書かれてある。

 沙那は、中身を確認すると、部屋にあった燭台で紙を燃やした。

 

「それよりも、九頭女様はどうなの?」

 

 呂子は心配そうに言った。

 

「衰弱しているわ」

 

 沙那はそれだけを言った。

 

「預かり物は大切に保管しているわ。心配しないで」

 

 部屋を出ていくときに、呂子はそう言った。

 預かりものというのは、沙那と孫空女が、軍営の外で捕えた軍兵のことだ。

 この店の地下室に拘束をして監禁している。

 沙那と孫空女が軍営に牢番として入るときも、ここで唾液をすすって彼らに変化をしているのだ。

 それ以外は、逃亡を防ぐとともに、死なないように、この呂子が数名の仲間とともに管理している。

 ここで監禁している王兵は、最初に捕えた阮一郎、白清も合わせて、もう六人になっていた。

 その六人から必要に応じて選び、唾液をすすって変身をしているのだ。

 

 沙那と孫空女は、呂子の店を出ると、そのまま蔡美の船宿に向かった。

 城郭に変わったものはなにもない。

 蔡美の船宿は、南の城壁に沿った場所にあり、祭賽国の物流の骨幹である河川と繋がる運河に面している。

 船宿といっても、人を宿泊させるわけではない。

 舟を貸し出したり、船乗りたちが休息する娯楽を提供するのが生業だ。

 女を抱かせる部屋もあり、そのための遊女については、九頭女の金光院ともうまく結びついていたようだ。

 

 沙那と孫空女は、船宿そのものではなく、そこに隣接している従業員用の小屋に入った。

 表から見ると小さいが、実はそこにも地下があり、周囲の数軒の家屋と地下道で繋がっている。

 その地下道を伝って、船宿から少し離れた家屋に行った。

 そこが、蔡美の手紙で指示のあった場所だ。

 

「わたしたちよ」

 

 沙那は地下道からあがると、正面の壁を叩いてから言った。

 壁を挟んで合言葉を交換する。

 壁にしか見えなかった場所が両側に開き、大きな部屋がそこに出現した。

 部屋の中には、蔡美を中心として四人の女がいる。

 それぞれ、蔡美の信頼する手の者の長たちだ。

 

「九頭女姉さんの様子は?」

 

 いきなり蔡美が言った。

 四人は板張りの床に布を敷いて直接座っている。

 

「酷い拷問を受けているよ。あたしらも手当をしたけど、手足の爪は全部ないし、顔のあちこちが腫れあがって前歯も全部折られている。あばらのほかに、三、四箇所の骨が折れてた。それから……」

 

 孫空女の説明に、蔡美の表情が真っ蒼になった。

 

「……それから、女の部分を壊されていたわ。肛門や女陰を締める筋肉が壊されてしまって、布を当ててないと大便が床に垂れ流れている状態よ」

 

 沙那は続けた。

 蔡美の顔が憤怒に真っ赤になった。

 

「九頭女姉さんを──。ゆ、許せない」

 

 蔡美は呻くように言った。

 

「九頭女様の救出を優先すべきよ」

 

 蔡美の隣に座っていた蔡美の仲間が言った。

 

「梁山泊に援軍をお願いしようよ、九頭女」

 

 さらに別の女。

 

「駄目だよ。それだと、梁山泊とこの国の軍が全面対決することになる。いま、梁山泊が動きを見せたら、ここや帝都の活動と梁山泊の叛乱が結びついていることを明白にしてしまう。まだ、梁山泊は静かに力を溜める時期なんだ。何度も説明したじゃないか」

 

 蔡美が怒鳴るように言った。

 

「じゃあ、あたしたちだけで動こう、蔡美。手の者はいつでも動きだせる状態なんだよ」

 

 ひとりの女のその言葉に、ほかのふたりが大きく頷く。

 これは、蔡美以外の三人の共通の意見のようだ。

 

「駄目よ。ご主人様の発見と救出が先よ。少なくとも同時でなければ、ご主人様が危ないわ。全員が城郭を脱出してしまった後に、ご主人様がここに残されてしまっては、すべての城郭兵の矛先がご主人様になってしまうわ」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 九頭女たちを脱走させて、城郭の外に逃がすための手筈は逐次に整えていた。

 すべては蔡美を通した沙那の指示だ。

 まだそれが実行に移せないのは、宝玄仙の居場所がわからないからだ。

 沙那は九頭女たちの脱走については、宝玄仙の救出と同時に行うことを要求していた。

 そうでなければ、残された宝玄仙が拷問を受けることになるし、一度、集団脱走を企てれば、それが成功しようと失敗しようと、二度目の機会はないに違いない。

 

「蔡美、どうして、この女に従うのよ。あたしたちだけで九頭女殿を救出しましょうよ。いま聞いたでしょう──。九頭女様は、一刻を争う状況なのよ」

 

 怒った口調で蔡美の周りの女たちが口々に言い始めた。

 

「黙りなさい。沙那に従うというのはあたしが決めたことだよ。文句は言わせないよ。あたしたちだけじゃあ、九頭女姉さんたちを軍営から脱走させる方法なんて思いつけなかったじゃないか。この沙那は、あの朱姫を見事に連れ出したよ」

 

 蔡美がきっぱりと言った。

 

「それだってそうだよ──。なんで、九頭女様を一緒に救出してくれなかったのさ」

 

 さらに蔡美の手の者の女が大きな声をあげた。

 

「仕方ないだろう。うまい具合に死にかけの女囚がそう見つかるわけがないじゃないか。うってつけの女囚はひとりだけだったんだよ。だから、朱姫を連れてきた。沙那の手筈じゃあ、朱姫の『移動術』がなければ集団で女囚を逃がすなんてことはできないんだ」

 

 孫空女だ。

 それについても蔡美以外の女は不満を顔に漏らした。

 『移動術』のできる道術遣いが集団脱走を成功させるためのひとつの要件だ。

 奔破児という軍将校の精が道術を封じる作用があり、これにより朱姫と九頭女の道術が封じられているというのはわかっていた。

 おそらく、宝玄仙も同じ状態に違いない。

 

 とにかく、誰かひとりを先に逃亡させる。

 しかも、脱走したというのが相手にわからない手段でだ。

 そのための沙那の策は、死にかけの女囚を『変化の指輪』で変身させて、朱姫と入れ替えるというものだ。

 牢番として潜入した沙那と孫空女がそれを実行した。

 

 そして、実際に、死にかけていた女囚を死んだものとして、屍体袋に入れて外に運んだ。

 その途中で、朱姫と入れ替えたのだ。

 朱姫を遺体袋に隠し、遺体袋に入ってた女囚は、『変化の指輪』をさせて、まだ息のあるうちに朱姫の唾液を飲ませて朱姫の姿にさせた。

 

 朝になり、その女囚は予定通りに朱姫の姿のまま、朱姫のいた拷問部屋で死んだ。

 検死のために、『変化の指輪』が外される可能性もあったが、そのときは、すでに朱姫は助け出しているし、十中八九そんなことはしないと思った。

 検死などという丁寧なことをあの牢ではやったことがない。

 女囚が死ねば、屍体は軍営の外に持っていき、定められた場所に穴を振って埋めるだけだ。

 

 そして、その通りになった。

 屍体を捨てる作業も沙那と孫空女が命じられ、穴を掘って埋めた。

 そして、戻ったところで、九頭女の手当を命じられたので、やっと九頭女と接触できたのだ。

 

 蔡美以下の不満もそこにあるのは知っていた。

 この策なら朱姫ではなく、九頭女を先に救出するということも可能だった。

 彼女たちは、どちらかひとりなら九頭女を優先すべきと思っている。

 九頭女は、どうやら彼女たちの梁山泊の戦いにおいては、かなりの重要人物らしかった。

 

 それに比べれば、朱姫など、彼女たちにとっては、どうでもいい存在だ。

 だが、沙那と孫空女が九頭女の救出を朱姫に優先するわけがない。

 そして、さすがにそれに文句をいうことはできない。

 だから、不満な顔をしているのだ。

 

「それよりも朱姫の容態はどういう状況? 朱姫の回復も作戦決行の条件よ」

 

 沙那は、蔡美たちの不満顔や不平を完全に無視して、彼女たちに視線を向けた。

 その時、奥の部屋の戸が横にがらりと開いた。

 四肢の手足に布と充て木をつけた朱姫が、懐かしい顔に支えられながら部屋にやってきた。

 

「朱姫、お前、歩いて大丈夫なのかよ」

 

 孫空女が慌てて駆け寄って、朱姫を横抱きに抱きあげた。

 

「だ、大丈夫です……。それよりも、霊力が回復してきました。多分、昼過ぎくらいには、『移動術』は遣えます」

 

 孫空女に抱かれた状態で部屋に入ってきた朱姫は言った。

 

「でも、その怪我は……」

 

 沙那も眉をひそめた。

 不満顔をしていた蔡美の手の者たちも心配そうな顔をしている。

 

「あたしの役目は、道術なのですよね、沙那姉さん──。だったら、誰かに背負って連れていってもらえれば作戦には参加できます。本当に、あそこは酷いところなんです……。それに琵琶子(びわこ)さんの薬が効いて痛みも小さくなりましたし、元気も回復してます」

 

 朱姫は、横に座った琵琶子に視線を送った。

 琵琶子と合流したのは昨日のことだ。

 

 琵琶子というのは、女人国で宝玄仙がちょっかいを出そうとした腕のいい薬師の女だが、驚いたことに、女人国から祭賽国に向かってから、なんと、この国における梁山泊の戦いに合流をしていたのだ。

 

「おらには、このくらいしかできねえから──。それよりも、九頭女さんにおらの薬は飲ませることができただか、沙那さん?」

 

 琵琶子が言った。

 拷問を受ける九頭女の苦痛を少しでも和らげるために意識と感覚が弛緩する薬──。

 九頭女に飲ませたその薬を準備したのはこの琵琶子だ。

 その時、外の地下道から通じる壁の戸が叩かれた。

 蔡美が応対して、戸が開く

 

「いやあ、手こずったよ、沙那。あの奔破児という男、本当に慎重でさあ──。自分と同じ服装をさせた男たちを周りに集めて、それで歩くのさ。そして、あちこちに店に寄ったり、周りの男たちを入れ替えたり、そうかと思ったら、いつの間にか自分が消えていたり、とにかく、尾行を巻くのがうまいんだ。だから、あたいは、それを逆手にとって──」

 

 部屋に入るなりべらべらと喋り出した彼女を沙那はぴしゃりと制した。

 

「あんたの苦労話はいらないのよ。結論を言いなさいよ、七星(ななほし)。ご主人様は見つかったの? それともまだなの?」

 

 沙那は言った。

 

「厳しいときのあんたって、本当に、宝玄仙さんに似ているよね」

 

 七星が不満そうに言った。

 七星と再会したのも昨日のことだ。

 久しぶりの顔に、お互いに感激を交換し合った。

 七星もまた、琵琶子とともに碧波潭の戦いに参加をしていたのだ。

 そもそも、沙那たち四人の情報を九頭女に伝えたのは、この七星であり、九頭女が宝玄仙一行に接触してきたきっかけは、この七星の情報によるものだったらしい。

 七星も琵琶子も奴隷女というわけではない。

 沙那は、このふたりが参加しているという事実で、九頭女たちの戦いが単純な奴隷女たちの叛乱というだけでなく、実は、かなりの階層を巻き込んだ闘争であることを悟った。大勢の男の豪傑も叛乱に加わっている。

 それを女が中心の叛乱だと思わせることで、彼女たちは国軍の本格的な討伐を防いでもいるようだ。

 

「ああ、見つかったよ、沙那。宝玄仙さんの監禁されている家は、軍営からそれほど離れていない小さな家だよ。実は、軍の訓練場の中なんだ。だけど、警備そのものは大したことない」

 

 七星は言った。

 

「沙那、だったら、こっちもすべての手筈は整っている。城郭のあちこちには、あたしたちの仕掛けをたくさん準備した。言われた通りにね」

 

 蔡美が言った。

 沙那は、すぐには応じす、じっと考えた。

 

「今夜──」

 

 やがて、口を開いた沙那は、まずその一言だけを言って、じっと周囲を見回した。



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235 飼育される女調教師

「そんなに尻の蕾を硬くしては、浣腸器が入らんではないか、宝。力を緩めんか」

 

 千代婆は、高尻の姿勢で拘束している宝玄仙に、浣腸器の管を突きつけながら言った。

 千代の調教も、明日で五回目の朝だ。

 宝玄仙の抵抗も小さくなった気がする。

 首の後ろに固定させていた両腕を左右の足首に密着するように拘束し直したときにも、手間はかけさせなかった。

 もっとも、千代婆も歳はとってはいるが、女体の調教にかけては玄人だ。調教中に逃げさせるようなへまはしない。

 

 それに、勃起が止まらなくなっている宝玄仙の両方の乳首の根元に糸を結んで、それも天井からの鎖に結んでいる。

 “狂い油”の影響により、乳首の性感が狂わされている宝玄仙は、その糸をちょっと引っ張ったり、揺すったりされれば、たちまちによがりだす。

 こんな状態で逃亡などできるわけがない。

 今日か明日には、宝玄仙の尻の穴も“狂い油”の処置をしてしまおうと思っている。

 尻は、宝玄仙の最初からの弱点であったようであり、これにより、宝玄仙の異常性感の開発はさらに進むことになるだろう。

 

 明日頃からは、天井からの拘束は必要ないかもしれない。

 それよりも、異常性感になった尻に性具の長い尾をつけ、その尾を常に引きずるようにさせてしまえば、尻に刺激を受けすぎて、素早く動くことはできなくなる。

 逆に、その状態で無理矢理に歩かせて、震動でいかせ続けるのも愉しいかもしれない。

 

 いずれにしても、乳首が常に淫情してしまっている宝玄仙は、かなり、それでまいっているようだ。

 顔を床につけて、両手を足首に固定し、尻だけを高く上げさせる姿勢をさせても、宝玄仙は抵抗せずに大人しくしていた。

 だが、浣腸をされるのは、心が受け付けないのか、いまも尻の孔を硬くして、浣腸器の管をなかなか受け入れようとはしない。

 

「そ、そんなことを言ったって……」

 

 宝玄仙は、屈辱に染まった顔を横に向けたまま言った。

 排便については、当然ながら、ここに監禁を始めて以来、毎日、千代の前でさせている。

 

 いずれは、前庭に穴を掘ってそこでさせるようになるが、まだこの部屋を出して外で排便させるのは早い。

 だから、ここで排便させて、千代が外に捨てに行っているのだ。

 それについても、心の中にはまだ大きな葛藤があるのだろう。それが宝玄仙の尻を無意識に硬くしている。

 

「しょうがないのう……。じゃあ、千代婆が慰めてやるかのう」

 

 千代は、浣腸器を横に置いて、眼の前に突き出させている宝玄仙の肛門に舌を這わせた。

 

「ひいっ──、そ、そこは──」

 

 暴れて姿勢を崩そうとした宝玄仙の腰をがっしりと掴む。

 そして、肛門の入口の襞にぺろぺろと唾液を擦りつけていく。

 

「ひゃ、ひゃあ、ひゃああ、ああ──そ、そこは、駄目なんだよ──や、やめて──や、やめてぇ──」

 

 宝玄仙がよがって泣き声のような声を出し始める。

 それでも執拗に続けると、やがて、小さな痙攣のような震えをしはじめた。

 床に押しつけている顔から発する嬌声も獣のような声に変わっていく。

 

 本当に尻が弱い女だ。

 ここをさらに“狂い油”で性感を壊されたら、この女は完全に抵抗の意思をなくすのではないだろうか。小生意気なこの道術遣いが、どんな風にこれから、千代の調教によって変化していくのか愉しみでもある。

 

 朝には、そのための第一弾として、奔破児に肛姦をしてもらうつもりだ。

 また、これから数日は、宝玄仙を責める場所は、肛門と乳首だけに限定するつもりである。

 

 千代の尻責めによって、宝玄仙の身体は、火がついたようなように熱くなった。

 小刻みに揺れる腰は、もう、宝玄仙の意思ではとめることはできないのだろう。荒くなった鼻息も甘い情感のこもったものに変わっている。

 千代は、頃合いを見計らい、舌を肛門から離すと、すっかりと緩んだ肛門に浣腸器の管を挿し込んだ。

 

「ううっ」

 

 宝玄仙が呻き声をあげた。

 構わず、千代は浣腸器を押して、中の浣腸液を宝玄仙の尻穴に注ぎ込む。

 宝玄仙は浣腸液を受け入れるおぞましい感覚に、おぞましさを顔をしかめている。

 

「ほれ、終わりじゃ。じゃあ、薬剤が効いてくるまで待っておれ」

 

 千代は、浣腸器を引き抜くと、ぴしゃりと宝玄仙の尻を叩いた。宝玄仙は恥辱に顔を歪めた。

 

「浣腸は、一回で終わりじゃないぞ。そのつもりでおれ。明日の朝には、お坊ちゃまには、お前の尻を味わってもらうつもりなんじゃ。あと数刻で夜が明ける。その頃に、お坊ちゃまは、一度ここに顔を出してくれるだろうから、それまでに尻を綺麗に洗浄するぞ。お坊ちゃまの精を尻で受け入れるためには、まずは尻を綺麗にしておかんとのう」

 

 千代は言った。

 

「そ、そんな……。だったら、女陰は、女陰はどうなるんだよ。尻じゃなくて、女陰は──」

 

 宝玄仙がうろたえた声をあげた。

 昨日の調教から、これからは女陰にものを入れるのは、奔破児の肉棒だけにすると申し渡している。

 そして、張形どころか、千代の指でさえ、宝玄仙の女陰は慰めてやっていない。

 

 だから、宝玄仙は、媚薬で苛まれる身体を、尻でいき、乳首でいき、肉芽でいき、それこそ、一日の間に、全部で数十回もの絶頂をしたが、一度も女陰そのものは責められていない。

 それで狂いそうな悶えに苦しんでいるのだ。

 しかし、毎朝決まってやってくる奔破児に、女陰を責めてもらえないということになると、最悪はさらに一日待つことになる。

 それで、宝玄仙は切羽詰ったような口調になっているのだ。

 

「それは、お前からおねだりをするんじゃな。昨日の朝はあんなに激しくお前からお坊ちゃまにおねだりしたものだから、お坊ちゃまは感激しておったぞ。明日の朝も、尻で精を受けた後で、お願いせい──。もっとも、お坊ちゃまは、お前だけに構っておれんで、すぐに軍営に戻って、向こうにおる女囚にも精を放たねばならんから、お前の願いをきいてくれるかどうかわからんがな。まあ、精一杯、甘い声でねだるんじゃな」

 

 宝玄仙は本当に悔しそうな顔をした。

 まだ、奔破児に犯してくれと言うのは苦痛であるらしい。

 しかし、宝玄仙が疼ききった身体を癒してもらうにはそれしか方法がない。

 千代は、宝玄仙の疼きが、奔破児がやってくる時刻に合わせて限界になるように媚薬や性具で責めたてている。

 だから、宝玄仙は、心ならずも奔破児がやってくるたびに、犯してくれとほとんど泣きながら言うことになっているのだ。

 

 奔破児は、いまのところ、基本的には軍営に詰めきりで、奴隷たちの叛乱についての調べをしている。

 いまは、九頭女とかいう彼女たちの首魁に近い人物を捕えたということで、そこから連中の組織の解明につながる情報を得ようと、執拗な訊問を続けている気配である。

 だから、あまりこっちには来れないでいる。

 それでも、毎朝、宝玄仙の道術封じのために、宝玄仙の身体に精を入れなければならないので、夜が明ける頃には必ずやって来る。

 

 しばらくすると、宝玄仙のお腹からぎゅるぎゅるという音が鳴り始めた。いよいよ浣腸液が効いてきて、便意が襲ってきたのだろう。

 

「じゃあ、少し、宝に運動をしてもらおうかのう。四日間も座るか、寝るかの姿勢しかとっておらんので、身体がなまっておろう」

 

 天井から繋がっていた首輪の鎖を外す。

 その代わりに、宝玄仙の乳首に繋がっている二本の糸を指に巻いて握った。

 

「ひいっ、引っ張らないで――」

 

 そして、宝玄仙の身体を起こして、上半身をあげさせる。

 しかし、両手首をそれぞれ左右の足首に枷でつなげているので、宝玄仙は、しゃがんでいる姿勢から高くなることはできない。

 膝を曲げて座っている宝玄仙の乳首から伸びる糸を、立っている千代が握っている状態だ。

 宝玄仙はぎょっとした表情をしている。

 

「ほれ、部屋を回れ」

 

 千代は乳首につけた糸を引っ張って、歩きはじめた。

 

「ひいいっ──。や、やめておくれ──。そ、それは駄目──。か、勘忍だよ。勘忍してよ」

 

 宝玄仙は狂ったような声をあげた。

 それでも乳首を引っ張られるので、懸命に左右の膝を前に出して、千代についてくる。

 排泄感に襲われている宝玄仙には、これは苦しいはずだ。

 しかも、肛門の緊張を邪魔するように、乳首からは強烈な快感が襲ってくる。

 だが、乳首の刺激に恍惚になるのを許すと、たちまちに床に大便を噴き出しそうになるのだろう。

 宝玄仙は、悲痛な表情で悲鳴をあげながらよちよち歩きを続けた。

 

「ああ、や、やめて……やめて……お、お願い……。も、もう、歩けない──。お願いだよ──。も、もう……ひいっ──」

 

 まだ、部屋を半周しただけだ。

 しかし、もう限界のようだ。千代は、歩くのをやめた。

 

「どうして欲しいのじゃ、宝?」

 

 千代は言った。

 

「させて……。う、うんちをさせて……」

 

 宝玄仙は、汗びっしょりになり、自ら顔を床につけてうずくまった。

 

「大人しく桶にするね?」

 

「する──。いや、させておくれ」

 

 千代は、宝玄仙の乳首の糸をまだ天井から垂れている鎖に結んだ。

 宝玄仙は、特に逃げようとするような素振りもなく、部屋の真ん中で膝と肩と顔を床につけて、脚を開いた格好で身体を震わせて待っている。

 

 千代は、部屋の外に置いてある木桶を持ってくるために、一度外に出た。

 この庵の部屋から出ればそこは縁側になっている。

 縁側から見える庭の向こうは完全な闇だった。

 周りからは虫の声しか聞こえない。

 この辺りは、軍営の演習場になっていて、周囲に家屋がほとんどない。

 だから、夜の闇を壊す灯りがないのだ。

 木桶を取って戻ると、宝玄仙の表情が切羽詰ったものになっていた。

 

「は、早く……、千代婆。早く──」

 

 宝玄仙が苦痛に歪んだ顔をこっちに向ける。

 

「おうおう、ちょっと、待っておくれ」

 

 千代は、木桶を宝玄仙の股間の下に置く。

 

「いいぞ」

 

「う、うん……。じゃ、じゃあ、する」

 

 宝玄仙は小さな声でそう言うと、宝玄仙の肛門から浣腸液が流れ落ちてきた。

 そして、その後を追って、固まった大便が顔を出した。

 千代は、そこを見計らって、宝玄仙の身体の下に手を差し込むと、“狂い油”で犯されて勃起がとまらくなっている宝玄仙の乳首をくりくりと捻った。

 

「ひいっ──。い、いまは駄目だよ──。や、やめておくれ」

 

 ここをいじくれば、宝玄仙はその瞬間に性感を爆発させて、限界を超えた淫情に襲われる。

 

「暴れるでないわ、お前の汚いものが桶からはみ出るだろうが」

 

 宝玄仙は真っ赤な顔をして、悲鳴をあげた。

 そして、がくがくと身体を震わせて絶頂した。

 しかも、股間から尿のような潮を噴き出した。

 乳首でいくときは、潮噴きをすることが身体の癖になってしまったようだ。

 同時に、ぼとりぼとりと大便の塊りが木桶に落ちていく。

 

 気をやりながら排便した宝玄仙はそのままの姿勢で小さな嗚咽をしはじめた。

 余程の衝撃だったのだろう。

 千代は、排便をさせながら気をやらせるという行為を何人もの女にやらせたが、大抵はこれを境にすっかりと従順になる女が多かった。

 この宝玄仙はどうだろうか──。

 

 大人しくなった宝玄仙の尻を洗ってやると、まだ、涙を流している宝玄仙をそのままに、木桶の中のものを処分するために、部屋の戸を開けて縁側に出た。

 

「な、なんじゃ?」

 

 千代はびっくりして大きな声をあげた。

 縁側に青い髪をした女と栗毛の女がいたのだ。

 栗毛の女がさっと動いて、眼の前から消えた。

 次の瞬間、千代は首に衝撃を感じ、そして、突然、視界が真っ暗になった。

 

 

 *

 

 

「ご主人様──」

 

 気絶した老婆を七星に預けて、沙那は宝玄仙に駆け寄った。

 

 宝玄仙は、右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれ繋がれて、尻を高くあげた姿勢で部屋の真ん中に拘束されていた。

 

「さ、沙那だね……」

 

 宝玄仙の顔が破顔した。

 ほっとした安堵の表情があった。

 だが、驚いたことに、宝玄仙の顔には涙の痕がある。

 沙那は驚愕した。

 

 とにかく、部屋の壁に掛けられていた鍵束をとった。

 宝玄仙の拘束を解く鍵はその中にあった。

 最初に天井から伸びる鎖に結んである糸を解く。

 その糸は宝玄仙の乳首に繋がっていた。

 それはそのままにして、先にそれぞれの手首と足首を繋ぐ枷を外す。

 手足の自由になった宝玄仙は、ずっと拘束されていた手足が痺れているのか、身体を起こしても、すぐには動きださずに、自分の裸身を両手で抱くような姿勢になった。

 

「乳首の糸を解きます」

 

「い、いや、それはいい。自分でやる」

 

 宝玄仙は首を横に振ると、自由になった手で自分の乳首の糸を解きはじめた。

 

「ああっ」

 

 不意に宝玄仙がよがり声をあげた。乳首が異常に勃起している。

 どうやら、ちょっとでも乳首に触れると激しい快感が走るようだ。

 かなりの時間をかけ、そして、時折、びくりびくりと官能の震えを示しながら、やっと宝玄仙は自分の乳首の糸を解き終わった。

 すると宝玄仙は、脱力したようにぐったりとなった。

 

「あ、あのう……ご主人様──?」

 

 沙那は宝玄仙に呼びかけた。

 なんだか様子がおかしい。

 まだ、激しい淫情と戦っているように雰囲気だ。

 

「だ、駄目だ……」

 

 宝玄仙はいきなり立ちあがったかと思うと、あの老婆の調教道具のような持ち物置場に駆け寄った。

 そして、そこにあった一本の張形を掴むと、いきなり自分の女陰に突き挿した。

 宝玄仙は、沙那が見ている前でその張形で激しい自慰を始めた。

 沙那は呆気にとられてその様子を見ていた。

 

「ああっ──はひいっ──」

 

 宝玄仙が身体を真っ赤にして震えながら身体を仰け反らせた。

 しかし、一度気をやっても、宝玄仙はその自慰をやめない。

 さらに、激しく張形で自分の女陰をほじっている。

 やがて、また気をやる。

 宝玄仙がなにかの発作のような自慰をやめたのは、三度目の絶頂をしたときだった。

 

「あ、あの、大丈夫ですか、ご主人様?」

 

 その様子をじっと見守っていた沙那は、ぐったりしている宝玄仙の背中に声をかけた。

 

「き、来てくれてありがとう、沙那──。他の者はどうしているんだい?」

 

 少し落ち着いたのか、宝玄仙が沙那に姿勢を向け直して言った。

 

「一応無事です。朱姫は、捕えられて拷問を受けていて、酷い状況です。ご主人様の魔力が戻ったら、『治療術』で治して欲しいと思っています。だけど、いまは、大きな作戦の途中で、孫女と朱姫は、そっちに向かっています。とにかく、説明は後でさせてください。先に、ここを離脱します。もう少し、安全な場所に移動したいと思います」

 

 沙那は早口で言った。

 宝玄仙が頷く。

 

「あいつは……千代婆は?」

 

 宝玄仙が思い出したように、周囲を見回す。

 

「千代婆って、言うんですか、あいつ? 縁側に倒れて……。そうだ、七星──」

 

 沙那は、まだ、七星を紹介していないことに気がついた。

 しかし、その七星は、まだ、この部屋には入って来ていないようでそばにはいない。

 

「七星だって?」

 

 宝玄仙の眉間に皺が寄った。

 

「あ、あの沙那……。宝玄仙さん」

 

 縁側から遠慮がちな言葉遣いの七星の声がした。

 見ると、七星が服を抱えている。

 

「隣の小部屋にあったよ。この婆さんの服だと思うけど、とりあえず、これを──」

 

 七星がなにかを怖れるようにこっちにくる。

 それで、沙那は、宝玄仙と七星が別れるとき、七星が宝玄仙に手酷い仕返しをしたままになっていたのを思い出した。

 七星は、そのときの報復を宝玄仙から受けるのを恐れているのだ。

 

「ご主人様、後ほど詳しく説明しますけど、七星とはご主人様が捕えられた後で、この祭賽国のこの北安で再会したんです。ご主人様や九頭女を救出するために、九頭女たちが加わっている叛乱組織が密かに動いています。七星もそのひとりで、ご主人様を見つけたのも七星の功績です」

 

 沙那は、“七星の功績”という言葉に特に力を込めて言った。

 

「七星、お前かい? 懐かしいねえ。元気だったかい?」

 

 宝玄仙が眼を見開いている。

 

「ま、まあね……。あ、あのう……。沙那の言う通り、結構ここを見つけるのは苦労したのさ。奔破児というのは用心深い奴でさあ、この軍の演習場の横にあるこの庵に向かうのに、たくさんの部下に自分と同じ格好をさせて、ひとりふたりと去らせながら、尾行されないように向かうんだ。だから、あたいは、それを逆手にとって、沙那に借りた『変化の指輪』で、その部下のひとりに変身してさあ──」

 

「『変化の指輪』──? ここにあるのかい?」

 

 宝玄仙が声をあげる。

 

「えっ、『変化の指輪』? ああ、一応はあるよ。沙那に借りたままだからね。ここを抜け出すには必要ないと思うよ。軍の演習場以外になにもない場所だから、警備は結構手薄なんだ。決めてある集合場所に向かうのは簡単だと思うよ」

 

 七星が言った。

 沙那も横で頷く。

 

「いいや、ちょっと考えがあるんだ。それを貸しな。それと千代婆を連れておいで」

 

 宝玄仙が言った。

 七星がいぶかしげな顔をしながら、言われたことを実行するために一度部屋を出ていった。

 宝玄仙は、立ちあがると沙那に手伝わせて、とりあえず、七星が持ってきた千代婆の服を着始めた。

 下着の類いはない。下袍と上衣と草履だけだ。

 宝玄仙は、裸身に直接に下袍を身に着け、次に、用心深い仕草で上衣を身に着けた。ほっとした表情をしている。

 

「あひっ──」

 

 だが、草履を履こうと身体を屈ませた瞬間に、あられもない嬌声をあげたかと思うと、腰が砕けたようにその場にうずくまった。

 

「ご、ご主人様──大丈夫ですか?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「だ、大丈夫……。いや、あまり、大丈夫じゃないけど……。乳首が擦れて……。くそうっ、千代婆め──」

 

 宝玄仙はなにかぶつぶつと恨みのこもったような口調で呟いている。

 そして、その場で上衣の胸元を破ると乳房を剥き出しにしてしまった。

 宝玄仙をの乳首はぴんと屹立している。

 やっぱりこれは、ここで宝玄仙が受けた仕打ちの影響なのだろうか。

 

「道術が戻るまで、仕方ないから、このままか」

 

 宝玄仙は、乳房を剝き出しにした格好で赤い顔をして言った。

 

「連れて来たよ、宝玄仙さん」

 

 七星が気絶している千代婆を横抱きにして、部屋の真ん中に置いた。

 

「そのばばあを素っ裸にしな。そして、その『変化の指輪』を装着させるんだ。それと、七星――」

 

「な、なに?」

 

 宝玄仙の強い口調に七星は、動揺を隠さずに返事をする。

 

「お前、宝玉が教えた『道術錠』は、まだ遣えるだろうねえ?」

 

 宝玄仙が怒りのこもった視線で、気を失っている千代婆をにらみつけながら言った。

 

「も、勿論だよ」

 

 七星はうなずいた。

 

「ならいい。これから、わたしの言うとおりの『道術錠』をこいつに刻みな」

 

「わ、わかった。なんでも言っておくれ、宝玄仙さん」

 

「それから、沙那、こいつの荷から“泣き油”という媚薬の油剤があるから、持っておいで」

 

 沙那は、荷に駆け寄って中を探った。

 それらしいのは、三個ほどあったが、どれがそうかわからない。

 

「どれがそれですか?」

 

 沙那は、荷の中からその三個の小瓶を取り出し、それらを見せながら言った。

 

「まあいい。全部持ってきな」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は、なんだか、宝玄仙の顔が嗜虐の色に染まった気がした。



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236 解放の条件

 帝都に近い大都市である北安の夜は長い。

 一晩中開けている居酒屋も多い。

 奔破児(ほんはじ)は、その中で一軒の店に立ち寄り、そこで服を着替えた。

 実は、奔破児の息のかかった者が経営している店であり、居酒屋の主人も奔破児の部下だ。

 裏口から外に出る。

 中では入れ替わるように、奔破児と同じ服装をした男がやってきて、奔破児の座っていた席で酒を飲んでいるはずだ。

 

 ここからは演習場の脇を通過して、奔破児が管理している小さな家に向かうのだが、そこまでは建物はなにもない。

 閲兵式などをするための城郭の中にある小さな演習場で、内部に民間人が入ることは禁止されている。

 だから、奔破児以外に歩く者はいない。

 もうすぐ、朝になるはずだが、まったくの闇だ。

 夜目の利く奔破児は、その夜道を、急ぎその家に向かっていた。

 家といっても、部屋がふたつ並んでいるだけの小さな庵だ。

 周囲は庭になっていて、その周りは演習場の一部だ。

 

 そこに宝玄仙を監禁して、千代婆に調教をさせている。

 まだ五日目だが、さすがの千代婆だ。

 宝玄仙の調教が進んでいるのははっきりとわかる。

 四回目の朝だった昨日など、あの宝玄仙がお願いだから女陰を犯してくれと奔破児に狂ったようにねだったのだ。

 

 そして、今朝には、さらに趣向を凝らしておくから愉しみにして欲しいという言葉もあった。

 奔破児は逸る気持ちを抑えきれずに、自然と早足になる。

 

 女にうつつをぬかすことなどあるとは思わなかった。

 しかし、いまは、離れていても、はっきりとあの顔が頭に浮かんでくる。

 

 宝玄仙──。

 

 閻魔女騒動を調べる過程で、怪しいと睨んでいた幾つかの妓楼に潜入したときに出遭った女だ。

 なかなか破天荒な女で、遊女ではなかったが、遊女のふりをしていて、奔破児に迫ってきた。

 奔破児は、妓楼など初めての演技をしながら彼女を抱いた。

 そして、なぜか、彼女にひと目で惹かれた。

 彼女の身体を見て震えた。

 本当に、初めて女を抱く少年のように、彼女の美しさに震えたのだ。

 

 だから、あのときの動揺は演技ではなかった。

 すべてがたおやかだった。

 なぜか下腹部の恥毛はなかったが、それは非常に官能的だった。

 肌は眩しいほど白く、舐めらかだった。

 

 抱いてみると、さらに奔破児は驚いた。

 奔破児を受け入れて包み込んで包み絞る女陰……。

奔破児の与える愛撫で奏でる淫情のこもった嬌声……。

 そして、絶頂して達するときの美しい官能の表情……。

 すべてが素晴らしかった。

 

 だが、本来はそれで終わりのはずだった。

 所詮、行きずりの女だ。

 ましてや、奴隷主人たちに対する連続襲撃事件である閻魔女事件に関わる女だ。

 それに、閻魔女事件には、道術遣いが絡んでいる。

 その女が道術遣いであるのはすぐわかったし、その女が首謀者である可能性も高かった。

 

 いずれにしても、金光院は、黒だと奔破児は判断した。

 なにかがおかしかった。

 ただの妓楼にしては、店の者がかもし出す強い気のようなものを多く感じた。

 ほとんど賭けのようなものだったが、軍を入れて関係者を捕縛させた。

 じっくりと調べてからというやり方は、奔破児のやり方ではなかった。

 それに、この閻魔女事件は、もっと大きなものが背景にある気がする。

 この国に対する叛乱だ。

 

 そして、軍を指揮して、金光院を制圧した。

 金光院を占拠して、内部を調査し、やはり、ここがなんらかの犯罪組織であることはわかった。

 そして、ここには、ほかにもふたりの道術遣いがいた。

 なによりも、女主人の九頭女──。

 畿内随一の美妓と評判の女であり、ただの軍人にすぎない奔破児を相手にするような女ではない。

 会うのは初めてだった。

 だが、ひと目でこの女も道術遣いであり、この女こそ首謀者であることを確信した。

 九頭女は大人しそうな女だったが、得体の知れないなにかを持っていた。

 

 まったくの勘だったが、この手のことで奔破児は、勘を誤ったことがない。

 そして、この女を絞りあげれば、必ず、この国を騒がしている大きな叛乱がわかる。

 奔破児は、ここ数年、ずっと祭賽国で発生している各地の叛乱について調べていた。特に追っているのは梁山泊の叛乱だ。

 あの叛乱は、表に見えるものだけじゃない。

 見えないかたちで暗躍する裏組織こそ、連中の最大の武器なのだ。

 その糸口をやっと掴んだのではないかと思った。

 

 それと同時に、あの玉鈴という遊妓……それは、店で遊ぶための偽名であり、本当の名は宝玄仙だった……は、閻魔女騒動にはほとんど関与していないということも悟った。

 奔破児が金光院が怪しいと睨んだきっかけとなった女だったが、九頭女を見つけたときにこの女が黒だと思ったのと逆に、奔破児が惹かれた遊妓については、こと閻魔女騒動については、この女を調べても無駄だと、奔破児の中のなにかが告げた。

 九頭女に比べれば、まったく得体の知れないものはなにもない。

 

 そのとき、奔破児の中のなにかが壊れた。

 なにがなんでも彼女を自分のものにしたいと思ってしまった。

 しかも、そのとき、その遊妓は、金光院で捕えた一味のひとりとして、奔破児が身柄を確保していた。

 

 奔破児は決心した。

 この女を自分のものにすることを──。

 

 金光院から主立つ女のをすべてを軍営に地下牢に連れていかせるとともに、玉鈴、つまり、宝玄仙については、奔破児が個人的に保有している家のひとつに運ばせた。

 

 だが、この女を奔破児のものにするということになると、問題がひとつあった。それは、どう考えても、この宝玄仙が奔破児に靡くとは思えなかった。

 それは一度抱いただけでわかった。

 この女は人の妻や妾になるような女ではない──。

 

 だから、千代婆に託すことにした。

 千代婆は、幼い頃からよく知っている老女で、幼い頃からの奔破児の唯一の理解者だ。

 実家の屋敷で子守り女中をやっていて、ほかの者は嫌っていたが、奔破児は両親以上の親しみを持って彼女と接していた。

 だが、自称していた没落貴族の女という素性が嘘で、実は、奴隷女の産んだ娘だということがばれて屋敷を追い出されていた。

 奔破児は、自分が軍人となると、彼女を探し出してその身柄を引き取ったのだ。

 彼女は、遊妓となるような女を調教するというようなことを生業にしていて、宝玄仙を調教して奔破児のものにするのであれば、彼女以外に奔破児には人材はいない。

 

 軍の演習場を通る闇にぼんやりと灯りが浮かんだ。

 奔破児が向かっている小さな庵だ。

 そこで宝玄仙を監禁させて、千代婆に調教させている。

 

 奔破児の心は自然と弾む。

 宝玄仙を抱くことができるのだ。

 一日に一度か、二度──。

 

 九頭女たちを拷問して、沈み込むような気分に浸らなければならない奔破児の心の捌け口だ。

 拷問というものはするのも、されるのもお互いの心を擦り減らす。

 その擦り減らした心を宝玄仙に触れることで、取り戻すことができる。

 

 この一日も忙しい一日だった。

 九頭女たち金光院が閻魔女に関与していたことを明白にするために、一連の犯罪の事実を自白させようと思っていた朱姫とかいう道術遣いの娘が拷問死した。

 

 それで、すでに衰弱している九頭女への拷問を一日伸ばし、治療と身体の回復をさせることにした。

 だから、この日は奔破児も宝玄仙のいる家に長くいられるかと思ったが、夕方から夜にかけて、城郭内で小さな騒動が連発した。

 ひとつひとつは他愛のない事件だったが、放火と思われるぼや騒ぎが三件、大きな喧嘩騒ぎが二件、そして、貴族の襲撃未遂事件が一件だ。

 特に、その貴族の襲撃について、奔破児はかなりの労力を捉われてしまった。

 

 その貴族というのは、馬鹿二郎という綽名の国都でも有名な奴隷扱いの酷い貴族だ。

 このところの一連の閻婆者騒動で、国都の外に逃げていたのだが、閻魔女が捕えられたということで戻ってきたのだ。

 その矢先に何者かの一団に襲撃された。

 幸いにも本人に負傷などはなかったが、閻魔女事件を担任している奔破児は、その馬鹿二郎に呼び出されて説明を求められた。

 祭賽国でも五指に入る名門の家柄である大貴族からの呼び出しを無下にもできずに、それにひと晩を費やせられた。

 

 だが、どんなに忙しくても、この夜明けから早朝にかけてのいずれかの時期に、奔破児は宝玄仙に会いに行かなければならない。

 この時間に宝玄仙の身体に奔破児の精を入れなければ、奔破児の精に含まれている魔力封じの効果がなくなってしまうのだ。

 

「千代婆──」

 

 家の前に到着して、いつものと違う雰囲気に奔破児は首を傾げた。

 これまで、奔破児がこの家にやってくると、千代婆は必ず、部屋の前で待ち受けて、宝玄仙をどのように扱えばいいかを言った。

 奔破児がここですごすときの行為も宝玄仙への調教の一環であり、奔破児も千代婆を信頼して、すべてを千代婆に従っていた。

 確かに、千代婆のいう通りにしていると、日に日に、宝玄仙は 追い詰められた痴態を奔破児に示すようになっていた。

 千代婆の百戦錬磨の手管に、あの宝玄仙も追い詰められているのだ。

 

 その千代婆が縁側に出てこない。

 いつも、奔破児は、この縁側から上がってくるので、千代婆は、ここで奔破児に宝玄仙にどのような調教を進めているかを説明していたのだ。

 

 奔破児は、縁側に一枚の紙が貼っていることに気がついた。

 取り上げて読むと、部屋の中に宝玄仙をひとりだけにしてあるので、そのまま、なにも言わずにいきなり、宝玄仙を犯せと書いてあった。

 

 なにかの趣向なのだろう。

 千代婆は、隣室の小さな部屋に隠れているのだろうか──。

 奔破児は、縁側から入る横戸を開けて中に入った。

 

 果たして、宝玄仙がいた。

 口に猿ぐつわをしている。

 手錠付きの首輪で両腕を頭の後ろで拘束されていて、その首輪は、いつものように天井から繋がっている。

 両脚は胡坐に組んで足首を縄で縛り、それを腰の紅い紐に密着して結びつけられている。

 だから、両腿を腹部につけて、股間を曝け出している状態だ。

 

「いい格好だな、宝玄仙──。いつもながら、お前の苦しむ姿はそそるぞ」

 

 奔破児は服をその場に脱いで全裸になった。

 宝玄仙の身体には、おびただしい汗が浮かんでいて、その身体は小刻みに震えている。

 おそらく、千代婆の淫油だろう。

 千代婆は、女体の調教にさまざまな媚薬を使う。千代婆の得意の責めだ。

 

 宝玄仙の股間は、真っ赤に熟れていた。

 淫油か、宝玄仙自身の愛液だかわからないものでびっしょりと熟れている。

 前戯など必要ない。

 奔破児は 千代婆からの手紙による指示のとおりに、宝玄仙の女陰にいきなり自分の肉棒を突き挿す。

 

 猿ぐつわを嵌められた宝玄仙の口から吠えるような言葉が発する。

 しかし、布に遮られている宝玄仙がなにを喋っているかわからない。

 

 肉棒で宝玄仙の女陰の内襞を激しく削る。

 宝玄仙の表情が悲痛なものになる。

 なにかを耐えるようだ。

 構わず乱暴に宝玄仙を責めたてる。

 

 やがて、宝玄仙は支えてきた堰が崩壊するように、泣き声とともに呻きのような嬌声を猿ぐつわの下であげた。

奔破児はそれに合わせて、込みあがった淫情の塊りを宝玄仙の女陰に注いだ。

 

「んんんぐぐぐっ──」

 

 宝玄仙の顔が不意に歪んだ。

 

「うわあっ」

 

 奔破児はびっくりした。

 次の瞬間、宝玄仙の肛門から大量の糞便が噴き出して、奔破児の身体を汚物で汚したのだ。

 

「ち、千代婆、来てくれ──」

 

 奔破児は大声で、千代婆を呼んだ。

 そして、とりあえず、汚物まみれの宝玄仙から身体をどけようと思って驚愕した。

 

 抜けない──。

 汚物まみれの宝玄仙の股間から、どうしても奔破児の一物が抜けていかないのだ。

 

「千代婆──」

 

 もう一度叫ぶ。

 やはり、千代婆は出てこない。

 そして、身体の下の宝玄仙が涙を流しながら懸命になにかを叫んでいる。

 

 奔破児は、なにか嫌な予感がした。

 これは、なにかの道術ではないか──?

 急いで、宝玄仙の脚を縛っている縄を解く。

 とにかく、一物を抜かなければと焦った。

 特に締めつけられているということはない。

 すでに、精を発した奔破児の肉棒はかなり萎えている。

 しかし、まるで密着したように抜けないのだ。

 

 いずれにしても、いくら宝玄仙といっても汚物は汚物だ。

 臭気もたまらない。

 その宝玄仙の糞便で、奔破児の下半身は酷い状況だ。

 

 縄を解いている間に、宝玄仙の指に嵌まっていた指輪が突然に砕けて外れた。

 びっくりしたが、おそらく、なんらかの道術の仕掛けだと悟った。

 その途端、身体の下の宝玄仙の姿が、千代婆の年老いた身体に変身した。

 

「うわああああああああ──」

 

 奔破児は絶叫した。

 暴れたが、奔破児の股間が千代婆から離れない。

 すっかりと萎えた一物がまだ、千代婆の女陰に張りついている。

 思い出して、奔破児は千代婆の口を塞いでいる猿ぐつわを外した。

 

「お、お坊ちゃま──、申し訳ございません。宝玄仙に逃げられました。これは連中の仕掛けた『道術錠』の仕業です」

 

 千代婆が泣きながら言った。

 

「ま、『道術錠』──?」

 

 奔破児は叫んだ。

 『道術錠』というのは、道術遣いの遣う特殊な錠前で、解錠や施錠に特殊な条件付けを行う。

 鍵ではなく、なにかの行動などを鍵の代わりにするのだ。

 かなりの高位術だ。

 

「……あいつらに、さっきの指輪の霊具で、宝玄仙に変身させられて、それで浣腸をされたのです。申し訳ありません。お坊ちゃまが精を放ったときに、あたしの肛門が開くようにされておりました──」

 

 千代婆は悲痛な表情をしている。

 あいつらとはなんだ──?

 つまりは、宝玄仙が逃亡?

 だが、そんなことはいい。

 それよりも、千代婆から離れられないこの状況をなんとかしなければ──。

 

「千代婆、これも『道術錠』だな? とりあえず、俺の性器を抜くために、宝玄仙はどんな解錠の条件を付けていったのだ──?」

 

「お坊ちゃまが、あたしの中にもう一度、精をすることです──」

 

 千代婆は、汚物にまみれた姿でまた、泣き喚く。

 

「精を放つ──?」

 

 その言葉を聞いて奔破児は途方に暮れた。

 すでに一度放っている。

 そして、奔破児の一物は完全に千代婆の女陰の中で完全に萎えている。

 身体の下には、汚物まみれの老女の裸体だ。

 その中に精を放つということなどできるのだろうか……。

 

 鼻が曲がるような臭気を感じながら、奔破児は置かれた状況を理解しはじめて、眼の前が暗くなるような気持ちになった。

 

 

 *

 

 

 地下牢に下る階段を下りきると、鉄格子があり、番兵がふたり鉄格子の扉の向こうに立っていた。

 その奥には、燭台の灯りでその奥の牢番兵の詰所が浮かんだ。

 

「おっ、新入りか?」

 

 ふたりの城郭軍の兵で挟んでいるひとりの女囚らしき女を見て番兵が破顔して言った。

 

「明るくなるまで、空いている牢に入れておいてくれ。どうやら、馬鹿二郎の襲撃に関係している女らしい。上で訊問をしていたんだが、とりあえず続きは明るくなってからということになった」

 

 そう言いながら、書類を鉄格子越しにかざす。

 番兵は、書類については一瞥だけし、ぐったりと身体を両側の兵に預けている女囚の顔を覗き込んでいる。

 

「別嬪だな」

 

 番兵のひとりが言った。

 

「いいから、開けろよ」

 

 そう言うと、もうひとりが腰から鍵束を出して、内側から鉄格子の扉を開いた。

 ここは内側から開く門だが、もう少し上の軍の詰所から下に階段に降りる部分では、逆に向こうからでなければ開かない仕掛けになっていた。

 女囚が万が一にも牢番を倒して、外に出ようと思っても、上に昇る階段の先で阻まれる。

 それは、逆も同じだ。

 外から侵入しようと思って、営舎側から下っても、ここは内側から鍵がかかっているので、ここで阻まれる。

 もっとも、ここは軍営のど真ん中であり、脱走も潜入もほとんど困難だ。ここのほかに出入の経路はない。

 鉄格子が音を立てて開く。

 

「ここから先は、俺たちの管轄だ。こいつは預かるぜ」

 

 牢番が女囚を受け取った。

 

「いまから、その女を犯すのかい?」

 

 一緒に女囚を抱えてきた兵が言った、

 

「女囚を犯すのは禁止されていないからな。羨ましければ、お前たちも女囚牢の番兵になるんだな」

 

 番兵が鉄格子の扉を閉めて、ふたりを阻もうとする。

 そこにさっと脚を差し込んで防ぐ。

 

「なにすんだよ? お前たちもやりたいのかい……」

 

 牢番兵のにやけ顔がこっちを見る。

 城郭軍の兵に変化をしていた孫空女の拳がそいつの腹に喰い込んだ。

 

「うぐっ」

 

 眼の前の番兵がその場に崩れ落ちる。

 もうひとりも、兵の姿に変身していた蔡美(さいび)の首への打擲により、ほぼ同時に倒れた。

 

 朱姫は支えを失って床に倒れている。

 孫空女は、自分の姿を国軍の兵士にしていた『変化の指輪』を解いた。

 闘うときには、自分の身体がやはり動きやすい。

 連行される女囚に変化をしていた朱姫と、孫空女とともに女囚を運んできた兵に変身をしていた蔡美が、それぞれに変身を解いた。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女は『如意棒』を耳から出して構えた。

 そのまま、倒れた番兵を飛び越えて、番兵の詰所に飛び込む。

 後方では、蔡美が内側から地下牢への門の鍵をかけ直している。

 

 詰所にいたのは五人ほどだった。

 三人はまだ居眠りをしていて、異変に気がついていなかった。

 残りのふたりは、大声を上げて剣を構えたが、孫空女の相手ではなく呆気なく倒れる。

 その騒動で起きた三人も、『如意棒』で壁に叩きつける。

 これで、地下牢の占拠が完成した。

 

「蔡美──」

 

 孫空女は、何度も牢番に化けて潜入しているので、各牢の鍵の場所は知っている。

 孫空女は、各部屋の格子を開く鍵束を蔡美に渡した。

 

「結界を結び終わりました」

 

 床に座っている朱姫が顔をあげた。

 道術陣の出入り口の結界を刻み終わったのだ。

 あらかじめ準備がされていた拠点に刻んでいた道術陣とその魔法陣が結ばれ、そこから待機していた蔡美の手の者たちが十人ほど続けて、わらわらと出現してきた。

 

「蔡美、急くだろうけど、九頭女は最後に救出してよ。九頭女の部屋だけは上からの監視穴があるんだ。九頭女に異変があれば、上の兵がこっちに雪崩れ込んでくるから」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「わかっている──。じゃあ、朱姫、お願い」

 

「はい」

 

 朱姫が蔡美に背負われる。

 

「じゃあ、孫姉さん、気をつけて」

 

 朱姫も言った。

 蔡美と朱姫、そして、手の者たちが奥の部屋に駆けていく。

 

 彼女たちは手筈通り、まずは、ここに収容されている九頭女の店の者たちを解放して、向こうで、改めて朱姫が刻んだ『移動術』の結界で、また、別の場所に跳躍する。

 九頭女の救出は最後だ。

 

 今朝の状況では、二十人ほどいる九頭女の手の者たちは、弱っているが衰弱しているというほどではない。

 だが、拷問を受け続けている九頭女はひとりでは歩くどころか、動くこともできないかもしれない。

 とにかく、そのあいだ、孫空女はここで、上から兵がやってくるのを足止めする。

 

 地下牢への出入り口はここだけだ。

 ここを押さえれば、城郭の軍が何万人いようとも、こっちにはやってこれない。

 固い警戒が、道術を前にしては、逆に仇となるということだ。

 

 しばらくすると、地下牢の奥から喧騒が聞こえ始めた。

 脱走劇が始まったのだ。

 

 やがて、次第に静かになり、不意に孫空女の前が騒がしくなった。上から城郭軍の兵たちがわらわらと降りて来たのだ。

 

「来たね……」

 

 孫空女は呟くと、『如意棒』を構える。

 しかし、兵たちと孫空女の間には、閉じられている鉄格子がある。

 兵たちは罵りながら、格子を叩いたり、孫空女に鉄格子越しに剣や小槍を投げたりする。

 孫空女は、それをなんなく払い避ける。

 

「孫空女、九頭女姉さんは救出した。ほかの者もよ。もういいわ」

 

 奥から蔡美が駆けてきた。

 

「朱姫は?」

 

 孫空女は振り返らずに言った。

 眼の前の鉄格子の前には、すでに何十人もの兵がいる。

 大騒ぎで、金切道具で鉄格子を切ろうとしている。

 もうすぐ、こっちにやって来るだろう。

 

「朱姫は、すでに九頭女姉さんや、ほかの者と一緒に、金光院に戻ったわ。向こうの『移動術』の結界はすでに閉じられた」

 

 蔡美はささやいた。

 

「わかった」

 

 孫空女は、朱姫が最初に刻んだ方の道術陣に向かって、蔡美と一緒に駆けた。

 こっちは、朱姫がいなくても孫空女たちが跳躍できるように、朱姫が道術を残してくれている。

 こうなっていれば、霊具を使うのと同じだ。

 孫空女の体内の霊力で、十分に扱うことができる。

 

 地下牢に入る鉄格子がやっと開いた。

 兵隊が一斉に雪崩れ込む──。

 そのときには、孫空女は、蔡美と一緒に結界に飛び込んでいた。

 周囲の喧騒が一瞬で消滅する──。

 

 気がつくと、蔡美の船宿だ。

 もちろん、部屋には誰もいない。

 蔡美の船宿は、金光院と並ぶ、梁山泊と連中が呼んでいる叛乱の裏の活動拠点だった。

 九頭女が捕えられて以来、ここが九頭女たちを脱走させるための工作の拠点となっていたが、それも今日で終わりだ。

 いまは、手の者の全員が九頭女たちを国都から脱走させるための工作に関わっており、それが成功すれば、ここはそのまま捨て置かれるらしい。

 

 とにかく、北安に作っていた梁山泊の拠点は、一度、すべて撤収する──。

 それが、彼女たちの結論らしい。

 そのことについて、孫空女は関与もしていないし、興味もない。

 ただ、孫空女にとって重要なのは、九頭女たち叛乱組織の要員も、宝玄仙や沙那や朱姫や孫空女も、まだ北安の城郭内にいるという事実だ。

 とりあえず監禁からは脱出できたとはいえ、城郭を出ることができないとなんにもならないのだ。

 

 いずれにしても、脱走のための拠点は、すでに金光院に移っている。

 夜のうちに、金光院に地下から入る経路から、孫空女や蔡美の手の者が入り込み、内部にいて金光院を占拠していた国軍の隊を一網打尽にしていた。

 それは鮮やかに行われたので、まだ、国軍は金光院が叛乱組織に奪い返されたことに気がついていないようだ。

 金光院の外で見張りに立っている兵についても、朱姫の『縛心術』が効いていて、まったく外部からは、その異変がわからないはずだ。

 

 金光院の再奪回を行うのと並行し、その動きを攪乱するために、城郭内でぼや騒ぎや喧嘩騒ぎ、ついでにあの馬鹿二郎の襲撃の真似事までやった。

 それも沙那の計画で行った蔡美たちの仕事だ。

 

「すべては、沙那の描いた手筈通りに動いているわ。改めて、凄い人だね。あの人──。もちろん、あんたもだけど」

 

 蔡美が言った。

 

「あたしは、言われたとおりに暴れているだけさ、蔡美」

 

 孫空女は言った。

 船宿を出る。

 まだ夜明け前。十分に暗い。

 城壁に向かって駆ける。案内は蔡美だ。

 

「ねえ、あんたたち、本当にあたしらの戦いに加わってくれないの?」

 

 蔡美が駆けながら言った。

 

「さあね。ご主人様次第だけど、でも、うちのご主人様はそういうことに興味ないんじゃないかなあ」

 

 宝玄仙が、祭賽国の奴隷制度や役人の腐敗への叛乱などに加わるとは思えない。

 この国の女奴隷の境遇に同情はしても、国のあるべき姿とか、腐った国の制度の不正を糺すとか、そういうようなことに宝玄仙が参加するというのは考えられないのだ。

 そういうしがらみの嫌いな女だ。

 

「残念だよ。まあ、諦めないけどね。あたしの手の者も沙那にあれこれと言ったけど、彼女たちもこれだけ、沙那の読み通りに物事が進むと、沙那についての評価を改めざるを得ないだろうし」

 

「まだだよ、蔡美。まだ、なにも成し遂げていないんだ。全員で国都を脱して、それで初めて作戦は成功だよ」

 

「確かにね」

 

 しばらく駆けて、蔡美たちがずっと以前から眼をつけていた城壁の場所に辿り着いた。

 

「ここかい?」

 

 孫空女は、『如意棒』を出して、構えながら言った。

 

「ああそうだよ。ここは前から眼をつけていた場所のひとつさ。国都の堅固な城壁だけど、物理的に弱い場所はいくつかある。そういう場所を数年かけて見つけ、あるいは、作っておいたんだ。それに、ここは、巡回や見張りの兵の死角になる場所さ」

 

「ねえ、蔡美、金光院に関わる女や囚人が一斉に脱走したことがわかったら、軍はどれくらいで追ってくると思う?」

 

 孫空女はなんとなく訊ねた。

 

「すぐだよ。金光院に対する軍の襲撃もそうだった。ここの軍は、なんだかんだと言っても素早い。ここの城郭軍は精強だよ。それに、ここに近い帝都に駐留している軍は数万だ。それも考慮すれば、一万くらいはすぐに動く」

 

「ふうん」

 

 それも沙那の読みの通りだと孫空女は思った。

 沙那も城壁を脱走したという痕跡があれば、少なくとも一万の軍が素早く追ってくると言っていた。

 この国で数年間、工作を続けている蔡美の読みと、半月ほどしかすごしていない沙那の読みが合致するというのは凄いことなのだろう。

 

 蔡美などは、沙那に何度も碧波潭の幹部として参加して欲しいと、沙那自身に詰め寄っていて、沙那を閉口させているようだ。蔡美は、沙那が、宝玄仙というひとりの女に仕えるだけの立場であることに憤りさえ感じているようで、沙那のような人材は、人の上に立ち、なんらかのことを成し遂げるべき人材だと仕切りに口説いている。

 

「いくよ」

 

 孫空女は城壁に向かって構えた。

 そして、『如意棒』の先を渾身の力で城壁に打ち込んだ。

 地響きがして、眼の前の城壁の石が吹き飛ぶ。人がひとり通れるくらいの大きさで穴が開いた。もっとも、まだ城壁の向こう側に突き抜けてはいない。

 

「兵が来るよ」

 

 蔡美が言った。

 

「わかっている──。伸びろ──」

 

 孫空女は、さらに『如意棒』を伸ばす。

 

「うりゃああっ──」

 

 掛け声とともに、崩れた穴の中心に『如意棒』の先を叩きつける。

 

「届いた──」

 

 蔡美が歓声をあげた。

 眼の前の城壁に、人ひとりが通り抜けられるくらいの穴が開いている。

 激しい物音に気がついた城壁の衛兵たちがやってくるのが見えた。

 孫空女は蔡美とともに、再び夜明け前の国都の城郭に、その身を埋もれさせた。



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237 女奴隷の大脱走

 夜が白々と明けてきた。

 沙那は、宝玄仙を金光院に連れていった後で、再び城郭に出た。

 物陰から城郭の様子を観察するためだ。

 

 まだ、夜が明けたばかりだというのに、城郭軍の幾つかの隊が慌ただしく駆けていくのに接した。

 馬蹄の響きについても、あちこちから聞こえてくる。

 すべてが南門に向かっているようにも思える。

 

 軍営の周りも覗いた。

 内部で慌ただしく軍が動いているのを感じる。

 北安の城郭軍ばかりでなく、帝都にある城郭外からも、近傍の帝都からの国軍の軍団も出動したという情報にも接した。

 ほかにも、貴族の私兵までも出ていった気配だ。

 

 この国内の軍の関係は複雑だ。

 実際のところ、金光院を襲撃して、九頭女らを捕えたのは、奔破児が動かした北安の城郭軍の一部だが、ここは帝都も近く、さらに大貴族の私軍などもいる。

 沙那の狙いもその複雑さにある。

 

 いずれにしても、慌ただしく城郭軍が出ていき、明らかに城郭内は手薄になっていくのを確かめ、沙那は再び金光院に向かった。

 遠くから眺めるが、外見上はまったく変化がない。

 金光院の出入り口を塞いでいる警備兵もそのままだし、軍が占拠していることを示す立て札も同じだ。

 だが、実際には、昨日の夕方に地下から雪崩れ込んだ蔡美以下の手の者により、彼女たちの仲間である梁山泊の息がかかった一団に制圧され直している。

 金光院を探索した兵たちは、地下室の存在には気がついたが、その地下室から周囲の家屋に抜け出る地下道には気がつかなかったのだ。

 

 もっとも、金光院を制圧していた一隊は、この数日間、ただ、中にいた遊妓を犯しまくるだけで、まともに調査などしていなかったらしい。

 お陰で、金光院の再奪回は呆気なく終わった。

 金光院に異変があったことが気づかれ、城郭軍がまたやってくることを想定し、金光院に監禁されていた者を地下道から別の場所に集めるためのまったく別の拠点も準備してあったのだが、いまのところその必要はなさそうだ。

 

 軍庁府は、いまだ、昨日の夜から連続で起きている各所の騒動に気を捉われていて、金光院の異変には気がついていないようだ。

 沙那は、金光院のそばの小さな長屋に入り、そこに隠している地下道から金光院の地下に戻った。

 

「戻りました、ご主人様──」

 

 地下道側から地下の大部屋に戻った沙那は、正面にいた宝玄仙を認めてそう言った。

 そして、周囲の状況にぎょっとした。

 

 ここは大部屋なのだが、壁際に沿って三十人ほどの男が素っ裸で立たされている。

 いずれも、この金光院を占拠していて、この数日間、我が物顔で金光院を支配していた国軍の将兵だ。

 

 だが、沙那がびっくりしたのは、その男たちの姿だ。

 軍服を剥がされて素っ裸であるのはともかくとして、全員が後ろ手に拘束されて、腰縄に繋がった縄で双臀を割られて前側で陰棒の根元を縛られている。

 その肉棒の根元を縛った縄で天井に取り付けたたくさんの金具から吊られて立たされているのだ。

 しかも、左右の脚は、それぞれ隣の男の足首と結ばれている。そういう格好の男たちが、ずらりと部屋の壁に沿って立ち、猿ぐつわをされて呻いている。

 

 そして、部屋の中心に床几椅子に座った宝玄仙が、胸だけを剝き出しにしたおかしな格好で座っており、さらに、細い棒と筆を持った数名の女たちがいて、勃起力を失った男たちの肉棒を棒で突いたり、なにかの薬を塗ったりしている。

 いずれの男たちも汗びっしょりで呻いているのは、なにかの淫靡な仕打ちをされているに違いない。

 宝玄仙は、その周りの女たちに、指揮官のようにあれこれと指図をしているようだ。

 

「な、なにをしているんですか、これは、ご主人様?」

 

 沙那はこの異様な光景に思わず言った。

 金光院内から外に出る前に、孫空女と一緒に入れ替わるように戻って来た蔡美に指示したのは、軍兵たちから軍装を剥がして、それを女たちに身に着けることだ。

 素っ裸にするとか、ましてや、肉棒で天井から吊るすというようなことは沙那の預かり知らぬことだ。

 もっとも、眼の前にいる宝玄仙がやらせていることに違いないが……。

 

「なにをしているかと言われてもね……。見た通りさ。こいつらは、この金光院に残した店の女たちを監禁することが任務であることをいいことに、この数日間、やりたい放題だったらしいよ。だから仕返しだ。この宝玄仙が、酷い仕打ちを受けた女たちに代わって、男の兵たちへの復讐をしてやっているところさ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は、宝玄仙の呆れた仕打ちに嘆息した。

 だがすぐに、ここは、宝玄仙の好きなようにさせようと思い直した。

 宝玄仙の言ったことは事実だし、宝玄仙の溜飲も、ここで男たちに毎日乱暴に犯されていた女たちの気も少しは収まるというものだろう。

 

「ほら、こいつ見てごらん。この皮被りの道具の粗末な肥った男が隊長の李勝(りしょう)だよ。気を抜くとすぐに男根を小さくするんだ。それにほかの男も含めて、三十人以上もいるとさすがに大変だよ──」

 

 そして、宝玄仙は、視線を沙那から周りの女たちに移した。

 

「ほら、お前たち、この李勝はまた怒張が下がって来たよ。そこの正面の左の胸に傷がある男もだ。その隣もだね。こりゃあ、人手が足りないよ。蔡美に言って、こっちの人数を増やしてもらうかねえ──」

 

 女たちがきゃあきゃあ言いながら、宝玄仙の指示に従って、男たちの睾丸を触ったり、得体の知れない淫油を肉棒の先に筆で塗ったりしている。

 

「ねえ、宝玄仙様、どれが“泣き油”で、どれが“吠え油”で、どれが“狂い油”かわからなくなってしまいました。どうしたらいいですか?」

 

 猿ぐつわの下から狂ったような悲鳴をあげている李勝の前で、ひとりの女が困ったような表情で三本の筆を持って、宝玄仙に顔を向けている。

 

「いいよ、気にすんじゃないよ。どれでも、適当に塗っておきな。勃起を継続するという効果は同じだろうさ。だけど、李勝の皮冠りは剥いてから筆で淫油を塗るんだよ。じゃないと効果がないからね」

 

 宝玄仙だ。

 

「ええ──。触るんですか? 嫌ですよ」

 

「どうせ、さんざんにやられたんだろう。今更、文句を言うんじゃないよ、百寿(ひゃくじゅ)

 

 百寿というのはあの女の名なのだろう。

 

「わかりました。じゃあ、手袋つけてやります」

 

 百寿が言った。

 そして、その百寿に怒張の皮を剥かれて、剝き出しにされた肉棒の先端に得体の知れない薬を塗り直された李勝は、肥った身体を揺らして、悲痛な声をあげた。

 

「ねえ、沙那、いくら蔡美に言っても、こっちの人数を増やしてくれないんだよ。お前からも言っておくれよ。この三十人を数名だけでは、とても追いつけやしないよ」

 

 宝玄仙が沙那を見る。

 

「ご主人様、もうすぐ、この城郭をみんなで離脱します。ほとんどの人間が、その準備にかかりきりなんです。こんなことに人数は避けませんよ」

 

 沙那は仕方なく言った。

 

「なに言ってんだよ。碌な仕返しもせずに、千代婆を置いてきたんだ。少しくらい憂さを晴らさせてくれてもいいだろう」

 

 千代婆については、宝玄仙の指示で宝玄仙に変化(へんげ)をさせて、狂い油を股間に塗りたくって、股間を曝け出した格好で放置してきた。

 そして、猿ぐつわをして、やってくるだろう奔破児(ほんはじ)にそのまま女陰を犯せという伝言を残してやった。

 しかも、大量の浣腸液を腸に注ぎ込み、七星の『道術錠』で肛門を封鎖してしまってだ。

 

 その肛門の封鎖は、奔破児の精を受けたときに解除されるようにした。

 さらに、七星のその『道術錠』で、奔破児の精を受けたときに、新しい『道術錠』が作動し、千代婆の女陰に挿入した奔破児の肉棒が抜けなくなるようにも道術をかけた。

 それを解くのは、千代婆の中に、もう一度精を入れるという条件付にした。

 

 つまり、宝玄仙の姿をした千代婆の女陰に、奔破児は自分の肉棒を入れて精を発する。

 すると、『道術錠』がかかり、奔破児の肉棒は抜けなくなる。

 同時に、その千代婆の肛門の封鎖が解けて、千代婆は汚物をぶちまける。

 また、それに合わせて、宝玄仙の姿をした千代婆の姿が元に戻るようにもした。

 奔破児は、肉棒を千代婆から抜くために、汚物まみれの老婆に精を放たなければならないということだ。

 無論、やったのは宝玄仙で、沙那は、再会したばかりの七星に嬉々として指示して、その支度を見守っていただけだ。

 

 それから、あの家から七星とともに、ここまで宝玄仙を連れ戻したが、その移動の途中で宝玄仙が、よく考えたら、あれでは千代婆が若い奔破児に二度も精を受けることになり、仕返しでもなんでもないと喚きはじめたりもした。

 そんなことはどうでもいいと思っていた沙那は、それには閉口した。

 とにかく、宝玄仙をなだめすかして、この金光院に連れて来たのだ。

 

「そう思ったから、蔡美も、ご主人様にここで自由にさせてくれているんですよ。いずれにしても、ここはもうすぐ離脱です。彼女たちにも準備をさせてください」

 

 沙那はそう言うと、百寿たちをこの部屋から追い出して、蔡美に合流するように言った。彼女たちは出ていった。

 

「それよりも、ご主人様もご準備をお願いします──。ところで、まだ、道術力は戻りませんか?」

 

 沙那は言った。

 

「いや、少しは戻って来た。だが、完全じゃないね。悪いけど、朱姫や九頭女の治療は、昼過ぎまで待ってもらうしかないね」

 

「それは、問題ありません。ふたりとも琵琶子(びわこ)の薬でかなり回復していますから。ふたりを含めて、歩けない者は、荷駄馬車の架台に載せて荷に紛れて城門を抜け出させます。ご主人様もそれでは歩けませんから、荷駄馬車の荷に紛れて移動して頂きます」

 

 沙那は説明しなが、らちらりと宝玄仙の勃起した乳首に視線をやった。

 いまだに宝玄仙の乳首の屹立は収まっていないし、時折、官能に苦しむ仕草をする。

 まだ、身体は酷い状況なのだろう。

 それでも、こうやって嗜虐癖を発揮して、男の兵たちに仕返しをする。

 それはそれで大したものだ。

 

 だが、沙那は、ふと、宝玄仙のその乳首をちょんとついてみたいという誘惑にもかられていた。

 いま、宝玄仙は道術を遣えない。

 平気な顔をしているが、宝玄仙は全神経を集中して、千代婆に性感をおかしくされた乳首から受ける淫情を我慢しているに違いない。

 それをここで刺激してやったらどんな顔をして悶えるのだろう……。

 沙那は、慌てて、その馬鹿な考えを捨てる。

 

「では、ご主人様も……」

 

「じゃあ、いいよ。なら、琵琶子を呼んでおいで。あいつ、ここにいるんだろう? わたしのことを怖がって、やってこないんだよ。ちょっと、からかうだけだから連れておいで、沙那」

 

 宝玄仙が言い出した。

 

「そういうことは全部、城郭から脱走してからのことです、ご主人様──」

 

 ついに、沙那は大きな声をあげた。

 

 

 *

 

 

「報告せよ──」

 

 軍営に戻るなり、奔破児は言った。

 奔破児の幕僚が集まっている一室だ。

 その奔破児の姿を確認して、その幕僚たちが弾かれたように立ちあがった。

 

「奔破児様、いままで、どこへ──?」

 

 幕僚のひとりが言った。童林(どうりん)という男だ。

 若いが奔破児が、この中でもっとも優秀だと思っている部下だ。

 まあ、若いといっても奔破児よりもひとつ歳若なだけだが、奔破児の年齢が、諜報部隊の束ねをするには若すぎるのだが……。

 

「俺のことはいい。それよりも、状況を報告しろ」

 

 千代婆の女陰から抜けなくなった後の数刻近い時間のことは考えたくなかった。

 酷い目に遭ったものだ。

 

 そして、急いで軍営に戻る途中で、城郭内に異変が起こったことはわかった。

 慌ただしく動いている城郭軍の各隊とすれ違ったし、城門の方向で大きな軍の動きも確認していた。

 

「軍営が破られました。九頭女(くずじょ)以下の軍営の地下に捕らえていた全員が逃亡しました」

 

 童林が代表するかたちで報告した。

 

「なに? どういうことだ?」

 

 奔破児は叫んだ。

 軍の地下牢は、軍の営舎の地下にあるのだ。

 しかも、営舎側と地下道側の両方の門を開かねば通り抜けられず、通り抜けたとしても軍の駐留しているど真ん中に出るだけだ。

 さらに軍営の周りには高い塀もあり、見張りも厳重だ。

 いったい、どうやって、集団脱走などやったというのだ。

 

 童林が説明した。

 つまりは、道術遣いがいたということのようだ。

 向こうに道術遣いがまだ存在していて、知られている軍兵に変身し、女囚を収容するという目的で、堂々と営舎を通り抜けて、地下牢の入口までやってきた。

 そして、内側から牢番に地下牢への入口の格子の門を開かせてから、あっという間に内部を制圧し、今度はその地下牢の内側から鍵を締めて、地上からの兵がやってくるのを阻止し、やはり、道術で堂々と全員を脱走させた。

 固い警備が逆に仇になったということのようだ。

 

「奔破児様を探していたのです。しかし、どこに知らせてよいのか──」

 

 童林が申し訳なさそうに言った。

 奔破児は、自宅に戻るとは伝えてはいたが、宝玄仙を監禁していることや、その場所も彼らには伝えてはいなかった。

 武芸に自信のある奔破児に警護の兵は必要ないし、金光院で捕えた女のひとりを個人的な理由で監禁して、調教していることは知らせたくなかったのだ。

 金光院から宝玄仙を運んだのも、軍営からその家に向かうための偽装のために割いた人数も、奔破児の個人的な部下であり、軍人としての奔破児とは関係ない。

 

 いずれにしても、知らせてなくてよかったと思った。

 千代婆の女陰に精を放つために、汚物だらけの千代婆と格闘しているところをこいつらに見られるところだった。

 

「とにかく、城門を封鎖するように手配しろ」

 

「それはやりました、奔破児様」

 

 奔破児は少し安心した。

 ならば、連中は袋の鼠だ。

 いずれ、再び捕らえられる。

 

「それで、連中はどこに行ったかわかるか?」

 

 道術遣いが絡んでいるとしも、城壁を道術で通り抜けることはできない。

 城壁には、あらゆる道術遣いの道術を撥ね返す道術封じが張り巡らせてある。

 どんな道術封遣いがいても、国都の外には行けないはずだ。

 

「それが、夜明け前に城門の一部に、人ひとり分だけ抜けられる程度の穴が開けられたのが発見されました。軍営が破られた時刻のほぼ直後です」

 

 童林が言った。

 奔破児は唸った。それなら、その穴から女囚たちが抜け出した可能性がある。

 

「どの方向だ?」

 

「南です」

 

 その言葉で、奔破児が浮かんだのは、南側に進む方向に梁山泊があるということだ。

 かなりの距離はあるが、梁山泊と呼ばれている逃亡奴隷たちを含む女たちの叛乱と、九頭女たちの閻魔女についての結びつきは証明されていないが、もしも、奔破児の想像通りに、このふたつが結びつているとすれば、城壁を通り抜けた女囚たちは、城壁を抜けて南に向かった可能性が高い。

 

「軍を出動させろ。弱っている女囚を連れての逃亡だ。それほど、遠くに向かってはおらんぞ」

 

 奔破児は言った。

 

「それも、すでに手配しています。出動できる城郭軍の隊のほかにも、帝都にも連絡して、国軍にも捜索の要請をしました。賞金もかけました。それで、貴族の私軍なども、捜索隊に参加をしています。一方で、軍以外の城門の通過を禁止して、城郭内の捜索も開始させています、奔破児様」

 

 童林は言った。

 奔破児は頷いた。

 さすがは童林であろう。

 城郭から梁山泊方向に脱走されたとしても、まだ朝と言っていい時間だ。

 確か地下牢に監禁していた九頭女以下の女たちは、二十人はいた。それほど遠くにはいけないはずだ。

 

 そのとき、ふと思った。

 金光院に監禁しているほかの女たちは──?

 女囚として地下牢に放り込んだのは、金光院で働いていた者のうち、主立つ者だけで、残りの女たちは、そのまま一隊に監視させて、金光院に監禁させている。

 主立つ者だけが逃亡して、残りを残しておくはずがない気がした。

 

「金光院はどうなっている、童林?」

 

 奔破児は言った。

 

李勝(りしょう)殿がおりますが?」

 

 童林は言った。どうやら、奔破児の懸念について、童林はなにも感じてはいないようだ。

 

「違う。誰か、異常の有無を確認に行ったか?」

 

「異常はないという報告はありました」

 

 部下のひとりがそう応じた。

 なにかとてつもなく嫌な予感だ。

 

「一隊を出せ。金光院に向かう──。俺が直接指揮する」

 

 奔破児は叫ぶとともに、外に出た。

 捜索隊として、軍営に編成を終えていた一隊から一個小隊を割いて、金光院にある色町に向かう。

 

 城郭の中は軍の動きが目立っていた。賞金が効いたのかもしれない。城郭軍のほかにも私軍や傭兵隊などの様々な軍旗を掲げた隊とすれ違った。

 ほとんどが南門に向かっていた。逃亡した女囚たちを捕えれば、賞金が手に入るだけではなく、女を捕えたときにおいしい思いもできる。

 だから、色めき立っているようだ。

 金光院の正面に着いた。

 入口の前に警備の兵がふたり立っている。

 

「異常は?」

 

 奔破児は声をかけた。

 

「異常はありません」

 

 ひとりが応じた。だが、奔破児は、なんだかその兵の眼に道術の色があるような気がした。

 だが、とりあえず、そのまま入り口を通り過ぎて、内部に入る。

 

「あっ」

 

 奔破児は叫んだ。奔破児と一緒にやってきた隊の兵たちも騒然としている。

 中はもぬけの空だった。

 人の気配がない。

 誰もいないのだ。

 

「おい、警備兵──。どうなっているんだ?」

 

 奔破児の後ろにいた将校が叫んだ。

 

「異常はありません」

 

 警備兵が表情を変化させずに応じた。奔破児は舌打ちした。

 やはり道術だ。

 おそらく、ああやって、人を操るのは『縛心術』とかいう道術のはずだ。

 

「店中を隈なく探せ。この金光院にいた隊がどこかにいるはずだ」

 

 この金光院でなにかが起こったのは明らかだ。

 警備兵が道術で操られているということは、道術遣いを含む一団がここを襲ったのだ。

 地下牢を襲って女囚を解放した一味と同じと考えていいだろう。

 奔破児は率いていた一隊に命じた。

 

 そして、奔破児自身は、地下室に向かった。あそこなら大勢の兵を監禁していても、声も外には漏れないし、気配もしない。

 奔破児なら、そこに人を隠す。

 監禁するにしても、殺して屍体にするにしてもだ。

 地下に向かう隠し戸は先日の捜索で発見していた。

 

 奔破児は、そこから地下に向かう階段を降りた。

 すると、それまでまったくなかった人の気配を感じた。

 地下室の中で一番大きな部屋に入る戸を開く。

 

「な、なんだ、これは?」

 

 思わず声をあげた。

 そこには、三十人ほどの兵の全員が、素っ裸で拘束されて立たされている。

 しかも、全員が一物の根元に縄を巻き、それを天井から吊られているのだ。

 

「李勝、大丈夫か──?」

 

 奔破児は、その中から全身を真っ赤にして常軌を逸したような表情をしている李勝を見つけて駆け寄った。

 持っていた小刀で縄を次々に切って拘束を解く。

 ほかの男たちも、奔破児と一緒に来た兵たちにより解放されている。

 

「ふおおおっ」

 李勝は自由になるや否や、自分の両手で勃起した男根を擦って自慰を始めた。

 奔破児は驚愕した。

 

 だが、ほかの者たちも同じようにうずくまって自分の男根を擦っている。

 いったいなにをされていたのだ。

 やがて、李勝の一物から精の塊りが飛び出して、床を汚した。

 奔破児は眉をひそめた。

 男の精の醜悪な匂いが立ち込み始めたこの部屋で、まだ様子のおかしい李勝の頬を打った。

 李勝の眼が、ほんの少しまともさを取り戻す。

 

「あっ……。奔破児様……」

 

 李勝は、脂汗でびっしょりになった顔をやっとこちらに向けた。

 

「李勝、女たちはどこだ?」

 

 とにかく、それだけを言った。

 ほかのことはどうでもいい。

 女たちの行方を知りたい。

 

「女たち……? ああ、兵たちの軍装を脱がして、それを身に着けてました。ほかにも多くの軍服を準備していて、それを着てどこかに……」

 

 李勝は、まだ半分虚ろな表情で言った。

 奔破児は、愕然とした。

 どうやって、ここにいた女たちを含めた女囚たちが逃亡したかわかったのだ。

 城門に開いていた小さな穴は、単なる欺騙だ。

 

 確定はできないが、そこは単に城門に穴を開けただけで誰も逃げていないと思う。

 だから、その方向に捜索していった隊はなにも発見できないに違いない。

 おそらく、軍営から逃亡した女囚とここに監禁していた金光院の女たちは、城郭軍の一隊に変装して出ていったのだ。

 城門は閉鎖したが、女囚を捜索する軍については、今朝までに、多くの雑多な軍が城門を抜けて、外に出ていった。

 その混乱に紛れて堂々と城門を抜けていったのだ。

 

 こうなってしまっては、それを追うのは難しい。

 うっかりと賞金までかけてしまったので、女囚たちを追って、あまりもの多くの軍が出動してしまった。

 おそらく、どんな軍がどの程度出ていったのか誰も把握していない。

 一度城門の外に出てしまえば、適当に旗を変えながら、山狩りをしている各隊を尻目に堂々と行進し、適当な場所で小さな集団に分裂して人の海に紛れてしまえば、もうわからないだろう。

 

 とにかく外に展開していったすべての軍をひとつひとつ確認するしかない──。

 

 だが、どうやら逃亡を許したということを悟るしかなく、奔破児は悔しさに血が沸騰しそうな気持を味わっていた。



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238 闘い終わって……

「一応、訊ねるけど、沙那、あんた、梁山泊の戦いに合流するつもりはないかい? あたいは、なんとしても、あんたを誘えって、言われているんだよ。あたいは無理だって言ってるんだけどね」

 

 七星は言った。

 北安のすぐ北部にある小さな宿町だ。

 ここで最後に残った者で宿を取った。

 残ったのは、沙那、宝玄仙、孫空女、朱姫、そして、九頭女(くずじょ)蔡美(さいび)、なぜか七星も残った。

 

 九頭女が残らざるを得なかったのは、拷問で傷ついた身体を宝玄仙の『治療術』で回復させる必要があったからだ。

 蔡美は、その九頭女の面倒を看るために残ったのだが、七星まで残った理由は知らない。

 蔡美以外の者についても、九頭女を心配して行動をともにしたがったが、人数があまりに多くなっては、怪しまれる。蔡美が説得して、それぞれに別れさせた。

 

 夜がやって来るまでに、五十人ほどの女たちを少しずつ離しながら、集団から別れさせていった。

 手配したのは蔡美だが、すべて沙那の計略だ。

 

 山に紛れ、川に紛れ、そして、人の波に紛れて、数名ずつ、それぞれに、梁山泊と呼ばれる彼女たちの本拠たちに向かうはずだ。

 武芸の能力のない者だけの人数になった場合は、蔡美の手の者が混ざり、安全を確保した。

 これから、どういう手段で、彼女たちが最終目的地である梁山泊に向かうかは知らない。

 流石に、そこまでは沙那には関係のない話だ。

 

 沙那の指示通りに、女囚の集団脱走が成功した直後に、孫空女の剛腕を使って城壁の一部にやっと人が通れるくらいの穴を開けさせた。

 すると、案の定、脱走した女囚を追う軍は、女囚たちがそこから城壁の外に脱走したものと判断して、城郭内の軍を次々に城門の外に出して、南側の一帯を捜索させた。

 沙那の狙い通りに、城郭の内外は大混乱の様相を呈した。

 

 一方で、金光院に隠れていた沙那たちは、軍営から脱走した女たちと金光院に監禁されていた者たちのすべてに城郭軍の軍装をさせ、捜索のため城門を抜けていく軍に紛れて、軍旗を掲げ、堂々と出ていった。

 

 自力で歩けない九頭女と朱姫、そして、宝玄仙については、軍荷を運ぶ荷駄馬車に隠して一緒に連れて出た。

 荷を入れた箱に彼女たちを隠し、簡単な確認では発見できないように、工作もしていたのだが、呆気ないくらいにあっさりと通過することができた。

 それからは、南を中心に展開していくほかの隊を横目に軍旗を交換して欺騙しながら、逆方向の北側に移動した。

 そして、山中に入り、軍装を解いて解散したのだ。

 

 この間、荷駄馬車の中で、道術が回復した宝玄仙が、『治療術』によって、朱姫と九頭女の回復を図った。

 夕方になる頃には、朱姫も九頭女も負傷も癒え、外見では元の姿をすっかりと取り戻していた。

 

 いつもながら、宝玄仙の道術は驚異的だ。

 全身をあれだけ壊されていた九頭女を、夕方にはどこを怪我していたのかわからないくらいに回復させたのだ。

 九頭女など、涙を流して感動していた。

 そして、ついでに、宝玄仙自身についても、千代婆に受けた乳首の治療もしたようだ。

 午前中については、乳首に布が擦れると、激しい快感に襲われるという理由で胸を丸出しにしていたが、夕方に荷駄馬車から降りるときには、きちんと服を着て胸を覆っていた。

 

「わたしからは、なんと返事のしようがないわ、七星。ご主人様の気まぐれなんて、予想できないもの。あんたも知っているでしょう」

 

 沙那は応じた。

 

「いや、宝玄仙さんではなく、あんただよ、沙那。本当に、蔡美の手の者の連中は、あんたに信奉しているようだよ」

 

「わたし?」

 

 沙那は困惑した。

 

「ああ、今回の城郭の脱出劇では、なにからなにまで、沙那の計略のとおりになったんで、驚きもしたし、それから、あんたに酷いことを言ったりしたんで、それを後悔もしていたさ。連中もそれを謝る機会もなく、ばらばらになったんで、あたいに、なんとか沙那を口説けと言ってきているのさ」

 

「だったら、なおさらじゃない、七星。いまさら、わたしが、ご主人様と離れて、この国の政府との戦いに身を投じると思う?」

 

「思ってもいいんじゃないかなあ……。まあ、沙那や孫空女や朱姫が、宝玄仙さんを慕っているのは知っているけど、でも、正直に言えば、あんたや孫空女がそれほど、尽くすようなご主人様ではないと思うけどねえ。梁山泊の戦いを率いる晁公子殿は、それは立派な方だよ──。あれっ、でも、公子が頭領だって、喋っちゃいけないんだったかなあ……。まあ、いいか──」

 

 七星が言った。

 

「それよりも、なんで、お前と、ついでに、琵琶子までも、梁山泊の戦いに参加しているんだよ?」

 

 孫空女だ。

 

「まあ、いろいろとあったのさ。ほら、この祭賽国は、女の地位が低いだろ? それで、琵琶子と一緒に旅をしてたらさあ──」

 

 おしゃべりの七星が例により、べらべらと語りはじめる──。

 

 いま、この部屋にいるのは、沙那のほか、七星と孫空女だ。

 隣の部屋には、宝玄仙と朱姫と九頭女と蔡美がいる。

 まだ、宝玄仙の道術による朱姫と九頭女の治療は続いているようだ。

 蔡美は付添だ。

 それで、残りの三人については、特にすることもなく、こちらの部屋で四方山話をしているということだ。

 

 宿を見つけることについては問題はなかった。

 この祭賽国は、男に比べて、女の地位が低い国であり、祭賽国の国都に入る前にも、女のみの一行である沙那たちはそれで宿を見つけるのに苦労したものだったが、今回は、蔡美と孫空女が男装をしたのだ。

 それで、ふたりの若い男が、女の従者を連れて旅をしているという体裁にした。

 ふたりとも、女としては背が高いので、胸を布で巻いて目立たなくして、髪を偽装すれば、男に見えないことはない。

 すると、女連れだとかなり苦労した宿探しもあっさりとしたものだった。

 

 それに、城郭を脱走したのは、女のみなので、男連れの旅ということになると、賞金のかかった金光院からの脱走者狩りからも逃れやすくなる。

 いずれにしても、七人連れに対して、三部屋を確保することができた。

 

 三部屋借りたということで、三人、二人、二人という部屋割りで寝ることになるだろう。

 どういう部屋割りになるかは、まだ、向こうの部屋で、宝玄仙が朱姫と九頭女を治療しているので決まっていない。

 部屋の戸が外から叩かれた。

 入って来たのは、朱姫と九頭女と蔡美だ。

 

「朱姫、それに、九頭女。どうなの、身体は?」

 

 沙那は言った。

 

「お陰ですっかりと元に戻ったと思う。一時は死も覚悟したのに、あの拷問が嘘のように、身体が元に戻るというのは不思議な気分よ」

 

 九頭女が言った。

 彼女もそれなりの道術遣いなのだろうが、やはり、宝玄仙は凄いのだろう。

 九頭女は自分では、自分を治療することはできなかったが、宝玄仙は、自分の身体の治療をやりながら、この九頭女と朱姫の治療も同時にやってのけた。

 しかも、それを荷駄馬車の荷の中に隠れながらである。

 やっぱり、凄い道術遣いなのだ。

 

「ところで、七星姉さん、ご主人様が呼んでますけど……」

 

 朱姫が遠慮がちに言った。

 

「あ、あたい?」

 

 文字通り、七星は飛びあがった。

 寝台に座っていた腰を悲鳴のような声とともに、一瞬、浮きあがらせたのだ。

 

「な、なんで?」

 

 七星はうろたえたような声を出した。

 

「今夜の部屋割りについて、ご主人様は、七星姉さんと一緒だそうです。残りの二部屋は、あたしたちで勝手に決めろと言っていました」

 

 朱姫が続けて言った。

 

「さ、沙那、どうしよう──。あんた、とりなしておくれよ」

 

 七星が沙那に言ってきた。

 

「とりなしって言われても……」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙の行う部屋割りは、宝玄仙の夜の相手の指名でもある。

 一緒に旅をしたことのある七星もその意味を知っている。

 性行為の激しい宝玄仙の相手について、七星が気が進まないのは理解できる。

 ましてや、七星は、宝玄仙の供から離れるときに、宝玉にけしかけられて、宝玄仙に手痛い仕返しをしている。

 宝玄仙がその復讐をしようとして、七星を夜の伽として指名したということは十分に考えられる。

 

「いいじゃないか、七星。久しぶりに、ご主人様の相手をしてきておくれよ。お前も、さっき、沙那を誘いたいみたいなことを言っていたじゃないか。だったら寝物語でご主人様を口説けばいいじゃないか。ご主人様が、行くと言えば、あたしらは、梁山泊でも、どこでもいっしょに行くよ」

 

 孫空女が横から言った。

 

「む、無責任なことを言うなよ、孫空女。わざわざ、宝玄仙さんが、あたいを呼び出したというのは、あの女人国の別れの復讐をしようというに決まっているだろう」

 

 七星は声を荒げた。

 

「別に殺されはしないよ。ご主人様が、それほど悪人ではないことくらいわかってるんだろう? まあ、善人とは言わないけどね。とにかく、明日の朝までだよ。どんなに長くても、それ以上にはならないように、あたしと沙那で努力するよ」

 

「孫空女、お前のご主人様だろう──。あの性格をなんとかしておくれよ」

 

 七星は声を荒げた。

 

「ご主人様をなんとかしろなんて、無茶言うなよ、七星」

 

 孫空女は、これ以上の議論はしないというような態度で、この部屋の最奥の寝台をさっさと占拠して横になった。

 

「なら、沙那、あんたなら、とりなししてくれるよね。宝玄仙さんの供の中では、随一の常識人じゃないか」

 

 七星が、また沙那を見た。

 

「ま、まあ、考えようじゃないの、七星? もしかしたら、宝玉様があなたに会いたくて、代わりにご主人様が呼んだのかもしれないわ」

 

 沙那は言った。

 もっとも、そんなことは沙那も信じていない。

 七星を指名したのは、宝玉ではなく、宝玄仙の人格だ。

 宝玄仙が夜の伽を七星に命じたということは、宝玄仙が七星を嗜虐したいという意思なのだろう。

 宝玉に気を使って、わざわざ、宝玄仙が七星を呼んでやるとは思えない。

 

「なにが、そんなに嫌なの、七星? ひと晩相手してくれって、宝玄仙さんが言うんなら、してくればいいじゃないか」

 

 蔡美が口を挟んだ。

 

「お前は、宝玄仙さんのしつこさを知らないからそんな呑気なことを言えるんだよ。お前こそ、宝玄仙さんの洗礼を受けて来いよ、蔡美」

 

 七星が怒鳴った。

 

「いいから、さっさと、行けよ、七星──。ぐずぐずして、ご主人様の機嫌が悪くなったら、そのとばっちりはあたしらにくるんだ。梁山泊の代表として、ご主人様に迷惑をかけたお詫びをしてこい、七星──」

 

「代表って、あたいらは全くの新参者で……」

 

「いいから、行けったら、七星」

 

 寝台に寝そべっていた孫空女は、くるりとこっちに姿勢を向けて叫んだ。

 七星は顔を真っ赤にしたが、やがて、意気消沈したようになって、まるで屠殺場に向かう家畜のような顔をして、部屋を出ていった。

 

「ところで、残りの部屋割りはどうしますか?」

 

 朱姫だ。

 

「どうするって……。わたしたち三人と、もうひとつが九頭女と蔡美でいいんじゃないの?」

 

 沙那は言った。

 

「でも、九頭女さんは、まだ、大丈夫かどうか、あたし、心配なんですよねえ……。女の部分もお尻も壊されたんですよねえ……。ちゃんとしているかどうか確かめた方が……。ご主人様は七星姉さんと……ということになったし、そういうことを確かめるのは、沙那姉さんや孫姉さんや蔡美さんは、どうなんでしょうか……」

 

「はあ? なにを言い出したのよ、あんた?」

 

 朱姫が、なにか訳のわからないことを喋りはじめた。

 沙那は口を挟んだ。

 

「……つまり、よかったら、あたしが確認をと……。もちろん、変な意味じゃないですよ。でも、ちゃんと機能するかどうか、点検した方が……。だから、よければ、あたしが……」

 

 沙那は呆れた。

 朱姫は、九頭女の相手をしたいようだ。

 やりたいのは、嗜虐に違いない。

 

 この嗜虐娘は、あんな目に遭ったというのに、昨日の今日で、嗜虐の機会があると思ったら、それをもうやりたいのだ。

 だが、九頭女もまた、今朝まで拷問を受けていた身体だ。

 それを嗜虐してみたいというのは考えなしにも程がある。

 沙那は、朱姫を怒鳴ろうと思った。

 

「いいわよ、朱姫……。わたしもあなたに点検して欲しいわ。わたしの女としての機能がちゃんとしているかどうか……」

 

 九頭女は言った。沙那は驚いた。

 だが、当の朱姫は、もっと驚いていた。

 顔にそれが現れている。

 

「ほ、本当ですか、九頭女さん? あ、あたしの相手をしてくれるんですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「ええ、するわ。なんでもしていいわ。あなたがそうしたいのなら……。孫空女の言い草じゃないけど、あなたにも迷惑をかけた──。梁山泊の女の代表として、わたしでよければ、好きにしていいわ。あなたには、その権利があるもの」

 

 九頭女が言った。

 孫空女が困ったような表情をして口を開く。

 

「ねえ、九頭女……、あたしは、そんなつもりじゃあ……」

 

「いいのよ、孫空女。あなたの言うとおりだもの。わたしは、わたしたちの戦いに、あなたたちを勝手に巻き込んで迷惑をかけた。本当にお詫びするわ。あの地下牢で、朱姫が拷問死したと聞かされたときには、わたしがどれだけ悔悟の気持ちを抱いたか口では言い表せないわ。でも、その朱姫は生きていた。そのあなたに、この身体を生きて責められるのなら、むしろ嬉しいわ」

 

 九頭女が言った。

 

「ねえ、九頭女、この朱姫は、ちょっと調子に乗るところがあって……」

 

 沙那は九頭女に顔を向けた。

 

「沙那姉さんは黙っていてください──。そうですよ。お詫びですよ。とにかく、朱姫に九頭女さんを責めさせてくれるんですよね?」

 

 朱姫は喜色満面で言った。

 

「お願いするわ、朱姫」

 

 九頭女が顔を赤らめた。

 

「あたしのこと、“ご主人様”って呼んでもらってもいいですか、九頭女さん? あたし、そういうのがやりたかったんです」

 

「ご主人様、よろしくお願します。この九頭女の躾をしてください」

 

 九頭女が演技っぽく朱姫に頭をさげた。

 

「くううっ──。嬉しい。こんなの久しぶり──。沙那姉さんも、孫姉さんもやってくれないし」

 

 朱姫が握り拳を作って感慨深そうな声を出す。

 

「当たり前だろう、朱姫──。なんで、あたしらがそんなことをするんだよ」

 

 孫空女が横槍を出す。

 しかし、朱姫は完全に無視している。

 

「ねえ、九頭女さん、あたしの作った霊具も試していいですか? あたし、ご主人様に霊具つくりも習ってるんです」

 

「なんでもしてください、ご主人様」

 

 九頭女は言った。すると、朱姫は込みあがる嬉しさを隠すことなく、喉でくくくと笑った。

 

「じゃあ、九頭女、両手を後ろに回しなさい」

 

 朱姫は、すでに嗜虐酔いのような表情になっている。

 でも、放っておいて大丈夫だろうか。

 沙那は心配になった。

 

「はい」

 

 九頭女の手が背中に回る。その手に黒い影が乗った。

 朱姫の『影結い』の道術だ。

 その朱姫の『影結い』の道術で発生させた『影手』が、背中に回った九頭女の手首を拘束したのだ。

 九頭女も一瞬、顔色を変えたが、すぐに我に返った顔をして、顔を伏せる。

 

「おいで、九頭女──。躾けてあげるわ」

 

 朱姫が言って、部屋の戸を開けた。

 

「はい、ご主人様」

 

 それを九頭女が追う。

 出ていったふたりを残った三人で呆気にとられて見送った。

 

「九頭女姉さんも変わったわね……。あんなことを受ける人じゃなかったのに」

 

 やがて、蔡美がぽつりと言った。

 

「それで、あたしらは、どうする? あたしらも、三人でするかい?」

 

 孫空女が悪戯っぽく言った。

 

「受けてもいいですよ、孫空女、沙那。九頭女姉さんと違って、あたしは、もともと、女同士が趣味なんですから」

 

 蔡美も笑って応じた。

 

「馬鹿なことを言わないの、ふたりとも──。じゃあ、休みましょう」

 

 沙那は言った。

 するとふたりが笑った。

 もちろん、ふたりの言うことが冗談であることはわかっている。

 こんな軽口を言えるようになったということが嬉しい。

 なにが起きようとも、命さえ奪われなければなんとかなる。本当によかった。

 そして、沙那も寝台に横になる準備をしようとした。

 

「それにしても、七星、大丈夫かなあ……?」

 

 しかし、沙那はなんとなくそう言って、視線を孫空女に向けた。

 

 

 *

 

 

「戸を閉めな、七星」

 

 部屋に入るなり、宝玄仙はなにか不機嫌な口調で言った。

 七星はすくみあがった。

 

 部屋で待っていたのが、宝玉ではなく、宝玄仙だったからだ。

 これで、待っているのが宝玄仙ではなく、宝玉だったらいいという、ほんの微かな期待も完全になくなった。

 

 七星も覚悟を決めた。

 命までは奪われることはないだろう。

 もっとも、相当の仕打ちは覚悟が必要だろうが……。

 

 女人国で宝玄仙の元を去るとき、宝玉にけしかけられて、宝玄仙に置き土産をして立ち去った。

 すなわち、『道術錠』で宝玄仙を四つん這いにして、肉芽を糸で引っ張りあげたうえに、浣腸をして放置したのだ。

 沙那たち三人で尻を叩かれたうえに、肛姦されないと解放できないという条件をかけて──。

 

 あのときは、二度と遭うことはないだろうと思ったから、そこまでの仕打ちをした。

 こんなにも早く再会するとわかっていたら、単純に普通に逃げたのだ。

 こうなるんだったら、やっぱり琵琶子(びわこ)のように、さっさと梁山泊に逃げ帰ればよかった。

 心の底から宝玄仙を怖れている琵琶子は、女囚の集団脱走が開始される前に、ひと足早く北安の城郭を立ち去っていた。

 顔の割れていない琵琶子は、自由に旅ができる。

 だから、そのまま、梁山泊に戻っていった。

 

「あのう、あんときは……」

 

 とりあえず、謝った方がいいのだろう。

 この宝玄仙については、謝ることは無駄だとは知っているが、それでも謝らないよりはましだろう。

 

「ちょっと、付き合っておくれ、あいつらには知られたくないんだ」

 

 宝玄仙はそう言うと、くるりと七星に背を向けると、寝台に向かって置いてある椅子に腰掛けた。

 訳がわからず、ふと見ると宝玄仙の身体が向いている寝台の上に、三個の木の球が宙に浮かんでいる。

 

「なにさ、その球体は?」

 

 七星は言った。

 なにかの淫靡な淫具の霊具だろうか?

 

「なにって、これは、子供が道術を覚えるときに遣う玩具だろう。お前も遣ったろう?」

 

 宝玄仙が向こうを向いたまま言った。

 球体は、空中に浮かんで微動だにしない。

 

「遣ってないよ。あたいは、小さな海浜国の貧民街の出身なんだ。道術遣いとしての教育なんてまともには受けていないよ」

 

「そうかい? とにかく、これからやることについては、誰にも言うんじゃないよ。特に、あいつらにはね」

 

「あいつらって?」

 

「沙那と孫空女と朱姫だよ──。とにかく、こっち来な」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、驚いたことに、いきなり、自分の上衣と胸当てを外して乳房を剝き出しにした。

 

「な、なに?」

 

 七星は、なにが始まるのか理解できずに、うろたえて声をあげた。

 

「いいから、わたしの乳首をいじくりな、七星」

 

「えっ?」

 

 七星は意外な言葉に声をあげてしまった。

 

「ゆ、ゆっくりだよ。あんまり、激しくしないでおくれよ。お願いだよ」

 

 宝玄仙が顔を赤らめた。七星は驚愕した。

 とにかく、言われたことをしようと思った。

 椅子越しに両手を宝玄仙の身体の前に出し、乳首に手をやる。

 

「い、いくよ」

 

 七星は宝玄仙の乳首を握って、くりくりっと回した。

 

「あふっ──」

 

 宝玄仙の身体が弾かれたように反り返るとともに、宝玄仙は大きな声をあげる。

 それと同時に、寝台の上に浮かんでいた球体が、ぽとりぽとりと寝台に落ちた。

 七星は、びっくりして宝玄仙の乳首から手を離す。

 

「だ、駄目か……。やっぱり、他人に触られると、わかっていても道術が中断される……」

 

 宝玄仙が荒い息をして言った。

 

「ど、どうしたのさ、宝玄仙さん?」

 

 七星は言った。

 いまの反応は尋常じゃない。

 七星が触ったのは、なんの技巧もないひと触りだ。

 それなのに、あの宝玄仙はあられもない声をあげて、官能を全身から迸らせた。

 

「あ、あの時だよ。千代婆にやられたんだ──。畜生──。あいつ、“狂い油”とかいう淫油で、わたしの乳首が常時発情するように身体の改造をしたんだよ。道術じゃあ治せないとか言っていたけど、それはわたしを見くびったんだろうね。まあ、わたしの『治療術』で普通の生活には支障はない程度までは回復はした」

 

「えっ、えっ、えっ?」

 

 七星は戸惑った。

 しかし、なんとなく、七星に仕返しをするという感じじゃなしそうだ。

 

「だけど、いまみたいに、ちょっとでも触られると、一瞬で、全身の淫情が爆発したようになってしまうんだ。あんな、初歩道術が中断されるくらいにね──。くそうっ、もう一度だ。少しでも刺激に馴れておかなくちゃ」

 

 宝玄仙が姿勢をただすと、再び球体が宙に浮かんだ。

 そして、やっとわかった。

 七星は、思わず噴き出してしまった。

 どうやら、ここに呼んだのは、以前の仕返しのつもりではないのが確信できたのだ。

 

 それにしても、あの宝玄仙が、ちょっと胸に触られただけで、あんなに激しい淫情に襲われるという弱点を持つことになったとは……。

 耐えようとしても、思わず笑いが噴き出る。

 

「な、なに笑ってんだよ、七星──。お前を呼んだ理由はわかっているんだろうねえ。お前は、一緒に旅もしたことがあるから気心知れてる。そのうえ、お前は、明日か、その翌日には、りょう……なんとかの戦いに参加するために、またどっかに戻るんだろう?」

 

「梁山泊だよ」

 

「そんなことはいい――。とにかく、だから、あいつらに秘密がばれる心配はない。それで呼んだんだ──。いつも、連中を虐げているわたしが、こんな弱点を作ってしまったとわかったら、どんな仕返しをされるかもしれないじゃないか──。せめて、道術が中断しないくらいには、刺激に馴れないと……。まあいい、もう一度だよ。また、合図をしたら乳首を触っておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「う、うん……。つまりは、宝玄仙さんは、沙那たちに、このことを知られたくないんだね……?」

 

 七星は言った。

 

「そうだよ。いつもみたいに、べらべらと喋ったら承知しないよ、七星」

 

 宝玄仙が赤い顔をして、こっちを向く。

 

「わかったけど……。もう、無駄かも」

 

 七星は部屋の戸に飛びついて、さっと、扉をこちら側に開いた。

 

「あっ──」

 

「わっ」

 

「お、お前たち──」

 

 そこには、扉に張りついて、聞き耳をしている沙那と孫空女がいたのだ。

 七星は、さっきから、そうやってふたりが扉の外に張りつている気配に気がついていた。

 一緒に旅をしていたときには、必ず、宿の部屋には結界を組んだ宝玄仙だったが、今夜は、『治療術』などをぎりぎりまで施していたので、声を遮断する結界を張っていなかったようだ。

 沙那と孫空女は、ばつが悪そうに戸の向こう側に立っている。宝玄仙が舌打ちした。

 

「お前たち、入っておいで……。戸を閉めな」

 

 ふたりが、部屋に入ってきて戸を閉めた。

 

「お、お前たち、話を聞いてたね?」

 

 立ちあがった宝玄仙が真っ赤な顔をして、胸を出したままふたりを睨んでいる。

 

「いえ、そんな……。聞いたという程でも……そのう──。ねえ、孫女?」

 

「う、うん、あんまり……。まあ、乳首くらい、そんなに触られるものじゃないし……。まあ、気にしなくても……。ねえ、沙那」

 

「そうかい、聞いていたんだね。じゃあ、記憶を失くすくらいの快楽責めに遭ってもらおうか」

 

 宝玄仙がふたりに詰め寄る。

 

「ひいっ──。ご主人様、勘忍してよ」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 

「そ、そうです。立ち聞きはすみませんでした。悪気はなかったんです。七星のことが心配で……」

 

 沙那も言った。

 

「七星が心配? なんで?」

 

 宝玄仙はきょとんとした顔をしている。

 

「なんでって……。ほら、七星って、ご主人様から去るときに、『道術錠』で嫌がらせの仕打ちをしていったじゃないか。だから、てっきりと仕返しをするのかと……」

 

 孫空女がおずおずと言った。

 

「ああ──っ?」

 

 宝玄仙が大声をあげた。

 そして、急に七星を見た。

 

「そう言えば、そうだったじゃないか、七星──。お前には、随分な目に遭わされたんじゃないか」

 

 宝玄仙が七星を見た。

 どうやら、宝玄仙は、七星に受けた仕打ちなど、とっくに忘れてしまっていたのだ。

 それには驚いた。

 しかし、次の瞬間、急に金縛りにかかったように、身体が動かなくなった。

 宝玄仙の道術だ。

 

「ま、まさか、忘れていたの? だ、だったら、もう、いいじゃないか」

 

 七星は悲鳴をあげた。

 

「なにがいいものかい。この宝玄仙にあれだけのことをしたんだ。きっちりと仕返しはしないとね。お前たち、よく思い出させてくれたよ。行っていい」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女に言った。ふたりがほっとした顔をする。

 

「そ、そんな──。ねえ、連中に、記憶を失くすくらいの調教をしなくていいのかい、宝玄仙さん?」

 

 七星は喚いた。

 

「お休みなさい、ご主人様──」

「明日、謝るから……。悪いね、七星」

 

 沙那と孫空女は、そのときには、部屋を出ていきかけいて、その言葉とともに、扉の向こうに消えた。

 

「さて、どうしてやろうかね、七星……。そうだ、とりあえず、わたしと同じ目に遭ってもらうか……」

 

 宝玄仙が七星の胸に手をかざした。

 

 急に胸が熱くなる。

 嫌な予感がする。

 だんだんと、乳首に痛いほどの疼きが込みあがり……。

 

「これくらいでいいかね」

 

 そう言うと宝玄仙は、さっと服の上から七星の乳首を撫ぜた。

 

「あひいいっ──」

 

 その瞬間、怖ろしいほどの激情が七星の胸を襲った。

 そこから雷撃のように貫いた快感の矢に、七星は腰を砕かせた。

 道術で金縛りにさせられた身体が、その場に崩れ落ちる。

 

「長い夜の始まりだよ、七星」

 

 嗜虐の色に顔を染めた宝玄仙の手がゆっくりと、七星の下袴(かこ)越しに七星の股間に手をかざす。

 すると、さっき乳首に受けた熱いものが今度は肉芽に……。

 

 七星は悲鳴をあげた。

 肉芽の感度が信じられないくらいにあげられているに違いない。

 宝玄仙が、七星の下袴の股間の部分をごしごしと手で擦った。

 

「くわあっ──」

 

 七星は全身を仰け反らせて絶叫した。

 もの凄いものが股間から迸り、そして弾けた。

 七星は、あっという間に、全身が浮遊するような大きな快感に襲われて絶頂してしまった。

 

「でかい声出すんじゃないよ。結界を張り忘れているから、お前のはしたない声は丸聞えだよ──」

 

 宝玄仙がさらに股間を擦りあげる。

 

「や、やめ、やめて──」

 

 再び込みあがる大きな淫情──。

 七星の哀願の言葉を、宝玄仙の嗜虐に酔った高笑いが打ち消した。

 確かに、長い夜の始まりに違いない……。

 

 際限のない連続絶頂の予感とともに、また込みあがった途方もない快感の嵐に、七星は動かない身体をのたうたせた。

 

 

 

 

(第37話『女奴隷の叛乱・後篇』終わり、第38話『同・後日談』に続く)






 *


【西遊記:第63回、祭賽国・後篇(龍王、九頭駙馬など)】

 祭賽国(さいさいこく)の繁栄の源である金光院の宝玉を奪った妖魔から、宝玉を取り戻すための戦いが開始となります。

 妖魔の巣は、碧破潭(へきはたん)という水中城であり、そこは、主である「龍王」のほか、娘の「万聖公主」、その婿の「九頭駙馬」、彼らの子供たちなどが率いる軍団がいます。

 当初、孫悟空と猪八戒がふたりだけで!正面から襲撃します。
 しかし、九頭駙馬の意外な強さに押され、猪八戒は捕虜となり、孫悟空は一時的に退却します。

 孫悟空は、今度は虫に化けて碧破潭に潜入し、監禁されていた猪八戒の救出に成功します。
 ふたりは計略により、猪八戒はそのまま水中城で暴れ、孫悟空については陸上に引き揚げることにします。

 今度は猪八戒も武辺を発揮し、碧破潭の諸兵を圧倒します。すると、九頭駙馬だけでなく、龍王も、猪八戒の前に出てきます。
 猪八戒は碧破潭から逃亡します。しかし、これは彼らを水中から陸側に誘き寄せるための作戦でした。

 水中の戦いが不得手の孫悟空ですが、陸の上では無双です。
 陸で待ち受けていた孫悟空は、まずは陸王を討ち取ります。九頭駙馬以下の軍団は驚いて、水中に退却してしまいます。

 龍王を討った孫悟空たちの前に、偶然にも「二郎神」が神軍を率いて通り掛かります。孫悟空は二郎神に加勢を要望し、二郎神はそれに応じます。

 孫悟空は、今度は二郎神率いる神軍とともに、水中城の碧破潭に進攻します。
 その戦いで、碧破潭側の九頭駙馬、妻の万聖公主、さらに、彼らの子供たちを次々に戦死させます。

 一族で唯一生き残った「龍婆」は、孫悟空たちに降伏します。
 孫悟空は、奪われていた宝玉を受け取り、龍婆を捕虜として、国都に連行します。

 龍婆は、祭賽国の宝物である宝玉を奪った罪により、宝玉を管理する金光院の塔の番人をすることになります。

 美しい宝玉の光が戻った「金光院」は、国王の命令により、「伏龍寺」と改名されます。


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 第38話  女奴隷の叛乱・後日談
239 性奴隷になって


「『影手』を解いてあげるわ。だから、服を脱ぐのよ、九頭女。」

女</rb><rp>(</rp><rt>くずじょ</rt><rp>)</rp></ruby>」

 

 部屋に入るなり、腰に手を当てがった朱姫がこちらを向いて命じた。

 その途端、拘束されていた九頭女の両腕が自由になった。

 

「はい」

 

 九頭女は袴の紐を解いて、腰から下ろす。

 ついで、上衣の合わせを開いて身体から脱いだ。

 さらに、胸当てを外し、腰を覆う下着も脱ぐ。

 すでに履物は脱いでいた。

 これで、九頭女の肢体を覆うものはひとつもない。

 

 昼ごろまでは、肛門や股間の筋を切断していて、布を当ててないと糞尿が垂れ流れるほどに壊されていた身体だった。

 ほかにも、すべての爪を剥がされて、顔も原型がわからないほどに殴られた。

 前歯もすべて金具で抜かれた。

 全身が痣どころか、あちこちの骨が折れ、乳房も釘でずたずたに潰されていた。

 それほどの身体だったのに、夜を迎えたいまは、宝玄仙の道術で完全に回復し、どこを負傷したのかまったくわからないほどだ。

 

 拷問を受ける前に戻ったどころか、古傷さえも消えてしまい、九頭女の身体は完全に健康な肉体を取り戻していた。

 九頭女自身も道術遣いであるし、これまでに多くの道術遣いに出遭ったが、これほどの道術に接するのは初めてだった。

 九頭女は驚嘆するとともに、もう女としても、人としても終わりだと思っていただけに、嬉しくて涙をこぼした。

 

 北安の城郭の北側の小さな宿町の宿屋だ。

 城郭の軍営からの脱獄に成功した九頭女は、そのお礼と朱姫に迷惑をかけたお詫びのつもりで、女同士で愛し合いたがった朱姫の嗜虐をひと晩受けることに同意した。

 

 だから、朱姫の態度は演技だ。

 そして、それに唯々諾々と従う九頭女の態度も演技だ。

 しかし、演技をすることで、次第に酔いのようなものを感じていた。

 服を着ている朱姫の前で素っ裸で立っていると、自分が人格のない家畜にでもなった気がする。

 

「九頭女、お前は、あたしの性奴隷よ。言ってごらん。お前はなに?」

 

 朱姫は九頭女の裸身を見回しながら、冷たい声で言った。

 演技のはずなのだが、朱姫の表情には少しの笑みもないし、むしろ、九頭女を蔑むような冷酷さがある。

 

「ひっ」

 

 次の瞬間、九頭女の頬にいきなり平手が飛んだ。

 強い力ではなかったが、そんなことをされるとは思っていなかっただけに、九頭女はびっくりした。

 

「奴隷のくせに、なにぼさっとしているの? あたしはなんと言った?」

 

 朱姫が目を吊り上げて怒鳴った。

 本当に演技なのだろうか。

 九頭女は戸惑った。

 

「痛いっ」

 

 鋭い痛みを乳房に感じて、九頭女は思わず胸を押さえた。

 一瞬、なにが起きたのかわからなかったが、朱姫の『影手』が九頭女の乳房を張ったのだとわかった。

 そんなこともできるのだと改めて朱姫の道術に驚く。

 

「勝手に身体を隠すんじゃない。手は横よ」

 

 隠している乳房に、今度は反対側から痛みが走る。

 それほど激痛というわけでもないが、敏感な乳房を張られるのは衝撃的だし屈辱だ。

 しかも、実際の手で叩かれるのと違い、胸を隠しているのに、『影手』は九頭女のその腕をすり抜けて叩いてくる。

 また肌が叩かれる音と痛み──。

 

「ひいっ──た、叩かないで、朱姫──」

 

 今度は、また反対側──。

 九頭女が抱いている胸が叩かれた振動で揺れる。

 

「手を身体の前から除けなさい──。そして、奴隷の言葉──。ぐずぐずずるんじゃないのよ」

 

 慌てて、九頭女は手を横に移動する。

 

「ほらっ、お前は、あたしのなに?」

 

「ど、奴隷です。九頭女は、ご主人様の性奴隷です」

 

 九頭女は言った。

 奴隷だと言ったとき、なぜか股間が熱くなった気がした。

 九頭女は当惑した。

 

「もう一度、言いなさい、奴隷。あたしの眼を見るのよ」

 

「九頭女は、ご主人様の性奴隷です──」

 

「もう一度──。あたしから、眼を離さないで言いなさい」

 

「九頭女は、ご主人様の性奴隷です」

 

「もう一度」

 

「九頭女はご主人様の性奴隷です」

 

「もう一度」

 

 何度も言ううちに、本当にそんな気がしてくる。

 不思議な感覚だ。

 奴隷だという言葉が九頭女の心に擦りこまれるようだ。

 

「そうよ、九頭女……。だから、性奴隷のお前は、奴隷だと言われると感じるでしょう? 奴隷──。お前は、奴隷と呼ばれるたびに感じるはずよ。変態だからね」

 

 朱姫がささやくように言った。

 その直後、どっと股間に愛液が溢れたのがわかった。

 九頭女は驚愕した。

 

「どうしたの、奴隷?」

 

「な、なんでもない……。い、いえ、なんでもありません、ご主人様」

 

 九頭女は言った。

 なんなのだろう。

 どうやら、自分は本当に奴隷と言われることで感じているのだ……。

 九頭女は愕然とした。

 

「もしかしたら、お前は、本当に奴隷と言われることで感じたの、九頭女? こんなことで感じたら変態よ。お前は変態?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 九頭女は股間を締める腿に力を入れて言った。

 力を緩めると、染み出てきた愛液が内腿を垂れそうなのだ。

 こんなに淫情を覚えるなどありえない。

 自分の身体はどうしたのか……。

 不意に朱姫の手が九頭女の股間に伸びた。

 

「い、いやっ」

 

 九頭女は思わず腰を引く。

 その九頭女の尻が思い切り叩かれた。

 今度はかなりの力だ。

 大きな音が九頭女の尻で鳴り響く。

 また、『影手』だ。

 

「性奴隷の癖に、なにを避けているのよ、九頭女。ご主人様がお前の股を触ってあげているのよ。脚を開いて、前に突き出しなさい、奴隷」

 

 朱姫が怒鳴った。

 九頭女の身体は、朱姫の命じるとおりに、脚をやや開いて股間を前に出す姿勢をとる。

 まるで、自分の身体ではないようだ。

 勝手に自分の身体が動く気さえする。

 

「あっ……」

 

 朱姫の指が九頭女の股間に触れた。

 甘美な衝撃が九頭女を突きあげる。

 朱姫の指は的確に九頭女の敏感な肉芽を触っていく。

 痺れるような快感が股間から走り、九頭女は嬌声を迸らされた。

 この娘は本当に指遣いがうまい──。

 しかし、なぜ、これほどまでに感じるのか……。

 なにかがおかしい。

 朱姫の指が執拗に九頭女の股間をなぶる。

 だんだんと熱くなる。

 

「どうしたの、奴隷? 気持ちよくて、腰を振っているの?」

 

「い、いえ……」

 

 その直後、さっと朱姫の指が九頭女の股間から離れた。

 そして、鋭い痛みが頬を走る。

 

「奴隷のくせに、ご主人様に嘘をつくの、奴隷? 見てごらん。お前の淫汁よ。これを見ても感じていないと言うの?」

 

 九頭女の眼の前に、朱姫の指がかざされる。

 確かに、九頭女の股間から溢れ出た淫汁で朱姫の指と指の間は糸を引いている。

 

「す、すみません」

 

「嘘をついたわね、奴隷」

 

「くっ──」

 

 思わず腰が砕けるような淫情が走る。

 もしかしたら、さっきから“奴隷”と言われるたびに感じているのではないかと思った。

 『縛心術』という単語が九頭女の頭によぎる。

 ふと見ると、朱姫の眼が九頭女の顔を覗き込んでいる。

 

「……いま、なにを思ったの? 正直に答えなさい、奴隷」

 

 またなにかが股間に込みあがる。

 これ以上は……。

 

 だが、やっぱり、そうに違いない。

 九頭女は、なおも発生する妖しい痺れに耐えながら口を開く。

 

「ご主人様が『縛心術』を遣っているのではないかと……」

 

 ご主人様と呼ぶというのは、朱姫との約束だからそうしているのだが、だんだんとそう呼ぶのが当然のような気持ちになるので不思議だ。

 いずれにしても、朱姫の『縛心術』にいつのまにかかけられているのは間違いない。

 いくら命令とはいえ、さっきから九頭女の腰は前に突き出したままだ。

 まるで自分の身体ではないかのように、それを戻す気になれない。

 

「そう──。そう思ったのね……。でも、残念ながら違うわ。お前が感じているのは、お前が被虐で濡れる淫乱で変態だからであって、『縛心術』ではないわ。そもそも、『縛心術』なんてものは存在しないわ。わかったわね」

 

 朱姫が言った。

 その途端、一瞬だけ、九頭女の頭が白くなる。

 

「『縛心術』ってわかる、九頭女?」

 

 朱姫が言った。

 

「ば、『縛心術』?」

 

 朱姫の喋っていることが理解できずに、思わず聞き返した。

 それにしても、この股間の疼きはなんだろう。

 なぜ、ほとんどなにもされていないのに、これほどに淫情に襲われるのか……?

 

「お前は、変態の奴隷よ。次は、そうね……。“変態”……。お前が変態と呼ばれるたびに、どんどん、身体が熱くなるわ。だって、お前は変態だから、そうでしょう? 変態の奴隷……」

 

「はあっ」

 

 思わず大声が出た。

 熱い──。

 身体が熱い──。

 そして、痺れるような股間の疼き──。

 

「変態……」

 

「いや……」

 

 九頭女は、やってきた快感の波に耐えきれずに、大きな声をあげた。

 腰が落ちそうになり、朱姫にまた頬を弾かれて我に返る。

 

「まだ、なにも始まっていないのよ、変態。まさか、言葉だけで、いこうとしているんじゃないでしょうねえ。軍営で拷問されたみたいだけど、それで変態になってしまったんじゃないの、奴隷?」

 

「う、うっ」

 

 まただ……。

 快感が衝きぬけていく。

 今度こそ、耐えられずに自然に腰が沈む。

 

「変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態、変態──」

 

 朱姫が耳元で続けて言った。

 なにかによって、脳髄そのものが打たれたような気持ちになり、

 九頭女は身体を仰け反らせて迸る快感に身体を委ねた。

 しかし、そこから爆発するものはなにもない。

 ただ、絶頂するような激しい快楽の波に襲われただけだ。

 発散できないのに快感だけが襲ってくる。

 気がつくと九頭女は、汗びっしょりになって、その場に腰を落としかけていた。

 腰と脚の力が抜けて、真っ直ぐに立っていられなくなったのだ。

 

「も、もう……」

 

「もうなんなの? 触って欲しいの? それとも、放っておいてほしいの? お前が変態の奴隷だから、勝手に感じているだけでしょう? それなのにあたしのせいみたいに思っているんじゃないでしょうね?」

 

「そ、そんなことは……ありません……。ご、ご主人様」

 

 真っ直ぐに立ちあがろうとして、自分がかなりの淫情に犯されているのを知った。

 全身がただれたように疼く。

 

 もしかしたら、本当に自分はこんな変態だったのか……。

 しかし、そうとしか考えられない。

 だから、言葉だけで、これほどに感じるのだろう……。

 

「いかせて欲しい、奴隷?」

 

 朱姫が九頭女に言った。

 

「は、はい、ご主人様」

 

 “ご主人様”という言葉が自然に出てくる。

 気持ちよくして欲しい……。

 心の底からそう思う。疼く──。

 

 いや、疼くというような生易しいものじゃない。

 九頭女の身体は、燃えあがるだけ燃えあがり、それなのに、出口のないままの快感の波が九頭女の中で暴れ回っている。

 

「じゃあ、奴隷の躾をしてやるわ。あたしの命令に従いなさい。うまくできなければ罰で、うまくいけばご褒美よ。ご褒美は天にも抜けるような絶頂よ。いい?」

 

「は、はい、ご主人様」

 

「ふふふ、どっちにしても、そろそろいいわね。じゃあ、奴隷、自慰をしなさい」

 

 朱姫は言った。

 九頭女は驚いて、思わず朱姫を見る。

 お尻で大きな音が鳴った。

 『影手』だ。

 九頭女は悲鳴をあげた。

 

「奴隷で変態のくせに、ご主人様に二度も同じことを言わせるんじゃないわよ」

 

 朱姫の低い声になぜかすくみあがってしまう。

 

「変態の九頭女だから、誰かに抱かれない日は、いつも自慰をしているんでしょう。同じようにやりなさい」

 

「自慰なんてしません」

 

 思わず言った。

 

「嘘ね」

 

 じっと朱姫の眼が覗く。

 なぜか、心が金縛りになった気がする。

 

「最初に自慰をしたのはいつ? 正直に言いなさい」

 

「じゅ、十七……」

 

 ふと、口に出た。

 九頭女は自分でも驚いた。

 なんで、そんなことを言うのだろう。

 いくら、奴隷の真似事とはいえ、自分の性癖を口にするなんて……。

 

「わりと遅めね。じゃあ、いまは、どのくらいの頻度で自慰をするの?」

 

「ほとんど……。多分、多くても月に一度か、二度……。しない月も……。どうしても火照って仕方がないときだけ……」

 

 自分が信じられない。

 こんな明け透けな告白は、親しい蔡美(さいび)蔡香(さいか)にもしたことはない……。

 それなのに、べらべらと訊かれるまま喋っている自分がいる……。

 

「じゃあ、そのときのようにやりなさい、奴隷。一番感じる場所を触りなさい」

 

「は、はい」

 

 九頭女は眼を閉じて、立ったまま、張り出している乳房を片手で揉み、もう一方の手で恥毛を掻き分けて、その奥の肉芽をなぞりはじめる。

 

「へえ、お前は、女の孔には指は入れないのね。中に指を入れるよりも、その肉芽がいいの?」

 

 朱姫が、九頭女が指を動かしている股間を覗き込みながら言う。羞恥に手が震える。恥ずかしさで気が遠くなるようだ。

 

「は、はい……あ、ああ……」

 

 もう感じてきた。さっきから、異常に身体が疼いていたのだ。

 そして、自分のことを知っている自分の手による愛撫だ。

 あっという間に快感に襲われる。

 

 朱姫に見られているという緊張感も快感を増幅している気がする。

 しかし、その緊張感も大きな快感に包まれてしまい次第に消えていく。

 身体の芯を甘い感覚が駆け抜ける。

 そして、股間から頭に響くような甘美感が流れてきた。

 

「ふう……うふう……あはぁ……」

 

 耐えていても、どうしても呼吸が荒くなる。

 こんな妹のような年齢の娘の前で自慰をするというのは、相手から身体を責められるよりも恥ずかしい。

 しかし、この沸き起こる愉悦はなんなのだろうか。

 人の前で、自慰をするということが、こんなにも恥ずかしくて、そして、気持ちがいいとは知らなかった。

 

「感じて来たようね、変態……。そのまま、続けなさい。そして、いきそうになったら言うのよ」

 

「ひんっ」

 

 “変態”という言葉でどっと愛液が股間から溢れる。

 思わず大きな声が出て、慌てて口をつぐむ。

 

「あっ……はあ……」

 

 身体が小刻みな震えをしはじめた。

 もうすぐだ。自分でもわかる。

 肉芽をくりくりと横に縦に動かす。

 手足が痺れるような快感に包まれる。

 

「あふうっ」

 

 股間を動かす指を速くする。

 峻烈な感覚がどっとやってくる。

 思わず腰を前に出していた。

 

「もっと、肢を開くのよ、奴隷。感じているお前の股をご主人様に見せなさい」

 

 朱姫の声が響くと、九頭女の脚は勝手に大きく拡がった。

 

 支配されている……。

 不思議な感覚だ。

 

 なにも考えず、ただ命令のとおりに動く。

 いつもは、梁山泊の戦いの一端を担う者として、多くの者を従え、その命を預かっている。

 ときには、その命を代償にさせて、なにかを成し遂げなければならない場合もある。

 

 その責任とつらさ……。

 それが消える。

 

 股間をじっと見られながら自慰をするという恥辱──。

 しかし、同時にそれは苛烈で妖しい衝撃でもある。

 快感があがるとともに、羞恥心がさらに小さくなる。

 股間はすでに愛液で溢れている。九頭女の指にねっとりとそれがまとわりつく。

 恥ずかしさが麻痺する。

 肉芯を指で挟む。二本の指で挟んで弾くように動かす。

 

「はうっ……はううん──」

 

 恥ずかしいが気持ちいい。

 九頭女は胸をこねる手にさらに力を入れた。

 乳房の先端の突起を指で弄び、そして、擦りあげる。

 肉芽を挟んでいる指の速度も加速する。

 

「本当に、孔には入れないのね……。もう、いくんじゃないの?」

 

 九頭女の股間に鼻をつけそうなくらいに顔をくっついている朱姫が言った。

 

「は、はい……。も、もう少し……。あはあっ……はあっ……はっ……はっ、はっ──ああっ──」

 

 自分で腰を動かす。

 襲いかかる絶頂の波──。

 もういく──。

 

「い、いきます、ご主人様──」

 

 九頭女は叫んだ。

 その波が脳天を突きあげる。

 

「すぐに、手を背中に回しなさい」

 

 朱姫の大きな声が頭に響いた。

 

「えっ? ええっ──?」

 

 九頭女が昇天しようとしていたまさにその直前に、九頭女の手は自慰をしていた股間と胸から離れて背中に回った。

 火照るだけ火照り、あがるだけあがりきった快感だけが取り残される。

 

「そ、そんな……」

 

 九頭女はうろたえた。九頭女は、爆発する淫情を迸らせる寸前だったのだ。

 それが一瞬にして進むのをとめられたのだ。

 朱姫の大きな笑い声が部屋に響いた。

 

「奴隷にくせに、簡単にいけると思ったら大間違いよ。奴隷が気持ちよくなれるのは、ご褒美のときだけだと言ったでしょう。まだ、なにも奉仕していないくせに、いくのは禁止よ」

 

「だったら……」

 

 九頭女はほとんど無意識のうちに言っていた。

 

「……ご奉仕させてください、ご主人様」

 

 そして、自分のその言葉に驚いた。

 

「そうよ。その心から奉仕をしたという気持ち……。それが奴隷よ」

 

 朱姫の顔が妖しく微笑んだ。

 

「跪きなさい、奴隷」

 

 弾かれるように九頭女は、ただれるように疼く身体を跪かせた。

 いつの間に持っていたのか、朱姫が手にあった小さな瓶から、赤色の透明の液体を肩に注いだ。



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240 痒みに狂って

「跪きなさい、奴隷」

 

 その言葉で、九頭女は、弾かれるように、ただれるように疼く身体を跪かせた。

 朱姫の手にあった小さな瓶が九頭女の肩に傾けられ、赤色の透明な液体が九頭女の身体に流れ落ちていく。

 

「きゃああっ──」

 

 その透明の液体が、九頭女の肌に流れ薄く拡がっていく。

 そして、小さな塊りに分裂しながら、まるで生き物のように身体のあちこちに移動する。

 また、圧倒的に多くの量が股間に集まる。

 さらに、胸を包むように……。

 

 その突端はやや厚い塊になった。

 ほかにも指先や足先……。

 太腿、膝の裏にも這い進んでいく。

 よく見えないが脇や背中……。

 お尻に向かっても、その赤い液体が向かっているようだ。

 水が流れる冷たさを感じるのだ。

 さらに顔……。

 

「こ、これはなに、朱姫? い、いえ、ご主人様」

 

 九頭女はうろたえて叫んだ。

 

「あたしの合成した霊具です、九頭女さん。液体だから、霊剤かな──。ちょっと、実験台になってくださいね。沙那姉さんや孫姉さんに遣おうと思っているんですけど、なかなか承知してくれないし、無理矢理に使うと後で怒られるし……」

 

 朱姫が普段の口調で言った。

 少しだけ安心する。

 まるで人が違ったかと思っていたのだ。

 

 そうだ……。

 これは演技で遊びのようなものだ。

 九頭女の心に、改めて朱姫の嗜虐を受け入れる気持ちが沸き起こる。

 

 それにしても、絶頂寸前で止められた快感が身体にうずまき、身体をただれさせている。

 もう、意地悪をしないで責めてはくれないだろうか。

 最初の日、宝玄仙と朱姫のふたりに責められたときは、際限のない連続絶頂だったが、朱姫だけの場合は、限りなく陰湿だと思った。

 

 朱姫が咳払いした。

 次には、また、九頭女を支配する冷たい女王のような顔つきに戻る。

 

 それにしても、この赤い液体はなんだろう?

 肌にまとわりつき、不快というよりは、なんだか皮膚の触感を麻痺させるような痺れのようなものを感じる。

 しかし、その痺れが火照りきっている九頭女の身体に渦巻く快感と交錯し、次第に狂おしい刺激になっていくような……。

 いや、これは……?

 

「ちょ、ちょっと、これ……」

 

 九頭女はだんだんと焦りのようなものを覚えていきた。

 これは、落ち着いていられるようなものじゃない。

 赤い液体の付着した部分からどんどんと快感があがってくる。

 

 熱い……。

 頂上を極めかけた身体の快感がさらに上昇し、果てしない高みに押しあげられる。

 

「な、なんですか、これは、ご主人様……?」

 

 九頭女は今度は悲鳴のような声で言っていた。

 

「どう? 痛い? それとも、気持ちいい?」

 

「き、気持ちいいというか……。気持ち悪いというか……。い、いえ……。気持ちいいかも……。なんだかわからないけど……。く、苦しい……。そ、そう、苦しいです。あ、ああっ……。だ、駄目……」

 

 九頭女の身体は込みあがってくる快感に、九頭女は身体を悶えさせた。

 水は微妙に全身を動きまわっている。

 そして、接触している部分に小刻みな振動のようなものを与えているのだ。

 それが切羽詰ったものとなって、九頭女に襲いかかる。

 朱姫の手が九頭女の脇腹をさっと撫ぜあげた。

 

「はあっ」

 

 頂上寸前で快感を取り上げられた身体は、完全に快感に無防備になっている。

 それに、なんでもないようでいて、一番感じる部分を的確な強さで刺激してくる朱姫の愛撫──。

 九頭女は朱姫の指一本で、追い詰められている自分を感じていた。

 

 そして、驚いたことに、さっき朱姫にかけられた赤い液体が、さっと朱姫に触られた部分に移動したのだ。

 同時に股間にも集まる。

 

「こ、これは?」

 

 九頭女はうろたえた。

 

「面白いでしょう? ご主人様を調教しようとした千代婆とかいうお婆さんの作った淫油は、“泣き油”、“吠え油”、“狂い油”だったらしいけど、あたしのは、“責め油”と名付けようかしら」

 

 朱姫がくすくすと笑う。

 

「責め油?」

 

 どうでもいいけど、この得たいの知れない感覚は……。

 

「ふふふ、これはお前の性感帯を見つけて移動する霊剤よ。どんなに隠しても、お前が感じている部分を勝手に探し出して移動するのよ。そして、そこを責めるの。しかも、感じている度合いに応じて、濃さが変わるのよ。感じている部分は濃く、快感が少しの部分は薄く……。だから、こうやって新しい刺激を受けると……」

 

 朱姫はそう言いながら、反対側の脇腹を撫ぜあげた。

 

「うはっ──はあぁ──」

 

 九頭女の両手は、朱姫の“命令”により、背中で組んだまま離れない。

 抵抗できない身体を性の技を知り尽くしたような娘の朱姫が責めるのだ。

 九頭女の性感は嫌でも熱く燃えたぎる。

 そして、朱姫の触れた部分に赤い液体がさっと集まったのがわかった。

 

「あはぁ……」

 

 朱姫の手の感触のほかにも、その赤い液体が加える微妙な振動もある。

 九頭女は喘ぎ声をあげ、自然に腰をくねらせてしまう。

 すると、さっと赤い液体の色が股間で濃くなったのがわかった。

 

「九頭女がどこをどうやって感じるのか、これだと隠しようがないでしょう? そして、この“責め油”は、その時々で、一番感じる場所を確実に責めたてるわ」

 

 朱姫が言った。

 そして、朱姫の指が九頭女の耳をまさぐってきた。

 

「いやっ」

 

 くすぐったさに九頭女は思わず顔を背ける。

 

「避けては駄目よ、奴隷」

 

 朱姫が冷たい声で言う。

 すると、九頭女の顔はなにかで押さえつけられたように動かなくなる。

 避けることのできない九頭女の耳を朱姫の指がくすぐってくる。

 肩のあたりからどんどんと液体がのぼってくるのがわかる。

 

 そして、さらに反対の耳──。

 両方の耳を責められる。

 

 九頭女はさらに喘ぎ、身体を震わせた。

 耳など刺激されたことはなかったが、九頭女の眠っている性感を掘り起こすような朱姫の愛撫に、九頭女は溢れ出す快感に溺れそうな自分を感じていた。

 

「大きく口を開けなさい、奴隷」

 

 朱姫の言葉で九頭女の口は大きく開かれる。

 

「ふふふ、そのままよ。涎を流していなさい」

 

 朱姫の舌が九頭女の口に入ってきた。

 

「あら、口の中にも入って来たわ。“責め油”は、飲んでもいいけど。強力な媚薬でもあるから、とんでもないことになるわよ、九頭女。気をつけてね──。でも、まあいいか。それに、口で感じてしまった変態の九頭女が悪いんだし。媚薬を飲みたくなければ、口ではあまり感じないことね」

 

 朱姫が意地の悪い口調で言ってから、ねっとりと本格的に舌で九頭女の口の中を舐めはじめた。

 朱姫の舌が九頭女の舌を這い、口の中の粘膜を舐めあげる。

 歯茎の隅から隅まで舌で擦られ、歯の裏が舐められる。

 

「あ……ああぁ……」

 

 口から声が出る。

 そして、大きく開きっぱなしの九頭女の口からは、だらだらと涎が流れ落ちて、九頭女の顎を伝って首筋に落ちてくる。

 

「たくさん“責め油”が集まったわね。注意したのにしょうがない奴隷ね。口を閉じていいわよ」

 

 口を閉じた。

 確かに大量の砂糖汁のようなものを口中に感じる。

 これが“責め油”の味なのだろうか。

 恐ろしい媚薬だと言っていたが……。

 

「そのまましてなさい。唾液とまじりあって、身体に吸収されるわ。吐き出そうとしても無駄よ。すぐに身体が熱くなる思うわ。そして、外からも内からも責めたてる。これが朱姫の“責め油”よ」

 

 口の中の甘みが次第に消えていく。

 同時に、これだけ燃えあがっている身体をさらに媚薬で責められるということに恐怖した。

 いったい自分はどうなってしまうのか……。

 

 そして、本当に身体が熱くなる。

 ただでさえ汗びっしょりの全身からさらに汗が噴き出す。

 怖い……。

 これ以上、感じるのが怖い……。

 そして、朱姫の舌が首筋に──。

 

「はあああ──」

 

 自分でも驚くような大きな声が迸った。

 快感の怒涛が襲ってきたのだ。

 次は舌が脇……。

 

「ひいっ──」

 

 九頭女はもう耐えることができなくなっていた。

 脇を舌が這うと、そこから込みあがる快感で我を忘れる。

 これまでに味わったことのない未知の峻烈な甘美感に全身をかき乱される。

 快感が全身を駆け巡る。

 

「“責め油”が九頭女の肌を這い回っているわ」

 

 朱姫が言った。

 そして、九頭女の乳首が朱姫の口に含まれる。

 

「くわわっ──」

 

 九頭女は身体を弾けさせた。

 なにもかも吹き飛ばすような快感のうねりに、九頭女はすすり泣きのような声をあげてしまった。

 

 その乳首が吸われる。

 快感が込みあがる。九

 頭女は上気した顔を左右に振りたてる。

 

 だが、刺激の強さに快感が爆発しそうになると、さっと朱姫の舌は離れる。

 九頭女は翻弄される快感に泣きそうになった。

 

「あたしも少し飲んじゃったわ。ふ、ふ、ふ……。快感が強いと、責める方にも“責め油”がやってきちゃうのね。これは改良しないと……」

 

 朱姫が笑った。

 それから朱姫は執拗に九頭女の全身を責めたてた。

 背中を刺激し、腰に手を這わせる。

 そして、脚の付け根──。

 しかし、朱姫の愛撫は、そこから一番肝心な部分からは離れてしまう。

 

 次に太腿から膝裏──。

 どこをどう触れても大きな快感を覚える。

 快感を覚えると、そこに“責め油”が集まり、淫らで微かな振動を加えてくる。

 甘美感が大きくなるとだんだんと震動も強くなる気もする。

 もっとも、大きくなるといっても、微小な強さだ。

 さっき昇天し損なった九頭女を絶頂に導くような刺激を与えてくれるわけじゃない。

 

 そうやって半刻(約三十分)も愛撫を続けられただろうか。

 そのときには、もう九頭女はなにがなんだかわからないくらいまで追い詰められていた。

 

 いかせて欲しい──。

 絶頂の寸前の宙ぶらりんな部分で、ずっととどめ置かれている。

 

 高まるだけ高まった淫情をそのままにされるつらさ──。

 これほど快感が苦しいものとは知らなかった。

 

 しかし、ついに、待ちに待ったものがやって来た──。

 朱姫の指が九頭女の股間に伸びたのだ。

 苦しい程に欲しかった場所に刺激が来てくれた。

 

「はああっ──」

 

 淫らな声が自然に迸る。

 するりと二本の指が股間に入ってくる。

 同時に親指が勃起している肉芽も転がしてくる。

 さらに、後ろから双臀の狭間からすべり下りた指が、なにかの制裁のような強い刺激を肛門に加える。

 

「お尻はまだまだね。少しは集まるけど、やっぱり、前が感じるのね」

 

 朱姫が九頭女の後ろを覗き込みながら言った。

 

「そ、そんな……ああ……ああ──」

 

 込みあがる。凄いものがあがってきた。

 

「もう、いきそう、奴隷?」

 

 朱姫が囁くように訊ねた。

 

「いきます、ご主人様。お願いです。今度はいかせてください」

 

 九頭女は叫んでいた。

 考えてみれば、いまだに朱姫は服を着たままだ。

 冷静な朱姫の前で、朱姫よりもずっと歳上の九頭女がいいように弄ばれて翻弄されている。

 九頭女の中の冷静な部分が、それを恥辱として感じさせるが、それはほんのちょっとだ。

 それよりも、もう少しでいける。

 噴きあがる愉悦が、苛烈なうねりを呼び覚ます。

 

「でも、この“責め油”は未完成なのよね。責められている者がいきそうになると、なぜかそれを感じて、蒸発してしまうのよね」

 

 朱姫がそういうとともに、全身にまとわりついていた赤い液体が、ぱちりという泡が弾けるような音とともに、一斉に消滅した。全身に冷たい感触が加わってくる。

 

 同時に朱姫が九頭女からさっと離れた。

 またも快感を最後まで与えられてもらえなかった九頭女は、混みあがる苛立ちをのまま、激しく抗議した。

 

「いいから、腕を前に出すのよ」

 

 朱姫がそう言うと九頭女の手はさっと前に出る。

 まるで操られているようだ。

 その手首がぎゅっと縄で縛られる。

 

「ど、どうして、縛るんですか、ご主人様……?」

 

 朱姫が天井の桟を使って、九頭女の身体を爪先立ちになるまで引き上げてから縄を固定したのだ。

 九頭女は、怖くなって思わず訊ねた。

 するとまた頬を軽く打たれた。

 

「奴隷のくせに、質問するんじゃないわ。生意気よ」

 

 もう一度反対側から頬を張られる。強い力ではないが、それで気力のようなものが一瞬で萎えてしまう。

 

「しばらく、じっとしてなさい……。と言っても無理かな。“責め油”には強烈な副作用があるのよ、奴隷。だから、暴れ出さないように縛ってあげているのよ。感謝しなさい」

 

 そして、朱姫は荷を置いている場所に行くと、細い棒のようなものを手にして戻って来た。

 次に、寝台に腰掛けて爪先立ちで吊られている九頭女を正面から観察するような態勢になる。

 

 九頭女はすぐに、さっき朱姫の言及した“責め油”の副作用というのがなにかわかった。

 副作用と言っているが、それは九頭女を追いつめるための言葉遊びだろう。

 これこそが、“責め油”の本領なのに違いない。

 

「下ろして、な、縄を解いてください、ご主人様──」

 

 もう少しもじっとしていられなくなった九頭女は、裸身を左右に捩じりながら悲痛な声で訴えた。

 

「どうしたの、奴隷?」

 

「か、痒いんです。こ、これは……。だ、駄目……。とても我慢できません」

 

 全身を激しい掻痒感が襲っている。

 いや、痒みというような生易しいものじゃない。

 九頭女が想像もしたこともないような猛烈な痛みのような痒さだ。こんな痒さ信じられない──。

 九頭女は狂ったように身体を振りたてた。

 

「それは、奴隷が悪いんでしょう? いっぱい感じて、“責め油”を溜めちゃうから痒さが強いのよ」

 

 朱姫は平然とした口調で言った。

 

「お願い、朱姫──。下ろして。もう、演技はやめよ。これは酷いわ」

 

「ひと晩、朱姫に付き合ってくれると言ったじゃないですか、九頭女さん。途中でやめるなんて酷いですよ」

 

 寝台に座ったままの朱姫が不平そうに言った。

 

「そ、それはそうだけど、でも、一度、下ろして。そうじゃないと、もうやらないわよ」

 

 九頭女は思わず叫んだ。

 

「じゃあ、いいです、もうやらなくても。でも、嘘つきの九頭女さんは、そのまま、朝までいてください」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「わかったわ。やるわ。ごめんなさい。でも、少しだけ、下ろして……。お願いします、ご主人様」

 

 九頭女は身体を激しく振り動かしながら叫んだ。

 こんなもの少しも耐えられない。猛烈な痒さだ。

 

 股間が……。

 乳房が……。

 いや、全身が……。

 

 とにかく、痒い。

 ほかにはなにも考えられない。

 

「じゃあ、もう、演技はやめでいいですよ、九頭女さん。終わりにしますから」

 

 朱姫は余裕の表情でにやついている。

 次第に、これはまだ、朱姫の責めが続いているのだと悟ってきた。

 しかし、九頭女はもうどうしていいかわからない。

 よく観察すれば、九頭女の腕を吊りあげている縄も霊具だ。

 これはおそらく、どんなことをしても解けないに違いない。

 こうなったら、手段を選んではいられない。

 

「ちょっと、沙那──。助けて──沙那──」

 

 隣の部屋で寝ているはずの沙那に助けを呼んだ。

 しかし、朱姫は余裕の表情で微笑んでいる。

 

「九頭女さん、どうしたんですか? 道術遣いのくせに、この部屋にあたしの結界が張っていることに気がつかないんですか?」

 

 朱姫が言った。

 はっとした。

 

 朱姫とこの部屋にやってきたときには、結界などなにもなかった。

 しかし、朱姫は九頭女を責めながら、いつのまにかこの部屋を道術で閉鎖する結界を張っていたようだ。

 しかも、かなり強くて大きな結界だ。

 九頭女にも、こんな結界は張れない。

 道術遣いとしての力量が、九頭女よりも朱姫の方が上であることを気づかざるを得なかった。

 

「ね、ねえ、朱姫、もう、お願いよ。これは酷いわ──」

 

 激しい痒みに九頭女は脂汗を迸らせながら全身を振りたてた。

 

「痒いでしょう……、九頭女さん。ご主人様も『ずいき油』という責め油があるですけど、それは、東方帝国にいる黒蜂の猛毒を使っているんですよ。刺されれば一瞬で人が死ぬくらいの毒をご主人様は、痒みの成分に道術で変化させているんです。あたしの“責め油”も実は、その黒蜂の毒も使っています。それから、山芋の液も唐辛子も……紫蛇の毒に……」

 

 朱姫は“責め油”をどんなふうに作ったかを滔々と喋り続ける。

 それは九頭女に対する嫌がらせとわかるが、同時に九頭女は愕然としてきた。

 朱姫が並べ立てる材料は聞いただけで怖気が走るような痒みを引き起こす薬剤ばかりなのだ。

 

「ねえ、ご主人様──」

 

「もう、そう呼んでくれなくてもいいです。そのまま、朝までいてください、九頭女さん」

 

「そ、そんな……う、ううっ──」

 

 朝までなんて冗談じゃない。

 もう、一瞬だって耐えられない。

 

「ああ、お願い、なんでもするから──」

 

 九頭女は唇を噛みしめ、髪を振り乱して、朱姫に懇願を繰り返す。

 丁寧語で喋ったり、普通の言葉にしたり、恫喝に近いことも言った。

 それなのに、朱姫は知らぬふりで九頭女の痴態を眺めている。

 

「最初に言いましたけど、九頭女さんが悪いんですよ。九頭女さんがいやらしくなければ、“責め油”は集まらなかったんです。違いますか?」

 

「そ、そうよ……。いえ、そうです。九頭女がいやらしいからいけないんです。だ、だから、解いて──」

 

 九頭女は言った。

 しかし、もう朱姫はなにを言っても動きそうにない。

 仕方なく、九頭女は、痒みを癒す方法を懸命に探った。

 身体を揺すり、内腿を擦らせる。

 

「あっ──。太腿は、そうやらない方がいいですよ。擦ると“責め油”の成分がさらに拡がりますから。もっと痒くなりますよ、九頭女さん」

 

 朱姫が言った。

 慌てて脚の力を抜く。

 しかし、なにもしないではとても耐えられそうもない。

 狂いそうな痒みにただ襲われるまま、いつしか、込みあがるような嗚咽をあげてしまっていた。

 

「あたしの奴隷を続けたくなりましたか、九頭女さん?」

 

「なる……。奴隷を続けさせてください、ご主人様」

 

 九頭女はだんだんと朦朧としてきた身体を痙攣にように震わせて言った。

 

「でも、やめた。やっぱり嘘つきの九頭女さんなんか、狂ってしまえ」

 

 朱姫はごろりと寝台に横になって、向こうを向いてしまった。

 

「いやあっ──。お願いします。許してください、ご主人様──。許してください、ご主人様──ご主人様、ご主人様──」

 

 九頭女はほとんど泣きながら叫んでいた。

 もうほとんど、理性など残っていない。

 全身を蝕む痒みを癒して欲しい──。

 考えられるのはそれだけだった。

 

 しばらく叫んでいた。

 朱姫が起きあがったのは、声が枯れるかと思うくらいに叫んだときだった。

 朱姫が反応してくれた。

 それだけで嬉しさが爆発する。

 朱姫の持っていた小さな棒の先端がぐいと九頭女の右の乳首の近くに喰い込んだ。

 

「ひぎいっ」

 

 一瞬で眼が覚めるような衝撃に、九頭女は身体を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 なにが起こったかわからない。

 全身が仰け反る程の強い痛みだったが、お陰で乳房を襲う痒さが一瞬なくなった。

 

「『電撃棒』という霊具です。折角、ご主人様が治した身体を朱姫が傷つけるわけにはいきませんから……。鞭で打たれたような痛みだと思いますが、棒の先から出るのは電撃です。でも、いまの九頭女さんには、痛みよりも、気持ちよさが上回っていますよね……?」

 

 今度は股間の間にすっと棒が差しこまれて、太腿の付け根に当てられる。

 恐怖が走るが、それ以上に痒みが癒されるという期待感が大きい。

 

「ひがあぁぁぁ──」

 

 股間に当てられる電撃は、凄まじい威力だ。

 しかし、確かに痒みはなくなる。

 だが、すぐに痒さが戻ってくる。

 

「お、お願いです──。もっと、続けてください、ご主人様」

 

 九頭女は叫んだ。

 

「もう一度、胸に電撃を当てて欲しい?」

 

 朱姫が九頭女の顔を覗き込んだ。

 

「はい、電撃をください、ご主人様」

 

 九頭女は、ほとんど無意識のうちに、乳房を朱姫に突き出していた。

 少しでも電撃が止まると、全身がただれるように疼くのだ。

 

「九頭女さんは、あたしの奴隷?」

 

 突き出した乳房に朱姫の持っている『電撃棒』が当たる。

 身体を苛む掻痒感が癒える期待感に九頭女は息が止まりそうになる。

 しかし、すっと『電撃棒』が離れそうになる。

 

「ま、待って──」

 

 棒を追って、思わず乳房をさらに突き出す。

 はしたないとか考える余裕は九頭女にはない。

 考えられるのは恐ろしい痒みを癒したいということだけだ。

 

「ほぐうぅ──」

 

 乳房に電撃が走る。

 裸身を弾けさせるような激しい痛みであるのだが、その後でやってくる甘い痺れで痒みが癒されて、甘美感が脳天を突きあげる。

 

 電撃が全身のあちこちに加えられる。

 その痛さで九頭女はのたうち回る。

 でも、痒さが消える気持ちよさは、九頭女をどこかに飛翔させるような陶酔を与える。

 

 電撃が気持ちいい──。

 

 いつの間にか、電撃で甘い声をあげる自分がいる。

 痒みが消える気持ちよさも、電撃の痛みも同じだ。

 いや、電撃の痛さが気持ちいい。

 

 どのくらい続けただろうか──。

 朱姫がすっと『電撃棒』をまた遠ざけた。

 

「やめないでください、ご主人様──。もっとください」

 

 九頭女は身体をくねらせながら叫んだ。

 電撃が止まれば痒みが襲う。少しもじっとしていられない。

 

「九頭女さんは、今夜ひと晩のつもりかもしれませんけど、朱姫は、ひと晩で、九頭女さんが身も心も朱姫のことがご主人様だと思えるようにしてあげますよ」

 

 そう言って離れていった朱姫は、周りがねっとりとした粘りのような糸が引いている一本の張形を出した。

 

「次は、九頭女さんの股間を癒してあげます。電撃では表面を癒されても、女陰の中は痒みは消えないですよね、九頭女さん?」

 

 朱姫の言う通りだった。

 どんなに電撃で打たれても、朱姫は恥毛から奥の部分には触れていない。

 そのため、電撃を与えられなかった女陰の中は気が狂うようにまだ痒い。

 だから、いくら電撃を打たれても、打たれても、狂うような掻痒感から解放されないのだ。

 

「これを入れて欲しいですか? 痒みが消えるかもしれませんよ。もっとも、この張形自体からもさっきの“責め油”を越える痒みが発生する魔剤が染み出ていますけどね……。ふふふ。どうします、九頭女さん?」

 

 究極の選択だった。

 そんなものを女陰に入れれば、さらに痒くなり狂ってしまうかもしれない。

 しかし、なにかによって股間を掻いてくれなければ、この股間の痒みはなくならない。

 

「入れてください、ご主人様」

 

 九頭女はそう言って、いつの間にか、腰を朱姫の持つ妖しげな張形に向かって突き出させていた。



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241 狂うまで調教して

「うっ」

 

 最初に感じたのは、膣に得体の知れない異物が触れる気色の悪さだ。

 朱姫が九頭女の膣に挿そうとしている張形は、表面がねばねばした潤滑油で覆われていて、小さな突起のようなものが全面についている。

 その突起の先端のひとつひとつから粘っこい油のようなものを染み出させいて、それが張形全体を覆っているらしい。

 挿入する前に嫌がらせなのか、この張形の性質をさんざんに朱姫に説明された。

 その朱姫の持った妖しい張形が九頭女の股間の付け根にめり込まされていく。

 

「はっ……はあっ──はっ、はっ、はっ──」

 

 たちまちに大きな愉悦がやってきた。

 外側からも内側からも燃えあがるだけ、燃えさせられて一度も発散させてもらっていない身体だ。息が止まるような快感が身体全体に込みあがる。

 自分の溢れるような愛液と張形から染み出る油剤が混じり合う。

 そこから、熱いものが拡がる。

 

「朱姫がいっぱい九頭女さんを感じさせてあげますね。気持ちいいですか、九頭女さん?」

 

 朱姫が深々と張形を挿した。

 するとうねうねと張形が九頭女の膣の中で動きはじめた。

 

「うはっ──い、いいっ……おほうっ──」

 

 自分の腰が跳ねあがったのがわかった。

 一気に強い快感が脳天を突き刺した。

 痒みが一瞬で消失する気持ちよさに加えて、全身に溜まった性感が一挙に燃えあがる。九頭女は堪らず大声で吠えた。

 

「九頭女さんが、淫乱な奴隷だということを認めますね」

 

 朱姫がすっと張形を抜いていく。

 たちまちに気持ちよさが小さくなり、圧倒的な痒みが襲ってくる。

 九頭女は恐怖した。

 

「い、いかないで──。そのまま挿していて、挿して。お願いよ、朱姫──」

 

 九頭女は懸命に腰で張形を追いながら叫んだ。

 恥とか見栄とかいうものは、もはや存在しない。

 朱姫の奴隷の演技をするというような余裕もない。

 ただ、あの気持ちよさがなくなり、また痒みが襲ってくるという怯えだけがある。

 

「じゃあ、奴隷ですよ、九頭女さん。次にいつ会えるかどうかわからないけど、朱姫の前では、九頭女さんは朱姫の性奴隷なんです。いいですね?」

 

「ど、奴隷でいい……。奴隷にして、朱姫……。だ、だから……ああ、あうっ──いいわあぁ──」

 

 思わず叫んだ。

 逃げかけた張形が再び深く抉ってきてくれたのだ。

 九頭女は沸き起こる快感に陶酔する。

 しかし、また、朱姫が張形を抜く。九頭女は泣き叫ぶ。すると入ってくる。

 

「もっと脚を開いてください、九頭女さん」

 

 九頭女はさっと脚を開いた。

 あられもない恰好になった九頭女の股間に、朱姫の持つ張形が突いては抜かれ、抜かれては突かれる。

 そのたびに、峻烈な甘美感と、怖ろしいほどの掻痒感が交互に襲ってくる。

 九頭女は、もうなにも考えることができなくなり、ただ、激しく裸身をのたうたせて、ひたすらに悲鳴のような嬌声をあげ続けた。

 

「もう、いきますか、九頭女さん?」

 

 朱姫が激しく張形を九頭女の膣から出し入れしながら言った。

 張形はただ抜き挿しされるだけではない。

 張形そのものが、根元を軸に全体が円運動をしていて、それが九頭女の女陰の内襞を抉って擦るのだ。

 しかも、張形の表面はごつごつと感じるようなたくさんの突起があって、そのひとつひとつが大きな刺激を九頭女に与えている、

 

 それが連続で襲いかかる。

 さらに、九頭女の淫液をびちゃびちゃと鳴らす音に混じって、ぷしゅぷしゅという張形の表面から得体の知れない油剤が噴き出ている音も聞こえる。

 その音とともに、発狂するような掻痒剤が発生しているのだと思うと、九頭女の頭は状況を知覚することを放棄してしまい、なにも考えられなくなる。

 

「朱姫の奴隷ですよね、九頭女さん?」

 

 朱姫が九頭女を責めながら言った。

 

「奴隷です。奴隷よ──。九頭女は、朱姫の奴隷よ──」

 

 九頭女は自分が腰を大きく振っていることに気がついた。

 そして、肉が解けるような愉悦に我を忘れて声をあげ続けている。

 朱姫がごつごつと子宮の入り口を突きあげる。

 腹が押しあげられるような感触──。

 そこから信じられない快感が駆けあがる。

 

「ひいいいぃぃぃ──。いくうぅぅぅぅ──いくうっ──」

 

 強烈な衝撃に九頭女は叫んだ。

 

「いくとはっきり言いなさい、奴隷」

 

「うぐううぅぅ──。い、いきまふっ──」

 

 押しあげられるままに、九頭女は苛烈な快感のうねりに身を委ねた。

 そして、一気に快感の昇天まで駆けのぼった。

 

 あがったものがいつまでもさがってこない。

 果てしない絶頂の末に、九頭女は天にも昇る気持ちを味わい続けていた。

 

「いきましたね、九頭女さん。気持ちよかったですか?」

 

 張形を九頭女の中から抜いた朱姫が言った。

 しかし、九頭女は荒い息をするのがやっとで、それに答えることができないでいた。こんなに深くて長い絶頂は生まれて初めての経験だ。

 

 たった一度の絶頂が、こんなにも気持ちよくさせるとは知らなかった。

 九頭女は身体を吊られている腕に預けながら、恍惚の世界に浸っていた。

 だが、そうやって、絶頂の余韻の中にいられたのは、長い時間ではなかった。

 張形の染み出る油剤に冒された九頭女の膣の中から、もの凄い掻痒感が沸き起こってきたのだ。

 

「いぎいっ……。か、痒い──。朱姫、続けて。もっと、掻いて──。張形で掻いて──」

 

 九頭女は脂汗を撒き散らせて、大きく身体を前後左右に振りたてて叫んだ。

 そして、はっとした。

 開いた脚が閉じないのだ。

 叫びながらも足元を見る。爪先立ちの両脚の先の床に白い丸が描かれている。

 

 『道術錠』だと思った。

 朱姫が開いた脚先の周りに白い線を浮き立たせて、そこから足先を離すことができなくしたのだ。

 とにかく、九頭女は、大きく股を開いたまま、腰を激しく振りたてた。

 

「朱姫──、い、いえ、朱姫様──ご主人様、お願いします。入れて──。それを入れてください」

 

 とにかく九頭女は股間に張形を挿入してもらいたくて,ひたすら哀願を繰り返す。

 

「まったく、呆れた淫乱ですね。普段は、碧波潭の戦士のひとりとして、頼もしく人を指図する身分なのに、実は、こんなにも淫乱で浅ましいんですよ、九頭女さんは──。これが欲しいですか?」

 

 朱姫が粘性の油剤をべとつかせている張形を九頭女の前にかざす。

 

「欲しい。欲しいの──。朱姫、それを挿して。お願いします。挿して、挿して、挿して」

 

 九頭女は狂ったように喚いた。

 いまこの瞬間も激しい掻痒感が襲っている。

 それを癒してもらう以外ことを考えられない。

 朱姫が張形を深々とまた突き挿した。

 

「あああぁぁぁ──。き、気持ちいいぃぃぃぃ──」

 

 九頭女はやってきた恍惚感に身を委ねた。朱姫が押しつけるように張形を動かす。今度は数回の抽出で九頭女は昇天した。

 もう恥じらいも理性もない。

 あるのは、張形が与えてくれる快感のことだけだ。

 朱姫がくれる絶頂の素晴らしさだけが九頭女の頭を支配しようとしている。

 

「ぬ、抜かないで──。まだ、してください。お願い、朱姫──」

 

 朱姫が再び張形を引き抜いた。あっという間に強い掻痒感に襲われて九頭女は叫んだ。

 

「ふ、ふ、ふ。九頭女さんのあそこ……。真っ赤ですよ。それに、開いたり、閉じたり、ぱくぱくして、まるで生き物みたい」

 

「い、言わないで──。もう一度よ、朱姫。お願いよ。もう、なんでも約束するから。もう一度、入れてぇぇ──」

 

 気が狂うような痒みに、九頭女は泣き叫んだ。

 だが、朱姫は張形を持って、九頭女の勃起した乳首に張形の側面から湧き出る油剤を擦り付ける。

 

「あぐううっ──」

 

 それだけで九頭女は、身体は甘美感に弾ませた。

 

「汗と淫乱な汁で光る九頭女さんは、とても素敵ですよ」

 

 朱姫は言いながら、さらに張形の噴き出す粘りを股間のあちこちになぞり拡げていく。

 

「はんっ」

 

 張形が肉芽をぴんと弾いた。

 甘い息を吹き出した九頭女は、それだけでいきそうになり、びくびくと身体を大きく震わせた。

 

「そんなに欲しいですか、九頭女さん? 張形の動く方向に、九頭女さんの腰がついてきますよ。面白い──」

 

 朱姫が笑った。

 自分はそんなことをしているのかと思ったが、もうどうでもいい。

 気がつくと、確かに、九頭女は大きく脚を開いた格好で、朱姫の張形の動く方向に必死になって腰を追いかけさせていた。

 

 それにしても、痒い──。

 痒いのだ。

 

 脳天を破壊するようなこの痒み──。

 もう、耐えられない──。

 

「はふぅっ──」

 

 朱姫の張形がやっと女陰に入ってくる。

 しかし、先端だけだ。意地の悪い朱姫は、ほんのちょっとだけ挿しただけで、張形の動きを止めたのだ。

 しかも、さっきまで自らも大きく動いていた張形は、九頭女の女陰の入口に挿されたままぴたりと停止している。

 しかし、それでも、全身に快感が響きわたる。

 九頭女は自分で腰を動かすことで、そこから快感を搾り取ろうとした。

 

「まるで、性をむさぼる魔獣みたいですよ」

 

「意地悪ばかりしないで、朱姫。もう、入れてったら」

 

 九頭女は声をあげた。

 もう、一刻の猶予もなかった。

 

「……九頭女は、朱姫の性奴隷だと百回言ってください」

 

 朱姫が先端だけを挿したまま言った。

 もう少し……。これで激しく突いて欲しい──。

 痒みで狂いそうだ。

 

「九頭女は朱姫様の性奴隷です……」

 

 九頭女は慌てて叫ぶ。そして、さらに続ける。

 

「九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……。九頭女は朱姫様の性奴隷です……」

 

 その間も襲ってくる嘔吐感さえ伴うような掻痒感──。九頭女の頭は次第に白くなる。その真っ白になった頭に、朱姫の奴隷だという言葉が刻み込まれる。

 

「……九頭女さんは、朱姫の性奴隷ですよね?」

 

 不意に朱姫の声がした。それで、九頭女は繰り返していた言葉を止めた。

 

「性奴隷ですよね?」

 

 朱姫がまた言った。

 

「もちろんよ。九頭女は朱姫の性奴隷よ」

 

 九頭女は言った。

 なぜ、そんな当たり前のことを改めて訊くのだろう。

 九頭女は不思議に感じた。

 

「じゃあ、入れてあげます」

 

 朱姫がやっと満足したように張形を挿してくれた。

 今度は張形はまたうねうねと動きながら、九頭女の女陰の内襞を擦り抉ってくる。

 

「あぐううう──」

 

 九頭女は烈しい興奮に獣のような声を迸らせた。

 気持ちいい──。

 

 気持ちいいなどというような生易しいものじゃない。

 全身が性器そのものになって溶けていくようだ。

 四肢に満ちてくる愉悦と欲情は、完全に九頭女の我を忘れさせていた。

 

「朱姫の奴隷だと言いながら、いってください、九頭女さん」

 

 朱姫が激しく九頭女の股間を突く。

 

「──ひぎいっ──。ど、奴隷です。九頭女は、朱姫の奴隷──ふふうっ──」

 

 懸命に叫ぶ。

 朱姫が激しく九頭女の女陰を突く。

 

 いく──。

 真っ白な光が九頭女を包む──。

 

「おあずけ──」

 

 いきなり朱姫の大きな声がした。

 九頭女ははっとした。

 

「な、なに?」

 

 張形が九頭女の中でぴたりと静止している。じわじわと痒みがまた襲いかかる。

 

「動いちゃ駄目よ、九頭女──。“おあずけ”と言われたら、腰を止めるのよ。“よし”と言う前に腰を動かしたら、張形を抜いて、朝まで放っておきます」

 

 朱姫が怒鳴った。

 九頭女は知らず動かしていた自分の腰を慌てて止める。

 

「我慢よ……我慢……。口を開いても駄目よ」

 

 じっと朱姫が九頭女の顔を見ながら言う。

 犬のように躾けられている。

 そう思った。

 

 だが、同時に、九頭女は朱姫の奴隷だという言葉が、どこからか聞こえてくる。

 九頭女は狂いそうな痒みと戦いながら、懸命に耐えた。

 

 それにしても、なんという恐ろしい油剤だろう。

 ちょっとでも気を緩めたら、自分の腰は無意識に動き出しそうになる。

 朱姫の油剤に冒されきった九頭女の股はどろどろにただれるように熱い。

 悶々とした官能のうずまきに襲われている。

 

 朱姫の与える快感に九頭女のすべてが塗り替えられている気分だ。精神や人格のなにもかもを朱姫によって、作りかえられている。

 

 身体が千切れるような痒み……。

 息が止まる……。

 

 九頭女は朱姫の性奴隷……。

 その言葉が何度も何度も頭から響いてくる……。

 

「よし」

 

 朱姫が言った。

 九頭女は狂ったように腰を動かした。

 張形もまた九頭女の膣の深くまで挿しこまれて、激しく動き出す。

 

「あひいっ──」

 

 九頭女は、獣のような声をとともに、股間から淫液と張形の擦れる大きな音をさせながら、大きく身体を仰け反らせた。

 

 突き抜ける快感──。

 ただ、ひたすらに気持ちいい。

 これがあれば、もうなにもいらない。

 この快感のために、すべてを捨てられる。

 一瞬、そう思った。

 

 梁山泊のこと……。

 戦いのこと……。

 同志のみんなと誓った約束……。

 すべて消える……。

 

「もっと、いっていいんですよ、九頭女さん」

 

 朱姫の声が聞こえた。

 しかし、それはどこか遠くからやってくるかのように九頭女は感じた。

 それよりも張形の与えてくれる甘美感に九頭女は酔っていた。

 

 また、いきそうだ。

 今度も深くて大きそうだ。

 そして、やってきた。

 全身を包む快感にだんだんと頭が白くなる。

 張り裂けそうな悲鳴をあげながら九頭女は絶頂した。

 

「いくっ、いくっ、いくっ──」

 

 九頭女は吠えるように叫んだ。

 また、絶頂の嵐に襲われた九頭女は、限界を超える強烈な愉悦に、次第に薄くなる意識を感じていた。

 

 

 *

 

 

「この馬鹿朱姫──」

 

 沙那が朱姫を怒鳴りあげた。

 孫空女は、それを苦笑しながら見ていた。

 

「もういいのよ、沙那」

 

 寝台に横になった九頭女が、まだだるそうな身体を向けながら言った。

 その隣で蔡美は笑っている。

 

「いいや、こいつには、ちゃんと言ってやらないとわからないのよ。なんで、大騒ぎになるようなことになる前にやめないのよ。調子に乗るのは、お前の悪い癖だといつも言っているでしょう」

 

 沙那はなおも、腰に手を当てて朱姫を怒鳴っている。

 その足元で、朱姫は床に正座をさせられている。

 

 すでに外は明るいが、まだ早朝だ。

 他の部屋の宿泊客はまだ寝ている時間だろう。

 だが、すでにこの部屋には、沙那、朱姫、孫空女、九頭女、蔡美、そして、宝玄仙と七星までも起きて集まっている。

 

 すべては、朱姫が原因だ。

 

 昨夜は、この七人で三部屋に分かれて寝ることになり、宝玄仙と七星が一緒の部屋ということになった。

 そして、残りの五人で、どうやって分かれるかという話し合いになったときに、朱姫が九頭女の嗜虐をやりたがった。

 理由は知らないが、九頭女もまた、ひと晩だけなら朱姫の責めを受けてもいいと応じて、ふたりは隣の部屋に行った。

 そして、孫空女は、沙那と蔡美とともに、この部屋で休んだ。

 

 その朱姫が蒼い顔で部屋に飛び込んできたのは、いまから二刻(約二時間)前のことだ。

 半べそをかいて、なにか喚いていたが、最初はなにを言っているかわからなかった。

 やがて、どうやら九頭女が大変なことになったと言っているということがわかった。

 それで、慌てて飛び起きて、三人で隣の部屋に向かうと、泡を吹いてもの凄い痙攣をしている素っ裸の九頭女が床の上に転がっていた。

 

 なにをしたのかわからないが、どうやら責めを強くしすぎて、朱姫は九頭女をおかしくしてしまったようだ。

 沙那はかなり躊躇っていたようだったが、その九頭女が再び口から泡を吹き出すのを見て、意を決して、宝玄仙を起こしにいった。

 性愛をやっているときの宝玄仙の邪魔をすると、宝玄仙はとてつもなく不機嫌になる。

 だから、普通ならばそんなことはしない。

 しかし、それをしなければならないくらいに、九頭女の様子は目に見えておかしかった。

 

 幸いにも宝玄仙は、性愛の途中ではなく、……というよりも、部屋から出て来たのは宝玄仙ではなく、宝玉だったのだが……その宝玉が、道術を遣って九頭女を癒してくれた。

 次いで、やっと意識を取り戻した九頭女を寝台に移して身体を拭き、その間に宝玉と交替をした宝玄仙に事情を説明した。

 

 それから、ばたばたとしているうちに外が明るくなり、いまに至っている。

 いつの間にか、真ん中の部屋であるここに、全員が荷とともに集まっていた。

 

「確かに、後先考えずに嗜虐するのは感心しないね。いつも言っているだろう、朱姫。嗜虐をするときは、相手に対する奉仕だと思って、相手をよく見て嗜虐しろってね。お前には、このわたしも沙那や孫空女を激しく責めるだけだと思っているかもしれないけど、こいつらは体力があるんだ。同じように責めたりしたら、他の人間だと、とんでもないことになるとわかったろう?」

 

 宝玄仙だ。

 

「申し訳ありません、ご主人様」

 

 朱姫はうな垂れている。

 

「だいたい、お前はいつもそうなのよ。考えてもみなさい。九頭女は、昨日まで拷問を受けていて、死にかけていたのよ。それをお前は、嗜虐で殺しそうになったのよ。お前、馬鹿?」

 

 沙那がまた激しく、朱姫を罵った。

 もう、沙那の説教は半刻(約三十分)は続いている。

 その間、ずっと朱姫は正座のまま、頭を下げている。

 

「それにしても、相変わらずのあんたらだね。あたいもなんかほっとした気分になるよ」

 

 七星だ。

 沙那の説教は続いているが、その沙那に聞こえないように七星が囁いてきた。

 

「それよりも、お前も元気そうじゃないか、七星。てっきり、あたしは、あの九頭女と同じような目にご主人様に遭わされていると思ったのにさあ」

 

 孫空女は言った。

 

「いやあ、そうなりかけてたんだけどねえ……。宝玉さんが助けてくれたのさ。宝玄仙さんが、あたいのことを酷い目に遭わしかけたところで、人格が宝玉さんに変わったんだよ。お陰でまあ、こうやって、五体満足で朝を迎えることができたということさ」

 

 七星がにこにこしながら言った。

 

「宝玉さんと愛し合ったのかい?」

 

「それは、ご想像にお任せするよ。だけど、宝玉さんが、あの敏感になった自分の乳首を責められるのを結構気に入ってくれたということだけは言っておくよ、孫空女。まあ、あたいが宝玄仙にいかされた数の三倍はいっているね。あの身体は」

 

 七星がちらりと宝玄仙を見た。

 その宝玄仙は、さっきからしきりに朱姫が作ったという淫具の霊具を眺めまわしている。

 

「それにしても、よくできているねえ、この淫具は──。ほう、こんなにたくさんいぼがついて、女陰をえげつなく刺激するだけじゃなくて、掻痒剤を噴き出し続けるのかい。それにお前の作った薬剤は、わたしの痒みの毒を使っただけじゃなく、さらに改良して、しかも、混ぜる薬剤を足して、痒みを激しくしてあるんだって? この性感帯を求めて移動する油剤という発想もいいねえ」

 

 宝玄仙が感心したように言った。

 

「そ、そうですか、ご主人様──。でも、その“責め油”は、まだまだ未完成なんです。なぜか蒸発が早くて長く持たないし、もっと、痒みも調整できるようにしたいと思っているんですよねえ」

 

 宝玄仙が褒めたことに気をよくした朱姫が、顔をあげて嬉しそうに言った。

 

「いやいや、これはこれで、完成品でいいんじゃないかい? 絶頂するときの身体の変化に反応して蒸発し、後は強烈な痒みを与えるってかい。まあ、よくも“責め油”とは名付けたものさ。この効果のえげつなさは、“責め油”の名に恥じないねえ」

 

「そ、そうですか……。ありがとうございます」

 

 朱姫が照れたように笑った。

 突然、部屋に大きな音が響き渡った。

 びっくりして音の方向を見ると、沙那が力いっぱい床を踏み鳴らした音だった。

 

「この馬鹿朱姫、お前は、お説教の最中だというのに、なに他のことに気を取られているのよ──」

 

 沙那が怒りを露わに真っ赤な顔になっている。

 孫空女も久しぶりに見た沙那の激しいの形相だ。

 朱姫は顔を蒼くしている。

 

「ご、ごめんさない、沙那姉さん」

 

 朱姫が慌てて姿勢を糺す。

 

「服を脱ぎなさい……」

 

 仁王立ちのまま、沙那がぽつりと言った。

 

「えっ?」

 

 朱姫はきょとんとして、顔をあげて沙那の顔を見た。

 しかし、沙那の顔を見て、さらに顔を蒼くして服をその場で脱ぎ始める。

 

「あのう……」

 

 下着姿になった朱姫が、おそるおそるという感じで沙那を見た。

 

「ぐずぐずするんじゃない、朱姫。わたしたちの間で裸と言ったら、素っ裸に決まっているでしょう」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「は、はいっ」

 

 朱姫が泣きそうな顔になり、胸当てと腰の下着を抜き取って、たったいま脱いだばかりの衣服の上に置いた。

 その衣類を沙那が、むんずと掴んだ。

 なにをするのか、それを持って窓のところに向かっていく。

 そして、窓を開けた。ここは二階でこちら側の窓は外の通りに面している。

 沙那は、朱姫の服を全部、窓の外に投げ捨てた。

 

「な、なにするんですか、沙那姉さん──」

 

 朱姫がびっくりして叫んだ。

 

「罰よ。その恰好で、取りに行っておいで、朱姫」

 

 沙那が朱姫を睨みつけて言った。

 

「えっ? ええっ? だって、外ですよ。あたし……え、ええっ──。だって、誰かに見られたら──。そ、そんな、勘忍してください、沙那姉さん」

 

 朱姫が、両手で裸身を隠しながら言った。

 

「こんな早朝に誰も来やしないわよ。それよりも、さっさと行っておいで。それとも、蹴り出されたいの?」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「だ、だって……。そ、そんな、本気ですか? 嘘ですよね。外ですよ」

 

「だから、なんなのよ、朱姫」

 

 なおも立とうとしない朱姫の髪を沙那は掴んだ。

 そして、沙那は、その朱姫の髪の毛を引っ張って強引に立たせた。

 そのまま、扉まで引きずっていく。

 沙那は、扉を大きく開け放ち、悲鳴をあげる朱姫を廊下に放り出して、ばたんと扉を閉めた。

 ひいっ、という朱姫の泣き声が扉で遮断される。

 小走りに朱姫が階下に去っていく音もした。

 

「あんた、ときどき怖いよね、沙那」

 

 素っ裸で朱姫を廊下に放り出した沙那に呆れて孫空女は言った。

 そして、ほかの者の様子を見る。

 宝玄仙は愉快そうに笑っているだけだ。

 また、七星は苦笑している。

 九頭女と蔡美はびっくりした表情をしていた。

 

「このぐらいやらなけりゃあ、あいつはわかんないのよ」

 

 沙那はまだ憤懣を顔に浮かべたままだ。

 

「そんなにしなくてもいいのよ、沙那。朱姫の嗜虐を受けると言ったのはわたしだし……。それに、わたしは、朱姫様の性奴隷だし──」

 

 九頭女が口にした。

 孫空女は少し驚いた。

 

「いま、なんと言ったの、九頭女?」

 

 沙那が眉をひそめている。

 

「なんのこと?」

 

 九頭女はきょとんとしている。

 

「あなたが、朱姫のなんとかだと言ったことよ」

 

「性奴隷ってこと? わたしは、朱姫様の性奴隷よ」

 

 九頭女はなおも言った。

 その表情には、さも当たり前のことだというような雰囲気しかない。

 

「あいつ、まだ、なにかを隠しているわね……」

 

 沙那がぶつぶつと言った。

 

「確かにね。九頭女に『縛心術』をかけたままでいるようだね。じゃあ、おしおきの内容は沙那に任せるかい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「『縛心術』ってなに?」

 

 九頭女だ。

 これには、さらに孫空女はびっくりした。

 道術遣いの九頭女が『縛心術』を知らないわけがない。

 朱姫がおかしな暗示を九頭女に与えているのは明白だ。

 孫空女もこれには本当に呆れた。

 

「お仕置きですか……。じゃあ、朱姫が合成した油剤を、朱姫自身に味わってもらうというのはどうですか? 朱姫のお尻にみんなでたっぷりと塗ってあげましょうよ、ご主人様。どんなに短くても、昼餉のときまで我慢させましょう」

 

 沙那が冷酷な声で言った。

 

「いいねえ。じゃあ、久しぶりに、朱姫に尻踊りと自慰をやらせて、みんなで見物するかい?」

 

 宝玄仙は、笑って同意した。

 もっとも、宝玄仙は、自分が愉しめるようになってきたこの展開が嬉しいだけだろう。

 

「戻って来たよ」

 

 扉の向こうから聞こえる階段を駆けあがる足音を耳にして孫空女は言った。

 

「じゃあ、これ」

 

 沙那が孫空女に魔縄を投げた。

 

「やれやれ」

 

 孫空女は身体をあげて、扉の横に移動する。

 沙那は扉の正面から待ち受けるような態勢──。

 

「じゃあ、あたいも協力してやるよ」

 

 面白がった七星が、扉に対して孫空女の反対側の位置に立った。

 

「も、戻りました」

 

 扉が向こうから開いて、全力で走ったためか、息切れをしている朱姫が入ってきた。真っ赤な顔をして、素っ裸の身体の前で服を抱えている。

 その朱姫に孫空女は、七星と沙那とともに襲いかかった。

 

 

 

 

(第38話『女奴隷の叛乱・後日談』終わり)



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 第39話  絶対強者【十八公(じゅうはちこう)
242 夜明けの襲撃者たち


「いく、いく、いく、いきます──。沙那姉さん、孫姉さん──、朱姫はいきます──いくうううっ」

 

 半狂乱の朱姫の裸身が孫空女の身体の裸身の上で暴れ回る。

 

「ひいっ──。そ、そんなに暴れないでえぇぇぇ──」

 

 孫空女もまた、朱姫の動きによって、女陰に挿入している双頭の張形に責められてしまい、激しく追い詰められていた。

 

 孫空女は、大きな松の立木に身体を委ねる体勢になり、股間に双頭の張形を挿して、外に出ている部分に朱姫の肛門を受け入れさせている。

 そして、朱姫を背中から抱えるようにして、性交をさせられているのだ。

 

 一応は責めているのは孫空女の方のはずなのだが、快感に酔った朱姫が暴れ回るので、孫空女の女陰深くに喰い込んでいる張形が、孫空女の女陰の中を抉り回る。

 そのため、孫空女には、腰といい、背筋といい、そして、脳天といい、とにかく、全身を途切れることのない愉悦の感覚が駆け抜けている。

 

 朱姫は、肛門深くに張形を受け入れさせられただけで、ほとんど正体を失う程の快感に襲われているようだが、それは孫空女も同じだった。

 あまりにも気持ちよすぎて、朱姫を責めろと命令されているのだが、なにをどうしていいかわからない。

 お互いに身体を合わせながら、ふたりで、余裕のない嬌声をあげ続けている。

 

「これは、どっちが責めで、どっちが受けかわかりゃしないね。ほら、沙那、加勢してきな」

 

 宝玄仙の揶揄がどこか遠い世界からの声のように聞こえる。

 そして、孫空女と同じように、双頭の張形を股間に挿入させられた沙那が、身体をもじつかせながら這い寄ってくるのが微かにわかった。

 

 祭賽(さいさい)国の北安の城郭を脱出して十日以上が経っていた。

 九頭女たちとも別れ、いまは祭賽国の大きな街道を避けて、人目を避けるように南に向かって旅をしている。

 九頭女たちは、一度、梁山泊に来てくれれば歓迎すると言ってくれたが、それは、しがらみを嫌った宝玄仙が断わった。

 いまや梁山泊の一員となった七星とも二度目の別れを済ませた。

 

 その後、梁山泊の勢力近くも、国軍や各地の地方軍の検問の厳しい街道沿いも避け、東側の山中道を南に向かって進んでいた。

 山中道といっても、ほとんど人の通わない道であり、界隈には農村もなく、ましてや、宿町もない。

 そのため、久しぶりに野宿ばかりの旅を続けている。

 

 そして、今日はあまりにも霧深いために、早めに野宿の準備をすることになったのだが、例によって、宝玄仙の気まぐれにより、三人で双頭の張形で数珠繋ぎになって愛し合えと命令されて、まずは、孫空女と朱姫がそれに励んでいるというところだ。

 

「ひん、ひん、ひん──いく、いくうっ──」

 

 肛門を張形に貫かれている朱姫が、叫びながら身体を仰け反らせて震えた。

 朱姫が暴れるたびに、快感に襲われて孫空女は身体を弾かせてしまう。

 すると、その孫空女の身体の動きで、今度は、朱姫が肛門に刺激を受けて暴れる。

 ただその繰り返しだったのだが、異常なほどに肛門が弱い朱姫は、それで先に絶頂に達したのだ。

 

「あ、あたしも駄目だよおお──」

 

 しかし、孫空女も限界だった。

 少し遅れただけで、孫空女も大きな快感の波に身を任せられる。

 朱姫が大きく身体を動かしたことにより、孫空女の女陰に挿入されている側の張形も大きく動き、孫空女もまた愉悦の頂点に達してしまったのだ。

 

「い、いくわよ……」

 

 沙那だ。

 孫空女は眼を開けた。

 沙那が朱姫の身体に重なろうとしていた。

 

「ひいいいっ──。も、もう、駄目です、沙那姉さん──」

 

 孫空女の腰に乗っている朱姫が身体を跳ねた。

 後ろでて達したばかりの朱姫に、今度は前からも沙那が女陰に張形を挿そうとしていることで、朱姫は悲鳴をあげている。

 沙那の上気した顔がすぐ眼の前になった。

 そして、朱姫が身体を弾けさせる。

 

「ひゃああぁぁ──。動かないででぇぇ、朱姫──」

 

 朱姫が暴れるたびに、堪えようのない淫情の刺激に襲われる孫空女は、抗議の声をあげた。

 

「孫空女、朱姫、お前らは、それでも性交のつもりかい。ただ、張形を挟んでもみ合っているだけじゃないか──。沙那、さっさと、ぶっ挿すんだよ」

 

 宝玄仙の呆れたような叱咤が飛んでくる。

 

「は、はい、ご主人様……」

 

 軽い酔いのような表情をした沙那が朱姫に覆いかぶさっていく。

 

「あひいいぃぃぃ──」

 

 身体の小さな朱姫が沙那と孫空女に挟まれて、苦悶の叫びを放つ。

 なおも暴れる朱姫を沙那と一緒に挟むように押さえつける。

 

「挿したままじっとしてどうするんだよ、沙那。始めるんだよ」

 

「は、はい」

 

 宝玄仙に怒鳴られて、沙那が身体を前後に動かし始める。

 たちまちに、朱姫が悲鳴のような声をあげる。

 朱姫は前後に張形を受けているのだ。

 前後から責められて、朱姫の少女の身体が、あっという間に絶頂に向かって身体を暴れさせる。

 

「ひん、ひいっ──。しゅ、朱姫、そ、そんなに暴れちゃいやっ」

 

 沙那が真っ赤な顔を左右に振っている。

 快感に弱い沙那が、張形を通して戻ってくる刺激にもう我を忘れたような声をあげた。

 沙那がなにかをすがろうとするかのように手を伸ばした。

 孫空女も手を伸ばす。

 

「ああ、孫女──」

 

 すでに愛欲にどっぷりとつかったようになっている沙那が、がっしりと孫空女の腕を浮かんだ。

 孫空女も沙那を掴む。

 

 朱姫を挟んで、孫空女は沙那と抱き合った。

 孫空女は、沙那に合わせて腰を動かす。

 沙那もまた、孫空女に合わせて動こうとしている。

 それに挟まれた朱姫が総身を震わせて暴れる。

 

「いきます、沙那姉さん、孫姉さん──」

 

 朱姫が断末魔のような声をあげて全身を震わせた。

 そして、孫空女もまた、朱姫の弾むような動きに、女陰のもっとも深い部分を抉られて、もの凄い速度で絶頂へと昇っていく。

 

「わ、わたしも──」

 

「あたしも──」

 

 朱姫の身体の震えが合図であるかのように、とどめのような快感が身体を襲った。

 絶頂の震えに全身を真っ赤にしている朱姫を押し潰しようにして、孫空女は沙那と一緒に達した。

 

「しゅ、朱姫……。沙那……」

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「孫女、朱姫……はあ、はあ……」

 

 三人で達したことにより、やっと落ち着いた感じになり、快感に余韻に三人で浸っていた。三人の汗と汗、そして、愛液と愛液が混じり合う。

 

「それぞれがそれなりの女傑のくせに、お前たちは、快感だけには異常に弱いよねえ」

 

 宝玄仙だ。

 孫空女は顔をあげた。

 

 いつのまにか裸身になり、股間に道術で出現した男根を生やして、こっちにやってくる。

 沙那のすぐ背後に立ち、まさに、沙那の腰を掴もうとしていた。

 

「さ、沙那──」

 

 気がついていないみたいだった沙那に孫空女は声をかけた。

 しかし、もう宝玄仙が沙那の腰を背後からがっしりと掴んでいる。

 

「えっ……? あ、あひいいいっ──、ご、ご主人様──、ひぎいっ」

 

 後ろから肛門に宝玄仙の怒張を挿入されようとしている沙那が錯乱した声をあげた。

 

「身体を千切られるような声を出すんじゃないよ、沙那──。ほら、挿し終わったよ」

 

 宝玄仙の裸身もまた、沙那に重なる。

 四人の裸身が孫空女が背もたれている松の木に押し付けるように見事に串刺しに重なった。

 

「ひい、ひい、ひい──」

 

 沙那が切れ切れの悲鳴をあげる。そして、いきんで全身を振る。

 すると、その振動が朱姫と孫空女にも伝わり、さっきの激しい快感が戻ってくる。

 

「そら、動くよ。わたしが動くと、三人が繋がっている張形も連動して動くからね」

 

 宝玄仙がそう言って、前後に動き始めた。

 道術なのだろう。

 宝玄仙の腰の動きに合わせて、張形が激しい動きを始める。

 

 沙那が吠える。

 朱姫が泣き叫ぶ。

 そして、孫空女もたちまちに襲ってきた官能の暴風に、我を忘れて叫んだ。

 

 やがて、閃光のような快感の爆発が孫空女の全身を襲った。

 

 

 *

 

 

 焚火が燃えていた。

 いい匂いが漂ってくる。

 孫空女は眼を開いた。

 

 ふと見ると、宝玄仙がなにかを鍋で煮ていた。

 まだ、沙那も朱姫も脚に長靴を履いただけの裸身で地面に横になっている。

 孫空女も同じ格好だ。

 どうやら、宝玄仙に責められて三人揃って気を失ってしまったようだ。

 ふたりを揺り動かして起こしから、慌てて衣服を身に着ける。

 

「ご主人様、やるよ」

 

 なんとか身支度を終えると、火のそばに寄って、宝玄仙から混ぜ棒を取りあげる。

 鍋の中身は、米と豚の乾し肉となにかの香草を煮ているようだ。

 

「お前たちがやるようにはいかないねえ。どうも、肉の臭みが消えなくてね」

 

 宝玄仙が孫空女に場所を譲りながら言った。

 

 宝玄仙に命じられて三人で愛し合い始めたのは夕方だったが、いまは完全に夜だ。

 だが、異常なほどに霧が立ち込めているのは相変わらずで、周囲は完全な闇夜になっていた。

 結界の真ん中で鍋を煮ている焚火の明かりだけが一帯を照らしているが、あまりにも深い霧のために、炎の灯りが途切れる先まったく見えない。

 

「肉の臭みを消すのは、この香草じゃないよ、ご主人様」

 

 孫空女は香料入れの中から、肉消しに適する種類を三種ほど選んで足した。

 しばらく煮込むとすっかりと肉の匂いが消えて、いい香りが漂ってくる。

 

「見た目と違って、なかなか料理がうまいよねえ、お前は」

 

 宝玄仙が孫空女の手つきを眺めながら言う。

 

「あたしは、料理なんかしないように見えるのかい、ご主人様?」

 

 鍋の底に焦げ付かないように巻き混ぜら孫空女は応じた。この鍋は、孫空女がこの一行に加わる前から使っている土鍋らしい。

 それほど大きくはないが、女が四人で食事をする分量の料理を作るには十分な大きさだ。

 

「ああ、お前は、料理なんて女らしいことをするようには見えないね。朱姫はそれなりに作るけど、お前に比べれば、沙那はいま少しだねえ。沙那しかいないときには、酷いものだったよ。こいつは料理しないんだよ。兎や鳥を捕まえて血抜きをしてただ焼くとか、そんなのばっかしでさあ。まあ、獲物を捕らえるのは上手だったけどね」

 

 やってきた沙那に向かって、宝玄仙が言った。

 

「わたしが孫女や朱姫に比べれば、料理をできないのは認めます。わたしは、幼い頃に母を亡くしたし、父からは武術以外には習わなかったので、誰も教えてくれる人がいなかったんです」

 

 沙那もまた、身支度を終えている。

 そこ横には朱姫もいて、孫空女もそうだが、ふたりとも身体がだるそうだ。気を失う程の情交をしたのだ。

 当然といえば、当然だろう。ふたりは、荷から出した食器を持っている。

 

「いや、あたしも、ちゃんとした料理なんてできないよ、沙那。ただ、あたしは、沙那に比べれば、ずっと旅の経験が長いんだ。それで野宿で作るこういう料理については、知識があるのさ。でも、朱姫は、こういう野宿で作る料理も得意だし、台所で支度するような料理もそれなりにできるよねえ」

 

 鍋はもうすっかりいいようだ。

 孫空女は、沙那と朱姫が持ってきた椀に鍋の中身をとり分けながら言った。

 

「あたしも、孫姉さんと負けず劣らずで、幼い頃から旅ばかりですから──。それに、大きな屋敷で台所仕事の下働きも何度かやったことがあります。それでひと通りのことはできます」

 

 孫空女から椀を受け取った朱姫が、箸とともに宝玄仙に手渡した。

 朱姫、沙那と食事が渡り、孫空女も鍋をさらって、自分の椀に入れた。

 

 しばらく、四人で食事をする。肉と米がうまく香草で溶け合っていて、とてもおいしかった。疲れている身体に染みわたるようだ。

 

「それにしても、いくら結界が張ってあるとはいえ、素っ裸で寝ころんでしまうなんて、いつの間にか、慎みというのを忘れたんじゃないのかい、お前たちは?」

 

 しばらくして、宝玄仙が揶揄するようなことを言った。

 

「ひ、酷いですよ、ご主人様──。あれは、ご主人様が……」

 

 沙那が頬を膨らませた。

 

「それは、お前たちが感じすぎるのがいけないのさ。五、六回、膣や尻を抉られるたびに、一度気をやるんだから、そりゃあ、最後には気を失いもするさ」

 

「そ、それも、ご主人様がわたしたちをそんな風にしたんじゃないですか」

 

 沙那が真っ赤な顔で文句を言った。

 宝玄仙が大笑いした。

 いつもの旅の日常だ。

 

「……それにしても、随分と深い霧ですね。ちょっと、これじゃあ、片づけのために鍋や食器を洗いにいけませんね」

 

 食事が終わる頃、朱姫が言った。

 

「そうね。とりあえず、松の木の根元の石の上にでも置いておこうよ、朱姫。明日の朝、下の沢まで洗いに行くわ」

 

 沙那だ。寝床に選んだ大きな松の木の根元には、確かになにかの台のようにも思える小岩がある。そこに食事の終わった食器を鍋に入れて置く。

 星も月も見えないので、時刻がわからないが、いまは、真夜中ではないだろうか。

 夕方に、いきなり宝玄仙に三人繋がって愛し合えと宝玄仙に命じられて、仕方なくそれをした。

 それから、宝玄仙にたっぷりと二刻(約二時間)は、責められ続けられたと思う。

 そして、気を失ったのだ。 

 

 この辺り一帯には、宝玄仙の結界が刻んである。

 宝玄仙の結界の中である限り、山を徘徊する獣も、あるいは、盗賊、それとも妖魔であろうとも、決して入ってくることができない。

 だから、安心して気を失うなんてことができるのだが、それため、どこのくらいの時間だったのはよくわからない。

 もっとも、宝玄仙の激しい責めの後だ。意識を失っていたのは、短い時間だったわけはないと思う。

 

「とにかく、今夜は、もう休みましょう。ご主人様、それでいいですよね?」

 

 沙那が言った。

 

「ああ、いいよ。寝床を敷いておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女はほっとした。

 正直に言えば、まだ、身体が重い。

 まだ横になっていたい。

 

 三人で寝る準備をする。

 松の木のそばの一番場所のいいところは宝玄仙だ。まずは落ちている小石や松の葉を完全に地面からなくして、その上に厚めの毛布を二重に敷く。

 そして、敷布をして、そこに掛け毛布を拡げる。それを三人で行う。

 残りの三人は、敷き布と毛布に挟まれて三人でくっついて寝るだけなので、準備という程でもない。

 

「わたしは、もう寝るけど、お前たちは、三人だけで乳繰りあってもいいんだよ。お前たちふたりも、たまには朱姫の嗜虐を受けてみたらどうなんだい?」

 

 宝玄仙が寝床に横になりながら、からかうような口調で言った。

 

「だ、だったら、あたしも、試してみたい責めが──」

 

 弾かれたように反応して声をあげたのは朱姫だ。

 しかし、それを沙那の冷たい声が遮った。

 

「寝るわよ、朱姫」

 

 沙那はただ、それだけを言った。

 

「どうしてですか、沙那姉さん? ご主人様もおっしゃったじゃないですか。たまには、あたしの責めも受けてくださいよ。あたし、沙那姉さんとか、孫姉さんとかと、もっと愛し合いたいんです」

 

「はいはい、わたしもあなたのことを愛しているわ。でも、嗜虐抜きでね」

 

 沙那だ。

 沙那は、もう、拡げた毛布の端に自分の場所を確保して、身体を横にしている。

 

「ほら、お前も沙那の横に行きな、朱姫」

 

 孫空女も朱姫を促して、毛布のある場所に向かった。

 朱姫が不満そうな顔をしながら沙那の背中にくっつくように横になる。

 さらにふたりに添って孫空女も横になる。

 

「ねえ、いいじゃないですか。一度、朱姫の嗜虐を受けてくださいよ。今度は調子に乗りませんから。とっても気持ちいい思いをさせてみせます」

 

 朱姫が沙那の耳元で言った。

 

「わかったから、もう寝な、朱姫。お前がいい子だったら、考えてやるから、ねえ、沙那」

 

 孫空女は言った。

 

「そうね。もの凄く、とっても、とってもいい子だったらね」

 

 沙那も応じた。

 

「いい子って、なにをしたらいいんですか、沙那姉さん、孫姉さん? 教えてください。なんでもしますから。いい子というのはどういうことなんですか? ねえ、いい子って……」

 

「いいから、口を閉じなさい、朱姫」

 

 背中越しに少し強い口調で沙那が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 朝か──。

 

 眼を覚ましたとき、夜の闇夜が消えて、陽の明るさがやってきていた。

 ただ、霧はまだ深いようだ。相変わらず、周囲の状況がわからない。

 

 そして、横に朱姫も沙那もいないことに気がついた。

 孫空女は、不審なものを感じて、周りを見回す。

 

「ご主人様?」

 

 ふと見ると、松の木の根元に寝ていた宝玄仙の姿もない。

 寝床も荷もそのままだが、人だけがいないのだ。

 

 孫空女は驚いて身体を起こした。

 そのとき、ずっと遠くの霧の中に、三個の台を抱えて人を運んでいる十数名の人影を見た気がした。それが、霧の中に消えていった。

 

「ご主人様──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 遠目でわからなかったが、三番目の台の上で寝ていたのが、宝玄仙のように見えたのだ。

 台の上の人物は確かに女であり、宝玄仙が着ていたものと同じだった。

 あの寝ている女が宝玄仙だとすれば、その前のふたつの台には、沙那と朱姫が載っていたのではないか……?

 

{ええっ」

 

 孫空女は飛び起きた。

 

「待て、孫空女──」

 

 突然、声をかけられた。

 そこには、四人の男がいた。

 孫空女はぎょっとした。

 そして、こんなにも近くに人がいながら、いままで気配を感じていなかったことに驚いた。

 

 声をかけたのは、髪の毛に白いものが混じっている四十すぎの壮年の男だった。

 その後ろには、肌の黒い堂々とした風采の若い男、髪の長いばさばさの髪をした少年、そして、痩せこけていて、頭に頭巾を被っている老人がいる。年齢も服装もばらばらの男たちだ。

 

「お前たちは、なんだよ? なんで、あたしの名を知っているんだい? それに、ご主人様たちを連れていったのは、お前の仲間か?」

 

 孫空女は、身構えた。

 

「俺の名は十八公(じゅうはちこう)だ。この荊棘嶺(けいきょくれい)は、俺たちの縄張りでな。そんなところで、眠り込んでいたお前たちが悪いんだ。関賃がわりに、金目のものを奪わせてもらった」

 

 十八公と名乗った男が言った。

 そして、後ろの男のうち、長い髪の少年が笑いながら口を開く。

 

「そして、お前らを見て、お前らこそ、一番の金目のものだということもわかった。お前らのような見目美しい若い女を奴隷として売り飛ばせば、ひと財産できる。だから、連れていくことにした。お前の分も準備してあるから、その台に横になれ、孫空女。そうすれば、また眠くなって、気がつけば、おれたちの根城ということだ」

 

 確かに、三人の立っている横には、人間がひとり寝そべって載るような台がある。

 四隅には持ち手もあり、担いで運べるようになっていた。

 孫空女は、その台に霊力を感じた。

 おそらく霊具だ。

 得意そうに喋った少年の言った通りの効果があり、宝玄仙たちは、眠ったままその台に載せられて、なすすべなく運ばれていったに違いない。

 宝玄仙の結界をどうやって破ったかはわからないが、この男たちの仲間が、三人を浚ったのだろう。

 孫空女は、『如意棒』を構えるために、耳に手をやった。

 

「あれっ?」

 

 思わず声をあげた。

 いつも耳に隠している『如意棒』がないのだ。

 

「これを探しているのか、孫空女? 伸びろ──」

 

 十八公の手の中から長くなった『如意棒』が出現した。そして、それを身体の前で軽々と回転させる。

 孫空女は驚いた。

 

 やっぱり十八公は道術遣いなのだろう。それに後ろの三人からも、なにがしかの霊力を帯びているのを感じる。

 だがそれよりも、孫空女は、宝玄仙の道術が刻んであって他の道術遣いでは自在にできないはずの『如意棒』を道術で操り、しかも、あの重い『如意棒』を孫空女と同じように軽々と振って見せた十八公の腕力に驚愕した。

 

「十八公、こいつは、大人しく台に載るような女じゃないようだ。俺が大人しくさせてもいいか?」

 

 黒い肌の男が前に出てきた。

 

「好きにしろ、凌空士(りょうくうし)

 

 十八公が退がり、凌空士と呼ばれた男が前に出てきた。

 

「ついでに、一発くらい犯してもいいよな」

 

 凌空士が高笑いをする。

 

「それも、好きにしろ」

 

 十八公が苦笑している。

 

「好き勝手言いやがって、容赦しないよ、あたしは」

 

 孫空女は身構えた。

 凌空士は特段、武器を構えるということもないようだ。

 どうやら、孫空女を素手でやり込めるつもりらしい。

 

 とにかく、この四人を倒して、連中の根城がどこにあるかを白状させて、連れていかれた三人を助け出す──。

 それしかないようだ。

 孫空女は、凌空士に飛びかかった。

 

「そうれっ」

 

 なにが起こったのかわからない。凌空士に飛びかかった途端に、地面がなくなったのだ。

 脚を払われたのだと思ったのは、思い切り背中から地面に叩きつけられたときだ。

 しかも、受け身ができないように、手足を捻りながら地面に落とされた。

 一瞬、息が止まる。

 

「ほら、立て」

 

 髪の毛を掴まれて立たされる。

 

「くっ……、ちっ」

 

 かっとして、相手の身体を掴もうとすると、眼の前から凌空士の身体が消えた。

 視界に空が映ったかと思うと、今度も足を払われて地面に叩きつけられた。

 

「んぐうっ」

 

 また、受け身ができないように手と足を押さえて背中から地面に当たるように投げられた。

 さすがに息がとまって、孫空女は、自分から起きあがることができない。

 

「どうした、力自慢の孫空女ではないのか?」

 

 仰向けになっている孫空女の前に凌空士がしゃがんだ。

 その手が孫空女の襟元に差し込まれて、孫空女の乳房をぐいと掴んだ。

 

「な、なにすんだい──」

 

 身体を捻って腕を払う。

 横に転がって、やっと凌空士を振り払って立つ。

 掴まれた乳房の感触が残っている。

 鳥肌が立つほど、気持ち悪い。

 

 そして、眼の前の男の力量にも驚いていた。

 しかし、ここまで歯が立たないというのは信じられない。

 まるで子供でも相手にするかのように、余裕の表情で凌空士は笑っている。

 

「まだまだ、元気じゃないか、孫空女──。だったら、もうちょっと遊ぶか? 抵抗ができなくなったら、服を脱がせるぞ。だから、できるだけ頑張るんだぞ」

 

 馬鹿にしたような物言いにかっとなった。

 猛然と凌空士に突っ込む。そして、体当たりと見せかけて、寸前で身体を捻り、回し蹴りに切り替える。

 しかし、その蹴りは宙を切る。気がつくと、頭が地面を向いている。

 

「あぐっ」

 

 今度は地面ではない。凌空士の膝に背中を叩きつけられた。

 全身が痺れるように弛緩し、孫空女は呻きながら地面に落ちた。

 その孫空女の上衣のぼたんが上からひとつ、ふたつと外される。

 

「や、やだっ──」

 

 その手を叩いて払う。

 身体が持ちあげられた。

 そして、再び、地面に叩きつけられた。

 

 呻き声をあげて、地面にのたうつ孫空女の上衣に、また凌空士の手が伸びていきた。



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243 完全なる敗北(孫空女)

「んぐうう」

 

 地面に叩きつけられた回数は、すでに五十は超えている。

 凌空士(りょうくうし)に飛びかかり、身体をかわされては、背中から叩きつけられる。

 ひたすらにそれを繰り返すだけの闘いだ。

 孫空女は、ここまで歯が立たないということが、いまだに信じられないでいた。

 

 相手が強いとかそういうものではない。

 まるで実力が段違いだ。

 孫空女の蹴りも、拳も、まったく凌空士に触れることさえできない。

 どんなに打ちかかっても、掠ることもできずに交わされる。

 そして、気がつくと、身体を持ちあげられて投げられている。それだけなのだ。

 

 孫空女がすぐに立てないときは、起きあがれなくなった孫空女を凌空士が掴んで、技をかけて地面に叩きつける。

 そういういたぶりになる。

 孫空女も投げ飛ばされながらも、懸命に反撃を試みようとするのだが、すべての孫空女の攻撃がまったく効果がない。

 

 ほとんど息もできないくらいに疲労困憊になった孫空女に比べて、凌空士の様子には変化した様子はほとんどない。

 孫空女をこれだけ投げ飛ばしながらも、汗ひとつかいた様子はないし、呼吸は少しも乱れていない。

 離れた場所で孫空女と凌空士の闘いを見ている十八公たちも余裕の笑みを浮かべている。

 憤怒のようなものが孫空女の全身を駆け巡る。

 しかし、どうしようもない。まるでかなわないのだ。

 

 やがて、ついに脚に力がほとんど入らなくなった。

 噴きこぼれる汗が顔を伝って首に流れていくのがわかる。

 

「暑いようだな。上衣を脱がしてやるよ」

 

 孫空女がよろめく足でなんとか立ちあがったとき、眼の前にいた凌空士の姿が消えた。

 はっとして周囲を見回そうとすると、いきなり背後から羽交い絞めにされた。

 

「や、やめろっ──」

 

 孫空女はもがいた。

 しかし、孫空女を抱きしめる腕は、まるで金属でできているかのように固くて動かない。

 万力のような力で孫空女の胴体を腕ごと絞り、前側に回っている指で孫空女の上衣のぼたんをひとつ、ふたつと外していく。

 

「ち、畜生──」

 

 孫空女は全身の力を込めて身体を暴れさせる。

 しかし、上半身は完全に拘束されているし、後ろに向かって脚をばたつかせて蹴っても、まるで大木の幹でも蹴っているかのように手応えがない。

 やがて、完全に上衣の合わせは開かれた。

 

 凌空士がどんと孫空女の背を押した。

 両袖からするりと上衣が抜けて、孫空女は上半身が胸当てだけの姿で地面に叩きつけられた。

 

「いたあっ」

 

 振り返ると、孫空女の上衣は、にやついている凌空士の手の中にある。

 

「少しは、動きやすくなったか?」

 

 凌空士は、孫空女の上衣を十八公たちが見ている方向に投げ捨てた。

 

「お、お前何者だよ?」

 

 孫空女は思わず叫んだ。

 尋常ではない動きと力だが、道術というわけではない。

 そういうものは感じない。

 ただ、力と技において孫空女を圧倒的に凌空士が上回るというだけのことだ。

 そのことがいまだに孫空女は信じられない思いだった。

 

「世の中には、自分よりも強い者はいなかったと思っていたというような顔をしているな、孫空女」

 

 凌空士が言った。凌空士が無造作に間合いを詰めてくる。

 

「な、なんだよ……」

 

 孫空女は、圧倒されるものを相手から感じて、思わず数歩退がる。

 相手が怖い──。

 生まれて初めての感情だ。

 

 なにをやっても勝てない──。

 そう思った。

 

 そういう気持ちを孫空女に植え付けるために相手は、何十回も孫空女を投げ飛ばしていてきたのだろう。

 それがわかった。

 これだけの力量差があれば、本来であれば、孫空女など数瞬で倒されてもおかしくはないのだ。

 

「だが、俺がこの世で一番強いというわけとも違うぞ、孫空女。強さというものには限りはないのだ。強い者もいれば、弱い者もいる。それだけのことだ。だが、俺と戦っているお前は、俺に比べて弱い。それを自覚しろ──。お前の能力では、どんなことをしても、お前の仲間どころか、お前自身も救えん」

 

 仲間のことを言われて頭に血がのぼった。

 そうだ。自分は負けるわけにはいかないのだ。

 どこかに連れていかれた宝玄仙たちを救わなければ……。

 

 孫空女は身体を沈めて身体を倒すと、さらに間合いを詰めた凌空士の脚を蹴った。

 しかし、その孫空女の全力を込めた蹴りが、凌空士の脛でしっかりと受け止められた。

 逆に痺れのようなものが孫空女の脚に響く。

 

「くうっ」

 

 孫空女は呻いた。

 次の瞬間、凌空士の巨体が孫空女に覆いかぶさってきた。

 

「寝技がいいのか、孫空女? 確かに、もう立つのもおっくうそうだしな」

 

 あっという間に背後を取られて、しゃがませられた。

 孫空女は地面に腰を落として座り、その後ろから凌空士に抱えられた格好になった。

 しかも、背後から両腕を抱えられて身動きできなくなった。

 凌空士が片手で背中側から孫空女の両手の二の腕をがっしりと抱えたのだ。

 しかも、恐ろしい力だ。

 孫空女はまったく両腕を動かすことができない。

 

 さらに、凌空士は、空いている片手で、孫空女の胸当ての留め具を外すと、さっと取り去った。

 孫空女の大きな乳房がぼろりとこぼれる。

 

「なかなか、いい乳だな。触るぞ」

 

 凌空士の指がこりこりと孫空女の乳首を弾く。

 

「や、やめろおおぉぉぉ──」

 

 孫空女は全力を込めて暴れる。

 しかし、感じやすい乳首をいじくられると、すっと全身の力が抜けていくような快感の痺れに襲われてしまう。

 孫空女は、官能の波を払いのけようと大声を発した。

 

「ほう、もう、乳首が勃起したぞ、孫空女」

 

 凌空士は、指先でころころと乳首を転がしたかと思うと、次には、丸い孫空女の乳房をぐにゃぐにゃと揉んでくる。

 それを交互に繰り返される。

 孫空女は、なんとかそれを阻もうと、動く範囲で手を使って凌空士の腕をどかそうとする。

 しかし、まるで力が入らない。

 凌空士は、そんな孫空女の抵抗さえも愉しむかのように、愉しそうに笑っている。

 

「下も脱ぐか? もう、汗びっしょりだろう?」

 

 凌空士の片手が乳房をいたぶるのをやめて、下袴(かこ)の腰紐を解きにかかる。

 

「い、いやだ──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 すると、凌空士の指が孫空女のすぐ顔の近くにやってきた。

 孫空女はそれに思い切り噛みついた。

 

「い、いたあっ──」

 

 凌空士が孫空女を抱えていた腕を離して、前に突き飛ばした。

 孫空女は二度三度と地面に転がり、その勢いを利用してなんとか立ちあがる。

 

 孫空女は構えるよりも、両腕で上半身を抱いて乳房を隠した。

 それは本能のようなものだったかもしれない。

 戦士としての孫空女はもう消えかかっていた。

 

 絶対に勝てない。

 

 その思いが孫空女を覆っていた。

 いまは、この眼の前の男に犯されたくない──。

 その気持ちの方が強かった。

 

「俺もまだまだだな。女からそんな反撃を受けるとはな。もう少し、痛めつけてからにするか」

 

 凌空士は孫空女に噛まれた指先を口で舐めている。

 血が滴り落ちているようだったが、大した怪我でないはずだ。

 完全に歯が食い込む前に、孫空女は前に突き飛ばされたのだ。

 

 その凌空士が飛びかかってきた。

 速い──。

 

 思ったのはそれだけだ。これまでの動きだけで孫空女は圧倒されていたが、いまの動きは孫空女の常識を遥かに凌いでいた。

 これまでは、あれでも手を抜いて動いていたのだと悟るしかなかった。

 

「えっ?」

 

 気がつくと、孫空女は空中に浮いていた。

 

「ほごわっ」

 

 身体が一本の樹木に叩きつけられる。

 もの凄い強さで背中を樹木の木の幹に叩きつけられた孫空女は、その反動で跳ね返り、地面にうつ伏せに倒れた。

 

「くっ、くう……」

 

 今度はもう、身体が動かなかった。

 それよりも、呼吸がうまくできなくて苦しい。

 力を失った孫空女から、緩みかけていた下袴の紐を解いて、なにかの皮でも剥くように抜き取られた。

 孫空女は、腰にはいた小さな下着一枚の姿にされてしまった。

 

 慌てて、脚を閉じ合わせる。

 もう、孫空女にできるのはそれくらいなのだ。

 

 その孫空女の両腕が凌空士によって束ねられて、片手で掴まれ顔の上に伸ばされた。そして、簡単に仰向けにされる。

 

「や、やめろ──、や、やめてよっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 仰向けになった孫空女に凌空士が馬乗りになり、孫空女の乳首に舌を這わせてきたのだ。

 虫にたかられたような気持ちの悪さが胸を襲う。

 しかし、同時に、つんと甘い官能の波もやってくる。

 乳首を責められて、痺れが背中に回る。全身の力があっという間に消えていく……。

 

「こういう泥だらけの女を犯すというのも、いかにも強姦しているという感じがあっていいな──。おい、孫空女、いい加減に抵抗を諦めろ。俺はお前よりも強い。抵抗するのをやめれば、優しく抱いてやる。いつまでも、屈服しないなら乱暴に抱くぞ」

 

 孫空女の乳首から舌を離した凌空士が言った。

 

「お、おととい、来い──」

 

 孫空女は叫んだ。

 身体を跳ね上げて、馬乗りになっている凌空士を除けようとする。

 しかし、まったく動かない。

 

「汗でびっしょりと下着が濡れて、股間が浮き出ているぞ。どうやら、無毛のようだな。それはそれでそそるなあ。いずれにしても、こんな布切れはもう意味はないだろう。脱がすぞ」

 

 凌空士の片手が孫空女の下半身を包んでいる最後の一枚に触れた。孫空女は太腿を擦り合わせて、それを阻もうとした。

 

「まだ、力が残っているようだな」

 

 凌空士の眼が光った気がした。

 次の瞬間、下着を脱がそうとしていた手が、がっしりと孫空女の首を掴んだ。

 ぎょっとした。

 

「知っているか? 人を殺すのには、そんなに力はいらんのだ。ただ、息を送る管と頭に血を送る管を外から圧迫して押さえればいい。こことここだ」

 

 凌空士が片手で掴んだ孫空女の首に不意に圧迫感が加わった。

 たちまちに、呼吸ができなくなり、孫空女はもがいた。

 しかし、凌空士の手はまったく動かない。

 いつまでも、孫空女の息を止めたままでいる。

 そして、頭に昇る血を本当に止めているらしく、孫空女の意識は次第に薄くなっていった。

 

「あ……」

 

 眼の前の凌空士の姿が闇に包まれて見えなくなる。

 孫空女はついになにも考えることができなくなり……。

 

「まだだ」

 

 凌空士が、孫空女の首を握ったまま孫空女を揺り起こす。

 半分を失っていた意識が戻る。相変わらず首に手はかかったままだが、首の絞めが緩んでいる。

 呼吸と血の流れが戻されたのだ。孫空女は無意識のうちに、やってきた空気を懸命にむさぼり吸っていた。

 

 しかし、すぐに圧迫されて、呼吸と血の流れが止められる。

 絶息寸前まで息を止められる──。

 

 しばらくすると、半分失いかけていた意識が戻される。

 

 それを十数回繰り返された。

 

 やっと凌空士が首から手を離したときには、もう孫空女の全身の力は完全に失われ、一切の抵抗が不可能になっていた。

 

「もう抵抗はせんな」

 

 凌空士は勝ち誇った表情で孫空女の腰に手を伸ばした。

 もう、それを防ぐ手段は孫空女にはなかった。

 孫空女の脚から下着をするりと抜き去られる。

 

 股間に直接外気が当たるのを感じながら、孫空女は恥辱と屈辱の入り混じった絶望感を覚えていた。

 凌空士に見下ろされるのが嫌で横を向いた顔から、ひとつ、ふたつと涙がこぼれていくのがわかった。

 

「さて、もう一度、訊くぞ、孫空女。抵抗を続けて乱暴に犯されるのがいいか。それとも、優しく抱かれるのがいいか、どっちだ?」

 

 凌空士がやっと孫空女の身体から降りた。

 孫空女は、身体を起こして凌空士の腕を掴み、そこに噛みつこうとした。

 いまだ力が入るのは、顎くらいだったからだ。

 しかし、孫空女の顔は、凌空士の腕に届かず、途中で阻まれて、その顔が地面に叩きつけられた。

 

「それが返事だな、孫空女──。いずれ、お前のその口に、俺の肉棒をしゃぶらせてやろう。やがて、お前は、俺の肉棒をおいしそうに舐め尽くすようになる」

 

「た、愉しみにしているよ。そのときこそ、お前のそいつを噛みちぎってやるよ」

 

 孫空女は、地面に顔を押さえつけられたまま言った。

 

「おい、早くしろよ、凌空士。俺たちは、順番を待っているんだぞ」

 

 十八公の声がした。

 これからこいつらの眼の前でなすすべなく、凌空士に犯されなければならないのかと思うと、悔しさで全身が沸騰しそうになる。

 

「わかったよ、十八公」

 

 凌空士は、十八公に向かって言うと、姿勢を変えて、孫空女の顔を押さえるのを自分の手から足に替えて、自分の下袴を脱ぎ始めた。

 凌空士の片脚に顔を踏まれて押さえつけられている孫空女は両腕でそれをどかそうとするが、まったくびくともしない。

 その孫空女の顔に、凌空士が脱いだ下袴と下着が降ってきた。

 

 足がどけられたが、すぐに凌空士に裸身を押さえつけられる。

 そして、再び両手首を束ねられて頭上にあげられて抑えられる。

 凌空士のもうひとつの手が、今度は孫空女の股間に伸びてきた。

 

 慌てて、股を閉じようとしたが、その孫空女の両腿に間に凌空士の膝がどんと置かれた。

 これでは、脚を閉じることができない。

 無防備になった孫空女の股間を凌空士の指が淫らに動きはじめる。

 

「さっき、乳房を揉んでわかったが、お前は快感に異常に弱いだろう? その強気の態度が、いつまで持つのか愉しみだ」

 

 凌空士が笑いながら孫空女の股間の亀裂に指を這わせる。

 どんなに気持ち悪くても、快感は快感としてしか感じない。

 凌空士の指が孫空女の恥ずかしい部分を刺激すると、どっと自分の股間から淫液が溢れ出すのがわかった。

 

「おうっ」

 

 あまりにも感じやすい孫空女の身体に、凌空士が驚いたように声をあげる。

 孫空女は泣きたくなるような恥辱を覚えた。

 凌空士が孫空女の肉芽の突起を動かす手を速めた。

 

「くううっ」

 

 食いしばっていた口から嬌声がこぼれ出た。

 もうびっしょりと濡れている孫空女の股間に凌空士の指が二本入ってくる。

 

「ああっ──」

 

 痛みはない。むしろ気持ちよすぎる。

 どうせなら、激痛の中で犯されたい。

 快感に声をあげながら犯されるなんて嫌だ。

 

 しかし、前戯らしい前戯でもないのに、ほんのちょっとの刺激で、どうしても孫空女は大きな快感を覚えてしまう。

 孫空女の身体は、もうすっかりと十分に熱くなっていた。

 そして、込みあがった快感の波に、次第に悩ましい声をはっきりと口から出すようになっていた。

 

「そろそろ、いいだろうな」

 

 凌空士は呟くと、股間をいたぶっていた手で片方の太腿を抱えると、身体を孫空女の裸身に覆い被せてきた。

 硬く熱い凌空士の肉棒が、孫空女の女陰に突き挿さってくる。

 

「くうああぁぁぁぁ──」

 

 惨めだった──。

 男になすすべなく犯されるのも惨めだが、それに情けなくも官能の声をあげてしまう自分が惨めだ。

 

 凌空士の腰が動きはじめる。

 数回の律動を感じた。

 

 孫空女は、膣を抉られる刺激で頂点を極めそうになったが、それよりも凌空士の精が放たれたのが早かった。

 満足をした表情で凌空士が孫空女から離れていく。

 

 孫空女は、ほっとしていた。

 いかされなくて済んだという安堵感だ。

 無理矢理に犯されて、感じてしまって昇天してしまったとなっては、あまりにも悔し過ぎる。

 せめて、いかされる前に終わり、惨めに絶頂する姿を見られずに済んだのは、せめてもの孫空女の慰めだ。

 

「交替だ」

 

 孫空女の耳に別の男の声が響いた。

 ふと声の方向を見ると、後ろで待っていた男たちのうち、少年のような若さの男がすぐそばに立っている。

 すでに下半身はなにも着ておらず、怒張が天を向いている。

 凌空士は、少し離れた場所で、衣類を整え始めている。

 

「俺は、払雲(ふくうん)だ。凌空士のようにじっくりとはやらんぞ。ただ、お前の女陰に俺のものを入れて精を出すだけだ。だが、お前がそうして欲しいなら、いかせてやってもいいぜ。どうしたい、孫空女?」

 

 かっとした。

 凌空士ならともかく、こんな子供のような男に、孫空女がいいなりになって、黙って犯されると思っているのだろうか。

 

 孫空女は、まだだるい身体を鞭打って立ちあがり、その立ち際にその払雲の股間を思い切り蹴りあげた。

 しかし、一瞬でその払雲の姿が消えた。

 気がつくと、蹴りあげた孫空女の片脚の足首が、払雲によって空中に持ちあげられている。

 そして、くるくると身体全体を空中で振り回されて、また立木に胴体を叩きつけられる。

 

「あがあああ」

 

 孫空女は呻いて、その場にうずくまった。

 なんとか立ちあがろうとするが、四つん這いの姿勢になるのがやっとだった。

 全身が痺れて立てないのだ。

 

 その孫空女の身体が背後から抱えられる。

 はっとした。

 四つん這いになった孫空女の股間に、払雲の怒張がめりめりと突き挿さってきたのだ。

 

「ひいいぃぃぃ──」

 

 荒々しく女陰を貫かれる痛みと官能に孫空女は声をあげた。

 それとともに、凌空士だけではなく、払雲という名の少年にも、圧倒的な力の差でやられたということが信じられない思いだった。

 

「いくぜ」

 

 払雲の腰が孫空女の尻を叩くように前後に動き出す。

 孫空女は烈しい律動に、吠えるように声をあげてしまう。

 

「絞まりはいいな。なかなかの道具だ──。出すぜ」

 

 払雲が孫空女の中にいた時間は長いものではなかった。

 あっという間に精を放つと、払雲は孫空女から、もう興味を失ったかのように離れた。

 

「じゃあ、次はわしかな」

 

 今度は老人が近づいていく。

 そいつも、下半身は、すでに裸身で、老人にしては逞し過ぎる怒張が股間にそそり勃っている。

 孫空女は、横になったまま呆然とそれを見ていた。

 

孤直(こちょく)、お前が始めるなら長くなるだろう。俺を先にやらせてくれ。宝玄仙たちが覚醒する前には戻りたいのだ」

 十八公が言った。

 

「しかし、お前はこの女を犯したいのではなく、屈服させたいのであろう、十八公? この女は、そう簡単に屈服はせんぞ。ただし、屈服させるとすれば、ただ犯すよりも、いかし続けた方が屈服は早いな。もっとも、一日や二日で、堕ちるような女ではないと思う。わしに任せれば、十日以内には堕としてみせるが?」

 

 孤直というのは、この老人の名だろう。

 この老人まで自分を犯そうとしていると思って、孫空女は愕然とした。

 同時に、憤然としたものが再び込みあがる。

 

「それは困るな。どの女でもいいから、なるべく早く女を堕としたい。長くなっては女も持たん。死んでしまう」

 

「ならば、他の女に的を絞るのがいいと思うがのう」

 

「なら、そうするか」

 

 十八公は言った。

 孫空女には、いまや孤直が完全に無防備に思えた。

 

「こなくそっ

 

 孫空女は、孤直に掴みかかった。

 

「おっと」

 

 しかし、孫空女が動く直前に、孤直の指がとんと孫空女の眉間を突いた。

 その途端に、孫空女の身体は力を失った。

 孫空女はその場に崩れ落ちた。

 

「お前たち、満足したら連れて来いよ」

 

 十八公が言った。

 そして、その場で消滅した。

 

 『移動術』だ──。

 咄嗟に思った。

 

 しかし、同時に不思議な思いもした。

 孫空女の五感には、まったく霊気の動きが感じられなかったのだ。

 道術が発動するときには、必ずなにかしらの霊気が動く。

 その霊気がまったく動かなかったのだ。

 それなのに、十八公は孫空女の眼の前で姿を消してみせた。

 霊気を動かして道術をかけるという以外のやり方で、道術をかける方法があるのだろうか?

 

「ほれ、気を取られておると、こうじゃぞ」

 

 孤直が今度は、首の付け根を指で触れた。

 

「あっ、あはああっ」

 

 その直後、激しい快感のうねりが身体を襲ってきた。

 胸と股間がなにかでいじくられているかのようにじんじんと甘美な刺激が拡大する。

 しかも、その胸と股間に、なにかを塗られたかのようなむず痒さが発生し始めた。

 そして、それは、一瞬ごとに拡大していく。

 

「くうっ──」

 

 思わず高い声を洩らしてしまって、孫空女はうろたえた。

 得体の知れない術で、身体の官能を呼び起こされたようだ。

 

「ほら、お前たちも見よ。この女は、感じてくると美しさを増すであろう」

 

 孤直が勝ち誇ったかのように声をあげた。

 

「なるほど」

 

「確かにな」

 

 孫空女の裸身を覗き込むように見下ろす凌空士と払雲が言った。

 その間も孫空女の股間の疼きは果てしなくあがっている。

 孫空女は圧倒する快感に襲われながら、身悶える裸身を眺め下ろす男たちの視線に、血が凍るような恥辱を覚えた。

 

 しかし、孤直の技により、孫空女の身体は弛緩したままだ。

 いまや、なにをされても抵抗する手段がないどころか、官能の激しい疼きに脂汗を流し始めている裸身を隠すこともできない。

 

「ほれっ」

 

 孤直が孫空女の股間の女芯をひと突きした。

 

「くあぁぁ──」

 

 全身に響き渡る刺激が孫空女を襲う。

 まるで、女芯になにかが当てられたかのように震えだしたのだ。

 

 だが、それは錯覚だ。

 孤直の指は一度股間に触っただけで、いまはなにも触っていない。

 それなのに、孫空女の女芯は激しい振動を与えられているかのような刺激を受け続けている。

 

「今度は、女陰だ。中が震えるぞ」

 

 孤直の指が下腹部に近づく。

 

「や、やめてよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、孤直の指は孫空女の下腹部にめり込むように突き刺さった。

 すると、女芯の振動はとまったが、孤直の言葉の通りに、孫空女の女陰は、霊具の張形に貫かれてそれを動かされたときのような振動が加わりはじめる。

 

「ひ、ひいい……」

 

 孫空女は歯を縛る。

 せめてもの抵抗は、少しでもこみあがる嬌声を失くすことだ。

 しかし、それは、あまりうまくはいっていない。

 

「かなり、感じてきたようだな。では、後ろも試すか?」

 

 孤直の言葉に、孫空女は愕然とした。

 すでに全身は揉みしだかれたかのように、快美感で染まりきっている。

 そこに孫空女の一番の弱点である肛門を刺激されたら、もう、孫空女には崩壊を止める力はない。

 

 孤直の指が腰の横を押す。

 たちまちに肛門の中がうねうねと動き出す。

 

「はううう──」

 

 孫空女はいままでに一番大きな声をあげて、全身を仰け反らせた。

 

「美しい顔でよがるのう」

 

 孤直は言った。

 そして、再び下腹部を指で押す。

 肛門の動きだけではなく、とめられていた女芯と女陰の振動も復活する。

 異常なほどの衝撃だ。孫空女はなにも考えることができなくなり、身体を硬直させる。

 

「さて、そろそろいいかのう」

 

 孤直が孫空女の両腿を抱えた。孤直の男根がゆっくり孫空女の中に入ってくる。

 孫空女はたちまちにやってきた絶頂に吠えるような声をあげていた。

 

「んあああっ」

 

 ついに、孫空女は男たちの前で昇天して果てた。

 しかし、そんな孫空女の痴態にまったく関係はなく、孤直の男根が孫空女の女陰を律動し続ける。

 達したばかりの孫空女の裸身のだるさが、快感の疼きに変化していく。

 

「年取ると、なかなかいきにくくなってのう。わしが精を放つまでに、お前は何度いくことになるのかのう」

 

 孤直が笑いながらそう言って、ゆっくりとした速度で律動を続ける。

 孤直の術による肉芽と肛門の振動と、術による振動と孤直の怒張の二重の刺激を受ける女陰──。

 孫空女は泣き叫んだ。

 そして、いまだ動きの変わらない孤直の律動を受けながら、二度目の絶頂を迎えた。

 

「おい、俺ももう一度やりたくなった。代わってくれ、孤直」

 

 凌空士だ。

 

「俺もだ。いき顔がこんなに可愛いと知っていたら、もっとちゃんとやるんだった」

 

 払雲も苛ついた様子で声をあげた。

 

「急かすでないわ、お前ら。わしは、まだまだ、半刻(約三十分)は続けんと精は出せんぞ」

 

 それを聞いて、孫空女は愕然とした。

 半刻(約三十分)など冗談じゃない。

 もう、三度目の波が襲ってきている。

 そんなに長い時間もこれを続けられたら、孫空女の身体はばらばらになってしまうそうだ。

 こうなったら少しでも早く終わらせるために、努力するしかない。

 孤直の怒張を受けている女陰を懸命に締めつける。

 

「ほう、そんな技も使えるのか、孫空女──。これは堪らんのう」

 

 孤直が嬉しそうに笑う。

 だが、その表情にはまだまだ余裕がある。

 孫空女は絶望的な気持ちになる。

 

 やがて、なにかがこみあげてきた。

 孫空女はそれに圧倒された。

 そして、三度目の絶頂に、がくがくと身体を震わせて、長くかん高い声を出し続けた。



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244 強制露出(沙那)

 眼が覚めた沙那は、しばらくの間、自分の置かれている状況がまったく理解できなかった。

 自分は、祭賽(さいさい)国を南に向かう人里離れた山中で、仲間と一緒に野宿をしていたはずだ。

 しかし、沙那がいま寝ていた場所は、どこかの大きな城郭の中にある小さな家のようだ。

 顔の大きさ程度の小さな窓の外からは、賑やかな城郭の喧騒が聞こえるし、その窓からは、城郭の街並みとそこを通り過ぎるたくさんの人手が見える。

 道行く人の服装や雰囲気から祭賽国のどこかだと思うが、沙那には、この城郭の風景に見覚えはない。

 どうやら、この家は、祭賽国のどこかの城郭内の大きな通りに面した場所にあるようだ。

 

 しかし、沙那には、置かれた自分の状況に結びつく記憶が全くない。

 これは、どういうことだろう?

 

 沙那は、窓を覗く視線を上方にした。窓から覗ける陽の高さから考えると、まだ昼に近い朝方の時間のようだ。

 一方、沙那が寝かされていた寝台のある部屋については、とくに調度品もなく、ただ、沙那が横になっていた寝台がぽつりと置いてあるだけだった。

 この状況を理解するための手掛かりになるようなものはなにもない。

 

 いったいここはどこなのだろう?

 仲間はどこにいったのか?

 沙那の頭に激しく疑問が渦巻く。

 

 沙那は自分の身体を見回した。

 とくに変わったというところはない。

 山中で野宿をしていた時と同じ服だ。拘束をされているというわけでもない。

 ただ、寝るときに枕元に置いておいた細剣を佩いた帯はない。

 

 窓の反対側には、扉がひとつある。

 沙那は、その扉に向かおうと思った。

 しかし、沙那が寝台から立ちあがったとき、部屋の扉ががちゃりと開いた。

 

「眼が覚めたようね、沙那」

 

 そこには、町女風の髪形と服装の女とふたりの侍女がいた。

 女主人の身なりはいい。

 年齢は四十くらいだろうか。

 女主人は青い着物を着ていて、どこかの商家の女主人のような身なりだ。

 侍女たちは、ずっと若く朱姫よりもまだ歳若に見える。

 

 もっとも、朱姫は、宝玄仙に刻まれた道術紋の影響により、見た目は十六だが、実際にはもう十九だ。

 宝玄仙の紋には、若さを保つ効果があり、朱姫は完全な大人の身体になりきる前に成長がとまってしまったので、いつまで経っても少女にしか見えないが、本当はもう大人の女だ。

 以前、奴隷商人の女に捕らえられたとき、朱姫は身体の獣化を促す寄生虫を植え付けられてしまっている。

 宝玄仙の道術でも、それを完全に取り除くことができないため、その寄生虫の働きを停止させるために、常に朱姫は、宝玄仙の強い霊気を帯び続けなければならない。

 そのための道術紋だ。

 

 しかし、宝玄仙の道術紋には、女の老化をとめてしまうという効果もあるので 、朱姫はいつまで経っても少女の姿のままというわけなのだ。

 もしも、あれがなかったら、朱姫はいま頃は、大人の女になりかけの身体から完全な大人の女の身体になっていて、あの小悪魔的な妖艶さを醸し出す綺麗な女性になっていたのだろうか。

 見た目の変化がないが、このところの朱姫は道術遣いとして大きく成長しているように沙那には思えた。

 つまり、朱姫はこのところ、本来であれば肉体上の成長期を迎えているに違いない。

 

 いずれにしても、侍女のふたりの年齢は、その見た目の朱姫よりも若いだろう。

 おそらく、十四、五というところだろう。

 

「あなたたちは誰?」

 

 沙那は用心深く言った。

 三人の女以外に人影はない。

 だが、沙那は妙な不自然さも感じていた。

 侍女のふたりはともかく、眼の前の女主人からは、まったく人の気配というものを感じないのだ。

 沙那には、幼い頃からの修練のお陰で、人の気配や自然の中にいる動物の気のようなものを感じることができる。

 気配を殺すことのできる武芸者にも大勢会ったことはあるが、眼の前の女主人は、気を意図的に消すことができるような修練を積んでいるようには見えない。

 

「わたしは、杏仙(きょうせん)。後ろのふたりは、丹桂(たんけい)臘梅(ろうばい)よ。最初に言っておくけど、あなたたちは、わたしたちによってさらわれたのよ」

 

 

「さらわれた?」

 

 沙那は眉をひそめた。

 

「そうよ。あなたたちは、荊棘嶺(けいきょくれい)でうっかりと寝込んでしまい、わたしの仲間があなた方を浚って監禁したということよ。自分の立場がわかった?」

 

 杏仙の顔には優越感に浸った笑みのようなものが浮かんでいる。

 沙那の腕なら、眼の前の女三人を叩きのめすのは、造作ないだろう。

 しかし、さらったと言っている沙那を特に拘束することなく、無防備に対面しているということは、杏仙には沙那の攻撃を避けることができるなにかの準備があるのだろう。

 沙那は沸騰する怒りを表に出さないように自分を抑えた。

 

「ご主人様や仲間はどこ?」

 

 沙那は冷静さを保つことを自分に言い聞かせながら言った。

 

「わたしの命令に従っていれば、いずれ会わせるわ……。さあ、丹桂」

 

 杏仙が後ろの侍女のひとりに声をかけた。

 ふたりの侍女は、ひとりは橙色の着物で、もうひとりは白い着物だ。

 丹桂と呼ばれたのは橙色の着物を着た少女だ。

 すると、もうひとりの白い着物の少女が臘梅なのだろう。

 侍女はふたりともなにかの包みを抱えている。

 

 丹桂は、自分が抱いていた包みを沙那が立っている横の寝台に置いた。

 そして、再び杏仙の後ろに戻っていく。

 

「これはなに?」

 

 沙那は包みにちらりと眼をやった。

 

「いいから開きなさい」

 

 杏仙は言った。

 沙那は包みの結び目を解いて中を開く。

 

「あっ」

 

 思わず声をあげた。

 そこには女の下着が三枚あった。

 沙那は、その下着を手に取った。

 そこからは女の匂いがする。

 沙那にはそれが誰のものだかすぐにわかった。

 絹地の質のいい下着は宝玄仙が履いているはずのものに違いない。

 残りの木綿地の二枚は、沙那たちが身に着けているものだ。

 もしかしたら、孫空女と朱姫が昨夜履いていたものかもしれない。

 

 昨夜は激しい性交の後、身体を洗うことなく休んだ。

 その下着からは、女の女陰から溢れる汁特有の匂いと小さな染みが残っている。

 この下着が三人のものだと仮定すれば、三人はそれを脱がされて奪われるような目に遭っているとういうことだ。

 驚いている沙那のそばに、もうひとりの臘梅という少女もやってきて、別の大きめの包みをさらに寝台に置いた。

 

「もういいわ、お前たち。この家を出なさい」

 

 杏仙は言った。

 丹桂と蝋梅のふたりが部屋を出ていく。

 部屋には、沙那と杏仙だけになった。もうひとつの包みがなんであるかが気になったが、とりあえず沙那は杏仙に向き直った。

 

「ご主人様はどこなの? 言いなさい──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「もちろん、まだ、荊棘嶺よ。十八公の住まいである木仙庵(もくせんあん)という場所にいるわ。そこに連れていかれているわ」

 

「荊棘嶺の木仙庵?」

 

「あなたたちが寝ていた山一帯は荊棘嶺という場所だったのよ。まったく気がつかなかったかもしれないけど、あの山一帯は、わたしたちの縄張りなの。そこに入り込んだ以上、あなた方を煮て食おうが、焼いて食おうがわたしたちの自由ということよ。そして、あなたたちは四人揃って寝込みを襲われて捕えられた……。そろそろ、自分の立場がわかった、沙那?」

 

 杏仙がなぜ、沙那の名を知っているのかということはいい。

 ほかの三人が本当に浚われていて、どこかで監禁されているなら、沙那の名を彼女たちから聞き出したのかもしれない。

 しかし、ほかの三人が、まだ、あの山中のどこかにいるとすれば、ここはどこなのだろう。

 窓の外の情景は、どう考えても、昨夜の山中の近辺とは思えない。

 

「あななたちは、荊棘嶺に巣食う盗賊ということ?」

 

 沙那は言った。

 とてもそういう風には思えない。

 見る限り、眼の前の杏仙は、どこかの商家の女というところだ。

 

「そう思ってもらってもいいわね」

 

「ここはどこよ?」

 

「祭賽国の中のどこかの城郭とだけ言っておくわ。ここは荊棘嶺とはまったく離れた場所よ。『移動術』という道術で、あなたは、わたしと一緒に飛ばされたのよ」

 

 杏仙は愉しそうに笑みを浮かべている。

 その態度が沙那には鼻につく。

 だんだんと苛々してくるが、興奮すれば相手の思うつぼだと考えて、じっと耐える。

 

「じゃあ、荊棘嶺の盗賊の女がここでなにをしているの?」

 

「ああいう場所は不便だからね。わたしは、時折、『移動術』で城郭にやってくるのよ。あなたは、わたしたちの愉しみのために、ついでに連れて来たというわけよ。これから、ある遊びをあなたとやろうと思っているのよ」

 

「遊び?」

 

 沙那は眉をひそめた。

 

「そうよ。あなたは、わたしの命令に従って、言いなりになって行動する。全部できれば、荊棘嶺に連れ帰ってあげるわ。でも、命令に従わなければ、置いていく。それだけよ」

 

「冗談じゃないわ。なんで、わたしがあんたらの命令に従わなければいけないよ」

 

 沙那は大きな声をあげた。

 

「従うと思うわね。仲間に会いたいでしょう?」

 

「会いに行くわ。連れ帰ってもらわなくても、荊棘嶺へは自力で移動する」

 

「その場合、お仲間と会うことは不可能ね。ここがどこだと思っているの? 荊棘嶺なんて遥かに遠い場所よ。あなたが道術遣いだとしても、荊棘嶺に『移動術』の結界は残していないでしょう?」

 

 『移動術』は、道術遣いが刻んだ結界から結界に瞬時に跳躍する道術だ。

 しかし、その場合、跳躍先にあらかじめ『移動術』の出口となる結界を刻んでおかなければならない。

 しかも、特別な処置をしない限り、結界などすぐに消える。

 『移動術』が遣えたとしても、この杏仙に連れ帰ってもらわなければ、このどこかわからない城郭から、あの山中には戻れない……。

 杏仙はそう言っているのだ。

 

 いずれにしても、沙那は道術遣いではないし、当然、『移動術』は遣えない。

 しかし、それを説明する必要はないだろう。

 沙那を道術遣いと思っているなら、思わせておけばいい。

 

「ところで、十八公というのは誰?」

 

 杏仙は、宝玄仙たちが、十八公の住まいである木仙庵にいると言ったはずだ。

 

「十八公は、今回のわたしたちの頭領というところかしら。わたしたちは、お互いに協定を結んでいるのよ。獲物を捕らえた場合、その獲物を捕らえた場所を縄張りとする者が頭領ということになっているの」

 

「頭領?」

 

「わたしの縄張りに来てくれたらよかったのにね。そうすれば、もう少し、親切な扱いをしてあげれたわ。十八公は、あれでなかなか気が短いから、三人は苦労しているようよ。いつも十八仙は、手っ取り早くけりをつけたがるのよね。まあ、お前については、わたしに任せるということになったから、丁重に扱うつもりよ。少なくとも手荒なことはしないわ……。いい子だった場合のことだけだけど」

 

 杏仙は微笑んだ。

 その余裕の笑みが気に入らない。

 しかし、まだだ。沙那は自重した。

 

「それで、あんたたちの目的は?」

 

「そうね……。さしあたり、お前を屈服させるということかしら」

 

「屈服?」

 

 沙那は思わず言葉を繰り返した。

 

「お前の身体には、男の精を殺してしまう道術封じがあるでしょう? それが邪魔なのよ。だから、その効果を消してしまいたいのよね」

 

 そう言えば、宝玄仙が、沙那たちには宝玄仙が帯びている強い霊気の影響で、他人の道術を受け難くする効果があるというようなことを言っていた気がする。

 もちろん、宝玄仙の霊気よりも強い道術遣いや妖魔には効果はないが、そうでなければある程度の道術にはかからなくて済むらしいし、宝玄仙を凌ぐ霊気を持つ存在というのはそういない。

 そして、確かに、道術封じの効果には、男の精を受けても、それをすべて殺してしまう作用もあるとも言っていた。

 その道術封じの力は、帯びている者の心の気力にも連動していて、本人の気力が衰えれば道術封じの効果も減じる。

 そう言えば、そんな風に説明されたこともある気がする。

 しかし、そんなことをしてどうするのだろう?

 

「わたしに妊娠して欲しいの?」

 

 沙那は単刀直入に訊ねた。

 すると杏仙が大笑いした。

 

「これは、わたしとしたことが、お喋りがすぎたようね。余計な知識を与えてしまっては、十八公との協定違反になるわ。さあ、これでお喋りは終わりよ。あなたも、あなたの仲間も、わたしたちにさらわれてしまったのであり、少なくとも、沙那は仲間とは引き離されてしまった。仲間に会うためには、わたしの命令を聞くしかない。そういうことよ」

 

「くっ」

 

 沙那は歯噛みした。

 とりあえず、言いなりになって隙を見つけるしかないか……。

 それとも……。

 

「まず最初の命令は、ここでわたしの準備した服に着替えること。それ以外に、仲間に再会できる方法はないわ」

 

「いいえ、もうひとつ方法はあるわ」

 

 向こうがそれ以上のお喋りをするつもりがないというのであれば、沙那としても、これ以上の会話に意味はない。

 沙那は、杏仙に猛然と飛びかかった。

 杏仙を人質にして脅し、荊棘嶺に戻させて、宝玄仙らを解放させればいい。

 

 だが、飛びかかった沙那の身体は、杏仙を見事にすり抜けてしまった。

 杏仙だと思っていたのは、実体のない幻だったのだ。

 沙那は、手応えのない杏仙の身体の前で呆然とした。

 杏仙の幻から大きな笑い声がした。

 

「残念ながら、お前が見ているのはわたしの影よ。のこのこと無防備に姿をみせるわけがないでしょう。馬鹿ねえ」

 

 そして、杏仙がけらけらと笑い続ける。

 沙那は舌打ちした。

 どうやら、杏仙はかなりの道術遣いであるらしい。

 離れた場所から自分の幻像を投影して、そこで見たり聞いたりしたことを認識できるような道術を遣えるのだ。

 つまり、本体の杏仙は、どこか離れた場所にいて、道術で産み出した幻影を通して沙那と話をしているということだろう。

 

「実際のあなたはどこにいるの?」

 

 わかっていれば、さっきの丹桂と蝋梅のふたりを人質に取るんだった。

 少なくとも荷を運んできたのだから幻像ではなかったはずだ。

 もっとも、人質に取られても大丈夫な侍女だから、沙那の前に行かせたのかもしれないが……。

 

「それを沙那が知る必要はないわね。あなたは、ただ、命令に従えばいいだけよ」

 

 沙那はぐっと拳を握った。

 確かにいまは、杏仙の脅迫に従うしかないようだ。

 杏仙の言う通り、ほかに選択肢はない。

 

「もうひとつの包みを開けなさい」

 

 杏仙の幻像が言った。

 嫌な予感がする。

 沙那は、寝台まで戻って、まだ開いていない包みを解いた。

 中には、一枚の開襟の上衣だけだった。ほかにはなにもない。

 

「なによ、これ──。これを上に着ろということ?」

 

 沙那はその服を拡げながら言った。よく見れば、併せの部分のぼたんが上からふたつ取り去られている。

 これを着れば、胸の部分が大きく開くことになるだろう。

 いま着ている上衣を脱いで、これに着替えなければならないのだろうか。

 

「履物と腰の下着だけは許してあげるわ。でも、胸当ては置いていきなさい。いま着ている上衣と下袴と一緒に脱いで、その包みに入れ直しなさい。お前がここを出ていってから回収してあげるわ」

 

 杏仙の幻像が言った。

 

「ど、どういうこと、下も脱げっていうのは? この包みには上衣しかないわよ、杏仙」

 

 沙那は声をあげた。

 

「それは上衣ではないわ。ちゃんと下袍部分もある一枚服よ。ただ、おそろしくし丈が短いだけのね」

 

 杏仙の笑い声が部屋に響く。

 つまり、沙那に露出の高い破廉恥な服を着て外に出ろということなのだ。

 屈服がどうのこうのと言っていたから、沙那の嫌がることを強要して、沙那の気力が萎えるのを待つつもりなのかもしれない。

 沙那の中に恥辱の怒りがふつふつと湧く。

 

「こんな短い丈の下袍なんて履けるわけないでしょう──。馬鹿だと思われるわ」

 

 沙那は思わず口にした。

 

「馬鹿だと思われるなら、思われればいいでしょう。あなたの綺麗な肢をたっぷりと城郭の男たちに見物してもらいなさい。もっとも、そんな破廉恥な服を着ても不自然ではないようにしておいたから、少なくとも馬鹿だとは思われないわね。そんな破廉恥な格好に相応しい蔑みの対象には思わるかもしれなけど……。さあ、それよりも、早く着替えて出てきなさい。外で待っているわ。制限時間は、心の準備を含めて四半刻(約十五分)よ」

 

 そして、杏仙の姿がいきなり消滅した。

 沙那はしばらく呆然としていた。

 

 だが、やがて、ここは命令に従うしかないと思い定めた。

 これは屈服とは違う。

 宝玄仙たちと合流するための我慢だ。

 自分に言い聞かせる。

 それにしても、破廉恥な服を着ても不自然でない処置とはなんだろう?

 だが、それはいま着ている服を脱いで下着姿になったときにすぐにわかった。

 

 沙那の両方の太腿の前側には、いつの間にか、しっかりと奴隷の印が刻まれていた。

 奴隷の印は通常は焼印だが、これは道術で刻んだように思える。

 だが、見た目は同じだ。奴隷の印は、常に見せながら歩かなければならない。

 それがこの祭賽国の掟だ。

 太腿に奴隷の印を刻まれているなら、沙那が見たこともないような裾丈の短い服を着て脚を露出していても、確かにまったく不自然はない。 

 実際、沙那も、あの北安で下腹部や胸に焼印を施された女奴隷が、素裸同然で往来しているのを数回見たことがある。

 

 沙那は胸当ても取り、指示の通りに、準備されていた服を着た。

 与えられた服の布地は高級そうだが随分と薄地のものだ。

 そのため、胸は沙那の丸い乳房がくっきりと浮かびあがり、桃色の乳首まで透けて見えていた。

 そして、上ふたつのぼたんがないために、乳房の裾野が大きく露出してしまっている。

 

 そして、やはり圧巻は杏仙が下袍だと称した服の裾部分だ。

 確かに上衣の裾というかたちではない。

 一応は、女物の上下一枚服の下袍のかたちをしている。

 ただ、下袍とは名ばかりの布の短さだ。

 その服の丈では、沙那の脚のほとんどが露わになり、かろうじて、ぎりぎり下着を身に着けた股間を隠してくれるだけだ。

 しかも、下着を隠すのは真っ直ぐに立っているときだけで、屈んだり座ったりすれば、たちまちに股間が露出するだろう。

 

 自分で見ても、なんとも扇情的な姿だ。

 こんなものを着て、外に出るなど、とても無理──。

 沙那は思ったが、いまは命令に逆らうことができない。

 ほかにこの状況を打開する手段を思いつかない。

 

 意を決して外に出る。

 扉の外は、すぐに外だ。

 どうやら商家街の大通りに面している一軒屋だったようだ。通りには多くの男女が買い物をするために集まってきていた。

 沙那が出ていくと、一斉に注目が集まった気がする。

 

 沙那も思わず、自分が羞恥で赤くなるのを感じた。

 この祭賽国では不自然ではないのかもしれないが、故郷の東方帝国では、膝から上の丈の下袍などあり得ない。

 それがいまは、股間の付け根までしか隠れていないスカートなのだ。

 眼が眩むような注目を浴びて、沙那は思わずすくみあがった。

 

 だが、どこにも杏仙の姿は見えない。仕方なく、沙那はそこに立っていた。しばらく立っていると、通りすぎる男たちの卑猥な視線や、女たちの侮蔑の視線を感じる。

 沙那は足のすくむ思いで、杏仙の姿を探した。

 

 しかし、どこにもいない。

 外に出ろと言われただけで、どこに向かっていいのかもわからない沙那は、途方に暮れてしまった。

 

 その瞬間、たったいま出てきた家の扉の鍵が内側からがちゃりと閉まった。

 

「あっ──。わ、わたしはここよ。どこに向かえば──?」

 

 沙那は慌てて、扉に飛びついた。

 しかし、すでに鍵は閉まっていて、沙那の問いかけに応じる声もない。

 だが、この扉以外には出入り口はなかった。

 窓からでも入ったのだろうか?

 しかし、あの窓は人が通り抜けられるような大きさではない。

 沙那は、反対側に回ろうかどうしようか迷った。

 その時、ふたりの男が近づいてきた。

 

「おい、奴隷、主人はどうした?」

 

 職人風の若い男ふたりだ。

 朝だというのに酒の匂いがする。

 沙那は面倒なことになったと、内心で鼻白んだ。

 ふたりは、じろじろと沙那の開いた胸や布の下に伸びる均整のとれた脚に無遠慮な視線をやっている。

 それにしても、杏仙は本当にどこだろう?

 

「ここで待つようにご主人様に言われています」

 

 仕方なくそう言った。

 

「本当か? 逃亡奴隷ではないだろうな。奴隷女がひとりで出歩くなどとはおかしいな」

 

「もうすぐ来ます」

 

 沙那は毅然と言った。

 その沙那の口調に、眼の前の男はむっとした表情になる。

 

「やはり怪しいぞ。本当に逃亡奴隷ではないのか? 調べてみるか」

 

 男の手が沙那の短い下袍の裾に伸びた。沙那はびっくりした。

 

「な、なにするの──」

 

 思わず、沙那はその手をびしりと手刀で打つ。

 

「いたっ──」

 

 男がその場でうずくまる。

 

「おっ、奴隷のくせに逆らうのか?」

 

 もうひとりが身構えて声をあげた。

 周りの人間たちが騒然としはじめる。

 沙那もこの状況に蒼くなる。

 奴隷の身分の者が、普通の人間に手をあげるのは御法度だ。

 通常であれば咎められるのは主人の側だが、本当の奴隷ではない沙那には主人はいない。

 主人が出て来なければ、逃亡奴隷として見せしめのために処刑される。

 それがこの国の法だ。

 

「あ、あんたたちの奴隷じゃないわ」

 

 沙那はそう言い返したものの、だんだんと集まってきた人だかりに、どうしていいかわからなくなった。

 

「誰か役人を呼んでくれ──。逃亡奴隷だ」

 

 手刀でうずくまっていた男が立ちあがって叫んだ。

 周りがさらに騒然となる。

 

「ま、待って──。違います」

 

 沙那は周りの人間に叫んだ。

 しかし、まるで同情のない周囲の雰囲気に愕然となる。

 もとはといえば、沙那の身体の勝手に触ろうとしたこの男たちが悪いはずだ。

 だが、周囲の人間の顔には、明らかに沙那に悪意のある蔑みが浮かんでいる。

 沙那は、改めて、この国の女奴隷の理不尽な立場というのを思い知った。

 

 どっちにしても、このままではまずい。

 役人がやって来て連行されれば、本当に処刑されてしまう。

 

 この場は逃げるか……?

 

 しかし、沙那が逃げ場を探してそこに視線を移すと、さっと人の波が逃げ場を塞ぐ。

 すっかりと人の波に包囲された。

 

 逃亡奴隷だ──。

 その声が次第に大きくなる。

 

 蹴散らしてでも逃亡しようか……?

 沙那の頭にその考えがよぎる。

 しかし、その場合、さらに騒ぎが大きくなり、城郭中に沙那への追手がかかるかもしれない。

 手配されれば、一度は逃げられたとしても、城門や街辻に手配書を貼られて、城郭を捜索されるだろう。

 ここがどこかもわからないのに、逃亡できるとは思えない。

 そして、捕えられれば、ほとんど裁判もなしに処刑される。

 

「すまん、そいつは、俺の奴隷だ」

 

 人だかりの背後から赤ら顔の大きな男が人を割ってやってきた。

 沙那には、当然その男には面識はない。沙那は訝しんだ。

 

「お前の奴隷?」

 

 沙那に手を打たれた男が、不審な表情でその男を睨んだ。

 

「そうだ。俺は楓人(ふうと)というものだ。まだ、躾の終わっていない奴隷だったのだ。すまんな」

 

 楓人はまとまった額の紙幣を男に差し出した。

 不満げな顔をしていた男が急に破顔した。

 

「おう、これは……。こんなに……。すまねえなあ」

 

 手刀を打たれた男は納得したように受け取った紙幣を懐に入れた。

 沙那はほっとした。

 この男が誰だかわからないが、最悪の状況からは免れたようだ。

 

「どけ、どけ──。道を開けろ」

 

 声がした。

 沙那はさっと頭から血が引いた気がした。

 役人だ──。

 城郭を見回る小役人のようだが、たまたま近くにいて、騒ぎに気がついてやって来たのだろう。

 

「逃亡奴隷と訊いたが……。おう、お前か?」

 

 人を割ってやってきた役人が沙那を見て、目ざとく叫んだ。

 沙那は、その役人の眼が好色に光ったことに気がついた。

 

「逃亡奴隷ではありません。俺の奴隷です。少し、眼を離した隙に、この奴隷がこのお方に粗相をしたようです。しかし、いま謝罪を受け入れてもらったところです」

 

 楓人が言った。

 役人が視線を送ると、さっきの男が頷く。

 

「しかし……」

 

 役人は渋い表情をした。

 

「まあ、奴隷にはしっかりと俺から躾をします。ここのところは穏便に……」

 

 楓人はそう言いながら、さっと役人の手になにかを渡した。

 賄賂だということは沙那にはすぐにわかった。

 役人がちらりと手の中のものを見て表情を変えた。

 それなりの額だったのだろう。

 

「わかった。今日のところは、お互いに納得済みならなかったことにする。しかし、奴隷が、人間に粗相をするようでは困るな」

 

 役人は言った。

 

「わかっております……。沙那、手を後ろに回せ」

 

 突然、楓人が沙那を振り返り言った。

 

「えっ?」

 

「いいから言われた通りにしろ。本当に、お前は躾けの悪い奴隷だ」

 

 大きな声で楓人は言った。

 そして、口を沙那の耳元に寄せた。

 

「……役人に捕まりたくなかったら命令に従うんだな、沙那。俺は、杏仙の仲間だ」

 

 楓人がささやいた。

 杏仙もどこからか見ているのだろうか。

 見回すが、やはり杏仙の姿はない。

 だが、彼女の仲間だという以上は、逆らうわけにはいかない。

 仕方なく両手を背中に回す。

 

 楓人は、あらかじめ準備をしていたらしい細紐で、沙那の親指の付け根を縛りあげた。

 

「くっ」

 

 沙那は反射的に指を離そうとしてしまい、根元に紐が喰い込んだいや指に痛みを感じて思わず声を出した。

 拘束された親指は背中側でまったく離れなくなった。

 こんな格好で、しかも後ろ手に拘束されてしまい、自分の顔が強張るのがわかった。

 

「もう、俺から離れるな。今度こそ、逃亡奴隷として捕えられぞ、沙那」

 

 楓人が大きな声で沙那を叱った。

 それが合図であるかのように、集まった人間が散り出した。

 役人も人だかりを追い払いながら去り、周囲からやっと人がいなくなる。

 

「こ、こんなことをしてどうするの? 杏仙は?」

 

 沙那は言った。

 

「さっき、言った通りだ。役人に捕らわれたくなければ、俺について来い。『移動術』の入口に案内する──。それとこれは、騒ぎを起こした罰だ」

 

 楓人は、上ふたつがない服の合わせ目のぼたんをさらに外し始める。

 

「あっ──。こ、困るわ」

 

 沙那は身体を捻って避けようとしたが、両手を使えないので防ぎようがない。

 下側まで外された服は、真ん中がぱっくりと開き、乳房の裾どころか、臍まではっきりと覗いている。

 

「なかなかにいい形の乳房だ。この城郭の男たちにじっくりと見せてやれよ」

 

 楓人はさらに、上衣を開いて両側にくつろげる。

 上衣は沙那の乳首に引っかかって止まっているだけになった。

 

「や、やめて──」

 

 沙那は小声で訴えた。

 

「これはなかなかにおいしそうな胸だ」

 

 楓人は言いながら、無遠慮に沙那の乳房を揉んでくる。

 

「い、いやっ」

 

 一応は、沙那の身体は人混みに対して、楓人の大きな身体で隠れている。

 しかし、こんな城郭の真ん中で胸を剝き出しにされて、揉みしだかれる恥辱と緊張は尋常ではない。

 さっきの騒ぎの後だ。

 周囲の人間には、この沙那の痴態に気がついている者も多くいるだろう。

 

「こ、ここではやめて──。お、お願い」

 

 沙那は思わず言った。

 

「なら、やめるか……。ついて来い」

 

 意外にもあっさりと楓人は沙那の身体から離れた。

 そして、すたすたと歩き始める。

 

「ま、待って」

 

 後ろ手の拘束のまま、沙那は慌てて楓人を追う。

 

「騒ぐな、沙那。みんながこっちを見ているぞ。女奴隷とはいえ、そんなに気量のいい女の痴態だ。滅多にない見世物でたくさんの男の視線がお前に向いているようだ」

 

 楓人は大股でどんどん進んでいく。

 沙那は一生懸命に歩くしかない。

 しかし、短すぎる裾からは、沙那が大股で進むたびに、はっきりと下着を露出してしまう。

 沙那は泣きそうになった。

 

「せめて、胸を……。胸だけでも戻して」

 

 沙那は懇願した。

 

「なんでだ。露出狂のお前にはお似合いだと思うが?」

 

 楓人がそう言って、嘲笑いの声をあげた。



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245 屋根裏桟敷の集団痴漢(沙那)

「お前は、露出狂だ」

 

 楓人(ふうと)は歩みの速度を緩めずに、もう一度言った。

 

「露出狂?」

 

 聞きなれない言葉に沙那は訝しむ。

 

「露出狂というのは、人に恥ずかしい姿を見られて歓ぶ変態のことだ。お前のような女だ」

 

「な、なんてこと言うの……」

 

 かっとした。

 そんなことがあるわけない。

 

「とぼけてもすぐにわかる──。さっきから、お前はそんな姿を見られて濡れている。俺は鼻がいい。匂いでわかるのだ」

 

 沙那は、歩きながら思わず身体を竦ませた。

 楓人の指摘は正しい。

 露出の多い服装という緊張は確かに、沙那に甘い官能を呼び起こしていた。

 なぜか股間が熱いのだ。

 なんの刺激を受けているわけでもないのに、太腿の付け根が妙にむず痒く火照っている。

 宝玄仙によって、身体に刻み込まれている被虐の歓びのせいかもしれない。

 しかし、面と向かって指摘されると、脚が震える程の羞恥を感じてしまう。

 

「見られて感じる女……。それがお前だ、沙那」

 

 楓人が歩きながらちょんと沙那の股間を突いた。

 

「ふううっ」

 

 たちまちに駆けあがった淫情に、沙那は思わず腰が砕けた感じになって脚をよろめかせた。

 我に返って顔をあげると、楓人はもうずっと先を歩いている。

 慌てて態勢を直して楓人を追う。

 それにしても、この異常なほどに官能の刺激に弱い自分の身体が恨めしくなる。

 

「感度もいいな。これは、なぶりがいがある」

 

 沙那が追いつくと、楓人が嬉しそうに言った。

 

「くっ」

 

 沙那は足元を見つめながら、足早に楓人を追って歩き続ける。

 これが楓人の沙那に対する嫌がらせのひとつということに気がつかざるを得なかった。

 杏仙(きょうせん)は、確か沙那を屈伏させて、気力を削ぐのだということを言っていた。

 だから、あえて、沙那が耐えられないような、嫌がらせをしているに違いない。

 

 その証拠に、いつまで経っても、楓人はどこに向かうかを説明しないし、不必要にうろうろしている気がする。

 歩みは速いが、ただくねくねと道を変えながら進むだけで、どこかに向かっているという感じがしないのだ。

 それどころか、一度歩いた道にまた戻ってきているということも多い。

 

 周囲の好奇の眼を引くような破廉恥な姿のために羞恥で脚が竦むというだけではなく、後ろ手に拘束されている身体ではとても歩きにくい。

 しかし、楓人は、沙那が遅れても少しも躊躇することなく、どんどんと進んでいく。

 置いていかれたらどうしていいかわからない沙那は、仕方なくそれを追う。

 

 沙那に集まる視線は、単なる気のせいばかりではない。

 確かに、沙那は城郭の人混みの注目を集めている。

 いまの沙那は、かなり卑猥な格好をしている。

 それはわかる。

 

 胸は剝き出しで、かろうじて乳首でとまっているだけで、その乳首さえもちらちらと見える丸見えだ。

 そして、あまりに短いために、上衣なのか、下袍なのか判別のつかない裾からは、脚を出すたびに白い下着が晒け出てしまう。

 すれ違うときばかりではなく、立ちどまってじっと沙那の身体を眺めている男もいる。

 

「ど、どこに行くのよ?」

 

 ついに、耐えきれずに沙那は叫んだ。

 緊張のせいもあり、全身は急ぎ足で歩き続けるために流れ出た汗でしっとりとれていた。

 そして、汗だけではない体液で股間も濡れている気もする。

 

「折角、城郭に来たのだ。荊棘嶺(けいきょくれい)に帰る前に、見世物小屋に行く。あんな山の中では、そんな娯楽は望むべくもないのでな。お前も一緒に来い」

 

 楓人は言った。

 

「見世物小屋?」

 

 沙那は訝しむ。

 やがて、確かに楓人は街外れの見世物小屋にやってきた。

 見世物小屋といってもしっかりとした木造の建物であり、屋根裏桟敷と称される場所の席もある大きなものだ。

 この造りの見世物小屋には、まだ故郷の愛陽で暮らしていた時代に、沙那は何度も行って知っていた。

 普通の席は一階だが、屋根裏からも覗けるように、壁と天井の一部をくり抜いてあるのだ。

 そこには立ち見専用で一階の席が買えない貧乏人のための場所だ。

 

 楓人は料金を払い、沙那を見世物小屋の中に促した。

 入口で券を確認する男も、にやにやした表情で沙那の太腿に目を走らせるのを感じる。

 

「お前の席は、屋根裏桟敷だ。いまの一連の出し物が終わったら降りて来い」

 

 楓人は屋根裏にあがる階段の前で立ちどまってから言った。

 

「そ、そんな……。ひとりで行けと言うの?」

 

 沙那はすくみあがった。

 天井桟敷には、かなりの人手に思える。

 ここで止まっている間も、かなりの男が階段を上がっていくことからそれがわかる。

 そんな場所に、こんな格好でひとりで行けというのだろうか。

 なにか破廉恥なことをされるのは覚悟していた。

 しかし、当然、この楓人が一緒に来るものと思っていた。

 ここで別れるとは思っていなかった。

 

「それは、当然だろう。俺は自分の金を持っているから、一階で観る。しかし、お前の分は俺が出すのだ。当然、贅沢はさせられん。しかも、いまは、お前は奴隷ということになっている。本来であれば、奴隷ひとりで、見世物を見るのは禁止なのだ。お前を認めてもらうために、余分な料金も払ったのだぞ」

 

「だったら、ここで待っているわ。逃げないのはわかっているでしょう」

 

 沙那は言った。

 

「なら言おう。この見世物小屋の屋根裏桟敷で、お前を次の仲間に引き渡すことになっている。待っていれば、声をかけてくるはずだ。俺はここで終わりだが、いずれ後で会おう。この屋根裏桟敷でその男を見つけなければ、お前が荊棘嶺に戻れる方法はないぞ。それとわかっている思うが、この国では奴隷の身分は低い。なにをされても我慢しろ。今度、騒ぎを起こしたら助けてやれん」

 

 楓人はそう言って、沙那を置いて奥に進んでしまった。

 

「ま、待ってよ──」

 

 次の男というのはどんな人間で、どうやって会えばいいのだろう。

 それを教えてもらわなければ困る。

 だが、係の者により行く手を阻まれる。

 

「奴隷は立ち入り禁止だ」

 

 その間に、楓人は完全に人込みに紛れてしまった。

 沙那は独りぼっちになった。

 

 これほどの不安を感じるのは初めてだ。

 この祭賽国では、女奴隷に対する扱いは酷いものだ。

 沙那は、その女奴隷ということになっていて、しかも、両手を拘束されて裸身に近い恰好をしている。

 そんな状況で、たったひとりで、人混みになっているだろう屋根裏桟敷に入らねばならないのだ。

 見ている限りでは、あがっていく人間は男ばかりだ。

 もしかしたら、女など沙那ひとりかもしれない。

 そんなところに、こんな襲ってくれと言っているような格好で行きたくない。

 

 だが、そこで次の仲間と接触しろと言われれば、それに従うしかない。

 沙那は意を決して、階段に上がっていった。

 そして、沙那の後ろからもやってくる数名の客の気配に気がついて、慌てて、後ろ手に拘束された両手で服の裾のお尻を隠した。

 

 下からは沙那の下着が丸見えだろう。

 だが、沙那の努力にかかわらず、どうしても短すぎる裾からは、脚をあげるたびに白い下着が露わになってしまうのがわかった。

 

 階下から卑猥な言葉が沙那にかけられた。

 はっとした。

 

 気がつくと、かなり大勢の男が下から沙那の痴態を覗いていたのだ。

 沙那は残りの階段を駆けあがって、屋根裏桟敷の人混みに姿を隠した。

 

 天井桟敷に到着したのは、出し物の唄が開始される直前だったようだ。

 沙那は、出口に近い場所に立ったが、その直後に、前方側の下の舞台から綺麗な声の男の歌い手が唄を歌い始めた。

 沙那の場所からは、前の男たちの背に隠れて、よく舞台は見えない。

 もっとも、出し物に興味のない沙那にはどうでもいいことだった。

 唄が聴こえ始めると、さらに十人ほどが階段を駆けあがって来て、沙那は完全に人の中に埋もれた。

 

 それでなくても窮屈だったその場所が、身動きできないくらいになる。屋根裏桟敷で見世物を見物するのは初めてだった沙那は、こんなにも人が大勢密集するものかと驚いた。

 それにしても、この状況でどうやって、沙那を連れていく次の男を探せというのだろう。

 

 また、予想の通り、やはり周囲は男ばかりだった。

 周囲の男たちが沙那に密着する。沙那の緊張は限界まで膨れあがる。

 沙那は、改めて自分の姿の危うさを感じずにはいられなかった。

 付け根近くまで露わにした裾から露出した太腿や、大きく開襟して半分を剝き出しにした乳房までもが、周りの男たちの肌を触れ合っているのだ。

 

 ふと、沙那は隣の男が沙那の乳房の谷間を見下ろしていることに気がついた。

 沙那は思わず下を向く。

 

「んんっ」

 

 そのとき、何者かが突然尻を撫ぜてきた。

 声を出しそうになり、沙那は懸命に口をつぐむ。

 騒ぎを起こしても、咎められるのは沙那の方だ。

 最初の騒動でそれを痛感している。

 

 だが、さっきの手がまた沙那の尻を撫ぜる。

 しかも、今度は手を大きく拡げて、しっかりと五本の指と手のひらでさわさわと沙那の尻を撫ぜてくる。

 普通ならば、そんな男など手を捻りあげて、ぎたぎたにしてやっているところだ。

 しかし、沙那の両手は拘束されているし、騒いだら間違いなく、また逃亡奴隷だと言いがかりをつけられる。

 主人のいない逃亡奴隷にはなにをしてもいい──。

 それがこの国の法であり、いまの沙那はその奴隷ということになっているのだ。

 

 それに、沙那がたじろいだり、身じろぎをすれば、ほかの周りの男たちの注目も浴びてしまうだろう。

 そうすれば、いまはひとつの手で終わっている破廉恥な手が、ほかにもたくさん伸びてくる可能性もある。

 

 沙那は背後の男のおぞましさを耐えた。

 しかし、沙那に別の考えもよぎる。

 もしかしたら、背後の男は、楓人の仲間ではないだろうか。

 いきなり沙那に触れてきたというのは、その可能性も高い。

 

 振り返って、沙那の身体を触っている男を確かめるべきか迷った。

 だが、おかしな動きは、必ず周囲の男の動きを助長するだろう。

 決心がつかず、しばらく沙那は、そうやって、無遠慮に尻を動き回るおぞましい感触に耐えていた。

 

 唄は建物中に響きわたっている。

 ほとんどの客の注目も下の舞台の歌い手に集中している。

 沙那と後ろの男のいるこの場所だけが、別空間であるかのように、淫靡な行為が続いている。

 

 唄は、二曲目になった。

 やがて、やっと沙那の心も定まった。

 触りたいなら、好きなだけ触ればいい……。

 そんな焼け鉢な気持ちになったのだ。

 後ろが楓人の仲間なら、必ずなにかを告げるはずだ。それまで待つしかない。

 

 いずれにしても、一体全体、この連中は何者だろう?

 休んでいたあの場所は、宝玄仙の結界で完全に護られていたはずだ。

 それをどうやって、こちらを眠らせたまま浚ったのか。

 沙那にしても、孫空女にしても、結界の有無に関係なく、襲撃者の気配には敏感だ。

 それを全く気がつかせずに連れていくなど……。

 

 どっちにしても、なにかを悟るにはあまりにも情報が少なすぎる。

 それに、流石にお尻を触られながらでは、沙那もうまく考えをまとめられない。

 

 だが、沙那の無抵抗は、背後の男の行動をさらに大胆にしたようだ。

 後ろの男が、一気に短い裾から股間に向かって手を滑り込ませた。

 

「んんっ」

 

 男の手が沙那の股間にすっと触れる。

 一瞬声が出て、沙那は懸命に口を閉じた。

 いま、声を出せば、ひとりでは済まない。

 必ず、ほかの男の手も伸びる。

 最悪はここが奴隷女の輪姦場にもなりかねない。

 そして、挙句の果てに連行されるのは、沙那になるのだ。

 

 しかし、沙那の予感は悪い方向に的中した。

 背後の男とは別の方向の前側から、別の手が腿の内側を撫ぜてくる。

 そして、その指が下着の頂きを見つけて、ぐいと押した。

 

「ふんっ」

 

 大した刺激ではないはずだが、感じすぎる沙那の身体は、その刺激で恐ろしいほどの劣情を呼び起こした。

 大きな鼻息が出てしまい、ただでさえ注目を帯びているはずの沙那のことを多くの男が見た気がする。

 

「そうやって、大人しくしていれば、俺たちだけの悪戯で済ませてやるぞ」

 

 今度は、横の男が沙那の耳に息を吹きかけながらささやいた。

 沙那は絶望的な気持ちになり身体を緊張させる。

 ついに、周りの男たちに気がつかれてしまったのだ。

 

 もっとも、男の声ははっきりと沙那に届いているが、周囲には、舞台で朗々と歌っている歌い手の声が鳴り響いているので、他の者には聞こえないだろう。

 それだけが救いだ。

 

「……なにをされても我慢すれば、他の者からは隠してやる。出し物が終われば、ちゃんと解放されるように助けてやる。逆に抵抗すれば、大きな声を出して、注目を集めてやる。どうやら、お前はここで注目を浴びたくはないようだからな」

 

 横で男がささやきながら、沙那の股間に伸びてきた。三本目の手だ。

 わけのわからない淫情がのぼってくる。

 沙那は抵抗することも助けを求めることもできずに、泣きそうな気持になった。

 そして、堂々と股間を這い回る三本の手に、腰の力がだんだんと腰の力が抜けてくるほどの快感を覚えてしまう自分に、どうしていいかわからなくなる。

 

「……わかったら頷け。嫌なら首を横に振れ。首を横に振れば、大きな声でここに逃亡奴隷がいると声をあげてやる」

 

 男が言った。

 沙那は声の方向に視線を向けようとした。

 この男こそが楓人の言及した沙那を導く仲間なのだろうか……?

 逃亡奴隷だと脅したことで、その可能性が高いと思った。

 

「こっちを見るな。一度でも俺の顔を見れば、声をあげる。それよりもどっちだ。首は縦か? 横か?」

 

 歌い手の美しい声はこの屋根裏桟敷にも鳴り響いている。

 しかし、沙那はそれどころではない。いまも三本の手が股間を動き回る。もう、声を殺すのも限界だ。

 沙那は動かしていた首を慌ててとめる。

 そして、しっかりと縦に首を振る。

 

「いい子だ……」

 

 次の瞬間、沙那はすくみあがった。

 沙那の股間を動きまわっていた手のひとつが沙那の履いている下着を下ろしはじめたのだ。

 

 さすがに沙那は、身体を捩じってそれを阻止しようとした。

 だが、両手を塞がれている女から下着を脱がすのは、そう難しい仕事ではないのだろう。

 下着があっという間に膝まで下げられた。

 神経を逆撫でするような外気が股間に触れる。

 背後の男が沙那の膝に引っかかっていた下着を足で降ろした。

 そのまま下着は、人の足の中に引っ張られて見えなくなる。

 

 すると、男たちの手は悠々と沙那の敏感な股間を撫ぜて、亀裂やお尻の狭間に触れてくる。

 沙那は恐怖した。

 敏感な場所を見知らぬ男の手がいじくり回す。

 悲しいほどの快感が沙那を襲う。

 

「んんっ」

 

 もう声を我慢できない──。

 沙那は懸命に口をつぐむ。

 もう、声を出さないことしか考えられない。全神経を声をあげないことに集中する。

 せめてもの救いは、大きな歌い手の声が沙那の声も隠してくれていることだ。

 しかし、周囲の男たちの耳にははっきりと沙那の甘い声が聞こえたはずだ。

 

 不意に周りが静かになった。

 沙那に恐怖が走る。

 ここの異様な行為に気づかれたのだろうか。

 しかし、それは、歌い手の唄が三曲目に変わったための静寂だった。唄が始まると、また周囲は喧騒を取り戻す。

 

 そして、両側の乳房にも手が伸びてきた。

 新しい手なのか、これまで触っていた男たちの手なのかわからない。

 両側から伸びる手は、上衣をさらにくつろげて、沙那の乳房を完全に露出して揉みあげる。

 沙那は懸命に股を閉じ合わせて、襲ってくる鮮烈な法悦に耐えた。

 

 しかし、ぐいと沙那の両脚に誰かの脚がこじ入れられた。

 これで、沙那は股を閉じることもできなくなった。

 沙那は顔を下に向けた。声が周囲以外に漏れるのを防ぐためだ。

 もはやいかなる抵抗も不可能だ。

 

「くうっ」

 

 しかし、どうしても漏れ出る声が周囲に響く。

 股間の頂きを動きまわっていた手のひとつが、ついに亀裂を割って粘膜の深くまで挿入してきた。

 そして、びくびくと内部をいじくられる。

 やっぱり、沙那の股間はすっかりとぬれそぼっていたようだ。

 沙那の女陰は、見知らぬ男の指を簡単に受け入れた。

 

 だが、次には、沙那がもっとも恐れていたことがやってきた。

 別の指が沙那の肛門の入口を動きまわり、ゆっくりと内部に忍び入ろうとしたのだ。

 

「いっ……あ、あああっ──」

 

 我慢していた口からかなり大きな声が出た。

 沙那は慌てて口をつぐむ。

 しかし、肛門に入ってきた手は、沙那の官能を揺さぶる激しい快感を産み出す。

 それは耐えられない刺激となり沙那に襲いかかる。

 

 次第に自制心が消えていく。

 乳房、肛門、女陰を好き勝手に弄くられて沙那の性感はどんどん高められる。

 感じやすい沙那の身体は、もう身体の震えを止めることができなくなっている。

 

 懸命に歯を食い縛る。

 声が出る。

 それだけは耐えなければ―──。

 

 だが、その沙那の余力を奪い取るように、乳首が転がされ、肉芽の皮が剥かれてくすぐられる。すでにやりたい放題だ。

 

「あっ……あっ……ああ―――」

 

 次第に搾り取られるようにあげてしまう嬌声──。

 そして、乳首が摘まみあげられて捻られ、肉芽が刺激され、肛門と女陰に挿しこまれた指が擦り合されるように弄られる。

 それがまったく別々の手なのだ。

 沙那の興奮は限界まで高まった。

 

 そこにまた新しい手が加わった。

 もはや、沙那の周りのすべての男が沙那に悪戯をしているのは間違いない。

 もうこれは仕方がない。

 ただ、いまは沙那へ悪戯する男たちが、周囲以上に拡がることだけを防ぎたい。

 

「ああああっ──」

 

 沙那はひと際大きな声を出して、襲ってきた官能の矢で一気に快感の防波堤を突き破らせた。

 

 歌い手の声は、最後のもっとも派手な歌の部分に差し掛かっていた。

 沙那の絶頂の声はその声と、ほぼ同時に迸った。

 それで、なんとか目立たなくて済んだかもしれない。

 

 がっくりと腰を落としかけた沙那の身体を後ろ周りの男が支えた。

 沙那は自分を悪戯した男たちに支えられてなんとかしゃがみ込まなくて済んだ。

 

 建物は、歌い手に拍手と歓声を送る声が響きわたっている。

 しばらくすると、興行の係が退出を促した。

 屋根裏桟敷の開放はここまでらしい。

 

 多くの客が階段を下りていく。

 沙那の周りからも次第に人が去っていく。

 ほっとしたのは一瞬だけだ。

 すでに乳房がはだけて剥き出しになり、股間が捲れ上がった自分の姿に気がついた。

 慌てて後ろ手で裾だけは直せたが、上衣は戻せない。

 沙那の乳房は剥き出しのままだ。

 

「お、お願い、誰か服を……」

 

 思わず声をあげて、その瞬間激しく後悔した。いまの沙那は奴隷の身分だ。

 こんな格好の沙那を見れば、服を直してくれるどころか、却って手を伸ばしてくるのではないか。

 そして、その通り、近くにいた男たちの顔が一斉に好色に染まった気がした。

 

「お、お待ちください、ご主人様」

 

 沙那は咄嗟に機転を利かせて、主人に連れられた女奴隷の振りをして階段に向かった。

 短い丈の服で今度は下着なしで、しかも、乳房丸出しで階段を降りるのは、勇気がいったがとにかく駈け降りた。

 

 だが、下に着くとそれ以上どこにも行けないことに気がついた。結局、沙那を受け取るという楓人の仲間はいなかった。ここで楓人を待つしかない。

 

 しかし、こんな裸同然の姿は嫌でも目立つ。

 どんどん注目が集まる。羞恥のあまり、もうどうしていいかわからない。

 

「おい、奴隷?」

 

 突然、見世物小屋の外から声がかけられた。

 見ると十歳くらいの少年が三人、にやつきながらこっちにやってくる。

 沙那は無視した。

 

「ねえ、奴隷、お前はなんで下着履いてないのさ?」

 

 しかし、その少年のひとりが、沙那の服の裾を持っていきなり捲りあげた。

 

「きゃあああぁぁ」

 

 露わにされた股間を隠すことのできない沙那は、悲鳴をあげてその場にしゃがみこんだ。



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246 調教少年団(沙那)

「どうした、どうした?」

「なんだ?」

「おお?」

 

 沙那があまりにも大きな悲鳴をあげたため、あっという間に沙那の周りに人だかりができてしまった。

 

「ひいっ」

 

 沙那は乳房を露出して、しかも、下着を着ていない下袍を捲りあげられてしまったことで、すっかりと脚の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

 大勢の男の視線が強烈な羞恥をかきたてる。

 もう、どうしていいかわからない。

 後ろ手に拘束された手では、晒された身体を隠したくても隠すことができない。

 剣技では鬼をも倒すと言われたこともある自分が、こんな見知らぬ城郭の真ん中で素っ裸に近い状態にされ、大勢の男の視線にさらされているという状況が信じられなかった。

 

「沙那、下着をどうしたかと聞いているだろう。また、お前は脱いでしまったのか?」

 

 いまだに捲りあげた裾から手を離さない少年が、わざとらしく大きな声で言った。

 

 また……?

 それに、なぜ名前を?

 

 あまりの羞恥に思考力が吹っ飛んだ状態になっていた沙那の頭に、その言葉がかろうじて引っかかる。

 

「どうしたんだい、坊や?」

 

 人だかりを掻き分けるようにして興行の係の男がやってきた。沙那はなにを言えばいいのか思いつかずに、黙って下を向いていた。

 いつもなら、どんな危機的な状況でも、沙那は一生懸命に打開策を探して、目まぐるしく思考を動かすことができる気がする。

 しかし、いまの沙那は、次々に襲われる羞恥の仕打ちに、まったくものを考えることができない。

 

「うちの奴隷が下着を失くしたんですよ。こいつは、露出癖があって、放っておくと服を脱いでしまう癖があって、困っているんです。ほら、沙那、下着をどこで脱いだか言うんだ」

 

「み、見世物を見ているとき……。屋根裏桟敷で……」

 

 沙那はやっとのこと言った。

 そして、大人びた表情で沙那の服の裾をまくっている少年を見た。

 この子供が、楓人(ふうと)が言った次に沙那を連れていくという仲間なのだろうか?

 

「……『移動術』の結界まで案内するよ、沙那。話を合わせな」

 

 少年が耳元でささやいた。

 やっぱりそうなのだ。

 それにしても、こんな子供が……?

 

「君の奴隷かい?」

 

 沙那の裸身を見て、興業の係の男が唾を飲みこんだ音が聞こえた。

 沙那は、消え入りたい気持ちがさらに拡大した気がした。

 

「そうです。性格には僕の父の奴隷ですけど、誕生日の贈り物に僕が貰ったんです。でも、いつも服を脱ぎたがる馬鹿でして」

 

 少年は言った。

 

「愉快な奴隷じゃないか。小父さんは好きだな」

 

 男が笑った。

 周りの男たちもそれに合わせたようにどっと沸いた。

 沙那は地面に腰を落としたまま、さらに深く下を向く。

 いまだに、少年は沙那の股間を曝け出したままだ。沙那は懸命に太腿を擦り合わせる。

 

「立つんだ、沙那。新しい下着を履かせてやる」

 

 仕方なく沙那は立ちあがった。いつまでも晒されている裸身に、そろそろ羞恥心が麻痺してきた気もする。

 沙那の周りには、三人の少年と興業の係の男、そして、好奇の目を向ける大勢の男の人だかりだ。

 

「脚を開け」

 

 少年が言った。

 

「もう、人前で服を脱げないように、しっかりと包んでしまおうよ」

 

 そして、その少年と一緒にいたもうふたりの少年が、そう言いながら、沙那の服の前側のぼたんを全部外して、胸の下で裾を縛った。

 

「ひいっ」

 

 思わず声をあげる。やっと剝き出しの乳房は全部隠せたものの、今度は臍から下はなんにもない素っ裸だ。

 沙那は、片足で膝を折って、少しでも股間を隠そうとした。

 

「ほら、下着を着けたくないのはわかるけど、脚を開くんだ。それとも、本当に裸でいたいのか、沙那?」

 

 少年が大きな声で言った。

 沙那はおずおずと脚を開く。

 その股にさっと布切れが通された。両側が紐になっていて、それで縛るようになっているようだ。

 ただ、あまりにも小さくて、その逆三角形の布切れは、かろうじて沙那の股の付け根を隠しているだけだ。

 沙那は、こんなにも小さな下着というものを生まれて初めて見た。

 

「ほら、終わりだ。もう、下着を失くすな、沙那」

 

 沙那の腰の横の部分で下着の紐がぎゅっと結ばれる。沙那は下着の股間の部分がしっとりと濡れていることに気がついた。

 なんだが気持ち悪い。

 だが、こんな布きれでも、とにかく、やっと胸と股間を隠すことができたのだ。

 裸でいるよりもずっとましだ。少しだけ、ほっとする。

 

 すると、少年はいきなり沙那の首に白い革の首輪を嵌めた。

 その首輪には鎖がついている。沙那はぎょっとした。

 

「僕の名は、柴栗(しばくり)。このふたりは、白樫(しらかば)犬椈(いぬぶな)だ。よろしくな、沙那」

 

 少年がささやいた。

 

「あ、あんたたちが……?」

 

 こんな子供も盗賊団の一員なのだろうか。沙那の頭は混乱している。

 

「大丈夫だよ。僕たちは、目的地に連れていくだけだよ」

 

 柴栗が低い声で言った。

 そして、後ろに回っていた白樫と犬椈が沙那の親指を縛っていた紐を解いた。

 

「手を前に出せ、奴隷」

 

 柴栗が大きな声を出す。

 この場では逆らうことができないので、仕方なく両手を差し出すと、いきなり手首に金属の手錠がかけられた。

 

「えっ」

 

 沙那は戸惑った。

 

「手を頭の後ろに回せ」

 

「な、なんで──」

 

 思わず文句の言葉が出る。

 

「言うことを聞かなきゃ、処分するぞ。お父さんには処分してもいいって言われているんだぞ、沙那」

 

 柴栗が言った。

 

「おいおい、処分するなんて、もったいないぞ。捨てるんなら、俺にくれないか?」

 

 見物をしていた男たちのひとりが冷やかすようなことを言った。だんだんと周りが騒がしくなってくる。

 沙那は、騒動になることを怖れて、慌てて手錠をかけられた手を頭の後ろに回した。

 

 がちゃりと音がして、沙那の手首を拘束した手錠は、首輪の後ろの金具に装着された。

 沙那は脇を晒した格好で手を下ろせなくなった。

 

 そして、足首にも足枷が嵌められる。

 両足首を繋ぐ鎖は、歩くことには支障がない程度の長さはある。

 しかし、これでいかなる攻撃はもちろん、逃亡もできなくなったということだ。

 

「行くぞ、奴隷──。お騒がせしました。もう行きます」

 

 柴栗がぐいと沙那の首を引っ張った。

 沙那は首輪を引っ張られて、鎖で繋がれた足を慌てて前に出してそれを追う。

 また、街中を引きまわされるのだと思った。

 

 いつの間にか昼に近い時間になり、さらに活気と人通りの激しくなった大通りに出た。

 圧倒的な人の視線に、沙那は眼がくらむ思いになった。

 

 乳房こそ服で覆ってもらったが、臍から下は股間を包む小さな布切れだけなのだ。

 すれ違う者たちの眼が、一様に好奇と冷笑と蔑みを浮かべて沙那に注がれるのがわかった。

 いくら身を屈めようとしても、手を頭の後ろに回して、鎖を引っ張られて歩く沙那は、どうしても目立ってしまう。

 

 こんなことは悪夢に違いない。

 沙那はそう思った。

 

 だが、しばらく歩くと、人の視線による羞恥よりもずっとつらいものが沙那に襲いかかってきた。

 

 この下着のせいだ──。

 すぐにわかった。

 この下着を履かされたとき、なにかで濡らしてあるようなしっとりとした感触がした。

 あれは、ただの湿り気ではなかったのだ。

 

「ね、ねえ、どこまで行くの……?」

 

 沙那は腰を悶えさせながら言った。

 まだ、遠いのだろうか。

 だんだんと股間の疼きは強くなってくる。

 

「さあね。そんなこと、僕たちは教えられていないよ」

 

 柴栗が平然と言った。

 

「そ、そんな──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「僕たちが指示されているのは、こうやって沙那姉ちゃんを大通りで連れ回せということだけだよ。端から端まで行ったら、逆戻りする。それを繰り返すんだ。そのうちに、次の仲間が声をかけることになっているんだ」

 

 白樫だ。

 

「わかったら、黙って歩くんだよ。それよりも、なんで、そんなにお尻振ってるんだい、お姉ちゃん?」

 

 犬椈がからかいの声をあげる。

 

「そ、それは、こ、この下着のせいよ……」

 

 沙那は声が震えるのを感じた。

 耐えようとしても、どうしようもなく疼いて股間を濡らしてしまう。

 

 痒いのだ。

 それに、どうしようもない官能の疼きが下着に接している沙那の股間を襲っている。

 なにかの湿り気を感じたが、おそらく強力な媚薬が塗ってあったに違いない。

 

「履かせたその下着に塗った薬のこと?」

 

 柴栗が愉快そうに言った。

 

「あんたらが塗ったの?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「うん、小さな瓶で渡されたんだ。三人でひと瓶全部塗っておいたよ。とっても気持ちよくなるでしょう、お姉ちゃん。気分はどう?」

 

「さ、最悪よ」

 

 沙那は次第に苦しくなる股間に疼きに、荒い息をしながら言った。

 この三人の子供に媚薬付きの下着を渡して、沙那に首輪をつけて連れ回せと指示した者は、この沙那の痴態をどこかで眺めていて愉しんでいるに違いない。

 沸騰するような怒りを噛みしめながら、沙那は歩きにくい足枷のついた足首を懸命に前に出す。

 

 それにしても痒い……。

 いや、痒さはそれほどでもないかもしれない。それよりも苦しいのは、得体の知れない悶々とした疼きだ。

 数瞬ごとにそれは強くなる。

 沙那ははしたなく、自分が腰を振るのをもう止めることができなくなっていた。

 

 少年たちは、そんな沙那の苦悩に全く関係なくどんどん進む。

 沙那も一生懸命に脚を前に出す。

 しかし、その沙那を嘲笑うように股間の疼きが強くなる。

 沙那はだんだんと脳を冒すような苦しみに変わっていく股間の疼きに追い詰められてきた。

 

 身体の奥底をかき乱す淫らな快感が込みあがる。

 眼の前で沙那の首輪を引っ張っているのは、十歳程度の男の子だ。この子たちに、沙那の苦しみを訴えるわけにもいかない。

 

 脚がもつれる。

 全身が途方もなく熱くなり、汗がふきこぼれる。

 身体全体が性器そのものになったかのようだ。

 恐ろしく強烈な媚薬だったようだ。

 数瞬ごとに脳が溶けていくような疼きが拡大する。もう、頭がぼんやりする。

 それにしても、どこにいて、なぜこんなことを子供にさせるのか理解できないが、なんという愚劣な連中なのだろう。

 

「そんなに苦しいなら、脱がしてあげてもいいよ、お姉ちゃん。替えの下着はないけどね」

 

 白樫という少年が笑って言った。媚薬付きの下着を脱げば、下半身をなにも着ずに歩かねばならない。

 しかし、このまま、この下着を着けて歩き続ければ、とんでもない状態になるに違いない。

 

 どちらも選べない──。

 沙那はこれを仕掛けた者の卑劣さに身体が震えた。

 

 そして、歯を食い縛る。

 耐えて歩くしかない──。

 

 しかし、次第に限界が近づく。

 これ以上は身体が耐えられない。肉体の火照りが沙那を異常な状態まで追い詰めてきたのだ。

 

「も、もう少し、ゆっくりと歩いて……」

 

 沙那は言った。

 驚くほど自分の声には甘い響きがこもっていた。

 

「駄目だよ、姉ちゃん。これは調教だと言っていたよ。沙那が決まった距離を歩かなければ、いつまで経っても次の迎えは来ないよ」

 

 柴栗は言った。

 仕方なく歩く。

 だが、だんだんと脚に力が入らなくなる。

 本当に破壊的な疼きだ。

 だんだんと女陰の粘膜の内側まで拡がっていく気がする。

 我慢できずに腰を振れば、もっと疼きが強くなる。

 しかし、じっとなどできるものではない。どんなふうにしても、沙那は下着に付着した媚薬に追い詰められる。

 

「あうっ」

 

 首輪の鎖がぐいと曳かれた。沙那の歩みが極端に遅くなったために、首輪に繋がった鎖が緊張してしまったのだ。

 沙那はその反動でその場に腰を落とした。

 しかし、もう歩けない。

 

「ちょ、ちょっと休ませて……」

 

 沙那は言った。

 

「駄目だよ、歩くんだ」

 

 しゃがみ込んだ沙那の首輪がぐいぐいと引っ張られる。

 しかし、立てない。沙那はうずくまったままでいた。

 それよりも、股間が泣きたくなるくらいに疼く。

 

「しょうがないなあ。ちょっと、おいで」

 

 両側から腰を抱かれて無理矢理立たされた。

 子供とは思えない凄い力だ。沙那は腰を抱かれて、強引に前に歩かされる。

 いや、本当に子供ではないかも……。

 沙那を抱えている力は、子供の力とは全く違う。完全な大人の力だ。

 

「やっとわかった、お姉ちゃん? 僕たちが人間の子供ではないということが」

 

 沙那の表情の変化に気がついたのか、左側から沙那を抱えている犬椈が沙那を見て微笑んだ。

 

「俺たち三人は妖魔だよ。子供に見えるのは仮の姿だ。ちゃんとした大人の妖魔だ」

 

 今度は右側から沙那を抱いている白樫が言った。

 妖魔と聞いて沙那はぎょっとした。

 だが、それは信じられる。

 いま、沙那はほとんど両側のふたりに宙に抱えられて前に進ませられている。

 しかし、持ちあげているふたりには余裕のようなものがあり、大人の女である沙那を抱えているのに、少しも苦しそうな様子はない。

 

 そのまま路地に連れていかれた。

 路地に入るとすぐに、ふたりが沙那を道路に突き飛ばした。

 沙那は、跪いた態勢で地面にうつ伏せになってしまった。

 

「尻をあげな」

 

 その沙那の背中から柴栗が言った。

 

「な、なにをするつもりよ──」

 

 おののくものを感じて、沙那は叫んだ。

 

「騒ぐんじゃないよ、沙那。人がやってきたら恥ずかしいのはそっちだよ」

 

 柴栗は下袴の紐を緩めて下半身を露出しようとしている

 

 まさか──。

 ここで……?

 

 沙那はびっくりした。ここは大通りから一本入っただけの路地だ。いまは人気がないようだが、いつ人が来てもおかしくない城郭の道端なのだ。

 

「いやっ」

 

 沙那は逃げようと身体を起こそうとした。 

 しかし、その両側から、白樫と犬椈が沙那を膝立ちで頭を地面につける姿勢で押さえつける。

 腰の両側の紐が外されて、さっと股間から下着が抜かれた。

 

 沙那は、こんな場所で子供に犯されるという恐怖に、顔を捻じ曲げて振り返る。

 いや本当は妖魔なのだろう。しかし、見た目はただの子供だ。

 柴栗はすでに下半身を露出している。

 股間に勃起している一物は、明らかに子供のものではなかった。

 その大人の怒張が、沙那の尻の割れ目に滑り込み、媚薬で冒された女陰に伸びてくる。

 

「はあっ」

 

 沙那の理性が吹っ飛ぶ。

 限界まで疼いていた股間を男根の先端で擦ってもらえる甘美感で、沙那の身体が大きく弾む。

 全身に漲った欲情が、灼熱の炎になって身体の中に噴き出す。

 

 沙那は自分が自分でなくなる恐怖を覚えて逃げようとした。

 だが、逃げられない。

 まさに妖魔の力だ。巨人にでも押さえつけられたかのようだ。

 

「んあああっ」

 

 沙那はお尻をあげた格好で固定されている。

 その沙那の女陰の粘膜に、柴栗の大きな怒張の先端が押し広げるように侵入してくる。

 

「くほおおっ」

 

 沙那は吠えるような声をあげてしまった。

 気がつくと沙那は、柴栗の性器を迎えようと、下腹部の力を抜いて大きく息を吸いこんでいた。

 怒張が奥に奥にと入っていく。

 沙那は身体が溶けるような快感で打ち震えた。

 

 もうなんでもいい……。

 この疼ききった身体を癒してくれるなら──。

 

 ここがどこで、誰になにをされているかということが、沙那の頭から消える。

 存在するのは、ただ、圧倒的な迫力で襲いかかるこの快楽だけだ。

 そして、怒張が沙那の最奥に貫く。

 

「すけべえな姉ちゃんだな。奥の奥までびっしょりだ」

 

 沙那のお尻にぴったりと腰を密着させている柴栗が言った。

 

「はあああ」

 

 しかし、沙那は返事ができないでいた。

 貫かれただけで息が止まるような快感が沙那を襲っている。

 

「いくよ」

 

 律動が開始された。

 沙那はすぐに愉悦の頂点に押しあげられた。

 あられもない声をあげる。

 

「少しは自重しなよ、沙那。大通りに面した路地なんだよ。ここ──」

 

 犬椈の苦笑のこもった声がした。

 だが、なにも考えられない。

 大通りから一本入っただけの路地で犯されるという興奮も沙那の快感を増幅しているようだ。

 

 こんな自分は、自分ではない。

 沙那の心の一部が叫ぶ。

 しかし、長く羞恥責めに晒されて、しかも、強烈な媚薬で芯まで燃えている沙那の身体は、完全に沙那のその理性を裏切っている。

 

「お姉ちゃん、まだ、始まったばかりだよ。もう、いきそうなのかい?」

 

 数回の律動でもう、限界の痴態を演じている沙那のお尻に、肌と肌をぶつけてくる柴栗が言った。

 溢れた愛液がびちゃびちゃと大きな音がする。

 

「あひいっ」

 

 沙那は返事の代わりに嬌声をあげた。

 あまりの気持ちよさに、沙那は頭の中からなにもかも消えていくのを感じた。

 全身に血が沸騰するような愉悦が響いてくる。

 

 声を噛み殺せない──。

 猛烈な快感に、なぜ、声を殺す必要があるのかもわからなくなる。

 

 狂う──。

 

 沙那の口がなにかに塞がれた。それがあまりにも明さまな沙那の嬌声をとめるための、白樫か犬椈の手だと気がついたのは、柴栗の怒張の律動に耐えられずに、身体を仰け反らせて達した瞬間だった。

 

 その沙那の子宮に柴栗の熱い精が迸ったのもわかった。

 絶頂の余韻に震える沙那から柴栗の一物が引き抜かれた。

 

 荒い息をして下を向いている沙那の顔の前に、なにかがすっと差し出された。

 さっきまで履かされていた小さな下着だ。

 ぷんと女の匂いが鼻に突く。城郭を歩きまわされたことで濡らしてしまった沙那の愛液の匂いだろう。

 

 だが、沙那の眼の前で、その下着の股間部分に新しい粘性の媚薬がべったりと載せられた。

 

「お前のような頭のいい女を発情した雌に変える媚薬だ。新しいのを塗ってやろう。さっきの続きだ。これを履いて、大通りを歩いてもらうぞ、沙那。我慢できなくなったら言え。次は、白樫の番だ。すぐに路地に連れ込んで犯してやる。その次は犬椈だ。言っておくが、荊棘嶺(けいきょくれい)に戻るのは夕方だ。それまでは、これの繰り返しだ。お前のような淫乱な変態女には、嬉しい責めだろう、沙那?」

 

 柴栗が勝ち誇ったような声で言った。

 それは声だけは子供だが、明らかに成熟した妖魔の言葉だった。

 

 そして、この下着を履かされることに恐怖した。

 確かに、沙那を狂わせる恐ろしい媚薬だ。

 一切のまともな理性が奪われてしまう。

 

 これを一日中繰り返し塗られるなど冗談じゃない──。

 きっと自分はおかしくなる。

 それに、沙那の股間からもうびっしょりと淫液が溢れている。

 どうやら、沙那の股間を拭くことなく、こんな小さな布切れをまた履かせるつもりらしいが、そんなことをすれば、沙那の太腿には沙那自身の淫液と女陰に注がれた精液が垂れ落ちてくるのは間違いない。

 だが、媚薬がたっぷりと塗られた下着が沙那の股間に、また容赦なく履かされた。

 

「立つんだ」

 

 三匹の妖魔が、沙那を強引に立たせて、鎖を引っ張り、大通りの喧騒の中に沙那を連れ戻した。



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247 法要会と女体花瓶(宝玄仙)

 十八公(じゅうはちこう)の思念の中に、杏仙(きょうせん)が接触してきた。

 

「どんな様子だ、杏仙?」

 

 十八公は言った。

 

「あなたの準備した悪夢の中で、沙那は繰り返し、城郭の中で柴栗(しばくり)白樫(しらかば)犬椈(いぬぶな)の三匹から精を注がれているわ。だけど、駄目ね。どうしても、精は受け付けないそうよ。あの子宮は子種を宿さないように道術が施されているようね。そっちはどう?」

 

 杏仙の思念体が言った。

 

「孫空女については、孤直(こちょく)凌空士(りょうくうし)払雲(ふつうん)が取り組んでいる。だが、そっちも同じのようだ。精が殺されて、子種を植え付けられないでいるようだ」

 

 捕らえた四人の道術遣いらしき人間の女のうち、孫空女と沙那に一族の子を宿させるための施術を開始して半日以上経っている。

 人間の女に夢魔の精を宿させることに成功した場合はすぐにわかるのだが、半日間、悪夢の中で犯され続けているというのに、あのふたりは、まだ堕ちないらしい。

 だから、いまだに施術が終わったという知らせはない。

 

 獲物にした人間の女を捕えて精を注いで子を産ませる。

 それが十八公や杏仙のような実体を持たない夢魔の一族の唯一の繁殖方法だ。

 しかも、滅多に人の入らない荊棘嶺(けいきょくれい)に、久しぶりにやってきた道術遣いだ。なんとしてもものにしたい。

 

 ただ、それには、彼女たちに施された道術封じの血がどうしても邪魔だった。

 道術遣いの女には、意に沿わない精を殺す能力があるのはよくある話だ。

 だが、これまでは、十八公が見させる悪夢で大抵はあっさりと、その効果を消滅させてきた。

 道術封じは、道術遣いの気力に連動する。

 気力が萎えれば、道術封じの効果も、女体を護るために男の精を殺す作用も消滅する。

 

 しかし、今回捕えた女たちは、なかなかに気力が強いようだ。

 悪夢を見させるが、ああいうことに馴れているのか、悪夢の中で泣き叫び、屈辱に打ちひしがれるが、心が潰れるというところまでいきつかない。

 それだけ、存在が強いということだ。

 ならば、逆に、一族の子を宿させることに成功すれば、強い一族の後継者を産んでくれることになるだろう。

 

「ふうん……。それで、どうするの? 予定では、最初のふたりが終わったら、残りのふたりの計画だったはずだけど、そっちを先にする? あの力の強そうな道術遣いは最後にするとして、もうひとり女はどうなの、十八公?」

 

 杏仙の思念体が言った。

 

「朱姫のことか?」

 

 朱姫──。

 確か、そういう名だった。

 十八公は、実体を持たず思念だけで存在する妖魔だ。

 なんでもない自然物に宿り、獲物となった人間の女の夢の中にのみ、存在を作ることができる。

 また、獲物になった人間の女の夢そのものを支配できる。

 縄張りで捕えている四人の道術遣いでもある女がどういう存在であり、なにを得意とし、なにを弱点としているかということなど、その支配している夢を通じて簡単に知ることができる。

 そして、獲物がもっとも恐怖する悪夢を見させて萎えた心に入り込み、存在そのものまで支配して虜にするのだ。

 

 虜にした獲物には、夢を通じて一族の子を産ませるための精を送り込むが、虜になった人間の女は、本当に新たな命を宿す。

 そうやって、一族の新しい生命が誕生する。

 

 思念だけの妖魔──。

 それが、十八公たち夢魔だ。

 

 しかし、今回捕えた四人の女は、些か心が強いようだ。少なくとも、最初のふたりは、悪夢にもなかなか心を折らずにうまく対応している。

 精を受け入れさせるために見させている悪夢において、快楽は快楽として受け止めて、心が潰れるのを防いでいる。

 十八公は手こずっていた。

 

「朱姫は駄目だな」

 

 十八公は答えた。

 

「なぜなの、十八公? もちろん、今回の獲物はあなたの縄張りで捕えたから、あなたの決定を否とするつもりはないけど、わたしとしては、一族の増やすのに、その対象の能力はどうでもいいわ。もしかして、その朱姫は素材がよくない? もちろん、霊気が高い人間の女は、強い一族を産んでくれるとは思うけど、たとえ、霊気が存在しなくても、新たな一族を増やしてくれればそれでいいのよ。あなたが、朱姫を虜の対象として考えないのであれば、わたしがもらい受けたいわ」

 

 荊棘嶺には、十八公や杏仙のような「夢魔」が十八匹存在する。

 最初の存在がどれであったのかは、もう十八公の記憶にはない。

 長い年月をかけて、今回やっているように滅多にやってこない人間の女を捕えては、一族の子を宿させて少しずつ増えてきた。

 それが十八匹になったということだ。

 

 十八匹は、荊棘嶺のあちこちに分散して、それぞれの縄張りをつくっている。

 捕えた人間の女の支配は、縄張りを管理する夢魔が行い、ほかの十七匹は、それに協力する──。

 それが十八公たちの協定だ。

 

 だから、飛びきりの獲物である今度の四人の人間については、十八公に占有権がある。

 しかし、いまのところ、どの獲物についても、心を潰して虜にするところまで辿り着いていない。

 だから、杏仙からすれば、一度に四人を捕えたために、より強い霊気の獲物を求めて、えり好みをしていると思ったのかもしれない。

 

「そうではないのだ、杏仙。朱姫は子を産めない。子供だ。十歳くらいの年齢でしかない。子を産むには早すぎる。受胎させるのは悪夢の中でも、受け入れる人間の女の側に人間として受胎をできる基盤がなければ、子を宿させることはできない」

 

 夢魔の子を産ませるのは、人間の大人の女でなければならない。

 そうなっているのだ。

 夢魔は夢を支配し、あらゆる悪夢を操ることができる。

 

 例えば、人間の男の夢に入り込んで、女にしてから犯すということはできる。

 しかし、その場合、精を送っても夢魔の子を受胎することはない。

 女としての生殖機能がなければ、思念の中であっても精を受け入れられないのだ。

 それは、人間の女が初潮を迎える前で、大人でない場合も同じだ。

 朱姫は、初潮前の子供だ。

 

「十歳? それはおかしいわ。成熟した人間の女四人。しかも、四人とも道術遣い──。そう聞いたわ」

 

 杏仙だ。

 

「確かにそう言った。俺は宿っている存在を通じても、荊棘嶺で眠っている四人の実体については、大人の女だということは確認している。少なくとも、子を宿せないほどの子供ではない。しかし、支配している俺の思念の中では、朱姫は十歳程度でしかないのだ。これでは、精を送っても無駄だ」

 

「外の実体が大人で、夢魔に支配される思念の中では子供ということがあり得るの?」

 

 杏仙の声には、驚きの感情が籠っている。

 

「わからない……。初めての事象だ。だが、実際に朱姫は、俺が支配している思念では子供なのだ。朱姫を任せた牡丹(ぼたん)桔梗(ききょう)竹世(ささ)兆木(もも)からもそう知らせがあったし、俺自身も確かめた。あれは、子供だ」

 

 十八公は言った。

 

「牡丹たちはどうしているの?」

 

「残念がりながらも縄張りに戻った。子を宿させることができないのであれば、夢に入り込む目的もないのでな」

 

「じゃあ、あなたは、どうするつもりなの? このまま、沙那や孫空女に悪夢を見せ続けて、心が折れるのを待つ?」

 

「いつまでも続けることはできん。悪夢を見させている間も、実体としての獲物は、眠っているのだ。眠っていては、実体そのものが生命を続けるための栄養を摂取することができない。虜が生命であることができなくなれば、そもそも子を宿させることが不可能だ」

 

「では、どうするつもり?」

 

 杏仙が訊ねた。

 

「うむ。これまで、孫空女や沙那の心が折れないのは、仲間依存が強いためだというのもわかってきた。つまり、どんなに恥辱的な目に遭っても、いつかは仲間が救ってくれるという思いだ。それで、心が折れない」

 

 十八公は説明した。

 

「だったら、悪夢の中でほかの仲間が死んだり、裏切ったりさせればいいのでは? 単純に、対象に屈辱をさせるよりは、効果があるわ」

 

「それはいずれやってみようと思う。しかし、最初は、宝玄仙だ──。今回対象としている三人の人間の女の心をもう一度探り直してみた。そして、宝玄仙には、大きな心の傷があり、それは過去の記憶がもたらしているとこともわかった。つまり、宝玄仙には、過去の記憶を悪夢として見させる。それで、心は折れるはずだ」

 

「なるほど。つまり、あなたの次の選択は、目標を宝玄仙──あの強力な霊気の道術遣いに絞るということね?」

 

「そのとおりだ、杏仙」

 

 十八公は言った。

 

「ならば、わたしはあなたが放棄した朱姫を試してもいい? 朱姫に悪夢を見させて、精を送るわ。仲間依存を避けるために、朱姫についても、過去の心の傷というのがあれば、利用してみるわ」

 

 杏仙が言った。

 

「朱姫は子供だ。さっき、説明したはずだが」

 

 十八公は困惑した。

 

「でも実体としての存在は、大人なのでしょう? 夢魔の思念の中では子供──。これは、初めての事象であり、どういうことかわからない。つまり、精を送ってみれば、実際には、子を宿させることが可能かもしれないわ」

 

「うむ……」

 

 十八公は思料した。

 杏仙は女、あるいは雌としての傾向が高いが、それは妖魔として、虜にした人間の女に精を送ることに問題はない。

 そして、杏仙の言うことには一理ある。

 もしかしたら、思念の中で子供でも、実体が大人の女であれば、なんの問題はないのかもしれない。

 

「任せよう、杏仙。できれば、大槻天(おおつきてん)山桜花(さざんか)希木(まれぎ)を参加させてやって欲しい。彼らは、荊棘嶺の夢魔一族では、もっとも新しい存在であり、まだ、悪夢の中で、人間を犯すという経験がない。教えてやって欲しい」

 

 

「わかったわ」

 

 杏仙の思念が消えた。

 では、宝玄仙だ。

 宝玄仙の記憶は悪夢の宝庫だった。

 その中から、適当なものを掘り起こして、再現する。

 それで宝玄仙は堕ちる。

 

 十八公は確信していた。

 

 

 *

 

 

 ついに来た───。

 

 やって来た股間の刺激に、宝玄仙は眉をひそめた。

 法会における最前列の雛壇(ひなだん)で、経典を吟じていた宝玄仙は、股間に挿入された張形が淫らに動き始めたのを感じて、それを周囲に悟られないよう懸命に平静を装った。

 

 後方には数十人の天教の神官のほかに、数百人の平民の観客がいる。

 その最前列にいる宝玄仙に埋め込まれた張形がぶるぶると淫らな振動を始めたのだ。

 ただでさえ、漢離仙の強力な媚薬で宝玄仙の股間は官能にただれた状態だったのだ。

 そこに振動という責めも加わった。

 宝玄仙は、吟じる声にそれが影響されないように、ぐっと拳を握りしめた。

 

 後方の神官や観客たちの誰もが、まさか、天教の最高神官の八仙であり、そして、帝都一の美貌と名高い宝玄仙が、式典用の巫女服一枚の下は、下着一枚つけない素裸であり、しかも、たっぷりと催淫剤を塗りつけた張形付きの革帯を股間に装着させられているとは夢にも思わないであろう。

 

 闘勝仙の飼う「奴隷」の存在になって一年になる。

 これまでの調教において、天教の神官としての活動そのものにおいては、彼らは淫戯や色責めはしてこなかった。

 だが、今日からは、調教の次の段階に入ると称して、法会の前にこの張形付きの革帯を股間に装着させられたのだ。

 改めて、闘勝仙たちが異常な嗜虐者であることを宝玄仙は思い知った。

 

 この会場のどこかで、闘勝仙たちは宝玄仙の苦悩の姿を眺めて愉しんでいるに違いない。

 せめてなんでもない風を装い、宝玄仙が公然の中で悩ましい姿をすることを期待している彼らの鼻を明かせてやりたい──。

 そう思って宝玄仙は懸命に淫らな刺激に耐えていたが、そんな宝玄仙の嘲笑うかのように、張形の振動は、強弱を繰り返しながらだんだんと強くなる。

 しかも、埋め込まれた革帯には肉芽の部分を刺激する突起もあり、それが張形の振動と合わせて、宝玄仙を責め苛んでいる。

 

 責められるのは考えてみれば久しぶりかもしれない。

 もちろん、「宝玄仙」の身体としては、一年前に闘勝仙の罠に嵌って愛奴になって以来、ずっとさまざまな方法で責められ続けている。

 しかし、宝玉という存在が「宝玄仙」の心に出現してから、実際に嗜虐を受けるのは宝玉の役割になっていたのだ。

 

 だが、式典の法要については、宝玉には無理だった。

 ひとりの人間の能力と性格を分けあっているため、宝玉には法要の主宰の能力がないのだ。

 だから、式典中に受けたこの仕打ちは、宝玄仙の意識が受けるしかなかったのだ。

 これからは、宝玉と宝玄仙でふたりで分かち合いながら、闘勝仙たちの嗜虐を乗り切ることになるだろう。

 

 そして、いつの日か……。

 

「んんっ」

 

 しかし、不意にやってきた新しい刺激に、宝玄仙はついに声を洩らして、吟じる声を中断させてしまった。

 女陰に埋め込まれた張形だけではなく、後ろの菊門にも埋め込まれている特大の張形も動きはじめたのだ。

 肛門は、この一年で繰り返し繰り返し、いたぶられた宝玄仙の最大の性感帯だ。

 いまや、宝玄仙は女陰そのものよりも、遥かに強い性感を後ろの穴で感じてしまうようになった。

 

 後ろの穴で我を忘れて感じる宝玄仙を見て笑う──。

 それだけのために連中は、宝玄仙の尻穴を調教したのだ。

 そこを責められ始めた宝玄仙は、神経を削り取るような恥辱と快感に、思わず腰を浮かして声を止めてしまった。

 

 隣に座っている若い仙士の僧侶がいぶかしげに視線を送る。

 宝玄仙は慌てて、経典を吟じる態勢に戻った。

 しかし、その宝玄仙の股間では、女陰と肉芽と肛門の三箇所で淫らな振動が続いていた。

 

 全身から噴き出す汗を感じながら、宝玄仙は淫らな振動を受け続ける。

 そして、やっと宝玄仙ひとりで経典を吟じる場面が終わり、全神官による合唱となる。

 すると宝玄仙に嵌められた張形の振動が最大になった。

 宝玄仙は歯を食い縛りながら、声を洩らすことを耐えた。

 

 そして、全身を震わせながら、この大勢の観客の最前列で気をやった。

 周りに悟られないように絶頂することも、この一年で憶えさせられた恥辱のひとつだ。

 宝玄仙は、大勢の人間のいる法会の最前列で激しい快楽で達した余韻に酔っていた。

 

 もちろんそれで許されるわけではない。

 股間の激しい振動は、終わるどころか、なおも激しい振動を与えてくる。

 催淫剤で溶かされている身体だ。

 淫らな刺激はいくらでも宝玄仙に、第二、第三の官能の波を生み出して襲ってくる。

 

 それに、嵌められている張形の責めは、ただの振動だけではない。

 宝玄仙の体内で震えながら、内部に充満された漢離仙の催淫剤をじわじわと撒き散らしているのだ。

 そして、宝玄仙が達するとまとまった催淫剤が噴き出して、前と後ろの肉襞に催淫剤をべっとりと付ける。

 宝玄仙は、その催淫剤の効果により、達すれば達するほど、肉体が溶けるような苦しい疼きを感じることになるというわけだ。

 

 闘勝仙、漢離仙、呂洞仙の三人が、この法会の最中に宝玄仙が何回達するかということで賭けをしていることは知っている。

 だから、宝玄仙は自分が何回達したかを正確に報告しなければならない。しかも、「前で何回、後ろで何回」というように区分してだ。

 

 誤魔化すことはできない。

 実は嵌められている革帯の後ろの部分には、宝玄仙が前後それぞれで何度達したかの数字が道術で浮き出るようになっている。

 宝玄仙にわざわざそれを口頭で報告させるのは、宝玄仙が達した回数を間違わなかったかを確認するためなのだ。

 

 二回目の波がやってきた。

 それが前の責めによる絶頂であるのか、後ろが原因であるのか、宝玄仙にはよくわからなかった──。

 

 

 *

 

 

「入るわ……」

 

 宝玄仙は声をかけてから示された部屋に入った。

 そこには、闘勝仙、漢離仙、呂洞仙の三人が揃っていた。

 三人は葡萄酒の入った盃と果物の載った卓を囲んでいて、宝玄仙がやってくると視線を一斉にこっちに向けた。

 

「報告しろ、宝玄仙」

 

 ゆったりとした肘掛椅子に腰を降ろしたまま闘勝仙が言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 こんな奴に唯々諾々と従わなければならない恥辱で血が沸騰しそうになる。

 しかし、今日は十日に一度の三人の精と小便を貰う日だった。

 宝玄仙は、彼らの罠に嵌められて、十日に一度は漢離仙、呂洞仙の精、そして、闘勝仙の尿を身体に入れなければ、一日間いき狂いの発作に襲われる身体にされている。

 漢離仙の施した仙薬と闘勝仙の呪術によるものだが、宝玄仙の道術でもそれを癒すことはできない。

 それは闘勝仙たちと交わさせられた道術契約で禁止されている。

 だから、あの恐ろしい発作から免れるために、この三人から精と尿をもらうためにどんな恥辱的な行為にも甘んじなければならないのだ。

 宝玄仙は、煮えたぎる感情を隠して、闘勝仙に訊ねられたことを告げるために口を開いた。

 

「まて、宝玄仙、闘勝仙様の奴隷のお前が服を着たまま報告するつもりか?」

 

 呂洞仙が宝玄仙の言葉を遮った。

 宝玄仙は恥辱で気絶しそうになった。

 しかし、なにを言っても無駄ということはわかっている。

 宝玄仙は沈黙のまま巫女服を脱いだ。

 

 宝玄仙の裸身が露わになっていく。

 やがて、身に着けているのが、大小の張形を咥えさせられている股間の革帯だけだになった。

 脱いだばかりの巫女服を呂洞仙が奪ってどこかに持っていく。

 これで宝玄仙は、服を返してもらわなければ、どこにも行けないということだ。

 宝玄仙はそれにも黙って耐えた。

 

 何度も達っした身体だが、漢離仙の施した強力な媚薬はいまでも宝玄仙を責め続けている。

 なんでもない風を装っているが、こうやって立っているだけで、身体が火照って息が止まるような官能の酔いが襲ってくる。

 

 眼の前の三人がいなければ、宝玄仙はいまこの瞬間に、股間に手をやって自慰に耽っているだろう。

 しかし、この三人の前で弱みを責めるのは死んでも嫌だった。

 実は宝玄仙が彼らの責めにより、どうしようもなく追い詰められているということなど、すっかりお見通しだとしてもだ。

 

「宝玄仙、どうしてそんなに身体を震わせているのだ。それに、随分と汗をかいているし、顔が赤いようだが?」

 

 闘勝仙だ。

 優越感に浸った表情で部屋の真ん中で立たされている宝玄仙の顔に視線を向けてくる。

 

「な、なんでもないよ……」

 

 宝玄仙は顔を下に向けた。

 

「それに乳首が勃起している。理由を言ってみろ」

 

「なんでもないと言っているでしょう」

 

 宝玄仙は声をあげて、きっと闘勝仙をにらむ。

 しかし、いきなり股間の張形が動き出した。

 

「ああっ……ひいっ──」

 

 宝玄仙は腰を落とした。

 

「勝手に座るな」

 

 闘勝仙の強い叱咤が飛ぶ。宝玄仙は、腰と膝に力を入れて堪えた。なんとか姿勢を戻す。

 しかし、だんだんと振動が強くなる。

 特に後ろの張形の振動がつらい。

 宝玄仙ははしたなく嬌声をあげて、腰を引くようなみっともない姿になっていく。

 懸命に姿勢を糺そうと思うのだが、身体が震えてどうしても腰の力が抜ける───。

 

 するとぴたりと振動が止まる。

 ほっとして、態勢を直すと、再び振動──。

 

 それを繰り返される──。

 服を持ち去った呂洞仙が戻ってくると、今度こそ張形は振動を止めた。

 

「いいぞ、宝玄仙、回数を報告しろ」

 

 闘勝仙が顎で宝玄仙を促した。

 

「ぜ、全部で七回……。前が四……。後ろが三」

 

 宝玄仙は言った。

 ぐっと握るふたつの拳はぎゅっと握られている。

 

「背中を向けろ」

 

 闘勝仙が言った。宝玄仙は三人に背を向ける。

 三人が一斉にぷっと噴いたのがわかった。

 

「間違ったな、宝玄仙。七回は合っていた。だが、前が二回で、後ろが五回だ。仕方のない女奴隷だ。数も満足に数えられんのか」

 

 漢離仙が揶揄をする。

 

「くっ……。そ、そんなのわかるわけないでしょう。ま、前も後ろも同時に動いているのよ。全部一緒だよ」

 

 宝玄仙は声を荒げた。

 丁寧な言葉を使うことは求められていないし、彼らもそれは望んでいないらしい。

 口で逆らい続ける宝玄仙が、三人の嗜虐を受けて、泣き叫び、恥辱に顔を歪めることが愉しいらしい。

 宝玄仙としても、せめて彼らに不満をぶつけることは、心の底では屈服していないという証でもあり、崩れそうな精神を支えるよりどころでもある。

 

「まあいい、罰は後のこととして、今日は予定がある。宝玄仙、その台に載れ──。呂洞仙、股間のものを外してやれ」

 

 闘勝仙の言葉で立ちあがった呂洞仙が、宝玄仙の裸身に近づき、道術をかけながら、宝玄仙が履かされた淫具を取り去った。

 張形が女陰と肛門から抜かれる刺激で、宝玄仙はひと際大きな声をあげてしまった。

 三人の嘲笑に宝玄仙は、恥辱で顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「さあ、じゃあ台に載れ、宝玄仙」

 

 呂洞仙がぴしゃりと宝玄仙の尻を叩いた。

 腰に走った痛みに宝玄仙は顔を歪めた。

 宝玄仙は自分が載れと命じられている台を見た。

 人間が寝そべって横になれるくらいの細長い台で、台には車輪がついていて、簡単に押していけるようになっている。

 そして、台上には何本かの革紐があり、それで上に乗った者を拘束できるようになっているようだ。

 

「だ、台に載ったらどうなるのよ。教えてよ」

 

 宝玄仙は、自分の脚が怯えで竦むのを感じた。

 台についている革紐は、宝玄仙の裸身を拘束するものであろう。逆らえないことはわかっている。

 だが、せめて、これからなにをされるかだけは知っておきたい。

 

「奴隷がそれを知る必要はない。黙って載れ──。俺たちの精をやらんぞ」

 

 呂洞仙が怒鳴った。宝玄仙は込みあがった怒りと恥辱をぐっと耐える。

 だが、闘勝仙がそれを制した。

 

「まあいい、教えてやろう、宝玄仙──。これから、この神殿の地下である秘密の宴がある。お前には、そこで宴を盛りあげるための余興になるのだ」

 

 闘勝仙は言った。

 宝玄仙は頭の血が引く思いだった。

 この三人に責められるのはもういい。

 覚悟もしているし、諦めてもいる。

 

 しかし、八仙としての地位もあり、名誉と尊敬の対象でもある自分が、この三人以外の人間の前で晒し者になるのはどうしても耐えられない──。

 闘勝仙は、宝玄仙の痴態を三人以外に披露するのは、自分に心服している者に限定しているとは言っている。

 しかし、それはどんどん人数が増えている。

 いまや、宝玄仙が闘勝仙に飼われる「性奴隷」だということは、帝都の公然の秘密のようになっている気がする。

 

「そ、それだけは……」

 

 宝玄仙は哀願した。無駄だとはわかっている。

 しかし、万が一の望みを抱いて、宝玄仙は、頭をさげて闘勝仙に頼んだ。

 だが、そんな宝玄仙を闘勝仙は鼻で笑った。

 

「おい、宝玄仙は脚が竦んで台に載れんようだ。手伝ってやれ」

 

「はい、闘勝仙殿」

 

 宝玄仙は、呂洞仙と漢離仙に抱えられるように無理矢理に台に載せられた。

 仰向けに寝かされた宝玄仙の細い腰の括れにぎゅっと台に装着された革紐が食い込む。

 そして、両手を上方に引き上げられて、台の頭側に固定された。

 

 そして、脚──。

 しかし、台の下側に足首が固定されるのかと思ったら、両脚がふたりによってぐいぐいとあげられて、頭の方向に持っていかれる。

 それによって、宝玄仙は後ろにひっくり返るようなかたちで、股間があがる。

 

「な、なにするのよ──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。宝玄仙は自分が取らされようとしている恰好に恐怖して脚をばたつかせた。

 だが、道術の抵抗を封じられた宝玄仙には、ふたりもの男に力ずくで押さえられたら、もう抵抗のしようがない。

 宝玄仙の両脚は、頭側にひっくり返されて、膝を頭の横につけられて、そこで台に革紐で固定される。

 

「こ、こんな……。ひ、酷いわ──」

 

 宝玄仙は呻くような声をあげた。

 いわゆる、「まんぐり返し」の姿勢だ。

 何度も達したことでまだ淫液が滴っている女陰を肛門とともに、上方に曝け出すという想像もしたことのない屈辱の格好に宝玄仙は震えた。

 

「さあ、客が待っている。行くぞ──」

 

 ふたりが台を押し始める。

 

「ま、待って──。後生よ。ほかのことなら何でもする。だから、こんな格好で連れていくことだけは堪忍して──」

 

 宝玄仙は、溢れた涙に耐えきれずについに泣き叫んだ。

 

「待てよ。もっと、客を悦ばせよう。そこにある花を宝玄仙の女陰に咥えさせよう。生きている花瓶というわけだ」

 

 宝玄仙の涙を無視して、漢離仙が言った。

 闘勝仙がそれは面白いと手を叩く。

 宝玄仙は悲痛の声をあげた。

 だが、部屋にあった花瓶から数輪の花を抜いた漢離仙が、ずぶずぶと宝玄仙の女陰に茎を挿し込んでくる。

 

「ひっ、ひいっ──ひいい──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「では、行くか」

 

 台車が動き出し、膣に数輪の花を咥えた宝玄仙は、台車に載せられたまま地下に通じる廊下に連れ出された。



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248 失禁責めともうひとりの生贄(宝玄仙)

 神殿の地下は、それが窓のない部屋だとは思えないような陽光の溢れる場所になっていた。

 広い部屋の四周の壁には、道術により産みだされた緑豊かな田園の映像が投射されているし、心地よい風と気持ちのよい草の香りさえも、どこからか流れてくる。

 その風と香りに混ざった美しい音楽の調べが、客たちの気分を盛りあげる効果を作ってもいる。

 その道術で産みだされた素晴らしい部屋の卓には、食欲をかきたてる匂いをさせているたくさんの食事と飲み物が並んでいるようだ。

 部屋にいた三十人ほどの客たちは、思い思いで食事や飲み物を愉しんだり、会話に興じたりしている。

 

 手足を頭側にして仰向けに拘束された宝玄仙は、車輪付きの台に載せられてねり動かされ、その宴の隅々まで無理矢理に見せられている。

 台を押すのは漢離仙と呂洞仙だ。

 客の視線が性器を上にして「まんぐり返し」にされている全裸の宝玄仙に注がれる。

 漢離仙の催淫剤でただれるように充血をしている女性器に対する視線を遮る術もなく、宝玄仙はもしも許されるのであれば、この瞬間に舌を噛んで自殺をしたい気分だった。

 だが、死ねば、こんなことを宝玄仙にさせている闘勝仙たちに復讐ができない。

 宝玄仙は血も凍るような恥辱に歯を食い縛って耐えた。

 

 宝玄仙は台に載ったまま、部屋の中をぐるぐると動かされた。

 客たちの嘲笑と揶揄が宝玄仙に浴びせられる。

 宝玄仙にとって耐えられないのは、媚薬の影響でいまだに愛液を垂れ流している女陰をこれ見よがしに笑われることだ。

 しかも、上を向いた女陰の粘膜には数輪の花を挿されて、宝玄仙の裸身が花瓶のようにされている。

 こんな恥辱は想像もしたことがない。

 

「これは、なかなか見事な花瓶ですなあ、闘勝仙殿。いつもながら、趣味がいい。さっきまでの法会で主催を演じた美女八仙をこんな肉の花瓶にできるのは、帝都広しと言えども闘勝仙殿だけでしょうなあ」

 

 すでに主賓席に座っている闘勝仙に近づいて追従の言葉を述べる客の声が聞こえる。

 

「これこれ、名を出してはいかん約束だろう。宝玄仙のような八仙の立場にいる女が、こんな破廉恥な恰好で人前に出るなどということはありえんでしょう」

 

「そうでしたな。これなる肉花瓶は、宝玄仙に瓜二つの女奴隷──。そういうことでしたな」

 

 ひと際、大きな声で発っせられたその男の言葉に、会場の客が一斉に笑った。

 宝玄仙は、そんな客たちの揶揄を石にでもなったつもりになって耐えていた。

 しかし、どんなに平静を装っても感情だけはどうしようもない。

 宝玄仙は、自分の眼からひとつ、ふたつと悔し涙が落ちるのがわかった。

 

「おやおや、泣きだしたようですよ、この女奴隷は」

 

「下の口は、もっと早く泣いていたようですけどね」

 

「しかし、この肉花瓶は少し堪え性がないようですなあ。ぶるぶると震えて花が揺れている」

 

「それも風情でしょう。花瓶の花が風で揺れていると思えばいい」

 

「風ではなく、宝玄仙の悶えでしょう……。おっと、違った。宝玄仙にそっくりな女奴隷の悶えだ」

 

 口々にはやし立てられる。

 宝玄仙を載せた台が部屋の前側に設けられた場所に固定されると、すべての客たちが集まって、その宝玄仙を取り囲んだ。

 宝玄仙は晒し者になっていることに耐えられずに、花を咥えている股間を少しでも隠そうと右に左に身を捩るのだが、どうすることもできない。

 本当はこうやってじっとしていられないくらいに、催淫剤によって股間を責められているのだ。

 大勢の人間にしっかりと見られながら、大量の淫液がどろりどろりと流れ落ちているのがわかるし、宝玄仙の股間の下の台からは、宝玄仙から流れる大量の汗と愛液が混じり合う不快な匂いも漂い始めている。

 

「さて、宝玄仙……いや、その偽者──。いつまでも黙っていないで、挨拶をしろ。大勢のお客様が、お前の汚らしい欲情の姿を見てくれるんだ」

 

 頭側にいる漢離仙が言った。

 宝玄仙は顔を横に向けたまま黙っていた。

 挨拶など死んでも嫌だ。冗談じゃない。なぶるなら勝手になぶればいい。

 だけど、人形のように大人しくしてやる。

 そうすれば、愉しめなくなってつまらないのであろう。

 

「口を開きたくないようだな──」

 

 呂洞仙の声だ。

 どうやら、呂洞仙は宝玄仙の横に立っているようだ。

 その呂洞仙らしき手が宝玄仙の乳房を揉み始め、指で乳首をこりこりと掻きだした。

 

「ひゃああ──ああ、あああっ……」

 

 襲ってきた快感に思わず声をあげてしまった。

 周囲の人間がどっと沸く。

 

「あらっ、本当に淫乱な雌犬のようですね。でも、綺麗な声。もっと、泣き声を聞きたいわ」

 

 どこからか女の声がした。

 今日はどこか貴族夫人も混じっているようだ。

 この声は初めての声だから、また、新しく闘勝仙が連れてきた招待者だろう。八仙である宝玄仙が恥辱の奴隷であることを知っている者がまた増えた。

 宝玄仙の血が凍る。

 

「じゃあ、どうしても声をあげざるを得ないようにしてやろう。さて、宝玄仙、口を開けろ」

 

 漢離仙が小さな容器を宝玄仙の口にかざした。

 ぎょっとした。なにか得体の知れない魔薬に違いない。

 宝玄仙はぐっと口をつぐむ。

 

「宝玄仙、口を開けろ──。許可をするまで口を閉じるな」

 

 闘勝仙の言葉とともに、道術が浴びせられた。

 宝玄仙の口は大きく開いて閉じなくなった。

 その宝玄仙の口の中に、漢離仙の持った容器の中の液体が注がれる。

 吐き出そうとしたが、両側から顔を押さえられて固定される。

 そして、口に溜まったその液体を鼻をつまむことで、息と一緒に飲ませられる。

 宝玄仙は咳込みながら、口の中に入れられたその魔薬を全部飲んでしまった。

 

「あ……あが……ああ──」

 

 しかし、闘勝仙が宝玄仙の口を開かせている道術を解いてくれない。

 開かれた口から涎が垂れ流れる。それは顎を伝って首に滴っていく。

 そして、さっき飲まされた液体がなんの魔薬なのか、すぐにわかった。

 宝玄仙に猛烈な尿意が襲いかかって来たのだ。

 

「はがっ、はがぁ」

 

 宝玄仙は身体を揺らして訴えた。

 仙薬作りの天才である漢離仙の魔薬だ──。

 その効果はあっという間だ。強烈な利尿剤であったらしいさっきの液体の効果が宝玄仙に襲いかかる。

 

 おしっこが……。

 漏れる──。

 

 宝玄仙は股間に力を入れた。

 少しでも緊張を解けば、膀胱から尿が噴き出しそうだ。

 

「口を閉じていい、宝玄仙」

 

 闘勝仙の声だ。

 宝玄仙の口が自由を取り戻す。

 

「ああぁ……。お、お願い──。も、もう赦してよ……。わ、わたしを──」

 

 宝玄仙は股間の筋肉を集中しながら訴えた。

 もう、漏れる……。

 しかし、こんな格好で小便などすれば、噴水のように噴きあがり、宝玄仙の全身はもちろん、周囲に尿を撒き散らすであろう。

 

 

「おお、やっと口を利くになったか」

 

 呂洞仙が女陰に刺さっていた花を無造作に引っこ抜いた。

 その小さな刺激だけで、いまの宝玄仙には恐ろしい責めだ。

 宝玄仙はかろうじて、尿が噴出するのを耐えた。

 

「顔が青ざめて来たな、宝玄仙……いや、奴隷──。ええい、面倒だ。もう、宝玄仙でいい。それよりも、なにが苦しいのか、ちゃんと説明しろ。そうすれば、便器にさせてやる。ただし、お客様に挨拶をしてからだぞ」

 

 漢離仙が言った。

 

「い、嫌だよ──。こ、これ以上の辱めには耐えられない──」

 

 宝玄仙は悲痛な声で訴えた。

 

「だったら、いつまでもそうやって腰を振っているんだな。もしも、みっともなくそのまま小便を洩らしたら、次の薬は下痢剤だ。肛門から、今度は下痢便が噴きあがるぞ」

 

 宝玄仙はぞっとした。

 漢離仙は本当にやるだろう。

 こういう宴における大勢の客の前で大便をさせられるのも、もう何度も経験した。

 しかし、だからといって耐えられるものじゃない。

 しかも、この格好で大便をすれば、今度は宝玄仙の全身は大便まみれになる。

 

「ほ、宝玄仙です。み、みなさん、よろしくお願いします──」

 

 宝玄仙は血を吐くような思いで、挨拶の言葉を口にした。

 

「歳は?」

 

 漢離仙だ。

 

「さ、四十…………。お、お願い──もう……」

 

「最初の自慰は何歳だ」

 

「そ、そんな……」

 

「言わんか。便器でさせてやらんぞ」

 

「多分……六……七歳か……」

 

 周りの客が湧いた。

 

「随分早いなあ。いや、いくら淫乱なお前でも早すぎるだろう。誰に教わったのだ?」

 

「母親……。ねえ、もう、限界だよ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「最初の性行為は何歳だ?」

 

「十……八」

 

「自慰が怖ろしく早い割には、今度は遅いな。相手は?」

 

「よ、妖魔遣い……。旅で出逢った……」

 

 もうなにも考えられない。

 まるで操られているかのように訊ねられたことを口にしている自分に気がついていた。

 とにかく、おしっこが漏れそうなのだ。

 我慢できない。

 

「で、出る──。お、おしっこが出るよ──。で、出る──。ひきぃぃぃ──」

 

 もう少しも我慢できない。

 宝玄仙は全身を震わせて呻いた。

 

「わかった、わかった──。呂洞仙」

 

 漢離仙が呂洞仙の名を呼んだ。

 呂洞仙がどこかに立ち去っていく気配がした。

 

「それよりも、厠に……」

 

 挨拶したらおしっこをさせてもらえるという約束なのだ。

 だから、恥辱に耐えて、なんでも喋ったのだ。

 

「誰が厠に連れていくと言った。便器にさせてやると言っただけだ」

 

 漢離仙が嘲笑った。

 

「そ、そんな、約束が……」

 

「お前が勝手に勘違いをしたのだろう」

 

 宝玄仙は悲痛な声をあげた。もう苦しい──。

 股間が破裂しそうだ。

 

 限界──。

 宝玄仙の意識が遠のく──。

 会場がさらに湧いた。

 その理由は、天井を向いて拘束されている宝玄仙にはわからない。

 

 しかし、すぐにわかった。

 会場にもうひとりの裸の女が連れてこられたのだ。

 両手を背中側で革手錠によって拘束されていて、顔の鼻から上を覆う革の覆面で隠されていた。

 眼が覆われているので、視界がないのだろう。

 怯える足遣いで呂洞仙によって首輪に繋がった鎖を曳かれてやってくるのが、かろうじて視界に入った。

 

 その顔半分を隠されている女──。

 若い女だった……。

 彼女を見て、宝玄仙はその裸身に見覚えがあることに気がついた。

 そして、それが誰であるかわかって愕然とした。

 

 信じられない……。

 

 まさか──?

 

 だが、おそらく間違いがない。

 哀れな第二の生贄としてこの会場に連れてこられた若い女──。

 それがまさか……。

 

「宝玄仙、これが便器だ。おい、ごみ女──。宝玄仙の小便を飲め。こぼすんじゃないぞ」

 

 ごみ女と呼ばれた女が、宝玄仙の載せられている台の横に連れて来られて、上を向いている宝玄仙の性器に向かって顔を押された。

 しかし、目隠しをされているのでどこが宝玄仙の顔がわからないのだ。

 困ったように身体を屈ませて、顔をうろうろとさせている。

 

「ほら、宝玄仙、便器を誘導しろ。小便がしたければな。間に合わなければ下痢剤だぞ」

 

 漢離仙が怒鳴った。

 

「もう、少し下……。いえ、右──。そのまま──」

 

 宝玄仙は恥辱に気を失いそうになりながらも、その女の口を宝玄仙の股間に近づけるように誘導する。

 それにしても……。

 やっぱり、そうだ。

 

 その顔半分の女が間近になったことで、宝玄仙は自分の想像が正しいことを悟った。

 

 鳴智(なち)……。

 なぜ、ここに鳴智が……。

 

 宝玄仙は混乱した。

 鳴智はいま頃は屋敷にいて、宝玄仙が戻ってくるのを待ち構えているはずだ。

 かつて宝玄仙の奴隷だった鳴智は、この一年、残酷な女主人として、宝玄仙を屋敷でさまざまに責めたてていた。

 その鳴智が、なぜ、ここに宝玄仙と同じように闘勝仙たちの生贄として晒し者のひとりにされているのか……。

 

「ほら、ここだ」

 

 鳴智らしき女の頭がどんと宝玄仙の股間に向かって押された。

 性器に鳴智の口が押し当てられた刺激で、ついに、宝玄仙の股間の堰が崩壊した。

 

「ああっ……あふううぅぅぅぅ──」

 

 唇から漏れたのは悲鳴ではなく、安堵の声だ。

 宝玄仙の股間から尿が弾け噴き出した。

 小水が、その女の口に飛びかかっている。

 女は懸命に口を開いて、それを受けとめようとしているが、あまりにも勢いが強いらしく、かなりの量を取りこぼしている。

 しかし、宝玄仙も一度出し始めた尿を止めることも、抑えることもできずに流れるままにした。

 

 やっと宝玄仙の膀胱の苦しさがなくなり、水流が衰えると、女の口が大きく宝玄仙の股間全体に拡がって、舌が掃除をするように、宝玄仙の股間を舐め回った。

 宝玄仙は熟れきった女陰が舌で刺激される気持ちよさに、大きな嬌声をあげた。

 

 周囲の人間が一斉に笑い声をあげる。

 宝玄仙は込みあげる恥ずかしさに全身が赤くなるのを感じた。

 それでも鳴智らしき女は、まるで宝玄仙に奉仕をするかのように、一心に宝玄仙の大量の愛液と尿で汚れているはずの股間を丁寧に舌で舐め続ける。

 しかし、これはどういうことだろう──。

 残酷な女主人のはずの鳴智がどうして……。

 

「それにしても、凄いわねえ。みんなの前でこんなに汚らしい小便を垂れ流して……。よくも恥ずかしくないわねえ。それも人の口の中に排泄するなんてねえ。あたしだったら、こんなことをさせられたら恥ずかしくて死んでしまうわ。本当に八仙の宝玄仙なの?」

 

 どこからか不潔気回りないというような女の言葉が聞こえる。

 意地の悪いその声に宝玄仙は、じっと唇を噛む。

 だが、それを妨害するように女の舌が宝玄仙の股間を這う。

 

「い、いや……。もう、やめ……ひいっ──」

 

 耐えようとしてもどうしても声が出る。

 

「いや、実は、宝玄仙はこういうことが好きなのだ。その証拠に、この宝玄仙は最初から、女陰に淫液を滴らせていたであろう」

 

「なるほどねえ……。実は、汚らしい雌豚だったということね」

 

 闘勝仙の言葉に、その客が納得するように口調で応じた。

 

 冗談ではない。

 宝玄仙の女陰が濡れていたのは、長い時間催淫剤に苛まれ、しかも、法会の最中に張形で責められて何度も昇天させられたからだ。

 

 それからしばらく、鳴智──そう思われる女──は、宝玄仙の股間を舌で舐め続けた。

 そのため、いつまで経っても、宝玄仙の股間は淫液を止めることができず、またそれを女の舌が這うという繰り返しで、際限のない快楽地獄を宝玄仙は味わわされた。

 

 宝玄仙と女を囲む男女の蔑みと嘲笑の言葉は、間断なく振りかかるが、だんだんとそれも気にならなくなる。

 舌による快感は、この屈辱を次第に至福の時間に変えていく。

 恥辱が恍惚感に覆われ、苦しみがなくなっていく。

 官能の酔いが憎悪と怒りの感情を消していく。

 

「も、もっと……」

 

 思わず声を出した。

 いきそうなのだ。

 

 周囲が笑った気がするが、もういい。

 それよりも、このまま達したい──。

 女の舌がすっと宝玄仙の肛門に移動した。

 やっぱり、鳴智だ。

 宝玄仙の身体を知り尽くしている女に間違いない。

 舌が肛門に向かい、しかも、一番気持ちがいい場所を刺激した。

 

「くひいいっ──。いく、いくわあぁぁ──」

 

 宝玄仙は大きな声をあげ、全身を貫く官能の矢のままに快感を迸らせた。

 全身を震わせながら宝玄仙は劣情の声をあげた。

 

 鳴智の舌が、たったいま達した宝玄仙の女陰を掃除する。

 また、快感がこみあがる──。

 

「さて、このふたりになにをさせようか。なにか要望はあるかな、皆さん?」

 

 闘勝仙の大きな声が響く。

 鳴智の顔がぐいと誰かに引っぱられて、除けられる。

 

「すっかりと催淫剤が舐めとられたな、宝玄仙。だから、塗り直してやろう」

 

 漢離仙が耳元で言った。

 そして、なにかの瓶から新たな油液を流し落とされたのがわかった。

 焼けるような熱さが股間から込みあがる──。

 

「どんなことができるのだ、この奴隷たちは?」

 

 これも見知らぬ男の声だ──。

 闘勝仙は、八仙である宝玄仙を奴隷のように苛んでいるという事実を隠すつもりはないのだろう。

 改めて、肚が煮えくり返る。

 

「おう、なんでもできるぞ。この前は卓に乳首を釘で打ちつけて、全身が血だらけになるまで、全員で棒に刺した釘で引っ掻くということもやった。この女は『治療術』の遣い手だからな。そういうことをしても、すぐに回復させることができるのだ」

 

 闘勝仙が得意そうに言った。

 

「巨大な張形でわざと肛門と女陰を裂けさせるように突っ込み続けるということもいいなあ。『治療術』を遣えるから、回復させてはまた壊すということをしてもいい」

 

 漢離仙だ。

 

「じゃあ、乳首を切断したり、手足を切断するのは?」

 

 誰かが言った。

 

「それはやったことはないが、やってもいい。おそらく、大丈夫ではないか?」

 

 漢離仙が続けた。

 そんな恐ろしい言葉に対して、宝玄仙はもう感情が潰されたようになってしまって反応することができない。

 

「その前に食事にするか。宝玄仙の拘束を解いて、もうひとりの女と一緒に床に座らせろ」

 

 闘勝仙が言った。

 宝玄仙の拘束が一度解かれて、鳴智と同じように後ろ手に拘束され直して、並んで床に座らせられる。

 

「ねえ……」

 

 宝玄仙は、隣にしゃがんでいる鳴智に声をかけた。

 間違いないと思うが、これはどういうことだろう?

 

 しかし、鳴智は黙って横を向いた。

 考えてみれば、この鳴智は、口がきけないかのようにさっきからひと声も発しない。

 だが、闘勝仙のやっていることにふと視線がいって、宝玄仙は愕然とした。

 闘勝仙は食べ物を咀嚼していた口を開いて、咀嚼途中の食物を皿に吐きだしたのだ。そして、新たに準備されたもうひとつの皿にも……。

 これからなにをさせられるのかが予想がついて、宝玄仙の火照りきった全身が凍りつく。

 

 闘勝仙がその醜悪な皿を横に回した。

 次の客が同じように咀嚼の途中の食べ物を皿に上に追加する。そして、次の客も……。

 やがて、嘔吐物のようなものが満載された皿が、宝玄仙と隣の女の前に出される。

 

「喰え──」

 

 漢離仙が言った。

 

「こ、こんなもの……」

 

 宝玄仙は震えた。

 眼の前のぐちゃぐちゃの食べ物のようなものを見て呆然となる。

 大勢の唾の混じった異臭がそこから漂う。

 ふと鳴智を見ると、目隠しをされていても、それがなにがわかるのだろう。

 悲しそうな表情を顔半分から醸しだして震えている。

 

「それ終われば、お代わりにはわしの小便を混ぜてやろう」

 

 闘勝仙だ。

 今日、闘勝仙の尿と漢離仙と呂洞仙の精液を貰わなければ宝玄仙はいき狂いの発作だ。

 それを手に入れるのは、この皿のものを食べ尽くして、さらにもう一度食べなければならないということだ。

 宝玄仙は涙が出そうになった。

 

「三杯目には俺の精液だ。四杯目が漢離仙の精液だな」

 

 呂洞仙だ。

 これを四杯も……。

 しかし食べなければ発作──。

 

 食べるしかないとわかっていても、身体が動かない。

 でも、口にするしか……。

 

「宝玄仙、しっかりしなさい──。これは、あなたの記憶じゃないわ。この記憶は、わたしのものよ」

 

 突然、頭の中に宝玉の声が鳴り響いた。

 周囲から、大勢の人間の姿や宴の情景が消滅した。

 

 身体の拘束さえもなくなっている。

 真っ白ななにもない空間に、宝玄仙は巫女服を身に着けて座っていた。

 一変した状況を理解できずに宝玄仙は呆然とした。

 

「ほう、面白い──心にもうひとりの人間が隠れていたのか。しかも、俺の悪夢を消滅させることができるとはな──」

 

 宝玄仙の眼の前に、四十程度の白髪の混じった壮年の男が立っていた。

 

「お前は誰?」

 

 その質問は宝玄仙ではない。

 横の実体化した宝玉が発したものだ。

 宝玉は、宝玄仙とまったく同じ服を着ている。

 宝玄仙は宝玉が出現したということにも驚愕した。

 これはなんだ……?

 

「どういうことだい、宝玉?」

 

 宝玄仙は宝玉に視線を向けた。

 

「しっかりしなさい、宝玄仙。ここは、こいつの意識下よ。あなたは……いえ、わたしたちは、この妖魔の意識に囚われているのよ」

 

「妖魔?」

 

 宝玄仙は眼の前の男に眼を向ける。

 

「よく、俺の悪夢の呪縛から抜けることができたな。お前こそ誰だ?」

 

 男が宝玉に向かって言った。

 

「わたしは、宝玉──。お前は誰? さしずめ、この荊棘嶺に巣食う夢魔ね」

 

 宝玉が叫んだ。

 夢魔?

 

 夢魔とは、夢を操って人間の女を取り込むと言われている妖魔だ。

 実体はなく、本来は意識下にのみ存在すると言われている妖魔だ。

 実体がないので、自然物のなにか……。なんでもない虫や植物に憑依するとされる。

 そして、夢魔は、悪夢を使って人間の女を虜にして、その子宮に自分の子供を宿させて産ませるのだ。

 しかし、宝玄仙も直接に面するのは初めてだ。

 

「俺の名は、十八公──。確かに夢魔だ。お前たちには、俺の精を受けてもらうぞ」

 

「そんなことするわけがないでしょう──」

 

 まだ口がきけないくらいに驚いている宝玄仙に代わって宝玉が叫んだ。

 

「お前になにができると思うか───。夢の中である限り、俺は無敵だ」

 

 十八公が罵りの声をあげた。

 次の瞬間、宝玄仙と宝玉の身体から衣服が消滅した。

 

「あひっ」

 

 宝玉が感極まったような欲情した声をあげて、宝玄仙に助けを求めるようにしだれかかった。



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249 自分自身との性交強要(宝玄仙と宝玉)

「宝玉──」

 

 宝玄仙は、全身を真っ赤に染めて震えはじめた宝玉を抱きしめた。

 宝玉が身体の内側から発する官能の暴風で一気に欲情させられていることは明白だ。

 あっという間に全身に脂汗をかいて淫らな匂いを股間から発し始めた宝玉の裸身を抱きながら、宝玄仙は十八公に視線を向けた。

 

「お前、なにしたんだい──? なんでもいいけど、すぐにやめるんだよ。承知しないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「ほう、さっきまで、衆人の中で泣きながら、客たちの口の中から出した食べ物を食べようとしていた女と同じとは思えんな。あまり、生意気だともう一度、さっきの場面に戻すぞ」

 

「ふざけるんじゃないよ。お前の道術だとわかっていれば、いくらでも吹き飛ばせるんだよ」

 

「だったら、お前の膝に抱いているもうひとりのお前を助けてやればいいんじゃないか。大変なことになっているようだぞ」

 

 十八公が言った。

 

「ひぎゃああぁぁ──」

 

 その瞬間、宝玄仙の膝の上にいた宝玉の身体が跳びはねた。

 そして、宝玄仙の膝の上から転げ落ちると、股間を両手で押さえてうずくまる。

 しかし、うつ伏せで股間を押さえたまま、宝玉は狂ったような悲鳴をあげ続ける。

 

「宝玉──」

 

 宝玄仙はうろたえて叫んだ。

 

「股間に電撃を打ちこんでいる。早く、道術で消してやれ、宝玄仙。さもなければ、だんだんと電撃を上げるぞ」

 

 その間も宝玉は、なおも絶叫している。

 宝玉は、いまだ闘勝仙と交わした魔法契約に拘束されていて、攻撃道術に対して一切の道術による抵抗ができない。

 それはどんなに相手が霊気の低い存在であってもである。

 つまり、本来であればほとんどの攻撃道術を撥ね返してしまう宝玄仙の道術封じの血が、宝玉からは消滅させられているのだ。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は、宝玉に加えられている道術を弾き返すための道術を込めた。

 

「ひううっ」

 

 しかし、突然、勝手に震えはじめた乳首の刺激によって、精神の集中を途切れさせてしまった。

 

「な、なに?」

 

 道術の印が途切れた途端に、乳首の刺激もとまった。

 宝玄仙は再び、まだ苦しがっている宝玉を助けるために道術を込めようとする。

 

「はひいっ」

 

 またも同じだ。道術を込めようとすると得体の知れない強い刺激が加わって、宝玄仙の集中を邪魔する。

 わかっていてやっているに違いない。

 

「わ、わかった──。とにかく、宝玉を苦しめるのをやめておくれ。お願いだよ」

 

 宝玄仙は、床に手と頭をつけて叫んだ。

 すると宝玉の狂ったような悲鳴がやっと止む。

 

 宝玄仙が顔をあげると、全身に水を被ったような汗をかいてまだ悄然としている宝玉が、のろのろと身体を起こそうとしていた。

 宝玄仙は慌てて、宝玉に駆け寄って助け起こした。

 

「お前たちの弱点など、俺にはお見通しなのだ。しかも、ここは、俺の意思ひとつですべてを支配できる俺の意識下だ。いかにお前たちが大きな霊気を持つ人間の女であろうとも、この俺にはなにひとつ抵抗はできん」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 しかし、それが正しいということは悟るしかない。

 夢魔の夢の中では、夢魔には絶対に勝てない。夢魔は自分の作る意識下でしか存在しえない妖魔だ。

 つまり、夢魔は自分自身が造った世界の中で生きている。

 その中に囚われたということは、いわば、創世者──つまり、神に囚われたということだ。

 この中にいる限り、神の力に勝てる道術がなければ勝てないだろう。

 

 夢魔の支配から脱するのはふたつの方法しかない。

 支配から脱するというのは、夢から覚める、つまり、目覚めるということだ。

 こうやって、十八公に相対しているのは、宝玄仙の現実の身体ではなく、宝玄仙の意識だ。

 現実の身体は、おそらく、まだ、あの森林の中で野宿をしている態勢で寝ているに違いない。

 

 だから、現実に戻るひとつ目の方法は、夢魔自身の意思で獲物を手放すことだ。

 そうすれば、夢から覚めて、現実の世界に戻ることはできる。

 だが、この十八公が、せっかく手に入れた獲物を自分の意思で手放すとは思えない。

 

 もうひとつの方法は、ある意味ではもっと簡単な方法だ。

 現実側の世界で誰かが、肉体を起こすことだ。

 そうすれば、意識は現実の肉体側に引き戻されて、夢魔から脱することができる。

 しかし、あの荊棘嶺(けいきょくれい)のような人里から遥かに離れた場所では、誰かが通りかかって肉体を起こしてくれるということは滅多にないだろう。

 だからこそ、十八公は、こんな人里離れた場所で罠の網を張っているのだ。

 これが普通の街中の宿屋などだったら、折角獲物を夢に捕らえても、誰かが肉体を起こしてしまい、逃げられる可能性が高い。

 

「の、望みはなに……?」

 

 やっと落ち着きを取り戻した宝玉が、宝玄仙の腕から起きあがって言った。

 

「夢魔族が人間の女を襲う理由はただひとつだ。お前たちの身体に備わっている男の精を殺す作用を消せ。そして、俺の精を受けろ。望みはそれだけだ」

 

 十八公は言った。

 夢魔の望みが、人間の女に夢魔の精を送り、夢魔の子孫を宿させることにあるということは、宝玉も知っているはずだ。

 あえて、質問をするというのは、宝玉も夢魔から脱する方法について懸命に思念を巡らせているということだろう。

 

 こうなれば、時間はできるだけ稼ぐことだ。

 それしかない。

 宝玄仙が捕えられたということは、三人の供も囚われている可能性が高いが、もしかしたら、誰か眠っていなかった者がいて、朝になり起こしてくれるかもしれない。

 随分と時間が経った感覚があるが、夢魔の世界において時間は無意味だ。

 夢魔は、その気になれば、たった数刻の時間にすぎないのに、何十年もの歳月が経ったように思わせることもできる。

 

「精を殺す作用は、わたしたちの意思では消せないわ。それは備わったものであり、わたしたちの大きな霊気の代償のようなものよ。わたしたちは、子をつくることはできないの」

 

 宝玉だ。

 

「嘘をつけ」

 

「本当だよ、十八公」

 

 宝玄仙も言った。

 すると十八公が見るからに失望した表情になった。

 

「……ならば、供たちについてはどうだ?」

 

「供?」

 

「連中についても、子宮が精を受けつけない作用があるな。それを無力化しろ」

 

 十八公が手を振った。

 すると、真っ白でなにもなかった空間に巨大な三枚の窓が出現した。

 

「沙那、孫空女──」

 

「あっ」

 

 宝玉と宝玄仙の口から同時に声が出た。三枚の窓には、三個の情景が映っている。

 右端は、孫空女がいて三人の男によってかたって犯されている光景だった。

 そこに映っている孫空女は、全裸で泥まみれであり、男たちから懸命に逃げようとしていた。

 だが、もう、腰が抜けているのか、ほとんど這っているような状態だ。

 孫空女が手で土を掴んで男たちに投げつけた。

 三人の裸身の男は笑いながら追いつき、孫空女を仰向けにひっくり返した。

 両側からふたりが押さえつけて孫空女の股を抱えあげて開かせる。

 いったいどのくらいの精を受けたのか、孫空女の女陰は孫空女自身と男たちの淫液と精液で凄いことになっていた。

 その女陰にもうひとりの男が怒張を挿し、律動をはじめる。

 孫空女が首を振って、口を開けている。

 こちらには声は聞こえないが孫空女の悲鳴が聞こえるようだった。

 

 真ん中の窓には、沙那がいた。

 どこかの城郭の路地のような場所のようだ。

 沙那は下半身を丸出しにして、首輪と手錠で拘束された身体を犯されていた。

 しかし、なんと犯しているのは、十歳くらいの男の子三人だ。

 だが、それが子供ではない証拠に、いま沙那を犯している子供の男根は、まったく大人のものだった。

 また、沙那は、なにか薬のようなものを使われているのか、常軌の逸した淫情の表情で、涎を垂らしながら淫行に耽っている。

 

 左端の窓には、十歳くらいの女の子が映っている。その子はかなり衰弱しているようであり、どこかの山の中を彷徨い歩いているように見える。見たことのない子供だが……。

 

「あれが朱姫?」

 

 宝玉が呟いた。

 

「そうなのかねえ……?」

 

 十八公が見知らぬ子供の姿を見せるとは思えないから、あの十歳くらいの女の子は朱姫なのだろう。

 それにしても、なぜ、子供の姿なのだろうか……?

 それで、ふと、あることが頭に浮かんだ。

 

 夢魔が虜にできるのは人間だけだ。

 夢魔は人間しか自分の意識下に取り込めない。

 なるほど、だから半分なのだ……。

 

「ならば、お前たちの代わりに、この女たちの子宮を解放しろ。精を受けつけるようにしろ」

 

 十八公が言った。

 

「あいつらも、わたしらも同じだよ。勝手に霊気が副作用的に、精を殺す効果を発揮させているだけで、わたしの意思では解けないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「そんなはずはない」

 

「老いない身体の代償なんだ。わたしの道術紋は、男の精を殺すんだよ。あいつらの身体に、うっすらだけど、道術紋が刻んであるのは見たんだろう? 道術紋が勝手に霊気を作ってその効果を作り出しているのさ。道術紋を消す方法なんてないよ。そのくらい知っているんだろう?」

 

 すると、十八公が先程以上にがっかりした表情になる。

 

「なにか、方法があるだろう。供を解放すれば、お前たち自身はもういい。子の苗床として、あいつらを提供しろ」

 

「無理だと言っているだろう、十八公」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「……できるだけ時間を稼ぎましょう。なにか、打開の機会があるはずよ」

 

 宝玉が耳元でささやいた。

 宝玄仙は、十八公に悟られないよう頷く。

 

 しかし、どんな方法があるというのだろうか。

 道術が封じられて、三人の供の意識も捕えられているということはわかった。

 外の身体がなにかの偶然によって眼が覚めるということも難しい。

 現実の身体は、宝玄仙の刻んだ強力な結界の中だ。

 たとえ、雷が落ちても、結界の中については影響がない。

 どんな侵入者も獣も結界の中には入れない。

 

「やっぱり、男の精を殺す作用を消せないなど、嘘を言っているに違いない。拷問にかけるぞ。痛い目に遭いたくなければそれを消せ」

 

「しつこいねえ。できないと言っているだろう、十八公」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 嘘ではないのだ。

 宝玄仙の身体にある女を護る血は、宝玄仙の霊気に備わる道術封じの能力の副作用だ。

 どういう仕組みになっているかなど、宝玄仙にも説明できないし、生まれつきそうなっているとしか言いようがない。

 

 男の精は、精として受け付けないし、それは意図的に打ち消せない。

 道術封じが弱められることはあるから、気力が萎えたときに、女の身体を護るその効果も減じることが考えられるが、多分、というだけでわからない。

 闘勝仙の奴隷時代の二年間も結局、その作用がなくなることはなかった。

 

 しかし、宝玄仙は、たったひとつだけ、宝玄仙が精を受けつける方法があると思っていた。

 現実ではあり得ないのだが、ここには、宝玉と宝玄仙のふたりが存在している。

 だから、可能なのだ……。

 

 同じ身体のふたり……。

 つまり、もしも、どちらかが道術で生やした男根で精を放てば、おそらく、宝玄仙の血の霊気は、それを拒否することはない。

 宝玄仙が宝玉に精を放てば、それは他人ではなく、自分自身のものだからだ。

 宝玄仙が道術で生やした男根から放つ精を本当の男の精そのものにすることは簡単だ。

 

 だが、それを教えてやる気はもちろんまったくない──。

 

『なるほど、その方法があったか』

 

 不意に、宝玄仙の心にその声が響いた。

 

『身体を借りるぞ──宝玄仙。お前の身体を通じて、お前自身の精に俺の精を混ぜて送り込む。それで宝玉に子を宿せるな。教えてくれて感謝する』

 

 宝玄仙は愕然とした。

 しまった……。

 十八公は、さっきから宝玄仙と宝玉の心を読んでいたに違いない。

 それで、いまの宝玄仙の考えを知られてしまったのだ。

 

 そして、夢を操るという能力を使って、宝玄仙の心に入り込んだ。

 身体を乗っ取られてしまった。

 

 宝玄仙は、慌てて宝玉に警告を発しようとした。

 しかし、宝玄仙の心は、憑依してきた十八公の意思に押しのけられて、心の隅に追いやられている。

 いまや、この宝玄仙の意識の中でも、宝玄仙の身体を支配しているのは十八公だ。

 

「ならば、ふたりで愛し合え。宝玄仙が男根を生やして男になれ。宝玉は、それを受け入れろ。果てしなく、自分自身で性交を続けるのだ。休むことは許さん。これは拷問だと思え。自分自身に犯されるという恥辱を味わえば、心が折れるだろう」

 

 十八公の身体が喋った。

 だが、本当の十八公の意思は、宝玄仙の中に入り込んでいるから、あれは十八公の影だろう。

 十八公の狙いが、もはや心を折らせることにないことは明らかだ。

 宝玉に宝玄仙の身体から発する精を受けさせて、子を宿させるつもりだ。

 

 恥辱だの、拷問といったのは、それを宝玉に悟られないためのごまかしだ。

 さすがに、影を作ることくらいはできても、宝玄仙に憑依しながら、宝玉にまで憑依することはできないに違いない。

 しかし、どうやって宝玉に危機を教えればいいのか……。 

 

「断ったら?」

 

 宝玉が言った。

 宝玉の表情には余裕がある。

 まさか、十八公が宝玄仙の身体に憑依しているとは思っていないだろう。

 宝玄仙自身も、十八公がそんなことができるとは思ってもいなかった。

 夢を通じて、心が読めるという能力を侮っていた……。

 

 いまは、まったく自分の身体から意識を離されてしまっている。

 宝玉は、十八公の身体に視線を向けている。

 だが、あれは影だ。

 本物は宝玄仙の中だ。

 それを知らせたい。

 だが、その手段がない。

 宝玄仙の心に絶望が拡がる……。

 

「断ってもいい。無理矢理やらせるだけだ」

 

 向き合っている側の十八公が言った。

 

「わかったわ。受け入れる──。そんなことで心が折れるかどうか、やってみればいいのよ……。宝玄仙、やりましょうよ」

 

 宝玉がそう言って、口に笑みを浮かべる。

 宝玉の口元には、ほんの少しの期待のようなものが籠っている。

 常識では、宝玄仙と愛し合うなんて不可能だ。

 しかし、いま、それがこの意識体において可能になった。

 宝玉の顔には、悦びのようなものが浮かんでいる。

 

 しかし、それどころじゃない……。

 

 宝玉──。

 

 宝玄仙は懸命に叫ぼうとした。

 しかし、出て来たのは別の言葉だ。

 

「考えてみれば、お前とわたしは、一度も愛し合ったことなどないねえ。わたし自身が、どんな味がするのか、興味があるよ」

 

 自分自身の口で勝手に十八公が喋った。

 そして、十八公は宝玄仙の身体の中の霊気を操って、股間に男根を発生させた。

 

「わたしもよ、宝玄仙……」

 

 宝玉が口づけを迫ってきた。

 十八公に命令されたからというわけではなく、宝玉は、もうやる気十分なのだ。

 宝玄仙は焦っていた。

 このままでは、十八公は宝玄仙の身体を使って、自分の精を宝玉に送り込む。

 そして、現実の世界で寝ている宝玄仙の身体は、夢魔の子を子宮に宿してしまう……。

 

 宝玄仙の口が宝玉の口づけを受け入れた。

 宝玉の舌が口の中に入ってくる。

 宝玄仙の舌も宝玉の舌に絡み合いながら、宝玉の口から唾液をすする。宝玉が宝玄仙の唾液を吸い返す。

 

 宝玄仙は、十八公に操られていながらも、次第に倒錯的な興奮を味わい始めている自分に気がついていた。

 宝玉の口はとても柔らかくて、気持ちがいい。

 これが、他人が味わう自分の口づけなのだと思った。

 宝玉の舌の求めに応じて、宝玄仙の舌は宝玉の舌に絡んでいく。

 やっているのは十八公だが、感じるのは宝玄仙だ。

 

「ああん」

 

 宝玉の顔が口から唾液を垂らしながら仰け反った。

 宝玄仙の手が宝玉の乳房に伸びたのだ。

 そして、その宝玉の手が宝玄仙の乳首に触れた。雷に打たれたような官能の衝撃が宝玄仙の全身を貫いた。

 

 たった一度触れただけで、もう、宝玄仙の股間の女の部分については、すっかりと男根を受け入れる態勢ができた。

 ということは、宝玉も同じ状況だろう。

 そうなったら、十八公はゆっくりと愛撫に時間をかけるということなどしないはずだ。

 さっさと宝玉の女陰に、宝玄仙の股間にそそり勃っているものを突っ込んで精を放つだろう。

 

 宝玄仙は、もうほとんど時間がないことを悟るしかなかった。

 宝玄仙は、宝玉を見ることもできるし、肌を通じて宝玉を感じることもできる。

 しかし、意思だけは身体と引き離されている。

 

 宝玄仙の怒張が宝玉に精を注ぐために凛々として、精の一部を滲み出させている。

 宝玄仙の身体もまた、宝玉の口づけとほんのちょっとの乳首への愛撫でできあがっている。

 

 もう時間がない。

 宝玄仙は焦った。

 なんとか、阻止しなければ……。

 

「もういいよね、宝玉。わたしを受け入れてよ」

 

 宝玄仙の口が言った。

 

「早いのね……。いいわ」

 

 宝玉がうっとりとした表情で、床に寝そべった。

 立て膝をして股を開く。

 

「いくよ、宝玉」

 

 宝玄仙の怒張がずぶずぶと宝玉の中に埋まっていく。

 

「あっ、あふう……」

 

 怒張が深く進んでいくと、宝玉は全身を真っ赤にして悶えだした。

 我ながらうっとりとしてしまうような美しい痴態だった。

 白い肌が真っ赤になり小刻みに震えだす。

 宝玄仙にもたまらない甘美感が襲いかかっている。

 

「ひいっ──。い、いいわあ」

 

 宝玉が身体を仰け反らせた。

 宝玄仙の怒張が宝玉の子宮の入り口を突いたのだ。

 宝玉が悲鳴のような嬌声をあげて、宝玄仙にしがみついた。

 

 宝玄仙の腰が前後に動きはじめる。

 宝玉の膣が宝玄仙の男根を絞りはじめる。

 根元から先まで搾り取るように宝玉の肉襞が収縮をする。

 まるで吸い込まれるようだ。

 宝玄仙は自分で自分の膣を体感するという異常な経験に陶酔しそうだ。

 

 それにしても、自分の膣の味わいの気持ちよさに驚いた。

 あっという間に精が込みあがる。

 宝玄仙は懸命にそれを耐えようとした。

 しかし、それは、意思だけだ。

 いま、意思は宝玄仙の身体から切り離されている。

 

 もう、数回の律動で宝玄仙は、自分の身体が宝玉の中で精を発するのはわかった。

 

 数回で……。

 

 そして──。



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250 半妖少女の悪夢(朱姫)

 新年あけましておめでとうございます。



 *


 これは夢だ。

 それは朱姫にもわかった。

 

 なにしろ、自分の身体が、眼が覚めると十歳になっていたのだ。

 十歳と言えば、両親を殺されてから、それほど経っていない時代だ。

 

 朱姫は、その夢の中で、拾った木の枝を杖代わりにして、山中をたったひとりで歩いていた。

 ここがどこだかわからない。

 おそらく夢だから、朱姫の経験した場所がいろいろと混ざり合っているに違いない。

 少なくとも、いまの朱姫の記憶には、眼の前の景色の記憶はない。

 

 いずれにしても、ひどく飢えていた。

 どうやって食べ物を手に入れようか……。

 

 たったひとりで、道のない山中を彷徨い歩きながら、朱姫はそればかり考えていた。

 いや、朱姫ではない……。

 それは、宝玄仙に貰った名だ。

 いまが十歳としたら、“朱姫”はその六年後くらいに得た名だ。

 

 宝玄仙に出遭う前は、能生(のうう)。あるいは、麻雀。ほかにも、宇春、紅花、林杏、雪梅、杏雪蘭、麻美、爽、ほかにもいろいろな名を使った。

 親から授けられた名は羅姫(らき)だ。

 そして、真名は“八戒姫(はっかいき)”──。

 だが、それは人に教えるものじゃない。

 

 いずれにしても、朱姫という名は、もう三年近く使っているし、親を殺されてからは、一番長く使っている名だ。

 そして、もう一生使う名ではないだろうか……。

 

 そうであればいい……。

 これまでの朱姫の人生は、人との別れの人生だ。

 いや、別れではない。別れるというほどの人との関係を作る前にそれは崩壊した。

 とにかく、それまでの人間関係が壊れるたびに、人生を刷新するつもりで名も替えた。

 

 しかし、その朱姫にもやっと壊れることのない人間との関係ができた。

 

 宝玄仙、沙那、孫空女……。

 家族だ。

 

 家族に別れはない。

 離れる時があっても、家族は家族だ。

 あの三人とはもう家族だ。

 そう思いたい。

 

 それにしても、十歳の頃と言えば、どの名を使っていたのだろう……?

 どうしても思い出せなかった。

 

 まあ、朱姫でいい。

 朱姫は、いままでたくさんの名を名乗った中で間違いなく一番好きな名だ。

 両親が自分を呼んでいた名よりも好きかもしれない。

 

 それよりも、お腹が空いていた。

 ここがどこだかわからないが、人が歩くような場所ではないようだ。

 人が足を踏んで作った草や地面の踏み跡はかすかなものさえ残っていない。

 朱姫は、岩を避けたり越えたりしながら、斜面になっていた地面を下に進んだ。

 少しでも気を緩めたら、斜面の下まで転げ落ちそうだ。

 空腹で脚に力が入らない。

 

 見かけが人間の少女である朱姫だが、身体には紛れもない妖魔、即ち魔族の血がある。

 魔族の血は野生の血でもある。

 普通の人間とは、比べものにならないくらいに丈夫で、かなりの耐性もあるのだが、これだけ弱っているということは、かなり長い時間、食べ物を口にしていないのかもしれない。

 

 しばらくすると河原に出た。

 そのまま河原沿いに進んでいくと、遠くにひと筋の煙がたちのぼっているのが見えた。

 朱姫は、その煙に向かって斜面を昇った。

 

 斜面を昇った先に小さな山小屋があった。

 朱姫は立木に隠れて、小屋の様子を眺めた。

 老婆がひとりいた。

 小屋の外で焚火をして、なにかを鉄鍋で煮ていた。

 朱姫は意を決して、その小屋に向かって進んだ。焚火にいたのが老婆であったことに、少し安心した。

 

「お、お願します。なにか食べさせてもらえませんか? すごくお腹が空いているんです。お金は持っていないけど、掃除でも薪割りでも畠仕事でもなんでもやります。これでも台所仕事もできるし、それから字も読めます。どうか、お願いします」

 

 朱姫は言った。

 老婆は驚いていた。

 しかし、手を差し出して、火のそばに座れというような仕草を手で示した。朱姫は老婆に焚火を挟んだ向かい側にあった石を椅子代わりにして座った。

 焚火は温かかった。随分と身体が疲労しているのだと思った。

 老婆が、小さな椀に入った雑炊とさじを手渡してくれた。

 朱姫は夢中になって、手渡されたものを口にした。

 口の中に米と野菜のなにかの肉汁の味が拡がる。

 おいしいと心から感じた。

 余程、腹が減っていたのだろう。

 身体から力が漲るようだった。

 一杯を食べ終わると、礼を言った。

 

「まだあるよ」

 

「でも……」

 

 まだ食べれる。

 しかし、ただで食事を恵んでもらったうえに、お代わりをするなど……。

 

「別にいいんだよ。残りものを煮ただけさ。まだ、小さいんだから、どんどん食べなきゃ。それに、あたしの食事は終わったのさ」

 

 老婆が言った。

 確かに、すでに空になっている椀が老婆の横に置いてある。

 朱姫は、空になった椀を差し出した。

 老婆がそれに鍋に残っていた雑炊を全部すくってくれた。

 朱姫は、それもあっという間に平らげた。やっとお腹がいっぱいになった。

 

「ありがとうございました。とりあえず、鍋と食器を洗わせてください。それから、なんでも言いつけてください。これでも小間仕事はひと通りできます」

 

「頼もしいんだね。何歳だい?」

 

「十……歳です──、お婆さん」

 

 多分、十歳でいいのだろう。

 実際には何歳なのかわからない。

 

 そして、ふと我に返った。

 これは夢なのだ。

 現実ではない。

 本当の朱姫は、もう十九歳だ。

 宝玄仙の道術紋の影響で、見た目は十六で成長がとまっているがもう大人だ。

 

「あたしは、杏仙(きょうせん)というのさ。そう呼んでおくれ、お嬢ちゃん」

 

「あたしは、朱姫です。よろしくお願いします、杏仙様──。では、鍋を洗ってきます」

 

 すぐそばに川があった。

 そこで洗えばいい。

 

「ついでに、水を汲んでまいりますか?」

 

 朱姫は、空になった鍋に自分と杏仙の使った食器を入れて立ちあがろうとした。

 その朱姫の手首を杏仙の手が上から押さえた。

 

「なんでしょうか?」

 

 朱姫が顔をあげた瞬間、朱姫の手首がねじあげられて、背中に回された。

 

「痛い──痛いです、杏仙様……。や、やめてください」

 

 朱姫は、杏仙を振りほどこうとしたが、今度は首を押さえられて顔を地面に押しつけられる。

 朱姫は、上半身をうつ伏せにしてされて動けなくなった。

 老婆とは思えないもの凄い力だ。

 

大槻天(おおつきてん)山桜花(さざんか)希木(まれぎ)、出てきな。起きるんだよ。獲物だよ──」

 

 杏仙が怒鳴った。

 朱姫はぎょっとした。

 小屋の中から三人の屈強そうな大人の男がわらわらと出て来たのだ。

 いずれも二十代の筋肉隆々とした色黒の男たちだ。

 どことなく、杏仙と顔が似ている気がした。

 

「おふくろ、獲物って……。おお、これか──。いや、なんだ、まだ子供じゃねえか」

 

 ひとりが不満そうな声をあげたのが聞こえた。

 

「なに言ってんだよ。好事家には、こういうていのいい女の子を欲しがる変態も多いんだよ。調教もしやすいしね」

 

「でも、俺は、この前売り飛ばした女みたいな三十過ぎた色艶のいい女がいいぜ。四十でもいい──。しかし、こんなに小さいのはなあ……」

 

「この希木の馬鹿たれが──。お前の色好みはどうでもいいんだよ。売り飛ばして、どれだけの値がつくかだよ。三十や、四十のとうが立った女なんか、余程の美人のうえに、かなりの調教をしないと売れやしないんだ。それに比べれば、こういうがきは、とりあえず、性交ができるようにしておけば、普通の娘の一級品並みの値だよ。ほら、大槻天、山茶花、首輪と油を持っておいで」

 

 杏仙の大声で、ふたりが一度小屋に戻った。

 もうひとりの希木という男は、杏仙に変わって朱姫を押さえつける。

 どうやら、よりにもよって、人売りを商売にしている一家の暮らす小屋に助けを求めてしまったようだ。

 逃げようともがくが、杏仙だけではなく、大人の男である希木に身体を押さえられてしまっては、十歳の朱姫の力ではどうしようもない。

 

「持ってきたぜ、おふくろ」

 

 小屋から戻ったふたりが、鎖のついた金属の首輪をじゃらじゃらと音をさせながら持ってきた。

 ほかにも、性器に塗って滑りをよくするための油と馬用の鞭、縄や手錠もある。

 それらが朱姫のそばに、まとめて放り投げられ、杏仙がそこから首輪を拾いあげた。

 

「ゆ、許してください──。勘弁してください──」

 

 朱姫は叫んだ。

 

「うるさいよ。人売りの住む小屋に自分からのこのことやって来て、許してもないものだ。どこの家出娘か知らないけど、これが世間というものだよ。諦めな。いい子になって、素直に調教を受ければ、できるだけ優しい主人のいる妓楼か好事家の屋敷に売り飛ばしてやるよ」

 

 杏仙だ。

 

「あ、あたし、家出娘じゃありません──。お父さんもお母さんも殺されて……」

 

 朱姫は訴えた。

 しかし、容赦なく朱姫の首に金属の首輪が嵌められる。

 

「だったら、早死にした親を恨むんだね──。お前たち、まずは裸にしな」

 

「ひいっ──。だ、誰か、助けてえぇ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 

「こんな山奥に誰が来るもんかい。ここは、あたしら人売りの家族が隠れている棲み処だ。少なくとも四里(約四キロ)の範囲は、獣と鳥しか棲んでないよ」

 

 杏仙の言葉に、ほかの三人の男が大笑いした。

 身体をひっくり返される。

 朱姫の幼い身体を三人がかりで押さえつけて、着ている服に両側から手をかける。

 

「脱ぐ──。自分で脱ぎます。破らないで」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 服を破られては、もうここから逃げられない。

 朱姫は、いま着ている服のほかには、なんにも持っていないのだ。

 

「……じゃあ、自分で脱ぎな。少しでもおかしなことをすると、鞭で打つよ」

 

 杏仙が指示をして、朱姫を押さえつけていた三人が手を離した。

 朱姫は立ちあがった。

 すぐ周りには、杏仙を含めた四人が油断なく取り囲んでいる。

 仕方なく服を脱ぐ。

 着ていたのは、上下繋ぎの一枚の貫頭衣だ。

 下着など着ていない。

 その貫頭衣を一枚脱いでしまえば素っ裸だ。

 

「腕で身体を隠すんじゃないよ。手は身体の横だ」

 

「は、はい……」

 

 杏仙の言葉に朱姫は両腕で隠すようにしていた身体を四人の前に晒した。

 十歳といっても見知らぬ男たちの前でじろじろと身体を見られるのは恥ずかしい。

 しかも、これから、この男たちに、なにをされるのか……。

 

「傷や染みのようなものはないねえ……。山を彷徨ってきたにしちゃあ、綺麗なものだ」

 

 じろじろ全身を眺めまわされる羞恥と恐怖で、眼の前の景色が涙で滲んだ。

 

「胸はちょっとだけ出ているね。さすがに、毛はないかい」

 

 杏仙の手が朱姫の股間に伸びた。

 

「やだっ」

 

 反射的に身体を避けようとして、お尻に激痛を感じた。

 三人のうちの誰かがお尻を思い切り打ったのだ。朱姫の身体が恐怖で硬直する。

 

「さて、そろそろ、調教を開始しようかねえ。その前に、処女膜を破っとくかね。ひと通りの調教をするには邪魔だしね」

 

 朱姫の両手が掴まれた。

 強引に背中に回されて、手錠を嵌められた。

 

「さて、じゃあ、やるかね──。希木……のものじゃあ、下手をすればこいつの膣が破れちゃうか……。じゃあ、山茶花、お前のでいい。一度、こいつの膣を破っときな。油を塗るのを忘れんじゃないよ。傷がつかないようにゆっくりやるんだ」

 

「ひでえなあ、お袋。じゃあ、俺のが一番小さいということかよ」

 

 山茶花と呼ばれた男が苦笑しながら、下袴を脱いだ。

 男の黒々とした怒張が、朱姫の眼の前にすっと迫った。

 十歳の朱姫の眼には、人間の肉体の一部というよりは、凶器そのものにしか思えない。

 杏仙は、小さいから選んだようなことを言っていたが、とんでもない。巨大だ。

 

「ひ、ひくっ──ひいん──」

 

 自分の顔が恐怖でひきつるのがわかった。

 

「みんなで押さえつけてくれ」

 

 山茶花が言った。

 朱姫は仰向けにされて両側から押さえつけられた。

 両脚が胸側に引きあげられて、股間が上向きに曝け出される。

 眼の前に下半身を露出した山茶花が迫る。

 あんなものが入るわけがない。

 朱姫は泣き叫んだ。

 しかし、朱姫を押さえている手はまったく力を緩めない。

 山茶花は、にやにやしながら自分の男根に手で潤滑油を塗っている。

 

「いくぞ」

 

 朱姫の幼い女陰に、山茶花の肉棒の先端が当たる。朱姫は悲鳴をあげた。

 

「ま、待ってください──。ほ、奉仕……。奉仕します。口で奉仕をさせてください。口でします」

 

 朱姫は叫んだ。

 男は一度射精すれば、大抵はしばらく落ち着いた状態になる。

 それで逃亡の時間を稼ぐのだ。

 それに、口で奉仕してやれば、それだけで猛っていた血が収まって、それで解放してくれる可能性もある。

 

 そう考えて、朱姫は、いま思ったことが十歳の朱姫の思考ではないことに気がついた。

 十歳の時代の朱姫が、男を翻弄するような舌技を持っていたわけがない。

 それは、もう少しの時間がかかっている。

 そもそも、男の性器など、宝玄仙に教えられる以前には、舐めたことなどないはずだ。

 

「その歳で男の肉棒をしゃぶれるというのは、なかなか有望だな。だが、とりあえず、俺の精を受けてくれ」

 

 山茶花が言った。

 そして、朱姫の女陰に、山茶花の性器の先端が当たった。

 朱姫の身体の中で恐怖が爆発した。

 

「いやああぁぁぁ──ぎゃああぁぁぁぁ──やめてえぇぇぇ──」

 

 性器がめり込んでくる。

 入ってくる──。

 いやだ、犯されたくない──。

 頭が恐怖で白くなる──。

 

「『獣人』──」

 

 朱姫は叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにが起こったか理解できなかった。

 朱姫は、森林の中で咆哮をしていた。

 

 そして、我に返った。

 風景が一変している。

 眼の前で朱姫を犯そうとしていた山茶花の姿はもちろん、ほかのふたりの兄弟も、杏仙もいない。

 山小屋もなく、ただの森林だ。

 周りを見回すと、獣人化した朱姫に突き飛ばされて横に転がった沙那と孫空女が、眠りから覚めて、身じろぎをしている。

 

 朱姫は呆然としていた。

 そして、朱姫の心が次第に平静を取り戻すのと合わせるように、大きな獣人の姿になっていた朱姫の身体が、いつもの少女の姿に戻っていく。

 大きくなることで破れてしまった朱姫の衣服がぼろ布になって、まとわりついている。

 

 

「な、なに……?」

 

「ここは……?」

 

 沙那と孫空女がだるそうな様子で身じろぎをしている。

 それではっとした。

 

 さっきまで見ていた夢は、ただの夢ではない。

 夢にしては、現実感があり過ぎる。

 あれは、噂に聞いたことのある夢魔の見せる悪夢に違いない。

 朱姫は、たったいままで自分が夢魔に支配されていたのだということを悟った。

 半妖であり、かなりの期間、妖魔としても生きていたことのある朱姫には、これでも妖魔に関する知識は深い。

 

 夢魔は、悪夢を見させることで虜にした人間を支配するという妖魔だったはずだ。

 しかし、妖魔の世界との繋がりで、さまざまな妖魔を知っている朱姫だが、夢魔と接するのは生まれて初めてのことだった。

 

 夢魔が人間の女を悪夢で虜にするのは、人間の女に精を送って夢魔の子を産ませるためだ。

 もっとも、実際には人間の女が、夢魔の子を産むことはない。

 夢魔の子を宿した人間の女は、通常の妊娠期間の途中まではお腹も大きくなり、体内に胎児が宿った感覚を味わうが、出産の前のいずれかの時期に膨らんでいたお腹は小さくなってしまい、妊娠の感覚も消滅する。

 人間の世界では、それを「偽妊娠」と呼んでいるようだが、実は夢魔だ。

 夢魔の子が人間の女を苗床として、意識下の世界に誕生し終わったということだ。

 

 普通、夢魔は人間の女にだけしか取り込まないし、人間の意識にしか存在しえない。

 妖魔は夢を見ないからだ。

 だから、夢魔は妖魔を虜にすることはできない。

 朱姫は半妖だから、本来は夢魔の獲物にはなりえないはずだが、朱姫の血の半分は人間だ。

 だから、捕り込まれてしまったに違いない。

 そして、朱姫が獣人化することで、一瞬だけだが、その人間の血の部分が妖魔化した。

 だから、夢魔の支配から弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「これ、どういうこと……?」

 

 孫空女が、自分の身体を探りながら、不審な表情をしている。

 

「大丈夫ですか、孫姉さん?」

 

 朱姫は言った。

 おそらく、なんらかの悪夢を見させられていた違いない。

 朱姫の夢があんな夢だったから、孫空女も夢の中で犯されていたのかもしれない。

 

「う、うん……。変な夢を見て……」

 

 孫空女が戸惑ったような声で言った。

 

「あ、あんたも……?」

 

 沙那だ。

 沙那もまた、まだ、ぼんやりとしている様子だ。

 夢魔の悪夢は、夢魔の呪縛が解けて、夢から覚めればただの夢だが、夢の中とはいえ、犯されればその感覚の一部が残ることもある。

 

「そういえば、お前、なんで、服がぼろぼろなのさ」

 

 孫空女が朱姫を見て言った。

 朱姫は、なにが起こったのかを説明しようとした。しかし、はっとした──。

 

 宝玄仙──。

 

 朱姫は、慌てて宝玄仙を見る。

 宝玄仙は松の木の根元に準備されている寝床で横になり、苦しそうな表情で眠っていた。

 朱姫は、宝玄仙に飛びついて、その身体を揺り動かした。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙の腰が前後に動きはじめる。

 あっという間に精が込みあがる。

 宝玄仙は懸命にそれを耐えようとした。しかし、それは、意思だけだ。いま、意思は宝玄仙の身体から切り離されている。

 もう、数回の律動で宝玄仙は、自分の身体が宝玉の中で精を発するのはわかった。

 

 数回で……。

 そして──。

 

 そのとき、突然、白い部屋に拡がっていた朱姫が映っていた窓が消滅した。

 ほぼ、同時に、沙那と孫空女の映っていた窓も不意に消える。

 

「なに?」

 

 宝玄仙の口が驚きの言葉を発した。

 宝玄仙の言葉ではない。

 宝玄仙の中に憑依していた十八公の声だ。

 

 思わぬことに動転した十八公が、宝玄仙の身体の支配を緩めた。

 宝玄仙は、その一瞬を見逃さずに、性行為の真っ最中だった宝玉を突き飛ばした。

 宝玄仙の股間の一物が宝玉の女陰から弾き出る。

 

「ああんっ」

 

 宝玉が、宝玄仙の股間の男根が抜け出た刺激で嬌声をあげた。

 

「なにをするの、宝玄仙。酷いわあ。それとも、これも責め? そうやって、焦らすの?」

 

 宝玉が突き飛ばされた姿勢のまま、甘い声で言った。

 

「呑気なことを言ってんじゃないよ、宝玉。それどころじゃないんだ。いま、お前は、まさに、十八公の精を宿されるところだったんだ。こいつは、わたしの身体を乗っ取って、わたしの精に混ぜて、自分の精を入れようとしていたんだ」

 

 宝玄仙の言葉に、宝玉が眼を丸くした。

 宝玄仙は、十八公を睨む。宝玄仙が自分の身体を取り戻したことで、十八公の精神は、元に戻っていた。

 

「なぜ、朱姫が俺の支配を……?」

 

 しかし、十八公は宝玄仙にも宝玉にも関心を失ったように、なにかを探っているような感じだ。

 その言葉から、宝玄仙は事態が大きく変わったことを悟った。

 もしかしたら、さっき突然に朱姫の姿を映していた窓が消滅したのは、朱姫が、眼の前の夢魔の支配から脱して目を覚ますことに成功したということなのかもしれない。

 続いて、沙那と孫空女の窓も消滅したのは、そのふたりも目を覚ましたのだろう。

 

 三人は一緒に同じ毛布で寝ていた。

 朱姫は真ん中に寝ていたようだから、朱姫が飛び起きることで、なにかの振動でも加われば、両側の沙那と孫空女も目を覚ます。

 

「残念だわ。あなたと一度でいいから、愛し合いたかったわ、宝玄仙。こんな機会は、もうないだろうし」

 

 宝玉も同じことを思ったようだ。宝玉が無邪気な笑みを浮かべながら言った。その顔には安堵の色がある。

 

「それよりも、宝玉……」

 

 宝玄仙は、宝玉をじっと見た。

 どうしても確かめておきたいことがあった。

 あの記憶の中で出遭ったもうひとりの生贄……。

 

 あれは、鳴智(なち)ではなかったのか……?

 宝玄仙を残酷に嗜虐をするはずの鳴智が、なぜ、宝玄仙と一緒に闘勝仙の調教を受けていたのか。

 

「なあに、宝玄仙?」

 

 宝玄仙の真剣なまなざしに気後れしたように、宝玉は真顔になった。

 

「お前、わたしに隠していたことがあったね?」

 

「隠していたこと?」

 

 宝玉が不審そうな表情で眉をひそめた。

 

「とぼけるんじゃないよ。さっきの記憶だよ、宝玉」

 

「記憶がどうしたのよ、宝玄仙?」

 

 宝玉は、当惑したような表情を隠さない。

 いったいどこまでとぼけるつもりだろう。

 同じ自分でありながら、宝玄仙は宝玉にだんだん腹が立ってきた。

 

「白ばっくれるのはやめておくれ、宝玉。さっきの光景は、お前の記憶だと言ったのは、お前自身だよ。わたしは、あの神殿の地下の広間で受けた嗜虐の中で、わたしと一緒に連中の慰み者になった鳴智を見た。鳴智だと知覚したんだ」

 

「鳴智?」

 

 宝玉はきょとんとしている。

 宝玄仙は苛立った。

 

「わたしが知っている鳴智のことだけなら、あそこで鳴智がわたしと一緒に嗜虐を受けるなどあり得ない。だけど、鳴智はわたしと同じ連中の慰み者だったんだ。あいつも、わたしと同じで闘勝仙の犠牲者だったんだよ。なぜ、それを黙っていたんだい、宝玉? どうして、それを教えてくれなかたんだい?」

 

 宝玄仙はさらに声をあげた。

 

 鳴智もまた同じだったのだ。

 宝玄仙と同じ犠牲者……。

 嗜虐者と被虐者の立場を強要されていただけで、同じ犠牲者……。

 

「鳴智が、宝玄仙と一緒に……、いえ、わたしと一緒に嗜虐を受けていたというの? 一体全体、それはなんのこと? あなたは、そんな光景を見たの?」

 

 宝玉は目を丸くしている。

 今度は宝玄仙が当惑する番だ。

 宝玉のその様子には、なにかを隠しているとか、騙しているとかいう雰囲気はない。

 考えてみれば、宝玉には裏表がない。

 宝玄仙の持つ狡さのようなものがないのだ。

 人間の狡さ、汚さは宝玄仙が受け継いでいる。

 その残された人格を受け継いだのが宝玉だ。

 

 その宝玉が、宝玄仙の知らない鳴智との関係を宝玄仙に隠していたとは考え難い……。

 これはどう考えればいいのだろう?

 

「さっきの帝都で受けた嗜虐の光景は、お前の記憶なんだろう、宝玉?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうよ。だけど、わたしの記憶では鳴智のことなんかないわ。あなたは、さっき、その記憶の中で鳴智が出て来たと言ったけど、どういうことなの? あなたが見た記憶の中では、そこに鳴智がいて、あなたと一緒に嗜虐を受けたの?」

 

 宝玉が宝玄仙に逆に訊ねた。

 じゃあ、さっきの光景で、宝玄仙と一緒に嗜虐を受けた鳴智を見たのは、十八公の仕組んだなにかの企みだったのだろうか──?

 宝玄仙の中に疑問が渦巻く。

 しかし、その思念は激しい身体の揺れで中断された。

 

 

「ご主人様──。ご主人様、眼を覚ましてください」

 

 宝玄仙は眼を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには必死の形相で宝玄仙を起こす朱姫の姿があった。

 眼の前に、眠る前に根元に横になった一本の松の木の枝が映った。

 もう、陽はかなり高い。中天をすぎて、真上から西にやや傾いている。

 

「ご主人様、眼が覚めたんですね。よかったあ──」

 

 心から安堵をしている表情の朱姫が、宝玄仙の首に抱きついてきた。



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251 いい子の報酬

「夢魔……?」

 

 お互いの情報を交換して、なにが起こったかを悟ったことで、沙那は自分たちがいつの間にか驚くべき危機に陥っていたことを悟った。

 

 ここは、昨夜、野宿をした森林だ。

 さっきまで、見知らぬ城郭にいた気がするが、あれが夢だったとはいまだに信じられない。

 

 ここで夜眠っている間に、全員が夢魔によって囚われてしまい悪夢に責められた。

 沙那は城郭の中で羞恥責めに遭ったが、孫空女は男四人に力づくで強姦されたようだ。

 宝玄仙は、闘勝仙の性奴だった時代の記憶を呼び起こされたと言っていた。

 朱姫は十歳の子供になり、人売りに捕まって犯されそうになったらしい。

 

 そのとき、朱姫は、夢の中で『獣人』の道術を解放させた。

 あの術は、半分の血が魔族で半分が人間の女である朱姫の血を、一時的に完全な魔族にする道術だ。

 朱姫の説明によれば、夢魔は人間の意識しか捕らえることができないらしい。

 半妖の朱姫は、半分の人間の血によって捕えられたが、捕えられたのは半分だけなので、夢魔の世界では、いまの年齢の半分の十歳くらいの姿だったらしい。

 だが、『獣人』の道術により、一瞬、朱姫の血のすべてが魔族そのものになった。

 それで、夢魔の捕縛から脱した朱姫が、現実の世界に覚醒し、朱姫がこちら側から沙那と孫空女と宝玄仙を起こすことで、夢魔の世界からの脱出ができたのだ。

 

「畜生……。妖魔の仕業だったのかい。それにしても、よってたかって犯しやがって……」

 

 孫空女が悪態をついた。

 それは沙那も同じ気持ちだ。

 現実の世界で犯されたわけではないが、夢にしては現実感がありすぎて、沙那の中にもあの悪夢で与えられた恥辱はしっかりと、記憶として刻み込まれている。

 現実に加えられた恥辱と屈辱と変わりがない。

 城郭の中で公然と羞恥責めにされたうえで、大通りから一本外れた路地で犯され、股間から滴る淫液を拭うことも許されずに、催淫剤をたっぷりと塗った下着一枚で引き回されたのだ。

 しかも、媚薬に発情して、自分が自分でなくなったことも覚えている。

 歩けなくなるたびに、路地に連れていかれてまた犯された。

 それを半日も続けられた。

 朱姫が目覚めて起こされなかったら、あの凌辱は果てしなく続いていたに違いない。

 

「それで、もう、大丈夫なのですか、ご主人様? こうしているうちに、また襲われるということはないのでしょうか?」

 

 沙那は宝玄仙に訊ねた。

 しかし、宝玄仙は、なにかほかのことを考えているようだった。

 なにか思念に耽る様子でぼんやりとしている。

 

「ご主人様」

 

 沙那はもう一度呼び掛けた。

 

「えっ、なんだい、沙那? 済まないねえ。ちょっと考えことをしててね」

 

 宝玄仙は言った。

 その宝玄仙の代わりに朱姫が口を開いた。

 朱姫は、『獣人』の霊気を遣ったことで、服がぼろぼろになっていたが、丁度、着替えが終わってこっちに来たのだ。

 

「眠らなければ大丈夫です」

 

「眠らなければって……。じゃあ、眠ったらどうなるの、朱姫?」

 

 沙那は言った。

 

「この一帯は、夢魔の巣だろうと思います。こんなところで寝れば、また、眠っているうちに、夢魔に捕り込まれて虜になってしまいます、沙那姉さん」

 

「倒せばいいじゃないか。向こうの世界では、あいつらが無敵でも、こっちの世界じゃあどうってことないんだろう、朱姫?」

 

 孫空女が息巻いた。

 

「でも倒すっていっても、夢魔は実体を持たないんですよ、孫姉さん。夢魔が意識を保てるのは、人間の夢の中だけのことなんです。こちら側の世界では、なんでもないものに憑依してじっとしているだけなんです。意識も持てないし、ただ、じっとしているだけで……」

 

「じゃあ、その憑依しているものをぶっ倒そうよ。そうでなきゃ気が済まないよ」

 

「でも、憑依している自然の物の醸しだす霊気に完全に同化しているんですよ、孫姉さん。あたしには、どこに夢魔が憑依しているのかわかりません。夢魔はなんにでも憑依するんです。ちょっとした植物にも、虫にも、路傍の石にさえ。もしかしたら、人間の作った道具……例えば人形とか、そういうもに憑依して、人間が夢魔の近くで寝るのを待つんです」

 

 朱姫が言った。

 

「この松だよ」

 

 いままで黙っていた宝玄仙が言った。

 

「松?」

 

 沙那は自分たちが立っている場所のすぐそばにある大きな松の木を見あげた。

 

「かすかだが妖魔の気を感じるよ。本当に微かすぎて、言われて探せばやっとわかるというくらいさ。わたしは、昨日、この辺一帯の樹木を含めて結界を刻んでしまったからね。妖魔を防ぐための結界のはずが、最初から妖魔ごと結界を組んでしまったのさ。わたしの失敗だよ。悪かったね、お前たち」

 

「い、いえ……」

 

 素直に謝罪する宝玄仙に気味の悪さを感じながらも、沙那はとりあえずそう応じた。

 

「そうとわかれば、この松を叩き壊してやる」

 

 孫空女が『如意棒』を出した。

 

「孫姉さん、さっきも言いましたけど、夢魔は松に憑依しているだけなんです。憑依している松を折っても、夢魔はほかのものに憑依するだけで、壊れるのは松の木だけのことです」

 

「それでも、なにか仕返しをしないと、あの十八公たちに対して肚の虫が収まらないのさ」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回した。

 『如意棒』は、木の幹に喰い込んで巨大な大木が幹の部分で真っ二つになった。

 巨大な松の木の叩き折った部分から上の部分が倒れて、地面に大きな音をたてる。

 

「気が済んだ、孫女?」

 

 沙那は苦笑した。

 

「少しね」

 

 まだ憤懣を顔に出している孫空女は、『如意棒』を小さくすると、いつものように耳の中に隠す。

 

「さて、じゃあ、出発しましょう。ご主人様や朱姫の話を繋ぎ合わせれば、この荊棘嶺(けいきょくれい)一帯には、夢魔が大勢いて、あちこちに分散しているように思われます。とにかく、この荊棘嶺を少しでも早く抜けることです。それまでは寝ずに歩くしかありません。この山に入る前に最後に立ち寄った村で聞いた話によれば、ここから二日間、続けて歩けば荊棘嶺を抜けるはずです」

 

 沙那は言った。

 

「二日間、寝ずに歩くのかい。それはしんどいねえ」

 

 宝玄仙が嘆息した。

 

「それしかありません、ご主人様。寝てしまえば、夢魔に捕り込まれますから」

 

 沙那は言った。

 

「わかっているよ」

 

「疲れればあたしがご主人様を背負うけど、眠ったら駄目だよ、ご主人様。寝たら夢魔に捕り込まれるからね」

 

 孫空女だ。

 

「歩くよ。歩き続ければ、寝ることはないだろうさ。お前の背中では、気持ちよくて寝てしまいそうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 さっそく出立の支度をする。

 それほど時間がかかるわけでもない。

 あっという間に出発の準備ができあがる。

 

「さあ、行きましょうか……。朱姫、どうかした?」

 

 歩きはじめようと思ったが、なにか朱姫が考え事をしているような表情をしている。

 そう言えば、準備をしている間、朱姫はなんとなく心あらずという感じだった。

 なにか、まだ夢魔について気になることがあるのだろうか。

 なんと言っても、夢魔というのは、よく知られていない妖魔らしい。

 宝玄仙の知識も、妖魔に関しては朱姫の知識に及ばない。

 妖魔の世界でも生きたことのある朱姫の知識がここでは頼りだ。

 

「ねえ、朱姫、どんな小さなことでもいいわ。気になることがあったら言って」

 

 沙那は言った。

 

「はい、考えたんですけど、今回のことは、あたしがいなければ皆さん助からなかったんですよね」

 

 朱姫が顔をあげてはっきりと言った。

 

「ま、まあ、そうだね。ありがとう。感謝するよ……。そう言えば、礼を言っていなかったような気がするよ、朱姫。改めて、恩に着るね」

 

 孫空女が口を挟んで、微笑みながらそう言った。

 

「本当ですね、孫姉さん? その言葉に嘘はないですよね」

 

「はっ?」

 

 孫空女はきょとんとしている。

 

「恩に着ると言ったことです。じゃあ、着てください。朱姫に借りがひとつです」

 

「お前、なにを言ってんの?」

 

 孫空女は首を傾げている。沙那も朱姫がなにを問題にしているのかよくわからない。

 

「ねえ、沙那姉さん。今回のことでは、朱姫はいい子だったですよね」

 

 朱姫が言った。

 

「いい子?」

 

「答えてください、沙那姉さん。朱姫は、とてもいい子ではありませんでしたか?」

 

 いい子と言って欲しいのだろうか。

 仕方なく、朱姫はいい子だと沙那は応じた。

 

「つまり、もの凄く、とっても、とってもいい子だったということですよね?」

 

 朱姫がにんまりと微笑んだ。

 よく思い出せないが、いまの朱姫の物言いに覚えがある。

 なんだっただろうか?

 

「朱姫、お前、さっきから、なにを……?」

 

 沙那は戸惑いながら、すでに担いでいた荷を下に降ろした。

 

「約束したじゃないですか、昨夜──。もの凄く、とっても、とってもいい子だったら、朱姫の相手をしてくれるって」

 

 朱姫が声をあげた。

 沙那は呆れた。

 そして、あまりにも唖然としてしまって、すぐに口がきけなかった。

 

「約束ですよ。朱姫の相手をするんですよ、沙那姉さん。孫姉さんもです。朱姫の嗜虐に相手になってください」

 

「お前、馬鹿なの、朱姫? いまどういう状況だかわかっているの? たったいままで、わたしたちは夢魔に捕らえられていて、それで、やっと脱出できたけど、まだ荊棘嶺という夢魔の巣に入り込んでいしまっているという事実は変わらないのよ。これから二日間、寝ることなく歩いて、夢魔の縄張りである荊棘嶺を抜けなければならない──。そういう状況なのよ。お前の嗜虐の相手なんかしている暇はないわよ」

 

 沙那は捲し立てた。

 

「そんなことは、あたしだってわかっていますよ。いまここで、相手をしてくれと言っているんじゃありません。『獣人』を解放してしまったんで、あたしの霊気も回復していないですし……。でも、荊棘嶺を抜けて、どこかの宿町でも辿り着いたらの話です」

 

「だから、そんなことを話している場合じゃないと言っているでしょう、朱姫」

 

「でも、あたしのお陰で脱出できたんじゃないですか」

 

「もう、行くわよ。こんなくだらない話で、時間を潰すわけにはいかないわ」

 

 沙那は荷を抱え直した。

 

「だ、だって……」

 

 朱姫は不満そうだ。

 

「うるさい」

 

 沙那は怒鳴った。

 だが、それを宝玄仙の大きな笑い声が遮った。

 

「確かに、朱姫の言う通りさ。朱姫がいなければ夢魔の呪縛は解けなかった。さすがのこの宝玄仙でも、夢魔の世界では無力だったからね。お前たちもそうだったんだろう? ちゃんとひと晩ずつ相手をしてやりな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「そ、そんなあ、ご主人様」

 

 沙那は嘆いた。

 

「命令だよ。朱姫の言うことを聞いてやりな。今回の殊勲は朱姫であることは確かなんだし……。ひと晩ずつ、相手をするんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ええっ──」

 

 孫空女も不満そうな声をあげた。

 

「やったあぁ──」

 

 ひとり朱姫だけが歓声をあげた。

 

「と、とにかく、その話は荊棘嶺を抜けてからよ、朱姫。荊棘嶺を無事に抜けなければ、嗜虐も被虐もなにもないんだから」

 

「わかっています、沙那姉さん。でも、ご主人様の命令ですよ。朱姫の嗜虐の相手をするんですよ」

 

「はいはい、わかったわよ。朱姫ご主人様──」

 

 沙那は仕方なく言った。

 

「くうっ……。その響きいいですねえ。もう一度、呼んでください、沙那姉さん」

 

「嫌よ。お前の相手をするひと晩というときが来たら、そう呼ぶわ」

 

「じゃあ、孫姉さん」

 

 朱姫が孫空女に振り向いた。

 

「あたしは、お前のことをご主人様なんて呼ばないよ。嗜虐の相手をするときでもね」

 

「愉しみです。でも、朱姫の嗜虐を受けたら、きっと孫姉さんは、あたしのことを“ご主人様”と呼びますよ。あたしに屈するんです」

 

「呼ばないと言っているだろう、朱姫。あたしのご主人様は、ひとりだけだよ」

 

「うわぁ……。いまからわくわくします。ありがとうございます、皆さん。こんな機会を作ってくれて」

 

「九頭女のときみたいに、責めすぎて騒ぎを起こすんじゃないよ。面倒だからね。まあ、こいつらに限って、大抵の責めには身体が耐えられるとは思うけどね」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 沙那はその横で嘆息した。

 ある意味で宝玄仙の嗜虐よりも、激しく大変な朱姫の責めを受けなければならないのだ。いまから考えても気が重くなる。

 

「じゃあ、荊棘嶺を抜けたら、順番に三日間ですから。いいですよね、皆さん」

 

 朱姫は、大きな声で宣言するように言った。

 

「えっ?」

 

「三日?」

 

 疑念の声は、沙那と孫空女の口から同時に放たれた。

 沙那と孫空女をひと晩ずつ朱姫が嗜虐すれば二日間のはずだ。

 三日と朱姫が言ったのはどういう意味だろう……。

 

 まさかとは思うが……。

 沙那は朱姫の顔を見た。

 その顔には勝ち誇った表情しかない。

 

「朱姫、三日というのはどういう意味だい?」

 

 宝玄仙が低い声で言った。

 この声で宝玄仙になにかを言われると、沙那はすくみあがる。

 しかし、朱姫はなんでもないようだ。

 あっけらかんとした表情を宝玉仙に向けた。

 

「三日目はご主人様ですよ。ご主人様だって、あたしに助けられたんですから……。あっ、でも宝玉様もいるから、四日間かな。朱姫の黄金の四日間です」

 

「あ、あんた……」

 

 沙那は、朱姫を嗜めようとしたが、絶句してそれ以上言葉を続けることができなかった。

 よりにもよって、宝玄仙に嗜虐の相手をしろなどと、なんと恐ろしいことを言うのだろう。

 しかし、厳しい顔をしていた宝玄仙の表情が緩んだ。

 

「まあいいさ。わかったよ。お前に救われた。それは確かだものね。ひと晩だけ、この宝玄仙は、朱姫の奴隷になってやるよ。宝玉もね。あいつにも異存はないと思うよ」

 

 朱姫が飛びあがって喜んだ。

 沙那は呆気にとられた。

 

「……ねえ、沙那、あたし、あいつに出遭ってから、初めてあいつを尊敬したい気持ちになったよ」

 

 孫空女が近づいてきて、沙那にぼそりと言った。

 

「わ、わたしも……」

 

 沙那も言った。

 

 

 

 

(第39話『絶対強者』終わり、第40話『朱姫の黄金の日々』に続く)









【西遊記:第64回、十八公(じゅうはちこう)

 一行は、荊棘嶺(けいきょくれい)という難所に差し掛かります。
 (いばら)で阻まれた森の道を猪八戒が切り拓きながら進み、その途中で野宿をすることになります。
 すると、突然に一陣の風が吹き、玄奘を浚います。

 不思議な風に浚われた玄奘は、見知らぬ場所に連れていかれます。
 そこに十八公と名乗る老人が現われ、目の前にある小さな石造りの家に招かれます。
 その石の家の中で、玄奘は、払雲叟、勁節、孤直公と名乗る老人たちを紹介されます。
 玄奘は誘われるままに、十八公たちと詩会を興じることになってしまいます。

 やがて、さらに、杏仙(きょうせん)という美女が家を訪問します。
 杏仙は、玄奘をひと目見て、結婚を申し込みます。
 玄奘は驚きながらも、それを断ります。
 すると、杏仙だけでなく、十八公やほかの老人たちが、口々に玄奘を罵りだします。

 その現場に、孫悟空、猪八戒、沙悟浄がやって来ます。
 次の瞬間、老人たちも、杏仙も、詩会をしていた家も、夢のように消滅してしまいます。

 孫悟空は、十八公が近くにあった「松の木」の精霊であり、ほかの者たちも樹木の精霊だったことを見抜きます。そして、玄奘に幻を見せていたようなのです。
 二度と悪さができないように、孫悟空は近くにあった樹木をすべて切り倒してしまいます。
 一行は、猪八戒の先導により、なんとか荊棘嶺を脱出します。

 なお、「十八公」は、「松」の異名です。漢字を分解すると、十八公になることから、そう呼ばれています。


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 第40話  朱姫の黄金の日々
252 初日・露出狂の賭け(沙那)


 四日後──。

 

 約束の晩がやってきた。

 沙那は、重い足取りで朱姫の待っている部屋に向かった。

 十八公の悪夢から逃れた後、荊棘嶺(けいきょくれい)を二日かけて踏破し、森林を抜けたところにあった山村で小屋を借りて、四人で丸一日泥のように眠った。

 そして、翌日再び歩いて街道に出て、小さな宿町にやってきた。例によって、街道に出るときから孫空女は、髪と胸を隠して男にも見える姿に服装を変える。

 宿を探すときは、孫空女を前に出して、三人の女が孫空女に連れられているという体裁にすると、宿を見つけやすい。今回も二人部屋を二室あっさりと借りることができた。

 夕食も終わり、いよいよ、沙那は朱姫の嗜虐を受けるということになった。

 

 今夜は、沙那……。

 翌日は孫空女……。

 そして、宝玉。最後の夜は宝玄仙──。

 

 朱姫に助けられた礼というわけだ。

 一応は、翌朝の旅に影響が残らない程度ということになっているが、朱姫のやることだからどうなるかはわからない。

 もっとも、急いでどこかに向かわなければならないという旅ではない。

 嗜虐が過ぎて、旅に支障があるようなら旅程を伸ばす。

 これまでもそうだったし、今回もそうなるかもしれない。

 

 最悪、朱姫の責めを朝まで……。

 沙那はそう思っている。

 朱姫の待つ戸を叩く前に、もう一度嘆息した。

 

 どうせなら最初から一緒にこの部屋に入ればいいのに、朱姫は、朱姫の待つ部屋に、「奴隷」である沙那がやってくるという状況を求めたのだ。

 

「沙那です。朱姫ご主人様、入ります」

 

 沙那は戸と二度叩いてから言った。

 朱姫が返事をしたので、部屋に入った。

 戸に向かって椅子を向けて朱姫は座っていた。部屋は燭台の灯りで十分に明るい。その燭台で朱姫の嗜虐に酔ったような顔が照らされている。

 あの顔のときの朱姫は要注意だ。

 

 最悪は朝まで……。

 沙那は自分にいい聞かす。

 朱姫は、芝居がかった様子で、いつもの貫頭衣に包んだ肢を組んで、沙那に視線を送っている。

 

「なに、突っ立っているんです、沙那姉さん。奴隷の挨拶はどうしたんですか?」

 

 朱姫が言った。

 沙那は、その場に正座して床に頭を下げようとした。

 その瞬間、お尻に激しい痛みが走った。

 

「痛っ──」

 

 朱姫の『影手』だ。朱姫が道術で作りあげた影の手のひらが、下袴と下着を通り越して、激しく沙那のお尻を叩いたのだ。

 

「服を着たまま挨拶をする奴隷なんて、聞いたことがないですよ。服を脱いでください、沙那姉さん」

 

 服を脱いで挨拶させるなら、最初からそう言えばいい──。

 はらわたが煮えるのを沙那はじっと耐える。

 服を脱ぐために、上衣のぼたんを外そうとした。

 

「でも、ただ裸にしたんじゃ、面白くないし。下だけ脱いでもらおうかな。その方が、沙那姉さんは恥ずかしいでしょうし」

 

 朱姫が言った。込みあがるものを耐える。

 もう一度立ちあがって黙って下袴を脱ぐ。

 そして、腰の下着に手をかけて、すっとおろす。

 

「そのまま──。沙那姉さん、こっちを見て──」

 

 朱姫の強い声がかけられた。沙那は反射的に朱姫の顔を見た。

 ──『縛心術』だ。

 朱姫の眼を見た途端に、朱姫の『縛心術』が身体に入り込んだことを悟った。

 もともと、朱姫の『縛心術』だけは、あの宝玄仙を上回るくらいの強い道術だったが、このところ、さらに磨きがかかって、もの凄く強力なっている。

 宝玄仙によって、朱姫の『縛心術』に対しては、道術封じが解放されているというのもあるが、それでもたったひと睨みで、朱姫は沙那を完全に『縛心術』の支配下においた。

 

「静止しなさい。そのままです、沙那姉さん」

 

 朱姫が含み笑いをしながら言った。

 静止しろという命令によって、沙那の脱ぎかけた下着は腿のところに引っかかったままだ。

 両手は、その下着の両端にかかっている。

 

「沙那姉さん、下着から手を離しなさい。真っ直ぐ立つんです」

 

 沙那の手は下着から離れて、身体の横に移動する。

 いまの沙那は、上半身にはいつもの格闘服を着ているが、下半身は裸だ。しかも下着が脱ぎかけのまま腿のところで引っ掛かっている。

 朱姫だけの前とはいえ、全裸でいるよりも恥ずかしい。

 

「ねえ、沙那姉さん、あたし、隣の部屋に沙那姉さんを責める道具を忘れて来たんです。葛籠(つづら)にひとまとめてしてあるからとって来てくれませんか?」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 沙那は愕然とした。

 

「あ、あんた、ま、まさか……」

 

 沙那は、顔に血がのぼって真っ赤になるのを感じた。

 

「早く行ってきてください、沙那姉さん。そのままの格好でね。恥ずかしいことが好きでしょう、沙那姉さんは? ほら、命令に従いたくて、従いたくてどうしようもなくなっているでしょう……。ほら、もう我慢できない。どうってことありませんよ。隣の部屋ですから。人に見られるわけがありません。それに、全然恥ずかしくないことですし……。沙那姉さんの格好は普通の格好ですよ。そして、沙那姉さんは、自分の意思で、その恰好で隣の部屋に、あたしの忘れ物を取りに行くんです」

 

 朱姫が沙那を見つめながらその言葉を発した途端、沙那の頭はなぜか霞がかかったようになって、ものを考えることができなくなった。

 朱姫の荷を取りに行く。その言葉だけが、頭に響き渡っている。

 

「荷物を……、荷物を取って来るわ」

 

 沙那は言った。

 

「お願いします」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 沙那は、部屋を出て、宝玄仙と孫空女が休んでいる部屋に向かった。

 朱姫のいる部屋もそうだが、宝玄仙の休んでいる部屋は、通常の鍵だけではなく、道術による結界が張ってあり、向こうが許可しなければ入ることはできない。

 廊下には誰もいなかったが、それは別にどうでもいい。ただ、太腿に引っ掛かったままの下着が歩くのを邪魔して歩き難かった。

 沙那は宝玄仙のいる部屋の戸を叩いた。

 

「ご主人様、わたしです。朱姫が忘れ物をしたらしいので取りに来ました。入れてください」

 

 沙那は言った。

 戸がすっと開き、孫空女の顔が覗いた。

 そして、戸が人がひとり入れる分だけ隙間を開けた。

 孫空女は素っ裸だった。全身は紅潮して汗に染まっていた。

 寝台に座っている宝玄仙も素裸で、股間には道術で生やした男根がそそり勃っていた。

 どうやら、性愛の真っ最中だったようだ。

 

「さ、沙那、あんた、その恰好で?」

 

 部屋に入った沙那を見て、孫空女がなぜか目を丸くしている。

 

「どうかした?」

 

 沙那は首を傾げた。

 そして、視線を荷物が置いてある場所に移した。

 朱姫が言及した葛籠は、ほかの荷と少しだけ離して置いてあった。

 沙那はそれを取って両手で抱える。

 それにしても、腿にかかる下着に脚を取られて歩きにくい。

 でも、なぜか、そのままにしておかなければならないと思ってしまう。

 

「さっそく、朱姫の洗礼に遭っているようだね、沙那」

 

 宝玄仙が頬に笑みを浮かべて言った。

 

「いいえ、まだです、ご主人様。始めるところだったんですけど、朱姫が、これを忘れたから取りに行けと言うんで……。じゃあ、戻ります」

 

 沙那が出ていこうとすると、孫空女がまた戸を開けてくれた。

 沙那を見る孫空女の顔はどことなく引きつっている。沙那は、そんな孫空女の表情に疑念を感じた。

 朱姫の待っている戸の前に戻る。

 

 ここでも同じだ。

 朱姫はこのところ、宝玄仙ほどではないが、かなりしっかりとした結界を組むことができる。

 朱姫に結界を緩めてもらわなければ、沙那は部屋に入れない。

 

「朱姫、葛籠を取って来たわ。入れて」

 

 沙那は扉越しに言った。

 

「そのまま待ってください。暗示を解きます。ただし、沙那姉さんは、服には触れませんし、自分の身体を隠せません」

 

 朱姫の声がした。

 沙那は我に返った。

 

 驚愕した。

 なんという格好で、廊下に立っているのだ。

 下半身丸出しで、しかも脱ぎかけの下着が腿にまとわりついている。

 朱姫の『縛心術』だというのはすぐにわかった。

 沸騰しそうな怒りが込みあがる。

 しかし、それよりもいまのことだ。

 

「朱姫、入れて──。入れなさい、朱姫」

 

 沙那は戸の向こうにいる朱姫に叫んだ。

 そして、戸をこじ開けようとした。

 しかし、隙間があるだけで、それ以上は、まったく動かない。

 

「朱姫、ご主人様でしょう、沙那姉さん?」

 

 向こうからからかうような口調が戻ってくる。

 沙那は、怒りをぐっと飲み込む。

 ここは、宿屋の二階であり、一回は食堂兼酒場だ。

 いまは、旅の男たちが大きな声で酒に興じている声が廊下の端の階段の下から聞こえてくる。

 

「しゅ、朱姫ご主人様、入れてください。お願いします──。ねえ、誰かが来るわ。お願いよ、朱姫。入れてくれたら、なんでもするから……」

 

「どうしようかなあ……。じゃあ、先にそこで、残っている服も脱いで、戸の隙間から入れてもらおうかなあ。そして、裸になったら入れてあげます……。あっ、でも、その腿の下着はそのままでいいですよ、沙那姉さん。じゃあ、戸の隙間から服を入れてください──。それから、戸を押しあけようとしても無駄ですから。まだ、あたしは結界を緩めていません。戸の隙間から入れられるのは、服だけです。じゃあ、どうぞ」

 

「馬鹿なことを言わないのよ、朱姫──。あ、あとで酷いわよ」

 

 沙那は戸の隙間から怒鳴った。

 そして、再び、戸を押す。

 しかし、びくともしない。

 

「早くした方がいいですよ。それに、そんなに大きな声を出さない方がいいんじゃないですか。何事かと思って、下から酔っ払いが上がって来たらどうするんですか?」

 

 沙那は歯噛みした。

 こうなったら、朱姫は本当に沙那が、ここで全裸にならないと部屋には入れないだろう。

 一瞬、宝玄仙の居る部屋に助けを求めることも考えたが、それは無駄だ。

 それに、さっきは孫空女と性愛の途中だったようだ。

 何度も中断させると、今度は宝玄仙の怒りが沙那に振ってくる。

 もちろん、そのときの怒りは朱姫にも及ぶことは間違いないが……。

 

「ねえ、朱姫ってばあ──」

 

 沙那は無駄だとわかっている哀願を朱姫にした。

 向こうからの返事はない。

 

 仕方がない。

 

 これ以上、時間をかけるわけにはいかない。

 こうしている間にも誰かが来るかもしれない。

 あるいは、いま、この瞬間にも、ほかの部屋から誰かが廊下を覗くかも……。

 

 そうと決断したら、沙那は猛烈な勢いで上衣を脱ぎ去った。

 戸の隙間に放り込む。

 すぐに胸当ても外して、また入れる。

 

 ついに、沙那が身に着けているのは、腿に引っ掛かる下着だけになった。

 この下着には、朱姫の『縛心術』の呪縛により触れない。

 

「脱いだわよ。入れて、朱姫」

 

 沙那は叫んだ。

 ところが返事がない。

 

「脱いだわ、朱姫、聞こえないの──」

 

 大きな声で怒鳴りあげてしまい、慌てて口を閉じた。

 ここは、誰がやってくるかわからない廊下だということを思い出したのだ。

 

「朱姫──」

 

 沙那はもう一度言った。

 わざと嫌がらせをしているのだ──。

 もう、付き合っていられない。

 沙那は、強引に入り込もうとして、力の限り戸を押した。

 しかし、まったく動かない。

 沙那は焦った。

 

「朱姫……。い、いえ、朱姫ご主人様、入れてください。お願いです」

 

 言い直した。しかし、それでも返事がない。

 

「朱姫ご主人様──」

 

 もう一度言った。

 その時、沙那は数名の酔客が騒ぎながら階段を昇ってくる気配を感じた。心臓の鼓動が跳ねあがった。

 

「だ、誰かが来るわ、朱姫──。い、いえ、朱姫ご主人様──。入れて、入れください。誰か来ます──。も、もう、あがって来るわ。入れてったら──」

 

 最後の言葉は、ほとんど怒鳴り声だ。

 沙那は、必死に哀願した。

 そして、階段の方を見る。もう、二階の上り口のところまでやってきている。

 それでも戸は開かない。

 沙那は、廊下で素っ裸のまま恐怖した。三人の男が階段から上がってきた。

 

 三人とも四十くらいの旅の商人だ。

 男たちがこっちを見た気がした。

 

「ひいっ」

 

 沙那は、その場に腰が砕けてしゃがみ込みそうになった。

 その時、戸が大きく開いた。

 沙那は、部屋に飛び込んだ。

 

「怖かったですか、沙那姉さん?」

 

 戸がばたんと閉じた。

 振り返った。戸の横で、朱姫が愉しそうに笑っている。

 沙那はかっとなった。

 

「あ、あんた──」

 

「股を開いてください、沙那姉さん。沙那姉さんは、そうしたくなります」

 

 沙那の罵倒の言葉を朱姫の強い言葉が遮った。

 すると沙那の脚が勝手にすっと開いた。

 まだ、『縛心術』にかけられたままなのだ。沙那はぞっとした。

 

「沙那姉さん、賭けをしませんか?」

 

 不意に朱姫は言った。

 

「賭け?」

 

「そうです。いま、沙那姉さんは、とても恥ずかしい思いをしましたよね」

 

「し、したわ……」

 

 死んでしまうかと思うくらい恥ずかしかった。

 いつものように仲間のしかいない部屋の中で羞恥責めにされたわけではない。

 誰がやってくるかどうかわからない場所で辱めを受けたのだ。

 

「でも、沙那姉さんは、実はそういうことが好きなんですよ。自分で気がついていないだけです。でも、朱姫にはわかります。沙那姉さんは、恥ずかしいと、どうしようもなく興奮するんです。それが沙那姉さんの隠れている性癖なんですよ」

 

 沙那はどきりとした。

 夢魔の悪夢の中で、城郭を裸に近い恰好で引き回されたときのことを思い出したのだ。

 あのとき、悪夢の中で自分は濡れていた。人に見られる場所で辱められたことで、確かに興奮していた。

 しかし、あれは、夢だけのことだ。実際の沙那がそんなことがあるわけがない。

 

「ば、馬鹿なことを言うんじゃないわよ、朱姫」

 

 沙那はやっとそう言った。

 しかし、実は動揺していた。

 もしかしたら、そうなのかもしれないいう思いが過ぎった。

 

「さっきの羞恥責めで、沙那姉さんが濡れていなかったら、今夜はこれで終わりにしてあげます。でも、濡れていたら……。わかっていますね、沙那姉さん。ご主人様に言って、沙那姉さんが朱姫に責められる日を一日増やしてもらいます。朱姫の責めが一巡したら、また、沙那姉さんは朱姫に責められるんです。どうですか?」

 

 朱姫がにっこりと笑った。

 

「い、いいわ……」

 

 沙那は言った。

 確かに身体は火照っている。股間がなにかで濡れているのも感じる。

 しかし、それは汗だ。たったあれだけのことで欲情しているなどあり得ない。

 朱姫の勝ち誇ったような表情も癪に障る。

 

「約束よ──、朱姫。絶対に約束を破っては駄目よ。誓いなさい」

 

「誓いますよ。でも、沙那姉さんも誓ってください」

 

「誓うわ」

 

 朱姫が微笑みながら頷いた。

 そして、朱姫の手が沙那の股間に伸びた。

 

「ああっ……」

 

 朱姫の指が沙那の股間をさっと撫ぜた。

 快感の波が沙那の身体に込みあがる。

 しかし、朱姫はひと触りしただけで、沙那の股間に振れた指を沙那の顔の前にかざした。

 指についた沙那の体液は、汗などではなかった。

 ねっとりと糸を引いているその粘性は、紛れもなく沙那が興奮して垂らした淫液にほかならない。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那は呆然と呟いた。

 

「自分のことをなんにもわかっていないんですね、沙那姉さん──。すべての暗示を解きます。さあ、下着も脱いで、あたしに背中を向けて正座をしてください。そして、腕を背中に組むんです」

 

 朱姫が言った。

 そして、沙那が運んできた葛籠から縄を一束取り出した。

 沙那は、朱姫の命じるまま、下着を脱ぐと、正座をして腕を背中に回した。

 

「なにか、言うことはないですか、沙那姉さん」

 

 沙那の腕に縄掛けをするために、沙那の手首に手をやった朱姫が声をかけた。

 

「よ、よろしくお願いします、朱姫……ご主人様……」

 

 沙那は言った。

 

「それから?」

 

「ど、どうか、躾を……調教をしてください、朱姫ご主人様」

 

 とりあえず、思いついた言葉を沙那は続けた。

 その途端、得体の知れない官能の疼きが込みあがる。

 沙那は当惑した。

 沙那の腕に朱姫の縄がかかった。

 その瞬間、沙那はしっかりとした欲情が自分の中に沸き起こるのを感じた。



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253 三日目・絶頂制限(宝玉)

「服を脱ぐわ」

 

 部屋に入ると、すぐに宝玉は服を脱ぐために、着ているものに手をかけた。

 

「待ってください」

 

 遅れて部屋に入ってきた朱姫が、宝玉の名を呼んだ。

 宝玉が振り返ると、朱姫の指がとんと宝玉の額を突いた。

 

「ひゃっ」

 

 宝玉は小さな悲鳴をあげた。

 朱姫の指が宝玉に触れた瞬間に、身体の筋肉が弛緩して、宝玉の両手は身体の両脇に落ちて動かなくなったのだ。

 

「これで宝玉様は、あたしの人形です。あたしの許可なく、なにも感じないし、いけませんよ」

 

 朱姫が笑って言った。

 

 すごい……。

 

 宝玉は驚いてしまった。

 朱姫の道術の見事さにである。

 おそらく『縛心術』の応用であろうが、宝玉は、これほど簡単に朱姫の道術に陥ってしまったことに感嘆した。

 

 宝玄仙も、最近の朱姫の道術遣いとしての成長には驚愕していたが、改めて接すると宝玉も同じ思いだ。

 ついこの間までは、朱姫の遣える道術はそんなに多くなかったはずだ。

 『縛心術』──。

 『使徒の術』──。

 『移動術』──。

 そして、『獣人』だ。

 いまは、『影手』という攻撃道術や宝玄仙が教えた霊具の施術もほぼ完全に修得しているようであるし、新たな道術もどんどん増えているようだ。

 

 もっとも、『獣人』の道術は、一瞬とはいえ、宝玄仙以上の霊気を朱姫の中に膨らませることで可能である道術でもある。

 それを考えると、道術遣いとしての潜在能力は、元々高かったのだろう。

 

「本当に、あなたの道術も上達したわね。いまや、あなたは一級道術遣いといえるわね」

 

 宝玉は言った。

 突然、乳首に激痛が走った。

 

「ひぎいっ」

 

 思わず胸を抱きかけたが、腕はまったく動かない。

 朱姫の道術だと悟って胸元を覗いたら、開襟しかけた胸に黒い物が映っている。

 朱姫の『影手』だ。

 いつの間にか身体に朱姫の『影手』が張りついている。

 それが宝玉の乳首を捩じったのだ。

 それにしても、自分の身体に道術が加わったことにまったく気がつかなかった。

 

「違いますよ、宝玉様。今夜は、朱姫は宝玉様のご主人様です。そういう約束ですよ」

 

 背中側で朱姫が寝台に腰を降ろしたのがわかった。

 不意に宝玉の身体が勝手に動いて、座っている朱姫の前に移動した。

 朱姫は、微笑みながらこっちを満足気に眺めている。

 

「お、驚いたわ……。どうやって、わたしの身体を動かしたの?」

 

 宝玉は言った。

 いま、自分の身体はまったく宝玉の意思とは切り離されて、朱姫によって動かされた。

 『縛心術』とは違う気がする。

 いまのはなんの道術なのか……。

 

「ひぐうっ」

 

 また、激痛──。

 

「……ご、ご主人様」

 

 宝玉は慌てて付け足した。

 今夜は、宝玉が朱姫の嗜虐を受けると約束をした日なのだ。

 あの十八公の夢魔から逃れるにあたって朱姫の半妖としての性質が役に立った。

 それで一行の全員が朱姫の嗜虐を一日ずつ受け入れると約束をしたのだ。

 初日が沙那、二日目が孫空女、そして、今日の三日目が宝玉だ。

 明日が宝玄仙の順番で一応は、それで終わるはずだ。

 ただ、沙那と孫空女は、さらに一日の延長に応じた気配がある。

 すると全部で六日ということになるのだろうか。

 

 それにしても、宝玉はともかく、宝玄仙まで朱姫の申し出に合意したのは、宝玉も驚いた。

 しかし、理解もできる。

 宝玄仙も宝玉ももともとは同じ身体だからわかるのだが、宝玄仙は嗜虐癖の持ち主だが、反面、自分の力を圧倒する存在に屈服することから快感を導くという被虐癖も持っている。

 それは闘勝仙のように卑劣な罠に陥るというかたちではなく、正面からの実力で、圧倒されるというかたちでだ。

 しかし、宝玄仙を罠にかけて無力化する者はいても、道術遣いとしての純粋な道術で、宝玄仙を圧倒する者はいない。

 だから、宝玄仙は極端な嗜虐で性癖を発散させる。

 

 だが、もしも自分を屈服させる道術遣いがいれば、宝玄仙はその相手から受ける被虐に心も身体も震わせることを愉しむかもしれない。

 朱姫の道術遣いとしての実力が、現時点で宝玄仙を上回るとは思えないが、もしかしたら、いずれはそうなるのではないかという潜在能力は朱姫から感じることができる。

 宝玄仙もそれを想像して愉しんでいるのではないか……。

 朱姫がくすくすと笑った。

 

「宝玉様がそれを訊ねるなんておかしいですよ。いまのは、ご主人様に教えてもらった『分身』の道術の応用です。宝玉様の身体をあたしの分身にして操っているんです」

 

「へえ……」

 

 宝玉は感心した。

 見事な道術だと思ったからだ。

 『分身』の道術は、宝玉は遣ったことがない。

 『分身術』とは生物であれ、地物であれ、霊気の備わるものを道術遣いの意のままに自由に動かすという技だ。

 宝玉の記憶では、これはもともと、宝玄仙の術ではない。

 「お蘭の里」と宝玄仙が呼んだ東方帝国の隠し村で、異父妹の蘭玉と関わったとき、その蘭玉の道術を一時的に宝玄仙が奪ったときに覚えた道術だ。

 宝玉自身は遣ったことがなかったので、それが自分に遣われてもどういう道術かわからなかったのだ。

 

 それにしても、さっきから朱姫の道術を感じることができないのはなぜだろう。

 闘勝仙たちに調教された影響をいまだに残している宝玉は、宝玄仙とは異なり、攻撃道術が遣えず、また、他人の道術を防ぐ術を持っていない。

 しかし、それは、道術遣いとしての霊気が低いのではなく、道術契約が有効になっているために宝玉の身体が、他人の道術に対して解放状態にしてしまうためである。

 だから、超一級の道術遣いとして、宝玉も本来は他人の霊気の動きを瞬時に察知できるはずだ。

 しかし、さっきから朱姫の道術に対しては、いつ道術をかけられているのかわからないほどの完全な無防備状態になっている。

 

「宝玉様が、あたしの道術に対応できないのが不思議なんですか?」

 

 宝玄仙の戸惑いの表情を察知したのか、朱姫がそう言った。

 

「そ、そうね、しゅ……じゃない、ご主人様」

 

 朱姫と言いかけたとき、乳首に強い圧迫感を感じた。

 一瞬にして恐怖が走り、慌てて言い直した。

 そして、朱姫の道術に本能的な怖さを感じてしまった自分自身についても宝玉は驚いてしまった。

 

「それは簡単ですよ。宝玉様は、『縛心術』にかかっているんです。最初に言ったじゃないですか、あたしの許可なく、なにも感じないって……。だから、宝玉様は、道術を感じることができなくなったんです。ほら、道術が入ってもわからないですよね? じゃあ、いっぱい感じてください」

 

 すると身体がなにかに包まれたような気がした。

 それが、『影手』だと悟ったのは、身体全体から誰かの手で触られているような感触が沸き起こってからだ。

 愛撫という感じではないが、手のひらであちこちの肌をさすったり、指で軽く揉んだりするのだ。

 それが宝玉の服の下をするすると動いて、羽毛のような柔らかさで身体全体をさすりまわる。

 

 『縛心術』で霊気を感じることもとめられているという説明にはびっくりした。

 朱姫はそんなこともできるようになったのかと感嘆した。

 

「あ……あっ……」

 

 それにしても上手な愛撫だ。

 いや、まだ愛撫の一歩手前という感じで、性感帯を避けて身体全体で『影手』が動きまわっている。

 だが、すでに宝玉は翻弄されていた。

 だんだんと身体全体から熱くなり、快感が疼きだす。

 

「もう、感じているんですか、宝玉様? でも、許可なくいけませんよ。ちゃんといく前には、そう教えるんですよ。ご主人様が、あたしたちにそう躾けているみたいに……」

 

 朱姫がささやくように言った。

 

「わ、わかったわ……朱姫ご主人様……」

 

 宝玉は甘い吐息とともに、朱姫をご主人様と呼んだ。

 

 “ご主人様”……。

 

 改めてそんな言葉を使うと、なんだか身体がじんと疼くような気がする。

 他人をそう呼んだのはいつ以来だろうか……。

 闘勝仙たちでさえ、そんな風には呼んではいなかったし……。

 

「じゃあ、少し、胸を強く揉みますよ、宝玉様」

 

「だ、駄目よ、そこは──」

 

 宝玉は思わず叫んだ。

 宝玉と宝玄仙が交替で受けた祭賽国の国都における千代婆からの仕打ちで、この身体の乳首は、怖ろしいほどに敏感にされてしまったのだ。

 宝玄仙と宝玉の『治療術』を駆使してなんとか日常生活には支障のない程度にまで回復はしているが、愛撫という刺激を受けてしまうと、そこが乳首だと思えないほどの快感を覚えてしまう。

 おそらく、いまの宝玉と宝玄仙の乳首は、肉芽の数十倍は感じるのではないだろうか。

 

「ああ……あひいっ──」

 

 両方の乳首が指で挟まれる感触がやってきて、それがくるくると輪を描くように根元をつまみあげられた。

 全身は弛緩していまだに動けないが、その身体がびくびくと震える。

 激しい快感が宝玉に襲いかかってきた。

 

「下袍をたくしあげてください」

 

 朱姫の声で宝玄仙の両手が勝手動いて、下袍を捲りあげる。

 宝玉の下袍は臍のところまでまくりあがった。

 

 乳首がいたぶられる。小刻みな振動かと思ったら、大胆に強い刺激になり、そうかと思えばまた、触れるか触れないかというような静かな愛撫に変化する。

 官能の波はどんどん大きくなる。

 寝台に腰掛けたままの朱姫の両手が、宝玉の下着の前に伸びて、すっと左右に分かれた。するとそれを追いかけるように、宝玉の両腿が開く。

 

「ちょ、ちょっと駄目よ……、あ、ああっ……は、話を……くうっ……いってしまわ──いくわっ……駄目ぇ──」

 

 自分の喘ぎ声でうまく話せない。

 気持ちがいい……。

 でも、このままでは──。

 

「いっていいですよ、宝玉様」

 

「あうっ……あ、ああっ……わ、わたし……あん……ああっ……出る……出るのよ──ああっ──ひぎいいいい、いぐうううっ──」

 

 いきなり速度をあげて強くこねまわされた乳首に、宝玉の身体は耐えられなかった。

 身体全体が大きく震えて、官能の矢が突き抜けた。びっくりするほどに総身が揺れるとともに、宝玉は気をやった。

 同時に股間から尿のようなものが吹き出て、下着をびっしょりと濡らした。

 開かされた股間の下の部分の床に、宝玉が吹き出した液体がぽたぽたぽたと滴り落ちる。

 

「あら、行儀が悪いですね、宝玉様──。駄目じゃないですか」

 

 朱姫がわざと呆れたような声を出す。

 

「ち、違うわ、これは──」

 

「わかっていますよ、宝玉様。おしっこを洩らしたんじゃなくて、潮を噴いたんですよね」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 宝玉は自分の顔が赤らむのがわかった。

 乳首でいくと激しく絶頂するだけじゃなく、潮を噴くという癖をつけられてしまったのだ。

 

「でも、床を汚した罰は罰です。じゃあ、宝玉様、その恰好のまま、お股を擦って自慰をしてください」

 

 朱姫が言った。

 すると宝玉の右手が、びしょびしょの下着に伸びる。

 そして、いやらしく肉芽を布の上から摘まんだり、擦ったりする。

 

「くううっ……あ、ああっ……こ、こんなの酷いわ……こんな汚れた下着で……ああ、あひっ……」

 

 朱姫は意地悪く、宝玉が潮で濡らした下着を脱がすことなく、身体を操って自慰をさせはじめた。

 濡れた布地が、ぴちゃちゃと音をたてる。

 おびただしい女の樹液で汚れた下着をそのまま股間に擦り付けながら自慰をするのは、もの凄く惨めな気持ちにさせる。

 その汚辱感が、宝玉の心の中に激しい悔しさと情けなさを作って、それが酔いのようなものに変わっていく。

 自分が浅ましく快感で呆ける姿が脳裏に浮かび、宝玉を狂おしい気分にさせる。

 

「恥ずかしいこと、いやらしいことが宝玉様は好きなんですよね。気持ちのいいものをいっぱい身体に溜めてください、宝玉様」

 

 朱姫が込みあがった笑いを耐えるように、のどでくすくすと笑う。その笑いがなにか嘲笑を受けているような錯覚を産み、宝玉は喜悦の声をいっそうはっきりと漏らし出す。

 

 あがってくる……。

 

 熱いものが股間から身体全体に拡がる。

 疼きが疼きでなくなり、燃えるような炎に変化していく。

 

 自慰でいくというのも恥辱だ──。

 その屈辱感が、なにがなんだかわからない気持ちになり、自虐的な快感にどっぷりと浸る気がした。

 

「もう、いく……いくわ、ご主人様」

 

 宝玉は叫んだ。

 身体全体に狂ったような快感が迸った。

 

 絶頂がくる──。

 自分の手でやっているのだが、それは操りによるものだ。

 まるで他人に責められているようでもある。

 それでいて、どこを触れば気持ちいいのかという知識もしっかりと持って、指は宝玉の肉芽を責めたてる。

 

 痛烈な快美感が背骨まで貫く。

 宝玉は身体を仰け反らせて、悲鳴のような嬌声をあげた。

 

 いくっ──。

 強烈な絶頂感が宝玉を襲った。

 

 なに?

 次の瞬間、信じられないことが宝玉の身体の中に起こった。

 いま、まさに絶頂しようとしていた快感が、いきなりすっと消滅したのだ。

 突然、空の上まで飛翔したところなのに、一瞬にして地上に立っていたという気分だ。

 それでいて、身体はこれ以上ないというくらいに燃えている。

 

 一体全体なにが起きたのか……?

 見ると朱姫が笑っている。

 

「こ、これは?」

 

 宝玉は呆然として言った。

 

「……だって、あたし最初に言ったじゃないですか。あたしの許可なくいけないって」

 

 宝玉は愕然とした。

 いまのは『縛心術』によるものだったのだ。

 そう言えば、最初のときに、朱姫はそう言っていた。

 

 朱姫の許可なく感じることはできないし、いけないと……。

 

 自慰をしていた宝玉の手は、いまはとまっている。

 だんだんと熱い身体が平静を取り戻していくのを感じながら、宝玉は取りあげられた絶頂に、なにを言えばいいのかわからなかった。

 絶頂寸前で静止した快感は、完全になくなるまでにはいかなかった。

 それどころか、却って苦しいような中途半端なもどかしさのところで、ふつふつと湧くような官能が宝玉の身体に取り残されている。

 

「そ、そんな……じゃあ、許可してよ、朱姫──い、いえ、ご主人様」

 

 宝玉は抗議した。快感を取り上げるなど、とんでもない仕打ちだ。宝玉が怒りのようなものが込みあがった。

 

「そろそろ、服を脱ぎましょうか、宝玉様──。裸になったら寝台にあがってください。手足を自由にします」

 

 朱姫は、宝玉の抗議を無視してそう言った。

 身体を覆っていたなにかの縛りのようなものが消滅した。

 宝玉は怒りに似たものを感じながらも服を脱ぎだした。

 その間、寝台を降りた朱姫は、まずは宝玉が汚した床を部屋の隅にあった汚れ布で拭いたり、窓のところにあった容器に水を注いで手を洗ったりしていた。

 宝玉は全裸になって寝台にあがって座った。

 

「音を鳴らします。これが合図です。この音で宝玉様は人形ですよ」

 

 朱姫が指をぱちんと鳴らした。

 

「あっ」

 

 すると急に力が抜けた。

 宝玉の身体は、寝台の上に崩れ落ちる。

 

 朱姫もまた服を脱ぎ始めた。

 近くにあった椅子の背に脱いだものを掛けはじめる。

 朱姫の成熟し損なった裸身が現れる。

 

 それは、少女のようでもあり、性を知りきった女のようでもある。

 それが不思議な妖艶さとなって朱姫の魅力になっている。

 しかし、朱姫の身体に植え付けられた獣化の寄生虫を無効にするためとはいえ、全身に刻んだ宝玄仙の道術紋の影響により成長をすることができなくなった朱姫は気の毒だといつも思う。

 あのとき、白骨に捕らえられて寄生虫を植えられなければ、朱姫は、今頃、沙那や孫空女と同じように完全に成熟した若々しい大人の女性の身体を手に入れられただろう。

 宝玉と宝玄仙の道術ではもうどうしようもない。

 朱姫の霊気がさらにあがり、天教の八仙たちがやっていたように、見た目の姿を変えることができるようになれば、それも解決するのかもしれない。

 

 朱姫が寝台にあがってきた。

 股間に男根の張形が付いている革帯を締めている。

 宝玉をこれで責めたてるつもりだと思った。

 朱姫が宝玉の身体を寝台に真っ直ぐに仰向けに横たえた。

 両手は体側に添った状態であり、両脚は軽く開いている。まるで他人の身体のように動かない。

 

「じゃあ、始めますよ、宝玉様──。とても、長い夜になると思いますよ」

 

 朱姫が不気味なことを言った。

 宝玉の唇に朱姫の唇が重なった。

 宝玉はためらうことなく、朱姫の舌を受け入れた。

 朱姫の舌が宝玉の口中を愛撫する。

 宝玉は貪るように朱姫の舌を吸った。

 朱姫がどろりとした唾液の塊りを入れてくる。宝玉はそれを喉の奥に流し込む。

 

 口を離す。

 ぼうっとするほどの快感が宝玉を襲う。

 身体が弛緩して動かせないということも、宝玉の快感を増幅している気がする。

 なにをどうされても抵抗できない──。

 そうやって与えられる快感は、宝玉を恐ろしいほどの恍惚感に浸らせる。

 

「あひっ」

 

 朱姫が股間に付けている張形が当たって、宝玉の股間を弾いたのだ。身体が熱くなる。

 それから、朱姫の技が宝玉に襲いかかった。

 舌技と手管では、あの百戦錬磨の宝玄仙さえもたじたじとなった朱姫の性技だ。

 同じ身体でありながら、性の攻撃に弱い宝玉が朱姫の責めに太刀打ちはできない。

 あっという間に全身の火を燃えたたせられて、狂態をさせられた。

 

「ああああっ」

 

 部屋につんざくような悲鳴をあげた。

 両脚が持ちあげられて、いきなり肛門に朱姫の張形が突き挿さったのだ。

 

「いぐううっ──」

 

 宝玉は喉をつきあげて全身を震わせた。

 絶頂に向かう快感を覚えながら、宝玉はなぜか朱姫の笑みが残酷さを保ったままのようであるのが気になった。

 

 次の瞬間、今度は絶望の悲鳴をあげた。

 またもや、宝玉は絶頂寸前から、快感が消滅する感じを味わったのだ。

 再び取り上げられた絶頂に宝玉は悔しさに歯噛みした。

 

「ひ、ひどいわよ、朱姫──。暗示を外してよ」

 

 宝玉は声をあげた。

 

「あらっ、あたしは、ご主人様じゃないんですか、宝玉様?」

 

 宝玉を見下ろしている朱姫がくすくすと笑った。

 

「そ、そんなこといいわよ。これ以上すると酷いわよ、朱姫」

 

「皆さん同じですね。沙那姉さんも孫姉さんも同じように文句を言いましたけど、最後にはなんにも言いませんでしたよ」

 

 朱姫がまた宝玉の身体を責め始める。

 

「あ、ああ……暗示……外して……ああっ……」

 

 朱姫が肛門に挿したままだった張形を動かし出す。

 そして、舌を指も使って宝玉の裸身を責めたてる。発作のような快感が襲う。

 やがて、炎のような快感が宝玉を襲う。

 しかし、この時には、もう朱姫の陰湿な覚めの趣向がわかってきた。宝玉から絶頂を取り上げた状態で、この身体を責めたてようとしているのだ。

 

 そして絶頂──。

 だが、またしても快感が寸前で消滅する。

 

 それから宝玉は、頂上まで登りあげては一気に滑り落とされるということを繰り返された。

 大声で悲鳴をあげては、発作のようなおこりとともに絶頂寸前の快感にあげられ、そして、下げられる。

 しかし、あがりきった快楽は、ある一定ところから下にはさがらない。

 そのまま中途半端な疼きとなって残される。

 

 絶頂への渇望が宝玉を襲う。

 快感の頂点寸前から奈落に解き落とされるということを何度繰り返しただろうか。

 宝玉は息も絶え絶えの状態になった。

 

「どうしました、宝玉様、まだまだ、続きますよ」

 

 朱姫がささやいた。

 いま、張形は肛門ではなく、女陰を襲っている。

 

 そのときには、宝玉は朱姫の責めに耐えられずに、泣きながら悲鳴をあげていた。

 

「ほらね、宝玉様、沙那姉さんも、孫姉さんもそうだったんですよ。最初は怒っていたけど、最後には泣きじゃくって許しを乞いたんですから……。じゃあ、溜まっていた分をお返ししますね」

 

 朱姫が言った。

 その朱姫が指を鳴らす。

 宝玉の身体にとてつもないものが襲いかかった。

 それが、これまでに取り上げられていた十数回分の絶頂だと気がついたのは、最初の快感の爆発が弾いてからだ。

 

 そして、抗しきるのは不可能な快楽の津波が宝玉に次々に覆いかぶさった。

 宝玉は自分の身体が、ばらばらになるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宝玉様」

 

 朱姫の声で目が覚めた。

 どうやら、限界を超えた快感で気を失ったようだ。

 

「宝玉様、どうでした?」

 

「す、凄かったわ……、朱姫」

 

 それだけを言った。

 快楽を極め尽くした残り火で息も絶え絶えだった。

 この世にこんなに凄いものがあるなんて信じられなかった。

 

「十数回分を一度にだなんて酷いわね」

 

 宝玉は恨みっぽく朱姫に言った。

 そして、身体を起こそうとした。

 しかし、まだ、身体が弛緩して動かないということに気がついた。

 

「ねえ、朱姫、まだ身体が動かないわ」

 

「当然ですよ。まだまだじゃないですか」

 

「えっ?」

 

 朱姫の手が宝玉の股間に伸びる。

 

「今度は二十回分くらいをまとめて味わいましょうよ」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 耳障りさえするような疲労の極地にある宝玉は、心からの悲鳴をあげた。



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254 四日目・脱出遊戯(宝玄仙)

「宝玉は怒っていたよ。お前、あの宝玉に焦らし責めをしたんだってね」

 

 宝玄仙は笑って言った。

 怒っていたと言うと、朱姫はびっくりした表情をした。

 

 祭賽国(さいさいこく)の南にある城郭である掲陽鎮(けいようちん)に向かう途中にある宿町だ。

 ここに逗留して四日になる。

 成り行きでひとりずつ朱姫の被虐を受けるということになり、沙那、孫空女、宝玉と続いた四人目の宝玄仙の番なのだ。

 

 そして、どういうことか知らないが、明日の夜は、もう一度沙那が嗜虐を受け、その次は孫空女ももう一度ということになっているようだ。

 理由は聞いていないが、ふたりとも朱姫の嗜虐の延長に同意したらしい。

 本人たちがそう言っていたので間違いないのだろう。

 

「怒っていたって、本当ですか?」

 

 朱姫が急におどおどした態度になった。

 宝玄仙は思わず含み笑いをした。

 

「嘘だよ、朱姫。苛々させられたり、怖かったりしたけど、最終的には気持ちよくさせてくれたし、いい被虐だったそうだよ。ただ、しばらくは御免だそうだ」

 

「そうですか……」

 

 朱姫はほっとした表情になった。

 そのときには、すでに宝玄仙は全裸になっていた。

 宝玉のときには、まずは服を着たまま、乳首を責めて潮吹きをさせ、汚れた下着のまま自慰をさせたようだが、今日はそういう趣向は考えていないのか、宝玄仙がとめられることはなかった。

 

 もっとも、自分にそんなことをするのはさすがに怖いのだろう。

 朱姫も宝玄仙の隣で、いそいそと服を脱いでいる。

 沙那や孫空女は、最近では宝玄仙よりも朱姫の嗜虐を受けることを嫌がる傾向がある。

 その朱姫の嗜虐ということで、宝玄仙自身も、朱姫は自分に対してなにをしてくるのだろうと思っていたのだが、朱姫も服を脱いでいるところをみると、宝玄仙を拘束して犯すというところぐらいだろうか。

 まあ、言葉責めくらいはあるかもしれないが……。

 

 安心はしたし、そんなものだろうと思っていたが、少しだけ失望もした気がする。

 もっとも、手管も舌技も超一流の朱姫のことだ。

 その朱姫の責めを一方的に受けるというのも、かなりつらい責めになるのは間違いない。

 

「ご主人様……」

 

 先に服を脱いだ朱姫が、服を脱ぎ終わって寝台にあがろうとした宝玄仙に、なにかを放り投げた。

 

「えっ?」

 

 小さなものが胸に飛んできた。

 はっとした──。

 霊具だ──。

 

 そう思ったときには遅かった。

 気がついたときには、乳首の根元に半透明の輪が食い込んでいた。

 

「な、なにすんだい──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 しかし、朱姫が宝玄仙に組みついた。

 宝玄仙の手を強引に背中に回そうとしている。

 

「お、お前……」

 

 しかし、小柄とはいえ、血の半分が妖魔である朱姫だ。

 孫空女ほどではないとはいえ、それなりの力がある。

 非力な宝玄仙では、簡単に背中に手を回される。

 

「今夜は、ご主人様もあたしの嗜虐を受けるんです。今夜だけは、なにをしても許されるんです。そうですよね?」

 

 朱姫が喜々とした声を出して、うつ伏せに組み伏せた宝玄仙の背中に乗った。

 そんなことを言った覚えはないが、いつの間にか朱姫の頭の中では、そういう約束をしたことになっているのだろう。

 背中に回った手首に革の手錠が嵌められる。

 

「しゅ、朱姫、いい加減にしないか──」

 

 宝玄仙はかっとして、朱姫の身体に刻んでいる道術紋を通して、調子に乗りかけている朱姫に道術を送り込もうとした。

 

「ひいっ」

 

 その瞬間、不意に乳首の根元に嵌った輪が激しく振動した。

 大きな刺激を受けた宝玄仙は、思わず道術を中断してしまった。

 

「どうですか、ご主人様? 朱姫が今夜のために特別に作った霊具です。ご主人様が千代婆の薬で乳首に弱点を作ってしまって、そこに刺激を受けたら道術が中断されてしまうと聞いて作ったんですよ。ご主人様が霊気を集めようとすると、それに反応して、その乳首の輪が激しく動きます。観念してください──。それを嵌めている限り、ご主人様は、道術は遣えませんよ」

 

「だ、誰がそんなことをお前に教えたんだい──?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 朱姫が勝ち誇った顔で宝玄仙から離れた。

 すでに宝玄仙の両手首は背中側で拘束されている。

 

「七星姉さんです」

 

「あの、お喋りめ……」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 あれ程、朱姫には喋るなと口止めしたのに、しっかりとばらして去ったのだ。

 

「ご主人様のために、今夜は趣向を凝らしました」

 

「趣向って……」

 宝玄仙は声をあげようとして、朱姫の酔ったような表情で、これはなにを言っても無駄だということを悟った。

 これが沙那や孫空女が嫌がる、嗜虐のときの朱姫の表情なのだと宝玄仙は思った。

 

「立ってください、ご主人様」

 

 宝玄仙は嘆息した。

 宝玄仙は仕方なく、寝台から降りた。

 

「ご主人様に贈り物です」

 

 床に片脚をついたところで、朱姫がいきなり股間を掴んだ。

 なにかがつるりと股間の奥に押し入った。

 

「あっ、な、なにすんだいっ?」

 

 宝玄仙は腰をよじったが、異物を飲み込んでしまった女陰の最奥に張りついたように、なにが入り込んで出てこなくなった。

 

「これもです」

 

 霊具だということはわかる。

 朱姫の手が宝玄仙の腰を掴んだ。

 今度は身体を捻ったので、朱姫の持っているものがわかった。

 朱姫はいぼいぼの付いた卵大の丸い霊具を持っている。

 それを肛門に押し込もうとしている。

 

「ひうっ」

 

 性の刺激には強い宝玄仙だが、お尻は特別弱い。

 一瞬だけ快感に我を忘れた。

 それだけで朱姫には十分だったようだ。

 

「あっ」

 

 思わず声をあげて宝玄仙は、その場にうずくまった。

 後ろの孔に勝手に潜り込むように入り込んだ朱姫の持っていた霊具が、いきなり動き出したのだ。

 

「今夜のご主人様は、朱姫の奴隷です。そういう約束ですよね。我が儘を言うと、そうなるんですよ」

 

「お前……」

 

 宝玄仙は込みあがった怒りのまま、怒鳴り散らそうとした。

 あまりに調子に乗った態度に、釘を刺しておこうと思ったのだ。

 しかし、その余裕がなかった。

 

「……じゃあ、いきますよ」

 

 腕を取られて無理矢理立たされたと思ったら、朱姫のその言葉と同時に、不意に視界が消えた。

 

 『移動術』だ──。

 

 とっさに悟ったが、次の瞬間には、周囲から灯りがなくなり、外気のひんやりとした風が宝玄仙の肌を擦った。

 

「う、うわっ」

 

 思わず宝玄仙はその場にしゃがみ込んだ。

 宝玄仙は、宿町の外の広場にぽつりとひとりで立っていたのだ。

 さすがに、この時間では人通りはないが、結界で護られているわけでもないまったくの外だ。

 この宿町には、もう四日も滞在しているからわかるが、ここから宿屋へは四半刻(約十五分)は離れている。

 朱姫は、昼間のうちに結んでおいた『移動術』の結界で、あの宿屋の部屋から外に宝玄仙を跳躍させたのだと思った。

 

「朱姫、お前、いい加減にしないか──」

 

 宝玄仙はしゃがんだまま大声をあげた。

 そして、愕然とした。

 宝玄仙のそばには、朱姫はいなかった。

 『移動術』で跳躍させられたのは、宝玄仙ただひとりのようだ。

 どうやら、朱姫は、朱姫と一緒じゃなくて、宝玄仙だけを宿屋の外に跳躍させたのだ。

 周囲を懸命に探したが本当にいない。

 

 宝玄仙は、たったひとりで、全裸で後ろ手に拘束された状態で、野外に放り出されたのだ。

 朱姫の度を越した悪戯に、宝玄仙はうずくまったまま歯噛みした。

 ここからこの姿で、宿まで戻れということだろうか……。

 

 だが、ここからどうやって戻ればいいのか……?

 宿屋は宿町の外れだったから、ここから宿屋までは歩いて四半刻(約十五分)はかかるし、酒場街の賑やかな場所を歩き抜けなければならない。

 辿り着いたとしても、部屋は二階であり、一階の酒場を通らなければ部屋に戻れない。

 その一階は、かなりの酔客がいて、まだ人がいなくなる気配はなかった。

 宝玄仙は、どうすればいいのかわからず、途方に暮れた。

 

 “ご主人様、今夜は、朱姫の考案した脱出遊戯です。この広場のどこかに、この広場を脱出できる結界が隠されています。それを探してください──”

 

 朱姫の声が聞こえた。

 

「冗談はやめるんだよ、朱姫。すぐに戻さないと、折檻を与えるからねっ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 しかし、返事はない。

 宝玄仙は、さっきの声が宝玄仙の耳に付けられた『遠耳』によるものだとわかった。朱姫がどこからこれを眺めているのか、あるいは、眺めていないのかわからないが、こちらの声が聞こえないように、宝玄仙には、『遠口』が与えられていないようだ。

 もっとも、『遠口』には副作用があり、一日後に一刻(約一時間)のいき狂いの発作がある。下手に付けられても、それはそれでつらいものがある。

 宝玄仙の声を遮断したのは、宝玄仙が文句を言ったり、不満を言う手段を与えないためだろう。

 

 どうやら、とことん、くだらない遊びに付き合せるつもりらしい。

 宝玄仙は歯噛みした。

 見つけ次第、とっちめてやるとしても、いまここにいない以上、とりあえず、この場はなんとかやり過ごすしかない。

 仕方なく『移動術』の結界を見つけるために、付近の霊気を探ろうとした。

 

「あひいいいっ──」

 

 乳首に電撃が加わったような衝撃が走った。乳首に嵌っている朱姫の霊具が強い振動をはじめたのだ。

 宝玄仙は、しゃがんでいた身体を前に倒れさせてしまった。

 道術を発動するための集中が失われ、霊気の探知が遮断される。

 宝玄仙が霊気を停止させたことで、乳首の振動も停止した。

 霊気の探知もひとつの道術だ。

 宝玄仙が霊気を動かしたために、朱姫に嵌められた乳首の霊具が反応してしまったようだ。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 宝玄仙は沸騰した怒りで大声をあげた。

 しかし、しんとした夜のしじまに宝玄仙の叫びがこだまするだけだ。

 

 冷静にならなければ……。

 宝玄仙は、大きく深呼吸した。

 懸命に怒りを抑える。ここで大声を出し続ければ、朱姫ではなく、そこら辺の酔っ払いを集めるだけだろう。

 そうなれば、素っ裸で後手で拘束されている姿を晒すことになり、恥をかくのは宝玄仙自身だ。

 

 とにかく、これで宝玄仙は道術を遣えないことははっきりした。

 問題は、道術なしでどうやって、『移動術』の結界を見つけるかだ。

 

「あぐっ──」

 

 するといままで押し込められていただけだった女陰の霊具が急に振動し始めた。そして、右側の乳首の輪も微かに震えだす。

 思わず宝玄仙は声をもらして、完全に地面に突っ伏した。

 今度の振動はいつまでも続いたままだ。振動による刺激に耐えながら、なんとか懸命に身体を起こす。

 

 “じゃあ、脱出遊戯の開始です、ご主人様。それから、一応制限時間はありますから、気をつけてください。制限時間内に『移動術』の結界に辿り着かなかった場合は、四個の霊具が最大振動で停止しなくなりますよ”

 

 朱姫の声が消えた。

 宝玄仙は感情を抑えるために、また、大きく深呼吸した。

 そう言えば、こういうねちねちとした責めが、あのお蘭が好きだったと思い出した。

 自分がするのも、されるのもだ。随分と遠くに来たが、いま頃どうしているだろうか。

 あの母親との再会には成功しただろうか……?

 

 とにかく、我が妹ながら、ひと癖もふた癖もある女で、関わるといつも碌なことはない。

 宝玄仙の『魂の欠片』を作らせるために訪問すれば、沙那や孫空女を巻き込んだとんでもない嗜虐をやるし、やっと作ったかと思えば、なんのためか知らないが一個で済むものを三個も作って、ふたつを自分で回収した。

 あれは、沙那と孫空女の魂だとかうそぶいていたから放っておいたが、道術遣いでない者から『魂の欠片』は作れない。

 そんなことも宝玄仙が知らないと思っていたのだろうか。

 

 それよりもいまのことだ。

 とりあえず、朱姫の準備した脱出遊戯で遊んでやるしかなさそうだ。

 身体を起こした。

 しかし、体勢が変わったことで刺激が強くなり、片側の乳首と股間の霊具の静かな振動が脳を貫く。

 

「くっ」

 

 思わず全身を硬くして息を呑む。

 宝玄仙がなんとか快感を制御できるくらいに抑えた振動だが、道術の遣えない状態でたったひとりで夜の宿町に放り捨てられたという緊張が妖しげな官能を誘う。

 それとともに裸身に触れる外気が気の遠くなるような羞恥も誘う。

 腰を引くようにして、淫らな刺激に耐えるようにしながら、周囲を見回す。

 

「うう……」

 

 今度は左の乳首と肛門──。

 宝玄仙が態勢を変えた途端に、股間と右の乳首が停止して、同時に肛門と左の乳首が動きだした。

 ねちねちといたぶろうと、身体に取りつけた霊具をばらばらに動かしているのだろう。

 そうやって、宝玄仙を翻弄させて愉しんでいるに違いない。

 自尊心を引き裂くような恥辱だが、一方でその興奮で宝玄仙は身体が淫情で熱くなるのも感じていた。

 

 とにかく、脱出のできる結界を探せと言っていた。遊戯だと言っていたからそれを探し出すためのなにかがどこかにあるのだろう。

 だが、この闇だ。ほとんど足元が見えるだけで、周囲になにがあるかなど、歩きまわらなければ探すことはできない。仕方なく、歩き回る。

 

 そのたびに、前後の霊具と両乳首の振動が動いたり、とまったりする。

 だんだんと衝撃に対する抵抗力はできてくるが、燃えあがる快美なうねりは抑えがたい。

 四個の霊具が動きを変えるたびに、四肢に鋭い愉悦が沸き起こる。

 宝玄仙は漏れそうになる声を噛み殺し続けなければならなかった。

 

 そして、いまいましいことに、小さすぎる刺激は宝玄仙の身体を官能で苦しめるが、絶対に頂上まではいかせない。

 しばらく進めば、動いている振動がなくなり、次の霊具に動作を譲るのだ。

 

「う、うう……」

 

 だんだんと歩くのがつらくなる。方向を変えるたびに振動が入れ替わるのだ。

 宝玄仙は、太腿を擦り合わせて、懸命にしゃがみ込みそうになるのを耐えた。

 

 だが、そのとき、ふと思った。

 もしかしたら……。

 

 適当にばらばらに動いて嫌がらせをしているだけと思った四個の霊具の動きには意味があるのではないかと……。

 

 この振動は、あるいは宝玄仙の官能を責めたてて苦しめるのが目的ではなくて、朱姫の仕掛けたなにかの示唆か……?

 振動が方向を示しているのか……?

 

 それから後は簡単だった。

 前の穴の霊具が動いているときに右の乳首が動けば右──。

 前が止まり、肛門が動けば、進み過ぎだから退がる。

 左の乳首が進めば、今度は左に進む。

 

 不意に身体が捻じれる感触があった。

 『移動術』だ──。

 どうやら朱姫の準備した脱出地点に辿り着いたのだ。

 

 

 *

 

 

「うわっ……」

 

 別の場所に着いた。

 急に周囲が明るくなり、宝玄仙は、また思わずしゃがみこんだ。

 てっきり、宿の部屋に戻るものだと思っていたのに、宿町でもっともにぎやかな飲み屋街に着いたのだ。

 ここは居酒屋と居酒屋で挟まれた路地であり、両側のどちらかの酒屋の荷が積んである物陰に宝玄仙は跳ばされたのだ。

 すぐ前の視界には、酔客が溢れる大通りがある。

 

 “次は簡単ですよ、ご主人様──。通りを挟んだ路地に赤い布があります。そこが次の場所に進むための結界です。ただ、そこに行くだけです。じゃあ、頑張ってください”

 

 朱姫の声がなくなった。

 いま、身体の霊具の振動はとまっている。

 つまり、大勢の酔客が溢れる通りを走り抜けて反対側の路地に行けということだ。

 馬鹿にしたようないたぶりに、頭の血が沸騰しそうだ。

 

 朱姫のことだ。

 とことん、宝玄仙を責めるつもりだろう。

 じっとしていても宝玄仙を連れ戻しにくることはない気がする。それに、こんなところに素っ裸で立っていれば、いずれは裸でおかしな霊具を局部に付けて後手に拘束されている宝玄仙に、誰かが気づくに違いない。

 

 宝玄仙は一度目を閉じる。

 そして開けた。

 もう、通りの向こう側の路地に見える赤い布のある壁しか見ない。

 路地を駆け出た。

 

「おお?」

 

「な、なんだ?」

 

「おい、裸の女だ──」

 

 通りに飛び出した瞬間に、裸で駆ける宝玄仙の姿に一斉に声があがった。

 しかし、そのときには、宝玄仙は反対側の路地に飛び込んでいる。

 

 酔客の喧騒を背にしながら、赤い布のある路地に到着した。

 また、『移動術』──。

 どこかに跳んだ。

 

 

 *

 

 

 今度もまた、真っ暗闇の野外だ。

 明るい場所から再び暗い場所に連れてこられたため、しばらく視界がなかったが、やがて、ここが最初に飛ばされたあの宿町の広場だとわかった。

 なんのことはない。また、戻って来たのだ。

 

「朱姫の仕掛けた脱出遊戯は、どうでしたか、ご主人様?」

 

 耳の『遠耳』からの声じゃない。

 宝玄仙は顔をあげた。

 少し離れた場所に朱姫が立っている。

 闇でよくわからないが、なんだか愉しそうに微笑んでいる気がする。

 朱姫も全裸だ。全裸の朱姫が少し離れた場所で宝玄仙を見ている。

 

「しゅ、朱姫、承知しないからね──。こんなことして、どういうことになるかわかっているんだろうねえ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「だって、今日は朱姫の日ですよ。なにをやっても許されるんでしょう?」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 あの小娘の頭がどうなっているのか、頭をぶち割って見てみたい気分だ。

 さっきもそう言っていたから、そう思い込んでいるらしいが、そんなことは宝玄仙はひと言も喋っていない。

 

 それに、たそえ、そうであったとしても、宝玄仙の仕返しが怖くはないのだろうか。

 あるいは、仕返しがあるとしても、朱姫にとっては、“いま”の嗜虐が第一で、後のことはどうでもいいのかもしれない。

 

 考えてみれば、朱姫が調子に乗るたびに、沙那などは手酷い仕置きをしているが、朱姫が懲りたり反省したりしたという記憶が宝玄仙にはない。

 そのとき、急に四個の霊具が一斉に動き出した。

 

「ほわあっ──」

 

 思わず声をあげて腰を折った。

 脳天まで突きあがるような衝撃だった。

 膝を震わせて、宝玄仙はその場にしゃがんだ。

 

「最後の挑戦ですよ。朱姫のいる場所まで来てください。それで、終わりです。宿に戻ります」

 

 『遠耳』と朱姫の声と同時に聞こえた。

 宝玄仙は顔をあげる。

 朱姫の立つ場所まで、五間(約五十メートル)というところか……。

 だが、激しい霊具の振動──。

 立とうとするが、あまりの刺激に脚に力が入らない──。

 

「立てないなら、這ってきてください、ご主人様」

 

 怒りで力が戻り、なんとか立ちあがる。一歩ずつ歩き始めた。

 どんどん振動が強くなる。

 

「くああぁぁぁ」

 

 振動に耐えられずに途中で達した。

 膝が崩れて地面に跪く。

 その時、『移動術』特有の腹が軽くよじれる感触がした。

 気がつくと、半分は進んだはずの距離が元の五間(約五十メートル)に戻っている。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 宝玄仙は怒りで我を忘れたようになり、思わず叫んだ。

 

「そんなに大きな声を出さないでくださいよ、ご主人様。途中で達したらやり直しです。いくのは我慢して、朱姫のところまで来るんです。それが、最後の遊戯です」

 

 朱姫の愉しそうな声が『遠耳』と離れてこっちを見ている朱姫の口の両方から告げられる。

 

「くっ」

 

 歯噛みした。

 仕方がない。再び歩きはじめる。

 要はいかければいいだけだ……。

 だんだんと強くなることがわかっていればなんとか耐えられるはずだ。

 しかし、一度達した身体は激しく敏感になっている。歩くだけで強烈な快感が昇ってくる……。

 それでも懸命にこらえる。

 

「頑張りますねえ……。さすがご主人様です」

 

 やっとさっき戻された半分を通り過ぎる。

 振動が……。

 乳首が……。

 そして、お尻が……。

 なにかに躓いて、脚がよろけた。

 がくりと脚が砕けて、ずんという衝撃がお尻に走った。

 

「ひいいいぃ──」

 

 あっという間に達した。

 眼を開けると、また出発位置に戻されている。

 

「早く終わらせた方がいいですよ……。何度も戻るとだんだんと振動が強くなりますからね。特に、お尻の弱いご主人様には、後ろの霊具の刺激がほかよりも激しくなるようにしておきましたから、大変ですよ」

 

 朱姫の嘲笑うような声がする。もう怒りよりも、諦めのような感情が走る。

 歯を食い縛って、また歩き出す。

 しかし、本当に力が入らない。

 だが、もうちょっとというところで達してしまって元に戻される。

 

 それを五度繰り返した。

 もう、宝玄仙は歩くことができなくなった。

 

「しゅ、朱姫……。もう、駄目だよ。本当に駄目なんだ」

 

 ついに宝玄仙は弱気を吐いた。

 

「仕方ないですねえ……。じゃあ、距離を半分にしてあげます」

 

 朱姫が歩いてきて、半分の位置に立った。

 

「じゃあ、始めてください、ご主人様」

 

 それでも二度達した。

 

 二度目のときには、ほんの眼の前に朱姫がいるというのに、乳首を最大振動で動かされて股間から潮を噴いて果てた。

 そして、気がつくと、また朱姫が遠くになる。

 

「あたしの足に口づけしてください。それで終了です」

 

 たった二間半(約二十五メートル)──。

 それが果てしなく遠い……。

 腰をあげることができない。

 

 仕方なく宝玄仙は、本当に這い進んだ。

 強烈な快感が襲う。

 後手の指の爪をお尻の肉に喰い込ませる。

 そして、唇を血が出るまで噛んだ。

 自分の口から血の味がする。

 痛みでなんとか快感に耐えられそうだ……。

 

「んんんんっ──」

 

 四個の霊具が容赦なく宝玄仙を襲う。身体が痙攣したようにがくがくと震える。

 また、いきそう……。

 朱姫が眼の前だ。

 

「頑張れ、ご主人様」

 

 朱姫の無邪気な声が頭からかけられる。

 爪を力いっぱい肌に突き刺す。

 

「くああああっ──」

 

 快感が昇る。

 もう耐えられない──。

 身体を倒す。

 裸身の朱姫の足に顔が触れた。

 その宝玄仙の身体を朱姫が抱きかかえた。

 

「頑張りましたね、ご主人様──。ご褒美に、朱姫がご主人様をとてもいい気持ちにさせてあげますね」

 

 やっと朱姫の入る場所に辿り着くと、朱姫が両手を拡げて宝玄仙を抱きかかえた。

 まったく邪気のない心からの笑顔と嗜虐酔いした表情で──。

 宝玄仙は、朱姫を大声で怒鳴ろうとしたが、その笑顔を見ていると、なんだかその気が次第に小さくなってきた。

 

「ねえ、ご主人様、興奮しませんでしたか? どうでした? 一所懸命に考えて準備したんですよ。これ、沙那姉さんや孫姉さんにもやりませんか? きっと愉しいですよ」

 

 朱姫が宝玄仙を抱いたままにこにこと笑いながら言う。

 

「そうだね、興奮したよ、朱姫……」

 

 宝玄仙は苦笑しながら言った。それは事実だ。

 そして、『移動術』──。

 どこかに跳んだ。

 今度こそ、宿屋の部屋のようだ。

 

「随分と身体が汚れましたね。大丈夫です。朱姫が舐めとってさしあげます」

 

 寝台に横にされた。

 朱姫が宝玄仙の足を舐めはじめる。

 甘美感が宝玄仙の全身を貫く。

 そのとき気がついたのだが、宝玄仙の股間からはおびただしく愛液が溢れ出ていた。

 朱姫によって野外でいたぶられた興奮と恥辱が、これ以上ないというくらいに、宝玄仙の股間を濡らしたようだ。

 

 もうどうでもよくなった……。

 どうせ、いま、懲らしめをしようにも、乳首の輪が邪魔をして、道術は遣えないのだ。

 朱姫のお仕置きは明日の朝まで待つしかない。

 

「ご主人様の身体の汚れも汗も全部朱姫が舐めとります。その間、これで我慢してください」

 

 足の指から口を離した朱姫が、一度顔あげた。

 すると四個の霊具がまた淫らな振動で動き出した。

 突きあげるような衝撃──。

 

 朱姫に足の指を舐められながら加えられる強烈な霊具による刺激に、宝玄仙はこれまで耐えてきた全身の愉悦を一気に解放した。

 

「い、いく──」

 

 宝玄仙は身体を仰け反らせて叫んだ。

 身体を震わせる快美感──。

 苛烈な衝撃に身を任せながら、宝玄仙は絶頂を極めた。

 身体を打ち抜くような官能の波が突き抜ける。

 

「ふ、ふ、ふ、ご主人様、可愛い……」

 

 足の指から口を離した朱姫がそう言い、そして、また口で宝玄仙の足を含んだ。

 

 

 *

 

 

「……酷いわねえ、あいつ……」

 

 沙那が言った。

 あの宿町を離れて掲陽鎮に向かう山街道だ。

 

 宝玄仙を朱姫が嗜虐をした日から、さらに七日が経っている。

 あれからもしばらく、一日ごとに沙那と孫空女に相手を変えながら、朱姫が順番に仲間を責める“黄金の日々”とやらが続いた。

 沙那と孫空女も、よく文句を言わずに我慢しているものだとも思っていたが、十日も逗留が続いたとき、得体の知れない女がやってきて、宝玄仙たち四人の手配書が出回りかけているので、早く掲陽鎮に向かった方がいいと耳打ちして去ったのだ。

 それでやっと出立ということになった。

 

 掲陽鎮には、李春(りしゅん)という女侠客がいる。

 李春は、梁山泊の同志に縁のある女らしく、手配されている宝玄仙一行の身元を引き請けてくれることになっている。

 こっそりとあの九頭女が耳打ちしてくれたことによれば、宝玄仙や朱姫と同じで、女を嗜虐する性癖があるということだ。早く会いたいものだ。

 

 出立してからも、朱姫は、まだ嗜虐の約束が残っているとずっと文句を言い続けた。

 あまりにもしつこいので、沙那と孫空女に朱姫に罰を与えるように指示した。

 沙那と孫空女のふたりは話し合った結果、朱姫の前後の穴に催淫剤を塗りたくった張形を埋め込み、革帯で張形を出せないようにして、『遠耳』をつけさせてひとりで街道を歩かせることにしたようだ。

 そして、こうやって三人でずっと、朱姫とは距離を離してついていきながら、『遠口』を使い、いろいろな痴態を命令してやらせている。

 

 朱姫をいたぶっているときに、朱姫からどんな責めを受けたかという話になった。

 宝玄仙が受けた嗜虐についても訊ねられたが、少し答えに詰まった。

 答えようとしたが、朱姫に翻弄されて、この宝玄仙が仕返しもする気がなくなるくらいまで恥辱と快感を与えられて、完全に打ちのめされたとは言いたくなかったのだ。

 それに、あれは朱姫だから許したのだ。

 沙那と孫空女が、宝玄仙をそんな風に扱うというのは絶対に許すはずもないことで、それを言えば、なぜ朱姫にだけ許すのだと文句を言いそうな気もした。

 宝玄仙自身も、朱姫の嗜虐をなぜ許す気になったのかわからない。同じ性癖を持つ仲間意識のような気持ちが湧いたのかもしれない。

 

 いずれにしても、宝玄仙は、夜の宿町を連れ回した朱姫の振舞いに対して、なんの罰も与えなかった。

 いま、朱姫が罰を受けているのは、それとは別のことだ。

 

「わたしと宝玉のときは、考えてみれば、それほど激しいのはなかったね。縛られて犯される。まあ、そんなものさ。しつこく責められはしたけどね。それと言葉なぶりくらいはあったかもね。詳しくは説明したくないけど……」

 

 宝玄仙も苦笑しながら言った。

 本当は言葉なぶりどころじゃない。

 多分、こいつら以上の責めを受けている。

 こと嗜虐について、朱姫は手を抜かない。そういうところも、朱姫は宝玄仙に似ている。

 

「だったら、ご主人様たちのときは手加減していたんだね。改めて腹が立つよ。不公平だよ。差別だよ」

 

 孫空女は不満そうだ。

 宝玄仙は笑ったままでいた。

 それから沙那と孫空女は、まるで玩具を与えられた子供のように、朱姫に冷酷な命令を与えては、ずっと前を破廉恥な服を着て歩く朱姫をいたぶっていた。

 

「どうやら、また、人通りが途絶えたよ。じゃあ、今度はなにをさせようか、沙那? 道の真ん中でおしっこをさせるというのはどう?」

 

 やがて、孫空女が言った。

 

「いいんじゃない。やってよ」

 沙那も言っている。優しい沙那だが、一度線が切れると、とことん冷酷にも残酷にもなる。いまの沙那は相当に朱姫に腹を立てているようだ。、

 

「……朱姫、そこでおしっこしな。革帯をしたまま、道の真ん中で垂れ流すんだ」

 

 孫空女が手に持った『遠口』に向かって言った。

 このままでは、掲陽鎮に到着するのは夜になりそうだ。

 沙那も孫空女も、そんなことはどうでもいいのだろう。

 喜々として、朱姫のいたぶりを続けている。

 

 宝玄仙は呆れながら、ますます調子に乗っていくふたりを見守っていた。

 

 

 

 

(第40話『朱姫の黄金の日々』終わり)



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 第41話  女侠客と愛人【李春(りしゅん)
255 男のような女


 男に生まれればよかったと思ったことは、一度や二度ではない。

 

 李春(りしゅん)は、李龍(りりゅう)という掲陽鎮(けいようちん)と呼ばれる城郭の顔役──つまり、侠客の家に生まれた。

 父親の李龍は常に屋敷に大勢の子分を抱えて世話をしているような男で、なかなかに羽振りが良かった。

 正妻はおらず妾が三人ほどいたが、子種には恵まれなかったらしい。

 李龍が五十のときに妾が子を産んだ。それが李春である。

 

 残念ながら李龍が望んだ男の子ではなかったが、李龍はそれでも喜んだ。

 見た目麗しく、また賢く成長する李春に対して、李龍は望むもののすべてを与えてくれたと思う。

 子供時代について、李春はおよそ苦労というものを知らずに過ごした。

 遠方から高名な家庭教師をあてがってくれたし、李春が女の子ながら武芸をやりたがると、腕のいい武芸者をいくらでも連れてきてくれた。

 玩具が欲しいと言えばくれたし、書物が好きだということになれば、自分が読むわけでもない書物をどこからか手に入れて李春に与えてくれたりした。

 お陰で李春は、才に溢れ、武芸に秀いでた女の子に育っていった。

 しかし、男ではなかった。

 李龍は幼い頃に、李龍が李春を抱きながらいつもそれを惜しむように口にしていたのをなんとなく覚えている。

 

 李龍は、明らかに他人の子よりも、賢く、強く育っていく李春を見て、この子は、度胸もあるし、人を魅了する天賦の才を持っており、必ずひとかどの人物になると宣言して、本気で李春を男として育て始めた。

 李春が七歳のときだ。

 

 だが、残念ながら男となるには、李春は美人であり過ぎた。

 十五、六になると、ますます女として見た目が輝きはじめる李春に、もはや李龍は李春を男であると他人に称することを諦めた。

 

 女であれば、男の子分はついてこない。一家の跡目は継げないのだ。

 李龍自身は、それでも李春を自分の後継者にと考えたようだが、主立つ子分が反対した。

 結局、李一家の縄張りは、費保(ひほ)という李龍の親戚の次男を養子というかたちにして継がせることになった。

 

 李春が「男」として、李家を継ぐということはなくなった。

 だが、すでに、李春は「男」として生活した十年の月日がある。

 いまさら女には戻れない。

 

 十人いれば、十人とも、李春の美貌に嘆息して、李春を賞賛する。

 しかし、李春は、女としての美しさなど望んでいなかった。

 それよりも、男として生まれたかった。

 李春が男であったら、父親はどんなに満足しただろうか。

 

 李春が二十歳のときに、父の李龍は死んだ。

 もしも、お前が男だったら……。

 李春の手を握って死んだ李龍の最期の言葉がそれだった。

 

 もしも、自分が男だったら……。

 その言葉は、李春の心に刻み込まれた。

 

 それから、八年──。

 

 李家は、あの費保が、名を李保と改めて一家を継いでいる。

 李龍が押さえていた掲陽鎮の一帯の縄張りは、李龍の死後、やや勢力を失い、新興の駝濫(だらん)一家と元々は李家の主人筋にあたる(ぼく)家で三分するようなかたちになっている。

 

 だが、もはや、そんな侠客同士の勢力争いについては、李春には縁はない。

 いま、李春は一家とは離れて、海で商売をする漁民の頭領のような仕事をしていた。

 掲陽鎮は海に接する城郭だ。

 多くの漁民が掲陽鎮の海辺で生活をしている。その漁場の仕切りや漁民の面倒を看るのが頭領の役割だ。

 時には市に出すものを統制することもあるし、不漁のときには生活のための金を貸すこともある。

 船が壊れたときの修繕費や稼ぎ手が海で死んだときの家族の面倒──。

 そういうもの全ての世話をするのが頭領の仕事だ。

 

 荒くれ男が多い漁師を束ねるのは簡単なことではないが、それでも李春はうまくやっていた。

 暴れ者を叩きのめすだけの武芸はあるし、女とは思わせないだけの貫録を示すこともできる。

 そして、なによりも李春のいまの地位を支えているのは、李春の頭領としての実績だ。

 

 李春が頭領の仕事をするようになって、市場に出す収穫の量や種類を李春に漁師全員が従うことで、漁師全体の儲けは信じられないくらいに増えた。

 彼らの生活も安定したものになり楽になっている。

 李春の仕切りにより、漁民たちのいざこざは一切なくなったし、ばらばらだった掲陽鎮の漁民は、いまや、李春を中心としたひとつの組織となり、大きな影響力を城郭政府に持つに至っている。

 そこまでに、わずか五年である。

 

 漁師たちの誰もが、李春の実力と頭領としての才覚を認めていた。

 李春は、李家という親の跡目を継ぐということで顔役になるのではなく、李春という女ひとりの力として、掲陽鎮の新たな顔役のひとりと認められるだけの地位を得たのだ。

 

 だが、李春はここでも女であることの壁を感じていた。

 事実上の頭領でありながら、実は、李春は頭領ではない。

 名目上の頭領は、掲陽鎮の漁民の世話人を任されている張家の家長である張天目(ちょうもくてん)という六十過ぎの男であり、李春はその女番頭として、漁民を仕切っているに過ぎない。

 張天目は、もう十年近くも病に臥せっていて、頭領としての仕事はなにもできない。

 事実上、頭領の仕事を仕切るのはこの李春という二十八歳の女だ。

 

 だが、名目上は、あくまでも張天目が漁師の束ねなのだ。

 張天目がいて、李春がいる。

 それで漁師たちは安心して、李春に従っている。

 

 李春が、名目上の頭領になることはない──。

 それは李春も悟っている。

 張天目が死んで跡目が必要になれば、またどこからかやってきた親族が跡目を継ぐのかもしれないし、ほかに適当な人間に世話役を任せることになるのかもしれない。

 張天目のときまでは、世話役というのは単なる漁民の代表にすぎなかったが、李春が仕切るようになって、その役割は変わっている。

 

 世話役は、数千いる漁民とその家族のすべてを束ねる頭領であるのだ。

 張天目が死んだ場合の世話役の跡目をどうするかということについて、漁民たちはもめてはいるが、まだ彼らの結論は出ていない。

 ただ、決まっているのは、誰が跡目になろうとも、李春が事実上の頭領であるということだ。

 張天目が長い病に臥せっていることは、すべての漁民が知っているので、彼らは口々に、張家の代が変わっても李春に番頭を務めて欲しいと言ってくる。

 張家の頭領は、名目上の頭領であり続けて、実権は李春が持てというのだ。おそらく、そうなるのだろう。

 

 だが、漁民たちの誰ひとりも、李春に頭領になれとは言わない。

 それは望まない。

 李家のような侠客の一家と違い、頭領の跡目を継ぐのが、張家の家長と定まっているわけでもない。

 実際、張天目の前の世話人は、別の家であったし、世話人などその都度定めるのが習わしだ。

 だから、事実上頭領をしている李春が、次の頭領になってもまったく問題はないはずなのだ。

 だが、漁民たちからすれば、李春を頭領にするということを誰かが言えば、仰天するだろう。

 その理由は、李春が男ではないからだ。

 ここでも女であるということで、李春はなにかを阻まれていた。

 

 李春は、いつものように、屋敷で漁場に関する報告を受け、必要な指示をすると、遅い昼食をとるために街道沿いの飯屋に向かった。

 店をやっているのは、張天目のひとり娘で張天女(ちょうてんじょ)という娘だ。

 張天女は、歳は李春より五歳下でなかなかの気量良しであり、縁談も引く手あまたあったが、すべてを断って、いまでも独り身でいる。

 二年前にこの料理屋を開き、わずかの間に、この店を流行りの店にした。

 もともと商才もあったのだろう。

 うまい魚の料理を出す店として、城郭からもわざわざ食べにくる客もいるくらいだ。

 

 この張天女も女であることで、なにかを阻まれた者のひとりだ──ということになっている。

 張天女は、本当は、父親の張天目の後を継ぎたかったのだ。

 張天女には才もあり、その意欲もあった。

 気が強い性格も女としてよりは、男として人を率いることに向いていた。

 しかし、張天女に求められたのは、李春が頭領としての地位に格上げした張家の後継者の妻になることだ。

 張天女は、なんの能力もない自分の夫が、漁民を仕切る立場になることを拒否し、すべての縁談を断った。

 そして、漁民の仕事から手を引き、女ひとりで暮らしを成り立たせるために、飯屋を開いた。

 

 表向きはそうなっている。

 しかし、実体は違う。

 張天女は、最初から父親を継ぐことなど思いもしていなかった。

 自分が頭領にならないのであれば、夫は持たないといつも発言していたのも、張家の家業から身を引くように料理屋を開いたのも、密かに李春が指示したことだ。

 張天女がここで商売をするための資金を、病に伏せている張天目が出せるわけもなく、そのすべての李春が準備した。

 

「李春、いらっしゃい。店の者は一度帰したわ。夕刻まで三刻(約三時間)は誰も来ないわ」

 

 店の前で待っていた張天女が言った。

 李春は、張天女の顔がほんの少し欲情しているのがわかった。

 これからふたりきりで始めることについて期待しているのだ。

 可愛い女だ。

 李春は自分の頬が綻ぶのを感じた。

 

「幾つか報告があるわ、李春」

 

「わかった。食事をしながら聞くわ、張天女」

 

 李春は、張天女に先導させて店の中に入った。

 張天女の店は、昼食のときに開き、昼飯時が終わると一度店を閉めて、夜になると酒を飲む漁師たちを目当てにまた開く。

 それが張天女の飯屋だ。

 張天女は、店の仕切りのために娘を三人と若い男衆を二人雇っているが、数日置きに定まっている李春が訪問のときには、その一度閉める時間、全員を帰してしまう。

 李春もそれを知っている。

 だから、店が閉まるであろう時間を見計らってやってくるのだ。

 

「粉を買いたいという商人が来たわ、李春」

 

 すでに閉めている店の中に李春を引き入れると、すぐに張天女は言った。

 李春のための食事はすでに準備されていた。

 魚の肉を練ったものが入った饅頭であり、生臭さを取るために、魚は一度湯に湯に通し、さらに魚肉に小さく切った野菜と香草が入っている。

 この店の自慢料理のひとつで、この饅頭ひとつを食べるために大勢の客がやってくる。

 その饅頭ひとつを載せた皿を張天女は、卓の上に置いた。

 ここにやってきた目的は、食事をするためではない。それは張天女も知っている。

 だから、一番簡単に食事が済ませられるものを張天女も出しているのだ。

 

「それより、張天女、服を脱ぎなさい。この前は、急いで処置しなければならないことがあったから、なにもしないで帰ったから、身体が火照ったままでつらかったでしょう? 今日は、たっぷりと可愛がってあげるからね」

 

 李春は言った。

 すると、張天女の顔がすっと被虐酔いの色に染まった。

 小さな驚きの吐息とともに、端正な張天女の顔があっという間に火照って真っ赤になり、李春に救いを求めるような眼差しをした。

 

「二度も言わせないで欲しいわね。いま、ここで素っ裸になるのよ。それとも、わたしの命令がきけないの?」

 

 李春は、饅頭を口にしながら、強い口調で言った。

 張天女の顔がますます憂いを含んだものになる。

 張天女が、李春の理不尽な命令に抗議をしたいのか、それとも、李春の手で張天女の身体を蹂躙することを願っているのかについて、張天女は口にはしないが、李春からすれば丸わかりだ。

 

 張天女は、ここで服を脱いで仕事の報告をしろという李春の命令に、自分の中の黒い欲望を刺激させたようだ。

 張天女は、李春を常に呼び捨てに呼ぶ。

 逆に李春は、人がいるときには、張天女をお嬢さんと呼ぶ。

 いまは、ふたりきりしかいないので、李春も呼び捨てだが、張家から独立したといはいえ、張天女は、李春が名目だけとはいえ、仕えている張天目の娘だ。

 五歳の歳下とはいえ、本来であれば、張天女は、李春が敬意を抱いて接しなければならない存在だからだ。

 

 しかし、ほとんどの者が知らないが、張天目の娘である張天女は、李春の“猫”だ。

 五年前、張天目の仕事を李春が手伝うようになって、すぐにそうなった。

 張天女がすべての縁談を断ったのも、李春という女主人の存在があったからだ。

 

 李春と同じように「男まさり」と称される張天女であるが、李春の前では、張天女ははっきりと「女」だった。

 張天女は、十八歳のときに、李春のものになったときから、李春の言いなりだ。

 すべての縁談を断れと言われればそうしたし、張家には婿は取らないと発言しろと命じればそうした。

 そして、李春の指示のまま、二年前に張家の家業から身を引いて、ここで料理屋をしている。

 いまの張天女は、張家の仕事からも、漁民の世話人としての仕事にも一切関わっていない。

 表向きは張天女自身の店である李春の店の女主人としての立場が、いまの唯一の表の顔だ。

 

 だが、女同士の性愛の相手であるという理由だけで、李春も私費から、この店を出すだけの金を出したわけではない。

 この張天女の店は、李春のもうひとつの商売をするための中継所でもあるのだ。

 そのための役に立たせるための店の開業であり、張天女の独立なのだ。

 

 張天女が恥じらいながら、服を脱いで横の空いた椅子の背もたれにかけた。

 躊躇いのそぶりを見せる張天女から李春は、容赦なく下着も取り去ることを命じた。

 張天女が顔を火照らせたまま、下着を取り去り全裸になった。

 

「手を横にしなさい」

 

 両手で乳房と股間を隠していた張天女に李春は言った。

 苛められれば苛めるほど、淫らに欲情するのが張天女の身体だ。

 この娘を李春の“猫”にしてから、李春がそうしてやった。

 大切な報告を素っ裸ですることを余儀なくされたことで、張天女はすっかり欲情して、興奮しているようだ。

 張天女の股間は、すでに十分に淫蜜を滴らせているのがわかり、その股間から醸しだす女の匂いが饅頭を口にする李春の鼻を刺激した。

 

「ねえ、さじを二本持ってきて、張天女」

 

 李春は言った。

 李春の皿のうえの饅頭はすでに半分になっている。

 饅頭を食べるのに箸もさじも不要だ。

 張天女は、一応は箸を準備してくれていたが、李春は使っていない。

 

「あっ、ごめんさない。持ってくるわ」

 

 張天女は、裸身のまま厨房に一度戻り、すぐに木のさじを二本持って戻って来た。おそらく、饅頭を食べるために、李春がさじを要求したと思ったに違いない。

 

「後ろを向けて、こっちにお尻を向けなさい」

 

 さじを受け取ると、李春は張天女をそばに立たせて言った。

 張天女は、理由を訊ねることなく、白い裸身を回転させて身体を反対側に向けた。

 李春は、双臀の割れ目にさじの柄を向けると、張天女の菊門に無造作にさじの柄を突っ込んだ。

 

「ひいっ──」

 

 張天女が突然の仕打ちに、悲鳴をあげて身体を仰け反らせた。

 

「動くんじゃないよ、張天女」

 

 逃げかけた張天女の身体が、李春の強い口調で硬直したようにとまった。

 李春はそのまま、さじの柄が見えなくなるまで、張天女の肛門にさじを突き入れた。

 

「ひっ、ひん……」

 

 肛門の内側の粘膜をさじが抉る刺激に張天女が身体を小さく震わせながら、甘い吐息を洩らす。

 

「絶対に落としては駄目よ。もしも、落としたりしたら、この椅子に大股開きで縛りつけて放っておくわよ。夜の仕事のための戻ってきた店の者は驚くでしょうねえ。店に入ったら、いきなりあんたの大股開きの股間が曝け出されているんだから。さあ、こっちを向き直りなさい、張天女」

 

「ひ、ひいっ……。そ、そんな酷いことしないで、李春」

 

 張天女がお尻にさじを挿したままこっちを向く。

 李春が喋っていることはいつもの言葉遊びだ。

 しかし、それにより、張天女は、すっかりと被虐の炎を身体に燃えあげさせてしまったようだ。

 張天女の眼には、うっすらと涙が浮かんでいて、悲しそうな色が浮かんでいる。

 しかし、その奥には、李春の与え続けてきた嗜虐ですっかりと馴らされてしまって、そこから与えられる恥辱から生まれる快感に期待する心がはっきりと映っていた。

 

「脚を開くのよ」

 

 李春は言った。

 

「ああ、許して……」

 

 張天女は否定するように、小さく首を横に振った。

 しかし、その脚は李春の命令に従って、肩幅程度に開かれる。

 

「命令するまで脚を閉じては駄目よ、張天女。そのままにしておくのよ、もしも、二本のさじのどちらかでも落としてしまったら、素っ裸で晒し者よ。いいわね」

 

「そ、そんなこと……」

 

 張天女が否定とも肯定ともとれるような曖昧な口調で、顔を下に向けた。

 そんな張天女の仕草が可愛くて、しっかりと嗜虐酔いしはじめていている自分を自覚しながら、李春は張天女の股間に、掬う側を先端にして、さじを入れていった。

 張天女の股間には、一本の恥毛も生えていない。

 最初に張天女が、李春に抱かれたときから、常につるつるにするように命じているからだ。

 この五年、張天女の股間には、一度も毛が生えたことはないはずだ。

 

 十分に粘液の滴っている女陰に、李春はゆっくりとさじを埋めていった。

 張天女が気持ちよさそうに眼を細める。柄の半分まで挿し入れ終わると、李春は指先で女陰の上側の小さな突起を乱暴に捻り動かした。

 

「ひっ……くうっ……あ、あはああっ……」

 

 張天女は淫らな声を店の中に響かせる。

 しかし、すっかりと妖しい官能に身体を火照らせている張天女から、李春はすぐに手を引いた。張天女が物足りなさそうな身悶えをした。

 

「物欲しそうな顔をするんじゃないよ、張天女。報告を聞くわ」

 

 李春は意地悪く言った。残っていた饅頭の半分にかぶりつく。

 

「こ、このまま、報告するの、李春?」 

 

 張天女が哀願するように身体をくねらせた。張天女の股間には、前後にさじが深々を挿さっている。こんな状況で、真面目な話をするのは嫌なのだろう。

 しかし、李春が強い視線で促したので、諦めたように吐息をすると口を開く。

 

「粉をふた袋欲しいそうよ」

 

 全身を高揚させた張天女が、肩幅に開いた股間の前後に二本のさじを挿したままという破廉恥な姿で、身体をくねらせながらそう言った。

 

「誰?」

 

 李春は股間から出ているさじの柄を四、五回激しく動かした。

 

「ひくうっ……あ、ああ……あああ……あ、ああっ……」

 

 張天女が甘い声をあげて、腰を落としかけた。

 しかし、慌てたように身体をたて直して姿勢を戻す。

 

「ぼ、房陽(ぼうよう)の商人よ。できれば十日以内に……。代金は前払いでいいそうよ。取引きの場所と時間はこちらに任せると……」

 

 張天女は言った。

 “粉”と言っているが、実は粉ではない。張天女が言った“粉”というのは、闇塩のことであり、この店でやっているのは、李春のもうひとつの商売である闇塩の取引きの仲介なのだ。

 

 古来、人は塩なしでは生きていけない。

 しかし、その塩は岩塩を除けば、海でしかできない。

 だから、海岸で作って内陸に運ぶ。だが、塩は政府の専売であり、官の許可なしに製作することも、売買することも禁止されていた。

 塩は帝国政府のものであり、決められた価格で取引をすることが法で定められている。

 法を犯せば死罪である。だが、その価格には高価だった。

 特に、この南州では各地方政府のかける税もさらに上乗せされていて、庶民には手が出しにくいものになっていた。

 

 だから、闇塩が横行する。

 李春の裏の仕事は、その闇塩だった。

 表向きは、張天目の名代として漁民の仕切りをしながら、自らも船を使った商いをしている李春だったが、裏の顔は、その闇塩の元締めだ。

 

 南の海を出て一日のところに、人の住む島があり、李春は、(どう)姉妹という妹分に船を扱わせて、定期的に野菜と肉を運んで、帰りに昆布と干し魚を仕入れるという商売をしていた。

 だが、実は島から持ち返る品物のうち、一番大事なものが島で生産した塩だ。

 

 もちろん、政府の許可のない塩だ。それを運んでいることも、ましてや売っていることが発覚しても死罪だ。

 だが、高価な官塩だけでは、庶民は生活できないし、なによりも、闇塩は莫大な利益を生んだ。

 

 李春のような若い女が、一人前の顔役として掲陽鎮で大きな顔をしていられるのも、その闇塩が産む富のお陰だ。

 しかし、李春が闇塩をしているということは、ほとんど誰にも知られていない。

 闇塩の商いについて、李春は注意深く、表に出ることを避けていた。

 その島に塩を買い付けに行くのは、童姉妹という妹分だし、売り買いの仲介をするのは、眼の前で裸身を悶えさせている張天女だ。

 

 張天女のこの店は、塩を買いたい者が取引きを申し込むためにやって来る場所であり、張天女は商売をしながら、そういう者が本当に信用できる相手かどうかを慎重に見極める。

 最初は、闇塩のことを持ち出されても知らない顔をする。

 闇塩を取り締まる役人が客人に成りすませて接触することもあるからだ。

 そして、信用できる相手だと見極めると、李春に紹介する。

 

 人を見極める能力について、李春は張天女を完全に信用している。

 こんな風に淫らな声をあげて甘えるのは、李春の前だけのことであって、張天女は法の厳しい闇塩の売人として、確固たる地位を持つに至っている李春のもっとも信用する仲間だ。

 この張天女と童姉妹──。

 李春がこの世で本当に信用するのは、この三人だけであり、ほかの者は誰ひとりとして、心を許した者はいない。

 

「房陽の商人とは、いままでに取引をしたことはなかったわね」

 

 饅頭を口に詰め込んだ李春は、手を伸ばして張天目の肛門に挿さっているさじを持ってゆっくりと動かし出す。

 しばらく動かしたら、その手を前側のさじに移す。

 それをむしゃむしゃと饅頭を食べながらやる。

 そうやって、前後のさじを交互に動かすと、張天目は、顔を真っ赤にして、全身を震わせはじめた。

 

「あ、ああっ……し、信用……ああっ……できると……お、思う……わ……。だ、駄目……これがうまくいけば……と、取引きを……か、拡大したいと……。あ、商いの規模を……ひ、拡げられる……き、機会……」

 

 張天女の言葉には、嬌声が混じる。もう真っ直ぐに立っていられないのか、張天女はいまにも腰が崩れそうな身体を懸命に踏ん張っている。

 李春は、そんな張天女の気力を削ぐように、二本のさじで、張天女が一番感じる部分を探って、肛門と女陰の中を抉る。

 

「ああ……、も、もう我慢でいない……。ま、まともに考えられない……」

 

 張天女が泣き声のような声をあげて、背中を仰け反らせた。

 

「なに言ってんのよ、恥知らずな助平女のくせに──。ちゃんというべきこと言わないと、また、これでお預けにするわよ。こんな細いものじゃあ、物足りなくて泣きそうなんでしょう? お前の女陰はぐしょぐしょだよ」

 

 李春の調教で信じられないくらいに感じやすくなっている張天女の女陰は、たったこれだけの刺激とは思えないくらいに、大量の淫液が垂れ流れ出ていた。

 そして、そこから匂い生臭い匂いが、李春の官能を刺激する。

 李春もまた、張天女の淫靡な仕草と匂いにあてられて、甘美な陶酔に陥りかけていた。

 

「だ、だって……こんなの……」

 

 さじで前後の孔をいじくられながらも、まだ、淫情に酔うことを許されない張天女は、李春に訴えるような苦悶の表情を見せた。

 その顔が李春の被虐心をさらに助長する。

 李春は、前の孔を責める手をさじではなく、張天女の股間で充血してしっかりと勃起している肉の突起に変えた。

 そこを柔らかく揉み始めると張天女は、悲鳴のような嬌声をあげた。

 

「房陽の商人との取引は進めていいわ。取引きはいつものように船ね。そこで品を渡すと伝えなさい。童威子(どういし)童猛子(どうもうし)のふたりに言っておくわ。報告はそれだけ、張天女?」

 

 童威子と童猛子というのが童姉妹の名だ。

 大きな漁師の家の娘だったが、五年前、ふたりの父親は騙されて多額の借金を作って自殺をした。

 童姉妹は、その父親の遺した借金の代わりに奴隷として売られかけていたが、李春の持っていた財で、借金を肩代わりしてふたりを引き取った。

 それ以来、童姉妹は李春を姉貴として心服し、いまでは張天女と並ぶ李春の片腕たちだ。

 李春は張天女に肉芽を潰すように乱暴に押した。

 

「ひくううっ──」

 

 敏感な肉の頂点を刺激された張天女は、はっきりと欲情の声をあげて、腰を沈めた。

 李春は、前側のさじの先を持つと、張天女の下がる腰をそれで支えるように下から思い切り突いた。

 

「ひぎいぃぃぃぃ──」

 

 女陰をさじで抉られる忌まわしい激痛に、張天女が悲鳴をあげて腰をあげる。

 

「早く、報告を続けるのよ。言うことが聞けないなら、本当に椅子に縛りつけて置き去りにするわよ」

 

 そして、乱暴にさじを上下に乱暴に動かす。

 

「あくうっ……ご、ごめんなさい……。ゆ、許して、李春……。ちゃんと言う──。言うから……。や、役人が人相書きを──ひいっ──」

 

 張天女が女陰を乱暴に突き挿される苦痛に顔を曲げる。

 しかし、その痛みの苦痛が、張天女に甘美な官能の痺れを与えていることも李春は知っている。

 李春の前以外では、毅然とした美しさを保つ張天女の顔が、欲情に呆けた雌の顔に変わる。

 しかし、人相書きと聞いて、李春は気になるものを感じて、張天女をいたぶる手を止めた。

 張天女がほっとしながらも、ほんの少し残念であるかのような複雑な顔をする。

 

「持っておいで」

 

 李春は命じた。

 張天女が前後にさじを挿したまま、腰をくねらせながら奥に行き、そして、戻って来た。

 人相書きは四枚であり、いずれも美しい女の顔が描かれていた。

 四枚のうち、二枚には名がなく、残りの二枚には、宝玄仙と朱姫という名がある。

 罪は、人殺しと叛乱と書かれていた。役人が張天女の店まで人相書きを配るのは重罪人のときだ。

 

「宝玄仙?」

 

 李春は驚きの声をあげた。



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256 手配人の情報

「宝玄仙?」

 

 李春(りしゅん)は驚きの声をあげた。

 この名は知っている。

 朱姫という名もだ。

 すると残りの名のないふたりは、沙那と孫空女だろう。

 

 半月以上ほど前に、李春がひそかにやり取りをしている梁山泊の叛乱の女頭領である晁公子(ちょうこうし)と副頭領の宋江(そうこう)の連名により、宝玄仙という名の女の道術遣いとその供三人が、そっちに行くから面倒を看て欲しいという手紙を受け取っていた。

 梁山泊の叛乱は、腐敗した帝国政府を覆すとともに、この国の理不尽な扱いを受けている女奴隷の解放を目指すというもので、その志には共感はしているものの、いまの立場がある李春は、前々から誘われてい梁山泊の叛乱には一線を画していた。

 だが、晁公子や宋江との真剣な手紙のやり取りは数年前から続けている。

 

 その梁山泊がわざわざ寄越した依頼だ。

 手紙によれば、梁山泊にとって、非常に恩のある四人だということだった。

 国都で船宿を開いていて、その船で時折、ここまでやってくることもある九頭女からの手紙も一緒に来た。

 九頭女からの手紙には、四人とも大変な美女であり、しかも宝玄仙と朱姫は李春と同じ性癖、沙那と孫空女は張天女と同じ性癖だと面白おかしく書いてあった。

 

 李春も公主自らが寄越した程の大切な客ということのほかに、その性癖に興味を覚えた。

 それで待っていたが、いつまで経っても、その宝玄仙たちは現れなかった。

 あれから半月以上経っている。

 畿内からここまで街道沿いに来れば、徒歩でも六日。水路なら二日もあれば着く。

 だがまだやって来ない。李春も忘れかけていた。

 

「そ、それ、李春が前に言っていた大切な客人のことなんじゃない? でも、こっちにも人相書きが回っているということを知らせないといけないんじゃないかと思って……」

 

 張天女(ちょうてんじょ)は、情感のこもった息を吐きながら言った。

 

「だけど、連中は来ないみたいだし……。向こうでも、こっちで人相書きが回っていることを察して、掲陽鎮に来るのをやめたのかもしれない」

 

「そうでもないわよ、李春。わたしも気になったから、手の者に街道沿いの宿町を探らせたの。万が一にも、なにも知らずにやってきて、彼女たちが掲陽鎮(けいようちん)で捕えられたとしたら、李春も顔が立たないでしょう?」

 

 どうやら、張天女は、この人相書きが回ると同時に、機転を利かせて、人を使って北から掲陽鎮に向かう街道を逆に辿らせたようだ。

 

「それで?」

 

 李春は言った。

 

「いたわ──。ここから二日ほどの宿町の小さな宿屋にね。宝玄仙殿らと接触できた手の者が今朝戻ったわ。彼女によれば、四人はその宿屋に随分と長逗留していたようよ。かなり目立つ四人で、わたしの手の者もすぐに見つけたみたい。とにかく、接触させて警告をさせたわ」

 

 張天女は、宝玄仙らが逗留していた宿町とその宿屋の名を言った。

 

「お前の手の者は、宝玄仙殿たちに会ったのね?」

 

 李春は言った。

 

「もちろん、あなたの名も、わたしの名も出させていないわ。手の者はただ警告しただけよ。手の者は、歩いて二日の距離を一日で戻って来たわ。今朝早く報告をわたしが受けたところよ」

 

「それで、彼女たちの様子は? なんでそんな宿町に長逗留していたのさ?」

 

「さあ、そこまでは……。ただ、少なくとも手配書を警戒してという理由じゃなさそうよ。対応したのは、沙那という女性だったみたいだけど、人相書きが南側に回ってきていること事態に驚いていたようだもの。そもそも、目立たないようにするつもりなら、あんな小さな宿町で十日も逗留しないわね。本当に目立つ四人で、わたしの手の者もあっという間に見つけたようよ」

 

「それで連中はどこに?」

 

「こっちに向かうと思うわ。城郭に入ることは避けて、真っ直ぐに海岸沿いのあなたを訪ねてくると思うわ。街道に人をやって、四人が来るのを待ち構えさせている。その四人と接触すれば、連絡も来るし、あなたのところに誘導してくるわ」

 

 張天女が言った。

 

「いつもながら、お前の仕事は完璧ね。満足したわ」

 

 そう言うと張天女は嬉しそうな顔をした。

 

「ところで、店の者が戻るまで、あとどのくらいなの?」

 

 李春は言った。

 

「後、二刻(約二時間)というところかしら」

 

「じゃあ、一刻半(約一時間半)は大丈夫ね」

 

 李春はそう言うと、張天女の前後の穴に挿してあった二本のさじを無造作に引っこ抜

いた。

 

「あんっ──」

 

 張天女が肛門と女陰から異物が引き抜かれる感触に悲鳴をあげるとともに、腰を砕けさせた。

 

「随分と汚したわね、張天女」

 

 李春は意地悪く言った。

 張天女の女陰を抉っていたさじの先には、べっとりと彼女の分布液が大量に染みつていたし、後ろの孔に挿入されていたさじにはわずかだが、彼女の大便の色と匂いがこびりついている。

 李春はわざとらしく、汚らわしげな表情をして、その二本のさじを張天女に突きつけた。

 

「きれいにしなさい、張天女」

 

 張天女がその言葉で、李春の言葉を理解して驚きに眼を見開いた。

 

「そ、そんな……」

 

 張天女が眉間に皺を寄せて拒否の態度をとった。李春はその張天女の乳首を思い切り捻りあげた。

 

「ひいいっ──い、痛いっ──。言うことをきく──。きくから……ひぎいっ──。そ、そんな酷いことしないでぇ──」

 

 乳首を捩じられながら張天女がけたたましい悲鳴をあげた。

 それでも張天女は悲鳴をあげるだけで、手でそれを追い払おうとはしない。

 痛みに耐えるために、引いた腰の横で握り拳をつくって震わせているが、李春の理不尽な扱いにもそれ以上の抵抗はしない。

 張天女のそんな被虐的な仕草に、李春の嗜虐の欲望に火がつく。

 

「じゃあ、命令に従うのね」

 

 李春は、乳首を捩じりあげた指の力を緩めながら言った。張天女の美貌は悲痛に歪んでいる。

 必死に痛みに耐える張天女の様子は、平素の彼女の冷静さと相まって、どうしようもなく李春に張天女を愛おしく感じさせる。

 だが、愛おしければ愛おしいほど、惨めに苛めたくなる。それが李春の性癖だ。

 

「し、従うわ」

 

 張天女が顔を歪めて頷く。

 李春は、その張天女の口に、まずは大便臭のする方のさじを突きつける。

 張天女は、眼に涙を溜めながらそのさじを口に含んだ。

 李春は恥辱に染まる張天女の顔がすっかりと欲望の世界に入り込んでいきながらも、股間から新たな雌の濃い臭いを放ち始めたことに気がついた。

 

「次はこれよ」

 

 張天女は、一本目のさじを卓に送り、二本目のさじを張天女に突きつけた。張天女は、口で素直に二本目のさじも舐めはじめ、自分の匂いを取り去るために舌を動かした。

 

「ほら、正直に言いなさい。自分の臭い匂いのついたさじを舐めさせられて興奮した? もしも、こんなことで感じたりしたんなら、お前は本物の変態女よ」

 

 李春は張天女の口から、二本目のさじを取り去って、それを卓の上に放り投げて言った。

 

「ああ……。い、意地悪ばかり言わないで……。わ、わかっているくせに──。感じたわ。わたしはどうしようもない変態よ」

 

 張天女は、哀愁を漂わせながらも、李春でさえもどきりとするような美しさを湛えた表情で言った。

 

「しょ、正直でいいわ、張天女。いい子ね。もしも、嘘をついたら、罰として今日はこれで終わりにしようと思っていた。いい子だったから、変態のあんたをちゃんと満足させてあげるわ。背中に手を回してこっちに向けなさい」

 

 張天女は黙って命令に従う。

 李春は持っていた紐で張天女の両方の親指の付け根を縛り合わせた。これで張天女は、背中から手が動かせなくなったことになる。

 

「二階に行くのよ」

 

 李春は命じた。

 張天女は腰を悶えるようにくねらせながら二階に上がっていった。

 この料理屋には二階建てであり、一階は料理屋と店の者が休む場所だが、二階は張天女の個人的な住居のための空間になっていた。

 張天女は、普段はこの二階にひとりで暮らしているのだ。

 

 女ひとりの生活といっても危険なことはなにもない。

 こうやって、欲情しきったお尻をくねらせながら階段を昇る張天女だが、実は武芸の達人であり、二双の剣を扱う猛者でもある。

 張天女の二双剣は有名だから、敢えて彼女を襲おうとする強盗はいないが、そんな張天女の本質が、被虐に酔って苛められれば苛められるほど、女陰をぐしょぐしょにする変態だと知れば、みんな仰天するだろう。

 

 二階の階段の上り口から部屋に入る場所に着いたとき、李春はどんと張天女の背中を押した。

 張天女は小さな悲鳴をとともに、床の上に崩れ落ちた。張天女の双丘の谷間には、ねらねらとした淫液が光を放っている。

 

「まだ、なんにもしていないのに、そんなにびっしょりと濡らして恥ずかしくないの、張天女?」

 

 張天女がすっかりと官能の酔いに陥っていることは明らかだった。張天女の熟れきった股間は、彼女は興奮の頂点にいることをしっかりと示している。

 

「そ、そんなこと……あひいっ──いやっ──」

 

 李春は素早く草履を脱いで裸足になると、上り口の床の部分でうつ伏せになっていた張天女を足でひっくり返して仰向けにした。

 張天女の悲鳴は、その仰向けになった股間に李春の足の先端が襲い、張天女の内腿までびっしょりと濡らした淫液をかき回して、さらに女陰の内側までずぶずぶと足先を埋めていったからだ。

 

「そ、そんなあ……足で……足でなんかでなぶらないで──い、痛いっ──さ、裂ける──ひぎいっ──」

 

 脚で押し開かれる女陰の肉襞が足先で抉られる痛みに張天女は悲鳴をあげた。

 

「だ、駄目よっ、李春──そ、そんなの入らない──」

 

 張天女が叫んだ。

 彼女は後ろ手に縛られた手で必死に李春の足の侵入を阻もうとしている。しかし、そんな仕草とは裏腹に、張天女の顔は苦痛と期待と淫情と快感がまぜこぜになったひどく淫らな表情を浮かべていた。

 張天女が、この李春の乱暴な仕打ちに心とは裏腹に身体では悦んでいることは明らかだ。

 そして、李春は李春で、この可愛い妹分が淫らに被虐に酔うのを眺めて、それにしっかりと酔っていた。

 

「なにを言っているのよ、張天女。もう、すっかりとお前の女陰はわたしの足を受け入れているのよ」

 

 そう言いながら李春は、女陰に挿し入れている足先を乱暴に揺すった。

 

「ひぎいっ──ああん……ああっ、許して、もう、許して──ひいっ──」

 

 張天女は女陰に喰い込んだ李春の足を抜こうと必死に床をのたうつ。

 それを李春のもうひとつの足で片方の腿を踏みつけて阻止する。

 張天女は悲痛な声をあげた。

 

「ううっ……許して……許してよお、李春……。どんな命令にも従う──。死ねと言われれば死ぬ──。嘘じゃないわ……。あなたのためなら死ねる……。だ、だから、許して──ひぎいっ──痛い……痛いのよ……ひいいん……あひんぃ……あはぁぁぁ──」

 

 李春は張天女の哀願は無視して、女陰に喰い込んでいる乱暴に足指を乱暴に動かし続けた。

 

「あふうっ……こ、こんなことでいくのは、いやぁぁぁぁ──」

 

 張天女は奇声のような声をあげて、身体を大きく仰け反らせた。

 しばらくの間、ぶるぶると張天女の身体が震えて、その裸身が硬直した。

 

「誰がいくことを許可したのよ、この変態──。いくときには、いくと言えと言っているでしょう」

 

 わざとらしく吠えると、李春は床に座り込んで、再び張天女の裸身をうつ伏せにして自分の膝に抱えた。

 そして、邪魔な手を抱える腕で抱え避けてから、二度、三度と、張天女の双臀を平手で叩く。

 

「ひいっ──ひいっ──ひいっ──。」

 

 李春の平手が張天女の白い双臀に叩きつけられるたびに、張天女は淫情を噴き出すような声をあげた、

 

「許して……なんでも言うことはきくっ──だからぁ──」

 

 張天女はすっかりと「女」に戻りきって泣き声をあげた。

 

「痛い、ひいっ──」

 

「数をかぞえなさい」

 

 李春は張天女に数えさせて、両女の白い尻を力の限り十発ほど叩いた。

 張天女に尻が真っ赤に腫れあがる。

 

「とりあえず、お前が汚したここを綺麗にしなさい」

 

 李春は、尻打ちが終わると、張天女を膝から降ろして、彼女を床にひっくり返した。

 そして、李春はさっきまで張天女の女陰に潜っていて、張天女の愛液に濡れた足の指を張天女の顔の前に示した。

 張天女は、すぐに平伏して李春の指を口に含む。

 惨めそうに李春の足の指を一心に舐める張天女の姿が、李春の感情を昂ぶらせる。

 

「お前のいやらしい汁の味は、どんな味?」

 

 李春は意地悪く訊ねた。

 

「お、おいしい……。り……、李春の……味。とても……、おいしい……」

 

 張天女が李春の足の指を舐めながら、口を離し、離ししながら、張天目がそう言う。

 本当にこの張天女が愛おしい……。

 心からそう思う。

 そんな張天女を見ながら、李春は下袴の裾から手を入れて自分の女陰をまさぐった。

 李春の女陰は、これまでの嗜虐で悲しいくらいに濡れていて、触っただけで熱い淫液が李春自身の指に絡みついた。

 軽く指を動かしてみると、すぐに脳天に突き刺さるような快感が走り抜けた。

 

「あひいっ──」

 

 李春の突然のはしたない声に、張天女が不思議な表情をして顔をあげた。李春は、張天女の口から足の指を抜いた。

 眼の前に張天女がいるというのに、自分の指なんかでいくのはもったいない。

 

「部屋の真ん中に行きなさい──。お前なんか、床で十分よ」

 

 李春は、張天女の長い髪を掴んで、部屋の真ん中に引きずった。

 張天女は悲鳴をあげて、後ろ手の身体をのたうち回らせた。

 部屋の真ん中に張天女を放り投げると、李春は自分で着ているものを脱ぎ始めた。

 上下の服を脱ぎ、下着を取り去るとむっとするような淫靡な匂いが部屋中にたちこめた。

 

 なんのことはない。あれだけ欲情している張天女よりも、ずっと激しく淫情しているのは李春自身だ。

 視線を向けなくても、自分の股間が、この張天女以上に欲情して真っ赤に熟れているのはわかる。

 

「なにをすればいいかわかっているわね、張天女」

 

 李春は、素っ裸の身体の腰に手を置いて、脚を開いて張天女に向いた。

 張天女が顔を真っ赤に染めて、李春を見あげる。

 もう、指示を与えるまでもない。

 張天女は自分で床を這って身体を起こし跪くと、李春の股間に鼻を押しつけるように顔を伸ばした。

 

「あううっ──」

 

 張天女の舌が李春の陰毛をまさぐって女芯に伸びる。ぴしゃぴしゃと音をたてて、張天女の舌が李春の股間を動いた。

 張天女の舌は李春が五年をかけて教え込んだ技だ。

 彼女の巧みな技は、瞬く間に李春の官能を絶頂まで引きあげた。

 

「ほほおおぉぉぉ──。す、素敵よう、張天女──」

 

 李春は懸命に奉仕をする張天女の顔を抱きしめながら、迸る稲妻のような官能の電撃に任せて、快感を迸らせた。

 しばらく、李春はうっとりと張天女の顔を抱きしめたままでいたが、ふと我に返って、張天女の身体を床に投げ捨てた。

 李春は、いつもの戸棚を開いて、そこから今日使う性具を取り出す。

 腰につける革帯だ。

 股間の部分には、木製の張形に革を被せている疑似男根がついている。

 李春はそれを股間に着けた。

 

「これにお前のつばをつけるのよ」

 

 李春が腰につけた張形を突きつけると、すぐに張天女はそれを口に含んだ。疑似肉棒はかなり大きくて長い。極太の張形を咥えこんで、張天女が苦しそうにえづいた。

 それでも懸命に舌と口の粘膜を遣って小刻みに奉仕をする。

 

 張天女の一生懸命に愛撫を見ていると、李春は感覚のないはずの疑似張形からしっかりと快感を受けとめ、彼女の柔らかな口の粘膜と温かい唾液をしっかりと感じたような気がした。

 品のいい乳房をぶるぶると揺すりながら一心不乱に張天女は張形を舐める。

 

「もっと、顔をぶつけるようにやるのよ」

 

 李春は張天女の髪をわしづかみにすると、ぐらぐらと張天女の顔を揺すぶった。

 

「ううっ……うぐっ──」

 

 張天女の顔が恥辱に染まるとともに、苦しそうに呻いた。後ろ手に縛られている張天女は顔を押されると、まともに喉で張形を受けとめることになる。

 それでも張天女は奉仕を忘れない。顔全体を動かされながら、必死になって、張形を舐めまくる。

 

 適当だと判断したところで、張天女の顔を乱暴に離し、そのまま仰向けに床に身体を押し倒した。

 

「痛いっ」

 

 張天女が倒れて、開いた股間から熟れきった女陰が曝け出された。

 李春は、怒張の性具を張天女の熟れきっている淫肉の切れ目に無造作に突き挿す。

 

「ふぐううっ──、李春……ふふわぁぁぁ……た、助けてぇ──」

 

 激しい李春の挿入に張天女は、眼に涙をためて呻いた。しかし、李春は容赦しない。さらに激しく、張天女の股間を突き下ろし、そして、擬製の怒張の上側面についている小さな突起で、張天女の女陰を突いて、彼女の敏感な突起を刺激する。

 李春は激しく張天女の子宮を突くように腰を動かす。

 

 力の限り──。

 張天女を壊すかのごとく──。

 本能のまま、沸騰するような熱い欲情を張天女にぶつけまくる。

 

「ひいっ……おぐっ……お、んんっ……いいっ……いい──」

 

 容赦のない李春の責めに、張天女がおこりを走らせたように身体を痙攣させる。怒涛のごとき連打だ。

 

 なにに肚が立つのか……。

 女であることで当然あるべき地位を跳ねのけられた悔しさか……。

 周りで起きる女に対する理不尽なこの国の不幸か……。

 それとも、正しいものを正しいと受け入れず、一部の高官と分限者だけが恵まれるこの国の不正か……。

 国の圧政に苦しむ人々の怨嗟の声か……。

 それとも、賄賂を求めてうろつきまわる役人に心根の醜さか……。

 

 そのすべてをぶつけるように李春は、張天女の女陰に張形を叩きつけた。

 張天女は狂おしく悶え抜いたかと思うと、すぐに絶頂して果てた。

 それでも、李春の中のなにかは癒されない。

 とにかく、心の中の怒りのようなものを張天女にぶつける。

 腰を動かしながら、張天女の乳房を荒々しく揉みあげた。

 

「うひいいっ──ま、またいくっ──いく、いく、いくっ──」

 

 張天女は頭を左右に振りながら、また激しく絶頂した。

 それでも李春はやめない。さらに律動を加速する。

 

「いくよっ──また、いくっ……もう、許してぇ──」

 

 やがて、張天女の口から泡のような唾液が出始めた。

 また、ぶるぶると身体を震わせると身体を脱力させる。

 突きながら李春は酔っていた。

 込みあがる怒りのまま張天女を責めながら、大きななにかの波に包まれようとしていた。激しい波だった。その波に李春と張天女が覆いかぶさられる。

 さらに張天女は身体を弓なりにして昇天した。

 

 激しい連続の絶頂だ。

 このままでは張天女が毀れる。

 李春の中の理性がそれを告げる。

 しかし、もう歯止めは効かない。

 白目を剥いて仰け反り続ける張天女に、李春は股間のものをぶつけ続ける。

 

 張天目がもの凄い絶叫をした。

 短い時間で連続絶頂をした張天女は、もう意識朦朧としているように思えた。

 張天女は、李春の腕の中で何度もいき続ける。

 そして激しい興奮の中でなにかが李春を覆い潰そうとしていた。

 

 李春は声をあげた。

 やってくる……。

 急激に李春自身を張天女の子宮に突き挿ささる張形を通じた反動で、快感が李春を突き抜ける。

 

「いくっ──、張天女──」

 

 李春は叫んだ。

 絶叫して汗まみれの身体を張天女の裸身に押しつけた。

 張天女は、もうほとんど死んでいるかのように力を失っていたが、李春の快感が頂点に達しようとしているのを悟ったのか、力を振り絞るように、李春に合わせて腰を動かし始めた。

 

 大きな快楽の矢が李春を貫いた。身体の下の張天女が断末魔のような呻きをあげている。

 李春は、なにもかも忘れて快楽のまま快感を解放させた。

 

 束の間の快楽の余韻に浸った後、李春は張形を張天女の女陰から抜いた、おびただしい淫液が、張天女の女陰から迸った。

 しかし、それと同じ量くらいの愛液で革帯で締めた李春の股間も濡れていた。

 李春は張天女の裸身を抱いたまま、しばらくそのままでいた。

 張天女はもう、なにも考えられない様子で目をつぶっている。

 

「く、口を吸って、李春……」

 

 やがて、張天女が甘えた声で淫情に歪んだ顔を李春に向けた。

 李春は張天女の口に舌を入れる。

 舌に舌を絡ませ、唾液をすすり、歯に舌を這わせて歯茎を擦る。

 雌獣のようにお互いの唾液を吸いつくしてから、李春は張天女の口から舌を離した。

 

「張天女、お前は最高よ。童姉妹も抱くけど、お前は別よ。お前を抱くときは、わたしはなにもかも忘れられる。本当に酔えるのよ。お願いだから、わたしから離れないでおくれ」

 

 李春は張天女を抱きしめながら言った。

 

「さ、さっきも言ったけど……わたしは、李春のためなら死ねるわ……。本当よ。だから、わたしを捨てたくなったら、ただ、こう言うだけでいいのよ。お前は死ねってね……。そうしたら、わたしは、李春に死ねと言われたという悦びを抱いて死んでいくわ」

 

「馬鹿ね……」

 

 李春は心から愛おしく思いながら、ぐったりとなった愛しい妹分の汗まみれの裸身を抱きしめた。



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257 山街道の遠隔調教

「お前たちが朱姫との遊びを長引かせるから、随分と長逗留になったじゃないか」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 日射しはそろそろ中天に差し掛かろうとしている。

 前列を孫空女と宝玄仙が並んで歩き、沙那はその後ろを歩いていた。

 

「だって、あいつが……」

 

 前を歩く孫空女が、街道のずっと先をひとりで歩いている朱姫の小さな姿を睨みながら不満そうな声をあげた。

 

「だって、じゃないよ、孫空女。お前と沙那が代わる代わるあいつから嗜虐を受ける日を一日伸ばしにするものだから、わたしはもう、あの宿屋に住みつくのかと思ったものさ」

 

 宝玄仙が皮肉を言った。

 

「でも、朱姫も酷いんですよ。いつも、断れない選択を突きつけるんです。縛って抵抗できないようにして、それで、ねちっこく意地悪をするんです。それで、仕方なく……」

 

「そうだよ。あいつ、酷いんだ」

 

 沙那に続いて、孫空女も言った。

 掲陽鎮(けいようちん)に向かう街道だ。

 掲陽鎮は、この祭賽(さいさい)国の海に面する南部地方にある城郭のひとつであり、南部ではもっとも大きな城郭のひとつらしい。

 その掲陽鎮まで歩いて残りわずかというところだ。

 いま進んでいる山街道を峠まで進み、そして麓まで行けば、そこが掲陽鎮の城郭になるはずだ。

 だが、目的地は掲陽鎮の城郭ではない。

 その城郭を避けて郊外の海岸地域に向かう。

 そこに住んでいる李春(りしゅん)という女侠客を頼る。

 それが、沙那たちが向かっている場所だ。

 

 九頭女(くずじょ)から受け取った紹介状の宛先がそうなっている。

 そこで船を動かしてもらって西の朱紫(しゅし)国に海路で入るのだ。

 しかし、海路といえば、あの通天河(つうてんが)で酷い目に遭った記憶が生々しくて沙那は気が進まない。

 倚海龍(いかいりゅう)の『海亀の(まゆ)』という道術で作った船で、通天河という西域と西方諸国を区分する大河を渡ろうとしていたとき、倚海龍は宝玄仙が死んだという噂を作りたくて、大河のど真ん中で四人を放り捨てたのだ。

 なんとか、宝玄仙の道術で大河を渡りきったものの、あのときの恐怖は沙那の心にしっかりと刻み込まれた。

 

 だから、沙那はすっかりと船というものが嫌いになったが、今回は仕方がないのだ。

 この祭賽国は国都こそ内陸に引っ込んでいるが、実は海岸沿いに発展していて、南部一帯は小さな地方域に分かれている。

 その地方域ごとに関があり、往来する者が荷などを調べられる。

 禁制の品などを運んでいないかどうか取り締まるためだ。

 当然、手配されている人相書きについても確認されるだろう。

 だから、陸路で西の国境を越えるのは難しいだろうと思われた。

 

 帝都に近い北安という城郭で起こした騒動のせいで、宝玄仙、朱姫の顔は叛乱者の一員として顔と名が割れて手配されている。

 沙那と孫空女は、名が割れているということはないが、奔破児(ほんはじ)に捕らえられた朱姫たちを救うために多くの将兵を浚って監禁し、その唾液をすすりながら『変化の指輪』で変身して、何度も軍営に忍び込んだ。

 その浚った連中は、九頭女たち梁山泊の一味が隠れ処として使っていた場所の地下に放り捨ててきた。

 あのとき、国都からの脱出が成功した時点で、あの連中を隠していた場所がわかるようにしてきたので、彼らも今頃は解放されて、沙那と孫空女の顔を奔破児たちにしっかりと報告しているに違いない。

 

 そして、昨日、突然に宿屋を訪問してきた不審な若者──。

 沙那が応対したが、最初は男装していたし、近傍の農夫のような身なりだったから、なにも考えなかったが、改めて考えると、相手は男ではなく女だったように思う。

 しかも、かなり修練された身のこなしをしていて、どう考えてもただの近傍の農民でもないようだった。

 そして、彼女が沙那に伝えたのは、四人の手配書がもう掲陽鎮をはじめとする南部に出回っているという情報と、こんな小さな宿町で目立つように長逗留するのは危険だという警告だった。

 内陸の帝都から掲陽鎮をはじめとする南部一帯に手配書が回った以上、その中間の城郭や宿町などにも手配書が回るのは時間の問題だというのだ。

 それで慌てて、あの宿町を出立した。

 

 しかし、それでよかったのだ。あれがなければ、朱姫の嗜虐にまだ付き合わなければならないところだった。

 一日伸ばし、二日延ばしにされていった朱姫の嗜虐を受けるという日々は、沙那が残り一日、孫空女など、残り三日も残っていた。

 いずれにしても、全部ご破算だ。二度と朱姫の嗜虐には付き合いたくない。

 

「だから、ああやって、今日はあいつを懲らしめの日にしてやっているだろう」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は前を歩くふたりの背中越しに、ひとりだけとぼとぼと歩く、遠い朱姫の姿を見た。

 これだけ離れるとわかり難いが、朱姫は、いつもよりもずっと短い下袍を着せられていて、股間の前後の孔にはたっぷりと催淫剤を塗りたくった張形を埋めている。

 そして、それが外に出ないように股間に革帯をさせていた。

 さらに耳には『遠耳』だ。

 この『遠耳』で、こちらから命令していろいろなことをさせている。

 すべての支度を施したのは、沙那と孫空女だ。

 それだけで少しは、肚に溜まっていたものも発散できた。

 

 これもすべて、朱姫の我が儘が原因だ。

 あの不思議な警告者の訪問があって、すぐにあの宿屋を後にした。

 警告者曰く。沙那たち四人を探すのに、ほとんど手間はかからなかったらしい。

 彼女によれば、自分たち四人はかなり目立つ存在であり、背の高い美男子──孫空女は宿を出るまでは一応は男の身なりをしていた──と三人の美女たちという組み合わせは、嫌でも人目を引いていたようだ。

 

 それで、慌てて宿を出たのだが、ひとりだけ不満を言ったのが朱姫だ。

 朱姫によれば、まだ、嗜虐の残りがあるというのだ。

 叱りつけて出発し、昨夜は宿屋を避けて野宿をした。

 そこでも朱姫は、まだ、残りの日数があるから、どうのこうのと言いはじめた。

 

 それで、宝玄仙も呆れて、朱姫に罰を言い渡したのだ。

 つまり、いまやっているのがそれだ。

 朱姫は股間に張形を咥えて、ひとりで離れて歩く。

 それをこの三人で、遠隔操作により命令を与えたり、張形を操作して懲らしめるのだ。

 かなり、たっぷりと催淫剤を塗っておいたから、いまごろはかなり熟れきった表情をしているに違いない。

 しかも、いつも膝下まである朱姫の貫頭衣の下袍は、脚の付け根くらいまでしかない。

 

 襲ってくださいと言っているような格好だが、なぜかこの山街道は、人通りが少ない。

 それに、なんとか朱姫の姿の見える場所に沙那もいるし、孫空女もいる。

 朱姫も道術は遣えるし、それほど危険はないだろう。

 しかし、よく考えれば、こういうことを躊躇なくやっている自分は、もう、すっかりと宝玄仙に染められてしまったということだろうか。

 

「ところで、詳しい経緯は聞いていなかったけど、なんで、お前たちは朱姫の嗜虐の日数を伸ばす羽目になったんだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あたしは、最初のときに、あいつの合成した薬を身体中に塗られて一晩中筆で責められたんだ。そして、一度もいかせてもらえないで、いかせて欲しければ、嗜虐の延長に合意しろって言われたんだよ」

 

 すると、孫空女が面白くなさそうな口調で応じた。

 宝玄仙が声をあげて笑う。

 

「なかなか、愉しいことしてるじゃないか、孫空女」

 

「愉しいものかい。その次のときは、身体の感度を十倍にあげられて、鳥の羽根みたいなものが内側についている服を着させられたんだよ。とにかく、息をするだけでくすぐったいんだよ、ご主人様。だから、仕方なく、それを脱がせてもらう代わりに……」

 

「ああ、あの新しい朱姫の責め具だね。わたしも見せてもらったけど、なかなかの出来だったじゃないか。『繊毛服』とか呼んでたっけ?」

 

「いい出来であるものかい、着ている間、ずっと身体を舐め回されているような苦しいのが続くんだ。満足に息だってできないんだ。朝まで着ていろって言われたけど、とても耐えられるもんじゃないよ」

 

 孫空女は憤懣を顔に浮かべて横を向いて宝玄仙に捲し立てた。

 

「孫女もあれを着させられたの? わたしも着たわ。本当に苦しかったわ。わたしは、半刻(約三十分)で降参して、嗜虐の延長に同意したわ。あなたは、孫女?」

 

 沙那も口を挟んだ。

 

「あたしもそれくらいで降参したけど、あいつ脱がさなかったんだ。あの服を着て、剣舞を舞わされた。結局、一度も踊り終わらなくて、三日間の嗜虐の延長に合意させられた」

 

「酷いわねえ、あいつ……。でも、ご主人様たちのときは、あれは着なかったんですか?」

 

 沙那は言った。

 

「わたしと宝玉のときは、考えてみれば、それほど激しいのはなかったね。縛られて犯される。まあ、そんなものさ。しつこく責められはしたけどね。それと言葉なぶりくらいはあったかもね。詳しくは説明したくないけど……」

 

 宝玄仙も苦笑した。

 荊棘嶺(けいきょくれい)で夢魔の悪夢から脱出できたのは朱姫の功績ということで、宝玄仙をはじめとして、宝玉を含めた沙那と孫空女の四人が一日ずつの朱姫の嗜虐を受けることに合意した。

 だが、朱姫が“黄金の日”と自称したその嗜虐期間は四日では終わらなかった。

 嗜虐をされている間に、一日伸ばし、二日延ばしと延長させられて、結局、あの宿町に十日も逗留することになったのだ。

 別に嗜虐の日々の間、逗留すると決まっていたわけでもないが、朱姫の容赦のない嗜虐をひと晩中受けることで、沙那たちだけでなく、宝玄仙でさえも、翌日の旅をすることが無理なくらいに息も絶え絶えの状態にさせられてしまったのだ。

 

「だったら、ご主人様たちのときは手加減していたんだね。改めて腹が立つよ。不公平だよ。差別だよ」

 

 孫空女は言った。

 

「それから、ご主人様、朱姫は、すぐに嗜虐で『縛心術』を遣うんですよ。『縛心術』を遣って嗜虐の延長に合意にさせるなんて、少し卑怯と思いませんか? わたしたちの意思じゃないんです」

 

「縛心術? ああ、それでお前ら、ずっと朱姫に素直だったのかい」

 

 宝玄仙がまた笑う。

 沙那は続けた。

 

「それなのに、わたしたちは、自分の意思で合意したと思い込まされていたんです。昨日、ご主人様にかかっていたあいつの暗示を見つけてもらわなければ、ずっとあたしたちは、自分の意思で嗜虐を受け続けたんだと思っていたところでした」

 

「沙那の言う通りだよ、ご主人様──。ほかにも、あいつは、『縛心術』で、いつの間にか、部屋の外に裸で放り出すというようなことをするんだよ。気がついたら、全裸で部屋の外にいさせられていたり、一昨日なんて、一階の酒場の隅に置いてある木箱と木箱の間にしゃがまされていたんだ。素っ裸でね」

 

「まあ、あなたも? あたしもやられたわ、孫女。しかも三回もよ。一番最初は、ほら、下着を腿に引っかけたまま、あんたとご主人様のいる部屋に荷を取りに行かせられたときのことよ。覚えてる?」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、覚えているよ。あんときはびっくりしたさ。あたしも、翌日やられるかと思ったけど、やっぱりやられたね。『縛心術』は酷いよね。あたしらの心を塞いじゃうんだもの。あれは禁止にしてよ、ご主人様」

 

 孫空女が訴えた。

 

「わかった、わかった──。とにかく、お前たちが、朱姫に連日にわたって、こっぴどくやっつけられたということはわかったよ。だから、今日は思う存分に仕返ししな。好きなようにね」

 

 宝玄仙は、孫空女に小さな黒い豆を渡した。

 黒い豆のように見えるが、これが『遠口』だ。

 これを口に入れると、喋った言葉がそのまま、『遠耳』側に聞こえる。

 朱姫の耳には、『遠耳』がしているので、この『遠口』で言ったことは、朱姫には伝わる。

 逆に、朱姫には、『遠口』は渡していないので、朱姫の不平や哀願はここに届くことはない。

 『遠口』を誰も口につけずに、手に持って使っているのは、これにはとんでもない副作用があるからだ。

 口の中に入れれば、唾液で貼りついて取れなくなるだけではなく、装着して一日後、一刻(約一時間)のいき狂いを味あわなければならない。

 

 いずれにしても、いま、朱姫は連日にわたって沙那と孫空女を嗜虐した酬いとして、仕返しを受けているのだ。

 さすがに張形を挿したまま歩くのはつらいのか、その歩みは遅い。

 特に朱姫はお尻が弱い。

 そのお尻にも張形が深々と突き挿さっている。

 本来であれば、もう掲陽鎮の城郭に到着してもいいくらいなのだが、まだ今朝から歩きはじめて半分くらいの行程しか進んでいない。

 

「どうやら、また、人通りが途絶えたよ。じゃあ、今度はなにをさせようか、沙那? 道の真ん中でおしっこをさせるというのはどう?」

 

 孫空女だ。

 

「いいんじゃない。やってよ」

 

 沙那も言った。

 今日だけは、沙那も容赦なく朱姫を扱うつもりだ。

 少しは溜飲を下げないと、沙那としても心の平衡を保てない。

 

「……朱姫、そこでおしっこしな。革帯をしたまま、道の真ん中で垂れ流すんだ」

 

 孫空女が手に持った『遠口』に向かって言った。

 遠くを歩く朱姫がびくりとした感じで立ちどまる。

 

「ひひひ、あいつ、首を横に振っているよ……。じゃあ、懲らしめだね。沙那、頼むよ──」

 

 孫空女が沙那に振り向いた。

 沙那は朱姫の股間に挿入させている二本の張形を遠隔操作できる板を持っている。

 出発の前に、朱姫にいまの仕掛けを施したときに、宝玄仙に渡されたものだ。

 手のひらの大きさの木板に模様が描かれていて、それで朱姫を責めている張形をここから自在に操れる。

 

 沙那は、朱姫の肛門に挿入している張形をいきなり最大限に動かした。

 遠く離れている朱姫が後ろにひっくり返る。

 朱姫が、地面に転がったまま、まくれ上がった下袍の裾を懸命に隠そうとしている様子がここからわかる。

 

 沙那は、張形の動きを止めた。

 朱姫がよろよろとしながら立ちあがろうとする。

 だが、中腰になったところで、沙那は、また肛門の張形を動かした。

 今度は前も一緒にだ。

 朱姫が再びひっくり返る。

 

 そして、またとめる。

 朝からこうやって、動かしては止め、止めては動かし……ということを続けている。

 しかし、絶対に、長く動かし続けないように注意している。

 張形の刺激だけではなく、催淫剤に苛まれている朱姫は、からだの火照りがかなりつらい状況にあるに違いない。

:それをいかせないことでさらに追い詰めるのだ。

 

「──朱姫、命令に従わないと、次は、人が通ったときに合わせて、振動を最大限にするからね」

 

 孫空女が『遠口』に向かって言った。

 朱姫が諦めたように、道の真ん中にしゃがんだ。

:おしっこをする気になったのだろう。

 

「──ここからわかるように、下袍を全部たくし上げるんだよ」

 

 孫空女が命じた。

 朱姫が下袍を捲りあげている様子が見える。

 しゃがんでいる下半身から服の色がなくなり、人の肌の色が見えているように感じる。

 ただ、距離があるので、沙那の眼にはかろうじて、朱姫の格好がほんやりとわかるだけだ。

 

「あいつ、始めたよ……。」

 

 孫空女が言った。

 尿をするといっても、朱姫の股間にはしっかりと革帯が食い込んでいて、自分では外せないようにしている。

 だから、尿は革帯の隙間から染み出すようにするしかない。

 

「じゃあ、この辺で……」

 

 沙那は意地悪く、手の中の操作盤を使って、朱姫の尿が滲み出ているはずの前側の張形を動かした。

 

「焦っている、焦っている──。あいつ、膝を着けて座り込んじゃったよ、くくく……」

 

 孫空女が愉しそうに声をあげた。

 

「お前たちはお前たちで、よくやるよ」

 

 宝玄仙が横で呆れた声をあげた。

 

「あいつがあたしたちにやったことは、こんなこととは比較にならないんだよ、ご主人様」

 

 孫空女が膨れた。

 

「わかった、わかった──。存分にやりな。その代わり、これでお互いのしこりを残すんじゃないよ」

 

「わかっています、ご主人様」

 

 沙那は答えた。

 

「ねえ、朱姫、立ちあがらないんじゃない? どうしたのかな?」

 

 もう張形の振動はとめている。

 いくらなんでもおしっこならもう終わっている時間だ。

 しかし、朱姫はまだ立ちあがらないでいた。

 

「なんか震えているみたいだよ。おしっこしている最中に、張形でいじめられたのが、余程、衝撃だったんじゃないの? 泣いているようにも見えるね」

 

 視力のいい孫空女が朱姫を眺めながら言った。

 

「じゃあ、そろそろ、許してあげようか、孫女」

 

 沙那は言った。孫空女も笑って頷く。

 沙那は、孫空女から『遠口』を受け取った。

 

「朱姫、聞こえるかしら? 沙那よ。そろそろ、勘弁してあげるから、最後の命令に従いなさい。そこで服を脱ぐのよ。今すぐにね──。もたもたせずにできたら、それで終わらせてあげるわ」

 

 沙那が言うと、うずくまっていた朱姫の上半身が動いたように見えた。

 

「きょろきょろしている。人が来ないのを確かめているんだね」

 

 じっと前を見ている孫空女が言った。

 そして、沙那の眼にも朱姫が立ちあがったのがわかった。

 朱姫は両手で服を脱ぎ去って手に持った。

 

「そこに服を置いて、全力疾走──。すぐよ」

 

 沙那は『遠口』に叫ぶ。

 朱姫がびくりと跳びあがったように見えた。

 しかし、すぐに服をその場に放り投げて、こっちに走ってくる。

 

 だが、全力疾走のつもりかも知れないが、股間の両方の孔に張形を入れている朱姫の走りは、ぎこちなくて、しかも、とてつもなく遅い。

 それでも、朱姫は懸命に走っているようだ。

 

 やがて、朱姫の必死の形相と涙と涎と汗でみっともなくぐしょぐしょになった顔がわかるくらいまでの距離になった。

 朱姫が、小さ目の乳房を両手で隠しながら一生懸命に走ってくる。

 

「こらっ、朱姫──。誰が、服を置きっぱなしで来いって、言ったのよ。よ。横の土手にでも隠してきなさい。戻りなさい。放り投げた服が誰かに持っていかれたら、城郭までこのまま素っ裸で歩かすわよ」

 

 沙那は『遠口』に叫んだ。

 朱姫の顔が歪んだのがわかった。

 だが、泣いたような表情のまま、再び引き返すと、服を脱ぎ棄てた場所まで走っていく。

 

「あいつ、泣いてたね」

 

 孫空女はもうすっかりと溜飲が下がったような表情だ。

 沙那も、そろそろ本当に許してやりたいと思ってきた。

 朱姫はさっきの場所に戻ると、脱ぎ捨てた服を街道の横の草むらに隠して、また走ってくる。

 

「あれっ、本当に誰か来るよ」

 

 半分ほどきたところで、後ろを振り向いた孫空女が言った。

 孫空女の言う通り、後ろから掲陽鎮に向かう二人組の旅人が近づいて来ていた。

 沙那が朱姫に注意喚起するまでもなく、必死の朱姫の方が気がつくのは早かったようだ。

 朱姫が、横の草むらに飛び込んで身を隠した。

 

 何気ない様子を装いながら、沙那と孫空女と宝玄仙は、旅人たちが通り過ぎるのを待った。

 彼らは、特になにもするわけでもなく、そのまま通り過ぎていく。

 その旅人たちが完全に峠の向こうに消えていくと、朱姫が草むらから出てきて、残りの距離を駆けてくる。

 

 沙那ははっきりと朱姫が見えてくると、操作盤を動かして、ほんのちょっと前後の張形を動かした。

 朱姫がひっくり返った。

 それでも、懸命に這い進むようにしていたが、沙那が張形の振動をとめると、やっと立ちあがった。

 

 やがて、ぐったりした様子の朱姫が到着した。

 激しい息をしている。白いはずの全身の肌は、異常なほどに真っ赤に火照り、汗と泥にまみれている。

 そして、革帯以外になにもつけていない股間は、革帯から溢れた小便なのか淫液なのかわからないものでびしょびしょだ。

 

「さ、沙那姉さん、孫姉さん──。は、反省しています……。も、もう、許してください──」

 

 そのまま三人の足元にうずくまった朱姫は、泣きながら謝罪の言葉を口にした。

 

「反省しているのね、朱姫?」

 

「は、反省しています、沙那姉さん。……お願いします……。もう、苦しいです」

 

 朱姫は嗚咽混じりで言った。

 

「じゃあ、勘弁してやる、孫女?」

 

 沙那は孫空女の顔を見た。

 

「そうだね」

 

 孫空女も頷く。

 朱姫は感謝の言葉を繰り返し口にした。

 それでも、これで、朱姫が懲りることはないだろうとは沙那も思っている。

 孫空女も同じ気持ちに違いない。

 朱姫の嗜虐は、宝玄仙を含めたこの三人に対する甘えだ。

 なんとなくそれがわかってきた。

 朱姫は愛情表現を嗜虐で表現する。

 

 こいつが沙那や孫空女に嗜虐をしたがるのは、妹が姉に甘えるようなものだ。

 朱姫の場合は、それが調子に乗った嗜虐になる。

 だから、またやるのだろう。

 

 そして、それに対して、沙那も孫空女もしっかりと報復する。

 その繰り返し──。

 そうやって絆が作られる。

 おかしな絆だが、それが自分たち四人なのだ。

 

「外してあげる前に、いかせてあげるわ、朱姫。このまま張形を抜いたら、おかしくなっちゃうでしょう?」

 

 沙那はそう言って、朱姫の前後に入っている二本の張形をそれぞれに最大限に振動を与えた。

 

「ひごおおおっ──」

 

 三人の足元にひれ伏すような姿勢だった朱姫が、眼を大きく見開いて沙那の脚に抱きついた。

 

「ひいっ──ひいっ──いくっ……いきます──ひぎいっ──」

 

 朱姫は悲鳴のような声をあげながら、沙那の脚を力いっぱいに掴んで、背中を仰け反らせて絶頂した。

 達したのはわかったが、沙那は、振動をそのままにした。

 朱姫は、沙那の脚を掴んだまま、さらに、身体を大きく震わせた。

 そして、今度はがっくりと前のめりに倒れる。

 

「ま……また……いく……おおほぉお──いくよぅ……んほうっ──狂う……狂っちゃいます……んんんんぐぅう──いぐっ──」

 

 朱姫はここが天下の往来であることを忘れたかのように、街道のど真ん中で肌を晒したままいき続ける。

 朱姫の手が助けを求めるかのように、沙那に向かって伸ばされた。

 

「いくっ……いくっ……ま、たいぐうっ──」

 

 朱姫の声が呻きのようになり、そして、朱姫の身開かれた眼から黒い色が消えた。

 脱力して後方に倒れかかる朱姫の身体を支え、沙那はやっと振動を止めた。

 

「革帯を外すよ、お前たち」

 

 ほとんど失神同然となった朱姫に、宝玄仙が道術をかけた。

 かちゃりと音がして、朱姫の腰と股間に喰い込んでいた革帯が緩む。

 孫空女が革帯を引っ張って、革帯と密着している張形が朱姫の股間から外す。

 張形ととともに、朱姫の股間から、おびただしい淫液と尿の残りが噴き出た。

 

「おいで、朱姫──。後始末してあげるわ」

 

 沙那は、優しく朱姫の頭を撫ぜると、まだ嗚咽をしている朱姫を横の草むらに連れ込んだ。

 汚れた股間と身体を拭いてやるためだ。

 

「あたしが、朱姫の服を取って来るよ」

 

 孫空女が道を駆けだしていく。

 

「終わりでいいんだね、沙那?」

 

 宝玄仙が草の中を朱姫を連れて進む沙那に笑いながら言った。

 

「はい、ご主人様」

 

 沙那は元気よく答えた。



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258 毒汁食堂

 やっと峠に辿り着いた頃には、陽は西に傾きかけていた。

 沙那とふたりで、朝からたっぷりと朱姫の懲らしめのために時間を費やした。

 お陰で、連日にわたって朱姫から苛められていた孫空女の溜飲はさがったが、行程はほとんど進んでいない。

 

 峠まで行けば、麓の掲陽鎮(けいようちん)までは、それほどは離れていないと聞いていたが、このままでは、どう考えても、掲陽鎮に入るのは、夜になりそうな気がした。

 しかも、目的とするのは城郭ではなく、そこからさらに進んで漁民の部落がある海岸地域だ。

 その漁民の部落を仕切る李春(りしゅん)という女侠客を頼るのだ。

 夜になってしまえば、李春という女のいる屋敷を探し当てるのは難しいかもしれない。

 

 まあ、とりあえず、近くまで辿り着けばなんとかなるだろう。

 場合によっては、李春という女性を訪ねるのが明日になるだけのことだ。

 

「とにかく、お腹が空いたよ。その居酒屋でなにかを食べようじゃないか、お前たち」

 

 宝玄仙が言った。

 峠には、山越えの旅人をあてこんだと思われる食事ができる一軒の店があった。

 後ろに断崖を背負い、店の入口を隠すように両側に二本の大きな樹が立っている。

 屋根は藁ぶきで、入り口には“酒屋”であることを示す小さな旗が出ている。

 

 沙那が頷き、四人で中に入った。

 中は卓が三個ほどの小さな店だ。

 店の中には誰もいなかった。

 

「誰かいませんか?」

 

 適当な卓を囲んで座ってから、沙那が店の奥に向かって叫んだ。

 すると奥からひとりの男が顔を出した。

 ぼろぼろの服を着た髪の毛が乱れ放題のみすぼらしい老人だ。

 だが、老人といっても、怖ろしく背丈がある。

 並みの男と比べて背の高い方である孫空女より、頭ひとつ大きい。

 身体の前の前掛けが随分と小さなものに思える。

 

「どれ?」

 

 老人は値踏みをするように少しの間、こっちの四人を眺めた。

 

「あんたらだけかい?」

 

 老人は言った。

 

「そうです。食事がしたいのですが……」

 

 沙那が応じる。

 

「どっちから来たんじゃ?」

 

「北からです。山越えで掲陽鎮に向かうところです」

 

「ほかに連れは? 女四人で山越えで来たのか?」

 

 老人の声がなにかの感情がこもったように大きくなった。

 

「だったら、なんだっていうんだい?」

 

 宝玄仙がむっとしたように応じた。

 この祭賽国は女の地位が低く、女だけの客は軽んじられるか、断れられることが多い。それを避けるために、孫空女は、このところ男の格好をしていた。

 つまり、髪を頭巾で隠して、胸の膨らみを布で締めつけ、付け髭をするという格好だ。

 しかし、二日前に宿屋を出立するときから、もう宿屋に泊ることはないだろうということで、女の格好に戻していた。

 宿屋に警告者がやってきて、手配書が回っているから、宿屋に泊ることも、城郭に入ることも避けろと忠告して立ち去ったのだ。

 だから、昨日は宿屋を避けて、街道の途中で野宿をした。

 宝玄仙が不満そうな声をあげたのは、この祭賽国(さいさいこく)に入って以来、女連れであるという理由で宿屋や食事屋を断られたという経験が何度もあるからだ。

 

「いいや、驚いただけじゃ。このところ、物騒だしね──。女連れの旅なんざ、奴隷狩りに捕まえてくれって言っているようなものじゃ。それに、あんたらは化粧もしていない様子なのに、大変な別嬪さん揃いだ。よくも、奴隷狩りに遭わなかったのう」

 

「この街道には強盗が多いのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「多いのう。隙のある旅人はすぐに襲われる。女は犯されたうえに、奴隷に売られる。器量がよかろうと悪かろうと、奴隷にして売ればある程度の金になるしのう。ましてや、あんたらは高く売れそうじゃよ」

 

 老人が気味の悪い笑い声をあげた。

 

「強盗だって? そんなものには遭わなかったよ。昨夜なんか、野宿までしたんだけどね」

 

「野宿? この山街道でかい? そりゃあ、驚いたものじゃ。まあ、たまたま悪党どももあんたらを見つけられなかっただけじゃろうか」

 

「そんなに物騒なんですか?」

 

 沙那が口を挟む。

 

「まあな。いずれにしても、本当に安全に旅をしたい者は、金がかかっても、この街道を避けて水路で行くものじゃ。当局がちゃんと仕事をしてくれりゃあ、この街道だって、少しはましになるのじゃろうが、掲陽鎮には城郭軍はあってないようなものだしのう。腑抜けの集まりさ、あそこの軍は」

 

「腑抜け?」

 

「ああ。城郭の治安ひとつだって、自分たちでやらずに、侠客たちにやらせて、自分らは甘い汁を吸うだけじゃ。城郭とその周りは、そりゃあ、それぞれの侠客の一家がしっかりと縄張りを守っているから、治安もしっかりしておるが、その反動もあってか、街道側はあぶれた悪党どもでやりたい放題じゃ」

 

「つまり、軍ではなく、侠客が蔓延っていると?」

 

「城郭の近辺はな。しかし、こんな山の中は逆に危険ということだ。街道が危険となれば陸路の旅人は少なくなる。すると、こんな峠の食堂なんか商売にはならないというわけじゃ。まったく軍がだらしなからのう……」

 

 老人はぶつぶつと不平を並べ始める。

 そう言われてみると、街道を進む旅人は少なかった気がする。だから、歩きながら朱姫をいたぶるなんてこともやったのだ。

 考えてみると朝からすれ違ったり、追い越されたりした旅の一行は数えられるほどしかいなかった。

 ちゃんとした街道にしては、確かに、極端に人通りが少ない。

 

「いいから食事だよ。なにがあるんだい?」

 

 宝玄仙が老人の言葉を遮って叫んだ。

 

「食べ物は牛肉を煮たものしかないのう。酒なら何種類かある」

 

 老人が言った。

 

「じゃあ、その肉を煮たものを四人分。お酒は入りません。その代わり、水をください」

 

「水はただでいい。この辺は山水が豊富でのう。それと悪く思わんで欲しいんじゃが、ここは前払いが決まりじゃ」

 

「わかりました。朱姫──」

 

 沙那が朱姫に視線を向ける。

 朱姫はこの一行の路銀を管理している。

 さっきまでは、股間に張形を埋め込ませていたぶっていたから、手ぶらにさせていたが、数刻休んで落ち着かせてからは、いつものように荷を持たせている。

 朱姫はたすきにかけている雑嚢から路銀が入っている袋を取り出した。

 孫空女は、朱姫が路銀の袋を出したとき、なんとなく老人の身体に緊張が走った気がした。気のせいだろうか……。

 

「これでどうですか?」

 

 朱姫が卓に置いたのは、女人国の小銀貨一枚だ。

 もう何箇国もの国を回ってきている。

 東方帝国のように紙幣がある国もあるが、大部分の国は、金か銀で取引きをする。

 金貨や銀貨は、それぞれの国の紋章や王の肖像が刻印してあるが、金や銀としての価値は同じだから、他の国でも使えることが多い。

 

「これは女人国の銀貨じゃな?」

 

 老人はそれを受け取って、材質を確かめながら言った。少し驚いているような口調だ。

 

「使えますか?」

 

 朱姫が言った。

 

「もちろん、問題はない。だが、お釣りはないし、あんたら四人が肉を食べるだけで酒も飲まないんじゃあ、額が多すぎる。その分は、肉を包んで持たせるということでどうじゃ? 掲陽鎮に向かうなら、到着してから食べればいい」

 

「それでいいですよね、沙那姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「いいわ。それではお願いします、お爺さん」

 

 沙那が頷く。

 

「わしは、七絶(しちぜつ)じゃ。じゃあ、肉と水を持って来よう。悪いが、そこにある食器を好きなように取ってくれるか」

 

 七絶は銀貨を受け取ると、厨房に戻っていった。

 孫空女は、沙那と朱姫とともに、七絶が示した戸棚から人数分の食器を取り出して卓の上に並べる。

 

 しばらくすると、大皿に山盛りになった牛肉の煮物が運ばれてきた。水の入った瓶も二本一緒にだ。

 水をそれぞれの杯に注ぐとともに、朱姫が四人の皿に食事を取り分けた。

 まず、孫空女が少しだけ口にする。

 孫空女の舌は大抵の毒を見抜く敏感さがある。

 

 特に、味に異常は感じなかった。

 次に朱姫が同じように口にする。

 朱姫もまた、孫空女と同じように舌が敏感だ。

 しかも、朱姫の場合は、孫空女に見抜けない仙薬についても見分けることができる。

 

「おかしな食べ方をするのう。毒見というわけか?」

 

 隣の卓に座った七絶が笑って言った。

 

「悪く思わないでよね、七絶爺さん」

 

 孫空女は言った。

 

「なら言うが、その肉には眠り薬が入っておるぞ。食わん方がいい」

 

 七絶がからかうような口調で言った。

 

「冗談言うんじゃないよ。あたしは大抵の毒はわかるんだよ」

 

 孫空女のその言葉を合図にするように、四人が眼の前の肉を食べ始める。

 宿町を急に出立したので、十分な保存食を準備しておらず、この一日半、少なめの食事だった。空腹気味だったうえに、料理は美味だった。よく煮込んである牛肉は柔らかくて非常においしい。

 

「あんたらが襲われなかった理由がわかったよ。お前さんたちの中に遣い手がいるね。それとも、道術遣いがいるんじゃないかい?」

 

 しばらく四人が食事をするのを見ていた七絶が言った。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「さっきの慎重な食事の仕方じゃ。その用心深さ。何度も修羅場を潜っている証拠じゃ。……ということは、ただの四人じゃないということじゃろうな。強盗なんていうのは臆病なものだからのう。女連れであろうと、自分たちがかなわないと思えば、近寄っては来ん」

 

「んっ?」

 

 孫空女は顔をあげた。

 なんとなくだが、七絶の物言いに違和感を覚えた。

 その七絶が続ける。

 

「なんせ、掲陽鎮の城郭については、李家(りけ)駝羅家(だらけ)穆家(ぼくけ)の三家の侠客がしっかりと締めるものだから、それを嫌って街道に逃げてきたような連中だからのう。意気地がないのさ。そういう連中は、遣い手か道術遣いがいるような旅の連れには手を出さん」

 

「両方いるね。そっちのふたりが遣い手で、こっち側が道術遣いさ」

 

 すると、宝玄仙があっけらかんと言った。

 

「ご主人様──」

 

 沙那が嗜める声を出した。

 沙那が怒ったのは、手配中という身でありながら、なんの危機感もなく、道術遣いであることを喋ったからだろう。

 しかし、宝玄仙は、なにを注意されたのか、よくわかっていない感じだ。

 

「ところで、わしがなんで七絶と呼ばれているか教えてやろうか?」

 

 食事が半分ほど終わりかけたところで、不意に七絶が言った。

 孫空女は振り返った。

 なにかを含んだような口調が気になった。

 

「なんで呼ばれているかって……名前じゃないのかい?」

 

 孫空女は応じた。

 

「いいや。この店に入って来た者を捕えて逃がさんからそう呼ばれておる。料理に毒を混ぜて昏睡させ、奥の断崖をくり抜いた岩の隠し部屋に連れていき身ぐるみを剥ぐ。女なら奴隷として売り飛ばし、男なら殺して肉にする」

 

「なんだと?」

 

 さすがにむっとした。

 冗談にしては質が悪い。

 孫空女も腹がたってきた。

 

「こんなところに治安の軍はやって来んから好きなようにできる。さっきも忠告したじゃろう? その料理には眠り薬が入っておるから喰わん方がいいと……。この店に入った者は、なにひとつ逃がさずに、ここで浮世から断絶してしまうから、人呼んで“七絶”じゃ」

 

 七絶が気味の悪い笑い方をした。

 

「馬鹿な冗談を言うんじゃないよ。ちゃんと、毒があるかないか確かめたさ」

 

 孫空女は七絶に振り向いたまま言った。

 

「世の中には、舌で触れたくらいじゃあわからん毒はありとあらゆるある。これからは気をつけることだな……。と言っても、これからなんか、お前たちにはないがな。お前たちは、いい女だから殺さん。だが、奴隷商人に売り飛ばすときに、仕返しには来れんように、特に奴隷扱いの酷い売り手に引き渡すよう頼んでおく」

 

 口調がずっと若くなった七絶が立ちあがった。

 その眼が座っている。

 いままでの老人のような雰囲気は微塵もない。

 それどころか、曲がっていた腰も真っ直ぐになり、一気に若返った感じになった。

 もしかしたら、老人のふりをしていただけで、ずっと若いのかもしれない。

 

 孫空女の中のなにかが警告を発した。

 薄気味悪いものを感じて、立ちあがろうとした。

 

「あ、あれっ?」

 

 しかし、脚がもつれてその場に崩れ落ちてしまった。

 それで初めて気がついた。

 いつの間にか、他の三人はすでに卓の上に突っ伏して気を失っている。

 

「お、お前は……?」

 

 本当に毒が入っていたんだ……。

 孫空女の背に冷たい汗が流れる。

 

 慌てて、孫空女は指を喉に突っ込んで胃の中のものを吐こうとした。

 しかし、その手を七絶が足で踏みつけて邪魔をした。

 

 七絶は、床に倒れた孫空女を蹴飛ばして顔を上に向けさせた。

 卓の上の水の瓶を取り、孫空女の口の中に突っ込んだ。

 水がだくだくと喉に入っていく。

 

 なにもかも麻痺して抵抗できない。

 かなりの水を飲んだ。

 急激に意識が遠くなる。

 

「ほかの三人よりは、薬の効き目が悪いようだな。だが、あれだけ肉にも水にも毒を入れたんだ。抵抗はできんだろう」

 

 七絶が気味の悪い声で笑った。

 

 

 

 

 

 

 それが、孫空女が知覚した最後の言葉だった。

 

 

 *

 

 

 暗い……。

 

 それが最初に思ったことだ。

 なにかがぼんやりと見えた。

 

 岩の壁だ……。

 

 いや、壁じゃない……。

 岩肌の天井だ。

 

 意識が戻った。

 孫空女は飛び起きた。

 しかし、がちゃんと金属が鳴る音がして阻まれた。

 

「ひぐうっ──」

 

 孫空女は、思い切り首を後方に引かれて呻き声をあげてしまった。

 

 はっとした。

 

 首に金属の首輪があり、それが鎖によって後ろに背中側の壁に繋がれている。

 慌てて手で首輪に振れようと思ったが、その手も後手で手錠を嵌められている。

 

「な、なにっ?」

 

 拘束されているというだけじゃない。

 なんと素っ裸だ。

 両方の内腿にも枷がつけられて、それが一尺半(約五十センチ)ほどの長さの金属の棒で挟まれている。

 

 つまり、孫空女は、素っ裸の身体を後手に拘束されて、両脚は大きく開いて閉じられないように金属の棒で挟んだ枷を両腿に付けられている。

 そのうえ、首輪で壁に繋げられているのだ。

 

「もう、気がついたのか? 念のために拘束をしておいてよかったぜ」

 

 七絶の声がした。

 ぼんやりとしていた孫空女の視界がはっきりとした。

 ここは岩をくりぬいてある大きな洞窟に作った部屋であり、その中心に七絶がいた。

 そして、七絶のそばには、孫空女たちの荷物があり、七絶はその荷物をひとつひとつ吟味しては、取り分けているところだったのだ。

 

「な、なにしてんだよ、お前──? あたしらの荷物に触るんじゃないよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「もう、お前たちの荷じゃねえ。俺のものだ。お前らが俺の作った眠り薬入りの料理を食って倒れてからそうなった」

 

 七絶が孫空女を見て笑った。

 

「くっ」

 

 孫空女は歯ぎしりした。

 本当にあの料理と水には毒が入っていたんだ……。

 毒見をしたけど、まったく気がつかなかった。

 

 迂闊だった。

 あんな人も通らないような街道の峠に、たった一軒だけある料理屋なんて、もっと怪しむべきだった。

 

「七絶、ご主人様たちは……? あっ──」

 

 孫空女は、孫空女と並ぶように、金属の首輪で岩壁に繋げられて、後手に手錠をされている宝玄仙、沙那、朱姫の三人の姿を見つけた。

 孫空女と同じように素っ裸だ。

 ただ、脚の拘束までされているのは孫空女だけのようだ。

 いずれにしても三人は、まったく気を失っていて、起きる気配はない。

 

「ご、ご主人様──、朱姫──、沙那──」

 

 孫空女は脚をばたつかせて、三人の名を呼んだ。

 しかし、三人ともぴくりともしない。

 

「無理だよ、無理──。この七絶の昏睡剤を混ぜた料理を食えば、まずは、回復剤を飲まなきゃ、三日は起きて来れねえ。お前が異常なんだぜ。余程に、毒に耐性があるんだな」

 

 七絶が立ちあがってこっちにやってきた。

 孫空女は七絶を睨みつけた。

 

「あ、あたしらをどうするつもりなんだよ?」

 

 孫空女はすぐそばまでやってきて、しげしげと孫空女の裸身を見下ろす七絶に向かって言った。

 七絶には店で応対したときとはまったく違う。

 やっぱり、実際はまだ壮年といえる年齢なのだろう。

 

 七絶は孫空女の裸身を好色な眼つきでじろじろと眺めている。

 あまりにも露骨な視線にいたたまれない気持ちになる。

 しかし、孫空女には曝け出している股間を隠す手段がない。

 せめて、少しでも七絶のいやらしい視線を避けようと、左右に腰を振って隠すのだが、それは却って七絶の嗜虐心を満足させるだけのような気がした。

 

「さっきも言ったが、お前たちは、奴隷商人に売り飛ばす。服は古着屋。他のものは道具屋に叩き売る。だけど、これはどうかな──。随分長く商売やっているが、こんなものを大量に持ち歩いている女連れは初めてだぜ。これは、特別に売らずに持っておいて、愉しみのために使うかな?」

 

 七絶が、一本の張形を取り出して、げらげらと笑いだした。

 孫空女は顔が羞恥で赤らむのを感じた。

 あれは、宝玄仙の霊具だ。

 荷を拡げて見つけたのだろう。

 荷の中の責め具を見られるのは、まるで、自分の心の恥部を見られているようで、裸身を見られるよりもずっと恥ずかしかった。

 

「さて、お前たちを引き渡す相手には、かなり前に合図ののろしを出したから、もうすぐ引き取りに来るだろう。だから、それまでちょっとばかり遊ぼうじゃねえか。性具は、大抵は霊具みたいだが、この俺でも扱える霊具もあったぞ」

 

 七絶が手に持っていた張形を孫空女の顔の前にかざした。

 本物そっくりの青筋まで立てた張形だ。

 七絶が張形の柄の部分を操作すると、その張形の頭部分が淫らに動き出した。

 

「うわっ」

 

 眼の前でくねくねと動き出した張形に、孫空女は思わず声をあげてしまった。

 霊具には大きく分けて、道術遣いしか扱えないものと、道術遣いでなくても扱えるものの二種類ある。

 その差は、霊具が機能を発揮するのに必要な霊気の差だ。

 大抵の霊具は、霊具遣いしか操作できない。

 それは、自然に備わる霊気を動かして、必要な霊気を霊具に集めることができるのは道術遣いだけだからだ。

 道術遣いでなくても扱える霊具ということになると、使用できる霊気は、自然に漂っている極小の霊気だけだ。

 だから、それは他愛のない機能しか発揮できない。

 従って、霊具を扱える道術遣いは重宝される。

 

 しかし、霊具作りの才女と呼ばれた宝玄仙は、ほんの少しの霊気でも、十分に効果のある霊具を作ることができた。

 いま、七絶が動かしているのは、宝玄仙がほとんど霊気を必要としないで機能が発揮するように製作した霊具なのだろう。

 その奇妙な蠕動運動をする張形がゆっくりと胸に近づいてくる。

 

「く、くそう──よ、寄んなよ、馬鹿──」

 

 孫空女は拘束された肢をばたつかせて声をあげた。

 

「まあ、そう言うな。お前たちは、四人ともいい女だけど、俺はお前が一番好きだぜ。お前みたいな男のような女が俺の好みだな。泣く前と泣いた後の違いが、なんともいえず俺を欲情させるんだ」

 

 七絶は、孫空女の裸身の横にやってきた。

 そして、ぶるぶると震える張形の先端を孫空女の無防備な乳首に押しつけた。

 

「ふっ──ううっ」

 

 耐えようとしたが、張形の振動によって与えられた快美な衝撃に、孫空女は思わず甘い声を出してしまった。

 すると横の七絶が嬉しそうな顔をして孫空女の身体を覗き込む。

 

「ほう、なかなかに感度がいいな、お前」

 

「や、やめろよっ──、なっ……あ、ああっ……」

 

 孫空女は叫んだ。

 そして、身体の奥から込みあがる熱いものを避けようとして必死で歯を食い縛る。

 七絶が押しつけている霊具から乳首を離そうと身体を捻る。

 だが、そんな孫空女の仕草が愉しいらしく、七絶は、孫空女をからかいながら張形を乳首の周りに這いまわす。

 

 我慢できない……。

 孫空女の口から喘ぎ声がこぼれ落ちる。

 

「随分と感じやすい身体をしているな。もう股から雌の匂いがぷんぷんしてきたぜ」

 

 孫空女は、七絶の言葉責めに耐えられなくて顔を伏せる。

 しかし、その顔を七絶の視線が追ってくる。

 孫空女はさらに身を捻って、七絶の顔から自分の顔を遠ざける。

 

 執拗に張形の先が左右の乳首を責め続ける。

 孫空女は、どんどん込みあがる官能に耐えられなくなってきた。

 

「こ、この卑怯者──。食事に眠り薬を混ぜて、その間に縛るなんて、恥知らず。それでも男かい」

 

 孫空女は大きな声を張りあげた。

 

「なにが卑怯なものか。お前たちは奴隷として高値で売れると思ったからこそ、眠り薬にしてやったんだぞ。お前らが男なら、最初から致死性の毒にして殺していたところだ。まあ、俺はお前たちの命を救ってやったわけだ。感謝してもらわなければな」

 

 七絶は孫空女の乳首をいたぶりながら笑った。

 

「く、くそっ……あ、ああっ……お、お前……くうっ……だ、誰だよ──?」

 

「さっきも言ったろう。七絶だ。まあ、毒遣いの七絶といえば、この世界ではちょっとしたもののはずだ。奴隷商人に売り渡された後でなら、聞く名かもしれんから覚えておいてくれ……。ところで、それよりも、お前の名はなんだよ? 教えてくれよ」

 

 七絶が張形を乳首からゆっくりと股間に向かって下げていく。

 孫空女は、はっとした。

 

「や、やめろ……あ、くうっ……」

 

 次第に身体の芯まで響くような愉悦の感覚が襲ってくる。

 孫空女は顔を仰け反らせて、吐息を洩らした。

 感じていることを悟られまいと努力しようとするのだが、自分でも哀れなくらいに孫空女の身体は、あらゆる刺激に敏感に反応してしまう。

 その自分の身体の惨めさといやらしさが、情けなくて泣きたくなる。

 

「名はなんだ? 言わなきゃこれを股に挿すぜ」

 

 張形は大きな振動を続けたまま孫空女の無毛の股間のすぐ上で停止した。

 もうそのすぐ下は敏感な肉芽だ。

 そこに張形が触れれば、これまでとは比べものにならないくらいに、大きな声を自分はあげてしまうだろう。

 こんな卑劣な男の手ではしたなく嬌声をあげるのは死んでも嫌だ。

 

「名は?」

 

 張形が、さらにじわじわと下がってくる。

 

「ひいっ──。な、なんで、お前なんかに名を教えなきゃならないのさ──」

 

 孫空女は叫んだ。大きな声を出すことで込みあがる快感を振り払いたかった。

 しかし、張形の振動は、怖ろしい官能となって孫空女を責めたてる。

 

 もう余裕がない。

 孫空女は、もう切羽詰った状況に追い込まれている。

 

「だって、これからお前と俺は、男と女の関係になるんだ。俺が精を放った相手の名くらい俺は知りたいぜ」

 

 七絶は言った。

 孫空女の火照りきった背に冷たい汗が流れた。

 

「ほれっ、名前を言え」

 

 七絶が淫らにくねり続ける張形をほんの少し下に動かした。

 

「あうっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 振動が肉芽の近くに伝わり、強烈な愉悦の矢が身体を貫いたのだ。

 そして、七絶は、もうひとつの手で荒々しく孫空女の乳房を揉んでくる。

 触れそうで触れていない張形の股間への刺激と、直接的な乳房の愛撫が、異常な快感となって孫空女の身体を襲う。

 

「そ、孫空女だよ──」

 

 そう叫んだ。

 この状態で股間に直接的な刺激を受けてしまえば、絶対におかしくなる。それは嫌だ。

 

「ほう、お前は孫空女というのか。孫空女、お前が感じている顔はほんとうに可愛らしいな」

 

 七絶は、振動を続ける張形を孫空女の股間の寸前で遊ばせながら言った。

 一瞬ごとに、どんどん甘美な快感が全身に蓄積されていく。

 そして、揉まれ続ける乳房からは、強烈な歓喜が押し寄せる。

 

「か、感じてなんかないよ」

 

 孫空女は首を左右に振って声をあげた。

 すると、張形がすっと動いて、孫空女の肉芽の上に当てられた。

 

「ひゃっ、ひゃああぁ──ひいっ……ああっ、あっ、あっ、ああっ──くうっ……い、いぎぃ──だ、だめっ──だめぇ──」

 

 孫空女は拘束された身体を仰け反らせて叫んだ。

 全身を砕けさせる強烈な快感が襲う。

 身体を溶けさせるような気持ちよさだ。

 巨大な興奮が股間の頂点から全身に拡がる。悶々としていたものが一気に噴き出す。

 

 孫空女は堪らず、張形の攻撃から身を守ろうと懸命に身体を揺すって後ずさりした。

 開脚したままの肢を揺すって退がる。

 それで張形から距離を置くことができた。

 しかし、孫空女の身体は、ぴったりと岩壁に背中をつけた。

 これ以上、退がれない。

 

「ほら、もっと逃げてみろよ。逃げなきゃこれに責められるぞ」

 

 隣りにしゃがんでいる七絶が、にやにやしながら態勢を変えて、孫空女を追ってきた。

 また、孫空女に密着してくる。

 

 張形の先が、孫空女が曝け出している股間の寸前で淫らな動きを続けている。

 張形が動かす空気の動きを感じるくらいの距離まで肉芽にまた近づけられた。

 

「もう、股はどろどろじゃないか……。感じやすいんだな。もう、数瞬でいってしまうところだったんだろう? 女は、男とは違って何度いっても大丈夫だ。俺と本番をする前に何回かいくか?」

 

「お、お前、名前を言えば、そ、それ当てないって、言ったじゃないか──」

 

 孫空女は抗議した。

 七絶の持つ張形は、まだ七絶の手の中でぐいんぐいんと左右に頭を振っている。

 

「そうだったかな?」

 

 七絶はその張形をまた、孫空女の臍の下に置き直した。

 そして、再びじわじわと股間に近づけていく。

 

「ひぎっ──。や、やめてぇ」

 

 孫空女は左右に首を振って悲鳴をあげた。

 さっき達しかけたせいで、凄まじい喜悦がもう体内を駆け巡り始めている。

 今度、肉芽を責められたら、その瞬間にいってしまいそうだ。

 

「……そう言えば、さっき、お前は、仲間の名を沙那と朱姫と呼んでいたな。そして、もうひとりは、“ご主人様”だ。ご主人様というのは、あの黒髪の長い黒っぽい服を着てた美人のことだろう? そいつの名は?」

 

「そ、それは……」

 

 孫空女は躊躇した。

 宝玄仙は手配されている身だ。

 名を教えることは支障があるかもしれない。

 しかし、もう、沙那と朱姫と孫空女の名は知られてしまっている。

 いまさら、宝玄仙ひとりの名を隠しても仕方がないような気もする。

 

「二、三回いけば、素直になるか? 俺は女じゃないが、膣で達するのと、肉芽で達するのとは違うらしいな。膣で達するのは身体の奥からゆっくりと込みあがって、身体がなにかに置き変わるような快感だ」

 

 じわじわとまたもや、振動する淫具が肉芽に近づく。

 

「や、やめろうっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 だが、七絶は嘲笑うだけだ。

 

「ははは……。だが、肉芽の快感は突然に貫かれる刃物のような快感だ。肉芽は膣の何倍も感度はいいが、それと引き換えにこっちの快感は恐怖感にも通じる。肉芽で達すると、その激しい快感に、どうしても女はそこで続けていかされるのを恐怖してしまう……」

 

 七絶の持つ張形がまた肉芽に、肌をつたって、さらにゆっくりと近づく……。

 淫らな振動を続けながら──。

 

「いや、いや、いやだぁ──」

 

 孫空女は拘束された身体を限界まで左右に動かしてそれを避けようとした。

 しかし、七絶が孫空女の背中に手を回し、反対側の乳房をわしづかみして、身体を七絶に引き寄せた。

 孫空女は七絶に密着させられて、動けなくされる。

 その間も張形はじわじわと肉芽に近づき……。

 

「はおおおぉぉぉ──」

 

 脳髄まで響くような快感が襲った。股間の頂点に張形が載せられたのだ。

 股間だけではない。

 乳房も太腿もなんにも刺激を受けていない肛門までも官能と欲情の大きなうねりに巻き込まれる。

 

 孫空女の身体がどろどろに溶けていく。

 峻烈な快感だ。

 一瞬、すべてのことが孫空女の頭から吹っ飛ぶ。

 

「いぐうぅぅ──」

 

 全身がばらばらになるような激しい快感だ──。

 孫空女は慎みもなにもない声を張りあげて、全身を震わせて達していた。

 

 あっという間にいってしまった。

 愕然とする孫空女の股間から張形がすっと離れた。

 しかし、ほんのちょっとだ。

 大きく振動する張形の先は、孫空女の肉芽の指一本先に位置している。

 

「お前のご主人様の名は?」

 

「ほ、宝玄仙……」

 

 孫空女は顔を下に向けたまま荒い息をしながら言った。

 

「宝玄仙……。どこかで聞いた名だな……?」

 

 七絶は首を傾げている。

 やっぱり、人相書きが出回っているのだと思った。

 

「……まあいいや。それで、どこから来た? 女人国の銀貨を持っていたから、女人国の女か? それであれば、お前らの値は五割増しだ。女人国の女は淫らで味がいいというからな。この祭賽国では、女人国の女というのは、いい女の代名詞だ」

 

「じょ、女人国は通ってきただけだよ。もっと遠いところだよ」

 

「ほう、じゃあ、どこだ?」

 

「もう、どこだっていいじゃないか──」

 

 ねちねちとした訊問が気に入らなくて孫空女は、激しい鬱憤を爆発させた。

 

「まあ、そうだな。じゃあ、そろそろ、肝心の道具の方を確かめてみるか」

 

 七絶が、張形を投げ捨てて、立ちあがった。

 下袴が孫空女の前で降ろされる。

 そして、七絶が自分の下着を取り去ると、そこに黒々とした逞しい怒張が突き出ていた。

 

「ひっ」

 

 孫空女は思わず声をあげてしまった。

 

「さてと……」

 

 七絶が開脚している孫空女の肢を持って、孫空女の股間を自分の怒張に載せようと、腰を屈めた。

 

 そのとき、孫空女の頭のすぐ近くに、七絶の頭が来た。

 孫空女はその一瞬を見逃さなかった。

 

「こなくそっ」

 

 孫空女は、一度、頭を後ろに動かし、そして、力の限り、頭を七絶の頭に叩きつけた。

 ごんと大きな音がして、孫空女と七絶の頭がぶつかった。

 

「ほごわっ」

 

 七絶が頭を抱えて悲鳴をあげた。

 

「へっ、ざまあみろ」

 

 孫空女は、その場でうずくまる七絶の顔に唾を吐いた。

 

「こ、このあまっ……」

 

 顔をあげた七絶の顔は憤怒に真っ赤になっている。

 

「次にあたしに近寄ったら、こんなもんじゃ済まないよ。今度は喉笛に噛みついてやるからね」

 

「畜生……。素っ裸で拘束されて、股倉開いている女がでかい口を叩くじゃねえか。もういい。お前みたいな跳ね返りは、ばらばらに切り刻んで肉饅頭の材料にしてやる。女は三人いればいい」

 

 そして、七絶は部屋の奥に引っ込むと、棒の先に太い針を刺したものを持ってきた。

 

「な、なんだよ……?」

 

 離れた場所から、孫空女の乳房と乳房の間に伸びる針先に、孫空女は恐怖を感じて呟いた。

 

「この針先には、猛毒が塗ってある。これを身体に刺されれば、息をひとつか、ふたつする間にお前は死ぬ。今度は頭突きで避けられないだろう。それとも、避けてみるか?」

 

 七絶が笑いながら、さらに棒を伸ばす。

 針先はもう、孫空女の身体のすぐそばだ。

 

 避けると言っても、避けようがない。

 手も足も拘束されて、首輪は背中の岩壁に繋げられている。

 

「死ね」

 

 七絶が言った。

 孫空女は覚悟を決めて、眼をつぶった。



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259 一難去って……

 七絶(ななぜつ)の持つ毒針が、孫空女の乳房の間にすっと伸びた。

 孫空女は死を覚悟して、眼をつぶった──。

 しかし、そのとき、この岩室の入口の方から、がたごとという音がした。

 

「おっ、もう、駝濫(だらん)ところの連中が引き取りに来たか?」

 

 七絶が呟いて、針を引っ込めた。

 

「駝濫ってなんだよ?」

 

 孫空女は言った。

 

「お前らを売り渡す奴隷商人の仲介をしてくれるところだ。命拾いしたな、孫空女。お前を味わうことができなかったのは残念だがな。それとも、どこかの妓楼の奴隷女として、お前と遭うことになるのかな。その時にはすっかりと調教されて、いまよりも扱いやすくなっているといいな」

 

 七絶は笑いながらそう言い、下着と下袴を履き直して、毒針を片づけにいく。

 とにかく、死なないで済んだようだ。

 とりあえずほっとした。

 

 すぐに、部屋に誰かがやってきた。

 七絶の言葉によれば、自分たちを奴隷商人の売り渡す連中なのだろう。

 しかし、やってきたのは、長い下袍を履いたふたりの女だ。

 ふたりとも美人であり、腰に剣を佩いている。

 前に立っている女はすでに剣を抜いていた。

 後ろ側のひとりの女は二本差しだが、まだ剣は抜いていない。

 

「お、お前ら──。た、確か、李春(りしゅん)……。後ろは料理屋の女か? な、なんで、お前らがここに?」

 

 七絶がびっくりしている。

 どうやら、奴隷商人に関わりのある連中じゃないようだ。

 剣を抜いているのは、李春という名の女ようだ。どこかで聞いた名のような気がする。

 

「わたしのところに来るはずの客人が来ているはずよ、七絶。ここに連れ込まれたのを見た者がいてね。慌てて迎えに来たのよ」

 

 李春が言った。

 そして、部屋を見回す。

 李春がこっちに顔を向けたとき孫空女と視線が合った。

 

「あんたは孫空女だね?」

 

 李春と呼ばれたが言った。

 

「そ、そうだよ──。あっ、そうか、李春って……」

 

 やっと思い出した。

 そういえば、これから訪ねていくと沙那が言っていた掲陽鎮の女侠客の名が李春だ。

 

「わたしのところに来るんだったんじゃないの、孫空女? なに、こんなところで道草食ってんよ」

 

 李春が微笑んだ。

 

「好きで食ってんじゃないよ」

 

 孫空女は言い返した。

 

「……拘束を解く鍵を出しなさい、七絶」

 

 李春が七絶に顔を向け直した。

 

「おい、李春、どういうつもりだい。これは俺の獲物であり、お前に関係ない……。ひぎゃああぁぁ──」

 

 七絶が不満そうになにかを言い始めるとすぐに、李春の剣が動いた。

 次の瞬間、七絶の右耳が顔から離れて吹っ飛んだ。

 顔の横を血まみれにした七絶が、その場にうずくまって悲鳴をあげた。

 

「鍵を出すんだよ、七絶」

 

 李春がうずくまる七絶に、剣を突きつける。

 七絶の顔が真っ青になり、腰に提げていた袋から鍵束を出した。

 李春がそれを取りあげて、もうひとりの女に鍵を投げる。

 

張天女(ちょうてんじょ)、頼むよ」

 

「ええ」

 

 張天女と呼ばれた女が、孫空女のところに鍵束を持ってやってきた。

 首輪、足枷、手錠の順に外される。

 

「大丈夫?」

 

 張天女がちらりと孫空女の股間に眼をやった気がした。

 張形になぶられて一度気をやった股間を見られるのは恥ずかしかったが、なぜか、張天女の方が顔を赤らめている。

 

「なんとかね」

 

 孫空女はやっと自由になった身体を擦りながら言った。

 

「とりあえず、服を着るといいわ。すぐに、ここを出るから」

 

 張天女が宝玄仙たちの方に行く。

 孫空女は、七絶が集めていた自分たちの荷から、脱がされてひとまとめにしてあった服を見つけて、身につけ直した。

 そして、残りの三人の分の服を抱えて、三人に向かう。

 

「李春、薬を飲まされている。目を覚まさないわ」

 

 張天女は李春に言った。

 

「七絶、気付け薬を出しな」

 

 李春がまだうずくまっている七絶に言った。

 

「そ、そんなものねえ。眠り薬が覚めるのを待つしかねえよ。三日もすれば起きるだろうさ」

 

 七絶が怒ったように叫んだ。

 次の瞬間、七絶の残っていた反対側の耳が斬り飛んだ。

 

「ひぎゃあぁぁぁ──」

 

 七絶が両方の耳があった場所を押さえてのたうち回った。

 

「次は鼻を削ぐよ。その次はどこにしようかねえ……。お前の肉棒にするかい?」

 

 李春が剣をまた動かした。

 

「や、やめろっ」

 

 剣を斬りつけられた七絶が悲鳴をあげた。

 しかし、李春が切り裂いたのは、七絶が履いていた下袴だ。

 七絶の下袴の腰の両側の部分を下着ごと切り裂いた李春は、手を伸ばして、七絶の腰からびりびりになった下袴を取り去った。七絶の下半身は膝から下を残してなんにもなくなる。

 

「時間を稼いで、駝濫一家のところの連中がやってくるのを待ちたいんだろうが、そうはいかないよ。お前がここで、強盗と奴隷狩りのような薄汚いことをしているのは噂で聞いている。それに、駝濫ところの連中が絡んでいることもね。だけど、時間稼ぎしているうちに、お前の鼻もその腰の粗末な道具もなにもかもなくなるよ」

 

「で、でも、李春、薬は……」

 

 李春が剣を振り、七絶に斬りつける。

 七絶が悲鳴をあげた。李春の剣が七絶の顔の前でぴたりと止まる。

 

「手も足もなくなった胴体と頭だけの格好で、駝濫の連中と会いたいかい、このすかたん──」

 

 李春が啖呵を切った。

 孫空女でも李春に呑まれてしまうような大変な迫力だ。

 

「だ、出す。気付け薬を出す……。こ、殺さないでくれ」

 

 七絶が血だらけの頭を抑えながら、奥の戸棚に向かった。

 

「こ、これがそうだ……。これをひと口ずつ飲ませれば十分だ」

 

 七絶が差し出した瓶を張天女が取りあげた。

 

「ま、待って、張天女──。まず、あたしが飲むよ」

 

 孫空女も、眼が覚めたとはいえ、まだ、眠り薬の影響が残っている。

 そして、七絶が腹いせに、気付け薬だと言って、毒薬を渡す可能性もある。

 張天女も孫空女の意図を読んだようだ。

 孫空女に瓶を手渡す。

 

「待って、孫空女」

 

 李春の声──。

 振り返ると、李春が七絶の胸に剣先を突きつけている。

 

「わかっているね……、七絶。もしも、あれが気付け薬じゃなかったら、その瞬間に殺すからね」

 

「う、嘘じゃねえ」

 

 七絶が言った。李春が頷いた。

 孫空女は瓶に口をつけて、ひと口分飲んだ。

 しばらく待つ。身体に力が戻ってくる。

 

「間違いないよ、大丈夫」

 

 孫空女は頷いた。

 瓶を持って、まずは宝玄仙のところに向かう。

 眠っている宝玄仙の身体を抱く。

 瓶から薬を飲ませようと思ったが、うまくいきそうもないので、まず、自分の口に含み、口移しで宝玄仙の喉の奥に入れた。

 

 宝玄仙が動き出すような反応があった。宝玄仙をもう一度床に寝かせて、沙那、朱姫にも同じように気付け薬を飲ませる。

 ふたりとも、すぐに身じろぎしだした。

 目を覚ました宝玄仙が上半身を起こした。

 

「大丈夫かい、ご主人様?」

 

「……これは、どういうことだい、孫空女?」

 

 周りを見回しながら宝玄仙が言った。

 

「あたしらは、この七絶に眠り薬を飲まされて捕まっていたんだよ。この李春と張天女が助けてくれたのさ」

 

 孫空女は言った。

 そして、宝玄仙に着させるための服を持って宝玄仙のところに向かう。

 宝玄仙を立ちあがらせて下着を履かせる。

 次は胸当てだ。乳房に当てて背中に回り、留め金をする。

 その間、宝玄仙は脚を上げたり手を動かしたりしているが、自分ではなにもしない。

 そんな様子の宝玄仙と孫空女を李春と張天女が興味深そうに見守っていた。

 

「お前が李春かい?」

 

 孫空女に服を着させながら、宝玄仙が言った。

 

「そうです。あなたたちのことは、宋江殿や晁公子殿から聞いています。面倒を看てくれってね。別に彼らに義理があるわけじゃないけど、宋江殿の頼みなら断れません。わたしの屋敷に来てください。夜道になりますが案内します」

 

 李春が言った。

 

「いまは、夜なのかい?」

 

「すっかりと」

 

 李春が微笑んだ。

 

「これはどういうことなの?」

 

 沙那も目を覚まして言った。

 振り向くと沙那と朱姫が身体を起こしている。

 ふたりともそばに置いた服に手を伸ばして着ようとしている。

 

「うわっ」

 

 朱姫が血だらけで部屋の隅にしゃがみ込んでいる七絶を見つけて声をあげた。

 宝玄仙の衣服を整え終わった孫空女は、三人に簡単に事情を説明した。

 沙那と朱姫も、それを聞いて驚いていた。

 

「とにかく、ここを出るわ。こいつは、すでに仲間を呼んでいるのよ。ここで鉢合わせすれば、ちょっと面倒なことになるわ」

 

 李春が七絶を見ながら言った。

 

「この爺いに変装していた人浚い男に仲間がいるのかい、李春?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「駝濫一家という悪党どもよ。掲陽鎮(けいようちん)を三分する侠客の一家で、最近急にのし上がってきた連中だけど、連中の大きな商売は奴隷の売買でね。この七絶も連中とつるんでいたのよ。ここで程度のいい旅の女を浚っては奴隷として引き渡し、男はここで殺していたというわけよ──。そうだろう、七絶?」

 

 李春は大きな声で七絶に叫んだ。

 

「こ、こんな駝濫一家に立てつくようなことをして、わかっているんだろうなあ、李春。いくら、お前があの李龍の娘でも、いまはなんの後ろ盾もないただの女なんだぜ。しかも、李家なんか、先代の李龍のときは羽振りもよかったが、いまの頭領の李保は腰抜けだし……」

 

 七絶が恨みの籠った眼で李俊を睨んだ。

 

「やっぱり、鼻も削いでおくかねえ……」

 

 李春が凄みのある声を出しながら、ずいと七絶に進み出た。

 

「ひいっ」

 

 七絶が悲鳴をあげた。

 

「ふん、意気地もないくせに、一人前の口をきくんじゃないよ、七絶──。青おろちに言っておきな。この人たちは、わたしの客人だってね。わたしの客人に手を出すから、こんなことになるんだ。この人たちだけじゃない。わたしに関わるものに手を出したら、この李春が、駝濫であろうが、青おろちであろうが容赦はしないってね──」

 

「青おろち?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「駝濫一家のところの糞頭領さ」

 

 李春が吐き捨てるように言った。そして、再び七絶を睨みつける。

 

「それから、わたしは、もう李家とは関わりはないんだ。だから、いくら駝濫の連中が李家の縄張りを荒らして、酷いことをやろうと知らぬ存ぜぬをしてきたんだよ。だけど、駝濫がわたしのものに手を出したら別だよ。相手が誰であろうと、この李春が黙っていない。その代わり、わたしのものでなければ、連中がなにをどうしようと知らないってね」

 

 李春はそう言って剣を鞘に収めた。

 

「とにかく、出ましょう、宝玄仙殿」

 

 李春は言った。

 

「わかったよ、李春。沙那と孫空女は、荷を急いで片付けて出ておいで。それから、朱姫は、その悪党を拘束して一緒に外に連れておいで」

 

 宝玄仙が言った。

 

 孫空女は沙那とともに、ばらばらにぶちまけられている荷を葛籠に押し込み始める。

 七絶が呻き声をあげた。

 

 顔をあげると朱姫と張天女が、ふたりで協力して、一応の止血をしたあと、下半身丸出しの七絶の両手を後手に回して手錠をかけた。

 さらに足首にも、どこからか探し出してきた足枷をかける。

 足枷には、歩くには支障がないくらいの鎖の余裕がある。

 そして、鎖のついた首輪を嵌めた。

 

「おいで」

 

 朱姫が首輪の鎖を引っ張った。

 

「朱姫、引っ張るところが違うよ」

 

 じっと朱姫たちのやることを見守っていた宝玄仙が言った。

 

「あっ、そうか。わかりました、ご主人様」

 

 朱姫は持っていた鎖を手放して、こっちで整理をしている荷のところまでやってきて長い細紐を持ていった。

 

「……また、始まったわ。黙って連れていけばいいじゃない。時間がないって、言われているのに……」

 

 横で孫空女と一緒に、荷を片づけながら朱姫と宝玄仙のやることを見ていた沙那が、口の中でそう悪態をついた。

 

「お、お前、なにすんだ、やめんかぁ──」

 

 七絶が叫んでいる。

 朱姫が七絶の股間の根元に、さっきの細紐を強く結び付けたのだ。

 

「さあ、ご主人様、準備ができました」

 

 朱姫がわざとらしく恭しい振舞いで紐の先端を宝玄仙に渡す。

 

「うむ……。ご苦労──。では、いざ参ろう」

 

 宝玄仙もおどけて受け取ると、ぐいぐいと紐を引っ張って、朱姫とともに外に出ていった。

 七絶が肉棒を紐で引っ張られる痛みと恥辱で喚きながら、店の外に向かって歩いていく。

 そのさらに後ろを呆気にとられた表情の李春と張天女が続く。

 沙那が嘆息した。

 

 とにかく、やっと荷を片づけ終わり、荷を抱えて店に方に出ていくと、店の中で朱姫と張天女が酒や油など、とにかく、燃えやすいものを手当たり次第に、店の中にぶちまけていた。

 

「なにしてんの?」

 

 孫空女は声をかけた。

 

「とにかく、ご主人様がそうしろって言うんです」

 

 朱姫が応じた。

 店の外に出ると、確かにもうすっかりと夜だ。

 峠の街道を挟んで店の反対側には、小さな木に男根に結び付けられた紐の先を結ばれた七絶が、立たされていた。

 わざとらしく、七絶の性器の根元を結んでいる紐は、紐は樹の高い部分に繋げられているので、七絶はうずくまることもできずに意気消沈したようにうな垂れている。

 

 李春と張天女が持ってきたと思われる燭台が地面に置いてあり周囲を照らしている。

 沙那も荷から燭台を出して準備をはじめた。

 孫空女は宝玄仙を見た。

 宝玄仙は、夜闇の中で店に向かって立ち、じっとなにかに集中していた。

 孫空女は、宝玄仙の身体から店の両側の二本の樹木に向けて、霊気が流れていることがわかった。

 

 おそらく、あの二本の樹木を霊具にして、道術をかけるつもりなのだろう。

 普通、道術的なものではない自然物や道具に道術は通用しないが、霊具作りの天才である宝玄仙は、それらを一度霊具にして、そして道術をかけるという方法で、時間さえかければ、なんでもないものに道術をかけることができる。

 おそらく、それをやっている。

 

 宝玄仙の横では、なにをしているのか理解していないのであろう李春が、不思議そうな顔で宝玄仙のやることを見守っている。

 朱姫と張天女のふたりが店から出てきた。

 

「孫空女、あの樹を店側に倒しな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わかった」

 

 孫空女は『如意棒』を抜いて伸ばし、樹木に向かう。

 

「うりゃぁ」

 

 孫空女が『如意棒』を樹木の根元に向かって振り下ろした。

 大きな音がして、根元を真っ二つに割られた樹木が倒れて、店の屋根を潰した。

 

「うわぁ」

 

 大きな悲鳴をあげたのは、道の向こうに繋がれている七絶のものだった。

 李春と張天女らしい声が息を呑む音も聞こえた。

 もう一本についても、叩き折って店側に倒す。

 

「孫空女、離れな」

 

 二本目が倒れると同時に宝玄仙の声がした。

 孫空女は慌てて店から離れる。

 次の瞬間、二本の樹木が大きな音をたてて燃え始めた。

 

「ひゃあああ……」

 

「す、凄い……」

 

 李春と張天女が驚きの喚声を上げた。

 

「これで、もう、ここで悪いことはできないさ──。行くよ」

 

 宝玄仙がすたすたと歩きだした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ご主人様」

 

 慌てて後を追う。

 そのまま、連れだって六人で夜道を下った。

 先頭は孫空女と案内役の張天女だ。

 張天女は燭台を持っているが、孫空女は夜目が利くので無用だ。

 その後ろを宝玄仙と李春が話しながら歩いている。さらに、朱姫。沙那は、最後尾から荷を抱えて燭台をかざしてついてくる。

 

「ねえ、もしかして、あの宿町でわたしたちに警告をくれたのは、李春さんの仲間?」

 

 沙那の声が後ろから聞こえた。

 

「李春と呼び捨てでいいよ……。わたしというよりは、張天女の手の者ね。この街道であんたらが来るのを待って見張っていたのも張天女の息がかかった者よ。だから、あんたらが七絶に捕らえられたのが、わたしにいち早く伝えられたのよ」

 

 李春が言った。

 

「恩に着るよ。どうやら、孫空女も危機一髪だったようだし」

 

 宝玄仙だ。

 

「なあに、大事な客ですから。とにかく、これからちょっと面倒になるかもしれません。あなたらの手配書は、もうあちこちに出回っています。それに、これで駝羅一家ともいざこざを起こすことになりそうだし……」

 

 李春が宝玄仙に向かって言った。

 

「駝濫一家とは?」

 

 質問したのは沙那だ。

 

「掲陽鎮一帯を牛耳っている侠客よ、沙那。実は、掲陽鎮には、大きな侠客が三家あってね。それぞれが縄張りを持って競い合っているのよ。三つといっても、(ぼく)家は随分昔に主人筋だというだけの名だけの一家よ、特に縄張りもなく力もないわ。掲陽鎮を支配しているのは、李家と駝濫家のふたつの侠客ね。いまは、駝濫の方が羽振りがいいかもしれないわね」

 

「つまり、李家、蛇濫家、穆家の三家の侠客があり、実質的には李家と蛇濫のふたつが対立しているということ?」

 

「特に蛇濫の連中は、さっきみたいに奴隷商売なんて手を出して、結構、儲けているわ。それで、勢力を拡大しているの。もともとは、掲陽鎮は李家一家で全部を支配する場所だったんだけど……。いまの李家の頭領になってから押され気味で……」

 

「そういえば、お前は、その李家の前の頭領の娘だと、あいつが言っていなかったかい、李春?」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「聞いていましたか、宝玄仙殿。そうです。先代の当主の李龍のひとり娘の李春です。でも、もう、まったく縁を切っています。いまの頭領は李保という男です」

 

「意気地なしかい? そんなことを七絶がほざいていなかったかい?」

 

「意気地なしかどうかは……」

 

 李春が苦笑したような声をあげた。

 

「……ただ、少し、気が弱いかもしれません。あまり、人と諍いを好む男ではありませんね。侠客の頭領には向かないかも……」

 

 李春は言った。

 

「だったら、お前が頭領になればよかったんじゃないかい? さっきの啖呵は見事だったよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わたしは女ですから」

 

 李春が言った。李春の口調はなんとなく寂しそうな響きがあった。

 

「それがどうかしたのかい? 女がどうしたんだい?」

 

「それがすべてなんですよ。この祭賽国では」

 

 李春が言った。

 

「ところで、大見得を切っていたけど、お前が李家という侠客の一家から離れているんなら、その駝濫とかいう連中と正面切って大丈夫なのかい?」

 

「……あなた方はなんとしても守りますよ」

 

 李春は宝玄仙の質問には直接は答えずにそう応じた。

 

「ところで、公主の手紙によれば、あなた方は、船で朱紫(しゅし)国に入ることを望んでいると聞きましたが?」

 

 李春が話題を変えた。

 

「まあ、それがわたしたちの希望さ」

 

「だったら、十日ほど、わたしの屋敷に滞在してもらうことになると思います。わたしの船は商売にも使っていまして、準備ができるまでに日数が必要なんです」

 

「それはありがたい話だね。じゃあ、遠慮なく厄介になるよ。ところで商売ってなんだい、李春?」

 

「商いですよ。船を使って、物が余っている場所からそれを買い、それが必要な場所に運んで売る。それで儲けるんです」

 

「なるほど」

 

 宝玄仙が興味なさそうに言った。

 そのとき、孫空女は、街道を前からやってくる一団の気配に気がついた。

 

「なにか来るよ──」

 

 孫空女はそう言って、耳から『如意棒』を持って身構えた。

 他の者にもそれぞれに緊張が走るのがわかった。

 

 やがて、はっきりと連中の姿が見えるようになった。

 こっちに向かってくるのは、十数騎ほどの騎馬の集団だ。

 最後尾には大きな樽を積んだ荷駄馬車がついてきている。

 

「おい、とまれ」

 

 その集団がここまでやってきたとき、先頭の騎馬がそう言った。

 馬を降りた数名の男たちがこっちを囲んで、持っていた灯りを顔に突きつけた。

 

「眩しいよ。あんたらは青おろちのところの三下だね。わたしは、李春だよ」

 

 李春が前に出て言った。

 

「李春?」

 

 李春だというささやき声が向こうから聞こえ出す。

 

「わかったら、道を開けてよ。わたしらは、急ぐのよ」

 

 李春が先頭になって前に進もうとした。

 しかし、それを馬に乗った男が行く手を阻む。

 

「待てよ、李春」

 

 前を阻んだ騎馬の男が李春を見下ろして言った。

 小柄で貧相な顔をした男だ。

 眼つきが怪しく、こすっからい鼠みたいな男だと思った。

 

「へえ、小太坊(こぼうた)じゃないのよ。あんたがこれを仕切っているのかい?」

 

 李春がその騎馬の男に向かって言った。

 そして、駝濫一家の頭領の弟だと、こっちに向かって小声でささやいた。

 

「そうだ。それよりも、こんな夜道でなにをしているのか質問していいか、李春?」

 

「客人を案内して屋敷にいくところだよ、小太坊。それに、あんたらには関係ないでしょう。道を開けな」

 

「四人だな」

 

 小太坊がこっちを見回しながら言った。

 

「あっ、兄貴、あれっ」

 

 ひとりが叫んだ。

 叫んだ方向は、七絶の店があった方向だ。

 孫空女も振り返ってみると、あの店が燃えている炎がここからも見える。

 

「お前たちの仕業か……?」

 

 小太坊が凄みのある声で言った。

 この小太坊以外の男たちが、わらわらと馬から降りてくる。

 そして、十人ほどが寄って来てこっちを囲んだ。

 彼らが剣を次々に抜く。

 残りの十人くらいは荷馬車の後方にいる。

 

「さあね。知らないよ──。それよりも、この李春に向かって剣を抜くとはどういうことさ」

 

 李春は声をあげた。

 

「それよりも答えろ。あの炎について知らないわけがあるか。七絶はどうした──?」

 

 小太坊とは別の男が怒鳴った。

 

「自分らで行って確かめればいいじゃないか。火遊びで店を燃やしてしまって、道端で途方に暮れているんじゃないかい?」

 

 宝玄仙が冷やかすように言った。

 

「もしかしたら、男の道具の根元を紐で縛られて、立木にでも繋がれているかも」

 

 朱姫が続けた。

 

「ふざけやがって」

 

 男たちが色めきだった。

 

「待て、待て、待て──」

 

 それを馬上の小太坊が嗜めた。

 

「なあ、李春、話し合いをしようじゃないか」

 

 小太坊が言った。

 

「話し合い?」

 

「そうだ。話し合いだ。俺たちは七絶から連絡をのろしで受けて、あいつが手に入れたという奴隷を買い取りにいくところだ。人数は四人だ」

 

「四人がどうしたんだい――?」

 

 李春が不機嫌そうに怒鳴る。

 

「ところが、ここから見る限り、その七絶の店は燃えていて、ここにはお前と、張天目の娘のほかに、四人の女がいる。もしかして、間違ってお前は、俺たちが買い取るはずの女を連れ出したんじゃないかと思ってな」

 

「なにが間違ってだよ──。あんたら駝濫の連中が、罪のない旅人を浚っては、奴隷にして売り飛ばしているのは知っているよ。恥を知りな」

 

「なんで恥を知る必要がある、李春。ちゃんと許可を受けた奴隷売買だ。地方政府の許可証もあるんだぜ」

 

 小太坊だ。

 

「冗談じゃないよ。旅の女を勝手に奴隷にするのは犯罪だよ」

 

 李春は声をあげた。

 

「確かにな……。もしかしたら、七絶は犯罪をしているのかもしれん? だが、それを知らずに奴隷を買い取ることは合法だ。そして、一度買い取れば、それは奴隷だ。言っている意味がわかるか、李春?」

 

「はあ――?」

 

「俺たちは、七絶から奴隷を買い取っている。しかし、七絶がどうやってその奴隷を手に入れているかは知らん。もしも、七絶が旅の女を奴隷にするために浚っているのなら、それは七絶の罪であって、俺たちの罪ではない」

 

「ちっ──」

 李春が舌打ちした。

 「とにかく、この四人は、わたしの客人だ。指一本触らせないよ」

 

 すると、小太坊が手をあげた。

 いままで荷駄馬車の後ろに隠れていた男たちが出てきた。

 

 ぎょっとした。

 十人とも鉄砲を持っている。

 あの女人国の国都の近くで襲われた武器だ。それが十丁──。

 剣を構えている男たちの身体越しに、鉄砲を持った男たちが銃口をこっちに向ける。

 

 孫空女は焦った。

 これはさすがに避けられない。

 しかも、この至近距離──。

 剣や棒は意味がない。

 飛びかかろうにも、手前の剣の男たちがいるから飛びかかれない。

 鉄砲の火縄には全て火が付き、銃口はまっすぐにこっちを狙っている。

 射撃されれば、外しようのない距離だ。

 

「話し合いに応じるな、李春。お前たちは、俺が買い取るはずだった奴隷を間違って連れてきた。そうだろ? 俺は別に李春と争いたいわけじゃない。お前も、俺たち争いたくはない……。そうだな?」

 

 小太坊が勝ち誇った声で言った。

 李春の歯ぎしりの音が聞こえた。

 

「い、嫌だと言ったら?」

 

 やがて、李春が言った。

 

「お前と張天目の娘、そして、奴隷が死ぬ──。お前が間違って連れて来たと認めるなら誰も死なない。奴隷四人は俺たちが生きたまま連れていく。考えるまでもないと思うがな」

 

 小太坊が笑った。



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260 性奴隷の狂宴

「お前と張天目(ちょうてんもく)の娘、そして、奴隷が死ぬ──。お前が間違って連れて来たと認めるなら、誰も死なない。奴隷四人は俺たちが生きたまま連れていく。考えるまでもないと思うがな」

 

 小太坊(こたぼう)が笑った。

 李春(りしゅん)は悔しそうに歯ぎしりしている。

 どうするか……。

 

「三、いけるかい……?」

 

 その時、かすかに宝玄仙がささやく声がした。

 

「もう、三です……。四つ目です……」

 

 朱姫がささやき返している。

 なんだろう?

 

「そうだね、話し合おうじゃないか、小太坊」

 

 不意に、宝玄仙が大きな声で叫んだ。

 

「なんだ、お前?」

 

 小太坊が不審な表情を宝玄仙に向ける。

 

「取引きだよ、小太坊とやら。お前は、奴隷が四人と言ったけど、三人じゃ駄目なのかい?」

 

「なに?」

 

「ここにいる三人の女は、実はわたしの奴隷でね。大事な奴隷なんだけど、わたし自身の命には代えられない。この三人を提供しようじゃないか。それで手を打ちなよ」

 

「悪かねえが、こっちは四人の奴隷で勘定しててな」

 

 小太坊がせせら笑く。

 

「わたしも含めて……ということになれば、少々、面倒になことになるよ。でも、わたしを含めなければ、あっさりと三人は手に入る。それでどうだい?」

 

「ほう、つまり、お前を助けると保障すれば、残りの三人は黙って渡すというわけか?」

 

「悪い話じゃないと思うけどね」

 

 宝玄仙が前に出てきて、小太坊に身体を向けた。

 その時、孫空女は、宝玄仙と朱姫がなにをしているのか悟った。手の中の『如意棒』に力を入れる。

 

「……いいだろう。まずは、三人を馬車に載せろ」

 

 小太坊が頷いた。

 

「お待ちよ──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 

「今度はなんだ?」

 

「代金を決めてないよ、小太坊」

 

「代金?」

 

「そうだよ。わたしも、大事な奴隷を渡すんだ。代金を貰わなきゃね。お前だって、七絶(ななぜつ)から、ただで手に入れようとしたわけじゃないんだろう? 相場とは言わないよ。同じだけ払いなよ。幾ら、払うつもりだったんだい?」

 

「幾らかだって?」

 

 小太坊が突然笑い始めた。

 

「なにがおかしいんだい、小太坊?」

 

「おかしいさ。これから奴隷になる女に、金を払うやつがいるかよ」

 

 小太坊が笑いながら応じた。

 

「わたしを逃がすつもりはないんだね」

 

「当たり前だ──おい、李春。一歩も動くなよ。本当に撃つぜ。李春と張天目の娘以外の四人は順番に馬車に乗れ──。まずは、お前だ」

 

 小太坊が宝玄仙に向かって言った。

 

「交渉決裂だね、小太坊」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご主人様が刻んだ分も合わせて、全部結び終わりました――」

 

 突然、朱姫が大声を発した。

 孫空女は、ふたりの準備が完了したことを知った。

 

「『如意棒』──伸びろ──」

 

 孫空女は、手の中の『如意棒』を大きくする。

 

「『影手』──」

 

 朱姫の道術が発動した。

 後方の男たちの持っていた鉄砲が一斉に空を向く。

 孫空女はまっしぐらに小太坊に向かった。

 

 男たちの悲鳴が聞こえた。

 何発かは銃声もしたが、朱姫が『影手』で鉄砲を無力化したはずだ──。

 沙那が男たちに向かって飛び込んだのが視界の端に映る。

 李春も張天女も剣を抜いている。

 

「うわっ」

 

 小太坊が叫んだ。

 その時には、孫空女は、小太坊を『如意棒』に引っかけて、馬から突き落としていた。

 地面に叩きつけた小太坊はひと言呻いて動かなくなる。

 

 孫空女は後ろを振り返った。

 二十人ほどの男たちは、すべて地面に転がっている。

 死んではいないようだが、全員ともすぐには起きてこれなさそうだ。

 十丁の鉄砲は、地面に押さえつけられたままだ。

 沙那、李春、張天女の三人が倒れている男たちの中に立っている。

 

「済んだのかい?」

 

 宝玄仙が微笑みながら立っている。

 その横には、真剣な表情の朱姫がいる。

 もの凄い汗を顔にかいている。

 あれは、相当に神経を集中しているに違いない。

 

「もういいよ、朱姫」

 

 宝玄仙が、ぽんと朱姫の頭を叩いた。

 朱姫が我に返ったような表情になった。

 

「よくやったわ、朱姫」

 

 沙那も剣を鞘に収めてから朱姫に微笑みかけた。

 

「よくわからないけど、いまのは、なんだったの?」

 

 李春が首を傾げている。

 

「この朱姫が、『影手』という道術で十丁の銃を操って上に向けたんだよ」

 

 宝玄仙が朱姫の頭を軽く叩きながら言った。

 

「あれが道術……」

 

 李春が感嘆の声をあげた。

 

「驚きました。道術遣いとは聞いていましたが、あんなに簡単にたくさんの武器を無力化できるなんて……」

 

 張天女も驚いている。

 

「それは皆さんが時間をかけてくれたお陰です……。それに、あたしひとりじゃあ、あんなに早く、十丁の鉄砲に霊具としての道術を刻むなんて無理です。ご主人様が刻んだものを受け取っただけです」

 

 朱姫が顔を赤らめた。

 

「それよりもこれ、どうする?」

 

 孫空女は『如意棒』の先に、まだ気を失っている小太坊の襟を引っかけて持ちあげた。

 

「その辺に転がしておいてよ。これでだいぶ懲りただろうし」

 

 李春が言った。

 

「ふうん……。じゃあ、命拾いしたね、こいつ」

 

 孫空女は、ほかの男たちがうずくまっている場所に向かって、小太坊の身体を放り捨てた。

 

 

 *

 

 

 李春の屋敷は、掲陽鎮(けいようちん)の城郭のずっと郊外の海岸側にある。李春は、宝玄仙たち四人を案内して、敷地に招き入れた。

 夜はすっかり更けており、さすがに、街道からここまでの間、すれ違う者も誰もいなかった。

 

「立派な屋敷だねえ」

 

 宝玄仙が海の見える丘に建つその屋敷の玄関で言った。

 

「わたしひとりでこんなに大きな屋敷はいらないのですけどね。時々人を世話したり、集めたりしなければならないので、それなりの広さにしてあります」

 

「わたしたちが厄介になって、本当に問題ないの、李春?」

 

 沙那が言った。

 

「厄介になる分には大丈夫だけど、ここには下男とか下女とかいう者はいないのよ。二日に一度、掃除の人間を雇っているだけで、普段は自分でやるからね。だから、食事の支度やら寝床の準備やらは自分たちでやってもらうことになるわ。ここに人を泊めさせるときは、いつもはその都度、世話をする者を雇うのだけれど、あなたたちの場合は、そうはいかないしね」

 

「そのことなんだけど、わたしたちの顔は、七絶も見たし、さっきの小太坊たちも見ているわ。わたしたちの手配書が回っているのなら、いずれ彼らも、わたしたちが手配中の女であることに気がつくでしょう。そして、わたしたちが、あなたと一緒だったということはもうわかっているわ」

 

「それについては、少し、いまから相談したいと思うわ。いずれにしても、中に入ってもらえる。ここじゃあ、なんだから」

 

 李春は言った。

 

「じゃあ、李春、わたしはこれで」

 

 ここまで一緒にやってきた張天女が会釈をして戻ろうとした。

 しかし、それを宝玄仙が呼びとめた。

 

「居酒屋をやっていると言っていたけど、どうしても戻らなきゃいけないのかい、張天女?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「そんなことはありません。店の者として使っている者がいますから。それに、そろそろ店は閉める時間です」

 

「お前がいないと店じまいができないのかい?」

 

「今夜は戻らないかもしれないとしれないと言ってきたので、時間になれば、勝手に店を閉めて使用人たちは戻ると思います。ただ、わたしの家は、その店の二階なのです」

 

 張天女が言った。

 

「だったら、一緒に来ないかい? ひと晩くらい、ここに泊ってもいいんだろう?」

 

「わたしは構いませんが……」

 

 張天女は、李春の顔を見た。

 

「そうだね。今夜は一緒にいてよ、張天女。実は、相談したいこともあるわ」

 

 李春は言った。

 

「だったら、わたしが、なにか簡単な食事を準備するわ」

 

 張天女はそう言って、先に屋敷に入っていった。

 

「朱姫、お前も一緒に、張天女と行きな」

 

「はい、ご主人様」

 

 宝玄仙の命令を受けた朱姫が慌てて、張天女を追った。

 李春は、宝玄仙たちを入口に近い客間ではなく、奥の部屋に案内した。

 手配中であることを考えてのことだ。

 それに奥側なら勝手口に近い。

 勝手口の向こうは林になっていて、脱出路としても都合がいいだろう。

 

 部屋に案内すると、李春は宝玄仙を上座に座らせて、その向かい側に自分が座った。

 沙那と孫空女は、いつもそうなのか、部屋の隅に荷とともに腰を降ろした。

 

「ところで、宝玄仙殿、朱紫(しゅし)国への出立のことですけど、明日には出発して頂こうかと思っています」

 

 李春は言った。

 

「それは、そちらの都合に従うけど、さっきは船の都合で十日はかかると言ってなかったかい?」

 

「事情が変わりました、宝玄仙殿」

 

「事情とは?」

 

「さっき、沙那が言っていたとおりです。わたしと一緒であることを見られすぎました。特に、駝濫(だらん)の連中は、明日にはあなた方が手配中の人間であることに気がつくでしょう。ここにも、いずれ役人がやって来ると思います。だから、明日には出た方がいいと思います。船のことは、なんとか都合をつけます」

 

 張天女の持ってきた闇塩の取引きで船を使うつもりだったが、それは陸地でも取引はできる。

 今夜はともかく、明日のうちには、船に移動してもらい、準備ができ次第に出立という方がいいだろう。

 万が一、役人が気がついても、沖に出てしまえば、もう城郭兵も追いかけては来れない。

 

「もう少し、友好を深めたかった気もしますが、仕方ありません。明日の朝には童姉妹というわたしの妹分が来ます。彼女たちは、絶対に信用できます。彼女たちと一緒に浜に停泊してある船に向かってもらうことになります」

 

「わかったよ。万事従うよ。親切にしてくれて感謝するよ」

 

「ちょっと待って、それじゃあ、あなたが危ないわ、李春」

 

 部屋の隅にいた沙那が口を挟んだ。

 そして、こっちにやってくて座り直す。

 

「だったら、わたしたちは、そのまま陸路で西に向かうわ。わたしたちが逃げたという多少の痕跡を残しながらね。わたしたちが、このまま消えてしまえば、あなたが匿ったと思われて、あなたが危険になるわ?」

 

 沙那は、宝玄仙と李春が向かい合うその横に座り直した。

 

「いや、それについては大丈夫よ、沙那。これでも、漁師連中はわたしが支配しているのよ。連中に口裏を合わせてもらって、あなた方は逃げたと噂を流すよ。あの張天女の父親は、漁師の頭領でもあるのよ。張天女が言えば、大抵のことには、漁師は従うわ」

 

「でも……」

 

 沙那は心配そうな顔をした。

 会ったばかりの李春に、そこまで頼るべきではないとでも考えているのだろうか?

 

「それに、掲陽鎮の役人なんて、ただの腑抜けよ。賄賂で手なずけてあるし、訴えがあれば、一応は調べに来ると思うけど、本気でわたしを捕まえる程の根性はないわ。心配しないで」

 

 李春ははっきりと言った。

 すると、宝玄仙がぽんと自分の膝を叩いた。

 

「そうかい。そこまで言ってくれるなら、面倒をかけるよ。礼をしたいけど、その時間もないようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わたしは、あなたたちのことを請け負ったんです。引き受けた以上、護ります」

 

「どうして、そんなに親切にしてくれるんだい、李春?」

 

「さあ、なぜでしょうねえ……。あなた方のことは、実は梁山泊の宋江殿や九頭女から手紙をもらって、ある程度は知っています。北安の城郭で、あなたがたは、なんの縁もない奴隷女たちやそのために戦う者たちに協力して命を懸けた。それに心を打たれたということでしょうか」

 

「でも、それはお前には関係のないことだろう? わたしらを助けても、お前がなにか得をするわけじゃないだろう?」

 

「あなた方も大して得するわけでもないのに、梁山泊に協力して戦ったのでしょう?」

 

 李春は笑った。

 

「まあ、あれは成り行きだね。半分は酔狂だ」

 

「だったら、わたしも酔狂です。酔狂であなた方の役に立ちたいと思っているだけですから、恩に感じる必要はないですよ」

 

 李春は笑った。

 そのとき、扉の向こうから声がかかり、朱姫が顔を出した。

 

「向こうに簡単な食事の準備ができました」

 

 朱姫が言った。

 李春は、宝玄仙たちを促して立ちあがった。

 しかし、宝玄仙は、立ちあがろうとせずに、なにか意味ありげな微笑みをした。

 

「先に行っておくれ。すぐ行くよ、李春──。わたしたちは、ちょっと支度があるからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

 

 *

 

 

 李春は、客人たちがやってきて揃うのを待っていたが、すぐにやって来ると言った宝玄仙たちは、なかなかやってこなかった。

 食事の迎えに来た朱姫もそのまま残ったから、六人の食事が準備してあるこの部屋には、李春と張天女だけがいた。

 

 一応、待っている間に、李春は張天女に対し、明日には童姉妹に指示して四人を船に載せるということと、四人が陸路で逃亡したように噂を流させるように命じた。

 張天女は、それだけ言えば、後は必要なことをすべてやる。詳しい指示は必要ない。

 

「例の粉の取引きは、今回は時期を変更すると先方には言っておくわ」

 

 張天女は言った。

 李春は頷いた。

 

「それから、これからのことだけど、今回のことで、青おろちはなんらかの仕返しをしてくると思う。少なくともこの漁師部落には手を出さないように、なんらかの対抗策を考える必要があるわ」

 

 李春は言った。

 この掲陽鎮一帯は、駝濫家、李家のいずれかの息がかかった土地として区分されていたが、この李春のいる漁師部落だけは、そのいずれにも加担せず、中立を保持していた。

 それは、もちろん、李家と縁がある李春に駝濫一家が手を出し難いというのもあるが、李春は李春で、その両家の主人筋であり、名目だけとはいえ格式の深い穆家との繋がりを保持することで、この漁師部落が穆家と影響が深いことを匂わせ、巧みに両家との距離を置き続けてきた。

 

 だが、今回の一件で、駝濫一家とははっきりと敵対することになった。

 そうなれば、李春としては、駝濫一家の頭領の青おろちが、簡単に李春と漁師部落に手を出さない保障をどこからか得なければならない。

 

「ま、まさか、李春……」

 

 張天女の顔からさっと血の気が引いた。

 

「明日、穆公(ぼくこう)殿のところに行く。例の件を受けてこようと思う」

 

 李春は言った。

 

「そんな……」

 

 張天女は絶句した。

 その身体がぶるぶると震えだす。

 李春はそんな張天女に手を伸ばして、彼女の身体を力を入れて抱いた。

 

「そんな顔をしないのよ、張天女。別に魂を売り渡すわけじゃないわ。駝濫家だけじゃなく、李家からもこの漁師部落は独立する。その保障を穆家からもらう。その代償をちょっとばかり支払うだけよ」

 

 李春は張天女の背をさすりながら言った。

 穆公というのは、現在の穆家の当主で歳はもう六十になる。

 穆家は、李家にとっても、駝濫家にとっても、本来は主人筋に当たる侠客家だ。

 

 しかし、現在では、分家である李家と駝濫家に掲陽鎮の縄張りを二分されてしまい、抱えている子分もおらず、支配している土地もない。

 しかし、主人筋として、李家も駝濫家も一応の敬意を穆公に示しているので、掲陽鎮は、穆家を合わせた三分態勢だと言われているのだ。

 李春は、この漁師部落が李家と駝濫家のいずれにも関わりを持たないで済むように、穆公の影響力を借りていた。

 つまり、穆公と個人的なつながりを李春が持つことで、漁師部落が穆家が直接支配する土地のような体裁にしていたのだ。

 

 しかし、それはあまりにも曖昧なものであり、李春にとっても、この漁師部落にとっても、駝羅一家が本格的な攻勢に出てきた場合に、穆公の仲介を頼めるという確かなものではなかった。

 だから、李春は、穆公との個人的な結びつきをもっと深めることで、この漁師部落が穆家の管轄だと穆公が明言してくれるように持ちかけようと思っている。

 穆家の支配だとされれば、駝濫一家も、おいそれとは簡単には漁師部落には手を出しにくい。

 

「代償って……。なにも李春が──。わ、わたしじゃ駄目なの? わたしは、李春のためなら、どんなに汚れてもいいのよ。どんなことをされてもいいの。でも、李春がわたしたちの土地を守るために、あの穆公に娼婦のように抱かれるなんて……」

 

 張天女はうっすらと涙を浮かべた。

 李春は苦笑して、その涙を舌で拭き取る。

 張天女が李春の胸にしだれかかった。

 

「娼婦のように抱かれはしないわ。これは、れっきとした取引きよ。少し、身体を合わせるだけで、この漁師部落全体の庇護を穆家に保障して貰えるなら安いものよ」

 

 穆公には、以前から李春に妾のような立場にならないかと言われていた。

 妾といっても定期的に身体を合わせることを約束するというだけで、別にいまの生活が変わるわけではない。

 明日、李春はそれを承知しにいこうと思っている。

 そして、穆家から正式の看板を貰うつもりだ。

 

「わたし、男に生まれればよかったわ。そうすれば、自分の土地を守るために、男に身体を売るなんてことを要求されることもなかったろうしね」

 

 李春は自嘲気味に笑った。張天女がまた涙をこぼした。

 しばらくそうしていたが、いつまで経っても宝玄仙たちはやってこなかった。

 

「それにしても、連中は遅いね。ちょっと見てくるよ」

 

 四半刻(約十五分)も経ったころ、李春は腰をあげた。

 しかし、その時、やっと四人がやってきた。

 

「待たせたね。さあ、食べようか」

 

 宝玄仙が不自然に愉しそうに微笑んでいる。

 その後ろからついてくる三人の供たちは、心なしか顔が赤い気がした。

 そして、無言であり、なんだかぎこちない仕草で歩いてくる。

 四人は、円卓に準備をさせた丸い卓を囲んで、それぞれが空いている椅子に座った。

 

「時間も遅いので、羊の肉にたれをつけて焼いたものを切って、それをありあわせの野菜を炒めて混ぜたものです。なにも準備をしていなくて、こんなもので申し訳ありませんが……」

 

「十分だよ、張天女──。おいしいよ」

 

 妙に上機嫌の宝玄仙が張天女の言葉を遮るように言った。

 六人でそれぞれに料理をとった。

 夕食を食べていなかったので空腹が満たされるのは気持ちよかった。

 宝玄仙と他愛のない話をしながら料理を口にした。

 

 宝玄仙らは、酒を飲まないというので、出さなかったがなんとなく李春は、本当は酒を口にしたい気持ちだった。

 

 今夜は久しぶりに剣を振るった。

 殺しはしなかったが、七絶の耳を残酷に斬り飛ばして血を流させた。そして、その後、駝濫一家の連中を相手にしてひと騒動起こした。そのときの興奮の余韻が残っている。

 

 そして、明日には合わせたくもない肌を合わせに、穆公のところに行く。

 こんなときは、酒を呷るか、それとも、張天女を残酷に嗜虐したい気持ちになる。

 そのとき、なにかが床を叩く音がした。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 沙那だ。

 どうやら、持っていた箸を落としてしまったようだ。

 

 なにかが変だ。

 そう言えば、沙那はさっきからひと言も喋らないし、熱くもないのに随分と顔に汗をかいている。

 いや、沙那だけじゃない……。

 孫空女も朱姫も同じだ。三人とも、とても苦しそうだ。

 

 そして、とても淫らだ……。

 これは……?

 

「ひっ」

 

 急に沙那が声をあげた。

 落とした箸を取ろうとした沙那が、そのまま椅子から転げ落ちるように床に落ちてしまったのだ。

 

「さ、沙那?」

 

 李春はびっくりして立ちあがった。

 

「大丈夫だよ、李春。ちょっとばっかり、『姫玉』が効いて、力が入らないだけさ。ほら、立つんだよ、沙那。ほかの者は、しゃきっとしているじゃないか」

 

「だ、だって……。わ、わたしだけ……前も……う、後ろも……ず、狡いじゃないですか……」

 

 沙那がふらふらと立ちあがりながら恨めし気な顔を宝玄仙に向けている。

 これは、間違いない……。

 この三人は、なにか淫らなことを宝玄仙によってされている最中に違いない。

 李春は口に溜まった唾液を飲んだ。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 張天女も気がついたようだ。

 その顔は真っ赤だ。

 李春は、張天女の身体が彼女の倒錯の想像に引きずり込まれて、欲情に兆しを匂わせているのがわかった。

 そして、それは李春も同じだった。

 

「気にしなくてもいいよ、張天女。食事の後で、わたしはこいつらの身体を味わうつもりなのさ。それで、手っ取り早く、こいつらの身体を熱くするために、『姫玉』という霊具を前の穴に咥えさせているんだ。それを入れられると、どうしようもなく身体が疼くというわけさ」

 

 宝玄仙があっけらかんと言って笑った。

 李春は絶句してしまった。

 九頭女から四人の性癖については手紙で教えてもらっていた。

 そうでなければ、この少しも淫らな感じのない四人が、こんな人前で淫行に耽るということに仰天してしまっただろう。

 しかも、さっきの戦いのときには、百戦錬磨の李春をすら驚かせるほどの女傑ぶりを三人は示した。

 その三人が、あれからほんの少ししか経っていないのに、こんなに淫らな仕打ちを受けて、恥ずかしそうに身体をくねらせている……。

 

 李春は自分の身体の中の黒い欲望が、少しずつ顔を出していることに気がついていた。

 沙那も孫空女も朱姫も、顔をすっかり上気させてつらそうに身体を悶えさせている。

 余程強力な淫具に違いない。

 三人を見ていると、なぜか李春も、自分の股間が切ない疼きで肉が溶かされていくような気持ちを感じ始めていた。

 

「ご、ご主人様……そ、そんなことばらさなくても……」

 

 沙那が泣きそうな顔で抗議した。

 その沙那の表情が、李春の嗜虐心を刺激した。

 

 沙那、孫空女、朱姫の三人は、その『姫玉』という淫具により、身体を刺激されて、突き刺すような快楽に襲われているのだということがわかる。

 顔は汗びっしょりだが、いま着ている服の下も同じ状態なんだろう。

 そして、股間は汗以外の女の分泌液でびっしょりと濡れているに違いない……。

 

「ね、ねえ、宝玄仙殿──。さっき、沙那だけ、前後にふたつその『姫玉』を入れていると言いませんでした?」

 

 李春は言った。

 

「興味あるのかい……?」

 

 宝玄仙が探るような視線を李春に向けた。

 

「ええ、興味あります。だって、沙那だけ、ふたつなんて確かに不公平でしょう。そのひとつは、わたしの“女”に引き受けさせますよ」

 

「り、李春?」

 

 張天女が驚いたような声をあげた。

 

「張天女、ここで服を脱ぎなさい」

 

 李春は言った。

 突然の展開に張天女は、呆然とたたずんでいる。

 その驚愕するとともに怯えた表情は、懸命に李春になにかを訴えている。

 しかし、それと同時に、張天女の股間が、これから自分がさせられようとしている行為を想像して、すっかりと欲情して股間を濡らしていることがは匂いでわかる。

 

「命令よ。どんなことでもできると言ったのは嘘なのかい?」

 

 李春は言った。

 

「ああ……」

 

 張天女は泣きそうな表情で、服を脱ぎ始める。

 沙那と孫空女と朱姫は、なにがなんだかわからないというような表情でこっちを見守っている。

 

「……そうだと思ったよ、李春。お前がそういう強い倒錯の性癖を持った女であることは、なんとなくわかったよ。張天女は、お前の“猫”──。そうなんだね?」

 

 宝玄仙が微笑みながら静かに言った。

 

「誰にも悟られたことはありませんでしたが、それを悟らせるような隙がわたしにはありましたか、宝玄仙殿?」

 

「勘かねえ……。お前と張天女がお互いをそれぞれに見る眼つき……。仕草……。言葉にこもる抑揚……。そんなものでわかるのさ」

 

「へえ……」

 

 李春は苦笑した。

 張天女は、もう下着姿になっていた。その下着も脱ぎ捨てる。張天女の身体から淫乱な体液の匂いが発散した。

 

「お前たち、なにをしているんだい。素っ裸になるんだよ──、ほらっ」

 

 宝玄仙が大きな声で怒鳴った。

 三人の供たちが弾かれるように、競って服を脱ぎ始めた。



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261 玉産みの芸

 美しい身体だ──。

 張天女(ちょうてんじょ)は、四人の裸身を見たときに最初にそう思った。

 なによりも、宝玄仙の身体は、同性ながら異様な陶酔さえ感じさせるほどの圧倒的な美しさだった。

 また、沙那、孫空女というふたりの女戦士の鍛えあげられながらも女としての匂い立つような白く丸みを帯びた裸身も魅力的だ。

 朱姫はまだ少女の面影を残す未成熟な外観ではあるのに、四人の中でもっとも妖しい雰囲気を醸し出していて、それがとても煽情的である。

 

 そして、食事の部屋をそのままにして、裸身のまま、宝玄仙たちにあてがわれた部屋に李春ととともにやってきた張天女は、部屋に入るなりいきなり、沙那と孫空女と朱姫の三人がお互いの舌を舐めはじめたのを目の当たりにして、圧倒されてしまった。

 

「ほら、お前たち、すっかり欲情しただろう。『姫玉』を出しな。そして、『姫玉』をひとりに集めるんだ。最初は孫空女が四個の玉を咥えるんだよ。だから、まずは沙那と朱姫は、玉産みをしな」

 

 宝玄仙が言った。

 すると三人が羞恥に真っ赤な表情になったが、抗議の声は出さなかった。

 諦めたようで、そして、欲情に酔ったような表情になる。

 張天女は、それがあまりにも淫靡なので、思わず生唾を飲み込んでしまった。

 

「よく見ておくのよ、張天女。お前にもやってもらうからね。玉産みというのは、手を使わずに股間に入れている玉を出すらしいわよ。玉呑みはその逆」

 

 李春(りしゅん)が張天女の横でささやいた。

 李春もまた、もう素裸だった。

 いま、この部屋には、六人の女がいて、その全員が完全な裸身だ。

 張天女は、李春によって縄で後手に拘束されたが、沙那、孫空女、朱姫の三人もまた宝玄仙によって、それぞれに後手縛りに緊縛されている。

 

「そ、そんな……」

 

 正座をして三人の狂態を見せられている張天女は、思わず首を横に振った。

 そんなことをやらされる……。

 しかも、同じ女とはいえ、今日会ったばかりの人間の前で──。

 

 女の穴に玉を入れたり、出したり……。

 そんな淫らな遊び……。

 張天女は愕然とした。

 

「それとも、わたしに恥をかかせるの? わたしの恋人の張天女は、あの三人に比べても引けを取らない素晴らしい女だということを示したいのよ。やってくれるわね」

 

 李春は胡坐に座り直し、その膝の上に、後手に縛られている張天女の身体を横抱きに載せた。

 そして、手を張天女の身体に這い回らせ始める。

 

「あ、ああ……」

 

 込みあがった官能の疼きに張天女は、甘い声をあげた。

 

「駄目よ。彼女たちをちゃんと見ているのよ。眼を逸らしたり、閉じたりしたら、お仕置きよ」

 

 そう言って李春は、膝の上に抱かれてなにもできない張天女の肌のあちこちを触りはじめる。

 張天女の弱い部分を知り抜いている李春だ。

 あっという間に張天女は燃えあげさせられて、羞恥の声を迸らされる。

 しかし、官能の疼きに耐えられなくなって、快美感に酔うと、眼を逸らせたと言って李春から肉芽を強くつねられる。

 悲鳴をあげて慌てて眼を開けると、たったいま苦痛を与えられた肉芽を優しく擦られる。

 また、乳房やわき腹、そして、太腿の性感帯を繰り返して触れられる。

 張天女は次第に余裕のない状態に追い詰められていった。

 

「李春、いまからこいつらに玉産みと玉呑みをさせるけど、誰が一番下手だったか、その張天女に決めてもらえないかね。一番下手だったひとりは、よってたかって全員から責められると決まっているのさ。そのひとりを張天女に決めてもらいたいんだ」

 

 宝玄仙が李春の横に来て床に座って言った。

 張天女は驚いた。

 

「面白いですね。わかりました──。じゃあ、張天女、しっかり見物して審査をするのよ」

 

「そ、そんな、李春」

 

「もちろん、張天女もやってもらうけど、あまりにもうまくできなかったら、張天女が五人がかりで責められるのよ。あの四人は容赦なく、責めたてそうよ。だから、しっかり見ておくのよ」

 

 李春が意地悪く言った。

 その間も李春は、張天女の気持ちのいい場所を愛撫をする。

 するとこれからやらされることに対する怯えも、激しい羞恥も消える。

 そして、頭に霧がかかったような酔いしれた気持ちだけが残る。

 

「ほら、沙那だよ。お前が最初だ。李春と張天女の前でやるんだ」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 すると、沙那が羞恥に染まったような表情でやってきた。

 そして、李春と張天女の眼の前に、厠で用を足すような姿でしゃがんだ。

 

「じゃあ、この前、教えた通りだよ。一、二、三で踏ん張るんだ。まずは、前からだよ」

 

「そ、そんな、別々なんて、まだ教わってません。できません」

 

 沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「失敗したら、身体を弛緩させて、排便の道術を送り込むよ」

 

 すると沙那が絶句した。

 そして、はっきりとした恐怖が顔に浮かんだ。

 沙那の様子から、宝玄仙の言ったことは単なる脅しではないのだということを張天女も悟った。

 

「じゃあ、始めるんだ。まずは、前から──。失敗すれば、排便だよ」

 

「わ、わかりました」

 

 霊具の影響によって淫情に苛まれているのか、沙那の身体は真っ赤でびっしょりと全身に汗をかいている。

 それでも、端正な美貌をきっと引き締めて、唇を噛みしめた。

 

「い、いきます」

 

 沙那が踏ん張るような表情になった。

 

「こらっ──、沙那。黙ってやりつもりかい? ちゃんと李春と張天女に挨拶しな」

 

 宝玄仙の叱咤が飛ぶ。

 

「……も、申し訳ありません、ご主人様──。李春、張天女、わたしたちはいまから女の孔とお尻で玉産みと玉呑みをするわ。見て──」

 

 沙那はそう言うと、いきむように息をしはじめた。

 眼を閉じて、顔を俯かせて短い息を鼻から小刻みに出しながら股に力を入れている。

 

「一瞬でも眼を離しては駄目よ、張天女」

 

 李春がそう言いながら、張天目の股間を責める。

 張天女もまた、沙那と同じような呼吸になっていた。

 沙那の狂態を凝視しながら股間を責められることで、張天女も同じことをしているような錯覚になり、呼吸の苦しさが全身に伝わってくる。

 

 沙那の女陰がぷっと膨らんだ。

 やがて、その桃色の肉襞が開いていく。

 

 女陰の入り口から、静かに白いものが見えだした。

 沙那の淫液でねっとりと白い玉は光っていた。

 それがぽとりと沙那の股間から落ちた。

 玉の大きさは鶏の卵くらいだ。

 あんな大きなものが入っていたのだと張天女も驚いた。

 

 沙那は、玉を出す時に、大きく息を吐いだたけではなく、切羽詰ったような声もあげた。

 張天女は、沙那が、ただ恥ずかしいというだけではなく、大きな快感に襲われていたということがわかった。

 

「もうひとつだよ。後ろ向きな」

 

 宝玄仙の言葉にしっかりと頷いた沙那は、身体を反転させ、またいきむ仕草になる。

 次はお尻からだ。

 

 ぷっくりと肛門が開く。

 白い丸が大きくなり、玉が顔を出す。

 今度はあっという間に玉が落ちた。

 沙那はほっとした顔になる。

 

「さあ、朱姫だ。おいで──。お前は立ったままだよ」

 

 宝玄仙の声で、沙那と朱姫が位置を入れ替わった。

 朱姫はさっきまで沙那がしゃがんでいた場所に立つと、肩幅に脚を開いた。

 そして、唇を噛みしめて、緊縛された身体を仰け反らせて、腰をぐいと押し出した。

 こんと床を叩く音がして、朱姫の股から白い玉が落ちた。

 

「うまくなったじゃないか、朱姫」

 

「は、はい」

 

 朱姫が上気した顔で、少しだけはにかんだような表情で頷いた。

 

「さあ、最後だから、孫空女には、最初に全部入れてもらうよ。この三個を穴に入れな」

 

 宝玄仙は、沙那と朱姫の股間と肛門から出た三個の玉を集めた。

 

「い、入れなって……どうやって……」

 

 朱姫と交替でやってきた孫空女は、立ったまま後手に縛られた身体をうろたえたように動かした。

 

「吸い込めばいいだろう。深呼吸するように股と肛門で吸い込みな」

 

「そ、そんなことできないよ」

 

 孫空女が真っ赤になって声をあげると、宝玄仙は大きな声で笑った。

 

「じゃあ、こいつらにさせるさ。ほら、お前たち孫空女の股にその玉を入れるんだ。朱姫は前、沙那は後ろだ」

 

 宝玄仙が言った。

 後手に縛られた状態で、どうやってそれを行うのだろうと思っていたら、沙那と朱姫は躊躇いなく、玉に這い寄ってきて、それぞれ一個ずつ玉を口に咥えた。

 

「んんんっ」

 

 玉の半分を口に咥えている朱姫が、孫空女の前に回って顔を孫空女の股に近づける。

 孫空女は股を前に出すように突き出す。

 突き出された女陰に向かって朱姫が口を突き出した。

 

「ひっ……ひいんっ──くわっ……ああっ……」

 

 孫空女が甘い声をあげながら顔をしかめた。官能が沸き起こったような淫靡な表情だ。彼女が鼻息を荒くしながら腰を淫らにゆっくりと動かす。

 朱姫は口を孫空女の股にしっかりと押しつけて、懸命に舌で玉を押し込んでいた。

 

「あひいっ」

 

 孫空女が身体をびんと跳ねあげた。

 朱姫の顔が股間に突き飛ばされたように押された。

 

「あっ……、ご、ごめん、朱姫」

 

 孫空女が狼狽えた声を出す。

 しかし、朱姫が押し込んだ玉はもう、完全に孫空女の股間に吸い込まれていた。張天女は感嘆の声をあげてしまった。

 

「だ、大丈夫です、孫姉さん」

 

 朱姫がほっとしたように微笑んでいる。

 朱姫の鼻と口の周りは、孫空女の女陰から滲み出た愛液でびっしょりと汚れていた。

 

「次は沙那だよ」

 

「んんっ」

 

 沙那が声をあげた。孫空女は恥ずかしそうに、沙那に向かってお尻を突き出すような姿勢になった。

 玉を半分突き出した沙那の口が孫空女のお尻に近づいて、ぴったりと顔をつける。

 

 それはとても淫らで、そして、張天女を淫靡に興奮させる光景だった。

 さっきまで、駝羅(だらん)一家の男たちを相手に、剣と棒で圧倒した女傑ふたりが、尻と顔をくっつけて玉をお尻に入れるというようなことをしているのだ。

 ふたりは、羞恥に顔を染めながらも、命令に従い、嫌がる様子もなく一生懸命にそれをやっている。

 

 玉が孫空女の肛門に押し入れられた。

 肛門でも見事に孫空女は玉を飲み込んでみせたのだ。

 そして、次の玉──。

 

 張天女は、この三人がこれをかなり繰り返しやらされているということがわかった。

 自分がすっかりと李春に調教されて淫らな身体にされているように、この三人はこんな狂態を簡単に演じられるくらいに、宝玄仙に淫らに躾けられているのだ。

 

「じゃあ、孫空女、玉を産みな。鶏の鳴き真似をしながらだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「そ、そんな、酷いよ、ご主人様……。あたしばっかり──。ほかの人間のときは、そんなのなかったのに──」

 

 孫空女の顔が引きつった。

 

「心配しなくても、順番に全員やらせるから安心しな。まずは、お前からってだけだよ」

 

「わ、わかったよ、ご主人様……」

 

 孫空女の顔が一瞬悲痛な表情になった気がした。

 しかし、すぐにそれは諦めたような顔になる。

 

「コ、コケッコ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「そんな大人しい鶏がいるものか。もっと、威勢よく叫びな、孫空女──。ちゃんとしないと、排便の道術だよ」

 

「──コケコッコウ──、コケッコッコウ──コケッコッコウ」

 

 孫空女が必死になって声を張りあげた。

 そのとき、女陰から玉がぼとりと落ちた。

 しかし、続けてもうひとつも落ちた。

 

「あっ」

 

 孫空女が真っ蒼になった。

 

「失敗したね」

 

「ご、ご主人様、勘弁して──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「ひぎいっ」

 

 次の瞬間、孫空女がうずくまった。

 そして、孫空女の下腹部からごろごとという音が鳴った。

 張天女は、本当に孫空女の身体に排便の道術が送り込まれたということがわかった。

 でも、孫空女の肛門には、まだ、二個の『姫玉』が入っているはずだ。

 

「ほら、尻に入っているふたつを出しな、孫空女。次も失敗したら、さらに排便の道術を追加するよ」

 

「で、できないよ。そんなことをしたら、絶対出ちゃう」

 

 孫空女は悲痛な声を出した。

 

「しょうがないねえ、じゃあ、そのまま苦しんでな──。次は沙那だ。『姫玉』は幾らでもあるからね。お前も失敗したら、排便の道術をかけて、尻の穴を塞ぐからね」

 

 孫空女は、身体をうずくまらせて、苦痛の声をあげている。その全身には鳥肌が立っている。

 孫空女が怖ろしいほどの便意に襲われているのだということを悟った。

 

「いや、宝玄仙殿、そろそろ、張天女にもやらせてやってよ」

 

 美玉が張天女を愛撫していた手を休めて、どんと宝玄仙の前に突き出した。

 

「じゃあ、やってもらうかね。股倉を開くんだ。最初だから、前後の孔に一個ずつで勘弁してやるよ。鶏の泣き声を忘れるんじゃないよ」

 

 宝玄仙が酷薄そうな声で張天女に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 昨夜の狂態が嘘のようだ。

 どうやら、あのまま、いつの間にか、朝になったらしい。

 

 六人でお互いの身体をむさぼり合って、裸身のまま、ひとり、ふたりと倒れるように気を失っていったが、李春が眼を覚ました時には、宝玄仙たちは、もうしっかりと身支度が終わっていて、出立の準備も済ませているようだった。

 

 張天女は、もう屋敷を去った後であり、きちんと朝食の支度も終えていて、温め直して食べるだけの状態になっていた。

 李春も裸のまま寝たはずだが、朝にはきちんと寝衣をまとっていた。

 おそらく、張天女が李春の世話をしっかりとやってくれたお陰に違いない。

 

 また、屋敷の前には、若者が数名集まっていて、それはだんだんと数が増え始めている気配があった。

 早朝に身支度して帰った張天女が、手早く手配をして、漁師の若い者を屋敷の前に集めたに違いない。

 

 屋敷の前に集まった若者たちは、張天女に言われたのもあるが、李春を守るために、本気で集まってくれたようだった。

 李春が次第に集まってくる若い者に礼を言うために屋敷の前に出たところ、絶対に役人には李春は渡さないと、彼らは息まいてくれていた。

 驚いたことに、李春の客人は、ちゃんと西に向かわせたと、耳打ちしてくれる者もいた。

 

 昨夜は、張天女も宝玄仙の供の三人に負けず劣らずの淫虐に、息も絶え絶えの状態だった。

 それでいて、李春や宝玄仙が目を覚ます頃には、朝食の支度をして、屋敷に人を向かわせる手配も終わっているのだ。

 しかも、もう、宝玄仙たちが陸路で西に向かったという噂をでっちあげかけてくれている。

 李春は、張天女の有能さに苦笑する思いだ。

 

 朝食を終えると、家の前の騒ぎが大きくなった。

 李春は、一瞬緊張したが、すぐに、その大きな声で、それは童姉妹の訪問が理由とわかった。

 李春は童姉妹に庭に回るように伝えると、宝玄仙たちを呼んでふたりに引き合わせた。

 

 童姉妹は、姉が童威子(どういし)で妹が童猛子(どうもうし)だ。

 双子の姉妹であり、顔は同じだが、見かけはまったく違った。

 姉の童威子は、肌を露出気味の革の半ずぼんと袖のない服をきており、妹の童猛子は、長袖とくるぶしまでの下袍を着こんでいる。

 童威子は肩までの短い髪だが、妹の童猛子は胸の後ろまでの髪を背中で束ねていた。

 喋り方は童威子が蓮っ葉な物言いで、童猛子は丁寧な喋り方をするが、実際の内面は真逆で、姉に比べれば、妹は顔色ひとつ変えずに、男の喉笛を掻き切ったりすることを平気でやる。

 

「お嬢様から話は聞いているわ、李春の姉貴。この四人を隣国まで送ればいいんだね」

 

 童威子が言った。

 

「そういうことよ。一刻も早く、この人たちをこの国から出したいのよ。いつ出航できる?」

 

「明日の朝には──。船員については手配は終わっているけど、いま水と食料の積み込みをさせているわ。夕方には終わるから、明日の朝でいい、姉貴?」

 

「駄目よ、童威子。だったら、夜のうちに出るのよ。一刻も早くと言ったでしょう」

 

 李春は言った。

 童姉妹は驚いた様子だったが、すぐに頷いた。

 

「さっそく手配します、李春さん」

 

 童猛子が言った。

 

「頼むわ。次の仕事もあるから、なるべく早く戻って欲しいわ」

 

「まあ、ただ、行って戻るだけなら、十日もあればなんとか……」

 

 李春はその返事に満足して頷いた。

 

「……じゃあ、宝玄仙殿、急かせるようで申し訳ないけど、このままこのふたりと一緒に行ってもらえますか。わたしの屋敷にあなた方が立ち寄ったことはわかっているので、遅かれ早かれ、一度は役人もここに来ると思います……。それに、あの青おろちの連中も……」

 

「世話になったね、李春──。本当にこのまま立ち去っていいのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「問題ありません。縁と命があれば、また会いましょう。昨夜は愉しかったわ」

 

「そうだね」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 沙那、孫空女、朱姫の三人がそれぞれに別れの挨拶をした。

 本当にこの三人が、昨夜は玉を女陰や肛門から、鶏の鳴き真似をしながら、玉を出し入れしたり、お互いに乳房や陰部を舐め合うような狂態を演じたのだろうか。

 なにか信じられない思いだ。

 あんなことなどなかったかのように、しっかりとした隙のない仕草だ。

 

「たったひと晩だけど、お前のことは友達だよ。この宝玄仙の友情は、かなりの価値のあるものだ。忘れないでおくれ」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

 

 *

 

 

 李春が城郭の中心近くにある(ぼく)家の屋敷に到着したのは、夕方前だった。

 張天女が手配をして、すでに話が通っていた。

 侠客の家というよりは、貴族の屋敷を思わせる建物だ。

 李春は出迎えた家人に案内されて、屋敷の中を進んだ。

 

 待合室のような客間に通された。

 その間、李春は顔の付け髭をとって、頭巾で覆わせていた髪を整え直した。

 そして、すばやく化粧をする。

 それで、穆家の家長の穆公を待ち受ける支度ができあがった。

 

 しかし、やってきたのは、穆公ではなく、娘の穆遮蘭(ぼっしゃらん)だ。

 穆遮蘭と李春は幼馴染だ。

 同じような侠客の家のひとり娘として産まれ、同じような境遇の女として育った。

 以前は仲もよかったが、李春が李家から籍を抜き、ふたりの立場が変わったことから疎遠になった。

 

「身体を売って、父の歓心を買おうなんて、あの李春も堕ちたものね。そんなの街の娼婦と変わりないじゃない」

 

 穆遮蘭が不機嫌そうに言った。

 

「なんとでも言ってよ、穆遮蘭……。わたしには、どうしても守るべきものがあるのよ。そのためなら、使えるものはなんでも使うわ。わたしには、なんの後ろ盾もないしね。自分の才覚と力で手に入れなければ、安全も、食べる物も、寝る場所も、戦うための武器も手に入らない。わたしも必死なのよ」

 

 李春は言った。

 

「これが李家を飛び出してまでやりたかったことなの? 身体を売って腰を振り、それで代価を得る。情けないわね」

 

「喧嘩をしにきたの、穆遮蘭? 喧嘩ならいつでも買ってもいいのよ。穆公殿の娘でも容赦なくお尻を引っぱたくわよ」

 

 李春がそう言うと、なぜか穆遮蘭が顔を赤くした。

 

「父は地下で待つそうよ」

 

 穆遮蘭が言った。

 地下というのは何度か穆公と身体を合わせたときに、情交をやった部屋だ。

 これまでに穆公に身体を許したのは二度だが、穆公は必ずそこで李春と情事をした。

 李春は立ちあがった。

 なにかを言おうとしたがっているような表情の穆遮蘭を李春は制した。

 

「案内はいらないわ。あんたの父親の寝首を掻くような真似はしないから安心して──。わたしも、幼馴染の父親に抱かれるのを、その幼馴染に見られたくはないわ」

 

 李春は言った。

 すると、穆遮蘭がなんだか不満そうな表情になった。

 

 穆公は侠客というよりは、貴族といっていいほどの名家としての権威を持つが、貴族が持つような領地も既得権もない。

 持つのは、李家や駝濫家という強力な侠客に対する影響力だけであり、逆になんの力もないからこそ、穆家は存在を許されるといっていい。

 そんな穆家の庇護を正式に受けることで、どこまで駝濫家に対する牽制になるのかわからないが、いくら傍若無人の青おろちといえども、まだ駝濫家は新興だ。

 穆家の権威の力にはまだ頭はあがらないはずだ。

 

 李春はひとりで地下室で待つ穆公のもとに向かった。

 錠前のある二重の出入口を抜け、穆公の待つ部屋に入った。

 穆公は異常に情事を他人に見られるのを嫌う。

 ここでどんな情事が行われるのか、固く口止めされているので、李春は誰にも喋っていない。

 張天女にさえもだ。

 

「よく決心したな、李春──。お前が欲しいものはやるぞ。もっとも、本当に駝濫家と喧嘩になっても、俺が出せるものはなにもない。俺が渡せるのは、穆家という古臭い看板だけだ。その看板にどれだけ連中がまともに頭を下げるかは知らん」

 

 地下室にやってくると穆公は、李春の姿を見てすぐに言った。

 この地下室には取り立てて家具があるというわけではない。穆公が座っているのも小さな卓の前の椅子だ。

 卓の上には果実酒と果物が置いてあるだけだ。

 その代わり、床には身体が冷えないように柔らかい絨毯が敷き詰めてあるし、部屋のあちこちには、木馬責めの道具、被虐者を吊るための滑車、拘束用の柱、その他たくさんの責め具が揃っている。

 

 穆公の趣味はそういうものなのだ。

 それを知られたくなくて、穆公はわざわざ、誰も近寄れない仕掛けをしてた地下の情交用の部屋を作った。

 仕掛けを知っている李春は、ここに来れるが、実は仕掛けを知らない家人や穆遮蘭はここには入れないのだ。

 李春は、娘や家人をここに同行させるなと何度も念を押されている。

 穆公は、自分の倒錯趣味について、特に、娘の穆遮蘭に知られたくないのだ。

 穆遮蘭は、李春がただ普通に穆公と抱き合うと思っている。

 李春は、穆公と向かい合うようにもうひとつの椅子に座った。

 

「わたしと駝濫家の確執はもう、お聞き及びなのですね。さすがに耳も早いですね」

 

「宝玄仙という手配犯のことも知っているぞ。さすがに、俺の力でも、これについては地方政府を抑えられん。あれは国都からのしっかりとし圧力が加わっている。掲陽鎮政府も無視はできん。情報があれば出動するしかない」

 

 なんの力もないと言われている穆家に唯一あるとすれば、それは地方政府に対する影響力だろう。

 掲陽鎮三家の中で、一番格式が古い侠客家ということで、地方政府も三家のうち、一応は穆家を重要視していた。

 もっとも、それは、力のない穆家を重く扱うことで、実際に力を持つ李家や駝濫家を牽制するという意味もあるのだろう。

 

「それには及びません。それに、あの四人は、もう掲陽鎮にはいませんし」

 

 李春は言った。

 もう、そろそろ、出航する頃だろう。

 この情事が終わって海岸の部落に戻る頃には、もうあの四人は童姉妹とともに、この国を立ち去っているに違いない。

 

「ならいいがね」

 

 穆公は言った。詳しいことを穆公は聞こうとはしない。

 その辺りの肚の割り切り方というのはありがたい。

 

「これでお前の漁師部落も小さいと言えども、李家、駝濫家と並ぶひとつの立派な縄張りだ。もっとも、敵対しても穆家は護ってやれんがな。だが、お前も、どうせ力を借りるなら、力のない穆家よりも、実家の李家にした方がいいのではなかったのか? 駝濫家への対抗としてはそっちの方が実際的だ」

 

「わたしは縁を切ったのです。李家とは関わりはありません」

 

 李春はきっぱりと言った。

 

「そうか。だが、李家としてはそう思っていないかもしれないがな」

 

 穆公は意味ありげな口調で言った。

 

「どういうことです?」

 

「李家に対する因縁から距離をとりたい気持ちはわかるが、情報は集めた方がいいぞ。李家がいま、内部抗争を激しくしているのは知らんのか?」

 

「少しは……」

 

 聞いていた。駝濫家に押されている李家だが、それは、頭領を中心とした南陽派と呼ばれる李保(りほ)と一緒にやってきた勢力と、古くからの家人である体制派の争いが原因でもある。

 李保は、李家を継ぐに当たって出身の南陽から有力な家人を連れてきて、彼らに家の重要な地位を与えた。

 それが、古くからの家人の権益を奪うことになり、八年経ったいまでも、両派閥は李家内の内部抗争を続けている。

 

「……南陽派と体制派のことは知ってます」

 

 李春は言った。

 

「体制派か──。李龍派とも言うな。だが、連中がいま中心となって担ぐ神輿を誰にしようとしているか知っているか、李春?」

 

「いいえ」

 

 知らない──。

 体制派、あるいは、李龍派が一枚岩となれないのは、中心となる人物がいないからだ。

 彼らが寄って立つのは死んだ李龍(りりゅう)という先代であり、死んだ人間が中心では、まとまるものもまとまりようもない。

 

「なにを呑気な態度をしている。連中の一部は、自分たちのことを李春派だと称し始めているのだぞ。体制派が担ごうとしているのは、他でもないお前だ」

 

 李春は驚愕してしまった。

 自分を追い出した連中がなにをいまさら……。

 

「まあいい、話はこれくらいだ。そろそろ、始めようじゃないか、李春」

 

 穆公は言った。

 

「そうですね」

 

 李春は立ちあがった。

 そして、いきなり穆公の頬を平手で打った。

 

「奴隷のくせに、随分と偉そうじゃないか──。ほら、奴隷らしい格好になって、ご主人様に挨拶おし──」

 

 李春はそう言って、反対側の頬も張った。

 

「お、お許しください、李春ご主人様──」

 

 穆公は急に哀れな表情になって服を脱ぎはじめる。

 

「ぐずぐずすんじゃないよ、この豚」

 

 李春は服を脱ぐためにうずくまった穆公の尻を思い切り足で押し倒した。



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262 地獄の始まり

 客がやってきたと告げたのは、表に集まっていた漁師の若者たちだった。

 意外な人物だった。

 李家のいまの頭領である李保(りほ)である。

 

「これは、なんの騒ぎなの、李春(りしゅん)?」

 

 李保は、二十人ほどいた若者たちを見回しながら言った。

 相変わらず、男のくせに語尾が柔らかくて弱々しい。

 先代の李龍(りりゅう)は、普通に話すだけで、人を威圧するような迫力だったから、それで、余計に比較されてしまい、いまの李家の頭領は意気地なしだとか、揶揄されるのかもしれない。

 

「わたしを心配して集まってくれたみたいです。呼び寄せたわけでもありません」

 

「随分、慕われているものね、李春」

 

「ありがたいことです」

 

 それにしても、こんな時になにをしに来たのかと思った。

 さすがに、追い返すわけにもいかず、屋敷の中に案内した。

 ただし、一緒に連れてきた五名ほどの李家の若い衆については、外で待ってもらった。

 李春は、とっくの昔に李家とは縁が切れている。

 礼に従って遇する必要もないだろう。

 

「世話をしてくれる者がいないので、なにも出せないのは勘弁してください。ご用件をどうぞ」

 

 入口に近い客室に案内し、李保を上座に座らせ、自分が下座について、すぐに李春は言った。

 礼を失した李春の態度に、気を悪くした様子もなく李保は微笑んだ。

 

「そんなに、邪慳にしなくてもいいんじゃないの、李春。俺が、李家から君を追い出したわけじゃないよ」

 

「もちろんです、李保殿」

 

 李保は、李春より二年歳下だ。

 李保は、養子というかたちで李龍の後継者となったので、一応は、李春の弟であり、李春は李保の姉ということになる。

 十四歳のときに、養子としてこの掲陽鎮にやってきたときには、まだ子供の印象が強かったから、李春は、李保を呼び捨てにしていたし、普通に話をしていたが、李龍が死に、この李保が李家の頭領の地位を継いだときから、敬意を示す喋り方をするようにしている。

 

「俺としては、李春にいてもらいたかった。なにも李家を出ていき、しかも、縁まで切る必要はなかったんじゃないの?」

 

「そうする必要があったんです。わたしにとっては……。ところで、ご用件は?」

 

 本当になにをしに来たのだろう。

 もしかしたら、宝玄仙を匿っているという話が、出回っていて、それでなにかを探りに来たのだろうか?

 そうであるとしても、もう宝玄仙たちは、夕べこの国を離れている。探られても出てくるものはなにもない。

 

「そんなに急がないでくれないかい、李春。色々と教えてもらいたいこともあってね。ほら、俺って、一家の頭領とはいっても、古くからの家人からすれば、結局は余所者だろう? それで、いろいろと確執もあるのさ。李家がうまくいっていないというようなことは話には聞いているんだろう?」

 

「さあ……。さっきも言いましたが、縁を切っていますので、そういう侠客の争い事は、なるべく耳にすることを避けるようにしているのです」

 

 李春は言った。

 そうは言ったものの、李家のことはずっと気になって、少しは情報を握っていた。

 昨日、(ぼく)公も言っていたが、李保が頭領になって八年になるのだが、李保はいまだに、李一家をうまくまとめきってはいないようだった。

 

 李保は最初に李家の頭領になるときに、故郷の南陽からかなりの人間を子飼いの部下とするべく連れてきた。

 それについて、李春は反対したのだ。

 それでは、李保の代になり、李家の中で古くからの掲陽鎮の者と、李保が故郷から連れて来た者に分かれて派閥ができてしまうからだ。

 

 しかし、なんの後ろ盾もなく、頭領になるのを嫌がった李保は、李春の忠告を無視して、手下となる者を故郷から呼び寄せて、自分の参謀として周りを固めた。

 その結果、八年経った今でも、李保の周りの者と、古くからの李家の者とで確執が起きている。

 

 前者は李保の出身の地名から南陽派と呼ばれ、後者は体制派と呼ばれる。

 両派はなにかと対立していて、同じ一家でありながら、お互いに足を引っ張り合っている。

 それも、駝濫(だらん)一家という新興の侠客に勢力をどんどん奪われていることになっている理由のひとつだ。

 

「ねえ、李春が李家を出ていく前に最後に忠告してくれたことを覚えている? 俺に、故郷から手下を集めるのではなく、古くからの人間を部下として使いこなした方がいいって言ったよね。あのときは、俺はひとりで頭領になるのが怖かった。たったひとりで、見知らぬ土地で、数百人もの人間の上に立つというのは恐怖だったよ。それで、俺は自分の考えを押し通した。でも、後悔している」

 

 驚いた。

 李保が李春の忠告について覚えていると思わなかったのだ。

 

「そ、そうですか……」

 

 なにを返していいかわからず、李春は相槌だけを口にした。

 

「いまとなっては、古い者と新しい者の確執について、俺には、もうどうにもできないよ。駝濫の連中に押されていることは知っていると思うけど、実情を言えば、李一家の者は、みんな、大きく分かれたふたつの派閥の勢力争いが、駝濫家との争いよりも大事なのさ」

 

 少し感嘆した。

 頭領である李保自身が、自分が治めるべきである李一家のことをそんな風に正確に分析しているとも思わなかった。

 人の上に立つ者というものは、とかく、自分では自分の家の実情というのはわからないものだ。

 周りを固める人間が都合の良い情報ばかりを伝えるためだ。

 それにも関わらず、そこまで客観的な分析ができるというのは、李保は、世間で言われているほどの暗愚というわけでもないのかもしれない。

 

「いずれにしても、わたしには関わりはありません、李保殿」

 

 李春は言った。

 

「では、用件を言うよ、李春──。実は頼みがある。李家に戻ってくれないか? 李春の力を貸して欲しい」

 

 李保は言った。

 意外な言葉に、思わず李春は絶句してしまった。

 李家に……?

 いまさら……?

 

「うちの実情は、いまのとおりなんだ。君の父上の遺した一家だ。その危機に一緒に協力しようよ。漁民相手につまらない仕事をするよりは、ずっと親孝行だと思うけど」

 

「つ、つまり、わたしに、いまの仕事から手を引けと?」

 

 かっとした。

 思わず込みあがる怒鳴り声を李春は必死に堪えた。

 

 父親の李龍は、李春を後継者にしたかったのだ。

 李春もまた、李龍の思いに応えるためにそれを欲していた。

 だが、女であるという理由で、一家の総意としてそれを拒否した。

 李春に後を継がせることを諦めたとき、李龍が急に意気消沈したように弱くなったのを覚えている。

 そして、数年で李龍は死んだ。

 

 それでも李春は、新しい若い頭領をなんらかのかたちで支えようとも思っていた。

 しかし、古いしきたりに固執する李一家は、女である李春がなにかの役職に就くことを望まなかった。

 結局、追われるように李春は一家を出た。

 出るにあたっては、中途半端なことはしたくなかったから、きちんと縁を切り、それ以上の李家との関係を絶った。

 

 あれから八年──。

 李春がいまの立場を築くに至って、李家はなんの後ろ盾にもなってはいない。

 なにもかもひとりでやってきた。

 

 女であることで軽んじられながら、ひとつひとつ実績を作ることで、いまの立場を得るに至ったのだ。穆公という後ろ楯だって、あんな恥知らずなことをしながらなんとか確保しようとしているのだ。

 いまさらなんだ──。

 口を開けば、罵りの言葉が迸りそうだった。

 

「君と俺の仲でもあるし、包み隠さず打ち明けるとねえ……。実は、主流派ではない連中の中に、君を担ごうという一派がいてね」

 

「わたしを?」

 

 昨日そんなことを穆公も言っていた。

 しかし、李春はなにも知らない。

 昨日は半信半疑だったが、李保自身まで言うのであれば、事実なのだろう。

 体制派の中に、本当に李春を神輿にしようとしている一派があるのだ。

 

 だが、李春を認めなかったのは、その体制派の連中だ。

 彼らは、李春が女だと理由で、李龍の意思に反対して、李春ではなく、ただ男であるという理由だけで、どんな人間かもわからない李保を選んだ。

 それが、一度捨てた女の李春を担ぐというのか? 

 ぼかばかしくて笑いたくなる。

 

「わたしは女ですよ。このわたしを担いだって、誰もそんな神輿には乗りませんよ」

 

「そうでもないさ。あのときとは違う。君は、この漁民たちをまとめあげて大きな勢力に作り変えた。漁民の連中の暮らしは豊かになり、団結も強くなった。いまや、かなりの影響を持つ独立した勢力だ。この屋敷の前でお前を守るために集まっている連中がその証拠だ。連中は、お前のためなら本当に命をかけるだろう。掲陽鎮は、李家、穆家、そして、駝濫の連中の三分と呼ばれているが、君の勢力を数えて四分と称する者もいる」

 

「冗談じゃありませんよ、今更……」

 

 李春は呟いた。

 どうせ担ぐなら、十年前に担いで欲しかった。

 李龍が存命中なら、単なる神輿でも飾りでもなんにでもなってやった。

 しかし、いまはもう……。

 そのとき、李春の顔をじっと覗きこんでいる李保の視線に気がついた。

 

「……その様子だと、その動きについて、君が関与しているわけでもなさそうだね……。それとも、俺には思いもよらないくらいに、君は嘘がうまいということかもしれないけど」

 

 どうやらそれが今日の訪問の目的だったんだろう。

 いまの李一家の内部抗争は、古くからの家の者が、李保が連れてきた新たな人脈に押されて日陰に追いやられたことに対する反発が原因だ。

 そして、それを李保は抑えきれていない。

 その挙句、抑えられていた一派の中から、今更であるが李龍の実の娘である李春を担いで、南陽派を巻き返そうという動きが出た。

 

 それで李春が、その動きに加担しているかどうかを直接確認しにきたのかもしれない。

 それにしても、誰が李春を担ごうとしているのか知らないが、当の李春と接触もせずにそんな企てをするとは馬鹿げた話だ。

 相変わらず、女は男の命令に従うべき存在としか思っていないのだろう。

 

「言っておきますが、どんなかたちでも、わたしは、李一家の勢力争いに関わるつもりはありません、李保殿。ご安心ください。わたしには、いまの立場があるんです」

 

 李春はきっぱりと言った。

 これで安心するだろう。

 いまの李春にとって、李家は昔の話だ。

 まだ、表には出てはいないが、あと数日で穆公は、この漁民部落が、穆家の庇護に入ることを表明する。

 李春は、その権威を借りて、きっぱりと独自勢力を貫くことを決めていた。

 

「……いや、関わって欲しいんだ、李春」

 

「はっ?」

 

「関わって欲しい。最初にも言った。君の力が必要なんだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「君の意思に関わりなく、君を担ごうという連中は必ずそれをするだろう。だったら、いっそのこと、それを逆に利用すればいい。君をいまの執行部側として李家に戻す。そうすれば、古い連中も諦める。君を担いで、古い体制を取り戻そうという考えは捨てるしかない」

 

「わたしが、今更、李家に戻れば、逆にその動きを助長するようなものなのではないですか、李保殿? わたしが、李家に関わっていない現状でもそんな動きがあるのに、わたしがあなたの側近として家の運営に関われば、もっと、わたしを担ごうと考える人間が増えそうなものじゃないですか」

 

 李春はうんざりして言った。

 

「側近として関わるならね」

 

 しかし、李保はにっこりと微笑んだ。

 

「側近として関わるのではないと?」

 

「君は俺の女として李家に戻る。いい考えだと思うけどね」

 

 李春はあまりの意外な言葉に思わず絶句した。

 しかし、気を落ち着けてやっと口を開く。

 

「あんたには、奥さんがいるでしょう」

 

 思わず昔の言葉遣いで喋ってしまった。

 感情の制御をすることができなかったのだ。

 李保には、歳下の妻もいて子もいる。

 李春を女にするというのは、彼女たちをどうするつもりなのか──。

 

「とりあえず、第二妻ということかな。まあ、名目だけだ。それで話は収まると思うよ。君が嫌なら身体を合わせなくてもいいし……。とにかく、君が俺のものになったというかたちがあれば、ばかばかしいことを考えている連中も諦めると思うんだ……──う、うわあっ、やめろ、やめてくれっ、李春──」

 

 気がつくと、李春の顔のすぐ近くで、李保が恐怖に包まれた表情をしていた。

 それで、はっとした。

 李春は、いままさに、李保の襟首を掴んで、その顔をぶん殴ろうとしていたのだ。

 

 李春は、振りあげた拳をやっとのこと下ろした。李保の身体を椅子に叩きつけるようにして離す。

 

「話がそれだけならすぐに帰ることね。今度、わたしを妾にしようなんてことを口にしたら、間違いなく、わたしの理性は吹っ飛ぶわ。あなたの顔の形がなくなるまで、殴り続けるわよ──」

 

 李春は叫んだ。

 李保が真っ蒼の顔になって、椅子から転げ落ちた。

 

「こ、後悔するぞ、李春──」

 

 李春の興奮に呑まれるように震えながらも、李保は最後の勇気を奮い起こすようにそう言った。

 

「どう、後悔するのよ──」

 

 李春はずいと一歩前に踏み出した。

 

「ひっ」

 

 李保が情けない悲鳴あげて、逃げるように立ちあがった。

 その時、部屋の戸が大きな力で向こう側から叩かれた。

 

「李春さん、大変です。役人と兵が──」

 

 戸の向こう側から、外にいた若者のひとりの声がした。

 李春は部屋を飛び出した。

 表に出た。

 確かに騒ぎが起きている。集まっている漁師の若者を押すように兵がやってくる。兵の中に役人らしき人影も見える。

 

「ここに、手配中の罪人がいると聞いた。それを引き渡してもらおう。それと、李春、お前にも一緒に来てもらう。罪人を匿った罪でな」

 

 兵の指揮官が大声で言っている。

 李春は、若者の先頭に進み出て、馬に乗った指揮官に対峙した。指揮官の横には文官がふたりいる。彼らは役人だろう。だが、李春にはいずれにも見覚えのない顔だった。

 

「どういうこと、これは?」

 

「李春だな。お前が国都で人殺しをして手配されている宝玄仙のその一味四人を匿ったという噂がある」

 

「知らないわね。そもそも、噂とはなにかしら? まさか、確固たる証拠もなしに、噂だけでのこのことやって来たんじゃないでしょうねえ」

 

「証人がいる。お前とその宝玄仙という罪人が一緒にいたという訴えが出ている。言い逃れはできんぞ、李春」

 

「へえ……。そんな出任せを言うのはどこのどいつなの。まあ、屋敷を調べるならいくらでも調べてもいいけど、もしも、調べて誰もいなかったら、申し訳ありませんでしたじゃあ済まないわよ」

 

 李春は指揮官ではなく、役人をじっと見据えた。

 指揮官の横の役人が気後れしたような表情になる。

 

「そんな口の利き方はよすんだな、李春。女だてらに、漁師どもを束ねて顔役を気取っているのかもしれんが、ここはやめておけ。それとも、騒動を起こしたいか? 集まっている漁師たちも捕らえて連れていくことになるぞ」

 

 指揮官が毅然として言った。

 この辺りが潮時だろう。いくら調べても、もう宝玄仙は屋敷はいない。

 彼女たちが見つからなければ、いくらでも誤魔化せる。

 

「だったら、どうぞ──。いくらでも調べていいわ」

 

 李春は憤然としている周りの若者をなだめて、道を開けた。

 指揮官も役人も意外だというような顔をした。

 

「おい」

 

 指揮官が兵に声をかけた。役人とともに、半分ほどの兵が屋敷内に雪崩れ込んだ。指揮官と残りの兵は、李春を囲むように見張っている。

 李春はしばらく、表で待っていた。

 やがて、不機嫌そうな表情の役人が兵とともに屋敷から出てきた。

 

「さあ、これで疑いは晴れたんでしょうね」

 

 李春は役人を睨みつけた。

 それが合図であるかのように、李春を守るために集まっていた漁師の若者たちが、兵たちを口々に罵って騒ぎ始めた。

 若者たちの勢いの強さに兵たちが色めき立ってきた。兵の中には、剣を抜いた者もいる。これは、まずいと李春は内心で舌打ちした。

 

「やめろ──」

 

 大きな声がした。

 振り返ると、李保だった。

 どこにいたのか、若者を分けながらその後方から出てきた。

 いま少し軽んじられている感のある李保だが、李家一家の頭領といえば、さすがに掲陽鎮では一目も二目も置かれる立場である。

 役人も兵たちも李保の存在が意外だったのか、騒然としていた雰囲気が静かになった。

 

「この李春は、俺の姉だよ。どうかしたのか?」

 

 李保が兵たちを睨みながら言った。

 

「姉? この李春がか?」

 

 指揮官が言った。

 李家を離れたときには、李春はまだ二十歳だった。

 頭領の娘として、一家の中ではそれなりの存在だったが、掲陽鎮ではそれほどの顔ではなかった。

 李春の名が売れはじめるのは、張天目(ちょうてんもく)の番頭として使われるようになってからだ。

 李春が李一家の先代の李龍のひとり娘だというのは、案外に知らない者が多い。

 周囲がざわめきはじめる。

 

「李家の頭領の李保殿が、この李春の弟というのは本当か?」

 

「本当のことだよ、隊長さん。縁は切れているけどね。それよりも、李春の疑いは晴れたんだろう。だったら、さっさと消えなよ。さっきも言ったとおり、縁が切れているとはいえ、李春が李一家の重要な人間というのは変わらないよ。李春になにかをするということは、李一家に手を出すということだ。それをわきまえて喋るんだね」

 

 李保が兵や役人を睨みつけている。

 さっきのいまで、この李保が李春を庇おうとしていることに驚いていた。

 役人と指揮官がなにか小声で話している。

 

「……李家の李保殿なら話はわかってくれると思うが、宝玄仙という罪人は、国都で手配されている大罪人なのだ。李春殿の屋敷にいるという訴えがあったことは事実であり、我らは県令の直接の命令で派遣された」

 

「だから、知らないと言ってんだろう」

 

 李春は啖呵を切った。

 役人はたじろいだ表情になるが、それでも言葉を紡ぐ。

 

「捜索の結果、ここに宝玄仙たちがいなかったのは事実であり、それは我らが証言する。ただ、我らにも我らの立場がある。悪いようにはしない。李春殿は、一度、役所に来てもらいたい。簡単な訊問で帰すと約束する──。一応のかたちを作れば、県令にも説明できる。李春殿が李家の一員と知った以上、県令もそれはわきまえているだろうからな──。李春殿が一緒に来てくれれば、我らは、これで手を引く。それでどうだろう?」

 

 さらに、役人が言った。

 李保が李春の顔を見る。

 ここで李家の影響力を借りるというのは癪に障るものもあるが、ここは仕方がない。

 李家が後ろ盾になれば、役所はなにもできないというのは間違いない。

 あの県令に、李家と諍いを起こす根性があるとは思えない。

 

「行くわ」

 

 李春は頷いた。

 役人がほっとした顔をした気がした。

 

「後は任せてよ、李春。李家の名に懸けて、必ず、すぐに帰れるようにするから」

 

 李保がささやいた。

 気味の悪さを感じながらも、李春は李保に頭を下げた。

 若者たちが騒ぐのをなだめて、李春は屋敷の外に向かって歩く。

 その両脇に兵がついた。

 

 李春は、兵ふたりに挟まれて、屋敷の外に待っている檻車に向かった。

 檻車というのは、罪人を輸送するための馬車だ。

 準備されている檻車は、周囲がすっかりと壁に囲まれていて、中には窓もなにもないようだ。

 

 李春は促されて中に入った。中には椅子もなにもなく、ただの床張りだ。明かり取りの窓さえない。李春が壁にもたれて座ると、出入り口の扉が閉ざされた。

 檻車の中は完全な真っ暗闇になった。

 そのとき、不意に、なにかの香のようなものを感じた。

 

 ──なに?

 

 どこからか激しく煙のようなものが吹き出している。

 しかし、完全な闇の中では、李春はどうしていいかわからなかった。

 外にいる兵に向かって、叫ぼうとした。

 しかし、李春の意識は急速に失われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 周りが騒がしい……。

 酒の匂い──。

 男たちの下品な笑い声──。

 

 李春は眼を開けた。

 天井が見える。

 

 ここがどこかわからなかった。

 それで、はっとした。

 確か、一度出頭して、簡単な訊問に応じれば解放するという約束で、檻車に載って軍営に向かう途中だった。

 だが、真っ暗な檻車の中で、なにかの煙が出てきて、それで急に意識が遠くなったのだ……。

 だが、ここはどこだろう?

 軍営という感じではない。

 しかも、どうして、天井を見ているのだろう?

 

「おう、李春が起きたようだな」

 

 周囲で歓声が起こった。

 李春は訳がわからず、起きあがろうとした。

 しかし、手と足を縛られている。

 しかも、なにか板のようなものに載せられて、手足を大きく左右に開くように四隅の拡げて縛られているのだ。

 

「な、なにこれ──。ど、どういうことだい――?」

 

 李春は、やっと自分が素っ裸で縛られているこ

とに気がついた。

 しかも、手足を拡げて床に仰向けに拘束されている。

 その自分の裸身を大勢の男たちがいやらしい眼つきで見下ろしていた。

 

「ここはどこ? これは、どういうこと?」

 

 李春はうろたえて叫んだ。

 しかも、ここは軍営ではない。

 李春の裸身を大勢の好色な視線の男たちが見下ろしている。

 どう見ても、軍人でも役人でもない。

 下品な言葉をかけて李春の姿を哄笑しているのは、どこかの与太者たちにしか見えない。

 

「ここがどこかだなんてどうでもいいじゃねえか、李春。まあ、敷いて言えば、お前にとっては地獄という場所だ。お前は、ここに嬲り者になるために連れてこられたのだ、李春」

 

 李春の顔の上ににゅっとひとりの男の顔が覗いた。

 

「お、お前は、青おろち──」

 

 事態を把握できない李春の狼狽を愉しむような表情で、顔を覗かせたのは、青おろちこと、駝羅一家の頭領の駝濫大太坊(だらんおおたぼう)だ。

 

 すると、ここは駝羅一家ということか──?

 

 軍営に連れていかれるはずの自分が、なぜ、連中に捕らえられているのだ?

 しかも素っ裸にされて、俎板のような戸板に寝かされている……。

 

「俺もいるぜ」

 

 頭領の青おろちの横から、昨日山街道で叩きのめした小太坊も顔を見せる。

 

「……後で七絶も顔を見せると言っていたぜ。お前が俺たちに捕まったと教えたときには、それこそ、涙を流して歓んでいたいぜ」

 

 小太坊が言った。

 李春は心臓も止まるような屈辱と理解を越えたこの状況に頭が回らず、あられのない姿をさせられている自分がまだ信じられないで、ただ茫然と口を開いたままでいた。

 

 

 

 

(第41話『女侠客と愛人』終わり、第42話『女侠客無惨』に続く)



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 第42話  女侠客無惨【青おろち】
263 襲いかかる筆[一日目]


「眼が覚めたか、李春(りしゅん)?」

 

 気がつくと李春は、素っ裸に剝かれて、四肢を大きく開いた姿でどこかの部屋の床の真ん中に拘束されていた。

 どうして、こんなことになったのかまったくわからない。

 

「男を屁とも思わねえような跳ね返りだが、こうやって眺めると、しっかりと女の股をしているんだな。俺は、絶対にお前の股には、珍棒が生えていると思ったぞ」

 

「お、お前──」

 

 李春は叫んだ。「青おろち」という綽名の駝濫(だらん)一家の頭領が、好色な顔で李春の裸身を見下ろしている。

 本名は駝濫大太坊(だらんおおたぼう)といい、岩のように大きな身体が特徴だ。

 それがなぜかここにいるのか?

 ほかにも大勢の子分たちが、李春の裸身を囲っている。

 

 その青おろちが、李春の顔の前の床に胡坐をかいて座った。

 それを合図のように、ほかの男たちも李春の裸身に群がるように囲んで座る。

 その後ろにも男たちがいる。

 

「こ、これは、どういうことなんだい……?」

 

 李春は心臓も止まるようなこの恥辱に、懸命に四肢を振りほどこうとするが、固く戒められた手首を足首はまったく動かない。

 それに、なにかおかしい。

 さっきから、身体の中から込みあがるような熱いものが湧いている。

 それがどうにも李春をおかしな気持ちにして、身体を悶えるような気だるい感じにさせている。

 

「ほう、薬も効いてきたようだな。なんにもしないのに、股ぐらが泣きだしてきたじゃねえか。こうして見ると、掲陽鎮の暴れ女も、なかなかにいい女だな」

 

 青おろちが下品な笑い声をあげた。周りの男たちが一斉に笑い転げた。

 

「あ、青おろち、これは、どういうことだい。説明しな──。こ、こんなことして、ただで済むと思っているのかい?」

 

 李春は叫んだ。

 なにが起こったかわからないが、軍営に連れていかれる途中で、なんらかの理由により、自分は、この駝濫一家に浚われたに違いない。

 そして、連中の息のかかったどこかの場所に連れ込まれた。そうとしか考えられない。

 しかし、どう考えてもわからない。

 自分は屋敷にやってきた役人と兵と一緒に軍営に向かう途中だったのだ。

 李家の頭領である李保(りほ)の仲介により、簡単な訊問ですぐに釈放するという取引きをした。

 城郭政府は、掲陽鎮(けいようちん)を三分する大侠客である李家には逆らわない。

 だから、李春もそれを信用して、大人しく檻車に入った。

 そういえば、あのとき、真っ暗闇の檻車から得体のしれない煙が出ている気配を感じた。

 その煙を吸い込んだ時に、急激に眠くなったのだ。

 

「そんな格好で、威勢のいい啖呵を切れるのは、女ながら見あげた根性だが、そんなんだから、身内に嵌められて、この青おろちに身柄を売られる羽目になるんだ。二度と男に立てつこうというような気持ちにならないように、たっぷりと調教してやるぞ、李春。とりあえず、しばらくは、お前たちが痛めつけたこの俺の弟がお前の調教係だ」

 

 青おろちが言った。

 身内に売られた?

 戸惑いが李春を襲う。もしかしたら、これはなにかの罠だったのか?

 しかし、どういう罠だかわからずに、李春の頭は混乱した。

 

「ひ、ひゃあぁ──」

 

 しかし、その李春の思考は、突然襲われた股間の激しい刺激に一気に吹き飛んだ。

 なにをされたのかわからなかったが、李春の横に座っている男が、李春が曝け出している肉芽をほんのちょっと押したのだということがわかった。

 それで恐ろしいほどの官能に襲われて、李春は大きな声をあげてしまったのだ。

 それにしても、おかしな疼きに襲われている身体は、いくらなんでも異常だ。いったい、どうしてしまったのだろう。

 

「この前は世話になったな、李春。お前たちに痛めつけられたときには、悔しくて眠れなかったが、こんなにも早く鬱憤を晴らせる機会が来るなんてありがたいぜ。お前らと一緒にいたのは、宝玄仙とかいう賞金付のお尋ね者だったんだな。連中を逃がしてしまったのは残念だが、その分はお前がその身体で詫びることだ」

 

 一昨夜、山街道で宝玄仙たちと一緒に懲らしめてやった青おろちの弟の小太坊(こたぼう)だ。

 さっき、股間を刺激したのは、この小太坊のようだ。

 

「お、お願いだよ。一体全体なにが起こったか教えておくれよ」

 

 李春は狼狽して叫んだ。

 

「なにが知りたいんだ、李春? お前がさっきから、無意識のうちに腰をもじもじと動かしているわけか? そりゃあ、お前が眠っているうちに、たっぷりと催淫剤を俺たちが口移しで呑ませてやったからだ。どうやら、余程、強力な媚薬のようだな。お前の股倉は、真っ赤な花みたいに熟れきって、さっきからだらだらと涎を垂らしているぞ──ほらっ」

 

 小太坊は、また、李春の無防備な股間に指を伸ばすと、肉芽を再びひと擦りした。

 李春は、それだけでまたあられのない身悶えと声をあげてしまった。

 その李春の姿に、周囲の男たちが声を揃えて哄笑する。

 自分がやっつけた男の手によって、裸身をいたぶられるという恥辱が全身を貫く。

 

「ち、違う。どうして、わたしがここにいるのか教えて……」

 

 李春は、なにもしなくても、まるで火に炙られているかのようにどんどん熱くなっていく身体を悶えさせながら叫んだ。

 とにかく、この異常な身体の火照りが媚薬のせいだということはわかった。

 しかも、眠っているあいだに、口を凌辱されたのだ。

 こうやって、素裸にされて四肢を伸ばして戸板に拘束されるまでに、さんざんに連中にこの身体を眺めらたり、触られたりしたに違いない。

 そう思うとおぞましさに全身に怖気が走る。

 しかし、それよりも、いまの状況の理由を知りたい。

 

「それとも、服か? お前の着ていたものは、ここでの生活費の代わりとして、古着屋に叩き売った。大した金にはならなかったがな、不足する分は、ちゃんと、ここで身体で稼ぐんだな。その身体で、ここにいる連中の肉棒をすすり、股倉で精を受けろ。駝濫一家専用の肉人形として飼ってやるよ」

 

 小太坊が笑った。

 

「くっ」

 

 李春は歯ぎしりした。

 

「お、お前のようなろくでなしになぶられはしないよ」

 

 頭に血がのぼった李春は、精一杯の啖呵を切った。

 

「ろくでなしとは恐れ入ったぜ。腰をいやらしく振りながら啖呵を切られたのは初めてだぜ」 

 

 だが、どっと沸き起こった笑い声とともの揶揄されただけだ。

 李春はかっとなった。

 

「さっさとこれを解きなよ。承知しないよ」 

 

 拘束された四肢を限界まで振り動かす。

 縄さえ解ければ、たとえ素手でもこいつらには負けはしないのだ。

 しかし、しっかりと拘束された手首を足首は、ほんの少しの緩みさえ生まれない。

 畜生……。

 縄さえ解ければ……。

 

「だから、いまのお前がどう承知しないんだ? ええ、李春?」

 

 小太坊が李春の脇から横腹にかけて、すっと指を撫ぜ下ろした。

 

「ひいっ──」

 

 李春は、身体を反対側に逸らせて悲鳴をあげた。

 

「まあ、待て、待て、小太坊──。李春としても、なにが自分に起きたのかがわからなければ、諦めて屈服しようにもできねえだろう。しっかりと、引導を渡すためにも、こいつがどうしてここにいるかを教えてやることにしようじゃねえか」

 

 青おろちが言った。

 そして、李春の顔に酒臭い顔を近づけた。

 

「いいか、李春、よく聞け──。お前は屋敷にやってきた役人と兵が、掲陽鎮の地方府から派遣されたと思っていたかもしれないが、あれは、俺の息のかかった役人と大部分は兵の軍装をした俺の部下だ。お前は、騙されて、うっかりと俺たちの準備した檻車に載っちまったんだ」

 

「騙された?」

 

 李春は呆気にとられた。

 

「檻車の中には、昏睡剤の香がたっぷりとたちこめるようにしてやった。それを準備したのは、お前が耳を削ぎ落とした七絶だ。いま、七絶はこっちに向かっている──。わかったか。駝濫一家に立てつくような生意気をするから、こんなことになるんだ」

 

 青おろちが言った。

 

「えっ?」

 

 思わず叫んだ。

 あれが本物の兵と役人ではないなどと思いもよらなかった。

 自分の迂闊さに歯噛みする。

 

「助けなんか来ねえぞ。お前を慕っている漁師どもは、みんな城郭の軍営にお前が連れていかれたと思ってるんだ。ところが、そんなところにはお前はいないし、地方府もわからねえと答えるだけだ。お前は、誰にもわからねえように浚われたんだ。わかったら、観念しろ」

 

 李春は青おろしの言葉に愕然とした。

 だが、同時に、まだ望みがあることも悟った。

 あのとき、偶然にも李保がその場にいた。

 漁師たちには無理だが、李保だったら、地方府にも顔が効く。

 軍営との取引を仲介してくれた李保だ。

 李春が軍営に囚われていないとわかれば、周囲の状況を総合して、この駝濫一家に必ず辿り着いてくれる。

 

「……だ、だったら、わたしをすぐに開放するのね。あのとき、偶然にも李家の頭領の李保殿がいたのよ。いくら、あんたらでも、李一家と全面的な喧嘩は避けたいでしょう? わたしになんかしたら、李家が黙っていないわよ」

 

 李春は声をあげた。

 しかし、それを聞いて、青おろちは驚くどころか、大笑いした。

 

「お前はなんにもわかっていないようだな、李春。李保は、あの場に偶然いたわけじゃねえぞ。あいつは、お前が暴れて、役人に従わないなんてことがないように、お前をなだめるためにそこにいたんだ。どうやら、あそこも内部でいざこざがあって、お前の存在が煙たくなったらしいな。それで、李家と争っている利権について、俺が多少の譲歩するのと引き換えに、お前を俺に売り渡したんだ」

 

 あまりのことに李春は言葉を発することができなかった。

 しかし、そう考えれば辻褄は合う。

 これまで立ち寄ったこともなかった李保が、突然李春を訪問したことや、李保が居合わせるときに丁度やってきた偽の役人と兵のこと考えると、偶然というにはあまりにも都合がよすぎる。

 屋敷に兵がやって来る直前に、胸倉掴んで罵倒した李春を、あんな風に身体を張って庇うなんて、あまりにも李春の知っている李保とはかけ離れている。

 すべてが仕組まれた罠だったのだ。

 李春は唇を固く閉じ合せて、眼を閉じた。

 

「とこかく、お前については、完全に俺に屈服するまで、徹底的になぶり抜いてやるから、覚悟しな、李春」

 

「よし、小太坊、じゃあ、しばらくお前に預けるから、さっきみたいな口がきけないように徹底してなぶり抜け」

 

 青おろちが大きな声で笑った。

 

「わかったよ、兄貴。しかし、こうやって、あっさりと李春を捕えることができたんなら、張天女(ちょうてんじょ)についても簡単なんじゃねえか。ついでに、浚っちまおうぜ。駝濫一家に立てついたのは、この李春だけじゃなくて、張天女もそうだったんだ」

 

 小太坊が青おろちの方を見て言った。

 

「おいおい、女ふたりまで、お前がひとり占めするつもりか。まあ、浚ってくるのは面倒はなさそうだが、こいつらに煮え湯を飲まされたのは、お前だけじゃないんだぞ。調教係の希望は大勢いるさ」

 

 青おろちが苦笑したような声で応じた。

 

「お、お穣さんをどうするつもりよ。彼女に手を出したら承知しないよ」

 

 張天女は、李春の“猫”だが、外面的にはそれを隠して、李春は人前では、張天女のことをお嬢さんと呼んでいた。

 

「うるせえ、李春。女の分際で駝濫一家に逆らった酬いだ。お前のついでに、張天目の娘も浚って、お前の隣に素っ裸で並べてやる。お前のときのように面倒な仕掛けはいらないだろう。釈放するから、身柄を引き取りに来いと使者を出すだけで、あいつはやってくるさ。油断したところを見計らって、薬で眠らせてここに連れてくる。明日には、ふたり揃って素っ裸で対面させてやるから待っていな、李春。ふたり揃ったら、この青おろち自ら、お前らの奥の院の味比べをしてやる」

 

 青おろちがそう言って、部下たちを笑わせた。

 

「お前という女に、張天目の娘、そして、童姉妹──。それだけ捕えれば、お前の抑えている漁師部落は終わりだ。あの一帯は、俺たちにとっても李家にとっても、不干渉の場所だったがそれも今日までだ。漁師どもから取りあげるみかじめ料の権利も漁場の入漁料もこの駝濫でいただく。お前の商売が随分と羽振りがいいのは知っているがそれも俺がもらう。つまり、お前の島だった場所は、すべてぶんどってやるから覚悟しな。だいたい、女のくせに一人前の侠客気取りだったのが気に入らねえ。女は女らしく、男の珍棒を咥えて腰を振っていろ」

 

「青おろしの兄貴、もう、すでに李春は一生懸命に腰を振ってるぜ」

 

 小太坊が言った。李春は慌てて、いつの間にか動かしていた腰を止めた。

 しかし、身体の芯からただれるような官能の痺れは、すぐに油断すると李俊を怖ろしい官能の地獄へ連れていく。

 だが、李春は最後の頼みの綱をまだ持っていることに気がついた。

 

「あ、あの場所は、穆公殿の庇護を受けているんだよ。手を出したら、穆家が黙っていないよ」

 

 李春は声をあげた。

 

「馬鹿か、お前。あの名前だけの家になにができる。お前が穆家の看板欲しさに、あの爺いに腰を振りに行ったことはわかっている。だが、あの穆家の爺いも馬鹿じゃねえ。あいつが、穆家の看板を貸したのは、お前が事実上、あの漁師部落を抑えていたからだ。お前がいなくなりゃあ、あの爺いは手のひら返すようにお前を見捨てるさ。お前は、穆家がお前を助けるために、指の一本でも動かすと思っているのか?」

 

 小太坊が言った。

 李春は唇を噛んだ。

 小太坊の言うとおりだ。

 

 李春が事実上の支配をしていたから、穆公は名を貸したし、明確にあの場所は穆家の地だと宣言することを約束したのだ。

 だが、李春が駝濫の手に捕らえられたことにより、状況は変わった。あそこを青おろちが手に入れれば、穆公は駝濫家の支配を認めるだろう。

 実際、あの漁師部落から銅貨一枚でも穆家に流れたわけでもない。

 穆家との繋がりを作るために、個人的な関係を李春があの穆公との間に作っただけだ。

 

「わかったよ。こうなったら、覚悟はできているわ。ひと思いに心臓を突き刺して殺しな」

 

 李春はきっぱりと言った。

 女ひとりで突っ張って生きて来たのだ。

 こんな日がいつか来るという覚悟はあった。

 

「誰が殺すと言った。殺しやしねえよ。お前は、いつまでも生かしておいて、ここで駝羅一家の嬲り者にすると言ったろう。お前と張天目の娘、童姉妹──四人揃って、ここで飼いならして、お前の仲間は、最後には全員、奴隷にして売り飛ばす。観念するんだな」

 

「わ、わかったよ……。あんたらの嬲り者になるよ。だから、せめて、張天女たちに手を出すのはやめておくれ」

 

 李春は言った。もう、李春には彼女たちしかいない。せめて、彼女たちだけでも護りたい。

 

「いい覚悟だ。だが、勝手に自殺なんかしてみろ。すぐに張天女をここに連れてきて、お前と同じ目に遭わせるぞ」

 

 青おろちが言った。

 

「や、約束だよ」

 

 李春は呻いた。

 自殺もできない……。

 逆らうこともできない……。

 李春は突然やってきた自分の運命に感情が昂ぶり、いつの間にか涙をひとつ、ふたつと落としてしまった。

 一度流れ出すと、もうとまらない。

 涙は、ぼろぼろと李春の眼から滴り落ちていく。

 

「さあ、兄貴、そろそろ、この李春を料理にかけたいと思うがいいかい?」

 

 小太坊が李春の太腿に手を置く。

 李春は、はっとして、身を竦ませた。

 

「おう、存分にやってやれ」

 

 青おろちは子分に、酒を手元に持ってくるように命じた。

 どうやら、これから小太坊が李春がなぶるのを、酒を飲みながら見物するつもりのようだ。

 李春は、あまりも恥虚に一瞬、眼の前が暗くなった。

 

「それにしても、裸に剥いてわかったが、肉付きといい色の白さといい、お前はこれほどまでの女だったんだな。この李春は、女奴隷になっても稼いでくれることは間違いないぜ、兄貴」

 

 小太坊がからかった。

 

「そうしたいところだがな、小太坊。こいつの引き取り先だけは決まっている。李保との約束だ。李保は、そいつが腑抜けのようになったら、身柄だけは引き取ると言っていた。あいつのところの内部騒動が鎮まるにはそれが必要なんだそうだ」

 

 青おろちだ。

 そう言えば、あのとき、そんなことを言っていた。

 どうやら、李保が李春を売ったというのは本当だと思うしかない。

 口惜しさに李春は歯を噛みしめた。

 

「へっ、あんな意気地なしに義理立てする必要はねえぜ」

 

 小太坊が悪態をついた。

 

「そう言うな、小太坊。まあ、期限はないんだし、半年ほど駝羅一家で回し続けて、完全に頭が壊れてしまったら、あいつに下げるとするさ」

 

 青おろちが言った。

 

「さてと、じゃあ、始めるか、李春。嬲り者になる覚悟はいいな」

 

「す、好きにしなよ。どうせ、わたしがなにを言おうと関係ないんだだろう?」

 

「そう言うことだな」

 

 小太坊は声をあげて笑った。

 

「じゃあ、お前と、お前──それにお前もだ……。お前も一昨夜、こいつらにやられたな? じゃあ、参加しろ」

 

 どうやら、小太坊は、子分の中からあの山街道で李春たちがやっつけた部下たちから五人を指名したようだ。

 指名された男たちが、李春の周りを囲み始める。

 

「さて、男嫌いだという噂だが、そのお前を男なしでいられない身体にしてやるぜ」

「し、死んだって、屈服なんてしないよ。あんたらの調教を受けてもいいけど、それはお嬢さんのためよ。たとえ、悶え泣いているように見えても、それは精一杯の演技だからね」

 

 李春は悔し紛れに叫んだ。

 眠っている間に飲まされた可笑しな媚薬のせいで、すでに李春の身体はのっぴきならないところまで追い込まれていた。

 この身体で責められれば、すぐに気をやるだろう。

 だから、そうでも言っておかないと、悔しくて、それだけで昏倒死しそうだ。

 

「なら、いいぜ。これからたっぷりとお前を責め抜くが、一度も気をやらなければ、それで無罪放免で解放してやるぞ」

 

「ち、畜生──。そ、その言葉に二言はないね」

 

 李春は叫んだ。

 

「じゃあ、お前とお前は身体の上半分だ。俺とお前は身体の下半分といこうか。それとそっちのふたりで、李春の足の指を口でなぶってやれ。さあ、六人がかりだ。耐えられるもんなら、耐えてみろ、李春」

 

 小太坊が笑った。

 李春は返事をしなかった。

 ただ、口が開かないように必死に唇を閉じ合せた。

 

 始まった──。

 そして、一斉に六人の手と舌が李春の身体に襲いかかった。

 両側から太腿の内側をくすぐるように手で撫で始められ、乳房には別々の手が左右から伸びて揉み始める。

 そして、脚の指には舌だ。足の指と指の間が手で開かれて、そこに舌が這う。

 

 李春はその虫酸がはしるような感触を必死に耐えた。

 必死になって歯を噛みしめる。

 こいつらなんかに屈服して堪るか──。

 血を吐くような墳辱に拳を固く握りしめた。

 

「そんなに固くなるな、李春。こうなったら。たっぷりと愉しむ気持ちになっちゃあ、どうだ?」

 

 小太坊が次第に股間の付け根に手を近づけながら言った。

 

「あ、ああっ、あああっ」

 

 全身を襲う溶けるような快感に李春はだんだんと身体の震えがとめられなくなった。

 

「これじゃあ、あっという間にいきそうだな」

 

 見物側の男の誰かが言った。

 こんな連中の前で絶対に醜態を晒したくない……。

 李春は全身が石になったのだと思おうとした。

 

 しかし、さすがに六人もの男の一斉に愛撫に李春は追いつめられた。

 しかも、昨日痛めつけた連中に、よってたかって身体を責めあげられる悔しさは、これほどの恥辱がこの世にあったのかと思うほどだ。

 周りの人間がくすくすと笑い始める。

 李春の悶えが激しくなり、身体の震えが強くなったことでもうすぐ昇天するのだと思っているのだろう……。

 

 絶対にいかない──。

 絶対に──。

 李春は必死で耐える。

 

「柔らかいおっぱいだなあ。昨夜拳骨で殴られたときは痛かったが、あの李春の乳房がこんなに溶けるような感触とは思っていなかったぞ」

 

 胸を愛撫している男が感嘆したように言った。

 だが、じあじわと強い波が襲ってくる。

 必死になってそれを防ごうとするが、官能の暴風がどんどんと李春の身体の芯を貫く。

 貫かれた場所が新しい火種となって、熱い波を李春の身体を拡げていく……。

 

「そろそろ、いいようだな。じゃあ、引導を渡してやるか」

 

 小太坊がそう言って、股間の付け根を這いまわしていた指を股間側の刺激の頂点に移動した。

 

「くああっ……くっ……あああっ……」

 

 ついて、耐えていた口が開き、李春の口から大きな嬌声が迸った。

 一斉に周りから哄笑が起きる。

 李春は口を閉じようとするが、全身を苛む快感の嵐に開いた口がどうしても閉じられない。

 次から次へと自分の口から甘い息と声が出てしまう。

 

「随分と鼻息が荒くなったな、李春。もういきそうか?」

 

 青おろちが笑いながら言った。

 

「い、いかないよっ──。いくもんかあっ」

 

 李春は襲われる淫情の矢を追い払うために絶叫した。

 しかし、小太坊の指が股間の頂点を執拗に刺激する。

 そして、女陰の淵にも指が触れられる。

 

 ふたつの乳房……。

 足の指……。

 さらに、脇腹や太腿や、とにかく全身を襲っている淫情がひとつにまとまってくる。

 

「あああ……ひぎいぃぃぃぃ──」

 

 李春は拘束された身体を限界まで仰け反らせた。

 ついに、いった……。

 李春の眼から悔し涙が、ぼろぼろと大量に流れ落ちた。

 

「いったな、李春?」

 

 小太坊がささやいた。

 

「い、いってない。いってないよっ」

 

 李春は悔しくて叫んだ。

 すると大きな咆哮のような笑い声が部屋を包んだ。

 

「そうかい。さっきのはいってなかったのか。じゃあ、小太坊、もっと責めたてろ。この李春が確かにいったと諦めるまでな」

 

 青おろちが大声で笑いながら言った。

 

「もちろん、そうするぜ、兄貴……。じゃあ、次はこれだ、李春」

 

 小太坊が李春の顔の前にひとつの道具をかざした。

 李春は愕然とするとともに恐怖した。

 小太坊が見せたのは数十本の小筆の束だった。

 それが周囲を男たちに配られる。

 李春を取り囲む六人の男たちが両方の手に小筆を持ち、それをこれ見よがしに李春に示した。

 男たちは、それぞれの新しい位置に移動する。

 

「や、やめてぇ──」

 

 李春は叫んだ。

 今度は合計十二本の小筆が李春の裸身に襲いかかった。

 柔らかい小筆の感触が股間に四本、太腿に四本、乳首に二本と、耳や顔の周りにも二本──。

 

 もう、李春はなにがなんだかわからないようになり、狂ったように身体を跳ねあげ、悶え、そして、顔を左右に振りたてて悲鳴をあげた。

 そして、やってきた二度目の絶頂に、全身をおこりのように震わせて咆哮した。

 

「今度はいったな、李春?」

 

 小太坊が言った。絶頂したばかりの身体をまだ小筆が襲い続ける。

 

「い、いってない──ひいっ」

 

 李春は泣きながら叫んだ。

 

「よし、さらに四人加われ──」

 

 小太坊が言った。

 李春は絶望の悲鳴をあげた。



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264 後ろから前から[一日目]

 李春(りしゅん)はいま、自分がどういう状態にあるのか、まったくわからなかった。

 意識は朦朧として、後手に縛られた身体は痺れきっていた。

 いま、李春は小太坊(こたぼう)の裸身に身体を跨せられている。

 そして、激しく身体をいたぶられ、李春が何回か気をやると、いつの間にか青おろちの腰に乗せ換えられる。

 それが繰り返されている。

 

 青おろちと小太坊のふたりと情事をさせられている真っ最中だった。

 駝濫(だらん)一家の策謀により、どこかの彼らの息のかかった場所に連れ込まれた李春は、気がついたときには、素っ裸で四肢を拡げて仰向けに拘束されているという状態であり、いきなり大勢の男たち嬲り者にされるという恥辱を与えられた。

 

 つまり、妖しげな媚薬を飲まされて、疼きで火照った身体を繰り返し小筆で責めたてられたのだ。

 最初は懸命に耐えていたが、すぐに連続で気をやり、ついに気を失った。

 しかし、失神することは許されず、肉芽や乳首を強くつねられて覚醒させられると、口をこじ開けられて、また強い催淫剤を無理矢理に飲まされた。

 そして、また筆で気を失うまで責めたてられる。

 

 李春が意識を手放すと、無理矢理に起こされて、さらに媚薬を飲まさたうえに筆責めにされる。

 一体全体、どのくらいそれを続けられたのかわからない。

 もう気絶から目覚めても、自分がどうしてここにいるのか知覚できなくなっていた。

 

 やがて、やっと許されたと思ったら、後手縛りに拘束され直し、別室に運ばれて、頭領の青おろちと青おろちの弟の小太坊の三人にされた。

 すぐに情事が始まった。

 

 息も絶え絶えになるまで、連続絶頂をさせられて、身も心もくたくたの李春にとって、そこから始まった情事は地獄そのものだった。

 危険だからということで胡坐に縛られた脚の拘束はすぐに解かれたが、李春には、もう自分の意思で身体を動かすだけの力が全く残っていなかった。

 ただ、身体を合わせて動いているということを認識できるだけで、ほとんどなにも考えることができないのだ。

 ふたりの手管にあおられて腰と腰をぶつけ合い、身体を揉まれ、舐められ、犯されるだけだ。

 

 そして、李春が数回の気をやると交替する。

 ひたすらに同じことを繰り返される……。

 すでに李春は、疲れ切り、声もあげられないでいた。

 

「次はまた、俺だ。俺の青おろちを受けろ」

 

 青おろちの綽名の理由が、頭領である大太坊の大きな肉棒にあるというのは、最初にこの部屋に連れ込まれたときに教えられた。

 その“青おろち”が後背位の態勢の李春の女陰に入ってくる。

 

 ひとりが李春を責めているときには、もうひとりは休んでいる。

 そして、李春が何度か絶頂して果てると、待っていた方が李春の相手となる。

 向こうは二人だが、李春はひとりだ。

 休息することも許されない。

 汗みどろの絡み合いをひたすらに演じさせられる。

 

「もう……ゆ、許して……」

 

 叩きつけられるように臀部を腰で打ちつけられ、李春はここでも二度ほど気をやった。

 忘れた頃に、ようやく後ろ側から挿されていた青おろちの肉棒が抜けていく。

 李春は崩れ落ちるように、うつ伏せに倒れた。

 しかし、すぐに腰を持ちあげられて、小太坊にも背後から男根を挿入される。

 

「だ、駄目……も、もう……」

 

 李春は呻いた。

 快感など遥かに通り過ぎている。

 あるのは込みあがる嘔吐感だけだ。

 繰り返される淫情の激しさが、李春の身体を限界まで追い詰めている。

 

掲陽鎮(けいようちん)きっての鉄火女がだらしねえ。まだ、一度も俺たちは気をやってねぞ。このまま許されると思ってんのかい」

 

 小太坊が李春の女陰を背後から激しく掘りながら言った。

 

「だ、だったら……い、いって……お、お願い……」

 

「なら、お前も努力するんだな。俺たちをいかせるように努力してみろ。さもなければ、いつまでだって続けることになるぞ」

 

 小太坊の律動運動がどのくらい続いただろうか……。

 李春は身体を仰け反らせて果てた。

 そのまま力を失って、跪く態勢に戻れない李春は、小太坊から床に放り投げられた。

 

「そらっ、今度は俺だ。ここに跨れ」

 

 胡坐に座っている青おろちが笑いながら言った。

 

「む、無理……」

 

 李春は、倒れたまま首を横に振った。

 

「だったら、張天女(ちょうてんじょ)と童姉妹──。お前が漁師部落に残しているあいつらは、俺たちが浚って、よってたかって玩具にしてやる。そして、頭がおかしくなるまで薬浸けにして奴隷にして売り飛ばす。それでいいんだな?」

 

 青おろちが自分の膝を叩いた。

 そんなことをさせるわけにはいかない……。

 李春は気力と体力を奮い起こして、青おろちの身体に這い寄り、その膝に乗り上げる。

 

「よく、来たな」

 

 李春が両腿を左右に拡げて、胡坐に座る。

 青おろちが汗びっしょりの李春の両肩を抱き寄せて、身体を引きよせた。

 

「こうしてみると、なかなかに可愛い女じゃねえか。二度と逆らわねえと改心するなら、最終的に奴隷にするのは勘弁してやってもいいぜ、李春」

 

 青おろちは、李春の緊縛されている背中の縄に手をかけて持ちあげ、双臀の下に反対の手を差し込んで、そそり勃った大きな肉棒に李春の女陰を上から突き挿していく。

 

「おっ……おおっ」

 

 腹部まで圧迫するような怒張を奥まで埋め込まれ、李春は歯を食い縛って呻く。

 青おろちがその李春の身体を上下に揺さぶり、律動を開始させる。

 

「だが、兄貴よ、さっき、この李春は、最終的には、あの李保(りほ)にくれてやると言わなかったかい?」

 

 小太坊が横から言った。

 

「馬鹿か。あれは子分たちの手前だ。あんな大勢の前でうっかりしたことを言えば、李保にそれが伝わってしまうじゃねえか。最初にから渡すつもりはねえよ。なんであの青瓢箪との約束を律義に守ってやらなきゃならねえんだ」

 

「なんだい、李保を騙したのかい」

 

 小太坊がげらげらと笑った。

 

「当たり前だ。ただ、最初から約束を守る気なんかねえと言えば騒ぎになる。だから、時間伸ばしして、ここで飼ってやればいいのさ。そのうち、ほとぼりが冷めれば、本当に奴隷にして、どっか遠くに売っぱらえばいい。これだけの別嬪なら、頭が壊れても高く売れる」

 

「なるほどな」

 

「それに、もしかしたら、李家に対するなにかの手札に仕えるかもしれねえ。なんといっても、こいつは、先代の李龍の娘だしな」

 

「そりゃあ、いいぜ」

 

 青おろちの怒張に合わせて、自分でも腰をうねり動かしながら、李春はそんなふたりの言葉を聞いていた。

 自分について交わされている言葉も、もうどうでもいいと思った。

 それよりも、この地獄のような情交から早く解放して欲しい。

 とにかく、こいつらが精を放ったら解放してくれるはずだ──。

 それだけを考えて、李春は汗びっしょりの身体を揺さぶり、懸命に膣を締めつけながら、青おろちと合わせるように腰を揺さぶり動かす。

 

「おう、なかなか積極的になったじゃねえか、李春。やっと、捨て鉢になって俺たちとの情交を愉しむ気分になったか?」

 

 青おろちが笑った。

 冗談じゃない……。

 早く終わらせたいだけだ。

 李春は一所懸命に腰を動かす。

 

「こりゃあ、凄いぜ。本気になりやがったな。凄い力で締めつけやがる。いい道具だ。鉄火女だと思っていたが、こんな技を隠し持っていやがったんだ」

 

「くあっ……ああっ……ああ」

 

 だが、媚薬でどろどろに溶かされた身体は、青おろちの怒張を締めつけることで、大きな快感を李春に起こしてしまう。

 再び一気に燃えあがった李春の身体は、またもや、絶頂に向かって駆けあがっていった。

 大量に飲まされた媚薬の影響によって、身体の感度が異常だ。あっという間に昇天した。

 

 壊れてしまう……。

 頭が真っ白になる。

 一瞬、意識が飛ぶ。

 

「ほら、もっと締めつけろ、李春。いい気持ちだぜ。俺を一緒にいかせることができたら、今夜は勘弁してやるぞ」

 

 肉棒が激しく李春の子宮を突き、李春は失神から引き戻される。

 

「だ、だったら、一緒に……」

 

 李春は呻いた。

 

「一緒にいきたかったら、もっと腰を振りな。さっきみたいに締めろ」

 

 青おろちはさらに律動を加速した。

 

「あひっ……い、いくっ──」

 

 さらに強くなった攻撃に、李春は堪らず身体を仰け反らせた。

 青おろちが李春の身体を抱き寄せて強く抱く。

 

「いひいいぃっ──」

 

 李春は大きな声をあげて、快感の絶頂に駆けあがった。

 もう、なにが起こっているのかわからない……。

 

「ほら、交替だ、小太坊」

 

 青おろちが李春の身体を床に投げ降ろした。

 ぐったりと身体を横たわらせた李春の身体をすぐに小太坊が抱き起こす。

 

「ほらっ、李春、叩きのめしたと思った男に、こうやって犯されてよがり狂うのはどんな気持ちなんだ? なんとか言ってみろ──」

 

 小太坊もまた胡坐になると、自分の腰の上に李春の女陰を載せる。

 

「す、少しでいいから……。や、休ませて……」

 

 李春は哀願を口にした。

 しかし、小太坊は、怒張を挿入した李春の身体を容赦なく揺さぶり始める。

 もうなにも考えられない。

 

 休みたい──。

 横になりたい──。

 眠りたい──。

 

 それしか頭にない。

 激しい律動に繰り返して快感が襲う。

 快感の気持ちよさよりも、身体がばらばらになるような恐怖心がまさる。

 身体の芯まで快楽に酔い襲われ、李春は大きな嬌声をあげた。

 

「また、いぐうっ……」

 

 李春は喉を仰け反らせて快感を弾けさせた。

 

「兄貴、泣きだしやがったぜ、こいつ」

 

 小太坊が腰で李春の身体を跳ねながら笑った。

 

「あの李春を犯し泣かせたんだ。お前もやっと気が収まったんじゃねえか」

 

「まだまだだぜ、兄貴──。俺は、この李春に、あの時は悪うございましたと言って、裸で俺の肉棒をしゃぶらせるつもりなんだ」

 

「噛み切られても知らねえぞ、小太坊」

 

「大丈夫だよ。まだ、そんなことはしねえ。だが、こうやって、十日も二十日も責められ続ければ、一箇月後には自分がなにをやって、誰のものをしゃぶっているのかなんてわかんなくなってるよ」

 

 小太坊が言った。

 しかし、もうそんな彼らの言葉も頭に入ってこない。

 自分の大きな喘ぎ声が部屋に響き渡る。

 

「小太坊、わ、わたしはまたいくよっ」

 

 自分がなにを叫んでいるのかわからなかった。

 もう、そこまで絶頂が襲ってきている。

 絶頂の間隔が果てしなく短くなっている。

 限りない絶頂が李春の身体をおかしくしている。

 

「遠慮なく、何度でもいきな」

 

 小太坊は言い、さらに李春を責めたてる。

 

「い、いい加減に一緒にいってよう──」

 

 李春はせっぱつまった声でそう叫びながらまた昇天した。

 しかし、また李春は、ひとりでいかされた。

 

 李春の狂態にも関わらずふたりとも、一度も李春の中に精を放たなかった。

 うまく身体を調整して、いきそうになったら相手と交替するということをやっているようだ。

 その間、李春はたったひとりで、連続でいき続けなければならない。

 

「……も、もう、許して──」

 

「なにを吐きやがる。てめえの罪はこんなもんじゃ消えねえぞ。こんなものは序の口だ。お前は、これから一箇月も、二箇月も死ぬような責めを続けられるんだ。こんな生ぬるい責めくらいで音をあげてどうするんだ、李春」

 

 哀願の声を洩らした李春に対し、小太坊が怖ろしい口調で声をあげた。

 そして、李春を腰の上から乱暴に押し避けた。

 後手縛りの身体を床に打ちつけられた李春は、そのまま動けないでいた。

 

「もっと、もっと苦しめてやるぜ」

 

 小太坊が近づいて、倒れている李春の片脚を踏み、もう片方の脚を持ってがばりと開いた。

 

「な、なに……?」

 

 李春は眼を大きく開いて顔を引きつらせた。

 小太坊はいつの間にか小さな瓶を手元に置いていて、李春の股間にその中身の妖しげな塗り剤を塗りたくり始めた。

 

「ひいっ──。ま、まだ、なにかするの?」

 

 李春は叫んだ。

 

「こいつは、女の身体を敏感にするために作らせた特別な薬剤だ。これを塗れば発狂するような快感が襲う。これを塗ればお前はもっと愉しめるようになるぜ」

 

 李春は呆然としていた。

 すでに遥かに限界を超えている。

 この身体にさらにそんな媚薬を塗ろうとしてるのだ。

 李春は、小太坊の残酷さに全身の血が引く思いがした。

 

「さあ、薬が効いてくるまで、もう一回ずつだ。今日という今日は、徹底的に快楽責めにしてやるから覚悟しろ」

 

 小太坊が言った。

 

「剣技では男を泣かせる李春だが、色にかけては小太坊には勝てねえな」

 

 青おろちが声をあげて笑った。

 

 

 *

 

 

 李春は最悪の状況に陥っている。

 

「喉が渇いたろう……。口を開けろ」

 

 誰かの言葉が耳に入る。

 それが誰かの言葉か知覚できない。

 李春は言われるまま口を開ける。

 

 喉が渇いた。

 水が飲みたい。

 全身の体液という体液が身体から失われたかのような気分だ。

 

 開けた口に誰かの唇が入ってきた。

 なにかの液体が口の中に注がれる。

 

 乾ききった身体に与えられた水分は果てしなく心地よかった。

 しかし、それが喉を通りすぎるともの凄い熱さが身体から湧いてきた。

 

「へへへ、兄貴、こいつ、催淫剤の原液みたいな液体をあんなにたくさん飲みやがったぜ」

 

 自分を抱いている男がもうひとりの誰かに言っている。

 しかし、李春にはふたりの会話の内容が頭に入ってこない。

 

「それよりも、小太坊、お前、よくも口移しで飲ませたなあ。舌を噛み切られたらどうするんだ」

 

 もうひとりの男の呆れたような声がした。

 

「そんな気力はねえよ、兄貴。もう、こいつは頭が働いてねえ。それよりも、こいつの口もまたいい気持ちだぜ。味わってみるか」

 

 不意に身体が放り投げられた。

 李春は床に倒れた。

 

 身体が熱い──。

 苦しい──。

 

 もっと、水を……。

 喉が渇いた。

 

「ほら、もう一杯お代わりしな、李春──。次は俺からやろう。口を開け」

 

 もうひとりの男が李春を抱き起こした。

 口を開けるとさっきの液体がまた口の中に注がれた。

 李春はそれをむさぼり飲む。

 その間、その男の舌が李春の口の中を這い回る。

 

 熱い……。

 つらい……。

 

 終わりたい……。

 

「さあ、もう休んだろう。もっといくぞ」

 

 身体が仰向けにされる。

 肢が抱えられた。

 股間に怒張が入ってくる。

 一気に襲ってきた快感に李春は、感情のまま身体を仰け反らせて吠えた。

 

 一緒に……。

 一緒にいけば許される。

 頭にはそれしかない。

 

「お、お願い……一緒に──」

 

 李春は女陰に怒張を強く突き挿されながら叫ぶ。

 

「もっと激しく腰を使ってみろ。俺はいきそうだぞ」

 

 身体の上の男が笑い声とともに言う。

 李春はそれが誰の声なのかわからないが、その言葉を頼りに懸命に反動をつけながら腰を振った。

 

「こりゃあ、俺たち二人だけで見るのは惜しいな。自分を罠に嵌めた憎い男たちを相手のこの李春の汗みどろの狂態は、まさに女の持つ魔性を垣間見るようだぜ」

 

「確かにそうだな、兄貴」

 

 李春はもう激情を相手にぶつけることしか考えていなかった。気持ちいい。

 大きな快楽が襲う。

 その快楽は、李春がこれまでの人生で味わった最高のものかもしれない。

 

「もう駄目……また、いくっ──」

 

 李春は叫んだ。

 

「もう少し、待て。一緒にいってやるよ」

 

 男が強く李春を抱いた。

 李春は顔を振り乱して、懸命に込みあがる快楽に耐えた。

 

 激しい律動──。

 襲いかかる震え──。

 一層激しく子宮が怒張に叩きつけられる。

 

「ひぎいいぃぃぃ──」

 

 李春は大きな身体の震えとともに達した。

 達しながら膣の中で熱くなった怒張を感じていた。

 その怒張が震えた。

 熱い精が李春の子宮に注がれるのがわかった。

 

 李春は大きな声をあげていた。

 訳もわからず、眼の前のものに噛みついた。

 

「こ、こいつ、また──。肩に噛みつきやがった」

 

 隣の男の血相を変えたような大きな怒声が聞こえた気がした。

 

「落ち着け、小太坊。これは、そんなんじゃねえよ。これは女の甘えのようなものだ」

 

 身体を合わせている男が言った。そして、顔を男の肩から優しく外された。

 深い絶頂感だった。

 激しい痙攣が続いている。

 気が遠くなる。

 

「次は俺だぞ、李春」

 

 もうひとりの男が李春の身体を連れていった。

 また、身体を引きあげられた。

 男は寝そべっている。その上に跨らせられる。

 女陰に怒張が突き挿さる。

 

「それ、最後の仕事だ。そこで狂ったように暴れろ。俺をいかせたら終わりだ」

 

 李春はばらばらになりそうな身体を懸命に動かして、身体を振った。

 言われるまま、膣を締めあげ、身体を揺すり、腰を回転させる。

 汗を撒き散らしながら、腰を狂ったように動かした。

 

 一度いった──。

 それでも、これで終わりだと言い聞かせて、最後の最後の気力と力を絞りあげる。

 

「搾れ──。いいぞ、俺の物を締めあげろ。もっと動かせ──」

 

「はがっ──あぎいっ──」

 

 李春は激しく声をあげた。

 自分で怒張を突き挿すことで子宮に怒張の固い先端を続けざまに受ける。

 大きな絶頂がやってくる。

 一気にやってきた大きな波に李春は襲われた。

 

「いくぜ」

 

 李春の下の男が吠えた。

 李春の女陰の奥で男の怒張が弾けた。

 

 やっと……。

 終わった……。

 

 それ以上は無理だった。

 力尽きるように李春はその場に崩れていく。

 もう締めつけることはできない。

 

 力が抜けていき、すっと身体が倒れた。

 自分の身体が床に激突した。

 

「李春、じゃあ、約束だからこれで終わってやる。礼をいいな」

 

 身体の下に誰かの足が差し入れられて、うつ伏せの状態から仰向けにひっくり返される。

 しかし、頭が回らない。

 

「はぐっ」

 

 腹に激痛が走った。

 一瞬、なにが起こったかわからなかったが、脇腹を思い切り蹴られたのだとわかった。

 

「礼だよ、李春」

 

 もう一度蹴られた。

 李春は慌ててお礼の言葉を口にした。

 なぜ、礼を言い、そもそも誰に対してお礼を言っているのかわからない。

 

「じゃあ、行くぞ。後が詰まっているからな」

 

 男は李春の髪を掴み、いきなり引きずり始めた。

 李春は悲鳴をあげた。

 そのまま、部屋を出て廊下を引きずられる。

 

 それにしても、どこに行くのか。

 そして、どこで休ませてくれるのか。

 

 とにかく、終わったのだ。

 これで、果てしない連続絶頂の地獄から解放される……。

 

 どこかの部屋に入った。

 物凄い喚声があがった。

 そこがどこだか、すぐには理解できなかったが、やっと最初に拘束されていたぶられた部屋だとわかった。

 

 それで、はっとした。

 大勢の男がいる。

 しかも、下半身を露出していて、彼らが李春の周りに集まってくる。

 李春は心の底から恐怖した。

 

「や、約束───」

 

 李春は、自分をここに戻した小太坊に振り向いた。

 恐怖で頭が少し正気に戻った。

 小太坊は約束したはずだ。

 もう解放すると───。

 

「約束? ああ、兄貴と俺からは解放してやる。だけど、今日休めるのは、ここにいる全員が満足したらだ。先は長いぞ、李春」

 

 小太坊が笑った。

 李春は心の底からの恐怖で叫んだ。

 その李春の裸身に十数本の手が一斉に伸びた。

 

「犯しながら、口から媚薬を注ぎ込め───。今度は塗り薬も使え」

 

 身体が持ちあげられ、全身のあらゆる場所が同時に責められ始めた。



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265 羞恥放尿と尻穴調教[二日目]

 まったくの闇だ。

 自分の手さえも見えない。

 その闇の中に上から光が射した。

 

「調教の時間だ。縄梯子を下ろしてやるから、あがって来い、李春(りしゅん)

 

 光が射している頭上から小太坊(こたぼう)の声がした。

 見上げると石穴の上から小太坊とその部下が覗いていた。

 駝濫(だらん)一家に捕らえられ、青おろちと小太坊に犯された。

 そして、その後で、青おろちの子分たちにも輪姦された。

 李春の記憶に昨日の恥辱が甦る。

 

 身体を犯されたのはいい。

 それよりも李春の心を苛むのは、犯されることで快楽によがり狂い、悦びの声をあげ続けた自分だ。

 その醜態を思い出すと激しい嫌悪感に襲われる。

 だが、今日もその恥辱を受けなければならないのだ。

 

 これからもずっと……。

 

 ぼんやりと覚えているのは、指一本動けなくなった身体を抱えられて、枯れ井戸のような穴に降ろされたことだ。

 確か上下に男がいて、後手縛りのままの李春の裸身を荷物のように持ちながら縄梯子を下ったと思う。

 そこで縄を解かれて、男たちは梯子をあがっていった。

 次いで、縄梯子が引き上げられて、天井が閉じられた。

 中は完全な闇になった。

 

 縄が解かれても、李春は無動きひとつできなかった。

 とにかく、全身が痛かった。

 なによりも犯され続けた女陰が傷んだ……。

 

 また、浴びるように飲まされた媚薬のために、あれだけ犯されたというのにまだ身体が火照っていた。

 とても眠れないと思ったが、李春が意識を手放したのは一瞬だったと思う。

 

 そして、たったいま天井が開いて光が射すまで、李春は完全に眠っていたようだ。

 光が射したことでわかったのだが、ここは周囲を石壁で覆われた石牢のようだ。

 しかも、出入り口となる上まで李春の背丈の三倍くらいの深さがある。

 まるで枯れ井戸ような穴だ。

 床は土の地面であり、広さは李春が真っ直ぐに寝そべっても余裕があるくらいの大きさだ。

 そこに、むしろが敷きつめてあり、李春はその上に寝ていたようだ。

 縄梯子が落ちてきた。

 

「上にあがれ、李春」

 

 小太坊の怒鳴り声がした。

 李春の頭に昨日の凌辱のことが俄かに蘇った。

 あれをまた繰り返される。

 李春の身体に心の底からの恐怖が走る。

 

 躊躇していると、なにかが頭の上から降ってきた。

 どさりと音をたてて地面に落ちたそれを何気なく李春は見た。

 一匹の蛇がにょろにょろと地面を這い回り始めた。

 

「きゃああっ──」

 

 李春は悲鳴をあげて、縄梯子に飛びついた。

 慌てて縄梯子をあがる。

 

 上がりきると、そこは大きな部屋の中だった。

 李春は、どこかの建物の床下を掘って作られた深い石穴の中に入れられていたらしい。

 

 身体の半分があがったところで、小太坊から首を押さえつけられた。

 建物の板張りに李春の顔とふたつの乳房が押しつけられる。

 四、五人の男たちが李春の裸身に群がって、李春の両腕を背中に回して縄掛けをした。

 そして、さらに引き上げられて、背中で腕を束ねた縄を前に回して李春の乳房の上下の肌に喰い込ませられる。

 

「今日から本格的な調教だ。お前を男なしではいられないような淫らな身体に仕上げてやるぜ」

 

 小太坊が笑いながら李春の首に首縄がかけられて、ぐいと曳かれる。

 李春は、首に縄をつけられて、後手縛りの裸身を男たちに囲まれて廊下を歩かされた。

 

「ここは、どこよ、小太坊?」

 

 じろじろと李春の裸身を眺めまわる周りの男たちの視線を無視して、李春は首縄を曳く小太坊に言った。

 

「ほう、数刻ほど寝かせてやったら元気になったじゃねえか。昨夜は、泣きながらこいつらの珍棒で犯されまくったんだぜ。覚えてねえのか?」

 

 小太坊が言うと李春を囲む男たちが一斉に噴いた。

 李春はぐっと唇を噛みしめた。

 ここがどこかわからないが、おそらく、駝濫一家の頭領である青おろちの息のかかった場所というのは、間違いないだろう。

 もしかしたら、数軒あるはずの青おろちの別宅のひとつか──。

 

 そうだとすれば、ここは、掲陽鎮(けいようちん)の城郭ではなく、その郊外なのだろう。

 (ぼく)家や李家の屋敷は掲陽鎮の城郭内にあるが、新興の駝濫一家は北側郊外一帯が縄張りであり、頭領の青おろちの屋敷や別宅もそこにある。

 

 がらりと横戸が開いて、十名ほどの男たちがいる大部屋が現れた。

 李春は、そこが昨夜さんざんになぶられたあの部屋だということがわかった。

 李春の姿を見て、男たちの視線が集中する。

 昨夜の狂態を思い出して、李春は無意識のうちに足が竦んでいた。

 その首をぐんと曳かれた。

 李春はつんのめりながら部屋の真ん中に連れていかれた。

 

「さあ、寝そべってくれ、李春。今日の調教を始めるぞ」

 

 そして、男たちが李春の身体に取りついて寝かせようとした。

 

「ま、待って、待ってよ──」

 

 李春は拘束された裸身を揺すって悲鳴をあげた。

 身体を激しく振って、無理矢理に仰向けに寝かせようとする男たちの手を振り払う。

 その李春を男たちが押さえつけて跪かせる。

 李春は、それでもまだ抵抗した。

 

「なんだ、李春。今更、駄々捏ねたって仕方ねえくらいのことはわかっているんだろう。大人しくしろ」

 

 小太坊が大喝した。

 

「ち、違うのよ。調教は受ける。受けるけど……」

 

 李春は羞恥に身体が熱くなるのを感じながら、どうしても言わなければならないことを口にしようとした。

 

「なんだ、李春?」

 

 小太坊が厳しい表情で李春を睨んだ。

 

「その前に……、そ、その……か、厠に行かせて……」

 

 李春は消え入るような声で言った。

 一瞬、呆気にとられたような表情だった小太坊の顔が破顔して、大きな声で笑った。

 周りの男たちも爆笑する。

 李春は俯いて歯噛みした。

 

 石穴から出されて縄掛けされた後で気がついたのだが、李春は猛烈な尿意に襲われていたのだ。

 あの石穴に入れられて、そのまま死んだように眠った。

 そして、蓋が開けられて光が射すまで完全に眠っていた。

 だから、溜まった尿意がそのままになっていたのだ。

 縄を首にかけられて引っ張られながら、それをどうやって告げればいいか迷っていた。

 しかし、また、ここで拘束されて淫らな仕打ちを受けるとわかって、仕方なく口にしたのだ。

 

「そうならそうと言わねえか。だが、なんで、穴の中でしとかねえんだ。あそこは下が地面になっているだろう。むしろをはぐって、隅の方にでもすりゃあいいんだよ。明日から、そうするんだ」

 

 小太坊が身体を揺すって笑った。

 そして、周囲の男に目配せした。

 すぐに平たい金桶が持ってこられた。

 膝立ちで押さえられている李春の眼の前にぽんと置かれた。

 

「それにしろ」

 

 李春は、眼の前の容器を見て、顔が引きつるのがわかった。

 思わず小太坊を見上げる。

 小太坊は、痛快そうな表情で李春を見下ろしていた。

 

「なんだ、その脅えたような顔は? あの鉄火女もこれだけ大勢の男の前で小便するのは嫌なのかい?」

 

「あ、当たり前よ。こ、こんな辱めまでしなくてもいいじゃない。厠に……厠に行かせてよ」

 

 李春は声をあげた。

 

「やかましい──。お前は、ここでは犬猫同然の身分なんだ。容器を当てがってもらうだけでありがたいと思え。そうだ。これからは、小便だけでなく、大便も監視のいる前でやってもらうからな。そう思え」

 

 それを聞いて李春は自分の顔が蒼白になったのがわかった。

 

「わ、わたしは、厠にも使わせてもらえないのかい?」

 

「当然だろう。厠というものは人間様の使うものだ。ここじゃあ、お前は人間じゃあねえんだ。明日からは、穴倉から出た後、そのまま庭に連れていって、この屋敷に集まっている全員の前で大便と小便をさせる。今日は、最初だから容器にさせてやってんだ。贅沢を言うと、罰が当たるぜ」

 

「そ、そんな」

 

「したくなきゃ、しなくてもいいぜ。だが、調教中に許可なく垂れ流しやがったら、怖ろしい罰が待っているからな」

 

「ば、罰……?」

 

「ああ、罰だ。さっき穴倉に放り込んだ蛇を覚えているか?」

 

「う、うん」

 

 もちろん覚えている。

 

「お前が休むときに、あの蛇を何十匹も放り入れる。あの蛇に身体中を這いまわられながら寝ることになるぜ」

 

 李春はぞっとした。

 

「わかったら、それを早く跨げ。時間が惜しいじゃねえか」

 

 小太坊が背後に回って、李春の双臀を蹴り押した。

 李春は恥辱に顔が歪むのを感じながらも、眼の前の容器に身体を進ませる。

 李春がこれから眼の前でおしっこをすると聞き、部屋にたむろしていた男たちが、一斉に李春の身体の前に集まり出した。

 

「ひっ」

 

 李春はしゃがんだ身体を竦ませた。

 

「早くしねえか」

 

 小太坊が苛ついた声で怒鳴った。

 しかし、それを跨ごうとしても、どうしても身体が動かない。

 男たちに凝視されて便器代わりの容器に用を足さないとならないという屈辱感が、李春の身体を硬直させていた。

 どうしてこんな目に遭わなければならないのか……。 

 李春は、立膝のまま、込みあがる恥辱の涙を耐えていた。

 

「泣いたって許されねえぞ、李春──。ちっ、埒もねえ。おい、お前ら李春をその容器に跨らせろ」

 

 小太坊のその声で、李春の周りの男たちが、緊縛した縄を掴んで、強引に李春を容器の上に跨らせる。

 両腿を割って、その股間の下に容器を入れられた李春は、哀願の顔を小太坊に向けた。

 

「す、するわ。ここでするから、せめて、縄を解いて」

 

「小便をするのに、手なんか関係ないだろう。汚れた股ぐらは、ここにいるこいつらが喜んで拭いてくれるぜ」

 

 小太坊がせせら笑った。

 すると、俺が拭いてやる──。

いや、俺だと、周りの男たちが口々に李春を囃し立てた。

 李春は、恥辱に耐えられず、自分の身体がぶるぶると小刻みに震えだすのがわかった。

 

「じゃあ、お願いよ。少し離れて……」

 

 小太坊だけではなく、李春の前には大勢の男たちがかぶりつくように李春の股間を覗いている。

 こんな状況で放尿などできない。

 

「こいつらの前だからといって照れるなよ、李春。ここにいる全員は、昨夜、たっぷりといお前を味わった男たちだ。全員がお前の女陰を肉棒で味わっているんだ。いまさら、小便するところくらい見られても恥ずかしくはねえだろう」

 

 小太坊が言った。

 

「それに、男まさりの李春さんが、どんな顔をして女の小便をするのか見てえしな」

 

 眼の前の男たちのひとりがそう言い、どっと周囲が沸いた。

 

「別にしたくなきゃ、しなくてもいいが、調教中に洩らしやがったら、本当に蛇を放り込むからな。あの蛇は毒はねえ。だから、お前を懲らしめるには丁度いいんだ」

 

 どこまでも卑劣な小太坊たちに、李春はついに諦めの気持ちになった。

 見たいなら見ればいい。

 覚悟を決めて、懸命に締めつけていた下腹部の緊張を緩めた。

 どちらにしても、李春の尿意は限界だった。

 

 李春の股から尿が流れ出した。

 金桶の底を叩く勢いのある水音が李春の耳に聞こえ始めた。

 

「は、は、は、ついに始めやがった」

 

「それにしても勢いがいいな」

 

「さすがは李春だぜ。小便まで男らしいや」

 

「俺は、女の小便というのは初めて見たぜ。あんなところから出るんだな」

 

 眼の前の男たちが歓声をあげて、李春をからかう。

 李春は顔をあげられず、じっと目をつぶってこの汚辱に耐えた。

 その李春の乳房をいきなり誰かが揉み始めた。

 まだ、李春の股間からは水線が放出を続けている。

 

「いやっ」

 

 愕然として顔をあげると、それはにやにやと笑う小太坊の手だった。

 ほかにも別の手が屈んでいる李春のお尻を触る。

 あるいは、尿が垂れ続けている内腿の両側に手を伸ばす。

 

「ひいっ、さ、触らないでよ」

 

 尿をしている最中に肌を触られるという行為に、かっと血が頭に昇った李春は、抗議の声をあげた。

 

「暴れるな、容器の外に出るだろうが」

 

 小太坊がおかしくて堪らないというような声で笑い転げる。

 そして、ぐにゃぐにゃと李春の乳房を揉みあげる。

 

「李春、もっとよく見せてくれよ」

 

 ほかの男が言って、周りの男に眼でなにかの合図をした。

 すると、左右の男たちが李春の膝を持って、いきなりぐいと大きく股を強引に開脚させた。

 李春は悲鳴をあげたが、どうにもできない。

 そのまま、大きく股間を曝け出したまま放尿の汚辱を男たちに晒し続ける。

 やがて、やっと溜まっていた尿がなくなり、水流がとまった。

 

「ついでに、大便もしろよ、李春」

 

 小太坊がやっと乳房から手を離して言った。

 李春は、もうなにも喋れずに、ただ、俯いた顔を左右に振った。

 

「それにしても、随分と垂れ流しやがったな、李春──。まあいい、お前ら拭いてやれ」

 

 小太坊の声に、落とし紙を持った幾つかの手が李春の股間に伸びた。

 李春は固く眼を閉ざし、男たちによって尿で汚れた股間を拭かれるという屈辱行為を甘受した。

 李春は歯を食い縛ってこの恥辱を耐える。

 

「さて、すっきりしたところで、今日の調教を始めるぞ、李春」

 

 小太坊が言い、李春は後手縛りの身体を仰向けに寝かされた。

 するといつの間にか天井の金具に結ばれた縄が二本、下におりてきていた。

 天井から落ちている二本の縄の距離は、大きく手を拡げたくらいの間隔がある。

 

「全員で李春の両脚をこの縄で吊りあげろ。蹴りあげるかもしれないから注意しろよ」

 

 小太坊が命令すると、わっと李春の脚に男たちが群がる。

 左右の脚に四人、五人と集まって、大きく開かれると、縄がそれぞれの足首に結ばれ始める。

 

 さすがにこれだけ大勢の男たちに抑えられては、李春も脚を蹴りあげて抵抗することはできなかった。

 上半身を仰向けに床に寝かせた状態で、両脚大きく左右に拡げて宙に吊られるという、昨日以上の惨めな恰好にされる。

 これから、なにをされるのかわからないが、女が耐えられる限界を超えた仕打ちに、李春は男たちに抱き取られている二肢を悶えさせた。

 

「いいというまであげろ」

 

 小太坊が言った。

 さらに縄が引き上げられる。

 そして、ついに、李春の腰は床から離れて宙に浮いた。

 

「ああっ」

 

 あまりもの浅ましい姿にされた李春は、羞恥で頭に血が上り、顔を左右に振って悲鳴をあげた。

 

「これで、尻の穴まで剝き出しになったな」

 

 小太坊がそう言い、どこからか枕を取り出して、宙に浮いている李春の腰の下に押し込んだ。

 

「ほら、お前ら見ろ。これが俺たちを痛めつけた李春の尻の穴だ」

 

 わっと李春の股間の前に集まった男たちのたくさんの視線で、李春の顔が恥辱に火照る。

 李春の腰は枕を下敷きにして、大きく開脚して高々と浮きあがっているのだ。

 小太坊の言葉のとおりに、女陰はもちろん、肛門の内襞まで生々しく露出しているのは間違いない。

 李春は、男たちの好色の視線を避けたくて、左右に腰を動かした。

 だが、それはさらに李春の姿を煽情的にする効果しかないようだった。

 

 李春は、自分が恥辱にのたうてば、さらに男たちの哄笑を大きくするだけだと悟った。

 李春は身悶えをするのを耐え、顔を横に向けて、股間を男たちが覗き込むのに任せた。

 

「昨夜は、よく見なかったが、男勝りの李春でも、尻の穴は女らしくて可愛いもんだぜ。それにしても、あのとき叩きのめした俺たちに、こうやって尻の穴まで見られるとは思わなかったろう? なんとか言ってみろ、李春」

 

 李春は歯噛みしたまま黙っていた。

 そして、小太坊は李春の股間の前にどっかと腰を降ろした。

 

「ところで、李春、お前はここで男のものを受け入れたことがあるか?」

 

 小太坊がいきなり李春の肛門の蕾を指でちょんと突いた。

 

「ひいっ」

 

 李春は悲鳴をあげた。

 

「早く答えねえか。このお前の臭いものをひり出す場所で、男の一物を受け入れたことがあるかと訊いてるんだろうが」

 

 小太坊がそう言いながら指をぐりぐりと押しつけて、その中に押し入ろうとする。

 黙ってやられることを耐えようと思っていた李春だったが、我慢できずに狂ったように腰を振った。

 

「や、やめてよ、お願い──」

 

 腰を激しく揺さぶることで、一度は小太坊の指を払いのけることができた。

 しかし、両脚を吊られている李春にできる抵抗などほとんどない。

 すぐに追いかけてきた指がまた李春の肛門を弄ぶ。

 

「早く言え、李春。ここは生娘か? それとも経験があるのか。早く答えねえと、いつまでも続けるぜ」

 

「いやあっ……。そ、そんなのあるわけないじゃない」

 

「そうか。じゃあ、ちゃんと感じる穴に仕上げてやるからな。前と後ろで同時に男に掘られてみろ。気持ちよさが病み付きになるのは間違いないな」

 

 小太坊がそう言いながら、執拗に李春の肛門を愛撫する。

 李春は悲鳴をあげた。

 李春の狂態と小太坊の揶揄に子分たちが手を叩いて笑い合った。

 李春はかっと血がのぼった。

 

「ち、畜生──。お、女を縛って、よってたかっていたぶるだなんて、お前らそれでも男か。縄を解いて勝負しなよ。恥知らず。女に負けた腹いせが、罠に嵌めて眠らせてから拘束かい。せめて、大勢でかかってくるくらいはできないのかい。この李春を縛ってからじゃないと、襲うこともできないんだろう」

 

 李春は激高したまま顔を小太坊にねじ向けた。

 

「なんだと、もう一度言ってみろ、李春。昨夜は、俺たちに回されて泣き狂ったのを覚えてねえのか──」

 

「ひ、卑怯な薬を使ったからよ。そうじゃなければ、お前たちなんかに……」

 

 李春は怒鳴った。

 

「ほう……、尻の穴まで丸出しにして、随分と生意気が言えるじゃねえか」

 

「偉そうに言うんじゃないよ。女を縛らないとなにもできない卑怯者のくせに」

 

 そこまで啖呵をきったが、さらに込みあがった激情に李春は感情を制御できなくなった。沸き起こった涙に耐えられずに、そのまま号泣した。

 

 悔しい……。

 悔しい……。

 悔しい──。

 

 李春はただ泣いた。

 小太坊があまりにも激しい李春の泣きじゃくりに、しばらく呆然としている様子になったようだ。

 だが、すぐに大笑いした。

 

「どうやら、昨夜の折檻は、まだ生ぬるかったようだな。まあいい、今日からは骨身に染みるような調教だ。そして、一箇月もすれば、お前の股ぐらからは淫液の乾くことのないような淫らな身体になる。まあいい、じゃあ、始めるか──。おい、持って来い」

 

 小太坊が言った。

 すると誰かが、小太坊に大きなすり鉢を渡した。

 それを受け取った小太坊は、すり鉢の中に入っていた細い棒ですくって粘っこい油のような透明のどろどろの粘性のものを李春に見せた。

 

「これは俺たちが奴隷女を折檻するときに使う特別な油剤だ。これを塗られたら最後、とてつもない痒さが襲ってくる。これをお前の後ろの穴にたっぷりと塗り込んでやる。そうするとどんな気分になるかわかるな、李春? お前は尻が痒くて痒くて仕方がなくなり、ここで俺たちの前で淫らに尻踊りをすることになるというわけだ」

 

 李春は、刺激臭を発するその油剤に視線をやりながら、小太坊の言葉を血の気が引く思いで聞いていた。

 

「……尻の痒みが耐えられなくなったら、これでほじってやる」

 

 今度は真っ黒い縄による縄巻きがある細長い棒をみせた。

 

「これは随喜巻きといって、むず痒い水分がどんどんと滲み出るようにしてある棒だ。こんなものを穴の中に入れられれば、さらに骨の髄まで痒さに襲われるというわけだ」

 

「そ、そんな……」

 

 李春は絶句した。

 

「だが、お前が今日、尻穴を慰めることができるのは、この棒だけだ。つまり、お前は油剤の痒さで泣き狂うか、それとも、束の間の痒さからの解放と引き換えに、さらに痒みを引き受けることしか選べないということだ。一日中、ここにいる男が交替でそうやって責める。お前は、たった一日で、尻で快感に酔う尻人形に成り下がるという寸法だ」

 

 李春はその言葉に総毛立った。

 

「よし、始めろ」

 

 小太坊が李春の股間の前から立ちあがってどいた。

 そこに、すかさずふたりほどの男が寄ってくる。

 その男たちがすり鉢を股間に寄せた気配がした。

 吊られている李春の太腿に左右から手がかけられて、すり鉢の中身が棒で塗りたくられて始める。

 

「ち、畜生──。ここまでしなくてもいいじゃないか」

 

 李春は顔と腰を左右に振り、喚き立てる。

 しかし、いかに暴れても防ぎきれるものではない。

 簡単に腰を固定されて、肛門にたっぷりと油剤が塗られていく。

 そして、さらに棒を使って尻穴の奥に奥にと注ぎ入れられていく。

 

「あ、ああ……嫌よう……。そ、そこは触らないで……」

 

 肛門をいじくられる強烈な嫌悪感と汚辱感に李春は激しく身を揉んで、李春は声を張りあげた。

 しかも、乱暴に痛くされるのであれば、まだ、李春の心は諦めにより慰められたかもしれない。

 しかし、李春の尻穴に油剤を注ぐ男たちの手は、どこまでも巧みであり、優しい手つきだった。

 

 心臓を抉られるような妖しい快美感が襲う。

 昨夜、限界を遥かに超える快感を味あわされた身体が李春を裏切り、五感が溶け崩れるような官能で全身が包まれていく。

 李春の身体からどんどん力が抜け、反撥の力が失われていく。

 

「だんだんと身体が燃えあがってきたか、李春? あれだけ飲ませ続けた媚薬だ。そう簡単には効き目は収まらねえだろう?」

 

 少し離れた場所で見物をしているようである小太坊の声がした。

 

「……気をほぐすために、何人かで李春の乳房と股間を慰めてやれ。ただし、絶対にいかせるんじゃねえぞ。今日、李春がいくのは尻穴だけだ」

 

 わっと李春の裸身に男たちが集まった。

 乳房が揉まれ、股間が愛撫される。

 あっという間に進退窮まった李春は、被虐の甘い快美感に身体の芯まで疼かされて、我慢できずに嬌声をあげ始めた。



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266 尻穴掻痒地獄[二日目]

「ひっ、ひいいっ」

 

 李春(りしゅん)は半狂乱の状態だった。

 小太坊は大きな満足感を抱きつつ、その痛快な眺めを見ている。

 肛門に注ぎ塗った掻痒剤は、すでに李春の理性を崩壊させて、肛門を弄くってくれという恥辱的な言葉を李春の口から吐き出させていた。

 しかし、どんなに李春が泣きながら哀願しても、からかい笑うだけで、誰も李春に触ろうとしない。

 

 自尊心を犠牲にした哀訴でも、肛門への刺激を与えてもらえない李春には、男を相手に威勢よく啖呵を切る鉄火女の片鱗はない。

 身を苛む激しい肛門の痒みに耐えられずに、泣きながら尻を振る哀れな女の姿があるだけだ。

 

 小太坊は、戻って来るまで李春に触るなと言いつけてから、青おろちこと大太坊の待っている部屋に向かった。

 李春の仲間である張天目(ちょうてんもく)の娘を浚うために出掛けていたのだ。

 

 策は、大太坊と小太坊のふたりで考えた。

 役人の格好をさせた部下に、張天目の娘がやっている料理屋に行かせて、軍営にいる李春を釈放するから身元引受人として出頭せよと言わせるのだ。

 それで、あの娘は簡単に同行するはずだ。

 あの女も双刀の剣の遣い手だから、武器は置いていかせる。

 そして、駝濫(だらん)一家の者が大勢待ち受けている場所に連れていき、捕えてしまうというものだ。

 さすがに武器もない状態では、遣い手で有名な張天目の娘でも、なんの抵抗もできないだろう。

 

 張天目の娘も、李春と一緒に小太坊たちを相手に暴れた女だ。

 李春の隣に女陰と尻を並べて、徹底的にここでいたぶってやることになっていた。

 

「首尾はどうだったんだ、兄貴?」

 

 小太坊は言った。

 しかし、大太坊は不機嫌そうだった。

 

「駄目だ」

 

「駄目となんだ、兄貴? 失敗したのか?」

 

「違う。連中は消えたぜ」

 

「消えたとはどういうことだ、兄貴?」

 

「さあな。張天目の娘は姿をくらましている。あの女だけじゃあねえ。童姉妹もいない。どこに消えたかわからねえ。とにかく、李春の仲間の女を浚って、まとめて調教してから奴隷にして売り飛ばし、李春の島を根こそぎ奪うという策はちょっと練り直しだ。あいつら、早々と気がつきやがったかもしれねえ」

 

 大太坊と小太坊の策では、偽者の役人と兵で李春を罠に嵌めて浚い、それが発覚しないうちに、張天目の娘や童姉妹という李春の仲間の女傑も罠に嵌めてしまう。

 それで一網打尽するという計画だった。

 

 だが、この時点で姿を消したということは、李春が軍に連れていかれたのが罠であったことに、すでに気がついたということだろうか。

 あと数日は、李春については軍営に連行されたと思わせることができると考えていたから、わずか一日で連中を警戒させてしまったのは、それは思わぬ誤算だった。

 李春さえ捕えてしまえば、あの漁師部落は労せずして駝濫一家が奪えるとは思うが、張天目の娘や童姉妹という李春の仲間が残っていては、やり難いことは確かだ。

 

「だが、兄貴、童姉妹は、数日前に船で岸を離れて、どこかに向かったんじゃなかったのか? 確か、李春を罠に嵌める前の夜だったと思うが?」

 

 この李春を誘拐するという計画を頭領の大太坊が立てたのは、山街道で李春たちにやられた翌日のことであり、もともとは、李家の頭領の李保からの使者が密かに大太坊を訪れたことがきっかけらしい。

 とにかく、李春たちに山街道で酷い目に遭わされた翌日には、小太坊の指示を受けた者が李春の回りを見張っていた。

 その時、童姉妹が夜のうちにどこかに船を出すのを小太坊の部下が確認している。

 

「いや、船は戻ってきている。李春の船そのものは、もう海岸に戻っているぜ。よくわからねえが、あの船は、夜のうちに出航したが、すぐに戻って来たんだ」

 

「えっ、戻っている?」

 

「ああ……。だが、船員は降りてきたが、童姉妹は船から降りてこなかった。ずっと見張らせていたから間違いねえ。それでこっそりと船内を探らせたが、どこかに連中は消えている。訳がわからねえ」

 

 大太坊が渋い顔をした。

 

「俺たちがやったということに気がつけば、李春を取り返しに来るかな、兄貴?」

 

「さあな。まあ、そうだとしても、ここなら大丈夫だろう。二重、三重の警戒の仕掛けがある」

 

 大太坊は言った。

 ここはもともと駝濫一家が奴隷の調教に使っていた掲陽鎮の郊外にある施設だ。

 李春を連れ込むにあたっては、大太坊の屋敷に監禁することも考えたが、ここなら逃亡も襲撃も難しいと考えてこの場所を選んだ。

 ここで、李春ひとりを調教するために、小太坊と十数名の部下が詰めている。

 

「まあいいじゃねえか、兄貴。どうせ、あんな女どもがどう動いても、大したことはできんよ。仲間が捕えられなかった分は、李春ひとりが俺たちの恨みを一手に引き受けるというだけのことさ」

 

「確かにな」

 

 大太坊とふたりで、李春の調教部屋になっている大広間に戻った。

 

「あああっ、あがああっ」

 

 李春は宙吊りにされた両脚を悶えさせて、激しい苦痛の声を洩らしていた。

 

「どうした、李春?」

 

 小太坊は李春の悲痛な顔を見てからかいの声をかけた。

 

 そして、部屋の奥の床の間を背にした場所に大太坊の席を作らせた。

 部屋の真ん中で両脚を吊られてる李春の股間が真っ直ぐにこっちに曝け出している位置だ。

 さらに命じて酒の支度もさせる。

 

「おいおい、李春よ、そんなに恥ずかしい穴をふたつも丸出しにして、腰を振られると、俺もおかしな気分になるじゃねえか」

 

 大太坊が運ばれてきた酒を口にしながら言った。

 その言葉に小太坊は、ほかの子分たちと一緒に哄笑した。

 

「か……痒い……、痒いわ……お、お願いよ、小太坊、青おろち……い、いえ、青おろち様……お、お願いします……」

 

 李春は、もう見栄も体裁もないようだ。

 顔を左右に激しく揺すり、悲痛な表情で金切り声をあげている。

 

「こりゃあ、凄いな。あの李春が錯乱状態だぜ」

 

 大太坊が腹を抱えて笑った。

 

「小太坊兄貴、さっきから李春は、小太坊兄貴が戻ってくるのを一生懸命に待ってたんですよ。兄貴が、自分が戻って来るまで、李春に触るなって言うもんだから」

 

 部屋にいた子分のひとりが笑いながら言った。

 すると、ほかの男たちもどっと沸いた。

 おそらく、李春はここで男たちの前で、恥も外聞もなく狂態を演じたのだろう。

 

「そうかい、そりゃあ、悪かったな、李春。それで、そんなに痒いのかい?」

 

 そう言って小太坊も大太坊の隣にどっかと座った。

 小太坊は、今日はじっくりと時間をかけて、とことん李春を追い込むつもりだ。

 

「この駝濫一家に立てついた酬いだ。もっと、尻を振って悶えな、李春」

 

「兄貴の言う通りだ、李春。俺たちに刃向ったことをしっかりと反省しな。反省の言葉を言ったら、その痒みをなんとかしてやるぜ」

 

 小太坊は、あの男まさりの気丈な李春の狂ったような悲鳴と尻振りが愉しくて堪らず、思わず大きな声で笑った。

 

「お願いよ。殺して……わたしを殺して──」

 

 李春の声はもう、完全に常軌を逸したようになっている。

 

「おい、ちょっと、お前、昨日の小筆を持って来い」

 

 小太坊は子分に小筆を持ってこさせると、三人ほど指名した。

 

「お前たちで、肛門と女陰と肉芽をひとりずつ受け持って、小筆でいたぶってやれ。間違っても気をやらせるんじゃねえぞ」

 

 三人が相好を崩して、左右に大きく割られた李春の股間に向かう。

 そして、小筆の先で股間をくすぐり始めた。

 李春は発狂したような悲鳴をあげた。

 

「お、お願い……ひと思いに──」

「ひと思いになんだ? この随喜巻きを尻に挿して欲しいのか、李春?」

 

 小太坊は、李春に近づいていくと、尻を調教するために細身の随喜巻きの張形で筆責めを受けている李春の肛門の入口を叩いた。

 

「ひぎいいぃ──」

 

 李春は身体をのたうたせて悲鳴をあげた。

 それでも、まだ、随喜巻きを挿してくれとは言わない。

 それが李春に残された最後に残された自尊心の堰でもあるのかもしれない。

 

「お前たち、もっと李春を追いつめろ」

 

 小太坊は筆責めを続けている子分たちに言った。

 李春の股間を三本の筆が這い回る。

 李春の声はますます狂ったような金切り声になる。

 

「そ、そんな焦らさないで……ああっ──く、苦しい──お、お願い……か、痒い……痒い──お願い」

 

 ただれるような痒みで苦しめられている李春が、切羽詰って懸命に痒みを訴える様子は、小太坊の溜飲を下げるのに十分だった。

 あの女丈夫で有名で、なにかと駝濫一家のやっている奴隷商売を邪魔していた李春をここまで追い込んだことに、小太坊の全身は達成感の悦びで溢れた。

 

「わかった、李春。痒いのを癒してやるから、まずは俺に詫びをしてもらおうか」

 

 小太坊は言った。

 すると李春は、ほとんど間をおかずに顔をあげ、潤んだ眼を開いて、小太坊を見た。

 

「こ、小太坊……小太坊さん、申し訳ありませんでした」

 

 まるで自分の意思を失ったような李春の言葉だったが、素直に李春が詫びを言うとは思わなかっただけに、小太坊は込みあがった感情に思わず身震いをした。

 

「もっとでかい声で言いな……。いや、それよりも、“駝濫一家、万歳”と叫んで貰おうか──。始めな」

 

 李春がきりきりと歯ぎしりをするのがわかった。

 しかし、すぐに口を開けた。

 

「だ、駝濫一家、万歳──」

 

 李春の大声に部屋の全員が爆笑した。

 

「もう一度だ」

 

 小太坊は言った。

 

「駝濫一家、万歳──」

 

「もう一度、もっとでかい声だ」

 

「駝濫一家、万歳──」

 

「まだ、声が出るだろう」

 

「駝濫一家、万歳──」

 

「もう一度だ」

 

「駝濫一家、万歳──」

 

 李春が絶叫した。

 その間、大太坊を始め、全員が笑い転げていた。

 笑い転げる男たちに囲まれて、李春ひとりが悲痛な表情で、大声を発していた。

 

 しかし、最後には号泣しはじめた。

 なんの飾りもない心からの慟哭だった。

 李春に残っていた最後の心の張りが崩壊した。

 そんな感じの李春の感情の爆発だった。

 

「じゃあ、ご褒美だ。随喜巻きを尻穴に挿してやろう」

 

 小太坊は小筆を避けさせて、枕の上で痙攣するかのように左右に動いている李春の双臀の亀裂に、手に持った責め具を呑み込ませていく。

 李春の肛門は、それほど抵抗もなく、随喜巻きの張形を受け入れていく。

 もともと、箸ほどの棒に随喜巻きを巻いただけの一番細い張形であり、せいぜい男の親指程度の太さだ。

 

 これからだんだんと大きな太さのものに変えていき、最後には小太坊だけではなく、“青おろち”とも言われる大太坊の巨根を受け入れさせる。

 そこまでいければ、ついに李春に対する復讐も終わりだと思っていた。

 李保(りほ)との約束に従って李家に引き渡すか、それとも、駝濫一家の息のかかっている奴隷商人に売り飛ばすかは大太坊が決めるだろう。

 小太坊は随喜巻きをくるくると回転させながら、さらに奥に沈ませた。

 

「ああ……ああんっ」

 

 恐ろしいほどの痒みが癒される快感に、李春は呆けたような表情をして甘い声をあげている。

 もう、憎い駝濫一家の男たちに囲まれているということなどどうでもよくなったのだろう。

 

 女の穴ではなく、その後ろの排泄器官で責め具を受けるという恥辱に対しても、李春は悦んでそれを受け入れているようにも思えた。

 たっぷりと水を吸った随喜巻きについても、なんの躊躇いもなく積極的に受け入れていく。

 すでに身を焦がすような痒み責めに、李春はなにをされても抵抗できないくらいに追い詰められているのだ。

 小太坊の持つ張形についても、快楽で焼き尽くされているかのような反応を示して、周囲の男の眼を愉しませてくれている。

 

「しっかりと尻で感じているようだな」

 

 大太坊がしっかりと根元まで張形を咥えた李春の姿を見て言った。

 

「ああ……ひいっ……あううっ……ああっ……あっ、あっ……」

 

 小太坊は根元まで吸い込んだ随喜巻きを引き上げ、そして、肛門の入口近くまで先端が抜けたところで、また、ぐいと奥に向かって突き挿した。

 李春の腰は、その動きに合わせるかのように張形の動く方向に淫らに前後に動く。

 やがて、うつ伏せの背をたわめ、顎を突き出した李春は、獣のような咆哮をしたかと思うと、拘束された身体を揺すりたてて絶頂を極めた。

 

「随分と威勢よくいったものだな、李春。じゃあ、休憩だ」

 

 小太坊は李春の肛門深くに随喜巻きを突き挿したまま言った。

 肛門で絶頂してみせた李春は、しばらくはその余韻に浸るような仕草をしていたが、やがて、再び狂ったように腰を振りはじめた。

 

「ああ……ま、また……ち、畜生……あ、あ、あんまりよ──こ、こんなのあんまりよっ──」

 

 再び李春は呻くような悲鳴をあげて腰を動かし出した。

 肛門に挿されたままの張形が効果を発揮し始めたのだ。

 

「痒い、痒いよう……か、痒いっ──また、やって──。お願いよ、さっきのをもう一度やっておくれ」

 

 李春が激しく腰を動かしながら狂ったような声で叫んだ。

 その哀れな姿に部屋の男たちが一斉に声をあげて笑った。

 

「こ、小太坊──お、お願いよ。さっきのを──」

 

 再び狂態を演じだした李春に小太坊は笑いを堪えきれず噴き出した。

 

「休憩だと言ったろう、李春。しばらくそうやって腰を振っていろ。たっぷりと随喜が染み込んだら、新しい張形に交換してやる」

 

 小太坊は、もっと腰を振れと言って李春の尻の横をぴしゃりと叩いた。

 李春は歯ぎしりをして悔しそうな表情をしたが、すぐに腰を激しく動かし始める。

 痒み責めの油剤をたっぷりと塗られ、しかも随喜の液により痒さで、さらに肛門を責められている李春が、これ以上耐えられるわけがない。

 腰を動かして随喜の液を肛門の内襞に染み出させれば、さらに痒みに襲われるとわかっていながら、李春は狂ったように腰を動かしている。

 やがて、李春は切羽詰ったような表情になって悲痛な声を出し始めた。

 

「あ、ああっ……こ、小太坊さん、ね、ねえ、これ以上……やると……り、李春は……」

 

 李春は火照った顔をしかめて拗ねるような泣き声を出し始めた。

 その間も李春の腰は一度も静止することなく振られ続けている。

 これだけ腰を振れば、たっぷりと随喜の液を染み出させてしまったことだろう。

 素っ裸の大股開きで、官能に呆けたような哀訴と啼泣を繰り返す李春に、小太坊は心の底からの快感を覚えていた。

 

「これ以上、続けると気をやると言いたいのか、李春? 遠慮なくいきな」

 

 やがて、発作のような震えが李春の全身から走り出した。

 小太坊はそれを見逃さずに、さっと張形を引き抜いた。

 

「あひいっ……ひ、ひどい──そ、そんなあぁ──」

 

 張形で再び絶頂の寸前だった李春は、締めつけて揺さぶることで快感を搾り取っていた張形を引き抜かれ、絶頂までのほんのちょっとの刺激を取りあげられたのだ。

 李春は泣き喚いた。

 

「お前たち、もう一度、さっきの油剤を李春の肛門に流し込め。そして、筆責めだ──。要領はわかったろう。今日一日、同じことを繰り返すんだ」

 

 小太坊は、狂乱を示し始めた李春を部下に任せて、李春から離れていった。

 

 

 *

 

 

 日が暮れてきた。

 沙那は、立ちあがり、行燈の灯をつけた。

 薄闇に包まれかけていた部屋が明るさを取り戻した。

 

「ねえ、沙那、わたしに探らせにいかせて。李春を浚ったのは、駝濫一家に違いないのよ。お願いよ──」

 

 張天女(ちょうてんじょ)が何度目かの哀願をした。

 沙那は嘆息した。

 

 同じことを何度説明したかわからない。

 しかし、張天女は頭では納得はするものの、感情は抑えられないようだ。

 行方不明になった李春の行方を探るために、自分も動くと訴える。そのたびに、沙那は同じ説得を繰り返す。

 

「あなたは目立ちすぎるのよ、張天女。もしも、駝濫とかいう連中が李春を浚ったのなら、次の標的はあなたに違いないのよ。ここは、童姉妹に任せましょう。彼女たちなら、あなたが直接動くよりは、ずっとうまくやるはずよ。いまは、情報が入るまで待つしかないわ」

 

「でも……」

 

「待つのよ、張天女」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「だけど」

 

 張天女は泣くような声を出した。

 

 その張天女の声を孫空女が遮った。

 

「だけどじゃないよ、張天女。沙那の言う通りだよ。あんたまで捕えられれば、面倒になるじゃないか。ここで黙って待つしかないんだよ。童威子と童猛子がなにかを探って来るさ。この家の穆公殿も当たってくれているんだろう?」

 

 壁にもたれて目をつぶっていた孫空女が、張天女を嗜めてからまた壁にもたれて寝るような仕草に戻る。

 張天女が身もそぞろな様子で顔を下に向けた。

 

 気持ちはわかる。

 李春という“恋人”が何者かに浚われた。

 こうやっている間にも、李春は拷問を受けているかもしれないし、あるいは、すでに死んでいるかもしれない。

 

 だが、沙那は李春が殺される可能性は低いと思っていた。

 李春を浚ったのが駝濫一家だとしての仮定だが、駝濫一家は、女を奴隷として売り飛ばすのを商売にして、急にのしあがってきた侠客らしい。

 

 李春は美人だ。復讐代わりに身体を汚した後は、連中は、奴隷にして売り飛ばそうとするのではないかと思った。

 そうであれば、李春を殺す可能性は低いだろう。

 だが、その代わり、想像を絶するような恥辱と屈辱を与えられていることは間違いない。

 

 張天女の焦りも理解できる。

 張天女、童姉妹という李春の仲間とともに、この掲陽鎮の穆公(ぼくこう)という男の屋敷に乗り込んだのは、今日の早朝のことだ。

 この一日でわかったことは、李春を連れていったのは、掲陽鎮の政府軍ではないということだ。

 誰がどこに連れていったかということについては、いまのところ、沙那が結論を至るに足る情報はない。

 

 李春という掲陽鎮の海岸部の漁民部落を仕切る女侠客に救出された沙那たちだったが、そのために、王政府から人相書きによって手配されている沙那たちを匿い、駝濫一家という掲陽鎮を三分する力を持つ侠客の一家と敵対するかたちとなった李春のことを沙那は心配した。

 だから、沙那は、掲陽鎮を離れるにあたって、宝玄仙に頼んで密かに、李春の屋敷の要所に『遠口』を仕掛けた。

 

 『遠耳・遠口』は、ほんの小さな黒豆のようなかたちであり、本来は口と耳に取り付けて遠方で会話をするための霊具だ。

 その『遠口』をどこかに置くことで、遠い場所からでも、『遠耳』を通じて、その『遠口』が拾った声や音を聞くことができるのだ。

 そんなものを屋敷に仕掛けるのは、礼に失する行為とは思っていたが、宝玄仙という道術の源が失われれば、『遠耳・遠口』のような霊具は、数日で力を失い、土に還元するだけだし、あくまでも念のためのことだった。

 

 さらに、沙那はなにかあったら戻って来られるよう、朱姫に指示して屋敷に『移動術』の結界を刻ませた。

 移動術の結界は、数日で効力を失い消滅してしまうが、その間だけであれば、離れた場所に結界を刻むことで、その結界間を瞬時に往復できるのだ。

 

 そういう処置を行ってから、沙那はみんなとともに童姉妹の操る船に乗った。

 夜が明ける前に出航した船において、沙那たち四人は、童姉妹の部屋である船長室の隣の客室をあてがわれた。

 船の中ですることのない沙那は、『遠耳』を耳に装着して、船室で所在のない時間をすごしていた。

 童姉妹によれば、初めて船に乗った者は、ほとんどが船酔いという苦痛に襲われるらしいが、宝玄仙の道術によって、そういうものはなかった。このときは、宝玄仙の道術がありがたいと思った。

 

 そして、沙那は、沙那たちが出航した翌日に、李春に変異があったことを知った。

 屋敷を訪問した李保という李家の若い頭領と李春の会話も聞いていたし、時機を同じくしてやってきた役人と兵に李春が同行したことも知った。

 おかしな胸騒ぎがした沙那は、宝玄仙に李春が捕えられたということを教えるとともに、船を操る童姉妹にその情報を伝えて、朱姫の『移動術』で李春が連れ去られたばかりの屋敷に戻った。

 

 丁度、漁師の若者から知らせを受けて駆け付けた張天女が李春の屋敷にやってきたところであり、夜のうちに去ったはずの沙那たち四人が、そこにいたことについて張天女は驚愕していた。

 

 沙那は、その張天女に事情を説明し、張天女の持っていた情報と突き合わせて、すぐに李春が政府軍のどの隊の軍営に連れていかれたかを探ろうとした。

 軍営を探るに当たっては、張天女は、最初、李保に伝手を頼むつもりだったようだが、それは沙那がやめさせた。

 あのときの李保の態度に、なんとなく不自然さを感じたからだ。

 

 『遠耳・遠口』を通じて、ふたりきりの客間で、李春が李保に殴りかかった気配があったのはわかった。

 その直後に軍と役人がやってきて、事もあろうにその李保のとりなしで李春は、翌日に釈放するという取引きでその軍の同行に応じた。なんとなく違和感があった。

 それで李春の釈放のために頼る相手として、張天女が選んだのが、この屋敷の当主である穆公だ。

 

 穆公は、掲陽鎮の三分と呼ばれる古い侠客家のひとつであるが、実質的な力を持たず、名誉と発言権だけが武器の侠客家だ。

 なんと李春は、その穆家の当主の穆公の妾のようなことをやって、穆家という権威を借りて、事実上李春が支配する漁民部落をどの勢力にも属さない勢力として独立させようと画策していたのだ。

 

 屋敷に押しかけるようにやってきた張天女と沙那たちについて、穆公は、最初、屋敷への受け入れを拒んだが、やがて、全員を屋敷に匿うことを応諾した。

 その変意には、どうやら朱姫の『縛心術』が動いたようだが、とにかく、ここを拠点にして、李春の救出に動くことにした。

 

 すぐに穆公が動いたが、それでわかったことは、李春を捕縛するために動いた政府軍は存在しないということだ。

 それどころか、宝玄仙たちという人相書きにより手配された者が掲陽鎮に入ったということすら、政府軍も承知してはいないようだった。

 

 張天女は、李春が浚われたという事実に呆然となった。

 沙那はおそらく、これを仕組んだのは駝濫一家と予想した。

 偽の軍を装うなど大掛かりな罠を仕掛けるというのは、かなりの力を持った組織に違いないからだ。

 偶然居合わせた李保も怪しいが、先代の李龍の娘である李春を李家の部下を使って浚うのは難しい気がした。

 

 やがて、船を去るときに童姉妹に渡しておいた『遠口』によって、船が掲陽鎮の港に着いたと、その童姉妹から連絡があった。

 朱姫が、新たにこの屋敷と船との間に刻んだ結界によって迎えに行き、童姉妹もまた、この屋敷で合流することができた。

 

 童姉妹は、さっそく李春の行方を独自に探りに行った。

 張天女も動きたがったが、沙那がやめさせた。

 李春が駝濫一家に狙われたとすれば、同じ理由で張天女も狙われているはずだからだ。張天女は、李春とともに沙那たちを救出するのに、あの小太坊とかいう駝濫一家の頭領の弟をとっちめている。

 彼らが李春を狙ったとすれば、当然、張天女も罠に仕掛けようとするはずだ。

 

 童姉妹が戻ったのは、完全に日が暮れてからだった。

 憤慨した表情のふたりが持っていたのは、一枚の女物の衣類だった。

 

「張天女、これ見てくれない」

 

 童猛子が持って帰ってきたその衣服を見て、張天女が顔色を変えた。

 

「李春のものよ。間違いないわ。これをどこで?」

 

 張天女がその女物の服を握りしめて、顔をあげた。

 

「城郭の中の古着屋で売っていた。持ってきたのは、駝濫家の三下だって言っていた。しかも、小太坊が直接使っている者みたいだったわ。古着屋の主人が、その三下と顔見知りで、訊ねたら普通に教えてくれたわ」

 

 童威子が言った。

 

「決まりね──。李春を浚ったのは、駝濫一家。ねえ、駝濫一家が李春を浚ったとして、李春を監禁しそうな場所はどこ?」

 

 沙那は、張天女と童姉妹に向かって言った。

 

「どこと言われても……。彼らは、奴隷売買を商売にしている連中だから、女を閉じ込めるような施設はたくさん持っているわ。わたしが思いつく場所だけで十はある。ほかに、わたしが知らない場所があってもおかしくはないし……」

 

 張天女が途方に暮れた顔をした。

 

「じゃあ、次の問題は、どうやってそこを探し出すかね。探し出しさえすれば、救出については、ご主人様や朱姫がいるし、道術が遣えるわ」

 

 沙那は言った。

 

「ところで、その宝玄仙殿と朱姫のふたりはどこなのです?」

 

 童猛子が部屋を見回しながら言った。

 

「ああ、そう言えば、ご主人様は遅いよね。穆公殿と話し合うと言って、ふたりで別の部屋に向かってもう四刻(約四時間)になるよね。それに、朱姫はどこにいるのかなあ? 昼前からどこかに行ったよね」

 

 孫空女だ。

 

「朱姫は、この屋敷の隅になる工房のような場所を借りているわ、孫空女。ご主人様に宿題をもらったのよ。それをやっているわ」

 

「宿題? それは知らなかったよ。その宿題ってなにさ、沙那?」

 

 沙那は説明しようとしたが、その必要はなかった。

 戸が開いて、その朱姫がやってきたからだ。

 

「あら、ご主人様に言われた宿題は終わったの、朱姫?」

 

 沙那は、疲れた様子の朱姫に向かって言った。

 

「は、はい、沙那姉さん、なんとか、指輪の形にすることについては、終わったことは終わったんですけど……ちょっと問題が……」

 

 朱姫が困ったような表情で、その問題について、沙那に耳打ちした。

 沙那は驚いた。

 

「なんで、そんなことになったの、朱姫? あんたまで、ご主人様の悪癖を真似なくてもいいじゃないの」

 

「そんなこと言ったって、もともと、ご主人様の霊具を改良しているんですよ。どうしても、同じようなものになりますよ。それに、わたしとご主人様じゃあ、霊具作りの能力が違うんです。ご主人様のように、唾液とか淫液を少しというわけにはいかないんです。つまり、大きな霊気を動かすには、圧倒的な力が必要なんです」

 

「はあ?」

 

「人が絶頂するときの激しくて弾けるような力が……。淫気の力が霊気を動かし、それが道術として結ばれるんです……。そして……。だから、絶頂のときに出した愛液が必要なんです。その絶頂液をあたしが舐めないといけないんですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が意味不明の説明を始めた。

 沙那はそれを不審な気持ちで聞いていた。

 絶対に趣味で作ったに違いないと思った。

 なんとなく、宝玄仙が裏で糸を引いている気がする。

 それとも、この朱姫は、嗜虐にかこつけないと、霊気をうまく発揮できないのだろうか。

 

「ねえ、どうしたのさ、沙那。さっきから朱姫となにを話しているの?」

 

 孫空女だ。

 孫空女だけじゃなく、この部屋にいるほかの者も、沙那と朱姫の会話に注目していたようだ。

 沙那は、咳払いをした。

 そして、張天女に視線を向ける。

 

「ねえ、張天女、あなた、李春を救出するためなら、少しばかり恥ずかしいことも承服できる?」

 

 仕方なく沙那は張天女に言った。

 

「わたしは、李春のためなら、なんでもできるわ。どんなことでもする。命を失っても構わない」

 

「命を失うことなんてないわ。まあ、ちょっとばかり、ある意味では危険かもしれないけど……」

 

「なに、沙那?」

 

 張天女か強い視線を向ける。

 李春を救うためならなんでもするというのは嘘ではないのだろう。

 それが真剣な彼女の表情に出ている。

 しかし、張天女に応じる前に、もう一度沙那は朱姫に振り向いた。

 

「ねえ、朱姫、その指輪は、あなたでなければ操作できないの?」

 

「ご主人様の霊具のように誰でもというわけにはいきません。基本的にはわたしの霊気の波長に合わせていますから、わたし専用です」

 

「本当なんでしょうねえ……。まあ、とにかく、わかったわ、朱姫」

 

 沙那は一度嘆息した。

 

「ねえ、張天女、これは必要なことなんだけど、この朱姫と一度、情事をしてくれない?」

 

 沙那は言った。

 張天女が目を丸くしている。

 

「ただの情事じゃありませんよ。朱姫の責めを受けてもらうんですよ」

 

 朱姫が背中から沙那にささやいた。

 

「なんでよ、朱姫? なにも嗜虐である必要はないでしょう。絶頂液をあなたが舐めさえすればいいんだから、普通でいいでしょう。普通で」

 

 沙那は呆れて振り返った。

 

「それは、あたしの趣味です。いいじゃないですか。あたしだって、命を張るんですから」

 

 朱姫が強い声でささやいた。

 

「ただの情事じゃなくて、朱姫の嗜虐を受けて欲しいそうよ」

 

 沙那は仕方なく言った。

 張天女の見開いた眼がますます拡大した。



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267 壮絶・陰毛むしり[二日目]

 全裸の穆公(ぼくこう)は、六十にしてはなかなかにいい身体だったし、股間の持ち物も立派なものだ。

 

「ほら、速度が落ちたよ、穆公」

 

 その穆公は、四つん這いになり、背中に宝玄仙を載せて部屋を歩き回っている。

 すでに汗みどろだ。

 

 ここは、この男の性癖を発散させるための部屋だという地下室だ。

 この部屋で宝玄仙とふたりきりになった穆公は、もう半日以上も同じような仕打ちを宝玄仙から受け続けている。

 この四つん這い歩きは、もう、どのくらいの時間させているだろうか。

 もしかしたら、すでに二刻(約二時間)は経ったかもしれない。

 

 穆公は、年齢の割にはなかなかいい身体をしてたから、宝玄仙程度の体重の女を背中に載せて歩くのは、それほど無理ではないかもしれない。

 しかし、さすがにこれだけの長時間ともなれば、体力も限界のようだ。

 さっきから、歩く速度はがくりと落ちているし、手足の筋肉が震えて、宝玄仙を載せた裸身がふらふらと揺れている。

 

「しっかりおし、穆公」

 

 宝玄仙は手綱代わりにしている穆公の股間に喰い込んだ紐をぐいと引いた。

 

「うほうっ」

 

 穆公は大きな呻き声をあげた。

 穆公の性器には、宝玄仙が施した紐がしっかりと緊縛されている。

 つまり、睾丸の根元には、紐が喰い込んで睾丸が強く絞りあげられているし、さらに同じ紐が肉棒の付け根を厳重に縛っている。

 

 その紐掛けも宝玄仙の技だ。

 この宝玄仙の紐掛けによって、ぱんぱんに腫れあがった穆公の肉棒は、萎えることも、精を出すこともできないようになっている。

 そして、性器に繋がった紐を引っ張ると、穆公の性器に怖ろしいほどの激痛が走る仕掛けになっているのだ。

 宝玄仙は、その紐を容赦なく引っ張り続けては、穆公をこうやっていたぶり続けている。

 穆公は涙をこぼして悲鳴をあげた。

 

「もう、お許しください、ご主人様」

 

「なにが、ご主人様だい、なにひとつできない碌でなしのくせに──。わたしの言う通りに地方政府を動かす気になったかい? 悪党は駝濫(だらん)一家の頭領の青おろちだ──。罪のない女を襲っては奴隷にして売り飛ばしているんだ。証拠も証人もその気になればたっぷりと準備できる。そのくらい、わかっているんだろう、この蛆虫」

 

 宝玄仙は力いっぱい紐を引き絞った。

 穆公は吠えるような悲鳴をあげて、四つん這いの姿勢を崩れさせた。

 床に振り落とされるかたちになった宝玄仙は、立ちあがると、憐れみを乞いている穆公の顔を素足で踏みつける。

 

「なにすんだい──。なんもできない蛆虫のくせに、女ひとり背中に載せて、満足に歩くことすらできないのかい」

 

 穆公の顔をぐいぐいと踏みつける。穆公の端正な顔が苦痛に歪む。

 それとともに、穆公の怒張がさらに逞しさを増していることに宝玄仙は気がついた。

 

「そ、お許しを……お許しを……」

 

「なにがお許しだよ。お前の道具はますます大きくなっているじゃないか……。まあいいよ。いくらでも大きくおし。大きくしたって、締めつけている紐が食い込んで苦痛が増すだけだからね。蛆虫には相応しいさ──。それとも、わたしの命令に従って、地方政府に駝濫の悪党どもを捕縛するように掛け合う気になったかい」

 

 宝玄仙は、体重をかけて穆公の顔を踏みながら怒鳴った。

 

「そ、それは……」

 

 穆公は言い淀んだ。

 さすがに、性癖のことと、穆家の頭領としてのこととは別のことなのだろう。

 まあいい。こんな男を屈服させて言いなりにするなんて大した仕事ではない。

 

「ほら、跪いて背中を向けな。そして、手を背中に回すんだ」

 

 宝玄仙は、足を穆公の顔の上からどける。

 穆公は、酔ったような表情のまま裸身を起こして跪くと、宝玄仙に背中を見せた。

 宝玄仙は、背中に回された穆公の両手首に、準備しておいた手錠をかける。

 さらに、足首にも鎖の繋がった足枷を嵌めた。

 

「こっちを向きな、蛆虫」

 

 すると、穆公が跪いたまま、身体を宝玄仙に向けた。

 根元を絞りあげられて赤黒くなった怒張がその股間にそそり勃っている。

 宝玄仙は、陶酔した視線を向ける穆公に見せつけるように、着ているものをゆっくりと脱ぎ捨てた。

 脱いだものは床に投げ捨てる。

 穆公が眼を見開いて宝玄仙の身体を凝視している。

 そして、最後の一枚を宝玄仙が脱ぎ棄てたとき、息をするのも忘れたかのように、穆公は宝玄仙の裸身に見入っていた。

 

「どうだい、この身体は?」

 

 宝玄仙は裸身を穆公に晒しながら言った。

 

「す、素晴らしい……。美しい……。こ、こんな身体……。い、いや、女神だ。お、俺の女神だ」

 

 穆公が呻くように言った。

 

「この身体に奉仕させてやろうか。もしも、蛆虫が蛆虫なりの仕事をすると言ったら、ご褒美に抱かせてやるよ」

 

「し、しかし……」

 

「しかし、じゃないよ。まだ、奴隷根性が足りないようだね。お前は、まだわたしの命令に従わないつもりかい──」

 

 宝玄仙は、床に落ちている穆公の性器を縛っている紐を手に取った。

 引き紐を短くして、大股で歩きはじめる。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ、お許しを──」

 

 慌てて立ちあがった穆公が哀れな悲鳴をあげた。

 穆公の足首には、短い鎖で繋がれた足枷が嵌っている。

 だから、満足歩けないのに、宝玄仙が容赦なく歩いて、性器を引っ張るので激痛が走っているのだ。

 

 引っ張りながら、宝玄仙はしっかりと穆公を観察している。

 そうやって、歩く速度を、穆公が歩ける限界の速度に合わせているのだ。

 穆公の怒張は、痛めつければ痛めつけるほど、大きさを増すようだ。

 いま穆公の怒張は、これ以上ないというくらいに膨張している。

 しかし、睾丸と肉棒の根元を絞めつけられていることで、紐が喰い込む痛さと、精を出せないつらさが重なって、穆公の顔は苦痛に歪んでいる。

 

「ご主人様の命令に従えないような奴隷は、いつまでもこのままだよ」

 

「ひいっ──ひいっ──」

 

 穆公に結んだ性器は、独特の紐の縛り方で大きな苦痛を穆公に与えている。

 それを引っ張り回される穆公は、もう半狂乱の状態だ。

 本来なら、こうやって歩いて刺激を与えられるだけで、すでに床に精をぶちまけているはずだ。

 それをしないのは紐がしっかりと根元に喰い込んでいるからだ。

 

「命令に従うね、穆公」

 

 宝玄仙は歩きながら言った。

 

「しかし、お、俺の力では──」

 

 穆公が泣き声をあげた。

 

「蛆虫のお前に大きな仕事をやれなんて言ってないよ。お前は、ただ、政府軍を動かせるような政府の高官をここに連れて来るだけだ。連中の悪事の証拠は揃っているし、前からわかっていて、知らぬ存ぜぬを決め込んでいただけなんだろう。苦虫を噛んでいる男もいるはずだ。そういうのをここに連れてくんだよ」

 

「つ、連れてくる……?」

 

「そうだ――。後はわたしがやる。人間を操り人形のようにする手段は、履いて捨てるほどあるんだ。駝濫一家に軍を向けることに反対しそうな男も連れてきな。まとめて、道術をかけてやるよ」

 

「そ、それくらいなら……」

 

 穆公が言った。

 

「やるんだね」

 

「や、やります、ご主人様……」

 

 穆公は哀れな声を出した。

 宝玄仙はやっと穆公の性器を引っ張り回すのをやめた。

 そして、この部屋で宝玄仙が穆公を責め始めて以来、ずっと性器に締め続けていた紐を外してやった。

 

 穆公がその場に崩れるように跪く。

 宝玄仙は部屋の隅にあった椅子を部屋の真ん中に持ってきた。

 その上に座って脚を組む。

 

「ご褒美だよ、蛆虫。この脚を舐めさせてやるよ。うまく奉仕できたら股にも奉仕させてやる。今日のこの宝玄仙は、お前の女だ。蛆虫が蛆虫の仕事をすると誓ったご褒美だ──」

 

 宝玄仙は組んでいる脚を穆公に向かって突き出した。

 穆公が膝立ちで這い寄り、顔を伸ばして宝玄仙の足の指を舐めはじめた。

 女の足の指を舐めさせられて、不快な顔をするどころか、この男は恍惚とした表情をして、眼が興奮に大きく開いている。

 

「どうだい、宝玄仙の足は美味しいかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 返事をするために穆公が口を開く。

 それに合わせて、宝玄仙は思い切り足の指を前に出した。

 

「うげぇぇぇぇ──」

 

 喉の奥に迫った宝玄仙の足指に穆公は嗚咽を込みあげさせた。

 それでも口の中の舌は懸命に動いている。

 

 組んでいる足の指を舐めさせた後は、床についている側の足にも奉仕させた。

 床についている足指を舐めるためには、土下座をするように身体を屈めなければならない。

 すると腹部で怒張を圧迫してしまうので苦しそうだった。

 それでも、この男は喜々として宝玄仙の足指に舌を這わせ続ける。

 

「もういい、合格だよ、蛆虫。そこに仰向けに寝そべるんだ」

 

 穆公は言われるまま身体を横たわらせた。

 怒張はこれ以上ないというくらいにそそり勃っている。

 

 宝玄仙は、穆公の性器の根元に、精の放出をとめる小さな革帯を改めて巻いた。

 寝そべっている穆公が吠えるような声をあげた。

 

「賢いわたしの奴隷に、ご褒美だよ」

 

 宝玄仙は、そそり勃つ肉棒に跨ると静かに自分の女陰を埋めはじめた。

 穆公の興奮が頂点に達する。

 根元までしっかりと穆公の肉棒を女陰で咥えると、宝玄仙は、膣の筋肉で穆公の怒張を揉みあげるように絞り始めた。

 

「うおおぉぉぉ──」

 

 穆公が吠えた。

 おそらくあっという間に精を発するだけの快感を得たのだろう。

 しかし、根元を締めつけている霊具がそれを阻止する。

 穆公の顔が快感に興奮する顔から、激しい苦痛の表情に変わった。

 

「ううっ……、き、きつい……気持ちいい……い、いや……あはあぁぁぁ──」

 

 穆公は女のような声をあげて、寝そべっている身体を震わせた。

 

「蛆虫、ちゃんと仕事をすると誓うね?」

 

 宝玄仙は股間で穆公の肉棒を刺激しながら言った。

 

「……し、します。政府軍を動かせる高官を屋敷に招待します。それと連中の息がかかっていて、軍の出動を邪魔しそうな要人も……」

 

 穆公が恍惚と苦悩の入り混じったような呆けた顔で言った。

 本来であれば、すでに三回は精を放っている。

 しかし、怒張の霊具によってとめられている。

 発散できなかった快感は、そのまま穆公の性器に残り続ける。

 そして、穆公は、快感を溜められたまま、次の快感を与えられるのだ。

 

 それは、途方もない快感であり、激しい苦痛でもある。

 最高の快感と最高の苦痛の両方を同時に与えられ続けて、穆公は狂乱の一歩手前の状態だ。

 

「蛆虫、もう一度誓いな。明日には、政府軍を動かせる要人をここに連れて来るね?」

 

 宝玄仙はさらに怒張を締めつけた。

 

「ふごおおぉ──。誓います。なんでも命令に従います」

 

 穆公は叫んだ。

 宝玄仙は、その答えに満足して、女陰を穆公の性器から抜いた。

 今度は、穆公の顔の上に股間に押し付けるように座る。

 

「お前の肉棒が入っていた股だ。舌で奉仕するんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 穆公が圧迫された鼻と口を動かして宝玄仙の性器を舐めはじめた。

 宝玄仙の身体に快感が襲う。

 

「あ、ああ……き、気持ちいいよ、蛆虫──。わたしの命令に従うと言ったから、宝玄仙の身体を舐めさてやるよ……。好きなところを舐めていい……どこでも舐めな……。その代わり、必ず命令に従って、政府の要人を連れて来るんだよ」

 

 穆公が宝玄仙の股間に奉仕をしながら頷いた。

 鼻が肉芽に当たって、一瞬強い快感が宝玄仙にも襲った。

 こうやって快感と苦痛を与えながら、命令を頭に擦り込むのだ。

 そして、地方政府を動かすことを承知させる。

 この男は指示に従うだろう。

 朱姫がいつもやるような縛心と同じだ。

 宝玄仙には、朱姫がやるほどには『縛心術』はうまく操れないが、この男にはこれで十分だ。

 

 性器を舐めさせた後は、また、精を出せない怒張を女陰で咥えて快楽を溜めさせる。

 こいつが精を出せない苦痛で泣きはじめたら、また、身体を舐めさせる。

 今度は、尻や乳首を舐めさせて宝玄仙だけ達してもいいかもしれない。

 そして、また快楽を溜める……。

 

 この男は、その頃には完全に狂乱しているだろう。

 そのとき、また命令を擦り込む。

 命令を承知させてから、次には怒張の霊具を外して、十数回分を溜め込んだ快楽を宝玄仙の女陰に発散させるつもりだ。

 

「あ、ああん……。う、蛆虫、お前は男だから……き、気を失う程の快楽という経験は……ないだろう……。今夜は……それを……やるよ。それだけじゃない。明日、ちゃんと……命令に従えたら、また、同じ快楽をやる」

 

 宝玄仙の声が聞こえているのか、聞こえていないのか、穆公は興奮しきった表情で苦しそうに宝玄仙の股間への奉仕を続けている。

 宝玄仙もまた、舌で与えられる快感に酔い始めている自分に気がついていた。

 

 

 *

 

 

「よし、今日の責めはこれで終わりにしてやる」

 

 小太坊が満悦の声でそう言ったのを李春は朦朧とした頭でかろうじて認識した。

 やがて、一日中吊られていた足の縄がやっと解かれ始めた。

 

 李春は、それを霞のかかった眼でぼんやりと見ていた。

 朝から尻を気を失うまで責め続けられては休み、そして、覚醒すると尻を責められるということを続けられた。

 覚醒するたびに、李春は、繰り返し妖しげな薬を肛門に塗り足された。どんなに泣き叫んでも、どんなに哀願しても許されなかった。

 それを昼過ぎまで続けられたのだ。

 

 昼過ぎからは、新たな油剤の追加だけは許してもらった。

 その代償は、小太坊たちの性器を李春の口で奉仕することだ。

 李春は、求められるままにそれをやった。

 あの痒み責めの前では、李春の理性など簡単に崩壊した。

 痒み剤をさらに塗るぞと脅されて、李春は男たちの男根をしゃぶり、そして、精を飲むことを受け入れた。

 

 李春は女の弱さというものを改めて知った思いだった。

 あのまま、痒みを与える薬を一日中塗り足されたら、自分は間違いなく発狂していただろう。

 それとも、自分はもう狂ってしまったのだろうか……。

 

 あの小太坊や取り巻きの子分たちの肉棒を口で舐めて、出される精のすべてを飲み込んだのだ。

 だが、それほどの抵抗はなかった。

 それよりも、あの痒み責めの方が怖ろしかった。

 

 縄が解かれてやっと開脚縛りから解放されても、李春にはもう立ちあがってどこかに逃げるという気力も体力も残っていなかった。

 ほとんど一日中縛られて吊られていた脚は、自分の脚ではないかのように力が入らなかった。

 

 今日一日だけで、自分は何十回快楽の頂点に達したのだろう。

 しかも、その絶頂をすべてお尻で受ける快楽で達したのである。

 

 おそらく、これまでの人生で達した回数を遥かに超える数をお尻で達しただろう。

 まるで、自分が淫獣にでもなったような気がして、いまだに官能の痺れに震える身体に李春は、まだ愕然としていた。

 

「穴倉の中に、木桶一杯の水と飯が置いてある。それと身体を拭くための布もな。それで身体の手入れをしたら休んでいい。それと、お前が調教を受けている間に、穴倉の隅に排便のための穴を掘らせておいた。今朝のような失敗はするなよ。必ず、用便は済ませておけ。いいな、李春」

 

 小太坊が言った。

 

「は、はい……」

 

 李春は、もう口答えをする気力もなく、ただそう頷いた。

 頭にあったのは、やっと今日は休めるのだという嬉しさだった。

 それに身体を拭くことを許されたというのが心の底からありがたかった。

 それに食事と水も……。

 李春は込みあがる悦びに涙が滲む気がした。

 

「その代わり、わかっているな、李春」

 

 小太坊が言った。

 

「わ、わかっています……。明日、頭領がここに戻って来られたら、わたしから肉棒に奉仕させてくれと言います」

 

 自分の口が喋っているのだが、それはまるで他人が喋っている言葉のような気がした。

 そんなことを自分が口にするとは信じられない思いだ。

 

 だが、李春はそれを承知したのだ。

 夕方近くになり、男たちの肉棒を口で抵抗なく受け入れるようになったときには、青おろちはもう屋敷に戻った後だった。

 それで、調教の成果を青おろちに示すことと引き換えに、身体を拭くための水と布、そして排便を穴倉ですることを許されたのだ。

 青おろちの肉棒を口で受け入れることなど、もはや、大した代償ではない。

 

 両側から後手縛りの縄を取られて立ちあがらされた。

 李春を取り囲むように、部屋を出る戸に向かわされる。よろめく身体を懸命に踏ん張って足を出す。

 そのとき、戸が反対側から開き、頭に布を巻いた男と鉢合わせした。

 

「あっ、李春」

 

 はっとした。

 眼の前にいたのは、あの七絶(ななぜつ)だ。

 山街道の峠で毒薬を使った奴隷狩りをやっていた酬いに、李春が両耳を剣で切り落としてやった男だ。

 また、痛々しげに頭に布を巻いている。

 

 七絶は、李春の顔を見るなり、いきなり平手で李春を張り飛ばした。

 顔をはたかれた李春は、そのまま後手の身体を床に飛ばされた。

 その身体に七絶が馬乗りになった。

 

「この女、よくも、殺してやる」

 

 七絶がふりあげた右手には、短刀が握られている。

 李春はぎょっとなった。

 

「待て、待て、七絶。勝手なことをするな」

 

 その七絶が、小太坊たちによって李春から引き離される。

 

「だ、だって、この耳を見てくださいよ、小太坊様──。こいつが斬り飛ばしやがったんですぜ。俺だって、この女の耳くらい削がなきゃ気が済みませんよ」

 

 李春から身体を離された七絶が泣き喚いた。

 

「まあ、気持ちはわかるがな」

 

 李春と七絶の間に入った小太坊が苦笑交じりの口調で言った。

 

「小太坊様、お願いです。この俺に、この李春の身柄を下げ渡してください」

 

 七絶は逆上しているようだった。

 そう言えば、この男については、耳を削ぎ落としただけじゃなく、男性の性器の根元を紐で結んで、木の枝に繋いで放置するということもやった。

 やったのは宝玄仙だが、耳を斬られるだけでなく、男としての尊厳を奪われるようなあのときの仕打ちに、怒り心頭にきているに違いない。

 

「そうはいかん、七絶。この李春は俺たち駝濫一家に立てついた罰として、仕置きの真っ最中だ。それが終わった後の行き先も決まっている。お前に渡すわけにはいかんな」

 

「じゃ、じゃあ、せめて耳を斬らせてください、小太坊様。その代わり、奴隷十人……いや、二十人を揃えてみせます」

 

「駄目だ、駄目だ、駄目だ。耳がなくなれば見てくれが落ちる。奴隷としての価値が下がるじゃねえか。女奴隷の耳を舐めるのが好きな男だっているんだ。こいつには、女の穴や尻穴だけじゃなく、あらゆる身体の場所を敏感な性感帯に仕込んで最高級の性奴隷にするつもりなんだ」

 

「だったら眼はどうです。眼の玉がなくたって、性奴隷の価値に変わりねえ。それどころか、眼の見えない性奴隷は、肌が敏感だから値打ちがあがるはずだ」

 

 小太坊は肩をすくめた。

 そして、まだ床に倒れたままの李春に視線を向ける。

 

「こりゃあ、李春。お前も余程、恨みを持たれたものだな。あちこちで、男を相手に喧嘩を売るからこんなことになるんだ──。まあ、俺としても、この李春にしてやられた者のひとりだ。この女に悔しい思いをしたのはわかる。じゃあ、どうだ、七絶。一級品の奴隷三人で手を打とうじゃねえか。恨みを晴らさせてやろう──」

 

 小太坊がなにか企んだ表情をしながら、李春と七絶に交互に視線を向ける。

 李春は、もうなにを言われても感情を動かすことはやめようと心を定めて、黙ったままでいた。

 

「ほ、本当ですか、小太坊様」

 

 七絶が喜色を迸らせたような声をあげた。

 

「まあな……。ただし、耳を削ぐだの、眼の玉をくり抜くだのの身体を傷つけるのは駄目だ。この女については、女奴隷として売り飛ばす可能性もある。だから、そういう商品価値が落ちるのは承知できねえ。しかし、こいつの陰毛ならいい。どうせ、奴隷にするときは、剃りあげたうえに、二度と毛が生えないように処置するからな。それでどうだ、七絶? 奴隷三人で、李春の陰毛を剃り放題だ」

 

「……奴隷五人出します。その代わり、こいつの股間の陰毛を一本残らず全部毟らせてください、小太坊様」

 

「決まりだな」

 

 小太坊がにやりと笑った。

 李春は、自分を前にして行われる残酷な話し合いに血の気が引く思いだった。

 無表情を装って感情が表に出ないように激情を耐えていたが、どうしても、頬が引きつったように強張るのを感じる。

 

「じゃあ、李春を部屋の中に戻せ。今度は柱に縛りつけろ」

 

 李春は再び部屋の真ん中に連れ戻された。部屋にはさっきまで調教を受けていた広間に連れ戻された。

 一日かけて、淫靡な責めを受け続けて、身も心も木端微塵に打ち砕かれている李春には、もう逆らいの態度どころか、口答えひとつする気力もない。

 

 部屋の中には、さまざまな調教のための設備があったが、大きな丸い柱もそのひとつのようだ。

 李春は、その太い柱に背中を押しつけられて厳しく縛りつけられた。

 さらに両脚が閉じられないように柱を挟むように繋ぎとめられる。

 再び手も足も動かないように身体を緊縛された李春は、唇を噛みしめて、これから行われる残酷な責めを覚悟した。

 

「こんなことになるのも、すべてお前の日頃の行いが悪いからだ。これからは、心を入れ替えて従順な女になるんだな」

 

 小太坊はせせら笑って、李春の太腿の内側を手のひらで擦った。

 そして、七絶に向かって頷く。

 すると小太坊に代わって、七絶が李春の正面に立った。

 その周りを小太坊を含めた男たちが取り囲む。

 

「さて、じゃあ、李春、どうか股間の陰毛をむしり取ってくれと俺に言いな」

 

 その七絶が勝ち誇ったような口調で言った。

 李春はそれには応じずに顔を俯かせたままでいた。

 すると、その李春の顎を掴んだ七絶が、無理矢理に顔を自分に向けさせた。

 

「ほら、李春、なんとか言えよ。陰毛を毟ってくれと言わねえか」

 

 李春は歯を食い縛ってこの仕打ちに耐え、強い視線で七絶を睨んだ。

 それが残酷無残な責めを拘束した女に繰り返すという卑怯な連中に対する李春の唯一残された反抗のようなものだった。

 

「なにも喋らねえつもりか、李春?」

 

 七絶が、なにかを企んでいるような余裕の表情を李春に向ける。

 

「……ねえ、小太坊様、李春の調教のために、俺が渡したあの油剤はまだ残っていますかねえ?」

 

 七絶が小太坊に視線を向けた。

 

「おお、残っているぜ。あの油剤の痒さは、さすがの李春も骨身に染みたらしいな。今日の午後からは、あの油剤を塗り足されるのがいいか、それとも、俺たちの珍棒をしゃぶるのがいいかと訊ねたら、お願いだから珍棒をしゃぶらせてくれと泣いて頼みやがったんだ。だから、予定よりも減っていないはずだ。まだ、随分残っているぜ」

 

 小太坊が部下に命じて、油剤の入った甕を李春の前に持ってこさせた。

 李春ははっとした。

 この二日間、李春を痒み責めの地獄に追い込んだ悪魔の油剤だ。

 この油剤を身体に塗られたら最後、発狂したような痒みが襲う。

 李春は、その痒みを癒してもらうために、女の尊厳も羞恥もなにもかも捨てて、身の毛もよだつような男たちに媚び続けた。あの薬は七絶の調合したものだったのだ。

 

 七絶は、その甕を手に持って、中に入っていた刷毛で、その油剤をすくって李春の眼の前にかざした。

 この油剤だけは嫌だ──。

 李春の全身に恐怖が走る。

 

「ど、どうか、り、李春の股間の陰毛を剃りあげてください」

 

 李春は慌てて言った。

 

「剃りあげてじゃねえよ。むしり取ってくれだろうが。ちゃんと言わねえと、これを残り全部塗りまくるぞ」

 

 七絶が怒鳴った。

 

「──り、李春の毛を……むしってください……」

 

 李春は血を吐くような気持ちで言った。

 そして、耐えきれなくなって、込みあがった感情のままに裸身を震わせて泣いた。

 しかし、そんな李春の哀れな様子が愉しいのか、七絶だけでなく、周囲の男たちが一斉に笑い声をあげた。

 

「そんなにこれが嫌か、李春?」

 

 七絶が腕に持った甕の油剤をもう一度李春の顔の前にかざした。

 

「そ、それだけは……」

 

 李春の身体は本当に震えていた。

 これだけは本当に怖い。

 体が引き裂かれるようなあの痒みから逃れるためなら、もう李春はどんなことでもできた。

 自分を苛む男たちの肉棒を口で奉仕する屈辱など、この油剤で与えられる痒みに比べればどうということはなかった。

 

「じゃあ、たっぷりと塗ってやるぜ」

 

「ひいいっ」

 

 七絶は笑いながらたっぷりと油剤を吸い込んだ刷毛を李春の無防備な股間に塗りつけた。

 

「そ、そんなあ──ああっ……い、嫌……だ、誰か……誰か助けて──ひいっ──」

 

 李春は股間にあの悪魔の薬剤が塗られる感触に悲鳴をあげた。

 周囲の男たちがまた一斉に哄笑する。

 

「まあ、痒みくらいないと、陰毛をむしり取られる痛みには耐えられないと思うぜ。なにしろ、ここの毛をむしられるのは、相当に痛いらしいからな。李春、これから、お前は、何刻もかけて、それを一本残らず抜き取られるんだぜ」

 

 七絶が言った。

 そして、李春の股間を七絶の手が這い回り始めた。

 李春は歯を食い縛って、その感触に耐えた。

 

 さっき塗られたばかりの媚薬は、もう効果を及ぼし始めている。

 しかし、いまの疼きのような刺激はまだまだ序の口だ。

 これがもうすぐ発狂するような痒みになる。

 そうなれば、李春に残された理性は消滅する。

 もう、そこまで来ている。

 李春は、すでに塗られてしまった新たな油剤によって陥るであろう自分の痴態に怯えた。

 七絶の指が李春の陰毛を強く掴んだのがわかった。

 

「はがあっ」

 

 股間に激痛が走る。

 刃物で刺されるような激痛だ。

 あまりの痛さに顔が歪み、涙が顔を伝い落ちる。

 七絶がこれみよがしに、手のひらを李春にかざした。

 その指に李春の陰毛が数本挟まっている。

 

「もう一度だ」

 

 李春の股間に七絶の手が伸びる。

 

「あぎいっ」

 

 李春は今度も悲鳴をあげた。

 七絶が心から嬉しそうな顔をして、縮れ毛を再び李春の前にかざす。

 

「しかし、こりゃあ、さすがに俺ひとりじゃあ骨が折れる仕事だ。よかったら周りの皆さんも手伝ってくれませんか?」

 

 七絶が笑いながら言った。

 

「そうだな。じゃあ、お前たち、よってたかって李春の股間から毛を引き抜け。一本残らずな」

 

 小太坊が声をあげた。

 周囲の男たちが一斉に柱を背にして縛られている李春の股間に伸びる。

 李春は悲鳴をあげた。

 

 次から次に男たちの手が伸びて、李春の股間から陰毛が引き抜かれる。

 李春は、あまりの苦痛に恥も外聞もなく泣き喚いた。



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268 股縄せんずりの恥辱[五日目]

「もっと、腰を振れ、李春」

 

 尻に折檻用の竹が食い込んだ。

 李春は後手縛りで天井から吊られた身体を屈めて、両脚を踏ん張って懸命に腰を振り続けている。

 

 腰を振ると、股間に喰い込まされている随喜の玉が痺れるような快感を前後の穴に与えてくる。

 次第にのっぴきならない状態に追い込まれる李春は、込みあがる快感に声を出し始める。

 

「あ、ああっ……いく……いきます……」

 

 李春は声をあげた。

 いく前には、必ず申告しなければならない。

 だから、李春は叫んでいるのだ。

 

「おう、何度でもいきな。一刻(約一時間)は、そうやってせんずりを続けるんだ。昨日は四回だったから。今日は、六回はいけよ」

 

 朝っぱらから酒を呷っている小太坊が、酔った口調で言った。

 そして、その小太坊の合図で、李春の尻にまた、竹の折檻が加わる。

 痛さに顔をしかめながら、李春は懸命に腰を振る。

 最初の絶頂がもう少しでやってきそうだ。

 

「あひっ……い、いくうっ──あひいいぃ──」

 

 李春は身体を仰け反らせて、迸った快感に身体を震わせた。

 

「まず一回だな。休むなよ、李春」

 

 小太坊と周囲の男たちの笑い声が部屋の中に響く。

 李春は達したばかりの身体を休ませることもできず、再び腰を上下に振って快感を溜めはじめる。

 

 これが、必ず一日の調教を開始する前にやらされる日課だった。

 

 穴倉から引き上げられたら、すぐに股間に随喜縄を喰い込まされる。

 股間に喰い込む縄には瘤が作ってあり、それが前後の穴にしっかりと埋め込まれるのだ。

 そして、この調教部屋に連れ込まれて後手の縄尻を天井の金具に繋がれる。

 

 そして自慰だ。

 

 小太坊が許しを与えるまで、自分で腰を振っていき続けなければならない。

 自分で腰を振ることで、前後の穴から快感が込みあがり、大きな快美感が襲ってくる。

 自分でも一日ごとに自分の身体が淫乱に作り変わっているのがわかる。

 この瘤縄を使った自慰で、快感の絶頂に達する間隔がどんどん短くなっているのだ。

 特に、肛門で受ける快感が大きくなっていくのは自分でも驚くほどだ。

 そこから大きな疼きがやってくる。

 それが女陰の刺激と重なり、李春はだんだんと恍惚の状態になっていく……。

 

「ま、また、いきます──」

 

 李春は叫びながら二度目の絶頂に達した。

 そんな李春の尻振り踊りを、小太坊をはじめとする十数人の男が酒を飲みながら見物している。

 李春は、そんな卑劣な男たちの前でそんな浅ましい姿を晒して、自慰を続けなければならないのだ。

 

 今日で五日目だと思うが、李春の調教の流れはだんだんと定まってきたようだ。

 

 つまり、まず最初は、この縄瘤を使った尻踊りによる自慰だ。

 これでしっかりと李春の身体が蕩けるとともに、随喜縄から染み出た水分を敏感な部分に染み込まされる。

 

 そして、男たちによる本格的な調教が始まる。

 男たちが最初に李春を責めるのは肉芽と乳首だ。

 糸吊りによる筆責めをされるのだ。

 

 縄瘤による“せんずり”で身体をほぐした後に、李春は、床に仰向けに寝そべって拘束され直す。

 そして、肉芽と乳首を天井から糸で吊られて筆で責められる。

 動けば激痛が走るし、快感はどんどん増幅される。

 筆責めのときには、李春に与えられる快感は制御されたものになる。

 おそらく、筆責めの間はいかせてもらえないだろう。

 これによって快感への渇望を心に受け付けられる。

 

 また、この糸吊りは、肉芽を大きくするという目的もあるらしい。

 敏感な肉芽を持つ女奴隷は値が高くなるようだ。

 わずか五日目だが、李春の肉芽は以前よりもひと回り大きくなった気がする。

 

 それが数刻続く……。

 その後は休憩だ。

 

 だが、休憩するのは小太坊たちだけであり、李春は媚薬を飲まされて放置される。

 一日の調教の中で、もっともつらい時間だ。

 筆責めによりさんざんに刺激された挙句、一度も達することなく、さらに媚薬に身体の感度を上げられて、放っておかれるのだ。

 李春が悶え苦しむ間、男たちはそんな李春を囲んで昼食をとる。

 

 男たちの休息が終われば、やっと男たちによって熟れきった身体を責めてもらえる。

 もっともそれは、ひと通りの李春の口による男たちへの奉仕が終わってからだ。

 

 そして犯される。

 

 李春にとって待ちに待った時間だ。

 媚薬と焦らしによって快感に飢えた身体が解放されるのだ。

 憎い男たちの肉棒を受けて、その悦びに震えるなど恥辱以外の何物でもないが、その屈辱感が途方もない恍惚感に李春を浸らせる。

 

 男たちの輪姦が終われば、最後は尻の調教だ。

 

 尻に痒み剤を与えられて随喜巻きの張形で尻を掘られるのだ。

 使われる張形はだんだんと太い物に変わっているらしい。

 いまのところ、苦しいという感じはない。

 それよりも痒み責めにされた後で使われる尻の張形は女陰で受ける快楽よりも大きい。

 

 今日くらいから本物の肉棒を受け入れることを覚えさせると言っていたから、今日は肛門を犯されるのかもしれない。

 青おろちの巨根による肛姦は、それほど先の話ではないだろう。

 小太坊の言葉によれば、李春の身体はなかなかのものであり、肛門で快楽を受けるのに向いているらしい。

 普通は、一箇月くらいかけて拡張すべきものが、十日ほどで大丈夫になるだろうと言っていた。

 

 そして、一日が終わる。

 穴倉に戻ることが許されるのだ。

 

 竪穴に縄梯子を使って降りて、そこで食事をする。

 食事は、一日の調教が終わった後の、一日に一度だが、李春を飢えて苦しめるつもりだけはないのか、穴の底に準備されている食事は十分な量のものだ。

 水もふんだんある。

 大きな桶に一杯の水があり、それを飲むことも、身体を拭くことも許される。

 ただ、それを真っ暗闇でやらなければならないが……。

 

 そして、李春は泥のように眠る。

 

 やがて、朝が来て、調教の開始を告げる声がかけられる。

 大便と小便は、それまでに穴の隅に掘ってある排便用に穴にする。

 それをしていなければ、男たちの前でさせられる。

 一昨日は、ここに監禁されて以来、李春が大便をしていないということを知られて浣腸をされた。

 そして、前庭に連れていかれて、全員が取り囲む中で、庭に掘った穴に大便をさせられた。

 だから、今日は調教開始の前に穴の中で大便も済ませた。

 

 そうやって迎えた五日目だ。

 

 李春は腰を動かしながら、座って李春を眺めている小太坊に、誰かがなにかを耳打ちするのを見た。

 小太坊が膝を手で打って嬉しそうに笑った。

 

「おい、李春、また、新しい客がくるぜ」

 

 小太坊が大きな声で言った。

 李春はそれを三度目の絶頂に駆けあがる状態の中で聞いていた。

 また、李春に恨みを持つ男の登場だろうか。

 

 先日は、山街道で奴隷狩りをしていた七絶を懲らしめた仕返しで、その七絶によって股間の陰毛を全部むしられた。

 数刻かけて一本残らず抜かれた李春の股間は、真っ赤に腫れあがったが、いまはその七絶の塗り薬のお陰で腫れと痛みは引いている。

 ただ、翳りのなくなった股間が、この連中の奴隷に成り下がった自分の境遇を嫌でも認識させられるだけだ。

 

「あっ、ああっ……いく、いきます……」

 

 李春は叫んだ。

 なにも言わずに絶頂すると折檻が与えられる。

 痛みや苦痛による罰なら耐えられるが、快楽責めや媚薬責めによる罰には耐えられない。

 それらに対する恐怖は、李春の心に染みついている。

 

 ぐんぐんと腰を突きあげて、李春は三度目の絶頂をした。

 少しでいいから休憩したい。

 だが、こいつらはそれを許さないだろう。

 仕方なく達したばかりの身体をまた動かす。

 

「ほら、腰の動きが鈍くなったぞ」

 

 李春の腰が竹で鳴る。

 李春は身体を奮い立たせて腰をさらに振り動かす。

 酒盛りをしていた男たちが一斉に立ちあがる。

 誰かがやってくるようだ。

 李春も腰を動かしながら、全員の視線が集まる方向に視線を向けた。

 

 戸が開いた。

 頭領の青おろちだ。

 青おろちがここに顔を出すのは、二日ぶりだと思う。

 しかし、李春は、その青おろちに続いて入ってきた人物の姿を認めて、思わず身体の動きを止めて声をあげた。

 素っ裸で後手縛りにされた張天女(ちょうてんじょ)が男たちに縄尻を取られて部屋に入って来たのだ。

 

「おう、来たか、張天女──。こっちに来い。李春に遭わせてやる」

 

 小太坊が立ちあがって、男たちから縄尻を受け取って張天女を李春の眼の前に連れてきた。

 

「ちょ、張天女──」

 

 李春は驚愕した。

 だが、なぜ、ここに──という疑問はない。

 

 当然、駝濫の者は、いつかは張天女も浚う気でいたに違いない。

 李春を捕えた以上、それは十分に予想できた。

 そして、やっと捕えたということだ。

 

「な、なんで、張天女を──」

 

 それでも李春は、青おろちと小太坊に恨みの視線をぶつけた。

 もしかしたら、こうやって自分が大人しく連中のいう“調教”を受ければ、張天女には手を出さないかもしれないというかすかな期待はしていたのだ。

 だが、その期待は予想のとおりに裏切られた。

 

「李春、こいつはなあ、お前が浚われた後、しばらく逃げていたんだが、昨夜、俺の屋敷の周囲を探っているのが見つかり捕えられたんだ。とりあえず、味見をさせてもらったぜ」

 

 青おろちが言った。

 

「な、なんですって──」

 

 李春は自分の顔が怒りで引きつるのがわかった。

 怒りというのは久しぶりの感情だった。

 

「今日から、この張天女はお前と一緒に調教を受ける。それでここに連れてきた」

 

 青おろちは下品な高笑いをした。

 李春は歯噛みした。

 

「李春、じゃあ、奴隷の先輩として、お前の仲間にお前が縄で自慰をするのを見せてやりな」

 

 小太坊が李春の尻を思い切りはたいた。

 李春は痛みに顔をしかめたが、すぐに顔を小太坊に向けて睨んだ。

 

「そ、そんなことできるわけがないじゃないか──」

 

「うるせいっ──。いまのお前に口答えする権利があると思ってんのか。お前がやらなきゃ、お前の眼の前で、この張天女に地獄を遭わせる。張天女を少しでも楽にしたければ、素直にせんずりをしな」

 

 小太坊が怒鳴った。

 李春は悔しさに後ろ手の拳に力を入れた。

 

「大丈夫ですよ、李春さん……。そんなことする必要はありませんよ」

 

 いままで口を開かなかった張天女がそう言った。

 李春は、なんとなく張天女の物言いにいつもと違う違和感を覚えて、思わず押し黙った。

 しかし、張天女の発言に、青おろちや小太坊たちが反応した。

 

「なんだと、張天女──。お前、生意気なことをいうと承知しねえぞ」

 

「偉そうに言うんじゃないよ。さっき、一回犯したくらいで、女が大人しくなると思ってんの? あんたとの性交は吐気を覚えるほど気持ち悪かったよ──」

 

 張天女は叫んだ。

 いや、これは張天女じゃない──。

 なんとなくそう思った。

 

「このあま──」

 

 小太坊が、持っていた張天女の縄尻をぐいと引いた。

 張天女は小太坊に振り回されるように床に倒れたが、張天女の様子には追い詰められたものはなかった。

 次の瞬間、いままで張天女が立っていた足元の空間が少しだけ揺れた気がした。

 

「もう少し、余裕のある場所に出口作りなよ、朱姫」

 

 揺れた空間から突然出現したのは、孫空女だ。

 

「しょうがないじゃないですか、孫姉さん。あ、あたし、これでも、李春さんの前に連れて来られるまで我慢したんですよ。こいつに犯されたんですから」

 

 朱姫──?

 孫空女は、張天女を確かに朱姫と呼んだ。

 李春の頭は混乱した。

 

 孫空女は、すでに金色の棒を持っている。

 突然の出来事に、呆気にとられている男たちに孫空女が棒を振るい始めた。

 

 小太坊を始め、男たちが次々に吹っ飛んでいく。

 同じ空間から今度は沙那が出現した。

 

「よくやったわ、朱姫──。ご褒美あげるわよ」

 

 剣を抜いている沙那が部屋から逃げようとしている青おろちに追いついて、その頭を剣の平らな部分で打ちつけた。

 青おろちが、ひと言呻いてその場に崩れ落ちる。

 

 続いて、出現したのは張天女だ。

 張天女がふたり──。

 すると、やはり、最初の張天女は、なにかの道術で変身した朱姫なのか?

 

 後から出現した張天女が李春の名を呼びながら抱きついてきた。

 すぐに天井の縄尻が切断される。

 床に倒れる李春を張天女が泣きながら抱きかかえる。

 

 すでに部屋は、孫空女と沙那が圧倒している。

 立っている者はほとんどいなくなった。

 

 沙那が、青おろちと一緒にやってきた方の張天女に駆け寄り、その縄を切った。

 自由を得たその張天女の姿の女が、自分の指に嵌めていた指輪に触れた。

 すると張天女の姿が消滅して朱姫の姿になった。

 

 この間、本物の張天女が、李春を拘束していた縄を切断してくれている。

 後手縛りの腕がやっと自由になった。

 さらに股間縛りも外されて、前後の穴に喰い込んでいた縄瘤が取れる。

 李春は張天女にしがみついたまま声を出してしまった。

 

 恥ずかしさに顔が赤らむ。

 助かったのだ……。

 その思いが全身に拡がる。

 

「どうする、沙那?」

 

 孫空女は言った。

 すでに戦闘は終わっている。

 立っている者はおらず、孫空女が持っていた金色の棒もいつの間にかなくなっている。

 

「放っておいても、ここにも政府軍がやってきて捕まえると思うけど、頭領と小太坊は連れて戻れと、ご主人様に言われてるわ。ほかに、仕返ししたい男はいる、李春?」

 

 沙那がこっちを向く。

 李春はとりあえず首を横に振る。

 恨みを返した者は、ほかにもいるがここにはいない。

 

「それにしても、なんで、あんたらがここに?」

 

 やっと李春は言った。

 宝玄仙たち四人は、童姉妹に命じて隣国に船で送り届けたはずだ。

 

「その話は後よ、李春。じゃあ、戻りましょう──。孫女、青おろちと小太坊を抱えて来てくれる? 朱姫、また『移動術』をお願い」

 

 沙那が裸身の朱姫に振り向いた。

 

「ねえ、沙那姉さん。さっき沙那姉さんが言った“ご褒美”の話ですけど……」

 

「はっ?」

 

 すでにほかの方向を見ていた沙那が朱姫を振り返る。

 

「また、四日ということでどうですか? 皆さんで一日ずつということで──」

 

「ご褒美?」

 

 沙那がきょとんとしている。

 

「さっき、朱姫にご褒美だと言ったじゃないですか、沙那姉さん」

 

「えっ? わたし、そんなことを言った?」

 

「言いました、沙那姉さん──。ねえ、孫姉さん、沙那姉さんはご褒美だと言いましたよねえ」

 

「さあ、あたしはすでに戦っていたから……。でも、沙那がそう言ったんなら、沙那だけじゃないの。あたしは関係ないよ」

 

 孫空女が言った。

 

「と、とにかく、その話も後よ──。行くわよ、朱姫」

 

 沙那が怒鳴った。

 

 

 *

 

 

 気がついたときは、ここがどこだかわからなかった。

 

 どこかの小屋だと思った。

 その小屋の中に太い木杭が打ちこまれていて、大太坊はその杭に後ろ手に鎖で拘束されていた。

 両足首には枷が嵌められていて、金属の棒が挟まっている。

 大太坊は全裸にされていたので、股間の一物が地面に垂れ下がった状態になっていた。

 

 こうやって拘束されて半日以上になると思う。

 ここに連れてこられた記憶はないが、李春を監禁して調教をしていた郊外の建物に、捕えた張天女を連れていったときに、突然、武器を持った女たちが部屋に出現して乱入した。

 おそらく、あれは道術だったと思う。

 

 最初に金色の棒を持った背の高い女が現れて、次に栗色の髪の細剣の女が出現した。

 大太坊が覚えているのはそこまでだ。

 完全に気を失う前に、張天目の娘がふたりいた気もするが、その辺りの大太坊の記憶は混乱している。

 

 とにかく、気がついたら、素裸にされてこうやってこの小屋に拘束されていたのだ。

 大声を出しても誰も来ない。人が近くにいる気配もない。どんなに暴れても拘束された鎖や枷はびくともしない。

 このまま放置されるのではないかという恐怖が湧きはじめた頃に、やっと小屋の戸が開いた。

 

 やって来たのは、ふたりの女だ。

 ひとりは李春だ。

 険しい表情で大太坊を睨んでいる。

 もうひとりの黒髪の美女は、どこかで見た気もするが記憶はない。

 

「わたしは宝玄仙だよ」

 

 その女が言った。

 宝玄仙というのは、確か王都から流れてきた人相書きに描かれていた手配犯だ。

 それで顔を知っていたのだと思った。

 山街道で、李春とともに、小太坊を痛めつけた女たちの中に宝玄仙はいたと小太坊が言っていた。

 李春の船によってどこかに立ち去ったと思っていたが、まだ、この掲陽鎮にいたようだ。

 ならば、あの背の高い赤毛の女と細剣の栗毛の女も、その宝玄仙の仲間だったのだろう。

 

「立場が逆転したと言うことか、李春──。だが、あれだけ嗜虐の快楽を覚え込まされた身体だ。そうやっていると身体が疼くんじゃねえか? お前は裸で腰を振っているのがお似合いだぜ。そうやって、服を着るなんて奴隷に成り下がったお前にはもったいないぜ」

 

 大太坊は嘲笑った。

 李春の顔が怒りで赤黒くなった。

 

「俺をどうするつもりなんだ、李春? 仕返しに俺を調教するのか?」

 

 大太坊は笑った。ますます李春の顔が赤くなる。

 李春の赤面が、怒りのせいなのか、それとも、思い出す恥辱のせいなのかわからないが、それで少しは捕えられたという事実に対する溜飲も下がる。

 

「こっちに、連れておいで──」

 

 李春が小屋の戸に向かって叫んだ。

 戸からふたりの女に両脇を抱えられた小太坊が入ってきた。

 両脇は李春の仲間の童姉妹だ。

 そのふたりがぐったりとなった小太坊を抱えている。

 

「こ、小太坊──」

 

 大太坊はその童姉妹に挟まれた小太坊の姿に驚愕した。

 全裸で後手に拘束されているのは大太坊と同じだ。

 そして、足首にも短い鎖の繋がった枷が嵌っている。

 

 だが、大太坊が驚愕したのは、全裸の小太坊の股間だ。

 そこには当然あるべきものがなかったのだ。

 

 ふたつの睾丸はある。

 しかし、その中心にぶらさがっているべきものがなにもない。

 小さな穴のようなものがあるがそれだけだ。

 小太坊の肉棒がそっくりそのままなくなっている。

 大太坊は悲鳴をあげた。

 

「お前を放っておいて、すまないねえ、青おろち。こいつの肉棒を始末をするのに、手間がかかってね……。というよりは、あんまり、こいつが泣き叫ぶから、面白くてからかっていたんだよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「な、なにすんだ──?」

 

 その宝玄仙が大太坊に近寄ってきて、大太坊の股間に手を伸ばしたのだ。

 肉棒の根元が金属の輪のようなもので締めつけられた。

 

「な、なにを嵌めた。や、やめんか」

 

 肉棒に圧迫感が走り、大太坊は悲鳴をあげた。

 大太坊は、これから自分がなにをされるのかがわかった。

 あの哀れな小太坊の姿──。

 こいつらは、自分や小太坊の肉棒を去勢するつもりなのだ。

 大太坊は身体を暴れさせた。

 

「いま、お前のことを掲陽鎮の政府はお尋ね者として探しているよ。お前の組織や施設にも次々に軍の手入れが入って、駝濫一家は壊滅だ。お前らについては、すぐに軍に身柄を引き渡すつもりだ。だけど、それだと首を斬られるだけで、李春の気が済まないだろうからね。軍に処刑される前に、しっかりと酬いをくれてやるよ」

 

「や、やめてくれ。頼む──」

 

 大太坊は宝玄仙と李春に向かって叫んだ。

 あの眼は本物だ。

 本当に大太坊の性器が切断される……。

 

「心配しなくても、あんまり痛くはさせないよ。そのための霊具だ。これを締めたままなら、切断された後、あっという間に傷が塞がって血も止まる。痛くするのは好みじゃないからね──。じゃあ、いいよ、李春」

 

 宝玄仙が離れた。

 李春が黙ったまま、懐から小刀を出した。

 それを持って大太坊に近づく。

 

「や、やめてくれ──た、頼む──、李春。俺が悪かった」

 

 大太坊は悲鳴をあげた。

 その大太坊の肉棒を李春の左手が持ちあげた。

 そして、右手に持っている小刀の刃が肉棒の根元に当たる。

 大太坊は絶叫した。

 

「これをさんざんに舐めさせられたよねえ。こんな大きなものを喉に突っ込まれるのは苦しかったわ。だけど、なくなるのかと思えば、懐かしい気もするね──」

 

「り、李春、や、やめてくれ――。後生だ。た、頼むうう」

 

 大太坊は絶叫した。

 

「夜になったら、お前と小太坊は、城郭に運んで適当な場所に縛りつけておくわ。切り取ったお前らの肉棒は足元にでも置いておくよ。なにをされたか、城郭中の住民にわかるように素っ裸で目立つ場所に晒してやるから愉しみにしな」

 

「た、助けてくれっ」

 

「青おろちに、お別れだよ」

 

 李春が酷薄な笑みを顔に浮かべた。

 小刀がさっと動き、ぼとりと肉の塊が股間から離れる感触が身体に伝わった。



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269 刻まれた被虐癖

 十日が経った。

 

 あの五日の日々は、随分昔のことの気がする。

 たった、五日……。

 しかし、あの恥辱の日々のことは、しっかりと身体に刻み込まれた。

 

 昨夜、夢を見た。

 夢の中の李春は縛られていて、たくさんの見知らぬ男から身体を責められていた。

 張形で股間や肛門を弄くられ、李春は汚辱に苛まれなからも激しい快感に襲われていた。

 苦しさに目覚めると、股間がぐっしょりと濡れていた。

 

 李春は、寝台で久しぶりにひとりで自慰をした。

 淫らな身体にされたのだと思った。

 それとも、もともと、こんな淫乱さが本来の性質であって、あの五日間は、そのきっかけに過ぎなかったのだろうか。

 自慰をしても悶々として眠れず、それから酒を煽ってから寝直した。

 

 宝玄仙たちとの別れの日がやってきた。

 明日、童姉妹の操る船で去る。

 その前夜、張天女の料理屋で別れの宴ということになった。

 宝玄仙たちは、明日の朝、今度こそ本当に祭賽国(さいさいこく)を出立して船で朱紫国(しゅしこく)に向かうことになる。

 その前に、李春は、もう一度彼女たちに礼を言いたかったのだ。

 

 張天女の店の座敷席に、李春と張天女が準備した料理を並べ、宝玄仙、沙那、孫空女、朱姫の四人を招いた。

 童姉妹も来させたかったが、明日の出航ということになれば、彼女たちには準備があるので、あえては呼ばなかった。

 それに、童姉妹は明日から数日は、宝玄仙たちと同行するのだ。

 別れが必要なのは、李春と張天女だけだ。

 

 席は円形とした。

 上座も下座もない。

 李春は、席などどうでもよかったが、張天女がそうしようと言ったのだ。

 料理が並べられた席に座った四人に、いきなり李春は床に手をついて頭をさげた。張天女もそれに倣って頭をさげている。

 

「どういうつもりだい、李春?」

 

 宝玄仙が呆れたような声を出した。

 

「皆さんに、改めて礼を言います。わたしが、ここにこうしていられるのも、皆さんのお陰です。わたしは、女ひとりでなんでもできると思いあがっていました。その思い上がりが、今回のようなことを招いたんです。わたし自身の油断についても知ることができました。ありがとうございました」

 

 一瞬、しんとなった。

 しかし、すぐに沙那がその沈黙を破った。

 

「あなたも、わたしたちを助けてくれたわ。お互い様よ。それに、わたしたちは友達でしょう? 助け合うのにお礼はおかしいわ」

 

「そういうことだよ、李春。お前は、わたしが認めた友だ。また、必要があったら助け合おうじゃないか。とにかく、座っておくれ。お前たちがそうやっていたら食べられやしない」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 李春と張天女が席につき、宴になった。

 卓の上には、とても六人では食べられない量の肉料理、魚料理、山菜料理が並んでいる。

 精一杯の料理は、張天女の気持ちなのだろう。

 酒を嗜まない三人の供の前には果実水があり、宝玄仙と李春と張天女の前には蒸留酒がある。

 この前は、宝玄仙は酒を飲まないと思って出さなかったのだが、飲まないのではなく、飲んでも大して酔わないので飲む必要がないということらしい。

 それで今回は準備させた。

 李春が飲みたいのだ。

 

 それに、駝濫(だらん)一家の監禁から解放されて十日──。

 

 李春は、酒が必要な身体になっていた。

 酔わなければ眠れないのだ。

 あの数日の調教で受けた嗜虐の影響か、いまだに満足な眠りがない。

 なにかが李春の身体を不安で落ち着かない気持ちにさせるのだ。

 おかしな夢を見ては、身体を異常に熱くしてしまう。

 

 あの恥辱、あの屈辱、そして、あの快感……。

 

 それを忘れるために、酒に酔うことが必要なのだ。

 張天女は、酒を重ねるようになった李春を心配そうにはしているが、たしなめることはない。

 あいつはなんとなく李春の心の苦しみを理解してくれているような気がする。

 

「ところで、あの童姉妹もお前の猫というのは本当かい、李春?」

 

 しばらく取り留めのない話を続いた後、不意に宝玄仙が思い出したように言った。

 

「ま、まあ、そうですね、宝玄仙殿──。ときどき、そういうことをすることもあります。まあ、性愛というよりは、彼女たちとの情事は、運動のようなものですよ。性交をするときは、わたしが“立ち”になる場合が多い。それだけです。別に決まっているわけじゃないですよ」

 

 李春は言った。

 童姉妹との性交は、張天女を抱くときとは違う。

 快楽を得て汗をかきたいために行うのであって、愛情を確かめ合うための行為ではない。

 張天女を抱くときは逆だ。

 

 張天女を抱くのは、愛情を交わし合うためという気がする。

 李春は、張天女に対しては、自分のすべてを彼女にぶつける。

 張天女はそれを一心を受けとめる。

 それが嗜虐と被虐という性愛になる。

 

「じゃあ、童姉妹を借りていいかい? 前回はあっという間に掲陽鎮に戻ったから、そんな暇はなかったけど、今度は数日あるんだろう? あのふたりに、玉呑みと玉産みの芸を仕込んでおいてやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「もう、ご主人様──。余所の人にそんなことをするのは、自重してはいかがですか? それに、童姉妹はわたしたちを送ってくれるんですよ。酷いことしちゃ駄目ですよ」

 

 宝玄仙の横に座る沙那が、宝玄仙をたしなめた。

 

「なに言ってるんだよ、沙那。余所の人なものかい。わたしと李春は友達だよ。そして、あいつらは李春の猫だ。そうなれば、それをわたしが抱いたって問題なんかありはしないよ」

 

「抱くのと、玉芸とはまったく違うじゃないですか──。いい加減にしてください」

 

 沙那が怒鳴った。

 宝玄仙は大きな声で笑った。

 

「まあ、童威子と童猛子が承知したら、好きなようにしてください。彼女たちも、情事そのものには不平はないと思いますよ。わたしには、あなたたちに興味があるようなことを言っていましたから」

 

 李春は言った。

 宝玄仙は満足そうな表情をした。

 

「……それにしても、驚いたよ。あの穆公(ぼくこう)は、お前の犬だったんだねえ。男も女も両刀を使うとは、大したものさ」

 

 宝玄仙が笑って酒を口にした。

 

「それについても、お礼を言います。お陰でこの漁師部落も、これからはより積極的な穆家の庇護を受けることになりましたから」

 

 李春は言った。

 詳しいことは聞かないが、宝玄仙は、穆公を「説得」して、これまでの中立的な立場を捨てさせて、はっきりと李春を擁護するような行動をとらせたらしい。

 地方政府に対する影響力を駆使させて、駝濫一家がこれまでやってきた悪事に対する捕縛を実施させたのだ。

 

 その結果、駝濫一家はほぼ壊滅し、その縄張りとしていた場所は、李一家が預かることになったようだ。

 しかし、これで穆家がはっきりと李春の擁護者であることが明確になり、この漁民部落は、穆家の庇護を受けた独立した場所ということになった。

 李春が求めていたかたちになったといっていい。

 

 あの李保が、本当に李春を嵌めたのかどうかは、いまとなってはわからない。

 李保からは、謝罪と見舞いの使者が来て、あのとき李春を連れていったのが、偽の役人と軍だとはまったくわからなかったと釈明した。

 今回のことで、なにもせずに独り勝ちした感のある李家であるが、いずれは一矢報いる気ではいる。

 

「それにしても、てっきり連中は首を斬られるものだと思ったけど、牢城送りというのは罪が軽過ぎないかい?」

 

 孫空女が肉を頬張りながら言った。

 

「それがこの国の現実なのよ、孫空女。女を不当に奴隷にして売るというのは、罪には違いないけど、この国では重罪には当たらないのよ。主立つ幹部が牢城送りというのは、むしろ重い方よ」

 

 李春は言った。

 孫空女が言っているのは、駝濫一家に対する処罰のことだ。

 男の局部を切断して、城郭に放り捨てた青おろちと小太坊を含め、多くの幹部が軍に捕らえらたものの、その駝濫一家の幹部で処刑された者はいない。

 彼らの罪は、正式の奴隷ではない女を浚っては、奴隷として売り飛ばしていたというものだが、その罪は重いものにはならなかった。

 それに、彼らは、直接的な誘拐は、七絶のような者にやらせて、うまく証拠が残らないようにしていたのだ。

 そう言えば、その七絶もいち早く逃亡していて、いまのところ捕縛されたという話は聞かない。

 

「処刑されないのであれば、あのとき、殺した方がよかったんじゃないですか、ご主人様?」

 

 沙那が言った。

 

「そうだよねえ。男の性器を切り落とすなんて、一番残酷な仕打ちをしてから放り出すなんて、きっと、連中は脱獄してくるよ。そして、最初に李春のところにやってくるんじゃないのかなあ」

 

 孫空女も続けた。

 

「でも、言われてみれば、牢城送りということは脱走の可能性もあるということだね。確かに、復讐にくるかもしれない。ここに残ってやりたい気もあるけど、わたしらも手配犯だし、お前に迷惑もかかるしね」

 

 宝玄仙も心配そうな表情をした。

 

「それには及びません、宝玄仙殿。もう、わたしも油断しませんし、駝濫の連中が復活しても、太刀打ちできないくらいの武器と人を揃えます。それを簡単にやることができるくらいの財はあるんです。いままでは、溜め込んていただけでしたが、今回のこともあるし、しっかりと守りを固めるつもりですよ」

 

 闇塩で儲けた財は、かなりの金額になっているが使い道がなくて、溜め込んである。

 それを使うときだろう。駝濫一家が揃えていたような鉄砲で漁民部落を武装させるというのもひとつの手だ。

 童姉妹を中心にして、私軍の水軍を整えるということもいいだろう。

 

 独立する──。

 李春はこれからのことをそう考えていた。

 

 李家からも──。

 そして、この国そのものからも独立する。

 

 それは可能だと思う。

 それから他愛のない話をした。

 しばらくすると急に睡魔が襲ってきた。

 

 

 *

 

 

「寝たね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「後はわたしが世話をします」

 

 張天女は頭を下げた。

 

「これを鼻に嗅がせるといい。酒に仕込んだ昏睡剤は、あっという間に抜けて目を覚ますだろうよ」

 

 宝玄仙は粉薬の入った匂い袋をくれた。張天女はそれを受け取った。

 

「……それから、道術なしで扱える性具は、いろいろと揃えておきました、張天女さん。二階に置いてあります」

 

 朱姫だ。

 

「なにからなにまで──」

 

 張天女は頭を下げた。

 

「まあ、あのときは、朱姫も迷惑かけたようだからね。その詫び賃も入っている」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「迷惑って……。あ、あたしは──」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「黙りなさい、朱姫。確かに、お前が作った『変化の指輪』で張天女の姿に変身するために、張天女の絶頂した時の愛液を舐めなければならないというのは納得したわ。でも、気絶して痙攣が止まらないほど、責めたてる必要はなかったんでしょう──」

 

 沙那が朱姫を叱った。

 朱姫は、意気消沈した様子で顔を俯かせた。

 

 そうなのだ。

 張天女には霊具のことはわからないが、張天女が受けた説明によれば、朱姫は、宝玄仙の扱う変身霊具を改良して、朱姫の能力によって『変化の指輪』というものを作った。

 だが、朱姫の作った『変化の指輪』では、変身をする対象の絶頂をしたときの精液か淫液を飲まなければならなということだった。

 それには張天女も驚いたが、承知をするしかなかった。

 李春を救出するためには、どうしても、『移動術』のできる者が李春のいる場所に連れていかれるようにする必要がある。

 朱姫が張天女に変身して駝濫一家にわざと捕えられれば、青おろちはほぼ間違いなく、その張天女の姿の朱姫を、李春が監禁する場所に連れていくだろうと思った。

 そして、実際にそうなった。

 

 その後は簡単だった。あらかじめ刻んでおいた結界と、李春の前に連れていかれたときに新たに刻んだ結界を朱姫が繋いで『移動術』の道術を結んだ。

 その結界を遣って、孫空女と沙那と張天女が李春の救出のために乱入したのだ。

 

「じゃあ、わたしらはこれで行くよ。李春によろしく伝えておくれ」

 

 卓に突っ伏して眠っている李春に眼をやって宝玄仙は言った。

 

「またね、張天女」

 

「さようなら」

 

「李春さんと仲良くしてください」

 

 孫空女、沙那、朱姫が別れの言葉を言った。

 そして、微かに空間が揺れた気がした。

 宝玄仙の姿が消える。

 続いて三人の供──。

 あらかじめ結んであった結界を使って、『移動術』で童姉妹の待っている船に移動したのだ。

 

「なにからなにまで、ありがとうございます」

 

 張天女は誰もいなくなった空間に向かって、もう一度頭を下げた。

 

 

 *

 

 

 つんとする刺激臭を鼻に感じた気がする。

 李春は突然に頭がはっきりとして眼を開けた。

 どうやら眠ってしまっていたようだ。

 

「起きたのね、李春?」

 

 張天女の声がした。

 そして、ぎょっとした。

 眼の前に素っ裸の張天女がいる。

 そして、その股間には、男根を模した張形がついた革帯をつけている。

 そんな張天女が仁王立ちになり、腰を手をやって、真っ直ぐに李春の前に立っている。

 

「んんんんんっ──」

 

 どうしたのだと言おうとして、李春は自分の口がなにかの布を入れられて塞がれていることに気がついた。

 布の塊りを口に入れられて、その上から手拭いを噛まされている。

 

「それは気に入ってくれた、李春? 李春が口に咬えているのは、わたしの下着よ。李春の口に入れようと思って、昨日からずっと履きっぱなしにしていたのものよ。おしっこをしても、いやらしいことを考えて股間が濡れても、絶対に拭かないようにしていたの。だから臭いでしょう? でも、変態の李春にはお似合いよ」

 

 張天女が笑った。

 李春は、確かに口に入れられた布から強い汚臭がするのがわかった。

 そして、この時やっと気がついた。

 李春は猿ぐつわをされているだけではなく、全身を拘束されていた。

 そして、全裸だ。

 

 ただの拘束ではない。

 李春は素裸で椅子に座り、椅子の肘掛けに両腕と両脚を載せて縛られている。

 しかも、両脚は膝の上部を肘掛けに縛られて、これ以上ないというくらいに開脚縛りにされていた。

 胴体も首も椅子から離れないように縛られている。

 李春はあまりの無惨な自分の姿に、羞恥で自分の全身が赤らむのを感じた。

 

「いい眺めよ、李春。その李春のなんにも生えていないお股も素敵よ。これから毎日わたしが剃ってあげるわね、李春」

 

「んんんっ──」

 

 なにが起こっているのだろう。

 眠っている間に裸にされて拘束されたようだが、どういうことだろうか。

 ここは、さっきまで食事をしていた張天女の料理屋の二階のようだ。

 宝玄仙たちはどこに行ったのか?

 

 それにしても、張天女はどうしたのか──? 

 気でも違ってしまったのか──?

 

「さあ、これを見てごらん、李春」

 

 張天女が大股開きで椅子に固定されている李春の眼の前に巨大な姿見を置いた。そして、李春の後ろに回る。

 姿見に自分の姿が映し出される。

 

 毛を毟られて無毛になった股間も、数日の調教でひと回り大きくなった肉芽も、そして、いまでも疼く気がする肛門も──。

 それが無残に映し出されている。

 李春は恥ずかしさに眼を背けた。

 すると背後にいた張天女の指が李春の乳首と肉芽に喰い込んだ。

 

「んんっ」

 

 痛さで李春は身体を仰け反らせた。

 

「眼を閉じちゃ駄目でしょう、李春。しっかりと姿見を見なさい──。あら、痛いのが好きなの、李春? あなたのお股はさっきの刺激で濡れてきたわよ。本当は、李春は縛られていやらしいことをされるのが好きなんでしょう?」

 

 張天女が言った。

 

「んぐっ」

 

 李春は狼狽した。

 張天女の言葉を否定しようと思っても、否定のできない自分がいる。

 あの監禁から解放されて以来、自分の中で問いかけ続けたのが、張天女のいまの言葉だった。

 李春は、その自問自答を繰り返し、否定しては、その否定を疑った。

 

 そして、また、自分自身に訊ねる。

 もしかしたら、李春、お前は縛られていたぶられることに悦びを見出す身体になってしまったのではないかと……。

 

 そんなはずがない。

 あの卑劣な男たちに凌辱されて、恥辱を受け続けた日々──。

 それをこの身体が求めるなど……。

 

「んんんぐぅっ」

 

 再び乳首に張天女の爪が喰い込む。

 

「眼を逸らさないで、李春──。しっかりと自分を見るのよ。そして、自分で判断してご覧なさい。姿見に映しだされたあなたの股間を見てごらん。濡れているでしょう? ほらね。あたなは縛られて、苛められると興奮してくるのよ。それがいまのあなたよ」

 

 張天女が李春の耳元でささやく。

 本当に濡れている……。

 

 確かに……。

 自分に嘘はつけない……。

 

 張天女にも……。

 いま、李春は興奮状態になりつつある。

 あのときの恥辱が身体に蘇る。

 そして、それがどうしようもなく李春の身体を疼かせる……。

 

 淫らに責めて欲しい……。

 身体が疼く──。

 疼くのだ。

 

 熱い──。

 苦しい──。

 

「んんっ」

 

 峻烈な快感が襲った。

 張天女が李春の乳房を揉み始めたのだ。

 抵抗のできない李春の乳房が張天女の手により揉みしだかれる。

 激しい官能の波が襲いかかる。

 じわじわという快感ではない。

 一気に途方もなく大きなものが李春にやってくる。

 張天女の手がそんな李春の乱れを助長するかのように股間を愛撫しはじめる。

 あっという間に峻烈な刺激がやってきた。

 

「んぎっ」

 

「眼を逸らさないのよ、李春。しっかりと眼を開けなさい。じっと見るのよ。自分を見続けるのよ」

 

 眼を閉じた李春に乳首に張天女の爪が喰い込む。

 仕方なく李春は眼を開ける。

 

 李春の股間はますます淫らに濡れはじめる。

 それを見続けるのは、どうしようもなく恥ずかしい。

 

 濡れているのは張天女が与えている刺激によるものだけではない。

 李春の身体の内側からやってくるものがどんどん李春を追いつめている。

 

 身体が熱い……。

 沸騰するような興奮……。

 

 股間が焼ける……。

 お尻が疼く……。

 

「ふんんっ」

 

 姿見に映る李春の肛門が、張天女の指を深々と飲み込んだ。

 大きな快感に身悶えした李春によって、椅子ががたがたと揺れる。

 李春の肛門は、柔らかく張天女の指を飲み込んでいる。

 淫らな欲情が沸き起こる。

 

 張天女が李春を責め続ける。

 かなりの時間、そうやって李春は張天女の一方的な愛撫を受け続けた。

 あっという間に絶頂に達しそうになったが、するとすっと張天女の指が離れる。

 そして 、しばらくしてから責めが再開される。

 

 李春は狂乱した。

 

 しかし、姿見から眼を離すことは許されない。

 眼を逸らしたり、つぶったりすれば、容赦なく張天女の爪が李春の肉芽に食い込む。

 

「李春、犯してあげるわ」

 

 やっと前に回った張天女が李春に言った。

 李春の前に、股間に張形を付けている張天女の裸身が立つ。

 その張天女が李春の猿ぐつわを外した。

 口の中から張天女の下着が抜き取られる。

 

「さあ、言うのよ、李春──。どこを犯して欲しいの? いま、いちばん、犯して欲しいのはどこ? 自分に嘘は言わないのよ。わたしは、李春の望むことならなんでもやってあげるわ。どんな淫らな女にもなる。破廉恥なこともする。李春のためならなんにでもなるわ……。李春が必要なら、わたしは残酷で冷酷な嗜虐者になる。だから、言いなさい。どこを犯して欲しいの──?」

 

 張天女がじっと李春の眼を見つめながら言った。

 その視線が耐えられない。

 しかし、視線を逸らすこともできない。

 

「言いなさい、李春──」

 

 張天女が強い口調で言った。

 この瞬間、李春は思った──。

 張天女に征服されたい。

 

 なにもかも忘れさせてほしい。

 張天女のものになりたい……。

 

「お尻を──お尻を犯して……お願いします」

 

 李春は叫んでいた。

 

「……わかったわ。じゃあ、お前の汚らしいお尻を犯してあげるわ」

 

 張天女はそう言うと李春の股間に、自分の股間を押し出して張形を伸ばしてきた。

 李春の股間は興奮でこれ以上ないというくらいに濡れていた。

 

 女陰から溢れた淫液が肛門にも垂れ落ちていた。

 その愛液にまみれながら張天女の股間の張形が押し入ってくる。

 凄まじい快感が襲ってきた。

 

「あああっ──き、気持ちいいわ、張天女──」

 

 李春は叫んでいた。

 李春の肛門はほとんど抵抗なく張天女の股間のものを受け入れている。

 

「あ……ああっ……あああっ──」

 

 なにかがやってくる。

 張天女の股間の張形が律動を開始すると、怖ろしいほどの快感が李春に襲いかかった。

 

「い、いくっ──」

 

 李春は大声で叫んだ。

 真っ白い光が李春を包んだ。

 

「李春様──」

 

 張天女が感極まった口調で名を呼んだ。

 張天女──。

 

 李春もまた愛しい恋人の名を叫んでいた。

 快感が爆発する。

 圧倒的な淫情の波が李春を襲う。

 

「今日からわたしが李春様のご主人様よ──」

 

 張天女が叫んだ。

 

「ご主人様──」

 

 李春は大声をあげた。

 快感が弾け飛び、李春は恍惚の世界に自分を飛翔させた。

 

 

 

 

(第42話『女侠客無惨』終わり)






 *

【西遊記:67回、大おろち(うわばみ)】

 山道を進んでいた玄奘一行は、道の途中で老人とすれ違い、呼びとめられます。その老人は、この先は「七絶(ななぜつ)」と呼ばれていて、人が通り抜けられないと忠告します。

 さらに、その老人に説明を求めると、山道を塞いでいるのは、正体不明に化物だと教えられます。
 孫悟空と猪八戒は、玄奘と沙悟浄を待たせて、その正体不明の化物退治に挑みます。

 ふたりは、夜になるのを待ち、山の奥に進み、化物を待ち受けます。
 そこに現れたのは、巨大な大蛇(「おろち」、「うわばみ」ともいう。)でした。その途方もない大きさに、ふたりは苦戦します。
 戦いの果てに、孫悟空はそのおろちに飲み込まれてしまいます。
 しかし、それは孫悟空の策でした。
 身体の内側から、おろちを攻撃した孫悟空は、おろち退治に成功します。

 化物退治に成功した孫悟空と猪八戒は、玄奘たちに合流します。
 困っていた村人たちも喜び、玄奘たちのために、お礼の宴を開いてくれます。


 *


『水滸伝』:以下は、本来の水滸伝の登場人物の紹介です。

 李俊(混江竜)→李春
  闇塩密売をしていた掲陽鎮の侠客
  梁山泊入山後、水軍総帥。序列第二十六位
 張横(截江鬼)→張天女
  船頭家業の傍ら追剥をしていた水賊の長
  梁山泊入山後、水軍の将。序列第二十八位
 李立(催命判官)→(七絶)、(張天女)
  李俊の子分。宋江を毒殺しかけた居酒屋亭主
  入山後も梁山泊で酒屋を開く。序列九十六位
 童威(出洞蛟)→童威子
  李俊の子分で童猛の兄
  梁山泊入山後、主に水軍で活躍。序列六十八位
 童猛(翻江蜃)→童猛子
  李俊の子分で童威の弟
  梁山泊入山後、主に水軍で活躍。序列六十九位
 穆弘(没遮攔)→穆公
  李俊や張横と縄張りを接する侠客
  入山後、主に騎馬軍の長で活躍。序列二十四位
 穆春(小遮攔)→穆遮蘭
  穆弘の弟で侠客
  入山後、主に歩兵軍の将校。序列八十位


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 第43話  船旅調教【(どう)姉妹】
270 女船頭寸止め調教


「ご主人様、童猛子(どうろうし)さんを連れてきましたよ」

 

 あてがわれている船室の戸が開き、朱姫とともにやってきた童猛子は虚ろな表情をしていた。

 朱姫が『縛心術』をかけているのは明らかだった。

 

「さあ、童猛子さん、そこにある寝台に座るんですよ……。そうです。座ったら、服を脱ぎましょうか……。別におかしなことはないですよ。普通のことです。これから海に潜る準備をするんですから……。あたしたちのことは気にしなくていいです……。童猛子さん、あたしたちのことは石ころと同じです。まったく気にならないはずです……。そうです。あっ、脱いだものはそこの椅子にかけましょうか……。そうです……。いい子ですね……。下着も脱ぐんですよ……。脱いだら、寝台に横になりましょうか……」

 

 朱姫が童猛子の耳元でささやくように喋り続ける。

 童猛子は虚ろな表情のまま、朱姫に操られて服を脱いでいった。

 

 朱姫には、退屈だから童猛子か童威子(どういし)を連れて来いとは言ったが、『縛心術』をかけろとも、無理矢理に連れて来いとも言わなかった。

 朱姫は宝玄仙の意図を解釈して、故意に強引な手段で連れてきたようだ。

 宝玄仙は苦笑した。

 

 もっとも、宝玄仙もそのつもりだったから問題はない。

 さすがは朱姫というところだろう。

 

 童猛子と童威子の双子の姉妹は、李春の部下であり、手配犯である宝玄仙たち四人を船で隣国の朱紫国に運んでくれることになっている。

 出航したのは今朝早くであり、それから数刻が経って、すっかりと外は明るくなっていた。

 

 童姉妹たちの説明によれば、天候の不順などがない限り、朱紫国の海岸に宝玄仙たちを降ろせるのは五日後になるらしい。

 それまでは、あてがわれた客室でゆっくりしてくれればいいと言われたのだが、とりあえず退屈しのぎに童姉妹たちの味見をすることに決めたのだ。

 

 このふたりが李春という女侠客の愛人であることは宝玄仙も知っている。

 童姉妹は、宝玄仙たちがその李春と女同士の性愛に耽ったことを知っているので、普通に誘えば営みに応じるかもしれない。

 しかし、朱姫が選んだのは、そういう正攻法じゃないようだ。

 そして、朱姫のやろうとしていることは面白そうだ……。

 

「さあ、そろそろ、寝台に横になりましょうか、童猛子さん……。なぜだか、童猛子さんはそうしたくなるんですよ」

 

 朱姫がそう言うと、童猛子は特に抵抗なく寝台に横たわる。

 すると、朱姫は、童猛子の手首足首を寝台に四隅に準備した革紐で縛りあげた。

 

「なかなかにいい身体じゃないか……。李春も趣味がいいさ」

 

 宝玄仙は童猛子が仰向けに拘束されている寝台に腰掛けた。

 この船には船を操るための船員が十数人おり、そこには男もいれば女もいる。

 その指揮をするのが童姉妹であり、船の操縦を指図する童姉妹は、まさに男勝りであり女の雰囲気はない。

 

 しかし、こうやって服を脱がしてしまえば、官能美を湛えてむっちりと締まった太腿も丸く豊かな胸も、そして、優美でしなやかな身体の線も実に女らしい。

 それが四肢を拡げて全裸で仰臥している。

 

「ふふふ……ご主人様、少なくとも三刻(約三時間)は、童猛子さんがいなくても、童威子さんは怪しみません。船の操作にも問題はなさそうです」

 

 朱姫が悪戯っぽく言った。

 

「童威子にもなにかしたのかい、朱姫?」

 

「ちょっとばかり、『縛心術』にかけただけです。ここに呼ぶこともできますよ。ふたり並べて調教するというのも面白いかもしれませんね。どうします?」

 

 朱姫が意味ありげに微笑んだ。

 

「やめとくさ。ここで姉妹をいたぶっているあいだに、船がひっくり返りでもしたら困るからね」

 

 宝玄仙は応じた。

 まあ、とにかく、数刻は邪魔をする者もいないということだ。

 この船室に限り、宝玄仙の結界で覆っている。

 童猛子が悲鳴をあげようとなにをしようと、その悲鳴は外には漏れない。

 ここでやっていることに気がついて、不満を言いそうな沙那は、孫空女とともに船酔いで苦しんで隣の寝室で寝ている。

 さっき覗いたが万が一にも外には出こないだろう。

 

「朱姫、そろそろ『縛心術』を解きな」

 

「いいんですか、ご主人様?」

 

「半ば眠ったような女をいたぶっても面白くはないね。遊ぶだけ遊んだら、また、『縛心術』で記憶を閉じればいいさ」

 

「なるほど……」

 

 朱姫はそれですべて悟るだろう。

 こと嗜虐に関しては、朱姫とは通じるものがあると思っている。

 

「それじゃあ、責める間は、わたしたちのことがなにもわからなくするというのはどうですか、ご主人様? 李春さんの客じゃなくて、知らない人間に襲われていると思わせたら面白いじゃないですかねえ」

 

 朱姫が解こうとした術式をやめて、宝玄仙に視線を向けた。

「朱姫──」

 

 宝玄仙は朱姫の思いつきに思わず声をあげた。

 

「お前ってやつは、いつもいつも、本当にいいことを思いつくよ──。素晴らしい。すぐやりな」

 

 宝玄仙はにんまりとした。

 これだから、朱姫と一緒に誰かを嗜虐するのは愉しいのだ。

 

 朱姫はすぐにとりかかった。虚ろだった童猛子の顔が生気を取り戻す。

 しかし、実際はまだ術式は解けてはいない。

 それは偽りの解術であり、朱姫の与えた暗示によってまたすぐに『縛心術』にかかった状態にできる。

 

 そういう意味では、宝玄仙は朱姫が沙那や孫空女にかけた『縛心術』を一度も解いたことがないことを知っている。

 朱姫は、幾重にも術式をかけて、ちょっとした暗示の言葉だけであのふたりをあっという間に『縛心術』にかけられるようにしているのだ。

 朱姫にとってはちょっとした悪戯なのだが、沙那と孫空女に言えば真剣に怒るだろう。

 だから、黙っている。

 もしかしたら、宝玄仙にも『縛心術』の破片を残したままでいるのかもしれない……。

 

「な、なに、これ──?」

 

「気がつきましたか、童猛子さん……。なにが起こったのか、まったく理解できないかもしれませんけど、童猛子さんはあたしたちの慰みものになったんです」

 

「な、慰み者……な、な、なに言ってるんだい──? と、というよりは、お前ら誰だい──。なんでこんなことになってんだい──?」

 

 童猛子の激しい動揺が伝わってくる。

 宝玄仙は笑いを堪えるのに苦労した。

 

 宝玄仙が女を嗜虐的な抱く趣味があることは、もともと、童猛子と童威子に李春が説明しているはずだ。

 童姉妹と李春は身体をともにする間柄であり、宝玄仙と李春もまた身体を合わせる間柄になったことから、童姉妹が宝玄仙をこの船旅で性的な接待をすることはほぼ合意の話である。

 

 だが、それだと面白くないから、『縛心術』で遊ぼうという朱姫の発想は愉しい。

 なによりも、宝玄仙は、気の強い女が嫌がるのを無理矢理に嗜虐するのが好きなのだ。

 

「なにって、ここは奴隷商会ですよ。童猛子さんは浚われて、奴隷として売られるところです。ここで身体の感度の検査をして値段を付けられることになっています」

 

 奴隷商会どころか、ここはこの童猛子自身が船頭のひとりである船だ。

 朱姫がまた馬鹿なことを言っていると思ったが、朱姫は手を童猛子の顔にかざしておかしな動きをさせている。

 『縛心術』で暗示をかけているのだとわかった。

 

「お、お前たち、この奴隷商会の者かい──。あ、あたしを誰だと思っているんだい。しょ、承知しないよ──」

 

 童猛子が拘束された革紐を揺すりながら怒鳴った。

 しかし、その表情には追い詰められているという悲痛なものがある。

 

「じゃあ、そろそろ、味見をどうですか、ご主人様──。童猛子さんもお尻の穴まで覗かせて早く、早くって言っているようですよ……。そろそろ、料理してあげてください」

 

「ち、畜生──。や、やれるものなら、やってごらん──。後でどうなるか覚えてなよ──」

 

 童猛子は喚き散らしたが、こうなってしまえばどんなに暴れてもどうしようもない。

 本当に嫌がる女を無理矢理に嗜虐している気になる。

 これは愉しい……。

 

「さて、じゃあ、ちゃんとした性奴隷になれるかどうか点検してみようかね……」

 

 宝玄仙は童猛子の乳房をゆっくりと擦り始めた。

 

「あ、くうっ……」

 

 童猛子が歯を食いしばって宝玄仙の手を避けようと身体を避けた。

 しかし、避けた反対側には朱姫がいる。

 朱姫は宝玄仙が責める反対側から童猛子の筋肉質の身体を手のひらで柔らかで微妙な朱姫独特の愛撫を加えだした。

 朱姫は童猛子に切ないような焦れったさを与えるために、指先で女陰の縁をなぞり、肛門をさりげなくまさぐったりしている。

 

「うっ……あ、ああっ……」

 

 童猛子があっという間に身体に快感を溜めだした。

 だが、それが童猛子には不本意なのだろう。

 全身を真っ赤に染めて悔しそうにしている。

 

「ねえ、ご主人様、随分と淫乱な体質の奴隷ですね。きっと高く売れますよね」

 

「そうだね、朱姫──。せいぜい、この女の悦ぶような色情魔のご主人様に売り飛ばしてやるさ。やりすぎて一年ほどで擦り切れるかもしれないけどね」

 

 宝玄仙はわざとらしく言う。

 

「ふ、ふざけるな──。こ、この──」

 

 童猛子は悪態をつくが、宝玄仙と朱姫の百戦錬磨の愛撫を左右から受ければひとたまりもないようだ。

 すっかりと欲情して宝玄仙と朱姫の指がどこに触れても激しく全身をうねらせるようになった。

 

 宝玄仙は貴重品でも扱うように繊細で念入りな愛撫を胸を中心として与えた。

 朱姫はそれに合わせるように、濃密な恥毛をまさぐり、一枚一枚剥ぐように童猛子の羞恥を露わにしていく。

 

「ふふふ、ご主人様、もう、すっかりと溶けてしまったようですよ。どうします──。このままいかせますか? それとも焦らしますか……?」

 

 朱姫がそう言って、童猛子の乳房を柔らかく揉みあげている宝玄仙に視線を向けた。

 

「このまま引導を渡すのは簡単だけど、こいつが、お願いだからいかせてくれと叫ぶまで焦らし続けようかね」

 

 宝玄仙はふたりの手管に次第酔ったように悶えだしている童猛子を眺めて言った。

 わざわざ言葉にしているのは、身体から突きあがった官能の昂ぶりに苛まれて、寝台に縛られた身体をもじつかせている童猛子に恥辱を与えるためだ。

 

「まあ、そういうわけだから、いきたくなったら遠慮なく叫んでください……。お願いだからいかせてちょうだい……って言うんですよ。いかせてちょうだいですよ、童猛子さん」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 童猛子はもう激しく喘ぎながら悲痛な顔で上気した顔を左右に振っている童猛子にささやいている。

 その間も宝玄仙と朱姫の愛撫は少しも休んでいない。

 こんな女ひとりを宝玄仙と朱姫のふたりがかりで責めたてるなど簡単なことだ。

 

「あ、ああ……ふ、ふざけるな……ああっ……」

 

 朱姫にからかわれ続ける童猛子は悲痛な表情だ。

 

「あらっ、いきたいって、言わないつもりなんですか? そんなこと無理ですよ。あたしたちは、これを三刻(約三時間)も四刻(約四時間)も、あるいはもっと続けることができるんですよ……」

 

「な、なにを……あああっ、んはああっ、んんんっ」

 

「……ほらほら、もういきそうですか? でも、いけないですよ……。何度も何度も失神するほど絶頂させることでもきるし、この宙ぶらりんの状態のままずっといさせることもできるんですよ……、ふ、ふ、ふ、あんまり、駄々捏ねると、二度と絶頂できないように道術をかけてしまいますね」

 

 朱姫がそう言いながら童猛子の耳を舐め、息を吹きかける。

 そして、その舌をうなじから乳房の横を通り、脇腹を舐め、そして、ねっとりと股間をすするように口を使ってから、今度は足の指先まで口づけを続けながら下がげていく。

 童猛子は悲鳴のような嬌声をあげ、全身を左右に大きく悶えさせながら全身を弓なりにさせた。

 

「こうやって、無抵抗の身体を知らない女にいたぶられるというのはどんな気持ちですか、童猛子さん? あたしたちは、童猛子さんを奴隷にして売り飛ばそうとしている奴隷商人なんですよ。そんな悪人の手管にそんなによがったりして悔しくないんですか?」

 

 そう言ってくすくとと笑う。

 宝玄仙は朱姫の手管にも、その言葉責めにも内心で感心していた。

 

「ご主人様、ここも見てください。今度はここを中心に苛めませんか?」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら童猛子の肛門に軽く指を入れてくるくると回した。

 

「んああっ、や、やめえっ」

 

 童猛子はもう朱姫の手管にすっかりと落ちてしまい激しい反応を示した。

 

「じゃあ、わたしが担当してやるよ」

 

 宝玄仙は朱姫が責めかけていた童猛子の後ろの穴を指で愛撫し始めた。

 その部分を強く、弱く繰り返し刺激すると童猛子は、たちまちに激情の嵐を示しだした。

 

 その間も朱姫は童猛子の全身の性感帯を探るようにあちこちを責めたてている。

 童猛子は悲鳴そのままの声をあげて悶え暴れた。

 

 それから一刻(約一時間)――。

 ふたりがかりで童猛子を責め続けた。

 宝玄仙が肛門を繰り返し刺激し、朱姫は全身を軽い刺激で広く責めたてる。

 それでいて童猛子が絶頂を極めそうになると、ふたりともそれをかわすように愛撫の場所を変える。

 それを果てしなく繰り返したのだ。

 

 童猛子は半狂乱になった。

 脂汗を流しながら拘束された革紐を引き千切らんばかりに暴れ回った。

 しかし、一刻(約一時間)後には、そうやって暴れることもできなくなった。

 宝玄仙と朱姫の手腕の前に哀れにすすり泣くくらいしかできなくなっていた。

 

「どうですか、童猛子さん……。そろそろ、気をやりたいですか?」

 

 童猛子の息が不規則で苦しそうになったところで朱姫が言った。

 

「……お、お願い、いかせて……」

 

 ついに、童猛子が言った。

 繰り返されたぎりぎりの寸止め攻めにもう意識が半分飛んでいるような状態だ。

 『縛心術』に関係なく、もう自分でもなにを言っているかよくわかっていないだろう。

 

「違いますよ。いかせてちょうだいですよ。もっと、子供がねだるような言葉を使ってください、童猛子さん」

 

 朱姫がさらに責めたてる。

 童猛子のような気の強い女にとって、そんな言葉遣いをするのは屈辱だろう。

 しかし、童猛子はもはや抵抗の素振りもなく朱姫に言われたままの言葉を口にした。

 

「──お、お願い。いかせてちょうだい……。お願い……ああっ……い、いかせて……ちょうだい……いかせて……」

 

 そして、同じ言葉を繰り返し喋らされている。

 これにより、朱姫の『縛心術』はさらに深いものになっていくということを宝玄仙は知っていた。

 この船旅が終わった後で童猛子に再会する機会があるかどうかわからないが、おそらく、朱姫の暗示ひとつで股間から愛液が垂れ流れるような暗示くらいは残していくつもりに違いない。

 

「じゃあ、ご主人様に口づけをするんです、童猛子さん……。逆らうとご褒美はあげませんよ」

 

 朱姫がそう言うとまるで操られるように童猛子は涎の垂れ流れる口を半開きにした。

 宝玄仙はその童猛子の唇に唇を合わせるとたっぷりと童猛子の口中を刺激しつつ、その舌と唾液をすする。

 その間、今度は、朱姫が童猛子の肛門を愛撫している。

 

 童猛子に、最初のときのような抵抗はない。

 もう、観念してすっかりと朱姫や宝玄仙の責めを受けて入れている。

 

「お前、悔しくはないのかい……。お前を捕らえたわたしたちの性の軍門に下ろうとしているんだよ」

 

 宝玄仙も朱姫の設定したおかしな想定に合わせて童猛子に言った。

 

「く、口惜しいよ……。口惜しいけど……もういい……。好きなように責めて……」

 

 童猛子が吐くように言った。

 

「あら、だったら、あたしにも口づけをしてください、童猛子さん」

 

 今度は朱姫が童猛子に唇を合わせた。

 童猛子は拒否する素振りも見せずに朱姫に唇を吸われるに任せている。

 宝玄仙は童猛子の乳房を揉みほぐし、真っ赤に勃起している肉芽をくるくると回した。

 

「んんんんん──」

 

 童猛子が身体を機械仕掛けのように弾かせて弓なりにした。

 しかし、宝玄仙はぎりぎりのところで、また愛撫をやめた。

 一刻(約一時間)も寸止め責めを続けている。

 童猛子の身体の反応は知り尽くした。

 その童猛子をぎりぎりのところで保ち続けるのは簡単なことだ。

 

「さあ、じゃあ、そろそろ、いかせてあげますね、童猛子さん」

 

 唇を離すと朱姫はそう言った。

 しかし、そう言っておきながら朱姫は宝玄仙に目配せをした。

 宝玄仙は、それでまだ朱姫が童猛子への焦らし責めを続けるつもりであることがわかった。

 

 それからは、次こそいかせるとささやきながら、またふたりがかりで責めた。

 

 童猛子が恍惚な甘美感に浸り、頂上を極めかかると責めを弱くする。

 それでいて、じっくりと肛門への愛撫は継続して、その部分への刺激は継続させる。

 宝玄仙も女への愛撫には自信はあるが、朱姫の技巧もなかなかに卓越している。

 わずか二十歳そこそこの年齢でこれだけの性の技というのは、やはり、彼女には淫獣の血が流れているからかもしれない。

 童猛子はさらに狂ったような様子になった。

 

「いやあっ……や、やめないで──」

 

 あと一歩というところで昂ぶりを冷やされるということを繰り返され、完全に号泣しだした。

 もう、そこには童威子とともに荒くれの船乗りたちを束ねる女船頭の片鱗はまったくない。

 

「随分と乱れましたね。じゃあ、一度、掃除をしませんか。こんなにぐっしょりじゃ可哀そうですから」

 

 すすり泣きが止まらなくなった童猛子に対して朱姫が言った。

 朱姫が取り出したのは二本の刷毛だ。

 つまりはこれでまだ、焦らし責めを続けるつもりなのだ。

 

「掃除が終わったら、今度は気持ちによくなる塗り薬をたっぷりと塗ってさしあげます。特に、後ろの穴にはたっぷりと……。そして、また、気を失うまで寸止めをしてあげます。今日は、そこまでです。それが終わったら、暗示をかけて戻してあげますからね……。でも、記憶を失っても、全身が千切れるような疼きはそのままだと思いますけど……。耐えられなくなったら、またこの部屋に来るんです──。そして、また、こうやって、気絶するまで責めてあげます。ふ、ふ、ふ……そうやって、完全に狂うまで、その身体にあたしたちの責めを刻み込んであげますね──」

 

 朱姫が童猛子を責めながらそう言った。

 童猛子は泣きじゃくっている。

 さすがの宝玄仙も朱姫の残酷さに鼻白む気がした。

 

 だが、これでこの船旅は退屈とはほど遠いものにはなりそうだ。

 宝玄仙は朱姫に感謝する気持ちになりながら童猛子への責めを再開した。



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271 双子なぶり

 船旅も三日目の夜になっていた。

 

 いま、朱姫は、宝玄仙とともに童猛子と童威子を責めていた。

 二日目までに、『縛心術』を併用しながらの責めで、童猛子を完全な性奴隷の状態にすることに成功していた。

 いまは、『縛心術』は不要になり、すっかりと術を解いていたが、童猛子が完全に軍門に堕ちたという事実には変わりはなかった。

 

 二日目の午後からは、呼び出しに双子の姉の童威子が加わった。

 童猛子には、『縛心術』をかけて半分操った状態で責めるということをしたが、童威子については、完全に堕ちている童猛子を見せるというだけにした。

 

 朱姫には童威子が、童猛子以上にかなりの被虐性を持っていることに気がついていた。

 それで予告なしに童威子を宝玄仙と朱姫があてがわれている船室に連れて行き、完全に責められる肉欲の虜になっている童猛子に会わせたのだ。

 童威子は、薄々、童猛子が宝玄仙や朱姫の性行為の相手をしていることには気がついていたようだが、李春に諭されていたこともあり、黙認をしていたのだ。

 しかし、全裸に縄をかけられ犬のように宝玄仙の身体を舐め回すという奉仕を喜々としてやっている童猛子を見て、童威子は腰が砕けたようになってしまった。

 

 朱姫は童威子をしばらく部屋の隅に座らせて、朱姫と宝玄仙がふたりがかりで後手縛りの童猛子を責めるところをただ眺めさせた。

 繰り返し狂乱の様子で汗まみれになって連続絶頂を続ける童猛子に、童威子はすっかりと呑まれた状態になってしまった。

 頃合いを見て、朱姫は嫌がる童威子を襲って、その下袴を無理矢理に剥いで下着の中に手を入れた。

 童威子は抵抗したが、その力は強いものではなかった。

 

 童威子の股間は、童猛子が責められているのを見るだけですっかりと濡れていた。

 そのあまりのぐしょぐしょさは、かえって哀れさを感じる程だった。

 童威子には、『縛心術』を遣って嗜虐を受け入れやすくする必要はない──。

 そう考えた朱姫は、彼女たちの頭領である李春もこのことは承知のことだという言葉だけを言った。

 それだけで、童威子は朱姫と宝玄仙の嗜虐を受け入れることに同意した。

 その瞬間に、童姉妹は完全に朱姫たちの性奴隷になった。

 

 もっとも、ふたり揃って責めるということはあまりできない。

 彼女たちはこの船の船頭であり、彼女たちの両方を嗜虐すれば船の運航が危うくなる。

 それで、昼間はどうしても片方ずつしか責めることができなかった。

 両方を並べて責めるのは夜だ。

 

 祭賽国から朱紫国に向かうにあたって童姉妹は、陸地を見ながら沖合に進むという航法を使っていた。

 夜に星を見ながら進むということも可能なのだが、それほど急ぐ理由もないし、陸地から離れれば海賊に襲われる心配も高くなる。

 それで陸地が観察できる昼間進み、夜は安全な沖に停泊するということをやっていたのだ。

 そのため、夜間になれば、見張りを除いて船員たちは船室に入って休むことになる。

 童姉妹はなにかが起きたときに指図をすればいいということになるので、事実上暇なのだ。

 すると当然、ふたりして朱姫と宝玄仙に責められるということになる。

 この夜も、童姉妹は宝玄仙と朱姫の部屋に呼び出されていた。

 

「お、お願い──外して──外してください──」

 

 童猛子が天井から吊られた両手を激しく揺らして悲鳴をあげている。

 全身は汗びっしょりで、その姿は狂気じみている。

 部屋を結界で覆っていなければ、その悲鳴にとうの昔に隣室の沙那たちばかりでなく船員たちが殺到しているだろう。

 しかし、どんなに叫んでも、この部屋の音は外には聞こえない。

 

 童猛子は束ねた両手を天井から吊られて部屋の真ん中に立たされて、さっきから外してくれと悲痛な声をあげている。

 童猛子が苦しんでいるのは股間の前後の穴に挿入された二本の張形だ。

 もう二刻(約二時間)は童猛子の股間で暴れ回っている。

 童猛子はその激しく動く張形が外れないように革の貞操帯も股間に装着されていた。

 童猛子は、それを外してくれと哀願しているのだ。

 

「何度、言えばわかるんだい。外したくても、お前に履かせている貞操帯を外す鍵はここにはないんだよ」

 

 椅子に座って童猛子の狂態を眺めている宝玄仙が笑った。

 

「だ、だって……あ、ああ……い、いく……いかせて……いかせて……いくうっ……」

 

 童猛子が数十回目くらいの絶頂への痙攣を始め出した。

 しかし、決して最後まで達することはできない。

 宝玄仙の施した張形は、二本とも絶頂寸前で動きをとめてしまう道術がかかっているのだ。

 そして、しばらく童猛子の身体の快感が冷えるのを待つ。

 そうやって童猛子の快感の炎がとろ火になると再び激しく責めたてる。

 それを繰り返されて、童猛子は悶え苦しんでいるところなのだ。

 

「ああ……だ、だめええっ……い、いけない……こんなの……こんなのあんまりよ……た、助けて……もう、限界……」

 

 童猛子がやがてがっくりと身体を脱力させて呻いた。

 また、張形が止まったのだろう。

 それが再び動き出すのはしばらく後だ。

 

「もう、寸止め責めが病み付きになったんじゃありませんか、童猛子さん──。もうすぐ、鍵をお姉さんの童威子さんが持ってきてくれますからね。それまで頑張るんですよ」

 

 朱姫は童猛子に近づくと無防備なふたつの乳房を背後からわし掴みにして揉んだ。

 童猛子の悲鳴はますます激しくなる。

 

「ど、童猛子──」

 

 童威子があまりに常軌を逸したような双子の妹の名を呼ぶ。

 童威子がこの部屋にやってきたのはほんの少し前で、彼女はこの部屋にやってきて、すでに数刻責められ続けている童猛子の悲惨な姿を見せられた。

 彼女が苦しんでいる張形のことも、それを外すには貞操帯の鍵を外さないことも教えた。

 そして、朱姫は、その貞操帯の鍵を昼間のうちに船頭室に隠したので、与えた服を着てそれを取りに行けと童威子に命令したのだ。

 

「ところで、そろそろ、童威子さんは着替え終わったんですか?」

 

 朱姫は部屋の隅で朱姫の与えた服を身に着けていた童威子を見た。

 

「お、終わったけど……。こ、こんなの……」

 

 童威子は自分の姿に羞恥の震えをしている。

 袖なしの短い下袍の丈部分の薄物の貫頭衣一枚──。

 

 それが童威子に着ることを強要した服だ。

 ふたりがいつも来ている船頭としての男服や下着はこの部屋にやってきたときにすぐに脱がせて鍵をかけた戸棚にしまっている。

 だから、朱姫が与えた服を着なければ、童威子は部屋の外に行くことができない。

 

 そして、朱姫が与えたのは、男勝りの童姉妹が一度も着たことがないような破廉恥な服だ。

 普段、男の船頭の格好と振舞いで船員を仕切っている童威子には、そんな女の服装──、しかも、腿も露わな際どい服装で船員の前に出るのは恥辱以外のなんでもないだろう。

 だが朱姫は、童威子はそれに応じるだろうと思った。

 

 彼女の本質には隠れた被虐癖が眠っている。動機づけさえ与えれば、彼女はそれに乗る。

 その確信が朱姫にはあった。

 

「童威子、さっさと朱姫と一緒に行ってきな。鍵をただ取りに行くだけだろう。裸で行けと言っているわけじゃなし、つべこべ言うと、本当に裸で部屋の外に放り出すよ──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 それで終わりだった。

 童威子はうな垂れて朱姫と船頭室まで戻ることに同意した。

 

「ところで、童威子さんには、ふたつにひとつを選ばせてあげます。下着を付けずに部屋の外に行くか、それとも両手の親指を背中側で縛って行くかです。どっちがいいですか?」

 

 朱姫は意地悪く言った。

 童威子は貫頭衣とともに朱姫が与えた下着を身につけさせている。

 それをこの場で脱いでいくか、それとも両手を拘束されて行くかどちらかを選べと言ったのだ。

 童威子の顔に恐怖が浮かんだ。

 

「こ、こんな短い下袍で下着なしに行けるわけがないでしょう、朱姫──」

 

 童威子が蒼い顔して声をあげた。

 

「だったら決まりですね。親指を縛るので、両手を背中に回してください」

 

「そ、それは──」

 

 童威合流は抵抗の素振りを示したが、朱姫が強引に両手を後ろに回させると、それほど手間を取らせることなく、親指と親指を背中で重ねあわせた。

 朱姫はその両方の親指の付け根を細い紐で縛る。

 これで童威子はまったく自由が効かなくなる。

 そして、躊躇している童威子を朱姫は無理矢理に部屋の外に出した。

 

「ああ……」

 

 船室の外に連れ出すと同時に普段の童威子とは考えられない女らしい羞恥の姿を見せた。

 口とは裏腹に童威子が嗜虐に酔っているのが朱姫にはわかる。

 

「こ、こんな姿をみんなに見られたら……」

 

 しかし、まだ童威子は戸惑っているようだ。

 なかなか足を竦ませたようにして船室の前から動こうとはしない。

 

「大丈夫ですよ、童威子さん。船頭のおふたりだって女なんですから、少しくらいは私服を着てもおかしくないですよ。それに、もっと堂々としていないと、その方が怪しまれますよ」

 

「で、でも……」

 

「それにいまは夜中です。ほとんど童威子さんたちが立たせている見張り以外に人はほとんどいません。さあ、行きますよ」

 

 朱姫は促したが、普段着たことのない女の服──しかも、こんなにかなり短い丈の下袍で部下の前に出ることには、激しい抵抗があるようだ。

 それで、朱姫ははっきりと引導を渡すことにした。

 

 朱姫は童威子の履いている下着に道術を込めた。

 実はこれはただの下着ではない。

 朱姫が道術を施した霊具だ。

 

 朱姫が道術を込めたことで、下着が童威子の肉芽を包み込んで小刻みに振動をしはじめたはずだ。

 それだけでなく、童威子の股間部分をまるで人の手が愛撫するかのようにうねり始めてもいるに違いない。

 

「きゃあ──」

 

 童威子は声をあげてその場にうずくまってしまった。

 

「言うことをきかないと、もっと刺激を強くしますよ、童威子さん」

 

「ひいっ……ひっ……はっ、はっ……ああ……や、やめて……歩く……歩くから……と、とめて──」

 

 童威子が悲痛な声をあげはじめたところで、朱姫は下着の振動をとめてやった。

 脱力した童威子が観念する表情になり、よろよろと立ちあがった。

 やがて、童威子は歩き出した。朱姫は後ろからついていく。

 

 宝玄仙と朱姫がある客室は階段を昇り、一度甲板に出てさらに一段高い場所にある場所に階段で昇った場所にある。

 大した距離ではないが、こんな格好を部下に見られるかもしれないと思うと、どうしても恥ずかしいのだろう

 

 童威子はやたらにきょろきょろとしながら前を進んでいく。

 幸いにもほとんど人影はない。

 

 見張り台に甲板に昇ったとき、見張り台に立っていた船員が声をあげて、童威子に異常なしの報告をした。

 遠目だから童威子の格好などほとんどわからないはずだが、童威子は目に見えて狼狽えた表情でそれに応じていた。

 

 ただ、短い下袍で歩いて船頭室に行くというだけのことだ。

 しかし、童威子はあまりに激しい羞恥で、隠れた嗜虐心が爆発してしまい、沸き起こった官能に興奮しているようだ。

 敏感な朱姫の鼻には、童威子の股間から熱い吐液がどろどろと流れ出ていることに気がついていた。

 

「童威子殿──」

 

 急に横から声がかかった。

 

「ひうっ」

 

 童威子は小さな悲鳴をあげると震えながら身を縮ませていた。

 声をかけたのは航海士のひとりの若い男だ。

 小用でもしにきたのか、どうやら船員の部屋から甲板に出てきたところで童威子を見つけたようだ。

 

「な、なによ、楊水……?」

 

 しかし、すぐに平静を装ってその部下の航海士の名を呼んだ。

 その変わりようは見事なほどだ。

 

「なにって言われてもなんでもないんですけどね……。でも、童威子殿もいつもと違って色っぽい恰好をしてますねえ」

 

「う、うるさいよ……。あ、あたしだって私服くらい着るさ。夜だからね。ちょ、ちょっと客人に夜の星を見せていたところさ」

 

 童威子は言った。

 楊水は童威子の背後に立っている朱姫に軽く会釈をした。

 

「童威子さんに頼んで、船頭室にあるという星図を見せてもらうところです」

 

 朱姫はそう言いながら、楊水の視線が童威子から逸れたことを確認し、下着に道術を込めて、再び軽い刺激を与えた。

 

「うっ」

 

 童威子が小さな声をあげた。

 そして、身体をよろめかせて、後ろ手のまま、そばの手摺をしっかりと掴む。

 懸命に歯を食いしばっている。

 一生懸命になんでもないふりをしているが、短い下袍から剝き出しになった腿ははっきりと震えていた。

 朱姫はそんな童威子の健気な姿が面白くて、さらに振動を強くした。

 

「あくっ」

 

 童威子が身体を仰け反らせて大きく身体を震わせたが、その時には楊水は童威子に背を向けて立ち去ろうとしているところだった。

 童威子の声が聞こえなかったのか、そのまま楊水は童威子の前からいなくなった。

 

 朱姫はもっと下着の刺激を強くした。

 童威子は膝を折り、腰を淫らに左右に振った。

 童威子の全身がぶるぶると震えて、くうっという声が漏れた。

 達したのだと悟った。

 

「どうです、怖かったけど快感も一層だったんじゃないですか、童威子さん?」

 

 やっと下着の振動を止めた朱姫はがっくりと腰が抜けかけてる童威子にささやいた。

 

「ひ、酷いわね、朱姫……」

 

 すっかりと上気した童威子が甘えるような顔を朱姫に向けた。

 そこにはすっかりと被虐に酔ったひとりの女の姿があった。

 

 

 *

 

 

「もう、船旅は御免だよ……」

 

 孫空女がまだ蒼い顔をしながらはしけを使って朱紫国(しゅしこく)の港に降りた。

 

「わたしも……」

 

 沙那が続く。

 

 孫空女も沙那も一度も見なかった気がするが、ふたりとも船酔いが酷くて部屋に引きこもって吐いてばかりいたらしい。

 まだ蒼い顔をしてぐったりとしている。

 

 充実した五日間を送った朱姫は、宝玄仙に続いて船を降りた。

 大きな港ではなく、本来は外国からの船は入港できないことになっている地元の漁港だ。

 しかし、李春家の財が動いていて、地元民を買収して、前々からここを童姉妹は朱紫国との貿易用の港湾としてこっそりと使っているようだ。

 別に珍しいことではなく、取締りの緩い朱紫国では誰でもやっている普通の不正らしい。

 朱姫たちもここから朱紫国に蜜入する。とりあえず内陸に進み、国都を掠めてさらに西に向かうことになるだろう。

 

「お元気で──」

 

 童姉妹が見送りに来た。

 ふたりとも昨夜遅くまでたっぷりと朱姫と宝玄仙に責められた。

 

 この五日間で童姉妹はしっかり宝玄仙と朱姫に屈服し、純情な性奴隷として振る舞うようになった。

 宝玄仙は悦んでいたし、朱姫も愉しかった。

 また、童姉妹もまたかなりの興奮でよがり狂っていた。

 

「わたしは、船酔いで動けなかったけど、うちのご主人様や朱姫が、あなたたちに酷いことをしなかったかしら?」

 

 船から降りて見送りに来た童姉妹に沙那が訊ねた。

 

「別に……。充実した五日間だったわ……。ねえ、童猛子」

 

「そうね」

 

 童威子が笑顔を童猛子に向けると、童猛子も屈託のない笑顔をこちらに向けた。

 宝玄仙も笑って別れを告げる。

 

 そして、四人は船に背を向けて、眼の前に拡がる山道を進み出した。

 この山を越えれば国都に繋がる街道にぶつかるはずだ。

 出発のときには童姉妹が船の前で別れの手を振った。

 

 しばらく歩き、港が遠くなってから、ふと朱姫は後ろを振り返った。

 

 随分と童姉妹の姿は小さくなっていたが、はっきりとこっちに手を振っているのを朱姫は気がついた。

 

 

 

 

(第43話『船旅調教』及び『祭賽帝国(水滸伝艶義)篇』終わり)



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第7章【朱紫(しゅし)国(奪われた道術)篇】
272 【前日談】さらわれた王姫


 国都から海溜(かいる)という温泉場には、十二里(約十二キロ)ほどある。

 海岸沿いに東に向か八里(約八キロ)進み、馬瀬(うませ)という部落から今度は、北に転じて山脚を四里(約四キロ)ほど向かう。道の尽きるところが海溜だ。

 十騎程の供回り従えた車輪の付いた輿車が木々のうら枯れた山あいの道を海溜に向かい進んでいた。

 

 長女金(ちょうじょきん)は、その供回りの中央付近に位置する輿車の横を騎馬で進んでいる。

 国軍の女人隊に将校として所属して最初の任務になる。

 輿車に乗る金聖姫(きんせいき)を護衛する十数騎の指揮官として、海溜の温泉場に同行するのだ。

 

 逗留は半月ほどになるはずだ。

 もっとも、それは、金聖姫の容態よっては変化する可能性はある。

 今回の旅行は、このところ体調のすぐれない金聖姫の湯治が目的なのだ。

 だから、湯治の具合によっては伸びることもある。

 

「長女金」

 

 輿車の中から金聖姫が声をかけてきた。

 

「なんでしょうか、姫様?」

 

 長女金は輿車に馬を寄せる。

 

「人通りを感じなくなりましたね?」

 

「この先で里人に遭うこともないと思います。道は海溜で行き止まりですから」

 

 長女金は馬上のまま応じた。

 

「あとどのくらいでしょうか?」

 

「もうすぐです。二里(約二キロ)というところですよ」

 

「そうですか──。でも、揺れに疲れました。休憩しましょう」

 

「えっ、し、しかし……」

 

 長女金は困った。

 国都から出発して、この山あい道以外は平坦で、道のりはわずか十数里だった。

 通常の行程であれば、本来は半日もかからない距離だ。

 しかし、今日の輿車のこの姫は、なにかと休憩を取りたがり、朝に出発したこの行軍も、もう陽が傾こうとしているのに、まだ数里を残している。

 このまま進んでも四半刻(約十五分)もかからないが、休憩ということになれば到着までに陽が暮れるかもしれない。

 

「疲れたのです。止まりなさい、長女金──」

 

 輿車から強い口調が返ってきた。

 長女金は嘆息した。

 

「……では、春嬌(しゅんきょう)様に相談しますのでお待ちください」

 

 長女金は、最前列を進む春嬌と話すために、馬を輿車から離れて前に進める。

 

「春嬌様──」

 

 先頭を進む春嬌に追いついた長女金は、春嬌に馬を並べた。

 馬上のまま頭を向けた春嬌に、長女金は事情を説明した。

 

 春嬌は、国王の嫡女である金聖姫に直接仕える近習であり、平素から金聖姫の近辺を警護する役割を持つ女性戦士だ。

 湯治場に向かうということで、長女金以下の十数騎の護衛がついたが、常ならば護衛には、この春嬌ひとりが就く。

 春嬌の武辺は、長女金どころか、ここにいる十数騎が束になってもかなわない実力があるのだ。

 また、宮廷魔導師のひとりでもあり、道術も遣うことができる。

 

 海溜における護衛隊の指揮官は長女金だが、全体の指揮権は春嬌が持っている。

 この一隊の行動については、長女金ではなく、春嬌が決定し、その全体責任も、春嬌にある。

 長女金の任務は、護衛隊を指揮して、春嬌に従うこととなっていた。

 

「仕方ないわね。じゃあ、休憩にしましょう」

 

 春嬌は言った。

 意外な言葉に長女金は驚いた。

 残りわずか二里(約二キロ)である。

 湯治場にある王族の宿舎までもう少しだ。

 しかし、ここで休息を取れば、間違いなく陽は落ちてしまうだろう。

 

 そして、右手には山脚の急な斜面が迫り、街道の左手は切り通しの高い崖になっている。

 周囲を樹木が生い茂り視界が悪いのも気になった。

 休息をとるにしては不向きな場所だ。

 長女金は、その辺りの事情を含めて、金聖姫に親しい春嬌が、金聖姫を諌めてくれるものと思っていたのだ。

 

「しかし、春嬌殿──」

 

 長女金は、このように視界を樹木で隠された山の隘路で行軍を止めるのは危険ではないかと主張した。

 

「仕方ないわ。金聖姫様の健康が最優先だから」

 

 それを言われてはどうしようもない。

 仕方なく長女金は、隊に停止を命じた。

 騎馬の女兵たちに命令して警護のための展開をさせるとともに、自分は春嬌とともに輿車に向かった。

 輿車には、絶対に輿車を離れない四騎の騎兵に周囲を護らせている。

 四騎は騎乗のままだが、長女金と春嬌は馬から降りた。

 輿車の戸が横に開く。

 

「降ります」

 

 国都でも名高い美貌をもつ金聖姫が輿車から降りようとする。

 矢避け、道術除けの施された輿車から出るのは危険だと思ったが、春嬌がさっと梯子を取りつけて金聖姫の手を取った。

 金聖姫は輿車から降りて地面に立った。

 

「ここからは歩きたい。輿車の揺れは堪りませぬ」

 

 金聖姫は言った。

 

「そ、それは──」

 

 長女金は慌てて阻止しようとした。

 輿車の中にいる限り多少の無頼の襲撃にも対処できる。

 そのための対処もしている。

 しかし、警護対象の金聖姫に、その輿車から出て歩かれては、警護が複雑になる。

 賊徒の類いであれば、相手が百を超えようとも、男の兵に勝るとも劣らぬ国軍女人隊の精鋭を揃えており心配はしていない。

 

 だが、このところ、国都周辺でも妖魔が出現するという噂が多くあり危険だ。

 妖魔は道術を遣うからだ。

 湯治場に着けば湯治場全体に、移動中であれば輿車そのものに、妖魔除けの道術が刻んであるが、金聖姫が外に出ては、その妖魔除けの護りがなにもないことになる。

 

「歩いた方が楽なのですか、姫様?」

 

 春嬌が言った。

 

「そうです。楽なのです」

 

「仕方ありませんね」

 

「お、お待ちください」

 

 金聖姫の我が儘を許してしまいそうな春嬌を長女金は慌てて諌めた

「なんなの、長女金?」

 

 金聖姫は不満を表情にはっきりと表して長女金に視線を向けた。

 

「け、警護責任者として承服できません。そのようなことをして万が一なにかがあれば……」

 

「万が一があれば、それを防ぐのがあなたの役目でしょう?」

 

 金聖姫が長女金の言葉を遮ってそう言った。

 

「もちろんそれを果たします。しかし、妖魔の襲撃や、道術遣いを含める賊徒の襲撃という可能性もあります。相手が道術を遣って姫様を襲った場合を想定して警護要領を定めておりますが、姫様が外を歩かれる場合はそれが成り立ちません。もうすぐ海溜に到着します。もう少しですから、耐えていただけませんか?」

 

 長女金ははっきりと言った。

 誰がなんと言おうと、これについては妥協するつもりはない。

 

「しかし、長女金──。ここは姫様の容態が最優先であり……」

 

 春嬌が困惑した顔をした。

 だが、長女金もまた当惑していた。

 春嬌は魔導師にして、国都一の女傑としての武辺を持つだけでなく、美しい美貌に備わった高い知性によって、国王にも信頼の厚い有能な国軍の高級将校だ。

 その春嬌が、今日に限っては、金聖姫の安全を考慮しない行動ばかりを指示している気がする。

 一体全体どうしたというのだろう?

 

「とにかく、承服できません。姫様は、輿車にお乗りください。それと、すぐに出立します」

 

 長女金は大声をあげた。

 後で処分されてもいいと思った。

 こんな場所で陽が暮れるのを待ってから進むなど、国族の嫡女の警護を預かる者として、どうしても承服できない。

 なぜか金聖姫と春嬌が顔を見合わせて困った表情をした。

 

 そのとき、なにかの殺気を感じた。

 

「密集隊形──」

 

 長女金は叫んでいた。

 すでに剣を抜いている。

 咄嗟に金聖姫の前に馬を引っ張って壁を作ろうとした。

 

 しかし、すでに遅かった。

 手綱を掴んでいる馬が棹立ちになっている。

 胴体に数本の短い矢が突き刺さった。

 長金女は手綱を離した。

 態勢を崩した馬がいななきながら崖下に落ちていく。

 

「毒矢だ──。気をつけよ」

 

 長女金は剣を抜いて、輿車の前で呆然としている様子の金聖姫の前に春嬌とともに立った。

 春嬌もすでに剣を抜いている。

 

「妖魔の気……」

 

 春嬌が呟いた。長金女は緊張した。

 そして、周囲を見回して状況を確認した。

 輿車の直接警護の四騎は、さっきの襲撃で一斉に馬を毒矢で射られたらしく、すべての馬が横倒しになっていた。

 だが、女兵そのものは無事なようだ。

 

 その四人が輿車に背を向けて剣を抜く。

 中心に輿車と長女金、金聖姫、春嬌の三人だ。

 警戒のために一度展開させつつあったほかの騎馬は、長女金のさっきの命令により、こっちに集まってくる。

 

「持ち場を離れるな。展開せよ──」

 

 春嬌が大声で叫んだ。

 集まりかけていた騎馬が戸惑ったように馬をとめた。

 あらかじめの打ち合わせと異なる春嬌の号令に困惑しているのだ。

 

 長女金もまたびっくりした。

 全体の指揮権は、確かに春嬌だが、護衛隊に対する直接指揮権は長女金にあるのだ。

 春嬌は、長女金を通して指示をすべきであり、長女金の部下に直接に指示をするのは権限外のはずだ。

 

 それに、この場合は……。

 

 そのとき、集まりかけた騎兵と輿車の間に、すっとなにかが出現した。

 それが輿車を囲む十匹ほどの妖魔だとわかったのは、次の瞬間に急に身体に衝撃を感じて、地面に触れ伏させられてからだ。

 強烈な空気の圧力が加わり、長女金は地面に押し潰されたのだ。

 

「しまった、結界を張られたわ」

 

 長女金と同じように地面に押しつけられている春嬌が呻くように言った。

 長金女は懸命に周囲を確認した。

 

 金聖姫とともに、ほかの四人の女兵も地面に倒れている。

 輿車を囲んでいるのは、正確には八匹だと悟った。

 そのうちの四匹がこちら向きに道術をかけるような態勢で手を前にかざしている。

 額に角のある巨漢の妖魔だ。

 

 その四匹の道術が集まって、この結界を張っているのだろう。

 そして、こっちを向いている四匹と背中合わせに、さらに四匹が外向きに立っている。

 その四匹もまた結界を作っているのようだ。

 さらに外側の味方の護衛が、剣を向けたまま途方に暮れたような様子で立っているのが見えた。

 その四匹は、外側の護衛が近づけないように、逆に結界の道術で見えない壁のようなものを作っているのに違いない。

 

 賊徒を警戒して、隊を拡げていた隙を突かれて、中間に妖魔の出現を許してしまった。

 長女金は舌打ちした。

 不意に眼の前になにかが出現した。

 新しい妖魔だ──。

 

「姫様、輿車の中に──」

 

 長女金は地面に押しつけられたまま叫んだ。

 しかし、その金聖姫も春嬌も地面に倒れているのだ。

 どうしようもない……。

 

「お前たちは誰だ? どうやら、人間の中の高貴な身分の者を連れ歩いている途中のようだが?」

 

 少しだけ身体を押し潰していた力が緩んだ。

 長女金は身体を起こしてしゃがんだ態勢になった。

 しかし、それ以上は身体を起こせない。

 金聖姫と春嬌もまた、上半身を起こしている。

 

 眼の前にいるのは、一匹の青年妖魔だ。

 異常なほどに肌が白いのと、額に小さな角がある以外は、人間の若者と同じように見える。

 茶色い着物に黒い帯を巻いていて、腰の横に大きな三個の鈴をぶら下げていた。

 武器らしい武器は持っていないようだ。

 この道術と、そして、連れてきた八匹の妖魔がその妖魔の武器なのだろう。

 

「俺は、賽太歳(さいたいさい)だ」

 

 その若い妖魔が言った。

 

「ほう、お前がこの中で一番偉い身分の人間の女のようだな。若くて綺麗だ。なかなかいいな……。ちょっと、立ってみろ」

 

 賽太歳が微笑んだ。

 すると金聖姫に加わっていた不思議な圧力はなくなったのか、金聖姫の身体がすっと立ちあがった。

 

「わたしは金聖姫です。この国の王の娘です──。あなたは?」

 

 金聖姫が毅然として言った。

 妖魔とその道術を前にして、その堂々とした物言いに長女金は感嘆した。

 

「この国に巣食う妖魔の王だ……。ほう、人間の王の娘か。ちょうどいい、俺の城には妃がいない。お前を連れていって妃にしてやろう」

 

「な、なんですって──。そんなことはさせないわ」

 

 長女金は叫んだ。

 すると賽太歳が笑った。

 

「そんなことをさせなければ、どうするというのだ、人間の女? 逆らえばお前が死に、ほかの者も死ぬ。そして、この金聖姫という王の娘は連れていかれる。逆らわなければ、お前とお前の部下は助かり、そして、やっぱり、金聖姫は連れていかれるのだ。無駄な足掻きはやめよ。もっとも、その足掻きさえできんとは思うが」

 

 賽太歳は言った。

 長女金は歯噛みした。

 

「……金聖姫、こっちに来い。俺と一緒に来て、妖魔王の妃になるのだ。お前が逆らえば、ここにいる女たちをひとりずつ殺すぞ」

 

「逆らいません。あなたと一緒に行きます」

 

 金聖姫は怯えた表情ひとつすることなく言った。

 長女金は驚いた。

 

「い、いけません、姫様──」

 

 長女金は叫んだ。

 そして、持っている剣で眼の前の妖魔に斬りかかろうとした。

 しかし、まるで透明の巨人に身体を押さえつけられているかのようになにもできない。

 

 そうしている間にも、金聖姫が賽太歳の横に立った。

 賽太歳は、手を拡げて金聖姫の身体を抱いた。

 金聖姫は、顔を伏せて大人しくしている。

 

「お、お待ちください、妖魔王」

 

 これまで黙っていた春嬌が叫んだ。

 

「なんだ、お前は?」

 

 賽太歳が春嬌に視線を向けた。

 

「わたしは春嬌という者で、金聖姫様に仕える侍女です。一緒にお連れください。姫様ひとりに行かせるわけには参りません。身の回りを手伝う者が必要です。わたしを一緒に連れて行ってください」

 

「いいだろう。ただし、武器は置いていけ」

 

 賽太歳が言った。

 春嬌も立ちあがる。

 すぐに武器を身体から外して地面に捨てた。

 

「待って、わたしも……。わたしも侍女です。一緒に行きます」

 

 春嬌を含む妖魔と金聖姫が立ち去ろうとする気配に、長女金も慌てて叫んだ。

 春嬌は、金聖姫の護衛であり、侍女のような立場であることは確かだ。

 しかし、春嬌が咄嗟にそれを言ったのは、妖魔の巣に連れて行かれようとしている金聖姫になんとしても同行するためだろう。

 長女金もまた、侍女だといえば、金聖姫と一緒に妖魔に同行できると思った。

 

「長女金、今回の不始末は、一から十までわたしの失敗よ。それは、お前の部下も証言してくれるわ。だから、このことを国王陛下に──」

 

 春嬌は言った。

 

「人間の王に伝えておけ。この金聖姫は俺の妃にする。しかし、兵を向けて取り戻そうなどとはせんことだ。人間の軍では、俺の妖魔軍には太刀打ちできんだろうし、もしも、兵を向けたりすれば、この金聖姫を殺して屍体にして返してやるとな。娘が可愛ければ、討伐の軍など向けたりせんことよ」

 

 賽太歳が声をあげて笑った。

 

「長女金、陛下に伝えてください。これまでお世話になりましたと……。そして、この金聖姫は死んだものとお諦めくださいとも」

 

 金聖姫が長女金に視線を向けた。その眼には涙が浮かんでいた。

 

「陛下に、くれぐれも早まることのないようにと……。時間がかかっても、必ず、わたしがなんとかするとも……」

 

 春嬌が屈みこんで、長女金の身体を軽く抱くような仕草をしながら、長女金の耳元でそう言った。

 春慶が賽太歳と金聖姫の横に立つ。

 

 次の瞬間、長女金は驚くべきものを見た。

 賽太歳の横に立った金聖姫がすっと賽太歳の手を握ったのだ。

 いとおし気な表情で……。

 

 そして、三人の姿が不意に消えた。

 周りにいた八匹の妖魔も消滅する。

 身体の重さがなくなった長女金は、金聖姫と春嬌のいなくなった山あいで、しばらく痴呆になったかのように呆然としていた。



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 第44話  お人好しの女【長女金(ちょうじょきん)
273 晒し刑場の女神


 朱紫(しゅし)国の国都まで数刻という距離にある小さな町だ。

 ほとんど、国都の一部といっていいが、城郭に囲まれたような要害ではない。

 

「なんでしょう、あれは?」

 

 朱姫が町の外れで声をあげた。

 最後尾を歩く沙那もまた、“それ”に気がついていた。

 周囲に建物のない民家三軒分ほどの敷地だ。

 四隅に立て札があり、そこになにかが掲示されている。

 立て札同士は縄で繋がっていた。

 その縄で四角に囲まれた場所に、なにか生き物のようなものがいるのだ。

 

「なんだろうね……」

 

 宝玄仙も足をとめた。

 町を横断する街道からは、五間(約五十メートル)ほどの距離がある。

 周囲には草のない荒れ地が拡がっていて、四つの立て札と縄に囲まれた場所の横には、詰所となっている小屋があった。

 ここからはわからないが、詰所には人がいる気配もある。

 ほかに人影はない。

 

「行ってみようかね」

 

 四人でそこに向かった。

 

「うわっ」

 

 孫空女が呻き声をあげた。

 なにかの生き物だと思ったのは、裸の人間だったのだ。

 それがうずくまっている。

 あまりにも泥だらけで汚れているので、人間なのか、土の塊なのか遠目ではわからなかったのだ。

 

「ねえ、あれ……」

 

 沙那は小さな呻き声とともに言った。

 最初は裸の男がふたりだと思っていたが、ひとりの男の身体の下に、もうひとり小さな身体があったのだ。

 そして、その身体は間違いなく女だ。

 しかも、若い女のように思える。

 

 だが、それ以上は、顔も含めて完全に男の身体の下にあるので、よくわからない。

 上に乗った男がうごめいている様子があるが、下の女は死んだように動かない。

 しかし、確かに生きているのは、時折、男の身体の手足がかすかに動くことからわかる。

 上に乗った男と女が性交をしているのは明らかだ。

 

 沙那は、この野外で泥だらけで性行為をする男女を見て、恥ずかしいというよりは気持ちの悪さを感じた。

 縄に囲まれている場所の隅には、糞尿をするための穴があるが、そこには人間の便で溢れかえっていた。

 

「……道術の結界で閉鎖されているね。さもなければ、醜悪な匂いでこんなに近づけはしないさ」

 

 宝玄仙が立て札の前で言った。

 

「これは結界なんですか、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 

「そうだね。ここはなんにもないようだけど、これでも牢さ。いわゆる結界牢だね。中に入れられたものは、四隅から張り出された力場によって、外には出られない。そして、外からも中には接触できない。そういう結界が張られているよ」

 

「結界牢……」

 

 こんな町の近くに……。

 しかも、こんな解放された場所に……。

 

 そして、男と女を裸にして、同じ牢に入れるなど……。

 

 ああやって、人の眼を気にせずに、性交をする男女を見ると、動物の交尾を連想させる。

 沙那は知らず顔をしかめている自分に気がついた。

 

「ねえ、沙那、これはなんと書いてあるのさ?」

 

 孫空女が眼の前の立て札を見て言った。孫空女は字が読めない。それで訊ねたのだ。

 

「……晒し刑と書いてあるわね。晒されている三人の名と期間が書いているわ。男ふたりは一箇月の晒し刑の後で、国都まで連れて行かれて処刑されるとあるわ……。女については──うわっ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「どうしたのさ、沙那?」

 

 孫空女が沙那に視線を向ける。

 

「女はここに三年の晒し刑とあるわ。書かれてある日付から判断すると、あの女、ここにもう二年もいるのよ。残りの晒し刑は一年……。そして、国都で処刑」

 

 沙那は絶句した。

 こういう環境で、二年間……。

 

 それが信じられない。こ

 んな野晒しで不健康な状態で二年も生きるというのは耐えられるだろうか……。

 

「ほら、見てごらん、お前たち……。中の人間の首に黒い首輪が嵌っているだろう。あれは霊具だよ。おそらく、あの霊具によって、中でお互いに殺し合ったり、自殺ができないようにされているのさ。しかも、身体が弱らないようにもしていると思うね。処刑の前の晒し刑で死んだりしないようにという配慮だろうね」

 

 宝玄仙が不機嫌そうな顔で言った。

 見世物のような姿にされている三人の死刑囚であるが、見物人は沙那たち四人のほかにはいなかった。

 おそらく、ここで晒し刑になっているのは、珍しいことではないのだろう。

 

 じっと結界の中を眺めている四人に訝しさを感じたのか、詰所の小屋から兵がひとりでてきた。

 沙那たちは、その晒し刑の場所を後にした。

 

 

 *

 

 

 あの晒し刑の現場からそれほど離れていない場所に宿をとった。

 路銀については、李春(りしゅん)が持たせてくれたものが十分にある。

 当分、かなりの贅沢な旅をしても、路銀に不自由をすることはないだろう。

 

 部屋は四人でひとつだ。

 すると、今夜は四人で乱交ということになるのだろうか。いつも、嗜虐と被虐入り乱れても乱交と言いながらも、結局は責められるのは沙那と孫空女のふたりであり、責めるのが宝玄仙と朱姫になる。

 今夜もそうなるのだろうか。

 

 もう夕方なので、下の食堂にすぐ降りて、水と豚の肉を注文する。

 宿屋の一階は、近隣の住民も集まる居酒屋にもなっていて、宿の食堂はかなり賑やかだった。

 中年の小太りの姉妹だというふたり連れの女と相席になった。

 

「あんたら旅の人かい?」

 

 淘華(とうか)と名乗った姉の方が言った。

 もうひとりは麗華(れいか)という名乗った。

 ふたつ違いだというが、双子かと思うくらいに顔が似ていた。沙那はなんだか可笑しかった。

 国都に立ち寄って手形を改めてから、さらに西に向かうと答えると、ふたりは驚いた表情をしていた。

 

「西に向かえば、さらに物騒になるよ。妖魔も多く出没するというし、女連れの旅で大丈夫なのかい?」

 

 淘華が目を丸くしている。

 麗華も驚いているようだが口には出さない。

 姉妹でも淘華は話し好きで、麗華は無口なたちのようだ。

 

「まあ、こいつらはこれでも遣い手でね。ずっと西にどうしても見舞わなければならない知人がいてね。ただ、急ぐ旅じゃないのさ。まあ、遥々と旅をしているというところだね。もしかしたら、そのまま住みつくかもしれない」

 

 宝玄仙だ。

 そして、宝玄仙はここからずっと西の果ての土地の名を言った。

 ふたりはさらに驚愕していた。

 

 料理が運ばれてきて、それからしばらく取り留めのない話題を交換した。

 こっちは水だけだが、向こうは酒を飲んだ。

 次第に意気投合して、酒を一杯驕ろうと向こうが言うので、宝玄仙だけが受けた。

 沙那だけでなく、孫空女も朱姫もまったくの下戸で酒は嗜まない。

 

「ところで、この町の外れにある晒し場はなんだい?」

 

 宝玄仙が言って、その話題になった。

 

「この町は、国都で処刑される罪人の収攬場になっているのさ。ああやって、処刑を待つ囚人が最後に晒される場所がここさ。宮廷魔導師がやってきて、自殺も病死も殺し合いもできないように霊具を嵌めさせて、結界で封鎖した野っ原にああやって晒すのさ」

 

「晒し刑ということかい?」

 

「極刑の日までね。その処刑の日がくれば、国都から道術師と兵がやって来て、国都に連れて行って処刑をすることになっているのだよ」

 

 淘華が酒を豪快に呷った。

 

「でも、男と女を同じ結界牢に入れるなんて……」

 

 沙那は不愉快さを隠すことなく言った。

 

「ああ、長女金(ちょうじょきん)のことね」

 

 淘華が顔をしかめた。

 

「可哀そうな、長女金……」

 

 これまで黙っていた麗華がぽつりと言った。

 その表情には、明らかな批判の表情があった。

 

「長金女というのかい、あの女は?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ねえ、可哀そうとはどういう意味なの、麗華さん?」

 

 沙那はなんとなくその物言いが気になって訊ねた。

 

「長金女は無実の罪よ。それは誰でも知っているわ」

 

 麗華の物言いは、まるで自分に語るような口調だった。

 表情もほとんど動かない。

 顔が似ているだけに、豪快でお喋りの淘華と並ぶと不思議な違和感がある。

 しかし、このときは、“無実”という言葉に驚いた。

 

「三年の晒し刑で処刑と書いてあったわ。そして、もう二年も過ぎている。それなのに無実というのはどういうことなの?」

 

 沙那は憤慨して言った。

 

「無実というのが正しいかどうかは知らないけどね。あたしらは宮使えではないし。ただ、理不尽であることは確かさ。二年前のことだけどね。国都を出て湯治に向かう途中の王女妃の一行が妖魔に襲われるという事件があったのさ」

 

「王女が妖魔に拐われただって?」

 

 宝玄仙が応じた。

 

「王女妃は、嫡女姫の金聖姫(きんせいき)様でね、その金聖姫様は妖魔に拐われたんだよ。長女金は、その護衛責任者だったんだ。妖魔のことでもあり、長女金に責任があったとはいえないだんだけど、可愛がっていた嫡女の金聖姫様のことだけに、それは、それは、陛下は御立腹でねえ……」

 

「へえ……」

 

「金聖姫様が妖魔に浚われたということを報告するために国都に戻った長女金に腹を立てて、厳罰を言い渡したのさ。三年の晒し刑ののちに死刑とね。可哀そうに長女金は、若い女の身でありながら、素っ裸で国都からここまで連行されて、あの結界牢に入れられたんだよ。そのときの騒ぎはいまでも覚えているよ」

 

「素っ裸で?」

 

 沙那は思わず声をあげてしまった。

 

「そうだよ。いまは、あんなんだけど、実はかなりの美人だったのさ。それが素っ裸で縛られて、国都からここまで歩いてここまでやってくるんだからね。長女金の裸を見物するために大勢の野次馬が、国都を結ぶ街道に並んだものさ」

 

 淘華が言った。

 

「違うわ、淘華姉さん、長女金は金聖姫様の護衛責任者じゃなかったのよ。護衛責任者は、金聖姫様の侍女にして、宮廷道術師のひとりだった春嬌(しゅんきょう)よ。だけど、彼女も一緒に妖魔に拐われた……。だから、すべての罪が長女金を背負うことになったのよ」

 

「よく覚えているわね、麗華……。とにかく、そういうことさ。しかも、国王は、見せしめのために、長女金を他の男の死刑囚と同じ結界牢に長女金を入れさせたのよ」

 

「死刑囚と……」

 

 朱姫だ。

 

「死刑囚は、あんたらが見たように、国都の郊外で半月程晒してから処刑するのが、この国の習わしなんだけど、長女金の晒し刑の期限は三年……。三年間、死を待つだけで自暴自棄になっている男囚に犯されながらも、身体に装着されている霊具の効果により、自殺することも病死することもできずに、ああやって長女金は生きさせられているのよ」

 

「残酷だよ」

 

 孫空女が不機嫌そうに舌打ちする。

 

「最初こそ、男囚に犯される長女金を見物するために、それこそ国都の城郭からもやってきて見物衆が殺到したものだったけど、いまはあんな感じよ……。まるで、動物だものね。惨たらしくて。いまでは、同じ結界牢に入れられた男囚でさえも手を出さない者もいるくらいよ」

 

「酷い話だねえ……」

 

 宝玄仙もそれだけ言って、不愉快そうに押し黙ってしまった。

 

「金聖姫という姫を拐った妖魔って、どんな妖魔ですか?」

 

 朱姫が訊ねた。

 

「どこか深い山中に妖魔の巣を作っているという妖魔だね。名は忘れたけど……」

 

 淘華が応じた。

 

賽太歳(さいたいさい)よ、姉さん」

 

 麗華が横から言った。

 

「そうだ。賽太歳だ。強い妖魔らしいねえ。それにあちこち探したんだけど、いまだに妖魔のいる場所はわからないらしいよ」

 

「賽太歳という妖魔を知っている、朱姫?」

 

 沙那は朱姫に視線を向けた。

 妖魔に関しては、この四人の中で、朱姫がもっとも知識があることは確かだ。

 しかし、朱姫は、その名の妖魔は耳にしたことがないと首を横に振った。

 

「じゃあ、その浚われた姫様は、まだ妖魔に捕らえられたままだということ?」

 

 沙那は言った。

 

「そういうことさ」

 

 淘華は言った。

 

 

 *

 

 

 夕食を終えて、二階の四人部屋の一室に戻ったのは、まだ、夜が深いという時間ではなかった。

 まだまだ、一階の喧騒は続いている。

 

「ねえ、朱姫、お前は、あの長女金の捕えられていた晒し場の結界牢についてどう思う?」

 

 部屋に戻るなり宝玄仙が言った。

 宝玄仙は、淘華と麗華との会話の途中から、急に思念に耽るようなかたちで黙ったままだった。

 口を開いたのは久しぶりのような気がした。

 

「どう思うって……」

 

 朱姫が当惑した表情をした。

 

「この国の宮廷道術師が作ったらしいけど、お前から見て、その結界がどう思うか訊いているんだよ」

 

「それは……。大した霊気ではありませんでしたし……。ご主人様の道術に比べれば雲泥の差です」

 

「わたしじゃなくて、お前の道術のことを訪ねてるんだよ、朱姫。お前でも、あの結界を破るのは容易そうかい?」

 

「あたしでも破れると思います」

 

 少し考えてから朱姫ははっきりと言った。

 

「じゃあ、沙那と孫空女……。お前たちだったら、あそこに詰めていた兵どもなんか、物の数ではないだろう?」

 

 今度は沙那と孫空女に視線を向けて、宝玄仙が言った。

 

「そりゃあ、そうだけど、なんでそんなことを訊ねるのさ、ご主人様」

 

 孫空女が言った。

 

「……ねえ、沙那……。お前はいつもわたしの気紛れを騒動の種を作るだけだと批判するけど……」

 

 宝玄仙は、孫空女の質問には直接に応じずに、沙那に視線を向けた。

 

「批判しません。やりましょう、ご主人様」

 

 沙那は、宝玄仙に最後まで喋らせる前にきっぱりと言った。

 

 

 *

 

 

 沙那は、襲撃は早朝に行うと決めた。

 目的は、宿町の郊外の結界牢で晒されている長女金という女を脱獄させること。

 

 長女金の話を宿屋で耳にして三日が経っている。

 その三日ですべての準備を整えた。

 

 襲撃そのものについては、特に作戦らしいものはない。

 朱姫が道術で結界を無効にして、孫空女が詰所にいる番兵を蹴散らす。

 それだけだ。

 

 この三日観察して、特に警戒らしい警戒がないことも確認しているし、おかしな道術による罠もないことは、朱姫と宝玄仙の両方で確かめてくれた。

 どうやら、結界牢が破られるということそのものが想定されていないようだ。

 

 四人で結界牢に向かう道を普通に歩いている。前側を朱姫と孫空女が進み、沙那は宝玄仙とともに、その後ろからついていく。

 辺りに人影はない。

 詰所に兵がいるのはわかるが、特に警戒をしている様子はない。

 見張りすら外には立っていない。

 

 草の茂る荒れ地に囲まれた晒し場には、三個の裸体が転がっていた。

 三人ともまるで野生の動物であるかのように、身体を丸めてうずくまって寝ている。

 結界牢の中心に小さな白い裸身──。

 あれが長女金だろう。

 そして、少し距離をとった両横に男の囚人の裸身がある。

 

「いきます」

 

 朱姫が小さくささやいた。

 

「じゃあ、始めますね、ご主人様」

 

 沙那は言った。宝玄仙が無言で頷く。

 合図した。

 

 孫空女が詰所に向かって駆ける。

 同時に朱姫が手を伸ばして、結界牢のすぐそばに立つ。

 

 空中に朱姫の『影手』が次々に浮かぶ。

 結界牢の力場に張りついているのだ。

 それが集まり、透明の膜を両側から引き破るように、左右に分かれて引っ張るようなかたちになった。

 

「やったね、朱姫。見事なものさ」

 

 朱姫を後ろから見守っている宝玄仙が感嘆の声をあげる。

 

「開きました、沙那姉さん」

 

 朱姫の切羽詰ったような声がした。

 詰所の戸が開いた。

 

「な、なんだ、お前たちは?」

 

 まだ眠っていたのだろう。

 上衣を羽織っただけの兵がばらばらと五人ほど出てきて叫んだ。

 

 しかし、詰所の横に立っていた孫空女の拳が、叫んだ兵の腹に喰い込む。

 呻き声をあげて、その兵が地面に倒れた。

 呆気にとられている他の兵と指揮官らしき男にも孫空女が襲いかかる。

 あっという間に、五人が崩れ落ちる。

 

 沙那は、それを確かめてから、朱姫がこじ開けた結界牢の隙間から中に飛び込んだ。

 むっとする臭気が襲う。

 吐気に耐えて、長女金の裸身を抱えた。

 そのときには、異変に気がついて長女金は、怯えたような顔をこちらに向けていた。

 

「長女金ね? あなたを脱獄させに来たわ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「誰、あんたたちは――?」

 

 長女金が声をあげた。

 二年間、こんな状況で晒し者になり続け、男囚に犯され続けたというのに、長女金は狂ってもいなければ、弱ってもいない。沙那は感心した。

 

「話は後よ。逃げましょう、長女金」

 

 沙那は長女金を抱えるように外に出た。

 恐ろしく臭い。

 沙那はそれに耐えながら、結界牢の外に長女金を連れ出した。

 

「い、行ってしまうのですか、長女金様?」

 

「長女金様──」

 

 結界牢の中から泣き叫ぶような男囚の声がした。

 ふたりの男が悲しそうな顔をしてこっちを見ている。

 沙那は男囚たちの意外な反応に驚いた。

 

 沙那と長女金が外に出たところで、結界牢をこじ開けていた朱姫の『影手』は消滅してした。

 すでに、結界は修復されているようだ。

 中から聞こえていた男たちの声もなくなった。

 

「臭いね、お前」

 

 宝玄仙は顔をしかめた。

 そして、なにか風のようなものが長女金の身体をすり抜けた。

 汚物そのもののような臭気が一度になくなった。

 

「く、臭いですか?」

 

 長女金が困ったように言った。だんだんと人間らしさを取り戻すかのように、裸体を両手で隠すように胸と股間の前に手を置く。

 

「もう、そうでもないよ。わたしは、宝玄仙──。ただの旅人だよ。お前の境遇を知って、気まぐれで脱獄させた。あまりにも、ちょろそうな結界牢だったからね──。それとも、迷惑だったかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ちょろそうって……。有来有去(ゆうらいゆうきょ)様の結界をこんなに簡単に破るなんて……」

 

 長女金が驚いている。

 

「誰だい、その有来有去というのは?」

 

「王に仕える道術師です、宝玄仙様」

 

 長女金は言った。

 

「大丈夫かい、あんた?」

 

 詰所にいた兵たちを完全に気絶させてきた孫空女がやって来て訊ねた。

 

「はあ……。でも、これはどういう状況で……?」

 

 長女金は、まだ当惑している感じだ。

 

「とにかく、行くよ。話はここから立ち去ってからだ。長女金、お前の身体は汚れすぎているよ。まずは、身体の洗浄だ。それにしても、二年間も醜悪な環境で放っておかれたわりには、健康そうじゃないか。弱っているということもなさそうだし」

 

 宝玄仙が言った。

 

「この首輪です。これが、身体が弱ることも、自殺することも禁じるのです」

 

「ふうん、外してしまっていいかい、長女金?」

 

「これをしている限り逃げられないと思うのですが、これは外れないと思います。この朱紫国で最高の道術を持った有来有去様の施した道術が刻まれていますから」

 

 長女金は首を横に振った。

 

「この国最高の道術遣いの仕事ということかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 次の瞬間、長女金がしていた黒い首輪が外れて、地面に落ちた。

 長女金は驚愕している。

 

「とにかく、行きましょう。なんらかの異変がどこかに伝わる仕掛けになっている可能性もあります。ここは立ち去った方がいいでしょう」

 

 沙那は言った。

 

「そうだね──。朱姫、じゃあ、跳びな」

 

 宝玄仙が朱姫に顔を向けた。

 朱姫が頷く。

 

 しかし、長女金はふと結界牢の中に眼をやった。

 結界の中では、男囚たちが悲哀に染まった顔でなにかを叫んでいるようだ。

 

「こいつらに乱暴にされていたというわけじゃなさそうだね、長女金?」

 

 宝玄仙が不思議そうな表情で訊ねた。

 すると長女金が苦笑した。

 

「わたしは、この結界牢という小さな世界の女神だったんです」

 

「女神?」

 

 宝玄仙が驚いたような声をあげた。

 

「二年間……。二年間、わたしはここにいて、死んでいく男囚たちに身体を与え続けてきたんです。最初は無理矢理犯され続けてきたのですが、次第にわたしの立場は変わっていきました。ここに入れられる男囚は、短い時間で死ぬことが決まっている者たちばかりです。そういう者にわたしは、この世で最後に与える快楽を授けるのです」

 

「快楽を授ける?」

 

 宝玄仙が興味深そうに頬を綻ばせた。

 

「はい……。わたしから快楽という恵みを受け、男囚たちは死ぬために連れて行かれます。長女金という女神のいる晒し場の結界牢──。死に行く者たちに、いつしかそういう噂が立ったようです」

 

「死んでいく男たへの最後の慈悲ということかい」

 

「いえ。わたしもまた、死刑囚たちに最後の恵みを与えるのを生き甲斐と感じるようになりました。憐れみです──。彼らを憐れんで恵みを与えるという役割に意義を感じることで、わたしは正気を保つことができました……」

 

「ほう……」

 

「いえ、もしかしたら、そんなことを考えるようでは、すでに正気を失っているかもしれませんが」

 

 長女金は自嘲気味に笑った。

 

「いいや、お前は、正気を失ってはいない。お前の身体には、どこにも傷んでいるところも、途切れている神経もない。まったくの正常だよ」

 

「あ、あなた様は、お医者様でもあるのですか、宝玄仙様?」

 

 今度こそ、本当に長女金は驚愕している。

 

「医者の真似事はできるよ。道術遣いだからね……。ところで、さっきの霊具を外したところで、お前の腹にいる寄生虫が活発に動き出したようだね。二年間、腐ったようなものばかり食ったんだろう。まあ、身体を洗ったら、それも治してやるさ」

 

「まあ……」

 

 長女金は口を開けたままだ。

 長女金の表情から考えると、宝玄仙の言った道術による治療というのは珍しいことのようだ。

 長女金は、元々王宮に仕える女将校だったはずだ。

 だから、この国で道術遣いに接することも多かったに違いない。

 しかし、その長女金も、宝玄仙が口にするような『治療術』には触れたことがないのかもしれないとすれば、宝玄仙の道術遣いとしての能力はやはり凄いのだろう。

 

「ねえ、宝玄仙様、彼らも助けてあげることはできませんか?」

 

 ふと、結界牢の中の男囚たちに視線を向けた長女金が言った。

 

「お前を犯した連中だろう。この前、こいつらのひとりがお前を犯しているのを見たよ」

 

「違いますよ。あれは、わたしが彼らに身体を与えていたのです。恵みです。わたしにとって、ここに送られてくる囚人は、哀れな子供のようなものです。この気持ちは理解してはいただけないと思いますが……」

 

「確かに、理解できないね──。まあいいよ。朱姫、もう一度、こじ開けな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「はい、ご主人様」

 

 すぐにさっきと同じように結界の力場に朱姫の『影手』が張りつく。その『影手』が左右に分かれる。

 

「お前たち、出て来るんだよ」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 ふたりの男囚が脱兎のごとく飛び出してくる。

 宝玄仙が手を伸ばして、男囚たちの首輪を道術で取り外す。

 

「お前らは、このまま、どっかに行きな。これ以上の面倒は見ないよ。そこに倒れている兵の服を剥がして着るなり、懐に入れている小銭をかき集めるなり、好きにしな。後は、お前たちの才覚でなんとかするんだ──」

 

 宝玄仙が、まだ戸惑いの表情をしている男囚たちに言った。

 

「長女金様……」

「長女金……」

 

 男囚たちが長女金に視線を向ける。

 

「行きなさい」

 

 長女金が声をかけた。

 男囚たちはお互いの顔を見てから、もう一度長女金に視線を向け、別れの言葉を叫んで、詰所の前に倒れている兵に向かって駆けた。

 

「さて、わたしらも行くか……。そうだ、沙那、その首輪も持っておいで。これはなかなか、興味深いね。囚人を死なせないようにするというだけじゃなくて、他にも仕掛けがありそうだよ。じっくりと調べてみるから」

 

「はい、ご主人様」

 

 沙那は頷いて、地面に落ちている三個の首輪を拾って荷物に入れる。

 

「川原に向かう結界を結びました」

 

 朱姫が言った。

 

 

 *

 

 

「朱姫に任せるよ」

 

 川原に到着すると宝玄仙が朱姫に言って、長女金の裸身を押しやった。

 そして、沙那と孫空女に視線を向ける。

 

「お前たちは、宿に戻って荷物を持ってきておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 結界牢を襲撃するのに荷は邪魔なので部屋に置いてきたままだったのだ。

 路銀のほかの最小限必要な道具については朱姫が雑嚢に入れて持ってきているが、ほかの荷はそのままだ。

 ふたりが宿に向かって去っていく。

 

 ここから宿までは、四半刻(約十五分)というところだ。

 荷を持って戻るのに一刻(約一時間)もかからないだろう。

 

 その間は、朱姫が長女金を好きにしていいということだ。

 朱姫の道術がちゃんと動いたのでそのご褒美ということなのだろう。

 つまりは、小うるさいふたりを追い払ってくれたのだ。

 宝玄仙は、川原に座り込んで、さっき長女金たちから外した首輪の霊具を調べ出している。

 

「じゃあ、行きましょうか、長女金さん」

 

 朱姫もまた服を脱いで、長女金とともに川の水に入っていく。

 この辺りは、川原に樹が茂っていて周囲からは見えないようになっている場所だ。

 昨晩のうちに調べておいて、『移動術』の結界をあらかじめ刻んでおいたのだ。

 

「はい、朱姫さん」

 

 長女金は大人しくしている。

 まだ早朝だが、川の水は冷たくはない。

 さすがは南域と呼ばれる温暖な気候だ。

 風は温かいし、水もそうだ。

 童姉妹の船でこの国に密入国したときから気候は一変した。

 

 服装もそうだ。

 外を歩く女も肌が透けるかと思うような薄物が多いし、下袍の丈も朱姫の常識からみると凄く短い。

 朱姫は腿の半分くらい水が浸かる場所まで長女金を導く。

 

「じゃあ、洗いますね」

 

 身体の汚れを落としやすくする洗い粉が染み出るように細工のしてある洗い布を手に取る。

 それで長女金の肌に触れた。

 

「ちょ、ちょっと待って……。自分で洗うわ」

 

 真っ赤な顔になった長女金が慌てたように言った。

 

「駄目です。あたしたちが、長女金さんを助けた代金だと思ってください。なにをされても我慢するんです」

 

 朱姫は言った。

 

「えっ?」

 

「あたしは、長女金さんの身体をお洗いするだけじゃないですよ。お尻から薬を入れて腸も洗わないといけないし、逆らえばお尻を叩くかもしれませんよ。でも、悪いようにはしませんから、心配しないでください」

 

 朱姫は洗い布で長女金の肌を擦る。

 まるで皮膚が一枚落ちるように垢がこぼれ落ちていく。

 垢がとれると、長女金はもともとの白い肌を取り戻したようだ。

 洗い粉で身体の隅々まで洗い落とす。

 

「しゃがんでください。髪を洗いますから」

 

 長女金の身体が沈む。

 朱姫は両手で長女金の髪に洗い粉の泡をまぶし、そして両手で擦り洗う。

 墨が拡がるように一瞬川の水に黒い染みができた。

 何度も洗うと次第に油の塊りのようなものがとれていく。

 ある程度のところまで汚れを落としたところで、櫛を使う。さらに小さな泥と油がとれ剥がれる。

 

「そのまま、待っていてください」

 

 長女金を立たせてから、一度、宝玄仙が待っている川原にあがる。

 準備していた荷の中から幾つかの道具を紐付きの浮き籠に入れて持ってくる。

 紐を手首に結び付けて水の上に浮かばせる。

 その中から髪切り鋏を取り出す。

 

 どうしても塊りになって解けない髪を切る。

 いつも四人で髪を切り合っている。

 髪を切るのはお手のものだ。

 荒れていた髪がきちんと整えられた髪に変わる。

 

 少し深い場所に連れていく。

 眼の周り……。

 耳の孔……。

 臍の孔……。

 よくもこんなに汚れていたものだと思うくらいに汚れが落ちていく。

 

「あ……」

 

 朱姫の手が身体を這い回る刺激で、長女金が身体を微妙にくねらせている。

 敏感な刺激を与えるように身体中を動かす手のひらと洗い布に加える力を調整している。

 しかし、まだ、ただ身体を洗われているだけと思われている長女金は、込みあがる淫情を隠そうと懸命に耐えている。

 朱姫は、その表情が面白くて、さらに淫情が溜まるように長女金の身体をくすぐる。

 

「くうっ……」

 

 胸から上に出ている長女金の白い肌がだんだんと赤く染まっていく。

 

「どうしました、長女金さん?」

 

「な、なんでもない……」

 

 長女金が欲情に耐えるようにしっかりと口をつぐんだ。

 

「口を開けてください、長女金さん」

 

 朱姫はその長女金の口を開けるように命令した。

 その命令に長女金は素直に従う。

 

 口臭がひどい。

 朱姫は川の水で数度うがいをさせた。

 そして、もう一度口を開けさせて、口臭を消す作用にある薬汁を指に付けて、長女金の口の中を擦り洗う。

 

「ああ……お……」

 

 他人の手によって口の中を洗われる恥ずかしさで長女金の顔が真っ赤になる。

 自分でやるというような仕草で、朱姫の手を軽く掴んだ。

 

「大人しくしてなさい、長女金さん。その手が邪魔です」

 

 朱姫は少し強く言った。

 長女金が戸惑ったように手を離した。

 

「手は背中で組んで」

 

 長女金は戸惑いの表情のまま、それでもおずおずと手を後ろに回した。

 朱姫は開いている片手で、その手首を『魔紐』で結んだ。

 『魔縄』と同じで、軽く結んだだけでも、絶対に結ばれた本人によって解くことができない。

 長女金は目を丸くしている。

 それでも、口の中には朱姫の指が入っているので、抗議の声は出せない。

 

 それに長女金は、大して抵抗の意思はないようだ。

 最初に朱姫が長女金の身体で遊ぶことについて仄めかしている。

 それなりに覚悟もしているに違いない。

 

「ある程度はきれいになりましたよ、長女金さん。でも、一番汚れているところがまだ残っていますね」

 

 朱姫は長女金に後ろを向かせると、洗い布に一度水を含ませて泡でいっぱいにした。

 その泡を長女金の乳首につけて、手でそっと撫ぜる。

 

「あん……」

 

「敏感なんですね」

 

 朱姫はささやいた。

 

「い、言わないでよ……」

 

 長女金は身悶えした。

 朱姫が手を乳房に這わせるとあっという間に長女金の乳首は尖ってきた。

 

 二年間……。

 

 二年間もあんな場所で晒し者になりながらも、男囚たちを身体を使って手懐けて生きていた。

 しかも、しっかりと正気を保ち、気丈さを残しながら……。

 なんという強靭な精神力なのだろう。

 

 それにしても、敏感だ。

 もしかしたら、二年間、男囚たちに身体を許し続け、すっかりと淫らな身体になってしまったのかもしれない。

 朱姫は、長女金をまた浅瀬に歩かせた。腰の部分が水の上に出る。

 朱姫は長女金の大きな乳房を布と手で包み込む。

 

「うう……」

 

 長女金はやるせないような仕草で身体をくねらせる。

 

「とても綺麗な肌ですね、長女金さん。それに感度もいいですよ。こんなに素敵な身体だと、あたしも洗っているという感じで愉しいです」

 

「そ、そんな……。女同士で……」

 

「あら、女同士は初めてですか、長女金さん?」

 

「だ……だったら……本当に……女同士で……?」

 

 長女金は、だんだんと官能が昂ぶってきたらしく、声が情感のこもったものに変わっていく。

 両手を背中で括られているという緊張感も、長女金の淫情を高めているのだろう。

 朱姫が手を長女金の全身に這い回らせると、長女金は、はっきりとした甘い声をあげる。

 

「ああん」

 

 長女金が大きな声をあげて、川の水にがくりと身体を落とす。

 その身体を泡だらけの朱姫の手が支える。

 特に局部を触れていたわけじゃない。

 ただ、内腿に手を滑らせただけだ。

 

「ああ……、ど、どうして……?」

 

 長女金は慌てて足を踏ん張って姿勢を戻す。

 女の身体が相手であれば、朱姫はどんな女からでも情感を引き出す自信がある。

 長女金は、これまで接したことがある女の中では敏感な方だろう。

 そんな長女金から狼狽するほどの快感を引きだすのは、朱姫には造作もないことだ。

 

「ふふふ、そんなに感じてしまうのが不思議なんですか? あんな地獄のような場所で二年間もいたのに、もう欲情してきたんですか?」

 

「じ、地獄ではなかったわ……。地獄だったのは最初の数箇月……。わ、わたしはあそこで生きてきたのよ。あそこがわたしの小さな世界……」

 

 長女金は身体を悶えさせながら言う。

 朱姫は背中を逆撫でするように指を這わせる。長女金は悲鳴のような声をあげて身体を仰け反らせる。

 

「ひうっ」

 

 朱姫は洗い布の泡を股間にたっぷりとつける。

 陰毛は濃い。

 それを丁寧に洗いあげる。

 快感が沸き起こっている長女金が淫情のこもった吐息をする。

 

「そろそろここも開いてきましたか?」

 

 朱姫はたくさんの泡ごと長女金の女陰に指を潜り込ませた。

 

「い、いやあ……ああ……だ、駄目……こ、こんなの……」

 

 長女金の女陰はすっかりと外唇が反り返っている。

 指で中を洗う。

 この泡は、汚れも落とすし、入り込んだ虫も殺す。

 中が傷ついていればそれを癒し殺菌する効果もある。

 そして、淫乱効果も……。

 

 これだけ塗りたくられれば、長女金はどうしてこんなに身体が熱くなるのか理解できない程に淫情に陥るだろう。

 そして、そうなっている。

 朱姫はもうひとつの指を肛門にすっと入れた。たっぷりの泡と一緒に……。

 両側に入った指で内襞を擦り合わせるように押した。

 

「ひぐうっ」

 

 長女金が大きな声をあげて全身を硬直させた。

 女陰からどっぷりと愛液が溢れて朱姫の指にまとわりつく。

 

「そんなに痩せていないですね、長女金さん。むしろ肉付きがいいかも……」

 

 朱姫は耳元でささやいた。

 長女金の女陰と肛門の中は温かくて弾力があり、ごつごつという骨の感触などまったくないすべやかな肌触りだ。

 お尻にもしっかりと肉がついている。

 

「お、男……た、たちが……自分たちの……ものも……わ、分けてくれるから……ひうううっ──」

 

 長女金が仰け反った。

 身体がぶるぶると震えた。

 達したようだ。

 

「どうしました、長女金さん?」

 

 朱姫は素知らぬ顔をして訊ねる。

 

「わ、わたし……」

 

 長女金は真っ赤な顔をしている。

 朱姫の手管で昇天したことを告げるべきか、そうでないか迷っているようだ。

 そんな仕草も可愛らしく思う。

 

「とても締りがいいし、肉付きもしっかりしていますね。健康に大きな問題はないような気がします。これなら大丈夫と思います。じゃあ、お尻に薬剤を入れます。腸を殺菌するためです。お尻を突き出してください、長女金さん」

 

「は、はい」

 

 長女金が言われるまま腰をさげて、朱姫に尻を差し出すような態勢になった。

 朱姫は手首に結んである浮き籠から浣腸器を取り出して、肛門に突き挿す。

 

「ああっ」

 

 薬剤が直腸に注ぎ込まれる感触に、長女金が身体をわずかによじって悶えた。

 二年間も不潔な環境にいた長女金のために、宝玄仙が作った特別の薬剤だ。

 これを腸に入れれば、あっという間に寄生虫も雑菌も死ぬらしい。

 

「く、苦しい……」

 

 長女金が呻いた。

 

「お腹の中で薬剤が仕事をしているんです。我慢してくださいね。まだ、出しては駄目ですよ」

 

 朱姫はそう言って、空になった浣腸器を浮き籠に戻し、二本目を取った。

 そして抽入する。

 

 さらに三本目……。

 

 準備した浣腸器が全部が空になると、長女金の下腹部はぱんぱんに張った状態になった。

 朱姫はその下腹部を手のひらで少しずつ圧していく……。

 

「お、押さないで、お願いよ──」

 

 長女金が悲鳴をあげて身体をよじった。

 

「脚を拡げて──。汚れますよ」

 

「ま、待って……」

 

 長女金が絶叫した。

 しかし、次の瞬間、おびただしい薬液とともに長女金の汚物が川の水にぼとぼとと落ちていった。

 

「ひい──ご、ごめんなさい」

 

 長女金が泣き声のような声をあげた。

 

「気にしないでください。これで腸はきれいになったと思います。もう少し深いところに行きましょう。お尻を洗いますから」

 

 長女金の肛門から出た汚物はあっという間に川の水が運んでいった。

 朱姫は再び深い場所に連れていった長女金の肛門に指を入れて、汚れを洗い落とす。

 もちろん、媚薬効果のある洗い粉の泡もたっぷりと飲み込ませる。

 激しくなる異様な感覚に長女金が全身を震えさせる。

 

「これならすぐに後ろを犯せると思いますよ、ご主人様」

 

 朱姫はすぐ後ろに立っていた裸身の宝玄仙に言った。

 

「えっ?」

 

 長女金がびっくりした声をあげた。

 長女金が川原に背を向けていたので、いつの間にか宝玄仙が裸になって水に入ってきたことに気がついていなかったようだ。

 宝玄仙の股間には道術で生やした男根がそそり勃っている。

 その宝玄仙の怒張が長女金の肛門を挿し貫いた。

 

「あひいいいっ──」

 

 思いがけない宝玄仙の責めに長女金が悲鳴をあげた。

 まったく準備ができていなかったはずだ。

 長女金の悲鳴は、苦痛というよりは驚愕と恐怖の声のようだ。

 

「確かになかなかいい身体さ。男囚たちが女神と崇めた気持ちもわからないでもないね。だが、心のすさんだ死刑囚までたらし込むとはお前もなかなかの女傑のようだね」

 

 宝玄仙が腰を動かしながら言う。

 朱姫は倒れかかる長女金の身体を前に回って支えながら、肉芽を刺激しつつ女陰に指を入れる。

 宝玄仙の怒張の動きに合わせて女陰に入り込んだ指を押し動かす。

 長女金は半狂乱になった。

 

「ひゃあ……ひゃあ……ひゃあ……あ、ああ……いく、いきます──いくっ──」

 

 再び昇天した長女金が、宝玄仙の腰に自分の腰を擦りつけるようにしながら身体を仰け反らせた。



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274 淫女の優等生

「い、いい子だから……お、大人しく──しな……。き、気持ちよくしてやるよ」

 

 孫空女が言いながら、家の中心にある柱に、素っ裸のまま立ち縛りで拘束されている長女金(ちょうじょきん)の太腿あたりを優しく撫ぜた。

 

「なに、たどたどしい言い回しをしてるんだよ、孫空女──。長女金の陰毛をまさぐってやりな。甘い声のひとつも出させてやらなきゃ可哀そうだろうが」

 

 宝玄仙は、苦笑しながら叱咤した。

 

「そうですよ、孫姉さん。たっぷりと女陰を濡らせてあげないと卵なんて咥えられませんよ」

 

「う、うるさいよ、朱姫──。お、お前まで一緒に言うんじゃないよ」

 

 腰を覆う下着姿だけの孫空女が真っ赤な顔をして朱姫を睨んだ。

 孫空女がやっているのは、長女金に対する調教だ。

 

 長女金を結界牢から救出したのはいいが、問題はこれからどうするかだ。

 当然、朱紫(しゅし)国の城郭軍は逃亡した長女金を探すだろうし、襲撃をした宝玄仙たち四人の行方も追うだろう。

 孫空女はあっという間に詰所の兵は倒したから、連中はなにも見ていないはずだというが、その辺りを確認する必要がある。

 

 それで、あらかじめ見つけておいた国都郊外の貸し家だが、二日前にしばらく借りるという手続きは終わっている。

 幸いにも李春から貰った路銀がたっぷりある。

 古い家を一軒を借りるくらいの金は十分にあって、三箇月の契約の前渡しで大家に支払いを済ませている。

 三箇月も逗留する予定はないが、余分な金は口封じのためだ。

 

 もっともそういうことを宝玄仙自身が考えたわけではない。

 すべて沙那が事前に手配した。

 ここに当面の食料と寝具などを準備したのも沙那だ。

 その沙那は、いまは、もう一度、あの宿町に戻って、結界牢を逃亡した囚人を追う軍の動きを探っている。

 宝玄仙は、孫空女と朱姫とともに長女金を連れて準備してあるこの家にやってきて結界を張っただけだ。

 

 そして、ただ、待つのも退屈なので、孫空女に命じて長女金を責めさせている。

 しかし、嗜虐など馴れていない孫空女は、あまりにたどたどしく、調教者としては酷いものだった。

 それで、罰として下着一枚にさせた。

 孫空女は乳房を剝き出しにして、汗びっしょりになり長女金を責めている。

 それはそれで面白い見世物だ。

 

「ああ、いや、いやよ……やめて──」

 

 孫空女の手が長女金の股間を探ると、長女金が狂気したように腰を揺さぶった。

 川で磨き立てた長女金は、今朝まで動物のように結界牢でうごめいていたとは信じられないくらいに美しく艶めかしい身体をしていた。

 それとも、二年間の男囚との性交続きの生活が長女金の身体を淫靡でいやらしいものに変えたのだろうか。

 

「そ、そんなに固くなるんじゃないよ──、長女金……。ええっと……た、たっぷりと潮を噴き出すんだよ。そ、そうでないと卵が入らないよ」

 

 孫空女の手は長女金の股間を撫でさすり、揉みほぐすように動いている。長女金が首を激しく振って悲鳴をあげた。

 その身体は真っ赤だ。

 

 長女金は、ああやってこの家の真ん中の柱に立ち縛りで拘束されてから、孫空女に責められ始める前に、宝玄仙と朱姫の手管による刺激をしばらく受けている。

 すでにすっかりと身体は燃えあがっているはずだ。

 

「く、悔しい──。こ、こんなことされるなんて」

 

 長女金は身悶えしながら絶叫した。

 孫空女が驚いたように手を引っ込めた。

 

「えっ? そ、そんなに嫌なの、長女金?」

 

 孫空女は動揺した表情でおろおろした。

 すると縛られている長女金がぷっと噴き出す。

 

「お前、馬鹿かい、孫空女──。長女金が演技してくれているのがわからないのかい。さっきから、何回同じことを繰り返せば済むんだよ──。長女金がわたしらに身体を許すのも、弄くらせるのも納得済みだ」

 

「ぷっ」

 

 すると、たったいままで、悲痛な表情をしていた長女金が耐えきれなくなったように吹き出す。

 それを見て、孫空女ますます顔を赤くした。

 

「だけど、それじゃあ、面白くないから、嫌々いたぶられている演技をしろとわたしが言ったからそうしているんだよ。眼の前でそうやって、わたしと話しながら、長女金が、朱姫に柱に身体を縛らせたのをお前も見てたんだろうが」

 

 宝玄仙は座ったまま怒鳴った。横で朱姫が大笑いしている。

 

「ご、ごめんよ、ご主人様──。で、でも、あたしはこんなことを馴れてないんだよ」

 

「ぐずぐず言うんじゃない、孫空女。さっさと続きをやりな」

 

 宝玄仙はわざと怒りを込めた表情で大きな声をあげた。

 だが、内心は笑いをこらえるので必死だ。

 これでは、長女金をいたぶっているはずの孫空女が嗜虐されているようなものだ。

 孫空女は顔に汗をいっぱいにかいて、苦しそうな表情までしている。

 

「そうですよ、孫空女さん。さっきも言いましたけど、こんな汚れた身体でよければ、いくらでも苛めて遊んでください。わたしを救いだしてくれたお礼です」

 

 長女金が笑顔のまま、孫空女に話しかけた。

 

「長女金さんの身体は、汚れてなんかいませんよ。とても素敵な身体です」

 

 朱姫が言った。

 

「ありがとう、朱姫さん。とにかく、孫空女さん、どうかいくらでもわたしを責めてください。なんの心配もいりません」

 

「う、うん」

 

 孫空女が頷く。

 

「待ちな、孫空女──。罰だよ。その一枚残っているのも脱ぎな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんな……。これは許してよ、ご主人様。これ脱いだら、あたし嗜虐しているのか、されているのかわかんないじゃないか」

 

 孫空女が抗議した。

 

「だったらましな責めをして見せな、孫空女。ちゃんとしたご主人様の演技ができたら下着を返してやるよ」

 

 宝玄仙の言葉で渋々孫空女が股間に履いている下着を脱ぐ。

 すると、朱姫がこっそりと孫空女に寄って、背後からさっと孫空女から下着を奪った。

 

「あっ──。な、なにすんだよ、朱姫」

 

 孫空女がますます真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「やっぱり……。孫姉さん、少し興奮していたんですよ。見てください、お股のところがぐっしょり──」

 

 朱姫が孫空女から取りあげた下着をはぐって宝玄仙に見せにきた。

 

「か、返せ、朱姫──」

 

 孫空女が朱姫に掴みかかるようにして下着を奪い返そうとした。

 それを朱姫がさっと避ける。

 

 孫空女の動きであれば、本来は朱姫が身体をかわせるわけはないのだが、余程に興奮していたのだろう。

 孫空女の手は空を切った。

 その孫空女の裸身の横腹を朱姫がとんと突いた。

 

「ひんっ」

 

 孫空女が突然股間を抑えてしゃがみ込んだ。

 そして、そのまま股間を押さえてうずくまった。

 

「や、やめなよ、朱姫──ひいっ……ひぐうっ──」

 

 股間を押さえたまま孫空女が悲鳴をあげた。

 よく見ると孫空女の股間の前後に朱姫の『影手』が五、六枚張りついている。

 その手が孫空女の股間を責めたてているようだ。

 

「まだ、やりますか、孫姉さん?」

 

 朱姫が少し離れた場所で孫空女をからかうように言った。

 

「も、もうやらないよ──。わ、わかったから、やめてぇ──」

 

 孫空女が股間とお尻を手で押さえたみっともない恰好のまま、身体を横倒しにして悶えた。

 

「み、皆さん、本当に仲がいいですねえ……」

 

 柱に拘束されている長女金が感心したような声をあげた。

 

「ほら、孫空女、持ち場に戻りな。長女金が退屈しているじゃないか」

 

 宝玄仙は苦笑して孫空女に声をかけた。

 すると孫空女が脱力したように身体の緊張を解いた。

 どうやら、朱姫の『影手』が消滅したようだ。

 

「やり方を変えるよ、孫空女。じゃあ、わたしの命令の通りに動きな──。まずは、口づけだ。長女金の口に奉仕するように舌で責めるんだ」

 

 宝玄仙の命令で孫空女は立ちあがる。

 孫空女の口が長女金の唇に上から重なる。

 

 舌で口中を奉仕するやり方は、孫空女に教え込んでいる。

 長女金の肌から汗がみるみる滲み出て、肌が赤くなる。

 そして、鼻を鳴らすような声も出しはじめた。

 重なった唇の隙間から孫空女と長女金の唾液が流れて、長女金の裸身に垂れる。

 

「口づけを続けたまま、片手で胸を揉むんだよ。もうひとつの手は股間だ、孫空女」

 

 孫空女の片方の手のひらが長女金の胸をまさぐり、もう一方の手が股間に伸ばされた。

 だんだんと身体が溶けてきた様子の長女金の身体は、演技ではない興奮状態を示し始める。

 責められている口から切なげな甘い声が激しく漏れだす。

 

「もういいだろう……。股に卵を咥えさせな、孫空女」

 

「うん」

 

 孫空女がうっとりとした表情で長女金から口を離した。

 お互いに口をむさぼったことで、長女金だけじゃなく、孫空女も熟れきってしまったようだ。

 見なくても孫空女の股間が愛液でびっしょりと濡れているのが匂いでわかる。

 

 孫空女が長女金の足元の籠に入っている卵を手に取る。

 横に小さな容器があり、卵の表面に塗る油が入っている。

 長女金が結界牢の中にいる間に覚えた技だという卵を割る芸をさせるのだ。

 長女金は、一緒にいた男囚を悦ばせるために、一箇月に一度くらいの周期で与えられる卵で、膣で卵を割る技を覚えたというのだ。

 

 あの環境で男囚たちに蔑まれるのではなく、慕われていたというのだから驚きだ。

 だが、確かに結界牢を襲ったとき、一緒にいた男囚たちは長女金と別れるのが悲しそうな表情をしていた。

 二年の間、長女金と一緒にいた死刑囚の男囚は、ほとんどそのまま国都の広場で処刑されているようだ。

 

 だが、その死んだ彼らが短い期間、生活と肌を共にした長女金の優しさと素晴らしさを最期の最後に吹聴した。

 そして、それを処刑場に詰めかけて群衆に混じっていた遺された家族や仲間が耳にした。

 そうやっているうちに、賊徒の世界で長女金の名は、半ば伝説的な不思議なものになっていったようだ。

 

「い、いくよ、長女金」

 

「は、はい、孫空女さん」

 

 立ち縛りに拘束されている長女金が股間を突きだした。

 孫空女がその股間に卵をあてがう。

 

「も、もっと、強く押して……」

 

 長女金がじれったそうに言った。

 孫空女がこわごわとした仕草で卵を長女金の股間に押し入れていく。

 長女金は、さらに股間を前に出して、女陰の口をぱっくりと開いて卵を吸い込んだ。

 

「す、凄い……」

 

 横の朱姫も驚嘆した声をあげた。

 三人の供には、卵や玉を飲み込む技を教えてはいるが、あんなにあっという間には吸い込むことはできない。

 自分たちもやらされているだけに、長女金の膣の動きが普通でないということがわかるのだ。

 

「わ、割ります──」

 

 長女金が上気した顔をあげた。

 歯を食い縛るようにしかめる。

 そして、狂ったように腰を前後に振った。

 やがて、小さな音が長女金の股間から聞こえた。

 

「しゅ、朱姫が舐めとりますね」

 

 すっかりと長女金にのまれた様子の朱姫がよろめくように立ちあがった。

 長女金の股間に口をつける。

 そして、流れ落ちる卵の中身をすすりはじめる。

 

「ああ……朱姫さん……そ、そんなにしないで──。か、感じちゃう……」

 

 長女金が甘い声を出して身体をくねらせはじめる。

 朱姫の口が、長女金の股間から流れ落ちる卵の中身をすすりあげる音がした。

 

「ちょ、ちょっと待って、朱姫さん……。か、殻を……殻を出すから……」

 

 長女金のこの言葉で、朱姫が長女金の股間から口を離した。

 宝玄仙も長女金に近寄って長女金の股間を見守る。

 

「手を……手を下に……」

 

 長女金が悶えながら言った。

 朱姫が長女金の開いた股間に手を入れると、愛液に混じった卵の殻がどっと外に流れ出た。

 これには宝玄仙も驚いた。

 

「ほ、本当に結界牢で憶えた技かい? お前、国軍の女将校だったというのは嘘で、その道の玄人だったんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙は本気で言った。

 

「まさか……」

 

 長女金が笑った。

 

「じゃあ、朱姫がきれいにしますね」

 

 再び朱姫が長女金の股間に舌を伸ばした。

 舌で長女金の肉芽と女陰の中に舌で責めたてる。

 

「ひぐっ」

 

 たちまち長女金が悲鳴のような声をあげた。

 やがて、身体がぶるぶると震えだす。

 

 そして、ひと際大きな嬌声をあげて身体をくねらせた。

 軽くいったようだ。

 

「可愛いですね、長女金さん」

 

 悪戯っ子のような表情を浮かべた朱姫が、やっと長女金の股間から口を離して言った。

 そのとき、廃屋の入口に誰かがやってくる気配がした。

 

 声がかけられて、それが外に情報を集めにいっていた沙那だとわかった。

 宝玄仙は結界を緩めて沙那を廃屋の中に通した。

 

「な、な、なにをしているんですか、みんな──。長女金さんを縛ったりして──」

 

 沙那がつんざくような大声で叫んだ。

 沙那が出ていくとき、長女金は、まだ与えた服を普通に着ていて食事をしていたところであり、こんな風に裸で柱に拘束されたりはしていなかった。

 礼をさせて欲しいという長女金に、だったら宝玄仙の嗜虐の相手をしろと言い、長女金があっさりと承諾をしたのは、沙那が出ていってからだ。

 

「お帰りなさい、沙那さん……。沙那さんにもお見せしましょうか? 長女金の卵芸ですけど」

 

 長女金がからかうような口調で沙那に向かって言った。

 沙那が眼を白黒した。

 

「さっさと報告しな、沙那。これからどうするんだい? すぐに逃げなきゃいけないのかい? それとも、ここでしばらく隠れていた方がいいのかい?」

 

「し、しばらく隠れていればほとぼりは覚めると思います、ご主人様。多分、三日もあれば……。詳しく申し上げますと……」

 

「詳しくなんていらないよ。それだけ聞けば十分だ。お前も服を脱ぎな。それと朱姫、長女金の縄を解くんだ。珍しいものを見せてくれたお礼に、沙那と孫空女を長女金に責めさせてやるよ」

 

 宝玄仙はそう言いながら自分の服を脱ぎだす。

 

「えっ──。ど、どういうことですか、ご主人様?」

 

 沙那が狼狽えた声をあげた。

 

 

 *

 

 

「ひゃ、ひゃあ……ひゃあああ──」

 

 沙那は、胡坐縛りで拘束されている不自由な身体を床の上でのたうたせた。

 

「相変わらず感じやすい身体ですね、沙那さん」

 

 長女金がからかうように言いながら持っている操作具となっている板を触った。

 股間に埋められている張形の振動がとまり、沙那は脱力して顔をうな垂らせた。

 

 沙那は股間に革帯をつけられて、腕を背中で組まされてそれを縄でしっかりと拘束されている。

 脚は胡坐だ。

 その胡坐縛りの姿勢を崩すことができないように縄で縛られているのだ。

 

 そんな格好の沙那を責めたてているのは長女金だ。

 長女金がもっている小さな板は宝玄仙が作った霊具であり、その板は、沙那が股間と肛門に挿入されている張形に連動しているのだ。

 そして、さっきから長女金が、その板を使って沙那の体内に押し込められている張形を動かしたり、とめたりして、沙那を責めているのだ。

 

 ここに居ついてから二日が経っている。

 

 沙那は、毎日のように外に行っては、結界罠が破られて脱走した囚人の取り締まりの様子を探っていた。

 宿町だけでなく、国都でも王宮道術師の施した結界牢が破られたことは大きな話題になっているようだった。

 あれほどひっそりしていた宿町の結界罠の周辺も、長女金が脱走したという話を聞きつけた多くの野次馬が集まっていた。

 

 軍もいた。

 ただ、結界罠がどうして破られたかということに捜査は終始していて、逃亡囚人そのものを深く追いかけようという様子はない。

 おざなりに主要な道路の要所に検問が作られたが、丁寧に調べようという気配はなく、多少の賂であっさりと通過できる。

 手配されているのは長女金とふたりの男囚だけで、沙那たち四人は捜査の対象にはなっていない。

 やはり、孫空女が言った通り、孫空女が打ち倒した見張りの兵は、沙那たちの顔を見ていなかった。

 そういうことは、うろうろしている兵や役人にそれとなく訊いていてわかった。

 

 とにかく、ほとぼりさえ晴れれば、すぐに忘れ去ってくれそうな雰囲気だった。

 兵にしても、宿町の市民たちと同じように長女金の境遇は気の毒に考えていた者が多く、万が一、長女金を見つけた者がいても、真面目に届けようとする者もいそうにない。

 第一、今回の事件には賞金が出ていない。

 朱紫国の当局がこの事件を大して重く考えていない証拠だ。

 あるいは、結界牢が破られたという事実を大きくしたくないということか……。

 

 長女金は、二年もあんな状況で晒し刑になっていたにしては、明るく知的な女性だった。

 自分の境遇を受け入れ、狂うことも荒むこともなく生きてきた。

 そして、男囚たちに身体を進んで提供することで、彼らの心に自分の存在を植え付けた。

 不思議な女性だ。

 

 いまも、宝玄仙が求めればいくらでも情事の相手をする。

 宝玄仙の変態的な性癖に対しても、少しも嫌そうな仕草はない。

 むしろ喜々としているようにも見える。

 長女金は、相手が喜ぶことをしてあげるのが好きだという本質的な優しさがあるようだ。

 

 被虐の相手になれと言われれば、哀れな声で泣き叫ぶ演技をして宝玄仙を悦ばせるし、嗜虐をしろと言われれば、陰湿な調教師のふりをして容赦なく沙那や孫空女を責めたてて、それもまた、宝玄仙を嬉しがらせる。

 いまは、孫空女と朱姫が夕食の支度をするあいだ、宝玄仙の命令によって、長女金が沙那を責めているのだ。

 

「沙那、うな垂れていないでなんとか言いな」

 

 宝玄仙だ。

 宝玄仙はそばの椅子に座り、そんな沙那と長女金を見物しているのだ。

 長女金は、その宝玄仙を満足させるために、調教師の演技をして沙那を責めているというわけだ。

 沙那にとっては堪らないことではあるが……。

 

「沙那は、本当のところ前が好きなのかな? それとも後ろかな?」

 

 長女金が沙那の顔を覗き込むような仕草をしながら、持っている板に触れた。

 しばらくとまっていた股間の霊具が動きはじめる。

 膣だけじゃなく肉芽にも振動が伝わるようになっている。

 それがだんだんと強くなっていく。

 

「ひい……ああ……ああっ──あ、あ、ああっ」

 

 自然と声が出る。沙那は身体を震わせた。

 

「ねえ、教えてよ、沙那。どっちが感じるの? 前?」

 

「うくっ……」

 

 身体をよじらせるようにしながら沙那は、胡坐縛りで拘束されている身体をくねらせる。

 股間の張形が淫らな官能の波をかきたてる。

 

「それとも後ろ?」

 

 振動が切り替わり、肛門深くにねじ込まれている張形が振動しはじめる。

 

「いやあっ」

 

 身体が自然にがくんと仰け反った。

 肛門から恐ろしいほどの快感が拡がる。

 身体が震えが激しくなる。

 

 もう、少しも耐えられない。

 達しそうだ……。

 

「やっぱり、両方ね」

 

 前後の張形が同時に激しく動き出した。

 

「いくうっ──」

 

 激しい快感の波が沙那を襲い沙那は絶頂して果てた。

 大きく身体を仰向けに仰け反らせた反動で、ひっくり返りそうになった身体を長女金の手が支える。

 

「呆れた淫乱ぶりね、沙那」

 

 長女金が嘲笑うような声で言った。

 演技だとわかっていても、さすがに沙那は恥ずかしくなり、思わず長金女から顔を隠す。

 

「長女金、お前は本当になんでもできるねえ。気にいったよ」

 

 部屋の隅でずっと見守っていた宝玄仙が拍手をして笑った。

 

「じゃあ、もう、沙那さんの縄を解いてもいいですか、宝玄仙さん?」

 

「ああ、いいとも。そろそろ、食事の支度も終わったろうからね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「大丈夫? わたしのことが憎たらしく思ったら仕返しをしてもいいわよ。今度は、わたしが縛られようか、沙那さん?」

 

 長女金が心配そうに言う。

 

「け、結構よ……」

 

 沙那は言った。

 すると宝玄仙がなぜかまた笑い出した。

 

 

 *

 

 

 長女金が出立するという朝がやってきた。

 宝玄仙は名残惜しそうだったが、長女金は決心した。

 

 沙那は、昨日で検問はなくなったから、おそらく大丈夫ではないかと言っていたし、長女金としては、これ以上、この廃屋に滞在する理由はなにもなかった。

 あるとすれば、この四人と離れがたい気分になっているということだったが、それは危険なことだと思った。

 沙那の口ぶりによれば、少なくとも手配されているのは長女金であり、あの結界牢を襲撃で四人は顔を見られてはおらず、軍がどんなに探そうにも宝玄仙たち四人を手配することはなさそうだった。

 だが、長女金と一緒でいるところを見つけられたら別だ。

 

 なぜ、四人が長女金を匿っているのかということになり、襲撃犯が彼女たちだと簡単に判明してしまうだろう。

 命の恩人とも言える四人をそんな目に遭わせるわけにはいない。

 

「このまま、国都から離れる方向に向かえば大丈夫よ。それは確認しているわ。間違っても、国都に向かっては駄目よ」

 

「わかったわ、沙那さん」

 

 長女金は言った。

 沙那にはいろいろと世話になった。

 手配されているので外に出られない長女金のために、何度も宿町や国都に足を運んで安全を確かめてくれもした。

 

 生真面目で優しいが性には弱い。

 宝玄仙に強要されて沙那を長女金が責めたときでも、つたない長女金の責めで、何度も泣きながら果て続けた。

 普段の知的な雰囲気と情事のときの乱れ方の差が激しく、不思議な魅力を持った女性だと長女金は思った。

 

 長女金は、傭兵風の身なりで顔に偽物の口髭をつけている。

 化粧も細工して知人が見ても長女金であることがわからないほどの出来栄えだった。

 手先の器用な朱姫と孫空女が、男に見せる化粧の仕方を教えてくれて、必要な道具を渡してくれたのだ。

 

 長女金は、家を出てからの見送りは断固して固辞した。

 この家の外に出るときは必ずひとりでと決めていた。

 どこに役人の眼があるかわからないのだ。

 

 宝玄仙は、長女金に対して、路銀だと言って金粒の入った袋を渡してくれた。

 長女金はこれ以上の恩を受けるわけにはいかないと思って一度断ったが、強引に渡された。

 それに、路銀はこれから故郷に向かって旅をしようと考えている長女金には必要なものだった。

 無一文で旅をするなら、物を盗むか、人を傷つけながら旅をすることになるかもしれない。

 路銀があればそれが避けられるのだ。

 

「なにからなにまでありがとうございます、皆さん」

 

 長女金は頭を下げた。

 

「まあ、気にしないことだよ、長女金。これは、あたしらのご主人様の気紛れさ」

 

 孫空女だ。

 素手で十名近くの軍兵を一瞬で気絶させるほどの武芸の持ち主でありながら、正直者で少しも偉ぶったところがない。

 宝玄仙に命じられても少しも嗜虐者の演技ができずにたじたじになる様子は、背の高い孫空女が本当に可愛らしく感じた。

 そして、やっぱり快楽に弱く、特に被虐的な責めには激しく淫情を弾けさせた。

 

「しばらくあたしたちと一緒に旅をすればいいじゃないですか、長女金さん」

 

 朱姫が言った。

 

「そうはいかないわよ、朱姫さん。お世話になったわね」

 

 無邪気で大人ませした少女のように見える朱姫だが、実は道術の影響でそう見えるだけで、もう大人であるらしい。

 姉さんと呼んでいる沙那や孫空女を激しく陰湿に責めたてるのは驚くほどだが、それでいて、しっかりとふたりの妹分として普段は振る舞っている。

 宝玄仙を責めるという場面もこの四日で数度あったが、沙那と孫空女が宝玄仙を責めることを遠慮するのに比べて、朱姫は激しく冷酷に宝玄仙を嗜虐的に責めたりもしていた。

 

 長女金は、この一行における朱姫の立場というのがいまだによくわからない。

 そして、もうひとつ驚くべきことは、この無邪気な少女のような朱姫が、実は、かなりの上級の道術師であることだ。

 宮廷道術師と接することが多かった長女金も見たことのないような道術を簡単に使いこなしている。

 

「それではいきます。恩を返すことなど不可能でしょうから、遠慮なく恩をお受けします。わたしがここにこうしているのは、宝玄仙さんをはじめ皆さんのお陰です」

 

 長女金はもう一度深く宝玄仙に向かって頭を下げた。

 

「孫空女の言う通りさ。これはわたしの気紛れであり、お前は、この宝玄仙の気紛れに巻き込まれただけさ。じゃあ元気でね」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

 外に出た──。

 自由だ……。

 

 二年──。

 

 二年もあそこに晒し者になって閉じ込められていた。

 もう、ここを出ることなどないと思っていた。

 出るときは、処刑のために連れ出されるときだけだと……。

 

 行き交う人々も長女金のことを気にする者はいない。

 長女金は自由を噛みしめながら数日間過ごした国都郊外の家から、街道に向かう道を歩いた。

 

 しばらく路地を進むと国都とも結ぶ街道に出た。

 右に進むと国都、左に進めば郊外を抜けて地方に向かう街道に繋がる。

 そこから北に向かう道を選べば故郷だ。

 

 長女金は立ちどまった。

 沙那には真っ直ぐに国境に向かうのは危険だろうとも言われている。

 だから、しばらく旅をするのだ。

 

 最終的な目的地は決めている。故郷だ──。

 二年前まで長女金は、国都の国軍の女人隊に属する将来を嘱望された軍人だった。

 それが、初めてもいえる重要な任務で、警護対象の金聖姫(きんせいき)が妖魔の賽太歳(さいたいさい)に浚われるのを許し、責任を追及されて、怒り狂った国王自ら死刑を言い渡された。

 そして、死刑に先立つ晒し刑は三年とも告げられた──。

 

 男囚と同じ結界牢に放り込まれて、大勢の市民に囲まれる野外で男囚に犯されるのを見物される恥辱……。

 

 もはや人間であることすらなくなったと思っていたが、あの結界牢で長女金は、処刑されるためにやってくる男囚たちと正面から付き合うことで、再び人間を取り戻していった。

 考えてみれば、それは不思議な気持ちだ。

 

 いずれにしても、あの結界牢の日々は、すべてがつらいものではなかった。

 長女金は、あの動物のような扱いの中でしっかりと愉しさも見出したし、人の情も味わうことができた。

 そして、男囚たちと交わした快楽も悪いものではなかった……。

 

 右に行けば国都、左に行けば逆──。

 長女金は迷っていた。

 

 すっかりと未練のないはずの国都だが、ただひとつだけ、長女金には気になるものがあった。

 それは懐に隠していた手紙にあった。

 

 宝玄仙たちと過ごす数日の間にしたためた一通の手紙だ。

 署名はない。

 

 書いたのは、二年前に金聖姫が浚われたときのことだ。

 二年前には、国王の怒りが激しく、長女金はなんの釈明も許されないまま、結界牢に放り込まれた。

 だから、長女金が知っている事実を伝える機会がなかったのだ。

 あのときの長女金が見たもの──。

 

 二年間にわたる結界牢の生活の中で、長女金は嫡女を失った国王が心労の余り病に臥せっているとういう噂を外からやって来る男囚から聞いていた。

 国王とはいえひとりの父親だ。

 妖魔に娘を浚われた心の痛みは理解できる。

 

 そして、もしかしたら、浚われた金聖姫を探す手掛かりとして、長女金の知識が役に立つのではないかと思った。

 金聖姫を国都に戻すことができれば国王の心労は癒されるのだ。

 

 二年前──。

 

 金聖姫が妖魔の賽太歳に浚われる瞬間、そっと妖魔の賽太歳の手を握った。あのとき金聖姫の表情は間違いなく恋をする乙女のものだ。

 そして、侍女にして道術師の春嬌(しゅんきょう)──。

 

 あの日の春嬌の態度や命令は、常の春嬌からすれば不自然なものだらけだった。

 あれをどう考えればいいのか……。

 

 長女金は考え続けた。

 考える時間は幾らでもあった。

 

 それで到達した結論は、あの妖魔による誘拐というのが茶番であるということだ。

 理由はわからないが、あの日の妖魔の出現は、金聖姫と春嬌にとっては予期のものであったに違いない。

 つまり狂言なのだ。

 

 少なくとも春嬌は、妖魔が出現するのを知っていたし、むしろ、その出現に合わせてあの行軍をゆっくりと動かした。

 金聖姫も自分が浚われるのを承知して、それに協力した──。

 

 それが、長女金が達した結論だ。

 

 心労に倒れているという国王にそれを告げたい。

 役に立つ情報かどうかはわからないが、賽太歳という妖魔の棲む場所はいまだに不明であるらしい。

 それも男囚たちの話で知った。

 春嬌がいた周辺を探れば、なにかの手掛かりも見つかるかもしれない。

 それを記した手紙が懐に入っている。

 それをなんらかの方法で渡せれば……。

 

 しかし、一方で思う…。

 そこまでする義理があるだろうか……。

 

 心労で倒れているとはいえ、長女金をあんな結界牢に押しやることを決定し、衣類を引きはがして大勢の民衆が集まる街道を全裸で歩かせて長女金を辱め、すぐには殺さず男囚を同じ結界牢で晒すことで長女金の尊厳を貶めたのはその国王なのだ。

 

 長女金は迷っていた……。

 しかし、この変装であれば長女金であることなどばれようもないはずだ。

 

 迷った挙句に、長女金は街道を出て、歩みを進めた。

 

 右に──。



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275 善行の代償

 必ず国王の手に渡るように手紙をどこかに置いておきたい。

 長女金(ちょうじょきん)が考えたのはそういうことだ。

 

 しかし、どこかに放り投げるだけであれば、紙くずとして捨てられて終わりだ。

 かといって、いくら男に変装しているとはいえ、軍営や宮廷に近づくのはあまりに危険だ。

 それで長女金が考えたのは、国王にもっとも近いと言われている有来有去(ゆうらいゆうきょ)という宮廷道術師のことだ。

 

 切れ者という評判もあり、本来は筆頭宮廷道術師だが、国王の親政を支える要人のひとりでもある。

 長女金が結界牢に押し込まれる二年前もかなり政事にも影響を与えていたが、この二年で病に伏せがちの国王に代わり国政を動かすくらいの重鎮になっているという。

 国都の風評や噂話くらいだったら、あの小さな結界牢でも十分に情報は集まる。

 

 長女金は、有来有去の屋敷に向かった。

 懐の手紙を屋敷の前にいるであろう衛兵にでも渡して去ろうと思った。

 衛兵は間違いなく有来有去に手紙を渡すだろう。

 国王に近い有来有去だけに、国王の心労の原因である金聖姫の行方についての情報については蔑ろにすることはないに違いない。

 

 その途中で飛脚屋があった。

 飛脚屋は、衣類を扱う店に挟まるように建っていた。

 代金と引き換えに手紙を届けるという商売をしている店だ。

 長女金は、ふと思いつき、飛脚屋に手紙を託すことにした。

 自ら有来有去の屋敷に向かうよりも安全であるはずだ。

 それに、飛脚屋に渡しておけば、有来有去の手元に手紙が届く頃には、長女金は国都から遥か遠くに離れているはずだ。

 

 手続きを済ませてから代金を渡して手紙を渡す。

 有来有去の屋敷に届けてもらう日は十日後とした。

 それだけの日数があれば、長女金はもちろん、数日後だと言っていた宝玄仙たちの出立の後であるはずだ。

 しかし、さらに手続きがあるということで、奥の部屋に待たされた。

 

「なんのために待たせるのだ?」

 

 男の口調で、応対している店の者に何度か訊ねた。

 しかし、そのたびに判然としない答えが戻ってくる。

 嫌な予感がした。

 厠に向かうふりをして、裏口からこっそりと店を出た。

 

 そのまま、すぐに城門を脱する。

 宝玄仙たちがいるあの廃屋に向かうことも考えた。

 しかし、尾行の気配を感じて、それを断念した。

 長女金は自分の甘さを歯噛みした。なにが問題だったのかわからない。

 結界牢を脱走した長女金であることを悟られたとは思わないが、有来有去という王政府の重鎮と接触しようとしたことでなんらかの警戒をされたのだろうか。

 

 街道を国都への逆方向に足早に進む。

 やはり、つけられている。

 思い切って山に入る方向に道を変えた。

 そして、駆けた。

 

 それでも、しばらく尾行の気配は消えなかったが、完全に山中に入ると、それもやがて消えた。

 長女金はほっとした。

 とりあえず、そばの岩に腰を降ろす。

 つけていた付け髭を外して、髪を隠していた頭巾を外す。

 腰に提げていた水筒で喉を潤した。

 

 そのとき、なにかの気配を感じた。

 背を倒して地面に転がる。

 周囲は樹木でいっぱいだ。

 さっきまで長女金がいた場所に小さな矢が飛んできた。

 

 そのまま地面を転がる。

 逆方向からも矢──。

 

 いや、周囲の樹木のあちこちから矢がくる。

 人の気配はしない。

 ただ矢だけが飛んでくる。

 気配を殺すことのできる大勢の人間に囲まれている。

 

「くっ」

 

 肩と腕に掠った。

 血が噴き出るがかすり傷だ。

 

 剣を抜く。

 払う。

 

 四方八方から矢が来る。

 それで完全に包囲されているということに気がついた。

 

 剣を風車のように回して飛んでくる矢を払う。

 今度はすべて払ったが、身体の調子がおかしい……。

 もしかしたら、さっき掠った矢に毒が……?

 

「攻撃中止」

 

 女の声──。

 

「お前、もしかしたら、長女金なの?」

 

 樹木と樹木の隙間からひとりの女が出てきた。

 ほかにも多くの人影が一斉に湧いた。

 いや……。

 人じゃない。

 

「よ、妖魔?」

 

 長女金は驚愕した。

 囲んでいたのは人間ではなかった。

 子どもほどの背丈の赤い肌や青い肌をした小鬼が短い弓を番いている。

 そして、完全に囲まれていた。

 

「驚いたわ。あなたが結界牢から脱走したという話は聞いていたけど、どうして国都にやってきて、しかも、なんのために有来有去に接触しようとしたの?」

 

 小鬼を率いている女が言った。

 長女金は声をかけた女の顔を見てさらに驚愕した。

 

春嬌(しゅんきょう)様──。どうして、ここに?」

 

 長女金は叫んだ。

 二年前に国王の嫡女の金聖姫(きんせいき)と一緒に、賽太歳(さいたいさい)という妖魔と一緒に消えたはずの春嬌が、なぜここにいるのか?

 眼の前で起こったことはまったく、長女金の理解を超えていた。

 

「驚いたわねえ。有来有去の息のかかった飛脚屋に、妙な男がやってきたという情報が入ったから、退屈しのぎに探ってやったら、まさかお前が引っ掛かるなんて」

 

 春嬌もまた驚いている。

 

「ねえ、春嬌様、金聖姫様は──? 金聖姫様はどうしているんです? なぜ、春嬌様が国都におられるのですか?」

 

 長女金は叫んだ。

 しかし、春嬌はそんな長女金の言葉は無視している。

 

「……まあいいわ。後でゆっくり喋ってもらいましょう。有来有去も自分の結界が破れた理由を知りたがっていたしね」

 

 春嬌が言って、さっと手をあげた。

 なにかが背中に刺さった。

 そして、長女金の意識は失われた。

 

 

 *

 

 

「吐いたかい、春嬌?」

 

 行政府庁からやってきて有来有去は人払いをしてから訊ねた。

 軍営の地下牢のさらに地下にある拷問部屋だ。

 

 この最下層にいるのは、有来有去、春嬌、長女金の拷問に当たった二名の兵、そして、長女金だけだ。

 二名の兵については、完全に有来有去と春嬌の支配にある。

 ただの人形と同じだ。

 

 血の匂いが壁にこびりついている。

 すべてが長女金のものではないはずだが、いくらかは混じっているのだろう。

 うつ伏せに倒れている長女金の身体は全身が血で覆われていた。

 

 ここは軍が捕えた者の中でも、特に重要な訊問をするために作らせた場所だ。

 二年前に、有来有去がある程度の国政を自由にできるようになってから作らせた場所であり、通常の牢と拷問部屋のある地下牢のさらに下層にある。

 この場所を使うのは有来有去くらいであり、普通は使わない。

 いまも、たくさんある牢にいるのは長女金ひとりだ。

 有来有去は、この場所を春嬌に提供して、兵を二名つけて長女金に対する訊問をやらせていたのだ。

 

「だいたいね。手こずったけどね」

 

 春嬌が言った。

 有来有去は、石床に転がっている白い裸身を見た。

 まったく動かない。

 死んでいるのはないかと思った。

 

「意識はあるのかい、こいつ?」

 

「さあね……。あったとしても、もう喋れないわよ。舌を切り裂いたから」

 

 春嬌はあっさりと言った。有来有去は呆れた。

 

「舌を切ったら、どうやって白状させるんだよ、春嬌。それに、舌を切ってしまって生きているのかい?」

 

 有来有去は苦笑した。

 

「ちゃんと縫ったから大丈夫よ。だって、こいつは自殺しようとしたのよ。勝手に舌を噛まれては、噛み切った舌が喉に詰まったり、出血で死んだりするのよ。こんな誰もいないような牢でそんなことをされたら死んでしまうじゃないのよ」

 

 春嬌はあっけらかんと言った。

 

「だったら、歯を抜けばいいだろう。歯を──」

 

「もちろん、全部の前歯は抜いたわ。手足の骨を砕いて、全部の爪を剥いでもこいつは、誰に結界牢から脱走させてもらったのか白状しなかったのよ。前歯を金具で引き抜いてから、奥歯に毒剤を垂らして少しずつ溶かしてやって、やっと白状したのよ。お陰で可愛い顔が台無しになったわ。まあ、賽太歳に『治療術』で治させるけどね」

 

「はあ……」

 

 有来有去は嘆息した。

 拷問が好きでやり過ぎるのが、春嬌の悪い癖だ。

 どうやら、相当のところまでやったらしい。

 まあ、情報が得られたのだから、それでいいが……。

 

「わたし決めたわ。こいつを獬豸洞(かいちどう)に連れ返って飼うわ。二年前にはそうは思わなかったけど、久しぶりに見たら、このわたしが食指を動かしたくなるようないい女に成長しているじゃないの。お前、ずっと結界牢に放り込んで管理していたんでしょう? なんで、教えてくれないのよ」

 

「飼う?」

 

 有来有去は言った。

 二年も前に国王の命で結界牢に放り込んだ女将校のことなど忘れ去っていたが、確かに、こんなにいい女だったという記憶はない。

 だが、実際にこうやって改めて接するとなかなかに艶のある女だと思った。

 人間の女を残酷に嗜虐するのが大好きな春嬌が興味を抱くのもわかる気がする。

 

「とにかく、連れ帰るわ。構わないわよね、有来有去」

 

「まあね」

 

 仕方なく頷いた。

 これほどの女とわかっていれば、さっさと結界牢から出して慰み者にしてやればよかった。

 そうする機会はいくらでもあったのだ。

 春嬌に比べれば、有来有去の嗜虐は陰湿なだけで、残酷なものではない。

 同じように嗜虐の好きな性癖だが、春嬌のように相手を痛めつけたり、血を流させたりするのは有来有去の趣味ではない。

 

「それよりも、俺は本業で来たんだけどねえ、春嬌。脱走囚のひとりくらいだったら、そのまま行方不明で始末はつくけど、一応、結界牢を襲った連中の始末はつけときたいんだ。結界牢が破られたというのは、かなりの噂になっているからね」

 

「それがどうしたのよ?」

 

「俺はこの国で一番の宮廷道術師ということになっているんだ。その俺の道術結界が破られたとあっては、俺の立場も微妙なものになる。新参者の俺が国政の中心にいるのを歓ばない連中も多くてね。俺に隙があれば足を引っ張ろうとしている連中のことを考えても、結界牢を襲撃した者たちは捕えておきたい」

 

「はっ、捕らえたとしても、実際に破られたことには変わりないじゃないのよ」

 

 春嬌が笑った。

 

「それでもちゃんと襲撃した者が捕えられれば印象も違う。あそこには、警備の者もいたしね。そいつらが手引きしたと、下手人に証言させてもいい。そうすれば道術が破られたことにはならない。嘘の供述書を刻ませる手段はいくらでもある。春嬌のように残酷なのは趣味じゃないけど」

 

「なに言ってんのよ、有来有去。あれは正面から道術で破られたのよ。わかっているんでしょう? 所詮、わたしらは二流の道術遣いよ。自覚なさい」

 

 春嬌の笑い声は悪意の籠ったようなものになった。

 

「そうはいかないよ。この国一番の道術師の道術が、あっさりと破られたとあっては、国政に対する信頼も損なわれるしね」

 

「なにが信頼よ──。人間の国の政事(まつりごと)などどうでもいいでしょう」

 

 春嬌は床に転がっている長女金のうつ伏せの裸身に唾を吐いた。

 長女金はなんの反応もいしない。

 手足はおかしな方向に曲がっている。

 全身は火傷と鞭傷でいっぱいだ。

 

 わずか半日でこれだけの拷問をしたとあっては、本当に生きているのだろうか。

 しかし、かすかに呼吸で背中が動いているから春嬌の言う通りに死んではいないという状態なのだろう。

 

「俺は、これでも朱紫(しゅし)国王の信頼の厚い筆頭宮廷道術師なんだよ。そのうち、宰相になるかもしれん。失点は挽回したいし、稼げる点数は稼いでおきたいんだ」

 

「まったく、お前は真面目すぎるのよ、有来有去。なんのために、わたしたちが五年前に宮廷にやってきたか覚えているんでしょうねえ? 人間の国なんてどうでもいいのよ。わたしたちの家族と妖魔の里を滅ぼしたこの国そのものを奪うこと──。それが目的なのよ。それが筆頭道術師だか、宰相かわからないけど、人間の世界の権力欲に憑りつかれてきたんじゃないの?」

 

「もちろん、志は忘れていないよ、姉さん」

 

 有来有去は言った。

 約二十数年前──。

 

 春嬌、有来有去、は、妖魔と人間の女の間に生まれた半妖として産まれた。

 生まれたのは人間の棲む場所じゃない。

 一族がひっそりと暮らす妖魔の里だ。

 それは朱紫国でも北の僻地の果てにあった。

 

 小さな里であり、自然そのままの森に囲まれて、百匹ほどの妖魔がそこで暮らしていた。

 妖魔の里といっても人間の村にも近く、有来有去たちの父親のように人間と親しい妖魔も少なくはなかった。

 もっとも、結婚して子まで作ったのは、有来有去の父親と母親だけだったが……。

 

 三人は春嬌を姉とする兄弟なのだが、年長の春嬌と二番目の有来有去は見た目が人間に近く道術もそれほどではなかった。

 末の賽太歳だけが、妖魔である父親の血を濃く継いでいて妖魔そのもの姿をしていた。

 そして、ずば抜けた霊気を持っていた。

 

 しかし、三兄弟が幼い頃に、人間の軍がその妖魔の里を突如として襲った。

 いまの王の三代前の王だ。

 

 妖魔の里といっても近くの人間の村とも共存する牧歌的な土地だ。

 人間の軍に対する備えなどない。

 この国から妖魔を一層するという名分により妖魔の里は圧倒的な大軍でやってきた国王軍になすすべなく滅ぼされた。

 妖魔の道術も圧倒的な武器による攻撃の前には役には立たなかった。

 ほとんどの妖魔が武器で殺され、あるいは生きながらに焼かれた。

 有来有去の父も、人間だった母もそのときに死んだ。

 

 一族の生き残りは数匹だった。

 春嬌、有来有去、賽太歳の兄弟は、そのわずかに生き残った妖魔によって、さらに環境の厳しい山岳に逃げ延びて、そこで育った。

 

 それから二十数年──。

 

 まだ赤子だった賽太歳は、三人の中でももっとも強大な霊気を持っていて、同じように滅ぼされたこの国の妖魔の生き残りを束ねるだけの霊気を持っていた。

 勢力を整え、人間から奪われた土地を奪い返し、時には同じ妖魔同士で争いながら、この国の北にある麒麟(きりん)山という場所に、もう一度妖魔の里を作った。

 あのとき人間に滅ぼされた妖魔の里のようなものではない。

 はっきりとした軍備を備えた妖魔の城だ。

 

 獬豸洞(かいちどう)──。

 それが、いまの三兄弟の新しい故郷だ。

 

 獬豸洞に棲む妖魔王となった賽太歳に対して、有来有去と春嬌は、自分たちの最初の故郷を滅ぼしたこの国の王家に対する復讐を行うことにした。

 

 しかし、手を下したあの王はすでに鬼籍にある。

 春嬌と有来有去の復讐の相手は、この国そのものになった。

 人間の手にあるこの国の政事を半妖である自分たちが奪う──。

 

 それがふたりの復讐になった。

 そういう点で賽太歳は心根が優し過ぎるところがあった。

 人間の世界は人間、妖魔の世界は妖魔──。

 そうやって分かれればいいじゃないかと賽太歳は言っている。

 

 そのたびに、春嬌と有来有去は、同朋が残酷に殺されたあの日のことを賽太歳に話さねばならなかった。

 しかし、赤子だった賽太歳には、春嬌や有来有去のようなあの日の鮮明な記憶がない。

 ふたりに比べて、絶対的な復讐心に賽太歳は欠けているところがある。

 

 いずれにしても、有来有去と春嬌は、半妖であることも、姉弟であることも隠してこの国の国都に道術師としてやってきた。

 能力の高い道術師は、どの国でも歓迎される。

 有来有去と春嬌が、この国で高い地位を築くのは難しいことではなかった。

 

 それが五年前だ。

 

 そして、有来有去は国政にも参加する宮廷道術師として、春嬌は国王の家族に近い侍女としての地位を築くに至った。

 朱紫国の宮廷にしっかりとしたふたりの地位を作るのに二年かかった。

 

 二年前──。

 

 国王の娘を浚って賽太歳の奴隷にしてしまおうと考えたのは春嬌だ。

 国王は多くの子がいたが誰よりもその金聖姫を大切にしていた。

 その金聖姫を王から取りあげて、妖魔の王である賽太歳の奴隷にしてしまおうというのだ。

 それは愉快な思いつきだと有来有去も賛成した。

 

 その頃の春嬌は、その金聖姫という国王の嫡女の侍女兼護衛のような立場にあり、金聖姫を性技と道術でたらし込んで純情な性奴隷に仕立てあげていた。

 春嬌は、密かに賽太歳を夜な夜な侵入させては、金聖姫を賽太歳の慰み者として抱かせた。

 

 性に未熟な王女が春嬌と賽太歳から与えられる性の虜になるのは長い時間はかからなかった。

 金聖姫は賽太歳のもとに行くことに同意し、あの二年前の誘拐劇となった。

 金聖姫に長患いのふりをさせて、湯治場に向かう道中で賽太歳に拐わせたのだ。

 

 ついでに、それを機会に春嬌も一度、獬豸洞に戻ることにした。

 有来有去以上に人間を憎んでいる春嬌には、それ以上、国王の信頼する女道術師の演技をするという屈辱に耐えられなくなっていたのだ。

 そのとき、春嬌とともに護衛隊を指揮した女将校が、眼の前の長女金だったのは偶然のことだ。

 

「いずれにしても、その長女金は好きにしていいよ、姉さん。賽太歳を呼んで連れ帰るんだろう。そのとき傷も治してやれよ。ただ、結界牢を破った連中は、しっかりと、こっちの政事としてやらせてもらう。だから、この長女金から聞き取った情報を教えておくれよ、姉さん」

 

 有来有去は言った。

 

「へっ──。まあ、いいわ。宝玄仙という女の道術遣いだそうよ。国都郊外の空き家を借りて隠れているらしいわ。捕えるつもりだったら急いだ方がいいわね。こいつによれば、数日後には出立するようなことを言っていたらしいわ」

 

 春嬌は長女金の身体の下に足を入れると乱暴にひっくり返した。

 さらに惨たらしい傷のある長女金の裸身がそこに現れた。

 乳房の片方が完全につぶれている。

 傷のない場所を探すのが大変なくらいに全身に拷問の痕がある。

 

「すぐに軍を動かすよ」

 

「それというまでもないことだけど、あんたの結界をいとも簡単に破ったくらいの道術遣いよ。それなりの準備をすることね」

 

「確かにそれは言うまでもないことだよ、姉さん──。ところで、その家の場所は?」

 

 軍の出動の準備は終わっている。

 もちろん、道術遣いに対する備えもできている。

 すぐに出動できる態勢が整えられていて、後は命令するだけだ。

 有来有去の指示があれば、彼らはこの瞬間にも出動する。

 

 春嬌が、大した興味もなさそうに、宝玄仙という女道術遣いのいる場所を告げた。

 

「ねえ、ところで、連中がもしも俺の食指が動くような女だったら、俺がもらうからね」

 

 有来有去は言った。

 

「まあ、それは相談しましょうよ。わたしも、新しい性奴隷が欲しいわ」

 

「その長女金がいるじゃないか」

 

「何人いたっていいじゃないのよ。ちょうど、この前までいた三人が死んだから、いま飼っている人間の奴隷はいないところなのよ」

 

「金聖姫は?」

 

「あいつは別でしょう。賽太歳が怒るわ」

 

「確かにね」

 

 有来有去は肩を竦めた。



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276 素っ裸の脱走

「ほら、口を開けな、孫空女」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は床の上に四つん這いの姿勢のまま顔だけをあげた。

 椅子に座っている宝玄仙が上半身を倒して顔を孫空女の口に寄せる。

 大きく開いた孫空女の口に、宝玄仙が咀嚼していた肉と唾液が入れられた。

 

「どうだい、おいしいかい、孫空女?」

 

「う、うん」

 

 孫空女は、宝玄仙の唾液混じりの肉を噛みしめた。

 味は薄くなっていたが確かに肉の味はする。

 それ以上に宝玄仙の唾液の味と匂いがたっぷりと染みているが……。

 

「次は、沙那だ、ほら」

 

 孫空女と同じように全裸で四つん這いになっている沙那が上を向いて口を開ける。

 その沙那の口にも宝玄仙の口の中にあった肉が入れられた。

 沙那もまた文句ひとつ言うわけでもなく黙ってそれを食べて、お礼の言葉を告げる。

 

「次は、朱姫だ」

 

「はい、ご主人様」

 

 朱姫が口を開けた。

 長女金がこの廃屋を出て行ってからかなり経っている。

 外はすっかりと夜だ。

 

 孫空女は、沙那と朱姫とともに、宝玄仙から全裸で四つん這いで“犬”のようになるように命じられて、それをしているのだ。

 特に、拘束されているわけではないが、服を脱いで四つん這いで歩くように命じられ、首に犬の首輪をつけられた。

 始まったのは夕方で、それから様々な痴態をやらされていたが、いまは遅めの夕食を食べているところだ。

 

 宝玄仙から破廉恥なことを強要されるのはいつものことだ。

 孫空女も、もう諦めの境地だが、それは沙那も同じのようだ。

 こんなときは文句のひとつも言わずに、命じられるままの行動をとる。

 朱姫がなにを考えているのかはいま少しわからない。

 今夜は孫空女や沙那と同じように、嗜虐される側だから宝玄仙に飼育される“犬”になりきっているようだが、気がつくと、すぐに嗜虐側になって、孫空女と沙那を責めたてているというのは普通のことだ。

 

 宝玄仙の口に入っていた肉を食べるという行動を三回りほどやらされる。

 つぎは水だ。

 

 宝玄仙は、最初に口移しで水を孫空女の口の中に入れた。

 孫空女はそれをほんの少しだけ飲んで、沙那の口に入れる。

 沙那もまた少しだけ喉を潤してから、朱姫の口に入れる。

 朱姫の口には三人の唾液交じりの生温かい水が入ったはずだ。

 朱姫はそれを全部飲み干す。

 同じことを今度は沙那が最初のときと、朱姫が最初でそれぞれにやる。

 

「じゃあ、そろそろ、野菜にするかね。誰にするかねえ……。じゃあ、沙那にするか。沙那、お前の股間に入ったものを少しだけ出しな。全部一気に出すんじゃないよ。ちょっとずつ出すんだ。朱姫と孫空女は、それを一口ずつ交互にお食べ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい、ご主人様……」

 

 沙那が真っ赤に顔を染めた。

 そして、四つん這いの姿勢を解いて、両手を後ろで支える仰向けに近い態勢になり、大きく股を開いて腰を前に突き出した。

 沙那がいきんだような呼吸をする。

 

 肉襞が開いて、沙那の女陰から半分に切断した胡瓜(きゅうり)の頭が出てきた。

 食事の前に全員が女陰に細長い野菜を挿入されている。

 それを沙那が膣の筋肉だけで外に出しているのだ。

 沙那だけじゃなく、孫空女も朱姫も、同じように女陰に挿入されたものを出したり引っ込めたりすることくらいはできる。

 こんなことも、長い宝玄仙による調教でできるようになったのだ。

 

「あ、あたしからいきます」

 

 朱姫が四つん這いで歩き、口を沙那の股間つける。朱姫の口が、沙那の股間から飛び出ている胡瓜を噛み切る音がした。

 そのとき、敏感な部分に朱姫の唇が触れたのか、沙那が小さな嬌声をあげて身悶えした。

 

 朱姫の口が離れた。

 さっきまで顔を出していた胡瓜の部分がなくなっている。

 

 沙那が鼻の孔を膨らませて息を吐いた。

 再び沙那の女陰に埋められていた部分の野菜が少しだけ出た。

 孫空女もまた身体伸ばして、沙那の股間に顔を埋めるようにして、女陰から出している部分の野菜を口にした。

 沙那の愛液の混じった野菜はかすかに塩辛かった。

 

 そうやって沙那が少しずつ出す野菜を交互に口にする。

 最後のひと口は朱姫が食べた。

 孫空女は、朱姫が最後のひと口を口にした後で、舌をさっと伸ばして沙那の肉芽をひと舐めしたことに気がついた。

 

「ひんっ」

 

 沙那が身体を大きく震わせて声をあげた。

 

「こらっ、沙那──。なにを股から野菜を出すくらいで感じているんだよ。ちゃんとやりな。罰を与えるよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「す、すみません、ご主人様」

 

 沙那は慌てて姿勢を四つん這いに戻してから、朱姫を睨む。

 朱姫が悪戯っ子のような表情で舌を出す。

 沙那が苦笑した。

 

「次は孫空女のものを出しな」

 

「わ、わかったよ」

 

 孫空女も身体を起こして、さっきの沙那と同じような態勢になる。

 下腹部に力を入れていきむ。

 少しずつ野菜が孫空女の女陰から顔を出す。

 

「しかし、ただ同じことをしても面白くないからね。じゃあ、今度は孫空女の股間から出したものを女陰と女陰を重ねて、沙那が受け取りな。それが終わったら、沙那に入ったのはそのままで、次は朱姫の股間に入っているものを食べるんだ。そして、沙那の女陰から朱姫の女陰に移すんだよ」

 

 もうなんでも好きなようにやらせたらいいと思った。

 沙那も同じ気持ちだろう。

 身体を孫空女に重ねるようにする。

 

「でも、どうやったらいいのかなあ……」

 

「こう、寝そべってみるよ、沙那」

 

 孫空女は身体を横にした。

 

「こう?」

 

 沙那が孫空女の身体の上に重ねる。

 脚を交互に重ねるように女陰と女陰を重ねた。

 

「いい、沙那?」

 

「ううん……」

 

 沙那と孫空女の股間が重なって擦れて淫らな刺激が伝わってくる。

 孫空女は沙那の女陰が重なっているのを感じながら、ゆっくりと膣の中の野菜を外に出していく。

 外に出ていく野菜が沙那の膣に吸い込まれていくのを感じる。

 

「凄いです、孫姉さん、沙那姉さん」

 

 横で見守っていた朱姫が感嘆の声をあげる。

 

「本当だねえ」

 

 宝玄仙も笑って言った。

 それにしてもなんでこんなことをしているのか……。

 思わず苦笑してしまう。

 

「じゃあ、朱姫の股間に埋めたものをふたりで味わいな。わたしは、人間の食い物を口にするけどね」

 

 宝玄仙が笑って卓の上の皿に手を伸ばす気配がした。

 仕方なく床の上で、朱姫の股間から出る野菜を食べるという行為を始める。

 

「あ、あのう……、ご主人様」

 

 股間から異物のなくなった朱姫が身体をもじつかせ始めた。

 

「なんだい、朱姫。なくなったら、さっさと沙那の中に入っている野菜を受け取りな」

 

「で、でも、あたし、おしっこがしたくて……」

 

 朱姫が恥ずかしそうに言った。

 確かに随分と長い時間をこうやって裸ですごしている。

 孫空女もそう言われると尿意が溜まってきた気がする。

 

「じゃあ、そこでしな、朱姫。少しくらい床が汚れてもいいさ。孫空女、厠になりな」

 

「そ、そんな、ご主人様──」

 

 悲鳴のような抗議をしたのは朱姫だ。

 孫空女は諦めの嘆息をしただけだ。沙那と孫空女は、それこそ何十回もお互いの尿を飲まされている気がするけど、考えてみれば朱姫とはやったことがない気がする。

 

「大丈夫だよ、朱姫。あたし寝るから、その上にしていいよ」

 

 孫空女は仰向けに横になった。

 

「そ、孫姉さん……」

 

 朱姫はおろおろとしている。

 このところ嗜虐に回ることが多かった朱姫だけに、羞恥に身悶えする朱姫の姿は新鮮な気がする。

 

「早く、跨ぐんだよ、朱姫」

 

 宝玄仙の強い叱咤で、朱姫が羞恥に顔を染めた表情で寝そべっている孫空女の顔の上を跨いだ。

 朱姫の女陰が孫空女の顔のすぐ上に近づく。

 

「い、いいよ、朱姫」

 

 孫空女は大きく口を開いた。

 

「だ、出します」

 

 朱姫の股間がぶるりと震えた。

 

「待つんだよ、朱姫──。ちゃんと犬らしく、片脚をあげないか」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「で、でも、ご主人様……。片脚をあげるのは牡犬だけで、雌犬は脚をおろしたままで尿をするんですよ」

 

 沙那が横から言った。

 

「こんなこときに学をひけらかすんじゃないよ、沙那──。いいから、脚をあげな、朱姫」

 

 朱姫の姿勢が変わって、四つん這いで片足をあげる姿になった。

 この態勢だと朱姫の股間から流れる尿が受けとめにくい。

 とにかく、腕で身体を支えて朱姫の股間に口づけするような態勢になる。

 

 朱姫の股間から尿が流れ出した。

 かなり勢いよく出たが、うまく口をずらして口に溢れる尿を飲み干す。

 馴れているのでほとんどを床にこぼさずに済んだ。

 

「す、すみません、孫姉さん」

 

 尿を出し終わった朱姫が打ちひしがれた様子で言った。

 

「えほっ、えほっ……。だ、大丈夫だから……」

 

 孫空女は咳込みながら、朱姫の股間を舌で拭こうとした。

 しかし、孫空女は突然我に返った。

 なにかを感じたのだ。

 

「ねえ、沙那──」

 

 ふと、孫空女は異常な殺気に触れた気がした。

 それがなにかということを知覚したのは、裸身のまま立ちあがり耳の中の『如意棒』を伸ばしてからだ。

 

「どうしたの、孫女──?」

 

 淫情に酔っていたような表情だった沙那が真顔になって孫空女を見た。

 しかし、すぐに沙那も異変に気がついたようだ。

 慌てて沙那も剣を手に取るために部屋の隅に走った。

 しかし、すぐによろめいてしまって、股間に入ったままの野菜を外に出そうと、自分の股間に手を伸ばした。

 

 突然、壁が外側から爆発した。

 風圧で身体を飛ばされる。

 転がりながら、なにか網のようなものが降りかかるのを感じた。

 

 大勢の人間が部屋に侵入してくる。

 城郭兵だ──。

 

 考えたのは『如意棒』で身体を包んだ網を引き破いてからだ。

 網から出て組みつこうとした兵を投げ飛ばす。

 

 沙那と朱姫も、それぞれに三、四人の男の兵に組み伏せられている。

 四人の中でひとりだけ服を着ている宝玄仙も同じだ。

 孫空女は『如意棒』で宝玄仙に組みついていた兵を叩き落とす。

 

「『獣人』──」

 

 朱姫が道術で妖魔に変身した。

 五人、六人と部屋の中の兵が吹き飛ぶ。

 しかし、穴の開いた壁や開かれた扉、窓からもどんどん兵が侵入してくる。

 

「きりがないね。逃げるよ──」

 

 宝玄仙が『移動術』の結界を刻む仕草をした。

 孫空女と沙那は、獣人化した朱姫とともに、宝玄仙をとり囲んで殺到する兵を阻む。

 

「刻んだよ──。ついておいで。一緒に来る兵は放っておきな。向こうでなんとかなる」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 宝玄仙は、川原に繋がる『移動術』の結界を刻んだはずだ。

 あらかじめそう決めていた。

 

 宝玄仙の姿が消える。

 孫空女は続いて宝玄仙のいた場所に飛び込もうとした──。

 

「だ、駄目だ、罠だよ。逆結界がかかっている。来るんじゃない──」

 

 宝玄仙の悲鳴が聞こえた。

 それで終わりだった。

 

 『移動術』の結界が向こうから遮断されたのがわかった。

 宝玄仙の姿は消えたままだ。

 

「沙那、ご主人様が──」

 

 孫空女は、素っ裸で戦いながら悲鳴をあげた。

 相手から奪った剣を振るいながら沙那も蒼い顔をしている。

 

「と、とにかく、わたしたちは脱出よ──」

 

 沙那が引きつったままの顔のまま叫んだ。

 人間の姿に戻りかけている獣人の朱姫が、窓に体当たりをした。

 窓ごと壁が吹き飛んで大きな穴が開いた。

 

「三人で塊りになって逃げるのよ。いまはそれしかないわ」

 

 沙那が叫んで朱姫に続いて家の外に出た。

 孫空女も続く──。

 

 外の一角は森に面している。

 そういう場所を選んだのだ。

 

 外にも城郭兵は密集していた。

 しかし、孫空女と沙那が並んで武器を振り回して、なんとか突破口を開く。

 

 裸のまま三人で城郭軍の包囲を脱した。

 孫空女は最後尾に回った。

 朱姫、沙那に続いて、裸身のまま孫空女は森に入る。

 

 追いすがる兵を『如意棒』で吹き飛ばす。

 ひと振りごとに五人、十人と兵が飛んでいく。

 伸縮自在の『如意棒』は、森の中でも強力な武器だ。

 短くすることで生い茂った樹木の間でも振り回せるし、開けた場所に来れば、伸ばして敵の剣先の外側から払い飛ばせる。

 

「沙那、このまま逃げて、ご主人様はどうするのさ──」

 

 追ってくる敵がまばらになったところで、孫空女は、朱姫とともに前を走る沙那に叫んだ。

 

「わかっているわよ──。でも、いまはどうしようもないじゃないのよ──」

 

 沙那の怒ったような声が返された。

 矢だ──。

 

 背後から飛んできて掠めた。

 

 孫空女はそれを打ち払うためにくるりと身体を反転させて、『如意棒』を風車のように回した。

 

 沙那と朱姫は、矢を射かけるのが難しい樹木の茂った場所に再び潜り込む。

 孫空女も後を追う。

 

 城郭軍の集団からかなり離れた。

 しかし、まだ城郭兵は追いかけ来る。

 

 沙那の言う通りだ──。

 孫空女は走りながら思った。

 

 いまは宝玄仙のことよりも三人が逃げ延びることが優先だ。

 もしも、宝玄仙が逆結界により城郭軍に捕らわれたとすれば、次は、救出のことを考えなければならない。

 三人が捕えられては救出することはできない。

 

 逆結界とは、『移動術』で逃亡しようとする道術遣いを移動中の空間で捕えてしまうという道術だ。

 複数の道術遣いがいて可能となる道術だが、『移動術』の遣える道術遣いを包囲して捕えるときの常套の策だ。

 おそらく、『移動術』で逃げようとしたあのとき宝玄仙は、そのまま城郭軍の道術遣いたちにより捕えられたと考えるしかない。

 

 いまは、逃げる──。

 逃げのびて、改めて宝玄仙を救う──。

 それしかないのだ。

 

 孫空女は追ってくる兵を打ち払っては、前を走る沙那と朱姫を懸命に追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 鈴の音がした──。

 それで宝玄仙は目が覚めた。

 

 うっすらと開いた視界に妖魔が映ったと思った。

 肩に人間のようなものを担いでいた気がする。

 しかし、その妖魔はすっと宝玄仙の眼の前から消えた。

 

 ここは──?

 

「眼が覚めたか? お前が宝玄仙だな?」

 

 三十くらいの役人らしき男が壁にもたれて腕組みをしている。

 服装は東方帝国の天教の僧侶が着る服に似ている。

 手には、差し棒のような細長い棒を持っている。

 

「お、お前は誰だい?」

 

 宝玄仙はまだぼんやりとしたまま言った。

 そして、はっとした。

 

 自分が椅子に座らせられて、両手を手摺に縄で縛られていることがわかったのだ。

 そう言えば、廃屋にいるときに、突然城郭兵に襲撃を受け、咄嗟に『移動術』で逃亡しようとした。

 しかし、逆結界がかかっていて、跳躍しようとした場所とは、別の場所に跳ばされた。

 最初に跳ばされたのは棺桶のような箱だった。

 そこには奇妙な香が充満していて、すぐに睡魔に襲われた。

 そして、眼が覚めたらここにいたのだ。

 

「俺は有来有去(ゆうらいゆうきょ)だ。この国都にある宮廷府の筆頭道術師だ」

 

「つまり、道術遣いかい……」

 

 だったら道術が効く。

 宝玄仙は、道術を刻むために霊気を集中した。

 

「え……?」

 

 思わず声をあげた。

 道術が発生しない。

 霊気はあるのだ……。

 しかし、なぜか道術が遣えなくなっている。

 

「どうした、宝玄仙? 道術が遣えないのが不思議か?」

 

「お、お前……。わ、わたしになにをしたんだいっ──」

 

「じっくりと愉しもうじゃないか、宝玄仙。最初に言っておくが、処刑の日は五日後だ。すでに決定したことだったが、お前の美貌を見て助けてやりたくなった。処刑という決定を覆すことはできないが、それを遅らせることくらいはできるぞ……」

 

 有来有去が余裕たっぷりの表情で立ちあがった。

 椅子に拘束されている宝玄仙に近づいてくる。

 

 なぜ道術が遣えないかわからない──。

 しかし、ふと思いついたことがあった。

 さっき目が覚める直前に見た鈴の音──。

 そのとき、なにかの大きな道術が動いた気配がしたと思ったが……。

 

「まずは、挨拶代りに味見をさせてもらおうかな」

 

 有来有去がゆっくりと近づいた。

 そして、すっと棒を伸ばして宝玄仙の下袍をゆっくりとたくし上げ始めた。

 宝玄仙の恥辱を呷って愉しむかのように……。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は身体をよじった。

 しかし、道術が遣えないとなれば、宝玄仙にはなにもできない。

 脚を擦り合わせて、だんだんとあげられる下袍から露わになる太腿と股間を隠そうとした。

 

「ほら、暴れなよ。嫌がり方が足りないぜ」

 

 有来有去は愉しそうにじわじわと下袍をあげ続ける。

 ついに、完全に下着が露出するまでたくしあげられた。

 棒の先で宝玄仙の股間の頂点を突いて押してくる。

 

「んんっ……あ、あんっ……」

 

 有来有去の棒は巧みに宝玄仙の感じる場所を突いていく。

 宝玄仙自身が驚くくらいに簡単に、宝玄仙は刺激に声をあげてしまった。

 

「脚もきれいだな。簡単に処刑になるのは惜しい気もするな……。なあ、宝玄仙、取引きしないか。俺の性奴隷になれよ。そうすれば、なんとか助けてやれるかもしれないぞ」

 

 棒が股間の下に突き刺さり、固く閉じ合されている腿の間を擦りあげるように前後に動く。

 いまわかったが棒の先は小さなたくさんの突起が付いているようだ。その突起が宝玄仙の敏感な部分を微妙に刺激し続ける。

 

「ああ……あ、あっ……」

 

 悔しいが声が出る。巧みに女の急所を責めてくる。

 かなり馴れた手つきだ。宝玄仙の口から嬌声がこぼれ出る。

 

「そろそろ、下袍を脱いでもらうかな」

 

 棒を股間の下に挟んだまま有来有去が棒から手を離した。

 近づいてきた有来有去が、宝玄仙の下袍の腰の留め金を外して脚から引き下ろした。

 

「お、お前、いい加減に……」

 

 宝玄仙は有来有去を睨みつけた。

 

「じゃあ、そろそろ、訊問に入るか。おい、入って来い──」

 

 有来有去が外に向かって声をかけた。

 五人ほどの兵が入ってくる。

 にやついた表情で宝玄仙を取り囲む。

 思わず脚をあげて股間を隠し

「お前らに、三刻(約三時間)やる。なにをしてもいいから、こいつに仲間の名を吐かせろ。ただし、暴力は駄目だ。俺は血が嫌いでな。やっていいのは、色責めだけだ。仲間の数は女が三人だが、わかっているのはそれだけだ」

 

 どこからか箱を持ってきた有来有去が、部屋の隅にそれを持ってきて座った。

 

「本当になにをしてもいいんですか、有来有去様?」

 

 五人の兵のうちの代表格らしい男が下種な笑みを浮かべた。

 

「乱暴は駄目だぞ。傷はつけるな。優しく扱ってやれ」

 

 有来有去が言った。

 歓声をあげた五人の手が一斉に宝玄仙の衣類に伸びた。

 

 

 

 

 

(第44話『お人好しの女』終わり、第45話『女三蔵(はりつけ)処刑』に続く)



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 第45話  女三蔵磔処刑【有来有去(ゆうらいゆうきょ)
277 奪われた道術[一日目(一)]


「うおおっ──」

 

 宝玄仙の身体の上に乗っていた男が宝玄仙の女陰の中で精を放った。

 しかし、宝玄仙は、離れようとする男を許さなかった。

 そのまま、膣で男根を締めつけて、さらに搾り取る。

 

 朱紫国の国都の軍営の地下牢だ。

 おそらく、ここは拷問部屋かなにかだろう。

 宝玄仙は、そこで五人の訊問係の兵に犯されている最中だ。

 

 けしかけたのは、有来有去(ゆうらいゆうきょ)という宮廷道術師と称する男だが、有来有去はただ、部屋の隅の箱に腰掛けて、兵に襲われる宝玄仙を眺めるだけだ。

 

 それはともかく、いま、なぜか宝玄仙は道術は遣うことができない。

 霊気はあるのだが、なぜか、道術を遣うという能力が失われている感じだ。

 おそらく、なんらかの術により、道術を扱う能力だけが奪われたのではないかと思うのだがわからない。

 とにかく、ここに連れ込まれて、眠らされているうちに、なにかの術をかけられたのだと思うしかない。

 

 そう言えば、意識が回復する直後に、鈴の音とともに妖魔を見た気がした。

 そのことと道術が遣えないことが関係ある気もするが、この状況ではそれ以上のことを探りようもない。

 

 五人の兵は、宝玄仙を殴ったり傷をつけたりする以外はどんなことをしてもいいから、宝玄仙から三人の仲間の名を訊きだせと有来有去から命令されている。

 それを口実に、五人はまずは宝玄仙の身体を愉しもうと、椅子に拘束されていた宝玄仙に襲いかかった。

 椅子の手摺に縛られていた縄を一度解き、五人がかりで宝玄仙から衣服を奪い取った。

 そして、首輪のように首に縄を巻き付け、それを頭の後ろで組ませた両手首を縛った。

 

 宝玄仙もそうやって供を拘束することは多いが、首の後ろに両手を組ませる格好は、一番無防備な態勢だ。

 両脇が曝け出されて、くすぐり責めであろうと、愛撫であろうと好きなように責めることができる。

 

 宝玄仙は厳しい責めを覚悟したが、五人の兵たちは、そういう厭らしい責めをするつもりはなさそうだった。

 ただ、凌辱をしようと、全裸にして両腕を拘束した宝玄仙を床に押し倒して犯し始めただけだ。

 前戯らしい前戯もせずに、女陰に怒張を性急に押し込んで来ようとする兵たちは、宝玄仙から見れば、血気盛んなことだけが取り柄の青二才と同じだ。

 どうやらこういう訊問には馴れていないか、ただ犯されるだけで屈服して泣き叫ぶ小娘ばかり相手にしてきたのだろう。

 

 最初に押し入れてきた男根を膣圧で締めつけて、続けざまに三発出させてやった。

 それで、もう勃たなくなった男は次の兵と交替した。

 

 次の男も同じように精を出させる。

 

 三人目はさすがに前戯に時間をかけるようにして、宝玄仙から余裕を失くさせる努力をしようとした。

 乳首を舐められたときには、電撃のような刺激が加わり、思わず身体を仰け反らせた。

 幸いにもその男もしつこい性癖はないようだった。

 

 ちょっとした言葉で誘うと、宝玄仙の女陰に肉棒を入れたがった。

 挿入しながら後ろの肛門を指で責められたときには最初の気をやった。

 しかし、やはり、宝玄仙の余裕がなくなるよりも、三人目の男が果てる方が早かった。

 

 さすがに四人目にもなると、宝玄仙が感じる場所を責めてくるようになった。

 宝玄仙が達する回数も多くなった。

 

 何度か宝玄仙が頂上を極めた後で、やっと四人目が終わり、五人目になった。

 五人目は宝玄仙にのしかかるのではなく、自分の腰の上に宝玄仙を載せるようにして、宝玄仙を揺さぶった。

 この頃には宝玄仙も断続的にやってくる快美観に身体が崩れ落ちるような感覚を味わい始めてきた。

 五人目は宝玄仙の双臀を両手で抱きかかえるようにして、菊門を指で強く圧迫した。

 宝玄仙は激しい啼泣を洩らしながら、五人目も続けて数発の精を出させるということをやった。

 

 宝玄仙を離した五人目に代わって、いま、最初の男がもう一度宝玄仙にのしかかっている。

 また、二発続けて放たせたから、その兵の肉棒は宝玄仙の中で完全に柔らかくなり存在感を失った。

 肉棒とともにたくさんの精がどろりと外に出ていくのがわかった。

 

「もういい、やめろ」

 

 大きな声が地下牢に響き、再び宝玄仙に組みつこうとしていた兵が、はっとしたように、宝玄仙から退いた。

 

「女ひとりくらい屈服させられないのか、お前たちは──。さかりのついた犬みたいに女の股に肉棒を入れることを繰り返すだけで、そんなことで、この女が堕ちるわけがないというのがわからないのか──。もういい、役立たずになった肉棒をしまえ」

 

 意気消沈したように五人の男たちが下袴を履いて服装を整えだした。

 宝玄仙は両腕を首の後ろに拘束されたまま、身体を捩じって上半身だけを起こした。

 

「次は、お前かい、有来有去? 今度はこのわたしを少しくらい愉しませてくれるんだろうねえ。それとも、そこの五人のようにあっという間に果てて、恥ずかしい思いをするのかねえ」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、有来有去は、そんな宝玄仙を余裕のある表情で眺め回しながら、声をあげて笑った。

 

「最初に見たときには、怖ろしいほどの美術品みたいだと考えて、この身体をたった五日後には処刑してしまうなんて惜しいことだと考えただけだけど、いやいや、これはたまげた女傑ぶりだね。もう、訊問なんてどうでもよくなったよ。君のような女を屈服させてかしずかせてみたいものさ」

 

「そうかい? まあ、このわたしを御せると思うのなら、なんでもやってみるんだね、お坊ちゃん」

 

 宝玄仙は挑発したが、有去有去はそれほど反応はしなかった。ただ、愉快そうに頬を綻ばせただけだ。

 

「どうだい、本当に無罪放免で釈放してもいいよ。俺の妾になると誓えばね。ただ、鎖に縛られて俺の屋敷ですごすだけだ。うまいものは食わせるし、綺麗な服と温かい寝具は保障するよ。ただ、三人の仲間の女の名だけは教えてくれよ。それだけでいい」

 

 有来有去は宝玄仙の前にやってきて、腰に手を当てて宝玄仙を見下ろしている。

 宝玄仙は、この男の表情から、なにか違和感を覚えた。

 やがて、その違和感の正体が、この男が宝玄仙からなにかの情報を聞き出そういうのではなく、純粋に宝玄仙という女に興味を抱いているということが悟れるような態度からくるものだとわかった。

 

 単になにかを白状させるためであれば、ほかに方法がある。

 色責めにしようとしたから宝玄仙が五人の兵たちを返り討ちのようなかたちになっただけで、普通の拷問には宝玄仙は耐える自信はない。

 名前くらいはあっという間に白状させられるに違いない。

 

 この男にとっては、その言葉の通り、本当に宝玄仙がなにかを自白しようが、すまいがどうでもいいことのようだ。

 純粋に宝玄仙とのやりとりを愉しんでいる。

 そう思った。

 それは直感だ。

 

「それより、おいでよ、有来有去──。お前もあっという間にいかせてやるよ」

 

 宝玄仙は拘束された身体を振って、これ見よがしに乳房を揺らしてみせた。

 しかし、有来有去は余裕のある表情で、壁の取っ手を操作した。

 すると、床がせりあがった大きな台が出現した。

 

「お前たち、宝玄仙を載せろ」

 

 台の高さは立っている男たちの腰の高さくらいだ。

 有来有去の指示により、宝玄仙はその台の上に仰向けに載せられた。

 大きく脚を開かされる。

 台の上に有来有去が手をかけた。

 その直後になにかの道術が加わったのがわかった。

 

「あっ」

 

 思わず声を出す。大きく開いた脚がなにかに固定されたように動かなくなったのだ。

 さらに腰の下の部分が少しずつ上側に浮きあがる。

 頭ひとつ分ほど上がったところでそれはとまった。

 

「確かに、この女を三刻(約三時間)で堕すのは無理な話だな。三日はかかるだろう。しかし、お前らのやり方だと三日どころか、一箇月かかってもこいつは堕ちないぞ」

 

 そして、有来有去の命令で男たちの精で酷い状態になっている宝玄仙の股間を布で拭かれた。

 男たちに股間を拭われるのは快感というよりは嫌悪感だ。

 高まりつつあった欲情も一気に冷めた。

 

「最初に言った通り、なにかを喋ろうが、喋るまいが五日後には刑の執行が始まる。結界牢を襲撃して死刑囚を逃がした者は、死刑だと決まっている。本来は訊問や裁きなどなにもない。ただ、処刑されるだけだ」

 

「そうかい。処刑は五日後かい」

 

 動揺を悟られないようにうそぶいたが、案外に時間がないと思った。

 なんらかの理由で、道術が遣えない以上、最早、沙那たちに頼るしかないが、助けにきてくれるだろう……?

 それとも、処刑までに道術を復活できるか……?

 

「しかし、お前が実行犯でないとなれば、話は別だ。俺は、お前のようにいい女が、ただ処刑台で首を吊られて死ぬのは惜しいと思う。逃げた仲間の名を言え。後は俺がなんとかしてやろう。お前については、せいぜい流刑くらいで済むようにできる」

 

 冗談じゃない──。

 供たちを身代わりにして、自分の命を助けることなど考えられるわけがない。

 

 しかし、いずれにしても、まだあの三人が捕えられていないというのは事実のようだ。

 逆結界の罠により、『移動術』の出口を無理矢理に変更させられて、ここに捕らわれたが、すぐに結界を遮断した。

 あの襲撃の場所に三人は取り残されたはずだが、なんとか逃げ延びてくれたに違いない。

 

「頑なだな……。もう少し、心をほぐしてはどうだ?」

 

 有来有去がそう言いながら開脚している宝玄仙の脚の付け根を緩やかにさすり始めた。

 

「くっ」

 

 その瞬間、悪寒のようなものが宝玄仙に走った。

 軟体動物に触られているような気持ち悪さが伝わってきたのだ。

 だが、同時に身体の奥から快感も沸き起こった。

 宝玄仙がこれまでに味わったことのないような肌の感触だ。

 その手が太腿の付け根をさすり続ける。

 

 ぞくりとするような淫情がどんどんと発生する。

 股間の奥の部分が熱くなる。

 男たちの精で汚れた部分に、宝玄仙の淫液がどっと溢れたのがわかった。

 局部を直接触っているわけでもないのに、この異常な感触が信じられない。

 

 しかし、ねっとりとした有来有去の指の感触は、宝玄仙の耐えているものを容赦なく表に抉り出していくような気がした。

 確実に宝玄仙の気持ちのいい場所をついてくるし、無理矢理に快感を表に引き上げられる。

 身体中の感覚が有来有去の指が動く場所に集中していくようだった。

 

 これはまずい……。

 宝玄仙は戦慄した。

 この指で本格的に触られたら、間違いなく宝玄仙の理性はどこかに飛翔する。

 

「気の強い口調は実は弱さの裏返しか……」

 

 有来有去の指がつつっと上半身側にあがる。

 宝玄仙が緊張して身構えたのをあざ笑うかのように、局部そのものはぎりぎりのところで避けて臍に這い、そして身体の中心を通ってふたつの乳房の裾野をくるくると撫でまわる。

 

「はああっ……」

 

 宝玄仙は思わず甘い息を吐いた。

 これ以上耐えられなかったのだ。

 激しい淫情が全身を駆け巡っている。

 

 まだ、有来有去は愛撫らしい愛撫すらしていない。

 しかし、この男の巧みな手管は、完全に宝玄仙を翻弄して追い詰めている。

 

「ああっ──」

 こらえようのない嬌声が口からこぼれる。

 台に張りつけられている身体が、自然に跳びはねるような感じで浮きあがる。

 

「お前の強い部分はさっき見た。今度はお前の弱い部分を見せてもらう」

 

 有来有去は痛いくらいに宝玄仙の裸身を凝視している。

 宝玄仙の仕草のすべてを見逃すまいとしているかのようだった。女体の反応を確かめながら、宝玄仙の脇や横腹を擦りあげていく。

 

「あ、くうっ……い、いやっ──」

 

 全身の力が奪われる。

 身体そのものが溶けていくような恐怖が走る。

 その感覚を必死になって振り切ろうとした。

 快感で絶頂することは恐怖ではない。

 しかし、この有来有去から与えられる快感は危険だ。

 宝玄仙は本能でそれを悟った。

 

「あっ、あっああっ……」

 

 宝玄仙は乳首に加わる手を少しでも避けようと身体を身悶えた。

 しかし、ぺったりと吸いつくように台に張りついた身体はほとんど動かない。

 

 快感があがってくる……。

 じわじわと──。

 すぐ、そこまで──。

 

 激しくはない……。

 しかし、確実に……。

 

 怖い……。

 このままいくのは怖い。

 

 宝玄仙は焦った。

 この快感は危険だ──。

 

「お前のことはよくわかるぞ。取りあげた道術は恐ろしいほどの大きさだったようだな。そんな強大な道術が、心の弱いお前に備わってしまった。それが本当のお前だ。本当のお前は弱いのだ」

 

 有来有去の指が乳首で動き続ける。

 無理矢理に引き起こされる不快な快感に、宝玄仙は気持ちの悪ささえ感じてきた。

 

「あっ、ああっ、や、やめろ、や、やめないか……ああっ」

 

「しかし、強すぎるお前の霊気は、お前が弱く振る舞うことを許さない。そして、お前は弱い部分を人に見せたくなくて、いつも強い部分を外に出そうとする。しかし、それは本当のお前とはかけ離れたものだ。その精神の隔たりが異常な性欲や性癖を求めるのだ。弱い部分を曝け出せば、お前の心の中にある石のようなものは取り除かれる」

 

 宝玄仙に恐怖が走る。

 心を抉られる恐怖だ。

 この男は、単に宝玄仙の快感を引きだしてあられもない姿を晒させようとしているわけじゃない。

 宝玄仙の心を抉りだそうとしている……。

 

 有来有去の手が乳房にも伸びる。

 しかし、敏感な乳首そのものには無関心を装うかのようにその周辺ばかりを探っている。

 そのため、却って宝玄仙は墳情を堰きとめられて、どんどん沸き起こる快感に膨れあがりそうな感覚になっている。

 浮きあがるような陶酔があるのに、それが果てしなく苦しい。

 

「この快感が怖いのか、宝玄仙?」

 

 有来有去が心を見透かしたようにささやいた。

 心の中のことを言い当てられて、宝玄仙はびくりとした。

 

「俺にはお前の性感帯が手に取るようにわかる。乳首……。ここを刺激すればあっという間に達するだろう」

 

 有来有去の指が無造作に乳首に伸びた。

 くりくりと回される。

 

「んんあああっ──」

 

 摘ままれた乳首から全身に快楽の爆発が起こった。

 一瞬にして頭が真っ白になり、脳が溶けるような衝撃とともに、宝玄仙は激しく絶頂した。

 

「おう」

「す、凄い」

 

 驚いたような声は、台を取り囲んでいた五人の兵たちだ。

 宝玄仙は乳首を責められて達するとともに、股間から潮のようなものを噴き出させてしまった。

 それで男たちが声をあげたのだ。

 

「ここは特殊な媚薬で神経を鋭敏にされてしまって、快感を発生させる逆鱗のようになっている。この女を責めるにはここだ。覚えておけ、お前たち──。そして、ここもだ」

 

「そ、そこは──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 有来有去の指がいきなり肛門の入口に触れたのだ。

 

「ひぎいいいっ──」

 

 宝玄仙は発狂したような声をあげてしまった。

 しかし、狂おしいほどの刺激を与えたかと思ったら、有来有去の指はすぐに肛門から離れた。

 あのまま責められていたら、達したばかりの身体が再び絶頂したのは目に見えている。

 宝玄仙はほっとした。

 しかし、それでいて、快感を無慈悲に奪い取られたような切なさも感じた。

 そして、そんな風に感じてしまった自分に戦慄した。

 

「あのまま尻を責めて欲しかったのか、宝玄仙?」

 

 有来有去がからかうような声をかけた。

 宝玄仙ははっとした。

 つい欲情そのままを表に出してしまったことを後悔した。

 

「じゃあ、望み通りにしてやろう」

 

「ひうっ──」

 

 一度離れた有来有去の指が再び肛門に戻って来た。

 宝玄仙の股間から流れる愛液を利用して、簡単に肛門の中に潜りこんでくる。

 

 強烈な快美感が襲う。

 四肢が溶けるような愉悦だ。

 

 宝玄仙は恐怖した。

 身体が痙攣したように震えるのを感じながら、すぐにやってくる絶頂に備えた。

 しかし、有来有去はさっと指を引き揚げた。

 

「お預けだ。もういきそうだったか?」

 

 有来有去の嘲笑うような哄笑に、周りの兵たちも一緒に声をあげて笑った。

 そして、また宝玄仙の肛門に指を這わせ始める。

 

 確実に宝玄仙の弱い部分を突いてくる有来有去の手管に宝玄仙はあっという間に再び押しあげられる。

 有来有去の指が肛門を抉り、指で無防備なお尻の内側を擦られて宝玄仙は絶頂を極めかかった。

 しかし、その瞬間を狙ったように、またもや、宝玄仙の肛門を責めていた指がとまる。

 

「くうっ」

 

 反応すまいと思うのだが、どうしても有来有去の指は宝玄仙の身体から激しい反応を引き出してしまう。

 

 有来有去の指は意地悪く、宝玄仙の尻を責めたてた。

 

 絶頂しそうになると指の動きを止めたり、すっと抜いたりする。

 それでいて、絶対に菊門からの刺激はやむことはない。

 有来有去の技巧は信じられないほど卓越したもので、宝玄仙は言語を絶する切なさと快感の痺れを味わい続けた。

 

 発散のできない快感が苦しい──。

 

 宝玄仙の身体から完全に余裕がなくなる。

 絶頂に対する激しい欲望が、宝玄仙の中で荒れ狂う。

 有来有去は、どこまでも執拗だった。

 あと一歩どころではない。

 まさに絶頂の寸前で宝玄仙から快感を引き揚げてしまう。

 限界まであがった昂ぶりをあげては下げられる宝玄仙は、もうおかしくなりそうだった。

 

 有来有去は執拗だった。

 感情のない機械のように、ぎりぎりまで責めてはやめるということを続ける。

 懸命に耐えていた宝玄仙も、焦らしが二刻(約二時間)続くと、さすがに自制心を制御できなくなった。

 そして、またしても九分九厘のところまで快感が追い詰められてから、さっと指が離れようとした。

 

「や、やめないでっ──」

 

 たまらず叫んだ。

 しかし、次の瞬間にそんな風に哀願させられたという恥辱が宝玄仙を襲った。

 室内に一斉に哄笑が湧いた。

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 これは拷問だ──。

 宝玄仙は悟るしかない。

 

 垂涎する快楽への欲望を眼の前にちらつかせるような陰湿な責めだ。

 しかし、耐えられるものじゃない。

 口惜しさに頭に血がのぼる。

 

「そろそろ、仲間の名を言いたくなったんじゃないのか?」

 

 有来有去が笑いながら言った。

 

「じょ、冗談いうんじゃないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、その自分の眼から涙がつっと流れるのを感じた。

 宝玄仙は驚いてしまった。

 

「焦らし抜かれて血がのぼったか、宝玄仙? 時間はたっぷりあるぞ。どこまで耐えられるんだ?」

 

 有来有去が指でとんと肛門の入口を突いた。

 

「ひううっ──」

 

 それだけで大きな嬌声をあげてしまい、そんな宝玄仙の姿を見て回りの男たちが笑いこけた。

 

「お前ら、また少し掃除してやれ。これじゃあ、あまりに濡れすぎだ」

 

 有来有去はさらに時間をかけて宝玄仙を責めるつもりのようだ。

 有来有去の指が離れると、周囲の兵たちがわらわらと宝玄仙の股間を布で拭きはじめた。

 あまりにも繰り返された限界までの焦らし責めで、宝玄仙の身体は焼き焦がれるような状態になっている。

 今度は兵たちの与える刺激にも耐える余裕がない。

 布で股間を拭かれる刺激に、身体を悶えさせて、甘い声と息を出させられる。

 

 すると、首になにかを巻かれた。

 よくわからないが、細い革紐ようなものが首に張りついたのだ。

 なにかの霊具の予感がする。

 

「な、なにを巻いたんだい、有来有去?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「お前の性感を管理する霊具だ。この革紐は霊具だ。それをしている限り、お前は絶対に絶頂できない。絶頂しようとしても首輪に込められている道術がそれを頭に伝えるのを阻止して、絶頂の感覚は遮断されるのだ」

 

 有来有去は優越感に浸った表情をした。

 

「こ、これ以上、苦しめようというのかい……」

 

 宝玄仙はあまりもの悔しさに有来有去の顔を睨みつけた。

 

「もちろんだ、宝玄仙。何度でも言うぞ。供の名を言え。名前くらいどうってことないだろう。どうせ、連中は逃げている。お前が名を言うのと、連中が捕まるということとは別のことだ。名を明かしたくらいでは大して事態は変わらん。俺は、ほんの少しでもいいから、お前が屈服したという証をみたいだけだ」

 

 沙那……孫空女……朱姫……。

 その名が喉まで出かかっている。

 しかし、最後の最後の一線で留まっている。

 

 言えない──。

 一度、なにかを喋れば、この男から次々にすべてを白状させられる。

 宝玄仙は懸命にこぼれかかる言葉を堰きとめる。

 

「沙那、孫空女、朱姫──。そうか……。教えてくれてありがとう」

 

 有来有去がにやりと微笑んだ。

 宝玄仙の眼が恐怖で大きく開くのがわかった。

 いま、自分は口には出さなかった……。

 心を読まれた?

 

「その通りだ、宝玄仙……。俺は、淫情に溺れさせることにより、道術を遣える者の心を読むことができるのだ。俺の前では、道術で遮断しない限り、隠し事は不可能だ。そして、お前はその道術を奪われている。お前の身体が快感や淫欲でいっぱいになればなるほど、俺はお前の心を読めるというわけだ。俺の訊問が色責めである理由がわかったか?」

 

 有来有去は言った。

 宝玄仙は呆然とした。

 そして、絶望的な気持ちになった。

 

「お前たち、宝玄仙の股間を拭き終わったら、この油剤を身体中に塗れ。身体の快感を数倍にする油だ」

 

 どこからか取り出した小壺が台の上に置かれる。

 それを手に取った兵たちが宝玄仙の身体に油剤を塗りたて始める。

 

 宝玄仙の心に本物の恐怖が走った。



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278 空から来た裸女

「どうだった、朱姫、孫女?」

 

 夜明け近くになり、戻ってきた朱姫と孫空女に沙那は訊ねた。

 孫空女が首を横に振った。

 

「軍をあげて山狩りをするというところまではなさそうだね。大部分は諦めて引き揚げていったよ。ただ、一部は残っているよ。探すというよりは、あたしらが舞い戻ってくるのを警戒しているという感じだね。蹴散らそうと思えば、蹴散らせると思うけど、また、ひと騒動やることにはなることになるだろうね」

 

 孫空女が言った。

 

「それと、荷を取り戻すというのは無理です、沙那姉さん。軍の主力が引き揚げるときに、あの家から荷が持ちだされていくのが遠目から見えました。それから、ご主人様を拉致したと思われる魔導師隊も引き揚げました。霊気を持った集団が動いている気配がはっきりとわかりました」

 

 朱姫が続けた。

 国都郊外の森林地帯にある灌木地帯だ。

 

 襲撃を受けてから、山中をどれだけ走ったかわからない。

 借りていた家を樹木が生い茂る錯雑地のそばにしていたのが役立った。

 『移動術』で逃亡しようとした宝玄仙が逆結界で捕らわれたのがわかった後、包囲されていた家を飛び出して、三人で塊りになり樹木の中に逃げ込んだ。

 襲撃をされたとき、宝玄仙との痴情に耽っていた最中だったので、素っ裸で逃亡するはめになったが、とりあえず、その林からそのまま山に逃げることだけはできた。

 

 また、しばらくは軍の追撃が続いたが、それほど激しいものにはならなかった。

 最後尾を駆けていた孫空女が逃げながら、ほぼたったひとりで一番近くまで迫った一隊を撃滅してしまったのだ。

 それで軍の追補の速度は低下し、夜半を過ぎた頃にはまったく追手を感じなくなった。

 

 それで、今度は逆に襲撃を受けた国都郊外まで戻り、灌木地に身を隠した。

 そして、夜目の利く朱姫と孫空女が襲撃の現場を偵察に行っていたのだ。

 宝玄仙を救出するためには、残してきた霊具が必要だったし、この状態では動きまわることもできない。

 せめて服くらい取り戻せないかと思ったのだ。

 しかし、やはり、軍主力の引き揚げとともに、荷は持っていかれてしまったようだ。

 

「さて、どうする、沙那?」

 

 素裸の孫空女が沙那の横に座り込んだ。

 朱姫も横に座る。

 ここは、街道からそれほど離れていない灌木に囲まれる草むらだ。

 闇に紛れていたから素っ裸だったのもそれほど気にならなかったが、陽が昇る気配とともに、周囲が明るくなってくると、女三人が素っ裸で野外に放り出されたという心細さが身に染みてくる。

 

「とりあえず、ご主人様を奪い返すことね。そのためには、なんとか城郭の中に入らないと──」

 

 沙那は言った。

 

「ご主人様は、どこに行ったんでしょうか?」

 

「襲撃をしたのは城郭軍よ。だから、軍営に連れて行かれたと考えるべきね、朱姫」

 

「また、『変化の指輪』で兵に化けて潜入するということができればいいんだけどね、沙那」

 

 以前も祭賽(さいさい)国で朱姫や宝玄仙が軍に捕らえられたとき、沙那と孫空女のふたりで城郭兵を捕えまくり、監禁して唾液をすすっては、『変化の指輪』で変身し、軍の地下牢に入るということをやった。

 しかし、今回はその手は使えそうもない。

 霊具がないのだ。

 朱姫もしばらくは道術が遣えない。

 

「でも、その『変化の指輪』そのものがないわ。ついでに言えば、服もない。こんな格好じゃあ、さすがに目立つわね」

 

 沙那も自嘲気味に笑った。

 

「せめて、下着くらい履きたいですよね。もう明るくなってきましたし、どうしたらいいですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「あたしたちのことは、手配されていると思っていいだろうね。まずは、服を手に入れることだけど、手に入れても、城門を潜るのは難しいかもしれないね。それにしても、なんで、軍の襲撃を受けたんだろう──。やっぱり、あの結界牢を襲撃したせいかなあ。でも、あたしたちのことは、ばれていないはずなのにね」

 

 孫空女が言った。

 

「考えられるのは、長女金(ちょうじょきん)よ」

 

「長女金があたしらを売ったということ、沙那?」

 

「それは考え難いんじゃない、孫女。だけど、長女金は、二年前に金聖姫《きんせいき》とかいう王女が妖魔に浚われたときことで、王宮に伝えたいことがあると言っていたじゃない。とめたんだけど、もしかしたら、国都に行ったんじゃないかしら」

 

 沙那は言った。

 長女金は、春嬌(しゅんきょう)という金聖姫と一緒に連れて行かれた女道術師のことをしきりに気にしていて、二年前の状況を沙那に説明しては、あれは狂言だったのではないかと言っていた。

 そして、その自分の考えを説明し、沙那に意見を求めもした。

 沙那は、長女金の考えに間違いないだろうと答えてはいた。

 

「長女金が捕まっているということ?」

 

 孫空女が険しい表情をした。

 

「推測でしかないけどね。そう考えれば、辻褄が合うわ。長女金が出立したのは、昨日の朝よ。彼女が国都で捕えられて、誰に脱獄させてもらったかと拷問を受け、そして、白状させられた。その長女金の供述によって城郭軍と道術師隊が動いた。それが昨夜の襲撃なのよ。国都に入りさえすれば、もっとなにかわかるかもしれないわね。もちろん、ご主人様の状況も……」

 

「城門を入るときは用心した方がいいね。できるだけ目立たないようにしなきゃ」

 

 孫空女が言った。

 

「少なくとも、このまま、いくのはやめた方がいいですね。これ以上、目立つ格好もないでしょうし」

 

 朱姫が裸身を示しながら苦笑した。

 沙那も苦笑で応じる。

 

「とにかく、できることをしようよ。まずは、腹ごしらえだ。沙那、さっきの出してよ」

 

 孫空女が言った。

 

「あ、あれを……? 本当に食べるの?」

 

 沙那は自分の顔が赤くなるのがわかった。

 

「食べるよ。三人で三等分だ。あたしらが唯一、あの現場から持ち出せたものだしね」

 

 孫空女がきっぱりと言った。

 沙那は仕方なく、身体の後ろに隠していた胡瓜(きゅうり)の欠片を出した。

 襲撃の直前まで膣の中に入れさせられていて、そのまま戦闘になったので出す暇がなかったのだ。

 夢中になって剣を振るっている間は気がつかなかったが、追手をかわして、ほっとしたら腰が砕けてしまった。

 張りつめたものがなくなり、一気に淫情が襲ったのだ。

 

「一応、洗ったんだけど……」

 

 おずおずと差し出したそれを孫空女が無造作に取り上げて手で三個に割る。

 そして、欠片を沙那と朱姫に放った。

 

「よく、こんなものを入れたまま、走ったり、剣を振るったりできますね。あたしには無理です」

 

 朱姫が胡瓜を口に放り込みながら言った。

 

「あたしにも無理さ。沙那は、ご主人様の『女淫輪』を一年半もしながら生活していたくらいだからね。刺激には強いのさ」

 

 孫空女も胡瓜を口にする。

 『女淫輪』というのは、宝玄仙が沙那につけた淫具であり、それで乳首と肉芽の根元を締められると、身体が発情状態になるという霊具だ。

 沙那は、自分の身体の気を操ることで、普段の生活については支障なくやっていたが、普通はそうはいかないものらしい。

 ただ、そのためか、それが外された今では、与えられる刺激にとても弱い身体になった気がする。

 さっきは、気の張った状態だったので、女陰の異物は気にならなかったが、しっかりと身体は刺激を受けていたようで股間から溢れ出ていた愛液は酷い状態だった。

 

「沙那姉さんのどこが、刺激に強いんですか。ちょっと触っただけですぐに淫情するじゃないですか。やってみましょうか?」

 

 朱姫がからかうような口調で言う。

 

「やってご覧なさいよ、朱姫。『獣人』の道術を遣ったから、数日は道術が遣えないんでしょう? いつもの分も合わせて仕返しするわよ」

 

 沙那が言うと、朱姫が笑って肩をすくめた。沙那も苦笑して、渡された胡瓜を食べる。

 自分の女陰に入れっぱなしで、大量の愛液に汚れたものを食べるというのは、複雑な気持ちだが、食べないよりはましだろう。

 これから宝玄仙を救出するために、城郭軍と戦うことになるのだ。

 三人ともそれはわかっている。

 だから、あえて、お互いに軽口を交わしているのだ。

 

「いずれにしても、国都になんとか入って、隠れ処を見つけたとしても、なんの変身もしないまま動きまわるのは危険だということね。さっきの話じゃないけど、『変化の指輪』があれば、兵に化けて軍営を探し回るということもできたけど、別の方法を考えないとね」

 

 沙那は言った。

 

「それはどうなのさ? 朱姫の『変化の指輪』……」

 

 孫空女が、朱姫の指にある赤い指輪を指さした。

 この前、練習として、宝玄仙の霊具と同じものを作れと命じられて、朱姫が作った霊具だ。機能は宝玄仙のものと同じだが、指輪に変身の対象を刻むには、単に体液を口に入れるだけじゃなく、変身したい相手の絶頂したときの精液か淫液を口にしなければならないという制約がある。

 沙那に言わせれば、ほとんど趣味の範疇で作ったものではないかと思うくらいだ。

 しかも、この『変化の指輪』を使用できるのは朱姫だけだ。

 

「『変化の指輪』を遣うのは、三日は待ってください。すべての霊気を『獣人』で遣ったので、いまはなんにも道術は遣えません。『縛心術』が復活するのも二日はかかります」

 

 朱姫は言った。

 

「さて、とりあえず、服を手に入れることを考えようよ。まずは、それだね。素っ裸じゃあ、なんにもできやしない」

 

 孫空女が言って腰を上げた。

 腰を屈めた孫空女の裸身が街道に向かって進んでいく。

 沙那と朱姫もそれを追う。

 

 やがて、丘の下に街道が見下ろせる場所に着いた。

 そのまま三人で岩陰に身を潜める。

 

 しばらくすると、一台の古い荷駄馬車が国都の城門に向かう方向にやってきた。

 載っているのは御者席にいる男ひとりのようだ。

 荷駄馬車は小さいもので、積んでいるのは衣類や布のようだった。

 ほかに人影はいなかった。

 

「さて、おあつらい向きなのが来たよ。行こうか」

 

「どうするの、孫空女?」

 

 沙那は言った。

 

「あいつを脅して言うことをきかせるのさ。荷駄馬車の荷に紛れて城門を通ってもらえばいいよ。それに、あの後ろの荷物──。どうやら、衣類みたいだよ」

 

 そのとき、荷駄馬車は、ちょうど丘の真下になっていた。

 孫空女が、いきなり跳躍し、荷駄馬車の布の束の中に飛び込んだ。

 

 

 *

 

 

 

 生まれつき大きな鼻をしていた。

 普通よりも大きいとか、そういう度合いではない。

 異常に大きいのだ。

 顔の真ん中に瓢箪がぶら下がっている。

 それが陳達(ちんたつ)だった。

 

 しかも、だらりとぶら下がった鼻に気味の悪いあばたと吹き出物まであるとあっては、その不細工さは可笑しいというよりは不気味だった。

 さらに女陰を思わせる小さな黒い染みまであるのだからどうしようもない。

 

 だから、陳達は、女には縁がなかった。

 ひとりでやっている店は小さいものの、これでも腕のいい仕立て屋の職人でもあるつもりだ。

 金持ちとはいえないが、普通に暮らしていく稼ぎもある。

 このところ、軍の将校が軍服を仕立てに来ることも多くなり、結構繁盛もしていると思っている。

 

 しかし、そろそろ嫁を貰いたいと思ってもうまくはいかない。

 顔のことなど気にしないと言った女も、実際に陳達の顔をみると、やっぱり尻込みしてしまうようだ。

 真面目な職人ということで、縁の仲介をしてくれようとする者も何人もいたが、この陳達の鼻を眼の前で見てしまうと、もう、嫁になってもいいという女はいなかった。

 

 それでも、陳達が大金持ちであるとか、貴族の血を引いているというようなことでもあれば、金に眼がくらむか、血縁が欲しくて、結婚を承諾する女がいたかもしれない。

 しかし、残念ながら陳達には、それほどの財はないし、ふた親はすでに失くしている。

 

 もう、四十になる。

 豊かでもなかった髪は、もう両脇を残してかなり禿げてきてもいる。

 この鼻のうえに、髪まで禿げかけてきたのだから、陳達は、自分は女とは縁のないものと諦めていた。

 

 いまでは、結婚など望んでいない。

 しかし、一度でいいから女と愛し合ってみたい。

 嘘でもいい。自分のことを好きだと言ってくれて、この鼻の醜さに顔をしかめずに身体を開いてくれる女に出遭ってみたい。

 娼婦さえも、陳達を見ると抱かれるのを嫌がる。

 応じる女がいても、割り増しを要求する。

 金を払った女に、気味悪がられて、余分な金を支払わなければ、肌を合わせる気にならないと言われるのはつらいものだ。

 性欲を発散したくて金を支払っても、終わったあとの空しさは堪らない。

 いまでは、性欲は自慰で済ませて、妓楼に行くことはほとんどなくなっていた。

 

『女のすべてが、外見を気にするわけがない』

 

 周りの者に相談すると、ほとんどがそう言ってくれる。

 男の友人だけじゃない。

 女もそうだ。

 ほとんどの女は、夫に必要なのは甲斐性であって、外見など気にするわけがないと言う。

 だったら、お前が一緒になるかと応じると、若い女だったら恐怖に包まれたような表情になる。

 

『それは考えすぎだ。むしろ、お前の卑屈さが顔に出て、女が避けるのだ。卑屈になるな』

 

 男の友人たちの中にはそういう者もいる。

 しかし、彼らは、この顔じゃないからそんなことが言えるのだ。

 もしも、自分と同じ鼻を持ったら、卑屈になるな、なんてことは言えないはずだ。

 

 陳達は、荷駄馬車を国都に向かって動かしていた。

 後ろに載っているのは、郊外で仕入れた古着と布だ。

 古くなった布きれでも、陳達にかかれば、たちまちに流行の着物になる。

 それで定期的に国都周辺の村や町を回って下取りをするのだが、昨夜は古い知人たちに偶然に会い、思わぬ酒宴になった。

 

 酒の勢いで妓楼に行こうということになった。

 陳達は、この容姿だから気が進まなかったが、ひとりだけ抜け出すことができずに、一緒に妓楼に入った。

 ほかの友人たちは、あっという間に相手の女を見つけて部屋に入ったが、やはり、陳達でもいいという娼婦はいなかった。

 結局、妓楼の女主人が、その鼻は妙な病気ではないのかと訊ねてきて、陳達は返事もせずに妓楼を出た。

 

 そのまま、安宿を見つけて泊まり、早朝に出立して国都の家に戻るところだ。

=特に急ぎの仕事があるわけじゃないが、いつも開店している時間には、店を開けたかった。

 店はひとり暮らしの小さな家に連接している。

 家は、週に一度、掃除をさせるために雇っている年寄りが出入りするほかには、陳達しかいない。

 

 どこからか、こんな俺でも振り向いてくれる女が空から降ってこないものか……。

 

 御者台で馬を操りながら、ぼんやりとそんなことを思っていた。

 すると、なにか強烈な振動を荷台に感じた。

 

「な、なんだ──?」

 

 思わず叫んで、馬を停めた。

 

 振り返って仰天した。

 素っ裸の美女が、荷台に立っていた。

 

 あまりもの衝撃に口を利くこともできなかった。

 女は少しだけ背が高く、美しい赤い髪をしていた。

 首と四肢の手首と足首にひと揃いの赤い輪をしているほかには、一糸もまとっていない。

 つんと上を向いた乳首も無毛の股間も丸見えだ。

 荷台で陳達に向かって身構えていて、裸身を隠そうともしていない。

 陳達は唖然とした。

 

「言うことをきいてもらうわ──」

 

 声は前からだった。

 慌てて前に視線を向ける。

 

 道を塞ぐように、ふたりの女が立っている。

 このふたりも素裸だ。

 こっちのふたりは、両手で自分の身体を隠すようにしている。

 

「あ、ああ──?」

 

 自分でも馬鹿じゃないかと思うような奇声をあげてしまった。

 しかし、それは仕方がないことだろう。

 

 陳達には、絶対に縁がないような美女と美少女が、眼の前に裸でいるのだ。

 陳達の外見では、遠くから眺めるだけも許されないような女が三人、一糸もまとわぬ姿で立っている。

 

 これは夢に違いない──。

 陳達は思った。

 しかし、夢ではない。

 

「ご、強盗にでも襲われたのか?」

 

 やっと言った。

 すると、前側の女のひとりの眼が大きく見開いた。

 

「そ、そうなの。襲われたんです──。助けてください」

 

 栗毛の女が言った。

 

「ええっ?」

 

 荷駄馬車に立っている女が声をあげた。

 その声の響きで、陳達は、この女たちが強盗に襲われて単純に助けを求めたというわけではないのだということを悟った。

 

 こんな格好でいるのだから、強盗にでも襲われたのは確かかもしれないが、もしかしたら、服を奪うために襲うつもりで現れたのかもしれない。

 しかし、陳達が、最初に強盗に襲われたとかと訊ねたので、栗毛の女が咄嗟にそういうことにしておこうと思ったのだと思う。

 それがあらかじめの打ち合わせと違ったので、赤毛の女が声をあげてしまったのだろう。

 

 こんな容姿なので、他人は陳達のことを愚か者と思うことが多いようだが、陳達は自分が誰よりも敏感に物事を感じることができると思っていた。

 

「女連れの旅か?」

 

 陳達は言った。

 内心の動揺は表には出さなかった。

 

「そ、そうです」

 

 栗毛の女が言った。

 

「と、とにかく、服を着るといい。女物の服もある。なんでも着ていい」

 

 陳達は言った。

 道を塞いでいたふたりが満面の笑みを浮かべて、荷駄馬車に飛び乗った。

 その身のこなしは驚くほど敏捷で、そのことからも、陳達は、この三人に尋常でないものを感じた。

 考えてみれば、最初に荷駄馬車に跳び降りてきた赤毛の女は、どこから飛び降りたのだろう。

 少し高い場所に岩があるが、随分と高い。

 まさか、あそこから飛び降りたのだろうか……。

 

 三人は手頃な服を掴むとあっという間に着込んだ。

 小柄な若い少女は、薄桃色の貫頭衣を、残りのふたりは女の服ではなく、動きやすそうな男の服を選んで身に着けていた。

 

「ありがとうございます。恩に着ます。国都に向かうんですか?」

 

 栗毛の美女が言った。

 

「そうだ」

 

「このまま、載せていってもらうわけにはいきませんか? まだ、強盗がいるかもしれないし」

 

「構わんよ」

 

 陳達は言った。

 実際のところ、陳達はこの三人の女には、かなりの怪しさを感じていた。

 普段の陳達だったら、荷駄馬車に載せる時点で断っているだろう。

 しかし、昨日、妓楼で嫌な思いをしたとことが、陳達の心を少し荒ませていたのかもしれない。

 たとえ、強盗でもこんな美女たちに関わりを持つことができるのであれば、それでもいいと思った。

 

 陳達は荷駄馬車を出発させた。

 三人の女たちは、固まるように荷駄の中心に集まり、まるで外から覗かれるのを避けるように、周りを荷で覆い始めた。

 少しも緊張を解かない気配から考えても、この三人が人目を避けようとしているというのは間違いなさそうだ。

 

 荷駄馬車が城門に近づいた。

 陳達はちらりと後ろに視線をやった。三人は恐ろしく警戒をしている表情だった。

 後ろの三人の緊張が伝わってくる。

 

 陳達は、おそらく城門を抜けるときに、城門のところにいる兵に顔を見られたくないのではないかと予想した。

 不自然なくらいに荷の影に隠れているし、顔も伏せている。

 

 陳達は、城門の見えるところで一度荷駄馬車を停めた。

 振り返ると三人が怪訝な顔をしている。

 

「なあ、あんたら、城郭に入っても、行くところはあるのかい? 女連れの旅だと言っていたが、いまは無一文だろう。行くところがあればいいが、金もないんじゃあ、宿には泊れないだろうに。よければ、うちにこないか?

 

「えっ? 本当に?」

 

 三人が驚いたように目を丸くしたが、反応したのは栗毛の美人だ。

 三人の中では、彼女が主導権を握っている気配だ。

 陳達はさらに口を開く。

 

「狭いがひとり暮らしだ。俺と一緒に寝ることになるかもしれんが、それでよければ、来てもいい。十分な寝台があるとは言えないが、床には横になれる。食べるものもある……。まあ、行くところがあるなら、そこまで送ってやることもできるけどな」

 

 城門に入りさえすれば、三人はそのままいなくなる気がした。

 道端で出遭った絶世の美女三人──。

 こんな信じられない出遭いが、これで終わるなどというのは我慢できないと思った。

 陳達と一緒に寝起きをするなどというのを彼女たちが嫌がるのは間違いない。

 だが、素っ裸で街道に現れるという信じられない出遭いをした彼女たちだ。

 それに彼女たちが無一文どころか、なにも持っていないのは確かだ。

 陳達がそう申し出れば、もしかしたら、あっさりと陳達の家に入ることに同意するかもしれない。

 

 三人は、少しの間、ひそひそとなにかを相談した。

 そして、やはり、栗毛の女が代表するかたちで陳達に向かって口を開いた。

 

「迷惑でなければ、少しの間、寝泊りさせてもらえませんか?」

 

 びっくりした。

 本当にそう言うとは思っていなかったのだ。

 

「ねえ、あんた、もしかして、下心があるかい?」

 

 赤毛の女が言った。

 怒っているという感じではなかった。

 むしろ無邪気そうな表情で笑っていた。

 

「下心なんてない。困っていると思って言ってあげただけだ」

 

 そう言ったものの、陳達は自分の心にしっかりと下心があることが、自分でもいまわかった。

 こんな美女の裸身が見られたというのは、夢のような話なのだ。

 そうであれば、もしかしたら、さらに夢のようなことが、続いて陳達に起きても不思議ではない。

 

「あってもいいよ、下心」

 

 赤毛の女が言った。

 

「えっ?」

 

「実を言うと、あたしらは軍に追われている。それを承知で匿ってくれるなら、あたしらは、あんたにどんなことでも提供するよ。あたしらを抱きたいと思うなら、そうしてもいいとも思ってる」

 

 陳達は驚いてしまって、すぐに反応できなかった。

 あまりもの意外な言葉に声も出なかった。

 

「孫女──」

 

 栗毛の女が険しい顔で赤毛の女を見た。

 

「いや、沙那、この人は信用できる気がする。あたしは、これでも人を見る目はあるつもりだよ。勘はいいのさ。それに、あたしはどっちにしても、この人の家に行くつもりだった。叩きのめして脅迫してでもね。だけど、この人は正直そうだ。そして、あたしらに興味を持っている気がする。そうであれば、違う選択もできる」

 

「で、でも……」

 

 栗毛の女は当惑している感じだ。

 だが、赤毛の女は毅然としていて、堅い覚悟を感じる。

 さっきは、栗毛の女が主導権を握る感じだったのに、一転して赤毛の女が有無を言わさぬ口調で残りのふたりに視線を送る。

 なんとも、不思議な関係に感じた。

 

「いや、あたしらは、この人に身体を提供する。奉仕するんだ。この人は、その代わりに、あたしらを匿うという危険を負う。それでどうだい、あんた?」

 

 赤毛の女が陳達を見た。

 陳達は、まだ口がきけないでいた。

 赤毛の女の隣の栗毛の女が大きく嘆息した。

 

「そうね、確かに、なにも教えないでやっかいになるのは誠実とは言えないわね……」

 

 そして、栗毛の女もしっかりと陳達を見た。

 

「わたしは沙那といいます。彼女は孫空女、こっちは朱姫です。あなたがわたしたちを匿い、どこにも届けないと誓ってくれるなら、わたしたちは、代価を支払います。とりあえず、わたしたちが提供できるのはこの身体だけです。いかがですか?」

 

 沙那と名乗った女が言った。

 

「お、俺は陳達だ。よろしくな」

 

 陳達は自分が震えているのがわかった。

 これは現実の話だろうか。

 家に入れた途端に、あっさりと殺されるかもしれない。

 

 しかし、それでもいいと思った。

 こんな美女を抱けると考えることができるだけでもいい。

 それで、殺されてもいい──。

 

 悔いはない。

 陳達は心の底からそう思った。

 

 馬に合図を送ると、荷駄馬車が城門に向かってゆっくりと進み始めた。



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279 管理される排便[一日目(二)]

「手配しろ。背の高い赤毛の女。首と手足に赤い輪の飾りをつけている。それが孫空女。栗毛の女、特徴は……。それは、沙那。そして、見た目が十六くらいの少女、それが朱姫という女だ。朱姫は道術を遣う……」

 

 有来有去(ゆうらいゆうきょ)は、淡々と指示した。

 一方で、宝玄仙を色責めで訊問している現場に呼び出した軍の将校は、台に磔にされている宝玄仙の裸身を欲情まるだしの視線で眺めながら、残念そうに出ていった。

 

「……最大の特徴は、三人ともかなりの美女ということだ。それだけの特徴があれば、見つけることは難しくないはずだ……。それと、城郭に立て札で掲示しろ。宝玄仙の処刑は五日後だと……。こいつの仲間は、必ず救出しようと城郭にやってくる」

 

 ふと見ると、宝玄仙が溢れ出そうな淫情に襲われている汗びっしょりの裸身をぐったりとさせて、悔しげに有来有去を睨んでいる。

 最初に乳首を責めて絶頂させただけで、一度も絶頂させていない。

 宝玄仙が最初に達したときに、宝玄仙の性の弱点はすぐにわかった。

 乳首もそうだが、この女は異常に尻が弱いのだ。

 乳首の責めは快楽が暴発する逆鱗だが、肛門の責めは快楽だけではなく心の屈服に通じる弱点だ。

 

 有来有去は、霊気を持った女が絶頂したり、あるいは、絶頂寸前の淫情に溢れた状態になると、その女の心が読めるようになるのだ。

 その能力で知ったが、どうやら宝玄仙は、かなり以前、かなりの恥辱的な時間を過ごしたことがあるようだ。

 尻の責めはそれを思い出させるきっかけになる。

 

 尻で欲情すると、当時の弱い自分をどうしても思い出してしまうようだ。

 そのため、この女は尻を責められるのを嫌う。

 

 だから、有来有去は徹底的に尻を責めた。

 しかも、一度も達しさせない焦らし責めだ。

 宝玄仙の首には、絶頂の感覚を遮断してしまう特殊な霊具を嵌めさせている。

 この首輪をされると、どんなに欲情しても絶対に絶頂できない。

 快感はあるが絶頂の感覚だけが遮断されるのだ。

 この状態で責められると、どんな女でも与えられない淫情に狂ったようになり、発散できない快楽でのたうち回る。

 宝玄仙も例外ではなかった。

 

 徹底した尻責めにより、本来であれば十数回は達しているはずの絶頂をすべて寸止めで遮断されて、宝玄仙は与えられない快楽を求める雌そのものになった。

 そうやって、宝玄仙を責めながら、捕えることのできなかった宝玄仙の仲間の名や特徴を質問した。

 宝玄仙は必死にそれを頭から払いのけようとしたが、それは無理なことだ。

 沙那、孫空女、朱姫という三人の特徴を洗いざらい宝玄仙の頭から出し尽くさせると、有来有去は軍の将校を呼んで、その三人を手配させた。

 

 その女たちが宝玄仙を見捨ててどこか遠くに行かない限り、おそらく簡単に捕まるだろう。

 そして、宝玄仙の思考を読み取ったことによれば、その三人が宝玄仙を見捨てる可能性は皆無のようだ。

 

「お前の悔しさが読めるぞ、宝玄仙」

 

 有来有去は言った。

 度重なる絶頂寸前の焦らしにより、宝玄仙の淫情はこれ以上ないというくらいに膨れあがっている。

 この状態の宝玄仙の心を読むのはいとも容易い。

 

「どうだ、首輪を外して欲しいか?」

 

 有来有去は、宝玄仙の肛門に指を入れて無造作に動かするとともに、周りの兵に命じて、宝玄仙の乳首や肉芽、そして、女陰そのものを指でいじくらせた。

 それでなくても、宝玄仙の身体には、通常の数倍の感度にあげる催淫剤を塗りたくっている。

 この油剤を塗られれて、これだけの刺激を同時に受ければ、本来なら激しい連続絶頂でのたうちまわっているはずだ。

 そのすべての快楽を受けたまま、宝玄仙は絶頂ができないでいる。

 宝玄仙はすでに半狂乱だ。

 

「お前が屈服するまで、その首輪はそのままだ。処刑執行の五日後まで、発散できない苦しみでのたうち回るといい──。そうだ。処刑は一日の晒しの末の公開絞首刑だからな。そのときには外してやるぞ。尻に霊具も挿してやろう。五日間、焦らし責めで溜めに溜めた快楽を発散しながら死ぬといい。せめてもの慈悲だ」

 

 有来有去は、尻をいじくりながら笑った。

 宝玄仙が、身体を震わせて、おかしな奇声をあげた。

 

「あがあああああっ──く、屈服するよ……。屈服するから──」

 

 やがて、宝玄仙が叫んだ。

 しかし、有来有去はそんな宝玄仙を嘲笑った。

 

「それだけ快楽を溜め込めば、お前の心は俺に筒抜けだ。お前のいまの言葉が口だけなのは俺にはわかる。あと、三日も経って、本当に屈服としたら外してやることを考えてやる」

 

「あああっ、く、屈服してるだろう――。もう話すことなんかありゃしない。ぜ、全部、心読んだんだろうがあっ」

 

 宝玄仙が最後の力を振り絞るように泣き叫んだ。

 有来有来はそれを冷ややかに眺めている。

 

「いいか、宝玄仙、屈服というのは、もしも道術が戻り、自由になっても、もう心が俺に逆らえない状態になることをいうのだ。そうまでなったら、最初に言ったとおりに、お前が実行犯でないことを説明しろ。お前の仲間でも誰でも、主犯を作れ──。自分の都合のいいように供述しろ」

 

「ああああ……あ、あ、あ、ああああ──」

 

 宝玄仙が鼻水と涎を撒き散らしながら苦しそうに首を横に振る。

 もしかしたら、三日もかからないかもしれないな──。

 有来有去はそう思った。

 

 そのときだった。

 その宝玄仙の首ががっくりと落ちた。

 有来有去に流れ込んでいた宝玄仙の思考が不意に途絶えた。

 

「気を失ったか──。まあいい、じゃあ、次の責めに入るぞ。気を失っている間にこいつに浣腸をしろ。そして、肛門に栓をしてしまえ」

 

 有来有去は言った。

 

 

 *

 

 

「変わるわ、宝玄仙」

 

 闇の中に自分が浮かんでいる。

 宝玉だ。

 どうやら自分の意識体の中のようだ。

 

「い、いや、大丈夫だよ、宝玉……。お前の出る幕じゃない。お前が無理矢理、わたしの意識を失わせたのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「このままだと、本当にあなたは屈服させられるわ。でも、わたしなら大丈夫よ。こういうときのために、わたしという存在がいるのよ。あなたに耐えられないことでもわたしには耐えられる。わたしは、この身体の被虐担当なのよ」

 

 宝玉が自虐気味に笑った。

 

「馬鹿を言うんじゃないよ。お前がなによりも、焦らし責めに弱いのはわたしも知っているんだよ。快楽を渇望するお前は、その快楽を与えられないという責めに弱い。あの有来有去は、本当に屈服するまで、わたしたちの身体を責めるよ。お前だと屈服されてしまうよ」

 

「わかっているわ。だから言っているのよ。わたしが屈服担当だと」

 

 宝玉の表情は真剣だ。

 それで、宝玄仙は宝玉の思いが理解できてしまった。

 

「わたしが有来有去の責めに屈すると思っているんだね。見くびられたものだよ」

 

「あなたは、屈服するわけにはいかないのよ。自分でもわかっているんでしょう? わたしたちは、本来はひとりであるはずの人格が、強引にふたりになってしまった存在よ。わたしが弱い宝玄仙、あなたが、強い宝玄仙──」

 

「いや……」

 

「強い宝玄仙のあなたは、相手に屈服すれば存在を失ってしまうわ。それに比べれば、わたしは屈服してもいいのよ。闘勝仙に屈服したわたしが、いまでも存在しているように、わたしは復活できるわ」

 

「でも、お前は屈服してしまった闘勝仙に依存する存在になり、闘勝仙がいなくなることで、二年間も表に出て来られなくなったじゃないか。忘れたのかい」

 

「……でも、二年で闘勝仙の呪縛から離れることはできたわ。もしも、わたしが埋もれることがあっても、わたしはあなたを通じて、あの娘たちを感じる。そして、復活するわ」

 

「宝玉……」

 

 宝玄仙はそれ以上、なにも言えない。

 宝玄仙自身もわかっている。

 いまの宝玄仙側の人格は、他人に屈しない存在になることを目的に、宝玉と分離した人格だ。

 その宝玄仙が屈するということがあれば、宝玄仙は宝玄仙でいられなくなる。

 

 それは理解できる。

 しかし、それでは宝玉が……。

 

「わかった。いまは、お前に任せる。しかし、交替にしよう。なんとかふたりで五日間耐えようじゃないか。あいつらがなんとかしてくれるよ。あいつらがどうしようもなければ、一緒にこの身体で滅ぶだけだ。ひとりじゃあ、耐えられないけど、ふたりなら倍は耐えられるはずだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうね……。でも、あなたは間違っているわ。この身体は滅びはしないわ。沙那の中に、あなたの『魂の欠片』がある。あの娘たちは、必ず、あなたを復活させてくれるわ」

 

「お前もだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「『魂の欠片』はひとつよ。蘭玉が作った『魂の欠片』はあなたのものよ。わたしではないはずよ」

 

 宝玉がそう言ったので、宝玄仙ははっとした。

 『魂の欠片』は、道術遣いの精神を土台にして作るものだ。

 あのとき、儀式を受けたのは、宝玄仙の意識だった。

 そうであれば、沙那に入っている『魂の欠片』は、宝玄仙のものであり、宝玉ではない。

 つまり、宝玉は復活できない。

 

 だが、同時にもうひとつのことも考えた。

 そう言えば、あのとき、お蘭は『魂の欠片』を三個持っていた。

 そのうちのひとつを沙那に入れたのだ。

 そして、残りのふたつを片付けた。

 それがなにかと訊ねたのだが、お蘭は訳がわからない様子だった。

 あのときは、それで納得したが、よく考えると、あれは宝玉の『魂の欠片』ではなかったのだろうか?

 

 お蘭があの儀式をしたとき、常識であれば、ひとつの身体にひとつしかない人格なのに、実際には宝玄仙の身体にふたつの人格があったので、それにより、宝玉の分の『魂の欠片』までも、できあがってしまったではないだろうか。

 そうであれば、『魂の欠片』がひとつでなかったのは納得できる。

 だが、そうであれば、なぜ、二個ではなく、三個だったのだろう……?

 いずれにしても、あれのひとつが、宝玉の魂の欠片だったとしても、あれはお蘭の手元か……。

 

「ところで、わたしが出ていくことで、ひとつの身体に、もうひとつの人格が存在することが有来有去にわかってしまうわね。まさか、身体を欲情させたり、発散できない快楽を溜めさせることで心を読むなんてね」

 

 宝玉が言った。

 

「それは仕方がないさ。だけど、ふたつの人格が共存していることがわかってしまっても、別に実害もない」

 

「ところで、宝玄仙、わたしたちの道術を奪ったのは誰だと思う?」

 

「お前は、どう思うんだい、宝玉?」

 

 宝玄仙は言った。

 心を読まれることはどうでもいいが、問題はこの宝玄仙の身体から、道術の能力が奪われてしまったという事実だ。

 なにかの霊具や術で道術が封印されているのとは違う。

 能力そのものが、宝玄仙たちの身体から喪失した。

 それはわかるのだ。

 

「最初にあなたの考えを聞きたいわ。わたしは、あなたを通じてしか有来有去と接していないもの。わたしたちの道術を奪ったのは、有来有去だと思う?」

 

「違うね。心を読めるというのは驚きだったけど、道術を奪ったのはあいつじゃない。わたしたちの道術を奪うには、それ相応の霊気が必要だ。あいつには、それだけの霊気はない。道術が遣えなくても、霊気の大きさくらいはわかるからね。あいつは、能力が特殊化しているだけで、大きな霊気は持っていない」

 

「じゃあ、あなたが覚醒した直後に見たあの妖魔?」

 

 宝玉が言った。

 

「お前にも妖魔が認識できたのかい、宝玉?」

 

「あなたを通じてね──。間違いないわ。あれは妖魔よ。あなたを通じて、とてつもなく巨大な霊気も感じたわ。わたしたちの霊気を遥かに凌ぐほどの……」

 

 宝玉の言葉に宝玄仙は唸った。

 宝玄仙もまた、宝玉と同じことを感じていた。

 妖魔であろうと、道術遣いであろうと、宝玄仙の霊気を凌ぐ存在などに、これまで宝玄仙は接したことがない。

 

 しかし、あのとき、一瞬だけ感じた霊気──。

 あるいは妖魔の気……。

 

 あの霊気の持ち主だったら、宝玄仙から道術を持ち去るなどという芸当ができたのは理解できる。

 

「あれは、賽太歳(さいさいさい)という妖魔だと思うかしら、宝玄仙?」

 

 宝玉が言った。

 

「さあね。そんなことわかるもんかい。強い妖魔であることだけは確かだろうけどね。その妖魔と一緒に、有来有去がいたことだけは確実さ。わたしは、その妖魔と有来有去が、わたしが起きる直前まで一緒にいたのを見たのさ」

 

「じゃあ、わたしの考えを言うわ、宝玄仙。あなたを通じて、わたしもあの長女金(ちょうじょきん)の言葉を聞いていたけど、宮廷道術師だった春嬌(しゅんきょう)という女従者は、なんらかのかたちで賽太歳という妖魔と結びついていたんでしょう? あの金聖姫(きんせいき)の誘拐は、金聖姫と春嬌が賽太歳とともに仕組んだ狂言かもしれないと長女金は言っていたじゃない」

 

「まあ、そんなことを言っていた気がするねえ」

 

 長女金がそれを話したのは、主に沙那に向かってだ。

 宝玄仙は横にいただけで、大して聞いてもいなかった。

 宝玉は、表に出ている宝玄仙を通じて、宝玄仙が接したことを宝玉も接することができるために、その話を認識できたのだろう。

 

「だったら、賽太歳という妖魔は、この宮廷の一部と深い関係を持っていると考えるのが自然よ。春嬌が賽太歳となんらかの関係を持っていたのなら、有来有去も道術師ということで賽太歳と深い関係である可能性が高いわ。そして、有来有去は、賽太歳という強い妖魔に頼んで、わたしたちから霊気を奪わせたのよ」

 

「まあ、そうかもしれないね。そういうことは、沙那に考えさせれば確かだろうけどね。いずれにしても複雑な背景がありそうだね。有来有去もまた、王女を浚った賽太歳という妖魔と関係しているということかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「いずれにしても、わたしがいくわ」

 

 宝玉が言った。

 宝玄仙は意識の中に埋もれた。

 

 

 *

 

 

 肛門に違和感があった。

 いや、お腹にも……。

 

「ひいっ──な、なにこれ? な、なにをしたの、これは?」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 周りの男たちが一斉に笑った。

 

 宝玉は台の上には載らされてはいたが、宝玄仙がされていたように、台の上に道術で磔にはされていなかった。

 その代わり、左右から身体を押さえられて、うつ伏せにうずくまる姿勢にされていた。

 そして、お尻になにかが挿さっている。

 

 さらに異常なほどの腹痛──。

 この感触は、意識を失っている間に、大量の浣腸をされたのに違いない。

 しかも、肛門になにかを挿入されて塞がれている。

 

 覚醒と同時に、猛烈な便意が宝玉を一気に襲っていた。

 しかも、焦らし責めを続けられた異常なほどの淫情に襲われている。

 

 いきたい……。

 

 もう少しで昇天することができるのに、それが直前で止まっている。

 

 苦しい……。

 なにが苦しいかわからない。

 

 便意が苦しい……。

 火照りきった身体が苦しい……。

 発散できない快感が苦しい……。

 

「こ、こんなの酷いわあ──。か、厠に……厠に行かせて──」

 

 宝玉は、台の上で身体を暴れさせた。

 その宝玉を兵が支える。

 

「どうします、有来有去様? 厠に連れて行ってくれと言っていますけど?」

 

 兵のひとりがげらげらと笑いながら言った。

 激しい腹痛に泣き叫びながら、宝玉は正面に立っている有来有去を見た。

 周囲の兵は苦しみに悲鳴をあげる宝玉を笑っていたが、有来有去は真顔だった。

 驚いたような表情をしている。

 

「誰だ、お前?」

 

 有来有去は呟くように言った。

 

「ほ、宝玄仙よ──。な、なに言っているのよ。お、お願いよ。からかわないで。気を……気を失っている間に浣腸をしたのね。しかも、栓まで──。あ、あんまりよ──」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 

「宝玄仙?」

 

 有来有去は首を傾げている。

 どうやら、宝玄仙が消えたことと、宝玉が出現したということには悟ったが、それがひとつの身体にふたつの人格が宿っているということに結びつかないようだ。

 途方に暮れた顔をしている。

 だったら、途方に暮れさせればいい。

 

「ひとつの身体に、ふたつの人格だと……?」

 

 有来有去が言った。

 そうだった……。

 この男は、この身体に淫情を溜めさせることで、心を読むのだ。

 だから、宝玉が考えたことは筒抜けになってしまう。

 

「そういうことか……」

 

 有来有去は納得がいって微笑んだ。

 

「まあいい、じゃあ、ふたり揃って屈服させるだけだ」

 

 有来有去が宝玉にぎりぎりまで顔を寄せてささやいた。

 

「外に連れて行け。こいつに、女囚の大便について躾けてやれ」

 

 賽太歳は言った。

 宝玄仙は兵たちによって、台から下ろされた。

 

 どうやら、どこかに連れて行かれるらしい。

 宝玉は、兵たちに縄尻を取られて歩かされながら、有来有去の前を通り過ぎた。

 有来有去にちらりと視線をやる。

 

 この男が賽太歳という妖魔と結びついている……。

 それは、なにかの手札として使えないだろうか──。

 そう考えた。

 

 いきなり、宝玉の顎が力いっぱい握られた。

 そのまま顔を壁に叩きつけられる。

 

「ひいっ」

 

 宝玉は、首縄で両手首を頭の後ろで縛られている。

 なんの抵抗もできずに、力一杯身体と横顔を壁に叩きつけられた。

 

「お前、どうして、それを……」

 

 有来有去が怖ろしい剣幕で睨んでいる。

 それで、はっとした。

 

 また心を読まれた。

 宝玉が有来有去と賽太歳の関係を考えてしまったために、その思念を有来有去は読んだのだ。

 

「どうやら、後五日で、本当に屈服させる必要がありそうだな。公開の刑場であらぬことを叫ばれても困るしな」

 

 有来有去が、宝玉の顎を掴んだまま、はっきりと言った。

 

「連れて行け。大便をしたら水で尻を洗ってやって、ここまで連れて来い。今夜は、徹底的にやるぞ」

 

 有来有去が宝玉から手を離した。

 次の瞬間、怖ろしい衝撃が肛門に加わった。

 

「ひぎゃあああっ──や、やめてえええぇ──あぎいいいっ──」

 

 宝玉はその場に崩れ落ちた。

 肛門に施された栓が強い振動をしながら回転し始めたのだ。

 浣腸液の充満した直腸をぐるぐると肛門栓の霊具で拡散される苦しみはたとえ用がない。

 

 快感ではない。

 あるのは、耐えられない苦痛だけだ。

 しかも、気絶さえも生易しさすぎると言わんばかりの衝撃的な痛みが走る。

 宝玉は泣き叫んだ。

 無理矢理に縄で引き起こされて歩かされる。

 

「これで尻の張形を操作できる。なにも喋ることができないくらいにいたぶり続けろ」

 

 有来有去がなにかの板の様なものをひとりの兵に渡しながら言った。

 宝玉は、首縄を引っ張られながら、軍営の廊下を裸足で歩かされた。

 さすがに肛門に挿さって栓になっている張形を動かされながら歩くのは無理だった。

 兵たちが周囲を取り囲み、張形を動かされてうずくまり泣く宝玉を無理矢理に立たせて歩かす。

 

 だが、すぐに宝玉はどんなに縄を引っ張られても立てないようになってしまった。

 それで、やっと張形をとめてもらったが、それは少しの時間だった。

 しばらく進むと、また、張形を動かされる。

 そして、宝玉は振動による苦痛に泣き叫ぶ。

 

 どこをどう進んだのかわからなかった。

 迷路のような廊下を歩き、幾つもの階段をやっと昇りきると、いきなり明るい陽射しが宝玉を襲った。

 軍営の庭に出たのだ。

 

 捕縛した罪人を監禁して取り調べをする兵舎は、軍営全体の隅にあるようだった。

 遠くには、幾つかの兵舎の建物と、訓練をする隊の姿も見える。

 いまは朝なのだろうか──。

 

 そんな軍営を横切りながら、宝玉は、何度も張形を振動させられて、転びながら歩かされる。

 汗びっしょりの身体にまとわりついた土で宝玉の身体は泥だらけになった。

 しばらくいくと厠の並んでいる場所にやってきた。

 宝玉が足早にそこに向かうと、ぐいと縄を曳かれて引き戻された。

 

「ひいっ」

 その場に倒れる。

 

「どこに行くんだ。そっちは、兵用の厠だ。お前は、そこだ──」

 

 兵たちが、厠のそばの土を示した。

 そこには、小さいが深い穴が掘ってあった。

 

「そ、そんな、厠で……厠でさせてくれてもいいじゃない──」

 

 宝玉は悲痛な声をあげた。

 

「つべこべ言うんじゃない。まだ、外でさせてもらえるのはありがたいと思え。普通は、罪人の便など、そのまま垂れ流しだ。お前は、まだ、訊問が続くから、特別に外でさせてもらえるんだ。部屋が臭いと俺らが溜まらねえからな」

 

 そう言われながら、無理矢理に、穴の上にしゃがませられる。

 もう、口を開くのも苦しい。

 

「勘忍……勘忍を──」

 

 宝玉は言っていた。

 だが、突然、また肛門の張形が振動しはじめる。

 宝玉は悲鳴をあげてその場に崩れた。

 

 なにかがかちりと音がした。

 肛門栓となっていた張形が弾け飛んだ。

 外に飛び出しても振動を続ける張形が地面に飛んでいくのと同時に、肛門から汚物が一気に吐き出された──。

 

 

 *

 

 

 有来有去は、宝玉と兵が去った地下牢の訊問部屋で、連中が戻ってくるのを待っていた。

 壁がこつこつと叩かれた。

 

 有来有去は、音がした壁の隠し扉を操作する留め具を動かした。

 壁だった場所が左右に開いて、中に小部屋が登場した。

 そこに春嬌が座っていた。

 

「時間はないよ、姉さん──。退屈だったら、『移動術』で俺の屋敷に戻るといい」

 

「退屈はしないわよ、有来有去。あの気の強そうだった宝玄仙が哀れに泣き叫ぶなんて、いい見世物だったわ。わたし、ぞくぞくしちゃった。やっぱり、獬豸(かいち)洞に連れて行かせてよ」

 

 春嬌は言った。

 

「さっきのは、宝玄仙じゃないよ、姉さん。どういうことかわからないけど、あの宝玄仙の身体には、別の人間も存在している。それが顔を出したんだ」

 

 すると春嬌が目を丸くした。

 

「へえ……。まあ、それはいいわ。だったら、尚更よ。そういう不思議な女を調教してみたいわ。どうせ、道術は賽太歳に奪わせたんだし、人格がひとつであろうと、ふたつだろうと無力な存在なんでしょう?」

 

「そうはいかなくなった。五日後の処刑は、予定通りに行わなければならない。俺たちと賽太歳の関係を悟られた。心を読んでわかったんだ。どうやら、賽太歳が消える直前に、姿を見られてしまったようだ。それで、俺と妖魔との関係を悟ったようだ。姉さんと賽太歳との関係とも結びつけてね」

 

「へええ」

 

 春嬌は気のない返事をした。

 どうでもよさそうな口調だ。

 

「こうなったら、五日間でなにがなんでも屈服させるしかない。処刑場に連れて行き、いきなりいろいろと叫ばれても困る。屈服させて黙ったままそのまま死んでもらう」

 

「公開処刑の前に、ここで殺せばいいじゃない」

 

 春嬌はあっさりと言った。

 

「それは最後の手段だよ、姉さん。近衛軍の連中からは、宝玄仙の取り調べは、向こうでやるから身柄を渡せとしつこく迫られている。道術遣いは、道術師隊が訊問する決まりだから突っぱねてはいるけどね……」

 

「なによ、それ」

 

「向こうも、いろいろと情報を持っている。もしかしたら、長女金を逃がした者ということで、宝玄仙を調べれば、金聖姫の行方について、なにかがわかるかもしれないと思っているのかもしれない」

 

「だったら、尚更、宝玄仙は殺さねばならないわ」

 

 春嬌は言った。

 

「どうしても引き渡すしかなくなればそうする。でも、一番いいのは、このまま五日後に死んでくれることだ。近衛軍の連中が、金聖姫の行方を知っているかもしれない女だから引き渡せと言っている罪人をこっちで取り調べをしている最中に殺せば、ほかの情報と結びつけて、俺が証拠隠しをしたのだとされるかもしれないんだ」

 

 この宮廷府において、新参者の有来有去は、病に伏せがちの国王に信頼されて、かなりの権力を持っているが、その代わりに多くの敵がいる。

 最大の勢力は近衛軍だ。

 近衛軍は、数年前から有来有去の支配する道術師隊に得体の知れないものを感じているらしく、なにかにつけ敵対する。

 今回の宝玄仙のことでも、連中は異常なほどにしつこく、引き渡しを迫っていた。

 

「近衛軍の連中が、なんと言おうと関係ないわよ。誰もかれも、人間なんて殺せばいいのよ」

 

 春嬌は怒鳴った。

 

「大きな声を出さないでくれよ、姉さん──」

 

 有来有去は宥めた。

 このところ、春嬌は感情の起伏が激しくなり、すごく扱い難くなった。

 憎しみ抜いている人間の近くで暮らしているということが、彼女をそうさせているのかもしれない。

 

 それで、二年前、賽太歳とも相談して、人間の女道術導師としてすごさせていた宮廷府から獬豸洞に引き揚げさせたのだ。

 あのまま、善良で国王に忠実な女魔導師の演技をさせていたら、どこかで春嬌は暴発していただろう。

 春嬌の人間嫌いは、ほとんど病気に近い状態になっていた。

 

「とにかく、ここは任せてくれ、姉さん。宝玄仙は、必ず堕としてみせる。堕としさえすれば、近衛軍に渡そうと、そのまま処刑しようと同じだ。それができなければ、おかしなことを喋れないように殺す。でも、その場合は、俺の立場は、かなり微妙なものになるからなるべく避けたいんだよ」

 

 有来有去は言った。

 

「お手並み拝見といくわ。でも、殺す必要があれば、わたしに言ってよね。血を見ることの嫌いなあんたの代わりに、わたしがあの女を殺してやるわ」

 

 春嬌は消えた。

 『移動術』だ。

 ほとんど道術を遣いこなせない春嬌が唯一普通に遣える道術だ。

 

 春嬌、有来有去、賽太歳の三人の兄弟は、なぜか歳が若くになるにつれて、霊気が大きくなり、見た目も人間から離れていく。

 賽太歳の霊気は天井知らずだが、見た目は妖魔そのものだ。

 

 それに比べれば、春嬌などは霊気は低いし、見た目も人間の女そのものだ。

 感情の起伏の激しさも、人間の女そのものだと思う。

 有去有去は、ふたりの中間だ。どちらかというと春嬌に近く、彼女同様に、見た目は人間族で、術も限定的だ。

 あの化物じみた術を扱う賽太歳には、まったく足元にも及ばない。

 

 いずれにしても、これで宝玄仙を屈服させるということが非常に重要なものになった。

 まあ、宝玄仙の身体の人格がひとつであろうと、ふたつであろうと関係ない。

 最初の予定のとおりに、三日もあれば足りるだろう。

 

 有来有去は、春嬌が隠れていた部屋を閉じると、大便をして戻ってくるはずの宝玄仙に施すための責め具を準備し始めた。



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280 三美女奉仕

「ああいう男もいるんだねえ。あたしは、正直、戸惑っているよ」

 

 湯の中の孫空女が小さな声で言った。

 いまは、湯の外にいる沙那は小さく頷いた。

 陳達(ちんたつ)という男がひとりで暮らしている家の湯船だ。

 

 驚いたことに、この朱紫(しゅし)国では平民の家にも湯船があるというのが普通であり、ひとり暮らし陳達の家にも身体を洗うための場所とお湯に浸かるための湯船があるのだ。

 もっとも、さすがに湯船は小さいので、ひとりずつしか入れない。

 交替で身体を洗いながら浸かり、いまは、孫空女が入っている。

 沙那と朱姫は、湯船の外だ。

 

 湯船の外でも蒸気のたちこめた洗い場にぼんやりと座っていると、気持ちよくてなにもかもすべて忘れてしまいそうだ。

 だが、こうしている間にも、宝玄仙は惨い目に遭っているかもしれない。

 どうやって救いだすか考えなければならない。

 

「それは、あたしたちのために、わざわざ、朝から湯船にお湯を溜めてくれたからですか、孫姉さん?」

 

 朱姫が笑って言った。

 

「そういうことだね。これだって、かなり大変だよ。荷駄馬車があるとはいえ、城郭の水場までいって、大きな水桶で十杯は汲んできていたよ。それを運んで、ここに水を溜めて、そして、薪を焼いて湯を温めてくれた……。ここにやってきて、今日は、店を開けるのはやめたとか言って、なにかをやりだしたから、なにをしているのかなあ、とは思ったけど、まさか、あたしらのために、湯を沸かしてくれていたとはねえ……。てっきり、家に着いたら、すぐにあたしらを抱くのかと思ったのにね」

 

 孫空女が、気持ちよさそうにぐったりと身体を湯に沈めた。

 

「優しいということ?」

 

 沙那は言った。

 

「そうだ……。それだよ。優しいだよ。ぴったりの言葉が思いつかなかった。男に対して優しいだなんて、生まれて初めて思ったからね」

 

 孫空女はなおも言った。

 

 昨夜、隠れていた郊外の家を城郭軍の襲撃を受けた。

 宝玄仙は捕えられたが、三人はなんとか逃亡することに成功した。

 その代わり、素っ裸だった。

 そこで街道まで出て、たまたま、荷駄馬車で通りかかった陳達と出遭って、助けてもらったのだ。

 

 最初は、襲うつもりで、三人で陳達の荷駄馬車の前に立ちはだかったのだが、思いのほか親切な男で、強盗に襲われたと嘘をつくと、積んでいた衣類の荷から服を与えてくれて、さらに、城郭の中まで荷駄に載せて連れて行ってくれた。

 お陰で、城門の兵に見咎められることなく、朱紫国の国都に入ることができた。

 

 陳達の家でしばらく世話をしてもらうことになり、やってきたのは、城郭でも衣類を商う店が並ぶ一角だ。

 そこに陳達の店があり、店の裏には、陳達がひとりで暮らすためのこの家と荷駄馬車を管理するための庭もあった。

 庭には、小さな畠もあり、野菜などが作られていた。

 佇まいなどを眺めると、陳達がとてもきちんとした人で、働き者であることがわかる。

 ちらりと覗いたが、小さいが店の中も整然としていて、売り物の古着などがきれいに並べられていた。

 

 陳達は、荷駄馬車を家の裏につけると、沙那たち三人を家の中に通した。

 手配されている可能性のある自分たちなので、城郭を歩き回るわけにはいかない。

 とりあえず、隠れるように家に入った。

 

 陳達は、荷をおろすと、そのまま、どこかに荷駄馬車で出掛けていった。

 三人が軍に手配されているということは、陳達に伝えてあったから、そのまま軍に密告されることを怖れて、沙那はそれを止めようとした。

 しかし、孫空女がそれを制した。

 信用すると決めたら、とことん信用すべきだと言うのだ。

 

 沙那は心配だったが、やがて戻ってきた陳達を見て、沙那は彼を疑った自分を恥じた。

 陳達は、沙那たち三人のために、当座の食料と、そして、湯を沸かすための水を運んでくれたのだ。

 山の中を走り回った三人の身体は、随分と汚れていたようだ。

 それで気を使って身体を洗うために湯船に湯を溜めてくれたのだ。

 

 いま、陳達は、食事を作ってくれているようだ。

 孫空女ではないが、女のためにこんなに動いてくれる男は、沙那もほかに知らない。

 しかも、沙那たち三人は、さっき出遭っただけの見知らぬ女なのだ。

 

「それにしても、大きな鼻でしたね。びっくりしました」

 

 朱姫が思い出すように言った。

 陳達の鼻ことだ。

 巨大で醜悪なできものが浮かんだ鼻が陳達の顔の前にぶらさがっていた。

 

「ああ……。そう言えば、あたしらをここに匿ってくれると決まってから、何度も鼻のことをぶつぶつ言っていたよねえ。あれは、自分の鼻のことをちょっと気にしているのかなあ?」

 

 孫空女だ。

 

「気にしているんじゃない。まあ、けっして見てくれがいいとは言えないしね」

 

 沙那は言った。

 おそらく、気にしているどころじゃないだろう。

 陳達はあの醜い鼻のことで相当に劣等感を持っている。

 

 三人が軍に手配をされていることを白状し、匿う代わりに、三人の身体を自由にしていいと申し出ると、同意はしたが、その後、自分の鼻のことをぶつぶつと言いはじめたのだ。

 

 初めは、なぜ、鼻のことを喋るのかわからなかったが、どうやら、陳達は自分が醜い鼻をしているので、三人を抱くのは憚られるというような思いを感じているようだった。

 沙那は驚いたが……。

 

「さてと……、じゃあ、そろそろ出ようか。それで、これからどうする、沙那?」

 

 孫空女が湯船の外の沙那と朱姫に身体を向けた。

 

「とりあえず、情報収集──。襲撃された理由が、わたしたちのやった結界牢破りだとして、あれだけ軍が動くということは、それは相当の罪なんだと思うわ。だけど、陳達さんによれば、罪人の処刑は、立て札で告示され、しばらく晒されてから公開で行われるということじゃない。だから、少なくとも、まだ数日は余裕があると思うわ」

 

「だけど、あたしらは動き回れないよ、沙那。きっと手配されている。顔までわかっているかどうかは知らないけど、長女金(ちょうじょきん)が捕えられているとして、さらにご主人様の連れていかれたんだ。少なくとも、あたしらの特徴くらいはわかっているんじゃないのかなあ」

 

「その可能性は高いと思うわね」

 

 沙那は言った。

 

「陳達さんにお願いすればいいじゃないですか。さっき、店を覗いたときに、仕立ての途中の軍服もありましたよ。きっと、軍に出入りもできるんですよ」

 

「でも、朱姫、無関係の陳達さんをこれ以上、わたしたちのことに巻き込むなんて……」

 

 沙那は迷っていた。

 無関係の陳達をどれだけ巻き込んでいいかということだ。

 だが、なんとか城郭には入れたものの、宝玄仙を救出するためには、宝玄仙がどういう状況にあるかを調べなければならない。

 軍営のどこにいて、どのような状況であるかということを探らなければ、策など立てようもないのだ。

 

 しかし、沙那たちは手配されている可能性があり、動き回るわけにはいかない。

 朱姫の『変化の指輪』も、朱姫専用なので三日は遣えない。

 確かに、陳達に協力を受けることができれば、少しでも宝玄仙の情報がわかるかもしれないし、救出の手段も見つかるかもしれないのだが……。

 

 そのためには、陳達を軍に追われるかもしれない騒動に巻き込むことになる。

 陳達の店や家を眺めれば、陳達が犯罪などの無縁の働き者であり、誠実でつつましい生活をしている男であることはよくわかる。

 

「でも、それしかないわね……。陳達さんを三人で籠絡するのよ」

 

 やがて、沙那は言った。

 陳達を引き込む。

 なんとかして、絶対的な協力者にする。

 宝玄仙を救うためだ。

 沙那は腹をくくった。

 

「籠絡って、なにさ?」

 

 孫空女だ。

 

「手なずけて、思い通りにすることよ。陳達さんには、悪いと思うけど、ご主人様を救うためよ。最終的には、事情を打ち明けて協力してもらいましょう」

 

「でも、『縛心術』はまだ、遣えませんよ、沙那姉さん」

 

「朱姫、『縛心術』は必要ないわ。まだね……。たらしこむのよ」

 

「たらしこむ?」

 

「そうよ、孫女──。わたしたち三人でやるのよ。陳達さんを引き込むのよ。この身体で」

 

「身体ねえ……」

 

 孫空女は嘆息した。

 

「じゃあ、朱姫、お願いよ。どうやったらいいか、指示して」

 

 沙那は朱姫に視線を向けた。

 

「あ、あたしですか?」

 

 いきなり振られて朱姫は戸惑っている。

 

「そうよ。これについては、朱姫が指示してよ──。どうやったら男の人は悦んで、どうしたらわたしたちの虜になってくれるのか教えて」

 

「あ、あたしだって、男の人は苦手です、沙那姉さん」

 

「でも、わたしや孫空女よりは、遥かにましでしょう?」

 

 沙那は言った。

 朱姫は、沙那や宝玄仙と出遭う前、分限者の家の娘を性の技でたらしこんでいた。

 いいなりにして宝玄仙を襲う手助けをさせていたのだ。

 結局、宝玄仙にあっさりと見破られて、沙那たちと同じように供にさせられたが……。

 性の手管で引き込むというのは、女も男も変わりはないだろう。

 

「男を虜にする方法って言われても……。とにかく、沙那姉さんなんか、普通に身体を許せば、みんな虜になりますよ。沙那姉さんみたいに、なんでも気持ちよくなって、よがってくれる女なんか滅多にいないですよ。男の人というのは、本質的に女を征服したいんです。沙那姉さんみたいな綺麗で強い人が、自分の手管に酔ってくれるなんて、男の人にとっては嬉しいはずです」

 

「そんなこと……」

 

 褒められているのか、けなされているのかわからない。

 複雑な気持ちだが、普通に抱かれればいいと言われても、どうしていいかわからない。

 

「とにかく、三人でいつものように奉仕すればいいんじゃないですか? ご主人様にやっているみたいに」

 

 朱姫は言った。

 

「ご主人様だと思えばいいんだね、朱姫」

 

「そうです」

 

 孫空女の言葉に朱姫がしっかりと頷いた。

 

 

 *

 

 

 絶世の美女と美少女が三人──。

 

 陳達は落ち着かないでいた。

 とりあえず、簡単に食べられる肉饅頭を準備した。

 なにをしでかしたのかはわからないが、軍に追われているという彼女たちだから、しばらくは出歩くことはできないのだろうと思い、数日分の食料と飲み物も確保した。

 

 女をこの家に招くなど、初めてのことだ。

 なにをどう準備していいかわからずに、とりあえず、思いつくことをやったが、することがなくなると急に落ち着かない気持ちになった。

 

 娼婦でさえも敬遠する醜い顔の陳達だ。

 それにもかかわらず、家に匿うだけで、陳達に身体を許してもいいという……。

 あれは本当の言葉だろうか。

 

 有頂天になっていたが、こうやって冷静になってみるとそんなことは考えられないように思う。

 いくらなんでも、ただ、家に匿うだけで、あんな美女が三人も、陳達に身体を許すなんてありえないだろう。

 あの三人がからかったということではなさそうだが、自分はなにかを勘違いしたに違いない。

 

 あり得るわけがないのだ。

 女が抵抗なく陳達に身体を許すなど……。

 

 身体を提供すると彼女たちが言ったことなど忘れろ──。

 陳達は自分に言いきかせた。

 

 湯船に通じる廊下から彼女たちが戻ってくる気配がした。

 脱衣する場所に、着替えの服と身体を拭く布。そして、女用の下着まで準備しておいた。

 彼女たちはわかっただろうか。

 服の仕立てと古着を売る商売をやっているので、衣類には事欠かない。

 女の下着には、大きさや種類もいろいろとあるから、選択できるように数種類ずつ置いておいた。

 

「失礼します」

 

 部屋の外から声がした。

 沙那という女の声だ。

 三人の中の力関係では、沙那がなんとなく、全員を仕切っているように感じる。

 ただ、孫空女という女性も、要所を締めるような感じで沙那を助けている。

 年齢が低い朱姫は、ふたりの妹分という感じだ。

 短い時間だが、陳達はそう三人を観察していた。

 

 戸がからりと開いた。

 ぎょっとした──。

 

 入ってきた沙那は全裸だった。

 服がわからなかったわけじゃない。

 陳達が準備した衣類や下着は手に持っている。

 沙那だけじゃない。

 続いて部屋に入ってきた孫空女も、朱姫も同じだ。

 三人とも服を着ずに、手に持って入って来たのだ。

 

 困惑して声の出ない陳達の前に、裸の三人が正座をして並んだ。

 手に持っていた服は、それぞれに身体の後ろに置いている。

 三人が床に手を置いて、頭を床につけた。

 陳達はびっくりした。

 

「陳達さん、わたしたち三人を助けてください。お願いします」

 

 頭をさげたままの沙那が言った。

 

「あ、あ、あ……」

 

 陳達はいきなり裸で土下座をしている三人に度肝を抜かれて、言葉が喋れないでいた。

 そして、馬鹿みたいに口を開けたまま、言葉にならない声を出した。

 

「お願いだよ。あたしら困ってるんだ。あたしたちの女主人を助けだすことに協力してよ、陳達さん」

 

「三人でご奉仕します。なにしても構いません。お股でも、お尻でも、口でもどこでも使えます。その代わり、あたしたちを助けてください」

 

 頭を床につけたままの孫空女と朱姫もそれぞれに言った。

 

「お、俺にできることはなんでも……」

 

 陳達はやっとのこと口を開いた。

 すると三人が一斉に顔をあげて破顔した。

 

「ありがとうございます」

 

 同時に声をあげた。

 そして、三人がいきなり立ちあがって、陳達に群がった。

 度肝を抜かれた。

 

 朱姫が陳達の口に唇を近づけて……、そして、重なった。朱姫の舌が陳達の口の中に入ってくる。

 陳達の唾液を吸っている。

 朱姫の舌は、陳達の舌や歯の裏、歯茎など口中のあらゆる部分を舐め回っている。

 

 陳達は驚愕していた。

 朱姫の積極的な口づけにも、その気持ちよさにもだ。

 

 自分の口の中に快感を覚える場所があるとは知らなかった。

 しかし、朱姫の舌は、陳達が気持ちいいと思う場所を探し出すように動き回る。

 そして、陳達が反応し鼻息を荒くすると、そこを中心に責めてくる。

 陳達はあっという間に翻弄され始めていた。

 

「ふ、服を脱がせますね」

 

「か、下袴と下着も脱ぐだろう? 腰をあげてくれるかい?」

 

 沙那は上半身、孫空女は下半身について、陳達の衣類を脱がせかかる。

 陳達はどうしていいかわからず、されるままになっていた。

 三人の裸の肌が陳達の鼻と肌を刺激する。

 あっという間に陳達も生まれたままの姿になった。

 

「ほ、奉仕するね……。あ、あんまりうまくないかもしれないけど許してよね。やって欲しいことがあったら言ってよ。なんでもするから」

 

 孫空女がすでに勃起している陳達の怒張を口で咥えた。

 孫空女の口の感触が肉棒を通じて伝わっている。

 陳達は、思わず声をあげた。

 

「沙那姉さんに触ってあげてください、陳達さん。もちろん、あたしでも、孫姉さんでもいいです。どこをどうしてもいいですよ」

 

 朱姫が一度口から唇を離して、耳とでささやく。

 

「ほ、本当になんでも言ってください。正直に言うと、わたしたちは、こうやって男の人に奉仕したことないんです。なにをどうしていいのか……」

 

 沙那が自分の乳房を陳達の乳首に擦りつけてくる。

 あっという間に沙那の身体は赤く火照り、全身に汗を滲ませ始めた。

 沙那が悶えながらも、乳房を陳達の全身に擦りつける。

 

 陳達は、朱姫と沙那に抱えられるように横倒しになった。

 その間も陳達の怒張に対する孫空女の奉仕は続いている。

 孫空女が鼻孔を膨らませながら、懸命に肉棒を舐め回す。

 

 これはどういう状況なのだろう──。

 

 陳達はいま起きていることがまったく理解できないでいた。

 醜い顔の陳達が眺めることも憚られるような美女三人が、陳達に奉仕しようと裸身を擦りつけ、陳達の全身を愛撫している。

 積極的ではあるが、商売女のような場馴れした感じはない。

 彼女たちの困惑と羞恥と恥じらいもしっかりと肌を通じて伝わってくる。

 この三人が心からの奉仕を陳達にしようとしているのはわかる。

 

 だが、そうまでしてくるのだから、ただ事ではないことを陳達に求めるのかもしれない。

 まあ、それでもいいか──。

 陳達は思った。

 

 命をくれと言われれば、くれてやろう。

 こんなにしてくれる彼女たちのために──。

 陳達は心から思った。

 

 それにしても、これは現実のことか……?

 夢ではないのか……?

 

「さ、触っていいのか……?」

 

 陳達は、いまは身体の上に乗り、陳達の身体中に舌を這わせている沙那の股間に手を伸ばしながら言った。

 

「さ、触ってください」

 

 沙那が叫ぶように言った。

 陳達は、沙那の股間に手を差し伸べて、息づいているような女の花びらの合わせ目に指を這わせた。

 

「あふうっ──」

 

 沙那の身体が跳びはねた。あまりの反応の良さに陳達がびっくりしてしまう。

 そのまま指を亀裂に合わせて動かし、亀裂の先端の肉豆に触れる。

 沙那が稲妻にでも打たれたかのように大きな声をあげて陳達にしがみついてきた。

 

「ねっ、陳達さん、沙那姉さんは面白いでしょう? どこをどう触っても、こんなのですよ。凄く敏感なんです。なんどもいかせてあげてください」

 

 朱姫が悪戯を教えるように言った。

 そして、沙那に代わって舌を陳達の全身に這わせてくる。

 

 上手だ──。

 

 なにがどう違うのかわからないが、朱姫が全身を舐め回し始めると、たちまちに快感が陳達に襲ってくる。

 孫空女が一心不乱に舐めあげては吸っている肉棒に淫情が集中する。

 

 陳達は快感を覚えながらも、沙那の股間への刺激を続けた。

 沙那は陳達の指先に敏感に反応し続けて、どんどん股間から果実を溢れ出させている。

 はっきりとした興奮を沙那から感じた。

 沙那の喘ぎ声が激しくなる。

 陳達は、そのまま花芯を責めたてた。

 

「ああ……そ、そんな……いくっ──いきます──」

 

「沙那姉さん、勝手にいっちゃ駄目ですよ。陳達さんにお願いしなきゃ」

 

 朱姫が微笑みながら言った。

 さっきまで大人しくしていた朱姫が、今度は一転して仕切っている。

 この三人はそういう役割分担もしっかりしているようだ。

 

「ち、陳達さん──ああ……い、いくうっ──いきますっ──」

 

 大した刺激をしているわけでもないのに沙那はもう切羽詰ったようになっている。

 沙那が陳達の身体の上で身体を仰け反らせた。

 

 孫空女が肉棒から口を離し、すでに絶頂寸前の沙那の股間をそこに座らせた。

 

「ほら、沙那姉さん、陳達さんのをもらってください」

 

 朱姫ご促して、仰向けで寝そべっている陳達の身体に沙那が跨る。

 そして、すっかりと濡れている沙那の女陰がそそり勃っている陳達の肉棒にどんと挿さった。

 

「あひいっ──」

 

 その衝撃で達したらしく、沙那が身体を大きく仰け反らせて身体を震わせた。

 そして、身体を支えてもらいたいかのように陳達に手を伸ばす。

 陳達は沙那の両手をがっしりと握った。

 

「き、気持ちよかったです、陳達さん……」

 

 沙那が甘い息を吐きながら微笑みかけた。

 思わずぞくりとするような美しさだった。

 

「で、でも、陳達さんは、まだですよね……。こ、これからどうしたらいいのかなあ……」

 

 床に仰向けに寝そべっている陳達の腰にしっかりと跨って、股間で陳達の性器を咥えながら、沙那が朱姫に視線を向けた。

 

「ご主人様に教えてもらったようにやればいいんですよ。胡瓜(きゅうり)ですよ──」

 

 胡瓜……?

 なんのことだろう……?

 

「あっ、そ、そうね」

 

 まだ陳達の腕を掴んだままの沙那がいきむような表情になった。

 

「おおう」

 

 陳達は呻いた。

 沙那の女陰が陳達の肉棒を搾り取るように伸縮し始めたのだ。

 もの凄い快感が襲ってくる。

 

「うあっ」

 

 あっという間に沙那の中に精を放った。

 そのとき、陳達は、沙那に突き刺すように腰を跳ねあげた。

 驚いたことに、沙那はたったそれだけの刺激に耐えられずに、二度目の絶頂を陳達の上でやったのだ。

 

「ご、ごめんなさい……。わ、わたしばっかり……。ほ、奉仕しなきゃいけないのに……」

 

 陳達の身体から降りた沙那が、申し訳なさそうな表情で陳達に言った。

 

「つ、次は、孫女がやったら……?」

 

 沙那が孫空女に視線を向ける。

 

「沙那、男の人は、そんなに続けてはできないよ。ゆっくりやらなきゃ」

 

「そういうものなの?」

 

 孫空女と沙那がそんなことを言い合っている。

 性に馴れているのか、馴れていないのか不思議な女たちだ。

 

「じゃあ、沙那姉さん、沙那姉さんの中に精を入れくれた陳達さんのものを綺麗にするんですよ」

 

 朱姫が命令するように沙那に言った。

 

「う、うん」

 

 沙那は言われるまま、精を放って少しだけ柔らかくなった陳達の一物を舌で舐めはじめた。

 これだけの美女が陳達の性器を嫌な顔ひとつせずに、奴隷のように奉仕している……。

 そう思っただけで、すぐに陳達のものは元気を取り戻す。

 

「げ、元気になったね……。じゃあ、次はあたしがいい? それとも、朱姫にする?」

 

 沙那の奉仕を横で見ていた孫空女が陳達に視線を向けた。

 朱姫も陳達の返事を待つように陳達をじっと見る。

 

「じゃあ、孫空女殿を……」

 

 陳達は言った。

 すると、くすくすと孫空女が笑った。

 

「あたしなんかに、“殿”なんかおかしいよ。呼び捨てにしてよ──。それで、あたし上になるの、それとも、下?」

 

 孫空女が真剣な表情をした。

 一度精を放って冷静になると、やっと陳達は彼女たちのことが少しずつわかってきた。

  彼女たちは、部分的には技巧も持っているが、基本的には受け身の性しかしたことがないのだ。

 だから、自分たちから積極的に動くということに馴れていないようだ。

 

 ここは、陳達が積極的に動かなければならないだろう。

 こんな醜い陳達に対して、本当に身体を開いてくれている彼女たちを少しでも満足させるために……。

 

「じゃあ、孫空女、下になるんだ」

 

「うん」

 

 孫空女が素直に床に身体を横たえた。

 陳達は、横たわる孫空女の裸身の横に胡坐に座ると、豊かな乳房と股間の亀裂に手を這わせた。

 

「ああ……」

 

 すぐに孫空女が悩ましげな声を出す。

 沙那と同じくらいに敏感な身体だ。

 陳達の愛撫で、孫空女の股間にもみるみる愛液が溢れてくる。

 

「しゅ、朱姫がお手伝いしますね……」

 

 朱姫が孫空女の頭側から覆いかぶさって、孫空女の乳首を口に含んだ。

 すぐに孫空女が大きく悶えだす。

 股間の愛液が太腿にべっとりと流れ落ちるくらいに垂れるくらいになった。

 

 しばらく愛撫を続けた。

 孫空女の乱れはかなり激しいものになった。

 陳達は孫空女の片方の太腿を抱えるように持ち抱えた。

 真っ赤に熟れている股間の中心にずぶりと怒張を突き立てる。

 

「うう……ああっ──」

 

 孫空女の喉が大きく仰け反った。

 孫空女は鍛えられた美しい肢体を弓なりに反らせて、狼狽の声を放つ。

 

「んんん……ああ……あうっ──ああ──」

 

 子宮を突き抉るように怒張を強く動かすと、孫空女は激しく身体を悶えだす。

 陳達はさらに強く怒張を孫空女の腰に叩きつけるように律動させた。孫空女の咆哮が大きくなる。

 

「ひぎいっ──。そ、そんな……あひいっ──」

 

 孫空女が仰け反りながら陳達の身体にしがみついた。

 びっくりするくらいに力が強い。

 陳達は顔をしかめた。

 

「孫姉さん、力抜いて──」

 

 孫空女の胸を責めていた朱姫が顔をあげて言った。

 

「ご、ごめん……ひぐうっ──」

 

 陳達の背中に喰い込んでいた指の力が緩まった。

 陳達は、激しく孫空女を責める。

 孫空女が絶頂に向かう動きになった。

 

「陳達さん、容赦なく責めていいんですよ」

 

 朱姫が陳達の顔を見て微笑んだ。

 言われなくてもそうするつもりだった。

 こんなにも気持ちよく感じてくれる女は初めてだ。

 こんな美女たちを陳達が思うままに、翻弄して気絶するくらいまで責めたててみたい。

 そんな激しい欲求が陳達の心に湧きだす。

 

 精を放ちそうになると怒張の動きを休めて少し待つ。

 余裕ができれば、また律動を開始する。

 一度精を放っているので、冷静に孫空女を責めることができた。

 

 驚いたことに、陳達の技程度の責めで、短い時間で孫空女は連続で達し続けた。

 やがて、ほとんど動かなくなった孫空女を抱き締めると、陳達はやっと精を孫空女の中に放った。

 

「じゃあ、また、沙那姉さん」

 

 孫空女の身体から離れると、朱姫があっけらかんと言った。

 

「えっ?」

 

 陳達が思わず声を出すと、朱姫の身体を沙那ががっしりと掴んだ。

 

「そんなわけないでしょう、朱姫──。あんたの番よ」

 

「で、でも、陳達さんが……」

 

「黙って、お尻を向けなさい。逃げようたってそうはいかないわよ。一日は長いんだから」

 

「そうだね。朱姫も陳達さんにやってもらおうよ」

 

 孫空女も起きあがって、沙那の反対側から朱姫を掴む。

 

「お尻だよ、お尻。お尻をやってもらいな」

 

「ええっ……。あたしはお尻なんですかあ」

 

 朱姫は苦笑いをしている。

 別段、嫌なわけでもなさそうだ。

 陳達は呆気にとられていた。

 

 それにしても、まだやるつもりなのか……。

 それに、いま、一日と言ったか……?

 

「まだ、いけるんなら、朱姫はお尻にしてあげてください、陳達さん。ちゃんと洗ってきましたから……。あっ、もちろん、わたしも、孫空女も……」

 

 沙那が恥ずかしそうに言った。

 

「もしも、少し、休むんなら、あたしたちが責め合うところを見せてもいいよ」

 

 孫空女も言った。

 

「なんでも、したいことや、させたいことを言ってください、陳達さん。わたしたち、なんでもやりますから」

 

 沙那が言った。

 確かにこれは夢に違いない──。

 

 だが、この夢のような出来事の代償として、自分はなにをやらされるのだろうか……。

 

 そんな不安がほんの少しだけ陳達を襲う気がした。



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281 追いつめられて[一日目(三)]

 恥辱を受けたいと思ったことは一度もない。

 ただ、宝玄仙に比べれば、恥辱に対して耐性があることは確かだ。

 屈辱からも快楽を感じることはできる。

 

 だが、愛のない被虐には苦痛しか感じない。

 絶頂を与えられない快感は、地獄そのものだ。

 宝玉は、その苦痛と地獄の中にいる。

 

 営底に掘られた穴に、周囲を兵に囲まれて排泄を許された宝玉は、羞恥で気が遠くなるような思いをしながら、その場で汚れた尻を洗われた。

 

 宝玉は、首に装着させられた絶頂禁止の霊具のために快楽を溜めた袋のような状態になっていたが、それを知っている兵は、発散できない快感に苦しんでいる宝玉の身体をわざと責めたてた。

 兵たちが、身体を洗う傍ら指や布で宝玉の敏感な部分をいじくりまわすのだが、両腕を首の後ろに縛られている宝玉には抵抗の方法がない。

 

 肛門深くに指を入れられて動かされながら、肉芽や乳首や女陰──。

 脇の下や背中、横腹……。

 とにかく、あらゆる部分を刺激される。

 激しい快楽に腰も砕ける程の淫情が暴れる。

 

 しかし、達したかと思うとその一歩手前に引き戻される。

 身体を洗われながら発散できない快楽に狂う宝玉を周りの兵が嘲笑らった。

 営庭の隅で、宝玉は裸身を躍らせながらひたすら泣き狂った。

 

 やがて、やっと最初の拷問部屋に戻された。

 有来有去(ゆうらいゆうきょ)は待っていた。

 

 床からせり出していた台はなくなっている。

 その代わりに一本の鎖が天井から垂れている。

 一度首縄を解かれた宝玉は、両腕を背中で組まされて後手縛りに拘束され直した。

 その縄尻が天井から伸びる鎖に繋がれる。

 そして、鎖が引き揚げられて、宝玉は部屋の真ん中に立たされた。

 

「もう、もう勘弁して……。首輪を外してよ──」

 

 宝玉は言った。

 この苦しみの原因がこれだ。

 これさえなければ、宝玉には、どんな仕打ちにも耐えられる。

 しかし、この首輪がある限り、限りない寸止めを味わなければならない。こ

 んなことを数日も続けられたら、ただ一度の絶頂のために、魂まで明け渡してしまいそうだった。

 

「そうだ。屈服しろ、宝玄仙──。屈服してしまえば、快楽が待っているぞ」

 

 宝玉の心を読んだ有来有去が愉しそうに言った。

 

「屈服するわ……。もう、している……」

 

 宝玉は呻いた。

 

「まだだな。俺には、お前の心の中の抵抗が読めるのだ。その気持ちがまったくなくなったときに、その首輪は外してやる。それまでは、いきたくてもいけない地獄を味わい続けろ。お前が焦らし責めには弱いのは、心を読み取ることでもうわかった。だから、その責めをやってやろう」

 

「ああ……」

 

 宝玉は、鎖に引き揚げられた身体を前に倒して歯噛みした。

 つらい……。

 

 身体には絶頂寸前のもどかしさのままの状態で快楽が荒れ狂っている。

 これをいつまでも続けられる。

 宝玉に恐怖が走る。

 本当に屈服させられる。

 

「そうだ。屈服しろ。屈服の向こう側は途方もない快感だ。お前の心から快楽の欲望以外のすべてが消えたとき、その苦しさから解放してやる」

 

 屈服……。

 

 それが甘美な言葉として宝玉に襲いかかる。

 

 屈服したい……。

 

 それですべてが終わる。

 この苦しみから解放される。

 

「お前たちはもういい。退がっていろ。ここから先の訊問は道術師隊だけでやる」

 

 有来有去が言った。

 軍の兵たちが部屋から出ていく。

 

「お前に面白い霊具を装着してやろう。尻の弱いお前には、ぴったりの霊具だぞ」

 

「も、もう、やめて……お願い……」

 

 ただでさえつらいのに、この身体に新たに責め苦が加えられる。

 それを考えただけで宝玉の身体に恐怖が走る。

 

「本来であれば、尻の快楽を引き出すための調教具なのだ。しかし、絶頂を寸止めするその首輪と組み合わせることで、耐えられない拷問具になる」

 

「な、なにをするのよ……」

 

 背後に回った有来有去がなにかの道具を操作している気配がある。

 しかし、腰を押さえられている宝玉には振り返ることができないでいた。

 

「はうっ」

 

 衝撃に思わず息を吐いた。

 筒のようなものが肛門に深々と入ってくる。

 肛門を責めるための張形だろうか。

 だが、ただの張形ではないことは、有来有去がただ先端を埋めただけのその棒状の霊具が、勝手に回転しながらずぶずぶと宝玉の肛門深くに侵入してきたことでわかる。

 

「はっ、はっ、はっ──」

 

 込みあがる快感に断続的な息が出る。

 浣腸で柔らかくほぐれているうえに、かつて闘勝仙(とえしょうせん)たちに受けた調教のために、宝玉の身体は簡単に尻でものを受け入れ、そして、そこから激しい快楽を絞り出すような身体にされている。

 

 張形がどんどん入ってくる。

 しかも、いまいましいことに小刻みな振動をしている。

 泣きたくなるような大きな淫情が宝玉を襲ってきた。

 

「そうか……。お前を調教したのは闘勝仙というのか。どんな男だ?」

 

 心を読まれた……。

 宝玉は歯噛みした。

 懸命に頭から闘勝仙のことを消そうとする。

 しかし、そう考えれば考える程にかつての調教の日々のことを考えてしまう。

 闘勝仙からの調教に耐えるために、宝玄仙というひとりの人格から、宝玄仙と宝玉に分かれたことも……。

 

「宝玉と宝玄仙か。もしかしたら、お前が宝玉か?」

 

 またしても──。

 

 有来有去は女が快楽に狂うことで心を読んでしまう。

 ならば、強制的な焦らし責めで、まったく快楽を発散させてもらえない宝玉の心は、いまや筒抜けの状態だろう。

 

 どうしたらいいのか……。

 このまま屈服するしかないのか……。

 

「こ、怖いわ……。これ、やめてよ」

 

 肉襞の中心を突き破るように張形が進んでいく。

 ゆっくりと奥に奥にと、振動と回転をしながら進んでいく。

 いったい、どれだけ進むのか──。

 

「これは装着された女の身体の限界を測りながら、その女に見合った深さと刺激を加え続ける霊具だ。いまは、まだ、お前の尻穴を調べている段階だが、随分と深くまで大丈夫なのだな。その闘勝仙という男は本当に徹底的にお前を調教したのだな」

 

 有来有去が言った。

 いま、有来有去はなにもしていない。

 霊具を装着することで、後は自動的に霊具が宝玉を責めたてるようになっているのか、天井からの鎖で吊られている宝玉の前側に箱を持ってきて、それを椅子代わりに座った。

 

 霊具はまだ体内深くに侵入を続けている。

 快感が込みあがってくる。

 感情のない霊具に責めたてられるというのも恥辱だ。

 

「あ、ああっ、ああああ……」

 

 自分の身体が機械の無表情さでどんどん深くまで抉られる。

 その恐ろしさに宝玉は、何度も悲鳴に近い哀願を繰り返した。

 

「最初に出現していた宝玄仙とお前は、随分と違うのだな、宝玉。お前の心には、素直な哀願や哀訴の感情がある。哀れに泣くことに躊躇いはないようだ。あの宝玄仙が哀訴をするときには、激しい悔悟と屈辱の感情が入り混じっていたが、お前の場合は、諦めのような心が一緒にやってくる。同じ身体にふたつの心というのは興味深いな」

 

「いい加減にやめてよ──。どこまでいたぶるのよ」

 

 宝玉は叫んだ。

 有来有去が大笑いした。

 

「まだ、なにも始まってはいないぞ、宝玉。さっきも言ったが、いまはまだ、お前の身体を調べているだけだ。本格的な責めはこれから始まるのだぞ──。何刻も続けてな」

 

 有来有去が意味ありげに微笑んだ。

 宝玉の背に冷たい汗が流れる。

 

 何刻も続けて……。

 

 その言葉が不気味に宝玉の心に突き刺さる。その間も尻に挿入された霊具は、まるで意思を持っているかのように静かに進み続ける。

 

 まるで腸の奥にまで達するかのような恐怖──。

 やがて、やっとぴたりと張形がとまった。

 張形はかなりの深さまで侵入している。

 息をすると肛門を抉られている圧迫感が腹に伝わるほどだ。

 

「随分と深くまで進んだものだな。これまでの女の中では最高記録だ、宝玉」

 

 有来有去が笑った。

 そのとき、衝撃が走った。

 

「はがああっ──ひひゃああ──こ、こんなの──」

 

 宝玉は絶叫した。

 限界まで侵入した張形が太くなったり細くなったりしながら大きな蠕動運動を始めたのだ。

 

「ああ……な、なにこれっ──やめてぇ──ひどい──むごいわあ──ああ、だめえぇ──だめようっ──」

 

 ただでさえ、限界深くまで入り込んで苦しいのに、その張形が暴れまわるのだ。

 さすがに堪らず、宝玉は泣き声をあげた。

 肛門全体から快感が絞り出される。

 

「んあああっ、あがああっ」

 

 宝玉は全身を仰け反らして吠えた。

 

「ああ……ひ、ひどい……いや……いやよう──いやあ、ああっ──」

 

 宝玉は泣き叫んだ。

 張形の先端が……、胴が……、根元が波のようにくねり続ける。

 腸の全体が振動と回転で抉られる。

 

「助けて……お、お願い……ひうううっ──あがああぁぁぁ──」

 

 宝玉は頭を振り、乳房を振って、有来有去に助けを求めた。

 今度は張形が蠕動運動をしながら後退しはじめた。

 しかも、菊の蕾の部分の根元がさらに振動する。

 宝玉は拘束された裸身を振り立てて恍惚の呻きをあげた。

 

 闘勝仙に開発され尽くした性感の源だ。

 そこを蹂躙されて身体の内側と外側から快感という快感を絞り出される。

 宝玉はよがり泣きながら、肛門を責められている腰を振り立てた。

 

 大きなものがやってくる。

 いく……。

 宝玉は恍惚感に身を委ねた……。

 

 しかし、いけない……。

 

 またもや絶頂寸前で快感が停止した。

 そして、まだ絶頂寸前で留まっている快感が残される。

 

「いい気持ちだろう、宝玉? さて、しばらく、そうやって絶頂寸前の宙ぶらりんの快楽を味わってくれ……。ところで、人格がふたつあるとして、宝玄仙と宝玉はどうやって交替しているのだ?」

 

「ああ……」

 

 宝玉は必死に快感と戦った。

 このままでは、心の底の底まで抉られる。

 沸騰しそうな快感が身体を渦巻く。

 心に思うことを消すことはできない。

 

 なにもかも白状させられる。

 それも恐怖だ。

 すべての心を洗われてから、有来有去は宝玉のもっとも弱い部分を責めたてるだろう。

 

 そして、屈服させられる……。

 

「そうか。お前が制御しているのか。つまり、お前を屈服させれば、宝玄仙が表に現れようとしても出て来られないわけだな。だから、お前を責めたてればいいということだ……。どうだ、宝玉、首輪を外して欲しいか? 宝玄仙を抑え込み、俺に心からの服従をするなら絶頂させてやるぞ」

 

 有来有去がにやりと笑った。

 

「そ、そんなこと……で、できるわけ……ああ、ない──」

 

 宝玉は呻いた。

 

「じゃあ、後で来る。次にここに人が来るのは夜だ。それまで、尻で狂い続けろ。その霊具は、お前の肛門で伸縮を繰り返しながら、ひたすらに狂おしい刺激を加え続けるのだ。これから夜まで絶頂できない尻の快楽を溜めるだけ、溜めておけ──。訊問は夕方になったら開始する」

 

 有来有去が立ちあがった。

 

「そ、そんな──い、行かないでよ──。そ、そんなの、酷いわ」

 

「愉しみだな。お前がどれくらい追い詰められているのかな。夕方にやってきて、俺が気に入る状況になったら、いかせてやる。だが、まだ屈服していなければ、首輪はそのままだ。そして、次の機会は朝──。その霊具の責めは、お前が完全に屈服するまで続くことになる」

 

「た、助けて……屈服する……屈服するわ」

 

 宝玉が心の底から言った。

 そんなことをされたら宝玉は狂う。

 

「なんど言ったらわかるんだ、宝玉。屈服したと言う必要はないんだ。俺はお前の心が読めるんだぞ。屈服したことを示すには、ただ、屈服すればいいだけだ」

 

 有来有去が出ていく。

 拷問部屋の扉が閉められて鍵が外からかかる音がした。

 こんな絶望的な状況にして、放置して出ていくという有来有去の残酷性に宝玉は頭から血が引く思いだ。

 

 肛門を抉る張形は、振動と回転とうねりと収縮という四個の運動を続けながら動き続ける。

 宝玉は残酷に責め続けされる尻を動かしながら、絶望の悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 有来有去は、最下層の営牢の中の宝玉──、あるいは、宝玄仙を監禁している部屋を一度出て、隣の観察室に入った。

 女囚側からはわからないが、ここから中の女囚の状況を確認することができる。

 

「お疲れ様でした、有来有去様」

 

 すでに待機をさせていた道術師隊の道術師がふたり、観察室に入ってきた有来有去に頭を下げた。

 ふたりとも、有来有去の息がかかっている。

 国王よりも有来有去に忠誠を尽くすように仕立てた部下だ。

 なにがあっても信用できる。

 

 人間を信用していない春嬌(しゅんきょう)は、有来有去のこういう部下を認めてはいないが、有来有去は、すぐに感情的になりすぎる春嬌よりも、彼らの方を信頼していた。

 

 昨日のこともそうだ。

 脱走した長女金(ちょうじょきん)を偶然捕えた春嬌は、激しい拷問で長女金をほとんど瀕死の状態にさせてしまった。

 無理矢理に引き出した情報により、長女金を脱走させた宝玄仙を捕えることに成功はしたものの、長女金を連れに来た賽太歳(さいたいさい)は、長女金の姿に怒りを見せた。

 

 宝玄仙の道術を奪うという有来有去の頼みには応じたが、そのまま、長女金を連れて獬豸洞(かいちどう)に引き戻っていった。

 賽太歳は、今後は人間の営みと一線を画することを宣言して戻ったから、しばらくはこっちにはやってこないかもしれない。

 あの不機嫌そうな様子から考えると、本当にそうしたいのかも……。

 

 長女金は、金聖姫(きんせいき)が賽太歳のものになるために因縁のあった女だ。

 長女金が二年もの間、晒し刑になっていたという事実を伝えていなかったことにも賽太歳は不機嫌になった。

 

 有来有去に言わせれば、たかが人間の女ひとりの仕置きのことに気にかけろという方が無理なことだ。

 だが、長女金がこうむった仕打ちを知って、あの金聖姫が嘆いているのだという。

 

 しかし、金聖姫が嘆いているからなんだというのだ。

 

「ところで、宿元女(しゅくげんじょ)殿の部下が、また来ましたよ。宝玄仙を引き渡せとうるさく言ってきました。とにかく、道術を遣う者の訊問は、道術師隊でなければ危険だと言って、突っぱねましたがね」

 

 部下が言った。

 

「またか、しつこいな」

 

 有来有去は舌打ちした。

 宿元女というのは、いま、近衛軍団を率いている女将軍だ。

 歳は五十に近いが、若い頃は美貌の女将軍として名をあげ、さまざまな功績をあげた。

 結婚もせず、自分は軍と結婚したとうそぶくような女だが、二年前の王族のひとりである金聖姫が賽太歳に拐われてから、金聖姫の行方を探すことに執念を燃やしている。

 どんなに宿元女が賽太歳の居場所を追おうとしても、それを陰で有来有去が邪魔をしているから、はかばかしい成果は得られないでいるが、有来有去にとっては面倒で疎ましいことこのうえない。

 

 今回も、なにかの情報で、宝玄仙が金聖姫の行方に関する情報を知っているかもしれないということを悟ったらしい。

 それで、しきりに宝玄仙の訊問をこっちにやらせろと言ってくる。

 有来有去は、道術を遣う宝玄仙は、道術師隊でなければ逃亡を防げないと断り続けてはいるが……。

 

「もう、かなり追い詰められているようですよ」

 

 部下の道術師がおかしくて堪らないというような口調で言った。

 有来有去は思念を眼の前の宝玉に戻した。

 

 宝玉を放置してきた地下牢の壁は特殊な道術がかかっている。

 向こうからでは単なる石壁だが、こちらからでは透明の板だ。宝玉が悶え苦しむのがこちらかはよくわかる。

 

 そして、宝玉の追い詰められた吐息の音と呻き声もしっかりとこちらの観察部屋に聞こえてくる。それも霊具によるものだ。

 宝玉に仕掛けた肛門の張形は、平均四半刻(約十五分)に二回の割合で宝玄仙に身体の許す限界の最奥まで抉り進み、そして、張形が外に出ていくような感覚を与えながら肛門の入口部分まで存在を小さくする。

 しかし、決してなくならない。

 ぎりぎりのところで収縮は終わり、再び肛門に侵入するように張形は伸長する。

 そして、耐えられる限界まで肛門の最奥を抉る。

 その間、振動と回転と律動をさまざまに繰り返す。

 表面から滲み出る催淫剤を撒き散らしながら……。

 

 その動きは不規則だ。

 とまったかと思えば、動き出したり、動いたかと思えば永遠と思うように激しく続けてる。

 あるいは、四半刻(約十五分)もなにもしなかったりする。

 

 張形は、肉体的にも精神的にも装着させた女を追いつめるように動いている。

 そして、首の霊具で絶頂することのできない宝玉は、達したくても達せないもどかしさに、さらに苦しむことになる。

 そして、宝玉は追いつめられる。

 

 宝玉の心を読むことにより、宝玄仙と宝玉のふたつの人格を統制しているのは、意外にも、あの宝玉ということがわかった。

 そうであれば、宝玉を追いつめることで、あの宝玄仙の肉体も精神も支配できるのかもしれない。

 とりあえず、まずは、宝玉を堕とす。宝玉には、宝玄仙に交替させない。

 

 宝玉が奇声をあげた。

 おそらく、絶頂するだけの刺激を受けて、また、それを止められたのだろう。

 宝玉の精神がどんどん流れ込んでくる。

 追い詰められた宝玉は、かつての恥辱の記憶を思い起こしている。

 

 あの宝玄仙、あるいは宝玉は、天教という東方帝国の巫女だったらしい。

 しかも、八仙という最高神官であり、かなりの尊敬される存在だったようだ。

 それが一夜にして、帝都中に蔑まれるような奴隷的な立場に成り下がった。

 

「二年の調教か……」

 

 有来有去は呟いた。

 

「なんです?」

 

 有来有去の声に反応した部下がこっちを見た。有来有去はなんでもないというように首を横に振った。

 

 さらに、宝玉の思考が入ってくる。

 宝玉はこれまでの人生で受けた恥辱的な記憶を次々に思い起こしているようだ。

 こうやって女を追い詰めて放置すると、いつも同じような反応を示す。宝玉も例外ではないようだ。

 

 見た目が若いので、まだ二十代かと思ったが意外に歳をとっているようだ。

 年齢は、四十を少し超えたくらい……。

 

 最初の恋は、修行のために巡礼をしていた十代の後半……。

 旅の巫女として宝象国というところを歩いているときに、五十代の放浪の道術遣いと出遭ったらしい。

 数日旅を供にして、宝玉は、その男に父親を感じて好ましいと思った。

 しかし、ある夜、いきなり、その男に犯された。

 宝玉は抵抗できるが抵抗しなかった。

 そのときは、哀しみのようなものを感じたらしい。

 

 それから宝玉の破天荒な性の遍歴が始まった。

 男であろうと、女であろうと積極的に身体を開くようになった。

 もともと、かなりの淫乱で性欲の旺盛な性質なのだろう。

 

 壁の向こうの宝玉の反応が激しくなった。

 尻の霊具が最大の振動で暴れ出したようだ。

 続けざまに絶頂するように身体を仰け反らせている。

 しかし、達してはいないはずだ。

 あの首輪の霊具をしている間は、決していけない。

 

 そして、やはりそのようだった。

 宝玉が泣きはじめた。

 

 もう、かなり追い詰められている。

 宝玉の思考から絶望のようなものが強く流れ出した。

 さらに、絶頂に対する渇望も──。

 

 宝玉の思考が混乱しだした。

 性欲のことで溢れかえりはじめる。

 ほかの思念が逃げていっている。

 

 達したい──。

 そのことだけが宝玉の心を包み始めている。

 

 いや、また、思念が変化した。

 今度は子供時代の記憶だ。

 

 宝玉の頭の中に、いまの宝玉の顔によく似た女が出てきた。

 しかし、遥かに歳をとっている。

 だが、美しい女だ。どうやら母親のようだ。

 

 母親はかなりの自由奔放な女だったらしい。

 父親の違う子供を二人産んでいる。

 ひとりは領主で、もうひとりは若い農夫だ。

 

 宝玉の父親が領主──。

 農夫の種で産まれた妹は蘭玉。

 ふたりとも父親はすぐに死んでいる。育った土地で流行り病があったようだ。

 妖魔遣いの母親の住居に出入りする様々な男女と妖魔が出てきた。

 母親は、多くの男女や妖魔と性的関係を持っていたようだ。

 何人もの男女を調教して家畜のように飼いながらも、一方で複数の男女に自分を調教させている。

 

 有来有去は、宝玉の記憶から流れてきた女について困惑した。

 そんな女が現実にいたのだろうか。

 それとも、単なる宝玉の記憶の混乱か?

 

 その母親から自慰を教えられている場面が出てきた。

 幼い宝玉だ。

 まだ、十歳にもなっていないだろう。

 もっとも、有来有去が感じることができるのは、宝玉の頭の中の記憶であり、思い出である。

 それが事実と異なるのか、そうでないのかは、有来有去には判断はつかない。

 

 その幼い宝玉が残らで寝台に縛りつけられている。

 得体の知れない薬を股間に塗られて、その子供が泣き叫んでいる。

 痒いのだ。

 猛烈な痒みに襲われている。

 その記憶が入ってきた。

 大勢の大人が寝台を取り囲んでいる。

 やがて、右手の縄だけが外された。

 母親らしき女が宝玉にやり方をささやいた。

 子供の宝玉が言われるままに自分の股間を慰めだした。

 

 不意にその光景が変わった。

 周りを大人が囲んでいるという状況は変わらないが、今度は、さっきの光景の数日後のようだ。

 同じように幼い宝玉が縛られている。

 宝玉の指が痒みを癒すために股間を慰めている。

 もう少しで達するという感覚が流れてくる。

 だが、股間を慰める手を母親が掴んだ。

 その手を拘束され直した。

 宝玉は泣き叫んでいる。

 それを母親をはじめとする大人たちが嘲笑している。

 

 その記憶といまの宝玉の姿が、宝玉の頭の中で重なった。

 いまの宝玉の頭の中にあるのは、幼い頃に母親に受けた調教の記憶のようだが、絶頂したくて達することのできないいまの自分が、その姿で一致しようとしている。

 

 調教前に宝玉の思念から読み取った有来有去と賽太歳の関係のことなど、少しも宝玉の頭にはよぎらない。

 宝玉の頭には、解放したい淫情と過去の調教の記憶だけだ。

 そろそろ、次の段階に入ってもいいだろう……。

 

「お前、部屋に入って、俺に内緒でやってきたふりをして、口で奉仕すれば、少しだけ首輪をこっそりと外してやると言ってこい。そして、奉仕させろ。おそらく、奉仕するとは思うが、そうであれば、かなり宝玄仙は堕ちてきているということだ」

 

「ええっ? 噛み切られはしませんかねえ」

 

 声をかけた部下が苦笑して立ちあがった。

 

「そんな気力はないよ。そういう思念が流れてきたら、ここから教えてやる。心配するな」

 

「お願いしますよ、有来有去様。ところで、本当に外してやるんですか?」

 

「まさか。期待をさせて潰すだけだ。それを何回か繰り返す。絶望させるのだ。どんなに期待しても潰されるという思いをさせ続けるんだ──。こいつが終わったら、しばらくして、お前だからな。準備しておけよ」

 

 有来有去はもうひとりの部下にも言った。

 命令を与えた部下が観察室から出ていき、やがて、宝玉が立たされている部屋に入ってきた。

 宝玉が哀願をしだす。

 

 部下が自分に奉仕をしたら、こっそりと首輪を外してやってもいいと言うと、宝玉は激しく首を縦に振った。

 恐ろしいほどの淫情の苦しさに、まともな考えができなくなっている。

 有来有去は、心を読むのが苦痛になり、一時的に宝玉から流れてくる思念を遮断した。

 

 背中に組ませた腕に結ばれた鎖が緩められて宝玉が跪く態勢になった。

 部下が下袴をさげて、男根を露出させると、すぐに宝玉がそれを口に含んだ。

 

 奉仕の時間は長いものではなかった。

 部下はあっという間に精を搾り取られて果てた。

 宝玉の顔は期待に包まれている。

 部下が口に入っている精を飲めというと、嬉々とした表情でそれを飲み干した。

 

 服装を整えた部下が鎖を引き揚げて、宝玉を元の態勢に戻した。

 引き揚げようとする部下に、宝玉が吠えるように抗議した。

 だが、それに関わらずに部下は宝玉のいる部屋を出た。

 宝玉が絶望の泣き声をした。

 

「どうでしたか?」

 

 戻ってきた部下が言った。

 

「なかなかだな。それにしても、精を出すのが早すぎないか?」

 

 有来有去はからかった。

 

「だったら、有来有去様がやったらいいじゃないですか。大変な技巧ですよ。俺もあんなに呆気なく精を絞り出されたのは初めてですから」

 

 部下が苦笑して応じた。

 

「俺に対する奉仕はまだまだ先だ。完全に絶望させてから、俺は今度は焦らし責めの苦しみから解放させる役だからな。もう少ししたら、今度は、お前だ。いいな」

 

 有来有去はもうひとりに言った。

 

「わかりましたけど、俺たちふたりは、あの綺麗な女に憎まれるだけ憎まれて、苦しみを解放させた有来有去様は感謝されるという仕組みなのでしょう? 狡いですよ。たまには、逆がいいですね」

 

 もうひとりの部下が笑った。

 

「馬鹿言え──。役割分担だ。いま、宝玄仙は性の拷問を受けている。その拷問を与えているのは俺だが、解放させるのも俺だ。そうやって、女を支配してしまうのだ」

 

 有来有去は言った。

 そして、再び宝玉の心を読む作業を開始した。

 宝玉の肛門を責め具が残酷に責めている。

 

 宝玉の苦しみがどんどん拡大している。

 

 すると宝玉の絶望と過去の恥辱的な記憶がまた流れ出す。

 

 気がつくと、有来有去は、その宝玉の思念を音楽のように感じながら鼻歌をうたっていた。



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282 不眠拷問と偽りの愛情[二・三日目]

 脚を踏み出すたびに激しい快感が揺さぶられる。

 自分の歩みで身体が揺れる振動が、絶頂寸前の宝玉の身体を刺激するのだ。

 一歩進むたびに甘い息と声を出させられる。

 

 やっと終わった……。

 拷問部屋における責めが終わり、牢に連れて行かれるというのだ。

 安堵の気持ちはない。

 あるのは絶頂寸前の甘い疼きだけだ。

 

 責められて、責められて、責められ続けて一度も達しさせてもらえなかった。

 首に嵌められた霊具のせいだ。

 宝玉は、冷たい石畳を感じながら薄暗い営牢の廊下を後手縛りのまま歩かされていた。

 両脇を有来有去(ゆうらいゆうきょ)の部下だというふたりが掴んでいる。

 このふたりに対する恨みのような感情もある。

 有来有去に責められている最中にやってきて、口で奉仕すれば少しだけ首輪を外してやると言ってきたのだ。

 疼く身体に耐えきれなくて奉仕した。

 しかし、ふたりとも宝玉の行為を嘲笑いながらそのまま立ち去った。

 

 そのふたりに両脇を抱えられている。

 どこをどう歩いたかわからない。

 軍営の地下だと思われるここは、薄暗くて道が迷路のように入り組んでいた。

 幾つかの階段を上がったり、下りたりしながら宝玉はどこかに連れて行かれた。

 

「ああ……、も、もう……」

 

 宝玉は知らず呻いた。絶頂直前の快感が全身を渦巻いている。

 こんなこと耐えられない……。

 息をするだけで達しそうだ。

 

 しかし、いけない。

 いけそうでいけないのだ。

 

 この責めで、闘勝仙のときも完全にその軍門に下った。

 すべてを投げ捨て、あらゆる道術契約に合意して、完全な奴隷になることを誓わされた。

 いや、自ら望んで誓った……。

 

 ただ一度の絶頂のために、なんでも甘んじた。

 それがどういうことになるかなどどうでもよかった。

 焦らし責めから解放させてもらうために、永遠の奴隷になることを求め泣いたのだ。

 

 すべてを諦めたときのあのときの感情はよく覚えている。

 他人に完全に支配される。

 その向こうの大きな快美感も知っている。

 もしも、宝玄仙という人格が出現して、闘勝仙たちを殺さなかったら、自分はいまでも、あの帝都で奴隷以下の生活を送っていたに違いない。

 

「堪え性がない雌だな。もうすぐ、お前に相応しい特別な営舎に着くぞ」

 

 ふたりのうちのひとりが言った。

 

「あ、ああ……」

 

 そんなことを言われても、理性ではどうにもならない快感の疼きに襲われている。

 永遠に続くかと思われるような霊具による尻責めだった。

 霊具の張形が繰り返し、繰り返し、肛門の中で直腸の限界まで突くように伸びたかと思うと、それが肛門の入口部分まで存在を失くすように縮んでいく。

 その間に、振動と回転とうねりの運動を繰り返す。

 宝玉が構えることができないように、常にその動きは変化する。

 さらに運動を続ける時間についても不規則だ。

 停止したかと思えば、動き出したり、それが突然にまた停止したりする。

 あるいは、一刻(約一時間)も停止することなく動き続けたりもした。

 

 どのくらいの時間続けられたのか宝玉にはまったくわからなかった。

 宝玉にとっては、数日間かと思われるような長い時間であったことは確かだ。

 だが、実際には半日にも満たない時間にすぎなかったようだ。

 朝に始まった責めが、陽が落ちることで終わった。それくらいの時間だったらしい。

 

 いきなり、周囲から爆発するような歓声があがった。

 びっくりした宝玉は顔をあげて、愕然とした。

 両側には多くの男囚を詰め込んだ牢が迫っていた。

 廊下に面する壁は石壁ではなく、鉄の格子で閉ざされただけの牢だ。

 それぞれの牢には十数人の男の囚人が入れられている。

 その牢舎が十棟ほど並んだ場所に連れてこられたのだ。

 一斉にあがった歓声は、その男囚ばかりが集められた牢舎を通る廊下を素裸で後手に拘束された宝玄仙が連れてこられたからだ。

 

「こ、ここは……?」

 

 嫌な予感がした。

 通り抜けるために連れてこられたわけではないはずだ。

 向かっている廊下の先は突き当りになっていて、そこまでの牢舎のすべてには男囚が収容されていて、空いている牢舎はひとつもなかった。

 

「どの牢がいい? 選ばせてやってもいいぞ、宝玄仙」

 

 宝玉を捕えている男がくすくすと笑った。

 

「ま、まさか……」

 

 宝玉は息を飲んだ。男の囚人のいる牢舎に放り込もうというのか……。

 

「そんな心配そうな顔をするな、宝玄仙。その首輪は、道術師でなければ外せない特別性だ。男の囚人と遊んでも、いつまでも快楽を溜めることができるぞ」

 

「ひ、酷いじゃないの。わたしを男囚のいる牢舎に放り込もうと言うの──」

 

 宝玉は喚いた。

 

「これも女囚の儀式のようなものだ。諦めろ、宝玄仙」

 

 そして、適当に選んだような牢舎が開けられた。

 その営舎には二十人ほどの男囚がいた。

 その男たちの雄叫びのような声とほかの営舎からの失望の声が入り混じった。

 

「入れ」

 

「そ、そんな」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 すでに男囚たちは、下袴を脱いで股間を晒している。

 宝玉は容赦なく、男たちが待つ営舎に放り入れられた。

 

「いいか、お前たち、この女を眠らせずに犯し続けろ」

 

「言われなくても、そうしますよ」

 

 男囚たちが一斉に笑った。

 営舎の扉が無情に閉じられて、外から鍵が閉められる。

 その直後に、宝玉は男たちに床に押し倒された。

 

「順番だ。順番を決めるぞ」

 

 どの男もそれなりにがっしりとした体系だった。

 年齢は三十から五十とまちまちだったが、髭もじゃで恐ろしく異臭がするということは共通していた。

 

「た、助けて──」

 

 宝玉は叫んだ。しかし、ただでさえ非力の宝玉の身体だ。

 そのうえに後手縛りに拘束されていてはどうしようもなかった。

 たちまちに床に押し倒されて、身体を押さえつけられる。

 

 犯されることは恐怖ではない。

 しかし、この状態でさらに身体に快楽を受けることが恐怖だった。

 

「見ろよ、この女、すでに股ぐらが濡れているぜ」

 

「都合がいいぜ、始めようぜ」

 

 左右から身体を固定され、左右の脚を別々の男が両手で抱えた。

 そして、脚を開脚させて膝で折り曲げるように脚を腹側にあげられ、股間を大きく曝け出した状態にされる。

 その股間に男囚のひとりが怒張を近づける。

 

「も、もう、やめて──」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 順番決めで最初に宝玉を犯す権利を手に入れた男が、太い男根をしごきながら、最初から真っ赤に熟れきっている宝玉の女陰の割れ目に押し入れてくる。

 

「くあああっ──」

 

 宝玉は仰け反った。

 男の怒張は宝玉の股間に包まれることにより、さらに緊張して太さを増していく。

 それが肉襞を擦る。

 快感が込みあがる。

 燃えあがるだけ燃えあがり、出口のない淫情を溜めている宝玉の身体は、あっという間に絶頂に向かう快感で宝玉の身体を突きあげた。

 

「ひいいっ──いぐうっ──」

 

 宝玉は仰け反った。

 しかし、左右から抑える男たちは、宝玉の身悶えさえも許さない。ほとんど動けないくらいに身体を固定される。

 快楽の矢が宝玉を貫く。

 しかし、その快感は、宝玉は達しようとする寸前に消える。

 宝玉は泣き悶えた。

 

「どうしたんだ、これは?」

 

 宝玉を犯している男が宝玉の反応のおかしさに首を傾げた。

 

「どうでもいいよ。早くしろよ」

 

「わかったよ。もう少しだ。それにしても、この女の股はいい気持ちだぜ」

 

「むぐうっ……」

 

 宝玉は達することのできないこの身体で輪姦される恐怖に欲情しながらも顔が蒼ざめるのを感じた。

 股間に入っている肉棒からは、もの凄い欲情を感じていた。

 催淫剤で感度を上げられているうえに、一日かけた焦らし責めに宝玉の身体は、あり得ないほどに欲情していた。

 もう理性などなにもない。

 あるのは、絶頂に対する激しい渇望感だけだ。

 

「おお、締りがいい──硬くないし、柔らかい。それで、ぎゅうぎゅう絞りあげてくるぞ。こんなに気持ちのいい女陰は初めてだ──」

 

 いま、宝玉を犯している男が感極まったように叫んだ。

 

「くああっ」

 

 しかし、宝玉はそれどころではない。

 男が擦りあげるたびに大きな快感が襲う。宝玉は悶え、そして、絶対に達することのできない残酷な欲情をさせられる。

 宝玉は呻きのような悲痛な嬌声をあげた。

 身体は与えられる欲情を貪欲にむさぼり尽くそうとする。しかし、理性は、それがやってはいけない行為だと叫んでいた。

 激しい快楽の高まりの後には、突然に中断される残酷な霊具による仕打ちが待っているだけだ。

 それでも宝玉の身体は、与えられない絶頂に向けて、快楽を集めるだけ集めようとする。

 

 その宝玉の口をひとりの男が覆いかぶさり、唇を張りつけた。

 むっとする悪臭が宝玉の鼻を攻撃した。臭い息が宝玉の口の中に入れられる。

 嫌悪感しかない舌が宝玉の口を這い回ってくる。

 しかし、どっぷりと官能漬けのような身体にさせられている宝玉には、それを払いのける気力がなかった。

 

「んんんん──」

 

 宝玉は身体を激しく暴れさせた。両側からまったく別の手がそれぞれの乳房を揉みあげて来たのだ。

 宝玉の乳首は、触られるだけで潮を噴きあげて絶頂するような快感の逆鱗だ。

 しかし、絶頂を止められているいまの宝玉には、苦しさしか与えない喜悦の器官だ。

 

 もう、なにがなんだかわからない。

 あるのは動物的な官能だけだ。

 

 達したい──。

 たった一度でいい──。

 

 この苦しみから解放されたい。

 

 そのために払う代償ならどんなことでもできる。

 宝玉は顔を振り、顔を覆っている男の口を払いのけた。

 嫌悪感からそうしたのではない。

 心の底から声を出したかった。

 けだもののように快感のまま嬌声を吐きだしたかったのだ。

 

「うほっ」

 

 男が声をあげながら精を放った。

 そして、腰がぶるぶると震えた。

 

「あああ、ひいいっ──」

 

 自分でも意識しないうちに、淫らな絶叫が口から迸る。宝玉はなにもかも忘れて、自分で腰を振った。最後の快感を集めるために──。

 

 頭の中が白くなる……。

 もうすぐ……。

 次の瞬間、全身を覆っていた快感が一瞬にして消失した。

 またもや、宝玉は絶頂寸前の状態に引き戻された。

 すでに男の肉棒は宝玉の股間から離れている。宝玉は泣き叫んだ。

 

「さっきから、反応がおかしいなあ」

 

 周りの男たちが首を傾げているのがわかった。

 しかし、順番を待っていた男が、精を放った男を押しのけるように宝玉に怒張を突きつけた。

 

「も、もっと……」

 

 宝玉は言っていた。

 達することのできない絶望の快楽でもいい。

 快楽をむさぼり続けなければ頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、こうやって絶頂できない淫行を続けても、間違いなく自分はおかしくなるだろう。

 それでも、快楽を与えられずに放置されるの怖い。

 壊れてもいい。

 壊れてもいから、快楽が欲しい。

 

「やりがいのある女だな。じゃあ、いくぞ」

 

 次の男の肉棒が入ってくる。

 

「そうよ、そこ……そこっ──そこを突いて──」

 

 もうどうでもいい。

 なにもかも、忘れて快感を……。

 

 だが、宝玉の欲しいものは一度も与えられない。

 でも、それでもいい。

 絶頂できないのであれば、それに突き進んでいる状態に浸るだけでいい。

 

「もっと……もっとよ、もっと──」

 

「もっとか──こうか、もっと、深くか──?」

 

「ああ、いいわっ……もっと、もっとちょうだい」

 

「凄いな……本気になったな……これは堪らんぞ……。い、いってしまいそうだ……。そ、そんなに絞るな……うおうっ──」

 

 男が宝玉の膣に精を放った。

 

「だめ、もっと、もっとよ──」

 

 宝玉は叫んだ。

 次の男が入ってきた。

 宝玉は新しい男からも快感を絞りだそうとした。

 強く肉棒を絞り、腰を振り立てて、宝玉自身が積極的に快感を集めようとした。

 すると、またしても中に入っている男が自爆するかのように精を放った。

 

 だが、宝玉は離さなかった。

 次第に逞しさを失いかけている肉棒を女陰で挟んでさらに絞りたてた。

 快感が昇ってきた。

 

「いくううっ──」

 

 宝玉は身体を仰け反らせた。

 そして、ぷっつりと快感が中断された。

 宝玉は絶望の叫びをした。

 

 

 *

 

 

「うう……も、もう、いやあぁ……。さ、触らないで……」

 

 脇を舐められ、敏感な乳房をいじくられ、女陰だけじゃなく、肛門も含めて身体のあらゆる部分を責められている。

 心も身体も完全に溶けている。

 しかし、絶頂だけが与えられないでいる。もう狂ってしまいそうだ。

 

 絶頂したい……。

 どんなことでもいい……。

 身体に渦巻いている快感を発散させるためならなんでもやる……。

 

「あんたの身体を知ったら、もう、ほかの女は抱けないよ」

 

「確かに、これだけの綺麗な顔と身体に、こんなにすけべな反応、そして、なによりも最高なのはあんたの道具だ。本当に絶品だ」

 

「本当だよ」

 

 男囚たちがげらげら笑い合う中、宝玉はひたすら、愛撫され、抱かれ、輪姦された。

 昼夜の感覚はないが、完全に一日以上の時間が過ぎていた。

 それは運ばれてきた食事の数でわかった。

 

 一日中快感の中にいるのに、絶頂の恍惚感だけが与えられず、絶頂寸前のもどかしい状態だけがひたすら続いていた。

 

 性の地獄だ。

 

 しかも、眠らせてももらえない。うとうとすれば、頬を引っぱたかれて覚醒させられる。

 それでなくても、これだけ発散できない淫情が暴れている状態で寝ることなどできるわけがない。

 どんなに快感があがっても、絶頂できなければ失神もすることはない。

 

 男たちの中には眠る者もいたが、宝玉だけはひたすら犯され続けた。

 

 宝玉をここに放り込んだ有来有去の部下は、時折、顔を見せては男囚たちにいたぶられる宝玉の哀れな姿を覗いては去っていく。

 宝玉が助けを求めてもまるで聞こえていないかのように無反応に去って行く。

 

 部下たちが男囚たちに繰り返し言うのは、宝玉を眠らせるなということだ。

 宝玉は、部下が牢舎の外にやってくるたびに、首輪を外してくれと泣き叫んだ。

 

 この牢舎には二十人の男がいた。その男たちから宝玉は繰り返し強姦された。女陰も肛門も口も……あらゆる部分を使われる。

 永遠に続くかと思うような長い輪姦だ。

 女陰に肉棒が入っていないときも、宝玉が男たちから離されることはない。

 常にふたり以上の男がまとわりつき、宝玉の身体をむさぼって愛撫をする。

 

 食事は運ばれるが、宝玉の女陰に肉棒を挿したまま食事をする者もいたし、宝玉が口で皿の上のものを犬のように食べる間も、誰かが乳首を弄り、肉芽を刺激し、あるいは女陰か肛門に性器を挿入した。

 宝玉が食事をする間も愛撫が続く。あるいは犯される。

 

 そして、絶頂しかけては不意に中断され、引き戻され、また、燃えあがり、引き戻される。

 もうなにがなんだかわからなかった。

 

 望むことはだたひとつだ。

 この溜まった快感を絶頂により発散させたい。

 全身は男たちの醜悪な精液にまみれ、唾液を浴びたように全身に塗りたくられた。自分が汚物そのものになったかのような感覚だ。

 

 もう、なにもいらない。

 絶頂したい──。

 疲労のようなものが全身を覆っている。

 

 果てしない寸止め地獄が宝玉の思考を奪っている。

 あるのは焦燥感──。

 

 消えていくのがわかっていて快楽をむさぼろうとする狂った自分……。

 これが現実なのか、夢の中なのか区別がつかない……。

 

 前からも後ろからも、あるいは全身を舐められては達する──。

 しかし、偽物の絶頂だ。

 だが、それでもいい。

 快感が昇り続けている間は気持ちいい。焦燥感がほんの少し解消される……。

 

 いっそ、このまま狂いたい──。

 宝玉は心の底から思った。

 

「眠るな──。お前が寝たら、終わりだと言われているんだ」

 

 強く頬を叩かれた。

 しかし、もう限界だった。宝玉は睡魔に引きずり込まれていった。

 不意に身体が両側から担ぎあげられた。

 

「な、なに……?」

 

 狼狽えた。

 なにが起きたか理解できなかったが、宝玉があまりもの疲労で眠ろうとした瞬間に、有来有去の部下がやってきて、宝玉を牢舎から引きずり出したのだ。

 

「歩け」

 

 宝玉は後手縛りのまま、廊下で背中を押された。

 足元がふらつく。立ったまま意識が遠くなる……。

 

「これを吸うといい」

 

 鼻に布のようなものをかざされた。その瞬間、つんとする刺激臭がして、宝玉の意識は急にはっきりとした。

 暴発するような大声が耳をつんざく。

 混沌としていた意識が晴れてくると、どうやら、有来有去の部下たちに男囚のいる牢舎の廊下を歩かされているのだとわかった。

 両側からの怒声のような雄叫びは、宝玉を自分たちの牢に入れろという騒ぎだ。

 

 宝玉はほかの牢に放り込まれることを覚悟したが、そうではないようだ。

 そのまま、牢舎の続く廊下を離れて、迷路のような廊下を歩かされて、幾つもの階段を上に下にと進む。

 

 両側にふたりに挟まれたまま、やがて、大きな部屋に入らされた。

 そこがどこだかわかったのは、両手を大きく開いた状態で、天井から吊られる鎖で両手首を拘束されてからだ。

 最初に霊具による肛門責めに遭った部屋だった。

 宝玉はまたあれをされるのかと思って恐怖した。

 

 部下たちが、もう一度、鼻に布を当てて、宝玉の意識を覚醒させた。

 宝玉を襲っていた睡魔がどこかに逃げた。

 部下たちと入れ替わるようにやってきたのは有来有去だった。

 

「どれが一番堪えた、宝玉? 霊具による尻責めか? それとも、男囚たちからの輪姦か?」

 

 有来有去は両手を上に開いて立たされている宝玉の背後に回った。

 

「く、首輪よ……。外して、お願いだから……」

 

 宝玉は泣き叫んだ。

 

「外してもいいぞ……」

 

 束の間の沈黙の後で有来有去は言った。

 そして、背中から手が宝玉の首に伸びる気配があった。

 床になにが捨てられた。

 首輪だった。

 あれだけ宝玉を苦しみ続けた首輪がなくなった。宝玉の全身から力が抜けた気がした。

 

「いきたいか、宝玉?」

 

 有来有去が後ろから両手で宝玉の腰を掴んだ。

 

「い、いきたい……。いかせてください──」

 

 宝玉は叫んでいた。

 

「尻を出せ」

 

 宝玉は拘束された身体で懸命に腰を後ろに突き出す姿勢になった。

 

「おほうっ」

 

 思わず声が出た。

 宝玉の肛門を有来有去の怒張が挿し貫いてきた。

 

「ああ、いい──」

 

 宝玉は吠えるような声をあげた。

 宝玉は快楽を求めて狂ったように腰を動かそうとした。

 しかし、腰をわし掴みした有来有去の両手がそれを阻む。

 求め臨んだ快楽の絶頂はすぐそばにある。

 しかし、それを有来有去の手が阻止している。

 宝玉は泣き震えた。

 

 突然、視界が変化した。

 石壁だった正面の壁が巨大な姿見に変わったのだ。後ろから尻を貫かれている自分の姿が姿見に映った。

 

「その姿見から眼を離すな。一瞬でも眼を離せば、肉棒を抜くぞ。首輪も付け直す」

 

「は、離さない──。眼を離さないわ」

 

 宝玉は叫んだ。

 始まった。

 

 宝玉は姿見を凝視した。

 眼を離してはならない。

 考えていたのはそれだけだ。

 

 逞しい肉の杭が宝玉の肛門を律動する。

 

 ゆっくりと……突きあげ──。

 そして、抜かれ……また、突きあがる。

 

 宝玉は吠えた。

 溜まりに溜まった快感の塊りが一気に噴出しようとする。

 宝玉は、全身の官能という官能を煮えたぎらせて有来有去を受け入れた。

 

 この快感──。

 これがあれば、もうなんにもいらない。

 有来有去がなにかの合図をした気配があった。

 不意に両手を吊っていた鎖が緩んで下にさがった。

 宝玉の腰はさらに後ろに突き出すことが可能になり、ぐいと肉棒が肛門の奥に打ちこまれた。

 

「ほごおおおぉぉぉ──」

 

 宝玉は雄叫びをあげた。

 待ちに待ったものがきた。

 それは快感と呼ぶには、あまりにも激しいものだった。

 全身を浮遊させるような昂揚感──。

 昇天する……。

 

「宝玉、覚えているか。俺は、お前を最初に見たとき、お前を俺の奴隷にしたいと言ったな……」

 

 信じられないほどの絶頂感だ。

 その宝玉の耳元で有来有去がささやきはじめた。

 宝玉は、それを快感に吠えながら聞いていた。

 

「告白する……。俺は、最初にお前を見つけたときから、俺はお前の美しさにひかれた。男囚たちに抱かせて、それを壊そうと思ったが駄目だった。俺はお前を愛している。俺のものになれ……」

 

 有来有去のささやきが続く。

 

「はあああぁ──ひいいぃぃぃ──」

 

 長い絶頂がまだ続いている。宝玉は全身を振り乱しながら快楽によって飛翔していた。

 しかし、眼だけはしっかりと開き、背後から肛門を犯される自分と宝玉を抱く有来有去の姿を見続ける。

 

 そして、宝玉を求める有来有去の言葉──。

 それが脳に刻まれる。

 

 肛門を犯す有来有去の肉棒の律動は続いている。

 絶頂は一度で終わらない。

 次から次に、新しい波がやってくる。信じられないくらいに長く、果てしない快感だ──。

 波のように快感が襲い続ける。

 いつまでも終わらない。

 気の遠くなるような快感だが、意識だけははっきりとしている。

 宝玉は鎖を鳴らし、嬌声を迸しらせた。

 

「愛しているぞ、宝玉……」

 

 有来有去が宝玉を犯しながら囁き続ける。

 この途方もない快楽と一体となって、有来有去の言葉が宝玉に入ってくる。

 

 愛している……。

 自分を愛すと……。

 

 そんなことは宝玉を堕とすための偽りだとはわかっている。

 しかし、その言葉の甘美さに宝玉は抵抗できそうになかった。

 宝玉が求め止められないでいた言葉だ。

 

 宝玉の身体を求めた者は幾らでもいた。

 しかし、愛していると言ってくれたものはいなかった。

 途方もない霊気を持つ宝玉を誰もが忌み怖れた。

 

 母親は……。

 いや、母親は自分を愛してはいなかった……。

 宝玉のことは性の対象……あるいは、道具のように考えていただけだ。

 

 蘭玉──。

 姉妹として愛し合うためには、幼いころから肉欲の対象でありすぎた。

 

 最初の男の青蔡(あおさい)──。

 

 調教した女たち……。

 

 鳴智(なち)……。

 

 さまざまな顔が浮かんでは消えた。

 

 彼、あるいは、彼女たちの誰も宝玉を愛するとは言わなかったのではないか──。

 有来有去の両手が乳房を掴んだ。

 乳房と乳首を揉まれながら、肛門深くに肉棒が突き刺さる。

 尻の内襞を男根の幹が擦る。

 

 激しい快感──。

 宝玉は吠えた──。

 

 自分を愛すると言ってくれた者として三人の女の顔が浮かんだ気がした。

 

 沙那、孫空女、朱姫……。

 

 しかし、それはすぐに消えた。

 あれは、宝玄仙を愛する女たちだ。

 宝玄仙が見つけた宝玄仙の供だ。

 宝玄仙を心から愛して、そして、信奉している。

 

 宝玉はそれを羨んだ。

 

 宝玉を愛すると言ってくれた者などいなかった──。

 

「愛している、宝玉……」

 

 有来有去の声がした。

 

 最大のものがやってきた。

 快感の大きな矢が宝玉の全身を貫く。

 全身ががくんがくんと激しく震えた。

 

「愛している……」

 

 その言葉に刻まれながら宝玉は恍惚の真っ白な世界に飛翔した。

 

 

 *

 

 

 宝玉の思考が有来有去の愛の言葉で満たされるのがわかった。

 もちろん、宝玉は有来有去の愛の言葉など信じていない。

 だが、心の底にそうであればいいと望んでいる宝玉を見つけた。

 それを拡大してやればいい。

 愛に飢えている宝玉は、それで勝手に堕ちる。

 

 宝玉、あるいは、宝玄仙の激しい性欲は、さらに激しい愛情の渇望の裏返しだ。それは心を読むことでわかった。

 

 愛している──。

 それは有来有去の心が発する言葉ではない。

 宝玉が望んでいるだけの言葉だ。

 有来有去は、それを口にしているにすぎない。

 

「愛している」

 

 有来有去は宝玉の肛門に包まれる怒張を律動しながらささやいた。

 激しい宝玉の快感が、激しい愛情にすり替わっていくのを感じていた。



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283 裸女たちの性遊戯

「帰ったぜ」

 

 陳達(ちんたつ)が家に戻ると、食事の匂いがした。

 家の奥から三人のうちの誰かが駆けてくる気配がした。

 

「おかえりなさい、陳達さん。食事ですか? それとも……、わ、た、し、た、ち?」

 

 戸口までやってきたのは沙那だ。

 その姿に驚いた。

 

 恐ろしく露出の多い姿をしているかと思ったら、全裸に胸と股間を覆う前掛けだけの姿だ。

 前掛けの胸元からは乳房の半分がはみ出ているし、股間の部分は股間から膝までの半分に布がかかる程の短さだ。

 

 その沙那が戸口でぺたりと床に正座する。

 顔が赤い。かなり、無理したというのはわかる。ただ、沙那なりに努力してくれたのだろう。

 それが嬉しい。

 

 そして、前掛けの裾がめくりあがり無毛の股間がちらりと見えた。

 凝視していいのか、悪いのか判断がつかず、戸惑っていると、その沙那が深々とお辞儀をした。

 

「軽口失礼しました。わたしたちのためにありがとうございます」

 

 沙那が床に頭を下げたまま言った。

 

「そ、そんなにしなくていい。お前たちのやったことは、俺の憤りでもある。国都に暮らす者として、知らぬふりをしていた俺の償いでもあるのだ」

 

 陳達は言った。

 

「そんな風に言ってくれて、陳達さんは優しいですね」

 

 沙那が顔をあげてにっこりと微笑んだ。

 陳達はどぎまぎした。

 

「朱姫は奥で食事の支度をしています。孫空女は湯桶の準備をしています。湯船には、多分、すぐに入れると思います。食事の前に身体を洗われますよね──。お流しします」

 

 沙那が立ちあがって、陳達を促す。

 

「あ、ああ……」

 

 陳達は生返事をして、沙那の後ろを歩く。

 沙那の背後は前掛けを結ぶ紐だけがあるだけだ。

 背が露わであり、形のいいお尻が右に左にと動く。

 なんとも艶めかしい。

 

 顔の醜い陳達の家に、美女が三人訪れて、まるで一度に妻を三人ももらったような夢の生活が始まったのは二日前だ。

 古着の仕入れのために国都近傍の宿町や農村などを回っていて、早朝に荷駄馬車で戻る途中で、素っ裸で困っていたこの三人の女に遭った。

 女の名は、沙那、孫空女、朱姫であり、軍に追われているので匿っているということだった。

 

 普段の陳達なら、女とはいえ手配をされているような女を引き受けるというようなことはありえなかったが、その前夜に醜い鼻のことで妓楼で嫌なことがあり、自暴自棄になりかけていたのと、その三人に少しも邪悪なものを感じなかったという理由で三人を受け入れた。

 三人は、陳達が危険を負う代償として、彼女たちの身体を好きにしていいと申し出て、この夢のような生活が始まった。

 

「それよりも、沙那、城郭の広場に掲示板が立った」

 

 浴場に向かう沙那がびくりと反応して、陳達を見た。

 

「宝玄仙殿の処刑執行は三日後だ。おそらく、明後日のうちに国都の広場で磔にされて晒される。処刑はその次の日だ。執行の時刻は、普段のとおりであれば、日の出から約一刻(約一時間)後だと思う」

 

「もう、ほとんど時間がないということですね」

 

 沙那は深刻な表情になった。

 三人の女主人が宝玄仙という名であることは、この三人と最初に情事を行った後に教えられた。

 

 そして、彼女たちは決して悪いことをしていないということはそのときわかって安心もしている。

 宝玄仙という女主人を含めたこの四人はやったのは、国都の郊外の宿町に晒されていた長女金(ちょうじょきん)という、かつての女将校を解放したことだった。

 結界牢破りは確かに重罪だ。

 そのことは朱紫国の人間なら誰でも知っている。

 

 だが、長女金を結界牢から脱走させたことについては、陳達はそれが罪に値することとは思っていなかった。

 

 長女金のことはよく覚えている。

 二年前のことだ──。

 

 金聖姫(きんせいき)という国王の嫡女が賽太歳(さいたいさい)という妖魔に湯治場に向かう行軍の途中に浚われたという事件だった。

 全体の指揮をしていたのは、春嬌(しゅんきょう)という女魔導師でもある金聖姫の侍女だったと思うが、その春嬌も一緒に浚われたので、次級者の長女金が責任を問われて、三年間の晒し刑の末に処刑という罪を宣告されたのだ。

 

 長女金は、国軍の中で女子隊という女兵だけの隊の若い将校であり、陳達も時折耳にするほどの善良で評判のよい女将校だった。

 金聖姫が妖魔に浚われたことに罪ありと掲示されたが、陳達には、王女を失った腹いせに長女金が犠牲になったとしか感じなかった。

 

 そして、長女金は、女の身でありながら、国都から晒し場の郊外まで素っ裸で歩かされるという辱めを受けた。

 普通、国都で行われる処刑は、国都の広場に晒される。

 長女金がわざわざ、国都と離れた晒し場に送られたのは、できるだけ多くの人間に長女金の裸身を見物させて屈辱を与えようということと、長女金の尊厳をすべて奪うために、処刑を待つ男囚と同じ結界牢に入れろという国王の指示によるものだというのは後で知った。

 

 長女金の晒し刑の期間は三年であり、それも途方もない長い期間だ。

 処刑の前の晒し期間は、通常であればせいぜい半月であり、三日後に処刑される予定の宝玄仙の晒し期間はわずか一日だ。

 普通はそれくらいの長さなのだ。

 ひとつの長女金の晒し期間が長いのも、結界牢の中で男囚に犯される長女金を多くの人間に見させて恥辱を与え続けようという王の怒りによるものだったはずだ。

 陳達もさすがに理不尽なものをそれに感じたことを覚えている。

 

 しかし、陳達は、それっきり、そんなことがあったことも忘れていた。

 国都の住民はかなりの者が、結界牢において衆目の中で犯される長女金を見るためにその晒し場に行ったが、陳達は行かなかった。

 そんな目に遭っている長女金に同情したからだが、それは考えてみれば恥ずべきことだった。

 

 同じように長女金の不幸に接した沙那たちは、まったくの旅の人間でありながら、もっと行動的な反応をした。

 結界牢を道術で破り、長女金を解放したというのだ。

 そして、数日間、長女金を匿い、路銀を持たせて逃がした。

 

 陳達は、国都で生活をする自分たちがやるべきだったことをこの通りすがりの女たちがやってくれたというような思いを感じた。

 だが、その結界牢を破ったことにより、沙那たちは国軍の捕縛を受けた。

 沙那は、旅立たせた長女金が、なにかの手違いで国都に入ってしまい、再び捕らえられたのではないかと心配していたが、それについてはわからない。

 

 隠れていた家を襲撃されたことにより、沙那たち三人は逃亡に成功したものの、女主人で道術遣いの宝玄仙は軍に捕らえられてしまった。

 国軍の襲撃を受けたとき、三人は素裸でいたらしい。

 街道で陳達に助けを求めたときも、沙那たち三人は素っ裸だった。

 荷駄馬車に積んであった仕入れたばかりの古着を着せると、陳達は三人を自分の家に連れて行った。

 

 陳達は、彼女たちに、彼女たちの女主人の救出に協力すると約束した。

 彼女たちの行動に協力するために、陳達はこの二日間動き回ったが、その帰り、国都の広場で、宝玄仙の処刑日について予告する掲示板が立っているのを見つけたのだ。

 

 残された時間は、丸二日──。

 

 三日目の朝には、宝玄仙は絞首刑となり、民衆の前で首を吊られる。

 だが、沙那たちが動き回るのは危険だ。

 女主人の宝玄仙が捕えられたいま、沙那たちもまた手配されている可能性が高い。

 しかも、彼女たちは、隠れ処を襲撃されたとき、国軍の兵を相手に大暴れしているようだ。

 それで、自由に動くことのできない沙那たちの代わりに、陳達が動いた。

 

 陳達は、軍服の仕立てを通じて多くの軍人と顔見知りであり、また、出入り業者として軍営に入ることもできる。

 宝玄仙が軍営の地下牢に監禁されていることは昨日のうちにわかった。

 容易には脱獄させることはできないということも……。

 

 また、宝玄仙を訊問しているのは、有来有去(ゆうらいゆうきょ)という筆頭道術師であり、宝玄仙を捕えてから、一歩も軍営から出てこない。

 それも沙那に伝えてある。

 

「それと、あんたに言われたことはやってきた。だが、これで、あんたらが危険になるんじゃないか?」

 

 陳達がやったのは、宿元女(しゅくげんじょ)という近衛軍の女将軍に手紙を渡すことだ。

 道術師隊長の有来有去に囚われている宝玄仙という女囚は、二年前に浚われた金聖姫の行方について重要な情報を握っていると知らせたのだ。

 そう記した書を必ず宿元女にわたるように手配した。

 

 沙那は、これにより、宝玄仙の身柄が道術師隊から近衛軍に動くと考えている。沙那によれば、道術師隊という隊も、道術師隊が選んでいる軍営の地下牢という場所も警備が強すぎて手を出せないらしい。

 それに比べれば、本来は囚人を扱う部署ではない近衛軍は警備が緩い。

 宝玄仙の身柄も軍営ではなく、近衛軍府に移される。

 そうでないとしても、近衛軍が調査することにより、宝玄仙の処刑執行の日は伸びる。

 伸びてくれれば、朱姫の道術が遣えるようになるので、本格的な救出作戦にも入れるということだ。

 

「わたしたちのことはいいんです。わたしが心配しているのは、陳達さんのことです。なんとか、その宿元女という女将軍を動かしたいのですが、こちらが接触したことにより、必ず、宿元女将軍は陳達さんの周りを調べます。そして、わたしたちが匿われていることも知るでしょう。陳達さんに迷惑がかかることになります」

 

 沙那は申し訳なさそうな表情で言った。

 

「俺のことはいい。あんたらに協力すると決めたときに、命の覚悟はした……。いい機会だ。事が終われば、俺も旅に出る。こんな狭い国都で一生を終えるよりも、あちこち旅をして見聞を広めるさ。蓄えもあるし、守らなければならない係累があるわけじゃない。それに、余所者で、しかも、女のあんたらが命を張っているのに、国都の人間である男の俺が死ぬことを怖がってどうするんだ──」

 

 陳達は声をあげた。わざわざ威勢のいいことを言ったのは、本当は怖気づいている自分の内心を鼓舞するためだ。今更、恥ずかしい行為も言葉も出すことはできない。

 

「ありがとうございます。その償いはさせてください」

 

 沙那が立ったまま深く頭を下げた。沙那のいう償いというのは、陳達が受ける迷惑の代償として、沙那たちの身体を自由にしていいということだ。

 実際、今日を含めて三日間、陳達はこれまでの人生でやった回数を遥かに上回る情事をこの三人の美女を相手に行ってきた。

 沙那が頭を下げたことにより、前掛けの上側から両方の乳首がぽろりとこぼれ見えた。

 

「そ、それにしても、目に毒な格好だなあ──」

 

 陳達は笑った。素っ裸の美女が身体に胸までの前掛けだけをつけて動き回る姿は、本当に煽情的だ。

 

「お、お気に召しませんか? 陳達さんがこういう格好がお好きだと言ったので、わたしたちのために動いてくれている陳達さんのために、この格好をしようと話し合ったのですが……」

 

 沙那が顔を赤くした。

 素裸に前掛け姿というのは、昨日、再びこの三人の身体を味わった後で、女のどんな姿に欲情するかという話をしたときによるものだ。

 陳達が戯れでそんなことを喋った気がする。

 あくまでも、情事の後の寝物語であり、まさか、本当にやってくれるとは思わなかったが……。

 

「そうじゃない。嬉し過ぎだ。興奮しすぎて、これに血が昇りそうだ」

 

 陳達は股間を指さした。下袴の前が怒張により大きく膨らんでいる。

 

「ま、まあ……。じゃ、じゃあ、湯殿で……」

 

 沙那が小さな声で言った。

 湯殿に接した脱衣場はそれほど大きなものではない。湯殿もそうだが、もともと、陳達ひとりが使うためのものであり、多くの人間で使うことを前提としたものではない。

 

「ああ、陳達さん、戻ったのかい?」

 

 孫空女が湯殿の勝手口から入ってきた。

 湯殿に湯を沸かすためには、外の大きな水桶に溜めてある水を湯船に引き込んで、家の外側で湯船の下から湯桶に溜めた水を温めるために薪で火を炊くのだ。

 それを孫空女がやってきたのだ。

 

「う、うわっ、その恰好で外にいたのか、孫空女?」

 

 思わず陳達は言った。

 孫空女もまた、素裸に前掛けの姿だ。

 ただ、背の高い孫空女には、やや前掛けが小さいらしく、ふたつの乳首ははっきりと露出していた。

 股間を覆う布はぎりぎり付け根を隠す程度だ。

 見えるようで見えないというのは、本当に興奮させる。

 

「問題ないよ……。垣根に囲まれた家の庭じゃないか」

 

 孫空女は笑った。

 

「も、問題……ないのか?」

 

 陳達はちらりちらりと孫空女の姿に眼をやりながら言った。

 

「ところで、湯船かい。湯加減はちょうどいいよ。あたしも入るね」

 

 孫空女が前掛けをとって全裸になった。

 すると、沙那もまた裸になる。

 そして、ふたりで、陳達の服を脱がせかかる。

 なにか圧倒される。

 

「そ、そんなに、一生懸命してくれなくても、ちゃんと、約束をしたことは果たすよ」

 

 陳達は思わず言った。

 このふたりだけじゃなく、台所で食事の支度をしているという朱姫も含めて、大変な女傑であることは知っている。

 なにせ、たった三人だけで、道術師隊を含む軍の襲撃を振り切って逃げ延びることに成功するような女たちだ。

 

 それが、奴隷女のように陳達にかしずくのは途方もない嬉しさではあるが、申し訳ないという気持ちでいっぱいにもなる。

 これまでの人生で女には縁のなかった陳達だ。

 その陳達に三人の美女が懸命に奉仕してくれる……。

 やはり、これは夢だろう──。

 

「いいえ、陳達さん──陳達さんは、これに見合うことをしてくれています。それに、さっき陳達さんが言われたとおり、事が終われば、陳達さんにも国都から逃亡してもらわなければならないかもしれません。そんなことを関係のない陳達さんにさせるのは申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも、陳達さんが頼りです。こんなことくらいしかお返しできませんが、なんとか、ご主人様を救出するのに協力してください」

 

 沙那がそう言って上衣を脱がせにかかる。

 

「そうだよ、陳達さん。それに、あたしらは、もともと、宝玄仙という女主人の奴隷女みたいなものさ。遠慮はいらないよ」

 

 孫空女はあっけらかんと、自分が奴隷だと言った。

 だが、実際はそうじゃないだろう。

 昨日、孫空女が庭で薪を作るのを見たが、大きな材を金色の棒で突いて、木端微塵にしていた。大変な技であり、それひとつだけでも、孫空女が怖ろしい女傑だということはわかる。

 

 三人で湯殿に入る。

 すると、外からどたどたと人が駆けてくる気配がした。

 

「ああ、沙那姉さんと孫姉さんだけで狡いですよ──。あたしも入りますからね」

 

 朱姫だ。

 朱姫もまた全裸に前掛けだけの格好だ。

 あっという間に朱姫も裸になった。

 

 この狭い湯殿に四人も入れば、ぴったりと肌を接しなければならない程になる。

 この三人の美女と一緒にこんなにも肌と肌を密着して湯殿に入るなど、あり得ていいのだろうか。

 陳達はどぎまぎした。

 

「さあ、沙那姉さんと孫姉さんは、両手を背中に回してください。親指と親指をつけるんです。指結びをしますから」

 

 朱姫は、細い紐を二本持っている。

 

「な、なんでよ?」

 

「そ、そうだよ。どうして、括らなければならないのさ」

 

 沙那と孫空女が驚いた表情で抗議した。

 

「その方が、陳達さんが悦ぶからです。そうですよね、陳達さん──」

 

 朱姫が強い口調で陳達を睨んだ。

 

「そ、そりゃあ……」

 

 いきなり朱姫にそう迫られて、思わず勢いで同意した。

 

「ほうらね。さあ、陳達さんに奉仕するんですよ──。だから、もっと、もっと頑張らないとね……。さっさと、手を後ろにするんです。陳達さんもおっしゃったじゃないですか。その方が陳達さんも嬉しいんです」

 

 陳達の名を借りて朱姫の性癖を満たしたいだけにようにも思うが、陳達は苦笑して黙っていた。

 沙那と孫空女が受身的なら、朱姫は嗜虐的な性癖だということは、この二日で知った。

 もっとも、朱姫が積極的になるのは、沙那と孫空女が相手のときだけで、陳達が相手のときにはやはり消極的だ。

 

「でも、陳達さんと大事な話があるのよ、朱姫」

 

 沙那が言った。

 

「話は手が後ろでもできるじゃないですか。早く、手を後ろですよ──。ねえ、陳達さん、沙那姉さんと孫姉さんを後ろ手に縛って、身体を好きなように洗ったり、いじくったりしたいと思いませんか?」

 

「ほう、それは、確かにいいな」

 

 陳達は、そんな痴態を想像して思わず言った。

 

「決まりです。ふたりとも手を後ろにしてください」

 

 朱姫が言った。

 

「あ、あんたがやりたいだけじゃないの、朱姫?」

 

 沙那が言った。

 

「問答無用ですよ、沙那姉さん──。ほらっ、孫姉さんも手を後ろです。陳達さんが待っているじゃないですか」

 

 沙那と孫空女はぶつぶつ言っているが、それでも、勢いに押されたような感じで手を背中に回して親指を合わせた。

 その親指の根元を朱姫が紐で結んでしまう。

 なるほど、こうやってしまえば、紐ひとつで簡単に動きが封じられてしまうというわけだ。陳達は関心した。

 

「じゃあ、孫姉さんは、先に湯船に──。沙那姉さんから洗ってもらいましょうか……。どうぞ、陳達さん」

 

 孫空女が後手のまま、湯船を跨いで中に入った。

 そして、朱姫が、指縛りで後手に拘束された沙那の裸身を陳達に押しやった。

 

 陳達の胡坐に座った脚の上に沙那の身体に乗る。

 朱姫が洗い粉を湯で溶かして泡を作り、陳達の両手に載せた。

 陳達の手で沙那の身体を洗ってやれということだろう。陳達は、その泡のついた手で沙那の両乳房をそっと撫ぜた。

 

「あ……」

 

 沙那が身体を悶えさせた。

 さらに胸で乳房を揉みあげながら、丸く円を描くように乳首に泡をまぶすと、沙那がやるせないような声をあげる。

 その色っぽさに、陳達の怒張は大きくなる。

 するとそれが腰の上に乗っている沙那の股間を刺激したのか、沙那が腰をよじらせて甘い息を吐いた。

 

「ねっ、愉しいですよね、陳達さん。こんなに白い肌の沙那姉さんを洗っていると、いかにも磨いているという感じですよね」

 

 朱姫が横で言う。

 

「そ、そうだな。肌触りがいいな……」

 

 肌触りも最高だが、なによりもこんな頭のいい美女が、はしたなくよがるのが一番いい。

 普段の慎みのある風情が、ちょっと官能の刺激を受けるとたちまちに淫乱に狂う女になる。

 それが沙那の魅力だ。

 

 朱姫がどんどん陳達の手のひらに洗い粉で作った泡を載せていく。陳達は泡の付いた素手で、沙那の全身を撫でまわす。

 

「ひうっ……ひん……あ、ああ……」

 

 官能の昂ぶりを押さえられない沙那の身悶えと声が大きくなる。

 沙那にしても、孫空女にしても全身が性感帯のような感じやすい身体を持っている。

 だが、沙那はそんな自分を人に見せるのが好きではないらしい。

 健気に感じすぎてはいないような素振りをしようとはしているようだが、その耐えるような表情もまたいい。

 

 沙那の身体ががくんと揺れた。朱姫の手が沙那の股間に伸びて、股間に泡を塗りたくり出したのだ。

 沙那は陳達の腕の中で、朱姫の手管により体を仰け反らすように背を反り返らせた。

 

「ひ、ひいっ……そ、そこは……」

 

「そこはなんですか、沙那姉さん──。気持ちいいんですか?」

 

 朱姫が悪戯っ子のような口調で、自分も沙那の股間を刺激しながら、陳達の指を誘うように、沙那の肛門に触れさせた。

 

 つるりと沙那の肛門が陳達の指を受け入れる。

 

「いい、ああっ……だ、だめえぇ──」

 

 沙那が叫んだ。

 泡が潤滑油の役割を果たして、沙那の肛門は陳達の指を深々と受け入れている。

 沙那が激しく身体を震わせた。

 ふと、陳達は、大事なことをまだ言っていないことを思い出した。

 

「おおっと、大事なことを伝えるのを忘れていた。明日か明後日、もしかしたら、宿元女将軍から呼び出しがあるかもしれん。今日、軍営を訪ねた帰り際に、そう伝言があった。明日からは近衛軍府にも顔を出せということだったな」

 

「い、意地悪ね……。そ、そんなことをこんな悪戯をしながら言うなんて──」

 

 沙那が色っぽく顔を歪めて抗議した。

 欲情しながらも懸命に理性を保とうとしている沙那は、思わず見とれてしまうような美しさだった。

 

「そ、そんなつもりは……」

 

「沙那姉さん、そんな失礼なことを陳達さんに言って……。罰として、こうですよ」

 

 朱姫が沙那の股間をぐいと両手で持ちあげた。

 そして、怒張している陳達の肉棒に女陰を当てるようにして落とす。

 沙那は、指を肛門に受け入れたまま、すとんと陳達の肉棒を女陰に受け入れさせられた。

 

「きゃあ──」

 

 沙那が悲鳴をあげた。

 まだ、心の準備ができていなかったのか、沙那の声には、驚きと狼狽の響きが強かった。

 

「ほら、ほら、ほら──」

 

 朱姫が沙那の身体を両手で持って強く揺らした。

 沙那が淫情の悲鳴をあげた。陳達もまた、気持ちのいい沙那の膣の肉に包まれた肉棒が沙那の動きによって擦られて、たちまちに官能が込みあげさせられる。

 

「明日か……。明日なら、朱姫の道術はどのくらい回復しているの?」

 

 湯船の孫空女が言った。

 

「そうですねえ……。『獣人』はまだかも……。でも、ほかの道術だったらなんとか──」

 

 朱姫が応じている。

 

「しゅ、宿元女将軍……あ、ああ──ひんっ──しょ、将軍にとっては、ご、ご主人様がどうなろうと……結界破りの罪なんて……ど、どうでも……あいい……ああ、構わないはず……。そ、そこにつけいる……ああ……隙が……」

 

 沙那がよがりながら懸命に喋っている。

 陳達は別に意地悪く沙那を刺激しているつもりはないのだが、指で肛門を受け入れ、女陰で肉棒を受け入れている沙那が、勝手によがって刺激をむさぼっているのだ。

 

「沙那、快感に耽るのか、真面目な話をするのかどっちかにしなよ」

 

 孫空女が呆れたような声をあげた。

 

「じゃ、じゃあ、先にいく……。あああ──き、気持ちいいです──」

 

 自分で腰を動かし始めた沙那が、陳達に貫かれた身体を揺すって感極まった声をあげてうち震えた。



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284 偽りの愛情[四日目]

「宝玉、もう一度、あの話をしてもらおう──」

 

「ああ……も、もう、堪忍して……」

 

 意識朦朧としている宝玉が、がくりと頭を落とした。

 宝玄仙の裸身は、椅子に縛りつけられている。

 手首は手摺に縛り、両脚もそれぞれの足首と膝を椅子の脚に結ばれているし、胴体が背凭れから離れないように雁字搦めにしている。

 その状態で、宝玉の股間には、道術の込められた革帯が喰い込んでいる。

 革帯の内側には二本の張形があり、宝玄仙の女陰と肛門を深々と挿入されている。

 

「ひがあああああっ──」

 

 頭をがくりと落とした宝玉が、全身を仰け反らせて絶叫した。

 股間に喰い込んでいる二本の張形から電撃が加わったのだ。

 眠りかけた宝玉の意識がはっきりとなるのがわかった。

 

「も、もうやめて……。眠らせて、お願い……」

 

 宝玉が哀れな声をあげた。

 

「駄目だ、時間がない……。もう一度だ。今日は執行の前に何人かの役人がお前に最後の訊問をするはずだ。そのときの、俺が言ったとおりに答えるのだ。お前は罪に問われるが、筆頭道術師である俺のはからいで刑の執行が中止となり、お前は解放される手はずになっている。俺を信じろ」

 

 有来有去(ゆうらいゆうきょ)は冷たく言った。

 宝玉の身体が淫らにくねり始める。

 さっき電撃で宝玉を覚醒させた張形が、今度は小刻みに振動し始めたのだ。

 

 別に宝玉を達しさせるための刺激ではない。

 淫情を身体に溜めて、有来有去が宝玉の心を読むことができるようにするためだけの刺激だ。

 決して達しさせないように微妙な動きにしているが、それでも宝玉が官能のよがりに追い詰められるように張形の表面からは催淫剤が滲み出るようにしている。

 そういう刺激を与えながら、宝玉に繰り返し質問をしている。

 有来有去が証言するように命じたことを正確に発言するための訓練だ。

 

「も、もう何度も……お、同じことを言ったわ……。も、もう逆らわないから……ゆ、許して……」

 

 宝玉は言った。宝玉の言ったことは嘘ではないだろう。

 心労と睡眠不足で頭が働いておらず、有来有去の指示に従うつもりになっている。

 だが、有来有去は、宝玉が嘘ではなく、完全に本当の記憶としてすり替えるまで続けるつもりだ。

 

 宝玉の頭がまた、眠気でがくりと垂れた。

 有来有去は、張形に道術を込めて、電撃を浴びせる。

 宝玉は悲鳴をあげて身体を起こした。

 しかし、その表情は朦朧としている。

 有来有去は、立ちあがって卓の上にある布を宝玉の鼻に押しつけた。

 激しい刺激臭があり、宝玉の意識は束の間覚醒するはずだ。

 そのとおり、宝玉の表情が少しはましなものになった。

 

 この軍営に連れて来られてから、ずっと張形でいたぶるか、誰かに犯し続けさせている。

 疲労困憊のはずだが、四日目のいままで一瞬も寝かせていない。

 眠りを招きそうになる度に、激しい淫情や、電撃や、あるいは、強い覚醒作用のある刺激臭を嗅がせている。

 もう、宝玉は、まともな思考ができない状態になっている。

 このようになっている人間をいいなりにするのは簡単なことだ。

 

「さあ、話せ。お前が長女金(ちょうじょきん)の結界牢を破ったのはなぜだ?」

 

「……あ、ああ……き、汚らしい……。醜いと思った……。も、もう、許して……。こ、これ、動かさないで……こ、怖い──」

 

「怖いか──。ちゃんと喋れれば、電撃はしない。眠ろうとするからそうなるのだ。眠らなければ、いい気持ちになるだけだ」

 

「こ、この振動も……堪らないの……。お、お願い……だ、だから……とめて……」

 

 宝玉が身悶える。

 思わずどきりとした。

 そして、たかが、女囚に心を動かしかけた自分に苦笑した。

 

「ひぎゃあああっ──」

 

 自分の戸惑いを隠すように、有来有去は強めの電撃を霊具に送った。

 衝撃を受けた宝玉が絶叫して痙攣した。

 喰いしばった汗びっしょりの宝玉の顔から声が絞り出される。

 

「……ゆ、許して……あ、ああ……な、なんでも言う。言うから……ああ……」

 

 電撃がないときは、二本の張形は常に淫らに動いて宝玉を追いつめている。宝玉の思考は、すでにずたずただ。

 

「もう一度訊くぞ。なぜ、長女金の結界牢を破ろうと思った?」

 

「ちょ、長女金……? 長女金……」

 

 宝玉の思考がぼんやりとしたものになる。

 本当に思い出せないのだ。

 記憶の混沌が起こっている。

 有来有去は、布の刺激臭を宝玉に嗅がせる。

 宝玉の眼が開く。

 

「なぜ、長女金の結界牢を破ろうとした?」

 

「はあ、はあ、はあ……き、汚らしい……惨めなものを見るのが嫌……」

 

「どうやって、結界牢を破った?」

 

「か、監視の兵を……い、色仕掛けで……たぶらかして……」

「長女金はどうした?」

 

「殺して……山に捨てた……」

 

 有来有去は笑いの発作に耐えられずに、身体を曲げて、笑いが込みあがるのを押さえた。

 これだけの出鱈目を宝玉に擦り込むのは苦労したが、数日かけてそれをやったのだ。

 言った通りに喋れば、解放してやるだけではなく、有来有去の屋敷に連れ帰り妾として世話をすると言った。

 そして、愛していると言いながら、繰り返し激しい絶頂をさせた。

 

 最初は抵抗のあった宝玉の心も、催淫剤も使って追い詰めたうえに、十数回以上の連続絶頂責めをすると、次第にその快感を有来有去の愛の言葉と錯覚するようになった。

 そのうえで、眠らせない責めが宝玉を追いつめた。

 

 その状態で電撃責めだ。

 宝玉は、極度の疲労と眠気、快感と愛情の擦り込み、そして、繰り返される絶頂と電撃に追い込まれた。

 特に敏感な場所に送り込まれる電撃の恐怖に、宝玉は追い詰められた。

 有来有去の命じるままに、ありもしないことを口にしはじめた。

 

 それから、何度も宝玉──つまり、宝玄仙が長女金を殺したという出鱈目の話をさせた。

 ついでに、結界牢を破ったのは、宝玄仙の道術ではなく、監視の兵が一時的に結界牢を解除したからだという証言もさせることにした。

 生贄として処分することになるその監視兵ももう拘束してある。

 筆頭道術師の有来有去が施した結界牢の道術が破れたということよりも、色仕掛けにたぶらかされた監視兵が結界を緩めたという方が有来有去には都合がいい。

 万が一のことがあれば、すぐに対処するように、結界牢を監視する兵には、結界牢を無効にする霊具を渡してある。

 それを使ったことにすれば、有来有去の道術が破れたということにはならず、有来有去の魔道師としての評判には傷がつかない。

 

 眠気と霊具の振動による快感と疲労で、ぼんやりとしている頭で同じ話をさせると、だんだんと宝玉の記憶は本当に曖昧なものになっていく。

 長女金が汚らしいので殺そうと思い、監視兵のひとりを色仕掛けでたぶらかせて、長女金を脱獄させて、道術で殺して山に屍体を捨てた──。

 

 宝玉に何度も同じ話をさせた。

 

 それを丸三日やった。

 

 それだけやれば、人の記憶など曖昧なものだ。

 本当にそうしたのだと宝玉の頭に刻み込まれていく。

 宝玉の頭の中を読んでも、すでにそれが本当のことなのか、有来有去に強要された出鱈目なのか区別がつかなくなっている。

 

 道術隊の道術師が繰り返し、同じ話を宝玉にさせているし、有来有去も数十回も聞いている。

 少しでも眠りかければ、股間と肛門に淫らで小さな振動を続けている張形が、強い電撃を浴びさせる。

 それでも眠りかければ、布に染み込ませた刺激臭を嗅がせる。

 布には人間を覚醒させる道術の籠った仙薬がたっぷりと染み込ませており、この匂いを嗅げば、しばらくは眠ることができなくなる。

 

「もう一度話をしろ、宝玉」

 

「い、いい加減にして……あ、あなたの言うとおりにする……ああ……も、もう逆らわない……。なんでも話す……。もう、同じ話を何十回も……しているわ……あ、あんっ」

 

「頑張るんだ。うまくできれば、屋敷に連れ帰って愛してやる……」

 

「そ、そんなの……」

 

 宝玉の頭に戸惑いと躊躇いのようなものが渦巻く。

 有来有去が愛しているなどということは脈略もないことだとはわかっているのだ。

 しかし、それを信じたいという宝玉の心もある。

 宝玉、あるいは、宝玄仙が恐ろしくも空虚な人生を送って来たのだということがわかる。

 これまでの人生に、一度もそれに相応しい愛情を注がれることのなかった荒みのようなものが宝玉の心にある。

 それを癒したいという心の渇きが、有来有去の空虚な嘘を宝玉が受け入れようとするのだ。

 

「今度は、俺が訊ねるからそれに答えろ、宝玉」

 

「わ、わかったわ……」

 

 張形に刺激を受けて、朦朧としている宝玉が頷いた。

 視線がおかしい。

 有来有去がどんなに心を読んでも、いまの宝玉には、真実と有来有去が擦り込んだ嘘の区別がつかなくなっている。

 混沌として、喋っていることがよくわからなくなっているのだ。

 喋りながら、それが真実であるとも思い込んでいる。

 宝玉と宝玄仙というふたつの人格に分かれていることがそれを後押しもしている。

 自分の記憶にないことでも、宝玄仙がやっている可能性があるからだ。

 実際、宝玉は、宝玄仙が長女金を殺したと思いかけている。

 

「お前が長女金を殺したんだな?」

 

「そ、そう……」

 

「どうやって殺した?」

 

「……ま、道術で……」

 

「屍体はどうした?」

 

「それも道術で……。消すことは簡単……」

 

「そのとき、長女金はなにか言ったか?」

 

「な、なんにも……。い、いえ、……どうして、殺すのかって……あ、ああ……しゃ、喋ったかしら……」

 

 これは擦り込んではいないことだったが、宝玉が勝手に話を作って補強した。

 

「お前はなにを言った?」

 

「あ……ああ……」

 

 宝玉の思考が虚ろになった。

 眠りに陥ろうとしている。

 

「ぎゃああああ──」

 

 宝玉の身体が跳ねた。強い電撃を与えたのだ。

 彼女の絶叫が続いている。

 眼が白目を剥く。

 身体の痙攣が大きくなる。

 

 電撃を解く。

 宝玉の身体が糸を切られた操り人形のようにがくりと力を失う。

 

「寝るな。質問に答えろ」

 

「お、お願いよ──。す、少しでいいの……や、休ませて」

 

「駄目だ。すべてが終わるまで、眠らせるわけにはいかん──。これを嗅げ」

 

 刺激臭を嗅がせる。

 宝玉の意識が覚醒するが、それとともに混乱が大きくなる。

 人は眠らせないと思考がおかしくなる。

 狂うのだ。

 

 以前にも同じ拷問をやったことがある。大抵は、五日も続ければ、どんな出鱈目でも脳に擦り込まれて、その通りに自白する。

 七日過ぎれば、言動が常軌を逸するようになり、明らかに狂っているという状態になった。

 あるいは死んだ。

 これまでの最高記録は十七日まで生きた囚人だ。

 

 宝玉の場合は、まだ四日目だが初日以来の性の拷問で疲労困憊の状態にしてある。

 実際には、それ以上の睡眠を与えないときと同じ状態になっている。

 そして、宝玉の場合は、意識を失わせないことにはさらに意味がある。

 宝玉は、意識が失った状態にならなければ、宝玄仙と人格を交替できない。

 

 宝玉が表に出ている場合は、宝玄仙は眠っている状態になり、外界との繋がりを断っている。

 逆に、宝玄仙が表に出ている場合は、宝玉は宝玄仙が見聞きしたことを知覚しているらしい。

 有来有去は、それを宝玉の思考を読むことで知ったが、それは闘勝仙という男から受ける嗜虐に耐えるためにそうしたらしい。

 

 防御のための人格である宝玉はすべてを知る必要があるが、攻撃のための人格である宝玄仙は闘勝仙から受ける恥辱を体感してしまうと心が崩壊するために、あえて眠っている状態にして、受けている屈辱を遮断するのだという。

 

 いずれにしても、宝玉が意識を失わない限り、宝玄仙と人格を交替する機会がない。

 そして、意識を失わせないように、有来有去や部下がつきっきりで見張っている。

 

「もう一度、訊く──。長女金をどうやって殺した?」

 

「……ま、道術で……身体を消失……」

 

「なぜ、殺したのだ? お前と関係のない女だろう」

 

「き、気まぐれ……。汚かったから……」

 

「それはいつのことだ?」

 

「……そ、それは……ああ……お、お願いだから……ま、霊具をとめて……」

 

 有来有去は股間に挿入されている霊具に電撃を加えた。

 

「ぎゃあああああ──」

 

 宝玉が狂人のような悲鳴をあげた。

 電撃をとめると、がくりと力が抜け、宝玉が拘束された椅子で身体を崩す。

 

「もう一度だ。なぜ、長女金を脱獄させようとした?」

 

 思いつく限りのありとあらゆる質問をする。

 すべての質問は観察室で待機している者が記録をしている。

 そして、同じ質問を繰り返す。

 矛盾がないかどうか確認するためだ。

 

 有来有去はそれを三刻(約三時間)続けて、次の者に交替をする。

 訊問者は五人準備しているが、五人ともそういうことには長けていて、宝玉を一瞬も眠らせることなく訊問を続けることができる。

 食事と水は与えるが、絶対に眠らせない。

 そして、同じことを訊問する。

 それを果てしなく繰り返している。

 

「も、もう許して……」

 

 宝玉の眼の動きがさらにおかしくなり始めた。

 

「頑張ってくれ、宝玉──。すべてが終われば、俺の屋敷に連れて行く。毎日愛し合おう。俺はお前を愛している」

 

 宝玉の心が揺れ動く。

 有来有去の言葉はただの言葉だが、それを受ける宝玉にとっては、そうではないようだ。

 有来有去のつまらない言葉を生命の力を得たかのように吸収している。

 この女がこれまでにどんなに真の愛情に飢えた人生を送ってきたかということがわかる。

 有来有去はその空虚さを徹底的に活用しているのだ。

 

「そろそろ、次の者と交替する。そいつにも真実を答えるのだぞ、宝玉」

 

 有来有去は立ちあがった。

 卓の上には、宝玉の股間に挿入させている霊具を操作できる板が置いてある。

 有来有去が休むのは、隣の観察室だ。

 少し仮眠をしてから観察室で宝玉の心を読み続けることになる。

 

 交替の部下が入ってきた。

 有来有去は立ちあがった。

 部屋を出ていく際に、もう一度宝玉の心を読んだ。

 

 宝玉の心から真実が消えかけている。

 もう、なにが真実で、なにが嘘なのかわからない状態になっている。

 

 宝玉は堕ちかけている──。

 

 有来有去は確信していた。

 

 

 *

 

 

「お前が長女金を殺したというのは間違いないな、宝玄仙?」

 

「ま、間違いないわ……」

 

 訊問室に座っている宝玄仙──宝玉の人格が虚ろな表情で答えた。

 

 手首と足首を椅子に縛りつけているはあるが、拘束は緩いものにした。

捕えたときに着ていた服も身に付けさせている。

 もっとも、股間に挿入した霊具はそのままだ。

 いまでも、霊具は、淫らな振動を続けながら宝玉を責め続けている。

 

「ここが悪名高い、道術師隊の拷問室ね──」

 

 宿元女が透明になっている壁越しに宝玉の姿を見ながら言った。

 

「訊問室ですよ、宿元女(しゅくげんじょ)将軍」

 

 有来有去は苦笑しながら言った。

 道術により透明にした壁の向こうで、宝玉に対して訊問者が質問を続けている。

 壁の向こうで喋っている声がここに筒抜けだが、向こう側からは、ただの石壁にしか見えないので、こっちで観察を続けているのはわからない。

 

 この数日、同じように続いている状況だが、違うのは宝玉を訊問しているのが、有来有去の部下ではなく、宿元女の部下だということだ。

 

 午後になり、もう大丈夫と確信した時点で、二日ほど前からうるさく要求されていた宿元女の要求に有来有去は応じた。

 つまり、近衛軍に宝玄仙──実際には、宝玉の人格だが宝玉には、それを隠せと強要している──への訊問を許すことだ。

 ただし、身柄の引き渡しには応じなかった。

 ここでしか宝玄仙の道術を封じることができないというのをその理由にしたが、実際には、宝玄仙の身体から賽太歳(さいたいさい)が道術を奪い去ったので、宝玄仙も宝玉も道術を遣うことはできない。

 

長女金(ちょうじょきん)は死んだのね。残念だわ。わたしも迂闊だった。長女金が金聖姫(きんせいき)様の行方の手掛かりを握っている可能性を考えなかったわ。すっかり訊問は二年前に終了していると思い込んでいたから」

 

「その通りですよ、宿元女殿。長女金は二年前の調書に書かれていること以外のことなど知らなかったはずですよ──。もっとも、いまとなってはそれを確かめようもないですけどね」

 

「でも、そんな情報があったのよ……。長女金、そして、この宝玄仙が、金聖姫殿を浚った賽太歳という妖魔に関する手掛かりを握っていると……」

 

 宿元女が失望したように、脚を組んで腕組みをしている。

 この宿元女という女将軍は、若い頃には、朱紫国軍の美将軍として、有声を馳せた名将らしい。

 歳は五十に近いはずだが、そうとは思えない美貌と色香を残している。

 しかし、有来有去にとっては目の上の瘤のような存在だ。

 なにかと魔導師隊と有来有去に対して警戒心を持っていて、今回も宝玄仙の身柄を金聖姫捜索のために必要だから引き渡せとうるさく要求していた。

 だが、有来有去としてはそれを許すわけにはいかなかった。

 賽太歳の姿を見てしまった宝玉、あるいは、宝玄仙がそれを宿元女に喋ってしまう可能性が高いからだ。

 それを許したのは、責め苦により宝玉の頭からすっかりと真実が抜け落ちてしまい、誰になにを訊ねられても、有来有去に都合の良い答えしか言わないと確信してからだ。

 

「賽太歳……あるいは、金聖姫という名に記憶は?」

 

 壁の向こうの宿元女の部下が訊いている。

 

「な、ないわ……あ、ああ……」

 

 宝玉は虚ろな目をしている。

 しかし、答えには淀みはない。

 ただ、時折つく宝玉の吐息には、ずっと苛まれている張形の刺激による甘い淫情の色が含まれている。

 宝玉に質問を続けている男には、なぜこんなに宝玉が顔を赤くして、色っぽく身体を悶えさせるのか理解できないはずだ。

 有来有去は密かに含み笑いをした。

 

 有来有去も心を読んでいるが、宝玉の頭には、真実の情景は残っていない。

 宝玉の頭にある情景は、長女金を自分たちが殺したという数日かけて擦り込んだ光景だけだ。

 もっとも、宝玉はそれをやったのは、宝玄仙の人格と考えているようではあるが。

 

「残念だわ。どうやら、また、出鱈目の情報を掴まされたようね」

 

 宿元女が頷いて、横に立っている自分の部下に合図をした。

 壁の向こうで訊問をしている部下の調べを終わらせるためだ。

 指示を受けた宿元女の部下が隣室に向かう。

 有来有去は道術を解いた。

 透明だった壁が元の石壁になり、向こう側の情景が遮断された。

 

「宝玄仙の証言のとおりに、山中で長女金を道術で焼いたらしい跡も道術師隊が見つけています。長女金が死んだというのは間違いないようです。その場所をお教えすることもできますが?」

 

 道術師隊がでっち上げたものだ。

 実際には、そこで誰も死んではおらず、ただ草に焼け焦げがあるだけだが、道術のない者にはそこで人が死んだかどうかなど判別できるわけがない。

 

「その必要はないわ──」

 

 宿元女が立ちあがった。

 

「宝玄仙は明日、城郭の広場で晒します。処刑は明後日の朝です」

 

「気まぐれで人を殺すような悪女は、人間的に扱ってやる必要はないわ。見せしめにすべきね。もっとも、道術を遣えるなら逃亡に気をつけることね」

 

「道術師隊が二重三重と警戒しています。逃亡などできませんよ」

 

 晒し刑から処刑の当日にかけて、道術師隊と城郭兵が重警備をする。

 有来有去が警戒しているのは、宝玄仙の供が宝玄仙を奪回にくることだ。

 宝玉の心を読んだ限りでは、ひと筋縄ではいかない女傑たちのようだ。

 

「それにしても、私としても残念です。金聖姫様の行方については、私も、道術師隊も案じてあります。可能な協力を惜しむつもりはありません」

 

「それが口先だけでないことを信じるわ、有来有去殿」

 

 宿元女は嫌味のように言い、観察室を出ていった。

 宿元女とその部下が消えると、有来有去は宝玉がいる部屋に向かった。

 

「すべて終わった。よくやったな、宝玉──。明日、お前は城郭に晒される。処刑は明後日の朝だ。もう、眠っていいぞ。本当の牢に連れていってやる。独房だ。まともな食事も準備させる」

 

 有来有去がそう言うと宝玉の眼が大きく見開かれた。

 

「め、妾の話は……? あ、愛していると……」

 

「お前、馬鹿か──」

 

 有来有去は大笑いした。

 宝玉の顔が歪んだ。

 その表情には狂気の色がある。

 

「う、嘘つき──。嘘をついたのね──。嘘つき……。宝玄仙のせいね──、。宝玄仙が長女金を殺したから……。あいつには、沙那たちがいるのに、わたしには誰もいなくて……、そして、せっかくわたしが掴みかけた人まであいつのせいで失うのよ──。宝玄仙のせいよ……。そうに違いないわ──ああああ、宝玄仙が我が儘で気紛れだから、わたしが手に入れるはずだったものまで奪った。あいつが長女金を殺したから──」

 

 突然、宝玉が喚きはじめた。

 有来有去は驚いた。

 思考を読んだが、宝玉の頭の線が切れたようになっていて、読み取ることができなくなっている。

 慌てて、有来有去は思考を読むのを停止した。

 すでに役目の終わった張形の振動も停止させた。

 

「連れて行け──」

 

 有来有去は言った。

 それきり宝玉のことなど忘れた。

 

 それよりも、明日は忙しいのだ──。

 沙那、孫空女、朱姫という三人の女は、間違いなく宝玄仙を奪回しにくる。

 それを阻止するための手配をしなければならないのだ。

 できれば、その機会に三人を捕縛してしまいたい。

 

 あのとき、道術師隊は宝玄仙を捕えたが、城郭軍は、宝玄仙の三人の供の女傑を取り逃がした。

 それを道術師隊が捕縛する──。

 

 きっと道術師隊の地位はさらに上がることだろう。

 有来有去は、泣き叫びながら連れて行かれる宝玉の背中を見送りながらそう思った。



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285 褌行進と裸はりつけ[五日目・処刑前日]

「眠れたか、宝玄仙?」

 

 軍営を出る門の前で、改めて金属の手枷によって両手首を背中側で拘束され直した宝玄仙の前に有来有去(ゆうらいゆうきょ)が現れた。

 

「有来有去……」

 

 現われた有来有去を睨んだ。

 宝玄仙が、意識を取り戻したのは昨夜だ。

 

 そのとき、宝玄仙は独房の中にいた。

 ずっと宝玄仙に付きっきりで訊問に当たっていたはずの有来有去は、意識が戻って以来一度も独房には顔を出さなかった。

 有来有去の顔を見るのは数刻ぶりであり、宝玄仙が意識を取り戻して初めてだ。

 しかし、この男が宝玉になにかをしたに違いないのだ……。

 

 独房の中には食事が準備されていたが、意識が戻った宝玄仙は、死にそうになるくらいの睡魔を感じた。

 これは、それまでの宝玉が味わっていた疲労と睡魔だろう。

 宝玄仙は、そのまま、再び眠りに落ちた。

 そして、朝を迎えた。

 

 宝玄仙が起きたのは、係兵だという声が独房の外からあり、二刻(約二時間)後に出発だと告げたときだ。

 出発というのは処刑のために城郭の広場に行き、磔にされて晒されるのだという。

 

 宝玉と交替する前に、有来有去は、宝玄仙に処刑は五日後だと言っていた。

 今日一日晒されて、明日の朝、そのまま広場で処刑と言われたのを思い出すと、宝玉と意識を交替してから四日経っているということだろうか。

 

 なにしろ、これまでは、宝玉から宝玄仙に意識が交替するときには、意識体の中でなんらかの意思と情報の交換があったのだ。

 今回はそれがなかった。

 いつもの深層意識の中に宝玉は出現しなかった。

 深い闇の部分で宝玉の意識を感じたような気がしたが、それは底なし沼を感じさせるような深層意識の奥にあり、宝玄仙の届くところにはなかった。

 

 なにが起こったのかわからない。

 ただ、わかっているのは、いまの宝玉は意識を完全に閉ざしているということだ。

 それが一時的なものなのか、闘勝仙を殺した直後のときのように、しばらく続くことなのか宝玄仙には判断がつかない。

 いつもと違う宝玉の様子が宝玄仙には心配だった。

 

 とにかく、有来有去に追い詰められた宝玉は、自ら選んで心を閉ざし、外界との接触を断った。

 そう思うしかない。

 現段階において、宝玄仙は、宝玉にまったく触れることができないでいた。

 

 独房で目を覚ました宝玄仙は、まだ、疲労はとれていなかったが、それでも、昨夜からそのままだった食事と飲み物を少し口にした。

 下着は履いていなかったが服は身に着けていた。

 隠れ処を襲撃されたときに、宝玄仙が身に着けていたものだ。おかしな霊具も装着されていない。

 

 しばらくすると、独房の戸が開き、前手に縄で拘束された。

 そして、十人ほどの男たちに囲まれて、軍営を出るこの門の前までやって来た。

 そして、ここで待っていた一隊に引き渡された。

 

 引き渡されたときに、前手の縄は解かれて、金度は金属の手枷で拘束されなおした。

 足首にも、歩くことに支障がない程度の鎖が繋がった足枷が嵌められる。

 そして、十人ほどの魔導師を連れた有来有去がやってきた。

 

 道術師と呼ばれるこの国の宮廷道術遣いは、くるぶしまでの紫色の長い外衣を身に着けていてすぐわかる。

 彼らは、分散してここで待っていた兵と合流した。

 おそらく、これは明日の朝に執行するはずの宝玄仙の処刑が終わるまで離れることはないのだろう。

 これから城郭の広場に晒され、翌朝早くに絞首刑により刑が執行されるということは、独房を出たときに教えられた。

 

 沙那と孫空女と朱姫は、宝玄仙を救出するために動いているのだろうか……。

 

 そうであるとすれば、この重警備を破るのは容易ではないと思った。

 有来有去も沙那たちが宝玄仙を奪回しにくるのは予想しているために、それを逆に捕らえるために準備しているのは間違いない。

 だが、これだけの重警備では、その沙那たちが危ないだろう。

 

 あの三人は、なんとしても宝玄仙を救おうとするに違いない。

 宝玄仙は、自分のことよりも、沙那たちが心配になった。

 

 それにしても、有来有去は宝玉にどんな仕打ちをしたのだろう。

 心を閉ざした宝玉──。

 あれは尋常ではない。

 

「お前、宝玉になにをしたんだい?」

 

 有来有去に向かって宝玄仙は言った。

 

「やはり、宝玉とは違うのだな。本当は、お前のような気の強い女を堕としたかったのだがな……。残念ながら時間切れだ。その代わり、趣向を考えているから、せいぜい、明日の朝まで愉しんでくれ」

 

 有来有去が顎で合図をすると、数名の兵が取り囲み、小刀で宝玄仙の服を切り裂いて、宝玄仙を素っ裸にした。

 周りの兵から卑猥などよめきが起きる。

 さすがにこれだけの男に囲まれて全裸にされるのは羞恥が走る。

 宝玄仙は股を閉じ合せて、兵たちの露骨な視線から裸身を守ろうとした。

 

「お前のような性の遍歴の女でも、さすがに大勢の兵の前で全裸になるのは、恥ずかしいのか、宝玄仙? これから城郭中を裸で引き回された挙句に、国都でももっとも賑やかな広場で、素っ裸で磔になるのだぞ。いま、そんなに恥ずかしがったら身が持たんぞ」

 

 有来有去が笑い声をあげた。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 それにしても宝玉はどんな目に遭い、どうして心を閉ざしたのだろう。

 宝玄仙から宝玉に意識を交替するときに、有来有去の責めは交替で受けると決めたはずだ。

 それなのに、宝玉は一度も宝玄仙に意識も渡さなかった。

 有来有去が宝玉に与えた責め苦は、そんなにも激しいものだったということか……?

 

「まあ、俺としても、俺を愉しませてくれたその身体を惨めに民衆に晒すのも気の毒とも思う。だから、せめてもの情けに、これを股間に身につけさせてやることにした。全裸よりもましだろう」

 

 有来有去が後ろの部下に持たせていた物を受けとり、手のひらでひらひらさせた。

 宝玄仙は、それを見てさっと血の気が引いた。

 これから大勢の民衆の前に裸身を晒そうという宝玄仙に有来有去がなにを身につけさせようとしているのかわかったのだ。

 有来有去が持っていたのは、真っ白い細長い布がついているものに同じ色の紐がついた小さな布だ。

 宝玄仙は、これを帝都時代に履かされて辱められた経験がある。

 

「おっ、どうやら、これを知っているようだな。宝玄仙、言ってみろ、これはなんだ?」

 

 有来有去が愉しそうに笑った。

 

「ふ、(ふんどし)だよ……」

 

 東方帝国の東側の島国の風習の下着だ。

 本来は男が身につけるもので女が使用するものではないということも知っている。

 こんなものを身につけるなら、まだ裸の方がましなくらいだ。

 どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ。この男は……。

 

「ほら、脚を開け」

 

 有来有去が言うと、数名の兵が宝玄仙の身体を押さえつける。

 身を捩る宝玄仙の両腿が無理矢理に開かせられて、宝玄仙に褌の腰紐を結び、布の部分を捩じりあげていく。

 もう、宝玄仙は諦めて大人しくすることにした。

 

 なんでも勝手にやればいいのだ。

 どうやっても、ここは抵抗できない。

 相変わらず、道術を遣うことができない。

 霊気はあるのだが、それを動かす道術の技が抜き取られたかのように、身体から失われている。

 

「そうだ。大人しくしていれば、すぐに終わる」

 

 有来有去が捩じりあげた布を一気に宝玄仙の股間に喰い込ませた。

 

「くうっ……ひっ……」

 

 敏感な部分に布が喰い込み、宝玄仙は身体を前に曲げて折りそうになった。

 その身体を兵たちが無理矢理に真っ直ぐにする。

 有来有去は、そんな宝玄仙の肢体を愉しむかのように、さらに布を左右に揺すりながらどんどん股間の亀裂深くに布を締める。

 

「ちょ、ちょっと……お、お前……い、いい加減にしないか……」

 

 宝玄仙は思わぬ刺激に、腰を左右にくねらせて訴えた。

 それでも容赦なく布が食い込む。

 やっと有来有去が絞めあげた布を腰の後ろで結んだときには、宝玄仙は激しい淫情に、その場に座り込みそうになった。

 

「まだ、あるぞ」

 

 有来有去は、さらになにかを小さなものを取り出した。

 そして、剝き出しの宝玄仙の乳首にそれを伸ばす。

 

「な、なんだよ?」

 

 宝玄仙は得体の知れないものが、敏感な乳首に装着されようとする恐怖に思わず後ずさった。

 しかし、それを兵たちの身体が拒む。

 

「ひいいっ──」

 

 宝玄仙は思わず大きな悲鳴をあげた。宝玄仙の両方の乳首が輪のようなものできゅっと締められたのだ。

 大きな快感が全身を駆け巡る。

 

「ああ……」

 

 強い刺激に宝玄仙が身体をくねらすと、乳首に付けられたものがちりんちりんと鳴った。

 宝玄仙の乳首に身につけられたのは、小さな金属の輪だった。

 どうやら霊具のようだが、それが宝玄仙の乳首の根元に喰い込んでいる。

 そして、その輪には細い金属の紐が垂れ下がっていて小さな鈴が繋がっている。それが、宝玄仙が身悶えすることで、音を鳴らしたのだ。

 

「お、お前……」

 

 抗議をしても外すことはないと思うが、有来有去に悪態だけはついておこうと、宝玄仙は口を開いた。

 しかし、その瞬間、突然、その乳首の輪がぶるぶると強い振動をした。

 

「くわあああっ──」

 

 宝玄仙は今度こそ、へなへなとその場に跪いた。

 ちりんちりんと鈴が鳴る。

 乳首が揺れることで、脳天を貫くような快感が駆け巡ったのだ。

 

「気をつけろよ、宝玄仙──。その乳首の輪は、お前がなにか意味のあることを喋ろうとすれば、振動することになっている。いやらしく感じたくなければ、口をつぐんでいることだ」

 

 なんてことを……。

 

 外を歩く宝玄仙に口を開かせたくはないのだろう。

 それで、宝玄仙が喋ると乳首に強い振動が走るというような霊具を装着させたのだ……。

 

 宝玄仙はふらつく足を踏ん張りながら、ゆっくりと立った。

 せめてもの抵抗として、有来有去を激しい視線で睨みつける。

 

「それから、もうひとつ言っておくぞ、宝玄仙──。お前の股間に締めた布は、いまは真っ白だが、お前が愛液で股間を濡らせば、青い色に変色するようになっている。恥ずかしい思いをしないように、気をつけるのだな──。おやっ? なんだか、前側の部分がうっすらと青くなったような気がするが、気のせいか?」

 

 有来有去が大笑いした。まわりの兵もどっと哄笑した。

 宝玄仙は恥辱に歯を食いしばった。

 

「出発──」

 

 笑いの渦が収まったとき、有来有去が大声で叫んだ。

 軍営の門が左右に大きく開いた。

 宝玄仙の視界に、国都の街並みと悪意に満ちた大勢の住民の視線が飛び込んできた。

 

 

 *

 

 

 前後を武器をもって警戒している隊が挟んでいる。

 それぞれの隊は五十人ほどであり、つまり百人の兵に前後を挟まれて宝玄仙は歩いている。

 前後の隊の中にふたりずつの紫色の長衣がちらちらと見え隠れしているのがわかる。

 道術師と呼ばれるこの国の道術遣いだ。

 道術を失った宝玄仙にも、前後の道術師からなにかの道術が流れて、真ん中を歩く宝玄仙を包んでいるのが感じられる。

 

 おそらく結界だ。

 前後に道術師を配置して、城郭を歩かされている宝玄仙を結界に包んでいる。

 野次馬に紛れ込んでいる道術遣いによるなんらかの関与を防ぐために違いない。

 

 その道術師を包むように武器を持った兵が警護している。

 兵たちは、道術師を護っているだけじゃない。前後左右を警戒して、宝玄仙を奪回するための襲撃に備えている。

 宝玄仙の眼から見ても一部の隙もない。

 

 それにしても……。

 

 これだけの大勢の民衆の前で、素裸を晒しながら拘束された身体で歩くなど、気の遠くなるような恥辱だ。

 たったひとりの女囚を晒し場に連行するだけとは思えない重警戒だが、宝玄仙の前後の隊は、宝玄仙とは距離を開くように進んでいて、宝玄仙の直接の周りには数名の兵しかいない。

 宝玄仙を完全に囲んでしまえば、裸で歩く宝玄仙の姿を民衆に晒せない。

 だから、あえて、宝玄仙の前後を開けているのだ。

 そのため、宝玄仙の裸身は見物のために集まった民衆から丸見えだ。

 練り歩かされる宝玄仙を大勢の民衆が見物して、嘲笑しているのがわかる。

 蔑みと卑猥な視線でいっぱいだ。

 

 なによりも、激しい敵意──。

 それが向けられる理由がわからなかったが、民衆の野次により、宝玄仙は自分が長女金(ちょうじょきん)を殺したということになっているということを知った。

 長女金は晒し刑になっているとはいえ、民衆ではかなりの同情されていた存在らしい。

 宝玄仙は、それを惨たらしく殺したということにされているのだ。

 それで、宝玄仙がこんな惨めな姿で歩いても、自業自得というような冷たい眼でしか彼らは見ないのだ。

 

 だが、それを否定することは宝玄仙にはできない。

 乳首の根元に霊具が装着されている。

 その霊具は、宝玄仙がなにかを喋ろうとすると、激しく振動して、宝玄仙に官能の矢を突き刺すのだ。

 これだけの大勢の人間の前で、はしたなく淫情するなど、さすがに嫌だ。

 だから、宝玄仙はしかりと口をつぐんでいた。

 

 宝玄仙が進み道は、どこもぎっしりと左右に人が溢れていた。

 これだけの人間に、世にも惨めな姿を晒しているかと思うと、宝玄仙は羞恥に気が遠くなりそうだった。

 宝玄仙が身に着けているのは、乳首の根元に喰い込んだ鈴付きの霊具、後手に回した手首と足首に嵌った金属の枷、そして、股間に喰い込んだ“褌”だ。

 

「それにしても、いい乳房だな。さんざんに弄んだ身体だがこうやって太陽の下で見るのも格別だな」

 

 有来有去がからかう。

 この男は全裸に近い恰好で城郭を引きまわされる宝玄仙のすぐ横を歩いていた。

 この男が宝玄仙よりも、宝玄仙を奪回に来るに違いない沙那たちに気を配っているというのはわかる。

 さっきから執拗に、嫌がらせをするのは、どこかで宝玄仙の痴態をみているかもしれない沙那たちを挑発するためのようだ。

 

 この男が、宝玄仙と宝玉をこの五日間責め続け、宝玉の心を閉ざさせた。

 宝玄仙を辱めるために、褌を股間に喰い込ませたものこの男だ。

 いつか、機会があれば絶対に同じ目に遭わせてやろうと思った。

 

「それにしても、この乳首はちっとも勃起をやめないな。そんなに気持ちがいいか、その霊具は?」

 

 有来有去がただでさえ霊具に締めつけられて鋭敏になっている乳首に手を伸ばした。

 気の危険を感じた宝玄仙は思わず身体を捻る。

 

「や、やめ……」

 

 思わず抗議しようとして、しまったと思った。

 口を開けば、この霊具はそれに反応して淫らな振動をするのだ。

 

「ひゃああ──」

 

 乳首がぶるぶると震えた。

 雷に打たれたかのような衝撃に、宝玄仙はその場にうずくまった。周囲の兵たちが乱暴に宝玄仙を引き起こす。

 

「どうした、宝玄仙? 股間に締めている布の色が真っ青になったぞ。色が変わるから感じるなと言っただろう」

 

 有来有去がわざとらしく大声で言った。

 宝玄仙が股間に喰い込まされている布は、宝玄仙がいやらしく愛液で股間を濡らすと、それに反応して真っ白い布が青くなるのだ。

 宝玄仙はちらりと自分の股間に喰い込んだ布を見た。

 全体が白いのに、股間の部分だけが青くなっている。

 

 有来有去の声が道の両端で見物している民衆に聞こえたらしい。ざわざわと話す声が大きくなり、やがて、はっきり宝玄仙の股間の布を指さすようになった。

 宝玄仙はあまりもの恥辱に下を向く。

 

「ほら、歩くのが遅くなったぞ。もっと速く歩かないか」

 

 有来有去が手を振りあげてぴしゃりと宝玄仙の剝き出しの尻を叩いた。

 痛さよりも、公衆の面前で尻をはたかれるという屈辱に気が遠くなった。

 そして、それだけじゃなく、尻を叩かれたことにより、身体が大きく揺れて、鈴をぶらさげた乳首がちりんちりんと鳴りながら振動で揺れた。

 

「ううっ、あっ」

 

 大きな衝撃が走り、股間に官能の痺れが走る。

 宝玄仙は身体が砕けそうになるのを耐えた。

 

 軍営から広場までの道のりが果てしなく遠く感じる。

 太陽の高さから考えて、いまは昼過ぎのようだ。

 しかし、この城郭中の人間が、仕事の手を休めて宝玄仙が全裸で歩くのを見物にきたのかと錯覚するくらいの人手だ。

 大勢の民衆の野次と侮蔑の言葉と卑猥な視線の中を宝玄仙は歩き続けた。

 そして、乳房を揺らて股間に布を喰い込ませただけの裸身を晒して歩くうちに、宝玄仙にもうひとつの別のものが悩みが発生した。

 

「んんっ」

 

 宝玄仙は知らず、甘い息を吐いた。

 特殊な締め方をしているのか、歩くうちに、股間の布が緩むどころか、どんどん奥に奥にと喰い込んでくるのだ。

 あまりにも締められて、いまでは一歩進むたび肉芽や肛門の入口が刺激されてしまう。

 

「その様子だと布がいよいよ、本領を発揮したようだな。その布はお前が感じれば変色するだけじゃなく、濡れると縮み出すようになっているのだ。お前の身体が淫らな反応をしなければなんともないはずなのだが、どうやら効いてきたのだな」

 

 宝玄仙は恥辱に歯を食いしばった。

 この男は、どこまで宝玄仙を辱めたいのだ──。

 

「それにしても、女主人のお前がこんな目に遭っているというのに、お前の供は、ちっとも救出する素振りもないな。どうやら、供にも見捨てられたか?」

 

 有来有去が言った。

 しかし、有来有去の注意は宝玄仙よりも、周囲に向けられているようだ。

 宝玄仙は沙那たちを誘う囮だ。公衆に裸身を晒させたり、嫌がらせを継続するのは、そうやって、この重警備の隊の前に沙那たち供が出てくるのを待っているのだ。

 

 羞恥の行進は続いた。

 その間も股間の布は、民衆の淫らな視線を練り歩く宝玄仙を責め続ける。

 歩けば自然と乳房が揺れて、乳首を締めつける霊具から快感を覚えてしまう。

 そして、股間を濡らして、さらに布が食い込む。

 それが強い刺激になって宝玄仙を襲う。

 布の前側は、もう真っ青だ。

 それが肉芽や陰唇や菊門をこすって、全身に淫らな痺れが襲い続ける。

 

 それほど速い歩みではないが、もう宝玄仙は汗びっしょりだ。

 痛みのような疼きが股間と乳首から発生して、全身を襲う。もう、脚に力が入らない。

 

「おっ、ついに、腰を振りだしたな。そんなに民衆に見せつけたいのか?」

 

 有来有去が笑った。

 快感と戦うのに必死で気がつかなかったが、どうやら宝玄仙は喰い込む布に耐えられなくて、身体を震わせていたようだ。

 そう思うと、股間と乳首の刺激に耐えられなくて、身体が痺れてしまって、内腿までも震えはじめている。

 

「おい、あの女囚の脚を見ろよ」

「濡れているんじゃないか……」

「顔が赤いぜ」

「堪らない美人がああやって淫らに欲情するのはそそるなあ」

 

 全身が緊張に包まれる。

 そのために神経が研ぎ澄まされて、見物する市民の揶揄の声が聞こえる。

 心を抉るような罵声だ。

 耐えがたい屈辱で気が遠くなる。

 宝玄仙は、全身から沸き起こる淫情と戦いながら、素足を懸命に前に出して、民衆の視線に裸身を晒しながら歩き続けた。

 

 

 *

 

 

 やっと広場に到着したときには、股間と乳首の霊具による刺激が限界を超えて、ほとんど歩くのもままならなくなっていた。

 また、広場には、大勢の見物人が集まっていて、その中心に兵たちによる警備の輪が作られていた。

 その中心に宝玄仙は連れていかれた。

 宝玄仙の晒し刑を身に集まっている市民の数は、数百にもなるだろう。

 これだけの人間の前で、(はりつけ)にされて晒されると思うと気が遠くなりそうだ。

 

 広場の中心には、兵が取り囲む空間ができていて、その中心に二本の太い柱が立っていて、それが上側で一本の横材が繋がっている。

 その横材の中心に丸い縄の輪がぶら下がっている。

 二本の縦材の間隔は、人間の手足を大きく拡げた程度だ。

 縦材は、かなりの高さがあり、大人が手を伸ばしたよりもさらに上側に、足を載せるような小さな台がある。

 もっと上の方には革紐が取り付けられているから、それぞ二本の縦材に、両手両脚を拡げて拘束されるということだろう。

 宝玄仙をその縦材に拘束するための階段つきの車もそばにある。

 これから、その縦材に拘束されて、人の頭の上くらいの場所で、手足を拡げて磔にされるのだ。

 全裸行進に引き続いて、そんな屈辱を晒さなければならないということにさすがに宝玄仙も鼻白んだ。

 

「結局、お前の供は救出には来なかったな。重警備とはいえ、お前の仲間がお前を救いだそうとすれば、この広場に移動中のときしかなかったのだ。この広場には、道術師が結界を張り巡らせる。しかも、警備に当たる城郭兵は一個大隊だ。道術でも武器でも突破はできんぞ。これは、どうやら、お前の予想とは違って見捨てられたか?」

 

 有来有去が笑って、乳首にぶらさがった鈴を無造作に手で払った。

 

「ああ、ひいっ──」

 

 乳首から激情が走って、身体に凄まじい衝撃が駆け抜けた。

 宝玄仙は大きな悲鳴をあげて、身体を弓なりにして仰け反ってしまった。

 すると周囲を遠巻きに囲んでいる市民がどっと沸いた。

 

「や、やめないか……ひいいいいいっ──」

 

 思わず抗議をしようとして、口を開いたことにより乳首の根元を締めている霊具が強い振動で震えた。

 その刺激で宝玄仙は、腰が抜けてしまい、その場にうずくまった。

 

「もう、これは必要ないな」

 

 身体を崩してしゃがんだ宝玄仙から有来有去が、股間に喰い込んだ布を引き抜いた。

 

「ひうううっ」

 

 喰い込んだ股間からいきなり布を引き抜かれて、布が肉芽や女陰を擦りあげたので、また激流が全身を駆け抜けた。

 宝玄仙はまたしても四肢を硬直して、悲鳴をあげた。

 

「また、はしたなく感じてきたのか。お前の思考が読めるようになってきたぞ」

 

 有来有去が言った。有来有去は、女が快楽に狂うとその思考を読めるようになる。

 宝玄仙は、さんざんに翻弄されて息も絶え絶えの身体を懸命に鎮めようとした。

 

「ほら、見てみろ、宝玄仙。随分といやらしく感じたのだな。もしかしたら、露出狂か?」

 

 有来有去が見せつけるように宝玄仙の顔の前に、さっきまで宝玄仙の股間に喰い込んでいた布を見せつける。

 白かった布は完全に青く染まり、その部分に付着していたべっとりとした粘性の液体には、たっぷり糸を引いていた。

 宝玄仙は有来有去を睨みつけた。

 口がきけないと思って、言いたい放題だ。

 

「そんなに悔しいか、宝玄仙──。そうか、俺を殺したいか……。だったら、急いだ方がいいぞ。明日の朝には、ここで首を吊られるのだからな」

 

 宝玄仙の心を読んだ有来有去がからかった。

 

「磔にしろ──」

 

 有来有去が叫んだ。

 五、六名の兵が集まって、宝玄仙を引き起こす。

 車輪のついた大きな階段が寄せられて、二本の縦材の中心に寄せられる。

 兵たちに前後に挟まれて階段を昇らされた宝玄仙の首に、横材から垂れ下がった首の輪がかけられる。

 縄尻が絞られて宝玄仙の首に圧迫された。

 そして、二本の縦材にある小さな台の脚を載せさせられる。

 これ以上ないというくらいに、お股開きになった宝玄仙の足首が革紐で固定された。

 さらに、両手を頭上側に拡げて、それも縦材についた革紐で拘束された。

 

 脚の下に大勢の兵や市民が見える。

 これだけ集まった人間のすべてに股倉を晒しているのかと思うと、羞恥で気が遠くなりそうだ。

 

「なにか、言い残すことはないか、宝玄仙?」

 

 二本の縦材に手足を拡げて拘束された宝玄仙のそばまで、有来有去が階段をあがってやってきた。

 この男は最後までなぶりたいらしい。

 乳首を締める霊具はそのままだ。

 喋ると振動で衝撃を受けるために、宝玄仙は口を開けない。

 わかっていて、何度も嫌味を言う有来有去の陰湿さに腹が立つ。

 

「死に水には早いが、まあ、水でも飲んでおけ」

 

 強引に宝玄仙の口に小さな水筒が突っ込まれた。

 確かに喉は乾いていた。

 口の中に水を注がれると、勝手に身体がそれを受けつける。

 だが、その水は少し甘いような気がした。

 ただの水ではない……。

 

 宝玄仙は嫌な予感がした。

 有来有去が階段を降りていく。

 続いて兵たちも降りて、大きな階段が宝玄仙の下から離れていった。

 

 あいつ……。

 しばらくして、さっき有来有去が飲ませた水の正体がわかって宝玄仙は愕然とした。

 猛烈な尿意が宝玄仙に沸き起こったのだ。

 こんなところで……。

 

 足の下には、大勢の民衆が、好奇の眼で宝玄仙に全裸を仰ぎ見ている。

 いま、ここで尿をすれば、これだけの民衆の前で大股開きで尿をするのを見られることになる。

 限界まで宝玄仙を嬲ろうという有来有去の仕打ちに、頭に沸騰するような怒りが湧く。

 しかし、すでに猛烈な尿意が起きている。

 処刑は明日の朝だ。

 それまで我慢できるわけがない。

 

「くうっ──」

 

 宝玄仙はあまりの悔しさに歯噛みした。

 しかし、尿意はもうそこまできている。

 下からは、有来有去がにやにやと笑いながら宝玄仙を見あげている。

 

 それでも宝玄仙は、半刻(約三十分)耐えた。

 だが、崩壊が訪れる。

 ついに、宝玄仙は磔のまま、じょろじょろと地面に向かって小便を放った。

 

 爆発するような歓声と野次が起こった。

 その罵声を耳にしながら、宝玄仙は止まらない尿を大きく開いた脚の間から流し続けた。



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286 排便さらし[六日目・処刑当日]

 夜が明けてきた。

 

 二本の縦材に両手首と両足首を固定されて、全開に股間を曝け出している宝玄仙の裸身が頭上に晒されている。

 夜の間に宝玄仙の供の女たちが奪回のために襲撃することを警戒して、篝火を周囲に焚いて昼間のような明るさを確保させていたのだが、有来有去としては、肩透かしをされた気分だ。

 

 宝玄仙の思考を読んだ限りにおいても、また、数日前に隠れ家を襲撃して宝玄仙を捕えた際の戦いぶりから考えても、宝玄仙の三人の供がそれなりの女傑であり、当然、危険を冒してでも襲撃にくることは予想していた。

 道術を遣える者もいるのだ。

 絶対に、宝玄仙の救出にやってくると思っていたが、結局、彼女たちによる宝玄仙の奪回はないまま、朝を迎えようとしていた。

 

 夜になったことで、昨日大勢集まっていた見物人は、一時的にいなくなっていたが、早朝に行われる絞首刑を見物するために、もうかなりの市民が集まっている。

 後一刻(約一時間)もすれば、この広場はいっぱいになるだろう。

 そして、処刑が執行されることになる。

 

 四肢を縦材に拘束している革紐が外されて、両腕は背中側で手首を縛られ直す。

 その次に改めて役人によって罪状が読みあげられて、足を載せている小さな板が外される。

 宝玄仙の首にはすでに縄がかかっているので、それで宝玄仙の首はぶらさがることになる。

 宝玄仙はあっという間に死ぬだろう。

 

 屍体が台から下ろされるのは、十日ほど後のことだ。

 その間、宝玄仙の裸身は屍体になっても晒され続けることになる。

 

「本当に供に見捨てられたな、宝玄仙」

 

 有来有去は頭上で磔になって、女陰どころか尻の孔までさらけ出している宝玄仙を見あげた。

 有来有去がいる場所には、日射しを避ける布の下に卓と椅子があり、有来有去は数名の部下とともにそこに座っている。

 

 有来有去が施した淫具は、磔になる前に取り去ってしまったので、ひと晩中磔になっていた宝玄仙の身体の淫情は消え去っている。

 そのため、いまは宝玄仙がなにを考えているかはわからない。

 乳首の根元を絞る霊具はそのままだが、それは宝玄仙がなにかを喋ろうとすれば、それに反応して刺激を与えるように道術を刻んでいる。

 宝玄仙もそれがわかっているので、口を閉ざしている。

 

 宝玄仙を奪回にくるところを待ち構えて捕え、逃亡に成功した三人の供を捕縛してしまいたかったが、少し警戒が厳重すぎたのかもしれない。

 彼女たちが女主人の奪回を諦めてしまったということは、それはそれで残念だった。

 城郭軍をてこずらせた手配犯を捕えることで、道術師隊の名を高めるいい機会になるはずだったのだが……。

 

 だが、このままでは面白くない。

 せっかく準備した連中に対する罠が無駄になる。

 少し、挑発でもしてみるか──。

 

 有来有去は、兵に命じて宝玄仙を磔にしている台に昇るための階段車をもう一度二本の縦材の下に配置させた。

 階段を昇り、磔にされている宝玄仙のそばに向かう。

 

「さて、宝玄仙、あと数刻で処刑だが、ただ、そうやって黙って磔になるだけなど退屈だろう。退屈しのぎの霊具で遊ばせてやるぞ」

 

 有来有去は、集まりかけている民衆の耳にも聞こえるように大声で言った。

 ひと晩中磔になり、体力も気力も限界に近い宝玄仙の美貌が有来有去を睨みつける。

 しかし、口を開くことが許されない宝玄仙の口はしっかりと閉じられている。

 

「露出狂で淫乱のお前に相応しいこの世で最後の贈り物がこれだ──。これをお前の尻に入れてやろう」

 

 有来有去は懐から一本の張形の霊具を取り出した。

 宝玄仙の眼が見開かれる。

 有来有去は、思わず笑みを漏らした。それをすっと宝玄仙の尻側に移動した。

 

「んんんんん──」

 

 宝玄仙が四肢を大きく開いたまま、激しく腰と首を振ってそれを避けようとしている。

 こんな場所で尻をなぶられるなど冗談ではないのだろう。

 

 確かに、自分が眼の前の宝玄仙のように、民衆の前で全裸を晒し、霊具で尻を責められるということを想像すれば、あまりの屈辱で憤死するかもしれないと有来有去は思った。

 見守っている民衆が、有来有去がなにか始めたことに気がついて騒ぎ始めた。

 

「ここにいるのは、自分の気紛れで結界牢を襲って囚人を道術で殺したようなとんでもない悪女だ。こんな女がただ首を吊られて死ぬだけだなんてつまらないと思わないか」

 

 有来有去は張形を頭上にかざして大声をあげた。

 

「そんな女なんて、ただ死ぬだけなんて罰にはならんぞ──」

「そうだ、もっと辱めろ──」

「やれ、やれ──」

 

 面白がった市民の一部が有来有去の言葉に同調して、拳を振りあげて騒ぎ出した。

 すると、次第に全体にその興奮が波のように拡がっていく。

 だんだんと狂気が拡大する様子に宝玄仙の顔が引きつっている。

 集団意識というやつだ。

 それは簡単に助長できるものだし、それでいて始末に終えないものだということを有来有去はよく知っている。

 

 あっという間に静かだった広場が暴発寸前の暴徒の集まりのようになっていく。

 処刑場の会場が騒然としはじめた。呷られた市民の顔には、怒気が浮かび、口々に悪女をもっと懲らしめろと声をあげている。

 有来有去は市民たちの騒ぎが頂点になりかけるのを待ち、もう一度手をあげて、張形をかざした。

 市民たちの中に一瞬、静寂が戻った。

 

「これをこの女の尻に挿してやりたいと思う。この張形は霊具であり、この女が尻でいくまで責めたてる。だが、それだけじゃない。この張形でこの女が達してしまえば、この張形はこの女の尻で瞬時に溶けて、強力な浣腸液となって腸に雪崩れ込むというわけだ。この浣腸張形で責めてたててもいいか──」

 

 有来有去は声をあげた。

 宝玄仙は、有来有去の言葉を聞き、眼を見開いて真っ蒼になっている。

 しかし、口はしっかりつぶったままだ。

 余程、乳首を霊具で振動されるのが嫌なのだろう。

 

「おお、いいぞ、挿せ──」

「挿せ──」

「女のけつにそれを挿せ」

「浣腸しろ──」

「そのまま糞を垂れ流しにしろ──」

 

 市民たちは、再び興奮状態になり、凄まじい歓声が沸く。

 有来有去がこれみよがしに手に持った浣腸張形を振ると、市民の声が地を揺らすほどの騒ぎになる。

 

「んんん──」

 

 有来有去は、張形を再び宝玄仙の尻に近づける。

 宝玄仙が狂ったように腰を振って逃げようとする。

 しかし、四肢を完全に拘束されている宝玄仙の尻孔に張形の先端を触れさせるなど簡単なことだ。

 触れさせすれば、後は張形に刻まれた道術により、張形は宝玄仙の尻の中に吸い込まれる。

 

「ああ……あくうっ──んんんっ──」

 

 全身を震わせて激しく喘ぐ宝玄仙の尻が張形を受け入れていく。

 汗ばんだ身体を押さえつけている革紐が音を立て、二本の太い縦材が大きく揺れた。

 

「糞まみれで絞首刑になりたくなかったら、耐えきってみるのだな。この大勢の市民の前で醜態を晒さないためには、お前には二回の機会があるということだ。ひとつは、張形の責めに耐えて達しないこと。もうひとつは、達してしまって張形が浣腸液となって腸内に流れ込んでも一生懸命に尻孔をすぼめて我慢することだ」

 

「くっ」

 

 宝玄仙の顔がひきつったようになる。

 有来有来は続けた。

 

「処刑開始は一刻(約一時間)後だからな。耐えて見せろ。それで退屈しのぎにはなるだろう……。いや、お前には糞便を垂れ流すまで処刑は待ってやろう。それまで死ななくて済むのだ感謝してくれ。その代わり、みっともなくここで糞を垂れ流したら、すぐに処刑を執行する。臭くて堪らんからな」

 

 宝玄仙が火のついたような視線を有来有去を睨んだ。

 しかし、すぐにその顔が淫情を含んだ真っ赤なものになる。

 宝玄仙の尻の奥まで侵入した張形が責めたてはじめたのだ。

 磔状態の宝玄仙がせつなそうに身悶えをする。

 

「じゃあ、これで、本当にさよならだ──」

 

 有来有去が階段車を降り、地面に到着すると、兵たちによって階段車が宝玄仙の股の下から避けられて、広場の隅に押しやられた。

 

 磔の宝玄仙が全身から汗を噴きだして、痙攣のような動きをしはじめた。

 激しく身体を振るので、乳首からぶらさがる鈴が音を立てる。

 そして、宝玄仙が欲情したことで、有来有去の頭に宝玄仙の心が流れ始めた。

 

 すでに、宝玄仙は追い詰められているようだ。

 張形がかなり激しく宝玄仙を責めたてている。

 面白いことに、宝玄仙の一部が獣のように快感を求め続けているが、一方で理性の部分では、大勢の市民の前で絶頂の姿を晒すことと、張形が溶けて浣腸剤となって弾けることに恐怖している。

 そして、懸命に込みあがる快感を押さえようと努力している。

 

 だが、もう時間の問題のようだ。

 どんどん宝玄仙の中で快楽が大きくなり、それが心全体を覆い尽くそうとしているのがわかる。

 

「んんんん──」

 

 宝玄仙が口をつぐんだまま悲鳴をあげた。

 宝玄仙の中の快感は、もはや尻だけではなく、下腹部や胸にまで伝染している。

 もう、身体に力が入らず砕けそうになっているようだ。

 宝玄仙の心を通じて、大きくうねり、回転し、律動する張形の動きが有来有去に伝わる。

 

 もう、崩壊は近い──。

 有来有去は市民の方を見た。

 いまのところ、おかしな動きをする者はいない。

 宝玄仙の供は、本当に宝玄仙を見捨てたのだろうか。

 

「くんんんん──あああああ──」

 

 宝玄仙の快感が完全に身体全体を融かしきり、背骨を駆け抜けて、頭まで達した。

 宝玄仙の思考が真っ白くなり、昇天する快楽だけになった。

 

「んああああ──」

 

 頭上で磔になっている宝玄仙の裸身が仰け反った。

 女陰から潮のようなものが吹き出した。

 宝玄仙が大きな痙攣をしている。

 かなり長い痙攣で、その間、断続的に淫液の噴水が起きた。

 絶頂後の脱力により、磔の宝玄仙がぐったりと身体を投げ出すようにした。

 

 そして、その直後、我に返った宝玄仙の表情に恐怖の色が拡がった。

 張形が宝玄仙の尻で弾けて大量の浣腸液となり、尻の奥に注いだのだ。

 

「くあっ……ああ……」

 

 宝玄仙の大きな狼狽が伝わってくる。

 浣腸液が暴れている感覚は、尻の中で肉襞をくすぐられているような感覚らしい。

 まだ、宝玄仙の心から快感が有来有去に伝わっている。

 しかし、すぐに、それが浣腸液の効果による排泄感と痛みに置き換わる。

 それに従い、宝玄仙の心が有来有去と繋がり難くなるに違いない。

 

 有来有去の能力は、女が快感に耽るときに心を読むというものだ。

 張形が浣腸液に変わった以上、宝玄仙が戦うのは、すぐに快感ではなく、ただの排泄感だけになる。

 そうなれば、有来有去との心のつながりは解けるだろう。

 宝玄仙の中でどんどん排泄感が大きくなるのもわかる。

 

「おやっ?」

 

 有来有去は思わず声を出してしまった。

 宝玄仙の中で排便の欲求が高まるにつれて、再び、宝玄仙の心が深く繋がり出したのだ。

 いま、宝玄仙を性的に責めるものはなにもない。

 それなのに、有来有去が宝玄仙の心を読みやすくなったということは、それが示すのはただひとつだ。

 

 つまり、宝玄仙がこの恥辱について、快楽を感じているのだ──。

 どうやら、本当に露出狂であり、人前で辱められると興奮するという性癖が宝玄仙にあるのだ。

 気の強い宝玄仙の隠された恥部を見つけて、なんだか有来有去は嬉しくなった。

 つい笑い声をあげる。

 

「どうしました、有来有去様?」

 

 横の部下が怪訝な表情をする。

 

「な、なんでもない……。あの宝玄仙の様子があまりに哀れでな──」

 

 懸命に笑いを押さえながら、有来有去はそれだけを言った。

 宝玄仙が悲痛な表情で震えている。

 薬剤により下腹部を圧迫されて、苦痛を感じているのに、同時に快感を覚える心も伝わる。

 宝玄仙の中のそのふたつの感情が混ざり、宝玄仙を混乱させて、切羽詰った呻き声をあげさせている。

 

「出──せ、出──せ、出──せ」

 

「出──せ」

「出──せ」

 

 誰ともなく、“出せ”という声が集まっている市民から合唱され始めた。

 宝玄仙の仕草から、宝玄仙がすでに達してしまい、浣腸張形が溶けてしまって、いまは、猛烈な排泄感に苦しんでいるのがわかったのだろう。

 

「変態女──。そこで垂れ流せ──」

「へ──んたい──」

「変態──」

 

 “出せ”という声に“変態”という声も混ざり出す。

 宝玄仙の心を読める有来有去には、宝玄仙が、民衆の野次から屈辱だけではなく、屈辱の向こう側の激しい快感を覚えているのがはっきりとわかる。

 だからこそ、こうやって、有来有去が心を読み続けることができるのだ。

 

 考えてみれば、宝玄仙と宝玉というふたつの人格は、実に興味深い。

 最初は、宝玉の人格は弱くて受け身的であり、宝玄仙の人格は強くて攻撃心に富んでいるのだと思っていた。

 しかし、このふたりの性癖は実に複雑によじれている。

 

 つまり、宝玉は恥辱や辱めで快感を覚える被虐性があるが、それ以上に愛情のある相手との関係を求め止まなかった。

 宝玉の求める恥辱は、愛情の裏返しにあるものを欲していて、被虐的な性癖は宝玉の一部にしかすぎず、むしろ宝玉の本質は、愛に飢えながらも、それが与えられない乾ききった荒れ地の心だった。

 それに比べれば、宝玄仙の心は複雑に密生した樹林だ。

 強い被虐性と隠れた被虐性が複雑に絡み合い密生している。

 肉欲そのものについては、激しい性癖の宝玄仙よりも宝玉が強いようだ。

 

 ふたつの人格の根が同じだというのは、両方の心を読んだ有来有去にはわかった。

 だが、すでに、ふたつの人間という程に異なるものでもある。どうしてこういうことが起きるのだろうか。

 

 宝玄仙の苦痛が頂点になった。

 有来有去は思念をいまの宝玄仙に戻した。

 

「あっ……あくうっ……」

 

 宝玄仙の汗はおびただしいものになっている。

 心を読まずとも、宝玄仙の肛門が崩壊寸前であることはわかる。

 むしろ、心を読んでいて興味深いのは、宝玄仙の中の被虐性だ。

 宝玄仙の心に諦めの感情が拡がるとともに、それが酔いのようなものに変化した。

 

「ああ……」

 

 宝玄仙の心が折れたと思った。

 次の瞬間、茶色い濁流が宝玄仙の尻から噴き出した。

 

「出た──」

「臭え──」

「うわっ──」

 

 さまざまな絶叫が市民からあがる。

 宝玄仙の心が打ちひしがれたものになる。

 宝玄仙の足元には先程噴き出した淫液の潮の染みが地面にあったが、その上に茶色い液体が流れ落ちる。

 やがて、さらにそこに宝玄仙の腸から吹き出た固形の大便がぼたぼたと落ちる。

 

 美貌の宝玄仙の尻から落ちる大便に、市民たちも興奮した声をあげる。

 宝玄仙の心の中の被虐の快感のようなものは、大便が終わるとともに、冷たいものに変わっていった。

 快感よりもこれだけの痴態を晒してしまった絶望がまさったのか、繋がっていた宝玄仙の心が有来有去から途切れた。

 有来有去は改めて市民の方向に視線を送る。

 

 なんの動きもない。

 ここまでやって救出の動きがないのであれば、宝玄仙の供は、本当に見捨てたのだろう。

 これ以上やっても意味はない。

 宝玄仙から出た大便が周囲に臭気を撒き散らしている。

 

「地面の大便を片づけろ──。刑を執行する」

 

 有来有去は叫んだ。

 兵たちが慌ただしく動き出した。

 そのとき、集まりかけていた市民の輪が開いた。

 そして、大きなざわめきがだんだんと後方からこちら側に拡がっている。

 

 何事だろうと有来有去はそちらに視線をやった。

 市民を割ってこっちに来たのは、宮廷府の方向からやって来た軍馬の一隊だった。

 それが宿元女(しゅくげんじょ)の指揮する近衛隊だとわかって、有来有去は驚いてしまった。

 

「随分と悪ふざけをしているのね、有来有去……。しかも、市民の前で女囚に大便をさせるなんて悪趣味……」

 

 有来有去の前まで馬を操ってやってきた宿元女が、馬を降りながら冷たい視線を有来有去に向けた。

 

「これは異なことを──。こんな悪女は、人間的な扱いをせずに、市民への見せしめにしろと言ったのは宿元女殿ですよ」

 

「そうだったかしら?」

 

 宿元女は不機嫌な様子を崩さない。

 

「それで、これはいったいどういうことなのです、宿元女殿?」

 

 有来有去は言った。

 宿元女が連れてきたのは、十五人ほどの小隊だ。

 ただ、最後尾に一台の窓のない檻車がある。

 檻車というのは、囚人などを輸送するための馬車で、大きく壁が鉄格子になっていて内部が丸見えのものと、逆に完全に閉鎖された箱になっていて内部の視界が完全に閉ざされているものに分かれる。

 宿元女が率いてきたのは、窓のない箱のかたちのものだ。

 

 すると宿元女が、横の部下に頷いた。

 部下も女兵だった。

 その女兵が手にしていた羊皮紙をさっとかざす。

 

「こ、これは……?」

 

 王家の刻印が見えた。

 細かい文字が書かれている。

 国王からの命令書のようだ。

 有来有去はどきりとした。

 

「陛下の命により、宝玄仙の身柄は、いまから近衛軍が預かるわ」

 

 さらりと宿元女が言った。

 

「そ、それは──」

 

 有来有去はうろたえてしまった。

 

 こんな女の処刑が無事に執行されようと、中止になろうとどうでもいいのだが、身柄を引き渡すというのは困る。

 宝玉については、拷問で堕として、この宿元女の前で嘘の供述をさせた。

 その供述によって、宿元女は、宝玄仙が賽太歳の行方を知っているという噂が出鱈目であることを納得して、宝玄仙の引き渡し要求を取り下げて刑の執行に同意したはずだ。

 

 だが、いま、宝玄仙の身体の表に出ているのは宝玄仙だ。

 宝玄仙は、宿元女に訊問されれば、賽太歳と有来有去の関係について、自分の想像を喋るだろう。

 それは困る。

 

「ど、どうして……。その話は納得されたのでは──?」

 

 有来有去は狼狽した。

 

「陛下の命に逆らうの?」

 

 宿元女は冷たい視線を注ぎ続ける。

 

「そんなつもりは……」

 

「早く、宝玄仙を下ろしなさい。そして、身柄は近衛軍が引き取るわ」

 

「だが──」

 

 有来有去はなおも抗議しようとした。

 しかし、宿元女が睨むのでそれ以上、なにも言えなくなった。

 

「わ、わかりました。陛下の命であれば、死刑囚は引き渡します。それにしても、私としても理由を教えていただけなければ、とても納得できるものではありません。私には、なんの命もないのですから」

 

 有来有去は、部下に宝玄仙を磔台から下ろすように指示をした後で言った。

 

「……宝玄仙の供をこちらで捕えたのです」

 

 なぜか不機嫌そうに黙っている宿元女に代わり、先ほどの部下が応じた。

 

「宝玄仙の部下をそちらで──?」

 

 有来有去が、思わず声をあげた。

 

「彼女たちの供述で事情が変わったのよ。宝玄仙に改めて確かめなければならなくなったのよ」

 

 やられたと思った。

 有来有去も逃亡した宝玄仙の供を追っていたのだが、近衛軍に先に捕らえられるとは思いもしなかった。

 

 近衛軍は捜査機関ではない。

 近衛軍が金聖姫の行方を追っているのは、宿元女の個人的な思いによるもので、そういう捜査に不慣れな近衛軍は、金聖姫の行方を捜索しているが、二年間もはかばかしい成果を得らないでいた。

 その近衛軍にしてやられるとは……。

 

「連れてきました」

 

 有来有去の部下が、後手縛りの宝玄仙を連れてきた。

 汚れた尻は簡単に水で洗わせたようだ。

 

 近衛軍の部下が、身柄を引き継いで宝玄仙を檻車に連れていった。

 処刑が中止になるという雰囲気を察したのか、集まっている市民が騒然となり始めている。

 有来有去が率いてきた城郭軍の将校が、兵を使ってそれを宥めている。

 

「し、しかし、近衛軍府で道術遣いの調べをするというのは危険ですよ。逃亡の可能性も……」

 

 有来有去は言った。

 なんとか、完全に宝玄仙の身柄を押さえるのは阻止したい。

 それができないまでも、せめて、道術師隊が関わるようにしたい。

 それであれば、なんとか宝玄仙があらぬことを話すのを阻止できるかもしれない。

賽太歳と有来有去のことを喋られても、助かりたいがための出鱈目と断じることもできる。

 

「大丈夫です。近衛軍府にも、道術遣い……いえ、道術師はおりますから」

 

 宿元女はすでに立ちあがっていたが、先ほどの女の部下が補足するように言った。

 この女将校は誰だろう?

 宿元女に近い存在のようだが、有来有去には面識はない。

 今後のこともあるし、後で調べさせようと思った。

 

 それにしても、近衛軍に配置されている魔導師など、道術の能力など大したことはない。

 有力な術遣いは、道術師として道術師隊に配置させているのだ。

 宿元女は、道術に疎いので、それでも近衛軍に付けられた道術師を信頼しているようだが、あんな道術師たちは、有来有去に言わせれば三流もいいところだ。

 

「しかし、それはあまりにも危険です。それは宿元女殿にもおわかりでしょう。ならば、道術師隊が術遣いの襲撃の警戒につきます。調べの間も、私自ら警護に当たります。念のために立会もします。宝玄仙は道術遣いです。道術師隊がいなければ、その道術を封じることができません──。もしも、逃がすようなことがあれば、陛下に申し上げようもありません──。よろしいですね」

 

「わ、わかった」

 

 強く口調で言うと、歩きかけていた宿元女が押されるように応じた。

 近衛軍の調べに道術師隊の受け入れをしてもらわなければ有来有去の立場がかなり危ういことになる。

 いわば、さっきの申し出は、有来有去の正念場だったのだが、意外にあっさりとした応諾に有来有去も拍子抜けする思いだった。

 

「さあ、宿元女様」

 

 宿元女の部下の女将校が、宿元女を押しやるように檻車の方向に促す。

 有来有去は、その場に立ったまま、視線でそれを追った。

 

 裸体の宝玄仙を連れた背の高い女兵が檻車の扉を開いて、中に宝玄仙を入れる光景が視界に入った。

 何気なくそれを見ていると、なぜか宿元女とさっきの部下も檻車に向かって歩いている。

 そして、宝玄仙とそれを連れた女兵に続くように、宿元女と部下が檻車に入った。

 

 檻車の戸が内側から閉じられる。

 有来有去は呆気にとられた。

 それではっとした。

 

 いま、なぜ、宿元女は檻車の中に入ったのだろう。

 あまりにも自然な動きだったので、反応することができなかったが、宿元女が檻車に入る必要がわからない。

 しかも、宝玄仙という囚人と一緒に……。

 

「檻車の中を調べろ──」

 

 有来有去は叫んでいた。

 檻車に向かって駆けた。

 

 檻車の中はしんとしている。

 内側から閉じられた扉が開く気配はない。

 

 中に入ったのは、宝玄仙とそれを連れた女兵、そして宿元女とその部下──。

 全員が女で人数は四人だ──。

 

 有来有去の慌てぶりに、周囲の兵たちだけじゃなく、市民にも異常な空気が流れ始めている。

 

 檻車のそばまで走った。

 なにかが貼ってある。

 いわゆる『道術封じの護符』だ。

 

 『道術封じの護符』というのは、檻車の中で遣う道術を封じるための霊具だ。

 これを檻車に貼ることで、通常は『移動術』の遣える道術遣いを閉じ込めるのだ。

 しかし、そばに近寄ってみると、その護符が逆に貼ってある。

 

 つまり、これでは、檻車の中の道術遣いが道術を封じられる効果はない。

 通常とは裏返しに貼ることで、外の道術が檻車の内部に外の道術が及ばないという逆の効果を生むことになる。

 いま、檻車の内部は、有来有去がこの広場一帯に及ぼした道術を封じる仕掛けがすべて無効になっているということだ。

 

「開けろ──。い、いや、護符を剥がせ」

 

 有来有去は声をあげた。

 やはり、檻車は内側から鍵がかかっていた。

 戸を叩いて呼び掛けたが返事はない。

 いや、むしろ、人の気配がない気がする。

 

 檻車の鉄の扉が開いたのは、道術師兵が檻車に貼り巡らせた護符を無効化しながら、全部を剥がしてからだ。

 有来有去は、『解錠術』をかけて、内側から閉じられた戸をやっと開いた。

 

「あっ」

 

 叫び声は有来有去ではなく、一緒に内部を覗きこんだ部下からのものだ。

 中はもぬけの空だった。

 

 さっきの宿元女の姿の三人こそが、宝玄仙の仲間だったのだ。

 あるいは、宿元女が寝返るか、操られていたのか……。

 

 とにかく、一瞬の隙を突かれて、宝玄仙を連れて行かれた──。

 

 外に出た。

 事態を察したのか市民たちが騒ぎ始めるのと、宿元女と一緒にやってきた近衛兵の一隊が狼狽えている光景が有来有去の視線に映った。

 

「宝玄仙が逃げた──。道術の気配を追え」

 

 有来有去は、道術師隊に命令した。

 おそらく無駄だろうと確信しながら……。



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287 女将軍調教[五日目・処刑前日]

 朝早く陳達の家を出た。

 表に出るのは数日振りだ。

 

 沙那と孫空女は、被り物をして髪を隠し陳達の部下にやつして後ろを歩いた。

 どうせ陳達(ちんたつ)の周囲は、しっかりと見張られている。

 沙那たち三人が居候のように、陳達の家で寝起きしていることもわかっているだろう。

 手配されているはずの沙那たちに対して軍が捕縛に動く気配がないのは、陳達が接触したのが、宿元女(しゅくげんじょ)という近衛軍団の女将軍であり、国王とその家族の安全が任務で国都の治安そのものに直接の責任がないからだ。

 

 陳達に宿元女からの呼び出しがあったのは、昨日のことだ。

 今日には宝玄仙が明日の処刑のために城郭の広場に晒される。

 動きがないかと思っていただけに、沙那はほっとしたところだ。

 

 もっとも正念場はこれからということになる。

 時間はない。

 残された時間は丸一日──。

 

 明日の朝には、宝玄仙は磔で晒される広場において、民衆の前で絞首刑になる。

 城郭軍と道術師隊が十重二十重に警戒していることは予想できる。

 強引な方法では、たった三人で、それを突破し、宝玄仙を救うことは難しいのだ……。

 

「まあ、幸先がいいと思おうよ、沙那」

 

 孫空女がささやいた。

 

「そうね」

 

 陳達の背中を歩きながら、沙那も小声で隣を歩く孫空女にささやき返した。

 三人で近衛軍の営舎に向かう。

 宝玄仙の捕らわれている軍営とは別の場所にあり、宮中に隣接している。

 近衛軍府の横門から入り、さらに小さな戸を三人並んで潜り抜けていく。

 出入りのときに止められることはない。

 一応、陳達から賂のための金を預かっていたが要求されることもないし、差し出しても受け取ってはもらえなかった。

 賂を受け取らない兵というのは、沙那は初めて接した気がした。

 

 まったく待たされることなく小さな部屋に通された。

 そこでもすぐに呼ばれた。

 部屋には、十人ほどの近衛兵がいた。

 壁沿いに並んでいて武器を持っている。

 近衛兵は城郭軍の兵に比べれば華奢な感じで装飾が鮮やかだ。

 

「道術の気配は……?」

 

 沙那は孫空女にささやく。

 孫空女は髪の毛を包んで、胸の膨らみを晒し布で隠している以外には、特に変装しているという程でもない。

 それは沙那も同じだ。

 本当は髪や胸を隠す必要もないとは思うが、余計な混乱をお互いに起こさないためだ。

 

 陳達の家に隠れている沙那たちのことは、陳達が宿元女に接触した時点ですでに探りを入れてわかっているはずだ。

 しかし、城郭軍は陳達の家に来なかった。

 そのことから、宿元女は沙那たちに利用価値があるかもしれないと考えており、城郭軍の軍府や道師隊には伝えていないに違いないと思った。

 

 宿元女が興味を抱くことを狙って、宝玄仙が金聖姫(きんせいき)の行方を知っている可能性があると情報を流したのだ。

 それだけではなく、それを訊問に当たっている有来有去(ゆうらいゆうきょ)が隠しているとも広めた。

 そのために、陳達を通じてかなりの情報工作をした。

 陳達が出入のできる軍営で噂をばら撒いただけではなく、有来有去が怪しいと信じられそうな、それらしい証拠もでっちあげた。

 

「ないね。朱姫を隠したのは正解だったんじゃないかな」

 

 孫空女が低い声で言った。

 宿元女が部屋に入ってきた。

 三人で拝礼する。

 

「あなたが陳達ね」

 

 宿元女は言った。

 

「そうです」

 

 宿元女は陳達を見ているようだ。

 沙那と孫空女は黙ったまま、頭を下げている。

 拝礼をしている三人の頭に宿元女の声が降る。

 

「宝玄仙が金聖姫様の行方を知っているという出鱈目の情報を流していたのはなぜ?」

 

「出鱈目?」

 

 陳達の頭があがった。

 沙那と孫空女もそれに合わせて頭をあげる。

 こっちを見ている宿元女と視線が合った。

 宿元女が陳達ではなく、沙那や孫空女を見ているということに気がついた。

 

「出鱈目ではありません。有来有去が隠しているのです」

 

 沙那は言った。

 陳達ではなく、沙那が口を開いたことについて、宿元女は表情も変えなかった。

 陳達に注いでいたわずかばかりの注意を沙那に集めただけだ。

 

「あなたが沙那ね」

 

 宿元女は何気ない口調で言った。宿元女の口調は質問ではなく、確認だった。

 沙那は、髪を隠していた布をとった。

 孫空女もとる。

 髪がばさりと肩の下に落ちる。

 

「あなたたちを道術師隊や城郭軍の兵が探し回っているのを知っている? 手配されているのよ。のこのこと近衛軍府にやってくるとは、かなりいい度胸じゃないの──。まあ、わたしもそういうのは好きだけどね」

 

 宿元女は言った。

 

「真実を有来有去が隠して葬っているのです。ご主人様……、いえ、宝玄仙を殺せば、また、真実が閉ざされます」

 

「面白いわね。説明してごらんなさい。最初に言っておくけど、この会談が終われば、わたしは、あなたたちを逮捕させるつもりよ。でも、わたしを愉しませてくれる間は、自由でいられるわ」

 

 宿元女は言った。

 

「わたしたちを捕えるのですか?」

 

「当然でしょう。結界牢から囚人を逃がすのは、死刑に値する重罪よ。しかも、城郭軍や道術師隊が捕縛のために囲んだのを蹴散らして突破したのでしょう? 連中が追い回しているわよ。わたしも近衛軍を預かる者として、手配犯とわかっている者を自由にさせるわけにはいかないわ」

 

 宿元女は横に立っている部下に手招きをして、なにかをささやいた。

 すると宿元女の座る椅子の手摺の上に砂時計が載せられた。

 

「この時計で三回分だけ待ってあげるわ。その間、好きなことを喋っていい。三回終われば、三人とも捕えて軍営に送るわ──。始めなさい」

 

 宿元女が砂時計をひっくり返した。

 砂時計の砂が落ち始める。

 

「わたしたちは罪など犯してはいません。無実の罪の長女金を解放しただけです」

 

「長女金は、陛下自らの裁により結界牢に入れられたのよ。しかも、晒し刑が終われば処刑される身よ。それを脱獄させて逃がすのは、陛下の意思に背くということよ。それを破るのは重要な罪だわ」

 

「でも、わたしたちは、長女金と話をしたのですよ。長女金は、金聖姫様が妖魔に浚われたというのは狂言だと判断していました。しかし、二年前の調べのときには、一切の弁明をする機会を得られなかったと申しておりました」

 

 二年前の賽太歳による金聖姫という王女の誘拐については、長女金から詳細を教えられている。

 陳達からも多くはないが当時の話や軍内の噂も聞いた。

 数日だけだったが、陳達に調べてもらった情報もある。

 

 二年前の金聖姫の誘拐には裏がある──。

 

 沙那は確信していた。

 ただ、そうであるとしても、宿元女がそれにどれくらいの興味があるかだ。

 それにより、宝玄仙の運命は変わる。

 沙那たちの運命も……。

 

「長女金は、およそ公平な調べを受けたといえるわね。わたしも当時の調書には目を通しているわ。弁明の機会も与えなかったというのはおかしいわね。仮にも王女の誘拐よ。それこそ、何日もかけて事実関係について質問を受けているわ。長女金は、一切の意味のある発言をしなかったようだけど」

 

 宿元女が言った。

 食いついた──とは思わなかったが、やはり、そうだと思った。

 

 長女金は、二年前の金聖姫誘拐のときに、金聖姫の様子がおかしかったことから、あれは金聖姫の狂言ではなかったかと疑っていたのだ。

 もしかしたら、春嬌(しゅんきょう)という女道術師も与していたかもしれないとも……。

 

 そんな大事な情報を当時の調べで訊ねもせずに、放っておくとは思えない。

 しかし、実際、長女金はなにが起こったのかを説明する機会は与えられなかったと言っていた。

 それは、とても不自然なことだと沙那は思った。

 

「残念ながら、それは事実とは違います、閣下。長女金と実際に話をしたのは、わたしたちです。閣下が読んだ調書になにが書いてあったにしろ、二年前に長女金の調べを担当した者は、なにも調べずに、一切の質問もせずに、陛下に裁を求めたのです。適当に作成した調書を添えて……」

 

「おかしなことを言うわね、あなた──」

 

 宿元女が笑った。

 丁度、一回目の砂が落ち切った。

 宿元女が砂時計を返す。

 砂が落ち始める。

 

「妖魔に関する調査をするのは、道術師隊の任──。二年前に長女金の調べを担任したのは、有来有去ではなかったのですか? いま、宝玄仙の調査に当たっているのと同じ……。お伺いしますが、筆頭道術師である有来有去が直接に罪人の調べに当たるなど、普通のことなのですか? 二年前の王女の誘拐のような重大事件ならいざ知らず、今回はただの結界牢破りの調べですよ。すでに調べが終わっているはずの……」

 

 沙那は言った。

 ほんの少しだけ宿元女が興味を抱いた表情になった。

 

「確かに、宝玄仙を調べているのは、有来有去という筆頭道術師よ。二年前も、今回もそうね……。有来有去が直接に罪人の調べをしたのは、金聖姫事件と今回の二回だけよ」

 

 宿元女は言った。

 

「不思議なことだと思いませんか、閣下? 有来有去は、なぜ、宝玄仙の調べを今回、自ら行うつもりになったんでしょうか? 長女金に接した者がいれば、ほじくり返したくない二年前のことを聞いた可能性があると考えたのではないでしょうか?」

 

 沙那は言った。

 しかし、沙那自身が実際にそう思っているわけじゃない。

 本当になにが起きているかを判断するには、情報がなさすぎる。

 沙那が懸命に話しているのは、宿元女が訊きたいと思っている言葉だ。

 陳達から聞いた軍営の噂から、この宿元女が有来有去のことを嫌っていて、なにかにつけて敵対視しているという事実は聞いていた。

 沙那は、それに合わせるように、有来有去を陥れるような屁理屈を言っているだけだ。

 

 人は、自分が信じたいと思うものを信じる。

 それがどんなに馬鹿馬鹿しい話でもだ。

 逆に、信じたくないと思うものは、どんな明白な証拠を突きつけられてもなかなか信じようとはしない──。

 

「有来有去がなにかを隠している……。そう言うのね、あなたは?」

 

 宿元女が言った。

 砂時計の二度目の砂が尽きた。

 宿元女は少し迷うような表情をしたが、結局、砂時計をひっくり返した。

 この砂が落ち切れば、会談は終わりだ。

 沙那たちを捕縛させるために、周りの兵たちに合図をするだろう。

 

「有来有去が怪しいのは明白です……。宝玄仙の処刑を待ってください。わたしたちが、金聖姫様の行方を探してみせます。わたしたちだけでは無理ですが、宝玄仙を解放してくれれば、賽太歳(さいたいさい)という妖魔の行方を探せると思います」

 

「賽太歳は金聖姫様を拐った妖魔ね。もちろん、そいつを追っているわ」

 

「宝玄仙の道術はもの凄いのです。宝玄仙なら賽太歳を見つけられます。宮廷道術師が束になってもできないようなこともできますし、気がつかない霊気の兆候を追うこともできます。宝玄仙を含めたわたしたちを雇ってください。その功績は宿元女様のものです」

 

 沙那は言った。

 

「話は終わりね、沙那──。残念ながら、あなたの提案には失望したと言わざるを得ないわね。もう少し、面白い話も聞けるのかと思ったけど、期待外れだったわ」

 

 宿元女が合図をした。

 部屋の中に大勢の人間が雪崩れ込んだ。

 全員が剣を抜いている。

 さらにふたりの長い外衣を身につけた男が宿元女の両側に立った。

 これまで黙っていた陳達の口が開いた。

 

「長い外衣のふたりとも、道術遣いです」

 

「結界を張っているのかしら、朱姫?」

 

 沙那は言った。

 

「そのようですね──。でも、もう遅いです、沙那姉さん。これだけの時間があれば、十分に準備をする時間がありました」

 

 陳達の姿に変化をしていた朱姫が『変化の指輪』に触れて、変身を解いた。

 陳達の姿が消えて朱姫が現れた。

 

「あら、三人目の娘がいないから、陳達の家にでも残してきたのかと思ったら、お前が陳達に変身していたということなのね。騙されたわ」

 

 宿元女が苦笑している。

 

「ねえ、宿元女様──。砂時計三回分の約束ですよ。まだ、もう少し時間が残っています」

 

 沙那は立ちあがった。

 朱姫と孫空女も身構えている。

 

「そうね──。だけど、あなたたちには失望したわ。なにかもっと情報を持っているかと探ったけど、あの宝玄仙同様になにも知らないようね。この先は、軍営で喋りなさい。わたしはもう興味がないから、あなたたちの身柄は、城郭軍に引き渡すことにするわ」

 

 宿元女と沙那たちの間に、どっと兵が入った。

 沙那たち三人を武器を構えた近衛兵が取り囲んだ。

 

「やれやれ、やっぱり、うまくいかなかったか」

 

 孫空女が肩をすくめるような仕草をした。

 

「第二案の策に切り替えるわ、孫女、朱姫」

 

 沙那は言った。

 孫空女が耳から『如意棒』を出して身構えた。

 いきなり、棒が出現したことに、周りの近衛兵からどよめきが起こった。

 

「驚いたわね。そんなところに武器を隠していたのね。今度から気をつけるわ」

 

 椅子に腰掛けたままの宿元女が言った。

 流石は、かつて、女ながらも戦場を縦横無尽に駆けたという百戦錬磨の女将軍だ。

 孫空女が武器を出しても、眉ひとつ動かさない。

 

「ところで、ご主人様と会ったのですか、宿元女閣下?」

 

 武器を向けている兵の向こうの宿元女に向かって沙那は声をあげた。

 

「会ったわ。宝玄仙は、金聖姫様の行方の手掛かりも、賽太歳のことも知らなかったわ。長女金を気まぐれで殺したということも自白した。つまらない女だったわ。さっき、その宝玄仙にかかれば賽太歳という妖魔の居場所を突き止められるとお前は言ったけど、あんな女にはなにもできないわね。むしろ、あなたの方がもう少しは骨がありそうよ」

 

 罪を自白した……?

 沙那は驚いた。

 そんなことがあるわけがない。

 

「わたしたちが長女金を殺すなどありえません。その理由などないじゃありませんか……。それよりも、長女金は軍営にいるのではないのですか?」

 

「長女金は宝玄仙が殺したのでしょう。もしかしたら、あなたたちも関与したのかしら……? まあ、わたしには、細かいことはどうでもいいことだけどね。わたしが興味があるのは、賽太歳という妖魔と浚われた金聖姫様の行方よ。それ以外のことは興味はないわ」

 

「長女金は軍営に囚われているのではないのですね?」

 

「なんど、同じことを訊くのよ、沙那。長女金が生きていれば、わたしは、長女金に訊問をしているわ。二年前にわたし自らそれをしなかったのは悔やまれるわ。よく考えれば、最大の生き証人だものね。賽太歳という妖魔を探すのであれば、長女金を調べるべきだったわ。いまとなっては、もう遅いけど……。わざわざ殺すために、結界牢を破るとはね……。あんたらには呆れるわ」

 

 宿元女は言った。宿元女の様子には嘘を言っている様子がない。

 ということは、本当に、長女金は軍営に捕らえられているわけではないということだろうか……。

 

 それにしても、宝玄仙が長女金の殺人を自白した?

 そんな馬鹿な……。

 

「もう、話し合いの時間は終わりよ──。お前たち、この三人を捕えなさい」

 

 宿元女が立ちあがった。

 

「話し合いは終わりだそうよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「行きます」

 

 朱姫が叫んだ。

 次の瞬間、朱姫の『影手』が宿元女の両隣りの道術遣いに張り付く……。

 

「うわっ──」

「なんだ──」

 

 あっという間に道術遣いが無力された。

 

「そ、そんな……。このふたりを無力化するなんて……」

 

 宿元女が眼を見張っている。

 この朱紫国では、能力の高い道術遣いだったのだろう。

 しかし、この部屋に入って以来、ずっと朱姫は、この部屋に自分の結界を拡げていた。

 このところの朱姫の道術遣いとしての能力が飛躍的にあがったのは沙那も知っていた。

 その朱姫が、自分に有利な結界をこの部屋全体に拡げている。

 だから、後からやってきた道術遣いがその上から結界を張ろうと思っても不完全だったのだ。

 

「朱姫、掴まんな」

 

 孫空女が大きく『如意棒』を振った。

 周囲から近衛兵が少し距離をとったので、三人の周りに空間が少しできる。

 『如意棒』の先を朱姫が両手で掴んだ。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女が叫ぶ。

 朱姫が掴んでいる『如意棒』の先端が大きく伸びて、朱姫が天井近くまで持ちあがった。

 『如意棒』によって近衛兵たちの向こう側に進んだ朱姫の身体が、呆気にとられている周りの兵を飛び越えて、宿元女に向かって落ちる。

 

 近衛兵たちが慌てて阻止しようとする。

 しかし、間に合わない。

 朱姫が宿元女に向かって落ちるのが早い。

 

 頭から落ちる朱姫が、空中で宿元女を掴む仕草をした。

 宿元女の目が驚愕で見開いている。

 

 ぶつかった──。

 その瞬間、朱姫も宿元女も部屋から消滅した。

 

 『移動術』の道術が動いたのだ。

 爆発したような悲鳴があがった。

 

「宿元女将軍は、すでに道術で捕えたわ。術でどこかに跳ばした。わたしたちに触れると、将軍を殺すわよ──」

 

 混乱している近衛兵たちに向かって沙那は叫んだ。

 一瞬、部屋が鎮まり返る。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻した近衛兵たちの殺気がこっちに向かうのがわかった。

 

「待て」

 

 大きな声がした。

 指揮官らしき男が近衛兵をなだめるようにして、こっちにやってくる。

 

「将軍をどこにやった?」

 

 その将校が声をあげた。

 

「きっちり、二刻(約二時間)よ。二刻で将軍は戻って来るわ。それまで待つのね。二刻以内に、なにか動けば将軍の命はないと思いなさい」

 

 沙那は言った。

 

「……沙那、朱姫の残した『移動術』の結界はここだよ」

 

 孫空女がささやいて、さっきまで朱姫が立っていた場所を視線で示した。

 朱姫は、ここから宿元女を浚う前に、沙那たちが逃げるための『移動術』の結界を刻み終わっている。

 沙那はその結界に足を踏み入れた。

 

 自分の身体が捩れる感覚があった。

 空間を跳躍しながら、沙那は自分のすぐ後を孫空女が追ってくるのを感じていた。

 

 

 *

 

 

 宿元女の裸身を吊っている縄がぎしぎしと音を立てた。

 河原に生えている樹木の大きな枝に両手首を吊られている宿元女は、沙那と孫空女と朱姫の三人掛かりで、媚薬や張形に責めたてられて、すっかりと抵抗の素振りもなくなり、悲鳴をあげ続けていたが、いまは、一刻(約一時間)も続いた連続絶頂に息も絶え絶えの状態だ。

 

 五十に近いというが、女であることに変わりはない。

 噂によれば、結婚せずにかなり、貞淑な生活を送っていたらしいから、女の部分を持て余していたのかもしれない。

 三人で寄ってたかって裸にして、宝玄仙に教えられた性技で責めたてると、あっという間に半狂乱になった。

 宿元女は、なぜ、こんな仕打ちをされるのかということも理解できず、ただ、羞恥に苛まれて、苦痛のような快感に狂った。

 

「約束の時間まで、残り一刻(約一時間)よ──。朱姫、どういう状況?」

 

「完全に仕上がっています。ここまで我を忘れさせれば、もう、『縛心術』にかかりきっている状態です」

 

 朱姫が宿元女の股間から少し口を離してそう言い、すぐに再び小枝の両端に足首を縛って閉じることのできなくなっている宿元女の股間を舐めはじめる。

 沙那は背後から張形を使って、宿元女のお尻を責めたてていた。

 孫空女は胸を、朱姫は股間をさっきから舌で責めている。

 

「ひうううっ──いぐううっ」

 

 宿元女が両腕を上にあげた状態で身体を仰け反らせて、十回目くらいの絶頂をした。

 

 ここは、長女金を結界牢から救いだした後、長女金の身体を朱姫と宝玄仙が洗って責めたてた樹木に隠された小さな河原だ。

 周囲を樹木に覆われているので、まず、他から見つかることはない。

 そこで、宿元女を責めたてることにした。

 

 目的は、宿元女に朱姫の『縛心術』を刻んでしまい役に立ちそうな情報を洗いざらい口にさせることと、宿元女の絶頂時の淫液を朱姫が飲むことで、宿元女の姿に朱姫が変身できるようにすることだ。

 宿元女の絶頂汁は、もう朱姫の『変化の指輪』に刻み終わり、いつでも変身できる。

 

 残りは『縛心術』の方だったが、それも終わったようだ。

 通常の道術遣いは、道術を持たない人間には、道術をかけることはできないが、朱姫は『縛心術』を普通の人間にかけることができた。

 しかし、それは、その対象が無防備な状態にならなければならず、朱姫は、相手を性的な絶頂に追い込んで、その心の解放に応じて、『縛心術』を刻むのを得意にしていた。

 

 百戦錬磨の女将軍の宿元女も、性的な責めにはひとたまりもなかった。

 あっという間に三人の軍門に下り、想像もしたことのない異様な快楽責めに泣き狂った。

 

 すでに陳達の家は後にしてきた。

 宿元女を責め陥すことで、宝玄仙を救出するための手段を確保しようというのは、沙那の策だが、評判も悪くない名声のある女将軍の宿元女を辱めるということについて、陳達は嫌がった。

 それで、この宿元女を責めたてる役目は、三人でやることにし、陳達は、少し離れた場所で周辺を見張っている。

 

 もっとも、沙那の策では、二刻(約二時間)後に、宿元女のふりをして、近衛軍府に戻るのは朱姫の役だ。

 それを沙那と孫空女が補佐して、宝玄仙を救出するまで、周囲に入れ替わりを気づかせないようにする。

 

 その間、本物の宿元女は、『縛心術』で意識のない状態にして、ここに隔離しておかなければならない。

 その役目は陳達に頼むしかない。

 それには同意してもらっている。

 

 すべてが終われば、宿元女からはすべての記憶を消失させてから解放するが、なにかの拍子で記憶が復活することは十分に考えられるらしい。

 残念ながら陳達には、このまま国都を捨ててどこかに逃げてもらうことになる。

 

 陳達は、西に頼れる友人がいるので、そこに向かうと言っているが、善良で真面目な仕立て職人だった陳達から、家も店もこれまでの人間関係もすべてを捨てさせて、逃亡者に仕立ててしまうことに、沙那は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 それについて、陳達はそれほど護りたい人生ではなかったと、あっけらかんと言ってくれる。

 それよりも、この数日の沙那たちとの生活がなによりも、これからの財産だと笑ってくれた。

 沙那は、孫空女や朱姫とともに、何度も礼と詫びを繰り返した。

 

 いずれにしても、いまは宿元女のことだ。

 残り一刻(約一時間)──。

 

 宿元女を浚われた宿元女の部下が、大人しくしているのは、それが限度だと思っていた。

 それ以上になると、近衛軍は動き出すだろう。

 すると、宿元女に災難があったことが知れ渡ってしまうことになる。

 

 それでも、計画は実行可能だが、さらに危険が増す策を採用することになる。

 とにかく、朱姫が宿元女に成りすますだけの情報を宿元女から引き出す。

 それができなければ、朱姫が宿元女に交替したことに気がつかれて、三人はかなり危険な状態になることになるだろう。

 まあ、そのときの第三案も、第四案も準備はしてあるが……。

 

「あぐうっ──も、もうやめてえっ──やめてぇ──」

 

 朱姫の舌でまた宿元女が絶頂して果てた。

 それとも、沙那がやっている張形による尻責めによるものであろうか……。

 沙那は、張形による尻責めを孫空女に代わった。

 沙那自身は、狂乱している宿元女の前に回る。

 

「なんでも質問していいですよ。すべてに正直に答えるように『縛心術』を刻んでありますから、沙那姉さん──」

 

 朱姫が言った。

 沙那は質問を始めた。

 沙那の問いは、宿元女の普段の生活から人間関係、信用している人物、敵視している人物、回りの人間との接し方、呼び掛けなどあらゆることに及んだ。

 もちろん、宝玄仙の状況についても宿元女が知る限りのことは白状させた。

 

 沙那はそれを頭に叩き込んだ。

 どうせ、朱姫には複雑な演技はできないし、朱姫には、ただ不機嫌なふりをしてできるだけ喋るなと言ってある。

 それを補佐するのが沙那と孫空女の役目だ。

 幸いにも宿元女には、有能だと思えば、すぐに部下として取り入れるという癖が以前からあるらしい。

 

 拐われたとはいえ、その犯人と意気投合して、そのまま部下にしてしまうというのは、いかにも宿元女がやりそうなことらしい。

 それでも面倒な者がいれば、朱姫が『縛心術』で強引に納得させる。

 それについては、沙那はなんとでもなると思うし、安心している。

 

 宿元女から聞き出した情報のうち、沙那がもっと重要視したのは、なんと、宿元女が近衛軍が宝玄仙を取り調べることに同意する王の命令書の発出に手を回していたことだ。

 宝玄仙の取り調べは、道術師隊の有来有去が一任されていたが、宿元女はひそかに国王に手を回し、有来有去を出し抜いて、宝玄仙の身柄を近衛軍府に移せという委任状を手に入れかけていた。

 そして、もう、宿元女自身が宰相にひと言告げれば、命令が出される手はずになっていたようだ。

 それを最終的にしなかったのは、宝玄仙の供述により、近衛軍府に移しても、なんの情報も得られないと判断した結果のようだ。

 

 沙那は、宿元女に成りすませた朱姫に、宰相府に行かせて、命令書の発出をさせるつもりだ。

 それがあれば、有来有去は、宿元女に宝玄仙を引き渡すしかない。

 

 そして、用済みになった宿元女をさんぜんに苛み、最後には完全に気を失わせるまで責め尽くした。

 その宿元女を強引に覚醒させ、朱姫が『縛心術』をさらに深くかけ、これまでの記憶を完全に消失させてから眠らせた。

 特に強い刺激がない限り、朱姫が起こすまで、このまま眠り続けるはずだと朱姫は言った。

 

 陳達を呼んだ。

 すでに朱姫は、宿元女の姿に変身して、宿元女の服を着こんでいる。

 宿元女本人は、陳達が準備した平服を着せてから縄で縛って岩に括りつけた。

 

「じゃあ、行きます、陳達さん」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、気をつけてな。宿元女将軍に成りすまして、近衛軍を動かして、宝玄仙殿を引き取ってしまうなんて可能とは思わないけど、あんたらならできるのかもしれない。俺には応援しかできないが、ここで待っているよ」

 

 陳達は言った。

 

「そんなことはありません。陳達さんがいなければ、どうしようもありませんでした。とにかく行きます。それよりも、朱姫の『移動術』で三人のうちの誰かが二刻(約二時間)ごとに、ここに連絡をします。もしも、それが途絶えたら、なにかがあった証拠です。陳達さんは逃げてください。よろしくお願いします」

 

 沙那は言ったが、陳達は首を横に振った。

 

「俺の安全を確保するだけのためなら、連絡をとるために『移動術』は遣うな。道術のことは知らないが、そんなことをすれば、近衛軍府で宿元女将軍に成りすまそうとするお前らが危険になるはずだ。だから、すべてが終わるまで、ここには連絡を入れる必要はない。いいな──」

 

 陳達は強く言った。

 

「でも……」

 

「でもじゃない──。俺のことは放っておけ。事が終わって、お前たちが戻るのをここで待っている」

 

 沙那は頷いた。

 陳達の言っていることはその通りなのだ。

 沙那たちが近衛軍府で道術を不用意に遣えば、なにかの拍子で、嘘が発覚する可能性が高くなる。

 

「わかりました。そうします、陳達さん」

 

 沙那が言うと、陳達は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、行こうか、朱姫、孫空女──」

 

 沙那は待っていたふたりに顔を向けた。

 

「ねえ、沙那姉さん、やっぱり、あたし、宿元女将軍に成りすますなんて、まったく自信がありません」

 

 宿元女の姿の朱姫が弱音を吐いた。

 

「い、今更、なに言っているのよ、朱姫──。『縛心術』では、人を操るのは無理だから、宿元女に偽の命令をさせて近衛軍を動かし、ご主人様を引き取らせるには、『変化の指輪』じゃなければ無理だと言ったのはお前よ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「そ、それはそうなんですよ。『縛心術』は操り術とは違うんです。意思に反して、なにかをさせるなんてできないんです。『縛心術』というのはありもしないものを実際にあるように錯覚させるとか、記憶を変えるとか、眠らせるとか……」

 

「わかった、わかった……。とにかく、お前が宿元女に成りすませて、ご主人様を受け取るんだ。その前に、宰相府にいって命令書も出させるんだろう。頑張んなよ、朱姫」

 

 孫空女が気楽な口調で言う。

 

「そんな、気楽に……、やるのはあたしなんですよ、孫姉さん」

 

「できるだけ、わたしたちが補佐するわ。その代わり、近衛軍府の連中に、わたしたち新入りがそばにいることを納得させてよね」

 

「でも……」

 

 朱姫はそれでも自信がなさそうだ。

 沙那は困ってしまった。

 宿元女は、自信の塊りのような強い女だ。

 朱姫が堂々としていなければ、不自然さですり替わりがばれてしまう。

 すると横で聞いていた孫空女が嘆息した。

 

「わかったよ、朱姫……。うまくいったら、あたしと沙那が一日ずつだ。その代わり延長は絶対になし。それでどう?」

 

 孫空女が言った。

 

「な、なによ、一日って──。また?」

 

 沙那は声をあげた。

 一日いうのは、朱姫の嗜虐趣味の相手になるのを一日間同意するということだ。

 一日間、なにをされても朱姫の性奴隷として朱姫の命令に従い、朱姫のことを“ご主人様”と呼ぶ──。

 

 以前に何度かやったが、朱姫の責めは容赦がなく、文字通り身心ともにずたずたになる。

 冗談じゃないと思った。

 そんなことを勝手に約束されては堪らない。

 

「やったあぁ──。あたし、俄然、やる気ができてきました」

 

 朱姫が嬉しそうに破顔した。

 

「わ、わたしは嫌よ。そんなの──」

 

 沙那は孫空女に視線を向けた。

 

「仕方ないじゃないか、沙那。今回は、こいつの頑張りに、ご主人様の命がかかっているんだ。もちろん、あたしらの運命もね。それに陳達さんの運命もだ。こいつのやる気を引き出すのは、これが一番だよ」

 

「ううう……」

 

 沙那は唸った。

 ふと気がつくと、そんな三人の様子を陳達がにやにやしながら見守っていた。

 

「わかったわ。じゃあ、行こう──」

 

 沙那は言った。

 朱姫の『移動術』が発動して、三人が跳ばされる。

 

 宿元女が戻ってくるのを待っている宿元女の側近を騙しおおせるか……。

 それにすべてがかかっている。

 

 どれだけ、朱姫が自然な宿元女を演じられるかだ──。

 孫空女の言う通り、確かに、朱姫の嗜虐に一日くらい付き合うのも仕方ないのかもしれない。



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288 女主人の謝礼

「道術が?」

 

「なくなった──?」

 

「本当ですか?」

 

 孫空女、沙那、朱姫の順で思わず叫んだ。

 

「そうだよ、文句があるのかい」

 

 不機嫌そのものの宝玄仙が怒鳴り声をあげた。

 だが、孫空女には、宝玄仙が怒っているというよりも、少し怯えているように感じた。

 宝玄仙は、怖がっているときや緊張しているときに、それを怒りの表現で隠すという傾向がある。

 もう、長い付き合いになりかけているから、そんな宝玄仙の性質もわかってきた。

 

 朱紫国の国都郊外からかなり北に進んだ山中の洞窟だ。

 朱姫の『移動術』の道術によって、あの国都の広場から最初に、宿元女(しゅくげんじょ)陳達(ちんたつ)が待っていた河原に跳躍した。

 そこで、陳達と合流してから、まずは監禁をしていた本物の宿元女を沙那と朱姫が追い払った。

 

 宿元女は、自分の名前すらわからない程に記憶を失わせているが、朱姫の事前の暗示により無自覚に城郭に向かってひとりで歩いていくはずらしい。

 軍服ではなく平服を着ているので誰も気がつかないかもしれないものの、城郭の城門を潜ったところで、突然、宿元女は自分の名と立場を思い出すということだ。

 ただし、孫空女たちに浚われたことや、ここで朱姫の『縛心術』にかけられたこと、そのために、三人から性的な責めを受けたことについては、完全に記憶が喪失されている。

 もちろん、陳達によって見張られていたことも忘れているし、今回の事件に関する陳達の記憶も朱姫が繰り返し、暗示にかけて注意深く消していたようだ。

 朱姫は、余程のことがなければ、陳達の名を言われても、なんのことも思い出さないだろうと保障した。

 

 沙那は、今回のことで陳達に迷惑がかかったことをかなり気にしていた。

 宿元女から記憶を奪ったとはいえ、なにかの拍子で消した記憶を宿元女が思い出すかもしれない。

 だから、陳達には住み馴れた国都を離れてもらう。

 確かにそれは申し訳なく思う。

 

 その後、素裸だった宝玄仙の身体を河の水で洗わせて、陳達に準備してもらった服を着せ、その河原から、さらに郊外から離れた北側の山中深くに、『移動術』で跳躍した。

 跳躍したのは、宝玄仙を含めた沙那たち四人と陳達の五人だ。

 

 とりあえず、数日間はこの山中で過ごすことになる。

 多少の食料と飲み物などは、あらかじめ見つけておいたこの洞窟に準備してある。

 どうせ、逃亡した宝玄仙の追手はすぐにかかるだろう。

 下手に逃亡するよりも、山中に籠って、追捕のほとぼりが醒めるのを待つ方がいいと判断した。

 

 やっと落ち着いたところで、四人だけで話があるからと説明して、沙那が陳達に洞窟の入口部分に行ってもらうように言った。

 そして、四人だけになったところで、宝玄仙が告白したのが、道術が失われたという事実だ。

 

「道術が失われたっていうことですか?」

 

 沙那が言った。

 

「そ、そうだよ」

 

 宝玄仙は不機嫌そうに応じた。

 

「いいえ、ご主人様に霊気は感じます。いまでも、かなりの霊気を放出されています」

 

 朱姫が断言するように言った。

 

「わかっているよ、朱姫……。霊気はあるんだ。でも、道術そのものが失われている。そういう状態さ」

 

 宝玄仙は自嘲気味に笑った。

 

「ねえ、ご主人様、何度聞いても、その道術と霊気のことはよくわからないよ。霊気があるのに、道術がないということはどういうこと?」

 

「わかったよ、孫空女──。じゃあ、馬鹿のお前にも、わかるように説明してやるよ」

 

 宝玄仙が地面に小枝で大きな丸と小さな丸を描いた。

 

「この丸が霊気だとするよ。いいかい、霊気というのは力の源だ。例えば、生きていて身体を動かそうと思えば、誰でも物を食べたり、水を飲んだりして力を身体に蓄えるだろう。それと同じさ。道術遣いや妖魔は、それだけじゃなくて、自然の中に備わる霊気を自分の身体に蓄えて霊気を確保しているんだ……。ここまではいいかい?」

 

「う、うん」

 

 とりあえず相槌だけはする。

 

「だけど、蓄えられる霊気というものはそれぞれ違うんだ。それは生まれつきのものであり、訓練で大きくなったり、小さくなったりするものじゃない。つまり、道術遣いの生まれながらの能力によって、溜められる霊気は一定だということだ。力の大きな道術遣いは、大量の霊気を蓄えることができるから、それを遣ってできる仕事は大きい。逆に、霊気が少ししか蓄えられない道術遣いが、道術でできる仕事は小さい──。そろそろ難しくなったかい、馬鹿?」

 

 宝玄仙は、最初に描いた大小の丸に、それぞれ大きな矢印と小さな矢印を付け足した。

 

「ば、馬鹿って言わないでよ。まあ、なんとなくわかるよ……」

 

 孫空女は言った。

 

「だけど、霊気はどんなに大きかろうと、それだけじゃあ、ただの力だ。なにもしなければ、蓄えた霊気をどんどん無秩序に放出するだけだ。そこで道術が登場する。道術は、身体に蓄えている霊気を自分が望むような流れを作って押し出す技だ。技術なんだよ。技術──」

 

「わ、わかったって。技術だね」

 

 だんだんと不機嫌そうに興奮してきた宝玄仙の口調に、孫空女はたじろぎながら言った。

 

「だから、訓練したり、教わったりすればできることも増えるし、効果も増大する。だけど、さっきも言った通り、そもそも霊気がなければ、どんなに訓練しても、道術は効果を発揮しない。まあ、この丸が霊気とすれば、この矢印が道術だ。霊気があっても、道術力がなければ、なにもできない──。それがいまのわたしだよ」

 

 宝玄仙は、地面に描いた丸と矢印を順に差してから、小枝を地面に放り投げた。

 

「す、少しはわかったけど、じゃあ、あたしや沙那には、ご主人様によって身体に霊気を入れてもらったけど、生まれながら道術を遣う能力がないから、道術は遣えない。それと同じということかい?」

 

「まあ、そう言うことだね、孫空女──。まるっきり馬鹿というわけでもじゃないようじゃないか」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「でも、わたしと孫空女は、霊具は遣えます。ご主人様はどうですか?」

 

 沙那だ。

 

「そうだね。霊具というのは、そもそも、霊気の流れを意図的に作るという道術の役目を補完して、本来の道術なしに、霊気を動かすことができるための道具だ。多分、お前たちと同じように、霊具は扱えると思うよ、沙那」

 

「ふうん……。じゃあ、ついでに訊くけど、ご主人様の作る霊具には、霊気のない人間にも扱えるものがあるじゃない。あれはどういうこと?」

 

 孫空女は言った。

 

「まあ、秘密だけど教えてやるよ。霊気のない人間には、当たり前だけど動かす霊気がないから、霊具があっても霊気の流れが発生しないために、術が効果を及ぼすことはない。これは基本だよ。だけど、うまく技を遣えば、人間を伝導体のようにして、自然の霊気を集めながら、霊具で道術を発揮するようにすることはできるのさ。そんな風に霊気を溜めずに、集めながらということになると、それ程の大きなことはできないけど、わたしは、霊具に対して自然の霊気を集める術式も、霊気を節約して大きな効果を発揮するように霊具に道術を刻むこともできるから、ほかの道術遣いが作ったものよりも、かなり便利なものができるよ。これでも、わたしの作った霊具は、東方帝国では重宝されたものさ」

 

 そう言えば、宝玄仙は霊具作りの才女とも呼ばれていたほどの、霊具作りでは右に出る者のいない程の実力者だった。

 帝都からずっと離れた場所で盗賊をやっていた孫空女も、霊具作りの宝玄仙という二つ名くらいは耳にしたことがあった。

 

「なら、朱姫は、ご主人様が放出する霊気を得て、身体を維持していますが、それは問題ないのですね?」

 

 沙那が言った。

 

「ないね。霊気の放出は続いているし、わたしが霊気を取り込む能力は健在だから、むしろ、消費することのない霊気が、普段より激しく放出されているような状態さ」

 

 宝玄仙が答えた。

 かなり前に、朱姫は、白骨夫人という妖魔遣いの仕業で、身体に『臙脂虫』という寄生虫を寄生させられ、宝玄仙から霊気を吸収していなければ、寄生虫が増殖し、だんだんと獣化していくのだという。

 宝玄仙の『治療術』でも、臙脂虫を完全に退治することができず、朱姫の体内で発生するその寄生虫の卵を吸収した霊気で殺し続けることで朱姫の身体を保っている。

 

 また、宝玄仙の霊気の恩恵については、孫空女自身もそうだ。

 孫空女の身体は、宝玄仙の霊気を吸収するように改変されていて、身体の能力が異常に活性化され、馬鹿力と俊敏な動き、そして、『如意棒』を使いこなす力を得た。

 孫空女のいまの力は、宝玄仙や仲間を護るために必要な力だ。

 

「いずれにしても、道術を封鎖されたのではなくて、奪われたということなのですね?」

 

「そういうことさ、沙那……。沙那と孫空女は覚えていると思うが、お蘭の里で、わたしが一時的にお蘭に道術を渡し合いをしたろう。どうやら、あれを強制的にやられたようなのさ」

 

 お蘭の里というのは、お蘭という名の道術遣いの女が支配している東方帝国の西部に存在する小さな隠れ里のことだ。

 そこで、宝玄仙はお蘭と契約をして、三日の嗜虐を受けることで、『魂の儀式』を施してもらい、宝玄仙の『魂の欠片』を沙那に入れてもらったのだ。

 それだけのことだったのに、あのときは大変だった。

 お蘭は、宝玄仙同様に性格がかなり捻じれていて、孫空女も沙那も、ふたりの異常な性癖のとばっちりを受けて、あの村で酷い目に逢ったのだ。

 お互いに手酷い嗜虐をやり合うと思っていたら、お蘭の本名は蘭玉で、本名が宝玉である宝玄仙の異父妹であり、幼いころから肉欲をお互いにむさぼっていた仲だということだった。まあ、それを教えてもらったのは、それから随分と先の話だったが……。

 それにしても、確かに、あのときは、宝玄仙とお蘭とお互いに道術を渡し合うということをやっていたように思う。

 

「あのときは、最終的には、お蘭に道術を返してもらって、ご主人様は道術が戻ったんだよね。だったら、今回も道術を相手から返してもらわなければ、道術が戻らないということ? なら、ここで首でも締めて脅せるように、あの有来有去(ゆうらいゆうきょ)を連れてきた方がよかった?」

 

 孫空女は言った。

 

「有来有去を締めあげても無駄さ。わたしの道術を奪ったのは、あいつじゃない。あいつは心が読めるという特殊な能力があるが、霊気そのものは大したことはない。有来有去をここに連れてきて、首を吊らせるというのは素敵な考えだけど、意味はないね」

 

「だったら、誰に奪われたのですか、ご主人様?」

 

 朱姫が訊ねた。

 

「逆結界で棺桶みたいな場所に跳ばされてすぐに眠らされ、次に眼を覚ました時に、大変な霊気を持った妖魔に接触したんだよ。すぐにそいつはいなくなったけどね。多分、あれは、賽太歳(さいたいさい)という妖魔ではないかと思うんだ。それがわたしから道術を奪っていったのさ。間違いないよ」

 

「賽太歳というのは、二年前に長女金(ちょうじょきん)が接した金聖姫(きんせいき)を浚っていった妖魔ですね」

 

 沙那が言った。

 

「ああ」

 

 宝玄仙が頷く。

 

「では、ご主人様の道術を取り戻すには、とにかく、一度、賽太歳という妖魔を見つけなければなりませんね」

 

 沙那のその言葉を聞いて、孫空女は口を開いた。

 

「そうだけど、この国の王家も賽太歳のことは追っているんだろう、沙那? それをあたしたちが追いかけたとして、簡単に見つかるかなあ。見つかったとしても、ご主人様から道術を奪う程の妖魔だとしたら、道術を奪い返すというのも難しいかもね」

 

「でも、なんとか探し出さなければ、ご主人様の道術は戻らないわ、孫空女。いまのところ、道術を奪い返す策は思いつかないけど、とりあえず、情報を集めなければなにもできないわ。良策は、情報収集の段階で生まれるかもしれないし……」

 

「それにしたって、いまのところ、手掛かりは“賽太歳”という妖魔の名だけなんだろう。どうやって居場所を探し出すのさ」

 

「いいえ、孫姉さん、手掛かりはありますよ。強い妖魔だということです。あたしは知りませんが、強い妖魔の噂は、妖魔に訊ねるのがいいと思います。朱紫国では、北部に多くの妖魔が巣食っていると耳にしますから、北に向かってはどうでしょうか。なにかの新しい手掛かりも見つかるかもしれません」

 

 朱姫が言った。

 

「まあ、とにかく、この国の北部に行ってみるさ。朱姫の言う通り、なにかの手掛かりが見つかるかもしれない。それに、もしかしたら、賽太歳の行方を探すのは難しいことではないかもしれないよ。国都でその任についた近衛軍には、捜索を巧妙に邪魔する者がいたから、二年間なんの手掛かりも得ることができなかっだけでね」

 

 そして、宝玄仙は、賽太歳、春嬌、有来有去が何らかのかたちで結びついているに違いないという自分の考えを説明した。

 沙那がそれを聞いて、しばらくなにかを考えるように押し黙った。

 

 その間、宝玄仙が、自分が軍営の地下牢で見聞きしたことを簡単に説明した。

 ただ、それほど多くのことを知っているわけでもないようだった。

 軍営でほとんどの時間をすごしたのは、宝玉の意識であり、宝玄仙が覚醒したのは、晒し刑になる直前かららしい。

 宝玄仙は、いま、宝玉と意識化で接触することができなくなったと嘆息した。

 それには、孫空女も驚いた。

 宝玉の意識が、再び深い意識の深層に隠れてしまったということになるのだろうか。

 

「そう言えば、ご主人様は、軍営で長女金を見たかい? もしかしたら、長女金は、あたしらと別れてから軍に捕らえられてしまったんじゃないかと心配しているんだよ。あたしらがいた隠れ処を知っているのは、長女金だけのはずだからね。長女金が出立した日の夜に、あの隠れ処の家が軍の襲撃を受けたんだから、沙那は、長女金があれから国都に向かい、賽太歳が金聖姫を浚った二年前の事件は狂言ではないかと伝えようとして、捕まったんじゃないかと言うんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「まあ、あのお人よしの女がやりそうなことだね。自分を酷い目に遭わせた国王の心労を心配して、金聖姫の発見の手助けをしようというのはね……。だけど、わたしは見なかったよ」

 

「ふうん……。まあ、そもそも、国都の広場に出た告示によれば、長女金はご主人様が殺したことになっていたからね。軍にはいないんだろうね。だけど、軍で監禁しているわけじゃないなら、なんで、長女金が逃げたということを隠して、ご主人様が殺したことにしたんだろうね?」

 

「さあね……。ところで、お前たちの方は、どうだったんだい? つまり、あの郊外の家を襲撃されて、わたしが捕えられた後だよ。そもそも、お前たちを一緒に来たあの陳達とかいう醜男はなにものだい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「醜男なんて言っちゃ駄目だよ、ご主人様。いい人だよ。そもそも、ここにあるものは、全部、陳達さんのお金で準備したものだしね」

 

 孫空女は言った。

 

「ますます、怪しいね。お前たちは、その陳達をどうやって捕まえたんだい?」

 

「あっ、申し訳ありません。ご説明します、ご主人様──」

 

 沙那が我に返ったように語り出した。

 襲撃されて宝玄仙が捕えられてから三人で素裸のまま戦って、軍の包囲を突破したこと……。

 朝になり、偶然に仕立て職人の陳達の荷駄馬車を見つけて助けてもらったこと……。

 そのまま陳達の家に世話になり、陳達に動いてもらって、監禁されている宝玄仙に関する情報を集めるとともに、有来有去と対立する近衛軍団長の宿元女への工作をしたこと……。

 宿元女のいる近衛軍府に赴き、宿元女を浚って、『変化の指輪』を遣って朱姫が宿元女と入れ替わり、宝玄仙を近衛軍に移すという正式の国王の命令書を発出させたこと……。

 それから檻車を手に入れて『道術封じ』を逆に貼り、外からの道術が効かないような朱姫の結界をその内部に作り、近衛軍の本物の一隊を動かして、檻車を運ばせて宝玄仙の処刑場である広場に向かったこと……。

 そして、陳達には、今回のことでかなり深く関わらせてしまったので、長年暮らした国都を捨てさせることになったと沙那は説明した。

 

 話を黙って聞いていた宝玄仙は、だんだんと不機嫌になり、最後には完全な怒りのようなものが宝玄仙の顔に浮かんでいた。

 

「ほ、ほう……。つまり、お前たちは、わたしや宝玉があんな目に遭って、わたしなど、城郭を全裸で歩かされ、大勢の市民の前で磔にされて、小便どころか、大便姿まで晒されたのに、その間、陳達という男と愉しく乳繰り合っていたのかい……」

 

 宝玄仙がこめかみがぴくぴくしている。

 これは危険だ──。

 本当に怒っている……。

 

「ち、乳繰り合うって……。まあ、確かにそうですけど、でも……」

 

「黙るんだよ、沙那。だいたい、お前たちは助けに来るのが遅いんだよ。あと半刻(約三十分)もすれば、わたしは首を括られるところだったんだ。まさか、ぎりぎりまでわざと救出を遅らせていたんじゃないだろうねえ」

 

「そ、そんな、いくら、ご主人様でも、そんな言い方はあんまりです。檻車の入手も、『道術封じの護符』の準備も簡単じゃなかったし、宰相府に赴いてご主人様の引き渡しの命令を出してもらうとか、わたしたちは、一所懸命……」

 

「だ、黙れと言っただろう、沙那──。三人とも、尻を出してこっちに向けな。折檻だよ」

 

 宝玄仙が声を荒げた。

 

「え、ええっ──? ちゃんと助けたのに罰なの?」

 

 孫空女もさすがに理不尽なものを感じて言い返した。

 

「黙れと言っているだろう、お前たち──。道術が遣えなくても、非力でも、わたしがお前たちのご主人様であることに変わりないんだ。罰を与えてやるから、さっさと尻を出すんだよ。愚図愚図するんじゃない──」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔をして叫んだ。

 仕方なく下袴と下着を膝まで下ろして、跪いて頭を地面につける。

 こうすれば、尻が高くなり、叩かれやすくなるからだ。

 横で渋々という感じで、沙那と朱姫も同じ格好になっている。

 次の瞬間、孫空女の尻から大きな音がして、激痛が走った。

 

「ひいっ──い、痛い──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「数をかぞえるんだよ、孫空女──」

 

 また、激痛──。

 

「い、一 ──」

 

 慌てて叫ぶ。

 さらに三発叩かれて孫空女に対する尻打ちは終わった。

 

「下袴を履いていい、孫空女──。次は、沙那だ」

 

 宝玄仙が言った。

 肉を叩く景気のいい音が隣の沙那の尻から聞こえ出した。

 

 

 *

 

 

 

 素晴らしい数日間だったな──。

 

 洞窟の入口の岩にぼんやりと座りながら、陳達は思った。

 一生、女には縁のない人生を送るものだと思い込んでいた。

 生まれながらにして醜い鼻を持ち、娼婦でさえも相手にしてもらえない惨めな人生だった。

 

 だが、この数日は違った。

 どんなに顔のいい男でも、陳達が味わったこの数日を味わうことはできないだろう。

 陳達が受けた享楽を知れば、どんな男でも羨望し、羨ましさに地団太するはずだ。

 そう考えると、いままで自分が抱いていた劣等感が馬鹿馬鹿しいものに感じる。

 

 城郭を歩けば誰もが振り返るような美女三人が、奴隷のように陳達にかしずいたのだ。

 情事だって、一生分を取り戻すくらいの数をこの数日だけでやった。

 あの三人は、陳達のどんな要求にも応じてくれた。

 陳達の命じるまま、いかなる破廉恥で恥ずかしい姿態でも見せてくれた。

 

 そして、心根が優しくて、それでいて、城郭軍を相手に重包囲を突破したり、城郭に晒されていた自分たちの女主人を騙して取り戻したりもできる女傑なのだ。

 その女傑たちが陳達に、あれだけの奉仕をした。

 

 満足していた──。

 これで、もう一生、女に縁がなくても他人を羨むということはないだろう。

 羨ましがられるのは陳達だ。

 

 ただ、その代償として、長年暮らした帝都を離れ、苦労して開いた店を捨てることになった。

 陳達は、今回のことで宿元女という女将軍を沙那たちが浚うことに協力した。

 朱姫の『縛心術』で陳達のことは忘れさせているが、いつ、思い出すかはわからない。宿元女が思い出すきっかけは幾らでもあるし、その可能性は高いらしい。

 思い出したとしても、陳達のやったことは大したことはないから、探し出して追いかけられることまではないだろうが、帝都でそのまま暮らしていれば、とりあえず捕えておこうかと考えるかもしれないと沙那は言った。

 

 それで、陳達もまた、彼女たちの国都からの逃亡に合わせて、国都を後にすることにした。

 この国の西に頼れる友人がいるし、陳達の新しい生活の力になってくれるだろう。

 これまでの劣等感を捨てるのはいい機会だ。

 陳達は、むしろ、国都を捨てて、新しい人生を始めることを愉しみにしていた。

 

 ただ、心残りがあるとすれば、沙那たちと別れることだろう。

 沙那たちとは、この洞窟で別れる。

 それは確認している。

 これから朱紫国中の軍が捕縛しようとして手配するのは、処刑直前に逃亡した宝玄仙であり、それに直接関わった沙那たち三人だ──。

 陳達については、その関わりについて宿元女が記憶を失くしているので、ひとまず手配されることはない。

 普通に街道を移動して、宿町や城郭に泊るような旅ができるのだ。

 沙那たちはそうはいかない。

 

 だが、未練はある。

 彼女たちをもう一度抱きたい──。

 そう頼むと、沙那たちは怒るだろうか……。

 まあ、女主人も戻って来たし、もう、陳達の相手をするというわけにはいかないのはわかっているが──。

 

 それにしても……。

 宝玄仙という女主人は美しい人だった。

 沙那、孫空女、朱姫の三人も美しいし、可愛いが、宝玄仙は別格だ。彫刻家が理想の女の像を想像で作れば、あの宝玄仙ができあがるのではないかと思う程、完璧な美しさを持っていた。

 最初に宝玄仙を間近で眺めたとき、呆然としたものだ。

 

 いま、その宝玄仙と沙那たち四人は、再会の悦びを交わし合っていることだろう。

 あの三人は、宝玄仙という女主人を救出するために、本当に命を張った。

 それだけのことをするだけの魅力が、宝玄仙にあるのだろう。

 

 四人だけにして欲しいと頼まれて席を外したが、いま頃は、涙を流しながら抱擁でもしているのかもしれない。

 しばらくしてから、なにかの肉を叩くような音が洞窟の奥から聞こえてきた。

 何だろうかと思っていると、尻を擦りながら朱姫がやってきて、宝玄仙が呼んでいるので、来て欲しいと言ってきた。

 陳達は朱姫について、洞窟の奥に向かった。

 

「やあ、陳達さん、ご主人様は、さらに奥だよ」

 

 しばらく進むと、やはり、お尻を押さえている孫空女がそう言った。その横で沙那も尻を擦っている。

 なにかあったのだろうか?

 

「あたしも、ここで待つように言われましたから、この先は陳達さんだけでどうぞ」

 

 朱姫が灯りを陳達に渡して、先に進むように促した。

 少し進むと、洞窟が右に曲がっていて、その先がふたつに分かれていた。

 両方とも突き当りになっていて、一方から灯りが漏れていた。

 そこに行くと、宝玄仙が立っていた。

 岩壁に灯の照明があり、地面に厚地の毛布が敷いてあった。

 

「沙那たちから聞いたよ。世話になったようだね。わたしは宝玄仙だよ」

 

 燭台が照らす宝玄仙は、神々しいまで美しかった。陳達は、思わず見とれてしまって口がきけないでいた。

 そんな陳達に、宝玄仙が微笑みかけた。

 とても優しそうな笑みだと思った。

 

「わたしたちは、この洞窟で少なくとも十日はいるつもりなんだ。追手をかわさないといけないしね。慌てて逃げれば、その方が危険なんだそうだ」

 

「そうか」

 

 陳達は頷いた。

 だから、陳達は出ていけということだろう。四人は、ここでしばらくいるとしても、陳達が残る理由はない。

 しかし、次に宝玄仙が言ったのは意外な言葉だった。

 

「……わたしらは、この洞窟で十日はすごすんだけど、あんたは、すぐにどこかに行かなければならないということはあるのかい?」

 

「そ、そんなことはないが……」

 

 陳達は言った。

 すると宝玄仙が、肩に手を置いて、ぱさりと服を足元に落とした。

 一枚だけの装飾付きの紫の貫頭衣の下はなにも着ていなかった。

 宝玄仙の完璧な裸身が陳達の視線に飛び込んできた。

 

「だったら、一緒にここですごしてくれないかい。少なくとも十日……。望むなら、運び込んだ食料が尽きるまで、いつまででもいいよ。あいつらだけじゃなくて、わたしもあんたに礼をしたいしね。ところで、朱姫に聞いたんだけど、女を拘束して抱くと興奮する性質らしいね。だったら、まずはわたしを拘束してから抱くというのはどうだい?」

 

 宝玄仙が後ろに隠していた手錠を陳達に渡した。

 そして、くるりと背中を向けて、両手を背中に回した。

 

「なにをしてもいいよ。それとも、なにをしてやってもいいよ。宝玄仙からの礼だよ。次は、あいつらにも奉仕させる。だけど、まずはふたりだけでということにさせておくれ……。そ、それと胸はお手柔らかにお願いするよ。少し、乳首は弱いのさ──」

 

 頭ががんがんしてきた。

 これほどの幸運が自分に起きていいのか……。

 やはり、自分は一生分の女運を使い果たしたに違いない──。

 

 陳達は、興奮を押さえるのに努力しながら、宝玄仙の両手首に鎖のついた手錠をがちゃりと嵌めた。

 

 

 

 

(第45話『女三蔵磔処刑』終わり)









【西遊記:68・69回、賽太歳(さいたいさい)・前段】


 玄奘三蔵たちが朱柴国を訪問する三年前のことです。
 端午の節句のお祝いをしていた朱柴国王と王妃の金聖(きんせい)王妃の前に、突然に賽太歳(さいたいさい)という妖魔が出現するという事件が起きます。
 金聖の美貌にひと目惚れした妖魔は、金聖宮を自分の妻にすると宣言をして、拐っていきます。その妖魔の圧倒的な力に、警護の軍もなにもできませんでした。
 朱柴国王は、王妃のことを諦めるしかありませんでした。
 ただ、哀しみのあまり、やがて国王は病に伏せてしまいます。

 その事件から三年後、玄奘たちは、朱柴国の王都にやってきます。
 さらに西に向かうために、手形に印をもらう必要があったのです。一行は役所の集会場で休息をとることにし、玄奘のみが宮廷に向かいます。
 身体の調子が悪い国王でしたが、玄奘が名高い高僧ということから、起きあがって王宮で歓待の席を作ります。

 一方で、三蔵が手形の手続きのために、宮廷に入っている頃、役所の外に出て暇つぶしをしていた孫悟空は、“国王が病であり、病を癒せる医師には、国の半分を譲る”と書かれている立て札を見つけます。
 面白がった孫悟空は、その張り紙を剥がして、役所の集会場に戻ります。

 張り紙を剥がされたことで、宮廷の担当官が孫悟空を追いかけてきます。
 すると、孫悟空は、その役人に自分は医師であり、国王の病を治せると宣言します。
 役人は、国王のところに、孫悟空を連れて行きます。

 国王と会食をしていた玄奘は、医師として孫悟空がやって来たことで驚きます。
 孫悟空は、仙術で朱柴国王の病を言い当て、治療を引き受けます。
 国王は、改めて孫悟空に自分の治療を依頼し、孫悟空は病を治す治療薬を作るあいだ、玄奘を人質として宮殿に留め置くと告げます。
 玄奘はびっくりします。

 孫悟空は、一度、猪八戒と沙悟浄たちのいる施設に戻り、玄奘の馬(玉龍)に小便をさせ、それで薬を作ります。
 その薬を飲んだ朱柴国王は、大量の排便をして、全身の毒素を抜くことに成功します。
 病を回復させた朱柴国王は、孫悟空と玄奘に感謝の言葉を告げます。

 国王は、感謝のための宴会を開きます。
 その席で、国王は三年前に王妃が妖魔に拐われてしまった悲しい事件のことを口にします。
 孫悟空は、ならば、その王妃の金聖王妃を取り戻してやろうと約束します。

 *

 本家『西遊記』では、この後、嶰豸洞(かいちどう)における孫悟空と賽太歳の戦いの話となります。
 それをなぞらえた『嗜虐西遊記』におけるエピソードは、本章の後半となります。

 なお、「有来有去(ゆうらいゆうきょ)」は、賽太歳との対決の冒頭で少しだけ登場する賽太歳の部下です。賽太歳からの宣戦布告書を朱柴国王に告げるのが彼の役目であり、あっという間に、孫悟空に殺されてしまいます。(70回)

 また、「春嬌(しゅんきょう)」は、賽太歳に囚われているあいだに、金聖皇后に仕えていた狐の精霊です。(71回)

 このエピソードの最後では、三年間のあいだ、金聖皇后の貞操は守られていたことがわかります。
 それは、金聖王妃が誘拐されたとき、「張柴陽(ちょうしよう)」という女仙人が、密かに毒針のついた衣を王妃に贈っていたからだという説明もあります。(71回)


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 第46話  奴隷主人の一夜責め
289 被虐に濡れる股間


「こ、これって、なんですか、ご主人様──?」

 

 沙那は、城郭から戻った宝玄仙と朱姫が、その城郭で買い求めてきた品物を一瞥して思わず声をあげた。

 

 朱紫国北部の安丘(あんきゅう)という小さな城郭の郊外だ。

 そこでたまたま人家から離れた廃小屋を見つけて入り込んだのだが、この廃小屋から安丘の城郭まではすぐそこだ。

 それで、一度、どの程度に宝玄仙の手配が厳しいのか試してみようということになった。

 城郭には、朱姫と宝玄仙だけで行かせた。

 

 朱姫が一緒であれば、『移動術』ですぐに逃げられるし、孫空女や沙那に比べれば、朱姫は目立たない部分がある。

 だから、沙那と孫空女は、この廃屋でふたりの帰りを待つことにした。

 手配されているとすれば、女四人の一行として情報が伝わっているはずだ。

 四人一緒に動かないのは念のためだ。

 

 陳達(ちんたつ)と別れて朱紫国の北を目指して十日経っている。

 これまで人里を避けて道なき道を進んできたが、かなり国都から離れたことでもあるし、そろそろ、街道を進む旅に戻りたい。

 ついでに、手配の度合いを探るのに合わせて、城郭に向かう宝玄仙と朱姫に買い物を頼んだ。

 最低限の衣類や毛布と路銀は別れ際に陳達から貰っていたが、何分にも色々と不足しているし、幾つか買い足したかった。

 とりあえず、料理用の塩や胡椒、それから、物々交換用の女物の小物などを頼んだ。

 これらのものはかさばらないし、女物の小物は、城郭から離れた山村などで悦ばれて、野菜や穀物などに物々交換してくれる。

 

 さらに、そのついでに、路銀の範囲内で性具を買うことも許した。

 道術が遣えなくなった宝玄仙は、夜の営みのために、霊具として扱える性具を欲しがっていた。

 あくまでも、ついでであり、振動する張形を一個か二個購うものだと思っていた。

 それなのに、宝玄仙と朱姫が購って戻ったのは、おびただしい数の性具の数々だ。

 しかし、沙那が頼んだ物はどこにも見当たらない。

 

 沙那は呆れてしまった。

 もっとも、宝玄仙に城郭に行かせたのは、宝玄仙の息抜きという側面もあった。

 人目を避けて山中を歩き、山の獣や木の実を食料にする生活では、宝玄仙の鬱憤が爆発する。

 時折は、きちんと屋根があり、寝台があり、調理された食料を食べさせる生活をさせないと、この我が儘な女主人はすぐに機嫌が悪くなる。

 

 それに、このところ、宝玄仙はなんだか元気がなかった。

 以前にもあったが、宝玄仙は激しい嗜虐を受けると、しばらく大人しくなるのだ。

 宝玄仙の嗜虐が控えめになって、夜の営みが落ち着いたものになるのは大歓迎なのだが、やはり少し心配だ。

 それで、城郭に行って道術の代わりになる性具を購うことを勧めたのだ。

 久しぶりに張り切った様子の宝玄仙が朱姫と出掛けたのは、昼過ぎのことだった。

 

 そして、戻ってきたのが夕方であり、持って戻ったのは、大量の性具や妖しげな塗り薬に拘束具だ。

 その代わり、塩や胡椒どころか、物々交換の交換用の髪飾りひとつない。

 

「見りゃあわかるだろう、沙那。例えば、これは霊具の張形だよ。道術を失ったわたしでも扱えるもので、自在に振動させたることができるんだ。こっちは尻用で、他には、拘束するための縄や手錠……。掻痒剤に催淫剤……。それに……」

 

「も、もういいです、ご主人様―――。わ、わたしにも、これがどんな用途のものかはわかります。でも、路銀も少ないはずなのに、こんなにいっぱい……。まさか、路銀の全部をこれに使ったわけじゃないですよね?」

 

「だ、だって、結構したんですよ、沙那姉さん。なんとか、所持金分にまけてもらったんです」

 

 朱姫が言った。

 

「つ、つまり、路銀の全部をこんなものに使ってきたの? 路銀はあれだけしかないのに? それで、わたしが頼んだ物はどこですか?」

 

 沙那は声をあげた。そして、宝玄仙と朱姫の表情から、本当に性具しか買ってこなかったということを悟り、大きな嘆息をした。

 

「まあ、ちょっと、代金が不足したんでね。こっちを優先させてもらったよ」

 

 宝玄仙はあっけらかんと言った。

 

「わたしは、頼んだ物を購って、それでも余裕があれば、性具でもどうですかとお勧めしたんです。旅で必要な物よりも性具を優先するなんて信じられません。わたしたち、これで、また無一文になったんですよ」

 

 すると、壁にもたれて黙ったままだった孫空女が大声で笑い出した。

 

「な、なにがおかしいのよ、孫女―――?」

 

 愉快そうに笑う孫空女に、なんだか腹が立って沙那は孫空女を睨む。

 

「そりゃあそうだよ。どっちにしたって、まあ、これは、沙那が悪いさ」

 

 孫空女はまだ笑っている。

 

「なんで、わたしが悪いのよ」

 

「だって、ご主人様と朱姫だけに、城郭に買い物に行かせれば、こうなることくらい予想しなきゃ」

 

「なっ」

 

 孫空女の指摘に、思わず絶句した。

 

「まあ、路銀のことは、また、考えようよ、沙那。とりあえず、使ってしまったものはどうしようもないさ。他の物とは違って、これは他の物に交換もできそうもないし、買い戻してもくれないさ。それにしたって、よく、こんなもの売っていたねえ。そういえば、女人国では、普通に商家の軒先で扱っていたけど、この城郭もそんな感じなの?」

 

 孫空女があっけらかんと言った。

 

「まさか……。ご主人様とふたりで一生懸命に探したんです。妓楼街の裏に小さな店があってですね、そこで扱ってたんですよ、孫姉さん。運がよかったです。ああいう性具を扱う店なんて、そうはないですものね」

 

「ふうん、それで、城郭で尾行されたり、手配書が貼られている様子はなかった、朱姫?」

 

「それは皆無でした。あれでしたら、こんな廃小屋ではなく、宿屋に泊っても問題ないと思います」

 

「でも、泊ろうにも路銀がないわ。すべて、性具に代わったんだから」

 

 沙那は嫌味を言った。

 とりあえず、食事ということになった。

 ふたりが戻ったのは夕方だったので、そろそろ陽が落ちてきた。

 朱姫が小屋の中に、道術で灯をともす。天井がうっすらと光って、小屋が明るさに包まれる。

 

 沙那と孫空女は食事の支度だ。

 昨日、山で捕らえた兎の肉がまだあるので、孫空女がその肉を石で割って作った石包丁で器用にさばいた。

 沙那は細剣で野草を細かく切る。

 それにわずかに残る米を足して、一刻(約一時間)程煮込むと雑炊ができあがった。

 

「塩を足したいところだけどね」

 

 沙那は宝玄仙と朱姫に聞こえるように言った。塩はふたりが買ってくるはずだったのだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 孫空女が笑いながら、小さな袋に集めておいたらしい山椒の実を取り出して、やはり石で潰して鍋に足して混ぜた。

 孫空女が味付けしたものを味見すると、意外においしかった。

 なんだか悔しく感じる。

 

 食事のときには、宝玄仙も朱姫も上機嫌だった。

 性具を手に入れたことで、毎夜の情事に拡がりができるというのだ。

 聞こえよがしに、こんな責めはどうか、それともこうやってやったら愉しめるなどとひそひそ話している。

 求めてきた性具を使って責めようとしているのは、もちろん、沙那と孫空女のことだ。

 

 だんだんとふつふつと肚に煮えるものが生まれてくる。

 沙那が一所懸命に先のことを考えて悩んでいるのに、このふたりは、眼の前の淫行のことしか考えていないのだ。

 しかも、このふたりは、自分たちの嗜虐心を満足させるために、沙那たちを相手にしようと決めてかかっている。

 

 実に面白くない―――。

 食事が終わる頃には、完全な夜になった。

 

 まだ雑炊の汁が残っているので、明日の朝食の出し汁に使うことにして、屋外の焚火の上から外して、部屋の隅に置いて板で蓋をした。

 三人で寝床の準備をする。

 この小屋は、なんに使われていたかはわからないが、一応は板張りだ。

 このところ、地面に直接に横になることが多かっただけに、それだけで随分と楽だ。

 

 以前は、宝玄仙の寝床だけは、厚地の敷布などを使って作っていたのだが、朱紫国の国都を脱出してから、沙那たちが持っている毛布は二枚だけだ。

 一枚を宝玄仙が使い、残りの一枚を三人で使っている。あっという間に終わる。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろ……」

 

 朱姫が期待のこもった表情で沙那と孫空女に視線を向ける。

 

「今夜は、どんな風に縛るんだい、朱姫?」

 

「そうですね。じゃあ、(かに)になんてどうですか、ご主人様」

 

「蟹?」

 

「はい、左右の膝と肘、足首と手首を離れないように固定するんです。蟹みたいに、脚を拡げて閉じられないようにもしますから、動くときには、蟹みたいに動くしかないんです。だから、蟹なんです」

 

「そりゃあ、いいね。面白いよ、朱姫―――。じゃあ、沙那も孫空女も早く服を脱ぎな。今夜は、お前らは蟹だそうだよ、蟹―――」

 

 宝玄仙が笑った。

 朱姫は、大量に揃った性具入れとして一緒に購ってきた背負い紐付きの箱から数束の縄を取り出してくる。

 しかし、沙那にはさっきから気になることがあった。

 それは、このところ感じていることと共通していることだが、宝玄仙がどことなく、嗜虐に積極的でないように思えることだ。

 

 考えてみれば、あれだけの性具を大量に買ってきたのだ。

 いつもだったら、新しい嗜虐の種を見つけた宝玄仙は、なによりも、自分の嗜虐癖を優先して絶対に食事など後回しにする。

 そういえば、あの磔の晒し刑からの救出以来、どことなく宝玄仙は大人しい。

 嗜虐も激しくはないし、むしろ、お互いに愛し合うというような情事しか求めてこない気がする。

 

 道術を失った……。

 

 もしかしたら、それが宝玄仙の心に影を落とし、宝玄仙から自信のようなものを奪っているのではないか―――。

 

「そういうわけですから、沙那姉さん、孫姉さん……」

 

 朱姫が破顔させながら、縄を持ってこっちに近寄ってきた。

 この娘の調子の良さもなにか気に障る。

 だいたい、なんで、自分は嗜虐側だと決めてかかっているのだろう。本来は、沙那と孫空女側の立ち位置にいるべきなのに……。

 

 孫空女はそういうことに気にかける様子もなく、ふうと一度溜息をすると、着衣に手をかけた。

 しかし、沙那はそれをとめさせた。

 

「そうね、確かに、そろそろね……」

 

 沙那は朱姫と孫空女にぐいと拳を差し出した。

 沙那の手には、さっき作った四本のこよりが握られている。

 

「なんですか、それは、沙那姉さん?」

 

 朱姫がきょとんとした表情をした。

 

「もちろん、今夜の責められ役を決める籤よ、朱姫―――。さあ、ご主人様も含めて、一本ずつこよりを引いてください。文句なしの恨みっこなしです。公平にしましょう―――。だいたい、なんで、わたしと孫空女なんですか。四本の中に一本だけ短いこよりがあります。それを引いた人が残り三人の嗜虐を受けることにしましょう。籤で決まれば、わたしも諦めます。なにをされてもいいです」

 

 沙那の険しい表情に、朱姫が困ったように宝玄仙に振り返った。宝玄仙は、首をすくめた。

 

「まあいいさ、たまにはね。今夜は籤で決めるさ」

 

 これで今夜の犠牲者は籤でということになった。

 沙那はほくそ笑んだ。

 同時に、やっぱり、あっさりと沙那の申し出を応諾したことについて、少しばかり気になる。

 手の中にあるこよりは、沙那の拳の中でどうにでもなる。

 いま、四本とも同じ長さだが、沙那が決めた一本を拳の中で切断できるのだ。

 

「じゃあ、三人で選んでください。“せえの”で引きましょう」

 

 沙那は言った。

 

「ご主人様から選んでいいよ」

 

 孫空女が言い、宝玄仙が一本を掴んだ。残り三本から朱姫と孫空女がそれぞれこよりを摘まむ。

 沙那は最後の一本を反対の手で掴む。

 誰に当たりくじを引かせようかと考えたが、宝玄仙に決めた。

 朱姫でもいいが、元気のない宝玄仙に気合を入れるのは、逆に苛めてあげるのが一番いいのだ。

 激しい恥辱に遭った後で、急に元気がなくなったように大人しくなる宝玄仙……。

 こんなことは何度もあった。

 

 こんなときの対処法はいつも決まっている。

 逆療法だ。

 宝玄仙を苛める。

 苛めると宝玄仙は、次の日に元気を取り戻す。宝玄仙の被虐性が満足し、本来の嗜虐癖が復活するのだ。

 だから、今夜は宝玄仙―――。

 そう考えた瞬間、沙那の心の中に黒い淫情が湧いた気がした。

 

 道術を失った宝玄仙……。

 その宝玄仙をしつこく嗜虐する……。

 想像しただけでぞくぞくする。考えてみれば、たまにはいいのではないか。

 

 それに、沙那には思うことがあった。

 あまり口には出さないが、宝玄仙は、自分の心に潜むもうひとつの人格である宝玉がすっかりと表にも意識の中にも出てこないことを心配していた。

 宝玄仙に言わせれば、おそらく、有来有去に屈服してしまったことが、宝玉の存在意義のなにかに触れてしまい隠れることを余儀なくされたのではないかと言っていた。

 実際のところは宝玄仙にもわからないようだ。だが、間違いないのは、こうしている間にも宝玉は、宝玄仙を通じてすべてを感じているということだ。

 宝玄仙はそれだけは間違いないと言っていた。

 宝玄仙を刺激すれば、宝玉をなんらかのかたちで刺激することにもなる。

 

 沙那は決めた。

 今夜は宝玄仙を嗜虐する―――。

 宝玄仙に当たりくじを引かせることなど簡単にできる。

 沙那の手の中で宝玄仙が握るこよりだけが短く千切れる。

 

「せえの―――」

 

 四人で言いながら沙那の手の中からこよりを引いた。

 

「やったああっ―――。ご主人様ですよ。ご主人様―――」

 

 明るく叫んだのは朱姫だ。

 嬉しそうに握り拳をつくって、歓びを身体で表している。

 

「しょうがないねえ……」

 

 宝玄仙が肩をすくめた。

 ふと気がつくと、孫空女が沙那を見ていた。

 その表情には苦笑が滲んでいた。

 どうやら沙那の細工には気がついたようだ。

 沙那も孫空女に口元だけの笑みで返す。

 そして、拳に残っているこよりの切れ端を丸めて、自分の服の中に隠した。

 

「さあ、ご主人様ですよ、ご主人様―――。今夜は、寝かせませんよ」

 

 朱姫がさっそく宝玄仙にとりつき、宝玄仙の服を脱がせかかる。

 宝玄仙も特に抵抗はしない。

 あっという間に、宝玄仙は生まれたままの姿になった。

 

「じゃあ、始めますよ、ご主人様……。ご主人様は、たった今からわたしたちの奴隷です」

 

 沙那は言った。

 すると、一糸まとわぬ宝玄仙の身体がぶると震えた。

 そして、急に落ち着かない表情になり、宝玄仙の両手が自分の裸身を隠すように、そっと乳房と股間に動く。

 

 沙那は驚いた。

 奴隷という言葉に宝玄仙が過激に反応したことだ。

 こんなことはいつもの戯れに決まっている。

 お互いの情事のときにはいつもそう言い合うし、滅多にないが宝玄仙をこうやって三人で嗜虐するときにだって言葉責めとして使う。

 自信家で気の強い宝玄仙は、すぐに馬鹿にするなと罵り返すか、それとも、笑って受け流す。

 それなにの、こんな風に怯えた子供のような反応をするなんて……。

 

 やっぱり、道術を失ったというのは、宝玄仙にとっては、かなりの自信を失わせるような大きなことなのであろう。

 とにかく、そういうことをなにもかも忘れさせてあげたい。

 

「それは、いいですねえ……。だったら、あたしが調教して差しあげますよ。昼間はご主人様で、夜はあたしたちの奴隷になるんです。奴隷主人のご主人様です。あたし、想像しただけで、ぐぐっときちゃいます」

 

 朱姫が言った。

 そして、宝玄仙が胸の前に置いている手を握って、身体を横に避けさせる。

 

「あっ……」

 

 宝玄仙が小さな声をあげた。

 

「そうだね、ご主人様。奴隷というのも悪いものじゃないよ」

 

 孫空女ももう一方の宝玄仙の手をぐいと引っ張って股間からどけさせた。

 このふたりの力は強い。

 道術のない宝玄仙には、もうこれだけで一切の抵抗はできないはずだ。

 

「お、お前たち、調子に乗るんじゃないよ―――。ゆ、許さないよ。今夜は特別に、宝玄仙に嗜虐するのを許しているんだ。わかっているんだろうねえ―――」

 

 突然、宝玄仙が真っ赤な顔をして叫んだ。

 いつものような余裕のある怒鳴り声じゃない。

 必死の宝玄仙の叫び―――。

 そんな感じだ。

 

「わ、わかっているよ、ご主人様……。そ、そんなにむきにならなくてもいいじゃないか」

 

「びっくりしました。いつも、もう少し、あたしたちに合わせてくれるのに、そんなに必死に言われたら、遊びじゃないみたいじゃないですか」

 

 孫空女と朱姫が興醒めしたように言った。

 宝玄仙も自分の声に戸惑ったような複雑な表情をしている。

 

 沙那は、そんな宝玄仙たちを尻目に、二本の縄を天井の梁に引っかけて、それぞれに両端に距離を取って、梁に結んで二本の縄を垂らす。

 

「さあ、ご主人様、こっちに来てください。孫空女、朱姫、それぞれにご主人様の手首を繋いで頂戴」

 

 沙那は言った。

 

「ま、待っておくれ。なにをするつもりなんだい」

 

「なにって……。心配しなくても痛いことはしないですよ、ご主人様。ここで、ご主人様に磔になってもらうだけです。国都のときと同じように……」

 

 すると宝玄仙の表情に恐怖のようなものが映った。

 

「い、いやっ―――」

 

 宝玄仙が首を激しく横に振って、腕を振り回して孫空女と朱姫の手を払った。

 それだけではない。

 はっきりとした怯えと身体の震え。

 あの宝玄仙がまるで幼女のように反応して、追い詰められたかのように切羽詰った様子を見せた。

 

「えっ?」

 

「ご主人様?」

 

 いつもと違う宝玄仙の様子に朱姫と孫空女が目を丸くした。

 すると、宝玄仙もまた、自分の悲鳴に驚いたように呆然とした表情になった。

 

「い、いま、わたし……」

 

 宝玄仙が自分の乳房を抱くような仕草でうろたえた声を出す。

 孫空女が沙那の顔をちらりと見た。孫空女も宝玄仙の反応のおかしさが気になってきたようだ。

 沙那は孫空女に頷く。

 

「大丈夫ですよ、ご主人様……。ご主人様は、きっと少し、敏感になり過ぎているんです。磔になると、国都で処刑されかけたときのことを思い出すんですよね」

 

 沙那は、宝玄仙の前に立つと、優しく声をかけた。

 

「そ、そうかもしれないね……。悪いけど、磔は堪忍しておくれ、沙那。拘束してもいいから、いつものように普通に愛しておくれ」

 

「わかりました」

 

 沙那は言った。

 すると宝玄仙がほっとした表情になった。

 

「す、すまないねえ」

 

「いいえ、感謝の言葉には及びません、ご主人様」

 

 沙那は、両手で胸を抱いている宝玄仙の両手首を掴んだ。

 そのまま手を拡げて左右に無理矢理に拡げさせる。

 

「孫女、朱姫―――。さあ、我が儘を言うご主人様を縛ってしまいましょう」

 

「お、お前―――。覚えてなよ。い、いつか、道術が戻ったら、勘弁しないからね」

 

 沙那に強引に手を拡げさせられた宝玄仙が真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「仕返しについては、道術が戻るまで待つに及びません、ご主人様。明日には、わたしたちが、ご主人様の調教を受け直します。それだけは約束します。だから、今夜は、わたしたちの責めを受けてください」

 

 沙那は言った。

 

「やっぱり、そうだよね。もしかして、やめるのかと思ったよ、沙那」

 

「沙那姉さん、時々、本当に厳しくなりますよね」

 

 孫空女と朱姫が宝玄仙の手首を掴む。

 天井の梁から垂れる縄を手繰って、宝玄仙の左右の手首を結んでしまう。

 宝玄仙は、左右の斜め上から伸びる縄に両手を引っ張られるかたちになった。

 

「孫女、『如意棒』出して」

 

「はいよ」

 

 孫空女が、耳から『如意棒』を出して、長さを人の背丈ほどの長さにした。

 

「お、お前たち、いい加減にしないか―――」

 

 三人がかりで宝玄仙の脚を掴む。

 宝玄仙は、嫌がって脚をばたばたつかせるが、腕を左右から吊りあげている宝玄仙の脚を三人がかりで縛るのだ。

 あっという間に、脚を大きく拡げさせて、『如意棒』に結んでしまった。

 孫空女だから自在に振り回している『如意棒』だが、本来であれば、大の男が三人がかりでやっと動かせるくらいの重さだ。

 宝玄仙の力では、絶対にぴくりとも動かせない。

 

 小屋の真ん中に宝玄仙の磔ができあがった。

 そのとき、沙那は、宝玄仙の露わになった股間に、ねっとりとした女の蜜が溢れていることに気がついた。

 

「あれっ? ご主人様、もしかして……」

 

 朱姫も同じものを見つけたようだ。

 抵抗のできない宝玄仙の股間に、朱姫が手を伸ばす。

 

「ひいっ―――。や、やめるんだよ、朱姫―――」

 

 宝玄仙が全身を真っ赤にして声をあげた。

 

「沙那姉さん、孫姉さん、見てください。まだ、なんにもしないのに、ご主人様のお股がびっしょり……。ふ、ふ、ふ、ご主人様、もしかしたら、感じてられるんですね。だから、あんなに磔になるのを嫌がったんですね」

 

「ひい、ひんっ……あ、ああっ―――そ、そんな……ちょ、ちょっと、朱姫……」

 

 朱姫は面白がって、そのまま身体を悶えさせる宝玄仙の股間を弄り続ける。

 宝玄仙の身体が小刻みに痙攣したように震えだした。

 

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか、ご主人様……。あたしだって、縛られたり、恥ずかしい恰好にされたら、なんだかわからないけど、お股がびしょびしょになるよ。同じだよ」

 

「お、お前と一緒に……あ、ああ……す、するんじゃ―――な、ない……ひうぅ―――」

 

 孫空女が指をすっと宝玄仙の左脇から腰に向かって撫ぜ下ろす。宝玄仙があられのない声をあげて、右に身体を捻るのを、沙那が今度は右の脇から宝玄仙の身体の体側を擦る。

 逃げ場のなくなった宝玄仙が身体を前後に動かすが、朱姫が前側からだけでなく、後ろ側からの手を伸ばして、宝玄仙の股間を責めている。

 宝玄仙は、よがり声というよりは、獣の声のような声をあげて、身体を仰け反らせた。

 大した刺激を与えているわけじゃない。その割には、異常に激しい宝玄仙の反応だ。

 

「可愛いですね、ご主人様……。そんなに気持ちいいですか」

 

 三人がかりで前後左右から責められて、宝玄仙が我を忘れたように、身体を振りたてている。

 

「じゃあ、今夜は、ご主人様に、あのときの磔刑のときに、どんなことをされたのか、そして、どんな風に感じたのか白状してもらいましょうね」

 

 沙那は、宝玄仙の乳首には触れずに、その周りの乳輪をくるくると指で刺激した。

 宝玄仙が泣き叫ぶような悲鳴をあげて、身体を逆方向に捻る。

 しかし、今度も逆側から孫空女が責めたてる。

 

 一方で、宝玄仙が優美な身体をうねり舞わせるのを見て、沙那は自分の心に嗜虐的な情欲が灯るのを感じた。



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290 陶酔の女主人

 小屋の真ん中で宝玄仙が激しく悶え続けるのを見て、孫空女は今夜がおそらく特別な夜になりそうな予感がした。

 

 朱姫が、相手が宝玄仙だろうと、孫空女であろうと容赦なく責めたてるのはいつものことだが、意外なのは沙那だ。

 今夜は、いつになく沙那が随分と張り切っている。

 むしろ、中心となって宝玄仙を責めたてているのは、朱姫ではなく沙那だ。

 

「へえ……、ご主人様、有来有去(ゆうらいゆうきょ)に焦らし責めに遭ったんですか。つらかったですか? そうですか、首輪の霊具ですか──」

 

 根掘り葉掘りと有来有去にどんな責めをされたかということを沙那がしつこく訊いている。

 宝玄仙は答えるのを嫌がっているのだが、宝玄仙の弱点である乳首に揉みしごいたり、丸い乳頭をこりこりと揉んだり、あるいは、乳首を音を立てて吸ったりして、その都度、あられのない悲鳴をあげさせて、宝玄仙を追いつめては、無理矢理に喋らせているのだ。

 

「わ、わかったから、いい加減に……ああっ……」

 

 宝玄仙が全身を激しく悶えさせた。

 質問を繰り返しているのは沙那だが、乳首を責めているのは沙那だけではない。

 孫空女は、沙那の動きに合わせて、反対の胸を責めているし、朱姫は朱姫で、宝玄仙の股間の前にうずくまって、ちゅうちゅうと音を立てて、宝玄仙の肉芽をすすり舐めている。

 

 さすがに敏感な乳首と肉芽を三人がかりで責められては、宝玄仙でもどうしようもないのか、激しく拘束された縄をきしませて、断続的な悲鳴をあげて、優美な裸身を激しくうねり舞っている。

 そして、拘束された身体を狂ったように暴れ回し続ける。

 孫空女は、乳首を責める沙那が大きく開いた宝玄仙の白い太腿の内側に手を這わせたのに合わせて、こちら側の宝玄仙の太腿の付け根をくすぐった。すると宝玄仙が絶叫するような声を出して、身体を仰け反らせた。

 

「ひ、ひい──い、いくっ──」

 

 宝玄仙が脂汗にまみれた身体を暴れさせた。

 沙那が合図した。

 責めたてていたのを一斉にやめて、宝玄仙から手と口を離す。

 絶頂寸前でまたもや寸止めを喰らった宝玄仙が、髪を振り乱して切なそうに身体を震わせた。

 もう、同じことを十数回繰り返している。

 つまり、宝玄仙は、絶頂寸前のところで、突然快楽をとりあげられるということを繰り返し味あわされているのだ。

 すでに半狂乱だ。

 

「国都で有来有去から責められたのを同じようになぞっているんですけどいかがですか? わたしたちの焦らし責めと有来有去の焦らし責めとどちらが気持ちいいですか、ご主人様? 黙っていちゃあ、わかりませんよ。ちゃんと答えるんです」

 

 沙那が絶頂を取りあげられて、悔しそうであり、また切なそうな表情をしている宝玄仙の顎を掴んで、ぐいと自分に向けさせた。

 宝玄仙が歯を食いしばったまま沙那を見た。

 

 中心になっているのは沙那だが、こうなったら、沙那は朱姫よりもしつこいし、始末に悪い。

 朱姫のように感情的になり過ぎず、冷静に宝玄仙の反応を観察しながら心を削るように責めたてるのだ。

 今夜も、絶妙の段階で責めを中断させ、そして、ぎりぎりのところまで昇り詰めさせて、宝玄仙を翻弄させている。

 

「も、もう……や、やめておくれ──。こ、降参だよ、降参……」

 

 宝玄仙は泣くような声をあげた。

 いまは、責めが中断されて、あがりきった快楽がゆっくりと冷えていくのを三人で待っている状態だ。

 もう少しすれば、責めを再開する。

 そして、宝玄仙を泣き叫ばせて、またやめる。

 それを繰り返すのだろう。

 

 孫空女も、調教と言われて、何度もこの寸止め地獄を味わった。

 こんなにつらい責めはないと孫空女は思っている。

 孫空女の身体は、宝玄仙に教えられた快楽で敏感すぎるくらいに敏感になっている。

 快楽の頂点には必ず、絶頂の気持ちよさがあると身体に染みわたせられている。

 だから、孫空女には、繰り返される寸止めは地獄の苦しみにも感じる。

 孫空女も、この責めを果てしなく続けられて、自分もただの女であることをつくづく思い知らされた。

 宝玄仙も同じだろう。

 女である限り、寸止め責めに耐えられることはないと思う。

 

「降参なんてありませんよ、ご主人様……。わたしたちは、これをひと晩中続けるつもりです。それよりも続きを話してください。市民の前で磔になったときになにをされたんですか? もう一度説明するんですよ」

 

 沙那の呆れる程のしつこさに、孫空女も嘆息した。

 その沙那が、すっと宝玄仙の脇の下に指を這わせる。

 始まりの合図だ。

 三人でまた宝玄仙を責めたてる。

 

「う、うわああ──。さ、さっきも……あ、ああっ……言ったじゃないかぁ──。おしっこさせられたんだよ。そういう水を飲まされたんだよ──」

 

 宝玄仙がすぐに情感の籠った身悶えを激しくさせる。

 

「そうですか……。大勢の市民の前でおしっこするなんて、恥ずかしかったですよね。でも、感じたんじゃないですか? どうでした?」

 

 沙那が足元の性具の箱の中から筆と鳥の羽根を三本出した。

 朱姫と孫空女には筆を渡し、自分は鳥の羽根を持つ。

 沙那が宝玄仙の身体の埃を払うように宝玄仙の肌をくすぐり始めた。

 孫空女と朱姫も、それに合わせて身体のあちこちを筆で擦りあげる。

 

「ふわっ──そ、それは……ひゃあ……ひゃ、ひゃ、ひゃあ……や、やめておくれ──」

 

 宝玄仙が進退窮まったような嗚咽をあげた。

 

「ご主人様、可愛いです」

 

 朱姫は今度は背中に回り、筆を双臀の亀裂に這わせるように動かし始める。

 宝玄仙の動きが狂ったように激しくなる。

 

「ひおおぉぉぉ──や、やめて──」

 

「悲鳴ばかりあげるだけじゃあ、いつまでもこれは、終わりませんよ、ご主人様。市民の前でおしっこしたときに、どんな風に感じたか訊いているんです」

 

 沙那が宝玄仙を責めあげている。

 一度、嗜虐側に徹すると決めた沙那は、本当にしつこい。

 ねっとりと宝玄仙を責め続ける。

 

「し、死ぬほど恥ずかしかったよ……。さ、沙那、い、いい加減にしておくれよ……ひぎいっ──」

 

「恥ずかしいだけですか? 磔にされただけで股間が濡れる程に感じるご主人様ですから、きっとおしっこをしても感じちゃたんじゃないのですか。正直に言うんです、ご主人様」

 

「そ、そんなこと──ひ、ひいいっ──」

 

 宝玄仙が喉を上にあげて、激しく身体を揺らす。

 この宝玄仙の乱れの理由は、朱姫のようだ。

 朱姫が宝玄仙の双臀の菊花を責めに責めている。宝玄仙は筆を振り払おうと腰を動かすのだが、沙那と孫空女の羽根と筆も前側から責めたてていて、快感を逃がすことができないでいるのだ。

 それに、いまは、かなり力も抜けきって、大した動きではなくなっている。

 宝玄仙もただ無理矢理与えられる快楽に翻弄されるだけになっていた。

 

「き、気が狂うよう──」

 

 宝玄仙が全身を仰け反らせた。

 また、いきそうなのかもしれない。

 

「はい、終わり」

 

 沙那が声をかけた。三人の筆と羽根がさっと宝玄仙から除けられる。

 全身を硬直させていた宝玄仙の身体ががくりと垂れた。

 

「お、お前ら……」

 

 宝玄仙が顔をあげる。

 しかし、その顔には、いつもの女主人の慄然とした様子ではなく、全身の快感をあげるだけあげさせられて発散させてもらえない、哀れな美女の悲痛さが滲み出ている。

 

「さあ、やめてあげましたよ。じゃあ、白状してください。こうやって、苛められると、普通に責められるよりも感じるようになったんじゃないですか。そうなんでしょう?」

 

 宝玄仙の正面に立っている沙那が勝ち誇ったように言った。宝玄仙が悔しそうに歯噛みした。

 

「お、お前ら、このまま済むと思うんじゃないよ……」

 

 宝玄仙が呻くように言った。

 

「このまま済まないのはご主人様ですよ。それとも、このまま済ませたいんですか?」

 沙那が言い返した。宝玄仙が悔しそうな表情になる。孫空女は、宝玄仙のその哀愁のこもったような表情にぞくりとしたものを感じた。

 

「そうですよ、ご主人様。沙那姉さんに、いかせてくださいって頼んだらどうですか? そうしたら、沙那姉さんも許してくれますよ」

 

 朱姫が筆でちょんちょんと宝玄仙の胸を突いた。

 宝玄仙は電撃でも喰らったかのように身体を跳ねたが、さっと朱姫が筆を離したのでまたがくりと力を抜く。

 

「まあ、こうなったら、いまだけでも屈服しなよ、ご主人様。屈服すれば楽になるよ」

 

 孫空女も言った。

 

「く、屈服するよ……。し、仕方がない……。だ、だから、いかせておくれ」

 

 宝玄仙が吐くように言った。

 

「ふ、ふ、ふ、屈服するんですか、ご主人様」

 

「ああ、沙那……。屈服するよ……」

 

「だったら、わたしは、奴隷である女主人の宝玄仙ですって言ってください。苛められると感じる変態の女主人ですとも付け加えてくださいね」

 

「なっ」

 

 宝玄仙がきっと沙那を睨んだ。

 

「そんな顔をしても駄目ですよ。奴隷だと言ってもらいます……。ほらっ」

 

 沙那が鳥の羽根の先で、宝玄仙の耳をくすぐりだす。宝玄仙が悲鳴をあげて、顔を反対側に避ける。

 

「もう、観念して、なんでも言いなよ、ご主人様。奴隷だって言うだけじゃないか。それに、苛められると気持ちよくなるのも本当なんだろう?」

 

 孫空女は逃げる宝玄仙の反対側からもう一方の耳を筆で責める。

 すると、朱姫が面白がって、宝玄仙の鼻の中に筆を入れてくすぐりだした。

 逃げ場を失った宝玄仙の顔が鼻水と涙と涎で大変なことになる。

 こんなになっても、まだ美貌を失わないというのも凄い。

 

「ひひゃあ、ど、奴隷──ふわっ……ひゃ、ひゃあん……ど、奴隷──奴隷です……奴隷で──ひゃああっ──」

 

 さすがに堪らないのか宝玄仙が奴隷ですという言葉をついに口にする。

 三人の筆と羽根が宝玄仙の顔から離れる。

 

「まだ、言うことがあるんじゃないですか。それとも、まだ繰り返しますか?」

 

「……わ、わたしは……い、苛められると……か、感じる……へ、変態だよ……」

 

 宝玄仙はそう言うと、がっくりと身体を脱力させた。

 

「ご主人様、ほらっ、奴隷だと認めたら楽になったでしょう?」

 

 沙那は言った。

 だが、そのとき、孫空女は気がついた。

 宝玄仙が奴隷という言葉を口にした瞬間、大きく開いた宝玄仙の股間からどっと蜜が溢れたのだ。

 

 孫空女は、それではっきりと悟った。

 沙那は、宝玄仙に嫌がらせをするために、出鱈目を言っているわけじゃない。

 本当に宝玄仙は、肉体的に責められることだけではなく、自分たちに拘束されて責められることに、精神的な激しい快感を覚えている。

 

 沙那は、それでしつこく宝玄仙をいたぶっているのだ。

 いわば、これも宝玄仙への奉仕なのだ。

 もっとも、これを機会に日頃の鬱憤を晴らそうとも思っているかもしれないが……。

 

 宝玄仙は、もうなにも言い返す気力がないのか、汗びっしょりの身体を小刻みに揺らしながら、かちかちと歯を鳴らしている。

 

「じゃあ、国都のときと同じことをご主人様にしてもらいましょうか。そのまま、おしっこしてください」

 

 沙那が言った。

 すると宝玄仙が顔をあげて、ぎょっとした表情を向けた。

 

「朱姫、ご主人様のお椀を持ってきて」

 

「な、なにするつもりなんだよ、沙那──」

 

 (はりつけ)状態で縛られたままの宝玄仙が怒鳴った。

 

「なにかをするのはわたしじゃなくて、ご主人様です。そうやって磔のまま、おしっこするところをわたしたちにも見せてください」

 

 沙那が言った。

 そう言っている間に、この事態に喜々としている朱姫が宝玄仙用の食事のお椀を持ってきて、宝玄仙の足元に置いた。

 

「これでいいですか、沙那姉さん。でも、少し、小さくないですか?」

 

「そうね。じゃあ、ご主人様、やっていいですよ。でも、お椀が小さいので少しずつしてくださいね。それと、いっぱいになったら教えますから、一度、それで止めてください」

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ──」

 

 宝玄仙の顔が今度は怒りで震えた。

 孫空女は感心していた。

 滅多にない沙那の嗜虐だが、宝玄仙や朱姫と同様……。

 いや、ある意味ではそれ以上に容赦がないのではないかと思った。

 陰湿にねちねちと追い詰める沙那の責めには感心するほどだ。

 

「おしっこしないんですか、ご主人様? 奴隷なのに」

 

「で、できるわけないだろう」

 

 宝玄仙が怒鳴りあげた。

 

「でも、ご主人様は変態なんですから、きっと人前のおしっこも快感を覚えてしまいますよ。ここには、わたしたち三人しかいなくて申し訳ありませんが、いつか、もっと人が多いところでさせてさしあげます」

 

 沙那が言った。

 

「じょ、冗談じゃないと言っているだろう」

 

「そうですか……。じゃあ、仕方ありません。またくすぐり責めを味わってください」

 

 沙那が言った。

 また、全身を筆と羽根で責めたてる。

 宝玄仙が悲鳴をあげて暴れ回る。

 

 宝玄仙がこのまま排尿することを承諾したのは、かなり時間、羽根と筆で全身の性感帯を繰り返してくすぐられてからだ。

 その頃には、もう、宝玄仙は完全に打ちのめされたような状態になっていた。

 

「おしっこしますね、ご主人様?」

 

 沙那が勝ち誇ったように言った。

 

「す、する……。だから、もう……いかせて……おくれ……ああっ──」

 

 宝玄仙はがっくりと縄に身体を預けたようにしながら、ささやくような声で言った。

 

「それはちゃんとわたしたちの命令に従ってからです。おしっこしてください」

 

 沙那が言った。

 

「ねえ、沙那姉さん──きっと、ご主人様は、お椀の位置が真下すぎるから嫌がっているんじゃないですか。もっと、前に出して欲しいんじゃないですか」

 

 朱姫が宝玄仙の股の下にあるお椀をすっと前にずらせた。

 宝玄仙が悔しそうな表情をした。

 

「まあ、そういうことでしたか。じゃあ、あそこまで勢いよく飛ばしてくださいね、ご主人様。それと、さっきも言いましたけど、お椀に入る分だけ、少しずつ出すんですよ」

 沙那が意地の悪い笑いをした。孫空女は呆れてしまった。

 

「もうやめなよ、沙那──。ご主人様、怒っているじゃないか……。明日に残るような陰湿な意地悪はやめなよ」

 

 孫空女は前に出してあるお椀を宝玄仙の股の真下に戻した。

 

「そういうわけだから、さっさとしちゃえば、ご主人様……。ご主人様が嫌がると、朱姫はますます調子に乗るし、沙那はかさにかかって意地悪になるし、いいことないよ」

 

「くっ……」

 

 宝玄仙の眼が閉じられて、口がしっかりと閉じられる。

 しばらく待っていると、じょろじょろと宝玄仙の股間から尿が落ちだした。

 一条の放水となって迸る尿は、お椀というよりは板張りの床一面に撒き散らされている。

 しかし、さすがは宝玄仙だ。

 すぐに水流が修正されて、お椀に尿が集中して落ちるようになる。

 あっという間に椀に溢れるばかりになった。

 

「いっぱいです──」

 

 しゃがんでいる朱姫が叫んだ。

 

「じゃあ、一度、とめてください、ご主人様」

 

 沙那が声をかけると、流れていた宝玄仙の尿がきゅっととまった。

 排尿を途中で中断させるということだけは、いくら教えられても孫空女にはできない。

 孫空女は内心で感嘆もした。

 

「ちょっと待ってくださいね、ご主人様。お椀のおしっこを処分しますから」

 

 沙那が言った。

 そして、朱姫から尿の溜まったお椀を受け取り、なにをするのかと思ったら、ごくごくとそれを飲んだのだ。

 孫空女はぎょっとした。

 

「ほら、見てください、ご主人様……。わたしたちは、ご主人様の奴隷ですよ。だから、ご主人様のおしっこを飲むなんてこと平気でできます。他の人のではできません。でも、ご主人様のなら飲めます」

 

 沙那はお椀から口を離すと、じっと宝玄仙を見た。

 まだ、小尿の途中でつらそうな表情をしていた宝玄仙の眼が、驚いたように見開いた。

 

「だから、自信を持ってください。ご主人様は、どんなことをしてもご主人様ですし、それは、道術があろうとなかろうと関係はありませんよ」

 

 さらに沙那が言う。

 宝玄仙は黙ったままだ。

 しかし、孫空女は、なんとなく沙那の言いたいことがわかった気がした。

 

 だから、沙那が持っていたお椀に手を伸ばして手に持った。

 まだ、半分くらい残っていて、宝玄仙のぷんと匂いのする小尿が泡だっている。

 孫空女もお椀の尿を飲んだ。少しだけ残して朱姫に渡す。

 朱姫もにっこりと微笑んで残りを飲んで空にした。

 

「ご主人様、あたしたちは、ご主人様の供であり、奴隷だよ。最初は腹が立ったけど、いまでは、ご主人様に拾われてよかったと思っている。ご主人様に奴隷にすると言われて、一緒に旅に連れて来られなければ、あたしなんて、いま頃どんなことになっていたかわからないよ」

 

「あたしもです。あたしは、もう皆さんのいない人生は考えられません。ご主人様のそばに置いてください。沙那姉さんも、孫姉さんも一緒にいてください」

 

 孫空女に続いて、朱姫も宝玄仙に声をかけた。

 

「わかりますか、ご主人様。ご主人様は、こんな風にわたしたちが意地悪く責めたとしても、やっぱり、ご主人様なんです。ご主人様の道術は、いつか三人で必ず取り戻します。ですから、元気出してください」

 

 沙那は言った。

 すると宝玄仙の口が綻んだ。

 

「わ、わたしは、元気がなく、自信がないように思えるのかい、沙那?」

 

「はい──。このところのご主人様は、どことなく、いつものご主人様ではないように思えました。きっと、道術が遣えないようになったということが、ご主人様を知らず知らず追い詰めているのだと思います。だいたい、わたしたちの責めなど、大したものじゃないはずです」

 

「た、大したことない……?

 

「ええ。それなのに、ご主人様がそんなに悲痛で余裕のない顔をなされています。それ自体が普通じゃないということですよ。もしかしたら、本当にわたしたちに、立場を変わられると思っているんじゃないのですか。そんなことあり得ないのに……。道術がなくなってから、ご主人様は、わたしたちがいまやっているような責めをわたしたちにしませんよね。それはなぜですか?」

 

「わ、わたしがお前たちに遠慮していると?」

 

「そういうことです。でも、わたしたちは、ご主人様に遠慮はしません。ですから、ご主人様もわたしたちに遠慮はしなくてもいいんです。供のわたしたちに、こんなにされて悔しいですよね。その悔しさをそのまま、わたしたちにぶつけてください。それでこそ、いつものご主人様です」

 

 すると、宝玄仙の顔に笑みが浮かんだ。

 しかし、すぐに苦しそうな表情に戻った。

 

「言いたいことはなんとなくわかったけど、いい加減に残りのおしっこをさせておくれよ。途中でやめさせるなんて、酷いじゃないか、お前ら」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫が笑って、宝玄仙の脚の下にお椀を戻した。

 再び、じょろじょろと尿が落ちる。

 すぐに溜まったので、宝玄仙の放尿をとめさせて、再び三人で飲んだ。

 

 三回目のお椀で宝玄仙の尿は終わった。

 余韻のような滴りもとまり、宝玄仙もほっとしたような表情になる。

 

「でも、大したものですね、ご主人様も……。一度目のときは床に撒き散らしたのに、二度目からはほとんどお椀の中にしか入りませんでいたね。いったい、どうやって、尿が落ちるところを操作しているんですか?」

 

 朱姫が感心したように言った。

 

「じゃあ、明日から三人とも特訓させてやるよ、朱姫」

 

「お掃除しますね……」

 

 朱姫がそう言ってから、尿で汚れた宝玄仙の股間を舌で舐めはじめる。

 宝玄仙がまた激しく悶えだす。

 

「くっ……あ、ああ……ひうっ──」

 

 しばらくすると朱姫が宝玄仙の股間からすっと口を離した。

 宝玄仙が甘い息を大きく吐いて脱力する

 束の間、顔を伏せていた宝玄仙が頭をあげてこっちを見回す。

 

「……くっ……。な、なにが、お前たちの責めは大したものじゃないだよ……。有来有去よりも、ずっとお前たちの方がしつこくて、陰湿だよ──。いつになったら、いかせてもらえるんだよ」

 

 宝玄仙が恨めしそうに言った。

 

「まあ、だったら、もっとご主人様を責めたててさしあげます。国都で受けた恥辱など、きれいさっぱりに上塗りしてみせます。国都のことはなんにも思い出せないくらいに、今夜は責めますね」

 

「わかったよ、沙那……。お前たちも今夜は、この宝玄仙を責めたてて、なにもかも忘れさせおくれよ。その代わり、明日からはお前たちの番だよ。ぐうの音もでないくらいに、とっちめてやるからね。覚悟しなよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「もちろんだよ、ご主人様」

 

 孫空女も微笑んだ。

 

「はい、覚悟しています、ご主人様。でも、今夜は、わたしたちの責めを受けてくださいね」

 

 沙那だ。

 

「わかったよ、じゃあ、好きなように責めな。この宝玄仙をお前たちの責めで泣き叫ばせてみな」

 

「そんなことを言ってもいいんですか、ご主人様……。わたしたちの責めもねちっこいですよ。ご主人様にいつもやられていますから」

 

「その代わり、明日にはお前たちは、泣く羽目になるよ。いいんだね」

 

 宝玄仙が汗ばんだ顔で笑った。

 

「あたしがお手伝いしますね、ご主人様。明日こそ、沙那姉さんと孫姉さんを蟹をしましょうよ。蟹に──」

 

 朱姫が言った。

 

「あ、あんた……。ここは、朱姫もわたしと一緒に、ご主人様の責めを受けますと言うところじゃないの?」

 

 沙那は呆れたような声を出す。

 

「あたしは、責め側の方がいいんです」

 

 あっけらかんと朱姫は答えた。

 

「まあいいわ。じゃあ、ご主人様、次は、ご主人様が買ってきた掻痒剤を試してみますね。お実にも、女陰にも、お尻の中にもたっぷりと塗りたくりますので、さっそく泣いてください」

 

 沙那が荷物の中からがさごそと探ぐって、茶色い小瓶を取り出した。

 

「う、うわっ──。ちょっと、待ちな、そ、それだけは──」

 

 宝玄仙が眼を見開く。

 そして、激しく暴れ出す。

 

「なんと言われても、許しませんよ。わたしも、これ嫌いなんです。明日にはなんにも残らないように、これは、今夜、全部使い切ってきってしまいます」

 

 沙那が指に大量の塗り剤を載せた。

 

「なるほど、全部、使ってしまえば、明日、あたしたちは苦しまないで済むというわけだ」

 

 孫空女も小瓶から油剤を取る。

 

「そういうことよ、孫空女」

 

 沙那が前に回ったので、孫空女は宝玄仙の背後に回る。

 悲鳴をあげて逃げようとする宝玄仙の股間に前後から油剤を幾層にも塗り重ねていく。

 

「じゃあ、あたしは、ご主人様の胸に塗りますね」

 

 朱姫は両手に油剤を載せると宝玄仙の乳首に油剤で包むように塗っていく。

 油剤を塗りたくる三人の手管に耐えられなくなったのか、宝玄仙は突然に咆哮すると、堰が切れたように、全身をぴんと伸ばして打ち震えた。

 

「おっと」

 

 宝玄仙の股間から尿の続きのような液体の塊りがぴゅっと出た。

 沙那がさっと除けた。

 宝玄仙の股間から噴き出したものは床を汚すとともに、そのままになっていた床の上のお椀の尿の中に入った。

 激しく絶頂した宝玄仙が股間から潮を噴き出したのだ。

 

「あらあら、ご主人様……」

 

 沙那がからかうような口調で言った。

 

「ねえ、沙那姉さん、このご主人様の潮が足されたおしっこをご主人様に飲んでもらうというのはどうでしょうか?」

 

「いいわねえ、朱姫」

 

 沙那はそう言うと、床に置かれていたお椀をさっと持った。

 

「じゃあ、飲んでください」

 

 沙那はお椀を宝玄仙の口に近づける。

 宝玄仙は一瞬、きっと沙那を睨んだが、すぐに諦めたように口を開ける。

 その宝玄仙の口の中に、お椀の中の液体が注がれていく。

 

 陶酔したような表情で、自分の股間から出た液体を飲む宝玄仙を見て、孫空女は、なんだか恍惚とした気持ちになっていた。

 

 やっぱり、今夜は特別なものになるに違いない。

 

 孫空女は確信していた。



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291 女主人尻振り恥獄

「痒い──。ひぎいっ──。か、痒い──」

 

 宝玄仙が上気した顔をかちかちと鳴らしながら暴れはじめた。宝玄仙の股間からは堰が切れたように、止めどのない愛液が溢れ出ている。

 

「か、痒いよ──お、お前たち──わかったよ、勘弁しておくれ──お願いだから、許しておくれよ」

 

 泣き叫ぶ宝玄仙を眺めながら、朱姫は自分の中の嗜虐心がますます燃えあがるのを感じた。

 

「なんとかして欲しければ、早く、言われたことをしてください、ご主人様。文字の読めない孫姉さんに字を教えるのも、女主人の役目です。」

 

 朱姫は言った。

 ひと瓶まるまるの掻痒剤を乳首を股間と肛門に塗りたくられた宝玄仙が、襲ってきた痒みに常軌を逸したように暴れ出したのは、そう長い時間ではなかった。

 

 最初に中心となって責めたてていた沙那が、宝玄仙が暴れ出したのを見て、朱姫に面白い責めはないかと訊ねたのだ。

 それで、朱姫が提案したのが、この尻文字だ。

 

 つまり、宝玄仙の肛門に筆の柄を突っ込んで空中に字を書かせるのだ。

 そのため、天井から斜めに引っ張られている宝玄仙の手首に結んだ縄を少しだけ緩めて、身体の自由が利くようにした。

 そして、その宝玄仙に、朱姫は尻で孫空女に文字を教えるように強要した。

 

 宝玄仙の尻には、朱姫が突き挿した筆の柄が挿さっている。

 別に動くわけじゃないので、そのままでは、宝玄仙の尻の痒さが癒されるわけじゃない。

 孫空女には、宝玄仙の後ろに座らせて、宝玄仙のお尻に挿した筆の動きを見て、外から持ってきて床に敷いた土に指で真似をするよう言い渡した。

 とりあえず、“孫空女”という自分の名が書ければ、宝玄仙の痒みを癒してやることになっているのだが、思いのほか孫空女は苦戦していて、まったくできないでいる。

 従って、宝玄仙の苦しみはかなり長く続くことになってしまった。

 

「ああ、か、痒い──。ち、畜生……。そ、孫空女、さっさと名前くらい書かないかぁ」

 

 宝玄仙が吠えるように叫んだ。

 

「そ、そんなこと言われても……。と、とにかく、もう一度やってよ、ご主人様」

 

 宝玄仙の尻側にいる孫空女がおろおろしたように言った。

 その光景に朱姫は思わず吹き出してしまった。

 

 宝玄仙の白い尻が動き出す。

 肛門から突き出た筆が、右に左に、上に下に、斜めにと動き回るのは滑稽だ。

 宝玄仙の身体がなまじ、この世のものとは思えないほどに美しいので、やっている尻踊りの対比が朱姫の嗜虐心を満足させる。

 逆に、いつも虐げている供に、こんな醜態を見せなければならない宝玄仙は、恥辱で気が遠くなる思いに違いない。

 

「でも、あんたも、よくこんなの考えつくわねえ」

 

 朱姫の横の沙那が感心するような声をあげた。朱姫と沙那もまた、宝玄仙の尻文字を眺める側にいる。

 宝玄仙の尻文字は、とても卑猥だ。

 

「沙那姉さんに言われたくありませんよ」

 

 朱姫は応じた。

 なぜ、今夜のようなことが始まったのか朱姫には正直なところよくわからない。

 沙那は、なにかの思惑があって、宝玄仙を責めることにしたようだが、まあ、朱姫はそれほど気にしていない。

 それよりも、三人がかりで宝玄仙を責めるというのが愉しくて仕方がなかった。

 宝玄仙も今夜だけは、朱姫たちから責められることに応じているので、なにをやっても許される。

 どんなことを宝玄仙にさせてもいいのだ。

 

 それにしても、今夜の沙那は人が変わったように、宝玄仙を責めたてている。

 いつも、冷静で知的な沙那だが、一度責め側になると恐ろしく残酷で、冷酷なことを眉ひとつ動かさずにやるというところがある。

 かなり以前だが、黒夜叉とかいう西方諸国の女将校を気が触れるほどに責めたこともあったし、朱姫も何度も怖い思いをさせられた。

 今夜の沙那を見ると、やっぱり沙那が嗜虐側に回ったときの陰湿さは抜けていると思う。

 朱姫も改めて、沙那の怖さを垣間見た気がした。

 

「こ、こうかな……?」

 

 宝玄仙の真後ろにいる孫空女がこっちに視線を向けた。

 朱姫は孫空女の手元を覗きこんだ。

 およそ、文字とは思えない模様がそこにあった。朱姫は笑ってしまった。

 

「全然、駄目ですよ、孫姉さん。ただ線を真似するだけじゃ駄目なんですよ。重ねるんでよ。字というのは、線が重ねるところを重ねないと……。というか、一度も文字を見たことがないんですか? まるで字の形になっていないですよ、孫姉さん」

 

 朱姫は呆れて言った。

 

「そ、孫空女──」

 

 宝玄仙が悲痛な声をあげている。

 

「ご、ご免よ、ご主人様。とにかく、あたしには文字は無理だよ」

 

 孫空女は床の上の土を手で払いのけてしまった。

 

「あらあら、とにかく、これはちゃんと教えることができなかったご主人様が悪いわね。じゃあ、罰を受けてもらいましょう。どんな罰がいいかしら、朱姫?」

 

 朱姫と一緒に孫空女が土に書いた文字を覗きこんでいた沙那が言った。

 

「それはもちろん、浣腸ですよ。沙那姉さんは、ご主人様が帝都で受けた仕打ちを上塗りするようになぞっていたんですよね。立ったまま、うんちをするというのをまだやっていませんよ」

 

「そうね。じゃあ、ご主人様、そういうわけですから、浣腸を受けてください」

 

 沙那が宝玄仙に言うと、宝玄仙が悔しそうに身震いした。

 ここでどんなに罵ろうと喚こうと、朱姫や沙那がやめないのを知っている。

 それとも、さんざんにいたぶられて、もう宝玄仙にも反発の気持ちもなくなってきたのか、浣腸をすると言っても宝玄仙は、なにも言い返さなかった。

 

 朱姫は、今日、宝玄仙と一緒に買ってきた浣腸器を手に取ると、中に水を一杯に入れた。

 その浣腸器の中の水に道術を込める。

 ただの水を排泄をもよおさせる薬液に変えるくらいの道術は朱姫でもあっという間にできる。

 すぐに、浣腸剤の準備が整った。

 

「じゃあ、ご主人様、筆を出してください」

 

 沙那が宝玄仙のお尻に手を添えた。

 どうやら、沙那は宝玄仙の肛門深くに挿入した筆を宝玄仙自身に出させるつもりのようだ。

 宝玄仙が顔を真っ赤にして、恥辱に染まった表情になる。

 

「そ、それよりも……か、痒いんだよ。い、いい加減に……」

 

「なにかをわたしたちに頼むのは、言われたことをちゃんとやってからですよ、ご主人様」

 

 沙那が冷たく言って、ぴしゃりと宝玄仙のお尻の横を軽く叩いた。

 

「くっ」

 

 宝玄仙が歯噛みする声がした。

 それでも宝玄仙の肛門に挿入していた筆が少しずつ外に押し出されていく。

 

「凄いねえ、ご主人様」

 

 それを見ていた孫空女が感心した声をあげた。

 朱姫も誰も触っていない筆が、生き物のように宝玄仙のお尻から出ていくのは、かなりの性技だと思った。

 それでも少しもじっとはしていられないのだろう。

 痒みで苦しむ脂汗まみれの宝玄仙の身体は、耐えず悶え動き続ける。

 

「ご主人様、素晴らしいです。もう一度、見せてください」

 

 筆が下に落ちかけたところで、沙那が意地悪く、筆をぐいと挿入し直した。

 

「ふごおおぉぉぉ──」

 

 いきなり再び筆の柄を突っ込まれた宝玄仙が、身体を仰け反らせて吠えた。

 

「さ、沙那──」

 

 宝玄仙が怒りのこもった表情で沙那を睨んだ。

 

「そんな目をしても駄目ですよ、ご主人様。今夜については、わたしは、とことんご主人様を責めたてるつもりですから。この悔しさは、どうぞ、明日、返してください」

 

 やっぱり、沙那は怖い。改めて朱姫は思った。

 

「頑張ってください、ご主人様」

 

 朱姫は、再び深くねじ込まれた筆を軽く揺すった。宝玄仙が吠えるような声をあげる。

 

「お、お前たち……」

 

 宝玄仙が凄い形相で朱姫たちを睨んだ。

 しかし、宝玄仙はそれ以上なにも言わなかった。

 再び、宝玄仙の肛門から筆の柄が生き物のように出てくる。

 

「もう一度ですよ、ご主人様」

 

 また、出かかったところで沙那が押し戻す。

 

「ふおおぉぉ──。さ、沙那、な、なんのつもりだよ──」

 

 宝玄仙が今度こそ怒りの声をあげた。

 

「いいから、もう一度やるんですよ、ご主人様。いつも、わたしたちにやっているようなことを自分でも味わってください。わたしは、徹底的にいきますよ……。ねえ、孫空女」

 

「あ、あたしは……」

 

 いきなり振られて戸惑った表情の孫空女が狼狽えた声をあげる。

 

「そ、そんなことはいい。か、浣腸でもなんでも受けるから、意地悪せずに、痒みを癒しておくれよ──」

 

 宝玄仙が狂ったように叫んで、身体を揺すりたてた。

 

「いい心掛けです、ご主人様──。そろそろ、奴隷の心が芽生えてきましたか?」

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ、沙那──。わ、わたしは、こ、この仕返しをどんな風にやってやろうかと、わくわくしてるんだよ」

 

「だんだんといつものご主人様らしくなってきましたね。じゃあ、もう少し、頑張れますね」

 

 沙那がまた筆の柄を押し戻す。

 宝玄仙が吠えて身体を揺すりたてる。

 

 沙那がしつこく繰り返させた肛門からの筆の柄の吐き出しがやっと終わったのは、おそらく十回目くらいだったろう。

 その頃には、痒みに苦しむ宝玄仙の様子はますますおかしなものになり、宝玄仙の歯はがちがちという音が止まらなくなっていた。

 口から出るのは、呻き声のようなものになり、意味のある言葉ではなくなっている。

 

「そろそろ、限界ね……。じゃあ、孫空女、ご主人様に浣腸をしてあげて。それと朱姫は、張形で前を責めてあげてよ」

 

「ふ、ふ、ふ、沙那姉さんもかなり残酷ですね。浣腸をしながら前も責めるんですか? きっと、ご主人様は泣き叫びますよ」

 

 朱姫は言った。

 

「本当だよ、沙那。こんなにやっても、本当に大丈夫……? あたしたち、明日から生きていけるかな」

 

 孫空女が不安そうな声を出す。

 

「大丈夫よ──。だけど、覚悟は必要ね。明日は交代よ。ご主人様が逆にわたしたちを責めるのよ」

 

「そ、それはまあ、いつものことだから……」

 

 孫空女は、ぼそぼそと言う。

 

「なら、いいじゃない。それに、ご主人様も結構苛められて感じているようよ」

 

 沙那はあっけらかんと言った。

 それは朱姫も同感だった。

 朱姫は、以前から激しい嗜虐癖の宝玄仙の裏の密かな被虐癖にも気がついていたが、朱紫国の国都で有来有去の性的拷問を受けてから、その度合いが強くなった気がする。

 

「で、でも、ご主人様を相手にこんな……」

 

 孫空女は浣腸器を持ったまま、まだおろおろとした感じで戸惑っている。

 

「いいのよ、孫空女。ご主人様の身体も嬉しがっているわ。だから、ご主人様をこうやって責めるのも供の務めよ」

 

 確かに、宝玄仙には嗜虐癖もあり、被虐癖もある。

 宝玄仙の嗜虐癖だけでなく、被虐癖も満足させてこそ、宝玄仙の供である──。

 沙那はそう言いたいようだが、それは言い訳だろう。

 

 沙那も朱姫と同じように、純粋に宝玄仙への嗜虐を愉しんでいるとしか思えない。

 逆に、孫空女には、まったく嗜虐性がないので、これ以上の展開は望んではいないようだ。

 沙那と孫空女の反応の違いも、朱姫は面白いと思った。

 

 いずれにしても、宝玄仙が三人の供から受ける被虐に酔いのようなものを示しているのは事実だ。

 猛烈な痒みに襲われている宝玄仙は、もはや狂乱状態だが、一方で魂まで溶かされるような妖しい快美感に襲われているのは見ていてわかる。

 

「じゃあ、挿すよ」

 

 孫空女が宝玄仙の肛門に浣腸器の先端を入れた。

 筆の柄で完全にほぐれている宝玄仙のお尻は問題なく、浣腸器を受け入れた。

 孫空女が、ゆっくりと用心深く、液剤を宝玄仙の体内に注いでいく。

 

 朱姫はそれを認めると、張形を手に取った。

 宝玄仙の前に回り、濡れほぞった宝玄仙の女陰に挿入していく。

 こちらも問題なく張形を受け入れていく。

 

「ふわああぁぁ──」 

 

 猛烈な痒みが癒される快感で宝玄仙が痴呆のような表情で吠えた。

 

「ふ、ふ……。気持ちいいですか、ご主人様?」

 

 沙那が手のひらでさわさわと宝玄仙の両方の乳首を撫ぜだした。

 

「うわああぁぁ──」

 

 宝玄仙が吊られた両手を激しく振り立てて叫んだ。

 そして、狂気したように首を振る。

 

「気持ちいいなら、そう言ってください。でないと、全部やめてしまいますよ」

 

 沙那が宝玄仙の乳首を責めながら言った。

 その間も、朱姫は手に持った張形を駆使して、宝玄仙を責めたてている。

 

「ぎ、ぎもちいい──ひがあぁ──ぎもちいい──」

 

 宝玄仙の引きつるような声が廃小屋に響き渡った。

 もう、なにがなんだかわからないようだ。

 ここまで宝玄仙を追いつめるというのも初めてかもしれない。

 いまの宝玄仙は完全に与えられる快感に我を忘れている。

 

「それとも、孫空女の浣腸が気持ちいいんじゃないですか、ご主人様? ご主人様は苛められて快感を覚える奴隷の心もお持ちですから」

 

 沙那が意地の悪い口調でささやいている。

 

「わ、わかんない──わ、わからないんだよ、沙那──うわあああぁぁ──」

 

 宝玄仙ががくがくと身体を揺すって全身を仰け反らせた。

 達したのだ。

 朱姫が責めている女陰からは、張形に塞がれている隙間から尿のようなものが吹き出した。

 

「浣腸を受けながら絶頂するなんてはしたないご主人様ですね」

 

 沙那が乳首を責めながら言った。

 

「ああ、あああ、いい……ああっ──ううっ……はああぁ──」

 

 宝玄仙はあられのないよがり声をあげ続ける。

 朱姫は張形に道術を込めて、さらに激しく振動とうねりを加えた。

 宝玄仙の狂乱がますます大きくなる。

 

「終わったよ……」

 

 薬剤をすべて注ぎ終わった孫空女がほっとしたように浣腸器を宝玄仙から抜いた。

 朱姫も一度張形を抜く。

 張形を抜いたとき、大量の体液が宝玄仙の女陰から吹き出した。

 

「ひいいぃ」

 

 宝玄仙がうち震える。

 張形を抜いたときの刺激で、宝玄仙がまた軽くいったようだ。

 

「ご主人様、もう少し、我慢してくださいね。ここでやっちゃ嫌ですよ」

 

 沙那は、宝玄仙を責める手を一度休めて、部屋の隅に置いてある荷物置きに向かった。

 なにをするのかと思ったら、いつの間に準備してあったのか、腕ほどの長さの木の棒を持って戻ってくる。

 短めの縄も二本持っていて、『如意棒』を使って大きく開かせていた宝玄仙の脚の拘束を解き、棒の両端に宝玄仙の膝を括りつけ直した。

 そして、天井の梁から縄で引っ張っていた両手首の拘束も解いた。

 

「朱姫、ご主人様の腕を後ろ手に縛り直してくれる?」

 

 沙那が言った。

 朱姫は、宝玄仙の両手を背中で組ませると、その手首と腕を縄で縛った。

 余った縄を宝玄仙の身体の前に回し、ふたつの乳房を挟むように縄で挟んでしまう。

 

「さあ、外に行ってください」

 

 沙那が宝玄仙のお尻を叩いた。

 

「ああ……く、苦しいよ──」

 

 宝玄仙が呻きながら、前に進み始める。しかし、両膝が棒を挟んで縛られているので、脚を開いたまま、みっともないがに股歩きをするしかない。

 宝玄仙は苦痛に歪んだ顔を曲げて、息も絶え絶えに懸命に歩く。

 

「ご主人様、頑張れ──」

 

「もう少しで外ですよ」

 

 孫空女と朱姫も一生懸命にがに股歩きをする宝玄仙に声をかけた。

 宝玄仙のお腹がぐるぐると鳴った。

 全身が少しもじっとできないかのように小刻みに動き続けている。

 次から次へと脂汗が宝玄仙の肌を滑り落ちていく。

 いまにも迸りかける便意を堪えるのが必死なのだろう。

 宝玄仙はぎりぎりと歯を食いしばっている。

 

 沙那が廃小屋の戸を開く。

 外は完全に夜だ。

 虫の声がするほかには、人の気配はない。

 

「も、もう……だ、駄目……」

 

 宝玄仙が戸のところで立ちどまった。

 顔が真っ蒼だ。

 もう限界を超えているのだろう。

 

「歩きなさい、ご主人様──」

 

 沙那が強い口調で言った。

 外まではもう少しだ。

 しかし、その少しが歩けないらしい。

 

「ねえ、沙那、あたしが、抱えて外に出すよ」

 

 孫空女が言った。

 

「駄目よ、孫女──。別に段差があるわけじゃないし、ご主人様ならひとりで歩けるわよ」

 

 沙那は厳しい口調で言った。

 

「沙那姉さん、大丈夫です。あたしが、ご主人様を追いたててあげます」

 

 朱姫はふと思いついて、一度部屋に戻り、荷物から鳥の羽根を持ってきた。

 先程、宝玄仙をくすぐり責めをした羽根だ。

 それで宝玄仙の背後から近づく。

 股を閉じられない宝玄仙の股間は無防備だ。

 朱姫は、宝玄仙の肛門付近に羽根を近づけると、さわさわと下からくすぐった。

 

「ひいいっ──。だ、誰だい──。や、やめるんだよ──」

 

 宝玄仙が狂ったように叫んだ。

 

「あたしですよ、朱姫です──。くすぐられるのが嫌だったら、前に歩くんです、ご主人様」

 

「や、やめておくれ──で、出るっ──」

 

「まだですよ、ご主人様。もう少し、前に出てください」

 

 朱姫は宝玄仙の肛門を羽根で繰り返しくすぐる。

 大便の噴出の崩壊に瀕している源を直接くすぐられる衝撃に宝玄仙は泣き叫んだ。

 そして、一歩一歩と止まっていた肢が動き出す。

 

 やがて、完全に外に出た。

 宝玄仙の素足が、じゃりじゃりと夜の地面を踏んで音が鳴る。

 廃小屋から半間(約五メートル)くらい進んだ草むらまで宝玄仙がやってきた。

 

「ここでいいですよ、ご主人様──。じゃあ、ご主人様がうんちをするところ見せてください」

 

 沙那が言った。

 

「ふおおっ……あ、ああっ──」

 

 宝玄仙の肛門が花を開くように盛りあがったかと思うと、次の瞬間にどっと液体まみれの大便が噴き落ちた。

 糞便が地面を叩く音と、宝玄仙が泣くような声が夜の闇に響き渡った。



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292 置き去りにされた朝

 もうどうにでもなれという気持ちだ。

 

 後手に緊縛された身体を朱姫に抱きしめられながら、宝玄仙は朱姫の唇に唇を合わせた。

 口を割り込んで入ってくる朱姫の舌は、宝玄仙の脳髄を恍惚とさせるほどに心地いい。

 その甘い絹のような舌触りに、股間までが痺れるような思いだ。

 

「あ、ああ……」

 

 朱姫が口を離すと同時に自然に声が出た。

 全身が酔ったように脱力してしまった宝玄仙は、朱姫の裸身にぐったりと身体を預けてしまう。

 

「ふ、ふ、ふ、ご主人様、可愛い……」

 

 朱姫の手が乳房に伸びた。

 稲妻に打たれたような快感が乳房から迸る。

 しかし、喘ぎ声をあげるのを邪魔するように、朱姫の舌が再び口に入ってくる。

 息の苦しさが宝玄仙の脳を痺れさせたようにさせる。

 

 最初に天井から両手を吊られて立位で責めを受け、次いで、膝を開いて拘束されて後手縛りにされた。

 いまは、脚の拘束はなく、両腕を縄で後手に拘束されているだけだ。

 

 その宝玄仙の裸身を裸になった朱姫が責めている。

 全身に掻痒剤を塗りたくられて恐ろしいほどの感度になっている身体を朱姫の手管が責めるのだ。

 まだ始まったばかりだが、すでに宝玄仙は、もう何度も小さな絶頂を繰り返していた。

 頭は朦朧として、自分から動くことができない。

 

「すっかり、大人しくなっちゃいましたね、ご主人様」

 

 やっと口を離した朱姫が言った。

 

「準備できたわ、朱姫」

 

「あ、あたしもご主人様に奉仕するよ」

 

 服を脱いできた沙那と孫空女も宝玄仙に寄ってきた。

 そして、三人の裸の供が囲む真ん中に座らせ直される。

 三人の六本の手が、宝玄仙の全身に這いまわる。

 

「あ、ひいぃ──」

 

 乳房と股間と肛門はもちろん、太腿や横腹、背中、耳、膝、臍、脚の指……。

 全身の敏感な場所のあちこちに三人の温かくて柔らかい手が動いて、刺激を加え続ける。

 全身の急所を同時になぶられている宝玄仙の身体は、あっという間に快感が走り抜けて、ただれたように熱くなる。

 

 今夜は久しぶりに官能に泥酔している──。

 宝玄仙は痛さともまがうような激しい快楽を受けながら思った。

 

 三人の誰かの指が女陰に喰い込んで中を刺激した。

 その部分が火のように鋭い快感に襲わる。

 

 声をあげた。

 

 身体のどの部分にも力を入れることができない。

 女陰の指に気をとられると、他の部分が疎かになり、対応できない。

 しかし、全身に与えられる快楽の全てに備えることなどできるわけがない。

 だから、ただ、翻弄されるだけ。

 

 なにもできない……。

 道術もない……。

 

 三人から受ける刺激を避ける一切の手段がない。

 それが与える恍惚と官能に宝玄仙は、激しい快感の酔いを覚えていた。

 

 もっと、苛めて欲しい……。

 これが、被虐の悦びなのだ。

 

 もっと……。

 

 なにもかも忘れるくらいに快楽浸けにして欲しい……。

 

 宝玄仙の心が叫んでいる。

 その叫びが聞こえているかのように、沙那と孫空女と朱姫の三人は、拘束された宝玄仙を責めたてている。

 

「も、もっと……」

 

 心からの声だ。

 宝玄仙は、躊躇いなく哀願していた。

 既にどうしようもなく宝玄仙の身体は熱く疼いて燃えあがっている。

 媚薬は宝玄仙の身体の芯まで溶かしきっている。

 それでいて、なかなか与えられなかった刺激に、宝玄仙は激しく責められるのを渇望するような気持ちになり、いつの間にか、それは名状のできない不思議な被虐の快美感となった。

 

 宝玄仙は熱っぽく喘ぎながら、本当にこの三人に奴隷として仕えてもいいような気持ちになっていた。

 宝玄仙の心に潜む奴隷の心──。

 それが供たちによって露わにされる……。

 

 その快感と恥辱──。

 宝玄仙は、それに酔っていた。

 

「ご主人様、ここ熱いよ……」

 

 孫空女の甘い声が耳元で聞こえた。

 同時に女陰に深く入り込んだ指がくねくねと動く。

 いま、感じているのは孫空女の指なのだ。

 

 宝玄仙は与えられる刺激を通じて孫空女を感じていた。

 男勝りの強さとは異なり、被虐性に富む従順な女の心を持つ孫空女──。

 それでいて、女ながらも荒れくれ男たちを従えて東方帝国の五行山に巣食う盗賊団の首領をしていた女傑──。

 その女を宝玄仙の性奴隷にすると一方的に宣言して、裸で街道を歩かせたのは、つい昨日のことのようだ。

 

 あれから三年──。

 

 この孫空女は、その力と技で、宝玄仙と仲間を護り続けてくれるなくてはならない存在になった。

 必要以上に前に出ることはないが、大事なときには、しっかりと全体を自然に仕切る舵取りをすることもできる。

 清濁を併せ呑む包容力もある。

 なによりも、宝玄仙の霊気を帯びた副産物とはいえ、あの力と敏捷性は凄まじい。

 たったひとりで、百人でも二百人でも相手にしそうな列女だ。

 だが、三人の中では、誰よりも宝玄仙からの責めを歓ぶ甘えん坊でもある。

 そんな魅力的な女傑が、宝玄仙を女主人として認めて、心から従ってくれる。

 それを感謝すべきなのかもしれない。

 宝玄仙は孫空女の指を女陰で感じながら思った。

 

「ひううっ──」

 

 そのとき、つるりと宝玄仙の肛門に指が入り込んだ。

 尻をなぶられるという浅ましさと恥ずかしさが気持ちいい……。

 

 肛門を責められる快感で戦慄が走る。

 身体が溶ける……。

 尻を触られるのには、いまでも大きな恥辱を覚える。

 

 浅ましいと思う。

 そして、惨めだ。

 その惨めさがいい。

 闘勝仙たちに尻を調教された。

 どうしようもなく尻で欲情する身体に無理矢理させられた。

 尻で受ける刺激は、あの屈辱の二年を思い起こすきっかけだ。

 しかし、その快感がいい。

 

「い、いいっ……」

 

 付け根まで入った指が遠慮のない動きで肛門に内襞をまさぐり動く。

 そこが熱い。

 身体の震えがとまらなくなる。

 宝玄仙の全身の脂汗が沙那や孫空女や朱姫の肌になすりつく。

 前後の孔で動いている二本の指のほかにも、全身を他の手が動いて、刺激を加え続ける。

 

「ご、ご主人様、気持ちいいんですね……。わ、わたしも、そんなご主人様を見ていると、変な気持ちになってしまいます」

 

 沙那が上ずった声でささやいた。

 肛門を責めているのは沙那のようだ。

 

「あら? じゃあ、朱姫は沙那姉さんを責めてあげましょうか?」

 

 朱姫が笑いながら、沙那の身体に手を動かした気配がした。

 その途端に沙那の身体がびくりと跳ねあがった。

 

「ひうっ──。ちょ、ちょっと朱姫……。わ、わたしじゃなくて……こ、今夜はご主人様……や、やめてっ──」

 

 なにをされているかわからないが、沙那の身体全体が狼狽したように暴れはじめた。

 しかし、その沙那の指の一本は宝玄仙の肛門に喰い込んでいるのだ。

 沙那の乱れが、宝玄仙の肛門に伝わり、宝玄仙もまた、嬌声を絞り出される。

 

「はひっ──、お、お前たち、あ、暴れるんじゃないよ──あくっ──」

 

 その振動に翻弄されて、宝玄仙はあっという間に気をやってしまった。

 

「いやあっ」

 

 それとともに、沙那もまた達したようだ。

 沙那の身体が宝玄仙にもたれかかるようになって、甘い声をあげながら身体を震わせた。

 

「相変わらず、玩具のように敏感ですね、沙那姉さん。こんなにあっという間にいってしまう女性なんて、きっとこの世に沙那姉さんしかいないかもしれませんよ」

 

 朱姫が悪戯っ子のように笑った。

 

「あ、あんた、承知しないわよ──」

 

 沙那が真っ赤に上気した顔で朱姫を睨んだ。

 

「承知しなければどうするんですか、沙那姉さん──」

 

「やめなったら、ふたりとも」

 

 孫空女が言った。

 ふたりは、それで我に返ったように、お互いに苦笑してから宝玄仙に向き直る。

 考えてみれば、沙那こそ宝玄仙の無垢の被害者と言えるだろう。

 宝玄仙は思った。

 

 手酷い手段で供にしたというのは三人とも同じだが、孫空女はもともと、宝玄仙を襲おうとした女盗賊だし、朱姫は事もあろうに、人の世界に絶望して、妖魔になろうとして宝玄仙の肉を食おうと襲った半妖だ。

 宝玄仙が返り討ちにして、痛めつけるだけの大義名分はないこともない。

 

 しかし、沙那だけは別だ。

 沙那は、東方帝国の愛陽という城郭の若い女の千人隊長であり、宝玄仙の世話をするために、愛陽に滞在中に限定して、宝玄仙の近くに護衛として侍った娘だった。

 その沙那の可憐さと身体に潜む淫情に眼をつけた宝玄仙は、卑劣な手段で沙那を泥棒に仕立てて、しかも、『服従の首輪』の霊具で、身体を操り状態にして強引に供として連れてきた。

 最初の頃には、沙那の激しい恨みと怒りを常に感じていて、そんな沙那を道術で性奉仕させることに、宝玄仙は途方もない嗜虐の愉悦を感じたものだったが、この沙那もいつの間にか、宝玄仙に無私の奉仕と愛情を注ぐようになってくれた。

 

 とても頭がよく、気立てもいいこの女は、どこの土地でもひとりで生きていけるだけの力もある。

 だが、沙那は宝玄仙から逃亡したりはしない。

 それどころか、それこそ、命懸けで宝玄仙を襲うものと戦ってくれる。

 

 なにが沙那を変えたのか……?

 この自分のどこに、沙那はその代償のない奉仕を捧げ続ける価値を見出しているのだろう……?

 宝玄仙はいまでもわからない。

 

 そして、朱姫……。

 

 無邪気で、小悪魔的で、子供なのか大人なのかよくわからない精神を持つ半妖……。

 

 見かけは人間の娘だが、その筋力と霊気は、間違いなく妖魔の大きな力の血を持つ。

 まだ育ちかけの霊気で見せる途方もない道術は、宝玄仙でもたじろぐほどだ。

 

 あと数年……。

 数年すれば、もしかしたら、この朱姫は宝玄仙を凌ぐ霊気と道術を開眼するのかもしれない。

 小さい頃に両親を人間に殺され、生まれながらの妖魔の力を遣い、たったひとりで生きてきた朱姫──。

 

 両親を人間に殺されても、さらに、可愛らしい容姿が災いして何度も人間の男から襲われそうになっても、それでも、朱姫は人間を憎むことなく、家族を渇望して生きてきた。

 朱姫と出遭ったのは、朱姫にとっても、宝玄仙たちにとっても、なにかの加護だったのかもしれない。

 

 この無邪気さ……。

 この可憐さ……。

 この淫乱さ──。

 

 それはもう失いたくないものだ。

 家族としての愛情を注ぐ朱姫がいてくれるお陰で、この四人が本当に“家族”なのだという気持ちを感じることができると思う。

 

「じゃあ、そろそろ、朱姫からいきますね」

 

 朱姫が一度宝玄仙から離れた。

 すると沙那と孫空女が宝玄仙を両脇から支えるようにして、跪いたまま身体を前に倒すような格好にした。

 ふと見ると、朱姫の股間が双頭の張形の半分を咥えていて、朱姫は、無毛の股間から黒い張形を本物の男根のようにそそり勃たせている。

 その朱姫が、宝玄仙の眼の前に立っていた。

 

「舐めてください、ご主人様」

 

 朱姫の股間から突き出た張形が、宝玄仙の顔の前に出された。

 宝玄仙はそれほど躊躇いもなく、その張形を口に咥えた。

 朱姫の股間から溢れている愛液の匂いが宝玄仙の鼻に入ってくる。

 朱姫の手が宝玄仙の頭を持ち、まるで幼女の頭を撫ぜるように、朱姫が宝玄仙の髪に触れる。不思議な温かさをその朱姫の手から感じる。

 宝玄仙は、張形に舌を這わせて、自分の唾液を張形にまとわりつかせながら、朱姫を男性として奉仕しているような錯覚を感じ始めていた。

 

「もういいですよ、ご主人様……」

 

 朱姫が一度離れた。

 そして、背後に回り、両手で宝玄仙の腰を掴む。

 

「はうっ」

 

 宝玄仙は息を吐いた。

 朱姫の股間から出ていたものが、宝玄仙の肛門にすっと入ってくる。

 

「はっ、はっ、はっ──」

 

 尻に凄まじい快感が走る。

 気持ちいい──。

 信じられない快美感が責められる肛門からやってくる。

 以前から肛門は宝玄仙の弱点だったが、改めて感じやすい器官として調教され直した。そんな感じだ。

 もしかしたら、有来有去から受けた宝玉への責めが、新しい快感を肛門が産みだすようになったかもしれない。

 

「つ、次は、わたしです……」

 

 快感に恍惚としていた宝玄仙の前に、また張形が出された。

 二本買ってきた双頭の張形のうちの残りの一本だ。

 

 股間に挿しているのは沙那だ。

 自分で女陰に挿したのか、沙那はそれだけで淫情が全身からこぼれそうになっている。

 沙那がすっと張形の半分側を宝玄仙の口に伸ばした。

 宝玄仙は、黙ってそれを口に含んだ。

 

「沙那姉さん、それを前後に動かしてください」

 

 後ろから宝玄仙を犯している朱姫が言った。

 

「そ、そんなの……」

 

 沙那が真っ赤な顔をして身悶えをする。

 この感じやすい女は、そんなことをすれば、自分が快感を受けてしまうのでたじろいでいるのだ。

 宝玄仙は口に入れられた張形を自分からしごくようにして動かし、張形越しに沙那の女陰を刺激してやった。

 

「あひん──」

 

 沙那が甘い声をあげて、姿勢を崩す。大した刺激ではないのに、もう、切羽詰まったように翻弄されている。

 本当にこの沙那は感じやすい……。

 

「ご、ご主人様、沙那姉さんに悪戯する余裕なんてないですよ」

 

 朱姫が後ろからどんと突いた。

 

「ほごおぉっ」

 

 全身を突き抜ける衝撃に、宝玄仙は吠えた。

 全身を官能の痺れが貫く。朱姫の股間から突き出ている張形が宝玄仙の肛門の中で前後に動き続ける。

 もの凄い快感が走る。

 

 快感と苦痛……。

 口と肛門を同時に張形に挿されて、まるで全身を張形に貫かれているような錯覚が走る。

 

 沙那の張形が口から抜かれた。

 次の瞬間、ふわっと身体が浮いた。

 驚いたが、宝玄仙の身体が持ちあげられている。

 孫空女が横から引き揚げているのだ。

 

「はひいいぃぃぃ──」

 

 肛門に貫かれたまま身体を持ちあげられ、肛門に強い摩擦感が加わった。

 堪らず宝玄仙は悲鳴をあげた。

 さらに身体が浮き、床にお尻をつけて座った朱姫の上に乗せられた。

 宝玄仙の身体が小さな朱姫の身体に載ったようなかたちになる。張形は肛門に挿入されたままだ。

 両脚が大きく開かされた。

 女陰に沙那の股間の張形が突きつけられる。

 それがゆっくりと挿入されていく。

 

「ひんっ……ひいいっ──あ、ああ……」

 

「むんん……あ、ああ……」

 

 沙那と宝玄仙は同時に声をあげた。

 しかし、その声は、むしろ沙那の方が感極まった感じだ。

 

「大丈夫かい、沙那? 沙那の方が犯されているみたいだよ」

 

 孫空女が笑って沙那の身体を宝玄仙ごと抱えている。

 宝玄仙は後ろに朱姫、前から沙那に双頭の張形を挿されて、それを横から孫空女が抱えて支えている態勢だ。

 

「じゃ、じゃあ、動きましょう……」

 

 朱姫が言った。

 前後の張形が宝玄仙の中で動き出す。

 

「ひううっ」

 

 宝玄仙は首を仰け反らせて吠えた。張形による快感が頭の芯に突き抜ける。

 子宮を官能の痺れが渦巻く。

 そうかと思うと、肛門の張形が苦痛のような快感を宝玄仙に与えてくる。

 

「ひ、ひいいっ……こ、これは──お、お前たち──や、やめておくれ──」

 

 凄まじい快楽に宝玄仙は思わず悲鳴をあげた。

 女陰の中の張形の動きをなぞるように、肛門の薄い隔壁越しに朱姫の張形が動く。

 沙那のだんだんと激しくなる嬌声と朱姫の甘い息遣いが、宝玄仙の耳をくすぐる。

 

「ほ、ほらっ、これはどうですか、ご主人様?」

 

 朱姫が両手で宝玄仙の腰を持って、上下左右に揺さぶった。

 

「うおっ、ほっ」

 

「ひゃん──」

 

 そのたびに、宝玄仙の肛門に貫いた張形が、宝玄仙の身体の真芯を突きあげる。

 沙那もその動きに翻弄されるのか、宝玄仙以上に激しい声をあげている。

 

「こ、これは、沙那姉さんも一緒に、いってしまうそうですね……。ふ、ふ、ふ、どうぞ遠慮なく、ふたり一緒にいってください……。でも、あたしもいきそう……」

 

 朱姫がさらに腰の動きを大きくした。

 もうなにがなんだかわからない。

 大きな波が宝玄仙を包み込んでいく。

 眩しい光のようなものが視界を襲う。

 

「も、もっと……もっとよ──もっと──」

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 妖しい快美感──。

 全身を溶けさせるようなこの快感……。

 

 もっと欲しい……。

 もっと苛めて……。

 もっと惨めに犯して……。

 

「も、もっとですね、ご主人様──。こうですか……?」

 

 朱姫の息も荒い。

 その朱姫が加える刺激は、さらに大きくなる。

 朱姫は上に載せた宝玄仙の身体ごと身体全体で床に跳びはねるようにしている。

 肛門を貫く快感が凄い。

 沙那も我を忘れて暴れ回るので、その刺激も直接宝玄仙の子宮に伝わってくる。

 さらに、乳房までも揉まれだした。

 

「あ、あたしも……」

 

 孫空女が酔ったように声で言った。孫空女は、自分で自分の股間をまさぐっている。

 前後の孔に沙那と朱姫の張形……。

 乳首への孫空女の指……。

 凄まじい快感が宝玄仙を貫いた。

 

「いくっ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「わ、わたしも……」

 

 沙那の呻くような声が続いた。

 そして、朱姫と孫空女の感極まった声もそれに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 眼が覚めた──。

 

 窓からこぼれる明るい日差しと、外から聞こえる鳥のさえずりで朝になったということに孫空女は気がついた。

 

 昨夜は、三人かかりで宝玄仙を責めた。

 宝玄仙もまるで人が違ったように、三人の責めに泣き狂ってくれた。

 

 宝玄仙を三人で責めるということは以前にもあったが、昨夜は特別だった気がする。宝玄仙は、自分を隠すことなく、被虐に酔ってくれたし、孫空女たちもまた、かさにかかって宝玄仙を責めた。

 双頭の張形や普通の張形を使い、宝玄仙を三人で犯したのだ。

 

 最初は朱姫と沙那が前後から責め、数回達しさせてから、交替して今度は前側に朱姫、後ろ側が孫空女になった。

 その次は、今度は前が沙那に代わり、さらに次には孫空女と朱姫でまた前後から犯した。

 その度に何度も激しく絶頂をしていた宝玄仙は、完全に快感に狂ったようになった。

 それでも解放せずに、全身の筋肉が弛緩して動けなくなった宝玄仙を張形や筆や手で責めたてた。

 宝玄仙は涎と愛液と小尿を床に撒き散らして完全に気を失った。

 

 それでやっと、宝玄仙を許し、拘束を解いて身体を拭いてあげた。

 宝玄仙は起きる気配もなかったので、裸身に毛布をかけて、孫空女たちも衣服を整えて休んだのだ。

 

 まどろみの中でそう考えていて、孫空女は、はっとした。

 自分は服を着ていない……。

 素裸だ。

 確かに、服を着てから寝たはずなのに……。

 

 それだけじゃない。

 身体が動かない──。

 手足がなにかで拘束されている。

 両手首は束ねられて、頭の方向に伸びて動かない。

 どうやら、縄尻を柱かなにかに結ばれていようだ。

 脚も同じだ。

 両脚の足首には、棒のようなものが挟まれて拘束されていて開脚したまま閉じることができない。

 その足首を挟んでいる棒も足側に引っ張られていて動かすことができない。

 孫空女はそんな格好のまま仰向けに寝ていたのだ。

 

「起きたのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 顔の上から宝玄仙が覗いている。

 その反対側から朱姫の顔も見えた。

 

「こ、これは、どういうこと、ご主人様? な、なんであたし縛られているの?」

 

 孫空女は声をあげた。

 しかし、宝玄仙は嗜虐心いっぱいの表情を孫空女に向けたまま、孫空女の身体に乗っていた毛布を掴むと、さっと引きはがした。

 床に横たえられた孫空女の裸身を外気が襲う。

 

「う、うわっ」

 

 思わず声をあげた。

 

「なにを狼狽えているんだい、孫空女。お前たちが言ったんだろう。昨夜、わたしを責めたときに、明日は自分たちが責められるから、今夜はお前らの責めを受けてくれと言っただろう。その明日だよ」

 

 宝玄仙は孫空女の身体の横に胡坐に座り込んだ。

 朱姫もまた反対側に座る。

 

「ねえ、最初は、なにから始めますか、ご主人様? とりあえず、孫姉さんに身体を燃えあがらせてもらいますか? それとも、いきなり、浣腸というのもいいかも……。お腹が膨れるまで浣腸をして、栓をして、そして、裸踊りをしてもらうんです。それか、いつかやったお尻で字を書くというやつを外でしてもらうのはどうですか?」

 

 朱姫が言っている。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ──。あ、頭の整理ができないんだよ。どうして、こんなことになったのさ。それに、いまは、まだ朝じゃないの──?」

 

 孫空女は狼狽えて叫んだ。

 

「朝には違いないけど、それがどうしたんだい? わたしの嗜虐を受け直すと言ったんだ。たっぷり、仕置きしてやるから覚悟しておきな」

 

 宝玄仙がくすくすと笑った。

 その笑いに孫空女は背に冷たい汗が流れるのがわかった。

 このところ、少し大人しいと思っていたが、それを払拭するような嗜虐の悦びに染まった笑いと表情だ。

 孫空女はぞっとした。

 

「そうですよ、孫姉さん──。躾のやり直しだそうです。頑張ってくださいね。ご主人様は、明日の朝まで続けるとおっしゃってますよ」

 

 朱姫だ。

 

「お、お前は、なんだよ、朱姫──。なんで、お前がそちら側にいるのさ。ご主人様の躾だったら、お前も一緒だろう」

 

 孫空女は言った。

 

「そうですけど、ご主人様の嗜虐をお手伝いをするということで認めてもらいました。それに、いろいろな責めを工夫するためには、あたしの道術が便利ですから。ご主人様の命令で、孫姉さんに『縛心術』をかけて、準備ができるまで寝てもらったんですよ。眠っている間に、服を脱いでもらって、縛ったんです。驚いたでしょう?」

 

 服を脱がされて拘束されていたのは、どうやら朱姫の仕業だったのだ。

 

「じゃ、じゃあ、沙那はどこさ? だいたい、昨夜のことは、沙那が言い出しっぺだよ。ご主人様の躾を受け直すと言ったのも、元々、沙那なんだよ。あたしじゃないよ──」

 

「そうだったかねえ……。まあ、とにかく、沙那はいないよ。わたしらが眼を覚ます頃には、身支度を終わっていて、なんとか路銀を作りに城郭に行ってくるから、待っていてくれと言い残していったねえ。戻るのは夜だそうだ」

 

 宝玄仙があっけらかんと言った。

 

 びっくりした。

 沙那にやられた……。

 

 沙那は、もしかしたら最初から、その気だったのではないだろうか。

 口では、宝玄仙の嗜虐を受け直すと調子のいいことを言いながら、自分はとりあえず逃げる気でいたに違いない。

 

 そして、孫空女は取り残された。

 宝玄仙からの復讐の嗜虐は、孫空女が一身に受けることになる。

 

 沙那もまた、それなりの責めは受けるだろうが、昼間の半日で孫空女で鬱憤を晴らした宝玄仙の責めは、夜になる頃には、かなり緩やかなものになっているだろう。

 沙那は全部わかっていて、昨日、しつこく責めたのだ──。

 孫空女は、なんだか騙された気持ちになり、歯噛みした。

 

「じゃあ、宝玄仙の復活の挨拶代りにくすぐり責めといこうか。羽根を貸しな。朱姫……。一刻(約一時間)ほど、笑い死にしてもらおうかね、孫空女──。朱姫、お前は手でこいつの脇をくすぐりな。暴れるだろうから、馬乗りになったらいいよ。それから、こいつは、小便と大便を垂れ流すだろうから、その掃除の準備もしておいておくれ」

 

「大丈夫です、ご主人様。『縛心術』で動けなくします。ついでに、感度も二倍に……。いつでも始められますよ」

 

 朱姫がそう言って、孫空女の裸身に馬乗りになった。

 

「さて、覚悟はいいね、孫空女──」

 

 宝玄仙が孫空女の足元に移動した。

 朱姫の手が伸びて、孫空女の無防備の脇をくすぐりだす。

 同時に羽根の柔らかい刺激が、孫空女の足の裏を襲った。

 

「いひいいっ、だめえええっ」

 

 強烈なくすぐったさに、孫空女は狂ったような笑いをあげさせられた。

 

 

 

 

(第46話『奴隷主人の一夜責め』終わり)



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 第47話 【前日談】女巫女羞恥調教
293 施錠された股間


 本エピソードは、宝玄仙が、まだ「宝玄仙士」だって東帝国時代の物語です。
 御影との因縁の切っ掛けとなる話であり、宝玄仙が御影に脅迫されて、性調教されるエピソードとなります。
 そのうち、最初の一日目のみを語ります。

 *

 若き宝玄仙は、天教の教団本部で神官として働いていましたが、ある夜、同じ天教本部で働く「御影(みかげ)」という男と一夜の関係を持ちます。
 しかし、翌朝、宝玄仙士(宝玄仙)は、自分が貞操帯を装着されていることを発見します。それだけでなく、弱みを握られて、御影の言いなりになるように脅迫されます。


 *


 ふざけやがって……。

 

 宝玄仙は執務室の卓の前で異常な火照りと痒さと戦っていた。

 帝都にある教団本部に隣接する「学芸院」と呼ばれる教団の運営する研究所の一室だ。

 宝玄はその学芸院に所属する仙士の称号を持つ上級幹部であり、十数人いる室長のひとりとして個室の執務室を与えられていた。

 

 その自分の席に座って、宝玄は黒の巫女服の袴の中でしきりに腿を擦り合わせている。

 とてもじゃないがじっとしていられないのだ。

 

 しかし、硬い獣の皮で作られるとともに、鋼線で縁取りをしている股布は少しも宝玄の局部に刺激を伝えてはくれない。

 宝玄はだんだんと強烈に襲いかかってくる掻痒感をどうすることもできずに歯を喰いしばって耐えるしかなかった。

 

 こんなことになったのは、宝玄が御影という同じ天教の教団に仕える同僚と一夜限りの逢瀬を愉しんだのが発端だった。

 帝都一の美女とも称されている宝玄だったが、その性歴は放埓だった。

 性欲が溜まれば声をかけてくる相手と誰とでも情交を愉しんだし、こちらから誘うこともある。

 相手は男であることもあるし、女の場合もある。

 十代の情熱溢れる若者を相手にこちらが主導的に情交することもあれば、老練な性技を持つ初老の男性との情交でねちねちと焦らされながら被虐的に愛されるのも悪くない。

 

 いずれにしても、特定の相手と付き合うというようなことはなく、続けて二夜同じ相手と寝ることも少なかった。

 宝玄にとっては、性の営みなどちょっとした運動のようなものだ。

 運動であるが、ひとりではできないので相手を必要とする。

 相手となるには、宝玄の性欲を解放させてくれる身体を持っていればいいのであり、性格や容姿など気にしたことはない。

 

 御影に抱かれたのも、別段の感情があったわけではなく、たまたま誘われた夜に身が空いていたからという理由以外ではない。

 とにかく、宝玄は昨夜は御影の屋敷に泊って、その御影に抱かれた。

 

 性技はなかなかに上手な男だった。

 宝玄をあそこまで乱れさせてくれた相手は最近はいなかった。宝玄は大きな充実感と満足感を抱いて御影の隣で寝入った。

 そして、眼が覚めたらこの下着を装着させられていたのだ。

 御影の道術により脱げないようになっているだけでなく、局部に得体の知れない薬剤を塗られている。

 しかも、手で中を掻けないように鋼線で縁取りをしているとともに、やはり道術で外から触っても中に刺激が伝わらないようになっている。

 さらに、股布の内側には張形が装着されていて、その張形が宝玄の女陰を深々を抉ってもいる。

 

 同じようなことを乳首にもされた。乳首に掻痒剤を塗られて、刺激を伝えない胸当てをつけさせられている。

 やはり、御影の道術によってこの胸当ても外せないようにされている。

 もちろん、類まれな道術遣いである宝玄であるから、その気になれば御影が下着にかけた道術など無効にすることもできるし、掻痒剤の効果を打ち消すこともできるのだ。

 

 だが、できない……。

 

 御影に道術で抵抗することを禁止されたからだ。

 宝玄は逆らうことのできない弱みを御影に握られている。

 その弱みのために宝玄は御影の言いなりになるしかないのだ……。

 

 宝玄は隠してはいるが、実は故郷に母親がひとりいる。

 宝玄と同じように性に放埓な女であり、屋敷を構えて、そこに多くの男女の愛人を囲って淫靡な生活をいまでもしている。

 それはいいのだが、母親の性の好奇心は、帝国や教団が禁止をしている妖魔との性交にも及んでいて、愛人の中には亜人とも呼ぶべき妖魔もいるのだ。

 

 この帝国では、神に忌まれる存在として、彼ら亜人を“妖魔”と蔑んで、駆逐すべきものと位置づけているが、実際には、妖魔のほとんどは外観が人間と多少異なって高い霊気を保有しているという以外は、人間とあまり変わらない。

 性器のかたちも大半は人間と同じだし性交のやり方も同じだ。

 普通に交合もできるし、その気になれば子をなすこともできる。

 もっとも、人間と妖魔の合いの子は、“半妖”とも呼ばれて、妖魔以上に蔑まれて迫害される存在であったが……。

 

 いずれにしても、宝玄の母親は、持ち前の性への好奇心から逢瀬の相手として、教団が存在を否定している妖魔を受け入れていた。

 それは、天教教団で若くして高い地位を得た宝玄にとっては都合の悪い事実だった。

 だから、宝玄はその母親の存在を封印していた。

 

 類まれな道術力と霊具作りの才能を背景として、若くして“仙士”という天教の最高幹部まで上り詰めた宝玄には政敵が多かったのだ。

 故郷のような田舎では、問題にもならないような妖魔との情交でも、宝玄の政敵がその事実を知れば、母親を逮捕させるかもしれないのだ。

 それが宝玄を陥れる十分な武器になるからだ。

 

 だから、宝玄はそれを用心深く隠し、母親は死んで天涯孤独の身であるという偽の経歴まで作りあげているのだ。

 だが、御影は査察卿という役割の中で宝玄の母親の存在に気がついたらしい。

 

 御影という卑劣漢は、その事実を宝玄の政敵たちに暴露しない代わりに、御影の命令に逆らわないことを要求してきたのだ。

 つまり、宝玄が御影の性奴隷になることだ。

 その最初の命令がこの下着であり、道術を遣って霊具でもある下着を外したり、掻痒剤の痒みを道術で癒すことを禁じられた。

 

 道術を遣えば、必ず御影のところにそれが伝わり、母親が天教の敵として逮捕されるような手筈になっているらしい。

 御影の役職である査察卿は、天教の教えに違反する信者を取り締まるのが役割なのだ。

 宝玄は御影の言いなりになるしかなかった。

 

 そのとき、宝玄の執務室の扉を叩くがした。

 宝玄はこの学芸院で霊具を開発したり、世に拡がっている不穏な呪い具の類いを審査する仕事をしていたが、そのための道術作業室に通じている扉だ。

 そこには、宝玄の部下にあたる四人の巫女がいて、彼女たちはその魔法作業室で日夜魔法研究を続けている。

 宝玄はその道術作業室の管理が本来の役割なのだ。

 

「どうしました、宝玄様……。随分とお顔が赤いようですけど……。それに汗びっしょり……」

 

 入ってきたのは紅麗(こうれい)だ。

 宝玄の世話役として、一年前に教団からあてがわれた巫女であり、三十歳の宝玄よりも十歳は年長だ。

 宝玄の直接の部下にあたる四人の巫女のひとりであり、その束ねのような役割をしている。

 しかし、宝玄はこの紅麗を嫌っていた。

 宝玄を密かに軽んじる感情がなにかにつけ垣間見えるのだ。

 

 紅麗の教団での地位は、教団の上級幹部である宝玄よりも、ずっと低くて僧士だ。

 しかし、本人はそれが不当な扱いとしか思っておらず、若くして仙士にまで上り詰めた宝玄にひそかに嫉妬して嫌っているのを知っている。

 宝玄もそれを承知しているから、あるとき、道術をかけて思い切りいたぶってやった。

 

 ほかの三人の若い巫女は、もともと宝玄の猫だったのだが、彼女たちにも協力させて、いき狂いの百合責めにしてやったのだ。

 宝玄を訴えることも、逆らうことのできない材料も作った。

 それ以来、この年増女は宝玄の玩具だ──。

 もっとも、お互いに嫌い合っていることに変わりはないが……。

 

 いずれにしても、いまではこの紅麗も宝玄に逆らうことができない猫のひとりだ。

 ただし、ほかの三人の巫女とは異なり、彼女に与えるのは悪意のある嗜虐だけだ。

 

「な、なんでもないよ……。放っておいておくれ──。よ、呼んでもいないのにくるんじゃないよ、紅麗」

 

 宝玄は声をあげた。

 ずきんずきんという身体の奥から突きあげるような痒みに懸命に耐えている最中にそばに寄って来られたことで、宝玄はこの紅麗に対する理不尽な怒りに襲われてしまった。

 それにしても紅麗は、宝玄に意地悪をされるのを嫌って、いつもはなかなか自分から宝玄の執務室にやってくるということなどないのだ。

 それなのに今日に限ってなにしにやってきたのだろう……。

 

「す、すみません……。この書類にご確認を……」

 

 紅麗が持ってきたのは、なんでもないような物品の請求に関する書類だ。

 宝玄の道術印がなければ教団本部に提出できない書類ではあるが、宝玄からすれば、明日でもいいし、明後日でも間に合う書類だ。

 宝玄は書類を一瞥して、道術の印章を書類に刻んだ。

 紅麗が一礼をして書類を受け取って立ち去ろうとした。

 

「ま、待ちな、紅麗……」

 

 宝玄は呼びとめた。

 いまにも叫びたいような痒みの責め苦だ──。

 少しでも気を紛らわしたい。

 せっかくなので、運悪く機嫌の悪い宝玄の前にやってきたこの紅麗でそれをやろうと思った。

 

「はい?」

 

 紅麗が不審顔で振り返る。

 宝玄は紅麗を自分の前に呼び戻した。

 

「巫女服の下袍をまくって、尻をこっちに向けな」

 

「なっ──」

 

 紅麗の表情が一変した。たちまちに、宝玄に対する強い憤怒と怯えが顔に浮かぶ。

 

 本当にこの女は面白い……。

 何度も調教して嗜虐してやっても、宝玄に靡いたり屈服したりする様子を見せないし、気の強い態度を崩すことはない。

 宝玄は、実は紅麗のように気が強い女を逆らえない状況にして苛むというのがなによりも好きだった。

 

 これで、もっと若くていい女だったら、ほかの三人の巫女のように宝玄の正式の猫にしてやってもいいのだが、残念だが宝玄も自分よりも十年以上も年上で、大して美人でもない中年女を始終抱く気にはなれない。

 この女をいたぶるのは、いまのように苛々を解消させるための生きた道具として扱うときと、からかって遊ぶときのことだけだ。

 

「早くしな──。それとも、『映録球』を帝都中の賑やかな場所で再映してもいいのかい?」

 

 宝玄は意地悪く言った。

 『映録球』というのは、実際に起きた出来事を記録して、好きなときに好きな場所で立体映像として再映できるという水晶玉の霊具だ。

 この紅麗を百合責めにしたとき、紅麗の痴態を大量に『映録球』で記録してやった。

 それは宝玄が保管していて、逆らえば帝都のあちこちで、紅麗の羞恥の姿が立体映像として流れると脅している。

 これがある限り紅麗は宝玄には逆らえない。

 それが、この宝玄に舐めた態度を取り続けた酬いだ──。

 

「くっ……」

 

 紅麗が口惜しそうな顔をしながら宝玄に背を向けて、巫女服の下袍を捲りあげた。

 股布のような下着を身に着けることは一切許していない。

 いつどこで点検をされるのかわからない紅麗はそれに従うしかない。

 下着を身につけさせないのは、この生意気な年増女に自分の立場をわきまえさせるための仕打ちだ。

 豊かな白い尻がそこに現れる。

 ほかのどの部分も決して美しいとはいえない紅麗だが尻だけは別だ。

 この尻だけは、ほかの若い巫女の身体に引けを取らない。

 宝玄は紅麗に前屈みの姿勢を命じると、突き出ている尻をまさぐり尻たぶに隠されている菊門に指で愛撫を始めた。

 

「くくくっ……」

 

 宝玄の巧みな指技に、紅麗はあっという間に快感をあげられていく。

 触れているのは紅麗の肛門だが紅麗の女陰がみるみる濡れていっているのが、紅麗の股間から醸し出した匂いでわかる。

 この紅麗は、宝玄と三人の巫女による徹底的な調教により、身体のどこでもいやらしく感じてしまう淫情の塊りのような肉体に変えてやった。

 こうやって尻穴をちょっと弄くっただけでも、たちまちにこんな風に腰を淫らに震わせる雌になる。

 

「ところで、例の男貯金はいくらくらい溜まったんだよ、紅麗……?」

 

 宝玄は紅麗の尻穴への愛撫を続けながら意地悪く言った。

 男貯金というのは、『映録球』を破棄して紅麗を解放する条件として、宝玄が紅麗に与えている仕打ちのことだ。

 紅麗には、宝玄が保管している紅麗の痴態を記録した『映録球』を返して欲しければ、この帝都で百人の男と情交をしろと命じている。

 しかも、金を貰ってだ。

 

 だから、どちらかといえば貞節で真面目な教団の巫女だった紅麗は、いまでは身をやつして夜な夜な帝都の道端で男を漁る娼婦のような真似を続けている。

 それが紅麗にとってどんなに屈辱であるかは宝玄も知っている。

 だが、それを続けなければ、いつまでも宝玄に脅迫の材料を握られることになる紅麗はそうするしかない。

 

 時折、夜の帝都の裏街で顔を隠して男に声をかけている紅麗に出遭うこともある。

 そのたびに口惜しそうな仕草で隠れようとする紅麗をからかうのは、宝玄のなによりの愉しみだ。

 

 まあ、いずれにしても、四十の女盛りの身体を昼に宝玄に性感をいたぶられ、夜には見知らぬ男と性をかわしている紅麗は、もはや宝玄が解放しても以前のようなまともな生活には戻ることはできないだろう。

 すっかりと淫情になったこの身体は誰かが癒してやらなければ、放っておかれるとどうしようもなく疼き、もう、淫行なしでは生きていけないはずだ。

 紅麗は自分がそんな淫乱な身体にすっかりと変わってしまっているという事実に気がついているのだろうか?

 それを考えるとどうしても顔が笑ってしまう……。

 

「こ、これです……あ、あはあっ……」

 

 紅麗が両手で抱えていた下袍を片手に持ち替えて、左手を後ろに伸ばして宝玄に示した。

 その薬指に宝玄が与えた指輪がある。

 この指輪が紅麗が何人の男から金を支払ってもらって情交をしたかの記録霊具となっていて、宝玄の道術でいつでも数を確認できるのだ。

 宝玄は指輪に手を当てて発光させた。

 

 “三十一”。

 

 指輪が放った光は床にその数字を表示した。

 

「なんだい、まだたったの三十一人かい──。まだまだだね……。そうだ。だったら、尻で性交したら、ひとりにつきふたりと勘定するように霊具を刻み直してやるよ──。だから、今度から男を捕まえたときには、前の穴ではなく、尻の穴でお願いしますと頼んだらどうなんだい──?」

 

 宝玄は笑った。

 紅麗が歯ぎしりをしてぶるぶると震えるのがわかった。

 しばらく、紅麗をそうやってからかってから、やっと宝玄は紅麗を解放した。

 

 紅麗は逃げるように宝玄の執務室を出て行った。

 再び、執務室でひとりになると、紅麗をいたぶっているあいだは、気が紛れて少しは耐えられた股間の痒さがどうしようもないものになった。

 思い切って手を股間と胸にやってみた。道術は禁止されているが直接的に掻くことを禁止されているわけではないのだ。

 しかし、いくら強く擦ってもまったく下着に包まれている場所に刺激は伝わらない。

 

「くそうっ──。あ、あいつ……」

 

 やっぱり、どうしても外から触っても痒みが癒えない仕掛けになっているのだ。

 宝玄は立ちあがった。

 卓上にある鈴を鳴らすと、外出をするという伝言を隣の部屋にいる巫女たちに残して御影に会いにいくために部屋を出た。

 

 

 *

 

 

 宝玄は教団本部にある査察部の前に立っていた。

 教団本部と学芸院は隣り合う建物であり、渡り廊下で行き来をすることができる。

 皇帝の宮殿にも匹敵する教団本部の大きな建物の三階にある査察部という部署に赴き、査察卿である御影のいる部屋を訪ねにきたのだ。

 

 御影に会いにいくということは、再び御影の軍門に下るということを意味する。

 あの男が宝玄を自分の性奴隷のように嗜虐することを望んでいることは薄々わかっていた。

 こんな淫靡な仕掛けをして宝玄を解放したのは、すぐに宝玄から御影のところにやってくることを見越してやったことだ。御影に抱かれたくなれば、自分からやってこいという嫌がらせだ。

 だから、ここで御影に許しを請えば、宝玄が御影に屈するということだ。

 あの男に屈服したくはなかったが、おかしな霊具の下着を解放してもらわなければ、もうどうにもならない。

 

 査察部にやってきて、査察卿の御影仙士に用事があると宝玄が告げると、意外な人物の訪問に査察部の教団員たちが宝玄に好奇の視線を向けた。

 教団法の違反の取り締まりをする査察部と道術の研究をする学芸院には業務上の繋がりはない。

 帝都一の美貌の持ち主と評判の宝玄の訪問に査察員の男たちがじろじろと宝玄に視線を向けていく。

 人に見られることに馴れている宝玄だったが、今日だけはうっとうしい。

 少しの時間、客室で待たされた。

 

「御影様はお会いになられます」

 

 案内役となる若者が、待っていた宝玄に声をかけて、宝玄を査察部の最奥にある御影の執務室まで連れていった。

 すぐに御影の部屋の前に着いた。

 

「どうぞ──」

 

 扉の向こうから御影の声がした。

 案内の若者が扉を開くと、かなり広い部屋の奥に御影がこちらに正面を向けて執務用の卓に向かっているのが見えた。

 部屋の中にあるのは、御影の座る椅子と卓のみであり、ほかにはなにもない。がらんとした部屋に御影だけがぽつんといる感じだ。

 

「学芸院の宝玄仙士様です……」

 

 案内の若者が言うと、御影は宝玄に部屋に入るように告げるとともに、若者には執務に戻るように指示した。

 宝玄はひとりで御影の座る卓の前までやってきた。

 この部屋には御影の座る椅子以外には、腰掛けるようなものはないから、宝玄はそのまま立っているしかない。

 御影はちらりと宝玄に視線を向けて、一瞥するとなにも言わずに机上にあるなにかの書類に視線を戻した。

 そのまま宝玄を無視するように書類に見入っている。

 宝玄は腹が煮える思いだったが、ぐっと拳を握って耐えた。

 

 御影が宝玄から口を開くのを待っているのは明らかだ。しかし、ここで凌辱されるにしても、宝玄から哀願の言葉を御影に告げるなど嫌だった。

 だから、そのまま口をつぐんで待った。

 しかし、御影は宝玄など眼の前にいないかのように無視し続けている。

 

 意地と意地とのぶつかり合いだが、頭まで朦朧とするような痒み責めに遭っている宝玄には勝ち目のない戦いだ。

 結局のところ、宝玄が折れるしかない。

 

「い、いい加減にしておくれよ、御影──。お、おかしな嫌がらせはやめて、この下着を外しな──。わ、わたしの身体を抱きたいなら、いくらでも抱けばいいよ。な、なんだったら、ここでもいいよ──」

 

 宝玄は挑むように言った。

 

「あら? ここで抱いて欲しいの、宝玄ちゃん? そのためにやってきたのかしら? でも、仮にもここはあたしの執務室なのよ。勘弁してよ──」

 

 御影は顔もあげずにそう言って笑った。

 その馬鹿にしたような態度に、宝玄の中のなにかが切れた。

 

「さ、さっさとこれを外さないか、この男女──。それに、その女みたいな喋り方やめな。虫酸が走るんだよ──」

 

 宝玄は御影の卓に平手を叩きつけた。

 やっと御影が顔をあげた。

 金色の髪をした痩身の御影の鋭い視線がじっと宝玄に向けられる。

 宝玄は挑むように御影を睨んだ。

 

 こうやって立っているだけで息切れをするほどに身体が熱い。

 痒みの苦痛は、もうどうしようもならないほどに宝玄の全身を苛んでいる。

 それでも真っ直ぐに立って気丈に振る舞っているのは、御影の前で弱みを見せたくないという自尊心の力だけだ。

 そのとき、宝玄は御影が口元に笑みを浮かべてはいるが、かなり激昂していることに気がついた。

 

「……ふふふ、さすがは宝玄ちゃんね……。相変わらず、人を怒らせるのが得意よね……。自分の立場を忘れているんじゃないの? ここで抱いて欲しいのはあんたの方じゃないの? あたしの合成した掻痒剤は効くでしょう……? あんたも自分の猫を調教するのに、こういうものを使うんでしょう? たまには、自分が他人にすることを自分が味わうというのはどう?」

 

 宝玄はだんだんと荒くなる呼吸を整えながら口を開いた。

 

「あ、ああ……わ、わかったよ……。大した薬剤だよ……。そ、それにお前には逆らえない……。逆らわないよ。それくらい、わかっているんだろう、御影……。だ、だから、こんな蛇の生殺しみたいなことはやめておくれ……」

 

「蛇の生殺しってなによ……。ああ、そうだ──。そういえば、あたしって、あんたがここになにをしにきたのか聞いてなかったわね……。魔法院のもっとも若くて優秀な研究室長のひとりである宝玄ちゃんが、こんな査察部のむさい場所になんの用事?」

 

 御影はいつもの薄笑いを浮かべながら宝玄の身体に舐めるような視線を送りながら言った。

 今更ながら、宝玄はこんな男に身体を許し、こんな霊具の下着を装着させるような油断をしたことを後悔した。

 もっとも、この御影は宝玄の隠している母親の存在のことを知っている。

 遅かれ早かれ、宝玄に接近してきたに違いないが……。

 

「な、なんでもいいよ……。も、もう、屈服するよ……。この痒みを解いておくれ──。お、お願い……だよ」

 

 宝玄は言った。

 すると御影は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。その態度にも腹が立つ。

 

「まあいいわ……。じゃあ、服を脱いであたしのあげた下着だけになりなさい。履いている靴も含めて、なにもかも脱ぐのよ」

 

 御影が言った。

 宝玄は屈辱で身体が震えるのを感じながら、黒の巫女服をたくしあげていった。

 気の遠くなるような恥辱と汚辱だ。

 

 しかし、もうここで御影に抱かれるのは覚悟のことだ。

 そうしてもらわなければ困るのは宝玄であり、御影が気の遠くなるような効果の掻痒剤を局部に塗りつけて解放したのは、宝玄が耐えられなくなるのをわかっていて、屈服して御影のところにやってくる宝玄を犯すためであることはわかっていた。

 

 同じ抱かれるにしても、もう少し交渉のようなことをやって、少しでも宝玄が主導権を奪いながら情交をしなかったが、時間が経つにつれて痒みが酷くなるこの掻痒剤は、そんな余裕を宝玄には与えてくれそうにない。

 正直にいえば、いますぐに御影にこの痒みを癒して欲しい。

 指でほじくり、局部を荒々しく犯して欲しい──。

 

 もう、ほかのことなど考えられないくらいに、もう宝玄は追い詰められているのだ。

 御影の指示に従い、身につけたものをすべて卓上に置いて御影に装着させられた下着だけの姿になった。

 

 宝玄は自慢の肢体を御影の視線に晒す。

 しかし、全身は掻痒剤に苛まれて脂汗にまみれていて、股間に履かされた掻痒剤を塗り込められた張形付き股布のために、宝玄の股間からは金属の縁取りを通り越してかなり大量の淫液が腿に沁み込んでいる。

 そんな姿を眺められるのは尋常の恥ずかしさではなかった。

 

「首をお出し」

 

 御影が言った。

 なにをされるのかわからなかったが、いまは逆らうことはできない。

 時間さえあれば、御影が宝玄について握った弱みの出所を探って情報を遮断させるともに、御影がすでに握っていてどこかに隠している宝玄の弱みの証拠を封印することも可能だと思うが、それまでは、この女のような喋り方をする男の言いなりになっているふりをするしかない。

 御影が首にしたのは黒い色の小さな宝石の首飾りだ。

 御影は宝玄の衣類が載っている卓越しに宝玄の首に両手を伸ばすと、その首飾りを宝玄の首に巻いた。

 

「なっ……」

 

 それを首にかけられた瞬間、宝玄は身体から力ががっくりと消失する感覚を味わった。思わず眼の前の卓を両手で掴んで身体を支えた。

 

 びっくりした……。

 これはなんなのだ……。

 

 消失したのは宝玄の身体にある霊気だ。人並み外れた霊気を持つ宝玄の身体から一度に霊気が消失し、それで全身が弛緩したような錯覚に襲われたのだとわかった。

 宝玄は慌ててそれを外そうとした。

 

「な、なんだい……。さ、触れない……」

 

 宝玄がそれに触れようとしたとき、腕から完全に力が抜けて身体の横に落ちた。

 別に手足が痺れているというようなことではない。

 ただ、首飾りに触ろうとすると、手が急に弛緩したのだ。

 

「あたしが開発した『魔法封じの布』という布を封じ込めた首飾りよ。どうやら、あんたにも効くようね。これは霊気が高ければ高いほど効果があるのよね……」

 

「魔法封じの布_? 首飾りだって?」

 

「布そのものを使ったら多分、あんたは動けなくなると思うから、効き目を弱めるために布の破片だけを宝石に埋め込んで首飾りにしているのよ。それでも、霊気が消失するのは同じでしょう……? あんたの母親の告発状だけじゃあ、あんたの支配は不安だから、それをあげるわ。それをしている限り、あんたは道術は遣えないわ……。あたしがあんたを抱くときには、それをしてあげる。道術で逆らわれると面倒だしね──」

 

 御影は言った。

 

「そ、そんなことをしなくても逆らいはしないよ──。こ、こんなもの外しておくれ──」

 

 宝玄は恐怖した。

 生まれて初めて霊気が消失するという経験を味わっていた。

 幼いころから人並み外れた霊気を持ち、高い道術の力を欲しいままにして、これまで勝手気ままに生きていた宝玄には、霊気がないという状態が、こんなにも心細くて怖ろしいものであるとは思わなかった。

 いま下着だけの半裸の姿を晒していることよりも、この霊気を消失させる霊具を首にかけられことの方が堪えた。

 

「いいから、こっちに来なさい……。そろそろ、痒みを癒して欲しいでしょう?」

 

 御影が言った。

 宝玄は卓を回って御影の椅子の前に立った。

 御影が指を鳴らすと、身につけさせられていた胸当てが外れて、胸当てが床に落ちた。しかし、張形が内側に付いている股布の下着はそのままだ。

 

「そのまま卓の下に隠れなさい──」

 

 御影が椅子に座ったまま言った。

 なにを命じられたのかよく理解できなかった。

 この部屋にある唯一の家具である御影の卓は、脚の部分が板で覆われて、反対側からは見えないようになっている。

 そこに入れと言われたのだろうか……?

 

 呆気にとられている宝玄をそのままに、御影が卓の鈴を鳴らした。

 宝玄が執務室に使っているのを同じものであり、離れた部屋で執務をしている部下を呼び出すためのものだ。

 しかし、宝玄はまったくの全裸だ。

 

 びっくりして、慌ててしゃがみ込むと眼の前の卓の下に潜り込んだ。

 この部屋にはそこしか身を隠す場所がないのだ。

 そのとき、部屋の外から声がした。御影の呼び出しに応じて部下がやってきたのだ。

 

「どうぞ、入って──」

 

 御影が言った。

 宝玄は卓の下で凍りついた。

 卓で隠れているとはいえ、宝玄は全裸なのだ。

 しかも、御影の卓の上には、たったいま宝玄が脱いだ衣類がそのままにしておいてある。

 

「お呼びでしょうか、御影仙士様?」

 

 卓の向こうで御影の部下の声がする。

 宝玄は生きた心地もせずに息を殺していた。

 そのとき、こんと御影が軽く足を鳴らした。

 すると股間に挿入されている例の張形がゆっくりと動き出した。

 

 掻痒剤のためにただれるような痒みを味わっていた宝玄にとって、この状況で股間を刺激されるのは、全身が溶けるかと思うような峻烈な法悦だった。

 しかし、薄い卓の脚隠しの板の向こうには、宝玄の見知らぬ御影の部下が立っている。

 宝玄はそれこそ歯を喰いしばって口から迸りそうになる声を殺した。

 

「さっきまでここにいた学芸院の宝玄仙士殿が置いていったんだけど、これはあたしがいま独自にやっている捜査の証拠物件なのよ。査察部の倉庫に保管しておいてくれない」

 

 御影が部下にそう言った。

 宝玄は御影と部下の会話を聞きながら、漏れそうになる悲鳴を懸命に噛み殺して、股間を苛む張形のゆっくりとした振動と戦っていた。



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294 机の下の淫行

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


「保管区分はどうしますか、御影様?」

 

 机の脚隠しの板一枚隔てた向こう側に立っている御影の部下が訊ねる声が聞こえた。

 御影の座る机の下に隠れている宝玄は、必死の思いで口に手を当てて声を抑えていた。

 股間で痒み剤のためにただれるようになっていた女陰に喰い込まされている張形がだんだんと強くなる振動で痒みを解きほぐしていく。

 それは凄まじいまでの愉悦だ。

 

 しかし、それは恐怖でもあった。

 あまりにも気持ちよくて快感を耐えることができない。

 しかし、快感に我を忘れて声などあげようものなら、天教教団の仙士ともあろう宝玄が、半裸にされて、こんな机の下で貞操帯の張形で責め苛まれていることがばれてしまう。

 そんなことになれば、この若さでここまで築いた教団における宝玄の地位と名誉は瓦解し、学芸院の若き仙士としての宝玄の評判は地に落ちるだろう。

 そんなことには耐えられない。

 

「保管区分は特一号よ……。あたしの認識符号は……」

 

 御影がわざとらしく部下に応対しながら、机の下にいる宝玄にすっとなにかを差し入れた。

 小さな輪がふたつある金属だ。

 それがなんなのか、すぐにはわからなくて、宝玄は思わずそれを受け取った。

 

 そして、宝玄は目を見張った……。

 これは指錠だ。

 ふたつの輪でそれぞれの左右の親指を締めつけるのだ。

 それで両手の自由を完全に奪ってしまうという拘束具だ。

 

 するとぱらりと小さな紙片が落ちてきた。

 文字が書いてある。

 部下と話しながら、それを紙片に書いたようだ。

 宝玄は目の前に落ちてきた紙に書かれた文字を覗き込んだ。

 

 “背中側でそれで両方の親指を拘束せよ”

 

 そう書かれてあった。

 

 冗談じゃない──。

 この指錠は霊具のようだ。本来の宝玄の力なら大抵の霊具は効力を簡単に消せるが、首に道術封じの効果のある首飾りをさせられているいまの宝玄には、これを装着してしまうと自分では外せない……。

 

 張形付きの貞操帯一枚の姿になったうえに、さらに両手を拘束するなど……。

 そんなことを許せば、この卑劣な男は宝玄になにをするかわからない。

 宝玄はかっとなって紙片を握りつぶした。

 

「あうっ」

 

 その瞬間にいきなり激しく張形が振動し、宝玄は太腿をびくりと反応させるとともに。思わず小さな声をあげてしまった。

 

「おっ、なんですか、いまの?」

 

 机の向こうの御影の部下が驚いたように声をあげた。

 宝玄は全身を固くした。

 

「なんでもないわ……。それよりも、あんたから報告書があがっているこの件なんだけど……」

 

 御影が部下を立ち去るのを引き留めるように言って、机の引き出しから書類を取り出して部下に示す気配がした。

 同時に股間の張形が宝玄の官能を煽りたてるように動き出す。

 張形の振動が急にゆっくりになったかと思えば、一気にさっきの大きな振動に加速し、そうかと思えば、またとまるような静かな動きになり、すぐに激しくなったりする。

 あるいは、しばらく強く振動して、急に止まるような動きになったり、また強い刺激を加えたりもする。振動の強弱の間隔も不規則だ。

 そうやって宝玄に張形の刺激に備えさせないようにしているのだ。

 

 さすがにこれは堪らない。

 宝玄は口に手を当てて、懸命に口から洩れかける声を噛み殺した。

 御影の嫌がらせだ……。

 拒否すれば、この部下のいる前でさらに股間の張形の振動を強くするとも言っているに違いない。

 

 これ以上、声を我慢できない……。

 宝玄は仕方なく渡された指錠を背中に回した。

 両方の親指を輪に入れて小さな突起を押せば簡単に施錠がかかる仕掛けになっている。

 

 親指の手元を金属の圧迫感が襲った。

 これで宝玄はこの卑劣漢の前で両手の動きさえ封じられてしまった……。

 愕然とする思いが全身を支配する。

 

 それにしても、まだ股間を襲い続けている淫具が静かにならない。

 御影に言う通りにしたことを訴えたいが、声を出すわけにはいかない宝玄はどうしていいのかわからなかった。

 するとまた紙切れが落ちてきた。

 

 “首を前に出せ”

 

 そう書いてあった。

 なんのことかわからないが、後手に拘束されている身体のまま、首を垂らして頭を前に出す。さらに顔を左右に振って首にかかっている黒髪を避けた。

 

 がちゃり──。

 首で音がした。

 なにをされたのかわからなかったが、すぐに首に金属の首輪を嵌められたのだとわかった。

 しかも、首輪に鎖がついている……。

 次の瞬間、もの凄い力で鎖を引っ張られた。

 

「い、痛い──。み、御影──」

 

 宝玄は悲鳴をあげて身体をよじったが、ただでさえ痒み剤と張形の責めで全身が弛緩しているのだ。

 そのうえに、両手を背中に拘束されている状態では、御影の力に耐えられるわけがない。

 宝玄は革の貞操帯一枚の全裸に近い恰好のまま、御影の部下の前に引き摺り出された。

 

「み、御影──。な、なんのつもりだい──。しょ、承知しないよ──。こ、これは遊びの域を越えているよ──」

 

 宝玄は怒鳴った。

 

「あたしは遊びのつもりなんか最初からないわよ。あんたをとことん調教して、あたしの飼う雌犬たちのひとりにしてあげるわ」

 

 御影は笑いながら、机の反対側に回り込んで、容赦なくぐいぐいと宝玄の首輪を引っ張る。

 さらに、すかさず御影の部下がさっと手を伸ばして机上にあった箱を机の下に移動させた。

 さっきまで宝玄が着ていた服を収納した箱だ。

 なんにもなくなった机の上に、宝玄は首を机上に引きあげられて、上半身を机に倒すように密着されてしまった。

 御影が一方の机の脚に鎖の端末を結びつける。

 宝玄は上半身を机に突っ伏して動けなくなった。

 

「な、なんのつもりだい、御影──?」

 

 宝玄は喚いた。

 まさか部下の眼の前に、本当に引き摺り出されるとは思わなかったのだ。

 

「ほう、これは宝玄仙士殿じゃないですか……? また御影様の悪い癖が出て、遊び女を机の下に隠して遊んでいることにはすでに気づいていましたが……。まさか、まさか宝玄仙士殿とは……。御影様にかかれば、この女傑まで性奴隷ですか……」

 

 頭の上から御影の部下の声が聞こえてくる。

 怒りで全身が熱くなり、その部下を怒鳴りあげてやろうかと思うが、首輪を強く机の下に引っ張られているので顔をあげられない。

 なにしろ、首を机の下側に引っ張られていて、相手の顔も見えないのだ。

 相手の顔も見れないのでは怒鳴っても虚しいだけだ。

 宝玄仙の視界に入るのは、自分を押さえている御影の下半身とその隣に立っている御影の部下の脚だけだ。

 

「やっちゃっていいわよ……。あたしは昨夜、さんざんやったから──。なかなかの道具よ──」

 

 御影が言った。

 そして、御影の指が鳴った。

 股間を締めつけていた貞操帯が緩んだのがわかった。

 

「いいんですか……?」

 

 部下が笑いながら宝玄の背後に回り込んでくる。

 

「お、お前……しょ、承知しないよ──。わ、わたしを誰だと思っているんだい──。宝玄だよ──。わ、わたしになにかしたら殺してやるよ──」

 

 宝玄は声をあげた。

 しかし、御影の部下は戸惑う様子さえなく、宝玄の後ろに回ると張形の喰い込みで股間に張りついたままだった貞操帯を引き離した。

 

「あふうっ」

 

 張形が女陰から強く引き抜かれる感触に宝玄は、甲高い声をあげてしまった。

 御影の部下の指が尻たぶの亀裂をなぞって、たったいままで張形が食い込んでいた女陰を押し開いていく。

 

「や、やめるんだよ──。し、死にたいのかい──。わたしの道術を知らないのかい──。お前なんか、一瞬で廃人にできるんだよ──」

 

 宝玄は身体を激しく動かして抵抗しようとするが、上半身を御影に押さえつけられ、腰を御影の部下にしっかりと抱えられてしまっている。

 さすがに男ふたりがかりで身体を押さえられては、抵抗などほとんどできない。

 

「こんなこと言っていますが、大丈夫なんでしょうねえ、御影様?」

 

 御影の部下は宝玄の両脚のあいだに片脚を差し入れた。

 宝玄はそれでもう股を閉じるのが封じられたということがわかった。御影の部下が下袴を緩め出す気配がしだした。

 

「だ、大丈夫なわけないだろ、お前──。いい加減しな──」

 

 宝玄は喚いた。

 すると、その宝玄の尻たぶが思い切り平手で叩かれた。

 

「ひぐっ」

 

 思わぬ激痛に宝玄は自分の眉間に皺を寄せた。

 叩いたのは御影の部下だ。

 御影自身ならまだしも、こんな下っ端部下になぶられるなど腹が煮えそうだ。

 だが、いまの宝玄にはそれに抗することができない。

 

「こんなに股ぐらから淫汁垂れ流している雌がなにを偉そうに……。俺の一物だって御影様と同じくらいにいいものですよ、宝玄殿──」

 

 御影の部下が嘲笑いながら、硬直した持ち物を宝玄仙の尻たぶの奥に突き入れてくる。

 

「あはあっ──」

 

 男の熱い怒張が宝玄の女陰に侵入してきた……。

 長い時間をかけて張形に責められて続けてきた宝玄の女陰はすっかりと受け入れ準備が整っている。

 御影の部下の一物が宝玄自身のたっぷりとした愛液の滑りを借りて、簡単に膣に突き入ってくる。

 

「はううう……」

 

 宝玄は後手に拘束されている両手の拳を力いっぱい握りしめた。

 全身に愉悦が迸る。

 哀しいくらいに気持ちいいのだ。薬剤で狂いそうな痒みに襲われている女陰の内側を男の太い肉棒で擦られる快感は、天にも昇るような心地よさだ。口惜しいが口から出る声を止められない。

 

「ほう、この宝玄殿は尻を振り始めましたよ、御影様──」

 

「好き者なのよ、こいつは……。しっかりといたぶって、あたしから離れられなくしてやるつもりよ……。それよりもびっくりするわよ。こいつの道具は大変な名器よ。それに興奮すると締めつけても来るわよ……」

 

「それは愉しみです」

 

 宝玄自身の愛液を潤滑油にしながら、怒張が宝玄の女陰の粘膜を拡げて侵入してくる。

 

「あっ、あはあっ、あああっ……」

 

 宝玄は男の性器をはっきりと感じながら声をあげた。

 

「どう、なかなかの道具でしょう?」

 

 宝玄の上半身を机に押さえつけている御影が笑いながら言った。

 

 悪夢だ……。

 天教の教団では、若くして事実上の最上位階級の仙士にまで昇り詰め、道術の才の溢れる霊具作りの才女として、帝都のどこを歩こうとも賛美と畏敬の眼差しを向けられるほどの自分が、卑劣男の罠にかかって、事もあろうに教団本部の一室で素っ裸にされた挙句に、その部下に背後から犯されているのだ。

 しかも、許せないのはこんな状況で惨めに犯されている自分がしっかりと反応していることだ。

 もちろん、それは御影に塗られた痒み作用のある媚薬のためだ。

 しかし、それだけじゃないものもある。

 男であろうと女であろうと、持ち前の嗜虐心を発揮して酷く相手を責める性をすることが多い宝玄であるが、自分の中に他人から責められることを望み、それが惨めであればあるほどに、快感を覚えてしまう被虐性に溢れる自分がいることも事実だ。

 

 犯されている……。

 惨めに……。

 すると忘れている記憶が蘇る……。

 幼い頃から性の奴隷になるために調教され続けたあの日々を……。

 

「くああっ──」

 

 怒張が子宮の最奥を貫いた。宝玄は御影に押さえられている身体を激しく仰け反らせた。

 

「ほほほ……。激しいこと……。だけど、あんまり大きな声を出さないでよね。この部屋の外には、こいつ以外にも大勢の部下が仕事をしているのよ。女の悲鳴なんか聞こえたらなにが起こっているのかと思って飛んでくるわよ」

 

 御影が笑った。

「そ、そのときは……お、お前も終わりだろう……。こ、こうやって、わ、わたしという天教の最上級巫女を拘束して犯しているんだ──あ、あっ、あはあっ……」

 

「よがりながら悪態をつかれても迫力ないわよ、宝玄ちゃん……。だったら遠慮なく叫べば? あたしが女を連れ込んで犯すなんてしょっちゅうやっていることよ。今更、ひとつやふたつの罪で天教はあたしを追い出したりしないわよ……。天教はあたしの才能を買っているのよ」

 

「な、なにが才能だ──。あ、ああっ……、こ、小者が──」

 

 宝玄は身体を激しく揺さぶった。

 

「いい加減にこっちにも集中して欲しいものですね、宝玄殿……。それに御影殿のいう通りですよ。この査察部は査閲卿の御影様を中心にまとまっているのです。宝玄殿を助けようとするものなど皆無です。嘘だと思うならどうぞ助けを呼んでください──」

 

 御影の部下が激しい律動を開始した。

 こいつらの言うことは嘘とは思えない。

 だから、御影は安心して宝玄をここで部下に襲わせるということをしたのだ。

 宝玄は御影の部下の男根によって与えられる官能の波に歯を喰いしばって、懸命に悲鳴を噛み殺した。

 

 いずれにしてもこれ以上の恥を晒すなど耐えられない。

 自分は仙士なのだ。

 帝都一円に拡がる皇帝家と並ぶ権威としての天教に属する高級神官のひとりだ。

 女でありながらここまで天教の上位階級に昇りつめたのは、宝玄を除けば、もう八仙のひとりである閻真仙しかいない。

 

「手伝ってあげるわ……。こいつは胸もなかなかの感度よ。大きいけどしっかりと感じる胸も持っているのよね」

 

 御影が上半身を押さえている手を離して、机に密着している宝玄の乳房の下に差し込んできた。御影の責め特有の粘着性のあるような愛撫が乳房に襲いかかる。

 天教本部の一室で卑劣な男たちにふたりがかりで自由を奪われて犯される……、

 

 そのおぞましさに宝玄の中に張りつめていたものが崩壊する気がした。

 怖いのは自分の心だ……。

 胸を揉まれ、女陰を犯され、陰湿にいたぶられてそれに愉悦を感じている自分がいる。

 快感を抑えられない……。

 陰湿に苛められることが肉体の快楽に変わるのだ。

 

「おや、少しばかり大人しくなりましたかね……?」

 

 宝玄を犯し続けている男が言った。

 

「被虐の気もあるのよ、この女はね……。あたしも抱いてわかったけど……。せいぜい苛め抜いてあげるわ……。そして、あたしから離れられないようにするわ。この御影の性奴隷にするのよ……」

 

 御影が笑った、

 かっとした──。

 しかし、どうにもならない。

 

 首におかしな道術封じの首飾りがかかっている。道術が遣えなければ宝玄などただの非力な巫女にすぎない。

 それをいいことに、御影とその部下は、陰湿に宝玄を責めたててくる。宝玄に欲情をぶつけようというよりは、宝玄の身体を好き勝手に味わうことを愉しんでいるという感じだ。

 いつまでも続く御影の部下の律動と御影の胸責めに、宝玄はひたすら声を殺して、この汚辱に耐えるしかなかった。

 

 だが、律動がかなり長くなったときだった。

 激しい愉悦に宝玄は、かなり乱れて拘束された身体を振り乱し続けていたが、不意に偶然に首から垂れている首飾りの端が机の下の金具の端に引っ掛かったのだ。

 この首輪にはなぜか触ろうとすると力が抜けてしまうが、この状況を利用して、そのまま引き千切ってしまえば……。

 

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 宝玄は首を強引に動かして首飾りを引っ張った。

 首飾りの細い鎖が千切れて宝玄の身体の霊気が渦を巻いて動き始めた。

 

「ゆ、許さないよ、お前ら──。覚悟しな──」

 

 霊気を充満させると自分の周りに大きな空気の振動を発生させる。

 それが宝玄を押さえつけているふたりの男たちの身体の中の霊気にぶつかる……。

 

「うわっ──」

 

「おおっ」

 

 その風圧に御影がまず飛ばされ、宝玄の女陰に男根を挿入していた御影の部下が後方に跳ばされた。

 

「お、お前ら許さないからね──。逃げるんじゃないよ──。この宝玄を馬鹿にすればどういうことになるか覚えておきな──」

 

 まずは後手に拘束されている指錠を道術で解錠させる。

 続いて首輪に繋がっていた鎖を手で外した。

 

 顔をあげた──。

 御影は部屋の端まで飛ばされて、尻餅をついたまま宝玄を見て呆然とした表情をしている。

 

 こいつのことはいい……。

 とにかく、まずは自分を犯した小者だ──。

 宝玄は後ろを振り向いて、背後から宝玄を犯していた男を睨んだ。

 

「あっ──」

 

 思わず声をあげた。

 驚いたことに、部下だと思い込んでいた後ろにいた男の顔も御影だったのだ。

 慌てて、もう一度、宝玄の前側で尻餅をついている男を見る。

 やはり、こっちも御影だ。

 

 御影がふたり……。

 宝玄は混乱した。

 

「な、なんで?」

 

 呆気にとられて宝玄は自分を挟んで前後にいるふたりの御影を交互に眺めた。どう見てもふたりとも同じ御影だ。

 つまり、自分は御影の部下だと思わされて、どうやら御影自身に犯されていたようだ。しかし、それを導いたのも、やはり御影自身だ。

 これはどういうことなのだ……?

 

「やっぱり、後先考えない性格よねえ……。まさか抵抗するとは思わなかったけど、その短気で計画性のない性格は直した方がいいんじゃないの、宝玄ちゃん? そもそも、あんたって、どうしてあたしの命令に従っていたのか忘れたんじゃないの? いいの──? あんたの護りたい者を告発する鍵はあたしが握っているのよ。逆らうと、天教の捕縛隊をあんたの故郷に差し向けさせるわよ。宝玄ちゃんの表向きの故郷じゃなくて、本当の故郷にいるあんたの知り合いの女にね……」

 

 後ろにいたふたり目の御影の姿が床を滑るように移動した。

 そして、前側にいる御影に吸い込まれる。

 

「な、なんだいそれは……? めくらましかい?」

 

 宝玄は思わず言った。

 

「めくらましじゃないわ。あたしの得意な術のひとつよ……。『影法師の術』よ」

 

 眼の前の御影が立ちあがった。

 

「か、影法師だって……?」

 

 宝玄はびっくりしていた。どうやら、自分の分身を出現させる道術のようだ。

 さすがの宝玄もそんな道術に触れるのは初めてだった。

 

「……ところで、さっきの話だけど、あんたはあたしを舐めているようね。じゃあ、こっちも遠慮なく、あんたの家族に関する情報を本部に正式に報告するわ──。妖魔と通じているどころか、性行為までしているふしだらな貴族女がいるってね……。いくら地元では好き勝手できる立場でも、地方貴族なんて、天教にかかれば吹けば飛ぶような権威でしかないのよ──」

 

 御影が腹を立てたような口調で言った。

 はっとした。

 ふたりがかりで犯された怒りで、思わず道術で抵抗してしまったが、考えてみれば、あの道術封じの首輪なんかとは関係なく、そもそも宝玄が御影の罠に陥ってしまったのは、御影が宝玄が隠している母親の存在について、なんらかの手段で知ったことからだったのだ。

 それで脅されたのだ。

 宝玄の母親は性に解放的な女だ。

 普通の性行為であろうと、被虐であろうと、嗜虐であろうと、あるいは、相手が男であろうと、女であろうと、さらに妖魔であっても快楽に繋がれば、その全てを受け入れてしまう。母親の館ではいまでも多くの男女の愛人だけじゃなく、妖魔も受け入れて性の相手をさせているはずだ。

 

 しかし、天教の教えの中では、妖魔は駆逐され滅ぼされる存在だ。

 それを受け入れるなど許されることではない。

 しかも、宝玄の母親はただ受け入れているだけじゃなくて、性行為の相手もさせているのだ。

 天教の教団法に照らせば間違いなく死刑だ。

 帝国の法律では許されても、教団が死刑判決をすれば死刑なのだ。天教にはそれだけの権威がある。

 

「ま、待っておくれ──。わ、わたしが悪かったよ──。つい……」

 

 宝玄は慌てて言った。

 

「つい、なによ……?」

 

 御影が勝ち誇ったようににやりと笑った。

 宝玄はぐっと拳を握りしめた。

 しかし、ここで逆らっては駄目だ……。

 

 とにかく、ここは時間が欲しい……。

 御影がどうやって宝玄の隠している秘密を手に入れたがわからない。

 若くして才能だけでこの地位に昇りつめた宝玄には天教内に政敵が多い。

 宝玄の本当の故郷は天教など見向きもしないような帝国の北域の田舎だから、宝玄の母親は天教の禁止など無視して、平気で妖魔との付き合いをしているが、宝玄を陥れるためであれば、幾人かいる宝玄の政敵は母親に手を出すことで宝玄を失脚させることを企むかもしれない。

 なにしろ宝玄もここまで昇り詰めるのは、かなりの悪辣なこともやっているし、恨みを買うようなことも数限りなくやっている。

 

「ゆ、許しておくれ……。つ、つい逆らってしまったけど、もう逆らわないから……」

 

 宝玄ははらわたが煮えくり返りそうな気持ちに耐えながら、御影に向かって言った。

 

「だったら、あたしの道術を受け入れてちょうだい……」

 

 壁際の御影が言った。

 

「道術?」

 

「あんたの手足をあたしの好きなときに拘束できるようにする術よ……。それが嫌ならさっきの首飾りを首にするわよ。今度は偶然にも外れることがないようにしてね。あんたの自由を奪うには、普通の拘束具じゃ駄目だものね。道術封じの拘束具じゃないと……。でも、仙士のあんたは、道術が遣えないと困るでしょう? これはあたしの優しさで言っているのよ」

 

 御影が言った。

 宝玄は両手で裸身を隠しながら御影を睨みつけた。

 しかし、どう考えてもこの交渉は宝玄が不利だ。

 いや、実際には交渉でもなんでもない。いまは、御影の命令に逆らうことなどできない。

 だが、いかに宝玄といえども、自分の意思で受け入れてしまった道術には後でそれを撥ね返すことはできない。相手の道術を受け入れるということは、一種の道術契約と同じであり、一度受け入れてしまえば、今度は宝玄の大きな霊気自体が、受け入れた相手の道術を護るのだ。

 

「わ、わかったよ……。お前の道術を受け入れるよ……。道術を封じるわけじゃないんだね?」

 

 なにか企んでいるというのはわかる。

 しかし、そう応じるしかない。

 とりあえず道術が遣えるのであれば、あとでなんとでもなる。

 『治療術』が遣えるから、さっきまでのようなおかしな薬剤で悩まされることはないし、おかしな仕打ちをされそうになったら、『移動術』で逃げればいいのだ。

 

「……あんたの道術返しを解放して、宝玄ちゃん……」

 

 御影が言った。

 宝玄は言われた通りにした。

 次の瞬間、御影の霊気が自分に注ぎ込まれるのがわかった。

 そして、自分の手足に御影の霊気が滞留するのがわかった。

 

「これであんたはあたしのお人形ちゃんよ、宝玄ちゃん」

 

 御影が笑った。

 とてつもなく嫌な予感がした。

 受け入れてしまった御影の道術……。

 これはただの拘束道術ではない……。

 

 宝玄の乳房と股間を隠していた自分の手がさっと横に動いた。

 さらに、脚が勝手に動いて、御影の机の前に移動していく。

 

「な、なんだい、これは──? お、お前……、これは、なんの道術なんだい──? お前が好きなときに、わたしの手足を拘束するだけの道術だと言ったじゃないかい──」

 

 自分の手と脚が宝玄の意思と関わりなく動いている。

 宝玄は恐怖した。

 拘束する術ではない。

 これは操り術だ。

 宝玄が受け入れてしまった御影の道術は、宝玄の手足を御影の自由にさせるなんらかの操り術のようだ。

 宝玄は愕然とした。

 

「そんなことは言った覚えはないわね……。これは、あたしのもうひとつの得意の術よ……。『分身』の術というのよ。それであたしは、あたしの作った影法師を操っているんだけどね……。だけど、それだけじゃなくて、意思を持った存在をあたしの分身にする技でもあるのよ……。あんたの手と脚をあたしの分身にしてあげたわ──。どうかしら? 自分の手足を他人に操られる気分は……?」

 

「なにい──?」

 

 宝玄は悲鳴をあげた。

 そんな途方もない道術を御影が遣えるとは驚いたが、確かに宝玄の手脚は宝玄の意思なしに動いている。

 これは宝玄の心を操るというような術ではなく、本当に御影の思う通りに宝玄の手脚を動かしてしまう術なのだ。

 

 逃げようと思った。

 ほかのことは考えられなかった。

 自分の手足なのに、それが他人のもののようにしか感じないのだ。

 宝玄を襲った純粋の恐怖に、宝玄は後先考えずに、そのまま『移動術』で自分の居室まで逃亡を図ろうとした。

 だが、その瞬間に宝玄の手は御影の机の引き出しを開いていた。

 宝玄が道術を刻むよりも速く。宝玄の手はその引き出しの中にあった首飾りを握っている。道術封じの首飾りだ──。

 その瞬間に宝玄の体内の霊気が固定されてしまった。

 

 もう道術が刻めない。

 その手が勝手に宝玄の首に首飾りをかけ直す。

 

「な、なんだい──。き、汚いじゃないかい──。お前は、わたしの道術を奪わないと言ったじゃないかい──」

 

 宝玄は自分の首にかけ直された道術封じの首飾りの効果が全身に及ぶのを感じながら御影に怒鳴った。

 

「調子のいいことを言ってんじゃなわよ、宝玄──。あんた、いま道術で逃亡を図ろうとしたでしょう──。まあ、もっとも、そんなことをしても、あんたの手足はあたしの意思ひとつで動かせるんだから意味があるとも思えないけどね……。まったく、そういう考えなしに軽薄に行動するのは、あんたの悪い癖よ……」

 

 御影が呆れたような口調で言った。

 

「くっ──」

 

 宝玄は歯噛みした。

 しかし、こうなってしまえば、もうどうしていいかわからない。

 宝玄は御影の道術を受け入れて、手足の自由を御影の意思に明け渡している。

 しかも、首には宝玄の道術を封じる首飾りをかけ直された。

 もはや絶体絶命だ──。

 この状況では、このまま御影が宝玄を殺そうとしても、なんの抵抗もできない……。

 

「それよりも、仕事はやめて外を歩きましょうよ、宝玄ちゃん……。せっかく、あんたがあたしの性奴隷になったんだから、それを受け入れられるようにしっかりと躾けてあげるわ……。しばらく手足を返してあげるから、一番下の引き出しに入っている貫頭衣を着ていいわ。あんたのために準備したものよ……。じゃあ、天教本部の門で待っているわ。着替えたら来なさい。でも、いつまでも待っていないからね……。それと拒否すれば、今度は城郭の広場で裸踊りをさせるわよ──。まあ、それも面白いか──」

 

 御影は笑いながら、机の横においたままの宝玄の衣類が入っている箱を持った。

 そして、意地の悪い笑いとともに部屋を出ていった。

 御影が部屋から出ると同時に、宝玄身体に手足の感覚が戻った。御影が言った通りに、一時的に手足の自由が戻ったのだ。

 しかし、それは束の間だけのことだ。

 

 御影は今後いつでも好きなときに宝玄の手足を自分の手足として動かせるのだ。

 宝玄には、もうどうしいていいかわからなかった。

 しばらく、全裸のまま、呆然と御影が出ていった扉を見つめ続けていた。



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295 羞恥廊下

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


 御影が部屋を出ていくのを呆然と見送った宝玄だったが、すぐに自分の置かれた状況を思い出して我に返った。

 ここにやって来るときに身に着けていた物は、たったいま御影が箱に抱えて、すべて持っていった。

 そして、宝玄は素っ裸だ。

 

 また、この部屋の外は御影の部下の執務室であり、御影が待っていると言った天教本部の門には、その執務室を通り抜けてから廊下を進み、階段を降り、大勢の人間の集まる待合室にもなっている入口の大広間を出て、前庭をしばらく進んでから、やっと辿りつくのだ。

 

 天教の敷地内は、『移動術』で移動することは禁止されているし、それを封じる結界が敷かれており、通常は道術では移動できない。

 ただし、大した結界ではないので、宝玄仙は禁忌など気にせずに、道術で移動したりもする。

 

 だが、いまは、その道術も首につけられた首飾りのために遣うことができない。

 つまりは、御影の指示に従って、天教本部の門に向かうためには、歩いていくしかなく、そのためには、御影に指示された衣服を身に着ける以外ないということだ。

 とにかく、いまは御影が言い残した机の引き出しの中の服という代物を着るしかない。

 

 宝玄は、御影の指示があった机の一番下の引き出しを開いた。

 そこには、真っ黒い服が畳んで入っていた。

 宝玄は一瞬、躊躇した。

 

 これまでの経緯を考えると、碌でもない服のような気がする……。

 しかし、宝玄の手足は、あの御影の道術に操られている。

 いまは、一時的に解放されているが、この瞬間にも御影が道術で操れば、宝玄の手足は勝手に動き出すのだ。

 

 とりあえず、なんでもいいから服を身につけなければ、素っ裸で天教本部を闊歩させられる羽目になるかもしれない……。

 そんなことになれば、天教の若き女仙士の宝玄は破滅だ。

 

 この服を着るしかない──。

 宝玄は覚悟を決めて、その黒い服を身に着けた。

 

「な、なんだい、これ──?」

 

 黒い服は真っ黒い貫頭衣だったが、宝玄は思わず声をあげてしまった。

 びっくりしたのは、あまりにも短い丈だ。

 いや、これは下袍とはいえないのかもしれない。

 

 なにしろ貫頭衣の裾で隠れる丈の裾の部分よりも、露わになった太腿が遥かに長いのだ。

 下袍というよりは、ちょっと裾丈のある上衣だけを身に着けているという感じだ。つまり、その貫頭衣の下袍が隠しているのは、宝玄の太腿の付け根のぎりぎりのところまでなのだ。

 

 しかし、その下袍の下にはくべき下着の類いは、その引き出しに入っていない。

 嫌がらせは、下袍の丈だけではない。

 

 貫頭衣の前はボタンで留めるようになっているのだが、上から三個のボタンがあらかじめ引き千切られている。

 そのため、宝玄の豊かな裾野は乳首の近くまで露出してしまっている。

 しかも、布地は薄く、全体的に服が小さいのだ。

 従って、宝玄の丸く豊かな乳房のかたちばかりではなく、乳首までうっすらと透けて見える気がする。

 

「あ、あいつ……」

 

 御影の仕打ちに腹が煮える。

 こんなみっともない服を着て、天教本部内を歩けるわけがない。

 宝玄は、ほかの引き出しも開けてみた。せめて短すぎる下袍の部分を補う布でもないかと思ったのだ。

 すると一箇所の引き出しに、小さな女物の白い股布の下着があった。

 なんでこんなところにも思ったが、考える暇はない。こんな短い下袍では、裾が歩くだけでめくりあがりそうだ。

 せめて、下着くらい身につけたい。

 宝玄は下着をはいた。

 

「くっ」

 

 その下着で腰を包んだとき、はく前にはわからなかったたくさんの突起物が股間に当たったのだ。

 しかも、その股布で股間を包んだ瞬間に霊気の高まりを感じた。

 さらに下着の股間部分になにかが塗られているようでぬるりとしている。

 それが気持ち悪い。

 

 これは、霊具だ……。

 とっさに思った。

 慌てて脱ごうとした。

 しかし、布はぴたりと腰に密着して肌と一体化したように動かない。

 

 罠だった……。

 宝玄は心の中で舌打ちした。

 

 御影は、丈の短い服を指示した引き出しの中に置いておけば、おそらく、その丈の短さに驚いた宝玄が、ほかの引き出しも探すと予想していたに違いない。

 そして、宝玄は、その通りに行動し、別の引き出しに入っていた下着に不自然さを感じるよりも早く、その得体の知れない股布を自ら身に着けてしまった。

 

「あっ……」

 

 急に宝玄の脚が勝手に動き出した。

 御影の道術だ──。

 

 宝玄には抵抗のしようもない。

 あとは、どこに連れていかれても、そこに向かうしかないのだ。

 宝玄の足は、扉に近い戸棚の前でぴたりと静止した。

 ふと見ると、やたらに踵の高い歩き難そうな女物の靴がある。

 

 いま、宝玄は素足だ。

 履けということだろう。仕方なくその靴を履いた。

 すると、また足が動きだし、部屋の外に出る扉の前でぴたりと歩みを止めた。

 つまりは、扉を開いて、外に出て行けということだろうか……。

 ためしに後ろに進もうとしてみた。だが、足はぴくりとも動かない。

 

「ど、どこかで見ているのかい、御影──。陰気な真似はやめて、堂々と姿を見せな」

 

 宝玄は叫んだ。

 宝玄が服を身に着けたのを見計らったように足が扉に移動して、宝玄を部屋の外に促すような動きをした。

 天教本部の門で待っていると言っていたが、御影はなんらかの手段で、宝玄を観察しているとしるのだろうか……?

 

 しかし、もちろん返事はない。

 宝玄は、またもう一度、部屋の中を観察しようと思い、もう一度なんとかして部屋に戻ろうとしてみた。

 

 だが、やっぱり扉の前から離れられない。

 手は自由なのに、後退する場合に限り、脚が金縛りになったかのように動かなくなるのだ。

 

 宝玄は意を決して、扉を開いた。

 すると、脚の自由が戻った。

 こうなったら、この恥ずべき格好で、御影のいるところまで行くしかない。

 だが、査察卿である御影の執務室の外は、五、六名の若い教団員の男が仕事をしていた。

 その視線が一斉に宝玄に向く。

 

 一気に通り過ぎようと思ったが、さすがの宝玄でも脚が竦んだ。こんなぎりぎりの丈で人前に立つ恥ずかしさは、眩暈を覚えるほどだ。

 宝玄は横を向いて、顔を部員たちから背けるようにして、彼らの座る机の真ん中の通路を進んだ。

 部員たちが、好奇の視線を向けているのは、顔をそっちに向けていなくてもわかった。

 しかも、踵が高すぎて歩き難い。

 かつかつと床を叩く音が響くような作りにもなっていて、それが宝玄に注目を集める気がして、羞恥を誘う。

 

「おや、宝玄仙士殿、お帰りですか?」

 

 一番廊下側に座っていた部員が声をかけて立ちあがった。

 髪の色も年恰好も御影と同じくらいだろうか。

 だが、雰囲気は異なる。

 両耳に大きくて目立つ白い石のぶらさがった耳飾りをつけていた。

 

「そ、そうだよ……」

 

 声をかけられて、緊張で心臓が爆発しそうになった。

 なんとか、それを顔に出さずにすんだ。

 そのまま、逃げ去ろうと思った。

 しかし、その男が宝玄の通り抜けようとする通路の真ん中にとおせんぼをするように移動した。

 

「邪魔だよ」

 

 宝玄は、そう言いながら、横をすり抜けようとした。だが、また男がそれを邪魔するように身体を動かす。

 宝玄は行く手を阻まれてしまった。

 

「な、なんだい、お前──?」

 

 かっとして怒鳴った。

 

「御影様に指示をされておりまして……。お送りしますよ」

 

 男がにっこりと笑った。

 

「間に合っているよ。どきな──」

 

 宝玄は男の身体を押しのけようと、その男の肩に手を伸ばした。

 そのとき、腰布の突起が突然に動き出した。

 

「あっ」

 

 思わず声を洩らして、宝玄はその場に転びそうになった。

 股間の敏感な場所に当たる突起の存在は気になっていたが、まさか、それが動き出すとは思わなかったのだ。

 

 しかも、こんな場所で……。

 不安定な踵の高い靴のせいもあり、宝玄はその場に崩れそうになる。

 

「大丈夫ですか、宝玄仙士殿? そんな短い丈の服で転ばれると、下着が丸出しになりますよ」

 

 姿勢を崩しかけた宝玄の腕を眼の前の男が抱えた。

 宝玄は男の腕に抱えられるようなかたちになったが、股間の振動が停止したために、すぐに男の手を振りほどいて姿勢を戻した。

 しかし、そのとき、その男から違和感を覚えた。

 

 男の体臭だ。

 昨日抱かれた御影と同じ臭いだったのだ。

 

「お、お前、誰だい……?」

 

 改めて宝玄は男を見た。

 御影には顔は似ていない。

 しかし、おかしな感じだ。どことなく、御影に共通の雰囲気を感じる。

 

「誰でもいいじゃないですか……。でも、どうしても、名前を呼びたければ、“影法師”でいいですよ」

 

「影法師? それが名かい?」

 

「御影様の指示を受けて、あなたのお世話をするように命じられた影法師ですよ。さあ、行きましょう」

 

 影法師と名乗った不気味な男は、宝玄の前を開けた。

 ふと気がつくと、この部屋の全員の視線が宝玄に向いている。

 宝玄は舌打ちをして、男の横をすり抜けて、逃げるように扉の外に出た。

 影法師が自分を追ってくるのがわかった。

 

 外は廊下だ。

 幸いにも誰もいない。

 

「じゃあ、下袍をまくってもらいましょうか。階段までで許してあげましょう。両手で下袍をめくったまま歩いてください、宝玄仙士殿」

 

 影法師が背後から声をかけた。

 

「な、なんだって──」

 宝玄はかっとなり、後ろを振り向いて声をあげた。

 しかし、次の瞬間、股間の下着の突起がまた突然に動き出した。

 

「くっ」

 

 膝ががくりとおちるのをかろうじて耐えた。

 顔をあげると、影法師が耳にしていた白い飾りを手に持ってにやにやと笑っている。どうやら、あの耳飾りが宝玄の股間の突起を動かす霊具になっているようだ。

 

「言うことを聞かないからですよ、宝玄仙士殿」

 

 突起の振動が停止した。

 宝玄は姿勢を直して立ちあがった。

 

 それにしてもおかしい。

 敏感な場所を刺激されているとはいえ、あまりにも感じすぎる。

 自分の身体が鈍感というわけではないが、性については百戦錬磨の宝玄は、ある程度の自分は性感を制御できるつもりだった。

 それが、こんな下着程度の振動でどうしようもなく翻弄されている。

 

 それに股間の疼きが異常だ。

 しかも、なんだかむず痒いような感じが……。

 

「おっ、その表情はやっと気がついてくれたようですね。宝玄仙士殿が身に着けている下着には、たっぷりと媚薬が塗ってあったんですよ。股が熱いんじゃないですか。あんなにたっぷりと塗っておきましたしね」

 

 影法師がくすくすと笑った。

 御影の笑いにそっくりの嫌な声だ。

 

「こ、この卑怯者──。なんてものをはかせるんだい──。さ、さっさと取っておくれ──」

 

「これは心外ですね。まるで無理矢理にはかせたような口ぶりじゃないですか。それは理由があって、俺が、御影殿の机の中に置いておいたものですよ。それを勝手にはいたのではないのですか? 誰もはけと命令したわけではないはずですがね」

 

「なっ──」

 

 宝玄は絶句してしまった。

 そのとおりだからだ。

 御影に身に着けるように命じられたのは、黒い貫頭衣だけで、別の引き出し見つけたこの下着を勝手にはいたのは宝玄だ。

 

「だ、だったら、謝るよ……。でも、これを脱がしておくれ」

 

「駄目ですね。もう汚れてしまっているじゃないですか。あなたの淫汁の匂いがここまで漂っていますよ。いまのでしっかりと濡れたようじゃないですか──。勝手に他人のものを使って、しかも汚したんだから、そのまま返すんじゃなくて、洗濯くらいしてください。まあ、しばらく、はいていていいですよ……。それに、どうせ、いまのあなたには脱げませんよね。それを脱がすことができるのは、御影様だけです……。御影様に会ってから頼むんですね」

 

 影法師が、宝玄の首に手を伸ばして、道術封じの首飾りを指で弾いた。

 この男がなにものかわからないが、なにもかも御影から聞いていて、ぐるになっているようだ。

 ここは、諦めるしかない……。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「さあ、それよりも、ぼやぼやしていると人が来ますよ。誰も来ないうちに、終わらせた方がいいんじゃないですか? 下袍をまくって、階段のあるところまで進むんです。拒否すれば……」

 

「あっ」

 

 また股間に振動が発生する。

 宝玄は悲鳴をあげそうになるのをなんとか噛み殺した。股間に塗られていたらしい媚薬は、確かにもう宝玄の股間にただれるような欲情を引き起こしている。

それを突起の振動で刺激されるのはたまらない。

 

「お、お前、いい加減に……」

 

 宝玄は影法師を睨みつけた。いつまで経っても振動が止まらないのだ。

 

「早く、下袍をまくるんですよ……。それにしても、学習しない女だなあ……」

 

「な、なんだと……くっ──」

 

 宝玄が悪態をつこうとすると再び股間の振動が強くなり邪魔をする

 

「それとも、もっと強くしないと命令に従う気になりませんか?」

 

 すると突然にもの凄い振動が股間で起こった。

 これまでの振動とは比べものにならないような強い刺激だ。

 肉芽や女陰や肛門までもが一度に強く振動される。

 

「ほおおっ」

 

 宝玄は薬剤によって性感を溶かされている股間を手で押さえて、その場にしゃがみ込こんだ。

 とてもじゃないが立ってはいられない。

 

「おやおや、そんな下袍でしゃがみ込んだら駄目ですよ。尻が丸出しですよ」

 

 頭の上から影法師の笑い声がする。

 宝玄は慌てて、片手で下袍の裾を伸ばして、剝き出しになった尻を隠そうとするが、あまりにも短い下袍は、いくら布を引っ張っても、尻を隠してはくれない。

 

「わ、わかった、やる──。やるから……」

 

 宝玄は声をあげた。

 すると振動がやっと止まる。

 宝玄は、影法師を睨みつけたまま、なんとか立ちあがって、下袍の裾を伸ばした。

 

「さあ、めくって……」

 

 影法師は手に耳飾りの片方を持ってにやにやと笑っている。

 宝玄は唇を噛みながら、もう一度、さっと周囲に人影がほかにないのを確かめてから、貫頭衣の下袍の部分をたくしあげた。

 それほど捲らなくても、おかしな下着に包まれた宝玄の太腿の付け根が露わになる。

 

「いい恰好ですよ。じゃあ、これをあげますね」

 

 影法師は、まだ片耳に装着したままだったもうひとつの耳飾りを外すと、手を伸ばして宝玄の片耳に装着した。

 

「階段までそのまま進むんです。下袍をおろさずにね……。ふふ……」

 

 影法師がくすくすと笑った。

 階段の上……。

 宝玄は前を見た。

 

 ここから階段のある場所までは十間(約百メートル)程度だ。

 歩けばあっという間だが、この天教本部はかなり造りが複雑であり、そこに着くまでに二本の渡り廊下と交わっている。

 廊下には、いくつもの事務室の扉がある壁もある。

 いまは人影はないが、いつそこから誰かが現われるかわからない廊下を、下袍を自らめくった恰好で歩くとなれば、もの凄い緊張感だ。

 

 そのとき、ふと背後で霊気が動いた気がした。

 はっとして振り返った。

 いつの間にか、影法師の姿が消滅している。

 

「なに?」

 

 宝玄は思わず声をあげた。

 

 “心配いりませんよ。俺の声は聞こえるでしょう? もっとも、話しかけるのはできませんがね。さあ、進んでください。本当に人が来ても知りませんよ……。到着したら、これを止めてあげますよ。さもないと、だんだんと強くなりますからね”

 

 耳飾りから声がした。しかも、耳障りな笑い声まで聞こえてくる。

 そして、また股間が振動した。

 今度は、洩れそうになった声をなんとか噛み殺した。

 しかたなく、両手で下袍をまくったまま、足早で歩き出す。

 

 宝玄はうつむきながら、股間に力を入れて歩いた。

 歩いている廊下の右側は、多くの事務室と接している。そこから不意に人が出てくるのではないかと緊張する。

 左側の二本の隣の棟と結んでいる渡り廊下から誰かがやってくるかもしれない。

 とにかく、誰かがやって来るまでに、歩き終わろうとだけ思った。

 しかし、股間の下着が振動を続けているだけに、嫌でも緊張感が高まる。

 

 宝玄は下袍をめくったまま足を進めた。

 どうせ、どこからか観察している。命令に従わなければ、なにをされるかわからない。

 道術を封じられているいまは、連中の言いなりになるしかない。

 だが、道術が復活すれば……。

 

 履いている靴がこつこつと音をたてる。静かな廊下にその音が響き、宝玄の心臓は緊張で破裂しそうだ。

 

 あと約三間(約三十メートル)……。

 二つ目の渡り廊下をすぎれば、そこが階段だ。

 そのとき、はっとした。

 

 渡り廊下に人の気配を感じたのだ。

 交点の手前で立ちどまって、おそるおそる直角に交わっている渡り廊下を覗き見た。ふたり連れの若い男がこっちに向かって歩いてくる。

 しかも、すぐ近くまで来ている。

 

 宝玄は慌てて、下袍をおろそうとした。

 

 あっ──。

 思わず声が出そうになり、かろうじて耐えた。

 下袍を捲りあげたままの手が動かないのだ。

 この状態で手を操られた……。

 すぐに身体を反転させて逃げようとしたが、今度は足も動かない。

 

「……か、影法師……、人が来るよ……」

 

 宝玄は廊下の真ん中で下袍を捲りあげたままという破廉恥な姿で、気が動顛してささやいた。

 しかし、さっき、影法師にこちらから言葉を伝える方法はないと言われたのを思い出した。

 

「ふっ……くっ──」

 

 思わず声が出た。

 股間の下着の突起の振動がだんだんと強くなってきたのだ。

 唇を噛んで、宝玄は身体を硬くした。

 しかも、下着の内側に塗られていたという妖しげな薬剤のせいか、股間からは甘美な疼きがどんどんと込みあがっている。

 

 もうすぐやってくる……。

 宝玄は気の遠くなるような羞恥の緊張に襲われた。

 だんだんと声が近づく……。

 激しい羞恥と緊張──。

 しかも、強くなる股間の振動に、身体は甘いうねりに揉みしだかれはじめている。

 

「おい──」

 

 別の声が渡り廊下の遠くから聞こえた。

 どうやら、こっちにやってくるふたりの若者を後ろから呼び止めた者がいたようだ。

 そのふたりが返事をして戻っていく。

 宝玄は安堵で膝が折れそうになった。

 

 “悪運が強いですね。進んでいいですよ……”

 

 影法師の声がした。

 足が自由になる感触が戻った。

 しかし、手は自由になった気配はない。

 両手で下袍の裾を掴んでまくりあげたままだ。

 宝玄は下袍を握りしめたまま、渡り廊下の交点を抜け去り、やっと階段の上に辿りついた。

 

“じゃあ、御影様の待っているところに向かっていいですよ”

 

 階段の上に到着すると、手が自由になった。

 太腿の付け根が、恥ずかしいくらいに濡れているのを宝玄は感じた。



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296 翻弄する下着

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


 一歩一歩、必要以上の慎重さで宝玄は階段を歩きおりていた。

 しかし、階段を半分おりた踊り場で、宝玄は思わず立ちとまってしまった。

 

 股間から奇妙な感覚が湧き起こっていた。

 うっかりとはいてしまったこの下着の霊具に、快感を増幅させる媚薬が塗りつけてあったことはもうわかっている。

 だから、ついさっきまで、宝玄の股間は熱い疼きのようなものに襲われ続けていたのだ。

 だが、階段をおり始めたくらいから、その感覚は別のものに変わりつつあった。

 

 痒い……。

 熱く敏感になっているだけではない……。

 猛烈な痒みが下着の内側に発生している。

 

 今朝、掻痒剤を股間に御影に塗られてから、貞操帯の張形や御影たちの男根で女陰を犯されて、少しは痒みも癒えてきていたのだが、それが戻ってきた感じだ。

 しかも、階段の下は天教本部の大広間になっていて、帝都の臣民で賑わう公共の場所でもある。

 待ち合わせをしている者、あちこちにある長椅子で休んでいる者、あるいは、幾つかの小さな集会なども行われて、いつものように大変な賑わいだ。

 

 そんな場所に、天教の高級幹部である宝玄ともあろう者が、色町の娼婦でもはかないような短い丈の下袍で乗り込むのは、たまらなく恥ずかしい。

 ましてや、この股間の痒みに耐えながら、それを態度には出さずに通過しなければならないということだ。

 

 しかし、ここを通り過ぎなければ、御影が待っている天教本部の門には辿りつかない。

 一瞬、すべてを放棄して引き返そうかと思った。

 どうして、こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合わなければならないのだという腹立たしい気持ちになったのだ。

 宝玄は、おりかけていた階段をあがろうとした。

 

 だが、できなかった……。

 脚が動かない……。

 御影の執務室のときと同じだ……。

 歩みを逆にしようとすると、突然に脚が硬直する。

 

 宝玄は踊り場から一階を見下ろして、どこかで宝玄を観察しているに違いない御影を探した。

 宝玄を逆戻りさせないように、御影が道術で宝玄の身体を操っているに決まっている。

 しかし、それらしい人影はない……。

 

 仕方がない……。

 宝玄は意を決して、素早く短い貫頭衣の下袍を、しわひとつないくらいに強く引っ張り直して、階段をおりていった。

 あまりにも短いこの丈では、わざわざ覗き込まなくても、下にいるだけで宝玄の下袍の中を容易に覗き見ることができるだろう。

 

 宝玄は、だんだんと強くなる股間の痒みと相まって、全身に走る緊張感で、膝ががくかくと震えるのを感じた。

 しかし、幸いなことに、この喧騒の中では、階段からおりてくる宝玄に注目している者はいないようだ。

 宝玄はほっとした。

 しかし、最後の一段をおりようとしたとき、突然に下着が振動した。

 

「あっ」

 

 宝玄は思わず、がっくりと膝を折ってしまった。

 そのため、最後の一段を踏み外して、その場に倒れ込んだ。

 この一階の大広間には、数十人の人間がいただろう。

 その全身の視線が、階段の下に倒れた宝玄に注目した気がした。

 転んだ拍子に、短すぎる下袍が完全にまくれあがって、股間にはいている白い下着の霊具が剝き出しになった。

 宝玄は慌てて手で隠そうとした。

 

 はっとした──。

 そして、愕然とした。

 手が動かない……。

 

 宝玄の手足は、御影の『分身術』を受け入れている。

 だから、御影は、道術によって宝玄の手足を宝玄自身の意思と切り離して勝手に動かすことができる。

 急に腕の自由が奪われたのは、その御影の道術によって、宝玄の腕が意思と切り離されてしまったからだろう。

 だが、たったいままで、自由に動いていたのだ。

 この階段をおりる前には、下袍の裾を直しさえした。

 それなのに、いまはまったく動かない。

 

 宝玄の心に途方もない恐怖が走る。

 いまは、ただ宝玄の意思で動かないだけだが、御影がその気になりさえすれば、この場で宝玄の二本の腕は、身に着けている物を脱ぎ捨てはじめるかもしれないし、淫らに自慰を始めるかもしれない。

 そうなれば、宝玄の帝都における社会的な地位は終わりだ。

 御影がそれを望んでいるとは思えないが、あの変態男はなにを考えているかわからない。

 

 とにかく、立とうと思った。

 だが、下着は相変わらず、淫らな振動を続けている。

 微弱な振動だが、凹凸のある股間の下着によって、花唇と肉芽と菊座の三箇所を刺激されながら歩いてきた宝玄には、身体の強い火照りを呼び起こし、腰から下を弛緩させるのに十分な刺激だ。

 人の目がある。

 宝玄は、素早く立ちあがろうとするのだが、少し腰が抜けたような感じになって、すぐに起きあがれなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 突然、片腕が掴まれた。

 顔をあげると、さっき影法師と名乗った男が宝玄の腕を掴んでいた。

 そのまま、彼に腕を引っ張られて、宝玄は立ちあがらされた。

 

「は、離せよ、お前──」

 

 腕をとられたかたちになった宝玄は、影法師という男を睨みつけた。

 腕が動かせないので、男の手を払い除けられないのだ。

 

「おっと、これは失礼しました。いつも颯爽と歩いておられる宝玄殿が、随分と足元が怪しいので、具合でも悪いのかと思いましてね」

 

 影法師がわざとらしく、周りに聞こえるような声で言った。

 宝玄仙士の名は、帝都でも美貌の天教の最上級巫女として、宝玄仙士の名は随分と売れている

 “宝玄”という名を大声で言ったことで、さらにこの場がざわついたのがわかった。

 しかし、宝玄は、娼婦でも着ないような短い丈の大きく胸元が開いた服を着させられている。

 注目が集まることで、宝玄は激しい羞恥に襲われた。

 

「お、お前、わざと……」

 

 宝玄は影法師を睨んだ。

 しかし、影法師はにやにやしているだけだ。

 

「これは、返してもらいますよ」

 

 影法師が宝玄の耳についたままの白い耳飾りの片方を取った。

 さっき、この霊具から伝えられた指示により、二階の廊下を自ら下袍をめくって歩かされた。

 その屈辱がまざまざと甦る。

 

「……ところで、貫頭衣の後ろ側がめくれてますよ。みんな、注目してます」

 

 宝玄は、慌てて自分の貫頭衣の下袍部分に眼をやった。

 確かに、後ろ側の部分がが少しまくれあがっている。

 しかし、それを直そうにも手が動かないので、それができない。

 腰を振ってめくれを直そうとしたが、大きな動きは、自ら下着の内側の突起で敏感な部分を刺激することになり、宝玄はその場にしゃがみ込みそうになった。

 

「おや、どうしたんですか? そんなに淫らに腰を振ったりして」

 

 影法師が嘲笑った。

 

「た、頼むよ……。直して……おくれ……」

 

 宝玄は困って言った。

 

「なるほど──。どうやら、手が動かせなくなったんですね。それはお気の毒です──。でも、言っておきますが、手足の操りは、俺がやっているわけじゃないですよ。御影様ですからね」

 

 影法師が笑いながら、宝玄の下袍を伸ばしてくれた。

 

「わ、わかっているよ……」

 

 宝玄は言った。

 宝玄と御影が魔法契約で交わした「手足の操り術」は、純粋にお互いのあいだだけのものだ。

 第三者には、その操りを譲渡はできない。

 それは道術に精通している宝玄は承知している。

 だから、宝玄の手足が、意思と切り離されて勝手に動いたり、とまったりしているのは、どこかで御影が術をかけていると思うしかない。

 

 だが、さっきから懸命に探しているが、御影らしき者がどこかに隠れ見ている気配はない。

 宝玄は、とりあえず、この場で御影を探すのは諦めた。

 御影が、どこかでこっそりと宝玄の痴態を観察しているのは間違いないが、それを突きとめたところで、いまの宝玄にはどうしようもない。

 とにかく、御影が来るように命じた天教本部の門まで行くしかない。

 

「そ、それよりも、と、とめなよ」

 

 宝玄はささやくように言った。

 いまだに股間の微弱な振動は続いている。

 

「おや、なんのことですか?」

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ。この振動をとめろと言っているんだよ」

 

 宝玄は低い声で言った。

 この男のことは、絶対に許さないと決めていた。

 この男が御影とどういう関係なのかわからないが、御影と結託して、調子に乗って宝玄をなぶっているのだろう。

 いまは、御影につけられた『道術封じの首飾り』のために道術が遣えないが、おそらく、今日一日の「遊び」が終われば、これだけは御影は外すはずだ。

 

 御影は、宝玄の弱みを握っているし、宝玄の手足を自在に操る道術をかけているので、必ずしも、霊具で宝玄の道術を封じる必要がないのだ。

 宝玄の道術が復活しても、道術契約で受け入れている御影の道術は、双方の合意がなければ、宝玄には解くことはできないし、隠している放蕩の宝玄の母親の存在の弱みは、宝玄が御影に逆らうことを許さない。

 つまり、御影が宝玄の道術を解放しても、宝玄は御影の言いなりになるしかない。

 

 それよりも、御影が宝玄に道術を戻さないことで、御影にとっても不都合が起きるはずだ。

 即ち、宝玄に道術を戻さなければ、宝玄は天教の幹部としての活動ができない。

 今日一日はともかくとして、明日も明後日もということになれば、いずれは、周囲の誰かが、宝玄の不自然さに気がつくだろう。

 見る者が見れば、査閲卿の御影が宝玄に不当な道術をかけていることは発覚する。

 そうすれば、逆に、御影が宝玄に卑劣な脅迫をしていることが明るみになることになり、そのときは、破滅するのは、宝玄だけではなく、御影も道連れということだ。

 だから、今日一日我慢すれば、御影は宝玄に道術だけは返すと思った。

 

 道術さえ戻れば、受け入れている手足の操り術も含めて、なんとかやりようがある。

 しかし、いの一番に処置するのはこの男だ。

 御影の影に隠れて、この宝玄を一緒になってなぶったことは、心の底から後悔させてやると思った。

 

「本当に振動をとめていいんですか?」

 

 影法師は、懐からさっと、もうひとつの白い耳飾りを出した。

 この飾りこそ、この股間の下着と連動して、宝玄の股間に触れている突起を淫らに振動したり、あるいは、とめたりして、宝玄をいたぶっている霊具なのだ。

 

「とめろと言っているんだよ──」

 

 宝玄は怒って声をあげた。

 だが、その声は自分でも驚くくらいに大きかった。

 その自分の大声が周囲の注目を呼んだのがわかって、宝玄は慌てて口をつぐんだ。

 

「い、いいから、振動をとめな……」

 

 宝玄は再びささやいた。

 

「それが人に物を頼む態度なんですかね?」

 

 影法師が意地の悪い微笑をして、本部の中央広場から外に向かう方向にひとりで歩きはじめた。

 宝玄は慌てて後を追おうとしたが、その宝玄の視界に、影法師が握っていた白い耳飾りをぎゅっと強く握ったのが映った。

 すると突然、下着の中の花唇部分の突起だけが、強い振動を始めた。

 

「くっ──」

 

 宝玄はその場に膝を崩しそうになり、立ち竦んだ。

 影法師が意地悪く、下着の突起の一部だけが強い振動するように霊具を操作したのだ。

 

「どうしかしましたか?」

 

 たまたま横を通り過ぎようとしていた若い坊士が宝玄に声をかけた。

 

「な、なんでもないよ」

 

 宝玄は思わず股間を手で押さえようとした。

 たが、その腕が動かない。

 宝玄は歯噛みした。

 

「しかし……。あれっ、こ、これは宝玄仙士様じゃないですか──。そ、そんな格好をなさっているのですぐにはわかりませんでした……」

 

 坊士が感動したように声をあげるとともに、宝玄の開いた胸元や短い貫頭衣の裾から伸びる脚に眼をやったのがわかった。

 その若い坊士の目付きが明らかに淫靡なものに変わるのがわかる。

 坊士といえば、天教の最下級の階級であり、この坊士の少年も十四、五歳というところである。その坊士の少年がごくりと生唾を飲む音が聞こえた。

 宝玄は、自分の顔が真っ赤になるのがわかった。

 

「い、いいから、なんでもないと言っているだろう──。あっちに行きな──」

 

 宝玄は声をあげて、やっと坊士を追っ払った。

 すでに、影法師はかなり離れていて、建物の外に出るところで、こっちをにやにやしながら見ている。

 宝玄は懸命にそこまで進んだ。

 

「た、頼むから……。お願いだから、これをとめておくれ」

 

 宝玄は待っていた影法師に頭を下げた。

 

「わかりました……。まだ、不十分ですけど、まあ、いいでしょう。とめましょう」

 

 すると、下着の振動がとまった。

 宝玄はほっとした。

 下半身の緊張が解けていく。

 

 しかし、ほっとしたのは束の間だった。

 すぐに、宝玄が愕然とするような新しい苦しみがやってきた。

 振動が停止すると同時に、それまでとは別格の痒みが股間に発生したのだ。

 これまでの微弱な振動が、それなりに痒みを軽減させてくれていたようなのだが、それがぴたりと停止することで、猛烈な掻痒感が股間に襲いかかってしまった。

 

 しかも、股間が熱い……。

 下着の振動は、宝玄も想像できないくらいに、宝玄の身体に官能と掻痒感を湧き起こらせるきっかけになってしまっていたようだ。

 しかし、振動を戻せとは言えない。

 

 影法師が歩きだした。

 宝玄はぐっと歯を喰いしばって、影法師の後を追った。

 やっと天教本部の建物を出た。

 本部の前は庭園になっていて、馬車の通る広い道と歩行用の小道が走っている、

 小道は曲線にくねっており、手入れをされた庭木のあいだを縫っていた。小道に添って長椅子や小さな木の卓を置いた休憩所があちこちにあり、多くの人間でごったがえしている。

 

「……あっ、そうだ──」

 

 小道を数歩歩いたところで、影法師が突然止まった。

 宝玄は顔をあげた。

 

「ひとつだけ言い忘れていました。その下着の内側に塗ってある薬剤は、女の体液に反応して、強烈な掻痒剤に変わりますから、おかしな気分にならない方がいいですよ。濡れれば濡れるほど痒くなりますからね」

 

「た、体液?」

 

 宝玄は思わず声をあげた。

 さっきから猛烈な痒みが襲っているのは、そのためだとわかったからだ。

 緊張による発汗もあるが、大小さまざまな突起やその振動で、股間の官能を刺激されて、宝玄の花唇はかなりの愛液を垂れ流している。

 それが媚薬に反応して、宝玄の股間を強い痒みになって襲っているのだ。

 

「はい、体液です……。汗とかおしっことか、淫ら汁とかね……。もちろん、宝玄殿がお感じにならなければ、どうということはないですよ。女仙士であり、稀代の道術遣いの宝玄殿ともあろうものが、こんな悪戯くらいで感じたりしないから大丈夫と思いますが……」

 

 影法師は笑った。

 

「お、お前……」

 

 宝玄は影法師を睨んだ。

 宝玄の肚は煮えくり返った。

 感じるどころじゃない……。

 宝玄の股間は、繰り返された刺激により、股間から垂れ流れる汁が霊具の下着の端から染み出て、短い貫頭衣の中の宝玄の内腿をべっとりと汚すくらいに濡れているのだ。

 影法師は十分にそれを知っているだろう。

 知っていて、からかっているに決まっている。

 しかし、宝玄はもうなにも言い返さなかった。悪態をつく余裕もないくらいに、痒みが本格的になってきたのだ。

 

「それとも、もう痒いですか? どうしても痒みが我慢できなければ、歩きながら掻いてもいいですよ……。あっ、でも、手が動かせないか……。だったら、その辺の椅子の背に股がって、ごりごり掻いたらどうですか? とめませんよ」

 

 影法師が言った。

 ひとりだけならともかく、こんな人の多いところで、そんなみっともない真似ができるわけがない。

 宝玄は返事の代わりに、影法師を睨みつけた。

 

「どうやら、まだ、我慢できそうてすね。じゃあ、行きますか……」

 

 再び影法師は歩き出した。

 仕方なく、宝玄はその後ろからついていった。

 

「宝玄殿は、ただでさえ目立つんですよ。そんなへっぴり腰だから、さっきの坊士のように変な目で見られるんです……。ちゃんと背筋を伸ばして堂々と歩いた、歩いた……」

 途中で、影法師がそう言いってからかった。

 

 宝玄は慌てて表情を繕って背中を伸ばした。だが、もうなにも言い返さなかった。

 それよりも、ふらつきそうな足の歩みに神経を集中することに努めた。

 歩きにくい踵の尖った靴が、どうしても限界までの痒みに襲われている身体をよろけさせるのだ。

 宝玄の美貌は帝都でも有名であり、それがこんな肌も露わな破廉恥な服で歩いているのだ。影法師に言われるまでもなく、かなりの人目を引いているのは気がついていた。

 だから、なんとか平静を装おうとするのだが、上気した顔と全身から染み出る汗がそれを邪魔をする。

 しかも、いまだに腕がまったく動かない。

 その緊張がいやがうえにも、宝玄の羞恥と緊張を増幅する。

 

 そして、宝玄は、さっき股間の振動を止めさせたことをひどく後悔していた。

 下着の中のたくさんの突起は、多少は痒みを軽減させてくれてはいるが、あまりにも小さな刺激すぎて、股間に巻き起こっている掻痒感を癒してはくれない。

 むしろ、中途半端な刺激が、却って強い痒みと淫情を引き起こしている気さえする。

 とにかく、御影に会うまで……。

 それだけを考えて、宝玄は必死に歩みを進めた。

 やがて、やっと、天教本部の門に到着した。

 

「遅かったわね」

 

 そこには、ひとりの女がいた。

 気の強そうな顔をしたかなりの美人だ。若くもないが、中年というほどではないだろう。

 明らかに女なのだが、男物の上着と下袴を身に着けていて、影法師と同じような天教本部の職員のようないでたちをしている。

 その女が影法師に声をかけたのだ。

 

「もう少し、愉しみたかったんだけどね」

 

 影法師がそう言って、ひと組の白い耳飾りの霊具をその女に手渡した。そのひとつが宝玄がはいている下着の突起を遠隔で動かす霊具だ。

 

「ど、どういうことだい? 御影はどこだい──?」

 

 宝玄は呆気にとられた。

 御影の姿はどこにもない。

 いるのは、この女だけだ。

 

「御影様は急用ができたから、あたしがあなたの相手をしろと言われているわ。夕方まであたしがあなたに付き合うわ。よろしくね、宝玄」

 

 女は宝玄の身体を上から下まで眺めながら、にやりと微笑んだ。

 

「じょ、冗談じゃないよ。み、御影とはここで会う約束なんだ──。あいつはどこに行ったんだい──?」

 

 宝玄は声をあげた。

 

「さあね? あたしは、夕方まであなたと城郭で暇を潰して、指定された場所に連れてくるように言われただけだからね」

 

「ふ、ふざけるな──。だったら、その場所を言いな──。関係のないお前が、あいだに入るんじゃないよ──」

 

「嫌ならいいのよ、宝玄。でも、あたしに従わなければ、御影様が待っている場所は教えないわ。どこにでも勝手にいくのね」

 

 女の表情は驚くくらいに意地の悪い感情で溢れていた。

 

「ちっ」

 

 宝玄は舌打ちした。

 どうしても御影のところまで連れていってもらわなければならないのだ。

 そうでなければ、この道術が遣えない状態はこのままだ。

 御影のところに行けば、なにをされるかわからないが、とにかく、今日一日を我慢すればいい……。

 そうすれば、この首の『道術封じの首飾り』を外してくれるはずだ。

 だから、なんとしても、御影に会わなければならない。

 

「わ、わかったよ。お前と一緒にいればいいんだね」

 

 宝玄はそう言うしかなかった。

 

「じゃあ、散歩でもしようか、宝玄?」

 

 女がそう言って、宝玄の動かない腕をとって腕を組んだ。

 宝玄は、このときはじめて、いつの間にか影法師がいなくなっていることに気がついた。

 そして、隣の女から微かな体臭が漂ってきた。

 

「ま、待って……。ところで、お前、誰だよ──。何者なんだい?」

 

 宝玄は思わず訊ねた。

 影法師といい、この女といい、御影とはどういう関係なのだろう……?

 宝玄はふと不思議に思ったのだ。

 この女の体臭は、御影やさっきの影法師と共通する匂いだ。

 どうして、女のこいつが御影の体臭を……?

 

「あたしの名は、影女(かげじょ)よ──。何者かといえば、御影様の部下ね。個人的な親しい関係でもあるわ。男と女……。どんな風に親しいかについては説明しなくてもいいわよね」

 

 

 “影法師”に“影女”──。

 

 ふざけた名乗りだと思ったが、いまはそれはいい。

 それよりも……。

 

「だ、だったら、影女──。お、お願いだから、どこか人目のないところに連れていっておくれ──。頼むよ」

 

「人目のないところ? なんで?」

 

 影女はくすりと笑った。

 

「か、痒いんだよ……。股におかしな薬剤を塗られたんだよ。猛烈に痒いんだよ」

 

 宝玄は横にくっついている影女の耳元でささやいた。

 はしたないが、さっき影法師が言ったことをやろうと思った。どこか股間を擦れるところにいって、痒い股を擦るのだ。

 いまや、痒みはそれくらい耐えられないものになっている。

 

「痒み? まあ、可哀そう……。だけど、残念だけど、それは許さないわ。でも、よければ、あたしがなんとかしてあげましょうか?」

 

 影女は意味ありげに微笑んで、影法師から受け取った白い耳飾りを宝玄の顔の前で振った。



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297 屈辱の屋外調教

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


「痒み? まあ、可哀そう……。だけど、残念だけど、それは許さないわ。でも、よければ、あたしがなんとかしてあげましょうか?」

 

 影女は意味ありげに微笑んで、影法師から受け取った白い耳飾りを宝玄の顔の前で振った。

 

「ふ、ふざけるな」

 

 宝玄は声をあげた。

 ここは天教本部の門の面する大通りであり、かなりの人の波の中だ。

 そこを歩きながら股間を刺激されるなど、考えただけで息も止まるような屈辱だ。

 

「あっ、そう。嫌ならいいわ……。だけど、これはしてあげる。はぐれたら困るだろうからね」

 

 影女は白い耳飾りを宝玄の片耳に装着させた。そして、もうひとつの耳飾りは懐にしまう。

 

「ど、どこに行くんだい?」

 

「どこだっていいでしょう。それよりも、こうして女が腕を組んで歩いていると、かなり目立つのね。通りにいる人間がすべてあたしたちのことを見ている気がするわね」

 

 影女のその言葉で、宝玄はまさにその言葉の通りであることに気がついた。

 帝都の大通りは、中央の馬車が進む通りがあり、その両端に歩行用の通路がある。

 その通路の横には商家や辻売りが所狭しと並んでいる。

 特に、人が歩行する道はかなりの人出であり、時折、肩を避けながら進まなければならないくらいだ。

 その中のかなり多くの人間が、宝玄と影女に奇異の視線を向けているのがわかった。

 

 宝玄は慌ててしかめていた表情を繕った。

 そして、不自然な動作にならないように、懸命に膝から下に神経を集中する。

 宝玄は、ただでさえ、自分がその美貌で人の眼を集めやすいのを知っている。

 それがこんな裸にも匹敵するような羞恥の服装で歩いているのだ。

 しかも、影女もそれなりの美貌であり、その女連れのふたりが腕を組んで歩けば、それが注目を浴びないわけがない。

 

「う、腕を離せ」

 

 宝玄は言った。

 とにかく、注目を浴びるような要素はひとつ残らずなくしたかった。

 

「わかったわ」

 

 影女はあっさりと腕を離した。

 

「その代わり、逃げたら承知しないわよ。少しでもその素振りをしたら、御影様に連絡するわ。そして、天教本部の美人仙士殿が、大通りで全裸自慰をするように、御影様に道術をかけてもらうわ。あんたの手足は、御影様の自由に動くように道術をかけられているんでしょう?」

 

 影女の言葉に宝玄は唇を噛んだ。

 まさか、そんなことまでは、御影はやるまいと思うが、もしかしたら、というのがある。

 確かに宝玄の手足は御影に操られているので、この瞬間にも大通りに駆け戻り、素っ裸になって自慰を始めても、宝玄には抵抗の術がない。

 

「ふ、ふん、どうせ、御影もどこで隠れて、こそこそと見ているんだろう? 連絡手段があるなら、あの女男に伝えておくれよ。そんな、いじけたことしてないで、堂々とわたしを抱きなってね」

 

 宝玄は言った。

 なんとなく、御影はなんらかの手段で宝玄を観察している気がする。

 しかも、すぐに手足の操り道術がかけられるくらいの近くにだ。

 宝玄が逃げようとしても、おそらく、脚は止まってしまうと思った。

 

「御影様との連絡手段があるかどうかは、お前に関係ないわ。お前が知っておかなければならないのは、あたしと一緒にいなければ、御影様には会えないということよ。それと、御影様はお前などもう抱かないと思うわ。お前がお願いだから、抱いてくださいと、土下座でもするなら別だけどね」

 

「な、なんで、わたしが──」

 

 宝玄はかっとした。

 この宝玄の身体を抱かしてくださいと土下座した男は何人もいたが、宝玄が求めて男を抱いたことなどない。

 なんで、この宝玄が、男を相手に性愛を媚びなければならないのだ?

 

「でも、いずれお前は、御影様にお願いだから抱いてくださいと言うわ……。必ずそうなるのよ……。そのために、こうやって調教しているのだからね」

 

「調教?」

 

 宝玄はその言葉に呆気にとられた。

 これまで、何人もの女を調教してやった。

 現にいまでも、“猫”として買っている女は何人もいる。しかし、自分が調教されるなど考えたこともない。

 

「わ、わたしが調教なんてされるわけないだろう──。ふ、ふ、ふざけるな」

 

 宝玄は低い声で怒鳴った。

 

「いまは、そう思っていても、いつの間にか、牙を抜かれて、命令に逆らうことができなくなっている……。それが調教よ。お前もそれくらい知っているんでしょう? いつもは、調教する立場なんだから……」

 

 影女は笑った。

 宝玄は返す言葉が見つからなくて歯噛みした。

 それにしても、この女はなんなのだろう……?

 さっき宝玄が受け入れたばかりの御影の道術についてもよく知っている。

 影女の身体からは薄っすらと霊気の流れを感じるので、道術遣いの端くれであることは間違いないだろう。

 だからこそ、御影の作った霊具を自在に操作できるのだろう。

 だが、どれくらいの道術遣いであるかは、巧みに自己の霊気の噴き出しを隠しているのでわからない。

 影女は、すたすたと宝玄の前を歩いていく。

 

「も、もう少し、ゆっくりと歩いて……」

 

 宝玄は思わず言った。

 股間の痒みは全身が焼けつくのかと錯覚するほどだった。

 我慢しなければと自分を奮い立たせるが、宝玄には噴きあがる痒みに声を出すのを耐えるだけで必死だった。

 少しでも油断すれば、淫らに腰が動いてしまう。

 しかも、腰を多少動かしたところで、この股間の痒みは少しも癒えず、却って下着の内側のたくさんの突起に敏感な部分が刺激されて、さらに掻痒感と昂揚感が膨張するようだった。

 人目さえなければ、宝玄はいまこの瞬間にでも、なにかに跨って股間を擦りまくっていただろう。

 しかし、絶え間のない帝都の大通りの人波は、宝玄が痒みを癒すどころか、痒みに苦しんでいることをおくびに出すことも許さない。

 

「あらあら、できるだけ人目を避けたいのだろうと思って早足で進んであげたのに、ゆっくり歩いて、その破廉恥な姿を見せびらかしながら歩きたいの、変態女──?」

 

 影女が大きな声で言った。

 その言葉に周りの通行人が驚いて振り向いたのがわかった。

 宝玄はあまりの羞恥に急いで顔を伏せた。

 

「……こ、声が大きいよ」

 

「なにが? ああ、変態女と呼んだこと? じゃあ、なんと呼べばいいのかしら? 名を呼んでいい?」

 

 宝玄はぎょっとした。

 宝玄はいま懸命に顔を伏せて歩いていた。宝玄の顔もかなり知られているはずなので、こうやって通り過ぎる人間の中には、この痴女のような服装の女が天教本部の仙士巫女である宝玄であることに気がつく者も幾らかはいたかもしれないが、逆に、有名な美人巫女の宝玄がこんな格好で人前に出るわけがないとも思うはずだ。

 しかし、名を呼ばれると、自分が宝玄であることが疑念から確信になってしまうだろう。

 

「や、やめておくれ」

 

「だったら、変態女でいいのね」

 

「わ、わかった……。それでいいよ……」

 

 宝玄は仕方なく言った。

 影女が高笑いした。

 宝玄ははらわたが煮えくり返った。

 

 しかし、どこに向かおうとしているのか、影女は、なかなかどこの建物にも入ろうとしなかった。

 やがて、大通りを外れて、脇通りに入ったが、それでも、どこかに立ち寄ることも、休むこともしなかった。

 なんとなく、外縁部の地域に進んでいる気がしたが、いずれにしても宝玄はもう限界だった。

 あまりの痒さで脚の震えが止まらないくらいになっている。

 ここまで歩けたのが奇跡のようなものだ。

 

「ま、待って。た、頼むからどこかで休ませて……」

 

 何度か同じことをいままでも言ったのだが、その都度、影女はせせら笑うだけで相手にしてくれなかった。

 天教の力量のある女道術遣いで名高い宝玄が、こんなところで羞恥調教を受けていることを知られたくないという一心で、ここまで耐え進んできたが、もう、宝玄の気力が尽きている。

 これ以上は、痒みに耐えて歩けない。

 

「あたしの行きつけの店に行くのよ。お腹がすいたしね。まだ、遠くよ──。休憩ならそこでさせてあげるわよ」

 

 影女が言った。

 

「行きつけの店って……どこだい?」

 

「どこだっていいでしょう」

 

「ね、ねえ……お、お願いだよ……。少しでいい……。人目のないところに……」

 

 宝玄は泣くような声で訴えた。

 とにかく、どこかに隠れたい。

 そこで、棒でも、箱の端でも、椅子の背もたれでもいいから股間を擦りまくるのだ。

 とにかく、もう限界だ。

 たとえ、影女が駄目だと言っても、このまま走って路地に逃げようと思った。

 そこで、少しでも股間を擦れば、それだけで、かなり落ち着くはずだ。

 

「駄目よ──。それと、さっきも言ったけど、逃げたら、それこそ許さないわ。それに、どうせ、すぐに捕まえられるけどね」

 

 影女は素っ気なく言った。確かに、この状態の宝玄が逃亡を企てても、影女が宝玄を捕らえるのに、数瞬しかかからないだろう。

 やっぱり、いまは、この影女に逆らって、路地に逃げるなど不可能と思うしかない……。

 

「と、とにかく、痒いんだよ……。ど、どこか人目のないところに……。お、お願い──。お願いしますから──」

 

 宝玄は小さな声で訴えた。

 この女の情に縋るなど、身が斬られるような恥辱だが、もう痒みに耐えられないと思った。

 

「さっきから言っている通りよ。これでよければ、動かしてあげるわよ」

 

 影女が再び股間の突起を操作する白い耳飾りを取りだした。

 宝玄は唾を飲んだ。

 辻通りに入ったから、大通りほどの人手はない。しかし、道端や通行人が周囲に大勢いることは同じだ。

 股間の刺激にどれくらい自分は平静を装えるだろうか……?

 だが、ここに至っては、股間の突起の刺激に縋るしか道はない。

 

「う、動かしておくれ……。は、早く……」

 

 宝玄はついに言った。

 

「いいわ」

 

 影女が笑った。

 しっかりと構えていれば絶対に大丈夫だ。性行為には百戦練磨の宝玄だ。

 神経を集中して備えていれば、なんとかなるに違いない。

 とにかく、もう女唇の痒みは限界なのだ。

 股間に塗られた媚薬が、宝玄の流した淫液に反応して女陰に猛烈な痒みを引き起こしている。

 しかも、たっぷりと垂れた愛液は、圧迫された下着の内側の凹凸の突起を流れて、痒みが肛門にまで広がりつつある。

 その苦しさに気が遠くなりそうだ。

 

「はっ」

 

 突然、その場に宝玄は悲鳴をあげた。

 股間が振動したのだ。

 しかし、振動したのは痒みの中心の女陰部分ではなく、その前の肉芽の部分だった。

 あまりの衝撃に、周囲の視線など一瞬吹き飛んでしまった。

 宝玄は身体を折り曲げて、その場に立ち竦んだ。

 

「くうっ、うっ、ううっ……」

 

 宝玄は歯を喰いしばった。

 それでも苦悶の声が口から洩れる。

 全身を貫いた快感の矢は、それくらい凄まじい奔流となって全身を貫いたのだ。

 

「と、とめて……」

 

 宝玄は呻いた。

 しかし、影女はもう横にはいない。

 宝玄をそのままに残して、すたすたと進んでしまっている。

 宝玄は前を歩く影女に追いつこうと、一歩ずつ震える脚を前に進めた。

 

「な、なに……すん……だい」

 

 やっと追いついたところで、宝玄は抗議した。

 

「動かしてくれと言ったじゃないの」

 

「そ、そこじゃないんだよ……。と、とめて……くうっ……、と、とにかく、これは……と、とめて……」

 

 宝玄は影女を睨んだ。

 

「あらあら、じゃあ、操作を間違ったのかなあ? なにせ、あたしの霊具じゃないしね。さっきの影法師の霊具なのよね。霊気の込め方を失敗したのかしら……。じゃあ、こうかな……?」

 

 わざとらしく、影女がうそぶいた。

 次の瞬間、さらに激しくなった肉芽部分の振動に加えて、肛門の周辺の突起も激しい振動を始めた。

 

「ふううっ」

 

 宝玄はその場に背中を仰け反らせた。しゃがみ込みこそしなかったが、今度は完全に歩みを止めてしまった。

 全身が痙攣のように震える。

 

 凄まじい快感が全身を駆け巡っていく。

 肉芽と肛門に加えられている強い刺激が、薬剤と突起の刺激に長く苛まれていた宝玄の官能という官能をすべて活性化させた。

 子宮を貫く快感の炎が脳天まで拡がり尽くした。

 気がつくと宝玄は、腰をがくがくと振って、股間から愉悦の塊りを噴き出していた。

 噴き出した愛液は下着の霊具に阻まれて股間全体に拡がり、それでも行き場をなくした愛液が下着の脇からはみ出し、内腿を流れ、さらに宝玄の剝き出しの脚を伝って、履いている踵の高いサンダルの足の指まで達した。

 

 周りの人間が宝玄の異変に気がついたのは明らかだ。

 なにしろ、宝玄は、人の視線がかなりある通りのど真ん中で、激しく絶頂をしてしまったのだ。

 宝玄は、欲情の頂点に達しながらも、そのことに愕然としていた。

 影女はすぐに股間の刺激をとめてはくれたが、すでに、また、かなり宝玄と離れた場所まで進んでしまっている。

 宝玄はその場から逃げるように、小走りで影女を追った。

 

「くわっ」

 

 影女に追いつくと、すぐに股間の突起がまた動かされた。

 

 影女の徘徊はいつまでも続いた。

 そのあいだ、宝玄は幾度となく、歩きながら股間のあちこちの突起を振動され、そのたびに、醜態を道端で晒さなければならなかった。

 

 

 *

 

 

 影女は相変わらずどこにも立ち寄らない。

 歩いている通りは、すでに大通りからかなり離れ、貴族街と呼ばれる地域から一般庶民の居住地域に入っていると思う。

 少なくとも、宝玄が普段すごしている地域とは異なる。

 貴族街で生活している宝玄には、この周辺に立ち入ったことは一度もない。

 しかも、行き交う者は、平素の宝玄では接することがないような貧しそうな外見ばかりになってきた気がする。乞食のような人間も多いし、生活が荒れた感じの者も少なくない。

 おそらく、この一帯は、庶民層というよりは、さらに低い下層階級の居住者の地域に間違いない。治安もかなり悪そうだ。

 しかし、ここでもはやり、宝玄の姿はかなりの人目を集めていた。

 時々、振り返るように追ってくる幾つもの視線も感じた。

 

 宝玄は、少し前を進む影女に、たびたび遅れがちになったが、それは、幾度も振動と停止を繰り返される股間の刺激のためだった。

 影女は意地悪く、何度も股間のあちこちを振動させて宝玄を翻弄した。

 その都度、宝玄は股間の刺激に反応してしまって遅れた。

 宝玄は、その度に、懸命に歯を喰いしばって、小走りで影女に追いつかなければならなかった。

 

 この女も絶対に酷い目に遭わせてやる。

 宝玄は心に決めていた。

 影法師といい、影女といい、本名を名乗らないのは、後で宝玄の仕返しを怖れるためだと思った。

 道術さえ戻れば、この女と影法師がどこの誰なのかを必ず突きとめて、復讐してやろうと思った。

 宝玄は、どんな仕返しをするかを懸命に心に浮かべて、いま現在受けている羞恥と恥辱に耐え続けた。

 

 とにかく、弱みのようなものを見せたくない──。

 宝玄は、そう思って必死に気力を振り絞って歩いた。

 だが、それでも絶え間のない股間の振動の責めに襲われている宝玄の身体は、宝玄の意思に反して、淫らな反応を隠せなくなってしまった。

 しかも、股間の痒みはいよいよ本領を発揮して、怖ろしい痒さを宝玄に与え続ける。これで、繰り返し刺激される股間の刺激がなければ、さすがの宝玄も、当のむかしに泣き叫びながら転げまわっていたと思う。

 なんとか歩き続けていられたのは、痒みを逃がしてくれる刺激が、時折与えられるからだ。

 

 しかし、もう耐える気力が、宝玄から失われつつある。

 短すぎる下袍の裾から覗く太腿には、いまやはっきりと愛液が垂れ落ちているし、腰はもう休むことのなくなった震えから逃れられなくなっている。

 それでも、振動があるときはまだ耐えられる。

 耐えられないのは、それがとまったときだ。

 振動が続くあいだは、ただ込みあがる愉悦に身を委ねて、それを耐え、耐えられなくなればその奔流のまま道端で気をやればいい。

 しかし、振動が止まれば、股間の全部が堪らない痒さと、そして切実な欲情に襲われるのだ。

 それらの苦痛の繰り返しを衆人のいる環境で受けなければならないという羞恥は、宝玄の目をくらませるくらいの恥辱だった。

 

 それにしても、影女の後を追って歩きながら、この辺りでは、影女はかなり顔の知られた人物のようだと思った。

 通りすがりの少なくない者が、影女に会釈をしたりするし、畏敬の籠った視線を向けたりしている。

 つまり、影女は、この地域の顔であるに違いない。

 

「ここよ……。あたしの行きつけの店──。さあ、入って」

 

 その影女が突然に立ちどまった。

 眼の前に、看板のない食堂のような店があった。

 居酒屋のような雰囲気だが、中は薄暗くて、外からではどういう場所なのかよく見えない。

 ただ、少し酔っているような複数の男たちの声は聞こえる。

 その口調や聞こえる会話からは、とてもじゃないが、その男たちが、たちのいい男とは思えなかった。

 宝玄は店に入るのを躊躇した。

 

「散歩は少しは愉しめた? ふふふ、まあ、聞くまでもないか」

 

 影女がいきなり宝玄の着ている下袍をめくりあげた。

 しかし、宝玄には、めくりあげられた下袍を押さえられない。

 

「な、なにするんだよ──」

 

 宝玄は抗議したが、影女はめくりあげた下袍の裾を離さない。

 

「まあ、臭いがすると思ったら、これはあんまりじゃないの? 足の指まであんたの淫汁が伝ってるわね。そんなに興奮した? こんなのでよければ、いくらでも付き合うわよ、変態女」

 

 影女がせせら笑った。

 

「いいから、離せ──。下袍から手を離すんだよ、お前」

 

 宝玄は叫んだ。

 さすがに、周りの人間がなにごとかと寄ってくる。

 宝玄と影女は、大勢の人だかりに囲まれるかたちになった。

 すると、驚くことに、影女は店の前で宝玄の身に着けている貫頭衣の留め具を外して、宝玄の胴体から抜いて服を足元に落としてしまったのだ。

 宝玄の両手はいま、完全に動かない状態だ。

 抵抗の方法がない宝玄は、あっという間に下着の霊具一枚の裸にされてしまった。

 周りの人間が一斉に歓声をあげた。

 

「ひいっ」

 

 宝玄はその場にしゃがみ込んだ。

 

「入っておいで」

 笑いながら影女が店の中に進んでいく。

 宝玄は、慌てて立ちあがって、その後を追った。

 

「影女、お、お前──」

 

 店の中に飛び込むなり、宝玄は怒鳴った。

 だが、あまりの憤怒に、それ以上の言葉が出なかった。

 しかし、背後でがたがたと音がするとともに、途端に目の前が真っ暗になった。

 驚いて振り向いたが、ふたりほどの男らしき人影が入り口を戸板で塞いだところだった。

 しかし、日中の明るさから、一瞬にして薄暗い場所に入ることになったことで、宝玄は眼が慣れないでいた。

 おそらく、何人かの男がいると思う。

 わかったのはそれだけだ。

 すると口笛が部屋に鳴り響いた。

 

「この前みたいに、年増の色気の少ない女かと思えば、今回は極めつけの美女じゃないですか、姐さん。この美女は誰です?」

 

 男の声がした。

 部屋には燭台があり、その光がこの部屋の唯一の照明だ。

 眼が慣れるにつれて、部屋にいるのは四人の男だということがわかった。いずれも、屈強そうな与太者という感じだ。

 なんとなく、堅気ではない気がする。

 部屋の中には六つの卓とひとつの卓につき四脚の椅子がある。ほかに厨房もあって、やはり、ここは酒場のようだ。

 しかし、従業員らしき人影はない。

 

「誰だっていいだろう、お前ら──。いいから、こいつを奥に連れていって、逆さ吊りにしな。調教を開始するよ」

 

 影女の声がした。

 視線を声の方向に向けると、影女は部屋の奥の壁にもたれて、にやにやと笑っていた。

 その影女が壁を叩いた。

 すると、ただの壁に見えた場所が開いて、さらに奥の部屋が出現した。



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298 牝(なぶ)りの逆さ吊り調教

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


「お、お前ら、許さないよ──。は、離すんだよ。離せと言っているだろう──。後でとんでもないことになるよ──。わかっているのかい──」

 

 宝玄は叫んだが、四人の男たちに下着一枚の身体を掴まれて、強引に引っ張られる。

 呆気なく、そのまま奥の部屋に連れ込まれた宝玄は、床に放り投げられた。

 相変わらず両腕はまったく動かない。

 受け身をとれない宝玄は、横倒しに頭を床に打ちつけてしまった。

 一瞬だけ目の前が暗くなり、頭と肩に痛みが走った。

 その宝玄の右足首に枷が嵌められた。

 

「両腕はいいわ。こいつの両腕は道術で弛緩させているのよ」

 

 四人の男に次いで、部屋にやってきた影女が言った。影女が部屋に入ってくると、男のひとりが、この部屋の入り口を閉じた。入り口部は壁と一体化した。

 

「へえ、それで抵抗が少ないのか──。道術というのは便利がいいもんだぜ」

 

 四人のうちのひとりがそう言って笑った。

 影女は手に盆を抱えていた。

 この部屋の隅に大きな卓がある。

 影女は、その卓に盆を置き、部屋の中心で四人の男に押さえつけられている宝玄を眺められる位置にある椅子に腰掛けた。

 盆の上には、干し肉の載った皿と水差しがあり、影女はそのまま食事を始めた。

 

「お前ら、いい加減にしろと言っているだろうが──。い、嫌だって言っているじゃないか──」

 

 宝玄は自由になる両脚をばたつかせて抵抗したが、さすがに四人がかりでは、ほとんど抵抗らしい抵抗にもならなかった。

 天井の滑車に繋がった鎖がおろされて、宝玄の右足首の枷に繋げられる。

 すると、男のひとりが壁にある取っ手を回し始めた。

 宝玄の右足首と繋がった鎖が引きあげられ、宝玄の身体が上にあがっていく。

 

「うわっ──。な、なにすんだよ──」

 

 頭が床と離れて、宝玄の黒髪が床に垂れた。それでも鎖は止まらずあがり続ける。

 視界が反転する──。

 宝玄の視界に、逆さになったこの部屋の光景が映った。

 この部屋には窓がひとつもなく、四周を壁に囲まれていた。

 宝玄は、逆さになった状態から部屋を見回したが、宝玄には、どの壁がさっき入ってきた壁なのかわからなくなってしまっている。

 

 部屋の四隅には、それぞれ燭台があり、そのすべてに蝋燭が灯されていて、部屋は十分に明るい。

 驚いたことに、壁に添って、鞭や紐や鎖、あるいは、その他のたくさんの拷問具や拘束具が並んでいる。

 どうやら、ここはそういうこと専門に使う部屋のようだ。

 やがて、宝玄の逆さ吊りの頭が、周りを囲んでいる男たちの腰の高さほどになった。

 やっと宝玄を吊りあげる鎖が止まった。

 

「お、降ろしな──。わ、わたしを誰だと思っているんだよ。ふざけるんじゃないよ──」

 

 宝玄は喚いた。

 吊られているのは右脚だけだ。

 そのため、宝玄は自由な左脚を右脚に添わせて上にあげて、股が開かないようにした。

 しかし、完全に逆さ吊りにされた身体に添って、脚をあげ続けるというのは、かなりつらい動作だった。

 ちょっとでも力を抜けば、大きく股を開いてしまうことになる。

 吊られて間もないというのに、もう、宝玄の左脚の筋肉が悲鳴をあげかけている。

 

「確かに、お前誰なんだよ? それは、俺たちも知りてえなあ」

 

「そ、それは……」

 

 宝玄は思わず言葉に詰まった。

 どうやら、こいつらは、この帝都でもそれなりに有名な宝玄の顔を知らないようだ。だったら、宝玄の正体をそのまま隠しておきたい。

 

「……だ、誰だっていいだろう──。だ、だけど、これでも道術遣いなんだよ。お前らを道術で殺してやることだってできるんだよ──」

 

 宝玄は言った。

 しかし、それを聞いた四人の男たちはげらげらと笑うだけだった。

 

「お前が道術遣いだと? 嘘をつけ──。だったら、道術で逃げてみなよ。遠慮はいらんぜ」

 

「まったくだぜ──。道術遣いといえば、天教の教団とかにたくさんいるあれだろ? 人智を超えた術を遣う連中だ。この店に裸ん坊で入ってくるような女が、そんなんであるわけねえだろう」

 

「それにしても、大した美人だぜ──。なんか、どこかで会ったような気がするがなあ」

 

 男たちは逆さ吊りの宝玄を囲んで好き勝手なことを言った。そして、下着一枚で吊られている宝玄の身体を無遠慮に眺め続ける。

 

「それにしても、お前の股はびしょびしょじゃねえかよ……。こりゃあ、すっかりとできあがって、お願いだから突っ込んでくださいというところか……。もう、前戯もいらねえだろう──。なあ、とりあえず、やっちまおうぜ──。やっぱり、こいつを降ろせよ」

 

 四人のうちの頭の禿げた大柄の男が言って、宝玄の左脚に手を伸ばす。

 その左脚をぐいと外に向けられた。

 

「ひっ」

 

 宝玄の股は抵抗することもできずに大きく開いた。

 

「勝手なことをするんじゃないわよ──。お前らに、この女をやらせてやるとは言っていないわ。この女は御影様に頼まれて、夕方まで、ここで調教をすることになっているのよ。お前らがやるのは、その調教の手伝いよ。そのために集められたんでしょう。忘れたの? この女は御影様が犯すわ。もしかしたら、玩具くらいは使わせてあげるかもしれないけど、性交は御影様の許可なく、させられないわ」

 

 すると、影女が食事をする手を休めて、急に怒鳴った。

 しかし、宝玄の左脚の腿に手を置いている禿げ男はせせら笑った。

 

「ああ、確かに、ここで、女の調教の手伝いということで雇われたが、こんなにいい女とは知らなかったしな──。てっきり、どこかのあばずれを娼館にでも売り飛ばすために、性根を抜く仕事かと思っていた。だが、こいつは、多分、貴族だろう──。随分と肌が綺麗だ。間違いねえと思うぜ。だったら、一度抱かせな。仕事はそれからだ。俺は一度でいいから、貴族女というのを抱いてみたかったんだ」

 

「もう、いいわ。お前は首よ。このまま帰りなさい」

 

 影女が冷たい声で言った。

 

「なんでだよ──。こんないい女を前にして、なにもなしかよ──。冗談じゃねえぜ。そりゃあ、俺たちを馬鹿にしすぎというやつだぜ、影女さんよ──。御影様が来るのは夕方なんだろう──? それまでに一発か二発やっても罰は当たらねえ……。それに、この女だって、こんなに欲しそうだ」

 

 禿げ男が宝玄の左脚を掴んで股を開かせたまま、反対側の手で下着に包まれている股間の頂点を手で擦った。

 

「ひううっ」

 

 その瞬間、とてつもない甘美感が股間に突き起こって、宝玄は宙吊りの身体を跳ねさせて悲鳴をあげた。

 同時に、あのとてつもない痒みの苦痛までも蘇った。

 歩きながら股間の突起でいじられ続けたことで、痒みについては、ほとんど癒されていたのだが、いまの刺激で、再び痒みがぶり返してしまったのだ。

 

「一発だけだ、影女──。この女の股で一度、精を放たせてもらえれば、約束の礼金はいらねえ。命令にも大人しく従うぜ──。さもなきゃあ、もしかしたら、暴れるかもしれねえぜ。あんたも女だろう? その綺麗な顔を殴られたくなければ、俺に逆らわない方がいいんじゃねえか? あんたの恋人の御影様が大した道術遣いだということは承知しているが、ここには御影様はいねえんだ」

 

 禿げ男が影女に脅すような視線を向けたのがわかった。

 

「首だと言ったでしょう──。次は忠告しないわよ。ここから出て行きなさい──」

 

「おい、降ろせ」

 

 禿げ頭が影女を無視して、壁の取っ手に取りついている別の男に言った。

 その取っ手は、宝玄が吊られている鎖を操作する取っ手だ。

 影女と禿げ頭の雰囲気がだんだんと険悪になったのがわかった。

 ほかの三人は、そわそわと日和見をしている感じだ。

 

 だが、宝玄はそれどころではなかった。

 股間の痒みがいよいよ本格的になってきたのだ。

 あの苦痛が戻ってくる……。

 宝玄は恐怖した。

 しかし、次の瞬間、その禿げ男が消滅した。

 

「うわっ」

 

「なんだ?」

 

「き、消えた──」

 

 残った三人の男が驚きの声をあげた。

 宝玄も驚いたが、宝玄の驚愕は、三人とは異質のものだ。

 

 いまのは『移動術』だ──。

 それを影女が遣った……。

 

 宝玄には、この部屋にある霊気の動きからそれがわかった。

 『移動術』は、かなりの上級道術だ。

 つまり、このことから、影女がそれなりの道術遣いということがわかる。

 しかし、宝玄には影女との面識がまったくないのだ。

 

 帝都でも『移動術』を遣うほどの道術遣いであれば、ほとんどが、なんらかの天教との繋がりを持っているはずであるはずなのだが、宝玄は、この影女の顔をまったく知らない。

 そのことを宝玄は不思議に思った。

 そして、この影女の正体について、疑念を抱いた。

 

「……消えた男は、近衛軍の軍営のど真ん中に跳躍させたわ……。さぞや、近衛軍の者もびっくりしているでしょうね。不法侵入者として捕らえられると思うけど、運が良ければ軍の地下牢ね。まあ、十中八九、その場で斬り殺されると思うわ」

 

 影女が笑った。

 残った三人の男が恐怖に包まれたようになったのがわかった。

 

「わかった、あんたら? あたしに逆らうと怖いわよ。あたしの言いつけを守って、この女の調教を手伝えば、夕方には約束の礼金をたっぷりとあげるわ……。しかし、逆らえば、さっきの男以上に素敵な場所に道術で移動させるわよ……。さあ、どうする?」

 

 影女が微笑みを浮かべながら男たちを見た。

 

「し、従うよ──。こんな美女をいたぶって、礼金をもらえるなんて、そんなおいしい仕事は一生ねえ──。なんでもやるから言ってくれ」

 

「あ、ああ、そうだ。約束するよ」

 

「俺もだ──」

 

 三人男たちが口々に言った。

 順に、赤毛、太っちょ、痘痕面と宝玄は覚えた。

 さっきの男も含めて、この三人は、以前からの影女の仲間というわけでもないようだ。

 宝玄をここでいたぶるために、影女がわざわざ雇った連中というところらしい。

 

「ふふふ……。いい仕事をしてくれれば、これからも雇うわよ。なにしろ、この女は、これから五日間、ここで調教を受けることになっているのよ──。それが終わっても、定期的にここで調教をするはずだから、そのときに、また呼び出してあげるわ」

 

 影女が言った。

 宝玄はびっくりした。

 

「い、五日だって──。ふざけたことを言うんじゃないよ──。冗談じゃない──」

 

 影女が調教と称するこんな遊びなど、今日一日で終わりだ。

 五日間などあり得ない。

 しかも、いまの口ぶりでは、これからもずっとここで宝玄を定期的にいたぶるのだという。

 絶対に、そんなものに参加するつもりはない。

 

「そんなことをお前が気にする必要はないのよ、変態女──。それよりも、ほら、お前、いつまで股ぐらを開いているのよ。脚をあげて股を閉じなさい──。まったく、みっともない……」

 

 影女が言った。

 宝玄の脚は、さっき禿げ男に強引に開脚させられて、そのままだったのだ。

宝玄は懸命に左脚に力を入れて上にあげた。なんとか股間を閉じることはできた。

 そして、改めて影女を睨みつけた。

 

「な、なにを考えているかわからないけど、わたしをこのままさらっておくことなんてできないよ──。わたしが行方不明になれば、仕事場の連中がわたしを捜索するはずさ。つまらないことを考えるのはやめな。影女」

 

「大丈夫よ──。いま、御影様がお前の代わりに、休みの手続きをしているわ。お前はなんの心配もいらないのよ」

 

 影女が笑った。

 そして、座っている卓の横の棚からなにかを放った。

 宝玄の頭の下に投げられたのは、真っ赤な首輪だ。

 

「そいつ、首飾りをしているでしょう? その上からその首輪をしてちょうだい。首飾りが外れないようにね」

 

 影女が言った。

 赤毛の男が首輪を取り、宝玄の首を首飾りの上から首輪を嵌めた。

 しかし、宝玄はいまの影女の行動から、さっきの疑念が確信に変わった。

 

「ふふふ……。そうかい……やっとわかったよ、お前──。影女、これで、お前の正体がわかったさ」

 

 宝玄は逆さ吊りのまま、影女に挑戦的な視線を向けた。

 

「どうしたの、お前? 本格的な調教を始める前から、もう、頭がおかしくなったの?」

 

「惚けるんじゃないよ、影女。お前、御影だろう──?」

 

 宝玄はあっさりと言った。

 そうとしか考えられない。

 おそらく、この影女は、あの女男の御影が変身をしている姿だ。

 だから、都合よく手足の自由がきかなくなったり、宝玄と御影がかわした道術のことも承知しているのだ。

 それに、責めている途中で、宝玄の道術を封じている首飾りが外れて、宝玄の道術が復活するということがあったのは、つい今朝のことだ。

 いま、宝玄の首に首輪を嵌め直させたのは、影女になっている御影自身がそれを思い出したのに違いない。

 しかし、そんなことまで、影女が御影と話す時間があったわけがない。

 つまりは、影女と御影は同一人物ということだ。

 なんのことはない。

 御影は、夕方にやってくるのではなく、ずっと宝玄と一緒にいたということだ。

 

「おかしなことを言うのね。あたしが御影様なんてね」

 

 影女が笑った。

 

「しらばっくれるんじゃないよ──。とにかく、御影、こんなのは終わりだよ──。いい加減にしな──」

 

 宝玄はかっとなり怒鳴った。

 

「御影様は夕方に来るわ。それまで待ちなさい。ここであたしの調教を受けながらね……」

 

「だ、だったら、影女でもいいよ──。すぐに、わたしを自由にするんだよ。わたしの怖さを知っているんだろう──? だいたい、お前のような女男が、わたしを調教しようだなんて、百年早いんだよ──」

 

 宝玄はさらに声をあげた。

 

「ねえ、姐さん、こいつは、もしかして、あんたを御影様だと思っているんですか?」

 

 太っちょが驚いたように笑った。

 

「こりゃあ、傑作だ。御影様は、あれでもちゃんとした男なんだぜ、女──。俺だって、この店で御影様が女を抱くのを何度も見ているぜ──。こんな美人の姐さんとは、さすがに違う人間だぜ」

 

 痘痕面も言った。

 

「う、うるさい──。あいつも道術遣いだよ。女に変身する道術だってあるんだよ。このわたしだって、そのくらいはできるんだ」

 

 宝玄は喚いた。

 どうやら、ここでは御影はよく知られた存在らしい。

 そして、いまの男たちの口ぶりから考えると、こうやって、この場所で御影が女をいたぶるのは、かなり日常的なことのようだ。

 だが、それは、いまはどうでもいい。

 

「わかった、わかった──。とにかく、夕方まで待ちなさい、お前。じゃあ、とりあえず、鞭打ちといこうかしら。古典的だけど、自分の立場を思い知らせるには効果があるからね──。じゃあ、あんたら、一本ずつ鞭を持っておいで」

 

 影女がそう言うと、三人の男が宝玄から離れて壁に向かっていく。

 そして、すぐに、にやつきながら壁にかけてある一本鞭をひとつずつ手に取って戻ってきた。

 三人が鞭を持って、宝玄の身体を取り囲む。

 

「じゃあ、俺からいくか」

 

 赤毛が言った。

 それが言い終わらないうちに、宝玄の左足の腿に鞭が炸裂した。

 

「ぐううっ──」

 

 宝玄は絶叫した。

 鞭は強烈だった。

 その激痛と衝撃の凄まじさに、宝玄はたった一発で恐怖に包まれた。

 

「足が下がったら、股ぐらを直接に叩かせるわよ。それが嫌なら、一生懸命に脚をあげ続けるのね……。もっとも、その様子じゃあ、鞭がもっと欲しそうだけど……ふふ……」

 

 食事を再開した影女が肉を食べながら笑った。

 

「くっ……」

 

 宝玄は歯噛みした。

 影女の言う通りだったからだ。

 鞭で叩かれたとき、この宝玄ともあろうものが、逆さ吊りにされて鞭で叩かれたという事実に、途方もない恥辱を感じた。

 だが、確かに同時に快感も感じた……。

 いまや、股間の痒さが我慢のならないものになっている。

 しかし、その痒さは、いまの鞭打ちの一発でその瞬間だけ消滅した。つまりは、鞭の痛みはだんだんと復活してくる強い掻痒感を癒してくれるありがたい刺激なのだ。

 

 これは危険だ……。

 宝玄は不安に襲われた。

 

「はぐうううっ──」

 

 今度は尻たぶを鞭の二打目が襲った。

 吊られた宝玄の身体が大きく反り返る。

 

「ほらよ」

 

 今度は赤毛の反対側の痘痕面の方向から三打目がきた。

 

「があああっ──や、やめないか──ち、畜生──」

 

 回り込んだ鞭が肌を跳ねたのは、またしても左脚の腿だった。

 ぴったりと閉じ合せていた股が少し緩んだのがわかった。

 

「もう少しで、股が開くぜ。開いたら、俺が打ってもいいか?」

 

 痘痕面が笑った。

 

「いいぜ。じゃあ、もう一発、この脚を打ってみるか」

 

 赤毛が言った。

 そして、鞭が左腿を弾いた。

 

「ああああっ──や、やめろ──やめないか──」

 

 左脚をまた打たれた宝玄は身体を振って悲鳴をあげた。

 そして、ついに、宝玄の左脚は力を失って真横に倒れる。

 

「開いたな……」

 

 痘痕面の声がした。

 宝玄は必死になって左脚をあげようとした。

 しかし、一度、力を失った左脚は、もう戻すことができない。

 

「ぎゃああああ──」

 

 その大きく開いた宝玄の股間の中央に鞭が炸裂した。

 全身に衝撃が走る。

 眼の前が暗くなった。

 

「おいおい、この女、小便洩らしたぜ」

 

 太っちょの声のようだ。

 それではっとした。

 どうやら宝玄は失禁しているようだ。

 もしかしたら、一瞬、宝玄は気を失ったのかもしれない。股間から迸っている宝玄の尿は下着全体を濡らし、宝玄の全身を伝って顔に流れてくる。

 宝玄は自分の尿で顔を汚しながら、その屈辱に全身を震わせた。

 しかし、次の瞬間、そんな羞恥や屈辱など吹き飛ばすような衝撃が襲った。

 

「……はがああ──な、なにこれっ──痒い──。これは痒いよ──あがああ──し、死ぬうう──打って、もっと打っておくれ──」

 

 突然に襲った猛烈な痒みに宝玄はのたうった。

 逆さ吊りの身体を猛烈に動かしながら、この下着の内側に塗られた媚薬は、宝玄の体液に反応して、掻痒剤に変わるという影法師の言葉を思い出していた。

 これまでは、宝玄の愛液によって薬剤が痒み成分を撒き散らして、宝玄を苦しめていたのだが、それが尿という、さらに濃い宝玄の体液が混ざったことで、信じられないような痒みが襲ったのだ。

 これまでの痒みなど、痒みではないとしか思えないような凄まじい痒さだ。

 宝玄は少しもじっとしていられなくて、逆さ吊りの身体を激しく振った。

 

「三人で打っておやり。鞭の快感を覚え込ませるのよ──。心が拒否しても、忘れられない快感を身体に刻み込むのよ」

 

 宝玄の失禁がやっと止まったとき、影女の声がした。

 それを合図に凄まじい鞭の嵐が宝玄仙に襲いかかった。

 二本の脚、背中、内、腿、尻──。

 次々に鞭が飛んでくる。

 

「ぎゃああ──はがああ……」

 

 神経をずたずたにするような激痛が全身のあちこちに襲う。

 しかし、股間の痒みは、宝玄を発狂させるような苦しさだ。それが鞭の激痛で消える。

 その快感は、あまりにも大きくて、宝玄は鞭を受けた悲鳴に、明らかに嬌声としか聞こえない声を迸らせた。

 

 やめてくれともいえない──。

 いま、鞭打ちを中止されたら、宝玄は股間の痒みで間違いなく発狂する。

 しかし、肌を直接打ち付ける鞭の激痛は、それだけで宝玄の意識をどこかに飛翔させそうだ。

 それが三人の男から間断なく加えられるのだ。

 宝玄はただ大声をあげ続けた。

 

 鞭打ちは続く……。

 一体全体、何十発の鞭を受けたのだろう──。

 宝玄は、もはや声が枯れて、悲鳴すら満足にあげられなくなった。

 すると、突然に鞭が止んだ。

 

「な、なに……? あっ、はっ、だ、駄目っ──打って、や、止めないでおくれ──鞭を打って──ひいっ──」

 

 宝玄は発狂したように叫んだ。

 鞭打ちが停止した途端に、股間の凄まじい痒みが襲いかかった。

 こんなのは一瞬も耐えられない。

 

 痒い──。

 痒い──。

 痒い──。

 

 身体が千切れるように痒い──。

 宝玄は逆さ吊りのまま、のたうち回った。

 

「う、打って──ご、後生だよ──。もっと打って──。ま、また、股に直接打っていい──。あ、ああ……お、お願いだよ──」

 

 宝玄は逆さ吊りの身体を揺すって悲鳴をあげた。

 

「そんなこと言ってもなあ……、俺たちも少しは休憩が必要だ……」

 

 男のひとりが嘲笑のような声をあげた。

 確かに三人の男たちは、打ち疲れたような荒い息をしていた。

 

「半刻(約三十分)休憩したら、鞭打ちを復活してあげるわ……。そのときは、お願いだから、鞭打ってくれと、ちゃんと言うのよ」

 

 影女が笑った

 しかし、放置されるとたちまちに脳天を貫くような痒み襲うのだ。宝玄は泣き喚いた。

 

「お、お願いだから、打っておくれ──。き、気が狂いそうなんだ──あああっ──」

 

「半刻(約三十分)後だと言っているでしょう──。馬鹿ねえ──」

 

 影女が哄笑した。

 

「そ、そんな、待って、待ってったら──」

 

「じゃあ、半刻(約三十分)後に来るわね」

 

 影女が立ちあがった。

 同時に、鎖が緩められて、宝玄の肩と頭が床に着くまで、身体をおろされる。

 影女が部屋を横断して出て行こうとしている。

 三人の男たちも、それに続く。

 

「ま、待って──。い、行かないで──。鞭を──鞭を打って──。お願いだから、鞭をちょうだい──。狂う──。か、痒いんだよ──あああああっ──」

 

 宝玄は絶叫した。

 しかし、壁の扉が開き、四人が出て行った。

 壁が閉じた。

 

 壊れる──。

 狂う──。

 

 ただひとり部屋に残された宝玄は、あまりの酷い股間の痒みに、吊られた右脚を軸にして身体をばたつかせて、ひたすら叫び続けた。



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299 解放の条件

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


「影女、なによ、これ……。ちょっと、やりすぎなんじゃないの……?」

 

 声がした。

 女のような喋り方だが声は男だ。

 その男は、不満を言っているというよりは、面白がっている。

 そんな口調だった。

 

「この女が生意気だったんですよ、御影様。だけど、しっかりと鞭の悦びは刻み込んでおきましたよ。十回目くらいの鞭打ちのときから、痛覚と淫情が区別できなくなって、一発打つたびによがりまくっていたくらいです。それが御影様の指示だったんですよね──」

 

 宝玄は朦朧とした意識の中で、ぼんやりとその言葉を聞いていた。

 やがて、身体に温かいものが流れてきた。

 全身の苦痛が弱まるのを感じた。

 

 その瞬間、やっと自分の状態を知覚することができた。

 宝玄は、床の上で全身汗まみれになって、全裸で横倒しになっていた。

 いつの間にか、逆さ吊りからは完全に解放されたようだ。

 

 宝玄はゆっくりと身じろぎをした。

 すると、がちゃりと鎖の音がした。

 手を伸ばすと、首輪に鎖がついていた。

 顔をさらにあげると、その鎖は天井の滑車に繋がっているのがわかった。

 一方で、意識を失うまで足首に嵌っていた足首の枷がないことに気がついた。

 

 どうやら、宝玄は、やっと逆さ吊りの体勢から解放されて、鎖を首輪に繋ぎ直されたようだ。

 そして、はっとした。

 

 手が動く──。

 それだけじゃない。

 さっきまで、宝玄を苦しめていた股間の痒みが消えている。

 手を股間にやった。

 はかされていた下着がない。

 宝玄は身体を起こして、床に座り込む体勢になった。

 

「気がついたようね、宝玄ちゃん」

 

 影女と御影が部屋の隅にある卓に腰掛けながらこっちを見ていた。

 

「み、御影──」

 

 宝玄は両手で裸身を隠しながら声をあげた。

 

「随分とお愉しみだったようね。どう? 素敵な体験だったでしょう? この影女は、あたしの知り合いなのよ。まあ、同じ性癖を持つ仲間というところかしら。でも、だからこそ、困ったものでね……。あたしも影女も嗜虐癖なのよ。つまり、責め手と責め手……。だから、気が合うんだけど、性欲を解消するためには、ふたりだけでは困るのよね……。いつも、もうひとり、あたしたちが責める相手が必要というわけよ」

 

「な、なにをぐちゃぐちゃと……」

 

「そういう存在がいて初めて、あたしたちの仲は成り立つのよ……。それで、あなたのことを話したら、是非にあたしたちの仲間になってもらおうってことになったのよ……。それで、どうだった? 影女の責めも悪くなかったでしょう? まあ、その様子じゃあ、訊ねるまでもないと思うけどね……」

 

 御影が宝玄を眺めながら嘲笑った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ。とにかく、わたしを解放しな……。それで、今日のことは忘れてやるよ」

 

 宝玄は御影を睨んだ。

 この女男に言いたいことも、やってやりたいことも山ほどある。

 しかし、それはとりあえず、身柄を解放されてからだ。

 

 もう休みたい……。

 それがいまの宝玄の心からの望みだった。

 

 宝玄が受けた心労は、宝玄にとりあえず、休むことを要求していた。

 どうやら、さっき身体に受けたのは、御影が宝玄に施した『治療術』のようだ。

 宝玄は、繰り返された鞭責めで全身の肌を傷だらけにして、半死半生になり、ほとんど意識を保てない状態になっていたはずだ。

 しかし、身体のすべての傷が治っている。

 まるで鞭打ちなど、なかったかのようだ。

 ついでに、あれだけ宝玄を苦しめた股間の痒みも消えている。

 

 とにかく、宝玄にとって、こんなに屈辱を感じた日は初めてだった。

 破廉恥な姿で、しかも、股間に振動を受けながら教団本部の廊下を歩かされた。

 そして、そのまま戸外に連れ出され、股間の霊具と薬剤による痒みで責められながら、城郭を歩き回さられた。

 しかも、見知らぬ通行人の前で、何度もはしたなく絶頂させられた。

 この見知らぬ建物に連れてこられてからは、明らかに下層階級の住民だろうという男たちから寄ってたかって鞭責めを受けた。

 そういう一連のすべての屈辱が、宝玄の心に重しのようにのしかかっている。

 

 それを取り除きたい……。

 そのためには、とにかく休みたいのだ。

 御影や影女に対する恨みつらみは、その心労が回復してからだ……。

 

 しかし、元の状態に戻り、この首のいまいましい道術封じの霊具からも解放されたら、御影はともかく、この女だけは許さない──。

 そう宝玄は堅く誓った。

 この女に受けた恥は、絶対に忘れない……。

 

 この部屋ですごした半日……。

 

 宝玄は、股間に発狂するような痒みが襲う薬剤が塗られた下着の霊具をはかせられっぱなしにされ、その痒みの苦しさに、怖ろしい鞭打ちの激痛を求め狂わされたのだ。

 ほんの少しでも、鞭打ちを止められると、股間から地獄の痒みが襲った。

 だから、宝玄は、皮膚が破けようと、血だらけになろうとも、鞭をねだって叫び続けた。

 影女が連れてきた三人の男たちは、交替で宝玄の裸身を鞭打ち続けた。

 しかし、その苦痛で意識を失うことも許されなかった。

 宝玄が鞭打ちの苦痛で気絶しかけると、しばらく鞭打ちをやめさせて放置させるのだ。

 すると股間の痒みが襲い、宝玄は失神することができなくなる。

 

 そして、痒みに神経までも破壊されそうになると、再び鞭打ちを始める──。

 それをひたすら繰り返された。

 

 鞭打ちが中断するたびに、宝玄は泣きながら、この影女の前で喚いた。

 鞭打ちという苦痛を慈悲としてねだった。

 

 この宝玄が……。

 自分は屈服したのだ。

 

 鞭打ちの苦痛よりも、城郭内での羞恥責めの恥辱よりも、この影女に責め陥され、この女の責めにひれ伏したという事実が、宝玄に耐えられない苦痛を与えていた。

 気絶するだけの鞭打ちをしてもらうために、宝玄は屈服した……。

 つまり、自分はこの影女に負けたのだ。

 

 影女は宝玄がついに屈服しても、宝玄を解放せずに、気絶寸前まで鞭打ちし、それを股間の痒みで覚醒させるということを繰り返した。

 鞭打ちを再開するために、影女はさまざまな恥辱的な行為を宝玄に要求した。

 最後の最後には、気の遠くなるような痒み責めの中で、影女の足の指さえも舐めた気がする。

 もはや、宝玄は、自分が一体、どの時点で気絶することに成功したのかわからない。

 

 とにかく、いま気がつくと、宝玄は逆さ吊りからも解放されて、鞭打ちによる傷もなくなり、股間の痒みも消滅していた。

 しかも、動かなかった手の自由も戻っていた。

 また、宝玄の拘束は、新たに首輪に繋がった鎖だけになり、足首の拘束はなくなっていた。

 さらに、影女の指示で宝玄を責め続けた三人の男はいなくなっていて、その代わりに御影が影女とともにいたのだ。

 

「鞭打ちの傷も、股間の痒みも取り除いてくれたのは、御影様よ──。礼くらい言ったらどうなの、宝玄」

 

 御影の横でにやにやと笑っていた影女が言った。

 宝玄はぐっと唇を噛んだ。

 この女を前にすると、宝玄が屈服して、泣き喚いた記憶が甦る。

 さっきまでの自分の醜態を思い出して、自分の身体が怒りで熱くなるのを感じた。

 

「まあ、そこまで、たった一日で追いこんでも仕方ないじゃないの、影女」

 

 御影が笑った。

 その落ち着き払った態度が余計に腹立たしい。

 

「と、とにかく、わたしを解放しな……」

 

 宝玄は言った。

 

「いいわよ」

 

 御影はあっさり言った。

 宝玄は逆に驚いてしまった。

 

「その代わりに、明日もここで調教を受けると誓いなさい。そうすれば、解放するわ。ただし、その首輪は外さないわ。その首輪の下の道術封じの首飾りもね……。あたしも、そこまで、お人よしじゃないのよ。それは、明日の朝、教団本部のあたしの部屋で外してあげるから、また来なさい。そして、明日からここで調教を受けるの。残り四日続けてね。今日も含めて五日間もあたしたちの調教を受ければ、あとは自由にしても、身体があたしたちの責めを求めるはずだからね──。どうする? 明日から、ここで調教を受けると誓う?」

 

「誓うよ」

 

 宝玄は即答した。

 二度と御影に付き合う気はないし、明日、御影の執務室を訪ねるつもりもない。

 御影が握っている宝玄の弱みのことは、時間をかければどうにでもなる。

 受け入れている道術のことはあるが、それも道術契約に対抗する霊具を作ることでなんとかなると思う。

 

 とにかく、いま一度解放されたら、絶対に御影のところにはいかないと決めている。

 この首輪は霊具であり、おそらく外れないようになっていると思うが、霊具のことなら、宝玄はそれがどんなものでも出し抜く自信はある。

 なにしろ、霊具作りの天才と呼ばれている宝玄だ。

 なんとかしてみせる……。

 いずれにしても、とにかく、なんでもいいからいまを乗り切りたいのだ。

 

「いいわ……。じゃあ、これを着て帰るといいわ」

 

 御影が卓の下にあった竹籠を蹴飛ばした。

 床を滑って、その籠が宝玄の前に流れてきた。

 その籠の中には、ひと揃いの女用の服と靴が入っていた。

 驚いたことに上下の下着まで揃っている。

 

 影女が立ちあがった。

 宝玄は、一瞬びくりとした。

 そして、それを後悔した。

 こんな女に苦手意識を刻まれてしまった自分に腹が立った。

 影女は、背後に準備していたらしい水の入った桶を宝玄の前に運んできた。何枚かの布もある。

 

「どっちにしても、それじゃあ、服なんて着られないでしょう。まずは、身体をその水で洗いなさい……。そして、また、明日、遊びましょうね、宝玄」

 

 影女が宝玄の手の届くところに、水桶と布を置いた。

 宝玄は内心で舌を出した。

 冗談じゃない──。

 

 次に会うときは、逆に宝玄が影女を酷い目に遭わせてやるときだと思った。

 それにしても、この影女は、やっぱり御影と同一人物ではなかったようだ。

 てっきり、御影が変身術で女になって、宝玄を弄んでいるのかと思ったが、違ったようだ。

 

「じゃあ、店側で待っているわ。服を着終わったら、壁を叩いて合図してよね。準備するから」

 

 突然、がちゃんと首で音がした。

 首輪に繋がれていた鎖が外れたのだ。

 御影が立ちあがった。次いで、影女も立ちあがる。

 ふたりが反対の壁に向かって歩いていく。

 

「ま、待ちなよ。店ってなんだい? それに準備って?」

 

 宝玄は訊ねた。

 すると御影が笑った。

 

「そんなに怯えなくていいわよ──。準備というのはあんたを店の外に出す準備ということよ。この壁の向こうは、居酒屋になっているのよ。あんたも見て来たでしょう。この辺りでは、ここはかなり人気の店でね。もう、集まってきた客でいっぱいよ」

 

「客?」

 

 なんことかわからない。

 客がどうしたというのだ?

 

「そうよ。あんたは、気絶していたからわからないかもしれないけど、いまは夜なのよ。あんたみたいな美人がのこのこと出て行ったら、絡んでくる酔客もいると思うからね。あんたは、ここから歩いて帰ることになると思うけど、影女にあんたの屋敷まで送らせようと思っているのよ。道術を封じられているあんたに、なにかあっても可哀想だしね。この辺は治安が悪いのよ。それに、あんたは、いつも道術でばかり移動しているから、この一帯は不案内でしょう?」

 

 壁の前で、御影が言った。

 確かに、ここに連れ込まれたとき、数個の卓がある小さな居酒屋らしき場所があった。

 看板もないような店だったが、やはり、居酒屋だったようだ。

 いずれにしても、影女に送ってもらうなど冗談じゃない。

 

「け、結構だよ。解放してくれさえすれば、ひとりで戻るよ」

 

「危ないわよ。あんたは、道術が遣えなければ、力のないただの女なんだから」

 

 御影が言った。

 

「必要ないと言っているだろう──」

 

 宝玄は怒鳴った。

 そのとき、宝玄は自分の耳に、白い耳飾りがつけっぱなしだということがわかった。城郭を歩きはじめる前につけられた霊具だが、この霊具には、遠方から道術で声を伝える力がある。

 宝玄は、その耳飾りを外して、御影に放り投げた。

 

「これも要らないよ。持っていきな」

 

 宝玄は言った。

 御影が空中でその耳飾りを受け取った。

 そして、その耳飾りを眺めて、にやりと微笑んだ。

 

「あら……。『欺騙具』じゃないの。ああ……。影法師の霊具ね……。だけど、これは装着しておいた方がいいんじゃない、宝玄ちゃん?」

 

 御影が言った。

 

「『欺騙具』?」

 

「そうよ。これは、耳首飾りをしている者の外見をあやふやにする霊具なのよ。外に連れ出されるあんたの顔を知っている者に見られても、わからないようにするものね。まあ、顔を隠したいときに使うものよ」

 

 驚いた。

 そんな霊具で宝玄の一応の外聞を守ってくれていたとは思わなかったのだ。

 

「……自分の屋敷に辿りつくまで、一応は、していた方がいいんじゃない、宝玄ちゃん」

 

「必要ないよ──」

 

 宝玄は言った。

 いずれにしても、こいつらの得体の知れない霊具を身につけておくなどご免だ。この霊具をしているということは、霊気の流れを通じて、居場所が御影たちにわかってしまうということでもあるのだ。

 とにかく、こいつらと関わりのあるすべてから逃れたい。

 

「まあいいわ。忠告はしたわよ……」

 

 御影は意味ありげな笑みを浮かべると、壁をとんと叩いた。

 すると壁に人が通れる隙間だけの穴がぽっかりとできあがり、ふたりがその奥に消えた。

 隙間が小さかったので、よくは見えなかったが、確かに、壁の向こうは、酒場のような雰囲気の場所に思えた。

 だが、ふたりが出て行ってから壁が元に戻ると、その向こうの喧騒も完全に消滅した。

 

 宝玄は、ただひとり部屋に残された。

 すぐに首輪に指を入れて、首に装着されている『道術封じの首飾り』を外そうとした。

 しかし、首飾りは首輪の下にあるのではなく、内皮と外皮の中心に埋め込まれてしまっているようだ。

 これでは首輪が外れない限り、首飾りは取れない。

 さっきは、ただ首輪を上からされただけだったので、宝玄が意識を失っているあいだに、装着され直されたのかもしれない。

 宝玄は舌打ちした。

 

 とにかく、宝玄は、汗まみれの身体を拭き、体液でべっとりと濡れた股間を洗った。

 そして、籠の中に服を手に取る。

 意外なことに、ここにやってきたような破廉恥な服ではなく、普通の生活着だ。下袍の丈も膝下くらいまである。

 宝玄はほっとした。

 

 ここで宝玄を解放するというのは、少々不気味だが、とにかく、これで終わったのだという安堵感が心に拡がる。

 着替えが終わった。

 宝玄は、さっき御影たちが出ていった壁まで歩み寄って、慎重にこちら側から戸を叩いた。

 

「み、御影……。わ、わたしだよ……」

 

 宝玄は戸に口を接触するようにして、その向こう側に声を抑え気味にかけた。

 すると、目の前の壁の全部がすっと消滅した。

 強い光が当てられて、宝玄は一瞬だけ眼がくらんだ。

 大きな歓声が響き渡った。

 

「あっ──」

 

 宝玄は思わず声をあげた。

 眼の前に拡がったのは、この建物に連れ込まれるときに、通過してきた狭い居酒屋などではなかったのだ。

 もっと広くて、見世物小屋のような場所がそこにあった。

 集まっている客は五十人はいるだろう。

 ほとんどが男だ。

 その視線が宝玄に集中していた。

 

 しかも、宝玄は客席側ではなく、見世物を演じる数段高くなった台側に立っている。

 宝玄は驚愕した。

 

 どういうことなのかわからなかったが、おそらく、最初に入った壁とは、そもそも違う壁から出たに違いないと思った。

 つまり、御影たちの簡単な仕掛けに騙されたのだ。建物の外に向かう壁に向かうと思わされて、さらに奥に向かう壁に進んだのだろう。

 しかし、それ以上、考える暇もなく、両脇から腕を男の手に掴まれていた。

 

 いなくなったと思った赤毛と太っちょだ。宝玄をさんざんに鞭打って半死半生の目に遭わせた連中だ。

 すぐ横に痘痕面もいる。彼らは上半身が裸だった。

 その三人に宝玄はいきなり捕まえられて、台の中央に引っ張り出された。

 

「待ちかねたぜ、あんた」

 

「へへ、だけど、こんな顔だったかな……? さっきの雰囲気が違うな」

 

「まあ、気にすんなよ。貴族女であることには変わりねえんだ」

 

 さっきは、『欺騙具』を装着していたから、それを装着していない今とは見た目が異なるのだろう。

 それに気がついて、宝玄は愕然とした。

 だったら、いまは宝玄は素顔を晒してしまっているということだ。

 

「それでは、今夜の特別芸妓を紹介します」

 

 いきなり口上が告げられた。

 声は影女だった。

 少し離れた台上に立っていて、宝玄を紹介するような仕草をした。場内の割れんばかりの拍手が宝玄に注がれた。

 

 騙された──。

 宝玄は自分の顔からさっと血が引くのがわかった。

 とにかく、この場から逃げようと思った。

 

「は、離せ──」

 

 宝玄は暴れまくったが、三人がかりの男たちに敵うわけがない。

 あっという間に宝玄の両足首に鎖付きの足枷が装着された。

 

「お前は、やっぱり、逆さ吊りが似合うよ、宝玄。さんざんに逆さ吊りをしたのは、今夜の練習のようなものさ……。それに、解放されたと思ったのに、そうじゃないとわかるのは、堪らない衝撃でしょう? ふふ……、その悔しそうな顔……。ぞくぞく、しちゃう……」

 

 影女が寄ってきて、宝玄の耳元でささやいた。

 

「な、なんだと──」

 

 かっとして、平手で影女を引っぱたこうとした。

 しかし、影女はさっと離れていく。影女だけではなく、三人の男たちも台の隅に移動した。

 宝玄は大勢の見物客が見ている台上の中心でただひとり残された。

 すると、足首の枷に繋がる両方の鎖が徐々に天井方向に上昇しはじめる。

 

「う、うわっ」

 

 両方の足の裏が同時に床から離されて、宝玄はその場に尻餅をついた。

 そのまま、さらに鎖は上昇して、宝玄は両脚を左右から引っ張られた完全な逆さ吊り状態になった。

 吊られた身体がくるりと回転して、顔が観客側を向くように固定される。

 さっきはいたばかりの下袍が腰から胸に垂れ下がった。

 

「おおおっ──」

 

 露わになった下着に、観客たちが歓声をあげた。

 宝玄は慌てて、両手で下袍の裾を押さえた。

 それでも、隠せるのは股間の部分だけで、そこから上は完全に剝き出しになった太腿が露出している。

 

 逆さ吊りになった視界から御影の姿が見えた。

 床の上に直接座って演台を注目している観客に対して、御影は壁際に準備された椅子に腰かけていた。

 その横には、影法師と名乗った男もいる。

 ふたりは、談笑しながら台の上で逆さ吊りにされた宝玄の姿を笑っていた。

 

「さ、最初から、これが魂胆だったんだね……。ゆ、許さないからね……。お、覚えてなよ、影女……」

 

 宝玄は同じ台上にいる影女を罵った。

 

「お前って、本当になかなかくじけないわねえ……。実際のところ、この夜の見世物に出すときには、すっかりと心が折れていると思ったわ。さすがに、御影様が性奴隷にしようと考えた女だけあるわね。外見もきれいだけど、その気の強さは、まさに被虐を受けるために生きていたようなものね……。とにかく、忘れられない夜にしてあげるわ。それだけは約束する」

 

 影女は懐からなにかを出した。

 宝玄は逆さ吊りの目を大きく見開いた。

 影女が持っていたいのは、小さな刃物だった。

 それを持った影女が両脚を吊られている宝玄の背後に回った。

 そして、宝玄がはいている股布に手をかけると、布を切り裂いて、宝玄から下着を取り去った。

 

「なっ」

 

 宝玄は股間に触れる外気に、思わず悲鳴をあげそうになり、それをかろうじて飲み込んだ。

 影女がこれ見よがしに、宝玄から取り去った下着を観客にかざしながら放り投げた。

 観客席から大歓声が起きた。

 

「さあ、準備ができたわ。せいぜい頑張ってちょうだい──。さあ、あんたたち──」

 

 影女が宝玄に意味ありげな声をかけてから、台上の横に声をかけた。

 すると、さっき、台上の横に引っ込んだ男たちがなにかを持って戻ってきた。

 先頭は太っちょであり、手錠を持っている。

 その手錠が、下袍の裾を押さえている宝玄の両手首に嵌められた。

 

「な、なんだい?」

 

 なにが始まるのかわからなかった。

 とにかく、わかっているのは、宝玄が押さえている下袍の下は、すでになにもはいておらず、この両手を離した瞬間に、宝玄の股間が露わになるという事実だ。

 そして、太っちょが引っ込み、赤毛が宝玄の前に出てきたとき、宝玄はこの演出の意地の悪さがわかった。

 赤毛が持っていたのは丸い留め金のついている金属の塊りだ。

 その留め金をたったいまかけられた宝玄の手首に嵌っている手錠の鎖に引っ掛けた。

 

「あくっ」

 

 ずんという重さを感じて、思わず宝玄は声をあげた。

 宝玄は女としての力のない方だろう。下袍を押さえている宝玄の手が金属の重しのために下に引っ張られる。

 

 

「もうひとつだぜ」

 

 痘痕面が出てきて、同じ重りをやはり手錠の中央に掛けた。

 

「ひ、卑怯者……」

 

 さらに強い力が宝玄の両手を下にさげる方向にかかる。

 宝玄はうめき声をあげた。

 

「お前の腕が力を失って、下袍が全部垂れ下がったら、それが演目の開始の合図よ。こんなところで、恥をかきたくなければ、せいぜい頑張るのね、宝玄──」

 

 影女が大きな声で言った。

 

「宝玄……?」

 

「天教の巫女の……?」

 

「まさか……」

 

 その影女の言葉で、大きくなりかけていた歓声が一時止み、その代わりに観客の中からどよめきのような声が起こった。

 そして、そのざわめきが次第に大きくなる。

 

「か、影女、お前……」

 

 宝玄は両手にかかる負荷に耐えて下袍を押さえながら、宝玄の名をばらした影女を睨みつけた。



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300 恥辱の公開調教

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


 影女が宝玄の名を大きな声で口にしたとき、ざわめきと歓声が同時に起きた。

 

「天教の宝玄仙士のか……?」

 

「ああ、そう言えば、大変な美女だという噂だな……」

 

「こりゃあ、いい……。今夜は、高貴の貴族女が責められるというわけだ……」

 

 宝玄の耳には、そういう観客の戸惑いの声が歓声に混じって耳に入ってくる。

 しかし、どちらかといえば嘲笑が多いだろうか。

 こうやって見世物にされている女が、天教の宝玄であるということに対して半信半疑という感じだ。

 宝玄は、ここで宝玄の正体を明かした影女の仕打ちに腹が煮える思いだった。

 しかし、その宝玄の怒りを重しをつけられている腕の痛みが削いでいく。

 

「くっ……ううっ……」

 

 宝玄は呻いた、

 宝玄の心から、観客の嘲笑の言葉や影女に対する憤怒が薄れていく。

 そんな余計なことに気を回す余裕がなくなってきているのだ。

 

 下袍を押さえている腕がつりそうに痛い……。

 両手に掛けられた手枷の中央にかかる重しが宝玄の腕を下に落下させようと力を加え続けている。

 しかし、その重みに負けて両手をおろしたが最後、逆さ吊りにされている宝玄のスカートは真下に垂れさがり、下着を脱がされている股間が観客たちの眼に露わになってしまう……。

 こんな場所で、そんな恥辱を晒すなど死んでも嫌だ……。

 宝玄は力を振り絞って、懸命に耐え続けた。

 

「ほう、少しは抵抗しようという気があるようだね? いつもいい思いをしている貴族巫女だという話だから、一瞬で音をあげて泣き叫ぶかと思ったけどね」

 

 影女がせせら笑った。

 

「う、うるさいよ……」

 

 宝玄は、自分の横に立つ影女を下から睨みつけた。

 両腕が痺れる……。

 つりそうに痛い……。

 

 だが、ほんの少しでも力を緩めたら終わりだ。

 宝玄は気力を振り絞って、手の痛みに耐え続けて、逆さ吊りの下袍を両手で押さえて、スカートが垂れさがるのを防いでいた。

 それは、こんな場末の見世物小屋などで、羞恥を晒したくはないという強い自尊心と、自分をこんな目に遭わせている御影や影女に対する激しい怒りの力によるものだった。

 

 だが、それも限界に近づいている。

 もう、それほど長い時間は耐えられない……。

 だからといって、どうしていいかわからない……。

 宝玄はただ耐え続けるしかなかった。

 

「……そりゃあ、そうなんだろうねえ……。仮にも、天教の幹部巫女なんだからね。だったら、こんなところで股倉を晒すような恥は慎みな。半刻(約三十分)も耐えたら、さすがは天教の幹部様ということで放免してやるよ。だけど、みっともなく股間を晒したら、ただの変態女として扱ってやるよ」

 

 影女がそう言って笑った。

 

「い、半刻(約三十分)だと……? ふ、ふざけるんじゃないよ……」

 

 宝玄は歯噛みした。

 半刻(約三十分)もこの状態を維持できるわけがない。

 それを知っていて、影女はからかいの言葉をかけているのだ。

 そして、それを口実に罰と称して、次の責めをするつもりだろう。

 

 本当に口惜しい……。

 宝玄自身がそういう心を挫くやり方で、たくさんの女を堕としてきたから、嗜虐者のやり方というのはわかるのだ。

 

「手が震えてきたよ、宝玄。もう限界かい──? 手を離したら罰だからね。わかっているんだろうねえ、貴族巫女様……?」

 

 影女がからかう。

 下袍の中の羞恥を晒せという命令ではなく、羞恥の姿を晒すなという命令に、影女の卑劣さを感じる。

 どれだけ頑張れるかというのは、気力との戦いでもある。女の自尊心を測るかのような、このやり方はまるで、宝玄の羞恥心を試されているような陰湿さだ。

 とにかく、宝玄は筋力と気力を振り絞って、下袍を押さえ続けた。

 しかし、時間が経つにつれ、宝玄はだんだんと別の身体の異常が自分を追い詰め始めているのを感じてきた。

 

 全身が熱いのだ……。

 そして、股間が疼く……。

 これは、逆さ吊りにされて、重しの繋がった両手で下袍を押さえている苦痛とは別だ。

 身体中の性感という性感がふつふつと燃えてくる。

 それがだんだんと炎のような熱さになり、妖しげな戦慄が全身を襲い始める。

 異常なまでの身体の火照りだ。

 

「うっ……あっ……」

 

 思わず、呼吸とともに甘い声をあげてしまった。慌てて、宝玄は口をつぐんだ。

 だが、我慢できる疼きではない。

 身体の内側から宝玄の全身の性感帯という性感帯が抉られる感じだ。

 宝玄ははっとした。

 

 あの水だ……。

 さっき、影女に与えられた水で全身を拭いた。

 特に痒みに襲われていた股間は念入りにその水で洗った……。

 

 そして、いま……。

 身体中がおかしな疼きで熱いのだが、特に股間が異常な疼きの昂ぶりに襲われている。

 

「か、影女、お前、さっきの水……?」

 

 宝玄は逆さ吊りのまま、横に立っている影女を睨みつけた。

 いきなりこんなに欲情するなど、与えられて身体を洗った水に媚薬が混じっていたに決まっている。

 

「どうしたんだい、宝玄? 怖い顔で睨んだりして……。もしかしたら、裸を見られる快感で欲情しているのかい? お前の股からは淫靡な匂いがぷんぷんしてきたよ。こりゃあ、困った変態女だねえ……。まあ、遠慮はいらないよ。そのいやらしく濡れてきた股をみんなに見てもらいな」

 

 影女がからかった。

 その言葉に小屋の中の観客がわっと声をあげた。

 

「お、お前、さっきの水に媚薬を……」

 

 宝玄は歯を喰い縛りながら影女に向かって呻いた。

 限界を超えた両手がぶるぶると震え続ける。

 少しでも気を抜けば、両手はあっという間に重りに負けて下にさがってしまいそうだ。

 

「なにを言っているかわからないね、宝玄……。もしかしたら、お前が欲情しているのをさっきの水のせいにしているのかい? あれは正真正銘のただの水だよ。お前がいま欲情しているとすれば、それはお前がこういう状況に悦びを覚える変態女であるだけさ。他人のせいにするんじゃないよ」

 

 影女がうそぶいた。

 この女の陰湿さに煮えかえる。

 これほどに噴きあがる欲情は、自然な欲情であるはずがないのだ。おかしな媚薬のためであることに間違いない。

 しかし、それを否定することで、さらに宝玄を辱めようとしているのだ。

 もうすぐ、宝玄の手は限界を超えてしまい、腕は床に落ちる。

 そうすると、宝玄は、媚薬の疼きに蜜を溢れさせている股間をこの小屋に集まった観客たちに晒さねばならない。

 

「さて、こうやっていても、退屈だろうからね。ちょっとばかり遊んでやるよ、変態女……」

 

 影女が言った。

 横に立っていた影女が宝玄の真後ろに移動した。

 宝玄は嫌な予感がした。

 

「はああっ」

 

 次の瞬間、宝玄は大きな声をあげて、全身を激しく揺り動かした。

 影女がすっと宝玄が押さえている股間に手を伸ばしたのだ。

 媚薬にただれたようになりかけていた股間を……。

 

「や、やめておくれ──。そ、そんなの卑怯だよ──はああっ──」

 

 影女の指が宝玄の恥唇を柔らかく引っ張るように押し入ってくる。その衝撃で宝玄の逆さ吊りの身体がびくりと跳ねた。

 

「ひ、卑怯だって言ってるじゃないか……あ、ああっ──」

 

「なにが卑怯なんだよ。面白ねえ、お前……」

 

 影女が笑いながら、宝玄の敏感な粘膜を押し開くように、一枚一枚めくりあげていく。重りを付けられた手枷で下袍を押さえるのがやっとの宝玄には、それを手で防ぐことができない。

 それをいいことに影女は、大勢の見物人がいる前で、宝玄の股間を弄り続ける。

 大きな淫情が宝玄を襲う。

 影女の指が動いて、自分の股間でいやらしい水音が鳴るのがわかる。

 それが途方もない羞恥を宝玄へ誘う。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 宝玄は大きな声をあげた。

 全身の力が抜ける……。

 とても、下袍を押さえ続けられない。

 

「なにが卑怯なんだよ、宝玄? お前がいやらしいのはお前のせいだろう? ちゃんと耐えるんだよ。力尽きて、みっともなく股間を晒したら罰だからね──」

 

 影女が宝玄の股間に指を這わせながらせせら笑った。

 しかし、もう限界だった。

 ついに、宝玄の両手は重りに負けて頭よりも下に落ちていった。

 下袍が落ちて、股を開いて逆さ吊りになっている宝玄の股間が露わになる。

 

「御開帳──」

 

 影女が宝玄の股間を弄りながらわざとらしく声をあげた。

 その揶揄の言葉に合わせるように、宝玄の腕と下袍の裾が垂れさがった。

 

「おおおお──」

 

 観客たちが一斉に歓声をあげる。

 

「見ろよ、股から涎を垂らしてやがるぜ」

 

「変態女だ──」

 

「すっかりと濡らしてるな」

 

 そういう揶揄の言葉が一斉に降りかかってくる。宝玄の身体は恥辱で震えた。

 懸命に腕を戻して、首までさがった下袍を戻そうとした。

 だが、一度力を失ってさがってしまった腕はもう、ほんの少しも上にあげ直すことはできない。

 

 しかも、宝玄の身体からすべての抵抗心を取りあげるように、影女が股間の刺激を続けてもいる。

 観客たちの眼差しを感じながら、宝玄は影女の与える愛撫の快感に喘いでいた。

 影女の指遣いは巧みだった。

 宝玄の反応を細かく確かめながら、宝玄を追い詰める責めを股間に加えてくる。

 溢れる蜜をまとわせた指で肉芽を撫ぜたかと思えば、次の瞬間には菊門の蕾にも蜜を伸ばして指を挿入したりする。

 

「あはああっ」

 

 宝玄は大きな欲情の迸りを感じて、声をあげてしまった。

 その宝玄の声に見世物小屋が盛りあがりをみせる。

 

「お前たち、もう、この貴族巫女に服は不要だよ。引き剥がしてしまいな」

 

 影女が宝玄の股間を愛撫しながら、赤毛と太っちょに声をかけた。

 隅にいたふたりが宝玄に歩み寄る。

 両側から手が伸びて、身に着けていた服がびりびりに破かれていった。

 宝玄はあっという間に、手枷と首輪を身に着けているだけの全裸にされた。

 

 そのあいだも宝玄は股間を影女に責め続けられている。

 まるで宝玄の弱点を知り尽くしているかのような責めに、宝玄はすっかりと追い詰められていた。

 これだけの見物人の前で、絶叫する姿を晒してしまうというのは想像もしたこともなかった恥辱だが、宝玄の身体はもうどうしようもないところまで追いつめられている。

 

「ああっ、あっ、ああっ……」

 

 影女の指が二本三本と増えて、宝玄の女陰を抽送している。

 しかも、もう一方の手でしっかりと肉芽を刺激し続けたままでだ。

 宝玄は恥ずかしいばかりの蜜を垂れ流しながら、とめられなくなった腰を震わせた。

 

 こんな場所で、大勢の男たちから罵声と野次を浴びせられながら絶頂する──。

 想像もしたことのない恥辱だ。

 しかし、それは確かに宝玄に途方もない露出の快感と深い開放感を与えてくれる気がした。

 

「ふくううっ──」

 

 もう耐えられない──。

 宝玄は逆さに吊られた股間をがくがくと揺すって、快感の頂点に向かって一気に進んでいった。

 

「やっぱり、お前は、ただはしたないだけの雌だね──。ちょっと本性を剥いてやれば、こんなものかい──。つまらない女だよ……。結局、お前もただの雌豚だということさ……。じゃあ、雌豚として扱ってやるよ……」

 

 影女が馬鹿にしたような口調で吐き捨てた。

 そして、まさに絶頂寸前だった宝玄からさっと愛撫の手を離す。

 

「あっ、そ、そんな……」

 

 思わず宝玄は声をあげた。

 宝玄は絶頂寸前だったのだ。

 しかも、これまでに感じたことがないような愉悦の頂上に昇り詰めようとしていた。それが一瞬にして奪われたのだ。

 

「なにが、“あっ”だい? もっと責められたかったかい、雌豚?」

 

 影女が笑った。

 宝玄は自分の顔が恥辱で明らむのを感じた。

 そして、思わず、この影女に屈辱的な言葉を口走ってしまった自分に腹がたった。

 そのとき、影女が再び宝玄の開いた股間に手を伸ばしたのが見えた。

 

「いぎいっ──」

 

 次の瞬間、宝玄は悲鳴をあげていた。

 なにかが肉芽の根元に喰い込んだのだ。

 それがぎゅっと締まって、宝玄に激痛を与えた。

 

「お、お前、なにしたんだよ──?」

 宝玄は思わず怒鳴った。

 得体の知れないものが股間に嵌められた……。

 激痛は一瞬だけだった。だが、なにかが、肉芽の根元に嵌められている。

 その証拠に、いまこの瞬間にも、じんじんという疼痛が股間から沸き起こっている。

 

「さっきの言葉を忘れたのかい、雌豚。手をおろせば罰だと言っただろう。これから、罰を与えるのさ──。まあ、罰といっても、お前のような雌豚にとっては、罰じゃなくて、ご褒美になるのかもしれないけどね──。さあ、観客たちに奉仕の時間だよ。しばらく、遊んでもらってきな」

 

 影女が指を鳴らした。

 がらがらと音をたてて、逆さ吊りの身体が床におろされる。

 赤毛と太っちょがすかさず寄ってきて、宝玄の裸身を支えて床におろした。

 床に身体がおりると、ふたりによって、両足首に嵌っていた足枷の鎖が外された。

 手錠から重しも外される。

 

 しかし、ずっと吊られていた身体は、痺れたようになってすぐに動かせない。しかも、ずっと頭を下にしていたので、血が逆流して朦朧となりかけている。

 宝玄は、抵抗することもできずに、赤毛と太っちょが喜々とした表情で、宝玄の身体を眺めまわしながら枷を外したり、装着したりするままにさせていた。

 肩で息をしながら身体の痺れが収まるのを待っていた宝玄は、最後に赤毛と太っちょによって四つん這いの姿勢にされた。

 手首と手首を結ぶ鎖は肩幅ほどの長さだが、その鎖の中心に鎖を繋げられた。それが首輪の前側の金具に繋げられる。この長さだと、宝玄の両手は首輪と繋がって股間に伸ばせない。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 だが、手足が痺れたようになっている。

 宝玄はその四つん這いの格好のまま、荒い息を続けていた。

 すると、影女が近づき、天井から伸びた鎖を宝玄の首輪の後ろにがちゃりと繋いだ。

 

「こ、今度は、な、なんだよ……?」

 

 やっと我に返った宝玄は、慌てて怒鳴った。

 そして、影女に掴み掛かろうとして身体を起こした。

 

「ひぎいいいっ──」

 

 その瞬間、怖ろしい激痛が股間に起こった。

 さっき肉芽に嵌められたなにかから、たくさんの針で刺されたような激痛が走ったのだ。

 宝玄は起きあがりかけていた身体を床に倒れさせた。

 

「慌てるんじゃないよ、雌豚──。その四つん這いの姿勢を崩すんじゃない。四つん這いの格好をやめたら、いまみたいに、お前の肉芽の根元に嵌めた霊具から極少の針が飛び出る仕掛けだよ。痛い思いをしたくなければ、その姿勢を保つんだよ」

 

 影女が言った。

 

「な、なんだと──」

 

 宝玄はかっとなって叫んだ。

 だが、すぐ眼の前にいる影女に再び飛びかかる気力は起きない。

 それくらい肉芽を針で刺される衝撃は凄まじいものだった。

 痛みは一瞬だったが、その恐怖に、宝玄の全身はどっと噴き出した脂汗でびっしょりと濡れている。

 

「雌豚に相応しい恰好にしてやっただけさ。ついでにこれもつけてやるよ」

 

 影女がそう言うと、赤毛と太っちょが宝玄の身体を押さえた。影女が宝玄の顔に手を伸ばす。

 なにかを両方の鼻の穴に入れられた。

 それが鼻を引っ掛ける金具だとわかったのは、鼻の穴に引っ掛けられた金具が思い切り、頭の方向に引きあげられてからだ。

 

「ひぎいっ、があっ、い、いたっ、痛い──ひぎいっ」

 

 宝玄は、鼻の穴を金具で引きあげられる痛みに、両側から押さえられる身体を暴れさせた。

 

「いい顔になったじゃないかい。さすがに綺麗な顔も台無しだねえ。その鼻鉤を勝手に外しても、股間に激痛だからね。そのままでいるんだよ」

 

 ふざけるな──。

 

 思わず怒鳴りあげようとしたが、すぐに口に強制開口具を押し入れられた。上下の歯が大きく拡げられて閉じられなくなったのだ。

 

 なんだい、これ──?

 

 宝玄の抗議の言葉は、器具によってただの吠え声に変えられてしまう。

 

「お前は豚なんだよ。豚に人間の言葉なんて不要だしね」

 

 影女が笑った。

 そして、宝玄の身体から距離を取った。

 同時に赤毛と太っちょも離れる。

 

 これからなにが始まるのか……。

 宝玄は激しい不安を覚えるとともに、不安を感じている自分に強く苛立った。

 

「さあ、この見世物小屋名物の犠牲の女の散歩の時間だよ──。ただし、決まりはいつもの通りだ。女に勝手に身体に触れるんじゃない。席も動いちゃ駄目だ──。約束が守れなかった客は、ただ追い出すだけじゃなくて、本当に手足の骨を叩き折るよ……。その代わり、近くに行った雌豚を眺めるのは自由だから、いくらでもこの雌豚の身体を鑑賞するといい──。さあ、始めるよ。今夜、わたしの指名を受ける幸運な男は、誰なんだろうねえ──?」

 

 影女が口上のような言葉を発すると、見世物小屋がこれまで以上の大歓声に包まれた。

 これからなにが起きるのか、さっぱり宝玄には、わからなかったが、観客たちにとっては、周知のことのようだ。

 影女に向かって、一斉に手をあげて、自分を当ててくれという趣旨の言葉を叫んでいる。

 そのとき、がくんと身体が動いた。

 

「あ、あっ──?」

 

 突然、喉に首輪が喰い込む。

 宝玄は眼を見開いて、慌てて上を見た。

 そして、宝玄は、初めて首の後ろに繋げられた鎖の先が、天井にある溝のようなものに埋まっていることに気がついた。

 溝はこの演台の上から観客側に伸びている。鎖がその溝に沿って動いて、宝玄の首輪を前に引っ張っているのだ。

 宝玄の首が思い切り引かれる。

 

 仕方なく四つん這いのまま進んでいく。

 選択の自由はない。

 四つん這いの姿勢を崩せば、あの恐ろしい股間の激痛だ。

 宝玄は、手と足を動かして、鎖の引くまま、四つん這いの姿勢で前に進んでいく。

 しかし、この素っ裸のままで四つん這いで観客たちのいる客席に歩いていくというのは、本当にこれが現実なのかと思うほどの深い屈辱だ。

 

 観客たちは見世物小屋の床の上に、胡坐をかいて座っているのだが、その中を宝玄は鎖に引かれるままに動いていく。

 ぎっしりと詰まっている観客席は、宝玄が割って入る空間などないくらいに密集している。

 その観客席の中に鎖で引かれるのだ。

 宝玄は首輪や枷以外にはなんにも身に着けていない身体で、男たちの足を避けながら歩かねばならなかった。

 

 影女が念を押していたので、あからさまに宝玄の裸身に手を伸ばす者はいないが、宝玄を避けるふりをしながら、巧みに宝玄の身体に触れてくる者は多い。

 宝玄はそうやって、観客たちに全身をいやらしく触られながら、密集した観客席の前を進み続けた。

 どんなに男たちの足が邪魔でも、とまることは許されない。

 天井を動く鎖は進み続けているのだ。

 

 宝玄は四つん這いで、男たちの脚を跨ぎ、ときには身体を越えるようにしながら、懸命に四肢を動かした。

 天井の溝は、観客席全体の天井を覆うように十本ほどの横の線になっていて、それが端で曲がって繋がり、一本の長い溝になっている。

 宝玄は、その溝に沿って動く鎖の進むまま、観客席を左から右に動き、端までいけば、また左から右に進むということを続けさせられた。

 

 観客たちがいる場所を豚のように四つん這いで歩くのは、血も凍るような恥辱だ。

 だが、それでも、媚薬を全身に浴び、影女に股間を責められた身体は燃えるように熱くもあった。

 それにしても、四つん這いで歩くというのがこんなにも重労働とは思わなかった。しかも、宝玄は男たちの脚や身体を障害物のように避けながら進まねばならないのだ。

 

 いつの間にか、全身は汗びっしょりとなり、今度は四つん這いで歩くという苦痛で手足の筋力が痺れてきた。

 ところが、ちょうど中間くらいのときだろうか。

 不意にずっと引っ張っていた鎖が止まった。

 

「やったぜ──」

 

 急に眼の前にいた肥った男が歓声をあげた。

 同時にほかの男たちからもわっと一斉に声があがった。

 なにが起きたのかわからず、宝玄はきょとんとしていた。

 

「全部で三十回だよ。終わればその場で終了だけど、終わらなくてもそれでおしまいだからね」

 

 演台側にいる影女がそう叫ぶのが聞こえた。

 

「へへ、三十回、しっかりと愉しんでやるぜ」

 

 さっきの肥った男が嬉しそうに言った。

 すると、その男が下袴から男根を出して、宝玄の口に向けてきた。

 

「おおっ?」

 

 突きつけられた怒張に、宝玄は思わず、開口具を嵌められた口から悲鳴をあげてしまった。



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301 一日目の終わり

 本エピソード『【前日談】女巫女羞恥調教』は、仙士時代の若き宝玄が最初に御影の罠に嵌まった半月のうちの第一日目の出来事を描いています。


 *


「じゃあ、一番口は俺がいただくぜ」

 

 宝玄の眼の前にいた肥った男が嬉しそうに声をあげると、いきなり下袴を脱いで怒張を露わにした。

 

「おおおっ?」

 

 口を閉じられないように開口具を装着されている宝玄は、鼻先に迫ってきた男の男根に言葉にならない声を迸らせた。

 男の怒張は信じられないくらいの悪臭だ。

 しかし、その男根が容赦なく、宝玄のぶざまに開いた口の中に押し入れられる。

 しかも宝玄が顔を動かせないように首輪をぐいと掴まれる。

 

「おごごおっ、ほごおっ──」

 

 宝玄は声を放つとともに、手錠をかけられた両手で、首輪を掴んでいる男の手を外して、口に入れられた怒張を口の外に出そうと思った。

 しかし、いつの間にか眼の前の男の足は、宝玄の手錠のあいだの鎖の上にある。

 宝玄の力では、それをどかすことはできない。

 すると、肉芽に嵌められた霊具の輪が、宝玄の股間に激痛を与えた。

 

「ほごおおっ」

 

 宝玄は泣き声をあげた。

 

「抵抗するんじゃないよ、雌豚──。大人しく口を開いてじっとしていればいいんだ──。お客さんたちも、あまり抵抗するようなら、鼻鉤でも引っ張ってやりな。大人しくなるから」

 

 演台側から影女の声がした。

 すると面白がって、目の前の男以外の何人か手が宝玄の鼻鉤に伸びた。

 上にあげられている鼻の穴をさらに引っ張りあげられて、宝玄はその痛みに声をあげた。

 

 こんなこと許さないよ──。

 

 宝玄は叫びたかったが、群がる男たちの前に、宝玄にはどうすることもできない。

 少しでも抵抗を気配を見せれば、演台にいる影女が道術で宝玄の股間に激痛を与えるし、周りの男が宝玄の鼻をぐいぐいと引っ張る。

 宝玄は大人しく眼の前の男の悪臭の漂う怒張を受け入れるしかなかった。

 男の一物はかなり大きなものだった。

 そして、かなり長い。それが固定された宝玄の口の中を蹂躙して、上顎や頬や喉元に擦られる。

 

「おげっ、おげっ」

 

 宝玄は怒張の先が喉の奥に当たるたびに、苦しくて嗚咽をあげ続けた。

 男は、宝玄の口を自慰の道具のようにして、一物を抽送して宝玄の口中の好きな場所に擦って刺激を得ている。

 

 それは宝玄にとって、途方もない恥辱だった。

 舌の技だって、性に百戦錬磨の宝玄は自信もあるし、こんな男など数瞬でいかせてしまうことは可能だ。

 宝玄の舌技を味わいたくて、何人もの貴族男が宝玄に貢物を持ってやってきたりもする。

 それが眼の前の粗野な男は、この宝玄の口をただの物であるかのように、自分の一物を擦る道具として扱うのだ。

 それは、裸身にされて四つん這いで男たちの座る場所を這い回されたことよりも、恥辱的で侮辱的だった。

 だからといって、宝玄の口を蹂躙している男に、自慢の舌技を味わわせてやる気にはなれない。

 

「おお、いいぜ、こいつの口は温かくって、柔らかくって最高だ──」

 

 眼の前の男が男根の出し入れを続けながら吠えるような声をあげた。

 そして、三十回くらいになった頃だろうか……。

 突然、男は宝玄の口から怒張を引き抜くと、その先端から男の精を宝玄の吊りあげられた鼻の穴めがけてかけたのだ。

 

「ほごおっ」

 

 宝玄は涎を撒き散らしながら、その気持ち悪さと臭気に抗議の声をあげた。

 だが、周りの男たちは、宝玄の惨めな表情に、余計に盛りあがって歓声をあげた。

 

「そら、次だよ──。次もしっかりと咥えるんだよ──。さあ、次は誰にしようかねえ……」

 

 演台の影女が声をあげた。

 すると、首輪がぐいと宝玄を引っ張った。宝玄は慌てて、四つん這いの手足を前に進めた。

 

 なんという惨めな姿だろうか……。

 宝玄は、改めて自分の姿に愕然とする。

 美貌の天才霊具作りの才女として、多くの人間の畏怖と尊敬を集めさえする自分が、こんな場末の見世物小屋で、男たちの性器で口を犯されるために、四つん這いになって這い回らされているのだ。

 こんなことは、想像もできない恥辱だ。

 

 なによりも情けないのは、吊りあげられることで鼻の奥まで曝け出されている無様な顔と、口が閉じられないために垂れ続ける涎だった。

 宝玄は、あまりの屈辱で気が遠くなるような気さえしながら、再び男たちの身体の隙間を縫って、見世物小屋の中を進み続ける、

 

 次に停止したのは、まだ十代と思うような若い男の前だった。

 なにをされるかわかった宝玄は、今度はそれほどの抵抗はしなかった。

 すぐに若い男の怒張が、宝玄が開いている口の中に入ってきた。

 口の中に占領してきた一物が、宝玄の口腔を犯し始める。

 宝玄は鼻の穴で必死に呼吸をしながら、このいまいましい儀式に耐えた。

 

 その若い男は、おそらく三十回はもたなかったように思う。

 うっと声をあげて、慌てたように宝玄の口から勃起した男根を抜くと、宝玄の口の周りに、精を放った。

 

 そして、また、首輪が引っ張られ始める。

 今度は比較的すぐに停止した。

 相手は初老の男だった。

 だが、一物は逞しかった。

 その初老の男は宝玄にぴったりと三十回の抽送を繰り返してから、余裕たっぷりに、宝玄の鼻の穴めがけて精を放った。

 

「ほごっ、ごっ、おごっ」

 

 鼻の穴を精で塞がれたかたちになり、宝玄は必死になって顔を左右に振って精を鼻から取り払った。

 その宝玄の苦しそうな仕草に、観客たちが拍手喝采した。

 

 そして、また首輪で歩きはじめる。

 同じように、四人、五人と口を犯され、顔に精をかけ続けられた。

 やがて、不意に眼の前に、椅子に座るの男の革靴が映った。

 見物席の壁端を通過していたときのことであり、宝玄の身体は首輪に引っ張られて、左から右に動いてたところを、今度は右から左に方向変換しようとしていた。

 

「お愉しみのようね、宝玄ちゃん」

 

 その瞬間、宝玄の血が憤怒で沸騰しそうになった。

 それは御影の声だった。

 宝玄をこんな目に遭わせ、その無様な様子を壁際の椅子に座って、笑って見物をしていた卑劣漢の声だ。

 

「ねえ、影法師、あんたも舐めてもらったらどうなの? この帝都でも一、二を争うなかなかの舌技を持っている女よ」

 

 御影が隣に座っている影法師と名乗る男に話しかけた。

 宝玄を引っ張っている首輪の鎖がまたとまる。

 

 考えてみれば、今日のこの恥辱の一日は、このふたりから始まったのだ。

 まずは、御影に、掻痒剤を股間に塗られたうえに、道術錠付きの貞操帯を装着させられた。

 そのきっかけは、この御影と昨夜行きずりの性交を愉しんだことであり、朝、目が覚めると、この男は宝玄をそういう状態にしていたのだ。

 それでも宝玄の道術なら、御影程度の道術錠などすぐに無効にするのは可能だった。

 だが、御影は、宝玄の母親に関する弱みを握っていて、それで脅して、宝玄に言いなりになるように要求したのだ。

 御影の脅迫と股間の痒みに屈伏した宝玄は、御影から『道術封じの首飾り』を首に巻かれ、驚くほど裾の短い下袍の下に、痒み剤を塗った下着を身につけさせて、天教本部の外に連れ出されたのだ。

 

 破廉恥な恰好と痒みの苦痛に襲われる宝玄を天教本部内で連れ歩いたのは、御影の知り合いだという影法師と名乗るこの男だった。

 そして、天教本部の門からこの見世物小屋まで宝玄を誘導してきたのは、いま、宝玄をここで公開調教している影女だ。

 すべてが、この御影が糸を引いていることに間違いない。

 そう思うと口惜しさに涙が出てくる。

 

「ええっ? 嫌ですよ、御影様──。こんな汚い顔をした女に性器を舐められるなんて──」

 

 影法師が笑った。

 なんだと──?

 宝玄は煮えかえるような思いを吠え声で吐き出した。

 

「じゃあ、足なんてどう。足の指をしゃぶってもらいなさいよ」

 

 御影が笑いながら言った。

 

「そうですね……」

 

 すると影法師が履いていた片方の革靴を脱ぎ始めた。

 

「ごおっ、ごっ」

 

 宝玄は抗議の声をあげた。

 しかし、その瞬間、また股間に針が刺した痛みが迸った。

 

「ほごおおっ」

 

 宝玄は、その激痛に身体を仰け反らして泣き声をあげた。

 

「なにを嫌がっているのよ、宝玄──。この雌豚──。ちゃんと奉仕しないと折檻よ──。まったく、いつになったら覚えるのかしらね。本当に物覚えの悪い雌豚よねえ──」

 

 演台の影女がわざとらしい呆れ声を発した。

 

「おおっ?」

 

 そのとき、突然、宝玄の両手ががくりと曲がって四つん這いの姿勢から、腕を折って頭を床までさげた体勢になった。

 御影の道術だ。

 

 宝玄は、御影の道術を受け入れて、手足が御影の意思の自由に動さされる操り術にかけられている。

 その術によって、御影が、宝玄の手を畳ませて宝玄の顔を床までさげさせたのだ。

 

「じゃあ、お願いしますか……」

 

 影法師が靴を脱いだ足先を宝玄の鼻孔の下と口に押しつけてきた。影法師は足に薄い布を履いていたが、その布越しに影法師の体臭が強制的に漂ってくる。

 

 男の臭気の漂う足先を舐めさせられる……。

 その屈辱に耐えながら、宝玄は口の中に入り込んできた足先に自分の舌を這わせた。

 しかし、舌を動かしながら、宝玄はあることに気がついた。

 それは影女にも感じたものであり、このふたりが宝玄と密着するたびに感じるものでもあった。

 

 匂いだ……。

 昨夜、御影と抱き合ったときに嗅いだ体臭……。

 

 そして、影女……。

 いま口の中にある影法師の臭い……。

 この三人の体臭は全く同じだ。

 宝玄は漠然とした疑念を覚えながら、口の中にある影法師の爪先を一身に舌を這わせた。

 

「なかなかの舌技ですよ、宝玄殿」

 

 影法師が笑いながら言った。

 その言葉で、宝玄は思念から醒めた。

 気がつくと、宝玄は考え事に捉われて、無意識のうちに一生懸命に影法師の爪先を舐め続けていたようだ。

 こんな場末の見世物小屋で、顔を床に這わせて、男の足先を舐める……。

 それは、途方もない屈辱であるはずだが、なぜか自分の心がざわめくのを宝玄は感じた。

 

「ご苦労様でした」

 

 やがて、影法師が宝玄の口から足の指を抜いた。

 足先とともに大量の涎が口から出ていった。

 同時に動かなかった腕が自由になる。

 

 すると、また首輪に繋げられた鎖が動き出して、宝玄を前に導いた。

 観客たちが、また、歓声をあげた。

 

 

 *

 

 

 結局、宝玄は見世物小屋を全部で三往復させられた。

 そのあいだに、口を肉棒で犯された人数は二十人以上には達したと思う。

 

 やっと首輪の鎖が影女の待つ台上に戻されたときには、もう手足が疲労で痺れて動かなくなりかけていた。

 とりあえず鼻鉤と口枷と首輪の鎖は外されたが、その代わりに、また演台の中央に拘束され、宝玄は両腕を上方にあげて、脚を拡げた状態にして立たされた。

 影女は、今度は、宝玄の両手首にかけた手錠を天井から垂らした鎖に繋げ、宝玄の両足首を長い鉄棒の端と端に革紐で縛らせたのだ。

 宝玄をその状態にすると、影女は観客に向かって、余分な料金を払えば、砂時計の砂が落ち切るあいだ、宝玄の身体を触り放題にすると口上で述べた。

 

「い、いい加減にしろ──」

 

 宝玄は怒鳴ったが、それすらも、まるで演出の一部であるかのように、観客の男たちは、宝玄の反応に悦びの声をあげる。

 そして、本番はなしだが、どこを触ってもいいという条件に対して、あっという間に大勢の男が手をあげた。

 結局、四人ひと組ということになり、最初の四人が演台にあがってきた。

 

「わっ、ああっ」

 

 さっそく、その四人が宝玄の身体に手を伸ばしてきた。

 左右の胸を別々の男に揉みあげられ、股間にたくさんの手が伸びる。女陰と菊座に無遠慮に男たちの指が代わる代わる入ってくる。

 

「あはあっ、ちょ、ちょっと、それはだめぇ──」

 

 粗野でぎこちない愛撫だが、媚薬に火照りきっている裸身には十分な刺激だった。

 宝玄は、四人同時の愛撫に、自分でもびっくりするような激しい反応を示してしまった。

 考えてみれば、熱く燃えたぎっていた身体は、四つん這いで歩かされながら、口中で奉仕するだけであり、ずっと放置されている状態だった。

 それが今度は四人ががりの愛撫を受けるのだ。

 宝玄の性感は一気に暴発した。

 

「天教の天才巫女の別の顔は、女調教師と聞いていたけど、お前の本質は責めじゃないね……。お前の本質は、被虐癖だよ。ひと目見て、すぐにわかったけどね……」

 

 四人の男に全身を刺激されてよがり狂う宝玄に、影女が近づいてきて、耳元でささやいた。

 

「じょ、冗談じゃ……はっ、はあっ、ああっ──な、ない……いやあっ、はああっ……」

 

「なに、否定しようとしているんだい……。あたしも、この道は長いんだよ。お前は責められれば欲情する豚さ」

 

 影女がそう言って離れていく。

 否定の言葉と悪態を返したいが、激しい快感で息をするのもやっとの宝玄にはそれができない。

 それに、影女の言葉が、実は宝玄のもうひとつの姿を的確に射抜いていることを宝玄自身が知っていたのだ。

 

 影女の言葉を宝玄自身が完全には否定できない……。

 隠そうとしている性癖……。

 それが、今日一日で強引にさらけ出された……。

 

 一日中続いた羞恥責めで神経を削り取られ……。

 考えたこともないような恥辱的な行為を強要され……。

 屈辱に震え、羞恥に翻弄されながら与えられる快感は、確かに究極の快楽といえるくらいに、宝玄を興奮させた。

 それは、心の奥に隠していた宝玄のもうひとつの性癖をどんどん抉り出されるような体験だった。

 

 宝玄は、自分が気の強い女を調教して、その女が屈辱に顔を歪めるのを眺めることに愉悦を覚えるのと同じくらいに、宝玄自身が辱しめられて望まぬ快感を与えられることに、途方もなく欲情することを知っていた。

 

 多淫であり、幾人もの若い女の性奴隷を持つ嗜虐癖の宝玄のもうひとつの顔……。

 

 惨めであればあるほど、愉悦を覚える被虐の性癖……。

 

 幼い頃に、母から身体に浸みつけられた性癖であり、それこそ、宝玄の狂ったような淫情の原点……。

 

 それがこの一日で解放された……。

 そんな気さえする……。

 

 とにかく、もう、宝玄は、いまこの場については、自分の痴態を隠したり、快感を抑制しようという気はなくなっていた。

 隠されている被虐の欲望を今夜は思う存分さらけ出す……。

 もう、そう決めた。

 

 男たちの四人がかりの愛撫が続いている。

 いまは、性感帯を内側から責めたてる疼きが出口を求めて、淫情の暴流を起こしている。

 

 それを解放する。

 あられもない痴態を我慢できないし、したくない……。

 全身の性感帯が同時に、しかも大きな快美感に埋め尽くされる。

 宝玄は伸ばされた四肢を振り立てて、やってくる激情に声をあげた。

 

「随分とのぼせあがっているじゃない、雌豚」

 

 影女が揶揄するように声をかけてくる。

 しかし、快感が強すぎて、それに応じることができない。

 宝玄は全身を動き回る男たちの手の刺激にひたすらに酔い続けた。

 

「交替だよ」

 

 やがて、影女が声をかけた。

 すると、突然に宝玄を襲っていた愛撫が終わり、四人の男たちの手が離れた。

 愛撫の時間は、長いものではない。

 むしろ短すぎる。

 媚薬にただれる身体を八本の手で刺激される快楽は大きいのだが、あまりにも短いために、それが突然に中断された感じだ。

 宝玄の身体は、中途半端に燃えあげられたもどかしさが、ふつふつととろ火の状態でくすぶっていた。

 

 すぐに、次の四人があがってきた。

 宝玄は再び始まった快感の暴流に、また我を忘れて身体を震わせはじめた。

 繰り返す淫情に頭が朦朧としてきた宝玄は、いまの四人の次に、また次の四人……。その後ろにも、また四人が待っていることを辛うじて知覚した。

 

 まだまだ長い夜は続きそうだ……。

 快感の声をあげながら、宝玄は思った。

 

 

 *

 

 

「起きなさい」

 

 声がした。

 

「いい加減に起きなさいよ」

 

 宝玄は眼を開けた。

 

「み、御影……」

 

 宝玄が顔を向けた方向に御影が立っていた。

 その後ろに、影法師と影女もいる。

 影法師と影女がいる場所には、卓があり、御影を含めた三人は食事をしていたようだ。

 部屋の中には窓からの陽の光が射し込んでいる。

 

 どうやら、朝のようだ。

 だが、なぜか、宝玄がいる場所は薄暗い。

 鉄の棒……?

 三人の立っている場所と宝玄が横になっている場所のあいだに、鉄の細い棒のようなものが幾つかがある。

 これはなんだろう……?

 

「て、鉄格子──? 檻──?」

 

 宝玄はびっくりして起きあがった。

 

「いたっ」

 

 するとなにかがごつんと頭に当たった。

 上も鉄格子だ。

 それでやっと気がついた。

 

 宝玄は大型の獣を入れるような鉄格子の檻の中に寝かされていたようだ。

 手足の自由を妨げる枷はないが、その代わり素裸で鉄格子の檻に入れられている。

 檻の大きさは宝玄がうずくまって寝るくらいの大きさはあるが、上半身を起こすには低すぎる。

 だから、宝玄は身体を起こそうとして、上側の鉄格子に頭をぶつけたのだ。

 

「あらあら、気をつけてね、宝玄ちゃん……。それよりも、洗顔用の水と朝食よ」

 

 眼の前の鉄格子の下側に小さな蓋がついていた。腕が一本通るくらいの大きさであり、人が通り抜けられるような大きさではない。

 出入りをする鉄の扉は、その上にあったが、しっかりと錠がかかっていた。

 

 はっとして、首に手をやった。

 やはり、『道術封じの首輪』がつけられたままだ。

 身体には、まったく霊気がない状態になっている。

 

「ちっ」

 

 宝玄は思わず舌打ちした。

 すると、鉄格子の下の小さな蓋が開けられて、御影がふたつの皿を差し入れてきた。

 ひとつには水は半分ほど入っている丸い桶状の皿だ。

 もうひとつは、汁で米を煮たものが野菜くずと混ぜられているものだ。

 食事というよりは、犬の餌という感じだ。

 匙のようなものはない。

 そして、鉄格子の隙間から小さな布も入れられた。

 

「ど、どういうことだい、これは──? 御影、説明するんだよ──。これはなんだい──?」

 

 宝玄は怒鳴った。

 檻に入れられた自分──。

 まるで犬に対する仕打ちのような餌のような朝食──。

 

「どういうことって、どういうことなの? 昨日、見世物がはけた後、ここで言ったはずよ、宝玄ちゃん。あなたは、やっぱり、ここで五日間、調教を受けるのよ。手間取ったけど、協力してくれる人がいてね。あんたは、昨日を含めて六日間の休暇よ──。そのあいだ、たっぷりとあなたの被虐の性癖を剝き出しにしてあげるわよ。まあ、昨夜の最後の方には、満更でもなかったようだし……。なんだかんだで、結構愉しかったでしょう、宝玄ちゃん?」

 

 相変わらずの女のような喋り方の御影が笑いながら、影女と影法師のいる卓に戻っていく。

 どうやら、三人は朝食の途中だったようだ。

 それでやっと、思い出した。

 ここは、昨日、影女に連れてこられた見世物小屋の奥の部屋だ。

 結局、昨日は、影女によって、この見世物小屋で公開調教の見世物に出演させられた。

 

 そこで逆さ吊りにされ……。

 四つん這いで這わされ……。

 観客たちの肉棒で口を犯され……。

 そして、大勢の客の愛撫を長時間にわたって受け続けた。

 宝玄は、その刺激に負けて、想像を絶する欲情に襲われ続けた。

 

 最後には意識を保つことができなくなるくらいに興奮した。

 その興奮状態はあまりにも長く続いたので、最後にどうなったのか思い出すことができないほどだ。

 もしかしたら、失神したのかもしれない。

 

 その後、見世物が終わってから、また、奥の部屋に連れ込まれて、今度は御影、影法師、影女の三人に繰り返し責められた。

 再び大量の媚薬を全身に塗られて、敏感になった身体を三人に交代で犯され続けたのだ。

 そのとき、影女は腰に男根の張形を革帯で装着して宝玄を犯していた。

 

 興奮状態が続いていた宝玄は、三人の責めに簡単に絶頂を繰り返し、最後には完全に意識を失ったと思う。

 そして、いま、眼が覚めると、その部屋で朝を迎えていて、しかも、裸で動物のように檻に入れられたのだ。

 

「御影、いい加減にしなよ──。もう、遊びは終わりだよ。わたしを解放するんだよ──」

 

「まあまあ、そんなに、かっかしないでくださいよ、宝玄殿──。俺と御影様は、仕事があるから、朝食が終われば出発しますが、今日も影女が、あなたに素敵な経験をさせてくれるそうですよ。俺たちは、また、夕方からの見世物には姿を見せますから、今日一日で、またさらに被虐に染まったあなたを見せてください」

 

 卓で食事をとっていた影法師が笑いながら言った。

 

「まあ、そういうことだね、宝玄……。今日から本格的な調教に入るからね。一日中感じまくらせて、性のこと以外考えられないようにしてやるよ」

 

 影女も言った。

 宝玄は、檻の外で宝玄を嘲笑するように食事を平然と続けるその態度にかっとなった。

 

「喋りかけもしないのに、口を開くんじゃないよ、この出来損ないども──」

 

「出来損ない?」

 

 声をあげたのは影法師だ。

 

「そうだよ。いつまでもわたしが気がつかないのかと思ったのかい、出来損ない──。お前と影女──。お前らは、御影の道術の出来損ないだろう──? それがお前の得意の道術なのかい、御影。さしずめ、『分身の術』というところかい? 天教の教団本部の幹部のお前が、こんな場末の見世物小屋を経営するための姿が影女なんだろう? どうせ、その影法師という男も、お前がくだらない悪さをするための影なんだろう──? とにかく、そいつらは引っ込めておくれ。苛つくんだよ」

 

 宝玄は怒鳴りたてた。

 すると、御影がにやりと笑った。

 影女と影法師の身体が、すっと滑るように移動して御影の身体にすいこまれるようにして消えた。

 

「どうしてわかったの、宝玄ちゃん? あたしの『分身の術』なんて、それを遣っているあたしでさえ、忘れるくらいの完璧な分身の人格なのよ。それを見破ったのは、あなたが初めてよ、宝玄ちゃん」

 

 御影が言った。

 

「匂いだよ──。三人とも同じ体臭をしているじゃないか──。それと、わたしを犯したときの癖だよ。お前と影法師、そして、張形で責めた影女でさえ、お前そっくりの犯し方だったよ」

 

 宝玄は言った。

 御影、影法師、影女……。この三人は同じ人間の体臭をしていた。

 だから、わかったのだ。

 この三人にはなにかあると……。

 

 最初は、御影がほかのふたりに道術で変身をしているのかと思ったが、それは同じ場所にこの三人が現れることで否定されてしまった。

 しかし、体臭が似ているということはあり得るかもしれないが、まるっきりと同じように性行為をするなどあり得ない。

 男が女を犯すときは、どうしても欲望が剝き出しになる。

 剝き出しになったときの人格は隠せない。

 宝玄は、昨夜、三人に同時に犯されることで、この三人が同一人物であることがわかったのだ。

 

 しかし、それは『変身の術』ではない……。

 だったら、結論はひとつしかない。

 考えてみれば、御影は分身術の大家だ。

 昨日から悩まされてきた宝玄の手足を操る技も、元はといえば、これも分身術の応用だ。他人の手足を御影の分身として操る技なのだ。

 

「なるほどね……。今度から気をなくちゃね」

 

 御影が宝玄を見た。

 

「三人の人間に分身できる……。それがお前の道術なんだろう、御影? お前がその術をどんな風に活用しているかなんて予想がつくよ。お前の悪事の隠れ蓑だろう──。わたしの予想だけど、お前、わたしのような貴族女を誘拐して、見世物に出したのは、これが最初じゃないだろう? 査閲官の仕事をしていて、それで手に入れた誰かの弱みを利用して脅迫する手口も、わたしが最初じゃないね? そういう裏の悪事をするのが、影女であり、影法師の役割なんじゃないのかい? そういえば、わたしの脅し方なんて、随分と手慣れた感じだったね」

 

 宝玄は言った。

 すると、御影が笑い出した。

 

「これはびっくりね──。あたしの裏の仕事まで見抜かれるとは思わなかったわ……。じゃあ、ついでに言っておくけど、昨日、影女のあたしが、お前のことを天教の宝玄だとばらしたけど、そんなのを信じたのは昨日の客にはいないわ。公爵夫人、伯爵嬢、美人武官……。たくさんの偽者をここで出演させたからね。それがこの見世物小屋の名物なのよ。まあ、その中には、あたしが弱みを握って、調教している本物の貴族女も混じっているかもしれないわね……。お前みたいにね、宝玄」

 

「だったら、さっさとわたしを出しな……。お前がどんな悪事をしているか知らないけど、そんなのはその気になって調べれば、すぐに証拠とともに揃えられるさ……。だけど、ここでわたしを解放すれば、そんなことは知っちゃこっちゃない。お前が三人の姿になれることを利用して、悪さをしているなんて誰にも言いやしないよ」

 

 宝玄は言った。

 すると、御影が眼を大きく見開いた。

 

「これは、驚いたわねえ……。あんた、そんな状態で、このあたしを脅そうとしているの? 自分の姿がわかっている? 素裸で、しかも、首には、このあたしの『道術封じの首輪』を装着されて、さらに檻の中に監禁されているのよ……。まあ、馬鹿なことは忘れて、五日の調教を受けなさい……。ところで、お前はやっぱり、あたしが見込んだ通りの女だったわ。お前の本質は嗜虐じゃないわ。被虐よ……。女を調教して、性奴隷を囲い、いっぱしの調教師を気取るのは、本当のお前じゃないわ。嗜虐され、その恥辱の愉悦に震える被虐の血……。それがお前の本質よ、宝玄ちゃん──。あたしは、影女の姿で責めながら、それを確信したわ」

 

「や、やかましい……。わかったことを言うんじゃないよ──。この男女──。わたしを解放しろと言っているだろう──」

 

 宝玄は鉄格子を掴んで怒鳴った。

 御影が宝玄の本質が被虐だといったとき、大きな動揺が心に走るのを感じた。

 宝玄はその動揺に恐怖した。

 それが宝玄を激しい大声をあげさせた。

 

 そのとき、宝玄は興奮のあまり、差し入れられた皿に膝をぶつけてしまった。

 檻の中で汁の入った皿がひっくり返った。

 

「あらあら、これは罰を与えないとならないわね……。じゃあ、あたしはもう行くわ……。御影の姿のあたしという意味だけど……。それと、今日は趣向があるのよ。あんたのよく知っている女を影女の助手として、置いていこうと思うの。あたしが声をかけたら、それはそれは悦んでくれたわ。隣の部屋で待機しているから呼んでくるわね」

 

 御影がそう言って立ちあがった。

 

「わたしが知っている女……? 誰だい──?」

 

 宝玄は声をあげたが、御影はそれに答えることなく、部屋の外に出て行った。

 やがて、すぐに戻ってきた。

 戻ってきたとき、御影の姿から、すでに影女の姿になっていた。

 そして、御影が言及していた“助手の女”というのが、影女の後ろからついてきた。

 

「宝玄様、まあ、いいお姿にお成りですねえ──。よろしくお願いしますね……。それから、休暇の手続きはご心配には及びません。これから、五日間、宝玄様が行方不明になっても、誰も怪しまないように手続きをしてきました。なんだったら、さらに伸ばすことも可能ですよ、宝玄様」

 

 その女が愉しそうに言った。

 

紅麗(こうれい)……」

 

 宝玄はその女の名を思わず呟いた。

 自分の顔がひきつるのを感じる。

 

 紅麗は、この一年、ことあるごとに苛め抜いてきた中年の部下の巫女だ。

 それが、檻の外で愉悦を満面に浮かべて、宝玄を眺めている。

 

「影女様、この雌豚の身体をもっとよく見たいですわ。檻の中を照らす蝋燭を立てていいですか?」

 

 紅麗が影女に振り向いた。

 

「もちろん、好きなようにしていいわよ」

 

 影女がにこにこしながら答えた。

 すると、紅麗はあらかじめ準備をしていたらしい箱を部屋の隅から持ってくると、その中にあった蝋燭に火を着けた。

 そして、蝋を垂して宝玄が閉じ込められている檻の上に、蝋で密着させて置く。

 

「熱っ」

 

 宝玄は上から垂れてきた蝋の熱さに思わず悲鳴をあげて身体を避けさせた。

 

「な、なにするんだよ、紅麗──。熱いじゃないか」

 

 宝玄は怒鳴った。

 

「逃げても無駄よ、宝玄。蝋燭はたくさんあるわ。隙間なく檻の上に置いてあげるわね」

 

 紅麗は笑いながら、二本目の蝋燭に火を着けて、宝玄が避けた場所の上にその蝋燭を置いた。

 檻の上からぽたぽたと熱い蝋が落ちてくる。

 

「あ、熱い──。や、やめないか、紅麗」

 

 宝玄は慌てて、垂蝋を避けるために身体を縮めた。

 しかし、すでに紅麗が、三本目と四本目の蝋燭を手にしている。

 その後ろで、影女が笑っていた。

 

 

 第二日目が始まったのだ……。

 

 

 

 

(第47話「【前日談】女巫女羞恥調教」終わり)






 *


 第二日目は、宝玄が日頃虐げている女からの復讐調教となります。

 いまのところ、当面、この続きを書く予定はありませんが、結局、宝玄は半月にわたって、御影の調教を受けさせられます。

 その後、御影は宝玄の仕返しで罠にかけられて、皇女に手を出してしまいます。
 それが明るみになり、御影は捕らえられて処刑されます。

 しかし、御影は密かに『魂の欠片』を隠しており、それで復活をします。
 そして、報復として宝玄仙を付け狙うようになります。

 宝玄仙と御影の確執の始まりです。


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 第48話  卑怯者の報復【黒倫(こくりん)
302 卑劣な武装団


 第46話『奴隷主人の一夜責め』の直後となります。

 三人がかりで宝玄仙を責めた翌朝、沙那は宝玄仙が仕返しをすることを予想して、孫空女を置き去りにして、城郭に路銀を稼ぎに出かけます。


 *


 朱紫(しゅし)国の北側の都市である安丘(あんきゅう)の城郭は、相変わらず人が溢れていた。

 若い頃からあちこちを放浪したが、黒倫(こくりん)はここが一番自分に合った場所だと思っていた。

 

 役人がぬるい。

 城郭兵は惰弱だ。

 城郭には賄賂が横行して多少の悪事をしても、大抵のことは銭があれば解決する。

 だから実に住みよい。

 

 黒倫は、数年前から、この城郭に武芸を教える道場を開いているので、黒師範と呼ばれていたが、その一方で城郭で手酷く商売をしているために命を狙われやすい商家の用心棒などもやっていた。

 下手に市民に武芸を教えるよりも、そちらの方が実入りがよく、用心棒が本業で師範が副業というかたちになっていた。

 無論、それに不満はない。

 

 贔屓(ひいき)にしている商家に用事があり、その帰りに五人ほどの門弟を連れて城郭を歩いていると、通りの一角で人だかりができていた。

 なにかの大道芸でもやっているのかと思って覗くと、人の輪の中心にいるのは女のようだった。

 

 男の服装をしているが、栗毛の髪をしたはっとするほどの美女だ。

 その美女が大きな男と向かい合っている。

 なんと、その女と大男が素手で組打ちをしているのだ。

 

 旅の女なのかもしれない。

 国都と北部の地方都市を結ぶ街道の要点にある安丘は、交易のためにやってくる旅の者で溢れている。

 余所者が珍しくない都市だ。その安丘でも滅多に見ることのない美しい女だと思った。

 その美貌に見とれていると、向かい合っている男がふわりと浮いた。

 男が背中から地面に落ち、周りの見物人たちがわっと喝采をあげる。

 

「おい、これはなんの見世物だ?」

 

 黒倫は、人だかりを割って進み、前の方に知り合いを見つけて訊ねた。小二郎という仲買で小間仕事も引き受ける。

 黒倫も仕事を頼んだこともあるが、鼠のようにすばしっこくて目端が利き便利な男だ。

 小二郎は、黒倫を認めて深くお辞儀をして、相好を崩した。

 

「これは黒師範の旦那、こんなところでなにを?」

 

 小二郎が言った。

 

「それは、俺が訊ねているのだ。これはどういう大道芸なのだ?」

 

 可愛らしい女が大きな男を投げ飛ばす。面白くはあるが芸としては地味であろう。

 その割には周りの見物人は随分と歓んでいるようだ。

 

「大道芸ではありませんよ。野試合ですよ、黒師範の旦那」

 

「野試合?」

 

「あの女に組打ちの試合を挑むというわけですよ。勝負をするには、銀一粒を女に払うんです。それで勝てば、あの女の身体か、それまでに溜まった銀の好きな方を手に入れることができるというわけで」

 

 小二郎は言った。

 黒倫は驚いた。

 

「ならば、あれは見世物ではなくて、本気でやっておるのか?」

 

 改めて組打ちを見た。

 女と試合をしている男は、女に比べて二倍は大きい体格だ。

 腕の太さだけで女の胴ほどもある。

 まるで大人と子供だが、汗びっしょりで真っ赤な顔をしているのは男の方で、女は汗ひとつかいていない。

 

 ふたりが再び組んだ。

 女が手首を掴んだかと思うと、すっとその身体が沈んだ。

 手首を握られたまま男がくるりと倒れる。

 その倒れた男の上に女が飛び乗って抑え込んだ。

 

 見物の男たちが湧く。

 乳房が男の顔の上に乗せるようなかたちで、男の頭側から縦に男の身体に組みついた女が、大男に被さっている。

 そのまま膠着して動かなくなった。

 見物人の歓声が大きくなる。

 

「あの男も好き者だな。顔の上の乳房の感触を愉しんでいるのだろう。なかなか起きあがろうとはせんわ」

 

 黒倫は笑った。

 

「冗談じゃありませんよ、黒師範の旦那──。あれは起きあがらないんじゃなくて、起きれないんですよ。さっきから見ていますけど、ああいうかたちになったらもう駄目ですね。あの状態にされて、抜け出ることのできた男はいませんよ。あいつもきっと同じに違いありません」

 

 小二郎が言った。

 黒倫が試合に眼を戻すと、小二郎の言う通り、女の下になった男は、懸命に女の下から抜け出そうともがいているのがわかった。

 それに比べて、女はがっちりと男を掴んでいるだけで、なにもしている様子はない。

 それなのに、どうしてもあんな体格の違う女の身体から逃げ出せないのだ。

 

「いつまでやっても同じよ。もう、参ったをしたら?」

 

 女が言った。

 男の返事はなく、呻き声だけがした。

 

「しょうがないわね。いつまでも時間をかけるわけにはいかないしね」

 

 女がぱっと男から離れた。

 男が慌てて起きあがろうとするのを駆け寄った女が、拳を男の鳩尾に叩き込んだ。

 男は、うっと声をあげて、そのまま倒れて下肢を痙攣させた。

 どうやら、気を失ったようだ。

 見物をしていた男たちが拍手喝采をした。

 

 女は、男の身体を抱き起こして背に活を入れる。

 息を吹き返した男が、周囲をきょろきょろと見回した。

 やがて、自分が負けたということがわかったのか、がっくりとうなだれて、逃げるように立ち去っていく。

 

「体格の割には男が弱すぎたのだろうが、それでも大したものだ」

 

 黒倫は言った。

 

「そうでもありませんよ。あの女が、ここで組打ちの野試合を始めてからずっと見ていますけど、あの男で十五人目ですよ。誰も歯が立たないんですから」

 

「十五人?」

 

 女が十五人の男と組打ちを続けて、そのすべてに勝ったというのか?

 黒倫は中心に立つ女を見たが、特に息切れをしているということもない。

 額にうっすらと汗をかいているがその程度だ。身体の線が太いということもない。むしろ、女としても細い方だろう。あの身体のどこから男を組み伏せるような力が出るのだろう。

 

「さあ、次に誰か挑戦する方はいませんか? わたしに勝ったら溜まった銀粒か、それとも、わたしの身体か好きな方をお渡しします。わたしの身体を抱くときには、そばの長屋の空部屋を使うことを頼んでいるので、そこでご奉仕します。わたしは声が大きいかもしれませんが、それはお許し下さい」

 

 女が口上のように声をあげると、周囲が笑いで湧く。

 もっとも、女は余程自信があるのか、負ける気などないようだ。

 それは自信満々の表情でわかる。

 なるほど、あれだけの体術の技があるなら、身体を餌に男と辻試合をして小金を稼ごうという気にもなるのかもしれない。

 気も強そうだ。

 ああいう気の強い女を屈服するまで抱き潰すというのも、一度やってみたいものだ。

 

「お前たち誰か挑戦しろ。勝てば、あの女が抱けるぞ」

 

 黒倫は、背後の弟子に声をかけた。

 

「挑戦しますか?」

 

 女がその声に気がついて、こっちに視線を向けた。

 その女の仕草で、周囲も黒倫のことに気がついたようだ。どよめきのような声が拡がる。

 黒師範だという悪意のこもった舌うちも聞こえる。

 

 “黒師範”という名は、この安丘では快く語ることはない名であるのはよく知っている。

 弱い者を苛めて、強い者に媚びへつらう乱暴者の代名詞のようなものだ。

 それを黒倫は恥じてはいない。

 弱い者に味方しても得することはなく、強い者に侍らなければ、好きな酒を飲む金も出てこない。

 当たり前のことだし、悪名が拡がると、また、黒倫の仕事もそれだけやりやすくなるということだ。

 

「わたしに勝てば、銀粒かわたし自身です。いかがですか?」

 

 女が呷るように言った。

 

「それはいいが、俺たちは六人いる。勝った者しかお前を抱けんというのもつまらん。ここにいるのは、俺の道場では師範代格の者たちばかりで、誰がやってもお前に勝つだろう。だから、どうだろう。ひとりが勝てば、六人全員に抱かれるというのはどうだ?」

 

 黒倫は言った。

 

「七人ですよ……。あっしも混ぜてくださいよ。お願いしますよ」

 

 横の小二郎が袖を引っ張ってささやいた。

 

「七人──。こっちが勝てば、七人全員の相手をするのだ」

 

 黒倫はにやにやしながら言った。

 周囲の嫌味のようなざわめきが大きくなる。

 七人で抱くというのは、つまりは、女を輪姦するということだ。こっちが勝てば、女を回し抱くと言っているのだ。

 

「いいですよ」

 

 女はあっさりと応じた。これには黒倫も驚いた。

 

「その代わり、こちらも条件を付けます。ひと勝負につき、人数分の銀七粒です。前払いですよ。その代わり、わたしが負ければ銀も返すし、あなた方七人全員に抱かれることに同意します」

 

 女は言った。

 

「わかった」

 

 黒倫は弟子のひとりに銀粒七個を渡して前に出した。

 王進士(おうしんし)という男で、体術であれば、間違いなく黒倫の弟子の中では群を抜く。

 周囲がわっと湧く。

 女は銀七つを受け取ると、これまでに集めた銀粒が入っている木の椀にそれを足した。

 

「いつでもどうぞ」

 

 女は言った。

 

「いくぞ」

 

 王進士が構えた。

 ふっと女が消えた気がした。

 次の瞬間、女は王進士の懐に飛び込んでいた。

 虚を突いた見事な動きだ。王進士の身体が投げ飛ばされる。

 

 見物人が喝采する。

 女が王進士に飛びつく。抱えあげようというのだ。

 王進士は、片脚を浮かせながらも、もう一方を軸にして女を跳ね飛ばした。

 女が地面に倒れて大きな歓声があがった。

 女は鞠のように転がったが、そのまま起きた。

 しかし、構え直そうとする女の胴に、王進士が飛びついていた。

 そのままねじ伏せる。

 

「おおっ」

 

 黒倫も他の見物人と同じように声をあげた。

 王進士が女を上から完全に組み伏せた。

 

 これで終わりだ──。

 黒倫は確信した。

 

 ふたりは動かない。

 女は王進士に組み伏せられている。

 王進士は完全に女の身体に乗っていて、王進士の身体でほとんど女の姿は隠れてしまっているほどだ。

 

「女、降参しろ──」

 

 黒倫は叫んだ。

 それでもふたりは動かない。

 しばらく、そのままの時間が流れる。

 周囲がざわめきだした。

 

 黒倫もふたりの不自然さに気がついた。

 王進士はほとんど身動きをしていない。女を組み伏せているにしてはおかしい。

 やがて、女が王進士の身体を押し避けるように起きあがった。

 王進士は、女に押し避けられて、そのまま地面に転がった。

 

「あっ」

 

 黒倫は声をあげた。

 王進士は絶息している。

 女は、王進士に組み伏せられていたわけではなかったのだ。むしろ、王進士の身体の下から、王進士の息がとまるほど襟を絞めていたに違いない。

 女が王進士の背に活を入れると、王進士が息を吹き返した。

 大きな歓声があがった。

 王進士が顔を赤くして戻ってきた。

 

「次は、師匠のあなたが立ち合いますか?」

 

 女がこっちを見た。

 その不敵な表情に、内心に煮えるものがある。

 こっちを挑発しているのだ。この女を抱きそこなった。

 それについても悔しさもある。

 女のくせに──。

 

「俺とやり合いたいというのか、女? まあ、それなりの実力があるのは認めてやるが、見栄は張るな。武術師範の俺が女と戦っても自慢にはならんし、それだけで恥となるのだ」

 

「負ければ、もっと恥ですしね」

 

 女が小馬鹿にしたように笑った。

 かっとなった。

 

「負ければ──とは聞き捨てならんな。この黒倫が女を相手に負けると思うのか?」

 

「現に、あなたのお弟子さんは負けたわ」

 

 すると周囲の見物人が呷るように拍手をした。女に味方をするその歓声にも肚が煮える。

 

「おい、黒師範とこの女の野試合だ。賞金をつけようぜ──。みんな、帽子を回すから幾らかずつ入れろ。見物料と思って払え」

 

 誰かがさらに呷るように言った。

 そして、本当に帽子が回り始める。

 大きな騒ぎになり始めた。

 いままで集まっていた者だけじゃない。

 騒ぎを耳にした通行人もどんどん集まってくるようだ。彼らも騒動の内容を耳にして、喜んで賭け金を寄付しようとする。

 黒倫が見ている間だけでも、かなりの銭が賞金として集まった。

 

「これで逃げられそうにないですね、師範殿」

 

 女が言った。

 黒倫は周囲の圧力に押されるように中央に進んだ。

 大歓声が起きた。帽子一杯の賞金も運ばれてくる。

 

「俺とやって死ぬことになってもしらんぞ。俺は手加減が苦手なのだ、女」

 

「わたしはちゃんと手加減をするので、ご心配なく、師範殿」

 

 女の返しに、また周囲が湧く。

 

「女、お前の名を知りたいな。俺の名は黒倫だ。黒師範と呼ぶ者が多いがな」

 

 構える前に黒倫は何気なく言った。

 

「……沙那です」

 

 少しの躊躇いの後で、女はそう名乗った。

 沙那か……。そう思った。

 

 お互いに距離をとって構える──。

 その瞬間、黒倫は自分の顔から血の気が引くのがわかった。

 

 これは強い──。

 構え合えば、大抵の実力はわかり合える。

 いままでの立ち合いからでは、それほどの気は感じなかったが、それは沙那が巧みに気を殺していたに違いない。

 いま、この沙那は全開に気を発している。

 ただの女に気後れしている自分を感じていた。

 これだけの気を発せる女がいるのか……。

 

 沙那が数歩前に出た。

 黒倫はすっと退がった。

 さらに沙那が前に出る。

 今度は黒倫は前に出た。

 

 女が腕を掴もうとする。

 その手をかわすことなく、黒倫も沙那の腕を掴もうとする。

 しかし、自分の身体がいきなり宙を浮くのがわかった。

 

 なにが起きたのかわからない。

 地面に叩きつけられる。

 

「うぐぅ」

 

 思わず呻き声をあげた。

 倒れ方が悪くて右の手首を捻った。

 鋭い痛みが走る。

 いや、倒れ方が悪かったのではなく、沙那が倒しながら黒倫の手首を捻ったのだ。

 

 歓声があがるが、黒倫はなにが起きたかわからなかった。

 それは周囲も同じだろう。

 沙那が触れたと思った瞬間に投げられたのだ。

 それだけじゃなく、手首を捻られた。

 黒倫は膝をついて、手首を持ってしゃがんだままでいた。

 

「終わりですね、黒師範殿」

 

 立っている沙那がこっちを見たまま言った。

 悔しさで全身の血が沸騰したようになった。

 

「くっ……。お、お前らこの女を剣で倒せ。倒せば犯し放題だぞ。賞金はお前らにくれてやる」

 

 黒倫は喚いた。

 黒倫の弟子たちが今度は剣を抜いて、沙那を囲んだ。

 さっき沙那に組打ちで負けた王進士もいる。その眼は血走っている。

 

 周囲が騒然となる。

 黒倫の仕打ちに罵声が飛ぶ──。

 しかし、そんなことはもうどうでもよかった。

 

 とにかく、この生意気な女から受けた恥辱を晴らしたい。考えていたのはそれだけだ。

 剣を抜いた弟子に囲まれた沙那が、ひとりに向かって踏み込んだ。

 そのひとりをねじ伏せて、あっという間に剣を奪う。

 

 それからは桁違いの剣技だった。

 次々に剣が叩き落とされる。

 ほとんど瞬時に、五人の弟子の手から剣が叩き落とされて、弟子たちはそれぞれに腕を掴んでうずくまった。

 

 すっと、沙那の持っていた剣が黒倫の顔に伸びた。

 剣先が黒倫の鼻筋に伸びる。

 

「さっさと立ち去りなさい、この卑怯者──」

 

 沙那が言った。

 血が身体の中で噴きあがるのがわかった。

 周りから怒声と野次が飛ぶ。

 黒倫は、それに追われるように、その場から逃げた。 

 そのとき、小二郎を捕まえてささやく。

 

「あの女から眼を離すな。すぐに人をやるから、あの女が、この城郭から立ち去る前に、道場に知らせるのだ」

 

「い、いいですけど、どうするんです、旦那?」

 

「このままでは済まさん……」

 

 黒倫は呻いた。

 

「……おい、千歳(ちとせ)をすぐに呼べ。それから、ひとりは道場に走り、急ぎ人を集めよ」

 

 黒倫はその場を去りながら、弟子に命じた。

 

 

 *

 

 

 意外なくらいに儲かった──。

 

 沙那は城郭の城門を出て、郊外に向かう道の途中にいた。陽は中天を過ぎていたが、夕方にはまだ時間がある。

 

 宝玄仙と朱姫が路銀を使い果たしてきたのを受けて、路銀を稼ぐために、辻で野試合をやってみたのだが、娯楽に飢えていたのかかなりの人が集まった。

 負ければ、身体を許すというのも受けたのだろう。

 次々に挑戦者が集まった。

 

 剣技であれば、修行を積んでいる沙那の腕では、普通の男では敵わないということがすぐにわかってしまう。

 それで、体術にした。

 

 組打ちであれば、もしかしたら、身体が大きければ、女には勝てると思うだろう。

 しかし、剣技同様に、体術でも沙那はそれなりの修行を積んでいる。

 実際の戦いでは、剣を持っていないこともあるし、なくすこともある。

 そのとき体術ができなければ、力のない女では男に組み伏せられて終わりだ。

 だから体術なのだ。体術に自信がなければ、力の強い男を相手に実戦で戦えるわけがない。

 

 最後には、黒倫というとんだ男が闖入して場を荒らされた。

 道場主というからそれなりの自信もあったのだろうが、沙那の相手ではないのはすぐにわかった。

 負けると、腹いせなのか、弟子をけしかけて剣で襲わせた。

 あっという間に無力化したが、それだけの力を観客に披露してしまってはもう終わりだ。

 沙那に挑戦しても勝てると思う者はいなくなっただろう。

 

 それで賭け試合を引き揚げることにした。

 だけど、儲かった。

 余程に嫌われているのか、沙那と黒倫が戦うことになると、見物人たちが賞金をつけてくれたのだ。

 それで、当面に旅に必要な路銀も十分に集まったし、沙那は満足していた。

 城郭の商家で旅に必要な物を買い足すこともできた。

 

 さて、これからどうしよう……。

 宝玄仙たちが待っているはずの廃小屋に向かいながら、沙那はふと考えた。

 このままあの廃小屋に急ぎ戻るべきか、それとも、少し暇を潰してから戻るかだ。

 

 まだ、陽は高い。

 いま頃は、可哀そうな孫空女が宝玄仙の仕返しの嗜虐を一身に受けている頃に違いない。

 成り行きで宝玄仙を責めることになった昨夜だったが、どう考えても、昨夜は少し度が過ぎた。

 責めを受けている間は、宝玄仙も被虐に酔ったようになっていたが、朝になり、冷静になれば、宝玄仙の嗜虐心が爆発することはわかっていた。

 それで沙那は路銀を作るという名目で逃げたのだ。

 

 実際のところ、旅を続けるためには路銀が必要だったし、辻で賭け試合をすれば、少しは集まるのではないかという思惑もあった。

 路銀は予想以上に集まり、これで面目は果たすことができたと沙那は安心もした。逃げたうえに、路銀も作ることができなかったとなると、どんな目に遭わされるかわかったものじゃない。

 孫空女には気の毒だったが、孫空女も一緒に逃げたのでは、宝玄仙の怒りを発散できない。

 誰か犠牲者が必要だった。

 調子のいい朱姫は、どうせ宝玄仙の嗜虐の手伝いをするとか言って、嗜虐側に回るに違いない。

 犠牲者はひとりでいい。ふたりの必要はない。

 

 いま頃、酷い目に遭っているはずの孫空女だが、沙那が戻れば、必ずそれに加えられる。

 もっとも、あの宝玄仙のことだ。夜まで待てば血が昇った頭も落ち着き、責めもまともなものになっているだろう。

 遅く戻れば戻る程、沙那の被害は少なくなるはずだ。

 やっぱり、戻るには、まだ早いかもしれない。

 

 その辺りで暇をつぶしてから戻るべきだろう……。

 沙那は城郭で購った荷を背負ったまま立ちどまった。

 その時、どこからか、若い女の悲鳴が聞こえた気がした。

 

「助けて──。だ、誰か助けて──」

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 沙那は、悲鳴のする方向に駆けた。

 少し城郭側に戻った方向だ。

 道の真ん中に、女物の履物が片方だけある。

 その道の側方の樹木に囲まれた奥に、複数の人の気配があった。

 跳び込んだ。

 人の群れがある。

 

「なにをしているのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 そこにあったのは、半裸の女を屈強そうな数名の男たちが囲んでいる光景だった。

 

「なんだ、お前は?」

 

 男たちが一斉にこっちを見た。

 沙那は、その中のひとりに見覚えがあった。

 さっき黒倫がけしかけた弟子の中に、その男がいた気がする。

 

「もしかしたら、あんたらは、黒倫といかいう道場主の弟子ね?」

 

「おお、お前は、さっき、城郭で辻試合をしていた女だな?」

 

 その見覚えがあった男が言った。

 沙那は呆れた。

 性根の腐った男が教えれば、弟子の性根まで腐るらしい。

 こんなところで、若い女を強姦しようとするなど……。

 

「お、お願いします──助けて、助けてください──」

 

 上半身の衣服を破かれた女が、泣きながら沙那に駆けてきた。沙那は、その若い女を背中に庇いながら、細剣を抜いた。

 

「二度と悪さができないように、懲らしめてあげるわ。覚悟なさい──」

 

 沙那は声をあげた。

 男の数は三人だ。

 剣を抜いた三人がにやにやしながらこっちに向かう。

 

 沙那の相手ではない。

 それは立ち振る舞いだけでわかる。

 この男たちを打ちのめすのに、瞬時もかからない。

 沙那は細剣を構えた。

 

 その瞬間、首にちくりとした痛みが走った。

 すると突然に全身の力が抜けた。

 そして、筋肉が不意に弛緩して、その場に沙那は崩れ落ちてしまった。

 

「あ……な……」

 

 口をきこうとするが、舌まで弛緩して声も出ない。

 

 なぜ……?

 

 そのとき、背中に庇った若い女のことを思い出した。

 もしかしたら、その女が……。

 

「よくやったな、千歳」

 

 背後から聞き覚えのある声がした。

 地面にしゃがみ込んだまま首を回せないので顔を見ることはできないが、その声はあの黒倫に間違いない。

 

 沙那の前に人が集まった。

 なんとか顔をあげた。

 

 やっぱり黒倫だ。

 右手首に布を巻いている。

 その横には、沙那が助けたはずのさっきの女もいる。

 黒倫に身体を預けるように笑っている。

 女を襲っていたと思った男たちも、女と並んでにやにやと笑いながら沙那を眺め下ろしている。

 

「あ……が……は……」

 

 どうしても声が出ない。

 どうやら罠に嵌ったということだけは理解できる。

 

「さっきは世話になったな。どうしても、もう一度、立ち合いたくてな。俺の道場まで来てもらえるか、沙那」

 

 黒倫がそう言って、卑猥な表情で微笑んだ。

 背に冷たい汗が流れた。



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303 捕らわれた女剣士

「ひ、卑怯者──」

 

 沙那は叫んだ。

 道場に集まった男たちは、二十名はいるだろう。

 沙那は、その男たちに囲まれるように後手に拘束されて、道場の天井から吊られて立たされていた。

 両脚は道場の床についているが、背中で組み合わされている腕と同じように、天井に取り付けてある滑車から伸びる鎖に繋がった足枷を左右それぞれの足首に嵌められている。

 

 ここは、安丘(あんきゅう)の城郭にある黒倫(こくりん)の道場のようだ。

 もっとも、ここに連れ込まれるときには、沙那は樽のようなものに入れられて運ばれたので、実際のところ、ここがどこなのかわかっていない。

 

 いずれにしても、とんだ失敗だ。

 城外に出たところで、若い女の悲鳴があり、駆けつけるとその女をここにいる弟子の数名が強姦しようとしている最中だった。

 女を背中に庇って男たちを叩きのめそうとしたら、首筋に針が刺さった痛みが走った。

 次の瞬間、全身が弛緩して地面に崩れ落ちた。

 つまりは、強姦は茶番であり、すべては城郭でやった辻試合で負けた逆恨みにより、沙那を捕えようとした黒倫の卑劣な罠だったのだ。

 沙那の首に筋肉を弛緩する毒薬を塗った針を刺したのは、沙那が庇おうとした千歳(ちとせ)という名の若い女であり、その女は、どうやら黒倫の愛人のようだった。

 

 筋肉が弛緩して動かない両手を後手に縛られ、猿ぐつわをされると、棺桶のような樽に押し込まれた。

 そのまま、誰かに担がれて運ばれる気配を感じたが、やがて、樽から出されたのがここだったのだ。

 運ばれる途中で、筋肉の弛緩はなんとか回復していたが、後手縛りの縄を道場の天井から伸びる鎖に繋がれ、両足首にも同じように天井から伸びる鎖の先の足枷を嵌められた。

 そうやって沙那を拘束しておいて、黒倫は弟子たちを集めて、ここで酒盛りを始めた。

 

「卑怯者とは聞き捨てならんな。俺は、女ながらもあれだけの武辺を持つ沙那殿に、もう一度立ち合ってもらいたくて、道場に来てもらったのだ。俺も武芸者のひとり。是非とも、もう一度立ち合ってもらいたい」

 

 沙那の正面に座っている黒倫が酒を呷りながら言った。周りの弟子たちが哄笑する。

 

「だ、だったら、いくらでも立ち合ってあげるわよ。さっさと縄を解きなさい」

 

「そう急くな、沙那殿。まあ、せっかくの機会だ。同じ武芸者として話もしたいし、酒に付き合ってくれてもいいだろう。ここにいる弟子たちも、沙那殿と肌と肌と接するほどに親交を深めたいそうだ」

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。こんなことして、どうなるかわかっているでしょうね」

 

 沙那は身体を揺すった。縄はしっかりと緊縛してあり、縄抜けはできそうにない。

 どうやら、沙那を嬲るのが目的であり、殺すつもりまではなさそうだから、

 いずれは、仲間が助けに来てくれるかもしれないが、沙那がここに監禁されているなどということは、すぐにはわかりようもないだろう。

 それまでは、ここでこの卑劣な男たちにいいように弄ばれるしかないのか……。

 沙那は歯噛みした。

 

「沙那殿の武術を披露いただくのは後のこととして……。折角の女武芸者の沙那殿のご訪問だ。もっと寛いでもらいたいものだな。どれ、沙那殿の衣類を緩めてさしあげよ」

 

 わっと男たちが声をあげた。

 着衣を剥ごうというのだろう。

 あらかじめ決まっていたのか、男がふたりすっと立った。

 手に小刀を持っている。そのふたりが両脇に立った。

 

「じゃあ、まずは、上からいくか?」

 

 ひとりの男の小刀の刃が、襟の内側に入る。

 まっすぐ縦に切り裂かれる。

 

「い、いやっ」

 

 胸当てごと切り裂かれた着衣を両側に開かれる。羞恥に反応する姿は、男たちを悦ばせるだけだとはわかっているが、露わにされた乳房に思わず身体をよじらせてしまう。

 

「なかなかに綺麗な肌だな。胸も形もいい」

 

 黒倫が舐めるような視線を向けながら笑った。

 

「まったくですね。俺も驚きました。これは上玉ですよ」

 

 ふたりの男たちがそう応じながら、刃物で上半身の衣類をどんどん切り裂いていく。

 あっという間に沙那は、背中で縛られている腕の袖を残して、上半身の着衣をすっかりと切り取られてしまった。

 

「あくっ」

 

 そのとき、沙那の服を剥がしていた男の指がちょんと乳首に触れた。

 その瞬間、稲妻にでも打たれた衝撃が走り、沙那は思わず声をあげてしまった。

 

「なんだ?」

 

 乳首に触れた男も、黒倫をはじめとする周囲の弟子たちもきょとんとした表情をしている。

 沙那は自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になるのを感じて、思わず顔を下に向けた。

 

「おい、ちょっと乳に触ってみろ」

 

「や、やめて──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 自分の身体が異常なほど感じやすいのを沙那は知っている。

 こんな卑劣な男たちによって、身体を触られるだけじゃなく、快楽に狂う姿を見られるのは死ぬほどの恥辱だ。

 だが、両側からふたりの男によって、乳房が揉みしだかれる。

 

「あ……ああ……」

 

 がさつで繊細さなど欠片もない手管だが、それでも沙那の身体は、そこから激しい愉悦を搾り取ってしまう。

 

「い、いや……あ、ああ……」

 

 自分の口から甘い声が漏れ出るのが悔しい。

 我慢しようと思うのだが、乳首を指で挟まれて乳房をゆさゆさと揉まれると、どうしても声が出てしまうのだ。

 

「こ、これは凄いな。あんなに強いくせに、随分といやらしい身体をしているようだ」

 

 沙那の乳房を弄んでいる男のひとりが感嘆したような声をあげた。

 それで沙那は、このふたりが辻試合のときに、沙那が叩きのめしたうちのふたりだということを思い出した。

 

 沙那が悶え動くのが愉快なのか、両側の男たちはさらに激しく胸を揉み始める。

 周囲の男たちも息を呑んだように静まり返って、いきなり始まった沙那の嬌態を眺めている。

 しんとした道場に沙那の艶めかしい声だけが響いている。

 

「ゆ、許して……ああ……」

 

 あまりの快感の昂りに思わず沙那は言った。

 快楽の波が全身に駆け巡る。

 立たされている脚からどんどん力が抜けていく。

 沙那は泣きそうだった。

 

 どうしてこんなにも自分は感じやすい身体になってしまったのだろう。

 こんな身体にした宝玄仙に恨みのような思いが走る。

 乳房が揺すられて、乳首が繰り返し刺激される。それだけで全身が熱くなり、股間がどうしようもなく濡れてくるのがわかった。

 

「これは思った以上の拾いものだったようだな。そんなに悶えてくれるんじゃあ、どうしても、股がどうなっているのか拝みたくなるというものだ。そろそろズボンも剥ぎ取れ」

 

 黒倫が言った。

 

「も、もう、勘忍して……」

 

 無駄だとわかっている哀願をしてしまう。すでに股間はびしょびしょに濡れている。

 こんな姿を見られたら、沙那はこの卑劣な男たちにどうしようもない恥を晒すことになる。

 なんとしても下袴を剥ぎ取られようとするのを防ごうと、足首に枷を嵌められた肢を引き寄せて股間を隠すようにする。

 しかし、鎖に引っぱられて、なんとか内腿をすり寄せるくらいしかできない。

 もっとも肢が自由だったら、とっくの昔に眼の前の男たちを蹴り飛ばしていただろう。だが、それもできない。

 

「おい、肢が邪魔だ。片脚を引き揚げろ。股を開いてから、下袴を切り裂いてやれ」

 

 黒倫が言った。

 すると数名が壁に走り、沙那の足首にかかっている鎖の一本を滑車を使って引き揚げ始めた。

 次第に片脚が引き揚げられる。

 

「や、やめてよっ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 あげられまいと力を入れるが、そんな沙那の抵抗もむなしく、片脚が引き揚げられて床と水平になる程に引き揚げられた。

 

「とりあえずそれでいい。下袴を切り裂け」

 

 黒倫が言うと、びりびりと下袴の布に小型の刃が入りだす。

 腰の部分が切断されて、そこから裾まで一気に裂かれた。反対側も同じようにされる。ただの布になった下袴が沙那から離された。

 

「思った通り、びしょびしょだな。それだけの淫乱な身体だ。さぞや、身体を持て余しているんだろうなあ」

 

 黒倫が立ちあがって、沙那の前にやってきた。片脚を引き揚げられて大きく脚を開いている沙那の股間にぐりぐりと指を伸ばしてまさぐる。

 

「あひいいいっ」

 

 すでに乳房の愛撫で全身が敏感になり過ぎている。

 黒倫の指が下着越しに肉芽や秘唇を擦りあげると、そこから激しい痺れの波が全身を駆け抜けた。沙那の身体がぶるぶると震える。

 

「お前、本当に淫乱な身体をしているのだな。よくも、そんな身体で男と体術で勝負ができるものだ」

 

 黒倫が笑いながら股間をいたぶり続ける。

 

「わ、わたしは……あ、ああ……い、淫乱じゃ……あひっ──ないっ」

 

 沙那は懸命にそれを否定した。

 

「説得力がないなあ」

 

 黒倫が呆れたように言った。周りの弟子たちも一斉に哄笑した。

 沙那の全身に羞恥が駆け抜ける。

 こんな男の手管で──しかも、なんでもないような指の刺激だ。

 それなのに、もう達してしまいそうだ。

 

「じゃあ、確認してみるか──。おい、そいつを寄越せ」

 

 黒倫が横に立っている弟子から小刀を受け取った。

 下着の両側に刃を刺し入れて、下着を取り去った。

 

「くっ」

 

 股間にたちまちに外気が触れる。

 沙那は歯を食いしばった。

 しかし、黒倫の指は沙那の股の亀裂に添ってすっと動く。大きな淫情が全身を貫く。

 

「お前たち見てみろ。この沙那殿は、すでに俺たちと肌で語り合う準備がすっかりと整っているようだ」

 

 黒倫が大きな声をあげた。

 酒を飲んで座っていた弟子たちがわらわらと立ちあがって、すでに全裸状態になっている沙那の身体を取り囲む。

 

「随分といやらしい匂いがしているぜ」

 

「それにしても、本当にいい身体だぜ。匂いつく女というのはまさにこの女だな」

 

「きれいな顔に鍛えられた身体──。そして、とてつもなく淫乱で、刺激を受けるとどうしようもなく感じてしまう体質か。まさに、申し分のない女だな」

 

「股ぐらには一本の毛がないな。これは、どうしたんだ? 剃っているという感じでもないな。生えない体質なのかな」

 

「見た限りでは女陰は上付きというところか? まあ、入れてみればわかるだろうがな」

 

「これで、道具も一品なら、とてつもない女ですよ、先生」

 

 弟子たちが沙那の全身を眺めまわしながら口々に言う。

 沙那はどうしていいかわからないほどに羞恥に襲われて、いたたまれない気持ちになる。

 

「急くことはないぞ。時間はいくらでもある。明日には売り飛ばそうと思っていたが、もう少し長くここにいさせてもいい」

 

 黒倫が言った。

 

「う、売るってなによ?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「ほう、こんな格好にされても気勢を張れるとはさすがだな。なに、この道場で負けた女は、全員で抱き潰した後で、妓楼に売り飛ばすことになっておるのだ。それがこの道場の掟でな。そうやって、女を売って小銭を稼ぐのも、俺の商売のひとつだ」

 

 黒倫が笑った。

 

 売る……。

 

 冗談じゃない。

 そんなことをされれば、救出の手が面倒になる。

 それにしても、ただの自堕落な武術家だと思っていたら、女を浚って妓楼に売るというような悪事もしているようだ。

 沙那は羞恥と淫情に襲われながらも、この黒倫に対する怒りがふつふつと湧いた。

 

「わ、わたしは負けてはいないわよ。卑怯な手段を使わなければ、女を自由にできない弱虫のくせに、偉そうに喋るんじゃないわよ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ほう、胸をちょっと揉まれただけで全身から淫情を溢れさせたような仕草をしたかと思ったが、もう元気になったのか──。まあ、心配するな。後で勝負はさせてやる。勝てば解放してやるが、負ければ売られることになる……。だが、その前にもう少し、客人へのもてなしとして身体を揉みほぐしてやろう。お前たち、順番にこの沙那の身体を揉んでさしあげろ」

 

 黒倫が言うと、すぐに周囲から手が伸びる。

 

「いやああっ」

 

 こんなにあっという間に欲情した身体を大勢に愛撫されれば自分がどんな恥態を演じることになるか十分にわかっている。

 沙那は見知らぬ男たちに身体を触られて感じてしまう恐怖に、悲鳴をあげて身体を捻った。

 しかし、無遠慮なたくさんの手が沙那の裸身に伸びる。

 

「あひいっ」

 

 片脚を引き揚げられている両脚の内腿に手が伸びる。

 びっしょりと濡れている股間の亀裂にも指が一本、二本と入ってくる。

 別々の男の指が女陰に入り、大きく割れ目を開かれる。

 その股間を数名の弟子が覗きこむように下から視線を送っている。

 沙那は女のすべてを丸出しにされる恐怖に、悲鳴をあげて股間を締めつけた。

 

「こ、これは、なかなかですよ、先生」

 

 女陰に指を入れている弟子が驚くような声をあげた。

 

「どれ、締めてみろ、沙那」

 

 弟子たちの指が出ていき、黒倫の指がぐいと入った。

 女陰を締めることで、男が喜ぶのか喜ばないのかはよくわからないが、黒倫の命令したことは絶対にやるものかと思った。

 しかし、誰かが沙那の肉芽をくりくりと押し回した。

 

「ああっ、いやあっ──」

 

 衝撃に悲鳴をあげてしまう。

 

「おおっ」

 

 黒倫が声をあげた。

 

「確かに、これは凄い。しかも、二段締め……、いや、三段締めか? 指が千切りとられそうだ」

 

 黒倫が心からの悦びの声をあげた。

 肉芽を刺激されたことで、つい、女陰を締めつけてしまったようだ。

 よくわからないが、この一年、宝玄仙から女陰で玉を締めつけたり、野菜を出し入れしたり、あるいは折ったりというような訓練を繰り返しさせられた。

 女陰で自由に肉棒を締めることができるようにだと言っていたが、それにより沙那の女陰は、もしかしたら男を悦ばせるような道具になっていたのかもしれない。

 沙那は悔しさに涙が出そうだった。

 

「それだけじゃないな。この感触……。蚯蚓(みみず)がまとわりついて、あちこちが吸いつくような感触。これは名器だ──」

 

 黒倫が相好を崩した。

 そして、黒倫は指を強く出し入れしながら、余っている指で肉芽を弄び始める。

 黒倫のほかにも何人かの男たちが、沙那の乳首を弄り、乳房を揉み、内腿が撫ぜられ、全身をくすぐられる。

 恐ろしいほどの快感が襲う──。

 

「ひあっ、ひやああああ──」

 

 沙那は身体を仰け反らせて大きな悲鳴をあげた。

 そして、全身に痺れが走りがくがくと身体が揺れた。

 達してしまった……。

 

 沙那の身体にかっと羞恥の血が込みあがるとともに愕然とした。こんな男の手管によって、痴態を晒してしまったのだ。

 

「いき顔もいいな。女は何度でもいくといい。勝負の前に足腰を弱らせねばならんしな」

 

 黒倫は今度は女陰から指を抜いて、肉芽をつまむように愛撫し始めた。

 

「そ、それは駄目──」

 

 必死に指から逃れようとするが、片足立ちの姿勢では指から逃げることなど不可能だ。

 声が喉から迸る。

 

「い、いやあ」

 

 沙那は叫んでいた。

 再び快感の波が沙那を襲う。圧倒的なものが沙那を包み込んでいった。

 

「あひいいいっ──」

 

 二度目の極めをしてしまった。もう、片足立ちの膝ががくがくと震えて立っていられない。

 白い霞がかかったような視界の中で、勝ち誇ったような黒倫が沙那から離れるのがわかった。

 黒倫に代わり、別の弟子が沙那の股間を愛撫しはじめる。

 今度は女陰に指が二本。肉芽にも──。

 

「そ、そこは駄目──」

 

 沙那は絶叫した。

 突然にまったく別の指が肛門に入り込んだのだ。

 その指がくちゅくちゅとなぶられる。

 女陰に挿入されている指を肉の壁越しに押しつけるように刺激された。

 

「あふうっ」

 

 沙那は身体を弓なりに仰け反らせた。

 息が止まるような絶頂に全身が大きく揺れた。

 がっくりと立っている脚から力が抜け、吊りあげられている腕の縄に、沙那の全体重がかかる。

 

「おっと」

 

 誰かが沙那を抱きかかえた。

 まだ、全身をいたぶる愛撫は続いている。

 もう次の波が沙那を襲いかけている。

 もうなにがなんだかわからない。

 

「尻でも感じるようだな……。というよりも、こんなに感じやすい女は初めてだぞ。そのうえに、これだけの身体と美貌──。先生、もう、我慢できませんよ。早く始めましょうよ」

 

 ひとりが言った。

 同調するような声が周囲からあがる。

 

 輪姦される──。

 

 それについての恐怖はそれほどでもない。

 それよりも、こんな男たちのなすがままに、欲望を示してしまう自分が恨めしい。情けない──。

 

「焦るな。物事には手順というものがある。それに、お前たちにも回してはやるが、それは後だ。いまは手で触るだけで我慢しろ──。それよりも、この沙那殿には、もう一度勝負をしてもらわねばならんのだ。一応は、それが決まりだしな」

 

 黒倫が笑った。

 

「でも、先生──」

 

「いいから、もっと沙那をいかせておけ」

 

 弟子たちは不満げな表情をしながらも、沙那へのいたぶりを続けだす。

 無遠慮な指が全身の敏感なところを動き回し、沙那はまた身体を無理矢理に昂ぶらせられる。

 次々に快楽の波が走る。

 こうなると、もう沙那の身体は止まらない。そんな風に調教されてしまったのだ。

 呼吸のように続けて絶頂感が沙那を襲う。沙那は悲鳴をあげて喘ぎ続けた。

 

「ああ……も、もうやめて──」

 

 連続する絶頂感に満足して息をすることもできなくなりかけてきた沙那は、必死の哀願をした。これ以上身体を嬲られるとどうにかなってしまう。

 

「あちこちが弱いが、どうやら、この女の一番の弱点は尻の孔のようだな」

 

 誰かが言った。

 すると執拗に肛門に指を入れられて内襞を刺激されるようになった。火花のような快感があがり、沙那は続けて絶頂してしまう。

 

「尻だけじゃないぜ。全身のどこでも狂ったように感じるようだぜ」

 

 尻の刺激にさらに乳首や股間の刺激が加わる。

 意識が消えていく。

 快感に飲み込まれる……。

 津波のような快感に満足に言葉が出せない。出るのは激しい喘ぎ声だけだ。

 

「もっと、もっと乱れてくれ、沙那殿」

 

 すでに離れて酒を呷っている黒倫が笑って言った。

 身体が壊れる……。

 また、絶頂の波がやってくる。

 

 絶頂と絶頂の感覚が短すぎる。このままでは、死んでしまう。

 しかし、感じすぎる沙那の身体は、いくらでも無尽蔵に快感をむさぼってしまう。

 

 また、いく……。

 

「あひいいっ──」

 

 もう十回は達したのではないだろうか……。

 これだけの男たちから全身の性感帯を一度に刺激され続けるのだ。

 耐えようがない。

 激しい頂点にまた昇る……。

 

「おう──」

 

 男たちが一斉に離れた。

 じょろじょろと音がしている。

 なにが起こったかわからなかったが、自分が失禁しているのがわかった。片脚を吊られたまま、沙那は道場の床に小便を垂れ続けていた。

 

「ひいいっ」

 

 あまりのことに沙那は泣いてしまった。

 

「なんてことをしてくれるのだ、沙那殿? 仮にも、道場だぞ。そこで小便を垂れるなど」

 

 黒倫が呆れたような声をあげた。

 しかし、一度放水をはじめた尿は止めようもなかった。いつまでも続くかのような水音が道場の床にたち続けた。



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304 恥辱の全裸試合(その1)

「みっともなく小便するなんて、なんてことよ。恥を知りな」

 

 千歳(ちとせ)という女が沙那の足元で床を掃除しながら罵った。

 

「確かにな。ここは礼くらい言うべきであろうな、沙那殿。千歳は沙那殿のやった粗相の後始末してくれているのだ。それに、神聖な道場を小便で汚した詫びも欲しいところだ」

 

 黒倫(こくりん)が笑いながら言った。

 沙那は、顔を伏せたままでいた。

 

 口惜しかった。

 悔しさで血が沸騰していた。

 恥辱よりも猛烈な怒りがまさっている。

 

 なにが神聖な道場だ……。

 その道場を裸にした女をいたぶるために使っているのは、こいつらじゃないか──。

 

 大勢の弟子たちに一斉に身体を愛撫されてしまい、沙那の敏感すぎる身体はそれに耐えることができなかった。

 短い間に連続で絶頂を続けただけでなく、片脚をあげて立たされている姿勢まま尿を洩らしてしまった。

 

 嫌がらせであろう。

 しばらく、その醜態のまま放置されたが、とにかく掃除をさせようということで、この千歳が呼ばれたのだ。

 そもそも沙那が黒倫たちに捕らえられたのは、城郭の郊外の林の中で強姦されそうになっていたこの千歳を救おうとしたからであり、背中に庇った千歳に背後から筋肉を弛緩させる強力な毒針を刺されたせいだ。

 そして、この道場に連れ込まれた。

 沙那からすれば、恨みこそすれ、感謝の言葉も、詫びの言葉も冗談ではない。

 しかも、床を拭くために使っているのは、切り刻まれて床に散らばっていた沙那の服だ。

 それを雑巾代わりにして、この女は床を掃除しているのだ。

 

「なんとか言いなよ、この恥知らず──。それに、なによ、この股ぐら? これ全部お前のお汁なの。まあ、びしょびしょじゃないの。ついでに拭いてげるわ」

 

 床を拭き終った千歳は、沙那の尿を拭いた布切れで、沙那の股間をごしごしと擦り始めた。

 

「んんん……はうっ……んん──あっ……」

 

 耐えようとして歯を食いしばっても、その刺激でどうしても沙那の口から甘い声が漏れてしまう。

 その嬌態に黒倫をはじめとして道場で酒盛りを続ける男たちがまた手を叩いて笑った。

 沙那は悔し涙が滲むのを感じながら、自分の心を裏切って快感を覚えてしまうこの身体を呪った。

 

「驚いた淫乱ねえ……。雑巾で股を拭かれてよがる女は初めてよ。あれっ? そういえば、これ雑巾じゃなかったか。あんたの着ていた服だったわね、これ」

 

 千歳がわざとらしく呆れた声を出すと、それに釣られて、また周りの男たちが哄笑する。

 沙那は羞恥と屈辱で全身の血が煮えたぎるのを感じた。

 

「まあ、それくらいにしておけ、千歳。それよりも、例のものはできているか?」

 

 黒倫が言った。

 

「ええ、手を洗ってから持ってまいります、旦那様」

 

 千歳が道場を出て廊下に出ていく。

 

「さて、沙那殿───。ところで、あれだけ気をやって、しかも、小便まで垂れたのだから、すっきりとしたことであろう。そろそろ、沙那殿の武術の腕前を拝見させてもらいたいと思う。辻試合で立ち合った俺と弟子の五人については、沙那殿の体術の腕も剣の腕もしっかりと見たし、身体で味わった。しかし、他の者はそれを知らないのでな。このままじゃあ、黒師範たる俺が見込んだ女武術家をこの道場に招いたのではなく、ただの淫乱女を連れ込んだと思われてしまう」

 

 わざとらしい物言いに弟子たちが一斉に噴き出した。

 沙那は口を閉じたまま黒倫を睨みつけながらも、黒倫の言葉を訝しんだ。いずれは沙那をここにいる全員で凌辱するつもりでいるようだが、その前に沙那になにかをさせたいようだ。

 

 道場に千歳が戻ってきた。

 手になにかを持っている。

 文字が書かれた紙のようだ。

 

「これです、旦那様」

 

「どれ? おお、よくできておる。これでよい──。沙那殿にも確認してもらえ」

 

 黒倫は満足気に頷くと、その紙を横にいた弟子のひとりに手渡した。

 紙を受け取った弟子がこっちにやってきた。

 背中に結わえられた両腕の縄尻を天井から吊らされている沙那の前に、その紙を拡げて示した。

 

「あっ」

 

 思わず声をあげた。

 それは、沙那と黒倫が賭け試合をするという証文だった。

 賭け金は、金三枚ということになっていて、支払えない場合は、沙那が身売りをして払いに充てるとも書かれている。

 しっかりと黒倫の署名もあるし、驚いたことに沙那の署名もある。

 見届け人として書かれている名もある。

 その見届け人というのが誰のことかは知らないが、弟子たちのひとりの名のかもしれない。

 証文そのものは正式の書式で作られているようだ。

 茶番なのは、その内容だ。

 いったい賭け試合というのはなんのことだ?

 

「沙那殿が先程書かれたこの証文により、これから賭け試合をすることになる。ただし、当道場の仕来たりとして、まずは、師範代格のひとりと立ち合い、しかるのちに、師範である俺自身と立ち合うということになる。沙那殿が勝てば、金三枚を支払いする」

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ──」

 

 沙那はかっとして怒鳴った。

 だが、黒倫はわずかに頬を綻ばせただけだ。

 

「だが、負ければ沙那殿が支払うのだが、見たところ下着一枚お持ちでないようだ。その場合は、この証文に基づき、沙那殿を妓楼に売り飛ばすことなる」

 

「売り飛ばすですって──」

 

「そうだ。賭け額は金三枚としたが、もしかしたら、先ほどの沙那殿の道具の良さと身体の反応からすると、ちと安すぎたかもしれんな。十年の年季として、金五枚はどの妓楼でも軽く支払ってくれるであろう。まあ、余分は、当方の手間賃ということでご理解してもらうおう。では、さっそく立ち合ってもらうか」

 

 黒倫が合図をした。

 弟子たち数名が立ちあがり、沙那を天井からつるしていた鎖を解いた。

 解いたといっても、足首の枷を外して、背の縄尻に繋がっていた鎖を外しただけだ。

 両手を背中で結わえている縄はそのままだ。

 

 一度に続けて絶頂したことと、長く片足立ちを強いられていたことで、沙那の身体は痺れたようになっていた。

 天井からの支えがなくなった途端に、沙那はそのまま床にしゃがみ込んでしまう。

 その沙那の両足首にもう一度足枷が付け直された。

 今度は足首を繋ぐ鎖が人の肩幅ほどの長さがある。

 なんとか歩ける程度の余裕はあるが、走ることは無理だ。

 二十人もの武芸家に囲まれている状況で、この状態で逃げるのは不可能だ。

 

 その間にも道場に拡げられていた酒盛りのための酒と肴が隅に寄せられる。

 弟子たちも壁に寄り、真ん中には裸身の沙那がぽつんとしゃがみ込むだけになった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、その証文はなんなのよ。そ、それに賭け試合というのは一体全体どういうこと?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「なにと言われてもなあ。沙那殿がこの道場にやってきて書いた証文だ。沙那殿は、ここに自らやってきて、道場破りをしようとした。それで、この俺と賭け試合をすることになり、証文を書いた。そういうことだ」

 

「なにを言っているのか、さっぱりとわからないわ。わたしが自ら道場にやってきたですって? しかも、道場破りに、駆け試合の申し込み? あなた、なにを喋っているのよ」

 

「はてさて、おかしなことを言う沙那殿だな。あなたは確かに、ここに自らやってきて、賭け試合を申し込んだのだ。これからそれをすることになるが、この証文が動かぬ証拠だ。しかも、証人も大勢いる──。お前たち、それに間違いないであろう? この沙那殿は、ここで賭け試合を申し込み、そして、自らこの証文を書いたな?」

 

 二十人ほどの弟子が一斉に同意の声をあげた。

 

「あたしも証人になるわ。この女は、確かにこの道場に突然やってきて、旦那様に賭け試合を申し込んだわ。役人に訊かれればそう応じるわよ」

 

 いまは黒倫の横に座り、黒倫に酌をしている千歳が言った。

 沙那は、もう黒倫の考えていることが十分にわかった。

 この偽物の証文を種に、沙那をどこかの妓楼に売り飛ばそうということらしい。

 沙那が拐われて連れ込まれたのではなく、ここに自らやってきて身体を賭けの対象にしたということにするのだ。

 そして、試合に勝つことで、沙那を売って代価を得る正式の権利を手に入れるつもりだ。

 おそらく、役人は黒倫の言い分を認めるに違いない。

 多分、署名の字体が異なると訴えても、役人は聞き入れないようになっている。

 それに、黒倫は知らないが、沙那は国都で宝玄仙を脱走させたことにより手配されている身のはずだ。

 沙那がこの証文など知らないと訴えても無駄なことだ。

 

 沙那は歯噛みした。

 だが、それでも思い直した。

 つまりは勝てばいいのだ。

 試合の結果まででっちあげる気まではないようだ。

 だったら、ここにいる全員と勝負しても負ける気はしない。剣でも体術でもだ。

 

 どうせ、裸にしたまま戦わせる気でいるに違いないし、あれだけの嬌態を演じた後だから、足腰もふらついているので簡単に勝てると踏んでいるのだ。

 身体が痺れたように力が入らないのは事実だが、それでも勝てると沙那は思っていた。

 

「わ、わかったわよ。勝負に応じるわ。手と足枷を解いて──。それで、勝負は体術? それとも剣?」

 

 沙那は言った。

 

「体術だ。剣でもいいが、沙那殿は腕を縛られているので、剣は持てないであろう? さすがに、こちらが剣を持ち、沙那殿が素手では気の毒。こちらも素手でお相手することにする」

 

 黒倫は笑った。

 

「なっ」

 

 絶句した。

 勝負をさせると言いながら、沙那の縄を解かない気でいるようだ。

 つまりは、沙那は後手に縛られたまま、素っ裸で体術をしなければならないということだ。

 

「まずは、仕来たりに従い、弟子を相手にしてもらうが……。そうか、王進士(おうしんし)、お前にしよう。城郭の辻試合では思わぬ不覚を取ったようだが、もう一度、沙那殿に稽古代わりに試合をお願いせよ」

 

「おう、願ってもない。しかし、いいんですか、先生。俺が先に頂いても」

 

 王進士と呼ばれた男が破顔して立ちあがった。

 周囲の他の弟子たちからは失望と妬みのような声が湧く。

 沙那は、その王進士が、辻試合で黒倫の前に試合をした黒倫の弟子であることがわかった。

 あのときは、投げられて組み伏せられたものの、身体の下から襟を絞めて気絶させた。

 沙那の相手ではないが、体術はそこそこのものを持っていたのはわかる。

 

「好きにせよ。俺には、この千歳がおる。千歳の前で別の女を抱けば千歳が気の毒だ」

 

「まあ、嬉しい──」

 

 千歳が満面の笑みを浮かべて、黒倫に身体をすり寄せた。

 

「ならば、先生のお許しも得たことだし、沙那殿、勝負をお願いする」

 

 王進士が歩み寄ってきた。沙那は慌てて後ずさりしながら立ちあがった。

 しかし、後手はともかく、足枷も嵌められたままだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。せめて、足枷を外して。これはあまりにも酷いわ」

 

 沙那は叫んだ。

 後手どころか足枷もしたままというのでは、勝負になりようもない。

 さすがの沙那でも、王進士にただなぶられるだけになってしまう。

 

「足枷? なんのことだ? 俺にはそんなものは見えんがな」

 

 王進士がせせら笑った。

 

「沙那殿が言う足枷というのが、見える者がいるか?」

 

 そして、王進士は周囲に視線を向けた。

 

「見えんなあ」

 

「俺もだ」

 

「俺には、縄も見えん」

 

「おう、ちゃんとした勝負だ。俺が証人だ」

 

「俺も証人だ」

 

 弟子たちが口々に言って笑う。

 沙那は歯噛みした。

 まともに試合をする気は全くないのだ。

 ただ、沙那をいたぶって愉しみたいだけだ。

 王進士がその場で下袴を脱ぎ、下帯を外した。

 下半身裸体となった王進士が改めて構えの姿勢をとる。

 股間の男根は見事なくらいに勃起していた。

 沙那は自分の顔が蒼くなるのを感じた。

 

「始めよ──」

 

 黒倫の声があがった。

 わっと周りの弟子たちが歓声をあげて、手を叩いた。

 

「くっ……」

 

 沙那は小さく舌打ちして少しずつ後ずさりする。

 後手に縛られて、足首にまで鎖のついた枷を嵌められている沙那に、下半身を露出した王進士と体術の試合をしろという。

 いや、これは試合などではない。

 実際のところ、ただの酒の余興であり、ここで王進士に沙那を犯させて、酒の肴にしようというのだ。

 もちろん、それだけじゃなく、それをもって、沙那は賭け試合に負けたことにされて、本当に妓楼に売り飛ばすのだろう。

 

「ほれ、いくぞ──」

 

 王進士が挑発するように腕を伸ばす。

 沙那は身体をさっと身体を捻って、王進士の腕を避ける。

 がちゃがちゃと足首を繋ぐ細い鎖が音をたてる。鎖は肩幅ほどの長さはあるので、すり足で動く分は問題はない。

 しかし、蹴ったり跳んだりということは難しい。

 

 しかも、何度もいかされた余韻がまだ沙那の身体に残っている。

 膝や腰に力が入らず、どうしても身体がよろめいてしまう。

 そんな沙那の哀れっぽい姿に、見物の男たちが拍手をしながら哄笑する。

 手と脚の自由を封じた素裸の女に体術の試合をさせるという黒倫たちの下劣さに沙那は歯を食いしばった。

 絶対に許さない──。憤怒の感情を王進士にぶつける。

 

「そんな風に睨まれると、女振りがあがるな、沙那。どんな風に肉棒をねじ込んで欲しいんだ? 普通に正常位で入れて欲しいか? それとも犬のように後ろからにするか? いや、もしかしたら尻がいいか? まあ、尻だけは俺は勘弁してくれ。尻が好きな奴はほかにいるから、そいつらに尻を貸してやってくれ」

 

 王進士がにじり寄りながらにやにやして言った。

 尻は俺が──。

 いや、俺だ──という声がちらほらとあがる。

 

 また、王進士の腕が伸びた。

 それもなんとか身体をかわす。

 

 しかし、広さに限りのある道場だ。退がってばかりではいられない。

 それでも、沙那は円を描くように道場を動いて距離を保つ。

 薄笑いを浮かべた王進士は、下半身を露出したまま、じわじわと間合いを詰めてくる。

 

「へへ、数刻前に、大勢の観客の前で恥をかかされたときには、悔しくて堪らなかったが、こんなにも早く、汚名をそそげる機会がくるなんて嬉しいぜ。それにしても、城郭の辻試合では、あんなに強かった沙那殿じゃないか。そう逃げ回るだけじゃなく、遠慮なくかかってきてくれよ」

 

 王進士が嘲笑った。

 かっとなった。

 

「な、なにが汚名をそそぐ機会よ──。女をこんな風に拘束して戦うなど、恥をかいているのはお前よ。それでも、修行を積もうとする武術家のつもりなの? こうやっている間にもお前は、恥をかいているのよ。それを知りなさい」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「なんだと、この女──。股ぐらを曝け出しながら、なにを言いやがる」

 

 真っ赤な顔になった王進士が怒鳴った。

 

「落ち着かんか、王進士──。それにしても、沙那殿、さすがにそれでは勝ち目がないかもしれんな。ならば、その姿でも勝てる方法を伝授してやろう。この王進士は、根が大変な色情狂でもあるのだ。女と見れば見境のない男でな。それが沙那殿のような美しい女を相手にするというのでは、すぐに頭に血が昇る。だから、腰を艶めかしく揺すぶって、秘所をもっと突き出すように晒すのだ。そうすれば、勝てるかもしれんぞ」

 

 黒倫が笑いながら揶揄した。

 

「み、見境がないとはひでえなあ──」

 

 王進士が苦笑した。

 一斉に男たちが声をあげて笑った。

 

「それにしても、確かに退がるだけでは勝負にならん。沙那殿、ほらっ、戦え───。戦わんか」

 

 黒倫はなおも言って呷る。

 それに釣られるように弟子たちも、やいのやいのと大声で揶揄をする。

 

「おい、王進士、いつまでも、待たせるんじゃねえよ──」

 

「そうだ、そうだ、なにもしねえんなら、変われよ」

 

「もたもたするなよ。早く、お前の一物を女の股ぐらに突き挿してやれ──」

 

 男たちの野次は王進士にも向けられだす。

 

「わかったよ」

 

 王進士は、じわじわと距離を詰めるのをやめて、いきなり、間を一気に詰めた。

 沙那は一度腰を屈めて、そのまま両脚で横に大きく跳躍し、王進士の突進を避けた。

 避けられたことで興奮したような王進士が、さっと向きを変えて、沙那に向かってくる。

 沙那はまた両脚で跳びあがってそれを避けた。

 二度、三度と同じことを繰り返す。

 

「王進士、お前は、足枷を嵌められている女を捕まえるとこもできねえのかよ──」

 

「それにしても、跳ぶたびに、その品のいい乳房がゆらゆらと揺れるのが堪らねえなあ」

 

「尻振りも格別だ。こんなところで、美女の裸踊りが見れるとは思わなかったな」

 

 そんなことを口にする声も聞こえる。

 だが、沙那にはそんな揶揄に斟酌する余裕はない。捕まえられたら終わりだという頭がある。

 王進士の腕を右に左にと必死になって避けまくる。

 しかし、さすがに逃げ切れるものではない。

 ついに、沙那の股間にさっと王進士の腕が入った。

 

「あっ──」

 

 沙那は思わず悲鳴をあげかかったが、腕を精一杯に伸ばした王進士の態勢が崩れているのがわかった。

 咄嗟に両方の内腿で王進士の腕を挟み、身体を力いっぱいに捩じった。

 

「うわっ」

 

 腕を取られるかたちになった王進士が悲鳴をあげた。

 そのまま、腕を股で極めたまま床に尻餅をつくように転がる。

 王進士は、完全に姿勢を崩して顔から床に倒れた。

 

「ひぎいっ」

 

 王進士が悲鳴をあげた。

 沙那は、鼻を押さえてのたうつ王進士の腕を緩めて、腕を抜いて立ちあがる。

 両膝を揃えて跳び、横倒しになっている王進士の首の後ろに膝を叩き込んだ。

 

「ひがあっ」

 

 大きな呻き声をあげて、王進士は身体を転がって沙那から距離を取った。

 

「や、やりやがったな」

 

 頭に血を昇らせたような王進士が、よろよろと立ちあがる。

 沙那は両脚を揃えたまま、王進士の両方の膝下に回し蹴りをした。

 

 再び頭から倒れた王進士は、今度こそ呻いて起きあがれなくなった。

 下半身を露出したままの王進士の身体が横たわるそばで、沙那は、肩で息をしながら道場の真ん中に立っていた。

 静まり返った道場に、不意に拍手がひとつした。

 

「いや、お見事だ、沙那殿。まさか、王進士が負けるとは思わなかったがな──」

 

 ほかの弟子たちが、呆然とした表情を崩して、我に返ったようになった。

 数名が、呻き声をあげている王進士を引き摺って、道場の隅で手当をしはじめる。

 

「素っ裸で、手足を封じられながらも、それほどの戦いぶりを見せる。驚いた女傑ぶりに感服した。それでは、仕来たりに従い、師範である俺がお相手する──。千歳、例のものを……」

 

 黒倫は目配せをした。

 なにをする気なのか……。

 

 これから師範である黒倫と戦う──。

 また、この姿で戦わせる気なのであろうが、沙那は不気味な黒倫の表情が気になった。

 なにかを企んでいる表情だ。

 

 その黒倫の指示を受けた千歳が、また道場の外に出て、すぐに戻った。

 手に革の帯のようなものも持っている。

 

「さあ、沙那、今度は、これをして戦ってもらうわ」

 

 千歳が沙那に近寄ってくる。

 嫌な予感がして沙那は数歩後ずさる。

 しかし、いつの間にか背後に男たちが数名いて、その身体を押さえられる。

 

「さっきも言ったが、俺は千歳がいるので、お前を抱くのは遠慮しようと思う。しかし、そう色っぽく裸身を動かされたのでは、いくら俺でも間違いをせんとも限らん。それで、沙那殿には、今度は下着をつけてもらう。素っ裸で戦わなくても済むのだ。嬉しいであろう?」

 

 黒倫は立ちあがった。

 

「そういうことよ。さあ、肢を開くのよ、沙那」

 

 沙那の前に立つ千歳が手に持った革帯を沙那の腰に巻いた。

 そして、腰に巻いた革帯の中心から出る革帯を沙那の股間に通そうとする。

 それで、初めて沙那は、千歳が沙那に装着しようとしている“下着”の正体がわかった。

 

 下着とは名ばかりのただの革の帯だ。

 それを股縄のように嵌めようとしているのだ。

 しかも、ただの革帯ではない。沙那の股間に触れる側の内側には、半球の突起が幾つかついている。

 そんなものを締めつけられれば、今度は股間を刺激されながら戦うことになる。

 

「や、やめてよ、どこまでわたしを馬鹿にすれば気が済むのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「馬鹿になどするつもりはない。そのような姿で、王進士ほどの者を倒した沙那殿だ。その沙那殿の股をいつまでも晒させるのは気の毒と思っているだけだ」

 

 黒倫は笑った。

 股間に通された革帯がぐいと締めつけられて腰帯の後ろ側でなにかの金具で固定された。

 

「では、準備がよければ、始めるかな。この俺も武術家の端くれだ。これで負ければ、沙那殿を解放し、しかも、証文の通りに金三枚を渡すことも約束しよう」

 

 千歳と弟子たちが沙那から離れていくと、黒倫が言った。

 仕方なく、沙那は構えをとるために身体を動かした。

 

「うっ」

 

 その瞬間、股間の革帯の内側の突起が肉芽を擦りあげた。

 背中に激しい衝撃が走り、沙那は思わず腰を砕き、中腰になる。

 

「ひうっ」

 

 その動きでもまた快感の疼きが襲う。どういう仕掛けになっているかどうか知らないが、沙那が少しでも動くたびに肉芽や女陰、そして、肛門に刺激が走るのだ。

 こんなものを装着されたままでは、戦うどころか、まともに動くこともできない。

 

「なにか困っておるようだが、さっそく始めるとしようか──。誰か、始めの声をかけてくれ」

 

「始め──」

 

 誰かの声がして、わっという歓声が一斉にあがった。



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305 恥辱の全裸試合(その2)

「始め──」

 

 声がかかった。

 沙那は、しゃがみ込みそうになる姿勢を必死で起こして、にやにやしながら近づく黒倫(こくりん)に身体を向けた。

 しかし、股間に淫靡な刺激がまた走り、喘ぎ声をあげて膝をつきそうになる。

 

「その様子だと、その革帯を随分と気にったのだな、沙那殿。しっかりとでっぱりが、お前の気持ちのいい場所に当たっているようだ」

 

「こ、こんなの……ひ、卑怯よ……」

 

 沙那はみっともなく腰を後ろに突き出す姿勢をどうしても真っ直ぐにすることができずに黒倫を睨んだ。

 黒倫は、特に構えるわけでもなく、ゆっくりと歩いてくる。

 沙那は、距離を開けようと数歩退がった。

 しかし、少し動くだけで、敏感な肉芽や陰唇や肛門に刺激が加わり、全身に淫らな疼きが駆け回る。

 

 感じやすい沙那の身体だ。

 こんなものを装着されて戦えるわけがない。

 それでなくても、両手を後手に縛り、足首に鎖までつけて戦わせようとされている。

 そのうえに、股間を刺激する革帯まで股間に装着させるとは、なんという卑劣な男なのだろう。

 

「はあ……はあ……」

 

 さっきは、それでも、この状態で跳び回って、王進士の隙をつくことで倒すことができた。

 しかし、今度は跳ぶこともできない。

 

「乳首が勃起しているぞ。そんなに気持ちいいのか?」

 

 黒倫の手が沙那の乳首に伸びる。

 

「いやっ」

 

 とっさに身体を捻った。

 しかし、その瞬間に股間から湧きあがるような快感が襲う。

 

「ひうっ」

 

 膝ががっくりと崩れた。

 黒倫の手が沙那の両方の乳房を鷲掴みした。

 

「ああ……、い、いやっ」

 

 乳房を揉まれながら乳首を指で刺激されて、沙那はその場に両膝をついてしまう。そのまま、覆いかぶさるように倒されてしまった。

 

「さっそく、寝技に移行すると言われるか? ならば、ご教授願おう」

 

 黒倫は薄笑いを浮かべて、沙那に覆いかぶさって舌で沙那の乳頭を責め始めた。

 

「ひううっ……だ、だめえぇ……」

 

 沙那は懸命に身体を捻って黒倫の身体の下から逃れようとするのだが、その動きさえも、股間の革帯は封じしまう。

 身体を捩じるたびに耐えられない愉悦が股間から迸り、沙那は喘ぎ声を出してしまう。

 その間にも黒倫は、沙那の乳首を無遠慮に音を立てて吸い、舌を這わせる。

 乳首がくりくりと舌で跳ねあげられて、沙那は全身が熱くなり、もう切羽詰った状態になった。

 

「実に愉しいねえ……。こんなに淫乱な女は初めてだ。これはどうだ、沙那殿?」

 

 黒倫の手が革帯越しに股間を握った。そして、激しく動かした。

 

「あくうううっ──」

 

 大きな快感が沙那を襲った。

 全身ががくがくと震えて、沙那は悶絶してしまった。

 革帯が喰い込んでいる女陰の中でどっと自分の愛液が迸るのがわかった。

 

「さっそく、達したか? 別にいくら絶頂してもらっても構わんが、これは体術の試合なのだぞ。よがるだけではなく、少しは抵抗をしてもらわなければ、俺としても張り合いがない」

 

「こ、この……」

 

 沙那はやりたい放題の黒倫を睨んだ。

 すると黒倫の首がすぐ顔の前にあった。

 沙那は、咄嗟に眼の前の黒倫の首に思い切り噛みついた。

 

「ぐわあああ──」

 

 黒倫が沙那を突き飛ばして離れた。黒倫の首の横に血が滲んでいる。はっきりと沙那の歯型の痕がある。

 いい気味だ。

 少しは溜飲が下がる。

 

「こいつ──」

 

 黒倫が怒りの形相で沙那の首を掴んだ。

 そして、平手で思い切り頬を張り飛ばされた。

 衝撃で眼がちかちかして、視界が一瞬暗くなる。

 反対側からも平手──。

 沙那の意識が飛ぶ。

 

 だが、暗くなる視界の中で、かろうじて三発目がやってくるのを悟った。

 沙那は無意識のうちに顔を捩じり、やってくるものに噛みついた。

 

「がああっ──」

 

 また、突き飛ばされた。

 身体が掴まれて後ろに引きずられる。

 視界が戻ると、黒倫が指を押さえてうずくまっている。

 その指からは血が流れていて、沙那は、数名の男たちから身体を掴まれて黒倫から引きはがされていた。

 どうやら、沙那が黒倫の指に噛みついたようだ。

 ほとんど無意識のうちにやったことだ。

 

「この女──」

 

 黒倫がこっちを向く。その表情には憤怒が浮かんでいる。沙那は激しい殺気を黒倫から感じた。

 

「こ、殺してやる……」

 

 黒倫が拳を握りしめて、こっちに近づいた。

 

「待ってよ、旦那様」

 

 黒倫を宥めるように、すっと千歳が沙那と黒倫の間に入った。

 

「ち、千歳」

 

 黒倫が自分の身体を押さえる千歳に視線を向ける。

 

「……駄目よ、旦那様。この沙那は、明日には妓楼に売るのよ。傷物にしたら値が下がってしまうわ。ここはあたしに任せて」

 

「し、しかし……」

 

「いいから、いいから」

 

 千歳がまだ、男たちに抑えられている沙那ににじり寄る。

 肩で息をしながら、沙那は不気味な笑みを浮かべている千歳を見た。

 

「今度は、あたしが相手をするわ、沙那」

 

 千歳が汗の浮かぶ沙那の右の脇にすっと手を置いた。

 そのまま横腹から腰にかけて手を滑り落とす。

 

「ひうっ」

 

 甘い痺れが千歳の手を通じて駆け抜ける。

 沙那が思わず声をあげた。

 

「可哀そうにねえ……。痛かったでしょう? あたしの旦那様が申し訳なかったわね、沙那……」

 

 千歳は足首の鎖で動きを封じられている沙那の脚に手を伸ばし、すっと内腿をなぞりながら股間に喰い込んでいる革帯に手を添えた。

 そして、ちょうど肉芽に当たる部分を回すようにゆっくりと揉み始める。

 

「ああ、あああっ──」

 

 猛烈な快感が襲う。

 払いのけたいが、数名がかりで沙那の身体は押さえつけられている。

 どうすることもできない。

 股間に喰い込んでいる突起を肉芽に押しつけるように回す千歳の手管に、沙那はあっという間に追い込まれた。

 

「感じやすいのね、沙那。かわいいわ、ふ、ふ、ふ」

 

 女陰で大きな快感が弾けようとしている。

 しかし、千歳は執拗だった。

 いまにも達しそうな沙那の歓喜の爆発を巧みに焦らすように刺激を加え続ける。

 

 いきそうだと思ったら、その瞬間だけ別の場所に刺激の場所を移して、すぐに戻る。

 そうやって、千歳はゆっくりと革帯の内側の突起を沙那の股間の敏感な場所を探るように擦りつけてくる。

 沙那の全身から力が抜けていく。

 快感の迸りを求めて、沙那の身体が悶え動く。

 

「や、やめ……」

 

 沙那は必死で込みあがる快感に抵抗しようとした。

 しかし、波のように断続的に襲う官能に抵抗できない。

 どうしても切ない声をあげてしまう。心では快楽から逃れたいと必死で抵抗しているが、一方で早く達して苦しみのような疼きから解放されたいと考えている自分もいる。

 

「……もう、追い詰められてきたの、沙那? でも、あたしも、噛みつかれるのは嫌だから、誰か沙那の口に猿ぐつわをしてくれるかしら……。ああ、それがいいかも。王進士殿の下帯があったわね。それを沙那の口に噛ましてくれる?」

 

 千歳が、沙那から視線を離して、門弟のひとりに言った。

 沙那は顔を左右に振りながら、込みあがる快感に抵抗しようともがいた。

 視線の端に王進士が映る。

 最初に試合をした王進士の下袴と下帯が道場の隅に置いたままにしてあった。

 王進士は、余程打ち所が悪かったのか、まだ、道場の端で横たわっている。

 

「これかい、千歳殿? しかし、これはちょっと臭せえぜ。あいつ、まるっきり洗濯をしていないんじゃないかな」

 

 ひとりの弟子が苦笑しながら王進士の下帯を持ってきた。

 

「いいのよ。旦那様の肌に歯を立てた罰よ。その臭いを嗅ぎながら、しっかりと反省するのね」

 

 千歳は言った。

 そして、沙那の口に王進士の下帯がねじ込まれる。

 沙那は口をつぐんで抵抗したが、鼻をつままれて強引に口を開けさせられて、悪臭のするその布を口に押し込まれる。

 余った布で二度三度を口の上にそれを巻きつけられて首の後ろで縛られた。吐気を感じるような異臭が沙那の鼻を襲う。

 

「じゃあ、旦那様に代わって、今度はあたしが立ち合うわ。武芸などなにひとつ知らないあたしだから、色の勝負とさせてもらうわね、沙那。その恥ずかしい場所だけで、あたしと戦ってちょうだい」

 

 千歳の手が沙那の腰の後ろに伸びた。

 股間の革帯を外そうとしているようだ。

 これから、千歳の手で身体を嬲られる。

 しかも、大勢の卑劣な男たちの前でだ。

 

 そう思うと、沙那は全身に冷水をかぶせられたような気持ちになった。

 唯一自由になる脚で千歳を払いのけようとするが、沙那の胸に頭を屈めた千歳の口で乳首を甘噛みされて、たちまちに力が抜けた。

 がちゃんという金属音がして、沙那の股間に喰い込んでいた革帯が外れた。

 股間から革帯が抜き取られる。

 

「あらっ? ちょっとの時間だったのに、随分と溜め込んでいたのね……。というよりも、あなた本当に敏感で淫乱なのね。こんなにびっしょり──」

 

「んんんっ」

 

 自分は淫乱なんかじゃない……。

 そう叫びたかった。

 

 千歳が二本の指を女陰に挿しこんでくる。

 蕩けきっている沙那の肉襞は、あっさりと千歳の指を受け入れてしまう。

 そして、ゆっくりと奥に──。

 さらに奥に……。

 

「んんんん──」

 

 不意に稲妻のような衝撃が走った。

 視界が真っ白い光に包まれた。

 沙那は襲ってきた怖ろしいほどの官能の矢に腰が砕けたようになり、全身が弓なりに反らせた。

 股間からなにかの塊りが噴き出したのがわかった。

 

「なんだ、いまのは?」

 

 ほかの弟子たちと一緒に、千歳が沙那を責めるのを見守っていた黒倫が声をあげた。

 沙那は恥ずかしさと悔しさで顔を背けた。

 なにをされたのかはわかる。

 千歳の指がぐっと伸びて、沙那の女陰の最奥をぐっと突いたのだ。

 よくわからないが、女陰の奥の子宮に近い部分を刺激されると、あっという間に沙那は達してしまうのだ。

 宝玄仙がそんな身体に沙那を調教して、幾度もその責めにより悶絶させられた。

 いま、千歳が同じことをした。

 それで、大きな快感が迸ってしまい、沙那は絶頂してしまったのだ。

 

「随分と敏感だからもしやと思ったけど、この女は長い時間をかけて、しっかりと調教されているわ。女の女陰には、ただ押すだけで、あっという間に達してしまう場所があるんだけど、そこはちょっとやそっとの調教じゃあ、感じるようにはならないのよ。この女は、すでにできあがっているわ。それに、女陰であたしの指を締めつける力にもびっくりするわね」

 

「ほう……」

 

 黒倫の感嘆するような声がする。

 だが、そのあいだも千歳は、沙那の愛撫を続ける。

 口惜しいが、自分の身体が反応するのをとめることができない。

 

「無意識のうちに根元から奥側にかけてうねるように締めつけているようね。肉襞の内側の吸いつくような感触だって超一級品よ。あんたたち、びっくりすると思うわ。この女にかかれば、あっという間に精を搾り取られるわよ──。ねえ、旦那様、この女は、はした金じゃあ売れないわ。間違いなく、超一級の娼婦になるわよ。すでに調教されているのよ」

 

 千歳が洗いながら言った。

 黒倫を初めとして、周りの男が息をのむのがわかった。

 自分の性器を批評される恥辱が沙那を襲う。

 認めたくはないが、自分の身体が宝玄仙の調教を受け続けていることにより、淫らで感じやすい身体であることは確かだ。

 沙那は込みあがる涙を押さえようと顔を左右に振った。

 

「もう、一度、いく?」

 

 意味ありげに眼を細めた千歳が、再び膣の最奥をぐっと押した。

 

「んんんんっ」

 

 わけのわからないものが駆け抜けて、気がつくと沙那は尿のようなものを股間から吐き出して絶頂していた。

 

「いまの見た、あんたたち? ただ、指を動かすだけで女が潮を噴いていくのよ。こんなの、いままでに見たことないでしょう?」

 

 千歳が周囲の男たちを見回しながら、また、その場所を刺激した。

 

「んふうっ、んんっ」

 

 また避けられない絶頂感が襲ってきた。

 沙那は口の中に押し込まれた布越しに咆哮して、腰が砕けるのかと思うような快感を噴き出した。

 

「ねえ、旦那様、あたしに遠慮はいりません。是非、この女を味わってください。あたしもこの女の女陰にはかないません。超一級の性の道具として鍛えられているこの女を試してください」

 

 千歳が沙那の股間から指を抜いて、黒倫に場所を開けた。

 

「どれ……」

 

 下半身の衣類を緩めながら黒倫が沙那の正面に立つ。

 

「んんん──」

 

 沙那は全身を暴れさせた。

 しかし、左右の門弟がその沙那を押さえつける。

 そして、足枷のつけられた両脚が両側から持ちあげられて、腿が乳房に密着させられる。

 

「前戯もなにもいらんな」

 

 男根を露出させた黒倫が沙那の腰の前に跪く。

 沙那はもう意地も尊厳もなにもなかった。沙那の股間に迫っているものを受け入れたら最後、自分は淫らにそれを求めて腰を振り動かすだろうという恐怖だけがあった。

 

「いくぞ、沙那殿──。では、勝負といこうか……。俺の一物で達したら、沙那殿の負けとしよう。だが、先に俺をいかせたら沙那殿の勝ちとしてもいいぞ」

 

 沙那の女陰に黒倫の男根の先端が触れた。

 

「んんんっ」

 

 黒倫の怒張が沙那の秘肉に侵入してくる。沙那の女陰はなんの問題もなく、それを受け入れていく。

 快感が走る。

 

 気持ちがいい……。

 悔しい──。

 

 途方もない愉悦の迸りが股間を襲う。沙那は布の下で泣き叫んだ。

 

「おう、確かに女陰の中の肉が吸いつく。それに精を搾り取ろうと責めかかる膣の動き……。これは負けそうだ」

 

 黒倫は怒張を沙那の股間に突き入れながら、感嘆したような声をあげた。

 

「そんな、負けないでくださいよ、先生」

 

「そうだ、先生、頑張れ」

 

 周りの弟子たちが笑って囃し立てる。

 しかし、沙那はそれどころじゃなかった。

 何度も達して敏感になっている身体に、さらに男根の挿入による刺激を与えられて、甘美な快感に荒れ狂おうとする自分を知覚していた。

 

「腰を振りだしたぞ」

 

「やはり、いやらしい女のようだ」

 

 わっと周囲が湧いた。

 自分から腰を振るなど絶対にありえないと思った。

 しかし、その声が耳に入ることで、沙那は、本当に自分が自ら腰を動かして、黒倫の肉棒から快感を搾り取ろうとしているということを悟った。

 沙那は情けなさに泣き喚いた。

 

「ふふふ、沙那、やっぱり、可愛いわね。あんたみたいに、男に武術で勝つような女にとっては、もしかしたら悔しいことなのかもしれないけど、それが女の本能というものなのよ。女は男にはかなわない。男に犯されて快感によがり狂うようにできているのよ」

 

 千歳がそう言って、沙那の乳房に手を這わせ始める。

 沙那の身体で暴れ回る快感がわけのわからないものになる。

 身体が反り返る。

 激しい沙那の動きで自分の肌から汗が飛び散るのがわかった。

 

「ここはどうだ?」

 

 黒倫が深く入りかけていた肉棒を一度抜き、入り口側の膣壁を押しあげるように刺激した。

 

「んんっ……ぐうううっ」

 

 女陰の中でむず痒さが襲う。

 それが大きな疼きとなり、激しい快感に変わった。閃光のような甘美感が沙那を襲う。

 沙那の全身を快感の大きな矢が突き抜けた。

 

「いったぞ、先生の勝ちだ」

 

 周りがわっと湧いた。

 

「おやおや、まだ本格的な責めではなかったのにな」

 

 絶頂の余韻に浸る沙那が、うっすらと眼を開けると苦笑している黒倫の顔が見えた。

 沙那の心に大きな恥辱が走る。

 

「本当に敏感な身体をしているのね、沙那」

 

 まだ、手を沙那の乳房に這い回らせている千歳が笑った。

 再び黒倫の男根が奥に進んでくる。

 達したばかりの沙那の余韻に被さるように、新しい波が沙那に襲いかかってくる。

 子宮ごと押しあげられるような感覚──。

 

 あまりにも気持ちよくて、沙那は声を出すこともできなかった。

 込みあがる快感が拡がり、さらに快感が被さる。背骨を砕くような甘美感が全身を駆け抜ける。

 

「んんん──」

 

 沙那は押さえつけられた身体を打ち震えさせた。

 また、達した。

 沙那は情けなさに涙をこぼした。

 

「こ、これは、確かに凄いな。達する瞬間に、もの凄い力で締めつけてくる……」

 

 黒倫が声をあげた。

 そして、ぐいと膣の最奥を肉棒で突き抜かれるように圧迫された。

 

「んぐうっ」

 

 脳まで痺れるような快感に襲われて、沙那は衝撃に全身を仰け反らせた。

 

「また、いったか?」

 

 黒倫が笑った。

 

「もういいわね。口の中のものを外してあげるわ」

 

 千歳が手を伸ばして、沙那の猿ぐつわを外した。

 

「ひぎいっ」

 

 大きな嬌声が口から弾け出た。

 ずんと膣の奥を突かれる。

 また、快感が弾け飛ぶ。

 

 絶頂の余韻を味わうゆとりはない。

 黒倫がかさにかかったように怒張で沙那の膣の奥を突きたてる。

 そのたびに沙那は悲鳴のような嬌声をあげて、絶頂しなければならなかった。

 焼けつくような炎が全身を駆け巡る。

 隙間のない絶頂感は、沙那の呼吸を邪魔し、視界が歪ませた。

 意識が消える。

 誰に犯されているのかということを考えることができなくなる。

 

「これが俺と沙那殿との果し合いだ。どうだ、負けを認めるな」

 

 怒張に子宮を突きあげられながら耳元でそう言われた。

 ずんずんと腰をぶつけられる。

 その度にやってくる大きな絶頂感に沙那は気が狂いそうになる。

 嵐のような快感が暴れ襲い続ける。

 

「もういい、足枷を外せ。もう、足腰は自分では動かせはしないだろう」

 

 沙那に怒張を貫かせている男が言った。

 音がして足首が自由になる。

 沙那の上に被さっている男の腰の上に沙那の身体が引き揚げられた。

 さらに深い子宮の奥を突きあげられた。

 

「はあああっ」

 

 沙那は全身に弾けたものに身を任せて快感をむさぼった。

 

「まさにこれは名器だ。俺も色々な女と遊んだが、こんなにここの味のいい女はいなかったな」

 

 身体が揺さぶられる。

 全身の力が抜ける。

 また、激しいものがやってきた。

 沙那は声をあげて絶頂した……。

 

 それでも、まだ膣を貫く怒張の律動は続いている。

 もう耐えられない。

 早く、解放して……。

 身体の芯が砕ける。

 

「ま、また、いぐっ──」

 

 もう、自分がなにを叫んでいるのかもよくわからない。

 次から次へと繰り返される絶頂感に意識を保つことがやっとだ。

 気持ちいい。

 天にも昇る。

 もう恥辱や屈辱などどうでもいい。

 快楽だけが沙那を包み込む。

 

「ああ……あああ──」

 

 叫んだ。

 

「も、もう……許して……ゆ、許して……ああ、あ、あ、ああっ──」

 

「何度でも遠慮せずに気をやるがいい。だが、俺はまだお前に精を放ってはいないぞ。敗北を認めるなら精を出して終わらせてやってもいいがな」

 

 男が言った。

 

「み、認め……る──認め……ます……だ、だから──あひいっ……」

 

 沙那は叫んだ。

 身体が揺さぶられる。

 それで女陰の最奥を強く刺激される。

 すると、意識が飛びそうな快感が襲う。

 

 わけもわからず叫んだ。

 早く、解放して欲しい。

 

 これ以上の快感には耐えられない……。

 なにかが女陰の中で弾けた。

 

 それが男の精だと知覚したのは、沙那の中で精を放った男が沙那の女陰から男根を抜いたときだった。

 沙那の腰を押さえていた手がなくなった。

 沙那は床に放り出された。

 

 次第に戻ってくる視界の中に、ぼんやりと男の姿が映る。

 沙那を見下ろしている。その横に女がいた。

 

 笑っている。

 沙那を蔑んでいる。

 

 黒倫……。

 千歳……。

 

 だんだんと頭が働くようになってきた。

 この黒倫に犯されて狂態を演じた。

 正気を失う程に乱れてしまって、何度も自分は絶頂した。それがわかった。

 

「随分とした乱れようだったね、沙那。呆れるわ」

 

 千歳が馬鹿にしたような声を出した。

 

「さあ、後は、門弟の方々に遊んでもらいなさい、沙那──。旦那様については、こっちにいらしてください。旦那様のものについては、あたしが綺麗にします」

 

「おお、頼む」

 

 千歳が黒倫を横に移動させて、黒倫の一物を口に含んだ。

 

「沙那殿、余所見をする暇はないぞ。順番が詰まっておるのだ」

 

 門弟のひとりが沙那に覆いかぶさる。

 自分の中に新しい怒張がめり込んでくる。

 

「あああ……ああ……」

 

 その途端に快感の波に飲み込まれて沙那は、再び快楽の波の中に意識を没しさせていく。

 なにもかもわからなくなる。

 

「さあ、俺と稽古を頼む、沙那殿──。おお、これは凄い。締めつけるぞ」

 

 沙那を犯している新しい男が呻くように言った。

 激しい絶頂がまた襲ってきた。

 

「時間をかけるなよ。さっさと出せ。ひと周り目はとにかく早く次に回せ。後にやる者のことを考えて、できるだけ外に出せよ」

 

 犯されている沙那の周りにいる男がそう言っている。

 だが、もう達しそうだ。

 

「いぐ──。いくうううっ──」

 

 そして、達した。

 

「俺もいくぞ」

 

 女陰から肉棒が出た。

 なにかが顔に当たった。

 男の精の匂いが激しく沙那を襲った。

 

「交替だ、沙那。次は、俺と果し合いをしてくれ」

 

 再び別の男が沙那に入ってきた。

 骨まで砕くような快感がまた沙那を襲ってきた。



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306 翌朝……道場主の姦計

「これは、大変な別嬪ですな」

 

 妓楼屋の主人という男がほんの少し相好を崩した。

 沙那は、それをぼんやりと見ていた。

 

 昨夜は、かなり遅い時間まで、この黒倫(こくりん)の道場の門弟たちから犯し尽くされた。

 覚えているのは、最初の数刻までで、それから先は気を失っていたのか、それとも起きていたのかわからない。

 いまとなってはほとんど記憶がないのだ。

 

 とにかく、気がついたら、明るい陽射しが沙那を照らしていて、沙那は全身を精液まみれにして、全裸で道場の床に横たわっていた。

 背中の縄尻は相変わらずで、その縄尻は天井から伸びる鎖にしっかりと繋げられていた。

 両方の足首にも最初のときと同じように、天井の滑車と繋がった鎖付きの足枷が嵌められている。

 そして、道場には、見張り役なのか四人ほどの男が沙那の周りに寝ていたが、黒倫をはじめとする他の者たちの姿はなかった。

 

 やがて、千歳(ちとせ)がやってきて、沙那の全身の精液を水の入った桶と手拭いで拭き取ってくれた。

 まだ全身が重い沙那は千歳が沙那の身体を綺麗に拭きあげるのに任せた。

 もう、なにも千歳に話しかける気にもなれず、千歳が嫌味を言っても、ただ聞き流していた。

 身体を拭かれて、乱れた沙那の髪を整えると、千歳は一度、道場を出ていった。

 

 しばらくして、千歳は黒倫とともに道場に戻ってきた。

 ふたりと一緒にやってきたのが、妓楼屋の亭主というこの眼の前の男だ。

 小太りの恰幅のいい男で、歳は五十くらいだろうか。

 名は楊林(ようりん)というらしい。

 楊林は荷を持たせた手代のような若い男を連れていた。

 沙那の裸身の周りに、黒倫と千歳、楊林とその手代、そして、最初からいた黒倫の四人の門弟が集まった。

 沙那は背中の腕に繋がった鎖で引き揚げられて、楊林の前に立たされた。

 楊林は、沙那の裸身をじろじろと見回して、そして満足気に頷いた。

 

「顔も身体も一級品ですね。ところで、この女が黒師範(こくしはん)様のものだという証文はありますか?」

 

 楊林は言った。

 

「これよ」

 

 千歳が楊林の前に、沙那と黒倫が賭け試合をここでやったという偽の証文を示した。

 楊林は、それを受け取ると、しっかりと頷いた。

 

「結構です。では、値段の話になりますな。この証文によれば、金三枚の賭け金の代わりに、この女が見売りをして掛け金を支払うということになっているのですね、黒師範様。では、それでいかがですか?」

 

 楊林は言った。

 

「証文は確かに金三枚だが、それは試合の賭け金の話だ。この沙那の値段ではない。金十枚。年季は十年でいい。それくらいの値打ちはある」

 

 黒倫は言った。

 

「じょ、冗談じゃないわよ。その証文は偽物よ。わたしは、ここに昨日浚われて連れてこられたのよ。どこに連れて行かれても、そうやって喚き散らしてやるわ。わたしを売り買いはできないわよ」

 

 沙那は怒鳴った。

 楊林は、表情を変えないまま、片方の眉だけをぴくりと動かした。

 

「……そう言っているようですが、どうなのです、黒師範様?」

 

「この女は、売られたくないから、出鱈目を言っているのよ。この証文が証拠よ。それに証人も大勢いるわ。この道場の門弟の全員が証人よ」

 

 千歳が横から口を挟んだ。

 

「証文がありさえすれば、売り買いに問題はありませんが、この女が納得済みでないのであれば、当方としても躾が終わるまで、店には出せないことになります。いまの感じでは、その躾にも時間がかかりそうですねえ。その分は値から引かねばなりません」

 

 楊林が黒倫を見た。

 

「足元を見おって……。仕方あるまい──。金八枚だ。それでいい」

 

「どうせ、元手はかかっておらぬのでしょう、黒師範様。五枚──。五枚出しましょう。それに、この女の身元なども調べてはおらぬのでは? こちらもそれなりの危険や手間を負担せねばならんのです。五枚で手をお打ちください」

 

「わたしの話を聞くのよ、あんた。わたしは、卑怯な手段でここに連れ込まれて犯されたのよ。わたしを娼婦にしようなんてできないわよ。そんなことをしたら、客という客の手足の骨を叩き折って、店なんて続けられないような騒ぎを起こしてやるわ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「あんなに犯し尽くされたのに、なんでそんなに元気なのよ。とにかく、もう、黙りなさい、沙那──」

 

 千歳が声を張りあげた。

 

「……五枚ですな。店に出すまでに時間がかかる。調教をしなければ売りものになりません」

 

 楊林は腕組みをした。

 

「いや、これはすぐに大人しくなるのだ──。おい、両脚を引き揚げろ」

 

 黒倫が言った。

 門弟が壁に走る。

 天井に繋がる滑車に繋がった鎖を操作する。沙那の両脚の鎖が同時に引き揚がっていく。

 

「な、なによ……。きゃあ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。両方の足首が上に引き揚がって、沙那の両脚が宙に浮く。沙那の後手縛りは、胸の上下を巻くように固定されなおしてあり、両足首が宙に浮くことで、沙那の身体は後方に倒れて、後手と繋がっている鎖で支えられるような態勢になった。

 そして、左右に開きながら、さらに足首が上に揚がる。

 

「や、やだあっ」

 

 沙那の両足首は、沙那の身体の横で腰ほどの高さに引き揚がった。沙那は足首と背中の腕の三点で天井から吊りあげられ、股間を下にして宙に浮かぶ恰好にされた。

 沙那は脚に力を入れて、無理矢理に全開にされた股を少しでも閉じようとするが、両脚は完全に外側に引っぱられて、股間を隠すことができない。

 

「試してみてくれ、楊林」

 

 黒倫が言った、

 楊林の指が沙那の女陰の亀裂に伸びた。

 

「ひうっ」

 

 指先の刺激を感じてしまい、沙那は思わず声をあげてしまう。

 楊林の指が女陰から肉芽にかけて繰り返し擦られる。

 あっという間に股間が熱くなった。楊林の指は、ほとんど沙那に触れるか触れないかの柔らかいものだった。

 それが沙那の身体を溶かすように燃えあがらせて、沙那は身悶えを耐えることができなくなった。

 

「なるほど、これは……。とても、敏感な身体をしているようだ」

 

 楊林が値踏みをするように沙那の股間を責め続ける。

 沙那は襲ってくる快感の波に我慢できずに全身を震わせて喘いだ。沙那を吊っている三本の鎖ががちゃがちゃと音をたてる。

 

「かなり乱れが激しいな。さっきの気の強そうな啖呵が嘘のようだ。あっという間に淫らな女の顔になった」

 

「実際に指を入れてみろ、楊林。この女の本当の値打ちがわかるぞ」

 

 黒倫が言った。

 楊林の指が無造作に沙那の女陰に入ってくる。

 さらなる快感が襲った。沙那は宙吊りの身体を仰け反らせる。

 

「おう、これは凄い」

 

 楊林が驚いたような声をあげた。

 そして、その楊林の指が沙那の女陰の中を抉るように動き回る。

 沙那に快感を与えたり、あるいは、快感に酔う沙那の嬌態を愉しむというような触り方ではない。

 純粋に沙那の身体を調べるだけというような冷たい仕草だ。

 それなのに、沙那はこの楊林の指でどうしようもなく感じてしまい激しい反応を示してしまう。それが途方もなく悔しい。

 

「あ、ああ……あっ」

 

「ううむ……。締めつける……。指を絞りあげる内襞の感触もいい。しかも、この反応……。これは調教済みの女の身体だ。この女をどうやって見つけたのです?」

 

 楊林が呻いて感嘆の声をあげる。

 

「偶然に拾った女がたまたま、そういう女だったのだ。だが、一級品であることには変わるまい。この女に相応しい値をつけてくれなければ困るぞ、楊林」

 

 黒倫は言った。

 しかし、沙那はそれどころじゃなかった。

 楊林の指は、沙那の膣の具合を確かめるようにあちこちを刺激している。

 情けないほどに沙那は快感を酔わされ続ける。

 そして、楊林の指は膣内の天井部分を突きあげるように刺激した。

 その瞬間、もの凄い快感が一気に噴きあがった。

 

「ああ、それだめっ──あああっ、いぎいっ──」

 

 稲妻に打たれたかのような衝撃が沙那の全身を貫き、女陰の奥が一気に痺れた。膣の奥からなにかが噴きあがる。

 

「もっと、締めつけられるか?」

 

 楊林がさらに激しく女陰の天井を擦りあげる。

 

「はがああっ──」

 

 快感が完全に沙那の理性を圧倒した。

 激しい甘美感が襲う。白いものが視界を覆っていく。沙那は全身を大きく揺り動かした。

 意識的にやっているわけじゃない。

 あまりの大きな快感にじっとしていられないのだ。

 三本の鎖で吊られる沙那の身体が揺れると、それに合わせて楊林が沙那の女陰を押し動かすようにした。

 

「だ、だめえっ」

 

 大きな快感の波に沙那は自然と唯一繋がっている楊林の指を締めつけていた。

 自分の股間から液体の塊りが迸る。

 楊林が沙那の股間から指を抜いた。

 さらに噴水のような液体が沙那の股間から噴き出すのがわかった。

 痙攣のような震えが収まるまで少しの時間がかかった。

 

「潮を吹くほどの絶頂もできるのか……。生まれつき淫らな体質なのか、それとも、快楽から逃げられないように調教されているのか……。いずれにしても、こんな反応は馴れた娼婦でもできる演技ではない。なるほど、金六枚……。いや、八枚を出しましょう。確かにその値打ちはある」

 

 楊林が言った。

 興奮していた沙那の身体が収まって、だんだんと冷静さを取り戻していく。

 指一本で激しく絶頂する姿をこの男たちの前で晒してしまった屈辱が沙那を襲う。

 

「それでいい」

 

 黒倫は言った。

 

「感謝しますわ、楊林様」

 

 千歳も嬉しそうに笑った。

 

「おい」

 

 楊林が声をかけた。

 楊林の手代が持っていた包みを解き、両手で楊林に差し出す。

 沙那の眼の前で、楊林が薄い金の板を数えてから、そのうちの八枚を黒倫に渡した。

 それを黒倫は受け取って千歳に渡す。

 千歳は金の板を別の布に包み直してから、畳んでいた証文を楊林に差し出した。

 

「これで取引きは終了ですな。ところで、この女を妓楼に運ぶのに手を貸していただきたい。妓楼には、檻があるのですが、そこにこの女を閉じ込めます。檻に入れるまでを手伝ってもらえれば、そこから先の躾は当方でできます」

 

 楊林が言った。

 

「わかった、門弟を十人ほど貸そう」

 

 黒倫が満足気に頷く。

 そのとき、なにかの騒ぎが道場の外で起こっている気配がした。

 

「……なんだ?」

 

 黒倫が訝しげな声を出すのと、道場に門弟のひとりが駆け込んでくるのが同時だった。

 

「せ、先生、大変です──」

 

 その門弟が叫んだ。

 

「どうした?」

 

「それが──」

 

 しかし、門弟は最後まで言い終わることができなかった。

 道場の入口が壊されるかのように開かれて、三人ほどの門弟が転がり入ってきた。

 そして、それに続いて、『如意棒』を持った孫空女がやってきたのだ。

 

 開け放たれた道場の扉の向こうには、完全に打ちのめされたこの道場の門弟たちが地面に倒れている姿も見えた。

 外から転がり入れられた門弟は一度立ちあがったが、それぞれ、孫空女の『如意棒』を腹に受けて、完全に動かなくなった。

 

「沙那、助けに来たよ」

 

 孫空女が沙那を認めて声をあげた。

 

「孫女」

 

 沙那も叫んだ。

 

「お前たちはなんだ?」

 

 黒倫が驚いて叫んだ。

 

「道場破りだよ。沙那を返してもらいに来たのさ」

 

 孫空女はそう言うと、孫空女が叩きのめして倒れている門弟の身体を『如意棒』の先に引っ掛けて、道場の外に放り出すように投げ捨て始めた。

 

 ひとり、ふたりと門弟が道場の外に放り捨てられる。

 そして、孫空女がずかずかと、道場に入ってくる。

 孫空女の後ろから宝玄仙と朱姫もやってきた。

 最初から道場の中にいた黒倫の四人の弟子が、剣を抜いて孫空女に襲いかかった。

 しかし、彼らもただの数振りで全員が床に叩きのめされる。

 黒倫と千歳はいきなりの出来事に顔を真っ蒼にして身体を硬直させている。

 楊林に至ってはあまりの驚きでその場にしゃがみ込んでしまっていた。

 

「いい恰好じゃないかい、沙那」

 

 天井から股を拡げて吊りあげられている沙那の前に立った宝玄仙が、沙那の姿を眺めて微笑んだ。

 

「ご、ご主人様、助けてください──」

 

 沙那は込みあがったものに耐えられなかった。

 自分の眼からどっと涙が溢れるのがわかった。

 

「お前が黒倫とかいう道場主だね。お前は、余程に悪名が高いんだねえ。沙那になにがあったのか調べようと思ったら、大して歩き回らなくても、すぐにお前の仕業だとわかったよ。沙那が昨日やった辻試合のことは、みんな覚えていたし、その沙那が行方不明だと訊ねまわったら、お前がその賭け試合のときに卑怯なことをやって、沙那に叩きのされたことも、すぐに教えくれたよ。みんな、お前だったら、沙那に叩きのめされた腹癒せに沙那を浚うくらいやりそうだと口々に言っていたね。案の定、ここにいるじゃないか。その沙那は、わたしの奴隷だよ。返してもらうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「奴隷?」

 

 黒倫が目を丸くしている。

 

「そうだよ。ところで、他の者は誰だい? おや、その女が持っている包みに入っているのは金板のようだね」

 

 宝玄仙が黒倫とともにいた千歳と楊林と楊林の手代に視線を動かしながら言った。

 

「そ、それは、わたしを黒倫が売った代金です。その楊林は妓楼の主人で、黒倫と千歳がわたしを売ったんです」

 

 沙那は言った。

 

「へえ、お前を売った代金ねえ。いくらだい?」

 

「……金八枚だそうです」

 

「金八枚かい。まあ、それが高いのか、安いのか、相場もわからないけどねえ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「あ、あのう、ご主人様……。ところで、一度、下ろしていただけませんか?」

 

 沙那は言った。

 ほっとしたら猛烈な羞恥が沸き起こってきた。

 いくらなんでも、まともに話をするには、この格好は恥ずかしすぎる。

 素裸で股を一番下にして両足首と背中の腕で吊られ、その股を開いた格好で宙に引き揚げられているのだ。

 

「罰だよ。そのまま説明しな、沙那──。元はといえば、この騒動はお前が悪いんだろう。わたしらに説明もなしに、城郭で野試合のような真似をしたことから、この騒動が始まったんだろう? この黒倫が、この城郭では有名な悪党で、しかも、少しもこっそりと物事を進めようとしないような阿呆だったから、あっという間に見つかったけど、そうでなければ、お前を探し当てるのに骨が折れたところだったんだ」

 

「そ、そんなあ、ご主人様」

 

「つべこべ言うんじゃないよ──。ねえ、孫空女、昨日は置いてきぼりにされて、寂しかったろう?」

 

「そうだね……。おいてけぼりは、酷いじゃないか。随分と酷い目に遭ったんだよ、沙那」

 

 孫空女が苦笑した。

 二日前の夜に、沙那は孫空女は朱姫とともに、久しぶりに宝玄仙を相手に激しい嗜虐をした。

 ときには、そんな日も必要なのだが、いつも、その翌日には、嗜虐を受けた反動で、激しい責めが沙那と孫空女に与えられるのだ。

 それが予想されたので、沙那は、路銀を作るという名目で、ひとりで逃げるように、孫空女を生贄に残して城郭にやってきたのだ。

 それで、この騒動を引き起こした。

 

「まったくですよ、沙那姉さん。孫姉さんは大変だったんですよ。それこそ、昨日の夜まで、たったひとりでご主人様の調教を受け続けたんですから」

 

「お前が言うんじゃないよ、朱姫──。お前の仕打ちが一番酷かったんだよ」

 

 孫空女が朱姫に文句を言った。

 

「さて、お前ら、そこに並ぶんだ。今度の始末をどうつけるか決めてやるから、一列になって座りな。孫空女、少しでも抵抗したら、どいつもこいつも、遠慮はいらないよ。脚の骨の一本でも叩き折ってやりな」

 

「わかったよ、ご主人様」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回して脅しながら、道場にいた人間を並ばせた。沙那の前に黒倫、千歳、楊林、そして、楊林の手代が座らせられる。孫空女に斬りかかって倒された黒倫の門弟は、道場のあちこちでまだ倒れたまま動かない。

 孫空女の武辺に度肝を抜かれたのか、黒倫を始め、誰も抵抗しなかった。

 全員が心なしか顔を蒼くしている。

 

「じゃあ、沙那、説明を始めていいよ」

 

 仕方なく沙那は、天井から股を開いて吊られるというみっともない姿のまま、今回の顛末を説明した。

 宝玄仙は黙って、沙那の説明を聞いていた。

 そして、沙那の説明が終わると、まずは楊林に視線を向けた。

 

「楊林、どうやらお前は、ただ、商売として沙那を買い取ろうとしただけのようだね。偽の証文と知っていながら女を買い取ろうとしたのは文句はあるけど、それは大目に見てやるよ。行っていい──」

 

「し、しかし、ここには証文もあるんだ。行政府に持っていけば通用する正式の書式のものだ。それに、もう売買も成立しているんだ。第一、すでに金を払っているし……」

 

 楊林は顔を蒼くしたまま、それでも証文を片手に声をあげた。

 だが、そのとき、その証文の真ん中に孫空女の『如意棒』が突き刺さって、『如意棒』の先端が楊林の顔の直前に突きつけられた。

 楊林は奇声をあげて後ろにひっくり返った。

 

「証文というのは、これのことかい? あんた、折角、ご主人様が許してくれそうなんだ。さっさと逃げた方がいいんじゃないのかい。それとも、この黒倫と一緒に、あたしらの仕返しを受けるのかい」

 

 孫空女が怒鳴った。

 楊林は、おかしな悲鳴をあげながら、四つん這いでしばらく這い進むと、そのまま逃げていった。

 手代の男も後を追って去って行く。

 楊林たちがいなくなったのを確認すると、宝玄仙は千歳に視線を向けた。

 

「じゃあ、とりあえず、沙那を売ったという金板を出しな。それは、わたしらのものだろう」

 

 宝玄仙が千歳に言った。

 どういう理屈であれば、それが宝玄仙のものになるのかわからないが、とりあえず沙那は黙っていた。千歳は真っ蒼のまま、黙って横に持っていた金板を包んでいた包みを出す。朱姫がそれを取りあげた。

 

「お前たちが沙那を浚ったときに、沙那が持っていたはずの荷をここに持ってきな、お前。ついでに、沙那が着られる服を持っておいで。すぐに戻って来るんだ。そのまま逃げたら、こいつの首をへし折るからね」

 

 宝玄仙は千歳に言った。

 千歳が慌てふためいて出ていく。

 

「──じゃあ、次の始末は、お前だよ。覚悟はできているね、黒倫」

 

 ただひとり残った黒倫に宝玄仙は視線を向けた。

 

「ど、どうするつもりなのだ……?」

 

 黒倫は言った。

 言葉こそまともだが、声は震えていて、完全に怯えているようだ。

 仮にも武術家という片鱗もない。

 情けない男だ。そんな男にいいように弄ばれたのかと思うと、自分が情けなくなる。

 

「そうだねえ、どうしてやろうかねえ……。まあ、命ばかりは奪いはしないよ。とにかく、少し恥をかくくらいで許してやろう。とりあえず、この場で服を脱いで素っ裸になりな、黒倫」

 

「な、なにを──」

 

 黒倫が絶句した。ほんの少しだけだが、黒倫の顔に怒りのようなものが浮かんだ気がした。

 次の瞬間、孫空女の平手が黒倫の頬に飛んだ。

 もの凄い音がして、黒倫は横に吹っ飛び倒れた。口から赤いものが飛び出す。

 

「沙那をこんな目に遭わせて、一人前に人間の言葉を喋るんじゃないよ。さっさとご主人様の命令に従いな。言っておくけど、いまのはかなり手加減したからね。あたしが本気で殴れば、あんたの歯はなくなるよ」

 

 孫空女が怒鳴りつけた。

 黒倫は恐怖に包まれた表情をして、慌てて服を脱ぎ始める。

 それを孫空女が仁王立ちで睨みつけている。

 

「じゃあ、最後にお前だよ、沙那。どんな罰がいいんだい? 優しいのがいいかい? それとも、厳しいのがいいかい?」

 

 宝玄仙が沙那に向き直った。

 

「わ、わたしも罰なんですか? だって……」

 

「当たり前だろう。こんな騒動を起こしておいて、反省がないのかい」

 

 宝玄仙は、いきなり沙那の女陰にずぶずぶと指を突っ込んだ。

 

「ひぐうっ」

 

 沙那は悲鳴をあげて、吊られている身体を弓なりに反った。

 

「どうせ、お前のことだよ。昨日の晩はここでこいつらの玩具にされて、よがり狂っていたんだろう、沙那。どんな淫乱ぶりを晒したんだい。説明しな──」

 

 宝玄仙の指が沙那の女陰を抉る。どこをどう弄くれば、沙那が淫乱に狂うのか知り抜いている宝玄仙の指だ。

 たちまに、大きな快感が沙那をまた襲ってくる。

 

「ひいっ──ゆ、許して……許してください、ご主人様──あひいっ」

 

 沙那は押し寄せる官能の波に歯を食いしばった。

 宝玄仙は容赦なく沙那の女陰の敏感な部分を責めたてる。

 閃光のような快感が沙那を襲う。

 沙那は吊られている身体を左右に振って宝玄仙の責めから逃れようとした。

 

「ほらっ、淫乱女。ここで、みっともなくよがり狂って腰でも振ったかい? わたしの供ともあろう者が恥を晒したんだろう。どうなんだい? 後で孫空女がのばした門弟にも質問するからね。嘘をつくんじゃないよ──」

 

「も、申し訳ありません、ご主人様──。お許しを……ひいいっ──ゆ、許してください──」

 

 激しい宝玄仙の指責めに沙那は泣き喚いた。

 乱暴なようだが的確に宝玄仙は沙那から大きな快感を引き摺り出している。

 それでいて、あと一歩のところで止めている。

 その状態にして、沙那の中で暴れる快感が絶頂側に進もうとすると、乱暴に膣を動かして痛みで引き戻し、そして、快感がなくなりそうになるとまた快楽を押しだす。

 それをしているのだ。

 これをやられると沙那は絶頂できないのに、快楽だけが引き揚げられる状態になる。

 沙那は泣き狂った。

 

「淫乱女のお前に相応しい罰を与えてやるよ。このまま、“わたしは淫乱女です”って、百回言いな。途中で止まったら最初からやり直しだ。ほら、始め──」

 

「あ、ああ……そ、そんな、ご主人様──」

 

 宝玄仙の指は律動を続けている。自分の股間から淫らな音がたち始めたのがわかる。

 今度は、絶頂側に快楽を動かされて、あっという間に大きな絶頂感が襲ってきた。

 

「早く、始めないか、沙那──」

 

 宝玄仙の叱咤が飛ぶ。

 

「あ、ああ……わ、わたしは淫乱女……で、す……。わたしは──あぐうっ──い、いきますうっ──」

 

 沙那は背中をしならせると、大きな声をあげて気をやってしまった。

 落雷にでも遭ったような衝撃が襲う。

 頭の中が真っ白になり、一瞬だけ痴呆になったかのようになにも考えられなくなった。

 

「──やり直しだよ。いちいち、いくんじゃないよ。百回だと言っただろう」

 

 宝玄仙が沙那の女陰を責めながら大きな声を張りあげた。

 

「……わ、わたしは淫乱女──あ、ああ──わ、わたしは、おおおっ、んんっ、い、いん──も、もう、許して……ください──あひいっ──」

 

 宝玄仙の指で与えられる快感が激し過ぎる。こんな風に責められながら、喋ることなんてできない。

 

「埒もないねえ。朱姫、お前は尻だよ。沙那の尻を指で責めな。百回言い終わるまで、降ろしてなどやらないからね、沙那」

 

「ふふふ、じゃあ、沙那姉さん、お尻をいきますよ」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら、沙那の背後にやってきた。

 

「ゆ、許して──ご、ご主人様──あはうっ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。宝玄仙の指だけで、こんなに翻弄されるのだ。

 これで朱姫の指でお尻を責められながら、百回も言い終わるわけがない。

 

「許しを乞う暇があったら、さっさと“わたしは淫乱女です”と言わないか、沙那──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「……わ、わたしは淫乱──いぐうっ──」

 

 その時、朱姫の指がつるりと沙那の肛門に入った。

 たちまちに全身に狂おしい痙攣が走り、沙那はまた絶頂して腰を振り動かした。

 

「やり直し──」

 

 宝玄仙の大きな声が沙那に浴びせられた。

 

「わ、わたしは──あぎいっ……い、淫乱……ご、ご主人様──んんああああっ」

 

 前後に宝玄仙と朱姫の指の責めを受け、沙那は絶叫した。

 股間からなにかが噴き出すのがわかった。

 

「せめて十回くらいも言えないのかい──」

 

 宝玄仙の呆れたような声がどこか遠くから聞こえるかのように感じた。

 次第に遠くなる意識の中で、沙那はしっかりと宝玄仙と朱姫の指の感触だけを感じていた。

 

「わ、わたしは……淫乱……お、女……あ、ああ、ああっ──で、です……。わ、わたしは──あ、ああっ、また、いきます──」

 

 沙那はわけもわからず狂ったように叫んだ。

 全身が弛緩して、完全に力が抜けてくるのがはっきりとわかった。



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307 悪事の酬い

「……五十一、五十二、五十三──、あっ、出た」

 

 朱姫が声をあげながら、男根をしごいていた手をさっと離して、黒倫(こくりん)の前から身体を避けた。

 鴨居に両手を吊られて、青竹により開脚縛りで廃小屋の真ん中に立たされている黒倫の怒張から白濁液の塊りが飛んで床を汚す。

 

「た、頼む。も、もう、やめてくれぇ──」

 

 黒倫が泣き声をあげた。

 

「情けない声を出すんじゃないよ。これだけの美人が揃いも揃って交替で、お前の肉棒を刺激してやってんだよ。嬉し泣きするならともかく、やめてくれはないじゃないか。ほれっ、頑張って道具を勃たせな。次だよ、黒倫」

 

 宝玄仙が手にしている細い竹棒で、だらりと力を失った黒倫の肉棒を持ちあげるように動かした。

 しかし、力を失った黒倫の肉棒は完全に柔らかくなり、もう勃起の気配はないように沙那には思えた。

 

「次は誰の番だったかねえ……。ああ、沙那かい。じゃあ、沙那がやりな。こいつが憎いだろう。たっぷりと復讐しな。これからが仕置きだよ。いままでは、ただ気持ちよくて精を出していただけだからね」

 

「で、でも……」

 

 沙那はすっかりと意気消沈してうな垂れている黒倫に視線を向けた。

 全裸で手を上方に吊られて、両脚を拡げられている黒倫の股間のものは、黒倫本人と同じように、完全にうな垂れている。

 この状態から手でこすって精を出させろと命じられても、どうしていいかわからない。

 

「とりあえず、擦ってみな、沙那」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 柔らかいままの黒倫の肉棒を摘まんで手で擦ってみた。

 

「ううっ」

 

 黒倫がびくりと身体を震わせて情けない声を出した。

 沙那は、宝玄仙の命じるまま、しばらく手で包むように擦ったが、なかなか黒倫の一物は硬さを取り戻さない。

 

 それはそうだろう。

 沙那も男の生理についてはよく知らないが、女とは違って、男は連続では精は出せないはずだ。

 朱姫、沙那、孫空女の順で繰り返し、拘束した黒倫の男根を刺激して精を強制的に出させているが、もう三周り目だ。

 つまり、ここで黒倫は、七回の精を床に吐き出さされたことになる。

 男がどれくらいで精を出せなくなるのかはよくわからないが、さすがに、もう限界ではないのだろうか。

 

 安丘(あんきゅう)の城郭の郊外の廃小屋だ。

 朱紫(しゅし)国に北部に向かう旅の途中で、たまたま見つけた人里離れた場所にある小屋であり、数日前からここを使っていた場所になる。

 

 沙那が安丘の城郭で路銀を稼ぐために、宝玄仙ら三人を置いて、ひとりでこの廃小屋を出掛けていったのは、昨日の早朝のことだ。

 路銀については、城郭で体術の野試合をすることで十分に稼いだのだが、そのときに黒倫と騒動を起こし、その黒倫が沙那にやられた腹癒せとして、沙那を罠にかけて浚い、輪姦したうえに妓楼に売ろうとした。

 

 沙那は、浚われてひと晩経った今朝に、宝玄仙と孫空女と朱姫により救出されたのだが、そのとき、宝玄仙は黒倫だけを連れて、朱姫の『移動術』でここに戻ってきたのだ。

 朱姫の『移動術』により不意に消えたので、道場に残された門弟たちは、まず、この場所はわからないだろう。

 わかったとしても、いまは以前の宝玄仙並に道術が強力になりつつある朱姫が、この廃小屋全体に結界を張っている。

 道術なしに外からでは侵入できないし、この廃小屋の気配が外に漏れることはない。

 

 沙那としては、ひと晩も自分を好き勝手にいたぶってくれた黒倫をどうしてやろうかと復讐の心を燃やしていたが、面白がった宝玄仙が、連れてきた全裸の黒倫を小屋の真ん中に立位で拘束し、男根を玩具にして精を出させ始めると、その気も小さくなっていった。

 黒倫が気の毒とは露ほども考えてはいないが、できればこれ以上の関わりをやめたい。

 そんな気持ちだ。

 

 宝玄仙は、黒倫を動けなくして、股間にぶらさがった一物をさんざんに弄くっては、黒倫から情けない声を絞り出させていたが、やがて、沙那たち三人に順番に黒倫から精を出させることを強要したのだ。

 最初は快感に顔を歪めていた黒倫も、ふた周り目になるとその表情が苦痛に染まったものに変化した。

 いま、三周り目で沙那が出させれば連続八回目の精ということになる。

 もっとも、いま現在では、沙那がどんなに擦っても、これ以上勃起しそうにはない。

 

「ご、ご主人様、これはもう無理なのでは……?」

 

 沙那は視線を宝玄仙に向けた。

 

「仕方ないねえ──。こら、お前、安丘では、よく知られた悪党だったようだけど、それにしちゃあ情けないんじゃないのかい。十回目でも、二十回でも精を出してみせな」

 

 宝玄仙はそう言って、いきなり黒倫の股間に手を伸ばすと、その睾丸をわし掴みした。

 沙那はびっくりした。

 

「ぐわああっ──。はがあああっ──。や、やめてくれっ──た、頼むうっ」

 

 黒倫が全身を激しく反り返らせて絶叫した。

 それでも宝玄仙は、睾丸を握りしめた手を離さない。

 どうやら掴んだ睾丸を力を込めて握り揺らしているようだ。

 黒倫が発狂したような声をあげて拘束された身体を暴れさせた。

 

「ちっ、髄分とでかい玉を持っているくせに、もう、射ち止めかい。どうしても勃たないようだね──。こんなに刺激してやっても、硬くなりやしない」

 

 やがて、やっと宝玄仙が舌打ちして手を離した。

 ほとんど悶絶寸前だった黒倫が全身に脂汗をかいたまま、がくりと脱力した。

 

「だけど、こんなものじゃあ、まだ、肚の虫は収まらないだろう、沙那? これで終わっちゃあ、こいつは美女四人に責められて、いい気持ちをしただけで終わってしまうだけだしね。殺しはしないけど、きっちり、心に傷をつけてやるつもりなんだ。まだまだ、仕置きは足りないよ、そう思うだろう、沙那?」

 

「そ、そうでしょうか……」

 

 沙那は言い淀んだ。沙那の眼には、完全に黒倫には、もうすでに心の傷ができたように思う。

 かなり、自尊心の強そうな男だったが、女に拘束されて性器を弄ばれるという屈辱を受けて、いまは見る影もなく情けない声をあげている。

 

「まあ、しょうがないね、じゃあ、これ以上、一物を責めるのは勘弁してやるよ。ところで、お前、尻で遊んだことはあるのかい?」

 

 宝玄仙が黒倫に言った。

 まだ、黒倫への責めを続けるつもりらしい。

 沙那は鼻白んだ。

 

「はっ?」

 

 黒倫が顔をあげた。質問の意味がわからなかったのか、それとも、聞いていなかったのかわからないが、呆気にとられた表情をしている。

 すると、宝玄仙がぶらさがっている睾丸を下側から竹棒で打ち据えた。

 

「はがああぁぁ──」

 

 黒倫が発狂したような悲鳴をあげて全身を揺すぶった。

 

「ちゃんと、緊張していないかい。質問には即答だよ、黒倫。女の尻で遊んだことはあるんだろうけど、逆にこの尻をほじられたことはあるかと訊いているんだよ」

 

 宝玄仙は立ちあがると、黒倫の背後にまわり、尻の孔を竹棒の先でつつきだす。

 

「ひ、ひひおおっ、そ、そんなこと……」

 

 黒倫の口調は恐怖に包まれている。

 

「あるのか、ないのか、はっきりしな──」

 

「な、ない……」

 

 黒倫はいまにも泣きそうな顔になった。

 

「そうかい。初めてかい。それはいいねえ」

 

 宝玄仙は棒を引いて笑い声をあげた。

 そして、その黒倫の情けない表情に、宝玄仙がますます悦に浸った表情になる。

 その顔には、昂ぶる嗜虐心がありありと浮かび出している。

 宝玄仙がこの顔になったら、もう始末には終えないことを沙那は知っている。

 ただ、幸いなことは、今日は、その対象に黒倫がいる。

 それだけは救いだ。

 

「じゃあ、沙那と孫空女で、こいつの尻にこの油を塗ってやりな」

 

「こ、これは?」

 

 宝玄仙が差し出したのは、陶器の瓶に入ったなにかの液体だった。

 

「あの道場にあったものさ。ただの菜種油だよ。経験がないんじゃあ、いきなり張形を挿せば肉が裂けるかもしれないからね。それでも構いはしないんだけど、まあ、情けだよ」

 

 宝玄仙が沙那に油瓶を押しつけた。

 

「ねえ、あたしもやるのかい、ご主人様」

 

 孫空女が嫌な顔をしている。

 

「当たり前だよ。駄々をこねると、こいつの尻を舌で舐めさせるよ。こんな男の尻なんて舐めたくないだろうから、張形でほじるだけにしてやっているんだ。勉強だと思って、こいつの尻を張形を受け入れられるように調教してみな」

 

 宝玄仙がぴしゃりと言う。

 

「や、やめてくれ」

 

 これから本当に尻をいたぶられると悟って、黒倫が悲鳴に近い声で喚きだす。

 

「しょうがない、やろうか、沙那。気が進まないけど……」

 

「うん」

 

 沙那は孫空女とともに、黒倫の背後に回って、しゃがみ込んだ。

 こんな尻に触るなんてまったく気が進まず、自分たちが嗜虐されている気分になるが、拒否すれば宝玄仙に今度はなにをさせられるかわからない。

 大人しく命令されたことをするしかない。

 

 孫空女とふたりで、黒倫の尻たぶをつかんで、左右に開いた。

 油瓶の蓋を開けて、小皿に取り、油を指にまぶして代わる代わる黒倫の肛門に指を入れて、油を塗り始めた。

 

「よ、よせ……あ、ああ……よさんか……あううっ」

 

 女に尻をいじくられるのが、恥辱であるのか、それとも快美であるのかわからないが、黒倫の身体を左右に悶えさせる仕草は、明らかに快感を示しているように沙那には思えた。

 孫空女とふたりで、粘り強く肛門に油を塗りいれていくと、だんだんと奥にまで指を受け入れるようになり、驚いたことにまったく垂れたままでいた性器の屹立がむくりと大きくなった。

 

「おお、元気になったじゃないか。じゃあ、朱姫、もう一発、抜いときな」

 

 宝玄仙が手を叩いて喜んでそう言った。

 

「じゃあ、沙那姉さん、あたしにも油をください」

 

 朱姫がそう言って黒倫の前側にしゃがんだ。

 沙那は、大きく開脚している黒倫の股越しに油の入った小皿を手渡す、

 朱姫が油を手にたっぷりとつけて、大きくなった黒倫の怒張の先端の皮がむけた部分に油をまぶし始める。

 黒倫には、もう反撥の気力もないようで、快感に染まった声を出し始めた。

 

「じゃあ、いきますよ、黒倫さん……。一、二、三……」

 

 朱姫は、さっきと同じように黒倫の恥辱感を呷るように数をかぞえながら黒倫の男根をしごきだす。

 黒倫がまた泣くような声をあげて身体を震わせはじめる。

 

「ほら、どうしたんだい、黒倫──。沙那の話によれば、お前はうちの沙那の手足を縛って、体術の試合をさせていたぶったそうじゃないかい。お前も武術家の端くれなら、女相手に責められて情けない声を出すばかりじゃなくて、少しでも抵抗するか、せめて、啖呵でも切ったらどうなんだい」

 

 宝玄仙がまた竹棒を伸ばして、無防備な睾丸をつつき出した。

 抵抗しろと言っても、さすがにそれは不可能だ。

 黒倫の両手は束ねて天井からしっかりと吊っているし、両脚は竹竿で開脚して、その竹竿も床から離れないように木杭で固定しているのだ。

 

 そうやって前後から黒倫を責めるうちに、黒倫の肛門は、次第に柔らかくなり、ついには、沙那の人差し指の付け根まで受け入れるようになった。

 沙那が新しい油を指につけて、黒倫の肛門の奥側を回すように伸ばしていると、黒倫がひと際大きな声をあげて身体をびくりと動かした。

 

「……三十一、きゃあっ──」

 

 黒倫の怒張を擦っていた朱姫が悲鳴あげた。

 どうやら飛び出した精を正面から顔に受けてしまったようだ。

 

「も、もう、冗談じゃないですよ──。出すなら、出すって言ってよ」

 

 朱姫が腹を立てて、黒倫の男根の鞘の部分を力いっぱい握った。

 

「はがああっ」

 

 黒倫が絶叫した。

 そして、小刻みに身体を震わせはじめた。

 

「おやおや、こいつ、泣きだしちゃったよ。つくづく、情けない男だねえ」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 沙那も顔をあげた。背後からはよくわからないが、どうやら黒倫は泣き出したらしい。

 

「汚いなあ、もう……。ご主人様、ちょっと、拭いてきますね」

 

 朱姫が立ちあがった。

 

「ついでに、こいつが床にぶちまけた精も拭いておくれよ、朱姫」

 

「はい、ご主人様」

 

 朱姫が部屋の隅にある荷物置きから水筒の水と布を出して、顔を拭くとともに、床を掃除し始めた。

 

「お前たちは、そろそろ、いいんじゃないかね。次は張形を入れてやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「どれにする、沙那?」

 

 性具を集めた葛籠はそばに置いていた。

 孫空女が中から三本ほどの張形を出す。一本は尻用の細めの凹凸のあるもので、残りは大人の男根を模したものだ。一本は通常の黒倫のものと同じくらいの太さで、もう一本はさらにひと回り太い。

 

「さあ……」

 

 沙那たちだったら、一番太いものでも受け入れることはできるとは思うが、黒倫にはどれを使えばいいのだろうか。

 やっぱり、一番細い尻用のものを使えばいいのだろうか……?

 

「一番、太いのでいいよ。少しは痛いだろうけど、これは沙那に手を出した罰だからね。他のじゃあ、気持ちよくなって、罰じゃなくて褒美になっちまうよ」

 

 宝玄仙が口を出した。

 

「じゃあ、これだね」

 

 孫空女が一番太い張形に菜種油を垂らしてからそれを手で伸ばし、黒倫の肛門の入口にあてがった。

 

「うおおっ」

 

 黒倫が昂ぶった声をあげて、全身を痙攣させはじめた。

 

「血が出るくらいは我慢しなよ、黒倫。今度からは、相手を確かめてから女に手を出すんだね。言っておくけど、これくらいで済めば、宝玄仙の仕返しとしては生ぬるいくらいさ。道術が遣えれば、その一物を斬り落としてやるところだけどね」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 

「ぐおおっ……も、もう、それ以上は……ああっ」

 

 孫空女が力任せにどんどん張形を黒倫の肛門深くに押し入れていく。

 それでも、油をしっかりと塗っていた十分な潤滑のお陰で、黒倫は苦痛の呻きとともに、太い張形を受け入れていく。

 

「おあ、ああっ……」

 

 黒倫の身体の震えが大きくなる。

 

「女みたいな声を出すんじゃないよ、黒倫」

 

 宝玄仙がまた竹棒で睾丸を叩く。

 さらに黒倫の泣き声が大きくなった。

 

「まだ入るのかな……」

 

 孫空女がそう言いながら、さらにぐいと挿した。

 

「ほおおっ」

 

 黒倫が身体を仰け反らして奇声をあげた。

 孫空女が張形を深くまで強引に突き挿したとこで、張形を咥えている肛門に隙間から血が滲み始めた。

 

「おや、やるじゃないか、黒倫。また、勃ったじゃないかい──。朱姫、出番だよ」

 

 驚いたことに黒倫の怒張は、張形を突き挿されることで、また反応を示して、天井に向かってそそり勃ったのだ。

 床を拭き終っていた朱姫が、また、黒倫の前にやってくる。

 

「今度は、出す前にちゃんと言うのよ」

 

 朱姫が黒倫の男根の付け根をぎゅっと握って上下に強く動かした。黒倫は悲鳴をあげる。

 

「一、二……」

 

 朱姫が数を数えながら男根をしごきはじめる。

 

「これで九発目かい? 大したもんじゃないかい。見なおしたよ、黒倫」

 

 朱姫が刺激を与えている横から、宝玄仙が竹棒で黒倫の睾丸を突く。

 黒倫が激しい嗚咽をしはじめた。沙那はさすがに驚いた。

 

「ほら、後ろのお前たちも、休むんじゃないよ。今度は沙那がやりな。ゆっくりと出して、また、奥まで入れるんだよ。それをふたりで繰り返すんだ」

 

「で、でも、ご主人様、血が……」

 

 張形の隙間から血がぽたぽたと落ち始めている。どこかを切ってしまったかもない。

 

「血なんか関係あるものかい。お前を痛い目に遭わせた悪党じゃないかい。お前以外にもどれだけの女が、こいつに犯された挙句に売り飛ばされたかわかりゃしないんだ」

 

「で、でも……」

 

 沙那はうんざりした。

 もう、やめたい。

 いまは、沙那たちが嗜虐されている気分だ。

 

「それに、こいつはこいつで気分出しているんだよ。男は快感を覚えなければ、絶対に勃たないんだ。ましてや、こいつは、これで九回目だよ。明日からは、尻をほじられなければ精を出すことができなくなったかもしれないよ。それくらい被虐の酔いに染まっているんだよ」

 

 宝玄仙がさらに大きな声をあげた。

 それはそうかもしれないが……。

 

 とにかく、情けなく泣いている黒倫は、屈辱に震えているというよりは、確かに、快感に酔っているようにも思える。

 言われてみると、悶えるような腰の動きは、黒倫に芽生え始めた被虐性の快感が込みあがっている現れにも見えないことはない。

 

「三十一、三十二……。ねえ、ご主人様、十回まで精を出すことができたら、ご褒美に黒倫のこのお毛々を剃ってしまいませんか?」

 

 朱姫が手を動かしながら笑って言った。

 

「いいねえ──じゃあ、その役は沙那にやらせるかね」

 

 宝玄仙が悦んだ。

 

「で、出る──」

 

 黒倫が呻いた。

 そして、九発目の精を床に飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 早朝といえる時間だった。

 小二郎(こじろう)は、安丘の城郭の大通りに人だかりがあるのを見つけた。

 なにかの見世物でもしているのかと思ったが、それにしては怖ろしく早い時間だ。

 

 まだ、夜が明けてから一刻(約一時間)も経っていない。

 この時間に、これだけの人間が集まっているというのも奇妙だ。

 小二郎は、愉快そうに笑ったり、あるいは、指を差してなにかを喋っている見物人を割って入り、その人だかりの中心に近づいた。

 

「あっ」

 

 思わず声をあげてしまった。

 輪の中心にいるのは、あの黒倫だった。

 だが、大勢の人間が見物しているのは、その奇妙な姿だ。

 左右の手首をそれぞれ左右の足首に縛られて尻を空に向けている。

 しかも全裸だ。

 首には鎖が巻きつけてあり、首が石畳の地面から離れないように、金属の小さな杭が首の両側に打ちつけてあり、首に巻いた鎖が地面に固定している。

 

 しかも、尻には太い張形が突き挿さっていて、声が出せないように黒倫の口には布片が押し込まれて猿ぐつわがしてある。

 つまり、黒倫は大通りの真ん中で、顔を石畳につけて、尻を高くあげたみっともない恰好で全裸で晒されているのだ。

 しかも、その尻に張形が突き挿さっているという仕打ちまでされてある。

 

 これ以上恥辱的な恰好というのは、小二郎もさすがに思いつかなかった。

 黒倫は泣いているような表情だったが、その視線と小二郎の視線がぶつかった。

 黒倫は、猿ぐつわ越しに、なにかを懸命に叫び出した。

 

 その姿があまりにも珍妙で哀れなので、集まった見物人がさらに笑い合った。

 平素、威張り散らして市民に迷惑をかけながら歩いているような男である。

 集まった民衆は、笑い者にはすれ、同情する者は皆無のようだ。

 

「黒師範の旦那、いま、助けますから──」

 

 小二郎は駆け寄った。

 しかし、なにかに阻まれて近づけなくなった。

 小二郎と黒倫の距離は、ほんの少しで間にはなにもない。

 しかし、ある一定のところまでは近づけるのだが、そこから先には進めないのだ。

 

「なんだ?」

 

 思わず小二郎は声をあげた。

 

「無理だよ。さっきから、何人かが試したけど、透明の壁のようなものがあって近づけないんだよ。なにかの道術じゃねえかって、みんなで言ってんだけどな」

 

 小二郎のたまたまそばにいた男が言った。

 

「道術?」

 

 小二郎は声をあげた。

 道術といわれて、思い出すのは霊具だが、これはそういうものとは違って、術遣いが施した本物の道術のようだ。

 術遣いは、国都の宮廷にいる道術師隊が有名だが、この辺りの城郭では、行政府付の道術師がひとりいるだけだ。

 道術だということは、その道術師がいなければ、誰も黒倫をあの姿から解放することができないということになる。

 

「なんで、こんなことになってんだ?」

 

 小二郎はその男に訊ねた。

 

「さあね。とにかく、夜が明けたときには、ああやって奇妙な恰好で晒されていたらしいな。黒師範を解放して事情が訊ければ、誰の仕業かわかるのだろうが、さっきも言った通り、誰も近づけないんだ」

 

「役人に誰か知らせに行ったのか?」

 

「さあね。そんな親切な奴がここにいるかなあ。はた迷惑な男だからな。もう少し恥を晒せばいいんじゃないか」

 

 男がそう言って笑ったとき、小二郎は、ふと、昨日のこの場所で体術の野試合をしていた沙那とかいう女のことを思い出した。

 

 昨日のことだ──。

 

 小二郎は、黒倫に命じられて、小金をもらって沙那の後をつけてから、城郭を出ていったことを黒倫の門弟に教えたのだ。

 それからどうなったかは知らないが、黒倫は、時折、若い女を浚っては道場に連れ込んで、弄んだ挙句に妓楼に売り飛ばすということをやっていた。

 もしかしたら、あれから黒倫は、あの沙那を相手にそれをやり、逆に仕返しをされて、こうやって晒されたのではないだろうか──。

 

 そのとき、小二郎は急に恐ろしさを感じた。

 そうだとすれば、沙那を黒倫が拐ったことについて、小二郎も一枚噛んでいないことはない。

 沙那、あるいは、その仲間は、小二郎にも復讐をしようとしないだろうか……。

 

 小二郎は慌ててその場を立ち去ることにした。

 その背中に、懸命になにかを訴えようとしている黒倫の声が浴びせられた。

 小二郎はそのまま逃げた。

 振り返ることなく。

 

 

 

 

(第48話『卑怯者の報復』終わり)



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 第49話  雌犬になった女主人【七雌妖(ななめよう)
308 女調教師と女主人


 宿屋の一階は賑わっていた。

 空いている卓はひとつだけで、宝玄仙は三人の供とともに、その席を占領した。

 女連れは珍しいのか多くの酔客がこの四人に注目するのを感じた。

 まあ、いつものことであり、宝玄仙は無視している。

 

 朱紫国の北辺の宿町である。

 賽太歳(さいたいさい)という妖魔に奪われた道術力を取り戻すため、その賽太歳を探すための旅だ。

 この辺りは朱紫国に住む人間の感覚からすれば、辺境といえる地域のようだ。

 ここから先は妖魔が多く棲む地域とされ、あまり人の手は入っていないということだった。

 その辺境開発民が多く住むのがこの地域だ。

 

 居酒屋にもなっているこの宿に集まるのも、辺境開発のためにやってきた荒くれ男が多いようだった。

 その中で美女四人の一行である。

 どうしても人目を引くのは免れないのかもしれない。

 

 給仕の少年がやってきたので、四人前の肉料理を注文した。

 ほかに果実割りの水と蒸留酒を頼む。

 沙那、孫空女、朱姫の三人は酒は飲まないので、蒸留酒は宝玄仙用だ。

 こういうところにくると、水よりは酒の方が腹を下す可能性が少なく安全だ。

 『治療術』が封印されているので、そういうことにも気を使わねばならない。

 

 だが、供の三人については、酒を飲めばそのまま引っくり返ってしまう。

 旅慣れていて、男を凌ぐような武術や道術があるくせに、酒だけは飲もうとしない。

 酒を飲むと感覚が鈍るので嫌ならしいが、元々酒は受け付けない体質でもあるようだ。

 一度、酒を浣腸剤にして尻から入れてやったことがあるが、泥酔しただけではなく、翌日も二日酔いのようになって吐きまくって大変だった。

 それ以来、この三人に酒を強要しようと思ったことはない。

 

「……この宿町の北に百ほどの小さな沼地が集まる湿地帯があるそうです。一応、それを越えれば、妖魔の地といえる地域になるようです。もっとも、実際には人の住んでいる部落もまだまだ点在します。妖魔に近い場所で、国の支配から逃れて暮らす人の部落というところでしょうか」

 

 沙那が説明した。沙那はこの宿屋に部屋を取ると、さっそく朱姫を連れて、いろいろと情報集めに行っていた。

 明日には、さらに北に入り、本格的な辺境地帯に入る。

 そのための必要な物の調達もこのふたりはやってきていた。

 

「街道はあるのかい?」

 

「整備された道はありません、ご主人様。ただ、行商隊などは行き交いますので道はあります」

 

 沙那が言った。

 そのとき、さっきの給仕の少年が、料理を持ってきた。

 羊の肉を香草で煮たものが大皿に載っている。

 温かい湯気からいい香りが漂う。

 それぞれの前に飲み物も置かれた。

 

「治安はどうなのさ、沙那?」

 

 孫空女が手を伸ばして、四人に料理を取り分けながら訊ねた。

 

「最悪ね。人里については、それぞれで自警しているけど、一歩離れれば、盗賊が横行しているそうよ。もちろん、妖魔の危険も多いわ。朱紫国の軍も出動はしない場所だから仕方ないんだけどね。いずれにしても、生活には不便な場所ね。もちろん、旅も──」

 

「そんなところで暮らす者は、そこでなにしているんだい?」

 

「あらっ、ご主人様、そういう国の支配の外で暮らしたがる者はたくさんいますよ」

 

 朱姫が口を挟んだ。

 

「なんでだい?」

 

「なによりも税を払わなくていいんです。それに手配されている犯罪者が逃げ込むということもあります。人が住めば子も産まれます。その土地で産まれた者にとっては、どんな場所でも故郷です」

 

「なるほどねえ」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 手配といえば、宝玄仙もそうだ。

 国都で処刑寸前のところを三人の供に救出されて逃亡してきた。

 手配されていることはわかっているが、追手が厳しくないということがわかってからは、気にしてはいなかった。

 

 そのとき、卓に影が差した。

 見上げると、四十歳前後と思われる身体のふくよかな女性が酒を手にして立っていた。

 

「よかったら相席頼めるかしら? ほかに席はないし、女性連れの一行はこの席だけだし」

 

 女は言った。

 宝玄仙が座っている卓は六人用の卓だ。

 空いている椅子はふたつある。

 

「どうぞ」

 

 沙那が席を移動して隅を空けた。

 女はそこに腰掛けた。

 ひと目見れば、忘れられないような女だと宝玄仙は思った。

 背は孫空女と同じくらいに高いだろうが、孫空女よりも遥かに豊満だ。

 迫力のある乳房の線がはっきりした薄地の着物を着ている。

 容姿は並というところだろう。

 だが、なぜか人を惹きつける不思議な雰囲気がある。

 そして、なによりも、人を圧倒するような迫力を感じる。

 

「あたしは、七芽(ななめ)という者よ」

 

 七芽と名乗ったその女は言った。

 

「この辺りの人間かい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「どうして、そう思うんだい?」

 

「とても旅をするような格好じゃないからさ。近所に住んでいて、ふらりと飲みに来た。そんな感じだからだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 すると七芽は破顔した。

 笑うと思わず引き込まれるような笑顔だ。

 初めて会ったのに懐かしいものを感じる。

 表現するとすれば、そんな感じだ。

 宝玄仙は、この女に興味を持ち始めている自分を感じていた。

 

「まあ、そういうことだね。ここから少し離れた濯垢泉(たくこうせん)という温泉のそばに住んでいる。ここにはたまにやってくるのさ。家のそばには、他に人家もないから人に接することがないからね。ここに来れば、時折、面白い出遭いにぶつかることがある。今夜みたいにね」

 

 七芽は言った。

 

「温泉ってなにさ」

 

 孫空女だ。

 

「温泉というのは、大きな湯船のようなものですよ、孫姉さん。地面からお湯が自然に沸いているんですよ」

 

「へえ、湯が沸くのかい。入れるの?」

 

「もちろん、入れるよ。あたしなんか、日に三度は入るね。濯垢泉は、うちの庭みたいなものさ……。というよりも、濯垢泉という大きな温泉の池があって、その真ん中に陸続きの島があるのさ。あたしの屋敷は、そこに建っているのだよ」

 

 七芽が言った。

 

「ほう」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 この旅が始まって三年以上になる。

 さまざまなことがあったし、色々なものに接した。

 その中で宝玄仙がよかったと思うのは、湯に裸身を浸けるという習慣に出遭ったことだ。

 東方帝国では湯で身体を洗ったりすることはあっても、湯そのものに浸かるという発想はなかった。

 湯の中でゆっくりと身体を休めるというのは、素敵な時間だ。

 もちろん、その湯の中で供をいたぶるのも宝玄仙のなによりの好物だ。

 

「肉を貰ってもいいかい? よければ、家に招待するよ、宝玄仙」

 

 七芽が言った。

 反応したのは沙那だ。

 その視線が厳しいものになる。

 宝玄仙は、沙那の手が卓の下に移動するのを見た。

 卓の下には、沙那の細剣が立てかけてあるのだ。

 

「そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないの。あなたは、沙那ね」

 

 七芽が微笑んだ。

 

「肉はどうぞ……。でも、どうして、わたしたちのことを知っているか教えてもらえますか?」

 

 沙那が卓の上の肉の入った大皿を七芽に寄せた。

 七芽は微笑んだまま、大皿の肉をそのまま箸でつまんで口に入れる。

 

「わたしだけじゃないと思うわよ、沙那。少なくとも、この店には、三人はあんたらに気がついた者がいるわよ。もしかしたら、もっと多いかもね。国都で騒ぎを起こしたんでしょう?」

 

「えっ?」

 

 沙那が驚いた表情になる。

 七芽と名乗った女がにやりと微笑んだ。

 

「ふふ、手配書が回っているわ。他の場所と違って、ここは政府に手配されて行き場を失くした者が集まってくるような場所でもあるのよ。ここから北に行けば、政府の支配から逃れられるわ。だからよ。そして、その手配犯を捕えようとする賞金稼ぎも集まるわ」

 

 沙那が注意深く、辺りを見回す。

 確かに、この宿屋の一階の居酒屋で多くの視線を感じてはいた。

 ただ、男の酔客が集まる場所にやってくれば、それはいつものことだった。

 だから、気にも留めてはいなかったが……。

 

「大丈夫よ。あんたらに手を出そうとする者はいないわ。今は安全よ」

 

 七芽が言った。

 

「どうして安全なのですか、七芽さん? あなたは、少なくとも三人は、わたしたちが手配犯であることに気がついたとおっしゃいましたよ」

 

「あたしと一緒だからよ」

 

 七芽が白い歯を見せた。

 そして、豪快に酒を呷った。

 

「そんなに強いようには見えないけどね」

 

 孫空女だ。

 

「あたしは強くないわ。だけど、あたしには、守り人がいるのよ」

 

「守り人?」

 

 孫空女が首を傾げた。

 

「あたしを護っている存在よ。いまもいるわ。誰かがあたしに手を出そうとすれば、そいつは死ぬことになる」

 

 七芽は意味ありげに微笑む。

 

「さっぱりわからないね」

 

「そのうち、わかるかもね。すぐに知りたければ、手を出してみるといいわ、孫空女」

 

「あたしの名も知っているのかい?」

 

「一緒に手配されたわね。全員に賞金も出ているわ。そんなに大した額でもないけどね。そっちのお嬢さんも一応手配書に並んでいたわ。朱姫というのでしょう?」

 

 七芽が言った。

 朱姫も唖然としている。

 七芽が、宝玄仙に視線を向け直す。

 

「随分と可哀そうな仕打ちを受けたんでしょう。あんたがどんな目に遭ったかという噂も耳にしたことがあるわね。国都では、女の死刑囚を辱めてから処刑するという悪習があるからね。でも、安心したわ。もっと、心が潰されて可哀そうな女なのかと思った。気が強くて、元気そう」

 

「……もしかしたら、わたしを見ているこの店の連中にも、あれを知っている者がいるということかい?」

 

「あれというのは、あんたが国都の広場で全裸磔になったことかい。もの凄い美人が、汚いものを垂れ流したという話は、面白おかしく、こっちまで聞こえてくるよ。もっとも、その実物に会えるとはあたしも思わなかったけどね」

 

 七芽は笑った。

 

「じょ、冗談じゃないよ……」

 

 宝玄仙は口の中で悪態をついた。

 あの国都の磔刑の恥辱ことはいまでも忘れることはできない。

 国都の市民の中を全裸に近い恰好で行進させられて、全裸で磔にされたあげく、見世物のように市民の前で小便と大便をさせられたのだ。

 思い出すと、あの有来有去(ゆうらいゆうきょ)に対する怒りで肚が煮える。

 宝玄仙は急激に湧いてきた羞恥を振り払おうと、眼の前の蒸留酒をぐいと飲んだ。

 

「さっきも言ったけど、あたしと一緒の間は安心よ。手を出す者はいないわ。だけど、部屋に戻ってからは用心するのね。賞金稼ぎはあんたらを狙うと思うわ──。もっとも、見た感じ供の方々も強そうだし、あたしが心配するようなことじゃなさそうだけど」

 

 七芽がまた、肉をつまんで酒を呷った。

 

「お前の客にしてくれないかい、七芽? ここは引き払うことにするよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あたしの家に来るということ? もちろん、構わないわよ」

 

「じゃあ、そうさせてもらうさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那が声をあげた。

 

「なんだい、文句があるのかい、沙那?」

 

「文句っていうわけでも……。でも、わたしたちは、この方のことを知らないし……。いきなり、知り合ったばかりの方のお世話になるなど迷惑だろうし……」

 

 沙那がちらちらと七芽に視線を送りながら、言い難そうにたしなめの言葉を口にした。

 

「わたしの決めたことに文句を言うんじゃないよ、奴隷のくせに」

 

 宝玄仙はぴしゃりと言う。

 沙那が吐息をして、諦めたような表情になった。

 

「奴隷?」

 

 七芽が驚いたような表情になった。

 

「気にしなくてもいいよ、七芽さん。うちのご主人様は、あたしらのことをそう呼ぶんだよ」

 

 孫空女が笑った。

 

「奴隷ねえ……」

 

 七芽がなにかを含むような表情になった。

 

 

 *

 

 

 女がひとりで暮らす家というから、もっと小さな庵のようなものを予想していた。

 しかし、七芽の家は、家というよりは屋敷だった。

 客室だけでも幾つもあり、宝玄仙はその中の一室をあてがわれた。

 三人の供は、まとめて別の寝室だ。

 

 沙那が安全を理由に同じ部屋で四人全員で寝ることにこだわったが、逆に宝玄仙は今夜はひとりで休むことにこだわった。

 ひとつの予感があったからだ。

 

 その予感は的中した。

 宝玄仙が寝台に横たわってすぐだった。

 寝室の扉が開いて、七芽が入ってきた。

 

「邪魔かい?」

 

「邪魔じゃないさ、七芽」

 

 宝玄仙は寝台に七芽を迎える態勢になった。

 さっきよりも、もっと薄物で、ほとんど乳首が透けているような布を羽織っている七芽が、横になっている宝玄仙のそばに腰掛けた。

 

「あたしが来ると思っていたかい、宝玄仙?」

 

 七芽が微笑んだ。部屋の隅には小さな燭台がある。

 その燭台の灯りが七芽と宝玄仙を照らしている。

 

「お前には、わたしと同じ匂いを感じたからね、七芽」

 

 宝玄仙は横になったまま、七芽を見つめながら言った。

 

「匂い?」

 

「欲情した雌の匂いだよ。いい女を見れば抱きたくなる。裸に剥いて、よがり狂わせたくなる。そんな困った性癖の匂いさ──。お前は、わたしを性愛の相手と思って見ていたろう?」

 

 宝玄仙がそう言うと、七芽が声をあげて笑った。

 

「だったら話が早いよ。まどっろこしい誘い合いはやめようじゃないか、宝玄仙。あたしは、根がふしだらな女でね。あの居酒屋には、時折、男を物色に来るのだよ。一箇月に一度は男を抱かなければどうしようもなくなる性分なのさ」

 

「つまり、男あさりかい」

 

「まあね。あそこで抱きたくなるような男を見つけて口説くんだよ。大抵は金を払って男を買うんだけどね。あそこには、賞金稼ぎだけじゃない。男妾だってたくさんいるのだよ。だけど、今夜はお前を見つけた。抱かしてもらえるかい? 天国に連れて行ってやるよ」

 

「わたしは、女だけどね」

 

「女も好物だよ。特に、綺麗な女はね……」

 

 七芽が薄物を脱いで、床に放り投げた。

 宝玄仙も上半身を起こして寝巻の紐を解く。

 寝巻にしていた合わせの着物の下には、なにもつけていない。

 まったくの裸身がそこにある。

 宝玄仙は着物を寝台の横の椅子にかけた。

 

「どちらが“ねこ”になることにする? わたしかい? それともお前?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あたしは“ねこ”には馴れていなくてね。よければあたしが、“たち”でいいかい? 後で交替してもいいけど……」

 

「いいよ。わたしは、どちらでもいける方さ。“ねこ”でも“たち”でも、男でもね……」

 

 宝玄仙が寝台に再び横になった。

 七芽が覆い被さり、横たわる宝玄仙の裸身を抱きしめた。

 

「今夜はとても運がよかった。お前のような美女を見つけた……。こんな幸運な夜は滅多にないさ。性器があるだけの価値しかないような男を今日も抱かなければならないのかと思っていたよ」

 

 七芽が宝玄仙の耳元でささやき、息を吹きかけた。七芽の息が耳の奥に吹き込んでくると、ぞくぞくとして腰の力が抜ける気がした。

 

「あ、ああ……」

 

 くすぐったさに思わず声が出た。

 顔の上の七芽の口元が微笑んだ気がした。

 

「薄闇の中でも、お前の肌の白さと素晴らしさがわかるわ、宝玄仙。とても、素敵な身体をしているのだね」

 

 七芽がささやく。

 そして、宝玄仙の乳房に自分の大きな乳房を押しつけるようにしてきた。

 七芽の豊満な乳房に密着した宝玄仙の乳房が変形して潰される。

 

 七芽の乳首はすでに勃起していた。

 その乳首が宝玄仙の乳首に擦れて刺激が加わった。

 

「くあっ──」

 

 宝玄仙は思わず身体を仰け反らせた。

 乳首は以前、千代婆という老女から受けた仕打ちで、宝玄仙の強い性感帯になっている。

 おそらく肉芽と同じか、それ以上に感じる場所になっている。

 

「ふふふ、随分、敏感なんだね、宝玄仙」

 

 身体の上の七芽が、宝玄仙の乳首に自分の乳首を擦りつけるように動かす。

 込みあがる愉悦に宝玄仙はあっという間に全身が熱くなる。

 

「そ、そこだけは弱くて……」

 

 性については百戦錬磨のつもりだ。こんな田舎女に翻弄されるような宝玄仙ではないのだ。

 言い訳めいた言葉をつい口にしてしまう。

 

「そうかい……。あたしも全身が熱くなってきたよ」

 

 七芽が乳首で乳首を刺激しながら、宝玄仙の耳に舌を這わせてきた。

 巧みな舌遣いだ。

 宝玄仙は思わず腰を浮かせて身体をよじった。

 

「あうっ」

 

 思わず声をあげた。宝玄仙の身体の悶えを利用して、七芽の両脚が宝玄仙の両脚を割るように置かれた。

 宝玄仙は大きく股を開いた態勢になり、七芽の両脚が邪魔で閉じることができない。

 つまり、七芽の責めに無防備な態勢になったということだ。

 

 しかも七芽は、身体の横に添わせた宝玄仙の両手をしっかりと両手で包んでいる。

 それで、ほぼ完全に宝玄仙は抵抗できないかたちになった。

 

 宝玄仙をその態勢にして、七芽は唇で耳を、両手で全身を、そして、乳房で乳首を愛撫してくる。

 宝玄仙をすぐに追い詰めるというような愛撫ではない。

 根気よく、急がず、ゆっくりと少しずつ宝玄仙の抵抗力を奪っていこうとするような愛撫だ。

 宝玄仙は、この七芽から宝玄仙を凌駕するような性の技巧を感じ始めてきた。

 

「あ、ああ……あっ、あっ……」

 

 七芽の両手が宝玄仙の背中に回る。

 全身に疼きのような快感が走る。

 宝玄仙は戸惑っていた。

 自分の背中がこんなにも感じる場所だとは、いまのいままで知らなかったのだ。

 

 いや、そうではないだろう……。

 この七芽がうまいのだ。

 

 宝玄仙の性感帯を知り尽くしているかのように、巧みに宝玄仙の敏感な場所を当ててそこを責めてくる。

 同じ背中でも、ある場所は撫ぜるように優しく、ある場所は指を喰い込ませるかのように強く刺激し、変化をつけながら宝玄仙の性感を探っている。

 まるで感じる場所を掘り起こされるような七芽の愛撫に、宝玄仙は次第に悶え、そして、乱れ始めた。

 自然と身体が震えて、声が迸る。

 

「可愛いねえ、宝玄仙……。可愛いと言われたことはあるかい?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 可愛いなど……。

 

 いまは封じられているが、道術では幼いころから人を恐れおののかせるほどの力を持っていた宝玄仙だ。

 宝玄仙を畏怖する者はいても、可愛いなどと称する者はいなかっただろう。

 

「可愛いよ、宝玄仙」

 

 七芽がまた宝玄仙の耳を舐める。

 

「くっ……。こ、これ以上は耳は……」

 

「どうしたのさ、耳が感じるのかい、宝玄仙?」

 

 七芽が喉の奥で笑うような音をさせながら、執拗に耳を舌で擦りあげる。

 宝玄仙は、もうどっぷりと濡れている自分の股間を感じていた。

 

「あふうっ」

 

 宝玄仙は身体を跳ねあげて、悲鳴のような嬌声をあげた。

 七芽が片手を伸ばして、宝玄仙の片方の内腿を擦ったのだ。

 長い愛撫で熟れたように熱くなっていた性器の近くを刺激されたことで、宝玄仙は全身に快楽の矢が一気に貫いたような感じになった。

 無意識のうちに、宝玄仙の両脚は閉じようと動いていた。

 しかし、七芽の両脚に阻まれて、脚を閉じることはできない。しかも、七芽は身体を密着させることで、宝玄仙の両手を自分の身体の下にして動きを封じている。

 宝玄仙はされるがままになるしかない。

 

 こんな情交は久しぶりだった。

 性愛では主導権をとることが多い宝玄仙だ。

 しかし、この七芽の性の技巧の前に、完全に主導権を握られて、ただ、されるがままになっている。

 しかし、それは屈辱ではない。

 むしろ果てしない甘美な快感でもある。

 支配されてどうしようもなく欲情させられて、一切の抵抗ができない……。

 それは、宝玄仙を果てしなく酔わせて淫情させる。

 

「はああっ……こ、こんなのは……ああっ」

 

「可愛い声で鳴くねえ。しかも、感じているお前の顔はどうしようもなく可愛いさ。もっと鳴いておくれ。もっと悶えておくれ、宝玄仙……。ここなんて気持ちいいんじゃないのかい」

 

 七芽の指が肛門のすぐ近くを撫ぜた。

 宝玄仙は全身を弓なりにして大きな声をあげた。

 

 七芽の愛撫は執拗だ。

 本当に気持ちのいい場所には触れずに、そのすぐそばを延々と責めたてるのだ。

 宝玄仙をあっという間に達しさせるような鋭敏な場所には触らずに、ぎりぎりの場所を責め続ける。

 宝玄仙の快感はどんどん蓄積されて膨れあがる。

 しかし、それは発散せずに、宝玄仙の身体に留まり続けている。

 満たしてもらえない快感は、いつまでも満たしてもらえず、それでいて、快感が爆発しそうに溜まり続ける。

 

 もう、どうなってもいい……。

 そんな思いが宝玄仙を支配していく。

 この快感を満たして欲しい──。

 

「どこか触って欲しい場所があるかい、宝玄仙?」

 

 七芽が言った。

 宝玄仙は眼を開いた。

 笑っている。

 勝ち誇ったような余裕のある笑みだ。

 それがなんだか気にいらない。

 この宝玄仙を相手に性愛でそんな表情をするなど許せない……。

 翻弄されていた心が冷静さを少しだけ取り戻す。

 

「そろそろ、その敏感な乳首を本格的に責めようかね」

 

 その瞬間、七芽がささやいて、これまでの静かな動きから一転して、激しく自分の乳首をかき回すように責めはじめた。

 

「ああっ……ひっ……七芽──」

 

 思わず叫んだ。強烈な快感が迸った。

 全身に強い欲情が駆け巡る。

 まともな思考力が消える……。

 

「ああ……あっ……」

 

 大きな声が部屋に響いた。

 宝玄仙の声ではない。七芽の声だ。

 七芽が切なそうな表情で喘いでいる。

 宝玄仙の乳首を擦るのは、七芽の乳首だ。

 当然、七芽も欲情しているはずだ。

 自分だけではなく、七芽も感じているのだ。

 そう思うと、急に安心したような気持ちになった。

 

 そして、快感が昂ぶっていく……。

 次第に絶頂感が宝玄仙を支配していく。

 もう、少しで……。

 

「い、いくよ──」

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 激しい乳首への刺激で宝玄仙は狂おしい淫情を覚えた。

 乳首だけの刺激でも達するには十分な刺激だ。

 宝玄仙は爆発する自分の快感をはっきりと認識していた。

 

「可愛いねえ……」

 

 七芽が笑った気がした。

 次の瞬間、乳首を責めに責めていた七芽の乳首が宝玄仙の乳首からさっと離れた。

 

「えっ?」

 

 思わず声をあげてしまった。

 一気に高められた劣情が急激に下がっていく。

 

「こっちはどうだい、宝玄仙?」

 

 七芽が宝玄仙の肉芽に触れた。

 疼きに疼いていた肉芽にいきなり強い刺激が加えられた。

 宝玄仙は大きな声をあげて全身を仰け反らせた。

 

「まだだよ……」

 

 しかし、またもや、さっと七芽の指が肉芽から離れた。

 

「お願いだから、いかせて欲しいと言えたら、いかせてやるよ、宝玄仙……」

 

 七芽が愉快そうに笑った。



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309 夜通しの百合愛

「そ、そこは……」

 

 宝玄仙は思わず声をあげて、腰を浮かした。

 

「ああ、そこだね」

 

 七芽(ななめ)は手のひらで股間を圧迫するように押しつけたかと思うと、さっと手を離す。

 繊細さの欠ける大雑把な愛撫だが、だからこそ焦燥感が頂点に達する。

 淫らな感覚が股間全体に拡がっていく。

 

 そうやって、時折、股間に鈍い刺激を与えながらも、七芽は、乳首による乳首の責めをずっと続けている。

 擦っては離れ、離れては擦るということが繰り返されていた。

 長く擦られたために、宝玄仙の乳首は、絶頂のための鋭敏な器官になりすぎていた。

 ほんのちょっとの刺激さえ、さらに与えてくれれば、宝玄仙はそのまま乳首で達することができるだろう。

 しかし、そのほんの少しの刺激が加わらない。

 巧みに宝玄仙の絶頂をかわしながら、七芽は宝玄仙を責め続ける。

 

 激しいが断続的な乳首への責め──。

 もどかしくて鈍い股間への刺激──。

 そして、ときどき加わる唇による奉仕……。

 

 それらが宝玄仙に加わるたびに全身に電撃のような衝撃が走る。

 しかし、まるで宝玄仙の性感を読んでいるかのように、まさに絶頂寸前で七芽は責める場所を変えて、刺激を別のものに変えてしまう。

 

「い、意地悪しないでおくれよ、七芽……。欲しい……。欲しいんだよ」

 

 宝玄仙は叫ぶように言った。

 もう快感に対する飢餓感で爆発しそうだ。

 満たされることのない淫情が宝玄仙の全身で暴れ回っている。

 乳首でも股間でも肛門でもいい。

 この激しい欲情を解放して欲しい。

 

 どっぷりと愛液で自分の股間が濡れているのがはっきりとわかる。

 女の性が宝玄仙を圧倒している。

 もう、絶頂に対する焦燥感は頂点だ。

 宝玄仙としての誇りや自尊心など、もうどうでもいい。

 愛欲だけを求めて浅ましく叫ぶ雌の本能だけが宝玄仙を蝕んでいる。

 

「可愛い女だね、お前……。そんなに腰を振って……。欲しいのかい、宝玄仙……?」

 

 七芽が押しつけていた身体をすっと離した。

 そして、身体を起こして宝玄仙の肢体を眺めまわすように視線を動かす。

 

 腰を……?

 そう言われて、宝玄仙ははじめて自分が浅ましくも、腰で追いかけるように振り動かしていたということに気がついた。

 おそらく、自分はずっと腰を振っていた。

 七芽が少しだけ離れただけで、それを追うように腰を浮かしていた。

 そんな余裕のない痴態をこの田舎女に見られたのかと思うと、かっと羞恥が宝玄仙の全身を襲う。

 

「いかせてくれって、ねだる気になったかい? はっきり口に出しな、宝玄仙」

 

「ほ、欲しい……。い、いかせておくれ」

 

 宝玄仙は口に出していた。

 七芽はにっこりと微笑んだ。

 そのまま立ちあがって、寝台から離れていく。

 そして、すぐに戻ってきた。

 股間に黒い張形を装着している。

 七芽は裸身に黒い革の下着をつけてきたのだ。

 その下着の股間の部分には、男性器を模した張形が生えている。

 

「いくよ、宝玄仙」

 

「あ、ああ」

 

 宝玄仙は、再び寝台にあがってきた七芽を迎え入れる態勢になった。

 大きく脚を開く。

 その脚の間に、七芽の大きな身体が載る。

 

 七芽が宝玄仙の両脚を抱えて、両膝を胸に圧迫するようにした。

 自然と宝玄仙の股間は、七芽に向かって突き出すようなかたちになる。

 

「覚悟はいいかい、宝玄仙……。長い夜の始まりだよ……」

 

「き、来ておくれ、七芽」

 

 宝玄仙は頷いた。

 七芽の股間の張形の先端が、宝玄仙の女陰の入口に当たった。

 そして、いきなり来た──。

 

「おほおおおっ──」

 

 ずんという衝撃とともに、七芽の全体重が張形に打ちこまれた。

 一気に張形の先端が宝玄仙の膣の最奥を貫いていた。

 

 身体全体が激しく震えた。

 これほどまでに絶頂の寸前だったとは思わなかった。

 全身が痺れている、

 七芽の腰が激しく宝玄仙の女陰を突いている。

 ひと突きごとに子宮を打撃するように張形を動かされる。

 

「いくううっ」

 

 宝玄仙は身体を仰け反らせて叫んだ。

 

「いっておくれ、宝玄仙──。可愛いよ、お前は」

 

 浮きあがった宝玄仙の身体を七芽が抱きしめた。

 温かいものに包まれる──。

 至福の幸せを感じながら、宝玄仙は深い深い絶頂に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「……宝玄仙、また、少し話をしようじゃないか。夜は長い……。朝まではたっぷりと時間がある」

 

「はあ……はあ……はあ──。は、話かい……? はあ……はあ……」

 

 宝玄仙は激しい呼吸を繰り返しながら言った。

 いま、宝玄仙は七芽の大きな身体に抱き潰されるように横たわっていた。

 七芽の股間の張形は宝玄仙の女陰を貫いたままだ。

 ただ、その状態で動きだけはとまっている。

 七芽は深々と宝玄仙を貫いたまま、両手で宝玄仙の身体を抱きしめて、耳元でささやくようにそう言ったのだ。

 

 どのくらいの時間、性交を続けたのか──。

 宝玄仙はよく認識することができなかった。

 おそらく、十回は達しただろう。

 もしかしたら、もっとたくさんの数だったかもしれない。

 

 女の身体は絶頂するたびに敏感になる。

 そして、激しくいきすぎると、全身が性器そのものになったかのように鋭敏な状態になる。

 いまの宝玄仙がそうだ。

 

 いま、七芽の手は宝玄仙の背中に回されて擦るように動いているが、これが、この瞬間にでも爪を立てて強い刺激を与えられたら、それだけで宝玄仙は咆哮して絶頂してしまうかもしれない。

 それくらい敏感な状態になっている。

 

 いきすぎて頭が朦朧としている。

 もうなにも考えられない。

 力も入らない。

 こんなにも深く達したのは久しぶりのような気がする。

 

 女同士の情事は、男との情事とは異なる。

 男の情事は射精すれば終わりだ。

 どんなに長く続けようと思っても、数回の精を出してしまえば、それ以上は続けられない。

 だが、女と女の性には終わりはない。

 宝玄仙と七芽が望めば、明日の朝どころか、翌日も、その翌日も続けられる。

 それが女と女の性だ。

 

 宝玄仙は七芽の腰に装着された張形でいかされ続けたが、精を放つことがないその男性器だからこそ、延々と情事を続けられる。

 飽きれば、いま七芽が言ったように寝物語をすればいい。

 話にも飽きれば、また性交を再開すればいい。

 それを宝玄仙と七芽は、何度か繰り返していた。

 

「……また、お前の子供の頃のことを教えておくれよ」

 

 七芽はささやいた。

 

「こ、子供の頃かい……。わ、わたしは、そんな話をしたかい?」

 

 よく、覚えていない。

 子供の頃なんて、そんなことを他人に話したのか……。

 どうやら、今夜は愛欲に酔いすぎたのかもしれない。

 朦朧とした頭の中でそんなことを思った。

 別に言いたくないわけじゃない。

 ただ、他人が聞いても興味を持つような子供時代だと思わないだけだ。

 

「話したよ……。愉しそうな母親じゃないかい。あたしには、母親と暮らした記憶はないからね。どんな母親でも、思い出すことができるなんて素敵じゃないかい」

 

「素敵なものかい……。はあ……、さ、最低の母親だったよ」

 

「何度でも言うよ。最低でも思い出すことができるというのは羨ましいよ、宝玄仙」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 冗談じゃない。あんな母親……。

 

「母親と暮らした……。そうなんだろう? そう言っていたよ。性に解放的な女だったと言ったじゃないか。たくさんの愛人を囲っていて、いつも家中で情事が行われていた。そんな屋敷だったってね……。それも羨ましいよ。あたしも、いつか、この屋敷をそんな愛に溢れた場所にしたいものさ」

 

 七芽は笑った。

 

「な、なにが、愛に溢れた場所だよ。愛なんてものはなかったよ。あ、あそこにあったのは、ただの肉欲だよ。獣のように性をむさぼり合う雌と雄がいただけさ。屋敷のあちこちで、男と女が……、いや、女と女、それとも、男と男──。とにかく、あらゆる性があそこにはあったね。妖魔だっていたよ。だけど、愛情はなかったよ。断言するね。そういう場所じゃないんだ。あそこは……」

 

 宝玄仙は言った。

 あの女は、一度も宝玄仙に愛情を注がなかった。

 ただ、愛人たちと行う愛欲の玩具にしようとしただけだ。

 最初の調教は八歳のときだったと思う。

 妹の蘭玉は、まだよちよち歩きだったが、母親や愛人たちと一緒に、その光景を見ていたような気がする。

 宝玄仙は、まだ宝玉であり、子供だった宝玄仙は、寝台に革帯で手足を拘束されて、妖しげな薬を股間に塗られ痒み責めにされて自慰を教えられたのだ。

 それが最初の調教だった。

 

 命令されれば、他人の前で自慰をしてみせる。

 幼い女の子が淫らに自慰に耽るのを眺めることで、淫欲の舞台ができあがる。

 そういう演出のために宝玄仙は、母親にそんな躾をされたのだ。

 

 蘭玉と愛し合うことを強要されたのは十歳のとき……。

 蘭玉は四歳だ。

 裸になり前後逆さまに抱き合って、お互いの股間を舐め合うのだ。

 幼い蘭玉の股間はそれで濡れることはなかったが、十歳にしてすでに絶頂を知っていた宝玄仙は、全裸で抱き合って見物する母親と愛人たちの前で、何度も達してみせた。

 そういうようなことを毎日のように果てしなくやらされた。

 それが宝玄仙の子供時代だ。

 

「母親と暮らしたのはいつまでだい?」

 

「十二だよ」

 

 宝玄仙は言った。

 母親が自分の愛人に宝玄仙を抱かせようとしたのが、その十二歳だった。

 絶世の美女と称されて、神のような美貌と謳われた母親だったが、年齢にはかなわない。

 だんだんと衰える自分の美しさの代償として、あの母親は宝玄仙を使おうとしたのだ。

 自分の愛人が少女の宝玄仙を抱く。それを眺めることで、若い身体の自分が愛人に抱かれることを想像しようとしたのかもしれない。

 もちろん、美貌を失くすことで離れていくかもしれない愛人をそれで繋ぎとめたいという思惑もあったようだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙は母親の思い通りにはならなかった。家を出て、天教の神殿に師事した。

 宝玄仙の最初の師匠となった須菩提(しゅぼだい)仙士という神官は、自分に“宝玄”という戒名をくれた。

 そのときから、それが自分の名になった。

 

 それから天教の神官としての宝玄仙の人生が始まった。

 霊気も道術もすでに一流だった宝玄仙は、瞬く間に出世して、あらゆる天教の歴史を塗り替えながら、史上最も若い八仙にまで昇り詰めた。

 

「……それでいま、お前の母親はどうしているんだい、宝玄仙?」

 

 七芽が耳元で言った。

 

「母親……は、もういないよ」

 

「死んだのかい?」

 

「さ、さあね……。ただ、あいつは、もう、わたしのことを覚えていない……。それだけさ……あ、あっ……」

 

「覚えていない?」

 

「わたし……わたしの記憶を消してやったのさ。道術でね……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「道術で記憶を消した?」

 

 七芽の眼が大きく見開かれた。

 

「ああ……。あ、あいつと取引をしたのさ。わたしが神官長として故郷に戻った時にね……。二十一のときだよ。その頃には、わたしは、天教の僧侶として、かなりの地位にいたんだよ。それで故郷に戻った。く、九年ぶりの母親は……、少しも変わっていなかった。相変わらず綺麗で、毎日、淫欲に耽る生活を続けていたさ」

 

「それで……?」

 

 七芽がすっと宝玄仙の乳房をぐっと絞りあげるように優しく擦った。

 

「ああっ」

 

 突きあげるような鋭い愉悦に、宝玄仙はぶるぶると身体を震わせてしまった。

 

「ほらほら、続きだよ」

 

 七芽の愛撫が続く。

 宝玄仙はまるで操られているかのように、口を開く。

 

「……で、でも、本人だけは、自分の容姿が衰えたと思っていたらしいね。だから、わたしは、道術で死ぬまで変化しない永遠の若さを与えてやったのさ。母親も道術遣いだったけど、見た目の若さを維持するというような道術は遣えなかったんだよ。だけど、わたしはその道術が遣えた。だから、母親の望む見た目の若さを与えたんだよ、七芽」

 

「それが、記憶を失くすこととなんの関係があるのさ?」

 

 七芽は不審な口調で訊ねた。

 

「わ、わたしたち姉妹についての記憶を失くすこと……。それが、わたしがあいつに若さを与える条件だったからさ」

 

 宝玄仙は答えた。

 九年ぶりに戻った母親の屋敷で、神官長の宝玄仙は取引きを申し出た。

 母親が欲しがっている若さを与える。天教で修業した宝玄仙は、そんな道術は簡単にできるくらいに成長していた。

 その代わり、自分たちについての記憶は消す。

 十五だった蘭玉は、すでに母親やその愛人の性奴隷のような存在になっていたが、その蘭玉も宝玄仙が引き取る。

 宝玄仙の提案はそれだった。

 

「母親から子供の記憶を奪うとはね……。残酷なことをするものさ」

 

 七芽は言った。

 

「そ、そうでもないよ。ふたつ返事だったよ。母親は悦んで承諾したよ……。だから、あいつは、いまでも、まだ若いままで、あの場所にいるんだろうね。相変わらず、たくさんの愛人を屋敷に住まわせているんじゃないかな。ただ、自分に娘がいたことは覚えていないはずさ」

 

 宝玄仙は大きく息を吐いた。

 しばらく七芽は黙ったままだった。

 相変わらず、張形は宝玄仙の女陰に挿さっている。

 時折、七芽が身じろぎをして、宝玄仙に挿入されている張形が存在を主張する。

 そのたびに、宝玄仙は小さな震えと喘ぎを繰り返していた。

 

「あの三人は……?」

 

 七芽が話題を変えた。

 

「さ、三人というのは、沙那と孫空女と朱姫のことかい?」

 

「奴隷と呼んでいたね。本当にお前の奴隷なのかい?」

 

 七芽が言った。

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 笑うと股間の張形が揺すられて快感が迸る。

 笑いの後に甘い息を吐いた。

 

「ま、まあ、そうだね……。手酷い手段で供にした三人だよ。道術で離れることをできなくして繋ぎとめている。そういう意味では奴隷だよ。あいつらを手放す気はないからね。一生、わたしの世話をさせるつもりだよ」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「性の相手もさせるかい?」

 

「当たり前だよ。連中は性奴隷さ」

 

「成程ねえ」

 

「な、なにが成程なんだい?」

 

「……お前のことが少しわかってきたよ。やっぱり、わたしの勘は正しかったよ。お前は人一倍愛情に飢えている女だよ。満たされなかった母親との愛情を求めて、その代償として、激しい性愛に耽るのだよ。三人の供に求めていることも同じだね」

 

「同じ……?」

 

「……結局のところ、お前が求めているのは、あの三人の供からの愛情さ。母親から与えられなかったものを彼女たちに求めているのだよ。ただ、お前は、あの三人に対しては、母親役をやっているのさ。お前が唯一知っている愛情で、あの三人を愛そうとしているのさ。無意識かもしれないけどね」

 

「わかったようなことを言うんじゃないよ、七芽」

 

「そうだね。わかったようなことを言うべきじゃなかった……。じゃあ、また、始めようよ、宝玄仙」

 

 七芽の唇が宝玄仙の唇と重なった。七芽の舌が宝玄仙の口の中に入ってくる。

 宝玄仙の敏感な場所を舌先で撫ぜまわしてくる。宝玄仙もまた、七芽の口の敏感な場所を探してそこを舌で刺激した。

 宝玄仙と七芽の舌と舌がもつれあう。

 七芽の腰が動き出した。

 激しい欲情が宝玄仙を襲う。

 

「あ、あああ……あひっ……はっ、はっ、はああっ──」

 

 宝玄仙が七芽の背中に手を回した。大きな絶頂感が宝玄仙に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 寝台の下に転げ落ちた。

 逃げようと思ったのだ。

 しかし、立てなかった。

 それで、宝玄仙は自分の腰がすでに抜けていることに気がついた。

 

「どこに行くんだい、宝玄仙?」

 

 寝台から降りてきた七芽が、笑いながら床に四つん這いになっている宝玄仙に近づいてくる。

 

「ど、どこって……。きゅ、休憩だよ……。休憩──。お、お前、いい加減にしておくれよ」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「なに言っているんだよ、宝玄仙……。まだまだだよ」

 

 もう外は明るくなりかけていた。

 結局、夜通し続いた七芽との情交はまだ終わっていない。

 

 達した回数も数十回を超えた。

 さすがに限界だ。

 責めるのは馴れているが、逆にここまで責められることについては馴れていない。

 

「す、少しだけ……休もうよ、七芽。お、お前のように、体力があるわけじゃないんだよ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「体力がなくても、女はいつまでも情事を続けられるよ。それくらい、お前も知っているんだろう、宝玄仙」

 

 七芽が宝玄仙の臀部を捕まえて引き揚げる。

 完全に脱力している宝玄仙の身体は、七芽の大きな身体によって、簡単に持ちあげられる。

 頭が下がってお尻が上にあがる。

 その尻に七芽の股間の張形が当たった。

 

「そ、そこは駄目──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 この状態から宝玄仙の最大の弱点である肛門を犯される。

 それがわかった。

 宝玄仙の全身に恐怖が走る。

 

「なにを言ってるんだい、宝玄仙……。お前が、ここが弱いのは最初からわかっていたよ。だから、今の今までとっておいたのさ。あたしは、一番おいしいものは最後に食べる主義でね」

 

 張形がゆっくりと、宝玄仙の肛門に挿入されてくる。

 乳房が掴まれる。揉みしだかれる。

 途方もない快感が宝玄仙に襲いかかった。

 宝玄仙は縋れるものを探して、床に爪をたてた。

 

「はひいっ──ほおおっ──はあああっ──」

 

 どんどん肛門の深い場所まで張形が入ってくる。

 肛門の中でなにかが爆発する。

 全身に快感が迸る。

 宝玄仙の意識も砕け散る。

 

 とてつもない快感──。

 それだけが宝玄仙を支配する。

 稲妻に打たれたような衝撃が宝玄仙を襲う。

 

 もうなにも考えられない。

 真っ白い光が宝玄仙を包む。

 恍惚としたものが拡がる。

 

「宝玄仙、お前が気に入ったよ……。お前をこの七雌妖(ななめよう)の奴隷にすることにするよ」

 

 自分を犯している七芽が言った。

 

 妖魔……?

 

 突然に妖魔の気を感じた。

 隠してたものが不意に出現した。

 そんな感じだった。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 次第に消えていく意識の中で、宝玄仙はただひたすらに快感の波に翻弄されて、身体を痙攣させていた。

 大きな快感が弾けようとしている。最大の絶頂が始まる──。

 

「はがあああ──な、七芽──も、もうだめっ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 なにもわからない。

 

 あまりにも大きすぎる快感──。

 それが宝玄仙を支配している。

 

「七芽じゃない……。七雌妖さ。本当の名はね……。人間としては七芽──。だけど、本当は七雌妖という妖魔だよ。それがあたしだよ」

 

 身体が浮かぶような錯覚──。

 しかし、そうではない。

 ただ、背後から犯されている。宝玄仙は床にしがみつくように指をたてながら発狂するような快感の中にいた。

 

 宝玄仙は、確かに真っ白い光の中に浮遊していた。

 快楽の限界──。

 そこにいた……。

 

「気を失うのかい、宝玄仙──? それはやめた方がいいね。眼が覚めたら、すでにお前は七雌妖の奴隷に成り果てているよ。お前の全身に道術をかける。あたしから逃げられない奴隷にするためにね」

 

 大きな笑い声が聞こえた。

 

「いくっ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 それが宝玄仙の最後の意識だった。

 

 とてつもないものが襲いかかり、それが宝玄仙の最後の意識を洗い流していった。



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310 女主人の絶体絶命

「……起きな」

 

 腹を軽く蹴られたのがわかった。

 宝玄仙は、自分がぼろ布にでもなった気がしていた。

 全身が弛緩してどこにも力が入らない。

 

 どうやら仰向けで床に寝ていたようだ。

 まだ、意識は朦朧としている。

 夢の中にでもいるようにぼんやりとしてなにも考えられない。

 

「……な、七芽かい?」

 

 宝玄仙は自分を見下ろしている女を見上げた。

 七芽だ──。

 この女と意気投合して、ひと晩の情事をした。軽い気持ちで始めた女同士の性交だったが、七芽は宝玄仙がたじろぐほどの性巧者だった。

 その性の手管に翻弄されて、宝玄仙は信じられないくらいに激しくいき狂った。

 おそらく、ひと晩で数十回も絶頂させられただろう。

 しかも、ひとつひとつが深くて充実した絶頂だった。それを立て続けにさせられたのだ。

 

 性交の途中で完全に気を失い、そのまま朝を迎えたようだ。

 いまだに宝玄仙は半分夢の中にいる。

 七芽は床の真ん中に椅子を移動させて、そこに腰掛けて脚を組んで腰掛けていた。

 いつの間に着替えたのか、きちんと髪を整えて服を着ている。

 肌に密着するような薄物の着物は相変わらずで、それを腰帯で締めている。

 

「ひがああっ──」

 

 突然、股間の中に鞭打ちされたような衝撃が走り、宝玄仙は全身をのたうたせた。

 電撃のようなものが股間に加わったということを知覚したのは、股間の衝撃が止まって自分の発狂したような悲鳴が収まってからだ。

 

 一瞬にして脂汗が全身から吹き出し、朦朧としていた意識が一気に覚醒した。

 宝玄仙は、汗まみれの身体を起こした。

 そのとき、宝玄仙は首に不可思議な圧迫感があることに気がついた。

 

 手をやると首輪のようなものが嵌っている。

 取ろうとしたが、皮膚そのものに張り付いているかのように隙間なく肌に密着している。

 留め金のようなものも見つからない。

 

「い、いま、わたしになにをしたんだい──? お、お前の仕業かい、七芽」

 

 宝玄仙は声をあげて、七芽を睨んだ。

 

「ひぎゃああっ」

 

 再び股間に電撃が走る。宝玄仙は床にひっくり返った。

 

「口のききかたに気をつけるんだよ、宝玄仙。今日から、お前はあたしの飼う雌犬になったんだからね。あたしのことはご主人様と呼びな。まずは、ご主人様を認識するための躾だよ。あたしの足の指を舐めるんだ。あたしの足の味を覚えるまでやるんだよ。そのうち、試験をするからね。他人の足とあたしの足の見分けが舌だけでつかなかったら、またそのときは、その股間の糸で電撃を加えるよ」

 

 七芽は言った。

 

「糸?」

 

 宝玄仙は自分の股間を慌てて見た。

 ほとんど見分けがつかないが、透明の細い糸が肉芽に巻きつき、そこから女陰に向かって数十本の糸が入り込んでいる。

 そのうちの数本は、さらに後ろの肛門に向かって伸びているような気がする。

 

 そう考えると肛門と女陰に違和感がある。

 なにかが入っているような奇妙な感覚だ。

 この肉芽の根元に巻かれ、股間や肛門に入り込んでいる糸が原因だと思った。

 そっとその糸に手を伸ばす。

 そして、宝玄仙がその糸が巻きついているのではなく、肌の表皮のほんの内側を通っているということに気がついた。

 どういうことなのか理解できないが、もの凄く細い糸のようなものが宝玄仙の股間の皮膚の内側に走り、それが女陰と肛門の中に伸びている。

 

「な、なんだい、これ──?」

 

 宝玄仙は肌を擦るように糸を取ろうとした。

 しかし、糸は宝玄仙の身体の一部であるかのように、完全に肌の下側にある。

 皮膚を破らない限り、取ることができない。

 

「その糸は、お前の股間の内側を伝わって、直接に神経と繋がっているのだよ。あたしの念ひとつで、いまのように電撃が加えられるんだ。まずは、言うことをきかなかったり、粗相をしたら罰があるということを覚えな。それが雌犬奴隷の第一歩だよ」

 

「め、雌犬奴隷──。ば、馬鹿なことを言うんじゃないよ、七芽」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 思わずかっとなり飛びかかろうとした。

 

「ぎぎゃあああ──」

 

 再び電撃──。

 しかも、さっきとは比べものにならないくらいに強い電撃だ。

 宝玄仙は床に身体をのたうち回らせた。

 

「……口だけでいいんだよ。ご主人様と言いな、宝玄仙」

 

 七芽が冷たい視線を送りながら言った。

 股間の電撃は続いている。

 しかも、次第に強さがあがっていく……。

 

「わ、わかった。わかったよ。ご、ご主人様──ご主人様──。も、もう、やめてぇ───。はぎゃあああぁ──」

 

 電撃が止まった。

 宝玄仙はがっくりと脱力させた。

 

「な、なんだ……?」

 

 全身に恐怖が走っている。

 上半身をゆっくりと起こして七芽を見る。

 七芽が宝玄仙を眺めている。

 顔は笑っているが、悪趣味な冗談をやっている雰囲気はない。

 つまり、宝玄仙を奴隷にするというのは本気なのだ。

 

 宝玄の全身に緊張がみなぎる。

 下手に逆らえば、さっきの電撃に襲われるということは悟った。

 その怖さは、たった数回で宝玄仙の記憶に染み込んだ。

 

 それにしても、一体全体、どうしてこんなことになったのか……。

 それに、この糸はなんなのだ。

 なぜ、七芽がこんなことをしているのか……。

 

 さっぱり訳がわからない。

 その時、宝玄仙は、七芽から発するかすかな霊気の流れを感じた。

 

 賽太歳(さいたいさい)という妖魔から道術を奪われたため、はっきりと知覚することはできないが、眼の前の七芽から、人間ではない妖魔独特の霊気が噴き出しているのを感じるのだ。

 

「お、お前、妖魔だったのかい……」

 

 質問ではなく確認だ。

 

 昨日はまったく気がつかなかったが、眼の前の七芽は人間ではない。

 妖魔だ。

 間違いない。

 

 すると、七芽の身体から発していた霊気の気が消滅した。

 霊気の気を隠す術だと悟った。

 昨日は、これを遣っていたから、七芽の正体がわからなかったのだ。

 

「本当の名は、七雌妖(ななめよう)……。それがあたしの名さ。とにかく、これから、お前は“ご主人様”とあたしのことをお呼び。それはけじめだからね」

 

「け、けじめってどういうことだよ? お前が妖魔だろうが、人間だろうがどうでもいいよ。どうして、わたしが、お前をご主人様と呼ばなけりゃならないんだよ──?」

 

「もちろん、あたしがそう決めたからだよ。あたしは、お前のことが気に入ったんだよ。それで、あたしの奴隷として飼うことに決めた。雌犬奴隷さ。しっかりと犬として躾けてあげるよ、宝玄仙。逆らうことは許さないよ……。まあいいよ。納得がいこうが、いくまいがどうでもいいんだ。自分があたしの奴隷になったことは、躾を受けながら身に染みればいい。まずは、あたしの足の指を舐めるんだ。いいというまでね」

 

 七芽というのは仮の姿で、本当に七雌妖という妖魔であることはわかった。

 妖魔だったのだ……。

 そして、その妖魔に捕らわれた……。

 

 おかしな妖魔の道術で股間の神経を自儘にされる仕掛けを施されている。

 だんだんと状況を理解してきた宝玄仙の背に冷たい汗が流れる。

 その時、激しく廊下側の扉が叩かれた。

 

「ご主人様──。ご主人様──。いまの悲鳴はなんですか? 大丈夫ですか──?」

 

 沙那の声だ。

 沙那が扉を激しく反対側から叩いている。

 それだけじゃなく、扉を開けようとがちゃがちゃと戸を動かしている。

 

「沙那──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「ご主人様、いるんだね──。妖魔がいるんじゃないのかい、そこに? 七芽さんは大丈夫なのかい?」

 

 孫空女だ。

 

「お前たち、助けておくれ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 すると、扉の反対側が一瞬だけ静かになった。

 そして、いきなり、戸がこちら側に吹っ飛んだ。

 

 孫空女が『如意棒』を構えて入ってくる。

 その横に細剣を抜いた沙那。背後には朱姫もいる。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 沙那が駆け寄ってくる。

 しかし、その沙那が途中でつんのめった。

 ばたりと跪く。

 

「あ、脚が……?」

 

 床に倒れた沙那の足首に床から伸びた糸が絡みついているのがわかった。

 剣でそれを斬ろうとした沙那の右手首にも糸が走る。

 

 それだけじゃない──。

 部屋の四方八方から沙那に向かって糸が伸びる。

 沙那の手足や首に巻きついていく。

 

「ひうっ」

 

 首に糸がかかったとき、沙那が苦しそうに眼を剥いた。

 

「さ、沙那──」

 

「沙那姉さん──」

 

 孫空女と朱姫が叫んだ。

 しかし、そのふたりにも糸が襲いかかっている。

 あっという間に三人の全身に糸が巻きついた。

 

「な、なんだ、これ──」

 

「糸?」

 

 孫空女と朱姫も全身に巻きついた糸で身動きができなくなって悲鳴をあげた。

 三人の身体に巻きついた糸は、この部屋の床、天井、壁のあらゆる方向から伸びている。

 そして、三人の全身に巻きついて、身体を固定している。

 

「動くんじゃないよ。首がもげるよ。あたしがほんの一瞬、念を送っただけで首に巻きついた糸がお前たちの首をねじ取るからね」

 

 椅子に座ったままの七雌妖が余裕ありげに言った。

 

「く、くそう……。これが、お前が言っていた守り人かい」

 

 孫空女が呻いた。

 最初に居酒屋で出逢ったとき、そう言えば、七雌妖は、自分には守り人がいるから、危険はないというようなことを言っていた。

 それは、この糸の道術のことだったのだ。

 

「お、お前は妖魔ね」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「そうだよ。七雌妖というのが本当の名だよ。あたしは昨日ひと晩、こいつと情交をして、すっかりと気に入ってしまったのさ。だから、雌犬奴隷にすることにしたんだ。お前たちは、この宝玄仙に囚われて、奴隷のような生活を強いられていたようだけど、それは今日で終わりにしてやるよ。行っていい。今日からお前たちは自由だ」

 

 七雌妖は言った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ、お前──。ご主人様を返すんだよ」

 

 孫空女が声をあげた。

 そのとき、宝玄仙は、孫空女の右手がかすかに動いて握っている『如意棒』の先が七雌妖に向けられたことに気づいた。

 

「わからず屋だねえ。なにも、あたしはお前たちをどうかしようという気はないんだよ。奴隷の身分から解放してやると言っているのさ。どうせ、理不尽な手段で、こいつに従わせられていたんだろうけど、もう、好きにしなよ。こいつは、ここであたしが奴隷にして一生飼い潰す。お前たちを追いかけてくることはないよ。安心しな」

 

「な、なにが狙いなのよ……? ご、ご主人様をどうしたいのよ、お前……?」

 

 沙那が苦しそうに言った。

 その首には強く糸が喰い込んでいるのだ。

 すると七雌妖がかすかに指を動かした。

 沙那がほっとしたように息を吐いた。

 首を絞めていた糸がほんの少し緩んで、まともに呼吸ができるようになったようだ。

 

「あたしの目的は、宝玄仙を雌犬奴隷にすることよ。心配しなくても殺しはしないよ。ただ、あまりにも抱き心地のよかったこいつを手放したくないだけさ」

 

 七雌妖は言った。

 沙那が嘆息した。

 

「ま、また、面倒なことに……。ご主人様、言ったじゃないですか……。知らない人に不用意についていくのは不安だって。寝るときだって、四人一瞬に休みましょうとも……」

 

 沙那が恨みのこもった口調とともに、呆れたような視線を宝玄仙に向ける。

 確かに、昨夜、宿屋の一階の居酒屋で、七芽と名乗った七雌妖が宝玄仙たちに自分の家にこないかと誘ったとき、沙那は気が進まないようなことを言った。

 宝玄仙と離されて三人の供が寝るということになったときには、はっきりと危険だと主張して、四人一緒に休もうと言った。

 沙那の警告を無視して、七芽との情交を選んだのは、宝玄仙だ。

 七芽が宝玄仙と情事をしたがっている。それは七芽の醸しだす雰囲気で明らかだったのだ。

 だから敢えてひとりで休み、ここで七芽と情事をした。

 しかし結局、七芽は七雌妖という妖魔であり、朝になって宝玄仙は妖魔の術で捕らわれている自分を発見したということだ。

 

「た、助けてくれたら、今度は、お前の忠告に逆らわないよ、沙那」

 

「約束ですよ、ご主人様……」

 

 沙那が言った。

 

「今度なんてないんだよ、宝玄仙──。そして、沙那。それより、もう行くんだ。お前たちは奴隷の身分から解放されたんだ。もっと喜びなよ」

 

 七雌妖が苛ついた口調で叫んだ。

 

「朱姫──」

 

 沙那が叫んだ。

 それで十分だったようだ。

 

 朱姫の道術が発した。

 『影手』だ。

 不意に、七雌妖の全身に十数個の朱姫の『影手』が襲いかかった。

 七雌妖の顔が驚愕するとともに、椅子に座ったまま背後に倒れていく。

 

「伸びろ──」

 

 ほとんど同時に孫空女の右手の『如意棒』も伸びて、その先端が七雌妖の腹を抉った。

 

「ぶほうっ」

 

 七雌妖の口から胃液のようなものが噴き出したのが見えた。

 床に倒れた七雌妖が動かなくなった。

 糸が緩んだのか、沙那が剣を振って自分の全身にまとわりついていた糸を断ち切った。

 次いで、孫空女と朱姫のところに飛んでいき、ふたりの身体に巻きついていた糸も切る。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 沙那がやってきて宝玄仙を抱き起こしてくれた。

 

「だ、大丈夫というか……。こいつ、わたしの股間に糸を装着して……」

 

 宝玄仙の股間に喰い込んでいる糸はまだ、そのままだ。

 沙那が宝玄仙の股間をじっと見て、やがて、顔をしかめた。

 宝玄仙を抱き起こして、七雌妖の前に連れて行く。

 

 すでに、七雌妖には、孫空女が『如意棒』を真っ直ぐ首に向けている。

 いまにも突き刺さんかのような構えだ。

 朱姫の『影手』は、七雌妖の手首と足首にまだ張り付いていて、七雌妖の自由を奪っているようだ。

 

「……お、お前、なんなのよ……。いきなり、道術を……。お前が道術遣いだったなんて……」

 

 七雌妖が意識を回復したようだ。呻きながら朱姫を睨んだ。

 

「あたしは半妖よ」

 

「半妖?」

 

 床に寝たままの七雌妖が眼を見開いている。

 

「そうよ」

 

 朱姫が言った。

 

「半妖なんて珍しいわね。だけど、そういうことだったのね……。半妖の霊気は感じとり難いのよねえ。そのくせ、賽太歳のように巨大な霊気を持っていたりするし……」

 

 七雌妖が口の中でぶつぶつ悪態をついた。

 

「いま、なんて言ったんだい──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「いま?」

 

 七雌妖が眉をひそめた。

 

「賽太歳と言ったろ?」

 

 孫空女が声をあげる。

 

「言ったけど」

 

「賽太歳を知っているんだね?」

 

 孫空女が喜色ばんだ。

 

「えっ、お前たちこそ、賽太歳を知っているのかい?」

 

 七雌妖が不思議そうに言った。

 

「……その話は後でいいわ、孫空女……。それよりも、七雌妖、ご主人様を解放しなさい。ご主人様の股間に刻んだ道術を解いて糸を解放するのよ」

 

 沙那が声をあげた。

 

「わからないわねえ……。あたしは、あんたらに危害を加えるつもりはなかったのよ。あたしが奴隷にしたいのは、この宝玄仙だけで、あんたらはこのまま解放すると言っているのよ。だいたい、あたしは、人間や妖魔同士でどちらかがどっちを支配したり、されたりというのは大嫌いなのよ。同じ人間同士や妖魔同士でもね。同じように生きているのに奴隷だなんて……」

 

「はあ?」

 

 武器を突きつけたままの孫空女が不満そうに声をあげた。

 しかし、七雌妖は不適に微笑んでいる。

 

「こいつは、あんたらを手酷い仕打ちで奴隷にしたんでしょう? こいつがそう言っていたわ。だから、あたしは、こいつを奴隷にして懲らしめてやるつもりよ。自分が奴隷になって、奴隷にされた者の気持ちを味わうといいのよ」

 

 七雌妖が三人の供を睨みながら言った。

 

「ご託はいいんだよ。さっさと、ご主人様の術を解くんだよ」

 

 孫空女が『如意棒』をさらにぐいと七雌妖の喉に突きつける。

 

「いいから、あたしの話を聞いてよ、三人とも──。あたしの眼を見てったら。嘘を言っていないのがわかるから……」

 

 七雌妖が言った。

 

「い、いけない──。沙那姉さん、孫姉さん、眼を見ては駄目です──。あたしたちに『縛心術』をかけようとしています」

 

 不意に朱姫が叫んだ。

 

「もう、遅いわ……。三人とも、身体を制止しなさい。朱姫は術を解くのよ」

 

 七雌妖が言った。

 三人の眼が虚ろになった。

 七雌妖の身体から、朱姫の『影手』が消滅する。

 七雌妖は、孫空女が突きだしている『如意棒』を押し外して、身体を起こした。

 

「びっくりしたわね。危ないところだったわ」

 

 七雌妖が立ちあがった。

 

「お、お前たち、沙那──孫空女──朱姫──。しっかりおし──」

 

 宝玄仙は大声をあげた。

 三人に駆け寄ろうとする。

 しかし、床から飛び出した糸が両方の足首にかかる。足が床から離れなくなった。

 思わず両手を床につくと、その手首にも糸がかかる。

 宝玄仙は、四つん這いの姿勢から動けなくなった。

 

「沙那──孫空女──朱姫──」

 

 宝玄仙は四つん這いのまま絶叫した。

 

「無理よ。もう、完全に術にかかっているわ。なにを言っても認識できないわ」

 

 七雌妖が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「そ、そいつらをどうするつもりなんだい?」

 

 宝玄仙は七雌妖を見あげて言った。

 

「どうもしないわ。お前に関する記憶を消して放逐するだけよ」

 

「記憶を?」

 

「そうよ。寝物語で言っていたじゃない。お前は、お前の母親からお前に関する記憶を消したんでしょう。いいことを教えてもらったわ。あたしも同じことをすることにするわ。いまは、興奮しているから、自由になったということがよくわからなかったかもしれないけど、奴隷だったという記憶を消してしまえば、彼女たちも冷静になると思う……」

 

「記憶を消しただとう――」

 

 宝玄仙は愕然とした。

 

「さあ、三人とも、いらっしゃい。屋敷の外まで案内するわ。それから、あの宿屋にでも行ったらいいじゃない。それから先、どうするのかは三人で話し合うのね……」

 

 七雌妖が歩き出した。

 それに促されるように、三人がついていく。

 

「ま、待つんだよ、お前たち──。行っちゃ駄目だ。わたしを……わたしを見捨てないでおくれよ、お前たち──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 そして、もがいた。しかし、手足首に巻きついた糸はどうしても外れない。

 

「……少し、待っていてね、宝玄仙。それまで、糸に遊んでもらうといいわ。その糸は、電撃を加えるだけじゃないのよ。神経に直接に繋がっているから、面白いこともできるわ」

 

 七雌妖が意味ありげに言いながら、部屋の外に消えた。

 操られた人形のようになった三人がその後ろをついて、部屋の外に出ていく。

 

「ま、待て──。あひいいいいっ」

 

 宝玄仙は絶叫して、身体を仰け反らせた。

 いきなり、股間と肛門に淫らな刺激が起こったのだ。

 肉芽と女陰と肛門が一斉に動き出している。

 

 いや、動き出したのではないのかもしれない……。

 しかし、肉芽がぶるぶると震えるとともに、女陰で張形が振動しながら暴れ回り、肛門でもさらに小刻みで激しく揺れる感覚が伝わって来たのだ。

 おそらく、神経に繋がっている糸が、宝玄仙の脳と身体にそういう感覚を送り込んでいるのだ。

 

 直接に神経に送られる快感には、宝玄仙もひとたまりもない。

 ただでさえ、ひと晩続いた情交により、宝玄仙の身体の感度はあがるだけあがりきっている。

 一瞬にして、宝玄仙は絶頂を迎えてしまった。

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 相変わらず激しい錯覚の振動を股間や肛門の神経に送り続けられて、宝玄仙は二度目の絶頂に突き進んでいた。

 

「あがあああっ──。や、やめておくれえええ──」

 

 あまりにも激しい快感に宝玄仙は悲鳴をあげた。

 外から与えられる刺激による快感なら、まだ逆らったり耐えたりできるかもしれない。

 しかし、神経に繋がる糸で送り込まれる絶頂の信号は、全身の神経と脳に繋がり、宝玄仙に抵抗のしようのない激しい快感を引き起こす。

 

 宝玄仙は狂ったように叫んでいた。

 二度目の絶頂もあっという間に終わり、宝玄仙はすぐに三度目の絶頂を迎えようとしていた。



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311 被虐される女主人

「ほら、姿勢が崩れてきたよ。真っ直ぐに立ちな」

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 しかし、逆らえば股間か肛門、あるいは、両方に電撃が加えられることを昨日一日かけて身に沁み込まされた。

 宝玄仙は黙って裸身の横に両手を添わせて姿勢を伸ばす。

 

「ひうっ」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 どこからか糸が飛んできて、宝玄仙の乳首の根元に喰い込んだのだ。

 気がつくと、その糸の先端を椅子に座ったままの七雌妖(ななめよう)が握っている。

 

「まだ、あたしをご主人様と呼ぶ気にはならないかい、宝玄仙?」

 

 七雌妖が笑っている。

 

「じょ、冗談じゃないよ、七雌妖──。こんなことして、いつか容赦ないからね」

 

 宝玄仙は部屋の真ん中に真っ直ぐに視線を伸ばして立ったまま悪態をついた。

 この直立不動の姿勢をとらされてから三刻(約三時間)が過ぎようとしている。

 なんでもない姿勢だが、同じ姿勢をずっととり続けることは思ったよりもつらい。

 しかし、少しでも姿勢を崩せば、椅子に座って宝玄仙をいたぶっている七雌妖によって、股間の糸を通じて電撃が加わるか、それともどこからか飛んできて締めつける糸に乳首や肉芽を締めつけられて激痛を与えられる。

 宝玄仙は立ち続けるしかない。

 

 一刻(約一時間)を過ぎる頃から宝玄仙の膝は震えてきた。

 足元にはおびただしい脂汗が水たまりを作ろうしていた。

 ここは濯垢泉(たくこうせん)と呼ばれる地から湯が沸く温泉の池の陸続きの島に建っている七雌妖の屋敷だ。

 宝玄仙がここにやってきて丸一日以上が過ぎた。

 

 最初は、偶然に出遭ってなんとなく気にいった見知らぬ女と、一度だけ身体を合わせてみようという軽い気持ちだった。

 しかし、七芽と最初に名乗った七雌妖は、宝玄仙を凌ぐ性巧者であり、宝玄仙はたった一晩で数十回の気をさせられてしまい、ついに気を失わせられた。

 そして、気がつくと、股間に透明の糸が喰い込んでいて、それが神経に繋がっており、宝玄仙の身体は、七雌妖によって電撃でも淫らな刺激でも自在に与えられる状態になっていたのだ。

 

 つまりは、宝玄仙が身体を合わせた七芽は、実は七雌妖という名の妖魔であり、この妖魔の能力は、糸を自在に操ることなのだ。

 宝玄仙は、身体に入れられてしまったその七雌妖の糸により、股間の神経を操られ、それを通じて電撃などの拷問をされることにより、七雌妖の雌犬奴隷になることを強要されているというわけだ。

 もちろん雌犬奴隷など冗談じゃない。

 宝玄仙は断固拒否したが、逆らえば容赦のない電撃だ。

 道術の遣えない宝玄仙には、いまのところ抵抗の手段がない。

 

 三人の供は、異変を知って、すぐにこの部屋に駆けつけて宝玄仙を救出しようとしてくれたが、七雌妖を捕える寸前のところで、七雌妖の『縛心術』にかけられてしまい、あろうことか宝玄仙の記憶を消去されて追い払われた。

 あの三人がどうなったのかわからない。

 彼女たちがいなくなったのは、昨日の朝のことだ。

 

 そして、昨日一日、さまざまなことでいたぶられた。

 七雌妖の足舐めから始まり、全身への舌奉仕。

 振動する糸を使った肉芽責め──。

 乳首の天井吊り──。

 四つん這い歩行──。

 皿に排尿してそれを飲尿するということもやらされた。

 そして、昨日と同様に連続絶頂で気を失うまで抱き潰され、また、朝を迎えたのだ。

 

 その間、何回か外の温泉の池に連れて行かれて身体の洗浄もされた。

 温泉に浸かって気がついたが、外の濯垢泉の湯は、女の身体を欲情させる特殊な媚薬効果もあるらしく、長く浸かるとそれだけで、狂いそうな淫情に襲われる。

 感度があがりきった身体を糸で拘束されて長く放置されるというようなこともやられた。

 

 抵抗の手段がない宝玄仙は、肚が沸騰するように煮えるのに耐えながら、七雌妖の仕打ちに耐えた。

 ただひとつ承諾しなかったのは、七雌妖を“ご主人様”と呼ぶことだ。

 七雌妖は、股間に電撃を加える拷問をすることで、それを簡単に強要できるのだが、七雌妖は、宝玄仙が自発的に、七雌妖を“ご主人様”と呼ぶのを待っている。

 何箇月かかろうとも、そうしてみせるとうそぶいているのだ。

 宝玄仙が心から、七雌妖を“ご主人様”と呼ぶようになれば、それで調教が終了するらしい

 

 そして、いまやっているのは、姿勢を真っ直ぐにして、ただ立ち続けるという拷問だ。

 なんでもないような拷問だが、気を失う程に絶頂し続けた身体で、起き抜けに立姿を続けるのは思ったよりもつらい拷問だった。

 

「どう容赦しないんだい、宝玄仙? 面白いことを言うよねえ。お前は、あたしの雌犬奴隷になったんだよ。それを自覚しないかい。それに、あたしの奴隷も悪いものじゃないだろう。最初の夜に続いて、昨日だって、よがり狂っていたじゃないか。あんなに気持ちいいことをしてもらえるんだよ。もうずっとあたしの奴隷でいいじゃないか」

 

「や、やかましいよ──」

 

 宝玄仙は身体を伸ばしたまま叫んだ。

 確かにこの女の性の技巧は凄い。

 性については百戦錬磨のつもりだったが、その宝玄仙が子ども扱いなのだ。七雌妖の調教は拷問と快楽───。

 この繰り返しだ。

 肉体的、あるいは精神的につらい嗜虐の後に、果てしない快楽を与える。

 そうやって心を追い詰めていくのだ。

 

 いまは嗜虐の時間だ。

 しかし、おそらくこの後には、あの手管で宝玄仙の意識が飛ぶほどの快感が与えられる。

 むしろ宝玄仙の恐怖は快楽の方にある。七雌妖の性の技でよがり狂うとき、宝玄仙は自分が自分でなくなる瞬間を感じるときがあるのだ。

 七雌妖に支配されて与えられる快感。その逃れられない快感を心の底から悦ぶ自分だ。

 それが全てになったとき、自分は完全に七雌妖に屈服するのかもしれない。

 それが怖い。

 

「まあいいよ。どうせ、逃げられはしないんだ──。仲良くしようじゃないか……」

 

 七雌妖がくいと手に持った糸を引いた。

 

「はぎぎいっ」

 

 乳首に強い刺激が加わり、宝玄仙は胸を突き出すようにして悲鳴をあげた。

 しかし、なんとか姿勢を守る。

 立姿を崩せば、強い電撃を気を失うまで浴びせられることになっている。

 もう、三度もそれをやられて、さすがに宝玄仙もその恐怖が頭と身体から離れない。

 

「ほう、なかなか頑張ったね──。じゃあ、姿勢を崩していいよ」

 

 七雌妖が言った。

 宝玄仙はほっとして膝を落とした。

 しかし、まだ糸がついたままなのを忘れていた。

 残っていた乳首の糸がぐいと引っ張られてもの凄い痛みが乳首に走った。

 

「はがっああ…あがあっ……あ、ああ、ああ──」

 

 宝玄仙は胸を押さえて呻き泣いた。引っ張られた両方の乳首の根元からは、肌が切れて血が滴っていた。

 許可が出たことにほっとしてしまって、まだ、引っ張られている状態のまま、先に宝玄仙が跪いてしまったのだ。

 

「あらあら、しょうがないねえ……」

 

 七雌妖が苦笑しながらやってきた。

 その七雌妖が乳首に手を伸ばす。

 七雌妖の指が触れる前に、乳首の根元に巻きついていた糸が消滅した。

 そして、次の瞬間に温かいものが乳首を包み、痛みが消滅する。

 気がつくと、表面に血の汚れは残っているが傷は消滅している。

 『治療術』だ──。

 

「おいで──」

 

 七雌妖は宝玄仙の首に鎖をつけた。宝玄仙の首には、最初の夜に寝ている間に装着された首輪が嵌っている。

 それに鎖を取り付けたのだ。

 手足は自由だが、非力な宝玄仙が七雌妖にかなうわけがなく、大人しく首輪の曳かれるままについていく。

 抵抗しても、あっという間に四方八方から糸が伸びて全身の自由を奪ってしまうだろう。

 

 首輪につけた鎖で曳かれる──。

 大人しく従っているが、沸騰するほどの屈辱感だ。

 宝玄仙の高い誇りががらがらと崩れ落ちる気がする。

 

 雌犬奴隷……。

 その言葉が頭の中で響き渡る。

 

 人間としての人格を奪われて、素っ裸で歩き、首輪まで嵌められ連れ回されるのだ。

 しかも、妖魔に……。

 

「さて、表に出ようね」

 

 宝玄仙は七雌妖に鎖で曳かれて、外に連れ出された。

 屋敷の裏は、そのまま温泉の池に繋がっている。

 七雌妖は本当に温泉が好きだ。

 宝玄仙にとっては恐ろしい媚薬風呂だが、七雌妖はなんともないようだ。

 日に何度も入り、昨日だって五回は入った。

 

 しかし、いまは違った。

 そのまま、温泉に入るのかと思ったら、七雌妖は温泉の池の前にある寝椅子に腰掛けたのだ。

 温泉に湯あたりした身体を休めるために、幾つかの寝椅子が温泉のそばにあるのだが、その中のひとつに七雌妖は寝転んだ。

 首輪に繋がった鎖を持たれている宝玄仙は仕方なく、寝椅子に横になった七雌妖のそばに立っていた。

 

「跪きな、宝玄仙」

 

 七雌妖がそう言って、ぐいと首輪が引っ張られた。

 宝玄仙は鎖に曳かれるまま七雌妖の頭側の地面に跪いた。

 するといきなり身体を起こした七雌妖が、宝玄仙の頬を張り飛ばした。

 

「ひぎいっ」

 

 かなりの手加減をしたことはわかったが、宝玄仙にとっては強烈な一撃だった。

 横倒しに倒れた宝玄仙を七雌妖が鎖で引っ張り起こす。

 

「な、なにすんだい──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 しかし、今度は反対側の頬を引っぱたかれる。

 また横倒しに倒れる。

 そして、鎖で首輪を引っ張られて引き起こされる。

 

「なんで叩かれたかわからないようだね」

 

 七雌妖が言った。

 

「ふ、ふざけるなよ。ちゃんと説明しな──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 得体の知れない糸で身体を支配されているから、仕方なく命令には従っている。だが、なにもしないのに、いきなり頬を叩かれては訳がわからない。

 

「あたしが寝椅子に横になったら、なにも言わなくても足の指を舐めるんだよ。覚えておきな」

 

「そ、そんなことを言われなければ、わからないだろうが──」

 

「だったら、覚えておくんだね。これからも厳しくいくよ。命令には従う。逆らえば罰だ。罰を受けるようなことをしていなくても、あたしの気分によっては罰を与えることはある。それは、お前が気を使わず、あたしを気分の悪いままにしておくことが悪いのさ。いつもご主人様の顔色を伺う。ご主人様のご機嫌を取ろうと緊張する──。それが奴隷だよ」

 

「わ、わたしは奴隷じゃないって、言ってんだろうが──」

 

 宝玄仙はかっとして怒鳴った。

 しかし、次の瞬間、肛門に大きな電撃が加わった。

 

「ほごおおおっ」

 

 宝玄仙は身体を仰け反らせて、そのまま後ろに引っくり返った。

 

「お、お前……」

 

 また、悪態をつこうかと思ったが、さすかに自重した。

 歯を食いしばって、七雌妖を睨む。

 

 どんと音がして、引っくり返った宝玄仙の方向に七雌妖の片足が投げ出された。

 舐めろということだろう。

 

 宝玄仙は両手をその足に延ばして、七雌妖の履いている上履きを脱がそうとした。

 七雌妖は、部屋で使う上履きを履いたまま、この池の前までやってきたのだ。

 しかし、七雌妖の蹴りが宝玄仙の顔に飛んだ。

 蹴りは軽いものだったが、それでも、宝玄仙は地面に激しく押し倒された。

 

「な、七雌妖──どういうつもりだよ」

 

 倒れた宝玄仙は声をあげた。

 

「それはこっちの言葉だよ。誰が上履きを脱がせろと言ったのよ。そのまま舐めるのよ」

 

「ちっ……。く、靴を舐めろって言うのかい」

 

 宝玄仙は屈辱で頭に血が昇り過ぎて一瞬目がくらむかと思った。

 

「噛むんじゃないよ。靴だって痛いからね。お前の得意の舌技で、気持ちよくしておくれ」

 

 七雌妖は笑った。

 宝玄仙は、再び顔の前に突き出された上履きを履いたままの七雌妖の足をじっと睨みつけていたが、観念してその足を両手で捧げ持つようにしながら先端に舌を這わせ始めた。

 しかし、また足が動いて、宝玄仙の額をどんと蹴る。

 ひっくり返って後ろに倒れた身体を起こして宝玄仙は声をあげた。

 

「ちゃ、ちゃんとやってるだろう──」

 

「馬鹿かい……。上履きの先っぽじゃないよ。裏から舐めな、宝玄仙。まだ、奴隷根性が染みつかないのかい」

 

 かなわないまでも、飛びかかって首を絞めたいのをぐっと我慢して、宝玄仙は土で汚れた上履きの裏を舐めていく。

 気を失う程の恥辱感だ。

 宝玄仙としての誇りも、ひとりの女としての人格までも奪われた気持ちだ。

 

 惨めだ……。

 口の中に砂利が拡がる。

 なんで素っ裸で跪いて、首輪をつけられて、妖魔の靴の裏を舐めなければならないのだ。

 だが、懸命に動かしているうちに、宝玄仙の心を怒りよりも哀しみが支配していくのがわかった。

 思わずこぼれそうになる涙を懸命に宝玄仙はこらえた。

 

「……どうせ、こんなことも、いつも、お前が奴隷にやらせていたんだろう? お前に虐げられていたあの三人の奴隷の気持ちがわかったかい」

 

 七雌妖は言った。

 宝玄仙は黙って舌を動かした。

 いま、口を開けば、確実に涙がこぼれるという確信があった。

 なにをされてもいいし、やらされてもいい。

 しかし、涙を見せることだけは嫌だ。

 それに、こいつを“ご主人様”と呼ぶことも嫌だ。

 

 片脚の上履きを隅々まで舐め終ると、次は、反対側に移動して舌を動かす。

 その間、七雌妖は退屈したような表情をしていたが、やがて、寝椅子の下の木箱からなにかを取り出した。

 そこから小さな紙片を取り出すと、小さな缶から細切れの草を出してそれに包んで、細長く丸めた。

 さらに、その先端に火をつけて、火のない方を口につけて吸い始める。

 

「な、なんだい、それは?」

 

 思わず訊ねた。

 

「知らないのかい、奴隷?」

 

「ふんっ」

 奴隷と呼ばれたことに腹がたち、宝玄仙は鼻を鳴らして、上履きへの奉仕を継続する。

 

「灰皿だよ、奴隷」

 

 不意に七雌妖が言った。

 

「灰皿?」

 

 宝玄仙はなにを言われたかわからなかった。

 なにかを持って来いと言うことのようだが、よくわからない。

 灰皿とはなんだ……?

 それにしても、さっきから七雌妖が吐いていて、わざとらしく吹きつけられる煙はやたらにけむい。

 

「舌を出しな、宝玄仙──。拒否することは許さないよ。半刻(約三十分)の電撃責めにしてもいいんだよ。別に死ぬわけじゃないからね」

 

 七雌妖が宝玄仙を見た。

 意地悪く突っかかるような言い回しが癪に触る。宝玄仙は、七雌妖を睨みながらも、仕方な黙って舌を出す。

 

「ひいっ」

 

 いきなり片手で髪を掴まれた。

 舌の上に煙草というやつの先端から落ちた灰が落とされた。

 この灰をどうしろというのか……。

 一瞬、宝玄仙は硬直した。

 

「なにしてるんだよ。口の中に入れないかい。それが奴隷だよ」

 

 七雌妖が言った。

 しかし、そう言われても、こんなものを口に入れて飲み込むということについては、すぐに決心がつかなかった。

 頬を張り飛ばされた。

 

「くっ」

 

 食いしばった歯の中でさっきの灰が喉の奥に入っていくのがわかった。

 

「さっきのは、煙草というものだ。あたしは、これを吸うと気が落ち着くんだ。これからは、お前の口が灰皿だ。あたしが煙草を吸い出したら、すぐに舌を出す準備をするんだ。わかったかい──」

 

「わ、わかったよ……」

 

 宝玄仙は心の中で悪態を繰り返しながら言った。

 灰はとてつもなく苦かった。煙草というものがどういうものかはわからないが、おそらく、灰を口に入れるというのは、とてつもなく侮辱的な行為に違いない。

 それを宝玄仙に強要しているのだ。

 宝玄仙は気が遠くなるような恥辱感に包まれた。

 

「舌を出しな」

 

 七雌妖が言った。

 もう観念して、黙って宝玄仙は舌を出す。

 その舌に、いきなり七雌妖は火のついた赤い先端を宝玄仙の舌に押しつけた。

 

「あぎゃああああ」

 

 眼もくらむような熱さに、宝玄仙は絶叫して引っくり返った。

 

「いちいち、悲鳴をあげるんじゃないよ。奴隷──。罰だよ。あたしはこれから湯に入る。お前は、そこで立ったまま自慰をするんだ。あたしから湯から出るまでにいきな。いくときに……、そうだねえ──。コケコッコウコウ──と鳴きながらいきな。できなかったら電撃半刻(約三十分)だ──いいね」

 

「な、なに──?」

 

 宝玄仙はあまりの命令に、さすがに抵抗しようと思ったが、すでに七雌妖は、さっと着物を寝椅子に脱いで湯に入っていった。

 肩まで湯に浸かった七雌妖が、岩に背もたれてこっちを眺める態勢になった。

 

「さっさと始めるんだよ、奴隷」

 

 七雌妖が蔑んだような視線をこっちに向けている。

 宝玄仙はぐっと拳を握った。

 その拳が小さく震えるのがわかった。

 大きく息を吐く。

 そして、ゆっくりと手を伸ばして、股間と乳首を愛撫し始めた。

 

「あ……はあ……」

 

 すぐに身体が小刻みな痙攣を起こし出す。

 どこをどう触れて、どう刺激をすれば自分の身体が燃えたつかなどわかりきっている。

 あっという間に股間から愛汁が溢れだす。

 こんな雌妖に強要されて、見世物のように自慰に耽るのは屈辱以外のなにものでもないはずだが、宝玄仙の身体は不可思議な被虐の酔いが回り始めていた。

 

 羞恥心はある。

 しかし、その羞恥心……、いや、屈辱感が快感に繋がっている。

 自分の意思とは関係ない。

 だが、確実に汚辱感が快感に変わっている。

 宝玄仙はそんな自分に当惑していた。しかし、気持ちがいい。

 

「あうっ」

 

 峻烈な快感が襲った。乳首と肉芽の強烈な快感が襲い、宝玄仙は、知らず股間を突きだすようにしていた。

 

「もっと、脚を開きな、奴隷──。コケコッコウを忘れるんじゃないよ」

 

 七雌妖が笑った。

 宝玄仙を呷るその蔑みの言葉がなぜか快感に変わる。

 心に恥辱を感じたとき、宝玄仙はどっと自分の股間から愛液が溢れ出すのがわかった。

 眩暈がするような汚辱感の中で、宝玄仙はさらに激しく苛烈な衝撃に襲われていた。

 

 見られている……。

 自分が浅ましく自慰をするところを観察されている。嘲笑される。

 宝玄仙の誇り高い神経は焼き焦げそうだ。

 しかし、それが全身の感度を沸騰させるような鋭敏な神経に変える。

 

「おうう……。はあああっ──」

 

 快感が激しくなった。

 乳首を刺激する手に力を入れた。

 二本の指で挟むようにしながら、片側の乳房を揉むあげる。

 股間の亀裂に喰い込む指は激しく上下に動かす。股間からいやらしい音がする。

 宝玄仙は神経が麻痺する感覚を味わっていた。

 

 なにもかもどうでもよくなる。

 この快感に没頭したい。

 

 来る……。

 そこまで来ている。

 

「あ、ああ、あああ──いくっ──いくよ──」

 

 宝玄仙は全身を震わせて叫んだ。

 次の瞬間、全身が硬直した。そして、がくがくと膝を震わせた。

 

「コケコッコウ──」

 

 宝玄仙は甲高い声をあげた。

 達した──。

 

 一瞬だけ呆然となり、気がつくと大きな余韻に浸っていた。

 笑い声がする──。

 

 顔をあげると、湯の中で手を叩いて笑っている七雌妖の姿があった。

 強烈な羞恥が襲ってくる。

 

「こりゃあ、いいねえ。本当にやってくれるとは思わなかったよ、お前……。コケコッコウーなんて叫びながら、本当にいけるのかい──」

 

 まだ、七雌妖は笑っている。

 宝玄仙は急に白けた気分になった。

 

「……ごめんよ、宝玄仙──。あんまり愉快でね──。そうだ。お前に『縛心術』をかけてやるよ。これから、いくたびに無意識のうちに、コケッコウコウと叫ぶようにしてやるよ──。こっち見な」

 

 七雌妖が言った。

 宝玄仙が七雌妖の眼を覗くと、自分の身体になにかが入ってきたような感覚が襲った。

 

「……でも、ちゃんとできたわね。ご褒美をやるよ」

 

 急に真面目な顔になって口元に優しげな微笑を浮かべながら七雌妖が言った。

 なぜかその笑みが、宝玄仙を落ち着かない気持ちにさせる。

 自分の心臓の鼓動が激しくなる。おかしい……。自分はどうしたのか……。

 

「あっ」

 

 糸が飛んできた。

 右手首に巻きついたかと思ったら背中に引っぱられる。

 左手も……。

 あっという間に宝玄仙の両手は、背中で括られてしまう。

 

「おいで」

 

 七雌妖が湯の中で手を拡げる。

 宝玄仙は、湯船に進みそこに向かって歩いていった。

 

「可愛いねえ、お前……」

 

 七雌妖が宝玄仙の裸身を湯の中で抱いた。

 唇が迫る──。

 宝玄仙も七雌妖の唇に唇を合わせる。

 舌が宝玄仙の口の中に入ってくる。強烈な快感が襲う。

 七雌妖の手が湯の中で宝玄仙の乳房や股間を這い回る。

 

「あうっ……はああっ……」

 

 宝玄仙を翻弄させる七雌妖の手管だ。これだけは逆らえない。

 快美感がうねる。

 猛烈な快感が襲う──。

 指が二本……肛門にも……。

 宝玄仙の感じるすべての部分に七雌妖の手が動く。

 

「はああっ──」

 

 激しいものが襲った。

 また、やってくる──。

 峻烈な快感が五肢を駆け巡る。

 

「コケコッコウ──」

 

 いきなり宝玄仙は叫んでいた。

 七雌妖が大きな声で笑った。

 

「……だけど、雌犬なのにコケコッコーというのは変だよねえ。お前もそう思うだろう、宝玄仙?」

 

 七雌妖が達したばかりの宝玄仙の全身をさらに愛撫しながらささやく。

 そんなことはどうでもいい……。

 

 宝玄仙の性感を抉り取る七雌妖の手管に再び翻弄されそうになり、顔を七雌妖の乳房にがっくりともたれさせた。

 その宝玄仙の頭を七雌妖がいとおしむように優しくてを添えた。



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312 雌犬散歩

「やっぱり、変態雌犬だねえ……。尻尾を振りまくって可愛いじゃないか、宝玄仙。拘束してやっただけで、尻尾を振りだすなんて、お前の身体はどうなっているんだい?」

 

 七雌妖(ななめよう)が嘲笑った。

 

「い、言わないでおくれ……」

 

 宝玄仙は、糸で磔にされた身体を身悶えさせた。

 七雌妖のいう雌犬調教という名の嗜虐が五日目を迎えていた。

 

 宝玄仙は、七雌妖の屋敷で、いつもの部屋の真ん中に両手両足を大きく拡げて立位で拘束されていた。

 手首と足首に七雌妖の道術による幾重かの糸が絡みついて四肢を拡げて引っ張られているのだ。

 この姿勢にされると、宝玄仙は朱紫国の国都における磔刑の恥辱を思い出してしまうのだが、それを知られてから七雌妖は好んでこの格好に拘束して宝玄仙をいたぶるようになった。

 また、縛られた方が、宝玄仙が被虐の快感を呼び起こすとわかると、宝玄仙を愛するときには、得意の糸の道術で必ず縛るようにもなった。

 

 そういうことについて、七雌妖は、宝玄仙の心を皮を一枚一枚めくるように露わにしていった。

 宝玄仙の尻につけた尻尾を使ってだ。

 宝玄仙の腰の後ろには、白い房毛の尾が肛門の上側に植え付けられている。

 七雌妖の糸の道術で作られたもので、宝玄仙が興奮したり欲情したりすると、この尾が反応して動いたり変化したりするのだ。

 この尾を観察することで、七雌妖は宝玄仙の隠れた欲望を暴いていった。

 

 つまり、性的な欲情を感じると宝玄仙の意思と関係なく、尾は左右に大きく振られる。

 気をやりそうになるまで淫情が溜まれば、普通は真っ白い尾の色が桃色に変化するようになっている。

 七雌妖は、この尾を観察しながら宝玄仙を責めて、実は、宝玄仙が縛られて苛められることでどうしようもなく淫情してしまうという隠れた性癖を暴いたのだ。

 

「三人の奴隷を飼っていたほどのお前が、本当に被虐されると欲情する雌犬だとわかったときは驚いたものさ──。ほらっ、これが感じるんだろう」

 

 七雌妖の平手が宝玄仙の無防備な尻たぶに打ちつけられた。

 

「ひうっ──じゅ、十一……」

 

 十一というのは数のことだ。

 宝玄仙は半刻(約三十分)間、七雌妖の愛撫に耐えて気をやらないという命令に従うことができず、尻打ちの罰を受けているところなのだ。

 回数は二十回。

 打たれるたびに数をかぞえる。

 しかし、尻を打たれることで、尾を振って欲情していると七雌妖に指摘されて、また宝玄仙は羞恥におののかなければならなかった。

 

 尻打ちの痛みなどどうということはない。

 しかし、隠れている心を暴かれるというのは、どうしようもなく宝玄仙を追い詰める。

 この雌妖に屈服しようとしている自分を感じてしまう。

 七雌妖の調教を待ち望んでいるもうひとつの自分の心に精神を支配されそうになる。

 

 七雌妖に支配される……。

 それは悦びであり、恐怖でもある。

 

「だったら、尾を振り立てるのを止めてみな、宝玄仙──。普通の女は痛くされて、欲情したりしないよ。それなのに、お前は尻を叩かれて淫情しているのかい。これじゃあ、罰だか、ご褒美だかわからないじゃないか……」

 

 七雌妖の手が宝玄仙の尻を撫ぜながら、耳元でささやく。

 

「も、もう、言わないで……」

 

 宝玄仙はうつむいたまま左右に首を振った。

 

 つらい……。

 

 自分の中の被虐心を暴かれるのは、心を読まれるようでつらいのだ。

 宝玄仙を落ち着かなくさせ、宝玄仙の心をどこまでも責めたてる。

 自分が自分でなくなる恐怖……。

 怖い……。

 しかし、それが欲しい……。

 

「ほれっ」

 

「ひうっ──十二──」

 

 宝玄仙の怯えた尻を優しくいつまでも撫ぜていたかと思えば、急に横殴りに打擲される。

 それが繰り返されていた。

 

「ふふふ、可愛いねえ、宝玄仙……。お前の真っ赤な尻が次の打擲に怯えて、左右に微かに動く様子は、哀れというよりは淫らだよ……。それにしても、ますます、尾は激しく動くねえ。あたしも、いままでに何人かの女に遭ったけど、こんなに苛め甲斐のある女は初めてさ―― 一生、飼い殺してやるよ」

 

 尻たぶに平手が弾けた。

 痛みが身体の芯を刺す。

 同時に激しい淫情が身体を貫く──。

 

「はうっ、十……三……」

 

 隠せない……。

 自分の心を隠せない。

 

 やはり、自分には大きな被虐の心が染み抜いている。母親から十二になるまでさまざまな性的な責めで虐待された。

 それが宝玄仙の性癖の原点だ。

 女を嗜虐して悦に耽る性癖はそこに上塗りされたものだ。いまでは、嗜虐こそが宝玄仙を激しく淫情させる性交の手段になっているが、そのさらに内側には、母親の躾により擦り込まれてしまった被虐の性癖がある。

 

 あの嫌悪感しかなかった少女時代に戻される……。

 嫌だ……。

 もう、あんな時間をすごすのは嫌だ……。

 

「ふ、ふ、こわいのかい……。自分の正体を自分が知るのが……?」

 

 七雌妖が笑いながら、宝玄仙の乳房に手を伸ばした。

 

「あうっ」

 

 宝玄仙は全身を大きく身震いした。

 七雌妖の宝玄仙の乳首の周りをくるくると動かしている。大きな快感が全身に襲いかかってくる。

 

「尾もそうだけど、お前、さっきから乳首を勃起させすぎだよ。被虐の性癖を隠したいなら、道術で植え付けられた尾はともかく、乳首の勃起くらい耐えなきゃ駄目じゃないかい……」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 宝玄仙は、乳房を這い回る指を避けようと身体を左右に悶えさせる。

 しかし、拘束されている身体では、七雌妖の淫らな刺激から逃げることは不可能だ。

 そして、逃げることができないということが、宝玄仙をさらに欲情させる。

 

「口に出してみな、宝玄仙──。お前の本当の欲望を認めるんだよ。お前は苛められて歓ぶ雌犬だ。それを口にするんだ」

 

 七雌妖が耳をくすぐるように宝玄仙にささやく。

 そして、完全に興奮で勃起している乳首のぎりぎりのところを刺激し続ける。

 

「ち、違う──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 認める……。

 それは屈服だ。

 

 その一線を越えれば、もう、戻れない。

 宝玄仙は確信していた。

 この七雌妖から逃げたくなくなる自分がやってくる。

 

 七雌妖の嗜虐と愛欲──。

 これにどうしようもなく心を犯される宝玄仙が、宝玄仙の精神を支配する……。

 

「そらっ」

 

 尻に激痛──。

 

「十……よ、四──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 だが、尻を打たれるたびに腰が溶ける。

 股間から愛液が滲み出る。どうしようもなくいたたまれない感じに駆りたてられる。

 

 もっと、欲しい……。

 もっと、激しいものが欲しい……。

 

「口に出さなくても、尾を見ればわかるんだよ。尾は左右に動いているし、いまの尾の色はうっすらと薄桃色さ。隠しても仕方がないし、無駄なことなんだよ、宝玄仙。すでに見破られていることを口にするだけじゃないか……。なにがそんなに抵抗あるんだい……?」

 

「あひいいっ──」

 

 宝玄仙が追い詰められそうな被虐の酔いと戦っている最中に、ぎりぎりのところを漂っていた七雌妖の指が不意に乳首の頂点を押した。

 

「あ、ああ……や、やめて……や、やああっ──」

 

「そうやって、欲情しているお前は本当に可愛いよ。末永く突き合おうよねえ」

 

 背後に立っていた七雌妖が宝玄仙の前に回ったかと思ったらいきなり、七雌妖は宝玄仙の唇に口づけをしてきた。

 七雌妖の舌が宝玄仙の口の中に入ってくる。

 宝玄仙は欲望のまま、自分の口に入ってきた七雌妖の舌に吸いついた。

 

 口を犯される……。

 そのことに興奮している……。

 

 それはわかっていた。

 だが、そこから逃げられない……。

 逃げたくもない……。

 

 七雌妖の舌──。

 甘美で……。

 切なくて……。

 愛おしくて……。

 

「んんんん──」

 

 七雌妖の指が宝玄仙の尻の亀裂に這ってきた。

 そして、亀裂に指を添わせながら、宝玄仙の裸身を自分に押しつけるようにしてきた。

 宝玄仙は七雌妖の身体に汗まみれの身体をすり寄せながら、唇を奪われていた。

 

 息が……。

 息が苦しい……。

 

 長い口づけに宝玄仙の息が苦しくなる。

 だが、自分から七雌妖の唇を離す気にはなれない。その代わり、宝玄仙は懸命に小鼻を拡げて息を吸った。

 呼吸を求めながら、一方で七雌妖の愛撫を一身に受けとめようともしていた。

 宝玄仙の拡げた股間に七雌妖の太腿が押しつけられる。

 そして、ぐりぐりと擦られる。

 

「んぐうっ」

 

 一度刺激されると、もはや、逃げることは不可能だった。

 宝玄仙は、自分から股間を七雌妖の太腿に擦りつけている自分を知覚していた。

 だが、わかっていても止められないのだ。

 

 気持ちいい──。

 全身の血が沸騰しそうなくらいに燃えている。

 この燃えたぎった淫情を発散させてくれるなら、もうほかのことはどうでもいい。

 一生、奴隷と言われてこの雌妖にかしずく恥辱さえ甘受できるような気がした……。

 

「口に出しな、宝玄仙……。本当のお前は、苛められて歓ぶ奴隷だ。それを口にするんだ」

 

 宝玄仙の口から唇を離した七雌妖が言った。

 その言葉で我に返った。いま、自分はこの七雌妖に屈服してもいいと思わなかったか……?

 一瞬だが確かにそう思った。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「……ふ、ふざけるんじゃないよ……」

 

 宝玄仙は歯を食いしばって七雌妖を睨んだ。

 口に出したら終わりだ……。

 そこ思いだけが宝玄仙を支えている。

 宝玄仙に残された最後の一線を守らせている。

 

「……いいさ。だったら、調教を続けるだけだ……。まだ、今日は長い。明日もある。その翌日もある。その次の日もある。お前の身も心も完全にこの七雌妖に屈服するまで調教は続く……。何日目でお前は堕ちるのかねえ……」

 

「や、やめな──」

 

「ははは、頑張っておくれ。もちろん、お前が屈服しても、たっぷりと苛めてやるからね。お前を愉しませるために……。お前を歓ばすために、この七雌妖は嗜虐という名の奉仕をお前に続けるよ──。一生、一緒だ、宝玄仙……。一生、あたしはお前を可愛がるよ」

 

 七雌妖の顔が優しい笑みで包まれた。

 宝玄仙の心臓がなぜか激しい鼓動を始める。

 その七雌妖が再び宝玄仙の背後に回った。

 尻たぶが思い切り打擲される。

 

「じゅ、十五──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

 

 *

 

 

「二十」

 

 宝玄仙は苦痛に顔を歪めながら叫んだ。

 叩かれた後の甘いささやきと愛撫──。

 責めたてられて欲情を覚えると尻に打擲の苦痛──。

 これを繰り返されて、宝玄仙は、もう身体も心もどろどろに溶けたような感じになっていた。

 

「頑張ったね、宝玄仙」

 

 痛みで熱い宝玄仙の尻にそっと七雌妖の手のひらが被さった。

 同時に宝玄仙の唇に七雌妖の唇が重なる。

 

「んふう……」

 

 七雌妖の舌と唾液を吸いながら、『治療術』で自分の尻が癒される気持ちよさを味わっていた。

 二十回の尻叩きで宝玄仙の尻は、真っ赤に腫れあがっていたはずだ。

 それが治療される……。

 

「ご褒美だよ、宝玄仙……。ここが気持ちいいんだろう?」

 

 七雌妖の左手の指が背筋から尻の窪みをまさぐり、尻たぶの中に滑り込んでくる。

 

「はううっ、そ、そこは……」

 

 思わず顔を背けて、七雌妖の唇から口を離して宝玄仙は叫んだ。

 七雌妖の指が宝玄仙の肛門深くに挿入されていく。

 宝玄仙は全身を硬直された。

 

 溶ける……。

 全身が溶ける。

 あっという間に包まれる浮遊感──。

 怖い──。

 この快感に酔うのが怖い……。

 

「尻の弱い宝玄仙──。お前がよがる顔はいつ見ても可愛いよ」

 

 七雌妖が声をあげて笑った。

 そして、今度は右手で宝玄仙の股間を前側からまさぐる。

 

「ひううううっ──。か、勘忍……。勘忍しておくれ、七雌妖──」

 

 七雌妖の指が女陰に挿入された。

 左手で宝玄仙の肛門、右手で宝玄仙の女陰──。

 前後から挟むように両面攻撃だ。逃げる場所はない。

 ただ受けるだけだ。

 錯乱し、悶え、泣き、そして、屈服して果てるだけだ。

 

 いや、いつ果てるか……。

 それさえも支配されている。

 なにもかもすべての欲情を七雌妖に委ねている。

 

「あたしの支配に屈するんだ、宝玄仙」

 

 前後の指が激しく動く。両方の孔に入っている指先が薄い内幕を通して、擦りつけるように揉み動かされる。

 

「あ、ああ、あああ……わ、わたしは……ほ、宝玄仙だよ……ああ、あっ、あっ──く、屈服……するわけが……ない……あああっ──」

 

 全身を仰け反らせて叫んだ。

 前後の穴に喰い込んだ指で腰を回転させるように動かされる。

 大きな官能の波が襲ってきた。

 

「尾がくすぐったいよ、宝玄仙。そんなに動かさないでおくれよ。しかも、尾の色も真っ赤にしちゃって……。もう、いくのかい? いきそうなんだね? 可愛いよ。本当に可愛いよ。嘘じゃないよ。あたしはお前が好きだ。愛しているんだ。可愛いよ。お願いだよ。あたしの雌犬奴隷になるって言っておくれよ……」

 

 七雌妖が宝玄仙を責めながら言う。

 奴隷になってやってもいい……。

 喉までそれがきている。

 

 しかし、冗談じゃない──。

 そんなことができるわけがない。

 宝玄仙のもうひとつの心がそれを止める。

 

 だが、その抵抗感を削ぐように、七雌妖の愛撫が加えられる。

 気持ちいい……。

 

「……いまは、このままいかせてやるよ、宝玄仙。お前の可愛いらしいいき顔を見たいからね。でも次は、雌犬奴隷になりますって口にするんだよ、いいね」

 

「そ、そんなことが……あ、ああ、ああっ」

 

 宝玄仙は身体を仰け反らせた。

 もう、そこまできている。

 快感の頂点がほんの少しの場所まであがってきた。

 

「抵抗は無意味なんだよ、宝玄仙……。お前はすでにあたしの雌犬奴隷さ。それを言葉にするだけのことさ……。まあいい。明日もある。明後日もある。一箇月でも……半年でも……一年も……何年もあたしはこれを続ける……。お前が完全に堕ちるまでね……。ほら、いきな、宝玄仙」

 

 前後の指の動きがさらに激しくなる。

 気だるさと疼き──。

 それらのすべてが快感に変わる。

 宝玄仙の身体と心の中の一切が官能の爆発と一体になる。

 誰にどんな格好で責められているのかということが宝玄仙から消える。

 全身ががくがくと震えた。

 

「いくうっ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 汗まみれの全身が二度、三度と弾けた。

 

「大した、いきっぷりさ、宝玄仙──。あたしの可愛い雌犬奴隷……」

 

 七雌妖の優しげな声が聞こえた気がした。

 しかし、それ以上のことを宝玄仙は知覚できなかった。

 だんだんと遠くなる意識の中で、七雌妖が宝玄仙の裸身をぎゅっと抱きしめるような感覚をかろうじて認識した。

 

 

 *

 

 

「散歩だよ、宝玄仙──」

 

 首輪がぐいと引っ張られて宝玄仙は眼を覚ました。

 宝玄仙は、いつの間にか、宝玄仙があてがわれている物置のような部屋の寝台で、自分が寝かされていたのだということがわかった。

 その宝玄仙の首に嵌められている首輪に鎖を装着した七雌妖が思い切り宝玄仙を引っ張ったのだ。

 宝玄仙は寝台から床に落とされた。

 

「い、痛い──。わ、わかったよ。わかったから乱暴にするんじゃないよ、七雌妖」

 

 宝玄仙は床に打ち据えてしまった腰を擦りながら七雌妖に恨みを込めた視線を送った。

 特に拘束はされていない。

 ただ裸身に首輪だけをされている。

 しかし、それだけで宝玄仙は、逃亡することができないでいた。

 

 逃亡しようと思っても、どこからか飛んでくる糸で全身を拘束される。

 ときには、その糸が宝玄仙の敏感な部位に喰い込んで激痛や淫らな疼きを与えたりする。

 それに、宝玄仙の股間には、宝玄仙の神経と直接結びついた糸が肌の下を通っている。

 七雌妖は、それを使って、欲情でも苦痛でも思いのままに宝玄仙の股間の感覚を操れるのだ。

 

「ひううっ」

 

 宝玄仙は思わず股間を両手で押さえた。

 不意に肉芽の根元が締めつけられてかすかな振動を始めたのだ。

 いや、実際には本当は、肉芽は動いていないのかもしれない。

 そんな感覚を与えられているだけなのだろう。

 しかし、そういう感覚を与えられている宝玄仙にとっては同じことだ。

 

「大した振動じゃないよ。お前だったら耐えられるだろう? さあ、立つんだ」

 

 七雌妖は言った。

 仕方なく宝玄仙は股間を押さえたまま立ちあがる。

 こんな風に肉芽を締めつけられて振動されると、宝玄仙の全身からは完全に抵抗心がなくなってしまう。

 七雌妖の快感の虜になってしまうのだ。

 

 そんな状態の宝玄仙に、七雌妖はサンダルを履くように命じた。

 どうやら外出というのは、表の温泉の池のことではなさそうだ。

 七雌妖の屋敷は、天然の温泉の池の真ん中の中洲に建っている。

 裏庭がそのまま温泉の池であり、宝玄仙は日に何度もそこに連れて行かされているが、裸身のまま移動すれば十分であり、靴を履くことはなかった。

 

 どこに行くのかわからないが、もしかしたら、全裸のまま人目のある場所まで連れて行かれるのだろうか。

 宝玄仙の心を恐怖が包む。

 

「これを着な」

 

 サンダルを履き終えた宝玄仙に一枚の毛皮の外套が渡された。

 裸を晒さなくて済みそうであることに、宝玄仙はほっとした。

 両袖を通して、前側のぼたんを留めると、七雌妖が外套に指を伸ばした。

 外套が縮み、宝玄仙の肌に張り付くように外套の内側が宝玄仙の身体に密着する。

 

「こ、これは……ひいっ」

 

 宝玄仙は全身の毛孔から一気に汗が噴き出すのがわかった。

 外套の内側には柔らかい繊毛のようなものでびっしりと覆われていたようだ。

 その繊毛が、宝玄仙が身じろぎするたびに、宝玄仙の全身をくすぐるのだ。

 

「ひいっ、いやあああ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 しかも、さっきの道術で外套の合わせ目は消滅している。

 肌に密着している毛皮の外套は、もう七雌妖の道術がなければ脱ぐことができない。

 

「……少しばかりくすぐりに馴れてもらわないと困ることになったんだよ、宝玄仙」

 

 全身を外套の内側の繊毛にくすぐられる宝玄仙の苦しい身悶えに満足した表情の七雌妖が言った。

 

「こ、困ることって、な、なんだよ……?」

 

 宝玄仙は自分の身体を抱くようにしながら言った。

 いま、こうしていてもくすぐったい。息をするたびに全身に軽いくすぐったさが襲いかかる。

 

「あたしのおじきが遊びに来るのさ。ただ、困った性癖があってね……。それで少しは耐性を作ってやろうと思うのさ。この外套を着て、町を一周すれば、少しはくすぐりにも我慢ができようになるというものさ」

 

「くすぐり……? それに、おじきとはなんだい、七雌妖?」

 

 宝玄仙は呻いた。

 

「おじきというのは、あたしの育ての親でね。多目怪(たもくかい)という妖魔さ。まあ、いいよ。それよりも町に行くよ。あたしの可愛い奴隷を人間の連中にも披露したいしね」

 

 七雌妖がそう言うと、いきなり、どこからか糸が飛んできて、宝玄仙の両手首を背中で拘束した。

 それだけじゃない。

 口の中で舌が動かないように糸が宝玄仙の舌を口の中で固定し、上下の唇の内部に発生した糸のようなものが、宝玄仙の口が開かないように上下の唇を縫い付けてしまった。

 

「お出掛けだよ、宝玄仙。とにかく、酒でも飲みに行こうよ」

 

 七雌妖が宝玄仙の首輪を鎖で曳いた。

 全身の肌、とりわけ、尖った乳首の先が外套の内側の毛先にくすぐられて、宝玄仙はがっくりと膝を割りそうになった。

 

 その宝玄仙の首輪を容赦のない七雌妖の力が強く引っ張った。



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313 見捨てられた女主人

「なにを怒っているんですか、孫姉さん?」

 

 朱姫が笑みを浮かべながら孫空女が座っている卓にやってきて座った。

 孫空女の前には、三人分の料理を載せた大皿がある。孫空女はそれをひとりで食べていたのだ。

 

「別に怒ってはいないよ。でも、なんとなく苛つくんだよ。よくわからないけどね。沙那は?」

 

「沙那姉さんももうすぐ降りてくると思います。でも、考えを整理したいとかぶつぶつ言っていましたから、少し遅くなるかもしれません。先に食べていて欲しいと言っていました」

 

「ふうん、まあ、もう先に食べてるけどね」

 

 孫空女は肩を竦めた。

 朱姫が孫空女の向かいの椅子に座り、皿から料理を取り分けて食べ始めた。

 

 孫空女と朱姫と沙那が、この朱紫(しゅし)国の北辺の町にやってきて数日が経とうとしていた。

 女三人の気楽な旅だが苦労も多い。

 昨夜も身体目当ての酔客に絡まれて、この場所で孫空女が数名の男を叩きのめしてやった。

 

 この町で暴れたのは初めてだが、孫空女も沙那もそれなりの武辺の持ち主だし、朱姫は道術が遣える。

 女三人でどこに行こうとも、相手に引けをとることはないのだが、特に身体の線が太いわけでもない女三人が並ぶと、そうは思わないらしい。

 

 昨夜もお前たちを抱くには、いくら払えばいいのだと、五人ほどの旅の男に声をかけられて、思わずかっとなった孫空女が拳で全員をぶん殴ったのだ。

 それで初めて、ここに数日滞在している孫空女たちが、武術家であることが知れ渡って、馬鹿にされたような態度をとられることもなくなった。

 それまでは、はっきりと言わないまでも、店の者だってなんとなく軽んじるような態度を孫空女たちに向けていたのだ。

 

 もっとも、いきなり喧嘩をやったことについては、後で沙那に叱られた。

 目立つことをすべきではないというのだ。

 三人は国都で長女金(ちょうじょきん)という女を脱獄させたことで、手配をされている身でもある。

 朱紫国の北辺であり、ほとんど軍の影響の及ばない場所とはいえ、近傍の城郭軍の管轄から完全に抜けたわけではない。

 目立つことで、彼らの眼を引くことになるかもしれないとい言うのだ。

 

 でも、そんなことは気にする必要はないと孫空女は思う。

 この町から、さらに北に入れば、そこは完全な辺境地帯で、軍は絶対に追ってこない。

 軍が孫空女たちを捕えにでもくれば、さっさとそこに逃げ込めばいいのだ。

 第一、この町に巣食っている手配犯は孫空女たちだけではない。

 ここは、朱紫国にいられなくなった手配犯が集まっているような場所であり、軍に追われるようなことをしでかしたのは、孫空女たちだけではないはずだ。

 昨夜、叩きのめした男たちだって、もしかしたら、どこかで人でも殺して、それでこの町に逃げ込んできたのかもしれないのだ。

 

「それで、沙那はなにを考えているのさ、朱姫? まあ、考えるのはあいつの役割だけど、このところ、やけに考えごとをすることが多くないかい?」

 

 孫空女はやって来そうにない沙那の分を先に大皿から取り分けた。

 降りてこないようなら、これを持って部屋に戻ればいいだろう。

 大皿に残った分から、空になった自分の小皿に少しだけ料理を足した。

 

「孫姉さんがやたらに苛々しているようにですね。おふたりとも、このところ変ですよ。沙那姉さんは考え事ばかりだし、孫姉さんはいつも不機嫌だし……」

 

 朱姫は料理を口にしながら、孫空女に眼を向けることなく応じた。

 

「あ、あたしが不機嫌? そんなことはないさ」

 

「そんなことはあります。前はもっと、笑っていたことが多かった気がしますよ。この数日、笑ったことがありますか? 昨日だって、いきなり喧嘩を始めたりして……」

 

「あれは仕方ないだろう?」

 

「だけど、前はそんなことをしたことなかったじゃないですか。孫姉さんが強いのはわかっているんだから、酔っ払いが絡んできても、いつも鼻であしらうくらいで済ませていたのに」

 

 朱姫が言った。今度はまっすぐに孫空女の顔を見た。

 

「そうかなあ……」

 

 孫空女は首を傾げた。

 だが、言われてみれば、自覚はある。

 なんとなく落ちつかない。

 そんな気持ちであることは事実だ。

 別におかしなことはなにもないはずなのに、こんなことは本当ではない。

 そんな感情に付きまとわれている。

 それが孫空女を落ち着かない気持ちにさせる。

 

 夕食の時間だが、まだ陽は落ちてはいない。

 そのため、酒を飲みに来た客もそれほど多いとは言えない。

 どちらかといえば、まだ閑散としている感じだ。

 

 その店の中にふたり連れの女がやってきた。

 なんとなく孫空女はそっちに視線を向けた。

 ここは孫空女たちが宿泊を続けている宿屋の食堂だが、近傍の住民の集まる居酒屋でもある。

 泊り客以外の客がやってくることは珍しいことではないが女連れは珍しい。

 

 治安などほとんどないような町の居酒屋だ。

 女であれば、その場で襲われても不思議ではないようなところだからだ。

 孫空女も、この宿屋にやってきて以来、自分たち以外の女をここで見たのは初めてのような気がする。

 

「なんだ、あれ?」

 

 思わず声をあげた。

 ふたり連れの女のうち、ひとりは背が大きく肩幅も広くて、豊満でたくましい身体をしていた。

 もうひとりは華奢な感じの黒髪の女で孫空女が遭ったこともないような美女だ。

 

 だが、孫空女が声をあげたのは、ふたりの格好の奇妙さだ。

 大女は黒髪の美女の首に首輪をつけて、そこに繋げた鎖を曳きながらやってきたのだ。

 黒髪の女は身体にぴったりとした外套のようなものを身に着けていて、両手を背中に回したままだ。

 もしかしたら、手を縛られているのかもしれない。

 しかも、汗びっしょりで、歩くこともつらそうに膝が震えている。

 

「なにさ、あれ。調教でもしているのかな?」

 

 孫空女は朱姫にささやいた。

 だが、自分が口にした言葉に自分自身で驚いた。

 いま、自分は“調教”という言葉を口にした。

 

 調教……?

 

 どうして、そんな言葉を使ったのだろう。

 女が女を性的な嗜虐をする。それで言いなりにさせる──。

 ふたりの姿から咄嗟に調教という言葉が浮かんだ。

 

 しかし、孫空女の人生で、調教などということは縁遠いことであるはずだ。

 だが、いま、自分はそれが別段、なんのおかしなことではないかのようにそれを口にした。

 

「んんんんん──」

 

 突然、黒髪の女が唸り声のような声をあげて、こっちに眼を向けた。

 必死の様子で駆け寄ってくるような気配を示したが、首輪の鎖を握っている大女が鎖で引き戻した。

 そして、孫空女たちとはかなり離れた卓に強引に黒髪の女を座らせ、背をこちらに向けるようにした。

 それでも黒髪の女は暴れるような雰囲気だったが、急に椅子の背もたれに密着して動かなくなった。

 

 大女がなにかの道術を遣ったということがわかった。

 孫空女自身は道術は遣えないが、なぜか道術が遣われるとそれを感じることができるのだ。

 道術が遣われると周囲の霊気の波が変化する。

 霊気なんていうものは、その辺り一帯に空気のように薄く立ちこめているものだが、道術遣いが道術を使うと、それが大きな波を起こしたように動く。

 それを感じることができるのだ。

 

「ねえ、朱姫……」

 

「うん、道術です、孫姉さん。いま、あの大きな女の人が、首輪で引っ張ってきた女の人に対して道術を遣いました。微かですが、糸のようなものが出現して、綺麗な女の人の身体をぐるぐる巻きに椅子に縛りつけたのがあたしにはわかりました」

 

 朱姫がささやき返した。

 見た目が少女の朱姫だが、実は半妖で常人よりも敏感に道術を感じることができる。

 

 大女が理不尽な手段で、あの美女を拘束して首輪に鎖をつけて歩き回らせている。

 なんとなく、それがわかった。

 びっくりするほど異常なことであるはずなのに、宿屋の者も含めて、店の中には、その光景に驚いた様子を見せる者はいない。

 どうやら、あの大女はこの店ではかなり馴染みの客のようだ。

 それは周りの人間の態度を見ればわかる。

 そして、ああやって、あの大女が、女を拘束したまま連れ歩いたり、首輪をつけて曳きまわすというようなことをするのも珍しいことではないのだろう。

 だから、騒ぎ立てないし、平然としているのだ。

 

 それどころか、周囲の男たちは、あの大女を怖れているような気配さえある。

 朱姫が言及した糸の道術──。

 それを知っているのかもしれない。

 

「……ねえ、孫姉さん。あたし、なんとなく、あの綺麗な女の人に見覚えがあるような気がするんですけど」

 

 朱姫が小さな声で言った。

 それは孫空女も感じたことだ。

 どこかであった気がする……。

 

 いや、それどころか大変に懐かしい思いさえする。

 しかし、どう考えても、孫空女の記憶にはない。

 あんな綺麗な女の人だ。

 これまでに出遭っていれば忘れるわけなどない。

 初めて見る顔だ。

 

 でも懐かしい……。

 そして、なぜかもの凄く、不安な気持ちになる。

 これはなんだろう……?

 孫空女は自分の感情の理由がわからず戸惑っていた。

 苛立ちが頂点に達する。

 

「そ、孫姉さん──なにするつもりですか……?」

 

 朱姫が慌てたように言った。

 それで、孫空女は自分がすっくと立ちあがって、あのふたり連れの女を睨みつけていたのがわかった。

 

「行ってくる──。あんなこと……。あんな首輪をつけて連れ歩くなんて可哀そうだよ」

 

 可哀そうか……?

 本当はそれが理由じゃない。

 なぜ、さっきのふたり連れの姿に、自分がこれほどまでに苛立つのか……。

 それを確かめたかっただけだ。

 孫空女は朱姫の静止を振り切って、そのふたり連れの卓に向かった。

 

「なんだい、お前?」

 

 大女が椅子に座ったまま、卓の前にやってきた孫空女を見た。

 口に笑みを浮かべている。

 卓には店の者が運んだ酒瓶と盃があり、大女はそれを飲んでいた。

 椅子に拘束されている黒髪の女の前にはなにもない。

 黒髪の女は、孫空女に懸命になにかを訴えようとしているようにも見える。

 しかし、なぜか唇が密着したようになっていて、言葉が出せないでいるようだ。

 それでも拘束された身体を懸命に揺らして、椅子をがたがたと鳴らして孫空女に必死の視線を送っている。

 

「こ、こんな風に女を扱うなんて気に入らないんだよ。なんだか嫌がっているみたいじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 すると大女が白い歯を見せた。

 

「これはあたしの奴隷だよ。あたしの奴隷をどんな風に扱おうがあたしの自由だろう。あんたには関係がないじゃないか」

 

 大女が言った。

 

「奴隷?」

 

「そうだよ──。お前、ちょっとおいで」

 

 大女が、そばを通りかかった店の主人を呼んだ。

 

「は、はい……、七芽(ななめ)様」

 

 店の主人がやって来て、ちらりと大女と黒髪の女に視線を送る。

 とても怯えているようにも見える。

 この大女は七芽という名のようだ。

 

「この女はあたしの雌犬奴隷だ。そうだよね──」

 

 七芽が言って、店の主人を睨みつけた。

 

「そ、そうです。奴隷です」

 

 慌てたように店の主人は応じた。

 黒髪の女はまだなにかを叫んでいる。

 とても気になる。

 

「……行っていいよ」

 

 七芽が言うと、店の主人は慌てるようにこの場を離れていった。

 

「わかったろう、あんた。この女はあたしの奴隷であり、あたしのものだ。あんたには関係のない女であり、この奴隷をあたしがどんな風に扱おうが、あんたの知ったことじゃない。そうだろう? たとえば、こんなことをしても……」

 

 すると七芽が突然に黒髪の女の外套の下から手を伸ばして、黒髪の美女の股間をいじくりだしたのだ。

 黒髪の女が激しく悶え始めて鼻息を荒くした。

 外套の裾から潜り込ませた手でなにをしているのかは明らかだ。

 孫空女は自分の身体がかっと熱くなるのがわかった。

 

「や、やめなよ、嫌がっているよ──」

 

 孫空女は言った。

 それにしても、なんでこんなに身体が熱くなるのだろう。

 孫空女は自分の身体に起きていることに戸惑ってもいた。

 この黒髪の女が性的にいたぶられるのに接したとき、孫空女の身体は異常な反応をした。

 

 いまでもそうだ。

 熱いのだ──。

 自分の全身から汗が噴き出すのを感じる。

 

 それだけじゃない。

 なぜか股間が疼く……。

 

 あの女の人が苦しそうに悶えている。

 それを見ていると孫空女の女陰は、まるで自分の股間が触られているかのように欲情をしている。

 

 落ち着かない……。

 なんでこんな風に自分は欲情するのか……?

 孫空女は理解できないでいた。

 

「嫌がっていようが、そうでなかろうが、お前には関係ないじゃないか。なんど言えば気が済むんだよ。もう、あっちに行きな──。こいつは、あたしの雌犬なんだよ。こうやって、外に連れ回して苛めると、こいつは欲情するのさ。嫌がっているようだけど、演技なんだよ。あたしらの遊びだ。嗜虐したり、被虐したりお互いにやり合うのさ」

 

 七芽が苛ついたように手を振る。

 嗜虐したり、被虐したりし合う──。

 なんだか、その言葉が引っ掛かる。

 

「……ねえ、孫姉さん。どうしたんですか?」

 

 腕が後ろに引っ張られた。

 朱姫が孫空女を七芽たちから引き離そうとしている。

 

「面白くないね。もう、帰るよ、雌犬──」

 

 七芽が立ちあがった。

 

「亭主──。払いはここに置くよ」

 

 七芽が店の主人に叫んだ。

 卓の上には、銀粒がひとつある。

 すでに黒髪の女は七芽に首輪の鎖の根元を握られて立ちあがらせられている。

 まだ、なにかを訴えるような呻きを孫空女と朱姫に送っている。

 必死の形相だ。

 

 しかし、まだなにかに苛まれているのか、全身を激しく震わせて欲情した仕草も見せている。

 落ち着かないように悶える腰は、なにかの性的な悪戯を受け続けているかのようだ。

 その黒髪の美女を七芽が外に強引に連れ出した。

 

 孫空女は呆然と立ったまま、それを見ていた。

 このまま行かせるべきじゃない──。

 孫空女の心の中のなにかがそういう警告を告げている。

 しかし、孫空女がさっきの女たちに関わる理由がなにひとつない。

 それは事実だ。

 

「ねえ、朱姫──」

 

 孫空女は朱姫に振り向いた。

 

「孫姉さんの言いたいことはわかります。あたしも、さっきの綺麗な女の人を見たときに、不思議な違和感がありました。とにかく、沙那姉さんに相談しませんか?」

 

 朱姫が言った。

 確かにそうだ。

 考えなければならないことがあれば、それは沙那だ。

 

 沙那はとても頭がいい。

 あいつに考えさせれば、なにかがわかる。

 いつもそうだった。

 考えるのは沙那──。

 そして行動する……。

 

 単純な武術なら孫空女がいるし、道術なら朱姫がいる。

 いつもこの三人でやってきた。大抵のことは乗り越えた。

 

 でも、なにかが足りない……。

 そんな不安な気持ちがあるのはなぜだろう。

 

 足りない……。

 

 それはたった今、七芽たちと出遭ってその気持ちは大きくなった。

 この数日感じていた、苛立ちの原因もわかった。

 

 なにかが足りない──。

 

 その感情が孫空女を苛立たせているのに違いない。

 でも、なにが足りないというのだろう……。

 

「沙那姉さんに食事を持っていきましょうよ、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 店の主人に残りは部屋で食べると言い、食事の途中だった大皿と小皿と箸を持って上にあがった。

 食事代も宿泊代も、前払いで済ませている。

 特に問題はない。

 

 朱姫とふたりで部屋に戻った。

 部屋に戻ると沙那がいた。

 そろそろ薄暗くなってきたというのに、灯りもつけずに寝台に腰掛けている。

 眉間に指を置いている。

 沙那が深い考えをするときの癖だ。

 

「沙那姉さん、食事を持ってきました」

 

 部屋には四個の寝台が片方の壁に並んでいて、反対側の壁には小さな木の卓があり、そこには椅子が二脚だけある。

 朱姫がその卓の上に、運んでいた料理と皿を置いた。

 

「ねえ、沙那、相談があるんだけど……」

 

 孫空女は声をかけた。

 

「わたしもよ、孫女──。一生懸命に考えて、結論に達したわ。わたしは、わたしを信じられない。それが結論よ」

 

 沙那が真剣な表情で孫空女と朱姫に視線を向けた。

 

「自分を信じられない……? なにを言っているのさ、沙那?」

 

 孫空女は驚いた。

 

「……ねえ、沙那姉さん、食事は?」

 

 朱姫もおずおずと言う。

 

「食事なんて後よ。いいから、そこに座って、朱姫──。孫女もよ」

 

 沙那が言った。

 孫空女は朱姫と並んで、沙那と向かい合うように寝台のひとつに腰掛けた。

 

「わたしを信じられない──。これが結論よ」

 

 沙那は繰り返した。

 その表情は真剣だ。

 冗談を言っている様子はない。

 もっとも、沙那は冗談をあまり言わない。

 いつも冷静で真面目だ。

 それが沙那だ。

 

「なにが信じられないのさ?」

 

 孫空女は言った。

 

「すべてよ。考えれば、考える程、おかしなことだらけよ……。じゃあ訊ねるけど、わたしとあなたって、どうして、一緒に旅をしているの? わたしは、東方帝国の愛陽という城郭軍で千人隊長をしていたのよ。そんなわたしとあなたの接点はなに?」

 

「なにって……。沙那があたしが盗賊団の頭領をしていた五行山にやってきたんだろう? それで、あたしが返り討ちになって、一緒に旅をすることになった。そうじゃないか」

 

 孫空女は言った。

 なんで今更、そんなことを沙那は言うのだろうか……。

 

「じゃあ、訊くけど、わたしはどうやって、あんたを返り討ちにしたのよ? わたしも剣には自信はあるけど、あんたをやっつけるほどの腕はないわ。ましてや、あんたは、盗賊団の頭領で部下を連れていたんでしょう? わたしは、どうやって、あなたたちをやっつけて、それで、なぜ、あんたは、わたしと旅をすることしたのよ?」

 

「な、なんでって言われても……。昔のことだし……」

 

 孫空女は戸惑った。

 

「昔って、たった三年半ほどのことじゃない。どうして、思い出せないのよ。不思議だと思わない、孫空?」

 

 言われてみればそうだ。

 こうやって、当たり前のように沙那と一緒にいるが、そもそも、沙那とはなぜ、旅をすることになったのだろう。

 沙那に負けた……?

 

 そんな気もするのだが、その記憶も曖昧でぼんやりとしている。

 どうやって負けたのか覚えていないし、そもそも、沙那に負けたとしても、盗賊団の頭領だった自分が部下を捨てて、旅をした理由はなんだろう?

 部下に輪姦された。

 それは覚えている。

 しかし、どうして、そんなことになったんだろう。

 

 沙那がやった?

 孫空女の部下をけしかけて、孫空女を襲わせた……?

 

 いや、そんなことはないはずだ。

 そんな記憶もないし、第一、沙那がそんなことをしそうにもない。

 それに、部下が束になって襲っても、孫空女が打ちのめすことができたはずだ。

 だから、若い女の孫空女が荒くれどもを従えて女頭領をしていたのだ。

 

「第一、わたしが旅をしていた理由はなに? わたしは、どうしても思い出せないのよ。わたしは、愛陽の城郭からほとんど出たことがなかったのよ。五行山なんて、愛陽軍の管轄の遥かに遠くよ」

 

「沙那が旅を始めた理由なんて知らないよ」

 

 孫空女は言った。

 

「そうよね……。でも、わたしは、わたしが罪を犯して城郭を追放されたのを覚えているわ。しかも、それは無実の罪だった。嵌められたのよ。それなのに、わたしは、誰にどんな風に嵌められたのか覚えていないのよ」

 

 沙那は言った。

 

「おふたりとも、記憶がおかしいのですか?」

 

 朱姫だ。朱姫も沙那の喋っていることを理解してきたようだ。

 最初の戸惑いの表情が真剣な心配の顔に変化している。

 

「あんたもよ、朱姫。お願いだから、説明してくれない──。わたしは、あんたとのこともまるで思い出せないわ。あんた、なんで、わたしたちと一緒にいるのよ?」

 

 沙那が朱姫に視線を向けた。

 

「そ、そんな言い方、酷くないですか? まるで、あたしが一緒だとおかしいみたいに……」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「つべこべ言ってんじゃないわよ、朱姫──。いいから、あんたの覚えていることを言って。なんで、あんたはあたしたちと一緒に旅をすることになったの?」

 

「なんでって……。あたしが東帝国の国境に近い烏斯(うし)国の城郭の商家で働いていて……。そこに沙那姉さんと孫姉さんがやってきて……」

 

「それで?」

 

「それで、あたしがおふたりのどちらかを襲おうとして、逆に捕らえられて……」

 

「どちらかって、どっちよ?」

 

「それは……あれっ? どっちでしょう……。なんで、思い出せないのかなあ……。あたしは妖魔になりたくて、どちらかの肉を食べれば妖魔になるとか騙されて……」

 

「だから、どちらかって、どっちよ。第一、なんでわたしたちの肉を食べれば、妖魔になるのよ」

 

「そうですよねえ……。変ですね」

 

 朱姫も首を傾げた。

 

「それだけじゃないわ。いまのわたしたちの関係もおかしいわよ──。あんたとわたし……」

 

 沙那は孫空女に視線を向けた。

 そして、朱姫に視線を移す。

 

「……それから、朱姫にわたし──。お互いに身体を許し合っているわよね」

 

 沙那は言った。

 いきなり情事の話をしたから戸惑ったが、沙那は軽口を言うつもりではないようだ。

 沙那はどこまでも真剣だ。

 

「あたしが沙那姉さんと孫姉さんを嗜虐でいたぶっていることですか? おふたりは、朱姫の責めを受けると感じるんです。だからそうしているんですよ」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 三人の情事は普通ではない。

 女同士で愛し合うというだけじゃなく、誰かが誰かを拘束したり、苛めたりして情事をするのだ。

 嗜虐と被虐だ。

 

 どちらかといえば、朱姫は嗜虐癖があり、孫空女と沙那は被虐側だ。

 朱姫が孫空女や沙那を性的にいたぶることで情事をする。

 平素は、朱姫はふたりの妹分のようなものだが、情事のときはその関係が逆転するのだ。

 

「それもしっくりこないのよねえ。わたしがあんたの嗜虐を受け入れているというのが……」

 

 沙那が言った。

 

「そんなことを疑ったら駄目ですよ。じゃあ、さっそく始めましょうよ。どこがどうおかしいのか、試してみることにしましょうよ。おふたりとも、裸になって、手を後ろに回してください。今夜もたっぷりと苛めてさしあげます」

 

 朱姫が笑った。

 

「冗談言っている場合じゃないのよ、朱姫──。

 

 わたしは真剣な話をしているのよ」

 

「あたしだって、真剣ですよ。あたしの相手をするのが、もう、嫌になったんですか?」

 

「最初から嫌よ──。でも、なぜ、わたしがそれを受け入れているのか不思議なだけよ」

 

「それは朱姫の技が気持ちいいからでしょう? いつものように気持ちよくしてあげますから。さあ、服を脱いでください、沙那姉さん」

 

 朱姫がいまにも沙那に抱きつくような仕草をした。

 孫空女はそれを慌てて止めた。

 

「ま、待ちなよ、朱姫──。考えてみれば、なにかしっくりこないよ。なにかが欠けている。そんな気持ちさ。さっきも、そんな気分になったんだ。朱姫もそうだろう?」

 

 孫空女は朱姫に言った。

 そして、さっき一階で感じた不可思議な感覚について沙那に説明した。

 奇妙なふたり連れの女の様子も話し、彼女たちに対して孫空女がどんな風に感じたかを言った。

 うまく説明できたとは思わなかったが、それでも沙那は孫空女の感じた不安をわかってくれたようだ。

 

「……それで考えたわたしの結論はこうよ──。わたしたちは、記憶を操られている。少なくとも、三人に共通するなにかの記憶を消されているのよ」

 

 孫空女の話が終わると、沙那はきっぱりと言った。

 

「記憶を消されているって、まさか……」

 

 孫空女は笑った。

 別に忘れていることなどない──。

 いや、だけど……。

 

 忘れていることなどないはずだが、沙那に訊ねられた沙那との出会い……。

 

 朱姫との出会い……。

 それを説明できる記憶が出てこない。

 大昔の話じゃない──。

 たった三年ほどのことだ。

 

 たとえ、大昔の話だとしても、沙那の言うように、それを忘れ去るとは考えられない。

 孫空女は笑うのをやめた。

 沙那の言う通りだ。

 記憶を消されているのかもしれない。

 そうだとすれば……。

 

「……ねえ、朱姫、道術で記憶を消すということはできる?」

 

 沙那が朱姫に訊ねた。

 

「『縛心術』のことですか? 簡単なことです。あたしにもできますよ、沙那姉さん」

 

 朱姫は応じた。

 

「だったら、あんたの道術で、他の誰かが消したわたしたちの記憶を復活させることもできるかしら?」

 

「お互いの霊気の力によりますね。でも、『縛心術』にかけては、あたしの霊気は強いですから、そこらの道術遣いや妖魔にだって勝てますよ。ご主人様にだって……」

 

 朱姫はそこまで言いかけて絶句した。

 

「朱姫、いま、なんて言った?」

 

 沙那が朱姫に詰め寄った。

 

「あ、あたし、いま、ご主人様って言いましたよね……。ご主人様って誰のことでしょう……」

 

 朱姫の顔には大きな戸惑いが浮かんでいる。

 

「ご主人様とは誰? 誰のことよ、朱姫?」

 

「わ、わかりません、沙那姉さん。でも、ふと口から出たんです……。ちょっと、待ってください。あたしの中の道術を探ります。もしも、あたしの記憶が誰かの道術で操作をされているなら、探ればわかるはずです」

 

 朱姫はそう言って黙り込んだ。

 しばらく、目をつぶって真剣な表情で押し黙った。

 そうやって、朱姫が眼を開けるのを沙那とともにしばらく待った。

 やがて、朱姫が大きく眼を見開いた。

 

「た、大変ですよ──、沙那姉さん、孫姉さん。ご主人様が──」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「いいから、わたしたちの記憶も戻して──」

 

 沙那が声をあげた。

 

「……おふたりとも、あたしの眼を見てください」

 

 朱姫が言った。

 孫空女は朱姫の眼を覗きこんだ。

 

 なにかが孫空女に入ってくる。

 そして、不意にぼんやりとしていたものが明確になり、頭がすっきりとする。

 

「沙那──」

 

 孫空女は立ちあがった。

 

「わかってるわ、孫女──。あんたがさっき会ったのはご主人様と七雌妖よ……」

 

 沙那が静かに言った。

 その冷静な口調で孫空女も少し落ち着きを取り戻すことができた。

 

 宝玄仙を捕えた七雌妖が、孫空女たちの記憶を消して追い払った。

 それを思い出すことができたのだ。

 あの様子では、宝玄仙は七雌妖という妖魔に酷い目に遭わされ続けているようだ。

 

 不思議なことだが、宝玄仙と七雌妖に関する記憶を消されたのに関わらず、頭の中で勝手に記憶の補正が行われて、記憶が消されたことに気がつかなかったようだ。

 沙那に指摘されるまで、特におかしいと思うことなく、辻褄が逢うように記憶の再構築が行われていた。

 それでも不自然な部分は、曖昧で忘却した記憶として頭が処理していたのだ。

 

 そのために、眼の前に宝玄仙がいたのにそのまま帰してしまった。

 深い後悔が孫空女を襲う。

 

「行くわよ──」

 

 沙那が細剣のついた革帯と武器類を束ねる包みを掴んで立ちあがると、部屋の外に向かった。

 孫空女と朱姫もその後ろから部屋を出る。

 

 向かうのは、濯垢泉(たくこうせん)──。

 そこに助けを待っている宝玄仙がいる。

 孫空女は拳を握った。



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314 供たちの襲撃

「あははははっ……ひゃはひゃははは……そ、そこっ……いひいいいっ──」

 

 涎を垂れ流しながら笑い続ける宝玄仙と、十数本の触手の先の蔓でその宝玄仙の全身をくすぐり続ける多目怪(たもくかい)七雌妖(ななめよう)はうんざりした気持ちで眺めていた。

 

「はははは……ひいいいぃぃぃぃ──ひゃははは……た、助けて……あははは……な、なんでもする……ひゃははは……なんでもするから……も、もう……ひゃはは……やめて……あははは……」

 

 宝玄仙の顔は涙と涎と鼻水で凄いことになっている。

 床には股間から垂れ流した小便の水たまりができているが、それでも多目怪は宝玄仙へのくすぐり責めをやめようとしない。

 

 濯垢泉(たくこうせん)にある七雌妖の屋敷だ。

 五日間、ここで七雌妖は宝玄仙への調教を続けてきたが、今夜については、宝玄仙の裸身を思う存分いたぶるという愉しみを客である多目怪に奪われていた。

 だから、七雌妖は、多目怪が八本の腕で宝玄仙の四肢をがっしりと空中に拘束し、さらに多目怪自身の上半身から出現させた十数本の触手で宝玄仙の脇や横腹や太腿をくすぐり続けるのを所在無く眺めるしかなかった。

 

「そうか……なんでもしてくれるか……。だったら、わしのくすぐり奴隷になってくれるか、宝玄仙? わしの大好物はくすぐりに悶え苦しむ美女なんじゃが、なかなか耐えてくれる女はおらんでなあ──。すぐに潰れてしまうのだ。お前はなかなか、くすぐり甲斐のある綺麗な身体をしておるし、笑い悶える顔もまた格別じゃ。わしのくすぐり奴隷になれ。毎日、笑って暮らせるぞ。死ぬまでな……ほれっ、ほれっ、今度は足の裏をくすぐってみようか……そんなに暴れるな──ほら、ほら、もっと逃げんか、もっと暴れんか……ほら」

 

 多目怪の身体からさらに十本ほどの触手が生えて、そのすべてが宙吊りの宝玄仙の足の裏に向かう。

 宝玄仙は全身の筋肉を使って、それから逃れようとしているが、八尺(約二メートル半)を超す巨漢の多目怪の八本の腕の二本ずつで四肢を握られて宙に抱きあげられている宝玄仙にはなすすべもない。

 

 地獄のような多目怪の触手指のくすぐりを足の裏にも追加された宝玄仙は、笑い続けながらおかしな痙攣をしはじめた。

 

「……ひゃははは……あはははっ……い、いっそ……こ、殺して……ひゃははは……お……願い……こ、殺して……はははは……ゆ、許して……お願いします……ひゃははは……」

 

 笑い声の中から宝玄仙の必死の哀願が続く。

 

「ほうほう、殺してくれときたか……。なら、望みをかなえてやるぞ、宝玄仙。たっぷりと笑って、そのまま笑い死ね……。お前のくすぐったい場所もわかってきたからな。息ができないように笑わせ続ければ、時間はかかるが死ねるぞ。死ねば、この苦しみからは解放される。ほら、ここはどうじゃ? そうか、そんなに愉しいか。存分に笑って死ね。ほれ、ほれ」

 

 多目怪が相好を崩して宝玄仙を責め続ける。

 七雌妖は大きな音を立てて床を踏み鳴らした。

 

「じょ、冗談じゃないわよ、おじき。その宝玄仙はあたしの雌犬奴隷なのよ。殺してしまっては困るわよ」

 

 七雌妖は声をあげた。

 多目怪がやってきたのは数刻前のことだ。

 

 宝玄仙を連れて、久しぶりに人間の集まる町の居酒屋に行った。

 目的は調教だ。

 衆人の視線のある場所で宝玄仙をいたぶり、羞恥と恥辱に宝玄仙が苛まれる様を愉しむためだ。

 しかし、そこで、孫空女と朱姫に偶然に出遭った。

 記憶を消滅させて追い払った三人が、まだ、あの宿屋にいたのは驚いたが、もっと驚いたのは、記憶を失ったままの孫空女が、それでも七雌妖と宝玄仙の姿に反応して絡んできたことだ。

 

 道術を遣えない相手だが、孫空女の凄まじい武術の腕は肌で知っている。

 慌てて逃げるように居酒屋から戻ってきたが、濯垢泉の七雌妖の家に戻ると、この多目怪が待っていたのだ。

 どうやら、『移動術』でふらりとやってきたようだ。

 多目怪が棲んでいるのは、ここから少し北の妖魔の地だが、多目怪もまた温泉好きで定期的にやってくる。

 

 宝玄仙をひと目見た多目怪は、すっかりと彼女を気に入ってしまい、宝玄仙を貸してくれと頼まれた。

 育ての親である多目怪の頼みでは断れない。

 七雌妖は、仕方なく、宝玄仙を多目怪の性癖の相手として貸した。

 

 だが、いま、多目怪は、宝玄仙をくすぐりで責めながら、笑い殺してやろうとうそぶいた。

 冗談じゃなかった。

 宝玄仙は一生、七雌妖の性の相手として飼い殺すつもりだし、ましてや、殺すなどとんでもない。

 

「心配ないわい。ちゃんと加減をしておる、七雌妖──。だが、こんな美しい人間の女を本当に笑い死にさせてみたいというのは本当じゃ……。ほれ、ほれ、そんなに足の裏が愉しいか? なら、もっと増やしてやろう。すべての足の指の間を同時にくすぐってやるぞ。これは効くぞう」

 

 多目怪の上半身は裸身だ。そこからまた触手が数十本出現した。

 すべての触手の先には短い蔓のようなものがあり、それが宝玄仙の足の指の一本一本に巻きついて押し広げた。

 そして、拡がった指の間に数本ずつの触手の蔓が這い回りだす。

 足の裏も触手が責めているし、宝玄仙の足は、ほとんど見えないくらいに多目怪の触手に包まれている。

 全身を責める触手群もそのままだ。

 

 宝玄仙が激しい痙攣とともに、おかしな奇声を出し始めた。

 七雌妖は、宝玄仙に夢中になっている多目怪を眺める態勢に戻り、大きく諦めの嘆息をした。

 

 ああなったら、しばらくは多目怪は宝玄仙を手放そうとはしないだろう。

 新しい玩具を与えられた子供のような表情をしている多目怪を横目で見ながら、七雌妖は身体を温めるために、屋敷の裏の濯垢泉の温泉に浸かることにした。

 

「少し湯に入って来るわ。お願いだから、本当に殺さないでよ。それはあたしが見つけた大事な性の相手なんだからね、おじき」

 

 七雌妖は言った。

 

「おう、ゆっくり浸かってこい、七雌妖──。もっと、お前のくすぐったい場所を探してやるぞ、宝玄仙……。ここはどうだ? それとも、ここか?」

 

 多目怪は七雌妖に返事をしながら一瞬も宝玄仙から眼を離そうとはしない。

 すっかりと夢中のようだ。

 

 七雌妖は、本当に宝玄仙をくすぐり奴隷として多目怪に連れていかれるのではないかと。少しだけ心配になった。

 七雌妖はちらりと多目怪の下袴の股間に視線を送った。

 下袴の中で勃起している怒張が多目怪の股間に大きな膨らみを作っている。

 

 美女をくすぐり責めにして苦しめるのがなによりの好物だという多目怪が性的な興奮をしているのはわかる。

 しかし、この多目怪は、自分が責める女を犯すという行為には興味はないのだ。

 多目怪が好きなのは、宝玄仙にいまやっているように、多目怪の八本の腕で女を押さえつけて、さらに全身から好きなだけ出現させることができる触手の指で、人間の女の身体をくすぐり続けるという責めだ。

 実際、ああやって女が眼の前で悶え苦しむのを眺めながら、男根に触れることなく射精してしまうのだ。

 七雌妖は、多目怪がくすぐり責めを与えながら、勃起した自分の男根の先から精を宙に噴き出す光景を何度も見たことがある。

 

「今夜だけよ。今夜だけ、おじき」

 

「わかっておる。それより、まだ、そこにいたのか、七雌妖……。早う、行け」

 

 多目怪が七雌妖を見ずに言った。

 ちらりと宝玄仙に視線を送る。全身が脂汗みまみれて笑い続けている宝玄仙は、すでに絶息寸前のようにも見える。

 しかし、これだけ釘を刺せば、まさか笑い死にさせたりはしないだろう。

 いくら夢中になったとしても、それくらいの分別を期待してもいいはずだ。

 

 七雌妖は深く嘆息すると、部屋を出て、外の濯垢泉に向かった。

 そして、湯場の横の寝椅子に脱いだ着物を置き、七雌妖は夜の闇に浮かぶ温泉の湯に裸身を沈めた。

 静かな闇の中に、かすかに宝玄仙の笑い声が響く。

 七雌妖は湯の中で全身を伸ばして力を抜いた。

 

 いい気持ちだ……。

 温泉の湯に身体を沈めて、心身ともにゆったりとする。

 

 この時間は七雌妖の一番好きな時間だ。

 この場所があるから孤独を我慢して北辺と呼ばれる人間の地に棲み処を持っている。

 もしも、この濯垢泉のような場所が北側の妖魔の地にもあれば、七雌妖は、妖魔の仲間の多い北の地に戻るだろう。

 しかし、その孤独を補って余りある幸福が、この湯に浸かるという至福の時間にある。

 

 七雌妖が産まれたのは、ここからずっと北の地の妖魔の地だ。

 この朱紫国の辺境の妖魔の地と呼ばれる場所よりもさらに北だ。

 

 父親はいない。

 七雌妖の一族は、種族同士で家族を持たないのだ。

 繁殖期を迎えた雌妖と雄妖は、お互いに気に入った相手を見つけて生殖のための交尾をする。

 子供は一度に十人ほど。

 約十年で成熟して母親から離れる。

 子育ての終わった母親は、子供を省みることはない。

 それが七雌妖の種族だ。

 

 ただ、七雌妖の母親の雌妖は、七雌妖たちを成熟させる前に、七雌妖たちの前から姿を消した。

 母親がなぜ消えたのかはいまでもわからない。

 ただ、一緒にいた幼い兄弟姉妹たちと途方に暮れたことだけは事実だ。

 それから、兄弟姉妹とも散り散りとなり、それぞれに生存の道を探った。

 兄弟姉妹たちがそれからどうなったかは知らない。

 七雌妖も生まれた地を離れて、生き残るための術を探した。

 

 成熟する前の幼体では、まだ道術が遣えない。

 道術が遣えない存在が、北の地で生き残ることは難しかった。

 七雌妖は南に安全な場所を求めて旅に出た。

 そして、行き倒れになったところを救ってくれたのが、あの多目怪だ。

 多目怪は朱紫国の辺境に巣食う妖魔で、どんな気紛れか知らないが、七雌妖を拾い、成熟するまでの面倒を看てくれた。

 だから、いまでも多目怪には頭があがらない。

 

 多目怪には恩がある。

 それは五十年以上経ったいまでも変わらぬ七雌妖の気持ちだ。

 しかし、そのことと、七雌妖が性の相手をさせるために拾った奴隷をくすぐり殺されることとは別だ。

 

 あの多目怪は、人間の女をくすぐり責めにするというのがなによりも好きな変態であり、しばしばやってきては、七雌妖が拾った雌犬奴隷をその責めの相手として貸すことを求めるのだ。

 八本もある大きな腕で、人間の女を拘束して、全身から出現させることができる無数の触手の指でくすぐり続ける。

 そして、女が鼻水と涎と汗を撒き散らしながら失禁して苦しみ笑うのを眺めながら射精するのだ。

 

 自分の嗜虐趣味も十分に変態の域にあるとは思うのだが、あの多目怪にはかなわない。

 七雌妖は湯に浸かりながら苦笑した。

 

 笑い声は続いている。

 少なくともまだ、宝玄仙は生きているということだ。

 七雌妖は受けたことはないが、多目怪のくすぐりは、およそに人間の耐えられる限界を遥かに超えるものであるらしい。

 だから多目怪は相手を観察し、死ぬ一歩手前のところを漂わせて遊ぶのだが、夢中になると我を忘れて、笑い殺してしまう。

 

 短いときには、あの多目怪は、たった半刻(約三十分)で笑い殺したこともあるのだ。

 最初にこの濯垢泉にやってきたときのことだ。

 十年前であり、死んだのは七雌妖の最初の奴隷だ。

 人間の男たちに強姦されて自殺しようとしていたのを拾って性奴隷にした女だった。

 

 最近こそ、手加減ができるようになったようだが、以前は夢中になってやりすぎて窒息死させてしまうこともしばしばだった。

 これまでに見つけた最高の雌犬奴隷である宝玄仙をくすぐり死にされては堪らない。

 

 そのとき、湯の外でなにかの気配がしたような気がした。

 なんだろうと思って、気配を感じた方向に視線をやったが、闇の中でよくわからなかった。

 

「さっきは挨拶もなしに悪かったね。すっかりと忘れていたんだよ」

 

 違う方向から声がした。

 驚いて声の方向に視線をやった。

 闇の中に人影がある。

 

「お、お前は──」

 

 七雌妖が服を脱いだ椅子に、棒を構えている孫空女が座っている。

 微笑んで力を抜いているように見えるが、少しも油断なくこちらに身体を向けているのがわかった。

 

「立つんじゃないわよ。大人しく座ってなさい」

 

 今度は、反対側からも声がした。

 すぐ近くだ。

 孫空女のいる場所とは、七雌妖を挟んで反対側の岸になる。

 

 そこに沙那がいた。

 隣には朱姫だ。

 沙那の手には小弓が握られていて、引き絞った矢が真っ直ぐにこっちを向いている。

 

 仕方なく七雌妖は、沙那のいる場所に視線を向けた。

 自然と孫空女に背を向けることになる。

 しかし、孫空女が持っているのは、あの伸縮自在の霊具の棒だろう。

 孫空女が座っている位置からでも、七雌妖の背に棒を打ちつけることができるはずだ。

 

「この矢の先には猛毒が塗ってあるわよ。そして、あんたの大きな身体を向いているわ。糸が飛んできたりしたら、手が離れて矢が跳んでいってしまうから、間違って道術を遣ったりしないように気をつけてね」

 

 確かに沙那が構えている小弓は七雌妖の裸身に向かっている。

 この距離なら絶対に外しようもない。

 糸の気配を感じた瞬間に、沙那は躊躇なく矢を放つだろう。

 沙那からははっきりとした殺気を感じる。

 

「あ、あんたら、記憶が……?」

 

「おかげさまでね。しっかりと思い出したよ、七雌妖」

 

 背中側にいる孫空女だ。

 

「振り返るんじゃない、七雌妖──。今度、首を動かしたら矢を射るわよ。しっかりと、こっちを見て、朱姫の眼を凝視しなさい。いいというまで眼を離すんじゃない」

 

 沙那の大声が七雌妖を貫く。

 

「闇の中でも十分に見えるでしょう。妖魔の眼ですものね」

 

 沙那の横の朱姫が微笑んだ。

 その朱姫の身体で霊気が膨れあがった。

 そして、『縛心術』が自分の中に流れ込んできた。

 

 七雌妖の身体に注ぎ込まれる朱姫の霊気──。

 いままで七雌妖が接したことのないくらいに強い道術だ。

 少女のような朱姫が、これほどの霊気を持っていたということに驚いた。

 七雌妖の霊気を遥かに凌ぐ朱姫の霊気だ。

 この霊気ならば、七雌妖の施した『縛心術』などあっという間に無効にできたに違いない。

 

 記憶操作に気がつなかった間だけ宝玄仙と七雌妖のことを忘れていたのかもしれないが、いったん、自分たちに『縛心術』が掛けられているという事実に気がつけば、この朱姫ならばそれを解除するのに造作はなかったろう。

 

 七雌妖は、この朱姫を侮り、これ見よがしに宝玄仙をこの三人が泊っているかもしれない宿屋に連れて行ったことを後悔した。

 あるいは、さっき、あの宿屋の一階の居酒屋で、まだ記憶操作をされたままだった孫空女と朱姫に出遭ったことが、なんらかの示唆となり、道術の解除に繋がったのかもしれない。

 

 まさか、こんなにあっさりと七雌妖の『縛心術』が破れるくらいに、朱姫と七雌妖に霊気の力の差があるとは夢にも思わなかった。

 やはり、半妖というのは、普段、霊気を隠しているだけに侮ってはならない。

 そのことを改めて知った思いだ。

 

「七雌妖、立ちなさい──。そして、霊気を全解放するのよ」

 

 朱姫の言葉が告げられると、それがまるで自分の意思であるかのように七雌妖の身体は朱姫の命令に従い立ちあがった。

 そして、勝手に身体に溜まった霊気が解放される。

 

「……もう大丈夫です、沙那姉さん。この七雌妖の霊気を放出させました。次に道術が遣えないように、七雌妖の中の道術を遣う力を弛緩させます……。さあ、あたしを見なさい」

 

 愕然とした。

 道術を遣う能力が本当に弛緩されているのがわかった。

 朱姫の言葉に逆らえない……。

 七雌妖の身体に生まれて初めてかもしれない本当の恐怖が走る。

 

「へえ、道術を遣えなくするなんて、そんなことができるの、朱姫?」

 

 小弓をおろした沙那が朱姫に言った。

 

「できます。身体の筋肉を『縛心術』で弛緩させるのも、道術を弛緩させるのも、原理はまったく同じですから」

 

 朱姫が七雌妖に道術を注ぎ込みながら沙那に応じた。

 朱姫の霊気がどんどん、七雌妖の霊気と入れ替わるように入り込んでいる。

 身体のすべてが朱姫に支配されているのがわかる。

 

「だったら、ご主人様の道術をお前の『縛心術』で復活できないのかい?」

 

 背後から孫空女の声がした。

 孫空女が身じろぎした気配がないので、まだ、孫空女は七雌妖の服の上に座っているのかもしれない。

 

「ご主人様は、道術を封じられたのではなく、奪われたと言ってました。おそらく、なにかの暗示でご主人様は、いままで遣ってきた道術を遣う力を留められているのだと思うんですけど、それは、賽太歳(さいたいさい)でなければ、解除できないと思うんですよね」

 

「だから、ご主人様の元々の道術じゃなくて、こいつの道術を移すのさ。前にご主人様が道術の誓約で、そんなことをやり合ったのに接したことがあってね」

 

「うーん、誓約ですか……。だったら、できるかもしれません。限定的ですけど。だけど、やっぱり、ご主人様の道術を完全復活するには、賽太歳という妖魔に、暗示を解除させないとならないと思す」

 

「ふうん、まあいいや。とりあえず、ご主人様を救出してからだ。もう、七雌妖には、お前の『縛心術』はかかっているのかい、朱姫?」

 

 孫空女の声が背中からした。

 

「完全にかかっています──。好きなことをさせられますよ、孫姉さん……。七雌妖、一番感じるやり方で自慰をしなさい」

 

 朱姫の声がした。

 すると、自分の指が二本、操られるように陰毛をまさぐって、七雌妖の女陰に滑り込んできた。

 

「へえ、いきなり、女陰なんだね、意外……」

 

 朱姫が笑った。

 

「あんた、大概にしなさいよ」

 

 沙那が苦笑している。

 しかし、止める気はないようだ。

 まるで他人の手であるかのように七雌妖の意思から離れた指が、七雌妖の膣の上側のもっとも敏感な部分を擦りあげる。

 

「はああっ」

 

 露わな声とともに、股間から愛液が溢れ出たのを感じた。

 自分の身体をどうすれば追い詰められるかは七雌妖自身がわかりきっている。

 人間の宿屋で適当な性の相手を見つけられないことも多い。

 そういうときには、こんな風に手で七雌妖自身を慰めるのだ。

 強制されている自慰による快感で七雌妖の身体は、切なげにくねりだしてしまった。

 

「あうっ……はあああっ」

 

 快感が込みあがる。

 七雌妖はすっかりと上気してきた顔を左右に振りたてた。

 

 七雌妖ともあろうものが、奴隷にしている宝玄仙の奴隷たちに逆に操られて、はしたなくも自慰で果てるなど、恥辱以外のなにものでもない。

 

「じゃあ、ご主人様を助けに行ってくるよ」

 

 後ろ側で孫空女が立ちあがった気配がした。

 絶頂の予感のようなものが、七雌妖の身体を駆けあがっていった。

 

 

 *

 

 

 七雌妖の屋敷に入って最初に見たのは、宝玄仙の裸身を八本の腕で抱えている巨漢の妖魔だ。

 てっきり、屋敷には宝玄仙しかいないと思っていただけに、孫空女は驚いた。

 

 巨漢の妖魔は、背の高い孫空女よりも遥かに大きく、しっかりと宝玄仙の四肢を掴んでいる。

 裸身の上半身の表面からは無数の触手のようなものが出ていて、それが宝玄仙の全身を包んでいた。

 また、宝玄仙の尻には白い房毛の束がついている。

 あれはなんだろうか。

 

 そして、宝玄仙の身体の下には、おびただしい尿のようなものが撒き散らされてもいた。

 宝玄仙は完全に気を失っている状態であり、孫空女が目の当たりにしたのは、妖魔が気を失った宝玄仙の顔を触手で振り動かして、覚醒させようとしている光景だった。

 

「お、お前は誰だい?」

 

 慌てて孫空女は『如意棒』を構えなおすと、宝玄仙を抱えている腕の半分にその『如意棒』を振り下ろした。

 宝玄仙を掴んでいる肘から先の半分が『如意棒』で切断されて、巨漢の妖魔の二の腕から離れる。

 

「おおっ──。びっくりしたのう」

 

 妖魔は痛がる気配もなく、腕が千切れたまま、残りの四本で宝玄仙の身体を掴み、後方に跳躍した。

 跳躍する間に切断したはずの肘から先がくっついて元に戻る。

 孫空女は驚いた。

 

「物騒な女じゃな。わしでなければ、死んでおるぞ──」

 

 巨漢の妖魔が呑気そうな声をあげた。

 

「うるさい、ご主人様を離すんだよ。今度は、首を引き千切るよ」

 

 孫空女は『如意棒』を構えた。

 飛びかかろうにも、妖魔が宝玄仙を盾にするように動かしたので、打ちかかることができない。

 

「……そ、孫空女かい……」

 

 その時、薄っすらと宝玄仙の眼が開いた。

 

「ご主人様、いま、助けるから──」

 

 孫空女は叫んだ。

 宝玄仙の苦痛に歪んだ顔がほんの少し微笑んだ気がした。

 

「首を千切られては、さすがに堪らんな。仕方がないから、退散することにするわい。七雌妖によろしく伝えてくれ」

 

 妖魔が言った。

 次の瞬間、宝玄仙を抱えたまま妖魔が消滅した。

 

 『移動術』だと気がついたのは、完全にふたりが消滅してからだ。

 

「し、しまった──」

 

 孫空女はたった今まで、宝玄仙と妖魔がいた空間に飛び込んだ。

 しかし、もう、なにも起こらない。

 おそらく、『移動術』の結界を封鎖された。

 

 連れて行かれた……。

 孫空女の身体に悔悟の汗が流れる。

 

「いまの音はなに、孫女──?」

 

 沙那が飛び込んできた。

 

「ご免──。もう一匹、巨漢の妖魔がいたんだ。そいつが、『移動術』でご主人様を抱えたまま消えたんだ」

 

 孫空女は沙那に顔を向けた。

 もしかしたら、自分は泣きそうな表情になっているのかもしれない。

 孫空女は思った。

 

 沙那の眼は大きく開かれている。

 しかし、すぐに大声で朱姫を呼んだ。

 しばらくしてから、全裸の七雌妖とともに、朱姫が現れた。

 

「朱姫、ご主人様が別の妖魔に『移動術』で連れて行かれたのよ。後を追える?」

 

 沙那の言葉に、七雌妖に対する悪戯で悦に入ったような表情だった朱姫の顔が真顔になる。

 

「……駄目です。完全に閉じられています。道術では追えません」

 

 やがて朱姫が意気消沈した様子で言った。

 

「七雌妖、さっきの妖魔は誰だい? あいつは、どこにご主人様を連れて行ったんだよ」

 

 孫空女は朱姫の後ろから連れてこられた七雌妖に詰め寄った。

 

「……正直に言いなさい。一切の隠し事をあなたはできないわ」

 

 朱姫が七雌妖の顔を覗きこみながら言った。

 

「た、多目怪よ。あたしのおじき……、つまり、育ての親よ」

 

 七雌妖が答えた。

 

「その多目怪がどこにいるか知っているわね、七雌妖。朱姫が道術を返すわ。その場所とここを『移動術』で結びなさい」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「む、無理よ。あたしは、『移動術』を遣えないのよ」

 

 七雌妖の返事に沙那が舌打ちした。

 そして、朱姫に視線を向ける。

 

「行ったことのある場所でなければ、あたしも『移動術』の結界を結ぶことはできません」

 

 朱姫が首を横に振った。

 

「七雌妖、その多目怪の棲み処はどこよ?」

 

 沙那が叫んで、七雌妖に詰め寄った。

 

黄花観(おうかかん)という館よ。ここから北に二日の場所にあるわ」

 

「北に二日……。仕方がないわね。わたしは、一度宿に戻って荷を取って来る。それまで朱姫と孫女は、七雌妖を見張っていて──。多目怪という妖魔のいる場所まで道案内をさせるわ」

 

 沙那が言った。

 

「ねえ、沙那姉さん、それまで、この七雌妖で遊んでいていいですか?」

 

 朱姫が言った。

 この期に及んで朱姫は、七雌妖に嗜虐の相手をさせようというのだ。

 孫空女は内心で呆れてしまった。

 沙那は少しだけ戸惑った表情をしていたが、やがて、酷薄な笑みを顔に浮かべた。

 

「存分にするといいいわ。たっぷりと、遊んでやりなさい」

 

 沙那は言った。

 

 

 

 

(第49話『雌犬になった女主人』終わり、第50話『くすぐり奴隷への道』に続く)






 *


【西遊記:71・72回、七匹の雌妖怪(蜘蛛の精)】

 いつものように、斎(食べ物)を求めて、孫悟空が近傍の家に行こうとします。
 しかし、玄奘(三蔵)は、今日は自分が行こうと主張します。
 孫悟空は、それは供の役目だと諌めますが、意地になった玄奘は、ひとりで行くと言って受け入れません。
 仕方なく、孫悟空たちは、斎集めを玄奘に任せて待つことにします。

 玄奘が、一軒の家に斎を頼みに行くと、そこは女やもめ(独身の女)たちが七人集まって暮らしている家であり、玄奘は無理矢理に家に連れ込まれます。

 七人の女たちは、玄奘を歓待し、人間の肉で作った肉饅頭を食べさせようとします。
 驚いた玄奘は、それを拒否します。
 すると、女たちは、三蔵を糸でぐるぐる巻きにして、天井からぶら下げて拘束します。
 女たちの正体は、蜘蛛の精の化け物だったのです。

 妖怪の気を感じた孫悟空は、玄奘に異変が起きたとこを悟ります。
 孫悟空は虫に変身し、女やもめたちの家を見つけて潜入します。
 そして、捕らえられている玄奘を発見します。

 とりあえず、先に仲間に事情を教えに戻ることを決めた孫悟空は、女たちが濯垢泉(たくこうせん)という温泉に浸かっている隙に、女たちの衣服を盗んでしまいます。

 孫悟空は、仲間と一緒に女たちのところに戻ります。
 猪八戒は、服を盗まれて温泉から出られない女たちを見つけると、魚((なまず))に化けて、女たちの股間をくすぐりまくるという悪戯をします。
 へろへろになった女たちは、素っ裸で逃亡し、多目怪(たもくかい)というかつての兄弟子のところに逃げていきます。
 とりあえず、孫悟空たちは玄奘の救出に成功します。

 本エピソードは、西遊記のエピソードの中でも、かなりエロチックな話になっています。


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 第50話  くすぐり奴隷の道【多目怪(たもくかい)
315 女妖魔の悔悟


 辺境に入って一日経った。

 四人の野宿は馴れたものだったが、今夜は違う。

 四人は四人でも、宝玄仙がいないのだ。その代わり、宝玄仙が浚われた原因を作った七雌妖(ななめよう)がいる。

 

 沙那は、四人分の牛の乾し肉を焚火で炙った。

 脂が溶けていい匂いが漂い始めた。

 闇の中で燃える火の中に滴った脂がじゅっと燃えて気持ちのいい音を立てるとともに、炎が大きくなる。

 

「さあ、調教の時間ですよ、七雌妖さん」

 

 朱姫が愉しそうに声をあげて、立木に縛られている七雌妖に詰め寄った。

 

「ひいっ──。も、もう、勘弁しなよ、朱姫」

 

「なに言ってんですか。まだまだ、なんにもしてないじゃないですか」

 

 朱姫はくすくすと笑いながら、七雌妖の耳元でなにかの呪文のような言葉をささやいた。

 七雌妖の顔が悔しそうに歪んだ。

 おそらく、朱姫がささやいたのは、なにかの暗示の言葉なのだろう。

 その言葉をささやかれたが最後、朱姫の言葉に一切逆らえなくなるのだ。

 朱姫の『縛心術』だ。

 

 沙那もさんざんに、同じようにされて朱姫に弄ばれた。

 もしかしたら、朱姫はそういう鍵となる暗示の言葉を沙那の身体にもまだ残しているのかもしれない。

 朱姫という少女は、そういう娘なのだ。

 もっとも、見た目が十六の朱姫も、実際の年齢は二十に近い。

 本当は娘という年齢でもないのだが、あの無邪気さは、やはり、見た目そのものの精神年齢に間違いない。

 

「ふふふ、悔しいですか、七雌妖さん? あたしの言葉に逆らえないというのが……。膝を立てて、大きく脚を開くんですよ。そうしなければならないような気持ちになるでしょう?」

 

 朱姫が立木に胴体と両手を縛られている七雌妖の前で手のひらを左右に大きく開く仕草をした。

 七雌妖の立て膝がその手の動きに合わせて、大きく開かれていく。

 

「あっ……ああ、こ、こんな……く、くそっ」

 

 操られているという事実に七雌妖の顔に悔しさが浮かんでいる。

 七雌妖が身に着けている服は、左右から合わせた布を腰帯で留めただけの着物だ。

 下着など一切を身に着けていない。

 膝立てをして開いたりすれば、腰から下の部分は、左右にまくれ上がり無防備な股間を晒すことになる。

 実際、七雌妖のてらてらと光る股間が焚火の灯りの前に曝け出された。

 

「そんなに時間は経っていないけど、だいぶ、朱姫の手業に馴れて来たんじゃないですか、七雌妖さん?」

 

「そ、その薬はもうやめてえっ」

 

 七雌妖が引きつった声をあげている。

 ふと見ると、朱姫の手には小さな白い小瓶がある。

 北辺の町に到着するまでに、買い溜めていた責め具のひとつで、他愛のない催淫剤だ。

 それを塗られれば、濡れられた部分がどうしようもなく熱くなり、刺激が欲しくて堪らなくなるらしい。

 沙那に言わせれば、宝玄仙の責め具の中では、一番緩いものであり、大したものじゃない。

 宝玄仙の使う薬剤には、疼きよりも痒みが激しくなるという薬剤もある。

 あれだけは堪らない。

 あの掻痒剤を塗られれば、沙那も泣き叫んで哀願するしかなくなるが、性的な疼きが発生する薬くらいどうということはないと思う。

 

 もっとも、そう言ったら、孫空女は笑ったものだ。

 沙那が敏感すぎる身体をしているから、身体が淫乱になる催淫剤が効かないだけだというのだ。

 そんなものを使われなくても、沙那の身体があっという間に興奮してしまうくらいに感じ易いから、薬剤を使われても身体の変化がわからないのだと孫空女は言う。

 そうかもしれないが、沙那と大して変わらないくらいに敏感な孫空女に言われたくはないものだ。

 

 朱姫が、その催淫剤を塗っているのは、七雌妖の淫肉の頂点の肉芽だ。

 宝玄仙が多目怪という七雌妖の育ての親の妖魔に浚われてから一日以上が経っている。

 

 七雌妖を連れてそれを追う旅が始まっているが、その間、七雌妖は沙那たちの人質のようなかたちになっている。

 その旅の途中、少しでも暇があれば、朱姫は七雌妖の身体を責めては性的ないたぶりをするということを続けている。

 宝玄仙を数日間監禁して嗜虐したばかりではなく、沙那たちの記憶を操って宝玄仙から遠ざけようとしたことに対する罰として、沙那は朱姫のこういう嗜虐を許している。

 それに、七雌妖という相手がいれば、沙那も孫空女も楽ができる。

 この宝玄仙の嗜虐癖の愛弟子のような朱姫は、宝玄仙がいなくても、隙があれば、道術を遣って沙那や孫空女に嗜虐の相手をさせようとする。

 しかし、七雌妖がいることで、そういう朱姫の嗜虐癖の一切を七雌妖に押し付けることができるのだ。

 沙那としては、それもありがたい。

 

「肉は、そろそろいい感じだね」

 

 孫空女が炙っていた肉の向きを変えながら、軽く塩をふりかけた。

 

「もう、食べられるわよ、朱姫……。どうするの?」

 

 沙那は、まだ七雌妖の股間に薬剤を塗りたてて、七雌妖を悶えさせている朱姫に声をかけた。

 

「ちょっと待ってください、沙那姉さん。責め環だけ、嵌めてしまいますから」

 

 七雌妖の曝け出している股間に顔を埋めたような態勢の朱姫が、こちらに視線を向けることなく言った。

 朱姫の手には、小さな金属の指輪のようなものが握られていて、金属の輪の三方向には、これも小さな細い鎖が取り付けてある。

 あれは、宝玄仙や朱姫が『責め環』と呼んでいる淫具だ。

 あの輪を肉芽の根元に嵌めて締めつけて鎖で固定するのだ。

 

「ひいいっ、な、なにするつもりなのよ、朱姫──」

 

 七雌妖が引きつったような声で叫んでいる。

 しかし、朱姫の『縛心術』にかけられている身体はほとんど動かない。

 朱姫は鼻唄をうたいながら、七雌妖の股間に顔を沈めている。

 

「沙那姉さんも孫姉さんも、こっちにきてよく見てみませんか? この『責め環』がどんな風に股間を苛むのか知りたくないですか?」

 

 朱姫が言った。

 

「まあ、確かにそうかなあ……。見にいく、沙那?」

 

 孫空女が炙りあがった肉を焦げないように石に離して置き直しながら沙那に視線を向けた。

 

「そうね……。見てみようか……」

 

 沙那も応じた。

 完全なる好奇心だ。

 

 それに、あの淫具を宝玄仙たちが購ってきてから日が浅い。

 沙那はまだされたことはないが、そのうちに、装着させられることもあるのだろう。

 どんな淫具なのか知っておくことも必要だと思った。

 

 沙那と孫空女も朱姫の両脇から七雌妖の股間を覗きこむような態勢になる。

 薬剤のせいか、すでに七雌妖の股間は熟れきっていて、女が激しく淫情したとき特有の匂いを放って、陰部が真っ赤に蕩けたようになっていた。

 朱姫が陰毛を掻き分けた頂点には小さな肉芽が露呈していて、鮮やかな桃色をそそりたてている。

 

「身体に似合って大き目ですね。締め甲斐がありますよ。たっぷりと泣いてくださいね、七雌妖さん」

 

 朱姫が七雌妖の勃起した肉芽を軽く爪の先で弾いた。

 

「ひぎうっ」

 

 七雌妖の身体が大きく弾んだ。

 それとともに、女陰の割れ目から淫液がどろりと滴る。

 

「……あ、あんた覚えてなさいよ、朱姫──。こ、このあたしにこんなことするなんて、ただで置かないからね」

 

「ただで置かなければどうするんですか、七雌妖さん? あたしたちのご主人様に同じようなことをしたんでしょう?」

 

 朱姫が繰り返し、指で肉芽を弾くように刺激を与える。

 そのたびに七雌妖はあられのない声をあげた。

 そして、朱姫が手に持って金属の輪を七雌妖の尖りに被せた。二本の鎖は腰に回し、もう一本の鎖は地面に接している股を器用に潜らせて腰の後ろに回している。

 朱姫は被せた輪がずれないように手で押さえながら、腰の後ろで三本の鎖の長さを調整しているようだ。

 

「こ、これは──ひうぅ」

 

 手先の器用な朱姫の作業はあっという間に終わった。

 最後にぎゅっと鎖が引き絞られたとき、七雌妖は大きな悲鳴をあげて、全身を震わせた。

 

「……もう、動いていいですよ、七雌妖さん──」

 

 朱姫が再び、七雌妖の耳元でなにかをささやいた。

 七雌妖を拘束していた見えない拘束具が消滅したかのように、大きく開いていた七雌妖の肢がさっと閉じられる。

 しかし、その動きで大きな刺激を受けたのか、七雌妖の身体はびくりと跳ねて静止した。

 

「あ、あたしに、なにをしたんだい?」

 

 顔を真っ赤に紅潮させた七雌妖が朱姫を睨みつけた。

 

「『責め環』ですよ。別名、『悍馬(かんば)馴らし』とも呼んでいます。どんな暴れ馬みたいな女でも、これを嵌められれば大人しくなるんですよ。七雌妖さんにも、多目怪のところでご主人様を取り返すまでつけっぱなしにしてあげますからね」

 

「そ、そんな……」

 

 七雌妖は膝をもじもじと動かして股間を擦りつけるように腰を動かしている。

 どうやら、少しもじっとしていられないくらいにつらいようだ。

 沙那は思わず唾を飲んだ。

 

「ど、どんな感じなのさ、七雌妖?」

 

 魅せられたように朱姫の作業を凝視していた孫空女が甘い息を吐きながら言った。

 

「痛い……というか……。痒いというか……じっとしていられないんだよ。お、お前たち、こんなの外しなよ──」

 

 七雌妖が情けない声をあげた。

 

「まあ、わたしたちのご主人様を酷い目に遭わせた罰だしね。朱姫の洗礼を受けるといいわ。明日、多目怪からご主人様を引き取った後にでも、ご主人様があんたを許したら、解放してあげるわよ」

 

 沙那は言った。

 

「そ、そんな……。だ、駄目よ……。こ、これは駄目……。頼むよ。これはつらい……」

 

 時間が経つにつれて、七雌妖の腰の悶えは大きくなる。

 立木を背にした身体を右に左に動かしながら、しきりに股間をもじつかせている。

 

「は、外して……お願い……くうっ……」

 

 七雌妖の鳴らす歯の音が微かに聞こえ出す。七雌妖は顔を真っ赤にして額に汗を浮かべだした。

 それで沙那は、七雌妖の受けている仕打ちのつらさがわかってきた。

 自分がこれを装着されるときのことを想像して、思わず身体が身震いする。

 あれだけの気の強い七雌妖が、いまにも泣きそうな顔をするまでに追いつめられるのだ。

 沙那のような敏感な身体でこれを装着されたらどうなってしまうのだろう。

 しかし、こんな強烈な責め具を宝玄仙が使わないわけがない。

 絶対にいつかやられる。

 考えただけで怖い。

 

「ふふ……、堪らないでしょう、七雌妖さん……? 実は、これを購って最初に装着したのは、ご主人様なんですよ。ご主人様も泣き叫びましたから、まさに悍馬馴らしですよね」

 

 朱姫が真っ赤な顔で悶える七雌妖の頬を突いてからかうように言った。

 

「ほ、宝玄仙を?」

 

 七雌妖が意外な言葉を耳にしたかのように眼を見開いた。

 そういえば、そうだったと沙那も思い出した。

 三人でよってたかって、ありとあらゆることをして宝玄仙を責めた晩のことだ。

 朱姫がやったのでよく覚えてなかったが、宝玄仙が特に泣き悶えた淫具があった気がしたが、これだったに違いない。

 

 あの晩のことは、四人の定期的な約束事のようなものであり、思い付く限りの嗜虐を宝玄仙に行った。

 翌朝、宝玄仙の仕返しを怖れ、小狡くも逃げた沙那は、ばちが当たったのか、黒倫という変態武芸者の罠にはまり酷い目に逢った。

 十日ほど前のことだ。

 

「そうですよ。ご主人様も、こうやってそれを装着してから悪戯をしてあげたら、それはそれは、激しく悶え泣いたんですから」

 

 朱姫が七雌妖の膝に身体を入れるようにして股を抉じ開け、根元を絞られている肉芽を軽く手で回すように刺激した。

 

「あううううっ──」

 

 七雌妖が顔を仰け反らせて声をあげる。

 

「どうです、七雌妖さん。意識しないようにしても無駄ですよ。どんどん、追い詰められますから。この責め具を装着している限り、肉芽の勃起は萎えることはなく、ずっと疼き続けます」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 真っ赤な顔をした七雌妖が歯を喰い縛っている。

 

「……明日の夕方に、多目怪のところからご主人様を引き取って、再会する頃には、すっかりと大人しくなるはずです。外すのはご主人様にお願いするといいです。それまでは外してあげません」

 

 朱姫が道術をかける仕草をした。

 おそらく、『道術錠』だ。

 宝玄仙でなければ、装着された淫具が外せないように道術の錠を施したに違いない。

 

「……これでよしと。もう、ご主人様じゃないと、あたしでも外せません。外して欲しければご主人様の解放に協力するんです」

 

 朱姫が七雌妖に乳房に手を伸ばした。

 腰帯で留めただけの七雌妖の着物は合わせ目から手を差し込めば簡単に乳房に手が届く。

 朱姫が七雌妖の乳首の片方を持って、意地悪く左右に大きく動かす。

 

「ひぎいっ……」

 

 七雌妖が悶絶せんばかりに顎を突きあげて歯を剥く。

 

「ほら、なにをされても肉芽が責めたてられる気がするでしょう、七雌妖さん? ご主人様が戻らなければ、これが一生外れないんですよ。それが嫌なら、多目怪にご主人様を返すよう説得するんですね」

 

「そうだね、朱姫の言う通りさ──。ご主人様じゃなければ外れないように『道術錠』をするなんて、いい考えじゃないか……。ねえ、沙那」

 

 孫空女が感心したように口を挟んだ。

 

「確かにね……。反省にもなるしね」

 

 沙那も朱姫の真似をして、七雌妖の太腿に手を当てて軽く擦るようにした。

 すると、七雌妖が狂気したように反応して全身を仰け反らせる。

 

「あひいっ──。も、もう、観念したと何度も言っているじゃないか……。わかったから……。なんでもするよ。だから、これを外して──。こ、これは酷いよ」

 

 七雌妖が顔を左右に振りたてる。

 

「なにが酷いものかい……。ご主人様を勝手にあたしらから奪ったお前こそ酷いじゃないか。挙句の果てに、育ての親かなにか知らないけど、ご主人様を連れて行くのを許したりして」

 

 孫空女も怒ったように七雌妖に股間に手をやって動かし始める。

 朱姫と沙那だけでなく、孫空女の責めまで受けることになった七雌妖が悲鳴をあげた。

 

「は、反省してる。反省しているよ──、ひいいいいっ──。そ、それに連れていくのを許したわけじゃないよ。お前が打ちかかったから勝手に逃げたんじゃないかあ、孫空女──」

 

 三人がかりで責めたてると、七雌妖の全身がついに震えだした。

 

「……沙那姉さんも孫姉さんも、もういいですよ。あんまり責めると、気をやっちゃいますから。気持ちよく気をやるなんてさせてあげるつもりはないんです。『責め環』を嵌めることで、身体中熱くなってぼうっとなりながらも、快感を発散できなくて悶え苦しめばいいんです」

 

 朱姫がそう言って、七雌妖への刺激を止めさせてから、さらに催淫剤を肉芽に塗り直し始めた。

 沙那は、この状態の七雌妖をさらに追い詰めようという朱姫の残酷さに感嘆した。

 逃げようにも、膝と膝の間に朱姫がいるので、七雌妖は開いた股間を閉じることができない。

 それに、どうやら、あまり身悶えすれば、締めあげてる輪がさらに強い刺激を七雌妖に与えるようであり、抵抗したくてもできないようだ。

 新しい薬剤を肉芽に受けながら、七雌妖は進退窮まったような身体を震わせた。

 “悍馬馴らし”とはよくも名付けたものだ。

 

「さあ、これくらいでいいでしょう。肉を食べましょうか」

 

 やっと七雌妖の身体から離れた朱姫が言った。

 孫空女が胴体を縛っていた七雌妖の縄を一度解き、後ろ手に腕を組ませて縛り直してから、その縄尻を余長をとって木の幹に結んだ。

 七雌妖は後手の縄を樹に繋がれているものの、ある程度は身体を横に倒せるくらいの自由がきく態勢になる。

 もっとも、股間の責め具が効いている七雌妖は、あまり動くと股間を責められてしまうらしく、その動きは小さい。

 

「ほら、食べなさい」

 

 沙那は皿に載せた肉を七雌妖の前に置いた。

 七雌妖は上気した顔を時折しかめながら、身体を屈めて地面に置いた皿に口を持っていって肉を口に入れた。

 沙那もそれを確かめて食事をする。

 

 食事が終わって片づけが終わると寝る態勢になる。

 また、朱姫がひとしきり七雌妖をさらに責めたてて、嬌声と激しい悶えを繰り返させる。

 一帯に朱姫が結界を張っている。四人同時に休んでも危険が及ぶことはない。

 

 朱姫のいたぶりがひと段落して終わった。

 沙那と孫空女は、七雌妖の縄がしっかりと結わえられていて、絶対に樹木に結んだ縄が解けないのを確認して横になることにした。

 

「……ねえ」

 

 四人が横になると、すぐに七雌妖が声をかけてきた。

 

「なによ、七雌妖……。もう、寝なさい。その淫具のことなら、いくら頼んでも無駄よ。『道術錠』というのは、一度かけてしまえば、術者でも錠は解けないわ。条件を満たすしかないのよ。あんたの淫具は、ご主人様が戻るまでそのままよ」

 

 沙那は横になったまま言った。

 

「そ、そうじゃない……。こ、これは、つ、つらいんだけど、訊きたいのは、なんで、あんたらが宝玄仙を救いだすのに、そんなに一生懸命なのかということだよ」

 

 七雌妖が言った。

 

「なんで一生懸命かだって……? 馬鹿じゃないか、お前」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 沙那と孫空女が七雌妖を挟むように左右に寝そべり、朱姫は七雌妖の足元側に横になっている。

 温かい気候なので、毛布などは必要ない。

 ただ、横になって休むだけだ。

 

「い、いや……あんたら、宝玄仙の奴隷なんだろう? せっかく解放されたのに、どうして逃げなかったんだい? それどころか、危険を冒して宝玄仙を救出しようとまでして……」

 

 七雌妖が言った。

 時折、甘い息と声が混じる。責め具はかなりつらいのだろう。

 それでも、七雌妖は真面目な口調だ。

 

「あたしらが奴隷だって……? ああ、そう言えば、そんなこと言ったよねえ」

 

 孫空女が笑い声をあげた。

 

「ち、違うのかい?」

 

 七雌妖の声に驚きの響きがある。

 

「まあ、違いはしないけど、多分、お前が思っているような関係じゃないよ、あたしらは」

 

 孫空女の声には笑いが混じっている。

 

「どういうことさ?」

 

「つまりは、あたしらはご主人様の奴隷には違いないけど、それは、ご主人様がそう言っているだけのことだということさ」

 

「言っているだけ?」

 

「そうだよ、七雌妖──。つまりは、ご主人様はあたしらを奴隷と呼んで、命令に逆らえないように調教していると思っている。だけど、あたしらは、別に強要されているからとか、調教されてすっかりと逆らう気持ちがないからとか、そういう理由でご主人様と一緒にいるわけじゃないんだ」

 

「そ、そうなのかい?」

 

 七雌妖は眉をひそめた。

 

「ああ、別に逆らいたいときは逆らうし、命令に従いたくないときは従わない。でも、逆らいたくないし、命令には従ってあげたいと思う。だから、そうするのさ」

 

「えっ?」

 

 七雌妖はびっくりしたようだ。

 沙那も聞いていて思わずほくそ笑んだ。

 孫空女の喋ったことは、沙那にはよく理解できる。

 朱姫もそうかもしれない。

 しかし、他人が聞けば、まったくなんのことなのか理解できないに違いない。

 

「さっぱりなにを言っているか、わからないけど、沙那も同じ気持ちなのかい?」

 

「まあね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 最初の頃は、確かに『服従の首輪』という怖ろしい支配霊具を嵌められて、宝玄仙に絶対服従の道術で支配されていた。

 自分をそんな風に扱い、あまつさえ、調教と言いながら性的な虐待を繰り返す宝玄仙を必ずいつか殺してやろうとさえ思っていた。

 だが、おかしなことに、いつの間にかそういうことを考えないようになった。

 純粋な孫空女ほどに、打算のない感情を宝玄仙に抱くわけでもないが、沙那もやはり、あれだけの道術を遣えながらも、無邪気で子供のようなあの宝玄仙に尽くしてあげたいと思う。

 

 それに、接すれば接するほど、宝玄仙が隠している強い孤独感や寂しさが伝わっている気がする。

 そんな宝玄仙に仕えてあげたい。

 望むことをしてあげたいし、

 実現させてあげたい──。

 それはいまの沙那の偽りのない気持ちだ。

 

 激しい嗜虐癖だって、馴れてしまえば愛情の裏返しと思えないことはない。

 孫空女のように、単純に気持ちいいことはいいことなのだと、思い定める域にまではいかないが、しっかりと宝玄仙の責めを快感として受け止めている自分がいることも確かだ。

 宝玄仙と離れれば、この快感を与えてくれる者が現れることもないだろう。

 それはそれで寂しいかもしれない。

 

 もっとも、こういう感情を抱くようにすることを“調教”というのかもしれない。

 沙那はなんとなくそう思って、思わず笑みが込みあがる気がした。

 足元から朱姫の寝息が聞こえてくる。

 どうやら朱姫は、もうすっかりと寝入っているようだ。

 

「……そう、あんたらは奴隷ではなかったのね。だったら、あんたらから宝玄仙を取りあげようとしたあたしは、悪いことをしたことになるのかもね」

 

 やがて七雌妖が独り言のような声を発した。

 

「いいや、奴隷だよ」

 

 孫空女が言った。

 

「やっぱり奴隷なのかい、孫空女?」

 

 七雌妖だ。もうすっかり混乱している口調だ。

 

「そうだよ。そういうことにしとかないと、あのご主人様は怖がりだからね」

 

「怖がり?」

 

 七雌妖の声にはますます疑問のような感情が混ざる。

 

「そうさ」

 

「宝玄仙が怖がりというのはどういうことさ、孫空女?」

 

 七雌妖の声はさっぱりわけがわからないという感じだ。

 

「そういう強い言葉を使わなければ、あたしらがいなくなるかもしれないと思っているんじゃないのかな」

 

 孫空女はそう言って笑った。

 七雌妖は黙り込んだ。

 すぐに、孫空女の大きな欠伸をした音がした。

 

 怖がり……。

 そうかもしれない。

 

 沙那は思った。あまり、宝玄仙との関係のことを深く考えたことはなかったが、ある意味で、孫空女はかなり深い部分で達観しているのだと沙那は思った。

 

 従いたいから従う──。

 

 理不尽な命令でも、命令されればそれを実行したくなるからそうする。

 奴隷であろうが、そうでなかろうが、尽くしたいから尽くす──。

 それは自由意志であり、そうしたいからそうしているだけ……。

 

 孫空女の言葉は、沙那の中にも響くものがあった。

 そして、宝玄仙は怖がり……。

 

 沙那のようにあれこれ考えない孫空女には、一発で物事の本質を見抜く鋭さがある。

 宝玄仙が怖がりだと言われれば、それは正しいという気がする。

 極端にこの四人の関係が終わることを怖れている。

 その怖さの裏返しが、沙那たちに対する厳しい態度や言葉になる。

 

「多目怪……おじきには、事情を説明して、宝玄仙を解放するようにあたしから説得するわ。あのとき、孫空女が打ちかかったときのことについても、あたしが悪いことをしかたら、多目怪に攻撃したのだとも言うわ……。でも、あの多目怪は少しだけ、面倒なところもあって……」

 

「とにかく、よろしく頼むわよ、七雌妖……」

 

 睡魔が襲ってきた。

 やがてやってきた深い眠りの誘いに沙那は身を任せた。



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316 くすぐり修業

「ひっ、ひっ、ひいっ……ひゃは、ひゃはははは……あひっひひひひひひ……はははははっ……あははははは……も、もう駄目……お願い……ひゃははは……ははははっ……やめて……ひゃはははは……」

 

 拘束椅子に股を開いて座らせられている宝玄仙は狂ったように笑いながら暴れ喚いた。

 しかし、どんなに暴れても、宝玄仙の美しい肌に傷がつくようなことはない。

 両腕を頭上に掲げ、膝を曲げて大きく開脚して座らせられている宝玄仙を拘束する拘束椅子は、縄やベルトではなく、粘性の物質で宝玄仙のすべての関節を包んでいるのだ。

 多目怪(たもくかい)のくすぐり調教用の自慢の道具だ。

 

 宝玄仙がこの寝椅子に全裸で拘束されて、一日以上の時間がすぎている。

 この調教椅子に座り、宝玄仙は多目怪の自慢のくすぐり奴隷になるための調教を確実にこなしていた。

 

 くすぐりにも段階がある。

 ただ悶え苦しむ程度の笑いから、それこそ死の一歩手前のくすぐりまでさまざまな強さがあるのだが、少しずつ馴らしていかなければ、あっという間に呼吸困難で窒息死してしまうことになる。

 多目怪は自らが設定したくすぐりの強度を十段階に区分していたが、宝玄仙はたった一日のくすぐり調教で、短い時間とはいえ、すでに十段階目に耐えられるほどになっていた。

 

 余程に身体に与えられる刺激を自分で抑制する耐性が鍛えられているのだと思った。

 多目怪は、ついに手に入れたくすぐり奴隷の逸材に興奮していた。

 

「あはははは……ひひひゃははは……も、もう駄目……死ぬ……死ぬう……ひゃははは……あはははは……」

 

 宝玄仙が悶え泣いている。

 全身からはおびただしい汗が流れては椅子の下に滴り落ちているが、拘束椅子の腰掛から背凭れ部分の真ん中がくり抜かれていてなにもなく、そのため、全身から流れる汗も股間から洩らす排泄物も椅子を汚すことなく、床に落ちるしかけになっている。

 宝玄仙は、すでに四回の失禁と二回の脱糞をしているがそのすべては椅子を汚すことなく下に落ち、さらに排泄物については、多目怪の道術によって床に落ちる前に屋敷の外に跳躍させている。

 いまは、出したくても洩らす小便も大便も残っていない状態だろう。

 

「宝玄仙、くすぐりが死ぬほど好きと言え。そうすれば、少しだけ休憩させてやるぞ」

 

 多目怪は拘束椅子で暴れ笑っている宝玄仙と向かい合うように位置する座椅子に座って、宝玄仙の痴態を眺めながら言った。

 宝玄仙を責めているのは、拘束椅子そのものから無数に発生している細い触手の蔓だ。

 多目怪は、こういう触手を自分の上半身からも出せるが、自分の身体以外からも好きな場所からも出すことができる。

 だから、それを自在に動かすことで、あらゆるものをくすぐり責めの拷問具に変化させることができるのだ。

 

 いま、宝玄仙を責めている拘束椅子から生えている触手は、宝玄仙の脇から足の裏までのすべてのくすぐりの急所を責めたてている。

 常人であれば、すでに発狂している段階だ。

 しかし、宝玄仙は泣き狂うだけで、はっきりと意識を保っているし、それどころか、正気さえ維持ししているのだ。

 

 この女であれば、多目怪が夢にみた真のくすぐり奴隷まで仕立てあげられるのではないかと思ってきた。

 しかも、半日前では、くすぐりだけではまったく動かなかった尻の尾が、いまでは大きく反応するようになっている。

 神経と繋げるような糸の道術は多目怪には遣うことはできず、これは七雌妖の道術により施したものだが、なかなかの優れものだ。

 これを見れば、宝玄仙の受けている快感をしっかりと視界で確認しながらくすぐり調教を進めることができるのだ。

 

 すなわち、宝玄仙が欲情をすると、その程度に応じて尾が左右に動き、絶頂状態に近づくと真っ白な色が赤色に変化する。

 これさえあれば、どんなに宝玄仙が隠しても、宝玄仙の欲情は丸わかりだし、くすぐり調教が進むにつれて、宝玄仙がくすぐりを苦痛のみではなく、快感として受け取りはじめていることがわかる。

 

 いま、宝玄仙の尾は左右に激しく揺れている。

 色はほんのりと薄桃色の程度ではあるが、快感を与える刺激なしに、単純なくすぐりのみでこれだけの快感を受けることができるというのも、宝玄仙が逸材であると多目怪が考える要素のひとつだ。

 

 この人間の女を仕上げる。

 これまで何度挑戦しても、多目怪が求める真のくすぐり奴隷は作ることができなかった。

 何十人かを捕らえて調教したが、すべて身体が壊れてしまうか、死ぬかだった。

 あるいは、くすぐりをどうしても快感に結びつけられず、精神に異常をきたした人形になってしまうかだ。

 

 しかし、この宝玄仙ならばくすぐりを最大の快感として覚える身体に仕立てあげることができる。

 多目怪は確信していた。

 

「ひゃはははは……くすぐりが……ひゃはははは……好き……くす……あははは…大す、好き……や、やめて……ひゃはははは……はははは……や、やめ……」

 

 宝玄仙の呼吸が不規則でおかしなものになり始めた。

 そろそろ限界のようだ。

 この見極めが重要なのだ。

 ついつい夢中になると、女が笑い悶える姿に見とれてしまう。

 そうすると、不意に心臓が止まる程に激しく痙攣してあっという間に死んでしまうことになる。

 

 このときには、もう多目怪にはどうしようもない。

 七雌妖のように、『治療術』が遣えれば、瀕死の状態から回復することができるのかもしれないが、多目怪は『治療術』は遣えない。 

 そうやって獲物を殺してしまって、なんども我に返ったことがある。

 

 多目怪がくすぐり奴隷として欲情するのは、なぜか雌妖ではなく、人間の女に限られていた。

 この妖魔の地では人間の女を手に入れるのは難しいので、多目怪が虐げる獲物の女を七雌妖から得ることも多かった。

 

 だが、人間の女は雌妖に比べてあまりにも身体が弱い。

 七雌妖が大事にしていた性奴隷をあっという間に数回くすぐり殺してしまい、そのことについて七雌妖が激しく怒ったので、最近では、七雌妖のところの性奴隷を貰い請けるということはなくなっていた。

 この宝玄仙もひと晩の約束で触ることを許してもらっただけだ。

 

 しかし、不意に現れた棒を持った女に襲いかかられて、つい、そのまま連れてきてしまった。

 だが、成り行きで持ってきてしまった七雌妖の性奴隷だが、これこそ、多目怪が長年探し求めてきた逸材だ。

 この宝玄仙こそ、多目怪の性癖を満足させてくれる唯一の存在に間違いない。

 

「ちゃんと言わんと終わらんぞ、宝玄仙──。くすぐりが好き……。くすぐり奴隷にしてください……。わしが満足するまで繰り返せ──」

 

 そうしないとくすぐりは中止しない。

 たった一日だが、それは宝玄仙の骨身に染みわたらせている。

 だから、宝玄仙は、自らくすぐり奴隷にしてくれと喚くことになる。

 もちろん、今の段階ではそれは本心ではないことはわかっている。

 

 しかし、人間の精神というのは不思議なもので、たとえ、出鱈目だと思っていることでも、何度も口に出していると、それが本当だと思い込むようになるのだ。

 それを洗脳と呼ぶこともあるが、その習性を利用して、人間の女にくすぐり奴隷にして欲しいと叫ばせる。

 するといつか、宝玄仙も心からそれを望むようになる……。

 

「くすぐり奴隷にし……ひゃははは……あははははは……くすぐり奴隷にしてください……あっはは……ひゃあっ……ひゃっ……ひゃ、ひゃ、ひうっ──ひ、ひ、ひぅ──」

 

 おかしな痙攣をしはじめた。宝玄仙の眼が白目を剥きはじめる。

 多目怪は宝玄仙の全身をくすぐっていた触手を消滅させた。

 宝玄仙の身体ががっくりと脱力するとともに、激しく動いていた尾が床にだらりと垂れ落ちた。

 気を失ったのだ。

 

「お前は最高のくすぐり奴隷になれるぞ。七雌妖には悪いが、わしはお前を貰い請けることにする。ここで完全なくすぐり奴隷としてしあげてやるからな、宝玄仙……」

 

 多目怪は、椅子から立ちあがると完全に意識を失っている宝玄仙に近づき、その涙と汗と涎で汚れた頬を愛おしく撫ぜた。

 

 

 *

 

 

 夢を見ていた。

 悪夢だった。

 魔蛭の池で溺れている夢だ。

 

 魔蛭とは毒液で発狂するような痒みを加える生物であり、それが無数にいる池に宝玄仙は身動きできないように縛られて放り込まれていた。

 もがいても、もがいても池の水面にあがれない。

 やがて全身を刺されて怖ろしい痒みが襲ってきた。

 

 いや、痒みと思ったのだが、やってきたのは狂うようなくすぐったさだ。

 しかも、魔蛭が身体中の孔という孔から入ってくる。

 女陰や肛門はもちろん、口の中や耳からも入ってくる。魔蛭に全身が食い尽くされる。

 そして、両方の鼻の孔も魔蛭で塞がれた。

 息ができず、だんだんと意識が朦朧とする。

 

 死ぬ……。

 そう思った……。

 さらに意識がなくなる……。

 

 眼が覚めた。

 ぼんやりとした視界が戻ってきた。

 

 ここがどこだかすぐにはわからなかったが、やがて、あの多目怪といかいう変態妖魔の棲み処の屋敷だとわかった。

 宝玄仙がここに連れ込まれてからまだ一日程度に違いない。

 しかし、すでに一年以上の時間をここですごした気がする。

 

 眼の前にぬっと上半身が裸身の多目怪が現れた。

 宝玄仙は心からの恐怖の悲鳴をあげた。

 多目怪は笑っている。

 女の身体に興味を抱かず、笑い苦しむことだけを愉しむ変態妖魔が、悦に入った表情で宝玄仙を見ていた。

 

 宝玄仙は叫んでいた。

 ただ叫んだ。

 

 童女のように──。

 ただ、眼の前の妖魔が怖くて泣き叫んだ。

 

 助けて……。

 誰か助けて……。

 沙那……孫空女……朱姫……。

 

 助けて───。

 その顔が頭に浮かぶ。

 

「次の段階に移るぞ、宝玄仙──。今度は、快楽をくすぐりに擦りかえる調教だ」

 

 多目怪が笑った。

 宝玄仙は自分の顔が引きつるのがわかった。

 

「も、もう、いい加減に勘弁しておくれよ──。そ、そうだ。口で奉仕させておくれ。それとも、女陰でもいいよ。なんでもやるよ。満足させてみせるから」

 

 宝玄仙は必死で訴えた。

 どんな妖魔であろうと、あるいは、人間の男であろうと、男というのは最終的には、射精をして欲望を満足せるものだと思っていた。

 その射精の場所が口であったり、女陰であったり、肛門であったりという性癖の違いはあるが、女の身体を使って精を放って終わりということに違いはなかった。

 

 しかし、この多目怪という妖魔は違う。

 宝玄仙がこの多目怪という八本腕の妖魔に責められてから一日以上経つが、この妖魔は一度も精を放っていない。

 ただ、ひたすら宝玄仙の身体をくすぐって、宝玄仙が笑い苦しむのを眺めるだけだ。

 宝玄仙の知識では、完全に常軌を逸している。

 

 男、あるいは雄としての欲望がないわけではない。

 それは宝玄仙が笑い苦しむのを眺めながら下袴の股間の部分が大きく膨らんでいることから知れる。

 しかし、この多目怪は、その溜まった精を放とうとはしないのだ。

 ただ永々と宝玄仙がくすぐったい場所を探してくすぐるだけだ。

 

 気を失っても、大小便を垂れ流すような醜態をしても同じだ。

 気を失えば覚醒され、大小便を流せば、それを道術で掃除をして、くすぐりを繰り返す。

 道術も遣えなければ、一切の身動きができないように拘束されている宝玄仙には、それに抵抗する手段がない。

 ただただ、発狂するようなくすぐりを受け続けることだけしかできない。

 

「くすぐりは嫌か、宝玄仙?」

 

 大きく開いている宝玄仙の股の間に立った多目怪が八本の腕を身体の前で組んで言った。

 

「い、嫌だよ。わ、わたしの身体の道具は逸品だよ。絶対に、お前を満足させてみせるから……後生だから、もうくすぐりをやめておくれ」

 

 宝玄仙は訴えた。

 この妖魔がなにを考えているかさっぱりわからない。

 くすぐり奴隷になれとひたすら繰り返すが、正直、それがなんなのか理解できない。

 これ以上、くすぐりで苦しめられるよりは、眼の前の八本腕の妖魔に性奴隷としてかしずくことを選ぶ。

 口でも膣でも尻でも満足させてみせる。

 

「お前の尻に尾がついているのを知っているな?」

 

「ああ……」

 

 頷いた。

 あの七雌妖という雌妖がつけたものだ。

 宝玄仙を雌犬奴隷にするとか言って装着させたもので、宝玄仙が欲情するとそれ反応して、左右に動いたり、色が変わったりするらしい。

 宝玄仙の欲情が隠せないようにする仕掛けであり、羞恥責めの材料にするために、あの雌妖が宝玄仙の身体に施したのだ。

 

 あの七雌妖も宝玄仙を自分の雌犬奴隷にするとか称して、宝玄仙に調教という名の嗜虐をしていた。

 多目怪には、その七雌妖から宝玄仙を横取りするかたちで、ここに連れてこられたのだ。

 ここは多目怪の屋敷で、黄花観(おうかかん)という名の建物のようだ。

 七雌妖に囚われていた北辺からは、ずっと北の地にある妖魔の土地にあるらしい。

 もっとも、実際には、宝玄仙は『移動術』で連れて来られてから、一歩も、この部屋から出されていないので、この近辺がどういう場所なのかを知りうる術はない。

 

 そう言えば、ここに連れて来られる直前に、孫空女を見た気がした。

 沙那、孫空女、朱姫の三人の供は、七雌妖の道術によって、宝玄仙に関する記憶を失わせられて追い払われた。

 実際、北辺の町の宿屋の一階の居酒屋に首輪を曳かれて七雌妖に連れてこられたときにも、眼の前の孫空女と朱姫は、宝玄仙の存在を完全に記憶から失っていた。

 

 だが、その数刻後、七雌妖の屋敷で、宝玄仙がこの多目怪のくすぐり責めに遭っている最中に孫空女が飛び込んできた気がするのだ。

 そして、助けるから待っていてくれと言ってくれた……。

 

 あれは幻だったのだろうか……。

 多目怪がずいと前に出て、さらに宝玄仙に近づいた。

 

「ひいっ」

 

 思わず悲鳴をあげた。

 宝玄仙の身体に恐怖が走り、無意識に宝玄仙は拘束された全身を跳ねさせた。

 しかし、両腕を頭の上に伸ばし、膝を曲げて股間を拡げる態勢で裸身を寝そべらせている宝玄仙の全身の関節は、粘性の物質によって固定されていて、ほとんど動くことはない。

 

「その尾は、わしが装着したものではないが、それを見ればお前の欲情の度合いはわかる。いまからやるのは、拘束椅子から出現した触手によって、お前の身体を欲情させるように責めたてることじゃ。くすぐりが嫌なら欲情しないように耐えることじゃな。刺激に負けていきそうになれば、触手の動きは、またくすぐりに切り替わる。だから、耐えてみせよ」

 

 多目怪がいやらしい笑いをした。

 

「そ、そんな……、ま、待って……」

 

 それ以上抵抗の言葉を口にすることはできなかった。

 すぐに多目怪が言った責めが開始されたのだ。

 拘束椅子の両側から長い触手が四本ほど伸びてきた。

 それが宝玄仙の胸の裾に近づいた。そして、膨らみの裾をなぞりあげる。

 

「ううっ」

 

 宝玄仙はびくりと胸元を弾ませた。感じたら駄目だという思いが、宝玄仙を恐怖させる。

 触手によって快感に耽る醜態を晒すことついては、もはやどうということはない。

 それよりも、多目怪が言及した快感を溜めていきそうになったら、くすぐりが再開されるということが怖ろしい。

 これ以上、くすぐりでなぶられたら、本当におかしくなる。

 

 しかし、感じまいとすればするほど、さざ波のような快感が襲ってくる。

 宝玄仙は知らず、はしたない声をあげていた。

 

「胸くらいで感じていては、くすぐりが再開するのは早そうだな」

 

 多目怪が笑った。

 胸に続いて、別の触手が股間の頂きを繰り返し撫ぜあげる。

 

「ひううっ」

 

 全身を拘束されているのに関わらず、宝玄仙の股間は触手に向かって跳ねあがった。

 

「どんどんいくぞ」

 

 宝玄仙の前に立っている多目怪が笑った。

 乳房を這い回る二本の触手は、だんだんと宝玄仙の敏感な乳輪に向かって近づいてくる。

 股間にも二本の触手が這い回る。

 まだ、宝玄仙を追い詰める責めではなく、むしろ焦らすような動きだ。

 それだけに、多目怪の執拗さとしつこさを感じる。

 そして、その執拗さとしつこさがすべてくすぐりに変化するに違いない。

 宝玄仙は抵抗のしようのない快感の競りあがりに恐怖した。

 

「さっそく、尾が反応してきたな、宝玄仙──。くすぐりが嫌なら、あまり感じない方がいいのう……。それとも、早くくすぐり責めを受けたいか?」

 

 さらに四本ほどの触手が現れた。

 二本が耳に──二本は身体の側面に伸びる。

 

「あ、あああっ……はうっ……」

 

 股間から蜜が溢れるのがわかる。

 ゆっくりだが全身を動き回る触手は確実に宝玄仙の背感を高めていく。性感が燃えあがる。

 感じてはならない……。

 そう思うと余計に感じる。

 

「ひぅううっ──」

 

 全身を仰け反らせた。

 さらに増えた触手が肉芽の周囲辺りを徹底的に責めだしたのだ。

 宝玄仙はあられのない声をあげながら悲鳴をあげた。

 

「……そろそろいきそうか、宝玄仙?」

 

 多目怪が笑った。

 

「そ、そんなことない……そんなことないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「だが、尻尾は正直だな。もう、真っ赤になってきた。そろそろいきそうなのはわかるぞ」

 

 多目怪の言葉に宝玄仙は歯噛みした。

 一日以上のくすぐり責めで、宝玄仙の身体の神経はおかしくなっている。

 普段ならばどうということはない小さな刺激が、子宮にずんずんと響く性感に繋がる。

 

「……そろそろ、本格的にいくぞ。耐えてみせよ」

 

「はあああああ……」

 

 宝玄仙は長く激しい嬌声を絞りあげた。

 これまで数本だった触手が一斉に数倍に増えた。

 乳首と股間と肛門を同時に刺激され、さらに全身の性感帯を撫ぜあげた。

 あっという間に宝玄仙は絶頂寸前の状態まで駆けあげさせられた。

 

「あひいいっ──だめえっ──」

 

 五体を貫くような峻烈な快美感に宝玄仙は眼を見開いて全身を仰け反らせた。

 次の瞬間、触手が同時に宝玄仙の性感帯から離れた。

 そして、無数の別の短い触手が発生する。

 再び脇や横腹や足の裏をくすぐり始める。

 

「ひひゃあああ……あははははは……ひぎいいいいい……あはははははは……はっはははは……やっ……やっ……やあはあああ、あはははは……」

 

 込みあがったくすぐったさに快感が飛んだ。

 無理矢理に笑わされて宝玄仙はのたうち回った。

 

「いきそうになるなと言ったであろう」

 

 多目怪が哄笑した。

 その多目怪の言葉ももう頭に入らない。

 全身を苛むくすぐりに宝玄仙はのたうち回った。

 

 やがて、宝玄仙の尾がほぼ停止したと言って、くすぐりが中止され、再び触手が宝玄仙を快楽責めにする動きに変化した。

 

 それからは、もうなにがどうなったのかわからない。

 触手による刺激でいきそうになると、それがくすぐりに交替し、絶頂寸前の快感が引き下げられてくすぐりの苦しみに代わる。

 くすぐりによる無理矢理の笑いで息ができなくなって失神しそうになると、くすぐりが止まって再び性感帯を責める動きになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらい続けられたのか。

 数刻なのか、それとも、半刻なのか……。

 あるいは丸一日か……。

 

 全身の体液という体液を撒き散らした。

 繰り返されるくすぐりと快楽責め──。

 

 いきそうになると快楽は寸止めされ、くすぐりの苦しさに変わる。

 くすぐりの苦しさに気を失いそうになると、今度は性感帯への愛撫───。

 

 やがて、くすぐりと愛撫の境目がわからなくなる。

 くすぐりと性感帯への刺激が宝玄仙の中で混ざっていく。

 

 宝玄仙は半狂乱だった。

 

「くすぐりだけで尾の振りが止まらなくなった──。ついに、くすぐりを快感として身体が覚えた。やった。ついにやった。やったぞ」

 

 多目怪が嬉しそうになにかを叫んでいるでいる。

 しかし、もうそれがなにか理解できない。

 宝玄仙はただ笑い悶えて泣くだけだ。

 おぼろげな視界に多目怪が下袴を下ろすのが見えた気がした。

 

「……あはははは……やめて……ひゃははは……やめて……あははは……ゆ、る……し、て、……ひいっ、あははは、くだ、さ、い……、ははっはは……」

 

 自分の笑い声が遠くのもののように聞こえる。

 笑い暴れる宝玄仙の身体に多目怪の怒張から飛び出した精が飛んできたのがわかった。

 

「刷り込んでやるぞ、宝玄仙。くすぐりでしかいけない身体にしてやる……。いや、そうなりかけている。くすぐりでしか絶頂できないくすぐり奴隷にもうすぐなれるぞ」

 

 宝玄仙の笑いに、多目怪の狂気じみた笑いが重なった。



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317 黄金光の罠

 来客を知ったのは、宝玄仙の調教がひと段落ついたときだった。

 二日間の調教としては、十分すぎるほどの成果だった。

 

 多目怪(たもくかい)は、全身から体液を撒き散らした状態で、痴呆のように虚脱して拘束椅子に拘束されている宝玄仙に視線を送った。

 くすぐり責めと快楽寸止め責めの繰り返しで気絶することもできないでいたが、ついに意識を手放した。

 これ以上の調教を続けるのは無理だというのはわかっている。

 名残惜しいが、今日の調教はこれで終わりにすべきだ。

 急いてはなんにもならない。

 折角手に入れた最高の素材なのだ。

 

 おそらく、これ以上の奴隷が手に入る見込みは金輪際ないに違いない。

 あと数日もあれば、宝玄仙はくすぐりでなければ絶頂できない身体に変わるだろう。

 そうなれば、もう宝玄仙は多目怪から離れることができなくなる。

 夢に見たくすぐり奴隷の誕生である。

 多目怪はほくそ笑んだ。

 

 道術を遣って拘束椅子の表面から触手を発生させて、宝玄仙の身体を洗浄させる。

 全身を舐められる感触を加えられた宝玄仙が椅子の上で身悶え始めた。

 

「ひうっ……な、なに……あ、ああっ……も、もう、か、勘忍して……あっ、ああ……」

 

 半分意識を取り戻した宝玄仙がたちまちに身体を上気して身体を左右に動かし始める。

 か細い声で哀願を始めた口調には、もう、気の強さのようなものは垣間見られない。

 繰り返される責めに打ちのめされて、すすり泣く哀れな女奴隷の姿があるだけだ。

 もともと、気は弱いのかもしれない。

 気丈な振舞いや気の強そうな言葉遣いは、外面にまとった衣であり、それが取り払われたというところであろうか。

 

「……少し用があり離れる。触手から栄養と水分を補給しておくのじゃ。素直にすごしていれば、今日は休ませてやる。なにもせずにそのまま眠らせてやろう。しかし、また拒否するようであれば、くすぐり責めを再開する」

 

 多目怪が告げると、宝玄仙がびくりと身体を反応させた。

 身体を拭いている触手とは別の太い触手が、宝玄仙の口元に伸びる。

 その中から身体を回復させるための栄養と水分が半固形物として抽出されるのだ。

 もちろん、触手の先から出る半固形物には、くすぐりを快感と誤認させるように身体を作りかえる媚薬が大量に混ざっている。

 最初のときにそれを知った宝玄仙が口からそれを入れるのを拒否しようとして、てこずらせた。

 

 だが、もう宝玄仙には反抗の意思はないようだ。

 素直に口を開いた。

 触手が宝玄仙の口に入り込み、必要なものを口の中に注ぎ始める。

 宝玄仙はそれを咀嚼して身体に入れている。

 

 多目怪は、調教部屋を出て廊下に出た。

 かなり入り組んでいる迷路のような廊下を進んで、屋敷の入口に近い客間に向かった。

 そこに来客を待たせている。

 取次ぐ者はいないが、多目怪の道術によって、屋敷の門から客を光の点滅でこの客間まで誘導した。

 すでに、そこで来客は待っているはずだ。

 

 もっとも、客が誰であるかはわかっていた。

 多目怪の屋敷の門は閉じられていて、定められた言葉を告げないと反応しないように『道術錠』で封鎖している。

 その『道術錠』が解除された。

 すなわち、屋敷にやってきた者が合言葉となる解錠の言葉を口にしたのだ。

 合言葉を知っているのは、多目怪のほかには、あの七雌妖(ななめよう)だけだ。

 

 濯垢泉(たくこうせん)の七雌妖の屋敷から、つい宝玄仙を連れてきてしまってから二日経っている。

 あの場所から歩いてこちらに向かって二日程度だ。

 その二日が過ぎている。

 宝玄仙は七雌妖の大事な雌犬奴隷だと称していた。取り戻しにきたに違いない。

 

 もちろん、返すつもりはない。

 交渉の必要があるだろう。

 

 客間に入った。

 部屋の真ん中に大きな卓があり、下座にやはり七雌妖が座っていた。

 ほんのりと顔が上気している。

 股間からは激しく欲情した雌の匂いもしていた。

 いったいどうしたのであろうか。

 多目怪は訝しんだ。

 

 そして、さらに意外なことは、七雌妖が連れと一緒だったことだ。

 腰に剣を佩いた栗毛の女で人間の女だ。

 美貌である。

 多目怪がくすぐり奴隷として手を出したくなるような気の強さも顔に浮かんでいる。

 

「よく来たな、七雌妖──。そっちは?」

 

 多目怪は上座に座りながら言った。

 八本の腕のうち六本は身体の中にしまっている。

 多目怪は、いまは人間の男と同じように二本腕であり、合わせ布の上衣を羽織っていた。

 

「わたしは沙那という者です、多目怪殿」

 

 人間の女が言った。

 

「それで、用件はなんじゃ、七雌妖? この沙那をわしにくれるということか?」

 

 多目怪は笑った。

 宝玄仙を返す条件として、別の奴隷を連れて来たのだろうと思ったのだ。

 七雌妖は、宝玄仙のことをかなり気に入っていたようだったし、多目怪が宝玄仙を連れ帰り、二日間連絡をしなかったことから、多目怪が宝玄仙を返すつもりがないことは薄々感づいているだろう。

 それで交換用の人間の女を連れて来たと思った。

 

 もっとも、多目怪は宝玄仙を返すつもりはない。

 どんな条件を告げられてもだ。

 あれは多目怪が引き取る。

 くすぐり奴隷としての資質をあれほどに備えた人間の女はいない。

 

「冗談を喋るんじゃないわよ。わたしは、ご主人様を取り戻しに来たのよ、多目怪──。早く、ご主人様を渡しなさい」

 

 人間の女の口調が一変した。

 際しい顔で多目怪を睨みつけている。

 

「ご主人様?」

 

 多目怪は眉間に皺を寄せる仕草をした。

 

「宝玄仙のことよ、おじき。この沙那は宝玄仙の供なの……。ついでに、あたしはこの沙那に捕らえられている人質ということよ。おじきが宝玄仙を素直に渡してくれなければ、少しばかり、面倒な状況なのよね」

 

 七雌妖が言った。

 多目怪は驚いた。

 

「お前が人質だと?」

 

「そういうことよ、おじき──。だから、宝玄仙を引き渡してやってよ。いずれにしても、宝玄仙はあたしのものだったんだから、おじきが連れていっていいものじゃなかったのよ」

 

「それはわかっているが、あのとき、棒を持った赤毛の女に襲われたので、つい『移動術』で一緒に連れてきてしまったのじゃ……。だが、あれから二日間、調教をしてみた。それでわかったのだが、宝玄仙はわしが長年探し求めてきた最高の逸材に間違いない。七雌妖、あれをこのまま、わしに譲れ、頼む──」

 

 多目怪は頭を下げた。

 そのとき、大きな音が卓からした。

 顔をあげると、卓に人間の女の拳が載っている。

 おそらく、拳で卓を叩いたのだ。

 憤怒の感情を顔に浮かべている。

 いまにも飛びかかってくるような気配だ。

 

「お前と話をしているのはわたしよ──。七雌妖じゃないわ。七雌妖自身が言ったように、七雌妖はわたしの人質よ。大人しくご主人様……つまり、宝玄仙を解放しなければ、七雌妖が都合の悪いことになるわよ」

 

「都合の悪いこと……? 本当にお前はこの沙那に捕らえられておるのか?」

 

 多目怪は七雌妖に視線を向けた。

 

「そう言ったわ」

 

「そうか……」

 

 そう言われれば、七雌妖の様子が不自然だ。

 やけに動きがしおらしいし、激しい淫液の香りをぷんぷんさせている。

 なにかの淫靡な仕掛けを身体にされているに違いない。

 表情と口調は平然としているが、さかんに身体をもじつかせて落ち着かないようでもある。

 

「……では、お前がわしの交渉の相手ということじゃな……。沙那だったな?」

 

 多目怪は言った。

 

「そうよ」

 

 沙那が言った。

 

「……ならば、沙那──。条件を言え。わしは、あの宝玄仙を気にいったのじゃ。宝玄仙をわしに譲り渡すのに、なにを提供すればよいのじゃ? 金板でどうだ? この黄花観(おうかかん)にはかなりの蓄えもある。良い条件で取引きができると思うがのう──」

 

 多目怪は沙那に言った。

 沙那が怒鳴り声でもあげるような動作をしたが、すぐに気を鎮めるような仕草に変化した。沙那は大きく深呼吸をするように息をしてから口を再び開いた。

 

「じゃあ、わたしから条件を言うわ。ただちに、ご主人様をここに連れてきなさい」

 

 沙那はそれだけを言った。

 

「それで、条件は?」

 

「条件?」

 

「わしに宝玄仙を引き渡すための条件じゃ。それを言っていないぞ」

 

 なにがあっても宝玄仙は渡さない。

 それだけが多目怪の要求のつもりだ。

 

「さもなくば……。それを訊きたいということ?」

 

「そうじゃ。さもなくばじゃ。宝玄仙を返せ──さもなくば……。それからの続きの言葉はなんじゃ、沙那?」

 

 さもなくば、他の物を寄越せ。

 そういうことになるはずだ。

 金板ならば、おそらく、沙那の言い値で支払えるだけのものがある。

 他の条件かもしれないが、多目怪に可能なことであれば、応じるつもりだ。

 それくらい、いまの多目怪にとって、宝玄仙の価値は大きい。

 

「さもなくば、お前を殺すわ、多目怪──。ついでに、七雌妖もね。命が惜しければ、ご主人様を連れてくるのよ。これで話は終わりよ」

 

 沙那が言った。

 次の瞬間、沙那が跳躍した。

 気がつくと、卓の上に沙那が剣を抜いて立っており、その剣先は多目怪の喉に突きつけられている。

 驚くべき速さだ。

 人間の女にこれほどの動きができるということに感心した。

 

「さもなくばか……」

 

 多目怪は呟いた。

 

「さあ、どうするの? ご主人様を渡すわね?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「わしの話を聞いてくれぬか?」

 

「話?」

 

「そうじゃ。長い話ではない……」

 

 多目怪は喉に剣を突きつけられたまま語りだした。

 これほどの動きをしみてせた沙那のことだ。

 この眼の前の剣先を多目怪の喉に突き刺すのに、半瞬も要しないだろう。

 それはわかる。

 

「わしの唯一の性癖はくすぐりでな……」

 

 多目怪は自分がいかにくすぐりが好きであるかということ。

 なぜ、くすぐりで悶え苦しむ女に欲情するかということ。

 だが、それを受け入れてくれるだけの存在に巡り合えなかったということ。

 そして、宝玄仙こそ、最高の逸材だということを説明した。

 しかし、途中から沙那の顔には、激しい怒りと苛つきがはっきりと浮かんでいた。

 

「だ、ま、れ」

 

 やがて沙那が言った。

 

「交渉には応じられんということか、沙那?」

 

 多目怪は言った。

 

「当たり前よ、早く……」

 

 なにかを喋ろうとして、卓の上の沙那が絶句した。

 その剣がだらりと下にさがる。

 そして、剣を手放し、がくりと両膝を卓の上につけた。

 

「あっ……、なっ……?」

 

 顔が蒼い。

 手を離した剣を拾おうとした。

 しかし、剣は沙那の指に当たっただけで、そのまま、からりと床に落ちた。

 沙那もまた、上半身を床に倒した。

 

「……ならば、別の“さもなくば”の話をしようか──。宝玄仙のことは諦めよ。さもなくば、苦しんで死ぬことになる。宝玄仙を諦めるというならできるだけ楽に殺してやる」

 

「う……あ、ああ……な、なにが……?」

 

 沙那は卓の上で踞ったまま、呻き声をあげている。

 なにが起きたのか理解してないようだ。

 多目怪はほくそ笑んだ。

 

「それとも、全身をくすぐられて、一日かけてゆっくりと笑い死にたいか、沙那? 笑い死には苦しいぞ。わしが簡単には死なさんからな。たっぷりと時間をかけて死んでいくことになる」

 

 多目怪は卓の上に倒れている沙那を仰向けにひっくり返した。

 

「ど、毒ね……?」

 

 全身の筋肉が弛緩している沙那が、苦しそうに訊ねた。

 

「わしと七雌妖の道術には、妖魔には効かぬが、人間には全身が痺れて動けなくなる気毒を撒き散らすというものもある。無色無臭だから、なかなか気がつかぬがな。わしがこの部屋に入ったときから、気毒を流し続けていたところじゃ。やっと、効果が表れたというところか」

 

 多目怪は上半身の着物を脱いだ。

 収めていた六本の腕を出す。

 そして、道術で沙那が載っている卓から十数本の触手を出現させた。

 沙那の顔が恐怖に染まる。

 

 触手は沙那の服の上を這い回りながら、ゆっくりと衣類を剥がしていく。

 沙那は阻止しようとしているが、すでに気毒の痺れが全身に回って抵抗できないでいるようだ。

 

「心配せんでも、身体が動かないだけで、他に害はない。意識はむしろ普段よりもはっきりしているはずだ。肌の感度もな……」

 

 多目怪は、沙那を包む触手に服越しに全身を擦るように這い回らせさせた。

 

「ひうううっ」

 

 沙那が痺れた全身を仰け反らせて大きく震えた。

 多目怪が予想もしないような激しい欲情だ。

 ほんの少し、全身を服越しに擦っただけだ。

 それでいて、これだけの反応だ。これが全身を剝き出しにして、本格的にくすぐったらどれくらいの反応をするのだろう。

 多目怪は、宝玄仙とは別の意味で、この沙那に興味が湧いた。

 

「七雌妖、この沙那もわしが貰い請けるぞ。不服はあるまい。ところで、お前は、この沙那の人質だったと言っておったな」

 

 多目怪は七雌妖に視線を向けた。

 

「その代わり、宝玄仙にあたしにつけられている淫具を外すように命令させてもらえない、おじき。こいつら、あたしの股間に淫具を取り付けて、『道術錠』の道術で外せないようにしたのよ。外すには宝玄仙の命令が必要らしいわ」

 

 七雌妖がまだ椅子に座ったまま言った。

 

「……な、七雌妖……裏切った……のね……」

 

 沙那が歯噛みしている。

 

「裏切り? 馬鹿じゃないの、沙那? よくもそんなことが言えるわねえ。あんたらに服従して、宝玄仙を多目怪から奪い返すことに協力するなんていうあたしの言葉を本当に真に受けたの? 反省した演技をしていただけよ」

 

 七雌妖が呆れたというような声で言った。

 沙那が悔しそうな表情になった。

 

 いま、沙那の身体を這い回る触手は、再び沙那の身につけているものを脱がすために動いている。

 すでに下袴は抜き取られている。

 先程のように触手でくすぐっているわけではないが、服を脱がされるときに触手が肌を撫ぜる感触で感じてしまうのか、触手が当たるたびに沙那は顔を赤くして身体を悶えさせている。

 

「それはいいが、お前、いま、“あんたら”と言ったか、七雌妖? もしかしたら、この沙那のほかにも宝玄仙の供はいるのか?」

 

 多目怪は沙那の服を触手に剥かせながら言った。

 沙那はもう下着だけの姿だ。胸当てが触手によって破り取られる。

 なかなかの綺麗な肌だ。

 みずみずしく艶のある肌で、くすぐり甲斐のある素晴らしい身体に思える。

 

「ええ、この沙那のほかに、ふたりの女がいるわ。名は孫空女と朱姫。沙那に負けず劣らず、素敵な身体と顔をしているわよ。ここで、おじきが沙那と交渉している間に、宝玄仙を救出するために屋敷に忍び込んだわ。すでに、侵入している……」

 

「なにっ──」

 

 多目怪は叫んだ。

 

「な、七雌妖……あ、あんた……」

 

 全身に汗をかいて赤く染めている沙那が触手に身体を這い回らせながら、七雌妖を睨んだ。

 

「沙那の役割は、ここでおじきを引きとめておくことだったのよ。沙那は、最初から交渉がうまくいくとは思っていなかったようね。あたしが、おじきのくすぐり奴隷に対する執着心は大変なものだと教えちゃったからね。なにしろ、あたしは、嘘が言えないようにされているのよ」

 

 七雌妖は沙那を無視して、多目怪に視線を向けた。

 嘘は言わなったが、積極的に真実も喋らなかったということだろう。

 それでなんとか、すっかりと従順になった演技をして安心させたに違いない。

 七雌妖のしたたかさを知り抜いている多目怪は思った。

 

 沙那は歯を食いしばっている。

 七雌妖にしてやられたかたちになったのが悔しいのだろうが、どうやら、それだけではなく、なんでもない触手の動きに身体が反応してしまって、気を抜くと、淫情に声をあげてしまいそうなようだ。

 それを耐えているらしい。

 その沙那は、まだ、腰の下着がそのままだったがほかは完全な裸身だ。

 多目怪は触手に沙那の肌を本格的に刺激させた。

 

「あふううっ──あはあっ──ひくうっ──」

 

 沙那の身体が跳びはねた。

 全身が痺れているとは思えない激しい反応だ。

 それだけ、沙那の受けている刺激が大きいということだろう。

 これまでに数多くの人間の女を責めてきたが、ここまで感度が高い女は初めてだ。

 あっという間に沙那は欲情した表情になり、淫情に身体を大きく悶えさせ始めた。

 

「ごめんなさい、おじき……。あたしは『縛心術』で本当のことだけを言うように道術をかけられたの。この屋敷に侵入するのが容易でないことはわかっているけど、あたしの知る限りのことを口にさせられたわ。宝玄仙がいるのはおそらく、あの調教部屋だろうから、そこまでの侵入方法を孫空女と朱姫に教えたわ」

 

「そ、それは」

 

 多目怪は沙那を責めていた触手を一斉に引きあげた。

 沙那が脱力してぐったりとなる。

 しかし、それに構ってはいられない。

 多目怪が行き倒れになっていた幼い七雌妖を拾って以来、七雌妖は随分と長い間、この屋敷で暮らしていた。

 この屋敷のことは知り尽くしている。

 普通であれば、この屋敷に侵入するのも、宝玄仙がいる調教部屋に辿りつくのも不可能だろうが、七雌妖がもたらした情報があれば話は変わる。

 

 孫空女と朱姫という残りふたりの供は、宝玄仙を監禁している場所まで、それほど時間をかけずに辿りつくに違いない。

 多目怪は慌てて、宝玄仙のいる場所に戻ろうとした。

 

「心配ないわよ、おじき──」

 

 七雌妖がそれを留めた。

 

「し、しかし、お前は、あの調教部屋までの進み方を教えたのであろう? 『縛心術』で本当のことを口にさせられたと言ったが?」

 

 大抵の『縛心術』を解くことは多目怪にもできる。

 だが、七雌妖程度の能力では、もしかしたらできないだろう。

 『縛心術』を掛けられて、偽りを言うなと命令されれば、偽の情報は告げられないはずだ。

 

「あたしは、命令されて、調教部屋までに入り込み方を教えた。それは、『縛心術』で操られていたからよ……。でも、調教部屋から外に出る方法は教えなかった。訊ねられなかったからね」

 

 七雌妖は哄笑した。

 

「なるほど……」

 

 多目怪は微笑んだ。

 ならば、宝玄仙のいる場所まで辿りついた孫空女と朱姫は、そこで捕らわれてしまうに違いない。

 多目怪は、卓の上で悔しそうな表情をしている沙那に向き合うと、再び触手でその身体を責めたてる態勢に戻った。

 

 

 *

 

 

 黄花観(おうかかん)という名の多目怪の屋敷は、随分と複雑な構造をしていた。

 同じような景色の廊下が入り組んで迷路のようになっているだけではなく、隠し扉があったり、あるいは、侵入者除けの罠が取り付けてあったりした。

 そのひとつひとつを孫空女は、朱姫とともに突破していく。

 七雌妖から聞き出した情報は正確だった。

 

「七雌妖さんによれば、この回廊の先の壁に隠し扉があるはずです、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「うん、この突き当りの壁の奥から人の気配を感じるよ」

 

 孫空女は回廊を進みながら言った。

 行き止まりの壁の前に立ち、『如意棒』を抜く。

 

 気を込める。

 突き出した──。

 

 壁が崩れた。

 暗闇が出現した。

 しかし、壊れた壁から差すわずかな光で孫空女には十分だった。

 朱姫も夜目が利く。

 そのまま、闇の通路を進んでいく。

 

 その闇の廊下も迷路のようになっていた。

 右、左、真っ直ぐ、右……。

 

 孫空女は、事前に教えられていた情報に基づき、その闇の迷路を歩く。やがて、突き当たった。

 

「『道術錠』ですね」

 

 背後の朱姫が言った。

 場所を入れ替わる。

 朱姫が七雌妖から教えられていた合言葉を壁にささやいた。

 なにかが外れる音がして、壁に隙間ができて光が向こう側から差した。

 

 壁を押し開くと、広い部屋になっていた真ん中に宝玄仙がいた。

 寝椅子のようなものに腰掛けさせられている。

 両腕は頭方向に伸ばし、膝を曲げて開脚した態勢だ。

 太い触手のようなものが宝玄仙の口に入っている。

 

「ご主人様――」

 

 孫空女は飛び込んだ。

 『如意棒』で宝玄仙が拘束されている椅子を破壊する。

 拘束が解けて、床に落ちた宝玄仙を朱姫が抱え起こした。

 

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 朱姫が宝玄仙の裸身を抱きながら言った。

 

「……お、お前、朱姫かい……?」

 

 宝玄仙は半分意識がないようだった。

 それでも、だんだんと状況を理解しはじめたのか、顔つきがまともに戻ってくる。

 

「あたしもいるよ。とにかく、多目怪が戻って来る前に逃げなくっちゃ──。背負うよ」

 

 孫空女は宝玄仙に背を向けた。

 

「いえ、孫姉さん、ご主人様はあたしが背負います。孫姉さんは、また、前を歩いてください」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね……。じゃあ、頼むよ」

 

 孫空女は頷いた。

 いま、こうしている間にも、多目怪が気がついて戻ってくるかもしれない。

 戦いということになれば、孫空女は身軽な状態でいた方がいい。

 

 七雌妖の話によれば、多目怪は気に入った人間の女をくすぐり奴隷として調教したいという強い願望があり、宝玄仙のことをおそらく、多目怪は気に入ることに間違いがなく、素直に身柄を渡すことはないだろうということだった。

 

 それを聞いた沙那が、自分が囮となり、多目怪と交渉する振りをして、多目怪を引きつけ、その間に、孫空女と朱姫が宝玄仙を救出するために侵入するという策を立てた。

 多目怪の屋敷である黄花観は、複雑な構造と様々な罠もあることがわかっていたが、その道順と罠の解除の方法も七雌妖から情報を得た。

 

「お、お前たち、来てくれたんだね……」

 

 宝玄仙の眼が見開いた。

 その表情が戸惑いから驚愕に、そして、歓喜に変化する。

 宝玄仙が眼の前の朱姫を力いっぱい抱きしめた。

 

「ありがとう、ありがとう、ありがとう──ありがとう……」

 

 宝玄仙は朱姫を抱いたまま何度も呟いた。宝玄仙が震えている。

 もしかしたら、宝玄仙は泣いているのではないだろうか。孫空女は驚きとともに、その姿を眺めた。

 

「ご、ご主人様、時間がないから……」

 

 やがて、孫空女は宝玄仙を促した。

 この屋敷内で『移動術』が遣えないことはわかっている。

 多目怪が、そういう仕掛けをこの黄花観に施しているのだ。

 外に出るためには、やってきた道を逆に辿って戻るしかない。

 

「待ってください、孫姉さん──。試しておきたいことが……」

 

 朱姫が言い、宝玄仙を向い合せに見つめ合う態勢になった。

 

「な、なんだよ、朱姫──。すぐに出た方が……」

 

 孫空女はなにかを始めたがっている朱姫に、嗜めの言葉を言おうとした。

 

「で、でも、すぐに終わりますから……。この後、どうなるかわからないし。それに、沙那姉さんに、これを最優先でやるように言われたんです」

 

「沙那に? なにするんだよ、朱姫?」

 

「ご主人様に『縛心術』をかけるんです」

 

 朱姫が言った。

 

「『縛心術』……? なんで……。い、いや、もういいよ。とにかく、じゃあ、早くしな、朱姫」

 

 沙那がそうしろと朱姫に指示したのであれば、意味があることなのだろう。

 いちいち、理由を孫空女が知っても面倒なだけで時間がもったいない。

 

 孫空女は周囲の気配を探るために気を研ぎ澄ませるとともに身構えた。

 この屋敷では多目怪自身であっても『移動術』は遣えないはずだ。

 しかし、まだ、いろいろと仕掛けがあるかもしれない。

 

「……ご主人様、あたしの眼を見てください。もしかしたら、ご主人様の道術が戻るかもしれません。これからやることは、沙那姉さんかの思い付きであり、本当に効果があるのかわかりません。でも、あたしはやってみる価値はあると思いました」

 

「道術が戻る──?」

 

 大きな声は孫空女自身の声だ。

 宝玄仙は眉をひそめて訝しむ表情をしている。

 賽太歳(さいたいさい)から奪われた宝玄仙の道術──。

 それが戻る……?

 

「あくまでも、もしかしたらです……。可能性の話です。ご主人様のこれまで遣われてきたあらゆる道術は賽太歳によって閉じられています。あたしでは、それを取り戻す方法はわかりませんし、方法がわかったとしても、ご主人様の道術を封印してしまう程の強い道術にあたしが対抗できるわけがありません……。」

 

「だったら……」

 

でも、霊気はあるんですよね……。ご主人様は霊気はあるけど、道術力が封印されている。そういう状況です。ですから、新しく覚えてしまえばどうでしょうか?」

 

「新しく?」

 

 宝玄仙が首を微かに傾げた。

 

「そうです。これまでの道術は封印されていても、新しく覚えればいいんです。あたしがご主人様に教えられて、次々に遣える道術を増やしているように、封印されている道術力の外に、新しい道術として、ご主人様に入り込んだ道術をご主人様の霊気と結び付けてしまうんです」

 

「結び付ける?」

 

「はい。そうすれば、ご主人様は、限られたものになるとは思いますが、いくらかの道術を遣える状態に戻るはずです。そうやって、少しずつ増やしていけば……」

 

「やっておくれ、朱姫」

 

 宝玄仙は最後まで言わせなかった。

 朱姫と宝玄仙が視線を交わし合う。

 孫空女には、朱姫の身体の中の霊気が、宝玄仙側に流れ込むのを感じることができた。

 

「次に、あたしの道術で霊気と関わりのないものを流し込みます」

 

「そうだね」

 

 宝玄仙が頷く。

 再び霊気が動く。

 やがて、朱姫が脱力した。

 かなり消耗したように見える。

 

「……どうですか、ご主人様」

 

 朱姫が訊ねた。

 

「わ、わからないね……。なにかが変わった気がするけど、それが定着するまでに少し時間がかかりそうさ」

 

 宝玄仙が応じた。

 

「と、とにかく、行こうよ」

 

 孫空女は言った。

 今度は朱姫も宝玄仙も拒否しなかった。

 宝玄仙の身体が朱姫に背負われる。

 

「ふっ」

 

 思わず孫空女は噴き出してしまった。

 

「……前にも見たけど、その尻尾はなに、ご主人様?」

 

 宝玄仙のお尻には、白い毛の房毛がついている。

 

「う、うるさいよ。いまは説明したくないね、孫空女」

 

 朱姫に背負われている宝玄仙が顔を赤らめた。

 それがなにかおかしかった。

 

「なかなか、可愛いよ、ご主人様」

 

「う、うるさいって、言っているだろう──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 その尾が軽く左右に動きはじめた。

 孫空女が先頭になり、開け放たれていた壁から闇の通路に入り込んだ。

 宝玄仙を背負った朱姫が続く。

 

 そこに踏み込んだ瞬間、なにかの違和感があった。

 思わず孫空女は立ちどまった。

 なにかがおかしい……。

 

「どうしたんですか、孫姉さん?」

 

 背後の朱姫が声をかけてきた。

 次の瞬間、不意に闇が崩れて四方から金色の光が貫いた。

 

 悲鳴をあげる余裕もなかった……。

 その黄金の光を浴びた途端、全身が弛緩し、そして、意識がなくなった。



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318 上からと下から(朱姫の受難)

 眼が覚めた。

 

 そして、朱姫は自分が大きな台の上に、四つん這いの状態で拘束されていることに気がついた。

 手首と肘、そして、膝と足首を台に革紐で拘束されている。

 しかも全裸だ。

 

 いや、股間になにかが嵌っている。

 女陰と肛門に違和感がある。

 なにかが挿さっているようだ。

 

「やっと気がついたかい、朱姫?」

 

 声がした。

 顔をあげると台の横に、七雌妖(ななめよう)が立っている。

 顔に満面の嗜虐の笑みを浮かべている。

 

 窓のない小さな部屋だ。

 ここがどこだろうと考えて、朱姫はやっと自分が孫空女とともに、黄花観(おうかかん)という多目怪(たもくかい)の屋敷に侵入し、宝玄仙を救出する途中だったことを思い出した。

 多目怪に連れていかれた宝玄仙を助け出すために、孫空女とともに黄花観に浸入していたのだ。

 

 黄花観という建物の内部は、迷路のような複雑な構造をしているだけでなく、多くの罠が仕掛けられていた。

 それをいま眼の前にいる七雌妖から事前に訊き出した情報に基づいて、罠を回避しながら進んだ。

 やがて、隠し部屋になっていた調教部屋に監禁されていた宝玄仙を見つけることができた。

 それから、外に出ようとやってきた経路を戻ろうとすると、前を歩く孫空女が不意に立ちどまったのだ。

 朱姫は孫空女のすぐ後ろから宝玄仙を背負って歩いていたが、強い道術を感じ、次の瞬間、金色の光に突然包まれた。

 それからなにがあったかわからない。

 

 光を浴びた途端に、身体が痺れて意識を失った。

 おそらく、罠にかかったのだと思う。

 七雌妖が教えた経路は、往路専用だったに違いない。

 帰路は別の経路から進まなければならなかったのだろう。

 うっかりと、元来た道を戻ったことで、罠を作動させてしまったのだ。

 

 孫空女や宝玄仙はどこだろう?

 そして、沙那は?

 

 目の前にいる七雌妖は、沙那と一緒だったはずだ。

 その七雌妖がここにいて、朱姫が拘束されているということは大きな事態の変化があったのだろう。

 

 七雌妖は、沙那とともに多目怪に会いに行ったのだ。

 沙那は、孫空女と朱姫が宝玄仙を救出する時間を稼ぐために、多目怪を引きつけておく役目だった。

 七雌妖は、その沙那に同行した。

 

 自分たちが多目怪の罠に嵌って捕えられたということは予想がつくが、ここに七雌妖がいるということは、沙那も捕えられたのだろうか。

 七雌妖は、宝玄仙を雌犬奴隷にしようとしたことを後悔するようなことを言っていたが、やはり、口だけのことだったに違いない。

 七雌妖は、隠し部屋から戻る経路が、往路とは異なることを知っていたはずだ。

 それなのに教えなかった。

 最初から多目怪の罠に朱姫たちを捕らえさせるつもりだったのだろう。

 

「責める者と責められる者……。これが逆転するなんて、こんな面白いことはないと思わないかい、朱姫」

 

 七雌妖が勝ち誇った笑い声をあげた。

 

「そ、孫姉さんはどこです? ご主人様は? それから、沙那姉さんは?」

 

 朱姫は四つん這いの姿勢で顔だけをあげた態勢で七雌妖を睨んだ。

 

「連中は、おじき……多目怪が引き取ったわ。宝玄仙については、どうしてもおじきが執着していて、あたしには返せないそうよ。それで、お前をもらうことにしたの。おじきは、人間の女にしか興味がないから、半妖のお前はいらないそうよ」

 

 七雌妖の言葉でやはり全員が捕まったということを悟った。

 朱姫の心に絶望が広がる。

 

「……でも、あたしは大いに興味あるわね。後にも先にも、この七雌妖にあんな仕打ちをしたのはお前だけだしね。それに、お前は半妖だからね。ちょっとやそっとの拷問じゃあ、死にはしない……。そうだろう? たっぷりと仕返しをしてあげるよ。そう言ったろう、朱姫?」

 

 七雌妖がぞっとするような酷薄の笑みを浮かべた。

 この二日間、朱姫はさんざんに、この七雌妖を嗜虐していたぶった。

 『縛心術』をかけて言いなりにして、道中で嗜虐をしながらここまで連れて来たのだ。

 朱姫が責めるたびに、抵抗のできない七雌妖は、確かに悔しそうにいつか仕返しをしてやるとうそぶいていた気がする。

 

「そ、孫姉さんと沙那姉さんはどこなんですか。無事なんですか?」

 

「さあね。おじきが引き取ったけど、宝玄仙以外は殺すとか言っていたわね。どうなったか知らないね」

 

 七雌妖は答えた。

 

「お、殺す──? そんなことをさせませんよ。冗談じゃないわ」

 

 朱姫は四肢を台に拘束している革紐を引き千切ろうとした。

 しかし、朱姫の力ではどうしようもない。

 

 『獣人』の道術……。

 身体の半分に流れる妖魔の血の力で脱出するしかない。

 そう思い当たった。

 

 だが、そう考えて、朱姫は自分の身体の霊気がほとんどないことに気がついた。

 霊気が発散させられている。

 しかも、身体が霊気を吸収できないように、なにかの道術がかけられている。

 

 道術が遣えない……。

 そのことに愕然とした。

 いきなり髪を掴まれて、顎を台の上に叩きつけられた。

 

「あぐっ」

 

「そんなことお前が心配する必要はないわ、朱姫。それよりも、自分のことを心配しな──。この七雌妖の本格的な調教は、少しばかりきついわよ。半日で、お前からあたしに対する反抗心を消してやるからね。覚悟しな」

 

「痛たた……。い、痛いって……」

 

 ものすごい力で、ぐりぐりと台に顔を押しつけられる。

 

「人間の女には無理だけど、半妖のお前なら多少の拷問では死なないだろうしね──。ほら、口開けな」

 

「ぐうっ──。身に沁みてひたぶるにうら悲し……鐘の音に胸ふたぎ、色変えて身に沁みてひたぶるにうら悲し……」

 

 朱姫は顔を台に押さえつけられながら七雌妖に言った。

 これは七雌妖にかけてある『縛心術』を作動させるための合言葉だ。

 この言葉を聞くと、七雌妖は朱姫の言葉に逆らえなくなるはずだ。

 『縛心術』は一度かけてしまえば、ある程度は道術がなくても言葉だけで相手を操れる。

 それが朱姫の『縛心術』だ。

 しかし、それを耳にした七雌妖は、朱姫の顔を押さえたまま哄笑した。

 

「残念だったね、朱姫──。あたしにかけたお前の『縛心術』は、おじきが解除してしまったよ。あたしの霊気がお前の霊気よりも下であることは認めるけど、そのお前もおじきの多目怪の霊気にはかなわなかったらしいね」

 

 朱姫は歯噛みした。

 そういうことだったのだ。

 多目怪にはまだ遭ってはいないが、一瞬で光を浴びた者を卒倒させるような道術の罠を仕掛けられるなど、かなりの強力な霊気を持った妖魔であるということが予想できる。

 その多目怪の道術で、七雌妖に仕掛けた道術を帳消しにされた。

 そして、朱姫の道術も封じられた。

 

 もう抵抗の手段がない……。

 沙那……孫空女……。そして、宝玄仙──。

 朱姫は心の中でその名を呼んだ。

 

「口を開けるんだよ、朱姫」

 

 片手で乱暴に朱姫の頭を台に押しつけたまま、七雌妖は、もう一方の手で朱姫の鼻をつまんだ。

 なにをする気かわからないが、朱姫は懸命に口を閉じた。

 鼻を摘まんでいる七雌妖の手を払い除けようともがく。

 しかし、七雌妖の強い力で押さえられている顔はほとんど動かない。

 息が詰まる……。

 やがて、朱姫は思わず口を開いた。

 

「ぷはあっ──。」

 

 息を吸う。突然、なにかが口の中で起きた。

 

「はがあああああああ──」

 

 朱姫は咆哮した。

 激痛がした。

 舌の先になにかが突き刺さったのだ。

 

 それが七雌妖の糸の道術によるものだとわかったのは一瞬後だ。

 刺さっているのは七雌妖の道術の糸のようだが、糸は糸でも、多くの糸が捩れて太くなり、しかも針金のように硬度を増したものだ。

 それが朱姫の舌先に二本突き刺さっている。

 その刺された舌先から血がだらだらと流れるのがわかった。

 

「えげええっ……へぎいいっ……」

 

 朱姫は泣き叫んだ。

 しかし、針金のように硬くなった糸の塊りは、完全に朱姫の舌先に突き刺さって抜けない。

 

 さらに七雌妖は、糸の針を摘まんで朱姫の舌を口から引っ張り、糸の下の部分を台に突き刺した。

 朱姫は舌を糸の針で台に打ちつけられて、顔を上げられない状態にされた。

 それほど多くはないが、舌の先から流れる血が台の上を流れ落ちていく。

 

 不意に舌先が温かいもので包まれた。

 『治療術』だと思った。

 糸の針が刺すことで開いた舌の穴が道術で治療されたようだ。

 しかし、突き刺さった糸の針はそのままだ。

 少しでも動けば、舌が千切れてしまうだろう。

 

「そら、見てごらん、朱姫」

 

 七雌妖が台に舌先を打ちつけられている朱姫に見えるように着ていた着物を開いて、自分の股間を朱姫に晒した。

 そこには、朱姫が嵌めた『責め環』がない。

 きれいに外されていた。

 

 『責め環』というのは淫具であり、ここにやって来る途中でに、朱姫が七雌妖に装着させたものだ。

 小さな金属の輪で七雌妖の肉芽の根元を絞り、それを腰に鎖で取れないように固定する淫具だ。

 “悍馬(かんば)馴らし”とも呼ばれていて、霊具ではないがそれを装着されると、動くたびに肉芽が強く刺激されて、満足に動けなくなる。

 そして、『道術錠』で宝玄仙の命令でなければ外せないようにしたのだ。

 

 その淫具が外されているということは、宝玄仙が淫具を外すことを命じたということだ。

 『道術錠』で刻んだ条件付は絶対だ。

 どんなに偉大な道術遣いでも、一度『道術錠』を刻んでしまうと、その条件を満たす以外に、『道術錠』を解除することはできないはずだ。

 

「外した淫具をお前に装着させようかとも思ったけど、お前にはそんな生ぬるい仕返しじゃあ、気が済まないからね。もっと、いいものをつけてやったよ。だけど、あんまりよがるんじゃないよ。舌が千切れて死んでしまうからね」

 

 七雌妖は哄笑した。

 次の瞬間、股間でなにかが動き出した。

 

「あがああっ──」

 

 朱姫は絶叫した。

 いきなり強い振動で女陰に挿入させられていたらしい張形が動きはじめたのだ。

 快感よりも痛みが強かった。

 それが朱姫の女陰で暴れ回る。

 

 朱姫はやっと腰の違和感の正体がわかった。

 女陰に張形を挿入して、その上からを革帯のようなものを装着されて抜けないようにされているのだ。

 そして、女陰で暴れ回る張形の感触で、さらに肛門にもなにかが挿入されていることも知った。

 いまのところ、肛門の異物は動く気配はない。

 それでも、内壁越しに肛門の異物に女陰の張形がぶつかり続け、朱姫に発狂するような快感を与える。

 

 朱姫は思わず腰を揺さぶって甲高い悲鳴をあげた。

 しかし、それ以上動けば、台に打ちつけられている舌が破れる。

 朱姫は泣きながら、身体から突きあがる衝撃に耐えた。

 

「これで、まだ強さは半分くらいだよ。もっと強くするよ、朱姫。耐えな──」

 

 朱姫は哀願の言葉を吐いた。

 しかし、舌を動かせない朱姫の言葉は、悲鳴にしかならない。

 朱姫の叫びを無視して、張形の運動がさらに強くなる。

 

「あがあっ、があっ、がががっ……」

 

 朱姫は一生懸命に顎に力を入れて顔が揺れるのを防いだ。

 股間に加わる刺激が強すぎる。

 全身が激しく痙攣する。腰が卑猥な踊りをするのを止められない。

 しかし、快感よりもいまは、舌が動くことで襲われる激痛による苦痛がまさる。

 激しい快感だがいけない。

 朱姫は悲鳴をあげ続けるしかなかった。

 

「もっと、踊りな、朱姫──。あたしを舐めた真似をしたことを後悔するんだ」

 

 七雌妖が狂ったように大笑いした。

 眼を開けると、乗馬鞭を手にしている。

 それが朱姫の背中に振り下ろされた。

 

「ほがあああっ──」

 

 背中が焼けたかと思うような激痛が走った。

 

「次だよ、朱姫」

 

 また激痛──。

 朱姫は吠えた。

 

 どんなに痛くても、舌が台に打ちつけられていて身動きすることもできない。

 逃げることはもちろん、鞭を避けることもできない。

 そして、股間では朱姫の力をどんどん削ぐように張形が暴れ回る……。

 朱姫はぼろぼろと涙をこぼして哀願の悲鳴をあげ続けた。

 

「どんどんいくよ──」

 

 三発、四発、五発と鞭が背中に加えられる。

 背中の皮膚が破けて、背中からも血が滴り落ちるのがわかった。

 

「思い知ったかい、朱姫」

 

 うっすらと汗をかいている七雌妖が乗馬鞭を床に放り投げた。

 

「う、ぐ……、ぎ、げ……」

 

 許して……。

 そう言ったつもりだったが、まったく言葉にならない。

 朱姫はひたすら涙をこぼした。

 

 その朱姫の股間を張形が激しく責めたてる。

 もう快感だが、苦痛なのかわからない。

 全身が弛緩する。

 

「さあ、ここからが本番だよ」

 

 視線を上に向けると、七雌妖の顔に酷薄なものがあった。

 次に持ってきたのは、真っ赤な色をした液体だ。

 朱姫はそれが唐辛子よりも遥かに辛いこの南域産の香辛汁だということを悟った。

 その瓶の蓋が取られている。

 引っ込めることができない朱姫の舌に、それが近づいてくる。

 

「この二日間、お世話になったお礼だよ。あたしの手料理を食べておくれ。まあ、料理といっても、ただの辛子汁だけどね」

 

 刺激臭が近づく。

 言葉を奪われている朱姫は許しを乞うことも許されていない。

 香辛汁がどぼどぼと舌の上に落とされた。

 

「ぎげええええ──」

 

 朱姫は絶叫した。

 頭が揺れて新しい血が舌先から吹き出たのもわかった。

 しかし、容赦なく瓶が口の中に挿入されて、残り全部を注ぎ入れられた。

 

 全身から汗が噴き出す。

 舌が焼ける。

 自分の発狂したような悲鳴が部屋に轟く。

 

「そんなにおいしかったかい? お代わりは幾らでもあるよ」

 

 七雌妖が笑いながら新しい瓶の蓋を開けた。

 朱姫は絶望の悲鳴をあげた。

 再び真っ赤な激辛汁が舌先に注がれる。

 意識が飛ぶような刺激に朱姫はただ叫ぶしかできなかった。

 

「次だよ」

 

 また次の瓶の蓋が開けられる。

 今度は背中だ。

 鞭で傷ができたはずの背に無造作に香辛汁が注ぎ落とされた。

 

「はがあああ──ががががががが──あががが──」

 

 朱姫は背中が燃えあがったかと思うような衝撃に吠えた。

 大量の血が口から流れていた。

 

 いつの間にか朱姫は舌の糸針を引き千切っていたようだ。

 七雌妖が朱姫の口から糸針を抜いた。

 血はまだ流れ続いている。

 『治療術』がかけられた。

 

「ゆ、ゆ……る……じ……て……」

 

 舌が動くようになった朱姫はやっと言った。

 

「……お前の肛門には、肛門栓が挿入されているんだ。それを外さないと大便することはできないんだけど、浣腸液を挿入するための小さな穴もあって、そこを使えば浣腸液を注ぐこともできるのさ……。いまから、あたしが、お前の尻になにを入れようとしているかわかるかい?」

 

 七雌妖が言った。

 涙で霞んだ朱姫の眼に、七雌妖の手に握られている浣腸器が映った。

 半透明の縦長の管には、真っ赤な液体が入っている。

 

 まさか……。

 あの浣腸器に入っている赤い液体は……。

 朱姫の全身に新たな戦慄の汗が流れる。

 

「たっぷりと悲鳴を聞かせておくれ」

 

 七雌妖が笑って、朱姫の背後に回ると、浣腸器を朱姫に近づける気配を感じた。

 

「いやあああ──」

 

 もう悲鳴をあげることしかできなかった。

 懸命に尻を揺すって暴れようとしたが、その腰を七雌妖の怪力が掴む。

 肛門栓になにかを挿されるのがわかった。

 液体が朱姫の肛門に流れ込んでくる。

 

「ががががががが──」

 

 あまりにもの激痛に朱姫は一瞬、意識を失った気がした。

 肛門の中に真っ赤な焼け串を入れられたような感じだ。

 

 痛いというようなものではない──。

 熱い──。

 

 お尻が焼ける。

 焼けただれる……。

 

 朱姫は四つん這いの身体を可能な限り暴れさせた。

 もはや、女陰の張形などなにも感じない。

 それくらい肛門に入れられた香辛汁の浣腸は凄まじかった。

 

「もう一本だよ、朱姫」

 

 新しい香辛汁をたっぷりと入れ直した浣腸器を手に持っている七雌妖が、冷酷な笑みを浮かべて朱姫に言った。

 朱姫はこの世のものとは思えない苦痛に泣き喚くしかなかった。

 

 二本目の香辛汁入りの浣腸液を注ぎ終わった七雌妖は、思い切り朱姫の尻を叩いた。

 すると、肛門に挿入されていた栓が振動と回転を始める。

 

 激辛の香辛汁を肛門のなかでかき回される衝撃は、苦痛とか激痛とかいう言葉では表現することはできない。

 朱姫は拘束された全身をめちゃくちゃに暴れさせた。

 

「気絶なんて優しいことはさせてやらないよ、朱姫。この苦痛から逃れたければ早く発狂することだね。それまで七雌妖の責めは永々と続くよ」

 

 七雌妖の甲高い笑い声が、絶叫し続ける朱姫の耳にかろうじて届いた。



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319 くすぐり奴隷失格(沙那の受難)

「だ、だめえっ」

 

 卓の上の沙那の身体が何度目かの痙攣をしたかと思うと、がっくりと脱力した。

 大したことをしているわけではない。

 拘束した身体を卓の台から出現させた十数本の触手で少しばかり刺激してやっただけだ。

 

 しかし、さっきから決まった動きを繰り返すからくり人形のように、触手の責めであっという間に欲情して、身体を激しく悶えさせて続けて絶頂してしまう。

 そのあまりもの肌の感度のよさには、多目怪(たもくかい)が戸惑ってしまうくらいだ。

 

 いま、沙那は最初に捕らえた客間で、腰に履いた下着一枚だけの裸身で、右手首と左足首、左手首と右足首の組み合わせで背中で交差するように鎖付きの枷で拘束している。

 その恰好で仰向けにしているので、上から見ると手足のない芋虫が身体を反り返らせているような態勢だ。

 

 その沙那を卓から落ちないように触手で胴体を縛り、全身を触手で刺激している。

 多目怪としては、沙那に快感を与えて責めたてるというよりは、脇や横腹や太腿などのくすぐったい場所を刺激して笑わせようとしているのだが、沙那はむしろその刺激で欲情してしまうらしく、あっという間に快感に悶えて絶頂してしまう。

 

 くすぐったさよりも、快感がまさってしまうという沙那の身体には、多目怪も苦笑したくなるほどだ。

 しかし、くすぐっても笑い出さず欲情してしまうのでは、くすぐり好きで人間の女が悶え苦しむ姿に欲情する多目怪としては、なんだかご馳走を前にしているのに、味わうことなく料理が消えてしまったような気分になる。

 

「お前、いくらなんでも感じすぎるぞ。それでは面白くないのだ。もう少し、よがり狂うのを我慢できんのか、沙那。わしも、さまざまな人間の女を弄んできたが、くすぐったさよりも、欲情する方が先だというようなはしたない女は初めてだぞ」

 

「な、なに勝手なことを言っているのよ……」

 

「わしは、くすぐりを快感としてしまって笑い狂いながら果てるくすぐり奴隷を得るのが夢だが、お前の場合は、笑い狂う前に欲情してしまう。それではくすぐったことにならんのだ」

 

 多目怪は、一度、沙那を刺激する触手を沙那から離した。

 沙那は、脂汗を撒き散らして全身を真っ赤にして激しく悶えていたが、ほっとしたように身体の力を抜いた。

 

「う、うるさい――。ひ、卑怯よ……。こ、こんな風にいっぺんにあちこち責めるなんて……」

 

 汗びっしょりの額に前髪を張り着かせている沙那が顔を横に向けて、多目怪を睨む。

 

「卑怯もなにも、もう少し、身体の感度を下げられんのか……。よく、そんないやらしい身体で普通に生活できるな」

 

 多目怪は苦笑した。

 

「う、うるさいわねえ……。わたしは、ふ、普通よ……。そ、そりゃあ、少しばかり感じやすいかもしれないけど……。そ、それはご主人様に調教されたから……」

 

「なにが普通だ。お前は異常だ」

 

「ふ、普通よ──」

 

 多目怪は、返事はせず、今度は触手ではなく、準備していた鳥の羽根でびしょびしょで水をかけたように濡れている下着の上から股間の部分を佩くように動かした。

 

「あひいいいっ──」

 

 沙那は細い腰と左右に割った両腿を大きく痙攣させて、仰け反っている身体をさらに大きく仰け反った。

 そして、また、股間の部分に新しい大量の淫液の染みを作ると、悲鳴をあげて果ててしまった。

 

「これでも普通か?」

 

 多目怪は呆れながら沙那に言った。

 

「う、うるさいっ」

 

 沙那はまだ激しい呼吸を続けながら横を向く。

 

「普段は欲情にも耐えるように身体の気を制御しているのだが、一度達してしまうと、後は快感を制御できなくなるということか……」

 

 羽根を引き揚げて、再び沙那を観察するような態勢になった多目怪は、やっと沙那の身体の秘密がわかってきた。

 数百年もの間、さまざまな妖魔や人間と接してきた多目怪は、人間の中には、霊気とは違う“気”というものを自在にする者がいるということを知っている。

 それは、霊気とは異なり、長い鍛錬により習熟するものであるらしいが、気の流れを操り、それを動かすことで生命の根源を遮断したり、逆に病を癒したりする。

 それは経絡ともいう気の入口から気功を送り込み、臓器や神経に影響を与えたりする技でもある。

 沙那は、その気を操る術を心得ているに違いない。

 

 沙那が自覚があるのかどうかはわからないが、本来、沙那は常人とはかけ離れるくらいに感じやすい身体をしているのは間違いない。

 しかし、普段は、自分の気を操り、その欲情を制御している。

 だが、一度、達してしまうと、気の制御が不可能なり、歯止めのない快楽地獄に襲われてしまうということに違いない。

 

「……それにしても、これではどうしようもないな。わしは人間の女が苦しみ悶える姿が好きなのであり、淫乱に欲情する姿を見たいわけではないのだ」

 

 多目怪は言った。

 

「い、いい加減にしなさいよ。み、みんなは無事なんでしょうねえ。この変態妖魔──」

 

 沙那が叫んだ。

 さっきまであれほどによがり泣いていたのに、ちょっと休むだけで快復を示す気力の強さについてもびっくりする。

 人間の女の場合は、ある程度の責めを与えると気力が萎えて、すっかりと従順になる場合が多い。

 

 宝玄仙の場合もそうだった。

 最初こそ、気の強い素振りを示していたが、この屋敷に連れ帰って本格的に責めたてると、意気消沈したようになって、多目怪への反抗の態度が消えた。

 さっきも、黄金の光の罠で捕えた後、意識を失っていたところを覚醒させて、七雌妖に嵌められていた淫具を外すように命令した。

 まだ、朦朧としていた宝玄仙は、特に逆らうことなく、あっさりと淫具にかけられていた『道術錠』を解除した。

 

「返事をするのよ、多目怪──。みんなは無事なの?」

 

 四肢を背中に拘束されたままの沙那が多目怪を睨んだ。

 これほど、無防備な恰好を強いているのに、この気の強さはどこから出てくるのだろう。

 

「お前が心配することではないわ、沙那」

 

 多目怪は鳥の羽根で沙那の脇の下をさわさわと擦った。

 

「あはあっ……あっ、あっ、あはうっ──」

 

 たちまちによがりだす。くすぐったそうに笑みらしきものを顔に浮かべるのだが、やはり、快感の方が強いのだ。

 はっきりとした淫情を全身で示しだす。

 なかなか、笑い苦しんでもらえないことに、苛立ちのようなものが込みあがる。

 

「少しは我慢しろと言っておるだろう。よがるのを我慢したら、仲間がどうなっているのか教えてやろう」

 

 多目怪は言った。

 淫情を我慢させれば、くすぐり責めが効果を表して、笑い苦しんでくれるのだろうか……。

 

 それにしても、これまで数多くの女をくすぐり調教したが、感度を落とす方向に調教しなければならないのは初めてだ。

 あまりにも感度が良すぎて、くすぐってもよがってしまう女が存在することなど信じられない。

 

 沙那は歯を食いしばって、耐える表情になった。

 多目怪は羽根で横腹を擦りあげる。

 沙那の身体がびくりと弾ける。

 食いしばっている歯から、酔いしれたような嬌声が漏れ出る。

 

 そのまま続けると、沙那の喘ぎと呼吸は激しいものになり、上気した顔を真っ赤にして左右に振りだす。

 女がこれ程に快感を示せば、これはこれで欲情する雄妖や人間の男も多いのだろうが、多目怪は逆に白けた気分になる。

 人間の女が苦しみ笑うのを見たいのであり、いき狂うのを見たいわけではないのだ。

 確かに、くすぐりを快楽に受けとめてしまうくすぐり奴隷を作ろうとしているが、それは、くすぐりの苦しみを快感に昇華させる女を作ろうとしているのであり、くすぐりの苦しみを苦しみとして受け付けない女を欲しているわけではない。

 

「ああっ、ああっ……あぐうっ──」

 

 沙那の身体がぴんと張ったような状態になった。

 少しばかり、横腹をくすぐっただけでまたいったのだ。

 いけばいくほど、感度があがるようだ。

 最初の頃だったら、沙那はまだもう少し我慢していた。

 いまは、絶頂を重ねすぎて、全身が性感帯のようになって、どこをどう触られても、局部を触られていると同じように感じてしまうようだ。

 

「また、いったのか、沙那? 呆れたものだ」

 

 多目怪は言った。

 すると、激しく呼吸をしている沙那が悔しそうに多目怪を見た。

 しかし、多目怪としては、沙那を侮蔑するために言っているわけではない。

 途方のない淫乱ぶりを示す沙那に、呆れたというのは本当の思いだ。

 

「ご、ご主人様は無事……?」

 

 息も絶え絶えの沙那がまた訊ねた。

 

「このくらいなら耐えられるか?」

 

 多目怪は鳥の羽根で首を下から上に何度も擦りあげた。

 ここなど、それほど敏感な部位ではない。

 くすぐったがってくれるだろうか。

 

「あっ、あっああっ」

 

 沙那は半開きの口からたちまちに甘い声を出した。

 さすがに首をくすぐられただけで達することはなさそうだが、このまま続ければ、もしかしたらいくのかもしれない。

 

 多目怪は、くすぐり調教をする際、くすぐりながら快感を消えさせないために、性感帯への愛撫を併用するということをよくやる。

 沙那の場合は、そんなことをする気になれない。

 もしも、いま、乳房を鳥の羽根で軽く擦ろうものなら、それだけで沙那は、あっという間に身体を震わせて絶頂してしまうに違いない。

 

「足の裏はどうだ?」

 

 多目怪は責める場所を足の裏に変えることにした。

 いくらなんでも、ここはくすぐったがってくれるだろう。

 気持ちよさがまさるということはないはずだ。

 仰向けの身体をひっくり返して、交差して背中側で四肢を繋いでいる手足首のある側を上にする。

 沙那の形のいい乳房が床に潰される。

 

 くすぐりにより笑い出す場所がひとつでもあれば、沙那は素晴らしいくすぐり奴隷になれる。

 なにせ最初からくすぐりを快感として変えることができるのだ。

 後はくすぐり笑う姿を見たいだけだ。

 鳥の羽根で足の裏を撫ぜあげる。

 

「あはっ……やっ……ああっ……あっ、あっ、あっ」

 

 足の指を懸命に動かして、羽根を避けようとしているが、沙那の仕草ははっきりとした欲情を示している。

 足の裏で快感に狂うくらいだから、もう、どこを刺激しても駄目だろう。

 いまの沙那は、全身が性感帯の狂い人形だ。

 

 先に連続で昇天させてしまって、精神の抵抗力を削ごうとしたのが間違いだった。

 連続絶頂程度の仕打ちでは、沙那の気力は萎えず、しかも、それにより、気の制御による快感に対する抑制が外されてしまい、全身のどこに、どんな刺激を受けても快感に繋げてしまうようになってしまった。

 これでは、くすぐり調教はできない。

 

 多目怪は持っていた鳥の羽根を放り投げた。

 時間をおいて回復させてからやり直しだ。

 

「もういい、沙那。奴隷用の檻に入っておれ──。宝玄仙は、お前が入れられる奴隷用の檻の隣の檻におるわ」

 

 この屋敷には、多目怪の結界がかかっていて、この屋敷内のどこかで『移動術』を使えば、その刻んだ行き先に関わらず、すべての行き先が地下にある奴隷用の檻になる。

 

 多目怪は沙那を『移動術』で飛ばした。

 沙那は四肢を拘束されたままの格好で、地下の檻に転送された。

 

 宝玄仙も沙那も、明日の朝まで体力の回復をさせることにした。宝玄仙は、身体の回復をさせなければならないし、沙那については、調教の方法について改めて検討し直すためだ。

 

 多目怪は、調教部屋で眠らせたままの孫空女に向かうことにした。

 あの女には、最初に七雌妖の屋敷で出遭ったときに、いきなり腕を棒で叩き斬られた。

 折角の機会だからその酬いだけでも与えてやろう。

 

 いずれにしても、これで概ねの方向性は決まった。

 宝玄仙は早晩、くすぐり奴隷一号として完成するに違いない。

 

 沙那もゆっくりと調整していけば、多目怪の望む方向に身体の調教を進めることができるはずだ。

 

 朱姫は七雌妖に渡した。

 いまのところ、あのまま責め殺しそうな雰囲気だが、半妖は多目怪の性癖の対象外なのでどうでもいい。

 

 孫空女を生かしておくか、殺してしまうかは、これから行う孫空女への責めの結果により変わるだろう。



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320 くすぐり処刑(孫空女の受難)

 孫空女が眼が覚めると真っ白い部屋の中にいた。

 

 天井の四隅に燭台がある。

 それで部屋の様子が見えたが、窓もなければ出入り口のような扉もない。

 家具もまったくなく、ただ床があるだけだ。

 

 特に拘束されているわけではない。

 ただし、素裸だ。

 

 気を失っている間に裸にされたに違いない。

 耳に触れた。

 ここに『如意棒』が隠してあるのだ。

 やはり、なくなっている。

 

「気がついたか、孫空女?」

 

 声がした。

 しかし、どこにも声の主の姿は見えない。

 孫空女は両手で胸と股間を隠しながら用心深く立ちあがった。

 

「いまさら、身体を隠しても無意味じゃろう、孫空女。お前の身体は隅々まで見せてもらった。なかなか、よい身体をしておるな。よきくすぐられ振りを見せてもらえれば、くすぐり奴隷として躾けてやるぞ」

 

 孫空女は、その声にやっと記憶が結びついた。

 

「お前、多目怪(たもくかい)か……」

 

 孫空女はそう言うと、いきなり壁に突進した。

 力一杯壁に蹴りを入れたが、壁はびくともしなかった。

 固いというよりは、弾力性があり、孫空女の蹴りの力を吸収してしまう感じだ。

 

「驚いた反応じゃな──。沙那といい、お前といい、宝玄仙の供たちは個性があって面白いのう。沙那は沙那で、あんなに感度の良すぎる女はいないだろうし、お前はお前で、いきなり、壁に飛び蹴りとはな」

 

 多目怪の笑い声が部屋に響く。

 おそらく、なにかの道術で声を転送しているのだろう。

 孫空女の姿もどこかで見ているに違いない。

 

「ふんっ」

 

 さっき蹴った感触から、どんなに力を込めても、壁に穴は開きそうにないということもわかった。

 部屋全体になにかの道術がかかっている。

 宝玄仙や朱姫の『結界術』のようなものかもしれない。

 

 いずれにしても、ここからの脱出は不可能そうだ。

 だから、多目怪は、余裕綽々で笑っているのだ。

 そのとき、孫空女は、天井から降りる一本の大きな輪を発見した。

 さっきまでなかった気がするから、孫空女が壁に飛び蹴りをしたりしている間にでも出現したのかもしれない。

 輪の高さは、それほど高くはない。軽く手を伸ばせば届く程度だ。

 

「孫空女、あの輪をしっかりと握っていろ」

 

 声がした。

 しかし、孫空女は反応しないままでいた。

 なにか企んでいる気配が声にあったからだ。

 だが、がたんと音がして、孫空女が立っている中央を除いて、突然、部屋の両側の床がなくなった。

 部屋の両側に巨大な穴ができた。

 

「な、なにぃ?」

 

 次の瞬間、孫空女が立っている中央の床もなにかの振動が足から伝わってきた。

 咄嗟に孫空女は吊り輪に両手で捕まった。

 

 次の瞬間、ぐいと吊り輪が持ちあがった。

 同時に残っていた中央部分の床も消滅した。

 消滅した床の下には、たくさんの金属の板が垂直に立っているのが見えた。

 

 孫空女の足先から刃物の先までの深さは、手を伸ばした孫空女の高さの二倍半程度だ。

 そこに尖った部分が上を向いている薄い鉄の板が真っ直ぐに立っているのだ。

 刃の高さはかなり深くよくわからない。

 それが半尺(約十五センチ)間隔に敷き詰められている。

 しかも、その上端に縁は刃が入っているらしく、剃刀の刃のように鋭く研ぎ澄まされている。

 

「いまから、お前の処刑を行う」

 

 多目怪の声がした。

 

「ふ、ふざけるなよ、多目怪。殺すならさっさと殺せばいいだろう──」

 

 孫空女は悪態をついた。

 悪趣味な多目怪の仕業に頭の血が沸騰しそうになる。

 

「もちろん、そのつもりじゃ、孫空女。しかし、お前は、わしの腕を叩き斬ったという罪があるしのう。無論、あんなものではわしの身体を傷つけることはできんが、罪は罪じゃ。しっかりと恐怖を味わってから死んでもらおうと思うてな……。これを見よ」

 

 吊り下げられている孫空女の上の天井の一部が開いた。

 四隅を細い鎖で吊り下げられた皿のようなものが降りてくる。

 降りてきた皿が孫空女の眼の高さよりも下になると、やっとその皿の上にいたちのような小さな動物が載せられていることに孫空女は気がついた。

 

「な、なにするんだよ……?」

 

「よく、見ておくんだな。これがもう少し後のお前の姿だ」

 

 多目怪の声が部屋に響いたかと思うと、四本の鎖のうち二本が切れて、皿の上の動物が床の下に落下していった。

 

「フギャアア──」

 

 仔猫の胴体が刃のひとつに衝突した。

 動物の身体が刃でふたつになり、刃と刃の間に血を撒き散らしながら落ちていった。

 

「な、なんてことを……」

 

 孫空女は自分の顔が蒼くなるのを感じた。

 いま持っている吊り輪から手を離せば、さっきの動物のように身体が切り刻まれるということだ。

 

「いくらなんでも刃と刃の間に着地するなど不可能だと思うが、実は刃の横には、三尺(約一メートル)の鉄の杭も植えてある。うまく刃を避けても、お前の身体は串刺しになるということだ」

 

 多目怪の馬鹿笑いが響く。

 孫空女は多目怪の残酷な仕打ちに歯噛みした。

 部屋の壁にはなにもなく、うまく振り子のように吊り輪を揺らして飛んでも、突起物もない壁に掴まることは不可能だ。

 それに、この状態ではいくら孫空女でも壁まで跳ぶことなどできない。

 

 いずれにしても、このまま吊り輪にぶらさがったままでは、いつかは孫空女の力も尽きる。

 まだ、しばらくは大丈夫だが、手の力が極限になり、吊り輪から手を離せば、孫空女の身体は刃で切断だ。

 

 時間をかけた残酷な死刑というわけか……。

 だっから、吊り輪の上に昇れば……。

 

「言っておくが、吊り輪を不用意に動かしたり、よじ登ったりはせんことだ。そんな負荷をかければ、吊り輪は天井の根元から切れ落ちてしまうからな」

 

 多目怪が孫空女の心を見透かしたように言った。

 こいつは、いつかやってくるであろう孫空女の手の力が尽きるところを見たいのだろう。

 そのとき、哀れに泣き叫び、哀願する様を眺めたいに違いない。

 

「……もっとも、わしも無慈悲ではない。お前が助かるための条件をつくってやる。半刻(約三十分)だ。半刻そのままで耐えよ。そうすれば、命は助けてやる」

 

「半刻(約三十分)……」

 

 短い時間ではないが、孫空女には耐えられない時間ではない。

 ただ、ぶらさがるだけなら、実は孫空女は、半刻どころか、一刻(約一時間)だって自信がある。

 

「わ、わかったよ。約束だよ、多目怪。半刻(約三十分)だ」

 

 孫空女は言った。

 

「では、開始だ……」

 

 声が消えると瞬間に、多目怪の含み笑いの声がかすかに聞こえた気がした。

 すると壁の両脇から触手が二本出現して、すっと長さを増して、孫空女の裸身に迫ってきた。

 

「な、なんだよ、これ──?」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 長い紐のように伸びる二本の触手が、孫空女の吊り下げられている足の裏に迫ってくる。

 そして、さわさわと触手の先で同時に足の裏をくすぐった。

 

「ひ、ひゃああっ」

 

 孫空女はびくりと足を蹴りあげて触手を避けた。

 触手の先は乾いた大筆のような毛の房毛がついている。

 

「そんなに股ぐらをおっひろげられては、目の毒だな」

 

 羞恥心をかきたててからかう多目怪の声だったが、孫空女はそれどころではない。

 先端が房毛になっている触手がくるりくるりと方向を変えて、孫空女の裸身に襲ってくる。

 

「あ、ああっ……」

 

 ひとつの触手が孫空女の長細い臍の孔を擦りあげる。

 そうかと思うと、もうひとつの房毛が股間の間に伸びて、太腿の内側のくすぐったい部分を責めてくる。

 

 孫空女は悲鳴をあげて、身体を右に左にと避けて触手から逃げようとする。

 しかし、しっかりと意思と眼があるかのように、二本の触手は孫空女の身体を追いかけてくる。

 

 右脇をくすぐり、それを避けると左から胸の横からもうひとつの触手がやってくる。

 それも避けると、今度は回り込んだ触手が首の横だ。

 

 懸命に首を振って逃げる。

 すると、耳の中に触手の房毛が入り込んでかきまわす。

 さすがに堪らず孫空女が激しく顔を振り立てて顔に迫る二本に触手を振り払うと、いつの間にか無防備になった足の裏をまた触手が襲う。

 

「ひゃあ、ひゃっ、ひゃっひゃあ……ひ、卑怯だよ……、こんなの……いひいぃっ──ひ、卑怯──」

 

 孫空女は二本の触手のくすぐり責めにより、狂ったように宙吊りの身体を空中で踊らせた。

 

「なにが卑怯なのだ、孫空女? わしはくすぐりが趣味なのだ。くすぐりで責めたてられるのは当たり前だろう。半刻(約三十分)耐えてみせろ。そうすれば、くすぐり奴隷の素質ありとして認めて、お前にもくすぐり調教をしてやる。半刻(約三十分)も耐えられんようなら、そこで死ね──。わしには興味はない」

 

「ひゃああっ──。だ、駄目だよ──そ、そこはやめてぇ──」

 

 触手が飛び跳ねる股間の間からお尻を狙って肛門の周囲をくすぐったのだ。

 孫空女は懸命に身体を仰け反って、触手から逃れようとした。

 しかし、反対側の正面から乳房の周辺を代わる代わるくすぐられる。

 

 触手の責めから逃げられず、だんだんと力が抜けてくる。

 それでも孫空女は手に力を入れて、汗で滑りそうになる吊り輪をしっかりと握った。

 そして、悲鳴をあげながらも身体を振り立てて触手から逃げ続けた。

 

「なかなか、しぶといな──。では、お前の頑張りに敬意を表して触手を増やしてやろう」

 

 すると二本だった触手に、新たな二本が加わり、四本になって孫空女の身体を囲んだ。

 

「やめえぇ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 四本の触手が同時に無防備な脇の下と脇腹をくすぐりだしたのだ。

 

「あ、あひいっ──。ご、ご主人様……」

 

 思わず孫空女は口にした。

 もう手の力が限界だった。

 

 つるりと孫空女の手が滑り、ついに吊り輪から手が離れた。

 

 落ちていく……。

 ぶつかる……。

 

 まるで時間が止まったかのような感覚だ。

 

 しかし、間違いなく孫空女の身体は、下にある金属の板に向かって落ちていく。

 

 そして、自分の身体が真下にあった金属の板の刃にぶつかるのがわかった……。

 

 

 *

 

 

「沙那……」

 

 どこからか声がした気がした。

 

「沙那、起きるんだよ──」

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 沙那は眼を開けた。

 四隅を石壁に囲まれた部屋だ。

 窓はなく、遥かに上に燭台がある。

 その光で薄暗い牢が照らされていた。

 寝台のようなものはなく、床には薄い絨毯のようなものが敷き詰められている。

 

 沙那は、自分の四肢が背中側で鎖で拘束されたままだということに気がついた。

 沙那は、さっきまで責められていた格好のまま、部屋の真ん中で芋虫のように状態で転がされていたのだ。

 

 客間で捕えられて多目怪の触手責めに遭った。

 それで何十回も果ててしまい、多目怪からその責めの途中で呆れたように『移動術』でここに飛ばされたことをかろうじて覚えている。

 

 多目怪といたときには気を張っていたので意識を保っていたが、ここに転送された瞬間に気が緩み、限界を超えた連続絶頂の疲れで、そのまま少しの間、気を失っていた気がする。

 

 そして、いま、声が聞こえた。

 宝玄仙の声だ。

 

 沙那は声の方向を探した。

 壁の横に小さな穴がある。

 

 そこに石ひとつ分の穴がある。沙那は身体を捩じって、その穴の方向に顔を向けた。

 穴の向こうに宝玄仙の顔の一部が見えた。

 

 穴の下には石がひとつ押し出されて床に落ちていた。

 本来、石壁に阻まれたふたつの牢だが、宝玄仙が向こう側から石のひとつを押し出して隙間に穴を作ったようだ。

 古い地下牢のようであるので、おそらく壁に弱い部分ができていて、それを宝玄仙が見つけたに違いない。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「大丈夫かい、お前?」

 

 穴の向こうの宝玄仙が言った。

 

「わ、わたしはなんとか。でも、孫空女と朱姫が……」

 

 沙那は身動きできない身体のまま、穴に向こうの宝玄仙に向い合うように姿勢を動かし、宝玄仙にいままでの顛末を説明した。

 七雌妖(ななめよう)の記憶操作によって宝玄仙のことを忘れさせられていたが、朱姫の道術により記憶を取り戻し、七雌妖の屋敷に三人で乗り込んだこと……。

 七雌妖を捕えたもののたまたまやってきていた多目怪という妖魔に宝玄仙を浚われてしまったこと……。

 それで、仕方なく七雌妖を人質にここまで追ってきたこと……。

 ここに到着するや、宝玄仙を救出するために、沙那が多目怪を引きつけておく役目をして、孫空女と朱姫にこの黄花観に潜入させて宝玄仙を救出させようとしたことなどだ。

 そして、沙那は、呆気なく捕えられて、いままで客間で多目怪の触手でいたぶられていたということも言った。

 

「孫空女と朱姫のことはわたしもわかっている。ふたりは、確かにわたしのところまで来てくれたよ。でも、帰り道でなにかの道術の罠に引っ掛かったようだ」

 

「帰り道に罠?」

 

「金色の光を浴びて、わたしたちは気を失ってしまった。気がついたら、わたしは、この牢に閉じ込められていたというわけさ。おそらく、ここは黄花観(おうかかん)の地下牢だと思うよ。さっき、七雌妖がやってきたときに、そう言っていたからね」

 

「七雌妖に会ったんですか?」

 

「会ったよ。多目怪とともに、わたしの牢までやってきて、股間に嵌めた淫具を外せと言ったかねえ。わたしは、まだ頭が朦朧としていたから、よくわからなかったけど、多分、多目怪の命令に従って、淫具を外したと思うよ──」

 

「そ、そうですか……」

 

「でも、頭がすっきりしてきたら、そのままにしてやればよかったと後悔しているさ。あの七雌妖に『責め環』をしてやるなんかいい気味じゃないか。朱姫の仕業なんだろう?」

 

 壁の向こうで宝玄仙がくすくすと笑った。

 

「わ、笑いごとじゃないですよ、ご主人様。それで、孫女と朱姫がどうなったか知りませんか?」

 

「さあね……。金色の光に包まれた後、朱姫はもともとは、お前がいる牢に一度は放り込まれたみたいだね。しかし、朱姫は、七雌妖がすぐに連れていったようさ。孫空女はわからないね。こことは別に、まだ牢があるのかもしれない」

 

「と、とにかく、申し訳ありませんでした……」

 

「まあ、とにかく、お前だけでも合流できてよかったよ。じゃあ、あのふたりを探しに行こうじゃないか。この黄花観にいることは確かなんだろうからね……」

 

「探すと言っても、この状況じゃあ……」

 

 沙那は拘束されている四肢を揺すった。

 背中で束ねられている手足首は解けそうにない。

 解けたとしても、この牢からどうやって脱出すればいいのかわからない。

 

「……お前の手足を拘束している枷は霊具のようだね。だったら、わたしに任せな……」

 

 宝玄仙が言った。

 しばらくすると、がちゃりと背中で音がした。

 束ねられていた手足が自由になる。

 沙那は身体を起こした。

 

「ご主人様、道術が──?」

 

 沙那は自由になった手足の痺れを擦りながら、宝玄仙の顔が見えている壁の穴に駆け寄った。

 

「ああ……。お前が朱姫に術をかけるように命じてくれたんだろう? 孫空女と朱姫がわたしのところまでやってきた時、朱姫が『縛心術』でわたしが新しい道術を身体の霊気と結びつけることができるようにしてくれたのさ」

 

「えっ?」

 

 びっくりした。

 あんなの思いつきだったが、本当にうまくいった?

 

「ほ、本当ですか――」

 

 沙那は歓喜の声をあげてしまった。

 

「ああ……。だけど、縛心術だけじゃだめだった……。しかし、あの変な黄金の光さ。あれを浴びたことで、よくはわかんないんだけど、わたしの道術を凍結していた賽太歳(さいたいさい)のやらの呪術までも、力を弱めたようさ。もっとも、完全にはほど遠いんだけどね」

 

「黄金の光……ですか?」

 

 それは知らない。

 しかし、口ぶりからすると、光を浴びた者の力を奪うことができる罠なのだろう。

 おそらく、孫空女たちは、それで無力化されて捕らわれてしまったのだと思う。

 だが、宝玄仙については、道術を凍結させていた何らかの呪術ごと、無力化されたということか?

 それでも、復活にはまだまだらしいが、それがなんらかの作用を働き、朱姫がやった縛心術の効果と相まって、ほんの少しだが、宝玄仙の力が戻ったということ?

 だとすれば、嬉しい。

 もっとも、限られた宝玄仙の力がどこまで、通用するかだが……。

 

「いずれにしても、道術が遣えるようになったんですね? 戦えるくらいですか?」

 

「さてねえ……。だげど、わたしの身体にある元々の道術は、まだ封印されたままだけど、朱姫から受け取った幾つかの道術は遣えるようになったようだ。わたしも、道術が幾らか復活したことに、ついさっき気がついたところだよ──。さて、どうしてくれようかね。あの変態妖魔どもめ……」

 

 石穴の向こうの宝玄仙が冷酷に笑った気がした。

 

「この石牢は向こう側から鉄のかんぬきで閉じているだけさ。朱姫の『影手』の術で簡単に外せるよ。待ってな──」

 

 穴の向こうの宝玄仙の姿が消えた。

 しばらくすると金属音が聞こえてきて、向こう側の牢の扉が開く気配があった。

 やがて、沙那のいる牢の扉が開き、素裸の宝玄仙の姿が現れた。

 

「ご主人様、よかったです──」

 

 宝玄仙の道術が限定的とはいえ復活した。

 沙那は嬉しくて宝玄仙に抱きついた。

 

「お前、いいものはいているね。それ、脱いで寄越しな」

 

 少しの抱擁の後、宝玄仙が沙那の履いていた腰の下着に眼をやり、そう言った。

 そういえば、あの多目怪という妖魔は、触手で責める間、沙那の下着を結局脱がさなかった。

 だから、腰の下着だけはそのまま残されたのだ。

 

「で、でも、わたし何度も気をやって、びしょびしょで……」

 

 これ以上ないというくらいに限界まで沙那の履いている下着は汚れている。

 こんなものを宝玄仙に渡すなど……。

 

「なんでもいいんだよ、ずっと裸にされて、尻尾までつけられて、人間じゃなくなったような気分にされてたんだ。汚れていてもいいから、人間らしい格好をしたいんだ。さっさと脱ぎな」

 

 宝玄仙は言った。

 仕方なく沙那は、自分の愛液でずっしりと重い下着を脱いで宝玄仙に渡す。

 

「こりゃあ、確かに酷いものさ。お前、多目怪に責められて、何回気をやったんだい? うわあ、べとべとだねえ。なんか変な気持ちになるじゃないか」

 

 下着を沙那から受け取った宝玄仙が、わざとらしく顔をしかめた。

 

「わ、わたしはそう言いましたよ」

 

「そうだけど、物には限度というものがあるさ」

 

 それでも宝玄仙は、沙那の汚れた下着を身に着けた。

 口では嫌味を言ったが、別段、そんなに気にしてはいないようだ。

 

「ところで、いま、尻尾とか言いませんでした、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 しかし、見たところ宝玄仙のお尻には、尻尾などどこにもない。

 

「ああ、これかい?」

 

 宝玄仙は手にしていた白い房毛を沙那に渡した。

 気がつかなかったが、宝玄仙はずっとそれを持っていたようだ。

 

「これが尻尾ですか?」

 

 沙那は言った。

 

「そういうことさ。股間の中の糸もやっと消すことができたよ。だけど、尻尾のお陰で七雌妖の糸の道術をわたしのものにすることができたのさ。なにせ、ずっと七雌妖の道術を身体に入れていたんだからね。それを逆に読み込んで、道術のひとつとしてわたしが吸収することも難しいことじゃなかったよ」

 

「あいつの道術も取り込めたんですか?」

 

「ああ。七雌妖の糸の道術は、いまはわたしも遣える。しかも、あんな三流妖魔の霊気とは比べものにならない巨大なわたしの霊気が母体だ。その威力はほとんど制限なしさ──。あの変態雌妖にも、本当のわたしの恐ろしさを見せてやらないとね」

 

 宝玄仙は不敵に微笑むと、牢の外に向かって歩き出した。

 沙那は慌てて、裸身でその後を追った。

 

 歩きながら宝玄仙が混みあがった笑いが我慢できないかのような声をあげた。

 その声の響きがあまりに不気味で、思わず、沙那は両手で自分の乳房を抱いた。



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321 くすぐり奴隷の余韻

「ほら、歩きな、雌犬」

 

「ひぎぃっ──」

 

 鼻に取り付けられた鼻輪に繋げられた鎖を引っ張られて朱姫は泣き叫んだ。

 両手首の手錠は首輪に後ろにある金具に接続されている。

 しかも、両膝に嵌められた枷が、首輪の前の部分と鎖で繋がっているのだが、その鎖が短いので前屈みにしかなれず、そして、膝もまた短い鎖で繋がっているので、満足に歩けないのだ。

 その状態の朱姫を七雌妖(ななめよう)は、容赦なく鼻輪で引っ張り回して裏庭に連れてきた。

 

「ぎひっ、ぎひぃぃぃぃ……」

 

 鼻輪をつけられてそれを引っ張り回される苦しさと激痛に、朱姫は鼻水が顔から滴り落ちるのも構わずに呻き泣いた。

 全身が鞭打ちの激痛と辛子汁による責めでばらばらになりそうだ。

 しかし、七雌妖は、朱姫の苦悶などお構いなしに鼻輪を曳きまわす。

 朱姫が泣き声をあげればあげるほど、悦に入ったように責めを強くする。

 

「ほらっ、ほらっ、朱姫──。歩くんだよ」

 

 七雌妖は朱姫を裏庭の真ん中まで連れてきた。

 ふと見ると、庭の真ん中に一本の棒が突き出ている。

 その棒の先端は男根の形をしており、しかも大きさが巨根並みだ。

 縦棒は、しっかりと根元が土に埋まっていて、朱姫の膝の位置程度までの高さまで突き出ている。

 下側に取っ手のようなものがあり、どうやら張形の高さは調整できるようだ。

 また、棒の下側には垂直に横向きの棒が足首の高さで交差していて、両側に革紐がついている。

 

「お前のために準備したものさ。ここで気が狂うまで立っていな、朱姫」

 

 七雌妖は嫌がる朱姫をその奇妙な巨根の飾りのついた棒の位置まで連れてくると、膝と首輪の鎖を離し、膝の枷も取った。

 次に持っていた鼻輪の鎖を上に放り投げる。

 上には、樹木の枝が突き出ていて、鎖は枝を一回転して先端が戻ってきた。

 七雌妖は、朱姫の身体が棒を跨ぐように位置を調整すると、鼻輪の鎖を朱姫が上を向かなければならないくらいの高さに固定して結んだ。

 

「ふぎいっ……い、いがい……ゆ、許、ゆるひて……」

 

 朱姫は泣き声をあげた。

 七雌妖はその朱姫の情けない姿に悦びの笑いをあげる。

 

「ほらっ、半妖の娘なら、この巨根をずっぽりと咥えてみせな」

 

 七雌妖は朱姫の足首を引っ張ると強引に横になっている棒に開脚にして足首を革紐で結びつけた。

 朱姫は先端が巨根となった縦棒を跨いで大きく脚を開いた状態で固定される。

 しかも、顔は上から樹木の枝を通った鼻輪で引っ張りあげられている。

 身動きすれば鼻に激痛が走るので、もがくこともできない。

 

「いくよ」

 

 七雌妖が縦棒の根元の取っ手を操作し始めた。

 だんだんと縦棒の先があがってくる気配があった。

 やがて、巨根の先端が朱姫の割れ目に触れた。

 

「うあっ……ひ、ひっ、さ、裂ける……裂けます……や、やめてっ──」

 

 乾いた膣に張形がめり込んできて、朱姫は悲鳴をあげた。

 しかし、朱姫の苦痛の叫びなど聞こえないかのように、どんどんと棒は上昇する。

 やがて、巨根の亀頭の部分が朱姫の陰唇をかきわけてずるりと入った。

 

「ほごおっ──」

 

 朱姫は身体を仰け反らして震わせた。

 そのため鼻輪が引っ張られて、また激痛が走る。

 

 巨根が大して濡れてもいない膣の粘膜を強く擦りあげながらあがってくるのは苦痛以外のなにものでもない。

 朱姫は悲鳴をあげ続けた。

 ずんという感触とともに女陰の最奥まで巨根が突き抜けた。

 

「あががががっ──」

 

 さらに七雌妖が取っ手を操作して巨根を上まで引きあげた。

 朱姫は膣が引き裂かれる恐怖と激痛で、ほとんど動かない足を懸命に爪先立ちさせて、それに耐えた。

 朱姫の苦悶の串刺し姿が完成すると、七雌妖は満足したかのように、朱姫から少し離れて、それを眺める態勢になった。

 

「じゃあ、しばらく、そうしてな──。沙那や孫空女の様子を見てくるよ。いまごろはおじきがどっちかのくすぐり調教をしているはずだからね」

 

 七雌妖が冷酷そうな表情で笑った。

 朱姫は倒れるどころか身動きもできない。

 膣口は限界まで押し広げられて、深々と巨根がめり込んでいる。

 しかも、朱姫が股間で受け入れられる限界以上まで高さをあげられているので、開脚で爪先立ちの姿勢を崩せない。

 

「さて、じゃあ、最大限の振動にしてから放置しておいてやるね、朱姫」

 

 七雌妖が喉の奥で笑った。

 この状態で女陰に挿入されている大きな張形を振動されて放置されるなど冗談じゃない。

 本当に死んでしまう。

 朱姫は懸命に哀訴した。

 

「愉しいことをしているじゃないか、七雌妖……」

 

 突然、宝玄仙の声がした。

 驚いて朱姫は声の方向に視線を向ける。

 

 下着一枚だけを身につけた宝玄仙が建物から歩いてくる。

 その後ろには沙那もいる。

 

「お、お前、宝玄仙──。なんでここにいるんだい?」

 

 しかし、朱姫以上に七雌妖が、宝玄仙の存在に驚愕している。

 次の瞬間、四方八方から七雌妖に大量の糸が襲いかかった。

 七雌妖の首から下が繭のようなもので包まれ、それが小さくまとまる。

 

「な、なんだい、これ?」

 

 あっという間に、七雌妖は首だけ出したまま、手足を丸めて繭の中に包まれた状態になった。

 ほとんど瞬時に終わってしまい、七雌妖もなにが起きたかわからなかったに違いない。

 首から下を繭に包まれた七雌妖は、ちょうど大きな卵から首だけ出しているようなかたちだ。

 動きを封じられた卵のような態勢の七雌妖がごろりと地面に倒れた。

 

「こ、これは……?」

 

「お前のような三流妖魔にはもったいない道術じゃないか。これからは、わたしが遣わせてもらうよ──こっちを見な」

 

 宝玄仙が横倒しになっている七雌妖の顔を踏みつけた。

 そして、顔を覗きこむようにしている。

 朱姫には、宝玄仙が『縛心術』をかけようとしているということがわかった。

 

「大丈夫、朱姫?」

 

 沙那がやってきて、朱姫から鼻輪を外した。

 次いで、取っ手を操作して、喰い込んでいる巨根が先端にある縦棒の高さをさげて、朱姫の膣から抜いてくれた。

 首輪、手錠、足首の革紐が次々に外される。朱姫はその場に崩れ落ちた。

 

「さ、沙那姉さん──」

 

 朱姫は抱きかかえてくれた沙那に抱きついた。

 

「もう、大丈夫よ。ご主人様の道術が少し戻ったのよ」

 

 沙那が朱姫の身体を抱きしめながら言った。

 

「……お前のお陰だよ、朱姫。お前の『縛心術』がわたしの身体の中の霊気を新たに覚えた道術を結びつけられるようにしてくれたのさ。それと、あの黄金の光さ」

 

「と、とにかく、道術が戻ったんですね――」

 

 朱姫は歓声をあげた。

 

「とにかく、お前から受け取った道術がわたしの中で、わたしの道術として霊気と結ばれた。それとこいつの糸の道術もね。こいつが尻尾をつけて、わたしの身体に糸の道術を流しっぱなしにしてくれたので、これも取り込むことができたよ」

 

 宝玄仙はこっちを見て微笑んだ。

 

「ちっ」

 

 転がっている七雌妖が舌打ちした。

 次の瞬間、宝玄仙に向かってどこからか糸が飛んできた。

 しかし、その糸は宝玄仙のそばでなにかに阻まれるように跳ね返される。

 

「『結界術』はわたし直伝の朱姫の道術だからね。お前のような三流雌妖に破れるかい。ほら、観念して、わたしの眼を見な」

 

 宝玄仙の周りには、『結界術』による見えない壁が覆っている。

 朱姫にもそれがわかったが、七雌妖の糸の術はそれに跳ね返されたのだ。

 抵抗している七雌妖の顔を宝玄仙は強引に自分に向けさせた。朱姫は、『縛心術』が七雌妖に流れ込むのがわかった。

 七雌妖の表情が虚ろなものに変わる。

 

「七雌妖、わたしと『道術契約』を結ぶんだよ。お前の道術をすべてわたしに渡すと言の葉に載せな」

 

 宝玄仙が言った。

 虚ろな表情の七雌妖の口が開いた。

 

「あ、あたし、七雌妖は、宝玄仙に、すべての、道術を、渡す……」

 

「契約を結ぶよ」

 

「結ぶ」

 

 ふたりの交わした『道術契約』が刻まれた。

 大きな霊気の流れが七雌妖から宝玄仙に向かったのがわかった。

 七雌妖の道術力がすべて、そのまま宝玄仙に移動したに違いない。

 これで、新たに『道術契約』が交わされるまで、七雌妖は道術が遣えない。

 そして、これまで七雌妖が遣っていた道術のすべてが、宝玄仙の中に取り込まれた。

 

「どれっ、朱姫、こっちにおいで」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫が立ちあがると、全身が温かいものに包まれた。

 宝玄仙から『治療術』の道術が流れてくる。

 『治療術』は七雌妖が遣えた道術だ。

 それを宝玄仙が取り込み、さっそく、朱姫に施してくれたのだ。

 辛子汁や鞭打ちで痛めつけられた朱姫の身体が治っていく。

 鼻輪を取り付けるために開けられた鼻の中の孔も塞がれたのがわかった。全身の激痛も消える。

 痛みが瞬時に消滅する感覚は、最高の絶頂をしたときと同じくらい気持ちいい。

 朱姫は思わず、嬌声のような声を漏らしてしまった。

 

「お前、道術はどうしたんだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「多目怪の道術で封印されたみたいです、ご主人様」

 

「そうかい……。やっぱり、あの光は道術を封印する効果があっんだね。だから、賽太歳とやらの呪術も一緒に封印されて弱まったということだね。理にはかなってるじゃないかい……。とにかく、ちょっと待ちな」

 

 宝玄仙が朱姫をじっと見る。

 おそらく、道術で朱姫の中の霊気を調べているのだ。

 

「……ただの『縛心術』だね。これなら、簡単に復活できるさ──。ほら、終わったよ」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は自分の中で霊気が動き出すのがわかった。

 道術が戻ったことで、とまっていた霊気の流れがまた激しく動き出したのだ。

 

「わたしらは、孫空女と多目怪を見つけて来る。多分、孫空女は、多目怪と一緒だ。懲らしめてくるよ。こっちはお前が好きにしていい、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、七雌妖の顔の前で手を叩いて、大きな音をさせた。

 七雌妖の顔がはっとしたようになる。

 

「こ、これは……、ど、どうなったんだい、あたし?」

 

 繭の包まれたままの七雌妖がまともな表情になった。

 『縛心術』から、解放されたのだ。

 

「ご主人様、もう、あたしでもこいつを自由にできます。繭から出してください」

 

 朱姫が言うと、瞬時に七雌妖を包んでいた眉が消滅した。

 

「あ、あたしの道術が……」

 

 七雌妖は、自分の身体を探って、道術がなくなっていることに気がついたに違いない。

 さっきは、深い『縛心術』をかけられている状態で、『道術契約』を結んだ。

 だから、宝玄仙に道術を渡したことを覚えていないはずだ。

 しかし、意思がない契約でも、言の葉に載せてしまえば有効だ。

 

 これから、七雌妖は道術がない状態で生きていくことになるのかもしれない。

 随分と自分勝手な妖魔だったが、道術がなくなれば好き勝手はできないだろう。

 朱姫は、事態の変化がわからず、途方に暮れたような表情の七雌妖の頬を力いっぱい張り飛ばした。

 

「ひぎいっ」

 

 七雌妖の身体が横倒しに倒れる。

 孫空女ほどじゃないが、朱姫もそれなりに力はある。

 その朱姫の張り手で七雌妖は地面に倒されたのだ。

 

「裸になりなさい、七雌妖」

 

 朱姫は静かに言った。

 七雌妖は倒れた身体の上半身だけを起こした状態だった。

 

「はあっ?」

 

 七雌妖が眉毛をひそめて朱姫を睨んだ。

 

「はがああああっ」

 

 しかし、その七雌妖が悲鳴をあげると、そのまま白目を剥いて再び倒れた。

 朱姫の『影手』が、七雌妖の肉芽に張り付き、力いっぱい肉芽を握り潰したのだ。

 

「命令にはすぐに反応した方がいいわね、七雌妖。次は鼻の孔よ。命令に逆らったり、躊躇したりすると、その『影手』が今度は、お前の鼻の粘膜を突き破るわよ」

 

 七雌妖の鼻を塞ぐように新たな『影手』を張りつけた。

 違和感を覚えたのか、七雌妖の顔が蒼くなる。

 

「ひぐっ──。ぬ、脱ぐわよ、脱ぐっ」

 

 慌てて七雌妖の手が動き出した。

 顔に貼りつけた『影手』を鼻の孔の中に移動させたのだ。

 それで、朱姫の言葉が脅しではないことを悟ったに違いない。

 肉芽を摘まんでいる『影手』も痛みは緩めているが、圧迫感を与える程度には力を入れている。

 

「じゃあ、わたしらは行くよ、朱姫」

 

「ほどほどにね」

 

 宝玄仙と沙那が屋敷の方向に戻っていく。

 それを横目で見ながら、七雌妖が次々に衣類を下に落としていくのを朱姫は確認する。

 

「ねえ、七雌妖……さん。責める者と責められる者……。これが逆転するなんて、こんなに面白いことはないと思いませんか?」

 

 朱姫は言った。

 

 

 *

 

 

 生きている……。

 

 それが孫空女によぎった思いだ。

 

「どうだ、怖かったか……? だが、これをやられると、気を失ったり、狂ったりする者もおるのじゃが、お前は気丈にも、意識を保ったままだったのう。大したものじゃ」

 

 多目怪の声が横から聞こえた。

 八本の腕を持つ巨大な多目怪が少し離れた場所で笑っている。

 孫空女は粘性の触手の束に身体を包まれた状態で横になっていた。

 

「こ、これは……」

 

 なにが起こったかわからない。

 床のなくなった部屋の天井から繋がれた吊り輪にぶらさげられて、壁から出てきた触手で全身をくすぐられた。

 足の下には、孫空女の身体を切断してしまうような刃物が突き出ていた。

 しばらくは、くすぐりに耐えていたが、両脇を同時にくすぐられて、ついには力尽きて下に落ちたのだ。

 だが、切断されると思っていた刃は柔らかい素材であり、落下した孫空女の身体を護るように包んでくれた。

 そして、下の床に着くと、刃物だった形が分裂して、触手の束になり、孫空女の全身を拘束したのだ。

 

「ふざけるなよ、変態妖魔……」

 

 それだけ言うのがやっとだった。

 さっきの死の恐怖が孫空女の身体からまだ離れない。

 悪態をつかなければ、その恐怖心に心が潰される気がする。

 しかし、多目怪は大笑いした。

 

「あまり、反抗的ならもう一度やってもいいぞ。今度は本物の刃物に変えてやる。死んだ動物は本当に死んだのだ。わしの道術ひとつで、刃物を刃物のまましておくこともできるし、さっきのように柔らかい触手に戻すこともできる。わしは、どっちでもいいのじゃ」

 

「く、糞が……」

 

「くすぐり奴隷としての素材は、宝玄仙と沙那で手に入った……。だが、お前は、お前でなかなか味がある──。まあ、合格じゃ。三人並べて、くすぐり奴隷に仕上げてやる。わしの愉しみはしばらく続きそうじゃ」

 

 多目怪が哄笑した。

 かっとなって、なにか言い返そうとしたが、孫空女を包んでいる触手の一部が急に上に伸びて孫空女の裸身を見下ろすようなかたちになる。

 それと同時に、孫空女の四肢が伸ばされて、仰向けにされた。

 また、身体が背中側から突きあげられて、腰と胸を上に突き出したような態勢になった。

 

「な、なんだよ」

 

 孫空女は抗議の悲鳴をあげた。

 しかし、孫空女を見下ろしている触手の先が繊毛の束のようなかたちに変化し、孫空女の全身に襲いかかってきた。

 

「や、やめてよ……あ、ははははははっ……ひいひひひひ……あははは……ははは……ひゃははははは……お、お願い……はははは、ひゃははは……」

 

 いきなり全身のくすぐったい場所を繊毛が擦り始めた。

 くすぐったいというような生易しいものじゃない。

 わけのわからない刺激が全身を駆け巡る。気がつくと笑い続けている自分がいる。

 笑いたくないのに、その刺激が笑いを呼び起こし、そして、笑い続けることで少しずつ死に近づくのがわかる。

 そんな感じだ。

 

 全身が壊される。

 心からの恐怖を覚えながら、孫空女は全身からやってくるくすぐったさに笑い続けた。

 

「はははははは……ひゃははははは……あは、ひっ、ひひひひ……はははは……」

 

 やめてとも言えない。触手は孫空女の身体に耐性ができないように次々に刺激の場所と強さを変化させながら孫空女の全身を襲いかかってくる。

 頭の先から足の裏までくまなくくすぐられて、孫空女は半狂乱になった。

 

 息が……。

 息がとまる……。

 

 死ぬ……。

 笑いながら恐怖心を感じていた。

 

 なにがどうなっているか、知覚する能力が消滅する。

 感じるのはただ触手の先の繊毛の恐ろしさだけ。

 それが全身に責めかかる。

 

「ひゃはははは……ははははは……あっはははは……や、やめ……はははは……お、ねがい……あははは、ひうっ……ひひひひ……はあ……はあ……はははは……だ、だめ……はははは……」

 

 逃げようにもがっしりと胴体と四肢が拘束されている。

 ほとんど身じろぎもできないのだ。容赦のない触手が孫空女の全身をくすぐる。

 

「ほう、さっそく、小便を洩らしたか……。大抵は次に大便も垂れる。恥ずかしがることはないぞ。遠慮なく垂れ流せ。ちゃんと始末してやる──。その代わり、明日の朝まで続けるぞ。明日の朝まで息があったら、次の段階に進む。息がなければそれで終わりじゃが、お前は見たところ、身体が丈夫そうじゃ。耐えられるじゃろう」

 

 多目怪の声がする。

 しかし、もう半分も頭に入ってこない。

 ひたすら繊毛に翻弄されて笑うだけだ。

 

 苦しい……。

 助けて……。

 

 孫空女は笑いながら絶望の悲鳴をあげた。

 その触手が突然に消滅した。

 孫空女は床に投げ出された。

 

「な、なんだ?」

 

 多目怪が叫んでいる。

 顔をあげると多目怪の全身が蜘蛛の糸のようなもので縛られている。

 部屋のあちこちから伸びた無数の糸が多目怪の全身に絡みついて、その動きを封じているのだ。

 糸は多目怪の身体に隙間なく絡みついているが、糸が当たる部分には、うっすらと多目怪の血が流れている。

 

「動くんじゃないよ、多目怪──。糸を刃物に変えている。うっかりと動けば、お前の身体はばらばらに切り刻まれるよ……。まあ、わたしはそれでもいいけどね」

 

「ほ、宝玄仙なのか? ど、どうやって……」

 

 多目怪が呻き声をあげた。

 宝玄仙がいるのは部屋の隅で、糸で拘束されている多目怪の背中側だ。

 身体を動かせない多目怪は、宝玄仙の姿を見るために振り返ることができない。

 

「ご主人様」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「あんた、大丈夫?」

 

 宝玄仙の後ろの沙那が言った。

 

「な、なんとか……朱姫は?」

 

「無事よ。七雌妖と遊んでいるわ」

 

 沙那が言った。

 

「遊んでいるね……」

 

 朱姫のことだ。

 また、七雌妖をいたぶって嗜虐しているに違いない。

 

「お、お前、道術が遣えたのか……?」

 

 多目怪が身動きできない姿のまま言った。

 

「そうだよ。好き勝手してくれたけど、これでも、超一流の道術遣いさ。この宝玄仙をいたぶってくれた礼をどうやってしてやろうかねえ──。わかっていると思うけど、この部屋は、わたしの結界が包んでいる。だから、お前の道術が作動しないのさ。この結界の中にいる限り、お前はわたしの玩具だ。そして、そう簡単には出してやらないけどね」

 

「け、結界? ま、まさか、こんなに強い結界など……。し、しかし、本当に道術が遣えん。し、信じられん……」

 

「信じられようが、信じられまいが、本当はお前とわたしにはこれだけの霊気の差があるんだよ。よくも酷い目に遇わせてくれたね。覚悟はいいかい」

 

 宝玄仙と沙那が回り込んで、孫空女のそばまで来た。

 孫空女も立ちあがり、なんとか沙那の隣に立つ。

 宝玄仙は多目怪の前に立ちはだかるように立っていたが、その多目怪の腰に向かって、どこからか別の糸が伸びた。次々に糸が飛んでは消え、刃物のように伸びて多目怪の下袴を引き裂いていく。

 

「や、やめんか──」

 

 下袴を切り裂かれそうになっている多目怪が悲鳴をあげた。

 

「やかましいよ。女三人、裸でいるんだ。お前だけが服を着ているなんて許されるわけないだろうが」

 

 宝玄仙は容赦なく多目怪の下袴を引き裂いていく。

 やがて、股間を包んでいた部分がなくなり、多目怪の局部が露わになった。

 

「意外に粗末じゃないか。その身体だから、さぞや立派なものを持っているのかと思えば、普通より小さいんじゃないかい」

 

 宝玄仙が多目怪の股間からぶらさがっている肉棒を見て笑った。

 多目怪の顔が恥辱に歪んでいる。

 孫空女の眼にも、大きさは人間の男のものに比べてもやや小さ目だと思う。

 それが、多目怪の大きな身体についているのだから、まるで子供の男根をつけているようにも見える。

 

「そんな粗末な道具だから、女をくすぐり責めるというようなおかしな方向に性癖が指向されるのさ……。ほら、お前たちも笑いな」

 

 多目怪の顔が泣くような表情になった。

 どうやら、道具の小ささについては、多目怪の心の傷なのかもしれない。宝玄仙もそれはわかっているのだろう。

 だから、容赦なく心を抉るような言葉を使っているのだろう。

 

「ほら、なにか言いな、沙那」

 

「わ、わたし、ですか……?」

 

 宝玄仙に突然振られた沙那は戸惑いの表情だ。

 

「そうだよ。あいつの道具は小さいよねえ」

 

「さ、さあ……。わ、わたしは、普通がどんなんだか、よくわからないし……」

 

「なに、かまととぶってんだよ──。じゃあ、孫空女だ。お前はどう思う?」

 

「まあ、小さい方だろうねえ」

 

 仕方なく思ったことを言った。

 多目怪がなにか獣じみた唸り声をあげて孫空女を睨んだ。

 

「おっ、いいものがあるじゃないか」

 

 宝玄仙が部屋の隅の戸棚を見つけて声をあげた。

 孫空女も見たが、そこには酒瓶がずらりと並んでいた。

 宝玄仙はなにをするかと思ったら、その戸棚まで行き、一本の酒瓶を持って戻ってくる。

 ついでのように、戸棚の前にあった燭台から火のついた蝋燭を持ってきた。

 そして、驚いたことに多目怪の恥毛と男根にどぼどぼと酒をこぼしはじめた。

 

「な、なにをするつもりじゃ?」

 

 多目怪の眼が大きく開いた。

 

「心配しなくても、焼け焦げた肉棒だけは、『治療術』で治してやるよ」

 

 宝玄仙は酒を吸った多目怪の恥毛に蝋燭の火を移した。

 

「ひ、ひいいっ──」

 

 多目怪が驚きの声をあげた瞬間、多目怪の恥毛と肉棒が蒼白い炎に包まれた。

 

「うわあああぁぁぁぁ──」

 

 多目怪が絶叫して暴れた。

 どうやら、動けば身体がばらばらに千切れるというのは宝玄仙の脅しだったようだ。大暴れしている多目怪だが、糸の部分に血が滲む程度で、それ以上の傷はつかないようだ。

 その代わり、どんなに多目怪が暴れても、多目怪の全身を拘束している糸は緩みそうにもない。

 多目怪の絶叫が部屋に響き渡る。

 断末魔のような多目怪の絶叫と毛と肉が焼ける匂いが部屋に立ち込めだす。

 

「あがあああぁぁぁぁ──」

 

 すでに多目怪の恥毛は焼けてなくなっている。

 しかし、まだ、炎は酒をかけられた肉棒の表面で燃え続けている。

 炎に包まれた男根を凝視していて、あまりの残酷さに孫空女は眼を逸らした。

 ふと見ると、沙那は両手で顔を隠して、顔を反対側に向けて身体を震わせていた。

 

 

 *

 

 

 久しぶりにひとりになった気がする。

 多目怪の屋敷だった黄花観(おうかかん)だが、屋敷の持ち主だった多目怪はもういない。

 三日間ほどいたぶってから七雌妖とともに放逐した。

 二日以内の距離に戻って来たら、今度こそ殺すと伝えている。

 

 多目怪についても、七雌妖についても、道術を『道術契約』で宝玄仙に移したことで、道術を失っている。

 道術を失った妖魔二匹がどうやって生きていくのかは知らない。

 もしかしたら、北辺の濯垢泉(たくこうせん)の七雌妖の屋敷にでも行くのかもしれないが、宝玄仙の知ったことではない。

 

 それにしても、酷い目に遭ったものだ。

 つくづく、宝玄仙は考えた。

 

 気まぐれで、北辺の宿屋の一階の酒場で意気投合した七雌妖とひと晩をともにして、そのまま、雌犬奴隷としての調教を受けさせられる羽目になった。

 三人の供は、七雌妖によって、一時的に記憶を失わされて追い払われたが、救出のために戻ってきてくれた。

 しかし、たままた居合わせた多目怪という変態妖魔に『移動術』でここまで連れて来られて供と離された。

 そして、くすぐり調教というものを受けさせられた。

 くすぐりを性癖として取り入れて、快感として感じる身体に変えてしまうというのだ。

 それで朝から晩まで、ひたすらくすぐられるという数日を送らされた。

 

 三人の供が追いかけて、また救出のために行動してくれたのは、ここに連れて来られて二日後のことだったらしい。

 時間の感覚のなかった宝玄仙には、もっと長く感じたが、あれはたった二日のことだったのだ。

 

 その救出も多目怪が仕掛けた罠で一度は失敗したものの、合流直後の朱姫が宝玄仙に『縛心術』をかけて、完全に封鎖されていた道術の一部を復活させたのだ。そして、あの道術を封印するらしい黄金の光の罠が、逆に凍結されていた宝玄仙の道術の一部を開放することに繋がったのは、まったくの偶然だ。

 とにかく、なにが幸いするかわからない。

 

 もっとも、封鎖されている大部分の道術はそのままだ。

 しかし、新しく身体に入れた道術力を宝玄仙の身体の中の霊気と結びつけられるようにしてくれ、それで、道術がいくらか戻った。

 道術力さえあれば、宝玄仙の霊気は巨大だ。

 いくらでも効果の高い道術を発生させることができる。

 

 いまは、朱姫から受けた道術のほかに、多目怪と七雌妖から奪った、『糸の道術』、『治療術』、『触手術』などが遣える。

 淀んでいた霊気も動くようになったし、体力も気力も回復できた気がする。

 

 酷い目に遭ったのだが、収穫もあった。

 七雌妖と多目怪から、賽太歳(さいたいさい)に関する情報を聞けたことだ。

 宝玄仙の道術を奪った妖魔、つまり、賽太歳──。

 

 その居場所は、ここからさらに北に向かった麒麟山(きりんざん)という場所のようだ。

 朱紫国では、妖魔の里とも呼ばれているところで、そこに、獬豸洞(かいしどう)という名の妖魔城がある。

 そこにいるらしい。

 

 どうなるかわからないが、宝玄仙の道術もいくらか復活している。

 なんとか道術対決で打ち勝ち、本来の宝玄仙の道術を取り戻す──。

 そういうことになるだろう。

 

 出発は明日と決めた。

 三人の供は、そのための準備をしているはずだ。

 

 七雌妖からの調教、多目怪からの調教、その後の二匹の妖魔への仕返し──。

 久しぶりにひとりになり落ち着いた時間を過ごしている。

 

 それにしても……。

 宝玄仙は寝椅子に横になっていたが、ふとそばに置いていた鳥の羽根を手に取った。

 この羽根や多目怪の触手で骨の髄までいたぶられた。

 自分の中のなにかが壊されて、別のものが作りだされるのがわかった。

 

 この鳥の羽根……。

 

 “お前をくすぐり奴隷にする──。

 くすぐられなければ絶頂できない身体にしてやろう……”

 

 あの多目怪の言葉が思い出される。

 別にくすぐられなければ絶頂できない身体になったわけではない。

 しかし、くすぐりの苦しさの向こう側にある途方もない愉悦は、確かに宝玄仙の身体に刻まれた。

 

 あのときの感触──。

 

 途方もない苦しみだったはずなのに、いまとなっては、なんだか懐かしい気持ちに襲われるのはなぜだろう……。

 宝玄仙は、なんとなくその鳥の羽根で自分の首をくすぐってみた。

 

「くっ」

 

 ぞくぞくという快感がすっと全身に立ちこめた。

 びくりとして、慌てて鳥の羽根を離した。

 

 びっくりした……。

 

 いまのはなんだったのか……。

 この三日、二匹の妖魔に仕返しをするのに夢中で、自分のことなど思い起こす余裕などなかった。

 自分を苛めた二匹の妖魔に仕返しの嗜虐をする愉しさでいっぱいだったのだ。

 

 それはそれで宝玄仙の嗜虐の性癖を満足させたが、いまの鳥の羽根の刺激は、それとは別に、宝玄仙に心地よい満足感を与えてくれるような気がした。

 

 宝玄仙は、周囲を見回した。

 誰もいない……。

 

 腰をあげて、下袍から下着を抜く。

 そして、裾をあげて、鳥の羽根を下袍の中に差し込んだ。股間を履くように動かす。

 

「あ、ああ……」

 

 大きな疼きが込みあがった。

 気持ちいい……。

 さらに激しく動かす──。

 知らず、宝玄仙は襲ってくる快感の波に身体を悶えさせた。

 

「……ご主人様」

 

 声がした。

 びっくりして、宝玄仙は鳥の羽根を下袍から慌てて抜いた。

 いつの間にか、沙那と孫空女と朱姫の三人が周りを取り囲んでいる。

 

「お、お前たち、いつの間に?」

 

 宝玄仙はたじろいだ。

 

「おかしなことを始めたんで、隠れて見守っていたんですが、我慢できなくて、気配を殺してやってきたんですよ。あたしたちが周りを囲んだのに、気がつかなくて自慰を続けるなんて、ご主人様、余程、その鳥の羽根の自慰が気持ちがよかったんですね」

 

 朱姫が宝玄仙から鳥の羽根を取りあげて言った。

 沙那と孫空女もその横でにやにやしている。

 宝玄仙は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。

 

「お、お前たち、見ていたのかい……。い、いつから?」

 

「いつからって……。ご主人様が、誰もいないのを確かめようと、きょろきょろするところからかな」

 

 孫空女だ。

 

 見られていた……。

 宝玄仙を激しい羞恥心が襲う。

 

「ご主人様、水臭いじゃないですか──。あたしたちは、ご主人様の性奴隷なんですから、ご主人様が気持ちいいことは、いくらでもやってさしあげますよ」

 

 朱姫が押し倒すように、宝玄仙を寝椅子に倒した。

 頭側にいる孫空女が宝玄仙の両手を寝椅子の上にあげるように伸ばさせた。

 

「な、なにしているんだよ、お前たち。そ、そんなんじゃないんだよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「まあまあ、自慰をするくらいなら、あたしらにやらせてくれてもいいじゃない、ご主人様──。あたしらも少しは頑張ったよ。ご褒美だよ」

 

 孫空女が宝玄仙の手首に紐を回して、寝椅子の上側に結びつけた。

 

「そうですね。ご褒美も欲しいですよね」

 

 沙那だ。

 沙那は沙那で、宝玄仙の足首を開いて寝椅子に縛ろうとしている。

 好き勝手な三人の行動だが、どうしても道術で阻止する気になれない。

 それどころか、身体のどこかに、これから起きることを期待している自分がいる。

 宝玄仙は落ち着かない気持ちになる。

 手足を伸ばして寝椅子に拘束された。

 

「さあ、ご主人様、覚悟はいいですか?」

 

 朱姫が宝玄仙の身体に乗るようにして、上衣をぼたんを外し始める。

 上衣がくつろげられて、胸が露わになると、ひんやりとした外気を感じた。

 宝玄仙は、それで自分の身体が随分と火照っていたということを悟った。

 

 抵抗はできるのだ。

 でも、どうしてもそれをする気になれない。

 自分は本当にどうしたんだろう──?

 

「いいですよね、ご褒美を頂いても?」

 

 沙那が宝玄仙の顔を覗きこむように言った。

 宝玄仙の中のなにかの緊張が解けた。

 それも仕方ないか……。そんな気持ちになる。

 

「ふっ……。まあ、いいさ──。わたしを好きにしたいなら好きにしな。抵抗はしないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「うん」

 

 孫空女が微笑んで頷く。沙那と朱姫も愉しそうに笑っている。

 すっと眼の上に目隠しをされた。視界が消える。

 

「行きますよ、ご主人様」

 

 鳥の羽根が突然、臍の周りを襲った。

 

「ひいっ」

 

 爆発したように込みあがったくすぐったさと快感に、宝玄仙は拘束された身体を跳ねあげて悲鳴をあげた。

 

 

 

 

(第50話『くすぐり奴隷への道』終わり)






 *


【西遊記:73回、多目怪(たもくかい)


(前回の七人の蜘蛛の女精のエピソードの続きとなります。)

 逃亡した雌妖たちは、兄弟子である多目怪(たもくかい)を頼って、黄花館(おうかかん)という彼の館にやってきます。
 ところが、そのことを知らない玄奘(三蔵)一行が、偶然にもその黄花館に一夜の宿を求めて訪問します。

 雌妖たちは、訪問してきた玄奘たち四人こそ、自分たちを淫靡な悪戯をして辱めた悪者だと訴えます(猪八戒が温泉から出られない七人の雌妖の股間を(なまず)に化けて悪戯をしたことを差しています)。
 怒った多目怪は、素知らぬ振りをして、玄奘たちに毒茶を飲ませます。
 玄奘、猪八戒、沙悟浄は毒で昏倒しますが、孫悟空だけには毒は効きませんでした。
 多目怪と七人の雌妖が孫悟空に一斉に襲いかかります。
 孫悟空は、咄嗟に、ひとりで屋根に逃げますが、館全体を白い糸が覆ってしまって繭のように包まれ、屋敷に入れなくなります。

 孫悟空は、大量の自分の子人を出現させて、強引に繭の中に入り込ませて、中から七人の雌妖を見つけて引きずり出します。
 命乞いをする七人を人質にして、まだ繭の中の館に籠っている多目怪に、玄奘たちを返せと迫ります。
 しかし、多目怪は玄奘が高僧であり、食べると妖魔としての能力があがることを悟ってしまい、それを拒否します。
 怒った孫悟空は、七人の雌妖を皆殺しにします。

 孫悟空は再び繭を壊して、多目怪に襲いかかります。
 しかし、多目怪の放つ不思議な黄金の光を浴びた途端に満足に動けなくなってしまいます。孫悟空は、とりあえず地中に逃亡して、黄金の光の外に脱出します。

 孫悟空は逃亡できたものの、あの黄金の光の術がある限り、玄奘たちを救出できないと嘆き悲しみます。
 すると、不意に見知らぬ女がやって来ます。
 その女は、孫悟空がいたそばにあった小さな墓に祈りだします。
 孫悟空が事情を訊ねると、自分は多目怪に夫を殺された女であると言います。さらに会話をするうちに、女は多目怪を倒すには、千花洞(せんかどう)という場所に住む毘羅婆(びらんば)という女仙人の助力を受ければいいと教えてくれます。

 孫悟空は、筋斗雲で千花洞に向かいます。
 毘羅婆は、孫悟空の頼みに応じ、黄花洞に同行してくれます。

 黄花洞に到着します。
 多目怪は、またしても黄金の光を放ちますが、毘羅婆が持っていた刺繍棒を投げると、黄金の光が消滅し、多目怪は昏倒してしまいます。

 あっという間に多目怪を倒すことができた孫悟空は、急いで玄奘たちのところに向かいます。
 だが、三人は毒を飲んで倒れた状態のまま瀕死でした。
 毘羅婆は解毒剤を孫悟空に与えます。その解毒剤を飲ませると、玄奘たち三人が元気に復活します。

 一方で多目怪は、毘羅婆の術で無力化されて、一匹の百足(むかで)の姿に戻ってしまいます。
 毘羅婆は、百足の姿の多目怪を連れて行きます。
 玄奘たちは旅を再開します。


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 第51話  消えた記憶と五人の女【芭蕉(ばしょう)
322 記憶のない五人の女


「この辺りは、人拐い魔の出没する噂のあるところだそうです」

 

 沙那は言った。

 朱紫国の北辺と呼ばれる事実上の文明圏との境界を遥かに越えた辺境と呼ばれる妖魔地帯である。

 もっとも、妖魔地帯といっても、人の住む部落なども点在し、人間は妖魔の侵入を防ぐ努力をしながら懸命に生きている。

 そういう場所を辿りながら、さらに北の奥の妖魔の里と呼ばれている麒麟山(きりんざん)を目指していた。

 その麒麟山という場所に妖魔城である獬豸(かいし)洞があるのだ。

 そこには、賽太歳(さいたいさい)という若い妖魔王がいて、その妖魔王が宝玄仙の道術を奪ったことは間違いないと考えている。

 

 賽太歳がなんのつもりで、宝玄仙の道術を奪うようなことをして、どうして、国都で宮廷魔導師をやっている有来有去(ゆうらいゆうきょ)に協力するようなことをしたかはわからない。

 

 そして、あのお人よしの善人の長女金(ちょうじょきん)──。

 考えてみれば、宝玄仙が道術を失ってからの騒動は、二年間も晒し刑にされていた長女金を気まぐれで脱走させたことから始まっている。

 彼女は、沙那たちが故郷に戻るように諭して、朱紫国の国都郊外の貸し家で別れてから姿を消した。

 沙那は、宝玄仙が国都軍に捕らわれた日に行方がわからなくなっており、どうなったのかわからない。

 彼女の行方も賽太歳に遭えばわかる気もする。

 

 いま、沙那たち四人は、北域の辺境地帯のかなり奥地まで入っていた。

 この辺りまでやってきても、人間の暮らす辺境部落はなくならない。

 この旅が始まる前は、東帝国の愛陽という城郭から、ほとんど離れたことのなかった沙那には、改めて人間の逞しさというものに触れた気分だ。

 

「人拐い魔?」

 

 宝玄仙だ。

 沙那たち四人は、点在する人間の部落を辿るように北に向かっていたが、ここは南側の部落とも北側の部落とも離れた山の中だ。

 北域と呼ばれる文明圏の端から最奥の北の地まで続く辺境道沿いにある。

 その途中にある洞窟に四人で野宿の準備をし終えたところだ。

 

 入口側で焚火をしながら、少し奥側に寝床の準備をして、そろそろ食事をしようというところである。

 食事が終われば、寝る前のいつもの日課が始まるはずだ。

 宝玄仙は、夜休む前に、ほとんど欠かさず、沙那、孫空女、朱姫の三人の誰か、あるいは、全員に伽をさせる。

 伽といっても、普通に女同士の情事をするわけではなく、嗜虐だ。

 裸にして拘束し、沙那が考えもつかないような破廉恥な行為や仕打ちを強要して、沙那たちが羞恥や恥辱、あるいは、快感に顔を歪ませるのを愉しむのだ。

 

 なんともいいようのない変態趣味だが、その宝玄仙に従って旅をして三年だ。

 そういう宝玄仙の嗜虐趣味に諦めのような感情で受けとめている自分が不思議でもある。

 もっとも、避けることができれば避けたい。

 恥ずかしいとか、屈辱的だとかいう前に疲れるのだ。

 特に、このところ、沙那は、感じやすい身体をしているとかいって、よってたかって責められることが多かった。

 どちらかというと自分の同じ立場の孫空女まで、からかうように沙那を責めるのも腹が立つ。

 異常だとみんなが言うが、少しばかり感じやすいだけで普通だ。

 いや、絶対に普通だ──。

 

「昨日、立ち寄った部落でそういう噂を耳にしました。用心した方がいいと思います。わたしは、焚火側で食事をしますので、皆さんは奥でどうぞ」

 

 間接的に暗に食事後も今夜の痴態には参加しないと言ったつもりだ。

 宝玄仙の頬が綻ぶ。

 愉しみを見つけた子供のような表情だ。

 

 思わず、心臓が締めつけられるような気分がした。

 宝玄仙があの表情をしたときは要注意だ。

 どうやら、やり方を間違えた。

 嗜虐されるのを露骨に嫌がりすぎたのかもしれない。

 嫌がると宝玄仙は、悦に入って責めかかる。

 

「……そうかい。そんなに嫌かい、沙那──。じゃあ、今夜は、お前を中心に宴をしてやるよ。素っ裸になって、真ん中に座りな。他の者は、服を着たままでいい……。今夜は、沙那の夜さ」

 

「そ、そんな、ご主人様──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「文句言うんじゃないよ、さっさとしな」

 

「そうですよ、沙那姉さん。ご主人様がそうおっしゃったら、もうどうしようもないことを知っているでしょう。さあ、脱ぐんですよ」

 

「あ、あんたまで、なにを言ってるのよ、朱姫……。だいたい、あんたって、いつも、当然のように、ご主人様側にいるけど……」

 

「いまはそんなことを言い合う場じゃないんじゃないですか、沙那姉さん。早く、服を脱いでください」

 

 朱姫が得意顔で沙那を睨み返す。

 なんだか腹が立つ。

 

「しょ、食事は……?」

 

 まだ、夕食を終えていない。

 鍋に煮込んだ野草と兎肉の汁がまだ手つかずだ。

 

「心配しなくても食べさせてやるよ、沙那。両手を手錠で拘束されても、口があれば食べるのに問題はないだろう?」

 

 あの顔はなにかをたくんでいる顔だ。

 間違いない。

 また、おかしな思いつきで、食事についても嗜虐の材料にするつもりだ。

 

「ほらほら、服を脱いでください、沙那姉さん。夜は短いんです。ぐずぐずしていたら、愉しむ時間がなくなるじゃないですか」

 

 朱姫が荷物から取り出した首輪を持ってきた。

 いきなり、その首輪を沙那の首にがちゃりと嵌める。

 

「お、お前──」

 

 思わずきっと朱姫を睨む。

 

「いいから、いいから……」

 

 しかし、朱姫が沙那の服に手を伸ばして、強引にぼたんと紐を解いていく。

 その手を振りほどくのは容易だが、宝玄仙が睨みつけているので、抵抗することができない。

 あっという間に下袴を脱がされて、上衣も取りあげられた。

 

「わ、わかったわよ。自分で脱ぐわよ」

 

 下着姿にされて、ついに観念して沙那は言った。

 すでに身体が熱くなりかけている。

 朱姫は沙那の服を脱がしながら、いつもの手管で沙那の敏感なところを触り続けている。

 納得のいかない沙那が朱姫の手を思わず避けようとすると、沙那の感じる場所に指でちょこちょこと刺激を加えて、翻弄させるのだ。

 そして、沙那の力が抜けたところで、衣服を緩めていく。

 すでに、沙那はたじたじの状態になりかけていた。

 下着などに触られたら、脱衣させられながら欲情の声をあげるという醜態を晒しそうだ。

 

「だったら脱いでください、沙那姉さん。手が止まったら、『影手』で沙那姉さんの気持ちのいい場所をいじくりまわしますからね」

 

 沙那の足元に落ちた服をさっと取りあげて回収した朱姫がにやにやしながら沙那を見ている。

 『影手』は朱姫の得意の道術だ。

 この半妖の少女は、避けようのない黒い手をどこにでも無数に張りつけさせて責めかかる。

 ただの影だから、手で防ぐこともできず、一方的にやられるだけだ。

 その『影手』と『縛心術』で、朱姫は、沙那や孫空女を嗜虐して弄ぶ。

 本来は、沙那たちと同じ立場の宝玄仙の「性奴隷」のようなものなのに、このところ宝玄仙が朱姫を道術の弟子扱いしているのをいいことに、嗜虐についても弟子のような振舞いで沙那たちに相対してくる。

 

「……あ、あたしは、念のために焚火の近くで番をしているよ。用があったら声をかけてよね──。沙那の言う通りに一応、誰か見張りをしておいた方がいいよ……。食事する段階になったら呼んでよ。取りに来るから」

 

 いままで黙っていた孫空女がいそいそと腰をあげる。

 

「ああ、行ってきな、孫空女」

 

 石に座ったまま、沙那と朱姫の様子を愉しそうに見ていた宝玄仙が言った。

 

「あっ、狡いわよ、孫女」

 

 沙那は声をあげた。

 もともと、見張りにかこつけて夜の情事を抜けようという考えは沙那の案だ。

 

「手がとまりましたね、沙那姉さん──。『影手』をあげます」

 

 朱姫が言った。

 沙那の両膝に黒い手の影が張り付いた。

 それがじわじわと嫌がらせのように股間に向かってゆっくりと這い進んでくる。

 

「ひいっ」

 

 思わず声をあげた。

 くすぐったい……。

 そして、もどかしい……。

 なにか疼きのようなものが全身に走る。

 

 『影手』だが、その手管は朱姫の手だ。なんでもないようなのに、確実に沙那の身体から快感を掘り起こしていく。

 それが、全身を苛みながら、ゆっくりと沙那の一番敏感な場所に近づいてくる。

 

「ぬ、脱いでいるじゃないのよ、朱姫──。これ、やめてよ」

 

 沙那は胸当てを慌てて外しながら声をあげた。

 すでに、朱姫の『影手』は膝の上の内腿まで到達している。

 

「そんなに朱姫の『影手』が好きですか? じゃあ、増やしてあげますね」

 

 上半身にもぞわぞわとした誰かに身体を触られる感触が起きた。

 ふと身体を見ると、体側の括れた部分と肩に新しい『影手』が浮かんでいる。

 それがじわじわと腰と乳房に向かって進んでいる。

 

「ひうっ……。あ、ああ……」

 

 全身のあちこちを人の手に触られる感触に思わず沙那は甘い声をあげてしまった。

 

「相変わらず、玩具のような身体ですね、沙那姉さん──。ここなんかも感じますか?」

 

 『影手』のひとつが沙那の内腿をくすぐるような刺激を送ってきた。

 

「ひうっ」

 

 沙那は思わず声をあげて腰を落とした。

 じわりと股間から愛液が垂れ出るのがわかった。

 

 なんでこんなに自分の身体は感じやすいのか……。

 本当に泣きそうになる。

 

 これもそれも、すべては宝玄仙のせいだ。

 この宝玄仙との旅が始まって一年以上も『女淫輪』という淫具を肉芽と乳首の根元につけられていた。

 それは、沙那を四六時中、淫情に襲わせるという怖ろしい霊具で、沙那は、それにより途方もない快感に寝ても覚めても襲われるという日々をすごさせられたのだ。

 もっとも、沙那は生まれついての修行で、全身の「気」を自在に制御できるという技がある。

 沙那は、その「気功の技」で自分の身体が淫情に襲われるのを防いでいた。

 

 だが、そのためか、やっと『女淫輪』を外されてからも、自分の身体が激しい快感を爆発させるのを制御できなくなってしまったのだ。

 普段は大丈夫だ。

 しかし、ひとたび、刺激を感じると、後は、まったく制御できなくなって、自分の身体が途方もなく欲情する。

 全身のどこを刺激されても、股間が敏感に反応する。そんな身体になってしまった。

 

「……もう、濡れたんですか、沙那姉さん。あんまり、はしたなくないですか?」

 

 沙那の痴態を見透かしている朱姫が笑った。

 自分の顔が赤らむのが沙那にはわかった。

 

「あれっ? そう言えば、朱姫──。まだ、妖魔除けの結界を張っていないんじゃないのかい?」

 

 孫空女がいなくなった後、宝玄仙が思い出したように言った。

 

「そう言えば……」

 

 朱姫が我に返った声をあげた。

 結界を張ることで、野宿をする周りに妖魔除けの結界を張り、道術が増幅できる力場をあらかじめ準備しておく。

 それが決まった日課だ。

 そうやって、情事に耽るあいだや、寝ているあいだに襲ってくる襲撃者を防ぐのだ。

 以前は宝玄仙の役割だったが、このところ朱姫の役目になっていた。朱姫の『結界術』も宝玄仙の道術のものと遜色がなくなってきたからだ。

 朱姫は、この数箇月に驚くほど道術が上達しているし、強力になっている。

 沙那の眼から見てもそれがわかる。

 

 すでに胸当てを朱姫から奪われて、足首から脱いだ下着も朱姫に取りあげられたところだった。

 いま、沙那が身に着けているのは、脚に履いた革靴だけだ。

 股間と乳房の直前まで這い進んでいたたくさんの『影手』が同時に消滅した。

 沙那はほっとして腰を落としそうになった。

 朱姫が洞窟の入口に向かって歩いていく。

 

「……こっちに来て両手を後ろに回しな、沙那」

 

 宝玄仙に声をかけられた。

 宝玄仙の手元には縄がある。

 仕方なく、沙那は宝玄仙の前まで進んで後ろに手を回して、背中を向けた。

 

「沙那──」

 

 突然、孫空女の大きな声が洞窟に響き渡った。

 声は洞窟の入口側からだった。

 

「あ、あんた、誰よ──?」

 

 朱姫の声もした。

 誰か、侵入者──?

 沙那もそっちを見る。

 

 だが、不意に強い光が洞窟の入口からやってきて沙那たちの身体を通り抜けていった……。

 沙那はなにもわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 気がつくと、沙那は自分が地面に倒れていることがわかった。

 びっくりした。

 

 素っ裸だ。

 驚いて、上半身を起こして裸身を手で覆う。

 首にも違和感があった。手で触ると首輪のようなものを嵌めている。

 

 これはいったいどういうことだろう……?

 周りを見た。

 どこかの洞窟のようだ。

 

 そして、愕然とした──。

 なにも覚えていない──。

 

 ここにいた記憶がない。

 いままでなにをどうして、そして、どうやってここにやってきたのかの記憶がないのだ。

 沙那に浮かんだのは、生まれ育った愛陽の城郭のことだ。

 しかし、ここが愛陽のどこの場所でもないことは確かだ。

 愛陽は帝国の東側にある中原地帯の大きな城郭だ。

 こんな洞窟など近傍にないはずだ。

 愛陽のことは隅から隅まで郊外を含めて知っている。

 

 記憶がない──。

 理由はわからない。

 

 しかし、すっぽりと持ち去られたかのように、色々なことが思い出せない。

 まるで、頭からたくさんのことが奪い去られたような感じだ。

 

 記憶が奪われた……?

 

 なんとなく、その知覚はある。

 ここでなにかをしていたに違いない。

 そして、なにかが起こり、沙那の頭から記憶が抜き取られた。

 

 そうとしか考えられない。

 それは、いま、沙那が素裸でいることと関係があるのだろうか……?

 

 そう思って、沙那は洞窟のあちこちに人が倒れているということに気がついた。

 いずれも女だ。

 

 しかし、見覚えがない。

 みんな美しい顔立ちをしている。

 特に、沙那に一番近い場所に倒れている黒髪の女は、沙那が見たこともないような美人だと思った。

 

「ちょ、ちょっと、起きてよ、あんた──」

 

 とりあえず、眼の前の黒髪の女を揺り動かした。

 

「……あっ……。な、なに……?」

 

 黒髪の美女が頭を擦りながら身体を起こす。紺色のゆったりとした上衣とくるぶし近くまでの丈の下袍を身に着けている。

 起きあがりながら周囲を見渡し、沙那と眼が合うとぎょっとしたように、少しばかり後ずさりした。

 

「お、お前誰だい──? い、いや……。こ、これは……?」

 

「もしかしたら、あ、あんたも記憶がないの?」

 

 沙那は言った。

 

「あんたもって……。お前も記憶が?」

 

 黒髪の美女が言った。

 

「気がついたら、ここに倒れていて……。なにが起きたのか──。名前くらいしか思い出せないわ。どうして、わたしはここにいて、あなたが誰なのか……」

 

 沙那は用心深く言った。

 周りの女たちが敵なのか、仲間なのかわからない。

 

 ふと周りを見て、洞窟の隅に、石で作った台に載せられている大き目の土鍋があることに気がついた。

 中には食事が煮えていた。

 そこ横に数名分の食器と箸もある。

 これから食事をするところという感じだ。

 

 ……ということは、自分たちは食事をともにするくらいの仲ということだろうか。

 つまり、周りにいる女たちは仲間……?

 

 眼の前の女は途方に暮れた顔をしている。

 そして、ほかの女たちも起きあがった。

 

「ここは?」

 

 赤毛の女が沙那たちに気がついて視線を向けた。

 赤毛の女もきれいな顔立ちをしている。

 背が少し高い。

 沙那の眼から見て、かなりの遣い手ということがわかる。

 ちょっとした立ち振る舞いと見れば、武術に関してのある程度の実力を沙那は見抜ける。

 沙那は武術についてはひととおり習熟していた。

 愛陽の城郭では、若い女としては異例の千人隊長をしていたくらいなのだ。

 

 すると、その横の少女も起きた。

 やはり美少女だ。

 

 いったい、これはどういう集団なのだろう?

 少女は口を開かなかった。

 少女の表情には、はっきりとした敵意と恐怖を感じる。

 少女は、用心深く身体を移動させて、ほかの者から距離を取って向き合う態勢になった。

 

 ひどく怯えている。

 そんな感じだ。

 彼女も記憶がないのだ。

 それは直感でわかった。

 

「あんたらは誰?」

 

 最後のひとりが眼を覚まして声をあげた。

 黄金色の髪をしている。

 やはり、若く綺麗な女だ。

 この五人の中では、一番身なりがいい。

 そう思った。

 なにしろ、手首や髪を飾る装飾具が絢爛なものなのだ。

 それに比べれば、ほかの四人は、大した装飾具を身に着けていない。

 指に飾りのない指輪があるくらいだ。

 赤毛の女だけは、首と手足首にひと揃いの赤い輪を嵌めている。

 

「お前こそ、誰だい?」

 

 黒髪の女が返した。

 金色の女もそれで黙り込んだ。

 ほかの女たちも、押し黙っているが、わけがわかっていない様子だ。

 しばらくすると、どの女たちからも、なぜか記憶が抜け落ちていることがわかった。

 

 ここに五人の女がいる──。

 

 そして、なぜか、全員が記憶を失っている──。

 

 沙那はその事実を悟った。



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323 招かざるはひとり?

「とにかく、お互いに、自己紹介をしませんか?」

 

 黄金色の髪の女が言った。

 ひとりだけ身なりがいいと孫空女は思った。

 この五人の中ではいかにも頭目という感じだ。

 次いで、身なりがいいのは黒髪の女だ。

 しかし、黄金色の髪の女に比べれば、黒髪の女は言葉遣いや振る舞いが粗野に感じる。

 

 ただ、口を開かなければ、別格な気品を感じるのは黒髪の女だ。

 それくらい別格に美しい。

 女の孫空女でさえもたじろぎを感じる程だ。

 

 いや、そうじゃない……。

 なんだかじっと顔を見ていると心臓の鼓動が次第に激しくなる気がする。

 なぜだろう?

 

 いずれにしても、この五人の集まりはなんだろうか。

 孫空女を除けば、残りのふたりは、十六、七歳の娘と、なぜか素っ裸の女だ。

 素っ裸の女は首に首輪までしている。そばには縄まである。

 眺めていると、この女にも孫悟空はどぎまぎしてきた。

 なぜか触りたいと思った。

 あんな縄で縛ったまま、ぎゅっと抱き締めたいとも……。

 いや、逆に自分も、あんな風に縛られて、あの女に抱き締められたい?

 不可思議にも、そんな想像をしてしまい、なぜか急に落ち着かなくなった。

 なにこれ?

 どうして、縄で縛るなどと、とんでもないことを考えたのか……?

 

「そ、そうね……。わたしは、沙那よ」

 

 まず、その裸の女が名乗った。

 沙那というのだ。名を聞いても頭になにも思いつかない、

 両手で身体を隠している。なかなかにいい身体をしていて、恥ずかしそうに身体をしきりに身体をくねらせている。

 とても可愛らしいと思った。

 

 いや、可愛らしい……?

 やっぱり、どうして、そんな風に感じるのだろう。

 

 だが、直感的に、この沙那とは、孫空女はとても親しいのではないかと思った。

 理由などない。

 しかし、おそらく間違いないと思う……。

 ほかの女は?

 

「わたしは、宝玄仙だよ」

 

 黒髪の美女が名乗った。

 宝玄仙……。

 孫空女は引っ掛かるものがあった。

 

「宝玄仙というのは本名?」

 

「どういうことだい?」

 

 孫空女の言葉に、宝玄仙がいぶかしげな視線を送る。

 

「いや……。耳にしたことがあるような気がしてさ。天教の教団の偉い女八仙に同じ名があったから……」

 

 喋りながら思い出した。“宝玄仙”というのは、「霊具作りの才女」という二つ名のある女八仙の名だ。

 天教という帝国を中心として拡がっている教団の最高神官のひとりがそういう名だった。

 

「その宝玄仙だよ……」

 

 宝玄仙が苦々しげな表情で言った。

 孫空女は驚いた。

 

「宝玄仙……。わたしもその名は知っているわ。そんな偉い人があなた……? 本当?」

 

 沙那もじろじろと宝玄仙を眺めまわして怪しむような視線を送っている。

 

「うるさいねえ。天教の話はしたくないんだよ。だいたい、お前はなんで裸なんだい? 首輪までしてさあ……。もしかして、奴隷かい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「奴隷?」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 奴隷というのは、確か帝都の貴族が個人的に保有するもののはずだ。

 逃亡を防ぐために屋敷内から出さないのがほとんどだ。

 親に山に捨てられてからあちこちを旅してきた孫空女も世間はかなり知っているが、本物の奴隷には遭ったことはない。

 

「わ、わたしは、奴隷じゃないわよ」

 

 沙那が叫んだ。

 

「なんでわかるんだよ。わたしと同じで、お前も記憶がないんだろう? 奴隷の象徴は自分では外せない首輪だ。奴隷でなければ外してみな」

 

 宝玄仙が意地の悪そうな口調で言った。

 宝玄仙が沙那のしている首輪が鍵穴のない特殊な構造の首輪だということを見抜いて意地悪を言っているのだとわかった。

 孫空女にも、沙那がしている首輪が霊具であることはわかる。

 霊具というのは、道術を込めた道具であり、沙那がしている首輪は、道術がなければ外せない機能を持っているに違いない。

 

「なに言ってんのよ──。あれっ? なにこれ……」

 

「ほら、外せないだろう。お前は奴隷さ。きれいな顔をしているから、さしずめ性奴隷というところかもね。わたしたち四人に奉仕するのがお前の役目さ」

 

 宝玄仙と名乗った黒髪の美女がけらけらと笑った。

 屈託のない邪気のない笑いだ。

 その子供みたいな笑い声を聞いて、おそらく、この女は悪人ではないような気がした。

 まあ、善人とはいえないかもしれないけど……。

 少なくとも、悪意のようなものは感じない。

 

「ふざけないでよ──。なんで、わたしが性奴隷なのよ──」

 

 沙那が真っ赤な顔して怒鳴った。

 だが、懸命に首輪を外そうと試みているが、外せないでいる。

 装着されている沙那自身にはわからないかもしれないけど、あの首輪は多分沙那には外せない。

 道術的な首輪なのは間違いないのだ。

 

 それにしても、黙っていれば品のある美女なのに、口を開けば端々に意地の悪さが滲み出るようで、宝玄仙に対して残念な思いがするのはなぜだろう。

 一方で、沙那は、いまだに身体を隠していた両手を首に動かして、懸命に首輪を外そうとしている。

 だが、外せなくて、顔を真っ赤にしてもがいている。

 沙那には、霊気がない。

 つまり、道術遣いではない。

 道術遣いでないものには霊具は扱えない。

 だから、沙那にはやはり首輪は外せない。

 道術遣いでなくても扱える霊具はあるにはあるが、子供の玩具程度の使い道しかない他愛のないものが多い。

 はやり、本格的な霊具というと道術遣いしか扱えないのだ。

 

 そう思って、孫空女は自分が霊気の存在が見えるということに気がついて驚いた。

 なぜか、自分は霊気が見える。

 しかし、孫空女自身は道術が遣えないはずだ。

 道術遣いでもない孫空女自身が霊気の存在を感じることができる理由は不明だ。

 なぜだろう……?

 まあいい……。

 考えてもわからないことは、考えるのはやめだ。

 

 それはともかく、宝玄仙からは強い霊気を感じる。

 この五人で道術遣いは、宝玄仙のほかには、少し離れて用心深くこっちを探るような気配の娘だ。

 霊気は驚くほど小さいが道術遣いには間違いがないのだろう。

 

「外せないわ」

 

 愕然としたように沙那が声をあげた。

 

「ほら、奴隷だ。多分、お前はわたしの奴隷なのさ、沙那」

 

 宝玄仙が笑い声をあげた。

 本当の底意地の悪さが滲み出るような笑いだ。

 腹を立てたらしい沙那が険しい視線で宝玄仙を睨んだ。

 

「まだ、わたしも名乗っていなかったわね。わたしは芭蕉(ばしょう)というものよ」

 

 黄金の髪の女も名乗った。

 ひとりだけ名乗っていない少女……。

 少し距離をとり、こちらを用心深く見守るようにしている少女に全員の注目が集まった。

 

「ふ、芙蓉(ふよう)……」

 

 少女がひと言だけ言った。

 そのとき、なんとなく違和感があった。

 

 嘘をついている──。

 根拠はない。

 ただの勘だ。

 

 しかし、この娘はなにかを隠している。咄嗟にそう思った。

 この芙蓉と名乗った娘は本当のことを話していない。

 おそらく、間違いない……。

 

「これで、やっと、お互いの名がわかったということかい。それにしても、一体全体、これはどういうことなんだい。なんでここにいる人間の全員が記憶を失くしているんだい? それに、わたしたちはどういう関係なんだい?」

 

 宝玄仙が不満げな声をあげた。

 返事をする者はいない。

 

「……多分だけど、わたしたちは旅の仲間じゃないかしら」

 

 ほんの少しの沈黙の後に沙那が言った。

 裸身を両手で隠している。

 ひとりだけ服を着ていないことが恥ずかしいのか、身体を小さくして手で身体を覆おうとしている。

 その仕草は、やっぱり可愛らしい。

 

「なんで、そう思うんだい、お前?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「食事の支度があるわ。数名分の食器も……。おそらく、ここで食事をしようとしていたに違いないわ。それに、争った形跡もないし……」

 

「なるほど」

 

 沙那の返事に宝玄仙が頷いた。

 確かに、沙那の言う通り、鍋が洞窟の隅の石で作った台の上に置いてある。

 火からおろされて間もないのか、まだ温かそうだ。

 

「と、とにかく、わたしも服を着るわね」

 

 沙那がさっと立ちあがった。

 沙那の服らしきものは洞窟の奥に集めてある荷のところに畳んで置いてあった。横に細剣も立てかけてある。

 あれは沙那の得物なのだろう。

 服を着るのを許したら、それを身につけるだろう。

 とりあえず、とめようと思った。

 信頼してもいいとは頭がよぎったが、この女、さっきから、かなり気が短い気もするし……。

 

「待ちなよ、勝手なことをするのは」

 

 孫空女は立ちあがって、沙那の行く手を阻んだ。

 

「な、なによ──。裸でいろというの──」

 

 前を塞がれた沙那が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「い、いや、そうじゃなくて……」

 

 服はいいが得物を身につけるのは駄目だ。

 そう言うつもりだった。

 いま、五人の中で武器を身につけている者はいない。

 沙那だけが武器を帯びるのは、まだ不安だし、ほかの女の疑心暗鬼を招くおそれがある。

 

「確かにそうだね。奴隷は裸でいな」

 

 宝玄仙が大笑いをしながら冷やかしの声をあげた。

 沙那の顔がますます怒りで真っ赤になった。

 

「ど、奴隷じゃないって、言ってるでしょう──」

 

 沙那が孫空女の身体を払い除けて、強引に前に進もうとした。孫空女は沙那の手を掴んで、それを阻もうとした。

 

「う、うわっ」

 

 風のようなものが頭の上をすぎていった。

 それが沙那の腕だったとわかったのは、無意識に反応した自分が頭を低くして、沙那の腕を避けたのだと気がついてからだ。

 考えるよりも早く身体が動く。

 次の瞬間には、孫空女は沙那の脚を払っていた。沙那が尻から地面に倒れる。

 沙那の顔が驚きに染まる。

 だが、驚いたのは孫空女自身もだ。

 自分がこんなにも速く動けるということが信じられない。

 沙那の腕は、まるで風のように速かった。

 しかし、孫空女はそれを避けて、しかも、足払いまでしてみせたのだ。

 

「お前たち、やめな──」

 

 宝玄仙の大きな声が洞窟に響く。

 それで我に返った。

 敵なのか、味方なのかも判別せずに、戦うべきじゃない。

 沙那も怒ってはいるが、すぐに冷静な表情に戻る。かなり自制心のある性格をしているようだ。

 

 

「どうしたんだい、孫空女? こいつが服を着るのが気に入らないのかい。まあ、確かに、いい身体をしているけどね。こいつがわたしの性奴隷というのは間違いないと思うね……。実は、わたしは男よりも女が情事の相手なのさ──。白状するとね。わたしは、わたし自身が沙那のような女を情事の相手にしたがるということは知っている。だから、こいつが裸だったのは、きっと、わたしとの情事の途中だったのさ……」

 

「じょ、情事って……」

 

 沙那が当惑した様子で顔を真っ赤にした。

 かなり動揺しているのがわかる。

 

「ついでに言えば、孫空女、お前もだ。わたしの性癖を考えれば、わたしはお前にも食指を伸ばす。沙那の言うことが正しく、わたしらが仲間だとすれば、お前たちとわたしが性的な関係でないわけがないよ」

 

 宝玄仙が露骨な内容を真顔で言った。

 

「へ、変なこと言わないでよ」

 

 沙那だ。

 本当に顔が真っ赤だ。

 しかし、顔が赤いのは、今度は怒りのためではないだろう。

 

「そ、そうだよ。あたしだって、女と情事をする趣味はないよ……。た、多分……」

 

 女を相手にした記憶はない。

 しかし、そう言った瞬間、宝玄仙や沙那なら、女が相手でも別にかまわないじゃないかという感情も湧いた。

 その自分自身の心の動きには戸惑いしかない。

 

 情事については、男を相手にした経験の記憶しかない。

 だが、いま、宝玄仙の言葉で自分は確実に動揺した。

 もしかしたら、宝玄仙の喋ったことはあながち間違いはないのかもしれない……。

 

「それで、孫空女、なんで、沙那をとめようとしたんだい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「裸でいろと言ったつもりはないよ。剣を佩くのはやめなと言うつもりだったんだ。ひとりだけ武器を持つのはよくないよ……。そうしたら、こいつがいきなり殴ってきたから……」

 

 孫空女が腰を地面につけたままの沙那を見た。

 沙那も罰の悪そうな表情になる。

 

「こいつの態度になにか怪しいものを感じたのかい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「いいや。でも、食器の数さ」

 

「食器の数?」

 

 宝玄仙だけでなく、全員の視線が鍋の横に重ねてある椀と箸の数に集まった。

 

「あたしは馬鹿だけど、まるっきりの馬鹿じゃないんだ。沙那の言う通りに鍋の横には食器もあって、確かにみんなで仲良く食事でもしようかという感じだけど、その数は四人分じゃないか。そして、ここには五人だ。もしかしたら、ここには招かざる客も混じっているかもしれないと思ったのさ」

 

「招かざる客……?」

 

 沙那の口から呟きが漏れるとともに、その表情が険しくなった。

 

「……本物の仲間は四人で、五人目は招かざる客ということかい?」

 

 宝玄仙の口からも小さな呟きが漏れる。

 そして、全員がお互いを見回した。

 沙那が再び訪れた沈黙を破って言った。

 

「わ、わたしが、その招かざる客だと言いたいの、孫空女?」

 

「そうは言ってないけど……」

 

 また、束の間の沈黙が流れる。

 

「と、とにかく、服を着させて。剣には触らないから」

 

 沙那が言った。

 今度は誰も反対しなかった。

 沙那は服の場所まで行き、服を身に着け始めた。

 

「お前たちふたりは、とりあえず腕が立ちそうじゃないかい。ちょっと、外に行って来な。様子を見て来ておくれよ」

 

 宝玄仙が、沙那が服を着終わるのを待って、孫空女と沙那に対して言った。

 

「ああ、じゃあ、行こうか、沙那」

 

「うん」

 

 なんとなく、宝玄仙が命令することに違和感はなかった。

 沙那もそんな感じに見えた。

 素直に従い、孫空女のそばまで来る。。

 

 五人がいたのは洞窟の突き当りで最奥だ。

 これ以上奥側にはなにもない。

 ふたりで並んで反対側に向かって歩き出す。

 

「ねえ、あんた……?」

 

 すぐに沙那が声をかけてきた。

 

「なに?」

 

「本当に五人の中に仲間じゃない人間が混じっていると思う?」

 

「さあね……。あたしは、五人全員が仲間じゃない可能性があると思ったからそう言ったけど、逆に、残り四人が仲間と言った覚えはないよ。あたしは、わからないことはわからないとしか言わない。敵がいるかもしれないというさっきの言葉も、“かもしれない”という話だよ」

 

 孫空女は応じた。

 五人の中に敵がいるかどうかはともかく、全員が一度に記憶を失くすというような不自然なことが起きたとすれば、なんらかの作為があって当然だろう。

 しかし、その手段も理由もわからない。

 それでなにかの答えを出すのは難しい

 

「……あんたは、あの中で怪しいのは誰と思う?」

 

 沙那が小声で言った。

 

「……もちろん、わたしを含めてよ」

 

 そして、すぐに付け加えた。

 

「芙蓉と名乗った娘……。あいつはなにかを隠している。根拠はない。ただの勘だけど」

 

 孫空女は言った。

 

「わたしもなにか違和感があった……」

 

 沙那が前を見たまま言った。

 少し歩いたところに焚火があった。

 随分と火は小さくなっているが炎はなくなってはいないようだ。

 煙は外に向かって漂っている。

 

 さらに進むと、なぜか煙が再び後ろに向かって流れるように見え始めたことに孫空女は気がついた。

 風は感じない。

 それなのに、なぜ、煙が流れるのだろうか……。

 

「ところで、孫空女さん……」

 

 沙那が声をかけてきた。

 

「呼び捨てでいいよ。なに?」

 

「実は、わたし、もうひとつ、おかしなことを感じているわ」

 

「おかしなこと……?」

 

「うん、実は──」

 

 沙那がなにかを言いかけた。

 だが、孫空女と沙那の前に奇妙な景色が現れた。

 

「あれっ?」

 

「な、なに?」

 

 孫空女と沙那は同時に声をあげてしまった。

 歩き進むと、なぜか再び、宝玄仙や芭蕉たちのいる場所に戻ってしまったのだ。

 

「外はどうだったんだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ど、どうだったじゃないよ。なんで、戻って来たのさ?」

 

「そうよ。わたしたちは、真っ直ぐに洞窟の外に向かって歩いたのよ。そうしたら、いつの間にか戻ってきたのよ」

 

 孫空女に続いて、沙那も叫んだ。

 残った三人が驚いた表情をしている。

 そして、沙那が説明した。

 宝玄仙たちは半信半疑だったが、今度は、宝玄仙だけが洞窟の外にひとりで歩いていった。

 待っていると、やがて宝玄仙がこっちに向かって戻ってきた。

 目を丸くしている宝玄仙だったが、やがて、さっきと同じ場所に座り直すと、口を開いた。

 

「これは、『結界術』だね」

 

「『結界術』?」

 

 応じたのは沙那だ。

 

「こんな風に空間を捻じ曲げる術は、わたしが知っている限り『結界術』というのさ。結界を作って、その中で道術を増幅して、普通ではあり得ないことを実現してしまうのさ。結界という限られた空間に限って行える術で、結界を作れる道術遣いは珍しくないけど、空間を曲げて出口を封鎖してしまうような『結界術』は珍しいよ。かなりの霊気の大きな道術遣いじゃないと無理だね」

 

 宝玄仙がさらに説明する。

 

「……『結界術』……。つまり、ここは道術遣いによって封鎖された場所だということ?」

 

 沙那が言った。

 

「あるいは、妖魔かしら……」

 

 ずっと黙っていた芭蕉が口を開く。

 

「妖魔?」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 

「そうよ。道術遣いも妖魔も、道術ということについては同じだわ」

 

 芭蕉はさらに言った。

 

「いや、違うね。中の空間を捻じ曲げるような『結界術』は、内側に術者がいなければ無理なのさ。少なくともわたしが知る限りね──。さっき、孫空女が言ったことは正しいのさ。だから、この結界の術者はこの中にいる人間に限られるんだ。ここには妖魔はいない。だから妖魔の仕業じゃない」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あたしが言ったことって?」

 

 孫空女は宝玄仙を見る。

 

「五人の中に招かざる者がいると言ったことだよ。この五人の中に、道術を隠して、ここを閉鎖した空間にしている存在がいる。そういうことだよ」

 

 宝玄仙がほかの四人に構えるような仕草をした。

 

「どういうこと?」

「さっき言ったろう。これだけの結界は、術者が結界の中にいなければ作れないということさ。つまり、この中の道術遣いが、これをやっているのさ。もしかしたら、道術遣いでない振りをしているのかもしれない……」

 

 宝玄仙は言った。

 全員に緊張が走るのがわかった。

 孫空女も用人深く、ほかの四人に相対する。

 

「この中の道術遣いなら……」

 

 孫空女は呟いた。

 霊気を感じることのできる孫空女には、この五人の中にいる道術遣いはわかっている。

 『結界術』について言及した宝玄仙──。

 もうひとりは、芙蓉と名乗った娘だ。

 自然と孫空女の視線はその芙蓉に向けられていた。

 

「あ、あたしは……」

 

 五人の中にこの不思議な現象を作っている者がいると言われて、ほかの者もそれぞれの理由で芙蓉のことを考えていたようだ。

 さっきから、ほとんど口をきかずに、黙ったままの娘──。

 この娘は確かに怪しい。

 

「宝玄仙は妖魔はここにはいないと言ってけど、もしも、妖魔がいたとしたらどう?」

 

 不意に芭蕉が言った。

 

「妖魔?」

 

 宝玄仙が眉間に皺を寄せた。

 

「そうよ……」

 

 芭蕉はそう言うと、視線を芙蓉に向けた。

 

「ねえ、さっき思ったんだけど、あんた人間じゃないわよね。妖魔でしょう──」

 

 そして、芭蕉が芙蓉に言った。

 

「妖魔だって?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「あ、あたしは妖魔じゃないわ──」

 

 芙蓉が怯えたように立ちあがった。

 

「そうね、あなたは半妖ね」

 

 芭蕉が静かに言った。

 

「半妖?」

 

 孫空女も立ちあがった。

 半妖というのは人間と妖魔の間に産まれた子ということだ。

 つまり、血の半分は妖魔──。

 妖魔は人間の敵……。

 人間に危害を加える存在。少なくとも、この帝国ではそうだ。

 

「半妖……。そういうことかい。だから、霊気がわからなかったんだね」

 

 宝玄仙が言った。

 次の瞬間、芙蓉が悲鳴をあげた。

 小さな糸が芙蓉の身体に絡みついている。

 芙蓉の四肢を胴体ごとぐるぐる巻きにして、地面に引き倒した。

 宝玄仙の道術のようだ。

 

「オガアアアアア──」

 

 雄叫びがあった。

 芙蓉の身体が大きくなり、衣類とともに身体を縛っている糸を引き千切った。

 芙蓉の身体が人間の娘から巨漢の妖魔そのものに変わる。

 

 妖魔は洞窟の入口側に吠えながら跳躍した。

 孫空女は咄嗟に前に立ち塞がった。

 その孫空女の身体を妖魔の大きな腕が吹き飛ばした。

 

「あぐっ」

 

 洞窟の壁に叩きつけられた。

 しかし、同時に妖魔の泣くような叫び声が再びあった。

 妖魔が倒れている。

 ふと見ると、妖魔の足と足の間に、剣の鞘が挟まっている。

 それで倒れたのだ。

 

 壁に叩きつけられたまま、孫空女は荷物のところにいる沙那を見た。

 沙那が荷のところにあった自分の細剣をとり、剣を抜いて細剣の鞘を妖魔の足の間に投げたのだとわかった。

 再び糸が妖魔に絡まっていく。

 孫空女は、地面に倒れた妖魔に飛びついた。

 しかし、そのときには、妖魔の身体は小さくなり、少女の身体に戻りかけていた。沙那が剣を妖魔の喉元に突きつけたときには、さっきの少女の身体に完全に戻っていた。

 千切れた衣類が布となってまとわりついただけで、芙蓉は半裸状態だ。

 

「ち、違う──。あ、あたしは、なにもしてないよ。う、嘘じゃない」

 

 芙蓉が叫んだ。

 

「まあ、せいぜい白を切りなよ。雌妖だろうと、人間の女だろうと、この宝玄仙の色責めにかかればなんでも白状するさ……。さて、なんの目的でわたしらをこんな目に遭わせているのか白状してもらうよ、妖魔」

 

 宝玄仙がそう言って近づいてきた。

 

「な、なによ?」

 

 芙蓉はうつ伏せの状態で胴体に腕を縛られた状態で地面に倒れていたが、ぎょっとした声で叫んだ。

 孫空女も驚いた。

 芙蓉の身体の周りの地面からたくさんの触手が発生したのだ。

 それが一斉に芙蓉の身体をまさぐりだした。

 

「あ、ああっ……ひ、ひいっ……た、助けて……あ、ああ……い、いやっ……」

 

 十数本の触手に一斉に襲い掛かられた芙蓉が全身を赤くして悶えはじめる。

 それはそうだろう。

 地面から生えた触手は、芙蓉の乳房や股間や肛門はもちろん、考えられるあらゆる全身の性感帯を同時に襲い続けている。

 唯一空いているのは口くらいで、他の部分はすべてが触手の刺激を受けている。

 よく見れば、触手の先にはさらに小さな繊毛のようなものがあり、それが微妙な刺激を芙蓉に与えているようだ。

 

 しばらく呆気にとられて、触手の束が芙蓉の裸身を襲うのを眺めていた。

 やがて、芙蓉が大きな声をあげてぶるぶると震えた。

 達したのだと思った。

 孫空女は自分の股間がなぜか熱くなるのを感じた。

 ふと、沙那を見ると、沙那もまた少し欲情したような表情で顔を赤くしていた。

 沙那の腰が小さく動いている。

 それを見て、孫空女は、自分の腰もなんとなく、もじもじと悶えるように動いていたということがわかった。

 

 欲情している……。

 自分自身の身体の反応に驚いた。

 しかし、はっきりと女陰が濡れるのがわかった。

 芙蓉はまだ全身を真っ赤にして悶えている。触手はまだ、芙蓉の裸身を襲い続けているのだ。

 

「……お前の弱い部分がわかったよ、芙蓉……。人一倍、お尻が弱いようだね。じゃあ、尻を中心に責めたてるよ。お前の悪さを白状したくなったら、言っておくれ。それまでは、連続して責めたてるからね」

 

 宝玄仙が悪意そのもののような口調で言った。

 その宝玄仙の前ですでに、触手によって仰向けにひっくり返されている芙蓉が二度目の絶頂の痴態を示しはじめる。

 

「……なにをしているのよ、宝玄仙。そいつは妖魔よ。わたしたちをここに閉じ込めている妖魔よ。さっさと、殺しなさい──」

 

 突然、洞窟に芭蕉の声が響き渡った。

 見ると凄い形相の芭蕉が宝玄仙を睨んでいる。

 

「なんだい、お前……」

 

 宝玄仙が白けたような声をあげた。

 芙蓉を襲っていた触手群が姿を消した。

 全身を真っ赤にした芙蓉が解放される。

 拘束をしていた糸もなくなり、芙蓉はがっくりと地面に倒れた。

 

「そいつは妖魔なのよ。わたしらの記憶を奪って、結界に閉じ込めている妖魔よ。早く、息の根を止めるべきよ──」

 

 芭蕉が真っ赤な顔で怒鳴った。

 

「こいつを殺すのかい……?」

 

 宝玄仙が困ったような声をあげた。

 

「そいつを殺さない限り、わたしたちは解放されないわ」

 

 芭蕉がまた怒鳴った。

 

「ち、違います……。違う。あ、あたしじゃない……」

 

 やっと芙蓉が口を開く。

 

「い、いや。芙蓉の言う通りだよ。そいつじゃない。違うよ……」

 

 孫空女は言った。

 さっきから気がついていたことだ。

 芙蓉は違う。

 

「違う?」

 

 宝玄仙が孫空女を見た。

 

「うん、あたしには、霊気がわかるんだよ。芙蓉じゃない──」

 

「なんで、そう思ううんだい?」

 

「だって、芙蓉はもう霊気を発散していないよ。記憶を失くしたり、結界に閉じ込められていることが、こいつの道術の仕業なら、まだ、霊気を発散しているはずだろう? だけど、こいつの霊気は、さっき妖魔の姿になったときに巨大化して、娘の姿に戻ったときに消滅した。多分、そいつは、霊気を遣いきったんだよ。それなのに、まだ、なんにも変っていないということは、あたしらを道術で閉じ込めているのはそいつじゃないということさ」

 

 孫空女は言った。

 

「随分と霊気に詳しいじゃないか、孫空女」

 

 宝玄仙が怪しむような声をあげた。

 孫空女も喋りながら、どうして自分には、こんな知識があるのだろうと不思議に思った。

 しかし、この眼の前の芙蓉の状態──。

 これは、霊気を遣いきったときのものだ。

 その知識が、なぜか頭に浮かんできてしまう。

 だから、芙蓉じゃない──。

 

「お前の言うことは、お前が霊気に詳しい理由を説明してくれなければ納得できないね。わたしには、お前が道術遣いでないことはわかる。だけど、なんで、そんなに詳しいんだい?」

 

「そ、そんなのわからないよ。記憶を失っているんだ。あんたも、そうでしょう、宝玄仙さん?」

 

 孫空女はいった。

 

「まあいい……。とにかく、こいつが、招かざる五人目じゃなければ、誰がそうだと思うんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「いまも説明したけど、道術は遣えないけど、あたしには、なぜか霊気の流れがわかるのさ。もしも、この洞窟内で霊気が流している者がいて、そいつが、この不思議な出来事を作っているのなら、それができるのは、もうひとりしかいないはずだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「はあ?」

 

 宝玄仙がうんざりしたように言った。

 

「あんただよ、宝玄仙さん──。この五人の中で、いま霊気を放出しているのは、あんたしかいない」

 

 孫空女は言った。



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324 裏切り者は……あの女

「なに言ってんだい、お前?」

 

 宝玄仙は言った。

 この孫空女とかいう奇妙な女は、さっきから霊気のことをわかったようなことばかり言う。

 しかし、この女が道術遣いでもなんでもないことは、宝玄仙から見ればよくわかる。

 それなのに、確かにこの女の言うことは的を射ている。

 

「そうよ、宝玄仙……。この孫空女こそ、怪しいわ。道術も遣えないくせに、霊気のことが見えるとか……。そんなおかしなことはないはずよ。こいつこそ、招かざる客じゃないのかしら」

 

 芭蕉(ばしょう)だ。

 まるで、宝玄仙の思っていることに合わせるような物言いに、宝玄仙は面食らった。

 まるで、宝玄仙の心を読んでいるような……。

 

「あ、あたしが、こんな不思議なことを引き起こしているというのかよ、芭蕉?」

 

 孫空女が芭蕉を睨んだ。

 怒っている。

 それはそうだろう。

 

 芭蕉に、このおかしな現象の犯人呼ばわりされたのだ。

 怒って当たり前かもしれない。

 しかし、芭蕉の言うことにも一理ある。

 道術遣いとは到底思えないこの孫空女が、霊気のことをくどくどと言い出したら不自然だ。

 

 だが、孫空女の喋っていることが正しいということもわかっている。

 芙蓉が半妖ということには気がつかなかったが、言われてみたらそうだ。

 半妖の霊気がわかり難いということは聞いたことがあった。

 ただ、実際に面するのは初めてでよくわからなかったのだ。

 

 また、確かに、妖魔の姿になった時は大きな霊気だったが、あれは一瞬にして、霊気を身体に吸収したようだ。

 そして、妖魔の姿になるために発散した。

 いまは、もう霊気を吸収できなくなったようだ。

 おそらく、妖魔の姿になるために大きな能力を遣うのであろう。

 そのため、あの妖魔の道術を遣えば、しばらくは道術を遣えなくなるということに違いない。

 それなのに、いまの状況が変化しないということは、“招かざる客”は、芙蓉ではない。

 

「あ、あたしにもわかる……。道術は、もう遣えないけど、霊気は見える。ここにいる人間で、霊気を発散しているのは、宝玄仙……。あんたひとりだよ」

 

 芙蓉が上半身を起きあがらせて言った。

 

「じょ、冗談じゃないよ。わたしが、こんなややこしいことをやっているって言うのかい? わたしがこんな悪ふざけをしているなら、そもそも、わたしが結界の道術のことをお前らに説明するわけがないだろう。黙って、好きなようにお前たちをなぶるに決まっているだろう」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「そ、そうね。みんなの言う通りよ……。この宝玄仙さんの言うことが正しいと仮定すれば、ここは誰かの組んだ結界の中ということになるわね。そして、その結界においては、術者の霊気に応じて、好きな現象を起こすことができるということよね……」

 

「んん?」

 

 宝玄仙は視線を向けた。

 語りだしたのは沙那だった。

 

「その術者は、必ず結界の内側にいて、霊気を出し続けていなければならない……。それが当てはまるのは、宝玄仙さん自身の言葉と、そして、孫空女と芙蓉の言葉によれば、確かに、宝玄仙さんしかあり得なくなるわ」

 

 沙那の言葉で、孫空女、そして、芙蓉の視線も宝玄仙に集まる。

 

「な、なんだよ、やるつもりかい? この宝玄仙と──」

 

 宝玄仙は三人を睨んだ。

 しかし、沙那は首を振った。

 

「やらないわ……。それは無意味だからよ──。霊気を発散しているのがあなたしかいないというのが正しいとして、ここはあなたの結界だとすれば、そこでやり合うことは無意味だわ。おそらく、あなたは、その気になれば、すぐにでもわたしたちを殺せると思うもの」

 

 沙那は続けた。

 

「お前まで、ここがわたしの結界だというのかい、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そうね。あくまでも、全員の言っていることが正しいとすればの話だけど……。ここは、あなたの結界で、それを起こしているのはあなたの道術なのよ……。わたしたちは、それに囚われているということね」

 

「わたしは何もしてないよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 だが、沙那は静かに、宝玄仙に向かって口を開く。

 

「……そして、霊気を発生している者があなたしかおらず、この不思議な空間を発生させ、そして、わたしたちの記憶を消失させるような真似ができるのが、道術でしかないのであれば、これはすべてあなたが原因としか考えられないわ、宝玄仙さん」

 

「知らないよ、わたしは──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 この沙那とかいう女は、どうも苦手だ。

 理詰めで責めかけるが、それが正しいことに宝玄仙もなんとなく納得せざるを得ない。

 沙那は、孫空女以上に霊気のことなど知らないはずだが、確かにその通りなのだ。

 

 空間を塞ぐような結界は、結界の中に術者がいなければ作ることはできない。

 そして、この結界にいるのは五人──。

 道術を遣える霊気を持っているのは、宝玄仙のほかには、半妖だった娘ひとりだけ……。

 しかし、娘は、霊気を遣い果たしたらしく、いまは道術が遣えないし、霊気も帯びていない。

 そうであれば、いま、結界を作れるのは宝玄仙ひとりだ。

 そして、まだ、この不思議な結界は続いている。

 

 だから、この結界は、宝玄仙の道術でしかありえない──。

 それは理屈では正しい──。

 しかし、宝玄仙はまったく身に覚えがない。

 

「つまり、あなたは知らないに違いないわ、宝玄仙さん。さっきも言ったけど、あなたがこの結界を自分の意思で作っているなら、この目的がなんであれ、こんな面倒なことをする必要はないのよ。わたしたちを操りたければ、操ればいいし、殺したければ殺せばいい──。つまり、結界を作って、わたしたちをここに閉じ込めているのは、確かにあなたの道術だけど、それは、あなたの意思じゃないのよ」

 

「お前は、なにを言ってるんだい、沙那?」

 

「あなたは、操られている──。そう言っているのよ、宝玄仙さん」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 宝玄仙は驚いた。

 

「操られている……? ふざけるんじゃないよ。いったい、誰に──」

 

 宝玄仙は吐き捨てるように、文句を言おうとして、なんとなく、こっちに鋭い視線を送っている芭蕉に気がついた。

 

 芭蕉……。

 なにかが引っ掛かる。

 

 なんだろう?

 おかしい……。

 

 だが、芭蕉に関して、なにかを考えようとすると、頭にもやがかかったようにはっきりとしなくなる。

 その事実に気がついて宝玄仙は驚いた。

 どうして……?

 

「それと、もうひとつだけ、確かめたいことが……」

 

 沙那の身体がゆらりと動いた気がした。

 次の瞬間、沙那の剣が芭蕉の身体を切り裂いた。

 しかし、何ごとも起きない。

 芭蕉など存在しないかのように、沙那の細剣が空気を裂く音がしただけだ。

 

「ええ、芭蕉──?」

 

「なに、これ?」

 

 孫空女と芙蓉が同時に声をあげた。宝玄仙も驚いた。

 芭蕉がいる場所──。

 そこには、なにもいなくなった。

 

「やっぱり……。わたしには、一番最初から、ここには四人の人間の気しか感じなかった……。それなのに、存在するのは五人。だから、ひとりはただの幻影ではないかと思っていたの。やっぱり、そうだったわね」

 

 沙那が芭蕉の前に立ったまま剣を鞘に収めた。

 いや、芭蕉がいるように見えるなにもない空間の前で……。

 そこに、芭蕉が再出現した。

 

「こ、これは、どうしたことだい?」

 

 宝玄仙は呆然とした。

 

「それは、わたしが訊きたいわ、宝玄仙さん。いま、起きていることは、芭蕉の姿を含めて、あなたが引き起こしていることなのよ。あなたの道術は、誰かに操られているのよ。心当たりはない?」

 

 沙那が宝玄仙を見た。

 宝玄仙自身が引き起こしている?

 この不思議な現象を?

 だが、その時、宝玄仙は、宝玄仙の道術や意思を操れる唯一無二の存在に思い当たった。

 

 宝玉(ほうぎょく)──。

 

 彼女の存在に関する記憶だけが突如として沸き起こった。

 

「ふっ、記憶がないくせに、よくも正解に辿りついたわね」

 

 芭蕉が不敵に笑った。

 そして、黄金色の髪の女の姿から宝玄仙そっくりの姿に変化した。

 

「ほ、宝玉なのかい?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 宝玉は、有来有去(ゆうらいゆうきょ)の拷問でおかしくなり、宝玄仙の心の中の奥底に引っ込んだはずだ。

 それが現れた?

 

「宝玄仙をけしかけて、供を殺させようとしたのに、すぐに色責めを始めてしまうなんて、うまくいかないわね。朱姫は、『縛心術』を破れるから、最初に殺させようとしたところまではうまくいったんだけどね」

 

 宝玉が笑った。

 しかし、その笑いには狂気の色があった。

 宝玄仙はぞっとした。

 いや、実際には、宝玉は宝玄仙の心の中にいる。

 いま、見ている宝玉は、宝玄仙の中の道術を遣って、宝玄仙を含めた四人の女に同じ幻を見せているだけに違いない。

 つまりは、『縛心術だ』。

 狂った宝玉……。

 

「朱姫ってなに? それに、宝玄仙さんがふたり……?」

 

 孫空女が呟いた。

 だが、宝玄仙には、宝玉が朱姫と呼んだのが、芙蓉と名乗った半妖の娘のことだとわかった。

 宝玉と宝玄仙の心は繋がっている。

 どうやら、『縛心術』で宝玄仙の人格やほかの三人の記憶を奪っているようだが、宝玄仙が意思を集中すれば、自分にかけられている道術の存在はわかる。

 そして、自分自身の道術を解くことも……。

 

 記憶の封印が解けて、急速な勢いで記憶が戻ってきた。

 沙那、孫空女、そして、朱姫……。

 その三人に関する知識が宝玄仙に戻った。

 三人が呆気にとられて、宝玄仙と、そして、幻の宝玉の姿を見ている。

 

「沙那の言う通りだったよ。こいつは、わたしの道術を遣って、お前たちやわたしを操っていたんだね。いま、記憶の封印を解くよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 三人にかけられている道術を解いた。

 沙那と孫空女と朱姫の表情がはっとした表情になる。

 

「ご、ご主人様──」

 

「もうひとりは、宝玉様なの?」

 

「な、なんで?」

 

 それぞれに叫んだ。

 芭蕉と名乗った宝玉が悔しそうな顔になった。

 

「ど、どういうことだい、宝玉? これがお前の仕業だったんなら、なんのためにこんなことをしたんだい?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「お前にも愛する者を失う哀しみを味あわせてやろうと思っただけさ、宝玄仙。道術が戻ったようだから、それを遣ってね──。わたし自身が手をかけて殺してやりたかったけど、残念ながら、わたしには攻撃道術が封じられているからね……。こんな回りくどい方法を使ったのさ。まあいいよ。いくらでも機会はある。これからもずっとね……」

 

 宝玉が狂気の笑いをした。

 宝玄仙は自分の深層意識に集中した。

 自分自身に『縛心術』を刻んでいく。

 それを遣って、宝玉の意識に縛りをかける。

 

 宝玄仙の意識の中の宝玉は抵抗しなかった。

 宝玉がその気になれば、宝玄仙の封印は効かない。

 しかし、宝玉は狂気を孕んだまま、宝玄仙の封印を受け入れた。

 

 宝玉の幻が消滅した。

 同時に洞窟の入口側から外から入ってくる風を感じた。

 宝玉が作っていた結界がなくなったのだ。

 宝玄仙はしばらく呆然としていた。

 

「ご主人様、大丈夫ですか……?」

 

 やがて、沙那が声をかけてきた。

 孫空女と朱姫もいる。

 三人とも、宝玉が朱姫を宝玄仙に殺させようとしたのを知っている。

 いや、もしかしたら、記憶を一時的に失くさせることで、疑心暗鬼にさせて、お互いに殺させるつもりだったのかもしれない。

 朱姫を襲わせたのも、朱姫が半妖だから、この不可思議な現象を妖魔の仕業と思い込ませれば、宝玄仙を含めた三人が、朱姫を襲うと思ったのだろう。

 もちろん、朱姫を最初に狙ったのは、朱姫が宝玄仙よりも強い『縛心術』をかけられるという能力があるからに違いないが……。

 もしも、それが成功すれば、沙那や孫空女も殺させようとしたに違いない……。

 

「……朱姫、お前は、わたしよりも強い『縛心術』がかけられる。わたしが施している宝玉の封印をお前の道術で重ねてくれないかい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わ、わかりましたが、いまは無理です。さっき、『獣人』の道術を遣いました。三日ほどは、あたしには道術は遣えません」

 

 朱姫が言った。

 朱姫は、『獣人』の術で巨大になったときに千切れた服が布きれとしてまとわりついているだけの半裸だ。

 『獣人』の道術の後の朱姫は、しばらくは道術は遣えない。

 

「そうだったね。だったら、道術が戻ったら必ず、それをしておくれ。早い方がいい。わたしには、完全に宝玉を封印するなんてことはできないんだ」

 

「あ、あたしにだって無理です。ご主人様の霊気はそれだけ強いんですよ。確かに、『縛心術』なら、あたしの術が上回るかもしれないけど、それだけじゃあ……」

 

「わかっているよ、朱姫。それでも、強力な縛りになることは事実だ。封印しなければ、あいつは、また、これをやるかもしれない。あいつは、お前たちを殺そうとしたんだ。それを忘れちゃいけない」

 

 四人に沈黙が襲った。

 しばらく、それぞれにその事実を考えているようだ。

 

「ご主人様、さっきの宝玉様の幻は、少し、正気を失っているように見えましたが……」

 

 やがて、沙那がおずおずと言った。

 

「そのとおりだよ。もう、宝玉は、お前たちの知っている宝玉じゃない。有来有去に心を壊された狂人の道術遣いだ」

 

 有来有去に洗脳された宝玉は、その有来有去から離されたことが、眼の前の三人の供のせいだと思い込んでいるのかもしれない。

 いずれにしても、宝玉はもう狂っている。いまの宝玉に理屈は通用しない。

 

 宝玄仙の心の中のもうひとりの人格の宝玉……。

 

 それが悪意を抱いて、罠をかけて三人の供を害そうとした。

 記憶を失わせて、お互いに殺させようとした。

 その事実を飲み込み、そして、受け入れることには、宝玄仙には少しの時間が必要だった。

 

「食事にしましょうよ。その前に、結界を張り直したいですが、ご主人様が無理なら結界は不要です。今夜は、わたしと孫空女が、洞窟の入口で交替で見張りをします」

 

 しばらくしてから、沙那が言った。

 

「いや、大丈夫だよ──」

 

 宝玄仙は道術を刻んだ。洞窟を宝玄仙の結界で包み直す。

 さっきは、宝玉が道術を遣って、ここを結界で封印した。

 本来であれば、自分の道術を感じることは容易なのだが、宝玉がそれを阻止していた。

 同じ『結界術』を今度は宝玄仙がかける。

 結界が完成する。

 

「じゃあ、食事にしましょう」

 

 沙那が言った。

 鍋はすでに冷たくなりかけていたが、食べるのに問題はなかった。

 いつにない静かな食事になった。

 

 食べながら宝玄仙は、ずっと宝玉のことを考えていた。

 宝玄仙は、宝玉が供に危害を加えようとしたことについて、まだ衝撃を受けたままでいた。

 食事が終わると、供たちが片づけをして、休む準備も整えた。

 供たちが働く間、宝玄仙は、ずっと洞窟の隅の石に座ったままだった。

 

 なんでこんなことに……。

 

「元気出してよ、ご主人様……。あたしらは大丈夫だよ。こんなことくらい」

 

 不意に背中から声をかけられた。

 孫空女だ。

 沙那と朱姫もいる。

 三人が宝玄仙を囲んでいることに気がつかないでいたようだ。

 

「げ、元気だよ……。まあ、さすがに、これからどうしようかと考えていたことは事実だけどね」

 

 自分の心の中に、狂気の道術遣いの人格がいる──。

 それは恐怖だ。

 宝玄仙自身はともかく、あいつは、これからも供たちになにをするかわからない。

 

「それで、三人で話し合ったんだけど……」

 

 孫空女は言った。

 しかし、そこまで喋って、なんだか言い難そうに黙ってしまった。

 宝玄仙ははっとして顔をあげた。

 

 三人で話し合って、なんだというのだろう?

 もしかしたら、離れたいとでもいうのだろうか。

 

 宝玄仙の中の宝玉が、この三人に害意を抱いていることははっきりした。

 確かに、その宝玄仙と起居を共にするのは危険かもしれない。

 

 こいつらがそれを申し出れば、受け入れるべきかもしれない……。

 それくらい、宝玉の存在は危険だ。

 はっきりとした敵の存在の方が遥かにましだ。

 

 いつ襲ってくるかわからない狂気の道術遣いをもうひとつの人格として持っている女主人と旅を続けるなど……。

 

「な、なにを話し合ったんだい……?」

 

 宝玄仙は言った。

 そう言えば、食事の片づけをして寝床の準備をしている間、この三人は、なにかぼそぼそと喋っていた。

 三人でなにかを話し合い、なにかの結論を得たのだろう。

 

「……もちろん、今夜のことです。どう考えても、今夜のことは、やっぱり、ご主人様に責任があると思います。ですから、今夜は、ご主人様が責められるんですよ」

 

 朱姫が満面の笑みを浮かべて、縄を眼の前にかざした。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

「まあ、そういうことです。とりあえず、今夜はなにも考えずに、わたしたちの責めを受けてください。ほかのことはなんとかなりますから」

 

 沙那も微笑んだ。

 

「な、なんだい──?」

 

 三人が一斉に宝玄仙に襲いかかった。

 いつになく強引に宝玄仙の身体から服を脱がせようとする。

 よってたかって、宝玄仙からどんどん服を脱がせにかかる。

 

「わ、わかった、わかったよ……。今夜は、詫びのつもりで、お前たちに身を委ねるから。そ、そんなに乱暴にするんじゃないよ」

 

 仕方なく宝玄仙は声をあげた。

 六本の手がどんどん宝玄仙から衣類を奪っていく。

 あっという間に宝玄仙は生まれたままの姿になる。

 孫空女が宝玄仙の両腕を背中に回させる。それを朱姫が縛りあげて、乳房の上下を挟むように胴体に縛りつけた。

 そして、さらに、三人は宝玄仙の肢を胡坐に組ませると、その足首を縛った。

 その足首を縛った縄をさらに、宝玄仙の首の後ろに回して縄を引き絞る。

 

「くっ」

 

 身体を折り曲げられて苦しさが走る。

 

「ご主人様、いくよ」

 

 孫空女がにやりと微笑んだ。

 

「あっ」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。宝玄仙は胡坐に縛られた格好のまま、仰向けに倒されたのだ。

 いわゆる“座禅ころがし”というものだ。

 

「な、なにすんだい」

 

 さすがの羞恥の姿に宝玄仙も身をもがいてしまう。

 

「ご主人様、ご主人様の女陰から、もう涎が流れ始めましたよ」

 

 朱姫が宝玄仙の曝け出した股間を見下ろしながら言った。

 ほかのふたりも宝玄仙の股間を凝視している。

 次の瞬間、ぎょっとした。

 三人が三人とも手に筆を持っている。

 しかも、両手に……。

 

「今夜は、ちょっとばかり、きついかもしれませんよ、ご主人様──。道術で逃げたら、それこそ、わたしたちは許しませんからね」

 

 沙那が言った。

 そして、六本の筆が一斉に宝玄仙の股間に襲いかかってきた……。

 宝玄仙は大きな悲鳴を洞窟に響き渡らせた。

 

 

 

 

(第51話『消えた記憶と五人の女』終わり)



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 第52話  童貞淫魔【羅刹(らせつ)
325 火焔(かえん)の城壁


「ああ、もう、我慢できない──」

 

 孫空女がそう叫んだかと思ったら、上衣を脱いで胸当てだけの姿になった。

 胸当てに包まれた汗びっしょりの孫空女の乳房が歩みの振動で揺れはじめる。

 

「み、みっともないわよ、孫女」

 

 最後尾から歩いている沙那は、大きな声でたしなめの言葉を叫んだ。

 朱紫(しゅし)国の辺境を巡る旅だったが、いよいよ、人の地は最北に近づいていた。目指す麒麟山(きりんざん)はもう少しのはずだ。

 

 道とは言えないような山道を抜けて、道は人の手が加わったような路盤になっていた。

 つまり、とりあえず目指している辺境最北の地である翠雲(すいうん)という部落も近いということだ。

 事前に沙那が得た情報によれば、翠雲よりも北には人里はない。

 即ち、そこが人界と妖魔の里の境なのだ。

 

 朱紫国北域の妖魔の土地を支配する賽太歳(さいたいさい)は、ひどく人間と妖魔の交流を嫌っていて、人の侵入を頑として拒んでいるという。

 だから、その境界は、自然の要害によって阻まれているというが、詳しいことは、ひとつ前の部落ではわからなかった。

 とにかく、翠雲はこれまでの辺境にあった人間のどの部落からもずっと北に離れた場所にあり、実際に翠雲に行ったことのある人間も結局のところは見つけることができなかった。

 沙那が得た情報についても、すべて噂の範疇を超えるものではない。

 

 その翠雲の部落も、もう間もなくのはずだ。

 だが、その翠雲が近づくにつれて、とてつもない熱風が一行を襲ってきたのだ。

 熱風は北からだったが、それが怖ろしく熱い。

 しばらくは我慢していたが、だんだんと耐えがたいものになってきた。

 すると先頭を歩いていた孫空女が、ついに上衣を脱いだのだ。

 

「なんとでも言ってよ、沙那。あたしには耐えられないよ。まあ、これでいくらかはましになったよ。沙那も我慢していないで、脱いだらどうなのさ。どうせ、乳房と乳房の間は汗びっしょりなんだろう?」

 

「じゃあ、胸当ても外しな、孫空女──。とめはしないよ」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 

「あ、あたしも……」

 

 上下が別の服を着ていた朱姫も上衣を脱いで、胸当てだけの姿になる。

 

「まったく、あんたたちは……」

 

 沙那は胸当て姿だけになったふたりに嘆息した。

 

「わたしはやめとくよ。育ちが邪魔をするんでね」

 

 宝玄仙は上半身が半裸になったふたりに苦笑して言った。

 しかし、そういう宝玄仙は、ほとんど汗をかいていない。

 沙那は不思議に思った。

 

「ご主人様は、どうして汗をかいていないんですか?」

 

「そりゃあ、道術を遣っているからだよ。『治療術』の応用だけど、体温の上昇を道術で押さえて発汗を防いでいるのさ」

 

「いいなあ、ご主人様──。それ、あたしらにもやってよ」

 

 前を歩く孫空女が歩きながら言った。

 

「贅沢を言うんじゃないよ。暑けりゃ、全部脱いで素っ裸で歩きな。わたしは、指一本だって邪魔しやしないよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 やがて、下っていた山道の両脇の林がなくなってきた。

 すると、眼の前に拡がる山の麓に百軒ほどの人家が見えてきた。

 さらにその集落の向こうには深い谷の下を流れる大きな河も見える。

 その向こうは、谷川を挟んで拡がる山壁があった。

 

「あれが、麒麟山かい。なんだい、あれは……?」

 

 宝玄仙が呆れたような声をあげた。

 沙那もびっくりして、視界の先に拡がる山壁を見た。

 山一面が真っ赤だ。

 季節外れの紅葉なのかと思えば、山の森林のすべてが燃えていたのだ。

 

「あ、あれが麒麟山……」

 

 沙那も思わず声をあげた。

 

「あれは、ただの山火事じゃないよ。煙が不自然だもの。山一面に道術がかけられているようだよ」

 

 孫空女も叫ぶように言った。

 孫空女の言うとおり、山一面が燃えているにしては煙がほとんど出ていない。

 樹木は炎をあげて燃えているのだが、煙は炎が拡がっている山一面にうっすらと覆う程度で、空にあがらずにそのまま消滅しているのだ。

 しかも、燃えている樹木は、燃え倒れる様子もなく炎をあげ続けている。

 まさに、火の葉っぱだ。

 

「人間を避ける道術の要害による境界というわけだね。いずれにしても、この途方もない熱風の原因はあれというわけだ」

 

 宝玄仙が言った。

 山一面に道術をかけるなど、それだけで凄まじい霊気だ。

 あれが賽太歳という妖魔王の力なのだろうか。

 

「いずれにしても、あの炎の山を越えた場所に、獬豸(かいし)洞という妖魔城があるはずです。どうやって、先に進むかの算段を考えなければなりません。ひとまずは、この先の部落に入って方策を練りましょう」

 

 沙那はそう言った。そして、正面の炎に包まれる山に向かっていまの山道を下った。

 しばらく進むと、部落の入口にやってきた。

 侵入者を拒む関や垣根のようなものはない。

 これまで訪れた北の辺境地帯の部落には、侵入者を阻む自警団のようなものが、部落への人の出入りを監視しているところが多かった。

 門だけではなく、砦や見張り台のようなものが作られている場所もあった。

 それに比べれば、翠雲という名のこの部落は完全に無防備だった。

 

 山から歩いて来れば、自然に人家のある地域に到着する。

 そんな感じだ。

 人家の両側には畠も見える。働いている者も多い。

 そこには男もいれば、女もいた。

 

「なるほど、あれは、理にかなっているさ」

 

 孫空女が遠くの視界に映った女たちを見て笑った。

 男も女も沙那たちのように身体を覆うような服を着ている者はひとりもいない。

 大抵は、半ずぼんのサンダル履きで、それは男も女も同じだった。

 男は上半身が裸身の場合が多く、女はすべて、胸紐だけで乳房にはなにも覆っていない。

 胸紐は乳房を隠すのではなく、持ちあげて風通しを良くするのが役割であり、どの女も乳房も乳首もそのまま剝き出しになっている。

 

「お前たち、余所者かい。そんなに服を着こんでいたら、一日ともちはしないよ」

 

 さらに集落を進むと、平屋の家の前に座っている肥った中年の女に声をかけられた。

 その中年の女の隣には、比較的若いふたりの女もいた。

 三人の女は、家の前で椅子に座って世間話をしていたようだ。

 三人とも胸を剝き出しにしていて、陽に焼けた肌をしていた。

 

「ここは、翠雲の部落ですか?」

 

 沙那が応じた。

 

「そう呼ばれているね」

 

 中年の女が言った。

 

「冥土の入口の地ともいうね」

 

「いや、すでに人の世とは別世界だよ」

 

 隣の女たちも口を出して笑った。

 三人が囲んでいる小さな卓には酒瓶があった。

 どうやら酒を飲んでいたらしい。

 

「あんたらのような別嬪が来る場所じゃないよ、ここは。あっという間に犯されて殺されるかもしれない。なにせ、ここは、世の中の悪事をやり尽くしたような連中が集まる場所だからね」

 

 中年の女が沙那たち四人を値踏みするように眺めながら笑った。

 

「わたしは沙那と言います。こっちは、女主人の宝玄仙。そして、孫空女と朱姫です」

 

 沙那は紹介した。

 すると、女たちもそれぞれに名乗った。

 中年の女は璃子(りこ)

 残りのふたりは、その友人だということだった。

 璃子は、この翠雲で暮らす女の束ねのようなことをしているということもわかった。

 最初に遭ったのが、そういう人間だったことに、沙那は幸運を感じた。

 

 沙那は、荷にぶらさげていた兎の肉を一匹丸ごと璃子に差し出した。

 土産にしようと思って、途中で捕まえたものであり、全部で三羽分ある。そのうちの一羽を渡したのだ。

 

「向かいに見える山の反対側に進む方法を知りたいのです。それができなければ、この部落に滞在するための宿屋はありませんか?」

 

 沙那は言った。

 兎一羽の土産に、璃子は目を丸くするとともに、大袈裟なほどに喜んだ。

 三人の態度も一変し、沙那たちを歓迎するような口調に変わった。

 

「麒麟山に行くのかい? あそこは妖魔王の土地だよ」

 

 璃子の右隣の女が声をあげた。

 

「友人が妖魔に浚われたのです。なんとしても連れ戻したいんです」

 

 沙那は適当な嘘を言った。

 

「やめときな。妖魔に浚われたなら諦めることだ。連中の中には食料として人間を食べるものもいる。連れて行かれたなら、すでに死んでいるのは間違いない。こんなところまで追いかけて来るなら、余程に大事な人なのかもしれないが無駄なことだったね」

 

 璃子が肩を竦めた。

 

「死んでいるならそれでも構いません。でも、納得するためにも行きたいのです。わたしたちのうちのふたりは道術遣いです。そして、わたしと孫空女は遣い手で腕が立ちます」

 

「そのようだね。まあ、麒麟山を越える方法を知っていれば教えるけど、そんな方法は知らない。その必要もないんでね」

 

 璃子は言った。

 

「だったら、どこかに宿屋はありませんか?」

 

「宿屋? そんなものがあるわけないだろう。こんなところに来る旅人もいないからね。ここは人里の終着地だ。ここを通り過ぎる者はない。ここに来るのは、世間にあぶれて、人間の土地どころか、ここよりも南の辺境の部落でも住む場所のいなくなった者ばかりだからね──」

 

「じゃあ、どこかに寝る場所を貸してくれるところはないでしょうか?」

 

 沙那はさらに言った。

 

「まあ、寝る場所くらいなら、あたしの顔で紹介してやれるよ。住む者がいなくなった家ならいくらでもある。兎の肉をもう一羽くれたら、その中の一軒に住めるように手配してやるよ」

 

 璃子が、沙那が荷にぶらさげている残りの兎の肉を眺めながら目ざとく言った。

 沙那は、地面に降ろしている荷からさらにもう一羽の兎の肉を卓に置く。

 

「ついてきな」

 

 璃子は歩き出した。沙那たちはそれを追って歩いた。

 部落にはちらほらと人の姿もある。

 じろじろと沙那たちを見ていたが、声をかけてくるものはいなかった。

 ただ、物珍しそうに眺めている者が多い。

 

「……あたしと一緒のときに襲ってくる者はいないよ。だけど、あたしから離れたら気をつけな。ここに法はない。自分の身は自分で護るだけだ」

 

 璃子が歩きながら言った。

 彼女は手に長い棒を持っている。璃子もまた遣い手であることは、その歩き方でわかった。

 

「あたしらは大丈夫だよ。襲ってくる男なんていたら、こてんぱんにのしてやるよ」

 

 孫空女が笑って応じた。

 

「そんな感じだね。まあ、こんなところまでやって来れるぐらいだから、女ながらも腕があるんだろうね」

 

 璃子が言った。

 やがて、部落外れの一軒の家の前に着いた。

 ほかの家とは少し離れていて、ここよりも先に建物はない。

 麒麟山と翠雲の部落を隔てる谷川は目と鼻の先だ。

 

「……ここを使っていい。もう、空き家なんだ。その先に、谷川に降りる道がある。集落には井戸水もあるが、面倒な掟もあるから新入りの間は、面倒でも必要な水は谷川まで汲みに行った方がいい。水汲みの道具は家の中にあると思う。もう、ここに住んでいた者はいないから自由にしていい──。なんで、住む者がいなくなったかは訊かないでおくれ。確か、殺されたと思うけど、どれがどれだか、いちいち覚えていないんだ」

 

 璃子が白い歯を見せた。

 

「この部落には店のようなものはあるかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「十日に一度、物々交換のための小さな市が集落の広場で開かれる。市といっても、ただ人が集まって物を交換するだけの会合だけどね。次の市は五日後だ。そのときに、あんたらを正式に紹介してやるよ──。もっとも、それだけの別嬪さんの集まりだ。紹介するまでもなく、すでに部落中に広まっているだろうけどね……。夜は気をつけな。本当にね。夜だけじゃないけど、本当にここは物騒な場所なんだ。常識は通用しない」

 

「道術で結界をしてしまうから大丈夫さ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「そう、触れ回っておくよ。それだけでちょっかいを出す与太男も減るだろうし──。それから、長く暮らすつもりはなさそうだから必要はないと思うけど、職が欲しければあたしに声をかけておくれ。それも世話をしてやれる。身体を売るのでも、あたしを通した方が無難だ。あたしを通さなくても問題はないんだけど、騒動のもとなんだ。身を売る女にもそれぞれに縄張りのようなものもあってね。それを仕切るのもあたしの役割さ」

 

「必要なときには相談しに来ます」

 

 沙那は言った。

 

「他になにかあるかい? 旅をしてきたようだから足りているかもしれないが、寝具や食器のようなものは必要かい?」

 

 当面の必要なものは間にあうと思うし、不便があれば相談しに行くと言うと璃子は戻っていった。

 家の中は広めの部屋がふたつの間取りだった。

 小さな台所もあり、かまどもある。

 埃が溜まっている様子はなく、つい最近まで誰かが住んでいたという感じだ。

 家具もそれなりにある。

 ただ、衣類を含めて価値のあるようなものはない。

 

「……さて、どうするかね」

 

 家には卓や椅子のようなものはない。

 宝玄仙は床に直接座り込んだ。

 朱姫はさっそく、家のまわりに結界の防護を巡らせにいった。

 孫空女も一緒に外に出て周辺の安全を確かめにいったようだ。

 

「璃子さんが隠している様子もなかったので、本当に麒麟山を越える方法は知れ渡っていないのだと思います。とりあえず、明日くらいから三人でいろいろと探ってみます。なんとか、妖魔の土地側に入る方法を見つけます」

 

「頼むよ」

 

 宝玄仙が頷いた。

 

 

 *

 

 

「ふたりとも、もっと、しゃがみな、床に大便をするような感じでね」

 

 壁側に座っている宝玄仙がこっちを眺めながら命令した。

 孫空女は後手に縛られた裸身を沈めると、宝玄仙にお尻を向けるような向きでしゃがんだ。

 隣では沙那も同じような姿勢をとっている。

 

「はいはい……。沙那姉さんも、孫姉さんも、準備はいいですね。じゃあ、孫姉さんからいきますか」

 

 孫空女と沙那がしゃがんだのを確認した朱姫が満足気に言った。

 孫空女と沙那の股間の下の床にはたくさんの小さな金属の玉がある。

 ひとつひとつの大きさは、親指の先程だ。

 それが数十個ばらまいてあるのだ。

 

 この翠雲という朱紫国の最北の部落までやってきて最初の夜だ。

 朱紫国といっても、すでに朱紫国の法が及ばなくなって久しい。

 人の地図では、朱紫国に属するように国境が書いてあるというだけのことで、朱紫国の掟の及ばぬ人外地だ。

 四人の旅の当面の目的地は、この翠雲の北の麒麟山にある獬豸洞という妖魔城だ。

 そこに賽太歳という妖魔王がいる。

 宝玄仙から道術を奪った妖魔であり、その妖魔王と対決して、宝玄仙の道術を取り戻す。

 それが目的だ。

 

 妖魔城は麒麟山の反対側の斜面のはずであり、そのためには、まずは麒麟山に入らなければならないが、行く手が深い谷川に阻まれているだけではなく、道術によって山一面が炎に包まれて、人の侵入を防いでいる。

 いまのところ、麒麟山に入る方法も、越える方法も見つからない。

 

 宝玄仙や朱姫の『移動術』は、行ったことのある場所で、さらに、移動先に『移動術』の結界がなければ跳躍できないので遣えない。

 とにかく、明日からは、麒麟山の反対側に行く方法を探索する日々になるだろう。

 

 とりあえずは今夜だ。

 いつものように宝玄仙の供に対する嗜虐が始まった。

 今夜、縛られることを命じられたのは孫空女と沙那だ。

 それを宝玄仙と朱姫が嗜虐する。

 このところ、もっとも多いかたちだ。

 

 孫空女と沙那は、全裸になり縄で背中に組んだ腕を後手縛りにされている。

 床には、たくさんの小さな金属の玉があり、これを肛門で飲み込めと言われているのだ。

 孫空女にしても沙那にしても、半刻(約三十分)以上、朱姫のねちねちとした身体への愛撫を受けている。

 すでに全身は上気して、股間でも肛門でもなにかを受け入れる態勢はできている。

 沙那に至っては、すでに二度気をやっていて、なんだがぐったりしている。

 

「いきますよ、孫姉さん……」

 

 孫空女のそばに座った朱姫が床から無造作に玉を拾って、孫空女の肛門にひとつ押し入れてきた。

 

「くっ……」

 

 朱姫が肛門に入口に小さな玉を押しあてがう。

 肛門を拡げて吸いこむように収縮させると、玉がすっと肛門の奥に入り込むのがわかった。

 

「あひっ……」

 

 冷たい金属の玉が肛門の内側を流れていく感触に妖しい疼きが全身に走る。

 思わず身体に震えが走る。

 突然、尻に激痛が走った。

 

「い、いたっ──」

 

 尻の横面がぴしゃりと朱姫によって叩かれたのだ。

 

「な、なにすんだい、朱姫──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「なにするじゃないですよ。よがってないで、数をかぞえなければ駄目じゃないですか、孫姉さん──。そんなことじゃあ、いい奴隷になれませんよ」

 

 朱姫がふたつ目の玉を肛門に押し込みながら笑った。

 

「お、お前、ま、また、調子に乗って──。く、くそっ……、に、二……」

 

 肛門にぞわぞわした快感が走る。

 三、四、五と肛門に玉が入ってくのがわかる。

 次々に肛門深くに小さな玉が入っていく。

 そのたびに、孫空女は声を我慢しながら数をかぞえ続けた。

 

「……十……五……、ああっ……ああひぃ──あ、ああああぁぁ……」

 

 十五個目でついに孫空女は、軽く気をやった。

 身体を小さく震わせて思わず甘い息を吐いた。

 

「あらあら、孫姉さんもいったんですか?」

 

 朱姫がからかいの言葉をかけた。

 

「う、うん」

 

 孫空女は仕方なく、こくりとうなずく。

 まだ、妖しい快感が止まらない。

 身体の疼きは堪えようのないものに変わっている。

 

「ふふふ、なかなかにいい飲みっぷりですよ、孫姉さん……。ご褒美にここを触ってあげます」

 

 朱姫の指が股間の前側の肉芽に伸びた。

 すでに勃起している肉芽の皮をつるりと剥いて柔らかい指先で軽く振動させる。

 

「や、やめて……ひ、ひいっ……あ、ああ、あああっ……そ、それは……だ、だめええぇ」

 

 孫空女は思わず拘束された背中を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 

「それくらいでいいだろう、朱姫。次は、沙那にしな」

 

 宝玄仙の命令が飛ぶ。

 

「はい、ご主人様」

 

 朱姫の手が離れる。

 いいように弄ばれた孫空女は、やっと解放された身体を脱力させる。

 

「命令があるまで、そのままだ。いいね、孫空女」

 

「わ、わかったよ、ご主人様」

 

 孫空女は上気した身体を荒い呼吸で上下させながら言った。

 横では沙那に対する朱姫の責めが始まっている。

 

「……そろそろ、落ち着きましたか、沙那姉さん? 沙那姉さんの番ですよ……。さあ、数をかぞえるんですよ。ちゃんとやらないとお尻を叩きますからね。お返事は?」

 

「ちょ、ちょっと──ひうっ」

 

 沙那が横で、悲鳴とともにしゃがませた身体を伸びあがらせた。

 どうやら、面白がった朱姫が指で沙那の肛門を刺激したようだ。

 沙那が険しい顔で朱姫を睨みつけている。

 

「あ、あんた、ちょ、調子に乗ったら後で酷いわよ……」

 

 沙那が朱姫に言った。

 

「へえ、元気になりましたね。じゃあ、沙那姉さんは、これにしてあげますね。きっと、小さな玉じゃあ物足りないでしょうしね」

 

「なっ──」

 

 朱姫が沙那にかざした玉を見て、沙那が絶句している。朱姫が沙那に見せたのは、孫空女に入れた親指の先大の小さな玉ではなく、拳ほどもある大きな玉だ。

 金属ではなく陶器の丸い玉のようだ。

 いつの間にそんなものも準備していたのか孫空女にはわからなかった。それを沙那の顔の前にかざしている。

 

「そ、そんな大きなもの」

 

 沙那が顔を蒼くして、目を丸くしていた。

 

「なに言ってるんですか、沙那姉さん。大きさは、卵よりも少し大きいくらいですから大丈夫ですよ」

 

「い、嫌だって──。やめてっ、朱姫」

 

 沙那が悲鳴をあげている。

 しかし、宝玄仙と朱姫が許すわけがない。

 沙那の抗議の声を聞きながら孫空女は思った。

 やっぱり、無理矢理に沙那は、その大きな玉を肛門で飲み込まされている。

 

「……さあ、力を抜いてください、沙那姉さん」

 

 朱姫が陶器の玉を沙那の尻に押し付けた。

 

「あ、ああ……。む、無理……」

 

 沙那の苦しそうな声と吐息が聞こえる。

 

「息を吐くんだよ、沙那──」

 宝玄仙の強い声が響きわたる。

 

「半分入りましたよ、沙那姉さん。ほらっ、頑張れ」

 

 孫空女は横でいきんでいる沙那を見る。

 沙那は、じっと眼をつぶり、激痛に耐えるような表情をしている。

 顔は脂汗でびっしょりであり、その姿に、孫空女も思わず後手縛りの拳に力を入れてしまう。

 

「ふわっ……ああっ──」

 

 沙那が達したかのような甘い声をあげた。

 

「入りましたよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が大きな声をあげた。

 

「ひ、ひいっ、入ってくる。勝手に奥に入ってくる」

 

 沙那が悲鳴をあげている。

 

「勝手に入ってやしないよ。お前の尻が玉を受け入れているんだよ。すっかりと調教してあるからね。玉飲みについても、頭よりも身体が覚えているのさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「大きいから三個で勘忍してあげますね」

 

 朱姫が言った。

 沙那は悲鳴をあげているが、朱姫に身体を押さえつけられて、二個、三個と大きい玉を押し入れられた。

 やがて、本当に三個の大玉が沙那の肛門に押し入れられた。

 だが、よくもあんなに大きい玉をうけいれることができるものだ。

 孫空女も横で感心した。

 

「さて、じゃあ、一個ずつ出してもらおうか。失敗すれば罰だよ。どんな罰かは愉しみにしてな」

 

 宝玄仙だ。

 

「そ、そんな、ご主人様」

 

「ちゃんと、やっているじゃないか、罰なんて酷いよ」

 

 沙那に次いで孫空女も文句を言った。

 なにを言っても無駄なことはわかっているが、ちゃんと不満を口にしないと、このふたりはどこまでも調子に乗るから大変なことになるのだ。

 

「ひひひ、面白いことをやっているね」

 

 突然、若い男の声がした。

 

「う、うわっ」

 

 孫空女は驚いてひっくり返った。

 沙那も隣で腰を抜かしたように、床にお尻をつけた。

 ついでに、その衝撃であられもない嬌声をあげたのはおまけの痴態だ。

 

 いつの間にやってきたのかわからない。

 部屋の中には四人の若い男がいる。すべてが右手の中指の爪が剣のように伸びている。

 その爪の剣が、孫空女、沙那、朱姫、宝玄仙の全身の喉に伸びていた。

 四人の顔は四つ子であるかのように同じだ。

 外見は十七、八の人間の若者と同じだが、切れあがった眼尻と、白目の部分が血のような真っ赤な色に染まっている。

 若者たちが人間ではなく、妖魔であることは明らかだ。

 

「お、お前、どこから──?」

 

 爪の剣を突きつけられている宝玄仙が目を丸くしている。

 

「俺たちに結界は通用しないよ。俺の名は、羅刹(らせつ)……。お前たちを犯させな。そうすれば、命までは奪いはしない」

 

 羅刹と名乗った妖魔のひとりが言った。

 

「くっ、『影手』──」

 

 朱姫が叫んだ。

 しかし、その『影手』が妖魔を素通りした。

 

「き、効かない?」

 

 朱姫が驚いている。

 次いで、宝玄仙の道術による糸も飛んだ。

 だが、その糸もやはり、妖魔の身体を通り抜ける。

 宝玄仙も驚いている。

 

「気が済んだかい? 俺たちに道術は効かないよ? 俺たちは淫魔さ。ただお前たちを犯して、絶頂のときに発生する淫気を貰うだけだ。実害はないはずだ。大人しくしな」

 

 羅刹と名乗った妖魔の顔に、勝ち誇った笑みが浮かんだ。



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326 淫魔見習い

「気が済んだかい? 俺たちに道術は効かないよ。俺たちは淫魔さ。ただお前たちを犯して、絶頂のときに発生する淫気を貰うだけだ。実害はないはずだ。大人しくしな」

 

 羅刹(らせつ)と名乗った妖魔の顔に、勝ち誇った笑みが浮かんだ。

 宝玄仙は驚いた。

 この家は、朱姫が完全に結界で囲んでいる。

 外からは侵入できないはずだ。

 その結界の中に、この四つ子は易々と侵入を成功させた。

 

「さて、じゃあ、や、やらせてもらうぜ……。誰が相手してくれるんだ?」

 

 宝玄仙の喉に爪の剣を押しつけている羅刹が言った。

 

「誰……? ひとりずつやるのかい?」

 

 なんとなく訊ねた。

 ここには四人の女がいて、四つ子のような妖魔が四匹だ。

 一匹がひとりの女ならわかるが、なぜ、ひとりが相手をするのだろう?

 

 いずれにしても、眼の前にいる妖魔は淫魔(いんま)のようだ。

 淫魔というのは、淫気を食料の代わりにする妖魔だ。

 人間が性交のときに発する淫気を身体に吸収して力を得るのだ。

 淫気というのが本当に存在するのかどうかよくわからないが、実際にそれを食料にする妖魔が多くいるのだから、人間は性交のときにかなりの精力を発散しているのだろう。

 それはそうとして、淫魔であるとすれば、確かに実害はない。

 幼い頃に、宝玄仙の母親は自分の屋敷に淫魔を引き入れて情事の相手や手伝いなどをさせていたが、連中は淫気さえ与えれば満足し、憑りつく相手を殺したり、弱らせたりすることはない。

 むしろ、よい淫気を与えてくれる人間は貴重なので、積極的に守ったりもする。

 羅刹たちも素直に淫気を与えれば、大人しく退散するはずだ。

 

「ひ、ひとりだよ。ひとりだ──。だ、誰が俺に抱かれるんだよ。早く、決めろ」

 

 羅刹が喚いた。

 

「ひとりでいいのかい? ここには四人の女がいるんだけど、よりどりみどりだ。好きにしなよ、羅刹」

 

「す、好きにしていいのか? 淫魔だぞ。嫌じゃないのか?」

 

 好きにしろと言うと、目の前の羅刹の表情と口調が急に余裕のないものに変わった。

 なんなのだろう、こいつは?

 

「好きにしていいと言ってるだろう。だけど、そのひとりは、お前ら四匹を相手しないといけないのかい?」

 

 宝玄仙は不思議に思って訊ねた。

 

「ご、ご主人様、ちょっといいですか……」

 

 黙って羅刹と宝玄仙の会話を見守っていた沙那が、切なそうな表情をこちらに向けた。

 全身に汗をかき、顔は完全に上気して前髪が額に貼りついている。

 責めの最中だったから、まだ、欲情しているのだ。

 全身に汗をかき、裸身を赤く染めているその姿は、妙に艶めかしい。

 女の宝玄仙から見ても、ぞくぞくするような色気を感じる。

 

「なんだい、沙那?」

 

「お、おう、凄い淫気だ。お、お前、凄いな……。沙那というのか──。凄い、凄い、凄い。こんなに濃い淫気は初めてだ。しかも、おいしいぜ。そっちの赤毛もいいな。淫気が凄い」

 

 羅刹が沙那に視線を向けて、唾を飲み込んだ。

 どうやら、こうしている間にも沙那や孫空女から淫気というものを吸収しているようだ。

 沙那と孫空女には、さっき肛門に玉を飲み込ませて、まだ、尻の中に入れたままだ。

 だから、欲情した身体が淫靡な気を発し続けているのだろう。

 しゃがんでいる沙那が力を入れたのがわかった。臀部が小刻みに震えはじめる。

 

「おっ、なんだ?」

 

 羅刹の視線が沙那に集中している。

 沙那は見られていることに、ほんの少しの恥じらいを含ませた表情で、眼を閉じた顔をいくらか俯き加減にして、りきんでいる。

 

「……み、見せてくれよ」

 

 羅刹が唾を飲んだ音がした気がした。

 沙那の股間の下の床が突然に鏡面に変化した。

 燭台の灯りが鏡面に沙那の股間を映す。

 

「う、うわっ──。な、なによ、これ?」

 

 足元の床が鏡面に変わったことで、沙那が悲鳴をあげた。

 沙那が何気なく見下ろした鏡面に、自分の恥ずかしい部分がはっきりと映ったからだろう。

 宝玄仙にも、一個目の玉が少しだけ顔を出している肛門が鏡面を通して見える。

 肛門だけでなく、真っ赤に充血して愛液でぐっしょりと光る沙那の熟れきった女陰だってよく見える。

 

「いいから、続けろよ」

 

 羅刹が息を飲んだ。

 それにしても、さっきから喋っているのは羅刹だけだ。

 沙那たちに爪の剣を向けているほかの淫魔は喋らないどころか、名前すら名乗らない。

 ただ、表情は写したように全員が同じだ。

 

「わ、わかったわよ……。み、見たきゃ、見なさいよ……」

 

 沙那が呟いた。

 そして、再びいきむ態勢になる。

 

 鏡面に映った肛門の蕾がさらに綻ぶように拡がり、白い陶器の玉の表面がだんだん大きくなる。

 そして、ぼとんと床に落ちた。

 

 羅刹の道術で鏡面になっていても、表面は板張りの床なのだろう。

 沙那の肛門から落ちた玉が板張りの床にぶつかった音かして、てらてら光る玉がころころと床を転がる。

 

 続いて二個──。

 沙那が肛門に含んでいた三個の拳大の玉が全部床に落ちた。

 

「おお、凄い、凄い──。手が塞がってなければ拍手したいぜ」

 

 宝玄仙の前にいる羅刹が、爪の剣を宝玄仙に向けたまま感嘆の声をあげた。

 

「勝手に、ほざいていなさい……」

 

 その沙那がいきなり立ちあがった。

 沙那の喉にも淫魔の爪が伸びているのだが、完全に無視だ。

 咄嗟のことで反応できなかったのか、沙那に向いていた妖魔は静止したままだ。

 

 沙那は後手縛りのまま、なにもない壁に突進した。

 呆気にとられている宝玄仙の眼の前で、沙那が壁に激突した。

 いや、壁に激突したのかと思ったが、肉の塊りのようなものに強くぶつかる音と、若い男の悲鳴が部屋に響き渡った。

 

「うごわっ──」

 

 沙那が激突した壁の部分から不意に羅刹と同じ姿の妖魔が出現して床に倒れた。

 同時に、最初からいた四匹の妖魔の姿が消滅する。

 

「ご主人様、そっちの四匹はただの幻影です。こっちが本体です」

 

 沙那が叫んだ。

 沙那の足は、すでに床に倒れている淫魔の首を力いっぱい踏んづけて、その身体を押さえている。

 

「そういうことかい」

 

 種を知ればどうということはない仕掛けだ。

 ただ本体を隠して、幻影で脅していただけのことだ。

 幻影だから宝玄仙や朱姫の攻撃道術は通用しなかったのだ。

 すぐに気がつかなかった自分が迂闊だと思った。

 沙那は霊力ではなく、気を読むことができる。沙那は、この部屋に四匹の妖魔の気配を感じず、姿を消して隠れていた本体の気配を悟っていたに違いない。

 宝玄仙は道術で糸を飛ばす。今度は素通りすることなく、床に倒れている淫魔の手や足に糸が絡みつく。

 

「『影手』──」

 

 朱姫の道術も発動した。

 淫魔の首に黒い手がふたつかかった。

 淫魔の表情がぎょっとしたものになる。

 

「ひいっ、ゆ、許してよ。許して──」

 

 身動きできなくなった羅刹が悲鳴をあげている。

 淫魔は最初から一匹だったのだ。

 宝玄仙は朱姫とともに、床に倒れている淫魔を囲んだ。

 沙那が淫魔から足を外す。

 

「ご、ご主人様──。あ、あたしも出していい?」

 

 いきなり背後から孫空女の声が響き渡った。

 なにかと思えば、孫空女は顔を真っ赤にしてしゃがんだ格好のままでいる。

 そう言えば、肛門に玉を飲み込ませて、そのままでいろと命令したままだった。

 孫空女は健気にそれを続けていたようだ。

 

「出しな」

 

 宝玄仙が言うと、ぼとぼとと続けざまに小さな玉が床にこぼれ落ちた。

 

「ほふええぇぇ……」

 

 羅刹がそれを見ながら感嘆の声をあげた。

 

 

 *

 

 

「なるほど、お前は濃い淫気を結界代わりにして、『移動術』で入って来られるということかい」

 

 宝玄仙は納得した。

 糸で手首を背中側で縛り、足首も縛った淫魔を四人で囲んで訊問していた。

 それでわかったことは、羅刹というのは、この淫魔の本当の名であり、まだ、生まれてから十七年の若い淫魔だということだ。

 本来は、麒麟山(きりんざん)の向こう側の妖魔なのだが、修行のために人間界側やってきたらしい。

 そして、淫気の気配を頼りに、人間の世界を彷徨っていたのだが、たまたま、麒麟山の眼と鼻の先のこの翠雲の部落で濃い淫気を感じて、その淫気を『移動術』の出口の結界として、ここに出現したというわけだ。

 

 通常、『移動術』を行うには、出口側にあらかじめ、そのための結界を刻まなければならない。

 しかし、この羅刹は濃い淫気を『移動術』の結界代わりにして、そこに跳躍するという特殊能力を持っているようだ。

 その能力で朱姫の結界を越えて、この家の中に浸入を果たし、そして、本体は姿を消して、四匹の分身の幻影を出して、宝玄仙たちを脅したということだ。

 結局、沙那に見破られて、呆気なく拘束されたわけではあるが……。

 

「ねえ、助けてよ。なにもしなかったじゃないか。淫魔は、ただ、人間の情事のときの淫気を吸うだけだよ。実害がないというのは本当だよ」

 

 羅刹が情けなさそうな声で哀願した。

 

「ねえ、ご主人様、わたしたちは、いつまで縛られてなければいけないのですか?」

 

 沙那だ。

 

「そ、そうだよ。いい加減に、縄を解いてよ」

 

 孫空女も声をあげた。

 沙那と孫空女は後手縛りにして嗜虐の真っ最中だった。

 情事は中断して羅刹の訊問をしていたが、このふたりの後手縛りは、そのままにしている。

 

「うるさいよ、お前ら。後手縛りでも話はできるし、聞こえるだろう? ちょっと、考えていることがあるんだ。そのままでいな」

 

「か、考えていることって、なんですか、ご主人様──?」

 

 沙那が抗議の声をあげた。

 それを無視して、羅刹に向きなおる。

 

「ところで、羅刹、お前はさっき、本来は麒麟山の向こうの妖魔だと言ったねえ?」

 

「そ、そうだよ。修行のために、人間の世界に出されたんだ。どうやら、淫魔に詳しいみたいだけど、淫魔は人間の情事のときの淫気を食料にするのさ。麒麟山には、人間は数える程しかいない。だから、修行はこっちでしかできない。それで、人間の土地に行くことを命じられたんだ」

 

「誰に?」

 

「おふくろだよ」

 

「淫魔にも一人前に母親がいるのかい」

 

「いるさ」

 

 羅刹はむっとしたように答えた。

 

「それで、ここに来たのは、なにが目的だったんだい? わたしらを分身で脅してどうしたかったんだい、羅刹?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「だから、修行だよ。おふくろに、修行のためにできるだけ多くの人間の女と情を結んで、色修行をして来いと命じられているんだ」

 

「色修業?」

 

「うん。淫気を吸収する方法もいろいろあって、さっきみたいに、情事をしている現場に姿を消して入り込んで、そっと淫気を吸収するというやり方もあるけど、人間の女と相手を直接に性行為をして、淫気を引き出すというやり方もあるからね。俺は、姿を消す術には長けているけど、性交術が苦手なんだ。それで、とにかく、数多くの人間の女と性交して、性交術を磨かなければならないんだ」

 

「なるほどねえ」

 

 宝玄仙は頷いた。

 

「ねえ、ご主人様、どうして、こいつと話しこんでいるんですか? さっさと追い払えばいいじゃないですか」

 

 沙那が叫んだ。

 

「そうだよ、それに、あたしらの縄を解いてったら──」

 

 孫空女もその隣で喚いた。

 

「ちょっと、お前らうるさいよ」

 

 宝玄仙は後手縛りのまま文句を言い続けている孫空女と沙那の乳首に道術の糸を飛ばして、向かい合うお互いの乳首と乳首を結んで、身体を密着させた。

 ついでに、肉芽と肉芽も結んでしまう。

 三本の糸で急所を結びつけられた沙那と孫空女が、乳房と股間をくっつけ合って悲鳴をあげた。

 

「ひううっ、ご主人様、ひ、ひどいです──」

 

「あふうっ、さ、沙那、動かないで……。ご、ご主人様、勘忍して──」

 

 沙那と孫空女が泣き声をあげた。

 

「朱姫、ちょっと、見張ってな。騒ぐようなら、肩でも揺すってやるんだ」

 

「わかりました、ご主人様」

 

 朱姫が嬉しそうに返事をした。

 

「……あっ、ごめんなさい。手が当たっちゃいました」

 

 朱姫がわざとらしく、身体をくっつけ合っている沙那と孫空女の身体を軽く押した。

 その振動で、両方の乳首と肉芽に激しい刺激を受けたふたりが同時に泣き喚いた。

 その様子を羅刹が呆然と見守っている。その羅刹の視線を宝玄仙に戻させる。

 

「じゃあ、望みをかなえてやろうじゃないか、羅刹。色修行とやらをさせてやるよ。わたしでも、こいつらでも、好きなだけ抱いていきな」

 

「ほ、本当?」

 

 羅刹が眼を大きくした。

 

「な、なに言っているんですか、ご主人様──。淫魔なんかに抱かれたら、憑りつかれて殺されてしまいますよ」

 

 沙那が叫んだ。

 

「駄目ですよ、沙那姉さん、ご主人様の許可なく喋ったら」

 

 朱姫が笑いながら沙那の身体を軽く左右に動かした。

 

「きゃああぁぁぁ──、ひぎいいっ──」

「あぎいいっ──」

 

 沙那と孫空女が激痛に悲鳴をあげる。

 

「馬鹿なことを言うんじゃないよ、沙那。この羅刹が言ったことは本当だよ。こいつら淫魔は淫気を吸うだけだ。相手を殺せば、淫気は吸えなくなるじゃないか。だから、そんなことをしたりするものか」

 

 宝玄仙は、朱姫にふたりをいたぶるのをやめさせてから沙那に向かって言った。

 

「だ、だって、書物で読んだことがあります。淫魔は、人間の女に憑りついて生気を奪って殺すとか……」

 

「だから、書物しか知らないやつは駄目なんだよ。こいつらの唯一無二の目的は淫気を吸うことだと何度も言っているじゃないか。淫魔が人間を憑り殺すなんて迷信もいいところだよ」

 

「で、でも、人間の女に淫魔の子を宿させるために妊娠させるとも聞いたことがあります。実際に、淫魔の子を宿したという女の噂だって知ってます」

 

「なんで、淫魔の子を産ませるのに人間の女の腹を使うんだよ。それだと、半妖になってしまうだろう。淫魔の子を宿したなんていうのは、不義密通したふしだらな女が、亭主や父親への言い訳のために勝手に淫魔の存在を利用しているだけさ。淫魔はちゃんと、雌の淫魔と雄の淫魔が交尾によって子を宿すよ」

 

「で、でも……」

 

 沙那はまだなにか言いたそうだ。

 

「もういい、話は終わりだ。揺すってやりな、朱姫」

 

「はい」

 

 朱姫が孫空女と沙那を揺すりはじめる。

 また、ふたりが悲鳴をあげる。

 

「よく、俺たち種族のことをご存知ですね」

 

 羅刹が感心したように言った。

 

「子供のころ、淫魔と暮らしたことがあるのさ」

 

 宝玄仙の母親は解放的な女だった。

 性の追及には貪欲で、淫魔も母親の旺盛な性への感心のひとつだった。

 淫魔だけではなく、性に放蕩なほかの妖魔を連れてきては性の相手をさせたりもした。

 だから、妖魔の性全体に関しても宝玄仙はよく知っている。

 彼らの性は、人間に思われているよりも、ずっと人間の性に近い。

 異種族で性交を行うことは珍しいし、滅多にない。

 例外は、この淫魔だろう。

 ただ、それは淫気の発散と吸収が目的であり、子供を産ませたりするなどあり得ない。

 

「……と、ところで、俺の修行の相手をしてくれると、さっき言いましたよねえ」

 

 羅刹が上目遣いに宝玄仙を見た。

 

「ああ、わたしの要求を聞き入れてくれたらね」

 

「要求?」

 

「難しい話じゃない。修行の相手でも、情事でもなんでもしてやるし、欲しければ、勝手に淫気でもなんでも吸えばいい。その代わりに、わたしらを麒麟山の向こう側に連れて行くんだ。お前は、麒麟山の向こうから来たんだろう。『移動術』を遣えるなら、一緒に連れて行くがいいさ」

 

「麒麟山の向こう? つまり、あの炎の城壁の内側ということ?」

 

 羅刹の顔に驚きの色が映った。

 朱姫も沙那と孫空女をいたぶるのをやめて、こっちの話を聞く態勢になった。

 沙那もさすがに、これ以上口を開く愚を犯そうとはしない。

 

「そうだよ、羅刹」

 

「妖魔の地になんの用があるのさ?」

 

「お前に関係ないだろう。ただ、お前は、わたしらを連れて行けばいいだけだ」

 

 宝玄仙は大きな声をあげた。

 羅刹がびくりと身体を震わせる。

 

「……不服はないね?」

 

 宝玄仙は詰め寄った。

 

「そ、それができれば、もちろん、承知するんですが……」

 

 羅刹が困ったような表情になった。

 

「できないって言うのかい? だったら、ここで死にな──。朱姫、じわじわとこいつの首を絞めるんだ」

 

「はい」

 

 朱姫のふたつの『影手』は、羅刹の首に張り付いたままだ。

 それが、だんだんと首を絞めるように接近するのがわかった。

 

「うわっ、わあっ──。う、嘘じゃない。嘘じゃないです。修行が終わるまで、妖魔の地に戻るのは禁じられているんです。本当です──。ひいいっ──」

 

 拘束されたままの姿で羅刹が悲鳴をあげた。

 宝玄仙は、手で合図をして、朱姫が『影手』で羅刹の首を絞めるのをやめさせた。

 

「修行ってなんだい?」

 

「だ、だから、性交術が上達するまで戻れないんですよ」

 

 羅刹が情けない声をあげた。

 

「愚図愚図、言うんじゃないよ。性交術なんて、数をこなせば勝手に上達するよ。つまりは、女をいかせるだけのことだ。いままでに、何人かの女をいかせたことくらいあるだろう。それと同じようにやればいいんだよ。性交術は上手下手じゃない。愛情をもって接しな──。これだけがこつだ。ほら、これで修行終わりだ。納得しな」

 

「お、俺が納得したって駄目なんですよ。修行の成果を試す試験があるんです。それに合格しなければ、戻れないんですよ」

 

 羅刹が言った。

 

「試験?」

 

「はい……。修行が終わったと思ったら、おふくろの友人の淫魔の女を呼び出して、性交をするんです。俺が彼女を絶頂させることができたら、修行が終わりとみなされて、妖魔の里と人間界を自由に出入りできる霊具をくれることになっているんです。修行が終わって試験に合格しない限りは、俺にかけられた術が解けなくて、妖魔の里側に戻れないんです」

 

 羅刹の言葉に宝玄仙は舌打ちした。

 

「だったら、さっさと、その試験官の雌妖の淫魔を呼び出しな。なんていう妖魔だい?」

 

鉄扇仙(てつおうせん)といいます。おふくろの親友の淫魔です──。で、でも……」

 

「いいから、呼ぶんだよ。雌妖も人間の女も同じだ。女陰に肉棒をしっかり入れて、一生懸命に接触している場所を押し揉むようにしてれば、いつかは気をやるよ。雌も女もそういう身体の作りになっているんだ。相手が達する前に、お前が達しないように我慢すればいいだけだ」

 

「で、でも、自信がないんです──」

 

 羅刹が叫んだ。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「いままでに、女をいかせたことは?」

 

 何気なく宝玄仙は訊ねた。

 

「それが……」

 

 羅刹が俯いて小さな声で言った。

 

「もしかして、まだ、女を絶頂させたことがないのかい?」

 

「は、はい……」

 

 羅刹の返事はますます小さな声になった。

 

「修行していたと言わなかったかい、お前?」

 

「そ、それが、やっぱり、いざとなれば勇気がなくて……。今夜こそ、やってやろうと度胸を決めて、ここにやって来たんですが……」

 

 羅刹の残りの言葉は、羅刹の口の中から外には出ずに消えてしまった。

 

「修行を初めてどのくらいだよ、お前?」

 

「三箇月です」

 

「淫魔のくせに、三箇月も女に手を出さなかったのかい──?」

 

「だって、いざとなれば相手も嫌がるし──。それに、淫魔のくせに下手糞だと馬鹿にされると思って……」

 

 羅刹は情けなさそうな口調でぶつぶつと言った。

 

「ちょ、ちょっと、待ちな。お前、雌妖でも人間の女でもいいけど、これまでに何人くらいと経験があるんだい?」

 

「ま、まだ……」

 

 羅刹の声は聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声だった。

 宝玄仙はしばらく絶句してしまった。

 

 羅刹の顔は俯いたままだ。

 宝玄仙は呆れてしまった。

 これまでに数多くの淫魔と遭ったが、どいつもこいつも性の達人のような連中ばかりだった。

 性に不慣れどころか、性経験のない淫魔など初めてだ。

 

 いずれにしても、この根性なしの淫魔見習いをなんとかしなければならない。

 要は、この意気地なしの淫魔が、修行の成果の試験官である鉄扇仙という雌淫魔を性行為で絶頂させればいいのだ。

 そうすれば、この羅刹は麒麟山との行き来が自由になり、宝玄仙たちを麒麟山の向こうに連れて行くこともできるようになるだろう。

 

「わかったよ、面倒を看てやる」

 

 宝玄仙は言った。

 

「えっ?」

 

 羅刹が顔をあげた。

 

「鉄扇仙という雌妖は、いつでも呼び出せるのかい?」

 

「そ、それは、術を込めて呪文を唱えれば、向こうに伝わり、いつでも応じてくれることになっていますけど……」

 

「だったら、ここでわたしが実地で講義してやる。わたしたち四人がお前の相手だ。女のいかせ方を手取り足取り教えてやるよ。さっそく始めるから来な──」

 

 宝玄仙はそう言って、羅刹を拘束していた糸を消滅させた。

 

「講義の場所は隣の部屋だ。行って服を脱ぎな、羅刹──。それから、まずは沙那だ。一緒においで。孫空女はとりあえず、服を着ていい。朱姫に縄を解いてもらうんだ。ただし、孫空女についても、朱姫についても、順番にこいつに抱かれてもらうからね」

 

 宝玄仙は、孫空女と沙那を繋いでいた糸を消滅させた。

 

「な、なにするんですか、ご主人様?」

 

 沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「宝玄仙の特別講義だよ。お前は、女の身体の説明の教材だ。沙那は普通の性行為の練習相手としては感度が良すぎて不向きだけど、女の性感帯を教える人形としては、反応が大袈裟だから丁度いい。来るんだ」

 

「そ、そんなあ」

 

 沙那は不満そうな声をあげた。

 しかし、宝玄仙はそれには構わず、沙那の後手の縄を掴むと、ぐいぐいと隣の部屋に引っ張っていった。



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327 特別性技講義(その1)・陰核

「痛い──。ご、ご主人様、ひどいですよ……」

 

 沙那は後手縛りのまま、強引に隣の部屋の真ん中に連れて来られて、床に放り投げられるように捨てられた。

 思わず抗議の声をあげた。

 

「ちょっと、準備ができるまで待ってな、沙那。お前は、こいつに女のことを教えるための人形だ。なにも考えなくていい」

 

「な、なにもって……」

 

 なんだか酷い言われような気がする。

 いずれにしても、部屋の隅で緊張した面持ちで服を脱いでいる羅刹(らせつ)という淫魔とこれから情事をやらされるのだろう。

 この宝玄仙という変態女主人に仕えて三年──。

 あらゆることをやらされたが、淫魔と性交をさせられることがあるとは思わなかった。

 

 淫魔といえば、憑りつかれれば性欲が異常になり、四六時中淫行に耽る色情狂となり、ついには廃人同様となると書物で読んだが、本当に大丈夫だろうか。

 まあ、宝玄仙がいうなら確かなのだろうし、おかしなことになれば道術でなんとかしてくれるに違いない。

 沙那の中に諦めのような感情が走る。

 

「ご主人様、お待たせしました」

 

 朱姫と孫空女が大きな敷布と葛籠(つづら)を抱えてやってきた。

 朱姫が葛籠を持ち、孫空女が敷布を二枚持っている。

 孫空女は裸身に上下の下着だけの姿だ。さっきまで孫空女も沙那と同じように後手縛りをされていたので、とりあえず朱姫に解いてもらって、急いで下着だけを身に着けただろう。

 

「じゃあ、準備しな」

 

 宝玄仙の指示で孫空女が部屋の真ん中に敷布を拡げて、その横に朱姫が一個の葛籠を置いた。

 その葛籠は知っている。

 数個ある葛籠のうち、性具を集めた葛籠だ。

 朱紫国の国都から脱走するときに、これまで持っていた荷はすべて失ったが、少しずつ買い足したり、朱姫が性具の霊具を作ったりして、いつの間にか性具だけはかなりの量になっていた。

 

 準備ができると朱姫と孫空女は部屋から追い出された。

 このふたりも順番に羅刹に抱かれることになるらしいが、沙那はその最初ということらしい。

 

「沙那はそこに座りな」

 

 宝玄仙が敷布を指さした。沙那は大人しく、その敷布の真ん中に移動して足を崩して座った。

 

「お、お待たせしました……」

 

 全裸になった羅刹が両手で股間を隠しながらやってきた。

 裸になった羅刹の肌は白っぽくて線も細い。

 まるで女の身体のようだ。

 そう言えば、顔立ちも美青年だし、髪を伸ばせば、女でも通るだろう。

 美しい女の身体から乳房を失くして、男の性器をつけた。

 そんな感じだ。

 

「お前、なに隠しているんだよ。まずは、そこからだ。男側が不安がったり、恥ずかしがったりすると、女が性に没頭できないだろう。まずは、堂々としな──。道具だって並みのものを持っているんだろう?」

 

「ど、道具は自由にかたちも大きさも変えられます」

 

 羅刹が両手を離した。

 沙那はちらりと羅刹の股間にぶらさがったものを眺めた。

 まだ、勃起はしていない。

 肉棒と睾丸が羅刹の白い股間に垂れさがっている。

 

「そうだったね。淫魔は自由に性器のかたちを変えられるんだったね」

 

 宝玄仙が羅刹の前に立って言った。

 

「やっぱり、巨根の方が女を歓ばすことができますよね。巨根に変えてもいいですか?」

 

「馬鹿だねえ、お前。なんで、巨根がいいんだよ。大抵の女は痛がるだけだよ。だいたい、お前、淫魔の性器がなんで、大きさやかたちをある程度変化させられるのか知らないのかい?」

 

「は、はあ……」

 

 羅刹が情けなさそうな声をあげた。

 

「相手に合わせてかたちを変えるためじゃないか。巨根が気持ちいいという女もたまにはいる。そういう女のときには巨根にしな。逆に、初めて性交をやるような女が相手のときには、普通よりも細くする。淫魔は、自在に性器の大きさを変えられるという最大の武器があるんだ。それを最大限に利用することを知りな」

 

「な、なるほど……」

 

「大事なのは、女をしっかりと観察することだ。女をいかせたければ、女を見な。女の反応や女の性器に合わせて、行為の最中でもいいから変化させるんだ」

 

「勉強になります」

 

 羅刹が破顔した。

 微笑むと思わず引き込まれそうな男の色香を感じた。

 

「念のために訊いておくけど、童貞とはいえ、仮にも淫魔だから回数はいけるんだろう?」

 

「回数とは射精のことですか? それは、自在です。回数も持続力も……。これでも淫魔ですから」

 

 羅刹が微笑んだ。

 

「なにが淫魔だよ。わたしも淫魔を多く知ってるけど、十七にもなって童貞なんてのは初めて聞いたよ。お前らは、もう、十くらいで目覚めて、仲間内でやり合うんじゃないのかい?」

 

「いやあ……。でも、俺、ちょっと奥手で……」

 

 羅刹が頭を掻いた。

 その仕草がなんとも可愛くて、思わず微笑んでしまう。

 とにかく、沙那はもうなにもかも諦めた。

 こうなったら、協力するか……。

 仕方ない……。

 

「じゃ、じゃあ、まず、ご奉仕した方がいいですよね……」

 

 沙那は後手縛りの身体を羅刹ににじり寄らせて、男根を口に咥えようとした。

 宝玄仙に教えられている情事の作法だ。

 

 まずは、女が口で舐めて肉棒を勃起させる。

 そして、性交し、終われば、また、口で掃除する。

 そうやるものだと、宝玄仙に叩き込まれている。

 

「余計なことをしなくてもいい、沙那──。今夜は、こいつを歓ばすようなことは必要ないんだ。こいつが相手を歓ばすための技を覚えるんだからね──。それよりも、お前、ちょっと立ちな」

 

 宝玄仙に命じられて、その場に立たされた。

 すると、なにを考えているのか、いきなり、宝玄仙も服を脱ぎ始めた。

 呆気にとられている沙那と羅刹の前で、あっという間に宝玄仙も沙那と同じように生まれたままの姿になった。

 宝玄仙は全裸の後手縛りで立たされている沙那の隣に立った。

 

「わたしらふたりの身体を見てごらん。どうだい?」

 

「ど、どうって……」

 

 羅刹が困ったような表情になった。

 

「ご、ご主人様、わ、わたしだって、女としての見栄のようなものはあるんです。ご主人様と比べさせるなんて酷いです」

 

 沙那は頬を膨らませた。

 宝玄仙の裸身は女の沙那が見ても、思わずうっとりとするくらいに美しい。

 染みひとつない白い肌も、見事な曲線を描く身体の線も、乳房の形も色も本当に素晴らしい。

 まるで生きている彫刻のようだと思う。

 そんな身体と沙那の裸身を比べられれば、どうしても沙那の裸身は見劣りする。

 

「どっちが綺麗とか、素晴らしいとかを訊いているんじゃないよ。わたしらの身体は違うだろうと言っているんだ──。どうなんだい、羅刹。例えば、わたしの乳房と沙那の乳房は違うだろう?」

 

「ち、違います。宝玄仙さんのは、大きくて丸くて、でも、乳輪は小さいし……」

 

「わたしの胸の説明はいいんだよ──。沙那とは違うかと訊ねているんだ」

 

 宝玄仙がちょっとだけはにかんだように赤くなった。

 それがなんとなく、隣で見ていて面白い。

 

「違いますね」

 

「沙那、腰を降ろして股を開きな」

 

 宝玄仙はそう言うと、宝玄仙自身も敷布の上に腰を降ろし、膝を立てて股を開く。

 恥ずかしい格好だが、宝玄仙がやるのだから、仕方なく沙那も同じ格好になる。

 

「どうだい、わたしらふたりは陰毛だって剃っているから、よくわかるだろう? 大きさやかたちが違うというのがわかるかい、羅刹?」

 

「そ、そうですね。宝玄仙さんの女陰は……」

 

「説明はいらないと言っているだろう──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 羅刹がびくりとしたような仕草をする。

 思わず沙那はくすりと笑った。

 宝玄仙は、沙那をそのままにさせて、自分は敷布から降りて、床の上にそのまま胡坐に座った。

 

「羅刹、まず、お前に教えるのは、女の身体はそれぞれに違うという事実だ。性感帯だって、女によって場所も感度も違う。だから、当然、女をいかせるやり方は、その女の数だけあるんだ。女をいかせたければ、性交のときによく女を観察するんだ。いいね」

 

「わ、わかりました」

 

 羅刹は真剣な表情だ。

 

「よし。それを踏まえたうえで、いまからやるのは、共通的な方法だ。まずは、基本というわけだ。何事も基本が大事だからね。今夜ひと晩で仕込むつもりだから、しっかりと基本を覚えな──。だけど、それから先は、淫魔としてのお前の経験の中で技を磨くんだ。わかったね」

 

「は、はい」

 

 羅刹が大きく頷く。

 

「沙那、横になりな」

 

 沙那は膝を立てて足を開いたまま、身体を横に倒した。

 

「羅刹、女をいかせる基本はここだ。ここが性感帯でない女は存在しない。女の性感帯には、たくさんの場所があるけど、ここは性感帯としてだけに存在する器官なんだ」

 

「いひいっ」

 

 宝玄仙の指がいきなり、沙那の肉芽を押して、くるくると回転させた。

 あっという間に凄まじい快感が全身を貫く。

 宝玄仙は無造作に触っているようで、微妙な振動を肉芽に与えている。大きな波が沙那を次々に襲う。

 

「ひゃ、ひゃああ……あ、ああっ……あっ、あっ、あっ、あひいっ──」

 

 なにかが沙那を突き抜けていった。

 気がつくと、沙那は大きな声をあげながら、腰を浮かせて絶頂を極めてしまっていた。

 

「す、凄い……。こ、こんなに簡単に……」

 

 羅刹が感嘆の声をあげた。

 

「こいつは特別だよ。常識的には、女がこんな簡単にいくことはないからね。沙那は、ちょっとばかり異常なんだよ。これが普通だと思わないでおくれよ、羅刹」

 

 ふと見ると、宝玄仙が苦笑している。

 吐き出しようのない憤りが、達したばかりの沙那に沸き起こる。

 

「い、異常なんて、酷いですよ、ご主人様……。ふ、普通です」

 

 思わず沙那は言った。

 

「なにが普通だよ──。お前、本当にしつこいねえ。いい加減に自分を認めな。この世に、お前ほど、感じやすい女もいるものか。ちょっと肉芽をいじくっただけで、達したくせに一人前なことを喋るんじゃないよ」

 

 宝玄仙にそう言われて、それ以上なにも言えなくなった。

 口惜しいけど、感じやすいというのは本当だ。

 旅の四人で誰が一番敏感かと訊ねられたら、みんな沙那だと即答する気もする。

 

「とにかく、肉芽を刺激されて、気持ちよくならない女はいない。やってみな」

 

「じゃ、じゃあ、いきますね、沙那さん……」

 

「は、はい、ど、どうぞ……」

 

 思わず緊張が走る。

 すっと羅刹の指が沙那の肉芽を擦った。

 

「んくうっ」

 

 ぐっと押される。

 達したばかりで余韻に浸っていた身体があっという間に快感を取り戻す。

 

「強い、羅刹──。触るんじゃない。そっと撫ぜるだけだ……。そうそう、そんな感じだ。その勃起を刺激するときは、絶対に力を入れない……。まあいい、とりあえず、まずは、いかせてみな」

 

「はい」

 

 羅刹の指遣いがいきなり柔らかくなった。

 刺激があるかないかの微妙な感じだ。しかし、

 与えられる快感は一気に倍になる。

 

「そ、それ、だめっ──」

 

 堪えられずに沙那は二度の絶頂をした。

 

「ほおおっ」

 

 羅刹が驚きと喜びを混ぜたような複雑な声をあげた。

 

「す、凄い、凄い──」

 

「お前は凄いとしか言えないのかい」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「眼の前で女の人がいくのは初めてです」

 

 羅刹が嬉しそうに言った。

 若い淫魔が沙那の身体で歓んでいるのは、少しは沙那も嬉しさを感じるが、とにかく、続けざまにいかされるのは疲れる。

 

「ところで、羅刹、さっき、わたしが言った肉芽を中心とした性感帯だけの器官というのは、どこからどこまで拡がっているかわかっているかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ?」

 

 羅刹が疑問の籠った声をあげた。

 沙那も内心、宝玄仙がなにを言っているのかわからなかった。

 

「肉芽は、一番感じる場所だけど、この勃起している豆は肉芽が含まれる陰核という性感帯の一部なんだ。陰核はこの豆のような部分だけじゃない。むしろ、大部分は肌の下に埋まっている。こんな風にね」

 

 宝玄仙の手が伸びて、肉芽のすぐ横の部分に指を当てて、押し揉むように女陰に沿って動かした。

 

「ひうううっ──」

 

 沙那はやってきた激しい快感に腰を浮かせた。そこも気持ちいい。

 いや、むしろ、感じる……。

 まるで、肉芽そのものを触られているように感じる。

 それが広いのでやって来る快感が激しい。

 全身に震えが走るとともに、口から迸る声が止められない。

 

「肌の下に隠れている陰核の部分も女によって、場所も大きさも変わる。前戯代わりに探して確めてやれば、その女を気持ちよくさせられるし、それぞれの女の責め方もわかるだろうさ」

 

 宝玄仙が女陰の周りを押すようにすると、物凄い快感が迸る。沙那はそれを続けてやられて、全身を跳ねあげて悲鳴をあげた。

 

「暴れるんじゃないよ、沙那。少しは我慢しないか――。じゃあ、沙那の陰核を確かめてみな、羅刹。こいつは、反応が大袈裟だからすぐわかるはずだ。沙那の陰核を探してみるんだ」

 

 羅刹の柔らかい手触りが沙那の股間を襲った。

 あっという間にいきそうになり、沙那は歯を喰い縛って懸命にそれを耐えた。

 しかし、結局、またすぐにいってしまい、股間から迸った愛液で羅刹の手を盛大に汚してしまった。

 

「なるほど、かなり、わかりました」

 

 しばらくしてから羅刹がそう言い、やっと沙那は羅刹の愛撫から解放された。

 もう、かなりの回数の絶頂をしてしまい、沙那は息がつらくなっていた。

 

「ご、ご主人様、す、少しだけ休憩を……」

 

 沙那は息も絶え絶えに言った。

 

「贅沢言うんじゃないよ。人形のくせに――。次は、お前、目隠ししな」

 

 沙那の眼がなにかの布でさっと隠された。沙那は思わず小さな悲鳴をあげた。

 すると、いきなりどちらかの指が、沙那の乳首に襲いかかってきた。

 沙那はやって来た快感の衝撃に驚くとともに、けたたましい嬌声をあげてしまった。



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328 特別性技講義(その2)・性感帯

「贅沢言うんじゃないよ。人形のくせに───。次は、お前、目隠ししな」

 

 沙那の眼がなにかの布でさっと隠された。

 思わず小さな悲鳴をあげた。

 すると、いきなりどちらかの指が、沙那の乳首に襲いかかってきた。

 沙那はやって来た快感の衝撃に驚くとともに、けたたましい嬌声をあげてしまった。

 

「す、凄い反応です──。凄い、凄い淫気ですよ、沙那さん」

 

 羅刹(らせつ)の嬉しそうな声がした。

 

「あふうっ」

 

 沙那は思わず吠えるような声をあげた。

 目隠しをされた状態で不意に加えられた刺激に、沙那の裸身は一瞬にして再び絶頂寸前にまで快感を燃えあがらせた。

 

「乳首から乳房に刺激する場所を変えてみな、羅刹。淫気の発生を感じられるお前なら簡単だろう? 淫気が拡大する場所を探して触っていればいい。強弱も淫気を目安にすればいい」

 

「はい」

 

 宝玄仙の言葉で沙那の乳首を責めていた指がすっと乳房の方向に動いた。

 どうやら、いま、沙那に触れているのは羅刹の指のようだ。

 胸に当たる指が手のひら全体になった。

 沙那の乳房全体を上下左右に強くこねまわしはじめる。

 

「くふうっ……」

 

 堪えられずに甘い声とともに息を吐く。

 

「……もっと、柔らかくだ、羅刹」

 

「は、はい」

 

 乳房に加えられる愛撫が女性的な優しい感触になった。

 

「あはぁ……」

 

 沙那は思わぬ刺激に身体を跳ねさせた。

 身体が硬直する。気持ちがいい……

 もう、なにも考えたくない。

 丁寧で心の籠った羅刹の愛撫が沙那をどんどん欲情の頂点に導く。

 

「乳首」

 

 宝玄仙の声がした。

 指がまた来るのかと思ったら、沙那の乳首を刺激したのは羅刹の舌だった。

 ねっとりと下から跳ねあげるように乳首を数回舐められた沙那は、それだけで全身をがくがくと震わせて大きな嬌声をあげた。

 

「あはあっ……はあっ……はっ……ああっ……あうっ……」

 

 次から次へと官能の波が襲ってくる。

 連続的にやってくる快美感と愉悦のうねりで、沙那の身体に激しい絶頂感が襲ってきた。

 

 もういく……。

 そう思った。

 

 沙那は知らず羅刹の舌に胸を突き出すように身体を反り返らせていた。

 羅刹の舌を全身で受け止める。

 あの絶頂寸前の恍惚感がやってきた……。

 

「もういい、やめな。こいつは、乳首だけでもいくからね……。さて、羅刹、いまの沙那を見てわかったことを言いな」

 

 宝玄仙の声がした。

 羅刹の舌が離れる。

 ほっとするとともに、とろ火のような官能の渦が激しい焦燥感となって沙那に残る。

 

 なんて淫らな……。

 我ながらはしたないと思う。

 羅刹が愛撫をやめた一瞬、沙那は大きな失望を感じたのだ。

 もっと責めて欲しいと思った。

 そんな自分の心と身体を戒める。

 

 そして、胸への愛撫から解放された沙那は、肩で息をしながらぼんやりと宝玄仙と羅刹が話すことに耳を傾けた。

 それでも目隠しをされて抱かれる緊張感は、これまでに沙那が経験をしたことのないものだった。

 いま、こうして、宝玄仙と羅刹が会話をする間も、すっと手が伸びて、指が沙那の肌に触れるかもしれないのだ。

 その緊張感が、とろ火となった沙那の快感の余韻をいつまでも、熱い火のままにしてしまう。

 なにもされていないのに、空気が動く気配さえ、風に愛撫されているような錯覚を覚える。

 

 縛られてなにもできない。

 目隠しをされてなにも見えない……。

 それは、ただでさえ感じやすい沙那の身体を絶望的な状態にまで追い詰める気がした。

 

「沙那さんの胸は、信じられないくらいに柔らかくて気持ちよかったですよ。肌もしっとりとしてみずみずしくって……」

 

「そ、そんなことを聞いているんじゃないよ。例えば、乳首を責めたときと、乳房を責めたときのこいつの反応の違いはどうだったんだい? こいつは、ちょっと大袈裟すぎるところもあるけど、沙那が感じるときの身体の変化はどうだった?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「そ、それは……、さあ……。で、でも、感じている沙那さんは、とても可愛かったですし……」

 

「阿呆かい。やり直しな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 羅刹の舌が再び沙那の胸を襲う。

 

「あはあぁぁぁぁ──」

 

 沙那は羅刹の舌先を感じた途端に絶叫した。

 あまりの衝撃に、自分でも驚くくらいに激しく足首が跳ねた。

 胸を責められるとわかっていても、目隠しをされていると快感が激しく増幅する。

 わかってても備えられないのだ。指や手や舌が通り過ぎるたびに、快感の暴風が弾ける。

 快感に襲われた全身が無防備になり、続けてやってくる愛撫の暴風を全面に受け入れてしまう。

 そして、それが次の快感を呼び起こす……。

 

「あはあああっ……」

 

 ついに、沙那は耐えきれずに、喉を仰け反らせて後手縛りの身体を震わせた。

 膣がきゅっと締まりどっと愛液が溢れたのがわかった。

 

「また、いったのかい、沙那。本当に慎みのない身体だねえ」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「そ、そんなあ、ご主人様……」

 

 ちょっと胸を責められただけで、自分がまた呆気なく達したことに愕然としながらも、沙那は思わず不平の言葉を吐いた。

 宝玄仙に出遭う前の沙那は、性には奥手で自慰も知らない未通女だった。

 その沙那に被虐の快感を教え込み、淫らに愛欲をむさぼる身体にしたのは宝玄仙だ。

 そんな言われようは心外だ。

 

「そんな言い方したら、沙那さんが可哀そうですよ……。沙那さんはとても素敵です。俺が淫魔なのが残念なくらいですよ」

 

 羅刹が宝玄仙を嗜めるような声をあげた。

 そして、いきなり沙那の唇に唇が重ねられた。

 びっくりした。

 だが、それは羅刹の唇に違いない。

 沙那の唇がぺろりと舐められて、さっと離れる。

 経験のない軽い口づけに沙那はどきりとしてしまった。

 

「あ、あの……」

 

「す、すみません……。なにか、沙那さんを見ているとつい……」

 

 羅刹が謝罪の言葉を言った。

 

「い、いえ、いいんです」

 

 沙那も思わず言った。

 

「さすがは、淫魔だねえ……。なかなか、女たらしのことをするじゃないか。口づけは前戯としては最高に効果的だから、上手な口づけは女をたらしこむには絶対だ。ついでだから、口づけのやり方についても教えてやるよ、羅刹。言う通りにやりな──。最初は、さっきみたいに唇を合わせるだけの口づけだ。舌は使わない。やってみな」

 

「はい」

 

 羅刹の顔がまた近づく気配がした。

 そして、今度はさっきよりもしっかりと唇が重なった。

 しばらくそうしてから沙那の唇から羅刹の顔が離れる。

 

「……もう一度。今度は沙那の下唇を挟んで舐めな」

 

 羅刹の唇が沙那の顔に触れて、沙那の下唇を舐める。

 よくわからないが股間が疼く。子宮の奥にくすぐったいような感覚が走るのが沙那にはわかった。

 ただ、口を舐められているだけだ。それなのにこんな感覚に陥るなど、沙那は戸惑った。

 

「いまのを二度ほど繰り返してから、今度は舌を沙那の口の中に入れな」

 

 軽い二度の口づけ……。

 そして、羅刹の舌が沙那の口に挿入された。

 

「沙那の舌の上下を繰り返し舐めな。それが終わったら舌を抜く。長くしすぎると苦しいからね。そして、また唇を合わせるだけの軽い口づけ……。そしたら、また舌を入れて奉仕だ」

 

「わかりました」

 

 羅刹の舌が沙那から出ていき、羅刹がそう言った。

 再び軽い口づけ……。その後は舌を入れられて口を愛撫される。

 それが繰り返される。

 いつの間にか、沙那は入ってくる羅刹の舌を気持ちいいものとして舐め返していた。

 舌を通じて入ってくる羅刹の唾液を躊躇なく喉に飲み込む。

 

「……沙那、しっかりしな。お前、ぼうっとしているんじゃないだろうねえ」

 

 不意に宝玄仙の声がした。

 それではっとした。

 少しの間、頭が真っ白になっていた。

 どうやら、自分は、口に入ってくる羅刹の舌を夢中になって味わっていたようだ。

 

「まあいい……。それよりも、羅刹、今度はしっかりと観察をしたんだろうから、これまでに沙那を観察することでわかったことを言いな。まず、胸責めをしてお前はどう思った?」

 

 宝玄仙の声がした。

 

「そ、そうですねえ……。まず、最初に沙那さんの胸を責めたとき──。そのときにわかったことは、沙那さんは、乳首のようには、乳房は感じていないということです。陰核の部分が性感であるように、乳首も性感帯なのでしょうけども、本当は乳房そのものは感じる場所じゃないんでしょうねえ」

 

「おっ、わかったようだね……。そのとおりさ。本当は、乳房は所詮はただ肉が詰まっているだけだからね。神経が通っているわけじゃない。実際のところ、そんなに感じる場所じゃないんだ。だけど、乳房だって、沙那はしっかりと感じていたろう?」

 

「はい。多分、目隠しをされているし、腕も縛られている。いつなにをされるかわからない。そういう怖さが、快感を産んでいるんじゃないでしょうか」

 

 羅刹が言った。

 

「よし、合格だよ、羅刹──。女の性感帯にも大きく二通りある。ひとつは文字通りの性感帯で肉体的な快感を産む場所だ。刺激をすれば直接的に女の身体に快感を呼び起こす。股間が濡れる。絶頂もする。陰核がそうだし、乳首もそうだ。だけど、実際にはそんな場所は多くはない……」

 

「なるほどです」

 

 羅刹が感嘆したように返事をするのが聞こえた。

 

「いいかい、大部分の性感帯については、女は心で感じるんだ。目隠しをされて拘束された身体を好きなように弄ばれるという怖さの向こうにある快感。好きな男に裸身を触れられるという快感──。あるいは、なにかの経験や理由により、なんでもない場所でもそれぞれの女特有の急所になっている場合もある」

 

「身体のどこでも性感帯になり得るということですね?」

 

「まあ、そうだ。いずれにしても、どこをどう感じるかは女によって違うし、同じ女でも体調によって、それとも置かれた状況によって異なる。だから、性行為のときには女を見なきゃいけない。そして、探すんだ……。まあ、一番いいのは、どこが気持ちいいか訊くことだけどね」

 

「なるほど……。じゃあ、沙那さん、本当は、どこが一番気持ちいいですか?」

 

 羅刹が言った。

 

「えっ?」

 

 いきなり訊ねられて戸惑った。

 どこが一番感じるかと言われても、どこだろうか。

 どこだって感じる。

 いま、羅刹と宝玄仙は、乳房と乳首によって、沙那の反応が違うみたいなことを言っていたが、沙那自身はよくわからなかった。

 乳房を刺激されたときだって、乳首を舐められていたときだって、同じように感じていたし、追い詰められていた。

 

「さ、さあ……。ぜ、全部かなあ……」

 

 仕方なく頭に浮かんだことを言った。

 宝玄仙が大笑いした。

 

「こいつになにを聞いても無駄だよ、羅刹──。こいつは数回達したら、後は全身が性感帯みたいになって、肌が異常な感度になるんだ……」

 

「そ、そんなことは……」

 

 沙那は抗議しようとした。

 だが、それを無視する宝玄仙の言葉に遮られる。

 

「まあ、だけど、実際のところ、いきなり、女にどこが感じるかと訊ねても、素直に答える女はいないかもしれないね。面と向かって訊ねてちゃんと教えてくれるまでには、何度も性行為をするくらいの関係にならないと駄目だ。もともと、素直に自分の感じる場所を教える女は少ないからね」

 

「そういうものなのですね」

 

「そう言う意味では、女と打ち解ける関係になるまでが大事だということでもあるね……。でも、あるいは、いまの沙那みたいに自分の身体のどこが性感帯なのか、自分でもよくわかっていない場合もある。だから、身体の反応を観察する力が大事だ。沙那が感じているときの仕草は見ていたかい?」

 

「沙那さんが達する直前には、呼吸が胸で息をするんじゃなくて、お腹で深く呼吸をするように変化したように思いました。それから首に力が入って筋が入ったみたいになりましたね。ほかに、身体が震えたり、足の指が折れたり曲がったり、あるいは、身体が仰け反ったり……」

 

「そうだよ。それなんだよ、羅刹──。そうやって観察して、女の身体を探るんだ。そして、気持ちいい場所を見つけて、その場所を気持ちのいいやり方で刺激する。だんだんと快感を高めて、しっかりと受け入れができるようになるまで女陰を濡らす──。それが前戯だ」

 

「前戯が重要ということですね。それで性感帯を見極める」

 

「そうだ──。前戯で何回か絶頂させても構わない。女は男とは違って、何度もでも続けていけるからね。膣に肉棒を入れるなんていうのは、性行為全体の中ではおまけのようなものだ。前戯にこそ、時間をかけるし、技を駆使する。それを忘れちゃいけないよ……。じゃあ、いよいよ、お前の性器を沙那の膣に入れるとしようか」

 

「は、はい……。じゃあ、いきますね、沙那さん」

 

 羅刹の緊張したような声がした。

 

「はい……」

 

 沙那は身構えた。

 

「はうっ」

 

 いきなり、なにかが女陰に挿入された。

 ずぶずぶと奥に入ってくる。

 何度も達して、熟れきっている女陰に受ける衝撃はもの凄かった。

 羅刹がやって来る前から、宝玄仙や朱姫から身体を責められていた。

 そして、休む間もなく、羅刹との性交だ。

 挿入はこれが最初だが、ずっと与えられていた刺激のために、もう沙那の身体は異常なまでに敏感になっていた。

 女陰で咥えた肉棒による刺激は、沙那の全身に怒涛のような快美感を呼び起こした。

 

「沙那、羅刹の肉棒が入ってくるのがわかるかい?」

 

 宝玄仙が訊いた。

 目隠しをされているが股間に挿入されている感覚はわかる。

 

「あ、ああっ……は、はい、ご主人様──」

 

 沙那は喘ぎながら叫んだ。

 

「えっ?」

 

 すると羅刹の驚いたような声がした。

 そして、すっと沙那の女陰から挿入されたものが出ていった。

 

「沙那、いまのはわたしの指だよ。お前は、男の肉棒とわたしの指の違いもわからないのかい?」

 

 宝玄仙が馬鹿にしたような口調で笑った。

 だが、沙那は驚いた。

 本当によくわからなかった。

 あまりにも快感が大きかったので羅刹の怒張だと思ったが、確かに、そう言われれば、男根にしては細かったかもしれない。

 でも、実際のところまったくわからなかったというのが事実だ。

 

「……だけど、羅刹、言っておくけど、実は、沙那が特別に鈍感なわけじゃないんだ。大抵の女は似たようなものさ。所詮、女の女陰は快感を受ける場所じゃないからね。女は、ここで子を産むんだ。ここが敏感な場所なら、痛くて子は産めはしない」

 

「はい」

 

「女陰の中を肉体の刺激として感じる場所にするには、それこそ長い調教が必要なんだ。沙那は三年かけているし、特にわたしが念入りに仕込んだ身体だ。膣で十分に肉体の快感を得ることができるけど、その沙那さえも、あんなものだ。ほとんどの女は、目隠しをして女陰になにかを入れられても、それが指なのか男の性器なのかの区別はつかないよ。ここはそれくらいに鈍感なのさ……。でも、沙那は感じていたろう?」

 

「つまりは、心の性感帯ということですね、宝玄仙さん」

 

「わかってきたね、羅刹。男を受け入れているという本能が、心の性感帯を生んでいるだけだ。──。じゃあ、そろそろ、実技にいくよ」

 

「わ、わかりました……さっきはすみませんでした、沙那さん。じゃあ、沙那さん、今度は本当にいきますよ」

 

「ど、どうぞ……」

 

 沙那は言った。

 すると、今度ははっきりと沙那の立て膝に開いた間に羅刹の身体が入ってくるのがわかった。

 羅刹がそっと後手縛りの沙那の身体を抱くと、軽く沙那の身体を持ちあげた。

 少しでも沙那が楽な態勢にしようとしくれているのがわかった。

 性行為を通じた羅刹の優しさに触れた気がして、沙那はなんだか悦びのようなものが心に湧きたつの感じた。

 沙那の女陰にぐいと肉棒が挿入してきた。

 

「ああっ……」

 

 最初に声を洩らしたのは、沙那ではなく羅刹が先だった。

 その羅刹の声が沙那の肩に吐息となって当たる。

 羅刹の激しい鼓動が接している羅刹の肌を通じて伝わった。

 羅刹の緊張を感じる。

 怒涛の暴風ような欲情が沙那の全身を駆け巡る。

 羅刹が沙那の中に入ってくる。どんどん奥に……。

 

「あうううっ……」

 

 沙那は声をあげた。

 羅刹の硬い肉棒の先が沙那の膣に割れ入った。痛みとも間違うような激しい疼きと快感が襲いかかる。沙那は一気に絶頂に襲われる。

 

「き、気持ちいいですか、沙那さん……?」

 

「は、はいっ……。き、気持ちいいです……」

 

 沙那は身体を仰け反らせて叫んだ。

 口から迸った自分の声は異常に上ずっていた。

 

「あ、ああ……、さ、沙那さん、そんなに締めたら──。く、くうっ、俺まで気持ちいいですよ……」

 

 羅刹の口から余裕のない呻きが出た。

 締めつけているつもりはないが、無意識のものだろう。

 でも、沙那はそれどころじゃない。

 どろどろに溶けたようになっていた女陰にやっとやってきた確かな感触に、沙那は悲鳴のような嬌声をあげて打ち震えた。

 

「じゃあ、い、いきます──」

 

「は、はい──」

 

 沙那は叫ぶように返事をした。

 羅刹が腰を動かし出す。

 

「羅刹、そんな風に腰を動かすんじゃない。教えただろう──」

 

 羅刹の腰が前後に動こうとすると、いきなり宝玄仙の叱咤が飛んだ。

 沙那の中で羅刹の怒張が停止する。

 

「……膣をどんなに擦っても女はそんなに感じないよ。そういう鈍感な場所だと教えたじゃないか。女が感じるのは、男を受け入れているという状況に感じているだけだ……。まあ、沙那は調教して、膣の中も大きく感じる場所をふたつ、みっつ、作ってあるけどね」

 

「ま、待ってください。だったら、それを探します……」

 

「いや──。でも、いまはそれはいい──。それよりも、深く男根を挿入したまま、最初に教えた陰核の部分をお前と沙那の腰が接触している部分で押し揉みな。それが基本だと言ったろう。それじゃあ、お前は気持ちよくないかもしれないけど、女はそっちの方が感じるんだ」

 

「こ、こうですね……?」

 

 羅刹の腰が前後ではなく、上下左右に沙那の腰を回すように動きはじめた。

 

「あっ、あくっ……いや、いやあっ……はん、はん、はん、はああっ──」

 

 もの凄い快感が襲ってきた。

 羅刹が腰を動かして沙那の女陰の周囲を刺激すると、大きな快感の波が沙那に襲いかかってくる。

 

「い、いくうっ──ひぎいいっ──」

 

 激しい快感の暴風だ。

 それが沙那を飛翔させる。

 大して激しいことをされているわけじゃない。

 羅刹はただ、沙那の中に怒張を深く埋めて、ゆっくりと腰を擦り合わせるように動かしているだけだ。

 

 でも、これ以上耐えられない。

 なにもかも消える……。

 沙那はただの雌になる……。

 

「いって……いって……いっていいですか……羅刹さん──」

 

 沙那は夢中になって叫んだ。

 これ以上、持続できない。

 もう、そこまでやっている。

 

「い、いってください、沙那さん──」

 

 羅刹の戸惑ったような声が返ってきた。

 沙那は懸命に堰き止めていたものをすべて解放した。

 なにかに飛ばされているような錯覚があった。

 沙那は天に飛翔していた。

 

「あひいいいっ──」

 

 沙那の全身を絶頂が貫いた。

 頭の中が真っ白になる。

 気がつくと、沙那は大きな悲鳴をあげて、羅刹の腕の中で後手縛りの身体を弓なりにしていた。

 

 達した……。

 羅刹が淫魔だということを忘れていたが、本当に気持ちのいい性交だった。

 快感に我を忘れた。

 

「いまの感じだ、羅刹。これで第一講義は終了だよ──。沙那、朱姫を呼んできな……。あっ、そうだ。ところで、どんな気分だい、沙那? 淫魔の童貞を奪った気持ちは?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「もう、そんなことやめてください。ごめんなさいね、羅刹。ご主人様が変なことを言って……」

 

「いえ……」

 

 羅刹が沙那から離れる。

 目隠しが外された。

 はにかんだような羅刹の微笑みが眼の前にあった。

 

「だけど、本当にありがとうございます、沙那さん。素敵な体験でした」

 

 無邪気に笑う羅刹が言った。

 沙那は恥ずかしくなってしまった。



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329 特別性技講義(その3)・愛撫

「ね、ねえ……ご、ご主人様、もう……」

 

 朱姫は、両手を頭の上にあげたまま、堪えられずに身体をくねらせた。

 宝玄仙の命令で、羅刹(らせつ)という淫魔の性交術の練習台……というよりは、練習用の人形役をやらされて数刻経つ。

 

 この部屋には、朱姫と宝玄仙と羅刹の三人がいる。

 全員が裸だ。

 部屋の真ん中にある敷布の上に朱姫は立たされ、背後から羅刹の愛撫を受け続けていた。

 

 両手は頭の上から離してはならない。

 身動きしてはならない。

 声はいくら出してもいいが、しゃがんだり、肩幅に開いた脚を閉じてはならないし、膝を折ってはならない。

 それが宝玄仙の命令だ。

 

 その状態の朱姫の全身を羅刹が遠慮のない愛撫を続けている。

 羅刹の愛撫は、もう二刻(約二時間)は経っただろう。

 それを指導しているのは宝玄仙だ。

 

 宝玄仙は、羅刹に朱姫の身体を使って、女の身体の愛撫のやり方を指導している。

 それこそ、その指導の丁寧さは、ここまで指導しなければならないのかと朱姫が驚くほど執拗であり、指の角度から力加減。

 ちょっとした指の動きや、愛撫に連動した息の吹き方。朱姫の反応に応じた刺激の変化のやり方など実に細かい。

 ちょっとやっては、宝玄仙がやり方を直して、再び羅刹がやり、それをまた宝玄仙が指導する……というように続いている。

 

 いちいち中断されるので、達してしまうほどに追い詰められることはないが、あまりにもの執拗な羅刹の愛撫に、朱姫はもう腰に力が入らなくなっていた。

 閉じるのを禁止されている股からは、女陰から溢れた愛液が内腿を伝い足の指にまで滴り落ちていた。

 

 性行為の経験のなかった羅刹という若い淫魔に性の手ほどきをするということになり、宝玄仙が三人の供を使って、特別講義をするということになった。

 宝玄仙は奪われた道術を取り戻すために、どうしてもこの朱紫(しゅし)国で妖魔王と呼ばれる賽太歳(さいたいさい)に遭う必要があり、その妖魔城である獬豸洞(かいちどう)に向かっていた。

 しかし、獬豸洞に向かう方向に道術による炎の城壁があり、それを越える方法を探していたのだ。

 

 そのとき、この羅刹という淫魔がたまたま、この家の四人を襲うために侵入してきた。

 羅刹は淫魔としては新米もいいところであり、性経験もない未熟な妖魔だった。

 宝玄仙は、この淫魔見習いに、女を絶頂させるための性行為を教え、その代償として、羅刹は朱姫たち四人を炎の城壁の向こうに『移動術』で送るという約束をお互いに交わしたのだ。

 そして、宝玄仙の羅刹に対する性行為の講義の場所はここだ。

 朱姫たちは、隣の部屋に待機し、宝玄仙に呼び出されたら、羅刹の情事の練習の相手として、ここにやってくるのだ。

 

 最初に羅刹の相手をしたのは沙那だ。

 朱姫は、孫空女とともに待っていたが、壁を通して沙那の大きなよがり声は聞こえていた。

 感じやすい沙那のことだから、技量が多少稚拙の相手でも大袈裟に感じまくっているのだと思っていたが、いざ、羅刹の責めを受けてみると、宝玄仙の指導を受けながら加えられる羅刹の手管は、今夜が最初の性行為とは思えないくらいになかなかの技巧だった。

 

 いま、羅刹は背後から女の身体を刺激するやり方について、宝玄仙の指導を受けている。

 この段階に来るまでに、それこそ、頭の上から指の先まで、羅刹の手による刺激を受け続けてきた。

 もう、朱姫の身体に羅刹に触れられていないのは、股間そのものくらいのものだ。

 

「ね、ねえ……ご、ご主人様……」

 

「うるさいよ、朱姫……。しっかりと立ってな。お前が考えるのはそれだけだ──。そうだ、羅刹。脇の下に触れるときは、特に微妙な指の感覚が必要だ。力が弱すぎるとくすぐったいだけで、女はいっぺんに興を覚ましてしまう。しかし、力を入れすぎても愛撫にはならない。微妙な力加減はやって覚えるしかない……。そう、そうだ。うまいもんだ。流石は淫魔さ」

 

 宝玄仙が力のこもった指導を羅刹にしている。

 朱姫は脇の下に対する羅刹の責めを受けながら、仕方なく身体を逸らせて断続的に襲ってくる快感とも苦痛ともいえない刺激に耐えた。

 拘束されてはいないが、宝玄仙の命令は縄や鎖と同じだ。

 動くなと言われれば、どんなことがあっても我慢しなければならない。

 無防備な身体のあちこちを触られまくれなければならない朱姫は恥ずかしいし、甘美感もひと際だ。

 

「いいねえ……。そんな感じだ……。そうやって、できるだけ両手で刺激するのが大事だ。それから力加減については……」

 

「触るんじゃなくて擦るですね。わかっています、宝玄仙さん」

 

 羅刹の指が脇からすっと朱姫の胸の下あたりに移動する。

 

「ひううっ」

 

 乳房の下あたりを持ちあげられるように擦られて、朱姫は思わず声をあげた。

 羅刹も宝玄仙そんな朱姫など無視だ。

 朱姫はひたすらただ触られるだけの人形にされていた。

 

「……何度も言うけど、くすぐるような感じだけど、くすぐりとは違うんだ。だけど、言葉で表すとくすぐるようにとしか説明のしようがないんだ」

 

「でも、こつがわかってきました。こんな感じですよね」

 

 羅刹の手がまた脇の下に移動して、すっと身体の横をなぞる。

 

「あんっ」

 

 朱姫は身体を悶えさせながら、また声をあげた。

 

「くすぐったがる女の場合は、少しだけ強く触ってもいい──。そうじゃない。真っ直ぐに動かすんじゃない。愛撫の方向は曲線を描くようにだ。丸くだよ、丸く動かすんだ……。そうそう、丸く、丸く……。いいねえ。覚えておきな。それが基本だ」

 

 羅刹の手が朱姫の乳房を両手で撫でまわす。

 

「あふっ……」

 

 込みあがる快感が全身を駆け抜ける。

 

「ね、ねえ、ご主人様、そろそろ、もう、勘忍して……」

 

 長い愛撫で朱姫の全身はただれたようになっている。

 これ以上のしつこい愛撫はつらい。

 全身をこれだけ隈なく刺激されるのに、肝心の股間だけは触られないのだ。

 焦らし責めに遭っているようなものであり、朱姫の身体に渦巻く焦燥感は爆発しそうだ。

 

「うるさいと言っているだろう、朱姫──。それに、さっきから、お前はなんで、わたしに言うんだよ、朱姫……。お前の相手をしているのは羅刹だよ。ちゃんと羅刹に言いな」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「で、でも……」

 

 朱姫は首を後ろに回して、羅刹の顔を見ようと思った。

 しかし、やっぱり、男を相手にするのはなんとなく苦手だ。

 男になんか絶対に触れるものかと思っていた時期もあったが、宝玄仙の供になって、もう、宝玄仙の命令で何度も男と性行為をさせられている。

 今更と思うのだが、やっぱり、面を向かうと苦手意識が湧き起こる。

 

「すみません、朱姫殿……。もう少し、付き合ってください。それとも、気持ち悪いですか?」

 

「き、気持ちはいいけど……」

 

 気持ちはいいけど、いい加減に埒を明けて欲しい……。

 そう言いたいのだが、さすがにそんなことを今夜あったばかりの妖魔に言えるわけがない。

 

「それとも、俺が苦手ですか?」

 

 羅刹の甘い声が息とともに耳にささやかれた。

 ぞわぞわとした感触に朱姫は思わず首をくねらせた。

 

「あふっ……」

 

「もう、すっかりと、朱姫殿の身体は覚えました……。まずは、耳です」

 

 羅刹が朱姫の耳元でささやいた。そして、急に唾液を朱姫の耳の中に入れてきた。

 

「ひっ」

 

 思わず悲鳴をあげた。

 そして、羅刹が唾液を耳の中に入れて、それを舐めとるように舌を動かす。

 

「あひん」

 

 全身に大きな震えが走った。

 朱姫は頭の上で手を組んだまま、首を丸めるようにすくめた。

 羅刹の手がすっと伸びて、朱姫の股間の肉芽を刺激した。

 

「あひいいいいっ──」

 

 峻烈な欲情が襲った。

 これまで焦らし気味だった愛撫が一転して、直接的に感じる場所に加えられたことにより、朱姫の身体ががっくりとなった。

 朱姫は膝を崩しそうになり、慌てて脚に力を入れた。

 しかし、羅刹がそれを邪魔するかのように、片手が朱姫の軽く開いている股間の内腿をするりと撫ぜる。

 内腿にはべっとりと朱姫の股間から漏れた愛液がついている。

 羅刹の手はそれをすくいあげるように、朱姫の脚の付け根まで動き、女陰そのものをくすぐるように指を動かした。

 

「いやあっ──はうっ」

 

 峻烈な刺激に朱姫は大きな声をあげた。

 がっくりと膝が折れて、朱姫の身体が前に傾いた。

 その身体を背後から羅刹の腕が掴む。

 

「おっと、大丈夫ですか、朱姫殿?」

 

「ひいっ──きゃあああああっ」

 

 羅刹が朱姫を背後から抱くように支えたので、羅刹の腰が朱姫のお尻にぶつかった。

 朱姫のお尻の亀裂に羅刹の男根が当たる。

 お尻に当たったのは、羅刹の怒張そのものだ。

 硬く勃起した肉棒の感触が朱姫のお尻の亀裂をなぞった。

 朱姫は思わず、それを避けようとして腰を思い切り前に押し出してしまっていた。

 

「おや?」

 

 朱姫が悲鳴をあげて、羅刹の腕を避けたかたちになったので、羅刹が戸惑いの声をあげた。

 

「朱姫──」

 

 宝玄仙の大きな怒声が部屋に響き渡った。

 

「す、すみません、ご主人様」

 

 朱姫は慌てて姿勢を戻す。

 宝玄仙の言いつけに逆らって、ついつい動いてしまったのだ。

 

「……動くなという、わたしの言いつけに背いて逃げるとは、なかなかにいい根性じゃないかい、朱姫。このところ、お前については、甘やかすことが多かったからね。こりゃあ、調教をやり直すべきかもしれないねえ」

 

 宝玄仙の冷たい声がした。

 朱姫は縮みあがった。

 そして、自分の顔から血の気が引き、蒼くなるのがわかった。

 

「ち、違うんです、ご主人様……。ただ、あたし、びっくりしちゃって……。そ、それだけなんです。さ、逆らうなんて……」

 

 朱姫は慌てて取り繕った。

 この宝玄仙を怒らせたらなにをされるかわからない。

 それは朱姫の身体の骨まで染みわたらせられている。

 

 供になったばかりの頃に、媚薬の道術の両方により五日間の焦らし責めにされた。

 媚薬浸けの身体を道術により絶頂禁止にされて五日間も放置されたのだ。

 あの苦しさはいま思い出しても震えが走る。

 そして、さらに、数箇月間も一日に三回の自慰をお尻でやらされた。

 来る日も来る日も、宝玄仙や沙那や孫空女の眼の前で、お尻で自慰をやらされたのだ。

 そのとき、宝玄仙の調教の恐ろしさは、朱姫の身体にしっかりと刻み込まれた。

 宝玄仙の調教には、およそ手加減というものがない。

 それこそ、発狂の一歩手前まで追い詰められる。

 それを笑いながらやるのだ。

 調教による官能の地獄に陥っている朱姫の姿を見て、面白くて堪らない様子で笑う宝玄仙のあの声は、まさに地獄の笑いだ。

 

「ごめんなさい、宝玄仙さん。朱姫殿は、俺が不慣れなので、少しばかり驚かせてしまったようです。申し訳ありません──。でも、朱姫殿、もう少し手伝ってくれませんか。淫魔として、なんとか一人前になりたいのです」

 

 羅刹が言った。

 そして、すっと羅刹の片手が、朱姫の片方の乳房を掴み、もう一方がお尻の亀裂をすっとなぞるように動いた。

 

「ひうううっ」

 

 一番敏感なお尻を刺激されて、朱姫は大きな悲鳴をあげて全身を硬直させた。

 しかし、今度は、羅刹が前に逃げられないように乳房を背後から掴まれているので逃げられない。

 羅刹の指が朱姫の肛門を探り当てて、指先を朱姫の肛門に入れた。

 

「ひやっ、ひやっ、ひやっ……」

 

 羅刹の指がくねくねとした動きをしながら、ゆっくりと朱姫の肛門に挿入してくる。

 朱姫は羅刹の思わぬ行為に、無意識のうちに、羅刹の肛門に加わる指を避けようとするように激しく身体を反応させた。

 でも、逃げられない。

 朱姫の身体は、しっかりと羅刹が押さえている。

 

「宝玄仙さん、そろそろ、朱姫殿は限界のようです。交替にしてあげてもよろしいのでは?」

 

 羅刹が言った。

 

「そうだね──。じゃあ、羅刹、朱姫との本番に移行しようか。沙那を相手に学んだことを思い出しながら実践するんだ。まだ、応用はいい。基本通りにね」

 

「わかりました」

 

 羅刹は言った。

 さっきまで女と性行為をしたことがなかったというのが信じられないほどに羅刹は落ち着きように思えた。

 そのことについて朱姫は少し驚いたが、とにかく、そろそろ解放されそうでありほっとした。

 

「ところで、さっきわかりましたよ。ここが朱姫殿の弱点ですね、ふふふ……」

 

 羅刹が笑った。

 朱姫の肛門には、まだ羅刹の指が入ったままだ。

 少しの間、指はとまっていたが、その指がくねくねと動き出す。

 

「いやっ、あああ」

 

 あまりもの快感に逃げようと思うのだが、まだ動いていいという許可はないので、朱姫は両手を頭の上にあげている。

 その状態の朱姫を一本の指で羅刹が責めてたてる。

 

「ひうううっ」

 

 腰が激しく反応した。

 あっという間に全身におこりのような震えが発生する。

 

「一発でわかりましたよ、朱姫殿。ここは朱姫殿の弱点なんですね」

 

「あひいいっ──あううっ──」

 

 脳天を官能の槍が突き抜ける。

 その直後に全身を砕くような快美感が全身に走った。

 快感が肛門から女陰に拡がり、ずんと子宮が弾けた。

 全身ががくがくと震え、朱姫は羅刹に押さえつけられたまま気をやった。

 

「ははは、朱姫の弱点はお尻だからね。よくわかったね……。そこをいじくれば、朱姫は面白いように絶頂を繰り返すよ」

 

「教えられたとおりにやっただけです。朱姫殿のお尻に触れたときの反応がまったく違っていましたからね」

 

 羅刹がそう言いながら、まだ指で朱姫の肛門に指を入れたまま動かしている。

 朱姫は再びやってきた絶頂の予感に激しく全身を悶えさせた。

 羅刹から責めを受け始めてから数刻──。

 はっきりとした絶頂は、いまが初めてだった。

 もっとも、軽い絶頂については、もう何度も朱姫は繰り返していた。ただ、そんなものとは比べものにならないくらいに、肛門で激しく朱姫はいってしまった。

 朱姫が指でいったのを確かめると、羅刹はやっと朱姫の肛門から指を抜いてくれた。

 

「そろそろ、いいだろう。朱姫、横になりな」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は達したばかりの気だるい身体を倒した。その朱姫の裸身に羅刹の裸身が覆いかぶさってくる。

 

「いきますよ、朱姫殿」

 

「う、うん」

 

 羅刹の男根の先端が朱姫の女陰に押し入れられた。

 朱姫の狭い粘膜を押し入れるように侵入してくる。

 

「あ、あっ、ああっ……」

 

 朱姫は息を吐いて身体の力を抜くことにより、羅刹を受け入れる態勢を作る。

 羅刹が入ってくる。

 朱姫は息を吐いた。

 

 しかし、羅刹は拙速には責めてこない。

 ゆっくりと腰を朱姫の女陰に沈めてくる。

 宝玄仙の指示によるものだろうか……。

 羅刹は、朱姫が焦れったさを感じるくらいに少しずつしか貫いてはこない。

 ゆっくりゆっくりと朱姫のぐしょぐしょに濡れている粘膜の感触を味わうかのように羅刹は肉棒を朱姫の女陰に埋めている。

 じりじりと朱姫の肉襞を怒張を押し割っていくる。

 

「そ、そんな……」

 

 遅すぎる……。

 これまでに、朱姫を犯した男たちは、誰も彼も発情した雄獣ように朱姫の股間に怒張を突き入れ、荒々しく出し入れしては、少しでも早く射精しようとしたような気がする。

 しかし、羅刹の挿入は、そんな行為のどれとも異なっていた。

 まるで時間がとまっているかのように少しずつ朱姫に挿入しようとしている。

 こんなにゆっくりと挿入されるのは生まれて初めてだ。

 その分、朱姫の焦燥感と期待感は高まってしまう。

 朱姫の顔の表情、仕草、身体の震え、流れる汗の一滴さえも見逃すまいとするような羅刹の視線を感じる。

 

 男なんて絶対に受けれたくないと思っていたことを思い出す。

 しかし、いま、朱姫のどこかに、この優しげな若い淫魔の怒張を受けとめたいという積極的な感情が湧き起こっている。

 羅刹の熱い視線がじりじりと湧き起こる官能の波に押しあげられる朱姫をいたたれない気持ちに変える。

 

 ついに朱姫の膣の最奥に羅刹の怒張の先端が到達した。

 羅刹の腰がゆっくり動き出す。

 

「はうううっ……」

 

 朱姫は思わず長くて深い嬌声をあげた。

 羅刹の腰の動きは、朱姫の予想したものではなかった。

 荒々しく抽出を始めるのかと思えば、羅刹は深々と挿入したまま、朱姫の女陰の周りを押し揉むように動きはじめたのだ。

 抽出しなければ羅刹には快感がないはずだ。

 しかし、よく考えれば、淫魔である羅刹は、自分が快感を得るために性行為をするわけじゃない。

 羅刹のような淫魔が性行為を行うのは、相手の女の快感を呼び起こして、淫気を発生させるためだ。

 つまり、羅刹はひたすらに朱姫の快感をあげるためだけに責めたてるのだ。

 

 やがて、激しい放逸がやってきた。

 快感が突き抜ける。

 朱姫は大きな絶頂をしながら羅刹をしっかりと抱きしめていた。

 飛翔するような感覚とともに、朱姫は眼の前の羅刹を感じていた。絶頂しながら男の身体を掴むなど、生まれて初めての行為ではないだろうか。

 そんなことを思った。

 

「見事なものさ、羅刹……。さすがは淫魔だよ。一度、教えれば、見事なくらいに貪欲に性の技を吸収するものだね」

 

 絶頂の余韻に浸っている朱姫に、宝玄仙の感心している声が聞こえた。

 ふと、朱姫は宝玄仙のいる方向を見た。

 宝玄仙は、全裸で床にあぐらで座り、朱姫と羅刹に視線を視線を送っていた。

 

「ありがとうございました……。朱姫殿が落ち着くまでこうしていますよ」

 

 顔の前の羅刹が微笑みながらささやいた。

 まだ、羅刹の怒張は朱姫の膣に挿入したままだ。羅刹は射精はしていないはずだ。

 おそらく、射精が淫魔の目的ではないから、それは必要のない行為なのだろう。

 朱姫が絶頂し、大量の淫気を発生させた。

 それを吸収したことで、この淫魔は十分なものを得たに違いない。

 

「も、もう、落ち着いているよ」

 

 自分がこれだけ翻弄されて、深い絶頂に酔ったようになっているのに、たったいままで性行為をしたことさえなかった雄妖が、性行為の後に余裕のある表情で朱姫に優しげな視線を送る……。

 朱姫はなんだかそのことが恥ずかしくなり、羅刹を押しのけるようにして、自分の身体を裸身の身体から這い出させた。

 

「まだ、二人目ですが、性交術のこつがわかってきた気がしますよ、宝玄仙さん」

 

 羅刹が言った。

 

「ほう、さっきまで、性交が怖くて小さくなっていた情けない淫魔見習いのくせに語るじゃないか……。じゃあ、性交術の基本を言ってみな、羅刹?」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「相手をしっかりと見ること──。これひとつです」

 

 羅刹の答えに宝玄仙は満足気に頷いた。

 

「いずれにしても、朱姫を恥らわせるなんて、なかなかのものさ──。もう、ほとんど教えることはないし、事実上の講義はこれで終わりだけど、せっかくなんで、残っている孫空女とわたしも抱いていきな」

 

 宝玄仙がそう言うと、羅刹がにっこりと微笑んだ。

 とても優しげな笑みだ──。

 なんとなく朱姫はそう思った。



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330 特別性技講義(その4)・心の快感

 朱姫が脱いだ服を抱えて、裸のまま部屋を出ていくのを見届けた後で、宝玄仙は羅刹に視線を向けた。

 

「これで、宝玄仙の性交術の講義はほとんど終わりだ。流石は淫魔だよ。性交術については、生まれながらの天性の才があるからか飲み込みも早かったね。沙那と朱姫のふたりは、お前の手管に本当に翻弄されていたさ。やっぱり、淫魔だねえ───」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「まあ、もっとも、沙那みたいに感じやすい女は、今後とも現れないから勘違いをするんじゃないよ。しかし、男嫌いの朱姫を落とした手管は本物さ。自信を持っていいよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「お礼を言います。なんとか淫魔でやっていけそうな気がします。それでは、さっそく鉄扇仙(てつおうせん)の試験を受けに行ってきます。合格したら、すぐにここにお向かいに戻りますから……」

 

 羅刹は深くお辞儀をしてどこかに立ち去る気配を見せた。

 

「待ちな。そんなに急くことはないさ。まだ、この家には、ふたりの女が残っている。お前も淫魔の端くれなら、据え膳はしっかりと抱いていきな」

 

 宝玄仙は笑った。

 隣の部屋とこの部屋を隔てる戸が向こう側から叩かれて、孫空女が入ってきた。

 

「来たよ、ご主人様」

 

 孫空女は、宝玄仙と羅刹を交互に見て、羅刹に軽く頭を下げた。羅刹が慌ててお辞儀をする。

 

「よ、よろしくね、羅刹……。じゃ、じゃあ、早速、裸になった方がいいのかなあ……?」

 

 沙那と朱姫から、一応はどんなことをやったのか訊ねたのだろう。

 あのふたりは、すぐに裸にして、羅刹が性交術を学ぶための人形役をやってもらった。

 裸身にして、動かないように命令して、羅刹に手ほどきをしながら身体をいたぶらせたのだ。

 孫空女も同じことをやらされると覚悟してきたに違いない。

 

「いいからそこに立ちな、孫空女。まだ、なにもしなくていい」

 

 宝玄仙は、孫空女を部屋の真ん中に立たせた。

 孫空女は戸惑ったような表情だ。

 だが、黙って命令に従い、両手を身体の横に垂らして立った。

 

「これから先は、ただの宝玄仙の遊びだ、羅刹。だけど、付き合いな……。ついでに、孫空女のような、ちょっとばかり特殊な性癖の女を相手にするときのやり方も覚えていきな。これから淫魔として、無数の女を相手にするんだろうから、何ごとも経験だよ」

 

「それはもちろん、悦んで」

 

 羅刹が白い歯を見せた。

 

「な、なんだよ、ご主人様……、特殊な性癖って……?」

 

 孫空女が額に小さな皺を寄せた。

 

「羅刹、覚えておきな──。女という生き物は、大なり小なり、被虐の癖というのを持っている。心の性感帯を動かすには、その被虐癖を利用することが一番効果的だ」

 

 宝玄仙は孫空女の問いには応じずに、羅刹に顔を向けた。

 

 それと同時に、孫空女に道術をかけた。

 

「ひうっ──。な、なに?」

 

 腰の後ろに違和感を覚えた孫空女が、突然、顔を真っ赤にして、お尻に手をやった。

 

「……なにじゃないよ、孫空女。尻の上に尻尾を生やしてやっただけだ。尻の上に房毛の尻尾が生えただろう? 下袴の後ろをずらして、その尻尾を外に出しな」

 

 孫空女は、眼を大きくして驚いた表情をしたが、宝玄仙の命令で両手を腰の後ろに回して、下袴の上から尻尾を外に出した。

 宝玄仙自身があの七雌妖(ななめよう)に生やされた房毛の尾と同じものであり、この尾は、孫空女の感じる快楽に反応して、孫空女が感じると尾が横に動く。

 そして、絶頂寸前になると、いまは真っ白い色をしている尾が真っ赤に変わる。

 隠したい性癖を容赦なく暴くえげつない尾であり、これで宝玄仙は七雌妖から内面の被虐性を暴かれて、とことん追い詰められた。それと同じことを孫空女にもしてやったのだ。

 

「なんですか、この尾は? 孫空女さんは、実は尾があったのですか?」

 

 羅刹が的外れの質問をした。

 

「そ、そんなのあるわけないよ。ご主人様の悪戯に決まっているだろう、羅刹」

 

 孫空女が赤い顔をしたまま、羅刹に怒鳴った。

 宝玄仙は笑いながら、尻尾の説明を羅刹にした。

 羅刹は、面白そうな表情でそれを聞いていた。

 同時に孫空女は目を丸くして驚いていた。

 

「し、尻尾なんて、なにすんのさ、ご主人様──? こいつの性交術の稽古をするんじゃないの?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「それはもう終わったんだよ。これからやるのは、お前のような変態女もいるという勉強さ。そのままでいいから、手を後ろに回しな」

 

「へ、変態女って……」

 

 孫空女がまだ赤い顔をしたまま、それでも変態女と呼ばれて抗議の声をあげる。

 

「つべこべ言うんじゃないよ。だったら、尻尾を振らないでいな。苛められても、尻尾が反応しなかったら、お前が、実は苛められて悦ぶ変態じゃないということを認めてやるよ」

 

「ほう、孫空女殿は、苛められて悦ぶ変態なのですか?」

 

 羅刹が真顔で言った。

 

「ち、違うと言ってるだろう、羅刹──」

 

 孫空女が羅刹を睨んだ。

 

「いいから、手を後ろに回すんだよ、孫空女」

 

 孫空女は大きく嘆息すると、言われた通りに両腕を背中に回した。

 宝玄仙は、孫空女の前に立ち、なにも載っていない両手をかざした。

 

「……孫空女、ここにはお前には見えない縄がある。これでいまからお前を縛る。するとお前は、腕を動かせなくなる。いいね──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「えっ……。ど、どういうこと? 手を背中から放すなということ?」

 

 孫空女が当惑した表情をした。

 

「ああ、お前のような変態女を縛るのに、本物の縄を使う必要はないさ。この宝玄仙が見えない縄で縛ると言えば十分だ。わかったかい──」

 

 宝玄仙が孫空女の身体に縄をひと巻きする仕草をした。

 孫空女の顔に緊張の色が走る。

 

「ほう、少しだけ、尾が反応しましたか? 淫気も出ましたね……。あっ、そっちは結構たくさん……」

 

 孫空女の背後に立って尾を凝視していた羅刹が感心したように声をあげる。

 

「そ、そんなはずないよ。嘘を言うんじゃないよ、羅刹──」

 

 孫空女が腕を背中に回したまま叫んだ。

 

「そ、そんなことを言われても、尻尾が実際に動きましたし……」

 

「動いてない──」

 

 孫空女の顔がますます真っ赤になり、顔からどっと汗が噴き出した。

 本当にわかりやすい女だ。

 感情が昂ぶるとすぐに表情にも態度にも出る。

 

 武辺にかけては、人間の男どころか、大抵の妖魔を相手にしても引けを取らない孫空女だが、実は心に被虐癖を抱く女でもある。

 もちろん、宝玄仙がそのように調教したというところもあるが、根が素直な孫空女は、女が本能的に抱いている征服され支配される快感を気持ちがいいものとして、屈託なく受け入れた。

 

 この女は、物事を理屈ではなく、本能で感じる。

 人の性質でも、物事の理でも、快楽でもだ。

 

 だから、気持ちがいいものは、理屈なく気持ちいいと感じる。

 変な心の抵抗がないのだ。

 それが孫空女という女だ。

 

 程度に差はあるが、どんな女でも被虐癖はある。

 宝玄仙は、孫空女の被虐癖を最大限に表に出してやった。

 孫空女の心はそれに確かな快楽を感じた。そして、それは孫空女にとって悪くない体感だった。

 だから、孫空女の心は拒否しなかった。

 そういうことなのだ。

 宝玄仙は、孫空女の下袴に手をやり、留め具と締め紐を解くと、いきなり、下着ごと膝まで引き下げた。

 

「うわっ」

 

 孫空女がびっくりした様子で身体を反応させた。

 それでも背中にやった両手はそのままにしている。

 孫空女は上衣はそのままだが、下半身はなにも着ておらず、脱がされた下袴と下着が膝に引っ掛かっているという姿にされたことになる。

 

 すると孫空女がそわそわと身体を落ち着かない様子で動かし始めた。

 どうやら、孫空女の被虐癖に火が灯ってしまったようだ。

 前側に立っている宝玄仙にもわかるかたちで、尻の尾が左右に動きはじめる。

 

「孫空女さんの尾が動きはじめました、宝玄仙さん───。でも、不思議ですねえ。まだ、身体にはなにも触っていないのに、快感を覚えたりするものなのですね……。実に興味深いです。やっぱり、性交術というのは奥が深いようです」

 

 羅刹が声をあげた。

 

「そういうことさ、羅刹。女というものは、身体で感じる快感よりも、ずっと心で受ける快感の方が強いんだ。だから、性交術といっても、肉体的な快感を与える技術にこだわる必要は全くないんだ。相手に奉仕して気持ちよくしてやろうという心があれば、きっとお前が相手する女は、それを受け入れる。性交のそのときだけでもいいから、相手を本気で愛おしく思うこと。それが最大の性交術の奥義さ」

 

「なるほど……」

 

 孫空女の背後の羅刹が大きく頷いた。

 

「……さて、ところで変態──。どうしたんだい? まだ、なにもしていないのに、ぷるぷると尻尾を動かすんじゃないよ。これでも、お前は変態じゃないと言い張るのかい、孫空女?」

 

 宝玄仙がからかうと孫空女が悔しそうな表情になる。

 自分が感じているのがわかっているのだ。普通なら絶対に口にしない性癖でも、この尻尾があるとそれを隠すことができない。

 自分の心の恥部を曝け出さなければならないのだ。そして、そのこと自身がさらに孫空女の被虐の心を刺激して、尾の振動を助長するのだ。

 

 宝玄仙は孫空女の上衣のぼたんをひとつひとつとゆっくりと外し始めた。

 孫空女の身体に緊張が走るのが手を取るようにわかる。

 ますます尻尾が激しく動く。

 

 背中側の羅刹は、本当に興味深げに、宝玄仙と孫空女の痴態、そして、孫空女の尾の動きを交互に見ている。

 やっぱり、肉体的な刺激を与えないのに、孫空女の尾が反応して動くのが不思議で仕方がないようだ。

 

 上衣の両側がはだけた。孫空女の身体はすっかりと高揚して赤くなり、全身に汗をかいている。

 激しい暑さの翠雲(すいうん)の部落だが、この家の中は結界の道術により温度の調整がしてあり、暑さはそれ程でもない。

 孫空女がこれだけの汗を全身にかいているのは、決して暑さのせいではない。

 

「苛められて悦ぶ変態女じゃなければ、尻尾を止めてみな、孫空女。お前の尻尾はますます、激しく動き出したよ」

 

「も、もう、勘忍してよ、ご主人様……」

 

 宝玄仙の言葉なぶりに、気の強いはずの孫空女が泣きそうな表情になって下を向く。宝玄仙の嗜虐癖が満たされて、宝玄仙自身も強い快楽を感じる。

 宝玄仙は準備してあった葛籠に手を伸ばした。

 そこには、たくさんの性具が集めて置いてある。

 宝玄仙は、その中から一本の張形を取り出した。

 

 朱姫が作った霊具であり、樹脂を固めて肌触りと形を人間の男根に模してある張形だ。

 そして、この霊具は道術遣いが霊気を注ぐことで、自在に振動をさせることができるのだ。

 宝玄仙はそれを手に取ると、ぎょっとした表情の孫空女の眼の前で、先っぽの亀頭の部分を横に大きく動かしてみせた。

 

「……ふふふ、見てな、羅刹。これを使って、こいつをいかせてみせるよ。ただし、張形を当てるのは、内腿から下だけだ。一番感じる部分には触れやしない……。だけど、こいつはそれだけでいってしまうよ。見てな」

 

 宝玄仙はそう言うと、さっと孫空女の内腿の間に張形を差し込んだ。

 孫空女の脚は軽く閉じていたので、孫空女は両腿でぶるぶると振動する張形を挟むかたちになった。

 上衣の裾でほんの少し隠れている股間の付け根には、まだ、指三本ほどの距離がある。

 それでも、孫空女の身悶えはいきなり激しいものになった。

 

「あ、ああっ、ご、ご主人様……」

 

 孫空女が甲高い声をあげて顔を左右に振り始める。

 急に孫空女の声が艶っぽいものになったので、羅刹がびっくりしたように前側に移動してきた。

 

「あはっ、はっ、はっ、はんっ……」

 

 ただ、内腿に振動する張形を当てているだけだ。しかし、だんだんと孫空女の身悶えは切羽詰ったものになっていく。羅刹がその様子に目を丸くしている。

 

「……宝玄仙さん、孫空女さんの尻尾が赤く染まってきたようです」

 

「言ったろう。こいつは感じているのさ。心の性感帯を動かせば、肉体の性感帯を刺激する必要なんてないんだ……。さて、孫空女、今更、隠しても無駄だ。この淫魔にお前が感じているということを教えてやりな」

 

「そ、そんな……」

 

 孫空女が拒絶するように首を横に振る。

 宝玄仙は小刻みな蠕動をしながら震える張形を内腿からじわじわと下袴と下着がかかったままの膝に向かって動かす。

 膝の近くまでいくと、今度は再び股間に向かって動かす。

 しかし、股間に当たるぎりぎりのところで静止し、しばらく刺激を与えたところで再び下げる。

 それを繰り返した。

 

 やがて、孫空女の身体の悶えが激しいものになった。

 かなり追い詰められてきたことがわかる。

 それは、真っ白かった尾がすでに真っ赤に近いものになり、もの凄い速度で左右の揺れを続けていることからもわかる。

 

「ほら、どうしたんだい、孫空女……。はしたない女だと認めたくなければ、尻尾をとめな。なんでもないだろう。わたしは、股倉を直接に責めているわけじゃないよ。ただの内腿だよ。それなのに、そんなに感じるのかい?」

 

 宝玄仙はからかいの言葉をかける。

 

「ああ、ああっ……も、もう、言わないで……ご主人様。み、認めるよ……。あ、あたしは、変態だよ……ああん……ああっ……ああっ……」

 

 ついに孫空女が切羽詰った様子でそう叫んだ。

 

「宝玄仙さん……。いま、孫空女さんが自分のことを変態だと言った瞬間に尻尾がこれ以上ないくらいに揺れ始めました──。淫気もごっそりと……」

 

「そういうものさ、羅刹……。こいつはもうすぐいくよ」

 

 宝玄仙は膝に近くまで下げていた張形を今度はいきなり、股間直前にまで引き揚げた。

 

「い、いやあああっ──」

 

 孫空女は名状できないような声を発して身体を反り返らせるようにした。

 そして、追い詰められたように腰を左右に大きく動かし、脂汗をねっとりと滲ませたうなじを限界まで仰け反らせた。

 

「い、いくよ……いくうぅぅぅ──」

 

「いきな、孫空女」

 

「う、うん……ご、ご主人様──」

 

 孫空女はひきつった声で宝玄仙のことを呼びながら、がくがくと身体を震わせた。

 かなり大量の淫液が股間から吹き出し、張形の先端をべっとりと濡らした。

 孫空女の臀部に生やした尻尾の色は真っ赤であり、それがばたばたと左右に大きく振りたてている。

 

 孫空女の身体ががっくりと力が抜けたようになった。

 宝玄仙は、孫空女の内腿から張形を抜く。

 まだ、尻尾は赤いままで左右に振られているが、振動はやや落ち着いたものになった。

 激しく達した孫空女は、五体の隅々にまで染みわたった痺れの余韻に浸っているという状況に違いない。

 

「本当にあれで絶頂したのですか、孫空女さん?」

 

 羅刹はまだ半信半疑の様子で、俯いている孫空女の顔を覗きこむようにした。

 振動する張形で責めたとはいえ、その場所は内腿から膝までの間だけだ。

 直接的な愛撫なしに、あれだけ激しくいったというのは、まだ性行為を覚えたばかりの羅刹には、どうしても首を傾げることのようだ。

 

「い、いったよ……。も、もう、うるさいよ、お前……。み、見たとおりだよ」

 

 孫空女が困ったように言って、顔を横に向けて羅刹の視線を避ける。

 宝玄仙はその様子がなんとなくおかしくて声をあげて笑った。

 

 宝玄仙は、孫空女の膝に引っ掛かっていた下袴と下着を足で下げて孫空女の足首から取り去った。

 そして、一度、孫空女の腕を自由にさせてから上衣と胸当てを脱がせる。

 孫空女が生まれたままの素っ裸になったところで、改めて腕を背中に回させて、見えない縄だと言って、また、手を離さないように命令した。

 まだ、快楽の残り火を彷徨っているような表情をしている孫空女は、口答えすることなく、またさっきのように手を背中に回した姿勢になった。

 

「ねえ、宝玄仙さん、俺も試してみていいですか?」

 

 羅刹がそう言ったのは、宝玄仙が孫空女の服を全部脱がせて、孫空女が腕を背中に動かした直後だった。

 

「ああ、そろそろ、こいつとも本番をやるかい、羅刹? じゃあ、孫空女、横になりな」

 

「う、うん……」

 

 孫空女は背中に腕を回したまま、横になろうとした。

 

「い、いえ──。そのままでお願いします、孫空女さん」

 

 羅刹が慌てたように声をあげた。

 孫空女が訝しむ表情で、再び立姿に戻る。

 

「なんだい、今度は立ったままやるのかい、羅刹? 立位はこつがいるよ。それを覚えたいのかい?」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「ち、違いますよ。俺も、宝玄仙さんのやったことを試してみたいのです。心の性感帯だけで責めるというやり方です」

 

 そして、羅刹は一度部屋の隅に向かい竹筒に入れた水筒を手にしてきた。

 最初の準備のときに、朱姫と孫空女が準備したものだ。

 性行為の途中に喉が渇いたときに、口にできるように置いていったのだ。

 

「……俺も見えない口枷というものを準備したんですよ。孫空女さんに嵌めてもいいですか? これを嵌めると口が閉じられなくなるんです」

 

 羅刹がにっこりと笑った。

 

「な、なに?」

 

 孫空女はきょとんとしている。

 しかし、宝玄仙には羅刹がなにをしようとしているのかがわかった。

 だから、にんまりと笑った。

 

「もちろんだよ、羅刹──。そういうわけだから、孫空女……。次は、見えない口枷だ。ほら、口を開けな。それを嵌めるから閉じるんじゃないよ」

 

 宝玄仙が両手で孫空女の口に手を伸ばして、なにかを嵌める仕草をする。

 孫空女は当惑した表情だったが、宝玄仙の指が孫空女の口に触れると、慌てたように口を開いた。

 見えない縄も、見えない口枷も実態はなにもない。

 だが、孫空女は宝玄仙の許可がない限り、腕を背中で組んだまま動かすことはないし、口も閉じることはないだろう。

 宝玄仙には、その確信がある。

 

「では、宝玄仙さん、水を飲みましょう。俺も喉が渇きました……」

 

 羅刹はそう言いながら、竹筒の水筒を孫空女の口に傾けると、数滴の水を孫空女の舌の上にこぼした。

 

「あっ……」

 

 孫空女の眼が大きく見開かれる。

 しかし、さすがに口を閉じることはない。

 羅刹が孫空女の舌の上に垂らした水を舌で舐めとった。

 

 孫空女が口を開けたままどうしていいかわからないような表情になり、顔を真っ赤にした。

 ふと、宝玄仙は孫空女の尻尾に眼をやる。

 まだ、大きな振れではないが、ぴくりぴくりと反応をしているのがわかった。

 

「じゃあ、わたしも水を貰おうかねえ……。孫空女、舌をもう少し出しな」

 

 宝玄仙の命令で、孫空女が舌を前に出した。その舌に宝玄仙も受け取った竹筒の水を垂らす。

 舌からこぼれた水が孫空女の身体に垂れ落ちる。

 宝玄仙は、まずは孫空女の舌に乗った水をすくい取るように舐め回す。

 

「あ、ああっ、ああ……」

 

 孫空女の顔が再び真っ赤になる。

 水が孫空女の首筋から胸にかけて垂れている。

 それは羅刹が舌で舐めとった。

 宝玄仙はさらに孫空女の舌に水を垂らした。

 今度はまとまった量が、孫空女の身体に流れ落ちる。

 

 宝玄仙は孫空女の舌を舐め尽くすようにしてから、首から胸にかけて流れる水を舐めとる羅刹の動作に加わった。

 ふたりで孫空女の両側から無遠慮に舌を伸ばしては、流れる水を一滴残らず舐めとっていく。

 

 その間、孫空女はされるままに、口を開けて舌を前に出したままでいる。

 孫空女の表情は、苦痛と官能が入り混じったものになり、まるで酒にでも酔ったようになっている。

 

 孫空女の口からは、こぼされる水だけじゃなく、涎もだらだらと流れている。

 それでも、孫空女は一生懸命に口を開いて、閉じるなと命令した宝玄仙の言いつけを守っている。

 

 羅刹と宝玄仙の舌が孫空女の上半身を這い回る。

 孫空女の尻尾はまた激しく振られて赤く染まり始めている。

 

 孫空女のこぼれ出る吐息に、はっきりとした嬌声が混じりだしている。

 また、この孫空女は、このままいくに違いない……。

 宝玄仙は思った。

 

 羅刹が新たな水を孫空女の舌にこぼした。

 その水を舐めるために羅刹の舌が孫空女の舌を吸い始める。

 

 宝玄仙は、今度は竹筒の水を孫空女の足元にこぼした。

 孫空女の脚の指が濡れる。

 宝玄仙は跪くと、孫空女の脚の指を濡らした水を舐めはじめた。

 

「ああ、あはああっ……あっ、あっ、ああ……」

 

 口を開いたままの孫空女がおこりのような痙攣をやり始めた。

 そして、ひと際大きな声をあげたかと思ったら、首を仰け反らせて、孫空女がまた立ったまま気をやった。

 

「なるほど……。宝玄仙さんが足を舐めたことが決定的な心の性感帯を呼び起こしたのですね」

 

「う、うう……。な、なんか、意地悪だよ」

 

 羅刹の感嘆の声に、口を大きく開けた孫空女が、涎を流したまま恥ずかしそうに身体をくねらせた。

 

「さて、じゃあ、最後はわたしが相手だ。たっぷりと愉しもうじゃないか」

 

 宝玄仙は羅刹い笑いかけた。



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331 淫魔見習いの手管と追加講義

 どれくらいの時間が経ったのか宝玄仙は覚えていない……。

 なんど達したのかも……。

 

 いつの間にか夜が白々と明けてきているのが窓からやってくる薄明るい陽射しでわかった。

 宝玄仙は、横になった羅刹(らせつ)の上に覆いかぶさり、女陰で羅刹の怒張を咥えて腰を上下に動かす運動を続けていた。

 そのままのかたちで羅刹の顔や胸に宝玄仙の頬を擦りつけたり、あるいは、お互いの舌をむさぼり合ったりもした。

 

 宝玄仙の両腕は、寝そべっている羅刹の裸身を軽く抱き、羅刹の両腕も宝玄仙の身体をしっかりと抱いている。

 そして、女上位の態勢でうねり舞いながら、何度目かの気をやろうとしていた。

 

「はあ、ああ……、さ、さすがは淫魔だねえ……。こ、この宝玄仙が……あはああっ……も、もう、崩れそうだよ……」

 

 宝玄仙は汗まみれの裸身を羅刹の身体の上で跳ねさせながら言った。

 峻烈な快美感は、もうそこまでやってきている。

 また、宝玄仙が達してしまうまでに、そう長い時間はかからないだろうという予感がある。

 

 羅刹の片手が宝玄仙の身体を背中から支えるような位置からすっと、量感のある宝玄仙の臀部に移動する。

 そして、指で宝玄仙の肛門を探るようにして、指の関節をずぶずぶと孔に挿した。

 

「あふううっ──ああっ、それはだめええぇぇぇ──」

 

 肛門に指を入れられて動かされると、宝玄仙のまともな意識は跳んでしまう。

 そこから拡がる快美感に全身の肉がすべて崩れ落ちるような錯覚になるのだ。

 宝玄仙は、性交を覚えたばかりの淫魔の手管に、まるで少女のような啼泣を洩らしながら全身を激しく悶えさせた。

 

 性の技だけで獲物の女をとり殺すとまでうそぶかれる淫魔だ。

 それは事実ではないが、確かにそう称されるのも仕方がないという気がする。

 淫魔の性は、射精することが目的ではない。

 相手をしている女をひたすらに悦ばせて絶頂を繰り返させるのが目的なのだ。

 自分が精を出すことで快楽を得るのではなく、女が気をやって発散する淫気を吸収することで淫魔は快楽と充実を感じる。

 だから、淫魔の性には終わりがない。

 女が限界に到達して満足し、それ以上の性を肉体が受けつけなくなるまで続く。

 そういう性の能力を持つ。

 

 性を覚えたばかりの淫魔でも、淫魔は淫魔だ。

 長い長い性交に宝玄仙の身体は全身が砕けるような疲労感とともに、途方もない快感を味わっていた。

 

「ほ、宝玄仙さんには感謝しています……。淫魔仲間では劣等生だった自分に、丁寧な性交術の指導をしてくださり、自信を与えてくれました。ありがとうございます」

 

 羅刹がそう言いながら、宝玄仙の肛門に挿入している右の人差し指の横から、さらに左手の人差し指も挿入した。

 そのまま双臀を抱えるように割りながら、左右の指で双丘を押し開くように上下左右に孔を動かす。

 

「うはあぁぁぁ──」

 

 宝玄仙の反応を観察しながら、次から次へと新しい愛撫を加えてくる羅刹の責めに、宝玄仙は生まれて初めて味わうような異様な性の悦びに酔っていた。

 この世のものとは思えないような妖しい恍惚感に、宝玄仙は裸身を引きつらせて、荒い息を弾ませた。

 

「羅刹、わ、わたしは……」

 

「いってください、宝玄仙さん──。この羅刹のせめてものお礼です。どうぞ、何度でも極めてください。俺は、何刻でも、何日でも、宝玄仙さんが精根尽き果てるまでお相手します」

 

 羅刹が下側から腰を突きあげるように動かし始めた。

 宝玄仙は女陰を羅刹の腰で跳ねあげられ、肛門には二本の指で激しい愛撫を受け、完全に切羽詰った状態にされた。

 

 羅刹の唇が半開きの宝玄仙の口に重なる。

 宝玄仙は、口に中に入っていた羅刹の舌をほとんど無意識に吸った。

 

 強烈な絶頂感が襲ってきた。

 全身ががくがくと痙攣して股間から放水のような液体が迸った。

 

「す、すまないね……、ら、羅刹──」

 

 つながったまま潮を吹いてしまった自分の醜態に宝玄仙は狼狽えた。

 

「なにを謝っておいでなのです。素晴らしい淫気です。もっと、宝玄仙さんの淫気を味わいたいですよ」

 

 自分の股間が宝玄仙の発した液体で汚れても、まったく気に留める様子もない屈託のない笑みが返ってきた。

 

「も、もう、駄目だよ……。す、少し、休ませておくれ……」

 

 精で果てることのない淫魔を相手にするというのは、やはり、怖ろしいことだと改めて自覚した。

 そのまま、全身の体重を預けるかたちで羅刹の身体に自分の裸身を横たえた。

 宝玄仙が完全に羅刹の身体の上に寝そべると、羅刹は肛門に入れていた指を抜き、宝玄仙の背中を抱くように宝玄仙の身体に腕を回した。

 しかし、羅刹の怒張はいまだ逞しさを失うことなく、宝玄仙の女陰に挿入されたままだ。

 

「満足してもらえましたか……?」

 

 羅刹は宝玄仙をしっかりと抱いていた。

 いまは、ふたりとも動いていない。

 動いているのは激しく呼吸を続ける宝玄仙の胸だけだ。

 

 宝玄仙の汗まみれの裸身は、しっかりと羅刹の肌に密着している。

 そして、宝玄仙の顔のそばに羅刹の顔がある。

 

 優しげな笑みだ……。

 この羅刹にあるのは、宝玄仙が教えた手管のすべてを使って、宝玄仙を快楽で満足させ、官能の極致に到達させたいという打算のない気持ちだけなのだろう。

 宝玄仙にはそれがわかった。

 しばらく絶頂の余韻を愉しむかのように、宝玄仙は深い陶酔の中にいた。

 裸の肌と肌を通じて、淫魔の鼓動を感じる。

 自分の激しい鼓動も、そうやって羅刹に伝わっているのかもしれない。

 

「わ、わたしはなんど気をやったかねえ……?」

 

 なんとなく宝玄仙は言った。

 

「五回です」

 

 羅刹が即答した。まったく冷静な羅刹の態度に宝玄仙は思わず頬を緩めた。

 やはり、果てることのない淫魔が相手では、ただの人間の女である宝玄仙でも子ども扱いだ。

 それは、性については百戦錬磨の宝玄仙でも同じだ。

 性行為をするために存在しているような妖魔だ。

 まともに相手をすれば、さすがの宝玄仙でもこうなるのは仕方ないだろう。

 

「それよりも、宝玄仙さん、さっき、孫空女さんに快感に反応する尻尾をつけて、ふたりで責めましたよねえ」

 

「ああ……」

 

 宝玄仙は羅刹の肩に自分の顔を載せたまま頷いた。

 羅刹に性交術を教授するための練習台として、三人の供を順に使ったが、三人目の孫空女のときには、孫空女の腰の後ろに、孫空女の快感に反応する尾を取りつけて責めるところを羅刹に見せた。

 孫空女の内心の被虐心を利用して、心の性感帯を刺激していかせるやり方を教えたのだ。

 羅刹に示したかったのは、女が感じるのは肉体的な快楽だけではないという事実だ。

 女の快楽の本質は内面で感じる快楽だ。

 本来は心の快楽の延長上に肉体の快楽がある。それを教えたかったのだ。

 

「口や態度で隠そうとした内面の快感を露わにさせることにより、実に効率的に孫空女さんの快楽を引き出しました。そのやり方には感服しましたが、あのやり方は有効です。俺にも同じことができます」

 

「同じこと? ああ、淫気のことかい」

 

 宝玄仙は首を曲げて、羅刹の顔を見た。

 羅刹のような淫魔は、女が性愛で発する淫気を喰らう。つまりは、快感の度合いが淫気の量でもわかるのだ。

 

「それもありますけど、淫気は絶頂に近いときしか出ませんしね。微妙な判断には不向きかもしれません。もっといい目安を見つけたんです」

 

「目安?」

 

「嗅覚です。俺は孫空女さんが快楽を感じて尻尾を動かすと同時に、孫空女さんの女陰から淫液が滲み出る匂いがわかりました。ですから、尻尾を見なくても、孫空女さんがいつ感じて、どのくらい深く快感を覚えているかもわかったのです。この嗅覚を利用すれば、俺にも宝玄仙さんと同じことができます。効率的に相手の心の奥底の快楽を引き出せます。それに気づかせてくれたことに感謝します」

 

「そうかい……。嗅覚ねえ」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 数刻前まで性交すら知らなかった淫魔だ。

 それがいまでは、性交術を教えた宝玄仙でさえも畏敬を感じたくなる性の達人に思える。

 

「では、続けましょうか──。まだ、夜が明けたばかりです。まだまだ、できるはずです」

 

 羅刹が上体を起こして、宝玄仙を身体から降ろして、宝玄仙と向かい合うように座った。

 そのとき、やっと羅刹の怒張が宝玄仙の女陰から抜けた。

 大量の液体がさらに迸り、羅刹の身体と敷布とを汚した。

 羅刹は意にも介さなかったが……。

 

「ま、まだ続けるつもりかい……。もういいよ」

 

 宝玄仙は笑って言った。

 もう身体の疲労感が限界だ。

 際限のない淫魔の性交にこれ以上つきあえない。

 

「だって、まだ、宝玄仙さんに対する本格的な責めを俺はやっていないじゃないですか」

 

「本格的な責め?」

 

 宝玄仙はきょとんとした。

 この淫魔はなにを言っているのだろう。

 数刻にわたって羅刹と宝玄仙は身体を合わせて抱き合った。

 羅刹の言によれば、宝玄仙はそれで五回も達したらしい。

 これが本格的な責めでなければ、いままではなんだったというのだ。

 

「さっき、言ったじゃないですか。俺には嗅覚があると……。宝玄仙さんは、俺に性交術を教える間、ずっと裸身でおられました。だから、宝玄仙さんの匂いはずっと感じていました……。宝玄仙さんがなにに反応し、どういう行為でほとを濡らすのかを俺は匂いで探っていたのですよ」

 

 羅刹が言った。

 

「匂い?」

 

 確かに宝玄仙は、最初に沙那に羅刹の相手をさせたときからずっと裸でいた。

 しかし、性行為をしたのは、三人目の孫空女を追い出した後だ。孫空女を言葉なぶりで責めたあと、孫空女との仕上げの普通の性行為を羅刹にさせた。

 それから、隣の部屋から三人の供を呼んで、乱れた敷布を整えさせてからふたりでここに横たわったのだ。

 羅刹と宝玄仙が抱き合ったのはそれからだ。

 それでなにがわかったというのだろう?

 

「ええ、匂いです。宝玄仙さんは、沙那さんに目隠して責めたとき、朱姫殿に動かないように命令して身体をいたぶったとき、あるいは、孫空女さんを言葉で責めたとき、かなり激しくほとの蜜を反応させていました。つまり、宝玄仙さんは、そういう行為が好きなのですね」

 

 羅刹は言った。

 

「その通りさ……。わたしの趣味は嗜虐だからね。あいつらを苛めることでわたしは、快感を得るのさ。そういう変態女がわたしだよ──」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 

「最初は、俺もそう思いました。きっと、彼女たちを苛めるのが好きなのだろうと……。確かにそういうところもあるのでしょうね。でも、そうでない部分もあるようです」

 

「そうでない部分?」

 

 宝玄仙は問い返した。

 

「はい。宝玄仙さんは、三人の供の方々を責めるとき、単純に責めることを悦んでいるだけではなく、その行為を自分が受けるということを重ねておいでのようです。おそらく、間違いないと思います。宝玄仙さんの身体は、三人の供の方々が苦悶する瞬間ではなく、その準備の際に激しく匂いを発散させておいででした」

 

「匂い?」

 

 

「ええ。もしも、単純に苛めることだけが好きなのであれば、苦悶するときこそ身体が反応するはずです。しかし、その前の段階の方が強く反応するということは、その状況そのものが好きなのではないか思ったのです。そうだとすれば、もしかしたら、そういう状態にご自身が陥ることを想像して快感を覚えているのではないかとも推量したのです」

 

「なかなか、面白いことを言うじゃないか。そうやって、相手の性癖をとことん突き詰めるのは大切なことなのだろうが、わたしに関することでは、あまりにも当て推量過ぎやしないかい?」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「確かにそうです。でも、宝玄仙さんが孫空女さんにやった行為で、俺は俺の推量が正しいということを確信しました」

 

「わたしがやった行為?」

 

 宝玄仙は首を傾げた。

 

「孫空女さんが二度目の気をやられたときです。ふたりで孫空女さんの身体に水を垂らして、それを舐め合っていました。宝玄仙さんは、最後に孫空女さんの足の指に水を流して、跪いて舐めました」

 

「ああ、そうだね」

 

 だが、あれは、そういう気分になっただけだ。

 それがなんだというのか?

 

「人間がほかの人間の足を舐めるという行為は、屈辱的な行為であるというのは俺も知っています。でも、その屈辱的な行為であるはずのそのときが、宝玄仙さんがもっとも激しくほとを濡らしたときでした……。だから、俺は言うのですよ。宝玄仙さんもまた、そういう屈辱的、あるいは、恥辱的な行為を受けるのがお好きだと」

 

 羅刹は言った。

 今度こそ宝玄仙は大笑いした。

 

「そ、そうかもしれないねえ……。まあ、否定はしないよ。わたしは、責めているときも、責められているときも快楽を感じるからねえ。わたし自身でも、本当はどっちの方が好きなのかわからないんだけど、お前がそう言うなら、そうかもしれないね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「……だから、宝玄仙さんを今度は、拘束して責めせてください。俺が本格的な責めだと申しあげたのはそのことです」

 

 羅刹は言った。

 

「まあ、いいよ。じゃあ、どうすればいいんだい?」

 

「宝玄仙さんの葛籠(つづら)の中に手錠の付いた首輪がありましたね。それを装着させてください」

 

 羅刹は言った。

 そして、宝玄仙の返事を待たずに立ちあがると、部屋の隅の葛籠からその手錠付きの首輪を持ってきた。

 首輪の後ろの部分に手首に嵌める手錠が付いている拘束具で、それを装着すると頭の後ろに両腕を回して動かせなくなる。

 安丘(あんきゅう)という城郭で購ったもので霊具ではない。

 従って、道術遣いの宝玄仙でも、それを装着されると自在には外せない。

 

「嵌めますね……」

 

 戻ってきた羅刹が首輪を宝玄仙の細い首に近づけた。

 宝玄仙は抵抗しなかった。

 むしろ、後ろの髪をかきあげて、装着の邪魔にならないようにしてやった。

 その手首を羅刹の手が掴んだ。首輪の後ろの手枷に両方の手首を嵌める。

 宝玄仙は、両腕を首の後ろに回して動かせなくなった。

 

「……それで?」

 

 宝玄仙は羅刹を見た。

 ここから先は羅刹には未知の世界であるはずだ。

 淫魔の本能で宝玄仙の隠れた性癖を暴いたのはいいが、性行為を覚えたばかりの羅刹がどうやって、嗜虐で宝玄仙を責めようというのだろう。

 羅刹に教え込んだ性交術は基本ともいえる常道であり、嗜虐と被虐の責め合いとはまったく異なるものだ。

 なにひとつ教えていない嗜虐の責めについては、羅刹はどうやってそれをやるつもりなのか……。

 

「それで、これです」

 

 羅刹が無防備な宝玄仙の両方の乳首にすっと手を伸ばした。

 突然に、ぎゅっと乳首の根元がなにかによって絞められた。

 

「あひいぃ──。な、なにするんだい?」

 

 宝玄仙は襲われた激しい疼きに悲鳴をあげた。宝玄仙の乳首の根元に小さな輪が喰い込んでいる。

 

「こ、これは朱姫の……」

 

 すぐに朱姫の霊具だとわかった。

 朱姫がいつか宝玄仙を責めるときに作った霊具であり、朱姫の道術で自在に振動できるだけではなく、宝玄仙が道術を遣おうとすると反応して激しく振動し、宝玄仙の道術を封じるというものだ。

 これをつけられると宝玄仙は、道術が遣えなくなる。

 あの霊具は、朱紫国の国都から逃亡するときに失くしたはずだが、また、朱姫が作ったのだろうか……?

 

「皆さん、準備ができました──」

 

 突然、羅刹が大きな声で叫んだ。

 すると戸がばたりと開き、三人の供が雪崩れ込んできた。

 

「羅刹、時間をかけすぎだよ。待ちくたびれちゃった」

 

 朱姫が頬を膨らませている。

 

「まあまあ、いいじゃない。お陰でわたしたちは身体を休めて、体力を回復させることができたし、ご主人様は、なんども気をやって追い詰められている。これから愉しい時間を送れそうじゃない」

 

 沙那が言った。

 

「これも持ってきたよ」

 

 孫空女だ。

 部屋の隅にあった葛籠を抱えて手元に持ってくるとともに、手に鳥の羽根を持っている。

 三人が羅刹とともに拘束されている宝玄仙を取り囲んだ。

 

「ど、どういうことだい、これは──?」

 

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

「申し訳ありません。実は、先程、この三人の供の方から、嗜虐的な性交術についても教授くださるとささやかれたのです。宝玄仙さんを教材として……」

 

 羅刹が言った。

 

「先程って……? あっ、あのときかい──」

 

 一瞬、なにを言っているのかわからなかったが、宝玄仙ははたと思いついた。

 羅刹と宝玄仙が本格的に情事を始める直前に、三人の供を一度、この部屋に呼んで敷布を整えさせた。

 そう言えば、そのときに、部屋の隅で待っていた羅刹に、三人が代わる代わる何事かを話しかけていた気がする。

 そのときは、気にも留めていなかったが……。

 

「じゃ、じゃあ、これは、お前たちがけしかけたのかい?」

 

 宝玄仙は声をあげた。宝玄仙の両腕は首輪の後ろの手枷で頭の後ろに拘束されている。乳首には、道術を封じる霊具がある。

 そして、宝玄仙の弱い部分を知り抜いている三人だ──。

 宝玄仙はぞっとした。

 

「もちろんです。羅刹さんは、性交術に関することは正道でも邪道でもなんでも吸収したいそうです。わたしたちが、邪道の方を教えられると申し出たところ、すぐに承知してくださいました。そのとき、朱姫がこっそりご主人様の道術を封じる霊具を羅刹さんに渡したんです。ひと通りのことが終わったらご主人様の乳首に嵌めるように言って……」

 

 沙那がにんまりと微笑んだ。

 この表情は本気の眼だ。

 沙那が嗜虐に酔うのは多くはないが、沙那もまたかなりのしつこい嗜虐をするときがある。

 それは、沙那がいまのような表情をしているときだ。

 

「お、お前たち──」

 

 争うように葛籠に手を突っ込んで性具を取り出そうとする三人に危機感を覚えて宝玄仙は叫んだ。

 しかし、思わず後ずさりしようとした宝玄仙の身体を孫空女が阻む。

 

「どこに行くのさ、ご主人様──。ちゃんと、教材にならなきゃ駄目じゃないか……。ねえ、羅刹、ご主人様は、くすぐりに弱いのさ。くすぐりだけだと苦しいだけだけど、くすぐりながらどこかを責めれば、無防備になってたじたじになるよ」

 

 孫空女が鳥の羽根の一本を羅刹に手渡しながら言った。

 そして、自分の持っている鳥の羽根で宝玄仙のうなじの付近をくすぐりはじめる。

 

「ひゃはははは……、や、やめておくれ──ひいっ……はははは……」

 

 宝玄仙は込みあがったくすぐったさに激しく笑いを爆発させた。

 

「やはり、宝玄仙さんは、責められるときの方が充実した淫気が出るような気がしますよ」

 

 鳥の羽責めに羅刹が加わる。羅刹が宝玄仙の脇の下を鳥の羽根で繰り返し掃き動かす。宝玄仙は悲鳴をあげて暴れた。しかし、朱姫と沙那も孫空女とともにがっしりと宝玄仙の身体を捕まえている。

 

「はははは……や、やめて……ははははは……」

 

 宝玄仙は苦しさに悶え笑った。

 

「ご主人様は、お尻が弱点よ。それに乳首も──。くすぐりながら責めれば、凄く短い時間で連続に絶頂するよ、羅刹」

 

 朱姫が宝玄仙の肛門にいきなり指を入れてくにゅくちゅと動かし始めた。

 さらに、乳首の根元に喰い込んでいる輪が静かに振動を始める。

 宝玄仙は悲鳴をあげて身体を仰け反らせた。

 

「……それから、羅刹さん。嗜虐責めのときは、妥協をしては駄目よ。連続絶頂をして気を失っても、無理矢理に覚醒させるの。そして、また、気を失うまで責める。それを繰り返すのよ。それが正式の邪道の責め方よ」

 

 沙那が羅刹に言った。

 冗談じゃない──。

 そんなのが正式のやり方であるものか……。

 しかし、沙那まで鳥の羽根を持ち、宝玄仙の内腿をくすぐり始めた。

 宝玄仙は、もう悲鳴をあげる以外になにも喋れなくなる。

 

 宝玄仙は狂ったように暴れた。

 

「あひいいい──」

 

 宝玄仙はさっそく絶頂した。

 全身を責める三本の羽根のうえに、弱点である肛門と乳首を責められているのだ。

 気をやってしまうのに、ほんの少しの時間しかかからなかった。

 

「さっそく、いきましたね、ご主人様──。でも、いよいよ、これからですよ。次にいくまでどれくらいでしょうか。ご主人様もご承知のとおり、連続でいきすぎると、絶頂が止められなくなりますから気をつけてくださいね」

 

 朱姫が笑いながらさらにお尻の責めを強くした。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 絶頂の波が収まる前に次の波がやってきている。

 このままでは、本当に気を失うまで責められる。

 いや、こいつらのことだ。気を失っても許さないつもりだろう──。

 宝玄仙の全身に恐怖が走る。

 

「あ、あははははは、あはああっ……や、やめえぇぇぇ……」

 

 宝玄仙は再びやってきた快感の矢に全身を激しく震えさせて絶頂した。

 

 

 *

 

 

「ご挨拶に来ました」

 

 沙那は、昨日と同じように家の前で酒を飲んでいた璃子に話しかけた。

 今日は、ほかの女はいない。

 相変わらず卓の上には、酒瓶が置いてあったが……。

 

 この翠雲(すいうん)の部落で女の束ねをしている璃子(りこ)の家の前だ。

 昨日、この部落にやってきたとき、彼女の世話で、いまみんながいる家を手配してもらった。

 そのお礼と、これから羅刹とともに麒麟山(きりんざん)の炎の城壁の向こう側に行く算段がついたので、それを言いに来たのだ。

 

「おや、確か、あんたは沙那だったね。様子を見に行こうと思っていたんだ。それにしても、相変わらず暑そうな格好をしているよねえ。大丈夫なのかい?」

 

 璃子は笑った。

 彼女は上半身裸だ。

 この部落では、男でも女でも上衣を身につけない。麒麟山から吹いてくる熱風が、この部落をとんでもない暑さにしているからだ。

 

「璃子さんのように自慢のできる胸じゃないんで」

 

 沙那が軽口を言うと、璃子は打ち解けたような表情で笑った。

 沙那は横に担いでいた竹編の籠を璃子の座っている卓の上に置く。

 中には、谷川で捕えた魚が三匹入っている。

 

「これは?」

 

 璃子が籠を覗きこみながら目を丸くした。

 

「差しあげます。家の中に小さな投網があったので使いました。わたしたち四人だけだと十分すぎる量が捕れたので、お裾わけです」

 

「ほおお──。あんたは、漁の名人だったのかい?」

 

 璃子が感嘆の声をあげた。

 

「そうでもないですけど」

 

 沙那は笑った。

 もっとも、山で獲物を捕るにしても、河で漁をするにしても、沙那はほかの者よりは余程にうまくできる自信はある。

 獣にしても魚にしても、沙那は気配を感じて、その方向に矢を射たり、網を投げたりできる。

 それでほとんど逃がすことはない。

 獲物を調達できないときは、周囲にそれらがいないときだ。

 沙那の近くに獲物がやって来さえすれば、ほぼ完全に沙那はそれを捕えることができる。

 

「ほかの三人も元気かい。暑さに参っていないかい?」

 

 璃子は言った。

 

「大丈夫です。三人は家にいます」

 朱姫の『結界術』で家の中は快適な気温に保たれている。

 あれがなければ、とてもじゃないが休めたものじゃなかったが、道術のお陰で十分に寝ることができる。

 

 もっとも、実際のところは、あまり寝ていない。

 昨夜やってきた羅刹という若い淫魔に性交術を教えるということで、宝玄仙の命令で交替で練習台にさせられた。

 その後は、羅刹と宝玄仙の情事になったが、その前に、羅刹にこっそりと宝玄仙を相手に嗜虐の責めを学ばないかと持ちかけた。

 羅刹はそれを承知し、宝玄仙の心の油断につけこんで、宝玄仙を拘束したうえに、道術を封じる朱姫の霊具を乳首に装着してくれた。

 

 それは夜明けの頃だったが、陽が中天から西に傾きかけたいまでも、宝玄仙をよってたかって責める行為は続いている。

 もっとも、さすがに、ずっと責め続けたわけではなく、朝方、宝玄仙が十回目くらいの失神をしたときに中断はしている。

 

 ただ、宝玄仙の拘束を解かなかっただけだ。

 覚醒しなくなった宝玄仙を休ませ、羅刹は鉄扇仙(てつおうせん)の性交術の試験を受けるために一度立ち去った。

 その間、三人で家の片づけをするとともに、孫空女と朱姫が谷川に降りて水汲みと洗濯、沙那は家にあった投網を見つけて魚を捕ることにした。

 

 昼過ぎにはすべて終わり、朱姫が沙那が捕えた魚から二匹を調理して、戻ってきた羅刹とともに食事をとった。

 

 羅刹は見事に鉄扇仙という雌淫魔の試験に合格したということで、いつでも炎の城壁の向こう側に沙那たちを連れて行けると沙那たちに告げた。

 出立は明日の朝ということになった。

 

 それまで淫魔の羅刹を含めた五人で乱交の宴をするのだ。

 最初に責められるのは宝玄仙になるだろう。

 宝玄仙は文句を言い続けていたが、宝玄仙の拘束を誰も外そうとはしなかったのだ。

 朱姫も外さなければ、孫空女も外さない。

 もちろん、沙那もだ。

 宝玄仙の食事は、拘束したまま、三人がかりで食べさせた。

 いま頃は、またまた宝玄仙への責めが始まっているに違いない。

 

 その前に、沙那は璃子に出立のことを告げておく必要があると思って、余った魚を持ってやってきたのだ。

 沙那は、細部は説明せずに、璃子に麒麟山の向こうに行く算段ができたので、明日の朝に出立することにしたとだけ告げた。

 

「そうかい。それはよかったのかねえ……。まあ、覚悟のうえなのだろうから止めはしないよ」

 

「短い間ですが、お世話になりました。帰りにここに戻るかどうかはわかりません。もしかしたら、これが最後になるかもしれません」

 

 沙那は言った。

 

「気にすることはないよ。まあ、一箇月ほどは、あの家はそのままにしておくよ。道術遣いというのは、道術で遠くに一瞬で移動したりするんだろう? 妖魔王の土地で危険があれば、すぐに戻ってこられるように、あの家を拠点にしたらいいよ」

 

 璃子が言った。

 それは沙那が頼みたいことだった。

 羅刹に連れていって貰えさえすれば、朱姫や宝玄仙の『移動術』で結界が刻める。

 その際のこちら側の拠点は、あの家にしたかった。

 そのためには、沙那たちが出立してからも、しばらくは誰にも使わせないようにしてもらわなければならなかったのだ。

 それを璃子から申し出てくれたのはありがたい。

 

「……妖魔の土地か。まあ、いまは、ああやって炎の城壁で隔てられたけど、以前はこの翠雲だけじゃなく、辺境地帯は妖魔と人間が共存する場所だったというねえ」

 

 突然に璃子が言った。

 

「そうですね」

 

 それはここに辿り着くまでに、各部落を回って昔話を聞くことで知った。

 朱紫国の軍が大挙してこの辺境地帯に侵入したのは二十数年前のことだったらしい。

 いまの国王の曾祖父にあたる王の時代で、名目でしかなかった北辺の支配を確かなものにするという狙いがあったようだ。

 

 三代前の王に率いられた軍は、いわゆる妖魔狩りをしながら北進していったらしい。

 道術が遣える妖魔でも、完全装備の大軍と魔導師隊の前には刃がたたなかったようだ。

 もともと、人間と共存するほどの平和的な種族だ。

 戦闘には向いていない種族が多く、なすすべもなく殺されるか、さらに北の地に追いやられた。

 それが妖魔と人間が共存していた理想郷ともいえたこの地に襲った悲劇だ。

 

 多くの妖魔の種族は死に絶え、残った種族はすべて、あの炎の城壁の向こう側に逃れた。

 その中心となったのが、賽太歳(さいたいさい)という若い妖魔王だったらしい。

 

 結局のところ、三代前の王が死ぬと、支配の難しい辺境地帯は放棄された。

 いまの朱紫国の支配は、北辺と呼ばれる地域に戻っている。

 三代前の王の辺境進軍は、ただ平和だった妖魔と人間の関係を破壊し、人間に好意的だった妖魔を根絶やしに近い状況にしただけという結果になったということだ。

 蛮行としかいいようがないと沙那は思う。

 

「幸運を祈るよ」

 

 璃子は言った。

 沙那は別れを告げて、谷川の家に向かった。

 すでに始まっている乱交に参加するために……。

 

 

 *

 

 

 沙那という女が立ち去ったのを見届けると、璃子は籠に入った魚を持って家の中に戻った。

 戸口に籠を置き、家の奥に向かう。

 最奥には小さな祭壇がある。

 ほとんど物置にしか使っていないが、実際には祭壇なのだ。

 この部落は、妖魔と人間の共存していた時代から残されているもので、この部落にある建物には、妖魔の種族が使用していたものも多い。

 沙那たちにあてがった家もそうだし、ここもそうだ。

 人間も妖魔も多くは身体つきは変わらないので、人間が使っても不便はないし、妖魔の棲み処だったということに気がつく者もほとんどない。

 

 この家がどういう妖魔の種族の家だったのかは知らない。

 璃子とは違う種族だろう。

 このような祭壇は、璃子の種族は使わない。

 璃子が知っているのは、ここがかつては他の妖魔の家だったということだけだ。

 祭壇はそのときからあるようだ。

 その妖魔の種族は、どういう神に祈りをしていたのだろう。

 

 いずれにしても、その祈りは空しいものに終わった。

 人間は妖魔を滅ぼし、妖魔の地を奪った。

 妖魔は、人間との共存を拒否し、さらに北の土地に棲み処を移した……。

 それなのに、まだ人間は北に北にやってくる。

 

 二十数年前──。

 あれ程に妖魔を殺しまくりながら、まだ妖魔を殺し足りないとでもいうのか……。

 

 あの四人の女がなんのために南からやってきて、麒麟山の炎の城壁を越えた妖魔の地のどこに向かおうとしているのかは知らない。

 璃子がわかっているのは、彼女たちが人間だという事実だ。

 

 妖魔の敵である人間──。

 

 璃子は、祭壇を開いて、中にある『伝声球』という霊具を手にした。

 これがあれば、遠くの妖魔城と会話ができる。

 璃子は、隠していた妖魔の道術を解放した。

 人間に混じって暮らしている璃子にとって、妖魔の霊気を隠すことは必要不可欠の能力だ。

 幸いにして、霊気を隠すことは璃子は得意だった。

 いまだかつて、璃子が道術が遣えること、ましてや、妖魔であることを見破られたことはない。

 

「……璃子です──。はい、はい……。ええ、わかってます……。それから、城壁の内側に入ろうとしている人間がいます……。いいえ、女です──。四人の女です。ふたりは道術遣いで、ふたりは遣い手です。遣い手のひとりも霊気を帯びています……。名前は、女主人が宝玄仙……。それと、沙那、孫空女、朱姫……」

 

 璃子は『伝声球』の相手に話し続けた。

 

 

 

 

(第52話『童貞淫魔』終わり)





 *


【西遊記:59回、羅刹女(らせつじょ)、または、鉄扇仙(てつおうせん)


 本エピソードの元(?)になっているのは、牛魔王との対決の前話になっている羅刹女とのエピソードです。
 また、羅刹女の二つ名は、鉄覆仙(てつおうせん)です。

 *

 山道の旅を続ける一行に熱風が吹きつけてきます。
 しばらく、進むと山小屋があり、そこに住んでいた老人に、この熱風の理由を訊ねると、この道の先には、火焔(かえん)山という難所があり、一年中猛火に包まれているために、この辺りにも山おろしの熱風が吹きつけているのだということでした。
 また、その火炎を通り抜けることは難しく、少し離れた翆雲(すいうん)山に住む羅刹女(らせつじょ)という女妖魔の助力を頼むしかないと告げます。

 孫悟空は、とりあえず、老人の忠告に従い、翆雲山に筋斗雲で向かいます。
 羅刹女の家はすぐに見つかり、孫悟空は火焔山を通り抜けるために必要な「芭蕉扇」という宝具を借りるために、羅刹女を訪問します。芭蕉扇は、炎を操ることができる宝具であり、火焔山の炎を避けるのに必要なのです。

 しかし、羅刹女は、かつて孫悟空たちが退治した紅孩児(こうがいじ)の実母でした。
 孫悟空が羅刹女の家を訪問するや否や、孫悟空の名を耳にした途端に、息子の仇だと羅刹女が孫悟空に襲いかかります。
 二本の剣で襲いかかる羅刹女はなかなかの強さでしたが、さすがに孫悟空には敵わず、反撃されます。
 負けそうになると、羅刹女は、「芭蕉扇」を取りだして、孫悟空を仰ぎます。
 孫悟空は、遥か彼方に吹き飛ばされてしまいます。

 芭蕉扇の力は凄まじく、孫悟空はひと晩のあいだ、ずっと風で飛ばされ続けます。
 やがて辿り着いたのは、霊吉(れいきち)菩薩が暮らす遥かな東の地でした。
 孫悟空は、帰り道の方向を訊ねるために、霊吉菩薩を訪ねます。
 すると、事情を知った霊吉菩薩は、「定風丹」という芭蕉扇の力を無効にする仙薬をくれます。
 孫悟空は、その仙薬を持ち、筋斗雲で再び羅刹女のところに戻ります。

 羅刹女と孫悟空の二度目の対決においては、定風丹を飲んでいる孫悟空に、羅刹女の芭蕉扇が効かず、羅刹女は逃亡して、芭蕉洞という洞窟に逃げ込んで固く門を閉めてしまいます。

 孫悟空は虫に変身して、封鎖されている洞窟の隙間から中に潜入し、羅刹女が飲んでいたお茶に隠れて、羅刹女の体内に入ってしまいます。
 羅刹女の身体の中で孫悟空は大暴れし、羅刹女は降参して、芭蕉扇を孫悟空に渡します。

 *

 芭蕉扇を手に入れた孫悟空たちでしたが、実はそれは偽物でした。
 偽物の芭蕉扇を使ったことで、逆に火焔山の炎に襲われてしまった玄奘一行は、命からがら撤退することになります。

 このエピソードは、なんとか逃げることに成功した孫悟空たちが、今度は羅刹女の夫の牛魔王と諍いを起こす話に繋がります。


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 第53話  狂女の館【春嬌(しゅんきょう)】/麒麟(きりん)山篇(一)
332 【前日談】妖魔狩りの惨劇


 春嬌(しゅんきょう)は、弟の手を握り、母親とともに懸命に駆けていた。

 

 もはや、戦いではなかった。

 圧倒的な人間軍の大軍に、春嬌たちのいた小さな部落の自警団は、あっという間に崩壊したようだ。

 そして、いつの間にか、部落全体に『逆結界』がかかっていて、『移動術』が遣えなくなっていた。

 それは大人たちの叫びでわかった。

 

 自警団が負けたという悲鳴のような伝令の報告は、部落中にあっという間に伝わった。

 妖魔の自警団は、人間の軍がやってくる経路で待ち受けていたはずだ。

 とにかく、人間の軍を少数の自警団で押し止めて時間を稼ぎ、その間に女と子どもと老人が、安全な場所に隠れる……。

 それが酋長から伝えられた内容であり、春嬌はまだ、幼い有来有去(ゆうらいゆうきょ)とともに疎開の準備をしていた。一家の頭領であり妖魔の父親は自警団に加わった。

 

 人間の軍が攻めてくるということはわかっていた。

 妖魔である父親は、当然のように部落を守るために自警団に加わったが、父親は母に妖魔の里を出ることを願った。

 ここは妖魔の部落だったが、母は人間だったのだ。

 妖魔の部落を脱出さえすれば、生き延びられる。

 事実、妖魔と人間の夫婦はほかにもいたが、人間の女たちの多くが、人間の軍がやって来る前に妖魔の部落を逃げていった。

 父親もそうして欲しがったが、母親はそれを拒んだ。

 子供がいたからだ。

 

 姉弟は三人──。

 春嬌と有来有去と賽太歳(さいたいさい)──。

 

 春嬌と有来有去は見た目が人間そっくりだったので、母親とともに人間の部落に逃げるという選択肢もあり得た。

 父親もそうして欲しかったのだ。

 しかし、賽太歳は父親と同じように額に角があり、どこから見ても妖魔の外見だった。

 賽太歳は人間の里では暮らせない。

 まだ、赤ん坊だが、連れて行けば、人間の部落にも入ってくる王軍の兵が、すぐに賽太歳を見つけて殺すだろう。

 かといって、まだ赤ん坊の賽太歳がただひとりで生きてけるわけがない。

 それがわかっていたから、母は妖魔の部落に残ったのだ。

 母の選択肢には、賽太歳を残して逃げるということはなかったのだ。

 

 そして、いよいよ、人間の軍がこの部落に近づいているという情報が伝わってきた。

 辺境地帯からの妖魔の一掃──。

 人間の軍が北進する理由はそれであり、南側にあった妖魔の部落は、ことごとく根絶やしにされていた。

 

 この部落にももうすぐやってくる……。

 その情報は確かのようだった。

 

 父親を含む大人の雄妖たちは、家族の逃亡の時間を稼ぐために、少し南側の谷の狭隘路に向かった。

 それが今朝のことだ。

 

 人間の軍がやってくるのは数日後──。

 そのはずだった。

 

 しかし、陽が中天をすぎた頃、自警団が敗北したという報せが飛び込んできたのだ。

 凶報に驚く暇もなく、いつの間にか部落全体が炎に包まれた。

 風上に火をつけられたようだ。

 油でも撒いたのか、炎はもの凄い勢いで部落を包んだ。

 残っていた者たちは、先を争ってまだ火に包まれていない風下の方向に逃げようとした。

 春嬌たちもその集団の中にいる。

 残っていた部落の妖魔たちは先を争って逃げ惑った。

 とにかく、炎から逃げなければ──。

 

「こっちよ、春嬌、有来有去──」

 

 母親が金斬り声で叫んでいる。

 そして、強い力で春嬌を引っ張って風下に走った。

 風上はもう駄目だ。

 春嬌の眼にも、逃げ場のない炎の壁が風上に迫っているのはわかった。

 焼け死なないためには、炎が追いつくよりも速く、火焔の外に逃げ去るしかない。

 

 春嬌たちだけではない。

 みな懸命に逃げていた。

 どうしてこんなことになったのか……。

 

 春嬌にはわからなかった。

 戦いなど無縁の小さな妖魔の部落だ。

 近くには人間の部落もあったが、諍いなども起こしたことはなく、物々交換などの交流もあった。

 人と妖魔の交流もあり、里には多くの人間もいた。

 現に、春嬌の母親は人間の女だ。

 妖魔だった父と結婚して生まれたのが春嬌であり、有来有去であり、賽太歳だった。

 

 あちこちで妖魔の里の住民の妖魔たちが火を避けるために逃げている。

 『移動術』が遣えないという悲鳴のような声があちこちから聞こえる。

 みんな悲鳴をあげて逃げている。

 逃げる妖魔の足は、倒れた仲間を踏み潰し、手を振り回して、前を塞ぐ邪魔な妖魔を突き飛ばした。

 

 火は三方向から迫っていた。

 炎の見えない方向は、狭い谷道に通じる風下の一箇所だけだ。

 部落の妖魔たちの誰も彼もが、その一箇所に向かって駆けていた。

 

「もう少しよ、頑張るのよ」

 

 母が叫んだ。

 やっと火が背後と横から迫る一帯を抜けて、両側に切り立った崖が迫る部落の出口に辿りついた。

 この先にはもう炎も煙も見えない。

 

 助かったのだ。

 安堵が春嬌に走る。

 その谷の小道を駆け抜けて眼の前に広い景色が拡がったとき、いきなり眼を覆わんばかりの凶行の光景が出現した。

 

「ひゃああああ──」

 

「ひびいぃぃぃ」

 

「た、助けて──ひいいいっ」

 

「子供だけは……ああああぁぁぁ──」

 

「ぎゃあああああ──」

 

 いきなり、眼の前に先に逃げていた妖魔たちの悲鳴と死骸が現れた。

 その周りには、武器を振り回して次々に部落の妖魔たちを殺し回っている人間の兵の集団が待ち構えていた。

 猛火を脱した谷の道を抜けたところに人間の軍の一隊が待ち受けていたのだ。

 そこで、駆け抜けてきた妖魔の女子供を次々に惨殺をしていたのだ。

 春嬌の手を引っ張って全力で駆けていた母親が慌てて立ちどまった。

 

「俺はその子供の右手だ──」

 

「じゃあ、俺は左手だ」

 

 少し前を走っていた先の家族たちが五人ほどの兵に取り囲まれたのが見えた。

 祖父と祖母らしき老いた妖魔の首のない屍体が地面に転がっている。

 そのそばには雌の幼妖がいたが、その幼妖に兵が剣を向けている。

 剣を構えているのはふたりで、どうやら、いま言った部位をどちらが先に切り離すかの賭けをしているようだ。

 ほかの兵が笑いながらふたりの兵を囃し立てている。

 まだ、やっと歩きはじめたばかりと思う幼妖だ。

 春嬌の眼の前で、ほぼ同時に幼児の肩から先の両手が切断された。

 

 ほかにも悲鳴をあげる妖魔を追いかけ回して剣で殺していく光景や、あるいは足を切って動けなくした妖魔をわざわざ石で顔を潰して笑っている一団──。

 油をかけられて生きたまま火をかけられて火だるまになって転がりまわっている妖魔──。

 

 とにかく、いたるところに妖魔の惨たらしい屍体と死にかけた妖魔が転がっている。

 胴がふたつに分かれてはらわたがはみでていたり、胴体のない生首だけが十個ほど集められていたり、あるいは手足だけがなくて、それでもまだ息をしている身体もあった。

 

 見渡す限りの場所で妖魔が死んでいる。

 周囲からは凄まじい臭気が立ち込めている。

 春嬌は子供ながらになにが行われようとしているのかを悟った。

 

 人間の軍は、部落をすっかりと取り囲んでから、わざと狭い谷道を抜ける側だけを残して部落の周りに火をつけたのだ。

 そして、猛火と煙に追い立てられて逃げてくる妖魔の里の住民を唯一の脱出口であるここで待ち受けて、惨殺をしているのだ。

 

「か、隠れて──」

 

 母親が手を強く引っ張った。

 しかし、隠れる場所などない。

 両側は岩肌の谷だし、後方に戻れば火に包まれて焼け死ぬだけだ。

 さらにいつの間にか、人間の兵たちが退路も遮断している。

 

「新しい獲物が来たぞ」

 

「雌妖と幼妖……。それに子供の妖魔二匹だ」

 

 眼の前に剣が迫った。

 剣を抜いた兵がふたり……。

 春嬌たちを前後に囲んでいた。

 

「じゃあ、今度は俺が小僧の妖魔にするぜ、高」

 

「なら、俺は雌の妖魔だな、王」

 

 ふたりの兵の剣がすぐ前に突きつけられる。

 その剣は真っ赤な血が滴っていた。

 

「ま、待って──」

 

 母親が春嬌と有来有去の前に立ち、兵たちの前に立ちはだかった。

 

「妖魔の母親か?」

 

 王と呼ばれた側の兵が笑った。

 母親に向かって剣が振りあげられた。

 

「うわああぁぁぁ──」

 

 有来有去が火のついたように泣き始めた。

 

「わ、わたしは人間です──。人間なんです」

 

 母親が叫んだ。

 

「痴れ者が。この後に及んで……」

 

 剣を構えた

 

「待て、そうかもしれんぞ。見たところ、人間そっくりだし……。この前の部落でも人間がいたしなあ。紛れ込んでいた人間を間違って殺したら、また懲罰を受けるぞ」

 

 もうひとりの兵が剣を構えている王を止めた。

 

「ほ、本当です、人間です──。この子たちもそうです。たまたま、この妖魔の部落に来ていただけで……」

 

 母親が必死に言った。

 春嬌は口を開かずに母親の腰にしがみついていた。

 その横で有来有去は大声で泣き続けている。

 見た目だけなら、母親はもちろん、春嬌も有来有去も人間の姿と同じだ。

 ただ、身体を流れる血の半分に妖魔の血が流れるというだけだ。

 

「本当に人間か?」

 

 少しだけ冷静さを戻したような高という兵が言った。

 母親と春嬌と有来有去をしげしげと眺めている。

 どこからどう見ても人間にしか見えないはずだ。

 妖魔の里でも、半妖の春嬌と有来有去は、妖魔というよりは人間とみなされていた。

 それは母親が人間であるということよりも、どうみても妖魔の種族には見えないというところからきていた。

 

「ま、間違いありません。この妖魔の部落には、商売で来ていたんです。そしたら、たまたま……」

 

 母は言った。

 

「仕方ねえ、陣に連れて行こうや──。妖魔狩りの獲物はいくらでもある」

 

「そうだな」

 

 ふたりが小さな声で話し合っている声が聞こえた。

 

「わかった……。来い」

 

 やがて、王と高というふたりの兵が春嬌たちを前後に挟むように、その惨状の現場から連れ出した。

 春嬌はいまだ有来有去の手を握ったまま母親とともに歩いた。

 母親は布に包んだ賽太歳をしっかりと抱いている。

 

 人間とそっくりの外見だから殺されないで済むのだ……。

 歩きながらそう思った。

 

 だが、母親が抱いている賽太歳の額には、明らかに妖魔であることを示す小さな角がある。

 賽太歳を見られれば終わりだと春嬌は思っていたが、賽太歳は、母親に抱かれてまるで、この喧騒などなにもないかのように大人しく眠り続けている。

 母親は、角が見られることがないように一生懸命に賽太歳の顔を布で覆って押さえている。

 

 周りでは残酷な妖魔殺しの遊戯が繰り広げられていた。

 妖魔には外見が獣にそっくりのものもあるし、あるいは、身体の一部だけが獣の部位を持つものもいる。

 人間の兵は、自分たちとは外見の少し異なる妖魔を同朋と思わないのか、まるで兎や鼠でも屠るかのような気軽さで、あちらこちらで残酷に武器を振るっていた。

 

 ここに追い込まれたのは、妖魔の中でも戦いをできない雌妖や老妖、あるいは幼妖だ。

 人間の兵たちは、その眼を抉り、顔や身体の肌を剥ぎ、それとも四肢を切断して笑い合っている。

 

 いたるところに胴から離された死骸や頭を潰された生首などがあり、春嬌は有来有去の手を握ながら、地面に流れる血で足を取られないように歩かなければならなかった。

 その中には、これまで一緒に遊んだ子供妖魔や世話になった知り合いも混じっていた。

 彼らが惨たらしく殺される場所を通り抜けて、狭い谷道をさらに進んだ方向に、兵の導くまま母親とともに歩いた。

 

「……さて、この辺りでいいだろうな。ここなら、邪魔は入らねえ」

 

 やがて谷道からも外れて樹木の生い茂る繁みに連れてこられた。

 陣に連れて行くと言っていたから、虜囚としてどこかに監禁するような場所に行かされるのだと思っていた。

 しかし、ふたりの兵がここでいいと言ったのは、どう見てもさっきの惨状の現場とも、あるいは、兵の陣とも違う周囲を植生に覆われている場所だった。

 次の瞬間、高がさっと母親から賽太歳を包んだ布を奪い取った。

 

「あっ──。な、なにをするんです──?」

 

 母親が悲鳴をあげて取り戻そうとするのを蹴り飛ばして高という兵が母親を地面に倒した。

 

「か、母さんになにするのよ──」

 

 春嬌は地面に通れた母親を庇うように駆け寄る。

 有来有去はまた引きつけを起こしたような声で泣き始めた。

 しかし、賽太歳は、まだ静かに眠ったままでいる。

 その春嬌の高が賽太歳を包んでいた布を投げ捨てた。

 

「やっぱりだ──。俺はわかっていたぜ。この女は人間かもしれねえが、妖魔の母親でもあるというわけだ。これで、お前たちを殺してもお咎めなしだ。覚悟しな──」

 

 高がせせら笑った。

 

「お、お願いです。この子たちだけでも……。お、お願いします──」

 

 母親が泣き叫んだ。

 

「もちろん、そうしてやってもいいぜ。そのために、ほかの連中に邪魔されないところに連れ込んだんだ」

 

 王が言った。

 母親がきょとんとして涙に濡れた顔をふたりの兵たちに向けた。

 高が母親から取りあげた賽太歳を地面に置いた。

 

「おい、坊主、そのお前は、その赤ん坊のそばで立っていろ」

 

 王が泣きじゃくっている有来有去を賽太歳が置かれている地面の方向に突き飛ばした。

 

「うわあっ」

 

 恐怖でおかしくなっているのか有来有去がおかしな呼吸をしながら地面に倒れる。

 それでも、すぐにしゃがんだ姿勢になり、地面から拾いあげた賽太歳を抱きかかえた。

 

「わかっているな、女──。助けてやってもいい。ここなら、そのまま山を抜ければ、軍の囲みの外に行けるぜ。その代わり、俺たちの相手をしな。この戦役に参加して、相手するのは妖魔ばかりで、すっかりと人間の女とはご無沙汰なんだ。毛深くて筋肉質の雌妖も悪くはないが、そろそろ、柔らかい人間の女が恋しくてな──。高、俺から先にいかせてもらうぜ」

 

 そして、がちゃがちゃと音を立てて、王が具足を外し始める。

 

「おう」

 

 剣と装備を地面に置いて軍装の下袴をおろしはじめた王を母親が真っ蒼な顔で見ていた。

 しかし、もうひとりの高という兵がしっかりと剣を構えて、その剣は地面に座り込んでいる有来有去と賽太歳に向けられている。

 

「早く、素っ裸になりな、女──。それとも、高に合図をするぜ。子供の手首から先がなくなれば、俺たちの相手をする気になるかい」

 

 王がせせら笑った。

 

「お、お前たち……、しばらく、目をつぶっていなさい……」

 

 母親が言った。

 そして、立ちあがると春嬌と兵たちの眼の前で着衣を脱ぎ始めた。

 服を脱いだ母親は、すぐに王に押し倒された。

 脚を開かせた母親の股の前に座った王が母親の股間を弄りはじめる。

 

 あまりもの衝撃で、春嬌は眼の前で始まった母親の痴態から眼を離せないでいた。

 やがて、母親の食い縛った口から小さな声が漏れだす。

 いつもの母親とは違う声に春嬌は呆気に呆然する思いだった。

 

「おい、早くしろよ、ほかの連中が感づいて来ちまうぜ」

 

「わかっているよ。だけど、滑りをよくしとかないとな……」

 

 王が母親の股に顔を埋めた。

 母親が胸を喘がせ始めた。

 春嬌は王が母親の股間の舐めているということがわかった。

 そして、母親がそれに女の反応をしているということも……。

 

 自分の血が凍りのように冷たくなっていく気がした。

 母親がはっきりとした喘ぎ声を出し始める。

 春嬌はただ、それを凝視していた……。

 

「そろそろ、いいだろう、やるぜ」

 

 王が上ずった声をあげた。

 春嬌の視界に母親の股間に自分の腰を近づけた王の下肢が映った。

 そこには男の勃起した怒張がった。

 春嬌は生まれて初めて屹立した男根を見た。

 王が自分の股間の一物を母親の股間に貫かせた。

 

「くうっ──」

 

 母親が声をあげた。

 王が腰を律動しはじめる。

 母親が呻くような声を出した。

 

「あ、ああ……」

 

 母親の声ではない。

 それは甘えた女のような声だった。

 

「おい──」

 

 突然、肩を掴まれた。

 押さえつけられる。

 眼の前にもうひとりの兵の身体があった。

 確か高と呼ばれていた兵だ。その眼が血走っている。

 

「お前の相手はお前がしろ」

 

 地面に押さえつけられた。

 兵の手が春嬌の胸にかかった。

 服が引き裂かれた。

 

「きゃあああああ──」

 

 気がつくと悲鳴をあげていた。

 狂ったように身体に覆いかぶさる男を蹴りあげようとした。

 その足を笑いながら高が掴んで動きを封じる。

 

「そ、その子はまだ十歳なのよ──」

 

 母親の我に返ったような声が周囲をつんざく。

 

「お前は俺の相手をしていればいいんだ」

 

 母に抱きついていた王が笑いながら母親を押さえつける。

 その間にも、春嬌の押さえている高が春嬌の衣服を引き裂いていく。

 やがて、下着が破り取られた。

 春嬌の股間に外気の冷たい風が当たる。

 春嬌は恐怖に悲鳴をあげた。

 

 暴れる春嬌を膝で押さえつけて、高が剣と具足を外す。

 その軍装の下袴がさげられた。

 春嬌の顔の前に高の怒張が迫る。

 春嬌はもう一度悲鳴をあげた。

 

「うわああっ」

 

 突然に隣で王の絶叫がした。

 ふと、横を見る。

 全裸の母親が王の喉笛に噛みついていた。

 首から血を流して王が自分の喉に噛みついている母親を殴りつけている。

 それでも母親は噛みついている口を離そうとしない。

 

「この女──」

 

 春嬌に被さっていた高が身体からどいた。

 王に噛みついている母親に掴みかかって無理矢理に王から引き離す。

 王は血だらけだった。

 そして、憤怒の表情で剣を地面にあった自分の剣を掴むと、母親に斬りつけた。

 母親の右肩から当たった剣の刃先がそのまま胴体を貫き、反対側から出ていく。

 ほとんどふたつに分かれた母親の身体が血飛沫とともに地面に落ちる。

 

「うわあああああっ──」

 

 有来有去の狂ったような叫びがした。

 その有来有去が抱いている賽太歳も突然に泣き始めた。

 

 春嬌はほとんど無意識のうちだった。

 眼の前には、春嬌を犯そうとした高の剣と具足がそのままに転がっている。

 その剣を握っていた。

 

 剣は妖魔の父親の手解きを受けていた。

 春嬌も有来有去も、人間の身体と近いために身体が細く筋肉が弱い。

 そのため武器を扱うことができなければならないと言われて、ほんの幼いころから、妖魔の父親に毎日稽古をつけてもらっていた。

 もっとも、実際に生きている者を相手に武器を遣うのは初めてだ……。

 

「ぐはあぁ──」

 

 母親を殺した王の首に春嬌の振り回した剣が当たった。

 王が絶叫しながら地面に倒れた。噴水のように血が噴き出ている。

 

「なに?」

 

 高がびっくりして振り返った。

 しかし、その時には、春嬌の突き出した剣が具足を外した腹に突き刺さっていた。

 春嬌が剣を離すと、腹に剣を突き刺したまま高が倒れた。

 地面に倒れ落ちた高の身体を踏んで、剣を引き抜く。

 大量の血が地面に流れ出して、高は呻き声をあげたまま動かなくなった。

 

「か、母さん──」

 

 有来有去が賽太歳を抱えたまま、母親に駆け寄った。

 母親はもうただの死骸になっている。

 春嬌にはそれがわかった。

 

「行くわよ──。逃げるのよ、有来有去。賽太歳を連れてきなさい──」

 

 春嬌は言った。

 引き裂かれた下袴が脚にまとわりつていた。

 春嬌は走りやすいように地面に垂れた部分の布を持っていた剣で取り去った。

 

「か、母さん──」

 

 有来有去が母親の屍体の前で泣きじゃくっている。

 春嬌はその身体を掴んで、頬を張り飛ばした。

 有来有去は呆然として春嬌に振り返った。

 

「母さんは死んだわ──。それはもう母さんじゃない。ただの屍体よ──。それよりも、早く逃げないと、ほかの兵がやってくるわ。逃げるのよ、有来有去──。賽太歳を連れておいで」

 

 有来有去は無言のまま頷いた。

 春嬌は駆けた。

 後ろに有来有去がついてくるのを確かめながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二十数年の歳月が流れた……。

 

 

 *

 

 

 そして、二十数年後──。

 

 生き残った三姉弟のうち、妖力の強大な賽太歳が妖魔王となり、麒麟山(きりんざん)の北側に妖魔の地を作った。

 そして、生き残った妖魔を支配するとともに、麒麟山の南側を封鎖して、人間を寄せつけないよう、火焔の壁を築く……。



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333 妖魔王の性奴姫

 春嬌(しゅんきょう)獬豸洞(かいしどう)にやって来るという部下の知らせを受けたのは、股の間に正座をさせた金聖姫(きんせいき)に一物を咥えさせて奉仕をさせている最中だった。

 

 春嬌という名を耳にびくりと金聖姫が反応した。

 しかし、そのまま髪をわし掴みにして、金聖姫の顔をさらに賽太歳(さいたいさいい)の股間に密着させる。

 金聖姫の端正な顔が歪んだのがわかった。

 

「むむ……んんっ……」

 

 苦しさに金聖姫が小さな呻き声をあげる。

 しかし、わざと金聖姫の首に付けた赤い首輪に繋いでいる鎖を引っ張って首を絞めるようにしてやると、金聖姫は諦めたかのように、再び温かい舌で賽太歳の敏感な部分を包み込み始めた。

 

「もっと、舌をうまく使うんだ、金聖姫……。それにしても、いつまでたってもお前は馴れないな。それに比べれば、この前、奉仕をさせた長女金(ちょうじょきん)は上手だったぞ。あいつをお前の願いどおりに、お前の侍女にしてやったのは、あいつの性技をちゃんとお前も身に着けるためでもあるんだ。寝る前にはお互いに乳繰り合えと命令しただろう。ちゃんとやっているのか、金聖姫?」

 

 金聖姫の髪を引っ張って、怒張から顔を離させるとその顔を賽太歳に向けさせる。

 

「そ、そんなことをするわけがない……。長女金は侍女なのです」

 

 金聖姫がきっと賽太歳を睨む。

 美しい金聖姫の口の周りに涎と賽太歳の陰毛の切れ端が付いている。

 この上品な顔をこうやって汚しているかと思うと、ぞくぞくとした快感で賽太歳の心が充実する。

 

「侍女だからどうしたのだ。お前は僕の奴隷だ……。命令に従わなければ、お前を長女金の召使にするぞ。あいつは、お前よりもずっと奉仕が上手だしな。お前たちを生かすも殺すも、僕の肚ひとつだということを忘れるな」

 

 賽太歳がそう言うと、金聖姫の顔が悔しそうに歪んだ。

 その表情に賽太歳は強い快感を覚える。

 

 我ながら歪んでいるとは思う。

 しかし、この気高い心を持つ美しい金聖姫を汚せば汚すほど、賽太歳は途方のない快感を覚えるのだ。

 この金聖姫を賽太斎専用の性奴隷にして二年が経つ。

 命令には従うようになり、こうやって部下たちの前で奉仕をさせるような行為も唯々諾々と行うようにはなった。

 しかし、いまだに気の強さと気位の高さには変わりがない。大したものだとは思う。

 

 朱紫(しゅし)国の王都で正体を隠して金聖姫の護衛長をしていた春嬌が、まだ、性を知らなかった金聖姫を夜な夜な春嬌の手管で快楽の虜にしたのは二年前のことだ。

 しかも、春嬌は、ただ性に未熟な金聖姫を雌妖の手管を駆使して抱いただけではない。

 中毒性のある媚薬を使ったのだ。

 毎晩のように股間に依存中毒性の強い薬剤を擦り込まれた金聖姫は、当時、完全に正気を失ったような状態になった。

 そういう状態にした金聖姫の寝室に、護衛長として金聖姫の身の回りの安全を護る立場の春嬌は、その役割を利用して妖魔の賽太歳を金聖姫の寝室に連れ込んだのだ。

 

 その頃には、仙薬のような春嬌との性技と妖魔の薬物にすっかりと侵されていた金聖姫は、春嬌との営みに加わった賽太歳を受け入れた。

 それから金聖姫と春嬌の夜の情事に密かに賽太歳が必ず加わるようになった。

 賽太歳もまたただ抱くだけではない。

 妖魔の術で少しずつ『縛心術』を深めて、自分に金聖姫が心を靡くように仕立てた。

 

 春嬌と賽太歳の性の技──。

 

 春嬌の使う媚薬の薬物効果──。

 

 賽太歳の『縛心術』──。

 

 道術にも性の技にも耐性のない初心な金聖姫が完全に春嬌と賽太歳に堕ちるのにそう長い時間はかからなかった。

 

 金聖姫の誘拐の動機は、最初は妖魔の里を滅ぼし、家族を殺め、仲間たちを惨殺した王家の一族に対する復讐心だった。

 復讐の対象として、金聖姫を選んだのに深い理由はない。

 正体を隠して王宮道術師をしていた春嬌の任務が、たまたま金聖姫の護衛だったので手を出しやすかったからにすぎない。

 もっとも、強い復讐心を持っているのは春嬌であり、賽太歳はそれに引きずられるというかたちだった。

 拒否すれば、妖魔の里を襲った惨劇の話をまた金切り声で喚きたてられる。

 眼の前で母が犯されて殺され、同朋が生きながらにして焼かれた日のことを忘れたのかと春嬌が怒鳴り続けるのだ。

 

 しかし、正直に言えば、賽太歳には、それほどの復讐心があるわけじゃない。

 春嬌が忘れるなという妖魔の里の惨劇の頃は、賽太歳はまだ赤ん坊だったので、なにひとつ覚えていない。

 だが、春嬌は事あるごとに、あの日のことを忘れるなと言う……。

 

 いまは、生き残った妖魔をまとめる立場になった賽太歳だが、賽太歳の正直な気持ちとしては、いまのまま麒麟(きりん)山で一線を画した状況を維持して、人間の一族と妖魔族は別々に暮らせばいいのだと思う。

 復讐などどうでもいいし、多くの同胞もそれを望んでいないということ知っている。

 麒麟山のこちら側には、かつてのように妖魔の部落が多くできて、それが獬豸洞という妖魔城を中心に緩やかな団結を築いて生活をしている。

 

 妖魔の国としてこのまま牧歌的な暮らしを送りたい……。

 それが麒麟山の北にいる多くの妖魔の思いであり、人間の国を滅ぼすための妖魔の軍を編成して、人間の土地に攻め込むなど、麒麟山の北側の妖魔たちが承知するわけがない。

 賽太歳は妖魔王と呼ばれているが、それは強い道術で同胞たちを護るということをしているからそう呼ばれるのであり、彼らを戦に駆り立てて人間との殺し合いをさせるようであれば、ほとんどの妖魔の住民は、賽太歳を王としては認めないだろう。

 もともと平和的な妖魔の一族なのだ。

 それは、人間に妖魔の里を一掃される前も後も変わらない。

 

 だが、春嬌はそれを納得していない。

 二十数年前の人間の軍の侵攻後、散逸していた妖魔たちを集めて、麒麟山の北側に新たな妖魔の土地を作ったのは、いずれ力を蓄えて人間たちに復讐するためであり、ここで安逸とした生活をするためではないと言うのだ。

 

 春嬌の気持ちはわからないでもない。

 この獬豸洞という妖魔城の中心とする妖魔の土地の王は賽太歳だが、ここを築いたのは、間違いなく春嬌だ。

 人間に土地を奪われ一族を根絶やしにされて、人間の部落のそばで隠れるように生きていた妖魔を集め、新しい土地と生活の手段を与えてひとつにまとめたのは、霊気も高くない若い雌の半妖にすぎなかった春嬌なのだ。

 賽太歳は、その姉の情熱の道具として強い霊気と道術を提供しただけでなにもしていない。

 

 賽太歳は、姉の春嬌の力により、妖魔王となっただけだ。

 それを忘れたわけではない。

 しかし、妖魔王になった以上は、彼らを護る責任と立場がある。

 妖魔王となってから、姉にははっきりと、姉の主張していた妖魔軍を編成して人間の国へ侵攻するというのはできないと言った。

 

 姉の春嬌は、それを途方もない裏切りと思ったかもしれない。

 一時期疎遠になり、姉の春嬌は、兄の有来有去(ゆうらいゆうきょ)を連れて、この麒麟山を出ていった。

 その春嬌と有来有去から、驚くことに朱紫国の国王に仕える王宮道術師として暮らしているとを知らされたのは、ふたりが出ていってから二年が経ってからだった

 その姉が要求した金聖姫の誘拐だ。

 拒否できるわけがない……。

 

 王族の娘を浚い、妖魔たちに犯させてその屍体を国王に送り返す──。

 最初の春嬌の計画はそうであり、賽太歳は気乗りしないまでも、姉の春嬌には逆らい難く、春嬌の要求するまま、毎夜のように道術で朱紫国の国都に通った。

 だが、美しい金聖姫を毎夜のように抱いて気が変わった。

 春嬌の計画を変更して、浚った金聖姫を賽太歳の妻として、ここに置き留めたいと言ったのだ。

 

 当初の予定では、金聖姫は賽太歳の奴隷にして、ここで妖魔たちに犯させた挙句に、殺して国都に送り返すというものだった。

 その計画には、ここで毎日のようにたくさんの妖魔から犯される姿を道術で国都の広場に映像を晒すというのも入っていたから、賽太歳の言ったことは、またしても自分に対する裏切りと思ったようだ。

 春嬌は怒ったが、いつにない賽太歳の強い主張に、結局は賽太歳に応じた。

 ただし、妻ということだけは認めない。

 殺さないのであれば、奴隷にしろと言った。

 賽太歳は自分専用の奴隷にするということで合意した。

 

 それからは簡単だった。

 体調が悪いので王家の湯治場で過ごしたいと金聖姫に願わせ、当然、その道中の護衛には春嬌がついた。

 そして、あらかじめ示し合わせた要領と場所で賽太歳は、春嬌ごと金聖姫を浚った。

 長女金という美貌の女将校が少しばかりの抵抗をしたが大したことはなかった。

 

 金聖姫を浚い妖魔城に連れ込んだ後は、金聖姫を犯していた魔薬の中毒症状も賽太歳の『縛心術』も解いた。

 正気に戻った金聖姫は、自分のやったことに泣き喚いたが、それは賽太歳の黒い欲望に火をつけただけだった。

 金聖姫がこの妖魔城に到着した瞬間から、一転して金聖姫は賽太歳専用の奴隷になった。

 しかし、毎晩のように抱いているのに、道術や媚薬の仙薬なしでは、いまだに靡く様子はない。

 

 だが、それはどうでもいい……。

 金聖姫が賽太歳のそばにいる……。

 それだけでいいのだ。

 

「ど、どうしたのです……?」

 

 金聖姫の声がした。

 ふと見ると、賽太歳に髪を掴まれている金聖姫が不思議そうな顔をしている。

 賽太歳は苦笑した。

 どうやら賽太歳は、金聖姫に自分の肉棒をしゃぶらせる途中で髪を持って顔を股間から離したまま物思いに耽ってしまったようだ。

 

「もう一度だ、金聖姫──」

 

 賽太歳は金聖姫の顔を自分の股間を咥えさせた。

 妖魔の居室だが、周りには十匹ほどの妖魔軍の部下が並んでいる。

 賽太歳の妖力があれば、警護の妖魔など必要はないのだが、何ごとにも権威付けというのは必要らしい。

 

「それにしても、本当にお前は、いつまで経っても上達をせんな。舌で舐めるようにしながら唇で吸い込むのだ……。そうだ。その調子だ」

 

 金聖姫の美しい顔が歪んで賽太歳の一物を一心不乱に舐めはじめる。

 二年前……。

 

 こうやって部下の前で男根を舐めさせるような行為は、泣き叫んで嫌がったものだった。

 それを無理矢理にやらせたときのことを思い出す。

 金聖姫の顔が惨めに歪めば歪むほど、賽太歳の欲望は満足した。

 もっとこの女が惨めに泣くところを見たい。

 それが賽太歳の望みだ。

 

 どんなことがあろうとも金聖姫を手放すことはない。

 賽太歳はそう思っている。

 どんなことがあろうともだ……。

 

 金聖姫が犬のように息をしながら、鼻孔を膨らませて賽太歳の一物を舐め回している。

 賽太歳の一物は、硬直をしているが、射精くらいはいくらでも自在にできる。

 こうやって金聖姫に舐めさせながら一日すごすこともできる。だから出さない。

 口いっぱいに賽太歳のものを頬張らされた金聖姫の顔を見るのが愉しいのだ。

 賽太歳の恥毛に典雅な顔を埋め、妖魔の部下の視線を厭わず、熱い息をしながら屈辱的な行為を強いられている人間の王の娘……。

 その姫に家畜のように首輪をつけて女奴隷にしている。

 それがいいのだ。

 

「もっと、舌をうまく使え、金聖姫。いい加減に上手にならなければ、また長女金にやらせるぞ」

 

 賽太歳は言った。

 上から見下ろす金聖姫の顔にはっきりと憤怒の表情が浮かぶ。

 そして、急に熱のこもった奉仕を始め出す。

 金聖姫に舌で男の一物を舐める舌技を教えているわけじゃないので、二年がすぎたいまでも大して上手ではない。

 だが、一生懸命に自分なりに工夫して、舌の使い方や力加減を変えたりしようとするのだ。

 こんな金聖姫は二年間見ることはできなかった。

 

 しかし、長女金の存在は、金聖姫のなにかを変えたようだ。

 長女金に代わりにやらせると言うと、眼に見えたかたちで金聖姫が反応する。

 それが見たくて、賽太歳は意地の悪いことを言うのをやめられない。

 

 いま、長女金は金聖姫の居室にいるはずだ。

 春嬌が国都で拷問して、瀕死の状態にした長女金をこの妖魔城に連れて来たのは一箇月ほど前のことだ。

 長女金のことはよく覚えていた。

 

 二年前に金聖姫を湯治場に向かう道中の途中で浚ったとき、ただひとりだけ最後まで抵抗して金聖姫を守ろうとした。

 あのとき、完全に賽太歳の結界が作ってある真ん中にあの一行は停止していたのだ。

 それはあらかじめ賽太歳と春嬌が示し合わせた行動であり、いくら国軍の女将校でも、ただの人間である長女金に、太刀打ちできるわけがないのだ。

 その証拠に、長女金以外の将兵はすぐに諦めて、金聖姫を賽太歳が浚っていくのに任せた。

 だが、長女金だけが、最後まで結界の呪縛から抜け出ようと必死にもがき、それができないと悟ると、侍女だと嘘をついてまで金聖姫とともに妖魔城に行こうとした。

 敵である人間の女ながら、いい将校だと思った。

 しかし、それだけだ。

 

 それきり長女金のことなど賽太歳の思念に浮かぶことなどなかった。

 それはここに自ら望んで浚われたかたちになった金聖姫も同じのようだ。

 媚薬と道術の呪縛から解けて我に返って泣き叫んだときでも、長女金のことなどひとつも言わなかったし、彼女のことを心配している様子などひとつもなかった。

 その長女金が、金聖姫が拐われたことについての責を問われ、二年間も男囚と同じ結界牢に全裸で入れられるという辱しめを受けながら晒されていると知ったのは、ついこの間のことだ。

 

 しかも、その結界牢から脱走した長女金を有来有去と春嬌が捕えて拷問にかけたという。

 春嬌からの連絡で、国都に来てみると、そこにあったのは、全身を切り刻まれて火で焼かれたうえに、舌を切り取られた瀕死の長女金の姿だった。

 あんな立派な女将校を惨い目に遭わせた人間の国王にも、有来有去にも春嬌にも腹が立った。

 賽太歳は、長女金を治療するために妖魔城に連れ帰り、そのまま金聖姫の世話をする女としてあてがった。

 

 金聖姫は奴隷ということにしているが、それは表向きのことで賽太歳としては、自分の伴侶のつもりでいる。

 それまでは、身辺の世話をする者として雌妖を交替であてがっていたが、人間の女である長女金は、金聖姫の侍女として丁度良かった。

 『治療術』で身体が癒えた長女金もそれを望んだし、金聖姫も悦んだ。

 気の強い金聖姫でも、周りが妖魔しかいない場所で囚人のように監禁されて二年──。

 心細かったに違いない。

 

 だが、状況が少し変わったのは、賽太歳が気紛れで長女金に性奉仕をさせてからだ。

 なぜ、それをさせたかと訊ねられても賽太歳には答えられない。

 これだけ肌を合わせながら心だけは開こうとしない金聖姫に対する苛ついた気持ちがあったからかもしれない。

 もっとも、長女金は嫌がらなかったし、金聖姫以外の人間の女も試してみたいという軽い気持ちだった。

 

 しかし、それを機に金聖姫がなにか変った。

 長女金に急によそよそしい態度をとり始めて長女金を当惑させるとともに、なぜか賽太歳に対する性奉仕に熱を込めたような態度をとるようにもなった。

 それは長女金に対する嫉妬だろうか……?

 そうであってくれれば嬉しいのだが……。

 賽太歳は、金聖姫の奉仕を受けながらそう思った。

 

「下手糞な犬ね……。もっと、素早く舌を動かしてごらん、馬鹿犬」

 

 大きな声がした。

 顔をあげると部屋の入口に春嬌が立っている。

 春嬌の背後には、春嬌の子飼いの部下である麗芳(れいほう)、綺芳《きほう》のふたりだ。

 三毛栗鼠を思わせる丸い房毛の耳と豊かな髪が特徴の双子の女だ。角は小さい。

 いつも美しい身体と顔をしているが無表情で、この双子の雌妖が表情を変化させたのを見たことがない。

 姉の春嬌以上に賽太歳は、この麗芳と綺芳の双子の雌妖が苦手な気がする。

 

 賽太歳の一物を奉仕している金聖姫の身体がびくりと震えた。

 この春嬌を性の相手として金聖姫が溺れたのは、春嬌が国都で金聖姫の護衛長として身辺に侍っていた時期だけのことだ。

 妖魔城にやってきて豹変した春嬌を心の底から金聖姫は怖れている。

 それも当然だろう。

 

 春嬌はいまでもはっきりと金聖姫を殺したいと公然と言うし、妖魔の土地に連れてきた人間の女を残酷に責め殺すのを何度もこの金聖姫に見せたりもしている。

 賽太歳は、この春嬌には金聖姫を渡すつもりはないが、春嬌は事あるごとに金聖姫を数日預けさせてくれれば、すっかりと調教して従順な女奴隷に仕上げてみせると言って金聖姫を脅かしているのだ。

 金聖姫もそれについてひどく恐れていて、春嬌がやってくるとあまりにも怯えきった態度になってしまうので、賽太歳はいまでは、なるべく春嬌には顔を合わせさせないように気を使ってくるくらいだ。

 しかし、今日は、ついつい金聖姫の奉仕が気持ちよくて、その機を逸してしまった。

 

「なにか用なのかい、姉さん?」

 

 賽太歳は、両手を金聖姫の頭に回して押さえつける。

 しかし、それは春嬌の声に、恐怖で顔を蒼くした金聖姫を安心させるためでもある。

 金聖姫の頭をに優しく手を置くと、金聖姫の身体から怯えのようなものがすっとなくなるのが金聖姫の頭に置いている手を通じてわかった。

 

「虫が四匹、この麒麟山に侵入したそうよ」

 

 春嬌は言った。

 

「虫?」

 

「人間よ。女が四人入ったという報せが来たわ。わたしに任せてくれるわね、賽太歳。害虫退治はわたしの仕事だからね」

 

 この気性の激しい姉を賽太歳は持て余し気味で、二年前に国都から戻ってからも、獬豸洞や妖魔の土地の支配に関わる仕事に春嬌を使うことを避けていた。

 その例外が妖魔の土地に侵入してきた人間の駆除に関する仕事だ。

 

 金聖姫の行方を探す王家の間者が、炎の城壁を越えて度々入り込むということがあったので、それを見つけ次第捕らえて処分するという仕事を任せていたのだ。

 人間を激しく憎んでいる春嬌は、妖魔の土地に入り込んだ人間を炙り出す仕事に長けていた。

 春嬌が妖魔の土地における人間狩りに取り組むようになって、完全に妖魔の土地の情報は、人間の国都から遮断されている。

 それは、国都で朱紫国王の部下をやつしている有来有去からの情報でわかっている。

 妖魔の土地に関することでも、浚われた金聖姫の行方についてのことでも、朱紫国王はなにひとつわかっていない……。

 それは春嬌のお陰だというのはわかっている。

 

 賽太歳が治める麒麟山の妖魔には平和的な種族が多くて妖魔に隠れている人間を目聡く見つけ出すという仕事に向かないものがほとんどだ。

 麒麟山の北の妖魔には、人間と外見が同じ妖魔も多いしから、混じった間者は見た目では判断できないのだ。

 基本的に麒麟山に逃げ集まっている妖魔は、根が正直で心根も優しいものばかりで、周囲の者を疑ってかかり、嘘を見抜くというのが苦手だ。

 

 その点、春嬌はうってつけだった。

 猜疑心も強く、間者を残酷に拷問して目的を吐かせるということも平気でやる。

 麒麟山に集まっている妖魔から、数少ないそういう仕事のできる部下も選び出してもくる。

 春嬌の背後に立つ麗芳と綺芳もそうだ。

 この二匹のように冷徹な性格の妖魔を見つけてくるのは案外難しいのだ。

 

 それに、人間の間者狩りを任せることは、放っておけば人間憎しで暴発しがちな春嬌を大人しくさせるという狙いもある。

 だが、春嬌は、それをいいことにわざと人間を妖魔の土地に連れてきては、残酷に拷問するということをやっている気配もあるが……。

 

「……まあ、それは姉さんに任せているからね」

 

 賽太歳は言った。

 

「わかっているわ。でも、そのために長女金を貸して欲しいのよ」

 

「長女金を?」

 

 賽太歳は驚いた。

 長女金を半死半生どころか、死の一歩手前まで拷問して殺しかけたのは、ついこの間だ。

 春嬌に長女金を手渡せば、今度はなにをするかわかったものじゃない。

 

「……お、お願いです、賽太歳……。長女金は……」

 

 金聖姫が賽太歳の男根から口を離して、真っ蒼な顔を横に振った。

 

「お前は、奴隷の分際でなに勝手に奉仕をやめているのよ──」

 

 春嬌が金切り声で怒鳴るとともに、脚で床を踏み鳴らした。

 

「ひっ」

 

 その権幕に金聖姫が身体をびくりと震わせた。

 

「……もういい、金聖姫。部屋に戻っていろ」

 

 賽太歳は言うと、金聖姫の首輪に繋がっている鎖を侍っている妖魔の部下のひとりに渡した。

 そして、賽太歳自身の衣服も自分で整える。

 金聖姫は、なにかを言いたそうだったが、さすがにそれ以上は口を開かずに、その妖魔の部下に部屋を連れ出された。

 金聖姫が向かうのは、金聖姫のために賽太歳があてがっている部屋であり、道術錠によって閉じ込めている以外は、王都時代の金聖姫の部屋に内装も家具も似せて作らせている。

 長女金の部屋も金聖姫の部屋の隣に作らせ、そのふた部屋はお互いの行き来も自由にさせている。

 

「奴隷の調教がなっていないわね、賽太歳……。本当にわたしに数日任せなさいよ。きっちりと奴隷の作法を教え込んでやるわよ」

 

 金聖姫が連れ出されると春嬌は言った。

 

「侵入者の話じゃなかったのかい、姉さん」

 

 賽太歳は春嬌の言葉を無視した。

 

「そうね……。今度の侵入者は、ちょっとばかり手ごわくてね。長女金を貸して欲しいのよ。罠にかけるのに必要なのよ」

 

 春嬌は賽太歳の座っている椅子の前に立った。

 妖魔王である賽太歳の前で、王に対する礼をまったくやらないのはこの春嬌だけだ。

 

「そうは言ってもねえ……」

 

 賽太歳は首をすくめた。

 春嬌に長女金は渡さない。

 今度こそ殺してしまう。それは金聖姫が悲しむことに違いない。

 

「ふたりだけにして……」

 

 春嬌が言った。

 そして、賽太歳の返事を待たずに、手を振って自分が連れてきた麗芳と綺芳を退がらせた。

 仕方なく、賽太歳も周囲にいる部下を退がらせる。

 

「姉さん、頼むよ……」

 

 春嬌とふたりだけになると賽太歳は、春嬌を宥めるように立ちあがった。

 しかし、いきなり春嬌が賽太歳に詰め寄ると、賽太歳の股間を鷲掴みにした。

 

「ひいっ──。な、なにを……」

 

 強い力で下袴越しに股間を握りしめられて、賽太歳は顔をしかめた。

 

「なにをじゃないわよ、賽太歳……。このところ、わたしのことを甘く見てんじゃないの? また、一から調教し直してやってもいいのよ。さっき、あの王の娘に奉仕させていたこの肉棒の中に調教棒を挿して泣かせてもらいたいのかしら? それとも、あの娘と並べて尻調教をやり直す?」

 

 そして、さらに強い力でぐいぐいと睾丸を握りつぶすように締める。

 賽太歳はあまりの激痛に呻き声をあげた。

 

「ね、姉さん……。や、やめて……」

 

 賽太歳は泣きそうな声をあげた。

 

「昔のように調教してやるよ、賽太歳……」

 

 賽太歳の哀れな声に反応したのか、春嬌がますます力を込めて賽太歳の股間を揉みほぐす。

 この気の強い姉の調教を受けて、犬のように調教されたのは十年近く前のことだ。

 賽太歳はまだ少年であり、姉はすでに大人の女だった。

 賽太歳にとって最初の女はこの姉の春嬌であり、賽太歳が最初に覚えた性は、この姉との間の倒錯の性だ。

 いまでは、若き妖魔王として多くの部下を従える賽太歳だが、この姉とふたりだけになった時は、あの頃のように女主人と、その女主人に調教される少年に戻ってしまう。

 

「あの王の娘に、お前がかつては、わたしの珍棒奴隷だったことをばらされたくなければ、わたしをあんまり怒らせるんじゃないのよ……。別に長女金をいまさら殺したりしないわよ。それどころか、ここに連れてきさえすれば、どこにも連れて行きはしないわ……。だから、さっさと連れてきなさい」

 

 春嬌はもの凄い力で賽太歳の睾丸を握りしめている。

 そして、肉茎の根元をしごくように手を動かした。

 

「あっ、あっ、ああっ……」

 

 熱いものが突然込みあがった。

 下袴の中で賽太歳の怒張は男の精を噴出してしまった。

 

「わかったわね……。すぐに連れてくるのよ、賽太歳」

 

 春嬌が賽太歳から手を離した。

 思わず賽太歳は数歩後ずさって、倒れるように王座の椅子に座り込んだ。

 まだ、精を放った余韻のような衝撃が続いている。

 下袴の中に出してしまった精が気持ち悪い。

 

「ちょ、長女金はここから連れ出さないんだね、姉さん」

 

 賽太歳は渋々鈴を鳴らして部下を呼び、長女金だけをここに連れてくるように命じた。

 しばらくすると、長女金が妖魔兵に連れてこられた。

 

 特に拘束はしていない。

 拘束をしなくても、道術なしにこの妖魔城から逃げることは不可能だ。

 それに長女金は自ら望んで、妖魔城に留まって金聖姫の侍女をすることを選んだのだ。

 長女金を拘束しなければならない理由はなにもない。

 

「しゅ、春嬌……様……」

 

 長女金が春嬌の姿を見て顔色を変えた。

 

「久しぶりね、長女金……。いつぞや可愛がってあげた怪我は治ったようね」

 

 あの国都における拷問以来、長女金が春嬌を見るのはこれが最初だ。

 春嬌の拷問の恐ろしさは、長女金の血に沁み込んだはずだ。

 長女金は、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直して立ち止まっている。

 

「その卓の上に手を置いてちょうだい、長女金。すぐに終わるわ」

 

 説明もなしに春嬌が言った。

 部屋の隅に木製の小さな卓がある。

 春嬌がそこを指さして、その卓の前に移動する。

 

「は、はい……」

 

 長女金もそれ以上なにも言わずに、言われるがまま卓の前に進んで、両手を卓の上に載せた。

 するといきなり春嬌が懐からなにかを出して、長女金の手に叩きつけた。

 

「はがあああああぁぁぁぁっ──」

 

 長女金が絶叫した。

 賽太歳も思わず立ちあがった。

 長女金の左手の甲に小刀が深々と突き刺さっている。

 春嬌が突然に、長女金の左手に小刀を突き刺したのだ。

 長女金の左手越しに木の卓を貫いた小刀の刃の先端が卓の下から覗いている。

 

「あっ、ああああっ……」

 

 長女金が左手を押さえて苦しそうな声を出した。

 血がだくだくと出て卓の上から床に流れ落ちている。

 

「ね、姉さん、な、なにを──?」

 

 賽太歳は急いで立ちあがって、長女金の左手から小刀を抜いた。

 すぐに『治療術』をかける。

 長女金の手のから流れる血が止まり、その傷が塞がる。

 

 長女金はその場にしゃがみ込んだ。

 怪我はもう癒えている。

 長女金はあまりの驚きで、腰が抜けてしまっただけだろう。

 

 賽太歳は、ふと、顔を横に向けて春嬌を見た。

 春嬌は何事もなかったかのように、卓の上に口を近づけて、長女金の手から流れた血を舌で舐めている。

 

「あの女道術遣いは、本当に便利な霊具を持っていたわ。この指輪をして、変身したい相手の体液を舐めれば、その姿に変身できるのよ」

 

 春嬌が嬉しそうに笑った。

 そう言えば、春嬌は指に見慣れない指輪をしていた。

 驚いたことに、次の瞬間、春嬌の姿は床にしゃがみ込んでいる長女金と同じ姿になった。

 

「しゅ、春嬌様?」

 

「姉さんなのか?」

 

 驚いている長女金に続いて、賽太歳も思わず声をあげた。

 

「終わったわよ。屋敷に戻るわ、麗芳、綺芳」

 

 長女金の姿になった春嬌が叫んだ。

 いつの間にか部屋の戸口には、春嬌の部下の二匹の雌妖が無表情で立っていた。

 長女金の姿になった春嬌が、賽太歳に挨拶もせずにそのまま立ち去っていった。



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334 妖魔の土地

「皆さんの性的特徴は実に面白いし、多彩ですね。俺にはそれがよくわかりましたよ。そして、素晴らしい女性方です。俺は、おそらく運が良かったのだと思います。なにせ、皆様のような性の列女を最初の経験にすることができたのですから」

 

 羅刹(らせつ)が喋り続ける。

 麒麟(きりん)山の南側にある炎の城壁を越えて、妖魔の土地と呼ばれる場所を歩いていた。

 歩いているのは整備された街道だ。

 

 妖魔の土地だというから、どんな場所なのだろうと沙那は思っていたが、拍子抜けするくらいに普通の光景が拡がっていた。

 山があり、川があり、樹木が茂っている。

 畠すらあり、道路も整備されていて、そこを歩くこともできる。ここが朱紫国の北側の妖魔の土地らしい。

 その妖魔の国を羅刹の道案内で、獬豸洞(かいしどう)という名の妖魔城に向かっている。

 いまのところ、特に咎められるとか、追われるというようなことはない。

 人間がここに入り込むのは御法度だと思っていたから、人目を避けて妖魔城に向かうことを考えていたのだが、羅刹に言わせれば、そんな必要はないだろうということだった。

 

 それに、羅刹もまた麒麟山の内側に棲む妖魔なのだが、考えてみれば、あまり人間に対する敵意というものがない。

 もちろん、性技を教えてくれたという感謝の気持ちがあるのだろうが、こうやって妖魔城に近づくための道案内をしてくれるくらい友好的でもある。

 さすがに妖魔の部落に立ち寄るのは避けているので、大勢の妖魔に接触することはないが、それでも道を行き交う妖魔と出遭うことはある。

 しかし、彼らの誰も沙那たち四人のことを気にする様子もない。

 

 羅刹曰く、妖魔には、角が目立たないほどに小さくて、見た目が人間と同じ妖魔も多いので、あえて人間だと言わなければ、誰も人間だと思わないし、大部分の妖魔は人間のことを気にしていないとも言った。

 ここに集まっている妖魔たちは、基本的には本当に平和的な種族なのだ。沙那は改めてそれがわかった。

 

 妖魔城に辿り着いてどうするかの方針はまだ定まっていない。

 とにかく、賽太歳(さいたいさい)という若い妖魔王が奪っていった宝玄仙の道術を取り戻す。

 それが最終目的だ。

 

 朱姫の『縛心術』と、あの多目怪(たもくかい)の光の術のおかげで、幾らかの宝玄仙の道術は快復していたが、それでも本来の宝玄仙の道術力とはほど遠い。

 なんとか賽太歳を倒すか、話し合いで納得させるかして、道術を返してもらうということになると思う。

 羅刹によれば、若い妖魔王は優しい人格であり、ここに集まっている多くの平和的な妖魔の住人たちに慕われているようだ。

 そうであれば、案外あっさりと話し合いで解決するのではないか。そんなことも沙那は思ったりもしている。

 

「へえ、じゃあ、羅刹、わたしらの性的特徴とはなんだい?」

 

 歩きながら宝玄仙が言った。

 

「そうですねえ……。では、最初に抱いた沙那さん──」

 

 羅刹が言った。

 

「わ、わたし?」

 

 いきなり名を出された沙那は戸惑った。

 

「俺には生涯の最初の女性となりましたが、実に感じやすい身体を持っておられます。どこをどう刺激しても響くような反応は、まさに男が抱くために存在すると言っても過言ではないでしょう」

 

 羅刹が説明を始めた。

 沙那は閉口した。

 自分の感じやすい身体のことをとやかく言われるのは嫌だ。

 

 それにしても、淫魔だから仕方ないのかもしれないが、この羅刹は歩いている間に話すのは性の話だけだ。

 のべつまくなしに、よくもここまで性談義だけを続けることができるものだと感心するほどだ。

 

「皆さんが休んでおられる間に、俺も人間界に戻って数名の女を抱いて来ましたが、だんだんと沙那さんのような女性は特別だということがわかってきましたよ。頭のてっぺんから足の指の先まですべての場所が性感帯というのは、どうやら途方もない能力のようですよ。自信をもって自慢してよいのですよ、沙那さん」

 

 羅刹が得意気に語った。

 淫魔というのは夜寝る必要がないのか、羅刹は昼間は沙那たちの旅の道案内を務め、夜になれば、『移動術』で辺境地帯に戻り、人間の女を相手に性交をしてくるということを続けている。

 この妖魔の土地に入って三日だが、その三日とも、羅刹は人間の女を抱くために、夜はいなくなり、朝に戻ってくるということをしていた。

 

「な、なんで、それが自慢になるのよ。馬鹿馬鹿しい──」

 

 沙那は怒って声をあげた。

 なにがおかしかったのかわからないが、ほかの三人が一斉に声をあげて笑った。

 

「次は朱姫殿ですね」

 

「今度はあたし?」

 

「そうです。弱点はお尻。まあ、あれだけ、お尻が弱いというのは実に素晴らしいですねえ。四人の方々は、みなさん共通でお尻が弱いということはわかりましたが、朱姫殿のお尻は特別です。指一本でちょっと刺激するだけで、あれだけ連続で達してしまうということは簡単にできることではありません。どうかそのお尻を大切になさってください」

 

「う、うるさい──」

 

 朱姫が真っ赤な顔で叫んだ。朱姫の恥ずかしそうな様子に沙那はぷっと噴いた。

 なるほど、他人のことなら笑えるのだと思った。

 

「孫空女さんの抱き心地も格別でしたね。あんなにお強いあなたが、淫らで可愛らしい仕草をする女性に豹変するというのは、世の男は誰も彼もあなたの虜になるでしょうね。それに、孫空女さんには、女性との情事の大切なことを教えてもらいましたし……」

 

「なになに? その大切なことって……?」

 

 朱姫が口を挟んだ。

 

「……孫空女さんは、心の性感帯が異常に豊かなのです。女が感じる場所を触らなくても言葉だけで達することができるのですよ。これは貴重な経験でした」

 

「なにさ、その言葉だけで達するって? もっと詳しく教えてよ、羅刹」

 

 朱姫が言った。

 

「詳しく説明する必要ない──。それ以上、あたしのことを喋ったら、その大口に拳を叩き込むよ──」

 

 先頭を歩く孫空女が振り返って、羅刹を睨みつけた。

 

「怒らせるつもりはないのですよ、孫空女さん……。というよりは、なぜ、皆さん、お怒りになるのです。いま語ったのは、お三方が素晴らしいということです。おそらく、どんな男が相手にしても、皆さんの素晴らしさに驚嘆し、心の底からの賛辞を贈るに違いありません。それでいて、皆さんもまた、男との情事で愉しむことができる。素晴らしいじゃないですか……」

 

「お、お願いだから、わたしたちのことで性談をするのはやめてよ」

 

 ついに沙那は言った。

 羅刹は当惑した様子になった。

 すると宝玄仙が不意に笑った。

 

「沙那、この羅刹に性のこと以外を考えろというのは無理なことさ。女と性をすることだけに生きているような種族なんだ。こいつの価値観では、情事を愉しみ、相手を愉しませることができるというのは最高の能力であり、人としての値打ちなんだ。逆に言えば、情事に向かない身体や精神を持っている人間は、なんの価値のない不具者ということになるんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「だったら、ご主人様のことを語ってもらおうよ」

 

 孫空女が言った。

 

「そうね、ご主人様のことだったら、いつまでも喋っていいそうよ、羅刹さん」

 

 沙那も言った。

 

「わ、わたしもかい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「当たり前だろう、ご主人様。ゆっくり聞こうよ──。羅刹によるご主人様の身体の評価をさあ」

 

 孫空女が愉快そうに言った。

 

「宝玄仙さんの身体は格別です。さすがの淫魔のわたしでも、宝玄仙さんの身体には、欲情してしまうし、精を放ちたくなります。淫魔が精を放つというのは恥ですから、さすがに自重しましたが、何度か本気で出しそうになる場面もありました。感触といい、味わいといい、湿りといい、絞まりといい本当に最高の身体をお持ちです。外面の美しさ以上に内面は最高です。女性としてこれ程の理想体はほかの女性では求められないでしょう」

 

 羅刹が言った。

 

「へえ、お前、精を放つことは恥なのかい? それは知らなかったよ」

 

 孫空女があっけらかんと言った。よくもそんな恥ずかしいことを堂々と質問するなあと思ったが、正直沙那も好奇心はある。

 羅刹が精を出さないようにしているのは知らなかった。

 そう言えば、沙那の中には一度も出さなかったと思ったが……。

 

「女性を悦ばすために意図的に出すのはいいのです。しかし、女性に溺れて思わず出す精は恥なのです。それは負けですからね」

 

「なにが負けだい──。それほどのものかい。ついこの間まで童貞で、女の身体に触れるのを怖がっていたお前が、随分と語るようになったじゃないかい」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「それを言われると淫魔としてはつらいですねえ……。お願いですから、この羅刹に性行為を教えたなどということは秘密にしてくれませんか。本当は、俺たちが獲物にする人間の女から逆に性行為の手解きを受けたというのはとてつもない恥なのです。こんなことが知られたら、俺はもう、淫魔界の笑い者ですから」

 

「なら、秘密にしてやるから頑張って道案内をしな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「それはもう悦んで──。それで、宝玄仙さんの身体ですけどね……」

 

「まだ、わたしの身体の話は続くのかい」

 

 宝玄仙だ。

 

「まあまあ、ご主人様、聞こうよ」

 

「そうですね。あたしたちだけ恥ずかしい思いは狡いですよ──。ねえ、淫魔、ご主人様の性感帯はどこ? 沙那姉さんの身体を基準の十にすると、それぞれの感度は数字でどのくらい?」

 

 孫空女に続いて朱姫も言った。

 

「な、なんで、わたしの身体が基準なのよ」

 

 沙那は朱姫に叫んだ。

 

「だって、どの場所であろうと、沙那姉さんの身体が一番感度がいいに決まっているじゃないですか。だから、沙那姉さんが十段階の十なんです」

 

「いや、そんなことはありませんよ、朱姫殿。ほかの部分はそうですが、お尻は別です。沙那さんを十にすれば、朱姫殿は二十三、四くらいだと思いますよ」

 

 羅刹が言った。

 

「ええっ? そ、そんなに違うの?」

 

 朱姫が驚いたような仕草をした。

 

「当たり前じゃないか、朱姫──。お前、自覚がなかったのかい?」

 

 孫空女が冷やかしの声をあげた。

 また、朱姫以外の三人が笑い声をあげた。

 

 しばらく、ここについては、誰が十だ……。いや、八か七だ。それとも十二だとか、そんな話を続けた。

 それが終わったのは、太陽が中天をすぎて少し西側に傾きかけてきてからだ。

 健脚揃いの四人だったが、そろそろ休息を取ろうということになった。

 

「……そう言えば、約束の地点にもうすぐ到着しますよ、皆さん」

 

 五人で街道から外れた樹木の陰に車座に座っていた。

 そこで水筒を回しながら喉を潤していると、突然、思い出したように羅刹がそう言ったのだ。

 

「約束の地点? もう妖魔城に到着するの?」

 

 沙那は訊き返した。

 

「妖魔城にはもう少しありますよ。遠くはありませんけどね。そうじゃなくて、皆さんを次の案内人に引き渡す場所ですよ。妖魔城のことは、実は俺も詳しくありませんから、たまたま、あなた方を知っていて、妖魔城についても詳しいという女性から連絡があったのですよ。例の鉄扇仙(てつおうせん)を通じて」

 

 鉄扇仙というのは、羅刹の母親の友人で、性行為の修行に出されていた羅刹の修行終了の合否判定を担う雌妖だと羅刹が説明した淫魔だ。

 沙那たちは会ってはいないが、沙那たち四人と性行為の修行をした羅刹はその鉄扇仙と性交をして、淫魔として合格させられる性技を得たと判定されたのだ。

 羅刹が言うには、そのときに、妖魔城に向かう途中のこの辺りで沙那たちの案内人を交替すると申し出た女性がいるというのだ。

 

「次の道案内って……。お前、なんで、そんな大事なことを説明しないんだよ」

 

 さすがに宝玄仙が怒った。

 宝玄仙が言うなら、本当に沙那たちだけでなく、羅刹はそれを伝えるのを忘れていたのだろう。

 

「おや、俺は、もしかしたら、皆さんにそれを言っていなかったのですか?」

 

「もしかしてじゃないよ、羅刹──。お前は一度も言っていないよ。つまらない性談義をするばかりで……」

 

「つ、つまらないは酷いですよ、宝玄仙さん──。さっき、淫魔の俺が性談義をするのは当然だと言ってくれたじゃないですか」

 

 羅刹が言った。

 

「それはちゃんとやるべきことをやっているときの話だよ」

 

 宝玄仙がさらに声を荒げた。

 

「それで、誰と案内人を交替するの?」

 

 沙那は横から口を出した。

 いまさら、とやかく言っても仕方がないのだ。

 

「そうでした。俺もよくは知りませんが、妖魔城に務める人間の女性だと聞いています」

 

 羅刹が言った。

 

「誰だい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「名は……」

 

 羅刹が言葉を続けようとしたとき、沙那たちが座っている場所に誰かが近づく気配があった。

 沙那だけでなく、全員が近づいてくる気配に集中した。

 また、孫空女がさっと耳の中に隠している『如意棒』を拳に移したのに気づいた。

 沙那も細剣の柄にそっと手をやる。

 

「皆さん、もしかしてと思いましたが、久しぶりですね」

 

 樹木の草陰を掻き分けて姿を表したのは、あの長女金(ちょうじょきん)だ。

 沙那は驚いた。

 

「ちょ、長女金──」

 

「長女金さんなの?」

 

「お前、元気だったのかい──?」

 

「どうしてここに?」

 

 四人が一斉に喋った。

 長女金が苦笑した。

 

「おや、知り合いでしたか? 初めまして。俺が羅刹です。あなたが鉄扇仙に伝言を頼んだ長女金殿ですか?」

 

「いかにも、長女金よ。羅刹だったわね。ここから先は、わたしが四人を預かるわ」

 

 長女金が言った。

 羅刹の説明によれば、伝言により羅刹と案内人を交替することになっていたのは、この長女金だったようだ。

 どうしてここに長女金がいるかとか、どういう伝手で羅刹の知り合いの鉄扇仙に伝言を頼んだのかというようなことについて、羅刹は承知していなかった。

 ましてや、そもそも、なぜ、長女金が沙那たち四人が麒麟山にやってきたことを知ったのかということも知らない。

 羅刹は、ただ、沙那たちの案内を引き受けたがっている人間の女がいるということだけを鉄扇仙から言われただけのようだ。

 

 それにしても、それを伝えるのを忘れていたようだが……。

 羅刹は、長女金に沙那たちを託すようなことを言うと、四人に代わる代わる感謝の言葉を告げてから、『移動術』で姿を消した。

 

「さて、長女金、説明してもらえるかい? なんで、お前がここにいるんだい?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 考えてみれば長女金との縁は随分と奇妙なものだ。

 

 結界牢で晒し刑を受けていたこの長女金を気まぐれで助けたことから、今回の宝玄仙の騒動は始まっている。

 その罪により四人は軍の襲撃を受け、宝玄仙だけが捕えられた。

 なんとか沙那たち三人で救出には成功したが、牢で訊問されている間に、宝玄仙の中の第二の人格の宝玉が狂って深層意識に閉じこもるような打撃を受けただけでなく、賽太歳という妖魔に道術力を奪われるというようなことがあった。

 それで、賽太歳から奪われた道術力を取り戻すためにひたすら北を目指してきたが、その間にも何度も危ない目に遭った。

 閉じこもったはずの宝玉が不意に出現して、四人を危うくするというようなことまであった。

 

 いずれにしても、この長女金とは、最初に朱紫国の国都で襲撃を受ける直前に別れたままだったので、

 それから長女金がどうなったのかわからないでいた。

 長女金と別れた時期と、軍の襲撃があった時期が合致し、長女金が逃亡する前に一度国都に入ることを仄めかしたりしていたから、もしかしたら、軍に捕らえられたのではないかとも思っていた。

 しかし、国都の軍営に長女金が捕えられている気配はなく、そのまま長女金の足取りは途絶えていた。

 

 宝玄仙によれば、宝玄仙が道術を失ったその瞬間に、宝玄仙の前から姿を消す若い妖魔の姿と鈴の音──。

 そして、その妖魔が肩に担ぐ女の姿を見たような気がしたと言っていたので、もしかしたら、妖魔城に賽太歳が連れていった可能性も沙那は考えてはいた。

 

「わたしは、妖魔城にいます。わたし自身は、特に自由を奪われているというかたちではありませんが、自由を奪われている金聖姫(きんせいき)様の侍女をしているのです」

 

 長女金は言った。

 

「金聖姫といえば、お前が結界牢に晒される原因になった気紛れ姫のことだろう? お前、まだ、そいつと関わっているのかい?」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「そんなことを言わずに、金聖姫様を救出するのに協力してください、皆さん──。金聖姫様は操られて、妖魔王に浚われたのです。金聖姫様を陛下のもとに送り返すための協力を──」

 

 長女金は頭を下げた。

 

「お前のお人よしも呆れるよ。その国王は、罪もないお前のことをただの腹癒せのために、全裸で男囚と同じ結界牢に入れて晒すような人でなしなんだよ。その娘の姫なんか、もう放っておきな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんなことを言わずに……」

 

 長女金が困ったような表情になった。

 

「まあ、話だけでも聞きましょうよ、ご主人様。とにかく、妖魔城のことや賽太歳という妖魔王のことを知ることは必要です。話の中で、長女金さんの言うことを引き受けるかどうかを判断すればいいと思いますし……」

 

 沙那はとりあえず宝玄仙をたしなめた。

 もっとも、沙那も金聖姫を救出するという長女金の申し出につき合う気持ちはほとんどない。

 賽太歳が奪った宝玄仙の道術を取り戻すことが簡単なのか、それとも、金聖姫を奪い返すのが容易であるかは、いまは判断できないが、金聖姫を助けることが道術を取り戻すことに繋がるというようなことでもない限り、いま少し、金聖姫という姫を助けてあげたいという気持ちが起きない。

 

「詳しい話は、ここではなんですので、ある屋敷に案内します。そこで、わたしがここに連れてこられた詳しい経緯もご説明します」

 

 長女金は言った。

 それからしばらく長女金の案内で街道をさらに北に進んだ。

 

 妖魔の部落を掠めるようなかたちで進み、やがて丘の上の大きな屋敷に辿りついた。

 周りには建物も樹木もない。背の低い草の拡がる台上に平屋の屋敷がある。

 門のようなものはなく、街道がそのまま屋敷の玄関に繋がっている。

 

「ここはどこなの、長女金さん?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それも中でお話します。玄関の前に立つと、『結界罠』が作動して中に跳躍させられますから、驚かないでくださいね」

 

 長女金は言った。

 『結界罠』というのは、あらかじめ『移動術』をかけておいた結界を準備しておいて、そこに入った者を自動的にどこかに跳躍させてしまうという道術だ。

 長女金の説明によれば、屋敷の内部に入るには、玄関からではなく、その『結界罠』を使った跳躍でなければ入れないというのだ。

 

「わかったよ」

 

 宝玄仙が頷いた。

 やがて、屋敷の玄関の前に立った。

 『移動術』特有の腹が捻じれるような感触があり、沙那はほかの者と一緒にどこかに跳ばされた。

 

「どこだい、ここは?」

 

 宝玄仙の声がした。

 そこはまったく光がなかった。

 玄関の前からどこかに『移動術』で跳ばされたということはわかったが、跳躍先はどこかの密室であり、まったく光がない真っ暗闇の場所だったのだ。。

 

「み、みんな、息吸っちゃ駄目──。早く、『移動術』でどこかに跳んで──」

 

 孫空女の切羽詰ったような声がした。

 それで沙那は、だんだんと全身の筋肉が弛緩しようとしているということを悟った。おかしな毒の空気がこの密室に立ち込めている。

 

「ちょ、長女金、どこ──?」

 

 沙那は口を鼻を手で押さえたまま叫んだ。

 返事はない……。

 

「ご、ご主人様、『移動術』が遣えません──。道術封じが部屋中にかかっています」

 

 朱姫の悲鳴のような声が暗闇に響いた。

 

「そのようだね……。どうやら、罠にかかったよ」

 

 意外に冷静な宝玄仙の声が戻ってきた。

 それが最後だった。

 

 沙那は遠くなる意識の中で、自分の身体が床に倒れていくのがわかった。

 最後に知覚したのは、ほかの仲間もまた、沙那と同じように、ばたばたと床に倒れていく気配だった。



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335 屋敷奴隷の掟(宝玄仙)

 誰かが話をしているのが聞こえた気がした……。

 

 男の声……。

 そして、女の声……。

 

 なにかの言い合いを続けている。

 

 やがて、聞き覚えのある鈴の音がした。

 宝玄仙ははっとした。

 

 朱紫(しゅし)国の国都で若い妖魔の姿を見たあのときだ……。

 この鈴の音を聞いて眼が覚めたとき、道術力が奪われていたのだ。

 

 慌てて起きようとした。

 しかし、身体が動かない。

 全身が綿にでもなったかのように力が入らないのだ。

 

 すぐに誰かが宝玄仙の身体に触れて、首になにかを嵌めた。

 自分の着衣が誰かによって脱がされていく気配も感じる。

 

 だが、それで終わりだった。

 宝玄仙の意識は再び闇の中に吸い込まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻ったとき、宝玄仙は自分がまったくの全裸であることに気がついた。

 

 首が重い。

 首輪……?

 

 触ろうとしたらじゃらりと音がした。

 ふと見ると自分の両手に革の枷が嵌められ留め具で束ねられている。

 その束ねられた手首に長い鎖が繋がっているのだ。

 その音が鳴ったのだとわかった。

 

 ぎょっとした。

 やっと自分の四肢が拘束されていることを悟った。

 両足首にも革の枷がある。

 足首は束ねられていないが、その代わりに両方の足首にも長い鎖が繋がっていた。

 

「やっと眼が覚めたかい、宝玄仙?」

 

 女の声がした。

 顔をあげた。

 そこには女がひとりいた。

 身体の線がはっきりとわかる黒い布の上衣と下袴を履いている。

 その女は背凭れに体重を預けて、脚を組んで宝玄仙を見ていた。

 

 知らない女だ。

 部屋にいるのは宝玄仙と眼の前の女だけだった。

 微笑んでいる女の口元から、その女の気の強さが滲み出ていた。

 

 宝玄仙がいるのは、窓のないどこかの地下室のような広い部屋だ。

 なんとなく宝玄仙は、ここが玄関から『結界罠』で跳ばされることになったあの屋敷の地下室でなはいかと思った。

 一緒にいたはずの供たちの姿はない。

 部屋の壁際にはたくさんの拷問具が所狭しと並べられていて、一見してここがどこかの拷問部屋だとわかる。

 かなり広い部屋で何人もの犠牲者がここで同時に拷問を受けれそうだが、いまは宝玄仙が部屋の真ん中にいるだけだ。

 

「他の者はどこで、お前は誰だい──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 返事の代わりに、がらがらと手首に繋がった鎖が動き出した。

 

「な、なんだい?」

 

 思わず声をあげた。

 しかし、手首の鎖はあっという間に宝玄仙を宙に吊りあげて両脚が完全に浮かぶまで引き揚げられた。

 足首の枷に繋がった鎖は床の留め具に繋がっていて、宝玄仙の脚を左右に固定されていた。

 宝玄仙の身体が宙に浮くに連れて、左右に分かれて床に繋がっている鎖が宝玄仙の股を大きく開く。

 宝玄仙は天井から鎖で吊りあげられて、左右に大きく脚を拡げた格好で宙に固定されてしまった。

 

「なかなか、いい身体じゃないか、宝玄仙。わたしも数多くの奴隷を扱ったけど、お前のように素敵な身体をした奴隷は初めてだよ。その堂々と張り出した胸もいいし、後ろに突き出した尻の形もいい。身体には染みも傷もひとつないし、どこもかしこも柔らかそうで、男でも女でも、思わず触ってみたくなるような身体だよね。その身体を傷だらけできるかと思うとぞくぞくするよ」

 

 女が立ちあがって、部屋の真ん中に鎖で宙吊りになっている宝玄仙に近づいた。

 宝玄仙はそのとき、その女が腰の後ろに乗馬鞭をつけていることに気がついた。

 その女がすっと宝玄仙の括れた腰から脇腹にかけて軽く撫ぜあげた。

 

「はうっ」

 

 強烈な刺激が走った。

 宝玄仙は戸惑った。

 眼の前の女はただ触っただけだ。

 それなのにいまの感触はなんなのだ。

 

 そして気がついた。

 全身がこれ以上ないというくらいに火照っている。

 なにもしないのに、身体から汗が滲み出てくる。

 おそらく強い媚薬を飲まされている……。

 

「反応もいいねえ……。よがり顔が可愛い女奴隷は貴重だよねえ。お前の場合は、崩した顔でさえも美しさを損なわないんだねえ。それだけの美貌に果てしなくも強い道術……。お前みたいな人間の道術遣いは苦労なんてしたことないだろう? だが、今日からお前は、わたしの女奴隷だ」

 

「ど、奴隷……?」

 

 この頭のおかしそうな女は、なにを言っているのだ……?

 

「ああ、お前がこれまで味わったことがないような屈辱と恥辱を与えてやるよ……。もっとも、いつまでもつかわからないけどね。これまでのわたしの奴隷の最高記録は半年だ。半年以上精神を持ち堪えた奴隷はいなかったよ。大抵は正気を失ってしまうのさ。そうなればもう終わりだ。殺して食料として払い下げるだけだ」

 

「食料?」

 

「そうだ──。お前が殺されないためには、一生懸命に正気を維持することだ。覚えておきな。狂っちまったら、わたしは容赦なく処分するからね」

 

 女が宝玄仙の右の乳首に指を伸ばして、下から弾くように小刻みに動かした。

 さらにもう一方の手が宝玄仙の無毛の股間に指を這わせる。

 

「あふっ……くっ……あ、ああっ」

 

 堪えようと思うが襲いかかる官能が強すぎる。

 どんな媚薬を飲ませたかはわからないが、なんでもない指遣いが、宝玄仙の全身の官能を呼び覚ましどんどん花芯に蜜を溢れさせていく。

 

「気持ちがいいのかい、奴隷? どうやら、乳首が弱いようだねえ。だったら、いいものがあるよ」

 

 女が一度宝玄仙から離れて部屋の隅に向かった。

 そして、すぐに戻ってくる。

 手になにかを持っている。

 

「な、なにするんだい?」

 

 嫌な予感がして宝玄仙は思わず声をあげた。

 女は薄笑いを頬に浮かべて、宝玄仙の右の乳首になにかを装着しようとしている。

 宝玄仙は身体を捻って避けようとするが、それは空しい抵抗だった。

 きゅっと乳首になにかが嵌った。

 同時に繊毛がさわさわと宝玄仙の乳首をくすぐった。

 

「はうっ──」

 

 宝玄仙は拘束された身体を大きくのけ反らせた。

 

「ひいっ」

 

 だが、その動きでまた乳首がくすぐられる。

 乳首が弱い宝玄仙は、それでまた反応してしまい、身体が揺れて乳首に柔らかい繊毛の刺激が襲いかかる。

 

「ああっ、あふうっ」

 

 宝玄仙は堪えきれずに嬌声をあげた。

 右の乳首に付けられたのは指輪のような金属の輪っかだ。

 それが乳首に根元に嵌められている。

 しかも、その輪っかには短い繊毛が生えていて、宝玄仙の乳首を包み込むように先端が伸びている。

 それが宝玄仙が身動きするたびに刺激をするのだ。

 

「片方じゃあ、釣り合わないからね。もうひとつにもつけてやるよ」

 

 左の乳首にも手が伸びた。

 

「ひいっ」

 

 今度は強く捻られたような痛みに近い刺激があった。

 眼を落とすと左の乳首には、蒼い透明の粘性の物質で包むようなものをつけられている。

 右に装着されたくすぐるような刺激ではなく、強くねじるようにそれが動く。

 どうやら、右の繊毛の動きに連動して左の乳首にねじるような刺激を与えるようになっているようだ。

 つまり、宝玄仙が小さな動きをするたびに、左右別々の刺激を同時に乳首に加える淫具らしい。

 

「お、お前……」

 

 宝玄仙は荒い息をしながら女を睨んだ。

 

「それは、お前がわたしの奴隷になったお祝いにお前にやるよ。死ぬまでそれを装着してな。大した刺激じゃないはずだけど、四六時中、乳首に刺激を受けながら生きるというのも悪いものじゃないさ。おそらく、お前がこの屋敷で生きている間は、起きていようが眠っていようが、その乳首の勃起が収まることはないだろうね」

 

「ふ、ふざけるんじゃ……あああっ」

 

 怒鳴りあげようと思ったが、大きく息を吸っただけで、左右の乳首から蕩けるような刺激が走り、宝玄仙は喘ぎ声をあげてしまった。

 女が大笑いした。

 

「まあ、早く馴れることさ。それに、それはわたしの優しい気持ちの表れなんだよ、宝玄仙。そういうものを装着していないと、お前たちはとんでもないことになるんだよ」

 

「と、とんでもないことってなんだい?」

 

 思わず宝玄仙は訊き返した。

 すると女がいきなり、腰の鞭を抜くと、柄の部分をいきなり宝玄仙の女陰に突き挿した。

 

「はうううっ──」

 

 宝玄仙は身体を跳ねあげた。

 両方の乳首の淫具がその動きで責めを開始する。

 堪らず宝玄仙は身体を左右に悶えさせてしまう。

 すると、その動きで乳首の淫具が宝玄仙を責め、また新しい刺激を与えてくる。

 宝玄仙が身悶えさせてしまうので、宝玄仙はどうしても女陰に突き挿された鞭の柄を喰い締めて腰を振るように動いてしまう。

その刺激がまた身体を反応させてか快感を呼び、また乳首が責められる……。

 

 これは、堪らない。

 身体の力が抜ける……。

 しかも、女が意地悪く女陰に挿した鞭の柄を小刻みに動かすのだ。

 媚薬の影響のためか、宝玄仙は激しい淫情に泣くような刺激を受け続けた。

 そうやって宝玄仙は、しばらく止められない悪循環に陥ってしまい宙吊りの身体を踊らせ続けた。

 

「いやらしい身体をしているからだよ……。まあ、いいさ。いずれにしても覚えておきな。この春嬌の屋敷奴隷は、いつ女陰になにかを挿入されてもいいように、常に股間を濡らしておかなければならない。それが掟だ」

 

「お、掟って……ああ、ああ、はうう──」

 

「とにかく、四六時中股ぐらを濡らしておく──。それが決まりだ。淫具でもつけておかなければ、常に発情したままというのはなかなかできるものじゃないからね。乾いた女陰だって、容赦なくなんでも突き挿すけど、それで壊れてしまった女奴隷も多かったんだ。お前の場合は、わたしの情けだよ。淫具を装着させてやる。そんなことで壊れてしまったらもったいないからねえ」

 

 宝玄仙が責めの悪循環に陥って激しく身悶えするあいだ、女はそんなことを喋り続けた。

 しかも、女陰に喰い込ませた柄を巧みに動かして、宝玄仙を追い詰めるようにしている。

 妖しい峻烈な甘美感が五体を駆け巡る。

 

 女は宝玄仙に「屋敷奴隷の掟」なるものを話し続けている。

 しかし、話の半分も宝玄仙には頭に入らない。

 それよりも、乳首からの刺激が強烈だ。

 その刺激で女陰に喰い込んだ鞭の柄から自慰でもするかのように快感を搾り取ってしまう。

 宝玄仙の身体に噴きあげる愉悦は、苛烈な快感となって宝玄仙に襲いかかる。

 

「なんだい、もういきそうなのかい」

 

 女が馬鹿にしたような笑いをして、柄を引っこ抜いた。

 それで、なんとか宝玄仙は女の前で醜態を晒すことを逃れることができた。

 やっと身体を静かにすることに成功した宝玄仙は女に向き直った。

 

「さ、さっきから奴隷、奴隷となに言ってるんだよ。それと沙那たちはどこだい?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「ほうほう、勇ましいねえ。そうじゃないと責め甲斐がないからねえ。この館の屋敷奴隷に相応しいさ」

 

「や、屋敷奴隷……?」

 

「ああ、そうさ。お前のような人間の女を奴隷にして責め殺すのが、わたしのなによりの趣味なのさ。のこのこと妖魔の土地に来たのが悪いんだよ。わたしの奴隷はなかなか長生きをしないんだけど、まあ、頑張っておくれ。一応、お前たちは朱紫(しゅし)国王の送った間者であり、わたしの拷問は間者の口を割らせるためということになってるんだ」

 

「わ、わたしたちは……」

 

「ああ、いい──。言い訳無用だ。いや、どうでもいいんだ。お前たちが本当はそんなものではなくて、朱紫国王とはなんの関係もないことは知っている。だから、誤解を解こうと努力する必要はない。お前たちは、大きな理由はないけど、たまたまやってきたんで、わたしの趣味を満足させるための屋敷奴隷として捕まり、ここで死ぬまでの短い間、この春嬌(しゅんきょう)様に責められ続けられることになった。まあ、そういうことさ」

 

 女が馬鹿笑いをした。

 どうやら、とんでもな狂女の罠に陥ったということのようだ。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「お、お前は春嬌というのかい……?」

 

 宝玄仙は言った。

 春嬌という名に聞き覚えがある気がしたが、それが誰であるのかすぐには思い出せないでいた。

 

「いかにも春嬌だね。お前は初めてわたしと会ったと思うけど、わたしは有来有去(ゆうらいゆうきょ)に責められるお前を見ていたよ。お前のような力の強い道術遣いをこうやって、無力にして奴隷にしてやりたいとずっと思っていたけど、それが叶って嬉しいよ」

 

 春嬌が笑った。

 宝玄仙は、自分の道術が再び封印されているという事実にはもう気がついていた。

 この女の責めを受けるあいだ、何度か道術を動かそうとしたが、まるでそれが存在しないかのように道術を探ることができなかった。

 朱姫の『縛心術』と多目怪の光のお陰で幾らか回復した道術力だったが、いまはそれがもう再封印されているようだ。

 

 意識を失っている間に、微かに聞いたあの鈴の音……。

 それが宝玄仙の道術をまた封印したに違いなかった。

 

「春嬌……。もしかしたら、長女金が言っていた金聖姫の護衛の道術師かい?」

 

 宝玄仙の中で記憶が繋がった。

 そう言えば、長女金が金聖姫を賽太歳という妖魔に浚われるのを許したとき、春嬌という護衛の全体指揮をする女魔導師がいたと言っていた。

 そもそも、その女上司が粗末な対応をしたから金聖姫をみすみす妖魔に浚われる羽目になったと、長女金が話していたような記憶がある。

 

「まあ、そうだね。長女金から、わたしのことを少しは聞いていたようだね」

 

 春嬌は笑った。

 

「そ、それで、あいつらはどこだい、春嬌?」

 

「あいつらというのは、沙那と孫空女と朱姫のことかい、宝玄仙? まだ、生きてはいるよ」

 

「生きている? どこにいるんだい? 答えるんだよ、春嬌──。苛つかせるような喋り方をするんじゃないよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。怒鳴ると乳首が微かに刺激され、思わず宝玄仙は顔をしかめてしまった。

 ただでさえ弱い乳首だ。

 それが左右別々の刺激をされるのは堪らない。

 でも、刺激があるとわかれば備えることもできないわけではない。

 宝玄仙はなんとか、身体の火照りを落ち着かせる。

 

「道術を封印されたうえに、なにをされても抵抗もできないように拘束されているのに、そうやって空威張りできるだけでも見あげた根性だよ。そういうのは嫌いじゃないねえ……。待ってな。もっといい思いをさせてやるから」

 

 そう言うと再び部屋の壁の戸棚に向かった春嬌は、細長い陶器の瓶を持って戻ってきた。

 そこから白い濁った液体を取り出すといきなり股間にそれを塗りたくり始めた。

 

「な、なにすんだい──?」

 

 ひんやりとした得体の知れない感触に、宝玄仙は全身を硬くした。

 おかしな媚薬であることは間違いない。

 宝玄仙ははっとして叫んだ。

 

 するといきなり頬に火の出るような衝撃が走った。

 春嬌が思い切り宝玄仙の頬を張ったのだ。

 一瞬で気が遠くなるような猛烈な痛みだ。口の中に血の味が拡がった。

 

 しかし、その振動で乳首に快感が走るのだ。

 激痛が快感に変化する。

 宝玄仙はもうおかしくなりそうだ。

 

「甘やかしていれば、調子に乗るんじゃないよ、宝玄仙──。それが奴隷の口のきき方かい」

 

 反対側からも頬を張られる。

 春嬌はさらに尻の亀裂に指を伸ばしてどんどん白い液体を塗り込んでくる。

 そして、指を肛門に挿し入れて詰め込むように液体を孔に入れた。

 同じように女陰や肉芽にもたっぷりと塗り込められる。

 宝玄仙はその指に反応してしまい、乳首の淫具に責めたてられたことによる刺激と合わせて、荒い息とともに、何度も何度も甘い嬌声をあげさせられた。

 

「さて、じゃあ、後は待つだけだ。道術のこもった媚薬じゃないから、効果が現われるには少し時間がかかるだろうね……」

 

 春嬌は、今度は瓶を傾けて、残った液の全部を宝玄仙の身体にかけはじめる。宝玄仙の全身が白い液体に包まれて、足先から床に滴り落ちていく。

 

「な、なんだい、これ?」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 白い液体が触れた部分が次第に熱くなる気がする。

 特に女陰と肛門が酷い。

 

 この感覚は何度も経験している。

 おそらく、間違いない……。

 これは痒み剤だ。

 

 宝玄仙は愕然とした。

 やがて、この熱さが別のものに変わるのだ。

 そのとき、宝玄仙は我を忘れて泣き叫び、目の前の変態女に慈悲を乞うことになるに違いない。

 宝玄仙は、自分の身体にこれからやってくるかもしれないことに対して恐怖した。

 

「なんでもいいじゃないかい、宝玄仙。塗ったのは、お前が心の底から自分が奴隷だと感じることができるようにするための液体だよ。麒麟山の西に分布しているある樹木の液を魔蛭の体液と混ぜて発酵させたものさ」

 

 春嬌が笑いながら、その樹木の名を言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 やはりそうだった。

 春嬌がいま言った樹木の液であれば、まもなく、怖ろしい痒みが襲ってくるはずだ。

 宝玄仙は春嬌を睨みつけた。

 

「……それよりも、供のことをさっき訊ねたよねえ、宝玄仙。さっきも言ったけど、まだ生きているよ。わたしの部下の綺芳(きほう)麗芳(れいほう)が別の部屋で可愛がっているさ。あいつらは色責めが得意だから、いまごろは、連中はひいひい言ってるんじゃないかねえ。そのうち会わせてやるさ。お前がいい子だったらね。あまり、生意気なようだと、お前が泣きべそをかく顔を見るためだけのために、三人の生首をここに並べるよ」

 

 春嬌が酷薄な笑みを浮かべた。春嬌の喋ったことは単なる脅しではない。

 宝玄仙は直感した。

 人間を殺すことになんの躊躇もない……。

 宝玄仙がこれまでに出会ったそういう連中と同じ眼を春嬌はしていた。

 春嬌が最初に座っていた椅子に戻った。

 待つ姿勢になった春嬌を宝玄仙は精一杯の強気の視線を送る。

 

「……ここに案内したあの長女金は、お前だね」

 

 質問ではなく確認だ。

 羅刹と交替で道案内をするためにやってきた長女金は、実はこの春嬌か、あるいは、その部下が道術で化けていたのだろう。

 おそらく、鉄扇仙(てつおうせん)という雌の淫魔を通じて羅刹に案内人の交替を申し出させたのも春嬌だろう。

 この春嬌は、それだけの影響力を持った存在であるのに違いない。

 

「そうだね。お前はいい霊具を持っているじゃないかい。あの指輪の霊具は、変身霊具だとはわかったけど、体液をすすることで変身するという使い方まではなかなかわからなかったよ。いずれにしても、いい霊具さ。これからも色々と使わせてもらうよ。有来有去もそう言っていたよ」

 

 春嬌が笑った。

 有来有去……。春嬌……。賽太歳……。

 そして、道術を奪う鈴の音……。

 宝玄仙は懸命に頭を整理しようとした。

 

 指輪というのは、『変化の指輪』のことだろう。

 確かに体液をすすることで、その相手に変身をすることができる。

 供の連中には、唾液か淫液だと説明しているが、実は体液ならなんでもいい。

 まとまった量を飲めば、その体液の持ち主に変身する……。

 

 だが、あの荷物は、朱紫国の軍の捕縛を受けたときに軍に没収されたはずだ。

 それを春嬌が持っていたということは、有来有去(ゆうらいゆうきょ)と春嬌はやはり強い結び付きがあるということだろうか……?

 それは、国都の軍営で捕らえられていた宝玄仙の姿を春嬌が見ていたというようなことを言ったことからもわかる。

 

 そして、その春嬌と有来有去の両者とも、賽太歳に関わりがある。

 朱紫国のときも、いまも同じ鈴の音がして道術が奪われた。

 あの鈴の音が賽太歳という妖魔王の道術に関わる音であることには間違いない。

 

 妖魔王の賽太歳という若い妖魔と、有来有去と春嬌……。

 この三人の関係は……?

 

「お前はもしかしたら賽太歳の姉かい?」

 

 当てずっぽうだ。

 しかし、口にしてみると、それは間違いないことだと思った。

 ここに来るまでの辺境の旅で、賽太歳という妖魔王には姉がいるという噂を耳にしていた。

 二十数年前の朱紫国軍の妖魔狩りの侵攻の際に生き残りの妖魔がいまの賽太歳という妖魔王であることは、人間の間でもかなり有名な話だった。

 そして、赤子だったその妖魔王を妖魔狩りの人間の軍から守ったのが半妖の姉であることも……。

 

「ほう、わたしのことを知っているのかい?」

 

 少しだけ春嬌が驚いた顔をした。

 

「だったら、長女金は賽太歳のところにいるんだね?」

 

 そう考えるしかない。

 春嬌が長女金に変化をしていたとしても、体液をすする必要があるのだ。

 長女金が賽太歳という妖魔が連れて行ったのではないかというのは沙那の推測だった。

 春嬌が賽太歳という妖魔王の姉だとすれば、変化をするためのに必要な長女金の体液を手に入れるのは簡単なことに違いない。

 

「長女金に会いたいのかい? まあ、そのうちだね。奴隷同士、顔を合わせることもあるかもしれないねえ。お前が生き延びられればね」

 

 春嬌が声をあげてまた笑った。

 長女金は奴隷……。

 もしかしたら、お人好しの長女金がずっと気にしていた金聖姫(きんせいき)という姫も一緒なのだろうか……?

 

 しかし、宝玄仙が思念に耽られたのはここまでだった。

 これまでに経験したことがないような掻痒感が宝玄仙に襲いかかってきた。

 身体をじっとしていられない。それにより乳首の淫具に刺激が走るが、それは大したものではなかった。

 それくらい全身にやってきた痒みが強烈だった。

 

「ああああああっ」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 

「どうしたんだい、宝玄仙?」

 

 春嬌が愉しそうに言った。

 

「くうっ……。お、お前……」

 

 宝玄仙は春嬌を睨んだ。耐えられるようなものじゃない。

 

 痒い……。

 痒い……。

 なんという痒みだ──。

 

「どうしたんだいと訊ねているんだよ、宝玄仙?」

 

「う、うるさいよ……か、痒いんだよ……。ち、畜生……」

 

 宝玄仙は呻いた。

 

「ほう、まだまだ、元気だねえ。じゃあ、しばらく、そうやって、踊っていておくれ。そうだねえ。一刻(約一時間)は我慢してもらうよ」

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ」

 

 宝玄仙は大きな声をあげて身体を揺すった。

 発狂するような痒みだ。

 ほんの少しも耐えられない。

 

「どうしても我慢できなくなったら言いな。わたしはねえ、お前の女陰の花びらに穴をあけて、銀の輪をつけようと思ってるんだ。肛門を塞ぐ肉にもね。それに糸を付けて、常にぱっくりと開いた状態になるように引っ張る下着をいま作らせてる」

 

「な、なにを……ああ、だめだああ──。痒いいいい──。痒いいいい」

 

 宝玄仙はあまりの痒さに泣き叫んだ。

 目の前の春嬌は、愉しそうに笑っている。

 

「だから、お前の敏感な場所に穴を開けたいのさ。痛みで痒みも癒えると思うから、遠慮なく言っておくれよ。もちろん、全身に鞭も浴びさせてやるよ。皮膚が破ける程ね。お前の痒みが少しでも癒せるように全力で協力するよ」

 

 春嬌の酷薄な笑いが部屋に響き渡った。

 全身にただれるような痒みが襲う。

 このまま放っておかれれば、おそらく自分は、鞭であろうと、女陰に穴であろうなんでも受け入れてしまうだろう。

 

 気の遠くなる痒みの中、かすかに残る理性で宝玄仙はそう思った。



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336 屈服する肉塊(宝玄仙)

 春嬌(しゅんきょう)は、宝玄仙が苦しむ姿を眺めながら、ゆっくりと食事をとっていた。

 給仕は麗芳(れいほう)だ。

 

 宝玄仙の喋る言葉は悪態から呻きに代わり、いまは意味不明の呟きを繰り返すだけになった。

 よく耳を澄ませば、「許して」と呪文のように繰り返している気がするが、もうまともな言葉ではない。

 おそらく理性は飛んでいる。正気も消えかけてるのかもしれない。

 それでも、身体は少しも止まることなく動き続けている。

 

 もっとも、その動きもかなり小さくなっている。

 最初は鎖で宙吊りになった身体を激しく暴れさせていた。

 暴れることで両腕や肩に痛みが走る。その痛みでなんとか襲いかかる痒みを癒して理性を保っていたのであろうが、三刻(約三時間)経ったいまでは、体力も尽きてそれもできなくなっている。

 そのため、まともに痒みが襲いかかり、全身を蝕む痒みに神経を狂わせだしたに違いない。

 

 麗芳が運んできた盆に載った野菜と肉料理をゆっくりと咀嚼しながら暴れ叫び続ける宝玄仙を眺めるのは最高の気分だ。

 この女がどんな両親の元に産まれ、どんな風に生きてきたかは知らない。

 だが、道術力を奪った賽太歳(さいたいさい)が驚くほどの道術の力と、これだけの美貌だ。

 きっとなんの苦労もせずに生きてきたに違いない。

 

 宝玄仙という人間の女に恨みがあるわけでもなんでもないが、恵まれた人間の女を見ると、その幸せを徹底的に壊し尽くしたくなる。

 すると春嬌の心の奥底にあって休むことなく煮えたぎり続ける怒りと憎しみの火が少しだけ癒されるのだ。

 そのほんの少しの安らぎを得るために、宝玄仙たちのような犠牲者を捕えてくると言っても過言ではない。

 

 春嬌は皿の上に残っている最後の肉の欠片を口に入れ、布で口を拭いた。

 麗芳がさっと卓の上の盆を片づけて、温かい茶を煎れて春嬌の前に出す。

 春嬌はその茶をひと口すすってから、麗芳に視線を向けた。

 

「そういえば、ほかの三人の様子はどうなの、麗芳? 綺芳(きほう)が面倒を看ているんだろうけど」

 

 麗芳と綺芳の双子には、ほかの三人の調教をやらせていた。

 麗芳と綺芳の二匹の雌妖はそれにかかりきりだったのだが、春嬌の食事の時間がきたので、麗芳だけがその世話をするためにこっちの調教部屋にやってきているから、向こうにいるのは綺芳だけのはずだ。

 

「いまは、三人の性感帯を順番に調べあげているところです。なかなかに調教された三人でして、びっくりするくらいに三人とも性感が強いのですよ。そのうち、春嬌様もお愉しみください」

 

 麗芳が微笑んだ。

 

「お前たちのことだから、さぞや容赦なく色責めにしているんだろうね」

 

 春嬌は言った。

 麗芳と綺芳のふたりの色責めは達人の域を遥かに超えている。

 この二匹にかかれば、どんな不感症の老女であろうとも、愛液を撒き散らしながら絶頂を繰り返してしまう羽目になる。

 その二匹に、宝玄仙の供の三人の女についても容赦なく責めたてろと言ってある。

 今頃は宝玄仙の供たちも散々なことになっているだろう。

 

「まだそれほどでも……。せいぜい、約五十回の絶頂を連続でやらせたくらいですよ」

 

「五十回ねえ……」

 

 さらりと言う麗芳に春嬌は思わず苦笑した。

 

「ところで、そろそろいいだろうね。また、次の孔を開けておやり。このまま、狂うまで吊っておくのも悪くはないけど、やっぱり、少しくらいは長くもってもらいたいしね」

 

 春嬌は宝玄仙に視線を戻す。

 宝玄仙の眼がまた正気を失いつつある。

 耐えられる痒みの限界がそろそろやって来たのであろう。

 あの薬剤は、放っておいても身体が馴れてくるということがない。

 中和剤を塗り足せば、簡単に痒みがとれるが、その代わり、中和剤をかけない限り、いくらでも痒みが増すような作用がある。

 それを塗って三刻(約三時間)も放置されている。

 痒みは頂点に達し、その苦しさで、宝玄仙の頭の線はもう切断しかかっているに違いない。

 

「そうですね。今度はどこにしますか、春嬌様? 陰唇に六個の輪をつけ終わりましたから、次は肛門にしますか?」

 

 麗芳が笑って言った。

 宝玄仙が狂ってしまわないように、痒みで狂う宝玄仙の様子を眺めながら、完全に頭の線が切れてしまう直前に宝玄仙の女性器に孔を開けて、細い鎖を繋げるための金属の輪を一個ずつ取り付けていた。

 いま、大きく拡げた宝玄仙の股間には、左右三個ずつの六個の小さな金属の輪が取り付けられている。

 

 外側の花びらに二個、内側に一個だ。

 この手の作業に手馴れた麗芳の仕事だから作業はあっという間だし、血もそれほど流れるわけでもないが、女陰に大きな針で孔を開けられるなど、もの凄い痛みであるはずだ。

 だが、あの掻痒剤の痒さは通常の人間が耐えられる限度を遥かに越しているらしく、宝玄仙は痛みよりも、それで痒みが癒される快感が上回るようだ。

 女陰を傷つけられることそのものについては、大きな抵抗も暴れることもなかった。

 

「いや、一度にすべてをやっても面白くないからね。肛門の穴を拡げるのは、次の段階にするよ。それよりも、女陰を拡げるための鎖の糸を結ぶための留め具を太腿につけておやり。左右三個ずつ内腿につけてやればいいだろう。それが終わったら、さっそく、鎖で拡げてやりな」

 

 春嬌は宝玄仙を眺めながら言った。

 そろそろ、苦しみの限界だろう。

 宝玄仙の口から漏れ出る言葉が、また意味のないものになって久しい。

 

「わかりました」

 

 麗芳がくすくすと笑いながら道具を持って宝玄仙に近づいていく。

 春嬌は、それを眺めながら茶をすすった。

 麗芳の煎れてくれた茶はいつもながら格別だ。

 麗芳と綺芳のふたりが春嬌のそばで仕えるようになってから、こんなおいしい茶を毎日味わえるのは本当にありがたい。

 

 麗芳が宝玄仙の太腿をわさわさと摘まんだ。

 宝玄仙が気持ちよさそうな大きな声をあげて身体を悶えさせた。

 いまの宝玄仙には、発狂するような痒みがなくなるなら、どんなことでも快感なのだろう。

 

 春麗が摘まんだ太腿の肉にさっと器具で孔をあけた。

 血が少し流れるがすぐに金属の輪がその孔に貫通して血の流れがとまる。

 それをさっと布で拭けば、ほとんど血は消えてしまう。

 さらに麗芳は軽い『治療術』を施すことができるので、その道術で最小限の治療を宝玄仙に施している。

 

 短い時間で宝玄仙の左右の内腿に新しい金属の輪が合計六個取り付けられた。

 麗芳は、そこに鎖の糸を繋げて女陰の両側についている合計六個の輪に繋げて女陰を左右に内腿の輪に向かって引っ張り拡げた。

 

「あ、あああ……そ、そんなに引っ張るな……」

 

 左右に女陰の皮を拡げられた宝玄仙が呻くように言った。

 さっきまであんなに悪態をついていた希代の道術遣いが、哀れにすすり泣くように顔を歪めているのは、本当に春嬌の溜飲が下がる。

 いずれにしてもまともな言葉を喋り出したのは、女陰の皮を引っ張られる痛みで痒みが少し癒え、宝玄仙の正気が戻ったからだろう。

 

「もういいわ、麗芳。綺芳のところに戻ってあげてよ。そっちはそっちで、相手が三人もいるんだから、綺芳ひとりでは大変だろうからね」

 

「わかりました。まあ、明日の昼までには、ひととおりの調教を終わらせます。すっかりと屈服とさせてみせます」

 

「こっちも馬力をあげて仕上げるよ」

 

 春嬌は麗芳に向かって破顔してみせた。

 麗芳がお辞儀をして、春嬌が食べた食事の盆を持って部屋を出ていく。

 飲みかけの茶は片付け、新しい杯と茶の入った茶瓶を残していった。

 

「さて、そろそろ限界かい?」

 

 麗芳がいなくなると、春嬌は立ちあがって宙吊りになっている宝玄仙の前に立った。

 そして、惨たらしく拡げられた宝玄仙の股間に手を伸ばす。

 春嬌は宝玄仙の女陰に取り付けられた六本の細い鎖の糸を無造作に引っ張った。

 すると膣口ががばりと開いて、宝玄仙が痛みで引きつったような声をあげた。

 春嬌はしっかりと女陰の花びらに金属の輪が貫通しているのを確かめるために拡がっている花芯に指を入れた。

 すると、びくりと宝玄仙が身体を跳ねあげて、今度は気持ちよさそうに吐息を洩らし出す。

 

 春嬌は反応のいい宝玄仙の恥態に首を傾げた。

 今度は最初に乳首に装着させた淫具を摘まんで動かしながら、膣の内肉を繰り返し擦ってみた。

 

「あううっ……、だ、駄目えぇっ……」

 

 宝玄仙が宙吊りにされた身体を激しく身悶えさせた。

 つらそうでもあり、気持ちよさそうでもある。

 正直、宝玄仙の反応は予想外だった。

 

 春嬌の頭にふと疑問が過ぎる。

 普通、これだけのことをされれば、いくら快楽を与えようとしても快感はない。

 苦痛がまさるのだ。

 しかし、いまの宝玄仙は、どう見ても激しい苦痛を受けているはずなのに、しっかりとそこからも官能を引き出している気がする。

 苦労知らずの気楽な旅をしている人間の女かと思ったが、もしかしたら、被虐的な責めによる調教を受けた経験があるのだろうか……?

 

 国都にいる有来有去は、女を責めながらその女の心を読むという特殊な能力があるが、その有来有去もこの宝玄仙を抱いたから、この女のことをもっと知っているはずだ。

 生い立ちや性格など興味なかったから訊ねなかったが、どんな経歴の女なのか教わるのも面白いかもしれない。

 

 そう思ってすぐに、春嬌は内心でそれを否定した。

 いや、どうせなら、この宝玄仙自身からそれを訊き出したい。

 完全に屈伏させて自分からすべてを喋らせるのだ。その方が面白そうだ。

 春嬌は思い切り宝玄仙の女陰の花びらと内腿に繋がれた鎖を引っ張った。

 

「あぎゃああぁぁぁ──。ち、千切れるぅぅぅ──」

 

 宝玄仙が身体を振り動かして絶叫した。

 しかし、宝玄仙の苦悶の表情とは反対に、宝玄仙の開いた蜜壺からはどっと汁が漏れだしてきたのがわかった。

 淫らな分布液が金属の細い鎖を伝わって春嬌の指を濡らす。

 

 間違いない……。

 この女はこんな調教をかつて受けている……。

 

 そして、いまやっているような苦痛を快感に変化させるように身体が仕立てられている。

 この女が三人の供を性奴隷のように扱っているのは、羅刹(らせつ)という若い淫魔の話を漏れ聞いて知っていたが、その宝玄仙そのものが奴隷調教をされた経験がありそうだということに春嬌は戸惑った。

 

 春嬌は腰帯から乗馬鞭を外した。

 そして、宝玄仙の前にしゃがみ込むと改めて宝玄仙の女陰を覗きこんだ。

 大きく口を拡げさせられている宝玄仙の女陰は、中の粘膜を見事に曝け出し、最奥の子宮の入り口まで覗くことができる。

 春嬌はその粘膜の中に鞭の柄を突き入れると荒々しく最奥から入口までの内部の粘膜をがりがりと掻いた。

 

「ほごおおぉぉぉぉ──。こ、壊れるぅぅぅ──。ち、畜生……。や、やめないか……しゅ、春嬌」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 だが、痛みで少しは頭がまともに反応をするようになったのか、宝玄仙は春嬌の仕打ちに悪態を返してみせた。

 

 まだ、堕ちてはいない……。

 

 春嬌が鞭の柄を引き抜くと、宝玄仙は激しい息をしながらも春嬌を憎しみのこもった眼で睨んでくる。

 

 春嬌は嬉しかった。

 久しぶりに骨のある相手に巡り会えた気がする。

 こんなに気の強い女を完全に屈服させたらどんなに愉しいことだろう。

 春嬌の黒い血が活性化する。

 

「やっと、正気に戻ったかい、宝玄仙? 痒み責めだけで狂ってしまうんじゃないかと心配したよ」

 

 春嬌はうそぶいた。

 宝玄仙が唾を吐いた。

 その唾がまともに春嬌の顔に当たった。

 思わず眼を見開いてしまった。

 

 まだそれだけの気力が残っていることに驚いたのだ。

 本当は痒み責めだけで狂ってしまうほどの強い薬剤なのだ。

 それに三刻(約三時間)も苛まれて、まだ抵抗するだけの心根が残っているとは……。

 

 それでいて、全身を真っ赤に充血させて脂汗を流している姿ははっきりとした官能の悶えを示してもいた。

 苦痛を与えられながらも切なげにくねらせる女陰からは、いまでも淫液が漏れ出ていて、宝玄仙が快感に酔っていることを示してもいる。

 

 心の半面で屈辱と恥辱に怒りを示して身体を震わせ、もう半面で与えられる苦痛から快感を絞り出して淫情に耽る。

 そんな器用なことができるのだろうか……。

 春嬌はこれまでに接したことのない獲物を前にして、ますます当惑した気持ちを味わった。

 

 まあいい……。

 とにかく、この女が苦痛に悶える姿を愉しむだけだ……。

 

 春嬌は顔にかかった宝玄仙の唾液を指で拭くと、わざとらしく宝玄仙自身の愛液で汚れた鞭の柄を宝玄仙の顔で拭く。

 宝玄仙がものすごい形相で睨みつける。

 

 春嬌の中の嗜虐の血が騒ぐ。

 もしかしたら、自分は最高の獲物を手に入れたのかもしれない。

 この女をいまから涙を流しながら泣き喚させることができるかと思うと、嬉しくて嬉しくてそれだけで春嬌は達してしまいそうだ。

 

「ところで、まだまだ苦しみが足りないようだね、宝玄仙。お前の願いを叶えてやるよ……」

 

 春嬌は乗馬鞭を構えなおすと、容赦なく眼の前の生贄に振り下ろした。

 風を切る音がして、続いて肉を裂く気持ちのいい音が響いた。腰の横の肌が少し避けて血がつっと流れた。

 

「うぐうううっ──」

 

 宝玄仙が息を呑むような悲鳴をあげた。全身を襲う激痛だが、全身にかけた薬剤の痒みは身体全体を覆っているはずだ。

 いまの宝玄仙は、鞭の痛みを快感にしか結びつけられないだろう。

 

 春嬌はもう一発、鞭をまた振り下ろす。

 今度は内腿だ。ちょうど鎖を繋げている部分の横が破けて、宝玄仙の白い肌にみみず腫れが浮かび、そこに赤い血の線が走った。

 

「はぎゃあああぁぁぁ……、いがあぁぁぁぁ──」

 

 敏感な場所を鞭で打ち据えられて、宝玄仙の身体が大きく揺れた。

 身体を海老のように仰け反らせた宝玄仙がけたたましい悲鳴をあげる。

 しかし、一方でぱっくりと開く女陰からどっと愛液も溢れる。

 鞭で打たれながらも、一方で官能の迸りを見せる宝玄仙に春嬌は次第に倒錯した快感に酔い始めていた。

 

 春嬌は加虐の悦びが気持ちよくて、天井からぶら下がった宝玄仙の白い身体に鞭を飛ばし続けた。

 宝玄仙の苦痛の悲鳴は部屋に響き続け、真っ白だった肌が鞭の傷と破れた肌から滲む出る血で覆われていく。

 同時に部屋に宝玄仙の股間から溢れる愛液の淫靡な匂いが立ち込める。

 

「まだまだだよ、気を失わないでおくれよね」

 

 春嬌は果てしない気分の高揚を味わっていた。

 こんな素晴らしい相手は初めてだ。

 苦痛に呻きながら、春嬌に対する激しい憎悪を表情から消さず、それでいて下半身は苦痛を快感に昇華させて淫らな匂いを股間から溢れさせている。

 

 最高の獲物だ……。

 そう思った。

 

 春嬌は一度宝玄仙から離れて、壁の操作盤に向かった。

 宝玄仙を吊っている鎖を動かす取っ手を操作する。

 宙吊りになっていた宝玄仙の身体が一度床に降ろされる。

 宝玄仙がきょとんとした表情をしている。

 

 素早く、手足の枷に繋がる天井と床からの鎖を入れ換える。

 そして、壁の操作盤を動かす。すぐに鎖が引き揚がる。

 今度は開いた脚が上で頭が下だ。

 宝玄仙の大きく開いた女陰が天井を向く。

 宝玄仙の黒い髪が床に垂れ、全身の傷から滲み出る血が頭側に下がっていく。

 

「あくうっ……」

 

 つらいのだろう。

 逆さ吊りにされた宝玄仙は、呻き声のような音を口から洩らし続ける。

 大きく開いた太腿に繋がった鎖が性器に装着された鎖を引っ張り、無残な拡げ方をされている。

 いっそのこと、このまま、愛液を滴らせる割れ目から真っ二つに裂いてしまえば、自分は宝玄仙が苦しみ死ぬ姿に快感が暴発して悶絶するのではないかと春嬌は思った。

 

「あっ……がっ……あが……」

 

 宝玄仙は懸命になにかを喋ろうとしているようだが、あまりの苦しさに言葉にはならないようだ。

 ただ、獣じみた唸りをあげて、身体をかすかに捻らせるだけだ。

 

「そのまま、狂ってしまいな。宝玄仙……」

 

 春嬌は戸棚から取り出した痒み剤の中和剤を二本取り出して、宝玄仙の股間から全身にかけた。

 子宮口まで曝け出している宝玄仙の女陰に中和剤が溢れて、そこからこぼれ出た中和剤が全身をつたい洗っていく。

 本来であれば、掻痒剤を癒すのは快感であるはずだが、いま、宝玄仙を支えていくのは、掻痒剤の痒みと与えられる苦痛が丁度良い平衡を保っているからだ。

 痒みを洗い流せば、今度は激痛の苦痛が宝玄仙を襲うはずだ。激痛を耐えるために役立っている最初の痒みが取りあげられると今度はどんな風に宝玄仙が反応するのか知りたかった。

 

「いくよ……」

 

 しばらく中和剤が宝玄仙の身体から痒みを洗い流すのを待った。

 宝玄仙がやっと苦悶の踊りを始め出すのを待ち、春嬌は再び乗馬鞭を取り出した。

 

「こうやって、女陰を拡げさせてやったら、お前がみっともなく愛液を溢れさせるのがよく見えるけど、いい加減に感じるのをやめな。わたしは、血の匂いは好きだけど、女の盛りがついたような股の匂いが嫌いなんだ。お前はその淫乱な雌の匂いがぷんぷんするよ」

 

 春嬌はからかった。

 

「う、うるさい」

 

 宝玄仙は逆さ吊りの顔を羞恥で染めた。

 春嬌は宝玄仙がこの期に及んでまだ羞恥を感じることに、この女の自負心の高さを垣間見た気がした。

 やはり、この女は限界まで責めたてて泣かせるべき女だ。

 春嬌は確信した。

 

 また、乗馬鞭を出す。

 春嬌は鎖で入口をぱっくりと開かれている女陰の中心に向かって鞭を振り下ろした。

 

「あがががががぁぁぁ──」

 

 宝玄仙が人間とは思えないような悲鳴をあげて、逆さ吊りの全身を跳ねあげた。

 その苦しみ方に春嬌は満足した。

 もっと、この女の泣き叫ぶ姿を見たい。春嬌の加虐の悦びが沸騰する。

 春嬌は血の酔いを感じながら天井からぶら下がった血の滴る白い裸身に向かって鞭を飛ばした。

 

「はがああ……そ、そこは許して……いやががぁぁぁ……」

 

 数度目の女陰への鞭打ちで最大の悲鳴を宝玄仙はあげた。そして、宝玄仙の身体は激しく痙攣し、女陰が噴水を起こした。

 

 失禁したのだ。

 空中で汚水を吹きあげる哀れな宝玄仙に接し、やっと春嬌は鞭を捨てた。

 新しい責め具を探して壁の棚に向かう。

 

「……しゅ、春嬌……ゆ、許さないよ……」

 

 やがて、玄仙の呻き声が背中から聞こえた。

 振り返ると、ほとんど朦朧とした表情ながらも、まだ憎悪を浮かべる宝玄仙の顔がこっちを見ていた。

 ぞくぞくとするような愉悦を春嬌は感じた。

 

 春嬌が見つけたのは二本の蝋燭だ。

 太さは二寸(約六センチ)ほどもある。

 太さに比べれば長さは比較的短い。

 だが、それも春嬌がこれからやろうとしていることを考えると都合はいい。

 それを持って宝玄仙に近づく。

 

「お、お前……ま、まさか……」

 

 春嬌が両手に持っている蝋燭に宝玄仙の眼が大きく開かれて、その顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。

 春嬌は、手にしている蝋燭のひとつを小便と愛液に濡れた宝玄仙の股間に強引に突き挿した。

 

「あがはあぁぁ……」

 

 宝玄仙の女陰は鞭で破れた部位から血が滲んで真っ赤に染まっていた。

 その赤く染まった粘膜にぐいぐいと太い蝋燭を突き入れる。

 激痛に宝玄仙が身をよじらせた。

 

「い、痛い……あ、ああ、あああっ……」

 

 長くて太い蝋燭の下部分が宝玄仙の子宮に到達した。

 蝋燭が子宮の入り口を突いたとき、宝玄仙ははっきりと快感に身体をうねらせる反応をした。これだけの苦痛の中からまだ快感を絞りだせる宝玄仙に内心で驚嘆もした。

 もう一方の蝋燭は、まだ責めてはいない後ろのすぼまった肉穴に挿し入れようとした。

 おそらく、調教もしていない段階では、この太さは間違いなく入らない。

 宝玄仙の肛門は破けて裂ける。

 

 それでもいいと思った。

 使いものにならなくなっても春嬌が困ることはないし、ある程度だったら麗芳の『治療術』でも治すことはできる。

 もっとも、麗芳の『治療術』程度では完全に破れた肛門は治せないだろう。

 どうしても必要なら賽太歳にやらせればいいが、訊問のはずなのに肛門を破いてしまった言い訳が面倒くさいと思った。

 

 あの男は、変に真面目で優しくて、人間の女を残酷に拷問することを嫌う。

 そのくせ、自分自身は、少年時代に受けた春嬌の調教の影響で嗜虐を快感に変えることができる被虐の性癖を持つ。

 それでいて、金聖姫のような女を自分の性奴隷として奉仕をさせて、それに愉悦を覚える嗜虐的な性質も持つのだ。

 

 長女金を拷問したときもそうだった。

 いつにない賽太歳の怒りには意外さを感じたくらいだ。

 いまだに、ただの人間を残酷に拷問したことについて、なぜ、賽太歳が怒ったのかわからない。

 金聖姫に奴隷としての自覚をさせて、賽太歳が飼いやすくするために、わざと国都からの間者の女を金聖姫の前で責め殺して見せたときもそうだ。

 

 金聖姫が怖がるという理由で獬豸洞では、間者の拷問をするなと言い渡されたし、最近では、自分が飼っている金聖姫そのものを春嬌に会わせないようにしている気配さえある。

 いずれにしても、拷問で壊れた宝玄仙たちを治療させるときは、嫌味のひとつふたつも言われそうだ。

 

「そ、そこはやめて……」

 

 肛門に極太の蝋燭を突き立てたとき、宝玄仙は哀れな訴えの声をあげた。

 構わず、春嬌は力一杯蝋燭をこじ入れる。

 

「ほほおぉぉぉぉ……か、勘忍してえぇぇ……」

 

 宝玄仙が全身を跳ねあげて喚いた。

 

「おやっ?」

 

 しかし、春嬌は春嬌で驚いてしまった。

 てっきりなんの処置もしていない肛門にこの太さの蝋燭を突き挿したりすれば宝玄仙の肛門は破けると思ったのだ。

 しかし、潤滑油なしでこの太さの蝋燭を突き挿された苦痛で宝玄仙の身体は激しく揺れて鎖ががしゃがしゃと音をたてるが、それでも宝玄仙の肛門はこれだけの太さの蝋燭を受け入れていくのだ。

 小さい肛門口が蝋燭をこじ入れることでぱっくりと開いて蝋燭を呑み込んでいく様は、感嘆をするほどだ。

 

 春嬌は驚きながらも限界と思うまで、宝玄仙の肛門に蝋燭を挿す。

 やがて、しっかりと二本の極太の蝋燭が宝玄仙のふたつの穴に挿入された。

 春嬌は、燭台から点火用の蝋燭を運んでくると宝玄仙の女陰と肛門に挿入している蝋燭に火をつけた。

 そして、部屋の燭台の灯を落として暗くした。

 

 部屋の真ん中で宝玄仙の股間に突っ込んだ二本の蝋燭の灯がゆらゆらとした光を放って宝玄仙を照らして出す。

 春嬌は自分の作品を眺める美術家のような気持ちで部屋にひとつだけある椅子に腰を降ろした。

 薄暗い部屋の中でゆらりゆらりと揺れる光に包まれた宝玄仙の陰毛のない股間からつっと蝋が滴った。

 

「あがあはああぁあっ──」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 鎖でひっぱり拡げられた女陰の中に熱い蝋が落ちたのだ。宝玄仙は暴れ回った。

 その動きでさらに蝋が流れ落ちる。

 女陰と肛門に襲い続ける蝋の熱さで宝玄仙は絶え間のない苦悶の悲鳴をあげ続けた。

 

「た、助けて……だ、誰か……た、助けて……あがはあああぁぁぁ……」

 

 宝玄仙の悲鳴がだんだんと弱いものになっていく。

 その血を裂くような叫びが春嬌には心地よい音楽のように感じた。

 

 股間に二本の太い蝋燭を挿入された宝玄仙の苦悶の舞いはいつ果てるともなく続いた。宝玄仙の悲鳴を春嬌はうっとりと聴き続けた。

 逆さ吊りで極太の蝋燭を股間と肛門に埋められて人間燭台にされた宝玄仙の姿は、本当に春嬌の歪んだ欲望を満足させた。

 

 この女をもっと苛めてみたい。

 どうしたら、もっと苦しめられるのか……。

 春嬌の妄想が頭の中を激しく渦巻く。

 

 しばらく、そうやって宝玄仙の苦悶の姿を眺めていたが、だんだんと宝玄仙の悲鳴がまた大きくなってきた。

 

「あうっ……しゅ、春嬌……お、お願い……ひ、火が……火がもうすぐ……お願いだよ……た、助けて……」

 

 随時長い時間が経った頃、ひと際大きな声で宝玄仙が叫んだ。

 春嬌ははっとした。

 宝玄仙が咥えている蝋燭が短くなっている。

 滴り落ちた蝋燭の蝋が宝玄仙の女陰と肛門に盛りを作っている。

 前後の秘孔に突き挿さる蝋燭はかなり短くなり、熱い蝋に代わり炎そのものが敏感な宝玄仙の粘膜を焼き焦がそうとしている。

 

 それでも春嬌は立とうとしなかった。

 この人間燭台の結末がどうなるかを最後まで見守りたい。

 そんな残酷な欲望が春嬌を支配している。

 

「しゅ、春嬌……お願い……お願いします──お慈悲を──」

 

 ついに宝玄仙が絶叫した。

 蝋燭の長さはほとんどなくなっていた。

 宝玄仙の身体が狂ったように踊っている。

 火を消そうとしているのだ。

 しかし、その手段は宝玄仙には残っていない。

 小便でさえも、さっきの鞭打ちで先に放出してしまっている。

 

「ぎゃああああああ……」

 

 断末魔のような絶叫が響いた。

 少し遅れて肉がゆっくり焼ける匂いが部屋に漂い始める。

 このままであれば、いずれ宝玄仙は気を失うかもしれない。

 そうしたら、拡げきった肛門がすぼまらないように後ろの穴にも輪っかを嵌めて鎖の糸で肉を外側に引っ張るようにしてやろうと思った。

 

 肛門の周りに四個。上下斜め方向に鎖で引っ張れるように左右の尻たぶに二個ずつの輪も付けて、合計八個でいいだろう。

 春嬌はそんなことを考えながら、椅子に深く身体を沈めて静かに眼を閉じ、肉が焼ける香りと宝玄仙の悲鳴を愉しんで、最高に心地よい気分に浸っていた。



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337 淫魚責めの媚薬井戸(沙那と朱姫)

「さ、沙那姉さん、しっかりして──」

 

 朱姫の切羽詰った叫び声が聞こえた。

 それで、沙那は顔をあげた。

 どうやら、自分は顔を水面に浸けて溺れかけていたらしい。

 しかし、覚醒と同時に全身が砕けるような疲労感が襲ってきた。

 水の中とはいえ、立ったままの姿勢を保持することは、いまの沙那には大変な苦痛だった。

 それくらい疲労困憊していた。

 

 この屋敷に監禁されてからどのくらい経ったかわからない。

 とにかく、麗芳(れいほう)と名乗る美しい三毛栗鼠を思わせる雌妖に朱姫とともに責められ続けた。

 達した回数は数十回にもなっただろう。

 

 いまは、用事があるということで一時的に責めを中断されたところだった。

 その間、休んでいいと言われたが、ただ休めるわけがないと思った。

 案の定、麗芳が壁を操作すると突然、床に丸い穴が開いて、麗芳はその中に沙那たちを蹴り落としたのだ。

 金属の首輪の後ろに両手首を繋げ、両膝に金属の棒を挟んで股を閉じられないように膝枷をつけさせられている沙那と朱姫に抵抗の手段はなく、ふたりで床に掘った井戸のような場所に落ちていった。

 

 その床に掘られた丸い井戸のような場所には、爪先立ちの朱姫の顎に達するほどの水が入っていた。

 突き落とされた沙那と朱姫は、拘束された身体をなんとか立ちあがらせると、顔を水面の上に出した。

 顔をあげると突き落とされた床までの高さは、人間ひとり分くらいの高さであることがわかった。

 床の部分から、麗芳が沙那たちを見下ろしていてから、用事があるから、そこでそうしていろと言い残していなくなったのだ。

 上の床の部分にがしゃりと金属網の蓋がされて、鍵を締める音がした。

 

 水は冷たくはなかった。

 どちらかといえば、ぬるいくらいだ。

 そして、沙那たちが入ると水が勢いよく回りだした。

 ただの水ではないと気がついたのはすぐだった。

 

 肌が熱い。

 特に乳首や肉芽が痛痒いような疼きに襲われる。

 それは静かだった水がふたりが入ってすぐにぐるぐると回転しだすと、もっと顕著になった。

 水ではなく、まるで柔らかい繊毛に全身を愛撫されているような錯覚に陥る。

 

 すぐにここが媚薬の井戸だと悟った。

 水が当たるだけでぴりぴりと全身に疼きが走る。

 しかも、回転する水の中に浮き玉のようなものが無数に入っていて、水の動きとともに、沙那たちの裸身を刺激するようになっていた。

 

 沙那の身体は一度達すると、際限のないほどの敏感な身体になってしまう。

 水が動く刺激など大したことはないはずなのだが、全身に当たり続ける得体の知れない浮き玉がくすぐったくて、次第にそこから快感を受けてしまう。

 それで、水に浸かりながら小さな絶頂を連続でしてしまい、それまでに数十回の絶頂で失神寸前だったこともあって、ついに意識を手放しそうになったのだ。

 そのため身体が倒れて顔が水面に浸かってしまったらしい。

 朱姫の悲鳴はそれで発せられたようだ。

 

「だ、大丈夫よ、朱姫……」

 

 沙那はなんとか姿勢を戻す。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、沙那姉さん」

 

 沙那と同じように両膝に肩幅ほどの金属の棒を挟んだ膝枷をされた朱姫が、不自由な動きで両脚を交互に出して沙那の方に進んできた。

 そして、沙那の身体を支えるように身体を密着させてきた。

 朱姫もまた首輪をされて両手首をその後ろの金具の手枷に拘束されている。

 背の低い朱姫では水面が顎に迫る。

 それで、顔を上にあげるようにして、鼻と口を浮かせなければならないようだ。

 朱姫は、沙那の顎の下に自分の頭を置くようにして、沙那が倒れないようにしてくれた。

 

「だ、大丈夫だから……」

 

 沙那はなんとか言った。

 でも、本当はありがたい。

 こうしている間にも水の刺激は沙那を襲い続けて、沙那の体力を少しずつ削っている。

 実際はこうして立っているだけでも苦痛なのだ。

 

「い、いえ……。あ、あたしもこうしていると沙那姉さんに身体を預けられるので楽なんです」

 

 朱姫は言った。

 朱姫の顔も上気して、身体はつらそうだ。

 あの麗芳にふたり並べられて、さまざま性具で責められ続けた。

 沙那ほどではないが、朱姫だってかなりの数の連続絶頂をさせられている。

 身体を苛む虫やおかしな器具を全身につけられて、身体の体液という体液を迸らせるように達し続ける朱姫を沙那も見ていた。

 もちろん、沙那も同じように連続絶頂責めにされた。

 

 なんのためにそんなことをされているのかわからなかったが、ここにはいない宝玄仙と孫空女を含めて、沙那たちを性奴隷にしようとして調教しているということはなんとなくわかってきた。

 沙那と朱姫を責めているのは、麗芳という雌妖だが、どうやらほかにもこの屋敷には雌妖がいて、別の場所で宝玄仙と孫空女を責め続けているらしい。

 

「や、やっぱり、道術は駄目なの、朱姫……?」

 

 沙那は荒い息をしながら顔の下の朱姫に訊ねた。

 

「だ、駄目です……。あ、あたしの道術も封じられています。き、きっと、あの若い青年のような妖魔が賽太歳(さいたいさい)だったのだと思います。腰鈴を振って音を鳴らしました。すると、あたしの身体の道術力が封印されるのを感じました」

 

「鈴の音……」

 

「ええ……。国都の軍営でご主人様が道術を封じられたときにも鈴の音を聞いたとおっしゃっていましたから、それも同じ賽太歳だったに違いありません……」

 

 朱姫がつらそうに言った。

 こうしている間にも水の中の玉が沙那たちを刺激し続ける。

 朱姫も股間や胸にくすぐるような刺激を受け続けているはずだ。

 それは沙那と同じように、朱姫も甘い息を漏らしていることからもわかる。

 

「そ、そう……」

 

 沙那は頷いた。

 長女金──。

 いまでは、あれは長女金の偽者だったと確信しているが、彼女の案内で妖魔の土地を進み、ある屋敷の前に連れてこられた。

 そこは平屋の屋敷であり、玄関に立つと『結界罠』が作動してどこかに跳ばされた。

 偽者の長女金からは、この屋敷の特別な造りとして、玄関からではなく、そこに刻まれた『結界罠』の道術により屋敷の中に入らなければならないと言われていたので、それについてはびっくりしなかった。

 

 しかし、跳躍した先は、真っ暗闇の地下室のような場所であり、意識を失わせる毒の空気が充満されていた。

 抵抗することもできずに、沙那をはじめ、ほかの三人もその毒の空気で気を失ってしまった。

 沙那が覚えているのはそこまでだ。

 

 次に沙那が知覚したのは「調教部屋」であり、それが頭上の網の蓋がされた床のある部屋だ。

 眼が覚めた沙那は朱姫とともに、すでに全裸にされておて、両手と両脚を枷で拘束されていたのだ。

 沙那と朱姫の前に立っていたのが麗芳であり、すぐに永遠に続くかと思うような色責めが始まった。

 

 身動きできないように両脚を拡げて立たされて、全身を鳥の羽のようなものでくすぐられた。

 そして、沙那と朱姫が少しでも感じた場所に、小さな芋虫のようなものを乗せられた。

 それは、ちくり肌を刺して体内に強烈な媚薬を注いで、その部分を異常な感度にしてから、身体を震わせて刺激するのだ。

 

 その虫を麗芳は「淫虫」と呼んだが、沙那と朱姫は、その淫虫を全身の性感帯という性感帯につけられた。

 その淫虫責めで、まずは沙那も朱姫も果てしない絶頂地獄を味わった。

 

 達しては責められ、責められては達した。

 淫虫責めの後も色々な性具で責められ続けた。

 あまりの絶頂回数の多さに、沙那は息もできなくなり、何度も意識を手放した。

 それでも無理矢理に覚醒させられて、朱姫とともに責められる。

 

 限度を超えた快楽は苦痛でしかない。

 まさに、それは快感の地獄だった。

 それでも、責めの間に麗芳は時々席を外すことが多かったので、なんとか朱姫と情報交換をして、なにが起きたのか、そして、ほかのふたりがどうしたのかを探ろうとした。

 

 でも、朱姫もそれほどのことを知っているわけでもないようだった。

 ただ、賽太歳だと思われる若い妖魔に、朦朧とした意識の中で最初に倒れた部屋で接したような気がするということだけは言った。

 それだけが沙那の知らない情報だった。

 

「ああっ、はんっ」

 

 沙那の膝ががっくりと崩れた。

 渦巻くように回転する水に浮かべられた玉が沙那の勃起した乳首の先端に触ったのだ。

 その刺激で沙那は艶めかしい声をあげてしまい、身体を崩しかけた。

 回転する井戸の水に入っているその無数の浮き玉は、水の回転とともに動いて、沙那や朱姫の全身のあちこちを刺激し続けていた。

 

「ふふふ……、沙那姉さん、相変わらず、感じやすいですね……。ち、乳首を舐めて悪戯したくなっちゃいますよ……」

 

 崩しかけた沙那の態勢を顔で支えてくれた朱姫が小さく笑った。

 

「の、呑気なことを言うんじゃないわよ、朱姫……。そ、それよりも、なんとか脱出できないかしら……」

 

 脚に力を入れ直した沙那は上を見あげた。

 手足が自由でさえあれば、手を伸ばせば沙那の跳躍力ならぎりぎり縁まで届かないことはない。

 しかし、両手首はしっかりと首輪の後ろに装着されていて外せそうにない。

 また、両膝の枷は、なんとかがに股でゆっくりと歩くことはできるが、自由に動くことは不可能だ。

 

「あ、あんたがわたしの肩にあがれば……」

 

 朱姫が沙那によじ登って肩に載れないだろうか。

 床部分の蓋には鍵がかかっているようだが、身体を突きあげるように力を入れれば……。

 

「どうやって沙那姉さんに登るんですか……?」

 

 朱姫が途方に暮れた表情をした。

 

「そうよねえ……」

 

 やはりどう考えても無理だ。

 不可能だから見張りも立てずに、麗芳は沙那たちを残していったのだ。

 沙那は嘆息した。

 

「ひうっ」

 

 今度は朱姫が声をあげた。

 どうしたのか……?

 そう言おうとして、沙那にもなにかに股間を襲われた。

 

「ひっ……、な、なに?」

 

 沙那も声をあげた。

 水に混じって沙那や朱姫の全身を軽くなぶり続けた浮き玉の刺激ではない。

 もっと、しっかりとした別のなにかだ……。

 驚いて水面を覗きこんだ。

 

「な、なに、これっ」

 

「うわっ」

 

 朱姫とふたりで同時に叫んだ。

 いつの間にか水の中に小さな蛇を思わせる長い無数の細い魚が泳いでいる。

 慌てて周りの丸い壁面を見た。

 なにもなかった井戸の壁にたくさんの小さな穴が開いている。

 そこから、次から次にその長細い魚が出てきているのだ。

 

「こ、これ……、襲雌魚(しゅうめぎょ)です」

 

 朱姫が悲痛な声で叫んだ。

 

「しゅ、襲雌魚ってなによ──?」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 その魚があっという間に沙那の股間にたかってきたのだ。

 沙那の腰の周りを覆い尽くすように魚が集まり、そのぬるぬるとした皮膚を沙那の敏感な場所に擦りつけてくる。

 

「しゅ、襲雌魚は……よ、妖魔の国に棲む魚で……そ、その特徴は……ひいいっ……に、人間や妖魔の体液を餌にすることで……そして、そして……、あはああっ……人間の肌に触れると……そ、それを……身体の表面や口で吸い取ろうとして寄って……きます……。そ、それから、それから……ひゃああっ……」

 

「あ、あああっ……、そ、それから……あひっ、な、なによ──?」

 

 沙那もまた襲雌魚という魚の刺激に全身を悶えさせながら叫んだ。

 すでに魚が沙那の肛門や女陰に群がって吸い尽くそうとしている。

 もう沙那の腰の周りには百匹はいるんじゃないだろうか……。

 もちろん、朱姫の周囲にもいるが、沙那の周りに集まっている数は、その比じゃない。

 

「と、とりわけ……女の蜜が好きなんです。か、感じちゃいけませんよ、沙那姉さん──。感じすぎると、蜜を求めて、群がってくるだけじゃなく、穴に入ってきますよ──ひいいいいっ」

 

「も、もう、お、遅いわよおっ──ひゃあああ」

 

 沙那は奇声をあげた。

 百匹以上の襲雌魚が襲いかかり、沙那の股間に鈴なりになっている。

 肉芽を吸い、内腿を擦りまくり、さらに勢いのいい魚が先を争って沙那の股間を突いて内部に潜ろうとしている。

 股を閉じられない沙那には、それを防ぐ方法がない……。

 沙那はぬるぬるとした体面の魚が女陰を潜り込むこの世のものとは思えない感覚に絶叫した。

 

「でも、我慢して……我慢してください……沙那姉さん──ひぐうううっ……あまり女の蜜を……出しすぎると……女陰だけでなく、後ろにも餌があると思って入ってきますよ……あん、あひっ、ああああ……」

 

 朱姫が叫びながら激しく身悶えている。

 

「か、感じるなって……ど、どうしたらいいのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 すでに女陰の中に襲雌魚が入り込んでいる。

 沙那の女陰に潜り込んだ襲雌魚は一匹ではないだろう。

 この圧迫感と暴れ方は二匹、いや三匹かもしれない。

 それどころか、まだ沙那の女陰の入口ではさらに潜り込もうとしている襲雌魚が暴れ回り、沙那の女陰の肉芽といい、襞といい、とにかくあらゆる場所を刺激し続ける。

 

「感じちゃだめ、感じちゃだめです……あはあっ──」

 

 朱姫は一生懸命に叫んでいる。しかし、その朱姫の感極まった声から察すると朱姫もまた女陰に潜り込まれているのかもしれない。

 いずれにしても感じるなと言われてもどうしていいかわからない。

 

「感じたらだめです……。後ろに、後ろにくるんです……いやあっ」

 

 朱姫が泣くような声をあげた。

 一生懸命に腰を振って、まとわりつく襲雌魚を払おうとしている。

 沙那も真似をして腰を振るが、不自由な身体ではほとんど効果がない。

 

 そして、ふと思った。

 朱姫は、さっきから後ろがどうのこうのと一生懸命に言っていないか……。

 

「ねえ、朱姫、後ろって……?」

 

「前からの蜜が多すぎると、匂いだけでその獲物の身体に入り込もうとします。つまり、蜜がなくても、お尻の穴に潜ってきます……。だ、だから、前の穴に入られても……が、我慢しなきゃだめなんです……いや、ひいいんっ……は、離れて、お願いだから寄ってこないでえ──」

 

「お、お尻──?」

 

 沙那は絶叫した。

 冗談じゃない……。

 我慢しなきゃ……。

 

 でも、快感が強すぎる。

 それに魚の刺激によりさらに沙那の身体は燃えあがって水中で汗をかいているのか、てらてらと光る襲雌魚の肌が沙那の胸や、背中や脇やわき腹を擦りまわす。

 いや、そこだけじゃない。

 もう全身だ。

 臍や太腿、膝、とにかく全身のあらゆる部分をぬるぬるとした胴体で擦り、頭をぶつけてくる。

 

「ひうううううっ──」 

 

 沙那は身体を震わせた。

 軽くいってしまった。

 

 耐えることなどできなかった。

 まるで無数の手によって全身を同時に愛撫されているようなものなのだ。

 くすっぐたさと快感が同時に、しかも、沙那のありとあらゆる部分の全身を襲い続けるのだ。やっぱり耐えられなかった……。

 

「うはああああ──」

 

 胯間に強烈な刺激が走った。

 沙那の股間にまた新しい襲雌魚が潜り込んだのがわかった。

 数匹でいっぱいだった沙那の女陰に強引にさらに割り込んでくる。

 それが強く肉襞を刺激しながら奥に奥に……。

 

「あはおおおおっ──」

 

 沙那は全身を大きく仰け反らせた。

 続けて達してしまった。

 今度はかなり激しく気をやってしまったと思う。

 

 するとこれまで以上の襲雌魚が沙那に殺到した。

 いままで朱姫の腰に張り付いていた襲雌魚までも、沙那の発した淫液に反応したのか、狙う獲物を変えて沙那に向かってくる。

 

 荒々しく女陰を暴れ回る襲雌魚の責めは快感というにはあまりにも激しい。

 引き裂かれるように女陰を抉る襲雌魚の刺激によって、沙那はまたもや大きな絶頂をした。

 

「あはあああ……」

 

 沙那の頭が反り返り、次に反動で前に倒れた。

 朱姫は襲雌魚の責めで沙那の身体を支える位置から離れていた。

 支えのない沙那の頭はどぼんと水面に沈んでしまった。

 朱姫が沙那を呼ぶ声が聞こえた気がする。

 

 しかし、だんだんと意識が遠くなり、それも気にならなくなる。

 いきなり顎に強い衝撃を感じた。

 口に痛みが走る。

 

 朱姫が水中で沙那の顎に頭突きをしたのだとわかった。

 慌てて顔を水面に出す。

 

「はああっ……」

 

 大きく息をする。

 その間にも無数の魚が沙那の股間と全身を責め続けている。

 

「し、しっかり……して、沙那姉さん──」

 

 朱姫が悲痛な表情で叫んだ。

 

「だ、大丈夫……」

 

 なんとか言った。

 だが、悶絶しかけた沙那に新しい脅威がやってきたのがわかった。

 背中側に集まっていた襲雌魚が沙那の肛門の入口を小突きはじめたのだ。

 

「ひゃあああ……しゅ、朱姫──ど、どうしたらいいの? さ、魚が……魚が……魚がお尻に……お尻に入ろうとしているの──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「か、感じないで……感じちゃだめです……」

 

 朱姫が息も絶え絶えの声で叫んだ。

 感じるなと言われても無理だ……。

 だから、どうしたらいいのか訊いているのだ……。

 

「はがああっ──」

 

 沙那の固くすぼまった菊門に一匹目の襲雌魚が侵入してきた。

 沙那は喉から絞り出すように絶叫した。

 反射的に身動きのできない腰を懸命に振った。

 肛門を絞りあげて、なんとか襲雌魚の侵入を阻もうとした。

 

「だ、だめえぇぇぇぇ──、ひうううっ」

 

 今度は前だ。襲雌魚の肛門への侵入を阻もうと力を込めた瞬間に女陰に潜っている魚がこれまでにない獰猛さで暴れたのだ。

 

 沙那はすぐにその理由を悟った。

 肛門の筋肉と女陰の筋肉は連動している。

 

 それは宝玄仙から教わった。

 沙那たちは女陰で物を喰い締める訓練を何度もやらされたが、そのためによく肛門を締めろと宝玄仙に教わったものだった。

 肛門の筋肉を締めると、女陰の筋肉も締まるという仕組みらしい。

 だから、いま沙那が襲雌魚の侵入を防ごうと肛門を締めたことで、女陰に潜り込んでいた襲雌魚が激しく締めつけられたのだ。

 それに苦しんだ襲雌魚が激しく暴れだしたということだ。

 

 いずれもしても、沙那はもうこれでにっちもさっちもいかなくなった。

 女陰から激しい刺激を受けて沙那の肛門が緩んだことで、すでに襲雌魚が肛門の奥に入ってしまった。

 それを拒むために力を入れれば、女陰で襲雌魚が暴れる。

 女陰で魚に暴れられれば快感で沙那の全身からは力が抜ける。

 すると、さらにお尻の奥に襲雌魚が進むようなのだ。

 そもそも、沙那の中に入ろうとしている魚はこれで終わりではない。これ以上は襲雌魚が入り込みようのないようなふたつの穴だが、それでも襲雌魚たちはさらに潜り込もうと殺到してくる。

 

「あはああっ……」

 

 沙那はまた激しく絶頂した。

 

「あ、あたしもだめえぇ──」

 

 沙那の前の朱姫が沙那に合わせるかのように身体をぶるぶると震わせて果てた。

 朱姫の身体が一瞬沈んだ気がした。朱姫は沙那とは違って背が低い。

 水面が首のところまである沙那に対して、朱姫は爪先立ちでなんとか鼻を口を水の上に出せるくらいなのだ。

 少しでも姿勢を崩せば、朱姫は水面に顔を沈めてしまう。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 沙那は叫んだ。

 しかし、すぐに朱姫は態勢を戻して顔をあげた。

 

「だ、大丈夫……」

 

 にっこりと微笑みかけた朱姫の眼が大きく開き、その表情が変わった。

 

「い、いやあああ──」

 

 朱姫ががこれまでにない絶叫をした。

 

「ど、どうしたの、朱姫……?」

 

「お、お尻いいぃぃ──」

 

 朱姫が暴れだす。

 沙那はそれで悟った。

 朱姫も沙那と同じように肛門への襲雌魚の侵入を許してしまったのだ。

 朱姫の身体ががくがくと痙攣した。

 

「ひぐうううっ」

 

 朱姫の身体が仰け反った。

 沙那の股間に群がっていた襲雌魚が一斉に朱姫の方向に動いた。

 もちろん沙那の股間にも残っているが、かなりの数が今度は朱姫の股間に鈴なりに集まった。

 

「いくうっ」

 

 また朱姫の身体がぶるぶると震えた。

 朱姫は肛門が弱い。

 弱すぎるのだ……。

 

 でも、沙那もいまはそれほど朱姫のことを構えない。

 新しい絶頂の波が沙那を襲おうとしていた。

 前後に入り込んだ襲雌魚が連動するように全身を暴れさせている。

 

「いくっ──」

 

 沙那は声をあげた。

 もう歯止めがきかない。

 沙那は自分がこれから際限のない連続絶頂をしてしまう予感に襲われた。

 

「あはああっ──、さ、沙那姉さん──」

 

 朱姫がひと際大きな叫びをするとともに、今度はがっくりと身体を倒した。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 沙那は肩で慌てて朱姫を支えた。

 沙那の肩にもたれかかった朱姫が、朦朧とした表情を沙那に向けた。

 

「あ、ありがとうございます……ひいっ」

 

 微笑みかけた朱姫の顔が仰け反った。股間と肛門の襲雌魚がまた暴れているのだろう。

 沙那も同じだ。

 朱姫を励ましているようなことを口にしているが、沙那ももう限界だ。

 

 しかし、これだけ深い水深ではいくら絶頂しても姿勢を崩すわけにはいかない。

 膝枷をされた脚を拡げて立ったままの姿勢でいなければならないということだ。

 つまり、襲雌魚の責めに無防備の態勢を晒して置かなければならないのだ。

 

「が……、頑張ろう、朱姫……あはあっ」

 

「は、はい、ひいっ───、沙那姉さん……。沙那姉さんも……」

 

 ふたりで身体を支え合って壁にもたれるようにした。これで少しは違う。

 沙那の肛門には新しい襲雌魚が侵入を果たそうとしていた。

 悲痛な悲鳴をあげた。

 その悲鳴に朱姫の嬌声が重なる。

 

 沙那と朱姫の全身を襲雌魚が覆い尽くし、身体中の敏感な場所を苛んでいる。

 もう限界……。

 

 沙那と朱姫の周りにはもうびっしりと襲雌魚がたかっている。

 その一匹一匹が狂おしい快感を全身に呼び起こす。

 

「いぐううっ」

 

 沙那はまた絶頂した。

 すると朱姫がそれに合わせるかのように身体を仰け反らせて大きな声をあげた。

 

 死ぬ──。

 いきすぎて倒れたら溺れ死ぬのだ……。

 ましてや、連続絶頂で失神するようなことがあればそれで終わりだ……。

 

 果てしなく激しい絶頂の快感に、沙那は死の恐怖を感じていた。

 沙那は朱姫の身体を支えた。

 そして、朱姫も沙那の身体を支えていた。

 

 沙那と朱姫は、襲雌魚の怖ろしいほど強い刺激に懸命にふたりで励まし合って水面から顔を出し続けた。



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338 膣鏡(くすこ)開きと焦らし責め(孫空女)

「調教の調子はどう、綺芳(きほう)?」

 

 春嬌(しゅんきょう)が、第三調教室と呼んでいる部屋に入ると、四肢を革紐で椅子に拘束されている孫空女が綺芳に向かって悪態をついていた。

 想像以上のやかましさに春嬌は驚いた。

 

「まだ、この調子です」

 

 春嬌に気がついて、綺芳が苦笑して首をすくめる。

 

「お前にしては、随分と手こずっているじゃない」

 

「こんな、じゃじゃ馬は初めてです。申し訳ありません、春嬌様」

 

 綺芳が言った。

 

「お、お前が春嬌かい──。さっさとこれを解くんだよ。それとご主人様はどこだい? 沙那と朱姫はどうしたんだい?」

 

 孫空女は春嬌を認めると、四肢をがちっりと縛られた拘束椅子を倒さんばかりに揺すった。

 もっとも、拘束椅子はしっかりと床に固定されているので、どんなに孫空女が馬鹿力であろうとも倒れることはない。

 それよりも、春嬌はこれが三日も調教を受け続けた女の姿であることに感嘆する思いだった。

 屈服するどころか、ますます扱いにくくなっている気がする。

 

 初日に眺めたときには、綺芳の色責めで息も絶え絶えになっていて、もうやめてくれと哀れに泣きべそをかいていた。

 これなら、調教は早々に終わるだろうと思ったが、綺芳に言わせれば、そんな態度は責めている間だけで、責めが終わって体力が戻れば、あっという間に反抗的な態度に戻るらしい。

 

「股ぐらを曝け出しながら、随分と勇ましいじゃないかい、孫空女」

 

 春嬌は孫空女の正面に綺芳が準備した椅子に腰掛けた。

 孫空女は背凭れがやや後ろに下がった椅子に全裸で深々と座らせられている。

 両手は首と肘と二の腕がしっかりと革紐で手摺に固定され、さらに両脚を手摺の前にある足置きに載せられて足首と膝を縛られて、膝を曲げて大きく左右に開脚した状態にされている。

 さらに太腿や腰や胸の前後、首と頭までがっちりと固定している。

 全身をくまなく固定されて、孫空女は身体をよじらせるどころか、首を動かすこともできない。

 

 なにせ、二日前に同じ拘束椅子に固定した時には、頭を固定していなかったので、思い切り綺芳に頭突きを喰らわせてきたのだ。

 綺芳は額を割り、大変な騒動になった。

 孫空女には、それこそ半死半生の目に遭わせたのだが、そのまま死なせてしまうのはもったいないので、麗芳の『治療術』で治療を一日かけて施した。

 すると、体力の回復とともに気力も回復し、元の反抗的な態度に戻ってしまった。

 

 春嬌もさまざまな奴隷を手掛けたが、こんなに手間がかかる女は初めてだ。羅刹(らせつ)という淫魔の情報によれば、宝玄仙はこの孫空女を完全に奴隷扱いしていたというが、いったいどうやって屈服させたのだろう。

 孫空女に比べれば、女主人の宝玄仙は、もう堕ちたようなものだ。

 

「女陰も肛門もよく見えるよ。相変わらず、淫らな身体じゃないかい。まだ、なにもしていないのに、下の口がひくひくいっているじゃないかい」

 

 春嬌がからかうと孫空女が顔を赤くして悔しそうな顔をした。

 この女が見かけによらず、被虐体質であることはもうわかっている。

 恥ずかしい恰好にさせるだけで、しっかりと濡れてしまう女陰は、眺めるだけでも面白い。

 

「そ、そんなことよりにさっさと言いな。ご主人様はどこだい? 沙那と朱姫はどこだ――?」

 

 孫空女は喚き立てた。

 三日前に春嬌の新しい奴隷に仕立て上げるために捕らえた四人の人間の女は、まだ一度もそれぞれ会わせていない。

 女戦士たちはしっかりと拘束し、道術遣いたちは賽太歳(さいたいさい)を呼び出して、道術力を封印させて無力化している。

 

 とはいえ、四人とも、百戦錬磨の強者とは耳にしている。

 お互いにばらばらにして、監禁して調教しているのは、仲間がどういう状況なのかわからないようにして、思い切った行動にも出られないようにするためだ。

 それが功を奏しているのか、いまのところ逃亡を企てようという気配はない。

 まあ、その隙も与えていないというのが本当なのだが……。

 

「じゃあ、この間と同じ条件で賭けをするかい? 一刻(約一時間)ほど筆責めをして、いくのを三回以内に我慢したら、お前の会いたいご主人様に会わせてやるよ、孫空女。宝玄仙は、いま治療をして身体を回復させている最中だよ。ちょっとばかり責めすぎたんでね。その間は暇だから、お前の様子を見にきたのさ……」

 

「回復──。ご、ご主人様になにしたんだい──?」

 

 孫空女が喚いた。

 

「単なる躾だよ。それよりも、どうだい、やるかい? 一刻(約一時間)わたしがお前を責める。お前は四回以上いかないように我慢する。三回ならお前の勝ちだ。ひと晩、宝玄仙を同じ檻に入れてやるよ」

 

「さ、三回って……」

 

「……その代わり、負けたら宝玄仙に鞭打ちだ。まだ治療の途中だけど、天井から吊りあげて全身に百発あいつに数えさせながら鞭打ちする。お前には、その悲鳴だけ聞かせるよ」

 

 春嬌がそう言うと、孫空女が悔しそうに歯噛みした。

 二日前に同じ条件で賭けをした。

 一刻(約一時間)どころか、四半刻(約十五分)も持たずに四回絶頂してしまい、春嬌は、『伝声具』の霊具で、鞭打たれる宝玄仙の悲鳴をここに流して孫空女に聞かせたのだ。

 この女には直接身体を痛めつけるよりも、仲間の身体を痛めつけると脅した方が効果がありそうだからだ。

 実際、その通りであり、逆らえば仲間を傷つけると言えば、孫空女はかなり大人しくなる。

 

「な、なんで、ご主人様なんだよ。あ、あたしを鞭打ちな──」

 

 孫空女は椅子を揺らしながら叫んだ。

 

「いいや、お前は鞭打たない。お前の代わりに宝玄仙を打つ。覚えておきな」

 

「くっ」

 

 孫空女が春嬌を睨んだ。

 

「それで、どうするんだい? 賭けをするのかい、しないのかい?」

 

「し、しないよ……」

 

 孫空女は小さな声で答えた。

 春嬌は声をあげて笑った。

 

「まあ、いずれにしても数日後には会うことになるさ。晩餐会の日取りが決まったからね。わたしは、そのときにお前たちをわたしの新しい奴隷をして披露するつもりさ。そのときには、一同に会することになるだろうよ」

 

「な、なんだよ、晩餐会って……」

 

「お愉しみだよ、孫空女」

 

 春嬌は笑った。

 

「奴隷披露の披露会が決まったのですね。いつですか、春嬌様?」

 

 綺芳だ。

 

「三日後だよ」

 

「まあ、それでは、もう何日もないわ。どうしましょう。孫空女がこんな状態では、とても客の前で芸などできないし……。申し訳ありません、春嬌様。一日で調教が終わるなどと言ったのに、三日も経ったのにこんな状況で……」

 

 綺芳が頭を下げた。

 

「いや、こいつだけじゃないよ。沙那と朱姫を仕上げようとしている麗芳も同じようなものだし、わたしがやっている宝玄仙もそんなには変わりないよ。でも心配ないさ。まあ、今回はいつもとは違う趣向でいくつもりなんだよ。公開調教さ。調教を終えた奴隷を舞台に出すんじゃなくて、その舞台で実際に調教をするのさ」

 

「なるほど。それはいいですね」

 

 綺芳が破顔した。

 

「な、なに、勝手なことを言ってんだよ。公開調教ってなんだい。ふざけるんじゃないよ、春嬌」

 

 孫空女が怒りを顔に浮かべて声をあげた。

 

「お前たちはなんにも気にすることはないよ。その日になれば、勝手に客の前に出されて調教を受けるだけさ。まあ、なにをするかこれから考えるけどね……。それよりも、その晩餐会で奴隷披露が終わったら、この屋敷の女奴隷は客の妖魔に身体で奉仕する決まりなんだ。お前も同じだ。だから、客に出せるちゃんとした道具かどうか調べさせてもらうよ」

 

 春嬌は綺芳に手で合図をした。

 綺芳が孫空女を拘束している椅子の下側にある操作舵を回しだす。

 孫空女の脚が開いてある足置きがさらに上にあがり、左右にさらに開いていく。

 

「なっ、あっ、あっ……」

 

 孫空女が顔を赤らめて戸惑った態度になった。

 威勢のいい啖呵を切りまくっていた女が、大股開きにされて羞恥に頬を染めるのは、なんともいえない味わいがある。

 孫空女もわかっていてやっているわけじゃないだろうが、人形のように諦めきった態度でも面白くないし、まったく恥ずかしがらずに股ぐらを曝け出しても平然としているのも愉しくない。

 この孫空女のように新鮮に恥ずかしがってくれるのが一番いいのだ。

 ただの思いつきだったが、晩餐会の公開調教も、もしかしたら期待以上にいい見世物になるかもしれない。

 

「なかなかに綺麗な道具じゃないかい。乱暴に扱われて裂傷がいっぱいなのかと思えば、傷ひとつないようだね。宝玄仙もお前をかなり大事に扱っていたようだねえ……」

 

 春嬌は孫空女の股間を覗きこみながら言った。

 

「み、見るんなじゃないよ」

 

 恥じらいを噛み殺したような低い声が孫空女から漏れた。

 

「確かに、綺麗な身体ですよね……。傷をつけてみたくなりますか、春嬌様?」

 

 綺芳がからかうよう言った。

 春嬌は苦笑した。

 

 春嬌は虐待好きであり、獲物に傷つけたり、血を流させたりすることで性的興奮をする。

 そのため、春嬌が調教する場合は、大抵は相手が大変なことになる。

 実際、春嬌が調教している宝玄仙は、春嬌が嗜虐酔いに任せて痛めつけるものだから、麗芳が『治療術』を施しても追いつかず、全身のあちこちが損傷しているし、身体中が鞭の痕や火傷で覆われてしまった。

 今日は、ついに治療のために調教をすることができなくなって、麗芳に命じて治療させるとともに、宝玄仙を身体の回復に専念させなければならなくなったくらいだ。

 

「孫空女たちについては、奉仕用として傷はつけないでおくよ……。とりあえず、晩餐会が終わるまでは、わたしは直接には手を出さないようにするよ、綺芳」

 

「そうですか」

 

 綺芳が小さく笑った。そして、孫空女の女陰に手を伸ばす。

 

「ひんっ」

 

 孫空女が身体をびくりとさせて可愛らしい声をあげる。

 

「あらあら、もう、感じてきたの、孫空女? あっという間にお汁が溢れてきたわよ」

 

「う、うるさいよ、綺芳……」

 

 綺芳の責めが始まった。

 女陰の刺激を受け始めた孫空女が顔を真っ赤にした。

 気は強いが、身体はどうしようもなく感じやすいようにされているのだろう。

 もう綺芳の指に翻弄されて感じてはじめているようだ。

 それでも、一生懸命に口をつぐんで、声を出すまいとしているのか可愛らしい。

 さっきまで悪態をついていた女が、あっという間に少女のように悶えはじめる。

 その違いに春嬌は思わず吹き出しそうになる。

 

 綺芳がやっているのは、孫空女の無毛の女陰に無造作に手を伸ばして割れ目を左右にくつろがせるという行為だ。

 綺芳が女陰の外襞を拡げて内側を指で繰り返しなぞっていると面白いくらいに割れ目から愛液が溢れ出てくる。

 そして、ついて孫空女が、小さく身体を震わせて喰い縛った口から声をあげだした。

 

「あ、ああ、ああっ……」

 

 孫空女の口が開き、全身が小刻みに震えだす。

 宝玄仙の三人の供たちは、誰もが驚くほどに淫乱な身体をしている。

 胸でも股間でもお尻でもちょっと触っただけであっという間に、身体を淫らに反応する。

 

「じゃあ、さっそくいく?」

 

 綺芳が孫空女の肉芽の皮を剥いてすっと指でくすぐった。

 

「ひゃ、ひゃ、ひゃあああぁぁぁ──」

 

 孫空女は大きな反応をして達しそうになる。

 呆気ないものだ。

 

 しかし、綺芳は簡単には孫空女に思いを遂げさせる気はないようだ。

 孫空女の反応を見ながらぎりぎりのところで責めを緩める。

 

 そうやって、孫空女をからかうような指責めを二度三度と綺芳は繰り返した。

 綺芳の指に翻弄される孫空女が怒りに任せて喚き散らした。

 しかし、気の強そうな口調とは逆に曝け出している女の股間は、物細そうに収縮を繰り返している。

 

「中も見てみますか、春嬌様?」

 

 やがて、完全に孫空女から手を離した綺芳が春嬌に視線を向けた。

 

「中って?」

 

膣鏡(くすこ)です」

 

「あれかい……」

 

 膣鏡とは綺芳がよく最近嵌っている調教用の器具だ。

 春嬌の調教には使ったことはないが、綺芳は羞恥責めの一環としてよく使うと言っていた。

 本来は淫具ではない。

 医師が女の性器を検診するときに使うもので、水鳥のくちばしに似た形状をした金属の器具であり、女陰に挿して二枚のくちばしを上下に拡げるのだ。

 すると、膣が拡張されて奥まで覗けるようになる。

 

「これよ、孫空女。これでお前の女陰を大きく拡げてあげるわね。これを使うと、いかに女の道具が自由自在になるかということがわかるわよ」

 

 綺芳が孫空女の顔の前にその器具をかざして、その使い方を丁寧に説明している、

 使われる器具の非情さを印象づけることで、孫空女を精神的に責めているのだ。

 ああいう心に訴えるような責めは春嬌は不得手だ。

 どうしても、身体を痛めつけるような責めになってしまうからだ。

 

「か、勝手にしなよ」

 

 孫空女が吐き捨てるように言った。

 しかし、明らかに孫空女は、綺芳の見せた器具に恐怖を感じているようだ。

 それは、孫空女の顔が蒼くなり、引きつったように強張っていることからわかる。

 

「じゃあ、勝手にさせてもらうわ」

 

 綺芳が孫空女の女陰に膣鏡を無造作に突っ込んだ。

 

「んんんんっ」

 

 冷たい金属の先端を感じた孫空女が鋭い悲鳴をあげて全身をびくりとさせた。

 綺芳の持っていた膣鏡はいっきに奥まで達したようだ。

 そして、二度、三度位置を直すように抉るような動きをみせたあと、すぐにじわじわと開き始めた。

 

「や、やめ……」

 

 孫空女の腰が震え、秘肉の周辺の筋肉が痙攣しはじめた。

 膣を強引に拡げられようとすれば、女の身体は当然、それにあがらって抵抗しようとする。

 だが、非常な器具はそれを許さず、いやおうなしに膣を大きく拡張する。

 

「勝手にしろと大口を叩いたくせに、なんにもしないうちに音をあげているのかい、孫空女」

 

 春嬌は声をあげた。

 すると孫空女が悔しそうに顔をしかめた。

 春嬌は孫空女の正面が見える位置に座っている。

 膣鏡に拡げられた孫空女の女陰では、はっきりと子宮口が見えた。

 外気の刺激を受けたその子宮口は縮みあがるようにうねっている。

 

「膣鏡で責めるというやり方は聞いていたけど、使うのは初めて見るわね」

 

 春嬌は言った。

 

「く、苦しい……」

 

 白い腹を波打たせながらついに孫空女が訴えた。

 顔を覗くと、その表情は悲痛だ。

 余程痛いのだろう。

 確かにこれ以上開かないというくらいに膣鏡は上下に開いている。

 だが、綺芳はにやりと微笑むと、その状態からさらにぐいと上下に器具を開いた。

 

「あぎいいぃぃぃ……や、破けるっ……」

 

 孫空女が大きな悲鳴あげた。

 綺芳は膣鏡のねじを回して、その状態で膣鏡を固定する。

 孫空女が苦悶の声をあげた。

 

「覗いてみますか、春嬌様?」

 

 綺芳が言った。

 春嬌は椅子から腰をあげて、孫空女の女陰の中を見た。

 想像していた以上に醜悪だ。

 生々しくて、妖魔の国ではよくみかける生物になり損ねた奇形の粘性体をようだ。

 

「わたしの身体にも同じものがあるかと思うとがっかりするわね」

 

 春嬌は思った通りのことを言った。

 綺芳が声をあげて笑った。

 

「じゃあ、さっそく、感度をお見せしますね」

 

 綺芳は横に置いてある作業台から一本の小筆を取り出した。

 それを大きく開いた膣内に差し込んで、くるくると動かして壁面を刺激し始めた。

 春嬌はまた孫空女の正面に腰掛けて、綺芳の責めを鑑賞する位置に戻った。

 

「あはあああっ」

 

 孫空女の拘束された身体が跳ねた。

 綺芳の筆の動きはまるで耳かきで耳を優しく掻いている感じだった。

 孫空女は大きな声をあげて革紐を引き千切らんばかりに激しく反応し続けた。

 

「凄い反応ね」

 

 春嬌は思わず呟いた。

 すでに膣の中はたっぷりとした淫液で溢れている。

 綺芳の筆の動きに合わせて呼吸をするように膣内が収縮と緊縮を繰り返す。

 

「ひぐうううっ」

 

 孫空女の声がひと際大きくなった。

 

「どうします、春嬌様? このまま、潮を吹かせるほどに連続でいかせることもできますけど……」

 

 綺芳が筆を奥に突っ込んだまま子宮口を刺激しながら春嬌に顔を向けた。

 

「とりあえずいいわ。あんまり、いい気持ちにさせることはないわね。それじゃあ、調教にならないし……」

 

「わかりました」

 

 春嬌がさっと小筆を女陰から抜いた。

 孫空女は絶頂寸前の仕草から、がっくりと力が抜けたようになった。

 すでに脂汗でびっしょりの身体で激しく息をしている。

 

「お願いだからいかせてと言えば、綺芳に最後まで責めるように命令してあげるわよ、孫空女」

 

 春嬌はわずか一回目の寸止めでもう息も絶え絶えになっている孫空女をからかった。

 

「ふ、ふざけるなよ……」

 

 孫空女が春嬌を睨みつけた。

 この女はまだこんな目ができるのだ。

 春嬌は感心した。

 思わず孫空女が血だらけになるまで鞭打ちをした衝動が湧き起こり、春嬌は懸命に自重した。

 

「じゃあ、根をあげるまで、焦らすだけ焦らしておやり、綺芳」

 

 春嬌は椅子に座ったまま言った。

 

「わかりました、春嬌様」

 

 綺芳はうなずくと、すっと再び筆を孫空女の女陰に這わせ始めた。

 孫空女が絶頂寸前の女の反応をはじめるのに、大した時間はかからなかった。

 大きな喘ぎ声を出して、全身を痙攣させる。

 しかし、綺芳はすっと筆を引きあげる。

 

「ああ、そ、そんな。どう、どうして……」

 

 孫空女は狼狽した声をあげた。

 そして、思わず口走ってしまった自分の言葉にしまったというような表情をした。

 春嬌は綺芳とともに大笑いしてしまった。

 

「どうしてはないだろう、孫空女……。早く、お願いだから、いかせてくれと言いな。そうしたらいい気持ちにさせてやるかもしれないよ」

 

 春嬌は笑いながら言った。

 孫空女は羞恥に染めた顔で歯を食いしばっている。

 孫空女の頭は首と額を革紐で固定しているから、どんなに悔しくても孫空女は、顔をうつむけたり、下を向けたりすることはできない。

 孫空女の屈辱に歪んだ顔がよく見える。

 

 孫空女の表情と身体が落ち着かないうちに、また春嬌が大きく拡大した女陰に筆を挿し入れた。

 そして、また孫空女が絶頂しかけるところで中断して筆を引っ込めた。

 

「物欲しそうに女陰をうねらせないでおくれよ、孫空女。気持ち悪いよ」

 

 春嬌は言った。

 

「う、うるさい──」

 

 孫空女は喚いた。

 綺芳は孫空女の女陰を、責めてはやめ、やめては責めるということを繰り返した。

 寸止めを十回近く続けると、孫空女の反応が眼に見えておかしくなった。

 

「ああっ……ひぐううっ……あうううっ──」

 

 孫空女が奇声のような悲鳴をあげた。

 全身が脂汗でまみれている。

 引きあげては下ろされ、下ろされては引きあげられる快感の波にもう孫空女は半狂乱だ。

 

 孫空女の身体は、もう燃えあがるだけ燃えあがっている。

 それなのに、何度も何度もめくるめく悦惚の中でひたすら快感の絶頂へ息をきらせていたところを、あと一歩というところで急に夢から現実に引き戻されているのだ。

 麗芳や綺芳に言わせれば、焦らし止めは色責めの基本なのだそうだ。

 これを繰り返せば、堕ちない女はいないらしい。

 そして、さすがの孫空女もついに耐えられる限界をすぎたようだ。

 綺芳が十五回目の寸止めをやったとき、孫空女はやっと屈服の言葉を口にした。

 

「い、いかせて……」

 

 小さな声だったが確かに孫空女はそう言った。

 春嬌の心に勝利の悦びが湧き起こる。

 

「聞こえなかったね、孫空女……。綺芳、まだまだ続けてやりな」

 

「わかりました」

 

 綺芳がくすくすと笑いながら小筆を這わせだす。

 

「わあっ……わっ、わっ──いかせて……いかせてください。お、お願いします──。く、くそう、これでいいのかい──」

 

 孫空女が悲痛な表情で叫んだ。

 ふと見ると孫空女の眼が潤んでいる。

 本当に悔しいて仕方がないに違いない。

 

 春麗も女だ。

 女の生理はよくわかっている。

 一度反応してしまうとすぐには平常には戻らない。燃えあがった官能の炎は途中で消されてもぶすぶすとくすぶり続ける。

 その状態を繰り返されて音をあげてしまい、性の拷問をしている相手にいかせてくれと頼むなどというのは、孫空女のような気の強い女にとっては、気も狂うような恥辱に違いない。

 

「どうしたの、孫空女? これがもっと欲しいの?」

 

 綺芳は再び筆を這わせた。

 しかし、今度は膣の中ではなく内腿だ。

 微妙に性器とは離れた場所であり、そこに筆を這わせ、ぎりぎりまで性器に近づきながら、けっして肝心な部分には触れないということを始め出した。

 

「ああ、ああああっ、ああ──」

 

 孫空女は、拘束された身体を跳ぴはねんばかりに痙攣させた。

 だが、執拗な綺芳の筆責めは、いつまでも続く。

 

「お願いだよ──。も、もう、やめてよ──。いかせて──」

 

 孫空女がついに我を忘れたような悲鳴をあげた。

 

「いいよ、いかせてやりな」

 

 春嬌は綺芳に言った。

 そして、孫空女にわからないように、小さく目配せをした。

 綺芳にはそれで通じたはずだ。

 綺芳も眼で頷くと、すっと孫空女の女陰に再び筆を挿入した。

 開ききった膣の中の敏感な部分を擦りあげていく。

 

「はっ、はあっはっ、あ、ああっ、あっ、あっ、あっ」

 

 孫空女の悶え声が小刻みなものになった。

 ずっと見てきたからわかる。もういきそうなのだろう。

 そして、今度こそいけるという期待に溢れているはずだ。孫空女の表情は、やっと訪れる絶頂の快感に向けてひた走っている。

 孫空女は弱々しい小筆の刺激から絶頂に到達するだけの快感を搾り取ろうと動かない腰を懸命に振り立てている。

 しかし、綺芳は残酷だった。

 またもや、すっと筆を引いてしまったのだ。

 あとは焦らすように内腿に軽く這わせるだけだ。

 

「ひいっ……ひどいよっ……。あ、あ、あんまりじゃないか──」

 

 孫空女は今度は本当に泣いたような声をあげた。

 

「考えると言っただけさ、孫空女──」

 

 春嬌はげらげらと笑い転げた。

 それからも綺芳に孫空女に対する寸止め責めを続けさせた。

 

 春嬌は直接的な痛みによる責めが好きなので、あまりやらない責めだが、思ったよりも面白い責めだと思った。

 鞭や棒では孫空女は、これほどに悔しそうな顔はしないだろう。

 女の官能を弄ぶような焦らし責めだからこそ、屈辱的な言葉を孫空女は口にしたのだ。

 

 しかし、孫空女も屈辱的な言葉を口にしたことでやっと絶頂が許されると考えたに違いない。

 その希望をぎりぎりのところでむしり取る。

 そのときの孫空女の顔に浮かんだ絶望感には、なんともいえない愉悦を春嬌に与えた。

 

 綺芳の焦らし責めがまた始まる……。

 焦らし責めは、焦らされる女にとってはまさに性の地獄だ。

 

 春嬌は、何度も何度も綺芳に寸止めを繰り返させた。

 それこそ、今度こそ絶頂させてやると言って、大声で絶頂させてくれと孫空女に叫ばせた。

 それをことごとく裏切り、ぎりぎりのところで快感を取りあげた。

 ここまでやれば、絶頂などさせるつもりがないことがわかりそうなものだが、ここまでくれば、孫空女は恥辱的な哀願を叫ばすにはいられないようだ。

 

「お、お願いだよ……いかせて……」

 

 孫空女がうわ言のように言った。

 

「わかったよ……。よく頑張ったね、孫空女……。今度は最後までやってあげるわ」

 

 綺芳が今度は口調を変えて、優しげな声でそう言った。

 孫空女の言葉はもうほとんど泣いているような感じだった。

 綺芳が小筆を横の台に置いた。

 そして、今度は指で孫空女の女陰を責め始めた。

 

 綺芳が刺激しているのは、女陰のやや入口に近い奥の上側だ。

 女陰の中に隠れている女の最大の性感帯のひとつだ。綺芳はそこを指で強めに擦っている。

 これまで弱々しい筆による責めしか受けてこなかった孫空女は、一転した強い刺激に、大きな声をあげて激しく反応しだす。

 孫空女はすでに反狂乱だ。全身がおぴただしい汗にまみれ、うねり、はね、そり返った。玉のような汗が飛び散った。

 

「い、いぐうううっ──」

 

 孫空女の拘束された身体が限界まで仰け反った。

 あとひと擦りで孫空女は達するに違いない。

 春嬌はそう思った。

 

 だが、やはり綺芳が指を孫空女の女陰からさっと抜いた。

 またしても、ぎりぎりのところで、孫空女は寸前で快感を取りあげられた。

 孫空女が狂ったように奇声をあげて全身を暴れさせた。

 

「女陰はもういいよ、綺芳……。今度は、後ろの穴の感度を見せておくれ」

 

 春嬌は、孫空女がみっともなく泣き喚くのが愉しくて手を叩いて笑った。



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339 浣腸無惨

「女陰はもういいよ、綺芳(きほう)……。今度は、後ろの穴の感度を見せておくれ」

 

 春嬌(しゅんきょう)は、孫空女がみっともなく泣き喚くのが愉しくて手を叩いて笑った。

 綺芳の焦らし責めに翻弄されて哀れに泣き叫ぶ孫空女は本当に痛快だ。

 かなり愉快な見世物であり、春嬌は心の底から満足した。

 

「今度は尻だよ、孫空女。嬉しいだろう? 今度こそ、いせてやるよ」

 

 春嬌は孫空女をからかった。

 さんざんに寸止めを加えられて息も絶え絶えになっている孫空女は、春嬌を睨み殺さんばかりにこっちを見ている。

 その眼が悔し涙で潤んでいるのが面白い。

 

「後ろはしっかりと調教されていて、感度も抜群ですよ、春嬌様」

 

 綺芳がにっこりと微笑んで、孫空女が曝け出している菊の蕾に指を伸ばす。

 

「はぐううっ―――」

 

 孫空女が鋭い悲鳴をあげて、汗まみれの全身を跳ねあげた。

 大きく開脚させられている孫空女の股間の筋肉に力が入り、股間の筋が二本三本と走った。

 それとともに、孫空女の尻たぶがきゅっと締まる。

 

「ほう、後ろをなぶると、前がそんなに濡れるんだね」

 

 春嬌は責められる孫空女の股間を凝視しながら言った。

 綺芳が孫空女の蕾をほぐすように動かすと、膣鏡に拡げられている女陰の内部が生き物のように動き、器具で拡げている穴からぽたりぽたりと淫液が垂れ落ちるのだ。

 

「後ろの穴もしっかりとした性感帯に育っています。孫空女に限らず、沙那にしても朱姫にしても、しっかりと調教済みの身体のようです。特に朱姫については、尻を責めれば面白いように絶頂を繰り返すと麗芳が言っていましたよ、春嬌様―――。先程、言っておられた三日後の公開調教ですけど、少なくとも朱姫は肛門調教でどうですか?」

 

 綺芳が世間話でもするように春嬌に言った。

 その間も綺芳の指は孫空女の肛門の入口を刺激し続けている。

 孫空女の声は悲鳴のような呻きになり、それに嗚咽に近い声が混じり始めている。

 

「いや、朱姫は少しまずいのさ……。いま、どうしようか考えているところでね」

 

 春嬌は綺芳に言った。

 

「まずいこととはなんです?」

 

「あいつ半妖だろう? 賽太歳(さいたいさい)がねえ……」

 

「賽太歳様がなにか言っておられるのですか」

 

 綺芳の口調に少しだけ緊張の響きが混じった。

 賽太歳は妖魔王だ。

 綺芳は春嬌に近いだけあって、賽太歳そのものよりも、春嬌の忠誠を誓っているし、賽太歳の姉の春嬌が実は賽太歳を少年時代に調教していたことや、そのため賽太歳が春嬌を苦手にしていることも知っている。

 しかし、妖魔王は妖魔王なのだ。

 賽太歳がその気になれば、いくら春嬌でも麒麟山の妖魔の地に居場所を失う。

 そのときは、綺芳と麗芳の姉妹も妖魔の地を追放されることになるだろう。

 

「朱姫には手を出すなと言うんだよ。半妖だからね。わたしたち妖魔と同じだというのさ。あいつは、わたしが人間の女に手を出すこと自体はしつこく言わないんだけど、雌妖に手を出すことについては本当にうるさいんだよ」

 

 春嬌、有来有去(ゆうらいゆうきょ)、賽太歳の三匹の血の半分は妖魔で、もう半分は人間だ。

 半妖が妖魔であるのか、人間であるのかは、まさにそれぞれの地域によって違う。

 朱紫国の北の地では、妖魔と人間の仲がよかった土地柄であったので、半妖がどちらに属するかなど問題はなく、妖魔の土地が奪われて、棲み処を失った妖魔が集まった麒麟山でも半妖の賽太歳が妖魔王になることについては異論などでなかった。

 だが、実際のところ、半妖という存在が、妖魔の社会でも、人間の社会でも受け入れられにくい存在ということは春嬌も知っている。

 だから、賽太歳も余計に、半妖については、保護しなければならないという感情が強いようなのだ。

 

「あらっ、でも、しっかりと手を出しているじゃないですか」

 

 綺芳が驚いたように言った。

 

「わたしは人間に仕えるような半妖は、人間と同じだと思っているからね。それに、この屋敷内のことは、賽太歳の耳に入ることはないと思うし大丈夫さ。だけど、多くの客が集まる晩餐会であんまり大っぴらに半妖を奴隷にしたのを広めるのもなんだしねえ……。まあ、賽太歳については、あんまりわたしに指図するようなら、この間みたいに睾丸を握りつぶしてやればいいだけだけど……」

 

 春嬌は呟くように言った。

 

「では、朱姫は奴隷披露には出さずに、公開調教は三人だけにしましょうか、春嬌様」

 

「まあ、完全に調教を免除というわけにもいかないだろうけどね……。表向きは、朱姫も宝玄仙も、この孫空女もみんな国王の手の者として、この妖魔の土地を探りに来た間者ということになっているからね。まあ、公開調教はしないまでも、晩餐会の給女くらいはさせるさ。そのくらいなら賽太歳も後で耳にしたってなんにも言わないさ」

 

「わかりました。では、麗芳とともに趣向を相談しておきます」

 

「そうだね」

 

 春嬌は頷いた。

 

「あっ、あん、ああ、あひいっ―――」

 

 孫空女が悶えが激しくなった。

 さっきから満たされない激しい刺激をずっと受け続けている。

 そのうえに、すでに綺芳の人差し指はすでに根元まで孫空女の肛門に埋められていて、綺芳は春嬌と話しながら孫空女のお尻の内襞をこねくり回しているのだ。

 それでて、相変わらず綺芳は、孫空女に最後の最後の快感だけは与えないようにして、ぎりぎりのところで指の動きを止めたりするというようなことをやっている。

 すでに孫空女の反応は激しいものになっている。

 

「んぐうう」

 

 やがて、孫空女の首が引きつるように限界まで反った。

 噛みしめようとしている歯が合わずに大きな声で喘ぎだす。

 器具を噛まされて大きく口を開けている女陰からはよくもこんなに出るものだと感心するくらいに蜜が溢れ出てくる。

 

「ちょっとは我慢しないかい、孫空女。やかましくてしょうがないよ」

 

 春嬌は声をあげて孫空女をからかった。

 

「これだけ前から垂れ流した蜜が肛門を濡らせばもういいわね」

 

 綺芳はそう言うと指を孫空女の肛門から引き抜いた。

 抜く瞬間に強く口がすぼんで蜜と汗を弾くような音がした。

 それについてからかうとまた、孫空女が羞恥に顔を歪めた。

 

「孫空女、これはなにに使うものかわかるわね?」

 

 横の作業台から綺芳がまた新しい器具を出して、孫空女に示した。

 それを見た孫空女が顔を蒼ざめて引きつらせた。

 

「ひいっ……。そ、そんなの―――」

 

 孫空女が眼を見開いて絶句した。

 綺芳が取り出したのは、孫空女の女陰に挿入されて大きく下の口を開口するために使われている膣鏡と同じ形のものだ。

 違うのは大きさで膣鏡よりもひと回り小さい。

 しかし、女の穴に入れて無理矢理に開口部を拡大して固定してしまうという機能は同じだろう。

 

 綺芳がそれをなんに使うかは明らかだ。

 綺芳は、それを限界まで拡げられて孫空女を苦痛を与えている膣の下側の肛門に使おうとしているのだ。

 どうやら、今日の綺芳の趣向は、孫空女の上下のふたつの穴を大きく開口させて徹底的にいたぶろうということのようだ。

 つまり、綺芳が手にして孫空女を蒼冷めさせている器具は肛門鏡というわけだろう。

 

「あんた、最初に勝手にしろと言ったわよねえ……。今更、嫌だとは言わないわね」

 

 綺芳が孫空女の眼の前で、かちゃかちゃと肛門鏡を拡げたり縮めたりしてみせた。

 

「い、嫌だ―――。もう、勘忍してよ」

 

 孫空女が全身を暴れさせだした。

 しかし、ぎっちりと孫空女の全身は拘束椅子に革紐で拘束されている。

 孫空女がどんなに暴れてもわずかに拘束椅子がぎちぎちと音を鳴らすだけだ。

 

「さあて、じゃあ、さっそく使おうかしら……」

 

 綺芳が肛門鏡を孫空女の股間に近づけた。

 

「わああ―――わあっ……や、やめて、やめてよ……。お、お願いだよ。もう、許してよ―――」

 

 孫空女が恥も外聞もなく喚き始めた。

 余程に嫌なのだろう。

 あの孫空女が哀れな声で綺芳に許しを乞い始めた。

 

「なにがそんなに嫌なの、孫空女? はっきりと言いなさい。さもなければ、これを本当に挿し込むわよ」

 

 綺芳が言った。

 

「それを使わないでよ。お願いだよ」

 

 孫空女は必死の形相でに叫んだ。

 

「これをどこに使って欲しくないの? ちゃんと口にするのよ」

 

「お、お尻だよ。それをお尻に使わないで―――」

 

 孫空女が絶叫した。

 

「まあ、あなた、これをお尻に使うんだと思っていたの? あたしはそんなことは夢にも思わなかったわ。でも、あんたがそう言うなら使ってあげるわ」

 

 綺芳は笑いながらそう言うと、前から溢れた愛蜜とさっきからの指の悪戯でふやけかけている孫空女の肛門に小さく畳んでいる筒の形の肛門鏡をぐいぐいと挿し込む。

 

「うほおぉ―――」

 

 孫空女が獣のような大声を出した。

 また、孫空女の肛門は綺芳の挿した肛門鏡を抵抗なく完全に受け入れている。

 綺芳がくるくると肛門鏡を回転するように動かして肛門を拡張していく。

 

「あぎぎいぃ」

 

 孫空女が凄惨な悲鳴をあげた。

 春嬌の視線の正面にある孫空女の肛門の口がぱっかりと開いた。

 肛門の奥など見たことはなかったが、こうやって奥の奥までふたつの穴を覗かせている孫空女の姿を見ると、決して見るべきものではないというような気さえする。

 

「はああああああっ」

 

 革紐で拘束されている孫空女の腰がぐんと突きあげるように動いた。

 そして、そのままがくがくと孫空女が総身を震わせた。

 

「あれっ?」

 

 綺芳が声をあげた。

 膣鏡を咥えている孫空女の女陰から尿のようなものがびゅっと飛び出したのだ。

 どうやら焦らし責めの末に肛門に器具を入れられて達してしまっただけでなく、そのあまりの激しい絶頂で孫空女が股間から潮を噴き出したのだ。

 それが真っ直ぐ前に飛んで、正面に座っている春嬌の膝から下を汚した。

 綺芳が慌てて布を持って汚れた春嬌の脚を拭いた。

 

「こらっ、孫空女、春嬌様になんてことするのよ。この馬鹿―――」

 

 綺芳が本気で怒っている。

 春嬌は苦笑した。

 綺芳は綺芳で、まだまだ焦らし責めは続けるつもりだったに違いない。

 まさか肛門鏡で肛門を拡げられる刺激でいってしまうとは予想していなかったので、孫空女の潮吹きの対処もできていなかったのだろう。

 

「堪え性のない奴隷に罰を与えておやり、綺芳」

 

 春嬌は言った。

 

「そうですね……。では、浣腸でどうです?」

 

「いいわ」

 

 春嬌は頷いた。

 

「じゃあ、孫空女、覚悟はいいわね。浣腸をするわよ」

 

「す、好きにしな。ど、どうせ、嫌だっていってもやるんだろ」

 

 孫空女は言い捨てた。

 しかし、その顔は蒼いし、声は震えている。

 綺芳は罰だと言ったが、今日の調教の流れの中に浣腸責めが入っていたのは明らかだ。

 孫空女の横後ろに置いてある作業台には、最初から薬剤の入った浣腸器が準備されていたのだ。

 

 肛門鏡で拡張されている孫空女の肛門に浣腸器の嘴管が挿し込まれた。

 拒もうにもこれ以上ないというくらいに肛門を器具で拡げられているのだから抵抗のしようがないだろう。

 春嬌の挿した浣腸器の先端が、簡単に肛門に挿し込まれた。

 また、その浣腸器の先端は特別な形状をしていて、肛門を塞ぐ肛門栓のかたちになっている。この肛門栓を抜かない限り、孫空女は排便することはできない。いまのように、大量浣腸をするときに、途中で糞便をするのを不可能にするために開発した器具である。

 

 綺芳は、二度三度と浣腸器の先で拡がった孫空女の肛門の内襞を刺激して、孫空女にあられのない悲鳴をあげさせてから、ゆっくりと管を押して液剤を抽入し始めた。

 

「ちょっと薬剤を濃くしといたからね。すぐに効いてくるわよ」

 

 液剤をすっかりと孫空女の体内に注ぎ込んだ綺芳は空になった浣腸器を孫空女の顔の前で振った。

 浣腸器の先端にあった肛門栓はそのままにして、管だけを回収している。肛門栓は、肛門鏡で開口させた孫空女の肛門に挿さったままになっている。

 

「綺芳、孫空女のような女傑に一本だけなんで失礼じゃないか。もっと、ご馳走しておやりよ」

 

 春嬌は苦しそうに小さな喘ぎ声をしている孫空女の仕草が痛快でそう言った。

 

「そうですね……。確かに、お前には一本だけじゃあ失礼よねえ。ご免ね、孫空女。もう、一本作るわ」

 

 綺芳も笑いながら薬剤とぬるま湯を混ぜた液を大きな器に作り、できあがった液を空になった浣腸器に汲んだ。

 さっきの肛門栓に管を接続する。

 二本目の浣腸液を再び注ぎ入れられていく孫空女は、尻たぶをわななかせて、切羽詰った声を小刻みに出し始めつる。

 

「二本目も終わったわ。でも、まだ不足よねえ……。待っていてね、孫空女―――。すぐに三本目を準備するから」

 

 綺芳が言った。

 

「も、もういい……」

 

 孫空女が歯を食い縛って、革紐で固定されている顔をわずかに横に振った。

 脂汗が顔から首にかけて一斉に吹き出してきた。

 孫空女の腹が小さく膨らんで揺れ動くとともに、みるみるうちに汗にまみれていく。

 

「遠慮するもんじゃないよ、孫空女―――。まだまだ、我慢しな。それにしてもいい腹になったわねえ。まるで蛙のお腹みたいだよ」

 

 春嬌は声をあげて笑った。

 綺芳は三回目の浣腸器を空にした。

 

「だ、駄目……も、漏れる……」

 

 言葉を出すのも苦しそうに孫空女はせり出した腹を揺らした。

 

「言っておくけど、許しもなく洩らしたら厳罰だからね。もちろん、罰を受けるのは宝玄仙だ。供の罰は女主人の責任だからね」

 

「だったら、よ、容器を当ててよ。す、するから……。う、うんちをするから……」

 

 孫空女がほとんど泣いているような声で言った

 春嬌は立ちあがって、たったいま浣腸器が離れた孫空女の菊蕾を指で軽く押した。

 

「ひぐっ―――、や、やめてよっ―――、ひいいいっ」

 

 孫空女の身体が魔術で電撃でも浴びせられたかのように跳ねた。

 その時、春嬌は、ふと趣向を思いついた。

 それで、春嬌は、綺芳を近くに寄せて耳元で指示をした。

 綺芳は春嬌の指示に愉快そうに微笑むと、すぐに部屋を出ていった。

 

「さて、ところで口を開けな、孫空女」

 

 孫空女とふたりだけになると、春嬌は戸棚から開口器という器具を取り出してきて、孫空女に言った。

 

「そ、それよりも容器を……」

 

 孫空女が本当に苦しそうに呻いた。

 

「容器を当てて欲しければ、大人しく命令に従うんだよ。ほらっ、口を開けるんだ」

 

 春嬌は孫空女の顔の前に開口器を当てた。

 開口器は、口に咥えさせてそれが閉じないように金属の枷をつけてしまう器具であり、顔の後ろに革紐を巻いて固定することにより、それが外せないようにしてしまうという責め具だ。

 下の口をふたつとも金属の器具で拡げさせられている孫空女の口を塞ぐには、相応しい器具である気がした。

 

「な、なんだよ……」

 

 孫空女は苦しそうに言った。お腹はぱんぱんに膨れあがっている。孫空女の汗びっしょりの全身がわなないていて、全身に鳥肌が立っている。

 大量の薬剤を抽入させられた孫空女の便意はもう限界に違いない。

 

「言うことをきくんだ。大事なご主人様にお仕置きを受けさせるのが嫌ならね」

 

 拒否しても、鼻でも摘まめば孫空女は口を開けるしかない。

 だが、孫空女はそれ以上は抵抗しなかった。

 黙って口を開く。春嬌は開口器を口に嵌めて顔の後ろに革紐を通して固定してしまう。

 春嬌が開口器のねじを締めると、孫空女の口は金属の枷のために閉じられなくなった。

 

「舌を出しな。別に金具で強引に引っ張ってもいいんだけど。面倒はかけたくないのさ」

 

 孫空女は顔に恐怖に色を浮かべながらも、こじ開けられている口から舌を出した。

 すかさず、春嬌は孫空女の舌を前後に挟みつける二本の横棒の器具で挟みつけた。

 ばね仕掛けにより一瞬で舌を挟めるようになっていて、一度挟まれると、小さな留め金を指で外さない限り、孫空女の舌を挟みつけている二本の器具の棒は外れない。

 

「へべええぇ―――」

 

 開口器をつけられた口から大きく出した孫空女の舌が、挟まれた棒で開口器に阻まれて口に戻せなくなった。

 孫空女が涎を垂らしながら悲鳴をあげた。

 

「へべっ……べっ……いべえぇぇ」

 

 孫空女が懸命になにかを訴えようとしている。

 

「なにを言っているのかわからないね、孫空女。それよりも、今日は特別だ。お前が会いたがっていた仲間に会わせてやるよ」

 

 春嬌は言った。

 孫空女が呻きながらも戸惑っている。なにか嫌な予感がするのだろう。

 

「連れてきましたよ、春嬌様」

 

 綺芳の声がした。

 春嬌が命じた沙那を連れてやってきた。

 

 鎖を手にしている。

 その鎖は続いてやってきた沙那の首輪に繋がっているのだ。

 その沙那はしっかりと目隠しをされている。

 沙那の両手は首輪の後ろの手枷に繋がれており、脚は肩幅よりもやや広い金属の棒が繋がった膝枷をされている。

 その沙那が、綺芳に首輪を曳かれて、全裸の身体を左右に振りながらがに股歩きで部屋に入ってきた。

 

「よく来たね、沙那。見えないと思うけど、わたしが春嬌だよ。とりあえず、孫空女に会わせてやるよ―――。目隠しはとってあげられないけどね……。孫空女、ほら、沙那だよ。沙那と朱姫は麗芳が調教を担当していたんだけど、その麗芳が宝玄仙を看ているから、檻に閉じ込めていたところさ。特別に連れて来てやったよ」

 

「へべええっ」

 

 孫空女が沙那に気がついて大きな声をあげた。

 

「そ、孫女なの? 大丈夫だった? わ、わたしと朱姫は一緒にいるわ。あんたはひとりなの? ご主人様のこと知っている?」

 

 目隠しをされて部屋に入ってきた沙那が、孫空女の声を認めて早口で捲し立てた。

 

「あっげっ……へげっ―――」

 

 孫空女も一所懸命に沙那に喋ろうとしているが、開口器をつけられているうえに舌を金属の棒で挟まれている孫空女の声はまったく言葉にはならない。

 沙那もまた、声はするが目隠しのために、どうして孫空女が呻き声なのかがわからず、戸惑った表情をしている。

 

「孫空女は言葉を喋れないように口枷をされているのさ。それよりも、綺芳、沙那を孫空女の股間の前に繋げておしまい」

 

 春嬌は含み笑いを隠しながら言った。

 綺芳が沙那の首輪を鎖で引っ張って、首輪にくっついていた鎖を利用して、大きく開いている孫空女の股間の前に顔がくるように沙那の顔を固定してしまった。

 目隠しをされている沙那の鼻が孫空女の膣鏡と肛門鏡を装着されている密着されている。

 

「へべえっ―――べえっ―――ひべえっ―――」

 

 やっとどういう状態に沙那をしたのかに気がついて孫空女は絶叫した。

 肛門鏡を装着されて肛門を締めることのできない孫空女の股の前に沙那の顔を金具で固定したのがわかったのだ。

 しかも、孫空女は大量の浣腸液を注がれたことにより、いまにも噴出するような便意で苦しんでいる。

 限界に迫っている便意のまま、この状態で肛門を崩壊させれば沙那がとんでもないことになる。

 

「へべえっ―――べえっ」

 

 孫空女が泣くような顔で一生懸命に悲鳴をあげている。

 春嬌は、孫空女から肛門栓を抜かせた。

 孫空女の悲鳴が部屋に轟く。

 

「ど、どうしたの、孫女? なにかされているの──?」

 

 孫空女の暴れ方と悲鳴のあげ方の異常さに、孫空女の股の間に繋がれた沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「なんでもないさ、沙那―――。それよりも、綺芳が言ったかもしれないけど、眼の前に孫空女の肛門があるはずだ。舌で探して舐めるんだ。そして、孫空女をいかせな……。そうだねえ、三回にしようか。半刻(約三十分)という制限時間で三回、舌だけで孫空女をお尻でいかせることができれば、ちゃんと、全員を宝玄仙に会わせる。嘘じゃないさ」

 

 春嬌が沙那に言ったことを耳にして、孫空女は言葉にならない絶叫をした。

 孫空女の便意がもう限界であることはわかっている。

 しかも、肛門鏡で拡張されたままであり、すでに肛門栓も抜いた。

 いま漏らさないのが奇跡のようなものだ。

 

 孫空女が半刻(約三十分)も便意を耐えられるわけもないし、この状況でさらに舌で尻を刺激されようものなら、すぐにでも孫空女が懸命に耐えている便意の決壊は崩壊するだろう。

 その結果は、仲間を自分の便まみれにするという恥辱と絶望だ。

 

「べええっ……へべっ……べええっ」

 

 舌を上下の金属棒で挟まれている孫空女が一生懸命に言葉を喋ろうとしている。それが哀願の言葉なのか、悲鳴なのかはわからない。

 

「や、約束よ、春嬌……」

 

 沙那が言った。

 

「ああ、絶対に約束は守るよ、沙那……。半刻(約三十分)で三回だ。じゃあ、始めな」

 

 春嬌は言った。

 孫空女は絶望の泣き声をあげた。

 

「こ、こんな連中の前で嫌だろうけど我慢して、孫女……」

 

 沙那が孫空女の肛門を舌で探り始めた。

 孫空女が拘束された全身を懸命に揺らして悲鳴をあげる。

 そして、沙那が孫空女の肛門を探り当てた。

 舌が孫空女の肛門の肛門鏡に触れた。

 

「な、なに?」

 

 舌を離した沙那が、金属の物体の感触に戸惑った声をあげた。

 

「別になんでもないよ、沙那。孫空女はちょっとばかり、ある金属の器具を肛門に挿入されているのさ。それが動くと痛みが走るから騒いでいるんだよ。痛がらせないようにゆっくりと舐めてやりな」

 

 春嬌は嘘をついた。

 沙那はおそるおそるという感じで孫空女の肛門の周りに舌を這わせだす。

 沙那のゆっくりとした舌の動きは、孫空女の受ける快感を数倍に跳ねあがらせるはずだ。

 

「へべええ──」

 

 孫空女が全身を仰け反らせて絶叫した。

 目隠しをされた沙那は、孫空女が辱められるこの仕打ちを早く終わらせたいと思っているのか、孫空女の苦しそうな声に舌の動きを速くした。

 それでも、この行為そのものをやめるつもりはないようだ。

 沙那がなんとしても宝玄仙に会うことにより、どういう状況にあるのかを確認しようとしているのは知っている。

 宝玄仙と会える機会が少しでもあるのなら、沙那はそれを逃したくないはずだ。

 

 沙那はなにも知らずに、崩壊寸前の孫空女の肛門を舐め続けた。

 そして、孫空女は奇声をあげながら、なんとしても沙那の顔に大便が噴出されることがないように必死で頑張った。

 孫空女は、かなり長い時間耐えた。。

 あっという間に崩壊して、沙那の顔に大便をぶちまけるかと思ったが、しばらくは、全身を汗まみれにしながらも一生面命に便意に耐えていた。

 

「頑張るじゃないか、孫空女……」

 

 春嬌はぱんぱんに膨らんでいる孫空女の下腹に手を置いた。

 孫空女の顔が悲痛なものになる。

 

「んべえええ──」

 

 そして、これまでで最大の声をあげた。

 それに構わず、春嬌は体重をかけて孫空女の下腹を思い切り押した。

 孫空女の肛門からわずかな浣腸液がぴゅっと飛び出た。

 沙那がびくりとして舌を引っ込めて顔を離す。

 しかし、孫空女の拘束されている椅子に繋げられた沙那の首輪がそれを許さない。

 

 次の瞬間、大量の汚物混じりの汚水が沙那の顔に噴出した。

 沙那が狂ったように顔を左右に振って汚物から逃れようとし、孫空女は完全に泣きじゃくって拘束された全身を激しく揺すった。

 

 春嬌はそのふたりの姿が面白くて、しばらくの間、腹を抱えて笑い転げていた。



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340 変わり果てた女主人

「さっき、なにを聞いていたのよ、沙那。しっかりと腰を使えと言っているじゃないの。奴隷を公開する晩餐会は明日なのよ──。お前たちには、演技をした後で、客たちの相手を死ぬほどやってもらうことになっているのよ。お前が悦ぶんじゃなくて、相手を悦ばす技を覚えろといっているのがわからないの? 晩餐会は明日なんだから、もっと気合を入れな──」

 

 麗芳(れいほう)が罵声を浴びせた。

 沙那は、大きな卓に上半身を倒すようにうつ伏せにさせられて、両手と卓上に備え付けられた金具でしっかりと固定されている。

 両脚は床につけているが卓の脚に左右から伸びた鎖によって大きく開脚されて足首に枷を嵌められている。

 つまり、沙那は大きく脚を開いて卓の前に立ち、両手を伸ばして上半身を倒して乳房を卓の台上に密着したような格好にされているのだ。

 それを麗芳が後背位で沙那を犯している。

 

 下袴の上から革紐で張形を股間に装着して、沙那の女陰を突いているのだ。

 明日、春嬌が主催の晩餐会が一階で開かれる。

 そこで、春嬌の奴隷として披露された後、沙那と孫空女は集まった妖魔の客たちの性の相手をいまやっている状態ですることになっているのだ。

 公開調教が終わった後、中央付近のふたつの卓から料理などが片付けられて、孫空女とふたりでこうやって客たちにお尻を向けて拘束されるらしい。

 そして、沙那や孫空女に興味を抱いた妖魔が犯し放題になるということだ。

 そのための練習をさせられているのだ。

 

 沙那は雄妖の怒張に見立てた麗芳の股間につけた張形を女陰に挿入されている。

 しかし、沙那は、いくら麗芳が教えても、挿入されてから沙那自身が達する時間が短すぎて、客が悦ぶような腰遣いをする暇がない。

 そのため、どうしても言われたような腰の動きをすることができなくて、教育係を務めている麗芳がついに腹を立ててしまったのだ。

 

「わ、わかっているのよ……。わかっているの……」

 

 沙那は息も絶え絶えに言った。

 

「わかっていたら、やりなさい、沙那」

 

 麗芳が背後から沙那の股間を張形で突いたまま、ぴしゃりと沙那の腰の横を叩いた。

 

「沙那は感じやすいんだよ。しょ、しょうがないじゃないか」

 

 沙那の隣の卓で、まったく沙那と同じ格好の孫空女が沙那を庇うように叫んだ。

 孫空女もまた、綺芳が股間に装着した張形を後背位から突かれて性交の練習をさせられていた。

 

「お前も人のことはいいのよ、孫空女──。他人のことを心配するのは、言われた技をしっかりとやってみせてからよ──。次は、お尻でいくわよ。腰を動かして客を歓ばすのよ」

 

 孫空女の相手をしている綺芳が、孫空女から張形を一度抜き、すぐに孫空女の肛門を張形で貫いた。

 

「ひ、ひいいっ」

 

 孫空女が全身を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 この格好にさせられたときに、沙那も孫空女もしっかりと潤滑油を肛門の中に塗られた。

 そのため、なんの抵抗もなく孫空女も張形を受け入れられる。

 綺芳の張形を肛門で受け入れさせられた孫空女は、数回律動されただけで、もう達するような仕草を見せ始めた。

 

 麗芳も綺芳も、沙那と孫空女に、自分がいくのは自重して、もう少し長くもたせて客を悦ばせろという。

 しかし、そんな風に躾けられていないので、沙那も孫空女も女陰や肛門に刺激を与えられれば一直線に絶頂への階段を駆けあがってしまうのだ。

 いま肛門を突かれている孫空女は、すぐにでも達するだろう。

 長い付き合いだから、沙那も見ればわかる。

 

「ほら、余所見をするんじゃないよ、沙那──。腰を動かすんだよ。前後……回転……斜めと順に動いて、ちょっとだけ締める。ずっと締めつけるんじゃないよ。お前も悦んでいるんだと知らせることで、本気なんだと思わせるためだけに締めるんだから。だけど、本当に本気になるんじゃないのよ。あくまでも客を悦ばせるための演技なんだからね。自分が気持ちよくなりすぎると、客の道具を強く締めすぎちゃって、雄妖は律動がし難くなるのよ。律動ができないと却って気持ちよくなれないものなのよ……。ほらっ、動かして」

 

「は、はい……」

 

 沙那は、仕方なく麗芳に言われた通りに回すように腰を動かした。

 しかし、あっという間に自分の内部に法悦が湧き起こり、それを耐えるので精一杯になった。

 

「ああっ、あああ」

 

「とまるんじゃないの、沙那。ほら、動かすんだってばあ」

 

 麗芳が怒鳴った。

 しかし、下半身から押し寄せる快楽の波に、沙那はまた絶頂に向かって押し流されそうになる。

 堪えようとしても喘ぎ声が口から洩れてしまい、やがて本格的な快感の中にどっぷりと埋まっていく……。

 するといきなりお尻の横を思い切りはたかれた。

 

「い、いたいっ──」

 

 びっくりして沙那は身体を跳ねあげた。

 しかし、その動きで女陰に咥えた張形を膣の上下で抉るように動かしてしまい、女陰の内襞が激しく刺激されて、そのまま背中を仰け反らせて達していしまった。

 

「ひぐうううぅぅぅぅ──」

 

 沙那は全身を震わせて、金属の枷で固定されている指で卓を掴むかのように指に力を入れた。

 

「いまのでいっちゃたの? 本当にどうしようもないわねえ」

 

 麗芳が呆れたように言って張形を沙那の女陰から出した。

 いやらしい音をたてて抜けた張形が、抜ける瞬間に肉芽を思い切り擦り、沙那はまた悲鳴をあげて身体を反応させた。

 

「まったく、誰が許可なくいっていいといっているのよ。躾を受けた奴隷は、許可なくいかないのよ。奴隷の躾がなってないのは、あなたじゃなくて春嬌様が笑われるのよ」

 

 麗芳が怒りも露わに思い切り沙那の尻を引っぱたいた。

 

「ひいっ」

 

 お尻を思い切り叩かれて思わず悲鳴をあげた。

 それとともに、自重していた怒りが沙那を爆発させた。

 

「ひ、人が大人しくしていれば調子に乗るんじゃないわよ。あんたの女主人が笑われようがからかわれようが知ったことじゃないわ。せいぜい、晩餐会を愉しみにするのね。暴れるか、悪態をつくか、がなりたてるか……。とにかくどんな方法でも抵抗しまくってやるわ。あんたたちの言いなりのいい子になんかならないから見てらっしゃい」

 

 沙那は上半身を卓にうつぶせにされたままがなりたてた。

 抵抗しても逃亡の手段がない以上、反応的な態度は無駄だ。

 それでいままでずっと機会を伺うために大人しくしていたのだ。

 調教だって、素直に受け入れる演技をしていた。

 

 だが、数日にわたって続けられた理不尽な責めで、ついに沙那は感情を解放させてしまった。

 麗芳は調教が進んで、沙那については屈服して大人しくなったと思っていたのだろう。

 首を動かして麗芳を見るとその麗芳が呆然としている。

 

 麗芳としては、沙那についてはある程度の調教は終わったと考えていたはずだ。

 だから、奴隷披露を明日に控えて、沙那と孫空女に対して、屈服させるための調教ではなく、とりあえず、客に奉仕するための練習をやらしていたのだろう。

 沙那の前で、この麗芳が春嬌に対して、沙那と朱姫については、奴隷公開までになんとか躾が間に合ったと自慢げに報告していたのを朱姫ともに閉じ込められていた檻の中で耳にしていた。

 だが、沙那はそういう演技をしていただけだ。

 晩餐会を開いて春麗の新しい奴隷である沙那たちを多くの妖魔の客に披露すると耳にしていたから、そのときにこそ、なにか逃亡の機会が見つかるかもしれないと思っていたからだ。

 

 しかし、もうそういう演技などどうでもよくなった。

 孫空女にはこうやって一緒に調教を受けるようになったから状況はわかったけど、相変わらず宝玄仙の状況は不明だ。

 それに、ずっと一緒に調教を受けさせられていた朱姫とも、今朝になって引き離された。

 朱姫は明日の晩餐会において、奴隷として披露されるわけじゃなく、給女をやらされるということで、沙那とは違う準備をするということらしい。

 

 いくら耐えていても逃亡の機会は訪れるどころか、お互いの状況さえいっこう掴めないとなっては、沙那はもうなにもかもどうでもよくなってきた。

 それでついに感情が爆発したのだ。

 

「な、なによ、その態度は──。また、魚責めに遭わせるわよ。それとも媚薬塗り放置だからね、沙那。いいのね──?」

 

「す、好きにすればいいわよ。勝手になさい。もう、あんたらの命令には従わない。苦しめるなら、いくらでもやったらいいわ」

 

 沙那は喚きたてた。

 

「あらら……。こうなったら、沙那はもう手が付けられないよ……。言っておくけど、明日の晩餐会は愉しみにしてな。あたしだって、身動きできなくても、沙那と一緒に喚きたててやるからね。それが嫌なら、猿ぐつわでもなんでもやりな」

 

 孫空女の声だ。

 沙那の剣幕が激しいので、孫空女に練習を施していた綺芳が孫空女を責めるのをやめてこっちを見ている。

 

「そ、そうね……。声を出せないようにしてくれたら、せめておかしな喘ぎ声を出さなくてすむものね……。とにかく、一生懸命に考えて、あんたらの馬鹿げた会で嫌がらせをやってやるわ。愉しみにしてなさいね」

 

 沙那も言った。

 

「お、お前たち、これだけ責めても、まだ逆らうの?」

 

 麗芳がびっくりしている。

 

「あ、当たり前だよ。なにをされたって、屈服なんてしないんだよ、あたしらはね」

 

 孫空女が首を動かして汗まみれの顔をこっちに向けた。

 実際のところ、沙那も同じだが、孫空女も限界に違いない。

 これ以上の責め苦には音をあげてしまうそうだ。

 だから、強気なことを言っているだけだ。

 

「あ、あたし、ちょっと春嬌様に報告してくるわ……」

 

 綺芳が困ったような顔で部屋の外に出ていった。

 沙那の剣幕でほんの少しでも調教係のふたりを動揺させることができたことに、少しだけ沙那の溜飲が下がった。

 沙那が悪態をついたことに、なんらかの意味があったとは思えない。

 でも、気だけは少し済んだ……。

 だから、それでいい。

 

 おそらく、いまの行為に対して、これから怖ろしい拷問が始まるに違いない。

 それについては、もう沙那は覚悟している。

 孫空女も一緒にお仕置きを受けるつもりで途中から沙那の悪態に参加してきたに違いない。

 

 しばらくすると、報告をするといって部屋を出て言った綺芳の代わりに春嬌が部屋に入ってきた。

 

「沙那、孫空女……。お前たちが逆らい続けて、綺芳と麗芳を困らせているということじゃないかい」

 

 春嬌は沙那と孫空女が拘束されている卓と卓の間に立った。

 そして、にやにやと笑いながらそう言った。

 意外な笑顔が不気味だ。

 

「しょ、春嬌……。ご主人様はどこだよ? いい加減にご主人様に会わせなよ……。それから、いま、沙那と話して、なんとかして明日の晩餐会を台無しにしてやろうとふたりで決めたところさ。もう、お前らの命令には従わないからね。好きなように調教でも、拷問でも、躾でもなんでもしな」

 

「こ、これでも、ご主人様に長くいろいろなことをやらされているからね。ちょっとやそっとじゃあ、屈服なんてしないわよ」

 

 孫空女に続いて沙那も言った。

 

「いいわ。あんたら、ふたりがそれほどまでに強情なら、お仕置きは宝玄仙に受けてもらうわ」

 

 春嬌は言った。

 

「ご、ご主人様は関係ないだろう。お仕置きならあたしにしなよ」

 

「そ、そうよ。孫空女の言う通りよ──。鞭でも棒でもいくらでもいいわ。持ってきなさいよ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「いい根性だけど、お前たちふたりがそんな肉体の拷問には屈服しないというのはわかっているのよ……。だからお前たちが逆らえば、罰は宝玄仙に与えると言っているのよ。わたしがずっと言ってきたことがわかっていなかったようね。お前たちは鞭打ちくらい耐えてみせるかもしれないけど、お前たちのご主人様はそうでもないようよ。お前たちがそんな態度をとり続けていたことで、ずっと宝玄仙は一身に罰を受けさせられていたんだよ」

 

 春嬌がなにか含んだような笑みを浮かべている。

 この春嬌の余裕のある表情が嫌な予感を感じさせた。

 

「連れておいで、綺芳」

 

 春嬌が部屋の外に向かって声をあげた。

 この部屋に入る扉はうつ伏せに卓に拘束されている沙那と孫空女の後ろ側にある。

 沙那は首を曲げて後ろを見た。

 綺芳が細い鎖を持ってやって部屋に入ってきた。

 

「ご主人様──」

 

「ご、ご主人様、そ、それ……」

 

 沙那と孫空女は綺芳に連れてこられた宝玄仙の姿に絶句した。

 宝玄仙は全裸であり腕だけを背中で拘束されていた。

 だが、驚いたのはその全身だ。

 

 宝玄仙の全身は惨たらしい鞭痕でいっぱいだったのだ。宝玄仙の白くて美しかった肌が見る影もない。

 首から足の先まで、明らかに鞭痕とわかる線条痕が縦横無尽にまるで血そのものであるかのように真っ赤な色で残っている。

 そして、もうひとつ驚いたのは、綺芳が手にしている鎖が繋げられている宝玄仙の身体の位置だ。

 沙那が調教されるために檻から調教部屋に移動するときは、首に嵌められた首輪に鎖をつけられる。

 

 だが、宝玄仙も首輪をしているものの、綺芳の手にする鎖は宝玄仙の首ではなく、股間に繋がっているのだ。

 宝玄仙の女陰は、たくさんの金属の小さな輪が皮膚に孔を開けて取り付けられていて、それが内腿にも開けられたて取りつけられた金属の輪側に鎖で引っ張られて女陰の内側が大きく曝け出すようにさせられている。その中心に向かって鎖が伸びているのだ。

 沙那は目を凝らして、宝玄仙の股間のどこに鎖が繋がっているのかを見ようとした。

 そして息をのんだ。

 

 鎖が繋がっているのは宝玄仙の肉芽だった。

 女陰全体に孔を開けて小さな指輪のような輪が装着されているが、同じように肉芽そのものにもほんの小さな輪っかがあり、そこに細い鎖が繋がっているのだ。

 

「ご、ご主人様になんてことするんだい──」

 

 横で孫空女が悲痛な声で怒鳴った。

 しかし、沙那はすぐに反応できないでいた。

 あまりにも宝玄仙の変わりように驚いていたからだ。

 沙那が驚いたのは、鞭痕や女陰の惨たらしい惨状だけではない。

 宝玄仙の表情そのものだ。

 生気がなく眼が虚ろだ。

 かなり激しい拷問を受けていたことは予想がつくが、いまの宝玄仙の顔には表情がなく感情が失われたようになっている。

 上気した赤い顔で呆けていて、なんだか沙那のことにも孫空女のこともわかっていないようだ。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那は大きな声で呼びかけた。

 すると虚ろだった宝玄仙の視線がやっと沙那と孫空女を認めた。

 

「あ、あががが……」

 

 宝玄仙が声をあげた。まるで泣いているような声だった。

 しかし、なにかがおかしい……。

 

「しゅ、春嬌、ご主人様になにかしたのかい? なんで喋れないんだよ──」

 

 孫空女が横で怒鳴った。

 

「……綺芳、こっちに宝玄仙を連れておいで」

 

 春嬌が不敵な笑みを浮かべて綺芳に声をかけた。

 

「来るのよ、宝玄仙」

 

 綺芳がわざと宝玄仙の肉芽に繋げた鎖を一度強く引っ張った。

 

「ほごおっ」

 

 宝玄仙が哀れに泣くように吠えた。

 そして、大人しく沙那たちがうつ伏せに拘束されている卓の前に鎖で曳かれてやってくる。

 宝玄仙が沙那たちの前に立っている春嬌の位置までやってくると、春嬌が綺芳から宝玄仙に繋がれている鎖を受け取った。

 

「口を開けな、宝玄仙」

 

 春嬌が鎖を軽く引く。

 

「あがっ」

 

 その動きで肉芽に強い刺激を受けたのだろう。

 宝玄仙が泣き声をあげて膝をがくりと折りかけた。

 

「や、やめてよ」

 

 沙那は思わず言った。

 あまりにも宝玄仙が哀れだ。

 

「そ、そうだよ。そ、そんな仕打ちはあたしらにやりな」

 

 孫空女も叫んだ。

 しかし、春嬌は沙那たちの抗議など無視したように、宝玄仙が開いた口を持って沙那たちに強引に向けさせた。

 

「あっ」

「な、なに?」

 

 沙那と孫空女は同時に声をあげた。

 宝玄仙の口の中には、当然あるべきものがなかったのだ。

 舌が根元から切断されている。

 

「わたしは、口数の多い奴隷が嫌いでね。だから、切り取ってやったのさ。それにこれは自殺防止でもあるのさ。舌を噛み切ったくらいじゃあ人間は死ねないけど、時々、自殺をしようとする馬鹿な奴隷が今までいたものでね」

 

 春嬌が笑った。

 

「な、なんてことを……」

 

 沙那は絶句してしまった。

 

「さあ、宝玄仙、久しぶりに会ったお前の供に挨拶代りの自慰をしな。お前が気に入った“あれ”を使わせてやるよ」

 

 宝玄仙は沙那と孫空女の繋がれている台の方向にさらに近づけられた。

 近くまで来たことで、沙那は宝玄仙の様子をもっと知ることができた。

 全身が上気して真っ赤だ。

 そして、身体全体にうっすらと汗をかいていて、宝玄仙がすでに欲情している状態であることはわかった。

 女陰全体に装着された金属の輪と鎖で宝玄仙の女陰の外襞は拡げられていて膣口までがはっきりと外から丸見えになっているが、そこからはかなりの量の愛液で溢れているのがわかる。

 

 よく見ると両方の乳首におかしな淫具を装着している。右の乳首は細い繊毛のようなもので覆われていて、それがくすぐるような感覚を常時与えるようになっているようだ。

 左の乳首は薄い透明の膜のようなもので包まれていて、それが小さな振動をしている。

 乳首の弱い宝玄仙には、あれを四六時中装着されて乳首責めを続けられるのはつらいだろう。

 だが、沙那には、宝玄仙が異常に欲情しているは乳首の淫具だけではないような気がする。

 

「沙那、孫空女、こいつがこんなに欲情しているのは、朝から晩までたっぷりと媚薬を飲ませているからさ。こいつが口にする食事も水にも強烈な媚薬が入っている。それこそ、老女でも欲情させてしまうような強烈な魔薬で、そんなものを大量にこれだけ毎日口にすれば、頭の線も切れてしまうさ。こいつがいま少し反応が悪いのは、もう、脳が薬剤に犯されているからなのさ──。ほら、奴隷、脚を開くんだ」

 

「あ、あぎっ……」

 

 鎖の刺激を与えられた宝玄仙が慌てたように脚を肩幅に開いた。

 沙那は呆然とした。

 こんなに惨めな宝玄仙は初めて見た。

 沙那の中にここまでの仕打ちを宝玄仙にした春嬌に対するはっきりとした殺意が芽生えた気がした。

 

「か、必ず、助けますから、ご主人様……」

 

 沙那は思わず言った。

 

「お前になにができるんだい、沙那。そんなみっともない恰好で助けるが聞いて呆れるよ。この宝玄仙は、もうわたしの奴隷として生きていく覚悟ができ始めているんだ。つまらない戯言でこいつを煩わせるんじゃないよ」

 

 春嬌が大笑いした。

 

「準備ができました」

 

 綺芳が長い一本脚の小さな台を運んできた。

 台脚がついていて上側に小さな台がある。

 台の高さは、丁度宝玄仙の開いた股間の位置くらいに調整がしてあり、綺芳は宝玄仙が開いた脚の真ん中にその台を設置した。

 

「ほら、宝玄仙、始めていいよ」

 

 春嬌がその台の上に、いつの間にか手にしていた手のひらほどの平たい鉢を台に載せた。

 鉢にはなにかが生えていて、それがうろうよと動いていた。

 

「あっ」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 沙那にもわかった。鉢の中にいるのは触手だ。

 大人の中指ほどの長さの細い触手が数十本鉢に生えていてそれがうごめいているのだ。

 

「まだ幼生の山触手だよ。こいつで自慰をするのが宝玄仙は好きなのさ。媚薬で火照った身体は、ちゃんと定時的に発散しないと本当に悶え死んでしまうからね」

 

 春嬌が笑った。

 

「あ、あああ……」

 

 触手の繊毛はすぐに宝玄仙の剝き出しの股間を責め始め、宝玄仙はあっという間に身体を反応し始めた。

 声をあげて、快感を増幅するように腰を動かしている。

 

「あっ、ああ、ああっ」

 

 宝玄仙の股間があっという間に真っ赤に充血した。

 もうすぐいくだろう。

 沙那は宝玄仙の身体の変化からそう思った。

 

「沙那と孫空女、鉢をよく見てみな。鉢に生えているのは山触手だけじゃないよ。宝玄仙がお気に入りなのは、その山触手に囲まれた真ん中のものさ。触手の根っこを寄生させることに成功したから同じように動いているけど、中心に触手以外のものがあるのがわかるかい?」

 

 春嬌が言った。

 沙那は目を凝らした。

 宝玄仙の出す愛液でまみれている触手群の中心に確かになにかがある。

 赤っぽくてもっと大きいもの……。

 

「さ、沙那、あ、あれは……」

 

 孫空女がびっくりしたような声をあげた。

 

「な、なに、孫女?」

 

「あれは、ご主人様の舌だよ」

 

「えっ──?」

 

 沙那は声をあげた。

 言われてみれば触手の鉢の中心で動いている大きなものは人間の舌だ。

 春嬌は、宝玄仙の舌を切断しただけじゃなく、それに触手の根を寄生させて宝玄仙を責める淫具にしてしまったのだ。

 

 春嬌の狂った行いに沙那はぞっとした。

 宝玄仙の喘ぎ声が激しくなった。

 全身がぶるぶると震えている。

 そして、感極まったような熱い喘ぎ声を始めた。

 

「あはああっ」

 

 歓喜の頂上に追いあげられた宝玄仙が身体を仰け反らせて吠えるような声をあげた。

 

「さっそくやったね、宝玄仙」

 

 春嬌が哄笑した。

 

「も、もうやめてあげてよ、春嬌──」

 

 孫空女が悲痛な声をあげる。

 

「そ、そうよ。わたしたちが悪かったわ。もう逆らわないから、ご主人様をこれ以上苛めないで」

 

 沙那も言った。

 これ以上惨めな宝玄仙は見てられない。

 

「なにを言っているんだい、お前たち。これは挨拶だよ。苛めなんかじゃなさ。その証拠に宝玄仙はこんなに悦んでいるよ」

 

 春嬌が達したばかりの宝玄仙の腰に手を伸ばした。

 宝玄仙がまた大きな嬌声をあげはじめる。

 春嬌が指で宝玄仙の肛門を刺激しているのだとわかった。

 宝玄仙は女陰を自分の舌が生えている触手の鉢を責められ、後ろから春嬌の指で責められて、すぐに狂乱の反応を見せ始めた。

 

「ひっ、ひゃあ、ひゃああああぁぁ──」

 

 やがて、宝玄仙はさらに激しく沙那たちの前で果てた。

 絶頂のときに宝玄仙の腰が前に突き出すように動き、股間から潮が噴出した。

 その潮がびしゃりと沙那と孫空女の前に飛んできた。

 

「はははは……。こりゃあ、飛んだ挨拶になったものさ。そうだ、明日の披露式では、まずは挨拶代りに、こいつには、潮吹きをさせるとしようか」

 

 春嬌がそう言うと、麗芳と綺芳がそれは素敵だと笑い合った。

 

「も、もう、やめて……。命令には従います。明日の晩餐会でも言われたことは全部やりますから──。だから、ご主人様をこれ以上痛めつけないでください」

 

 沙那は叫んだ。

 

「本当になんでもするんだね、沙那?」

 

 春嬌の眼が鋭く光った気がした。

 

「なんでもします」

 

 沙那ははっきりと言った。



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341 差し出された丸薬 

「本当になんでもするんだね、沙那?」

 

 春嬌は言った。

 

「なんでもします」

 

 沙那がはっきりと言った。

 その表情に嘘はないように思える。

 宝玄仙は、供を女奴隷のように虐げている女主人と聞いていたので、その供である沙那がそれほどまでに宝玄仙を庇おうとする態度をとるのは意外だった。

 しかし、そうであるならば、宝玄仙を人質にして明日の奴隷披露の晩餐会でこのふたりに余興をやらせるという手もある。

 

「孫空女も同じかい? なんでもする覚悟はあるのかい?」

 

 春嬌は孫空女に視線をやった。

 

「もちろんだよ。だから、ご主人様をもう痛めつけないでおくれよ」

 

 孫空女も言った。孫空女の眼も真剣だ。

 このふたりは、本当に宝玄仙のことを大事にしている。

 春嬌(しゅんきょう)はそれを確信した。

 それは驚くべきことだが、だったら都合がいい。

 しかし、一方で、そんな健気な心根をたかが人間が持っているなど信じられないとも思った。

 口先だけのことではないか。春嬌は疑った。

 

「だったら、明日の晩餐会で宝玄仙については、場を盛り上げるために、特別の演出を考えていたんだけど、お前たちが代わりに盛り上げ役をやるなら、宝玄仙については免除してやってもいい。どうだい?」

 

「わ、わたしたちが恥をかけば、ご主人様を明日の晩餐会には出さないということね?」

 

 沙那が言った。

 

「そういうことさ。ただし、どんなことでもするんだ。できるかい?」

 

「な、なにをすればいいのよ……?」

 

 沙那が不安そうに言った。

 

「なんでもするといったじゃないかい? 犬と性交しろと言われればするんだよ。客の吐いた嘔吐物を飲めと言われれば飲むんだよ──。それができるかどうか訊いているんだよ」

 

 春嬌は怒鳴った。

 沙那の顔が蒼白んで黙り込んだ。

 おそらく、犬と交わり、客の嘔吐を口にする自分を想像したに違いない。

 しかし、それとともに失望の感情も春嬌に湧き起こる。

 

 やっぱり、なんでもするなどと口にする者は信じられない。

 世の中には耐えることができないことなど幾らでもあるということを知らないただの世間知らずだからそんなことが言えるのだ。

 

「わかったかい。覚悟もないくせいに、なんでもするなんてことをおろそかに口にするんじゃないよ。人間風情が──」

 

 腹がたった春嬌は声を張りあげた。

 

「や、やるよ……」

 

 口を開いたのは孫空女だ。

 

「えっ?」

 

 沙那が顔を孫空女に向けた。春嬌も孫空女に視線を送る。

 

「あ、あたしがやる……。犬の相手をする。嘔吐だって食べてみせる。だ、だから、ご主人様も、それから沙那のことも許してやってよ」

 

 孫空女が言った。

 

「ま、待って、孫女。わ、わたしの言い出したことだから……」

 

 沙那が慌てて言った。

 

「沙那はいいよ。あたしならできる──。ねえ、春嬌、いいじゃないか。明日は死ぬつもりで頑張る。だから、これ以上の嗜虐はあたしだけにしておくれよ」

 

「だ、駄目よ、孫女──。わたしが……」

 

 沙那がおろおろと言った。

 しかし、春嬌はそれを遮った。

 

「試してやるよ、孫空女──」

 

 春嬌は孫空女が上半身をうつ伏せに拘束されている卓に近づいて、孫空女の顔のそばにいきなり唾を吐いた。

 

「舐めな、孫空女」

 

 春嬌の言葉が終わると同時に、孫空女が舌を伸ばして春嬌の吐いた唾を舐めとった。

 なんの躊躇もなかった。

 ちょっとだけ、春嬌は感心した。

 そして、ほんの少しだが孫空女という人間の女に興味を抱いた。

 ほんの少しだが……。

 

「わたしが人間が嫌いというのは知ってるかい、お前たち?」

 

 春嬌は言った。

 沙那と孫空女が戸惑ったように首を横に降る。

 

「わたしの家族は、この麒麟山の南の小さな妖魔の部落で暮らしていたんだ。そこに人間の軍隊がある日突然やってきた。部落を焼き、大人たちはおろか、子妖や老妖、雌妖もみさかいなく連中は殺し回った。年端もいかない子妖が遊びのように両腕を切断されて死ぬまで放置され、あるいは、全身に油をかけられて生きながら焼かれる仲間を大勢見た。子をふたり並べられて、どっちかを殺さなければ両方殺すと脅されて、子殺しをさせられている母妖もいた。わたし自身の母も殺された。わたしの目の前で犯され、そして、身体をふたつに斬られたのさ。すべて人間のしたことだ」

 

 春嬌は捲し立てた。

 あの日のことはいまでも忘れていない。

 頭に焼き付いていて、取り去ることができないのだ。

 同胞が焼かれる肉の匂いとおびただしい血の香りを春嬌はいまそこにあるかのように思い出すことができる。

 

 沙那と孫空女は黙っている。

 なにを言っていいのかわからず途方に暮れている表情だ。

 春嬌も彼女たちの言葉は期待していない。春嬌はただ、感情の爆発するまま喋っているだけだ。

 

「人間なん全部死ねばいい。わたしは心の底からそう思っているんだよ」

 

 自分の血の半分は人間であることはわかっている。

 しかし、春嬌の頭の中では母も妖魔の一族だ。

 戻ろうと思えば人間の部落に戻れたのに、そうせずに妖魔の部落に留まり、妖魔として惨殺された。

 だから、母は妖魔の一族だ。

 

「なんでもすると言ったね、お前ら。だったら死にな。お前らが自殺すれば宝玄仙は解放してやるよ」

 

 春嬌は懐から丸薬をふたつ出し、沙那と孫空女の口が届く位置に置いた。

 

「これは、わたしが人間を殺すためにいつも持ち歩いている毒だ。これを飲めば一瞬で死ぬ。飲みな」

 

「えっ?」

 

 声をあげたのは沙那だ。

 顔に恐怖の色がある。

 顔の前の丸薬を凝視している。

 それに比べて孫空女は、またもためらわなかった。

 もうすでに孫空女の顔の前にあった丸薬は孫空女の腹の中にある。

 

「そ、孫女──」

 

 それに気がついて沙那が叫んだ。

 春嬌は沙那が拘束されている卓の脚を思い切り蹴り飛ばした。

 

「お前の口先だけの心根が見えたよ、沙那。なんでもするというけど、なにもしないじゃないかい。死ぬ覚悟のない者が口にすべき言葉じゃないんだよ。それは──。いまのはわたしが常用している滋養の薬だ。毒じゃないよ。生憎、都合よく猛毒なんて持ってなくてね」

 

 春嬌が蹴った卓が揺れて大きな音が鳴った。

 沙那は恥じ入るような表情で顔を真っ赤にした。

 

「ほら、死にな、沙那。宝玄仙を助けたければね。息をとめれば死ねるだろう? ここで息を止めて死にな」

 

 春嬌は怒鳴りあげた。

 

「もう、やめてよ、春嬌。みんなを助けてくれるなら、本当にあたしを殺していいよ。それであんたの気がすむなら……」

 

 孫空女が叫んだ。春嬌は鼻を鳴らした。

 

「いいだろう、孫空女に免じて、明日の晩餐会にお前たちが大人しく舞台を務めれば宝玄仙は晩餐会には出さないことにしてやるよ。この春嬌が約束するよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 孫空女が安心したような笑顔になった。

 どうしてこの女はここでこんなに屈託のない笑顔ができるのだろう。

 春嬌は自分の内心にたじろぎの気持ちが湧くのを感じた。

 

「だけど、孫空女ひとりというのは認められない。沙那も一緒だ……。心配しなくても、犬と性交させたり、嘔吐物を喰わせたりしないよ。ただの性行為だ。お前たちには、最初の余興として、ふたりで客の前で愛し合うんだ。もちろん、それで終わりじゃない。とにかく、明日の晩餐会でわたしが命じるすべての“試し”がこなせたら、宝玄仙については晩餐会には出さない。それ以上、痛めつけるということもしない。それでどうだい?」

 

「そ、それでいいです」

 

 沙那が言った。

 

「いいよ」

 

 孫空女も頷いた。

 

「あ、あああ……あはああっ……」

 

 横の宝玄仙が感極まった声をあげてまた欲情しきった声をあげた。

 宝玄仙の舌付きの山触手の鉢で自慰をさせたままだったことを忘れていた。

 春嬌は鉢を片づけさせた。

 

「いつまでもよがってんじゃないよ」

 

 春嬌は宝玄仙の肉芽に繋がった鎖を引っ張った。

 

「あがああっ」

 

 宝玄仙が泣くような声をあげて膝を折った。

 

「勝手に座り込むんじゃない」

 

 今度は鎖を引き揚げる。

 

「ひぎいっ」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 

「や、やめなよ。ご主人様を痛めつけないでよ」

 

「そ、そうよ、約束が違うわ」

 

 孫空女と沙那が声をあげた。

 

「お前たちはなにを言っているんだい? わたしは明日の晩餐会でお前たちが素直な態度だったら宝玄仙に明日の余興をさせることはやめてもいいと言ったんだよ。お前たちは、なにもしていないじゃないか」

 

 春嬌は部屋の隅で待機をしていた麗芳に合図をした。

 天井から鎖が垂れてきた。

 

「な、なにするつもりだい?」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「もちろん、罰だよ。さっきも言っただろう。お前たちが麗芳と綺芳に逆らった罰は宝玄仙に受けさせるとね。そこで、自分たちのやったことがどんな風に宝玄仙が酷い目に遭うことに通じるのか見ておいで」

 

「そ、そんな」

 

 声をあげたのは沙那だ。

 春嬌はもう一度手で合図をした。

 麗芳と綺芳のふたりが部屋の外から三角木馬を台車に載せて運んでくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。ま、まさか、それをご主人様に使う気?」

 

「わ、わたしが悪かったです。ど、どうか、わたしに罰を与えてください」

 

 孫空女と沙那が自分たちの視線の先にやってきた三角木馬を見て叫んだ。

 三角木馬の頂上はほんの少し丸みを帯びているが、ほぼ錘状に尖っている。

 それが春嬌と宝玄仙いる場所の横に設置された。

 ちょうど天井からぶら下がっている鎖の真下だ。

 

「ひっ」

 

 宝玄仙が蒼い顔をして叫んだ。

 自分がそこに座らせられるのがわかっているのだ。

 しかし、舌を切断した宝玄仙は言葉を喋れず、もう獣と同じだ。

 唸り声のような音をあげていやがるのを肉芽に繋いだ鎖を引っ張ることで簡単に三角木馬を跨るように無理矢理に立たせる。

 

 天井から垂れ下がっている鎖を後手に腕を組んで拘束されている宝玄仙に首輪の後ろに繋ぐ。

 これで宝玄仙は三角木馬の上から動けなくなった。

 沙那と孫空女が喚いている。

 構わず春嬌は、三角木馬の足元にある留め具を踏む。

 機械仕掛けの木馬がゆっくりと上昇していく。

 

「はがああぁぁぁぁ──」

 

 宝玄仙の奇声が部屋に響いた。

 三角木馬の頂点が上昇し、女陰につけた輪っかと鎖で剝き出しにさせている宝玄仙の女陰に三角木馬の先端が喰い込んだのだ。

 宝玄仙の足が限界まで爪先立ちになる。

 

「ご主人様──」

 

「しゅ、春嬌、やめさせて。お願いよ」

 

 孫空女と沙那が代わる代わる叫んだ。

 

「やかましいよ、お前たち。お前たちはやることがあるだろう──。麗芳と綺芳から性行為の練習をさせられていたけど、すぐに呆気なくいってしまって、叱られまくっていたそうじゃないか。いい機会だ。やりな。お前たちがいくたびに宝玄仙を痛めつけるよ。どこを痛めつけるか愉しみにしてな」

 

 春嬌は怒鳴った。

 

「そ、そんなあ──」

 

 とりわけ大きな声で悲鳴をあげたのは沙那だ。

 

「お、お願いだよ、春嬌。もう、ご主人様は許してあげてよ」

 

 孫空女も泣くような声をあげた。

 しかし、春嬌はそれを無視する。

 さらに足で三角木馬を操作して上昇させる。

 宝玄仙の足が宙に浮き、全体重が宝玄仙の股間にかかり、三角木馬の頂点が剝き出しの女陰に喰い込む。

 宝玄仙が泣き叫んだ。

 

「……麗芳、綺芳、さあ始めるんだ。沙那と孫空女も、宝玄仙を苦しめたくなければ、死ぬ気で快感に耐えな。お前たちがいい気持ちになるたびに宝玄仙は苦しむんだ」

 

 春嬌は言った。

 そして、三角木馬の横を蹴り飛ばした。

 この三角木馬は下部分が大きなばねの上に乗せられたようになっていて、蹴り飛ばせばゆらゆらと揺れる仕掛けになっている。

 しかも、宝玄仙が苦しがってもがけば、それで体重が宝玄仙の股間にかかる。

 

「ひがあああぁぁぁ」

 

 宝玄仙が吠えるような悲鳴をあげた。



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342 奴隷主従の快楽と拷問

「ほら、いくよ、沙那──」

 

 麗芳(れいほう)が再び背後から腰に付けた張形を突きたてようとする。

 

「ああ、や、やめて、ゆ、許して……」

 

 沙那は声をあげた。

 春嬌(しゅんきょう)は、冷酷にも沙那と孫空女が一度達するごとに眼の前の宝玄仙を痛めつけると宣言した。

 そして、卓に上半身をうつ伏せに拘束され、両脚を大きく開かせられている沙那と孫空女を麗芳と綺芳に後ろから犯すように指示したのだ。

 

 沙那は、いま自分がどういう状態にあるかよくわかっている。

 自分は異常に快感に弱い。

 麗芳の張形を受け入れればたちまちに絶頂に達するのではないかと思っていた。

 沙那が快感に人並みに耐えられるのは最初に達するまでのことだ。

 最初に達するまでだったら、おそらく朱姫はともかく、孫空女よりは長く耐えられる。

 しかし、一度達した後は、堰が切れたようにいき狂いになるのだ。

 なぜ、自分がそんな反応をするようになってしまったのかよくわからないが、宝玄仙によってそんな身体にされてしまったのだ。

 

「言いつけを守るのよ。前、後、回す、斜め、そして、感じた振りをしながら喘ぎ声を出して、ちょっとだけ締める。そして、前……。その繰り返しよ」

 

 さっきまでやらされていた性交訓練により、沙那の女陰はまだ十分に濡れている。

 麗芳が沙那のお尻に腰を押しつけるようにして張形を挿入してくる。

 沙那の濡れた股はそれを簡単に受け入れる。

 

「ああっ、はっ、はっ、ああっ……」

 

 樹脂を固めて作ったという生身の男根にそっくりの張形が沙那の肉穴を引き裂いて侵入してくる。

 

 圧迫感はある……。

 しかし、苦痛はない……。

 せめて、身を引き裂かれるような苦痛があって欲しい……。

 

 だが、実際には、宝玄仙の三年以上にもわたる調教を受け続けてきた沙那の女陰は、やってきた張形を包み込むように受け入れ、それを締めあげて勝手に快楽を絞ってしまう。

 

「ほら、動くのよ、沙那」

 

 奥まで入った張形が意地悪く沙那の子宮口を軽く突いた。

 

「んんあああっ──、んぐうっ、ひうううっ」

 

 あっという間に快感が押し寄せた。

 愉悦が全身を覆いつくし、股間から突き抜けたものが頭を真っ白にする。

 

「だ、だめええっ──」

 

 沙那は絶叫した。

 そして、懸命に口をつぐむ。

 それこそ革紐で縛られた手で卓上に爪をたて、力の限り唇を噛みしめた。

 なんとか、ぎりぎりのところで踏みとどまる……。

 

 沙那は自分の荒い息がこれ以上ないくらいに大きくなっていることに気がついた。

 自分の唾液に血の味が混じっている……。

 

「ほう……。血が流れるくらいに口を噛んで、いくのを耐えたのかい。見上げた根性と言いたいけど、お客さんはそんなのは悦ばないよ。今度口を噛みしめたら、宝玄仙に罰だからね」

 

 春嬌が言った。

 歯を噛みしめることさえ禁じられたことに沙那は絶望的な気持ちになった。

 

「ほら、なにをぼさっとしているの、沙那。腰を動かすのよ」

 

 麗芳が沙那の横尻をぴしゃりと叩いた。

 すでにさっき達しかけている沙那は、このうえに自分が腰を動かすということが恐怖だった。

 

 必ずいってしまう……。

 でも、やるしかない。

 宝玄仙の苦しみを少しでも癒すためには、いまは少しでも長く沙那が快感に耐えるしかない。

 ゆっくりと腰を動かす。

 

 前に……後ろに……そして、回す……。

 

「それで腰を動かしているつもりなの? もっと速くよ──」

 

 麗芳が怒鳴った。

 

「沙那、真面目にやらないと、宝玄仙をもっと痛めつけるよ」

 

 春嬌の大声もした。

 そして、次の瞬間、宝玄仙の泣き叫ぶ悲鳴がとどろいた。

 顔をあげると宝玄仙が載らされている三角木馬が大きく揺れている。

 おそらく、春嬌が台下の部分を蹴ったのだ。

 宝玄仙が跨らせられている三角木馬は、自在に上下に動かすことができるとともに、下の部分がばねのようなものに乗っているような構造のようだ。

 だから、少しでも下の部分を揺らせば、その振動で頂上部が大きく動くことになる。

 すると、錘状の頂点に食い込んでいる女陰に全体重がかかっている宝玄仙は激痛に泣き叫ばなければならなくなるのだ。

 

「や、やめて──や、やります。やりますから……」

 

 沙那は懸命に言った。

 そして、覚悟を決めて自ら腰を動かす。

 

「あ、ああっ」

 

 たちまちに強い衝撃が襲う。内肉を貫いている張形の先が膣襞を強く擦りあげる。

 沙那の愛液が張形にまみれてびちゃびちゃと音をたてる。

 もの凄い快感が全身を走る。

 子宮全体が熱い……。

 

 あまりにも敏感で繊細な沙那の女陰は、ほんの少しの張形の刺激でも、甘く大きくて強い痺れを全身に発する。

 それが連続で襲いかかる……。

 

「あ、あはああぁぁ──だ、だめっ……いやぁぁあ」

 

 大きな愉悦が背骨を駆け抜けた。沙那は首を横に振った。

 拘束されている手で握り拳を作る。

 わざと爪を立てるように握りしめる。

 指の爪を懸命に手の肌に喰い込ませた。

 

 痛みが走る。

 それで、少しだけ快感が小さくなる。

 腰を止めてはならない……。

 それも忘れていない。

 

 回して……斜め……締めて……前……。

 心の中で言いきかせながらその通りに動かす。

 

「じゃあ、動かすよ」

 

 麗芳が言った。女陰を貫いている張形が前後に動き出した。

 

「ま、まって、ひ、卑怯よ──。動かすなんて」

 

 いまでさえ快感を堰き止めるのに必死なのだ。

 これに麗芳側からも動かされれば……。

 

「当たり前でしょう。突き挿したまま、じっとしてくれる客などいるわけないでしょう」

 

 麗芳が大笑いした。

 そして容赦なく張形の律動が始まる。

 張形が沙那の女陰を出入りする。

 腰を動かさざるを得ないから沙那も腰を動かす。受け入れなければならない快楽が三倍にも、四倍にもなる。

 

「ひおおお……ほお……ほお……あはあ……」

 

 もう言葉を喋ることもできない。

 快感の限界はそこまで来ている。

 いまそれを支えるのは気力だけだ。

 

 だめ……耐えなきゃ……沙那。耐えるのよ……。

 心の中で自分に叱咤する。

 

 股間から迸って発散する痺れは全身を支配している。沙那の最後の理性まで飲み込む。

 それを耐える……。

 飲み込まれたら達してしまう。

 

「なかなか、よくなったわね。そうそう、腰を動かすのをやめないのよ。やればできるんじゃない、沙那」

 

 麗芳が嬉しそうに言った。そう言いながらも、麗芳は沙那の股間を容赦なく突きたてる。

 そして、沙那の上に覆いかぶさるように寝そべると手を伸ばして、卓に押し潰されている乳房の下に手を差し込んだ。

 女陰を突きながら乳房も揉まれ始める。

 しかも、背筋に舌が……。

 その舌が胸の後ろからゆっくりとお尻の亀裂に向かって流れる……。

 

「いひゃあああぁぁぁ」

 

 快感が膨れあがった。

 十倍……。

 いや、二十倍にも……。

 麗芳の腰の動きがさらに速くなった。

 

「いやぁぁぁぁっぁ──」

 

 沙那は絶叫した。

 脳まで達した痺れがついにすべてを支配する。

 焼けつくような衝撃波が全身を駆け巡った。一瞬だけだが、なにもかもわからなくなる……。

 

 自分がなにを耐えているかも……。

 真っ白いものが頭の中で弾けた。

 激しい稲妻が背骨を駆け巡る。

 気がつくと沙那は背中をこれ以上ないという程反り返らせていた。

 

「あはあああぁぁぁ」

 

 なにかが突き抜けた。

 全身が震えて、次の瞬間、身体から力という力が抜けた。

 沙那はぐったりと卓に崩れ落ちるように突っ伏した。

 

 それではっとした。

 達してしまえば宝玄仙が……。

 女陰から張形が引き抜かれた。

 

 それで、やっぱり自分は達してしまったのだと悟った。

 絶望が全身を包む。

 

「もう少しは頑張るかと思ったけど、お前のご主人様を思う気持ちはそれくらいかい。見な──。孫空女はまだ頑張っているよ」

 

 春嬌が言った。

 沙那は首を横にして孫空女を見た。

 

「あはあ、あはあ、はあ、はあぁあ」

 

 孫空女は半狂乱だった。

 艶めかしい声を出して、なんともいえない色香を発散しながら顔を振って髪を振り乱し、それでも必死に快感に耐えて戦っている。

 孫空女が貫かれているのはお尻だ。

 孫空女が弱い肛門を律動され、綺芳に胸を揉まれ、背後から舌で背中を舐められている。

 全身は真っ赤に上気し、おびただしい脂汗が流れている。

 

 孫空女もぎりぎり限界なのは見ていてわかる。

 それでも孫空女は必死になって快感と戦っていた……。

 最後のところでまだ踏みとどまっている……。

 

「情けないねえ、沙那──。お前に比べれば、孫空女はまだ増しさ。なんでもしますなんて、口先だけじゃないか。宝玄仙のために少しでも快感を我慢するくらいできないのかい」

 

 春嬌が馬鹿にしたような声をあげた。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那は絶句した。

 

「とにかく、さっき、言った通り、宝玄仙に罰を受けてもらうよ──。ほら、雌豚、情けない供の罰をお前が受けな」

 

 春嬌はそう言うと、三角木馬に跨っている孫空女の肉芽に繋がっている鎖を思い切り引っ張った。

 

「ひぎいいいぃぃぃ」

 

 宝玄仙が全身を反りかえして絶叫した。

 大きく眼を見開き、限界まで開いた口から、泡のような唾液とともにけたたましい悲鳴が迸っていた。

 春嬌が右手に細長いへらのような板を持っている。

 驚いたことに、春嬌は、鎖で引っ張ることで限界まで伸びた宝玄仙の肉芽にへらを思い切り打ちつけたのだ。

 

「ほがああぁぁ」

 

 宝玄仙が獣のような声で吠えた。

 次の瞬間、宝玄仙の声が不意に途切れた。

 全身から力が抜け、首輪に繋げられた鎖が伸び切り、首ががくりと前に倒れる。

 気を失ったのだ。

 

「雌豚、勝手に気絶するんじゃないよ──」

 

 春嬌がもう一度、宝玄仙の肉芽にへらを叩きつける。

 宝玄仙の身体が跳ねあがり、絶叫が再開された。

 

「沙那、もう一度だ。今度は孫空女のやっているようにお尻でやりな。終わったら、次は前──。ある程度の腰の動きができるようになるまで続けるよ」

 

 春嬌が冷たく言った。

 

「ほら、集中しな──」

 

 お尻が叩かれ、麗芳が今度は沙那のお尻に張形を突き入れた。

 激しい快感がまた沙那を襲った。

 

 それから宝玄仙を人質とした沙那と孫空女の性交訓練が続いた。

 どのくらい続いたのだろうか……。

 

 かなりの長い時間だったような気もするが、実際にはそれほどの時間ではなかったのかもしれない。

 結局のところ、沙那がお尻で二度目の絶頂をするのに、長い時間はかからなかった。

 それどころか、孫空女が一回目を耐える前に、沙那は二回目に達してしまって春嬌を呆れさせた。

 

 宝玄仙は沙那のために、また肉芽打ちをやられて、再び悶絶した。

 その次についに孫空女が果てた。

 宝玄仙は続けざまに肉芽を打たれた。

 

 このとき、三角木馬の頂点からおびただしい液体が滴り落ちた。

 宝玄仙の失禁だ。

 それからしばらくは、同じことをやらされた。

 犯されて達するたびに宝玄仙が痛めつけられて、それを見させられるのだ。

 

 宝玄仙は何度も気を失い、そのたびにまた肉芽を打たれて激痛で覚醒させられていた。

 そして、肉芽打ちをされて悶絶する。

 するとそれを肉芽を痛めつけて意識を戻される……。

 その繰り返しだ。

 

 あまりもの惨い仕打ちに、途中から沙那は嗚咽がとまらなくなった。

 泣きながらも快感だけは激しく感じていた。

 沙那がいくことで宝玄仙は苦しみ、沙那は繰り返す自分の絶頂を呪った。

 

 やがて、やっと終わりだと制限されて、宝玄仙が外に連れ出された。

 三角木馬から降ろされたとき、宝玄仙はまったく動くことができなかったが、そんな宝玄仙を春嬌は容赦なく肉芽の鎖を引っ張って腰をあげさせて強引に連れ出した。

 

 そのとき初めて、沙那は宝玄仙が女陰だけでなく、肛門も肌に孔を開けられて輪っかを通され、それを使って皮膚を引っ張られて肛門の中が見えるように剝き出しにされて尻孔も拡張させられているということに気がついた。

 また、三角木馬をおろされた宝玄仙は股間から血を流していた。

 股間と肉芽の部分が裂けて、ぽたぽたと血が落ち、それがぽつりぽつりと床を汚していた。

 

 沙那と孫空女は、卓に拘束されていた手首の革紐を外されて、手枷で背中に拘束され直した。膝の間に金属棒の挟まった膝枷がつけられてやっと足首が解放される。

 そして、首輪に鎖をつけられた。

 

「ほらっ、今日の調教は終わりにしてやるよ。明日は晩餐会だからね。しっかりと体調を整えておくのよ」

 

 卓から解放されてぐったりと座り込んでいた沙那と孫空女にそう言ったのは綺芳だ。

 結局のところ、沙那はもう十数回は達している。

 孫空女も同じだろう。

 もう、まるで腰が動かない。

 

「いくよ──。それと、戻りながら宝玄仙が汚した床を掃除しな。這いながら進むのよ」

 

 麗芳が沙那の首輪の鎖をぐいと引っ張る。

 両手を背中で拘束されている沙那は、這えと言われれば膝と肩で歩くしかない。

 その姿勢で、ところどころに落ちている宝玄仙の血の滴のひとつに近づく。

 床に落ちている宝玄仙の血を舌で舐めとる。

 ふと見ると、すぐそばで孫空女も別の場所で同じように舌で床を掃除していた。

 

「ね、ねえ、孫女、あ、あのとき……、つまり、春嬌が丸薬を毒だと思って出したとき、本当は毒じゃないとわかったの?」

 

 沙那は小声で言った。

 

「いいや、なにも考えなかったよ」

 

 孫空女も小声だがあっけらかんと言った。

 

「だったら、どうして……。わ、わたしは飲めなかった。毒と言われたらためらった。春嬌の言う通りだった。わたしに覚悟がなかったのよ。あのとき、わたしは一瞬だけ死ぬのが怖いと思った。死んでもご主人様を救えないとか、春嬌がご主人様を解放すると言ったのは嘘かもしれないから死んではならないとか理屈を考えたのは後のことよ。わたしは、単純に死ぬのが怖かったの。あなたにある覚悟がわたしにはなかったのよ」

 

 沙那はささやいた。

 

「沙那は色々と考えているだけさ。それに比べればあたしは馬鹿だからね」

 

 孫空女が沙那に振り向いて白い歯を見せた。

 

「お前ら、ぺちゃくちゃ喋るんじゃないよ」

 

 綺芳がぐいと孫空女の首輪を引っ張り、孫空女は顔から床に崩れた。

 しかし、すぐに身体を起こして床を舌で掃除する態勢に戻った。

 それからは、沙那と孫空女は、無言のまま、ひたすら舌で血の痕を拭き取りながら檻に向かって這い進んだ。

 

 ──あのとき、孫空女がためらわなかったことを自分はできなかった……。

 

 沙那は、舌を動かしながら、そのことばかりをずっと考え続けていた。



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343 芋茎(ずいき)の股縄と刺激遮断

 首輪に繋がった鎖を曳かれながら、孫空女はさらに地下に向かう石段を沙那と一緒に下りた。

 両腕は革枷で背中で拘束されており、両脚は肩幅ほどの鎖で繋がれた足枷が嵌められている。

 抵抗は不可能だ。

 それに、逆らえば宝玄仙や朱姫に危害を加えると言われているので、大人しく従うしかないと思っている。

 

 春嬌(しゅんきょう)の屋敷は外からは平屋だが、むしろ地下が主要な空間を占めている。

 孫空女たちがこれまで調教されていた部屋は地下一階にあり、監禁されている場所はさらに下の地下だ。

 

 地下二階には石畳の階段を降りた鉄格子の門の向こうにあり、その奥に壁をくり抜いた檻が十棟ほど並んでいた。

 そのひとつに、孫空女は調教を受けるとき以外は監禁されていた。

 ただ、ずっと十棟の檻には孫空女だけしかおらず、沙那も朱姫も宝玄仙もここに連れられる気配がなかったので、もしかしたら、この屋敷にはほかにも監禁する場所があるのかもしれない。

 いずれにしても、沙那も一緒に連れてこられたところをみると、今夜は沙那もここに一緒に監禁されるのだろうか……。

 

「明日の晩餐会で、お前たちは女ふたりで愛し合う見世物を演じるそうね。だったら、できるだけ息の合った芸ができるように今夜は一緒の檻に入れてあげるわ。どんな芸をやるのかふたりでよく話し合いなさい」

 

 綺芳(きほう)がくすくすと笑いながら孫空女の首輪に繋がっている鎖を檻の前の壁に繋げた。

 鎖をかけた場所は壁の随分と上側にある鉤だ。

 両手を後手に手枷をかけられたままで、足首の枷を外されて、膝に肩幅ぼどの棒に挟まれた膝枷をつけられた。

 つまり、孫空女は石壁に向かって、脚を拡げて手を後ろにして立った状態にされたということだ。

 沙那も孫空女の隣に同じような姿勢で固定されている。

 

「な、なにするつもりよ?」

 

 沙那が不安そうな声をあげた。

 

「明日は忙しいからね。あたしたちも春嬌様も、夕方から始まる晩餐会までお前たちに構っている暇がないのよ。だから、お前たちが客が悦ぶような濃厚な舞台が演じられるように手伝ってあげようと思ってね……」

 

 背後に立っている麗芳(れいほう)が言った。

 いやな言い方だ。不吉な予感が孫空女の心をよぎる。

 

「ひいっ、い、嫌っ──、ま、待って……」

 

 突然、沙那の悲鳴が響いた。

 はっとして横を見ると、麗芳と綺芳のふたりが沙那の股間に黒い縄をかけている。

 腰にふた巻きほどされた縄が沙那の股間をくぐり、雌妖たちの手により双臀に力一杯たぐられている。

 沙那の股間を抉る縄には大小の結び瘤が作られている気配もある。

 それが沙那の股間に喰い込んでいる。

 沙那は腰を振って嫌がっているが、脚を開いて拘束されている沙那には、抵抗の手段がない。

 あっという間に沙那のお尻側の腰紐に連結されて縄止めされた。

 

「あっ……」

 

 沙那が切なそうな息を吐いて腰を悶えさせた。

 つらいのだろう。股縄は沙那の股間に限界まで喰い込んでいる。

 

「これを着るのよ」

 

 綺芳が革布のようなものを出してきた。

 胸当てのようだ。

 ちょうど胸の部分の胴を覆うくらいの細さと長さで、沙那の乳房側に布を差し入れて背中側で両端を合わせた。

 すると革の胸当てがすっと縮んで沙那の胸を締めて肌にぴったりと張り付いたようになった。

 

 霊具だ───。

 

 孫空女は思った。

 おそらく、道術でなければ胸当てがとれないようになっているはずだ。

 だが、ここに監禁されてからずっと全裸にされていた。

 霊具とはいえ、いまさら着る物を与えるというのは随分と奇妙な感じがした。

 

 沙那は股縄をされた股間にも革の下着を装着されている。

 足首から通さなくても、股間側から当てて腰の左右で前後からやってくる革布の細い部分を合わせれば勝手に密着するようになっているようだ。

 胸当てと同じように、布を合わせると霊具の道術が動き、革の下着が合わさって革の下着となって沙那の腰に密着した。

 

「できたわ。次は孫空女ね……」

 

 綺芳と麗芳が孫空女側にやってきた。

 沙那と同じように股間に縄掛けをされる。

 

「ひうっ」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 股間に通された縄瘤が孫空女の肉芽を押し潰し、女陰を抉り、肛門に喰い込んだのだ。

 それが後ろ側からぐいぐいと引っ張られてさらに強く締めあがっていく。

 あっという間に大きな疼きが股間から沸き起こり、なんともいえない恍惚とした気持ちにさせられてしまう。

 孫空女はいつの間にか腰を小さく振っている自分に気がついた。

 

「そんなに気持ちいいの? あんたたち、噂によるとひとりで十人でも二十人でも相手にするような女戦士だそうじゃないの。それがそんな風に縄一本でよがりだすなんて恥ずかしくないの?」

 

 麗芳が揶揄する。

 しかし、少しでも身動きすれば、股間を締めあげている股縄が刺激を与えて悦虐の痺れを与えてくる。

 口惜しいがこうやって立っているだけで股間がびっしょりと濡れてくるのがわかる。

 ひんやりとしたものが胸に当たった。

 革の胸当てだ。

 革が孫空女の後ろに回ったかと思ったら、革布が縮んで革が密着した。

 続いて腰に革の下着も装着される。

 

「終わりよ。じゃあ、入るのよ」

 

 横の檻のひとつが開けられた。

 檻の高さは低い。

 腰を屈めなければならないくらいの高さだ。ただし奥行きはあるので、奥まで入れば身体を横にすることはできるし、人間ふたりが入る十分な幅もある。。

 孫空女は不自由な足を交互に出して腰を屈めて進む。

 

「ひうっ」

 

 腰を曲げて動かすと股間の縄が孫空女を抉る。

 

「早くしなさい。後がつかえているのよ」

 

 後ろから尻を蹴られて押し込められた。

 はずみで転倒した孫空女は、股間を抉った強い刺激ですぐに起きることができなかった。

 するとその上に、沙那の身体が降ってきた。沙那もまた蹴り入れられたようだ。

 

「そうやって、仲間同士ですごせるなんて嬉しいでしょう? なんだかんだ言っても、お前たちは頑張ったからね。ご褒美よ」

 

 檻の扉が閉まり、外から鍵がかかる音がした。

 綺芳と麗芳が腰を屈めてこっちを覗きこんでいる。

 

「じゃあ、綺芳、あたしは行くわね。あの感じじゃあ、宝玄仙はまた『治療術』が必要と思うから……」

 

「あたしもすぐにあがるわ」

 

 綺芳が応じると、麗芳が立ち去る気配がした。

 さっきまで宝玄仙は、孫空女と沙那の眼の前で三角木馬に跨らせられて、孫空女と沙那が張形責めにより絶頂するたびに肉芽をへらで打ちつけられるという責め苦を受けていた。

 最後には宝玄仙の股間の皮膚が破けて血を流し始めた。

 それでやっと、今日の調教が終わり、宝玄仙を含めた全員が解放された。

 そして、宝玄仙が血を垂らしながら春嬌によってどこかに連れ出された後、孫空女は沙那とともに、宝玄仙の血で汚れた床を舌で掃除しながら途中まで進まされたのだ。

 残った綺芳が鉄格子の向こうからこっちを覗いている。

 

「忙しいからあなたたちの様子は、頻繁には見に来れないわ。あんたらが履いているのは特殊な下着で、おむつとしての効果もあるのよ。大便は無理だけど、尿ぐらいだったら道術で吸収してくれるから、もよおしたらそのまま垂れ流しなさい。悪いけど晩餐会までは、あんたらの餌を持ってくる以外の相手はできないと思うわ。とにかく、明日の夕方までそのままよ」

 

「ま、待って、綺芳……ご主人様はどうなったの? それに朱姫は?」

 

 沙那だ。沙那が窮屈な檻の中でやっと上体を起こして綺芳に向かって声をあげた。

 

「宝玄仙は春嬌様がまだ調教を続けていると思うわ。本当に、春嬌様は、宝玄仙を壊すのがお気に入りのようね。寝る暇も惜しんで宝玄仙を痛めつけるものだから、麗芳の『治療術』で快復させる暇がないのよ」

 

 檻の外の綺芳が肩をすくめた。

 『治療術』と言っても、麗芳の道術は高くはないのだろう。

 宝玄仙の全身の鞭痕が残ったままだったということからそれがわかる。

 治療のための道術をかけても、宝玄仙のように瞬時に治療が終わるということはなく、回復のためには安静したいくらかの時間が必要のようだ。

 

「とにかく、ゆっくりと休みなさい……。もっとも、休めたらのことだけど」

 

 嫌な言い方だ。

 

「や、休めたらって、どういうことよ、綺芳?」

 

 沙那が言った。

 

「あんたらの股間に喰い込ませたのは、朱紫(しゅし)芋茎(ずいき)の草で編んだ縄よ。もうすぐしたら股間が痒くて堪らないようになるわ。舞台で早く愛し合いたくなるようにその縄をかけたのよ。明日の晩餐会では濃厚な演技をみんなの前でしてちょうだい」

 

 そう言って綺芳は笑って立ち去った。

 

「け、結局、どこにご主人様や朱姫がいるのか教えなかったわね……」

 

 綺芳が完全にいなくなる気配がすると沙那が口を開いた。

 沙那も孫空女も狭い檻の壁に背を預けるようにお互いに向き合っている。

 ふたりとも腕は背中で、膝枷のために開いている脚を前に投げ出した格好だ。

 

「と、とにかく、機会を待つしかないけど、ご主人様のあの様子だと、長く時間をかけるわけにはいかないよね……」

 

 孫空女も言った。

 春嬌の言葉によれば、宝玄仙は媚薬漬けにされているようだ。

 そのためか、なんだか意識が朦朧としているような状態だった。

 全身は傷だらけで、春嬌の遊びのために舌まで切断されたりもしていた。宝玄仙は体力も気力も強い方ではない。

 宝玄仙が取り返しつかないくらいに壊れてしまわないかどうか心配だった。

 

「わ、わかっているけど……」

 

 沙那は顔をしかめた。

 そして、急に綺麗な顔の眉に皺を作って、腰を動かし始める。

 

「こ、これは……」

 

 沙那が悲鳴のような声をあげた。

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女も思わず叫んだ。

 急に沙那が苦しみだしたものが、孫空女にも襲いかかってきたのだ。

 下腹部から怖ろしい痒みがやってきたのだ。

 

「か、痒い──」

 

 沙那は身体をばたつかせた。

 

「ち、畜生──。な、なんだよ、これ──」

 

 孫空女も悲鳴をあげた。

 強烈な痒みだ。そして、さっき綺芳が明日の夕方までこのままだと言っていたことを思い出した。

 

 冗談じゃない───。

 

 こんな痒みを放置したまま明日の夕方までなど耐えられるわけがない。

 きっと発狂してしまう。

 

 孫空女に襲いかかる股間の痒みはどうしようもないものになっていた。

 沙那も全身を震わせて、痒い痒いとうわ言のように言い続けている。

 

 沙那は大きな苦悶の様子を見せているが、孫空女にもどうしようもない。

 彼女の身体は、ますます苦しげに裸身をよじらせて、全身からみるみると汗が噴き出させている。

 それは孫空女も同じだ。

 痒みを癒したくても、ふたりとも腕が背中だ。どうしようもない。

 

「そ、そうだ……そ、孫女……、足で……。お、お互いの足で……」

 

 沙那が苦しそうな声をあげた。

 最初は、沙那がなにを言っているかわからなかったが、沙那の恥ずかしそうな表情からやっとわかった。

 腕が使えなければ、足を使って股間を慰め合って痒みを癒そうと言っているのだ。

 沙那の足も孫空女の足も真っ直ぐに延ばしている。

 それをお互いの股に延ばして刺激をし合おうということのようだ。

 

「わ、わかった……」

 

 孫空女は身体を動かして、沙那の股間に足の裏がくるように伸ばした。

 沙那の足も孫空女の股間に当たる。

 

 ふたりでお互いの股間を踏み合う。

 

「あ、あれっ?」

「な、なんで?」

 

 ふたり同時に声をあげてしまった。

 確かに沙那の足は力を入れて、痒みでただれたように熱くなっている孫空女の股間を刺激したのだ。

 だが、孫空女はまったく股間になにも感じなかった。

 相変わらず痒みは収まらず、沙那の足などなにも触れていないようにしか感じない。

 

 沙那も同じのようだ。

 脂汗の浮かぶ顔を呆然とこちらに向けている。

 

「こ、この革の下着よ──。あ、あいつら──」

 

 沙那がはっとしたように叫んだ。

 孫空女にもわかった。

 さっき股間と胸に装着された革の下着と胸当ては、おそらく外からの刺激を完全に遮断してしまう効果があるに違いない。

 痒みに狂った孫空女と沙那が、ふたりで慰め合うことを十分に予想して、綺芳と麗芳が嫌がらせをしたのだ。

 

「ち、畜生……。だ、駄目なのかい──」

 

 孫空女は力を入れてぐいぐいと沙那の股間を足の裏で動かした。

 これだけやれば、痒みが癒されるどころか痛みさえも感じるはずだ。

 だが、沙那は痒みに苦しそうな顔はしているが、孫空女の足からはなんの刺激も得ることができないようだ。

 そして、孫空女やっぱりなにも感じない。

 股間の痒みはだんだんと絶望的なものになっていく。

 

 沙那が力を入れて孫空女を踏んでいる足の裏に、孫空女自身も力を入れてぎゅっと力を入れるのだが、まったくなにも感じてくれない。

 癒されるはずの痒みが癒さないことで孫空女の頭が股間の耐え難い痒みだけでいっぱいになる。

 

「こ、こんな酷い……」

 

 沙那が泣きそうな顔になった。

 孫空女にもずきんずきんと下腹部から突きあげるような痒みが襲ってくる。

 ふと見ると沙那の苦悶が激しいものになっている。

 孫空女も同じだ。

 こんな状態で明日の夕方まですごすなんて絶対に無理だ。

 

「あ、あたしの肩を噛みな、沙那。あ、あたしも肩を貸して──」

 

 孫空女は身体を起こして、自分の肩を沙那の口に持ってきた。

 沙那の肩も孫空女の口に当たる。

 

「い、いくよ」

 

 孫空女は言った。

 

「や、やって……強く噛んで、孫女。皮膚が破けてもいいから……」

 

 沙那が呻くように言った。

 孫空女はこのもの凄い痒みに耐えられずに沙那の肩に歯を喰い込ませた。

 沙那の歯も孫空女の肩に喰い込む。

 痛みが走るが、それでほんの少しだが股間の痒みが小さくなる。

 

 ほんの少しだが……。

 

「も、もっとよ、孫女。もっと、噛んで──。お、お願い──」

 

 沙那が口を離して悲鳴のような声をあげた。

 肩に喰い込む痛みで沙那は痒みを少しでも和らげようとしているのだ。

 孫空女も沙那から与えられる痛みで、下腹部を苛む鋭い痒みを忘れようとしていた。

 

「もっと、噛んで──」

 

 沙那が絶叫した。

 その肩からはすでに血が流れている。

 孫空女は噛んでいる沙那の肩から血の味を感じた。

 

「あ、あたしももっと強く──」

 

 孫空女も一度口を離して叫んだ。

 

 股間が痒い──。

 その苦しみを忘れるために、孫空女は力の限り沙那の肩に歯を喰い込ませた。



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344 許されない放尿

「そろそろ、時間よ、朱姫……。準備はできたんでしょうね」

 

 監禁されていた部屋の扉が開いて、入ってきた麗芳(れいほう)が言った。

 

「わ、渡されたものは着ました……」

 

 朱姫はそう言った。

 この春嬌の屋敷に監禁されてから六日のはずだ。

 

 もっとも、きちんとした時間の感覚は朱姫にはなかった。

 ずっと沙那と一緒に窓のない地下で調教を受けていた。

 調教を受けた一日が終わり、休むことと食事と身体の手入れを許された時間があり、次の調教の日がやってくる──。

 これで一日の流れを知るだけだ。

 

 朱姫の道術が奪われたというのは間違いない。

 この屋敷に『移動術』の道術で跳ばされたとき、毒の空気の充満した部屋に跳躍させられて、ほかの三人とともに意識を失ったが、朱姫はかすかに残る意識の中で、若い妖魔が朱姫の道術を奪った感覚を覚えている。

 それはおそらく、宝玄仙の道術を奪った妖魔と同じものであろう。

 朱姫は、そのときに鈴の音を耳にしたのだ。

 宝玄仙も朱紫国の国都で最初に道術を奪われたときに、鈴の音を聞いたと言っていた。

 あれは、宝玄仙の道術を奪ったときと同じ鈴の音と同じであるに違いないのだ。

 

 いずれにしても、それ以降、この屋敷の持ち主の春嬌(しゅんきょう)という雌妖に無理矢理に屋敷奴隷にさせられ、四人全員が春嬌とその部下の麗芳と綺芳(きほう)の姉妹雌妖による苛酷な調教を受けさせられた。

 

 もっとも、四人はばらばらにされて、それぞれに調教を受けたので、ほかの者がどういう状況になっているかまったくわからなかった。

 朱姫は、沙那と一緒に麗芳という雌妖による調教を受けていたが、その間、宝玄仙と孫空女の姿には一度も接することができなかった。

 

 そして、あるとき、春嬌が奴隷披露のための晩餐会を妖魔たちを集めて開くということを聞かされ、朱姫はひとりだけ沙那と監禁されていた檻を出されて、この部屋に閉じ込められたのだ。

 それまで監禁されていたのは、壁をくり抜いた細長くて天井の低い石牢だったが、ここは椅子があり寝台がある普通の部屋だ。

 

 ただ、普通に思える部屋でも、牢には変わりはない。

 部屋には窓がなく、出入り口の扉がひとつしかない。唯一の扉には『道術錠』がかけられている『道術錠』は、道術による錠前であり、道術遣いでなければ開くことはできない。

 道術を奪われても霊気の動きは知覚できる。

 それで、朱姫はこの部屋にかかっている道術の存在がわかったのだ。

 

 この部屋に監禁されてからずっと朱姫はひとりで放っておかれたが、道術を奪われている朱姫には扉を抜けて脱出するのは不可能だった。

 それに朱姫の首に装着された首輪には、床の金具に繋がった鎖があった。

 鎖は随分と長いので、この部屋である限り自由に動けるのだが、それ以上に離れることはできない。

 その首輪の鎖以外には、朱姫は拘束されていなかった。

 

「立って給女の服を見せなさい」

 

 麗芳は戸口に立ったまま言った。

 給女の服と麗芳が言っている服は、数刻前に渡された。

 今日初めての食事を持ってきた麗芳が化粧道具とともに置いていったのだ。

 

 朱姫の役割は、晩餐会における客の給女のようだ。晩餐会に集まった妖魔の客に飲み物や食事を配って歩けと言われている。

 それに比べれば、宝玄仙や沙那や孫空女は、その席で春嬌の奴隷として紹介されて公開調教を受けるということであり、朱姫は特別な待遇であるらしい。

 

 ともかく、朱姫は渡された服を着て、髪を整え化粧をして、ここで待っているように命令された。

 仕方なく命令に従ったが、畳まれた服を拡げて朱姫は鼻白んだ。

 渡された給女服は上半身の部分こそ、紺色の清楚なものであったが、臍から下の部分に当たるものがなにもなかったのだ。

 上半身はきちんと服を身に着けながら、下半身がすっぽんぽんの姿で給女をして回れということだろうか。

 全裸よりもむしろ恥ずかしい恰好で、晒し者にしようということに違いないと思った。

 朱姫は歯噛みした。

 

 だが、着ないわけにはいかない。

 朱姫は、きちんと身だしなみを整えて上半身に服を着ながらも、下半身は素裸という奇妙な恰好で待っていた。

 そして、やっと麗芳が部屋に来た。

 立って準備した姿を見せろというその麗芳の言葉に、朱姫は仕方なく従う。

 

「ほほほほ、随分と素敵な恰好じゃないの、朱姫……。じゃあ、入ってちょうだい」

 

 麗芳が部屋の外に声を火かけた。

 

「なかなかの美形の奴隷じゃないか、麗芳殿」

 

「これは、なかなかの趣向……。上は正装、下は素裸というのは……」

 

「人間の娘か? 十五、六ということかのう、麗芳殿」

 

 突然、五匹ほどの正装をした屈強そうな雄妖が入ってきた。

 そして、わらわらと朱姫の周りを囲み始めた。

 

「きゃあああああぁ」

 

 いきなりのことで朱姫は慌ててその場にうずくまって下半身を隠した。

 

「なに、勝手にしゃがんでいるのよ。面倒をかけさせると、お前の仲間を折檻するよ」

 

 麗芳が叫んだ。

 この数日の調教で麗芳たちは、朱姫たちの仲間意識が強く、本人ではなく仲間を折檻すると言えば、反抗の態度をとらなくなると悟ったようだ。

 一緒に調教を受けた朱姫と沙那もお互いを折檻すると言われて、さまざまな恥辱的なことをやらされた。

 

 とにかく、逆らうわけにはいなかい。

 仲間がどういう状況になっているかわからない以上、迂闊なことをして彼女たちを危険な目に遭わせないとも限らないのだ。

 春嬌たちが、朱姫たち四人の命など路傍の石ほどにどうでもいいものと思っているのは明らかだ。

 あまりに反抗すれば、ただの見せしめのために誰かの命を奪ってしまいそうだ。

 それで、沙那とともにずっと恥辱に耐えてきたのだ。

 

 朱姫は股間をしっかりと閉じ合せて、前を両手で隠しながら立ちあがった。

 それを雄妖たちが取り囲み、好色な視線で朱姫の身体を舐め回す。

 

「この人たちは、お前の支度を手伝ってくれるのよ。挨拶をしてお礼をしな」

 

 麗芳が言った。その麗芳は出入り口である扉の前から動かない。

 おそらく、客の雄妖を連れて来たのは、万が一にも朱姫が抵抗して暴れはじめたら困るということを考えたに違いない。

 朱姫は武芸の嗜みはないが、朱姫を囲む雄妖たちが、それなりの腕の立つ者たちばかりだというのはなんとなくわかる。

 しかし、朱姫はここで暴れて抵抗するつもりはなかった。道術が遣えなければ、朱姫などただの非力な少女でしかないし、いまの状況で逃亡の機会も、ましてや仲間を助けることもできるとは思えなかった。

 

「しゅ、朱姫です……。よろしくお願いします」

 

 仕方なく朱姫は頭を下げた。

 

「おう、よろしくな……。じゃあ、さっそく両手を前に出しな」

 

 雄妖の一匹が腰帯を拡げた。

 それを朱姫に嵌めようとしているようだ。

 腰帯は臍の上の腰の括れた部分に締めつけて背中側で鍵で留めるようになっているらしい。

 身体の前側の部分に鎖が繋がっていてその先に手錠が付いている。

 その手錠を手首に付けられれば身体の前であればある程度の仕事はできるが、それ以上の自由は利かなくなるだろう。

 朱姫の背後にも別の雄妖が立った。

 手を伸ばして前側の雄妖から腰帯を受けとった。

 腰帯がしっかりと腰の括れに装着される。

 

「ま、待って……。待ってください」

 

 さらに手を取られて腰帯の鎖に繋がった手枷を嵌められそうになるに及んで、朱姫は思わず、手を引いて声をあげた。

 

「なんだい、朱姫。抵抗する気かい?」

 

 麗芳が険しい表情で怒鳴った。

 

「ち、違うんです……。お、大人しくします。大人しくしますから……。その前に……」

 

 朱姫がそう言うと、やっと麗芳が朱姫の困惑を悟ってくれて表情を崩した。

 

「ああ、お前、小便がしたいのかい?」

 

 麗芳がわざとらしく大きな声で言った。

 朱姫は五匹もの雄妖に取り囲まれた状態で、尿意を訴えるなど耐えがたい恥辱を感じたが、このまま拘束されてしまっては、尿意が溜まったまま給女をしなければならない。

 それでやむを得ず口にしたのだ。

 そもそも、この屋敷に監禁されて以来、糞尿については限られた時間でしかすることを許されていない。

 調教を受ける前と受けた後に、檻に近い厠に立ち寄って麗芳たちの前でするのだ。

 しかし、この部屋に入れられてから一度も外に出されていない。

 そのため、一日間ずっと朱姫は尿意を我慢していたのだ。

 

「小便がしたいのかと訊いてるのよ」

 

 麗芳が大きな声をあげた。

 

「し、したいです……」

 

 朱姫は、折り曲げた膝をもじつかせて股間を両手で押さえながら小さな声で言った。 自分の股間にはっきりとした雄妖たちの視線を感じて、恥ずかしくて顔をうつむかせる。

 

「まあ、無理ないかね。そう言えば、ずっと我慢させたままだったねえ……。わたしも随分と我慢が続くものだと思って感心していたんだけどね」

 

 春嬌が哄笑すると、朱姫を取り囲む雄妖たちも一斉に笑う。

 

「お、お願いです。拘束する前に厠に行かせてください」

 

 朱姫は訴えた。

 

「厠には行かせてやるよ。だけど、拘束は先に受けな。拘束されても小便はできるだろう。ただ、垂れ流すだけじゃないか」

 

 春嬌が言うと、そうだそうだと言いながら、強引に身体の前の手錠を両手首にかけられた。

 手首の手錠の後には、背後から足首にも鎖の繋がった足枷を嵌められた。足首を繋ぐ鎖は肩幅くらいの長さだ。

 

「さて、とにかく、朱姫、お前にはいいものをやるわ。ただ、普通に給女するだけじゃあつまらないでしょう?」

 

 朱姫の拘束が終わると、やっと麗芳が戸口から離れて朱姫のそばにやってきた。

 朱姫が少しでも逃亡をしようとすれば、道術でこの部屋を封鎖してしまうつもりだったに違いない。

 この屋敷に監禁されてから朱姫も沙那もずっと隙を伺っているのだが、麗芳にしろ、綺芳にしろ、春嬌にしろ少しも油断しない。

 沙那に言わせれば、沙那たちのような猛者を監禁して調教をすることに馴れているようだという。

 

 春嬌はこの屋敷に、それこそ何人もの獲物を捕まえて嬲り者にしていたに違いないと、沙那は判断していた。

 沙那と朱姫が昨日まで監禁されていた檻には、過去に沙那や朱姫と同じような犠牲者が囚われていた形跡があったし、なによりもこの屋敷は、人間を捕えて監禁したり、奴隷のように飼育したり、あるいは調教したりするための施設が整いすぎている。

 それだけになかなか、脱出や反撃の機会を見つけるのは難しそうだし、時間もかかるかもしれないと沙那は言っていた。

 

 沙那は朱姫と離れる直前まで、とりあえず屈服した振りをしてなんとか、この屋敷の雌妖たちの隙を伺おうと努力していた。

 しかし、その沙那も、朱姫と離されてどこかに連れて行かれた。これから始まる晩餐会に出されるはずだが、いまはどうなっているのかわからない。

 

「みんな、こいつは抵抗すると思うから押さえて頂戴」

 

 麗芳が言った。

 

「ああ、な、なにするつもり? 変なことしないでよ」

 

 朱姫は近づく麗芳が手に奇妙な棒を持っているのを見て悲鳴をあげた。

 しかし、その朱姫を周りの雄妖が掴む。

 

「尻をあげさせて……」

 

 麗芳が朱姫の前に立った。

 

「ひいっ……や、やだあっ」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 だが、五匹もの雄妖によってたかって押さえつけられたら、拘束された身では抵抗のしようがない。

 跪かされて首を床側に無理矢理に押さえつけられた。

 朱姫は尻を突きあげた格好になった。

 麗芳が朱姫の前に座ると懐から小瓶を出した。

 そして、朱姫の顔の前にかざしながら、瓶から塗剤を指ですくってその棒に塗り込み始める。

 

「お前の好きな尻用の淫具よ。嬉しいでしょう? これを尻に入れてから下着を履かせてあげるわ。おしっこはそれからよ」

 

 麗芳が愉しそうに笑った。

 

「そ、そんなの嫌です」

 

 これからなにをされるのかがはっきりとわかって朱姫は悲鳴をあげた。

 

「給女をしてもらわなければいけないんだけど、そのためには、ある程度自由にしなけれはならない。だけど、これをお尻に入れておけば、お尻の弱いお前は逃げられないし、仲間を助けようとすることもできないでしょう。言っておくけど、これは霊具だからね。一度挿入されたら、絶対に抜け出ないわ。給女をしながらしっかりと愉しむといいわよ」

 

 麗芳が笑いながらこれ見よがしに朱姫の顔の前で、持っている棒に塗剤を塗りたくる。

 棒の長さは、朱姫の中指の二本分以上はある。

 表面がねじのようなうずまきをしている。

 そのねじりの溝を埋めるように塗剤が埋められていく。

 

「そ、そんなことしなくても逃げませんから」

 

 朱姫はもがいた。

 

「いいから、大人しく尻の穴を開きな。俺たちが手伝ってやるよ。そのために手伝いに来たんだしな」

 

「そうだな。それにしても、可愛い人間の娘だな」

 

「暴れるな、暴れるな……」

 

 朱姫を押さえつけている雄妖たちが無遠慮に朱姫の肛門に指を入れてまさぐってくる。

 お尻にぞわぞわとした疼きが走る。

 それが子宮に届き、さらに全身に拡がる。身体中を得体の知れない痺れが駆け回る。

 そして、それが大きな愉悦に変化するのだ。

 朱姫は思わず声をあげて身体を震わせた。

 

「ちょっと、やだ、やだってばあ」

 

 朱姫はもがいた。

 しかし、あっという間に指が捩じり棒に入れ替わって、その先端を肛門にあてがわれてしまう。

 

「わ、わかりました。受け入れます。でも、その前に厠に……」

 

「うるさいわねえ。小便はこの後にさせてやると言っているじゃないの。それよりも、ここで洩らしたら承知しないわよ。ここは本当は奴隷用の檻じゃないのよ。こんな場所の床をお前の尿で汚したら、普通の折檻じゃきかないからね。それこそ、お前たち四人のうち誰かを死ぬまで鞭打つわよ」

 

 麗芳が冷ややかに言った。

 尿意に耐えている朱姫の厠に行かすことも許さずに、容赦なくおかしな淫具で敏感な肛門をいたぶろうとする麗芳に、朱姫は憎しみとも悔しさともわからない感情が湧き起こる。

 捩じり棒の先端が朱姫の肛門に喰い込む。

 朱姫は懸命に漏れそうな尿意を我慢した。

 

「ほほおぉぉぉ」

 

 ぐりぐりと回転しながら棒が朱姫の肛門に入ってくる。

 お尻の粘膜が押し拡がり、朱姫の肛門の内襞を抉りながら奥に入ってくる。

 

「あはああ……ああっ……あああ……」

 

 朱姫は歯を食いしばって頭を仰け反らせた。

 それでも我慢できずに、全身を力の限り仰け反らせる。

 愉悦が朱姫の全身を支配した。

 

 捩じり棒が朱姫の尻を抉る。

 封じ込められない声が迸る。

 甘美な痺れが稲妻のように刺激が脳天に次々に押し寄せる。

 

「あはああああっ」

 

 捩じり棒が朱姫の肛門の奥の部分を突いた。

 電撃のようなものが背骨を貫き、脳天で爆発して朱姫を一瞬真っ白な世界に導いた。

 

 さっそく、達してしまった……。

 朱姫は呆然とした。

 

「気持ちよさそうだったな。そんなに嬉しいかい?」

 

「へ、へ、へ、このお嬢さん、すっかりと全部飲み込んでしまったぜ、麗芳殿」

 

「随分と尻が弱いんだな。驚いたぜ……。麗芳殿から教えられていたとおりだな」

 

「一度、入ったら、もう取れないらしいぜ、どうする、あんた?」

 

 雄妖たちが絶頂の余韻に震える朱姫の尻たぶを代わる代わる触りながら言った。

 

「しかも、さっそく、いったのね……。ふ、ふ、ふ……。でも、てっきり、そのまま洩らすかと思ったけど頑張るなんて見直したわよ、朱姫……。じゃあ、もっと、頑張ってもらおうかしら」

 

 麗芳が意味ありげに笑んだ。

 すでに捩じり棒は朱姫の肛門の一部であるかのようにすっかり馴染んでいる。

 痛みはない。

 あるのは朱姫を途方に暮れさせるほどの快感だ。

 棒によって沸き起きる身体を溶かすような気持ちよさが続いていて、朱姫を苦しめ続けている。

 

 お尻の異物感が堪らない。

 それがただれるような快感をまだ拡げ続けている。朱姫はなにかを求めるかのように口を開いたり閉じたりした。

 しかも、もはや尿意は鈍痛のような下腹部の疼きにもなっている。

 

「あ、あの……」

 

 もう尿意が激しい。

 尻に入れられた淫具もつらいのだが、いまはなによりも、猛烈な尿意がつらい。

 

「わかっているわよ。おしっこでしょう。でも、もう少し待つのよ。この下着をつけてからよ」

 

 下着?

 

「これは情けよ……。半妖のお前をいくらなんでも素っ裸で晩餐会に出すにはいかないそうよ。よかったわね……。あんたの仲間は晩餐会に出て、お客様たちに犯しまくられることになっているんだから。それに比べれば下着だけでも履かせてもらえるのは感謝しなきゃ駄目よ」

 

 麗芳が言った。

 股間に不意になにかが触れた。

 首を後ろに回すと、股間に白い布があてられている。朱姫の腰の部分を包む小さな布きれで股間の前後に布を当てて、腰の横で前後から伸びる紐を結ぶようになっている下着だ。

 それが朱姫に履かされて朱姫の腰の横で結ばれる。

 

「さあ、立ちなさい」

 

 麗芳が言った。

 朱姫は腿を擦り合わせるようにして立った。

 こうしていないと尿意が苦しいのだ。

 しかも、肛門に挿入された淫具は、ただ立っているだけで朱姫を苛み、朱姫をずきんずきんという痛みにも似た官能の疼きを与えてくる。そんな状態で、朱姫は必死に尿意を耐えていた。

 

「じゃあ、行きましょうね、朱姫」

 

 麗芳は朱姫を扉に促した。

 五人の雄妖たちに取り囲まれ、朱姫は押されるように歩いていく。

 扉が開け放たれ部屋の外に出た。

 不意にどっという歓声のようなものが朱姫を襲った。

 

 びっくりした。

 大勢の妖魔が集まっている大広間だ。

 全部で五十匹くらいだろうか。

 

 大柄な妖魔から小柄な妖魔、雄妖もいるし、雌妖もいる。

 人間に比べればちょっとだけ異形の部位があるだけの妖魔たちが着飾って集まっている。

 部屋のところどころには料理と飲み物が並べられた卓があり、それが花に彩られて飾られている。

 正面にはなにかの見世物を催すための演台のような場所まである。

 この部屋に連れてこられたときは、目隠しをされて歩かされたので、どこに連れてこられたかまったくわかっていなかったが、どうやら朱姫は、ずっと晩餐会が開かれる会場に隣接する部屋に監禁されていたようだ。

 

 驚いている朱姫の前に、すっと春嬌が現われた。

 真っ赤な衣装を着て、髪をあげて整えていた。

 胸と髪に大きな青い宝石の装飾具をつけている。

 春嬌は、会場の真ん中で数名の客と談笑をしていたが、朱姫が会場に入ってくるのを見ると、すぐにこっちにやってきたのだ。

 

「来たわね、朱姫……。さっそく、働きなさい。酒を注ぐための樽が会場の隅に置いてあるわ。それを盆に載せて運び、酒のなくなった客の空の杯を片づける。それを晩餐会が終わるまで続ける。それがお前の仕事よ……。それと汚れた皿を新しい皿に交換するという仕事もあるわ。交換用の皿も酒樽のある位置にある。わかったわね───。じゃあ、行きなさい」

 

 春嬌が朱姫に言った。

 

「で、でも……」

 

 朱姫は戸惑った。

 やるべきことはわかったが、まだ排尿をさせてもらっていない。

 てっきり部屋を出て、厠に連れて行ってもらえると思っていたのだ。

 部屋を出た場所がいきなり晩餐会の会場とは思いもよらなかった。

 

「始めなさい」

 

 春嬌は冷たく言った。

 ふと見るとさっきまで朱姫を囲んでいた雄妖も散ってしまっているし、麗芳までどこかに行ってしまっていた。

 

 なにかの策略めいたものを感じる……。

 しかし……。

 

 朱姫は激しい尿意を抱えたまま、上半身に給女の衣装を着け、下半身は小さな布一枚という破廉恥な姿で、尻に淫具を挿入された状態で会場の真ん中で途方に暮れた。

 

「さっさと働くのよ、朱姫──。それとも、お前の仲間に折檻を与えて欲しいのかい」

 

 春嬌が声を張りあげた。

 それを言われれば、なにをされても耐えるしかない……。

 しかし、この尿意だけは……。

 

「もちろん、勝手に厠に行くことなんて許さないわよ。わかっていると思うけどね……。奴隷が厠に行けるのは、仕事が終わってからよ」

 

 春嬌がにやりと笑った。

 それで朱姫は、春嬌がわざと朱姫に尿意を抱えたまま、給女をさせようとしているということを悟った。

 朱姫はその陰湿さに歯噛みして、春嬌を睨んだ。

 

「そうだ、こうしようじゃないか。お前が小便を我慢している間は、仲間を見世物にするのはやめにしてやるよ。仲間が大事なら小便くらい耐えきってみせな、朱姫──。もしも、晩餐会が終わるまで、お前がなんの粗相もせず、しかも、尿も洩らさなければ、宝玄仙も沙那も孫空女も、なんの折檻も受けることなしに、この晩餐会が終われるということさ……。さあ、始めるんだよ」

 

 春嬌が大きな声で笑った。

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫を襲っている尿意は限界だ……。

 この晩餐会がどのくらい続くのか知らないが、もう四半刻(約十五分)も耐えられない。漏れそうなのだ。

 

「さあ、音楽だよ──。宴の始まりだ──」

 

 春嬌が叫んだ。

 なにかの道術で優雅な音楽が広間に鳴り響き始めた。

 客の妖魔たちがどっと沸いた。

 

 ついに、宴が始まったのだ──。

 そして、春嬌はまた妖魔の客の中に埋もれていった。朱姫はもうなにを訴えても無駄だということを悟るしかなかった。

 朱姫は、与えられた仕事を行うために、重い足取りで会場の隅の酒樽のある位置に向かった。

 

 激しい尿意と泣きそうになるような肛門の刺激を感じながら……。



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345 尿意地獄と恥辱の給女

 春嬌(しゅんきょう)は自分を囲む客たちと談笑しながら、その肩越しに、杯を載せた盆を抱えて宴の会場を歩き回る朱姫を見守っていた。

 客の妖魔たちも奇妙な恰好をして給女を始めた「人間」の美少女に蔑みの視線を浴びせている。

 

 客たちには朱が半妖であることを教えていない。

 今夜の晩餐会で披露する新奴隷はすべて人間の女だと説明した。

 だから、奴隷の格好で給女を始めた朱姫のことも「人間)」の奴隷なのだと認識するだろう。

 だが、春嬌としては、朱姫はあくまでも給女であって奴隷として披露しているわけではないつもりだ。

 従って、新奴隷はすべて人間の女だという春嬌の言葉に嘘はない……。

 一応はそういう体裁だ。

 

 賽太斎(さいたいさい)の手前、半妖の朱姫を奴隷として披露するわけにはいかないのだ。

 しかし、客が勝手に勘違いする分は、春嬌が預かり知ることではない。

 

 いずれにしても、朱姫はいま、朱姫のことを人間の娘であって春嬌の新しい奴隷だと認識しているたくさんの客たちの嘲笑と侮蔑の波の中を動き回っている

 

 羞恥と尿意に顔を歪ませ、太腿を擦るようにして鎖で拘束された身体で客たちの間を回り歩く朱姫の姿は痛快だ。

 なによりも、いまにも崩壊しそうな尿意を耐えて、小刻みに震えながら、腰を曲げるように歩いている姿が面白い。

 晩餐会が終わるまで厠には行ってはならないと言い渡したが、あれでどのくらいもつのだろうか。

 春嬌はほくそ笑んだ。

 

 しかし、朱姫もあれ以上文句を言わずに、大人しく給女を務めだしたところを見ると、本当に晩餐会が終わるまで尿意を耐えきるつもりなのだろうか。

 賽太歳から半妖の朱姫については、春嬌の屋敷奴隷にするのはならないと言われているため、やむなく朱姫は、奴隷披露ではなく給女として晩餐会で働かせることに決めたのだが、こうやって、いざ、そうしてみると、むしろこれはこれで愉しい見世物だと思う。

 なにせ、破廉恥な恰好をした人間の少女が、限界に達した尿意に耐えながら、妖魔たちの召使いとして酒や料理を運んで回るのだ。

 

 ここに集まっている人間嫌いの妖魔たちも、その人間の娘の無様さを悦んでくれているようだ。

 この麒麟(きりん)山の妖魔には、人間と対立するのを悦ばない平和的な妖魔が多いのだが、春嬌の屋敷に集まる妖魔たちは別だ。

 春嬌と同じように人間への恨みを忘れていない一族がここに集まるのだ。人間を苛めれば苛めるほど悦ぶ妖魔たちばかりだ。

 憎い人間を奴隷のように扱うということで、彼らはかつての恨みの溜飲を下げるのだ。

 朱姫は半妖というが、春嬌はそうは思っていない。

 人間と一緒に暮らす半妖は人間だ。妖魔の血を誇る資格はない。

 

 それにしても、麗芳(れいほう)綺芳(きほう)に任せておいた趣向は、かなり愉快なものだった。

 まずは、その姿だ。

 朱姫は首に金属の太い首輪を嵌め、清楚な紺の女給服を着ながらも、その服は臍から下をすっぽりと切断されている。

 股間を隠しているのは、両脇を紐で結んで留めるかたちの小さな白い布の下着だけだ。

 上だけ清楚でまともな格好をさせ、下半身にはなにも身につけさせないというのは、春嬌が考えていたよりも、煽情的で恥辱的な姿だと思った。

 

 また、朱姫は、腰帯に繋がった手錠で自由を封じられ、さらに足首にも足枷をつけられて、足枷を繋ぐ鎖を引きずる音をさせながら歩いているが、それも奴隷的でいい。

 そして、麗芳の綺芳のふたりは、朱姫を監禁しながらわざと一日以上排尿をさせなかった。

 しかも、朱姫の弱い肛門には、朱姫を苛む淫具が挿入されているという。

 そんな朱姫が、どれだけ尿を耐えることができるのか見物というものだ。

 

「そんな無様な歩き方をしてもらっては困るわね、朱姫。お尻を後ろに突き出したようなみっともない恰好で給仕をしてもらっては女主人のわたしが恥ずかしいじゃないか。いくら、小用がしたくても、しっかりと背筋を伸ばして歩きな」

 

 朱姫がたまたま盆を持って近くを通ったので春嬌は、大きな声でわざと冷やかした。

 すると、同調した妖魔の客たちが口々に朱姫を囃し立て始める。

 朱姫が恥ずかしさと惨めさと怒りをごちゃ混ぜにしたような表情で春嬌をにらんだ。

 

 しかし、歯噛みしただけで、なにも言わずにそのまま通り過ぎる。

 あの様子では、かなり尿意は限界のようだ。

 だが、まだもう少しは我慢できるのかもしれない。

 もっともそれは、このままなにも刺激が与えられなければの話だ。

 もちろん、そんなに簡単に済ませるわけがない……。

 

 春嬌は隠し持っていた道具を手に握って、道術で操作した。

 朱姫の肛門に挿入させている淫具を振動させるための霊具だ。

 それを使えば、離れた場所から朱姫の肛門に埋めた淫具を自在にできるのだ。

 

「あっ」

 

 少し離れた場所を歩いていた朱姫が突然、真っ赤な顔をして立ちどまった。

 そして、当惑したように周囲を眺め回す。

 しかし、やがて、諦めたかのように腰をさらに引いた姿で歩き出した。

 朱姫の腰は、なにかに耐えられなくなったかのように淫らに動いている。

 その苦しそうな表情と恰好は、なにかの異変が朱姫にやってきていることは丸わかりだ。

 

 興味を抱いた客たちがだんだんと朱姫の周りに集まり始めた。

 行く手を塞がれた状態の朱姫は、なにかに耐えるように、眼をつぶり顔をしかめている。

 歩みは完全に止まり、膝と腿が閉じたり開いたりしている。

 気がつけば膝が緩むが、そうすると尿意のことを忘れそうになり、慌てて腿を擦り合わせるという感じだ。

 

 もちろん、春嬌にはなにが朱姫に起きたのかを知っている。

 春嬌が朱姫の肛門に挿入させた淫具を道術で動かしたのだ。

 だが、まだ最初のうちは大した動きは与えない。

 尻の弱い朱姫に、肛門に挿入させた霊具で強い振動を与えれば、あっという間に達してしまい、尿意に耐えている堰も崩壊して、この場で失禁してしまうに違いないからだ。

 しかし、それでは面白くない。

 耐えられる限界のところで留めておいて、できるだけ長くいたぶった方が面白い。

 

 いま、朱姫が与えられたのは、考えられる最小の振動でしかないはずだ。

 だが、朱姫のあの様子だと、あれでもかなり効いているようだ。

 いまにも崩壊しそうな苦悶の表情を浮かべている。

 

「なにを立ちどまっているのよ、朱姫──。働きなさい。仲間を折檻するよ」

 

 春嬌は大声で怒鳴った。

 そして、朱姫の肛門に挿入されている淫具の振動をとめた。

 朱姫がほっとした表情で息を吐いた。

 同時に朱姫を囲んでいた客の妖魔たちが、朱姫を嘲笑しながら朱姫の前を開けた。

 

 春嬌は、朱姫が進み始めたのを確認し、春嬌はまた淫具を振動させる。

 朱姫は泣きそうな表情で数歩だけ歩いたが、また、耐えられなくなったかのように立ちどまった。

 しかし、すぐに歩き始めた。

 だが、また立ちどまる。

 

 同じことを三度繰り返し、ついに諦めたかのように進まなくなった。

 朱姫を客たちがまた取り囲む、

 

「お前、さぼってないで、早く仕事をおし──」

 

 春嬌は朱姫を囲んでいる客たちの輪の中にやってきて、朱姫を再び怒鳴りつけた。

 しかし、朱姫はつらそうな表情でうつむいているだけで、もう動こうとしない。

 腰を引いた状態で全身を震わせて突っ立ったままだ。

 朱姫が両手で持っている酒の入った盃がかたかたと動いている。

 かすかな振動だが、朱姫の肛門の中の淫具は振動している状態だ。

 どうやら、これを振動させられると、もう動くことができないようだ。

 

「お前、早く、仕事をしなと言っているだろう──」

 

「お、お願い……と、とめて……ください……。このままじゃ……」

 

 自分を囲む輪の中に春嬌を認めた朱姫が哀願の表情をこっちに向けた。

 

「このままじゃあ、なんだい。わからないよ、朱姫」

 

 春嬌はわざとらしく声をあげる。

 

「も、漏れるんです……」

 

 朱姫は歯を食いしばった口をわずかに開いて言った。

 見知らぬ妖魔に囲まれながら尿意を訴えるなど恥辱以外の何物でもないはずだが、もう朱姫にはそんなことに構う余裕はないようだ。すがるような視線を春嬌に向けてくる。

 

「おう、この人間の娘は、小便がしたいのか──」

 

「行儀の悪い給女だぜ」

 

「あらあら、可哀そうに……。こんなに、脚を震わせてねえ、ほ、ほ、ほ、おかしい」

 

「まあ、余程おしっこをしたいのね、この娘。ここでしたらどうなの? おしっこの出方は、人間の女もあたしたちとも同じかしら?」

 

 取り囲んだ客たちが口々にはやし立てた。

 

「さ、触らないでください……ひいっ」

 

 朱姫が悲鳴をあげた。

 客のひとりが朱姫の震える内腿に手を伸ばしたのだ。

 しかし、両手で盆を抱えている朱姫には避けることができない。

 すると無遠慮な客の手が代わる代わる朱姫の脚をくすぐって悪戯をしはじめた。

 

 朱姫は全身を悶えさせて悲鳴をあげ続けた。

 春嬌はすっと尻の淫具の振動をとめてやった。

 朱姫が逃げるように客たちの輪を抜け出す。

 だが、すぐに春嬌は振動を戻す。

 

「あふっ」

 

 朱姫が思わず声をあげ、がくりと腰を落とした。

 それから、しばらく動かしてはとめ、とめては動かすとういうことを繰り返した。

 朱姫は、翻弄されたように歩いては止まるということを繰り返していたが、やがて、振動を止めてもまったく動かなくなった。

 完全に腰を引いて苦しそうに顔をしかめている。

 

「朱姫、何度言ったらわかるんだい──。働けと言っているだろう」

 

 春嬌は会場の隅で完全に足を止めた朱姫のもとに再び進んだ。

 その頃には、すっかりと朱姫は大勢の客に囲まれて好奇の視線を向けられていた。

 

「も、もう、だ、駄目です……。か、厠……厠を使わせてください……」

 

 もう限界なのか、朱姫の顔は蒼ざめ、屈ませている腰と擦り合わせている腿はぶるぶると震えている。

 

「何度言ったらわかるんだい、朱姫──。お前が厠に受けるのは、仕事が終わってからだと言っているだろう。いい加減にしないと、仲間が酷い目に遭うんだよ」

 

 春嬌は声をあげた。

 しかし、朱姫は苦悶を浮かべた顔を左右に振るだけだ。

 

「お、お願いです……。厠に……」

 

 朱姫はそれだけを言った。

 仲間を折檻すると脅しても、動こうとしないということは、本当にこれ以上は無理なのに違いない。

 春嬌は、客の輪の外で遠巻きにこっちを見守っている麗芳に眼で合図をした。

 麗芳が動く。

 しばらくするとそばの卓の真ん中に向かって、天井から一本の鎖が降りてきた。

 

「じゃあ、小便をさせてやるよ、朱姫。その卓に上がりな」

 

 春嬌は顎で鎖が垂れ落ちている卓を指した。朱姫がびっくりしたように顔をあげて、その卓を見た。

 そして、料理や酒の乗っている卓に鎖が降りてきているのを認めて目を丸くした。

 

「な、なにを言っているのよ。ま、まさか……」

 

 朱姫が悲鳴のような声をあげた。

 

「さあ、いよいよ、春嬌の宴恒例の余興の始まりだよ。第一番手はこの娘だ。こいつを卓の上にあげて、首輪の金具にその鎖を繋いでおくれ」

 

 春嬌の言葉を聞いて朱姫が悲鳴をあげる。

 しかし、その朱姫の声も客たちの歓声にかき消される。

 春嬌の宴と言えば、人間の奴隷を嗜虐する見世物が繰り広げられることはわかっている。

 ここにいる客たちは、それを期待して集まっているのだ。

 

 朱姫の手から酒の載った盆が取りあげられた。

 そして、朱姫の手首の枷と腰帯に繋がっている鎖が短くなり、朱姫の両手首が腰帯に密着する。

 朱姫のさせている腰帯も霊具だ。

 道術で手首に繋がっている鎖の長さを調整できるのだ。朱姫は両手の自由を完全に封じられた。

 朱姫は、些細な抵抗を示したが、大勢の妖魔によってたかって強引に卓上にあげられた。

 二匹の雄妖が朱姫と一緒に卓にあがり、天井から垂れ下がった鎖を朱姫の首輪に繋いだ。

 首輪と天井を繋げる鎖の長さも調整されて、朱姫が卓の上に立ちあがらなければならない長さになった。

 

「お、おろして……」

 

 朱姫の首輪に鎖を繋げるために一緒に卓にあがった妖魔たちが卓から飛び降りてきた。

 少女の姿の朱姫が大勢の妖魔が囲む卓の上にたったひとりであげられたかたちになった。

 

「なるほど、春嬌殿の言った通り、この娘はもう我慢ならないところまで追い詰められているようですな」

 

 春嬌の隣の雄妖が言った。

 

「じゃあ、朱姫、約束した通り、このまま晩餐会が終わるまで我慢しきったら、仲間を虐げるのは勘弁してあげるよ。仲間の運命は、お前の頑張りにかかっているということだ。仲間を救いたければ必死になって我慢しな」

 

 春嬌は言った。

 朱姫はもう哀願をする余裕もないのか、必死になって腿を擦り合わせている。

 

「もう、口がきけない程に苦しいということのようだな」

 

 隣の雄妖が大笑いした。回りの妖魔もどっと笑う。

 

「も、もう……く、苦しいです……。が、我慢できないんです……」

 

 朱姫は歯をきりきりと噛みながら顔に脂汗を滲ませている。本当に苦しそうだ。

 

「だったら、その場で立小便しな。もちろん、お前の小便で汚れた食べ物は、お前たちの今夜の飯だからね」

 

 朱姫の顔が屈辱の色に染まる。

 春嬌は本当にそうするつもりだ。

 朱姫の小便まみれの餌だと言って仲間に食べさせる。

 そのとき彼女たち、とりわけ朱姫がどんな表情をするだろうかと想像すると本当に興奮してくる。

 自分の仲間が自分の小便で汚れた食べ物を口にするのだ。

 きっと、絶望と恥辱に打ちひしがれるに違いない。

 

 それでふと思いついた。

 明日からは、連中の食事は必ず、四人の誰かの小便をかけさせてから食べさせることにしたらどうたろうか。

 あるいは淫液でもいいかもしれない。

 とにかく、汚さなければ食べさせないことにするのだ。

 

 春嬌は自分の思いつきにだんだんと興奮も感じてきた。

 朱姫の顔は絶望に歪んでいる。

 朱姫としても、春嬌だったら、小便のかかった食べ物を口にさせるというようなことはやりかねないとわかっている。

 だから嫌そうな顔をしているのだ。

 

「そら、足を開きな」

 

 両側から手を伸ばした若い雄妖たちが朱姫の足首を握って左右に引っぱりだした。

 

「ああっ、な、なにするんです──」

 

 朱姫が大きく狼狽した。

 

「そんなに股を擦り合わせられちゃあ、やり難いと思ってな。立小便というのは脚を開いてやるものさ」

 

 若い雄妖たちはげらげらと笑いながら朱姫の両脚を鎖で繋がっている限界まで拡げてしまう。

 朱姫は悲鳴をあげるが、雄妖たちは朱姫の脚が閉じられないように足枷の上から縄をかけて、卓の脚に縄尻を結びつけてしまった。

 開いた脚の下に適当な料理が皿に集められて並べられる。

 

「そら、遠慮なく、皿の上に垂れ流しな。お前たちの今日の食事だ」

 

 春嬌は、額に汗をべっとりと脂汗を滲ませている朱姫に言い放った。

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫は苦しげに喘ぎながら呻くように言った。

 

「それにしても、お前、せっかく履かせてやった下着をもう汚したのかい。その股間を濡らしている丸い染みはなんだい。さっそく洩らしたのかい?」

 

 春嬌は小刻みに震える朱姫の股間を包んでいる下着に丸い分泌液の染みができているのを目聡く見つけて叫んだ。

 朱姫に対する嫌がらせのための肛門に挿入させている淫具で繰り返しいたぶった。それで朱姫は女陰から漏れ出た淫液で下着を汚してしまったに違いない。

 朱姫は泣きそうな顔できっと歯を食いしばって春嬌を睨んだ。

 本当はなかなかに気の強い娘であるの違いない。

 これだけの恥辱的な目に遭っても、まだ、あんな反抗的な視線ができるのだ。

 

 春嬌の心にぞくぞくとした興奮が生まれる。

 気の強い人間の女に遭うたびに春嬌の興奮は抑えられなくなる。

 その気の強い女の気力を一枚一枚剥ぐようにいたぶるのだ。

 それがなによりも春嬌の快感を誘う。

 

 この数日、春嬌はその気の強い女を毀していく快感を宝玄仙によって味わっていたが、宝玄仙はそろそろ終わりだ。

 途中から全く人が変わったかのように、反抗的な態度も表情もなくなった。

 従順に責めを受けて泣くだけの哀れな女に成り下がってしまった。

 今夜も特別な趣向を準備しているが、それにより、宝玄仙の身体と心は完全に毀れてしまうかもしれない。

 それはそれでいいのだが、問題は明日からの愉しみのことだ。

 沙那と孫空女についても、死ぬかもしれない趣向を今夜は準備している。

 本当に死んでしまう可能性も低くはない。

 そうすると残るのは朱姫ということになる。

 

 だが、もしかしたら、この朱姫こそ、一番の気の強さを持っているのかもしれないと春嬌は思ってきた。

 考えていたよりも、早々に宝玄仙が毀れてしまいそうなことで失望しかけていたのが、新たな希望を見出だした気分だ。

 

 朱姫は本当は、四人の中でも一番強い気性の持ち主ではないだろうか。

 それを持ち前の無邪気そうな雰囲気と幼さの残る風貌と丁寧な言葉遣いで隠しているような気配だ。

 今夜の晩餐会の唯一の心配は、考えている趣向のために、せっかく手に入れた奴隷を失ってしまうことだったが、そうなってもまだ春嬌の愉しみは続くということを確認できて、春嬌は大いなる満足感と安心感を味わった。

 

「その丸い染みは、なにかって訊いているんだよ、朱姫」

 

 春嬌は卓の上にたまたまあった長串をとって、その先で朱姫の下着の染みを突いた。

 

「ひいっ」

 

 朱姫は腰を引いて悲鳴をあげた。

 それを手を伸ばして長串の先で追いかける。

 面白がったほかの客も真似をして朱姫の股間をつつき始める。

 

「い、言います……。言いますから、やめてください……。そ、それは朱姫の恥ずかしい染みです」

 

「恥ずかしい染みじゃあわからないよ」

 

 春嬌は笑いながら、尿道口を狙って下着の上から長串の先で擦る。

 

「あ、愛液です……。朱姫の汁です──か、勘忍して……も、漏れる……」

 

 朱姫が断末魔のような熱っぽい声をあげた。

 苦悩の表情を浮かべて苦しむ朱姫の姿に満足した春嬌は、朱姫をいたぶるほかの客たちの手をやめさせた。

 そして、集団の外で待機していた麗芳に合図をする。

 彼女たちが客の輪を割って中心に進んできた。

 朱姫が載せられている卓にすっとあがる。

 

「さて、じゃあ、その下着の紐を緩めてあげるわね。でも、粗相をしちゃ駄目よ。重みで脱げ落ちてしまうからね」

 

 麗芳がやっているのは、紐で結んでいる朱姫の下着の紐を緩めることだ。

 結び目を解いて、ただ紐がひと巻きだけ絡んでいる状態にさせる。

 紐は汗で濡れているからそれでも解けることはないが、朱姫が尿で下着をびしょびしょにすれば、その重みで、ひと巻きしかしてない左右の紐が外れて尿とともに下着が落下するという趣向だ。

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫が狼狽えた声をあげている。

 下着の紐を緩め終わった麗芳が卓から降りた。

 これですっかりと準備が整った。

 

「さあ、もういいよ。これ以上、苦しみたくはないだろう? ひと思いに緊張を解きな──。お前の排尿の見世物が終わったら、沙那と孫空女の出番だ。ふたりの死の性愛の時間ということさ」

 

 春嬌は言った。

 

「し、死の性愛って、な、なによ……?」

 

 朱姫がはっとしたように言った。

 

「お前が気にすることじゃないよ。お前はここで見物していればいいのさ」

 

 春嬌はただそれだけを言った。

 

 

 *

 

 

 尿意の限界に追い込まれて、さらにその姿を大勢の客の妖魔たちに囲まれた朱姫は、頭の芯までその恥辱と激しい尿意の苦痛に痺れ切らせていた。

 それでも耐えているのは、春嬌がなにやら宝玄仙や沙那や孫空女に対して、不穏な企みを準備している気配があるからだ。

 晩餐会が終わるまで尿を我慢できるとは思えないが、朱姫が頑張れば頑張るほど、それを遅くすることができる。

 

 朱姫にはもう、なにもすることはできないが、せめて、少しでも仲間に対する責めの開始を遅くさせたい……。

 それだけの思いで朱姫は、ぎりぎりのところで踏みこたえていた。

 しかし、その朱姫をあざ笑うかのようにまた肛門に挿入された淫具が活発に動き出した。

 

「ああっ……そ、そんな……ひいいいいいっ」

 

 朱姫は、快感で押し流されそうな身体に力を入れ、必死になって尿意に耐えた。

 卓の上から、腕組みをしてにやにやして朱姫を見あげている春嬌をにらんだ。

 春嬌が道術を遣って、朱姫の肛門に挿入された淫具を動かしたに決まっているのだ。

 

 尿意の限界の身体に襲いかかる尻の淫具の振動──。

 その甘い疼きが腰骨まで痺れてくる。

 快感が大きい……。

 なにも考えられなくなる……。

 

 春嬌が周りの客に朱姫の肛門に挿入させている淫具のことを説明しているのがかろうじて聞こえた。

 すると、客たちが朱姫の痴態をからかい始める。

 

「そんなに腰を振ったら、小便をする前に下着が落ちてしまうぞ」

 

「人間の娘が淫らに顔を歪めよるわい」

 

「顔が真っ赤よ。面白い……。ころころと顔色が変わるわね」

 

 客たちがいろいろな言葉で朱姫をからかう。

 しかし、朱姫は、その一部でさえも理解できなくなりつつある。

 それよりも限界……。

 

「ああっ」

 

 眩暈のような快感が朱姫を襲った。

 骨がばらばらになるような戦慄だ。

 圧倒的な強さでのぼってきた快感の矢に朱姫はなすすべなく全身を大きく仰け反らせて嬌声をあげた。

 

 次の瞬間、しゅっと朱姫の股間が破けるような勢いで放水が始まった。

 水の勢いで、ほどかれた紐がからまっただけだった下着がべちょりと足元の料理の載った皿の上に落ちた。

 

「出た──」

 

 誰からともなく叫んだ。

 ついに朱姫は激しい放尿を始めてしまった。

 悲鳴に似た歓声が一斉にあがる。

 濡れ落ちていった紐の下着と料理を汚しながら、朱姫はなにも履いていない股間から尿を放ち続けた。

 妖魔の客たちの揶揄は激しいものになるが、一度始めた放尿は止めようもなく、客たちの哄笑と嘲笑の中で朱姫は全身を震わせながら排泄の恥辱を晒し続けた。

 

「へへへ、わしは人間の女の立小便は初めて見たな」

 

「俺たち妖魔を目の敵にする人間だけに、たとえ女でも大した迫力で小便をするものだ」

 

「それにしても凄まじいわねえ。卓の上はなにもかもびしょびしょよ」

 

 雄妖と雌妖たちが口々に朱姫の失態を笑い合う。

 そして、恥を知れとか、呆れたものだと口々に朱姫を罵った。

 

 やっと放尿が終わった。

 朱姫は呆然として汚辱感に打ちひしがれていた。

 その朱姫の足元に手が伸びた。

 ふと見ると、春嬌が朱姫の脚の間にあった皿に手を伸ばしている。

 びしょびしょの小さな下着の下から一本の肉の串焼きをとった。

 朱姫の激しい尿でびしょびしょに汚れている。

 それを春嬌が麗芳に渡した。

 すると麗芳がそれを持って、朱姫が載っている卓に再び飛び乗った。

 

「春嬌様の命令よ。これを食べなさい」

 

 小便にまみれた肉が朱姫の口に突きつけられた。

 朱姫はこのうえにまだ朱姫に恥辱を味わせようとする春嬌に沸騰するような怒りを覚えた。

 

「……拒否できると思っているの……?」

 

 麗芳が耳元でささやいた。

 逆らえばなにをするかわからない。

 朱姫だけにであればいいが、そのとばっちりはこれから責め苦を受けるはずの宝玄仙や沙那や孫空女に向かうかもしれないのだ。

 

 朱姫は口を開けた。

 尿にまみれた肉が口の中に入れられた。

 それを口の中で咀嚼する。

 一斉に笑い声が朱姫の周りで起きた。

 

 すると大きな喧騒が正面の演台で起こった。

 朱姫は視線を向けた。

 仕切りに隠された演台の端から綺芳が大きな車台に載せたふたつの袋を運んでくるのが見えた。

 そのふたつはもぞもぞと激しく動いている。

 耳を澄ませば、その袋の中から大きな呻き声のような音も聞こえる気がした。

 その袋が演台の床に投げ捨てられた。

 

 客たちが一斉に朱姫の周りから演台に移動していく。

 高い卓の上に立っている朱姫は、その人だかりの向こうの演台の様子をしっかりと見ることができた。

 綺芳が動き回る袋の口を緩めて中から人の頭だけを外に出した。

 

 沙那だった。

 汗びっしょりで苦悶の表情を浮かべている。

 しきりに悲鳴をあげているが、それが口の中に押し込まれているらしい布のために聞こえない。

 その口の中の布が落ちないように、さらにその上から猿ぐつわもされているのだ。

 

 見えない袋の中でなにかをされているかのように、沙那は顔だけ出した袋に包まれたを芋虫のように激しくくねらせている。

 綺芳は、その沙那の首にある首輪に天井から下がってきた鎖を繋いだ。

 そして、もうひとつの袋も緩めて、そこから孫空女の顔だけを出させた。

やっぱり、天井から落ちてきた鎖を首に繋ぐ。

 孫空女もまた、袋に包まれた身体を暴れさせている。

 

「──さあ、次の趣向よ。次の出し物は、この朱姫の仲間の女戦士ふたり……。それが濃厚な女同士の性愛を見せてくれるわ……。それどころか、性愛をしながら股間が爆発して肉片が散乱するところが見ることができるかもね」

 

 意味ありげな言葉を春嬌が叫んだ。

 客たちが喝采をあげた。

 春嬌が促すと麗芳も演台にあがり、麗芳と綺芳の二匹でなにかの準備を始めた。

 客たちのすべてが演台でこれから始まることに期待と注目をしている。

 

「朱姫殿、いまやっていることは、あなた方にとって愉しいものでしょうか? これらはあなた方の心理的嗜虐の一環なのですか?」

 

 不意に後ろから声をかけられた。

 

「冗談じゃないわよ」

 

 反射的にかっとして答えたが、すぐにはっとした。

 

 誰だ、いまの……?

 

 いまの声に聞き覚えがある気がする……。

 慌てて振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。

 

 かすかな道術の気配がそこに残っていた。

 『移動術』───?

 

 そう思ったが、それはないはずだ。

 この屋敷には、『移動術』を封じる道術封じが張り巡らされていて、『移動術』は遣えない。

 唯一の例外は、屋敷の玄関から毒気の充満する部屋に飛ぶ『結界罠』であり、それ以外は一切の『移動術』が遣えないようになっている。

 春嬌でさえ、屋敷内では『移動術』は遣わずに歩いて移動しているし、ここに集まっている客たちも同じであるはずだ。

 だが、確かに背後にいたはずの誰かが道術で消えた気配がある……。

 

 しかし、朱姫の思念は前側の演台を囲んでいる大きな喧騒により中断された。

 演台で沙那と孫空女の公開調教がいよいよ開始されようとしていた。

 

「これからお見せするのは、まさに人間の女戦士ふたりの死の性愛です。ご期待ください」

 

 女主人の春嬌が愉しそうに口上を述べ始めた。



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346 狂気の晩餐会

「──さあ、次の趣向よ。次の出し物は、人間の女戦士がふたり……。それが濃厚な女同士の性愛を見せてくれるわ……」

 

 演台にあがった春嬌(しゅんきょう)が客たちに向かってそう説明すると、どっと会場が湧いた。

 

「は、離して……、ああっ……な、なんでもするから……お、お願いよ……」

 

「しゅ、春嬌……、ひいっ……か、痒い……。た、助けて……は、早く……や、早く……ひいっ……ああっ」

 

 猿ぐつわを外されるとすぐに常軌を逸したような声で沙那と孫空女のふたりが叫び始めた。

 首から下を大きな袋に入れられたままのふたりが、天井から垂れた鎖に首輪を繋がれて袋入りの身体を激しく悶えさせる姿は、まるで二体の巨大な芋虫のようだ。

 

 麗芳(れいほう)綺芳(きほう)のふたりが、昨日の夜にふたりの股間に芋茎(ずいき)の股縄をさせている。

 そのうえに、刺激を遮断する下着をつけさせたので、痒みを癒せないままほとんど丸一日が経過していることになる。

 

 ふたりは半狂乱だ。

 ただ、正気だけは失っていないし、しっかりとまともな意識も保っている。

 それについては、大したものだと思う。

 

 ふたりが、いまだ正気を保っているということは正直、少し信じられない気持ちでもある。

 春嬌は、沙那と孫空女がそのまま毀れてもいいという覚悟をして、痒み責めのまま一日放置するということをやらせたのだ。

 だが、このふたりは余程、こういう責め苦に耐性があるのか、半狂乱で暴れているものの、いまだ神経は焼き切れてはいないようだ。

 

 あるいは、このくらいの責めでは本当にふたりを堕とすことはできないのかもしれない。

 沙那と孫空女がすっかりと調教された身体というのはわかっている。

 調教したのは宝玄仙に決まっているが、あるいは、もっと激しい責めをふたりは受け続けており、こんなことではまだまだ毀れたりしないのかもしれない。

 

「な、なんでもするから……。お、お願いだよ……。ひぎいいっ……こ、こんなの酷いよ……。か、痒い……」

 

「た、助けて……わ、わたしたちが悪かったわ……ああっ……愛し合う……。孫女と愛し合わせて……。お、お願いよ……」

 

 孫空女と沙那が必死になって叫んでいる。

 大声で悲鳴をあげ、拘束された身体を限界までのたうつことでなんとか正気を保っているのもしれない。

 麗芳と綺芳によれば、このふたりは檻の中でふたりで肩を噛み合うことでお互いを傷つけ、その痛みでなんとか痒みを癒そうとしていたらしい。

 ひと晩が経って、様子を見にいった綺芳が肩から流れる血で血まみれのふたりを発見し驚いて春嬌に報告してきた。

 とりあえず麗芳に命じて『治療術』で傷を治して、ふたりを引き離した。

 それから、いまに至っている。

 

 完全に発狂してしまえば、晩餐会において公開調教をするには都合が悪いので、その一歩手前に引きとめておくつもりで綺芳に観察させていたが、ふたりとも狂ったように悶え暴れてはいたが、なんとか持ちこたえたらしい。

 綺芳もこれだけの痒み責めの苦しみに耐え続けるふたりに驚嘆もしていた。

 

「うるさいねえ──。盛りのついたけだものかい。すぐに乳繰り合わせてやるよ──。だけど、お前たちの声でわたしの声が客に届かないだろう。少し黙っていられないのかい」

 

 春嬌は苦笑して怒鳴った。

 しかし、ふたりとも春嬌の言葉などどうでもいいのか、それとも、もう言葉を理解することができないくらい追い詰められているのか、ひたすら哀訴の悲鳴をあげ続けている。

 

 春嬌は肩をすくめて、春嬌の横に立っている綺芳と麗芳に合図した。

 芋虫のようにうごめいている沙那と孫空女から袋から出した。

 ふたりとも全身が汗まみれで真っ赤だ。

 全身が壮絶なくらいに淫情しきっているというのがわかる。

 ふたりにさせている『刺激遮断』の胸当てと下着を取り去る。

 そして、さらに股間につけさせていた朱紫芋茎の股縄を外させた。

 

「あひいいっ」

「ひぐううぅぅぅぅ」

 

 ふたりがそれだけで達したような声をあげた。

 股縄はふたりのおびただしい淫液ですっかりとふやけている。

 塞がれていた女陰からふたりの淫液がどっと溢れてそれぞれの腿を濡らした。

 

「さ、沙那──」

 

「孫女──」

 

 ふたりとも後ろ手錠のままだが、脚はもう拘束していない。

 ふたりは、そのまま床を駆けて組み合おうとした。

 しかし、離れている首の鎖のためにぎりぎり阻まれて、がちゃんと音がしてふたりが接触するのが阻止される。

 ふたりが泣き叫ぶ。

 

「も、もう限界だよ……。しゅ、春嬌……恥でもなんでもかく……。沙那と……沙那と愛し合わせて……」

 

「た、助けて……、許して……」

 

 どうしてもぎりぎり接触できないとわかると交互に春嬌に助けを求めるように哀願を繰り返し始めた。

 その浅ましい姿に見物の妖魔の客たちがどっと哄笑した。

 

「わかった、わかった……。愛し合わせてやるよ。ただし、これを使ってもらうよ」

 

 春嬌は笑いながら、準備していた淫具を大きくかざした。

 

 双頭の張形だ。

 男根をかたちどった張形が両方の端についている一本の淫具であり、女同士で愛し合うための道具だ。

 お互いの女陰にそれを挿入して股間と股間をくっつけ合って愛し合うのだ。

 もちろん、これはただそれだけの淫具ではないが、その仕掛けの説明はまだだ。

 

「これを使って愛し合ってもらう。鎖を緩めてやるから、お互いにこれを挿入しな。ただし、制限時間はこの砂時計が落ち切るまでだ」

 

 春嬌はそう言うと横に台を運ばせて、その上に砂時計をひっくり返した。

 そして、ふたりの真ん中に双頭の張形を置いた。

 ふたりがきょとんとしている。

 がらがらと音がして、ふたりの接触を阻んでいたお互いの首輪に繋がっている鎖が緩む。

 これでふたりがくっつき合うことが可能になったはずだ。

 

「なにやっているんだい。時間切れになったら、また鎖が縮まって離れてしまうよ。お前たちの女陰の両方にそれが挿入されれば合格だ。手錠も外して愛し合わせてやるよ。ただし、間に合わなかったら鎖を短くして引き離し、さらに痒み剤を塗りたくって、ここで発狂するまで放置してやる──。さあ、始めな」

 

 春嬌の大声でふたりがはっとしたように顔を見合わせた。

 そして、慌てて身体を寄せ合う。

 

「さ、沙那」

 

「ま、待って、孫女」

 

 沙那が張形に向かって屈みこんだ。

 そして、張形の端を口に咥える。

 孫空女は跪いて脚を開いた。

 

「待ちな、こっちを向くんだ」

 

 春嬌は綺芳と麗芳に合図した。

 春嬌と綺芳は、孫空女の身体を客の方向に向けさせて、結合部分が演台の前に集まっている客によく見えるようにさせた。

 孫空女も沙那も抵抗はしない。

 むしろ、積極的に動いて麗芳と綺芳を急かしている。

 態勢が整うと、沙那が口に咥えた張形を孫空女の熟れきった女陰に挿していく。

 

「ほおおおおおぉぉ──」

 

 沙那が口に咥えた張形がずぶずぶと孫空女の女陰に呑み込まれる。

 孫空女が悲鳴のような嬌声をあげて身体を仰け反らせた。

 全身をがたがたと振るわせて、口から泡のような唾液を噴き出させた。

 

「お前ら少しは自重しな。結合する前に達すると数が勿体ないよ」

 

 さっそく達した孫空女の姿に春嬌は笑って揶揄したが、ふたりにはもう聞こえていないようだ。

 今度は孫空女が女陰から突き出した双頭の張形の反対側を沙那の腰に向けている。

 春嬌と綺芳が駆け寄って、ふたりの態勢を斜めにし、また結合部が客に見えるように動かす。

 

「そ、孫女、わ、わたしも……わたしも」

 

 沙那が切羽詰った声で言った。

 一刻も早く挿入したいようだ。ぼやぼやしていると春嬌の気が変わって、痒みを癒す機会を逸するとでも思っているのか、沙那も必死の形相だ。

 沙那の女陰にも双頭の張形の端が触れた。沙那と孫空女の両方が腰を突き出すようにして、沙那の女陰にも張形が挿入した。

 かちゃりと音がする。

 

「はあああああぁぁ……」

 

 沙那が幸せそうな顔をして声をあげて、全身を悶えさせて昇天した。

 春嬌はふたりの後ろの真っ白い壁に眼をやった。

 そこに大きな文字で“一”という数字が映っている。

 その横には、大きな青い縦長の四角が描かれている。ほんの微かずつだが、その四角は少しずつ短くなっていく。

 

「沙那、もっと……」

 

「う、うん……。孫女……、ああっ、気持ちいい……」

 

 もう人目などどうでもいいのか、結合を果たしたふたりがまだ癒えない痒みを癒そうと股を擦り合せはじめた。

 春嬌は麗芳に合図した。

 頷いた春嬌は、一度奥手に引っ込み、桶を持って戻ってきた。

 そして、激しい女同士の性交を始めたふたりの身体に桶に入った冷水を被せた。

 

「ひうっ、な、なに?」

 

「つ、冷たい──」

 

 沙那と孫空女がびっくりしたように顔をあげてこっちを見た。

 

「話が済むまで乳繰り合うのをやめな。いうことを訊けば、手錠も外してやるよ。痒いのは女陰だけじゃないんだろう。お尻だって痒いはずだ。手が自由になれば、自分でやってもいいし、お互いに慰め合うこともできる。だから、少し待つんだ……。それよりもお前たち、一度、張形を抜いてみな」

 

 春嬌が言った。ふたりはほんの少しためらいのような態度を示したが、すぐに動き出した。

 沙那と孫空女が跪いたまま、水浸しの身体を揺すりながらお互いに少しずつ離れていく。

 張形が女陰を抜き擦る刺激に、ふたりとも早くも恍惚とした表情を浮かべていたが、すぐにその表情が驚きに変わった。

 

「ぬ、抜けない……」

 

「なんで?」

 

 ふたりが同時に声をあげた。

 

「よしよし、仕掛けはうまくいったようだね。それには、『道術錠』をかけたからね。条件を達するまで、それは抜き挿しの律動はできるけど絶対に抜けないよ。ぎりぎりで外れないはずだ。『道術錠』の解除の条件は二百回だ。後ろの壁の数字を見てごらん。いま、“一”となっているだろう。お前たちのどちらかが達する度に、あの数字は増える。数字が二百になれば、張形は外れるよ──。頑張るんだね」

 

 春嬌はふたりに説明をしながらも、客たちに今夜の趣向が理解できるように解説する。

 二百回の絶頂という春嬌の言葉に、面白がる客たちのひそひそ声が聞こえてくる。

 

「に、二百って……そ、そんな」

 

「む、無理だよ……」

 

 沙那と孫空女が呆然としている。跪いて向き合うふたりの股間の間には双頭の張形が挟まれている。

 それぞれの先端がふたりの女陰に挿さっていてぎりぎり抜けていない状態だ。

 あれは、二百回達するまでそのままだ。

 奥まで突き挿したり、ああやって離したりして律動も自由できるが絶対にふたりの女陰から抜けるところまでは離れない。

 

 張形は、ふたりで二百回達するまで絶対に離れないはずだ──。

 絶対にだ。

 

「ただし、ただ二百回達するだけじゃあ、愉しくも、面白くもないからね。条件を付けるよ。壁の数字の横に青い棒があるだろう。あれが制限時間だ。壁に映された青い棒は、砂時計の砂のように少しずつ短くなり、きっちり三刻(約三時間)で消える。それが制限時間だ。三刻(約三時間)経てば……」

 

 春嬌は集まっている客を手で分けて、会場の真ん中に準備されているひとつの卓が沙那と孫空女に見えるようにした。

 そのひとつの卓は、すでに料理などが片付けられている。

 周りには誰もない。

 ただ、沙那と孫空女が股間で咥えている双頭の張形と同じものがぽつんとひとつだけ置いてあるだけだ。

 沙那と孫空女だけじゃなく、全部の客の視線も、その少し離れた場所にあるもうひとつの双頭の張形に注がれた。

 

 それが大きな音がしていきなり爆発した。

 大したものではないが、それでも載っていた卓が衝撃でふたつに割れるくらいの爆発ではあった。

 ざわめきが会場に湧き起こる。

 

「わかったかい。あれが三刻後(約三時間後)のお前たちが咥えている双頭の張形の姿だ。状況が理解できたら、さっそく始めな。時間がもったいないよ。三刻(約三時間)以内に二百回だ。頑張っていきまくりな。いきすぎて気を失うわけにはいかないよ。どんどん制限時間は短くなるからね。気なんて失おうものなら、ふたり揃って三刻(約三時間)後は下半身を失うだろうよ……」

 

 春嬌の言葉に客たちが拍手喝采した。

 これから始まる間の女ふたりによる残酷な性愛の見世物の趣向がわかったのだ。客たちはわっと歓声を送り始めた。

 

「そ、そんな……二百なんて……」

 

「む、無理よ……。それに、たった三刻(約三時間)で──」

 

 沙那と孫空女のふたりが蒼い顔をしている。

 しかし、春嬌は構わず手を振った。

 合図を受けた綺芳が沙那と孫空女の後ろ手の手錠を外す。綺芳はすでに次の準備のために下がっている。

 沙那と孫空女の拘束を解くことは危険だが、いまは双頭の張形で女陰が密着した状態だ。

 逃亡はできない。それにたとえ逃亡しても、三刻(約三時間)後に、そこで爆死するだけだ。

 

「ほら、ほら、始めた、始めた──。文句を言う前に励んだ方がよくないかい? 頑張って乳繰り合いな。死にたくなければね。だけど、意識は保つんだよ。いきすぎて気を失えば、それで終わりだからね」

 

 春嬌は最後にふたりにそう言って演台を降りた。

 

「さ、沙那、や、やろう……」

 

「う、うん」

 

 背後で孫空女と沙那がそう声を掛け合うのが聞こえた。

 振り返ると、もうふたりはお互いに抱き合って、口を吸い合っていた。

 女陰と女陰を密着させて淫らに擦り合わせながら、お互いの肛門に指を入れ合っている。

 

 すぐに沙那ががくがくと震え出して身体を仰け反らせた。

 壁の数字が“二”に変わる。

 

 孫空女が軽く首を後ろにやって声をあげる。

 “二”になったばかりの数字が“三”に変わった。

 ふたりを見ている客たちが嘲笑の声をあげた。

 

 しかし、もう、ふたりはそんな声などどうでもいいかのように、ふたりの世界に入っているようだ。

 気にする様子もなく、必死になってお互いの身体をむさぼり合っている。

 

 もしかしたら、本当に三刻(約三時間)で二百回いきを達成するかもしれない……。

 春嬌はそんな風に思ってきた。

 

 この趣向を思いついたときには、沙那と孫空女はこの晩餐会の席で性愛しながら爆死させるという趣向だったが、見事に条件を満たして命を長らえることができれば、明日からは、あのふたりにも春嬌自身の本格的な調教を受けさせることにしようと思った。

 あのふたりなら宝玄仙以上に愉しい反応をして、春嬌を悦ばせてくれるに違いない。

 

 結局のところ、宝玄仙は期待外れだった。

 最初の数刻だけは、気丈に気力で抵抗していたが、すぐに屈服してただ泣き叫ぶだけの女になった。

 春嬌は会場を横切るように歩き、沙那と孫空女のふたりが死の性愛をしている反対側にやってきた。

 

「んんんんんっ」

 

 朱姫を立たせている卓の横を通り過ぎたとき、卓の上に立っている朱姫がなにかを叫んだ。

 あんまりうるさいので、さっき猿ぐつわをさせていた。

 そのため、声は言葉にならずにただの呻き声になっている。

 

 春嬌は朱姫を無視して、綺芳が待っているもうひとつの見世物の場所にやってきた。

 沙那と孫空女の死の性愛を見守っていた客の半分が、こっちでもなにかが始まりそうだという気配を感じてやってきた。

 春嬌がやってくると、手配通りに綺芳が道術を動かす。

 沙那と孫空女が性愛をしている一画を除いて、ふいに照明を落ちて晩餐会の会場が暗くなった。

 

 客たちのざわめきが起きる。

 しばらくすると、こっちの一画にも光が戻る。

 いつの間にか、こちら側の光の中に宝玄仙がいた。

 綺芳が闇に落とした時間の間に運んできたのだ。

 すでに綺芳はさらなる準備のために、もういなくなっている。

 

 春嬌は前に進み出て、宝玄仙の横にやってきた。

 宝玄仙は雌馬をかたどった木馬にうつ伏せに拘束されていて、四肢を革紐でしっかりと拘束されている。腰の部分は突きあがるように上にせり上げっていて、宝玄仙の尻はまるでなにかを挑発するかのように高くあげられている。

 ちょうど、雌馬が腰をあげて、牡馬を待ち受けるような姿勢だ。

 

 もちろん、宝玄仙は全裸だ。

 高くあがっている尻は、数日間金具で拡げっぱなしの尻穴が曝け出されている。

 舌を切られて喋ることができない宝玄仙が悲しそうな表情をしている。

 これから、なにをするのかは宝玄仙に説明している。

 だから、恐怖に怯えているのだ。

 

 哀れな宝玄仙……。

 考えていた以上に骨がなかったのは残念だ。

 春嬌が本当に興味があるのは、気の強い人間の女が屈服する様だ。

 すでに屈服したものに興味はない。

 そういう意味では、もう宝玄仙は春嬌の興味の対象からはほとんど外れかけている。

 

 興味を失ったものに執着するほどの粘着性は春嬌にはない。

 不要になった人間の女など、後はただ毀すだけのことだ。

 

 今夜の見世物の結果、宝玄仙が毀れるのか、それとも保つのかは知らない。

 いずれにしても明日からの宝玄仙の管理は春嬌ではなく、麗芳と綺芳の役割になると思う。

 

 明日からは、三人の供のどれにしようか……。

 それが春嬌の玩具になる。

 

 少し離れた卓の上で、鎖で繋がれた首輪で吊られて喚いている朱姫か……。

 それとも、沙那と孫空女が生き残るのか……。

 

 春嬌はふと沙那と孫空女がいる演台の後ろの壁を見た。

 

 数字が“十一”になっている。

 なかなかの数字だ。

 本当に三刻(約三時間)で二百超えをやりきるかもしれない。

 

「この宝玄仙の尻には、牡馬が発情する匂いがたっぷりとつけられています」

 

 春嬌はこっちに集まってきた客に向かって説明を始めた。

 客たちからこれから始まることに期待するどよめきが起きる。

 それと同時に、宝玄仙が悲しそうな声をあげた。

 

 そして、音楽が流れ出す。

 綺芳がそれに合わせて、一頭の牡馬を曳いてきた。

 普通の馬ではない。

 股間から巨大な陰茎を突出させ、口に泡を吹いた唾液を溢れさせて発情しきっている馬だ。

 大きな馬が現われたことで、客たちの拍手が一斉に起きた。

 

 首を後ろにして馬を認めた宝玄仙が眼を大きく見開いて悲鳴をあげた。

 宝玄仙を認めた牡馬は興奮の極みに達した。狂おしげに前足を踏み鳴らし、頭を上下に振って、たづなを掴んでいる綺芳を振り払おうとしている。

 大人の腕ほどもある巨大な陰茎がぶるぶると震えている。

 

 春嬌は綺芳に小さく頷いた。

 綺芳が牡馬を宝玄仙に近づけた。

 馬が大きくいななき、宝玄仙にのしかかろうとする。

 

 宝玄仙が絶叫した。

 綺芳がたづなを緩め、牡馬が宝玄仙を襲うのに任せた。

 巨大な牡馬の陰茎が宝玄仙の拡がっている肛門に突き出されていく。

 

 美貌の宝玄仙と発情した牡馬という組み合わせに客たちの興奮は最高潮に達した。

 牡馬の陰茎が完全に宝玄仙の肛門に突き刺さると、宝玄仙の眼が一瞬白くなった。

 しかし、始まった律動で再び黒くなる。

 牡馬は狂ったように興奮していた。

 それは危険なほどだった。

 馬扱いのうまい綺芳が抑えているのに苦労している。

 牡馬は頭を振って、必死に綺芳が握るたづなを振り払おうとしている。そして、その衝撃のすべてが馬の陰茎に尻を貫かれている宝玄仙に加わっている。 

 巨大な牡馬の陰茎を肛門に咥えたまま激しく身体を揺さぶられる宝玄仙が苦悶の悲鳴をあげ続けている。

 

 それが続く。

 そして、ついに宝玄仙の口からおかしな悲鳴が始まった。

 

 頭の線がついに切れたような、なんともいえない甲高い声だった。

 それがしばらく宝玄仙の口から流れた。

 

 しかし、その宝玄仙のおかしな奇声も客たちの歓声にかき消された。

 だが、これからが見ものなのだ。

 もうすぐ牡馬の最初の射精が終わるが、一度では終わらないのだ。

 牡馬は繰り返し連続で発情するように薬を飲ませている。

 だから、射精をしても終わりはしない。

 牡馬は宝玄仙の肛門に陰茎を挿したまま次々に精を放つ。

 やがて、宝玄仙の肛門は注がれた馬の精液で溢れかえることになるだろう。

 そのすべてを尻で受けた宝玄仙は、浣腸を受けたのと同じような状態になり、最後には馬の精液浣腸による排便をここで垂れ流すことになる。

 おそらくそれは、まだ牡馬に犯されている最中のことになるはずだ。

 それくらい長く牡馬の射精が続くように道術と魔薬を牡馬に施している。

 

 だが、それは宝玄仙の正気がそこまで保つことができればの話だ。

 観察する限り、もう宝玄仙はおかしくなりかけている。

 口から発する奇声には、正気を失った者特有の甲高い獣じみた声であるし、顔からは生気が失いかけている。

 おそらく宝玄仙はこれで終わりだろう……。

 春嬌は牡馬に犯され続け、すでに苦悶の声さえあげていない宝玄仙を眺めて思った。

 

 ふと、反対側で続いている沙那と孫空女の性愛の後ろの数字に眼をやった。

 “三十五”──。

 

 壁にはその数字がある。制限時間を示す青い線の帯は、まだ随分と残っている。

 大したものだ……。

 その数字が、一気に“三十七”に変わったことで春嬌はそう思った。

 

 宝玄仙が再び呻き出した。

 だが、その声にはなにか不自然なものがあった。

 まるで刃物を擦り合わせて発するときの音のような長く尾を引く耳障りな声だった。

 どうやら、完全に毀れたようだ。

 

 何度も人間を精神破壊に追い込んだことがある春嬌には、完全に宝玄仙がそういう状態になったことがわかった。

 こうなってしまえば、春嬌の知る限りどんな『治療術』でも元に戻らない。

 これで宝玄仙という道術遣いは終わりだ。

 

 目の前の廃人に興味を失った春嬌は、牡馬の精を受け続ける宝玄仙の仕置きを綺芳に任せて、沙那と孫空女の恥態を続ける演台の方に歩いていった。

 

 

 

 

(第53話『狂女の館』終わり、第54話『記憶巡りの旅』に続く)






 *


【西遊記:69・70回、賽太歳(さいたいさい)・中段】


(『288 女主人の謝礼』の後書きの続きとなります。)


 朱柴国の国王の病を治した縁により、孫悟空は二年前に、賽太歳(さいたいさい)という妖魔が奪った国王の王妃の金聖宮(きんせいきゅう)を取り戻すことを約束します。

 賽太歳という妖魔は、獬豸洞(かいちどう)という妖魔城にいます。賽太歳が朱柴国王の妻である金聖宮をさらったのは、美しい彼女を自分の妻にするためです。
 しかし、金聖宮には、男が近づくと針が出る衣をまとっており、二年経ったいまでも、賽太歳は彼女に指一本触れることができないでいました。
 そのため、賽太歳は、金聖宮の心を得て身を護る衣を脱がせようと考え、朱柴国から侍女をさらったりしますが、金聖宮は妖魔王になびくことはありませんでした。

 孫悟空は、賽太歳の使者として朱柴国の王城にやって来た有来有去(ゆうらいゆうきょ)という小妖を殴り殺して、その有来有去に成りすまして、獬豸洞に乗り込みます。

(さらに続きます。)


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 第54話  記憶巡りの旅【声】/麒麟山篇(二)
347 母の調教……十二歳まで


 眼の下に拡がっている光景は、女が大きな牡馬に犯されている光景だった。

 馬の陰でよく見えないが、白い肌の女が馬のかたちをした台にうつ伏せに拘束されて黒い馬に犯されている。

 

 なかり長い時間犯され続けているらしく、すでに女の声は正気を失っているような耳障りな甲高いものに変わっていた。

 宝玄仙は何度か気の狂った女というものを見たことがあるが、馬に犯されている女がそういう状態であることは確かだ。

 

 その光景を正装した大勢の妖魔たちが見て悦んでいる。

 狂った女を馬に犯させる姿を見世物にして愉しむという趣味の悪い光景に宝玄仙は吐気さえ覚えた。

 どこかの宴の会場のようだ。

 広い会場に料理や飲み物の並んでいる幾つもの卓がある。

 しかし、卓についている客はおらず、大勢の妖魔の客は会場の二箇所に固まっているようだ。

 それぞれの場所でなにかの余興のようなものが行われていて、そのひとつが眼の下で行われている牡馬に犯される女の見世物だ。

 

 眼の下──?

 宝玄仙はふと気がついた。

 

 俯瞰(ふかん)している?

 つまり、自分は空に浮かんで下に拡がる光景を見下ろしている?

 

 視界がおかしい。

 なぜ、自分は浮かんでいるのだろう。

 

 視線を転じた。

 誰も周りにいない席に天井から垂れ下がる鎖を首輪に繋がれて、卓に立たされている朱姫がいる。泣いているようだ。

 

 朱姫──。

 声をかけようとしたが声が出ない。

 

 宝玄仙は、もうひとつの人だかりに視線を動かす。

 驚いた。

 客が集まる輪の中心にいるのは沙那と孫空女だ。

 そのふたりが裸身をくっつけ合って性愛をしている。

 汗まみれだ。

 

 お互いの股間に淫具を挿入させて繋がっているようだ。そうやって股間を密着し合って、お互いの身体を舌でむさぼり合い、指で相手の肛門をいじくっている。

 常軌を逸したような様子で悶え狂っている沙那と孫空女が揃って身体を痙攣させた。

 周りの客たちが一斉に嘲笑した。

 だが、ふたりはまったく気にしていないようだ。

 ふたりだけの世界に没頭するように、絶頂したばかりのお互いの身体をまた愛撫し合い始めた。

 あのふたりにしては珍しく、もう正体をなくしているような状態だ。

 ふたりのあの姿は、もうかなりの連続絶頂を続けている状況だろう。

 

 宝玄仙も調教のために、沙那と孫空女を何度も連続絶頂責めに遭わせる。

 普通の人間の女だったら一刻(約一時間)も続ければ気を失ってしまうが、あのふたりには体力がある。

 精神力も強い。

 快楽に没頭して官能の深底に達すれば、身体のどこを愛撫しても簡単に達してしまういき狂いの状態になるが、あのふたりはそれからが長い。

 その状態で数刻も快感の地獄に耐え続けるのだ。適度の性の快楽は昇天にもたとえられるが、際限のない快楽の繰り返しは地獄だということを宝玄仙は知っている。

 あのふたりは、その地獄をいくらでも耐えてみせる。

 宝玄仙もあのふたりの淫情に対する持続力には舌を巻くほどだ。

 ふたりを見守る客たちが、沙那と孫空女が愛し合っている後ろの壁を指さしている。

 

 “百十三”。

 

 なにかの道術を遣って、壁に数字を投影しているようだ。

 数字の横には長四角の絵があり、それらがなにを表しているかは宝玄仙にはわからなかった。

 そして、宝玄仙はふと気がついた。

 

 この会場で虐げられている女は、ひとりは朱姫、そして、沙那と孫空女……。

 ……ということは?

 

 宝玄仙はもう一度、馬に犯されている狂女に眼をやった。

 愕然とした。

 

 あれは自分だ……。

 自分を空から見下ろしている……。

 

 ならば、自分は死んだのか?

 死んで魂となって、自分を見ているのか?

 

 いや──。

 しかし、馬に犯されている宝玄仙は、狂っているようだが死んではいない……。

 

 そもそも、この宴に覚えがない。宝玄仙の最後の記憶は、春嬌に逆さ吊りにされて、女陰と肛門に太い蝋燭に火をつけられたときだ。

 蝋が股間に落ち、短くなった蝋燭の炎が股間に迫った。熱さで気が遠くなった。

 

 そして、意識が消えた。

 それから先の記憶がない。

 

 だか、視界の下の光景は、察するにそれからずっと後の出来事のような気もする。

 あれから、自分はどうしたのだろう?

 そう思っていると、突然、視界が消えた。

 宝玄仙は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「いつものお薬を塗ってあげるわ、宝」

 

 宝玄仙に覆いかぶさった女が小瓶に入った薬剤をたっぷりと人差し指に載せた。

 

「や、やだ──。ご、御前、やめて、それはやなの」

 

 すると、薬を塗ろうとしている女が愉しそうにくすくすと笑った。

 幼い女の子がどこかで泣いていた。

 

 いや、泣いているのは自分だ。

 自分が泣いているのだが、そのことをもうひとりの宝玄仙の意識としてそれを知覚している……。

 

 これはどういうことだろう……?

 宝玄仙自身をもうひとりの宝玄仙が観察している。

 しかも、いま、宝玄仙はその宝玄仙そのものの中にいるのだ。

 別の宝玄仙が見るものを見て、感じるものを同じように感じている。

 だが、それは自分ではないもうひとりの宝玄仙だった。

 

 そして、宝玄仙の裸身に覆い被さっている女は……?

 宝玄仙は、突然、それが母親であることを思い出した。

 しかも、宝玄仙は身体を縛られている。寝台に仰向けにされて手首足首を縄で縛られていた。

 自分の身体が小さい。

 

 突然、いまの状況についての知識が頭に入ってきた。

 これは幼い頃の自分だ。

 

 まだ、蘭玉が産まれる前……。五歳か、六歳……。

 その頃の自分だ。

 五、六歳の自分の中に、大人の宝玄仙の意識がある。

 驚いた。

 

 大人の意識の自分が、幼い頃の意識の自分が泣き叫ぶのを同じ身体の中で見ている。

 それは奇妙な感覚だった。

 ひとつの身体にふたつの意識……。

 

「でも、これは罰なのよ。だから、うんと反省したら痒いところを掻いてあげるわ。いつものようにね」

 

 母親はくすくすと笑った。

 

「でも、やあっ」

 

 幼い宝玄仙は泣き叫んだ。

 女……、つまり、母親がやっているは、幼女の宝玄仙の股間に痒み剤を塗るということだ。

 宝玄仙の母親が好きな責めであり、この時代の宝玄仙はよくやられたものだった。

 幼い宝玄仙がそんな酷いことをされている理由に特別なものはない。

 これが母の倒錯した性癖であり、宝玄仙の母親は、実の娘である宝玄仙を調教しようとしているのだ。

 ほんの幼い頃から、宝玄仙の母は、ああやって宝玄仙に調教という名の性的嗜虐をしていたが、それは幼女が性に狂うのを眺めながら、自分と自分の愛人が愉しむための演出だった。

 いまにして思えばそうなのだが、当時はどうしてそんな惨い目に遭わされるのか理解できなかった。

 

 塗り薬や飲み薬で身体をおかしくされて苦しめられる。

 そして、その身体を母親ではなく、見知らぬ大人の男に弄くられるのだ。

 宝玄仙の母親は薬剤を塗られて苦しむ宝玄仙の身体を母親自身が慰めるということはしなかった。

 自分が連れてきた愛人にそれをさせるのだ。そして、その愛人は毎日変わった。

 幼いとはいえ、見知らぬ大人の男に裸身を触られて弄られる恐怖と羞恥はある。

 

 毎日が苦痛だった。

 そんなことをされるのは、宝玄仙が悪い子だからだと思っていた。

 だから一生懸命頑張っていい子になろうとした。

 だが、宝玄仙がどんなに頑張っても母親から「調教」を許してもらえないとわかると、自分はどんなに頑張ってもいい子になれない悪い子となのだと考えるようになった。

 

 苦しい。逃げたい……。

 そのためにはいい子にならなければならない。

 別のいい子の宝玄仙に……。

 

御前(ごぜん)、宝がわるかったの。ゆるして……やなの、そのおくすり」

 

 舌足らずの幼い自分の声が部屋に響き渡る。

 宝玄仙は、自分の母親のことを“母御前(ははごぜん)”と呼んでいた。

 母親がそう呼べと言ったのだ。

 もう少し、大きくなってから知ったのだが、“母御前”というのは、本来は他人の母親を呼ぶときの言い方らしい。

 だが、宝玄仙の母親は子供から“お母さん”と呼ばれることを好まなかった。

 

 幼い宝玄仙は手足を寝台の四隅にしっかりと縛られていて逃げることができないでいた。

 その自分の股間に母親の指が移動した。

 宝玄仙は一生懸命に謝り、そして、やめて欲しいと叫ぶのだが、母親は繰り返し何度も新しい薬剤をまだ発達していない宝玄仙の股間に亀裂に塗りつけた。

 

 もうすぐ、猛烈な痒さがやってくる。

 幼い宝玄仙はそれを知っていた。

 痒みを癒すには、母親が連れてきた愛人に頼むしかない。

 母親は、自分で薬剤を塗るのだが、いつも決して母親自身が痒みを癒すということをしてくれなかった。

 

 必ず、それを愛人にやらせた。

 愛人はいつも違う男だった。

 いや、女だったこともある。

 

 共通するのは、母親とその愛人たちが、母親と身体をむさぼる仲だったということだ。

 宝玄仙の家には、いつも性愛が溢れていた。

 母親だけでなく、その愛人同士が屋敷のあちこちで淫行に耽っていた……。

 人間だけとは限らず、妖魔が混じることも珍しくなかった。

 

 東方帝国では妖魔は蔑むべきものであり、人間以下の存在であり、駆逐して弾圧すべき存在とされていた。

 しかし、宝玄仙の母親は違った。

 彼女の価値観は性愛こそすべてであり、快楽をもたらすものはすべて認めた。

 快感を与えるものなら妖魔でも平気で取り込んで性愛に耽った。

 東方帝国の基準であれば、妖魔と性行為をするというのは獣姦と同じだ。

 でも、あの母親は平気だった。

 

 いや、それが快楽に通じるなら本当の獣姦も受け入れるだろう。

 自分の母親が獣姦をしたことがあるかどうか知らないが、あの母親だったらやりかねない。

 とにかく、幼い頃の宝玄仙の屋敷はどこもかしこも性行為でいっぱいだった。

 いつも、屋敷中で人目をはばからない性愛が行われていた。

 物心ついたときからそうだったし、そういうものだと思っていた。

 母親が知らない男に抱かれるのを物心ついたときから、身近に接していた。

 母親が苦しそうに呻くことが最初は恐怖だったが、やがて、それは苦痛の呻きではなく、心からの快感の叫びだとわかってからは、それほど性愛に抵抗もなくなってきたような気がする。

 

 でも、この痒み剤だけは嫌だった。

 苦しいのだ。

 それに気持ちの悪い男の手で身体を触られまくることも恐怖だった。

 

 しかし、猛烈な痒みを癒してくれるのは、宝玄仙自身が、その大人にそうお願いをするしかない。

 そうしなければ、繰り返し薬剤を重ね塗りされるだけなのだ。

 

「お尻にも塗ってやれよ」

 

 母親の背後からやってきて、宝玄仙を覗きこんだ男が言った。

 また、見知らぬ男だ。

 幼い宝玄仙の意識がそう思っている。

 宝玄仙の母親は、二日続けて同じ男を抱くということがなかった。

 母親の性の相手は毎日変わった。

 常に複数の愛人が屋敷にいたし、その顔は頻繁に入れ替わった。

 

 宝玄仙のお尻に薬剤を塗れと言った男は、それまでに幼い宝玄仙が遭ったことのない男だった。

 幼い宝玄仙の意識は、その男を大人と思っているようだが、もうひとつの意識である宝玄仙は、その男がまだ二十歳そこそこの若い青年だということを認識している。

 お尻にも塗れと言ったのは、ただそれが面白そうだからそう言っただけのようだ。

 

「や、やだよう、御前……」

 

 薬剤をたっぷりと載せた母親の指が、幼い宝玄仙のお尻の粘膜に沈み込んだ。

 幼い宝玄仙の肛門はそれを簡単に受け入れている。

 この頃には、すでにお尻の開発もある程度は進んでいたようだと宝玄仙は思った。

 

「か、かゆい……」

 

 幼い宝玄仙がすすり泣きを始めた。

 確かに猛烈な痒みが下半身を襲い始めた。

 

「……さあ、痒いときはどうするの?」

 

 母親がささやいた。

 

「お、おじ様……、宝のおまたとおしりをゆびでかいてください」

 

 幼い宝玄仙が泣きながらそう言った。

 また、視界が闇に包まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「すっかりと準備が整ったわ……。いよいよ、今夜ね。選りすぐりの三人の相手を準備したわ。お前の破瓜の相手として相応しい性の猛者たちよ。もっとも、破瓜といっても、指や道具はお前も経験済みね。まあ、本当の肉棒を受け入れるのは今夜が初めてなんだし、破瓜と言ってもおかしくないわよねえ……。連中には、初めての経験と言ってあるんだけど、破瓜をする十二歳の娘が、痛がるわけでもなく、破瓜の血もなく、よがり狂ったら連中は驚くかしら……。まあ、いいわね。わたしの娘だもの。そんなものだと思うわよね」

 

 部屋にやってきた母親が愉しそうに笑った。

 その母親に対して、毅然とした表情の少女が身体を向けた。

 宝玄仙はこの光景が十二歳の頃だということがはっきりとわかった。

 

 これは宝玄仙の人生を変えたあの日のことだ──。

 宝玄仙は確信した。

 

 宝玄仙の視点は部屋の壁にあった。宝玄仙はあの日の宝玄仙の部屋の一部となり、やってきた宝玄仙の母親と、生まれて初めて母親に逆らおうとしている過去の自分を見ていた。

 

「そのことなんだけど、御前、わたしは、今夜の宴には出ないわ」

 

 十二歳の宝玄仙が言った。

 

「えっ?」

 

 母親が驚いた表情をした。

 

「出ないって、どういうことよ? 今夜のことは一箇月前から言っていたはずよ。今夜は、お前の破瓜の儀式をする日なのよ。わたしの恋人たちも、今日の催しを愉しみにしているし、そのための準備もそれなりの整えたし……」

 

「わ、わたしの初夜は見世物じゃないわ」

 

 少女の宝玄仙が怒鳴った。

 

「お、お前……」

 

 宝玄仙の母親の顔色が怒りのために真っ赤になっている……。

 しかし、気を落ち着けるように大きく息を吸い、そして、吐いた。また、息を吸って吐く。

 やがて、母親が口を開く。

 

「そ、そりゃあ、緊張しているのはわかるわ、宝玉……。でも、どんな女にも最初はあるのよ。それに、普通は初めての性通なんて、痛くて苦しいものでしかないはずなのよ。でも、お前は違う。痛みの段階は終わっているし、実際には道具を使ってその身体で快感を覚えることを修得しているから痛みなんてないわ……。むしろ快感しかないわ。わたしが選んだ相手は、それは、それは、上手よ。きっとお前を天国に連れて行ってくれるわ」

 

「わたしの最初の相手は、わたしが決めるわ。わたしは、あんたの性愛の道具じゃない。あんたとあんたの愛人がいくら乳繰り合おうと構わないけど、わたしや蘭をその材料に使わないで欲しいわね。わたしたちは、あんたの淫具じゃないのよ」

 

 少女の宝玄仙が捲し立てた。すると母親の表情が険しくなり、その顔色がどす黒くなった。

 

「お、お前、な、なんて口の利き方をするのよ……。お、親に向かって」

 

 母親が声をあげた。

 しかし、少女の宝玄仙は、怖がることも、また、怒鳴り返すということもなかった。母親の大声をせせら笑ったのだ。

 

「親が聞いて呆れるわ。親として、あんたがわたしになにをしてくれたのよ。淫具のひとつのようにあんたとあんたの愛人どもが性愛に耽るための演出の材料として使ってきただけじゃないのよ……。もう、金輪際、ご免だと言っているのよ」

 

「な、なんですって? そんなことを許さないわよ──」

 

 母親が手をあげた。

 部屋の一部となってふたりのやり取りを眺めている宝玄仙は、それが道術を遣うときの母親の癖だということを知っている。

 宝玄仙の反抗に怒った母親が、少女の宝玄仙に道術を振るおうとしたのだ。

 

 しかし、次の瞬間、母親の身体はそのままの姿勢で後ろの壁に弾き飛んだ。

 十二歳の宝玄仙が道術を遣ったのだ。

 大きな音がして壁に叩きつけられた母親の眼が大きく見開いている。

 

「お、お前……」

 

 母親の顔に驚愕の色がある。

 その身体が壁から離れた。一瞬だけ、ふわりと浮くように持ちあがり、床に静かに降ろされた。すべて少女の宝玄仙の道術だった。

 

「わたしの道術がすでにあんたを上回っているなんて知らなかったでしょう? あんたは、わたしのことなんて興味ないものね──」

 

 十二歳の宝玄仙は母親に蔑みの視線を向けた。

 

「お、親に向かって……」

 

 母親はただそれだけを言った。

 

「まだ、母親ぶるの?」

 

 少女の宝玄仙が母親を睨んだ。

 壁の中の宝玄仙は、母親の顔に自分の娘に対する恐怖心が芽生えたのがわかった。

 この母親は、本当に自分の娘が母親である自分を遥かに圧倒するほどの霊気を遣えることを知らなかったのだと改めてわかった。

 

「それから、わたし今日限り、この屋敷を出るから──。これでお別れよ」

 

「出ていく?」

 

 母親がびっくりしている。

 

「そうよ」

 

「──出ていってどうするのよ?」

 

「あんたには関係ない話だけど、まあ、これまで食べさせてくれることだけはしてもらったから、一応、教えとくわね。わたし、出家するのよ。天教教団に入るの。もう、戒名もあるわ。宝玄──。それが、わたしのいまの名よ。もう、宝玉と呼ばないでね」

 

「出家──? ま、まさか須菩提(しゅぼだい)の爺のところ? あの陰気な爺のところに行くですって」

 

 母親が叫んだ。

 須菩提というのは、隣町にある天教の神殿の神殿長であり、宝玄仙の最初の師匠だ。

 十二歳の頃、宝玄仙はこの須菩提という仙士と付き合うようになったが、その須菩提は宝玄仙の類まれな道術の才能に惚れこみ、出家を勧めてくれた。

 宝玄仙は承諾し、このときすでに、出家の手続きを済ませて、“宝玄”という戒名も貰っていた。

 この日以降、宝玄仙自身は、宝玉という本名を名乗ったことはない……。

 

「あんたには関係のない話よ……」

 

 少女の宝玄仙がそれだけを言った。

 

「……で、出ていくなら勝手にするがいいわ。だ、だけど、お前が着ている服はあたしが買ったものだよ。それは置いていきな──。行きたきゃ、素っ裸で隣町まで行くといいよ」

 

 母親が不敵に笑った。

 母親としては、それで宝玄仙を引きとめられると思ったのかもしれない。

 だが、あの時、宝玄仙は素っ裸でも出ていくつもりだった。

 

 そして、そうしたのだ……。

 眼の前の少女の宝玄仙もそうしている。

 母親の前で服を脱ぎ出し、どんどん裸になっていく。

 

「下着もだよ。一糸まとわぬ姿で行きな……。まあ、それはそれで見ものだろうさ。隣町までかなりある。好奇心旺盛な男どもが、お前の裸を愉しむだろうね。襲われないように気をつけな。須菩提の糞爺いによろしくね」

 

 母親が捨て鉢のような声をあげた。

 そのときには、宝玄仙はすでに素っ裸になっている。

 

「……宝姉ちゃん、どっかにいくの?」

 

 不意に母親の背後の扉の隙間が大きく開いた。

 そこに蘭玉が立っていた。

 まだ六歳だ。

 あのとき、ただひとつの気がかりが、残していく妹のことだった。

 この狂った屋敷に妹の蘭玉を置いていく。それがどういうことを意味するのかは当時の宝玄仙も知っていた。

 しかし、どうしようもなかったのだ。

 出家する宝玄仙が六歳の妹を連れて行くわけにはいかない。

 あのとき、宝玄仙には蘭玉を捨てていく以外の選択肢はなかった。

 

「ご、ご免、蘭……。いつか、いつか、必ず迎えに来るから……」

 

 宝玄仙がそれだけを言っている。

 

「冗談じゃないよ。一度出ていったら、それで終わりだよ。二度と、ここには近づかないでくれるかい」

 

 母親が喚いた。

 

「じゃあね……」

 

 少女の宝玄仙が言った。

 母親に対する言葉ではない。

 それは、異父妹の蘭に対して向けた別れの言葉だった。

 少女の宝玄仙の姿は消滅した。

 

 『移動術』だ。

 十二歳にして、すでに『移動術』を修得していた宝玄仙は、素裸のまま一気に隣町の神殿に跳躍したのだ。

 

 また、視界が暗転した。



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348 家族との絶縁……二十代

「二度とここには来るなと言ったはずよ、宝玉……。いや、いまは宝玄仙士様だったね、神官長殿」

 

 母親が言った。

 今度は、宝玄仙は再び自分の中に戻っていた。

 

 これがいつの自分なのかすぐにわかった。

 二十一歳のときだ。

 十二歳で家を飛び出してから九年後になる。

 

 宝玄仙が、天教でもっとも若い仙士となり、故郷を含めた地方を管轄する天教の神殿の神殿長として、隣町に戻ってきたときだ。

 

 天教には、階級があり、最高位は八仙だが、その下は「仙士」、「斎士」、「高士」、「上士」、そして、「坊士」となる。

 階級に応じて、帝国全土に拡がる僧院の長となれるが、それは、長となる神官の階級に応じて、呼び名が変わった。

 宝玄仙は、その大きな道術力で、瞬く間に出世して、女ながらも、わずか二十一にして仙士の階級を手に入れて、故郷に近い神殿の神官長として着任することになったのだ。

 

 その神殿は、かつて、自分が須菩提(しゅぼだい)仙士に師事をするために、この屋敷を飛び出した神殿でもあった。

 若い宝玄仙の身体に入っている宝玄仙は、もうひとつの視線として、眼の前の母親と向かい合っていた。

 

「挨拶よ。故郷の神官長になったんだもの。素通りというわけにはいかないでしょう。一応は、あんたも地元の名士のひとりなんだし、これは娘として来たんじゃなくて、天教の神殿長として訪問したと思ってちょうだい」

 

 宝玄仙……、当時は、仙士だったので、宝玄仙士だったはずだが、その宝玄仙士の自分が皮肉を込めた口調で言った。

 

「はいはい、神殿長ねえ……。いずれにしても、ここは、お前さんのような天教の偉いお方が来るような場所じゃないよ──。“淫靡の館”。そう呼ばれているんだよ……。いや、そう言えば、妙な噂を聞いたけどねえ。新しい神殿長様は、女のくせに若い女がお好きなようじゃないかい。何人かの猫を飼っているということを耳にしたねえ」

 

 母親がにやりと笑った。

 

「ただの噂よ……」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 もっとも、それは事実だった。

 当時の宝玄仙は、すでにふたりの巫女娘を自分の同性愛の相手として調教していた。

 十二歳のとき、そういうことが嫌で飛び出したこの屋敷だったが、二十一歳の宝玄仙はかつての初心な子供ではない。

 

 自分には淫靡な血が流れている……。

 

 そのことに気がつくのに長い時間はかからなかった。

 性に貪欲な自分を持て余し、気がつくと激しい淫欲を求め狂う自分がいた。

 宝玄仙には、毎日のように性の相手をしてくれる相手が必要なのだ。

 そうでなければ、火照った身体がおかしくなってしまう。

 淫情に狂うのだ。

 

 そして、結局、自分の部下でもある巫女をたらしこみ、性奴隷のように自分に奉仕させたりするようになった。

 性愛などなにも知らない巫女娘を調教して、淫欲の虜にして自分の相手をさせるのだ。

 自分の性欲を満たすために……。

 そんな自分を蔑んでいる自分もいる。

 

「それで、用件は挨拶だけ? だったら、もう、いいんじゃない。これでも、忙しい身なのよね。今日も宴があるのよ。たくさんの恋人が集まるの。今日の趣向は、男二十人と女二人……。勢力旺盛な二十人の男の相手をわたしと蘭だけでするのよ。きっと、わたしも蘭もただではすまないわ。死んだように息絶え絶えになってしまうわね……。もしかしたら、いきすぎて死んでしまうかも。性の猛者たち二十人の前に差し出された哀れな生贄の女二人よ。考えられる? 愉しみだわ……」

 

 母親はくすくすと笑った。

 宝玄仙は肩をすくめた。

 やっぱりこの女はどうしようもない……。

 

 とにかく快楽に結び付きさえすれば、なんでもいいのだ。

 慎みも倫理もない。

 女の欲望こそすべて……。

 それが正義……。

 

 途方もない嗜虐者でありながら、同時に被虐される性愛も好きなこの母親は、性愛に名がつくものであれば、どんなことに対しても貪欲だ。

 良くも悪くも、それが宝玄仙の母親だ。

 

 この屋敷も相変わらず妖魔の気配が色濃く漂っている。

 本当は天教の神官として、帝国に入り込んだ妖魔は駆逐させる義務があるのだ。

 だが、この女はいまも、行き場のない妖魔を受け入れて自分の相手をさせたりしているのに違いなかった。

 そういえば、宝玄仙が幼い頃は、屋敷そのものが淫魔だという途方もない妖魔を屋敷のそばに二匹もいさせたこともあった。

 とにかく、性愛に関してはいつもびっくりさせるようなことばかりしていた。

 

 いまでは、あれ程、忌み嫌っていた母親も、自分と同じ淫乱の血が流れている者として親しみも感じる。

 だが、もう、母親ではない……。

 縁は正式に切れている。

 

 しかし、独立した女同士として向き合えば、それほど嫌な女ではないという気もする。

 別に誰に迷惑をかけるわけでもない。

 母親の屋敷に集まる者は、男でも女でも、あるいは、妖魔でもそういうことが好きな者ばかりだ。

 

 この女は誰に対しても公平で、分け隔てのない振る舞いをする。

 自分自身が貴族の血を引いていて、望めば高貴な出身の人間としてそれなりの生き方もできるのだが、そうしなかった。

 この女は本当にどんな相手でも身体と心を開く。

 

 宝玄仙はすでに死んだこの地域の領主の娘だが、妹の蘭玉は名もない農夫の娘だ。

 数ある男の中からこのふたりの子を産む決心をしたのは、ふたりともいい道具を持っていたからだそうだ。

 いずれの父親も屋敷には受け入れず、宝玄仙と蘭玉の姉妹だけがこの屋敷で育った。

 蘭玉が産まれてすぐにはやり病がこの地方を襲い、あっという間にふたりの父親は鬼籍に入ったらしい。

 父親が誰かを教えられたのは、それからかなり経ってからだ。

 隠していたのでなく、訊ねなかったからだけのようだ。

 宝玄仙が十くらいのとき父親のことを訊いたら、確か、あっさり教えてくれた気がする。

 あの母親はそれが大事な情報とはまったく考えなかった節がある。

 あの女にとっては、子供の父親が貴族だろうが、農夫だろうが、どうでもいいことだったのだ。

 

 それに比べれば、天教の教団という場所は、差別と理不尽さばかりだ。天教の階級などほとんど流れている血の高貴さで決まる。

 宝玄仙のように、単純に実力だけで出世した者は珍しいのだ。お互いに足を引っ張り合い、競争者を蹴落として出世する。そういう場所だ。

 宝玄仙自身が、ここまで出世するのにかなりえげつない手段を使ってきたし、それができない者は天教の高位にはつけない。

 

 いまは、眼の前の女の純粋さこそが眩しい気もする……。

 性愛についてもそうだ。

 

 この女は、誰にでも同じように振る舞う。

 途方もない淫乱ということを除けば、博愛主義者といえるのだろう。

 本来は王侯貴族しか性の相手にしないような血の女が、平気で市井の男とも寝るし、この国では人ではないとして迫害されている妖魔を相手することも平気だ。

 むしろ、気にいった可愛い娘を無理矢理に性の技でたらしこんで性奴隷にしてしまう宝玄仙の方が性悪かもしれない……。

 

「じゃあ、娘としての要件を言うわね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「娘はひとりよ……。蘭玉というわ。うちの屋敷の最下層の性奴隷よ」

 

 母親は皮肉を込めた口調で言った。

 二十一歳の宝玄仙自身が鼻白んだのがわかった。

 

 九年前……。

 宝玄仙がこの屋敷を出てから母親との間には埋められない溝ができてしまった。

 いまの宝玄仙だったら、この純朴な女を受け入れ、酒でも飲みながらお互いの性癖について笑いながら語り合い、時には女同士の倒錯した性愛に耽るということもできる仲になれたかもしれない……。

 

 しかし、その機会はもう来ないだろう。

 宝玄仙自身がそれを断ち切った。

 

 そして、今日この日──。

 当時の宝玄仙は完全に母娘の縁を断絶しようとしている。

 

 あの当時の宝玄仙には敵が多かったのだ。

 妖魔を平気で受け入れるような女が肉親であるというのは都合が悪かった。

 縁も切れているし、どんなに調査をしても、宝玄仙の親がこの女であるということには辿りつかないようにもしているが、どんなきっかけでそれが知られるかわからない。

 それがどんな風に競争相手の武器として使われるかも……。

 なによりも、この女自身が危ない。天教における宝玄仙の敵は、なにをするかわからない連中ばかりだ。

 

 後ろ盾のない実力だけでのしあがった女神官──。

 

 それだけで天教では、宝玄仙の立身出世を妬む者があらゆる手段で宝玄仙を排除してもいいという納得できる理由になるのだ。

 この女は権謀術数とは無縁の女だ。

 面と向かって訊ねられれば、宝玄仙が実の娘であると平気で誰にでも教えるだろう。

 この女の感覚では、天教の神官としての宝玄仙の地位など、守るに値する価値があるものとは考えない。

 そういう女だ──。

 若い頃の宝玄仙が口を開いた。

 

「蘭玉は引き取るわ。九年前に約束していたのよ……。ここに連れてきてくれるかしら。九年前には果たせなかったけど、いまのわたしには、それだけの力がある。これからはわたしが面倒を看るわ」

 

 すると母親がせせら笑った。

 

「どの口でそんなことを言うのかと思ったら……。九年前に勝手にここを出て行き、いつの間に手を回して縁を切ってしまったのはお前だろう。色々と教えてやったのに、なにが気に入らないのか、わたしのことを人でなしみたいに罵ってさあ……。用件がそれだけなら、お帰りいただけますか、神官長様。もう、ご挨拶は結構ですよ。最初に言いましたけど、今夜は宴があるんです」

 

 母親が席を立ち、宝玄仙を見送るような仕草をした。

 

「そう言わないでよ、御前(ごぜん)……」

 

 かつて、この母親は、娘たちに“母”とは呼ばせずに、他人の母を差す言葉である“母御前”という言葉を使わせていた。

 宝玄仙も蘭玉も“御前”と呼んだものだ。

 いまでも、お蘭は、この女のことを“母御前”と呼んでいるのだろうか……。

 それとも、“ご主人様”だろうか──。

 

「お前ねえ──」

 

 母親の顔に怒りの色が映った。

 

「取引きしましょうよ」

 

 若い宝玄仙の口がそう言った。

 

「取引き?」

 

 母親の額に皺が寄った。

 その眼もとに皺がある。

 まだまだ美しいが、人間である限り人は歳をとる。

 それは免れることはできない。

 神にも喩えられた美貌の持ち主の母だが、寄る年波には勝てないとみえ、その顔には押し寄せている年齢の影響が出ている。

 

 だが、相変わらずの美貌ではある。

 いったいこの女は何歳なのだろうか……。

 実の母親でありながら宝玄仙は、この女の本当の年齢を知らなかった。

 魔性の女……。

 それは、こういう女のことを指す言葉ではないだろうか……。

 

「このわたしを見てよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あんたがどうしたのよ?」

 

「若いでしょう?」

 

「そりゃあそうよ。まだ、二十一でしょう」

 

 母親が鼻を鳴らした。

 年齢の話をするのが不快そうだ。

 一方、当時の宝玄仙が内心でたじろぎを覚えたということもわかった。母親があっさりと、当時の宝玄仙の年齢を口にしたことについてだ。

 絶対、宝玄仙の年齢など忘れていると思っていたのだ。

 

「……でも、今後、二十一年経っても同じ姿なのよ。わたしは歳をとらないの。もちろん、見た目の姿だけのことだけどね。いつまでも若さを保つことができるわ。道術の力でね……。それどころか、百年経っても同じなのよ。おそらく、老衰で死ぬ瞬間まで、この若い肌と見た目のままに違いないわ……」

 

 母親の眼が動いた。

 座り直して宝玄仙の話をじっくりと聞く態勢に戻った。

 

「……あんたが望むなら、わたしの道術であんたを若い頃の姿に戻せるわ。そして、歳をとらない身体にもできるし……」

 

 眼の前の女の表情が一変した。

 

「早くしなさいよ。実の娘でしょう──。もったいぶんじゃないわよ。あんたって、若返りの道術まで遣えるようになったの? そう言えば、道術にかけては小さい頃から途方もなかったわね。そして、天教の修行でそれが開花したんだね──。それを早く言いなよ──。ほら、やるんだよ。すぐにね」

 

 母親はすべてを宝玄仙に喋らせなかった。

 立ちあがると宝玄仙に身体を近づけて叫んだ。

 その権幕に宝玄仙の方がたじろぐほどだった。

 

「た、ただし条件があるわ……。蘭玉はわたしが連れていく。それと、あんたの記憶から、わたしと蘭玉の記憶を奪う。それが条件よ……」

 

「そんなもの……。ふたつとも持っていきな。どんな条件を出すのかと思ったら、そんなくだらないもの……」

 

 母親が大きな声で笑った。

 

「いいの? わたしのことも、蘭玉のことも忘れるのよ。自分に娘がいたという記憶を永遠に失うことになるのよ。あなたの中から、わたしたちという存在が消えるのよ」

 

「そんなことどうでもいいよ──。それより、何歳の頃の姿に戻るかは望みのままかい? 一度道術をかけてもらった後、若い姿を維持するためになにかをする必要があるのかい?」

 

「……むしろ、一度若い姿になったら、それを元に戻す方が大変よ。わたしと同じくらいの道術遣いが、かなりの時間をかけて刻んでいる道術を読み解かなければ道術は破れないわね。事実上、不可能よ──。それをできるのはわたしだけ……」

 

「それを聞いて安心したよ、宝玉──」

 

 母親が嬉しそうに笑った。

 

 

 *

 

 

 寝台の四隅に四肢を拘束されている蘭玉が身体の下にいる。

 宝玄仙……当時は、宝玄仙士……が故郷を管轄とする神殿の神殿長として赴任していた頃のようだ。

 

 ここは、当時の宝玄仙の寝室だ。

 若い時代の自分の中にいるもうひとりの宝玄仙は思った。

 どうやら、異父妹の蘭玉と愛し合っている最中らしい。

 

 どのくらいの時間、寝台に拘束されている蘭玉が当時の宝玄仙の愛撫を受け続けているのかわからないが、脂汗をたっぷりと滲ませ、可愛らしい裸身を艶めかしく悶えさせる蘭玉の姿から、かなり長くしつこい宝玄仙の手管を受け続けていたのだろうということがわかる。

 

 蘭玉と一緒に暮らしたのは、母親から蘭玉を引き取って五年間だった。

 宝玄仙が故郷の神官長を務めたのが五年であり、その任が終わって宝玄仙は帝都に戻ったのだが、蘭玉は帝都には連れていかなかった。

 そして、一度別れてから、次に再会したのは、十年ほどの年月が必要だった。

 喧嘩別れしたのだ。

 だから、いま、繰り広げられている性愛は、宝玄仙の神官長時代の五年間のいずれかであるはずだ。

 しかし、その五年間、いまのような性愛は毎夜のようにやっていた。この光景がその五年の間のいつの時期かの見当はつかない。

 

「あ、ああ……お、お宝姉さん……き、気持ちいい……」

 

 蘭玉が口を半開きにして切なそうに言った。

 

「すっかりと、わたしとの性愛が病みつきになったわね、お蘭。今夜もお前が失神するまで続けてあげるわよ……」

 

 当時の宝玄仙がそう言って、ねっとりと脂汗にまみれている蘭玉のうなじに舌を這わせる。さ

 らに波打つ乳房と乳首にも口づけをする……。

 

「あはあっ」

 

 蘭玉の身体が跳ねた。

 宝玄仙は一瞬浮いた蘭玉の股間に手を這わせる。

 それこそ、蘭玉の柔らかい桃色の女陰の外襞を一枚一枚剥がすように愛撫するのだ。

 そして、宝玄仙の手により無毛にされた恥丘で真っ赤に充血して膨らんでいる小さな勃起をくすぐるように指を動かす。

 蘭玉の乱れはますます激しいものになる。

 

 しかし、ここまでだ……。

 もう、蘭玉は切羽詰った状態になっている。全身に溢れかえった淫情が沸騰しそうになって、身体を渦巻いているはずだ。

 こうしておいてしばらく待つのだ。

 少し時間が経てば、火照りきった蘭玉の身体も少しだけ落ち着いてくる。

 そうしたら、また熱っぽい愛撫を再開する。

 これを繰り返すのだ。

 

 それこそ──しつこく……。

 限りなく……。

 どんなに蘭玉が狂って、もっと欲しいと喚いても──。

 失神寸前になるまで……。

 あるいは失神しても許さない。

 宝玄仙のぎりぎりまでの愛撫が繰り返される……。

 

「も、もうだめえぇ……。い、いかせて……。い、一度でいいから……、お宝姉さん……い、いかせて──」

 

 またしても絶頂を寸前で取りあげられてしまった蘭玉が半狂乱の様子で叫んだ。

 

「まあ、可愛いわねえ……。だったら、身も心もわたしの性奴隷になる? わたしをご主人様と呼べる?」

 

 宝玄仙が笑いながらはっきりと顔を覗かせている蘭玉の菊の蕾を指先でいたぶった。

 

「はあああぁ──。ご主人様──。ひぐううっ──。ご主人様……き、気持ちいい──」

 

 蘭玉は首を激しく左右に振って悶えた。

 だが、またしても宝玄仙は最後まで蘭玉を到達させることなく愛撫を中断した。

 蘭玉が泣き叫んだ。

 

「本当に可愛いわねえ、お蘭。こうなったら、明日の夜まで続けない? 明日は丸一日、非番なのよ。だから、ふたりでここに閉じこもって、性愛に耽ろうよ。それまで、お前は一度もいくことなく、ひたすら寸止め責めをされるのよ……。面白いでしょう」

 

 当時の自分がその思いつきに悦んでいる。

 しかし、当の蘭玉には、官能に燃えたぎるような表情でありながら、これを一日続けると言われて、顔に恐怖の色を浮かべている。

 

「そ、そんな、お宝姉さん……い、いえ、ご主人様、丸一日なんて、そんなことをされたら蘭は死んでしまいます」

 

「女は性愛では死なないわ。死ぬか死なないか、体験してみるといいわ」

 

 そして、宝玄仙は横の台に置いてある幾つかの淫具から一本の張形を取り出した。

 これは霊具だろう。

 宝玄仙自身が作ったものだ。道術を込めて操作をすれば張形自身が淫らに振動をするのだ。

 その振動は強くもできるし、弱くもできる。

 若い宝玄仙が宝玉の身体にその張形の霊具を蘭玉の股間に這わせ始めた。

 しかも、肝心な部分には触れずに、その周辺をじっくりと動かしている。

 

「あはあっ──はっ、はっ、はああぁぁぁ──」

 

 蘭玉が背骨まで突き刺されたかのような悲鳴をあげて全身を仰け反らせた。

 宝玄仙の操作する霊具は先端を大きく振動させながら、蘭玉の菊の蕾の周りを這い、肛門と女陰の間の土手をゆっくりと進み、女陰の周りをゆっくりと動いて、さらに肉芽に皮一枚隔てるくらい近づけたかと思うと、すっと肛門に向かって退がっていく……。そういう動きを繰り返す。

 

 蘭玉は半狂乱だ。

 女陰からはおびただしい愛液が垂れ流れる。

 

 蘭玉の優美な身体が霊具の振動に合わせるように痙攣を起こし出す。

 真っ赤に充血して開花した女陰は、霊具をわずかでも近づけるとそれを呑み込もうとするかのようにうねり動く。

 そして、宝玄仙がすっと霊具を離すと、涙を流すかのようにどろりと淫液が垂れ落ちる。

 

 宝玄仙は飽きる程それを繰り返している。

 蘭玉の鼻息が不規則で荒い。

 これだけ続ければ、肝心な部分に当てなくても絶頂してしまいそうだ。

 それくらい、蘭玉は追い詰められている。

 宝玄仙は霊具をさっと引き揚げた。

 蘭玉が泣き出した。

 

「お預けよ……。夜は長いわ。明日の一日もある……。明日の夜も……。愉しみましょう、お蘭」

 

 宝玄仙が冷酷な響きをさせて笑った。

 やがて、蘭玉の身体が少し落ち着くと、また若い宝玄仙は愛撫を再開する。

 それを見ているもうひとりの宝玄仙も、この宝玄仙が本当に丸一日の焦らし責めを続けるつもりなのがわかった。

 こうやって客観的に眺めているとその残酷さに鼻白むほどだ。

 

 これはまさに性の拷問だろう。

 女同士の性愛でなければ考えられない淫靡な拷問だ。

 それでも宝玄仙はしつこいいたぶりを継続した。

 蘭玉の恍惚感をできるだけ長引かせるようにぎりぎりのところを責めあげて、それでもどうしようもなく昇りつめてしまい、蘭玉が頂上を極めかかると愛撫そのものをやめてしまう。

 あるいは、そうかと思えば、いきなり肉芽や肛門に霊具を当てて、一気に昇りあがらせたりもする。

 

 共通するのは、絶対に最後までいかせないことだ。

 九合目どころか、まさに頂上の一歩手前まで引き揚げておいて、さっと責め具を蘭玉の身体から離してしまうその手管には、もうひとりの宝玄仙も感心した。

 

「や、やめないで、ご主人様──やめないで──」

 

 蘭玉が狂ったように首を振って号泣した。

 しかし、責めている宝玄仙はまたもや、意地悪く霊具を引き揚げた。

 

「い、意地悪しないで──」

 

 蘭玉が叫んだ。

 

「お尻までぐっしょり……。ふ、ふ、ふ、本当に苦しそうね、お蘭──。ちょっと拭いてあげるわ。きれいになったら、今度は薬剤を塗ってあげるわ。痒くなるあの薬剤をね。そして、さっきのを最初からやるわ」

 

 蘭玉はもう泣くばかりだ。だが、身体は宝玄仙に洪水のような淫液を拭き取られる快感で、仕切りに火照りきった身体を悶えさせている。

 

「い、いかせて……もう、いかせて……」

 

 蘭玉がすすり泣きながら言った。

 

「いくのは明日の夜と言ったでしょう……」

 

 宝玄仙が残酷に笑いながら、また蘭玉の身体に責め具を這わせ始めた……。

 不意に眼の前が暗くなった。

 

 

 *

 

 

 場面が変わった。

 

 眼の前に蘭玉がいる。

 さっきと同じ宝玄仙の私室のようだが、性愛の最中という雰囲気ではない。

 蘭玉は、きちんと服を着ているし、なによりも険しい顔をしている。

 

「別れるというのはどういうことよ、お宝姉さん」

 

 蘭玉が宝玄仙を睨みつけた。

 あの日か……。

 

 すぐに宝玄仙は、この日がいつなのかわかった。

 宝玄仙が故郷の神官長となって五年目の頃だ。

 しかも、もう数日後に帝都に戻ることが決まっている。

 交替の神官長も決まっている。

 宝玄仙よりもずっと年長の仙士であり、引き継ぎの書類もできている。

 後は、数日後にやってくる次の神官長との交替の儀という行事があるだけだ。

 

 そして、それが終われば宝玄仙は、帝都に赴任することになっている。

 宝玄仙の霊具つくりの才が認められて、その技術を教団本部で発揮すること求められたのだ。

 帝都の教団本部で役職が与えられることになっている。教団本部といえば、帝国最大の権力であり、その地位は、宮廷府よりもずっと格上だ。

 その頂点に立つ八仙と呼ばれる最高神官ともなれば、皇帝そのものよりも高い権威を持つといわれている。

 

 そもそも八仙というのは、八人が上限であり、八席の最高位の席のいずれかが空位にならなければ新しい八仙が選ばれることはなかった。

 そして、当時は八仙のすべてが揃っていて、彼らは無限と言われるような道術を発揮して不老の存在だった。

 八仙は、自らが望まなければ退くことがない。この五年後に闘勝仙、次いで数名の交代があり、さらに四年後に宝玄仙も八仙に選ばれたが、その前は、百年近くも新しい八仙というのは生まれていなかったはずだ。

 

 当時の宝玄仙は、すでに仙士の地位にあり、その上位階級というのは、その八仙しかなく、教団本部の仙士というのは、求め得る最高位と考えてよい。

 それを宝玄仙は三十にならずして成し遂げてしまったのだ。

 

 結局、やがてさらに出世して、宝玄仙は八仙のひとりとなるが、当時の自分はこのときから十年後に自分が八仙になることなど想像すらしていなかった。

 むしろ、その宝玄仙の地位を追い落とすために襲いかかってくるだろう陰謀に立ち向かうことしか考えていなかった。

 実際、この地位を得るまでに宝玄仙は色々なものと戦ってきた。

 この頃までに宝玄仙を罠にかけようとした者は両手では足りない。

 

「別れるとは言っていないわ、お蘭──。ただ、帝都には連れて行けないと言っただけよ」

 

 宝玄仙は言った。

 当時の宝玄仙と蘭玉が言い争いをしているのは、宝玄仙が帝都に赴任することになったことで、蘭玉をどうするかということだった。

 母親のもとから蘭玉を引き取って以来、宝玄仙は、この故郷に近い神殿に蘭玉を住まわせてきた。

 この五年の間、蘭玉は宝玄仙の性愛の相手でもあった。

 

 蘭玉としては、宝玄仙が帝都に行こうとどうしようと、当然、自分を連れて行くと考えていたようだ。

 しかし、逆に宝玄仙はまったくその気がなかった。

 

 宝玄仙は、これだけ若くして教団本部において上級幹部として遇されることになった自分が教団内において、妬み嫉みの対象であることを知り抜いている。

 自分ひとりならどうにでもなるし、それらを振り払う自信もあるが、蘭玉はどうだろうか。

 生まれてからずっと母親に調教され、実の母親に奴隷のように扱われてきた。

 そして、宝玄仙が引き取ってからは宝玄仙が蘭玉の支配者の役を担った。

 人に支配されることしか知らない女だ。

 

 そんな女が宝玄仙の異父妹として帝都に行く……。

 隠したとしても宝玄仙の肉親であることはすぐにばれる。

 当然、 宝玄仙に向かう陰謀の矛先は、蘭玉にも向かうだろうし、ふたりの親に天教の幹部たちの注目がいくのは間違いない。

 そして、あの淫行だけが生き甲斐の無邪気な女に辿りつく……。

 

 宝玄仙は天涯孤独ということになっているが、妖魔を屋敷に自由に出入りをさせているような女が実の母親ということになれば、宝玄仙は当然だが、母親が危険なのだ。

 妖魔を屋敷に置くことは帝国の法では罪ではないが、天教の教団法でははっきりと罪だ。

 この天教教団だったら、誰かが手を回して宝玄仙を陥れるためだけの目的で、母親に宗教上の死刑宣告をしかねない。

 

「連れていけなければ、わたしはどうしたらいいのよ?」

 

「ひとりで生きなさい。お前の道術力があれば、どうにでもなるわ……。そうだ。お前が望むなら、わたしのように教団に出家したらどうなの。もちろん、わたしと肉親だということは公表することはできないけど、お前の力だったら、すぐに……」

 

「勝手なことを言わないでよ、お宝姉さん──。わたしのことを手放すなら、なんでわたしを引き取ったのよ」

 

 蘭玉は叫んだ。凄く怒っている──。

 いや、実は怯えている。

 いまの宝玄仙にはそれがわかる。

 蘭玉はひとりで生きたことがない。

 常に誰かに支配されてしか生きてこなかった。

 それがいきなり、これからはひとりで生きろと言われているのだ。

 それは恐怖に違いなかった。

 

 しかし、当時の宝玄仙には、そういう妹の心の機微はわからなかった。

 人は本質的に自由でありたいと思うものだと信じていた。

 誰かに支配されたいと心の底からを望む者がいるなどとは考えなかった。

 ましてや、自分の妹が……。

 

「なんでって……。わたしは、お前をあの屋敷から助けたのよ……」

 

 十五になった蘭玉を引き取ったとき、蘭玉はあの屋敷における最下層の奴隷という扱いだった。

 腰を屈めなければ休めないような小さな檻が彼女の部屋であり、常に首輪をつけられて裸で暮らすことを強要されていたのだ。

 求められれば、すぐに母親やその愛人たちに身体を差し出す。

 どんな理不尽な命令にも逆らってはならない。

 宝玄仙と同じくらいの高い道術遣いでありながら、道術契約で母親たちに道術を封じられて、性奴隷にされていた。

 そういう立場から救い出してやったのだ。

 

「わたしは救って欲しくなかった……。いいわ。お宝姉さんがわたしをいらないと思うなら、わたしは御前のところに……前のご主人様のところに戻る──」

 

 蘭玉は不貞腐れるように言った。

 宝玄仙──つまり、当時の宝玄仙は驚愕した。

 蘭玉は母親のところに戻りたいと言っているのだ。あの惨めな立場になりに……。

 

「じょ、冗談じゃないわよ。そんなことできないくらいわかっているんでしょう。あいつからは、わたしたちについての記憶を失くさせたのよ。同時にわたしたちを他人としても受け入れない暗示をかけているわ。お前のことを受け入れることなんてないわ」

 

 母親と宝玄仙の縁を完全に断ち切るための処置だ。

 記憶だけではなく、二度と接触させないように、間違っても今後、宝玄仙や蘭玉に関わって来ないように暗示もかけたのだ。蘭玉もそれを知っているはずだ……。

 

「道術で戻せばいいでしょう。お宝姉さんの道術じゃないの」

 

 蘭玉は言った。

 

「駄目だと言ってるじゃない──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 すると蘭玉の表情がさらに険しいものになった。

 

 もうお前は自由だからどこにでも行け……。

 そのことがどうして、これほどに蘭玉を怒らせるのか理解できなかった。

 

 いま、これを観察している現在の宝玄仙には、生まれながらに奴隷的な心を持った蘭玉のような人間の感情も理解できる……。

 人は本質的に他人に支配されたいと考える──。

 誰でも自由でありたいと思うのと同じように、それもまた人間の本質なのだ。

 矛盾するようだがそれが真実だ。

 

 だが、当時の宝玄仙には、それがわからなかった。

 自分の性癖を満足させるために、五年間も蘭玉を性奴隷のように扱ってきたという負い目もあった。

 蘭玉に申し訳ないと考えていた。

 

「この話は終わりよ。数日すればわたしは帝都に向かうことになるわ。それで別れましょう……。お前が望むなら、落ち着き先を世話もしてあげるけど……」

 

「結構よ──。それくらい、ひとりでできるわ」

 

 蘭玉が叫んだ。

 その顔にははっきりとした憤怒が浮かんでいる。

 当時の宝玄仙が当惑している。

 

「……お宝姉さんは、きっと誰とでも本気の関係など築けない人なのね。実の母親を捨て……わたしを捨て……友達も作らず……人と心を通わせようとはしない……」

 

「な、なんですって──」

 

 宝玄仙の心に怒りが湧いた。

 いや、これは当時の宝玄仙の心だ。

 いまの宝玄仙には、なんとなく蘭玉のいうことが正しいようにも思う。

 

 これまでに宝玄仙が心から気を許せる人間がいただろうか……。

 そういう人間を作ることを避け続けていた。

 そんな気もする。

 

 沙那……孫空女……朱姫……。

 

 三人の顔が不意に浮かんだ。

 

 そして、それを自分で否定した。

 宝玄仙の気持ちに関わらず、卑怯な手段で強引に供にした女たちだ。

 あの連中が宝玄仙のことを心から認めることはないだろう。

 

「ねえ、お宝姉さんが捨てるなら、わたしを御前のところに戻してよ──。お願いよ」

 

 蘭玉が絶叫した。

 

「その話は終わりだと言ったはずよ、お蘭」

 

 宝玄仙が冷たく言い放った。

 

「……だいたい、あいつのところに戻りたいなんて呆れるわよ。せっかく、あの悪女から助け出してやったのに……」

 

 するといきなり蘭玉が宝玄仙の頬を張った。

 痛みよりも、蘭玉がそんな態度をとるということに宝玄仙は驚愕した。

 

「そんな言い方はやめて、お宝姉さん──。わたしたちの実の母親よ」

 

 蘭玉が毅然と言った。

 

「母親? あいつが……? 実の娘を調教して性奴隷のように扱おうとした女が? 一番の犠牲者の当のお前がそんなことを言うなんて信じられないわ」

 

「愛情を抱くという能力に欠けたお宝姉さんには、あんなに愛情に溢れた御前のことが理解できないのよ」

 

「愛情に溢れた? あの女が?」

 

 心の底から当時の宝玄仙がびっくりしている。

 あの屋敷に一番縁のないのが“愛情”だ。

 宝玄仙はそう思っていた。

 

「お宝姉さんは、寂しい人ね。きっとお宝姉さんみたいな女は、いつかすべての人間に嫌われて、そして、裏切られて、独りぼっちで死ぬに違いないわ」

 

「もう一度言ってごらん、お蘭──。承知しないわよ」

 

 かっとして、宝玄仙も怒鳴り返した。

 しかし、いまの宝玄仙はそれが正しかったことを知っている。

 周りのすべての人間に裏切られて、闘勝仙の奴隷になり、その闘勝仙を殺すことですべてを失って、いまだに見知らぬ異国を逃げ回っている……。

 

 考えてみれば、このとき蘭玉は、宝玄仙を罵ったのではなく、予言をしたのではなかったろうか。

 蘭玉は予言をする能力のある珍しい道術遣いだった。

 結局、あのときの蘭玉の言葉通りになったのだから……。

 

「……じゃあね、お宝姉さん」

 

 蘭玉が消えた。

 『移動術』だ。

 

 直前の蘭玉の表情には、はっきりとした宝玄仙に対する憎しみが浮かんでいた……。

 当時の宝玄仙が嘆息した。

 そのときの宝玄仙は、怒ってどこかに立ち去った蘭玉はすぐに戻るだろうと思っていた。

 結局、宝玄仙が帝都に出立する日になっても蘭玉は戻らず、それからも宝玄仙の前に現れることはなかった。

 宝玄仙自身も敢えて探し出そうとはせず、蘭玉が帝国の西側に隠れ里を作って暮らしているという噂に接しても、赴こうとはしなかった。

 

 結局のところ、蘭玉と再会するまでに十年かかった……。

 

 

 

 

 

 そして、また視界が暗くなった。



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349 卑劣な脅迫……三十歳

 壁に両手をつき、腰を後ろに突き出すように立っていた。

 下半身にはなにも身に着けていない。そういう状態で男の肌を背に感じた。

 どうやら、また過去の自分の身体の中に入ったようだ。

 

 そう現在の宝玄仙の意識は思った。

 そして、背中にいる男との情事を愉しんでいる若い宝玄仙の意識も感じた。

 

 指と入れ替わるように、ずぶりと背後から女陰に男根が押し込まれる。

 逞しい怒張が宝玄仙の女陰の上側を抉り入ってくる。

 

「ほおおおっ」

 

 衝撃に壁で支える腕に力を入れながら、もうひとりの宝玄仙が下肢の力を抜いた。

 背後から宝玄仙の女陰にゆっくりとした律動が開始される。

 硬直した熱い男根の力強さに、いまの宝玄仙の意識も自分の身体が一気に燃えあがるのを感覚を味わった。

 いまの宝玄仙の意識と昔の宝玄仙の意識が一体化する。

 

 現在の宝玄仙は、まだ若い時代の自分の身体を通じて、背後から自分の股間に怒張を貫かせている男の愛撫を受けている自分を感じていた。

 性交しているのはかつての宝玄仙だが、いまの宝玄仙も同じ身体の中でそれを受け入れ、もうひとりの自分が感じている快感を同じように受けている。

 

 宝玄仙の全身に淫情が駆け巡る。

 自分が性交をしているのか、過去の宝玄仙がしているのかわからなくなる。

 両方とも同じだ。

 気持ちがいい……。

 

 背後の男はただがむしゃらに宝玄仙の身体を突いてくるわけではない。

 無造作に責めているようで、的確に宝玄仙の感じる部分を探して怒張の先で刺激を加えてくる。

 

「はあっ、はっ、はっ」

 

 やってきた官能の波を一身に受け入れ、宝玄仙は湧きあがる快美感に身を任せた。

 はだけている上衣が背後からくつろげられて両方の乳房が鷲掴みにされた。

 すでに乳首は固くなっていた。

 それを弄ばれ、宝玄仙の身体が信じられないくらいに燃えあがる。

 それにしても、乳首に触れている男の指の感触が不自然だ。

 

 なにかおかしな薬剤を塗っているのではないか……。

 たちまちに込みあがってきた異様な感触に宝玄仙はおののいた。

 そう言えば、さっきまで指を入れられていた女陰の感触もおかしい……。

 無数の蟻が這い回っているような得体の知れない感触がどんどん大きくなっていく。

 激しい律動を受けながらも、さらに快感が増幅して信じられないくらいに下腹部が熱い。

 

「た、堪らない──」

 

 宝玄仙の口から悲鳴のような喘ぎが迸った。

 女陰を擦りあげている怒張が宝玄仙の膣の上側を繰り返し強く擦る。

 擦られた部分から噴きあがった快感がすでに全身に回り、全身の力が抜けてしまっている。

 

 膝ががくりと落ちた。

 この宝玄仙はどこかの屋敷の客間で立ったまま背後の男の怒張を受けていた。

 脱いだ巫女服の袴が床に落ちている。

 その横には腰の下着も無造作に放り投げられていて、その上に男の下袴が脱ぎ捨てられてもいた。

 

 ここはどこで、いつの頃だろう……。

 男の怒張を受けている若い宝玄仙の中にいる宝玄仙は、これがいつの時代であるかを考え続けていた。

 

 この光景に微かに記憶がある───。

 しかし、快感が大きすぎて考えをまとめられない。

 

 部屋にいるのは宝玄仙と背後の男だけだが、かなり広い屋敷の客間のようだ。

 部屋にある調度品から考えて、非常に裕福な貴族の屋敷のように感じる。

 

 帝都──?

 

 これだけの調度品や美術品が揃えられるような貴族の屋敷といえば、東方帝国の帝都だと思うが……。

 そして、自分は誰に抱かれているのだろう……?

 

「天教で最高の道術力を持つ巫女様の高級の性器となれば締りが違うわね。喰いつかれそうよ。ああ、気持ちいい……」

 

 後ろの男が女のような喋り方で奇声をあげた。

 それで、ここがどこで、いつの時代がすぐにわかった。

 若い宝玄仙に入り込んでいるいまの宝玄仙の熱が一気に冷める。

 

 御影(みかげ)……。

 

 宝玄仙の天敵とも思えるようになってきたひとりの男の名が頭に浮かぶ。

 ここは御影の屋敷だ。

 

 思い出した───。

 これは、あの御影と最初に抱き合った夜だ。

 宝玄仙は天教の神官として二度、帝都で過ごしたことがある。

 仙士の時代と八仙の時代だ。

 宝玄仙は、故郷に近い神殿で神官長を五年務めた後、帝都の天教本部で五年間働いた。

 教団本部の霊具の研究をする部署で働いたのだ。

 その後、再び地方の神殿長を務めた後、八仙に選ばれて再び帝都に戻ったのだが、御影と関わりを持ったのは、仙士だった頃の帝都時代だ。

 御影と関係したのは最初の五年間の帝都時代──。

 

 宝玄仙が三十歳のときだ。

 間違いない。

 

 なにげなく関係を持った。

 それがその後、しつこく迫られて付きまとわれる発端になるとは思いもしなかった。

 当時の宝玄仙は、かなり無節操な男遍歴をしていたが、御影はその当時に抱いた男のひとりだ。

 御影を受け入れた理由はなにか大きなものがあったわけでもない。

 口説かれたからだ──。

 

 帝都で一番の美貌とも湛えられた容姿を持つ宝玄仙は、性の相手というものに不自由することはなかった。

 生まれつき淫靡な体質であり身体が男に抱かれることを求めたから、宝玄仙は口説かれれば、特に大きな理由がない限り、男を受け入れていたと思う。

 

 行きずりの男──。

 当時の御影について、当時の宝玄仙はそれだけの価値しか考えておらず、二度抱かれる気などなかったはずだ。

 それが繰り返し関係を持つ仲にされ、事もあろうに、御影は宝玄仙を自分の性奴隷のような愛人として扱おうとした。

 それで罠にかけて、御影を文字通り葬り去ってやったのだ。

 

 ただ、それはいま行われている最初の性交から一箇月後のことだ。

 このときの宝玄仙は、ただただ性交の上手な御影の性技を堪能していただけだったと思う。

 

 大きな快感が宝玄仙を襲っている。

 若い宝玄仙は、その快感に溺れている。貫かれている場所から凄まじい快感が連続して脳髄を刺激しているのがわかる。

 脳天を直撃するほどの快感を男から与えられたのは、考えてみれば御影が最初だったかもしれない。

 

「いくうぅぅぅぅ──」

 

 宝玄仙の身体が仰け反った。

 腰を激しく振りながら若い宝玄仙は本能のまま、襲ってきた衝撃を解放した。

 真っ白いものが頭を襲った。

 全身が震えるのがわかった。

 がっくりと力の抜けた身体を御影が背後から支える。

 

「まだまだよ、宝玄ちゃん。もっと、気持ちよくしてあげるからね」

 

 昇天した身体に畳みかけるように、律動と愛撫が加わってくる。

 ひとつの手が乳房から肉芽に伸びた。

 肉芽を弄ばれながら女陰を突かれ、さらに片方の乳首を刺激される。

 続けざまに次の波が襲ってきて、宝玄仙が大きな痙攣をして果てた。

 

「も、もういい、御影──。ちょ、ちょっと休憩……」

 

 若い宝玄仙が悲鳴をあげている。手を壁につけて身体を支えるのが必死なのだ。

 全身が砕けるような官能の波に呑まれてしまって力が入らない。

 

「だったら床に寝てもいいのよ、宝玄ちゃん……。あなたは休んでいなさい──。その間、あたしはあんたの身体を愉しんでいるわ」

 

「そ、そんな……」

 

 当時の宝玄仙が抗議しているが、そのまま床に寝かされた。

 ふたりきりの御影の屋敷の客間の床に半裸の宝玄仙は仰向けにされ、その上から御影の身体がのしかかる。

 両膝を腕に抱えられ、胸に膝をつけるように倒されて股間に怒張を受ける。

 御影は挿入した怒張を荒々しく動かしたりはしない。

 貫いたままゆっくりと宝玄仙の恥丘そのものを揉むように擦りつけるのだ。

 その御影の技に当時の宝玄仙は、何度も何度も昇天させられたのを思い出す。

 

 いまもそうだ。

 達したばかりの宝玄仙の身体に、また大きなものがやってこようとしている。

 その大きなものが宝玄仙の全身を包み込み、すべてを圧倒する。

 

「ああっ、き、気持ちいい、気持ちよすぎる、ああっああああぁぁ──」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 

「何度でもいっていいのよ、宝玄ちゃん。女の身体はいくらでも昇天できるようにできているんでしょう。明日の朝まで続けてあげるわね」

 

 笑いを含んだ御影の愉しそうな声が、宝玄仙の大きな喘ぎ声に重なる。

 御影は冷静だ。じっくりと宝玄仙を値踏みするように、あのゆっくりとした腰の動きを続けている……。

 

「また、いぐうっ」

 

 宝玄仙の全身ががくがくと震えて、なにかが股間から迸った。

 

「朝までは長いわ、宝玄ちゃん──。もっと、愉しみましょうね」

 

 御影の女言葉が耳に入ってくる。

 これでこの気持ちの悪い喋り方さえなければ、もう一度くらい抱かれてもいいんだけど……。

 

 最高の絶頂を味わいながら、宝玄仙は、もうひとりの宝玄仙がそんなことを考えているのを感じていた。

 

 

 *

 

 

「な、なによ、これは──?」

 

 若い宝玄仙が叫んでいる。

 翌朝だ──。

 

 そういえば、そうだった……。

 

 若い宝玄仙の驚愕が、その中にいる宝玄仙にも伝わってくる。

 行きずりの一夜のつもりで、当時の宝玄仙は御影の屋敷で、その御影に抱かれた。

 当時の御影は仙士として、天教本部で働く最高幹部のひとりであり、宝玄仙の同僚だった。

 御影と夜通し愛し合い、そのまま倒れるように性行為をした客間に寝た。

 そして、翌朝、目を覚ましたら当時の宝玄仙に淫靡な仕掛けが施されていたのだ。

 

「こ、これはなんのつもりだい、御影──?」

 

 宝玄仙は柔らかい敷布のある長椅子に腰の下着一枚だけで横たわっていたが、その下着が問題だった。

 

 布ではなく動物の革を使った生地の下着だ。

 それは宝玄仙のものではなく、御影のものであり、宝玄仙が寝ている間に装着させたらしいが、股間に違和感がある。

 宝玄仙の股間に大きな張形が挿入されていた。

 つまり、その革の下着の内側には張形が付いていて、それが宝玄仙の女陰を貫いているのだ。

 しかも、下着の縁には金属の線のようなものがある。

 それがきっちりと嵌っているので、下着の裾から指を挿し込められないようになっているのだ。

 そして、その下着がなにかの道術がかかっていて道術なしで脱げないようになっているのは明らかだった。

 

「もちろん、あたしからの贈り物よ。今日一日、それを履いていてね。絶対に脱いだら駄目よ。あんた、今日も天教本部で仕事でしょう。あたしもそうだから、一緒に行きましょうよ。夜になったらまたここに戻ってきましょうね。そうしたら、外してあげるわね」

 

 御影が笑った。

 冗談じゃない──。

 

 若い宝玄仙がかっと怒りに襲われている。いまの宝玄仙はそれを若い宝玄仙の身体の中で感じている。

 

「じょ、冗談じゃないよ。わ、わたしを馬鹿にすんじゃないよ。これは霊具だね──。鍵がかかっているようだけど、わたしの道術で簡単に外せるんだよ」

 

 若い宝玄仙の身体の霊気が活性しようとしている。

 道術で外すつもりなのだ。

 だが、いまの宝玄仙は、御影の次のひと言でそれができなくなったのを覚えている。

 それで一箇月のふざけた関係になってしまったのだ……。

 

「それはそうなんでしょうねえ。口惜しいけど、あんたの道術はあたしよりも上のようだしね。でも、その下着だけは外さない方がいいわね。その下着を道術で強引に壊してしまったら、ある告発状が天教本部に自動的に届くようにしているわ。妖魔に関することよ。あんたあたしの任務が、妖魔に対する査閲(さえつ)卿だということは知っているわねえ」

 

 御影が意味ありげに言った。

 若い宝玄仙の霊気が止まる。その心に戸惑いが拡がるのがわかる。

 査閲卿というのは、天教の寺院が拡がる地域一帯に展開している査閲官と呼ばれる教会法の取り締まりを実施する者を総括する役職だ。

 いわば、帝国政府の行政府が各地方で行っている治安維持のための活動と同じようなことを天教教団がやるのだ。

 もちろん、それは天教の教えに関する事項のみなのだが、実際には地方によっては、行政府の警邏隊よりも余程に権威がある場合が多い。

 御影はその総括をしているのだ。査閲官の主要な任務に妖魔狩りというものがある。

 

 天教は妖魔という人間に近い存在の生き物を認めていない。

 人間の敵として、見つけ次第駆逐すべきと教団法で定めている。

 教団の出先機関として各地方で妖魔狩りをするのも全土に散らばる査閲官の任務のひとつだ。

 もっとも、査閲官の力は、それぞれの地方によって濃淡がある。

 宝玄仙の故郷は、地方神殿の権威はあったが、教団本部から直接送られている査閲官はいなかった。

 

「その顔、なにか身に覚えがあるのかしら? 妖魔を匿うような異端者に知り合いが?」

 

 御影が宝玄仙の顔を覗きこむようにして言った。

 妖魔を匿うといえば、あの母親だ。

 匿うどころか、好き勝手に妖魔を屋敷に連れ込んで性行為に及んだりしている。

 妖魔といっても、人間と種が違うというだけで見た目は人間とほとんど変わらないものが多い。

 妖魔だと触れ歩かない限り、妖魔が社会に交わっていてもわからないことが多い。

 母親の屋敷には、そういう妖魔が日常的に出入りをしている。

 昔はそうであり、それはいまも変わらないはずだ。

 

 だが、縁は切れている。

 宝玄仙は注意深く、あの母親との関係を絶った。宝玄仙と結びつくようなものはすべてを消滅させた。

 あの母親から宝玄仙と蘭玉の記憶を消滅させることさえしたのだ。

 宝玄仙とあの母親との関係を察することができるわけがない……。

 

「ある地方の貴族の娘なんだけど、周囲に妖魔の気配が強いのよね。まあ、貴族の娘といっても、それなりの年齢なんだけどね……。ただ、見た目は二十そこそこの娘にしか見えないそうよ。その地方ではよく知られた名士でね……」

 

 御影は宝玄仙の生まれ故郷の土地の名を口にした。

 当時の宝玄仙の背に冷たい汗が流れたのがわかった。

 御影がなにかを知って、それを宝玄仙の脅迫の材料としているということがわかったからだ。

 

「そ、そいつがなんなのよ……。わたしには関わりのないことじゃないの」

 

 若い宝玄仙が白を切った。

 平然と言葉を放ったつもりのようだが、いまの宝玄仙には、その口調に大きな動揺があるのがわかった。

 そして、眼の前の御影も、それがわかったようだ。

 その笑みが満面のものになる。

 

「……やっぱり。いまので確信が持てたわね。よかった……。あんたが教団に届けてある書類には、さっき言及した土地の関わりはないようだけど、あたしはあんたの本当の故郷がその土地じゃないかと思っているのよね」

 

「か、関係ないよ」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 このときの宝玄仙は、まだ自分の工作にすがっている。

 あれだけ注意深く、故郷との関係を絶ったのだ。眼の前の一介の査閲卿などに見破られるわけがないと……。

 

「関係ないなら、それでいいわ──。その下着を道術で外したらいいじゃない。そうすれば、告発状がしかるべき部署に届けられ、教団法に従って異端者として、その地方に住む女に追捕がかかる。それだけのことよ。あんたとは関係のない女なんでしょう?」

 

 御影の顔に浮かぶ笑みが酷薄なものに変わる。

 宝玄仙がいるもうひとりの若い宝玄仙も悟るしかなかった。

 この御影はなにかによって知ったのだ。

 あの母親と宝玄仙との関わりを……。

 

「お、お前……」

 

 当時の宝玄仙が御影を睨んだ。

 自分が眼の前の男に脅迫をされており、それに逆らうことができないということがわかった。

 

「……安心してよ、宝玄ちゃん。これを知っているのはあたしだけよ。あたしさえ黙っていれば、なんにも起きないわ。実際のところ、妖魔を匿う人間なんて珍しくもないのよ。いちいち、真面目に取り締まっていたら全土の査閲官が何万人いても足りないわ。妖魔は道術を遣うから危険でもあるしね。余程のことがなければ、あたしは情報だけを集めて、それで握りつぶしてしまうの……」

 

「だ、だったら……は、話し合いを……」

 

 宝玄仙はすばやく頭を巡らせた。

 御影の物言いは、私腹を肥やす役人が、賄賂を要求するときの物言いそのものだ。

 こいつがなんらかの要求を求めているのは明らかだ。

 だったら……。

 

「だけど、大事なものだけは別よ。それはちゃんと本部に報告するわ。天教として絶対に見過ごせないものだけはね……。そういうものはちゃんと潰さないといけないし、必要なら、それに関わる人間を断罪して教団の裁判にもかけないといけないわ。それがあたしの仕事なのよ……」

 

 御影がくすくすと笑った。

 虫酸が走るような耳障りな笑いだった。

 

「な、なにをすればいいのよ……?」

 

 若い宝玄仙が呟くように言った。

 それが御影の軍門に下ることを認めた瞬間だった。

 当時の宝玄仙の恐怖と悔しさが、いまの宝玄仙にも伝わってくる。

 

「さっきも言ったわ。それを外さないことよ……そうだ。これも追加しようと──。手を出して、宝玄ちゃん」

 

 御影が言った。

 当時の宝玄仙が大人しく両方の手を御影に差し出した。

 すると御影がそばにあった小瓶から粘り気のある塗り剤をさじで取り出して、宝玄仙の両方の指の上にたっぷりと載せた。

 

「それを全部、乳首に塗り込むのよ、宝玄ちゃん」

 

「な、なんの薬だい、御影?」

 

「あんたの股間に喰い込んでいるものに塗ったのと同じものよ。股間の方はそろそろ効いてきたでしょう?」

 

 御影が言った。

 若い宝玄仙の身体にいる宝玄仙にも、股間の違和感が伝わってきた。

 股間が怖ろしく熱いのだが、おかしな痒みまで感じてきていた。

 これが強烈な媚薬であることは間違いなかった。

 

「それを乳首に塗り込んだら、腰の下着と同じような胸当てをしてあげるわよ、宝玄ちゃん。金属の糸が縁取りしてあるから、脱がないと触れないけど、宝玄ちゃんはあたしの命令がなければ脱がないものね」

 

「くっ」

 

 当時の宝玄仙が歯噛みした。

 

「塗りなさい」

 

 御影の顔が勝ち誇っている。

 宝玄仙の指がたっぷりと載った塗り剤を自分の乳首に塗り始めた

 はらわたが煮え繰り返る思いをしながら……。

 

 

 *

 

 

 御影と並んで馬車の後部座席に座ったときから、強烈なむず痒さを股間と乳首から感じていた。

 あの薬剤の影響に違いなかった。

 しかし、宝玄仙にはどうしようもない。当時の宝玄仙の恥辱と苦痛が、いまの宝玄仙にも伝わってくる。

 

 宝玄仙──正確には、当時はまだ宝玄仙士だったが──は、外側こそ教団の高級神官としての巫女服に身を包んでいたが、その下には御影に装着された革の下着と胸当てだけだった。

 そのいずれも金属の糸の縁取りがあり、指を差し入れて痒い部分を掻くことができないようになっている。

 道術で外すことは簡単だが、それは脅迫により封じられていた。

 

 この御影がなんらかの方法で宝玄仙の母親のことを知ったのは間違いない。

 そして、本部に告発する代わりに、それを使って当時の宝玄仙を脅していたぶることを決めたのだ。

 宝玄仙が逆らえば、御影は本当に地方の査閲官に母親を告発させるだろう。

 そうしない理由は御影にはない。

 

 宝玄仙の急所となるものをこの御影が握っている。

 なんとかしてそれを奪わなければならないが、それが果たされるまでは、こうやって御影のいいなりになるしかない……。

 しかし、股間を貫く張形の違和感が大きい。

 しかも、強烈な痒みが当時の宝玄仙に襲いかかってくる。

 

「みっともなく、がに股になるんじゃないわよ、宝玄ちゃん。あんたが妙なものを下の口に咥えていることがばれるわよ」

 

 固く握り拳を作って載せている宝玄仙の膝を隣に座る御影が無造作に揺すった。

 

「はうっ」

 

 股間に喰い込んでいる張形から衝撃を受けて、宝玄仙が思わず声をあげた。

 同じ衝撃をいまの宝玄仙も感じた。

 ただでさえ、馬車の揺れは張形を通じて宝玄仙に大きな快感を与え続けている。

 それで朦朧としていたところに、強い刺激を与えられてしまって思わず大きな声をあげてしまったのだ。

 

 前に座る御者がちらりと振り向いた。

 これは御影の馬車であり、御者も御影の部下だ。

 その部下にあられのない宝玄仙の声を聞かれてしまったことに、当時の宝玄仙が大きな羞恥を感じている。

 揺すられても大丈夫なように膝を閉じる──。

 しかし、それによって却って宝玄仙の女陰で張形を粘膜で締めあげるようなかたちになってしまい、それが馬車の揺れと相まって数瞬ごとに快美感が全身を駆け抜ける。

 

「み、御影、いい加減に……」

 

 当時の宝玄仙に沸騰するような怒りが込みあがったのがわかった。

 

「こんなこともできるのよ」

 

 そのとき御影が意味ありげに微笑んだ。

 御影の霊気が動いて、股間の霊具に伝わったのがわかった。

 

「あはあぁぁ」

 

 当時の宝玄仙が思わず大声をあげて、がくりとその身体を前のめりに倒した。

 突然、股間に挿入されている張形が激しく振動を始めたのだ。

 脳天まで抜き抜ける衝撃に、慌てて手で手摺を掴んで身体が倒れるのを防いだ。

 

「気に入った?」

 

 御影が横で笑っている。

 すでに張形の振動はなくなっている。

 宝玄仙が御影を睨むとともに、御者台で馬車を操る御影の部下に視線をやった。

 なにも喋らないが、宝玄仙の嬌声を聞かれたことだけは確かだ。

 御者の緊張が宝玄仙にも伝わってきた。

 

 これ以上我慢できないと、若い宝玄仙が心で叫んでいる。

 宝玄仙が悪態をつこうと御影に強い視線を送った。

 

「くうううっ」

 

 また張形を動かされる。膝が震え、眼が霞む。

 これまでに体験したことがないような快感の戦慄だ。

 ずっとまとわりついていた股間の猛烈な痒みが一瞬で飛ぶ。

 それが大きな愉悦となって宝玄仙の全身に沁みとおっていく。

 

「あ、あはうっ」

 

 耐えられずに声をあげてしまった。

 すると張形の振動がとまった。

 馬車も停まっていた。

 顔をあげると教団本部の入口に到着している。

 

「さあ、着いたわよ、宝玄ちゃん──。言いつけは覚えているわね? 下着を脱いでは駄目よ。あんたがいい子でいる限り、例の告発状はあたしが封印しておくわ」

 

 御影がそう言って馬車を先に降り、宝玄仙の手を取り待ち受けるような態勢になった。

 教団本部の前庭だ。

 

 行き交う者は多いが、当時の宝玄仙は恋多き女として知られていた。

 男と一緒に出所するなど珍しい光景ではないので、宝玄仙と御影に眼を留める者はいなかった。

 宝玄仙は手を伸ばして、できるだけ自然に見えるように振る舞って馬車を降りた。

 

「痒みに我慢できなくなったら、あたしの執務室に来るといいわ。あんたの部署は霊具の研究室だったわよねえ。適当な理由をつけて、査閲卿の執務室で打ち合わせをすると言ってきなさい。そうしたら、遊んであげるわ」

 

 若い宝玄仙は返事をせずに御影から離れた。

 膝から腰にかけての痺れが激しかった。

 歩くとどうしようもない焦燥が宝玄仙の身体に襲いかかってきる。

 一度刺激されたことで、張形を動かさる前よりもずっと大きな痒みを股間と乳首から感じていた。

 

 宝玄仙はやっとの思いで、教団本部内の自分の執務室に辿り着いた。

 御影のところなど行くつもりはない。

 しかし、刺激を求め狂う自分の股間から淫液が滲み出て、それが内腿のびっしょりと濡らしているのをふたりの宝玄仙は感じていた。

 股間と胸の痒みが耐えられないものになってきた……。

 

 いまの宝玄仙も、過去の若い宝玄仙の身体の中で、その意識とともに凄まじいその痒みと戦い続けた。

 過去の宝玄仙の記憶の中の宝玄仙は、この後自分がどうしたかよく覚えていた。

 

 結局、一刻(約一時間)が限界だった。

 この後、当時の宝玄仙は、御影の執務室に行ったのだ。

 

 そこでも、陰湿にいたぶられた。

 それが一箇月続いた。

 

 もっとも、本当に脅迫に屈していたのは半月だけだ。御影がどんな処置をしようとも母親に害が及ぶことがないように手を回すのにそれだけかかったのだ。

 残りの半月は、逆に御影を罠に嵌めるための時間だ。

 この一箇月と少し後、御影は、皇帝家への不敬罪により捕らえられて帝都の広場で首を斬られて処刑された。

 

 

 

 

 

 ふと、気がつくと痒みの苦しみが遠くなっていることに宝玄仙は気がついた。

 

 また、闇に包まれた。





 *

 本エピソードは、すでに投稿している第47話『【前日談】女巫女羞恥調教』に続きます。


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350 心を毀す躾……三十七歳

 おぞましい感触が尻から全身に拡がっていて、宝玄仙は思わず身震いした。

 全裸だ。

 しかも、全身に夥しい汗をかいている気配がある。

 なによりも、この脱力感と気だるさは、かなりの数の絶頂をさせられたときのものに違いないと思った。

 

 どうやら、また性行為の最中の自分に憑依したようだ。

 しかも、普通の性行為ではない。

 手足を拘束されているということは、自分は嗜虐を受けているということだ。

 周りの雰囲気からは、性愛の最中というよりは、もっと屈辱的なものを感じた。

 数名の人間が宝玄仙を囲んでいるようでもある。

 そして、宝玄仙は自分が床に倒れているということを悟った。

 両腕は後手に腰の後ろで腕を重ねるように、金属の枷のようなもので拘束されている。

 首にも違和感があった。

 首輪……?

 

 いずれにしても、今度はいつの自分の記憶だろうか……?

 本来のこの身体の宝玄仙が酔いのような激しい官能に襲われ、そして、恥辱と怒りで興奮状態であることがわかった。

 すぐに、現在の宝玄仙の意識が以前の宝玄仙の心に同調していった。

 この宝玄仙の屈辱がいまの宝玄仙の屈辱となり、この宝玄仙の激昂がいまの宝玄仙の激昂になる。

 ふたつの心が完全に混ざり合っていくのを感じた……。

 

「立たんか、雌犬」

 

 はっとした。

 忘れることのできない闘勝仙の声だ。

 この男に二年間に恥辱的な目に遭わされ続けた。

 八仙としての誇りも、人間としての尊厳もすべてずたずたにされた。

 宝玄仙の道術を封じて、教団としての活動だけではなく、宝玄仙の生活のすべてに自分の手の者を送り込んでいたぶり続けた。

 闘勝仙は、宝玄仙を嗜虐していることを半ば公然と晒し、そのために、宝玄仙は史上もっとも惨めな女八仙として、帝都で知らぬ者のない恥ずべき存在にされたのだ。

 

 自殺することさえ魔術で禁止された。

 あの声だ……。

 闘勝仙のあの声には、どんなことでも絶対服従―――。

 それをあの手この手で強要され、二年の時間でそれは宝玄仙の脳裏にこびりついてしまった。

 その闘勝仙に復讐を果たして、もう三年以上経っている。

 しかし、いま、久しぶりに闘勝仙の声に接し、現在の宝玄仙は、いまだそれに怖れと緊張を感じている自分を感じた。

 

「聞こえんのか、雌犬。よがり狂って気を失いよって……。呂洞仙(りょどうせん)、躾よ」

 

「お任せください。ほら、厳しくいくぞ。宝玄仙、いや、雌犬、立て──」

 

 呂洞仙というのは、闘勝仙とともに、宝玄仙を二年ものあいだ、嗜虐し続けた闘勝仙腰巾着だ。

 一応、宝玄仙と同じ八仙のひとりであるのだが、もうひとりの漢離仙(かんりせん)とともに、完全なる闘勝仙の従僕になり果て、宝玄仙に罠をかけた。

 その呂洞仙が革靴の先で、宝玄仙の脇腹を蹴りあげた。

 

「うぐうっ」

 

 宝玄仙は激痛に呻いた。

 

「立て──」

 

 思考が追いつかず、床にうつ伏せのまま、身体を曲げて痛みに耐える。

 そこに、道術による電撃が襲いかかる。

 

「はぎゃあああ」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 それを繰り返された。

 とにかく、立ちあがろうと宝玄仙は身体を起こす。

 そこに、呂洞仙が持っていた乗馬鞭が飛ぶ。

 

「もたもたするな──」

 

「うあっ」

 

 尻たぶを叩かれて、宝玄仙は悲鳴をあげるとともに、膝を崩しかける。

 そこに、またもや鞭が飛ぶ。

 

「や、やめておくれ──。立つ。立っているじゃないか」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 だが、身体が異常に怠い。

 おそらく、すでに体力も気力も消耗しきった状態なのだろう。果てしない連続絶頂を味わわされた状況なのだと思う。

 しかし、それだけじゃなかった。

 両脚の太腿に金属の輪が嵌まっていて、それがとてつもなく重い。さらに、首から胸にかけて、球体の金属の重りがぶらさげられている。

 体力を消耗しているいまの宝玄仙には、あまりもの仕打ちだ。

 また、全裸の股間には革の貞操帯が嵌まっていた。局部と尻穴に違和感があり、両方に張形が埋まっているみたいだ。

 しかし、言われたことに従わないと、暴力を振るわれる。

 宝玄仙は、歯が砕けると思うほどに奥歯を強く喰いしばり、どうにか身体を真っ直ぐにした。

 だが、脚と首に装着された重りで身体がよろける。

 

「背筋を伸ばせ、雌犬──」

 

 今度は背中を乗馬鞭が打ち据えた。

 

「あぐうっ、や、やめないか──」

 

「今日は、しっかりと躾けてやろう。お前は俺たちの雌犬だ──。それを骨の髄まで染み込ませてやる。まずは、雌犬宣言だ。自分は雌犬だと口にしろ。大声でな」

 

 呂洞仙が無防備な宝玄仙の腹を打ち据えた。

 宝玄仙は込みあがった怒りとともに、呂洞仙を睨み返した。

 

 だが、それで過去の宝玄仙の中にいる、いまの宝玄仙の記憶が蘇った。

 これは、まだ闘勝仙たちの性奴隷にされて、日が間もない頃だと思う。まだ、宝玄仙は屈服仕切っておらず、もうひとりの人格である宝玉も出現していなかった。

 おそらく、闘勝仙の罠にかかって、一箇月くらい……?

 

 ここは、闘勝仙の屋敷だろうか……?

 多分、呼び出されたのだろう。

 宝玄仙は呂洞仙を睨み続けるととにおに、周囲を観察した。

 部屋にいるのは、闘勝仙と呂洞仙だけのようであり、漢離仙はいない。

 そして、ここはそれなりに広い部屋のなのだが、部屋中に大小の調教具があり、そういう目的の部屋ということもわかった。

 宝玄仙と呂洞仙は部屋の中央だが、闘勝仙は壁際に座っていて、卓に載せた食事と酒を口にしている。

 つまりは、呂洞仙に宝玄仙を責めさせて、食事をしているのだ。

 このことだけでも、腹が煮えかえる。

 

「返事をせんか──」

 

「あぐうっ」

 

 前から肩を乗馬鞭で打ち据えられる。

 嫌というほどの衝撃で首の重りに引っ張られ、しゃがみ込みそうになる。

 

「立て──。座るな──。立てっ──」

 

 鞭を何発か背中に当てられた。

 宝玄仙は頬をしかめて、足を踏ん張った。

 同時に、激怒の感情が吹きあがる。

 宝玄仙は、このときの自分は、まだ闘勝仙たちに、これほどの怒りを抱くことができたのだと思った。

 だが、それも長く続かない。

 こういう生活を数箇月も続けると、いつしか、屈辱を屈辱を感じなくなり、奴隷のように従うのが当たり前になってくる。

 諦めの感情に心が支配されていく。

 心の底から奴隷になっていくのだ。

 宝玄仙が闘勝仙たちへの復讐心を蘇らせたのは、「宝玉」というもうひとつの人格が現われてからであり、まだ、この時期から一年近くはかかると思う。

 このときの宝玄仙は、まだそこにも至らず、こいつらの支配を受け入れて間もない時期であり、完全に屈服させられてる前の段階だと思う。

 

「……くっ……」

 

 足が震える……。

 全身が痛い……。

 すでに、宝玄仙の身体は限界を迎えかけていた。

 

「返事──」

 

 また脇腹を叩かれた。

 容赦のない鞭打ちだ。

 どうせ、最後には治療術で傷など消滅することができる。

 だから、嗜虐のときの打擲には、まったく加減などない。

 

「返事だ」

 

 乳房を横から払われる。

 

「いぎゃああ──」

 

 さすがにがくりと膝を折った。

 すると、下から突きあげるような衝撃が下腹部に走った。今度は道術による打擲だと思うが、その一発だけで吐気が込みあがる。

 

「雌犬──。いや、家畜だ。家畜らしく、豚の声で鳴け、宝玄仙」

 

 呂洞仙が大笑いしながら、宙を指で掴みあげる動作をした。

 すると、見えない力で髪が掴まれて、膝立ちの身体が勝手に持ちあがる。

 いや、髪の毛を道術で引っ張られて、強引に立たされているのだ。

 頭の皮が剥がれるような痛みが走る。

 

「あたたたた──。な、なにすんだい、ばかたれ──」

 

 さすがに激怒して怒鳴った。

 すると、火のような平手で頬を張られた。

 

「ふぐうっ」

 

 再び平手で打たれて、さらに、首の重りを引っ張られる。

 だが、髪を魔道で引きあげられているので、座り込むことはできない。髪を引っ張られる痛みで不覚にも涙がこぼれた。

 

「ほらほら、真っ直ぐにせんか──」

 

 四発目──。

 五発目──。

 平手打ちが続き、気が遠くなりそうになる。

 さすがに、限界になる。

 

「わ、わかった──。な、なるよ──。家畜でも、牝犬にでも──」

 

 宝玄仙は声を絞り出した。

 やむを得ない。

 抵抗しても、この理不尽な暴力が延々と続くだけだ。

 そもそも、どうせ逆らえない。

 宝玄仙の身体には、闘勝仙のたちの呪術により、十日に一度、三人の精液や小尿を苦にしなければ、いき狂いの発作が起きるようになっている。

 一度味わわされた宝玄仙は、一日中続いたあの発作の苦しみが心に染みついている。

 

「よし、家畜になるんだな?」

 

「あ、ああ……」

 

 宝玄仙は渋々言った。

 

「はいと言わんか──」

 

 またもや、拳が腹を突きあげた。

 

「ぐああっ、は、はい……」

 

 突きあがる憤怒を宝玄仙が押し殺す。

 

「だったら、豚の挨拶だ。一応は八仙だからな。人間の言葉を許してやろう。その代わり、わたしは雌犬です。家畜の雌犬にしてくれと口にしろ。最後には豚の鳴き声もつけろ」

 

 髪を上に引っ張る力が消滅して、髪が落ちる。

 途端に砕け落ちそうな身体を宝玄仙は耐えた。

 

「……わ、わたしを……か、家畜の牝犬に……して……ください……、ぶうっ」

 

 感情を消して、どうにか言い終えた。

 

「本当だな?」

 

 耳元で怒鳴られた。

 

「は、はい」

 

 宝玄仙は仕方なく頷く。

 すると、ずっと黙っていた闘勝仙が口を開くのがわかった。

 

「だったら、なぜ、二本の脚で立つ。生意気であろう」

 

 闘勝仙が目の前の卓から肉の薄物を手に取り、宝玄仙の前に放り投げた。肉が床に当たり、ぴしゃりという音が鳴る。

 

「呂洞仙、腕の拘束を解いてやれ。いや、前足の拘束だな……。そして、宝玄仙、それを喰え。犬のように口でな」

 

 闘勝仙が大笑いする。

 過去の宝玄仙と同化している今の宝玄仙に怒り感情が爆発する。

 だが、懸命にそれを我慢した。

 すると、呂洞仙が腕の枷を外して、腕を自由にされた。

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は四つん這いになるために、身体を屈めた。

 逆らうことは無意味なのだ。

 すると、凄まじい勢いで、両脛を蹴飛ばされた。

 

「ひぐっ」

 

 体勢を崩して、宝玄仙はその場にひっくり返った。

 しかも、首に重りをつけているので、どすんと首を床に落とす恰好になる。呂洞仙の足元に平伏する姿勢だ。

 

「まずは、土下座をして闘勝仙様に礼を言わんか──。それと、お前はなんだ? それを口にしろ──」

 

 呂洞仙が革靴の底を宝玄仙の後頭部に思い切り乗せてきた。

 がつんと床に額を打ちつけられて、一瞬意識が飛びそうになる。

 

「聞こえんのか、牝犬──」

 

 ぐりぐりと頭を踏みにじられる。

 それで、やっと意識が戻る。

 宝玄仙が両手を添えて、顔を床に伏せたまま、観念して声を絞り出した。

 

「か、感謝いたします……。わ、わたしはか、家畜の牝犬です……」

 

「誰のだ──?」

 

 一段と頭に乗せた脚に力を加えられる。

 

「と、闘勝仙と……呂洞仙たちの……」

 

「様だろ──」

 

「闘勝仙様たちの、です」

 

 すると、頭から足がどけられた。

 

「顔をあげろ。食事の前に躾をする」

 

 宝玄仙がゆっくりと顔をあげる。

 首の重りの負荷に耐えて、なんとか顔をあげた。

 

「あぐっ」

 

 いきなりだった。

 股間と尻穴に挿入されていた張形が激しく振動を開始した。呂洞仙が道術の霊気を注いだに違いない。

 そして、火の出るような平手の連打が宝玄仙の頬に襲いかかった。

 

「ひんっ、んぶうっ、あぶうっ」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげ続けた。

 一方で股間の淫具の振動は、どんどんと宝玄仙の身体に快感を送り込む。

 打擲の苦痛と淫具の快感──。

 頭がおかしくなりそうだ。

 

「口惜しいか、宝玄仙──。八仙のお前がこんな仕打ちを受けるのが──」

 

「うう……」

 

 宝玄仙は歯を喰いしばった。

 

「答えんか──」

 

 さらに左右の頬を呂洞仙が平手で打つ。

 男の力による容赦のない打擲に、宝玄仙が気が遠くなりかける。

 

「く、口惜しいよ……」

 

 宝玄仙は荒い息とともに言った。

 口に血の味がする。

 それを唾液とともに呑み込む。

 

「“はい”と言わんか──」

 

 連打が頬を襲う。

 

「はい──」

 

 平手が襲う。

 微塵の容赦もない暴力だ。

 

「お前は家畜だ──。家畜はこうやって、打たれるのが好きだ──。そうだな──」

 

 やっとびんたがやみ、呂洞仙が耳元で怒鳴った。

 一方で、股間の淫具の振動は続いている。そっちは気持ちがいい。宝玄仙は何も考えられなくなる。

 

「そ、そんなことが……あるものかい……」

 

 やっとのこと言った。

 もはや、なにを訊ねられているのかも思考できない。

 

「じゃあ、好きになるまで叩いてやろう。家畜は頭で覚えることはできん。身体に躾けるだけだ。気絶できると思うな──。それは道術で阻止している」

 

 大きく振りかぶって、宝玄仙の頬が叩かれた。

 

 五発……。

 

 十発……。

 

 二十発──。

 

 連続する衝撃で頭がぐらぐらする。

 吐き気がこみあがる。

 しばらくして、やっと平手の連打が中断した。

 

「どうだ? 打たれるのが好きになったか? それとも、まだ足りんか?」

 

「うう……」

 

「答えろ、宝玄仙──」

 

 また連続で平手を打たれる。

 宝玄仙は完全に朦朧としてきた。

 

「は、はい、りょ、呂洞仙……様……」

 

 平手がやんだ瞬間に、諦めて宝玄仙は口にした。

 こいつは、本当に宝玄仙が屈服するまで、これを続けるに違いなかった。

 それに、さっき呂洞仙が口にしたのは本当のことのようだ。

 これだけ顔を叩かれても、なぜか意識だけは失わない。朦朧としているのに、気絶はできない感じだ。

 それよりも、股間の振動が宝玄仙を追い詰める。

 快感が考えることを邪魔をする。

 屈辱に気が遠くなる。

 

「あああっ」

 

 宝玄仙が身体を弓なりにして吠えた。

 快感が込みあがり、絶頂してしまったのだ。

 

「誰の許しを得て達した──。この馬鹿犬が──」

 

 髪を鷲掴みされて、両頬を連打された。

 突きあげてくるものが爆発しそうだった、

 もう無理だ。

 宝玄仙は口を開く。

 

「わ、わたしは……う、打たれるのが……好きな……家畜……、牝犬……」

 

「そうかい、だったら、もっと打ってやるぞ」

 

 宝玄仙は息を呑んだ。

 頬が鳴る。

 悲鳴が口から迸った。

 

「ありがとうございますは──」

 

 また頬が鳴る。

 

「あ、ありがとう、ござっ、いますっ」

 

 やっと言った。

 すると、平手がとまる。

 

「よろしくお願いしますもつけろ」

 

「よろしくお願いします──」

 

「ちゃんと頭を床につけんか──」

 

 足で頭を踏まれる。

 重りをつけている頭に強い衝撃が加わる。

 

「んぐっ──。あ、ありがとうございます──。よろしくお願いします──」

 

 ひたすら繰り返した。

 すると、これまでの屈辱や苦痛とは異なる、別のなにかが襲ってきたきがした。

 宝玄仙は恐怖を感じた。

 心の崩壊への不安だ。

 それで、ふと思ったが、いつの間にか淫具の振動がなくなっている。だが、宝玄仙は、まだそれが続いているような激しい身体の疼きを感じていた。

 

「何発打つんだ、家畜?」

 

「す、好きなだけ……」

 

「いい度胸だな。じゃあ、二十発だな」

 

「わ、わかった……。いや、わかりました……」

 

「それとも、倍にするか?」

 

「いえ、二十発で……」

 

「生意気を言うな──。三十発と言われたら、感謝せんかせんか──。それが家畜だ──」

 

 途端に両頬に打撃が加わる。

 

「ううっ」

 

「言わんか──」

 

「さ、三十発……よろしく……お願いします。」

 

 すべての感情を殺して告げた。

 

「そうか、打たれるのが嬉しんだな?」

 

 呂洞仙が宝玄仙の顔をあげさせて、にやりと笑った。

 

「あ、ああ……。いや、は、はい……そうです」

 

「だったら、五十発だ。いいな」

 

「なっ」

 

「礼はどうした──?」

 

 また平手──。

 耳鳴りと頭痛で身体が倒れそうになる。

 四つん這いの身体を懸命に支える。

 

「あ、ありがとうございます……。よろしくお願いします……」

 

 宝玄仙の言葉が終わるとともに、呂洞仙の手が降ってきた。

 交互に顔を思い切り叩かれる。

 

「ぶわっ、んぐっ、あぐっ」

 

 ひたすら耐える。

 

「なにをぼうっとしている──。数をかぞえんか──。最初からだ──」

 

 呂洞仙が平手を打ちながら怒鳴った。

 

「い、いちっ、にいっ、さんっ、しいっ──」

 

 悲鳴の代わりに宝玄仙は必死に平手を数えた。

 だが、だんだんと数がわからなくなる。

 同時に異常なものに、心が押しつぶされそうになる。

 なにかもかも、砕け落ちていく。

 

 狂う──。

 狂わせられる──。

 宝玄仙は打たれながら思った。

 呂洞仙がしているのは、単なる暴力ではない。

 宝玄仙の心を毀そうとしているのだ。

 それがわかってきた。

 だが、できれば本当に狂いたいとも思った。

 そうすれば、楽になるのではないか……。

 

 やっと五十に達した。

 身体が痺れきっている。

 宝玄仙は声も出せなかった。

 

「礼はどうした──」

 

 鋭い平手が襲う。

 宝玄仙は考えるよりも先に、口を開いた。

 

「あ、ありがとうございました──」

 

「よし、喰っていい──。闘勝仙様にも礼を言え」

 

 呂洞仙がさっき闘勝仙が投げて床に落ちていた薄肉を足で蹴って、宝玄仙の顔の下に持ってきた。

 しかも、ぐりぐりと革靴で踏みにじる。

 

「と、闘勝仙様、ありがとうございます……」

 

 宝玄仙はなにも考えることができず、顔を床につけて、汚れた肉を口にした。

 闘勝仙と呂洞仙が大笑いした。

 宝玄仙の心の中で、なにかが砕けて、そして、なにかが生まれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 目の前が暗くなる。

 

 宝玄仙は、またもや、過去の宝玄仙から離れて行こうとしていた。



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351 会心の笑い……三十九歳

「宝玄仙、口を開けろ。小便だ」

 

 跪いている宝玄仙の顔の前に、闘勝仙の一物があった。

 顔をあげて、素直に口を開く。

 

 噛み千切ってやろうという衝動を抑えて、眼の前の闘勝仙の性器を口に咥える。

 すぐに尿が宝玄仙の口の中に迸り始めた。

 口の中に放たれる尿を口の外に漏らさないようにするためには、懸命に喉と舌を動かしてその醜悪な液体を身体に流し込まなければならなかった。

 臭気や吐気を感じる余裕はない。

 ただ、ひたすらに飲み下すことだけを考えるだけだ。

 

 こんなことをずっと宝玉はやり続けたのだ……。

 ただ一度だけの飲尿で気の遠くなるような恥辱を感じている宝玄仙は、改めて宝玉のつらさを思った。

 確かに、宝玉の性癖は嗜虐ではなく被虐だ。

 

 しかし、本質的に宝玉が求めているのは愛されることだ。

 愛情が背景である被虐には途方もない快感を覚えるが、愛のない屈辱は、やはり屈辱でしかない。

 宝玉だって、闘勝仙たちから与えられる辱めが愉しかったわけじゃないはずだ。

 

 だが、宝玉は耐え続けた。

 宝玄仙がいつか、この責め苦の日々から解放してくれることを信じて……。

 

 そして、ふと思った。

 いや、これはまた過去の記憶だ。

 だが、これまでのように過去の宝玄仙の意識が支配する宝玄仙の身体に、いまの宝玄仙が憑依したという感じではない。

 過去の宝玄仙がいまの宝玄仙そのものになっていた。

 宝玄仙は、これがいつの自分の記憶なのかを見極めようとした。

 

 この宝玄仙は、神官巫女としての服を着ていた。

 両手首は背中側で手錠をかけられている。

 その状態で宝玄仙は、宝玄仙の口に放たれる闘勝仙の尿を受け入れていた。

 ここが闘勝仙の屋敷の私室だということは、すぐに思い出せた。

 闘勝仙の家人はそばにはおらず、いつもの取り巻きの漢離仙や呂洞仙もいない。

 部屋の中には宝玄仙と闘勝仙のふたりだけだ。

 

 実のところ、二年間の責め苦の日々だったが、宝玄仙と闘勝仙がふたりきりという場面は多いものではなかったはずだ。

 それは闘勝仙の男性器が不能であったことと関係がある。

 闘勝仙は自分で直接に宝玄仙を責めたてるよりは誰かに責めさせて、それを眺めて愉しむというやり方を好んだものだ。

 自分では直接には宝玄仙を犯せないからだろう。

 従って、闘勝仙の周りには大抵誰か別の責め手がいたと思う。

 

 もっとも、実際にずっと調教を受け続けたのは宝玉だ。

 宝玄仙は宝玉を通じて、それを知っただけだ。

 

 そして、闘勝仙が不能だったというのも宝玄仙の油断のひとつだ。

 もとはと言えば、宝玄仙が闘勝仙に逆らえない奴隷のような立場になったのは、鳴智が仕組んだ罠により、宝玄仙が一時的に道術が遣えなくなり、そこにやってきた闘勝仙の脅迫と拷問に屈して、宝玄仙が闘勝仙と『真言の契い』を結んだことから始まっている。

 乗り込んできた闘勝仙、漢離仙、呂洞仙と結んだ『真言の誓い』は、この三人が宝玄仙に精を放つことを認めるというもので、その間については、宝玄仙は道術で抵抗しないというものだった。

 

 『真言契約』は、どんな道術遣いでも効力を発揮する絶対の約束であり、それで道術を遣わないと約束すれば、どんなに霊気に差があっても絶対に彼らには道術で抵抗はできなくなる。

 宝玄仙としては、もう三人に犯されるのは覚悟し、さっさと済ませて追い払うくらいの気持ちだった。

 まさか、二年もそのままとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 つまり、漢離仙と呂洞仙はその日のうちに、宝玄仙の身体に精を放った。

 だが、実は闘勝仙は不能だったので、闘勝仙が宝玄仙に精を放つということが起こりえず、『真言契約』がずっと継続したということだ。

 そして、その状況で、漢離仙の調合した呪術の仙薬を飲まされた。

 それは、十日に一度、漢離仙と呂洞仙の精液と、この眼の前の闘勝仙の尿を身体に入れなければ、激しいいき狂いの発作に襲われるというものであり、道術で抵抗することを禁止された宝玄仙は、自分の道術でそれを解毒できなかった。

 

 そのため、二年もの間、宝玄仙は、自分をいたぶり続けた三人の精と尿を飲むという生活をしなければならなかったのだ。

 

 そして、はっとした。

 突然に思い出したのだ。

 

 これは最後の夜だ。

 つまり、宝玄仙が闘勝仙に叛逆を起こした夜に間違いない。

 

 宝玄仙が復讐の手段を完成し、闘勝仙を殺すために『服従の首輪』という霊具を装着させたあの日だ……。

 

 

 ──焦らないで……。

 

 

 宝玄仙の心の中で誰かが呟いた気がした。

 

 びっくりした……。

 自分の身体にもうひとりの誰かがいる。

 宝玄仙がいま感じていること、行動していることを誰かが見ている……。

 

「なかなか、生きた厠の役が堂に入ってきたな、宝玄仙」

 

 最後のひと滴を宝玄仙の口中に放った闘勝仙が哄笑した。

 それで宝玄仙の思念は、眼の前の闘勝仙に対するものに戻った。

 

「けほっ、けほっ……」

 

 激しい咳が込みあげて宝玄仙は思わず口を離した。

 

「まだ、終わってはおらんぞ、宝玄仙」

 

 闘勝仙が苛ついた口調で言った。

 咳込みながら宝玄仙は、一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

 

 

 ──舌で掃除をするのよ、宝玄仙……。闘勝仙は勃起しない自分の性器をそうやって奉仕させるのが好きなのよ……。

 

 

 また、心の声がした。

 宝玉……?

 

 宝玄仙にその存在が思い出された。

 宝玄仙には、ひとつの身体であるこの身体にふたりの人格が存在している。

 

 ひとりは、この宝玄仙……。

 そして、なぜか、突然出現したもうひとりの宝玄仙……。

 それが宝玉だった。

 

 宝玄仙は慌てて、顔の前にぶらさがっている闘勝仙の性器を口にした。

 勃起しない闘勝仙の性器に対する奉仕はしばらく続いた。

 やはり、宝玄仙の舌技を駆使してもそれは逞しくなることはなかった。

 もしかしたら、そういう性に対する欠陥が女を陰湿にいたぶることに悦びを感じるというねじ曲がった欲望に繋がっているのかもしれない。

 四半刻(約十五分)ほど奉仕を続け、やっと宝玄仙は解放された。

 

「……よかろう。一刻(約一時間)もすれば、漢離仙と呂洞仙が来る。いよいよ、今日からこの前に説明した施術を始めるからな。ついに、お前も人の親になることになる。嬉しいか?」

 

 宝玄仙はなにも言わなかった。

 ただ、意思を失くした人形のような振りをして、愉しそうな闘勝仙の顔を眺めていただけだ。

 しかし、実際には、これから自分がやろうとしていることに沸騰するような興奮と激しい胸の鼓動を感じていた。

 

 いよいよ、宝玄仙の復讐か成就する……。

 

 その興奮を隠すのに必死だった。

 宝玄仙は、闘勝仙の罠にかかって慰み者になり、二年間さまざまな恥獄を味あわされたが、この日から新しい施術を受けることになっていた。

 つまり、宝玄仙を妊娠させようという企てだ。

 子供を作らせようというのではない。誰の子供とわからないような子を宿らせて、胎児のうちに堕胎させる。その堕胎を張形に加工して、その胎児の張形でなければいけない身体にしてしまうというものだ。

 

 そういう企てを始めることを教えられていた。

 わざわざ、宝玄仙に前もって教えるのは、それにより宝玄仙の苦しみが拡大するからであり、どんなことがあっても、宝玄仙が抵抗できないからだ。

 

 だが、それももうすぐ終わる……。

 

 闘勝仙の人非人の計画には、宝玄仙を胎児の張形でしかいけない身体にした後、遅くとも一年後には大きな宴を開き、衆人の前で胎児のかたちをした張形でよがり狂う浅ましい宝玄仙の姿を帝都中に晒すというものまで含まれていた……。

 その怖ろしい計画の第一日目がこの日だったのだ。

 

 闘勝仙は、そんな企てを始めることを隠すこともせずに宝玄仙に笑いながら言ったものだ。闘勝仙は、どんなに怖ろしいことでも、宝玄仙が逆らえるわけがないと思っていたのだ。

 そうであるはずだった──。

 

 闘勝仙は、二重三重の『真言契約』で宝玄仙が、闘勝仙に抵抗する手段を奪っていた。

 あらゆる方策で、闘勝仙やその取り巻きに叛逆どころか、命令に逆らうことさえできなくしたのだ。

 しかし、実際には違っていた。

 

 理由は不明だが、ある日突然、宝玄仙の人格はひとつの身体にふたつの宝玄仙の人格が存在するという状況になっていた。

 経緯はわからない。

 なぜか、いつの間にかそうなっていたのだ。

 だが、そうなることで、抵抗できないはずの闘勝仙への抵抗が可能になったのだ。

 

 ひとつの身体にふたつの人格──。

 そんなことは、すぐには、受け入れられなかったが、実際にそうなっている。

 受け入れるしかなかった……。

 

 そして、自分の身体に存在するもうひとつの人格を認めたとき、お互いに気がついたのだ。

 これを利用すれば、この状況を打破できると……。

 

 なぜ、そういうことが起きたのかわからなかったが、やがて、宝玉と称するようになるもうひとつの人格と役割分担ができあがった。

 つまり、闘勝仙たちから受ける恥獄は、宝玉が一身に受ける。

 宝玉という人格は、宝玄仙に比べれば、他人からの恥辱や責め苦に耐性があった。

 宝玄仙よりもずっと被虐の癖が強くて、屈辱を快感に変えて耐えることもできた。

 なぜか、それまでに闘勝仙を結んだ『真言契約』は、この宝玉が結んだことになっていて、宝玄仙自身は、『真言契約』には拘束されなくなっていた。

 それで、宝玄仙は、闘勝仙における嗜虐は、すべて宝玉に背負わせ、自分は闘勝仙への復讐に専念することにした。

 

 ただ、それは簡単なことではなかった。

 道術が通用するといっても、闘勝仙の道術は偉大なものだ。

 簡単に屈服をさせられるものではない。

 それに、道術が通用しようがしまいが、身体に染み込まされた呪術の仙薬のこともある。

 ほかにもいろいろな細工を身体に受けている。

 宝玄仙の人格になっても直接的な道術はこの三人には効かない可能性が高かった。

 反撃は慎重に行われなければならなかった。

 

 復讐をするのであれば、闘勝仙は殺さねばならなかった。

 中途半端では、身体に植え付けられた『真言契約』を復活させられる可能性があった。

 生かしておいて復讐を果たすということはありえなかった。

 

 宝玄仙の肚は最初から決まっていた。

 

 人を殺すということに躊躇いを示したのは宝玉だった。

 しかし、闘勝仙は道術力だけではなく、権力においても危険な存在だった。殺さねば、今度はなにをするかわからない。

 一度の叛逆に成功しても、いつか闘勝仙はさらに報復を宝玄仙に与えると思った。

 そして、今度は、宝玄仙だけではなく、宝玄仙を取り巻くあらゆる人間に危害を及ぼす可能性がある。

 どんな卑劣な手段を使おうとも闘勝仙は報復をしてくる。

 『真言契約』を復活させられる可能性も高い。

 

 そのときに、再び闘勝仙の陰謀に対抗できる自信はない。

 宝玄仙は宝玉を説得した。

 もとより、宝玄仙には、闘勝仙を生かしておくことについて、なんの理由も見出すことはできなかった。

 宝玉は同意した。

 

 そして、計画は実行された。

 

 闘勝仙に対する罠は罠だと諭されないように注意深く行わなければならなかった。

 復讐の道具は完成した。

 

 『服従の首輪』──。

 

 絶対に逆らえない、究極の支配霊具だ。

 しかし、問題はどうやってそれを首に嵌めさせるかだ。

 そこで、宝玄仙は完成したその霊具をあえて手放した。

 

 一箇月前のことのことだ。

 宝玄仙は密かに完成させた霊具を市に出し、それが何人かの手を通じて、闘勝仙に渡るように工作したのだ。

 支配霊具としてではない。

 人の霊気を無効化できるという強力な霊具としてだ。

 

 それは首輪であり、それを嵌めることで、眼の前の相手の一切の霊気を一時的に喪失させることができる力を帯びさせた。

 しかし、それは本来のその霊具の効果を偽装するためのものだった。

 実際、そういう表向きの効果も発揮できるように細工もした。

 本来の効果は宝玄仙によらなけれは、発揮しないように注意深く封印もした。

 

 かくして、他人の霊気を喪失させることができる攻撃霊具……。

 そういう強力な霊具が一箇月前に帝都に不意に出現した。

 そういう強力な霊具の噂に接すれば、闘勝仙が見逃すわけがない。

 あらゆる手段を駆使して手に入れようとするだろう。

 闘勝仙というのはそういう男だ。

 

 そして、数日前──。

 闘勝仙がついにその霊具を自分のものにしたという情報に宝玄仙は接していた。

 獲物は罠にかかった。

 

 あとは宝玄仙の眼の前で、闘勝仙がその霊具を使おうとするのを待つだけだ。

 しかし、宝玄仙は待つつもりはなかった。

 闘勝仙がその霊具を使いたくなる話題を出す。

 

 その話題になれば、闘勝仙は手にしたその霊具を使おうとするという確信もある。

 

 

 ──焦っては駄目よ、宝玄仙……。機会は一度だけよ。今夜が駄目なら始めないでね。これからも機会はいくらでもあるはずだから……。でも、一度失敗してしまえばそれで終わりよ。こいつはわたしたちが準備した復讐の手段を完全に奪ってしまうわ……。

 

 

 また、心の声がした。

 それとともに、心の中で感じていたもうひとりの意識が、やっぱり宝玉であることを確信した。

 宝玉が宝玄仙に声をかけているのだ。

 

 そう言えば、そうであったかもしれない。

 あのときも宝玉は、宝玄仙に呼びかけていた気がする。

 

 宝玄仙自身は、闘勝仙の直接的な調教についてほとんど知らない。

 宝玄仙と宝玉の人格が入れ替わっていることを悟られないために、闘勝仙に尽くす作法を宝玉から教わらなければならなかったからだ。

 

「さて、こうしておっても退屈だ。今夜も、女八仙殿のよがり狂う姿を見せてもらおうかのう……。宝玄仙、立つがいい」

 

 闘勝仙がそう言ってそばの椅子に座り直した。

 そして、細い棒を取り出す。

 宝玄仙は後ろ手に拘束された両手の拳をぎゅっと握って、闘勝仙が足を組んで座る椅子の前に立った。

 

 闘勝仙が手を伸ばして、宝玄仙の巫女服の腰紐を解いた。

 袴が足元に落ちて、宝玄仙の下半身が露わになる。

 宝玄仙は許可なく下着をつけることを禁止されていた。

 このときは、袴の下にはなにも身に着けていなかった。

 いや、下着に限らず、宝玄仙の身に着けるものは一切が闘勝仙の手の者に管理されていた。

 下着の代わりに股縄をされたり、張形を入れられたり、あるいはおかしな霊具でいたぶられたこともあった。

 

「脚を開け。許可なく動くな……」

 

 闘勝仙が言った。

 宝玄仙の脚が動く。

 自分の意思で動かすというよりは、二年間で染みついた闘勝仙の声が勝手に宝玄仙の身体を動かしてしまうのだ。

 闘勝仙の棒が宝玄仙の剝き出しの股間に触れた。

 

「うっ」

 

 宝玄仙は必死に唇を噛みしめた。

 棒の先が微妙な振動をしていた。

 それが宝玄仙の内腿に触れてゆっくりと股間の中心に向かって這いあがってくる。

 

 あっという間に快感に襲われる。

 まだ、一番敏感な部分に刺激を加えられているわけではないが、指による刺激では考えられない微妙で繊細な棒の振動による刺激は、どんどん宝玄仙の性感を掘り起こす。

 すぐに淫靡な反応を示してしまう自分の身体を恨めしく思いつつ、その惨めさに唇を噛みしめる。

 すると内腿もゆっくりと舐め尽くしていた棒先が、すっと伸びて肛門の付近に伸びた。

 

「ああっ」

 

 身体を大きく波打って露わな声をあげた。

 

「動くなと言っておるであろう──。漢離仙たちが来るまで、絶対に気をやるな。たった一刻(約一時間)くらいだ。もしも、はしたなくいってしまったら罰を与えるぞ……。そうだな。明日、法要の儀があるな。約千人近くの僧侶が集まる祭典だが、そこで全身にいつもの掻痒剤を塗って参加させてやろう。全身が千切れるような痒みに遭いながら、他の者にばれんように儀式の半日を耐え抜くのだ」

 

 闘勝仙が笑った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 罰とは言いながら、それは明日、そういう責め苦を与えるという宣言も同じだった。

 宝玄仙が一刻(約一時間)も無抵抗に刺激を受け続けて、耐えられないことを知っていてそう言っているのだ。

 闘勝仙たちに調教された身体は信じられないくらいに鋭敏で感じやすい肉体にもなっている。

 そんな身体で、一方的な愛撫を一刻(約一時間)も我慢ができるわけがない。

 いまも、激しく燃えあがった性感が、宝玄仙に襲いかかっている。

 振動を続ける棒の先端が宝玄仙の肛門に這い進み、中に抉り入ってきた。

 

「あはああぁぁぁっ」

 

 宝玄仙は後ろ手の身体の大きく仰け反らせて嬌声をあげた。

 

「そんなことで、一刻(約一時間)も耐えられるのか? 法要のときに襲うのは、掻痒剤の痒さの苦しみだけではないぞ。いつ襲うかわからない淫具の快感も加わるのだからな」

 

 闘勝仙はさっと棒を宝玄仙の身体から離して笑った。

 それでなんとか絶頂することを免れた宝玄仙だったが、闘勝仙の狙いは明らかだ。

 闘勝仙からすれば、すっかり知りきっている宝玄仙を絶頂させるも、させないのも自在なのだ。

 宝玄仙に耐えることを強要して、時間ぎりぎりのところで絶頂させて絶望させたいに違いない。

 

「そら、またいくぞ。漢離仙と闘勝仙がやってきたら、すぐに子種を宿す性具を女陰に入れなければならん。それまで、しっかりとほぐしておかねばな」

 

 闘勝仙の棒が再び股間に迫った。

 

「で、でも、わ、わたしは……子は宿せないわ……。わたしの霊気が邪魔をするのよ……」

 

 宝玄仙は小さく言った。

 すると闘勝仙の持っている棒が、宝玄仙の股間の直前で停止した。

 

「そう言えば、そんなことを言っておったな。お前の強い霊気が遮断すると。しかし、わしの道術はお前には一切の抵抗ができないように『道術契約』を結んでおる。それで無効にさせる」

 

 闘勝仙は笑った。

 

「わ、わたしの意思でやっていることじゃないから無理よ。わたしに流れている霊気そのものが子種を受け入れないわ。いわば、わたしの強い霊気の副作用だから……」

 

「なるほど、よいことを聞いた」

 

 闘勝仙がにやりと笑った。

 

「いいこと?」

 

「ならば、お前の身体から霊気をすべて失わせればいいことであろう。そうすれば、一切の道術封じも意味がなくなるからのう」

 

 闘勝仙が意味ありげに笑った。

 宝玄仙は、自分の心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

 獲物が罠に入ろうとしている。

 その確信があった。

 

「そ、そんなことできるわけないわ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ところができるのだ」

 

 闘勝仙は懐からひとつの首輪を取り出した。

 宝玄仙の心臓が早鐘のように動き出した。

 

 ここで動揺してはならない。

 宝玄仙がほんの少しでもおかしな素振りをすれば、この用心深い男は、宝玄仙の工作の可能性について気がつく。

 宝玄仙はこの帝国随一の霊具作りの天才だ。

 その能力で八仙までのしあがったのだ。

 他人の霊気を喪失させることができるというような途方もない霊具があるとすれば、この宝玄仙でしか成しえないことに考えればわかるのだ。

 だが、そうすると、闘勝仙はその霊具を使うことを躊躇うだろう。

 宝玄仙が作った霊具なら、宝玄仙が闘勝仙に仕返しをするために細工をした可能性を考えるからだ。

 だから、宝玄仙は敢えて、この世にひとつしかない強力な霊具を密かに手放したのだ。

 まわりまわって、やがて闘勝仙の手に渡ることを期待して……。

 

 そして、眼の前に闘勝仙が取り出した霊具……。

 それは、紛れもなく、一箇月前に宝玄仙が手放した霊具の首輪であり、他人の霊気を一時的に喪失させることができるという表向きの機能を備えさせたあの霊具だ──。

 

「この霊具で、まずはお前の霊気を喪失させる。そうすれば、お前を守っているものはなくなり、子種を遮断する霊気の効果もなくなるはずだ……。よい子を作れよ」

 

 闘勝仙はその銀色の首輪の霊具を無造作に首に嵌めた。

 まずは、第一段階……。

 

 もう少し……。

 あと一歩──。

 

「ねえ、闘勝仙、その首輪はあなたのもの? その首輪の力をあなたは受け入れるの?」

 

 宝玄仙は言った。

 宝玄仙の緊張は最高度に達していた。

 

 次の闘勝仙のひと言ですべてが決まる。

 この宝玄仙の言葉に違和感を覚えて、この状態で首輪を外せば宝玄仙の工作は失敗したことになる。

 

 首輪を受け入れる……。

 

 その言葉を首輪を着けた者が自ら発することが、この首輪の本来の力を解放する鍵なのだ。

 

 『服従の首輪』……。

 

 宝玄仙の言葉に一切逆らえなくなる究極の支配霊具──。

 事前に宝玄仙を「主人」とすることはあらかじめ刻んでいる。

 だから、どんなかたちで嵌めてもいいのだ。

 

 後は受け入れるだけ……。

 首輪は、“この霊具を受け入れる”──という言葉で封印が解かれて本来の力を発揮する……。

 宝玄仙を主人とするように特別に調整した操りの支配を……。

 

「おかしなことを言うな、宝玄仙……。もちろん、これはわしのものであり、この霊具を受け入れてお前の霊気を喪失させるさ──」

 

 闘勝仙は確かに言った。

 闘勝仙は自信満々だった。

 この首輪を手に入れて、実際に何度か試して、本当に霊気喪失の攻撃効果があることは確かめているはずだ。

 それで自信を持っているのだ。

 

「闘勝仙、わたしの命じた言葉以外の道術を遣うことを禁止する。命令だよ」

 

 宝玄仙は確かに闘勝仙が首輪を嵌めたのを確認して叫んだ。

 闘勝仙の表情が凍りついた。

 そして、慌てて首輪を外そうとした。

 

「その首輪に触ることを禁止する。命令だ」

 

 闘勝仙の手が空中で静止した。

 

「お、お前……。こ、これは……、ほ、宝玄仙……」

 

 闘勝仙の顔が恐怖に引きつっている。

 なにが起きたのかまだ理解できていないはずだ。

 

「これでお前はわたしの人形だよ。早く、手錠を外しな。命令だ……」

 

 命令という言葉で、一切の抵抗を封じて、その言葉に従ってしまう。

 そういう霊具だ。

 それをこの男が受け入れた。

 

 宝玄仙の復讐の工作は成就した。

 

 背中側でがしゃんと音がして、宝玄仙を拘束していた手錠の霊具が床に落ちた。

 宝玄仙は自由になった手でまずは足元に落ちていた袴を履き直す。

 

「……あのふたりが来るまで一刻(約一時間)かい……。連中がやってきたら、すぐにお前の道術で『縛心術』をかけてもらうけど、それまで遊んでいようかね。まずは、服を脱ぎな。素っ裸になるんだ。そしたら、四つん這いだ。椅子になるんだ。命令だ」

 

「や、やめんか……。い、いや、こ、これはなんなのだ。この首輪はお前の霊具か──」

 

 やっと頭が回りだしたらしい闘勝仙は真っ蒼な顔をして声をあげた。

 しかし、その間にも首輪に逆らえない闘勝仙の手足は身に着けているものを次々に脱ぎ捨てている。

 

「……さて、二年間の恨みつらみをどうやって晴らしてやろうかねえ……」

 

 宝玄仙はおそらく二年間で初めてであろう、会心の微笑みを顔に浮かべた。

 

 

 

 

 突然、眼の前が暗くなった……。



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352 分裂した人格の秘密……現在

 宝玄仙はうつ伏せだった。

 周りにはなにもなかった。

 光があるようでなかった。

 まったくの闇のようであり周囲は白い光に溢れていた。

 (もや)がたちこめているというよりは、靄そのものがこの世界を作っていた。

 

 宝玄仙は身体を起こした。

 すると床だと感じていたものがなにもなくなった。

 宙に浮いているようであり、そうではなかった。

 

 ここにはなにもない。

 自分自身の意識そのものがあるだけだ。

 宝玄仙はここがどこだかわかっていた。

 

 意識の世界──。

 宝玄仙がそう呼んでいる場所だ。

 

 宝玄仙の意識の中の世界であり、この場所でいつも宝玉と会っていた。

 闘勝仙の奴隷のようにされていた二年間の期間のある日──。

 突然、この場所が出現して、いまは宝玉と名乗っているもうひとつの人格と語り合うことができるようになったのだ。

 そして、闘勝仙に対する宝玄仙たちのあの復讐が始まった……。

 

 しかし、その宝玉は……。

 

「宝玄仙、久しぶりね──」

 

 声がした。

 視線を向けると、そこに宝玉がいた。

 

「お前かい……」

 

 宝玉を見た。

 相変わらずの優しげな笑みを浮かべている。

 見たところおかしな雰囲気はない。

 しかし、そんなはずはない。

 

 この宝玉は朱紫国の帝都で宝玄仙が捕えられて拷問を受けたときに、心を毀されて意識の闇に消えてしまった。

 そして、精神を病んで狂った状態になり、意図的に三人の供を害しようとしたこともある。

 それで宝玄仙と朱姫が宝玉を封印した。

 宝玄仙と朱姫で本当に宝玉を意識下に閉じ込めることができるとは思わなかったが、やはり、それはかなわなかったようだ。

 だが、眼の前の宝玉はどこにもおかしな部分はないように思える。

 

「ずっと、過去の記憶を辿らされたのはお前の仕業(しわざ)かい?」

 

 そう思った。

 ほかに考えようはない。

 過去の記憶に触れてきたこの一連の体験は、宝玉がやったに違いないのだ。

 

「仕業?」

 

 宝玉はきょとんとしている。

 その表情に恍けているという感じはない。

 宝玉は基本的に嘘がつけない。

 闘勝仙が死んだいまでも、闘勝仙の呪縛は続いていて、闘勝仙と交わした『真言契約』のいくつかは、まだ有効なのだ。

 嘘がつけないというのも、そういう呪縛のひとつだ。もともと、快感をどこに、どの程度覚えるのかということを大声で語らせるという余興のために、結ばされた真言の誓いなのだが、そんな呪術が、この共有している身体にはたくさん刻まれている。

 そのことごとくを宝玉が背負っているのだ。

 だから、宝玉が知らないと言えば、本当に知らないということだ。

 

 そう考えたとき、今更ながらではあるが、ある矛盾に気がついた。

 そう言えば、芭蕉(ばしょう)とかいう幻を作り、宝玄仙たちの記憶を失わせて、相争わせようとしたとき、宝玉は堂々と嘘をついた。

 狂っていたとはいえ、闘勝仙の呪縛をかけられていながら宝玉はどうやって、宝玄仙たちを騙すという行動とることができたのだろうか。

 

 いずれにしても、記憶の旅が宝玉の仕業ではないとすればなんなのだろう……。

 有来有去に壊されてしまい、『縛心術』による記憶操作と暗示で、沙那たちを狙おうとしたくらいだからおかしな企てを考えているとは考えられるが……。

 

「お前が、わたしや沙那たちに危害を加えようとするなにかの企ての一部かと訊いているんだよ、宝玉」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わ、わたしが、あなたや沙那たちを害するですって? なにを言っているの、宝玄仙」

 

 宝玉が驚いている。

 しかし、宝玄仙は宝玉が驚いているということに驚いた。

 

「お前、少し前に現れたかと思ったら、わたしら四人に集団縛心術とおかしな幻でお互いに敵対させようとしただろう?」

 

「一体なにを言っているのかわからないわ、宝玄仙? わたしがあなたたちに、なにかをしようとしたことがあったの?」

 

 どうも話が通じない。

 

「覚えていないのかい、宝玉?」

 

「そうね……。そう言えば、覚えていないわ。まるで記憶が欠けているわね。わたしは、有来有去(ゆうらいゆうきょ)の惨い拷問を受けていて……。あれっ? それからどうしたのかしら──。ところで、わたしたちは、いまはどういう状況なの? まだ、有来有去に捕らえられたまま?」

 

 宝玉は言った。

 なにも覚えていないというのは真実のようだが、宝玉の言葉に思わず宝玄仙は苦笑していしまった。

 

「どういう状況もなにも、死にかけているよ。有来有去からは沙那たちが救いだしてくれて、いまは道術を取り戻すためにずっと北辺の辺境地帯に来ている。妖魔の里だ。でも、そこで、春嬌(しゅんきょう)というあばずれに捕まってしまって連日拷問を受けていたところさ。わたしが意識を回復した直後には、馬に尻を掘られて息も絶え絶えになっているわたしの姿を見たね」

 

 宝玄仙は、簡単にこれまでの経緯を宝玉に説明した。

 宝玉は、自分が芭蕉という幻で三人の供を危険な目に遭わせようとしたということに驚愕していた。

 そして、春嬌という雌妖に捕らえられているということを説明したところで首を傾げた。

 

「あなたの説明が正しいとして、あなたの意識が春嬌という雌妖に受けた最初の拷問で途切れるなら、あなたの身体で拷問を受けたわたしたちは誰なの? そもそも、馬姦をされているというわたしたちの身体に入っているのは、どっちの意識なの?」

 

 宝玉は言った。

 それには宝玄仙にも答えられなかった。

 宝玄仙は、てっきりあれは宝玉の意識だと思っていたのだ。

 そうすると、馬に犯されている自分を俯瞰したというような記憶は幻なのだろうか……。

 

 宝玄仙は、それから、いままで幼児期の自分から闘勝仙との確執までの幾つかの記憶を追体験させられた話もした。

 それについては、宝玉は、まったく自分のあずかり知らぬことだと断言した。

 宝玄仙は混乱した。

 

“……人格が整理されると、残った人格のそれぞれの記憶が再構成される。そのとき、しばしば、それぞれの人格に委ねている記憶が混乱することがあるわ。おそらく、宝玄仙の過去の記憶の追体験は、記憶の再構成による一時的な現象のものだと思う”

 

 突然、別の声がした。

 

「誰だい?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、声がした方向を見てもなにもなかった。

 

「宝玄仙、あなた、間違っているわ。“声”はどこからもしていない。ただ、伝わっているだけよ。わたしたちに……」

 

 宝玉が言った。

 

「伝わっている?」

 

「そうよ、宝玄仙。なにかがわたしたちに声を送っているのよ」

 

“そういうことだ、宝玄仙、そして、宝玉。わたしがあなたたちに直接に接するということはまずない。だけど、このしばらくで起きたことについて、記憶を共有することが必要だと思って、わたしは説明しにきた”

 

 “声”が言った。

 

「お前は、誰だい?」

 

 宝玄仙は言葉に出した。

 

“誰でもない。あなたたちと同じもの……。この宝玄仙という身体の一部……。いえ、心の一部というべきか…。わたしは、あなたたちのように人格を受け持たない。ただの“記憶”。思考する存在ともいうべきかしれない”

 

「記憶とはどういうこと?」

 

 宝玉だ。

 

“どういうものでもない。それだけの意味。記憶は記憶。感情はない。わたしは、ただの思考する存在。役割は護ること。この身体を……。いえ、宝玄仙……宝玉……どちらの名が相応しいかわからないけど、この身体の本来の持ち主に代わり人格を制御するの……。それが役割”

 

「本来の持ち主?」

 

 宝玄仙は思わず繰り返した。

 

“本来の人格に代わり、この身体に宿る人格たちを統制する。それがわたし”

 

 “声”が同じことをもう一度言った。

 

「ちゃんとわかるように話しな。思わせぶりな言葉は苛々するんだよ。お前は、わたしたちのなにを知っているというんだい。それとお前は何者なんだい」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

“さすがは、闘勝仙に打つ勝つために作られた人格だけのことはある。気が強い……。しかし、同時に短い……。それに比べれば、護るための人格の宝玉は慎重……。不用意な発言は慎み、用心深く物事を見極めようとする。本当は、あなたたちのふたつの人格がひとつになればよかったのだろうけど、育ってしまった人格は、独立した人間と同じ……。もう、ひとつにはならない。これからもふたりでやってもらうしかない”

 

「あなたは、わたしや宝玄仙が、あなたに作られた人格だと言いたいの?」

 

 宝玉が言った。

 

「わたしらがこいつに作られた? 冗談じゃないよ、宝玉」

 

 宝玄仙は口を挟んだ。

 宝玉が言ったことは、到底受け入れられることではなかった。

 自分が誰かによって作られた存在などと……。

 

“宝玉はわたしを受け入れたようね。知的な宝玉……。あなたは思慮深い……。多くの現実の証拠からそうであることを受け入れた……。でも、宝玄仙……。あなたは自分が本来のこの身体の人格ではないということは受け入れられないようね”

 

「あ、当たり前だよ。わたしはわたしだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

“いずれにしても、あなたたちのような人格を生んだのはわたしではない。わたしの役割は、生まれてしまった人格を統制すること……。わたしもまた、あなたたちと同じもの。役割が違うだけ……”

 

「さっぱりわからないし、納得もできないね」

 

“そうであっても構わない、宝玄仙。理解してもらうことが目的ではないし、それはわたしの役割ではない。わたしは、この最近の混乱が解決したことを伝えるために、あなたたちに接した。あなたたちが戸惑わないように……。そして、ふたりで協力して、この状況を打開してもらうために……”

 

「解決した混乱とはなにかしら?」

 

 宝玉が言った。

 

“有来有去から受けた苦しみ……。それに宝玉は対応できなかった……。つまり、本来の人格が、対応できないという事態を認識してしまった。そのために困ったことが起きた。この身体は制御できない極限の緊張状態に陥ると新しい人格を産んでしまうとい性質がある。しかし、今回生まれた人格は、非常に危険なものだった。最初から自傷癖があり、破壊的で、人格として成長すれば問題が起きることは明白だった。だから、排除したの……”

 

「排除?」

 

 宝玉だ

 

“さらに耐えられない状況に追い込んだ。そのために、道術さえも封印に協力さえした。春嬌という女が激しく、この身体と心を責めるのに任せた。いや、むしろ、それを心の中で苦悶を増幅した。その結果、新たに生みだされた危険な人格は存在を失った……。そして、記憶の再構成をした。その再構成の影響が、宝玄仙が体験した記憶の追体験という現象に繋がったのだと思う“”

 

「わかるように話しな。さっぱり、なにを喋っているのかわからないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

“そう……。もはや、宝玄仙も宝玉もわたしたちとは離れた独立した人格……。言葉なしにわかりあえることは難しい。すべてを説明することが、理解に繋がるのであれば、そうする……”

 

 “声”が言った。

 そして、少し間があり、声が再び頭で響き始める。

 

“すべては、わたしたちが子供のときに始まった……。いまは、宝玄仙と名乗っているこの身体の本来の持ち主は生まれながらにして大きな霊気と道術力を秘めていた。しかし、それほど強い心は持たなかった。母親に調教され、その肉体的、精神的な苦痛に耐えられなかった……。それがあなたたち、つまり、わたしたちの原点……”

 

 “声”が言った。

 

「わたしたちの原点? なんの話だい?」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「いまは、受け入れましょうよ、宝玄仙──。黙って、聞きましょう」

 

 宝玉が言った。

 宝玄仙はよくわからない苛立ちに舌打ちした。

 しかし、それ以上のことをすることは自重した。

 

“仮に、本来の人格を“原宝玉”と呼ぶ……。その原宝玉は非常に弱い性格だった。自分が母親につらい仕打ちを受けるのは、自分が母親の望む存在ではないからだと考えた……。そして、強く望んだ。母親の求める別の人間になりたいと……。そして、そのために、母親が望むであろう別の人格を作りあげた……。無意識のうちに……”

 

「人格を作った?」

 

 宝玉が呟いた。

 

“しかし、あなたたちの知っているように、わたしたちの母親は、ああいう性格だった。別に憎くてわたしたちを虐待しているわけじゃない……。むしろ、虐待しているという自覚さえなかった……。でも、結果的に、破綻してしまった原宝玉は、受け入れられない自分に代わり、新しい人格を作り、それが受け入れられないと、また新しい人格を作り……というように、多くの人格を次々に作っていった”

 

「人格を作る……?」

 

 呟いたのは宝玉だ。

 一方で、宝玄仙はまったく意味がわからなかった。

 

“ええ……。その結果、大変な混乱がこの意識下の中で起きた……。幼い道術遣いが無意識にやっていることでも、強い霊気を帯びたそれぞれの人格は、独立した人間として成立するほどに強い存在だった。それがそれぞれの記憶をばらばらに持ち、そして、自分こそが、この身体の本来の意識だと主張して争った……”

 

「争い?」

 

 宝玉だ。

 

“それは大変な混乱だった……。その結果、原宝玉は、ほかの人格たちに押し潰されて存在を隠した……。わたしという新しい存在を残して……”

 

「姿を隠したということは、どこかにいるの? その……、もともとのわたしたちは……」

 

“いる……。感じようと思えば、あなたたちも感じることができる”

 

 “声”が言ったとき、宝玄仙ははっとした。

 それまで感じなかったものをはっきりと知覚したのだ。

 真っ白いこの意識下の空間の離れた場所に、小さな幼女が現われた。

 自分の膝を両手で抱いて座っていて、まったくの無表情だった。

 ひと目見ただけで、あれは自分だと確信した。

 

 理屈ではない。

 わかったのだ……。

 

 あれは幼い頃の自分だ……。

 あれが宝玄仙の原点──。

 

“彼女はいまでも、なにかとの接触を閉ざしている。母親に拒絶されたと思い込み、多くの人格を作って、もう、一切の外界との関わりを放棄している。彼女の心がなにを抱えているのか、もはや、わたしにもわからない”

 

「わからないって、どういうことだい?」

 

 宝玄仙は不可思議な怒りに襲われて叫んだ。

 いずれにしても、宝玄仙の心をしめていたのは、あの小さな宝玄仙に対する憐憫……。

 あんなに怖がっている……。

 

“わたしは人格として生みだされたものではなく、制御する者として生みだされたものだから、はっきりとはわからない……。ただ、わたしは、この身体の支配をほかの人格たちと争って主張することはないけど、他の人格たちは必ず、この身体の支配権を主張して激しく対立した……。一方で、彼女は、本来の人格でありながら、この身体の支配を望んでいない……。それどころか、いまでも外界と接触することはおろか、ほかの人格に接することさえ怖れている”

 

「怖れている?」

 

“おそらく、ああやって、死ぬまでじっとしていると思う。それが彼女の望みのようだ”

 

 “声”が言った。

 宝玄仙は無意識のうちに、その幼女に駆け寄って抱いてやろうとした。

 彼女の苦悩、哀しみ、寂しさのようなものが突然、心に流れ込んできたのだ。

 しかし、宝玄仙がなにかをしようとする前に、その幼女の姿は不意に消滅した。

 

“ああやって、姿を隠す。心の闇に隠れる……。誰も彼女には触れられない。わたしにも……”

 

 “声”が言った。

 感情はないと最初に言ったが、心なしか、“声”には哀しみのような響きがあった気がした。

 

「そのたくさんの人格はどうなったの? それらのどれかがわたしたちなの?」

 

 宝玉が言った。

 

“その答えには“否”というしかない。とにかく、わたしは、与えられた役割に従って、たくさんの人格を整理しようとした。混乱を収束するのはそれしかなかった。生みだされた人格を統合していった”

 

「つまり、消していったわけだね」

 

 宝玄仙は言った。

 

“一部は……。でも、大部分は、消すのではなく、統合した……。それぞれの人格が持っている記憶を同調させる。記憶が完全に一致すれば、人格の統合は容易に起きる。あとはそれぞれの人格が相手を受け入れて融合されるだけ。そうやって、共通項の多い人格をどんどん集約していき、最終的にはふたつになった”

 

「それがわたしたちかい?」

 

“いいえ、宝玄仙。あなたについては違う。でも、宝玉は確かにそうだ。集約された人格のひとつは、“母親を受け入れる宝玉”……。それがいまの宝玉……。でも、その人格は、主人格と副人格と区分するとすれば、副人格の方だった。表に出て外界と接触する役割を担っていたのは、もうひとつの人格……、つまり、“母親を受け入れない宝玉””

 

「統合された“母親を受け入れる宝玉”──。それがわたし……」

 

 宝玉が驚いた表情をして呟いた。

 

「それでどうなったんだい? お前の話はこれで終わりじゃないんだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

“そうだ。終わりじゃない。新しい人格が生みだされるのも……。新たな人格の誕生は、それで終わりじゃなかった……。それからも、なにか耐えられない状況に遭遇すると、原宝玉は、また新しい人格を作った。生みだされた人格たちが対応できない状況に遭遇すると、それが原宝玉の心に伝わって、新しい人格ができる……。それをまたわたしは、融合させたり、人格として育ちきる前に消去する……。それがわたしの役割……。放っておけば、この身体には果てしなく人格が溢れてしまう。わたしはそれをひたすら防ぐ。そのために存在していると言っていい”

 

 “声”が言った。

 

「じゃあ、母親を受け入れる宝玉がこの宝玉なら、もうひとりはどうなったんだい?」 

 

 宝玄仙は言った。

 もうひとつの統合された人格は、宝玄仙ではないと“声”は言ったが、宝玄仙の原点があるとすれば、そっちがそれである気がした。

 しかし、ぴんとはこなかった。

 母親を受け入れないという気持ちは宝玄仙にはもうない。

 ただ、受け入れる機会はない。そう思っているだけだ。それは宝玄仙自身が断ち切った。

 

“ふたつの人格の相違点は、ゆっくりとした時間の中で変化していった……。結局のところ、淫蕩な母親の血を受け継いでいるわたしたちは、成長するにつれて母親に似ていった。その結果、母親を理解できるようになった。宝玉の原点の人格はもちろん、母親を受け入れない人格が統合されたもうひとつの人格も母親を受け入れられるようになった。両者の相違点はなくなった”

 

「それで?」

 

“統合された……。やっと、この身体の人格の対立は消滅して、わたしの役割は終わった。従って、わたしもまた存在をやめた……。あなた方が三十歳くらいの頃……。この身体が一番安定していた時代……”

 

「そ、そんなの覚えていないわ」

 

 宝玉が戸惑った声をあげた。

 “声”の説明が正しければ、宝玉は何度も人格の分裂と融合を経験していることになる。

 その記憶がないというのは納得いかないのだろう。

 

“それは珍しいことではない。融合された人格には、融合前の記憶がある場合と、最初からひとつの人格だったというように記憶が整理される場合がある。たまたま、宝玉の場合は後者の場合だっただけ。それから、人格の対立がなくなったことで、役割の終えたわたしも、一時期は宝玉と融合した。わたしとあなたは一緒だった、宝玉”

 

「まったく、覚えていない……。その知覚もない……」

 

 宝玉が途方に暮れた感じで呟いた。

 

“でも、その後、再び、人格の分裂と再構成が起きた……”

 

 “声”が言った。

 

「もしかして、闘勝仙のときのこと?」

 

 宝玉が訊ねた。

 

“そう。闘勝仙に与えられた長い恥辱の日々……。それは安定しかけていたわたしたちをもう一度混乱させた。そう思うしかない……。おそらく、原宝玉が新しい人格を生んだのだと思う。その人格を核に、統合されていた宝玉から攻撃的な部分が分裂して、融合し、強い宝玄仙が生みだされた。そして、新たな人格に統合された部分の残りが宝玉だと推測している……。それからは、おそらくあなたたちの知っている通り……。宝玉と宝玄仙というふたつの人格に分かれ、ふたりが協力して闘勝仙に打ち勝った……。それが起こったのだと思う……”

 

 “声”は言った。

 

「ちょっと待ちなよ、お前。どうして、そこだけ、“思う”なんだい? 覚えていないのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

“わたしは、当時、宝玉に融合されていた。いえ、ついこの間まで、融合されたままだった。その間に起きたことは、あなたたちの方が詳しい”

 

「じゃあ、お前は、ずっと宝玉に隠れていたということかい?」

 

“隠れていたというのは正確ではない。わたしたちは融合していたのだから……。忘れてもらっては困るけど、わたしたちは、もともとは同じ心から生まれたものなのだ。本来はひとつの人格で……”

 

「知ったことかい……。じゃあ、お前はいつ、現れたんだい?」

 

“最近だと思う。再び始まった混乱を収束させるために……。気がつくと、存在として復活していた……。失われていたわたしの自我も元に戻っていて、わたしはわたしの役割を思い出した”

 

「始まった混乱?」

 

 宝玄仙は眉をひそめた。

 

“そのことなら説明できる。わたしはそのときに起きたことを認識して復活したから……。わたしに必要な記憶だったのでそうなったのだと思う……。つまりあの時、宝玉が有来有去に追い詰められた……。その結果、宝玉という人格とは別のものが出現してしまった」

 

「別のもの?」

 

「そう……。そして、それが本来の宝玉を意識下に眠らせてしましまった。おそらく、また、原宝玉の力によるものだと思う……。耐えられない精神的な圧力を感じると、どうしてもそうなるらしい。でも、その新たな別の宝玉は邪悪で危険な存在だった。非常に自虐的であり、自傷的だった。わたしたちを護っている沙那たちを排除し、最終的にはわたしたち自身も除去しようとした”

 

「……そ、そんなこと覚えていないわ」

 

 宝玉が狼狽えた声をあげた。

 

“覚えているはず……。有来有去の責めで記憶があるのはどこまで? その記憶が途切れている部分の時間よりも先は、あなたは意識の下に追いやられて眠らされていた。そして、さっき意識を取り戻した。それは邪悪な宝玉が、わたしのやったことで存在と力を失ったので、そいつに眠らされていたあなたの記憶と存在が解放されたからだ”

 

「わ、わたしが覚えているのは……有来有去に眠らせえもらえない拷問を受けていたときで……」

 

“それ以降は、あなたに代わって邪悪な宝玉が支配していた。もちろん、宝玄仙がいたから、なかなか表には出られず、しかも、封印もしてくれたから大事には至らなかった……。いずれにしても、それは排除しなければならない人格だった。人格として完成する前に消滅させてしまうべきものだった……。だから、復活したわたしは、賽太歳(さいたいさい)の道術封じを受け入れるとともに、春嬌という存在を利用して、邪悪な宝玉に、その拷問を受けさせた……。それによって、ついに彼女は、さっき存在を手放した……。もう、原宝玉に吸収された……。危機は乗り越えた”

 

「ちょ、ちょっと待ちな、お前──。つまり、芭蕉とか称して、わたしらにちょっかいを出してきたのが別の人格だということかい? しかも、馬に犯されていた狂女のわたしの姿が、そいつということかい?」

 

“そういうことだ、宝玄仙”

 

「そりゃあ、いいんだけど……。さっき、聞き捨てならないことを言わなかったかい? 道術封じを受け入れたとかなんとか……」

 

“そう言った。道術が遣える状態では、あの邪悪な宝玉を追い詰めることはできなかった。だから、わたしは受け入れた。わたしたちの道術封じには、一度目の賽太歳の道術を受けたことで、しっかりと抗体ができていたんだけど、わたしはそれを一時的に無効にして……”

 

「お、お前、なんてことをしてくれたんだい──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 それでおかしいと思っていた疑問は解決した。

 宝玄仙の霊気には、もともと強い道術返しの能力があるのだ。他人の攻撃道術をなかなか受け入れないし、受け入れたとしても二度目には、他人の攻撃霊気に対する抗体が宝玄仙の霊気に備わって、さらに受け入れなくなるのだ。

 それが易々と二度目の賽太歳の道術封じも受け入れてしまった。

 余程、強力な霊気の持ち主に違いないと考えていたところだった……。

 

“これは仕方がないこと……。あなた方を護るために……”

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ。だったら、春嬌からわたしらを救いな──。余分な人格の処理なんて、この状況が解決してからゆっくりでいいんだよ。お前が余計なことをした結果、道術が遣えないじゃないか。どうしてくれるんだい──」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげた。

 

“もう、封印はしていない……。道術封じを受け入れたために、あの時、再び道術は奪われたけど、それ以降に受けた他人の道術については、それを吸収して、わたしたちの霊気に刻むことができたはず……。だから、とりあえず、『治療術』だけは頻繁に受けているので、もう遣えるはずだ……”

 

 道術は失われたままだが、相手に道術をかけられたりして、一度道術の波紋が身体を通過すれば、その術は遣える……?

 春嬌の拷問の後、治療術だけは、何回も受けた。

 つまり、治療術だけは遣えるということか……。

 しかし……。

 

「『治療術』ひとつで、どうやって、あの春嬌に対抗するんだい。だったら、お前が拷問を受けな──」

 

 宝玄仙はさらに“声”をあげた。

 

“わたしは人格ではない。表には出られない……”

 

「そんなことどうでもいいんだよ。これから、あの春嬌をどうするのか説明しな」

 

“それはわたしの役割ではない……”

 

 能天気なその物言いに腹が立つ。

 人格の分裂だか、統合だか知らないが、そんなことよりも、現実の状況だ。

 馬に宝玄仙の身体を犯させている光景を見た。

 これからもあの頭が半分狂ったような春嬌という雌妖は、嵩にかかって宝玄仙を責めたてるだろう。

 それに耐えなければならないのだ。

 

「ねえ、あなたは、これからも存在を続けるの?」

 

 宝玄仙の権幕を遮るように宝玉は言った。

 

“わたしの役割は終わった。わたしの役割は、分裂して不安定な人格の存在を融合するか、消滅させること……。あなたたちは完全に安定しているふたつの人格……。融合の必要はない……。いや、完全に安定してしまって、融合も不可能……”

 

「もういい。だったら、さっさと消えな──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 すると、すっとなにかの存在が消えた気配がした。

 宝玉との間にしばらく沈黙が流れた。

 

「わたしが出るわ」

 

 不意に宝玉が言った。

 いまは宝玄仙の肉体は拷問を受けている。

 それを宝玉は理解しているはずだ。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「いいよ……。わたしがいくさ」

 

「でも……」

 

「また、お前が分裂でもして、余計な面倒を増やされても困るんでね」

 

 宝玄仙は笑った。

 すると、宝玉が頬に笑みを浮かべたまま、苦虫を噛んだような表情になった。

 

 

 *

 

 

 

 意識が戻った。

 なにかにうつ伏せにされて四肢を縛られていた。

 

 肛門が破れている。

 すぐにわかった。

 

 自分の下半身が自分の糞便で汚れてもいる。

 周囲のざわめきも聞こえてきた。

 

 さっき俯瞰して見た宴の場所だ。

 どうやら、馬で犯されていた自分の身体に意識が戻ったようだ。

 

 もう、客は残っていない。

 宴も終わっているようだ。

 馬もいない。

 

 馬で犯されている最中でなかったことだけはよかった。

 宝玄仙は自分の身体の中の道術を探った。

 意識下の中で、おかしな存在が言及したように『治療術』の残骸があった。

 

 まずは、それを刻みなおした。

 それは大した作業ではなかった。

 すぐに終わった。

 

 傷だらけの自分の身体に『治療術』を送り込む。自分の身体が温かいもので包まれたのがわかった。

 

 そのとき、宝玄仙は、自分の舌が失われていることにも気がついた。

 しかし、それも宝玄仙の『治療術』が復活したことで勝手に治療を始めている。

 すぐに元通りになるだろう。

 宝玄仙は背の丸い木馬のような四本の脚の付いた短い丸太に載せられて、四肢を四本の脚に縛られていたが、なんとか首を動かすことで周囲を観察することができた。

 

「朱姫、さっさとするのよ──。卓の料理と酒を奥に片付けたら、宝玄仙の始末よ……。いや、先に宝玄仙を始末してもらおうかしら。糞尿を撒き散らして臭いからね……。よし、じゃあ、まずは宝玄仙の身体の汚物を洗って、そしたら地下の檻に運びなさい。その後に会場の片付けよ」

 

 朱姫を怒鳴っているのは、麗芳(れいほう)綺芳(きほう)のどちらかの雌妖のようだ。

 そっくりの風貌なので、宝玄仙にはどっちがどっちだか区別がつかない。

 

「それと、わかっていると思うけど、お前にはかせた下着は、お前が勝手に脱ぎ捨てたんだよ。小便を漏らしてね。誰かに訊かれたらそう言うのよ。そうでない事実を喋ったら折檻だからね──。ほら、どうして、下着を脱いだか言ってみな、朱姫」

 

 そんなことも言われていた。

 

「し、下着は、あたしが脱ぎ捨てました……」

 

「それでいい」

 

 だんだんと朱姫と雌妖の声が近づいてくる。

 春嬌ももういないようだ。

 客とともにどこかに行ったのだろう。

 

  朱姫がやってきたが、そのま奥に引っ込んだ。

 宝玄仙を洗うための水がどうのこうのと雌妖と話していた。

 朱姫が宝玄仙の身体を洗うために井戸水を使わせて欲しいと言い、雌妖はちょうど雨が降ってきたから、外で水溜まりから汲んでこいとか言っていた。

 

 朱姫は下半身は素裸で上半身はきちんとした女給服を身に着けているという奇妙な恰好をさせられていた。

 両足首には足枷があり、両手も腰に巻いた腰帯に繋いだ鎖で両方の手首を拘束されている。

 また、首には太い首輪が嵌っている。

 そして、宝玄仙は、自分にも同じような首輪が嵌められているということに気がついた。

 

 宝玄仙はふと、意識の中の世界で空からこの会場を俯瞰したときに、沙那と孫空女が性行為をさせられていたのを思い出した。

 宝玄仙は視線を動かしてそっちを見たが、ふたりはもういないようだった。

 ただ、壁に数字が残っていた。

 

 “二百五十”──。

 

 壁にはそう表示されていた。

 考えてみれば、あれは絶頂の回数だろうか。

 

 まあ、それが絶頂の回数だとすれば、あのふたりだったらなんてことはない責めだろう。

 ただ、絶頂するだけなら責めとしては緩い方だ。

 朱姫のえげつない責めの方がつらいくらいに違いない。

 その朱姫がやってきた。

 

「ご、ご主人様……、き、きれいにさせてもらいます……」

 

 朱姫が戻ってきて、宝玄仙のそばに持っていた桶を置いた。

 こいつは宝玄仙の意識がないものと決めてかかっているような口調だ。

 宝玄仙に語りかけるというよりは、自分自身への呟きのようだった。

 

 朱姫はすすり泣きをしていた。

 身体が雨で少し濡れていた。

 そして、脚に小便の痕がある。

 なにが起きたかわからないが、尿を洩らしてそれを拭くことも許されずに働かされていたに違いない。

 

「頼むよ、朱姫」

 

 宝玄仙は言った。

 とにかく、下半身の汚れたままの糞尿が気持ち悪い。

 それに猛烈な匂いを発する獣臭いなにかにまみれている気がする。

 おそらく、それはあの馬の精液だろう。

 なんとか身体の治療は終わったが、まだそれだけなのだ。

 気持ちの悪さは残っている。

 

「ご主人様──?」

 

 朱姫が目を丸くしている。

 

「ほ、宝玄仙……、な、なんで、声が──? そ、それに、傷の痕が……」

 

 横の雌妖が叫んだ。そして、驚きのあまり、床に引っくり返って尻餅をついている。

 

「た、大変です──、春嬌様──。すぐに来てください、宝玄仙が……」

 

 どうやら、道術で声をどこかに飛ばしているようだ。

 我に返ったような雌妖の“声”が会場に響き渡った。

 

「とにかく、早く拭いておくれよ、朱姫」

 

 宝玄仙は動転した様子のその雌妖を無視した。

 

「は、はい」

 

 宝玄仙の声で、呆然としていた朱姫が弾かれたように嬉しそうな声をあげた。

 

 

 

 

(第54話『記憶巡りの旅』終わり、第55話『妖魔王の女囚たち』に続く)



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 第55話  妖魔城の女囚たち/麒麟山篇(三)
353 逃亡の誘い


 雨の音がしていた。

 この部屋に窓はないが、天井近くの明かり採りを通じて、雨音が長女金(ちょうじょきん)の部屋にも聞こえていた。

 この土地にやってきて最初の雨かもしれない。

 

 食事を運んでくる雌妖によれば、これからこの地方は雨期に入るらしい。二日間雨が降り、一日だけ晴れて、また二日降る。

 そういう日々が一箇月ほど続くようだ。

 

 廊下に通じる部屋の扉から音がした。

 長女金が監禁されている部屋には、ふたつの扉がある。

 ひとつは隣室の金聖姫(きんせいき)の部屋に繋がる扉でここには鍵はない。

 もうひとつが廊下に通じる扉で、こちらは鍵がかかっている。

 部屋の外の廊下には警護の妖魔兵が四六時中侍ってもいる。

 長女金と金聖姫はこの妖魔城の虜囚なのだ。

 

 しかし、監禁されているという以外は、ここでの生活は酷いものではない。

 世話をする雌妖は親切だったし、ずっと監禁されている長女金や金聖姫に同情してくれていて、頼めば大抵のものは与えてくれる。

 どうやら、賽太歳自身からも、自由に行動できない以外は、できるだけ不自由な思いをさせないようにと言われているらしい。

 虜囚なのでいきなり扉をあけてもよさそうなものなのに、出入りをする雌妖はこちらが許可をしなければ入ってこない。

 外の警護の妖魔兵も応対は丁寧だ。

 長女金は扉の音に対して返事をした。

 

「夕食を運んできたわ、長女金」

 

 猫を思わせる雌妖がにこにこしながら手で盆を運んで入ってきた。

 盆の上には、穀物を練った平たい粉餅、香草で煮込んだ肉料理、温かい野菜汁、そして、果物と果実水が載っていた。

 およそ、囚人の食べ物とは思えない。

 長女金が結界牢に監禁されているときはもちろん、王軍の女将校として兵舎に寝泊りしていた時代でもこんなに豪華な食事じゃなかった。

 それが毎食、運ばれてくるのだ。求めれば酒さえも差し入れてくれる。

 

「ありがとう、猫猫(まおまお)

 

 猫猫(まおまお)というのがこの世話係の雌妖の名だ。

 ほかにも三匹ほどの雌妖がいて、交替で長女金と金聖姫の世話をしてくれていた。

 全員が一様に優しくて親切だ。

 

「金聖姫様は?」

 

 盆を受けとりながら長女金は猫猫に訊ねた。

 金聖姫は昼過ぎから賽太歳に呼び出されて、妖魔王の居室に行っているはずだ。

 隣室に金聖姫の気配がなくなったので、覗いてみると誰もいなかった。

 金聖姫が連れ出されるとすれば、賽太斎(さいたいさい)の部屋以外にはあり得ない。

 

 この十日余り、金聖姫が妙に長女金に対して余所余所しい。

 以前は、賽太歳のところに呼び出されて赴く前には、必ず長女金に声をかけてくれていたのだが、このところ、黙っていなくなる。

 今日もそっと覗いた隣室に金聖姫がいないということで、賽太歳に呼び出されたということに気がついたのだ。

 長女金は、そういう金聖姫の態度の変化に戸惑ってもいた。

 

 そのきっかけは、長女金が賽太歳に呼び出されて、一度だけ身体を抱かれたことだと思う。

 長女金としては、毎回金聖姫ばかりが呼び出されて、自分が楽をしているようであり、申し訳ないと思っていたので喜んでそれに応じた。

 結界牢で憶えた性技を駆使して賽太歳に奉仕した。

 長女金は、これを契機に賽太歳が長女金を呼び出す回数が増え、金聖姫の負担が減ればいいと思っていた。

 だが、それ以来、なんだか金聖姫の態度が冷たくなった。

 長女金にあまり話をすることがなくなったのだ。

 露骨に避けている気もする。

 

「金聖姫様は、妖魔王のところよ……。でも、もうすぐ、戻ると思うわ」

 

「もうすぐ?」

 

「今日は妖魔王は本当はお忙しいのよ。夜の会合の予定も入っているし……。でも、妖魔王は、少しでも長く金聖姫様といたのよね」

 

 猫猫はくすくすと笑った。

 

「そう……」

 

「それとこれは頼まれていた物」

 

 猫猫が一枚の敷布を寝台に置いた。

 長女金がお礼を言うと、相変わらずの笑顔のまま猫猫は部屋を出ていった。

 外から鍵がかかる音がした。

 

 長女金がこの獬豸洞と呼ばれている妖魔城で暮らし始めてから一箇月以上が経っている。

 考えてみれば、この一箇月前に比べて、なんという環境の変化だろうか。

 

 一箇月余り前、長女金は処刑を待っている処刑囚だった。

 全裸で男囚と同じ結界牢に入れられ、彼らと獣のように性交するのを晒されながら二年を過ごした。

 いつしか、恥ずかしいという気持ちもなくなり、死刑囚として処刑される彼らのために、最後の時間を少しでも癒してあげたい。

 そう思うようになった。

 

 長女金の罪は警護の任を帯びながら妖魔に金聖姫を浚われた責任というものだったが、長女金は王の怒りによる見せしめとして、処刑執行がまだ一年は行われないことになっていた。

 いつしか、長女金の生き甲斐は、自分が処刑されるまでの間、先に死んでいく男囚たちの最後の時間をほんの少しでもいいから心の休まる時間にしてあげることになっていた。

 

 だが、長女金に転機がやってきた。

 約一箇月前、晒し刑として野外で全裸で暮らす生活をしていた自分を宝玄仙という行きずりの女の旅人が救ってくれたのだ。

 宝玄仙は大変な美女であり、力のある道術遣いだった。

 そして、宝玄仙には、沙那、孫空女、朱姫という供もいて、彼女たちもまた、一騎当千の女傑だった。

 彼女たちは、長女金を数日間匿ってくれただけでなく、路銀まで与えて故郷に逃亡するための世話をしてくれた。

 しかし、長女金は、二年前に妖魔に浚われて行方不明になっている金聖姫の行方に繋がる手掛かりをなんとしても、王宮に伝えたくて無理をした。

 王都の城門を潜り、脱獄囚として手配されていることを知りながら、その内側に入ったのだ。

 長女金が知っていることを手紙によって当局に飛脚で届けてもらおうとした。

 

 長女金の手紙には、王女と一緒に浚われたということになっている春嬌こそ怪しいのではないかと記した。

 それが二年間の晒し刑の間に考えた結論であり、当時、金聖姫のそばで警護人を務める女道術師の春嬌は、賽太歳という妖魔に金聖姫が浚われたとき、意図的に危険な場所に金聖姫や長女金を導いた気配があった。

 一緒に行方不明になっている春嬌の身辺をもう一度調査すべき──。

 

 手紙にそう記した。

 だが、それがよくなかったのだ。

 

 手紙を飛脚に託して城門を出た途端、追手がかかった。

 山に逃亡したが、追いかけて来たのは妖魔だった。

 意外な追手に戸惑い不覚をとって捕えられてしまった。

 さらに驚いたことに、妖魔兵を率いていたのは、あの春嬌だった。

 

 そして、春嬌によって軍営に連れて行かれて拷問を受けた。

 長女金の脱獄をさせた者の居場所を白状しろというのだ。

 恩義のある宝玄仙たちを裏切るようなことを言えるわけがない。

 長女金は耐えた。

 

 しかし、結局は白状させられたと思う。

 自分は人でなしだ。

 あんなに世話になりながら、その人たちを裏切ってしまったのだ。

 そのことを思うと、いまでも心が痛む。

 

 ただ、それから宝玄仙たちがどうなったかについて、長女金が知る手段はなかった。

 春嬌の拷問により死にかけていた長女金を賽太歳がここに連れて来たからだ。

 賽太歳は長女金を道術で治した。

 その代償は、金聖姫の侍女としてここに留まることだ。

 長女金が拒否するわけがなく、それからずっとここにいる。

 

 春嬌が怪しいという長女金の予感は正しく、春嬌は賽太歳の姉であり半妖だった。春嬌は、道術で金聖姫を操り、ここに浚って賽太歳に引き渡したのだ。

 長女金は、この獬豸洞(かいちどう)で金聖姫と再会した。

 

 長女金は、金聖姫の侍女ということになり、金聖姫が監禁されている部屋の隣に部屋を与えられた。

 監禁されているといっても部屋には必要な調度品は揃っており、自由に外に出られないという以外は、朱紫国の王宮の王姫の部屋とその侍女の控えの間とほぼ同じだった。

 そして、この妖魔城での生活が始まった。

 

 金聖姫の侍女としての生活は単調だった。

 侍女といっても、金聖姫や長女金の実際の生活に必要な仕事は、すべて身の回りの世話をするために出入りをする雌妖たちがやってしまう。

 外に出られない長女金にできることは少なく、結果的にそうなってしまうのだ。

 それに、妖魔王である賽太歳も長女金に望んでいるのは、金聖姫の話し相手だということもわかってきた。

 

 公平に見て、賽太歳は金聖姫のことを大切に扱おうとしているような気がする。

 ほかの妖魔の前で、金聖姫を裸にしたり、抱いたりもするが、それでいて、部下が金聖姫に触れるどころか、雄妖が声をかけることも許さないし、無礼な態度をとることもさせない。

 金聖姫は賽太歳専用の性奴隷なのだ。

 

 賽太歳が金聖姫に特別な思いを持っているというのは、傍目から眺めているとなんとなくわかる。

 長女金は、そういうことを黙って一箇月間、懸命に観察し続けた。

 逃げるためだ──。

 ほとんど、この部屋から出れることはないが、やってくる雌妖に声をかけては城の間取りなどを訪ねたりした。ここの雌妖はみんなお人好しで訊ねればなんでも教えてくれる。

 物を頼めば、用途も訊ねずに持ってきてくれる。

 

 また、長女金も部屋の外に出る機会があれば積極的に出た。

 妖魔城は、道術による防御と警戒を基本としているということもわかってきた。

 すべての妖魔には、霊気が備わっていて、道術で防げない者はいないからだ。

 

 しかし、霊気を備えていない人間には道術は効かない──。

 そこに付け入る隙がある。

 長女金はそう思っていた。

 

 手荒い手段ならここを脱出する自信はある。

 周囲が妖魔だらけの妖魔の里を突破して、王家の兵権が及ぶ場所まで逃亡するのは容易ではないと思うが、とりあえず妖魔城の脱出までならできる……。

 難しいことではない。

 

 ただし、それは長女金ひとりで逃げる場合だ。

 金聖姫を連れて行くとなれば話は別だ。

 ふたりで逃亡するには策が必要だろう。

 

 いずれにせよ、なによりも金聖姫がその気にならなければならない。

 長女金はこの妖魔城からの脱出について、金聖姫と話をしなければならないと思っている。

 この一箇月の観察で、長女金と金聖姫の部屋にはいかなるかたちにおいても、会話を盗み聞きする仕掛けはないと確信した。

 ならば、せめて脱走の準備をしていることだけでも教えて、希望を持たせてあげたい。

 しかし、このところ、金聖姫が長女金と碌に話をしようとしないので、長女金は脱出の話を金聖姫に切りだせないでいた。

 

 長女金は食事を済ませると終わった盆を抱えて、外に繋がる扉を二度こちら側から叩いた。

 扉が開き、外に立っている警護の若い妖魔兵が顔を出した。

 長女金が食事を済ませた盆を差し出すとそれを受け取る。

 再び扉に鍵ががかる。

 

 ひとりになると、長女金は猫猫が持ってきた敷布を縦に細かく切り裂き始めた。

 縦に裂いた布を編んで縄にするのだ。

 もう、かなりの長さの縄ができあがっている。

 いま作っているものができあがれば、もう十分だろう。

 これまでに作った分は、寝台の下の床下に隠してある。

 女二人が逃亡するのに必要な縄としては十分だ。

 

 しばらくすると、隣の金聖姫の居室に誰かが入ってくる気配があった。

 鎖の音がする。

 金聖姫は移動のときに首輪をされて、その首輪に鎖を繋がれて歩かされると決まっている。

 賽太歳が命じたことであり、ずっとそういう仕打ちを受けているようだ。

 ただ、長女金については、そのような拘束を受けることがない。

 逃亡を防ぐという目的であれば、金聖姫よりもむしろ長女金こそ拘束すべきであるので、賽太歳がわざわざ金聖姫をそういう扱いにするのは、ただ金聖姫を辱めたいという感情だけに違いないと長女金は思っていた。

 

 長女金が耳を澄ませていると、鎖が外されて妖魔兵が外に出ていく気配がした。

 やがて、隣の部屋も静かになった。

 長女金は金聖姫に声をかけようとして躊躇った。

 このところ、金聖姫は長女金と口をきくことを悦ばない。

 嫌な顔をするのではないか……。

 そう思った。

 

「ちょ、長女金、お、起きていますか……?」

 

 不意に向こう側から声がかかった。

 驚いて金聖姫の部屋に通じる扉を開けた。金聖姫の方から声がかけられるのはしばらくぶりだ。

 

「金聖姫様……、あれっ?」

 

 扉を開けるとそこに金聖姫が真っ赤な顔をして立っていた。

 心なしか顔に汗をかいていて、全身をかすかに震わせている気がする。

 特に腿をしきりに擦り合わせるようにしている動きが顕著だ。

 金聖姫のはいている下袍は膝のずっと上までの丈までしかなく、腿の半分は素肌が露出している。

 朱紫国の王姫としては破廉恥な格好だが、こちらの妖魔の里では珍しい恰好ではない。

 さっきの猫猫も短い丈の下袍だし、長女金があてがわれている服もすべてそうだ。

 こちらでは一番平凡な雌妖の服がそれなのだ。

 

 その下袍から出ている脚がなにかを耐えるかのようにもじもじとくねり続ける。

 金聖姫の様子は少し異常だ。

 それに、両腕が背中に回されたままだ。どうやら背中側で手首を組んで拘束されているようだ。

 

「ちょ、長女金、ふ、不浄をさせてください」

 

 金聖姫が切羽詰った声で言った。

 

「はっ?」

 

 思わず声をあげたが、すぐに金聖姫がなにを訴えているのかわかった。

 長女金は慌てて行動を起こした

 金聖姫はおしっこをしたいのだ。この金聖姫の震えは排尿を訴えているものなのだ。

 長女金は急いで金聖姫の背中の拘束を外そうと駆け寄った。

 まとめられた両手首と肘の間の部分に革帯がしっかりと巻きついている。

 鍵のようなものはないから、道術によるものだろう。

 

「姫様、どうやって、これは外せばいいのです?」

 

 長女金は狼狽えて言った。

 

「は、外れません……。さ、賽太歳が、あなたに世話をしてもらえと……。このところ、わ、わたしがあなたに冷たい態度をとっているからと……し、叱られて……。そ、それで……。と、とにかく、もう、漏れます……、ちょ、長女金」

 

 金聖姫が悲鳴のような声をあげた。

 どうやら賽太歳が気を使ってくれたようだ。長女金は苦笑した。

 

「ちょっと待ってください、姫様」

 

 長女金は部屋の隅にある落とし箱を持ってきた。

 排便用の比較的な平たい箱であり、蓋を開いてその中に排便をするのだ。

 そして、蓋のまま箱ごと渡せば、雌妖が処分してくれる。

 

「は、早く……」

 

 金聖姫はもう切羽詰った感じだ。

 長女金は金聖姫の下袍の中に手を入れて下着を掴む。

 

「脱がせますね、姫様」

 

「は、はい……」

 

 長女金は下着をおろし、足首から抜き取る。

 金聖姫をしゃがませて、その股間の下に落とし箱をあてる。

 

「姫様、終わったら少し話を聞いてくれませんか?」

 

 長女金は言った。

 いい機会だった。

 今夜こそ、脱出の話を持ち出すつもりだ。

 

「あ、あなたと話などありません。ふ、不浄が終わったら、部屋に戻ります……」

 

 金聖姫は言った。

 長女金はさすがにむっとした。

 長女金のなにが気に入らないのだろう。

 気にいらないことはちゃんと言ってもらわなければわからない。

 長女金は黙って、すっと落とし箱を金聖姫の股間の下からずらした。

 

「な、なにするんです」

 

 排尿の寸前で落とし箱をずらされた金聖姫が悲痛な声をあげた。

 

「話をしてくれますね、姫様」

 

「わ、わかりました──。し、します……。話をします。お願いですから……」

 

 長女金は微笑むと、落とし箱をしゃがんでいる金聖姫の股間の下に戻した。

 すぐに激しい排尿が始まった。

 長女金は下袍が汚れないように、金聖姫の下袍の裾をたくしあげてあげた。

 

「ふう……」

 

 余程、我慢していたのだろう。金聖姫が安堵の息を吐いた。

 

「随分と我慢されていたのてすね、姫様」

 

 排尿を終えた金聖姫の股を布で拭き、落とし箱を隅に片付けながら長女金は言った。

 口に出してから、自分の発言は女主人に対しては随分と無礼ではないかと思った。

 二年の結界牢の生活で、どうも長女金の徳心はおかしくなった気もする。

 謝ろうと思ったが、金聖姫が先に口を開いた。

 

「賽太斎に意地悪されたのです」

 

「意地悪?」

 

「お、おしっこがしたくなる薬を飲まされました。そ、そして、わたしをくすぐるんです……。た、愉しそうに」

 

「そ、それは、大変でしたね……」

 

 そう言うしかなかった。

 賽太斎という妖魔王が人間の女を羞恥責めにするのが趣味だというのはだんだんとわかってきた。

 だが、それを一身に受けねばならない金聖姫は気の毒だと思った。

 

「ええ、大変なんです。賽太斎はわたしばかりを抱こうとしますから。あなたではなく、わたしを……」

 

 金聖姫がきっと睨んだ。

 なんだか怒っている気がする。

 長女金は訳がわからないと思った。

 そして、まだ、金聖姫の下着をはかせないままだったのを思い出した。

 

「おはかせします」

 

 長女金は慌てて床に丸まって置いてあった金聖姫の下着を手に取った。

 金聖姫が立ちあがる。

 

「わたしが代わってあげられれば……」

 

 下着を金聖姫の足首から通す準備をしながら、呟くように長女金は口に出した。

 

「そ、そんな必要はありません。賽太斎はわたしを指名しているのですから──」

 

 突然、興奮したように金聖姫が床を踏んで足を鳴らした。

 

「姫様──?」

 

 長女金は驚いて顔をあげて、金聖姫を仰ぎ見た。

 すると金聖姫は我に返ったかのように表情を取り繕った。

 

「な、なんでもありません……。下着をはかせてください……」

 

 金聖姫が自分の興奮に恥じ入ったかのように顔を赤らめた。

 長女金は金聖姫に下着をはかせた。

 金聖姫は後ろ手に拘束された姿で、長女金の前にちょこんと座った。

 

「さっき、話があると言っていましたね、長女金。や、約束ですから聞きます」

 

 金聖姫はまだ、まだ怒ったような視線をぶつけてくる。

 長女金は戸惑ったが、いずれにしても今夜こそ脱出計画のことを相談しようと決心していた。

 なんとしても、金聖姫とこれからの計画について話したい。

 

「話というのはですね、姫様……」

 

 長女金は声を潜めた。

 

「ひとつだけわたしから言っておきます、長女金──」

 

 不意に金聖姫が話を遮った。長女金は思わず金聖姫をまじまじと見た。

 金聖姫は、泣くような怒るような複雑な表情をしていた。

 金聖姫はよくわからないが少し興奮状態にあるようだ。

 脱出の話は次の機会にすべきではないかと長女金は思い直してきた。

 

「なんですか、姫様?」

 

 長女金は仕方なく応じた。

 

「わ、わたし、負けません──。あなたには負けませんから」

 

 金聖姫は挑みかかるように声をあげた。

 そして、勇気を振り絞ってなにかを成し遂げた人がやるように、大きく息を吐いて身体を脱力させた。

 だが、長女金は呆気にとられてしばらく口を開けたまま金聖姫の顔から目が離せないでいた。

 やがて、ようやく当然の言葉を口にすることができた。

 

「なにに勝つんですか、姫様?」

 

 すると、赤かった金聖姫の顔がますます紅潮した。

 そして、失言をした人のようにばつの悪そうな表情をした。

 

「な、なんでもありません。あなたの話をしなさい、長女金」

 

 金聖姫は言った。

 

「しかし……」

 

 長女金は迷った。

 やはり、今日の金聖姫は様子がおかしい。とても脱走のことを持ち出す雰囲気ではない。

 

「言いなさい」

 

 金聖姫が語気を荒げた。

 

「わかりました。言います」

 

 長女金は決心した。いずれにしても話をすることが必要なのだ。長女金はじっと金聖姫の顔を見た。

 金聖姫の顔が長女金の言葉に怯えるような表情になる。

 長女金はますます混乱した。しかし、もう長女金は決心していた。

 

「ここを逃げましょう、姫様」

 

 長女金ははっきりと言った。

 ただし、聞こえるか聞こえないかの小さな声だ。

 

 すると、金聖姫の眼が大きく見開かれた。



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354 女囚主従愛

「ここを逃げましょう、姫様」

 

 長女金(ちょうじょきん)は言った。

 

「えっ?」

 

「逃げるんです。そのための準備をしています」

 

 長女金は囁き声だがはっきりと言った。

 そして、寝台の下に身体を潜り込ませて床板の下に隠しているものを引っ張り出した。

 

「こ、これは……?」

 

 金聖姫(きんせいき)が驚いている。

 長女金が出したのは一個の木箱であり、中には敷布を裂いて編むことでこしらえた縄束、長細い鉄片を利用して作った大小の金属の棒状の武器類、小壺に入った薬液、その他、細々なものが入っている。

 この一箇月の間にこれだけのものが揃えられた。

 その材料になるものは、大抵は世話係の雌妖が与えてくれた。

 そして、長女金は、それをひとつひとつ加工して、逃亡の道具として隠し持っていたのだ。

 

「機会をお待ちください。必ず、姫様を陛下のもとに連れ帰ります」

 

 長女金はきっぱりと言った。

 こんな妖魔の里で妖魔王の性奴隷として惨めな生活を送っている金聖姫に少しでも希望を与えてあげたいという一心だった。

 しかし、金聖姫の反応は、長女金の予想していたものとは少し異なった。

 

「そ、そんなことできるわけがありません……。必要ありません、長女金……」

 

 金聖姫の表情は希望でもなく、嬉しさでもなく、ましてや不安でもなかった。

 長女金は当惑した。

 金聖姫は、まるで迷惑なことをされたかのような顔だ。

 

「いえ、必ずや、姫様……」

 

「やめなさい。そんなこと無理です。ここを逃げるなんて……」

 

 金聖姫は首を横に振った。

 長女金は、それは長女金の逃亡の企てが信用ならないと金聖姫が考えているせいだと思った。

 長女金は小壺を手に取って金聖姫に示した。

 

「姫様、これを見てください……。毒薬です。幾つかのなんでもない薬草を組み合わせて特別な調合をすると、一時的に道術力が麻痺する毒薬が作れます。命を奪うというところまでの効果はありませんが、これを金属の武器の先に塗って相手を傷つければ、妖魔たちの道術を防げるんです。これを隠し持って、わたしが賽太歳に近づきます……。次に、賽太歳がわたしを寵愛の相手に呼び出したとき、わたしは賽太歳(さいたいさい)を人質にとります。そして、姫様とわたしを朱紫(しゅし)国に戻すように脅迫します……」

 

 道術を一時的に麻痺させる『魔女殺し』と呼ばれる薬液だ。

 もちろん、道術遣いの女だけではなく、男の道術遣い、あるいは妖魔など、道術を遣うあらゆる存在に効果があるはずだ。

 結界牢の中である男囚から教えてもらった技術であり、ひとつひとつは無害だが、それを組み合わせることでそういう毒液の精製が可能なのだ。

 材料となる魔薬は疑うことを知らない猫猫が貴重らしい野草を採集してきてくれた。

 できあがったものを試してはいないが、教わった通りのものはできている。

 長女金は、死んだその男囚の言った効果があると信じている。

 

「ま、まさか、そんなこと……。殺されますよ、あなた──」

 

 金聖姫が絶句している。

 

「万が一失敗したときはわたしだけのことです。姫様はなにもしないでください。わたしが、賽太歳を脅して強引に姫様を連れて来させます。失敗したときは、姫様はこんな計画は知らなかったと白を切り通してください。でも、わたしは成功すると思っています。この妖魔城の警戒は非常に緩いものです。わたしたちに対する警戒もほとんどないようなものです。わたしが先日、賽太歳に呼ばれたときも、妖魔王に近づくというのに、身体検査ひとつ受けませんでした……。姫様、わたしを信頼してください」

 

 金聖姫はまじまじと長女金の顔を見た。

 しかし、やがて、首を横に振った。

 

「……わたしは逃げません。逃げるならあなたひとりでお行きなさい……。いえ、わたしは、あなたに謝らなければなりませんね。あなたが、そんなことを考えていてくれているとは夢にも思いませんでした……。それなのに、わたしは八つ当たりのような失礼な態度をとってしまって……」

 

 金聖姫は後手に拘束された身体で頭をさげた。

 長女金は慌ててそれを止めさせた。

 

「そ、そんなことはどうでもいいんです……。と、とにかく、わたしは身命を賭します。わたしが、賽太歳に近づけるように協力してください。それだけでいいんです。後は、わたしがやります。失敗すれば、わたしは屍体になって戻ってこないだけです。でも、成功すれば、金聖姫様を陛下のもとに……」

 

「やめなさい。必要ないと言っているのです──」

 

 金聖姫が少しだけ声を荒げた。

 長女金はびっくりした。

 

「……ご、ごめんなさい、長女金。でも、わたしのための命を賭ける必要はありません。あなたが、朱紫国に戻れるようにわたしが賽太歳に頼みます……」

 

「そ、そんな、姫様……。な、ならば、もっと確かな計画を考えます。ですから、希望を捨てないでください」

 

 長女金は言った。

 

「そ、そういうんじゃないんです……。わ、わたしは、戻りません……。わたしは何度も賽太歳に抱かれた身体です……。今更、王宮に戻っても……」

 

 金聖姫はうつむいたまま呟くように言った。

 

「そ、そんなことがなんなのです。王陛下はいまでも、金聖姫様のことを探しておいでです」

 

「もういいと言っいてるじゃありませんか、長女金──。逃げるなら、ひとりで行ってください。このことは終わりです。きっぱりと言っておきます。わたしは、もう、王宮に戻るつもりはないのです」

 

 金聖姫が顔をあげてはっきりと言った。

 長女金は呆然とした。

 

「あ、あなたが、わたしのことを思ってやってくれているこというのはわかっています……。今更ながら感謝の気持ちでいっぱいです……。でも、もう、必要ないのです……。わ、わたしは、この妖魔の地に留まるつもりです……。ここで死にます。賽太歳がわたしを必要としなくなれば、過去に王家が行った蛮行のせめてもの償いとして、この妖魔の地にわたしの血を捧げてもらうつもりです……」

 

「そ、そんな……」

 

「あなたは、かつて王家の軍がこの地の妖魔に行った蛮行のことは耳にしましたか、長女金?」

 

 金聖姫は言った。

 長女金は頷いた。

 三代前の朱紫国王の辺境征服については、国軍の将校としての必要な知識として持っていた。

 そして、この妖魔城に来て、猫猫のような雌妖を通じて、それが知識として持っていたよりも遥かにおぞましい蛮行であったこともわかった。

 賽太歳や春嬌(しゅんきょう)もまた、惨たらしく王家の軍に親を殺されたという事実も知った。

 そして、猫猫(まおまお)に代表されるような妖魔たちは、それにも関わらず、金聖姫や長女金に優しく接してくれる本当に心の優しい一族であるということも肌で悟った。

 だが、それと金聖姫がその償いとするということとは違う。

 いくら王家の血が流れているとはいえ、金聖姫に責任があることではない。

 長女金はそう言った。

 だが、金聖姫はさらに首を横に振った。

 

「……ならば、もうひとつ白状します。わたしは、あなたにそんな風に思ってもらうような資格のある女ではありません──。しょ、正直に言います。わたしは、このところ、あなたに失礼な態度をとっていましたよね……」

 

 突然、金聖姫が言った。

 

「し、失礼な態度とか……そういうことは……。まあ、わたしがなにか気に入らないことをしたのかもしれないとは思っておりましたが……」

 

 長女金は仕方なく言った。

 

「わたしはあなたに賽太歳の寵をとられると思っていたんです……。賽太歳は、あなたを抱いてから、事あるごとに、あなたの身体や技が素晴らしかったとわたしに言うんです。そ、それで……賽太歳は、わたしよりもあなたを気に入っているのだと……。いつか、賽太歳は、あなたばかりを呼ぶようになって、わたしには見向きもしてくれなくなるに違いないと……。そう思ったら、わたしはあなたに対して、つい苛々した態度をとってしまって……」

 

 金聖姫がはにかんだように言った。

 さすがに長女金は驚いた。

 だが、金聖姫が賽太歳のことを憎からず思っているということを悟らざるを得なかった。

 長女金としても、自分の鈍さに呆れる思いだったが、これで金聖姫が長女金の脱出計画を悦ばないことに合点がいった。

 

 つまりはそういうことだったのだ。

 金聖姫にとっては、賽太歳というのは、自分を浚った卑劣な妖魔には違いないが、同時に初めての相手であり、いまのところ唯一の相手ということだ。

 長女金は力が抜ける思いだった。

 そして、同時に安堵もした。

 囚われ人のような生活だが、それは金聖姫にとっては悪いことばかりでもないのだ。

 考えてみれば、一国の王姫の生活というのは生涯が囚われ人のようなものだ。

 自由のない生活というものに抵抗はないのかもしれない。

 自由がないという一点を除けば、ここでの生活はそれなりのものだ。

 人前で辱められるという賽太歳の性癖はどうかと思うが、金聖姫が賽太歳を憎からず思っているならば、毎日のように相手が自分を抱いてくれる。

 それはそれで女の幸せと言えるのかもしれない。

 

 金聖姫がこの妖魔城の生活にもそれなりの幸せを感じつつあるのは、長女金には理解できた。

 長女金自身がそうだった。

 あの結界牢の晒し者としての生活に長女金はしっかりと生き甲斐を感じていた。

 

「賽太歳は……、いえ、妖魔王は、金聖姫様のことを大変お気に入りですよ。ちょっと意地悪な性癖なので、姫様につらい態度をとったり、嫌味のようなことを言うかもしれませんが、そういうことがお好きな殿方は珍しくありません。好きだから意地悪するんです。自分のものだという実感を得たいのですよ」

 

 長女金は表情を緩めた。

 

「そ、そうでしょうか、長女金──。で、でも賽太歳はわたしのことが気に入らないとばかり……。それに、あなたのことばかり褒めるし……」

 

 金聖姫がいきなりまくしたてるように声をあげた。

 長女金は苦笑した。

 

「妖魔王が、姫様をお気に入りなのは丸わかりじゃないですか」

 

 長女金は金聖姫に微笑みかけた。

 そして、まだ床に拡げたままだった逃亡用の道具を箱にしまった。

 もう、これは必要のないものになるだろう。

 長女金は、もう一度寝台に潜り込んで箱を床下に隠した。

 

「で、でも、賽太歳は、あなたの技が素晴らしいと……。あれこそ、男を悦ばす技だと──」

 

 長女金が寝台の下から出てくると、なおも金聖姫は言った。

 なんだか、金聖姫が可愛く思えてくる。長女金は思わず頬を綻ばせてしまった。

 

「だったら、練習しますか、姫様?」

 

 長女金は微笑んだまま言った。

 

「えっ?」

 

「だから、練習するんです。この長女金が姫様に教えます。次に妖魔王に呼び出しをされたときに驚かせてあげればよいのではありませんか」

 

「わ、わたしにできますか……? わ、わたしは性の技などまったくなにも知らないのですよ」

 

 金聖姫がおずおずと言った。

 

「二年前まで、わたしもそうでした……。では、口づけから始めましょう……」

 

 長女金は腕を伸ばして、金聖姫の身体を抱いて引き寄せた。金聖姫は後手の身体をびくりと竦ませた。

 

「力を抜いてください、姫様……」

 

「は、はい」

 

 金聖姫が息を吐いた。長女金はその唇にちょんと自分の唇を合わせた。

 

「……別にこうという決まったやり方があるわけではありません……。これは、わたしのやり方です。まずは、相手の顔を見て、少しだけ唇を合わせます。でも、すぐ離してください」

 

「こ、こうですね……」

 

 金聖姫が長女金の唇に唇を合わせ、そして離した。

 

「上手です。そして、賽太歳様の顔をじっと見てください……。それから賽太歳様の下の唇を舐めます……」

 

 素直な金聖姫が長女金の下唇を舐めてきた。

 羽毛のように柔らかい唇だと思った。

 この眼の前の女性は本当に可愛い。

 心の底から長女金は思った。

 これが王宮なら、長女金のような身分の女が一国の姫君と女同士で口づけをするなど考えられもしないだろう。

 しかし、ここでは妖魔王の虜囚同士──。

 しかも、金聖姫は両腕を拘束され、長女金のなすがままだ。

 そう思うと妖しい情欲が長女金を襲ってくる気がする。

 

 ここで、金聖姫と生きる……。

 ふたりで……。

 賽太歳という妖魔王に仕える者として……。

 それも悪くないのかもしれない……。

 

 長女金は唇に金聖姫の甘美な唇を感じながらそう思った。

 だんだんと心臓の鼓動が高鳴り、全身に小さな震えが走ってくる。

 

「そ、それからどうするのです、長女金……」

 

 金聖姫が長女金の口から唇を離して言った。彼女の顔も赤い。金聖姫もまた長女金を相手に反応をしてくれているのだと思うと嬉しくなる。

 

「……もう一度、相手の顔を見ます。そして、また下の唇を吸います……。さらに相手の舌を舐めてください」

 

「こ、こうですか……」

 

 金聖姫の唇が再び長女金の下唇に触れる。

 そして、吸われる……。

 

 すぐに金聖姫の舌先が長女金の口中に柔らかく侵入してきた。

 長女金は思わず身体を震わせた。自分の大きな興奮を感じる。

 

 長女金は、その興奮のまま、金聖姫の舌を舐めた。お互いの口の中で交互に舌を舐め回す。

 だんだんと長女金もぼうっとしてよくわからなくなる。

 金聖姫の甘くて溶けるような舌先は気持ちよかった。

 舌先をからませ、強く吸う。

 また、金聖姫に吸ってもらうために金聖姫の口の中に自分の舌を差し入れる。

 お互いの鼻息が顔に当たり合う。

 

 金聖姫の反応はだんだんと激しくなる。

 いつの間にか、長女金の身体も悶えだす。

 しばらく、そのまま濃厚な口づけを交わし合った。

 長女金は、金聖姫に教えるように、自分の舌先で金聖姫の口の上を強くなぞった。

 

 長女金が相手をした男たちは、みんなここを刺激すると気持ちよさそうな顔になった。

 金聖姫の身体の震えが大きくなる。

 金聖姫の身体がくねくねとうねり、脱力していくのがわかった。

 やがて、金聖姫も長女金の口の中の同じ場所を舌で愛撫をしかえしてきた。

 長女金も自分の身体をもどかしくくねらせながら、金聖姫の舌の奉仕を受けた。

 

「す、凄い……。口づけだけでこんなに熱くなれるなんて……」

 

 やがてやっとお互いに口を離した。長女金に身体を抱かれている金聖姫がぼうっとした表情で言った。

 

「ひ、姫様も素晴らしかったです……。これなら、賽太歳様もお喜びになると思いますよ」

 

 長女金が言うと、金聖姫が嬉しそうに破顔した。

 思わず眼の前の可愛い女性を抱きしめたい衝動に長女金はかられた。

 そして、なんとか、そんなおかしな気持ちを長女金は追い払った。

 いったい自分はどうしたのだろう。

 仮にも一国の王姫と抱き合いたいなどと……。

 

 二年間、結界牢で男の相手をした。宝玄仙たちに助けられて、あの四人が女同士で幸せそうに抱き合うのに接した。

 そして、長女金もまた、その性愛に参加した。

 そんな経験が長女金の心を淫蕩なものに変えてしまったのだろうか。

 

「ね、ねえ、長女金……」

 

 身体を離そうとした長女金を留めるように、金聖姫が言った。

 

「な、なんでしょう、姫様?」

 

「あ、あなたが嫌でなければ……、お願いがあるのですが……。い、いえ、本当に嫌なら嫌だと言ってください。遠慮しないで……」

 

 金聖姫が言い難そうに言った。

 

「なんでしょうか、姫様?」

 

「じ、実は、賽太歳にあなたと愛し合うように命令されているのです。わ、わたしには、そ、そのう……、艶が足りないのだそうです……。だから、あなたと抱き合うことで、もっと艶っぽくなれと……。ちゃんと言いつけを守らないと、明日の朝に、折檻されることになっているのです。もちろん、そんなことはできないので、折檻を受けるつもりでいたのですが……。そ、その……長女金が嫌でないのなら……」

 

 長女金は最後まで言わせなかった。

 立ちあがると、その場で服を脱いで裸になった。

 

「……こんなわたしでよければ」

 

 長女金は、全裸になった長女金を緊張した面持ちで見あげる金聖姫ににっこりと微笑みかけた。

 

「あ、ありがとう……、長女金……」

 

 金聖姫は一度立ちあがって、横の寝台に腰掛けた。

 長女金は手を伸ばして、金聖姫の衣類をゆっくりとくつろぎ始めた。

 上衣の前ぼたんを外して布を後手に拘束されている背中側にやった。

 金聖姫の丸い乳房が露わになった。

 そして、下袍を脱がせ、下着も抜き取る。

 長女金と金聖姫は裸と裸で向き合った。

 

「お、お願いします、長女金……」

 

 金聖姫が緊張した面持ちで言った。

 長女金は微笑むと、唇を金聖姫の唇に寄せてさっきの口づけを交わした。

 お互いの身体がすぐに熱くなるのがわかった。

 喘ぎ声もだんだん大きくなる。

 お互いの舌をむさぼり合い、唾液をすすり合う。

 すべての思考が消える。

 

 この二年……。

 色々なことがあった……。

 

 しかし、それはすべてこの瞬間のために起きたことのようさえした。

 結界牢で男囚たちに奉仕しながら、妖魔に浚われた金聖姫を心配しない日はなかった。

 でも、金聖姫は生きていた。

 妖魔王の奴隷となってもそれなりの幸せを見出だしていた。

 

 かつての長女金のように……。

 

「す、素敵な口づけです、長女金……。も、もっと教えてください……。わたしを賽太斎が悦ぶような淫らな女にしてください……」

 

 金聖姫がぼうっとした表情で言った。

 

「よ、横に、姫様……」

 

 長女金は金聖姫を寝台に横にさせると、自分の乳房を金聖姫の乳房に擦り合せはじめた。

 

「ああっ……」

 

 金聖姫が甘い声をあげた。

 

「はあっ、はっ、はっ……」

 

 長女金も耐えられずに喘ぎ声を出しながら、さらに強く金聖姫の乳首に自分の乳首で愛撫を続けた。

 金聖姫の股間に手を伸ばした。

 そこは凄く熱くて、そして、たっぷりと濡れていた。

 長女金の指が金聖姫の股間に触れたとき、金聖姫が電撃でも浴びたように声をあげて身体を仰け反らせた。

 

 

 *

 

 

 その夜、長女金は夢を見た。

 

 国都の軍営の前の大通りだ。

 

 長女金は両手を後手に手錠を嵌められ、足首にも鎖で繋がった足枷を嵌められていた。

 長女金の眼の前で役人が大きな声で長女金の罪状を読みあげている。

 それを護送の兵と大勢の群衆が見守っている。

 

「……よって、この長女金の将校としての身分と一切の権利を剥奪し、人としての尊厳を消失させ、晒し刑の後に国都の広場で吊るし刑とする。その執行は三年後……」

 

 周囲がざわめいた。

 ざわめきの理由は、死刑執行の時期だ。

 

 三年後──。

 

 この国の死刑囚は、処刑執行の前に晒し刑がある。

 晒し方は様々だが、大抵は数日間であり、その間は結界牢と呼ばれる結界で囲まれた野外に晒されて放置される。

 その後、処刑執行のために連れ出されるのだが、長女金に与えられた三年の晒し刑というのは異常な長さだ。

 それだけ国王の怒りが激しいものだというのがわかった。

 すぐには殺さずに、できるだけ女として辱しめてから処刑せよと国王が命じたというのも耳にしていた。

 

 これは夢だ。

 長女金はもう一度思った。

 

 そして、これは二年前に自分が受けた刑罰の始まりの日の夢だということもわかった。

 夢だが現実の出来事とまったく同じだった──。

 

 やがて役人の罪状の読みあげが終わり、役人が横に退いた。

 王軍の道術師が近づいて長女金の首に首輪をつけた。

 この首輪の効果は知っている。

 

 囚人の自殺と病死、そして、殺し合いを防止するとともに、結界牢からの脱走を防ぐための霊具だ。

 これまでに長女金自身も罪人の逮捕や護送に数度立ち合ったことはある。

 だが、まさか自分がそれを装着される日がくるとは思わなかった。

 

「……囚人の服を剥げ」

 

 護送に当たる隊の指揮官が言った。

 周囲の喧騒が大きくなる。

 

 長女金は歯噛みした。

 これから長女金はたった一枚の布片も許されずに国都を行進して、城門を超えた郊外に晒されることになる。

 晒し期間が短い死刑囚は国都の広場に晒されるのだが、長期の晒し刑の囚人は、郊外の宿町の町外れに結界牢の晒し場に連れていかれ、そこに結界で拘束される。

 牢といっても、ただの野原だ。

 雨も降れば、風も吹く。そういう場所で三年をすごすことになるのだ。

 

 長女金もそこに一度だけ行ったことがある。泥で汚れた素裸の男囚が獣のような姿で、その道術の力場に閉じ込められていた。

 あまりもの醜悪な光景に二度行くつもりにはなれなかった。

 

 近づいた兵たちが気の毒そうな顔をしながらも、少しだけ表情に好色が浮かんでいるのがわかった。

 兵たちが長女金がまとっていた布を剥がす。

 長女金の素肌が露わになり、乳房と秘毛が曝け出された。

 左右の護送兵がちらちらと長女金の裸身を横目で見るのがわかった。

 

「出発──」

 

 護送兵の長が宣言し、長女金の全裸行進が始まった。

 

「おおおっ──」

 

 長女金が歩き出すと、左右からもの凄い歓声が襲ってきた。

 割れるような歓声とはこのことを言うのだろう。

 護送兵に鎖をとられて全裸で歩く長女金の姿に国都の民衆が身を乗り出してくる。

 

 誰もいないと思うしかない……。

 

 長女金は羞恥に顔をあげていられずに下を見ながら歩いた。

 裸を見られる恥ずかしさを思うとつらくなる。

 なるべく周りを見ないようにして一歩一歩と歩いた。

 それでも後手に拘束されているために塞げない耳には、民衆の遠慮のない声がどうしても聞こえてくる。

 

 乳房の形がどうとか、恥毛の繁みが多いとか、少ないとかいう声をどうしても聞こえてしまう。

 そして、太腿を擦り合わせて歩く股間の秘肉が見えたとかいう大声がかけられると、

 自分の肢ががくがくと震えるのもわかった。

 

 しかし、同時に身体が熱くなるのを感じた。

 その身体を熱くするものの正体がわからず長女金は戸惑った。

 

 郊外までは一刻(約一時間)以上かかった。

 どこまでいっても民衆がいなくなるということはなかった。

 やっとのこと晒し刑の場所に着いたときには、びっしょりと羞恥と緊張の汗を全身にかいていた。

 股間には汗以外のどろりとした体液も感じた。

 

「さて、ここだ──」

 

 やがて、到着した晒し刑の場所には、ふたりの男囚が晒されていた。

 これまでに集まっていた数よりずっと多い市民が野次馬として、結界牢の周りに集まっている。

 同行した道術師たちが結界牢の四隅に立った。

 つまり、これから長女金をそこに入れるために、一度結界を解除する。そのための態勢をとったのだ。

 

 しかし、長女金はそれを見て驚愕した。

 道術師が立ったのは、すでに男囚が入っている結界牢の四隅だ。

 長女金はこの隣に結界牢が作られて、そこで晒されるものだと思っていたのだ。

 しかし、すでにある結界牢の四隅に魔導師たちが立つということは、長女金を男囚を同じ結界牢に入れるということに違いない。

 

「な、なにを……」

 

 長女金は初めて狼狽えた声をあげた。

 

「国王陛下の命令だ……。入れろ」

 

 護送の指揮官が冷たく宣言した。

 

「ひいっ、いやっ、離して──」

 

 長女金は抵抗した。しかし、四肢の鎖を外すと、長女金は蹴り入れられるように男囚のいる結界に放り入れられた。

 すぐに周囲に結界が張り直されるがわかった。

 気がつくと結界の周りにたくさんの民衆が張り付くように集まっていた。

 

「へへへ、愉しもうぜ──」

 

 いきなり男囚が長女金に襲いかかった。

 

「いやああっ──」

 

 しかし、血走った眼をした泥だらけの男囚たちが長女金の裸身に両側から肌を擦りつけてくる。

 周囲から爆発するような歓声が起こった。

 それが長女金の悲鳴をかき消した。

 

 

 *

 

 

 眼が覚めた──。

 

 一本だけつけていた燭台の灯は消えていた。

 部屋は全くの闇だった。長女金は闇の中で寝台に横になっていた。

 長女金は自分がじっとりと汗をかいているのがわかった。

 

 汗だけじゃない。股間がべとりと濡れている。

 あのとき──。

 

 全裸行進の姿を見られながらも、自分は感じていたのかもしれない。

 それを思い出した。

 

 いまにして思えば、確かに、長女金は見られることで感じていた……。

 あんなものでも女は感じるのだと思った。

 それとも、自分にはやはり淫乱な血が流れているのだろうか。

 

 金聖姫と抱き合ってしまった。

 かつての主君の娘を……。

 護るべき対象の姫を……。

 

 女同士で愛し合う行為を交わしたのだ。

 沸き起こった情欲のままに……。

 自分はやっぱり淫靡な女だ。

 そう思った……。

 

「誰──?」

 

 そのとき、なにかの気配を感じて長女金は声をあげた。

 一瞬、金聖姫がやって来たのかと思った。

 自分でもどうしてそんなことになったかわからないが金聖姫と肌を合わせた。

 ふたりで乳房を擦り合わせ、股間と股間を擦り合わせて数回ずつ果てた。

 そして、激しい絶頂でぐったりとなった金聖姫の服を整えさせて隣室の寝台に運んで休ませた。

 そんなことがあったから、金聖姫が夜中に長女金の部屋にやってきたかとも考えたのだ。

 しかし、金聖姫の気配ではない。

 もっと別のなにかだ──。

 

「長女金殿ですね……?」

 

 不意に部屋の隅の闇から声がした。

 

「だ、誰なの?」

 

 長女金は鋭く声をあげた。

 

「大声を出さないでくれませんか。なにもしません。ただ、訊きたいことがあるんです」

 

 意外に丁寧な喋り方だった。

 聞き覚えのない声だったが、相手からは危険なものを感じなかった。

 

 長女金は枕元の燭台に手を伸ばした。道術がなくても扱える火付け用の霊具がある。

 蝋燭に灯をともすと部屋の隅に人の影が浮かびあがった。

 

 いや、人ではない──。

 妖魔だ。

 すぐにわかった。

 

 しかも、雄妖だ。

 部屋の中に雄の妖魔がいる……。

 血走ったような真っ赤な眼をしている以外は、ごく普通の人間の青年のように見えた。

 同時に疑問が沸き起こる。

 妖魔王の賽太斎はここに雄妖が入ることを厳重に禁止している。

 廊下の警護兵も絶対に部屋には入らない。

 妖魔王に背けば極刑だ。

 それは、全妖魔兵に浸透しているはずだ。

 しかも、目の前の青年妖魔に見覚えがない。

 

 侵入者なのか?

 しかし、どうやって……?

 この妖魔城は、道術によって移動することができないように、妖魔王の結界が張り巡らされているはずだ。

 まさに、目の前の雄妖のような侵入者を防ぐためだ。

 だから、目の前の妖魔は警護兵のいる廊下からやって来たことになるのだが……。

 

「あなたは誰なの?」

 

 警戒を緩めないまま長女金はその青年妖魔に言った。

 

「訊ねたいことというのは、まさにそのことです──」

 

 青年妖魔は言った。

 

「えっ?」

 

「これはとても大切なことです。正直に言ってください。俺が非常にお世話になった人の危機かもしれないのです……。長女金殿、あなたは、俺のことを知っていますか?」

 

 意外な言葉に長女金は驚いた。



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355 夜の訪問者

「その前に言いなさい。あなたは誰で、どうやって侵入してきたの?」

 

 長女金(ちょうじょきん)は言った。

 

「つまり、俺を知らないということですね……」

 

 青年妖魔は大きく嘆息して眼に見えて落胆の態度を示した。

 

「質問に答えなさい、お前。ここが妖魔城であり、隣が金聖姫(きんせいき)様の部屋ということは知っているの? ここに雄妖が入るのは禁止されていて、極刑に値する罪だということを……」

 

 長女金はそう言うとともに用心深く身構えた。

 いま、長女金が大きな声を出しさえすれば、廊下にいる警護兵に伝わり、眼の前の青年妖魔はあっという間に捕らえられるに違いない。

 長女金と青年妖魔がいるこの部屋と金聖姫が寝ている部屋には鍵のかかっていない扉があるだけだ。

 そんなところに、雄妖が侵入したとなれば、あの妖魔王の賽太歳(さいたいさい)が怒り狂う気がする。

 

「わかっていますよ……。金聖姫様の隣室に侵入するなど、妖魔王への叛逆にも等しい行為であり、見つかれば七回殺されるくらいの大罪だということは……。妖魔王が金聖姫様を大変気に入られているというのは妖魔の里でも有名ですからね……。でも、俺にはその必要があったのですよ。そのくらい価値のある恩人の危機かもしれなかったのです」

 

「恩人の危機?」

 

 なんだろう?

 穏やかな話じゃない。

 

「でも、これではっきりしました。どうやら、間違った人に彼女たちを預けてしまったようです……。もう、行きます。騒がないでいてくれて感謝します」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。事情くらい説明していきなさい──」

 

 長女金は強く言った。

 するとその青年妖魔は小さく頷いた。

 根は正直で素直な性質のようだ。悪い妖魔ではない。長女金は確信した。

 

「……そうですね。じゃあ、まずは、名を名乗ります……。俺の名は羅刹(らせつ)です。これでも淫魔の端くれです」

 

「い、淫魔──」

 

 長女金は絶句した。

 淫魔と言えば、精力絶倫の色魔であり、性技に長け、淫靡な道術で人間をたらしこみ、性に狂わせて憑り殺すと言われている妖魔だ。

 それが眼の前にいる……。

 さすがに自分の顔が引きつるのを感じた。

 

「そんな顔をしないでください。あなたにも金聖姫様にもなにもしません。約束します……」

 

 羅刹は言った。

 

「そ、そう……」

 

 長女金は頷いたが、決して警戒を緩めたわけではない。

 相手が淫魔ということで長女金の緊張は最高度にあがった。

 いま、この瞬間にも精神を操られ性欲を暴発させられて、自分の身体と心の制御を失うかもしれない。

 自分はいいのだ。

 しかし、隣室にいる金聖姫のことを思うと……。

 

「そ、それで、羅刹、あなたはわたしのことを知っているの? わたしたちはどこかで会ったのかしら?」

 

 長女金はどう考えても羅刹の顔に記憶がない。

 出遭ったのはこれが初めてのはずだ。

 しかし、羅刹はさっきから、どうも長女金のことを知っているような雰囲気だ。

 

「おそらく、あなたに遭うのは初めてのようですね……。でも、俺は実は長女金殿と名乗るあなたにそっくりな女性に遭いました。わたしが案内をした方々も随分と親しそうだったし、疑いはしていなかったのですが……」

 

 羅刹の言葉で長女金は、思い当たる節があった。

 そう言えば数日前、あの春嬌(しゅんきょう)が妖魔城に訪ねてきた。

 賽太歳(さいたいさい)を通じて長女金を呼び出し、いきなり長女金の手に小刀を突き刺して、その血をすすって長女金にそっくりの姿になった。

 

「もしかしたら、それって、春嬌……様のこと?」

 

 長女金は言った。

 

「春嬌殿をご存知ですか? ならば、やはり、あれはあなただったのですか。それならば、やっぱり、あれは心理的な嗜虐の一環だったのですね……。ああ、よかった。早とちりして、忍び込んで騒ぎを起こさなくて済みました」

 

 羅刹がほっとした表情で破顔した。

 

「ち、違う──。違うわ。心当たりがあるだけよ。数日前に春嬌様にわたしはこの妖魔城で遭っているの。そのときに、春嬌様がわたしそっくりに変身をしたのを覚えているわ。そのときは、なんのためにそんなことをしたのかわからなかったけど……」

 

「ならば、やっぱり、あれは偽者? つまり、彼女たちは騙されて春嬌殿の屋敷に連れ込まれたのですね。そして、拷問を受けている……。ああ、やっぱり、俺のせいだ──。あんなにお世話になったというのに俺というのはなんてことを……」

 

 羅刹が頭を抱えて呻いた。

 その心からの悔悟の態度に、長女金はなんだか眼の前の淫魔に好感を覚える自分を感じていた。

 

「つまり、あなたがお世話になった恩人を春嬌様に(さら)われてしまったのね……?」

 

 長女金は言った。

 春嬌が怖ろしい拷問魔で妖魔の里に侵入してきた人間を捕えては残酷に拷問した挙句に次々に殺しているという噂は耳にしていた。

 実際、長女金自身もわずか一日だが、春嬌の拷問を受けて半死半生の目に遭わされた。

 国都の郊外で春嬌に捕らえられて、軍営に連行されて、宝玄仙たちの居場所を白状しろと拷問されたときだ。

 

 全身の皮膚が破けるまで鞭打たれて、顔に熱湯を次々に浴びせられた。

 そして、眼をくり抜かれ、鼻を削がれ、全身の骨を砕かれ、爪を剥がされ、身体を手足の先から寸刻みに切断さて、最後には口に開口器を嵌められて、毒剤を奥歯に塗られて一本ずつ歯を溶かされたのだ。

 

 そのときついに自分は居場所を口にしてしまったが、そういう拷問を春嬌は笑いながらやるのだ。

 最後には舌まで切断された。

 

 春嬌の人間嫌いは、ほとんど異常者の域に達している。

 誰だかわからないが春嬌に捕らえられたという羅刹の知り人は相当な目に遭っているに違いない。

 心から長女金は同情した。

 

 そう考えていて、ふと気になることがあった。

 羅刹の言葉によれば、春嬌は長女金の姿で羅刹に近づき、羅刹の知り人を連れていったということだ。

 しかも、その人たちは長女金の姿の春嬌ととても親しげだったと言っていた気がする。

 つまり、羅刹の知り人は、長女金の知人ということではないだろうか……。

 

「ね、ねえ、その春嬌様に連れて行かれているというあなたの恩人というのは誰なの?」

 

 長女金は訊ねた。

 

「それは言えません。彼女たちは、ある目的でここにやってきています。あなたに彼女たちのことを教えるということは、彼女たちの目的を邪魔することになります──。とにかく、話を聞いてくれて感謝します。ここから先は俺の話です。できれば忘れてもらえればありがたいです」

 

 羅刹が言って、頭をさげた。

 ここから消えてしまいそうな気配に長女金は慌てた。

 

「ま、待って、つまり、あなたの恩人というのは女の人たちなのね?」

 

「そうです……。俺に性技の手解きをしてくれたのです。俺の恩人です」

 

「い、淫魔のあなたに性の手解き……? それって、人間の女性……?」

 

「もちろんです。素晴らしい方々でした」

 

 羅刹のきっぱりとした返事に長女金は絶句した。

 淫魔といえば性の奥義を知り尽くしたという伝承の好色魔だ。

 それに性の手解きをするとはどんな女たちなのだろうかと思った。

 

 しかし、それで長女金はふと思い当たった。

 長女金の知っている人間の女たちで、この淫魔に性を教えるというような途方もないことができるのは……。

 そして、その女性たちの顔が浮かんだ。

 

「羅刹、春嬌様に捕らえられたというあなたの恩人の女性というのは、宝玄仙さんたちね」

 

「やっぱり、ご存じなのですね……」

 

 羅刹が声をあげた。

 長女金は寝台から飛び降りた。

 衣装棚に駆け寄ると、身に着けていた寝着をその場で脱ぎ捨てる。

 羅刹が驚いている気配がする。

 

「それって、十日ほど前のことね……」

 

 春嬌が長女金に変身するために妖魔城を訪れたのがその頃だ。

 そうであれば、宝玄仙たちは、あの春嬌に十日近くも捕えられたままということになる……。

 

 長女金は羅刹の返事を待たなかった。

 そのときには、長女金は動きやすい男物の下袴(かこ)と上衣に着替え終わっていた。

 次に寝台の下に潜り込む。

 例の木箱を取り出し、金属の棒を砥石で先端を尖らせた腕の半分ほどの長さの武器をとった。

 柄の部分になるところには、木の板を張り合わせたもので握りをこしらえている。

 硬い皮布を縫って鞘替わりの細長の革袋もこしらえていた。

 薬剤の入っている小瓶を出して、金属部分に『魔女殺し』をたっぷりと塗りつける。

 

「そ、そうですが……。あ、あのう……、なにをしているのです?」

 

 羅刹が呆気にとられている。

 

「わたしも行くわ……。行かなければならないの。宝玄仙さんたちは、わたしにとっても命の恩人なの──。ところで、どうやって、あなたはここに侵入してきたの?」

 

 ここは妖魔王の結界が刻んである妖魔城だ。妖魔王の賽太歳以外が道術で移動をできないようになっているはずだ。

 その妖魔城の……、事もあろうに賽太歳のお気に入りである金聖姫の寝所に潜入してくるなど、容易にできることではないはずだ。

 

「お、俺は、淫気の濃い場所に『移動術』の結界を作れるという特殊能力があるんです。淫気に忍び込むのであれば、大抵の道術防護を突破できます……。あ、あのう、いま、あなたも行くと言われました……?」

 

 羅刹がおずおずと言った。

 

「そう言ったでしょう──。淫気ってなに?」

 

 武器の金属部分に『魔女殺し』を塗り終わった。

 これで相手の身体に掠りさえすれば、相手の道術を防げる。

 いずれにしても、霊気を帯びない人間である自分に直接の道術は効かない。

 道術の基礎だ。

 背負い袋に敷布を編んで作った紐と残りの薬剤の入った小瓶を入れる。そして、袋を背負った。

 

「淫気というのは人間や妖魔が性交をしたときに発する気です。俺たち淫魔はその淫気を身体に吸収して力を得るのです」

 

「ここにも淫気があったの?」

 

「濃いものが残っていました」

 

 羅刹が言った。

 金聖姫と愛し合ったときのものだと思った。

 まさにこの長女金の部屋でお互いに果てるまで数回ずつの絶頂をした。

 そのときに発した淫気というものが溜まっていて、羅刹はここに特殊能力の道術の力で跳躍してきたのだ。

 

「わたしを連れて行けるわね?」

 

「そ、それはできます。まずは、この妖魔城の中や周辺の建物で淫気が発散している場所を探してそこに跳躍し、また、次の跳躍地点を探って……」

 

「なんでもいいのよ。一緒に連れて行きなさい、羅刹」

 

 長女金は言った。

 そして、ふと隣室に寝ている金聖姫のことを思った。

 

 可愛い金聖姫……。

 王姫ではなく、ひとりの女として接したとき、長女金はあの無邪気で可愛い女が途方もなく愛おしく感じた。

 

 護っていあげたい……。

 彼女の幸せを与えてあげたいと心から思った。

 

 長女金の手管で可愛らしくよがり狂い、お互いの唾液をすすり、愛液を舐め、そして性器を擦り合った。

 金聖姫と愛し合った……。

 お互いの心が通い合った……。

 その思った……。

 金聖姫もそう思ったはずだ。

 

 それなのに、その日の夜のうちに、長女金がいなくなったと知ったらどう思うだろうか……。

 だが、別れの言葉を告げている暇はない。

 もしも、引きとめられたり、騒がれたりしたら、羅刹とともに妖魔城の外に出る機会を失ってしまう。

 

 昨夜は偶然にも妖魔城の逃亡の話をした。

 そして、その夜に長女金はいなくなる。

 それで、長女金は逃げたのだと思ってもらうしかない。

 

「行きましょう」

 

 長女金は羅刹を見た。

 

「では……」

 

 自分のはらわたが捻じれるような奇妙な感覚が襲ってきた。

 

 

 

(第55話『妖魔城の女囚たち』終わり、第56話『半妖の少年魔王』に続く)



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 第56話  半妖の少年魔王【賽太歳(さいたいさい)】/麒麟山篇(四)
356 拷問の宴の後


「宝玄仙と朱姫は眠らせてきました」

 

 麗芳(れいほう)が戻ってきた。

 春嬌(しゅんきょう)は頷いた。

 そして、眼の前にそれぞれ三本の鎖で腕を天井から吊っているふたつの裸身に意識を戻した。

 

「ご、ご主人様をどうしたんだよ、春嬌……」

 

「そ、そうよ……。い、いい加減にしないと承知しないわよ……」

 

 苦しそうな声で孫空女と沙那が言った。

 

「お前ら、本当に丈夫だねえ。二百五十回も絶頂しておいて、もう、口がきけるのかい……」

 

 春嬌は呆れる思いで、全裸で吊られている沙那と孫空女を眺めた。

 ふたりの身体は、途方もない回数の絶頂の余韻でまだ全身が汗にまみれている。

 股間は真っ赤にただれていて、おびただしい淫液が臭気さえ発しているほどだ。

 

 沙那と孫空女は、お互いの身体が密着するように接し合う状態で三本の鎖で両手を天井から吊られていた。

 真ん中の鎖は、沙那と孫空女の腕の手首をまとめて一本の鎖で吊っている。

 そして、残りの二本の鎖は、ふたりの残りの腕をそれぞれに天井から吊りあげている。

 

 ふたりの脚は床についているが、それぞれの脚には、両足首を中心の穴に挟むかたちの鉄の板の足枷を嵌めて、脚を開いた状態で固定している。

 念のために足枷の板を鎖で床の金具に繋いでいるが、ふたりとも全身が脱力した状態で力など入らないように見える。

 

 しかし、ふたりで二百五十回の連続絶頂をさせて、まだ四刻(約四時間)ほどしか経っていないはずだ。

 それなのに、もう口がきけるほどの回復もしている。

 その回復力と耐久力には、さすがの春嬌も驚く思いだ。

 

「ご、ご主人様をどうしたのか訊いているじゃないか──。さ、さっさと言いな、春嬌」

 

 孫空女が喚いた。

 

「やかましいねえ──」

 

 春嬌は、ふたりのそばに立っている綺芳(きほう)に頷いた。

 綺芳が横にある台から工具を出して、孫空女の片方の乳首を挟んで思い切り捩じりあげた。

 

「はがあぁぁぁ──」

 

 孫空女がけたたましい絶叫をあげて全身を仰け反らせた。

 

「や、やめなさい──。や、やるんなら、わたしにしなさいよ」

 

 沙那が横で大声をあげた。

 

「言われなくても、やってやるよ──。麗芳」

 

 戻ってきたばかりの麗芳も同じ工具をとると、沙那の乳首を金具で挟んでぐりぐりと挟んで激しく動かす。

 

「ひぎいいぃぃ──」

 

 沙那もまた悲痛な声で絶叫した。

 春嬌が合図をすると、綺芳と麗芳が金具を外す。

 沙那と孫空女のふたりががっくりと身体を脱力させた。

 

「思い知ったかい、お前ら──。お前らを殺すも生かすも、わたしの気紛れひとつにかかってるんだよ。わかったら、態度をわきまえな」

 

 春嬌は言った。

 

「ご、ご主人……さ、様……は、ど、どうしたんだよ……」

 

 孫空女が垂れていた顔をあげて、春嬌を見て呻いた。

 春嬌はさすがに気後れのようなものを感じるとともに、どこまでこの気力が続くのか試してみたくなってきた。

 同時にわくわくする心の高揚を感じる。

 こいつらの心の拠り所が宝玄仙なのであれば、その拠り所を残したまま、徹底的に潰してみるのも面白い。

 

「約束だからね。今夜は宝玄仙にはなにもしない。ついでに朱姫もだよ。檻に入れて寝かせているだけだよ。命に別状はない」

 

 春嬌は言った。

 すると孫空女が安心したように頬を緩めた。

 

 このふたりに三刻(約三時間)で二百回の絶頂をしろと命令して、双頭の張形で女陰を咥えさせたのは、四刻(約四時間)前に終わった宴のことだ。

 天井から繋いだ首輪でふたりと向かい合って密着させて、百人ほどの客の前で性愛をさせたのだ。

 しかも、ふたりに挿入している双頭の張形には、火薬を詰め込んで、制限時間の三刻(約三時間)が経てば、ふたりの下半身が爆発するように細工もした。

 三刻(約三時間)で二百回というのは、およそ不可能な時間だ。

 それだけの連続絶頂になれば意識が持たない。

 途中で意識を手放せば、それで終わりだ。

 ふたりの腰は吹っ飛び、上半身と下半身がばらばらなって、はらわたを曝け出して死ぬはずだった。

 

 しかし、性愛を命じるとふたりは憑かれたようにお互いの身体をむさぼり合い、口づけをし、乳房と擦り合わせ、腰を振り乱し、お互いの尻穴に指を入れ合って次々に絶頂していった。

 そして、三刻(約三時間)どころか二刻(約二時間)と少しで二百回に達して、しかも、まだしっかりと意識を保っていた。

 しかも、ふたりの偉業を拍手で称える客たちの前で、沙那が春嬌を挑戦的に睨んで、こう言ったのだ。

 

 

 “──外れた双頭の張形をもう一度、今度はお互いの尻に繋いでいい。残りの時間で、今度は尻で五十回達してみせる。その代わり、馬に犯されている宝玄仙を解放し、女陰と尻につけている金具を外して休ませろ”

 

 

 宝玄仙は一刻(約一時間)の間、馬にずっと犯されて尻に馬の精液を大量に注がれた挙げ句に、大便を垂れ流して放置されていた。

 春嬌の見たところ、息はあったが完全に発狂していて、もう人間として終わっている状態だった。

 

 周りの客は沙那の申し出に大喜びをして歓声をあげた。

 春嬌としても、客の手前、沙那の挑戦を受けないわけにはいかずに申し出を受けた。

 ふたりは天井から首輪を繋がれたまま、今度は尻を向け合うようにされ、さっきの双頭の張形を尻に受けてお互いの臀部を密着させた。

 ふたりの尻踊りが始まった。

 

 そして、今度も制限時間にずっと余裕を持たせて、五十回を尻で絶頂した。

 客たちは拍手喝采してふたりに歓声を送り続けた。

 客は大喜びだったが、思惑が外れた春嬌としては面白くなかった。

 予定では、ふたりが生き残ったとしても、連続絶頂で息も絶え絶えになっているふたりを会場の卓に拘束して、妖魔たちで輪姦するつもりだったのだ。それだけさせれば、それこそ限界を超えた心臓が止まり、そのまま死ぬだろうとも思っていた。

 死なないとしても、無事では済まないはずだった。

 

 しかし、予想以上にふたりは元気で、しかも、ふたりの偉業を賞賛するような空気ができてしまい、輪姦するような雰囲気でなくなった。

 そのため、 春嬌としてもふたりの見世物を終わらざるを得ず、ふたりを戻して宴の終了を宣言した。

 春嬌は、この二百五十回の絶頂責めにも屈しないふたりを改めて春嬌自ら責め直すことにした。

 この四人を捕えてから、春嬌はずっと宝玄仙を相手にしていたが、宝玄仙が完全に毀れてしまったので、次の相手を誰にするか迷っていたところだったのだ。

 なかなか頼もしいふたりのようだから、かなり長く春嬌を愉しませてくれそうだ。

 

 一方、馬姦の後、放置していた宝玄仙については麗芳に片付けを命じた。

 宝玄仙は明日にでも始末させるつもりだった。

 しかし、宝玄仙が勝手に回復したという麗芳からの慌てふためいた報告が道術で届いたのは、この調教部屋に沙那と孫空女を連れ込んで、いまのように拘束させてすぐだった。

 ただならぬ麗芳の動揺した声に、宝玄仙がいる宴の会場に向かってみると、自分の『治療術』で身体を回復している宝玄仙がいた。

 しかも、心が毀れたと思っていた狂女の状態ではなく、しっかりと心を取り戻していた。

 そして、春嬌の顔を見て元気に悪態をつき出した。

 

 なにが起こったのかわからなかった。

 宝玄仙は確かに頭が毀れた状態だった……。

 春嬌は宝玄仙の道術が戻ったのかと思って緊張したが、とりあえず戻ったのは『治療術』だけのようだった。

 それについては、ほっとした。

 ほかの道術が遣えないのなら、こんな人間族はまだまだ春嬌の玩具だ。

 復活したらしい『治療術』については、明日にでも、もう一度、賽太歳のところ赴き、宝玄仙が取り戻した道術を再び取りあげればいいだろう。

 なぜ、賽太歳の呪術の一部が破れて、治療術だけを復活させたかわからないが、今度こそ、賽太歳には念入りに術をかけてもらおうと考えた。

 とりあえず、宝玄仙については、檻に拘束するように麗芳に命じた。

 

 そのとき、宝玄仙の股間と肛門に装着していた金具を外すように麗芳に指示もした。

 五十回の追加の絶頂と引き換えに頑張ったこのふたりとの約束を思い出したわけではない。

 『治療術』が戻ったなら、性器を拡げるために開けた孔に嵌っている輪っかを外せば、宝玄仙はその孔を自分で治すに決まっている。

 そうすれば、明日、賽太歳によって再び道術を失わせた後、もう一度、性器に孔を開けて苦しませる愉しみが戻ってくると思ったのだ。

 とりあえず、宝玄仙と朱姫をそれぞれの檻に放り込んだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙については明日のことだ。

 いまは、こいつらだ……。

 

「さて、仲良しのお前らにいいものを取り付けてやるよ」

 

 春嬌は湧き起こる嗜虐の悦びに酔いながら、沙那と孫空女の前に立った。

 横の台から一本の鉄串を手に取る。

 長さは人の腕よりやや短いくらいだ。

 本来は肉を刺して焼くための串だった。

 まずは、沙那の前に立ち、孫空女側の乳房を鷲掴みにした。

 

「な、なによ……」

 

 沙那が顔に恐怖を浮かべた。

 

「口を開くと舌を噛むよ」

 

 乳房の真ん中を貫くように、孫空女にいる方向に目がけて鉄串を突きたてた。

 

「うぎゃああぁぁ」

 

 沙那が絶叫して暴れた。

 

「さ、沙那に、なにするんだよ、春嬌──」

 

 横の孫空女がびっくりして叫んだ。

 

「すぐにお前の乳房も繋げてやるよ。黙ってな、孫空女」

 

 春嬌は鉄串に力を込めた。突き刺した反対側の乳房の側面から金串の先端が覗いた。

 

「ほがああぁぁ」

 

 錯乱したような沙那が悲鳴をあげ続ける。

 春嬌は沙那に構わず、今度は沙那側の孫空女の乳房を掴んだ。

 孫空女の顔が恐怖に歪む。

 沙那の乳房を貫通している鉄串にさらに力を込めて、孫空女の乳房に突き刺した。孫空女も絶叫する。

 渾身の力を込めると、やっと鉄串が貫通して、沙那と孫空女のふたりの乳房が一本の鉄串で繋がった。

 さらに力を込めて、鉄串の中心部分に乳房になるように串をもっと突き刺す。

 そして、ふたりの片方の乳房の側面から突き出ている鉄串の両端を持って、ぐいと円型に反り曲げた。

 両端が接って、ふたりの乳房は大きな丸い金具に貫かれて繋がれるかたちになった。

 

「はがあぁ、ああっ……」

「はっ、はがっ……」

 

 ふたりが激痛に息を絶え絶えに乱している。

 

「明日には、鉄串の先を短い鎖で繋いでやるよ。仲良しのお前らだ。これからはずっとくっつき合って過ごしな」

 

 春嬌は哄笑しながらふたりの乳房を繋げている鉄串を思い切り揺すった。

 ふたりが同時に全身を仰け反らせて苦悶の絶叫をした。

 

「……春嬌様、屋敷の裏の警戒線になにかが感知されました。また山犬かもしれませんが見てきます」

 

 綺芳が春嬌に声をかけてきた。

 

「ああ……。頼むよ──。念のために麗芳も行っておいで」

 

 春嬌は雌妖たちを見ることなしに言った。

 雌妖たちが出ていく気配を背中で感じた。

 

 そのときには、春嬌は一本の針を持っていた。

 その針を鉄串が刺さっている沙那の乳房の乳首に無造作に突き刺した。



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357 嗜虐者逆転

「一気に内部に跳べないの、羅刹(らせつ)?」

 

 長女金(ちょうじょきん)はささやいた。

 夜闇に大きな平屋の建物が浮かんでいる。

 あれが春嬌(しゅんきょう)の屋敷らしい。

 塀のようなものはなにもない。

 周りには樹木もなく、隠れて近づくということもできそうにない。

 長女金と羅刹は、細かな雨に濡れながら草むらに身を隠して春嬌の屋敷を見ていた。

 

「俺の能力は、濃い淫気に結界を刻むことなんです。淫気が薄まってしまえば、通常の『移動術』しか遣えません。あの屋敷にも侵入者防止のための道術封じは張り巡らされています。いまは無理です。前半夜であれば妖魔の客が集まった宴で、たっぷりの淫気が一階の広間に充満していたのですが……」

 

 長女金の横の羅刹が言った。

 羅刹によれば、数刻前まで開かれていた春嬌の屋敷の宴では、宝玄仙たち四人が宴の余興として公開拷問をされていたらしい。

 彼の言葉が事実であれば、あの朱姫が下半身を剝き出しにされて会場の真ん中で立小便をさせられ、宝玄仙は馬に尻を犯されて正気を失った声をあげるばかりになり、沙那と孫空女は狂ったように女同士の性愛をさせられていたらしい。

 しかも、宝玄仙と朱姫については、道術を遣えない状態にされている気配だったということだ。

 

 羅刹は招かれた妖魔の客ではなかったが、得意の術で消えたり現れたりしながら、宴の会場の隅で四人の様子を伺っていたようだ。

 羅刹としては、親しそうに長女金と同行した宝玄仙たちが、春嬌の屋敷に入って数日間も外に出て来ずに、しかも、春嬌がいつものように、仲間に人間の奴隷を公開するという噂に接して心配になったようだ。

 それで、春嬌の客に紛れて四人の様子を伺ったらしい。

 

 だが、どう見ても、拷問を受けているとしか思えず、宝玄仙の様子もおかしかったので、妖魔城にいるはずの長女金に確かめにやってきたようだ。

 春嬌の宴のことは、長女金も猫猫(まおまお)たちから話だけは聞いていた。

 春嬌が捕えた人間の奴隷を残酷に殺したり、あるいは傷つけたりする見世物であり、多くの麒麟山の妖魔族は、その悪趣味な集まりを嫌悪しているようだ。

 だが、妖魔族の一部にも、春嬌のように人間を忌み嫌っている集団もいて、彼らは春嬌の活動に同調しており、そういう妖魔が集まる集会のようなものらしい。

 

 もっとも、あくまでも少数派であり、大部分の妖魔族が望んでいるのは、平和そのものであり、妖魔族の平和を守ってくれる賽太歳は、妖魔族にかけがえのない存在だとしきりに言っていた。

 猫猫の言葉に嘘はない気がした。

 

「中に道術で入り込めないとすれば、一気に突破するしかないわね。あの屋敷にいるのは、春嬌様のほかには、麗芳(れいほう)綺芳(きほう)という二匹の雌妖だけなのね、羅刹?」

 

「そうです。でも、屋敷の周りには、侵入者除けの罠があるらしいですよ。『結界罠』もあちらこちらにあるようです」

 

「『結界罠』ってなに?」

 

「長女金さんと俺がさっき遣った『移動術』を遣った罠です。あらかじめ刻んだ場所に誰かが踏み入れれば、自動的に道術が動いて、離れた場所にある檻などに強制的に跳躍させられるというものです」

 

「どこにあるかわかる?」

 

「俺にはわかります……。比較的、屋敷の裏には少ないですね。玄関側には集中しているようです」

 

「わかったわ。だったら、裏から近づきましょう……。とりあえずわたしが先導するけど、あなたはすぐ後ろからついて来て、なにかを感じたら教えてちょうだい」

 

 長女金は言った。

 

「……屋敷に近づいたら、まずは、麗芳と綺芳が出てくると思います。あのふたりは攻撃道術もそれなりに遣えます……」

 

「わたしには道術は効かないわ。人間だから……。知っているでしょう?」

 

「でも、遣い手ですよ。それに春嬌様に至っては、おそらく、この妖魔の里で一番の腕かもしれません」

 

 羅刹が不安そうに言った。

 

「それでも行くしかないわ──。わたしは、宝玄仙さんたちに、命をもらったの。命をもらったら、そのお返しには、命を捧げるしかないわ」

 

 長女金は持ってきた金属の棒を手にした。

 長さは短剣ほどで、その先を尖らせたただの棒だ。

 だが、金属全体に『魔女殺し』と呼ばれる道術力を一時的に麻痺させる毒薬を塗っている。

 道術を遣う者には有効な毒だ。

 この武器ひとつで突破するしかない。

 

 いま、長女金が伏せている草むらから屋敷までは、二十間(約二百メートル)ほどだ。

 長女金は立ちあがると、もうためらわずにまっしぐらに屋敷に向かって駆けた。

 屋敷の周りになにかの気配のようなものを感じた。

 

 気にしなかった。

 もう、進むしかない──。

 

 羅刹はついてきている。

 少し離れた背中からその呼吸を感じていた。

 

 屋敷が眼の前になった。

 裏庭に駆け込む。

 そのまま突破しようと思って、長女金は足を緩めた。

 裏庭のあちこちに害意を感じたからだ。

 殺気に対しては戦えばいいが、罠は避けるしかない。

 

「しょ、正面に『結界罠』が……」

 

 追いついてきた羅刹が後ろから叫んだ。

 羅刹の誘導に従い右に大きく避ける。

 

「……あとは屋敷まで真っ直ぐの方向に道術の気配はありません」

 

 建物の裏口まで二間(約二十メートル)ほどだ。

 長女金は、少し進んで再び速度を落とした。なにかを肌に感じたのだ。

 

「羅刹、とまって」

 

 長女金は跳躍した。

 着地したときに、後ろの地面が崩れた。

 

 落とし穴だった。

 罠は道術によるものだけじゃなかったのだ。

 深い落とし穴の底には、尖った竹槍の先が上を向いていた。

 

「罠は道術によるものだけじゃないようね」

 

 長女金は落とし穴の手前で呆気にとられている羅刹に顔を向けた。

 

「どうして、わかったんです?」

 

 回り込んできた羅刹が長女金にささやいた。

 

「勘よ」

 

 もう罠はない気がする。

 長女金はそのまま裏口に向かって足を向けた。

 その扉が不意に開いた。

 

 雌妖だ。

 羅刹から事前に聞いていた風貌から考えて、あれが麗芳か綺芳だろう。

 ぎょっとした表情で雌妖が長女金を見た。

 

 しかし、そのときには、すでに長女金はその雌妖の懐に飛び込んでいた。

 持っていた金属の刃先が雌妖の首に掠る。

 雌妖の首から血が少し噴いたが、雌妖はそのまま横に跳躍した。

 長女金のふた振り目は宙を切った。

 

「お前、誰?」

 

 雌妖が首を押さえながら剣を抜いた。

 確かに手練れだ。

 長女金は思った。

 

 武器を構える。

 剣とただの金属の棒では圧倒的にこっちが不利だ。

 向かい合った雌妖が首から手を離して剣を構えなおした。

 対峙したまま膠着する。

 

 長女金は前に出た。

 わざと誘うように隙を見せた。

 雌妖の剣が動いた。

 

 その瞬間、なにかを背中に感じた。

 とっさに前に一気に跳んで距離を詰める。

 雌妖の剣が長女金の腕を掠ったが、長女金の棒は雌妖の右肩を貫いていた。

 一方で、さっきまで長女金がいた場所に矢が刺さったのがわかった。

 

「綺芳──」

 

 遠くでほかの雌妖の叫びが聞こえた。

 長女金の膝蹴りが肩を刺されてうずくまった雌妖の腹に喰い込む。

 雌妖の身体が一度跳ねあがり、そのまま地面に倒れて動かなくなった。

 

「ひいっ」

 

 怯えたような悲鳴は羅刹の声だ。

 こういう闘いには馴れていないのだろう。

 隅で身体を硬直させている。

 長女金は無視して、倒れた雌妖の手から剣を奪った。

 倒れている雌妖の肩を踏んで、貫いている金属の棒を抜いた。

 

 血が噴き出し雌妖がうずくまったまま呻き声を出し始めた。

 矢が飛んできた方向に視線をやった。

 もう、矢を射てきた雌妖の姿は消えている。

 

 すぐに背負い袋から『魔女殺し』の薬剤を出す。

 金属の棒の血を自分の服で拭くと薬剤を塗り直した。さらに奪った剣先にも塗る。

 

「持っていて──」

 

 小瓶を羅刹に放った。

 金属の武器は腰に下げた布鞘にしまい、剣を持った。

 そのまま裏口から内部に飛び込んだ。

 中に入ったところで頭上になにかを感じた。横に転がって避けた。

 

 網だ──。

 床に落ちた網は、床に当たると勝手に丸まった。

 どうやら、道術のこもった網だったようだ。

 

「うわっ」

 

 いきなり床が固さを失い膝下がめり込んだ。

 そして、まるで粘土に絡まれたかのように肢が抜けなくなる。

 道術だ──。

 

 そこに矢が来た。次々に来る。

 剣を回転させて払う。

 

 三本は避けたが一本は太腿に当たった。

 少し矢の間隔が開いた。

 

 長女金は持っていた剣を膝下にめり込んでいる部分に叩き込んだ。

 板が割れて穴が拡がる。脚が自由になって抜け出せた。

 部屋の隅に矢をつがえている雌妖がいる。

 さっき、庭で倒した雌妖にそっくりだ。

 長女金はそっちに向かって走る。

 

 二本同時に矢が来た。

 剣を払って飛んできた矢を飛ばす。

 

 距離がもう半分──。

 雌妖が必死の形相で次の二本の矢を小弓につがえた。

 腰にぶらさげていた金属の棒を抜いて投げた。

 金属棒が雌妖の胸の中心に命中して、雌妖の身体が後ろに跳んだ。

 

 駆け寄った。

 雌妖は床に倒れたまま動かない。

 まだ、息はあるようだ。

 

「し、死んだんですか……?」

 

 怯えきった羅刹の声がすぐ後ろで聞こえた。

 

「いいえ、死んでないわ」

 

 当たったのは胸の中央の乳房と乳房の真ん中だ。

 これが少しずれていれば心臓に当たって死んでいただろう。

 

 長女金は羅刹に持たせていた『魔女殺し』を雌妖の傷口に垂らした。

 そして、太股に刺さったままの矢を引き抜く。

 大したことはない。

 多少、血がでるだけだ。

 

 雌妖が倒れている後ろの壁にわずかな隙間があった。

 そこを押すとただの壁だと思っていた部分がゆっくりと押されて、奥に地下に通じる階段が現われた。

 階段の下を覗くと、奥に光が見えた。

 人の気配もする。

 

「行くわ……」

 

 長女金は、薬剤の小瓶を自分の背負い袋にしまった。

 剣を構えたまま用心深く、階段を降りた。

 

 階段の下は廊下になっていて、すぐ手前の部屋が開かれていてそこから灯りが漏れている。

 大きな殺気もそこから感じる。

 

 残るは春嬌だけのはずだ。

 その部屋に春嬌がいるに違いない。

 

「……羅刹、もしも、下でわたしが戦うことになったら、あなたはこの屋敷を探って四人を助け出して……」

 

 長女金は階段を降りながら羅刹にささやいた。

 

「わ、わかりました……」

 

 後ろで羅刹が頷く気配がした。

 灯りが漏れていた部屋に入った。

 その部屋のさらに奥の部屋に人影があった。

 

「驚いたわね……。長女金、あんただったの?」

 

 声が聞こえた。

 春嬌だった。

 剣を抜いている。

 

 そして、その後ろにあるものに長女金はぎょっとした。

 天井から腕を吊られて立たされている沙那と孫空女だ。

 しかも、隣り合う乳房に鉄串を突き刺されて乳房と乳房を繋げられている。

 ふたりともぐったりとしている。

 ここからでは生きてるのか死んでいるのかはよくわからない。

 

「春嬌様……、わたしは、ここであなたと戦う必要性を感じていません。四人を解放してください。それでわたしは去ります」

 

 床に注意しながら長女金は部屋を進んだ。

 

「わたしはお前を殺す理由を幾らでも思いつくね。まず、第一は、お前が人間だということだよ」

 

 春嬌が剣を構えて、こっちに歩いてきた。

 

「もう一度、言います。四人を解放してください。わたしの恩人なんです……」

 

 長女金も前に進みながら距離を詰める。

 

「国都で拷問してやったとき、あのままお前を殺しておけばよかったよ。賽太歳が情けをかけるから、こんな風に刃向うのさ……。いまさら、降伏しても遅いよ、長女金。およそ人間には思いつかないような残酷な方法で殺してやるからね」

 

 春嬌の歩みが止まった。剣を構えて待ち構える態勢になった。

 長女金は構わず前に出る。

 

 春嬌の腕は知っている。

 道術師隊に所属していて、金聖姫の専属警護人だったが、武術の腕は道術よりもずっと群を抜いていると言われていた。

 それに比べれば、道術はそれほどでもないと評価されていたのを思い出した。

 長女金は剣先が触れるか触れないかの位置で歩みをとめた。

 

「わたしにかなうと思っているのかい、長女金……。あのときの拷問は愉しかったよねえ。顔面をぐらぐらと煮たつ熱湯に浸けてやったら、お前は泣き喚いたものだったね……」

 

 春嬌が冷たく笑った。

 

「でも、春嬌様もわたしが剣を遣うところを見たことがないですよね……」

 

 長女金は真面目が取り柄の実直なだけの女将校として知られていた。

 剣の腕を人前で見せたことはない。

 殺し合うような場面に遭遇したことがなかったからだ。

 人に敢えて武術の腕を見せて力を誇示しようとしたこともない。

 

「なるほど、それなりにやるんだね」

 

 春嬌の表情が変わった。

 対峙をすればお互いの腕はある程度はわかる。

 春嬌も長女金の構えに尋常じゃないものを感じたようだ。

 

 その春嬌の身体が動いた。

 風のようなものが当たった気がした。

 長女金はなにも考えずに身体を沈めて剣を動かす。

 頭の横を春嬌の剣が通り過ぎていった。

 

 横に動き、距離を保つ。

 春嬌はさらには出てこなかった。

 

 隙はない。

 春嬌の腿に血が滲んでいる。

 長女金の剣が掠ったのだ。

 そして、なにか汗のようなものが、自分の顔を垂れていたのがわかった。

 血だった。頭を切ったようだ。

 

「お前、剣になにかを塗っているね……?」

 

 春嬌は言った。

 長女金はなにも応じない。

 ただ、ひたすら春嬌の隙を待っていた。

 

 膠着は長くはなかった。

 春嬌が跳躍した。

 剣と剣が当たる。

 

「ひぐっ」

 

 長女金の剣が春嬌の肩を捉えた。

 また距離が開く。

 

 脚に痛みが走る。

 膝の下を切られたようだ。

 しかし、春嬌の左肩からはかなり大量の血が滴り落ちている。

 

「ちっ」

 

 春嬌の顔色が変わった。

 そして、転がるように部屋を駆けて、奥に吊っている沙那と孫空女の裸身に向かった。

 そして、ふたりの喉に剣を向けた。

 

「お、お前、それ以上逆らうとこいつらを殺すよ。助けにきたんだろう──。殺していいのかい──」

 

 春嬌が血走った目で奇声をあげた。

 長女金は、激しい興奮状態の春嬌の声に常軌を逸したものを感じた。

 

 脅しじゃない……。

 はっきりとした殺意を感じる。

 長女金は硬直した。

 

 しかし、次の瞬間、いきなり孫空女の頭が動いて、春嬌の頭に振り動いた。

 もの凄い音がした。

 

「ほごっ」

 

 春嬌の身体がうずくまった。

 長女金は走った。

 

 春嬌の顔面に力一杯拳を叩き込む──。

 春嬌が壁にふっ飛び動かなくなった。

 

「ちょ、長女金……。ど、どうして、ここに……?」

 

「ほ、本物?」

 

 沙那が顔をあげた。

 孫空女も驚いた表情をしている。

 

「た、助けにきました……。だ、大丈夫ですか……?」

 

 長女金は、春嬌が完全に気を失っているのを確認しながらふたりに笑顔を見せた。

 

「久しぶりだね。お人よし女じゃないかい……」

 

 背後から声がした。

 振り返ると、裸身に布をまとった宝玄仙と朱姫がいた。

 羅刹もいる。

 

「ほ、宝玄仙さん──」

 

 長女金は声をあげた。

 元気そうだ。

 よかった……。

 間に合ったのだ。

 力が抜けた。

 当然、身体のあちこちが痛みだした。

 

「このおふたりは大丈夫そうです、長女金殿。閉じ込められていた檻は、道術ではなくて、錠前でした」

 

 羅刹だ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 孫空女がぎこちない笑みを浮かべて宝玄仙の名を呼んだ。

 長女金は、ふいに自分の身体が温かいもので包まれている感触を感じた。

 すぐに宝玄仙の道術だとわかった。

 戦いで受けた傷があっという間に塞がれていく。

 

「朱姫、まずは、こいつらの乳房の鉄串を抜いてやりな。それから、鎖を外すんだ」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女に近づいて鉄串の刺さっている乳房に手をかざした。

 ふたりの苦痛の表情が少しだけ和らいだ。

 朱姫が鉄串を伸ばして、ゆっくりと抜いていく。

 血は出るが量はそれほどでもない。

 苦痛もないようだ。

 長女金は、宝玄仙が道術を込めてふたりから痛みを取り除いているのだとわかった。

 

「ご、ご主人様……、道術が戻ったんですか……?」

 

 沙那が驚いた顔をしている。

 

「『治療術』だけさ──。やっぱり、全部の道術については、ここの妖魔王から取り戻すしかないようさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「道術を取り戻す?」

 

 長女金は思わず聞き返した。

 

「まあ、詳しく話すさ。お前にも色々と妖魔王のことを教えて欲しいからね」

 

 宝玄仙が言った。

 すでに沙那と孫空女の乳房から鉄串が抜かれている。

 すでに、ふたりの身体からは傷が消えて、沙那と孫空女は真っ白い肌を取り戻していた。

 

 

 *

 

 

 けたたましい悲鳴で意識が戻った。

 同時に冷たいものが肌に当たり続けるのがわかった。

 春嬌には、これがどういう状況なのかすぐにはわからなかったが、ここが屋敷の広間に繋がった中庭だということがわかった。

 

 空が薄っすらと明るい。

 朝──?

 夜明けなのだろうか……。

 

 全身が動かない。

 縄で縛られているのだ。

 後手に組まされた両腕を樹の枝に吊られて立たされている。

 しかも外だ。

 両足は微かに爪先が届く程度で、ほとんど宙に浮いている状態だ。

 

 しかも、素っ裸だ──。

 冷たいのは雨だ。

 しとしとと降る雨が春嬌の肌に当たり続けている。

 

「ご主人様、春嬌が気がついたみたいだよ」

 

 孫空女の声がした。

 顔をあげた。

 別の方向に視線を送っていた宝玄仙が春嬌に顔を向けた。

 

「やっと、気がついたかい、春嬌。お前らの怪我は治しておいたよ。感謝しな」

 

 宝玄仙は、きちんと服を着て、縁台にせりだしたひさしの下に椅子を置いてそこに足を組んで座っていた。

 

 春嬌は状況を理解しようと周囲を見回した。

 ここは周囲を建物に囲まれた中庭であり、屋敷の外からは隔離されている。まと、縁台の内側は屋敷の一階の広間で、そこで昨夜は客を集めて宴をやった。

 昨夜は使わなかったが、捕らえた人間をいたぶるときは、この中庭を使うときも多い。

 

「お前の服は、どうも胸が窮屈だとみんな文句を言っているよ、春嬌。確かに、少しばかり、女にしては胸が平らじゃないかい」

 

 どうやら、宝玄仙が身に着けている服は春嬌のもののようだ。ふたりの横には沙那と孫空女も立っている。ふたりが着ている服も春嬌のものだ。

 

「ひゃがあぁぁぁ──あぎいいぃぃ──」

「うわああぁぁぁ──、た、助けてぇぇ──ひいいぃぃぃ──」

 

 麗芳と綺芳のけたたましい悲鳴が聞こえた。

 慌てて首をそちらに向けた。

 びっくりした。

 麗芳と綺芳は、ふたりとも素っ裸にされて、地面に木杭を打たれて手足を拡げて地面に仰向けに寝かされていた。

 なにか全身を黒い砂のようなものにびっしりと全身を覆われていた。

 

「この辺には念入りに垂らしときますね」

 

 ふたりの横には朱姫がいる。

 なにかを麗芳と綺芳の股間に垂らしながらくすくすと笑っている。

 

「な、なにをしているのよ、朱姫──?」

 

 春嬌はぎょっとして声をあげた。朱姫もまた、春嬌の居室から漁った服を着ている。

 

「朱姫だけは、胸が苦しくないそうさ。少しばかり、丈が長いらしいけどね」

 

 宝玄仙が哄笑した。

 

「酷いですよ、ご主人様……。そりゃあ、沙那姉さんや孫姉さんみたいに胸は大きくないけど……」

 

「いいえ、朱姫さんも魅力的な身体をしていますよ」

 

「まったくです。それに淫気に溢れておられます。素晴らしい身体です」

 

 今度は背後から声がした。

 首を後ろに向けて、木の根元に長女金が立っているのがわかった。

 その横には赤い目をした雄妖がいる。知らない顔だ。

 

 それでやっとこれがどういう状況なのか思い出してきた。

 奴隷披露の宴が終わり、余興で責め足りなかった沙那と孫空女を調教部屋で責めていた。

 そのとき、裏庭に侵入者が入ったという警報に接して、麗芳と綺芳が対応した。

 最初は裏庭にやってきた山犬かなにかだと思って気にも留めていなかったが、本物の侵入者だった。

 あっという間に麗芳と綺芳が倒された気配に、春嬌は慌てた。

 態勢を整えようとしたときには、その侵入者はもう春嬌のいる調教部屋までやってきていた。

 

 そして、驚いたことに侵入者は長女金だった。

 賽太歳のところに捕らえられて、金聖姫の侍女をしている長女金が、なぜこんなところにこられるのか、まったく理解できなかった。

 とにかく、剣で向かえた。

 しかし、長女金は春嬌が思った以上の手練れだった。

 剣の腕で春嬌を圧倒し、春嬌は敗北の予感を感じた。

 肩を大きく斬られて血が昇り、拘束していた沙那と孫空女に剣を向けて長女金を脅した。

 だが、次の瞬間、拘束していた孫空女の頭突きを感じた。後はわからない。

 気がつくと、こうして外に連れ出されて中庭の立木に全裸で吊られていたのだ。

 

「こいつらが知っているのは、お前が妖魔王の賽太歳の実の姉で、しかも、妖魔王の少年時代に姉のお前が妖魔王を調教していたというどうでもいい事実だけだったよ……。やっぱり、どうやったら、妖魔王からわたしの道術が取り戻せるかについては、お前に訊かないとわからないようだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あら、ほかにも白状させましたよ、ご主人様……。多分、春嬌は、雌妖を除けば、性の相手をしたことがある男は賽太歳だけじゃないかって、さっき麗芳が言ったじゃないですか」

 

 朱姫が不満そうに言った。

 その足元では、麗芳と綺芳がけたたましい悲鳴をまだあげている。

 

「それをどうでもいい情報というのよ、朱姫」

 

 沙那が声をあげた。

 そのとき、やっと麗芳と綺芳のふたりの裸身にうごめいている黒いものが無数の蟻ということがわかった。

 朱姫は二匹の裸身になにかの薬剤を塗って、意図的に蟻をたからせているのだ。

 

「雨が降ってるから屋敷の中で訊問しようかと思ったんだけど、朱姫が中庭ででかい蟻の巣を見つけたものだから、どうしてもその蟻の巣の真上にこいつらを拘束してやりたいと聞かなくてね」

 

 宝玄仙が笑った。

 思わず顔がひきつるのを感じた。

 つまり、麗芳と綺芳は蟻の巣の真上に裸で拘束されているのだ。

 よく見ると、蟻は二匹の顔から足の先までびっしりとたかっている。

 特に、股間が凄い。

 恐らく、そこには特別なものを塗っているに違いない。

 

「次は顔ですよ」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら小瓶の汁を麗芳と綺芳の顔に垂らした。

 しかも、強引に眼を開けさせて、薬剤が眼の中に入るようにした。

 すると、一気に肌が見えないくらいに顔に蟻が集まる。

 薬剤の入った眼の中にもどんどん侵入しようとしている。

 二匹が発狂したような声をあげた。

 

「頑張って眼を閉じるんですよ、ふたりとも……。ちょっとでも瞬きしたら、蟻に眼を食い破られますよ」

 

 朱姫が愉しそうに言った。

 春嬌はぞっとした。

 

「さて、お前には恨みつらみがあるけど、一応は『治療術』て怪我で身体は治してやったよ。最初に訊問するのは朱姫だ。それで大人しくなんでも喋らなけりゃあ、次は、沙那──。最後はわたしだ。わたしの番になったら、最初にやるのは、眼の玉を抉りだすことだ。本当はわたしがやられたみたいに、舌を切り取ってやりたいけど、舌を切ったら喋れないだろうからね……。だから、最初のうちになんでも喋った方がいいよ、春嬌」

 

 宝玄仙が言った。

 その声に冷酷な響きがあった。

 春嬌は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「な、なにを訊きたいのさ──」

 

 春嬌は自分の感じた恐怖に腹が立って怒鳴った。

 

「まあまあ、焦らないでね、春嬌。すぐに喋んないでくださいよ。あたしの持ち時間は一刻(約一時間)なんですから。あたしはたっぷり質問したいんです」

 

 朱姫が瓶を地面に置いて、こっちにやってきた。

 その朱姫が春嬌の前に立ち、背後の長女金たちになにかの合図をした。

 すると、春嬌の片脚だけが浮きあがり大きく引き揚げさせられた。

 

「まずは、味見をしようかな……。男の経験は実の弟の妖魔王だけというのは本当ですかあ?」

 

 朱姫が笑いながら春嬌の恥毛に手を伸ばした。



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358 狂女陥落

「い、痛い……、くっ……い、いたたた……」

 

 春嬌(しゅんきょう)が悲鳴をあげた。

 後手縛りの縄を樹木の枝に吊られて爪先立ちにされている春嬌の右足首に縄を結びつけている。

 その縄は樹木の上側の枝に付けられた滑車を通って、樹木の根元の幹に結ばれていた。

 その縄を根元のところにいる長女金(ちょうじょきん)羅刹(らせつ)が引っ張りあげているのだ。

 春嬌の片脚が大きくあがり、股間が曝け出された。

 

 春嬌が苦痛の悲鳴をあげ始めたのを見て、長女金が朱姫の顔をちらりと見た。

 しかし、朱姫は容赦なく長女金に合図を送り続けた。

 ついに、春嬌の膝が肩に密着するほどになったところで、やっと朱姫は合図をやめた。

 春嬌の右脚を引き揚げている縄尻が樹木の幹に結び直された。

 

「まずは、味見をしようかな……。男の経験は実の弟の妖魔王だけというのは本当ですか?」

 

 朱姫は長女金の股間に指を伸ばすと、膣の中に指をぐりぐりと挿し入れた。

 

「ひうっ──、い、痛い……。痛いよ。や、やめるんだよ──」

 

 春嬌の女陰はからからに乾いていた。

 朱姫は構わず強引に指をねじ入れた。

 春嬌は身体を仰け反らせて苦悶の声をあげる。

 

「ちょっと狭いかな……。ご主人様、男性経験が少ないのは本当みたいですよ──」

 

 朱姫は、せり出した屋根の下にいる宝玄仙に大きな声で言った。

 もちろん、眼の前の春嬌に対する嫌がらせだ。

 春嬌の唇が屈辱で震えている。

 

「しっかりと感じる身体にしてやんな、朱姫──。宝玄仙の奴隷に相応しい淫乱な身体にするんだよ。沙那や孫空女みたいにね」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 

「ひ、酷いですよ、ご主人様。わたしは関係ないじゃないですか」

 

 横の沙那が頬を膨らませた。

 

「ど、奴隷ってなんだい、お前たち──?」

 

 春嬌が真っ赤な顔をして声をあげた。

 しかし、その顔には心なしか恐怖の色がある。

 それは当然だと思う。

 昨夜まで拷問をしていたぶっていた相手に、逆に自由を奪われて囲まれているのだ。

 しかも、部下の麗芳(れいほう)綺芳(きほう)は、いまでも全身を蟻にたかられる拷問を受けて悲鳴をあげ続けている。

 

「ご主人様は、賽太歳(さいたいさい)との決着に際して、ここを拠点にするそうですよ。春嬌も麗芳も綺芳も、あたしたちがここにいる間は、全員揃って奴隷だそうです……」

 

「ど、奴隷だと──。ふ、ふざけるんじゃ……ひぐうっ──」

 

 春嬌が声をあげようとしたところを見計らって、わざと指を動かす。

 

「知っていますか、春嬌……。責める者と責められる者が逆転する……。世の中にこれほど愉しいことってないんですよ」

 

 朱姫は指を挿入している女陰をわざと痛みが走るように抉り動かした。

 あまり、蜜が多い性質ではないのか、春嬌の女陰はほとんど湿り気をもっていなかった。

 それにもかかわらず、わざと乱暴に指を動かしている。

 かなりの激痛のはずだ。

 春嬌は懸命に歯を食いしばっているが、それでも苦悶の悲鳴が漏れ出ている。

 

「早く、頑張って濡らさないと痛いだけですよ……。それとも、少し手伝ってあげましょうか?」

 

 朱姫はくすくすと笑った。

 

「こ、こんなことやって、た、ただで済むと……」

 

 春嬌が真っ赤な顔をして睨みつけた。

 朱姫は春嬌の女陰から指を抜くと、乱暴に肉芽を握りつぶした。

 

「ひぎいいぃ──」

 

 春嬌が絶叫して片足立ちの身体を大きく揺さぶった。

 

「いい加減にしなさいよ、春嬌──。あんたなんて、ここで殺されたって文句を言えないし、どんなに残酷な拷問をされても当たり前の立場なのよ。わかっているの──? 心にもなくてもいいから、泣いて謝ろうとか思わないの?」

 

「だ、誰が人間風情に……」

 

 春嬌は悔しそうに朱姫を見た。

 余程、感情が昂ぶっているらしく、肩を大きく震わせて、いまにも泣きそうな表情になっている。

 

「そんなに、あたしたちに弱みを見せたくないの、春嬌? こんな状況になっても」

 

「あ、当たり前だよ……。わ、わたしを誰だと思っているのさ」

 

 春嬌が叫んだ。

 その表情には、断固たる反抗の意思と、頑なな拒否の感情がはっきりと浮かんでいた。

 しかし、朱姫はその必死の春嬌を見てほくそ笑んだ。

 これは最後の気力だ──。

 そう思った。

 これを潰せば春嬌は折れるような気がする。

 

「だったらこう言いなさい、春嬌──。そうねえ……。ごめんなさい。もう悪いことはしません。許してくださいってね」

 

「し、死んでもそんなことは言わないよ」

 

 春嬌が怒鳴る。

 

「これでも?」

 朱姫は春嬌の無毛に無造作に手を伸ばすと、陰毛の束を握って引き抜いた。

 

「ひぐううっ」

 

 春嬌が片足立ちの全身をのたうたせて苦悶の声をあげた。

 そして、激痛に涙をぼろぼろと流す。

 

「あらっ、もう泣いちゃたんですか、春嬌──。だったら、早く、ごめんなさい。もう悪いことはしません。許してくださいと言った方がいいですよ、春嬌」

 

 朱姫がまた陰毛を握ってひと固まりを握り抜く。

 

「あふううっ」

 

 春嬌はうなじを大きく仰け反らせて、苦痛の声を洩らす。

 ちょっとやそっとじゃ泣きを見せそうもなかった春嬌がもう涙を流しながら苦痛に泣くのを見て、朱姫の溜飲は少し下がった。

 

「いつまで持つのかしらね……。陰毛を引き抜かれるのって、痛いでしょう? 素直に謝ったらやめてあげますよ」

 

 朱姫はそう春嬌に言いながら、春嬌の恥毛にさらに手を伸ばす。

 まとまった束を掴むと春嬌の顔に恐怖の色が浮かんだ。

 朱姫はその顔を見ながら徐々に掴んでいる毛を引っ張る。

 しかも、苦痛が強まるようにわざと一気には引き抜かずに、徐々に力を入れて引っ張っていく。

 春嬌の太腿にはぶるぶると痙攣が走り、食いしばっている口から吠えるような悲鳴があがる。

 

「まだ、頑張るの、春嬌? 口だけでいいんですよ。心にもない言葉だけで……。謝ってください。口だけでいいんです」

 

 朱姫は春嬌の耳元にささやくように言った。

 口先だけでいいの……。

 朱姫は繰り返しそうささやいた。

 その言葉を春嬌の頭に刷り込ませるために……。

 

 だんだんと春嬌の息が静かになっていくのがわかった。

 そろそろ春嬌は朱姫の『縛心術』を受け入れ始めているようだ。

 朱姫にはその確信があった。

 

 まずは、朱姫の言葉を春嬌の頭に受け入れさせる。

 それを続ければ、だんだんと朱姫の言葉が、本来の春嬌の意思とだんだんと入れ替わる……。

 そして、最終的には、朱姫の言葉そのものが春嬌の心と身体を支配してしまうようになる……。

 

 心にもない言葉でも、朱姫の言葉を繰り返しているうちに、徐々に春嬌は朱姫の『縛心術』にかかっていくのだ。

 『縛心術』は朱姫の得意中の得意の術だ。

 道術を遣えば一発だが、道術が遣えなくても時間をかければ『縛心術』にかけることができる。

 だから、朱姫の『縛心術』は道術を持たない人間にもだってかけることができる。

 

 宝玄仙でさえも、朱姫の『縛心術』には一目も二目も置いている。

 宝玄仙も朱姫も、簡単に春嬌が賽太斎の弱点や道術の秘密を喋るとは思っていなかった。

 だから、『縛心術』にかけようとしているのだ。

 色々なことを言って春嬌を言葉で責めているが、すべては『縛心術』にかかりやすくするために、春嬌を追い詰めるためなのだ。

 

「あたしが言った言葉を繰り返しなさい、春嬌……。口先だけでいいんですよ」

 

 朱姫はまた新しい陰毛を引き抜いた。

 脂汗を滲ませながら春嬌は、苦悶の表情を歪める。

 

 だが、むしった毛がかなりの量になったとき、春嬌の顔色が変わった。

 そして、みるみるうちに、明らかな興奮状態になり、狂ったように喚き始めたのだ。

 

「ふ、ふざけるんじゃない──。とっとと殺しな──。お、お前の言いなりになるくらいなら死んでやるよ──。殺せ──殺すんだ──。人間め。わたしを残酷に殺して、死骸をその辺りにばらまきな──。それで、やっとあの臆病者の賽太歳も眼が覚めて、人間の国に妖魔軍を送る肚ができるというものさ──。殺せ、殺すんだよ、わたしを──」

 

 春嬌は、片足立ちの全身を大きく揺すって喚き散らした。

 その常軌を逸したような態度にさすがに朱姫もたじろいだ。

 だが、すぐに、それだけ春嬌が精神的に追い詰められているということでもあるだろうと悟った。

 陰毛むしりくらいどうということはないかもしれないが、これまでいたぶってきた相手に逆に捕らえられて拷問されているという異常な状況が春嬌を追い詰めているに違いない。

 

 春嬌は必ず堕ちる……。

 

 朱姫にはそういう確信が生まれた。

 春嬌の気力を崩す。

 崩せば春嬌は『縛心術』を受け入れる。

 春嬌の恥毛は最初の半分くらいになっていた。

 強引に陰毛を引き千切った土手の部分は真っ赤に腫れあがっている。

 

「じゃあ、しばらく、陰毛毟りはやめてあげますね。その代わり、次はこっちにしようかな……。たくさんあるからむしり甲斐があるし……」

 

 朱姫はそう言うと、春嬌の髪の毛の一部を無造作に持った。

 春嬌の顔が引きつる。

 華奢に見えても朱姫の身体の半分は妖魔の血だ。

 通常の人間の男よりもずっと力はある。

 朱姫が力一杯に髪を引き千切ると音を立てて髪が春嬌の頭から引き抜かれる。

 

「いぎゃあああ──」

 

 春嬌が獣のような声をあげる。

 構わずにどんどん髪の毛を引き千切っていく。

 春嬌が暴れ回る。

 引き抜いた髪の束が春嬌の足元に次々にばら撒かれた。

 やがて、ついに春嬌が観念した。

 かなりの量の髪を引き抜いた頃だ。

 

「……ご、ごめんなさい…。もう……悪いことは……しません……。許して……ください……」

 

 ついに、春嬌が小さな声で呟いた。頭の側面のところどころが丸い禿げになっている。

 余程悔しかったのか、春嬌はぼろぼろと涙をこぼした。

 

「やればできるじゃないの、春嬌……。もう一度言いなさい。今度も口先だけでいいわ」

 

 朱姫はまた言ったが、春嬌はすぐには口を開かなかった。朱姫はまた陰毛を握ると、思い切り引っ張り抜く。

 

「はぎいっ──」

 

 春嬌が泣き喚いた。

 

「喚くよりも先に言うことがあるでしょう、春嬌?」

 

 朱姫は今度はまた髪の毛を掴む。

 

「ご、ごめんなさい……。許してください……」

 

 春嬌が慌てたように口にした。

 同じことを十回ほど繰り返させた。

 

 最後には毛を毟る仕草をしなくても素直に朱姫の言葉に従い、すぐに言われた言葉を口にするようになった。

 朱姫は満足した。

 

「いい子ね……。じゃあ、ご褒美よ」

 

 朱姫は春嬌の背後に回ると、身体の正面を宝玄仙の方向に向け直させた。

 そして、背中側から春嬌の乳房と股間に手を這わせる。

 

「ひうっ……さ、触るんじゃ……いやっ……くっ……」

 

 春嬌の身体を朱姫の手が這い回り始めると、たちまちに春嬌の身体からは汗が滲み始め、白い肌が真っ赤に充血していく。

 それとともに口から切なそうな甘い声が吐息とともに吐き出されていく。

 

「うふふ、嫌がっても無駄ですよ、春嬌。あたしからは逃げられませんよ。どんなに頑張ってもいかされるんです。それよりも、気持ちいいでしょう? 素直にあたしの言葉を受け入れれば、こんなにいい思いができるんですよ……」

 

 今度の朱姫の声も春嬌の耳元でささやくような声だ。

 この声が春嬌の潜在意識に擦り込まれて、朱姫の声を春嬌の意思と入れ替えてしまうのだ。

 

「くっ、お前……だ、だめっ……そ、そんな……」

 

 春嬌が悔しそうに呻く。

 しかし、身動きできない相手を性の手管で追い詰めるなど、朱姫にとってはいとも容易いことだ。

 最初は大きくはなかった春嬌の反応が激しいものに変わるのにいくらも時間はかからなかった。

 

「だんだんと春嬌の身体の気持ちいいところがわかってきました。こんな風に胸を揉まれると気持ちいいですよね?」

 

「あっ、だめっ」

 

 朱姫は両手で乳房を波打つようにさせながら指先で乳頭部を下から跳ねあげる。

 しかも、右と左で乳首の刺激の速さを変えている。

 左右の刺激を巧みに別々にさせると、備えられない刺激が女の官能を増幅するのだ。

 朱姫の手が動くたびに、春嬌は身体を悶えさせて淫らな声をあげるようになった。

 

「かなり、いい感じですね。そろそろ、いきますか?」

 

「ふ、ふざけるんじゃ……あっ、ああ……」

 

 春陽は必死で抵抗しようとしている。

 しかし、無駄なことだ。朱姫はゆっくりと片腕を春嬌の股間に移動させた。

 

「ち、畜生……あぐ、ああ……あふうっ……や、やめ……」

 

 朱姫は剝き出しになっている春嬌の肉芽をつまんだり回りをなぞるように指で動かしたり、擦りあげたりする。

 性急にはしない。くすぐるほどの柔らかい刺激だ。

 

「どうしたんですか、春嬌? 随分と震えてますね。自分がいたぶってきた女に弄ばれるのがそんなに嫌ですか? だったら、我慢してみせてください。最初にも言いましたけど、あたしの持ち時間は一刻(約一時間)なんです。残り、半刻(約三十分)耐えれば、あたしの番は終わりです。意地でも耐えて見せてください」

 

 朱姫は耳元に息を吹きかけながら春嬌にそう言った。

 そして、片手は春嬌の秘肉を撫で上げ、もう片手はすっかりと弱点のわかった春嬌の乳首をこねまわし続ける。

 

「あ、ああっ……く、くそうっ……いや、いやだ……いきたくない……いきたくない……ち、畜生……こ、こんなの……ああっ……ひうっ……ひいっ……い、いきたくない……」

 

 春嬌の身体の反応が激しくなった。

 腰がぶるぶると震え出し、どうしようもなく漏れ出る嬌声とともに、春嬌はしきりに、いきたくないという言葉を喚き散らした。

 そして、ひと声高く絶叫したかと思うと、一本脚で立っている全身を大きく仰け反らせて、全身を震えさせた。

 

「あはあああっ──」

 

 そして、痙攣が収まるとがっくりと身体を脱力させた。そのまま顔を俯かせて激しく息をする。

 

「いきましたね、春嬌……。気分はどうですか?」

 

 朱姫はうな垂れている春嬌の顎を持って、顔を上にあげさせた。

 

「く、糞が……」

 

 春嬌が真っ赤な顔で朱姫を睨んだ。

 

「いい顔ですよ。じゃあ、次にいきますね」

 

 朱姫はがっくりとなっている春嬌の背後に準備してある木箱から、あらかじめ準備しておいたふたつのものを取り出す。

 一本は黒い色をした張形だ。春嬌たちが責め具として使っていたもののひとつで、朱姫が霊気を込めるとぶるぶると先端をうねらせながら振動を始めた。

 もう一本は張形に似せて切断しただけのただの木の枝だ。

 先端は小刀で尖らせたが、表面は樹の皮もそのままだ。

 その二本を両手に持ち、春嬌の前にかざした。

 朱姫の持っているものが春嬌の視界に入った途端、春嬌は悲痛な顔をして吊られている縄が千切れるかとおもうくらいに身体をよじらせた。

 

「な、なにするんだよ、そんなもの」

 

 春嬌が絶叫した。

 

「もちろん、春嬌の股間の穴に入れるに決まっているじゃないですか。わかりますよね。春嬌のお股にはふたつ穴がありますよね。そして、ここにも二本。ひとつは張形で、もうひとりはただの木の枝です。でも二本です。穴がふたつで、これも二本……」

 

 朱姫はくすくす笑った。

 

「……でも、春嬌に選ばせてあげますよ。どちらかが前で、どちらかが後ろです。どちらを前にしますか?」

 

 朱姫は言った。

 春嬌が悲痛な表情になった。

 

「だ、駄目……ぜ、絶対に駄目──」

 

 春嬌が絶叫した。

 

「そんなことは聞いていませんよ。どちらを前にするか訊いているんです」

 

「だ、駄目……」

 

 春嬌が怯えた表情で首を横に振った。

 

「だったら、あたしが決めます。樹の枝を前にしますね……」

 

 朱姫は削っただけの枝を春嬌の股間に近づけた。

 

「だ、駄目ええぇ──。張形を前に──。張形を前の穴に入れて──」

 

 春嬌が叫んだ。

 

「なんだ、ちゃんと選べるじゃないですか。じゃあ、張形を前に入れてあげますね」

 

 朱姫は一度木の枝を地面に置くと、肢一本で全体重を支えている春嬌の秘肉をぐいと割り裂いた。

 

「い、いやっ……」

 

 春嬌の顔に少女のような怯えが浮かんだのがわかった。

 確かに性経験は豊富ではないようだ。

 女陰にものを入れられるということを随分と怖がっている。

 

「大丈夫ですよ、春嬌……。一度、達しているんです。そんなには痛くないはずです」

 

 朱姫はそう言うと、張形の先端を気をやったことで半開きになっていた春嬌の女陰にあてがった。

 

「ああ、ひぎいっ……ゆ、許して……入れないで……いやあぁ」

 

 春嬌は恥も外聞もなく、恐怖の本能のまま身体を震わせた。

 

「息を吐くんです、春嬌──。抵抗しても痛いだけですよ」

 

 朱姫は強く言った。

 春嬌が息を吐き始めた。

 朱姫はそれに合わせて、ずぶずぶと膣肉に張形を入れていく。

 挿入が深くなると春嬌の声は悲痛なものだけではなく、艶めかしい女の快感を示すものも混ざりはじめる。

 朱姫は春嬌の呼吸を見ながら、なるべく苦痛が少ないように注意深く抉っているのだ。

 

「あああ……はあ……んん……」

 

 張形が進み入ると、大きく開かれている内腿がひくひくと痙攣した。その動きで春嬌の小さ目の乳房も波打っている。

 

「さあ、奥まで入りましたよ」

 

 完全に張形が沈み込むと、春嬌はもうぐったりとなっていた。

 

「……もちろん、これからですけどね」

 

 朱姫は霊気を込めた。

 道術力は奪われているが、そのために遣われることのない霊気が身体には充満している。

 霊具にあらかじめ刻まれている術式に、充満している道術を注ぎ込めば簡単に霊具を動かせる。

 張形が春嬌の女陰の中で淫らな動きを開始した。

 

「んっ……んああっ……ほおっ……ひああ……や、やめろ……く、くそお……ほおっ、ほっ……」

 

 濡れている女陰をこれでもかという具合にかき回されて、春嬌があっという間に絶叫し始めた。

 

「ここもなぶってあげますよ」

 

 朱姫は張形を押さえている手の指で真っ赤に充血している春嬌の肉芽をくりくりと刺激しはじめた。

 

「あふううっ……ああっ、や、やめないか……あうっ……」

 

 肉芽を愛撫しはじめると、春嬌の腰はがくりと力が抜けたようになった。

 片足立ちの脚の震えが大きくなる。

 

「もしも達したら、お尻にさっきの木の枝を挿しますからね。それが嫌なら我慢するんですよ」

 

 朱姫がそう言うと、春嬌の表情が悲痛なものになった。

 春嬌が張形の動きでもう達しそうなのはわかっている。

 だからこそ、朱姫は春嬌をさらに追い詰めるためにそう言っているのだ。

 

「ああ、だめっ……いきたくない……もう、嫌……嫌……ああっ……あっ、ああっ……」

 

「ほらほら、達すると木の枝でお尻ですよ。もっと、我慢するんです。我慢です」

 

 朱姫はささやく。

 春嬌は必死になって快感に耐えている。

 その耳元で朱姫は我慢しろとささやいている。

 

 そろそろ『縛心術』に完全にかかりかけている 

 朱姫にはそれがわかっている。

 いまは、春嬌自身の意思で我慢している。

 しかし、それとともに朱姫が耳元で“我慢しろ”ともささやいている。

 

 追い詰められている春嬌は、いまは、自分の意思と朱姫の言葉のささやきにより、なんとか官能の崩壊を防いでいる。

 つまり、春嬌の身体は、春嬌自身の意思と朱姫の言葉が繋がっている状況ということだ。

 次にやることは、春嬌の身体から春嬌の意思を切り離し、朱姫の言葉を繋げ変えることだ……。

 

「達してはいけませんよ。我慢するんです……。さあ、言葉にしなさい」

 

 朱姫はさらに肉芽に与える刺激を大きくする。春嬌の悶えがさらに大きくなる。

 もう、春嬌は限界まで追い詰められている。

 あとはいかせるも、耐えさせるのも朱姫の指先ひとつだ。

 

「いかない……。いっては駄目……」

 

 春嬌が呻くように言った。

 

「じゃあ、次は朱姫の言葉の通りに喋ってください……。でも、春嬌は気持ちよすぎて達してしまう……」

 

 朱姫は言った。

 すでに必死に快感を抑え込んでいて、圧倒的に襲いかかってくる官能の暴風に追い詰められているだけの春嬌には、もう朱姫の言葉に逆らう気力がないのか、素直に朱姫の言葉を繰り返し始めた。

 

「……春嬌は……あっ、ああっ……気持ち……よすぎて……ああ……だめ……達する……ああ、あはああああっ──ああああ──」

 

 ついに春嬌の快感の波が炸裂した。

 絶頂にすべてを覆い尽くされた春嬌は、もう恥も外聞もなく、淫らな叫びをあげて、腿とがくがくと震わせて強烈な絶頂をした。

 

「ああ、ああ、あふうっ……」

 

 強烈な絶頂に我を忘れたのか、快感の波が収まると、春嬌は精根尽きたかのように、頭をがっくりと落とした。

 

「呆気なく達したねえ……。じゃあ、朱姫、お前の言葉の通りに、次は、その奴隷の尻にさっきの木の枝を突き挿すのかい?」

 

 背後で春嬌の対する朱姫の責めを見守っていた宝玄仙が手を叩いて笑って言った。

 

「そんなあ、もうあんまりでは……」

 

 ずっと黙っていた長女金が耐えられなくなったかのように言った。

 

「なにがあんまりだよ。お前もこいつには酷い目に遇わされたんだろう。遠慮なんかいるものか。それに、こいつはもっと追い詰めて『縛心術』にかかってもらわなければ困るんだ。賽太斎の道術とあの鈴の音には絶対になにか秘密がある。いつもあいつが大きな道術を遣うときには、鈴の音がしていることはわかっているんだ。それを白状させるんだ。それに、多少壊れても『治術術』があるから大丈夫だよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「……その必要はないようです、ご主人様──。春嬌は、あたしの『縛心術』に完全にかかりました」

 

 朱姫は荒い呼吸を繰り返している春嬌を見つめながら言った。

 

「……春嬌、顔をあげてこっちを見なさい」

 

 朱姫は言った。

 春嬌が顔をあげて、その虚ろな目をしっかりと朱姫に向けた。

 その眼は虚ろだ。

 完全に朱姫の術の支配下になっている。

 

「お見事……」

 

 宝玄仙がまばらな拍手をしてくれた。



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359 卑怯者の所業

 中庭に振り続ける雨はほとんど雨音がしないくらいに小降りになっていた。

 その中庭の面した縁台で春嬌の嬌声が響きわたった。

 

「……はあ、はあ、はあ……、ち、畜生……ふ、ふざけるな……」

 

 朱姫が責め手を休めると、がっくりと脱力した春嬌(しゅんきょう)が荒い息をしながら悔しそうに睨んだ。

 いま春嬌はさっきまで宝玄仙が腰掛けていた椅子に全裸のまま縛りつけられている。

 ただし、両腕は後手縛りであり、胴体が椅子の背から離れないように縄で縛られていた。

 また、両脚は左右の椅子の手摺に膝をあげて固定されており、朱姫のさんざんのいたぶりで真っ赤に充血して濡れた股間が曝け出されている。

 そんな格好で意気込んでみたところで、滑稽なだけだと沙那は思った。

 

「そんなこと言うと、また筆ですよ、春嬌」

 

 朱姫がにこにこしながら春嬌の股間にすっと筆を伸ばす。

 

「ひいっ──、も、もう、それはやめてっ」

 

 朱姫の持っている筆が近づくと、春嬌の顔にあった反抗の表情が一瞬で消滅し、春嬌は戦慄めいた身震いをして、激しく顔を歪めた。

 

「あたしも、ご主人様も残酷な仕返しは嫌いなんです。だから、鞭の代わりに筆を使ってあげているんですよ。そんな嫌な顔をしないで感謝して欲しいですね」

 

 朱姫が言いながら真っ赤に充血している春嬌の肉芽に筆の穂先を這わせだす。

 春嬌の身体がしっかりと蕩けだした様子を示し始め、はっきりとした切ない声と鼻息を洩らし出した。

 

「あふああっ……」

 

 春嬌の眼が一転して虚ろになった。

 快感を覚えると春嬌は、朱姫の『縛心術』で暗示のかかった状態になる。

 朱姫がそう擦り込んだのだ。

 沙那は、相変わらずの朱姫の手管と『縛心術』の冴えには舌を巻く思いがした。

 こうやって朱姫は、春嬌をいたぶりながら訊問をさせたのだ。

 『縛心術』にかかった状態になれば、春嬌はどんなことでも正直に白状した。

 

「まあ、こいつは棒や鞭で身体を打たれたって大して屈服もしないだろうけど、官能責めには耐性はないようだね。わたしらに色責めにされるのが本当に悔しそうじゃないかい」

 

 “椅子”に座っている宝玄仙がよがりだした春嬌の姿に哄笑した。

 

「……ところで、長女金(ちょうじょきん)……。こいつらに飲ましている『魔女殺し』とかいう道術封じの効果はどのくらいあるんだい?」

 

 宝玄仙が顔を長女金に向けた。

 

「そうですねえ……。実際のところ、使ったのはこれが初めてなので、よくわかりませんが、聞いていた効果によれば半日くらいは持つはずなんですが」

 

「そうかい……。だったら、念のために薬剤を追加しておくか。孫空女、“椅子”の連中に『魔女殺し』を舐めさせな──。朱姫は春嬌だ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わかりました──。じゃあ、春嬌には女の穴にたっぷりと『魔女殺し』を塗ってあげますね……」

 

 朱姫がそんなことを言いながら、卓に乗っている小瓶に手を出して指先に薬を載せた。

 そして、春嬌の大股開きの股間に薬剤の載った指をずぶずぶと入れる。

 

「あはあ……ば、馬鹿な真似は……」

 

 春嬌はなんともいえないような悲鳴をあげて、椅子に拘束された身体を揺さぶって肢体を痙攣させた。

 朱姫の手管が凄いことは沙那自身も骨身に染みこまされている。

 ただ指を入れているだけでも、朱姫は巧みに快感の場所を探り当てて、そこを責めたてるのだ。

 春嬌も指一本でよがり狂った姿を見せている。しっかりと意識はあるのだが、快感を受けている状態では、朱姫の言葉に逆らえなくなるらしい。

 

「ほら、お前らも舐めな。逆らったらまた蟻責めだよ」

 

 孫空女が言いながら小皿にとった薬剤を麗芳(れいほう)綺芳(きほう)の顔の前に近づけた。

 麗芳と綺芳はいま宝玄仙が座っている椅子になっていた。

 容赦のない蟻責めから解放された二匹は、丸くうずくまった姿勢で並ばされ、宝玄仙はその二匹の身体を椅子代わりにして、二匹の尻の間に座っているのだ。

 道術が一時的に遣えなくなったとはいえ、二匹ともかなりの手練れであるはずなのだが、麗芳も綺芳も蟻責めで生気を失わされた状態になってしまい、大した拘束もしていないが、動くことなくじっと“椅子”の役割に耐えている。

 いまも孫空女が蟻責めの言葉を出すと、顔に恐怖の色を浮かべて、すぐに与えた薬剤をぺろぺろと舐め始めた。

 

「さて、ところで、沙那、もう、こいつに訊問することはないかい?」

 

 宝玄仙が沙那に視線を向けた。

 訊問を開始して一刻(約一時間)というところだが、すでに訊きたいことは訊ね終わり、あらかたの情報は吐き出させて訊問もひと段落したところだった。

 三人を責める場所は、中庭の真ん中の立木から屋根のせり出した縁台の上に変わっていた。

 訊問をするのは沙那であり、沙那が質問をすると朱姫が春嬌を筆責めして、暗示のかかった状態にする。

 そして、春嬌から情報を訊き出す……。ということをずっとやっていた。

 

 それを綺芳と麗芳を椅子にした宝玄仙と、その横に立つ孫空女が見守り、得られた情報を長女金の持っている知識と付き合わせるというかたちだ。

 羅刹(らせつ)には、屋敷の中に戻って、軽い朝食を作るように頼んだ。

 そろそろできあがることだろう。

 

「いいえ、大丈夫です。もう、情報は十分に得たと思います──。それにわたしたちも準備をしなければなりませんし」

 

 沙那は言った。

 

「そうだね。それにしても、賽太歳(さいたいさい)が腰にぶら下げている鈴が、あいつの霊気の増幅装置でもあり、安定化装置でもあったなんてね……。つまりは、その腰鈴を壊してしまえば、あいつはどんな道術も維持するのが難しくなり、わたしや朱姫の道術力を封印した状態にできなくなるということだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「もしくは、賽太歳と話し合って、自発的にご主人様たちにかけた道術の封印を解いてもらうかですね」

 

 沙那は言った。

 春嬌から知り得たことは、賽太歳という妖魔王は、実際には非常に不安定な霊気の持ち主だということだった。

 大きな霊気を持っていることには間違いがないのだが、宝玄仙や朱姫のように、その霊気は安定せずに、常に霊気の高い状態から低い状態の振幅を繰り返している。

 宝玄仙に言わせれば、いくら霊気が高くても、霊気の高さを一定に保てなければ、道術の効果は出せないらしい。

 それを補うのが、腰にいつもぶらさげている腰鈴のようだ。

 鈴のかたちをしているが、れっきとした霊具であり、あの腰鈴があることで賽太歳の霊気は一定している。

 それで賽太歳は道術を発揮し続けることができるのだ。

 

 宝玄仙の言うとおり、その霊具を壊しさえすれば、宝玄仙の道術は元に戻るだろう。

 そのときは、麒麟山を封鎖している炎の城壁や妖魔の里を覆っている多くの妖魔王の結界も消滅するに違いないが……。

 そのとき、春嬌がひと際大きな声を出して絶頂の仕草を示した。

 

「もう、うるさいわねえ。少し、静かにさせてよ、朱姫──」

 

 沙那は思わず怒鳴った。

 

「ほら、沙那姉さんに怒られたじゃないですか、春嬌……。じゃあ、しばらく声がでないようにします……。ほら、春嬌、あたしの眼を見るんですよ……。三つ数えます。すると、声が出なくなりますよ……。三、二……一……」

 

 朱姫が春嬌に『縛心術』をかけ直した。

 春嬌は戸惑った表情で口を開けたり閉じたりしている。

 おそらく声が出せなくなったのだろう。

 

「……ところで、朱姫、お前は道術を遣えないけど、霊具は遣えるんだよねえ?」

 

 不意に孫空女が言った。

 

「もちろんですよ、孫姉さん」

 

「つまり、その指にずっとしている『変身の指輪』も使えるってことだよね?」

 

 朱姫の指には『変身の指輪』と朱姫自身が呼んでいる変身霊具がある。

 これは宝玄仙の作った変身具と同じような効果があり、変身したい相手の体液を舐めれば、その相手の姿そっくりになれるのだ。

 

「使えますけど、なにか策でもあるんですか、孫姉さん?」

 

「そうなんだよ……。ねえ、その『変身の指輪』を使った策をあたしも考えたんだけど聞いてくれないかい?」

 

 突然、孫空女が言った。

 

「馬鹿は黙ってな、孫空女。頭を使おうなんて、馴れないことをするんじゃないよ。お前は、沙那の指示する策に従って、得意の棒を振り回していればいいんだよ」

 

 宝玄仙がぴしゃりと言った。

 

「そんなあ……。ちょっと策を思いついたんだよ。聞いてくれたっていいじゃないか」

 

 孫空女が頬を膨らませる。

 

「……そ、そうね。聞くわ。どんな策なの、孫女?」

 

 沙那は言った。

 

「う、うん……。つまり、朱姫の『変身の指輪』で、朱姫が春嬌に変身するのさ。そして、賽太歳を寝屋に誘うんだ。ほらっ、こいつは賽太歳を調教したことがあって、弟の賽太歳と寝たこともあるんだろう? だから、春嬌に変身した朱姫が賽太歳を寝取るんだ。抱き合うときには服を脱ぐだろう。服を脱ぐためには腰帯を外さないといけないじゃないか。そうすれば、腰鈴を手放す。それをこっそりと近づいて奪ってしまうのさ」

 

 孫空女が得意気に言った。

 

「ほう、馬鹿のわりにはなかなかの策じゃないかい」

 

 宝玄仙が感心したような声をあげた。

 

「そうだろう。あたしだって、二年ばかりは盗賊団の頭領だったんだよ。隊商から物を奪うために策くらいは考えたものだよ」

 

 孫空女が嬉しそうに笑った。

 

「どうやって賽太歳を寝屋に誘うの? 春嬌の話によれば、賽太歳と春嬌がそういう男と女の関係だったのは、随分と昔のことで、いま賽太歳は金聖姫(きんせいき)に夢中なんでしょう?」

 

 沙那は言った。

 

「そ、それは……む、昔はそういう関係だったんだから、うまく誘えばいいんじゃないかなあ……」

 

 孫空女はしどろもどろになった。

 

「難しいんじゃないのかなあ。それに、いきなり春嬌が誘ったりすれば、却って怪しむんじゃない」

 

「だ、だったら、金聖姫に化ければいいんだよ。ほらっ、金聖姫にはあいつもぞっこんなんだろう。朱姫が金聖姫に化けて賽太歳を誘惑すれば一発だよ。その間にこっそりと近づいて……」

 

「変化のためには朱姫が金聖姫の体液を飲まないといけないわ。どうやって、金聖姫の体液を確保するかは置いといても、寝屋にこっそりとほかの誰かが近づくのは難しいんじゃないのかなあ。腰鈴を外すときは警戒もしているだろうし……」

 

 沙那は考えながら言った。

 いずれにしても、孫空女の案では、妖魔城に忍び込むことが必要だ。もっとも、羅刹(らせつ)は一度忍び込んだことがあるくらいだから二度同じことをすることも可能だろう。

 また、長女金は一箇月ほどの妖魔城の監禁生活だったが、ある程度の警備の穴や弱点は調べあげていたようだ。

 長女金と羅刹に案内させれば、妖魔城に入り込むことも不可能ではないかもしれないが……。

 

「ほら見な、孫空女──。やっぱり、お前はもうものを考えるんじゃないよ。馬鹿はいつまでたっても馬鹿なんだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「ひ、ひどいなあ……」

 

 孫空女が頭を掻いた。

 

「どっちにしても、長女金が脱走したことはそろそろ発覚する頃よ……。賽太歳が、長女金とわたしたちの関係を知っていれば、長女金の脱走の目的がわたしたちを助けるためだということは容易に予想すると思うわ。そうすれば、なんらかの行動をとるんじゃないかしら」

 

 沙那は言った。

 

「つまり、待っていれば、賽太歳は向こうからやってくるということかい、沙那?」

 

「そう思います、ご主人様。なんだかんだで賽太歳は、姉の春嬌を大切にしているようです。その姉が人質に取られたとあっては、行動せざるを得ないでしょう──。だったら、こちらから交渉の札を切りましょう。麗芳か綺芳のどちらかに妖魔城に行かせて、春嬌を人質に取ったことを伝えさせます。交渉は、妖魔王自らでなければ応じない……。そう伝えさせます。十中八九、妖魔王の賽太歳は自らここにやって来ると思います、ご主人様」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 そのとき、屋敷の奥から羅刹が手に皿を持ってやってくる気配がした。

 

「みなさん、朝食の支度ができました」

 

 羅刹が卓の上に大きな皿に載った軽食を置いた。

 

 

 *

 

 

 『移動術』で春嬌の屋敷に跳躍した賽太歳の眼に映ったのは、素っ裸で椅子に開脚縛りにされている変わり果てた姉の姿だった。

 そして、そこ横には宝玄仙だ。

 宝玄仙の背後には確か孫空女という名のはずの赤毛の女が立っている。

 

 宝玄仙には、ほかにも沙那と朱姫いう女傑もいるはずだがその姿はなかった。

 春嬌に捕らえられた四人を救出したはずの長女金の姿もない。

 賽太歳は、腰鈴に手をやって、道術を振るった。

 待機させていた百人ほどの妖魔兵が『移動術』でこっちに飛んできた。

 春嬌の屋敷の中庭に面した場所で春嬌を人質にしている宝玄仙たちを武装した妖魔兵が囲む態勢ができあがった。

 

「お前がやってくるということは、麗芳に託した伝言は届いたようだね、賽太歳」

 

 宝玄仙が言った。

 このとき初めて、賽太歳は宝玄仙が腰掛けているのが、裸の雌妖だということに気がついた。

 あれは春嬌の部下のひとりの綺芳だろう。

 その綺芳が四つん這いになり、それを椅子代わりに宝玄仙は腰掛けているのだ。

 宝玄仙は黒い上衣をくるぶしまである黒い下袍に身を包み、綺芳に跨っていた。

 

「姉を返してもらいますよ、宝玄仙」

 

 賽太歳は言った。

 手摺に両膝を載せて縛られている春嬌は、賽太歳の姿を見てもなにも反応しない。

 どうやら、なにかの術をかけられているようだ。

 宝玄仙にしろ、朱姫にしろ、ふたりの道術は賽太歳が封じている。

 どうやって、春嬌に術をかけているのか不思議に思った。

 いずれにしても、春嬌の様子は『縛心術』をかけられている状態に違いない。

 

「こいつの股に張形が入っているのかわかるかい、妖魔王?」

 

 宝玄仙が言った。

 確かに、無表情の春嬌の曝け出されている股間には、黒い張形の端が見えていた。

 しかも、かなりの責めを受けたのだろう。

 春嬌の股間は真っ赤に充血してたっぷりの愛液でびっしょりと濡れていた。

 姉をそんな風に扱っている宝玄仙たちへの激しい怒りが込みあがったが、懸命にそれに耐えて賽太歳は平静を装った。

 

「……これはただの張形じゃないよ。中には火薬がびっしりと仕込んである。こんな悪趣味な霊具は、こいつのものだけど、この屋敷にはそういうものがたくさんあるのさ。お前に道術を封じられているけど、霊具なら遣えるんだ。わたしの道術でこいつに仕込んでいる霊具は吹っ飛ぶよ。ちょっとでも、わたしに道術をかけようとする気配があれば、わたしは容赦なくこいつの股間をふっとばすよ」

 

 宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 宝玄仙がかなりの力を持った道術遣いであることは、その道術を封印している賽太斎自身がよくわかっている。

 腰鈴の霊具の力を最大限に使わなければ、賽太歳自身の霊気では封印もできなかったくらいなのだ。

 賽太歳が道術を遣おうとすれば、その気配を察するのに一瞬もかからないだろう。

 宝玄仙を無力化するよりも、宝玄仙が春嬌の股間に込めた霊具に霊気を注ぎ込む方が速いに違いない。

 

「交渉に応じるつもりですよ、宝玄仙殿──。あなたに害を加えるようなことをしたのは間違いでした。いまは反省しているのです……。あなた方は、立派な女将校である長女金を助けただけで、罪になるようなことはしていない。そのあなた方に二度も道術を封じるような真似をしてしまいました……。それは姉や兄に頭のあがらない僕の弱さでした。道術はお返しします」

 

 賽太歳は頭をさげた。

 

「だったら、話は早いね。封印したわたしと朱姫の道術を解きな」

 

「姉を解放してもらうのが先です、宝玄仙殿」

 

「馬鹿を言うんじゃないよ、妖魔王──」

 

 宝玄仙が大きな声で笑った。

 

「わたしがそんなお人よしに見えるのかい? 先にこいつを解放したら、お前が道術の封印を解くという保証がどこにあるんだい?」

 

「僕の言葉──。それだけじゃ不足ですか?」

 

 賽太歳は静かに言った。

 

「当たり前だよ──。なんの抵抗もできない金聖姫を二年間も監禁していたぶっている卑怯者の言葉なんて信用できないんだよ。ぐずぐず言わずに封印を解きな。姉を吹っ飛ばすよ」

 

 宝玄仙の言葉にさすがに賽太歳は鼻白んだ。

 

「……そ、それは金聖姫を浚ったという行為については、なにを言われても仕方ありません。しかし、二年が経ち、金聖姫も僕という存在を憎からず思ってくれるようになったと思います。僕は、これを期に金聖姫を正式の妃にしようと考えています。いままでは、姉の反対でしなかったのですが、今回のことは、妖魔王としての役割と姉弟の情を一緒にしてしまった僕の弱さにあると悟りました。僕は姉弟の情は捨てます。その証しが金聖姫を正妃にすることです。金聖姫を正妃にすることで、僕は春嬌にも有来有去にも、僕が独立した存在であることを示します」

 

「そんなことは好きにしな。あんな碌でなしの王の娘のことなんて知ったことかい……。それよりも、道術を解くんだよ。わたしは気が短いんだ」

 

 宝玄仙が苛々した口調で言った。

 

「……僕が道術を返したら、間違いなく春嬌を解放するという保証が欲しいですね」

 

 賽太歳は言った。

 

「そんなものは、わたしの言葉だよ」

 

 宝玄仙はにやりと笑った。

 賽太歳は一度、大きく嘆息した。

 

「……ところで、長女金の姿が見えませんね。それにあなたのほかの供の方も」

 

「ほかの供って誰のことだい?」

 

 宝玄仙が惚けた。

 賽太斎は、小馬鹿にされたようで腹がたった。

 

「沙那と朱姫ですよ。そして、長女金です。長女金が脱走したのはあなた方を助けるために違いないのですから……。あなた方のことはよく知っているんです。白ばっくれて無駄な時間を使うのはやめましょうよ」

 

 すると宝玄仙の頬に浮かんでいた薄笑いが消えて真顔になった。

 

「やっぱり、お前はわたしたちのことをよく知ったうえで、春嬌に引き渡したんだね……。春嬌にわたしらを託せば、こいつの気性ならいずれは殺してしまうとわかっていただろう?」

 

 宝玄仙が険しい表情で睨んだ。

 一瞬だけ、賽太斎は言葉を失った。

 しかし、すぐに平静を取り戻す。

 

「質問に答えてくれていませんね。長女金はどこです? 金聖姫が寂しがっているんです。連れ帰らなければね」

 

「交渉の札を全部見せるつもりはないよ……。それに、長女金をお前に渡したら、あいつを折檻するだろう? なにせ、あいつは、お前の姉の屋敷を襲撃して、監禁されていたわたしらを解放したんだ。お前からすれば叛逆もいいところだろう?」

 

「粗相には罰を与えます。それが奴隷の躾ですから……。でも、殺しはしません。安心してください。金聖姫には長女金が必要だと思いますから……」

 

「長女金は奴隷じゃないよ──。ふざけるんじゃないよ、妖魔王」

 

「それもあなたには関係のないことでしょう。道術は返しますよ──。それでいいじゃありませんか。長女金は、死ぬまでこの妖魔の里に留まってもらいます。金聖姫に仕える者としてね」

 

 賽太歳は言った。

 金聖姫も長女金もこの妖魔の里のことをよく知ってしまっている。

 もはや、返すわけにはいかない。

 そういう意味では、眼の前の宝玄仙も同じだ。

 賽太歳は、一度でも麒麟(きりん)山の内側にやってきた人間を戻すつもりはなかった。

 いかなる情報も麒麟山から外には出さない。

 それで妖魔の里と人間の世界に一線を画しているのだ。

 

「……お前はわたしの伝言が届くまで、長女金が脱走したことに気がつかなかったようだね。長女金とわたしたちの関係も察していたようだし、あいつが脱走すれば、その目的はここだとわかったはずだ。それなのに、お前が行動を起こしたのは、わたしが伝言を持たせて発した麗芳が妖魔城に到着してからのようだね……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ええ、金聖姫は長女金の脱走には早朝には気がついたようです。でも、それを庇って隠していたんですよ。だから、朝食を持っていった雌妖にも脱走はわからなかったのです……。ですから、金聖姫には罰を与えているところです。まあ、奴隷の躾ですね」

 

 賽太歳はうそぶいた。

 

「……金聖姫は奴隷じゃなくて、妃にするんじゃなかったのかい?」

 

 宝玄仙が睨んだ

 それで、賽太歳は自分がつい本音を喋ってしまったことに気がついた。

 宝玄仙が賽太歳の顔を見透かすように眺めている

 

「お、同じことでしょう」

 

「ねえ、やっぱり、こいつは卑怯者だったね、ご主人様」

 

 ずっと黙っていた孫空女が口を開いた。

 

「……そんなことはわかっていたさ。長女金に言わせれば、金聖姫もこいつにのぼせかけていたらしいが、監禁している者とされている者が、疑似恋愛の感情を抱くというのは珍しいことじゃないのさ。まあ、こんな小心者で意気地のない男とはさっさと離して、正気に戻してやるのがいいんだろうね」

 

 宝玄仙が肩をすくめた。

 賽太歳はかっとした。

 

「き、金聖姫はどこにもやらないよ。あいつをどうしようが僕の勝手だろう──」

 

 賽太歳は声をあげた。

 

「ほらほら、どんどん地が出てくるじゃないか。それがお前の本音だとわかれば、金聖姫もがっかりするんじゃないかい」

 

 宝玄仙が大きな声で笑った。

 賽太歳は歯噛みした。

 

「……さあ、もう、お喋りは終わりだよ。道術を戻しな。ここにはいないけど、朱姫の分もね──。そうすれば、春嬌は返してやるよ。こいつにはもう、用事はないんだ」

 

「長女金も返してもらいますよ」

 

「あいつはわたしたちが連れ帰る……。い、いや、あいつがどうするかはあいつが決める。お前の知ったことじゃないよ──。さあ、もういいだろう、道術を戻しな」

 

 賽太歳は大きく息を吐いた。

 これ以上の交渉は無理だろう。

 長女金の行方はわからないが、それは後で探せばいい。

 どうせ、麒麟山にいる限り、いずれはわかる。

 少なくとも『炎の城壁』に近付けばわかるのだ。

 そうすれば再び捕らえてしまえばいい。

 この腰鈴がある限り、『炎の城壁』は健在だし、それに近付く者は探知できる。

 宝玄仙たちが最初に麒麟山にやってきたときもわかっていた。

 それで、四人の行方を追っていた姉の春嬌に正確な居場所を報せもしたのだ。

 

「姉の縄を解いてください。それで道術は返します」

 

 賽太歳は言った。

 宝玄仙が背後の孫空女に頷く。

 孫空女が春嬌を拘束していた縄を解いた。

 手摺に跨らせられていた縄が解かれて椅子から離される。

 さらに後手縛りの縄も解かれる。

 

 春嬌は孫空女に促されてその場に立ちあがった。

 賽太歳は腰鈴を鳴らしてその力を発揮させ、宝玄仙と朱姫を封印していた道術を解放した。

 

「ふふふ、やっと戻って来たよ。わたしの道術がね……」

 

 宝玄仙が込みあがってきたものに耐えられなくなったかのように笑い声をあげた。

 

「約束ですよ、姉を……」

 

「わかっているよ。行きな、春嬌──」

 

 宝玄仙に裸身を押されて、春嬌がゆっくりと歩き出した。

 まだ、『縛心術』にかかっているようだが、それは賽太歳の力で簡単に解除できるだろう。

 春嬌が宝玄仙から離れると、すぐに賽太歳は『結界術』で、宝玄仙と孫空女を覆った。

 これで宝玄仙は賽太歳の結界から外には出られない。

 賽太歳の結界は、内側に向かって作用させている。

 宝玄仙は結界の外に道術を発揮することができないし、外には出ることはできない。

 

 賽太歳は手をあげた。

 武器を持った妖魔兵たちが一斉に矢を宝玄仙に向けた。

 賽太歳が封鎖しているのは、内側から外側への出入りだけだ。

 外からのものは一切の遮断はない。

 

「どういうつもりだい、妖魔王?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 しかし、宝玄仙も孫空女も賽太斎の結界に閉じ込められている。

 道術で逃亡することは不可能だ。

 

「もちろん、死んでもらいます」

 

 賽太斎は合図をした。

 数十本の矢が宝玄仙と孫空女に向かって放たれた。



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360 姫君の帰還

「どういうつもりだい、妖魔王?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 しかし、宝玄仙も孫空女も賽太斎(さいたいさい)の結界に閉じ込められている。

 道術で逃亡することは不可能だ。

 

「もちろん、死んでもらいます」

 

 賽太斎は合図をした。

 一方で、向こうについては、孫空女が宝玄仙の前に立つ。

 数十本の矢が宝玄仙と孫空女に向かって放たれ始める。

 ふたりは、賽太斎の結界に閉じ込められているふたりはそれ以上逃げられない。

 だが、宝玄仙の周りに道術が立ち込め始めたのがわかった。

 『結界術』だ。

 宝玄仙が改めて、道術防護のための結界を賽太斎が刻んだ結界のさらに内側に刻んだのだ。

 

 矢がふたりに殺到している。

 しかし、そのすべての矢が宝玄仙や孫空女に当たることなく、その場に落ちた。

 賽太歳の結界は通過できるが、宝玄仙がその内側に自分の結界を刻み、矢がそれをつうかできないのだ。

 どうやら、宝玄仙の結界は物理的な攻撃も阻止できる強力なもののようだ。

 賽太歳は舌打ちした。

 

「やっぱり、お前は卑怯者だよ。最初からわたしらを解放するつもりはなかったんだね?」

 

 宝玄仙が賽太歳を睨んだ。

 

「当然ですよ。攻撃が効かないのはわかりましたが、それでも閉じ込められればそれでいいです。道術が戻っても、結界の中じゃあ残念ながら道術は外には発揮できないですよね。結界の外から、あなた方をいたぶる方法は、また姉に考えてもらいます。結界から出たければ、もう一度道術封じを受け入れることです。さもなければ、そこで餓えて死ぬだけですよ」

 

「それで頭のおかしなお前の姉の拷問をまた受けろっていうのかい。もっとましな提案をしな、妖魔王」

 

「僕の道術封じを受け入れてもらえれば、今度は姉には渡しません。妖魔城に監禁させてもらいますが、それだけです。約束します」

 

「道術をまた失えば、お前たちの思う壺だろう。信用できないね」

 

「でも、そうやっていては、道術があっても仕方ないじゃないですか。さすがのあなたでも、僕の結界からは逃げられないはずです。僕はなんとしても、逃がすつもりはありませんよ。餓えて死ぬよりは妖魔城への監禁を受け入れた方がいいと思いますけどね、宝玄仙殿」

 

「命を保証するという証しは?」

 

「信用してもらうしかないですね」

 

「信用しろっていうのかい? たったいま約束を破って、わたしらを殺そうとした卑怯者を──」

 

「ほかに選択肢はないですよ。拒否してもそこで飢え死にするだけです」

 

 賽太歳は笑った。

 そのとき、賽太歳の隣に立っていた春嬌(しゅんきょう)が苦しそうに身体を曲げた。

 そう言えばまだ、春嬌の股間に宝玄仙が仕込んだ火薬入りの張形が挿入されたままだったことを思い出した。

 結界の遮断で宝玄仙は、もう春嬌の霊具を作動させることはできないが、そんな物騒なものは早く出さなければならないだろう。

 賽太歳は道術で春嬌の股間の霊具を自分の手に移動させた。

 

「おやっ?」

 

 賽太歳は自分の手に載せた春嬌の股間に挿入されていた張形に首を傾げた。

 その春嬌の愛液で汚れた張形は、ただの張形だったのだ。

 火薬など入っていない。

 どうやらはったりだったようだ。

 

「ああっ……」

 

 そのとき、急に感極まった声をあげて春嬌が賽太歳に倒れかかった。

 賽太歳は驚いて、その裸身を抱きかかえた。

 

「だ、大丈夫かい、姉さん……?」

 

 賽太歳は慌てて、春嬌が刻まれている『縛心術』を解こうと、その身体を道術で探った。

 しかし、なにかが違う……。

 春嬌の身体には『縛心術』を刻まれているなんの兆候もない。

 

「孫姉さん──」

 

 不意に春嬌が賽太歳を突き飛ばした。

 そして、なにかを孫空女に向かって放り投げた。

 ちりんちりんと音を鳴らして飛んでいく音を聞いて、賽太歳は初めてそれが、腰鈴であることを悟った。

 慌てて自分の腰鈴を探ったが、鋭い刃物のようなもので紐が切断されている。

 

 はっとした。

 飛び退いた春嬌が、指になにかを持っていることに気がついた。

 剃刀だ。

 小さな剃刀を指の間に隠していたようだ。

 それで賽太歳の腰紐を切断して、腰鈴を奪ったのだ。

 

 だが、なぜ……。

 『縛心術』で操ったのか……?

 

 いや、春嬌には術をかけられている兆候はなかった。

 すると……?

 そのとき、空中を飛んでいた腰鈴が賽太歳の結界を通り抜け、さらに宝玄仙の結界まで通り抜けた。

 孫空女がそれを空中で掴んだ。

 

「や、やめろ──」

 

 賽太歳は絶叫した。

 孫空女が腰鈴を地面に置いて棒を構えている。

 

 壊すつもりだ──。

 賽太歳の身体に戦慄が走った。

 ありったけの道術を宝玄仙の結界に向かって放つ。

 しかし、そのすべてが宝玄仙の結界に遮断される。

 

 孫空女の構えた棒が腰鈴に叩きつけられた。

 腰鈴が粉々になり、それとともに賽太歳の霊気が制御を失い激しく増幅しはじめるのがわかった。

 かけているすべての道術が消失していくのを賽太歳は感じた。

 

 麒麟山の南側に刻んでいる『炎の城壁』──。

 妖魔の里のあちこちを覆っている妖魔王の結界──。

 妖魔城の護りそのもの──。

 

 それらのすべてが制御を失った賽太斎の霊気では、維持できずに効果を失っていく。

 眼の前の宝玄仙を包んでいた賽太歳の結界そのものも不安定なものになり、隙間だらけの結界に変わった。

 そして、宝玄仙たちを包んでいた賽太斎の結界が消えたのがわかった。

 

「ご主人様──」

 

 裸体の春嬌が宝玄仙に向かって走って、宝玄仙の結界内に逃れた。

 やっとわかった。

 

 あれは春嬌ではない……。

 宝玄仙の供の誰かが変身をしているに違いない。

 そのとき、宝玄仙に合流した裸身の春嬌の姿の何者かが自分の指輪に触れる仕草をした。

 すると春嬌の姿が解けて朱姫の姿になった。

 朱姫が孫空女から服を受け取り、素早くそれを裸身に身につけた。

 

「よくやったよ、朱姫」

 

 孫空女が言った。

 すると朱姫が嬉しそうに破顔した。

 

「よ、よくも……」

 

 賽太歳はがっくりと跪きたくなるのに耐えて宝玄仙を睨んだ。

 絶対に逃がさない──。

 

 そう思った……。

 もう一度、手をあげる。

 こうなったら無駄でも攻撃を続けるだけだ──。

 妖魔兵の武器が一斉に宝玄仙に向けられる 。

 

「待ちな、卑怯者──。これを見な」

 

 宝玄仙が立ちあがって、これまでずっと椅子代わりにしていた綺芳をこっちに向かって突き飛ばした。

 

「あっ」

 

 賽太歳は思わず叫んだ。

 これまで四つん這いになっていた綺芳の身体の下で、宝玄仙の長い下袍の中に隠れていた部分にひとりの女の首があったのだ。

 それは首から下を地面に埋められて顔だけを地面に出している春嬌だった。

 今度こそ、これは紛れもない本物の春嬌だと気がついた。

 術にかけられているかどうかは判然としないが、意識がないことだけは確かだった。

 

「さっき教えてやった火薬入りの張形は、しっかりとこいつに挿入しているよ。わたしらを解放しなければ、今度こそ霊具を作動させる。腰鈴がなくなったら、霊気が安定しなくて道術を事実上遣えないのだろう、妖魔王?」

 

 宝玄仙が不敵に笑った。

 

「ま、まったく遣えないわけじゃないよ。維持ができないだけさ。あんたを殺すくらい一瞬で済む」

 

 賽太歳は宝玄仙を睨んだ。

 一瞬だけのことだ。

 高い道術をずっと維持する必要はない……。

 

「やってみな──。中途半端な道術で、わたしの結界を崩せると思ったらやってみるんだね。ただし、お前の大切な姉さんは木端微塵だけどね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「くっ」

 

 賽太歳は歯噛みした。

 しかし、結局は武器を構えるように命じた手をおろして、部下の構えを解かせた。

 

「さあ、春嬌、眼を覚ましなさい」

 

 朱姫がぽんと手を叩いた。

 すると、顔だけの春嬌の眼が開いた。

 そして、自分の姿に驚いたように悲鳴をあげだした。

 

「ひいっ……こ、これは──、あっ、賽太斎、た、助けておくれ、お願いだよ」

 

 春嬌が賽太斎を認めて叫んだ。

 

「姉さん──」

 

 賽太斎は声をあげた。

 

「ほら、騒いだら駄目じゃないですか、春嬌」

 

 朱姫が笑いながら春嬌の鼻に土を詰め始めた。

 春嬌が狂ったように顔を暴れさせて泣き喚きだす。

 だが、その鼻に容赦なく朱姫が土をどんどん入れている。

 

「や、やめないか。やめるんだ」

 

 賽太斎は怒鳴った。

 しかし、今度は朱姫は喚いている春嬌の口にも土を無理矢理入れ始めた。

 春嬌が顔を土まみれにして泣き出した。

 それでも、朱姫は春嬌への責めをやめない。

 

「わたしらを行かせると、道術契約で誓いな」

 

 宝玄仙がじっと賽太歳を睨んだ。

 

「い、いいや、あらゆる手段を尽くしても阻止します……。あなたたちを……あなたや、長女金(ちょうじょきん)を戻せば、金聖姫(きんせいき)が僕のところにいることがわかってしまいます。この妖魔城の細部位置も知られてしまう……。この麒麟山に入った人間は外には出さない──。これは妖魔王である僕の作った鉄の掟です」

 

 賽太歳は呻くように言った。

 道術契約は、道術を持つ者の絶対の契約だ。

 それを刻めば、逃げた彼女たちに二度と手出しができなくなってしまう。

 

「だったら、こいつが苦しむのをそこで見てな──。春嬌、口に入れられた土は全部食うんだ。逆らったら口を完全に塞いで息をできなくするからね」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 春嬌は泣きなから懸命に口に入れられた大量の土を食べようとしている。

 

「お代わりは、たくさんありますからね、春嬌」

 

 朱姫が笑った。

 春嬌の泣き声がますます大きくなった。

 

「早く、道術契約で誓うんだよ。わたしとわたしが連れ出した者の全員を逃がすと誓いな、妖魔王。その代わり春嬌は開放してやる」

 

 宝玄仙は余裕たっぷりに言った。

 賽太歳も気がついている。

 道術を戻してしまえば、宝玄仙は途方もない力を持った道術遣いだ。

 賽太歳でも敵わないだろう。

 さらに、賽太歳は腰鈴の霊具を失って、霊気が安定しない状態だ。

 かなりの道術が制限をされており、その状況で宝玄仙を阻止できるとは思わない。

 いずれにしても、宝玄仙たちは逃がすしかない……。

 春嬌の泣き声はますます哀れな声になる。

 

「誓いますよ。あなたとあなたが連れ出した者は追いません。誓います」

 

 賽太斎は道術を込めた言の葉を口にした。

 

「誓うよ」

 

 宝玄仙が言った。

 強力な道術が刻まれたのがわかった。

 これで終わりだ──。

 もう、宝玄仙と宝玄仙が連れ出した者は追えない。長女金もそれに含まれるだろう……。

 

「……金聖姫のことを口外しないこと。それだけは守ってくれませんか……」

 

 賽太歳は言った。

 

「今更、なにを言っているんだい、お前──。お前が金聖姫を(さら)ったということはわかりきったことだし、その気になって行動すれば、わたしらのように噂を辿って麒麟山(きりんざん)にいるということもわかる。お前が必死になって隠そうしても無駄なことさ。諦めな」

 

「あ、諦めない──。諦めるものか──。絶対に渡さない。金聖姫は僕のものだ。僕の奴隷だ」

 

 賽太歳は吐くように叫んだ。

 

「だったら、金聖姫ひとりを護るために、妖魔軍を率いて人間の軍と戦うつもりかい。そんなことをすれば、お前が妖魔王でいられなくなるだろうさ。善良で人のいいこの土地の妖魔をお前の懸想した女のために犠牲にするのかい」

 

「なんと言われても同じですよ──。いいでしょう。もう、行っていい。追いません。長女金を連れていくというなら、それもいいでしょう。認めますよ……」

 

 賽太歳は言った。

 すると宝玄仙がにやりと笑った。

 なにかを企んでいるような嫌な笑いだった。

 

「……だったら、引導を渡してやるよ。これを聞きな」

 

 宝玄仙がなにかを結界の外にころころと転がした。

 それが近くまで転がってきたとき、それが春嬌がよく使う『伝声球』だということがわかった。

 春嬌は、その『伝声球』を使って、麒麟山だけじゃなく、南側の人間の部落に紛れ込ませた手の者と伝言をやり取りしている。

 そうやって、麒麟山に入ろうとする人間の情報を掴むのだ。

 

 春嬌のやっていることのすべてを賽太歳は認めたわけじゃない。

 だが、必要悪というものはある。

 人間の王はこの二年、何度もひそかに妖魔にやつした人間の道術遣いを麒麟山に送り込んできている。

 それをことごとく捕らえて、情報が漏れるのを阻止しているのは春嬌の力だ。

 それに、ほとんどの妖魔は人間への敵意を失った善良で優しい性質だが、一部にはいまだ激しい人間への憎悪を忘れていない妖魔もいる。

 そういう妖魔の溜まった鬱憤を出させるということでも、春嬌の残酷な見世物の宴は意味がある。

 

「──沙那、そっちの首尾はどうだい?」

 

 宝玄仙が喋っているのは、もうひとつの『伝声球』だ。

 

 “すべて終わりました。やっぱり、長女金のいうとおりに、警備はちょろかったですね。途中から道術の護りもなくなりましたし、脱出にも成功しました。追手は完全に巻きました。とりあえず、安全な場所にいます──。そっちはどうですか?”

 

 賽太歳の前に転がってきた『伝声球』から声がした。

 喋っているのは、ここにはいない沙那という宝玄仙の供の女傑なのだろう。

 だが、なにを喋っているのか……。

 賽太歳は嫌な予感がした。

 

「やっぱり、お前の睨んだ通り、妖魔王は卑怯者だったよ。女を卑怯な手段で浚って監禁するような者は碌なものじゃなかったさ──。わたしの道術は戻ったよ。妖魔王の腰鈴は孫空女が叩き壊した。しばらくはわたしらには関われないさ──」

 

 そして、宝玄仙が賽太歳を見てにやりと微笑んだ。

 背中に冷たい汗が一気に流れるのがわかった。

 

「一体全体、なにをしたんだ──?」

 

 賽太斎は叫んだ。

 

「賽太歳、お前のいない妖魔城は、なんてことはなかったそうさ。長女金の案内で、長女金と沙那が、世間知らずの金聖姫を救出に行ったけど成功したそうだよ。お前も、長女金を使うなら、金聖姫の侍女なんかじゃなくて、警護責任者にでもするとよかったのさ。そうすれば、もうちょっとましな警護になっていただろうけどね」

 

 愕然とした。

 やっと宝玄仙たちがなにをしたのかわかったからだ。

 

 麗芳を使者に仕立て、春嬌を人質にしていることを賽太歳に伝えて妖魔王の賽太歳をここに呼び出した。その一方で、賽太歳のいない隙を狙って、長女金と沙那が妖魔城に侵入して金聖姫を連れ出したに違いない。

 賽太歳がいなければ、確かに厳重な警護とはいえない。

 実際には妖魔城に侵入するような妖魔はここにはいない。

 だから、厳重な警護をする必要もなかったのだ。

 

 ましてや、腰鈴の霊具がなくなったことで、妖魔城の道術の護りも失われた。

 長女金や沙那がどれほどの手練れなのか知らないが、かなりの遣い手だと有来有去からの情報を得ていた。

 その情報のとおりの腕があれば、金聖姫を連れて出すということは可能なのかもしれない。

 それに、長女金が逃げたときに、なんらかの『移動術』が遣われたのはわかっている。

 そういうものが加われば、金聖姫を浚うことも不可能ではない。

 

「ゆ、許さんぞ──。き、金聖姫は誰にも渡さん。絶対にだ。絶対だ──」

 

 賽太歳は我を忘れて叫んだ。

 

「好きなように吠えてな。金聖姫は、お前についての記憶なんてすっぱりと忘れさせて、父親に返すさ。それから、もう一度お前が金聖姫を奪おうが、なにをしようが知ったこっちゃないよ。その頃にはわたしらはこの国にはいないだろうからね。それに、お前は誓ったんだ。このわたしが連れ出した者は追わないとね。もちろん、金聖姫はそれに含まれるよ」

 

 宝玄仙が言った。

 全身の血が下がった。

 うっかりと金聖姫を追わないという約束まで、道術契約でさせられたことに気がついた。

 道術契約は、言葉に乗せたものがすべてだ。

 宝玄仙が連れ出すという条件に合致する限り、金聖姫を賽太斎は引き留めることができないのだ。

 

「あああああああっ」

 

 賽太斎は心の底からの絶望の叫びをした。

 次の瞬間、宝玄仙と朱姫と孫空女の姿が消えた。

 

 後には、首から上だけを地面から出しただけの哀れな春嬌だけが残った。

 賽太歳は、がっくりとその場に腰を落とした。

 

 

 *

 

 

 朱紫国の北辺を預かる太守の蔡京(さいけい)は、驚くべき報告に血相を変えて、私邸から行政府に向けて馬を駆けさせていた。

 早朝に受けた報告によれば、間違いないらしい……。

 行政府の玄関では、蔡京に使者を走らせた高官と最初に身柄を保護したという城郭軍の将軍が待ち構えていた。

 

「間違いないのか? 偽者ではないのか?」

 

 蔡京は馬から降りるなり叫んだ。

 

「それを確かめて頂きたいのです。王宮の姫であるという証拠の王家の紋章はお持ちでした。それに、宮廷から送られていた顔の像とも合致しました。しかし、あまりのことで……。浚われる前の金聖姫様の顔を実際に知っているのは、太守だけでございますから」

 

 高官が言った。

 二年前に妖魔に浚われた金聖姫の顔は、国都の式典で何度か見ている。

 国王の自慢の姫であり、あの美貌はひと目見れば忘れられないものがあった。

 しかし、国都に近い温泉に湯治に向かう途中で、謎の妖魔に浚われてしまった。

 国軍が必死になって行方を追ったが、二年もの間、まったく居場所はわからなかった。

 その姫が突然に姿を現して、この蔡京に保護を求めたという。

 本当なら、大変な功績だ。

 しかし、あまりにも急な話で容易には信じ難い。

 

「……それで姫はどこに?」

 

「とりあえず、応接室で接待をしております。身体に異常はなさそうです。しかし……」

 

 高官がほんの少し言い淀んだ。

 

「しかし、なんだ?」

 

「記憶を失っている様子です。この二年間、どこでなにをしていたのか、まったく記憶がないと申しておりました」

 

「わかった……」

 

 蔡京は急いだ。

 とりあえず顔を見ることだ。

 それですべてがわかる。

 

 蔡京は行政府の廊下をほとんど走るように歩いて貴賓用の応接室に向かった。

 声をかけてから部屋の戸を開ける。

 部屋には将校と数名の兵が四隅を警護していた。

 その真ん中に若い女が座っていた。

 椅子に腰掛けているその女がこっちを向いて、にっこりと微笑んだ。

 

「久しぶりです、蔡京殿。わたしを保護して頂けませんか。どうやら、ここは国土のずっと北辺のようですね。どうしてこんなところにいるのか全くわからないのです。気がついたら、この城郭の軍営の前に立っていたのです。妖魔に浚われたという記憶は微かにあります。でも、それ以外の記憶がすっかりと抜け落ちているようです。しかも、わたしは二年も姿を消していたのだとさっき伺い、驚いているところでした……。とにかく、早く、お父様とお母様……、いえ、王陛下と王妃に会いたいです。力になってください、蔡京殿」

 

 金聖姫が微笑んだ。

 その瞬間、蔡京は全身の力が抜けるのがわかった。

 

 紛れもない金聖姫だ。

 二年前に比べて、ますます女としての輝きを増したように思えるが、美しく可憐な姿は二年前となにも変わっていない……。

 

「す、すぐに急使を出します。ご安心ください。金聖姫様の身柄は、この蔡京が身命に賭けてお守りします。二度と妖魔に浚われるようなことはさせません……。ところで、この二年間の記憶がまったくないと伺いましたが、妖魔について、なにか覚えていることはありませんか……?」

 

 蔡京は言った。

 しかし、金聖姫は悲しそうに首を横に振った。

 

「なにも……。わたしが二年間も行方不明になっていたということも、さっき知ったばかりです」

 

 金聖姫の顔が曇った。

 その表情に偽りはないように思える。本当に途方に暮れたような表情をしている。

 少なくとも、蔡京の知っている金聖姫は、本当に無邪気で純粋な性質だった。

 なにかを知っていてそれを肚に隠すというようなことはできないはずだ。

 

「……金聖姫様を発見したときの状況はどうだったのだ?」

 

 蔡京は、部屋の隅に立っていた将校に視線を送った。

 金聖姫が保護を求めて軍営に不意に出現したときに応対した将校であり、それからずっと自ら警護についている。

 この将校は、わたしは金聖姫だと名乗った女のことを狂女だとは思わず、むしろ、ただならぬ雰囲気を感じてすぐに保護したのだ。

 この将校こそ、今回の最大の殊勲に違いない。

 

「たったおひとりでした。ほかには誰にもおられませんでした」

 

 将校は答えた。

 この将校が実直で正直であることは蔡京はよく知っていた。

 この将校がそういうならそうなのだろう。

 

 まあいい……。

 二年間、どこでどうしたかということを調べるのはこれからのことだ。

 おそらく、それは宮廷から派遣される者に任せることなるだろう。

 とにかく、いまは、金聖姫が保護されたという嬉しい知らせを一刻も早く国都に伝えたい。

 

「ただちに、使者を出します。数日中には返事があるでしょう。もしかしたら、出迎えの軍が来るかもしれません」

 

 おそらく、三人いる王子のいずれかが軍を率いて迎えに来ると思った。

 国王自らやってくるとは思えないが、そうであってもおかしくはないほどに国王は、この金聖姫を溺愛していた。

 金聖姫が浚われたことで国王は目に見えて落ち込んだと言われていて、まるで病人のようだということだ。

 国王は大喜びするに違いない。

 蔡京も嬉しかった。

 そして、その慶事に自分が関われたということがなによりも誇らしかった。

 

「……それについては、お願いがあります。わたしは二年間の記憶がありませんが、二年前に誰に嵌められたかという記憶だけはしっかりあります。つまり、わたしを陥れて何者かにわたしを(さら)わせた者を、わたしはっきりと記憶しているのです」

 

 蔡京は息を飲んだ。

 

「そ、それは誰ですか……?」

 

「筆頭魔導師の有来有去(ゆうらいゆうきょ)です。彼こそ、わたしを陥れた者です。彼を捕えてもらわなければ、怖ろしくてわたしは国都には戻れません。このことを使者にお託しください。どうか、なにとぞ……」

 

 金聖姫が必死の表情をした。

 蔡京はびっくりした。

 有来有去と言えば、新参者だがいまやもっとも国王に信任がある道術遣いであり、状況次第では次期宰相とも目されている人物だ。

 それが二年前の金聖姫事件の首謀者などとは……。

 

 蔡京は、これから宮廷府全体が引っくり返るような政変の鍵を蔡京が握ったことを知って、身震いするような興奮を感じていた。



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361 奴隷病と置き捨て女房

「そう言えば、あの時、お前はてっきり、あの馬鹿姫についていきたがると思ったよ、長女金(ちょうじょきん)

 

 宝玄仙が言った。

 旅の空だ。

 

 沙那は、いつものように荷物を背負って一行の最後尾を歩いている。

 いつもと違うのは、四人の旅の中に長女金が混じっていることだ。

 賽太歳(さいたいさい)を出し抜き、妖魔の里から逃亡して半月が経っていた。

 麒麟山から北辺までが数日。それからはこの五人で朱紫国内を西に進む旅だ。

 

 妖魔の里から朱紫国の軍政の及ぶ北辺と呼ばれる地域に戻るのに数日しかかからなかったのは、羅刹(らせつ)のお蔭だ。

 羅刹という淫魔が、得意の『移動術』で跳躍を繰り返して、北辺の城郭まで全員を移動させたのだ。

 

 妖魔王が追手をかけることが予想されたが、結局のところ賽太歳は、逃亡した宝玄仙や金聖姫(きんせいき)になんらかの手出しをすることはなかった。

 宝玄仙と賽太歳が交わした道術契約が有効であり、妖魔王の賽太歳が、“宝玄仙と宝玄仙が連れ出す者に手出ししない”という約束に束縛されているということもあるが、自らの霊気を安定化させていた腰鈴の霊具を壊されてしまって、それどころじゃなかったということもあるのだろう。

 

 あの賽太斎との対決のとき──。

 

 宝玄仙と賽太歳が対決をしていた春嬌の屋敷の一方で、沙那は長女金の手引きで妖魔城に侵入して金聖姫を救出した。

 賽太歳が人質になった春嬌を救出するために妖魔城を出たというのは、『伝声球』という霊具を通じて、宝玄仙の言葉を拾っていたのですぐにわかった。

 それで妖魔城のそばに隠れていた沙那と長女金と羅刹は、金聖姫を助け出すために妖魔城に入り込んだ。

 どこが警備の穴であるかということは、長女金がよく知っていたし、妖魔王とともに、百匹近い妖魔兵がいなくなったということもあって、警備は本当に手薄だった。

 

 金聖姫は、長女金の逃亡を隠そうとしたということで、妖魔王の怒りに触れて、股縄をされて調教部屋を無限に走り回るという懲罰を受けている最中だった。

 出入り口を封鎖されたなにもない部屋に入れられ、一定の順番で移動していく床の光を追っていくというものだ。

 床の光は常に移動し、光の当たっていない床には電撃が流れるという仕掛けになっていて、電撃を足の裏に受けたくない金聖姫は、股間の刺激に苛まれて淫液を迸らせ、 泣きながら汗だくで懸命に光を追い続けていた。

 潜入した沙那と長女金は、金聖姫を調教部屋に監禁していた妖魔兵を蹴散らして金聖姫を確保した。

 

 驚いたことに金聖姫は、妖魔城を脱出するということに対して、ためらいを示した。

 沙那には理解できないことだったが、金聖姫は自分をこんな風に虐げている賽太歳を憎からず思っていて、ずっと妖魔城に留まる意思を固めていたのだ。

 長女金が説得しようとしたがなかなか聞き入れず、ここに残ると言い張り続けた。

 腹が立った沙那は、金聖姫に当身を喰らわせて気を失わせて、身柄を担いで強引に妖魔城から連れ出したのだ。

 

 そして、あらかじめ示し合わせていた場所まで、羅刹の『移動術』で跳躍して身を隠し、『伝声球』で金聖姫の救出に成功したことを宝玄仙に伝え、そして、羅刹を春嬌の屋敷に『移動術』で向かわせた。

 羅刹は春嬌の屋敷に隠れて移動すると、絶好の瞬間に宝玄仙と孫空女と朱姫を『移動術』で連れ出した。

 

 それで、全員が揃い妖魔の里を脱出することになったのだが、困ったのは金聖姫だった。

 自分は妖魔の里の土になるのだと言って聞かず、宝玄仙を激怒させた。

 こんな馬鹿姫は置いて行けと喚く宝玄仙を沙那は宥め、朱姫に指示して、金聖姫に『縛心術』で暗示をかけさせ、賽太歳に対する想いを忘れさせた。

 

 こうやって、やっと逃避行の態勢が整い、羅刹の『移動術』で朱紫国の北辺の城郭まで数日かけて移動したのだ。

 宝玄仙も朱姫も道術は復活していたが、一度道術を失っていたことで、あらかじめ刻んでおいた『移動術』の結界との繋がりが途切れてしまい、『移動術』が遣えなかった。

 それで、人間の淫気の濃い場所ならどこにでも跳躍できるという羅刹の能力を駆使して、北辺の城郭までやってきたのだ。

 

 羅刹とはそこで別れた。

 妖魔王に敵対した宝玄仙に協力したことで、羅刹もまた妖魔の里には居場所を失ってしまっていた。

 ただ、羅刹は気にもしておらず、これから人間の世界をあちこち放浪しながら、淫魔としての修業を積んでいくのだと張り切っていた。

 次に出遭うときには、逞しい淫魔になっているに違いない。

 

 また、金聖姫についても、その北辺の城郭で朱紫国の太守に引き渡した。

 朱姫の『縛心術』をもう一度かけて、二年間の記憶をすべて消させてから軍営の前に置いてきたのだ。

 そのとき、記憶を失わせるのと同時に、今回の妖魔に誘拐された事件が、国都で筆頭魔導師を務める有来有去(ゆうらいゆうきょ)の仕業だという強い暗示も与えた。

 沙那たちは隠れて見守り、軍営の将校が、軍営の前に立っていた金聖姫を驚いた表情で保護するのを確かめた。

 

 それからどうなったかは知らない。

 朱紫国の西部に向かう旅をしながら、二年前に妖魔に誘拐された金聖姫が戻ったということで朱紫国の王宮が大騒ぎだという旅人の噂を耳にしたくらいだ。

 有来有去についても、失脚したとか、いや、逃走したとか、色々な噂に先々の宿町で接した。

 だが、もう宝玄仙も興味はないようだし、それは長女金も同じだった。

 

 長女金は金聖姫と別れるときも、国都の政変の噂に触れたときも、まるで他人の話であるかのように平然としていた。

 五人の旅が始まり、夜の営みも以前のときのように戻った。

 長女金は、性愛については、受けに回っても責めに回っても、性技に巧みな玄人のような振舞いをしてみせ、宝玄仙を悦ばせた。

 

 昨夜もかなり遅い時間になるまで、五人でお互いの身体をむさぼり尽くし、さすがに沙那も今朝は身体が重かったが、街道を歩く長女金の様子に変化はない。

 沙那は、この不思議な女は本当は一体何者なのだろうと首を傾げたくなる気持ちを味わっていた。

 

「それは、わたしが金聖姫様と同行して、国都に戻るということを決心すると思ったということですか、宝玄仙さん?」

 

 長女金は宝玄仙に視線を向けた。

 

「お前は、あの馬鹿姫の保護者を気取っていたじゃないか。それに、金聖姫を連れ帰れば、お前も英雄だ。お前の身分も復活されて、元の軍人に戻れたんじゃないのかい? そして、金聖姫という馬鹿姫に生涯を捧げるのかと思ったよ」

 

「そうですねえ……。うーん……。妖魔城で金聖姫様と生涯をすごす決心を一度したときには、そんな風に思ったかもしれません……」

 

 長女金が懐かしむような表情をした。

 

「だったらなんで、一緒に行かなかったんだい? なんで金聖姫の記憶を完全に消してしまうことを求めたんだい? お前の功績をしっかりと記憶に留めて太守に引き渡すということもできたんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「いいえ、妖魔王に(さら)われて、その慰み者にされていた記憶など封印できるのであれば、封印した方がよいのです。やはり、金聖姫様には、金聖姫様を愛されておられる国王陛下夫妻もおられるのですから、そのもとに戻られるのが一番お幸せだと思うし、そうであれば、二年の妖魔城における日々の記憶は必要のないものでしょう。もちろん、妖魔城におけるわたしとの思い出も……。それが一番いいのです」

 

 長女金はきっぱりと言った

 

「だけど、あの馬鹿姫が証言してくれなければ、お前はいつまでも逃亡者のままだよ。まあ、今更お前のことを政府軍が探し回ることもないし、確か、お前はわたしに殺されたことになっているはずだけどね。でも、お前は、お前のせいではないことで二年も哀れな晒し者になっていたんだし、結局は金聖姫を妖魔王から助け出したのはお前の功績なんだよ。口惜しくはないのかい?」

 

「金聖姫様を助けてくれたのは、宝玄仙さんたちです」

 

 長女金は言った。

 

「それは違うわ、長女金。わたしたちを助けてくれたのもあなただし、妖魔城から金聖姫を連れ出す手引きをしたのもあなたよ。わたしたちは手伝っただけ」

 

 沙那も口挟んだ。

 

「わたしは、わたしの功績などなにもないと思いますが、いずれにしても、わたしはもう、軍人に戻りたくありませんし、宮廷に関わるのもご免です。わたしがいくら馬鹿でも、わたしには向かないということもわかりました」

 

「ほう、やっと、お前も自分が馬鹿みたいなお人よしだということがわかったかい。確かに、お前みたいな女が軍人に戻って、そして、金聖姫に近い者として大出世しても、また誰かの罠に嵌って陥れられるのが落ちさ……。まあ、馬鹿は馬鹿でも、自分が馬鹿だと気が付く馬鹿は馬鹿じゃないさ──。見習いな、孫空女。お前は自分のことを馬鹿だと思っていないだろう?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ひ、酷いなあ……。馬鹿で結構だよ、ご主人様」

 

 孫空女が不満そうな声をあげた。

 みんなが同時に声をあげて笑った。

 

「まあ、馬鹿姫はそれでいいとして、だったら、お前の二年間の記憶を消すこともできるよ、長女金。二年間も道端で男囚と性行為する姿を見世物のように晒されていたなんて嫌な記憶だろう?」

 

 笑いが収まると、急に宝玄仙が真面目な顔をした。

 

「あの二年はわたしにとっては、よい思い出です」

 

 長女金はにっこり微笑んだ。

 

「まったく……」

 

 宝玄仙が嘆息した。

 陽はそろそろ中天に差し掛かっていた。

 

「そろそろ、休みますか?」

 

 沙那は声をかけた。

 この辺りの街道沿いには、旅人が身体を休めるための樹木が間隔を開けて植えられていた。

 沙那たちは、その中のひとつを選んで、その根元に車座になった。

 簡単な軽食を準備して、それを口にする。

 

「まあ、しかし、思い出してもつくづく、馬鹿姫だったねえ。(さら)われていながら、自分を(さら)った妖魔にかしずきたいだなんて、本当に馬鹿たれだよ」

 

 宝玄仙が軽食の干し魚を口にしながら言った。

 

「でも、そういうこともあると思いますよ、ご主人様……。奴隷根性というのかもしれないですけど」

 

 朱姫が言った。

 

「ほう、お前も、あの馬鹿姫の味方をするのかい、朱姫?」

 

「味方というか……。気持ちがわかると言っただけです。あたしも同じでしたから……」

 

「同じってどういうことですか、朱姫さん?」

 

 長女金が言った。

 

「あたしもご主人様と出遭う以前に……多分、十四くらいのときだと思いますけど、ある老女に奴隷のように仕えていた頃があったんです」

 

 朱姫が言った。

 

「ええ──、朱姫さんが奴隷?」

 

 長女金が声をあげた。

 

「そう言えば、そんなことを以前話していたことがあったわね。老女に監禁されて、一年間も性奉仕させられていたとか……。それであんたの性技は鍛えられたんでしょう?」

 

 沙那は口を挟んだ。

 

「監禁されていたのは最初の一箇月だけですよ、沙那姉さん。それに逃亡しようと思えばできたんです。逃げなかっただけで……」

 

 朱姫がその頃の自分を思い出すかのような表情をした。

 

「じゃあ、どうして逃げなかったんだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「さあ、どうしてですかねえ……。多分、あたしは、あのお婆が好きだったのだと思います。天涯孤独の身だし、別に行くところがあるわけじゃないし……。それに、酷い目に遭っても、たまにちょっとだけ優しくされると、それですごく相手のことが好きになるんです。実際には酷い目に遭わせている悪い奴なのに、本当は凄く優しい人だと思えるようになるんです……。その頃、あたしは一生、あのお婆に仕えて生きようと思っていました」

 

「じゃあ、どうして、それをやめたんです、朱姫さん?」

 

 長女金だ。

 

「死んだんです。そのお婆が病気で──。それで我に返ったようになって……。だから、金聖姫様も大丈夫ですよ。もしも、妖魔王のことを思い出したりしても、もう、妖魔王のことを好ましく想ったりはしないと思います。あれは病気なんです。奴隷病です──」

 

「奴隷病ねえ……」

 

 宝玄仙は複雑な表情をした。

 

「ところで、長女金、天涯孤独といえば、お前もそうなんだってねえ。国都で別れる前は、故郷に戻るとか言っていたかと思うけど、実際には両親はもう死んでいるんだろう?」

 

 宝玄仙が話題を変えた。

 

「はい、宝玄仙さん──。だから、あのときも、真っ直ぐには故郷に戻らずに、あちこちを旅して、それから故郷に落ち着くか、それともほかの土地で暮らすか考えようと思っていました……。結局は、すぐに国都に戻ったりして……。それで皆さんをとんだことに巻き込む羽目に遭わせてしまって……」

 

「それはいいさ。だが、確かにお前のせいでこの国で酷い目に遭ったことは確かだけどね。だから、お前、お前の命をわたしに寄越しな。お前に亭主を世話してやるよ。そいつに世話になったらいい……。まあ、わたしらも世話になったんだけどね。顔は途方もなく不細工だけど、心根がいいことは保証するよ」

 

 宝玄仙が意味ありげに言った。

 

「いきなり結婚だなんて、ご主人様、なにを考えているんですか?」

 

 沙那は嗜めた。

 どうせ、くだらない思いつきをしたに違いないのだ。

 

「……このまま西に街道を進めば、あいつが向かうと言っていた城郭があるんじゃないのかい? ちょっと会いに行ってみようじゃないか。ついでに、そいつに長女金のことを世話させるさ。どうせ、女にもてるような男じゃないし、二度と女には縁がないだろうとか、いじけたことをあの時も言っていたしね……」

 

 

 *

 

 

 生まれつき大きな鼻をしていた。

 

 普通よりも大きいとか、そういう度合いではない。

 異常に大きいのだ。

 顔の真ん中に瓢箪がぶら下がっている。

 それが陳達(ちんたつ)だった。

 

 しかも、だらりとぶら下がった鼻に気味の悪いあばたと吹き出物まであるとあっては、その不細工さは可笑しいというよりは不気味だった。

 さらに女陰を思わせる小さな黒い染みまであるのだからどうしようもない。

 だから、陳達は、女には縁がなかった。

 

 少し前までは……。

 

 だが、商用で国都の郊外で荷駄馬車を進めていたとき、突然、谷の上から素っ裸の女が降ってきた。

 それで陳達の人生は変わった。

 

 素っ裸の女は孫空女といい、死刑囚として結界牢で晒し者にされていた長女金という女将校を脱走させた罪で軍に追われていた。

 ほかにも沙那と朱姫という仲間の女もいて、そのふたりも素裸で陳達の操る荷駄馬車の前に立ちはだかった。

 結局、その三人の女を匿うということになり、その代わり、彼女たちがこの醜男の陳達に性奉仕をしてくれるということになった。

 三人の女は、陳達が見たこともないような美女たちであり、しかも一騎当千の女傑だった。

 それが数日間、商売女のように陳達に奉仕をしてくれたのだ。

 

 いや、商売女でも陳達の相手は嫌がってしないのだ。

 それなのに、彼女たちは本当に陳達によくしてくれた。

 そして、宝玄仙という彼女たちの女主人を軍営から救出させる手伝いをして、陳達も国都を逃亡することを余儀なくされた。

 

 後悔はない。

 一度も旅をしたことのない陳達にとっては、世間を知るよい機会だったし、女に縁のないことでいじけていた自分を変えるのにもいい機会だった。

 あの三人の女は、見事に自分たちの女主人を処刑寸前で軍から奪い返してみせ、その女主人も含めて十日ほどの淫行生活をした。

 

 世にどんなに恵まれた男がいても、陳達のような思いができた男がいないだろう。

 陳達はこれまで自分が感じていた劣等感が急に小さなものに思えてきた。

 やがて、十日が過ぎて、あの四人は女主人が奪われた道術を取り戻すために、妖魔の棲む北部の辺境に向かうといって旅立っていった。

 それで別れた。

 

 陳達については、知人を頼って世話を受け、この西部の小さな城郭に住みつくことになった。

 その知人の紹介で、長屋に住まいを借りることができ、持ってきた財で小さいが古着屋を開くこともできた。

 まだ、こっちでの生活は始まったばかりだが、商売も軌道に乗り出し、なんとかやっていける目途も立った気がする。

 

 相変わらず女には縁はない。

 だが、以前はそれに劣等感があり、家に引きこもることが多かったが、いまではここでできた男友達とよく居酒屋で飲むようにもなった。

 鼻のことをからかわれても笑っていられるようになったし、自分の鼻を皮肉った話をして仲間を笑わせたりもする。

 

 順調だった──。

 ただひとつ、つらいことがあるとすれば、もうあんな風に美女に囲まれて奉仕をされるという思いは二度とはできないだろうということだ。

 あのときの思い出に悶々とする夜もあったが、陳達の顔では遊女も相手にしてくれない。

 自慰で慰めるしかない。

 それだけが空しい……。

 

 その日の夕方も店が終わり、すぐ近くにある長屋に向かって歩きながら、今夜どうするか思案していた。

 いつもの馴染みの居酒屋に行って仲間と馬鹿話でもするか……。

 そんなことを考えていた。

 

 しかし、長屋に近付くと、同じ棟で暮らしている周達というやもめ男が、血相変えて走ってきた。

 

「おお、陳達、大変だぞ──」

 

 周達(しゅうたつ)がやってきて叫んだ。

 しかし、周達は急いで走ってきたらしく、息を切らしていて、なかなか言葉にならない。

 

「大変ってどうしたんだよ、周達?」

 

 陳達は周達の慌てぶりが面白くて、思わず笑いながら訊ねた。

 

「どうしたも、こうしたもねえ──。お前、長屋に戻って引っくり返るなよ。お前を訪ねてとんでもない女たちがやってきているぞ。しかも、そのうちのひとりをお前の嫁にするために連れて来たとか言っている。いま、長屋じゃあ大騒ぎだ」

 

「俺を訪ねて、女が?」

 

 陳達は声をあげた。

 

「どいつもこいつも、とんでもない美女揃いだ。とりあえず、大家がお前の部屋にあげたが、お前とどういう関係なんだ?」

 

 陳達は驚いて、自分の部屋のある長屋に駆けた。

 すると陳達の部屋の前に人だかりができていて、中を覗きこんでいる。

 みんな近所の住民だ。

 そして、陳達を認めると、押しやられるように前に出された。

 陳達の部屋の中では、女たちがかいがいしく働いていた。

 食事の支度をしているようだ。

 

「ああ、戻ってきたのかい、陳達。たまたま通りかかったから、以前世話になった挨拶をしとこうと思ってねえ。元気だったかい? こっちは色々とあったけど、まあすべて解決したよ。お前のお陰でもあるね。聞いたところじゃあ、こっちの商売もなかなか順調らしいじゃないかい。心配していたけどよかったさ」

 

 宝玄仙だ。

 びっくりして、すぐには声が出なかった。

 ぽかんと口を開けたままでいたら、働いていた女たちがぞろぞろとやってきて、宝玄仙が座っている入口の後ろに並んだ。

 

 沙那、孫空女、朱姫だ──。

 

「ごぶさたしています」

 

「なんか、こういうことになってごめんね」

 

「また会えて嬉しいです」

 

 三人も頭をさげて挨拶をした。

 いや、もうひとりいる。

 

 すぐには誰だかわからなかったが、やがて、それが長女金だということがわかった。

 彼女たちが助けた女将校だが、その後、行方不明だと言っていた。

 どうやら、その長女金も見つけることができたのだ。陳達は安堵した。

 

「……こいつは、お前の嫁に連れて来たんだ。わたしらは数日すれば旅立つけど、こいつは置いていく。わかっていると思うけど、名は変えるからね。お前の嫁にしてやるから名もお前が決めな」

 

 宝玄仙が長女金を前に押しやった。

 陳達は仰天した。

 

 長女金は善良な美貌の女将校として知られていた。

 国都で不運な目に遭い陳達も同情をしていた。

 国都郊外の晒し場で男囚に犯される姿を晒されているという話に憤りを感じながらもなにもしなかった。

 だからこそ、宝玄仙たちが長女金を助けるために命を張ったということに自分を恥じたし、国都を脱する羽目になっても後悔しなかった。

 

「そ、そんな、わたしみたいな経験をした女を嫁になど……。でも、端女(はしため)としてでも置いてもらえれば一生懸命働きます」

 

 長女金が頭をさげた。

 

「陳達、お前のことはこいつには話した。お前さえよければ承知だそうだ。どうだい?」

 

 宝玄仙がさらに言った。

 陳達はあまりの話に長女金をじっと見た。

 長女金の顔に嫌がる様子はないし、嘘や冗談を言っている感じはない。

 どうやら、長女金をこの陳達の嫁にするというのは、本気の話のようだ。

 

 陳達は頭ががんがんしてきた。

 宝玄仙たちと十日をすごしたとき、もう一生分の女運は使い尽くしたと思っていた。

 しかし、今度は嫁だという。

 しかも、この長女金を……。

 あまりの出来過ぎた話に陳達はいまだ口がきけないでいた。

 

「……なに、黙りこくっているんだよ。まさか、気に入らないなんて言わないだろうねえ。ちょっとばかりつらい経験をしただけで、この女の価値に変わりあるものか。そんな鼻ぶらさげて、一人前にこいつが気に入らないとか思ってないだろうねえ」

 

 宝玄仙は陳達の沈黙に別のものを感じたようだ。

 途端に不機嫌になった。

 

「い、いえ、気に入らないとか……。気に入るとかの問題じゃないですよ、宝玄仙さん。俺みたいな顔の男に、こんな美女が嫁になってくれるなんて……」

 

 陳達はやっとのこと口をきくことができた。

 

「なんだい、醜男だってことはわかっているんじゃないかい。だったら嫁にしな。こいつは行き場がないんだ。こいつみたいに善良な美人はいないよ。それから武芸もできる。盗賊に襲われたときには用心棒になる。おまけに性の技も抜群ときている。最高の嫁だよ。健康だって、宝玄仙の折り紙つきだ。意外に家事もひと通りこなすらしいよ。ああ、そう言えば、お前は女を縛って抱くのが好きだったねえ。そういうことも受け入れてくれるから心配ないよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 後ろで、もの凄いどよめきが起こった。

 さすがに陳達も自分の顔が赤面するのがわかった。

 

「あ、あの、よろしくお願いします」

 

 しかし、当の長女金は嫌な顔ひとつすることもなく頭をさげる。

 

「ちょ、ちょっと、ご主人様、他の人も聞いているのに、性の技だとか、縛るとか大きな声で言わなくていいじゃないですか──」

 

 沙那が血相変えた感じで怒鳴った。

 

「ちょ、ちょっと訊いていいですか? この美人さんをこいつの嫁にするというのは本当ですか?」

 

 家の前に群がっていた野次馬を代表するかたちで周達が前に出てきて叫んだ。

 

「そういうことだよ。まあ、陳達次第だけどね。この女には異存はないよ。わたしに命を救われた恩があるから、逆らうことはないさ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「も、もちろん、俺も異存なんて……」

 

 陳達は言った。

 長女金を自分の嫁にする……。

 そんなことをしていいのだろうか。

 また、頭ががんがんしてきた。

 

「ねえ、あんたとこの陳達はどういう関係なんですか──?」

 

 周達がさらに言った。

 

「……関係──? ああ、陳達とはお互いに身体を合わせた仲さ。この男は顔は醜いけど、道具はいいものを持っているのさ。わたしら全員、この男の一物が忘れられなくて、はるばる訪ねてきたんだ。だから、今日からしばらく、この部屋が騒がしいかもしれないから勘弁しておくれ──。こいつなんて、あのときの声が大きいから、きっとうるさいかもね。ほら、沙那、いまのうちに先に謝っておきな」

 

 宝玄仙が沙那を前に出した。

 

「も、もう、ご主人様──。余所の人に馬鹿みたいなこと……」

 

 沙那が頬を膨らませた。

 

「ね、ねえ、あんた、あんたらが陳達と寝たことがあるって本当? 冗談を言っているんでしょう?」

 

 周達だ。

 

「ああ……それは本当です。わたしも、こっちの孫女……孫空女と朱姫も……。それから、この女主人の宝玄仙も全員、陳達さんに抱いてもらいました。ご主人様の言う通り、今夜からそういうことになると思います。騒がしくするつもりはありませんが、ご迷惑にならないように気をつけますのでよろしくお願いします」

 

 沙那が頭をさげた。

 すると、沙那の言葉に近所の住民が騒然となった。

 

 こんな幸運を本当に味わっていいのだろうか?

 余りに旨い話に、陳達はめまいのようなものまで感じ始めていた。

 

 

 

 

(第56話『半妖の少年魔王』及び『朱柴国篇』終わり)






 *


【西遊記:70・71回、賽太歳(さいたいさい)・後段】


(『346 狂気の晩餐会』の後書きの続きとなります。)


 二年前に誘拐された朱柴国王妃の金聖宮(きんせいきゅう)を救出するために、孫悟空は賽太歳(さいたいさい)の部下に化けて、妖魔城である獬豸洞(かいちどう)に乗り込みます。
 獬豸洞に潜り込んだ孫悟空は、まずは、監禁されている王妃の金聖宮(きんせいきゅう)に接触することに成功し、彼女から賽太歳の強大な術の源が「腰鈴」であることを教えられます。
 孫悟空は、金聖宮に賽太歳を寝屋に誘うように指示し、その隙に腰鈴を取りあげてしまおうと画策します。

 金聖宮が言われた通りに賽太斎を誘うと、賽太斎は喜んでそれに応じ、孫悟空の策のまま、賽太歳は、虫に化けている孫悟空の前で金聖宮を抱くために腰帯を外します。
 孫悟空は一度はそれを掴みますが、手にした腰鈴をうっかりと鳴らしてしまい、術が作動し、大きな火焔が周囲に湧き起こります。
 孫悟空は慌てて逃げ出さざるを得なくなり、腰鈴の奪取に失敗してしまいます。

 発動した炎の火焔からなんとか逃亡した孫悟空は、今度は春嬌(しゅんきょう)という雌妖を眠らせて、その姿に変身します。
 春嬌の姿で孫悟空は、金聖宮にもう一度、賽太歳に色仕掛けで迫るように命じます。

 孫悟空は、春嬌の姿で賽太歳のところに赴き、金聖宮がさっき中断された続きを求めていると伝えます。
 またもや、喜んだ賽太歳は、春嬌とともに金聖宮の寝所に赴き、服を脱ごうとします。
 そのとき、手放した腰鈴をしっかりと孫悟空は確保します。

 孫悟空は、力の源を奪われた賽太歳を懲らしめてやろうとしますが、そこに観音菩薩が仲立ちにやってきます。
 実は、金聖宮を二年間朱紫国王から離したのは観音の仕業であり、二年前に神事で粗相をした朱紫王への罰でした。
 賽太歳は観音が連れていき、金聖宮は孫悟空によって、夫である朱紫国王に戻されます。


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第8章【城郭国家域(仲間の絆)篇】
 第57話 362 単話・さとりの妖怪


「くじですよ。くじ」

 

 沙那が言い始めた。

 すぐに沙那は、荷から雑紙を取り出して、こよりを四本作った。

 そして、その中の一本だけの先を千切って短くする。

 孫空女はその様子を横で見ていて苦笑した。

 

 ここは、旅の途中で見つけた小さな猟師小屋だ。

 とりあえず誰もいなかったので、孫空女たちは、ここを今夜の宿として使わせてもらうことにした。

 夕食を済ませて片付けが終わると、いつものように、宝玄仙が夜の営みをしようとい言い出した。

 営みといっても、嗜虐好きの宝玄仙の相手をするのだから、普通に百合の性交をするわけではない。

 犠牲になったひとりが拘束を受け入れ、ほかの三人からよってかたって集中的に責めたてられるのだ。

 すると、沙那が今夜の犠牲者は、公平にくじで決めようと言い出したのだ。

 

 だが、そのくじにはからくりがある。

 だから、孫空女は苦笑したのだ。

 くじという手段は、一見公平のようだが、実はそうではない。

 沙那は手に握ったくじを自由自在に操作できるのだ。

 つまり、くじを当てさせたい者が引いたこよりが、当たりくじだった場合はそのままだが、そうでない場合でも、そのくじを手の中で千切ってしまうのだ。

 そして、ほかのくじは、最初の当たりくじと同じ長さに拳の中で千切ってしまう。

 そうやって、当たりくじを引いたように見せかけておいて、手に残っているこよりの千切れを隠してしまう。

 この手で沙那は二度三度、犠牲者の役を朱姫や宝玄仙に押しつけている。

 

「じゃあ、いつものように、一番短いくじが当たりです。恨みっこなしですよ」

 

 沙那が先端を握った四本のこよりを差し出した。

 

「どうでもいいけど、なんで四本なんだい、沙那? 今夜のいけにえを決めるくじじゃないか。お前ら三人でやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「まあまあ、いいじゃないですか、ご主人様……。たまに、わたしたちに責められる側になることも、そんなに嫌じゃないんですよね? ご主人様は、責めるのも好きなら、責められるのも好きなんだし、ご主人様が当たってしまったら、わたしたちは、精一杯に責めてさしあげますから」

 

 沙那はにこにこと微笑みながら言った。

 その物言いから、孫空女には、沙那は、今日の当たりは、宝玄仙にするつもりなのを悟った。

 

「じゃあ、あたしから引きますね」

 

 朱姫が手を伸ばした。

 しかし、それを宝玄仙が押しとどめた。

 

「なんですか、ご主人様?」

 

 朱姫が宝玄仙に視線を向けた。

 

「どうも、怪しいんだよねえ……。沙那、もう一度、手を拡げて、くじを見せな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「う、疑り深いですねえ……。いんちきなんてするわけないじゃないですか。ほらっ」

 

 沙那はくじを握っていた手を拡げた。

 もちろん、沙那は、いんちきをしているのだが、この時点では、なにも細工はしていない。

 宝玄仙にも朱姫にも、沙那の魂胆がわかるわけはない。

 

「確かに、いんちきじゃないね。じゃあ、やろうか……」

 

 宝玄仙がそう言うと、沙那が再びこよりを握って差し出した。

 そのとき、宝玄仙がにやりと微笑んだ気がした。

 

「わたしから引くよ……」

 

 宝玄仙は、沙那の握ったくじに手を伸ばして、一、二度、手で軽くこよりを引っ張る仕草をしてから、一本のこよりを抜き取った。

 

「あっ」

 

 そのとき、沙那が急に声をあげて顔を真っ赤にした。

 どうしたのだろう?

 

「ご、ご主人様……」

 

 沙那が焦った様子で宝玄仙を見た。

 

「どうしたんだい、沙那。こよりの一本が手に吸いついて取れなくなったかい? しかも、指が硬直して動かないんだろう? お陰でいんちきができなくなったのかい──? ふん、いつまでもお前に騙されるわけがないだろう……。さあ、誰が当たりくじを引くんだろうね。愉しみだよ……」

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 沙那は明らかに様子が不自然だ。

 孫空女はひそかに嘆息した。

 

「今夜当たった者は、徹底的に嗜虐されることにしようじゃないか。一刻(約一時間)や二刻(約二時間)で終らないよ。別に明日の出立が遅くなっても構わないさ。朝までやるよ……。いや、明日は、そのいけにえが、歩きながら零具で責められることにもしようか……。もちろん、わたしが一番短いくじだったら、受け入れるから、誰が当たっても、それを受け入れるんだよ──。文句言わずにね」

 

 宝玄仙が愉悦のこもった笑みを浮かべながら言った。

 孫空女は、その言葉で、沙那の細工がばれて、逆に沙那の手から一番短いこよりが外れなくなるように、宝玄仙が道術を掛けたのだと思った。

 こうなったら、もうどうしようもない……。

 下手な小細工をしようとした沙那も悪い。

 

「あたしも引くよ……」

 

 孫空女も手を伸ばした。

 こよりを確かめると、確かに、一本だけ沙那の手に貼りついたように動かないこよりがある。

 それが当たりくじなのだろう。

 孫空女は、それを避けて、別のこよりを抜いた。

 

「そ、孫女……。ね、ねえ……」

 

 沙那が焦った口調で、助けを呼ぶように孫空女を名を呼んだ。

 

「な、なんだい、沙那? 変なところで、名を呼ばないでおくれよ……」

 

 孫空女が沙那の小細工を承知していて、さらにそれを黙っていたということが宝玄仙に知られれば、沙那だけではなく、とばっちりは孫空女にも及ぶのだ。

 

「じゃあ、あたしも」

 

 朱姫が残った二本に手を伸ばした。

 しかし、そのとき、孫空女は、外になにかの気配を感じた。

 孫空女は、耳に隠している『如意棒』を右手に移す。

 

「ご主人様、道術を解いてください──」

 

 沙那も真顔になって、こよりを投げ捨てると、横に置いていた剣をとった。

 すると、山小屋の戸が外から叩かれた。

 

「誰──?」

 

 沙那が怒鳴った。

 山小屋そのものには、宝玄仙の強い結界が刻んである。

 訪問者が誰であろうと、簡単には小屋には入ってこれないはずだ。

 

「あんたらこそ、誰だい? 僕の山小屋でなにをしているの? しかも、おかしな道術の壁まで作って……」

 

 山小屋の外からしたのは、男の子供を思わせる声だった。

 

「あなたの小屋?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「そうだよ。とにかく、ここを開けてよ。ここは、僕の家だよ──。もちろん、結界を作っている道術も解いてよね」

 

 その声に沙那が首を傾げた。

 いまは、夜更けもいいところだ。

 ここが、その子の山小屋だとしても、そんな時間に戻ってくるなど不自然だと孫空女も思った。

 

「ひとりなの?」

 

 沙那が用心深く、戸の外に声をかけた。

 

「そうだよ。その証拠に部屋の中の様子を説明しようか?」

 

 外の子供が言った。

 孫空女は沙那とともに、戸のそばに構えたまま、さっと部屋の中を見た。

 確かに、部屋の中には、この小屋の持ち主が使っていたと思う、比較的新しいむしろが二枚ある。

 そして、奥の小さなかまどには、土鍋に調理をしていない山芋があった。

 

「もしかしたら、僕のことを怪しい者かもしれないと思っている? 怪しいのは、僕の留守中に、勝手に僕の家に入り込んだあんたらだよ。そこに、奥に新しいむしろがあるでしょう……。僕の寝床だよ。それから、奥のかまどには、食べようと思っていた芋が置いてある。どう? 僕の小屋だということがわかった? それよりも、あんたたちこそ、ここでなにをしているのさ?」

 

「仕方がない、結界を解くよ……」

 

 外からする子供の声による説明に、宝玄仙が肩を竦めた。

 孫空女には、宝玄仙が結界を解いたのがわかった。

 

「ま、待ってください、ご主人様──」

 

 しかし、沙那が叫んだ。

 だが、そのときには戸が開いて、すでに外からその人物が入ってきていた。

 肌の黒い小さな何者かだった。

 背丈は確かに人間の子供くらいだが、間違いなく人間ではない。

 怖ろしく髪が長くて顔もよくわからない。

 そのぼさぼさの真っ黒い髪が腰の後ろまで伸びていて、それを途中で木の蔓で縛っている。

 

「……へへ……、沙那しか、喋っていないのに、僕が、“あんたら”と言ったのが、ちょっと不自然だと思ったの?」

 

 その子供が沙那の顔を見て言った。

 用心深く、まだ剣の鞘を握ったままの沙那の眼が大きくなったのが孫空女にはわかった。

 

「……沙那の頭の中が読まれたような気がした? あれっ? 僕が只者ではないと考えているの? 場合によっては、それで僕を斬ろうというの? 怖いねえ……。少し、沙那からは離れようっと──」

 

 そいつは、戸の前から進んで、部屋の奥に歩き出した。

 こいつは、いったいなんだ?

 妖魔?

 しかし、そういう雰囲気でもない。わかるのは男だというくらいだ。

 

「待って、孫空女──。その右手のもので殴らないでね。僕は、なんにもしないよ。ただ、通りかかったら、珍しいことをしようとしているようだから、見物させてももらおうと思っただけさ」

 

「見物?」

 

 孫空女は用心深く構えた。

 

「僕のことは気にしないで、さっきやろうとしたことを続けてよ。くじで当たった女が、裸にされて縛られるんでしょう? でも、それは沙那に決まっているんだよね、宝玄仙さん……。それで、肉芽を糸で吊りあげて、大きくする調教をこの沙那にしようと思っていたんでしょう、宝玄仙さん──。面白いじゃない。やってよ。僕は、小屋の隅でじっとしているよ。害はないよ」

 

 男は、この小屋の四人の女を制するように、距離を置きながらそう言った。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「僕に道術は効かないよ、朱姫。道術をかけようとしたら、僕は自分の身体を幽体にできるからね。道術なんて、すり抜けてしまうよ」

 

 そいつは言った。

 そして、呆気にとられている四人を尻目に、四人の前を横切って、小屋の奥にあるむしろの上に座り込んだ。

 

「さあ、やって、やってよ──」

 

 男が胡坐をかいて、こっちに笑みを向けた。

 

「そいつは、さとりという化け物だよ」

 

 すると、宝玄仙がぼそりと言った。

 

「へえ、宝玄仙さん、よく知っているじゃない──。そうだよ、僕は、さとりだよ。あんたの考えているとおり、僕は正確には妖魔ではない。ましてや、人間の子供でもない。妖怪といった方がいいだろうね」

 

 男が言った。

 

「さとり?」

 

 孫空女は呟いた。

 

「そうだよ、孫空女……。こいつは、さとりという妖怪のようだ。人の心を読む悪戯妖怪だよ」

 

 宝玄仙がそう言った。

 

「妖怪って?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「あれっ、孫空女って、妖怪って知らないの? じゃあ、教えてあげてよ……。ええっと……。宝玄仙さんがいいよね。ついでに、僕のことも教えてあげて」

 

 さとりが宝玄仙に視線を向けた。

 

「……妖怪というのは、妖魔と呼ばれる魔族とは違う。正真正銘の非常識的な存在のことさ。そして、さとりという妖怪は、人の心を読むという化け物だね……。害がないというのは嘘だよ。油断していると取って食うよ。こいつの好物は、生きている人間の胆だからね」

 

 宝玄仙がそう説明すると、さとりが大きな声で笑った。

 

「心配しなくても、あんたらは食いはしないよ。さっき、ひとり旅人を食ってきた。腹いっぱいだ。ねぐらに戻ろうとしたら、面白そうな女たちの心が飛び込んできたので、立ち寄ってみたのさ……」

 

「つまり、つい立ち寄ったということかい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「まあね。とにかく、僕には遠慮はいらないよ。やろうとしていたことやってよ。僕は、人間の男と女が乳繰り合うのは見物したことはたくさんあるけど、女と女はまだ見たことがないのさ。ましてや、四人の女が同時になんて初めてだ──。さあ、さあ……」

 

 さとりが煽り立てるように言った。

 しかし、宝玄仙は肩を竦めた。

 

「お前のような人食いの化け物に見られながらこいつらと抱き合う気にはなれないね。お前も、わたしの心を読んでいるなら、わたしの言っていることが、そのままなのはわかるだろう? こいつらとの性交はなしだよ。さあ、行きな」

 

「本当にそうみたいだね、宝玄仙さん……。そんなのつまらないよ。やってよ──。見たいんだよ」

 

 さとりが声をあげた。

 

「ね、ねえ……。ということは、ここはこいつの小屋というわけじゃないんだね?」

 

 孫空女は口を開いた。

 だが、扉の外から、この小屋がさとりの棲み処であるようなことをこいつは喋った。

 だから、宝玄仙は、結界を解いて、このさとりを中に入れたのだ。

 

「そうね、孫女……。わたしかあんたの心を読まれたのよ。こいつが、部屋の中の物を説明するよ、と喋ったとき、わたしたちは、こいつが正しいことを喋るかどうか確かめるために、思わず部屋を改めて確かめたわ。その心を読まれたのよ」

 

 沙那が言った。

 

「ご名答。あんた、頭いいんだね、沙那……。でも、この人たちと仲良くしているけど、正直にいえば、この三人と抱き合うのは嫌いなんだね。へえ、嫌いなのに抱き合うんだ……。仕方なく?」

 

 さとりが語りだした。

 

「な、なに言ってんのよ──。く、くだらないことを喋らないでよ」

 

 動揺した様子の沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「もっと、心を読んであげるよ、沙那……。ほうほう……。でも、気持ちいいのは満更でもないんだね。だけど、恥ずかしいのは死ぬほど嫌いなんだねえ……。へえっ……。だけど、恥ずかしいと感じるとも思っているんだ。面白いねえ……」

 

「しゃ、喋るな、さとり──」

 

 沙那は顔を赤くして、剣に手をかけた。

 

「おっと、無駄だよ、沙那──。僕は心が読めるんだ。あんたが僕を襲おうとしても、それよりも早く避けちゃうさ」

 

 さとりが笑った。

 

「だったら、避けてみれば──」

 

 沙那が動いた。

 一瞬にして跳躍し、さとりとの間合いが詰まる。

 

「あっ」

 

 しかし、沙那が声をあげた。

 さとりの姿が消滅したのだ。

 たったいままでさとりが座っていたむしろの前に、沙那が剣を構えて呆然としている。

 孫空女も如意棒を握り直す。

 

「伸び──あっ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 手に握った『如意棒』を伸ばそうとすると、沙那の前から消滅したさとりが、急に孫空女の眼の前に出現して、機先を制するように孫空女の右手を蹴ったのだ。

 

「おっと──」

 

 孫空女が反撃する間もなく、再びさとりの姿が消滅した。

 すると孫空女の全身に、朱姫の『影手』が張りついた。

 

「そ、孫姉さん、ごめんなさい──。さとりを狙おうとして──」

 

 朱姫が声をあげた。

 すぐに孫空女の身体に貼りついた『影手』は消える。

 

「やめな、お前たち──」

 

 宝玄仙が大喝した。

 孫空女は、改めて『如意棒』を伸ばそうとしていたのを取りやめた。

 沙那と朱姫も、それぞれの場所で、身構えたまま硬直する。

 

「これは、こいつの常套手段だよ。そうやって、お互いを攻撃させるんだ。下手に動くと、お前たちをいえども、お互いを傷つけてしまう。さとりというのは、そういうやつなんだ」

 

「えっ?」

 

 孫空女は宝玄仙を見た。

 

「隠しているお互いの秘密をばらして、疑心暗鬼にさせたり、いまみたいに、自分を襲わせて、その攻撃を仲間に誤って受けさせたりして、仲違いさせるんだよ。それがこいつの手なんだ。そして、傷ついたり、殺し合わせたりして、人間を食べるんだ──。冷静になりな、お前たち」

 

 宝玄仙が言った。

 

「へえ、よくわかっているんじゃん……。あんた、妖怪研究家かなにか、宝玄仙さん?」

 

 さとりが姿を現して、四人から離れた別の隅に座り込んだ。

 沙那が宝玄仙に促されて、その場に座った。

 

「……いや、説明しなくてもいいよ。心に浮かべれば、わかっちゃうからね。あんたに、妖魔や妖怪のことを教えたのは、あんたのお母さんなんだね……。へえ、あんたって、お母さんに調教されたことがあるの? そのお母さんのことが嫌い? いや、そうでもないみたいだねえ……。会いたいなら会えばいいじゃないの。お母さんに調教され直されたいんでしょう?」

 

 さとりが宝玄仙をからかうような物言いをした。

 

「な、なんだと、お前──。べらべらとつまらないことを口にするんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が激昂したのがわかった。

 無数の道術の槍みたいなものが、いきなり、部屋中に飛び放った。

 

「うわっ」

「ひっ」

「きゃああ」

 

 孫空女も、沙那も、朱姫も、とっさに身体をその場にひれ伏して、その道術の槍を避けた。

 槍は、孫空女の背中すれすれの位置を掠め飛んだ。

 

「ご、ご主人様、冷静になってください──。も、もう、冷静にって自分で言っておいて──」

 

 沙那が床に伏せたまま必死で叫んだ。

 

「そうだよ。おっかないなあ……。僕には当たらないことがわかっていて、攻撃するんだねえ……。あんた、結構短気なんだね」

 

 一瞬、姿を消していたさとりが、また同じ場所に現れた。

 宝玄仙が憤懣の表情のまま力を抜いた。

 どうやら、多少は冷静さが戻ったようだ。

 

 孫空女は身体を起こして座り直す。

 沙那と朱姫も、身体を起こした。

 

 それにしても、宝玄仙の親の話を聞くなど初めてだ。

 母親から宝玄仙が調教されていたとさとりが言っていたが、本当だろうか……?

 まあ、本当なのだろう……。

 だから、あれだけ、腹をたてたのに違いない。

 

「ねえ、落ち着いたなら、さっきも言ったけど、続きやってよ──。四人で遊んでよ。約束するからさあ……。あんたらには、なにもしないよ。四人が抱き合うのを見せてくれたらね」

 

「その気はないと言っているだろう、さとり──。もうなにもしないよ。諦めて、どこかに消えな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「ああ、つまんないの──。だっから、あんたたちが、隠していることをなんでもばらしちゃうよ……。じゃあ、仲好さそうな四人だけど、本当はお互いに嫌ったり、誰かのことが一番好きだったりしているんだよねえ……。それを喋っちゃおう──。じゃあ、まずは、あんた──」

 

 さとりがいきなり、孫空女を指差した。

 

「あ、あたし──?」

 

 思わず孫空女は声をあげた。

 

「そうだよ、あんただ──。じゃあ、孫空女が一番好きなのは……」

 

 さとりがにやにやと笑いながら、もったいぶった口調で続きを喋り始めた。

 

 

 *

 

 

「とにかく、こいつに効果的なのは、無視することだよ。いいから、お前ら、こいつがなにを喋っても無視してな」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は黙って頷く。

 ほかのふたりも同じように首を縦に振った。

 

「あれっ? もう、僕に構うのはやめにするの? そしたら、諦めて出て行くと思っている? そうはいかないよ。じゃあ、とりあえず、この赤毛の女の心を読んじゃおう……」

 

 さとりが喋り出した。

 沙那はとりあえず、宝玄仙の指示に従い無視することにした。

 いまは、沙那たち四人は、小屋の壁に背もたれて四人がばらばらに座っている。

 さとりは、その中心に立って、くるくると向きを変えながら四人に交互に視線を送っている。

 

「あんたが好きなのはこの人だ──」

 

 さとりが最初に孫空女を指さしてから、次に宝玄仙を指した。

 

「ほう、光栄だね、孫空女。じゃあ、こいつがいなくなったら、明日の夜にでも徹底的に苛めてやるよ」

 

 宝玄仙がにやりと笑った。

 

「か、勘弁してよ……」

 

 孫空女が顔を赤らめた。

 

「大丈夫だよ。実は、この赤毛の女の人は、あんたに責められるのがすごく好きなんだ。気持ちがいいんだってさ。それだけじゃなくて、苛められると凄く感じると思っているよ。特に、身動きできなくされて、胸や股を弄られるのが好きさ。それとお尻の穴もね……」

 

「たっぷり、ご馳走してやるよ、孫空女──。それこそ、息もできないほどにね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ほ、本当に勘忍してよ、ご主人様」

 

 孫空女がますます顔を赤くした。

 

「あれっ……。思ったよりも反応しないね。つまんないなあ……。じゃあ、初めての性行為の相手をばらしちゃおうかなあ……」

 

 さとりは少し不満そうに言った。

 それくらいのことは、とっくの昔にみんな承知している。

 秘密でもなんでもないから、孫空女も動じないのだと沙那は思った。

 すると、さとりが、さっと沙那に視線を向けた。

 

「なるほど、そういうことか……。あんたらは秘密が少ないんだ。だから、さっきのは秘密でもなんでもなかったんだ。教えてくれてありがとうね、あんた」

 

 さとりが沙那に視線を向けて言った。

 教えた覚えはないが、勝手に心を読まれたのだ。

 

「……そうだよ。教えた覚えはないと思うけど、僕に心を読まれたのさ」

 

「くっ」

 

 思わず声を洩らした。

 なにか苛つく相手だ……。

 

「僕のことを苛つく相手だと思ったね」

 

 さとりが笑った。

 わざとらしい呷り言葉に、沙那の頭にかっと血が昇る──。

 

「怒りっぽいんだねえ。あんたが腹をたてたのがわかったよ……。じゃあ、心を読むのはあんたに変えようっと……。そっちが面白そうだしね──。あれっ? うっとうしいと思った? ほかの人のところに向かって欲しい? そうはいかないよ。ええっと……。あんたが一番好きなのは……」

 

「沙那、心を真っ白にしな。苛々と感情的になるから付け込まれるんだよ」

 

 宝玄仙だ。

 沙那はその言葉で少しだけ、冷静になった。

 ゆっくりと心の中で数を数えていく……。

 一……二……三……。

 

「どうやら、一番好きなのはこの赤毛の女だね──。間違いないね」

 

 さとりがそう言って笑った。

 

「こ、こらっ──。な、な、なに勝手なことをほざいてるのよ──。や、やっぱり、殺す──」

 

 沙那は身体の横の剣をさっと取った。

 

「心を真っ白にしろと言っているだろう、沙那──。興奮させて攻撃させることで、お互いに傷つけ合わせるのが、そいつの手だと教えただろう──」

 

 宝玄仙が笑いながら声をあげた。

 沙那は歯噛みして、剣を横に置いて腰をおろし直す。

 確かに、沙那が剣を掴むまでは四人の真ん中にいたのに、いつの間にか、朱姫のそばにいる。

 興奮して斬りつけていたら、もしかしたら、朱姫に剣が当たっていたかもしれない……。

 そう思った。

 

「それにしても、お前の好きなのが、孫空女とは知らなかったよ。そう言えば、孫空女が供になった頃から、お前も大人しくなってきたものねえ……。次からは、もっとお互いに乳繰り合う機会を増やしてやるよ、沙那」

 

 宝玄仙がさらに笑いながら言った。

 

「ち、違います──。そ、そんなんじゃありません、ご主人様──。そ、孫女、そんなんじゃないのよ……」

 

 沙那は狼狽えてしまい、宝玄仙と孫空女を交互に視線をやって、弁解じみた言葉を使ってしまった。

 孫空女は当惑したような表情だ。

 

「もっと、言ってやるよ……。ええっと……。逆に、嫌いなのはこの女だ」

 

 さとりは、今度は朱姫を指さした。

 

「ああっ──。酷いですよ、沙那姉さん──。いつも、尽くして差しあげているのに、あたしのこと嫌いなんですか──?」

 

 朱姫が大袈裟な口調で言った。

 

「なにが尽くしてあげているよ、朱姫──。あんたがいつも調子に乗って、常軌を逸脱するような責めをするのは嫌いだと言っているでしょう──。いつも、いつも、いい加減にしなさいよね──」

 

 沙那は叫んだ。

 朱姫は、わあ酷いとか言いながら頬を膨らませた。

 

「……でも、あんたに身体を舐められるのは嫌いではないようだよ、お嬢ちゃん──。この人は、本当は恥ずかしいことが気持ちいいんだよ。気持ちのいいことをされるのもね……。でも、あんたに責められると、そんな心を剝き出しにされたような気持ちになるから、とても落ち着かない気持ちになるらしいね。だから、嫌らしいよ」

 

 さとりが朱姫に言った。

 

「なんだ、そうだったんですかあ。なら、許してあげます。次は、朱姫の舌で沙那姉さんの身体をたくさんたくさん舐め舐めしますね」

 

 朱姫が笑った。

 

「違うと言っているでしょう──。で、出鱈目ばかり、言うんじゃないわよ──」

 

 沙那は手の平で思い切り壁を叩いた。

 

「興奮するなといっているだろう、沙那──。いい加減に短気を直しな」

 

 宝玄仙がまた声をあげた。

 仕方なく沙那は黙り込んだ。

 だが、短気だと宝玄仙に言われたくはないものだとも思った。

 この中で、一番短気なのは、宝玄仙であることに間違いないのだ。

 

「この人に、そんなことをを言われたくはないと思ったね、あんた?」

 

 さとりが、宝玄仙を指差しながら沙那に言った。

 沙那は、またかっとなった。

 

「だんだんと愉しくなってきたよ……。次は誰の心を読んでからかおうかなあ……」

 

 さとりがくすくとと笑いながら、四人を見回し始めた。

 沙那は、心が激昂するのをぐっと我慢した。

 

「……でも、そろそろ、うっとうしくなってきたかな……。追い払っちゃおうかなあ……」

 

 沙那はその声に顔をあげた。

 声の主は朱姫だった。

 

「おやおや、どうやら、あんたは、僕を攻撃しようと思っているね……。でも、無駄だよ──。君が行動を起こす前に僕はそれを悟って、逃げてしまうからね」

 

 さとりが朱姫に言った。

 

「……人が息をし、目がものを見るかぎり……この言葉は生き、君にいのちを与えつづける……荒々しい風は五月のいじらしい蕾をいじめる……」

 

 すると、突然、朱姫がそう言ったのだ。

 

「えっ? なに?」 

 

 すると、さとりが困惑した声をあげた。

 だが、もっと困惑したのは沙那だ。

 気がつくと、拳をさとりの顔に向けて振っていた。

 

「ぶぎいっ──」

 

 まともに頬に沙那の拳を受けて、さとりが床に転がった。

 

「な、なんだ──? 思ったのは、この背の低い女だったのに、殴ったのは、この気の短い女だったぞ?」

 

 さとりが悲鳴をあげた。

 

「なりよりも夏はあまりにあっけなく去っていく……時に天なる瞳はあまりに暑く輝き……

 かと思うとその黄金の顔はしばしば曇る……」

 

 朱姫がもう一度、わけのわからない言葉を呟いた。

 次の瞬間、沙那は引っくり返ったさとりを蹴り飛ばしていた。

 

「ぐわああ──」

 

 沙那の蹴りを横腹に受けたさとりが、身体を曲げた苦痛の声をあげた。

 

「な、なに?」

 

 沙那はわけがわからなかった。

 

「こ、怖いよう──。こいつらは、攻撃しようと思ったのが攻撃せずに、なにも思わない者がいきなり殴りかかったりする──。こいつらこそ、化け物だ──」

 

 さとりは起きあがると、慌てふためいて小屋を出て行った。

 

「よくやったよ、朱姫──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 そして、道術を刻んだようだ。

 

「……もう大丈夫だよ。もう一度、結界を刻んだ。今度戻ってきても、もう結界を通させはしないから大丈夫だ」

 

 宝玄仙がほっとした声をあげた。

 

「よかった……。じゃあ、沙那姉さんの『縛心術』を解きます……。あたしの眼を見てください、沙那姉さん──はいっ」

 

 朱姫が手を叩く音がした。

 はっとした。

 なにが起きたかわかったのだ。

 意識がまともだったと思ったが、たったいままで、沙那は、朱姫の『縛心術』による操り状態にあったようだ。

 

「なに、なに、なに? いま、なにがあったのさ?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「あたしが、沙那姉さんを『縛心術』による催眠状態にして操って、さとりを殴らせたんです。あたしが攻撃しようと思ったのは、さとりに悟られましたけど、あの妖怪は、『縛心術』というものを知らなかったんですね。だから、思いもよらないところから殴られて、対処できなかったんです、孫姉さん」

 

 朱姫がにこにこしながら言った。

 沙那は呆気にとられた。

 

「わたしの身体を操ったの?」

 

「まあ、許してくださいね、沙那姉さん……。それとご褒美くださいね……」

 

 朱姫は悪びれた様子もなく言った。

 

「でも、時間が経てば、さとりも、わたしらの心を読んで、なにが起きているかを悟ったと思うから、時間をかけていれば通用しない手段だったね。沙那が短気で、すぐにでもさとりを殴りたい気持ちになっていたから、朱姫の暗示で心がすぐに動いたということもあるようだね……。まあ、いずれにしても、ひと安心だ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「じょ、冗談じゃありませんよ」

 

 沙那は声をあげた。

 そして、朱姫を睨んだ。

 

「お、お前、いまのはなによ──? あのわけのわからない呪文のような言葉は──? お前、駄目だとあれほどに念を押したのに、わたしにまだ『縛心術』にすぐにかかる鍵となる言葉を残していたわね──。何度、折檻すれば、わたしにかけた『縛心術』を全部解くのよ──?」

 

 沙那は朱姫を怒鳴りあげた。

 これまでに朱姫は、『縛心術』を遣った責めを幾度となく行っている。

 沙那や孫空女に『縛心術』をかけて、まともにものを考えられない状態にして、下半身を露出して外に立たせたり、公道で突然に自慰を始めさせたりという、とんでもないことをさせるのだ。

 その都度、倍返しにして仕返しをするのだが、この朱姫は、これに懲りるということはない。

 そして、機会さえあれば、すぐにでも、その『縛心術』で沙那たちの身体を玩具にしようと、すぐに催眠状態になる暗示を残しているのだ。

 

 先日もそのことに気がついて、朱姫を拘束して拷問し、すっかりと白状させて、三人に対する暗示を解かせたはずだった。

 それにも関わらず、さっき暗示の言葉で沙那が『縛心術』にかかった状態になったということは、朱姫はあの訊問にもめげずに、まだ、鍵の言葉を残して隠していたのだ。

 

「あっ……」

 

 朱姫がしまったという顔をした。

 

「そう言えば、そうだよねえ……。あのとき、全部、暗示を解除させたはずなのに、まだ、沙那に残っているということは、もしかしたら、あたしやご主人様への暗示の鍵も、まだ残っているかもしれないよ」

 

 孫空女だ。

 

「それもそうかねえ……?」

 

 宝玄仙も神妙な表情になった。

 

「そ、それはありません──。今度こそ、本当です──。あたしは、沙那姉さんの暗示だけひとつ残しておいただけなんです。今度は本当です──。もうありません。いまの暗示は解きます──。それに、ご主人様や孫姉さんには、もう暗示の言葉は残してませんから──。正味、本当です」

 

 朱姫が慌てたように声をあげた。

 

「皆まで言わなくていいのよ、朱姫……。訊問が始まるまでね……。さあ、今日の訊問は、この前よりも輪をかけてつらいと覚悟するのね──。徹底的に身体に訊いてあげるわ──。ご主人様、朱姫を動けなくしてください」

 

 沙那が言った。

 すると、朱姫の身体が棒のように真っ直ぐになって硬直した。

 その場に倒れていく……。

 沙那はそれを床に当たる直前に受けとめた。

 

「ほ、本当ですよ、沙那姉さん──。か、勘忍してくださいよ。妖怪を追っ払って、罰を受けるなんて、理不尽ですよ」

 

 動けない朱姫が沙那に向かって声をあげた。

 

「いまは、なんにも喋らなくていいと言っているでしょう、朱姫──。二刻(約二時間)ほど、三人がかりで責めたててから、それから初めて質問してあげるからね。それまでは耐えるだけよ」

 

 沙那はそう言って、朱姫の身体を床に寝かせてから、衣服を剥ぎ始めた。

 

「手伝うよ、沙那」

 

 すると孫空女の手がそれに加わった。

 宝玄仙はその様子を愉しそうに見守る態勢になった。

 

 

 

 

(第57話『さとりの妖怪』終わり)



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 第58話  ぶち切れた堪忍袋【張須陀(ちょうすだ)
363 女剣士の昔語り


「ええっ──、今夜はご主人様の相手をしなくていいの?」

 

 夕方になって宿屋に戻った沙那に告げられた朱姫の言葉は意外なものだった。

 沙那は思わずほくそ笑んだ。

 

「なんか珍しく、こんな場所で東帝国出身の男に会ったんだよ。それで、意気投合しちゃって、ひと晩すごすってことになっちゃってさあ……。それで、あたしらも今夜は隣の部屋で休んでいいということになったのさ」

 

 孫空女が言った。

 

「それで、ご主人様はどこにいるのよ、孫女?」

 

「その男と部屋に閉じこもっているよ。なかなかの精力自慢の男だったから、そのまま朝まで出てこないんじゃないかなあ……。まあ、相変わらずのご主人様の気紛れにも呆れるよね」

 

 孫空女が肩をすくめた。

 朱紫国の国境と呼べるところを越えてから半月が経っていた。

 国教を越えてからは国らしい国はなく、東帝国では城郭国家と呼んでいたひとつの城郭と周辺の農村だけを支配するだけの小さな国が続いていた。

 それでも西に向かう旅を続ける限りにおいてはなるべく情報を入手してから入国するようにしていたのだが、ここから西の地域の情報は少なかった。

 

 わかっているのは、この()国を境に、しばらくは国といえるような地域はなくなるということだ。

 かろうじて入手することのできた漠然とした地図によれば、ここから西にはよくわからない白紙の地域がかなり続き、それからさらに西で諸王国群と西方帝国にぶつかることになっている。

 

 それまでは整備された街道などはなく、もしかしたら旅の糧食の確保も難しいかもしれないし、行く手を阻む天然の要害もあるかもしれない。

 ただ、この辺りの城郭都市にも、西からやって来る商人などは存在するようだから、道はあるのだろう。

 

 宝玄仙が向かいたがっているのは、金角や銀角が待っている妖魔の土地であり、ここからそこに向かうには、まずはそのずっと西の帝国に入り、そこから北進して妖魔の支配域に入るしかないというのはわかっている。

 現在は、大きな妖魔の国々が拡がる妖魔の土地の南側にいるのだが、ここから北には崑崙(こんろん)山脈と呼ばれる壁が人の走破を完全に阻んでいる。

 

 そこで沙那は、少しでもここから西の地域についての情報を集めようと城郭中を駆け回り、主に商人を相手に色々と訊きまわっていたのだ。

 そして宿に戻ってくると、宿屋の一階の食堂で待っていた朱姫と孫空女に、今夜は、宝玄仙の相手をしなくていいことになったと告げられたというわけだ。

 よくわからないが、宝玄仙はこの宿屋の一階でたまたま旅の男と偶然出遭い、その男が遥かなる東方帝国の出身だと知り、いつもの気紛れで身体を合わせるということになったということだ。

 

 とりあえず三人で食事ということになった。宝玄仙とその相手の男については、身体を合わせながら摘まめるような食事と飲み物を運びこんであるので、もうなんの世話もいらないらしい。

 

「……というわけで、ご主人様は、その東帝国からやってきた旅の男と意気投合して、ひと晩をすごすそうです。だから、あたしたち三人は、勝手にすごしていいそうですから、あたしがおふたりの身体を慰めるということでどうでしょう。責めについては、おふたりのお好きな人形責めでいいですか?」

 

 朱姫が食事を口にしながら悪戯っぽく笑った。

 

「絞め殺すわよ、朱姫──」

 

 沙那は朱姫の言葉を一蹴した。孫空女が横で笑った。

 

「……それにしても、こんなところで、東帝国出身の人間に出遭うなんて珍しいわね。ここまでくれば、そもそも、東帝国の存在を知っている者も少ないのにね」

 

 沙那は言った。

 “東帝国”あるいは、“東方帝国”というのは、帝国では外国人が使う呼称だったが、いつの間にか沙那も、故郷の国のことは“東方帝国”と呼ぶのがしっくりくるようにもなっていた。

 そういう意味では、沙那がやっと手に入れた地図に書かれている西の帝国も“西方帝国”とは書かれていない。沙那の感覚でそう呼んでいるだけで、地図には“帝国”と記されている。

 

「それで、そいつどんな奴?」

 

 沙那は訊ねた。

 宝玄仙がこんな風に行きずりの男を相手にするのは別段珍しいことではない。

 沙那たちの女主人は、あれだけの美貌だが、相手の容貌も性別も性格も気にしない。

 連れ込む相手に共通点はなく、まったく気まぐれで身体を合わせているとしか思えなかった。

 

「武芸者とか言っていたかな。あんまり感じのいい男じゃなかったけど、ご主人様は気に入ったみたいだよ……。まあ、ご主人様の気紛れには理屈はつけられないけどね」

 

「でも、ご主人様ひとりじゃあ危ないんじゃないの?」

 

 沙那は眉をひそめた。

 

「まあ、大丈夫じゃないのかなあ。ご主人様は結界を張るだろうし、そいつは霊気は低いけど、道術遣いでもあるらしいよ。だから、ご主人様は道術で圧倒できる。まあ、好きなようにさせてもいいんじゃないかな」

 

 孫空女は言った。

 基本的に道術遣いの道術は、霊気を帯びている相手にしか通用しない。

 だから、道術遣いにとっては、却って霊気を持っていないただの人間は危険なのだが、逆に少しでも霊気を帯びていれば、道術力の違いが圧倒的な力の差になる。

 確かに、その武芸者が宝玄仙の結界で宝玄仙に危害を加えることは難しいだろう。

 

「ふうん……。まあ、様子を見ていて、少しでも様子がおかしければわたしたちが飛び込めばいいのかもね」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙の気紛れについては、可能な限り宝玄仙の好きにさせないとすぐに不機嫌になり、始末に終えなくなる。

 それも沙那は十分に承知している。

 

「ところで、そのご主人様がなぜか気に入ったという武芸者はなんという名なの?」

 

 沙那は何気なく訊ねた。

 

張須陀(ちょうすだ)っていったかなあ、朱姫?」

 

 孫空女が朱姫に視線を向けた。

 

「そうです。張須陀ですよ、孫姉さん」

 

「張須陀?」

 

 沙那はその名を聞いて嫌な気分になった。

 

「知っている名前かい、沙那?」

 

 孫空女は驚いたような声をあげた。

 

「まあ、同一人物というわけじゃないだろうけど……。まだ、故郷の愛陽(あいよう)の城郭にいた頃、同じ名の張須陀という武芸者と揉めたことがあったのよ。いやな思い出よ」

 

 沙那は昔のことを思い出して言った。

 だが、ふと、それがまだたった数年前のことだということに気がついた。

 しかし、いまの沙那には、故郷の思い出など、数十年も昔の話のように感じる。

 

「どんな話ですか、沙那姉さん? 強姦でもされかけました?」

 

 朱姫がからかうような声をあげた。

 

「まあ、それに近いかもね」

 

「へえ、沙那を強姦しようなんて、どんな命知らずだよ?」

 

 孫空女も興味を抱いたように近づいてきた。

 

「そんなに面白い話じゃないわよ。まだ、軍に入ってない頃よ……。わたしは、軍に入って女兵になる前は、少しだけ自分の武芸を磨くために、武芸の道場に通っていたの……」

 

 一応、前置きをしてから沙那は語り始めた……。

 

 

 *

 

 

 愛陽の城郭の貴人であり分限者のひとりである(こう)将軍は、武芸好きの酔狂人として知られていた。

 将軍と呼ばれているが軍人ではないし、一度も軍務についたことはない。

 ただ、若い頃から武芸者が好きで、軍人や非軍人であるかを問わず、屋敷に武芸者を集めるのが好きだった。

 だから、誰ともなく、この老人をいつしか“将軍”と呼ぶようになった。

 

 本人の武芸は、達人という域には達していないのだが、なによりも武芸を極めた人間を見るのが好きだった。

 それで、軍人であるか否かを問わず、定期的に屋敷に周辺の武芸者を集めては祝宴を開くのが常だった。

 そして、その習慣が数十年も続くと、やがて、高将軍の定例会の宴に呼ばれることが愛陽における武人家としての証ということになっていた。

 

 沙那がその高将軍の宴に初めて呼ばれたのは、十九のときであり、気紛れで城郭内の小さな道場を覗いた将軍が、沙那の武芸に驚嘆し、それで宴に招待したというわけだ。

 高将軍の武術家の集まりに女が呼ばれたのは、それが初めてらしい。

 

 集まりといっても、ただの酒宴であり、酒の肴に武芸話をするだけだ。

 沙那は酒を受け付けない性質だったので、酒宴が始まっても酒を飲まず、もっぱら料理を食べることと、話を聞くことに徹した。

 若い女の参加というのは珍しいのか、最初はなんとなく沙那を探るような雰囲気もあったが、すぐに沙那の周りには武芸自慢の者が集まるようになった。

 

「沙那殿の得意は剣なのか?」

 

 訊ねたのはたまたま席が隣になった若い男だ。

 確か、城郭軍の将校のはずだ。

 この会合には軍人もいれば、そうでないものもいる。

 沙那のように若輩もいれば、高将軍と同じくらいの老人もいる。

 貴族の身分のある者もいれば、貧民街に暮らす乞食同然の者もいる。

 そういう身分違いの者が集まり、一切の格式と立場を排除して、ただ武芸者という一点のみで集まり祝宴をする……。

 それが、この高将軍の定例会なのだ。

 

「得意は剣ですが、ひと通りの武器は遣えます。弓については、力がないので大弓は不得手ですが、その代わりに小弓を専ら遣います」

 

「槍術はどうだ、沙那殿? 俺は槍が得手なのだ」

 

 男が言った。

 

「たしなみます」

 

「ならば、今度手合せをお願いしたいものだ」

 

「それは喜んで。わたしこそ、是非、ご教授ください」

 

 沙那がにっこり笑うと、相手の男が嬉しそうに破顔した。

 すると、途端に相手が饒舌になり、武芸自慢を始め出す。

 

「俺の編み出した槍術の極意は、突くのではなく斬るというところにあるのだ。穂先よりの下の部分の鍵のついた両刃両縞の槍で、相手の態勢を制して斬る。鍵の部分の遣い方は門外不出の秘伝であるがな」

 

「まあ、どのような修練をするのですか?」

 

 興味が湧いた。

 突くのではなく、槍で斬るという発想は、沙那も同様なものを独自の術として編み出していて、これまでの突くだけの教義よりは、より実戦的だと思っていた。

 それで訊ねたのだ。

 

「俺の流儀は実戦における修練に極意がある」

 

 相手が片目をつぶった。

 実戦こそ修練の場という考えは、まさに沙那の考えと一致した。沙那は、この若い武芸者に興味を持った。

 

「失礼ですが、お名前は……?」

 

 沙那は訊ねた。

 しかし、その質問は別の若い武芸者に割り込まれて答えを知ることができなかった。

 

「槍も大事だが、戦場では穂先がなくなればただの棒だ。棒術こそ基本だな。沙那殿はどうだ?」

 

 その別の若い男がいままで沙那が話していた若い男の間に身体を入れるように割り込んだ。

 

「そう思います……。それから、体術も……。戦いの場では、武器そのものを失うことも珍しくないはずです。そのとき、女のわたしでは、男の力にはかないません。だから、わたしは体術の修練も幼いころから続けています」

 

 沙那は激しく頷いた。沙那の考える武芸は戦うためにある。

 武芸のための武芸など、なんの意味はないというのが沙那の持論だ。

 だが、そんな話をしたくても、同世代の人間だとどうしても浮く。

 趣味といえば、庶民にも開放されている学問所で書物を読むことであり、考えてみれば同世代の人間とまともに話をする機会などなかった気がする。

 だから、武芸について熱心に同世代に近い人間と語り合うというのは新鮮だった。

 沙那は招きに応じてよかったと思った。

 

 武芸についての考えや腕自慢──。

 他愛のない話で時間がすぎていった。

 いつの間にか沙那の周りには、多くの男が集まるようになっていて、沙那は彼らが交互に披露する腕自慢の話に興じていた。

 腕に自信がある者は、大抵はその武威を自慢する。

 それが当然であり、沙那も武芸の話を真剣にするのは嫌いではない。

 沙那にとっては久しぶりに愉しい時間だった。

 

 それが崩れたのは、かなり陽が落ちてからだ。

 宴は庭で行われていたが、薄暗くなってきたので篝火があちこちに燃やされた。

 辺りが暗くなってから門から誰かがやってくる気配がした。

 すると、酒宴の席にある男が十名ほどの取り巻きを率いてやってきた。

 沙那はその男を知っていた。

 張須陀という男だ。

 ひと目見て、酔っているということがわかる。

 

「おう、これは、張師範だな。今日は姿を見せんと思ったが、酔っておるのか?」

 

 黙って周りの武芸者の話を聞いていることが多かった高将軍がそう言って、家人に指示して張須陀の席を自分の近くに準備させた。

 張師範こと張須陀は、城郭軍の将卒に武芸を教えている男であり、歳は四十過ぎだ。

 ただ、あまりよい噂は聞かない。

 特に女にだらしなく、しかも、よく女に暴力を振るうという話だった。

 一人前の武芸者が、男にしろ、女にしろ、なんの武芸のたしなみのない相手に暴力を振るうというのは感心しないと沙那は思っていた。

 

「別の用事があってな、高将軍──。見てのとおり酒をすごしておるが、向こうの席で、今日の高将軍の祝宴に新しい武芸者が招かれたということを耳にしてな。新しい参加者については、この張須陀が相手をして武芸の腕を見極めるのが習わしだ。それで、どの男がそうなのだ?」

 

 新しい武芸者というのは、自分のことだと沙那は思った。

 しかし、そんな仕来たりがあるというのは知らなかった。

 それで、周りの男に低い声で訊ねた。

 だが、ひとりの若い男が首を横に振った。

 

「勝手にそう言っているだけだ。しかし、なんだかんだと因縁をつけられて試合をすることになる。高将軍も眼の前で真剣勝負を見るのが嫌いでないしな……」

 

 沙那に応じてくれた若い武芸者は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 彼によれば、張須陀がけしかけて、高将軍も煽り立てる……。

 そうやって試合が始まるようだ。

 これまでも、新たにこの集まりに加わることになった新人は、結局、張須陀と試合をさせられて手酷い目に遭っているらしい。

 

「それじゃあ、あなたは?」

 

 なんとなく沙那は訊ねた。

 眼の前の若い武芸者も、この集まりに加わって間もないということをさっき知らされていたからだ。

 

「残念ながら負けてしまった。腕の違いがあることは認めるしかないが、実は負けそうになるとあいつは卑怯な手も使うのだ。俺もそれでやられた。俺はあいつを許せない。木剣で腕を折られたが骨が繋がったいまでも、以前のようには動かせない──。あいつは、武芸者などではない」

 

 沙那に対して、その男は悔しそうな表情を見せた。

 

「高将軍、それで、どれが新人なのだ?」

 

 張須陀はあてがわれた席に座ると、眼の前にあった酒瓶をそのまま口にした。

 

「それそこに──。その沙那殿だ。女ながらに、なかなかの武芸者だ。この集まりに相応しいと思って今回の集まりから招待状を送ることにしたのだ」

 

 すると張須陀があからさまに馬鹿にしたような顔をして地面に唾を吐いた。

 とても招待された高貴な人物の屋敷でするべき行為ではない。

 

「なにが、女武芸者だ。確かにいい女だから、男が集まって、ちやほやしているようだがな……。男漁りが目的なら、この集まりはお前には相応しくはない。女のお前など、腕調べをするまでもない。この集まりには相応しくないから、さっさと出ていくがいい──」

 

 張須陀は、また卓の上の酒瓶をぐいと呷った。

 女ということで馬鹿にした張須陀の物言いに腹が立つ。

 

「わたしは、あなたに呼ばれたんじゃないわ。高将軍に呼ばれたのよ。この集まりの資格について、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ」

 

 沙那は言い返した。

 すると張須陀は沙那に小馬鹿にしたような顔を見せた。

 その薄笑いが沙那をさらに苛つかせる。

 

「どうせ、この集まりに呼んでもらうのに、高将軍に色仕掛けでも使ったのであろう。ここは闘いができる者の集まりだ。お前のような遊女が来る場所ではないわ」

 

 張須陀の侮蔑に、沙那の中のなにかが切れた。

 

「その言葉は、わたしだけじゃなくて、高将軍も馬鹿にするものよ。わたしも気が長い方じゃないわ。喧嘩を売りたいなら買ってあげてもいいのよ」

 

 沙那の啖呵に一瞬だけ、張須陀はきょとんとした表情をしたが、すぐに大声で笑い出した。

 

「女、言うではないか──。だが、この俺が女のお前を相手にしたというだけで、それは恥になるのだ。いいか、女?」

 

「そうね。だったら、やめときましょう。わたしもあなたのような無頼を相手にして勝っても自慢にはならないしね……。そういえば、あなたって、武器を持たない女をよく殴るという噂を聞くけど、きっと、武器を持った女は怖くて戦えない人なのね」

 

 沙那が言うと、張須陀の顔がみるみると赤くなった。

 

「こ、高将軍、そなたの客人にこんなことを言わせてもいいのか。この女は戦いたがっているが、それでもいいのか──」

 

 張須陀は、今度は高将軍に怒りの矛先を向けた。

 すると高将軍はにっこりと微笑んだ。

 

「勝った方に金十枚──。賞金を出そう」

 

 金十枚という話に周囲が騒然となった。なによりも眼の前の張須陀の眼の色が変わった。

 すぐに慌ただしく周囲が動き始めて試合の準備が始まる。

 篝火も追加されて辺りが昼間のように明るくなる。

 

「女、獲物はなんだ──? 好きなもので相手をしてやる」

 

「あなたの得手は、張師範殿?」

 

 沙那は、庭に急遽準備された試合場に歩きながら言った。

 

「俺は棒の師範だ」

 

「だったら、棒でお相手します」

 

 沙那の得意は剣だが、棒でも槍でも弓でも、あるいは体術もそれなりに極めている。負けるつもりはないし、ましてや相手は酔っている。沙那の相手ではないと思っていた。

 

「よし、では棒だ。容赦はせんぞ。その綺麗な顔が潰れても泣きごとは言うな」

 

「わたしは手加減してあげるわ。歩いて帰れる程度にしておいてあげるから心配しないで」

 

 沙那の返しに場がわっとなった。

 張須陀の顔はますます赤黒くなる。

 

「女、そこまで言うなら、もしも負けたら、お前の身体をもらう──。それでどうだ?」

 しばらくして張須陀が不意に思いついたように言った。

 

「はあ?」

 

「絶対に負けない自信があるのだろう? 武芸者という者は勝負事には命を賭けるものだ。だが、命までとっては目覚めが悪い。だから、女の操をもらおう……。それとも、やっぱり、女だから命をやりとりするような勝負はできないか?」

 

 張須陀が挑発的な声をあげた。

 

「いいわよ。もしも、負けたら好きなだけわたしを抱くといいわ」

 

 沙那は呆れて言った。

 張須陀が卑猥な笑みを浮かべるとともに、周囲がどよめいた。

 

「……ただし、わたしからも条件があるわ」

 

 沙那はその喧騒を遮るように叫んだ。

 

「条件?」

 

 張須陀が眉をひそめる。

 

「あんたが負けたら、わたしに土下座をして詫びなさい。それとも、相手には勝負に受け入れがたい代償を賭けさせても、自分がそれをするのは嫌かしら?」

 

 沙那は挑戦的に言った。

 

「いいだろう……。勝負の後で、そんな約束はなかったなんて言わせんぞ。ここにいる全員が証人だ──。沙那、今夜から、お前は俺の性奴隷だ」

 

「ほざきなさい」

 

 沙那はそれだけを言った。

 稽古用の棒が運ばれてきた。

 沙那は渡された一本を手に取った。

 持った瞬間に違和感を覚えた。

 見ると棒にひびが入っている。

 こんなもので戦えば、あっという間に折られてしまうだろう。

 そして、沙那は棒を渡したのが、張須陀の連れてきた取り巻きのひとりだったと思い出した。

 沙那の棒に細工をしたのだ。

 思わずかっとなった。

 

「いくぞ──」

 

 しかし、沙那が得物の交換を申し出る前に張須陀が飛びかかってきた。

 周りを取り囲んだ見物人がわっと湧いた。



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364 昔語りの続きと理不尽な現実

(沙那の昔語りが続いています……)




 沙那はひびの入った棒を自ら地面を叩いてふたつに折った。

 戦闘の途中で折られて不覚をとるよりも最初から短い方がいい。

 棒が最初の半分の長さになったとき、張須陀(ちょうすだ)の打撃が沙那に襲いかかってきた。

 沙那はかわす姿勢も見せずにかわし、一気に踏み込んで間合いを詰めた。

 張須陀の大きな身体と沙那の身体が激しくぶつかって離れる。

 

 離れたときには張須陀は、手から棒を離してうずくまっている。

 間合いが詰まったときに、折れた棒で利き腕の手首を叩き折ったのだ。

 張須陀は憤怒の表情で手首を抱えて沙那を睨んでいた。

 周囲のざわめきが聞こえた。

 なにが起こったのが観客にはよく見えなかったようだ。

 

「拾ったら?」

 

 沙那はつま先で張須陀の棒を空中に放りあげると、片手で受けて張須陀に差し出した。

 

「折れた棒を渡せばわたしに勝てると思ったの、卑怯者……」

 

 張須陀に棒を渡すふりをしながら、その耳元でささやいた。

 張須陀の顔が真っ赤になった。

 

「うおおおっ」

 

 張須陀が折れていない手で棒をひったくると、沙那に滅茶苦茶にふりかかってきた。

 沙那は簡単にかわして、足で思い切り張須陀の両脚を払った。

 態勢を崩した張須陀が顔面から地面に倒れる。

 今度は周りもどっと歓声をあげた。

 張須陀が倒れるとき、持っていた棒を放り落としていた。

 その棒は沙那が宙で掴んでいる。

 

「まだ、やるの?」

 

 沙那は張須陀にまた棒を差し出した。

 張須陀は今度はしっかりと棒を受け取った。

 ゆっくりと立ちあがり姿勢をとり直す。

 打ちこもうと思えば簡単に打ちこめたが、沙那は張須陀が構え直すまで待ってやった。

 

 張須陀が構える。

 沙那は折れている棒を捨てた。空身で張須陀の攻撃を受ける姿勢をとる。

 大きな奇声とともに張須陀の打ち込みがやって来たが、利き腕を折っている張須陀の棒は、沙那から見ればまるでとまっているかのようだった。

 棒を避けて張須陀の身体を掴む。

 そして、向かってきた勢いを利用して、くるりと回転させる。

 今度は背中から地面に叩きつけた。

 張須陀はうっと呻いて動かなくなった。

 

「勝負ありね」

 

 沙那は静かに言った。

 わっと拍手が周りから起こった。

 

「見事だ、沙那殿──。さあ、賞金を……」

 

 高将軍が興奮した表情で声をあげた。

 沙那はにっこりと笑ってそちらに歩み寄ろうとした。

 

「お、お前ら全員でかかれ。この女の手足を叩き折れ──」

 

 背後から張須陀の大声が聞こえた。振り返ると起きあがった張須陀が連れて来た取り巻きたちに、沙那を全員で襲うようにけしかけている。

 明らかな無法に、見物のほかの武芸家たちが張須陀に対する抗議の声を一斉にあげる。

 だが、張須陀もその取り巻きたちも完全にそれは無視している。

 張須陀の取り巻きたちが棒を手にして沙那を囲み始めた。その数は十人ほどだ。

 

「誰か棒を──」

 

 沙那は叫んだ。

 見物人から一本の棒が投げ入れられる。

 沙那はそれを掴むと、迫っている十人に踏み込んだ。

 

 正面の三人に続けざまに手首に棒を打ち込み、その手から棒を叩き落とす。

 たちまちにうずくまった三人を無視して振り返り、背後から襲いかかってきたひとりの身体を棒の先で突きあげた。

 ものの見事にその男の身体は頭よりも高くあがり、ほかの仲間に方向に投げ捨てられる。

 態勢が崩れた取り巻きたちに、沙那は次々に踏み込んでは棒で叩きのめした。

 全員が沙那に打ち倒されるのに、それほどの時間はかからなかった。

 気がつくと、もう沙那に打ちかかる者はいなくなり、張須陀も含めてその取り巻きの全員が沙那ひとりに倒されたという状況ができあがっていた。

 

 今度こそわっと大歓声が起きた。

 沙那は武芸を称えようと寄ってきたたくさんのほかの武芸家たちに揉みくちゃにされた。

 取り囲む彼らの賞賛の言葉を聞きながら、沙那は視線の端で張須陀と取り巻きたちがこそこそと逃げ帰っていくのを捉えていた。

 

「いやあ、久しぶりに興奮した。素晴らしいものをみせてもらった。是非とも軍に紹介させて欲しい。沙那殿ならば、一兵卒としてではなく、すぐに十人隊長、いや、百人隊長として抜擢されると思う」

 

 興奮で顔を高揚させた高将軍が近づいてきた。

 沙那を囲む輪が割れる。

 高将軍は沙那の手を取り、酒宴の席に引っ張っていった。

 ほかの男たちも一斉に沙那を囲み、我先にと沙那の周りの席に群がった。

 席に着くと、高将軍は、賞金の金十枚の包みを家人から受け取って沙那の前に押しやるとともに、沙那にしきりにさっきの見事な戦いぶりを説明してくれとねだってきた。

 

「それにしても、わしも人間があんなに見事に舞いあがるのは初めて見た。それに、失礼じゃが、そなたの細い腕のどこに、大の男を棒で突きあげるような力が出てくるのかわからず、まるで道術を見ているようじゃったわい──」

 

 高将軍が笑って言った。

 

「あれは力は必要ないのです。相手の力と勢いを利用しているだけで……」

 

 沙那の説明に、周りからも感嘆の声があがった……。

 

 

 *

 

 

「へえ、そんなことがあったんですか」

 

 朱姫が相槌を打った。

 

「それが縁で軍に入ったのよ。そして、一年で千人隊長にまで出世したというわけよ。ところで、その話はまだ終わりじゃないわ。続きがあるのよ」

 

 沙那と孫空女と朱姫の三人で食事をしながら、沙那の昔の武勇伝をしていたところだった。

 だが、いつの間にか、三人が食べていた大皿の料理はなくなっていた。

 それで、部屋に戻って続きを語ろうということになった。

 

 階段をあがって借りている部屋に向かう。

 最奥の部屋のふたつが、沙那たち四人が借りているふたつの部屋だ。

 奥側には、いま宝玄仙とその宝玄仙が意気投合したという旅の男がいるはずだ。

 宝玄仙のいる部屋には、宝玄仙の結界が内側にかかっているので物音は聞こえない。性愛の好きな宝玄仙のことだから、いま頃は、その張須陀という旅の武芸者と狂態を演じているに違いない。

 沙那がひとつ手前の自分たちの部屋に入ろうとしたとき、さらに手前の別の部屋から男たちの酔ったような声が聞こえた。

 

「その部屋は、もともとの張須陀さんの部屋ですよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「あらっ、こっちの張須陀というご主人様のお気に入りの方には、連れがいたのね」

 

「三人連れだったよ。さっきも言ったけど、あたしはいけ好かない男たちだったね」

 

 孫空女が言った。

 部屋に入った。

 真っ暗な部屋に朱姫が道術で明かりを灯した。

 

「……それで、さっきの話の続きがあるようなことをさっき言っていたけど?」

 

 寝支度を済ませて、それぞれに寝台に潜り込むと孫空女が促した。

 

「事件があったのは、その酒宴から帰り道のことよ」

 

 沙那は物語の続きを語りだした……。

 

 

 *

 

 

 自宅に戻る途中で建物の陰から突然に矢が射かけられてきた。

 

 月明かりはない。

 沙那の身体は無意識に動いた。

 

 飛翔する矢を転がって避けていた。

 二本の矢が沙那の転がった地面に突き刺さる。

 

 しかし、反対側からも矢が来る。

 それは完全には避けきれずに沙那の肩を掠った。

 

 また、矢が来る。

 それは逸れた。

 

 沙那は倒れたまま這い進み、取り落とした灯を慌てて消した。

 襲撃者は沙那の持っている灯を目がけて射ているのだと悟ったからだ。

 灯を消すことに成功すると、周囲は真っ暗闇に包まれた。

 矢の襲撃もとまった。

 

 沙那は用心深く、地面を這った姿勢で周囲の気配を探った。

 少なくとも四人の人間の闘気を周りから感じる。

 眼を凝らすがどこにいるのかわからない。

 建物の陰にでもいるのだろう。

 沙那を探っている気配もある。

 

「なに?」

 

 不意にさっき矢が掠った肩の部分が熱くなった。

 それとともに、筋肉が弛緩するような感じが全身にやってきた。

 

 痺れ薬──?

 咄嗟に思った。

 

 さっきの矢にはおそらく、なにかの毒が塗られていたに違いない。

 慌てて、そばの立木に這い寄る。

 懐から小刀を出して、矢が掠った傷口の部分に刃を刺して裂いた。

 血がどっと出るのがわかった。

 痛みが走るが、全身に回りかけていた痺れのようなものは軽くなる。

 

 沙那は、しばらく傷口から血が流れるに任せた。

 やがて、周囲から誰かが近づく足音がしはじめた。

 片手と口を使用して、沙那はとっさに布で傷口を縛る。

 そして、傍に刺さっている矢を抜いて、その矢に沙那の肩から流れる血を擦りつけた。

 その矢を故意に折ってそばに捨てる。

 

 そのまま樹木に背もたれるようにして待っていると、四人の男たちが樹木の根元で座り込んでいる沙那の周りを囲んだ。

 四人の全員が剣を抜いている。

 その四本の剣が沙那に突きつけられた。

 

「さっきはよくもやってくれたな」

 

 四人の中のとりわけ巨漢の影が沙那を見下ろしながら言った。

 

「張須陀殿……」

 

 さっき高将軍の屋敷の庭で叩きのめした張須陀だ。

 よく見るとほかの三人もさっき沙那が倒した取り巻きに含まれていた顔だ。

 どこまで卑怯な連中なのだろう。

 試合に負けた腹癒せに沙那を闇討ちにしたらしい。

 

「肩に当たったか……。さっきの矢に痺れ薬が塗っていたからな。それだけ深く抉られれば、もう動けんだろう」

 

 張須陀は沙那の様子とそばに落ちている血だらけの矢を見て言った。沙那が自分で傷をつけたとは思っていないようだ。

 

「わ、わたしをどうするつもりよ……?」

 

 沙那は静かに言った。

 四本の剣先は沙那のすぐ眼の前に突きつけられている。

 

「心配するな。殺しはせん──。すぐにはな……」

 

 張須陀が声をあげて笑った。ほかの三人からも同調した哄笑が起きた。

 

「だが、しっかりとさっきの償いはしてもらうぞ、沙那──。まずは、俺が味見をする。前の穴と後ろの穴を一度ずつな。つぎにお前がさっき倒した俺の門弟が順番にお前を犯す。その後はまあ、厠だな──」

 

 張須陀がまだ笑いながら言った。

 

「厠?」

 

「おう、厠だ。俺の屋敷の奥に檻を作るので、そこで飼ってやる。それで門弟全員の性処理用の厠として飼ってやる。お前の身体が使いものにならなくなったら殺してやろう。まあ、そんなに先のことじゃないと思うがな──。俺にあんな恥辱を与えたことを後悔するがいい……」

 

 最後まで言わせなかった。

 男たちが沙那の凌辱に想像を逞しくして、話に夢中になっている隙を認めると、沙那は身体を回して四人の足を払った。

 

「うわっ」

「おっ」

 

 男たちがその場に崩れ落ちる。

 沙那は立ちあがった。

 頭から血がすっとなくなる感じがして、一瞬だけ眼がくらんだ。

 

 だが、一瞬だけだ。

 すぐに血を出したお陰で毒は完全に回ってはいない。

 しかし、身体の弛緩はかなり残っている。

 長い戦いはできない。

 

 すぐにひとりの男が落とした剣を拾った。

 同時に眼の前にあったひとりの男の顔を思い切り蹴り飛ばした。

 

「ぶごうっ──」

 

 豚の鳴き声のような声がした。

 つま先に人間の鼻が折れる感触がしっかりと伝わった。

 蹴り飛ばした後で、いま蹴ったのが張須陀だとわかった。

 張須陀は起きあがれずに、そのまま顔を抱えてうずくまった。

 

「やるの? ひとり残らず、斬り殺すわよ──」

 

 沙那は剣を構えて大声をあげた。

 ほかの男たちが怯むのがはっきりとわかった。

 だが、出血のためかかなり身体がふらつく。

 おまけに動いたことで、入ってしまった毒が一気に全身を駆け回った。

 弛緩を感じて手足の先が痺れてくる。

 

 これは拙い……。

 沙那の背に冷たい汗が流れる。

 無理だ……。

 

 こうやって剣を構えるので必死だ。

 その重さだけで身体が崩れそうだ。

 剣を握る自分の手が小刻みに震えるのがわかった。

 

 だが、そのとき、真っ暗だった周囲の建物に灯がつきだした。

 襲われている場所は平民の民家の集まっているところだ。

 外の騒ぎに、寝ていた者が起き始めたのだろう。

 

「や、やばいですよ、師範」

 

 周囲の建物からこっちの様子を伺う気配が増えていく。するとひとりの門弟が焦った声をあげた。

 

「お、覚えていろ、沙那……。ひ、引き揚げだ──」

 

 張須陀が顔を押さえながら言った。

 手の隙間から張須陀の激しい鼻血と奇妙な方向に曲がっている鼻が見えた。

 

 四人が駆け去っていく。

 沙那はしばらく剣を構えたままでいたが、その四人が完全に闇に消えると、剣を落としてその場に尻餅をついた。

 

 これ以上は立っていられない……。

 出血と矢毒の痺れ──。

 その両方の本格的な影響が身体に襲いかかってきていた。

 

「どうした?」

 

「大丈夫か──?」

 

 ばらばらと建物から人が出てきて、沙那に向かって集まってきた。

 

「お、お願いです。助けてください──。襲われたんです」

 

 沙那はそれだけを叫ぶと、ふっと気力が尽きて、その場に倒れ込んでしまった。

 

 

 *

 

 

「……それで、その張須陀はどうしたのさ?」

 

 寝床に横になっている孫空女の声がした。

 

「わたしの訴えで翌日には兵に捕らえられたわ。目撃者もいるし、連中の残していった剣には、しっかりと張須陀の門弟の者である印も刻まれていたのよ。連中は、失敗しても証拠を残さないようにしようという知恵もなかったのね。裁きで張須陀は、棒打ちの後、城郭から追放となったわ。それから彼がどうなったかは知らないわね」

 

 沙那は言った。

 この事件の約一年半くらい後に、宝玄仙が城郭にやってくるという出来事があった。

 そして、その宝玄仙の陰謀により、沙那もまた城郭追放になった。

 それからは宝玄仙の供として、あるいは、性奴隷としての旅だ。

 やがて、旅に孫空女が加わり、朱姫が加わった。

 

 いろいろとあったが旅に出ることができてよかったと思う。

 城郭にいた頃の自分は、本当に世間のことを知らない独りよがりだった。

 自分の武芸や知識に自惚れて、ほかの者を見下しているところがあったように思う。

 

 この張須陀のときだって、あんなに完全に叩きのめすような試合をしなければ、闇討ちまでするくらいに張須陀を逆上させることもなかったろう。

 そもそも、馬鹿にされたくらいで、あんなに激昂する必要もなかった。

 

 受けた侮蔑を晴らそうなどと思わず、平然としていればよかった。

 高将軍の集まりなど、女は来るなと言われれば、素直に出ていけばよかったのだ。

 別にどうしても参加したい集まりなどではなかった。

 沙那がくだらない意地を張って、武芸を見せびらかすようなことをしたために、一歩間違えばとんでもないことになる危機に沙那は陥ったし、張須陀も城郭を追放されるということになった。

 

「ねえ、本当にこのまま寝るんですか──。ちょっとくらい、三人で遊んでから休んでもいいんじゃないですか……?」

 

 朱姫の声がした。

 

「うるさい、朱姫──。黙って寝なさい。本当に首を絞めるわよ」

 

 沙那はかっとして怒鳴った。

 朱姫は宝玄仙がいないことをいいことに、自分が沙那や孫空女を責めて愉しみたいのだ。

 宝玄仙に責められるのであれば、恥辱にも耐えるが、なんで朱姫にまで嗜虐されなければならないのか……。

 

「おう、怖い──。じゃあ、いいですよ、沙那姉さん……。朱姫は自分で慰めて寝ます」

 

 朱姫はそう言うと、がそごそと寝床で動き出した。

 沙那の寝台は窓側の奥で、朱姫の寝台は沙那の寝台の列の扉側にある。

 足元側から、掛け布の中で朱姫がもぞもぞと股間に手をやったのがわかった。

 すぐに手が動き始める気配もする。

 朱姫の細かい息が聞こえ出す。

 

「や、やめてよ、朱姫──。大人しく寝なさいよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「は、はあっ……そ、そんなこと……はあっ、はあっ……沙那姉さんに……い、言われたく……ないですよ……朱姫の……はあっ、はあっ……勝手じゃ……はあっ……ないですか……」

 

 朱姫が小刻みで荒い息をしながら言った。

 

「じゃ、じゃあ、勝手になさい──」

 

 沙那は鼻を鳴らして朱姫に背を向けた。

 

「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」

 

 朱姫の耳障りな呼吸音が部屋に響く。

 気にすまいと思うのだが、無視しようとすると却って気になってしまう。

 朱姫の呼吸音が沙那の耳を刺激する。怒鳴りつけようと思ったが、さすがに自重した。

 朱姫の自慰は続く。

 

「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」

 

 真ん中の通路を挟んだ沙那の反対側には孫空女が寝ている。

 孫空女の緊張も感じる。黙ってはいるが、孫空女も朱姫がやっている自慰の声が気になるのだ。

 しきりに孫空女も寝床で寝返りを打っている。

 

「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」

 

 いつまで続けるのか朱姫の呼吸音はかなり長く続いている。

 やがて、自分の息も朱姫の呼吸と同じくらいに荒くなってくることに気がついた。

 

「さ、沙那──。これっ、ただの息じゃないよ──」

 

 不意に孫空女が寝床で叫んだ。

 

「あら、気がついちゃいました、孫姉さん? でも、もう、遅いですよ。もう、おふたりとも、朱姫の『縛心術』にかかっています──。だって、身体がもう動きませんよね」

 

 朱姫が笑いながら起きあがった。

 

「なっ」

 

 驚いて起きあがろうとした。

 しかし、全身が鉛にもなったかのように動かない。

 

 はっとした。

 本当に『縛心術』にかかっている。

 それで、すぐに朱姫のからくりがわかった。

 自慰による息の音というのは見せかけだ。

 あの単純な繰り返しの呼吸音に、ついつい沙那も意識を集中させてしまった。あまつさえ、無意識ではあるが、それに自分の呼吸を合わせるというようなことをしてしまった。

 それによって、沙那は朱姫の『縛心術』を受け入れるという失態をしてしまったのだ。

 

「しゅ、朱姫、や、やめるのよ──。術を解くのよ。後で酷いわよ」

 

 沙那は怒鳴った。

 しかし、身体はぴくりとも動かない。

 部屋が明るくなった。

 朱姫が道術で灯を明るくしたのだ。

 朱姫は寝台から降りて、椅子を運んできて沙那と孫空女が寝ている通路にその椅子を置いて座った。

 朱姫が手を伸ばして沙那と孫空女の身体の上から掛け布を取る。

 

「しゅ、朱姫、お前ねえ……」

 

 孫空女の半分諦めたような抗議の声もした。孫空女も沙那と同じように仰向けの姿勢で動けなくなっている。

 

「いいじゃないですか、おふたりとも……。なにもしないで寝るなんて身体に毒ですよ──。じゃあ、自慰をしてください。それで許してあげます──。自慰をしようとするときだけ身体が動きますよ。それ以外の行動では身体は動きません」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「そ、そうだよ、朱姫──。いい加減にしなよ」

 

 孫空女も言った。

 

「あれっ、自慰をしないんですか……。だって、身体がもの凄く疼くでしょう。身体が火照って堪らないはずですよ」

 

 朱姫の声が終わると同時に、かっと全身が熱くなった。

 

「あ、ああっ……」

 

 沙那は身悶えした。

 気がつくと手が股間に伸びようとしていた。

 意識を集中すると宙に浮いていた腕がばたりと寝台に落ちた。

 

「へえ、頑張りますねえ、沙那姉さん……。でも、孫姉さんは始めましたよ。我慢するとどんどん疼きが大きくなって大変ですよ」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 途端にかっと熱いものがやってきた。

 

「あ、ああっ……しゅ、朱姫……や、やめるのよ……い、いい加減に……」

 

 苦しい……。

 全身を激しい官能の疼きが暴れ回っている。

 股間が熱い──。

 沙那の意識を無視して、身体が朱姫の言葉のままに反応している。

 

 しばらく耐えた。

 だが、確かに全身の疼きは痛みにも感じるほどだ。

 隣の寝台の孫空女の自慰の悶えと嬌声が沙那を更に追い詰める。

 

「あはあっ──」

 

 朱姫の向こう側にいる孫空女が激しい嬌声をあげた。達したのだ。

 

「ほら、孫姉さんは素直ですよ……。もう、一回目が終わって二回目を始めているところです。沙那姉さんも意地を張らないで自慰をすればいいじゃないですか」

 

 朱姫が言った。

 

「に、二回目──?」

 

 孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 

「あ、あんたも……しなさい……」

 

 沙那がやっとのこと言った。全身を苛む疼きはもう耐えられるようなものではない。大きな官能の波が暴れ回っている。

 

「あ、あたしですか?」

 

 沙那の言葉に朱姫が顔を真っ赤にした。

 

「そこでしなさい……。あんたもすれば、後でもう怒らないわ」

 

 もう諦めた……。

 朱姫の『縛心術』にかかって、それに抵抗できるわけがない。

 その諦めの気持ちが、朱姫に対するさっきの言葉になった。

 自分でも驚いたが、三人で自慰をし合うというのも悪くない。

 心の底の淫らな黒の感情が沙那を支配していく。

 そんな気がした。

 

「わ、わかりましたよ……。あ、あたしも本当にやります。だ、だから、沙那姉さんもしてくださいよ」

 

「わかったわ」

 

 頷くと耐えていた感情を解放した。

 ごく自然に沙那の手は股間に動いた。

 下着の中に手を入れて割れ目に指を這わせ始める。

 もうびしょびしょだ。

 たちまちに大きな愉悦が襲ってきた。

 

「あ、ああっ……」

 

 椅子に座る朱姫の声が聞こえてきた。

 その向こう側では孫空女の悶え声がしている。

 快感に酔う三人の声が部屋に響き合う。

 

「あはあああぁぁ──」

 

 やがてやってきた快感の波に沙那はがくがくと身体を震わせた……。

 

 

 *

 

 

 翌朝──。

 

 すっかりと身支度を終えて食堂で待っていた。

 宝玄仙を部屋に声をかけたら、三人で食堂で待っているように、扉越しに命令されたのだ。

 待っていると上機嫌の宝玄仙と大柄の男が二階から降りてきた。

 沙那はその男の顔を見て驚愕した。

 紛れもなくその男は、故郷の愛陽で悶着を起こしたあの張須陀だったのだ……。

 

「今日の出発は延期だよ。もう、一日、ここですごすからね……。ところで、紹介するよ、沙那──。お前は、まだ遭っていなかったはずだね。こいつは、張須陀という旅の男だよ。なかなかの精力絶倫でわたしも昨夜は愉しませてもらったよ……。それで、今日はお礼にお前たちの身体も提供してやろうということになってね……」

 

 宝玄仙がにこにこしながら言った。

 沙那はほかの三人とともに、呆気にとられて口を開けたままでいた。

 宝玄仙の気紛れはいつものことだが、今日は極めつけだ。

 供の三人の身体を旅で出遭った男に、娼婦のように提供させるなど……。

 

 沙那は、宝玄仙の隣で得意気に微笑んでいる張須陀の顔を見た。

 視線が合ったとき、その張須陀の表情が不敵に笑った。

 

 その鼻は四年前に沙那が蹴り飛ばしたときの傷でしっかりと曲がっていた……。



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365 我が儘な女主人

「嫌です──。とんでもありません。わたしたちは遊妓じゃないですよ、ご主人様。嫌です。絶対にお断りです──」

 

 沙那が悲鳴をあげるように言った。

 

「いまさらなに言ってんだい、沙那。性を知らないお嬢ちゃんじゃあるまいし……。ただ、この男とみんなで一緒に遊ぼうと言っているだけさ。お前も満更嫌いじゃないだろう? 昨夜はわたしひとりで愉しんじゃったから、今日は一日かけて、みんなで愉しもうということさ。この張須陀(ちょうすだ)の連れもふたりいるらしいから、男が三人と女が四人──。まあ、乱交にはちょうどいい数さ」

 

「わたしたちを巻き込まないでください、ご主人様。だいたい、こいつのこと知っているんですか?」

 

「知っているさ、沙那──。なかなかの性技だったよ。お前たちも愉しみな。いまさら、護るような貞操でもないだろう。女が美しさを保つには、定期的に男の精を受けることも必要さ。女同士だとそれができないからね。その点、この張須陀はなかなかにいい道具を持っていたよ」

 

「ねえ、聞いてください、ご主人様──。わたしはこの男を知っているんです……。故郷の愛陽でですね……」

 

 沙那が血相を変えた様子で語り始めた。

 しかし、それを宝玄仙が手を振って阻んだ。

 

「いいんだよ。こいつがどんな男かだなんてね。道具はいいものを持っている。それでいいじゃないか、沙那。別に結婚をしろとか言ってんじゃないよ。みんなで抱かれようと言っているだけさ」

 

「絶対に嫌です。こいつは破廉恥男なんです。昔、故郷で襲われたんです。こ、こいつの鼻が曲がっているでしょう。わたしが蹴り飛ばしたんですよ。正式の試合で負けたのを腹癒せに闇討ちまでしたんです……。というか、なんでお前がここにいるのよ──」

 

 沙那が興奮状態でまくしたてた。

 いつも冷静な沙那がここまで激情するのも珍しいが、それだけ張須陀という男のことを根に持っているのだろう。

 どうやら、怖ろしい偶然ではあるが、かつて沙那の故郷の愛陽の城郭で沙那を襲おうとして失敗し、城郭を追放されたという張須陀と、眼の前の張須陀は同一人物らしい。

 その張須陀も驚いているようだが、にやにやと笑ってもいる。

 

「……三人の供の話はこの宝玄仙殿から聞いて、俺も半信半疑だったが、本当にあの沙那なんだな。そんなに邪慳にしなくていいじゃないかよ。あんたの女主人の言う通り、いい物を持ってんぜ。聞けば、あれからお前も盗みをやらかして、愛陽の城郭を追放されたらしいじゃねえか。お互いに故郷を追放されたふたりが、遥かに離れたこんな場所で再会するなんて、とんでもない因縁じゃねえかい。まあ、かつてのことはお互いに水に流そうじゃねえか──。仲良くしようぜ、沙那」

 

「き、気安く名を呼ぶんじゃないわよ、この破廉恥男──」

 

 沙那が張須陀を睨みつけた。

 こんなに興奮している沙那は初めて見たかもしれない。孫空女も呆気にとられていた。

 

「あ、あのう……沙那姉さん、もしかしたら、昨夜、あたしたちに話してくれた張須陀という人とこの人とは……」

 

 沙那の権幕に押されたように、朱姫がおずおずと口を挟んだ。

 

「そうよ。こいつは、あの張須陀よ。下種男よ──。一体全体、あんたこんなところでなにをしてんのよ──」

 

 沙那が張須陀に指を向けた。

 

「それはこっちの台詞だが、まあ、いろいろとあってな……。あれから、どこに行ってもうまくはいかず、腕一本を頼りに流れに流れて、こんな人外地まで落ちて来たということさ。そういう、あんたも精錬潔白の女武術家みたいな振る舞いだったけど、風の噂じゃあ、そのお前も、愛陽の神殿から物を盗んで城郭から追放刑を受けたそうじゃないか。それを聞いたときには嬉しかったぜ。あの女も俺と同じところまで落ちてきたんだと思ってな」

 

 張須陀が笑った。

 

「じょ、冗談じゃないわよ。わたしは盗みなんてしないわ。無実の罪で追放されたのよ。一緒にするんじゃないわよ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「じゃあ、俺も無実の罪で城郭を追放になったんだ。一緒じゃねえか」

 

 張須陀は馬鹿にしたように笑った。

 

「な、なにが無実の罪よ。あんたが無実じゃないのは、その曲がった鼻が証拠よ。忘れたんなら、もう一度、蹴飛ばすわよ」

 

 沙那が喚いた。

 宝玄仙は沙那の興奮が愉しくなってきたのかにやにやして笑っている。

 確かに世間的には沙那は、罪を犯して故郷を追放されたということになっているはずだが、沙那が愛陽の城郭を追放になったのは、宝玄仙の陰謀によるものだということは孫空女は知っている。

 宝玄仙が東帝国の愛陽の城郭に立ち寄ったとき、臨時の護衛役となった沙那を自分の供にしたくて、宝玄仙が罠にかけて沙那を罪人にしたてあげるとともに、『服従の首輪』の霊具を首に嵌めたのだ。

 

「まあ、いいじゃないか、沙那。話は乱交しながらでもできるさ。みんなで、張須陀と部屋に行こうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「絶対に嫌です。こればかりは、ご主人様の命令は従えません」

 

「ほう……。いま、なんか言ったかい、沙那?」

 

 すると途端に宝玄仙の顔色が一変した。

 顔から笑みは消えてないが、こめかみが動いている。

 あの表情は宝玄仙が不機嫌になった証拠だ。宝玄仙はなかなかに情に篤いところもあるが、基本的には大変な短気だ。

 その気の短さが、さまざまな災難を一行に呼び込むことになるのだが、そのために、宝玄仙の扱いにはやってはいけない掟がある。

 

 そのひとつが、いま沙那がやったように頭ごなしに宝玄仙の言葉を否定することだ。

 そんなことをすれば、宝玄仙は怒るか、調子に乗るかのどちらかの反応しかしなくなり、事態は面倒なことになる。

 そして、いま、沙那が必死の拒否を示したことで宝玄仙は、その両方の反応を示しだしている。

 いつもの沙那なら、もっとうまく宝玄仙をあしらうのだが、今日の沙那は些か興奮しているようだ。

 

「わたしは、断固として嫌です。お断りです。絶対に嫌──」

 

 沙那は首を激しく横に振った。

 すると宝玄仙は完全にむっとした表情になった。

 顔からはすっかりと笑みが消えて、真顔になっている。

 これはいよいよ危険だ……。

 

「ねえ、いいじゃないか、ご主人様──。だ、だったら、あたしと朱姫だけ、その乱交とやらに参加するよ。沙那は部屋で待たせればいいんじゃないの」

 

 孫空女は間に入った。

 

「じゃあ、あたしも沙那姉さんと待ってます……」

 

 朱姫が小さな声で言った。

 ふと見ると、朱姫が蒼い顔をしている。

 昨夜、『縛心術』で喜々として悪戯を仕掛けてきた朱姫だが、男を相手にするとなると、途端に暗くなり元気がなくなる。

 こいつは、いまだに男は苦手なのだ。

 

「お、お前はややこしくなるから黙っていな、朱姫……。と、とにかく、沙那については……」

 

「お前こそ黙りな、孫空女──。沙那、どうしても参加してもらうよ。拒否できるものなら拒否してみな」

 

 宝玄仙が道術を刻み始めたのがわかった。

 宝玄仙の周りの霊気が激しく活性化している。

 大量の霊気が消費されようとしているのは確かだ……。

 

「……ちょうどいいよ。できあがったばかりの新しい霊具の実験台になってもらうよ、沙那」

 

 気がつくと宝玄仙は、手にひとつの首輪と小さな筒を持っていた。

 道術で部屋から転送させたのだろう。

 首輪は真っ黒い色をしていて孫空女が嵌められているのと同じで細い金属だ。

 なにかの霊具であることは確実だろう。

 竹の筒は非常に小さいもので中指くらいの大きさだ。首輪と同じで真っ黒い色をしている。

 

「沙那、動くんじゃないよ……。もっとも、動けないだろうけどね」

 

 宝玄仙が言いながら沙那に近づいた。

 同時に、今度は宝玄仙は沙那に霊気を注ぎ込んだ。

 なにかの術をかけたのは間違いない。

 

「な、なんですか、ご主人様……?」

 

 宝玄仙が近づくと沙那の顔が引きつった。

 沙那の身体に刻んでいる道術陣を使って道術をかけられたのだろうが、沙那は突然金縛りにあったかのように動けなくなっているようだ。

 がちゃりと音がして、沙那の首にその黒い首輪がかけられた。

 繋ぎ目のようなものは見当たらないので、あれは宝玄仙でなければ外れないのだろう。

 今度はなんの霊具を作ったのかわからないが、宝玄仙の作る物に碌なものはないことは確実だ。

 

「こ、これなんですか、ご主人様──? なにを嵌めたんですか──?」

 

 道術が解けて金縛りから解放された沙那が首輪に手をやって蒼い顔をしている。

 すると宝玄仙が意味ありげに微笑むと、手に持って小さな筒を自分の口の近くに持ってきた。

 

「四つん這いになりな」

 

 宝玄仙は持っていた筒に話しかけるように言った。

 すると、沙那の身体ががくりと崩れて、いきなり手を床につけた。

 

「わ、わっ──。な、なにこれ? 手が勝手に──。こ、これ、また、あの『操りの首輪』ですか──?」

 

 四つん這いになった沙那が悲鳴をあげた。

 

「そんな物騒なものじゃないよ──。ただ、手足がこの筒を通して話しかけられた言葉に反応しているだけさ……。ほら、普通、人間の手足は、自分の頭で考えて、その通りに手足が動くだろう? この霊具は、この筒で受けた他人の言葉を、あたかも首輪を装着している者の頭から出た指令であるかのように、その手足に伝えるのさ──。つまり、この筒を通して伝えられた通りに自在に他人の身体を動かす霊具ということだ」

 

「十分に物騒じゃないですか、ご主人様──。は、外してください、こんなの──。そ、それよりも、わたしは絶対に嫌ですから。罰なら後でなんでも受けます。だから、今回だけは勘弁してください」

 

 沙那が顔をあげて叫んだ。

 宝玄仙が指で手に持った小さな筒の側面を弾いた。

 ぱしんと音がして、それで道術が解けたのか、沙那は戸惑ったように立ちあがった。

 

「そんなに嫌かい、沙那? 乱交なんて、今回が最初じゃないだろう……。なんで、我が儘言うんだい?」

 

 宝玄仙の顔が曇った。

 

「こいつと関わるのが嫌なんです。こいつは悪人なんです」

 

 沙那は必死だ。

 ふと見ると、涙ぐんでる。

 よっぽど嫌なのは確かだ。

 だが、宝玄仙はその沙那の顔を見てにやりとした。

 

「じゃあ、逆らえるものなら逆らってみな。お前だけは、ここで裸にしてやるよ。この筒に服を脱げと言葉をかければ、お前の手は、お前の意思を裏切って勝手に動きだすさ」

 

 宝玄仙は意地悪く笑いながら、再び筒を口の近くに持っていった。沙那が悲痛な声をあげる。

 

「待ってくれ、宝玄仙殿」

 

 突然、張須陀が遮った。

 宝玄仙が訝しんだ表情を張須陀に向けた。

 

「その霊具は、俺でも扱えるものか、宝玄仙殿?」

 

 張須陀が興味津々の様子で宝玄仙の持っている筒側の霊具を見ている。

 

「ああ、ただの人間には無理だけど、道術遣いなら誰でも使えるよ。大きな霊気は遣わないように改良してある」

 

 宝玄仙はすっと筒を張須陀に差し出す仕草をした。

 

「そ、そんなの渡さないで──」

 

 沙那が絶叫して飛びかかろうとした。

 

「手足を動かすな」

 

 すかさず宝玄仙が筒に言葉をかけた。

 沙那の身体は飛びかかろうとした姿勢のまま凍りついた。

 

「ひっ……。こ、こんな……。ご、ご主人様──。ちょっと……」

 

 沙那は顔に恐怖すら浮かべている。

 

「……使い方は難しくはないよ、張須陀。この小さな筒の穴に声をかけるような感じで命令すればいいだけさ。ただし、動かせるのは手足だけだ。道術を解除するのは、わたしがさっきやったみたいに、筒の横を叩けばいい。それで首輪を通じてかけた命令は解除される」

 

 宝玄仙が筒を張須陀に手渡した。

 

「ねえ、ご主人様、そんなの渡しちゃ駄目だよ」

 

 さすがに孫空女は宝玄仙をたしなめた。

 

「心配ないよ。どんなことでも命令できるわけじゃない。単純な手足の動きだけさ。例えば、自殺をしろとか、人を殺せとかいうような命令も駄目だ。そういう安全機能はあるよ」

 

 宝玄仙が得意気に言った。

 

「ほう……。逆に単純な動きなら人形のように動かせるのか……。命令の仕方にこつはあるのか、宝玄仙殿?」

 

「別にないね。ただ、筒に話しかければいいだけさ。命令の言葉そのものを沙那に聞かせる必要もないし、沙那が理解できる言葉でなくてもいい。その筒は、勝手に沙那の嵌めた首輪に命令を術式に翻訳して飛ばすからね。もっとも、あんまり離れすぎると、首輪も筒からの信号を受けつけなくなる」

 

 宝玄仙が説明している。

 

「つまり、遠隔操作もできるということだな。なんというもの凄い霊具なのだ。こんなものをあなたが作ったのか、宝玄仙殿?」

 

「操り霊具はわたしのもっとも得意な分野でね」

 

 宝玄仙はますます得意気な顔だ。

 同時にあの表情は調子に乗っているときの宝玄仙だ。

 このままでは、そのまま霊具を張須陀に使わせる勢いだ。

 なんとか宝玄仙をとめたいが、孫空女にはその方法を思いつけない。

 

「……なあ、宝玄仙殿、ちょっと、沙那だけ先に連れていかせてくれないか? いろいろと誤解もあるようだし、ゆっくりと話し合いたいのだ。ただ、沙那は、俺とふたりきりになろうものなら、暴力を振るいそうだし、これを貸してくれると有難い──」

 

 張須陀が言った。

 明らかに見え透いた言い訳であることは孫空女にもわかる。

 あの霊具を渡して、沙那だけ連れていかれれば、沙那が部屋の中で張須陀になにをされるかわかりきっている。

 

「結構だよ。一刻(約一時間)でいいかい……。それだけあれば、ひと通りは終わるだろう? わたしらは、ここで待っている。一刻(約一時間)したら、わたしたちも部屋に行くよ」

 

 宝玄仙もにやりと笑う。

 どうやら、宝玄仙もすっかりと承知して、沙那だけ先に行かせるようだ。

 

「ひいっ……。ご、ご主人様、それだけは堪忍して──。許して。許してください。ほ、本当に嫌なんです──。た、助けて──」

 

 沙那が身体を凍りつかせたまま悲鳴をあげた。

 

「わたしに逆らおうとした罰だよ、沙那。まずは、ひとりで相手をしてきな。まあ、わたしらもすぐに参加するから」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 

「沙那、俺の部屋まで歩け……」

 

 張須陀が筒に向かって言った。

 沙那の脚が動きだし、二階に向かって進み始める。

 

「いやああっ──。ご主人様、恨みますから──。わたし、ご主人様のこと絶対に恨みます」

 

 沙那が歩きながら喚いている。そして、ぼろぼろと涙をこぼしだした。沙那が泣くなんて珍しいから孫空女はぎょっとした。

 

「ご、ご主人様、あれはやばいよ。沙那は本当に怒っているよ。後で大変だよ」

 

 孫空女は言った。

 沙那はもう泣きながら二階に行ってしまった。

 張須陀も一緒だ。

 

「心配ないよ。一刻(約一時間)だけのことじゃないか。全部終わったら、また謝っておくよ──。それよりも、朝食をおくれ。まだ、食べてないんだよ。今日は長丁場になるよ。張須陀と話し合って、愉しい趣向もいろいろと考えているのさ。しっかりと腹ごしらえしなくちゃね……。ああ、そうだ。朱姫、みんなで手で摘まめるようなものも準備しておいておくれ。沙那にも食べさせないといけないし、合間に腹に入れながらの方が疲労も少ないしね」

 宝玄仙は気楽な表情で眼の前の卓についた。

 

 

 *

 

 

「おお、張須陀の兄貴、昨夜はあんな大美人とお愉しみで……。羨ましいことで」

 

「一応は出発の支度はできていますぜ……。でも、その後ろの女はなんです? もしかしたら、俺っちの相手も連れてきてくれたんですか、兄貴?」

 

 沙那が張須陀の「命令」で部屋に入るとすぐに、部屋にいたふたりの男が張須陀に声をかけてきた。

 確か、張須陀には、ふたりの連れがいると教えられていたことを沙那は思い出した。

 連れというよりは子分という感じだ。大柄の張須陀に対し、そのふたりは沙那よりも背が低いくらいの小柄なので、一層その印象が強い。

 

「いくらでもさせてやるよ、こいつとな──。それよりも、ずらかるぞ。例の物を使え。『道術紙』だ。それを使って、『移動術』でずらかるぞ。こいつを連れてな」

 

 張須陀が言った。

 

「ずらかる……?」

 

 沙那が張須陀の言葉を訝しんで、思わず張須陀の言葉を繰り返した。

 つまり、ここから逃げると言っているのか……。

 しかし、なぜ……?

 

「沙那、立ったまま動くな」

 

 張須陀が筒に指示をした。沙那の手足は沙那の意思から離れて動かなくなる。

 

「兄貴、『道術紙』って、あれは随分と高い金を使って、購ったものじゃないですか。強盗家業でどうしても逃げなければならないときに、三人とも生き残れるようにと……」

 

「そうですよ……。それとも、昨夜、お愉しみの女となにかあったんですか?」

 

「やかましい、お前ら──。俺は積年の恨みを晴らせる絶好の機会を手に入れたんだ。こいつには恨みがある。たっぷりとそれを晴らしてから、どこかの奴隷商人にでも売り飛ばす。そのためには、ここから道術で逃げるんだ──。それで追ってこれねえ」

 

 張須陀はそう言うとともに、ふたりの男を睨みつけた。

 この男たちがまともな男たちでないことは人相を見ればわかる。

 どこからどう見てもまともな稼業をしているとは思えない。

 おおかた、この辺りの治安の悪さに当て込んだ辻強盗というところだろう。

 おそらく間違いない。

 さしずめ、このふたりは、張須陀に従っている子分というところだ。

 その男たちが、荷を集めるとともに、部屋の床に小さな羊毛紙を置いた。なにか模様が書いてある。

 

 そのとき、沙那は『道術紙』というものがなにか思い出した。

 確か、『道術紙』とは、霊気はあるが道術を遣えない道術遣いが、特定の道術を一時的に遣うための霊具だ。

 あらかじめ定められた道術の術式が刻んであり、それを使って本来は遣えない道術を遣うのだ。

 『道術紙』は基本的には使い捨てだ。

 

 それではっとした。

 さっき、『移動術』の『道術紙』と言っていた……。

 やっぱり、ここから逃亡をするのだ。

 沙那を連れて──。

 

「ま、まさか、わたしを浚おうとしているの、張須陀──。そんなことできないわよ。ご主人様の道術がどれだけ偉大かわからないのね。すぐに道術で追いかけて来るわよ。くだらないことはやめなさい」

 

 沙那は直立不動のまま声をあげた。

 

「……あの女が凄い道術遣いというのは、昨夜の寝物語で悟ったよ。だが、この『道術紙』のいいところは、使い終わった後で燃やしてしまえば、道術の痕跡が残らないことだ。もともと、俺の霊気など、低すぎて霊気の残痕など追うことはできまいよ──。ここで、お前と再会できるなんて奇跡だ。その奇跡を俺は無駄にしねえよ。たっぷりと落とし前をつけてやる──。一刻(約一時間)もしてみな。お前の女主人の魔女にも、俺たちがどこに跳躍したかなんて、知ることはできないよ」

 

 張須陀は不敵に笑った。

 沙那は背に冷たい汗を感じた。

 もしかしたら、張須陀の言うことは本当かもしれない。

 このままじゃあ、誘拐される……。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那は力の限り叫んだ。

 

「口を塞げ──。ここまで連れて来い。こいつの手足は動かないんだ──」

 

 張須陀が慌てて叫んだ。

 子分のひとりが沙那の口を塞いだ。

 沙那は思い切りその手に噛みついた。

 自由が効かないのは手足だけだ。

 ほかの部分は自由なのだ。

 

「痛ってええっ──」

 

 指を噛まれた子分が悲鳴をあげるとともに、沙那の頬を張った。

 沙那は手足を伸ばしたまま床に倒されて頭をまともに床に打ちつけた。

 激痛に言葉が止まる。

 

「こっち来い──」

 

 張須陀に足首を持たれた。

 引きずられて『道術紙』の置いてあるところに身体を横たえられる。

 子分のふたりと荷も集められた。

 

「──跳躍」

 

 張須陀が言った。

 肚がぐにゃりと軽く捻じれた感覚が襲ってきて、眼の前の景色が不意に消滅した。



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366 屈辱の操り人形

 張須陀(ちょうすだ)の隠れ処に着いた。

 ()国の城郭の近くにある山であり、樹木の茂った森の中だ。

 眼の前には岩肌に開いた洞窟があるのだが、洞窟の入口部分は大木の根と岩が入り組んでいて完全に隠れている。

 それに細工をして洞窟を完全に外からではわからないようにしているのだ。

 

 なにかがあったときに、張須陀たち三人が逃げ込んで隠れるために用意している場所であり、中には三人が一箇月は過ごせるほどの食料と水が準備してある。

 中は結構奥行きがあり広いので、三人が四人になっても問題はない。

 

 ここで四人が一箇月間隠れる……。

 『道術紙』をここで燃やせば、霊気の流れは途切れるので、どんな道術遣いでも霊気の流れを追ってくるのは不可能なはずだ。

 それに、万が一この山まで追って来られても、洞窟の中ならまず発見はできない。

 ここで一箇月も閉じこもっていれば、沙那を奪い返そうとするのは諦めるだろう。

 

項延(こうえん)、『道術紙』を燃やせ」

 

 張須陀は言った。

 

「本当に燃やすんですか、兄貴? 『道術紙』なんて、二度と手に入りませんよ」

 

 項延が不満そうに言った。

 

「いいから燃やせ。残しておけば、あの魔女がこいつを取り返そうと追ってくるんだ」

 

「へいへい」

 

 項延は、李保(りほ)と協力して枯れ枝を集めて、それに火つけ棒で火を起こした。小さな炎がだんだんと大きくなり焚火になる。

 

「そんなに大事なものなら、残した方がいいんじゃないの? なにをしても無駄よ。ご主人様の霊気から逃げられるわけがないわ。それよりも、わたしを浚おうなんて諦めて宿屋に戻りなさいよ。わたしたち四人とあんたらで乱交することになっていたのに、それを捨てて、わたしだけを浚うなんて価値があるの?」

 

 沙那が呆れたような口調で言った。

 もっとも、その沙那は地面に手足を真っ直ぐに伸ばした状態で横たわったままだ。

 宝玄仙の施した首輪の効果で、沙那の手足は張須陀が持っている筒に話しかけられた言葉に逆らえない。

 宿屋から逃げる前に、沙那には「手足を動かすな」という命令を与えている。

 だから、筒を指で弾いて命令を解除しない限り、沙那は手足を動かすことができない。

 

 この沙那と初めて会ったのは四年前だ。

 その頃、張須陀は愛陽という城郭で大きな武術道場を開いていて、軍の将卒を相手に師範さえもしていたのだ。

 それが、この女に出遭うことですべてが一変した。万座の前で武術の腕を辱められ、その腹いせに闇討ちで襲って女として最大の辱めをしてやろうと思ったが失敗し、しかも、それが仇となり城郭を追放となった。

 それからは悲惨だった。

 友と思っていた者には見捨てられ、武術の仲間と思っていた者からは嘲笑された。

 なにもかも失い、生きる屍のように様々な土地を流れたのだ。

 

 すべてこの女のせいだ。

 この女がいなければ、いまでもあの羽振りのいい生活をしていたはずだ。

 色々な国の場末の貧民街で乞食のような生活をしながら、あの女のことを思わぬ日々はなかった。

 いつしか、いまの惨めな境遇のすべてが、あの沙那のせいだと考えるようになった。どう考えてもそうなのだ。

 

 沙那があのとき、万座で張須陀を打ち据えたりしなければ、こんな場所でけちな盗賊などしているような生き方をしているわけがない。

 いつか残酷に復讐をしてやろうと思っていた。

 あの勝気で生意気な顔を恥辱で歪めさせることを妄想することで、心の平静を保った。

 惨めな思いをするたびに、あの沙那を犯し尽くすことを空想して心を慰めた。

 そんな機会など訪れるはずのないことを知りながら……。

 

 しかし、その復讐の機会が突然に訪れた。

 たまたま出遭った宿屋で意気投合した頭のおかしな美女が連れている供にあの沙那が含まれていて、わざわざ宝玄仙というその女主人は、沙那を霊具で無力な状態にして張須陀の前に引き渡したのだ。

 

 沙那を浚って凌辱する──。

 実現不可能な妄想でしかなかったものが、現実のものとして眼の前に不意にやってきた。

 躊躇はなかった。

 ここからかっさらって復讐してやる。

 あのときやるはずだった凌辱をするのだ。

 

 宝玄仙という馬鹿女を言い含めて、沙那だけ自室に連れてくると、持っていた霊具でここまで連れてきた。

 あの淫乱魔女がどれだけの魔女かは知らないが、ここが見つかるわけがない。

 その沙那は、さっきまで興奮していたが、いまは冷静な態度になっている。

 その冷静さが苛つく。

 これから、その小生意気な顔を泣き顔に変えてやる。

 張須陀は四年前の恨みを晴らせる機会の訪れに興奮していた。

 

「本当に燃やしますよ、兄貴?」

 

 項延が最後の確認のために張須陀に顔を向けた。

 『道術紙』は大きくなった炎に放り投げられる直前だ。

 

「戻るのよ、張須陀──。もう一度言うわよ。なんためにわたしを浚うのよ? 犯したければ犯せばいいじゃないのよ。わたしのご主人様は、あの宿屋の部屋で、わたしだけじゃなくて、あそこにいた四人の女とあんたらと乱交をするつもりでいたのよ」

 

 沙那が言った。

 

「兄貴、それは本当ですか?」

 

「四人って、あの大美人だけじゃなくて、一緒にいた美女の供もですか。それをあっしらも?」

 

 項延と李保が目を丸くしている。

 

「いいから早く炎に入れろ──。どうせ、『道術紙』には一方通行の一回きりの道術しか刻まれてないんだ。もう、あそこに戻る方法はねえよ」

 

 張須陀は声をあげた。

 

「くそうっ──。だったら、俺たちもこの女で少しはいい思いをさせてくださいよね、兄貴」

 

 項延が悔しそうな口調で『道術紙』を炎に放り込んだ。

 『道術紙』はあっという間に火に包まれて小さな塊りとなり、そして、灰になった。

 

「相変わらず間抜けな男なのね……」

 

 炎に消えた『道術紙』を眺めて沙那が言った。

 その余裕のある態度が気に入らない。

 

「いい気になるなよ、沙那。立て──」

 

 張須陀は筒に向かって言った。

 沙那が立ちあがる。その顔に緊張が走っている。

 余裕のあるような表情に焦りの色が混じりだす。

 

「どうした? 怖いか、沙那? これがあれば、お前は俺の操り人形だぜ」

 

 張須陀は手に持っている中指ほどの小さな筒を沙那の眼の前で振ってみせた。

 

「下種男……」

 

 沙那が凄い形相で睨みつけた。

 

「兄貴、それはなんです?」

 

 李保が不思議そうな表情をした。

 張須陀は李保と項延に沙那がしている霊具について簡単に説明した。

 

「ひゃっほう──」

 

「それはすげえ──。早く、使ってくださいよ、兄貴」

 

 ふたりが興奮した口調で叫んだ。

 

「わかった。じゃあ、まずは服を脱いでもらおうかな……」

 

 張須陀は込みあがる愉悦が堪えられず、思わず笑い声をあげた。

 

「ま、待って……。待ちなさい──。か、考え直すのよ。ほ、ほら、わたしの首輪よ。これは、ご主人様……、いえ、宝玄仙が作ったのよ。『道術紙』を燃やしても、この首輪は宝玄仙自身の霊気に結びついているよ。それを追ってくるわ。わたしになにかしてご覧なさい。仲間は全員が一騎当千の猛者よ。八つ裂きにされるわよ。仲間はすぐにここを探し出すに決まってるわ」

 

「そうかい……。まあ、教えてくれてありがとうよ。ただ、心配するな。洞窟に入ればわかる……。それよりも、服を脱げ」

 

 最後の言葉は筒を通して言った。

 沙那の顔から血の気が引いたのがわかった。

 沙那の食いしばった歯から呻きのような音がした。

 

 沙那の手が前開きの上衣のぼたんを外し始める。

 指が小刻みに震えている。

 沙那の中で、沙那自身の意思とあの魔女の道術が激しく戦っているからなのかもしれない。

 あるいは、震えるほどに悔しいのか……。

 

 いずれにしても、自分の意思に反して女が自ら服を脱ぐというのはいい風景だ。

 それが、かつて張須陀を辱めた沙那だと思うとなおさらだ。

 すぐに上衣はとられ、上半身の肌が露わになった。

 胸当てに包まれているふたつの乳房はなかなかにかたちがよく、肌は真っ白で傷ひとつない。

 女ながら武芸者として、東帝国からここまで渡り歩いたはずだから、数々の修羅場を潜っているはずだ。

 それなのに、これだけの身体の美しさを保っていることに驚きもあった。

 

「服を焚火に入れろ」

 

 張須陀は言った。

 

「な、なんですって──?」

 

 沙那がきっと睨んだ。

 だが、張須陀の言葉は例の筒を使って喋っている。

 逆らうことのできない沙那の手は、脱いだばかりの上衣を焚火に放り込んだ。

 張須陀の指示で、李保が焚火に油を足す。

 ぱっと大きくなった炎が沙那の上衣を完全に包んだ。

 

「下もだ。同じように燃やせ──。お前には、もう服なんて必要ねえ。素っ裸で生活をさせる。一箇月もすれば、お前の女主人も諦めるだろうから、それまでは、俺たち三人とこの隠れ処で裸で暮らすんだ。一箇月後には、奴隷商人に売り飛ばすと思うが、その時は素っ裸で山を下りるといいぜ」

 

 張須陀はげらげら笑った。

 

「下種男……」

 

 沙那が顔にはっきりとした憎悪を浮かべながら、脱いだ下袴を焚火に入れる。

 

「こりゃあ……」

 

「へへへ、いい脚じゃないですか、兄貴……」

 

 項延と李保が曝け出した沙那の脚に浮かれた声をあげた。

 張須陀も思ってもいなかった沙那の女体の悩ましさに、思わず舌なめずりをする。

 確かにほれぼれするような曲線美だ。

 大理石のように滑らかそうで透明感のある白い肌は、とても張須陀をこっぴどく打ちのめしてしまうような女猛者の身体とは考えられない。

 

「お前がこんなに女っぽい身体をしているとは思わなかったぜ、沙那。さっさと残りの下着も燃やしな。靴もなにもかも全部だ。すっぽんぽんになるんだ」

 

 沙那は羞恥で真っ赤になってはいるが、もう観念したのか無言で残りの下着も脱いだ。

 その下着も炎に消える。

 足に履いていたものも含めて、身に着けているもののすべてを焚火に入れ終わった沙那は、さっと両手を胸と股間に交差させて、身体を縮こませた。

 服を脱いだことで、「命令」が解除されたので、手の自由を得たのだ。

 

「左の手首を背中側で右手で握れ。絶対に放すな。それから足を拡げろ」

 

「くっ……」

 

 沙那が真っ赤になってなにかを言おうとしたが、結局、沙那はなにも言わなかった。沙那の両手が後ろに回り、肢が肩幅に開く。

 

「もっと、拡げろ」

 

「な、なによ……。さっさと犯すんなら、犯せばいいじゃないのよ──。ねちねちと、いたぶってないで、男らしくやるならやりなさいよ」

 

 沙那が真っ赤な顔で怒鳴った。

 そして、あまりの悔しさのためか、ふと見ると、沙那の眼にまた涙が滲み始めた。

 平静な素振りをしているが、実際には激しく感情が昂ぶっているのだろう。

 

「ねえ、兄貴、こいつもそう言ってるんだし……」

 

 項延がごくりと唾を飲んだ音がした。

 

「そ、そうですよ、兄貴、おれっちも、我慢できねえ……」

 

 李保も言った。

 ふと見るとふたりの股間は大きく膨らんでいる。

 

「まあ、待てよ。いくら時間をかけても、これがある限り、こいつは逃げねえよ。それよりも、俺は四年前の恨みつらみがあるんだ。この女が恥辱で顔を歪める様をもっと見てえんだよ──。おい、沙那、もっと脚を真横に曲げてがに股になるんだ。いいというまで腰をさげろ」

 

「つ、つくづく、卑劣な破廉恥男ね……。こんな霊具を使わないと女も抱けないの?」

 

 屈辱で全身を震わせている沙那の脚がゆっくりと横に開くとともに、沙那の腰が下がっていく。

 やがて、膝がほぼ地面と水平になるまで開かれたところで、張須陀は静止を命じた。

 

「お前のがに股姿が、これほど色っぽいとは思わなかったぜ」

 

 張須陀は冷やかしの言葉を告げた。

 

「う、うるさいわよ。い、いつまで、こんなことするのよ」

 

 沙那が苦しそうに声をあげた。

 女として耐えられない晒し者のような格好を強要される沙那はぶるぶると震えている。

 この姿勢は羞恥の限界であるばかりでなく、肉体的にもかなり苦しいはずだ。

 沙那の脚の震えが次第に大きくなる。

 

「おっ? 沙那、泣きだしたのか?」

 

 沙那の真っ赤な顔から一気にぼろぼろと涙が流れたことに気がついて、張須陀はからかうように言った。

 沙那は、悔し涙を張須陀たちに見られるのが嫌なのか、さっと首を横に捩じった。

 

「も、もう、嬲り者になるのは覚悟しているから、さっさとわたしを抱いたらいいじゃないのよ……。こ、こんな、嫌がらせの姿勢をとらせるなんて、時間の無駄よ──。もう、覚悟したから抱きなさいよ」

 

 沙那の泣き顔を面白がった項延が横顔を覗きこもうとしたのを受けて、沙那がかっとしたように怒鳴った。

 

「だったら、お願いだから、あそこに肉棒を突っ込んでくれと言いな。そうしたら、お前の腐れ穴に、俺たちの一物を入れてやってもいいぜ」

 

 張須陀は沙那の悔しそうな格好にすっかりと気分が晴れてげらげらと笑った。

 

「あ、兄貴、もういいよ。抱かせてくれよ──」

 

「そうだぜ、兄貴は、昨夜はあんな大美人を一晩中いい思いをしたかもしれないけど、俺たちふたりは、部屋で置いてけぼりだったんだぜ」

 

 項延と李保だ。

 眼が血走っている。

 沙那の色っぽい身体に、かなり興奮状態になっている。

 

「わかった。わかった……。こいつの神経を一枚一枚焼くようにいたぶってやろうかと思ったけど、昨夜は俺だけいい思いをしたのは事実だ。なら、ふたりで乳でも揉んでやりな。棒一本で、鍛えられた武芸自慢の十人の男を叩きのめすような女傑だからな。こんな珍しい女の乳なんてなかなか触れねえぞ──」

 

 張須陀は言った。

 

「有難てえ──」

 

「こんないい女に触れるんなら、殺されてもいいや」

 

 ふたりが沙那に飛びついた。

 左右から沙那の無防備な乳房を触り始める。

 

「ひいっ……や、やめるのよ……あ、ああっ──や、やめて……」

 

 項延と李保が沙那の乳房に張りついて、左右から揉み始めた。

 すぐに沙那の両方の乳首は顕著な尖りを示した。

 ふたりは、その勃起した乳首をしごいたり、唾液を滑らせてこねまわす。

 すると沙那の身体はびっくりするくらいに真っ赤になり、さらに激しい反応を見せ始めた。

 開いている両脚ががくがくと揺れて、切なそうに腰が悶えもはじめる。

 

「こ、こりゃあ……」

 

「へ、へへ……。す、すげえや。堪らねえなあ」

 

 項延と李保が嬉しそうにしている。

 張須陀も驚いた。

 贔屓目に見ても項延や李保の愛撫は決して上手とは言えない。

 だが、その大したことのないふたりの愛撫で、沙那はもう切羽詰った仕草をしている。

 

「兄貴、俺はこんなに反応の激しい女は初めてだぜ」

 

「まったくだ。ちょっと、吸ってみるか」

 

 項延は右の乳房をぐにゃぐにゃに揉みながら、乳首を上下左右に激しく打つように捻っている。李保は左の乳首をちゅうちゅうと吸い始めた。

 すると沙那の反応がおかしくなった。

 これまでの余裕のようなものがすっかりとなくなり、あられのない声をあげだしたのだ。

 がに股に脚を開くことで曝け出した股からは、まるで涎がこぼれるように愛液が滴りだす。

 項延と李保は、ただ稚拙な愛撫で乳房を刺激しているだけだ。

 それなのに沙那はすっかりと追い詰められたような状態になっている。

 いま、沙那はまるで正体を失くしたかのように激しい反応を示している。

 常識では考えられない沙那の反応に、張須陀はもしかしたら、沙那はなにかの企みのために、故意に感じたふりをしているのではないかと一瞬思った。

 これだけの反応は不自然だ……。

 

「だ、駄目……。あ、ああっ……あ、あはあっ──。や、やめて……やめて……ああっ──あはあぁぁああっ……」

 

 不意に、沙那の身体ががくがくと震えた。

 そして、不安定な身体が大きく仰け反ったかと思うと、姿勢を保つことができなくなったのか、沙那は脚を開いた態勢のまま、がっくりと前に倒れかける。

 沙那の乳首を吸っていた李保が慌てたように、前のめりに倒れかけた沙那の身体を支えた。

 

「ひやあっ──。兄貴、こいつ、胸だけでいってしまったぜ」

 

 李保が笑いながら叫んだ。

 

「なるほど、すっかりとあの女道術遣いに調教されたというわけだ……。なあ、沙那、随分といやらしい身体になったんだな。それとも天性の淫乱女か?」

 

 張須陀はからかいの言葉をかけた。

 沙那が悔しそうな顔で張須陀をきっと睨んだ。

 

「答えろよ、沙那──。お前はあの女に調教されたんだろう? どんな調教されたか教えてくれよ」

 

「お、お前に関係ないでしょう、張須陀──」

 

 沙那が叫んだ。

 

「まあいい、続きは隠れ処に入ってからだ……。じゃあ、ついてきな。お前の女主人がここを追いかけて来れない理由を教えてやるよ」

 

 そう言って、張須陀は項延と李保に、沙那の衣類を灰にした焚火を消すように指示するとともに、筒の霊具を使用して、沙那を眼の前の洞窟の隠れ処に導いた。



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367 女主人の後悔

「ご、ご主人様、大変ですよ。誰もいません──」

 

 飲み物と食事を先に届けるように宝玄仙から命じられた朱姫が、血相を変えた様子で階段を駆けおりてきた。

 

「いないとはどういうことだい、朱姫?」

 

 孫空女の向かいに座っていた宝玄仙が首を傾げた。

 ()国という小さな城郭都市にある宿屋の一階の食堂だ。

 そこで、孫空女は、朱姫や食事を終えた宝玄仙とともにぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。

 宝玄仙の気紛れで、今日は張須陀という男の連れ三人とこっちの四人の女で乱交の性愛をするということになっていたのだ。

 

 さすがにまったく知らない男たちと乱交をすると言われれば孫空女でも鼻白む思いだったが、ほかのふたりに至っては鼻白むどころではなく、激しく拒絶、あるいは意気消沈していた。

 いつも闊達な朱姫はずっと暗い表情をしていたし、沙那に至っては断固として宝玄仙の命令を拒否して宝玄仙の怒りを買い、命令を拒否できない霊具を装着されて、ひとりだけ先行して張須陀に連れられていかれた。

 沙那が先にいっていろと言われた時間は一刻(約一時間)であり、その時間が過ぎるのをここで待っていたというわけだ。

 

 張須陀と沙那は、以前確執のあった相手らしく、その張須陀の相手をするのを沙那は泣いて嫌がった。

 あれ程感情をむき出しにして嫌がる沙那は珍しかった。

 

 心の底から嫌いな人間というのは存在する。

 自由を奪われて、その嫌いな男に身体をなぶられるというのは血も凍るような恥辱だろう。

 宝玄仙のやった仕打ちではあるが、沙那は張須陀になすすべなく二階に連れて行かれるとき、本当に泣きじゃくっていた。

 

 あんな沙那はこれまでに見たことはないと思う。

 孫空女は凄く気になっていた。

 

 宝玄仙のやることは気紛れだ。

 訳もわからず乱交のようなことをさせられたことも一度や二度ではない。

 沙那も孫空女も、それにはほとんど諦めのような感情で従っていた。

 普通の女の持っている貞操観念も性愛についての考え方も宝玄仙は常人とはまったく異なる。

 いちいち反応していては、宝玄仙の供は務まらない。

 

 しかし、沙那は張須陀を相手にするのは本当に嫌だったのだろう。

 だから、あれ程までに頑なに拒否したのだ。

 

 それを無視して宝玄仙は、沙那に張須陀に抱かれることを強要した。

 しかも、逆らった罰だと言って、最初の一刻(約一時間)は、たったひとりで張須陀とその連れの三人の相手をするように命じたのだ。

 絶対に逆らえないように、霊具を装着させた状態で……。

 

 宝玄仙も沙那を送り出した直後は、沙那の態度に憤慨した様子だったが、少し時間が経つと、やっと冷静になったのか、後悔するような表情を見せ始めた。

 そわそわと二階の様子を伺ったり、しきりに考え込むような仕草を示しだした。

 

 宝玄仙に悪気はない。

 それはわかっている。

 

 調子に乗った宝玄仙は子供のようなものだ。

 それは沙那もわかっていたはうだ。

 だがら、これまでは、大きな包容力を持って沙那も宝玄仙の仕打ちに接していた。

 大抵のことは逆らわずに、宝玄仙のやりたいことをさせるようにしていたし、人を人とも思わないような仕打ちをされても、宝玄仙のやることだからと溜息混じりに許していた。

 

 だが、今日のことはなにか尾を引きそうだ……。

 孫空女の勘だが、ずっと気になっている。

 

 宝玄仙も同じなのだろう。

 一刻(約一時間)後に合流するということで沙那だけ先に張須陀が連れていったのだが、宝玄仙は、泣きべそをかいている沙那の様子を見て来いと言って、食堂の厨房に作らせた食べ物と飲み物を朱姫に先に持っていくように命じた。

 朱姫は飲み物と食事を載せた大皿を盆に載せて二階に昇っていった。

 その朱姫が血相を変えて駆けおりて来たのだ

 

「だ、だから、いないんです、ご主人様。沙那姉さんはいません。それだけじゃなくて、張須陀(ちょうすだ)さんも、その連れの人たちもいないんです。彼らの荷物もなくなっています。もぬけの空です──」

 

 朱姫が真っ蒼な表情になっている。

 

「なに言っているんだい、朱姫。だったら、連中の部屋じゃなくて、ほかの部屋じゃないのかい? 今日の乱交だけど、七人で組んずほぐれつ性愛に耽るのはさすがにひと部屋じゃあ狭いから、わたしらの部屋も使ってうまくやろうと張須陀と話し合っていたんだよ。そっちに行っていないかい?」

 

 宝玄仙はまだ呑気な顔をしている。

 

「ご、ご主人様、あたしらやご主人様の部屋には、ご主人様が結界を張ったままだろう? 張須陀さんが勝手に入れるわけないよ」

 

 孫空女は事態の深刻さをすぐに理解した。慌てて立ちあがる。

 

「だけど、ねえ……」

 

 首を傾げている宝玄仙をそのままにして、孫空女は二階に駆け出した。

 孫空女の後を朱姫が続く。宝玄仙も渋々という感じでついてきた。

 張須陀たちが沙那を連れていっているはずの部屋を開けた。

 

 誰もいない……。

 本当に空だ。

 だが、かすかな霊気の残存も感じる。

 ここでなにかの道術が遣われた……。

 

 孫空女は道術遣いではないが、なぜか霊気の流れだけは感じることができた。

 だから、わかったのだ。

 ここでなにかの道術が遣われた……。

 そして、ここにいるはずだった沙那も張須陀もその連れもいない。

 そうであれば、もしかしたら、その道術は『移動術』ではないのか……?

 

「結界を解いたよ。朱姫、ほかの部屋も見ておくれ……」

 

 追ってきた宝玄仙がやっと事態を認識したのかそう言った。

 その声に戸惑いの響きがある。

 

「……いません」

 

 隣の二部屋を覗いた朱姫が叫んだ。

 

「ど、どうするんです、ご主人様──? 沙那姉さん、もしかしたら連れていかれたんじゃあ……」

 

 戻ってきた朱姫が不安そうに言った。

 

「連れていったって……。なんで張須陀が沙那を連れていくんだい……?」

 

 宝玄仙が少しおろおろした口調で言った

 

「沙那は、張須陀に恨みを買っているんだよ。もちろん、理不尽な恨みだけど、張須陀が沙那を憎んでいたことは確実だと思うよ」

 

 孫空女は言った。

 

「恨んでいた?」

 

「そ、そうです、ご主人様──。あたしたちは、沙那姉さんから昨夜、あの張須陀とのことを聞きました。張須陀は仕返しをするために、沙那姉さんを連れていったんですよ。このままじゃあ、沙那姉さんが危険ですよ……。そうだ。張須陀は沙那姉さんを殺すかも……」

 

 朱姫がはっとしたように叫んだ。

 

「なんで、張須陀が沙那を憎むんだい?」

 

 宝玄仙はまだ沙那が連れていかれたという事実は半信半疑のようだ。

 孫空女は、沙那から聞いた昔話を簡単に要約して説明した。

 話が進むにつれて、宝玄仙の顔にやっと驚きと後悔の表情が浮かんだ。

 

「あいつ、そんなことをわたしには言わなかったじゃないか」

 

 宝玄仙が焦った口調で言った。

 

「なに言ってんだい、ご主人様──。沙那は一生懸命に喋ろうとしたよ。それをご主人様が遮って、しかも、あんなに泣きながら嫌がった沙那を張須陀に引き渡したんだよ。しかも、自由を奪ったかたちで……」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 宝玄仙も意気消沈している感じだ。

 だが、孫空女も今回は腹がたっている。

 宝玄仙に対しても、なにもしなかった自分自身に対しても……。

 

「朱姫の言う通りだよ。沙那が危ない──。張須陀がどんな風に沙那を恨みに思っているかわからないけど、連れていったということは、もしかしたら、身体を辱めるというようなことだけじゃすまないかもしれない。犯すだけだったら、ここでやるはずだった乱交でも溜飲が下がるだろうからね。わざわざ、ご主人様やあたしらから浚ったということは、張須陀は本当に沙那を殺すつもりかもしれない……。でも、沙那はそれに抵抗できないよ。ご主人様のせいで──」

 

 孫空女は捲し立てた。

 とにかく、沙那が危ない……。

 孫空女も自分の顔が蒼くなるのを感じた。

 

「お、追いかけるんだよ、孫空女、朱姫──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 さすがに罰が悪そうだ。

 そして、宝玄仙の顔にどっと冷や汗が湧いている。

 やっと、沙那の危機であることを理解したのだ。

 それも自分のせいで……。

 

「多分、道術で逃げたんだよ──。この窓からは外には出られない。一階に行くには、あたしらがいた食堂を通るしかないしね」

 

 孫空女は窓を見て言った。

 窓には網がかかっていて外には出られない構造になっている。

 

「……道術ですね。道術の残存があります。『移動術』でしょうね……。あたしには、それ以上はわかりません。ご主人様には『移動術』の跳躍先が追えますか?」

 

 朱姫が言った。

 半妖である朱姫も道術遣いだが、霊気の使用でも探知でも、宝玄仙は別格だ。

 朱姫などわからない霊気の動きも宝玄仙ならわかる。

 しかし、同時に『移動術』というのは、使用者が簡単に霊気の流れを遮断できる術だというのも孫空女は知っている。

 張須陀が追いかけられるのを防ぐために、故意に霊気を遮断していれば、追うのは困難なのかもしれない。

 

「駄目だ。跳躍先はわからないね……。それから、遣われた『移動術』というのは、道術というよりは、『道術紙』だろうね。そんな感じでこの部屋には霊気の残存がある」

 

 宝玄仙が首を横に振った。

 

「『道術紙』?」

 

 孫空女は眉をひそめた。

 

「そういう霊具があるんです、孫姉さん。あらかじめ大きな力を持つ道術遣いに、特別な紙に霊気を刻ませるんです。それを使えば、限定的ですが、霊気の低い道術遣いも、大きな霊気を必要とする道術を遣えます──。ご主人様、だったら霊気では追えませんよ。跳躍先で『道術紙』そのものを処分されれば、完全に霊気の繋がりは遮断されてしまいます」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「ど、どうすんだよ、ご主人様──。早く、沙那を見つけないと」

 

「怒鳴るんじゃないよ、孫空女。わかっているよ。霊気の流れを追いかければいいんだよ。あいつの首に装着させた霊具はわたしが作った物さ。多少距離が離れようとも、微かな霊気の流れくらい感じとれるさ……」

 

 そう言って宝玄仙は、懸命になにかを探るような表情をした。それがしばらく続いた。

 しかし、時間が経つにつれ、ますます表情が険しくなっていく。

 

「だ、駄目だ……。感じない。余程、遠くなのか……。それとも……」

 

「それともなんだい、ご主人様……?」

 

 孫空女は、宝玄仙の顔が悲痛なものになったので、もの凄く不安になった。

 

「……考えられるのは三つある。ひとつは沙那のいる場所がわたしの霊気の探知できる範囲を大きく逸脱している場合だ。だけどそれは考え難い。『移動術』もなんでもありじゃないんだ。跳躍先が遠くなれば遠くなるほど、大きな霊気を必要とする。『道術紙』程度に刻み込めるような霊気で、それほど遠くに跳躍しているとは思えない……」

 

「あたしもそう思います、ご主人様──。残りふたつの可能性のうち、ひとつは霊気を遮断するような霊具がそばにある場合ですよね。そのときは、霊気では沙那姉さんは追えません」

 

「そ、そういうことだね、朱姫……。そ、そうだよ……。その場合は沙那が監禁されている場所は、霊気では追えないさ──。それに違いないさ」

 

 宝玄仙がしきりにそれを繰り返した。その口調は随分とわざとらしい。

 

「……もうひとつはなにさ、ご主人様?」

 

 孫空女は静かに言った。

 どうやら、宝玄仙は三つ目の可能性を考えたくないようだ。

 

「……み、三つ目は、沙那がすでに死んでいることさ。あの霊具は、操りの対象が生きているときは強い霊気を発散し続けるけど、死ねばそれはぴたり止まるんだよ。もしも、人手に渡っても、あれが霊具であることが気がつかれないようにそうしたんだ……」

 

 宝玄仙が心配そうに言った。

 

「つまり、沙那姉さんがすでに殺されていれば、霊具から霊気は出ていない……」

 

 朱姫は悲痛な顔をした。

 

「ば、馬鹿なことを言うんじゃないよ、朱姫──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「そ、そうですよね。沙那姉さんに限って……」

 

 朱姫が無理に笑みを浮かべようとしたが、それはうまくはいっていない。

 まるで引きつっているような表情になった。

 

「ほ、ほかに沙那を探す方法はないのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は宝玄仙に視線を向けた。

 

「ご、ごめん……。思いつかないよ……」

 

 宝玄仙が俯いた。

 

「ご、ご主人様のせいですよ。ご主人様の──。沙那姉さんはあんなに嫌がったのに……。それなのに、ご主人様はあんな霊具をつけて、沙那姉さんを引き渡したりして──」

 

 朱姫が真っ赤な顔になって宝玄仙に詰め寄った。

 そして、わんわんと大声で泣き出してしまった。

 

「……ば、馬鹿朱姫、いまはそんなことを言っても仕方がないし、泣いている暇はないよ。街に出るよ。あいつらについての情報を集めよう。『移動術』だとしても、そもそも沙那を浚うために特別に準備した『道術紙』じゃないはずさ。跳躍先は連中に取って、意味のある場所に違いない──」

 

「意味のある場所?」

 

 泣いている朱姫が顔をあげた。

 

「なにかの悪さをしたときに逃げる隠れ処さ。連中の風体はまともな仕事をしている様子じゃあなかった。多分、盗賊のようなことをやっているに違いない。荷物も少なかったし、あれは長い旅をしている感じじゃあないしね。酒でも飲みに城郭にやってきたくらいの外出だと思う。きっと連中の根城はどこか近くにある。『移動術』でそこに飛んだんだよ。だから、この辺りに巣食っているけちな盗賊についての情報を集めれば、なにかがわかるはずだ──。行くよ、朱姫」

 

 孫空女は泣いている朱姫を怒鳴りあげた。

 一刻を争うかもしれない状況であることは理解した。

 だが、いまできるのは情報集めからだ。

 この周辺で盗賊が隠れ処にするような場所──。

 

 それを聞く。

 おそらく、そこに沙那は連れられていかれたに違いない。

 

「待ちな、孫空女。わたしも行くよ」

 

 朱姫を連れ出して宿屋を出ようとした孫空女を宝玄仙が呼びとめた。

 だが、孫空女はそれを首を振って留めた。

 

「ご主人様は待っていて──。なにかわかれば戻ってくる。連中の逃亡先の捜索にはご主人様にも加わってもらうけど、いまは情報集めだから……」

 

「だ、だったら、わたしはなにをしていればいいんだい? 教えておくれよ、孫空女」

 

 宝玄仙がおろおろと言った。

 

「だったら、反省でもしてれば……」

 

 宝玄仙に怒りの感情がないと言えば嘘になる。

 しかし、いまは時間が惜しい──。

 宝玄仙の相手はしていられない。

 

 激しい後悔をしている様子の宝玄仙をそのままに、孫空女は朱姫とともに宿屋を飛び出した。



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368 霊気遮断の洞窟 [初日(一)]

「ど、どこなの……?」

 

 洞窟に入れと「命令」された沙那だったが、道術の力で操られている脚もぴたりと歩みをとめた。

 眼の前にはただの岩と木の根の入り組んだ岩肌の壁があるだけだ。

 洞窟などどこにもない。

 

「ここだ」

 

 張須陀(ちょうすだ)が沙那の前に出て、小さな岩を横に動かした。

 するとそこに、屈んで入るほどの小さな穴が出現した。

 

「ここがお前が俺たちと一箇月すごす場所だ。中には食料も溜めてあるし、湧水もある。ここでたっぷりといたぶってやるぜ、沙那」

 

 張須陀が笑った。

 沙那は黙っていた。

 なにを言っても無駄だとわかっている。犯すのであれば、一箇月でも二箇月でも犯せばいい。

 もう、沙那は捨て鉢な気持ちになっていた。

 入り口が現われたことで、沙那の手足は「命令」の効果が復活して、小さな穴に潜り始める。

 

「へへへ、いい尻しているじゃねえか。尻穴が丸見えだ。堪らないぜ」

 

「まったくだ。あのぷりぷりした腰を見なよ──。早く、あそこに一物を入れてえぜ、兄貴」

 

 裸身で腰を屈めている沙那の姿を後ろから見ている項延(こうえん)李保(りほ)たちが卑猥な言葉で沙那をからかう。

 ぶちのめしてやりたい感情をぐっと耐える。

 いまは耐えるしかない。

 抵抗の手段は奪われている。

 

 小さな穴を潜ると大きな幕のような布があった。

 その布の向こう側に進むと、洞窟の中は大きな部屋のような空間になっていて、地面には毛布まで敷き詰められていた。

 壁には生活に必要なさまざまな調度品や家具のようなものまで置かれている。洞窟というよりはまるで普通の家のようだ。

 驚くことに、天井が光って洞窟全体を明るくしている。

 だから、眼の前のある部屋だけじゃなく、さらに奥にも洞窟が続いていることがすぐにわかった。

 

「驚いたか、沙那──。ここなら、一箇月でも二箇月でも快適に過ごせるだろう? 天井の光は灯り苔だ。まあ、いわゆる霊気を帯びた生物だが、半永久的に洞窟内を照らしてくれる。ほかにもいろいろと便利なものも運び入れてあるぜ──。そこに立って、また手を後ろで組んで跪け。それが奴隷の姿勢だ。これからは、奴隷の姿勢と呼ばれれば、すぐにその恰好をしろ」

 

 追いかけてきた張須陀が筒を使って言った。

 沙那の手足は勝手に指示された姿勢をとる。

 

 誰が奴隷だ……。

 沙那の血は沸騰しそうになる。

 可能であれば、この場で八つ裂きにしている。

 しかし、それはできない。

 

「へへ、沙那よ、兄貴が言ったのは本当だぜ。ここにはなんでも揃えてある。女を監禁したり、調教したりするような道具や設備も揃ってるぜ……。なにせ、金目のものを奪うだけじゃなくて、若い女がいたら、ここに監禁して奴隷にして売り飛ばしたりもしているからな。ひいひい泣かしてやるから愉しみにしてな」

 

 さらに追って入ってきた項延が言った。

 最後に入ってきた李保は、入口だった小岩をずらして出入り口を閉ざした。

 これで外からは完全に洞窟の存在はわからないのだろう。

 李保は、入り口を岩を閉じると、開いていた黒い幕をまた降ろした。

 黒い幕がカーテンのように出入り口を隠す。

 

「じゃあ、項延、李保、さっそく、沙那の手首を縛れ。脚もだ。足首を棒で繋いでおけ。こいつは足技も使うからな」

 

 項延と李保がすぐに縄束を取り出して沙那の周りに寄ってきた。

 李保は肩幅ほどの棒を持っている。

 棒の両端に革紐がついていて、それを足首に嵌めるのだろう。

 

「丸裸にしたうえに、霊具で支配されているわたしを縛らなくてもいいでしょう……」

 

 ひざまずいたまま沙那は張須陀を睨んだ。

 

「お前の魂胆はわかっているぜ、沙那。俺だって、これでも道術遣いの端くれだ。お前の女主人の作った霊具だけに頼っていたら、霊気切れのときにお前は自由になる。お前もそれを狙っているんだろう。お前が浚われたと知ったら、あの女主人はお前の霊具を無効化しようとするに違いないからな。霊気を遮断されて、どれくらいでその霊具が霊気切れで使えなくなるかわからないが、お前が逃げるような隙を与えやしねえよ」

 

 張須陀が言った。

 項延と李保が沙那の身体に縄を掛けはじめると沙那は内心で舌打ちした。

 張須陀が言った通りのことを考えていたことは確かだ。

 沙那が(さら)われたと知れば、宝玄仙はまず、この首輪の霊具を探って見つけてくれるか、あるいは、霊気を逆流させて霊具の効果を失わせると思った。

 

 おそらく、三日──。

 それだけ耐えれば、宝玄仙の霊具は霊気切れで効果がなくなると踏んでいたのだが……。

 

「それにお前の霊具は、おそらくかなり早く霊気切れをすると思うぜ。この幕があるからな」

 

 張須陀が出入り口に垂らしている黒い大きな幕をひらひらとさせた。

 

「そ、それはなによ……?」

 

 沙那は言った。

 一方で、沙那の手首が背中側で縛り合された。

 足首にも棒の両端についた革紐がされる。

 これで、沙那は霊具の効果がなくなっても拘束された状態だ。

 足首に挟まれた棒は肩幅ほどであり、がに股で移動することはできるが、脚を閉じたり蹴りあげたりすることは不可能だ。

 

「これは、霊気を遮断する布だ。この隠れ処は、山狩りをされたって絶対に見つからないような仕掛けをたくさんしている。この霊気遮断の布もそのひとつだ。この幕は、この洞窟全体から霊気の発散を防ぐし、外からの霊気の介入を防止するんだ。さすがのお前の女主人も、ここに隠されたお前を見つけることはできまいよ」

 

 張須陀がにやりと微笑む。

 沙那は息を飲んだ。

 ここまでしっかりと準備された隠れ処とは想像しなかった。

 これは、本当に危険な状況かもしれない……。

 逃げる方法も助けられる可能性も思いつけない……。

 

「さて、じゃあ、さっきは味見程度だったが、お前ら続きをやってやれ──。沙那、立て」

 

 張須陀が筒の霊具に向かって言った。

 沙那の身体が勝手に動いてその場に立ちあがる。

 張須陀が沙那の正面にしゃがんで沙那の痴態を見守る態勢になった。

 

「じゃあ、早速……」

 

「へへ、この尻なんて堪らねえよ……。兄貴、その筒でぴくりとも動くなって命令してくださいよ」

 

 李保が笑って言った。

 項延と李保が沙那の全身を触りだす。

 

「ぴくりとも動くな──」

 

 張須陀が笑って「命令」する。沙那の身体は拘束されているだけでなく、動くという意思さえも奪われた。

 

「あ、ああ……」

 

 全身のあちこちが触られだすと、その刺激が疼きになって沙那の全身を駆け巡り始める。全身から汗が流れ出す。

 感じやすい自分の身体が本当に恨めしい。

 この張須陀の眼の前で淫情に負ける自分を示してしまうのは死ぬほどつらい。

 だが、どうしようもないのだ。

 

「もう、乳首が勃ったな」

 

 張須陀が笑った。

 

「う、うるさいわよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 それだけがいまの沙那にできる精一杯の抵抗だ。

 それ以外の抵抗の手段はすべて取りあげられている。

 沙那の裸身を項延と李保の四本の手が動き回る。

 どっと熱くなった総身を燃え立たせて悶えた。

 まだ直接は触られていない股間がたちまち疼きだす。

 本当に情けない……。

 恥ずかしい……。

 

「どうやら、すっかりと被虐の身体に調教されているようだな、沙那……」

 

 張須陀がだしぬけに言った。

 

「そ、そんなことないわよ。ふ、ふざけるんじゃないわよ──」

 

 思わず叫んだ。

 だが、その通りであることを沙那は自覚している。

 この身体は、宝玄仙によって、与えられる被虐に抵抗できず淫乱に反応するように躾けられている。

 いまも、どんどん膨れあがる官能の波が沙那の中で暴れ回って、沙那の理性をどこかに飛ばしてしまいそうだ。

 

「へえ……。沙那、俺っち、もうどうにもならねえぜ」

 

「本当だぜ。乳首がもう、びんびんに勃っているな」

 

 李保に次いで、項延がそう言って乳房をすくいあげるように勃起した乳首を揺らされた。

 

「ひぐうっ」

 

 沙那の口から沙那の意思を裏切った大きな嬌声が迸った。

 たちまちの羞恥の感情が沙那に襲いかかる。

 その声をきっかけに本格的に沙那への攻撃が始まった。

 

「さっき、こいつの尻を見たときから、俺っちはここが気になっていたんだ」

 

 李保が指で沙那のお尻の亀裂をさっと逆撫でした。

 

「あはああぁぁぁぁ──」

 

 沙那は肛門から沸き起こった大きな官能の矢にがくりと身体を倒した。

 「命令」は沙那に動くなと命じているが、沙那の激し過ぎる身体の反応がそれに耐えられなかった。

 沙那の身体はがくりと折れた。

 ぱっと身体を掴まれた。

 

 なにが起きたかわからなかった。

 ただ、電撃のような官能の衝撃を感じたことは確かだ。

 そして、はっと気がついた。

 項延と李保の愛撫もとまり、張須陀とともに呆気にとられたように三人が沙那を眺めていた。

 慌てて三人の顔を見た。

 にやにやしている。

 沙那の身体には「命令」が蘇り、勝手に最初の姿勢に戻る。

 

「なんなんだ、いまの反応は、沙那?」

 

 やがて、李保が思い出したように笑った。

 

「へえ、沙那、お前、尻が弱点なんだな?」

 

 張須陀が我に返った感じで言った。沙那の全身にかっと羞恥が走る。

 

「そ、そんなことないわ。た、たまたまよ」

 

 沙那は懸命にそれを否定した。

 尻がどこよりも感じるなんて、あまりにも恥ずかしすぎる。

 せめてそれだけは知られたくない。

 だが、張須陀がすべてを見透かしたようににやりと微笑んだ。

 

「おい、筆があったろう? ふたりでちょっと尻穴をくすぐってみな。それですべてがわかるさ──。おい、沙那、立ったまま前屈みに身体を倒せ」

 

 張須陀が筒を使って沙那に「命令」した。

 沙那は絶叫したいくらいにそれを拒否したかったが、沙那の身体は、「命令」を受けて、勝手に上半身を倒した姿勢になる。

 

「尻をこっちに向けろ」

 

 張須陀の言葉で、沙那の身体は前屈みのまま反転して尻側を張須陀に向ける。

 

「ほらよ、項延」

 

 李保が戻ってきて小筆を項延に渡したのがわかった。

 その李保も同じ小筆を持っている。

 沙那の視線に項延と李保の持つ二本の小筆が入る。

その二本の小筆が沙那の肛門に伸びた。

 

「ひいっ──。いやあああああっ──」

 

 絶対に感じた仕草を見せるものか──。

 耐えきってみせるつもりだった……。

 沙那は必死の覚悟で歯を食いしばった。

 

「ひんっ、んふうううっ」

 

 しかし、二本の筆が肛門の周辺や穴そのものをくすぐりだすと、たちまちに声をあげて、身体をのたうたせてしまった。

 沙那の過激なほどの反応に気をよくした項延と李保が面白がって、執拗に筆で肛門に筆を這い回らせる。

 穂先の柔らかい毛で羞恥の源泉をくすぐられると、もう沙那の身体は、沙那の意思を無視して大きな反応を示してしまう。

 

「だ、だめえっ……や、やめて……やめて……いやああっ……」

 

 沙那は前屈みになっている上半身を揺さぶって叫んだ。

 すぐに脚から力が抜け、身体が脱力しそうになる。

 道術で静止を強要されていなければ、そのまま倒れていたかもしれない。

 

 快感が大きすぎる……。

 激しい絶頂に向かって沙那の身体の快感がどんどん膨れあがる。

 悔しいがもう沙那にはどうにもならない。

 

「やっぱり、けつの穴が弱点か……。それにしても、少しみっともないんじゃねえのか、沙那。昔、俺や俺の門弟相手に大立ち回りをしてみせたお前が、そんな筆二本でのたうちまわるのかい」

 

 沙那の痴態を眺めている張須陀が哄笑した。

 

「う、うるさい……あひいっ──。くっ、だったら、剣で、剣で戦いなさいよ……。こ、こんなの──あはああっ」

 

「その筆に抵抗できたら、剣で戦ってやるぞ、沙那」

 

 張須陀が嘲笑が返ってくる。

 

「……ひ、卑怯…………、あはああぁぁ……」

 

 筆が容赦なく沙那の肛門を這い回る。沙那はもうのっぴきならないところに追い詰められていた。

 

「へへ、でも、随分と派手じゃねえか、沙那殿よ。けつの穴をなぶられるのは、そんなに気持ちがいいのかい?」

 

「兄貴、こいつは、俺っちの筆責めで、あっという間に気をやりそうですよ」

 

 項延と李保のふたりが笑いながら筆を操る。

 激しい嫌悪感と恥辱感……。

 そして、妖しい快感でごちゃごちゃになった沙那は、もうどうしていいかわからなくて、あられのない声を叫びながら前屈みの全身を悶えさせるしかなかった。

 

「おうおう、遠慮はいらねえぞ、沙那。こうなったら、お前も愉しむだけ愉しみな。いくら気をやっても構わないぜ。気をやりながら、自分がはっきりと女だということを思い知りな」

 

 張須陀が手を叩いて喜んでいる。

 血も凍るような恥辱で一瞬身体から血の気が引くが、すぐに筆の刺激で全身が砕けるような快美感の中に引き戻される。

 

「く、口惜しい……、こ、こんなの──。んんんっ、ああっ……、き、気持ちよくない……。こ、こんなの気持ちよくない──」

 

 沙那は懸命に呟いた。こんな男たちによって尻をなぶられてよがり狂うなど自分じゃない。

 こんなことは現実じゃない。

 気をやってしまうわけなどない。

 必死の思いで自分に言い聞かす。

 

 しかし、沙那の身体は燃えさかるように熱くなっていて、真っ赤な溶岩がぐるぐると渦巻いているようだった。

 だんだんとこの男たちへの悔しさも考えられなくなり、恥ずかしささえもどこかに飛んで、ただの淫情に狂う雌になっていく気がする。

 

 責めているのはたった二本の筆で、しかも、刺激するのは肛門だけだ。

 その事実も沙那の恥辱感と情けなさを助長している。

 だが、どんなに歯を食いしばって声を耐えようとしても、どんなに力を入れて悶えを止めようとしても、肛門とその周辺に責めたてられると、じんじんという陶酔と疼きが身体に込みあがって、沙那は泣くような声をあげて身体をのたうたせてしまう。

 しかも、身体を暴れさせて淫情を振り払うこともできない。

 道術の力で前屈みで動けなくされているだけでなく、手首を背中で縛られて足首には棒が挟まれて閉じられないようにされているのだ。

 快感はどんどん溜まって大きくなっていく。

 沙那はただそれを受け入れることしかできない……。

 

「随分と感じる身体じゃねえか……。もしかしたら、尻の穴だけでいくんじゃないのか?」

 

 張須陀はさっきからずっと笑いこけている。

 本当に愉しくて仕方がないというような笑いだ。

 

「そ、そんなこと……。そ、そこは、あふうっ──」

 

 沙那がなにかを喋ろうとすると、それを邪魔するように筆が肛門を強く這う。

 すると沙那の声はあっという間に切ない嬌声に変化する。

 

「ま、待って……お、お願い……、あ、あっ、あっ、ああっ……」

 

 最悪の状態がやってきた。

 沙那は下を向いている顔を左右に激しく振って叫んだ。

 

「どれ、じゃあ、俺もやってみるか──。お前らはほかの部分をくすぐってやれ」

 

 張須陀が立ちあがる気配がした。

 

「へへへ……じゃあ、俺は乳首にいくかな」

 

「じゃあ、俺っちは太腿だ。うほおっ……。こりゃあ、すげえ──。兄貴、こいつの股ぐらは大洪水ですよ。たまらねえなあ」

 

 筆がさっと肛門から離れた。

 ほっとするの暇はなかった。

 すぐに屈んでいる身体の間に筆が挿し込まれて胸と股間をくすぐりだす。

 沙那はまた泣き叫んだ。

 この淫らな責めを避けることも逃げることも避けることもできない。

 沙那の中に絶望的な快美感が暴れ回る。

 その時、沙那はお尻の亀裂にふっと張須陀の息を感じた気がした……。

 

 えっ……?

 一瞬だった──。

 

 張須陀の舌がいきなり沙那のもっともつらい後ろの穴に触れたのだ。

 

「おほおおおっ──」

 

 とてつもないものがやってきて沙那を襲った。

 沙那は全身をがくがくと震わせて最初の絶頂をした。

 

「……こりゃまた、ど派手にいきやがったな、沙那。憎い俺に尻の穴を舐められていくなんて、なんてざまだ」

 

 張須陀が顔を沙那の尻から離して笑った。やっと全身を襲っていた二本の筆もとまる。

 沙那は張須陀たちの淫虐ないたぶりに耐えられずに、お尻を責められて絶頂するという醜態をついに演じてしまったのだ。

 その事実が、沙那を絶望に追い込んだ。快感の昂ぶりが絶頂により収まると、強烈な汚辱感がやってきたのだ。

 沙那は、張須陀と項延と李保が笑い転げる中、ただ惨めに前屈みの身体で荒い息をするばかりだった。

 

「武術の腕も早業だったが、いきっぷりも大した早業だ」

 

 張須陀がぴしゃりと尻を叩いた。

 

「ひっ」

 

「ほらっ、口惜しいかい。なんとか言ってみろ、沙那──」

 

 張須陀が指で菊の蕾をぐりぐりと抉りだす。

 

「あ、あひいっ、あっ、も、もう、勘弁、ああっ……」

 

 すると沙那はたちまちに嬌声をあげてしまい三人の哄笑をさらに誘った。

 こうやって悶えたり、恥辱にのたうつ様子を見せれば、この三人を悦ばせるだけだとはわかっている。

 しかし、必死に悶えを振り払い、唇を噛みしめても、それをあざ笑うかのような張須陀の手管でぐりぐりと肛門を刺激されることによって、沙那の抵抗など瞬時に崩壊してしまうのだ。

 

「お前らも見てみろ。これが大の男が十人がかりでも敵わないような武芸の持ち主であり、俺の鼻をこんな風に曲げちまったほどの女の弱点であるけつの穴だ。しっかりと見ておけ」

 

 やっと指を沙那の肛門から抜いた張須陀が沙那の無防備な尻を擦って言った。

 三人の視線が沙那の肛門に集中するのを感じながら、沙那は固く眼を閉じて必死に憤怒と汚辱と戦った。

 

「じゃあ、そろそろ、また、始めるか……。それにしても、沙那。お前も武術家の端くれなら、ちょっとばかり身体を触られたくらいでよがり狂わずに、それを押し殺すくらいできないのか」

 

 張須陀が指で再び沙那の肛門を撫でながら言った。

 また、ぞわざわとする快感が湧き起こる。

 かっとした。

 こんな男の仕打ちで、我を忘れたように快感に打ち震える自分に対して、猛烈な怒りの感情が込みあがった。

 頭の中のなにかがぶち切れる。

 沙那は怒りのままに感情を爆発させた。

 

「こ、この──。この恥知らず、卑怯者、人でなし、こ、こんな風に女の抵抗を封じていたぶるなんて、お前こそ、それでも武術をかじった男なの。それでも男? 情けなくはないの──?」

 

 沙那は吐き出すように叫んだ。

 

「へっ、尻の穴を剝き出しにして、まだ、そんな生意気を言いうのかい、沙那──? 恥知らずで情けないのはお前じゃねえのかい? 尻の穴を舐められて簡単に気をやるような淫乱女が一人前のことを言うんじゃねえよ」

 

 また肛門をちょんと突かれる。

 すると沙那は、激しく快感を反応させて張須陀へ毒づく気力を消されてしまう。

 もう、情けなくて涙が出る。

 

「わ、わたしに恨みがあるなら、剣できてよ──。いえ、そうじゃなくていい。わたしを殴りなさい。蹴りなさい──。わたしの顔を殴り、全身に棒を打って、骨を砕けばいいじゃないの──。殺したければ殺せばいいじゃないの。だ、だけど、こ、こんなのなんて……」

 

 沙那は血を吐くように言った。

 もう、それ以上は言葉を喋れなかった。

 感情が激昂して激しい嗚咽に変わってしまったのだ。

 

「おうおう、あの沙那が、そんなに女っぽく泣くのか……。それを見れただけで、危険を冒してお前をここに連れてきた甲斐があったな」

 

 張須陀が笑った。

 それが合図かのように、再び沙那への責めが再開した。

 張須陀がまた舌を肛門に這わせ、同時に、項延と李保の筆も全身の急所をくすぐりだす。

 息がとまるような快感がまたやってきた。

 沙那はもうなにも考えられずに、泣き声のような嬌声を張りあげるばかりになった。



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369 屈辱の尻穴責め [初日(二)]

 それからは快感の地獄だった。

 短い時間で、沙那は続けざまに達した。

 張須陀に嘲笑され、項延と李保を呆れさせながらも、耐えられずに、張須陀の舌と二本の筆の刺激に、何度も何度も絶頂した。

 絶頂が十回を超えた頃だろうか。

 不意に髪が掴まれて、朦朧としている沙那の顔をあげさせられた。

 

「兄貴、これだけ追い詰めりゃあ、もう、大丈夫じゃないですかねえ。こいつに俺っちのものをしゃぶらせたいですよ」

 

 李保という張須陀の部下だ。

 眼の前に、下袴の前を膨らませている李保の股間があった。

 

「まあ、待てよ、李保──。それは、もう少し、こいつを責めあげて、すっかりと性根を抜いてしまってからがいいだろうな。噛み切られてもいいなら口に咥えさせてもいいぜ」

 

「そ、そんなあ……。噛み切られちゃあ堪らねえや。じゃあ、いまは我慢しますよ」

 

 李保が残念そうに言って髪が離される。

 沙那の身体は、道術による「命令」の影響でまた、前屈みの態勢を取り直す。

 

 また、責めが始まる。

 三人の繰り返しの愛撫が続く。

 肛門を舐める張須陀の舌がやっと解放されると、次は項延が沙那の肛門を舐めだす。

 

 そして、数回の絶頂をさせられて、今度は李保だ。

 そこでもまたいく……。

 

 その間も誰かしらの二本の筆による刺激が全身を責めたてる。

 

 また絶頂し、再び、張須陀……。

 

 三人が交替で繰り返し、沙那の肛門を中心に責めたてる。

 そして、達する。

 

 その繰り返しだ。

 

 女陰は少しも触れられずに、尻だけを愛撫されて次々に醜態を晒し続けさせられることでも、沙那は心臓を締めつけられるような汚辱感に浸っていた。

 だが、どうにもならないのだ。

 沙那の身体は、三人の与える刺激に、ひたすらに悶え狂い、声をあげ、そして達した。

 

 沙那はいつの間にか完全に泣きじゃくっていた。

 泣きながら悲鳴のような嬌声をあげ続けていた。

 

「驚いたな……。これほどのものだったのか。それにしても、いったい、何度いくんだ。際限がないな」

 

 やがて、張須陀が呆気にとられたような声をあげた。

 いまは張須陀による三周り目くらいの肛門責めになっていた。

 沙那が絶頂した回数はもう二十回を超えたかもしれない。

 

「男勝りの沙那も、やっぱりもろい女だったということだな」

 

 張須陀が沙那の尻から顔を離して、臀部をしっかりと両側から抱えるように持った。

 

「そんなあ、兄貴、これだけの器量よしじゃないですか。いくらなんでも、男勝りなんてかわいそうですよ……」

 

 李保が笑いながら言った。

 

「お前は、こいつの武術の腕を見てないからそう言うんだぜ……。まあいい、ところで、そろそろ引導を渡してやるぜ」

 

 張須陀が言った。

 

「ひいっ……。な、なにを……あがあ、はあああっ」

 

 沙那は絶叫した。

 肛門の入口に張須陀の怒張の先端を感じた。

 沙那の全身は脱力し、もう、道術による拘束でなんとか姿勢を保っているだけだった、その沙那の肛門に張須陀の男根がずぶずぶと入ってくる。

 

「ああ……ま、待って、待って──」

 

 沙那は狼狽えた声をあげた。

 もう恥も外聞もない……。

 沙那はつんざくような悲鳴をあげて啼泣した。

 

「自分から腰を動かすんだ。俺を気持ちよくさせな」

 

 張須陀の言葉は、例の筒を通じて言われた言葉だった。

 沙那の腰は円を描くようにくねり始める。

 だが、度重なる連続絶頂ですっかりと性根をずたずたにされている感じだった沙那は、たとえ、道術ではなくても、もう張須陀の言葉に逆らう気持ちは出てこなかったかもしれない。

 朦朧とする意識の中で、沙那は無意識のうちに肛門に挿し込まれた一物を絞るように肛門を締めあげた。

 宝玄仙に調教された技だ。

 もう沙那は、女陰でも肛門でも自在に卵でも玉でも出したり入れたりできる。

 男を受け入れたときは、そうやって鍛えられた筋肉を使うように宝玄仙に調教されているのだ。

 

「ほおっ──」

 

 張須陀の悲鳴のような叫びが聞こえた。

 次の瞬間、沙那の肛門の中で張須陀の精が迸るのを感じた。

 自分を凌辱する憎い張須陀の精を受けてしまったという事実にはっとしたのは束の間だ。

 すぐに、そんなことは、もうどうでもいいような捨て鉢な気持ちになる。

 辛うじて残っていた自意識は、張須陀の精を肛門で受けるという事実ですっかりと消え去ってしまった。

 

「こ、こりゃあ、堪らねえ締め付けだったぜ。もっと、いたぶるつもりだったが、思わず出してしまった」

 

 張須陀の照れたような声が聞こえた。

 しかし、なぜか張須陀は、沙那の肛門から男根を抜こうとしない。

 それどころか、抜け出るのを防ぐかのように、改めてしっかりと両手で沙那の腰を掴み持った。

 だが、次の瞬間、なんだか生温かいものを肛門の奥で感じた。

 

「ひゃあ、ひゃあ、あっ、ああっ、な、なっ──ひいっ、そ、そんなあ……」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 いきなり、張須陀が沙那のお尻の中で尿を始めたのだ。

 肛門を通して腸に張須陀の小便が注ぎ込まれる。

 沙那は暴れ回って張須陀の男根を抜こうとしたが、「道術」の力がそれを阻んだ。

 

 結局、なすすべなく張須陀の尿は沙那の中に注ぎ込まれた。

 尻姦されて排尿までされるという屈辱に沙那は気を失いそうになった。

 沙那は、神経が焼き切れるのを感じながら、この事実をどうやって受け入れればいいのかわからないでいた。

 

「お前らもやれ。こいつのけつを犯してから、小便を注ぎ込むんだ。こいつを正真正銘の俺たちの便所にしてやろうぜ」

 

 張須陀が沙那を離して言った。

 

「沙那、抵抗することなく、ふたりの小便も受け入れろ──」

 

 張須陀が筒を使って、沙那に「命令」した。

 これで沙那は、もう完全に抵抗の手段を失った。

 すぐに項延が沙那の背後に回り、沙那の尻にとりついた。

 そして、ゆっくりと男根を肛門に埋めいていく。

 沙那のお尻はそれに抵抗することなく受け入れる。

 

「こりゃあ……。この女……尻で男を受け入れることができるように、完全に調教されてますぜ、兄貴」

 

 項延が感嘆の声をあげる。

 

「それだけじゃねえぞ、項延……。もっと驚くぞ。沙那、さっきの締めつけを項延にもやってやれ」

 

 張須陀が「命令」する。

 宝玄仙の作った霊具である筒の声がどれだけ沙那の身体を操れるのか知らない。

 手や足だけじゃなく、沙那の股間や肛門も「命令」に逆らえないのかどうかの判別はできないが、いずれにしても、沙那はすでに自分から沙那の肛門を犯している項延の男根を締めあげ始めていた。

 項延が声をあげて、すぐに沙那の肛門に精を放った。

 

「た、確かに凄えぜ、兄貴……。こりゃあ、奴隷に売り飛ばすなんてもったいねえ。ここで、ずっと飼いましょうよ──」

 

「まあ、考えておくぜ」

 

 張須陀が笑った。

 

「それじゃあ、しっかりと俺たちの奴隷として励みな、沙那殿。ところで、これは、さっきの尻の締めつけのお礼だ」

 

 沙那のお尻の奥でまた温かい水流が始まった。

 項延が排尿しているのだ。

 あまりの恥辱に耐えられず、沙那はまずます大きな声で号泣した。

 

 項延がどくと、すぐに李保が沙那の尻を犯しだす。

 そして、精を放ち、尿を注ぐ。

 

「ほらっ、どんな気分か言ってみな。俺たち三人に尻を犯されて、おまけに尻に小便までされてよう」

 

 李保が男根を抜くと、張須陀が笑いながら筒の側面をこつんと叩く音が聞こえた。

 道術の操り効果の消えた沙那の身体は、前屈みの状態からやっと解放されて、その場に崩れ落ちた。

 足首には、肩幅ほどの棒に取り付けた革紐がしっかりと結ばれている。

 沙那は脚を開いた状態で跪き、がっくりと身体をうな垂らせた。

 

「まあ、これで、俺もやっと四年前の恨みを晴らせたという気分になったぜ」

 

 張須陀が沙那の前に回り込み、まだ嗚咽の止まらない沙那の顔を覗きこむようにして言った。

 沙那は泣き顔を凝視されるのがつらくて、思わず顔を横に向けた。

 

 血が炸裂するような汚辱だ──。

 しかし、すぐに沙那は、この恥辱がまったく終わっていないことを知覚しなければならなかった。

 肛門に注がれた三人の尿の効果により、強烈な便意が沙那を襲ってきたのだ。

 込みあがった生理の苦痛により、沙那の下腹部には鈍痛が生じた。

 それがのっぴきならない排便への欲求となるのに、それほどの時間はかからなかった。

 

「どうした、沙那? 妙に尻をもじもじとさせるじゃねえか。まだ、やり足りないのかい?」

 

 張須陀が沙那の顔を見ながらにやにや笑った。

 

「まったくだぜ、沙那殿。なんで、そんなに苦しそうなのか教えてくれよ」

 

 項延と李保も、後手縛りの身体をくねらせ出した沙那に寄り添ってきた。

 しかも、ふたりの手が意地悪く下腹部と肛門にそれぞれに伸びた。

 そして、嫌がらせのように揉みあげる。

 

「あひいっ、お、お願い──。お願いです、皆さん──。厠に行かせて。厠に──」

 

 沙那は遂に耐えられなくて、鳥肌が立ってきた身体を震わせて叫んだ。

 

「ははは、この洞窟にそんなものがあるかと言いてえが実はある。こんなところで垂れ流されたら、俺たちも堪らねえからな……。ついてきな、沙那」

 

 張須陀が洞窟の奥側に歩いていく。

 沙那は立ちあがって張須陀の後を追う。

 その沙那を両側から挟むように項延と李保がついてくる。

 沙那はだんだんと激しくなる便意に耐えながら、不自由な身体を動かして懸命に張須陀についていった。

 両足首の間に棒があるので、脚を開いたまま身体を大きく左右に振るように歩かなければならない。

 そのため、振動が大きくなり、崩壊しそうな沙那の肛門を刺激して、さらに沙那を苦しめる。

 洞窟は入り組んでいて、途中に幾つかの別れ道もある。

 

 やがて、洞窟の最奥のような場所に着いた。

 奥側は岩肌に打ちつけた鉄釘を使って紐が渡されていて、それに布の仕切りが作られていた。

 前に出た李保がさっと布を横に開く。

 そこは洞窟の突き当りだった。

 行き止まりの場所は、まさに厠のようになった空間になっていて、地面に穴を掘ってあった。

 よく見ると穴の中に大きな壺のようなものが埋め込んである。

 

「ここが厠だ──。その地面に埋めた壺は、ある旅の貴族の一行を襲ったときに手に入れた霊具で『排便壺』と呼ぶらしいぜ。その『排便壺』に大便をすれば、匂いも消えるし、いつの間にか糞をただの土に変えてくれるというわけだ……。さて、じゃあ、そこにしな、沙那」

 

「な、縄を解いてよ……。お願い」

 

 沙那は眼の前の「厠」を前にして言った。

 激しい排泄感が襲ってきている。

 もう、長くは耐えられない。

 

「それはできねえな。残念ながら、お前の方が俺よりも強い。万が一にでも抵抗されちゃあ困るんだよ」

 

「そ、そんな……。わたしの首輪がその抵抗を防いでいることは知っているでしょう……。逃げないし、抵抗しないと誓うから、少しの間だけ拘束を解いて」

 

 沙那は切迫した便意に震えながら声をあげた。

 

「つべこべ言うんじゃないぜ、沙那さんよ──。ほらっ、早くしねえと、出ちまうんじゃないのかい?」

 

 李保が沙那の無防備な肛門に指を伸ばして、くちゅくちゅとくすぐった。

 崩壊しそうな肛門を指で刺激された沙那は、悲鳴をあげて慌てて排便壺に近寄った。

 なんとか拘束された身体を動かして、地面に埋まった壺を跨ぐように立つ。

 

 その沙那を張須陀たち三人が取り囲む。

 自分たちの眼の前で排便をさせるつもりなのだと思った。

 あまりの羞恥に沙那は凍りつく。

 しかし、もう限界だった。

 仕方なく三人が取り囲んでいる状況で、腰を落として尻を排便壺に向けた。

 

 注がれた尿とともに沙那が大便を垂れ流しだすと、三人の嘲笑が始まった。

 毛穴から血を噴き出すほどの痛烈な恥辱で沙那は身体ががたがたと震わせた。

 それでも一度始まった排便は止まらない。

 沙那は三人の男に笑われながら、排便姿を眺め続けられた。

 

「俺もこいつの大便まで垂れ流す姿を見れるとは思わなかったぜ」

 

 張須陀が笑い転げている。

 もう沙那は生きた心地もなく、あまりの屈辱感に頭が朦朧とさえしていた。

 

「……まだ、したいんだろう。遠慮なく垂れ流しなよ、沙那さんよ。全部、終わったら俺が身体を洗ってやるよ。ここは湧水だけはたっぷりとあるんだ」

 

 李保が沙那の肩を抱きながら言った。

 沙那はその言葉に操られるように、身体を震わせると最後の排泄をやった。

 尿意も込みあがったのでそのまま排尿もした。

 

「おっ、お前、小便もはじめたか?」

 

 張須陀がわざとらしく呆れたような声を出す。

 

「ああ、ご、ごめんさない……」

 

 沙那は訳もわからずに、思わず謝罪の言葉を口にしていた。

 やがて、やっと排尿も終わる。

 

「沙那さんよ、そのままだ」

 

 李保だ。

 いつの間に準備したのか、木桶と柄杓がそばにある。

 李保が沙那の肛門に水をかけて、汚れている尻を洗い出す。

 沙那はそれでまたよがってしまい、張須陀の哄笑を誘ってしまった。

 

「さてと、ここまで生き恥を晒せば、お前も覚悟はできただろう、沙那。ここでみっちりと一箇月間、俺たちの性奴隷として尽くせ。お前が奴隷としていい子だったら、奴隷商人に売らねえで、俺たち三人の愛人として、ここで生かしてやってもいいぜ」

 

 李保が沙那のお尻を洗い終わって柄杓と桶を横に置くと、張須陀が言った。

 はっとした。

 こんなところで快感に我を忘れている場合じゃない。

 なんとしてもここを逃亡する。

 どうしたらそれができるかを考えなければ……。

 快感に浸り、汚辱感に潰れている場合じゃない。

 

「じょ、冗談言わないでよ。ここであんたらの性奴隷になるくらいなら、奴隷商人に売られることがましよ──。お願いだから、早く、奴隷として売り払ってよ」

 

 沙那は我に返って叫んだ。

 

「そうこなくっちゃな、沙那。そうでなければ、俺もなぶりがいがないというところさ」

 

 張須陀が大きな笑い声をあげて身体を揺すった。



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370 女武芸者の痴態 [三日目]

 微睡(まどろ)みから覚めた。

 眼を開けると眼の前で項延(こうえん)が沙那の身体に覆いかぶさって交合をしていた。

 沙那の両腕は後ろに組んでがっしりと縄で後手縛りにされていて、両足首は棒を両端の革紐でしっかりと拘束されている。

 そんな姿の沙那の脚を引き揚げ、腿を腹に押し潰すような体位で項延は腰を使って沙那を責めたてていた。

 項延だけではない。

 よがり泣く沙那もまた、項延の腰の動きに合わせて腰を振っている。

 

「い、いく、いくわ……あ、ああっ……わたし、また、いくううっ──」

 

 沙那がいきむような声をあげた。

 そして、身体を仰け反って白い首を上に向ける。

 それと同時に項延がうっと呻きながら全身を突っ張らせた。

 

 沙那と項延が合わせるように達したのだと李保(りほ)は思った。

 精を出すと項延は、沙那を跳ねのけるように押し避け、沙那を離して裸身のままごろりと横になった。

 土肌の洞窟だが床には毛布が敷き詰めてある。

 項延はすぐに沙那に背を向けていびきをかき始めた。

 ふと見ると、張須陀(ちょうすだ)も男根を剝き出しにして仰向けに寝ている。

 李保も裸だったが、三人の裸の男が、やはり全裸の沙那を囲むようにして横になっているのだ。

 

 そうやって、交替で沙那というひとりの女戦士の身体を抱き続けていた。

 張須陀が抱き、張須陀が疲れれば、項延が沙那を抱き、張須陀は休む。

 項延も果てれば李保だ。李保が終われば、休んでいた張須陀がまた沙那を犯す。

 

 三人で休んだり、眠ったりしながら沙那を代わる代わる犯したが、沙那だけがずっと三人の誰かの相手をした。

 そうやって、沙那の凌辱を続けた。

 

 沙那という女は最高だった。

 四年前に張須陀と確執のあった女らしく、美しい容貌と素晴らしい身体をしていたが、張須陀に言わせれば、この張須陀がまったく歯が立たないくらいの女武芸者だという。

 その女武芸者と偶然に再会した張須陀は、この沙那の女主人の道術遣いから沙那を浚ってきたのだ。

 そして、この隠れ処で凌辱を続けている。

 

 張須陀の目的は、かつて張須陀に煮え湯を飲ませたこの沙那という女に対する復讐らしい。

 この隠れ処で一箇月にわたって沙那に恥辱という恥辱を与え尽くしてから奴隷商人に売り飛ばす。

 張須陀はそのつもりのようだ。

 そして、この洞窟に四人で閉じこもってずっと抵抗のできない沙那を犯し続けている。

 

 張須陀がここから遥かに遠い東帝国という国の出身だというのは、今回の騒動があって初めて知った。

 そもそも、東帝国という国など知らない。

 ましてや、張須陀が、そこで軍人を相手にするほどの武術師範をしていたというのも初めて聞いた。

 そんな輝かしい経歴を持つ人間とは思っていなかった。

 

 李保が一年前に初めて張須陀と会ったときから、張須陀は悪党であり、盗賊であり、そして、とてつもなく強かった。

 李保は張須陀ほど強い人間には会ったことがなかった。

 項延と李保は張須陀と出遭って、すぐに張須陀を兄貴分だと認めた。

 それくらい強さがかけ離れていたのだ。

 

 その張須陀が歯が立たないほどの武芸を持つ女などというのも信じられない。

 だが、たったいま項延の精を受けて、疲労で寝息をたてはじめた沙那は、紛れもなく張須陀よりも強いのだという。

 

 本当だろうか……。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 いまは、沙那という素晴らしい身体を持った女を抱き尽くしたい。

 考えていたのはそれだけだ。

 まさに男に抱かれるために生まれた女というのは沙那のことだろう。

 

 こんなに美しい容貌を持ちながら、果てしなく淫情な身体──。

 身体のどこをどう刺激しても、激しく反応し派手にいき狂う。

 それでいて、こうやって三人の男をひとりで相手をできるくらいの体力もある。

 

 この洞窟に閉じこもって、丸二日は経っている……。いまは三日目だ。

 その三日間、張須陀と項延と李保の三人はこうやって交替で寝ているが、沙那はほとんど眠っていないはずだ。

 それなのにいまだに、三人を相手にして、激しく淫情に耽り声をあげて悶え狂う……。

 大した女だ──。

 

 張須陀と沙那の確執がどんなものであったかなどどうでもいい。

いまは、これほどの女を好きなだけ抱き潰すことができるという幸運に浸っていたい。

 

 李保は身体を起こすと棒が繋がっている沙那の両脚に自分の身体を潜らせた。

そして、沙那に覆いかぶさると、片手で軽く沙那の頬を叩いた。

 

「あっ……、り、李保……。ま、まだ、やるの……?」

 

 沙那が朦朧とした眼を開けて李保を見た。

 

「当たり前だぜ。お前の身体は幾ら抱いても抱き足りねえ。お前は俺たちの女だ」

 

「す、好きなだけ犯すといい……」

 

 沙那が感情を殺したような口調で言った。

 李保は桃色に染まって全身に汗をかいている沙那の緊縛された裸身を抱えると、その乳首を吸った。

 すると、無表情だった沙那の表情が一変して、たちまちに、淫情に乱れた女の顔になる。

 李保の中にぞくそくと愉悦が走る。

 この女は魔性の女だ──。

 沙那の素晴らしい反応に浸りきりたい。

 

「口を吸ってくれるか……?」

 

 打てば響くような沙那の反応を愉しむと、李保は沙那の乳房から顔をあげてささやいた。

 

「い、いいわ……。吸うわ。吸うから、少しでいいから眠らせて……」

 

 沙那が半開きの口を李保に向けた。

李保は沙那の滴るような色気に胸が焼けるような錯覚を味わった。

 

「それはお前次第だな……。だが、素直になったら、張須陀の兄貴に頼んでやるぜ」

 

「や、やるわ……」

 

 李保はその唇に自分の唇を合わせた。

 沙那は抵抗しなかった。

 柔らかくて温かな唇だった。

 

 その沙那の下唇と上唇の感触を味わう。

 そして、舌を沙那の口に入れたい欲求と戦った。

 沙那は緊縛されて、道術遣いの女主人の霊具に身体を支配されていた。

 張須陀が持っている筒に発した言葉に身体が逆らえない首輪をされているのだ。

 しかし、そうやって操られているのは手足だけで口は別だ。

 だから、張須陀は、沙那の口に触れたりするのを怖がっているし、李保たちに禁止もしている。

 そんなことをしようものなら、この沙那は、舌であろうとなんであろうと、すべて噛み切ってしまうというのだ。

 

 だが、沙那は三人で小便浣腸をして、眼の前で排便をさせてから、人が変わったかのように従順になっていた。

 積極的に三人の性の相手をするようになり、悪態もまったくつかなくなった。

 三人からの凌辱にも、自ら腰を動かす仕草も見せるし、女陰を締めて男根から精を絞りとるように快感を与えてくる。

 

 その一変した態度を張須陀は気味悪がったが、李保はそっちの方がよかった。

 張須陀は泣き叫んだり、逆らったりする女を無理矢理に手籠めにすることを好むみたいだが、李保はやはり和姦が気持ちいい。

 

 しばらく、沙那とそうやって遠慮がちの口づけをしていた。

 すると驚いたことに、沙那が耐えられなくなったような仕草をしたかと思うと、李保の口に舌を入れてきたのだ。

 李保はびっくりしてすぐに反応できなかったが、すぐに我に返った。

 

 その後は、入ってきた沙那の舌をむさぼり味わい、唾液をすすった。

 そして、李保も沙那の口に舌を入れて沙那の口のあちこちを舐め回す。

 

「お、おい、なにやってるんだ、李保──」

 

 大きな声がした。

 李保は、まだ酔ったような表情をしている沙那から唇を離して顔をあげた。

 張須陀がぎょっとした表情をしてこっちを見ていた。

 

「な、なにって……愉しんでいたんですよ、兄貴。交替で抱いていいと言ってくれたじゃねえですか」

 

「別にそれを咎めているわけじゃねえよ……。だが、その女は、もの凄く凶暴だと言っただろう。舌なんて入れて死にたいのか」

 

 張須陀が目を丸くしている。

 

「そんなに怖がる必要なんてないんじゃないですか、兄貴……。この女なんて、もう、すっかり骨抜きですよ」

 

「そ、そうよ……。もう、観念しているわよ……。こんなに何度も気持ちよくされたんじゃあ、従うしかないじゃないの……」

 

 沙那がうっとりとした表情を見せた。

 李保はその妖艶な笑みに身震いさえした。

 

「ほら、沙那さんもこう言っているぜ、兄貴」

 

「だがなあ……」

 

 張須陀はまだ、なにかが気に入らないようだ。

 しかし、沙那はもうすっかりと屈服をしているように見える。

 どんなに激しい気性だった女だったのかもしれないが、尻を犯され、排便をさせられ、限りなく女陰と肛門を交替で犯され続け、長い時間を夢うつつのような状態にされるまでいたぶられ続ければ、もう抵抗の気力などなくなっているに違いない。

 実際、三人の手管に呷られているうちに、いつの間にかこの沙那は牙を抜かれたように、三人の男の責めで調子を合わせて官能をむさぼる雌の姿を見せ始めた。

 

 そうなれば女など可愛いものだ。

 なんで張須陀は、こんなにも沙那を怖がるのだろう……?

 ただの女じゃないか──。

 

「じゃあ、俺はこの沙那に口を使ってもらうぜ。兄貴は尻を犯しなよ。兄貴は、この女の股ぐらよりも尻が好きなんだろう?」

 

 李保は立ちあがって場所を開けた。

 

「本当に口を使わせるつもりか……? まあ、忠告はしたからな」

 

 張須陀が苦笑しながら、懐から沙那の女主人から取りあげたままの小さな竹筒を取り出した。

 中指くらいの長さと太さで、それに話しかけると沙那は首輪に操られて、その言葉に逆らえないらしい。

 そうやって操れるのであれば、拘束など必要ないとは思うが、張須陀は、沙那を縛ってなければ落ち着いていて抱けないようだ。

 それに、その霊具で操れるのは手足だけで、口は操れないのだ。

 だから、いまだに沙那の口に張須陀は近づかないように用心をしている。

 

 張須陀は、その筒を使って、沙那に尻を上にあげてうつ伏せの態勢になるように命じた。

 沙那は身体をだるそうに起こして身体を返す。

 そして、腰から下を四つん這いの姿勢にして、上半身をうつ伏せに伸ばした。

 張須陀が沙那の腰に張りついて、すでに逞しくなっていた怒張をゆっくりと侵入させ始めた。

 

「あおほおっ」

 

 沙那はもうすっかりと諦めて、張須陀の尻責めを甘受するかのように喘ぎ始めた。

 もう、沙那は快楽になぶり尽くされて、すっかりと抵抗の気力を砕けさせているに違いないと李保は思った。

 沙那は嫌がるどころか、むしろ積極的に自分から張須陀の動きに合わせるように腰を動かし、さらに自分を昂ぶらせて燃え立たせていこうとしているようだ。

 

「くうっ……、相変わらず、もの凄い締めつけだ……。また、抜き取られるぜ──」

 

 張須陀が顔をしかめた。

 

「き、気持ちいい……。あはあっ──。だ、だめえぇ──」

 

 沙那が喘ぎのような大きな声をあげて全身をぶるぶると震わせた。

 また、達したのだ……。

 全身が性感帯のような感じやすい沙那だが、肛門の弱さは李保にも信じられないほどだ。

 この沙那は肛門を責められれば、なにかの堰が切れたかのようにおびただしく反応して果て狂う……。

 

「さて、沙那、そろそろ、口を使ってもらうぜ」

 

 沙那の顔側に回った李保は言った。

 

「おい、本当にやるのか、李保……?」

 

 張須陀が背後から沙那を犯しながら心配そうに言った。

 

「大丈夫だよ、兄貴。もうこの女は、完全に身体が溶けてしまっているよ。噛み切るなんて気力はないさ」

 

 李保は笑って沙那の前に男根を示した。

 

「まあいい。せめてもの掩護で、沙那が万が一にもおかしな真似をしないように責めたててやるさ」

 

 張須陀がそう言って、沙那を背後から責める動きを激しくした。

 それだけではなく、後ろから両手を伸ばして沙那の乳房を掴んで引き寄せるように揉み始める。

 

「うあああっ、はああっ」

 

 沙那は大きく身体を悶えさせる。

 李保は沙那の髪を掴んで引き揚げた。

 沙那の眼の前に自分の男根をかざす。

 すると沙那は激しく喘ぎながら、眼の前の李保の男根を操られるように口に咥えた。

 沙那がむさぼるように李保の一物に舌を使いはじめる。

 

「おおっ……。兄貴、こいつは舌の使い方まで、しっかりと叩き込まれているぜ」

 

 沙那の舌遣いの滑らかさと気持ちよさに、李保は思わず感嘆の声をあげてしまった。

 それくらい、沙那の舌による刺激は快感だった。

 

 舌の動かし方……。

 唾液の使い方……。

 吸ったかと思うと弾くように舌を強く動かしたり、そうかと思うとねっとりとしゃぶったりする……。

 しかも、ただ技を持っているだけじゃない。

 李保の反応に合わせて、巧みに李保の感じる場所を探すように舌を動かしているのだ。

 少しでも李保が反応すると、今度はその部分を集中的に口と舌だけでいろいろな刺激を加えてくる。

 これだけの献身的な奉仕など李保はこれまで経験がない。

 それを沙那ほどの美女が当たり前のようにしている。

 それだけで李保は有頂天になった。

 

「こ、こりゃあ、ほ、本物だ……。玄人の遊妓だって、こんなにうまい奉仕はできやしねえ」

 

 李保はたちまち襲ってきた激しい快感に顔をしかめた。

 このままでは、あっという間に李保も精を絞り出される。

 あの女主人に調教されているということだが、まさか男の一物への奉仕の仕方まで叩き込まれているとは考えもしなかった。

 

「……よ、よし、李保……。こっちと呼吸を合わせるぞ……。いいな」

 

 沙那の尻を犯している張須陀が言った。

 張須陀もまたなにかに耐えるように顔をしかめている。

 沙那の尻の締めつけは凄いのだ。

 まるで男の精を絞るようにぎゅうぎゅう動いてくる。李保もそれを知っているので、張須陀が沙那に精を絞り取られようとしているのがわかる。

 

 張須陀がさらに沙那を責めたてる。

 すでに一度絶頂している沙那は、やがて、すぐに痙攣するように身体を震わせた。

 張須陀も沙那の動きに合わせて精を放った仕草をした。

 李保もまた耐えていたものを解放して、沙那の口の中に精を激しく放出した。

 

 沙那は、李保の一物を口に咥えたまま呻き、そして、がっくりと脱力したようになった。

 李保はその沙那の上半身をがっしりと支えてやった。

 沙那が甘えるように李保に顔をもたれさせる。

 張須陀が満足したように沙那の肛門から一物を抜いた。

 

 沙那はその刺激でまた、吠えるような呻きを発して、がくがくと身体を震わせた。

 もしかしたら、抜く刺激でまた軽くいったのかもしれない。

 とにかく、沙那は簡単にいってしまう。

 

 しばらくの間、沙那はそのまま快感の余韻に浸っているような雰囲気だったが、それでも口から李保の男根を離さずにいた。

 やがて、やっと動き出すと、奉仕を再開した。

 最後の最後まで吸い取るように口で李保の精を吸いはじめたのだ。

 

 これには李保も驚いた。

 沙那の態度は口で行う奉仕とはこういうものだと信じきっているかのようだ。

 そうやって男に尽くし抜く行為に、李保は内心に感動さえ覚えた。

 

 沙那の表情には、屈辱や羞恥に歪む気配は感じなかった。

 ただ、与えられる快感に積極的にのめり込もうとしている女の酔いのようなものが垣間見れるだけだ。

 

「尻を犯されながら気をやり、しかも、男の精を口で受けてみせるとはな。しかも、一滴残らずに李保の精を飲むなんていうのは、大した淫乱ぶりじゃねえか、沙那──。なんとか言ってみな」

 

 張須陀が沙那を嘲笑した。

 沙那がびくりと反応した。

 李保はどきりとした。

 沙那が突然に猛烈な殺気を放った気がしたからだ。

 しかも、沙那の口の中にはまだ李保の男根が咥えられたままだ。一瞬にして李保の背に冷たい汗がどっと流れた。

 

 噛み切られる──。

 李保は恐怖に包まれた。

 

 しかし、その殺気はあっという間に消えた。

 とにかく、冷や汗を背に感じたまま慌てて沙那の口から男根を抜く。

 さっきの殺気など嘘だったかのように沙那は、完全に顔を伏せて静かに頭を地面に伏せた。

 張須陀は沙那の変化にはまるで気がつかなかったようだ。

 

「項延を起こして、項延のものも口でやらせるさ。最後は俺だ──。沙那よ。三人の精を口で全部抜けたら、休ませてやるぞ」

 

「や、やるわ……。抵抗しない。だ、だから、休ませて……」

 

 沙那が地面に顔をつけたまま、だるそうに言った。



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371 新しい支配具 [四日目(一)]

「おい、沙那──」 

 

 声をかけられて檻にうずくまって眠っていた沙那は、はっと目を覚ました。

 一瞬、どういう状況なのかわからなかった。だが、すぐにここが、張須陀(ちょうすだ)に連れ込まれた連中の隠れ処の洞窟であり、数日にわたった凌辱のあげくに、やっと休むことを許され、洞窟の奥にある奴隷用の檻で眠っていたのだということを思い出した。

 

 檻といっても、人がしゃがんで座れるくらいの小さな穴を洞窟の壁をくり抜いて作り、そこに鉄格子の扉をつけただけのものだ。

 洞窟の奥には、そういう檻が幾つかあり、沙那はその中のひとつに入れられていたのだ。

 

 張須陀たちの生業は、やはりこの辺りを往来する旅人を襲う盗賊のようだ。

 もっぱら行商人を襲って金品を狙うのが連中のやり方であり、項延(こうえん)(りほ)保が狙いを定めて、張須陀がその武辺でふたりとともに襲撃する。

 そうやってこの一帯の街道を荒らしているようだ。

 

 三人のうち、曲がりなりにも武術ができるのは張須陀のみ……。

 沙那はそう予想している。

 おそらく間違いないだろう。

 項延も李保も、沙那から見れば大した武芸の腕があるとは思えない。

 

 いずれにしても、三人は盗賊だ。

 そして、この三人は、襲った旅人の中に若い女がいた場合は、奪った金品とともに女も奪うようだ。

 そのときには、女をこの隠れ処に監禁し、弄んだあげくに奴隷商人に売っているようだ。

 この檻はそういう女たちを監禁しておくための施設なのだ。

 

 いまは女は誰もおらず、監禁されているのは沙那だけだ。

 たが、十個ほどあるそれらの檻には、いずれも最近まで人が監禁されていた気配がある。

 改めて張須陀たちに対する怒りが込みあがる。

 

「出て来くるんだ、沙那殿──。昨日は随分と従順だったから休ませてやったんだぜ。ぐっすりと寝て、体力も回復しただろう? 今日は、退屈凌ぎに愉しい趣向を考えているんだ。早く、来いよ」

 

 項延が檻の向こうで言った。

 その背後には、張須陀と李保もいる。

 この三人にここに監禁されて、徹底的ないたぶりを受け始めてどのくらいの時間がすぎたのだろう。

 

 一日……?

 三日……?

 さっぱりわからない。

 

 この洞窟にはまったく陽の光はない。だから、時間の間隔がないのだ。しかも、沙那は、この三人に完全に意識が朦朧となるまで繰り返し犯され続けた。

 手と足を縛らたうえに、霊具の力で身体を操られて、三人から代わる代わる犯されたのだ。

 三人は交替で眠ったり休んだりしていたが、沙那だけは、休むことを許されずに、ずっとひたすらに犯されていた。

 

 繰り返す責めに沙那は、絶頂に絶頂を重ねて、精根も尽き、気力も砕かれた。

 さすがに、これ以上責められれば死んでしまうと思った。

 いずれにしても、なんとか体力を回復させたかった。

 体力がなければ逃げられない。反撃の機会があってもそれを生かすことができない。

 

 それで、逆らうことをやめ、ひたすら大人しくして連中に屈服したふりをした。

 李保とかいう張須陀の子分の男根を口で奉仕もし、項延のものも舐めたし、反吐が出そうになるのを耐えて張須陀の一物さえもしゃぶった。

 沙那の口の奉仕について、大した舌技だと喜んだ三人は、沙那をご褒美に休ませてやると言って、ここまで連れてくると、沙那を檻に閉じ込めたのだ。

 

 背中で縛られた後手縛りは解かれなかったが脚の拘束は解かれた。

 やっと沙那は身体を休ませることができて、ここで身体を丸めて死んだように眠っていた。

 

 そして、起こされた。

 また、凌辱の日々が再開するのだろう……。

 沙那は身体を起こした。

 

「待て、沙那……。沙那、膝を曲げて股を開け。股ぐらをこっちに向かって曝け出すんだ」

 

 檻の向こうの張須陀が手にしている筒に向かって言った。

 沙那は大きく限界まで脚を拡げて、三人に向かって股を曝け出す。

 

「ほう……。まだ、お前の首輪の効果は続いているようだな。大した霊具だぜ」

 

 張須陀が嬉しそうに言った。

 

「も、もう、勘忍してよ……。脚を閉じさせて──」

 

 沙那は、檻越しににやにやと股を覗きこむ三人の視線に耐えられなくなり、思わず言った。

 しかし、張須陀は沙那の股間をじろじろと眺めまわす仕草をするだけで、一向に解放してくれない。

 沙那は、羞恥に耐えられずに血が出るばかりに唇を噛んだ。

 

「なあ、沙那よ……。この霊具は、あの女主人の霊気が途切れれば、霊気切れになるはずだが、こうやって何日も経っているのに、一向に道術効果がなくなる気配がない。それはそれで問題はないんだが、いったいどれくらいでお前の女主人の霊具は霊気切れを起こすんだ? あの霊気除けの布のために完全にその霊具は霊気源を失っているはずなんだがなあ……」

 

 張須陀が笑いながら言った。

 

「そ、そんなこと……。それよりも、いまは、ここに閉じこもってどのくらい経ったの?」

 

「さあ、四日目か……?」

 

 張須陀が項延の顔を見た。

 

「そうですねえ。そんなもんでしょうね、兄貴」

 

 項延が応じた。

 四日……。

 思っていたよりも長く監禁されていたのだと思った。

 

「ご主人様……宝玄仙の作る霊具は別格なのよ。多分、一箇月は霊気切れを起こさないと思うわ」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、出てきな。出てきて脚を拡げて立て」

 

 張須陀が筒を使って言った。

 

「兄貴、もう、その霊具なんて使わなくても、沙那は抵抗なんてできませんよ」

 

 李保が檻を開きながら言った。

 まったくだと沙那も思った。

 いつになったら、油断するんだろうか……。

 

「馬鹿野郎──。片時も油断すんじゃねえ。こいつは、怖ろしい女だと何度も言っているだろう」

 

 張須陀が李保に怒鳴った。

 とにかく、「命令」に従い、沙那は後手縛りの身体をくねらせてなんとか狭い扉を潜って扉の外に出た。

 

「ほう、たっぷりと休ませたら、肌に艶が戻ったみたいじゃないか」

 

 張須陀だ。

 沙那は、この男の顔面に思い切り膝を叩きつけたい衝動を懸命に堪える。

 そして、さっきの「命令」に従い、大人しく三人に身体を向けて立って脚を開いた。

 李保が近寄ってきて、沙那の乳首を指でぎゅっと押した。

 

「あはっ」

 

 たちまちに、ぞくりとした感覚に襲われて沙那ははしたない声をあげた。

 次の瞬間、はっとして口を閉じて平静を装う。

 ほんの少し乳首を刺激されたくらいで、これほどに激しい反応を示してしまった羞恥に顔が赤らむのがわかった。

 

「まったく、いくら触っても触りがいのある身体だぜ……」

 

 李保が嬉しそうに笑う。

 

「おいおい、兄貴分の俺を差し置いてなにやってんだ」

 

 張須陀が苦笑している。

 

「だけど、兄貴、こいつのこの感じ方、本当にやばいぜ。どれ、俺も触ろう……」

 

 項延も笑いながら沙那に近づいてくる。

 三人が抵抗できない沙那を取り囲み、脚を閉じられない沙那の双臀を擦ったり、胸を揉んだりしはじめた。

 沙那は刺激を我慢しようと思ったが、六本の手によっていいようになぶられて、結局は悲鳴のような声をあげて泣き悶えさせられてしまった。

 

 やがて六本の手のすべてが沙那の股間に群がった。

 六本の手が代わる代わる、肉芽を剥き、こね回し、女陰の外襞をくすぐり、股間の敏感な場所を指で刺激する。

 

「んふうううっ」

 

 堪らず沙那は全身をがくがくと震わせて気をやった。

 膝ががくりと割れて、思わずその場にしゃがみ込んだ。

 絶頂の余韻に沙那はそのまま腰を落としたままでいた。

 

「へへ、やっぱりな……。沙那、お前、いま、わざと道術に従ったふりをしていただろう。実際には、すでにその霊具は霊気切れで効果がなくなっているな? 相変わらず油断がならねえやつだぜ……」

 

 張須陀の声がした。

 はっとした。

 顔をあげると、いつの間にか三人が洞窟の壁のぎりぎりまで下がって、沙那と随分と距離を取っている。沙那の反撃に警戒をしているのだ。

 

「そ、そんなこと……」

 

 沙那は言い繕うとしたが諦めた。

 事実だった……。

 

 檻に入っている沙那に向かって張須陀が股を開けと命令をした瞬間に、霊具の効果がなくなってることに気がついた。

 だから、咄嗟に霊気がまだ有効なふりをした。

 そうすれば、連中が油断して拘束を緩める機会が訪れると思ったからだ。

 

「そんなことはあるんだよ、沙那。お前、そうやって、しゃがみ込んでいるけど、道術が効いているなら、すぐに起きあがって立つはずじゃねえか。それなのに、いつまで経っても余韻に浸った状態でいやがる。それが証拠だよ」

 

 沙那は舌打ちした。

 こうなったら足技だけで圧倒してみせる。

 蹴り飛ばして、三人を叩きのめしてやる……。

 沙那は後手縛りの身体を起こした。

 そして、身構える。

 しかし、少し距離がありすぎる……。

 できれば、相手の油断を誘ってから反撃したかったが……。

 

「ほら見ろ、お前ら……。こいつはこういう女なんだよ……。だから、片時も油断しちゃあなんねえんだ……。おそらく、昨夜の痴態も半分は演技だ。淫情した仕草で俺たちの珍棒をしゃぶったのも、そうした方が逃亡の機会があると判断したこいつの計算だ」

 

 張須陀が用心深く構えた。

 項延と李保のふたりは、はっきりと顔に恐怖を浮かべて、逃げるように沙那から離れていく。

 

「沙那、ところで、お前の自分の股間に違和感ねえか?」

 

 突然、張須陀が言った。不思議に思って、沙那は一瞬だけ自分の股間に眼をやった。

 沙那は、ふと自分の肉芽に銀色の膜のようなものがついていることに気がついた。なにかを包み貼られているようだ。

 いつの間につけられたかわからないが、さっき三人から激しい愛撫を受けたときに違いない。

 

「気がついたか、沙那。それは、俺たちが浚った女を調教するときに使う『仕置き膜』という霊具だ」

 

 張須陀が言った。

 

「『仕置き膜』……?」

 

 沙那は嫌な予感がした。

 

「ただの調教用の道具だ……。使い方は難しくない。犬の躾と同じだ。奴隷の敏感な場所にこの霊具を張りつけて……」

 

 張須陀は不意に指をぱちんと鳴らした。

 

「ひぎゃあああああああ──」

 

 その瞬間、沙那は絶叫してその場に崩れ落ちた。

 股間を金槌で殴られたかのような衝撃が走ったのだ。なにが起こったのかわからない。

 全身の毛孔という毛孔から汗が噴き出したかのようだった。

 気がつくと、沙那はその場に崩れ落ちるように倒れていた。

 それがさっき肉芽に貼られていた銀色の膜によってもたらされたものだと気がついたのは、しばらくしてからだ。

 

「な、なによ……?」

 

 激痛などという表現では生易しい。

 痛覚そのもので股間と脳天を抉られるような感じだ。

 想像もしたことのない激痛に、しばらくの間、沙那は呼吸さえもできないでいた。

 沙那は倒れたまま眼を見開いて張須陀を見あげた。

 

「どんなにお転婆な女でもこの痛みには耐えられない。いままでに、これで屈服しなかった女はいなかったな」

 

 張須陀が笑った。

 

「さて、立て、沙那」

 

 張須陀は言った。

 しかし、沙那はすぐには反応できなかった。

 さっきの衝撃の余韻がまだ全身を覆っている。

 立ちたくても力が入らないのだ。

 すると、また張須陀がぱちんと指を鳴らした。

 

「いぎゃあああぁぁぁ──」

 

 沙那はまた股間に金槌でぶん殴られたような衝撃を与えられて、白目を剥いて獣のように咆哮した。

 

「この霊具のいいところは、女に激痛を与えることはできるが、身体のどこも傷つけないことだ。だから、奴隷調教には持ってこいなのだ。鞭を使ったりすると、傷がついて価値が落ちるしな……」

 

 張須陀がにやにや笑いながら言った。

 

「命令に従わなかったり、あるいは、従うことができなかったら、容赦なく指を鳴らすぞ──。もう一度、言うぞ──。立て」

 

 張須陀は言った。そして、指を鳴らすような仕草をする。

 沙那は慌てて立ちあがった。

 ほとんど沙那の意思ではない。

 ただ、さっきの激痛に対する恐怖心が沙那を無意識のうちに命令に従わせたのだ。

 

「じゃあ、今日の調教を開始するぞ。脚をもう一度開け」

 

 張須陀が言った。

 仕方なく沙那は股間を開く。

 逆らえば、さっきの激痛だ。

 あれをもう一度喰らいたくはない。

 さすがの沙那もさっきの衝撃には恐怖しかない。

 

「李保、例のものを装着してやれ」

 

 張須陀が沙那から距離をとったまま言った。

 李保が近づいてくる。

 残念だが、いまは抵抗しても無駄だ。

 沙那は観念した。

 身体の力を抜き、李保がやることを受け入れる態勢になる。

 

「じゃあ、さっそくだけど、沙那さんには、これをしてもらうぜ。足癖の悪い沙那さんに贈り物だ」

 

 李保が前に進み出てきた。

 手に縒り合された紐を持っている。その紐の真ん中に布を丸めて作った大きな玉にした瘤が幾つかある。

 

「これは俺っち特性の股紐だ。これを股に喰い込ませて、腰を揺さぶれば、いい気持ちになれるということだ。感じやすい沙那さんには、足首なんて縛らなくても、股縄ひとつで動きは封じられるという結論になったのさ」

 

 李保はそう言いながら沙那の開いた股間にさっと縄紐を潜らせた。



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372 股縄自慰と雌犬の躾 [四日目(二)]

「これは俺っち特性の股紐だ。これを股に喰い込ませて、腰を揺さぶれば、手を使わなくても自慰ができるということだ。尻が弱い沙那さんのために、沙那さんの尻に当たる瘤は特別に大きなものを作ったぜ。せいぜい、腰を振って沙那さんの自慰を眺めさせてくんな」

 

「な、なんですって──?」

 

 かっとなって思わず叫び、眼の前の李保(りほ)を蹴りあげそうになる。

 だが、慌てて自重した。

 ここで激昂して暴れても逃亡の機会がなくなるだけだ。

 

 気を静めるために深呼吸する。

 冷静になれ──。

 冷静になることだ。

 

 いまできることはそれしかない……。

 抵抗の手段は封じられているが、必ず連中が油断する一瞬がやって来る。

 それを待つ。

 沙那は抵抗せずに、彼らの責めを甘受すべきだと自分に言い聞かす。

 そして、緊張していた身体の力を抜く。

 

「ほう、諦めたかい、沙那さん」

 

 李保が沙那の様子が変わったことに気をよくして言った。

 

「抵抗するなよ、沙那──。すぐに指を鳴らすぜ。お前の股間につけた『仕置き膜』は、俺の指の音に反応するんだ」

 

 張須陀(ちょうすだ)が遠くから言った。

 沙那に蹴り飛ばされないように離れた場所にいて指図だけをしているのだ。

 どこまで卑怯な男なのかと思った。

 

「おうおう、本当に蹴り飛ばないでくれよ、沙那さんよ。ただ、ちょっとばかり、気持ちよくなるだけじゃねえか。どうってことねえさ」

 

 李保がにやにやしながらぱちんと沙那の尻たぶを叩いた。

 思わず本当に蹴り返しそうになり、沙那は歯を食いしばって耐えた。

 

「だ、大体、なんでこんなことするのよ……。犯すんなら、犯せばいいじゃないの……」

 

 紐瘤なんかで辱められるくらいなら犯された方がましだ。

 本当にそう思った。

 

「まあ、これも調教の一環だな」

 

「調教?」

 

 沙那は張須陀の言葉に鼻白んだ。

 

「ああ、調教だ。今日からは犬のように躾けてやる。一箇月経った頃には、お前は自分のことが雌犬としか思えなくらいに洗脳されているさ。いままでの女もそうだったしな。お前も同じだ」

 

 張須陀が大きな笑い声をあげた。

 冗談じゃない。

 しかし、いまは耐えるだけだ。

 もう、なんでもすればいい……。

 抵抗する手段がない以上、いまは耐えるしかない……。

 

「好きなようにすればいいわ……。また、それでわたしを感じさせようと言うんでしょう……」

 

 沙那は捨て鉢な気持ちで言った。

 

「まあな。人一倍に感じやすい淫乱な沙那さんのことだ。きっと悦んでくれると思うぜ」

 

 李保がそう言って、沙那の腰の一番細い部分にまずは腰縄を締めつける。

 そして、その腰縄の前側に、持っていた腰紐を結びつけて、沙那の股間に紐瘤を割り込ませた。

 

「くっ」

 

 敏感な部分に大小のふたつの縄瘤が喰い込む。

 沙那は股間の急所を突きあげられて、思わず腰を捻った。

 しかし、李保が当てた瘤はすでにしっかりと当たっていて、沙那が腰を動かしたことで、却って大きな疼きが湧き起こった。

 動くことができなくなった沙那の股間にさらに強く腰紐が引き揚げられて、もうひとつの大きな瘤が沙那の肛門を抉る。

 じっとしていても、じわじわという疼きがだんだんと大きくなる。

 全身から汗がどっと吹き出す。

 

「な、これは……」

 

 沙那は自分の股間にしっかりと紐瘤が喰い込んでいるのを自覚せずにはいられなかった。

 こんなものを喰い込まされるのは、全身の血が沸騰するような屈辱だが、同時に妖しい快感もざわざわと込みあがっている。

 

「さて、いいぜ、沙那さん、じゃあ、腰を振って自慰をしな」

 

 李保がぴしゃりと沙那の尻たぶを叩いて離れていった。

 沙那は身体の芯まで凍らせるような屈辱感に身体を震わせた。

 

「腰を振るんだよ、沙那。聞こえねえのかい」

 

 張須陀の怒声が聞こえた。同時にぱちんという指を鳴らす音もした。

 

「ひごおおおぉぉぉ──」

 

 股間をとてつもない激痛が襲った。

 沙那は咆哮してその場に崩れ落ちた。

 この激痛だけは耐えられない。

 鞭でも棒でもいくらでも痛みには耐えられると思ったが、この世には耐えることができない痛みもあるということを初めて知った。

 沙那の全身からどっと脂汗が噴き出すのがわかった。

 

「立って腰を振れと言っているだろう。また、指を鳴らすぞ」

 

 張須陀があざ笑うかのような声をあげた。

 心からの恐怖心で沙那は慌てて身体を起こす。

 口惜しいなどという感情は、この激痛の前にはどこかに吹っ飛んでしまう。

 本当に股間を金槌で力いっぱい殴られたような痛みだ。

 それが股間から脳天に貫くのだ。

 人間に耐えられる痛みを遥かに超えている。

 おそらく、道術によって痛覚そのものを刺激しているのだ。

 だから、耐えられない。

 沙那は歯を喰いしばって腰をゆっくりと左右に動かす。

 

「ふざけるな、沙那──。そんな大人しい腰の動かし方があるかい。ちゃんと前後に振らねえか」

 

 張須陀が怒声をあげる。

 仕方なく沙那は腰を前後に動かす。

 

「あっ、ああ……」

 

 股間と肛門を抉っている紐瘤が沙那の敏感すぎる場所を激しく刺激する。

 沙那は全身が燃えるように熱くなるのを感じながら、喘ぎ声をあげて腰を懸命に振った。

 

「沙那、少しでも速度を落とせば、指を鳴らすからな」

 

 張須陀が沙那の痴態を見ながら哄笑した。

 身体の一部から屈辱で血の気がなくなるのを感じた。

 だが、すぐに快感が圧倒する。

 沙那は半ばやけになって腰を揺さぶり、尻を振り、そして、口から喘ぎ声を出して悶えた。

 

 三人がそんな沙那の姿に手を叩いて笑い合う。

 もう背骨まで貫く快感が全身を支配している。

 じんという疼きが身体を覆う大きな甘美感に次々に変わっていく。

 

 もうすぐいく……。

 そう思った。

 

「兄貴、沙那さんは、さっそくいきそうですよ。もう、喰い込ませた紐の色が変わるくらいにびっしょりになってますよ」

 

 李保が笑った。

 口惜しい……。

 

 沙那は顔を俯かせてぎりぎりと奥歯を鳴らして、それでも懸命に腰を動かした。

 この卑劣な男たちの前に、自分がどんな醜態を晒しているのかと思うと、気を失うほどの恥辱感が湧き起こす。

 それでも、もっと醜態を晒さなければならない。

 あとちょっと腰を動かし続ければ当然そうなるのだ。

 

「ちょと、腰振りが遅くなったな……。気合が入るように指を鳴らすか、沙那?」

 

 張須陀が言った。

 

「ちょ、ちょっと、い、一生懸命に揺すっているわよ。だ、だって、もうすぐ……」

 

 かっとして沙那は思わず叫んだ。

 

「もうすぐなんだ、沙那殿?」

 

 すかさず項延が冷やかすような口調で言った。

 腰を懸命に動かしながら、はっとして沙那は口をつぐむ。

 

「もうすぐ、気をやるくらいに一生懸命に腰を振っていると言いたいんだろう、沙那さんよ?」

 

 李保が笑った。

 

「結構じゃねえか。早く気をやりな──。そうだな……。いまから十数えるうちに気をやりな。できなかったら『仕置き膜』で気合を入れ直してやる──。ひとつ……、ふたつ……」

 

 張須陀が大きな声で数をかぞえはじめる。

 面白がった項延と李保がいっしょになって声をあげる。

 

「そ、そんな、待って……」

 

 沙那は必死になってさらに腰を振り動かす。

 こんな男たちに惨めに縄瘤で自慰をする姿を見せなければならない情けなさ──。

 こんな男たちにあられのない狂態など本当は晒したくない。

 だが、やらなければ、あの恐ろしい激痛の罰が待っている……。

 なにかがやってきた。

 

「……四つ……、五つ……」

 

 男たちが愉しそうに声をあげる。

 沙那は懸命に腰を前後に振る。

 もう、腰だけではない。全身を動かしている。

 そうやって、少しでも早く歓喜の頂上に昇ろうと必死になった。

 

「八つ……」

 

 男たちの声が聞こえた。

 快楽の絶頂がやってきて、全身を貫く。

 

「あはあっ──いくうっ」

 

 沙那はひと声あげて、ぶるぶると身体を震わせた。

 達した……。

 

 口惜しさよりもほっとした感情がまさった。

 男たちの数える数字は九だった。

 沙那はじっとりと愛液が滲み出ている太腿をぎゅっと閉じ合せて、絶頂の余韻に束の間浸った。

 しかし、次の瞬間、ぱちんという音が聞こえた。

 

「あがああ──」

 

 股間に『仕置き膜』の激痛だ。

 思ってもいなかった仕打ちに、沙那は咆哮して腰を砕かせた。

 

「な、なんで……?」

 

 十を数えるうちに気をやった……。

 腰を振れというから死ぬような恥に耐えて、瘤紐で自慰をやってもみせた。

 それなのになんで……。

 沙那は恨みの感情のままに張須陀の顔を見あげた。

 

「気をやるときに、顔を隠していたからな。時間には間に合ったが。残念ながら罰だ。そう言ったろう?」

 

 張須陀が笑いながら言った。

 怒りが込みあがる。

 

「そ、そんなことは言わなかったわ──」

 

 思わず声をあげる。

 罰を与えない条件に、気をやるときに顔を張須陀たちに向けるというのがあればそうした。

 だが、そんなことは一度も言われていない。

 

「いいや、ちゃんと言った──。なあ、お前ら?」

 

 張須陀が項延たちに視線を向ける。

 

「ああ、確かに兄貴はそう言ったな」

 

「俺も覚えているな」

 

 項延(こうえん)と李保がにやにやしながら言う。

 馬鹿にされているのがわかった。

 血が沸騰しそうだ。

 沙那は背中に縛られた両方の拳をぐっと握る。

 

「あんたは、そんなこと言わないわ。絶対に言ってない──」

 

 沙那は叫んだ。

 なんでこんなつまらないことにこだわっているのだと、自分でも呆れた。

 しかし、沙那は、それでも必死で三人に声をあげていた。

 

「……なら、本当に言っていなかったかどうか、指を十回ほど鳴らしてやるから、頭を冷やして考えてみるか?」

 

 張須陀が頬に笑みを作ったまま、眼を細めて指を見せた。

 思わずぞっとした。

 

「そ、それは……」

 

 沙那は恐怖で絶句した。

 十回など……。

 

 たった一回ずつの激痛で神経をずたずたにされるくらいの衝撃を受け続けているのだ。

 それなのに連続十回など……。

 

「どうなんだ、沙那……?」

 

 張須陀が沙那を睨んだ。

 

「わ、わたしが間違っていたわ……」

 

 沙那は小さな声で言った。

 つっと悔し涙が頬を濡らしたのがわかった。

 

「じゃあ、調教を始めるか──。いつまでも座ってないで立て」

 

 調教という言葉が沙那の心臓を抉るようにわし掴みをする。

 凄まじいばかりの怒りが込みあがり、沙那はそれを表に出さないように懸命にならなければならなかった。

 宝玄仙に調教と言われることについてはなんとも思わないのに、なぜ、同じ言葉を張須陀に言われると、これ程までに尊厳を傷つけられた気持ちになるのか……。

 

 しかし、激昂してもなんにもならない。

 ひたすら耐えるのだ……。

 逃亡の機会がやってくるまで耐える。

 

「沙那、やることは簡単だ。これを見ろ」

 

 張須陀が、一本の木の棒を沙那に示した。長さは一尺(約三十センチ)ほどで、太さは一寸(約三センチ)くらいだろう。

 それをいきなり張須陀が洞窟の奥に放り投げた。

 この洞窟は随分な深さがあり、張須陀が投げた棒は、三間(約三十メートル)ほど奥の地面まで飛んでいった。

 

「十数えるまでに取って来い、沙那。いくぞ──。お前らまた数をかぞえろ」

 

 張須陀が項延と李保に促し、いきなりふたりが数をかぞえだした。

 

「な、なによ、ど、どういうこと……?」

 

 沙那は訳がわからず狼狽えてしまった。

 

「早く、行った方がいいぞ。遅れれば罰だからな」

 

 張須陀が言った。

 罰と言えば『仕置き膜』に決まっている。

 沙那は慌てて投げられた棒に向かって駆けた。

 しかし、数歩進んだところで、いきなり瘤縄に股間と肛門を抉られて、うっと腰を屈めた。

 脚を前に出すと、突きあげられるような官能の芯を刺激されて、下腹部にずんと疼きが走ったのだ。

 

 こんな状態で走れない……。

 沙那は身体を引き摺るように前に歩み出す。

 しかし、一歩出ては股間が疼いて愛液が迸り、また、進んでは刺激に腰をよろめかせる。

 

 沙那はふらつきながらやっとのこと、棒が投げられた場所に着いた。

 両腕は後手に縛られている。

 持って帰れと言われれば、口で咥えるしかない。

 沙那は腰を屈めて顔を棒に近づけたが、そのときも沙那を困惑させることが起こった。

 屈んだ衝撃で肉芯と女陰と肛門が同時にさらに強く刺激されて、一瞬で気をやりそうになったのだ。

 一瞬身体が止まり、慌てて口を開いて棒を咥える。

 

「……七つ……、八つ……」

 

 数をかぞえる大きな声が洞窟に響く。

 沙那は懸命に戻ったが、半分も戻らないうちに、十になった。

 すると待っていた張須陀が指を鳴らして、沙那は絶叫してその場に倒れ込んだ。

 

「……投げられた棒を持って戻ってくる。こんな簡単な芸もできないとは、躾のなってない雌犬だな」

 

 沙那に近寄ってきた項延が、沙那の口から離れた棒を拾いあげて言った。

 

「仕方がないよ、項延。この沙那さんの雌犬として調教は、今日からなんだからな」

 

 李保が笑った。

 

「ほら、沙那殿、さっきみたいに刺激を受けないように進んだんじゃあ、とてもじゃねえが間に合わねえぞ。股間が疼こうが途中で気をやろうが、遮二無二走るんだ。それが罰を受けないためのこつだ」

 

 項延が沙那の後手縛りの縄を取って引き起こした。

 そして、意地悪く、さっきよりもさらに遠くに棒を放り投げた。

 

「いくぞ、沙那殿、ひとつ……、ふたつ……」

 

 数が始まる。

 沙那は髪を振り立てて駆けた。股間が疼き、二度三度と脚が絡まるようによろける。

 それでも、懸命に駆ける。

 棒を口で咥えるときに、軽い気をやって身体がぶるぶると震えた。

 それでも力の抜ける腰を引き摺るように起こすと、倒れかける勢いのまま走る。

 

 なにも考えない。

 ただ走る。

 

 股間に淫液が溢れ出てべちょべちょになった。

 それでも脚を動かす。

 張須陀は、最初にいた場所でいつの間にか木箱を持ちだして座っている。

 その手前に項延と李保がいて数をかぞえている。

 沙那はそのふたりに向かって懸命に脚を進めた。

 

 やっと項延と李保のところに戻ったときには、信じられないくらいに汗びっしょりになっていた。

 沙那が口に咥えた棒を顔を突き出すようにすると、項延が笑ってそれを受けた。

 

「やればできるじゃあねえか、沙那──。まあ、正直なところ、二回目でできるとは

思わなかったけどな……。まあいい。じゃあ、ご褒美だ。ほらっ」

 

 木箱に座っている張須陀が言った。

 張須陀は、自分が座っている木箱の横にさらに木箱を置き、そこに果実や干し肉を山盛りにした皿を置いて、それを食べながら見ていた。

 張須陀がその手元の皿から沙那に向かって、なにかを放った。

 やはり、必要以上に沙那には近寄って来ない。

 こうやって、腕を拘束された沙那を前にして、いまだに用心深く沙那を警戒しているのだ。

 

 そのうち、きっと油断するときがある。

 それまでは耐える。

 きっと逃亡の機会はある。

 懸命に言い聞かす。

 

 沙那の眼の前に、ひと口大の干し肉の欠片が降ってきた。

 実は、沙那はここに監禁されて以来、水は十分に与えられていたが、満足な食べ物はほとんど与えられていない。

 時折、思い出したかのように、彼らの食べる残飯をほんの少し貰えるだけだ。

 だから、眼の前の肉片が投げ捨てられたとき、自分が怖ろしいくらいに空腹であることがわかった。

 しかし、地面に投げられた肉片から受けた衝撃は、気を失いそうになるくらいの惨めさだった。

 

 まるで犬のように躾けられている……。

 それがわかった。

 

 棒を投げて口で咥えて持ってくる。

 失敗すれば『仕置き膜』による激痛の罰──。

 成功すれば、肉片のご褒美──。

 やらされていることがわかると、たとえ、どんなに空腹でも喉に肉片を口に入れる気にならない。

 

「食えよ、沙那」

 

 張須陀が得意気に沙那を見ている。

 沙那は張須陀を睨んだ。

 ここから張須陀のいる場所までは、ほんのちょっとだ。

 しかし、それが遠い。

 沙那がいま飛びかかっても張須陀は指を鳴らすことで簡単に沙那の動きを封じることができる。

 それにいまは腕が拘束されている。

 もしも、張須陀の身体に蹴りが届いたとしても、それで終わりだ。

 

 たちまちに抑えつけられるし、出入り口の岩を動かして外に出ることもできない。

 逃げることもできないし、もっと念入りに拘束されてしまうだけだ。

 耐えることだ……。

 

 いま、沙那がやるべきなのは、ひたすらに耐えて機会を待つことだ。

 そのためには、眼の前の肉片を食べることも、少しでも体力の回復を望むことも沙那がやるべきことなのだ……。

 沙那は身体をゆっくりと屈めて、地面に落ちた肉片を口にした。

 

「だんだんと犬らしくなったな、沙那。果物を喰え──。李保、お前のお得意のやつをやってやれよ」

 

 張須陀は口の中のものを咀嚼しながら、今度は、李保に向かって赤い果実を放った。

 

「おう、沙那、じゃあ、俺が食事の運び係になってやるよ」

 

 李保が意味ありげににやりと笑うと、受け取った果実を自分の口の中に入れた。

 

「ほれ、喰え」

 

 李保がやってきて、沙那の前にかがみ込み口を開いた。

 その口の中には、咀嚼されてぐちゃぐちゃになった食べかけの果実がある。

 

 ぎょっとした。

 これを口移しで食べろというのか……。

 さすがに頭から血の気が引いた。

 逃亡の機会が来るまで耐えるのだと誓った心ががらがらと崩壊しそうだった。

 

「おかしな素振りをするなよ、沙那。指を鳴らすぞ」

 

 沙那の殺気を見抜いたのか、張須陀がすかさず言った。沙那の身体が小刻みに震えだす。

 もうどうでもいい……。

 

 なにもかも捨てて暴れてやろうと思った。

 それで殺されるなら、それでいい。

 こんな恥辱を受けながら、生き恥を晒すことなどもうできない──。

 

 沙那はぎゅっと身体に力をいれる……。

 だが、沙那は目をつぶり静かに鼻から息を吸った。

 そして、吐く……。

 

 もう一度……。

 まだ、駄目だ……。

 

 他人の口の中のものを食べるなど初めではないじゃないか……。

 自分に懸命に言い聞かせる。

 こんなことはなんでもない。

 宝玄仙の口の中のものも食べた。

 孫空女のものの……。

 朱姫のものも……。

 

 彼女たちはどうしているのか──。

 探してくれているとは思うが……。

 

 まだ、沙那の興奮は収まらない。

 もう一度……。

 

 沙那は眼を開けた。

 

「も、貰うわ……」

 

 口を李保の口に向ける。

 李保が沙那の肩を抱き、唇を重ねてくる。

 李保の唾液とともにどろどろに唾に溶けかかっている果実の欠片が沙那の口の中に入る。沙那は吐気に耐えながら、それを喉に入れた。

 

「じゃあ、ご褒美も貰ったし、次だ。取って来い──」

 

 突然、項延がさっきの棒を放った。

 いやらしいほど遠くまで棒が転がっていく……。

 

「ひとつ……、ふたつ……」

 

 項延たちの数が始まる。

 

「ぼうっとするな、沙那。罰だぞ。今度は二発だ」

 

 張須陀が声をあげた。

 沙那は慌てて立ちあがって棒を追う。

 たちまちに股間に疼きが襲う。骨まで砕け散るような汚辱に気を落ち着かせることも許されず、沙那は再び股間を抉られながら棒を追って駆けだした。

 

 股間を刺激する瘤に耐えながら身体を引き摺るように走った。

 だが、途中で耐えられなくて駆けながら気をやってしまった。

 沙那は、そのまま、ぶるぶると身体を震わせてその場にしゃがみ込んでしまい、はっとして、慌てて立ちあがった。

 

 だが、そのときには、項延と李保が笑いながら、十を告げている最中だった。

 結局、二発の激痛を受けて、沙那は泡のようなものを口から出してのたうち回らされた。

 連続で受けた二発の衝撃は大変なものだった。

 一発目の激痛の余韻の収まりを待たずに、二発目を受けると、二倍どころか四倍もの痛覚に増幅するようだ。

 息がとまって身体をぴくぴくと動かしながら、沙那は股間からじろじょろと尿がでるのを感じた。

 

「失禁するとは何事だ、沙那──。罰だな」

 

 離れた場所にいる張須陀が、さらにぱちんぱちんと指を鳴らした。

 

「ほごおぉぉ──」

 

 およそ自分のものとは思えない自分の咆哮を聞きながら、沙那は自分の意識がすっと消えるのを感じた。



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373 救援者の動向と犬化した女 [十日目]

「ここが、例の山小屋だよ」

 

 孫空女は言った。

 自分の案内で入ってきた宝玄仙と朱姫がなにかを探るような仕草をしばらくしていたが、やがて、ふたりとも残念そうに首を横に振った。

 

「なにもないようだね。道術で隠されたものはなにもないよ。ただの山小屋だ」

 

「そうですね……。あたしもご主人様と同じです、孫姉さん。少なくとも道術に関していは、ここには、沙那姉さんの行方の手掛かりのようなものは感じません」

 

 宝玄仙に続いて、朱姫も言った。

 ふたりに頼んだのは、ここになんらかの道術の痕跡があるかどうかを確認することだ。

 最初にひとりでここを見つけたとき、孫空女も霊気の気配は感じなかったが念のためということもある。

 例えば、ここで『移動術』が遣われた形跡が残っていれば、沙那がここに連れてこられたという可能性が高い。

 もっとも、孫空女自身も、沙那はここには連れて来られてはいないと考えていたが……。

 

 沙那が附国の城郭都市から張須陀に浚われて十日近く経っている。

 張須陀たちがこの山を根城にして、この一帯を通行する旅人を襲う盗賊だというのはすぐにわかった。

 

 蛇の道は蛇という……。

 まともじゃない連中に関する情報を得るには、どういう場所に向かい、

 どういう人間に訊ねればいいかはわかる。

 これでも二年間も荒くれ男を率いる盗賊団の女頭領だったのだ。

 裏社会の様相などどこも同じだ。

 

 やっぱり、連中は張須陀(ちょうすだ)項延(こうえん)李保(りほ)という三人組の盗賊だった。

 たった三人だが、張須陀という圧倒的な武芸家の存在により、この近辺では一目置かれた、かなり派手に活動している三人のようだ。

 護衛を組んだ隊商なども襲撃するし、女を浚って奴隷商人に売り飛ばすということまでしているらしい。

 そのため、さまざまな霊具なども流れ道術師から購ったりしていて、その正面からもあの三人がこの山を棲み処にしていることはわかった。

 

 ただ、それからがわからない。

 彼らはこの山のどこかに隠れているはずだが、城郭にいる者が彼らに接するのは、彼らが城郭にやってきたときだけであり、張須陀たちは、用心深く自分たちがどこに隠れているかを誰にも教えていなかった。

 非常に用心深い連中なのだ。

 

 不用意に仲間を増やさないのも、増えることで目立つことを防ぐためでもあるし、賊徒が多くなれば、無理をしてでも襲撃を繰り返して、連中を養っていけるだけのものを手に入れなければならない。

 だが、三人だけなら問題ない。

 取り締まりが厳しくなれば、なにもせずに隠れていて、緩くなればまた動く。

 それができるのだ。

 

 いずれにしても、彼らは絶対に、この山のどこかに完全に身を隠せる場所を持っている。

 それが孫空女の判断だ。

 

 そこに沙那は連れていかれた……。

 孫空女はそれを確信していた。

 ほかの場所など考えられない……。

 絶対にこの山のどこかだ──。

 

 それで、孫空女と宝玄仙と朱姫の三人だけの山狩りが始まった。

 寵須陀たちが隠れているような場所をしらみつぶしに探すのだ。

 まるで、広大な砂漠からたった一本の針を探すようなものである。

 もしも、彼らが何百人もの賊が集まる盗賊団だったら、その棲み処などすぐにわかっただろう。

 だが、たった三人なのだ。

 

 三人だけなら完全に身を隠してしまう場所などこにでもあるし、隠れているとすればそれを見つけるのは非常に困難なことだ。

 沙那を見つける手掛かりを得られないまま十日がすぎた。

 

 沙那が生きているのか、死んでいるのかもわからない。

 だが、信じて探すしかない。

 

 もっとも、完全に空しい捜索だったわけではない。

 張須陀たちは、この山に三人の拠点を幾つか持っているようであり、この山小屋を含めて、彼らが使っている山小屋を三個見つけていた。

 しかし、いずれも隠されたものではなかったし、沙那がここにいたという痕跡もなかった。

 宝玄仙と朱姫は、連中の隠れ処には霊気を遮断するものが置かれていると予想していたが、そういうものは、いまのところなにひとつ見つけることはできていない。

 

「そうかい。まあ、予想はしていたけどね……。だけど、ここもこれまでに発見した小屋と同じようになんらかのかたちで連中が使っているものに違いないよ──。ところで、こっちに来てよ……」

 

 孫空女は小屋の最奥までふたりを導いた。

 大型の獣を入れるような檻が三個ほどある。

 その前には、孫空女があらかじめここに一箇所に集めていた道具が集めてある。

 それは、手枷であり、足枷であり、首輪だった。

 縄や鎖もある。

 

「これは……?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「多分、浚った女を連中が監禁するためのものだと思う。張須陀たちは、奴隷商人にも取引きがあったらしいからね。もちろん、胡散臭い奴隷商人だよ。やつらは、襲った旅人の中に若い女がいれば、そのまま浚って、奴隷商人に売ってしまったりもするらしい。ここは、そういう場所のひとつだったと思うね」

 

 孫空女は言った。

 

「そうだとしても、ここは随分と長く使っていなかったような感じじゃないですか、孫姉さん──。前の山小屋には、少し前に飲み食いをしたり、誰かが使っていたような形跡もありましたけど、ここはいままでの中で一番、人がいた気配がないですよ」

 

 朱姫だ。

 

「想像だけど、連中は定期的に転々と居場所を変えていると思う。多分、ここは随分前に使わなくなった場所さ。本当に隠れている場所はどこかにあるとしても、奴隷商人に女を売ったり、奪った財を闇取引で売り捌いたりするにも、どこかに取引きの場所が必要だしね。いままでに見つけたところは、そういう目的に使われているところに違いないさ……」

 

「連中の隠れ処のひとつということですか、孫姉さん?」

 

「多分ね……。ここはそういう場所だったけど、もう使われなくなった場所だと思う」

 

「じゃあ、沙那姉さんは、ここに連れてこられたということはないと?」

 

「考えてもごらんよ、朱姫……。張須陀は、たまたま持っていた『道術紙』に刻んでいた『移動術』で沙那を連れていったんだよ。沙那と張須陀があの宿屋で再会したのは偶然だし、あらかじめ予想していたことじゃないはずさ。だから、『移動術』の移動先は、沙那とは関係がなく、万が一のときに連中が逃げ込みたい場所に設定してあったと思うね。つまり、連中の本当の隠れ処さ」

 

「だったら、この山小屋のように、すぐに見つけることができるような場所ではないということですか、孫姉さん?」

 

「盗賊というのは本当に臆病なものさ。あたし自身がそうだったからわかるんだ。そういうことをする連中の感情というのはよく知っている。もしも、一度だけ『移動術』が使える霊具があれば、軍の山狩りなんか受けたときに『移動術』で跳躍して、山狩りから隠れる場所に逃げるために準備しておくと思う。そういう使い方をするために、連中は『道術紙』を準備していたと思うね」

 

 孫空女は言った。

 そのとき、不意に宝玄仙の不満そうな唸り声がした。

 

「もう、そういうことはどうでもいいんだよ、孫空女──。それで、沙那はどこなんだい? 連中がどんな悪事をしていて、どんなやり方で盗品や奴隷女を売り捌いていたなんていいんだよ──。一体全体、沙那はどこなんだい? いい加減に、早く沙那を見つけな、孫空女。もう十日も経っているんだよ」

 

 宝玄仙が癇癪を起したような声をあげた。

 

「そ、そんなことを言ってもさあ……。この山のどこかにいるといっても、こんなに広いんだよ。簡単には……」

 

「それは闇雲に探し回るようなやり方をしているから果てしない時間がかかるんじゃないのかい。なにか策を考えな。こうやっている間にも、沙那はどうなっているか……」

 

 宝玄仙は怒ったような、それでいて、心配そうな複雑な表情をしている。

 沙那がいなくなってずっとこんな感じだ。

 宝玄仙はずっと苛々していて、ずっと落ち着かない様子である。

 まあ、孫空女の見たところ、沙那が浚われる原因を作ったことについて、深く悔悟している様子でもある。

 

 ただ、それは口に出すことはない。

 しかし、宝玄仙がひどく沙那を心配しているというのは明らかだ。

 なによりも、この十日、一度も孫空女や朱姫を嗜虐しようとしないのだ。

 宝玄仙は、溜まった鬱憤を発散するために、供を相手に嗜虐癖を発散して憂さを晴らすというところがあるということだけではなく、美しい風貌に似あわない多情な性癖であり、一日と開けて淫行をやらないということがない。

 その宝玄仙が、沙那の捜索が始まって一度も性愛をしようとしない。

 宝玄仙が沙那を失ったことにひどく心痛しているのは、それだけでもわかる。

 しかし、宝玄仙が宝玄仙らしくない……。

 それは孫空女にとって、非常に心配なことでもあった。

 

「駄目だと思うけど、あれをやってみます?」

 

 不意に朱姫が言った。

 

「あれって、なにさ?」

 

 孫空女は朱姫を見た。

 

「駄目で元々のことです──。ご主人様、これを外してください」

 

 朱姫は宝玄仙に右の手をかざした。

 そこには、宝玄仙の霊具である銀色の指輪が小指にある。

 

「ああ、それかい──」

 

 宝玄仙が合点がいった顔をした。

 朱姫の小指にあるのは、『共鳴封じの指輪』だ。

 孫空女の指にも、沙那の指にも同じものがある。

 宝玄仙の供の三人に共通するのは、薄っすらとではあるが三人の身体全体に宝玄仙の道術陣が刻んであるということだ。

 宝玄仙が道術で好き勝手に三人の供の身体をいたぶるために施しているものであるが、この道術陣によって、宝玄仙の『治療術』も施せるし、宝玄仙の強い霊気の影響を受けて、女としての身体が護られてもいる。

 つまり、おかしな性病や妊娠から免れるのだ。また、見た目の若さが保たれるという効果もある。

 

 一方、道術陣の副作用は、同じ道術陣を身体に刻むことで、三人の性感が共鳴し、三人の誰かが受けた快感がほかのふたりにも伝わるということだ。

 それを防いでいるのが、朱姫がかざした『共鳴封じの指輪』であり、これを三人の供がつけることにより、お互いの快感の共鳴を防いでいる。

 

 朱姫の提案は、これを外すことで意図的に沙那と朱姫を性感の共鳴をさせようということだ。

 共鳴が起きれば霊気の流れが起きる。

 つまり、霊気の流れで沙那の居場所がわかるのだ。

 

 しかし、共鳴を起こすためには、宝玄仙の霊具である『共鳴封じの指輪』を外さなければならない。

 だが、宝玄仙の霊具は、どんなものであろうと供は勝手には外せない。

 それで、朱姫が宝玄仙に右の指を宝玄仙に見せたのだ。

 

「それはいいけど、沙那も外さないと、お前と沙那との共鳴は起きないよ……。まあ、もしも、共鳴が起きれば、確かにそれを辿って沙那を見つけることもできるけどねえ……」

 

 宝玄仙がそう言いながらも、朱姫の指輪に霊気を注いだようだ。

 朱姫が自分で指輪を外して、その場に跪いた。

 そして、下袍をたくしあげて下着の中に右手を入れた。

 

「だ、だから、駄目で元々です……。でも、沙那姉さんは、霊気を遮断している場所にいるんでしょう、ご主人様? だったら、もう、霊気切れになっているかもしれませんよ」

 

「それは無理だね……。沙那の首輪に装着した操り霊具は、すでに霊気切れになっている可能性が高いけど、『共鳴封じの指輪』は、霊気切れになるまで一年はかかるよ。使っている霊気の大きさが桁違いに小さいしね」

 

「それでも、もしかしたら、霊気を遮断するものの近くにいるんじゃなくて、霊気を吸収するものの近くにいるかもしれません。ご主人様の霊具でも、霊気切れなら自分で外すこともできるんでしょう?」

 

「まあ、一理あるね。やってみて損はないかもね。じゃあ、始めな。もしも、どこかに共鳴の霊気の流れが起きたらすぐに言うよ」

 

「わかりました。やります──」

 

 朱姫が下着に入れた手を動かし始めた。

 すぐに朱姫が小さな喘ぎ声を出して悶えはじめる。

 孫空女はそれを黙って見守っていた。

 

「そうだ、孫空女──。ついでに、お前も指輪を外しな」

 

 すぐに宝玄仙が言った。

 朱姫の淫らな行為をなんとなく眺めていた孫空女はびっくりした。

 

「な、なんでだよ、ご主人様──? あ、あたしは関係ないじゃないか」

 

 思わず叫ぶ。

 

「その方が面白いからだよ。ほら、右手を出しな」

 

 宝玄仙に無理矢理に右手を掴まれた。

 宝玄仙の霊気の流れとともに、すっと指輪が外される。

 

「あ、あああっ──」

 

 たちまちに股間に大きな快感が襲ってきて孫空女は股間を押さえてしゃがみ込んでしまった。

 

「なにやってんだい、孫空女。受けている刺激は朱姫と同じはずだろう。なんで、そんなに反応が違うんだい」

 

 朱姫と孫空女の間に立つ宝玄仙が笑った。

 

「そ、そんなこと言っても……」

 

 朱姫が自慰によって受けている快感が孫空女に襲ってくる。

 あっという間に股間に大きな疼きが起きて、愛液が股間に溢れかえるのがわかる。

 

「そ、そうですよ……。そ、孫姉さん、か、感じすぎです──」

 

 朱姫が悲鳴のような声をあげた。

 快感の共鳴は単に同じ刺激を受けるわけではない。

 お互いの快感そのものが同調するのだ。

 だがら、同じ刺激でもどちらかがより深い快感を覚えれば、それと同じ深さのものが相手にも流れ直すのだ。

 

「こりゃあ、あっという間に最後までいきそうだね。そのままやりな」

 

 宝玄仙の声が悦に入ったものになった。

 完全に目的を忘れているような口調だが、孫空女は悶えながら、少しだけ嬉しかった。

 このところ、宝玄仙は本当に意気消沈していた。

 だから、こんなよくわからないことでも、宝玄仙の元気が戻るならそれでいい気がする。

 

「じ、自分も責めながら、孫姉さんを責めているような……、ふ、複雑な感じです……。む、胸も揉みますね、孫姉さん……」

 

 朱姫の気楽そうな声がした。

 胸にも激しい刺激が来た。

 乳首がくねくねと弄られる感触が襲ってきて、孫空女はあられのない声をあげた。

 

「あはあ──」

 

 朱姫が声をあげた。

 自分の指の刺激というよりは、孫空女の快感が朱姫に逆流してことで反応しているようだ。

 

「こ、これはどうです、孫姉さん──」

 

 朱姫が感極まった様子で叫ぶとともに、肉芽の皮を剥いて回すように動かす感触が使わってきた。

 その瞬間に快感が爆発した。

 

「ひうっ──、いくううっ」 

 

 耐えられずに孫空女はその場に身体を仰け反らせる。

 

「そ、そんな、孫姉さん、は、早いですううっ──あはああっ」

 

 朱姫も大きな声をあげる。

 孫空女が絶頂すれば、強引にでも朱姫が達する。

 自慰によって快感を作っているのは朱姫自身だが、孫空女の方が感じやすいので、快感そのものは朱姫が孫空女に引っぱられている。

 無理矢理に快感を引き起こされる朱姫の方がつらいかもしれない……。

 

 孫空女が達した瞬間に、朱姫の絶頂の大きな喘ぎ声も聞こえた。

 快感が突き抜ける──。

 孫空女は荒い息をしていた。

 

 快感の共鳴……。

 なんど味わっても不思議な感覚だ。

 絶頂の余韻でしばらく呆けていると、不意に宝玄仙が嬉しそうに拍手した。

 

「見事なものさ──。久しぶりに見たけど、ふたり揃っていき狂う姿は傑作だね」

 

 宝玄仙が笑っている。

 まあ、しばらく元気がなかった宝玄仙だから、これはこれでいいのかもしれないが、なんとなく目的を忘れている気配がある。

 

「そ、それでどうなのさ、ご主人様……?」

 

 孫空女が悶えたことで乱れた服を整えながら言った。濡れた股間も荷から布を出して拭く。

 

「なにがだい?」

 

 宝玄仙はきょとんとしている。

 やっぱりそうだ……。

 

「な、なに言ってるんですか、ご主人様──。沙那姉さんの行方に決まっているじゃないですか。それが知りたいから、あたし、こんな恥ずかしいことしたんですよ」

 

 怒った声をあげたのは朱姫だ。

 

「あ、ああ……そうだったね……。ざ、残念ながら共鳴の流れは起きなかったよ。沙那に向かう霊気の流れは起きていないよ」

 

 宝玄仙がはっとしたような表情になるとともに神妙な態度になった。

 そして、もの凄くばつの悪そうな顔になった。

 少しの間、沙那のことを忘れていたことに悪いと思ったのだろう。

 

 孫空女は嘆息した。

 いいも悪いも宝玄仙の特徴は、自分の欲望に正直なところだ。

 それに振り回されるところもあるが、孫空女はそんな宝玄仙が嫌いではない。

 自分に正直であること──。

 それは宝玄仙の魅力だ。

 

「さて、それじゃあ、どうします、孫姉さん?」

 

 朱姫が言った。

 もう何事もなかったかのように服を整えている。

 

「ここを焼き払うよ──」

 

 少し考えてから孫空女は言った。

 

「焼き払う?」

 

 宝玄仙が首を捻った。

 

「うん、ここを焼く。ここだけじゃない。前に見つけたふたつの山小屋も焼く。これから先にほかの場所も見つければ、それも焼く。それでなにかが起きるわけじゃないけど、そうやれば、あたしらが連中を探し回っているということは、隠れている張須陀たちにも伝わるはずだ」

 

「伝わってどうなるんだい、孫空女?」

 

「それで少しでもじたばたしてくれれば、なにかが起きるさ──。とにかく、隠れ処に閉じこもったままでいられたら、多分どうしようもない……。なんでもいい。とにかく、連中を動かすんだ。そうすれば、なにかの変化が起きるよ」

 

 孫空女はきっぱちよ言った。

 ほかになにも思いつかない。

 沙那がいれば、なにかの上策を考えてくれるかもしれないけど、いまは、その沙那がいない。

 

「でも、孫姉さん、それで、沙那姉さんを監禁している連中が危険を感じて、沙那姉さんをどうかしたら……」

 

 朱姫が言った。

 

「それは考えたけど、これ以上、沙那が危険になるということなんてないさ」

 

 孫空女は断言した。

 口には出さないが、もしも、沙那が殺される可能性があれば、とっくに殺されていると思う。

 十日という時間は長すぎたのだ……。

 

「そうだね……。お前の言う通りかもしれないね、孫空女。なにかを起こすべきだという意味はわかるね……。そうだね、変化を起こすんだ。それで、沙那を監禁している連中を浮き立たせる。それをやろうか……」

 

 宝玄仙も言った。

 

「そうと決まれば、あたしにやらせてください、ご主人様。この小屋全体を霊具化して、この山一帯に鳴り響くような爆発をさせてみせます」

 

 朱姫だ。

 

「なるほど、ただ、燃やすだけじゃなくて爆発させれば、連中がどこに隠れていても、不穏なことが起きているということは伝えられるね。じゃあ、残りの二個はわたしがやるよ。この宝玄仙の霊気を遣って、山全体が響くような爆音を作ってやるさ」

 

「うん、頼むよ、ご主人様」

 

 孫空女は言った。

 

 

 *

 

 

 沙那は一糸まとわぬ姿で、四つん這いになり首輪に鎖を繋げられていた。

 四つん這いといっても、両手首は前縛りで繋がれているし、両足首には肩幅ほどの長さで足首を縄で縛られている。

 いずれにしても、最初の頃と比べれば、かなり拘束は緩くなっている。

 ただ、沙那に逃亡の機会があるというわけではない。

 常に、張須陀は少し離れた場所で調教の指図をし、沙那におかしな動きがあれば、すぐに指を鳴らして『仕置き膜』で沙那を拷問する態勢を崩さない。

 そして、張須陀自身が沙那を凌辱するときには、しっかりと沙那を拘束してからしか犯さそうとしない。

 

 本当に用心深い男だ……。

 

 夜はしっかりと鍵の閉じた檻に監禁されているし、第一、満足に食べ物を与えられていないことが、沙那の体力をかなり奪っている。

 それが連中の狙いであることもわかっている。

 

「肘もついて、もっと尻をたてろよ、沙那さん。雌犬らしくな」

 

 檻から出された沙那は、宝玄仙の装着した首輪に細い首輪を付けられていた。

 それを引っ張られて、張須陀の前に引きたてられていた。

 ただし、四つん這いになることを指示された位置は、少し張須陀とは距離がある。

 

「わんっ」

 

 沙那は鳴いた。

 

「おう、おう、昨日はさんざんと躾けたからなあ。ちゃんと覚えていたようだな。犬の鳴き声以外の言葉を使えば、罰だからな──。二度と犬の言葉以外を喋るんじゃないぜ」

 

 張須陀が愉しそうに手を叩いた。

 

「わ、わん」

 

 恥辱に耐える。

 沙那の素直な態度に張須陀が手を叩いて笑った。

 四つん這いの姿勢で、心を殺したように静かに耐えていた。

 

「沙那、小便しろよ。犬みたいに片脚あげてな」

 

 張須陀が気紛れのように言った。

 沙那はぐっと屈辱に耐えた。

 

「しろよ、沙那……。罰を受けたいのか?」

 

 張須陀が勝ち誇った口調で指を見せながら言った。

 罰というのは『仕置き膜』という霊具で与えられる激痛だ。

 股間に与えられるこの激痛は、どうしても耐えることができない。

 沙那の痛覚そのものを刺激するこの霊具は、張須陀の指の音ひとつで、沙那に耐えられない激痛を股間に与えるのだ。

 

「わ、わんっ」

 

 沙那は片脚をあげた。

 あの激痛を避けるためたら、どんなことでもできる。

 そういう意味では、こいつらの調教を受け入れている自分がいるのかもしれない……。

 

「沙那さんよ、皿を置いてやるからな。こぼすんじゃないぜ」

 

 李保が言った。

 沙那はすべての感情を殺した。

 自分は死んだ人間だ……。

 そう言い聞かせた。

 

 脚をあげた股の下に皿を置かれる。

 沙那は力を抜き、じょろじょろと尿を垂れ流した。半分は入ったが、半分は床にこぼれ落ちた。

 三人の男たちがさんざんに揶揄したり、嘲笑したりした。

 沙那は、それをまるで別の世界の人間の言葉のように接していた。

 

「そら、喰えよ。今日の飯だ」

 

 張須陀が言った。

 沙那がたったいま尿をした皿に、李保がべしょりと食べ物を載せた。

 わざわざ、沙那に小便をさせ、その皿に沙那に食べさせる物を与えるというのが連中の嫌がらせなのだ。

 

 沙那は、その尿まみれの食べ物を前にして、顔を皿に近づける態勢をとった。

 だが、すぐに口に入れることはしない。

 許可を得る前に食べ物を口にすれば罰が与えられるからだ。

 

「よしっ」

 

 張須陀の声がした。

 沙那は皿に口をつけて、皿に載った食べ物を口にしはじめた。

 

 そのとき、地面になにか振動のようなものを感じた。

 それは、なにか大きな爆発のようなものだったかもしれない。

 

 張須陀たちが色めき立っている。

 しかし、沙那はそれを別世界の出来事のように無関心を装って、ただひたすらに皿に顔をつけて、自分の尿にまみれた食べ物を身体に入れる作業を続けていた。

 

 遠い場所で、張須陀が騒いでいる。

 大きな音の原因を突きとめろ──。

 念のために剣を持て──。

 

 張須陀のそんな臆病な言葉を耳にしながら、沙那は自分の尿にまみれた食べ物を一心不乱に食べ続けていた。

 

 犬のように……。



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374 沙那の絶交宣言 [十数日目]

 沙那は檻の中で身体を丸めて横になっていた。

 いつもは檻から出すために誰かがやってくるまで死んだように眠っている。

 しかし、今日の沙那は、もう二刻(約二時間)も前から眼を覚ましていた。

 

 今日……。

 決めていた。

 

 すでに十日はすぎている。おそらく、いまは朝だ──。

 

 もっとも、本当に十日以上がすぎているのかどうかは、沙那にはわからないし、朝かどうかなどわかりようもない。

 この檻から連れ出されるときを朝とし、雌犬調教を受けてからこの檻に戻されるのを夜とする。

 眠るのを許された時間がすぎたら、また迎えにくるので、それが朝──。

 そうやって、それが一日だと数えていただけだ。

 

 両手は前手縛りにされて鉄格子にしっかりと結ばれている。

 足首にも縄掛けがあるが、足首と足首の間は、肩幅ほどの長さの縄で結ばれているだけなので、歩く程度であれば、それほど行動に支障はない。

 最初の頃と比べれば、随分と拘束が緩くなっていた。

 

 この数日、沙那は当初の日々とは人が変わったように従順な態度を続けている。

 それで、調教が進んでいると判断した連中が、だんだんと強い拘束の必要性を感じなくなっているようだ。

 やっと、張須陀(ちょうすだ)たち三人が油断を見せ始めている。

 長かった……。

 

 誰かがやってくる気配がした。

 沙那は薄目を開けた。

 李保(りほ)だ──。

 腰に剣を佩いている。

 沙那は自分の心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

 

 連中が剣を手元に置くようになったのは、昨日からだ。

 それまでは、必要もなかったので、この洞窟のどこかに隠していたようだったが、この数日、大きな地鳴りのような振動が何度かあった。

 それで、張須陀に命じられた項延(こうえん)が、洞窟の外に出て様子を伺った結果、彼らの拠点の幾つかが爆破されたことがわかったらしいのだ。

 

 なにが起こったかわからないが、取引きのために使っている山小屋が木端微塵になっていたらしい。

 沙那は、項延が興奮した様子で張須陀に報告するのを雌犬としての調教をこなしながら耳にしていた。

 

 山小屋を木端微塵にするほどの爆破──。

 もしかしたら、道術だろうか……。

 そうであれば、宝玄仙かもしれない。

 

 宝玄仙……。

 いまでは懐かしさも感じる……。

 

「起きろ、雌犬──。調教の時間だぜ」

 

 鉄格子が蹴られた。

 沙那は上半身を起こした。

 

「わんっ」

 

 犬の鳴き声以外は禁止されている。

 だから、すべての挨拶も犬の言葉で行う……。

 それが連中に躾けられた決まり事だ。

 

「へへっ、すっかりと犬の姿が様になってきたな、沙那。……哀れなもんだぜ。まあ、俺たちにかかれば、どんなに気の強い女もそうだったからな……。さて、兄貴たちのところに行く前に今日も奉仕してくれよ。いつものようにな」

 

 李保が言った。

 そして、下袴をさげて股間の一物を剝き出しにすると、鉄格子越しに男根を沙那に向けた。

 沙那はすっと顔を鉄格子に近づいて、こっちに入っている李保の一物に口を含む。

 

 この李保は、最初に沙那が口で奉仕をして以来、すっかりと沙那のその奉仕が気に入ってしまい、毎朝、沙那を張須陀の前に連れていく前に、こうやって沙那に自分の一物をしゃぶることを強要してくる。

 沙那も求められるまま、抵抗することなく口で奉仕をした。

 そうやって、沙那が李保の精を絞り出してやるのだ。

 それが終わって初めて李保は、鉄格子の鍵を開けて、沙那の首輪に鎖を繋げて、張須陀の前に連れていく。

 それもこの数日ずっと繰り返していることだ。

 

 沙那は一心不乱に奉仕しているふりをしながら、李保が下袴をさげるときに床に置いた剣に注意を注いでいた。

 これをひたすら待っていたのだ。

 連中が不用意に剣を沙那に近づける瞬間を……。

 十日以上も耐えに耐えて来たのはこれだ──。

 

 剣──。

 それがすぐ眼の前にある。

 李保はすっかりと油断しているし、都合のいいことに張須陀も項延も離れている。

 

「ああ、相変わらず、お前の口は凄えぜ……。だ、出すぞ。一滴残らず吸うんだ」

 

 李保が顔をしかめた。

 唾液で膜を作って李保の怒張の先端を包み込むように刺激していた沙那の口に李保の精が迸った。

 沙那はそれを喉に送りながら、ちゅうちゅうと音を立てるようにして、李保の残っている精を吸い取る。

 

「ああ、気持ちよかったぜ、沙那さんよ。後始末も頼むぜ」

 

 李保が満足そうに言った。

 沙那は垢ごと舐め尽くすように李保の睾丸から男根の先端まで舌で掃除する。

 奉仕の後で沙那が舌で行うこの掃除が李保のお気に入りだ。

 これをやっている間は、李保は精を出す瞬間よりも恍惚とした顔になる。

 

 舌を使った掃除が終わると、李保は満足したように下袴を履き直した。

 地面に置かれていた剣も腰に付け直される。

 

「さて、じゃあ、張須陀の兄貴のところにいくぜ。さっきからお待ちかねだ。今日からは調教を一段階あげると言っていたぞ。愉しみにしてな」

 

 李保がそう言って、沙那の前手縛りの縄尻を鉄格子から解いてから鉄格子を開いた。

 沙那は四つん這いの姿勢で首を前に出して、沙那の首輪に繋げるために李保が近づける鎖を待つ態勢になる。

 ここまでは、この数日ずっと続いていた同じ行動だ。

 

 李保の顔が眼の前にやってくる。

 沙那はいきなり飛びかかった。

 前手縛りのまま、首の経絡を突く。

 

「ぐっ」

 

 李保の眼が大きく開かれるとともに、その口が悲鳴を迸る仕草をする。

 しかし、沙那が経絡の気功を突いたことで呼吸とともに声が止められている。

 なにかを掴むかのように手をもがかせる李保の首にもう一度指の打撃を経絡に打ちこんだ。

 

 経絡とは、身体のあちこちにある気功に強い気を打ちこむことで相手の気を支配する技であり、これを使ってあっという間に相手の気を失わせることができる。

 李保は、沙那から経絡の気功を突かれて、その場にずるずると倒れ込んだ。

 

 沙那は気絶した李保の腰からさっと剣を抜いた。

 剣の刃で前手縛りの縄を切断し、足首の縄も切る。

 すぐに股間に張りつけてある『仕置き膜』に手を伸ばす。

 これのお陰でさんざんにいたぶられた。

 この調教霊具から逃れるために、血の気もなくなるような恥辱も甘んじて受けた。

 恥も外聞もなく、雌犬になれと言われれば、雌犬のように犬の声で吠え、這えと言われれば這い、尻を出せと命令されれば、尻を向けて犯されるに任せた。

 すべて、あの恐ろしい霊具の罰を受けないためにだ。

 

 この忌々しい霊具がやっと取れる……。

 沙那は股間に手をやった。

 だが取れない。

 やはり、簡単には霊具は外れないようだ。

 

 まあいい……。

 どうせ、張須陀を殺すか、それとも張須陀から離れるかすれば外れる。

 沙那は『仕置き膜』を外すことを断念した。

 立ちあがった。

 

 気配を殺して、いつもの調教場所に向かう。

 そこに張須陀と項延がいるはずだ。

 

 着いた──。

 張須陀と項延は、地面に直接あぐらをかき、眼の前に食べ物を置いて食事をしていた。

 酒も飲んでいるようだ。

 その手前には、二本の縄が天井から垂れ下がっていて、先に張形がついている棒が地面から突き出ている。

 あれがなんなのかさっぱりとわからないが、それを使って沙那をいたぶるつもりだったに違いない。

 沙那は剣を構えたまま飛び込んだ──。

 

「あっ、沙那──」

 

 叫び声は項延だ。

 張須陀もびっくりした表情をしている。

 

 項延が剣を抜く。

 無視する。

 

 沙那はもう張須陀しか見ていない。

 その張須陀の手が指を鳴らすような動きになる。

 沙那の股間には、まだ『仕置き膜』が張りつけてある。

 それで沙那の動きを封じるつもりだ。

 

 指を鳴らされれば終わりだ。

 沙那は激痛にのたうって転げ回ることになり、たちまちに押さえつけられる。

 逃亡の機会は二度とないだろう。

 

「沙那──」

 

 張須陀が憤怒の表情で叫んだ。

 しかし、次の瞬間、その声が絶叫に変わった。

 沙那の剣で張須陀の左右の手首が吹っ飛んだのだ。

 

 手首から先を失った張須陀の手から血が噴出した。

 『仕置き膜』を作動させるのは、張須陀の指の音だ。手がなければ音は鳴らない。

 

「ひえええっ──」

 

 項延が剣を抜いたまま腰を抜かして尻を地面に突いた。

 その喉に剣を突きつける。

 

「た、助けて……」

 

 項延の顔が恐怖に染まっている。

 沙那は剣先で軽く項延の喉の皮膚を裂いた。

 項延の喉に血がすっと浮かびあがる。

 

「きゃああっ」

 

 女のような悲鳴をあげて項延が地面に倒れた。

 沙那は項延の手から離れた剣を拾いあげて、張須陀の手首を斬って血で汚れている剣を放り投げた。

 そして、項延の剣の鞘も拾う。

 

「立つのよ──。出口に向かいなさい」

 

 沙那は項延にその剣を突きつけて言った。

 張須陀は両手首を失って、血を噴き出しながらその場にのたうち回っている。

 沙那は悲鳴をあげ続ける張須陀を無視して、項延だけを洞窟の出入り口に向かわせた。

 背中に剣を突きつけられた項延は、おかしな息をしながら出口に向かって歩く。

 やがて、出口に通じる洞窟の部屋に到着した。

 

「外に向かう穴を開けなさい」

 

 沙那は項延に言った。

 項延が出口を塞いでいる石を動かすのを確認しながら、沙那は、眼の前に垂れ下がっている『霊気遮断の布』を適当な長さに切り取った。

 全身を覆う布のような大きさにして、裸身に巻きつける。

 穴が開いた。

 

「出るのよ。おかしな動きをすれば殺すわ」

 

 項延は完全に沙那の気迫に呑まれている。

 散々に沙那をいたぶって調教した卑劣漢の面影はない。

 怯えた様子で項延が穴の外に出ていく。

 続いて、沙那も腰を屈めて穴を通り抜けた。

 

 外だ──。

 何日ぶりになるのだろうか……?

 

 外は明るかった。

 陽の高さから、沙那はいまが朝の時間帯だろうと判断した。

 肌に当たる風の動きが、自由を得たという沙那の感激を確かなものにする。。

 

「服を脱ぎなさい、お前」

 

 まだ怯えてしゃがみ込んでいる項延に、沙那は剣を突きつけた。

 

「ふ、服……?」

 

 項延が一瞬、顔を曇らせた。

 沙那は剣を一閃した。

 項延の髪の毛が塊りになって切断される。

 

「ひいいっ」

 

 項延が悲鳴をあげた。

 本当は耳でも削いでやろうかと思ったのだ。

 だが、服が血だらけになるからやめた。

 しかし、それだけで十分に効果があったようだ。

 項延は悲鳴をあげて立ちあがると服を脱ぎ始めた。

 

「下着はいいわ。さすがに着ないから」

 

 沙那は言った。

 項延が上着を脱ぎ、中衣を取り、下袴も脱ぐ。靴も脱がせた。

 そのすべてを沙那はその場で身に付け直した。

 多少、身体の一部が窮屈だが着られないことはない。

 項延の服を着た沙那は、下着一枚になった項延に洞窟の入口に向かわせた。

 

「わたしがどれくらい腹をたてているかわかる、項延?」

 

 沙那は項延の背に剣を向けたまま言った。

 

「わ、悪かったよ……。ゆ、許してくれ──。た、頼む」

 

 項延が怯えた声を出す。

 

「助けてもいいわ……。殺さないであげてもいいわよ。その代わり、この洞窟を塞ぎなさい。二度と出入りできないように、ここを塞ぐのよ。どうせ、ちょっとした仕掛けで穴を塞ぐことができるようになっているんでしょう」

 

 沙那の見たところ、どこか一箇所の石を取り除けば、上から岩が雪崩落ちて、完全に洞窟が封鎖されてしまう仕掛けになっているように見える。

 おそらく、ここが見つかりそうになったときに、完全に隠してしまうためにそうしたのだろう。

 

「そ、そんな……。洞窟を塞げば中に残っている連中が……」

 

「わかったわ──。だったら、仲間と一緒に死になさい」

 

 沙那は剣を構えた。

 本当に殺そうと思った……。

 別に項延が沙那の言葉に従おうと、それとも、逆らって殺すことになろうと、どっちでもいいのだ。

 

「わ、わかった。ふ、塞ぐ──。塞ぐよ」

 

 沙那の殺気を感じたのか、項延が慌てたように洞窟の入口に飛びついた。

 その項延が小さな石を外した。

 さっと項延が後ろに跳び去る。

 

 しばらくして、岩が崩れ出した。

 完全に出入り口が塞がった洞窟を眼の前にして項延が茫然としている。

 沙那は、その項延を置き去りにして歩き出した。

 

 どこに向かうべきなのか……。

 その答えは思いつかなかった。

 とりあえず、山を下る方向に歩く。

 

 とにかく、空腹だった。

 なにかを口にしなければ……。

 そのとき、ふと、項延から奪った服の内隠しになにかが入っていることがわかった。

 探ってみると、小さな袋に入ったひと固まりの銀粒だ。

 かなりの量がある。

 これだけあれば、当面の路銀になる。

 

 ひとりならば、しばらくはこれで大丈夫だ。

 これからのことなんて、なにも考えていなかった沙那は、項延が運よく銀粒を持っていたことにほっとした。

 

 そのとき、沙那ははっと気がついた。

 いま、この路銀があれば、ひとりならしばらく大丈夫と考えたか……?

 

 ひとり……?

 

 宝玄仙……。

 孫空女……。

 朱姫……。

 

 急に三人の顔が頭に浮かぶ──。

 しかし、なぜかその三人の顔は非常にぼんやりとしていて、どんな顔をしていたのか判然としない。

 

 とにかく、疲れていた……。

 しばらく歩いていて、にわかに今回の騒動の理由を思い出した。

 

 宝玄仙……。

 あの我が儘主人……。

 

 今回の騒動は、すべて宝玄仙が原因だ。

 それを思い出したのだ。

 

 あんなに、張須陀に関わるのは嫌だと言ったのに……。

 

 あんなに、あの男が卑劣漢だと訴えようとしたのに……。

 

 考えるとたんだん腹がたってきた。

 だいたい、なんで自分はあの女主人に仕えているのだろう。

 なぜ、理不尽な命令に耐え続けているのか……。

 あの女主人に、沙那が尽くさなければならないなにがあると言うのだろうか?

 

 一生懸命に尽くしても見返りはなにもない。

 むしろ、人格を無視するような理不尽な扱いが返って来るだけ……。

 

 性格最悪。

 我が儘。

 変態。

 短絡的。

 意固地……。

 

 感謝の言葉ひとつ戻ってくるわけじゃない。

 もう、疲れてきた。

 

 これ以上考えられない……。

 疲れすぎていて、頭が回らない。

 

 思考がおかしい。

 とにかく、体力を戻す──。

 

 山を下れば、どこかに食事ができる場所もあるだろう。

 沙那はふらふらと脚がよろめくのを感じながら、無言で山道を下る方向に歩いていった。

 

 

 *

 

 

 泣きながら洞窟の前の岩を除けようとしている下着一枚の男を見つけたのは午の時間だった。

 それが、張須陀の子分のひとりの項延だとわかったのはすぐだ。

 

 孫空女は、すぐに取り押さえて、同行していた朱姫に宝玄仙を報せに行かせた。

 宝玄仙は、近傍の林に作った三人の野宿場所で待っていてもらっていたのだ。

 

 宝玄仙がやって来るまでに、孫空女は項延に沙那がどうなったのかを詰問した。

 項延は別に隠す様子もなく、孫空女が訊ねたことをなんでも答えたので、宝玄仙と朱姫が戻る頃までには、あらましを項延から聞き取っていた。

 どうやら沙那は自力で脱出できたようだ。

 

「沙那が見つかったのかい?」

 

 やってきた宝玄仙は喜色満面で言った。

 

「見つかったというわけじゃないけどね。沙那はここにずっと閉じ込められていたけど、今朝頃、こいつらをやっつけて、自力で脱出したようだよ」

 

 孫空女は宝玄仙に説明した。

 宝玄仙は本当に嬉しそうに何度も頷いた。

 

「じゃあ、沙那姉さんは、ひとりで城郭に戻ったんですね」

 

 朱姫が言った。

 

「多分……。こいつによれば、沙那はそっちに向かって歩いて行ったという話だからね」

 

 孫空女は山を下る方向を指さした。

 この山道をそのまま進めば、最初に張須陀たちと出遭った附国の城郭に繋がる。

 沙那はそこに向かったのだろう。

 おそらく、みんなで泊っていた宿屋に向かったと思う。沙那が向かうとすればそこしかないはずだ。

 

「そうとわかれば、ここには用がないさ。行くよ──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ま、待ってくれ。た、頼む。兄貴を……。兄貴と李保を助けてくれ。この中にいるんだ」

 

 出発しようとすると、項延が宝玄仙や孫空女の前にひれ伏した。

 

「なんで、あたしらがお前らを助けなきゃならないんだよ。ふざけるんじゃないよ」

 

 孫空女が言った。

 

「だ、だけど、李保とは小さな頃から一緒で死なすわけには行かないんだ──。助けてくれればなんでもする。なんでもするから」

 

「お前らに売り飛ばされた女たちも、そうやって助けてくれと泣き喚かなかったかい? ふざけるなよ、お前」

 

「わ、わかっている。わかっているけど……」

 

 項延は泣き出してしまった。

 

「まあいいよ。助けてやりな、孫空女」

 

 宝玄仙が溜息をつきながら言った。

 

「な、なんでだよ、ご主人様──。沙那を浚って十日以上も凌辱していた連中だよ。この穴の中でじっくりと後悔しながら死ねばいいんだよ」

 

「だって、目覚めが悪いじゃないか……。まあ、仮にも身体を合わせた仲だしね……」

 

「ご、ご主人様がそんなことを言っているから、沙那があんな目に遭う羽目になるんじゃないか」

 

 孫空女は喚いた。

 

「いいからやるんだよ。わたしの言うことを聞けないのかい。ただ、穴を開けるだけはやってやれと言っているだけじゃないか」

 

 宝玄仙が顔を赤くして怒鳴った。

 孫空女は歯噛みしたが、一度言い出したら、宝玄仙は引くことはない。

 仕方なく、一度嘆息してから、孫空女は耳から『如意棒』を取り出す。

 項延を蹴り飛ばして避けさせると、岩で塞がっている場所に向かって『如意棒』を構えた。

 

「そりゃあっ──」

 

 『如意棒』を打ちこんだ。

 固まっていた岩が吹き飛び、埋まっていた場所に小さな穴が開いた。

 

 内側から雄叫びがした。

 しばらくすると、泥だらけの男が出てきた。

 確か、李保という男だったはずだ。

 誰かを引き摺っているようだ。

 項延が飛びついて、李保と協力してその男を引き摺りだした。

 

 出て来たのは張須陀だ。

 ほとんど意識がないようだが生きてはいる。

 全身に汗をかき、唸り声のようなものをあげていた。

 両方の手首に晒しを巻いている。どうやら、手首から先がないようだ。

 

 項延に訊ねると、沙那が逃げるときに沙那の剣で切断されたらしい。

 沙那もやるものだと思った。

 十日以上も監禁されて、凌辱され続けても、やっぱり沙那は沙那だった。

 どんな恥辱的な仕打ちを受け続けたのか、想像して余りある。

 だか、それでも、沙那は決して望みを捨てず、逃亡の機会を逃さず自力で抜け出した。

 

 やはり、沙那は凄い。孫空女が一目も二目も置いている女傑だけのことはある。

 そんな沙那を、この三人はいい気になって十数日もいたぶったのだ。

 こうやって、三人がまだ命があるだけでもましというものだ。

 

「やれやれ、酷い姿になったじゃないか、張須陀」

 

 宝玄仙が張須陀に近寄った。

 なにをするのかと思ったら『治療術』だった。

 張須陀は死にかけていたが、宝玄仙は衰弱しかけている張須陀を道術で回復をさせているようだ。

 張須陀の顔に生気が戻っていく。

 こんな男に情けをかける必要はないと思ったが、まあ、好きなようにさせた。

 

 それ以上はここに用事もなく、三人で山を下りた。

 宿屋に戻った時には、すっかりと夜になっていた。

 

 宿屋の亭主は宝玄仙たちのことをよく覚えていた。

 沙那について訊ねたが、宿屋には来なかったようだ。

 どこかで入れ違いになったのだろうと判断して、部屋を取り直して待つことにした。

 

「ねえ、ご主人様、沙那が戻って来たら、ちゃんと謝るんだよ」

 

 しばらくして落ち着いたところで孫空女は言った。

 三人がいたのは宿屋の一階の食堂だ。

 沙那が戻れば、ここですぐ会えると思い、待っているのだ。

 

「……わかっているよ。謝るよ」

 

 宝玄仙はむっとした表情で言った。

 

「ちゃんとだよ。丁寧にだよ」

 

「わかっているよ、孫空女。今回のことはみんなわたしが悪いんだよ。自覚しているよ。沙那には謝る。ちゃんとね」

 

「約束だよ、ご主人様……」

 

 孫空女はなおも言った。

 

「でも、よかったですね…… 。沙那姉さんが無事で……。ねえ、ご主人様、謝罪はちゃんと態度で示さないといけませんよ。態度で」

 

 朱姫がにこにこしながら言った。

 

「なんだよ、態度っていうのは、朱姫?」

 

「ご主人様が沙那姉さんに責められるんです。いいですね、ご主人様」

 

 朱姫が言った。

 

「ああ、もうわかっているよ。なんでもやるよ。あいつの気がそれで収まるならね。沙那の気が晴れるまで、沙那には抵抗しない。ちゃんと沙那の嗜虐を受けるよ」

 

「うわあ……。愉しみです。ご主人様を責めるのは久しぶりですね」

 

「な、なんで、お前が嬉しそうなんだい。わたしは、沙那の責めを受けてもいいと言ったんだよ。お前には関係ないだろう、朱姫」

 

「まあまあ、ご主人様……。でも、沙那姉さんがあたしを助手に選んだら、しょうがないじゃないですか」

 

「まったく、もう、勝手におし」

 

 宝玄仙は不機嫌そうな口調で言ったが、その表情は明るかった。宝玄仙もほっとしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、結局、その夜、沙那が戻ってくることはなかった……。

 かなり遅い時間になるまで一階で待っていたが、深夜に近い時間になり、一度部屋で休むことにした。

 

 

 *

 

 そして、丸一日が経った。

 翌日の夕方になっても沙那は現れなかった。

 沙那になにかが遭ったのだろうか……。

 もう一度、山に向かおうかと相談しかけていると、ひとりの少女が宿屋に現れた。

 たまたま、また三人で一階の食堂で夕食を取っているところであったが、その娘はきょろきょろと食堂を見回し、すぐにこっちに近づいてきた。

 

「あ、あのう……。宝玄仙というお方は、こちらでしょうか?」

 

 十二、三歳というところだろう。この城郭で暮らす市井の女の子らしいその娘は、確かに宝玄仙だと告げると、ひとつの紙包みを差し出した。

 

 宝玄仙に向かって差し出すのを孫空女が横から受け取った。

 こんな少女が危険なものを持ってくるとは思えないが、念のためだ。

 

「これは、なんだい?」

 

 宝玄仙が少女に訊ねた。

 

「ここに宝玄仙というお方がいるので、これを渡してくれと頼まれたんです」

 

「頼まれた? 開けてみな、孫空女」

 

 宝玄仙に促されて、紙包みを開く。

 

「あっ」

 

「これは──」

 

「なんで?」

 

 三人が同時に声をあげた。

 中に包まれていたのは、沙那が宝玄仙に装着されていた操り首輪だ。

 ただ、金具かなにかで強引に切断した痕がある。

 

「どういうことですか、これ?」

 

 朱姫がびっくりしている。

 確かにそうだ。これはどういうことだろう?

 

 この霊具は、もうひとつの霊具と組み合わせて、装着した人間の手足を操る霊具であり、沙那はこれを宝玄仙に装着されて、張須陀に引き渡されたのだ。

 そのために、沙那は張須陀になすすべなく連れていかれた。

 いまは、霊気切れになっているので、金具で強引に外すことも可能だったのだろうが、なぜ、それをこの少女が持ってきたのだろう。

 

「これを誰に頼まれたんだい、お前?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「沙那という女の方です」

 

「沙那?」

 

 孫空女は声をあげた。

 宝玄仙も朱姫も驚いた表情になった。

 

「沙那が自分でこれをお前に渡して、ここに、宝玄仙という女がいるだろうから渡せと言ったのかい?」

 

 宝玄仙がびっくりした声をあげた。

 娘に沙那と名乗ったその女の特徴を訊ねた。

 

 沙那だと名乗った女は、確かに沙那のようだ。

 容貌や背格好、そして、髪の色。すべてが沙那に一致した。

 態度や言葉使いも訊いたが、やっぱり沙那に間違いない。

 

 沙那はひとりだったようだ。そして、金具職人である彼女の父親に頼んで首輪を外してもらい、小銭を置いて、これを宿屋にいるはずの宝玄仙に渡すように、この首輪を彼女に託したようだ。

 どういう理由でそうしたのかはわからない。

 

「とにかく、行きましょうよ。沙那姉さんはそこにいるんでしょう?」

 

 朱姫が立ちあがった。

 

「い、いませんよ」

 

 娘が言った。

 

「いない?」

 

 宝玄仙だ。

 

「いま、いないと言ったかい、あんた?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「だ、だって、これを頼まれたのは、今朝のことですから……。すぐに城郭を出ていくと言っていました」

 

「なんだって──」

 

 宝玄仙がいきなり立ちあがって怒鳴った。

 その権幕に娘が真っ蒼になった。

 

「お、落ち着きなよ、ご主人様……」

 

 孫空女はいまにも娘に掴みかかろうとする勢いの宝玄仙の前に立った。

 

「だ、だけど──」

 

「ちょっと、待ってよ。あたしが訊くから」

 

 孫空女が宥めて、娘にどういう成り行きだったのかを訊ねた。

 

 つまりは、沙那は今日の朝早く、この娘の家を訪ねた。

 そして、首輪の金具を毀して外すことを頼み、立ち去った。

 理由も行く先もつけずに、そのまま城郭をひとりで出て行ったようだ。

 首輪をすぐには持っていかずに、夕方以降に持っていって欲しいと頼んだのは、沙那自身らしい。

 それで、頼まれた刻限になったので、この娘が沙那が託した物をここに運んできたということのようだ。

 

「どういうことだい?」

 

 宝玄仙が当惑した声で言った。

 

「つ、つまり、沙那は行っちゃったということかな……」

 

 状況から判断してそういうことになる。

 

「な、なんで、沙那姉さんが行っちゃうんですか──?」

 

 朱姫が絶叫した。

 

「なんでって……」

 

 孫空女は言い淀んだ。

 沙那が、嫌気が差して宝玄仙のもとから立ち去ることを決めた理由はいくらでも思いつく。

 孫空女や朱姫とは違い、沙那は霊気や道術で宝玄仙に縛られていない。

 だから、その気になればいつでも立ち去ることができた。

 もともと沙那は卑怯な手段で宝玄仙の供にされたのだ。

 逃げる機会があれば逃げるのが当然で、むしろ、沙那ぼどの女傑が宝玄仙に尽くして供である理由がなにもないのだ。

 

 それは、わかっている。

 しかし、ついに沙那がその決断をしたということが孫空女には信じられなかった。

 

 別れも告げずに……。

 

 そのとき、ふと、孫空女は首輪を包んでいた紙になにか記号のようなものがあることに気がついた。

 もしかしたら、これは文字だろうか。

 

「ご主人様、これ……」

 

 孫空女はその文字らしきものを指さした。

 宝玄仙と朱姫が覗きこむ。

 孫空女は文字が読めないので、なんと書いてあるのかはわからない。

 だが、ふたりとも途端に暗い顔になった。

 朱姫など、その場で涙をぼろぼろと流し出す。

 

「ね、ねえ、なにが書いているのさ?」

 

 孫空女は言った。

 

「思うところがあって、ひとりで旅がしたい……。そういうことが書いてあるね。わたしたちには、そのまま旅を続けて欲しいそうだよ……」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 孫空女は驚愕した。

 

 別れの言葉だったのだ。

 

 愕然とした。

 突然に別れがやってきた。

 それが信じられない。

 

 朱姫の泣き声が大きくなった。

 娘が途方に暮れたように立ち尽くしていた。

 

 

 *

 

 

 五日経った──。

 

 結局、沙那は戻ってこなかった。

 沙那はいなくなった。

 それを選んだのだ。

 そう思うしかなかった。

 

 五日間、朱姫は泣きじゃくっていた。

 宝玄仙はひとりで部屋に閉じこもってじっとしていた。

 部屋から出てくるのは、食事のときだけだった。

 食事のときもほとんど口は利かずに、終われば部屋に閉じこもった。

 

 そうやって五日がすぎた。

 

 

 *

 

 

 そして、六日目の朝──。

 

「出立するよ、お前たち……」

 

 宝玄仙がそれだけを言った。

 すでに準備はできている。

 孫空女がすべてを整えたのだ。

 いまだに朱姫は沙那が立ち去ったことを信じていない。

 

「で、でも、ここを立ち去ったら、沙那姉さんが戻っても、あたしらがどこに向かったかわからないじゃないですか」

 

 朱姫が言った。

 

「沙那は戻ってこないよ、朱姫……」

 

 孫空女もそう言うしかなかった。

 朱姫がまた泣いた。

 

 結局、朱姫を説得するのに時間がかかり、出立は昼近くになった……。

 

 城門を通り過ぎるまで誰も口を開かなかった。

 三人は無言のまま、城門を後にした。

 

 長かった附国の城郭の滞在が終わった。

 

 

 

 

(第58話『ぶち切れた堪忍袋』終わり)



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 第59話  失われた仲間【黄眉(おうび)
375 足りない仲間


「やっと腹が立ってきたよ──」

 

 食事をしていた宝玄仙が卓をどんと叩いた。

 

「はあ……? 突然、なに言ってんのさ、ご主人様?」

 

 孫空女は言った。

 朱姫も呆気にとられて宝玄仙を見ている。

 なにしろ、このところ人が変わったように物静かで大人しかった宝玄仙が、いきなり声をあげたかと思ったら、激しく怒りだしたのだ。

 

「沙那だよ。沙那──。よく、考えたら、なんであいつに見限らなければならないんだよ。そもそも、あいつになんの権利があるんだよ。一体全体、何様のつもりだい──」

 

 宝玄仙は大変な権幕で怒鳴り始めた。

 孫空女は唖然としてしまった。

 一体全体どうしたというのだ。

 沙那が逃げ出して、宝玄仙のもとから去ったことを怒り出したようだが、何日前のことだと思っているのだ……。

 

 ここは、小西天(しょうせいてん)という土地にある食堂を兼ねた居酒屋だ。

 ()国の城郭都市を出立して、しばらくは町らしい町はなく、野宿をしながら山越えをしてきたのだが、山を越えたところにこの小西天という町があって立ち寄った。

 あまり上品な土地とは思えなかったが、久しぶりに温かい食事をして、宿屋で休みたいと宝玄仙がしつこく言い出したので、とりあえず適当な食堂に入って食事を頼んだところだった。

 

 店はかなり広く、たくさんの酔客で溢れていた。

 酔客を相手をする娼婦も多くいて、店は大変な喧騒だった。

 とりあえず、三人で空いている卓を占領して店の者に食事を頼んだ。

 

 それまでは、ずっと宝玄仙は大人しかった。

 だが、食事が運ばれてしばらく黙々食べているところで、突然に宝玄仙が机を叩いて怒鳴り始めたのだ。

 

「あ、あのう……。その話はもう、ご主人様の中では、終わったんじゃなかったのかい……?」

 

 孫空女はおずおずと言った。

 沙那がいなくなってからかなり経っている。

 

 張須陀(ちょうすだ)のところから脱出した沙那が、宝玄仙に別れの手紙を残して去ったのは、附国という城郭都市でのことだ。

 沙那が宝玄仙を見限った理由ははっきりしている。

 つまり、沙那を立ち去らせた原因は宝玄仙であり、それはいつもの宝玄仙の我が儘が発端だった。

 

 最初は、いつもの宝玄仙の気紛れだ。

 附国という城郭で、張須陀という男と偶然に知り合った宝玄仙は、その翌日、その張須陀の連れを含めてみんなで乱交をしようと言い出したのだ。

 だが、実は張須陀は沙那と因縁のある男であり、沙那は断固としてそれを拒否した。

 それに怒った宝玄仙が、沙那の訴えを無視して、張須陀という男に沙那を抵抗できない状態にして引き渡した。

 そして、それをいいことに、張須陀はそのまま沙那を浚ってしまったのだ。

 沙那への復讐が目的だ。

 みんなで張須陀たちと沙那の行方を追ったが、なかなか沙那を見つけることはできなかった。

 

 結局、空しく十数日がすぎた。

 やっと張須陀を探し当てたときは、沙那は自力で張須陀のもとから脱走した直後だった。

 直接助けることはできなかったが、沙那が無事なのは確認できた。

 それで、三人で沙那が附国の宿屋に戻ってくるのを待つことにした。

 しかし、やってきたのは沙那からの絶交の手紙を預かった娘だった。

 

 三人で呆然としつつも、そのまま五日間待った。

 しかし、結局、沙那は戻って来なかった。

 

 宝玄仙は、沙那抜きで旅を再開することを宣言した。

 そして、附国を出立し、険しい山越えをしてこの小西天という土地にやってきたのだ。

 いまは、その小西天に入った直後であり、夕方といえる時間だ。

 

 いずれにしても、かれこれ、沙那が別れの手紙を置いていなくなって、もう半月というところだ。

 いまさら、この宝玄仙は、なにを怒りだしたのだろうという思いだ。

 

「沙那については、あいつの好きなようにさせるつもりだった。去りたいなら去ればいい……。去る者は追わずだ──。そのつもりになっていた。だけど、どうしても心のもやもやが晴れなかったんだよ。なにか胸に重いものがずっと載っていて、それが取れないというような気持ちだね。それに、昨夜、宝玉とも話した。意識下でね──」

 

「宝玉さん……?」

 

「ああ──。あいつはわたしを罵った。沙那に見限られたのは、わたしが馬鹿で間抜けで愚か者だからだそうだ。それで、ずっと考えていたんだけど、どう考えても、今回はあいつが悪い。なんで、こんなに重い気持ちにわたしがならなければならないんだい。あいつが……、沙那が悪いのに──」

 

 宝玄仙がまくしたてた。

 

「あ、あのう……、なんで、沙那が悪いのさ、ご主人様?」

 

 孫空女には、宝玄仙が沙那がいないことで寂しがるのというのならともかく、怒っているというのが理解できなかった。

 

「考えてもごらんよ、孫空女。わたしは、あいつの世話をずっとしてやっていたじゃないか。それなのに、あいつはわたしへの恩を忘れて、どこかに行ったんだよ。しかも、手紙ひとつだけ残してね──。まったく、腹の立つことじゃないか?」

 

「えっ……世話をした?」

 

 思わず言った。

 沙那が宝玄仙の世話をしたことについて、宝玄仙が沙那に恩を感じているというのであればわかる。

 だが、宝玄仙は、沙那こそ宝玄仙に恩を感じるべきであり、それに見合うことはずっとしてやったと言っている。なんのことだろう?

 

「ああ、世話をしたさ。あいつになにかがあれば、すぐに道術で助けてやった。あいつが危機に陥ったとき、わたしが救ったことはたくさんある……。そうだねえ、黒夜叉(くろやしゃ)とかいう女将校にあいつが捕まったこともあったじゃないか……。それに紅孩児(こうがいじ)とか……」

 

「まあ……。そんなこともあったねえ」

 

 孫空女は仕方なく相槌を打つ。

 もっとも、宝玄仙が沙那を助けたなど、数が多いことじゃない。それを言ったら、沙那が宝玄仙を救ったのは遥かに多いだろう。

 それに……。 

 

「あんときは、お前と沙那が紅孩児に拷問に遭っていて、それでわたしが解放してやったんだ。そうだ、黒倫とかいう武芸者の道場に監禁されたこともあったねえ……。ほらっ、やっぱり、わたしが沙那を救ったのは枚挙にいとまがないじゃないか──。その恩を忘れて、勝手にどこかに行ったんだよ、あいつは……」

 

 宝玄仙が大きな声で怒鳴った。

 しかし、さすがに孫空女は鼻白んだ。

 そもそも、黒夜叉という女将校が沙那を捕らえた理由は、当時、天教教団の工作であちこちの国から手配されていた宝玄仙の居場所を沙那に白状させようとしたからであり、紅孩児のときはもともと連中の罠にあっさりと嵌った宝玄仙が人質に取られたのが切っ掛けだ。

 黒倫のときだって、宝玄仙と朱姫が乏しい路銀を全部性具に変えたりしたために、仕方なく沙那が路銀を稼ぐために辻試合をやったのが騒動の発端なのだ。

 

 この一行の騒動の十のうち、八か九までは宝玄仙が引き起こしている。

 その尻拭いをいつもしていたのが沙那だった。

 いずれにしても、沙那はもういない。

 

 沙那は宝玄仙を見限ってどこかに行った。

 もう、どこに行ったのか探しようもない。

 いくら、宝玄仙が怒っても、その相手はいないのだ。

 

「ねえ、ご主人様、沙那姉さんを探しに行きましょうよ。そして、連れ戻すんです。ねえ、そうしましょうよ。そうすべきです──」

 

 朱姫が喜色ばんで言った。

 孫空女は、その突然の朱姫の嬉しそうな大声にも驚いた。

 沙那がいなくなったことについての朱姫の落ち込みようは宝玄仙以上だった。

 あの闊達な朱姫がこのところ、ほとんど口を開かなかったし、まともに食事もしていないようだった。

 呆然としていることが多かったし、気がついたら理由もなく涙ぐんでいるということもあった。

 これほどまでに、朱姫は沙那が好きだったのかと孫空女も驚いたほどだった。

 

「そうだね、朱姫──。沙那を探そうよ。連れ戻すんだ。この宝玄仙の供をやめようなんて冗談じゃないよ。地獄の底まで追いかけて、罰を与えてやろうじゃないか。もう二度と、わたしから逃げようなんて思わないようにね──」

 

「ええ、沙那姉さんを見つけて、折檻しましょう。絶対です──」

 

 朱姫は満面の笑みを浮かべている。

 

「どんな罰がいいだろうねえ……。そうだ……。久しぶりに痒み剤で責めたててやるよ。最初にあいつを捕えたときは、あいつは自慰も知らない未通女でねえ……。そのあいつの股間を泣き叫ぶほどに痒み責めにして、放置してやったんだ。あいつは泣きながら処女を犯してくれと喚いたものだったよ。懐かしいねえ……」

 

 宝玄仙が思い出すように笑った。

 

「沙那姉さんは、恥ずかしがり屋さんだから、うんと短い下袍を履かせて人混みを連れ歩くのもいいですよ。それで一番人が集まったところで、あたしの『影手』で何度も何度も絶頂させるんです。面白いと思いませんか、ご主人様?」

 

「焦らし責めもするよ。くすぐり責めもね──。あいつはもともと感じやすいけど、道術で十倍くらいにしてやるさ。だけど、今度は絶頂だけは簡単には与えないよ。あいつは、あれでなかなか気位が高いからね。絶頂させてくれとか、苛めてくれとか言えないのさ。そういう沙那に、わたしは、大きな声で、“沙那は淫乱です”と喚かせるのもいいねえ」

 

「わあ、面白そうですね。だったら、あたしは『縛心術』を遣います。それで……」

 

 朱姫が調子に乗ってさらに大きな声を出す。

 

「ちょ、ちょっと、やめなよ、ふたりとも──。沙那はもういないんだよ」

 

 馬鹿なことを大きな声でしゃべりだしたふたりをさすがに孫空女も嗜めた。

 気がつくと、かなりの店にいる酔客の注目を集めている気がする。

 

「いないのはわかっているよ──。だから、沙那を探すんだよ。いいから、お前は沙那を見つける方法を考えな。いいね、孫空女──」

 

 宝玄仙が強い口調で言い、孫空女を睨む。

 

「ええっ──。あたしが考えるのかい、ご主人様?」

 

「当たり前だよ。この食事が終わるまでに、なにか策を考えるんだよ。なんにも出て来なけりゃあ、ここで裸踊りをさせるからね、孫空女」

 

「無茶言わないでよ、ご主人様──。半月も前にいなくなった沙那をどうやって探すというんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「それを考えろと言ってるんだよ。思いつかないというんなら、早く、裸になりな。そこで踊るんだ。いいというまでね──。そう言えば、お前はずっと昔に、大道芸人の一座で踊っていたこともあると言っていたじゃないか。裸踊りは得意だろう、孫空女」

 

「は、裸踊りなんかじゃないよ……。まあ、それに近いことは認めるけど……」

 

 孫空女は渋々言った。

 

「いい策を考えてくださいね、孫姉さん。あたし、沙那姉さんに会いたいんです」

 

「お前まで言うんじゃないよ、朱姫──。お前が裸踊りしな」

 

 孫空女もかっとなって怒鳴った。

 

「おいおい、面白い話をしているじゃないか、あんたらよう……」

 

 そのとき、不意に卓に影が差した。

 気がつくと十人くらいの男たちに卓が囲まれている。

 どうやら連中は酔っているようだ。

 

「なあ、あんたら、いい女だなあ──。いくらでやらしてくれるんだよ」

 

 酔客のひとりが朱姫にいきなり抱きついてきた。

 

「きゃああああ──。さ、触らないでよ──」

 

 朱姫が悲鳴をあげるとともに、肘で思い切りその酔客の脇腹を打つ。

 呻いて力を緩めたその男の指を握ったかと思うと、力一杯朱姫がその指を関節の逆方向にねじあげた。

 

「痛ってええっ──」

 

 おかしな音がして、男が悲鳴をあげてうずくまった。

 

「な、なんすんだ、この女ども──」

 

 それを合図にするかのように、ほかの男たちも宝玄仙と孫空女にいきなり掴みかかってきた。

 

「ご、ご主人様に触るんじゃないよ」

 

 孫空女は自分に群がる男を数発の拳で黙らせると、宝玄仙に掴みかかっているふたりの男を蹴り飛ばした。

 ぎょっとして立ち竦んでいる男たちの顔めがけて腕を振る。

 まともに孫空女の腕を受けた男たちが吹っ飛ばされて店の壁に転がっていく。

 

「な、なんだ、この女──」

 

 ひとりの男が剣を抜いた。

 孫空女は、すかさずその男の腹を蹴りあげた。剣を持ったまま、その男が呻き声とともに崩れ落ちた。

 それで終わりだ。

 もう剣を抜こうとしている者はいないし、襲ってきそうな視線をしている者もいない。

 

 孫空女は一歩前に出る

 それに押されるように、周りの男が慌てて下がった。

 

「一度言っておくよ──。あたしは強いからね。次にあたしらにちょっかい出してきた奴は、容赦なくぶっ飛ばすよ。今度は勢い余って殺すかもしれなからね。覚悟してやってきな──」

 

 孫空女は外まで聞こえるような大声で叫んだ。

 店がしんとなる。

 孫空女と朱姫に倒された連中が、周りの男たちに助けられながらすごすごと遠くに去っていく。

 

「相変わらず強いじゃないかい、孫空女」

 

 宝玄仙が男に掴まれて乱れた服を直しながら言った。

 

「あんな連中はどうってことないさ」

 

 孫空女も座り直して、食事を再開する態勢に戻る。

 

「……だったら、いい知恵を考えるんだよ。あんな男たちの前で裸踊りなんてしたくないだろうからね」

 

 宝玄仙が嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

 

「そ、その話、続いているの?──」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 

「当たり前だろう──。くだらない策ならここで裸踊りだ。素っ裸でね」

 

「そんなあ……」

 

「だったら、一生懸命に考えな、孫空女」

 

「踊りのときは、あたしが道術で音楽を作ってあげますね、孫姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「なに言ってんだい、朱姫。お前も一緒だよ。孫空女の策をわたしが気に入らなければ、お前もここで裸踊りだよ」

 

 宝玄仙がそう言って眼の前の食事をさじですくって口に入れる。

 

「ええっ? あたしもですか──?」

 

「当たり前さ。なんで、お前は自分は関係ないようなこと言ってんだよ。お前も考えるんだよ、朱姫」

 

「だったら、三人で考えましょうよ。みんなで話し合うんです」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「ちょっと、あんた方……」

 

 その時、また誰かが近寄ってきて声をかけてきた。

 孫空女はがばりと立ちあがり、拳をそいつに向けた。

 

「わあっ、待って、待ってくれ──。ちょっかい出したいんじゃない。な、殴らねえでくれ──。話……。話があるんだ」

 

 男は叫んだ。

 背の低い丸顔の嫌な感じの男だ。

 外見で人を判断すべきじゃないが、なにか小狡そうなことを考えているのじゃないかと疑いたくなるような顔つきだ。

 その男が、なにかを媚びるような表情で、手もみをしながら近づいてくる。

 

「話?」

 

 宝玄仙が眉をひそめる。

 

「い、いや……、さっきからあんたらの話を聞いていたんだが、沙那という名を耳にしてね。沙那という名の女を探すようなことを言っていたけど、それはあんたらの連れだった女の名なのかい?」

 

 男は言った。

 

「確かにそうだけど、沙那がどうしたんだい?」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに言った。

 

「どんな女だい?」

 

「栗毛の美女だよ。いつも男の服を着ている。気の強さが顔に滲み出ているような女だけど、それでもはっとするくらいのいい女さ。だけど、それがどうしたんだい──?」

 

「やっぱりだ……」

 

 男がはっとした顔になった。

 

「やっぱり?」

 

「ああ、俺はその女の人を知っていると思う。沙那と名乗っていたし、栗毛だった。男のような服装で、気が強そうな女だったな。そして、はっとするくらいの美女だった」

 

「ご、ご主人様、これって……」

 

 朱姫が叫んだ。

 

「沙那を知っているのかい?」

 

 宝玄仙も声をあげた。

 

「へへ……、座っていいかい?」

 

 男の言葉に宝玄仙が頷く。

 破顔した男が、孫空女たちが囲んでいる卓の空いている椅子に座った。

 

「ねえ、ご主人様、あたしはなんか胡散臭そうな気がするんだけど……」

 

 孫空女は向かい側に座った男を睨みながら言った。

 

「おいおい、酷いなあ……。俺は、あんたらが捜している女に心当たりがあるから、人助けだと思って声をかけたんだぜ」

 

「だけどさあ……」

 

「うるさいねえ、わたしはこいつの話を聞きたいんだよ。黙ってな、孫空女──」

 

 宝玄仙が言った。

 仕方なく孫空女は口をつぐむ。

 

「それで、お前の名は?」

 

 宝玄仙が男に向かって言った。

 

後天袋(ごてんたい)だ」

 

「じゃあ、後天袋、お前の話をしな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ああ……。その沙那という女は、二日前にここにやってきたんだ。俺とちょっとした縁で知り合いになった。その沙那が、この辺りで自分を世話してくれる者はいないかと訊ねたんで、俺は、この小西天から一日ほどのところにある分限者を紹介してやった。多分、その沙那という女は、あんたらの探し人に違いないさ」

 

「ねえ、ご主人様──」

 

「待ちな、朱姫……。だけど、後天袋とやら──。沙那はその分限者のところでなにをしようと言っていたんだい?」

 

 宝玄仙が口を挟みそうになった朱姫を手で制した。

 

「働くと言ってたな。路銀がなくなったとか言っていたような……」

 

 後天袋が言った。

 

「ご主人様、沙那姉さんは、あんまり路銀を持っていなかったはずです。なにしろ、張須陀のところから逃げて、ひとりで旅をする碌な準備もできなかったはずですから──」

 

 朱姫がまた、口を挟む。

 

「そうだ、そう……。張須陀だ。そんな名の人間から逃げて来たとか言っていた。思い出したぜ」

 

 後天袋が叫んだ。

 

「やっぱり、沙那姉さんだ──。先に西に向かっていたんですよ」

 

 朱姫が嬉しそうに声をあげる。

 

「よければ、これからでも一緒に行かないかい。これから行けば夜になるが、あんたら程強ければ夜旅もどうってことねえだろう。明日の昼には、その沙那という女に会えるぜ」

 

「行きましょうよ。いまからでもいいです。問題ありません。そうですよね、ご主人様」

 

 朱姫はもう立ちあがらんばかりだ。

 

「ま、待ってよ……。なんか都合よくないかい……? こいつ、さっきから調子のいいこと言っているだけじゃないかい……?」

 

 なんとなく孫空女は思ったのだ。

 なんか、話ができすぎてる……。

 ……というよりは、この後天袋はただ話を合わせているだけじゃないのだろうか……。

 

「な、なに言ってるんですか、孫姉さん──。この人は、沙那姉さんの風貌も言いましたし、張須陀のことも知っていました。沙那姉さんに間違いありませんよ。沙那姉さんは、その分限者のところにいるんです。早く行かないと、またどっかに行っちゃうかも……」

 

「そうだ。そんなことも言っていた。すぐに、どこかに行くかもしれないってね」

 

 後天袋が言った。

 

「ほら、孫姉さん、夜旅でもなんでも早く行かないと」

 

「落ち着きなよ、朱姫……。こいつはなんにも喋っていないよ。さっきから、調子よく話を合わせているだけだよ」

 

 孫空女は確信した。

 こいつはただの喰わせ者だ。

 

「いいから、黙ってな……。もういい、とにかく、そこに沙那がいるなら行ってみるさ……。だけど、その前に孫空女、服を脱ぎな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「服を? な、なんでさ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「さっきも言ったじゃないか……。策が思いつかなければ裸踊りだってね。下着だけは勘弁してやるよ。そこら辺で踊ってきな──。朱姫、お前はさっき言っていた道術で作った音楽を流しな」

 

 宝玄仙が酷薄な笑みを浮かべた。



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376 下着で踊る女

「わ、わかった──。わかったから。踊る……。踊るから、や、やめてよ──。ひいいっ──」

 

 孫空女は、胸を両手で抱いて机に突っ伏して叫んだ。

 全身に襲いかかる羽毛でくすぐられるような刺激は、もう耐えられるようなものではなくなっていた。

 孫空女はついに悲鳴をあげた。

 

「手間をかけさせるんじゃないよ。まったく……」

 

 道術で孫空女に妙な感覚を送り込んでいた張本人の宝玄仙はさらりと言った。

 やっと、宝玄仙の道術から開放された孫空女はがっくりと脱力した。

 冗談でも脅しでもなく、宝玄仙は、本当にここで孫空女に下着姿で踊らせるつもりだと悟るしかない。

 こうなったら、もう宝玄仙は始末には負えない。

 下着だけは許すと言っているいまのうちに踊ってしまった方がいいと思った。

 

「そういうわけだから、ちょっとばかり待っていておくれ、後天袋(こうてんおう)

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、ああ……」

 

 後天袋も呆気にとられている。

 孫空女はもう諦めた。

 椅子に座ったまま上衣を脱ぐ。

 そして、下袴も脱いだ。

 

 確かに、十代の頃に芸人の一座に入っていた。

 孫空女の演目は踊りだった。

 全裸でこそないが、ほとんど下着にしか見えない衣装だけで際どい踊りをするのだ。

 それが盗み以外に初めて孫空女がまともに得た稼ぎだった。

 それを思い出せばどうということはない。

 脱いだ服を椅子の背もたれにかける。

 すると、さっと朱姫の手が伸びて、それを奪い取った。

 

「あっ、なにすんだよ、朱姫──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「ちゃんと踊ったら、返してあげますよ、孫姉さん──。そうですよね、ご主人様」

 

 朱姫が悪戯っぽく笑った。

 

「まあ、そういうことだね、孫空女」

 

 宝玄仙はにやにやするだけだ。

 孫空女は舌打ちした。

 宝玄仙の悪ふざけも始末に負えないが、朱姫はそれ以上だ。

 沙那に会えると思ったら、朱姫も妙に元気になった気がする。

 とにかく、調子に乗れば、この娘はどんな悪戯を孫空女の身体にやりだすかわからない。

 

 早く終わらせるしかない……。

 孫空女は胸当てと小さな腰の下着だけの姿で立ちあがった。

 店の中からどよめきが起きた。

 

 それはそうだろう。

 さっき十人以上の男をあっという間に叩きのめした女が、今度はいきなり下着姿になり立ちあがったのだ。

 ただでさえ、孫空女たちは注目を浴びていた。

 いまや、店中の視線が孫空女に集まっている。

 さすがに孫空女も恥ずかしいし、情けない。

 

「お、お前ら、この線から近づくんじゃないよ──。ちょっとでもこの卓から近寄ったら、どいつもこいつも鼻の骨を砕いてやるからね。わかってんだろうねえ──」

 

 孫空女は卑猥な冷やかしや、露骨な視線を向けている大勢の酔客に怒鳴った。

 自分たちが座っているのは、店の奥側であり厨房に近い場所だ。

 孫空女が近づくなと示した線は、酔客たちがたむろしている卓とこちらを画している数個の卓だ。

 その空いている卓からこちら側にいるのは、孫空女たちを除けば、呆れた表情で肩をすくめている店の主人と雇われ人の男、そして、最奥で酒を飲んでいるひとりの小柄な若者だけだ。

 自分の顔が羞恥で真っ赤になっているのがわかった。

 

「ほう、だったら、その卓まではいいんだな」

 

 誰かが言い、どやどやとこっち全員がやってきた。

 

「な、なんだよ──」

 

 眼を血走らせて走ってきた大勢の男たちの勢いに、孫空女は自分が口走ったことに後悔するとともに、思わず胸当てだけの乳房を両手で隠した。

 

「へえ、こうやって見ると、つくづくいい身体してんじゃねえか──」

 

「あんな喧嘩ができる鉄火女だから、珍棒でも生えてるんじゃねえかと思ったら、股の膨らみはねえようだな」

 

「なんか、恥ずかしがってんぜ。どうした? 踊んじゃねえのかい──」

 

 近くまでやってきた男たちがからかいの言葉をかけだす。

 さっきの険悪な雰囲気が一変し、これから始まりそうな卑猥な演芸に店の中が歓声で盛りあがる。

 

「こんなに観客が集まったんなら、ただでお前の踊りを見せるなんて勿体ないねえ。これをやるから、朱姫とふたりで見物料を集めてきな、孫空女」

 

 興に乗った宝玄仙が使っていなかった空の椀を朱姫に渡した。

 

「じゃあ、行きますか、孫姉さん」

 

 朱姫が椀を持って立ちあがり、孫空女の手を取って、男たちの方に引っぱって行く。

 

「な、なんだよ、お前……。ちょ、調子に乗って──」

 

 孫空女は朱姫に手を引っ張られながら不平を言った。

 だが、宝玄仙が見張っているし、あからさまに朱姫の手を振りほどくことはできない。

 結局、朱姫によって、集まった男たちのすぐ前に強引に連れて行かれた。

 

「さあ、踊り子の挨拶です。この身体に見合う見物料を払ってくださいね、皆さん──」

 

 朱姫が口上っぽく語りだすと、男たちがわっと盛りあがって椀に次々に小銭を入れ始める。

 男たちも、これがちゃんとした芸でもなんでもなく、おかしな女主人の戯れだとわかっているが、彼らは彼らで盛りあがるのが愉しいので一緒に騒いでいるのだ。

 椀は見物のために集まった男たちをどんどん回っていく。

 よく見ると、さっきぶっとばした男たちまでも、嬉しそうに回ってくる椀に小銭を入れていた。

 

 かつて、芸人の一座にいた孫空女は、余程の大きな城郭でもない限り、市井の人々のほとんどが娯楽に飢えているというのを知っている。

 だから、ちょっとした芸でも、芸人の一座というのはどこに行ってももてはやされる。

 ましてや、こんな場末の町で芸など無縁に違いない。

 だから、こんな芸の真似事でも、男たちは心から喜び、そして、金を払うのだ。

 見物料を払う──。

 これも一緒になって愉しむための戯れの範疇だ。

 

「踊り子が皆さんの周りを進みますが、触ってはいけませんよ……。この踊り子は触った人の腕の骨を叩き折ると思います。でも、眺める分はいくらでもいいですよ。椀に見物料を入れた方は、遠慮なくこの踊り子の身体を堪能してださい」

 

 朱姫が朗らかに言って、孫空女の手を取り二回三回と男たちの前を往復させる。

 孫空女も最初は尻込みしていたが、途中から諦めの境地になってきた。

 朱姫はうまく男たちを統制している。

 男たちは、野次は飛ばすが、確かに手を触れようとはしない。

 なんとなく、酔客たちとの間に秩序のような一体感が生まれてきているような感じだ。

 孫空女は朱姫の意外な才能にちょっと驚いていた。

 

「──なあ、姐さん、頼むよ。金を払うよ。踊りの後で一発やらせてくれよ」

 

「ふざけんじゃないよ、阿呆」

 

「なんかいやらしい身体だぜ。処女かい?」

 

「ふっ……。そんなわけないだろ」

 

「男は好きかい? それとも、あの女主人といい仲かい?」

 

「あたしは、あの女主人の性奴隷だよ」

 

 男たちの声に、孫空女はもうやけになり次々に応じた。

 そのたびにだんだんと場が湧き、孫空女が自分は宝玄仙の性奴隷だと発言したときには、店の中が怒号のような歓声に包まれた。

 

 もう、どうでもいい……。

 早く終わらせたい……。

 

「性奴隷なら、性技も逸品なのかい?」

 

 誰かが言った。

 

「いや、あたしなんて大したことはないね。技ならこいつだよ。こいつに肉棒を吸われたら、多分、お前はあっという間に精を放つよ」

 

 自分だけ恥をかいているのが悔しくなり、孫空女は自分の手を引っ張っている朱姫を顎で指した。

 すると、またそれで場が盛りあがる。

 

「じゃあ、一度やってくれよ、あんた」

 

 今度は朱姫に声がかかる。

 

「……勘忍してください。皆さんの後ろで、お姉さんたちが怖い顔をして睨んでいるじゃないですか──。お姉さん方、ちょっと待ってくださいね。皆さんのお仕事の邪魔はしませんから。この方たちをちょっとだけ欲情させたらお返しします。そしたら、すぐに連れていって抜いてあげてくださいね」

 

 孫空女は気がつかなかったが、孫空女の踊りを見るために男たちがこっちに集まったので、娼婦たちは手持無沙汰になって、不機嫌な顔をしていたのだ。

 しかし、朱姫の言葉に娼婦たちも苦笑して、こっちに集まってくる。

 

「じゃあ、そろそろ、踊りますか、孫姉さん」

 

 朱姫が孫空女を店の奥側に連れて行った。

 それにしても、この朱姫の口上や酔客のあしらい方は、なかなかに堂に入ったものだった。

 いろいろな経験があると言っていたが、もしかしたら、こういう芸人の口上もやったことがあるのだろうか……?

 

「じゃあ、お願いします、孫姉さん」

 

 朱姫が孫空女の手を離して道術をかけた。

 音楽が店に響き始める。

 店の全体から歓声があがる。

 

 それにしてもなんでこんなことになってしまったんだろう……。

 孫空女はいまさら隠すのも不自然なので、手を身体の前から外して身体の横に垂らした。

 旅芸人の一座のときに覚えた踊りといっても、ちゃんとした踊りじゃない。

 ただ、若い女が肌も露わに卑猥な動きをするのを見せるだけのものだから、腰を回転させて、がに股になって腰を下ろすという動きだけの繰り返しだ。

 かなり恥ずかしい踊りなのだが、もうやるしかない。

 

「待ちなよ。まだ、こいつが金を払ってないじゃないか」

 

 愉しそうに孫空女や朱姫の様子を眺めていた宝玄仙が、踊りだそうとした孫空女を留めて言った。

 宝玄仙が言及したのは、最初からこちら側でひとりで酒を飲んでいた小柄の若者だ。

 

「びた銭一枚でいいんだよ。見物料を出すのも、みんなで愉しくするための戯れさ。お前も出しな」

 

 宝玄仙がその若者に言った。

 

「なんで払うんだよ。俺は見たいわけじゃない。お前らが勝手に始めただけじゃないか」

 

 その若者は不機嫌そうに言った。

 

「だめだめ、美麓(みろく)は女には興味がねえんだ。男色家なんだ──。男が踊るんなら、喜んで払うかもしれねえけどな」

 

 集まっていた男のひとりがからかうように声をあげた。するとほかの男たちからも同調の笑いが起きた。

 この小柄な若者は美麓という名らしい。

 

「男色家?」

 

 しかし、その言葉に異常に宝玄仙が反応した。

 するすると歩いていき、その若者の隣の椅子に座り直した。

 

「お前、男色家かい……? つまり、男のくせに男が好きだということだね?」

 

 宝玄仙はなにか含み笑いをしながら若者に言った。

 

「放っておいてくれよ。あっちに行きなよ」

 

 若者は不愉快そうに言った。

 すると宝玄仙がその若者の耳元でなにかをささやいた。

 若者が激しく動揺するのがわかった。

 

「見物料を払いたくなったかい? 美麓とやら……」

 

 宝玄仙がからかうような声をあげる。

 

「は、払うよ……」

 

 若者が慌てたように手元から小さな袋を出した。

 そこから数枚のびた銭を出す。

 だが、それを宝玄仙が手で制した。

 

「そこに幾ら入ってんだい、美麓? 全部とは言わないよ。その半分くらい払いたいんじゃないのかい?」

 

「なっ」

 

 美麓が顔色を変えたのがわかった。

 だか、宝玄仙は驚いたことに、いきなりその美麓の股をわしづかみにした。

 孫空女もびっくりしたが美麓も驚愕している。

 慌てて宝玄仙の手を振り払おうとしたが、その美麓の耳に、また宝玄仙がなにかをささやいた。

 美麓は金縛りにでもあったかのように動かなくなった。

 

 宝玄仙がなにをしているかは、ほかの者たちには身体の影になってわからないはずだ。

 しかし、正面に向き合っている孫空女には、はっきりと美麓の股間を宝玄仙がもぞもぞと揉んでいるのが見えている。

 

 美麓の顔が引きつっている。

 そして、美麓は顔を真っ赤にし身体を左右に悶えさせながら、卓の上にざらざらとまとまった銀粒を落とした。

 かなりの金額だ。

 あれだけあれば、大人ひとりが一年は旅ができるだけの路銀になる。

 

「そんなにお前も孫空女の踊りが愉しみかい、美麓? まあ、堪能しておくれ」

 

 宝玄仙は銀粒を集めると、笑いながら元の席に戻った。

 だが、極端に耳のいい孫空女は、宝玄仙が美麓という若者にささやいた言葉をはっきりと聞きとっていた。

 宝玄仙がささやいた言葉は二回とも同じだ。

 

 

 “──女であることをばらされたくなければ、見物料を払いな”

 

 

 宝玄仙はそう言ったのだ。

 改めて美麓という若者を見る。

 言われてみれば女のような気がする。

 しかも、絶世の美女だ。

 それがわざと化粧を工夫して男にしか見えないようにしているのだ。

 胸も晒しかなにかで膨らみを隠してるに違いない。

 

 おそらく、面倒なことになるのが嫌で男の格好をしているに違いない。

 美麓が実は美女だとばれれば、確かにさっき孫空女たちが絡まれたように面倒なことになりそうだ。

 宝玄仙は美麓のような気の強そうな女が好きだ。

 だから見物料などどうでもよかったが、少しからかっただけに違いない。

 しかし、顔を真っ赤にして恨みのこもった表情をしている美麓を見ると、宝玄仙も可哀想なことをするものだと思った。

 まったく宝玄仙の悪ふざけにも呆れてしまう。

 孫空女は思わず嘆息した。

 

「今回は用事があるから相手はできないけど、いつか再会することがあったら、この宝玄仙が可愛がってやるよ。女もいいものだと教えてやるさ」

 

 宝玄仙が大きな声で言った。美麓がますます悔しそうな顔をするのがわかった。

 

「さて、じゃあ始めな、孫空女」

 

 宝玄仙が孫空女に顎で合図した。

 慌てて孫空女は踊りを始めた。

 後はなにもない。

 ただ、思考を停止して身体を動かすだけだ。

 無心になって脚を開き、腰を回す。

 

「いいぞお──」

 

「うほおっ──股ぐらが汗で下着が透けてるぜぇ──」

 

「いや、あれは淫ら汁だ。間違いないぜ」

 

「女陰が見えるぜ──」

 

 一斉に大歓声が飛んだ。

 透けて見える──?

 身体を動かしながら孫空女は狼狽えた。

 そんなはずはない……。

 

 しかし、もしかしたら、さっき朱姫によって、男たちの前に引っぱりだされたとき、緊張で汗をかいたかもしれない。

 

 そうだ……。

 汗だ……。

 

 だんだんと熱いものが身体に込みあがるのを感じながら、孫空女は股間で円を描くように腰を振る。

 

「孫姉さん、ちょっと感じてるみたいですよ──。お股からお汁が出てます」

 

 宝玄仙の隣に戻った朱姫がからかいの言葉を叫んだ。

 

「お、お前──。ちょ、調子に乗るんじゃないよ。い、一緒になって──」

 

 孫空女はかっとして叫んだ。

 

「うるさいよ、孫空女──。踊りをやめたら、お前の身体に道術を送り込むからね。どんな道術かはわかっているんだろう? 嫌なら、もっと激しく腰を回しな──」

 

 宝玄仙からも野次が飛ぶ。

 

「そ、そんなあ……」

 

 孫空女は仕方なくさらに激しく身体を動かす。

 歓声がどんどん大きくなる。

 しばらくするとなにか得体の知れないむず痒さが全身を苛んできた。

 なにか鈍い痺れのようなものが胸当ての下で揺れる乳房や小さく薄い下着に包まれた股間に込みあがってくるのだ。

 

 な、なんだろう……、この感覚……?

 孫空女は自分の身体の変化に狼狽えた。

 ふと見ると宝玄仙がにやにやしている。

 

 宝玄仙の口が動いた。

 孫空女に向けて言葉をささやいたのだ。

 それは、本来であれば聞こえるような声ではない。隣に座っている朱姫や後天袋にも聞こえなかっただろう。

 しかし、人一倍聴力のある孫空女の耳は、その宝玄仙のささやきを聞き取ってしまった。

 

 

 “──お前は、恥ずかしいのが気持ちよくて感じているんだよ”

 

 

 宝玄仙の口がそう言ったのだ。

 

「くっ」

 

 踊りながら宝玄仙のその言葉で明らかに自分の身体が反応したのがわかった。

 全身がかっと熱くなり、身体全体から汗が噴き出したのだ。

 そして、乳房や股間の疼きが大きくなる。

 

 

 “──股から淫汁が溢れてきたよ。感じているんだろう?”

 

 

 宝玄仙の口がささやく。

 人一倍優れている孫空女の耳を利用した嫌がらせだ。

 他の者には聞こえていていないが、孫空女にははっきりと聞こえるのだ。

 

 そして、その嫌がらせははっきりと孫空女のなにかを引き起こした。

 孫空女の身体はますます熱くなり、おかしなむず痒さが拡大していく。

 

 だが、身体の動きを遅くしたり、ましてや止めることは許されない。

 そんなことをすれば、この宝玄仙は孫空女の身体にどんな道術を送り込んでくるかわからない。

 本当に宝玄仙はやる。この変態女主人はそういう女だ。

 だが、そんな孫空女の変化に観客の男たちも気がついたようだ。

 

「どんどん、染みが大きくなっているぜ」

 

 誰かの言葉でどっと場が湧く。

 孫空女はもう耐えられずに、身体を動かしながら自分の股間を視線を向けた。

 

「ひいっ」

 

 びっくりした……。

 下着の端からかなりの粘液が溢れている。それがねらねらと灯りで輝くのが孫空女にははっきりと見えた。

 

「動きが遅くなったよ。激しく踊りな。罰を与えるよ、孫空女──」

 

 宝玄仙の大声が響いた。

 孫空女はもうどうでもいいという気持ちになり、さらに股を割り、腰を動かす。

 

 熱い……。

 子宮が熱い……。 

 膣が熱い……。

 

 もう自分が興奮しているのを認めるしかない。

 認めたくはないが、自分は見られていることで欲情している。

 ……恥ずかしいことを強要されて、それで股間を濡らしているのだ。

 泣きたくなるような恥ずかしさが全身を走る。

 

 それでも酔いのようなものが孫空女を襲う。

 気持ちいい……。

 興奮している。

 

 恥辱を感じているのに、その恥辱で脳が痺れたようになる。

 なにも考えられなくなっていく……。

 

 観客だけでなく、朱姫まで一緒になってからかいの野次を飛ばす。

 さらに、宝玄仙がいやがらせのささやきをする。

 しかし、その野次さえも気持ちいい。

 全身を快楽が襲う──。

 

「あはああっ──」

 

 なにか感極まったものが走り、孫空女はぶるぶると全身を震わせて大きな声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっとした。

 気がつくと、朱姫の道術による音楽は終わり、孫空女は股間に両手を挟んで、その場に座り込んでいた。

 店中の客から拍手が送られている。

 股間がべっとりと濡れている。

 

 いった……?

 まさか……?

 

 もしかしたら、踊りながら達したのだろうか……?

 

 わからない……。

 途中から頭が真っ白になって訳がわからなくなった。

 

 凄まじい屈辱感──。

 凄まじい恥ずかしさ……。

 

 それが脳髄を痺れさせた。

 恍惚とした気持ちに孫空女を酔わせた。

 激しくて制御できない快感が孫空女を襲った……。

 

「もう、いいですよ、孫姉さん……」

 

 朱姫がにこにこしながら、そばにやってきた。

 孫空女の脱いだ服を差し出している。

 それをひったくる。

 

「……でも、孫姉さん、いやらしすぎますよ。あたし、とても淫らな気持ちになっちゃいました……」

 

 朱姫が赤ら顔でささやいた。

 

「う、うるさい──。お前、さっき、客と一緒になってあたしをからかったろう。覚えてなよ」

 

 孫空女は、朱姫を睨むと急いで席に戻った。

 そして、椅子の陰で素早く衣服を身に着ける。

 その時、服を着ながらそっと下着に触れた……。

 

 やっぱり、濡れている……。

 しかも、大量に……。

 これは、間違いなく達したときの濡れ方だ。

 でも……。

 

「どうしたんだい、孫空女? 今度は素っ裸でやりたくなったような顔をしているじゃないか。満更でもないような感じだよ」

 

 宝玄仙がからかうように言った。

 

「や、やめてよ、ご主人様」

 

 孫空女は動揺を隠そうと、思わず宝玄仙から視線を逸らせた。

 

「いやあ、いいものを見せてもらいましたよ。素晴らしかった。まだ、俺の一物はびんびんに勃っていますよ」

 

 不意に不快な声が割り込んだ。

 後天袋(こうてんおう)だ。

 そういえば、こんな男もいたのだと思い出した。

 

 朱姫が立ちあがって、観客の男たちをまた口上めいた台詞で追い払っている。

 孫空女の踊りを愉しんだ男たちも淫情に興奮している様子だ。

 そんな男たちを次から次に娼婦たちが引っ張っていく。

 

「さて、じゃあ、さっそく案内をしてもらおうかね、後天袋」

 

 宝玄仙が言った。 

 それを合図に全員が出立の態勢をとるために席を立った。



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377 剥製蒐集家

「そう言えば、お前が旅芸人の口上ができるとは驚いたよ。ひとりで旅をしていた時期には、それこそ色々な経験をしたといっていたけど、孫空女のように芸人の真似事をやったこともあるのかい、朱姫?」

 

 宝玄仙は言った。

 夜通し歩き続けた険しかった山道も頂上に近づくにつれてだんだんと緩くなり、また、空も白々と明けかかっていた。

 

 案内人の後天袋(こうてんおう)によれば、山頂をすぎてしばらくのところに小天竺(しょうてんじく)という土地があるらしい。

 そこに住む分限者の屋敷で沙那が世話を受けているとのことだ。

 

 後天袋という男とは、この山の東側の麓の小西天という町の居酒屋で偶然出遭った。

 そいつは数日前に、やはり小西天に立ち寄った沙那と偶然知り合い、頼まれてその分限者を紹介したらしい。

 それで、皆で後天袋の案内でそこに行くことになった。

 

 後天袋が妙に急かすので、明るくなるのを待たず夜旅となったが、足取りは軽い。

 沙那が別れの手紙を残していなくなって、かれこれ半月になる。

 考えてみれば、その前に張須陀(ちょうすだ)という男に浚われているあいだも、沙那は宝玄仙から離れていたから、かれこれ、沙那と別れて一箇月近くが経とうとしているということだ。

 

 この旅が始まってすぐに愛陽という東帝国の城郭で、沙那を強引な手段で供にして以来、これほど長い時間を沙那と別れてすごしたのは初めてだと思う。

 

 その沙那に会える……。

 宝玄仙も自分の心が自然に高揚して浮き立つのを感じていた。

 

 沙那が別れの手紙を残していなくなったときには、見限られたのかと思って寂しかったが、自分たちよりも先に西にいるということは、完全には別れるつもりではなかったのだろう。

 沙那は宝玄仙たちが西に西にと向かい、この外縁地域と呼ばれる未知の土地を通り過ぎて、さらに西にあるという西方帝国を経由して北側の妖魔の地に入ろうとしているのを知っている。

 西に向かうには、この山岳道は必ず通過の必要な一本道だ。

 もしかして、先回りして待つつもりだったのかもしれない。

 

 そうに違いない……。

 宝玄仙と完全に別れたいのなら、わざわざ、同じ方向に先に進む必要がないのだ。

 

 別れた振りをして、先回りをしたのだ……。

 小賢しい沙那のやりそうなことだ。

 そう思った……。

 

 沙那を見つけたらどうしてやろう……。

 とにかく、二度と逃げたりしないようにこっぴどく罰を与える。

 それがけじめというものだろう……。

 

 そのために夜通し山越えでやってきたのだ。

 沙那と会ったら罰を与えてやる……。

 

 沙那に……。

 

 だけど、沙那に会えるのだ……。

 宝玄仙は知らず知らず、笑いたくなる自分を感じていた。

 

 いずれにしても後天袋という男と偶然出会えたのはよかった。

 この男は、確かに数日前に沙那をこの先の分限者の館に紹介したというし、親切にも、沙那に紹介した分限者のところまで宝玄仙たちをわざわざ連れていってくれるというのだ。

 これで間違いなく沙那と再会できる──。

 とにかく、よかった……。

 

「芸人の一座なんて、やったことはありませんよ、ご主人様」

 

 朱姫はあっさりと言った。

 この朱姫も明るい。

 

 このところ、朱姫も人が変わったように暗かった。

 沙那がいなくなってからずっとそうだったのだが、なにをするにも気力が湧かず、心が沈んで力が出ない……。

 そんな感じだった。

 

 しかし、沙那に会えるとわかったときは、本当に嬉しそうだった。

 たちまちに元気になって、闊逹さを取り戻し、昨夜、孫空女に居酒屋で下着姿で踊らせたときなど、嬉々として口上係の真似事をやっていた。

 そのときの朱姫の客あしらいは大したものだと思ったが、どうやら経験はなかったようだ。

 

「あれが初めての口上かい? それにしては堂に入ったものだったと思ったけどね。あたしがいた旅の一座の本職の口上係だって、朱姫ほど上手じゃなかったよ」

 

「そうですね。俺もあんたらは本職の芸人かと思いましたぜ」

 

 孫空女に次いで、後天袋が言った。

 

「ううん……」

 

 朱姫が考えるような表情をした。

 自分のやったことを思い出すような表情だ。

 黙って見守っていると、やがて口を開く。

 

「……あれは、『縛心術』の応用です」

 

 そう言ったので驚いた。

 

「お前、『縛心術』を遣ったのかい?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「えっ、このお嬢さんも道術遣いなんですか?」

 

 だが、後天袋がもっと驚いたような声をあげた。

 そして、なにか考えるような表情になる。

 

「いや、お前は道術なんて遣ってないよ。それはわかるんだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 道術を遣うには霊気が動く。

 霊気が動けば、宝玄仙にわからない訳がないのだ。

 

「あっ、だって、あたし……、『縛心術』を遣うときには、いつも道術を遣うわけじゃありませんよ。だって、あたしの『縛心術』は、霊気を持たないただの人間にもかけたりするじゃないですか。そういうことです……」

 

「ああ、そういうことかい」

 

 なんとなく宝玄仙は納得した。

 確かに朱姫は、ただの人間に『縛心術』をかけることができる。

 さすがの宝玄仙でも真似のできないことだ。

 朱姫のように、道術を遣うことなく『縛心術』をかけることのできる者は確かにまれに存在する。

 だが、考えてみれば、いったいどうやっているのだろう。宝玄仙は少し興味が湧いた。

 

「ふうん……。じゃあ、説明しておくれよ。実際にはどうしたんだい。居酒屋でお前があしらった酔客は三十人はいただろう? あれ全部、一度に『縛心術』で操るのかい、朱姫?」

 

「あらっ、ご主人様、ああいう集団のときは、むしろ、単独の人間よりも操りやすいんですよ」

 

「集団の方が操りやすいって言ったかい、朱姫?」

 

 思わず朱姫を見る。

 だが、にこにこと笑っている朱姫を見ていると出任せを言っている感じではない。

 だが、宝玄仙からすれば、集団に一度にかける道術というのは、どんな道術でも道術の中でも高等道術だ。

 それだけ、複数の人間に道術を作用させるのは難しいのだが……。

 

「感覚的なものなので説明しにくいんですけど、道術をかけるというよりは、糸を解くという感じです。あのときは、たくさんの感情があの場にありました。でも、孫姉さんが踊ろうということに対する好奇心、興味のようなものが一番強くて多い感情でした。あたしは、その中の一本か二本をほんのちょっとくすぐるように動かしたんです……」

 

「動かした?」

 

「言葉を使ってです……。糸が解けるのを確認しながら、心を誘導できる言葉を探り探り使うんです。昨日に限らず、道術のない人間に『縛心術』を遣うときはそんな感じです」

 

「糸を解く?」

 

 あっけらかんと言ったが、宝玄仙には朱姫が驚くべきことを発言したことに気がついた。

 感情の糸を確認しながら解くということは、少なくとも、朱姫には、それが見えるということだ。

 つまり、漠然としたもののようだが、朱姫は感情を読むことができるのだ……。

 

「集団のときには、全部を操作する必要がないのです。一本か二本の糸を解くと、後は自蝕作用といいますか、お互いがお互いに作用して、同じ感情が全体に伝わります。それ以上はなにもする必要がありません。全体の感情が誘導したい方向にひとつになります」

 

 改めて宝玄仙は朱姫を見た。

 朱姫は平然としている。

 人の感情を漠然とではあるが、なんとかく感じることができる……。

 

 かなり長く一緒にいるが、宝玄仙は朱姫のそんな能力は知らなかった。

 おそらく、朱姫にとっては、別段、改めて説明するようなことでもなかったに違いない。

 だが、考えてみれば、それなら納得はいく。

 朱姫は、自分のそういう能力を利用して人の心を操り、霊気のない人間を相手に『縛心術』を遣うのだ。

 

「皆さん、着きましたよ」

 

 不意に後天袋が言った。

 道の先に天教の寺院を思わせるような大きな建物が現われた。

 

 

 *

 

 

 かなり大きな屋敷だった。

 立派な門があったが、後天袋は特に案内を乞うということもなく、勝手にそこを通り抜けていった。

 鍵はかかっていない。

 門をくぐった向こうには、前庭が拡がっていて、その向こうに屋敷の入口が見える。

 

「ご主人様、これは……」

 

 門の直前で、孫空女が真剣な表情で振り向いた。

 

「うん、結界だね……。しかも……」

 

 宝玄仙が感じたのは屋敷の敷地内全体に拡がる強い結界だ。

 道術は遣えないものの、孫空女は霊気の流れを感じることができる。

 だから、眼の前にほかの道術遣いの結界が刻んであることに気がついて、屋敷の中に入るのを躊躇したのだ。

 他人の結界の中では宝玄仙の道術が通用しないというわけではないが、やはり、宝玄仙の道術も十分な力は発揮できない。

 眼の前に拡がっているの結界は、それほど強い霊気というほどではない。

 宝玄仙が入るのを躊躇したのは、霊気の強さではなく質だった……。

 

「どうしたんですか? 入らないので……? 沙那さんはここにいますよ」

 

 門を抜けたところで、後天袋が振り返って言った。

 しかし、この霊気は……。

 

「後天袋、ここに住む分限者というのは、どんな奴だい?」

 

 宝玄仙は言った。

 感じるのはただの霊気ではない。

 妖魔の霊気だ。

 ここに住んでいる者の正体は、妖魔に違いないのだ。

 

黄眉(おうび)様という方ですよ。ここにおひとりで暮らしております。まあ、それでなにかと不自由だということで、身の回りを世話している人を探していたということで……」

 

「ひとり?」

 

 これだけの敷地だ。

 ひとりというのは大変だろう。

 

「まあ、道術が遣えるお人ですからね。ある程度はひとりでまかなえるようですよ。それより、どうぞ……」

 

 後天袋は手招きした。

 

「そいつは妖魔かい?」

 

 しかし、なおも宝玄仙は門の前にいたままだ。

 

「ねえ、ご主人様……」

 

 朱姫だ。

 宝玄仙が入るのを躊躇っているのを批判するような表情だ。

 ふと、孫空女を見る。

 孫空女は、はっきりと危険だと顔で訴えている。

 

 宝玄仙は迷った。

 相手の結界であろうと、霊気そのものは、おそらく、宝玄仙の敵ではない。

 宝玄仙が気になるのは、その霊気の持ち主が妖魔だということだ。

 

「妖魔とはなんです、宝玄仙さん? ここに住んでおられるのは、亜人の方には違いありませんけど……」

 

「亜人?」

 

 今度は宝玄仙が、後天袋の使った耳慣れない単語に戸惑った。

 

「ああ、そう言えば、西方帝国の文化圏では、東方で使っていた“妖魔”という言葉の代わりに、“亜人”という言葉を使うみたいです。張須陀に浚われる直前に沙那姉さんが、そう言っていたのを思い出しました」

 

 朱姫が言った。

 

「亜人かい」

 

 亜人というのは、“人に近い存在”という意味なのだろう。

 東方帝国では、“妖魔”と称して、完全に彼らを否定してしまうが、考えてみれば、妖魔も多少、姿が人と異なる部分があるだけで、人と外見が大きく異なるわけではない。

 亜人と呼ぶ方が確かに相応しい気がする。

 蔑称には違いないが、妖魔よりはましだろう。

 

 いずれにしても、西方帝国圏内では、それだけ、東方で呼ぶ「妖魔」と人間の距離が近いということでもあるのだろう。

 だが、それで宝玄仙は思い出した。

 そう言えば、沙那は、これまで、どこに進むにも、行く先々の情報を事前に調べようと気を配っていてくれたものだ。

 それだけじゃない。進む先で食料や飲み物に困ったりしないように、先に城郭や町などがあるのかを事前に人に訊ね、問題がありそうなら、保存食を余分に準備したり、あるいは、途中で狩りなどをするための支度を整えるというようなことに気を配っていた。

 およそ、旅が始まってから、宝玄仙は食べ物に苦労したという経験がほとんどない。

 

「じゃあ、ここに住むのは、亜人の黄眉という人であり、沙那はここにいるということかい」

 

「そうです。とりあえず、沙那さんがまだいるかどうか、黄眉様に訊きましょう」

 

 後天袋が言った。

 宝玄仙は門を通り、屋敷に足を踏み入れた。

 前庭をすぎて、玄関に着くと後天袋が扉についている龍の飾りに口を向ける。

 

「後天袋です」

 

 それだけを言った。

 すると扉がすっと開いた。

 入れということだろう。

 

 宝玄仙は、後天袋に続いて屋敷の中に入った。

 玄関に通じる場所は大きな広間になっていた。

 後天袋は、まるで自分の家でもあるかのように、どんどんと進んでいく。

 そして、広間の奥の扉まで行くと、また入っていく。

 

「おい、後天袋、主に断りなく、勝手に進んでいいのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「いいんですよ。黄眉様は知っておられますよ。いつものことですから……」

 

 後天袋が言った。

 

「いつものこと?」

 

 孫空女が不審を抱いたような口調で言った。

 

「いや、なんでも……」

 

 すると慌てたように後天袋が口をつぐんだ。

 奥の部屋に入ると、そこもさっきの大広間ほどではないが、そこそこの広間だった。だが、薄暗くて中になにがあるのかがよく見えない。

 

「ご、ご主人様、出て──」

 

 いきなり孫空女が叫んだ。

 だが、なにかが宝玄仙を阻んだ。

 見えない壁のようなものが宝玄仙を阻んだのだ。

 よく見ると、いつの間にか透明の膜のようなもので周囲を取り囲まれている。

 つまり、宝玄仙は大きくて長い筒のようなものの中にいつの間にか閉じ込められていた。

 

「な、なんだ、これ──?」

 

「で、出られない」

 

 孫空女と朱姫も悲鳴のような声をあげた。

 ふたりとも、宝玄仙と同じように透明の筒の中に閉じ込められている。

 

「どういうことだい、これは……?」

 

 訳がわからなくて、宝玄仙も声をあげた。

 するといきなり部屋が明るくなった。

 

「うわっ」

 

 あまりの驚きで宝玄仙は悲鳴をあげることしかできなかった。

 明るくなった視界に飛び込んできたのは、部屋の壁一面に並べられている様々な美女の裸身だった。

 それがいろいろな姿勢をとらされて飾られている。

 最初は悪趣味な等身大の人形なのかと思ったが、時間が経つにつれて、そうではないことがわかった。

 

 あれは本物の人間だ……。

 だが、死んでいるようだ。

 死んだ人間の美女をああやって、剥製にして飾っているのだと思った。

 

「後天袋──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 騙された──。

 

 やっと宝玄仙も悟った。

 よくわからないが罠に嵌ったに違いない。

 後天袋は宝玄仙たちを黄眉という妖魔──つまり、亜人に引き渡すためにここに連れて来たのだ。

 

 とにかく、脱出を……。

 宝玄仙は道術を込めた。

 しかし、まったくなにも作用しない。

 どうやら、この透明の膜に包まれていると霊気がまったく遣えなくなるようだ。

 

「ご主人様、駄目だよ。閉じ込められた」

 

 孫空女の叫びが聞こえた。

 見ると『如意棒』を持っている。

 しかし、まるで透明の壁には歯が立たないようだ。

 

「あ、あたしの道術も駄目です、ご主人様」

 

 朱姫の必死の声もした。

 

「今日の納品は三匹か、後天袋?」

 

 大広間側から誰かが入ってきた。

 黄金の眉をした老人だ。

 口が大きく牙が見えている。

 狼を思わせる風貌だ。

 人のようで獣のような顔。

 紛れもなく妖魔……、ここでいう亜人だ。

 

「へへへ、なかなかに美形だと思いますがね。それに見合う値をつけてくだせえ、黄眉の旦那様」

 

 後天袋が揉み手をしながらその亜人の老人に言った。

 

「なるほど、なるほど……。これは、これまでに連れてきた美女の中でも最高級品だな。わしの蒐集品に相応しいのう」

 

 黄眉がほくほく顔で言った。

 

「やい、お前は黄眉かい──。あたしらをどうするつもりだい」

 

 孫空女が怒鳴り声をあげた。

 

「ほう、こっちは勇ましいのう。すぐに剥製にするのは惜しいな。十日ほど遊んでからにするかな。こういう女を完全に屈服させて生気を抜いていくというのも、蒐集のもうひとつの愉しみというものでな」

 

 黄眉が嬉しそうに言った。

 

「これは大した女戦士ですよ。大の男が十人かかっても、あっという間に全員を叩きのめすんですから。でも身体はいいですよ。孫空女という名です」

 

 後天袋が言った。

 

「お前、これは、どういうつもりだい?」

 

 宝玄仙は黄眉に叫んだ。

 すると、黄眉が値踏みするような視線で全身を舐め回しだした。

 腹が立って道術をもう一度込めようとしたが、やはり、霊気はぴくりとも動かない。

 

「黄眉の旦那様、気をつけてくださいよ。こいつは宝玄仙という名で道術遣いのようです。こっちの娘もそうです。朱姫という名ですがね」

 

「心配ない、後天袋。このわしの『狼天膜(ろうてんまく)』に包まれてしまえば、どんな道術遣いでも霊気は遣えんし、どんな女戦士でも外には出られん」

 

 どうやら、宝玄仙たちを包んでいる透明の筒のようなものは、『狼天膜』というものらしい。

 この黄眉の道術なのだろう。

 持っている霊気そのものは、宝玄仙がこの黄眉よりも遥かに上回るが、この膜の中ではまったく道術が遣えない。

 得体の知れない道術に囚われたようだが、とにかく、膜の外にさえ行ければ……。

 

「わかったよ。降参だよ、黄眉とやら……。なんのためにわたしらを捕えたか知らないけど、わたしは面倒なやり取りが嫌いなんだ。犯すんならさっさと犯しな。抵抗しないからここから出しておくれ……。いい思いもさせてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。誘うような仕草もしてみせた。

 だが、黄眉は急に笑い出した。

 

「な、なにがおかしいんだい、黄眉?」

 

 宝玄仙は苛ついて声をあげた。

 

「見え透いたことはせんことだ。お前たちを生きているうちにそこから出すことはあり得ん。わしの目的は、最終的には、壁に並んでいるわしの蒐集品のように、お前たちを剥製にすることなのだからな……。まあ、その前に何日かは、愉しませてもらうことになると思うがな」

 

「は、剥製──?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「そうだ、剥製だ。お前たちはさぞや美しい剥製になりそうだな。わしの蒐集品に加えるに相応しい女たちだ」

 

「じょ、冗談じゃないよ、黄眉。剥製なんかになるかい」

 

「おうおう、威勢はいいな。孫空女だったかな、お前は……。だが、どうにもできんだろう。その『狼牙膜』は、お前たちをただ閉じ込めるだけじゃない。人間の剥製を作る設備でもあるのだぞ。わしが道術をかけさせすれば、中に毒の空気が充満して、あっという間に死ぬ。死ねば加工して、これまでの女たちのように人形にして飾ってやろう……。そうだな。お前は強い女戦士ということだから、魔避け代わりに玄関に飾るか。そっちの宝玄仙は大広間だな」

 

 黄眉が舌なめずりをしながら言った。

 

「く、くそうっ……。お前、やっぱり、あたしらを騙したんだな、後天袋。この変態妖魔にあたしらを引き渡すために、ここまで連れて来たんだろう──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「まあ、その通りだな。これが俺の商売でな──。信じられなくらいに今回は簡単な仕事だったぜ……。ところで、黄眉の旦那様。早速ですがお代を……」

 

 後天袋が黄眉に恵比須顔を向ける。

 

「そうだったな……。まずは、この朱姫か……」

 

 黄眉がじっと朱姫を見た。

 

「ひ、ひゃああっ」

 

 しかし、不意に朱姫が悲鳴をあげた。なぜだかわからない。

 

「ど、どうしたんだい、朱姫?」

 

「わ、わかりません、ご主人様──。でも、なぜか、あ、あそこを舌で舐められている感覚が……あふうっ」

 

 真っ赤な顔で朱姫が両手で股間を押さえながら言った。

 

「ふうん……。さてさて、これは……。大人ではないな……。どうするかな……。じゃあ、金一枚だな」

 

 黄眉が言った。

 すると朱姫の悲鳴もとまる。

 朱姫は股間を押さえてしゃがみ込んでいる。

 

「金一枚? それは酷い。これまでの女でも二枚が相場でしょう。せめて二枚──」

 

「だが、まだ、大人になりきっていない娘であろう。確かに美少女には違いないが、わしは子供にはあまり興味がないのだ」

 

「じゃあ、二年ほど生かしておいたらどうですか? 二年もすれば、絶世の美女になりますぜ……」

 

「まあ、ここは負けておけ、後天袋。その代わり、残りの二匹には色をつけてやる」

 

 後天袋が渋々という感じで首を縦に振った。

 

「次は孫空女だな」

 

 黄眉が言った。

 すると今度は孫空女が悲鳴をあげて、身体をくねらせはじめた。

 

「な、なにをしているんだい、黄眉──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 だが、次の瞬間、宝玄仙も股間を誰かに舐められている感覚が襲ってきた。

 

「あっ、くうっ……、あっ……」

 

 宝玄仙も思わず股間に手をやって膝を折る。

 これは道術だ。

 道術で舌の感覚を送って、膜の筒に閉じ込められた宝玄仙たちの股間を舐めているのだ。

 おぞましい感覚が股間を襲う。

 しかし、しばらくすると、その舌の刺激が消えた。

 宝玄仙は股間に手をやったまま黄眉を睨んだ。まだ、気持ちの悪い感覚の余韻が残っている。

 なんだったのだ。いまのは……。

 

「驚いたか、宝玄仙──。いまのようにわしは、膜の中に自分の身体の一部の感覚を繋げることができるのだ。肉棒も送り込めるぞ……。つまりは、膜に入れたまま、お前たちを犯すことができるということだ……。まあ、もっとも、わしも歳だからな。いまは、犯すよりも、意地の悪いことをして、膜の中の女が屈辱に顔を歪めるのを見る方がそそるな」

 

 黄眉はそう言って大きな声で笑った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 これは本当に膜の外には出さないだろう。

 なんとか、宝玄仙の身体を凌辱させるように仕向けようと考えていたのだ。

 老いたとはいえ、黄眉も雄だ。

 性欲はあるだろう。

 性欲を抱けば、宝玄仙を犯そうとするに違いないと考えていた。

 犯すためには、宝玄仙をここから出さなければならない……。

 

 しかし、いまので、黄眉は膜から出さなくても、宝玄仙たちを犯せるということがわかった。

 ならば、危険を冒して宝玄仙を膜の外に出す理由がない。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「自分がもう膜から出られんとうことがわかったか、宝玄仙。もう諦めろ。立派な剥製にしてやるからな──」

 

「な、生身でやるのと間接的にやるのとは違うよ。生身で味わってみたいとは思わないのかい?」

 

 なおも宝玄仙は言った。

 

「それも心配するな。実際に舌で味わったものは、まったく同じ成分のものが本当にわしの口の中に入ってくるのだ。一物も同じだ。本当に術で肉棒をお前たちの身体に入れれば、わしの肉棒もお前たちの淫液で汚れるということだ──。さて、ところで、後天袋。値だったな……。孫空女は九枚。宝玄仙には二十枚を払おう」

 

「ふえっ──。そ、そんなに──」

 

 後天袋が素っ頓狂な声をあげた。

 

「不満はあるまい? 全部で金三十枚だ。それに、こいつらの着ている服や荷物もつけてやる。わしにはいらんものだからな。孫空女が持っている武器は霊具のようだぞ。あれはなかなかに貴重なものに思えるがな」

 

「あ、ありがとうございます──。こんないい仕事は生涯ありません」

 

 後天袋がひれ伏さんばかりに頭をさげた。

 

「また、わしの蒐集品に相応しい女を連れて来たら連れて来い、後天袋」

 

「もちろんですよ。そのときもお願いしますよ、旦那様」

 

「うむ」

 

 黄眉が頷いた。

 

「お前らなに勝手なことばかり言ってんだよ──。荷物に服? 蒐集品? しかも剥製だって? 頭おかしいのかい、お前ら」

 

 孫空女が喚きたてた。

 だが、黄眉と後天袋は孫空女を無視して、ふたりで会話をしている。

 どうやら、金三十枚は一度に持てないので、後日取りに来るということになったようだ。

 その代わり、服や荷についてはすぐに持っていくと言っている。

 小西天の町は、商家も少ないので衣類などはあっという間に売れるらしい。

 だが、いまのやり取りだけでも、後天袋と黄眉がかなり親密に取引をする仲だということがわかる。

 騙されたということに口惜しさが心に走る。

 

「……そういうわけだから、とりあえず、なにもかも脱いで素っ裸になってもらおうか……。じゃあ、お前たち服を脱いで、膜の外に来ている物を全部投げろ。その膜は、生身の女は通さんが、物は自由に通すのだ」

 

 黄眉が三人に振り向いて言った。

 

「はい、そうですかと服を脱ぐと思うのかい、お前」

 

 宝玄仙は言った。

 膜の中に閉じ込めているというのは、逆に言えば、入っても来れないということだ。

 

「さっきも言ったが、膜を通り抜けられないのは、生身の女だけだ。だから、お前たちは膜から出られんが、わしたちは膜の中に手も入れられる。無理矢理に脱がすということもできるぞ、宝玄仙」

 

「だっから、無理矢理に服を脱がしてみな、黄眉」

 

 宝玄仙は言った。

 膜の中に不用意に手を入れたりすれば、宝玄仙はともかく、孫空女は、その腕をとって、黄眉の身体を膜に引きずり込むこともできるかもしれない。

 そうなれば、黄眉自身を人質にできる……。

 

「服を脱がす方法は幾らでもある……。まあいい……。とりあえず、朱姫からかかるか……。この小娘はあまり興味も持てんから、さっさと殺してから服を剥ぐことにするか……」

 

 黄眉はそう言った。

 すぐに朱姫の入っている膜からなにかの気体が噴き出すような音が聞こえ始めた。

 途端に朱姫が喉を押さえて苦しみだして、その場に崩れ落ちた。

 

「あ……が……」

 

 朱姫が眼を大きくして空気を求めるように口を苦しそうに開いた。

 顔色がみるみる蒼白くなる。

 

 毒だと思った。

 朱姫が死ぬ……。

 

 宝玄仙に恐怖が襲った。

 道術を込める。

 

 しかし、やはり、霊気が動かせない。

 朱姫の苦悶はだんだんと小さなものになる。もう意識が消えようとしているのだ。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 孫空女が絶叫した。

 

「や、やめておくれ、黄眉──。服を脱ぐよ。服を脱ぐから朱姫を殺さないでおくれ」

 

 宝玄仙は絶叫した。



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378 人質と脅迫

「や、やめておくれ、黄眉──。服を脱ぐよ。服を脱ぐから朱姫を殺さないでおくれ」

 

 宝玄仙は恐怖で絶叫した。

 朱姫が死ぬ。

 沙那がいなくなり、いま朱姫が失われようとしている……。

 宝玄仙の心を圧倒的に支配したのは純粋な恐怖だった。

 

「ほう……」

 

 黄眉の口から興味が湧いたような声が漏れた。

 朱姫の入れられている筒に新しい風のようなものが混ざった。

 生気を失いかけていた朱姫の顔にほんの少しだけ赤みが戻る。

 

「がっ……はっ……あっ……」

 

 朱姫が咳込んだ。

 とりあえず停止していた呼吸が戻った。

 宝玄仙は少しだけほっとした。

 そして、自分の身体がびっしょりと汗をかいているということがわかった。

 それほどまでに、朱姫が殺されると思った一瞬に走った恐怖は大きかった。

 

「だ、大丈夫かい、朱姫……?」

 

 宝玄仙は声をかけた。

 だが、朱姫はまだ苦しそうだ。

 喉に手をやったまましゃがんだままでいる。

 まだ、顔は真っ蒼で顔には大量の汗が浮かんでいる。口がきけるような感じではない。

 

「とりあえず、解毒の気体を抽入してやったが、ほんの少しだけだ……。即死を免れたというだけで、同じものをもっと大量に摂取できなければ、朱姫はいずれ死ぬ。あるいは、もう一度毒気を送り込めば、簡単に死ぬがな……。だが、お前の反応が愉快だから、少しだけ生かしておいてもいい」

 

 黄眉は言った。

 

「な、なんでも従うと言っているだろう……。さ、さっさと朱姫を元に戻すんだよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「だったら、やることがあるのではないか、宝玄仙? 三つ数えた後にまだ、服を一枚でもまとっていたら、朱姫のいる筒に毒気を入れ直すぞ……。ほら、……ひとつ……」

 

 考えている暇はない。

 宝玄仙は引き破るように身に着けているものを脱ぎ捨てていく。

 

「ふたつ……」

 

 ぼたんと紐の多い服がまどろっこしい。

 やっと下着だけの姿になった。

 胸当てを剥ぎ棄て、下着も放り投げる。

 

「三つ……」

 

 黄眉の愉しそうな声が響く。

 

「ぬ、脱いだよ」

 

「そうかな? 足元を見ろ」

 

 黄眉が言った。

 気がついて、慌てて足に履いている靴を脱ぎ棄てた。

 

「残念だったな、宝玄仙──。死ね、朱姫……」

 

 黄眉の帯びている霊気が動くのがわかった。

 

「ま、待ちな……。待って──。待っておくれ──。お願いだよ──。お願い──」

 

 宝玄仙はその場にひれ伏して土下座をした。

 もう、誰も失いたくない。

 その一心だった。

 

「ご主人様」

 

 孫空女の驚嘆するような声が聞こえた。

 だが、宝玄仙の意識には、死にかけている朱姫のことしかなかった。

 

「ほう……。それほど、仲間が大事か?」

 

 黄眉が感心したような声をあげた。

 

「なんでもする……。なんでもするから、この通りだよ。朱姫を助けておくれ」

 

 宝玄仙は床に額を擦りつけた。

 

「ならば、もう一度だけ、機会をやろう……。自ら恥を晒してみろ。しゃがんで腰を大きく股を開くのだ。そして、自分の指で股間を拡げてみせろ」

 

「なっ……」

 

 思わず絶句した宝玄仙だったが、苦しそうにうずくまっている朱姫の姿が視界に入り、ぐっと唇を噛んだ。

 そして、筒の中でしゃがむと大きく黄眉に向けて股間を開いた。

 

「こ、こうでいいのかい……」

 

 両手で女陰に手をやって両側に拡げる。

 

「なかなか、恥ずべき格好だな……。どれどれ……」

 

「ひうっ」

 

 股間を舌で舐められる感覚が襲ってきた。

 

「少しでも股を閉じたり指を離したりしたら、朱姫を殺すからな」

 

 黄眉が愉しそうに言った。

 そして、また舌の感触が宝玄仙に来る。

 

「はっ」

 

 思わず大きな声をあげた。

 また股間に来るのかと思えば、今度は乳房を舐めてきたのだ。

 しかし、次の瞬間には太腿に舌の感触が這い回り、そして、肉芽を弾かれて、指で拡げる女陰の中に舌を入れられて回すように舐められた。

 

「あふうっ」

 

 宝玄仙が思わず声をあげて、姿勢を崩そうになり慌てて脚を踏ん張る。

 

「言っておくが、勝手に絶頂してはいかんぞ、宝玄仙……。絶頂すれば朱姫を殺すからな。ほら、ここはどうだ? いつまでもつかのう……」

 

 黄眉が言った。

 そして、黄眉の口の中が動き出す。

 するとまた、宝玄仙の身体に舌が這う感触が襲ってくる。

 

 宝玄仙は全身のあちこちを翻弄されるように舌で這いまわられて、たちまちに追い詰められていった。

 こんな妖魔にいいようになぶられるのは屈辱だ。

 だが、沸騰するようなその恥辱感に混じって、胸が締め付けられるような情感も身体の芯の部分に込みあがるのがわかった。

 宝玄仙は焦った。

 自分の中の被虐的な部分が、こんな妖魔にいいように抵抗できずになぶられていることに反応をしだしたのだ。

 だが、このまま込みあがる快美感に身を任せれば、この妖魔は朱姫を本当に殺すかもしれない。

 宝玄仙は慌てて、甘い快楽を振り払おうと、顔を左右に揺さぶった。

 

「へへへ、この女主人の股ぐらは、もうかなりの洪水というところですよ、黄眉様……。それよりも、ほかのふたりにも服を脱ぐように命じてくれませんかねえ」

 

 後天袋が黄眉にへつらうように言った。

 すでに宝玄仙が投げるように捨てた衣類は回収している。

 

「そうだったな……。孫空女、朱姫、お前たちも着ているものを脱げ。孫空女はその棒の霊具もだ。愚図愚図するな」

 

 黄眉が言った。

 孫空女が舌打ちをして、最初に『如意棒』を放り投げた。

 透明の膜は、そこになにもないかのように『如意棒』を通り抜けさせた。

 孫空女は続いて服を脱ぎ始め、着ていた物を膜の外に投げて捨てていく。

 朱姫はうずくまったまま服に手をかけているがうまく指が動かないようだ。

 その朱姫の筒に後天袋が手を伸ばして入れた。

 後天袋の両手が朱姫の服にかかり、服を脱がしていく。

 本当に外からは自在に手も入れられるのだと思った。

 朱姫は意識はあるようだが、やはり、苦しいのか、もう後天袋にされるままにしている。

 

「仲間に気を取られる余裕はないぞ、宝玄仙」

 

 見えない舌がまた宝玄仙の股間をぺろぺろと舐めだす。

 もう、宝玄仙は力が抜けてしまい大きな声をあげて身体を悶えさせるだけだった。

 

「どうした、宝玄仙? もう、終わりか? いけば殺すからな。そういえば、尻なんてどうなんだ?」

 

「そ、そこはやめておくれ──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 だが、容赦のない舌の感触が宝玄仙の肛門に襲いかかった。

 宝玄仙は思わず腰を浮かせて悲鳴をあげた。

 

「お、お前、いい加減にしなよ。もう、あたしらは逆らわないよ。だから、朱姫をいい加減に助けておくれよ──。それに、責めるんならご主人様じゃなくてあたしにしな」

 

 孫空女の怒声が聞こえた、

 すると、宝玄仙に集中していた黄眉が顔をあげて孫空女に視線を向けた。

 

「うるさいぞ、赤毛女──。お前は、後天袋とでも遊んでおれ……。股を拡げて手を頭の後ろで組め。逆らったら、朱姫を殺すぞ……」

 

 黄眉が孫空女に言った。

 宝玄仙を責めていた舌の感触がとりあえずとまった。

 

「おお、そうだ、その姿勢だ。その姿勢を崩すなよ……。後天袋、そこに鳥の羽根が先についた棒がある。それでくすぐってやれ」

 

「へへ、いいんですかい、旦那……。俺までお愉しみのおすそ分けをさせてもらって……」

 

「構わん。なにしろ、わしはひとりしかおらんでな……。じゃあ、その鳥の羽根で、その孫空女の全身をくすぐるのだ。こいつが姿勢を崩したら、すぐ言え。朱姫に毒気を送り込み直す……。おい、赤毛女、お前が後天袋の羽根責めに最後まで耐えて、そのままの姿勢でおったら、朱姫の筒に解毒の空気を少しだけ足してやろう」

 

 黄眉が言った。

 

「くっ……さ、最後までっていつだよ──」

 

 孫空女が足を拡げて腕を頭の後ろで組んだ姿勢で叫んだ。

 

「俺が飽きるまでだよ、孫空女──。ねえ、旦那、どうせだったら、目隠しをしてやったらどうでしょう。目隠しをされて、全身をくすぐられちゃあ、どんな女でも耐えられるわけありませんよ。半刻(約三十分)もしないうちに、仲間を見捨てて、姿勢を崩すと思いますがね」

 

「なるほど、面白い。お前に任せるぞ、後天袋」

 

 黄眉が笑った。

 

「そういうわけだから、お前、これを頭に被りな……。逆らうなよ。逆らえば、黄眉様に言うからな。そうすれば、お前の仲間は死ぬぜ」

 

 後天袋はそう言って、さっき孫空女が脱いだ服の中から腰に履く下着だけをとって、孫空女の筒に放り入れ直した。

 

「なっ、これ?」

 

 それを手に取った孫空女が顔を真っ赤にしている。

 

「それは、お前がはいていた下着だ。あまりにもびしょびしょに淫液で汚しているから、そればかりは売り物になりそうもないから、お前に返すよ」

 

「くっ」

 

 孫空女は顔を真っ赤にして、あまりの激昂に身体をぶるぶると震わせているようだった。

 だが、一度目をつぶって、大きく息をしたかと思うと、その下着を顔に被った。

 

「こ、こうでいいのかよ……」

 

 下着の下から孫空女のくぐもった声がした。

 

「ああ、それでいい……。じゃあ、さっきの姿勢に戻りな」

 

 後天袋が孫空女の筒の中に鳥の羽根がついた棒を差し入れて、孫空女の無防備な脇を繰り始める。

 孫空女は悲鳴とも嬌声とも取れるような声をあげて身体をくねらだした。

 

「ほれっ、ほれっ、右の脇はどうだ……。じゃあ、左だ……。……と見せかけて股だ……。おっ、がっくりと膝を折ったな……。そのまましゃがみ込んでしまえ、仲間が死ぬがな……。ほう、持ち堪えたかい……。じゃあ、尻はどうだ? ははは、尻は特別弱そうじゃねえか。これじゃあ、尻だけ責めていれば、あっという間に終わりそうだな……。まあいい、それじゃあ、また脇だ……。ほうほう、面白いほどに激しく反応するなあ……。居酒屋で踊っているのを見ている限りじゃあ、お前、恥ずかしかったり、苛められたりすると感じてしまう変態だろ? 油断するなよ、ここはどうだ? 胸も駄目か……、ははは……。じゃあ、また尻だな……」

 

 後天袋は羽根を構えたまま、くるくると孫空女の回りを歩き、前面をくすぐったかと思うと、急に背後に回って孫空女の双臀の切れ目に羽根を這わせ、そうかと思えば、奥に伸ばして、背後から孫空女の肉芽から女陰にかけて執拗に羽根を動かしたりする。

 孫空女は姿勢を崩さないまでも、身体をくねらせ悲鳴をあげているが、だんだんと孫空女の膝も腰も力が抜けていくようになっていくのが宝玄仙にもわかる。全身が感じやすい孫空女だ。あんな羽根責めは堪えるだろう。

 

「……気はやってもいいのだぞ、赤毛女。姿勢を崩さなければな……。だが、お前は駄目だぞ、宝玄仙。お前がいけば、朱姫は殺す。さっき言ったとおりだ」

 

 孫空女の痴態を愉しんでいた黄眉が、視線を宝玄仙に戻して言った。

 

「お、お前ら、ふざけるんじゃないよ。遊ぶのもいい加減にしな。朱姫を助けるんだよ」

 

 宝玄仙は指で女陰を拡げた姿勢のまま声をあげた。

 指には自分の女陰から溢れた淫液でぬるぬるとしていた。

 こんな姿勢で悪態をつくなど本当に情けない。

 

「やかましいわい、宝玄仙。それよりも、お前は、この小瓶に入った薬剤を全部、自分の局部に塗れ。全部だぞ。肉芽、女陰、尻の穴──。塗っていいのはそれだけだ。塗り終わったら、朱姫を少しだけ楽にしてやる。どうやら、朱姫を人質にすれば、お前たちはいいなりになるようだから、その仲間愛がどれだけ続くかを確かめるのも一興だ。数日も責めたてれば、もうその小娘など、どうでもよくなると思うがな……。その時になったら、初めて殺してもいい──。ほれっ、これだ。これを塗りたくれ。もう、手は離していい。ただし、股はそうやって拡げておれ、宝玄仙」

 

「こ、この……」

 

 血が沸騰するように血が昇ったが、いまはなにを言っても無駄だと思うしかなかった。

 筒の中に放り入れられた小瓶を手に取る。

 赤ん坊の拳ほどの大きさだが、かなりの量が入っている。

 どうせ、得体の知れない薬剤に違いないが……。

 

「な、なんの薬だい、黄眉──?」

 

 宝玄仙はそれを指に載せて、自分の局部に塗りながら言った。

 

「大したものじゃない。それを塗れば、塗った場所が痒くなり、発狂するほどになる。それだけの薬だ。ただの痒み剤だ」

 

「な、なんだと──」

 

 宝玄仙は大笑いし始めた黄眉を睨みつけた。

 

「嫌なら塗らんことだ……。小瓶をこっちに放りかえせ。その代わり、朱姫は死ぬだけだ」

 

 黄眉が愉悦に浸った表情を向けた。

 人間の女の精神をとことんいたぶって愉しむことがこの妖魔……亜人の性癖なのだろう。

 黄眉の顔は、宝玄仙を追い詰めることで酔っているのか、心からの満足に包まれている。

 

「ぬ、塗るよ……。塗ればいいんだろう。その代わり、全部塗ったら、朱姫を楽にするんだよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。朱姫はまだ筒の中で苦しんでいる。

 顔は真っ蒼だ。

 

 なんとか助けてやりたい……。

 宝玄仙は小瓶の薬剤を大量に女陰にすくい入れた。

 こんなものを塗りたくれば、自分の身体がどうなるかわかりきっている。

 しかし、いまは、逆らうこともできない。

 

「……女陰ばかりでないぞ。肉芽にもたっぷりと塗れ。しっかりと皮を剥いて内側にな……。ただし、指で擦り過ぎていってしまわんように気をつけるのだぞ。いけば、朱姫を殺すというのは続いておるからな」

 

 宝玄仙は言い返す気力もなかった。

 言われるまま肉芽全体に薬剤を擦り込む。

 大きく開いた股の正面に黄眉がいるのだ。手を抜くこともできない。

 

「よし、残りは全部、尻の穴だ」

 

 黄眉が言う。

 

「なっ……」

 

 思わず抗議しそうになり、慌てて口を閉じる。

 だが、最初に塗った女陰からはもう焼けるような熱い疼きが襲いかかってきている。

 おそらく、もうしばらくすれば、この熱さが猛烈な痒みに変化するに違いない。

 これに耐えられるだろうか……。

 

 しかも、残りの薬剤もかなりある。

 これを弱い尻に塗ったりしたら……。

 

「どうした、手がとまったぞ。そんなに尻穴にそれを塗るのが怖いのか? だったら、小瓶を返せ。それだけの話だ。仲間が先に死ぬ。どうせ、全員がわしの蒐集品として剥製になるのだから、遅いか、早いかの違いだ……」

 

「ぬ、塗るよ──。その代わり、約束を破るんじゃないよ」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 孫空女の悲鳴のような泣き声は続いている。

 汗びっしょりになって、苦しそうに笑いながら、それでも孫空女はまだ耐えている。

 宝玄仙も捨て鉢になり、残った大量の小瓶の薬剤を次々に尻孔に埋めるように塗っていく。

 

「お、終わったよ……」

 

 やがて、やっと小瓶が空になった。

 宝玄仙は空になった小瓶を黄眉に投げ返した。

 

「ほうほう、本当に全部、塗ったな……。感心、感心」

 

「そ、そんなことより、約束を──」

 

 宝玄仙は叫んだ。苦しんでいる朱姫をちらりと見る。

 

「慌てるな、宝玄仙。上を見ろ」

 

 黄眉が言った。

 宝玄仙が見あげると、いつの間にか筒の上からふたつの握り手が浮かんでいる。

 ちょうど、立って手を伸ばして掴むような位置だ。

 それが空中にふたつ浮かんでいるのだ。

 

「なんだい、あれは?」

 

「それをそれぞれに、両手で握れ。そうすれば、朱姫の筒に解毒の気体が流れ込む」

 

 黄眉は言った。

 宝玄仙は慌てて、手を伸ばしてふたつの取っ手を握った。

 

 すると朱姫の筒に風が流れ込む音がした。

 苦しそうだった朱姫の呼吸が楽になっていっているのがわかった。

 解毒の気体が流れたのだ。

 宝玄仙はほっとした。

 

「ほっとするのは早いぞ。その取っ手のどちらかでも離すと、朱姫の筒だけじゃなく、孫空女の筒にも毒気が大量に流れ込むようになっておるからな」

 

 黄眉が哄笑した。

 

「な、なんだって──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 つまり、この手をもう離すことはできないということだ。

 だが、いまのこの状況は……。

 

 股間には耐えられない痒さがもうやってきている……。

 宝玄仙はやっと、この黄眉の陰湿ないたぶりの内容がわかった。

 いずれ、宝玄仙は痒みに耐えられなくなり、手を離すに違いないと思っているのだ。

 そして、手を離した瞬間に、朱姫と孫空女が死ぬ。

 

 なんという陰湿で卑劣な仕掛けだろう。

 宝玄仙はぐっと唇を噛んだ。

 だんだんと痒みが大きくなる。

 全身に大量の脂汗が流れ出す。

 

「右が孫空女の筒に連動させた取っ手で、左が朱姫だ。耐えられなくなったら好きな方を選んで殺せ。右が孫空女で、左が朱姫だ……。あれっ? 逆だったかな。まあいいわ。試してみればわかるだろうさ」

 

 黄眉が笑いながら言った。

 

「お、お前……。あ、あ……。だ、駄目だ……。来、来た──。くうっ……か、痒い……」

 

 黄眉の卑劣さに腹が煮えたが、それよりも股間を熱くしていたものが、猛烈な痒みになって宝玄仙に襲いかかってきた。

 

 痒い……。

 これは耐えられるようなものじゃない……。

 

 痒い──。

 宝玄仙は両腿を懸命に擦り合わせる。

 もちろん、そんなことじゃあ、痒みがなくなるわけがない。

 

「そうやって、腰を振っておれ。夜までな」

 

 黄眉が言った。

 

「夜まで──?」

 

 思わず宝玄仙は叫んだ。

 

「おう、夜までだ──。わしは本来は夜行性でな。昼間寝て、夜は起きる。だから、わしはこれから寝るところだ。だから、とりあえず休憩だ。夜まで手を離さずに耐えられたら、次の責めに移ってやる。ふたりの供たちのどちらかでも死んでいれば、鐃鈸(にょうはち)で剥製を作る作業にかかることになるがな……。さて、どうなるかな」

 

鐃鈸(にょうはち)?」

 

「この透明の筒のことだ。それは本来は剥製製作具なのだ……。とにかく、わしは、夜まで耐えられずに、お前は手を離して自分の股間をいじくりまくっていると思うぞ。そのときは、少なくともどちらかが死んでいることになると思うけどな……。さて、いまはこれくらいにしようか……。後天袋、引き揚げだ。夜まで放っておく。今回はいい仕事をしてくれた。感謝するぞ」

 

 黄眉が言った。

 すると孫空女を責めたてていた後天袋が鳥の羽根を孫空女の筒から出す。孫空女ががくりと脱力したが、しっかりと姿勢だけは保った。

 

「ま、待って……」

 

 突然、朱姫の声がした。

 ふと見ると、朱姫はまだ苦しそうだが、意識ははっきりとしているまでに回復していた。

 

「なんじゃ?」

 

 黄眉だ。

 

「沙那姉さんはどこ?」

 

「沙那?」

 

 黄眉が首を傾げた。

 

「ああ、沙那というのはこいつらの仲間みたいなんですがね。その女をこいつらは探していたみたいなんですよ。それで、俺はこいつらに、その沙那がここにいると嘘をついて、ここまで連れてきたというわけで……」

 

「そういうことか……。朱姫だったかな、小娘。沙那とかいう女はここにはおらんな……。もっとも、たくさんの剥製のうち、もしかしたら、そういう名だった人形も混じっておるやもしれんがな。まあ、少なくとも、この数箇月以内にやってきた女はお前たちが最初だ。いまでは、わしの蒐集癖もすっかりと有名になってしまったでな」

 

「まったくですよ、旦那様……。そのお陰で、なかなか、女をこの屋敷に連れてくることもできませんでね……。この女たちも、噂話に接しないうちに、ここに騙して連れてこようと苦労しましたよ」

 

 後天袋が言った。

 

「その苦労に見合うものは払っておるであろう?」

 

 黄眉が言った。

 

「……さ、沙那姉さんはやっぱりいないのね……」

 

 朱姫が呟くように言った。

 見ると朱姫の両眼からぼろぼろと涙が流れ出した。

 しかし、もう、宝玄仙には、朱姫のことを構う余裕がなくなってきていた。

 猛烈な痒みが股間に襲いかかってきている。

 

「ああああっ──」

 

 声をあげた。

 声をあげることで少しでも痒みが紛れるか思ったのだ。

 

「せいぜい、耐えておれ、宝玄仙……。じゃあ、夜にな」

 

 黄眉が言って、部屋から出て行く。荷を抱えた後天袋がそれを追った。

 扉が閉まり、部屋はまったくの闇に包まれた。



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379 命を天秤にされて

「くうぅ……くはぁ……」

 

 真っ暗闇の部屋で宝玄仙のか細い声だけが部屋に響いていた。

 腿を狂ったように擦り合わせていた宝玄仙の身体の動きがなくなり、悲鳴のような喚き声が、ただの呻き声になってしばらく経つ。

 しかし、孫空女には、宝玄仙の声から次第に正気のようなものが失われて言っているような気がした。

 

 宝玄仙は、黄眉(おうび)の陰湿な責めで、股間に大量の掻痒剤を自ら塗りたくり、両手を上にあげて下ろさないように強要されている。

 腕をあげて伸ばした位置に、ふたつの取っ手があり、それを掴んでいないと孫空女と朱姫の監禁されている筒に毒気が流されることになっている。

 宝玄仙はふたりを救うために頑張ってくれているが、もう限界を超えているはずだ。

 体力も気力も常人程度しかない宝玄仙に耐えられる責めではない。

 

「ご、ご主人様、もういいよ。右手を離しなよ。それで股間を慰めてよ」

 

 孫空女は叫んだ。

 確か、右手を離せば自分の筒に毒気が流れ、左手が朱姫と言っていたはずだ。

 このままでは、宝玄仙が狂ってしまう。

 

「う、う……、うる……さいよ……、そ、孫空女……」

 

 宝玄仙から返事が戻ってきた。

 ほんの少しほっとした。まだ、正気だ。

 しかし、このままでは……。

 

「ねえ、ご主人様、あたしの声を聞いてください」

 

 不意に暗闇に朱姫の声が響いた。

 

「な、なん……だい……?」

 

「あ、あいつは、多分、なんだかんだであたしを最初に殺すと思います……」

 

 朱姫が言った。

 確かにそんなことを黄眉は言っていたと思う。

 だが、なんだかいつになく真剣な朱姫の口調が気になる……。

 

「……だから、あたしか孫姉さんのどちらかが死ぬのであれば、あたしにしてください。どうぞ、左手を離してください……。あたしはもういいです。覚悟をしました。ご主人様がいま頑張っても、黄眉は明日にはおそらく、あたしを剥製にするために殺します。だから、ご主人様がいま耐えても無駄なんです。そう思いませんか……?」

 

「い、いきなり……、ふ、ふたりで……な、なにを言い出したのかと……お、思ったら……。ちょ、ちょっと……だ、黙ってな……。ば、罰を与えるよ……」

 

 宝玄仙の苦しそうな声がする。

 

「ねえ、ご主人様、いま、耐えては駄目です。とにかく、いまはあたしを犠牲にしてください。それで体力と気力を保ち、脱出の機会を待ってください。あたしが死ねば、あたしを剥製にする作業を開始するはずです。それで時間を稼げます。黄眉の責め苦が再開するのは、その後のはずです……。だから──」

 

「や、やかましいと言っているだろう、朱姫──。いい加減に黙らないと折檻するよ。わたしは、いま限界なんだよ。お前たちに構っている暇はないんだよ──」

 

 宝玄仙の癇癪を起したような声がした。

 

「……もしも、いつか沙那姉さんと再会することがあったら、許してあげてください、ご主人様。お願いします……。では、あたしの言葉に耳を傾けてくださいね……。ご主人様はあたしの声を聞くと、少しだけ楽な気分になります……。すっと、落ち着くんです……。どうです。落ち着いてきましたか……。息を楽にしてください……」

 

 朱姫の声がささやくような声に変わった。

 

「お、お前……な、なにを……?」

 

 宝玄仙の声が戸惑いのようなものに変化した。

 

「……息をあたしの声に合わせてください。すると楽になります……。すう……すう……。ほら、この声です……。すう……すう……すう。息を合わせてください……。すう……すう……」

 

「だ、だか……ら……なにを……?」

 

 朱姫の静かな声に合わせるように宝玄仙の声も低いものになる。

 それではっとした。

 

 朱姫は、宝玄仙に『縛心術』をかけようとしているのだ。

 朱姫は、道術がなくても『縛心術』がかけられらる。

 だから、道術が封じられたこの容器の中からでも宝玄仙に『縛心術』がかけられるのだ。

 『縛心術』でなにをしようとしているかはわからないが、とてつもなく嫌な予感がした。

 

「やめるんだよ、朱姫──、まだ、早いよ。全員が助かる。絶対にその方法がある──。誰かが死ぬべきときはそう言う。だから、早まるんじゃないよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「ご主人様は、もう、あたしの声しか聞こえませんよね……」

 

 宝玄仙の返事はない。苦しそうな呼吸音だけが続いているだけだ。しかし、宝玄仙が反応しなくなったということは、朱姫の術にかかりかけているのではないだろうか。

 

「朱姫──」

 

 もう一度怒鳴った。

 だが、朱姫は完全に孫空女を無視している。

 

「……この言葉を聞いてください……。げに我はうらぶれて……ここかしこ……定めなく……飛び散らう……」

 

 朱姫の言葉の意味はわからない。

 しかし、その言葉を朱姫が唱えた瞬間、宝玄仙の呼吸音がはっきりとわかる程度に静かなものに変化した。

 よくわからないが、なにかの暗示のようだ。

 朱姫は、幾度か宝玄仙に『縛心術』をかけたことがある。

 それを完全には解かずに、暗示の言葉をささやけば、『縛心術』にかかった状態に戻るようにしておいたのだ。

 

「……いいですか、ご主人様……。あたしは三つ数えます……。すると、左手が取っ手から離れます。その後、起きることはご主人様は気にすることができません。それはご主人様には関わりのないことです。その左手で苦しみを癒してください……。いいですね……。三つ数えると、すべての気持ちが楽になります……。そして、左手が離れます……。三……」

 

「朱姫やめるんだよ──」

 

 孫空女はもう一度絶叫した。

 朱姫は『縛心術』で宝玄仙を操って、自分が犠牲になろうとしている。それがわかった。

 

「ふたつ……」

 

「朱姫──」

 

 孫空女は力の限り叫んだ。

 

「……ねえ、ご主人様、もう一度言います……。いつか、沙那姉さんと会うことがあったら、許してあげてくださいね。それと朱姫がもう一度会いたがっていたとも伝えてください……。短い間でしたが、皆さんと家族になれて幸せでした……」

 

「朱姫、いい加減に──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「ひとつ……」

 

 朱姫の声が響いた。

 そして束の間の静寂が訪れた……。

 

「……か、痒いわ……痒い……。もう、耐えられないわ……。ああ、なんてことなの……」

 

 宝玄仙の口からすすり泣きがまた漏れ出てきた。

 いや、あれは……?

 

「ご主人様……?」

 

 朱姫の途方に暮れた声がした。

 孫空女はほっとした。

 とりあえず、宝玄仙は朱姫の『縛心術』にかかって、朱姫の命を握っている左の取っ手を離すことはなかったようだ。

 

「しゅ、朱姫……か、感心……し、しないわ……。あ、あんたらが……し、死ねば……ほ、宝玄仙は……そ、それこそ……立ち直れないわ……。ほ……宝玄仙はいなくなるわ……。し、死ぬのよ……。だから、三人とも生きるのよ……。ああ……痒い……。こんなの耐えられない……。でも、苦しさが……気持ちいいかも……。こんな目に遭うなんて惨めよ……」

 

 宝玄仙ではない。宝玉だ。

 朱姫の『縛心術』によって、左手を離そうとした宝玄仙から宝玉が人格を咄嗟に入れ替わったのだ。

 

「で、でも……」

 

 朱姫がか細い声をあげた。

 

「さ、三人で……が、頑張る……のよ……。い、いえ……よ、四人ね……。あなたと、孫空女……わたしと宝玄仙……。ああ、その代わり、愛していると言って……。そうしたら、耐えてみせる……。耐えてみせるから……」

 

「愛しているよ、宝玉様──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「……か、痒いわ……。わたしも愛しているわ……ああ……」

 

「愛しています、宝玉様──。ご主人様も、孫姉さんも……沙那姉さんも……」

 

 朱姫も声をあげた。

 

「わたしも……愛している……。か、痒い……ああ……。で、でも、頑張るわ……」

 

 宝玉の声がすすり泣きのような震え声になっていった。

 

 

 *

 

 

 黄眉が部屋に入ったときに目に映ったのは、夥しい汗を足元に溜めて、半分気を失っているような宝玄仙の姿だった。

 しかし、両手はしっかりと上にあげて取っ手を握っている。

 ふと見ると、孫空女も朱姫も筒の中でうずくまってはいるが生きている。

 

 十中八九まで、どちらかが死んでいると思っていたので、黄眉は拍子抜けする思いだった。

 どうやら、宝玄仙は半日もの間、あの掻痒剤の痒みに耐えきったようだ。

 だが、それはそれで愉しみの時間が伸びたというものだ。

 

 黄眉は道術を込めて、宝玄仙が握っているふたつの取っ手を消した。

 ずっと握っていた取っ手が消滅した瞬間、宝玄仙はなにが起きたかすぐには理解できなかったようだが、すぐにがっくりと腰を落としてしゃがみ込んだ。

 そして、すぐに指を股間と肛門の両方に突っ込むと、狂ったように擦りだした。

 まるで動物のような浅ましい自慰の姿に、黄眉も一瞬鼻白んだ。

 

「みっともない真似はやめんか、宝玄仙──。どうせ、さすがの掻痒剤もこれだけ時間が経てば、効き目もなくなってきたところであろう」

 

 黄眉は言った。

 しかし、宝玄仙はまったく聞こえていないのか、激しく動かす両手を前後の穴から離そうとしない。

 それどころか、ますます嬌態が大きくなる。

 

「あはあぁ──。き、気持ちいい……。気持ちいい──。あああぁぁぁ──」

 

 やがて、がくがくと腰を震わせて気をやった。

 しかも、まるで失禁のような潮が股間から噴き出したのだ。

 涙と涎でびっしょりになって自慰で呆ける宝玄仙の姿には、最初にここに連れてこられたときの自意識の強さのようなものは感じられない。

 ただの弱々しい雌がそこにいるだけにしか感じなかった。

 しかも、それで止まるのかと思えば、さらに激しく宝玄仙は前後の穴に指を入れて擦りまくっている。

 

「いい加減にせんか、宝玄仙──。両手を後ろで組め。仲間の筒に毒気を流すぞ」

 

 黄眉は叫んだ。

 すると宝玄仙がびくりとして動きをとめた。

 そして、呆けたような表情を黄眉に向けた。

 

「両手は背中で組め。仲間を殺したくなければな……」

 

「そ、そんな……。ま、まだ、痒い……痒いのよ……」

 

 宝玄仙はすすり泣くような声をあげた。

 半日だが、すっかりと性根を折られたようだ。

 朝、ここに連れられてきたときの宝玄仙とは、まったくの別人のようだ。

 その宝玄仙の筒に、黄眉は昨日の小瓶を放り込んだ。

 宝玄仙の顔が恐怖に包まれた。

 

「……朝と条件は同じだ。そこに入っている瓶の中身を全部塗れ。肉芽と女陰と肛門だ。空になるまで全部な──。拒否すれば、仲間の筒に毒気を流す……」

 

「そ、そんな……そんな……そんな……」

 

 宝玄仙が信じられないという顔で眼の前に転がってきた小瓶と黄眉を交互に見た。

 そして、冗談を言われているわけじゃないと悟るとぼろぼろと涙を流し始めた。

 これには黄眉も驚いた。

 

「泣いている暇はないぞ、宝玄仙──。さっさとやれ。もうすぐ、また取っ手が出現し直す。そのときに、塗り終わっていなくても仲間が死ぬし、痒みに耐えられなくて、手を離しても供が死ぬ……。わかったら、もう背中で組んだ手を離していい。薬を塗りつけるのか、それとも、仲間の命を諦めるのか好きな方を選べ」

 

 黄眉は哄笑した。

 宝玄仙は絶望的な表情になって、すすり泣きながら、小瓶の蓋を取って薬剤をすくった。

 たっぷりと指に載せて股間に塗りつけていく。

 

「そうだ……。半日も耐えたお前だ。ひと瓶じゃ物足りないであろう……。もうひと瓶追加してやる。これは、胸に塗れ。乳房と乳首にひと瓶分を全部塗りたくるのだ……。それから、さっき勝手に自慰をやったが、それは大目に見るが、次に勝手にいくと朱姫の筒に毒気を流すからな。塗りながら達したように気をつけるのだぞ」

 

 黄眉はさらにひと瓶を宝玄仙の筒に放り入れた。

 宝玄仙はもうなにも言わなかった。だた、すすり泣きの声が一層激しくなっただけだ。

 

「い、いい加減にしないか、黄眉──。ご主人様の責め苦はあたしが受けるよ、だから、休ませてやっておくれよ」

 

「いえ、あたしが受けます。だから、おふたりを……」

 

 孫空女と朱姫がそれぞれに声をあげた。

 

「おうおう、心配せんでもいい。お前たちにも責め苦を与えてやるわ……。では、朱姫」

 

 黄眉は朱姫の筒の前に立った。

 

「な、なによ……?」

 

 朱姫は気丈に黄眉を睨んだ。

 見かけは小娘だが、よく見るとなかなかに気は強そうだ。

 そう思って改めて宝玄仙を見た。

 まるで、朝とは別人のようだ。

 すすり泣きながら乳房に掻痒剤を拡げている姿は、もうすっかりと気力が削がれたような感じだ。

 

 もっとも、案外、屈服した素振りをしながら、逃亡の機会をさぐっているのかもしれない。

 いきなりのこの変わりようは不自然でもある。

 だが、いずれにしても、芯の強さなら眼の前の朱姫の方が強いのかもしれない。

 別に根拠はないが、数多くの人間の女をこうやって追い込んでは殺してきた黄眉の勘のようなものだ。

 

 しかし、こういう芯の強い小娘を屈服させるのも愉しいものだ。

 なんとなく、この朱姫もあっという間に殺すのは惜しくなった。

 黄眉は朱姫の筒の中に、給餌棒を出現させた。

 これを口に含んで吸えば大量の餌が流れ込む。

 形は人間の男根と同じだ。

 わざと色や香りも似せてある。

 陰毛の生え具合まで同じだ。

 朱姫からすれば、不意に膜の表面に男根が発生したように思えるだろう。

 

「こ、これなに……?」

 

 朱姫が戸惑っている。

 

「吸え」

 

 黄眉はそれだけを言った。

 朱姫は一瞬だけ躊躇ったような表情をしたが、すぐに諦めたような顔になった。

 男根は、立ちあがった朱姫が自然に口に入れるような高さに調整している。

 朱姫は両手で前を隠しながら裸身を伸ばすと、小さな口を大きく開いて、男根のかたちの給餌棒を咥えた。

 途端に眼を丸くした。

 男根から粘性の食べ物が出てきたからだ。無論、ただの食べ物ではない。

 

「そこから口を離すな。出てきたものはすべて腹に受け入れろ。もしも、口を離したら、仲間の筒に致死量の毒気が注入される……」

 

 朱姫の眼が白黒している。

 それとともに、顔に恐怖が浮かんだ。

 この三人の女は、自分の死よりも、仲間の死に恐怖を覚えるようだ。

 

「……それと、ひとつ教えておこう。男根から出ている粘性の食物には、大量の媚薬が混ざっている。すぐに狂ったように身体が熱くなる……。お前は、どんな痴態を見せてくれるかな、朱姫……」

 

 食物に含まれる媚薬は強力なもので、しかも即効性だ。

 たちまちに朱姫がもじもじと身体をくねらせはじめた。

 黄眉はほくそ笑んだ。

 

 朱姫は早くも身体を真っ赤にして腿を擦り合わせたりしている。

 まだ、自慰を始めるほどの痴態は示さないが、放っておけば時間の問題だろう。

 粘性の食物に混ぜた媚薬は、性欲を失った老婆でさえもあっという間に自慰を始めるほどに強力なものだ。

 若い朱姫はひとたまりもないだろう。

 どれくらい我慢できるのか見ものというものだ。

 

「ついでに、身体を淫靡に燃えあがらせる香も足しておいてやるぞ」

 

 朱姫の筒の中に媚薬効果のある香を追加した。

 筒の中の朱姫の鼻息が強くなる。

 いまだ、口の中には媚薬入りの粘性物が流れ込んでいるはずだ。

 

「そのまま、口を離すなよ、朱姫。しばらくすればとまるが、とまればうねうねと動き出すから、男の一物だと思って奉仕しろ。口を離せば、自動的に仲間の筒に毒が流れ込むからな……。ただし──」

 

 黄眉は意識的なのか、無意識なのかわからないが、だんだんと股間に向かって手を動かしている。

 その朱姫を脅すように、黄眉は大声を発した。

 朱姫の手がびくりととまる。

 怯えたような不審の視線を向ける朱姫に、黄眉は手に持っていた輪を朱姫の筒に入れる。

 黄眉の手は朱姫を閉じ込めている筒の膜をすり抜けて、給餌器を懸命に咥えている朱姫の頭にその輪っかを載せた。

 輪は朱姫の頭の載ると、朱姫の頭に合わせて大きさを変化して、朱姫の頭に喰い込んだ。

 

「……自分の股間にいくらでも触っていいが、絶対に達してはならん。お前の身体が絶頂に達すると、その頭の輪がそれを読みとり、孫空女の筒に毒気を流し込む。仲間を死なせたくなければ、絶対に絶頂するほど、股間をいじくらんことだ」

 

 黄眉は笑いながら言った。

 朱姫が黄眉を睨んだ。

 そして、まさに股間に触れようとしていた両手を上に動かして、自分の身体を抱くような姿勢に変えた。

 自分を抱いている朱姫の拳はぎゅっと握って震えている。

 とりあえず、朱姫は股間には触れない選択をしたようだ。

 

 だが、黄眉はそれがそれほど長く続く我慢ではないことを知っている。

 朱姫が口にしている食物の媚薬も、嗅がされている香も常人の女が耐えられるものではない。

 両手が自由であり、しかも、触られるのを封じられていないだけに、すぐに朱姫は自分の身体を慰めるという選択をするに決まっている。

 

 朱姫の地獄はそれから始まる。

 一度触れば、自慰とはいえ、媚薬で侵されている身体を慰めることによる快感は途方もないものに感じるはすだ。

 だが、どんなに快感に苛まれようとも、朱姫は絶対に達しないように、刺激を制御しなければならないのだ。

 他人から焦らし責めにされるのではなく、自らを焦らし責めにすることになる。

 自分の快楽と仲間の命を天秤にかけた責めに、どれだけ朱姫が自分を保つことができるのか愉しみだ。

 

「さて、お前にはもっと単純な責めだ、孫空女」

 

 黄眉は今度は孫空女の筒の前にやってきて、一本の張形を放り入れた。

 白い形をして先端の横に小さな穴が開いている。

 先は丸みを帯びているが、形としては張形というよりは、角を思わせるかもしれない。

 

「なんだよ……」

 

 孫空女はその白い張形を拾いあげた。

 

「……その場に立って、それをお前の女陰に入れろ」

 

 黄眉は言った。

 孫空女はなにも言わず、一度舌打ちしただけで、大人しく張形を握って立ちあがった。

 ある程度の辱めの予想はしていたのだろう。

 これがどういう張形かとも訊ねない。

 黙って、口に入れて先端を自分の唾液で浸した。

 そして、股を開いて中腰になると白い張形を自分の股間に挿入していく。

 

「くっ……あっ……」

 

 だんだんと根元が埋まっていくに従って、孫空女が耐えきれなくなったかのような声を出した。

 

「感じているのか?」

 

 黄眉はからかった。

 

「う、うるさい──」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして黄眉を睨んだ。

 

「こ、これでいいのかよ──」

 

 完全に張形を女陰に受け入れた孫空女が吐き捨てた。

 

「おお、それでいい……。じゃあ、腰を振って、快感を集めるがいい。胸を揉もうが、尻をいじくろうが自由だ。そのままいきまくれ」

 

「なっ……」

 

 孫空女はますます顔を赤くした。

 そして、戸惑った表情をした。

 その孫空女の前に黄眉は透明の杯を道術で出現させたからだ。

 それは、孫空女にも中の量がわかるように、ちょうど孫空女の眼の高さに浮かべている。

 

「お前が女陰の中で放出した淫液は、その張形の先端の小さな穴に一度吸い込まれて、眼の前の透明の杯に溜まっていく。なにをしてもいいから、四刻(約四時間)以内にその杯をお前の淫液で半分以上満たせ。それができなければ、最初に朱姫が死ぬ」

 

「なんだって……。お、お前……」

 

 孫空女が絶句した。

 杯はかなりの大きさがある。

 これを半分満たすとなると、孫空女は途方もない数の絶頂を繰り返すほどの自慰を繰り返さなければならないだろう。

 それはわかるから、孫空女は悔しさに悲痛な表情を浮かべた顔で黄眉を睨んだのだ。

 

「いやなら、やめることだ。ただ、朱姫が死ぬだけのことだからな。朱姫が死ねば、次の四刻(約四時間)は宝玄仙の命を救うための時間になる。その杯の半分だ──。仲間を救いたければ、ひたすら自慰に励め。ほかの仲間は、触りたくても自分の股間に触るのを耐えているのだ。それに比べれば、お前はいくらでもいっていいのだ……。ほや、やらんか……。始めて見ればわかるがなかなか淫液など溜まらんぞ。案外時間はないのだ。ほら、始めよ……」

 

「く、くそう……。覚えていろよ──」

 

 孫空女は吐き捨てると猛烈な勢いで腰を動かしだした。

 片手で胸を揉み、驚いたことにもう片手は自分の尻を愛撫し始めたのだ。

 

 しばらくすると孫空女の身体が真っ赤になり、小刻みに震えだした。

 ほんの少しずつだが、透明の椀に道術で転送されている孫空女の愛液が溜まりだす。

 

「その調子だ、孫空女……。そうだ。お前にも朱姫と同じように、媚薬入りの水分が取れる給餌器を出してやろう。媚薬入りの水分をむさぼり飲み、ひたすらにいきまくれ……。仲間を死なせたくなければな」

 

 黄眉は言った。

 孫空女の筒にも朱姫と同じように人間の男根にそっくりの給餌器を出現させた。

 しかし、孫空女は口をつけようとはしない。

 まあいい。いずれは咥えることになるだろう。

 連続で自慰といっても限界がある。

 媚薬の助けでもなければ、杯に愛液を溜めるなどということはできないはずだ。

 それに、達し続ければ、淫液だけでなく、全身から流れる汗も半端な量ではないはずだ。

 身体の水分も不足していくから、いつかは給餌器に口を出さずにいられなくなる……。

 

「お、覚えてなよ……あ、ああっ……くっ……ああ……。ぜ、絶対に……やっつけて……やる……ああっ」

 

 孫空女が悶えながら呻いた。

 黄眉は哄笑した。

 

「快感に耽るのか、悪態をつくのかどちらかにせんか、孫空女──。淫情に耽りながら、文句を言うなど面白すぎるぞ」

 

 そう言うと孫空女は口惜しそうな表情になった。

 

「それに俺に文句を言っている余裕はないぞ、孫空女……。四刻(約四時間)経って、万が一、半分溜められることができても、それで終わりではないからな。四刻(約四時間)がすぎれば、その杯に溜まったものは一定の量ずつ減っていく」

 

「減る?」

 

 孫空女が自慰をしながらきょとんとした表情になった。

 

「そして、半分以下になった途端に、仲間の筒に毒気が流れるということになっているのだからな……。つまり、お前の自慰は終わることがないということだ。眠ることも許されず、果てしなく自慰を続けなければ、仲間は救えんということになっているということだ──。じゃあ、頑張ることだ」

 

「な、なんだって──?」

 

 孫空女が悲痛な表情になる。

 しかし。それでも、身体をいじくる自分の手はやめないから大したものだ。

 

「あはああっ……」

 

 孫空女の身体がぶるぶると大きく震えて仰け反った。

 まとまった量の愛液が宙に浮かんだ杯に追加された。

 

「さっそく、いったか? とりあえず、一回目か? だが、まだまだだな。仲間を救いたくはないのか? もっと連続でいき続けないと四刻(約四時間)などすぐにやってくるぞ」

 

「く、くそう……」

 

 孫空女が顔の前の給餌器に口を飛びつかせた。

 ごくごくと流れ出てくるものを飲み干していく。

 すぐに孫空女の身体が真っ赤になり、大量の汗が流れ出した。

 そして、また身体を仰け反らせて、二度目の絶頂をした。

 転送された愛液で杯の中の粘性物の嵩が少しだけ増える。

 

「……ふふふ、さて、誰が最初に仲間を見捨てて屈するのであろうなあ……。痒みに耐えられずに宝玄仙が取っ手から手を離すのか。淫情に耐えられずに朱姫がついに絶頂するほどに股間をまさぐってしまうのか。はたまた、孫空女の体力が尽きるのか……。言っておくが、三人とも座るではないぞ。座り込めば、それだけでほかのふたりを殺すことになるからな。どんなに苦しくても立ち続けることだ。その責め苦を続けながらな……」

 

 黄眉は言った。

 しかし、もう、三人には黄眉の声も聞こえてはいないようだ。

 それにしても、どの女が先に音をあげて仲間を見捨てるのか……。

 

 痒み責めにより、すでに狂気の様相を呈し始めている宝玄仙──。

 

 大量の媚薬を摂取させられてお預けを強要されている朱姫──。

 

 体力の限界を超えることがわかっている連続自慰をさせられている孫空女──。

 

 誰が最初に屈服して、仲間を見捨てるのか……。

 もしも、明日の朝まで三人とも耐えきったら、今度は、ひとりだけ助けると条件を変えるのも面白いかもと、ふと思った。

 仲間思いの三人のようだが、それにより別のものが現れるかもしれない……。

 三人の苦悶の姿を眺めながら、黄眉は部屋の真ん中にある揺り椅子を寄せてくるとそれに深々と腰掛けた。



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380 羽根地獄と死の覚悟

「や……が……げ……て……」

 

 朱姫が泡のようなものを口から噴きながらなにかを喋っている。

 もう孫空女にも朱姫がなにを喋っているのかわからない。

 もしかしたら、ただの呻き声であり、なんの意味も持たないのかもしれない。

 

 とにかく、朱姫はもう数刻も蛭のようなものに全身をたかられていた。

 どうやら、朱姫の身体の感度を極限までにあげる毒液を抽入するとともに、密着している表面に振動を与えて朱姫を責めたてているようだ。

 その責めに朱姫はいき続けるような反応をずっと繰り返している。もう半狂乱だ。

 

「なんと言ったのだ、朱姫? 殺してくれ……。そう言ったのであろうな。それとも、宝玄仙を殺すのか、孫空女を殺すのか決心がついたのか?」

 

 朱姫を包んでいる膜の前に座っている黄眉(おうび)が揺り椅子に腰掛けながら指をさっと動かした。

 すると朱姫の全身が見えなくなるほどに張りついていた蛭がぼとぼとと一斉に落下した。そして、床に吸い込まれて見えなくなる。

 だが、朱姫がほっとして息をつく暇はなかった。

 今度は、朱姫の入っている膜の筒の中に無数の真っ白い綿の塊りのようなものが浮きあがった。

 

「はひいっ──」

 

 真っ赤に充血した朱姫の身体がぴんと硬直して仰け反った。

 出現した綿が膜の中で飛び跳ね、朱姫の全身を四方八方から擦り始めたのだ。

 媚薬漬けになっている朱姫の股間からまるで尿でも洩らすかのように淫液がまた滴り始める。

 朱姫は両手を頭の上に伸ばした身体をのたうち始めた。

 

 この二日ずっとかたちを変えて繰り返し続ける光景だ。

 朱姫の身体は継続的に飲まされている強力な媚薬と膜の中に立ち込めている香のために限界まで性感をあげられている。

 最初の頃こそ、熟れきった身体を触ることを許さずに焦らし責めにかけていた黄眉だったが、朱姫は結局それに耐えきったことで責めのかたちがいまでは変わっている。

 

 黄眉は、焦らし責めにかければどこかの時点で、朱姫が屈服して自慰を始め出すと考えていたらしい。

 そして、一度自慰を始めれば、媚薬漬けの身体は快感を求めて、ひたすらに性感帯を自ら抉ることになり、朱姫がこれによって絶頂すれば宝玄仙と孫空女を包んでいる筒に大量の毒香が注ぎ込まれるようにしていたのだ。

 

 だが、朱姫は耐え続けた。

 結局、どんなに媚薬浸けにされようとも、最後まで自分の身体を慰めようとはしなかった。

 全身を真っ赤にして、汗と涎と涙と垂れ流しながらも朱姫は懸命に一日以上の時間を耐えた。

 すると一転して黄眉は、今度は朱姫を徹底した刺激責めにしたのだ。

 

 感度が最高度まであがった朱姫をあの手この手で快楽責めにしている。

 その状態がもう二日近くも続いている。

 

 いま、朱姫が頭の上に伸ばした手にはそれぞれに取っ手が握られている。

 朱姫がそのどちらかを手放せば宝玄仙か孫空女が死ぬ。

 あるいは、朱姫が自分を殺してくれと言えば、朱姫自身が死ぬことになる。

 黄眉が朱姫に与えている条件はそれだ。

 

 それで朱姫は頑張っている。

 果てしない連続絶頂の状況に陥りながらも、朱姫はああやって懸命に数日間も立ち続けているのだ。

 これで朱姫は四日間も立ち続けているという状況になるはずだ。

 よくも体力がもつものだと思う。

 眠ることなくただ立ち続けているというだけではない。

 羽根責め、刷毛責め、黄眉の遠隔の舌責め、触手責め、そして、さっきまでの蛭責め……。

 ありとあらゆる手段で果てしなく朱姫の全身は快感を与えられ続けた。

 朱姫は際限のないさまざまな刺激の連続責めに、いまではほんの少しの刺激でもああやって股間から淫液を垂れ流すほどになっている。

 

 それでも朱姫は懸命に体力と精神の限界を超えて、いまでも両手を高く伸ばして取っ手を掴み続けている。

 黄眉もただの十五、六の少女しにか見えない朱姫がどうしてこんなにも耐えられ続けられるのか不思議に思っているようだ。

それでやけになって朱姫を責めたてているのかもしれない。

 

 最初の二日間こそ、宝玄仙も孫空女も責められていたのだが、いまでは忘れられたように放置されている。

 宝玄仙の膜の筒には、離せばほかのふたりを殺す取っ手がふたつあるから立っていなければならないが、孫空女に至ってはなにもないから、座ることも眠ることさえできる。

 とにかく、孫空女も宝玄仙もただただ、黄眉が朱姫を責めるのを見守るだけしかできない。

 

「い、いい加減にしなよ、黄眉──。あ、あたしを責めな。殺すならあたしを殺せばいいだろう──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 何度同じことを叫んだだろう。

 しかし、黄眉はうるさい虫の羽音でも聞いているかのように反応しない。

 

「そろそろ、限界なのではないか、朱姫……。このままではお前の体力が尽きるぞ。体力が尽きれば、お前はただしゃがみ込むか倒れ込むだけかもしれんが、お前の大事な仲間が死ぬぞ……。力尽きて手を離す前に自分を殺した方がよいのではないか? どうだ、殺して欲しければ、首を三度縦に振れ……」

 

 すると朱姫は微かに首を横に振った。

 孫空女は安心した。

 

 孫空女は、朱姫が自分を殺せという意思を示すのを怖れていた。

 朱姫は耐え続けられる限り耐えるつもりだろう。

 いま、黄眉は朱姫の責めにかかりきりなので、朱姫が耐えている限り、孫空女と宝玄仙に対する責め苦はないからだ。

 だが、朱姫は体力が尽きる前に自分を殺すことに同意しなければならないとも考えているはずだ。

 黄眉が言及したように、朱姫の体力が尽きて、自分を殺せという意思を出すことなく、朱姫が気を失って両手を手放せば、自分よりも先に孫空女と宝玄仙を死なすことになるからだ。

 

「そうか……。なら、さらに綿の速度をあげるかのう……」

 

 黄眉がそう言い、これまでくすぐるようにしか動いていなかった罠が凄まじい速度で朱姫の裸身を擦り始めた。

 全身を同時に綿に激しく愛撫される朱姫の反応が再び常軌を逸したものになった。

 

「ひゃああ……があああああ……いしゃああ……」

 

 もう奇声にしか聞こえない朱姫の大きな嬌声が迸る。

 全身を小さな綿に擦られ続けている朱姫がまた尿のようなものを股間から垂れ流した。

 それが尿であるのか、それとも潮のような淫液の塊りであるかわからない。

 いずれにしても、もうああやって果てしなく絶頂し続けるというのが本当に可能なのかと思うほどに、朱姫は何日も連続絶頂に耐えている。

 孫空女は、この朱姫の果てしない持続力にも心から驚嘆していた。

 そして、やはり、この人間の少女にしか見えない娘には、底知れない力を帯びた妖魔の血が半分は流れているのだと思った。

 

「も、もういいよ、朱姫……。まず、あたしを死なす手を離しな……。そうすれば、黄眉はあたしを剥製にする時間は、お前を休ませるに違いないよ」

 

 孫空女は怒鳴った。

 すると全身の刺激に喜悦の声を張りあげ続けていた朱姫がふとこちらに視線を向けた気がした。

 だが、その顔がほんのわずかに横に一度振られた。

 そして、前後左右から襲いかかる綿の刺激にのたうち続ける態勢に戻った。

 

「朱姫──」

 

 孫空女は叫んだ。

 だが、もう朱姫は孫空女も顔を向けなかった。

 そして、朱姫は悲鳴のような雄叫びの合間にも、しきりになにかを呟き続けていた。

 

 それに合わせて黄眉が頷いたり、表情を崩したりしている。

 どうやら朱姫は黄眉と会話をしているのだが、それもずっと続いている光景のひとつだ。

 ただ、孫空女の筒の中からでは、ふたりがなにを話しているかはわからない。

 

「まあいい……。確かに一度に追い詰めても面白くはないな。数刻だけ休ませてやる。その間にわしは食事をしてこよう……。そのうちに、新しい女も届くはずだ。さっき、後天袋から新しい女を仕入れたという連絡も入ったしな。そうしたら新しい趣向を考えておる。愉しみにしておれ、朱姫……」

 

 黄眉は立ちあがった。

 そして、朱姫の筒の中を荒しのように吹き荒れていた綿が一斉に消滅した。

 朱姫の身体が脱力する。

 

「……ただし、寝ることだけは許さん、朱姫。そのまま立ち続けろ。体力が尽きるまでな」

 

 黄眉は冷酷な笑みを浮かべると、部屋を出て行く扉に向かい、そして、その向こうに姿を消した。

 部屋は孫空女と朱姫と宝玄仙の三人だけになった。

 部屋の中に束の間に沈黙が訪れる。その沈黙に朱姫の苦しそうな息遣いだけが響く。

 

「……朱姫、お前、昨日からずっと『縛心術』を遣っているね?」

 

 やがて、その沈黙を破って、これまでずっと黙っていた宝玄仙が言った。宝玄仙もまた、両手を上にあげて立っている。

 宝玄仙の頭の上にもふたつの取っ手があり、そのどちらかを離せば孫空女と朱姫のいずれかが死ぬというのは、朱姫に与えられている条件と同じだ。

 しかし、最初の二日間は、宝玄仙は発狂するような掻痒剤を全身に塗って、取っ手を握ることを耐えなければならなかったが、いまはなんの薬剤も塗っていない。

 立ったままでいなければならないので、四日間、眠っていないのは朱姫と同じだが、責められ続けている朱姫に比べれば放置されているのと同じだ。

 それはともかく、孫空女は、朱姫が『縛心術』を遣っているという宝玄仙の言葉に驚いた。

 

「しゅ、朱姫が『縛心術』って、どういうことだい、ご主人様?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「こいつは昨日くらいから、ずっと『縛心術』で黄眉に自分だけを責めるように誘導しているんだよ。わたしらを責めていたあいつが、突然に朱姫ばかり責めだしたのはそういうことさ……。そうだろう、朱姫?」

 

 宝玄仙がそう言ったので孫空女は驚愕してしまった。

 

「……あ、あたし……を……責めている間は……あ、あいつは……ご、ご主人様と……そ、孫姉さんを……せ……責めません……。あ、あたしが……耐えている間は……」

 

 息も絶え絶えの朱姫から絞り出すような声がした。

 

「な、なんだって、朱姫──。お前、わざと自分を責めさせていたのかい? なんで、そんなことしてるんだい?」

 

 孫空女は叫んだ。

 考えてみれば、朱姫は責められながらも、ずっと黄眉となにかを会話をしていたような気がする。

 この筒の中では、宝玄仙も朱姫も道術は封じられているが、朱姫は道術なしで『縛心術』をかけられることができる。それを遣ったのだろうか……?

 

「だ、だけど……あたしは……た、多分……もう、駄目です……。限界が……来る前に……黄眉には……あたしが死ぬことに同意……し、します……。この後か……、もって、明日……」

 

 朱姫が言った。

 やっぱり朱姫はそのつもりだったのだ。

 だが、孫空女はぞっとした。朱姫はこの三人の中で最初に死ぬつもりであり、それを実行しているということがわかったからだ。

 それに、朱姫自身が言ったように、一身に黄眉の責めを受け続けている朱姫はもうもたないだろう。

 朱姫が自分の力が尽きることで、両手に持たされている取っ手を離すことを避けるには、確かに朱姫は、自分の限界を見極めて、力尽きるよりも先に自分の死を選ぶしかない。

 

「だ、だったら、黄眉を操ってあたしたちを解放するように操ればいいじゃないか──」

 

 孫空女は喚いた。

 

「黙りな、孫空女……。朱姫だって、それができればそうしているさ。だけど、道術による『縛心術』とは違って、相手の感情に逆らってまで操れない……。そうなんだろう、朱姫?」

 

 宝玄仙が言った。

 すると朱姫が汗と鼻水と涙と涎で汚れた顔を小さく頷かせた。

 

「あ、あたしは……あ、あいつの……よ、欲求……を満たす……方向にしか導けません……。そ、それ以上は……。あいつは、最初にあたしを……こ、殺したがって……い、います……。その感情を助長するように……で……あれば……操れる……」

 

 朱姫が懸命に口を開く。

 

「もういい、朱姫……。とにかく、少しでも身体を休ませな」

 

 宝玄仙が言った。

 だが、朱姫は首を横に振った。

 

「……き、聞いてください……。さ、さっきも言いましたが……あたしは長くても……明日には……死を……選びます……。でも、もしかしたら……、別の生贄が……届くかも……。そうしたがるように仕向けました……。そうすれば……あ、あいつは、あたしの責めを少し中止して……その女を責めます……。そう擦り込みました……。だ、だけど、それ以上は、引き伸ばせません……。それくらいしか……操れなくて……。す、すみません……。どうしても、ご主人様や……そ、孫姉さんを解放するようには……あ、あいつの……か、感情を操れない……。ご、ごめんなさい……ごめんなさい…………ごめんなさい…………ごめんなさい…………ごめんなさい……」

 

 朱姫が俯いたまま呟き続ける。

 

「もういい。もういいから──」

 

 宝玄仙が声を振り絞るように言った。

 孫空女もやっと悟った。

 なぜ、突然に自分に対する責め苦がやんだのか……。

 なぜ、朱姫ばかりを責めるようになったのか……。

 

「それよりも、よくお聞き、朱姫。お前が死ぬときは、わたしたちも死を選ぶよ。お前だけを先に死なせはないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「え……?」

 

 朱姫が顔をあげた。

 

「お前がもしも、自分が死ぬことに宣言したときには、わたしはわたしが持たされている取っ手をすぐに離す。そうすれば、お前も孫空女は死ぬ……。そして、わたしもここで自殺する。そう言っているんだよ──。そうすることに決めた。文句はないね、孫空女」

 

 宝玄仙は怒ったような口調で言った。

 孫空女は微笑みを宝玄仙に向けた。

 

「も、もちろんさ……。ここまで来たら、三人で一緒に死のうよ。それだったら、ご主人様と朱姫が持っている取っ手を同時に離したらどうなんだい? それで一緒に死ねるはずじゃないか……」

 

「そうだね。孫空女の言う通りさ……。馬鹿のお前にしてはなかなかいい策じゃないかい、孫空女」

 

「そうだろう、あたしだって、策くらい考えるのさ、ご主人様」

 

 孫空女はわざと明るく言った。

 

「ああ、いい策だよ。それなら、確実に一緒に死ねるからね。本当にお前もたまにはいいことを言うじゃないかい、孫空女。そうだね。同時に離そうよ、朱姫……。だから、もう、頑張らなくていい……、一緒に死のう。いいね、朱姫──。お前も覚悟を決めな、朱姫。限界だと思えば、黄眉じゃなくてわたしに言うんだ。そして、三人同時に死ぬことを選ぼう」

 

 すると朱姫がかすかに頷いた。

 

「そうだよ。一緒に死のうよ、朱姫」

 

 孫空女は言った。

 

「わ、わ……わかり……ました……。そう……します……」

 

 朱姫は言った。

 そして、朱姫の口から寝息のような呼吸音が聞こえ出した。実際には眠ってはいないのだろうが、まるで寝ているようなそんな静かな呼吸だった。

 朱姫の横顔は張りつめていたものがなくなったような、そんな安心した寝顔のようにも思えた。



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381 新しい犠牲者

「さて、このところ、朱姫ばかり掛かりっきりだったな……。考えてみれば、宝玄仙の薬責めが途中だったような気がするのう。頭の上の取っ手は消してやったぞ、宝玄仙。もう手を離してよい」

 

 黄眉(おうび)が言った。

 その言葉と同時に、手の中の取っ手が消滅した。

 宝玄仙は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。

 

「誰が座っていいと言ったか──。その場で立っておれ。立たねば仲間をふたりとも殺すぞ」

 

 膜の筒の外の黄眉が形相を変えて大喝した。

 宝玄仙は舌打ちをして立ちあがる。

 

 しかし、まるで力が入らない。

 それでもすぐに立たなければ朱姫と孫空女が殺される……。

 宝玄仙は懸命になって足に力をこめ、なんとかその場に立った。

 だが、一度座ってしまうとなかなか身体を起こすのが難しかったことで、それ程までに自分の身体は衰弱しているのだと知った。

 

 立ちあがるとまた掻痒剤の入った小瓶が放り入れられた。

 今日は三個のようだ。

 宝玄仙は自分の顔が引きつるのがわかった。

 

「わかっておるな、宝玄仙……。三瓶全部使いきれ。今日も長い一日が始まるぞ」

 

 黄眉がくくくと笑った。

 宝玄仙が歯噛みしながらも、自分を極限まで苦しめることがわかっている薬剤を手にすくった。

 せめてできるだけ胸に塗りたくろうと思うが、ひと瓶以上を胸につけることは禁止されている。

 そして、ひと瓶分は必ず肛門の中に擦り込まなければならないとも決まっている。

 必然的に三個の瓶は胸、股間、肛門という割り振りになる。

 

 宝玄仙はつんとする刺激臭のある薬剤をこれでもかというように乳首に塗りつける。

 だが、絶対に達しないようにとも言われているので、注意深くならなければならない。

 普段は道術で押さえているのだが、かつて千代婆とかいう糞婆に乳首の性感を毀されてしまっているので、道術が遣えないいまの状態では、乳首が壊れたように感じるのだ。

 こうやって薬剤を塗っているだけで激しく反応しそうになる。

 

 だが、そんなことを知られようものなら、この黄眉はどんな嫌がらせを思いつくかわかったものじゃない。

 宝玄仙は乳首が弱点であること悟られないように注意深く乳首に薬剤を塗っていく。

 そして、塗りながら隣の筒にいる朱姫を見た。

 筒の中でしゃがんですやすやと眠っている。

 

 その向こうの筒では、相変わらず元気な孫空女が黄眉に喚きたてているが、黄眉は関心がないかのように無視している。

 とにかく、朱姫が休むことができていることに宝玄仙は満足した。

 

 連日にわたって朱姫を責めたてていた黄眉が、一転して再び宝玄仙を責め始めたのは理由がある。

 つまりは朱姫の『縛心術』だ。

 

 朱姫が言葉で黄眉を操って、責めの対象を朱姫ではなく宝玄仙となるように黄眉を誘導したのだ。

 朱姫によれば、黄眉は最初の殺すのは朱姫と決めているのと同じように、宝玄仙にもっとも興味を抱いてもいる。

 だから、黄眉を操って、責めの対象を朱姫から宝玄仙に変えさせることは可能だったのだ。

 

 宝玄仙がそれを指示したとき、朱姫は躊躇ったが、今日、自分が責められればもうもたないということはわかっていた朱姫は宝玄仙の命令を受け入れた。

 

 朱姫の屈服は朱姫の死ではない。

 全員の死だ。

 だから、責められる対象ができるだけ分散するように誘導してみんなで耐えるべきだ。

 そう言って朱姫を納得させた……。

 

 孫空女は、今度は自分が責められると主張したが、道術なしの朱姫の『縛心術』では、黄眉の感情に逆らった行動を取らせることは難しいようだ。

 それで今日責められるのは宝玄仙ということになった。

 

 こんな風に殺されるのを一日伸ばしにすることにどういう意味があるかわからないが、いまできることはそうやって命をなんとか一日一日繋げていくことだけなのだ。

 やっと三個の小瓶を塗り終わった。

 

「お、終わったよ、黄眉……」

 

 宝玄仙は空の容器を膜の外に投げた。肉体以外ものはなんでも素通りできるし、逆に外から内側であればなんでも膜の中に入れることができる。

 だが、宝玄仙の肉体そのものだけはどうしても膜の外に出すことができない。

 また、膜の中では一切の道術が遣えない。

 霊気が動かないのだ。

 そういう仕掛けを施しているようだ。

 

 さすがの宝玄仙でも霊気が動かなければ道術を遣えない。

 どうみても、黄眉など三下程度の妖魔だが、それにこうやって屈しなければならない口惜しさは胸が裂けるような思いだ。

 

 いずれにしても、おそらく、また頭の上に取っ手がふたつ出現して、それを握らされる。

 そして、丸一日間そのまま耐えさせられるのだ。

 発狂するような痒みに気も失うほどに朦朧となる頃にやっとその苦しみから解放される。

 許されるのではない。

 それだけの時間が経てば、さすがに掻痒剤の効果が薄れてくるのだ。

 だが、それくらいになればもう次の一日が始まる。

 そして、新しい薬剤を筒に放り込まれる……。

 

 宝玄仙が一日……。

 そして、宝玉に交替して一日……。

 二日あれば朱姫の体力も回復するだろう。

 

 朱姫は『縛心術』でなんとか黄眉の興味を宝玄仙たちから離すように『縛心術』を刻もうとしている。

 つまり、『縛心術』で三人を解放するように誘導しようとしているのだ。

 

 しかし、黄眉は三人を解放することは望んでおらず、いまのところそれが成し遂げられる気配はない。

 だが、現段階ではそれが唯一の望みだ……。

 

「今日は趣向を少しだけ変えようか、宝玄仙。いつもの取っ手はなしだ。その代わり、いま薬剤をお前が塗ったところにお前が触ってはいかん。ひと触りでもすれば、その瞬間に仲間を殺す毒気を流すことにする」

 

 黄眉が言った。

 なんでも勝手にやればいいと思った。

 しかし、次の瞬間、宝玄仙はついにまた恐怖がやってきたことがわかった……。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は両手をぐっと握りしめた。

 痒みが襲ってきたのだ……。

 

 いよいよ自分が大量に塗り込めた掻痒剤が効果を発揮し始めたようだ。

 だが、宝玄仙は身体の横の両手をどうしたらいいかわからずに握ったり、開いたりした。

 両手で掴むものを与えられないというのは思ったよりも苦しい。

 取っ手があれば、宝玄仙の意識はただ取っ手を離さないことだけに集中すればいい。

 だが、触ってはならないという条件であれば、宝玄仙の意識は掻痒剤を塗り込めた局部に集中せざるを得ない。

 気を抜けば、逆にだんだんと局部に手が近づきそうになるからだ。

 だから、一瞬たりとも意識を集中せざるを得ない。

 

 だが、それはずっと局部を苛む痒みのことを考え続けなければならないということでもある。

 これは思ったよりもつらい……。

 宝玄仙はだんだんと自分の口から嗚咽のような声が洩れだすのがわかった。

 

「どうだ。少しは痒くなったか。遠慮なく掻くがいいぞ。両手は自由なのだ」

 

 黄眉がいつもの揺り椅子に腰掛けて哄笑した。

 

「ああ、も、もう、もう、許しておくれ……」

 

 思わず無駄だとわかっている哀願を口にしてしまう。

 

「なにを許すのだ、宝玄仙? 遠慮なく掻けと言っているではないか。お前の苦しみを癒してくれる両手は自由だ」

 

 黄眉が笑った。

 宝玄仙はなにかの気配を感じで顔をあげた。

 いつの間にか黄眉は長い一本の棒を持っていた。

 はっとして、宝玄仙は思わず身体を緊張させた。

 黄眉がその棒を宝玄仙の入っている筒にすっと差し入れたのだ。

 

「ほれっ……。触れ──。掻け。掻かんか」

 

 棒で宝玄仙の手を股間に押しやるようにしてきた。宝玄仙は慌てて手を上にあげて棒を避けた。

 

「わしの持つ棒を掴むなよ、宝玄仙──。わしが押し付ける分はなんでもないが、棒に自ら触れば、自分から手で掻いたのと同じことになるようにすでに道術を刻んでおるからな。あるいは、棒に股間を自ら擦りつけても同じだ。どんなに耐えられなくなっても、仲間を殺したくなければ自らは動くでないぞ……。だが、棒に股間を擦りつけるのは甘美だと思うぞ……。ほら、こうしてやろう……。棒に股間を擦りつけろ。気持ちいいぞ、宝玄仙……。ほれっ……」

 

 黄眉が笑いながら強引に宝玄仙の股間の下に棒を差してくる。

 そして、からかうように股間を棒で刺激してきた。

 宝玄仙はただれるように痒い部分を刺激されて吠えるような声をあげた。

 すると、黄眉はその棒を宝玄仙の股間にぴたりと密着するように固定したのだ。

 

「あああ……。や、やめておくれ──。お、お願いだよ──。そ、それは……」

 

 宝玄仙は悲痛な声を発した。

 全身が突きあがるような痒みに襲われているところに、その痒みの頂点に棒を当てられたのだ。

 だが、その股間をぴくりとも自ら動かせば朱姫と孫空女が入れられている筒に毒気が流し込まれる。

 

「痒ければ腰を動かせ。もっとも、そうすれば仲間は死ぬがな。ぴくりとも動かんというのは思ったよりもつらいであろう? ずっとこうしておいてやるぞ。いつまで耐えられるかのう?」

 

 黄眉が笑った。

 宝玄仙は呻き声をあげていた。

 耐えがたい痒みに襲われている宝玄仙は、これで身悶えさえできなくなったのだ。

 少しでも身体を悶えさせれば棒で股間を擦ってしまう。

 そうすれば朱姫と孫空女を殺すことになってしまう……。

 

「腰を動かせ。気持ちがいいぞ……。こんな風にな……」

 

 黄眉がわざと棒の表面で宝玄仙の股間が当たっている局部を一度だけ擦った。

 

「あひいいいっ──」

 

 発狂寸前の痒みが棒で擦られる気持ちよさは甘美というには、あまりにも衝撃的だった。

 宝玄仙は絶叫したが棒が動いたのは一度だけだ。

 また、ぴたりと止まる。

 しかし、一度でもさっきの甘美感を知ってしまえば、もう耐えられない。

 このままの状態で腰を動かさないでいることなど不可能だ。

 宝玄仙は次のひと擦りを求めて気が狂いそうになった。

 このまま、棒を股間に密着され続けては、いつか無意識のうちに自ら腰を動かしてしまいそうだ……。

 

 このままでは──。

 

「お、ああ……お、黄眉……お願いだよ──。もう一度、もう一度だけ動かして──」

 

 宝玄仙は悲痛な声をあげた。

 

「もう動かしてはやれんな。そんなに擦りたければ、自分で動かしたらどうだ? ほら、気持ちいいぞ……」

 

 黄眉が宝玄仙を呷るように軽く棒を震わせる。

 

「あがああっ──」

 

 痒みを癒すほどには至らない微妙な動きだ。

 それだけで一層痒さが助長されて宝玄仙は悲鳴を張りあげた。

 身体が自分の意思から離れていく気がする。火で抉られるような痒みは激痛のようにも感じる。

 

 痒い……。

 痒い……。

 

 ほんの少し……。

 ほんの少し動かせば……。

 いや、駄目だ……。

 

 それだけは……。

 でも……。

 

「お、お願いだよ、黄眉……。た、頼むから……」

 

 宝玄仙は身体を震わせた。

 このままでは屈服してしまいそうだ。

 いままでの条件は、取っ手を掴んだ手を離すなというものだった。

 それはなんとか耐えられた。

 だが、今度はぴたりと棒を当てられた股間を動かしてもならないというのだ。

 

 そんなこと無理だ……。

 痒みはますます耐えがたいものになっていく。

 しかし、不意にすっと棒が宝玄仙の股間から離れた。

 

「おう、来たようだな……」

 

 黄眉が立ちあがっている。ふと見ると部屋を出て行こうとしているようだ。

 すでに棒は膜の外に出されていた。

 

 宝玄仙はどっと脱力感に襲われた。

 なにが起きたかわからないが、ぎりぎりのところで救われたという感じだ。

 

 とにかく、助かった……。

 とりあえず、これまでの我慢を取り戻すかのように太腿を擦り合わせて腰を動かす。

 それで痒みが癒されるわけではないが、切れそうだった神経が少しだけ正常な方向に戻るような気がした。

 黄眉が部屋の外からいなくなった。

 

「くううっ……。い、いまのは危なかったよ……」

 

 宝玄仙はわざと軽口を孫空女に言ってみせた。

 しかし、孫空女の顔は悲痛だった。

 そして、驚いたことに涙を流していた。

 

「お、お前……、なに……泣いているんだい……?」

 

 宝玄仙は呆れて言った。

 

「だ、だって……」

 

 なにが悲しいのがさらに孫空女はぼろぼろと涙をこぼした。

 宝玄仙は孫空女にもう一度声をかけようとしたがそれはできなかった。

 黄眉が戻ってきたのだ。

 しかし、ひとりではなかった。

 

 黒い外套に身を包んだ女をひとり伴っている。

 さらに、後ろからあの後天袋(こうてんおう)も部屋に入ってきた。

 

 そういえば、朱姫が時間稼ぎに、新しい生贄となる女を仕入れるように黄眉の心を誘導したとか言っていたような気がする。

 三人を責めるのを中断して、新しい女にかかりきりになるように『縛心術』で誘導したのだ。

 朱姫の言う通りなら、黄眉は『縛心術』に操られて、宝玄仙たちに対する責めに優先して新しい女に構うことになるはずだ。

 なぜかそういう気になるのだ。

 

 それがこの女なのだろう。

 これでひと息だけはつけるはずだ。

 それにしても、この女はなかなかの美形だ。

 

 不貞腐れたような……、あるいは怒ったような表情をしている。

 それにしてもどこかで見覚えがあるような……。

 それで思い出した。

 

「お、お前、美麓(みろく)かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 美麓に間違いなかった。

 ほんの少ししか見てはいないが、小西天(しょうせいてん)の町の居酒屋でからかった男装の女に間違いない。

 

 それにしても男装をしていない美麓は随分と美女なのだと思った。

 後天袋がさっと美麓を覆っていた黒い外套を剥ぐ。

 両腕を後手縛りに拘束され、さらに奇妙な貞操帯を付けさせられている美麓の裸身がそこに現れた。

 

 

 *

 

 

「ほう、これはまた美形だな」

 

 黄眉はほくそ笑んだ。

 このところ後天袋は実にいい仕事する。

 宝玄仙といい、ほかのふたりの供といい、そして、今回の女といい黄眉の蒐集品に相応しいいずれ劣らぬ人間の美女だ。

 

「美麓という女です。なかなかのお転婆な女ですから縛っております」

 

 後天袋が言った。

 

「そうか。だが、もう解いていいぞ。その不細工な腰のものもな」

 

 腰に嵌めているのはなにかの霊具のようだ。

 おそらく、この女を性的に責めるためのものだろう。

 それはそれで愉しいかもしれないが、最終的には剥製にするのだから筒に入れる時点で下品なものは不要だ。

 縄で縛って来たのも黄眉には不満だ。

 縄の痕が残るからだ。

 それを残さないためにはすぐに殺さずに、縄の痕がなくなるまで生きたまま筒の中に留めておかなければならないからだ。

 

 普段であれば、後天袋が連れてきた女を死の恐怖でじわじわと追い詰めながら責めるのも愉しい作業だ。

 しかし、今回は急いでいるのだ。

 早く追加の女を処分して、宝玄仙たちを剥製にする仕事に戻りたい。

 

 なかなかにしぶとい連中だったから四日も経ったのに三人ともまだ生かしてしまっている。

 それで、この新しい女を早く剥製にして、宝玄仙への責めに戻りたいところだったが、美しい剥製にするために縄目がなくなるように少なくとも一日は待つ必要があるだろう。

 

 一瞬だけ、なぜ、新しい女を最初の三人に優先しなければならないのだろうかという疑問が走ったが、その考えは霞のようなものに隠れて消えてしまった。

 とにかく、この三人に優先して新しい女を剥製にしなければならないのだ。

 そうしなければならない……。

 

「これもこの女を躾けるための道具というわけでして……。なにしろちょっとでも油断すると逆らうんです。この霊具も実はその宝玄仙から奪ったものなんですがね……」

 

「なんてもいい。早く外せ……。縄もだ」

 

 黄眉は苛ついて言った。

 いつもだったら、いいのだ。

 絶対に脱出できない透明の筒、即ち、鐃鈸(にょいばち)に閉じ込めて、じわじわといたぶりながら責め遊べばいい。

 それが美女の剥製を集めることと並ぶ黄眉のもうひとつの趣味だ。

 しかし、今回は早く新しい女を処分して宝玄仙への責めに戻りたい。

 

 また、なぜ、新しい女を優先しなければならないのだという考えが浮かんだ。

 だが、またしても、それは頭の中のもやの中に隠れてしまう。

 後天袋が美麓の後ろに回って腰の貞操帯を外した。がちゃんと音を立てて貞操帯が美麓の股間の下に落ちた。

 ふと見ると股間の部分に触手のようなものが見える。

 どうやらあの触手で美麓という女の股間を自在に苛んで、抵抗を防いでいたのだろう。

 続いて後天袋が懐から小刀をだして美麓の身体を縛っていた縄を切った。

 ぱらりと縄もその場に落ちる。

 

「ちっ」

 

 舌打ちだったが、この女が初めて口を開いた。

 ずっと後手に縛られていたのか、たったいままで縛られていた二の腕を擦るような仕草をした。

 

「それっ、そっちにいけ」

 

 黄眉は美麓の尻をぴしゃりと叩いて、縄や貞操帯が落ちた部分から離れるように促した。

 

「さ、触るんじゃないよ」

 

 美麓がきっと黄眉を睨みつけた。

 だが、それで美麓は数歩だけ移動した。

 もう、それで十分だ。

 黄眉は道術を込めた。

 美麓の裸身は膜のような筒で囲まれた。

 

「な、なに……?」

 

 美麓が驚いている。そして、おそるおそる両手を前に出した。

 だが、その両手は見えない壁に阻まれている。

 

「わっ、な、なにさ、これ?」

 

 中で美麓が声をあげている。

 

「どうですか? 気は強いですがいい女だと思いますがね」

 

「まあ、確かにな……」

 

 鐃鈸(にょいばち)の筒の中に閉じ込めてしまえば、もうすべては終わりだ。

 後は幾らでも好きなように料理ができる。

 

 黄眉は改めて美麓という女を見た。

 両手を前にして懸命に裸身を隠そうとする仕草をしながら、きっと黄眉を睨む顔にはなかなかの気の強さがかいま見える。

 黄眉は、美麓を眺めているうちに、すぐに処分せずに、宝玄仙たちのように数日間生かしておいてじわじわと追い詰めるのを愉しんでもいいかもしれないという気になった。

 強い女を泣き叫ばせるのは実に愉しい。

 

 いずれにしても、黄眉にはこうやって筒の膜に包んだ直後に獲物の女に必ず行う儀式があった。

 女の股を舌で舐めるのだ。

 もちろん遠隔で舌の感触だけを飛ばすのだが、それは最初に蒐集品にした女から続いている行為だ。

 先日、捕えた宝玄仙もそうしたし、朱姫もそうしたし、孫空女もそうした。

 

「ひゃん──」

 

 美麓が筒の中で股間を押さえて飛びあがった。

 いま、美麓の股間には黄眉の舌の感触が伝わったはずだ。

 黄眉の舌にも美麓の股間の淫液の味が伝わってきた。

 なんだか痺れるような不思議な感触だ。

 

「な、なにすんだい──」

 

 美麓が股間を押さえて赤い顔をしている。

 しかし、どんなに股間を押さえても、遠隔操作で舌の感触だけを飛ばしているだけなので防ぎようはない。

 そうやって逃げられようのない状況で人間の女を苛むのが好きなのだ。

 

 もう黄眉も二百年以上も生きている。

 女を犯すこと事態はもうあまり興味が薄くなっている。

 それよりも、こうやって美術品として女を剥製の人形として残すことと、その過程において女を追い詰めてなぶるのがいいのだ。

 犯そうと思えば、筒の中に入れた状態でも犯せる。

 

 筒の中であれば、実際の性交と同じように肉棒でも舌でも、好きなように感覚を飛ばして実際に触れているような感触を得ることができる。

 さっきのように股間を舐めれば、黄眉の口の中には、実際に舐めるのと同じ女の体液が入ってくる。

 

「おうおう、赤い顔して可愛いのう……。もう一度味わうか」

 

 黄眉はさらに舌を筒の中に送った。

 

「ひいっ」

 

 また美麓が股間を押さえて身悶えた。

 

「美麓よ、その筒の中に入れられた以上、もはや命は諦めるがよい……。お前の身体の縄の痕が消えるのを待って美しい剥製にしてやるからのう……。愉しみにしておれ」

 

 黄眉は笑った。

 しかし、次の瞬間、なにか違和感が全身に走った。

 腹がじわじわと捻じれるような……。

 

「な、なんだ──?」

 

 黄眉は声をあげた。

 不意に物凄い激痛が襲った。全身の力が抜けてその場に崩れ落ちる。

 なにかが込みあがった。

 自分の口から大量の血が吐き出た。

 

「うごおおっ──」

 

 黄眉は腹を抱えてその場にうずくまった。

 怖ろしい激痛が身体に走る。

 

 毒だ。

 一瞬で悟った。

 

 だが、なぜ……?

 しかし、それ以上考えることができなかった。

 激しい痛みがはらわたを捻る。

 

 黄眉は床にのたうち回りながら懸命に口に手を入れようとした。

 とにかく吐いて口の中のものを出さなければ……。

 しかし、その手を不意に力一杯に踏まれた。

 

「あがっ?」

 

 顔をあげた。

 後天袋だ──。

 その足が黄眉の手を踏んで、黄眉が毒を身体の外に出そうとするのを防いだのだ。

 

 なぜ──?

 

 黄眉は困惑した。

 そして、後天袋の右手に小刀が握られているのがわかった。

 小刀が振りおろされて、自分の喉に当たるのを感じた……。

 それが最後の知覚になった……。

 

 

 *

 

 

 筒の向こうの眼下の黄眉は喉から血を流し続けている。

 大きく見開いたような眼は確実に生気を失っている。

 もはや、黄眉が死んだということはわかった。

 だが、なにが起きたのか、孫空女にはさっぱりとわからない。

 

「し、死んだ……?」

 

 孫空女は呟いた。

 それと合わせるように、孫空女たちを監禁していた見えない筒が同時に消滅した。

 孫空女はその場に崩れ落ちた。

 美麓を含めたほかの女たちも、それぞれがいた場所から四人の女が転がるように前に倒れている。

 

「本当にあんたたちは、わたしがいないと、わざわざ罠に進んで飛び込むような失敗をするのね……」

 

 すると、目の前の後天袋が指から小さな指輪を抜いた。

 後天袋の姿が消滅して、沙那の姿に変わった。

 

「沙那──」

 

 孫空女は叫んだ。

 身体の奥底から歓喜が込みあがる。

 

「さ、沙那かい──」

 

「沙那姉さん──」

 

 宝玄仙と朱姫もまた絶叫した。

 

 

 

 

(第59話『失われた仲間』終わり。沙那のこれまでの道中は、第60話『奴隷二号』及び第62話『追跡する者』で語ります。なお、第61話には外伝を挟みます。)









【西遊記:65・66回、黄眉(こうび)大王】


 玄奘(三蔵)一行は、人里離れた山の中で、目的地の天竺の雷音寺だと思わせる豪華絢爛な寺院を見つけます。
 建物に近づくと、寺院の看板には“小雷音寺”と書かれていました。
 孫悟空は、その寺院の怪しさを感じるのですが、孫悟空がとめるのを振り切り、玄奘は中に入ってしまいます。

 そして、寺院だと思っていた建物は、黄眉(こうび)大王という妖魔王の屋敷でした。
 黄眉大王は、玄奘の旅の噂を耳にして、高僧の玄奘を喰らうことで力を得ようとし、雷音寺に似せた建物を造り、玄奘が立ち寄るのを待ち構えていたのです。
 建物内に入った孫悟空をまずは不意打ちで、黄金の箱(金の鐃鈸(にょうはち))を被せて監禁し、残りの玄奘、猪八戒、沙悟浄を捕まえてしまいます。

 黄眉は、孫悟空をこのまま放置しておけば三日後には溶けて死ぬのは確かであり、その後に玄奘を喰らうことにしたと言い、部下たちに玄奘たちを洞府の奥の牢に入れるように命じます。
 そして、黄眉自身も奥に引っ込んでいきます。

 一方で、不思議な箱に閉じ込められている孫悟空ですが、内側からどんなに術を駆使しても、どうしても脱出することができませんでした。
 そのため、まずは、近傍にいる五方掲諦(ごほうぎゃてい)六甲(ろっこう)六丁(ろくちょう)・十八護教伽藍(がらん)(天界が玄奘の護衛のために侍らせている護衛天たち)を術で呼びます。
 五方掲諦は、ほかの天に見張りを指示をして、助力を依頼させるために、自ら天界に向かいます。

 天界の玉帝は、使者である五方掲諦から玄奘たちの危機を知り、驚いて二十八宿の天将を派遣します。
 その二十八人の天将の協力により、なんとか孫悟空は、金の箱から脱出することに成功します。

 孫悟空は、集まった護衛天や二十八宿とともに黄眉大王に攻めかかりますが、黄眉の持つ「五天袋」という宝具にことごとく吸い込まれてしまいます。

 ほかの天将とともに捕らえられた孫悟空ですが、夜中になって、身体を小さくする術で脱出に成功します。
 孫悟空は、天将たちに加えて玄奘たちを見つけると、縄を解いて助けます。
 そのまま全員で洞府を脱走します。

 ところが、玄奘が荷物を置いたままであることを思い出し、それを取り戻したいと騒ぎ出します。孫悟空は荷物くらい諦めるべきだと諭しますが、玄奘は聞き入れません。
 仕方なく、孫悟空ひとりがもう一度洞府に忍び込んで荷を取りに行きます。
 なんとか、荷物だけは取り戻しますが、そのときに物音を立ててしまい気づかれてしまいます。

 異変に気がついた黄眉は、まずは玄奘たちがいないことを悟り、妖魔軍に追跡を命じます。
 すぐに、山のふもとに、二十八宿たちが集まっていることを見つけ、軍に攻撃をさせます。
 妖魔軍と天将たちの戦いが再び再開します。
 戻ってきた孫悟空も戦いに加わり、激戦は一日続きます。
 辺りが夜闇に包まれ出したとき、黄眉が五天袋を取り出すのを孫悟空は見つけます。全員に警告を発する間もなく、孫悟空以外の全員が五天袋にまたもや呑み込まれます。
 孫悟空のみは逃走しましたが、妖魔軍との戦いは、辛うじて孫悟空のみだけが生き残るだけという結果に終わります。

 孫悟空は、玉帝の援軍が敗北したことから、今度は武当山の蕩魔(とうま)天尊のところに援軍を依頼することにします。
 蕩魔は、本来は玉帝を継ぐ者であったが、武辺に優れていて、玉帝の仕事が性に合わなかったので、自ら天界を飛び出し、いまは地方の軍閥勢力として認められているという存在です。
 孫悟空は、その蕩魔から、亀と蛇の二将、五大神龍の軍を借り、三度(みたび)、黄眉に攻めかかります。
 ところが、その二将、五龍までもが、またもや黄眉の五天袋に呑み込まれてしまいます。

 仕方なく、孫悟空は、次は精鋭の軍を持つという盰眙(くい)山の国師王菩薩のところに向かいます。
 そこで、国師王の弟子の小張太子と菩薩軍の四将の軍を借りることに成功します。
 しかし、結局、その国師王軍も黄眉の五天袋に呑み込まれて敗れてしまいます。
 
 多くの援軍を失い、ひとりで途方に暮れていた孫悟空のところに、弥勒菩薩(みろくぼさつ)がひとりでやってきます。
 弥勒によれば、黄眉大王の正体は、弥勒のもとから宝具を盗んで逃亡した童子ということでした。呆れる孫悟空に、弥勒はふたりで黄眉を取り押さえようと言います。

 弥勒は、孫悟空の手に「禁」という文字を書きます。
 これを見せれば、必ず黄眉は追いかけてくるので、隠れいている弥勒のところまで連れてきて欲しいと頼みます。
 孫悟空が言われたとおりに行動すると、黄眉大王は自分の軍を置き去りにして、たったひとりで孫悟空を追いかけてきます。

 やがて、瓜畑にやってきます。
 孫悟空は、あらかじめ弥勒から告げられていた策により、瓜のひとつの変身します。
 土地の老人に化けた弥勒は、黄眉の前に出て来て、言葉巧みに孫悟空の変身した瓜を食べさせることに成功します。
 黄眉の腹の中で小さくなっている孫悟空が大暴れします。
 妖魔王は、あまりの苦しさに降伏します。

 弥勒に取り押さえられた黄眉は、黄眉が盗んだ宝物とともに天界に戻されます。
 また、黄眉軍については、孫悟空によって全滅させられます。
 援軍の天将たちを戻し、玄奘たちも救出されます。
 玄奘が孫悟空の忠告に従わなかったことを謝罪し、一行の旅が再開します。


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 第60話 【追跡行1】奴隷二号【愛華(あいか)愛寧(あいねい)
382 監禁された女


 時系列は、第57話『ぶち切れた堪忍袋』の直後となります。
 仲間と別れてしまった沙那の受難のエピソードです。


 *


 この香りをもういちど嗅いでください。いつもの桔梗の花の香りですよ。

 この香りを感じると心が軽くなります……。

 

 そう……。仲間がいるのですか? わかっていますよ。

 何度も聞きましたから……。

 でも、忘れるんです。心が軽くなります。

 

 どうしても、帰らなければいけないのですか?

 どうやら、桔梗の花が効いているみたいですね。いまの状況をまた忘れてたんですね。

 

 まあ、いいです。

 じゃあ、もう一度、説明しますね、沙那さん──。

 

 でも、あなたはは怪我をしているんですよ。崖から落ちたみたいです。

 それで治療をしました。

 ここは薬師の家です。

 城郭じゃありません。

 山の家です。

 

 沙那さんは、崖から落ちて、この家の近くの谷に倒れていたんです。

 はっきり言って、死にかけていましたよ。

 怪我よりも衰弱で……。

 

 起きるっていっても、身体が動かないんじゃないですか?

 いまは、薬も効いていますから……。

 

 とにかく、よほど疲労していたみたいですから、衰弱していた身体を回復させる薬草を飲んでもらいました。しばらく、動けないと思いますけど。

 とにかく、いまは寝ることです。

 

 これを嗅いで──。

 じゃあ、お休みなさい──。

 

 

 *

 

 

 気がつきましたか?

 かなり、回復しましたね……。

 

 あなたが、どうしたかですか?

 怪我をしたんです。

 どうやら、崖を踏み外したみたいですよ。

 

 いいえ、昨日のことです。

 いまは、翌日の朝です。

 

 ええ、お姉ちゃんが崖の下に倒れているあなたを見つけて、ここまで運んできたんですよ。

 余程、疲れていたみたいですね。

 多分、歩きながら眠ったか、意識がなくなったりして、それで崖に落ちたんじゃないかって、お姉ちゃんは言ってました。

 

 宝玄仙……?

 その人に連絡をして欲しいのですか?

 

 傷が治る?

 大丈夫ですよ。

 

 ここで傷を癒せばいいですよ。

 兄もそうして欲しいみたいです。あなたがお気に入りみたいですよ。

 

 兄ですか?

 ふふふ……。

 十日ほど前に、城郭の宿屋であなた方を見たんです。

 あなたって、とてもお綺麗ですものね。

 ひと目見たら忘れませんよ。

 

 あなたの名前は、沙那さんですよね。

 兄は、綺麗な女の人が好きですから……。

 

 それに、あんなに大騒動だったんですから。

 あれから、どうなったんですか?

 

 あの黒髪の綺麗な女の人の命令したとおり、あの大きな男の人と乱交しちゃったんですか……?

 張須陀(ちょうすだ)って男の人でしたっけ?

 

 びっくりしました?

 だって、その場にあたしもいたんですよ。

 兄と一緒に食事をしていたんです。

 覚えていませんか?

 

 あの宿屋の一階の食堂の隅に、十三歳の女の子を連れた三十くらいの男がいたのを……。

 

 そうです。そうです。

 その男があたしの兄で、女の子があたしです。

 とにかく、だから、お姉ちゃんが、傷を負ったあなたを運び込んできたときには、びっくりしましたよ。

 

 あたしと兄も、たまたま、あの宿屋に泊っていたんです。

 それで、食事をしていて、偶然、あなた方を見たんです。

 あの朝に起きた宿屋の騒動はよく覚えていますよ。

 ひいきの店に薬草を納めた帰りだったんですけど、どうしても夜になってしまったんで、宿屋に泊ったんです。

 夜は城門が閉まって出られないじゃないですか。

 とにかく、あたしもあの場にいたんです。

 

 宝玄仙って、お綺麗だけど、あの変な女主人の方のことですよね?

 ひどいご主人様じゃないですか。

 あなたが嫌だって言うのに無理矢理に男に引き渡しましたよね。

 その首輪の霊具を無理矢理につけたじゃないですか?

 

 とにかく、傷の手当のついでに、金具で外しちゃいましたから。

 確か、これを付けていると、言葉に逆らえないとか……。

 首も怪我していたし、治療の邪魔だったから……。

 

 壊した首輪ですか?

 ありますよ。これです──。

 

 とにかく、もう、あたしは出掛けます。

 姉が戻りますから、そうすれば、沙那さんの看病を交替して、あたしは兄と城郭に行きます。

 宝玄仙という人と会って来ますね……。

 

 落ち着いて──。

 いまは、なにも考えないで……。

 

 じゃあ、この桔梗を嗅いでください。

 また、眠くなって、なにもかも忘れるはずです。

 

 効いてきましたね。

 じゃあ、お休みなさい。

 

 

 *

 

 

 お姉ちゃん、ただいま。

 どう、沙那の具合は?

 ああ、眠っているみたいね。

 

 意識が混濁?

 いいのよ。

 

 明日の午くらいまで、こうしておくつもりよ。

 そうすれば、桔梗の香りの毒がすっかりと身体に入ってしまって、この香りがある場所では、身体が動かなくなるはずよ。

 そうすれば逃げられないわ。

 

 もう少し待ってね、お兄ちゃん──。

 愉しみ?

 

 明日からはなんでもできるわよ。

 好きなように弄ればいいわ。

 

 でも、この沙那って、やっぱり、余程強いみたいね。

 それで、あの宝玄仙という人の護衛だったのね。

 だから、桔梗の香りが全身に浸透するまで待った方がいいわ。 

 

 身体の方も大丈夫と思うわ。

 でも、丈夫な人よね。

 お姉ちゃんの話によれば、随分と高いところから落ちたみたいだけど、かすり傷程度で終わるなんてね。

 

 だけど、傑作だったわ──。

 あたしの書いた偽の手紙で、朱姫って人なんて泣きじゃくっていたじゃない。

 あたし、噴き出しそうで困ったわ。

 

 とにかく、明日よ、お兄ちゃん。

 明日になれば、沙那はここから逃げられないわ。

 ところで、お姉ちゃん、今日の薬草の収穫はどうだったの?

 

 えっ?

 これっぽっち?

 決められた量の半分もないじゃないの?

 

 なんですって?

 看病を交替するために、早戻りしたからこれだけって言うの?

 

 そんなの言い訳でしょう。

 罰よね、お兄ちゃん。

 

 えっ、あたしが罰を与えていいの?

 

 ふうん……。

 じゃあ、鞭を持ってきなさい、お姉ちゃん。

 馬の鞭よ。

 

 早く、しなさい。

 ぐずぐず、するんじゃないわよ。

 

 お兄ちゃん、見た?

 お姉ちゃん、顔を赤くしてたわ。きっと、欲情したのよ……。

 

 見ててね。

 戻って来たわ。

 

 早く、鞭をちょうだい。

 じゃあ、服を脱ぐのよ。

 そして、四つん這いになりなさい。

 

 ほら、脚を開くのよ、お姉ちゃん──。

 

 見て、お兄ちゃん。やっぱり、蜜を洩らしているわ。

 こんなに股がどろどろ……。

 もう、恥ずかしいったらないわ。こんな淫乱と血が繋がっているなんてね。

 

 じゃあ、いくわよ。

 全部で五発よ。

 

 一発目──。

 

 悲鳴をあげるんじゃないの。数をかぞえるんでしょう、お姉ちゃん。

 

 本当にいつまで経っても、奴隷の躾が身につかないわねえ。

 じゃあ、もう一発目からよ。

 悲鳴をあげたら、やり直しだからね。

 

 一発──。

 

 二発──。

 

 三発──。

 

 へえ、やるわね。悲鳴をあげないのね……。

 

 じゃあ、これは……?

 

 ははは、おかしな声をあげるんじゃないわよ。

 肉芽をちょっと揺すられたくらいで──。

 

 とにかく、声をあげたからやり直しね。

 そうだ。お兄ちゃんは、お姉ちゃんの身体を触ってよ。

 あたしは、その合間に鞭を打つわ。

 

 お兄ちゃんのお触りで声をあげてもやり直し。

 もちろん、あたしの鞭で悲鳴をあげてもやり直し……。

 それでいきましょうよ。

 じゃあ、始めるわよ。

 

 お姉ちゃん、鞭で悲鳴をあげても、いやらしい声をあげても、鞭は最初からやり直しだからね。

 

 言っているそばから、お兄ちゃんの愛撫で声をあげちゃあ、駄目じゃないの……。

 本当に淫乱な雌犬ね。

 お尻を出して。

 これは追加の罰だから、数には入らないわよ。

 

 それっ──。

 ちゃんと耐えたわね……。

 

 じゃあ、お兄ちゃん、触っていいわよ。

 ほらほら、我慢しなさいよ……。

 それと、鞭はいつくるかわからないわよ……。

 お兄ちゃんの手ばかり気にしていたら、鞭が来るからね、お姉ちゃん……。

 

 ほらっ──。

 あははは……。

 悲鳴をあげちゃだめと言ったじゃないの。

 

 へえ、身体をいじくられていたら、備えられないの?

 そんなの知らないわよ。

 

 お姉ちゃんの身体が淫乱だからいけないんでしょう?

 あらっ、お兄ちゃん、前が大きくなったわ。

 

 もう、入れる?

 そう……。

 

 じゃあ、どっちにするの?

 あたし?

 それとも、お姉ちゃん?

 

 ふうん……。

 じゃあ、今夜はお姉ちゃんだって──。

 よかったわね、お姉ちゃん。

 

 じゃあ、お兄ちゃん──。

 お兄ちゃんがお姉ちゃんを犯している間、あたしは、お姉ちゃんのお尻を指で苛めるわ。いいでしょう?

 じゃあ、決まりね。

 ほら、お姉ちゃん、なにをしているの──。

 お兄ちゃんのズボンを脱がすのよ。

 本当に愚図なんだから……。

 奴隷なら、奴隷らしく、さっさと動くのよ……。

 

 

 *

 

 

 お早う、沙那さん──。

 どう、具合は?

 

 首輪?

 届けて来たわ。

 宝玄仙という人にも会ってきた。

 昨日ね──。

 いまは、翌朝よ。

 

 宝玄仙という人がどうしたかってですか?

 まあ、いいじゃないですか。

 

 ところで、あなたって奴隷なんですか?

 供ですか?

 

 でも、あの状況は、奴隷にしか見えませんでしたけどね……。

 まあいいです。

 

 とにかく、治るまでずっとここにいればいいです。

 兄もそうして欲しがっていますし、あんなひどい女主人のところに戻すわけにはいきませんから……。

 あたしが面倒を看ますよ。

 

 駄目です──。

 どこにも行かせません。

 兄の命令です。

 

 なにをそんなに怒っているんですか?

 そんなに、興奮すると傷に触りますよ。

 

 じゃあ、本当のことを言いますね。

 多分、あなたのお仲間は、もういないと思いますよ。

 

 あなたは、宝玄仙という人に嫌気がさして、どこかに逃げちゃった……。

 そういうことになっていますから。

 

 どういうことかってですか?

 つまり、そういうことですよ……。

 だから、首輪を届けたって言ったじゃないですか。

 

 沙那さんから外した首輪を城郭にいるあの女主人のところに届けたんです。

 別れの言葉を添えて……。

 

 手紙とはなにかですか?

 あなたが書いたことになっている別れの言葉です。

 そりゃあ、そうです。覚えてないですよ。

 本当はあたしが書いたんですから。

 でも、信じたみたいですよ。

 

 首輪を包んで別れの言葉──。

 いかにもっていう感じでしょう。

 あなたの仲間の方々は信じたみたいですよ。

 

 あの朱姫という人なんて、泣きじゃくってましたし……。

 ああ、面白い……。

 

 あたしの書いた手紙を真に受けちゃって……。

 疑いもしないんですから……。

 ばれたときの言い訳も考えていたんですけど、ちっとも疑いませんでしたよ。

 だから、もういませんよ。

 

 えっ?

 いまですか?

 三日は経っていますよ。

 昨日もあたしと何度もお話ししましよ。

 覚えていないですか?

 

 まあ、桔梗の花の香りのせいですけどね。

 毒が回っている間は、記憶が麻痺するんです。

 副作用ですね。

 

 もう、これ以上は、記憶の混濁は起きないから大丈夫と思いますよ。

 その代わり、身体が動かなくなるはずですけど……。

 

 なんのことかわからないですか?

 

 つまり、沙那さんはここに監禁されているんです。

 三日前から……。

 傷を負って倒れていたのは本当ですけどね。

 

 でも、兄があなたを覚えていて、この家に置いておきたくなったんです。

 玩具として……。

 

 ふふふ……。

 怒鳴っても駄目ですよ。

 もう、どうしようもなくなっていますから……。

 

 つまり、沙那さんは、この三日間、こうやって起きたり、眠ったりしていたんです。眠っているときの方が多かったかな。

 最初の一日目なんて、ほとんど目を覚まさないから、もしかしたら、このまま死ぬんじゃないかと思ったくらいですよ。

 

 本当に身体が衰弱していたんですよ。

 だから、沙那さんが崖に倒れていたのをお姉ちゃんが見つけたのは、三日前の夕方です。

 

 それで、あたしが兄の命令で、あなたの女主人の宝玄仙という人に、壊した首輪と偽の手紙を添えて持っていったのが昨日です。

 あたしは、昨夜戻ってきたところで、今日は三日目の朝です。

 沙那さんは、もう、何度も、あたしにも、兄にも、お姉ちゃんにも会っていますよ。

 

 覚えてないですか……?

 お世話したんですよ。

 三人で──。

 

 裸も見ましたよ。

 素敵な身体でした。

 兄も愉しみにしていますよ。

 

 意識のないあなたを抱くのは興味ないから、元気ができるまで待つって言っていましたから、意識が戻ったのを報せたら悦ぶと思います。

 

 傷も薬草が効いて、ほとんど回復しています。

 もう一度、寝て起きれば、もう、大丈夫だと思います。

 

 じゃあ、この桔梗の香りを吸ってください。気分が落ち着くでしょう?

 

 ……効いてきましたね。

 

 じゃあ、次はこれを飲んでください。眠くなりますから。

 

 嫌なんですか?

 無駄ですよ。

 こうやって鼻を摘まめば口を開けるしかないでしょう。

 手足は動かないはずですから。

 強い痺れ薬も使っていますからね。

 

 桔梗の真毒が全身に回りきるまでは念のために……。

 

 ほらっ、開いた。

 じゃあ、飲んで──。

 

 これで、夕方まで、また目が覚めないはずです……。

 効いてきたみたいですね……。

 じゃあ、お休みなさい。

 

 沙那さん……。

 えっ?

 

 なんのためにこんなことするかって?

 沙那さんって、本当に面白いですね。

 

 同じことばかり訊いて……。

 

 ええ、同じ質問を何度もしてます。

 ただ、覚えてないみたいですね。

 

 その桔梗の香りのせいかもしれません。

 そのただの桔梗じゃないんです。

 身体を麻痺させる魔草でもありますから……。

 ただ、身体が完全に桔梗の真毒で犯されるまでは、記憶の混濁が起きるんです。

 ここには、そういう薬草だけはいくらでもあるんです。

 薬師の家ですから……。

 

 とにかく、これまでのことを覚えていないのはそのせいです。

 二日目に逃げようとしたんですよ。

 それで痺れ薬も使ったんです。

 でも、もう終わりです。

 この桔梗の香りが暗示になって、身体が麻痺するんです。

 ただの桔梗じゃないんです。

 魔草の桔梗ですから……。

 

 逃げようとしたことも覚えていないですよね?

 そういう魔草なんです。

 その魔草の毒を三日間、沙那さんは吸い続けたんです。

 だから、もう逃げられません。

 

 それと、もう、寝るだけの時間は終わりです。

 お愉しみの時間の開始です。 

 兄もそろそろ、沙那さんで遊びたがっていますから……。

 だから、今度、眼が覚めたときには、この会話のことは記憶に残っていると思います。

 

 怒鳴らないでくださいよ。

 薬が効いているのに、よく怒鳴れますね。

 だから、さっきから言っているじゃないですか。

 兄があなたを気に入ったんです。

 だから、ここで飼うことにしたんです。

 

 奴隷二号として……。

 それとも、玩具一号かな?

 

 眠ったんですね、沙那さん……。

 

 じゃあ、お休みなさい。

 

 眼が覚めたら、躾の開始ですよ……。

 ふふふ……。



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383 薬師の変態兄妹

「なにかして欲しいことはありませんか、沙那さん? 下の世話でもなんでもやりますからね。遠慮なく言ってください。それとも、股間が疼いて仕方がないときは、弄ってもさしあげますからね。なにしろ、沙那さんは、魔草の桔梗の香りの毒に侵されてぴくりとも身体を動かせませんから」

 

 愛寧(あいねい)が笑った。

 沙那は歯噛みした。

 

 どうやら、ここは附国の西側にある山麓の一軒屋らしい。

 張須陀(ちょうすだ)たちによる監禁と嗜虐の日々からやっと逃亡に成功したと思ったら、おかしな薬師の家の捕らわれ人になった。

 なんという不覚……。

 

 いずれにしても、この数日の記憶は混沌としている。

 かろうじて覚えているのは、張須陀に囚われていた洞窟を後にして、山を下ろうとしていたことだ。

 宝玄仙の馬鹿な悪戯が原因となり、かつて恨みを買ったことのある張須陀という男に(さら)われた。

 そして、彼らの隠れ処である山の洞窟に閉じ込められて、十数日にわたり調教という名の復讐の嗜虐を受け続けたのだ。

 それでも、なんとか逆襲に成功して、宝玄仙たちが待っているはずの城郭の宿屋に向かおうとして、沙那はうかつにも、細い山道を踏み外して崖に転落してしまったらしいのだ。

 

 十日に及ぶ体力と気力を削り取るような調教は、沙那が思っていた以上に、激しく沙那の身体を衰弱させていたようだ。

 張須陀たちに反撃するために剣を振るったときにはなんとか意識が正常だったが、逃亡に成功すると、安堵のために気が抜けたせいか、監禁されていた間の溜まっていた疲労が一気に沙那を襲った。

 

 歩きながら何度も意識が遠くなり、気がつくと山道を踏み外して崖下に転落していたということだ。

 はっきりと覚えているのは、咄嗟に斜面に手を伸ばして、落下の衝撃を緩めた瞬間だだが、あっという間に地面に叩きつけられて意識を失った。

 そして、意識が戻ると、見知らぬこの山の家に横になっていた。

 

 助けられたのだと思って安心したのは束の間だった。

 沙那を看病したのは、とんでもない嗜虐癖のある兄妹だったのだ。

 ふたりは沙那に関心を示し、あろうことかここに監禁して、性奴隷として飼おうとか言い出したのだ。

 沙那が張須陀に浚われる日の朝の宿屋の騒動にたまたまそばに立ち合っていて、沙那と宝玄仙が険悪になっていたことも覚えいていたようだ。

 沙那は、それを床に敷かれた寝具に横たわりながらぼんやりと聞いていた。

 

 兄の名は、信伸(しんしん)、妹の名は愛寧(あいねい)──。

 信伸は三十くらいの色白の男で、愛寧はまだ十三歳の少女だ。

 だが、沙那の嗜虐の中心となっているのは、驚いたことにこの十三の愛寧なのだ。

 愛寧は、負傷して寝ている沙那の枕元に魔草の桔梗の花を飾り、その毒の香りに三日間沙那の身体を晒したのだ。

 その結果、すっかりと毒に侵された沙那は、現在のように、身体をまったく動かせなくなってしまっていた。

 

 この桔梗の魔草はとてつもない真毒であり、この香りに侵されると、全身が麻痺して動けなくなってしまうらしい。

 沙那は、その毒を三日間も嗅がせられて、完全に魔草に手足の筋肉を麻痺させられた。

 

 彼らの話によれば、沙那はすでに魔草に侵されているので、今度もこの香りを嗅げば、身体が動かなくなってしまうようになったということだ。

 そして、その魔草はいまも沙那の枕元に飾られている。

 ここは山に生える薬草や魔草を集めて加工する薬師の家らしい。

 そんな薬草には事欠かないようだ。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ……。なんのつもりか知らないけど、は、早くわたしを解放しなさい。どうなっても知らないわよ」

 

 沙那は毒づいた。

 しかし、その沙那の強気の言葉を愛寧と信伸が嘲笑う。

 

「まあ、強がっちゃって、可愛いわねえ。本当は怖いくせに……。ねえ、お兄ちゃん、どうする? とりあえず、裸を見る?」

 

「そうだな……。何度も見た身体だが、ちゃんと意識があるときに見たいものだな」

 

 信伸は、沙那の頭側に胡坐をかいて座っている。

 この兄の指図を受けて、動くのが少女の愛寧だ。

 その愛寧が沙那の身体に被っていた掛け布を剥ぎ取った。

 薄物の着物を身に着けた沙那の仰向けの身体が外気に触れる。

 

「ご開帳……」

 

 愛寧が笑いながら着物をあわせている腰の細帯を解き始める。

 この着物の下は完全な全裸だ。

 沙那はほとんど見知らぬ男とおかしな少女に裸身を晒すことに羞恥を覚えて、身体が熱くなるのを感じた。

 

「ちょ、ちょっと、やめなさいよ──」

 

 沙那は声をあげた。

 だが、手足の筋肉は完全に麻痺してしまっていて、身悶えくらいの動きしかできない。

 抵抗のできない沙那は、あっという間に着物を左右にはだけられた。

 沙那の裸体がふたりに晒される。

 

「くっ」

 

 なんとか手足を動かそうとするがどうしても駄目だ。

 それにも関わらず、意識も感覚もはっきりとしている。

 沙那は凌辱の予感に唇を噛んだ。

 

「お兄ちゃん、股間が固くなったらすぐに言ってね。沙那の股を準備するから」

 

「ああ……。とりあえず、お前に任せるよ」

 

「じゃあ、この沙那にうんと恥ずかしいことさせるね。見た感じ、この沙那って、恥ずかしがり屋さんみたいだから、きっと耳たぶまで真っ赤にして嫌がると思うわ」

 

「そうだな」

 

 沙那の真上で、信伸と愛寧が好き勝手に話をするのを聞いて、沙那はかっとなった。

 

「あ、あんたら、こんなことしてどうなるか覚悟しているんでしょうねえ。いま、こうやっている間にも、わたしの仲間はわたしを探しているわ。わたしにこんなことをしていることがわかったら、八つ裂きにされるわよ──……。い、いいえ、仲間の手を借りるまでもないわ。隙を見て、わたしはあんたらを倒すわよ。この麻痺さえなくなれば、あんたらなんて、指一本で叩きのめせるのよ」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「はいはい、麻痺さえなくなればね……。でも、残念ながら、沙那さんは、すっかりと魔草の香りに侵されちゃったし、それに、お仲間はもう沙那さんが遠くに行ってしまったと思っていますよ。知ってるでしょう? それに、あの女主人は、もう、奴隷女ひとりのことなんて、気にかけてませんよ」

 

 愛寧は馬鹿にしたような声をあげる。

 この年端もいかない少女にいいようにいたぶられるかと思うと、全身に沸騰するような怒りが込みあがる。

 この愛寧という少女の言葉によれば、愛寧は昨日、宝玄仙たちと会いに附国の城郭に入り、その宿屋で偽の沙那の別れの手紙を渡してきたのだという。

 

 宝玄仙たちは、それを真に受け、沙那は宝玄仙に愛想を尽かして立ち去ったものだと思い込んだのだそうだ。

 確かに、張須陀に浚われるとき、宝玄仙とは確執があった。

 しかし、宝玄仙や孫空女や朱姫は、本当に沙那が彼女たちに別れを告げたと思い込んだのだろうか……。

 

 そうだとしても、あの宝玄仙は、沙那が本気で別れを告げたとして、黙って解放し、逃亡するに任せるのだろうか……。

 なんか、あの変態魔女から逃げようものなら、地獄の底まで追いかけられて、とんでもない罰を受けるような気がしてならないのだが……。

 

 とにかく、仲間はもう附国を立ち去ったと愛寧に何度も言われた。

 しかも、この愛寧は、沙那が宝玄仙の奴隷女と本気で思い込んでいる節がある。

 だから、彼女たちにとっては、人間を浚ったというよりは、旅で立ち寄った女の持ち物をちょっと騙して奪ったというような気楽な雰囲気がある。

 いずれにしても、宝玄仙たちが沙那を見限ったというのは少し信じられない……。

 

「いまさら、恥ずかしがることはないですよ、沙那さん。沙那さんが三日間も寝ている間、あたしは、おしっこの世話もうんちの世話もみんなしたんですよ。食べ物だって食べさせたし、傷の手当もしたんです。あんなに傷だらけだったのに、もう、どこも痛いところなんてないですよね。だから、少しくらい、あたしのお兄ちゃんに身体でお礼をしてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 愛寧がそう言いながら、体側に沿って真っ直ぐになっていた沙那の両腕を頭の上に伸ばさせた。

 手足が麻痺している沙那の身体は人形と同じだ。

 愛寧の好きなように動かされて抵抗はできない。

 沙那の両方の脇が無防備に晒される態勢にある。

 続いて、愛寧は沙那の両脚を開かせた。

 沙那は、股間が露わになる感覚に沙那は思わず動かない身体を捻ろうとした。

 

「な、なにをするつもりよ──。いい加減にしなさい、お前」

 

 沙那はきっと愛寧を睨んだ。

 なんとか首は動くし、少しなら身じろぎはできる。

 しかし、それだけだ。

 それ以上は身体が動かない。

 このままでは、本当にこのわけのわからない兄妹に好きなように弄ばれてしまう。

 

「おお、怖い……。でも、睨んでも無駄ですよ、沙那さん。これから、沙那さんは、あたしたち姉弟の性奴隷になった恩返しをするんです。死にかけていたところを助けたんですから……。それくらいはいいですよね」

 

 愛寧が言った。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。た、確かに、助けてくれたことはお礼を言うわ……。だ、だけど、性奴隷って……」

 

 こんな少女から性奴隷などという言葉が出てくることには違和感を覚える。

 それにしても、なんでこんなことになったのだろう……。

 なんとか助かる方法はないか……。

 沙那は懸命に頭を巡らす。

 

「命のお礼に性奴隷になるのは、そんなに嫌ですか、沙那さん?」

 

「当たり前よ」

 

「じゃあ、玩具でもいいですよ」

 

 愛寧が笑った。

 

「ふざけないで」

 

 沙那は声をあげた。

 

「じゃあ、こうしましょうか──。いまから、あたしたちが沙那さんを責めます。それでみっともなく達したら、沙那さんはその瞬間に性奴隷です。でも、もしも最後まで我慢できたらこのまま解放してあげます──。それでいいわよね、お兄ちゃん?」

 

「いいだろう」

 

 愛寧が沙那の返答を待たずに、信伸に勝手なことを言った。

 そして、それに信伸が同意した。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 

 沙那は自分の身体がどれだけ敏感なのかがわかってきている。

 口惜しいが、どうやら沙那の身体の感度は他人に比べてよすぎるようだ。

 人形のように動かない身体を好き勝手に弄くられて、その刺激に耐えきる自信はない。

 沙那は抗議しようとした。

 だが、ふたりは、もう沙那の言葉は聞いていない。

 すぐに沙那を責めたてる態勢になる。

 沙那は焦りを覚えた。

 

「お兄ちゃん、こっちに来てよ。いまから、沙那さんの胸を揉むから。お股がどんな反応をするか確かめて」

 

「おう、わかった」

 

 頭側に座っていた信伸が沙那の開いている脚の間に胡坐で座り直した。

 信伸の眼の前に沙那の羞恥の源泉が晒される。

 沙那は屈辱で全身が焼けるほど熱くなるのを感じた。

 

「じゃあ、まずは、おっぱいからいきますね、沙那さん」

 

 愛寧が、両手で沙那の左右の乳房の脇から膨らみをなぞり始める。

 膨らみの外側から中心に回るよう撫でたかと思うと、乳首を揉みしだく。

 そして、束の間乳首をいじくって、また乳房の外側に戻る。

 その動作を繰り返す。

 

「くわっ──あふうっ」

 

 愛寧の愛撫は十三の少女とは思えないくらいに気持ちがよかった。

 沙那はその手管の巧みさに、ふと朱姫を思い出した。

 

「まあ、もう乳首が勃ったわ、お兄ちゃん……。それに、随分と反応が早いみたい……。もう、こんなに汗をかいてきているもの──。まだ、ほんのちょっとしか刺激してないのにね」

 

 愛寧が驚きを含んだ声をあげる。

 こんな年端もいかない少女になぶられて声をあげるなど恥辱だ。

 沙那は感じまいとするのだが、沙那の敏感な身体は悲しいくらいに過激に反応する。愛寧は指先だけではなく、爪で刺激したり、手のひらで乳首を潰すように回したり、指で摘まんだりして巧みに強弱を変えながら刺激を加える。

 沙那はあっという間に肉の悦びを感じてしまっていた。

 

「なかなかに淫乱な女のようだな。もう、股が泣き始めた」

 

 信伸の冷静な声がする。

 

「んんん……くふうっ……あうう……」

 

 沙那は動かせる身体の部分を総動員して、なんとか愛寧の愛撫を散らそうと思った。

 胸を突きだし、足指を擦る。

 しかし、どんどん全身に疼きが走り、大きな快感が波のように繰り返す。

 胸だけの刺激で、すでに沙那はのっぴきならない状態になっていた。

 まだ、背も伸び切っていない少女に激しい快感を味あわせられている自分が口惜しい……。

 

「ふふふ……。面白い……。ねえ、お兄ちゃん、この沙那さんは随分と感じやすい身体をしているわ。なんか胸だけで最後までいってしまうそうな勢い……」

 

 愛寧が笑って沙那への胸への愛撫を強くする。

 沙那はたちまちに切羽詰った状況に追い詰められる。

 

「あはうっ……ああっ……あ、あっ、あっ、ああっ……あ、だ、だめ……い、いやっ……」

 

 感じまいとするのだが、どうしても快感を受けてしまう。

 全身が溶けるような愉悦が襲う。

 愛寧が言うように、まだ胸だけなのだ。

 でも、沙那の口からは耐えられない悶え声と甘い吐息が次々にこぼれ出ていった。

 

「本当に、いやらしい身体だな。どれ、俺も触ってみるか」

 

 脚の間に座っている信伸が沙那の股間に手を伸ばしてきた。

 

「あふうううっ」

 

 全身を打ち砕くような喜悦が走った。

 沙那は恥も外聞もなく声をあげた。

 こうなってしまったらもう自分の身体は歯止めが効かなくなるのを知っている。

 三年以上に及ぶ宝玄仙による肉の調教の結果がこれなのだ。

 宝玄仙と出逢う前であれば、排泄以外に使ったことがなかった沙那の性器は、いまや、世の中のどんな女よりも敏感で淫乱に肉欲をむさぼる快感の源泉になってしまっていた。

 

「凄い反応だな……」

 

 信伸の苦笑まじりの声が聞こえた。

 愛寧に胸を揉まれ、信伸に股間をいじくられて、沙那は脳髄を痺れさせるような激しい快感に襲われていた。

 もう、快楽を我慢もできないし、隠すこともできない。

 

「お兄ちゃん、股間が固くなったらすぐに言ってね。沙那さんはもう準備は十分よ……。もちろん、あたしでもいいけど……」

 

 愛寧が言った。

 心なしか愛寧の口調には真摯な感情が含んでいるような気がした……。

 

「まだ、駄目だ……。沙那にはこのままいってもらおう」

 

 信伸の言葉に吐息が混じった気がした。

 

「じゃあ、沙那さん、いってよ。あたしたちの前で恥を晒してみて……。そして、性奴隷よ。奴隷二号よ」

 

 愛寧が言って沙那の身体に覆いかぶさる。

 片手で乳首を刺激しながら、もう片方の乳首は口に含んで舐めはじめた。

 信伸は沙那の女陰に指を入れて、外側と内側から挟み込むようにして肉芽を揉む。

 快感が爆発した。

 

「あひいいいぃ──」

 

 沙那は大きな声をあげながら大きな絶頂に襲われた。

 

「見事ないきっぷりだ……」

 

「あらあら、じゃあ、奴隷決定ね──。ねえ、お兄ちゃん、この沙那は、あたしたちのいい性奴隷になれると思わない?」

 

「そうだな」

 

 信伸と愛寧が沙那から指を離して言った。

 沙那は大きな絶頂の余韻に浸りながら、そんなふたりの馬鹿にしたような言葉を聞いていた。

 だんだんと快感が収まるにつれて、こんな兄妹にいいように弄ばれている屈辱が沙那に襲いかかってくる。

 そのとき、誰かがこの家にやってくる気配がした。

 

「ただいま、帰りました」

 

 家の玄関から声がする。

 沙那がかろうじて動く首を横にして家の土間に視線を移すと、そこには背籠を抱えたひとりの女性が立っていた。

 年齢は沙那と同じくらいだろう。

 腿までの長さしかない山娘の着物を着ているその女は、沙那の姿を見てぎょっとした表情をした。

 

「な、なにを……」

 

 女は絶句して口を開けた。

 一方で、ぎりぎりまで沙那を追い詰めていたふたりの愛撫が中断された。とりあえず、醜態を晒さないですんだことに、沙那はほっとした。

 

「見た通りよ、お姉ちゃん。この沙那は、たったいまから、あたしたちの性奴隷二号になったの……。こっち来て、お姉ちゃん」

 

 愛寧が女に言った。

 

「沙那、この女は、あたしのお姉ちゃんで愛華(あいか)というの。山に入って、城郭で売る薬草や魔草を集めるのを仕事にしているんだけど、数日前に崖から落ちて倒れていた沙那を助けたのは、このお姉ちゃんよ」

 

 お姉ちゃん……? 

 

 沙那の頭に疑念が渦巻く。

 思わず、十三歳の愛寧と大人の女である愛華の顔を見比べる。

 確かに、どことなく面影が似ている。

 ふたりが本当の姉妹であることは間違いないだろう。

 そういえば、信伸についても、この姉妹と顔立ちがそっくりだ。

 この三人は本当の兄妹のようだ。

 

 しかし、その関係は、かなり複雑なような気がした……。

 いまの愛寧の態度は、はっきりと姉の愛華を見下していた。

 まるで奴隷でもあるかのように……。

 

「あ、あの……、愛寧、本当にこの人を……?」

 

 そばまでやってきた愛華は、股間に淫液を光らせながら全裸で仰向けになっている沙那を困惑した表情で見た。

 

「性奴隷にするわ──。何度も言ったでしょう? この沙那はここで飼うの。お兄ちゃんが気に入ったから……」

 

 愛寧がきっぱりと言った。

 

「でも、そんな──」

 

 愛華は困ったような声をあげた。

 もしかしたら、この姉の愛華は、沙那をこうやって監禁することを承知していないのかもしれない。

 沙那の中に希望の光が灯った気がした。

 

「お願い、助けて、愛華さん──。わたしは戻らなければならないところがあるんです。仲間がいるんです」

 

 沙那は叫んだ。

 愛華はびくりとした仕草をすると、愛寧に遠慮がちの視線を向ける。

 

「ねえ、この人はそう言っているし、こんなこと……」

 

 愛華はおずおずと言った。 

 すると突然、愛寧が立ちあがった。

 憤怒の表情を浮かべて、もの凄い勢いで愛華の頬を張った。

 

「ひいっ」

 

 愛華の身体が床に崩れ落ちる。

 

「よくも、そんなことが言えるわね。奴隷の分際で──。あんたが、奴隷になった理由を忘れたの、お姉ちゃん──。お兄ちゃんが、この沙那を気に入った──。それでこの沙那をお兄ちゃん用の性奴隷にすることにした。それになんの文句があるのよ──」

 

 愛寧の権幕は沙那を呆気にとらせるほどだ。

 

「も、申し訳ありません……」

 

 愛華は倒れたままの姿勢でうな垂れると、ふたりに向かって土下座をした。

 

「もうそれくらいでいいだろう、愛寧」

 

 信伸が静かに言った。

 それで、怒りのあまり肩で息をしていた愛華は少し落ち着きを取り戻したようだ。

 もっとも、まだ少し興奮状態にあるように見える……。

 沙那には、さっきの愛寧の権幕と言葉になにか引っ掛かっるものを感じた。

 

「……ところで、愛華、今日の収穫を見せてごらん」

 

 信伸が話題を変えるように言った。

 

「はい、お兄ちゃん……」

 

 愛華は立ちあがると籠に入れていた薬草を床に並べだした。

 その中には沙那が知っているような毒草も薬草もあったが、大半は知らない草だ。

 かなりの量だった。それが種類ごとに並べられる。

 

「これだけか?」

 

 信伸が言った。

 

「も、申し訳ありません、お兄ちゃん……。で、でも、今日は千寿草がまとまって見つかりました。滋養の薬草としてかなりの高価で売れると思います。売値としてはいつもの三倍にはなると思います……」

 

「黙りなさい、お姉ちゃん──。決められた量には足りないことは確かよ。わかっているんでしょう?」

 

 愛寧が姉の愛華を叱るような声をあげた。

 

「は、はい……」

 

 愛華が頭を下げた。

 

「罰だな……。とにかく、愛華、薬草を片づけてこい」

 

 愛華が拡げた薬草を手慣れた動作で片付ける。

 

「さて、じゃあ、奴隷の躾をしないとな……。沙那、済まないが少し待っていてくれ」

 

 信伸も立ちあがった。

 そして、どこかに向かったかと思うと、一本の乗馬鞭を持って戻ってきた。

 

「愛華、服を脱げ」

 

 薬草を置いて戻ってきた愛華に鞭を持った信伸が言った。

 沙那は、実の兄妹同士が眼の前で嗜虐をする異様な光景に呑まれたようになっていた。

 愛華が服を脱ぐ。

 

「あっ」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 驚いたのは服を脱いで露わになった愛華の肌だ。

 服から露出した部分にはなにもなかったが、着物で隠されていた肌は、無数の鞭痕がついていたのだ。

 それは新しいものもあれば、古いものもある。

 とにかく、胸から腿の部分にかけてたくさんの蚯蚓腫れがある。

 そして、もうひとつ驚いたのは、愛華が腰に履いていたものだ。

 二枚の布を重ねるように巻いている。

 それはどう見てもおむつだった。

 

「見せてご覧なさい、お姉ちゃん。ちゃんと、おむつにおしっこした?」

 

 愛寧が、愛華が立ったまま外していたおむつをさっと取りあげた」

 

「これはちゃんと言いつけを守ったみたいよ、お兄ちゃん……。たっぷりとしているもの」

 

 愛寧が笑いながら愛華の尿で汚れた布の部分を信伸に示した。

 信伸が満足そうに微笑む。

 この兄妹はいったいどうなっているのだろう……?

 なんだか、得体の知れない怖さが沙那に襲いかかる。

 その濡れたおむつが沙那の足元に放り投げられた。尿の臭気が沙那の鼻に漂う。

 

「沙那、もう、わかっただろうけど、この愛華は、俺の実の妹であり、愛寧の姉だ。そして、俺たちの性奴隷でもある。この愛華が奴隷一号……。そして、お前が二号だ。愛華、沙那の頭を跨ぐように立て」

 

 信伸が言った。

 愛華は少しだけ躊躇いを見せたが、沙那の顔を跨いで立った。

 嫌でも視線に愛華の股間が入ってくる。

 愛華の女陰は、沙那が驚くほどにびしょびしょだった。

 

 驚いた……。

 実の兄妹に辱められ、鞭打たれるという予告でこの愛華は欲情している……。

 

「罰は三発だ」

 

 信伸が鞭を振るった。

 勢いよく乗馬鞭が愛華の腹に当たった。

 

「んんんっ──、い、いいい……ち……」

 

 愛華は歯を食いしばって呻いたが悲鳴はあげなかった。

 そして、弱々しくだったが、一という数をかぞえた。

 

「次だ」

 

 二発目が今度は尻の下に当たる。

 

「に、二ぃぃぃぃ……」

 

 愛華が振り絞るように言った。

 沙那の視界に新しい蚯蚓腫れが愛華の尻の下に生まれたのが見えた。

 

「三発目だ」

 

 信伸が不敵に笑った気がした。

 次の瞬間、信伸の鞭は不意に下側に振られた。

 

「ひっ」

 

 沙那は声をあげた。

 鞭が沙那の顔すれすれを掠ったのだ。

 

「あぎゃああああぁぁぁ──」

 

 だが、鞭先が下側からもの凄い勢いで愛華の股間そのものに当たったとき、愛華の口から獣のような咆哮が迸った。

 

「う、うわっ」

 

 沙那はびっくりして悲鳴をあげた。

 一度伸びあがった愛華の股間が崩れるように沙那の顔に落ちてきたのだ。

 かろうじて愛華は膝をついて、沙那の顔の上に尻餅をつくのは避けたが、その代わり、その股間からじょろじょろと尿がこぼれ落ちてきた。

 

「きゃああぁぁ──。ご、ごめんなさい──」

 

 愛華が狼狽えた声をあげた。

 股間を鞭打たれた衝撃で洩らした愛華の尿が、沙那の顔にまともに降りかかる。

 慌てて股間を除けようとした愛華の身体を信伸と愛寧が押さえつけた。

 沙那の顔の上で尿を垂れ流す愛華の身体が、ふたりによって押さえつけられる。

 

「は、離して──。お願い──。あっ、あっ、あっ……。ご、ごめんなさい、沙那さん……」

 

 跪いた愛華の股間から沙那の顔に尿がかけられ続ける。

 

「これはとんだ挨拶になったな。お互いに、この家で性奴隷になった者同士だ。これをきっかけに仲良くな」

 

 沙那は、信伸の愉しそうな声と愛寧の笑い声を耳にしながら、なかなか止まらない愛華の尿を顔に浴び続けていた。



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384 屈辱の尿道調教

「これは、とんだ挨拶になったな……。まあ、奴隷同士、仲良くなるためには、小便をかけ合うというのも悪くないかもな」

 

 信伸(しんしん)が笑った。

 

「も、申し訳ありません……、沙那さん」

 

 兄と妹に無理矢理に押さえつけられたせいだとはいえ、失禁した尿を沙那の顔にかけてしまった愛華(あいか)は、自分のやったことに顔色を変えて項垂(うなだ)れている。

 

「あ、あんたら……ちょ、調子にのって……」

 

 沙那は込みあがる怒りに血が沸騰するのを感じながら言った。

 だが、どんなに肚が煮えそうになっても、毒香で麻痺させられた手足はすっかりと弛緩して動かない。

 いまの沙那にできることは、口惜しさにぎしぎしと奥歯を噛むことと、この変態兄妹を焼くような強い視線で睨みつけることだけだった。

 

 それにしても、この兄妹はなんなのだろう?

 どう見ても、この三人は顔立ちが似ている。

 実の兄妹に間違いがないとは思うが、真ん中の愛華という女は、兄の信伸と妹の愛寧(あいねい)の完全な奴隷扱いだ。

 

 理不尽な理由で鞭打たれても抵抗せずに鞭打たれるに任せていたし、裸になれと言われてすぐに裸になり、沙那の顔を跨いで立てと言われれば、羞恥に顔を赤らめながらも仰向けに寝ている沙那に局部を晒した。

 実の兄妹の関係で、どうしてそんな関係がありうるのだろう?

 沙那の心にこの兄妹に対する得体の知れない恐怖のようなものが走る。

 

「しかし、奴隷同士とはいえ、勝手に顔に小便をかけるとは失礼な話だ。それに、失禁で床や寝床を汚したことについてもしっかりと罰を与えなければならんな」

 

 妹の股間に直接鞭を打ち込むという怖ろしい行為で愛華に失禁を強要した信伸が、自分がやったことなどなにもなかったかのように平然と言った。

 そして、元の態勢に戻り、沙那の股間を凝視する側にどっかりと座る。

 

「だったら、お兄ちゃん、今度は沙那のおしっこをお姉ちゃんに飲んでもらったらどうかな」

 

 愛寧がそう言ったので、沙那はびっくりした。

 

「そ、そんな……」

 

 全裸で沙那のそばにしゃがみ込んで両手で自分の身体を抱くようにしていた愛華は狼狽えた声をあげた。

 しかし、その愛華の頬をいきなり愛寧が張り飛ばした。

 愛華が悲鳴をあげて、横倒しになった。

 

「なに一人前に抗議しているのよ、お姉ちゃん──。それよりも、裏の井戸に行って水を組んでくるのよ。そして、桶で水を運んであんたの汚した床を掃除しなさい。それと、裏の納屋に檻があるから土間まで運んでくるのよ。この沙那を監禁する場所よ──。さっさとしなさい。沙那がおしっこをしたら呼ぶから、そのときは飲みにおいで……。ほら、行きなさい。ぐずぐずするんじゃないの──」

 

 愛寧が怒鳴った。

 

「は、はい……」

 

 愛寧の権幕に、愛華が弾かれたように立ちあがった。

 そして、さっき脱ぎ捨てた自分の着物を取ろうとした。

 

「勝手なことをするんじゃないわよ──」

 

 愛寧が、愛華が手に取ろうとした着物を蹴飛ばして遠くにやった。

 

「あんたはまだ、罰を受けている最中でしょう──。お兄ちゃんに鞭を打たれて終わったと思ったら大間違いよ。おしっこを洩らした分はまだよ。罰が全部終わるまでは裸でいなさい」

 

 愛寧は言った。

 

「で、でも、愛寧……。納屋は外だし……。まだ、薄明るいわ……。誰かに見られたら……」

 

 愛華がおずおずと言った。

 しかし、愛寧はその愛華を小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 

「こんな人里離れた薬師の家の前なんて滅多に誰も通らないわよ。それに、誰かに見られるなら見せればいいじゃないの。誰かに襲われたら叫びなさい。この家の敷地には、あたしの道術の結界を刻んでいるから撃退してあげるわ」

 

「だ、だけと、愛寧……。ここは山街道沿いの一軒家よ。山で仕事をして城郭周辺に戻る者は結構いるから、裸で外で作業なんかしたら見られてしまうわ……。山仕事をする人たちには知り合いも多いのよ……。その人たちに裸で仕事をするのを見られたら……」

 

「だからなによ、お姉ちゃん? 減るものじゃなし……。そのときは、自分は変態女だと言うといいわ。きっと誰も不思議には思わないから……。あんたは知らないかもしれないけど、あんたが集めた薬草や魔草を城郭に売りに行くとき、あたしとお兄ちゃんは、あんたのことを頭のおかしな女だと言いふらしているのよ」

 

「えっ?」

 

 すると、素っ裸の愛華が呆気にとられた表情になる。

 

「もう、すっかりとそれが有名になって、いまや、あんたの頭が変だというのは、城郭では当たり前の話になっているわ──。あんたも、心当たりがあるんじゃないの? 山仕事のときに、このところ、あんたにまともに声をかける人間なんていなくなったでしょう? それから、ついでに、あんたは、誰にでも股を開く変態で、性病も患っているとも言いふらしたわ。それでも、あえて近寄ろうとするのは、それこそ、余程、頭のおかしな男くらいのものよ」

 

「そ、そんな……。だから、どうりでこのところ……。ひ、酷いわ。そうだったのね」

 

 愛華がはっとしたような表情をした。

 よくわからないが、愛寧の口ぶりでは、妹の愛寧や兄の信伸は、意図的に愛華がおかしな変態女だという噂を流しているらしい。

 そのため、実際に愛華はそういう女だと、近隣の人間に思われるようになったようだ。

 そして、愛華はそれに思い当たる節があるらしい。

 

「なんの文句があるのよ、お姉ちゃん。それとも、男に媚びでも売って、また、悪党をこの家に連れ込もうというの?」

 

「そ、そんなことはしないわよ」

 

「だったら、あんたがほかの人間に変態だと思われて、誰も相手にしないような女になろうが、どうでもいいじゃないのよ」

 

「そ、それは……」

 

 愛華は、意気消沈したようにうな垂れた。

 

「そうだ。いいことしてあげるわ」

 

 愛寧が言った。

 すると、愛寧が道術をかける様子を示した。

 次の瞬間、愛華の背と腹に、大きな文字が浮かびあがった。

 

 

 “変態”、“性病”──。

 

 

 愛華の裸身の前後にその二語が大きく刻まれた。

 

「ひいっ、こんなの惨いわ」

 

 愛華が自分の身体にやられたことがわかって泣き声をあげた。

 その愛華を強引に愛寧が家の外に放り出した。

 この間、信伸はにやにやと笑っているばかりだった。

 

 沙那はあまりのことで呆然としていた。

 だが、いまの会話で沙那にわかったことも幾つかある。

 まず、驚くべきことだが、妹の愛寧は結界を刻むことのできるほどの道術遣いだということだ。

 『結界術』は、道術の中でもかなりの上級道術のはずだ。

 宝玄仙が確かそんなことを言っていたのを思い出す。

 

 それにしても、愛寧はまだ十三だという。

 これも宝玄仙から得た知識だが,道術遣いの成長の時期は二度あり、一度目は十から十二歳の時期であり、二度目は二十歳前後らしい。

 二十歳になった朱姫が最近になって、急に道術の力があがったのは、道術遣いとしてのその第二成長期に入ったためのようだ。

 だが、愛寧はその第二成長期の遥か前にも関わらず、もう『結界術』が遣えるのだという。

 これで、姉を見下するような愛寧の態度もなんとなく理解できる。

 

 そのことはもうひとつの愕然とする事実を沙那につきつける。

 沙那は、魔草の桔梗の香りという真毒に侵されたことによって、この兄妹に監禁されてしまうという危機に陥っているが、沙那が真毒に侵されているかどうかに関わらず、この家は愛寧の『結界』の中だということだ。

 道術遣いの『結界』は、その場所をその道術遣いの無敵の空間にしてしまう。

 この結界の中にいるということは、沙那がこの兄妹から脱走するためには、まずは真毒による麻痺をなんとかし、さらに、愛寧の結界からも脱走しなければならないということだ。

 沙那は自分を捕らえたのが、想像以上の強敵だということに愕然としていた。

 

 ほかにわかったのは、ここが人里離れた山の家とだいうことだ。

 もっとも、それは予測がついていた。

 沙那が山で遭難したのだとすれば、その近傍にある家に連れ込まれたというのが自然だからだ。

 そして、この附国の西側の山麓には、人里の部落のような場所はなかったのは覚えていた。

 

 わからないのは、この兄妹……。特に、姉妹の関係だ。

 妹の愛寧の口ぶりでは、姉の愛華には、なにか弱みのようなものがあるような感じだ。

 それが、妹の愛寧が姉の愛華に理不尽な扱いをする大義名分になっているような気配だ。

 

 いずれにしても、愛寧の権幕に押されるように全裸のまま外に出された愛華は、これから井戸で水を汲み、沙那を監禁するための檻を運んでくるのだろう。

 

「さて、そういうわけだから、遠慮なくおしっこしてよ、沙那。恥ずかしがらないでいいのよ。これまでの三日間、ずっと、あたしは、あんたの下の世話をしてあげたんだからね」

 

 愛寧が再び沙那のそばに座り込んで言った。

 

「なかなか、そそる格好だな。もう少し股を拡げてやったらどうだ。俺は一度、女が大股開きで小便をするところを見てみたいのだ。考えてみれば、愛華にもさすがに、大股開きで小便はさせたことがないなあ……」

 

 信伸が言った。

 

「まあ、だったら、この沙那にやらせましょうよ、お兄ちゃん」

 

 愛寧は縄束をどこかから持ってくると、天井の桟を使って二本の縄を沙那の寝ている足元に垂らした。

 その縄尻で沙那の両足首をそれぞれに縛り、左右に引き揚げる。

 

「くっ……」

 

 沙那は歯噛みした。

 手足が完全に弛緩している沙那には、なんの抵抗もできない。

 沙那は両脚を大きく拡げて脚を高々と左右に揚げているという、女としては言語を絶するような姿にさせられてしまった。

 

「あらっ、恥ずかしいの、沙那? まあ、確かにそうね……。あたしなら、こんな恥ずかしい恰好にされたら、舌を噛んで死んじゃうかもね」

 

 愛寧が笑った。

 

「それにしても、前から思っていたが、なんでこいつの股のは一本の毛もないんだろうなあ。生まれつき不毛なのか……? それとも、なにかの病気か?」

 

 信伸だ。

 

「これは薬のようなもので毛孔を殺しているみたいよ、お兄ちゃん……。一度、剃ってから、二度と生えないように薬剤を使ったようね。薬のことなら大抵はわかるから多分間違いないわ」

 

 愛寧が沙那の股間に顔を近づけて、臭いを嗅ぐような仕草をして言った。

 

「もしかしたら、あの宝玄仙とかいう女主人に剃られたのかもしれないな。沙那は、あの女主人の奴隷女のようだったからなあ」

 

 信伸と愛寧は、附国の城郭の宿屋で、たまたま、宝玄仙と沙那が張須陀のことで険悪になった場面に遭遇し、そのことに兄の信伸が強い印象を抱くとともに、沙那に興味を持ったらしい。

 もっとも、ただそれだけのことであり、本来であれば、沙那とこの兄妹はなんの関係もないはずだった。

 

 だが、偶然にも愛寧の姉の愛華が、山で遭難した沙那をこの家に連れ込んだことで事態は変わった。

 ふたりは、傷と衰弱で意識のない沙那に接して、そのまま監禁して凌辱しようという気になってしまったようだ。

 翌日、まだ動けない沙那をここに閉じ込め、城郭で待っていた宝玄仙に、沙那が宝玄仙を見限ったという工作までして、沙那をここに留めておける状況を作りあげた。

 

 それにしても、張須陀という卑劣漢に捕らえられて十日……。

 やっとそこから逃亡したと思ったら、今度は、こんな山の家の頭のおかしな兄妹に囚われてしまうとはなんという不運だろう。

 

「ねえ、教えてよ、沙那。これは、あの女主人にやられたの? だったら、もう一度生えてくるように薬剤を塗り直してあげてもいいのよ。ここには、薬に関するものならなんでもあるの。ねえ、どうする?」

 

「う、うるさいわよ、この変態……」

 

 手足の麻痺している沙那は、こうやって悪態をつくくらいしかできない。

 それにしてもなんなんだろう、この兄妹は……。

 

「やっぱり、奴隷女なんだろう──。きっと、奴隷女は、股には毛が生えていないのは当たり前だと言われて、それで剃ったままにしているに違いないさ……」

 

 信伸が笑った。

 

「ねえ、お兄ちゃん、奴隷二号の股には毛がないのに、奴隷一号には毛があるというのはおかしいわよ。これを機に、お姉ちゃんの股の毛も剃ってしまうというのはどうかしら……」

 

「そうだな。考えてみればそうだ……。お前に任せるさ、愛寧」

 

「わかったわ、お兄ちゃん……。そうだ──。だったら、ただ剃るなんて面白くないわ。うんと、恥ずかしい剃り方をしようかしら」

 

「愉しみにしているよ」

 

 信伸が言った。

 それにしても、とんでもない変態兄妹に捕らえられたものだ。

 なんとか、脱出する方法はないものか……。

 しかし、もしかしたら、張須陀に囚われていた十日余りの時間以上の困難な状況に陥ったのかもしれない……。

 

「さて、ところで、沙那──。そろそろ、おしっこ出る? お姉ちゃんに飲まさないといけないからさっさとやって欲しいのよね。ちょっと待ってあげたんだから、早くしてよ」

 

 愛寧が平らな木桶を沙那の顔にかざしながら言った。

 どうやら、その桶にしろと言っているようだ。

 

「い、いい加減にしなさいよ、お前」

 

 かっとして言った。

 ちょっとばかり道術が遣えるばかりに、人を人とも思わないような増長をしているに違いない。

 それで、こんな風に見知らぬ他人をちょっとした気まぐれで監禁していたぶってやろうという発想になるのだろう。

 実の姉に対する態度も、余りにも常識はずれだ。

 

「だが、それじゃあ、まだ、やり難いだろう、愛寧。もう少し腰をあげてやったらどうだ?」

 

「それもそうね。ごめんね、沙那、気がつかなかったわ……。これでいい?」

 

 愛寧が部屋の隅にあった座布団を畳んで、沙那の腰の下に当てた。大股開きの沙那の腰が持ちあがる。

 

「ほう……。美女の性器は勿論、尻の穴の皺まで丸見えというのも、なかなかそそる姿だな」

 

「だったら大きくなった、お兄ちゃん? もう、できる? この沙那なんか、どうぞいくらでもやってくださいという格好よ」

 

 愛寧が突然に沙那の拡げた股間に指を伸ばして、肉芽を擦るように揉んできた。

 

「ちょ、ちょっと……あはぁ──」

 

 沙那は不意討ちのような刺激に悲鳴のような悶え声をあげてしまった。

 

「い、いや……」

 

 しかし、信伸が小さく首を振る。

 すると、愛寧は残念そうに沙那の股から指を離した。

 沙那はほっとした。

 それしても、いまのこのふたりの反応はなんなのだろう……。

 

「じゃあ、もう少し、沙那に色々とやってみるね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは女が恥ずかしそうにするのがとても好きだものね……」

 

 愛寧がわざとらしい明るい声をあげた。

 沙那は内心で首を傾げた。

 なにかおかしな感じだ。

 

 責めの中心になっているのは十三歳の愛寧だが、愛寧は、好きでやっているというよりは、信伸に見せつけるためだけに沙那を責めているような気がする。

 そう言えば、おぼろげに記憶のある三日間でも、愛寧が沙那に性的な嗜虐をするときには、必ず、信伸がそばにいたような気がする。

 逆にいえば、信伸がいないときの愛寧はほとんどなにも沙那しなかったと思う。

 愛寧は、三日間、沙那の裸を見たとか、糞尿の処理をしたとか言及して沙那を辱めるような言葉責めをするが、信伸のいないときの愛寧は、病人を介護するように淡々と沙那を扱っただけだ。

 

「じゃあ、これを使うわ、お兄ちゃん……。導尿菅よ。沙那の尿道に小さな細い管を挿すの。そうしたら、沙那の意思に関わりなく、強制的におしっこが出るの。つまり、導尿責めよ」

 

「ほう、導尿菅か……。面白いな。見せてくれよ」

 

 信伸が興味を抱いたような口調になった。

 すると、愛寧は目に見えて嬉しそうな表情になった。

 

「な、なにをするつもりよ……。馬鹿なことはやめなさいよ──」

 

 沙那は、いつの間にかそばにある小箱から、愛寧が細い管のようなものを取り出したのを見て狼狽の声をあげた。

 

「まあ、いまさら、恥ずかしいことなんて、なにもないでしょう、沙那。そんな大股をおっ拡げちゃって……」

 

 愛寧がわざとらしく笑う。

 そして、指で沙那の女陰の外襞を大きく左右にくつろげだした。

 

「あ、あう……。な、なにすんのよ……」

 

 たちまち、大きな快感に襲われた。

 沙那の口から喘ぎ声と荒い息が漏れ出してしまう。

 

「沙那、これが導尿管よ。あなたのご主人様は、こんなことをしてくれたかしら?」

 

 愛寧が沙那の顔にその管のようなものを見せびらかせた。

 管はもの凄く細くて、膜も薄い。

 それに柔らかくて自在に曲げたりすることができるようだ。

 もちろん沙那はそんなものを見るのも初めてだし、これからなにをされるのかも予想がつかない。

 だが、得体の知れない恐怖が沙那に襲いかかってくる。

 

「や、やだっ……」

 

 その管を愛寧が大きく拡げた沙那の股間に近づけていく。

 沙那は腰を動かしてそれを避けようとするが、麻痺しているためにほとんど逃げることができない。

 

「暴れようとしても無駄よ……。これを尿道に挿し込むのよ。そうすると──」

 

「ひいっ」

 

 奇妙な感覚に沙那は悲鳴をあげた。

 なにかが股間に入ってくる。

 しかも、その場所は男の性器を受け入れる場所ではない。

 その少し上のおしっこが出ていく部分にその管が少しずつ入っていく……。

 

「おう、出た──」

 

 信伸が言った。

 沙那にも自分の股間から尿がその管を通じて出ていくのがわかった。

 

「ああ、あっ、あっ……」

 

 沙那はあまりの恥辱に思わず声をあげた。

 強制的に尿を排泄させられる。

 それも沙那の意思に関係なくだ。

 これまでにさまざまな恥辱的な経験をさせられたが、これはその中でも格段に恥辱的な体験だ。

 管を通じて、木桶に尿が溜まっていく音がする。

 最初はかなり激しい音のように感じた。

 だが、しばらくするとその音が静かになり、やがて完全に止まった。

 

「ほう、結構、溜まっていたようだな」

 

 信伸が言った。

 

「これが沙那の尿よ。もうすぐ、お姉ちゃんが戻ってくると思うから、飲みやすいように盃に入れ直すわ、お兄ちゃん」

 

 愛寧がそう言うと、木の器を持ってきて、木桶に溜まった尿をそれに注意深く入れ直した。

 そして、それをこれ見よがしに沙那に見せつける。

 

「これをお姉ちゃんに飲ませてもいい? 一応、あんたの股から出たものだから、沙那の許可をもらわないとね……」

 

 愛寧が笑った。

 

「く、くそが……」

 

 沙那はただそれだけを言った。

 

「まあ、汚い言葉……。あたしたちの奴隷には、そんな汚い言葉を使って欲しくないわね……。これは罰に値するわね、さて、どうしようかしら? もちろん、悪いことをした奴隷にはお仕置きよ。そうやって、奴隷というのは躾けるものなんだけどね」

 

 愛寧が言った。

 

「か、勝手にしなさいよ」

 

 沙那は耐えられなくなって怒鳴った。

 こういうねちねちとした責めは沙那が一番嫌いな責めだ。

 神経が苛つくのだ。

 恥をかかせたいならいくらでもそうすればいい。

 なにをされても抵抗できないのなら、ただ責め苦を受け入れて耐えるだけだ。

 

「じゃあ、膀胱浣腸をしてあげるわ。この管はねえ、あなたのおしっこ袋に逆に液体を注ぐことができるのよ。これを使って、沙那の尿道にたっぷりと薬液を入れてあげるわね。でも、ただの薬剤じゃないわ。媚薬よ……。これを毎日してあげる。そのうちに、普通におしっこをするたびに感じまくる身体になるわ──。面白いでしょう?」

 

 愛寧が哄笑した。

 だが、それを聞いた沙那は自分の顔が引きつるのを感じた。

 

 冗談じゃない──。

 おかしな媚薬で自分の身体をまたいたぶられる。

 しかも、尿道を媚薬浸けにするのだという……。

 

「や、やめてよ」

 

 身体に怖気が走った。

 

「無駄よ、沙那……。実は、最初からこれを使おうとして準備していたの。強烈な媚薬よ。あんたの尿道をしっかりと感じる場所にしてあげるからね」

 

 ふと見ると愛寧が小さな皮袋を持っている。

 それを沙那の尿道に突き刺したままの管に繋げた。

 愛寧が革袋を持ちあげると、すぐに薬液が沙那の膀胱に入ってきた。

 

「くっ……。や、やめなさいよ。こんなことしてなにが面白いのよ……」

 

 沙那は動かせない身体を懸命に揺すり動かそうとした。

 だが、やっぱりなにもできない。

 沙那はあまりの悔しさに血が出るほどに唇を噛んだ。

 

 入ってくる……。

 沙那は膀胱が膨らむ感覚に、だんだんと息が荒くなっていた。

 

「す、すみません。遅くなりました……。すぐに掃除します──」

 

 不意に玄関に大きな物音がした。

 愛華が戻ってきたのだ。

 沙那はだんだんと大きくなる尿意を感じながら、視線を土間に向けた。

 愛華は台車のようなものに大きな檻を載せている。

 屈めばなんとか沙那でも入れるくらいの大きさだ。

 もともとは、大型の獣を収容するための檻なのかもしれない。それを運んできたのだ。

 

「それよりも、あがってきなさいよ、お姉ちゃん──。準備ができているわ。沙那のおしっこよ。飲み干しなさい」

 

 愛寧が大きな声で愛華に叫んだ。

 愛華は一瞬、息を飲んだような気配をしたが、すぐに部屋にあがってきた。

 そして、愛寧の差し出した沙那の尿が入った盃を躊躇なく口に入れる。

 沙那の前で愛華が沙那の尿を飲み干していく。

 

「これで、奴隷一号と二号はおしっこ仲間ね──」

 

 愛寧が愉しそうに言った。

 

「おうっ」

 

 不意に信伸が声をあげた。

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

 愛寧が言った。

 

「準備ができたようだ。俺の一物が元気になった……」

 

 信伸の声がした。

 その口調には悦びのような響きが混じっている。

 

「まあ──。だったら、沙那の罰も、愛華の罰も中止よ。お兄ちゃん、誰にする? お姉ちゃん? 沙那? それとも、あたし?」

 

「沙那にしよう、愛寧──。そのままでいい。その大股開きの無様な恰好の沙那に俺の精をぶち入れてやりたい」

 

「いいわ、お兄ちゃん。いつでもいいわ」

 

 愛寧が嬉しそうな声をあげるとともに、沙那に施していた膀胱浣腸を中止して管を抜いた。

 しかし、薬剤のほとんどは、すべて沙那の膀胱に入ってしまったと思う。

 強い尿意が沙那を襲い始めていた。

 愛華は、その沙那の股間をいきなり指でまさぐりだす。

 

「そ、そんな……。ひいっ……や、やめ……あっ、ああっ……だ、だめっ……ああっ、あっ、あっ──」

 

 いきなり激しい愛撫をされて、沙那はよがり声をあげた。

 あっという間に快感が沙那の身体を席巻する。

 愛寧の指が馴れた手つきで沙那の股間を責めたてる。沙那はだんだんとのっぴきならない状態になっていった。

 沙那は突然に始まった恥辱的な愛撫に身体を震わせた。

 しかも、ただの状態ではない。

 膀胱浣腸でいまにも漏れそうな状態で愛撫を受けるのだ。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「そ、そんな……だ、だって……お、おしっこが……」

 

 思わず言った。

 もう、尿意がそこまで来ている。

 

「粗相しては駄目よ、沙那──。ちょうどいいから、しばらく溜めていなさい。媚薬の薬剤が浸透して、沙那の尿道をしっかりと感じる場所にしてくれるから……。じゃあ、お兄ちゃんいいわよ」

 

 愛寧が言った。

 

「ああ」

 

 信伸の声がした。

 もう、沙那の股間のすぐ前に来ている。

 信伸は、すでに下半身になにもはいていない。

 そそり立つ信伸の一物が沙那の股間に触れる。

 

「ひいっ──」

 

 尿意の限界にいる沙那の女陰に深々と信伸の怒張が挿入してきた。

 信伸の律動が始まる。

 

 快感と尿意──。

 沙那の苦悶が始まった。

 

 尿意を耐えようとすると、ただでさえ感じやすい沙那の身体は、たちまちに沙那を絶頂に導いてしまう。

 しかし、我を忘れることはできない……。

 そんなことになれば、限界の尿意はあっという間に崩壊して、そこら中に沙那の尿をぶちまけてしまうだろう。

 しかし、尿意に気を取られれば、沙那は律動の快感を無制限に受け入れてしまう……。

 

「い、いくぅぅぅ──」

 

 沙那はあっという間にやってきた快感に泣き声のような声をあげた。



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385 奴隷式の排泄

 五日目の朝だ。

 傷を負って意識のなかった最初の三日間を含めれば八日が経った。

 

 沙那は玄関に備え付けられた檻に閉じ込められていた。

 それが沙那の寝床なのだ。

 寝床といっても、檻は大型の犬を閉じ込めるほどの大きさしかなく、そこに入れられると、沙那は背を屈めてしゃがむか、身体を丸めて寝るくらいしかできない。

 檻は鉄格子に囲まれている。

 何度か試したが、思いのほか頑丈でとてもじゃないが鍵をかけられてしまえば出られそうにない。

 その鍵は、いつも姉妹のうちの妹の愛寧(あいねい)が腰にぶら下げている。

 どんなとときでも外しそうにない。

 どんなときでもだ。

 

 そして、信伸(しんしん)というこの家の長兄の前で嗜虐されるときに、この檻から出され、ひと通りの責めを受けてから犯される。

 犯されればもう用がなくなったかのように、この檻に入れられる。

 檻を出されるのは、嗜虐されて犯されるときだけであり、圧倒的にこの檻に入ってる時間の方が長い。

 それだけに隙がない。

 そういう日々が続いていた。

 

 檻にいる間に、定期的に皿に載った食事と水──。

 身体を拭くための布も与えられる。

 檻に入れられてしばらく経てば、桔梗の香りの真毒の効果が消えていき、手足が動くようになる。

 それで食事と身体の手入れができるというわけだ。

 しかし、手足が自由になっても完全に鍵のかかっているこの檻から脱出する方法は見つからない。

 

 また、夜の間には、腰に布を身に着けることを許されていた。。

 ただし、それはおしめだ。

 檻に閉じ込められている間に粗相をしないようにということだ。

 沙那が自由に許される排泄は、そのおしめにすることだけだ。

 

 一日の始まりは、兄妹の真ん中の愛華(あいか)が山に出ていき、しばらくして、愛寧が沙那の様子を確認するためにやって来る──。

 そのとき、大抵は愛寧は沙那に与える食事を運んでくる。

 食事は檻の下にある隙間から中に入れるだけだ。檻が開けられることはない。

 そうやって、一日が始まる。

 

 この日も愛華は、随分と朝早くから、膝までの丈の服一枚だけの姿で外に出ていった。

 愛華の仕事は、山に入って薬草や魔草を集めることだ。

 真ん中の愛華が山歩きで薬草と魔草を集め、それを定期的に兄の信伸と末の愛寧が城郭に売りに行く。

 それでこの一家の生計は成り立っているようだ。

 両親はいない。

 この三人の兄妹で暮らしている。

 

 ただ、なぜか真ん中の愛華の扱いは、完全な奴隷扱いだ。

 山歩きも、随分と早朝に出発して、夕方まで戻ってこない。

 毎日、相当の量の草を集めてくるのだが、決められた割り当てはかなりの分量らしく、この五日とも一度も規定の量を集めて帰ってきたことがない。

 割り当てを守れなければ、信伸か愛寧の鞭打ちの罰だ。

 それで愛華の身体は鞭打ちによる蚯蚓腫れの絶えることがない。

 

 実際、愛華の肌は惨たらしい傷だらけで惨い状況だ。

 しかし、どうやら、この家には蚯蚓腫れの傷など、あっという間に消せる魔草もあるらしい。

 だが、それは売りものだからという理由で、愛華は使わせてもらえないようだ。

 自分で集めた魔草を自分の傷を癒すために使わせてもらえない……。

 そんな理不尽な扱いなのだが、愛華はなにひとつ文句を言わない。

 割り当てがこなせければ鞭で打たれるのは当たり前と思っているようだし、決められている割り当て量が多すぎると不満をいうことはない。

 愛華は、ただ黙って鞭打ちを耐えるだけだ。

 

「お、お早う、沙那……。具合はどう? 朝のお勤めよ。仕事が一段落したからね」

 

 愛寧がやってきた。

 手に香炉を持っている。

 その香炉には、沙那がすっかりと毒に侵されている魔草の桔梗の香りが焚かれている。

 本来は、花のいい香りなのだが、沙那にはつんという刺激臭に感じる。

 そして、この香りを近づけられると、沙那の手足は完全に弛緩して力を失ってしまうのだ。

 既に、手足の感覚がかなりなくなってきている。

 沙那は焦った。

 このままでは、沙那はのっぴきならない状況に追い詰められてしまう。

 

「あ、愛寧……。もう、駄目なの。は、早く──」

 

 愛寧を認めると沙那は叫んだ。

 実は早朝から何度も叫んでいる。

 しかし、家の裏で作業をしている愛寧と信伸には聞こえなかったのか、それとも聞こえていて無視したのか、とにかく、沙那の叫びに全く反応がなかった。

 いま、やっと苦悶している沙那の檻に、初めて愛寧が来てくれたのだ。

 

 山歩きをしている愛華に対して、信伸と愛寧も、愛華が採集してきた草を加工して薬にするという作業をしている。

 沙那は一度も家の外に出たことも、眺めたこともないが、家の庭には薬草や魔薬を乾燥させたり、日干しにする場所もあるようだ。

 家の裏には薬剤を加工する小屋があり、ふたりは日中のほとんどをそこに籠っているようだった。

 

 それが隙なのではないかと思い、沙那は外に人間の気配を感じると助けを求めて叫んだりしたが、いまのいままで成功したことはなく、却って愛寧に罰の口実を与えるだけだった。

 それに『結界術』がこの家全体に刻まれているとすると、この家から発する悲鳴も物音も結界の外には漏れ出ない可能性が高い。

 いまでは、沙那は叫んで助けを求めることを完全に諦めている。

 

「なにが駄目なの、沙那? それよりも、お兄ちゃんがお待ちかねよ。あんた、余程、気にいられたのね。あんたがやってきてから、お兄ちゃんはあんたしか犯さないものね。本当によかったわ。あんたを捕まえて……」

 

 愛華が笑った。

 

「そ、そんなこといいわよ……。そ、それよりもお願い……」

 

 沙那は脂汗を流しながら言った。

 

「あら、どうしたのよ、沙那? そんなに身体に汗をかいて……。それに随分と震えているわ。よく見れば、鳥肌も立っているじゃないの」

 

 愛寧がわざとらしく嘲笑った。

 

「う、うるさい……。ひ、卑怯者──。あ、あんた、わたしの朝食になにか盛ったでしょう──?」

 

 沙那は抗議の声をあげた。

 朝食を与えられたのは、もう二刻(約二時間)も前だ。

 愛華が山歩きに出ていくのは、陽が昇るか昇らないかの薄明るい時間だが、大体その後に、檻の下側の隙間から皿に載った残飯のような食べ物が与えられるのだ。

 

 檻の中では拘束もされていないし、皿にはさじもついていて、普通に食事ができる。

 残飯であろうと、なんだろうと、体力を失っては逃亡の機会があっても逸すると思い、なにを出されても全部食べることにしているが、今朝、朝食を食べ終わるとすぐに下腹部に腹痛が襲ったのだ。

 そして、それはすぐに猛烈な便意になった。

 うろたえた沙那は懸命に檻から叫んで愛寧を呼んだが、愛寧は沙那のいる土間にまったくやってこない。

 兄の信伸も同様であり、沙那はひとりで便意に苦しみながらずっと檻に放置されていたのだ。

 

「なにか盛ったかは失礼よ。便通の悪い奴隷に、うんちが出る魔草を食べ物に混ぜただけじゃないの……。それで、どうしたの。おしめを使ったの?」

 

「つ、使うわけないでしょう。か、厠に連れて行ってくれとは、もう言わないわ。せめて、おまるを使わせて。桶でもいいわ」

 

 沙那は訴えた。

 

「だけど、あんた、毎日のように木桶にうんちをして、あたしに処理させるじゃないの。それはいいんだけど、なんか手間かかるしさあ……。お兄ちゃんの前でさせようとしても、なんか我慢しちゃって時間をかけるし、お桶を当ててやれば泣き叫ぶし、そんなに嫌なら、この檻に入っている間におしめにすればいいと思って、魔草を使ってやったんじゃないの……。いいから、おしめにしなさい。うんちは拭いてあげるから」

 

 愛華は言った。

 この間にも香炉の煙が沙那の身体にどんどん入ってくる。

 もう完全に手足は動かない。沙那はそれを知覚していた。

 

「わ、わかったわ……。ふ、ふたりの前でする……。でも、おしめにするなんて情けないことだけは許してよ」

 

 沙那は言った。

 

「もう駄目よ。この五日、毎日、浣腸してお兄ちゃんの前でうんちさせたけど、そろそろ、退屈になってきたのよね。あんたの恥ずかしそうな泣き顔もいいんだけど、さすがに同じことをしても飽きるでしょう。だから、とりあえず今日はいいわ。それよりもしばらくは、ここにいてもらうんだから、おしめにうんちをすることも覚えないと……」

 

「なに言ってんのよ──」

 

「とにかく、おしっこはできるようになったんだから、うんちもおしめにしなさい、沙那──。いい子にしてたら、そのうち、解放してあげるわ。いつまでも、お前を永遠に監禁するとか言わないから……」

 

 愛寧が檻の外にしゃがんで、沙那の入れられている檻を覗きこむようにして言った。

 

「ふ、ふざけないでよ……。じゃ、じゃあ、いつになったら、わたしに飽きて解放するのよ──?」

 

「さあ……。まあ、お兄ちゃん次第だと思うけど、半年か……一年か……。お兄ちゃんは、結構執着心が強いのよね……。もしかしたら、一生飽きないかも──」

 

 愛寧は笑った。

 

「じょ、冗談じゃないわ……。わ、わたしには仲間がいると言ったでしょう──。帰らないといけないのよ。わかってよ──」

 

「だ、か、ら……。その仲間はとっくの昔に附国を出立したと教えたじゃないの。いい加減に認めなさい。あんたがいなくなって何日経っていると思っているのよ──。あの宝玄仙とかいう女主人は、あたしの嘘で、はっきりとあんたが逃亡したと思い込んだわ。もう、あんたのことなんて、誰も探してないわよ。それよりも、あんたは見捨てられてしまって、行き場はあるの? なんだったら、お兄ちゃんが飽きても、逆に、この家にいられるようにしてあげましょうか?」

 

「くっ……」

 

 なにを言っても無駄だということはわかった。

 しかし、それよりも沙那は、いまこの苦悩に追い詰められている。

 

「そ、それよりも……。もう、もう駄目……。本当にお願い……。後生だから、おしめに排便するなんて、惨めなことはさせないで──。せめて、木桶にさせてよ」

 

 沙那は訴えた。

 

「もう無駄よ。いまじゃあ、もう手足が弛緩して、その木桶も跨げないんじゃないの? そのおしめにするしかないのよ」

 

「だ、だったら、また縛ってくれていい──。大股開きでもいい──。おしめだけは許して……」

 

 沙那は唇を震わせた。

 

「そんなに嫌なの?」

 

「嫌っ──」

 

「だったら尚更ね。どんな感じか一度やってごらん、案外、やみつきになるかもよ」

 

 愛寧が哄笑した。

 

「そ、そんなあ……」

 

 沙那は悲鳴のような声をあげた。

 

「もう、いいわ。つべこべ、言わずに出てきなさい」

 

 鍵が開けられて檻が開いた。

 だが、沙那にはもう自分の力で外に出ることができない。

 弛緩した腕を取られて檻の外に引きずり出された。

 沙那は手足を投げ出した状態で土間に仰向けにされる。

 桔梗の魔草の香りの毒が効いている沙那は、もうその恰好で動けない。

 

「ううっ……」

 

 猛烈な便意が襲っている。

 だが、このまますれば、おしめの中に大便を垂れ流すことになる。

 そんな惨めなことは死んでも嫌だ。

 それだけの思いで、必死に沙那は耐えていた。

 

「し、信伸様──。お願いです……。そこにいるんでしょう? なんでもするから、木桶にさせてください。おしめだけは嫌なんです」

 

 沙那は一縷の望みにかけて、家の奥にいるはずの信伸というこの家の長兄に頼んだ。

 もう、愛寧になにを言っても無駄だ。

 だが、信伸だったら……。

 もう、卑屈でもなんでもいい……。

 いまは、おしめに排便するというこの狂った仕打ちさえ免れたら……。

 

「まだ、手間取っているのか、愛寧?」

 

 奥からやってきた信伸は、土間よりも一段高くなっている家側から、土間にひっくり返っている沙那を見下ろして言った。

 その顔には酷薄な冷笑が浮かんでいる。

 

「なんか、意外にしぶといのよ、お兄ちゃん──。どうしても、おしめにうんちは嫌みたいなの」

 

 愛寧が肩をすくめた。

 

「だっから、浣腸をしてやれ。一度、おしめにすれば、それで性根も直るさ。明日からは、手間をかけさせずにおしめにするだろう。奴隷は甘やかすな、愛寧」

 

 信伸は冷たく言った。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那は思わず悲鳴をあげてしまった。

 もう便意の限界にあり、少しでも気を緩めれば大便が漏れ出てしまいそうな沙那に、今度は浣腸までするというのだ。

 この無慈悲な兄妹は、なにが愉しくて、そこまで沙那を追い詰めるのか……。

 

「そうね。お兄ちゃんの言う通りだわ。奴隷は甘やかしては駄目ね」

 

 愛寧が奥に引っ込む。

 本当に愛寧が浣腸の支度を始めたのだとわかって、沙那は激しく狼狽した。

 

「や、やめてよ──。そんなことしないでください、信伸様──」

 

 沙那は信伸を見あげて懸命に訴えた。

 本当は、こんな男に丁寧な言葉遣いなどしたくない。

 だが、いまの沙那には、この信伸の慈悲にすがるしかない。

 なんだかんだで、愛寧は信伸に逆らわない。

 信伸が許してくれさえすれば、沙那は落下無惨な姿を晒さないでで済むのだ。

 

 沙那は血が沸騰するような怒りをぐっとこらえて、哀れな口調で懸命に信伸に訴えた。

 しかし、信伸はにやにや微笑むだけで、完全に沙那の哀願など無視だ。

 

 愛寧が戻ってきた。

 手に薬剤の入った革袋を持っている。

 浣腸袋だ──。

 袋の先端には管があり、それを肛門に挿し入れて革袋を絞れば、中の薬剤が沙那の腸に注がれるのだ。

 この五日で何回かそれをされたので、その中身が強烈な排便剤であり、肛門に注入されれば、あっという間に強烈な便意が襲うのを沙那は知っている。

 いま、そんな強烈な薬剤を受ければ、沙那の限界は崩壊する……。

 

「じゃあ、おしめを一度開けるけど、まだ粗相をしては駄目よ。漏らしたら、汚れたおしめをそのままつけさせるからね」

 

 愛寧がそう言って、沙那の脚を開かせておしめを開けた。

 手足の弛緩している沙那の身体は大きな赤ん坊だ。

 

「まあ、おしっこはしていたのね。すっかりとびしょびしょ──」

 

 おしめを外して、そこを覗きこんだ愛寧がわざとらしく言った。

 沙那は自分の顔が恥辱に歪むのを感じた。

 すぐに沙那の肛門に革袋の先端の管が挿し込まれた。

 

「あはあっ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 入ってくる……。

 体内におぞましい薬剤が送り込まれる感覚に沙那は身体を震わせた。

 

「終わったわ」

 

 薬剤を注ぎ終わった愛寧はふうと息を吐き、また、元のように沙那の股におしめを付け直した。

 

「……お、お願い……。せ、せめて、木桶に……」

 

 沙那は身体を震わせて弱々しく言った。

 もう、大声を出すこともできない。

 

「……そんなにおしめに排便するのは嫌か、沙那?」

 

 ふとなにかを思いついたような口調で信伸が言った。

 

「い、嫌……」

 

 沙那は首を振った。

 首は動く……。

 身悶えくらいなら胴体も動く。

 しかし、手足はまったく動かない。

 指一本もぴくりともできない。

 

「だったら口で奉仕をしてみるか? 俺の一物から精を出すことができたらおしめに排便することは勘弁してやるぞ」

 

 信伸が言った。

 

「や、やるわ──。やらせてください……」

 

 沙那は言った。

 男に対する口の奉仕は、宝玄仙にさんざんに教え込まされた。

 もう、限界なのだが、なんとか短い時間でやってみせる……。

 

「お、お兄ちゃん──?」

 

 しかし、愛寧が驚いたような声をあげた。

 

「いいんだ。試してみたい……」

 

 信伸はなにかを決心したような真剣な口調で言った。

 だが、沙那はそれどころではない。

 もう、便意は限界を遥かに超えているのだ。

 いま、崩壊を支えているのは、おしめに排便をするという恥辱だけは死んでも嫌だという、沙那の強い意思だけだ。

 家側と土間は段差があり、信伸がそこに腰を降ろす。

 

 沙那は愛寧に身体を持ちあげられて、信伸の股間に顔を埋めるような態勢にされた。

 両脚は愛寧によって正座のかたちに畳まれる。

 手足は動かないので、愛寧にそうやって手足を曲げたり、伸ばしたりされてその姿勢をとらされただけだ。

 信伸が自分で下袴と下着を足首まで下ろした。

 

 沙那の顔の前に信伸の一物が現れる。

 まだ勃起はしていなかった。

 そのだらりとした一物を沙那は口で咥え、まずは唾液をまぶした。

 口は自由に動く。

 宝玄仙に教えられた技をすべて使って精を絞り出してみせる……。

 

 激しい便意に襲われながら、沙那は奉仕を開始した。

 唾液に濡れた男性器から一度口を離して、挨拶するように口づけをする。

 たっぷりと情感を込めて……。

 そして、再び咥える。

 先端の亀頭の部分の皮を舌で剥いて、さらに唾液をたっぷりとつける。

 

 先端から幹に……。

 幹から先端に……。

 甘噛みで幹を刺激し……。

 そして、先端に舌を這わせる。

 強く……。弱く……。

 

「ちっ……」

 

 信伸の焦ったような声がする。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 愛寧の心配そうな声がした。

 だが、沙那はそれどころじゃなかった。

 焦っていた……。

 なぜか勃起しないのだ。

 

 精を放つどころか、まだ勃たせることもできない。

 宝玄仙には口でやる奉仕のこつは、相手の反応に合わせることと教えられた。

 少しでも気持ちがよさそうな場所があれば、徹底的にそこを責めるのだ。

 だが、この信伸は反応そのものがない。

 

 どうしていいかわからない……。

 責めの場所を変えてみるか……。

 睾丸に……。

 

 男性器そのものではなく、睾丸が気持ちいい男もいると宝玄仙に教えられたような……。

 口いっぱいにふたつの睾丸を頬張り、吸ったり溜めたりした。

 

 だが、しばらくやったが反応しない。

 今度はもう一度男根そのものを咥える。

 もっと口の奥まで入れて、口全体で男性器を包み込むようにする。

 音を立てる……。

 

 なんで……?

 大きくならない……。

 信伸の性器を舐めつつ、顔をあげて信伸の顔を見た。

 苦痛の表情だ……。

 

 どうして……?

 早くしないと便意が……。

 

「畜生……」

 

 信伸が悪態をついて、いきなり乱暴に沙那の顔を跳ね避けた。

 

「この下手糞──。お兄ちゃんの精を出すどころか、気持ちよくすることさえできないの──」

 

 突き飛ばされて、土間にひっくり返った沙那を愛寧が罵った。

 愛寧の顔には憤怒の表情がある。

 

「も、もう一度やらせて……」

 

 どうして失敗したのか……?

 宝玄仙に教わった通りにやった。

 張須陀たちに囚われていたときも、彼らは沙那の口の奉仕は気持ちがいいと絶賛していたのに……。

 

「お前が下手だから駄目なのよ、沙那。もう、二度とさせないわ」

 

 愛寧は、怒りに震えた様子で、仰向けになっている沙那の下腹部を思い切り踏んだ。

 

「はがあっ」

 

 ぶりぶりぶりと沙那のお尻から激しい音がした……。

 おしめの中に大量の排泄物が漏れ出ていく……。

 

「ああっ……」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 

「あら、やっちゃたのね?」

 

 愛華が笑った。

 一度出始めたものはもう止められない。

 腰につけられたおしめの中で排泄物が拡がり沙那の股間になすりつく。

 そこにさらに新しい排便がどんどんと足されていく。

 

「案外、大したことがなかったでしょう。やってみれば、どうってことないんじゃないの? 大騒ぎしたけど、明日からは朝の奉仕までにおしめにしておくのよ。あたしが始末してあげるから……」

 

 愛寧が言った。

 しかし、沙那にはもう反応することができない。

 まだ、おしめの中では、沙那の肛門から大量の大便が漏れ続けていた……。

 ただただ、沙那は股間に汚物がまみれるおぞましい感触に身体を震わせるだけだった。

 

「今朝はもう、お兄ちゃんへの奉仕はいいわ。その代わり、面倒かけた罰として、もう一度、そのまま檻に入ってもらうわ、沙那。おしめを替えてあげるのは、あたしたちの仕事がひと仕事終わってからよ。さあ、入り直しなさい──」

 

 沙那は汚物にまみれた股間をそのままに、信伸と愛寧に両側から抱えられて檻に放り入れられた。

 再び鍵がかけられる。

 

「許されなければ、大便で汚れたおしめも替えてもらえない……。それが奴隷よ。しばらくそうやって、奴隷の自覚をしなさい」

 

 愛寧が冷たく言って、土間から離れていく気配を感じた。

 いつのまにか信伸もいなくなっていた。

 沙那は檻にひとり残された。

 

 おしめの中から発散する自分の汚物の悪臭……。

 しっかりと設置された檻の前の桔梗の香り……。

 

 それが、檻に入った沙那に襲いかかり、沙那をひたすらに惨めな気持ちにさせていった。



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386 尿道開発

「くっ……あ、ああっ……あんっ……」

 

 沙那は、どうしても自分の口から喘ぎ声が漏れ出るのを防ぐことができなかった。

 

「あらあら、すっかりと尿道で感じる身体になっちゃたわねえ。尿道責めがそんなに気持ちいいの、沙那?」

 

 まだ童女の愛寧(あいねい)が大股開きに拘束した沙那の股間に導尿管を使いながら言った。

 拘束されなくても、いまの沙那の身体は桔梗の香りの魔毒による手足の弛緩によって、自分の意思で動かすことはできない。

 信伸(しんしん)と愛寧が沙那の両足首を梁から垂らした縄で縛って左右に引き揚げて大股開きで固定しているのは、毎日のように行われる沙那の尿道への媚薬責めをするためだ。

 

 この日の夕方も、沙那はここで兄妹に監禁されて凌辱されるようになってずっとやられている尿道責めを受けていた。

 尿道に導尿管を挿され排尿させられて、媚薬入りの薬液を膀胱浣腸される。

 その間、執拗に尿道を繰り返し刺激されて、快感を覚えさせられる──。

 それが毎日の夕方から夜にかけて繰り返されている日課だ。

 

 夕方になり、その日の作業を終えた信伸と愛寧のふたりが土間に置かれた沙那の檻にやってきて、しばらくの間、檻の前で桔梗の匂いの香を焚かれる。

 すると沙那の手足は完全に弛緩して動かなくなる。

 その状態にして、初めて檻から出されて、ふたりに担がれて居間に連れていかれるのだ。

 土間をあがった家の中は、どこも桔梗の花の香りが充満されていて、沙那は家に連れ込まれている間、ずっと身体の自由が効かなくなる。

 

 今日もいつものように、仰向けにされて両脚だけを天井から垂らした縄で左右に引き揚げられた。

 腰の下には畳んだ座布団を入れられて、床に座る信伸にふたつの穴を曝け出すように向けられている。

 

 そして、愛寧が信伸に見せつけるように責めるのだ。

 今日もいつものように尿道責めが始まった。

 

 尿道口に導尿管という短くて細い特別な管を出し入れするのだ。

 その導尿管が沙那の尿道に挿されて膀胱に届くと、沙那の意思とは無関係に膀胱に溜まっている尿が外に排出されてしまう。

 信伸に見られながらする排尿を恥ずかしがる余裕はない。

 排尿が終われば、膀胱浣腸が待っている。

 

 挿し込んだ導尿管を通じて、愛寧が準備している薬液を膀胱に注がれるのだ。

 ただの液体じゃない。

 媚薬だ。

 

 沙那の尿道を爛れるような快感の場所にするための仕打ちなのだ。

 抵抗の手段のない沙那は、そのおぞましい肉体改良の調教を受け入れるしかない。

 それを何度も繰り返し行われた。

 

 媚薬を膀胱に無理矢理に注がれて、しばらく置かれてから排出させられる。

 終われば、出したものに媚薬の成分の原液を少し追加して、また膀胱浣腸……。

 

 そして、媚薬が浸透するまで導尿管の管を閉鎖され、しばらく排尿を我慢させられてから排出……。

 また、媚薬の抽入……。

 

 これを日に十度は繰り返していて、それがすでに六日になっている。

 

 沙那の尿道は、いまや、ここに監禁される前とはまったく違う快感の場所になってしまった。

 こんな場所は、あの宝玄仙にも調教を受けなかった場所だ。

 

 繰り返されて媚薬漬けにされ、尿道を責められて受ける快感は日に日に大きなものになっていく。

 認めたくはないが、沙那もそこが自分の新しい性感帯になったことを自覚せざるを得なかった。

 

「力を抜いて……ほらっ、そんなに気持ちがいいの? ふふふ、尿道をいじくられて感じるなんて、すっかりと奴隷に相応しい身体になったわねえ……。でもまあ、もともとあんたはとても敏感な身体をしていたけどねえ……」

 

 愛寧が笑いながら尿道管を入れたり出したりする。

 すでに一度導尿管を膀胱まで入れられて排尿させられた。

 排尿が終わって始まったのが、この挿した導尿管を使った沙那の尿道への責めだ。

 こんな場所をいじくられるのは恐怖しかない。

 だが、それで引き起こされる妖しい感覚と疼きが沙那の全身を小刻みに震わせる。

 

「い、言わないで……あはあっ……い、いやっ……はあっ」

 

 切羽詰った声が口から漏れ出る。

 

「あらあら、いいお声ねえ、沙那。ここに導尿管を入れられるのはそんなに気持ちいいの? あんた、ここをいじくられるのは嫌じゃなかったの? お兄ちゃん、見てる? 沙那、気持ちよさそうよ」

 

「見てるさ……。沙那も、そろそろ尿道で気をやれるようにもなったんじゃないか? 一度、気をやってみせてくれよ、愛寧」

 

「わかったわ、お兄ちゃん……。さあ、沙那、そういうわけだから、尿道だけで気をやって頂戴?」

 

 愛寧がさらに刺激を繰り返す。

 その動きは繊細だ。

 

 尿道はとても敏感で、ちょっとでも乱暴にされると激しい痛みが走るのだが、愛寧はいまのいままで、一度も沙那の尿道を傷つけたことがない。

 ゆっくりゆっくりと尿道管を入れては出し……出しては入れる。

 

「んんんっ……ああっ、あ、あんたら、お、覚えて……あはあっ……なさい……ああっ……いいっ……」

 

 全身が総毛立つ。

 尿道口から全身に拡がっていく快感がさざ波から大きな波に変化しようとしている。

 

「なにを覚えておくの、沙那? 尿道をいじくられて絶頂してしまう、浅ましい奴隷二号のこと?」

 

 わずか十三歳の嗜虐者が沙那の恥辱を呷るようにからかう。

 こんな少女に責められて達するなど、沙那の誇りが許さない。

 だが、口惜しいがどうしても快感に耐えられない。

 

 もうすぐ絶頂がやってくる……。

 沙那はわずかに動く全身を悶えさせた。

 

 愛寧の導尿管が執拗に繰り返して沙那の尿道を刺激し続ける。

 感じたくない……。

 口惜しい……。

 

 しかし、快感の波の間隔がだんだんと短くなる。

 沙那にはわかる。

 

 もうすぐ一気に来る……。

 耐えられない……。

 もう、覚悟するだけ。

 

「い、い、ひいっ……し、しないで……もう、しないでっ……」

 

 沙那のあられのない反応に信伸と愛寧が満足するような笑い声をあげる。

 愛寧の責めは続いている。

 

「遠慮せずにいきなさい、沙那……。尿道でね。そんな場所で気をやれるなんて、感謝してよね」

 

 愛寧が尿道を刺激しながら言った。

 耐えられない……。

 官能の波が一気に上昇した。

 

「い、いくうぅぅぅ──」

 

 沙那は全身を痙攣するように震わせて感極まった叫び声をあげた。

 達した……。

 

 大きな脱力感に襲われる。

 ついに、尿道で達してしまった……。

 

 またひとつ、この卑劣な兄妹に屈した……。

 快感の波が次第に落ち着くにつれ、激しい口惜しさがまた込みあがる。

 

「ふふふ、どんな気持ち、沙那? 尿道でいくなんてね……。もう、すっかりと感じる場所になっているわね。尿道で指も受けいれられるようにしてあげましょうか? 最後には、お兄ちゃんの性器も……。魔草を使えば不可能じゃないわ。あんたの身体に特殊な植物を寄生させるのよ。そうすれば、普通では受け付けられない肉体改造も受け入れられるようになるわ……。どう?」

 

 愛寧が笑った。

 沙那の身体にぞっとするような恐怖が走る。

 尿道をそんな風にできるわけがない。

 しかし、その一方で、この変態兄妹なら本当にそんな肉体改造を沙那に施すのではないかという思いもした。

 

「ほかの場所は、開発されまくっているみたいだし、本当に淫らな身体をしているわね、沙那……。それにしても、尿道でいくなんて恥ずかしくないの?」

 

 愛寧が今度は沙那の肉芽に指を伸ばして、そこを潰し回すように弄りだした。

 

「だ、だめ……だめ、だめ、あ、ああっ、あはあっ……あひいいっ……」

 

 達したばかりの余韻に浸っていた沙那の身体が、再び一気に燃えあがった。

 沙那は快感を爆発させて、あっという間に二度目の絶頂をしてしまった。

 

「あはははは──。本当に面白い。ここまで敏感だと、まるで玩具みたい。嘘じゃないかと思うくらいに、どこでもいきまくるわよねえ、あんたって」

 

 愛寧が大きな声で笑った。

 

「くっ」

 

 口惜しくて思わず歯噛みをする。

 しかし、どうにもならないのだ。

 こんな娘にいいように弄ばれたくはないが、どうしても沙那の身体は淫らな反応をしてしまう。

 

「もう一度、尿道でいかせてやれよ、愛寧。いまの感覚をこいつの身体に刻み込んでしまうのだ」

 

「わかったわ、お兄ちゃん……。じゃあ、始めましょうか、沙那」

 

 愛寧が再び導尿管を沙那の尿道に挿し込んだ。

 

「ああ……、す、少し休ませて──」

 

 思わず哀願する。

 しかし、愛寧は笑って無視する。

 あっという間に快感が昂ぶってくる。

 続けざまの快感は恐怖でしかない。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「一人前に嫌がるじゃないわよ。淫乱ないき人形のくせに……。ほらっ、こうすると気持ちいいんでしょう、沙那?」

 

 愛寧が尿道管を動かし続ける。

 

「ああ……はあっ……」

 

 また尿道口からの快感が全身に拡がる。

 沙那にはわかる。

 もう、絶頂に近づいている。

 一度、火がつくと、沙那の身体は信じられないくらいの短い感覚でいき続けるようになる。

 そのいき狂いの予兆の恐怖が沙那を襲う。

 

「あ、あっ、あっ、あっ……も、もう、いくっ……いくっ……だ、だめえっ──」

 

 もうすぐ絶頂する。

 

「嫌がりながら絶頂するお前の表情はいいな……」

 

 信伸の欲情したような声がした。

 

 「いくうっ──」

 

 それを合図かのように沙那は激しく絶頂して身体を痙攣させた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 息が切れそうになり沙那は全身で呼吸していた。

 このままじゃあ、本当におかしな身体にされてしまう……。

 

 逃げなければ……。

 宝玄仙のところに戻らなければ……。

 仲間のところに……。

 

 しかし、どうやって逃げればいいのか……。

 沙那は快感の余韻に浸りながら、この兄妹のことを考えていた。

 

 この兄妹はそもそも、なんのために沙那を監禁しているのか……?

 なぜ、真ん中の愛華は奴隷扱いなのか……?

 だが、思考をまとめられない。

 快感の余韻が強すぎるのだ。

 

「まったく、お前の身体は本当にいやらしい……」

 

 絶頂の余韻に半分呆けていた沙那の上に不意に影が差した。

 信伸だった。

 いつの間にか沙那に覆いかぶさるように迫ってきている。

 

「あっ……」

 

 眼が血走っている……。

 欲情で興奮している。

 いきなり信伸の怒張が沙那の内臓を突き破るような勢いで入り込んできた。

 

「あふうっ──」

 

 沙那は悲鳴のような嬌声をあげた。

 激しい律動が開始される。

 荒々しい信伸の責めに沙那の身体はしっかりと反応する。

 消えかけていた官能の波が荒々しさを取り戻す。

 

「あはあっ、ああっ

 

 沙那はがくがくと身体が震えるのがわかった。

 手足は弛緩しているが信伸を受け入れている腰はしっかりと反応している。

 

「ほおおおお」

 

 沙那は咆哮した。

 もうなにがなんだかわからない。

 

「い、いくううっ──ほごおっ……」

 

 沙那は獣のように叫んでいた。

 与えられる快感に耐えられず、沙那の中のなにかが崩壊する……。

 絶頂する……。

 そして、沙那は快感の頂点に飛翔した。

 

「ううっ」

 

 信伸が沙那の股間に恥骨を押しつけるようにて震えた。

 熱い精の迸りが沙那の女陰に注がれるのがはっきりとわかった。

 

 このままじゃだめだ……。

 この兄妹の嗜虐の輪廻から抜け出す方法──。

 

 どうやったら、ただ責められるだけの日常から脱出できるのか……。

 朦朧とする意識の中で、沙那は賢明にそれを考え続けていた……。

 

 

 *

 

 

「縄を解いてやれ。今日はもういい……。沙那を檻に入れておけ」

 

 沙那の股間から男根を引き抜いた信伸が愛寧に言った。

 

「わかったわ、お兄ちゃん」

 

 愛寧が天井から吊られている沙那の脚の縄を解き始める。

 

「ま、待って……待ってください、信伸様──」

 

 沙那は下着と下袴を履こうとしていた信伸に向かって、慌てて叫んだ。

 沙那の突然の発言に信伸が怪訝な表情を向ける。

 

 しかし、沙那は決心していた。

 変えるのだ。

 嗜虐の日常を変化させる──。

 そこから始めるのだ……。

 

 そして、考えた結論がこれだ。

 奴隷を受け入れる。

 従順な性奴隷になりきる。

 それで変化が起きる。

 

 変化が起きれば、付け入る隙が生まれるかもしれない……。

 変化がなければ、このまま打開策がないまま、ただ時間がすぎるだけだ。

 

「お願いです。掃除をさせてください」

 

 沙那は言った。

 

「掃除?」

 

 信伸はきょとんとしていたが、やがて沙那の言っている意味がわかったようだ。

 しかし、にんまりと笑うのかと思えば、信伸の表情には戸惑いと焦りのようなものが映った。

 

「沙那、あんた、なに言ってんのよ──」

 

 愛寧が怒鳴った。

 しかし、沙那は、そのとき、愛寧がすぐに怒るのではなく、信伸の表情の変化を見てから、沙那に怒鳴ったことに気がついた。

 

 やっぱり……。

 

 沙那はやっと愛寧がなんのために沙那を責めているのかがわかった。

 これまで沙那が経験した嗜虐は、宝玄仙のように嗜虐者自身が愉しむために、恥辱したり快楽浸けにしたり、あるいは身体をむさぼったりすることだった。

 なんらかの行為で嗜虐者の欲望を満足させる。

 そのために、沙那の身体を使うのだ。

 

 しかし、愛寧は違う。

 やっと、それがわかった。

 もしかしたら、愛寧は沙那の身体など、なんの興味もないかもしれない。

 

 愛寧が興味を持っているのはただひとつだ……。

 ただひたすらに、それを見ている。

 

 兄の信伸だ。

 

「な、舐めて掃除します……。わたしの蜜で汚れたものを綺麗にするだけです……。その代わり、ひとつだけお願いを聞いてください、信伸様」

 

 沙那は慌てて言った。

 

「お願い?」

 

 信伸が興味を抱いた表情を示した。

 すると、愛寧が沙那の言葉を邪魔するような態度をやめる。

 やはり、愛寧という小さな嗜虐者は、信伸の反応を見て行動している。

 沙那を責めるのも、怒鳴るのも信伸の反応を見てのことだ。

 つまり、愛寧はただひたすらに信伸の悦びそうなことをやっているだけなのだ。

 それが、沙那への嗜虐だ。

 

 もしかしたら、姉の愛華への嗜虐も同じなのかもしれない。

 とにかく、妹の愛寧の行動は、一見、積極的に嗜虐をしているようでそうではない。

 兄の信伸を悦ばすために、決められたことをしているにすぎない。

 

 そこに愛寧の意思はない。

 意思がない?

 

 そのとき、ふと沙那は、自分の思念になにか引っ掛かるものを感じた……。

 まあいい……。

 いまのことだ。

 

 いずれにしても、そうだとすれば、沙那は信伸の悦ぶ行為に心当たりがある。

 朝は失敗したが、この五日で、唯一信伸が積極的にやらせようとした行為だ。

 それ以外の行為はすべて、妹の愛寧がやるのを見ているだけが多い。

 その信伸が自らの意思を示して沙那に強いた行為だ。

 興味がないはずかない……。

 だが、信伸のなんらかの心の傷のようなものが、朝の失敗になったのだと思う。

 

「おしめを使わせることだけは堪忍してください……。それだけでいいです」

 

 沙那は言った。

 実のところおしめのことは考えていなかった。

 いきなり、従順な態度になっても不自然だから、それらしい口実を作っただけだ。

 すると信伸が哄笑した。

 

「なるほど、それほど、おしめに直接排便させたのが効いたのか……。わかったよ。今夜からは排便用のおまるを檻に入れてやる。その代わり、きれいに掃除しろ」

 

 信伸の指示で、愛寧は沙那の拘束を解いて、沙那をあぐらに座った信伸の股間に顔を埋めるような態勢にした。

 

「一刻(約一時間)でも二刻(約二時間)でも、こうやって舐めます。だから、おしめだけは堪忍してください……」

 

 沙那は信伸の一物を眼の前にして言った。

 信伸の性器は、まだ沙那自身の愛液で汚れていた。

 本当は自分の淫液なんて舐めたくはない。

 だが、耐えた先になにかの出口があるに違いない……。

 

「二刻(約二時間)……?」

 

「精を放つ目的以外で、女に性器を舐めさせるのは嫌ですか?」

 

 沙那は言った。

 朝の失敗で推測したことだが、信伸は実は人一倍勃起し難い性質なのではないだろうか。

 そういう男もいると孫空女に聞いたことがある気がする。

 

 それがなぜか、愛寧がほかの女を責めるのを眺めることで信伸は欲情して勃起しやすくなるのではないか……。

 愛寧はそのために沙那を嗜虐し、姉の愛華を責める行為を信伸の前でやってみせている……。

 そういうことではないだろうか。

 とにかく、仮定に基づきやってみるだけだ。

 

「二刻(約二時間)、舐め続けてみせます。信伸様のものが反応しようが、するまいがひたすら奉仕してみせます」

 

 だから、勃起しなくて構わない。

 沙那は暗にそう言ったつもりだ。

 

「本当にそんなことを言っていいのか、沙那? 本当にやらせるぞ──。いくら舐めても、勃起はしてやらんぞ。それでもひたすら舐め続けられるのか?」

 

 面白がるような口調で信伸が言った。

 

「やらせてください。わたしは、あの宝玄仙という女主人の性奴隷でした……。一日中床を舐めさせ続けられたこともあります。数刻など、なんでもありません」

 

「なら、やってみろ」

 

 信伸は言った。

 沙那は信伸の柔らかいままの男根を口に含んだ。

 そして、一心に舐め始める。

 心をこめて……。

 

「ただいま、帰りました……」

 

 声がした。

 姉妹のうち、姉の|愛華の声だ。

 どうやら薬草集めの山歩きから戻ったようだ。

 

「まあ、お姉ちゃん、これだけ? いつもの半分もないじゃないの?」

 

 愛寧の大きな罵りの声がした。

 沙那はひたすら信伸への奉仕を続けながら、そんな姉妹のやりとりに耳を傾けていた。

 

「……す、すみません。帰りにつまずいて河に落としてしまって……」

 

 愛華の意気消沈したような声が聞こえた。

 

「それは言い訳じゃない、お姉ちゃん──」

 

 大きな声で愛寧が怒鳴った。

 

「今日はいい、愛華……。集めた草は作業小屋に入れておけ。それよりも、食事の支度をしろ──。さっさとやれ」

 

 信伸が沙那に肉棒をしゃぶらせたまま言った。

 すると、激しい剣幕だった愛寧がぴたりと黙り込んで大人しくなった。

 

「は、はい……」

 

 やがて、愛華の戸惑ったような返事が沙那の耳に入ってきた。

 

 

 *

 

 

「……起きて」

 

 声がした。

 沙那は眼を開けた。

 夜中だ。

 

 誰かが檻の前にいる。

 最初は誰なのかわからなかった。

 しかし、すぐにそれが愛華だということがわかった。

 その時には、玄関から漏れ入る月明かりに眼が馴れてきていた。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 沙那は戸惑った。

 なぜ、ここに奴隷扱いをされている愛華がいるのか……。

 

 だが、愛華が檻に手を伸ばす。

 檻の鍵を持っている。

 静かに鍵が鍵穴に挿し込まれてがちゃりと檻が開いた。

 いま、身体は弛緩していない。

 つまり……。

 

「逃げて、沙那……」

 

 檻の扉が開いた。

 沙那は檻から這い出た。

 土間に出た。

 

「ど、どうして、鍵を?」

 

 沙那は言った。

 鍵は愛寧が持っていたはずだ。いつも肌身離さず持っている。

 寝るときもだ。

 沙那はそれを愛寧がはっきりと言うのを聞いた。

 

「今夜に限って、なぜか愛寧が鍵束を身体に付け忘れたのよ。洗い場にこれが忘れられていたの……。とにかく、早く」

 

 愛華が言った。

 洗い場というのは、この家の裏にある身体を洗うための場所であり、湯を沸かしてその湯で身体を洗うことのできる場所だ。

 どうやら、妹の愛華が夜に身体を洗い、鍵束を外して、そのままになっていたということらしい。

 それを見つけた愛華が、沙那を解放しに来てくれたのだ。

 

「あ、あんたの服は、確か愛寧が作業小屋に置いていたと思うわ。あなたの剣が隅にあって、そこに木箱があったわ。多分、そこと思う……」

 

 愛華がささやいた。

 

「……恩に着るわ」

 

 沙那はそれだけを言った。

 すぐに行動しようとして、ふとあることが頭をよぎった。

 

「あなたもおいで、愛華──。一緒に来るのよ」

 

 沙那は言った。

 

「一緒に?」

 

「あたしが逃げたら、あんたが逃がしたことがわかるわ。あの狂った兄妹になにをされるかわからないわ。一緒においで……。連れていってあげる。こんなところにいるよりは、ずっとましなはずよ」

 

 沙那の頭には宝玄仙がある。

 この愛華の身柄をとりあえず、宝玄仙に預けようと考えた。

 愛華は美人だ。宝玄仙のところに連れていけば、まず間違いなく性調教が始まると思うが、ここにいるよりはましなはずだ。

 しかし、愛華は諦めたような笑みをしたかと思うと、静かに首を横に振った。

 

「な、なんで……?」

 

 沙那は言った。

 

「あたしはいいのよ……」

 

「ど、どうして……。兄妹だから? だけど、あいつらのあなたに対する仕打ちは、血を分けた家族のものとは思えないわ。奴隷よ──。ここを逃げるべきよ。世の中は広いわ。逃げても生きている。わたしの仲間に会わせる。みんな本当の家族がいないの。だけど、本当の家族のように連れ添って生きている。大丈夫よ……。任せて、愛華」

 

 沙那は言った。

 そうだ。家族だ……。

 

 宝玄仙……。孫空女……。朱姫……。

 家族だ──。

 

 宝玄仙のやることには、腹が立つこともあるし、許せないと思うこともある。

 だけど、家族なのだ──。

 

 いいことも、悪いことも、すべて丸抱えにして受け入れる……。

 それが家族だ──。

 少なくとも、ここの三兄妹は家族とは言えない……。

 

「……こんな卑劣な兄妹に義理立てするの?」

 

 沙那は一緒に逃げようという言葉に反応をしない愛華に苛々した。

 なぜ、この女はあんな人を人ともに思わない仕打ちを受け入れるのか……?

 なぜ、反抗しないのか……?

 

「あ、あなたに対して、兄妹がやっとことは謝るわ。許されることじゃない。でも、許してあげて──。お願い。このまま、立ち去って……。彼らを許してあげて……。この通りよ──」

 

 愛華がその場に土下座をした。

 沙那はびっくりした。

 

「愛華……」

 

 もう黙るしかなかった。

 仕方がない……。

 このままひとりで逃げる。

 

 沙那を逃がしたことで、愛華をどのように扱うかわからない。

 しかし、ここまで言うなら置いていくしかない。

 もう、これは彼女たち兄妹の話なのだ──。

 だが、どうしても沙那には納得がいかない。

 酷い目に遭わされながらも、それを黙って受け入れる奴隷根性は、やはり沙那の理解の範疇を超えている。

 

「ねえ、最後に教えて、愛華──。あなたと、あのふたりの兄妹の間にはなにがあるの?」

 

「これは償いなの……」

 

 愛華はそれだけをぽつりと言った。

 

「償い?」

 

「……それよりも、早く──。いま、こうしている間にも兄か愛寧が気がつくかも……。とにかく、家の裏の作業小屋に服が──」

 

 愛華は言った。

 沙那は立ちあがった。

 

 もう迷わない。

 音を立てないように玄関の扉を開く。

 沙那の裸身に夜風が当たる。

 月明かりがある。

 眼の前に山がある。

 やはり、ここは山麓の山小屋だ。

 家の前にはすぐに山街道が走っていた。

 敷地を隔てる垣根のようなものはない。

 このまま数歩進めば家の外だ。

 

 長かった……。

 これで逃げられる。

 そのとき、ふと思った。

 以前、愛寧は家の敷地が愛寧の道術による結界に包まれているようなことを仄めかせていた。

 だから、そう思っていた。

 

 だが、嘘だ──。

 沙那は道術遣いではないので、はっきりとはわからないが、ここには結界などない。

 結界の中というのは、もっと気が充満していて、たとえ目の前にいなくても、そこに結界を作った道術遣いの気を結界の中ならどこであろうと強く感じるものだ。

 それが、結界というものだ。

 家の中では、桔梗の魔毒の香りにとらわれていたのでわからなかったが、外に出たことでわかった。

 

 なにも気を感じない……。

 つまり、ここには結界などない……。

 ならば、なぜ結界などと言ったのだろう?

 もちろん、そう言えば、沙那が疑心暗鬼になり、逃亡を躊躇うというのもあるかもしれないが、やはり不自然だ。

 そう言えば、愛寧は沙那を無力化するのに必ず魔毒を使う。

 だが、魔毒は、つまり魔草であり、霊具とは異なり道術のない者でも扱える。

 逆に愛寧は沙那を責めるのに、道術も霊具も遣わない。

 なぜ、遣わないのだろう?

 

 考えてみれば、本当に愛寧が、『結界術』を遣えるほどの道術遣いならば、桔梗の魔草の香りなどとまどろこしいことをする必要はない。

 結界の中なら普通の人間でもその道術遣いの思いのままだ。

 宝玄仙も自由自在に沙那や孫空女の身体を操る。

 愛寧が道術遣いなのは、確かなのだろうが……。

 

 目の前で姉の愛華の身体に文字を描く道術を遣ったのを見た。

 しかし、よく考えれば、愛寧が道術を遣ったのを見たのはそれだけだ。

 

 まあいい……。

 もう、ここには関係ない。

 

 とりあえず、附国の城郭に戻ろうと考えた。愛寧は繰り返し、宝玄仙たちが沙那を置いて出立したと繰り返すが、沙那にはいまでも、宝玄仙や孫空女や朱姫が自分を見捨てるとは思えないのだ。

 そのまま進もうとして、沙那ははっとした。

 

 山道を進んでくる灯がある。

 こんな時間に人?

 

 疑問に思ったが、確かに灯りを持った人らしき者が近づくのが見える。

 なぜか人の気配は感じないのだが……。

 とにかく、いまは素っ裸だ。

 それで、家の裏にある作業小屋に沙那の荷が置いてあるという愛華の言葉を思い出した。

 沙那はそのまま家の裏に回った。

 

 庭には薬を作るために陽干しにするための台のようなものが二十ほど拡がっている。その向こうに立派な小屋があった。

 あれが作業小屋だろう。

 

 沙那は駆け寄る。

 ふと背後を見る。

 誰もいない。

 家側も静かだ。

 

 平屋の小さな家だ。

 ここに十日近くも監禁されていた……。

 改めて、あの兄妹はなんだったのかという思いがした。

 

 とにかく、服と装具だ──。

 沙那は作業小屋の戸に手をかけた。

 鍵はかかっていない。

 罠のようなものが仕掛けられている気配もない。

 

 開いた。

 中からは薬草独特の強烈な臭気が漂っていた。

 あちこちに薬草が置いてある。

 草を潰したり、煮たり、焼いたりするための道具が作業台のような大きな卓に並べられている。

 

 小屋は暗かったが、すでに闇に馴れた沙那の眼は、小屋の奥の沙那の剣をしっかりと確認していた。

 剣の下に木箱がある。

 そこに沙那の衣類と装具があるはずだ。

 沙那はすぐに剣に駆け寄って、横に置くと衣類を取り出すために木箱の蓋を開いた。

 

「しまった──」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 服の上にある桔梗の花が視界に飛び込んできたのだ。

 

 魔草の桔梗だ……。

 その香りが沙那の鼻を刺激した……。

 その瞬間、沙那の手足は力を失い、沙那の身体はその場に崩れ落ちた。

 

 こんな簡単な罠に……。

 沙那は歯噛みした。

 焦り過ぎた……。

 

 沙那は木箱に突っ伏したまま動けなくなった。

 もう手足は動かない。

 

 どうすべきか……?

 大声で愛華を呼ぶか……?

 いや、そんなことをすれば、愛寧や信伸を起こしてしまう……。

 

 どうしたらいいのか……。

 沙那は力の入らない手足を懸命に動かそうとしたが、どうしても身体は自由にならない。

 どうしていいかわからぬまま時間だけが空しくすぎていく……。

 そのとき、作業小屋の戸が開く気配がした。

 

「結界が反応したと思ったら、こんなところに大きな鼠がいたわ、お兄ちゃん」

 

 背後に愛寧の酷薄な声が響いた。



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387 刻まれる鞭痕

「結界が反応したと思ったら、こんなところに大きな鼠がいたわ、お兄ちゃん」

 

 愛寧(あいねい)の声がした。

 結界……?

 しかし、ここには結界などない……。

 それはさっき確信した。

 でも、愛寧の口調には、少しも淀みや躊躇いのようなものがない。

 愛寧は、この家の敷地に自分の道術による結界が刻まれていると信じきっている気配だ。

 

 だが、それによって、なんとなく沙那には、逃亡に失敗した理由がわかってきた。

 つまりは、そう言うことなのだ……。

 それで、辻褄は合う。

 もっとも、それでもわからないこともある。

 だが、大きなところは間違っていないと思った……。

 

「ところで、どうやって檻から出たのか白状してもらおうか、沙那」

 

 信伸(しんしん)の声がした。

 木箱に突っ伏した状態で身動きできない沙那には、顔を後ろに向けることもできないが、どうやら背後には、愛寧と信伸のふたりがいるようだ。

 人の気配はふたりだけなので、姉の愛華(あいか)はとりあえずここにはいないのだろう。

 

「ど、道術よ」

 

 沙那はとっさに言った。

 愛華に罰を与える口実を与えてはいけない。

 そう思った沙那が瞬間に考えた嘘だ。

 見え透いた嘘だが、ほかには思いつかなかった。

 

「道術ですって? あんた、馬鹿?」

 

 愛寧が笑った。

 

「笑うんなら笑いなさい……。わたしは力が弱い道術遣いなんで、霊気が溜まって道術が遣えるようになるまで数日かかるんだけど、何日かに一度に道術は遣えるのよ。次は、鍵開けなんてつまらない道術じゃなくて、あんたの頭を一瞬で沸騰させるように道術を遣うわ」

 

「お前が道術遣いだと?」

 

 だが、意外にも信伸が反応した。

 髪の毛を掴まれて身体を引き起こされた。

 眼の前に信伸の顔が迫る。

 

「そ、そうよ……。道術遣いよ……。『解錠術』よ──。まあ、基本道術のひとつね」

 

 道術に関する知識だけはある。

 なにせ、宝玄仙、朱姫という力の強い道術遣いがいつも一緒にいるのだ。

 

「お兄ちゃん、口から出まかせを言っているのよ。こいつが道術遣いなんてありえないわ」

 

 愛寧が呆れた声をあげた。

 

「だが、そうであれば、こいつが檻を抜けた辻褄は合うぞ。檻の鍵はお前が持っているのだろう?」

 

 信伸が愛寧に振り向いた。

 沙那も愛寧の腰にぶらさがっている鍵に気がついた。

 いつものように腰に装着している。

 愛華が檻を開けたのは、その鍵を洗い場に愛寧が置き忘れたからだと、愛華は言っていた。

 だから、すでに愛寧の腰にぶらさがっているということは、沙那が逃亡を図ってからのほんの短い時間に、愛華は愛寧にこっそり返したということになるのだが……。

 

「それはそうなんだけど……」

 

 愛寧が当惑した表情になった。

 どうやら、愛寧も鍵を置き忘れたという認識はないようだ。

 

「さっきから、あんた、わたしが道術遣いであることを疑っているようだけど、道術遣いのくせにわたしが帯びている霊気がわからないの? あんたこそ、本物の道術遣い?」

 

 沙那は道術は遣えないが、身体に宝玄仙の『魂の欠片』を入れているために、霊気そのものは帯びている。

 だから、本来は道術遣いしか扱えないような霊具も扱えるのだ。

 そのため、ほかの道術遣いにとっては、沙那もそれなりの道術遣いに感じるはずだ。

 

「霊気?」

 

 愛寧が眉間に皺を寄せた。

 なにを言っているのかわからないというような表情だ。

 

 その瞬間に沙那は悟った……。

 愛寧は、本当に霊気が読めないのだ……。

 その事実が示すことはただひとつ……。

 

 だが、次の瞬間、眼に火花が走ったような強烈な衝撃を感じた。

 信伸に頬を力いっぱい張られたということに気がついたのは、頭を地面に強く叩きつけられたときだ。

 

「ならば、身体に訊いてみるさ……。愛寧、鞭を準備しろ。それから、愛華を叩き起こせ。焼きごてを準備させろ」

 

 信伸の酷薄な声がした。

 

 

 *

 

 

 沙那の身体を作業小屋から家の中にまで運んだ信伸は、沙那の両手首を縄で束ねて縛ると、その縄尻を天井の梁に通して、沙那の身体を上に引き揚げた。

 沙那の身体が伸ばした両手首で宙吊りに引き揚げられる。

 両脚が完全に床から浮く。

 手足は弛緩しているが痛みはある。

 全身の体重が両手首に加わり、沙那は思わず苦悶の声をあげた。

 

「吊られただけで呻いていたら、これからのことには耐えられないわよ、沙那」

 

 愛寧がいきなり沙那の股間に指を挿し込んで、掻き回しだした。

 沙那は、思わず、淫らな声をあげてしまう。

 

「さすがに感じやすい身体ね。面白いわ……。渇いていたお股がもう濡れてきたわ、お兄ちゃん」

 

 愛寧が沙那の股間を弄りながら馬鹿にしたような声を出す。

 

「あ、ああ……あっ、あっ……」

 

 出したくはないが、どうしても甘い呻き声をあげてしまう。

 すると沙那は、もうなにも考えられなくなり、淫らな疼きに悶え狂うことになるのだ。

 

 だが、今夜は駄目だ……。

 沙那は込みあがる快感を我慢しようとした。

 懸命に思考を動かす。

 

 この兄妹の弱点……。

 弱みを──。

 

「ふふ、本当に面白い身体……。ねえ、お兄ちゃん、沙那は随分と悔しそうよ。ねえ、沙那がこんな顔をすると感じる?」

 

 愛寧が沙那の股間に指を入れて、巧みに沙那の感じる部分を刺激する。

 たちまちに身体が熱くなり、全身から脂汗が滲みでるのがわかった。

 しかし、快感と戦おうとしている沙那の胸に、すっと信伸の手が伸びた。

 

「はぎいいっ──」

 

 沙那は絶叫した。

 いきなり、信伸に両方の乳首を力いっぱい捩じりあげられたのだ。

 全身を跳ねあげて信伸の指を振りほどこうとする。

 だが、手足が弛緩している沙那の身体は、わずかに胴が揺れる程度だ。

 

 息が止まるような激痛だ。

 沙那は顔を仰け反らせるようにして吠えた。

 しかも、まだ股間には愛寧の指が挿入されて、淫らな快感を与え続けている。

 下半身に快感を与えられ、上半身には激痛だ。沙那の頭は混乱して、それぞれの刺激に備えることを許さない。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 そのとき、背後に愛華の声がした。

 声が震えている。

 いまは真夜中だ。沙那を送り出すのを確認してから、自分の部屋に戻って休むふりをしていたのかもしれない。

 

「おう、来たか、愛華……。沙那がこの家から逃げようとしたのだ。それで罰を与えているところだ──」

 

 信伸が沙那の乳首からやっと手を離して言った。

 同時に愛寧も沙那の女陰から指を抜いた。

 とにかく、沙那はほっと身体を脱力させた。

 

「えっ……?」

 

 愛華の返事は、驚きとも悔悟とも異なる困惑の響きがあった。

 それはそうだろう。

 沙那を逃亡に導いたのは愛華自身なのだ。

 

「……わ、わたしが自分で鍵を開けたのよ──。ま、道術でね──」

 

 沙那は愛華がなにかを喋り出す前に、急いで叫んだ。

 絶対に愛華に罰を与えさせるようなことはしない。

 そう決意していた。

 

「さ、沙那さんが道術を?」

 

 今度ははっきりとした驚きが愛華の声に混じる。

 

「こいつは、自分が道術遣いであり、自分で檻の鍵を開けて逃げようとしたと言っている。だが、そのまま逃げればいいのに、荷を取り戻そうと思ったばかりに木箱に入っていた桔梗の魔草の香りにやられて失敗したようだがな……。まあ、沙那も素っ裸で逃亡するということはできなかったということか」

 

 信伸が笑った。

 しかし、信伸の表情には、愛華を試すような響きがある。

 信伸は愛華が沙那の檻の鍵を開けたと見破っているのかもしれない。

 残念ながら背中側にいる愛華がそれに対してどういう表情をしているかはわからない。

 

「沙那が言っていることが本当かどうか、お前にわかるか、愛華?」

 

 信伸が言った。

 

「あ、あたしには……。で、でも、霊気は……。た、確かに……」

 

 愛華が当惑した声で答えた。

 どう応じるのが一番いいのか、懸命に考えているような口調だ。

 

「今度こそ、逃げ出してやるわ……。覚悟していることね。今度自由になったら、次は迷うことなく、あんたの首を絞めて殺してやるわ、信伸……」

 

 沙那は宙吊りの苦痛にかすかな呻き声の混ざった声で言った。

 

「お、お兄ちゃん……。さ、沙那を解放すべきよ」

 

 愛華が突然に強い調子で言った。

 

「なに言っているのよ、お姉ちゃん」

 

 愛寧が姉の愛華を責めるような口調で言った。

 

「さ、沙那さんの言っていることは本当よ。彼女は身体に霊気を帯びている……かもしれないわ……。そうだとすれば、本当に道術を遣えるのかも……」

 

 愛華がいつになくきっぱりと言い切る。

 愛華が信伸に、この言葉で沙那の監禁を断念させようとしているということがわかった。

 

「本当に道術が……?」

 

 信伸が戸惑っている。

 そして、なにかを考えるような表情になった。

 だが、しばらくしてからその顔に酷薄なものがやってきた。

 

「そうだとしても、再び道術を遣えるようになるのに、数日もかかるのだろう。沙那自身がそう言っていた」

 

 信伸はそう言って、沙那に目隠しをさせるように愛寧に命じ、愛華には焼きごての準備をするように言った。

 

 

 *

 

 

 目隠しをさせると、さすがの気丈な沙那も顔に恐怖を浮かべた。

 それはそうだろう……。

 

 これから沙那の全身を鞭打ち、それから焼けごてで痛めつけると宣言をしている。

 それを視界が奪われた状態で受けなければならないのだ。

 哀訴の悲鳴を喚かないだけ、沙那がそれだけの精神力を持っているということだろう。

 

 信伸は、自分が責めると言った愛寧を退けて、自ら乗馬鞭を手に取った。

 沙那を泣き叫ばせる。

 信伸はそれを思うだけで、だんだんと興奮しようとしている自分を感じていた。

 

 愛華が山で倒れていた沙那を家に運び込んだときは驚いたものだった。

 おかしな女主人に虐げられている美貌の女剣士──。

 附国の城郭で見た沙那の最初の印象はそれだった。

 

 沙那を最初に見たのは、いつものように愛寧と取引をしている商家に薬草を納めた帰路だった。

 思いのほか、取引きに時間がかかった信伸と愛寧は、城門が閉じられる刻限までに城郭の外に出ることができなくなり、仕方なく、城郭の中にある一軒の宿屋に泊ったのだ。

 そして、翌朝、朝食を宿屋の一階でとっているときに、あの騒動に出くわした。

 

 沙那に対して、宝玄仙という女主人が、自分と昨夜関係した男に抱かれろと強要していたのだ。

 つまり、その女主人の供と、女主人と関係をした張須陀とかいう男の連れのみんなで乱交をしようと言っているようだった。

 その女主人の命令が聞こえたとき、なんという話なのかと思って、思わず彼女たちの顔を見てしまった。

 

 そこにいた四人の女はいずれもかなりの美人だった。

 特に、信伸はその中でもひとりだけ剣をさげている沙那が気になった。

 信伸好みの顔立ちをしていた。気も強そうだった。

 だが、それだけの話だ。

 

 信伸には関係のない話であるし、すぐに彼女たちのことは信伸の頭から消えていき、再び愛寧と朝食をとる態勢に戻った。

 しかし、その信伸の耳に、沙那が哀れに泣き叫ぶ声が飛び込んできた。

 驚いて顔をあげると、その気丈そうな沙那が哀れな声で泣きながら二階に連れていかれているところだった。

 沙那は首に霊具を装着されていた。

 その霊具によって、女主人たちの言葉に逆らえなくされて、無理矢理に二階に連行されるように歩かされていたのだ。

 

 美しくて潔癖そうな沙那が哀れに泣き叫ぶ様子……。

 その光景に触れて、久しぶりに信伸は興奮を感じた。

 股間が勃起したのだ。

 ごく自然に股間が逞しくなるなど、あの事件以来始めてかもしれない……。

 

 それに、いつもは、妹たちが懸命に尽くしてくれてからしか勃起などしないのだ。

 自分でも自分の体の変化に動揺するほど驚いた。

 自分が性的な興奮をするのは、女が痛めつけられて哀れに泣き声をあげるときだけ……。

 それは妹たちとの性的関係で知っていた。

 

 しかし、それでも反応しにくい信伸の下半身は、欲情を覚えるまでにかなりの時間がかかるのが当たり前なのだ。

 それがあっという間に勃起した。

 信伸は自分の身体の反応に感動さえ覚えたものだ。

 

 眼の前にいた愛寧は、信伸の身体の反応に気がついた。

 愛寧もまた興奮気味だった。

 妹たちは、ふたりとも、本当に信伸の身体を心配しているし、尽くしてくれる。

 

 もっとも、やはり、関係のない話であるし、赤の他人のことだ。

 それで終わるだけの話のはずだった。

 山歩きをしていた愛華が、偶然にも沙那を助けて、この家に連れてくるまでは……。

 

 衰弱して傷を負っている沙那を愛寧が看病した。

 その美しい裸身を眼にして、信伸のなにかが壊れた。

 

 信伸は、沙那を監禁して、この家から出さないことを妹たちに告げた……。

 妹たちはそれに同意した……。

 

 信伸は眼の前の沙那の宙吊りの裸身を改めて眺めた。

 きれいな身体だ。

 

 そう言えば、まだ鞭打ちはしていなかった。

 傷ひとつない身体とはこういう身体をいうのだろう。

 信伸は沙那の乳房に無造作に鞭を打ち下ろした。

 

「ひぎいいっ──」

 

 沙那の身体が鞭の勢いで揺れる。同時に肌が切り裂かれて血が滲み出た。

 今度はばつ印をつけるように反対側の角度で胸に打ちこむ。

 沙那の悲鳴が裏返った。

 そのまま狂ったように十数発を打ち据えた。沙那の身体の正面には赤い鞭の痕が縦横に刻まれていった。その傷跡のあちこちから血が滴り落ちる。

 

 信伸は愛寧に目配せをした。

 愛寧は、信伸の指示で事前に準備していたものを手に持っている。

 愛寧が持っているのは、木桶と平らな刷毛だ。

 刷毛に木桶に入った液体に浸すと、愛寧はできたばかりの沙那の鞭痕を刷毛でなぞった。

 

「はがあああああ──あがあああっ──」

 

 沙那が獣のような声で絶叫した。

 愛寧が塗ったのは特別な唐辛子と塩を混ぜた水だ。

 それを傷口に塗りたくられて、沙那は咆哮したのだ。

 

「あらっ、どうしたの、沙那? さっきは威勢のいいことを言っていたようだけど、このくらいの責めに屈しちゃうの?」

 

 愛寧がからかうような口調で沙那の身体に溶液を塗っていく。

 そのたびに沙那の口からは絶叫が迸り、ほとんど弛緩して動かせない身体が苦痛でのたうつ。

 

「や、やめてぇぇ──。はがあぁ──」

 

 沙那の眼を覆っている目隠しが滲んだ。

 沙那が激痛に涙を流したということがわかった。

 信伸は沙那の背後に回って鞭を振りあげた。

 愛寧がさっと沙那の身体から離れる。

 その沙那の背中に鞭を打ち込む。

 

「あひい──っ」

 

 沙那が悲鳴をあげた。

 信伸が沙那に鞭を打ち込み始めてから軽く五十発を超えたときには、もう、信伸も汗びっしょりになっていた。

 五十発も全力で鞭を振っているのだ。次第に信伸の呼吸も荒れていた。

 沙那の全身は傷だらけで惨たらしいことになっている。

 

 鞭打ちで息が荒れて、信伸が休むと、すかさず愛寧が激痛を増進する液体を沙那の傷に塗る。

 そのたびに沙那は咆哮して身体を突っ張らせる。

 いつしか沙那の悲鳴も意味のある言葉ではなくなっていた。

 すでに信伸は自分の股間が興奮状態にあることがわかっていた。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 愛寧もそれに気がついて、信伸に声をかけてきた。

 それはわずか十三歳の冷酷な嗜虐者としても振舞いではない。

 勃起しにくい信伸の性欲を満足させてやりたいという心からの妹の愛情の表れだ。

 

「いい、このまま続けるぞ」

 

 信伸はそう言って、また沙那に鞭を振るった。

 沙那の身体が跳ねた。

 

 やがて、鞭が百発を超えたときには、沙那の身体は怖ろしくも無残なものになっていた。

 傷を負っていない場所はどこにもない。

 あの白かった肌が、皮膚が破れて噴き出した血で真っ赤になっている。

 

「み、水……お、お願い……」

 

 朦朧としている沙那の口からその言葉が漏れた。

 沙那の身体の足元は、全身から流れる血や汗による血と水分の溜まりができていた。失禁もすでにしている。

 

「水か……。いいぞ、飲ませてやる」

 

 信伸は愛寧が持っていた木桶を取りあげた。

 そして、台所から柄杓を持ってきて、その液剤を沙那の口にあてがった。

 沙那がむさぼるようにその液体を飲んだ。

 

「がががっ、はががっ」

 

 文字通り沙那はのたうち回った。

 大量の唐辛子入りの塩水を一気に飲んだのだ。

 あまりの苦痛に沙那の身体は一瞬踊るように暴れたが、すぐにがっくりと脱力したように動かなくなった。

 苦痛が限界を超えたのか、半分失神状態になったようだ。

 

 信伸は下袴と下着を脱いだ。

 そして、沙那の両脚を抱えて、沙那の女陰を逞しさを保っている自分の怒張の先端に導いた。

 

「ひうっ──」

 

 股間に怒張を突きいれると、沙那が大きく息を吐くような反応をした。

 しかし、それ以上の動きはない。

 

「愛寧、背中から鞭を入れろ──」

 

 信伸は声をあげた。

 命令を受けた愛寧が、信伸の怒張を受け入れたままの沙那の背中に鞭打った。

 半ば気を失っている状態の沙那の女陰が鞭打ちの衝撃でぐいと絞まる。

 快感が走る。

 

「もっとだ──」

 

 愛寧が鞭を振るった。

 またぐいと女陰が絞まる。

 素晴らしい快感だ。

 信伸は愛寧に鞭打ちさせながら、そのたびに激痛で絞まる沙那の女陰を愉しんだ。

 だが、そのうちに沙那がなにか言葉のようなものを呻いていることに気がついた。

 

「……う、嘘つき……お……ん……な……」

 

 沙那はそう呟き続けていた。

 

「嘘つき女……?」

 

 愛寧もそれに気がついたようだ。鞭を打つ手を休めて、沙那に訝しむ表情を向けた。

 

「あ……あん……たよ……」

 

「あたし?」

 

「ま、道術も……遣えない……くせに……道術遣い……気取り……。だ……だからよ……。そ……そ……れとも、知らない……の……かしら……。自分の……こ……ことを……」

 

 はっきりと意思を持って沙那はそう呟いていた。

 

「あたしが道術遣いではない? なにを言ってんのよ、沙那?」

 

 愛寧が不審そうな表情をした。

 そのとき、不意に愛華がやってきた。

 手に真っ赤に焼けた焼きごてを持っている。

 

「がはああああぁぁぁぁ──」

 

 沙那が口を大きく開いて絶叫した。

 愛華が沙那の背中にその焼きごての先端を押しつけたのだ。

 肉が焼ける匂いが部屋に拡がる。

 

「あっ……がっ……がっ……」

 

 沙那ががくがくと痙攣した。

 凄まじい力で女陰が絞まり、それに続いて強い収縮が起きた。

 

「うおおっ──」

 

 信伸は湧き起こった快感にたちまちに沙那の女陰の中で精を放った──。



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388 唯一の道術遣い

 なにか温かいものに背中が包まれるのを感じた……。

 沙那は、自分が床に敷かれた寝具の上にうつ伏せに寝かされていることに気がついた。

 

 暗い……。

 一瞬、自分は視界を失ったのかと思ったがそうではない。

 単に夜の闇で暗いだけのようだ。

 どうやら、まだ夜のようだ。

 

 沙那はどういう状況か考えようとした。

 最初は、沙那はいつものように兄妹に監禁されて檻に入れられていたのだ。

 だが、姉妹のうちの姉の愛華(あいか)がやってきてこっそりと沙那を逃がすようなことをしてくれた。

 檻の鍵を持ってきて、沙那が監禁されている檻を開けてくれたのだ。

 その鍵は、妹の愛寧(あいねい)が肌身離さず持っているはずのものだったが、愛寧の話によれば、今日に限って愛寧がうっかりと置き忘れたということだった。

 それを愛華が隠し持ってきたというのだ。

 

 沙那は愛華によって、やっと桔梗の真毒による麻痺のない状態で、檻の外に出ることができた。

 そのままこの家から逃亡を図ろうとしたが、外に人の気配を感じて、自分が素裸であることを思い出し、家の裏にある作業小屋に置いてある自分の服と剣を取りかえそうとした。

 

 だが、その箱の中には、桔梗の花が置いてあり、うっかりとのその香りを吸ってしまった沙那は手足が弛緩して動けなくなってしまい、やってきた愛寧と信伸(しんしん)に再び捕らえられてしまった。

 

 そして、信伸は沙那を家に連れ戻すと、梁から沙那を宙吊りにして、狂ったように沙那を鞭打った。

 やがて、鞭打たれながら犯された沙那は、信伸の怒張を女陰に咥えた状態で、背中に焼きごてを当てられる衝撃を感じて、そのまま失神したのだと思う……。

 

 それからどうなったのか……。

 どうやら、治療を受けているようだ。

 

 眼が慣れてくると、うつ伏せに寝ている自分の横に妹の愛寧が座っていることに気がついた。

 沙那に拘束はない……。

 起きあがろうとしたが、手足にまったく力が入らないことがわかった。

 よく見ると頭の前に桔梗の香が焚かれている。

 この香が沙那の手足を弛緩させているようだ。

 

「……とりあえず、背中の火傷が治るまで、責め苦は勘弁してあげるわ、沙那」

 

 沙那が目を覚ます気配を感じて、愛寧の声をかけてきた。

 同時に背中からなにかが外される感触があった。

 すぐになにかが載せられ直す。

 それとともに、背中の引きつるような痛みが、癒される感触が起きた。

 

「火傷を癒す魔草を使っているわ。まず、それが最初ね……。鞭で破けた皮膚はとりあえず、普通の薬を塗ったけど、魔草を幾重にも使うのは身体にもよくないから、まずは、焼きごての治療が終わってからね。それがひと段落してから、魔草による鞭打ちの治療に入るわ。おそらく、二、三日後になるのかしら……」

 

「そ、そんなもの……?」

 

「まあ、傷ひとつないくらいまで回復するのは無理だけど、それほど目立たないようなくらいにはなると思うわ。檻に入るのは、それが終わるまで勘弁してあげる。その代わり、また、数日は桔梗の香りを吸い続ける日々よ……。また、下の世話は言いなさい。やってあげるから」

 

 愛寧が笑った。

 

「あ、あんたの兄と姉はどうしたのよ……?」

 

 愛寧は拷問で失神した沙那の治療をしてくれているようだ。

 考えてみれば、崖から落ちた沙那を拾って連れてきたのは姉の愛華だったが、ここでこうやって看病をしてくれたのは、愛寧だった。

 

「寝ているわ……。特にお兄ちゃんは、精を放って満足したみたいよ。あんたは最高の女だと言っていたわ……。まあ、それについては、一応感謝をしておく……。そして、これからもよろしくね、奴隷二号」

 

 愛寧が手を伸ばして、沙那の背中の火傷に載っている魔草を裏返しにする。

 焼けただれている気配のある肌にすっと冷たさが加わる。

 自分の身体に魔草から流れる道術が働き、焼けた肌を癒している。

 気持ちがいい……。

 

「ふっ……。わ、わたしを舐めるんじゃないわよ、あんた。今度は失敗せずに、道術でちゃんと逃げ出すと言ったでしょう。次は順番を間違えないわ。『解錠術』で檻を出たら、最初に信伸の首を掻く……。それから逃亡する。覚悟することね……」

 

「だったら、檻に入っているときでも、桔梗の香りを絶やさないようにするわ。それで道術で鍵が開けれても、身体が動かないわ」

 

「ば、馬鹿ね、愛寧……。あんたは道術のことをなにも知らないのね。道術でこんな身体の毒なんていくらでも癒せる……。『治療術』よ。あっという間に傷も毒も消えるのよ……」

 

 沙那は言った。

 もっとも、『治療術』というのは高等道術だ。そこそこ偉大な道術遣いでなければ、扱える道術ではない。

 事実、沙那も『治療術』の使える道術遣いは、宝玄仙のほかには数名程度しか知らない。

 だが、どうせ、はったりだ。

 辻褄が合おうが合うまいがどうでもいい。

 

「そのことなんだけど、どうせ、嘘でしょう……? あんたが、道術遣いだなんて、そんな話があるわけないわ」

 

 愛寧が言った。

 

「わ、わたしが帯びている霊気が証拠よ。ああ、でも、あんたは霊気が見えないのか……。わたしも長く旅をしているけど、霊気が見えない道術遣いなんて初めて会ったわ。だから、偽者よ……。あんたは多分道術遣いじゃない……」

 

 沙那がそう言うと、沙那の身体を看病している愛寧の呼吸が乱れた。内心で大きく動揺しているのがわかる。

 

「た、確かに、霊気は見えないわね……。で、でも、あたしには、道術は遣えるわ。あんたも、それを眼の前で見たでしょう?」

 

 愛寧が言った。

 

「いいえ、見てないわ……。道術を遣ったように見えたのを見ただけ……。それも一回だけね……」

 

「どういう意味よ、沙那?」

 

 愛寧が不機嫌な声をあげた。

 

「言葉通りの意味よ……。道術の遣えない道術遣いさん……」

 

 沙那は苦しい息を耐えて、あえて、からかうような口調で言った。

 

「な、なんですって──」

 

 愛寧の手が大きく上に引きあげられたのがわかった。

 頬を張られる……。

 そう思ったが、愛寧があげた手が沙那の頬に打ちおろされることはなかった。

 愛寧がふうと一度嘆息すると、あげた手をそのまま静かにおろした。

 

「ど、どうしたのよ、愛寧……? 生意気な奴隷を調教するのがあんたの仕事でしょう……? なんで殴らないのよ……」

 

 沙那は言った。

 

「いまはいいわ。治療に専念してあげるわ……。治療が終わったら、また調教し直してあげる。覚悟しなさい──」

 

 愛寧はそれだけを言った。

 しばらく沈黙が流れた。

 

「ねえ、沙那……?」

 

 愛寧が沙那の背中に載った魔草を取り換えながら言った。

 この頃までに、やっと沙那は、愛寧がどんな治療を沙那に施しているのかがわかった。

 魔草をなにかの液剤に浸しては、背中の火傷の患部に載せ、しばらくしたら、また張り替える。

 それをやっているのだ。

 張り替えの周期は短い。

 従って、愛寧はひっきりなしに沙那の背中の魔草を外しては、木桶に浸した溶液に浸し直すということをしなければならない。

 かなりの労力の必要な治療だ。

 

 信伸の前で行われるいつもの責め苦のときとは、うって変わって手厚い看護を受けていると思わざるを得ない。

 せっかく手に入れた性奴隷を簡単に死なせては困るという理由で治療をしているのか、それとも、もともと、こういう親切な一面が愛寧にあるのかわからない。

 とにかく、いまの沙那は、丁寧な愛寧の治療に、この十三歳の少女の隠れた優しさのようなものを感じていた。

 

「沙那が道術遣いなんて、やっぱり嘘よ」

 

 愛寧が新しい魔草を置きながらまた言った。

 

「じゃ、じゃあ、そう思っていればいいじゃない……」

 

 沙那はもう、議論するつもりになれなかった。

 それよりも疲れていた。

 一番酷い焼きごての傷は少し楽になっていたが、全身を鞭打たれた傷は最小限の治療しか受けていない。

 全身が痛みによる熱で火照っているのがわかる。

 それに衰弱も大きい。

 桔梗の魔草の香りがあろうとなかろうと、実際のところは、まだ満足に動くこともできないに違いない。

 

 もういい……。

 とりあえず。体力の回復を図りたい……。

 どうやって、ここを逃げ出すかはそれからのことだ……。

 

「おそらく、あんたは、あの性悪女を庇っているに違いないわ。鍵を開けたのはあの女なんでしょう? だけど、そう言えば、あいつが折檻を受けると思って、あんたが道術遣いだなんていう馬鹿げた話をでっちあげているに違いないわ」

 

 それは正しいのだが、沙那は、性悪女と言ったときの愛寧の悪意の籠った口調が気になった。

 その物言いにははっきりとした侮蔑の感情があるような気がした。

 

「しょ、性悪女って誰よ……?」

 

 姉の愛華(あいか)のことに違いないことはわかっている。

 だが沙那は、なぜ、妹の愛寧が姉のことを性悪女というのか知りたかった。

 そう言えば、愛華は、自分が妹や兄に嗜虐を受けるのは、なにかの償いだと言っていた。

 あれはどういう意味なのだろう……?

 

「愛華よ。あいつは性悪女よ──。あんたは、あいつがあんたを助けてくれようとしたとか考えているかもしれないけど、あいつは、なにを考えているかわからない根性曲りよ。第一、あんたの背中に焼きごてを押しつけたのは、あたしじゃないのよ。ましてや、お兄ちゃんでもない。あいつなのよ。お姉ちゃんの愛華よ──。あんた、そんな女を庇うつもり?」

 

 愛寧はなにか大きなことを暴露したかのように口ぶりだったが、沙那はそれには気がついていた。

 あのとき目隠しをされてはいたが、人の気配は感じられた。

 信伸は沙那を前から犯していたし、妹の愛寧はその沙那の背中を直前まで鞭打っていた。

 それとは別の人間がいきなり近づいて、沙那の背中に焼きごてを押しつけたのだ。

 だから、それは姉の愛華でしかあり得ない。

 

「ね、ねえ、なんで、愛華は奴隷なの?」

 

 沙那は訊ねてみた。

 

「はあ?」

 

「お、教えてよ……。教えてくれたら、わたしも本当のことを話すわ……」

 

 沙那は言った。

 この兄妹にはなにか因縁のようなものがありそうだ。

 この三人の狂った関係にはなにかの背景がある。

 

「そんなこと知ってどうするのよ、沙那?」

 

 愛寧が不機嫌そうに言った。

 

「お、教えて……」

 

 沙那はそれだけを言った。

 教える気になるまで、教えろと繰り返すつもりだった。

 しかし、愛寧はあっさりと諦めたような息を吐いた。

 

「あいつは……愛華は、あたしたちを……お兄ちゃんを裏切ったのよ……」

 

 愛寧は言った。

 その口調にははっきりとした怒りが籠っていた。

 沙那は続きを促すように相づちをした。

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、むかし恋人同士だったの……」

 

 愛寧は語りだした。

 

「こ、恋人……? 兄妹なのに……?」

 

 沙那は言った。

 だが、そう応じてから、そういうこともあるかもしれないと思い直した。

 

 近親相姦……。

 沙那の故郷の東帝国では、それは忌むべきことだったが、これまでに通り抜けてきた数々の国では、必ずしも禁忌ではなかった。

 実の兄妹で結婚をしたり、子を産んだりということは珍しいことではない。

 一夫多妻制もあるし、逆にたとえ伴侶が他界しようとも生涯にひとりの伴侶しか認めない習わしの国もある。

 それらは、それぞれの土地の習慣の話であり、とやかくいうことではない。

 だた、この附国で実の兄と妹が夫婦となることが禁忌になるかどうかは、沙那は知らなかった。

 

「……そうよ。実の兄妹よ……。そして、この世に三人だけの肉親……。世間では認められなくても、お兄ちゃんはお姉ちゃんを妻とするつもりだったし、お姉ちゃんはお兄ちゃんを夫にすると誓った。あたしは、そんなお兄ちゃんとお姉ちゃんを認めた……。そして、いずれは三人で夫婦になると……」

 

「三人……」

 

「ええ……。いつか、あたしもお兄ちゃんの妻にしてもらうつもりだった。破瓜のできる年齢になったら、ふたりの仲間入りをする……。それは三人の誓いだったの……。誰がなんと言おうと構わない。世間で夫婦だと認められなくてもいい……。三人だけの三人による三人の誓い……。聖なる誓い──」

 

 愛寧は言った。

 その口振りからすると、どうやらこの附国でも、実の兄妹による夫婦は世間の認めるものではないようだ。

 しかし、三人は兄妹であると当時に、男と女としても愛し合った。

 そういうことのようだ。

 

「裏切ったというのは……?」

 

 沙那は言った。

 

「姉の愛華よ……。あいつは、お兄ちゃんを伴侶にすると誓いながらも、別の男がいたの──。二年前までは、三人で薬草や魔草を採って、交替で城郭に売りに行っていたわ。そのとき、お姉ちゃんは、城郭に行くたびにその男と会って、逢引きをしていたのよ……。お兄ちゃんを裏切って……。あの淫乱女は──」

 

 愛寧は憎しみを込めた口調で言った。

 裏切り……。

 

 それが裏切りにあたるものかどうかは沙那にはわからない。

 見方を変えれば、姉の愛華には、れっきとした恋人が城郭にいた。

 だが、兄の信伸が実の妹に対して肉の関係を求めた。

 そう捉えられないこともない。

 物事の一面性だけを捉えて、なにかを判断する癖は沙那にはない。

 

 しかし、それだけだろうか?

 この姉妹にはもっと根強いなにかがあるような気がするのだが……。

 

「二年前よ──」

 

 愛寧が続けた。

 そして、思い出したように沙那の背中の魔草が交換された。

 

「二年前になにがあったの……?」

 

「そのあいつの恋人がここに来たのよ……」

 

「ここに?」

 

「そうよ……。しかも、仲間とともによ」

 

 愛寧が憎しみのこもった声をあげた。

 

「仲間……?」

 

「お姉ちゃんとその愛人は、城郭で諍いを起こしたらしいわ。つまり、別れ話よ。その男ははっきりそう言った……。それが気に入らなくて、そいつは仕返しをしにきたのよ。仲間たちを五人ほど連れてね……。だけど、生憎とお姉ちゃんは、たまたま山に行っていて留守だった……。この家にはあたしとお兄ちゃんだけがいたの……。それで、それで……」

 

 沙那は身体を捻って愛寧の顔を見た。愛寧は感情が激しく昂ぶったような表情をしていた。

 

「そ、それで……?」

 

 沙那は訝しんだ。もしかしたら、愛寧が泣いているのではないかと思ったのだ。

 暗闇でよくわからなかったが、愛寧の身体が小刻みに震えているような気がした。

 

「あいつらは、あたしを犯したのよ……。寄ってたかってね。あたしを守ろうとしたお兄ちゃんをむちゃくちゃにぶん殴って……。それから、あたしも……お兄ちゃんまで裸にして……、やりたい放題……。挙句の果てには、嫌がるお兄ちゃんの性器を無理矢理に擦って射精させたり……、道具でお兄ちゃんのお尻を犯したり……、あたしとお兄ちゃんを性交させたり……」

 

 愛寧は、もう沙那にもはっきりとわかるように、愛寧は涙を流していた。

 

 驚いた。

 そんなことがあったのだと思った。

 愛華の話したことが出鱈目だとは思わなかった。

 少なくとも、愛寧の言っていることは真実に近いのだろう。

 

 愛華とその愛人だという男が本当はどういう関係だったのかはわからない。

 だが、少なくとも、その男は、自分は姉の愛華の恋人だと言って、愛華と起こしたなにかの諍いの腹いせに仲間を連れてこの家にやってきたに違いない。

 そして、たまたま、家にいた信伸と、まだ十一歳だった愛寧を凌辱した……。

 

「それで、そいつらはどうなったの……?」

 

 なんとなく沙那は訊ねた。

 

「あたしが殺したわ……」

 

 愛寧がぼそりと言った。

 

「殺した……?」

 

「あたしが殺した。気がつくと、全員が口から血を吐いて悶絶していたわ。あたしの『結界術』が暴発したのよ……。それで彼らは死んだ。そのとき、あたしの道術は開眼したのよ。それで、あたしが本当は道術遣いだということに気がついたの……。あたしが殺した… …。六人もの人間を……」

 

 愛寧は言った。

 

「そ、それがあなたがかけた最初の道術?」

 

「そうよ……。あたしは人殺しの道術遣いなのよ。犯されたからとはいえ、六人もの人間を殺した恐ろしい魔女なのよ。これでわかったでしょう? あたしが道術遣いであるということが……」

 

 愛寧は大きく嘆息した。

 

「とにかく、これで、あいつが奴隷として扱われている理由がわかったかしら。山から戻ってきたあいつは、あたしが殺した連中を見て、自分が城郭で身体を許した男であり、諍いの原因を作ったのは自分だとはっきりと白状したわ……」

 

 愛寧はきっぱりと言った。

 

「でも、話はそれで終わらなかったの……。それ以来、お兄ちゃんはうまくできないようになったの……。そのときの精神的な傷で……」

 

「できなくなった……?」

 

「性行為ができなくなったのよ……」

 

 愛寧は言った。

 

「あたしはことはいいの……。でも、お兄ちゃんの心は傷ついた。それ以来、お兄ちゃんはうまく勃起しないようになった……。可哀想に……。あたしもお兄ちゃんも絶望した。だけど、そのうち、女を嗜虐するような行為をお兄ちゃんに見せれば、お兄ちゃんがもう一度愛する行為ができることに気がついたの……。それで……」

 

「それで愛華が性奴隷のような振る舞いで、信伸の性処理をするようになったの?」

 

 沙那は言った。

 愛寧の愛華に対する嗜虐は、なんとなく芝居がかっている気がしたが、そういうことなのだろう。

 

「振る舞いじゃないわ。あいつは、奴隷よ──」

 

 愛寧は怒鳴った。

 

「お兄ちゃんが心の傷が原因で、うまく勃起できなくなったことがわかったとき、あのときの罪の償いとして、今後は自分を奴隷として扱ってくれと言ったのもあいつよ──。だから、あたしはそうしてやっているの……。当然の酬いよ……」

 

 愛華が怒鳴った。

 暗闇だが、沙那には愛華の表情緒に浮かんだ憎悪の色がはっきりと見えた気がした。

 

「愛華……」

 

「あたしが許せないのは、あいつの愛人があたしを犯し、お兄ちゃんの心を傷つけたということじゃないの……。許せないのは、あいつがお兄ちゃんを裏切ったこと──。お兄ちゃんと誓ったのに、別の男に身体を許したりしたことよ」

 

 愛寧は興奮した口調だったが、話したことで少し感情が落ち着いたのか、淡々した息遣いに戻った……。

 

「とにかく、話はこれで終わりよ。あたしったら、なんでこんな込み入った話をあんたにしちゃたのかしら……」

 

 そして押し黙った。

 それから、しばらく待ったが、愛寧がなにかの続きを喋るということはなかった。

 また、愛寧は、また黙って沙那の背中の魔草を取り換えて治療する作業に戻った。

 

 しかし、沙那は内心で首を傾げていた。

 これで、妹の愛寧が、姉の愛華を口汚く罵り、鞭打って虐げるという真似をしている背景はなんとなくわかった。

 だが、わからないのは、愛寧が道術で強姦者たちを殺したということだ。

 それまで道術が遣えなかった者が、精神的に追い詰められたことで、不意に道術が暴発して、人を殺すというようなことがあるのだろうか……?

 

 愛寧が喋ったことが実際に起きたと仮定すれば、使われた道術は『結界術』のような気がする。

 一度、『結界術』を刻めば、そこに入ったのが霊気を帯びた者であろうと、霊気を帯びていない者であろうと、道術遣いの力に応じてではあるか、身体に異常を起こさせるということは可能だろう。

 能力の高い道術遣いなら、瞬時に脳の血を沸騰させて、殺すということもできるのかもしれない……。

 しかし、この愛寧は……。

 

「愛寧……、あなたはやっぱり道術遣いじゃないわ……」

 

 沙那は言った。

 どう考えても、愛寧が道術遣いだということはありえない。

 これまでのことを色々と繋ぎ合わせれば、もしも、この家に道術遣いがいるとすれば、それはひとりしかいない……。

 

「まだ、言っているの、沙那? あたしは感情が昂ぶれば、六人もの男を瞬時に殺すほどの道術遣いなのよ──。あなたがなんと思おうと……、あんたがさっきの話を嘘だと捉えようと構わないけど、紛れもなく、あたしはこの手で六人の男を瞬殺した。それは事実なのよ」

 

 愛寧は叫んだ。

 

「違うわ。おそらく、それは……」。

 

 愛寧には大事な話をするつもりだ。

 どういうつもりかわからないが、愛寧に自分が道術遣いだと思わせるのは無謀だろう。

 愛寧は、霊気と道術の関係のことも知らなければ、そもそも、道術遣いという者は自分の身体に霊気を帯びた存在だという基本的な知識も愛寧は持っていないようだ。

 

 道術が遣えた──。

 だから、自分は道術遣いだと無邪気に信じているようだが……。

 

 しかし、死んで当然の連中とはいえ、六人もの人間を殺してしまったことに、切迫した感情を抱いて苦しんでいる様子の愛寧に真実を教えてやりたいと思った。

 自分をさんざんに嗜虐している小娘に、気を使ってやる必要はないと思うのだが、なんとなく、これはこの事態の打開に繋がっていくような気もするのだ。

 

「あ、あのね……愛寧……道術遣いというのは……」

 

 沙那はかろうじて動く首を最大限に動かして愛寧をじっと見た。

 しかし、不意に眼の前の愛寧がその場に崩れ落ちた。

 沙那は呆気にとられた。

 

「……余計なことを妹に言わないで欲しいわね、沙那」

 

 いつの間にか愛華が部屋の外に立っていた。

 愛華は、沙那の前にどさりとなにかを置いた。

 見ると、それは沙那の服と剣だった。

 

「こ、これは……?」

 

 沙那は驚いた。

 

「さっきは焼きごてを押しつけるようなことをして悪かったわね……。でも、あんたが余計なことを言おうとするから……。ところで、今度は本当に逃がしてあげるわ」

 

 愛華が言った。

 沙那は、すでに真相に気がついていた。

 この夜の最初の時間に、愛華が沙那を逃がそうとしたのは、実は愛華の罠だったのだ。

 逃がす素振りをしただけで、本当は逃がすつもりなどなかったのだ。

 沙那が作業小屋に服を取りにいくように仕向けて、木箱に隠していた桔梗の香りを吸わせたのだ。

 外に一度出たときに、沙那が人の姿に接したのは、おそらく愛華の道術だ。

 人の姿はあったが、気配は感じなかった。

 つまり、沙那は幻に騙されたのだ。

 あれは間違いなく道術だった。

 

 もう、いまはわかっている。

 沙那がそのまま逃亡することなく、作業小屋に服を取りに向かうように、愛華に仕向けられたのだ。

 あの状況で、そんなことができるのは、愛華以外には考えられない。

 あの道術を遣ったのが愛寧だとすれば、そもそも、そんな面倒な方法を使わずに、さっさと沙那を行動不能にする。

 

「わたしを逃すふりをしたのはなぜ……?」

 

 沙那は言った。

 

「ふふふ……。あんたにはわからないかもね……。あんたを逃がしたとなれば、信伸があたしに罰を与えると思ったのよ。だって、このところ、すっかりとお見限りなんだもの……。一生懸命にわざと決められた分量に足りないようにしか薬草を採集していかないのに責めてくれないし、今日だって、結局はあたしには指も触れなかったわ。だから、思い直したわ。あんたはやっぱり、いなくてもいい……。信伸には悪いけど、あんたには出ていってもらうことにしたから……」

 

 そんなことではないかと思っていた。

 かつての沙那なら理解の外かもしれないが、いまの沙那には、世の中には苛められることに途方もない快感を覚えるという性癖もあることも理解している。

 辻褄の合う理由がそれしかないから、愛華の目的は、信伸に罰を受けることにあるのじゃないかと思ったのだ。

 だから、敢えて愛華を庇うような嘘をついた。

 もしかしたら、沙那の存在が性欲の解消の邪魔になったら、今度こそ愛華が沙那を本当に追い出そうとする可能性を考えたからだ……。

 

「あんたは最初からわたしを監禁するつもりで、ここにわたしを連れてきたの?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それは違うわ。あんたが死にかけていたのは事実よ。愛寧はかすり傷だと思っていたようだけど、あんたは相当に高い崖から落ちたのよ。死にかけていたわ。あたしの道術で応急処置をしたから、あんたは命が助かったのよ。信伸が一目惚れした女だったというのは偶然ね」

 

「死にかけていた……」

 

 沙那はそうかもしれないと思った。

 崖から落下する直前のことを覚えている。

 確かに、あれはかすり傷で終わるほどの崖ではなかった気がする……。

 つまり、この愛華も、そして、もちろん、看病をしてくれた愛寧も命の恩人ではあるのだが……。

 

「だから、あんたの命はあたしが自由にしていいはずよ。これが理不尽な扱いとは言わせないわ……。そして、本当は、信伸が気に入ったみたいだから、このまま飼ってやろうかと思ったけど、やっぱり出ていってもらうわ……。これ以上、愛寧にいろいろと吹き込んでもらっては困るのよね。せっかく、この娘もあたし憎しの感情で安定しているんだから……。それにあんたがいると、ちっとも信伸はあたしを抱いてくれないし……」

 

 愛華はこれまでとは人が変わったような口調で言った。

 

「あ、あんた……」

 

 全てに愛華が糸を引いていると予想していた沙那だったが、それにしても、さすがに愛華のこの変わりようには些か呆気にとられる。

 

「やっぱり、あんたが道術遣いで、愛華はそうじゃないのね、愛華?」

 

「愛寧も道術遣いよ……。超低級のね。霊気さえ見えないほどの低い霊気しか持ってないわ。普通は彼女程度は道術遣いにはみなさないわね。でも、あたしが近くにいれば、極めて初級の道術くらいは遣えるようにしてあげているの。あくまでもあたしの道術であり、あたしがいないと道術も遣えなくなくなるけど……」

 

「むかし、愛寧が六人の男をここで殺したと言っていたけど、それは、実はあなたの仕業ね……?」

 

「ああ……あれ……。愛寧が言ったの? まあ、そうね。そんなこともあったわ。死んで当然の連中よ。ちょっとばかり身体を許したら、夫気取りで束縛するから振ってやったのよ。そうしたら、なに考えているのか、仲間を連れてきて、あたしの留守中にやりたい放題……。愛寧どころか、お兄ちゃんまで……。だから、結界を咄嗟に刻んで殺してやったのよ」

 

 愛華は吐き捨てるように言った。

 おそらく、そうではないかと思っていたが、やはりそうだった。

 だが、これで愛華は相当の道術遣いだということもわかる。

 結界の中で人を殺すなど、生半可な霊気ではできない……。

 おそらく、宝玄仙に匹敵するのかもしれない……。

 

「それよりも、逃がしてあげるわ、沙那。あたしの道術で、兄と愛寧が眠っている間に出ていきなさい。道術を解くわ……」

 

 愛華は言った。

 

「道術を解く……?」

 

 沙那は言った。

 

「つまり、あんたの暗示を解いてあげる。身体が動かないんじゃあ逃げようがないものね……。桔梗の毒なんて真っ赤な嘘よ──。本当は、あたしの道術である『縛心術』による暗示よ。桔梗の香りを嗅げば、身体が動かなくなるように暗示をかけたの……。さあ、いらっしゃい……。暗示をかけ直すわ。今度はあたしの体臭を嗅ぐと、身体が動かなくなるようにね……。そうすれば、仕返しをしたくてもできないでしょう……」

 

 愛華が沙那の動かない身体を仰向けにした。

 動かされると身体がばらばらになるくらいに痛かった。

 愛華が腰帯を解いて、さっと着物を脱いだ。

 下着はつけていない……。

 素っ裸の愛華の身体が現われた。全身に鞭打ちの蚯蚓腫れがある。

 しかし、愛華が両手をさっと振ると、瞬時に愛華の身体から傷が消滅し、美しい肌がそこに現れた。

 

「な、なにするつもりよ……?」

 

 沙那は困惑して言った。

 

「だって、これでお別れじゃないの……。だったら奴隷同士で思い出を作りましょうよ。あのふたりが、あなたを信伸の性奴隷にするなんて言ったときにはびっくりしたけど、あなたは素敵そうな人だし、いい奴隷仲間になれると思っていたのよね……」

 

 驚いている沙那の顔の上にどんと股間を載せた。

 顔の上に愛華の女陰がまともに乗る。

 鼻と口を塞がれて息ができなくなり、沙那はもがいた。

 

「手足は動かなくても、舌は動くんでしょう? 窒息したくなければ、あたしを舐めていかせてちょうだいよ。このところ、あんたばかり信伸が抱くものだから欲求不満なのよね……。そして、たっぷりとあたしの匂いを嗅ぐのよ……。手足の麻痺のきっかけになる暗示をかけ直すわ……。舐めながらこの匂いを覚えなさい」

 

 愛華が愉快そうに言った。



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389 究極の被虐女

「あはあっ、か、感じちゃう──」

 

 沙那が顔の上にある愛華(あいか)の女陰と肉芽を舌で舐めると、汗と愛液でびっしょりと濡れた愛華の股間が跳ねあがった。

 まるで尿を洩らしたかのような大量の愛液が沙那の顔にべっとりと垂れる。

 

「す、凄い……。じょ、上手……。こ、こんなの初めて──、ああっ」

 

 愛華が感極まったような声をあげた。

 沙那はもう捨て鉢な気持ちになり、一心に顔の上の愛華の股間に舌を擦り続ける。

 愛華の縮れの少ない繊毛を舌で撫でつけ、花唇の周囲を舐め、女芯に舌をすぼめて中を抉り、そして、肉芽を舌先で跳ねたり回しりして、考える限りの刺激を加えるのだ。

 舌でやる奉仕はそれこそ徹底的に宝玄仙に教えられている。

 とりあえず、その通りやったら、少しの時間で愛華の肢体は狂乱を示し始めた。

 

 自分の技巧が特段に優れているとは思わないが、顔の上の愛華の女陰は真っ赤になって淫液を垂れ流し続ける。

 仰向けの沙那の身体はまだほとんど動かない。

 その沙那の身体に上下逆さまに愛華の裸身が覆い被さっている。

 沙那はなんでこんなことになったのかまだ理解できないまま、とにかく、愛華の求めに応じて、愛華への奉仕を始めた。

 

 愛華が淫情の激しい性質であることはすぐにわかった。

 この女は、沙那が知る限り、なかなかの感じやすい身体の持ち主だと思う。

 そうでなければ、こんなに少しの舌の奉仕だけで、これほどに反応しないだろう。

 もっとも、沙那も、宝玄仙によってそれなりの性技を叩き込まれている。

 舌でする奉仕など、それこそ、舌がすり減るほどやらされた気がする。

 

「凄い、凄い……凄い……ひううっ……」

 

 沙那が口を大きく開けて、しばらくの間、女陰をなぞりあげていると、やがて、愛華が短い声を放ち、身体を仰け反らせた。

 愛華の女陰が開いていく。

 それとともに、沙那の舌も奥に奥にと進んでいった。

 とにかく、大量の愛液だ……。

 それがどんどんとこぼれてくる……。

 

「も、もう駄目──」

 

 愛華が叫んだ。

 腰が小刻みにぶるぶると震えた。

 さらにまとまった愛液が沙那の顔に迸った。

 愛華の女の香りが沙那の鼻をさらに激しく刺激する。

 

「ふふふ……。いっちゃったわ……。あ、あたしばかりごめんね。ところで、そろそろ、この香りを覚えたかしら……? これからは、桔梗の香りに代わって、この匂いがあなたの手足を弛緩する引き金になるわ……。しっかりと身体に刻み込むのよ……。じゃあ、あたしも奉仕するわね……。あなたほど上手じゃないかもしれないけど、いままでのあたしたちのお詫びと、信伸(しんしん)によくしてくれたお礼よ……」

 

 愛華が沙那の股間に顔をつけた。

 そして、沙那の股間に舌を動かした。

 

「うっ、あっ……いっ……ああっ……」

 

 愛華の舌が沙那の股間に這い出すと、沙那もまた電撃のような衝撃を感じた。

 決して技巧的とはいえないが、感じやすい沙那にはそれで十分だった。

 肉芽の上側から花唇の中心を下るように舐めあげられ、さらにその舌が今度は下側からねっとりと擦りあげられると、もう、それだけで沙那の腰は痙攣のような動きを止められなくなった。

 

「うふうっ……」

 

 沙那は微かに腰を跳ねあげた。

 もしも、肢が弛緩されていなければ、もっと激しい反応だったかもしれない。

 

「沙那さんも感じやすいのね……。ねえ、本当にここで一緒に暮らさない? あたしたちって、結構いい奴隷仲間になれるんじゃない?」

 

 愛華が沙那の股間に舌を這わせながら言う。

 

「じょ、冗談言うんじゃ……。あはあっ──」

 

 沙那の言葉は愛華の舌で中断されてしまった。

 そして、愛華の舌の愛撫が執拗に続く……。

 沙那は愛華に責めあげられるまま、舌で突かれては峻烈な快感に震え、引かれては肉の溶けだすような愉悦に悲鳴のような声をあげた。

 

「敏感で素敵な身体ね……。あたしももっとちょうだい──」

 

 愛華が淫情に酔ったような声で言った。

 仕方なく沙那もねっとりと顔の上の愛華の股間をまた舐めあげる。

 お互いに相手の股間に顔を接し合って、相手の股間を舌で舐める。

 愛華の激しい反応を感じながら、愛華の奉仕を受けるうちに、沙那の身体はどろどろに溶けていった。

 

 もうすぐいく……。

 沙那は愛華の熱い股間を奉仕しながら、愛華の舌で与えられる刺激に芳烈な快感のうねりを感じていた。

 

「うっ、い、いくっ、いく、いくっ……」

 

 沙那は押しあがる快感の嵐のままに、自分の身体を絶頂の頂点に昇り詰めさせた。

 絶頂するときにはいくとはっきり口にするものだ……。

 

 そうしつこく教えたのは宝玄仙だった。

 沙那は宝玄仙から教えられたもの以外の性愛を知らない。

 昇天しながら頭に浮かんだのは、なぜか冷酷で我が儘で、そして、無邪気で子供のように真っ直ぐな宝玄仙の顔だった。

 

 宝玄仙に会いたい……。

 孫空女や朱姫に会いたい……。

 沙那は絶頂の余韻に浸りながら心からそう思った。

 そして、舌を動かし続ける……。

 

「あたし、いくわ──。いく、いく、いくっ……」

 

 愛華が官能美を発散させながら二度目の絶頂の姿を沙那の顔の前で晒した。

 この狂った兄妹のうち、もっとも狂っているのはこの愛華だった。

 愛華は兄の信伸や妹の愛寧(あいねい)を簡単に屈服できる道術力を持ちながら、冷酷に蔑まれれば蔑まれるほど快感を覚える性癖のために、あえて愛華は奴隷のように扱われることをふたりに仕向けているのだ。

 

 その深い理由はまだよくわからない。

 いずれにしても、愛華がそういう扱いを愛寧や信伸にから受けることを強く望んでいるということはわかる。

 

 いずれにしても、すべての鍵を握っていたのは、この愛華だった。

 愛寧が桔梗の魔草の香りで沙那の身体を弛緩させるように仕向けたと言っていたが、実際は、愛華の『縛心術』だった。

 つまり、沙那が侵されていたのは桔梗の魔草の毒ではなくて、『縛心術』による暗示だった。

 その暗示のきっかけを愛華は、桔梗の香りから、愛華の体臭に変えようとしているようだ。

 

 すでにもう暗示は置き変わったのだろうか……?

 朱姫という『縛心術』の得意な道術遣いと始終一緒にいる沙那には、大きな道術を持った道術遣いの刻む『縛心術』には、ほぼ抵抗など不可能であることを知っている。

 愛華の身体が反転した。

 今度は、沙那の身体に添うように身体を横たえる。

 

「顔をきれいにさせて……」

 

 愛華が酔ったような表情で沙那の顔に舌を伸ばした。

 自分の愛液でびしょびしょに汚れた沙那の顔を舌で掃除をしようというようだ。

 愛華の舌が沙那の顔を這い回る。

 

「はんっ」

 

 沙那は甘く鼻を鳴らすような声をあげてしまった。

 愛華が沙那の顔を舐め回す一方で、沙那の股間に手でまさぐりだしたのだ。

 愛華の手は、沙那の太腿の内側から股間の中心に向かって汗と愛液を沙那の股間全体に伸ばすように押し広げていく。

 その感触がくすぐったいようであり、また、とてつもない快感であり、沙那は再び官能の頂点に身体を引き揚げられていった。

 

「また、いくのね、沙那……。やっぱり、素敵、あなたって素敵──」

 

 沙那の激しい興奮にあてられるように、愛華も興奮したような口調で言った。

 

「い、いくっ──」

 

 全身が痙攣した。

 沙那は弛緩した身体を仰け反らせて、再び昇天して果てた。

 

「ね、ねえ、あなたの身体の弛緩を解くわ……。だ、だから、あたしを責めて──。ねえ、責め殺して──」

 

 愛華が完全に淫情に酔った表情で叫んだ。

 そして、気がつくと、確かにいつの間にか手足の弛緩がなくなっていた。

 どうやら愛華は、沙那との性愛に酔ってしまい、沙那を責めるだけでは物足りなくなって、沙那の拘束を解くことにしたようだ。

 考えてみれば、愛華の性癖は被虐だ。

 責められて苛められることで途方もない快感を覚えるのだとすれば、自分が沙那を責めるだけでは満足できなくなったに違いない。

 

 いままで監禁して兄妹で責めていた沙那を解放すれば、沙那がどうするかなどもうどうでもよくなったのだろうか。

 それとも、それくらい愛華の被虐性は激しいものなのだろうか……。

 沙那は身体をがばりと起こした。

 愛欲に酔った愛華の身体に馬乗りになる。

 

「いままで、よくもやってくれたわね。望みどおりに殺してあげるわ──」

 

 沙那はすっと愛華の首に手を伸ばした。

 ゆっくりとその細い首を絞めつけていく。

 

「愛華……。覚悟しなさい」

 

 沙那はじわじわと愛華の首を締めつける両手に力を加えていった。

 愛華の顔が白くなる。同時にまるで快感を受けているかのように愛華の表情が淫欲に染まった。

 沙那は膝で愛華の股間を押しつけるようにして動かした。

 首を絞められて大きな官能を感じている愛華に、本物の快感を与えたのだ。

 

 愛寧はたちまちに大きな痙攣をしたかと思うと、首を絞められたまま全身を仰け反らせて大きな絶頂の姿を沙那に晒した。

 沙那は愛華の首に手をかけながら、これまでで最大の反応で絶頂する愛華の恥態を見守っていた。

 

 

 *

 

 

「『縛心術』は解いたままよ……。信伸と愛寧がやったことは謝るわ。あなたとしては収まらないものもあるかもしれないけど、このまま出て行ってくれないかしら、沙那」

 

 愛華はさっきまでの痴態がなかったかのように静かに言った。

 彼女はすでに服装を整えている。

 沙那は、そんな愛華の謝罪の言葉を聞きながら、そばに置かれた服に手を伸ばして逐次に服を着ていた。

 

 ずっと裸身でいた……。

 考えて見れば、服を着るなど久しぶりだ。

 奴隷だと言われて、ここに来てからずっと裸身でいるのを強要されていたのだ。

 

 やがて、服を整えた沙那は、最後に外套代わりにしていた黒布で身体を覆った。

 張須陀の隠れ処から持ってきたものだ。

 これで、とりあえずの身支度が終わった。

 

「……言いたいこともあるし、確かに、このままじゃあ収まりつかないこともあるけど、あんたらが崖から落ちて死にかけていたわたしを助けてくれたのは事実なんだし、すべてを水に流すことにするわ……」

 

 沙那は言った。

 仕返しをしないと約束しさえすれば、このまま愛華は沙那を行かせる雰囲気だ。

 沙那としては、信伸と愛寧には腹が煮えるような思いもあるが、それは忘れることに決めた。

 もしも、沙那がふたりに仕返しをしようとすれば、今度は全力で愛華はそれを阻止しようとするだろう。

 

 その場合、まず、沙那に勝ち目がないことは確かだ。

 愛華が沙那の前にすっとなにかの草の束を差し出した。

 干した緑色の草で全部で百枚はあるだろうか……。

 それが木の蔓のようなもので束ねられている。

 

烏金(うきん)草の魔草よ。煎じて飲めば万病に利くし、すり潰して膏薬として使えば、どんな傷でもひと晩で治癒する伝承の魔草よ。これだけあれば、ひと財産あるはず……。あたしが山に行っている間に密かに集めては加工していたものよ。全部あげるわ。あなたの身体の傷の治癒に使うもよし、売って路銀にするもよし。好きなように処分して。あたしは、信伸や愛寧に財になるものは持たされてないから、あげられるのはこんなものしかないのよ……」

 

「烏金草ですって?」

 

 沙那は声をあげた。

 “こんなもの”どころの話じゃない。

 烏金草といえば、幻の魔草と呼ばれ、沙那も書物によって知識としては知っているだけで、実物を見るのは初めてだ。

 これはいま愛華が話したとおりの効果があり、王侯貴族や分限者の間でもてはやされる万病の治療薬のひとつだ。

 これだけまとまった量があればひと財産だ。

 それを惜しげもなく沙那に渡す愛華に沙那も驚いてしまった。

 

 だが、とにかく貰っておくことにした。

 ここから出られたら附国のあの宿屋に戻るつもりだったが、本当に愛寧が言っていた通りに、宝玄仙たちが出立した後なのであれば、宝玄仙たちを追うために路銀は必要だ。

 これを少し財に換えれば、当面の旅の路銀としては十分だ。

 

「ありがとう。遠慮なく貰うわ」

 

 沙那はそれだけを言った。

 衣類と一緒に雑嚢がひとつだけあった。

 沙那のものではないが、愛華が準備をしてくれたものだ。

 沙那は魔草の束を雑嚢にしまい、その雑嚢を肩から下げた。

 

「じゃあ、行くわ、愛華」

 

 沙那は立ちあがった。

 愛華が先導し、玄関まで案内した。

 戸を開けると薄っすらとだが東の空が明るくなり始めていた。

 

「信伸と愛寧がまだ起きないようね」

 

 なんとなく沙那は言った。

 そう言えば、愛華との性愛ではお互いに随分と大きな声をあげたと思う。

 ひとつ屋根の下であんなに騒いだのに、こんなにも起きないものなのだろうか……?

 

「あのふたりはあたしが道術を解除しない限り、眼を覚ますことはないわ……。もう、後のことは心配いらない……。行って……。ただし、この家には二度と近づかないでちょうだい……。ここから離れれば、かけ直した暗示が有効になるわ。あたしの体臭に反応するほかに、どういう暗示がかかっているのかは教えない。とにかく、信伸や愛寧になにかをしようとすれば、あなたの身体が動かなくなるという暗示が復活する。それだけは言っておくわね」

 

 愛華は言った。

 沙那は頷いた。

 脅迫めいた物言いは気に入らなかったが、沙那としても、もうこの兄妹に関わるつもりはない。

 復讐などもういい。

 二度と接触する気もない。

 

「ところで、愛寧があれほど嗜虐的で、あなたにつらく当たるのは、愛華の道術?」

 

 何気なく訊ねた。

 愛寧の愛華に対する態度は、実の姉に対する態度としては異常だ。

 なにかの道術によって愛華は、愛華をあえてああいう性格と性癖を表に出すように操っているような気がした。

 沙那がそう質問すると、愛華は陰のある笑みを浮かべた。

 

「……二年前のことよ」

 

 愛華はぽつりと言った。

 

「二年前のあの事件がどうかしたの?」

 

 二年前と愛華が言えば、愛華の留守中に愛華の愛人が徒党を組んで、この家を襲ったという事件のことに決まっている……。

 

「あたしの愛人だった男がこの家にやってきたとき、心の傷を負ってしまったのは、信伸だけじゃないのよ……」

 

 愛華は静かに言った。

 

「信伸だけじゃないって……?」

 

「愛寧もよ……。当時、あたしは山に一度入れば、だいたい十日は山を駆け回って貴重な山草を集めるということをやっていたわ。その方が楽なのよ。本当に価値のある草はずっと山奥にあるしね。だから、あたしはすぐには戻っては来られなかったの」

 

「十日……?」

 

「ええ……。結局、信伸と愛華がここで暴行と凌辱を受けたのは十日間だった……。そして、その時間が取り返しのつかないものになってしまった……。十日後に戻ってきたあたしが見たのは、耐えがたい凌辱により、精神を崩壊させた愛寧と信伸の姿だったわ……。凌辱と暴力を受けながら、ふたりともまるで人形のように無反応になっていた。完全に心を毀されていたのよ……」

 

「毀された……」

 

 十日間ものあいだの凌辱……。

 毀されたふたり……。

 愛寧が語ったこととは異なるが、沙那には、愛華が語ろうとしているものこそ、真実なのだろうと思った。

 

「……おかしな薬物も大量に摂取させられていた……。ここにはそういうものがたくさんあるから……。連中は面白半分でそういう薬物もふたりに使ったのよ……。とにかく、信伸と愛寧は酷い状態だった……。あたしはそれを見て怒り狂って、男たちを道術で殺した……。そうよ、連中を殺したのはあたしよ……」

 

「だったら……」

 

 沙那は人を殺めた経験に、苦しみのようなものを感じている愛寧のことを思った。しかし、沙那の言葉は、愛華の言葉に遮られる。

 

「あたしは、変わり果てたふたりに絶望した。身体の傷はすぐに治ったけど、心の傷はどうにもならなかった……。あたしは、なによりも、大好きな兄妹をそんな目に遭わせるきっかけを作った自分を呪ったわ……。あたしは自分のおかしな性癖を満足させるために、時折、城郭で娼婦のようなことをしていたのよ……。信伸は真面目な性格でね……。あたしの異常な性癖を満足させるには、少しばかり常識人すぎたのよね……」

 

 愛華は自嘲気味に笑った。

 信伸が常識人……?

 沙那は内心で首を傾げた。

 信伸の嗜虐的な性格も、愛寧の残酷さも、心が壊された者のそれではない。

 二年前にそんなことがあったとしても、いまのふたりは喜々として愛華を奴隷として虐げ、沙那を嗜虐した。

 とてもじゃないが信伸が常識人とは思えない。

 沙那や愛華に対する嗜虐は冷酷で常軌を逸している。

 なによりも、少し見て気に入ったからといって、沙那を監禁して調教しようとするなど異常もいいところだ。

 

 ……ということは、あの信伸は本来の信伸ではなく、なにかの演技なのだろうか……?

 そんな感じには思えなかったが……。

 

「あのふたりのいまの性格は、ある意味ではあたしが作ったものなのよ……。あたしは、この家で信伸と愛寧を毀した連中を道術で殺してから、あらゆる道術でふたりを治そうと試みたわ……。でも、どうしても駄目だった……」

 

「駄目?」

 

「どんなに『縛心術』で凌辱の記憶を忘却させようとしても強く刻まれたふたりの恐怖心は取り除けなかったし、あるいは、なんとか失った感情を戻そうと治癒してもふたりはいつまでも反応のない人形だった……。あたしは絶望した……」

 

 沙那は、愛華の態度を疑問に感じた。

 少なくとも、信伸と愛寧のふたりは「異常者」ではあるが、心を毀された感じではない。

 随分と元気ではあったが……。

 

「正直に言うわ。それまでのあたしは、あのふたりをあまりにも常識すぎて、つまらない者だと感じていた……。あなたももうわかっていると思うけど、あたしはかなり異常で変態的な性癖でしょう? だから、物足りないと思っていたのよ」

 

「物足りないって……」

 

 沙那はちょっと呆れた。

 すると、愛華が苦笑した。

 

「そりゃあ、確かに愛していたけど満足はしていなかった。いつも不満に思っていた……。だから、信伸や愛寧と兄妹としてではなく、男と女として生涯をともにする約束をしながらも、城郭でほかの男に抱かれたりしたのよ……。あたしは乱暴に扱われるのが好きなの。だから、あんな性格の捻じれた男に身体を許してしまったのね」

 

 愛華は言った。

 つまりは、愛華の撒いた種により、信伸と愛寧がここで酷い暴力と凌辱を受けたのは事実なのだろう。

 そして、一度は精神に異常をきたして、日常生活を送れない程に毀れた……。

 そういうことのようだ。

 いずれにしても、愛華の言い分では、かつての信伸と愛寧は、いまの信伸と愛寧のようではなかった感じだ。

 そうだとすれば、いったいそれからなにがあったのだろう?

 

「いまの信伸と愛寧をあなたが作ったとはどういう意味なの、愛華?」

 

 沙那は言った。

 

「あらゆることを試した結果、ついに、あたしは、あのふたりの心を復活させる方法に辿りついたのよ。それは、ふたりの隠れていた怒りの感情、あるいは、残酷な感情を極限にまで活性化させることだった。それによって、反応の消えていたふたりは、人としての反応を示すようになった……。あのふたりの中に隠されていた激しい憤怒、冷酷さ、嗜虐性、苛酷さ、残酷さ、暴虐性……。そういう負の感情をどんどん膨らませることで、あんなに無反応だったふたりが、やっと人としての振舞いを取り戻すことができたのよ……」

 

「えっ?」

 

「あたしは嬉しかった。あのふたりが戻ってきた……。それからは、簡単だった。あのふたりの冷酷性を維持するようにすればいい……。あのふたりのあたしに対する怒りの感情さえも極限に肥大化させたわ──。ついに、それで信伸も愛寧も復活したのよ……。あれから二年……。最近では信伸も一時は失っていた性の機能も取り戻すことができるようにまでなった……。あたしが失くしかけた家族をあたしは取り戻すことができたんだわ」

 

「つ、つまり、信伸も愛寧も道術で作った性格だということ? 本来のふたりではなくて……」

 

 沙那は驚いた。

 

「本当のふたりよ……。ただ、隠れていただけの部分を表に引き出しただけよ……。いずれにしても、陵辱と暴力によって潰されてしまって肉体を動かすことさえ拒否した心は、ふたりに隠れていた強い負の感情の部分を最大限に増幅することで、再び肉体に結びつけることができたのよ。とにかく、ふたりは、ただ息をする人形の状態から、人としての力を取り戻した……。しかも、あたしがもっとも望むかたちで……」

 

 愛華は言った。

 沙那は愛華の表情から、愛華が喋ったことが出鱈目でも、なにかの出任せでもない真実だということを悟った。

 

 そして、理解もできる。

 ある意味、宝玄仙がそうだ。

 二年にもわたる闘勝仙の残酷な仕打ちから抜け出すために、宝玄仙は人格を分離して、攻撃的な部分を再構成して、新しい人間を自分の中に作ることによって闘勝仙に復讐を果たした。

 おそらく、似たようなことが信伸や愛華に起きたに違いない……。

 

「それで、あのふたりの心を維持するために、あなたがあえて奴隷の立場に甘んじているということ……?」

 

 沙那は言った。

 すると愛華が破顔した。

 

「それが信伸や愛寧が再び心の破綻を起こさないために必要なことであるというのは事実よ……。でも、あたしが苛められることで興奮する変態だということも事実なのよ。あたしは、いまの生活に満足している。そして、これが永遠に続けばいいと思っているわ」

 

 愛華は笑った。

 

「愛寧に自分が道術遣いだと思わせているのも、いまのが理由?」

 

「そうね。愛寧は自分が道術遣いであり、また、再びあんなことがあっても、今度は道術で対応することができると思い込むことで平静を保ってもいるのよ。それがなくなれば、また愛寧は心の底に自分を隠れさせてしまうわ。それくらい、あの子の感じた恐怖は大きかったのよ……。可哀想に……」

 

 愛華は言った。

 沙那はもう質問はしなかった。

 そして、黙ってこの家を出た。

 愛華は、沙那が一緒に外に出てきて、山街道まで沙那をそのまま送ってきた。

 だが、それ以上は見送る気はないようだ。愛華は沙那に別れを告げる態勢になった。

 

「じゃあ、行くわ、愛華……。わたしがいなくなれば、あなたは信伸と愛寧に大変な折檻を受けるでしょうね」

 

 沙那は最後に言った。

 

「ぞくぞくするわね。信伸がひと目惚れして奴隷二号にしようとしたあんたを、嫉妬した奴隷一号が逃がしてしまったんですものね。きっと死ぬような目に遭わせられるわ……。本当に愉しみ……」

 

 愛華がうっとりとした表情で言った。

 沙那は一度肩をすくめてから、もう振り返ることなく山街道を城郭に向かって歩き出した。

 

 





 *


 ほら、動くんじゃないわよ、お姉ちゃん。これはあんたのやったことへの罰なのよ。
 そうやって、夕方まで素っ裸で股を拡げて山芋を女陰で咥え続けるのよ。
 落としたら承知しないんだからね。

 まだ、三刻(約三時間)しか経っていないわよ。
 罰が終わるまで、まだ五刻(約五時間)もあるわ。
 許可なく腰を使うんじゃないわよ──。

 なに?

 痒いの?
 そりゃあ、そうでしょうねえ。
 ただの山芋じゃあないもの。
 耐えられないような痒みが走るように特別な薬液に浸け込んだものだからね。
 そんなものを入れられたら、痒くて痒くて死にそうになるのは当たり前よ。

 ほら、見て、お兄ちゃん……。
 この奴隷女の苦しそうな顔……。

 本当に無様よね。
 涙どころか鼻水まで垂らしちゃって……。

 えっ?
 ああ、鼻の穴を塞ぐの、お兄ちゃん?
 それは面白いわ。
 ほら、じゃあ、この山芋を小さく切ってお前の鼻の穴にも入れてあげるわよ、お姉ちゃん……。
 それで鼻水は止まるでしょう?

 ふふふ……。
 ちょっと待って、小さく切るから……。

 さあ、できたわ。

 じゃあ、入れるわね……。
 ところで、お姉ちゃん、言っておくけど、背中で握った左手首を離しちゃだめよ。
 もちろん、がに股に開いた脚も閉じないのよ。
 もしも、姿勢を崩したら、今度は三日間は山芋を入れて、自分では出せないように貞操帯をするわ。

 でも、それも面白そうね……。
 どっちでもいいわ。

 だから、抵抗したら?

 あっ、そう……。夕方まで我慢するの?

 まあいいわ。我慢できるなら、我慢すればいいわ。
 でもほんのちょっとでも抵抗したら、それで終わりだからね。
 もちろん、股に挟んだものを落としても同じよ……。

 そら、右の鼻の穴……。次は左と……。

 あはははは……。
 結構、面白い顔になったわ。
 これからはずっとそうしてすごしたらどうなの?
 そうしたら、もう二度とお前に声をかけるような男もいないだろうしね。

 ところで、お礼はどうしたの、お姉ちゃん。
 どうしたの?

 あれっ、泣いたの?
 惨めなの?

 ふんっ、こんなことじゃあ、あたしやお兄ちゃんの腹は収まらないのよ。
 お兄ちゃんが奴隷二号として飼おうと思っていた沙那を逃がしてしまうなんて……。
 あたしが看病疲れで寝てしまった隙に沙那が逃げようとしたのを、あんたは知っていて見逃したんでしょう?

 なんで?
 あたしたちを馬鹿にしているの?

 それとも、お兄ちゃんが沙那ばかり相手にすらから嫉妬した?
 まあ、いいわ──。

 本当はあんたなんか、死んでしまえばいいと思っているんだけど、お兄ちゃんがあんたが折檻に耐えれば許すと言っているから、それでよしとすることにするわ。
 その代わり覚悟しなさい──。

 沙那が受けるはすだった折檻の分も全部お前に与えるからね。

 倍よ。
 今日から倍の責め苦よ──。

 覚悟するのよ。

 こらっ──。
 動くんじゃないと言っているでしょう。

 本当に聞き分けのない奴隷ねえ……。
 動くなという言いつけを守ることさえできないの?

 なに?
 痒くて、我慢できない?
 狂ってしまいそうなの?
 じゃあ、そのまま狂ってしまえばいいじゃない。

 はははは──。

 わかったわよ、わかった……。
 じゃあ、少しだけ動いてもいいわ。
 腰を動かして、山芋の痒みを癒しなさい。
 だけど言っておくわよ。
 腰を使ったら、山芋の成分がもっと染み込んで、さらに痒くなるわよ……。
 それでもいいなら始めなさい──。

 始め──。

 さっそく、お姉ちゃんが始めたわよ、お兄ちゃん。

 ふふふ……。

 もう感極まっているみたい。

 もうすぐ、お姉ちゃんはいくわよ、お兄ちゃん……。
 えっ、なに?
 もっと、お姉ちゃんを苛めるの?

 任せておいて、お兄ちゃん……。八刻(約八時間)も山芋を入れっぱなしにするなんて、絶対に成功させはしないから……。
 今日から三日間、ずっと山芋で苦しみ続けさせてやるわ。

 最後の一刻(約一時間)を残したところで、直接芋を鞭打ちをしてでも落とさせるわ。
 万が一、その時までお姉ちゃんが山芋を咥えたままだったらだけど……。

 でも、この調子では無理ね……。
 多分、もうすぐ落とすわ。
 山芋を離さないことより、腰を振る方に夢中になっているもの……。

 じゃあ、また見てて……。
 お姉ちゃんがまたいきそう……。

 どうしたの、お姉ちゃん?
 達したのね……。

 遠慮なく、もっとやりなさい。
 どうせ、我慢できないんでしょう?

 どうしても鞭で打って欲しければ、そう言うといいわ。打ってあげるから。

 えっ?
 もう打つの?

 駄目よ。
 まだ、耐えられるはずよ、お姉ちゃん。
 発狂寸前の痒さにまでなったら打ってあげるわ。

 もう、狂うって?
 そんなことはないわね。
 さっきから、狂うと言いながら、ちっとも狂わないじゃないの。
 つまり、あんたはあたしたちに嘘を言ったのよ。
 罰として、その物欲しそうな乳首にも山芋の汁を塗っていあげるわね。

 ほらっ、嫌なら動いてごらん……。
 背中に回した手で避けてみれば?

 痒くて股間を掻きたいんでしょう?
 掻けばいいじゃない。

 その代わり、明日から三日間、山芋を女陰に咥えたまま貞操帯を嵌められて生活するだけのことなんだから……。
 大きな声を出すんじゃないわよ、お姉ちゃん──。
 そんなに乳首に山芋の汁を塗られると感じるの?
 だったら、もっと続けてあげるわ。

 ううん……。それどころか、全身にこの刷毛で山芋の汁を拡げてあげる。

 うるさいったら……。
 まだ、乳房に塗っただけじゃないの……。

 次はお尻よ……。

 太腿にもお腹にも塗るわ……。

 そうだ。脇の下にも塗るわ。
 手を頭の後ろで組みなさい……。

 早くすんのよ、愚図──。
 動くんじゃないわよ──。

 じゃあ、脇の下に塗るわよ……。

 ほら……。

 あははは──。
 落としたわね。

 脇を刷毛で擦られたくらいで暴れるからよ。
 いずれにしても、これで女陰に三日間、山芋を股に入れてすごすというのは決定よ。
 残りの時間はお尻よ。
 前だけじゃなく、お尻に山芋を入れられてすごしたくなければ、我慢しなさい。
 ほら、新しい山芋を挿すわ。

 お尻出して……。

 じゃあ、食事よ、お姉ちゃん。

 考えてみれば、あんた、今日はまだなにも食べさせてないものね。
 これをあげるわ。
 さっき、あんたが股ぐらから落とした山芋よ。

 ほら、口を開いて──。

 もっともっと、苛めてあげるわね。
 苛められるのが好きなんでしょう?




 お姉ちゃん……。




(第59話『奴隷二号』終わり、第61話『追跡者』に続く。)


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 第61話 【番外篇】美女と醜男【陳達(ちんたつ)夫婦】
390 若妻を襲う強姦魔


「ただいま帰りました……。申し訳ありません。遅くなりました……」

 

 陳女(ちんじょ)は長屋の扉を閉めると、中で待っているはずの夫に声をかけた。

 しかし、返事はなかった。

 

 気にすることもなく、さらに土間で履物を脱いで内扉から居間に入る。

 居間のほかにはさらに奥に部屋があり、ほかには小さな台所がある。

 広くはないが夫と二人暮らしとしては十分な大きさだ。

 外はすっかりと暗くなっていたが、室内は灯りがともされていた。

 居間に足を踏み込んだところで、鼻の下にさっとなにかを当てられた。

 

「奥さん、ちょっとでも動くと、その鼻が落ちるぞ。その場に静かに座れ」

 

「な、なんですか……? い、一体……」

 

「ただの強盗だ。逆らうとすぱっと行くぞ」

 

「ご、強盗……? お、夫は……、夫はどうしたのです?」

 

「それ以上の質問はなしだ、奥さん。その場に座れ。二度は言わないぞ……。ゆっくりとだ。静かにその場にしゃがむんだ」

 

 鼻の下に当てられているのは剃刀の刃のようだ。

 鋭敏な刃の匂いまで感じる程に鼻の下に刃を近づけられた。

 陳女が言われたとおりに床にしゃがみ込むと身体の前に紐束が放り投げられた。

 

「まずは、胡坐をかいて足首を結びあわせろ。手を抜くなよ。しっかりと結んでなければすっぱりといくからな」

 

「さ、逆らわないわ……。だ、だから刃をどけて」

 

 背後から向けられている刃は陳女の鼻の下に密着するように置かれている。

 背後の男が陳女の鼻を削ぐのにほんの少し手を動かすだけで足りるだろう。

 

「足首を自分で縛るのが先だ。さっととやれ……。胡坐くらい知っているだろう、奥さん?」

 

 陳女は膝を畳んで座っていた脚を前側に移動させると膝を左右に開いて胡坐にかく。

 下袍の裾が乱れて膝までめくりあがっていた。

 陳女が躊躇するのを注意するかのように、鼻の下の剃刀がぴくりと動かされる。

 陳女は紐束を解いて、その細い紐で自分のくるぶしを重ねるように紐をかけた。

 そして、男の指示に従い、さらに束ねた縄を割るように紐を縛る。

 すっかりと胡坐縛りになった陳女の脚は、ほとんど動くに動けない状態になる。

 すると今度は手錠が投げられた。

 

「左の手首だけで手錠をかけて、両手を背中に回せ」

 

 陳女が言われた通りにすると、男の剃刀を当てていない手が陳女の右手首を握る。

 そして、左手首に嵌めた手錠の反対側の枷をその右手首にかけた。

 やっと剃刀をどけてもらえた。

 

「いい子だ……。さて、じゃあ、美人で評判の奥さんの顔を拝ませてもらおうかい」

 

 男がそう言うと陳女を自分の膝の上に仰向けに倒した。

 自分を抱いている男は顔に覆面をしていた。

 黒い袋のようなもので首から上をすっぽりと覆って、眼と口の部分だけがくり抜かれている。

 

「あ、あなたはいったい誰……? お、夫はどうしたんです?」

 

「誰と言われても名乗る程のものじゃないがね。まあ、あんたを犯しにやってきた強姦魔ということかな……。あんたの旦那はちょっとした場所に監禁している。ちょっとばかり、あんたの身体を愉しませてもらえれば、俺は大人しく帰りあんたの旦那を解放する……。だが、逆らえば……あるいは、俺が朝までに棲み処に戻れなければ、あんたの旦那は明日の朝には屍体になって、城郭に流れている川に浮かぶことになる」

 

「あ、ああ……言うことをきくわ。だから、夫だけは……」

 

 陳女は哀れな声をあげた。

 

「なら、証拠を見せな……」

 

 男がいきなり陳女の唇を吸ってきた。

 不意を襲われるかたちになり、陳女は思わず身体を緊張させた。

 男の舌が陳女の口の中に入ってくる。

 まるで口の中を犯すような口づけだ。

 

 男の舌とともに入ってきた唾液は陳女の唾液と混ざり合い、それが男に吸われて男の口に入り、また男の唾液が足されて陳女の口に注がれる。

 それが繰り返されるともに、陳女は舌の上下を舐められ、口中のあちこちを舌で刺激された。

 男の執拗な口づけを受けるうちに、陳女はなんだか朦朧となっていく自分を感じていた。

 口の中が性器になったかのようだった。いつの間にか、男が強盗だという話を忘れて自らも男の口を吸っていた。

 

「すけべえな奥さんだな……。そんなに俺の舌が気持ちいいかい?」

 

 男が陳女の口を離して言った。

 陳女ははっとするとともに、自分の顔が赤らむのを感じた。

 

「さて、じゃあ、今度はもっと愉しいことをしてやるよ」

 

 男が別の紐を取り出すと、陳女が自ら縛った足首の結び目の部分にその紐を結んだ。

 そして、紐の陳女の首の後ろに回して、ぐいと上体を足首に向けるように引き絞ると結び目をまた足首の縄に縛る。

 

「あっ」

 

 突然の窮屈な姿勢が苦しくて、陳女は思わず悲鳴をあげた。

 だが、次の瞬間、男は陳女の身体をそのまま仰向けに突き倒した。

 

「ああ……な、なにをするんですか──?」

 

 陳女は絶叫した。

 思いもかけない羞恥の姿勢だった。

 身をもがくが、しっかりと結ばれた足首は当然びくともしない。

 後ろ手を空しく動かすが男が身体を支えているので、陳女は身体を起こすことができないでいた。

 陳女の下袍は完全にめくりあがり、下袍に包まれた白い下着が上を向いて露わにさえてしまった。

 

「こ、こんなの酷いです……。戻して、戻してください」

 

 陳女は哀願の言葉を口にする。

 だが、その陳女を男が嘲笑った。

 

「これはなんの染みなんだ、奥さん? しっかりとさっきの口づけで感じてしまったのかよ。お前の下着の中心には、なんだが丸い染みのようなものがはっきりとできているぞ」

 

「そ、そんなわけはありません。嘘を言わないでください」

 

 陳女は全身が羞恥で明らむのを感じた。

 さすがに明るい灯の下で股間を観察されるように股間を凝視されるのは恥ずかしすぎる。

 

「嘘であるものかい。じゃあ、これはなんだい?」

 

 男の指が股間の中心にぐいと当たられてくるくると回された。

 

「あはあっ……ちょ、ちょっと、そ、それは……」

 

 陳女は悲鳴をあげた。敏感な股間の部分が木綿の布に擦られて、びりびりと電撃が走ったように感じた。

 たちまちに大きな疼きが湧き起こり、それが全身に気だるいような脱力感を与えてくる。

 

「お、お願い……。そ、そんなに、し、しないで……」

 

 陳女は快感を隠すことができずに身悶えた。

 指先が感じるのだ。

 

 陳女が反応しているのに気をよくしたのか、男は嵩にかけて陳女の無防備な股間を刺激してくる。

 拘束されて窮屈な姿勢を強いられている陳女には、それを防ぐ手段もなく、ただ与えられる快感をまともに受けるしかなかった。

 

 たちまちに陳女の身体は大きな官能の波が渦巻いた状態になった。

 深みと動きをましてきた男の指は、陳女の股間の一部分だけを執拗に這わせ続ける。

 おそらく、そこが陳女の下着の濡れている部分なのだろう。

 

「どうしたんだ、奥さん。恥ずかしくないのかい。こんな見知らぬ男に股間を弄くられて甘い声で泣くなんてな……。これはどうだ? 旦那に悪いと思うなら耐えることだ……。ほら、なら、こんなのはどうだ……?」

 

 男の手管が変わった。

 指先で股間の敏感な部分を弄るのではなく、手のひらを使って局部全体を押し揉むように動かしてくる。

 陳女が弱い責めだ。

 たちまちに大きな愉悦が湧き起こる。

 陳女は男の手が動くたびに悲鳴のような嬌声をあげて、五体を小刻みにわななかせながら身体を左右に動かした。

 

「お、お願い……そ、それは……よ、弱いの……」

 

 陳女は思わず叫んだ。

 

「おいおい、まだ、前戯程度の刺激だぞ、奥さん……。美人の癖に随分と溜まってたんじゃねか。旦那はちっともやってくれないかい……?」

 

「しゅ、主人は毎日抱いてくれます……。あはあっ……」

 

 陳女の抗議の言葉も男の愛撫に遮られた。

 しばらくの間、激しく股間を揉み肢しだれて、陳女はいよいよ切羽詰った状態になった。

 

「も、もう……」

 

 陳女は感極まった声をあげた。

 もう達しそうだ……。

 しかし、男は陳女の身体の反応をぎりぎりのところで見極めて、さっと股間を愛撫する手を留めた。

 そして、うつ伏せだった胡坐縛りの身体を今度は元の状態にされた。

 男は今度は陳女の背後にまわり、陳女を抱き起こすと陳女の首を背後から責めるかたちにさせた。

 

 さらに、股間を苛んでいる手とは反対側の手で陳女の胸を揉み始める。

 胡坐縛りにされていて、両手も後手縛りの陳女はただされるままになるしかない。

 男はそうやって陳女の身体に張りつくようにまとわりつくと、陳女のうなじや耳に舌を這い回せてくる。

 肉体に湧き起こる官能の火に自分の身体が包まれるのが陳女にはわかった。

 

「ああっ、だ、だめえ……いけません……ゆ、許してください……」 

 

 自分の股間から淫らな音が聞こえだすと、陳女は男に向かって憐れみの言葉を発した。

 

「さて、じゃあ、もう一度奥さんの下着を丸出しにさせてもらうかな」

 

 男が再び陳女をさっきの仰向けの姿勢に引き倒した。

 自分の履いていた下袍がまた逆さまにはだけて恥丘の中心を男の眼に晒したのがわかる。

 

「こりゃあ、酷いものだな。下着越しにもはっきりとわかるようなびしょびしょじゃないかい……。亭主以外の男に触られて、こんなに濡らすなんて恥ずかしくないのかい、奥さん」

 

 男がまた陳女の無防備な陳女股間を責め始める。

 

「も、もう、言わないで……あ、ああっ……」

 

 また股間の中心を弄くられて、陳女ははしたない大声を出さされてしまう。

 

「これがなにかわかるかい、奥さん?」

 

 男が陳女の眼に見えるように一本の鋏を取り出した。

 はっとした。下着が切られる。

 陳女は動揺してしまう。

 この状態で鋏て下着を切断されて羞恥の源泉を晒け出せばなにをされるのかわかりきっている。

 

「そ、そんな……」

 

「どうしたんだ、奥さん。そんな取り乱したような声をあげて……、たかが、鋏じゃないか。別に奥さんの肌をこれで傷つけようとかいうんじゃないぜ……。まあ、奥さんがそうして欲しいなら別だがね」

 

 男がそう言って笑いながら、陳女の下着の股間部分に鋏の刃を入れてさっと切り込みを入れた。

 陳女は自分の股間に外気が当たる感触がわかった。

 

「ああ……」

 

「おう、なかなか破廉恥そうな穴じゃないか。それに、びしょびしょだ。これなら、前戯なんかいらねえなあ」

 

 男が仰向けだった陳女の身体を今度はうつ伏せにする。

 そして、両腕で陳女の腰を支えるように持つ。

 いつの間にか男は下半身を露出していた。

 逞しい怒張が陳女の股間に近づくのがわかった。

 

「いやあ、犯さないでえ──」

 

 陳女は声を張りあげた。

 

「だったら抵抗してみな」

 

 男がせせら笑いながら陳女の女陰に怒張の先端を当てた。

 

「抵抗しないなら挿すぞ……」

 

 男が言った。

 陳女の抵抗を期待しているような気配だ。

 しかし、そろそろ陳女も限界だった。

 全身を拘束されて弄くられる愛撫は陳女の身体をこれ以上ないほどに燃えあがらせてしまっている。

 陳女はもう男の肉棒を期待する心の状態になっていた。

 そして、背後から突かれる股間に男の怒張の先端を感じると、思わず愉悦に震える声をあげてしまった。

 

「はあああっ」

 

 入ってくる……。

 男の怒張の先端がゆっくりと入ってくる。

 陳女は全身の肉が溶けていくような錯覚を感じていた。

 気がつくと自分で腰を激しく左右に振って快感をむさぼるような動きをしていた。

 

「奥さんよう……。仮にも初めて会った強盗に襲われて、無理矢理に犯されているんだぞ。そんな気持ちよさそうによがってどうするんだい?」

 

 男が呆れたような声をあげた。

 

「だってええ……」

 

 ついつい甘えた声をだしてしまった。

 すると、男が呆れた感じになったのがわかった。

 

「だってじゃねえよ……」

 

 男が後ろ手くすりと笑った。

 再び抽送が再開する。

 先端まで達した男の肉棒がさらにぐいと押されて子宮を刺激するように動く。

 束の間そのままの圧迫感を維持したまま、股間と股間が密着している部分を擦り動かされる。

 

「いや、いやっ、いやっ、いやああっ……」

 

 陳女は襲ってきた激しい絶頂感に身体を激しく震わせた。

 しかし、陳女をからかうかのようにぎりぎりのところで男が突くをのやめて、今度は抜き始める。

 

「はふううう……」

 

 今度もゆっくりだ……。

 だがこれも気持ちがいい……。

 なんという甘美な時間なんだろう

 

「本当にお前はこれが好きだな、陳女……。このゆっくりとした動きがいいんだろう?」

 

 男がからかうような声をかけてくる。

 意地悪でやっているのだ。

 男が陳女が望むよりもずっと遅い速度で怒張を抽送させてくる。

 陳女にはそれがわかる。

 

「ううっ……い、意地悪しないで、ちゃんとしてくださいっ、あなた」

 

 陳女はもどかしさに我慢できずに首を左右に振って叫んだ。

 

「こらっ、陳女……、強盗に強姦されているのにちゃんとしてはないだろう」

 

 男……、つまり、強盗のふりをしている夫が笑った。

 だが、相変わらず陳女の女陰を突く速度はゆっくりとしたものだ。

 陳女はこの責めに弱い。

 激しい快感があっという間に襲うのも堪らないが、それよりもまして、いま夫の陳達(ちんたつ)がやっているように、時間をかけて徐々に感度をあげられると、絶頂時の快感の天井が果てしなく上昇してしまい、怖ろしいほどに深くて激しく達してしまうのだ。

 これをされると陳女はただの一度の絶頂で、通常の性交の数回分の絶頂をしたような気になる。

 

 しかも、それをひと晩で何度も受けるのだ。

 それがいまは、陳女(ちんじょ)と名乗っている長女金(ちょうじょきん)の身体を知り尽くしている夫の陳達の嫌がらせだ。

 この速度の遅い抽送による責めに陳女は弱かった。

 これが始まると耐えることができなくなって陳女は狂乱する。

 

 陳女が陳達によっていき狂う様が夫にとっては愉しいらしい。

 結局、陳女はこの責めで限界を越えて達してしまい、最後には陳女が完全に失神して終わる。

 それが陳女が毎夜繰り返している夫との性交だった。

 

 陳達を夫にして二箇月以上が経っていた。

 この間ずっと、ほぼ毎日陳達に抱かれている。

 

 普通に抱かれることもあるが、陳達は縛って抱くのが好きなので、こうやって縛られて抱かれることも多い。

 今夜は、さらに変化をつけて、ふたりで話し合って、陳達が家に押しかけた強盗という設定で抱かれて遊んでいるのだ。

 

 こういう「ごっこ遊び」で、陳女自身がいつもよりも燃えるのは事実だが、それよりも陳達が別人のようにいきいきとしているのが嬉しい。

 普段の陳達はこんなに乱暴な口のきき方もしなければ、こんなに人を見下したような態度は見せない。

 「ごっこ遊び」のときだけ陳達が陳女に見せてくれる一面であり、そうやって自分の心の隠れている部分を夫が自分に見せてくれるのが嬉しい……。

 

 陳達を夫として結び合せてくれたのは宝玄仙だ。

 脱走囚の長女金だった自分をここに連れてきて、異常に鼻の大きなこの陳達にこの自分を妻にしろと言ったのだ。

 そして、陳達はそれに同意した……。

 

 ふたりは夫婦になった……。

 陳女というのも、この陳達が付けてくれた名だ。

 長女金という名は死刑囚としての名だからだ。

 記録の上では長女金という女は死んだことになっているらしいが、処刑を待つ者が晒される結界牢から脱走した女ということがわかれば、長女金は捕えられて処刑されることになるに違いない。

 だから、名を変えて生きることにした。

 

 そういう意味では、夫である陳達も同じだ。

 陳達もまた、長女金を脱走させたことを理由に捕縛された宝玄仙の脱走に関わり、手配こそされていないが、捕縛される可能性があり、国都を脱してここに落ち着いてきた者なのだ。

 

 長女金は、かつてはこの国の国都の国軍に所属する女将校だった。

 だが、二年前に金聖姫(きんせいき)が妖魔に浚われた責任を問われて、国都郊外の野外に作った結界牢にほかの死刑を待つ男囚とともに、全裸のまま結界牢に閉じ込められていた。

 男囚に犯されるのが当たり前の日々であり、二年の月日の中で見世物のように男囚たちとの性交を晒しながら、いつしか長女金の生き甲斐は、もうすぐ死んでいく男囚たちの心を少しでも自分の身体で癒してあげることになっていた。

 

 死を覚悟するのではなく、すでに死んでいたものと考えていた命だった。

 それが夫を持ち、しかも、毎日のように愛してくれる。

 こんな幸せを自分のような女が味わってもいいものかと考える。

 

 ただひとつだけ、苦労に近いものがあるとすれば、この毎晩の行為だ。

 この異常に鼻の大きい夫の妻になって知ったのだが、この夫は異常に性欲が強いのだ。

 

 考えてみれば、この陳達はあの宝玄仙たち四人を相手して十日の性三昧の日々を送ったことがあるという。

 宝玄仙たちの性の深さと激しさと長さは、陳女は、長女金と名乗っていた時代に身体で味わった。

 その宝玄仙を含めたあの四人をひとりで十日も相手ができるのだから、おそらく、陳達の精力は人並みの外れたものではないのだろうか……。

 

 普段はこんな男もいたのだと思うほどに優しい……。

 それが性交のときには人が変わったように嗜虐的な抱き方をする。

 まあ、そんな陳達が陳女は嫌いではなかったが……。

 

「あふうううっ」

 

 長く続く陳達の怒張の律動に耐えられずに陳女は悲鳴のような嗚咽を洩らした。

 本当に気持ちがいい……。

 この世にこんなにも幸せで素晴らしい瞬間があっていいものかと思う。

 それくらい激しくて深い愉悦の連続だ。

 

 陳達の怒張が出入りをすると、身体も心も溶けるような錯覚にとらわれる。

 だが、陳達は陳女の反応が愉しいらしく、いつまでもゆっくりとした律動しかしない。

 しかも、一打ごとにひねりや角度を変えながら、陳女の気持ちがいい場所を突いてくる。

 

「ねえ、お願い……もっとして、もっとして、ねえ、ねえ……」

 

 陳女は床につけられている顔を懸命に捻じ曲げて後ろに向けて叫んだ。

 

「じゃあ、淫乱な奥さんに奉仕だ」

 

 陳達が愉しそうに言って律動の速度を速めた。

 

「あ、ああ……あっ、ああっ……ああっ……も、もっと……もっと……」

 

 陳女の身体は嫌がうえにも煽られて熱い炎に燃え狂わせられる。

 しかし、陳達は執拗だった。

 またしても、陳女が頂上に達しそうになると、その寸前で矛先を外すように急に遅くしたのだ。

 やっと絶頂できると信じていた陳女は狂乱した。

 

「ああ、だ、駄目よ……もっとよ……もっと……」

 

「じゃあ、次は尻を犯すぞ。お願いだから、お尻を犯してくれと叫べば、いかせてやるぞ、陳女」

 

 陳達が意地悪く言った。

 よくは知らないが、やたらに遅い律動も、この巧みに女の反応を見ながら焦らすように責めを逸らすやり方も、宝玄仙たちとの性交で憶えた技のようだ。

 いずれにしても、欲情を何倍にも煽られて淫らで灼熱の欲望の塊りのようにされて、最後のひと押しだけをお預けされ続ける陳女には堪らない責めだ。

 

「お願い……。して……。お尻でやります……。だ、だから、してください──」

 

 陳女は叫んだ。

 

「お尻でやりますじゃない……。お尻を犯してくださいだ」

 

「お尻を犯してください──。だから、いまはお情けをください──」

 

 陳女は叫んだ。

 するとこれまでで一番の激しい律動がやってきた。

 

「あはああ……」

 

 腰の中心を襲った歓喜の一撃がきた。

 陳女の身体には瞬く間に五体に沁み渡り、総身を砕いて全身を駆け巡っていった。

 

「い、いくうううっ──」

 

 自分の身体が大きな絶頂に包まれた。

 脳髄からつま先まで完全な快感に包まれる。

 

「も、もっと……もっとください──」

 

 陳女は叫んでいた。

 夫の陳達がこのくらいでは満足しないのは知っている。

 陳達が精を放つのは、もっと陳女が息も絶え絶えになってからであり、ほとんど意識がなくなった頃のことだ。

 女がそういう状態になるまで抱き潰し、それから精を放つのがこの夫は好きなのだ。

 だから、この夫を満足させるためには、それがどんなに体力的につらいことであろうとも、ひたすらに気を失う寸前まで夫の相手をしなければならない。

 

「もっと、ください──」

 

 陳女は叫んだ。

 

「……次は尻だ、陳女──。そして、また女陰……。そして、尻だ。それを繰り返してするぞ」

 

 陳達が言った。

 そして、女陰からまだ怒張のままの肉棒を抜いた。

 肛門を犯すためだ。

 しかし、すぐに肛門に挿入したりはしない。あらかじめ準備してある油のようなものを陳女の肛門にまぶし始めた。

 

「ああっ……」

 

 その指で陳女はお尻の粘膜を刺激され、身体を悶えさせながら、また泣くような声をあげた。

 

 幸せだ……。

 こんな幸せを本当に自分のような女が得ていいのだろうか……。

 鎮まる暇もなく、また燃えあがらせられる胡坐縛りされた身体を打ち震えさせながら陳女は心からそう思った。



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391 かかあ天下と亭主関白

「女房というものは最初が肝心よ。がんとやらねばならんのだ。がんとな──」

 

 高羽(こうう)という男がすっかりと呂律の回らない調子で声をあげた。

 

「がんとねえ……」

 

 陳達(ちんたつ)は呟きながら、ぐいと眼の前の酒を呷る。

 城郭の北の界隈にある小さな行きつけの居酒屋だ。

 少し前まで、ここで毎夜のように仲間内で飲むのが陳達の日常だったが、いまは陳女(ちんじょ)と名乗らせている長女金(ちょうじょきん)を女房に貰ってから、ここで飲む習慣は少なくなくなっていた。

 

 酒を飲みたければ、陳女が(あがな)ってくるし、元女将校のわりには手先が器用で料理でも、家事でもなんでもこなす。

 酒の肴など、後宮ではないが、素材を生かした一流の味を作りあげる。

 陳達としてはここで酒を飲む必要がなくなったような感じになっていた。

 

 しかし、今夜は長屋の隣の部屋に暮らす男やもめの周達(しゅうたつ)に強引に誘われて、ここに連れてこられたのだ。

 

 “──お前に一度文句を言ってやる”

 

 すぐに始まった周達の文句は、毎夜毎夜に繰り返される喘ぎ声に関することだった。

 どうやら、陳達と陳女の悶え声は随分と派手ならしく、ひそかに長屋の話題になっているようだ。

 陳達が暮らしているのは、貧乏人用の集団住宅であり、小さな厨房付きの一室一間の部屋が五部屋ほどある平屋建ての木造住宅が立ち並ぶ界隈であり、長細い建物が並ぶので、通称“長屋”と呼んでいた。

 周達の不満はだんだんと派手になっていくふたりの愛し合う声であり、最初は面白くも感じたが、毎夜のこととなるとだんだんと耐えられなくなり、独り者の周達にあてつけにやっているような気さえしているのだそうだ。

 

 “──それで夕べはやっと喧嘩のような声が聞こえ出したから、これは面白いことになり

そうだと思ったら、喧嘩じゃなくて“強盗ごっこ”じゃねえか。さすがに呆れたぜ。どうでもいいが、もう少し慎みをもって性愛しろ”

 

 ……と言ってきた。

 長屋などどこも壁は薄い。

 夜の営みの声などお互い様のものであり、不平を言われる筋合いはないし、そもそも、慎みのある性愛なんてあるのかと訊ねたら、今度は陳逹が陳女のような美人を女房にしたのが気に入らないと絡み始めた。

 

 これには陳逹も呆れて、それは不平ではなく、単なる嫉妬ではないかと言ったら、嫉妬でなにが悪い? 努力したわけでもなく、ある日突然、あんな美人がふらりとやって来て、お前の嫁になるなどけしからんと喚き出した。

 これにはずいぶんと閉口した。

 

 それから、周達が酔いに任せて、同じことを繰り返すようになったので、仕方なく陳達は、今夜からは陳女に猿ぐつわをさせると言ったのだが、なにが気にらないのかさらに周達が管を巻き始めた。

 お前は、あんな美人を嫁に貰ったことで、やっぱり俺にあてつけようとしているに違いないと言うのだ。

 

 そんなつもりはない──。

 女房をもらえば夜の営みは当然だろうと言い返した。

 

 面倒になったし、そもそも、あまり遅くなれば陳女が文句を言う。

 そろそろ、家に戻ると言ったら強引に引きとめられた。

 

 そんなことをやり合っていると、やがて、高羽という男が同じ卓にやってきた。

 この居酒屋では、すっかりと馴染みの男であり、陳達や周達とは別の長屋に住んでいる男だ。

 もう、何度も飲んでいるからお互いに自己紹介くらいはしている。

 高羽は陳達とはひと回りも身体が大きい屈強そうな男で、妻とふたりの子がある。

 いまは力仕事が必要な普請の人足に雇われているというようなことを言っていたはずだ。

 

「おい、鼻──。お前は間違っているぞ。結婚なんざあ、するべきじゃなかったな。俺の知る限り、どいつもこいつも、最初にがつんとやらんから失敗して女房の尻に敷かれている。いいか、女房をもらったときには最初が肝心なんだ。それができねえ男は結婚なんざあするべきじゃねえ──。俺はそう思っているな」

 

「そうかい、最初が肝心なのかい──。そういうお前はどうなんだい。どうせ、お前も尻に敷かれている口だろうが……?」

 

 周達が笑いながら高羽の杯に酒を注いだ。

 

「こらっ、黙れ、周達──。俺は鼻に話しているのだ……。いいか、鼻──、俺は最初からがつんだ──。女というのは、拳骨で躾けるものだ。男の力を示さねばならんのだよ。つまりは、三日に一度は頬くらい張らなけりゃならねえということだ。おい、鼻、聞いてんのか──?」

 

 高羽は陳達を“鼻”と呼ぶ。

 ただの一度も名を呼んだことはないのではないだろうか。

 もしかしたら、この高羽は陳達の名を知らないかもしれない。

 そんな気がしてきた。

 

 とにかく、ここには久しぶりに来たのだが、周逹といい、高羽といい、やたらに絡んでくる。

 なんなのだろう?

 いい加減に帰りたいのだが……。

 陳女が待っているだろう。あまり遅くなれば文句を言うはずだ……。

 

「お前は尻に敷かれているのだ──。わかっているのか、鼻」

 

「あっ、なんだい、高羽? 俺が尻に敷かれていると言っているのか、高羽?」

 

 陳達は言った。

 

「そうだ……。お前は結婚して二箇月とか言っておったが、結婚生活はどうなんだ、鼻? お前の女房になるような女は不細工な女に決まっているが、そんな女でも結婚すればつけあがるぞ。がんとやったのか……? 女房の頬を張ったことがあるか?」

 

「頬を張る──?」

 

 陳達は驚いて高羽の言葉を繰り返した。

 陳女を殴るなどとんでもない……。

 

 そう答えようとして、そういえば頬を張ったことはあるということは思い出した。

 もちろん、本気で張ったわけじゃない。

 “ごっこ遊び”の演出のようなものだ。

 あの陳女もなかなかに陳達の嗜虐趣味に合わせてくれて、そういうことも受け入れてくれる。

 

「おいおい、高羽、こいつの女房はとんでもない大美人だぞ……。それになあ、この鼻殿は、見かけによらず、おもてになるんだぞ……。こいつの女房がやってきた時には、その女房殿と一緒に四人の女がやって来たのだ」

 

「五人の美女だと?」

 

 周達の横からの物言いに、高羽は訝しむ顔になる。

 だが、周達が気にする様子もなく、口を続ける。

 

「いずれも大美人で、それどころか、いまの女房殿を含めた五人の女が十日もこいつの部屋に入り浸って、毎晩どころか、日中まで乳繰り合い続けたんだ……。いまでもうちの長屋じゃあ、五人の女を相手にした鼻伝説は長屋の語り草だ」

 

「もう酔っておるのか、周達。こいつのところに美人など嫁にくるわけがないだろう……。ましてや、美女五人だと? 阿呆か──」

 

 高羽は一蹴した。

 これには、陳達も苦笑いするしかない。

 確かに、あのときの騒ぎはいまでも信じられないし、本当にあったこととは思えない。

 

 ここに暮らして数箇月……。

 不意にあの宝玄仙が三人の供と長女金を連れてやってきたのだ。

 目的はあの長女金を陳逹の嫁として置いていくことだったのたが、すぐに宝玄仙はあの長屋の陳達のひと部屋を結界で包み、十日ばかり陳逹を含めた六人で性三昧の生活を送った。

 夢のような話だが、夢ではない証拠に、あのとき宝玄仙が連れてきた長女金が、いまでも陳女と名を変えて、陳達の部屋に女房としてずっといる。

 あれが夢なら、まだ夢の続きで、陳達はまだずっと夢の中にいるということだ。

 

「お前のように女房に甘いようだと、生活など立ちはしねえぞ、鼻──。女房の尻に敷かれて終わりだ。いいか、鼻、お前はもう尻に敷かれておる。わかっておるのか?」

 

 高羽は喚いた。

 そして、陳達の返事を待たずに、また酒を呷った。

 

「いいか、鼻──。女房というのはどんな女でも、最初が肝心だと言っているんだ。平手でも拳骨でもいいけど、まずは女を張り倒せ。いいな、これは俺からの忠告だ。女はすぐにつけあがる。だから、男の強さを見せなければならないんだ」

 

「いや、俺は弱いよ……。実は女房は強いんだ。喧嘩をすれば逆にのされてしまう」

 

 陳達は、陳女と喧嘩をすることを想像して、笑いながら酒を口にした。

 彼女は元国軍の女将校だ。

 線は細いが、武芸などなんにも知らない陳達など片手であしらってしまうだろう。

 

 すると高羽が不思議なくらいに怒りだした。

 そして、世間一般の男はだらしなくて、それは見られたものじゃないと騒ぎ出した。

 女というのは引っぱたいて躾けるものであり、それができない男は駄目だと主張した。

 その最低な夫の代表が陳逹だという。

 

 周達が面白がって煽り立てるが、陳達はだんだんと面倒になり放っておいた。

 それにしても、そろそろ帰らないといけない。

 いくらなんでも陳女が文句を言う……。

 

 まあ、いずれにしても、陳女は自分には過ぎた女だと思っている。

 いまのところ、陳女が陳達の女房として本気で残りの人生をすごすつもりである気配であるが、いまだにそれが信じられない。

 毎晩のように抱き陳女の身体をむさぼるのだが、それでもまだ実感が湧かないのだ。

 あるいは、陳女を自分の女房だということを実感したくて、毎晩激しく抱き、そして、嗜虐のような性愛をやりたくなってしまうのかもしれない。

 

「……俺の親父がそうだったのだ」

 

 ふと気がつくと、いつの間にか高羽が少し大人しくなっている。

 高羽がぽつりと呟くように言った。

 

「ああっ? お前の父親がどうしたんだい、高羽?」

 

 周達だ。

 こいつも相当に酔っているようだが、高羽はそれ以上だ。

 陳達の見たところもうへべれけだ。

 

「おい、そろそろ、潮時じゃねえか……?」

 

 気がついて陳達は水を向けたが、高羽はまったく無視した。

 

「……親父は女房に頭があがらなかった……。外では威張っていたが、家でははまったく女房には頭があがらなかった……。だから、俺はがつんとくのよ」

 

「がつんとねえ……」

 

 陳達も仕方なく相槌を打つ。

 

「これよ。これ──」

 

 高羽は右腕に拳骨を作ってみせた。

 

「いや、それは……」

 

 陳達は首を傾げた。

 

「とにかく、親父は駄目な男だった……。俺の母親はそりゃあ酷い女だった。ただの人足じゃあ稼ぎが少ないと文句を言いやがって……、いや、親父も俺と同じ人足だったんだが、毎日、汗水垂らして日雇いの稼ぎを持ってきても、その度に罵るのさ。こんな稼ぎしか持ってこれない亭主など失敗だったとな……。家に金を入れないのならともかく、毎日金を入れてもだぜ。そして、夫を相手に、飯を食っている間、ずっと文句を垂れやがるのさ。子供の前でな──。お前なんかと一緒になるんじゃなかった……」

 

「……はあ……」

 

 誰のことを話しているやら……。

 

「……それから決まって、頭が痛え、腰が痛え……と騒ぐのさ。そして、具合が悪いから飯の後始末と朝飯の準備は親父がやれ……。そう言うんだ。親父は嫌も応もないのさ。あいつは……、いや、そいつの女房は最初から、そいつがいうことを聞くものだと決めてかかっているのさ……。そいつはやっていたよ。文句も言わずにな。一日、外で身体を使って働いて、家に戻れば、女房の悪態をずっと聞かされて、それで飯の片づけまでやらされてよう……」

 

 高羽の呂律はますますひどいものになった。

 もう、周達も陳達も、まともに返事をしないのだが、頓着しないらしい。

 

「……それでいて、具合が悪いとか言っていたくせに、そいつを黙って寝かせたことはねえ。無理矢理に親父に迫るのさ……。子供たち……、そいつは寝たふりをしているけどな……。でも、そいつも昼間の疲れがあるから、そう毎晩というわけにはいかねえ。できないときもある。そうすると、それこそ、子供には聞かせられないような罵詈雑言よ……。子供は寝たふりしているけどな……」

 

 高羽は杯の酒を一度に呷った。

 

「……女は大変だ。これが母親の口癖だった。女房はずっと家に引っ込んで、掃除をして、食事の支度をして、縫物をして……、子供の世話をして……まるで下女のようなものだ。あいつはずっと言っているのだ……。母親だがな。それ比べて男はいい。外で勝手なことをして、ほんのちょっとの稼ぎしかない癖に酒を飲んでくる……」

 

「…………」

 

「だけど、俺は知っているんだ。あの母親は親父が仕事にいくと、ちょっとばかり家事をやったら、長屋のほかの女たちを呼んで、菓子を喰い、喋くり回りながら亭主の悪口を言うのさ……。俺は知っているんだ……。わかっているのか、鼻──。お前の女房も同じだ。お前がなんの仕事をしているか知らねえけど、お前がいなくなれば、お前の女房も近所の女とお前の悪口を言っているに決まっているぞ。そうに違いないさ」

 

 陳達は陳女が自分のいないところで自分の悪口を言っている光景を想像した。

 だが、とてもそんなことをするようには考えられない。

 

「酒を飲んで戻った親父が少しでも遅くなったら、もっと惨めなものさ。開けてくれ──。いま、帰ったぜ。頼むよ、お前、開けてくれよ──。親父は外で叫んでいる。でも母親は開けやしねえ。寝ているんじゃない。ちゃんと聞いているんだ。だけど、いつまでも動くことはねえ。外で親父は叫び続けている。それでしばらく親父は叫ぶ。すっかりと酔いも冷めちまうことだろうさ。そのうち、母親は言うのさ。こんな時間まで飲んでいるとは何様だとな──。構うことはない。そこで寝ろ──ってな……」

 

「おい、高羽……」

 

 ふと横を見たら、高羽が涙ぐんでいる。

 陳達は驚いて声をかけたが、高羽は聞こえてないみたいだ。

 高羽はただ語っている。

 陳達たちが返事をしようが、無視しようが関係ないのだとわかった。

 高羽はただ酔って、管を巻いているだけなのだと。

 

「そのうちに本当に母親は寝てしまう……。すると子供が……、つまりは俺が開けてやるのさ。親父、もう、母親は寝たよ。入ってくれってな……。情けねえじゃねえか。一家の主人だぞ。いくら稼ぎが悪いったって、そんな仕打ちを受けることはないだろうさ……。糞ったれが……。だんだんと腹が立ってきたぞ……。よし、今夜は見てろ──。がつんとやってやるぜ。女房を張り倒してやる。がつんとやるんだ。そうじゃないといけないんだ」

 

 高羽はよろけた足取りで立ちあがった。

 そして、酒代を卓に置くとそのまま居酒屋を出て行った。

 

「こりゃあ、いけねえ……。あの調子じゃあ、訳もわからず、本当に女房を殴るもつもりじゃねえか? 親父の話と自分の話がわからなくなってしまっているぜ」

 

 その背を追っていた周達が思い出したように言った。

 陳達もはっとした。

 確かにそんな感じだ。

 

 陳達と周達も酒代を置くと高羽を追った。

 居酒屋を出て、高羽を追いかけた。

 千鳥足でよろめく高羽はすぐに見つかった。

 

「おい、わかっているな、高羽……。お前の気持ちもわかるが、今夜は普通に入れ。間違って女房を殴るんじゃねえぞ。わかっているな」

 

 よろめく高羽を周達とともに両脇から支えながら陳達は言った。

 

「がつんとするのさ。女房の扱いなんていうのは、それでいい──」

 

 高羽は何度も言った。

 しばらくそうやって歩いていたが、やがて高羽は自分の暮らす長屋の近くだからと言って、陳達と周達を追い払った。

 長屋まで一緒に行くと言ったがどうしても聞き入れず、しまいには怒りだしたので周達と眼を合わせて高羽を手放した。

 そして、高羽がひとりで長屋に戻っていくのを見守った。

 

 だが、本当に女房を殴ったりはしないか心配になって、こっそりとついて行った。

 それくらい、高羽の権幕は凄かったのだ。

 遠目で見ていると高羽はやがて、自分の家の入口らしき場所に着いた。

 そして、戸をそっと叩いた。

 

「お、俺だ……。帰ったぜ。開けてくれ……。帰ったぜ……。なあ、遅くなって済まなかったよ。開けてくれよ、お前……」

 

 高羽が哀れな声で戸に向かって言い始めたのだ。

 陳達は呆気にとられた。

 周達とともに見守っていると、それから高羽の哀願の声はしばらく続いた。

 やがて、こんな時間まで飲んで何様のつもりだ、そこで寝ろという女の悪態が家の中から聞こえてきた。

 高羽の女房の声らしい。

 随分とだみ声で、気の強そうな口調だった。

 

 しばらく高羽はそうやって戸に何事かを叫んでいたが、やがて、諦めたのかなにも喋らなくなった。

 すっかりと酔いが醒めた様子で、自分の身体を抱いて途方に暮れたようになっていた。

 そうしているとやがて、戸ががらりと開いた。

 現われたのは十歳くらいの男の子だ。高羽の子供なのだろう。

 

「母ちゃんは寝たよ、お父ちゃん。入ってくれよ」

 

 男の子はそう言った。

 陳達は大人しく家に入っていった。

 一部始終を見終わって、陳達は周達を顔を見合わせた。そして、自分たちの長屋に向かう帰路についた。

 

「親父の話だとか言っていたが、あれは自分のことだったようだな」

 

 やがて周達が言った。

 

「そうかもしれないな……。だが、本当に親父の話だったかもしれないし、まあ、どうでもいいさ」

 

 陳達は応じた。

 それからしばらくお互いに無言でいたが、長屋が近くなったところで、ふと周達が口を開いた。

 

「なあ、今夜みたいに遅くなった日にゃあ、あの陳女殿も文句を言うのかい?」

 

「言うだろうな」

 

 陳達は戻ったときのことを想像しながら笑った。

 あいつは文句を言うに違いない。

 なにしろ、早く帰ると言っていたのだ。

 絶対に不満を口にする。

 

「ちっ、やっぱりお前も尻に敷かれているのか。女房なんざ、貰うもんじゃねえなあ……。女はみんな同じか──」

 

 周達は舌打ちした。

 そして、長屋に着いたのでそのまま家の前で別れた。

 周達のあの様子じゃあ家に入った途端に寝てしまうだろう。

 

「帰ったぜ、陳女」

 

 陳達は家に入るとしっかりと戸締りをしてから言った。

 

「ああ……、お、お帰りなさい……。ひ、ひどいです。早く、戻ると言ってくれたのに……」

 

 出迎えた陳女が赤い顔をして文句を言った。

 顔にびっしょりと汗をかいている。

 

「どうしたんだ、陳女? 今日は外に出たか?」

 

 陳達は意地悪く言った。

 

「そ、そんなこと……。今日は出れませんでした……。も、もう、これは堪忍してください」

 

「見せてみろ、陳女」

 

 陳達は部屋に入ると胡坐に床に座り、陳女を導いた。

 

「ああっ……」

 

 陳女は床に正座を組んで座ると、陳達に背を向けて座った。

 そして、顔を床につけるように倒れさせると、下袍を捲りあげて陳達にお尻をまくってみせた。

 

「お、お願いします……」

 

 陳女が甘い声をあげて、つらそうな仕草をした。

 眼の前に陳女のお尻がある。

 下着ははいていない。

 その代わりに肛門用の張形が陳女の菊門に喰い込んでいる。

 ただの張形じゃない。道術が刻んであり、これを挿入させた陳達が抜かなければ、絶対に自分では抜くことができないという霊具の淫具だ。

 しかも、不規則な間隔と不規則な強さで一日中振動を続けるという機能まである。

 どういう力でそういうことができるのかわからないが、宝玄仙の置いていった霊具で、霊気の備わらない陳達にも扱える性具だ。

 そういうものを宝玄仙は大量に置いていったのだ。

 

 このところ、それを使って陳達は陳女の肛門調教を続けていた。

 陳達は、今日は夜になったら外してやると言ってから、陳女にその肛門調教用の張形を挿しっぱなしにして仕事に出掛けたのだ。

 それなのに思いもよらず、周達に強引に誘われて随分と帰りが遅くなってしまった。

 絶対に文句を言われると思っていた。

 

「じゃあ、抜くぞ……」

 

 陳達はこっちに向けている陳女の尻に手を伸ばした。

 陳女の白い尻が震えている。見ると股間はこれ以上ないというくらいに濡れている。

 おそらく、これはかなりの数の絶頂を繰り返しているに違いない。

 この霊具は、陳達がほんのひと触りしただけでゆっくりと抜けてくる。

 しかし、どんなに陳女が自分で抜こうとしても絶対に抜けず、ただ不定期な振動で陳女を苛み続けるのだ。

 

「抜いたら、尻を犯すからな、陳女」

 

「お、お願いします」

 

 陳女は言った。

 だが、ぎりぎりのところで陳達は手を止めた。ふと思い出したからだ。

 

「ど、どうしたのです……?」

 

 陳女が陳達の様子に顔を捩じってこっちに向けた。

 淫らだに熟れきっている雌の顔をしていた。

 その色っぽさに陳達は思わずごくりと唾を飲んだ。

 

「ちょっと、思い出してな……。陳女、猿ぐつわをしてくれ」

 

 周達が嬌声でうるさいと言っていたのを思い出した。

 肛門張形は入れるときよりも抜くときに激しい快感が走るはずだ。

 それはこれまでの経験で知っている。

 しかも、陳女はこの肛門張形で一日中苛まれた。うっかりと抜けば激しい反応をするに違いない。

 

「さ、猿ぐつわですか……。は、はい……。あのう、それって、興奮しますね。ありがとうございます」

 

 陳女が戸惑った様子ながらも、ちょっと嬉しそうに頷いた。

 しかも、なぜか、お礼を言われてしまった。

 陳達は笑ってしまった。

 

 陳女は立ちあがり、やがて一枚の手拭いをもって戻ってきた。

 陳達をそれを受け取り、陳女の口にしっかりと手拭いを咥えさせる。

 

「抜くぞ」

 

 陳達は肛門張形にちょんと触れた。

 

「んんんんっ──」

 

 ゆっくりと張形が回転しながら抜け出ていく。

 陳女が眼を裏返す。

 そして、身体を限界まで反りかえして、猿ぐつわが喰い込んだ口から吠えるような声を迸らせた。

 陳達は、すっかりと勃起している自分の一物を出すと、油剤を垂らし、淫具が抜けたばかりの陳女の肛門にゆっくりと挿し込んでいく。

 

「んほううっ」

 

 陳女が興奮しきった大声を猿ぐつわの下から迸らせた。

 これは、猿ぐつわの意味はないか……。

 ぎゅうぎゅうと締め付ける陳女のお尻の気持ちよさを味わいながら、壁の向こうの周達のことをちょっと考えてしまった。

 

 

 

 

(第61話『【番外篇】美女と醜男』終わり)



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 第62話 【追跡行2】追跡する者【美麓(みろく)
392 ある女刺客


 美麓(みろく)が指定された屋敷に着くと、すぐに家人らしき老人によって二階に連れて行かれた。

 一緒に付き添ってきた妓館の者は一階で待たされた。

 美麓はただひとりで、その牢人についていった。

 

 二階の突き当りに堅牢そうな扉があり、そこに入るように促される。

 家人の老人が中に声をかけ、扉を二度叩き、少し間を開けてからもう一度二度叩いた。

 奥から声があり、鍵の開く音が扉から聞こえた。

 

 案内人の老人は、部屋には入らず、美麓はひとりだけで部屋に入った。

 部屋には、六人の男がいて、驚いたことにほかにも三人の女がいた。

 三人の女が呼び寄せたほかの娼婦であることは確かだ。

 六人の男のうちの三人が女を抱いていて、ほかの三人は酒を飲んでいる。

 女の衣類はすべて脱ぎ捨てられていて、部屋のあちこちに散乱していた。

 

 ざっと部屋を見渡す。

 人間の汗と男と女の交合の淫靡な匂い、酒の香り、食べ物の匂い──。

 いろいろな匂いがこの部屋には充満していた。美麓は吐気のようなものを感じて、こっそりと自分の鼻の下を香水が塗ってある指で擦った。

 不潔なこの部屋の匂いが、香水に紛れて気分が軽くなる。

 この部屋には、道術除けの結界で護られているようだ。

 いかなる道術もここでは通用しない。

 おそらく、用心深いここの家主が暗殺者でも警戒して、仕掛けたものなのであろうが、美麓には道術などないので却って都合がいい。

 

「お前が夕凪(ゆうなぎ)か。なるほどいい女だ。匂い立つ女というのはお前のことだな」

 

 顔に大きな傷がある男が美麓を出迎えた。

 夕凪というのは、今日の仕事をするために美麓が準備をした名だ。

 今夜の美麓は、夕凪という名の高級娼婦だ。

 この家主の男は、かなり用心深い人物であり、厳重に警戒されたこの屋敷から滅多に外には出ない。

 性欲の処理のために抱く女も信用のある店から娼婦を呼び寄せる。

 美麓もそのために呼ばれたのだ。

 

満天星(まんてんせい)様というのはあなたですか?」

 

 美麓は言った。

 満天星というのが、美麓が抱かれることになっているこの屋敷の家人の名だ。

 それが今夜の美麓の相手だ。

 眼の前の男が満天星の側近であり、満天星自身でないことはわかっている。

 だが、女などというのは少しくらい馬鹿な方がいい。

 警戒されないからだ。

 だから、馬鹿馬鹿しいことをわざと言ったのだ。

 

「俺はただの部下だ。お館様は奥だよ。俺は応天門(おうてんもん)と呼ばれている。お館様に会う者は、男でも女でも、全部、この応天門を通してからということになっているのだ」

 

 案の定、応天門が小馬鹿にしたように笑った。

 お館様というのは満天星のことのようだ。

 そして、応天門というのが、満天星の片腕と言われる側近中の側近であることを美麓は思い出した。

 応天門が顎で指した方向には、さらに扉がある。

 その向こうに満天星という男がいるのだろう。

 

「では、さっそく……」

 

 美麓が下袍をふわりと揺らしてその扉に向かおうとすると、さっと応天門の脚が伸びて、美麓の身体を遮った。

 美麓は怪訝な表情を応天門に向けてみせた。

 

「まずは、身体検査だ。お館様を狙う暗殺者とも限らんからな」

 

 応天門が言った。

 

「まさか……」

 

 美麓はわざとらしく微笑んだ。

 

「検査をするから服を脱げ。お前が仕事をするのはそれからだ──」

 

 応天門が言った。

 

「服を? ここで裸になるのですか?」

 

 それは予想の範疇だったが、美麓は不快な表情を装った。

 満天星には敵が多い。

 かなり悪戯な仕事もしているし、恨みも買っている。

 美麓に仕事を依頼した者も、そういう満天星の敵か、あるいは、満天星に恨みを持つ誰かなのであろう。

 

 もっとも、美麓は今回の依頼主の直接の背景はよくは知らない。

 知っているのは、満天星が殺されて当然の悪党であり、美麓がこの仕事に成功すれば、もう、二度とこんな仕事をしないで済むほどの礼金が得られるということだ。

 もちろん、失敗すれば死だ。

 ただの死ではないだろう。

 およそ、生まれたことを後悔するほどの拷問を受けてから殺されるということになるに違いない。

 だから、美麓の奥歯には猛毒が仕掛けてある。

 噛みしめれば、あっという間に喉の奥に毒が流れて即死する。

 つまり、自殺用だ。

 

「お前には、ここで裸になってもらう。お前が身に着けていたものはなにひとつ持って入ることはできない。髪飾りひとつもだ。わかったら、服を脱げ、娼婦」

 

「この髪も服も、すべてがわたしの仕事の一部なのですよ。ただ、裸になって性器に男を受け入れて終わり──。そこにいる場末の娼婦たちとは違うんです」

 

 美麓は毅然と言い放つ。

 娼婦は娼婦でも、今日の美麓は高級娼婦の夕凪だ。

 それくらいのことは言うはずだ。

 

 いまは、満天星という男に近づくために、夕凪という高級娼婦になりきっていた。

 美麓は仕事のためにあらゆる人間になることができる。

 老人でも少女でも思いのままだ。

 演じるのではない。

 想定した架空の人間そのものに完璧になりきるのだ。

 あらゆる人間になった。

 純情無垢の町娘になったこともある。貞節な人の妻になったこともある。

 軍人にもなったし、女役人になりきったこともある。

 準備には時間をかけるし、完璧を目指す。

 

 今夜は、夕凪という絶世の美女ではあり性技に巧みで淫情──。

 すべての男が抱きたくなるような娼婦……。

 そういう女になりきっていた。

 

 夕凪という娼婦を作りあげるのには半年かかった。

 満天星が性欲を満たすために使う妓館はひとつだけだ。

 女衒を買収して、その店に高級娼婦用の女という触れ込みで入ったのだ。

 それらしい経歴も準備した。

 美麓の美貌と身体……。

 そして、性技は高級娼婦としても遜色のないものだった。

 美麓は夕凪として、あっという間にその店で一番の女になった。

 

 それから半年──。

 やっと、夕凪である美麓は満天星に抱かれる女として指名された。

 満天星は、同じ女を三度以上は抱かない。

 同じ女を続けると、信用のある店とはいえ、敵対する勢力に罠を仕掛けられる可能性が高くなるからだ。

 それでいて、いい女でなければ抱かない。

 だから、妓館の主人は、お得意様の満天星に提供する美女を常に探している。

 美麓ほどの女であれば、それほど時間をかけずに満天星に提供する娼婦として指名されると思っていた。

 

 そして、半年……。

 ついに、今日で今回の美麓の仕事は実りを迎える。

 あと少し……。

 

「気取るんじゃねえよ、淫売が──」

 

 応天門がすごんだ。

 これくらいが収め時だろう。

 美麓は怯えた表情を作って服を脱ぎ始めた。

 

「さすがは、店の最高品という触れ込みだけあるぜ。大した身体だ」

 

 素っ裸になると応天門が美麓の身体を舐め回すように見た。

 いつの間にか、部屋にいたほかの男や娼婦たちも集まってくる。

 

「へえ、いい身体だな」

 

「なんか匂いもいいな。高級の香水みてえだ」

 

「道具も最高なんすかね?」

 

 あっという間に品評会の晒し者のような感じになり、さすがの美麓も羞恥を感じた。

 

「あら、あたしたちとなにが違うのよ。一緒じゃないよ」

 

「そうよ。女の穴なんて大して変わらないわよ」

 

 娼婦たちは娼婦たちで不愉快そうに言った。

 同じ娼婦だが、高級娼婦と彼女たちでは格が違う。

 通常、高級娼婦は身分の低い娼婦を蔑むし、蔑まれた娼婦は、逆に同じ娼婦でありながら待遇がよく大切にされてもてはやされる高級娼婦という存在に嫉妬のような感情を持っている。

 だから、彼女たちは、夕凪を演じている美麓には最初から敵愾心が剝き出しだ。

 

「お前たちは、触るんじゃねえぞ。これはお館様の前に連れて行くための身体検査なんだからな──。さあ、女、壁に手をついて脚を拡げて立て。尻を後ろに突き出すようにするんだ。そうだ……。」

 

 美麓は応天門に指示された格好になる。

 その美麓の背後を部屋にいた男女が取り囲んだ。

 

「くっ」

 

 美麓は歯噛みした。

 応天門の指が美麓の女陰の粘膜を抉って来たのだ。

 しかも、いやらしい手つきで執拗に中を探ってくる。

 

「あっ……」

 

 さすがに美麓は指を避けようと身体を捩じった。

 しかし、その腰を応天門が押さえつける。

 

「動くんじゃねえ──」

 

 凄みのある声で怒鳴られ、美麓は身体が竦んだふりをした。

 すると、驚いたことに、肛門にまで指を入れられた。

 前後の穴を容赦なく指で掻き回されて、思わず美麓は悶え声を洩らしてしまった。

 美麓が反応したことに周りの男女が嘲笑の声をあげた。

 羞恥と屈辱感が美麓に襲いかかる。

 

「いいだろう。検査は終わりだ」

 

 いきなり指が抜かれた。

 ほっとしたのも束の間、今度は手を取られて両手を背中に回されて手首に手枷を付けられた。

 

「な、なにをするんです──?」

 

 美麓は叫んだ。

 ここまでされるとは思いもしなかったのだ。

 

「いいから歩いて向こうに行け。お館様に粗相をするな」

 

 応天門が道を作るように美麓を取り囲んでいた男女を掻き分けた。

 

 

 *

 

 

「夕凪です」

 

 美麓は両手を背中側で拘束された姿で床に膝をつけて、深々と礼をした。応天門に通された部屋は、寝台以外になにもない殺風景な部屋だった。

 その寝台に色黒の肥った男が横になっていた。

 

 これが満天星だ。

 その男は、美麓が事前に調べた満天星の容貌と完全に一致した。

 美麓は、ここは満天星が女を抱くためだけの部屋なのだろうと思った。

 満天星が本当に用心深い男で、暗殺に異常に警戒しているのは知っている。

 だが、そういう満天星も性欲を満足させるために、夕凪のような女を呼ぶことも必要だ。

 だから、そのときは、こうやって、女を寸鉄もつけない状態にして、手を拘束し、さらにこの部屋のような武器になるようなもののなにもない部屋で行為を行うのだろう。

 

「来い」

 

 満天星が言った。

 美麓は寝台にあがり、大きく開いた満天星の脚の間ににじり寄る。

 

「じゃあ、最高級娼婦の手並みを見せてもらおうか」

 

 満天星の指がさらけ出ている自分の一物を指さした。

 美麓は髪留めがないために垂れ下がってくる髪を首振って避けると、口を開いて満天丸の男根を咥えた。

 半分ほど皮の被った先端を唾液でたっぷりと含ませた舌で剝き出しにする。

 そして、二度三度と顔を突き出すように動かす。

 すぐに満天星の男根は逞しさを得て、美麓の口の中で大きくなった。

 美麓は本格的な愛撫を始めた。

 

「んふうっ……」

 

 男根が擦れて口の上側に当たる。すると、思わず快感が美麓を襲う。さらに炎のような快美感が全身を駆け巡る。

 

「いい舌遣いだ……」

 

 満天丸の満足したような声がした。

 しかし、美麓にはすっかりと余裕のようなものがなくなってきていた。

 実は、口の中は美麓の強い性感帯でもあるのだ。

 怒張の筋に舌を這わせながら、痺れるような感覚を美麓は味わっていた。

 さらに喉の奥に突き刺すように口中深く咥える。

 嗚咽が出るような圧迫感が襲う。

 同時に痛快な喜悦が燃え拡がる。

 我を忘れるような快感が美麓を激しく燃え立たせていた。

 

 一瞬、喉の奥から子宮まで淫情の矢が貫いたような気がした。

 娼婦を演じて半年……。

 毎夜のような性交が美麓をここまで淫情な女にしていた。

 性を売る女として、身体と性技のすべてを磨き、男に抱かれて淫らになることで、相手とひと晩だけの疑似恋愛をする……。

 それが娼婦だ。

 

 美麓は自分がこれほどまでに多情な性質とは知らなかったが、この半年の生活は、美麓の中のなにかを変えた。

 それまでは、どちらかというと淫らな性とは無縁の人生を送っていたのだ。

 だが、この満天星の仕事が終わっても、もう以前のような禁欲的な生活には戻れない気がする。

 半年の娼婦としての毎日によって、美麓は、自分の肉体の完成度も、その多情さも思い知っていた。隠されていた淫情も……。

 

 それにしても、この異常なまでの身体の火照りはなんなのだろう。

 ここまで燃えるのも初めての経験だった。

 好きだった男に抱かれたときも、ここまで燃えはしなかったのに……。

 

「んんんおおっ……んんおおっ……」

 

 満天星の怒張を口の入口から喉の奥に律動させるたびに、自分の鼻から切なげな声が漏れる。

 もう美麓は、自分の快感を隠すつもりはない。

 

「なかなかだ。今度は、お前の女陰を味わうか」

 

 満天星が言った。

 美麓は口から男根を離すと、脚を開いてそそり立つ一物に跨り、腰を割ってゆっくりと女陰に満天星の怒張を埋めていった。

 

「あはああっ──」

 

 大きな怒張が美麓の女陰を貫いた。

 すると満天星が腰を上下に動かして激しく美麓を突きあげる動きを開始した。

 美麓は両手を背中に回したまま、異常なまでに欲情した身体を仰け反らせた。

 生まれて初めて味わうような大きな快感──。

 ここにやってきた目的も忘れるほどの喜悦に四肢を打ち破られながら、美麓はなぜ、ここまで快感を覚えているかを思い当たった。

 

 背中で拘束されている手枷だ。

 拘束されて抱かれるなど初めての経験だが、その緊張感が美麓の我を忘れさせているのだ。

 美麓ほどの女であれば、性交のときでも気を緩めることなどあり得ない。

 しかし、腕を拘束されたことで、なにがあっても抵抗できないという気持ちに陥った。

 それが美麓を燃えさせるのだ。

 

 美麓はなにもかも忘れて、満天星との性交に溺れた。

 満天星の手で腰を持たれて上下に動かされながら、自らも腰を振って快感を増幅させる。

 突きあがる……。

 喰い込む……。

 突きあがる……。

 喰い込む……。

 

 いつの間にか股間の接合部分からは淫靡な水音がたつようにまでなっている。

 身体の芯から脳髄まで痺れる。

 すでに女芯は熱い。

 

「あはああっ……き、気持ちいいですっ──」

 

 美麓は感極まって心から叫んだ。

 

「俺もいくぞ」

 

 満天星が言った。

 美麓は女陰で満天星の怒張を全力で締めつけた。

 満天星が呻きのような声をあげた。

 女陰の中で満天星の精が迸ったのがわかった。

 それを受けとめながら、美麓自身も自らの絶頂に打たれていた。

 

 

 *

 

 

 扉の向こうの部屋で待っているはずの応天門に声をかけた。

 聞き耳でも立てていたのか、あるいは、どこかに見張りのための覗き穴でもあるのか、すぐに扉が開いて応天門がそこに立っていた。

 向こうの部屋では、満天星の部下と娼婦たちの相変わらずの乱交が行われていた。

 

「こっちに来い……」

 

 応天門はいびきをかいて寝台で寝ている満天星の姿にちらりと眼をやってから美麓を導いた。

 

「お館様は満足したようだな。激しい性交だったが、たった一刻(約一時間)で、満足されたのも初めてだ。いい仕事をするな。俺もいつかお前を抱いてみたいぜ」

 

 応天門が美麓の背中の手枷を外しながら言った。

 美麓が脱いだ服は、扉の横に畳んで籠に入れてあった。

 美麓はそれを身に着けながら、やはり、監視穴かなにかで見張っていたのだと思った。

 少しでもおかしな素振りをすれば、この応天門は満天星と美麓が性交をしている部屋に飛び込んできたのであろう。

 だが、不自然な行動などなにもない。

 美麓は、ただ、満天星という男に抱かれて悶え狂っただけだ。

 満天星も、夕凪である美麓の身体に満足して疲労で眠った。

 それだけだ。

 

 しかし、もう仕事は終わっていた。

 満天星は二度美麓の女陰に精を放った。

 美麓は自分の子宮に特殊な猛毒を仕込んでいるのだ。

 それは美麓の意思によっていつでも放つことができる。

 もちろん、美麓自身には影響はないが、その毒液が男の精と混じり、それが男性器に当たると、性器を通じて毒が男の身体に回るのだ。

 応天門が最初にやったような指による検査では何事も起こらない。

 だが、男の精と混じることにより、初めて、美麓の愛液は猛毒となる。

 そういう毒を身体に仕掛けていたのだ。

 

 毒遣いの美麓──。

 それが希代の殺し屋としての美麓の二つ名だ。

 美麓は性交を通じて、たっぷりと毒液を満天星の男根に塗りつけていた。

 いま、満天星は、大きないびきをかいて寝ている。

 不自然さは皆無だ。

 だが、それこそが、美麓の毒がすっかりと効いているという証拠だ。

 

 毒液が満天星の全身に回っているのだ。

 すでに手遅れの状態だが、この後、一刻(約一時間)もすれば満天星は目を覚ます。

 そして、毒などまるでないかのように半日は動き続けるはずだ。

 

 しかし、約半日後、満天星に死が襲う……。

 頭の血が破れて、突然倒れるのだ。

 倒れたときにはすでに死んでいる。

 満天星の部下たちは、満天星の死の理由など思い当たりもしないはずだ。

 ましてや、前の晩に満天星が抱いた夕凪という娼婦のことなど、思い起こすこともないだろう。

 

 美麓は応天門から謝礼を受け取ると、そそくさと部屋を後にした。

 既定の料金は店側に支払われているはずだが、この礼金は夕凪としての美麓への心づけだろう。

 

 やってきたときと同じように、一階までは家人の老人が案内し、一階で待っていた店の男たちと合流した。

 美麓は応天門に渡された謝礼を美麓の送迎役の店の男の長になる者に渡した。

 男は破顔し、恐縮してそれを受け取る。

 すでに屋敷の玄関の前には、帰りの馬車が待っていた。

 見送りの老人に挨拶をして、美麓は馬車に乗り込んだ。

 

 馬車が進み出した。

 妓館までの道のりは、半刻(約三十分)というところだ。

 しかし、この馬車が妓館に着くことはない。

 しばらくすれば、賊徒がこの馬車を襲うのだ。

 夕凪はその賊徒に連れて行かれて行方不明になる。そういう手筈になっている。

 

 この城郭における仕事も終わった。

 しばらくは、なにも考えずに旅をするのもいい……。

 そのための金はあるのだ。

 当面は殺伐とした暗殺者としての仕事から離れたい。

 西に向かって、組織の手も及ばないような土地に向かうのもいいか……。

 

 そんなことをぼんやりと考えていた。



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393 偶然の出会い

 小西天(しょうせいてん)というのがこの土地の名のようだ。

 別にどこかの国に属するという場所ではない。

 あちこちから集まってきた無頼が、なんとなく集まって自治をするようになり町のようになった場所──。

 それが小西天だ。

 

 殺伐とした雰囲気だが、商家もあれば居酒屋もある。宿屋のような場所もある。

 美麓は、髪を後ろで無造作に束ね、晒しで胸を隠し、服装を装って若い男を装ってこの町にやってきていた。

 法の及ばない無法地帯なだけに、美しい女であることは余計な騒動を生むことになるからだ。

 

 そして、この土地で半月……。

 美麓が女であることに気がついた者はまだいない。

 ここでなにもせず、ゆっくりとすごしていた。

 宿屋に泊り、日中はぶらぶらとして、夜になれば居酒屋で酒を引っかける……。

 そんな毎日だ。

 美麓が装っているような風来坊はこの土地にはいくらでもいる。目立つ存在ではない。

 

 この夜も美麓は、ただひとり、お気に入りの居酒屋で酒を飲んでいた。

 店の主人は無口な性質のようだが、店は賑やかだった。

 客は男たちばかりだが三十人はいる。

 金を払って酒を飲むのはほとんどが男だ。

 女もいるが彼女たちは客ではない。

 この店の主人に場所代を支払って、客を探す娼婦なのだ。

 二階には女と寝るための場所もあり、いまもかなりの人数の男が娼婦と二階にあがっていた。

 

 美麓は、男を装っているので娼婦も言い寄って来るが、半月もすれば、美麓が娼婦を抱こうとしないのはわかったらしく、最近はもう近寄ってはこない。

 満天星の暗殺の成功報酬を得て、美麓は女暗殺者としての人生を解消して旅に出ていた。

 このまま西に向かい、大陸の果てにあるという西帝国でも向かおうか……。

 そんなことを考えていた。

 

 だが、途中で立ち寄ったこの小西天に、かなり長く滞在したままだった。

 理由は別にない。

 ただ、この町の雰囲気が美麓が好きだっただけだ。

 生まれてすぐに暗殺者としての修業を積み、裏社会で生きていた美麓には、この裏社会そのもののようなこの町が故郷に戻ったような感じを与えてくれていた。

 治安や法の行き届いた安全な城郭よりも、こんなにさびれていて、始終互いに人殺しをしているような場所が住みよいというのも、我ながら呆れるが、実際にそうなのだから仕方がない。

 

 居心地がよくて、美麓のこの小西天の滞在も半月になっている。

 別段、目的のある旅ではないのでそれはいいのだが、ひとつだけ、美麓を悩ましているものがあった。

 火照った身体だ──。

 

 前の仕事でやった半年の娼婦としての生活が、美麓の隠れていた淫乱を引き起こしたような気がする。

 このところ美麓は、自分の火照る身体を持て余していた。

 つまり、男を性交したいのだ。

 

 その気になれば、美麓ほどの女だから性の相手はいくらでも見つけられる。

 だが、この辺りの与太者と迂闊に関係すれば、なにか面倒なことになりそうな気もする。

 それに、どう見ても性病のひとつやふたつ持っていそうな女を相手しているこの店の客の男と寝たくはない。

 だから、清潔感があり、あとくされのない旅の男でもいないか……。

 そんなことを考えて、毎夜のように酒を飲みながら、店にやってくる客に視線を向けていた。

 

 その美麓の視線に、たったいま店に入ってきた若い旅の男が映った。

 黒いマントに身を包み頭もフードを被っている。

 フードから覗く顔はかなりの美形の若い男だ。

 腰には剣を佩いている。その若者がかなりの遣い手であることは物腰ですぐにわかった。

 

 一瞬で、相手の実力を読み切ること──。

 それは暗殺者として長生きするために絶対に必要なことだ。

 美麓は、やってきた旅人風の若い男が、暗殺者として生きていた自分を遥かに凌ぐ武芸者であることを悟った。

 だが、いまの美麓は、別のこの男と斬り合いをしようというのではない。

 ただ、ひと晩だけの行きずりの関係を持ちたいだけだ。

 美麓は自分の相手として、この若い男がうってつけではないかと思った。

 

 若い男は小さな卓を見つけて座った。

 その若い男が座るとすぐに、美麓は、飲みかけの酒と肉の入った皿を持って席を立ち、その横の席を占領した。

 若い男がフード越しに美麓に訝しげな視線を向けた。

 

「怪しい者じゃない。一杯、奢らせてくれないかい? 今夜は暇でね。ただ、話し相手を探していただけさ。俺も旅の男さ。あんたは、この町に初めて来たんだろう?」

 

 美麓は男言葉を装って言った。

 

「さっき着いたばかりさ。でも、この店には酒を飲みに来たんじゃない。食事をしに来たんだ……」

 

「だったら、この肉を食べていいよ」

 

 美麓は言った。

 

「ありがとう……。後でもらうよ」

 

 若者はそう言うと、店の主人に食事と水を注文した。

 わざと作って低く喋っているような声に感じた。

 思ったよりも若いのかもしれない。

 もしかしたら、少年というほどの年齢なのかも……。

 

 だが、それでもいい。

 性に不慣れな若い男であれば、美麓が主導でやればいい。

 安全な男だとわかれば、手を縛ってもらって抱かれてもいいかもしれない。

 縛って抱いてくれと言えば、この少年のような男は驚くだろうか……。

 だが、ここに集まっている他の男とは一線を画す清潔な雰囲気が、この若い男にはある。

 美麓は、今夜の相手をこの若者にしようと決めていた。

 

「本当に酒は飲まないの?」

 

 美麓はささやくように言った。

 もう、男言葉の雰囲気はやめている。

 若い男が首を傾げるような仕草でこっちを見た。

 フードの下に男の栗毛がちらりと覗いた。

 

「酒は飲まないよ。飲めなくてね……。どっちにしても、こんな物騒な場所で、酔うのは危ないからね」

 

 若い男は言った。

 いい感じだ。

 酒をあまり口にしないのは荒れていない証拠だ。

 用心深い男でもあるということは、性病を患っているかもしれない安い商売女にはあまり手を出さないということに違いない。

 

「じゃあ、女はどう?」

 

 美麓は単刀直入に言った。

 若者は驚いた視線を美麓に向けた。

 

「もしかして、あんた女か……」

 

 男が呟いた。

 

「大きな声でばらさないでね。ここはなにかと物騒だから男の格好をしているのよ。おかしな騒動に巻き込まれたくなくてね」

 

「男のふりか……」

 

 若者の口調には愉しむような響きがあった。

 どうやら、これはいけそうだ……。

 美麓は確信した。

 

「ここでは若くて美しい女でいることは大変なのよ」

 

「わかるよ」

 

 若者はただそれだけを言った。

 美麓は微笑を若者に向けた。

 美麓は自分がそれなりの美形であることを知っている。わずか半年で高級娼婦として、大きな妓館で一番の娼婦にまでなったのだ。

 そこで身につけた男に媚を売る仕草で、美麓は若者を誘うような表情を作ってみせた。

 

「あんたも娼婦?」

 

 若者の視線の先には、向こうの賑やかな卓がある。

 そっちでは酔いどれの男たちと娼婦たちが大きな声で卑猥な会話をしながら身体を触り合っていた。

 

「違うわ。もしも、あたしと寝てくれれば、あたしがお金をあげてもいい。実は金はしこたま持っているわ」

 

 美麓はさらに近づいて若者の耳元でささやいた。

 若者はしげしげと観察するような視線を美麓に向けた。

 彼が美麓に強い興味を抱いたことは、その表情でわかった。

 

「ねえ、食事が運ばれたら、それを持って二階に行かない。あたしが運ぶわよ。食事代もあたしが払う……」

 

 だが、若者は首を振った。

 

「済まないけど、ここで食べたいんだよ」

 

 若者は言った。

 美麓は失望した。

 まさか、断られるとは思ってもいなかったのだ。

 

「なんで?」

 

 半ば呆然として呟くように言った。

 

「ここで客たちの話に耳を傾けているのさ。実は、人を探していてね……」

 

 若者は言った。

 

「人を?」

 

「うん──。もしかしたら、その人たちは、数日前にここにやって来たかもしれないんだ。そして、こういう酒を飲む場所には、いろいろな噂が集まるからね……。こうやって、ひとりで食事をしながらそういう噂話に耳を傾けていたら、なにかの手掛かりを見つけられるかもしれない。そう思っているんだ」

 

「どういう関係?」

 

「旅の仲間。でも、途中ではぐれちゃってね」

 

「ふうん……。その探し人はひとり?」

 

「ううん、三人連れ」

 

「その人たちは、この小西天にやって来たの?」

 

「通ったと思うんだよね。附国の城郭国家を出て、西帝国に向かっていたんだ。西に向かうには、ここはどうしても通る場所だから……」

 

 若者は言った。

 だが、この小西天は物騒な場所だ。

 まともな旅人は避けて通ることが多い。

 この若者の連れがどういう人間なのかはわからないが、普通の旅人ならここには立ち寄らずに通り過ぎる。

 ただ通過しただけの旅人の情報をここで得るのは難しい。

 

「知らなかったら教えておくけど、ここはかなり物騒な場所よ。あんたの連れは、ここをあっという間に通過していったと思うわ」

 

「そうかもしれない。かなり、気まぐれな人たちだから……。だけど、俺は立ち寄った気がするんだよね。勘だけど……。その人たちは、まるで騒動を探して歩いているような人たちなんだ。こんなところにあの人たちがやってくれば、必ず騒動に巻き込まれる……。というよりも、騒動の方が、あの人たちを呼び寄せるんだよね。だから、こういう場所は、あの人たちだったらきっと立ち寄っていったと思うんだよね」

 

 若者がくすくすと笑った。

 その笑いには、その騒動を起こすという仲間に対する愛情が籠っているような気がした。

 美麓には、この若者が本当に、その仲間に会いたいのだということがわかった。

 

「だっから、あたしでもわかるかも……。もしも、抱いてくれたら、知っていることは教えるし、あんたの人探しに協力してあげてもいいわ。ただし、条件は……、わかっているでしょう……。さあ、二階に行きましょう」

 

 美麓はさらに媚びを込めて言った。

 だが、若者は耐えられなくなったかのように笑い出した。

 美麓は呆気にとられた。

 同時にこれだけ美麓が誘っても、その気にならない若者に腹が立ってきた。

 

「あんたって、もしかして、相手が男じゃないと駄目?」

 

 男を抱く趣味の男は珍しくない。

 よく見ればかなりの美形だ。

 顔立ちもまるで女のようだ。

 こういうやさ男は、もしかしたら、女よりも男が好みなのかもしれないと思った。

 それなら、もう、美麓の出る幕はない。

 さっさと席を立ち、宿屋に戻って寝るだけだ。

 

「ご、ごめんなさい……。だけど、理由を知れば、あんたも笑うと思うよ」

 

 若者は笑いながら言った、

 しかし、声は小さいが、その口調はがらりと違っていた。

 美麓の心に大きな疑念が生じた。

 

「わ、わたしも女よ……。あんたと同じで、面倒に巻き込まれたくなくてね……。わたしの名は沙那。探しているのは三人連れの女よ。宝玄仙という女主人と、その供の孫空女と朱姫──。なにか知らない?」

 

 沙那は言った。

 自分が誘おうとした男が、実は女だったことには呆れるとともに、美麓は驚いた。

 だが、美麓が驚いたのは、若者が沙那が女であったという事実だけではない。

 いま沙那が言及した探し人だという女三人に記憶があったのだ。

 こんな場所に堂々と美女三人の旅人がやって来るのは珍しい。

 その三人連れは、この小西天に来るなり、あっという間に有名な存在になった。

 半月も滞在していた美麓もよく覚えている。

 

「……その三人なら知っているわ、沙那。ここからしばらく進んだ土地に小雷音(しょうらいおん)と呼ばれる場所があるわ」

 

「それが?」

 

 美麓の言葉に、沙那の口調が急に熱を帯びたものになった。

 

「おそらく、その三人は、その小雷音を棲み処とする黄眉(おうび)という妖魔に囚われていると思う」

 

 美麓は言った。

 

 

「本当に――?」

 

 沙那が大きな声をあげた。

 美麓は三日前にこの店に立ち寄ったあの女三人の特徴を言ってみた。

 やはり、その三人は沙那が探したい連れの三人と同じのようだ。

 美麓がその三人の外見を思い出すままに口にするにつれて、明らかに沙那は興奮した。

 

「もっと詳しく教えてよ──」

 

 これまでの落ち着いた雰囲気が一変した沙那の興奮に美麓は驚いた。

 

「ちょ、ちょっと、落ち着きなよ、沙那……」

 

 美麓は言った。

 この店に入ってきた沙那は声色を変えて男のふりをしていたのだ。

 しかし、いまの沙那は、それをすっかりと忘れたかのように女の声に戻っている。

 頭に被っていたフードもとれて、紛れもない沙那の女の顔も露わになった。

 美麓は慌てて手を伸ばして、沙那の頭にフードを被せ直した。

 そして、周囲を見渡す。

 幸いにもこっちに注意を留めた者はいないようだ。

 しかし、もしも、ここにいるのが男ではなく、女ふたり──しかも、美女ふたりだとわかれば、必ずちょっかいを出そうとする男が現われる。

 あのときもそうだった……。

 

「ご、ごめんなさい……。でも、お願いだから教えて。わたしはその人たちに会いたいのよ。その小雷音とかいう場所はどこ?」

 

「悪いけど、あたしも知らないのよ。あたしも旅人で、たまたま東からやってきて、この町が気に入って長逗留しているだけのことだからね。でも、この先の小雷音に棲む黄眉という妖魔は、この辺りじゃあ、かなり有名な存在で、しばらく逗留していれば、嫌でも耳にする名よ。あんたの探している三人組の女は、確かにこの町にやってきたわ。そして、ある男と一緒にその小西天に向かうと言って立ち去った。それが三日前のことよ」

 

 美麓は言った。

 

「三日前……」

 

 沙那は呟いた。

 

「あんたの探し人を連れていった男は、後天袋(ごてんたい)という名で、この小西天じゃあ、誰でも知っている小悪党なの。ここにいたあんたの連れに適当なことを喋って、その妖魔に引き渡そうとしているのは、その現場に立ち合った者はみんな知っていた。黄眉はねえ、人間の美女を集めるのが趣味なのよ。それで、その美女を差し出した者には、その女に応じて礼金をたくさんくれるのよ。後天袋は、あの日もあんたの探し人の三人に声をかけていたわ……」

 

「もしかして、そのまま連れていかれたということ?」

 

「先に謝っておくわね。他人というのは本当に頼りにならないものね。その場にあたしもいたわ。ただ、気にも留めてなかった……。ああ、馬鹿な女たちが、後天袋の嘘に騙されているなあと思っただけよ。ここじゃあ、面倒に巻き込まれないために、余計なことに首を突っ込まないというのが当然なの。あたしも知っていて知らない振りをしていた。後天袋は、この店を出て、そのまま、あんたの連れをどこかに連れていった。その小雷音に棲む黄眉という妖魔に引き渡したに違いないわ」

 

 美麓は言った。

 沙那はとても驚いている様子だった。

 しかし、今度は取り乱したりするようなことはない。

 美麓の言葉をしっかりと噛みしめてなにかを考えているようだ。

 本来はかなり冷静な性質なのだろう。

 その冷静な沙那が、あんなに興奮するくらいに、その女主人との再会に対して必死なのだと思った。

 

 もっとも、美麓にはあの女主人のどこに、そんな魅力があるのか理解できないが……。

 あの女主人は、かなり変わった性質だった。

 沙那はあの女主人のことをご主人様とさっき呼んだから、女主人の連れだった孫空女や朱姫という女たちのように、あの女主人の供なのだろう。

 本当にあんなのに、もう一度好んで関わりたいのだろうか?

 美麓から見ても、あの女主人の供は、かなり理不尽な扱いを受けていたように思うが……。

 

「じゃあ、その後天袋を締めあげれば、ご主人様の行方はわかるわね──。ねえ、あなた、その男がどこにいるか教えてくれない?」

 

 沙那は言った。

 

「わかったわ。まあ、あたしも、関わりを持ったからには、あんたの人探しに協力するわ。だけど、とにかく、それは明日の朝からにしましょう。その後天袋がどこで暮らしているのかは知らないけど、あたしが泊っている宿屋に、いつも必ず朝飯を食べに来るわ。それを捕まえるのが一番いいと思う……」

 

「あ、ありがとう」

 

 沙那が頭を下げた。

 そのとき、店の者が沙那の注文したものを運んできた。

 美麓は店の者に声をかけて、二階を使うということを告げ、懐から銀粒を出して店の男に渡した。

 店の者はちらりと沙那を見て頷くと、店の主人にところまでそれを持っていった。

 しばらくすると、店の男が戻り、二階のひと部屋の鍵を美麓に渡した。

 美麓が渡したのは、二階のひと部屋を朝まで使う分の料金だ。

 これで明日の朝まで、二階を自由に使えるということだ。

 

「ここじゃあ、話もしにくいわ。二階を借りたから移動しましょう。あの夜に起きたことを話すわ」

 

 美麓が言うと、今度は沙那は逆らわなかった。

 飲み物の入った盃と瓶を持って沙那を促す。

 沙那がまだ手を付けていない食事を持って立ちあがる。二階にあがっていく美麓に沙那がついてくる。

 

 酔っ払いの何人かが、二階に向かう美麓と沙那に気がついた。

 連中は、美麓がこの半月、一度も二階に行かなかったのを知っている。

 二階は、この店の客が娼婦を買って抱く場所だ。

 そこに男のふりをしている沙那を連れていくことで、男色だと冷やかしたのだ。

 もちろん、放っておいた。

 

 歩きながら美麓は、こっそりと沙那の頼んだ水の瓶に小さな丸薬を入れた。薬はあっという間に溶けて水に混じる。

 無色無臭の即効性の薬剤だ。

 

「そう言えば、あんたの名を訊いていなかったわ」

 

 鍵についている札に書かれた番号の部屋の前で沙那が言った。

 

「美麓よ──。さあ、入って……。とにかく、食事をしながら詳しく話すわ。彼女たちのことをね……」

 

 美麓は言った。



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394 女戦士対女刺客

「孫空女が下着姿で踊った?」

 

 美麓(みろく)の話を聞いて、沙那は呆れたような声をあげた。

 小西天(しょうせいてん)という町にある居酒屋の二階だ。

 階下が居酒屋で、二階が娼婦を抱くための部屋なのだが、余分な代金を支払ってこの部屋をひと晩借りきっている。

 つまりは、明日の朝まで、ここを宿として使えるということだ。

 

 ここで男を漁るつもりだった美麓は、沙那という男装の女を誘ってしまい、その沙那とふたりだけでこの部屋にやって来たのだ。

 無論、美麓と沙那がここにやってきたのは性交が目的てはない。

 美麓が数日前にここで会った宝玄仙という妙な女の一行について教えてやるためだ。

 

 この沙那は、あの宝玄仙の供のひとりであったが、なにかの理由ではぐれてしまい懸命に追いかけてきたらしい。

 ふたりで部屋に入ると、美麓は宝玄仙たちのことについて、知りうる限りのことを美麓は沙那に語った。

 

 彼女たちが階下の居酒屋で起こした喧嘩──。

 孫空女の下着姿の踊り──。

 そして、後天袋が彼女たちに声をかけてそのまま夜旅で連れていってしまったことなどだ。

 おそらく、黄眉という亜人に囚われたに違いないとも言った。

 ただし、宝玄仙が悪ふざけをして、美麓の股ぐらを掴んで路銀を脅し取った一件だけは黙っていた……。

 

 沙那は、料理を口にするとともに、自分が買った瓶の水を口にしながら美麓の話に耳を傾けていた。

 食べてもいいと言った美麓の肉には手をつけようとしない。

 もしかしたら、用心をしているのかもしれないが、自分が口にする水の瓶を美麓に預けたのは失敗だろう。

 すでに美麓は、命に別状はないが一時的に昏睡状態にする毒を沙那が飲んでいる水の瓶に仕掛けている。

 さっきから平気でその水を口にしているから、すぐにでも毒の効果が沙那に発揮するはずだ。

 

 美麓は毒が効いてくる時間を稼ぐつもりで、沙那に宝玄仙たちについて話した。

 美麓が三日ほど前に出遭った宝玄仙たちの様子を語るのを沙那はずっと静かに聞き続けた。

 

 とにかく、あの宝玄仙たちは、この小西天にやってくるや、下の居酒屋で騒動を起こして、短い時間であっという間にこの町の有名人になったのだ。

 なにせ、女連れであることすら珍しいのに、三人とも大変な美女で、しかも十人の荒くれ男たちをあっという間に叩きのめしたかと思えば、次には、見物料をとって裸踊りに近いような芸をやって騒いだりしたのだ。

 

 滞在はわずか数刻なのに、いまでもあの孫空女の下着踊りはこの町の住人の口の葉に取り沙汰されるほどだ。

 結局、その後すぐに宝玄仙たちは、ここから少し行ったところにある小雷音という場所に棲む黄眉(おうび)という亜人のところに連れていかれた。

 黄眉は、美女ともなれば、次々に浚っては剥製にして飾るのが趣味だというとんでもない奴であり、この界隈では有名な殺人鬼だったが、この町にやってきたばかりで、なにも知らなかった宝玄仙たちは、騙されてそこに向かったのだ。

 彼女たちがどうなったか知らないが、正直に言えば、美麓はもう宝玄仙たちは死んでいると思っていた。

 

 沙那は冷静さは保っていたが、美麓にははっきりと沙那の興奮を見抜くことができた。

 どうやら、本当にあの女主人たちとの再会を望んでいて、はぐれてしまった彼女たちを懸命に追っていたようだ。

 しかし、残念ながらもう手遅れだろう……。

 

 後天袋(こうてんおう)という人拐(ひとさら)いは、この付近では有名な男だ。

 あのときは後天袋はたったひとりだったが、あれはただ、宝玄仙たちを油断させるためだけのもので、実は大勢の部下を抱えるこの町の顔役のひとりだ。

 美麓はもちろん、あの場にいた全員が知っていた。

 

 そして、宝玄仙たちが連れていかれたのは三日も前だし、彼女たちを連れていった後天袋がすでにこの小西天に戻っていて、取り巻きとともに羽振りよくしているのを美麓は今朝も見ていた。

 あの後天袋が美麓の泊っている宿屋に、毎朝食事をとりに来ることは本当だが、それは護衛の部下を引き連れてのことで、沙那がその後天袋をその場で取り押さえるなど無理だろう。

 宝玄仙が連れていかれた夜だって、ひとりで宝玄仙に接触した後天袋と離れて、護衛の数名も店の中にいた。

 宝玄仙をこのまま、騙して小雷音まで連れていくことが可能だとわかると、後天袋はこっそり護衛を追い払ったのだ。

 その仕草も美麓はしっかりと見ていた。

 

 いずれにしても、沙那には、美麓が宝玄仙たちを黄眉から救うことに協力するようなことを言ったが、実のところ、あの後天袋に連れていかれた三人がどうなったか、美麓には興味はない。

 美麓が考えているのは、もっと別のことだ。

 

 つまり、あのとき宝玄仙に持っていかれた路銀を回収することだ。

 別に致命的な損ではないが、あの場で大声で美麓が女であることをばらすと脅されて、思わず財を渡したことが、美麓は悔しくて仕方がなかった。

 それがこんなかたちで、早くも回収の機会がやってくるとは思わなかった。

 沙那には悪いが、女主人の不始末は供の不始末だ。

 いくらかでも回収させてもらう……。

 

「……だいたいのことはわかったわ、美麓。感謝するわ。それよりも、黄眉というのは、どういう存在なの?」

 

 沙那はさらに訊ねた。

 

「力の強い道術を遣うという話ね。噂によれば、人間の美女を剥製にして集めるのが趣味だという話ね。本当に許せないわ……」

 

 美麓は言った。

 後天袋は、そうやって女たちが次々に殺されているとわかっていながら、女をそこに浚っては連れていくのだ。

 後天袋も黄眉同様に卑劣な男に間違いない。

 もっとも、美麓には関係のない話だとは思っているが……。

 

 沙那は黄眉について、根掘り葉掘り美麓から情報を引き出そうとした。

 だが、美麓自身もそれほど詳しく知っているわけではない。

 知っていることは教えたが、それはそれほど多い情報ではなかったと思う。

 沙那はこれ以上、美麓から引き出せる情報がないと悟ったのか大きく頷いた。

 そして、懸命に思考を巡らすような仕草になった。

 

 それにしても美麓は、さっきから不思議に思っていた。

 なぜ、いまのところ、沙那はなんともないのだろう。

 美麓の最初の目論見では、沙那はとっくの昔に身体が動かなくなり意識を失っているはずだった。

 そして、眼が覚めるのは明日の朝だ。

 その間、美麓は沙那の持ち物から金目のものを回収する。

 沙那が眼が覚めたときには、もう美麓はいない。

 美麓の置手紙を残しておいて、あの女主人がしでかした不始末は知らせるつもりだ。

 だが、なぜか沙那は、少しも身体に異常をきたす様子がない。

 さっきから何度も水を口にしているようには見えるのだが……。

 

「じゃあ、最後にもうひとつだけ教えて、美麓……」

 

 沙那は言った。

 

「なに?」

 

 美麓は言った。

 沙那の身体が一瞬傾いた気がした……。

 次の瞬間、美麓は自分の背からどっと冷たい汗が流れるのを感じた。

 気がつくと、いきなり喉に沙那が横に置いていた細剣の先が突きつけられていたのだ。

 沙那が剣を抜いたのはかろうじて見えたのだが、あまりもの早業で反応することもできなかった。

 美麓だって、それなりに剣にもある程度の心得えがある。

 その美麓がなんの対応もできなかったのだ。

 沙那の剣技が並大抵のものでないことはそれだけでも理解できた。

 

「その瓶の水を手に取りなさい、美麓……。そして、飲み干すのよ。死にたくなければね」

 

 沙那は美麓の喉に剣を突きつけて、美麓から眼を離さないまま言った。

 

「な、なにを……?」

 

 美麓は笑おうとしたが、沙那はすっと剣先をさらに前に出した。

 喉につんと痛みが走って、美麓は結局、笑みを浮かべることができなかった。

 

「いいから、手に取りなさい、美麓。そして、全部飲むのよ……」

 

 沙那は言った。

 

「あ、あの……。あんた、もしかして、まったく水を飲んでなかった……?」

 

「そうね。あんたがこっそりと、なにかを水の瓶に入れたのは気がついていたわ。とりあえず、水を飲む素振りをして、その辺にこぼしただけよ」

 

 沙那はにっこりと笑って立ちあがると、左手で腰の横の部分を軽く触れた。

 そこがびしょびしょに濡れていた。

 どうやら、飲む演技をしていただけのようだ。

 そのことにも、まったく美麓は気がつかなかった……。

 

「わ、わかった──。わかったわ……。その瓶に入れたのは毒じゃないわ。ただの昏睡薬よ。命に別状はないわ。ただ、少しの間、意識がなくなって寝るだけよ」

 

「立派な毒じゃないのよ──。一体全体、どういう真似なの、美麓──?」

 

 沙那が詰め寄った。

 美麓は観念した。

 

「こ、降参よ。降参──。あんたから少しでも路銀を回収してやろうと思っただけよ。あんたの女主人から奪われた路銀をね……」

 

 美麓は声をあげた。

 

「ご主人様があんたの路銀を奪った?」

 

 沙那が眉をひそめた。

 美麓は剣を突きつけている沙那をじっと見た。

 

 隙はない……。

 大した遣い手だ。

 頭のおかしな魔女のくせに、宝玄仙には実にいい供がついている。

 この沙那といい、男十人を相手に瞬殺してしまう孫空女といい……。

 朱姫という小娘だって、ただ者でなさそうだった……。

 美麓は全身にびっしょりと汗をかいていた。

 こんな緊張など久しぶりだ……。

 

「ねえ、ご主人様があんたから路銀を奪ったっていうのはどういう意味よ?」

 

 沙那が剣先を美麓の喉に突きつけたまま言った。

 剣先は微動だにしない。

 おそらく、一瞬で沙那は美麓の喉を斬り裂ける。

 そして、そのことに、この沙那は少しも躊躇しないだろう。

 必要だったら容赦なく殺す……。

 そういう覚悟と意思がこの沙那からは感じられる。

 ある意味、美麓と同じ……。

 

「意味もなにもないわね。その言葉とおりの意味よ。あんたのご主人様は、あたしの股倉を掴んで、実は男だとこの場でばらされたくなければ、見物料を払えと脅して、あたしの路銀の半分を持っていったのよ」

 

 そして、美麓は詳しい顛末を沙那に語った。

 思い出しても本当に腹が立つ。

 あの変態女め……。

 

「ご主人様ったら……」

 

 沙那が大きく嘆息した。

 その一瞬の隙を美麓は見逃さなかった。

 美麓は自ら前に出て、喉を剣先に触れさせて、皮一枚分わざと斬らせた。

 自分の首からまとまった量の血が流れるのがわかった。

 

「うわっ」

 

 悲鳴のような声が沙那の口からあがった。

 美麓が自ら沙那の剣で自分を傷つけたことに沙那はびっくりしたようだ。

 たじろぎで沙那の剣が少し離れた。

 美麓はさっと身体ごと首を振った。

 流れ出る美麓の血が飛ぶ。

 沙那の口と鼻に美麓から飛んだ血が当たり、美麓の血の固まりが沙那の口に入るのを確認した。

 次の瞬間、沙那の顔が曇った。

 

「えっ……」

 

 沙那の腰が抜けてその場に崩れ落ちる。

 すかさず、美麓は、沙那の手に握られたまま床に落ちた剣を踏みつけた。

 

「あたしの血はただの血じゃないわ……。あたしの全身の体液には、毒が混じっているのよ。あたしの血を舐めれば、全身の力が抜けるわ……。残念だったわね」

 

 美麓は沙那の右手を蹴飛ばして、剣を遠くに離した。

 その反動で沙那が倒れ、背後にあった寝台にもたれかかるかたちになった。

 

「し、しくじったわ……。というか、血そのものが毒でもあるだなんて……。あ、あんた、何者なの?」

 

 沙那が悔しそうな顔をした。

 全身がすでに弛緩したのか、寝台にぐったりと身体を預けている。

 両手は力が抜けた状態で身体の横に置かれている。

 

「あたしの二つ名は毒遣いの美麓。これでも一流の殺し屋よ……。あたしの体液はあたしの意思で毒に変えられるのよ。血だけじゃなく、愛液で男を殺すこともてきるわ。まあ、いまは休業中だから、あんたのことを殺しはしないわ。あんたの女主人が奪ったものを少しばかり返してもらうくらいで勘弁してあげる……」

 

 美麓は沙那に近づいた。

 しかし、いきなり、その沙那の右手が美麓に伸びた。

 

 経絡突き──?

 

 一瞬で美麓は悟った。しかし遅かった……。

 すでに沙那の指は強く美麓の下腹部に喰い込んでいる。

 油断した……。

 完全に手足は弛緩していなかったようだ。

 今度こそ、沙那は最後の力を使い果たしたかのように右手をぐったりと落とした。

 

「な、なにしたのよ、沙那──?」

 

 美麓が身体に異常を感じたのはすぐだった。下腹部がもの凄く熱くなる。思わず両手を股間にやった。

 しかし、布が股間を擦って、そこから大きな快感が沸き起こり、思わず声をあげそうになった。

 

 みるみるうちに股間から蜜が溢れてきているのがわかる。

 なんだこれは……?

 全身があっという間に火照る……。

 この感覚は異常だ。全身から脂汗のようなものが噴き出す。

 

「あ、あんた……」

 

 美麓は沙那を睨みつけた。

 自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。

 快感が増幅する経絡を打たれた?

 それしか考えられない。

 

 経絡というのは、絡脈ともいって、つまりは、身体の中の気血榮衛の通り道のことだ。

 身体の気を操作するつぼは八百ともいわれ、それを正確に突くことで、相手の呼吸でも血でも、五臓六腑でも自在に操作できるという。

 沙那がその技の持ち主とは知らなかったが、沙那はよりにもよって、美麓の快楽を活性化させる経絡を打ったのだ。

 

「……あ、あたしの身体の感度をあげる経絡を突いたわね──。この変態……」

 

 美麓は思わず股間を押さえながら言った。

 腰に力が入らない……。

 膝が笑うようにがくがくとする……。

 

「へ、変態は酷いわねえ……。し、仕方ないじゃないの。手に届く経絡はそこしかなかったんだから……。そ、それに、その経絡は普通はそんなに効きはしないわ。あんたがもともと淫乱だから、淫情が暴発したような感じになるのよ──」

 

 沙那が怒鳴り返した。

 美麓は舌打ちしたが、とりあえず命に別状のあるような経絡を打たれたのではなくて安心した。

 自分の首に手をやって血を指に塗る。

 その指を沙那の口の中に入れる。

 

「ううっ……」

 

 沙那が呻き声のようなものをあげた。美麓には、もう沙那の身体が完全に弛緩したのがわかった。

 今度こそ、完全に美麓の血の毒が沙那の身体に入ったようだ。

 美麓は沙那から離れると沙那の荷を探った。

 手頃な布があったから、まずはそれを喉に巻いてとりあえず血を止める。

 次に布の横にあった縄を手に取る。

 

「なにをする気よ?」

 

 縄を持って近づくと沙那が睨んだ。

 美麓は返事をせずに沙那の身体を反対に向かせて、両手を後手に縛った。

 そのまま、担ぎあげて寝台に載せる。

 そして、沙那を寝台に仰向けに横たえると、沙那の下袴に両手をかけた。

 

「な、なにすんのよ、あんた──」

 

 美麓が沙那の下袴を脱がそうとしていることに気がついた沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「なにって、責任とってもらうわよ。こ、こんなんじゃあ、歩けないじゃないの……。どうしてくれるのよ」

 

 美麓も怒鳴り返した。身体の疼きはどうしようもないものになっている。

 淫情を暴発させる経絡を打つなど、本当にとんでもないことをする女だ。

 お陰で美麓の身体は快感が暴発して、いまは服を着ていることもうっとうしいほどだ。

 身体を動かすたびに全身の敏感な場所が布で擦れて、そこからどんどん疼きが走るのだ。

 こんな状態じゃあ、部屋の外に出られない。

 沙那の下袴を足元から抜く。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……。わ、わかったわ。経絡を打ち直す。身体を元に戻すわ。冷静になってよ、美麓」

 

「待たないわ──。ああ、もういい。どうせ、今夜は手頃な男を見つけて愛し合うつもりだったのよ。こうなったら、あんたでもいいわ」

 

 美麓は沙那の下着に手をかけた。

 

「ま、待ってたらぁ──」

 

 狼狽えた様子の沙那から下着を抜く。

 沙那は上半身に服を着て、下半身はすっぽんぽんという姿になった。彼女の顔が羞恥で真っ赤になる。

 それが可愛らしくて、美麓は思わず笑みをこぼした。

 

 沙那の状態をもう一度、確かめた。

 身体は完全に抵抗の力を失くしている。

 それを確認すると、美麓は自分の服を脱ぎ出した。

 服を脱ぐと欲情した自分の体臭がむわっと溢れて、思わずむせ返りそうになった。

 胸に巻いていた晒しを解き、そして、下着も脱ぐ。

 全裸になると美麓は沙那の身体に覆いかぶさり、今度は沙那の上衣に手をかけた。

 すると沙那の顔が引きったようになった。

 

「ね、ねえ、本当にわたしを抱くの? あんたも女同士でもいいの?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「こうなったら女でもいいわ……。まあ、考えてみれば、この辺りじゃあ、男よりも女の方が安心かもしれないし……」

 

 美麓はそう言って、どんどん沙那の上衣をくつろげていく。

 

「わ、わかったわ。相手をする……。相手をするからひとつだけお願いをきいてよ」

 

「お願い?」

 

 美麓は上衣を左右に開いた。

 

「うわっ、どうしたの、これ?」

 

 沙那の乳房は晒しで巻いて膨らみを潰していたが、美麓が声をあげたのはそれが理由ではない。

 沙那の上半身には惨たらしい鞭痕がたくさんあったのだ。

 しかも、ひとつふたつじゃない。

 それこそ、上半身全部にわたっており、どうやら、それは背中にも至っているようだ。

 

「……こ、これは、あの女主人の仕業?」

 

 思わず言った。

 そんな風に女の供の身体を傷つけるようには見えなかったが、実は供を家畜のように扱う残酷な女主人だったのだろうか……?

 

「ち、違うわよ。これはちょっとしたことで受けた拷問の傷よ。わたしがご主人様たちとはぐれる原因にもなったね……。いずれにしても、ご主人様は、わたしたちの身体だけは大切にしてくれるわ。傷つけたりすることだけはしないわ。それ以外はともかくとして……」

 

 沙那が言った。

 

「ふうん。まあいいわ。じゃあ、早速、愉しみましょうよ、沙那」

 

 美麓は沙那の晒しを解いて露わになった沙那の乳首に口を寄せた。

 

「ちょ、ちょっと待ってたらあ──。ちゃんと、相手するから……。その前に、これを解いてよ。そして、解毒剤をちょうだい。これじゃあ、あんたに奉仕できないわ」

 

 沙那が言った。

 

「へえ、相手してくれる気になったの?」

 

 美麓は少しだけ迷ったが、脱ぎ捨てた自分の服の内袋から薬を出した。

 大抵の毒薬や解毒剤は肌身離さず持っている。

 美麓はその解毒剤の錠剤を沙那の口元に近づけた。

 

「本当に相手してくれるのね、沙那? また、面倒な闘いになるのは嫌よ」

 

「もう、諦めたわよ……。それから、わたしの荷の下側に貴重な魔草の束が隠してあるわ。それを売ればかなりの財に変えられるはずよ。それをご主人様がやったことの償いにあげる。それに、あなたのお相手もする。その代わり、黄眉という亜人から、ご主人様たちを助け出すのを手伝って」

 

「まあ、考えておくわ」

 

 美麓は沙那の口に解毒剤を放り込んだ。



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395 主人の罪は供の罪

「ねえ、口づけさせてよ……」

 

 沙那の頬に頬をつけ、乳房と乳房を重ねあわせるように寄せ、そして、股間の土手と土手を擦り合わせてくる美麓(みろく)が、沙那の耳元でささやくように言った。

 

「い、嫌よ──。な、なに言ってんのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 そして、近寄ってくる美麓の唇を賢明に避ける。

 すると、美麓は笑いながら、その唇を沙那のうなじに移動させた。

 ぞくぞくという官能の疼きに、沙那は甘い声をあげて身体を悶えさせた。

 美麓が一層激しく身体を沙那に擦りつけてくる。

 そして、裸身全体で身体の敏感な部分を激しく擦られた沙那は、たちまちに官能の芯を燃えあがらせてしまい、悲鳴のような声をあげて全身を震わせた。

 

 だが、その美麓も、いつの間にか余裕のない様子で大きな声をあげて、沙那にぐったりと身体を預けるようにしてきた。

 そして、お互いに乳首を弾き合い、接吻をするように合わせた女陰をまさぐり合い続けた。

 沙那はいつしか、火に炙られたように全身を熱くさせていた。

 

 毒遣いの美麓……。

 この男装の女は自らその二つ名を口にして、自分は殺し屋だと告げた。

 おそらくそれは真実なのだろう。

 この女が、自分の体液そのものを毒液に変化させることを武器にしている殺し屋だというのは本当に違いない。

 

 自ら沙那の剣先に首を当てて、故意に首の皮を斬った度胸、そして、首から滴る血を見事に沙那の口に飛ばした動きは、美麓が常人ではないというのを推し量って余りある。

 なによりも美麓の血を舐めた瞬間に、沙那の身体は砕けるように力を失った。

 それこそ、この女が毒遣いの美麓という二つ名に相応しい女傑であるという確かな証しだ。

 

 なんとか偶然に出遭ったこの女殺し屋を味方につけて、黄眉(おうび)とかいう妖魔、すなわち亜人に捕らえられたらしい宝玄仙たちを救いだす──。

 沙那が考えたのはそれだ。

 

 美麓の話によれば、宝玄仙や孫空女や朱姫が、後天袋(こうてんおう)という男に騙されて、黄眉に引き渡されてから二日は経っているはずだ。

 そして、この小西天から黄眉のいる小雷音までは約一日の距離のようだ。

 

 黄眉──。

 

 人間の美女を殺して剥製にすることを趣味に持つ、大きな霊気を持った亜人だという。

 亜人、つまり、妖魔だ。

 この地域から西では、あまり、妖魔という言葉は使わず“亜人”というらしい。

 その亜人に宝玄仙が捕らえられていれば、少なくとも沙那が駆けつけるまでに、最低三日はその亜人の支配下のままでいなければならないということだ。

 そして、その時間は長くなることはあっても短くなることはない……。

 

 もしかしたら、美しい女を剥製にするのが趣味だという黄眉に、宝玄仙たちがもう殺されている可能性もあることはわかっている。

 急がなければならないことも認識している。

 本当は、いまこうやっている瞬間にも、宝玄仙たちを救いに駆けつけたいのだ。

 しかしながら、なんの策もなしに、黄眉の棲み処の屋敷に飛び込んでも、宝玄仙たちを救うことはできない。

 沙那が救援の態勢を整えるまで宝玄仙たちが生き延びてくれることは、ただそれを信じるしかない。

 

 だから、沙那なりになんとか、この美麓を味方にしようとしているのだ。

 美麓というのは、それなりに情報も持っているし、只者ではない。

 そういう意味では、力になってくれればこれほど強力な助っ人はない。

 だからこそ、時間がないとわかっていながら、美麓が求める性愛の相手をしているのだ。

 そうでなければ、宝玄仙たちが捕えられているという危機にも関わらず、こんなに離れた場所で、呑気に見知らぬ女の性の相手などしない……。

 

 とにかく、なんとしてもこの美麓には、宝玄仙たちの救出の力になってもらう……。

 沙那は美麓の責めに、我を忘れるほどの快感を覚えながら、それを強く思い続けた。

 それはともかくとして、沙那は美麓と身体を合わせながら、美麓の体液を口にしないように気をつけていた。

 得体の知れないこの女の唾液など啜ろうものなら、今度はどんなことになるかわかったものじゃない……。

 

「いいじゃない、沙那……。あんたの女主人を救出するのに協力するからさあ……」

 

 美麓の口が沙那にまた口に迫る。

 沙那は首をねじって懸命にそれを避けた……。

 だが、今度は美麓が沙那の両肩を押さえて、執拗に追ってくる。

 

 これは絶対になにかある。

 このしつこさは普通じゃない。

 

「そ、それよりも、いい加減に縄を解いてよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 性愛が始まってから美麓は、後手に縛った沙那の手首を解こうとしないのだ。

 沙那の両手はいまだに背中側で縛られている。

 

「口づけさせてくれれば解くわ……」

 

 美麓が笑いながら言った。

 そして、沙那の頭を腕で挟むようにして強引に固定した。

 美麓が無理矢理に沙那の唇に唇を合わせる。

 沙那は懸命に口を閉じることで美麓の舌の侵入を阻んだ。

 

「結構、しぶといわねえ」

 

 美麓が口を離して呆れたように声をあげた。

 

「あ、あんたこそ、しつこいわよ」

 

 沙那も叫び返す。

 

「だって、あたし、口の中を刺激されるのが好きなんだもの」

 

「い、や、よ──」

 

「あっ、そう……。じゃあ、もう少し責めようっと……」

 

 美麓がさらに股間を沙那の股間に押しつけてくる。

 生暖かい美麓の股間の繊毛が沙那の無毛の土手に触れてくすぐられる。

 美麓の女陰の感触が沙那の女陰を強く揉むように加わったときには沙那は悲鳴をあげて、身体を暴れさせた。

 さらに、乳房と乳房がぶつかり合い乳首が絡み合うように互いを擦り合うと、もうなにがなんだかわからなくなる程、全身が脱力感に襲われた。

 いつの間にか、全身の官能という官能が燃えさかり、沙那はたちまち煽られて、無意識に自分も腰を突きあげるように美麓の股間に股間を押しつけていた。

 

「あはあっ」

 

 美麓もまた感極まった声をあげた。

 しばらくの間、沙那と美麓はお互いの裸身を波打たせて擦りつけ、全身を汗まみれになって悶え合った。

 だが、後手に縛られている沙那に対して、両手が自由である美麓は、頬を擦りつけ、乳房を擦りつけ、お互いの股を狂ったようにまさぐり合いながらも、さらに沙那の全身のあちこちを指で愛撫を加えていく。

 追い詰められるのは沙那が早いのは当然だった。

 

 沙那は息が止まるような快感のうねりにずっと留まったままでいた。

 もう自分がなにをしていて、どういう状況なのかだんだん認識できなくなる……。

 女陰が重なっている部分は、もうすっかりとふたりの愛液でまみれていた。

 沙那は太腿を締めて自分を苛めてくる美麓の太腿を咥えこんだり、あるいは、自分が腰をうねって女陰の擦りつけを強くしたりした。

 すると美麓もまたそれをやり返してくる。

 沙那は、責められながら美麓を責め、美麓を責めながら責められてもいた……。

 

「だ、だめ、いく、いく、いく、いくっ」

 

 沙那は訳もわからず叫んだ。

 大きな官能の波がやってくる。もう我慢できない。

 

「あ、あたしももう我慢できないよ……。い、一緒にいって、沙那……」

 

 美麓が喘ぎながら沙那の耳元で声をあけた。

 それと同時に、まるで、いたずらでもするように、美麓の指の一本が汗まみれの沙那の双臀の亀裂をつっと辿って菊門の中に挿された。

 

「ひぐうううっ──」

 

 肛門に深く挿された美麓の指がぐりくりと動く。

 爆発するような快感が尻の穴から子宮に移動し、沙那はあっという間に快感の頂点に引き揚げられた。

 仰け反らせた沙那の身体をしっかりと美麓が抱きしめた。

 沙那の狂態に合わせるように美麓がまるで自慰をするかのように沙那の土手に自分の土手を激しく擦りつける。

 

「ま、まって、あたしもいくっ、いく──あ、あたしも──」

 

 美麓もまた叫んだ。

 ふたりで全身を擦り合わせてながら沙那は美麓の身体が小刻みに震えるのを感じた。

 沙那もまた、全身に走った大きな痙攣を止めることができない。

 

「あはあっ──」

「はああぁ──」

 

 ふたりで叫んでいた。

 大きな絶頂の衝撃が沙那だけではなく、身体の上の美麓にも加わっているのが沙那にはわかった。

 美麓の唇が沙那に迫った。

 今度は拒否することができなかった……。

 

 沙那は自分の口の中に入っていた美麓の舌をむさぼるように吸った。

 そして、自分の舌で美麓の舌を擦りあげて、さらに口の上側を刺激する。次に舌の下側……。

 また、舌の先……。

 舌で相手の口の中を愛撫するやり方は宝玄仙に叩き込まれている。

 ほとんど意識をしないで勝手に舌が動くほどだ。

 その沙那の舌技で美麓が吠えるような悲鳴を沙那の口の中であげた。

 

「ほおおっ」

 

 美麓はそのままいったのではないだろうか……。

 沙那の口づけを受けながら再び美麓の全身がぶるぶると震えた。

 しかし、沙那はだんだんと自分の視界がぼんやりとぼやけていることに気がついた。

 

 いや、それだけじゃない……。

 部屋が曲がっている。

 なにもかもぐんにゃりとして揺れる。

 自分の身体が宙に浮かぶような錯覚に陥る……。

 

 全身が熱い──。

 乳首、肉芽、女陰、そして、いま指で刺激されている肛門……。

 そこが猛烈に焼ける。どんどん感度があがっている。

 

 なんだこれは?

 身体が飛翔する……。

 なにがあがってくる。

 

「あはああっ──」

 

 沙那は吠えた。

 理性が飛ぶ。

 

 やっぱり……。

 なにが起こったのかかろうじて予測できた。

 美麓の唾液だ……。

 かすかに残る沙那の理性がそう告げた。

 

 この感覚は数回の記憶がある。

 宝玄仙に媚薬を無理矢理に飲まされたことがある。

 そのときの感覚だ……。

 

「い、いぐうっ」

 

 沙那は悲鳴をあげていた。

 肛門で動かされ続ける指からもの凄い快感が込みあがったのだ。快感が走るのは肛門だけではない。

 触れられていない全身のあちこちから大きな愉悦の疼きが暴発するように走った。

 

 沙那は二度目の絶頂を晒していた。

 いつの間にか美麓にまた唇を重ねられていた。

 さらに快感がおかしくなる。

 

 また、宙に浮かぶ……。

 熱い……。

 

 焼ける……。

 怖い……。

 

 疼きが止まらない……。

 全身がおかしくなる……。

 この感覚は怖い……。

 

「すっかりとあたしの唾液が効いてきたわね、沙那。あたしの唾液は強烈な媚薬なのよ……。もう縄はいらないようね……。じやあ、朝まで愉しみましょう……」

 

 どこかで誰かが言っている。

 それが誰なのか沙那は知覚できない。

 

 とにかく気持ちがいい。

 背中で縛られていた両手が自由になった。

 腕にまとわりついていた上衣が抜き取られる。

 沙那は夢中で自分の身体の上にいた誰かの裸身を抱き締めた。

 頭が真っ白になって、なにがどうなってもいい気分だ。

 

「さあ、あたしもいい気持ちにさせて、沙那……」

 

 自由になった手を眼の前の女の股間に誘導された。

 沙那はそこにあった女の股をねっとりと揉みあげた。

 肉芽を摘まみ。そこを刺激しながらたっぷりの淫液に指をほぐして、女陰に挿し込み、中にあるさらざらの丘のような場所を刺激する。

 どこをどうすれば相手が悦ぶかということは沙那の頭に入っている。

 宝玄仙に教え込まれたのだ。

 沙那が刺激を与えている女の身体が仰け反った。

 それをもう片方の手で抱え込んで逃げるのを防いだ。

 そして、とどめを刺すように指で与える刺激を強くする。

 

「あはああっ」

 

 女が叫んだ。

 それと同時にその女の手が沙那の股間にも伸びた。

 

 限界まで熱くなっている股間がその一撃だけで崩壊した。

 

「あひいっ、いくううっ──」

 

 沙那は叫んでいた。

 同時に女も快感の頂点に到達したような悲鳴をあげた……。

 

「す、凄いわ、沙那……。あ、あんたって、最高──」

 

 絶頂の余韻に身体を震わせながら沙那は、自分にかけられるその声を聞いた。

 また唇が重なる。相手の唾液が口に注がれた。

 

 身体が熱くなり、全身が宙に浮いた……。

 

 

 *

 

 

「気持ちよかったわ、沙那……。ありがとう」

 

 声がかけられた。

 それで沙那は我に返った。

 どうやら、眠っていたようだ。

 

 最初に視界に入ったのは、どこかの部屋の天井だった。

 一瞬、ここがどこだか理解できなかったが、やがて、ここは小西天という町の居酒屋であり、その二階の貸部屋の一室だということを思い出した。

 

「呆けちゃって……、可愛いわね、沙那……。あんたって声も大きくて、反応も激しいから、すっかりとあてられちゃたわ……。まあ、お陰で満足できたけどね……。ひと晩でこんなにいったのは初めてよ……。あたしったら、十回は達したと思うわ……。まあ、もっとも、あんたって、その三倍はいったみたいだけどね」

 

 寝台の横に座っている人物が言った。

 沙那は、仰向けに身体を横たえたまま、その声の方向に視線を向けた。

 最初は男かと思った。すっかりと身支度を整えているその人物は若い男の姿だ。

 

 だが、違和感がある……。

 すぐに記憶が蘇った。

 

 美麓……。

 

 その名が不意に頭に浮かんだ。

 そして、やっと記憶が繋がった。

 そう言えば、この部屋で美麓という女と愛し合ったのだ。

 ふと見ると窓の外が白々と明るくなっている。

 どうやら、ひと晩中抱き合い、いつの間にか朝を迎えていたようだ。

 沙那は身体を起こそうとした。しかし、なにかに阻まれて寝台に戻された。

 

「な、なに?」

 

 自分の腕がなにかに引っぱられたのだ。

 縄……?

 

 右の手首に縄が結ばれている。それが寝台の隅に繋がっていた。

 そして、驚愕した。

 右手首だけじゃない。

 左手首も拘束されている。

 さらに両脚も──。

 沙那は四肢を大きく拡げて、それぞれの手首足首を縄で縛られて、寝台の四隅の方向に拘束されていた。

 しかも、全裸だ──。

 

「こ、これは、どういうことよ、美麓──」

 

 沙那は縄を揺さぶって叫んだ。

 だが、美麓は笑いながら、沙那が昨夜着ていたものを沙那の脚の間に放り投げた。

 

「着るものはここに置いておくわよ、沙那。この部屋はひと晩借りきっているから、簡単には店の男は顔を出さないと思うけど、あんまり、縄抜けに時間をかけるようなら、様子を見に来ると思うわ。だから、頑張って縄抜けしてね」

 

 美麓が言った。

 

「な、縄抜け?」

 

 沙那はびっくりした。

 どうやら、沙那をこのまま放置していく気配だ。

 慌てて四肢に力を入れてもがいた。

 しかし、縄はびくともしない。

 さっと頭から血が引くのがわかった。

 

「ま、待ってよ、美麓──。ま、まさか、あんた、わたしをこのままにしておくつもり?」

 

「まあ、女主人の不始末は、供の不始末……。これですっかりとあたしの溜飲も下がったというものよ……」

 

 美麓は笑った。

 いつの間にか、沙那の雑嚢を手にしていて、中を探っている。

 

「ちょっと聞いてるの、美麓。悪い冗談はやめてよ。これをほどいて──」

 

 沙那はもがいた。だが、美麓は素知らぬ顔だ。

 

「へえ……。なかなかにいいものを持っているじゃない。これは、烏金草(うきんそう)の束じゃないの。しかも、これだけの良質の魔草を大量に……。これなら、あんたの女主人に奪われたものを補って、遥かに余りがあるわね。ありがたく貰っておくわ。ついでに、幾らかあった路銀ももらうわね……。じやあ、感謝するわ、沙那」

 

 ほとんど空になった沙那の雑嚢が、沙那の足元に放られた。

 美麓は沙那の路銀の袋と烏金草という貴重な魔草の束をしっかりと手に握っている。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。確かに、それをあげると言ったけど、それは、ご主人様を助けるのに協力するという条件よ、美麓。あんた、協力するって、わたしと約束したじゃないのよ──」

 

 沙那は仰向けのまま叫んだ。

 

「協力するとは言っていないわ……。考えると言っただけよ」

 

「い、言ったわ──。お互いに抱き合いながら、何度もあんたは言ったわよ」

 

 確かに言った。快感に酔いながらも、美麓が何度も宝玄仙の救出に協力すると耳元でささやいたのを覚えている。

 

「覚えてないわねえ……。まあ、いずれにしても、あんたも冷静になりなよ、沙那。なんで、あたしが赤の他人を助けるために、怖ろしい力を持った亜人と戦わなければならないのよ──。そんな義理はまったくないわね」

 

「ふ、ふざけないでよ──。そのために、あんなことを……」

 

「なに言ってんのよ。あんたも気持ちよかったでしょう? とにかく、これはあんたの女主人があたしにやったことへの腹癒せよ。生まれてこの方、あんなに悔しかったことはないわ……。もう、黄眉に殺されて剥製にでもなっていると思うけど、万が一、あんたの女主人に再会することがあったら伝えておいてよね。この毒遣いの美麓を舐めるなってね──」

 

「あ、あんた──、しょ、承知しないわよ──。ま、まさか、本当にこのままにして、行くつもりじゃないでしょうねえ──。せめて、縄くらい解いていきなさいよ」

 

 沙那は叫んだ。

 このまま放置されるなど冗談じゃない。

 

「縄をほどいたら、あんたは脅してでも、あたしを黄眉との対決に巻き込むでしょう? そうはいかないわ。縄は頑張ればほどけるくらいに緩くしているわよ。冷静になって時間をかければ、きっと脱出できるわ」

 

「緩くって……。し、しっかり結んでいるじゃないのよ……。ねえ、お願いだから解いていってよ……。もう、わかったから」

 

 沙那は声をあげた。

 とにかく、哀願でも嘘を並べてでもいいから、縄をほどいてもらう。自由になりさえすれば、こっちのものだ。

 剣を突きつけてでも、仲間の救出に協力させる──。

 もう、時間はないのだ。

 だが、まるで沙那の心を読んだかのように、美麓の顔がにやりと微笑んだ。

 

「そうね……。あんたのことだもの……。普通じゃあ、縄抜けもそれほど時間はかからないわね……。じゃあ、ちょっとした贈り物もあげるわ」

 

 美麓が意味ありげな言葉を口にすると、ふところからなにかを取り出して沙那の顔の上に示した。

 それは小さな鈴だった。

 短い紐が繋がっていて、反対側に小さな吸盤のようなものがある。

 

「な、なによ、それは……?」

 

 嫌な予感がした。

 

「町で買ったちょっとした霊具よ。あたしのような道術のない者でも使えるものだから、大したことのない玩具なんだけど……」

 

 美麓がいやらしい笑みを浮かべたまま、軽く一度鈴を振った。

 ちりんを音がしたかと思うと、糸の反対側の吸盤がいきなりぶるぶると振動をしはじめた。

 沙那は呆気にとられた。

 そして、吸盤はしばらくの間、振動を続けてから、やっと動きを止める。

 

「な、なに?」

 

 沙那は目を丸くした。

 

「さて、質問よ、沙那……。これをあたしは、沙那のどこに装着するでしょうか?」

 

 美麓が愉しそうに笑いながら、その吸盤付きの鈴をすっと沙那の股間に近づけていく……。

 

「う、うわっ──。や、やめるのよ──。み、美麓……。や、やめなさい──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 美麓がおかしな鈴の霊具を沙那のどこに装着しようとしているかわかったのだ。

 沙那は必死になって腰を動かして、吸盤が股間に触れるのを避けようとした。

 だが、そんな沙那を美麓がせせら笑った。

 

「はい、正解──。そんなに腰を振っても無駄よ、沙那……。これの装着は簡単なのよ。ただ、吸盤を密着するだけで……」

 

 美麓の指が沙那の股間に触れ、肉芽を剝き出しにした。

 その肉芽にひんやりとした感覚が伝わる。

 同時に肉芽がなにかにきゅっと摘ままれる感触がした。

 

「ひゃあっ」

 

 沙那は思わず叫んだ。

 吸盤が沙那の肉芽に吸いついたのだ。

 

「じゃあ、あたしは行くわ。音を鳴らさないように縄抜けしてね……。だけど、あんまりゆっくりする暇もないわよ。多分、朝食の時間くらいになれば、店の主人が様子を見に来ると思うわ」

 

 美麓がそう言い残すと、手に烏金草の束と沙那の路銀の入った袋を持って戸に向かって歩いていった。

 

「ま、待ちなさいったら、美麓──」

 

 沙那は美麓に顔を向けて絶叫した。

 しかし、その瞬間に股間に鈴がちりんと音を立てた。

 吸盤が振動する。

 たちまちに大きな愉悦が沙那に襲いかかってくる。

 

「あふうっ」

 

 沙那は叫んだ。

 そして、振動で受けた衝撃で腰が揺れ、鈴がまた鳴る。

 その音で吸盤が反応して振動が続く。

 沙那は自分の陥った悪循環に気がつかないではいられなかった。

 吸盤の振動を止めるには腰が動くのをとめなければならない。

 しかし、吸盤が動き続ける限り、その振動が肉芽に伝わり、敏感で感じやすい身体を持つ沙那には腰をとめられない。

 

 そして、自分の腰がとまらないから、ちりんちりんと鈴がいつまでも鳴り続ける。

 音が鳴りやまないのでいつまでも振動を受けることになる。

 沙那は堪らず、身体を仰け反らせた。

 その動きでさらに鈴が鳴る。

 そして、吸盤はいつまでも肉芽に快感を伝え続ける……。

 

「あらあら……。感じやすいのはわかるけど、そんなに暴れ回ったら、音が鳴りやむ暇がないんじゃないの……。まあいいか……。せいぜい頑張ってね、沙那……。あっ、そうだ。これくらいならいいか……。あんたが探している後天袋という男はこの町の顔役のひとりよ。あたしじゃなくても、誰に聞いても知っているわ……」

 

「ま、待って……あっ、あああっ、ま、待ちなさい、あああっ」

 

「ふふふ……。もっとも、そうやってよがり狂っていないで人が来る前に縄抜けしないと、そのまま、後天袋に連れていかれるかもしれないけどね……。なんせ、美女とみれば、容赦なく黄眉に差し出すために、あの手この手で浚っていくような男だしね。この町には法もなければ、非道を取り締まる者もいないのよ。弱肉強食の世界よ」

 

 それで最後だった。

 美麓が戸を開けて外に出て行く気配を沙那は感じていた。

 

「あはあっ」

 

 しかし、それよりも、沙那はいまこの瞬間の吸盤の振動と戦わなければならなかった。

 吸盤の振動を止めるためには、肉芽に受ける振動によがり狂って、自分の身体が動くのをとめなければならない。

 だが、どうしてもそれができないのだ。

 

 このまま達してしまいそうだ……。

 でも、一度達したら最後、自分の身体が際限のない絶頂地獄に陥る気がする。

 いや、絶対にそうなる。

 いってはいけない──。

 

 それより、縄を……。

 沙那は寝台の四隅に引っぱられた四肢を突っ張らせて、肉芽に襲ってくる官能の衝撃に懸命に戦い続けた。



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396 白昼の美女狩り

「よう、お愉しみだったかい、美麓(みろく)?」

 

 一階に降りると、居酒屋の亭主が声をかけてきた。

 ちょうど朝飯を食べていたところのようだ。

 残っている客は少なく、ほとんどの卓は空いている。

 その中の卓のひとつで亭主は簡単な料理と麦餅を口にしていた。

 

 亭主の物言いに皮肉な口調はない。

 この店にはいろいろな性癖の人間がやって来る。

 別段、男同士で愛し合おうとこの亭主はなんの感慨も持たなさそうだ。

 美麓も男姿だし、沙那も男の格好をしていた。

 ふたりで二階の部屋を借りて、ひと晩中降りてこなかったことで、美麓と沙那は男同士で性愛をしたと思われただろう。

 もっとも、実際には女と女なので、真実も誤解も大して変わりはしないが……。

 

 一階の居酒屋は、もう客もまばらだった。

 数名残っている客も完全に眠りこけている。

 起きているのは眼の前の店の亭主ひとりだ。

 すでに早朝であり、ほとんどの酔客はそれぞれの家に戻ったか、あるいは、美麓たちのように二階の貸部屋で情事を愉しんで、まだ寝ているかだろう。

 昨夜にはたくさんいた娼婦の姿もいまはない。

 

 美麓は、このままねぐらにしている宿屋に戻るつもりだった。

 だが、ふと、思い直して手にしていた小袋から銀貨を一枚だけ取り出して、店の亭主の前に置いた。

 銀貨の刻印は削り取られていてない。

 この周辺の外縁地域で通用しているもので、もともとはどこかの国の正式の銀貨だったのだろう。

 この辺りでは、こういうものの額面を潰して銀が含まれている金属としての価値で取り引きに使われている。

 

「これは?」

 

 亭主が美麓を見た。

 

「昨夜、使っていた部屋を夕方までそのままにしてくれないかい。昨夜は張りきっちゃたんで、もうひとりはすぐには起きてこないと思うんだ。とにかく、中の人間が出てくるまで放っておいてくれよ」

 

 美麓は男言葉で言った。

 沙那のあの様子では、縄抜けに本当に時間がかかるかもしれない。

 手首と足首を拘束している結び目は、どんなに頑張っても絶対に縄抜けは不可能だ。

 そういう風に結んである。

 しかし、逆に寝台側の結び目のひとつだけは意図的に緩くしてある。

 沙那が冷静になれば、それはわかるはずだ。

 もっとも、あの感じでは、冷静になるのは難しそうだったから、万が一のため、夕方までの時間を確保してやることにした。

 どうせ、亭主に渡したのは手にしている小袋に入っていたものであり、この小袋はもともと沙那の持っていた路銀だ。

 

「夕方まで?」

 

 亭主の眼が鋭くなった。

 

「一日の貸し切りの値段としては十分だろう? それに連れが出ていけば、それで終わりなんだ。損のない話のはずだ……。それと、あいつをゆっくり寝かせておいて欲しいから様子は見に行かなくていい」

 

 まあ、このぐらいはしておいてやろうと思った。

 よく考えれば、恨みがあるのは、宝玄仙というあの女主人であって沙那ではないのだ。

 あの女主人の供であるというのは、なかなかに大変そうな感じもする。

 

「夕方まで構うなというなら、そうしてやってもいい……。こっちとしても代金をもらえば文句もないしな。だが、本当にそいつは、夕方までに起きてくるのか?」

 

 亭主は意味ありげに微笑んだ。

 

「どういう意味だい?」

 

「そのままの意味だ、美麓……。以前にも……というよりは、しょっちゅうなんだが、中の人間が起きてくるまで部屋を開けるなと言い残していく客は結構いるのさ。だけど、そういうときには十のうち五か六くらいまでは、中の人間が自分で外に出てくることはねえ。屍体になっているのさ……。別に貸した部屋で淫行に耽ろうが、人を殺そうが構わないんだが、屍体を置いていかれるのは困るんだよ。ここは屍体棄て場じゃないんだ」

 

 亭主は言った。

 どうやら美麓の物言いで、沙那がすでに死んでいると誤解をしているようだ。

 美麓はさらに銀貨を五枚置いた。

 

「……これだけ払う。だから、夕方まで部屋を覗かないでくれ。中の人間が屍体になっていようとだ」

 

 亭主は卓に拡げられた銀貨を集めるとふところにしまった。

 

「請け負うよ、美麓……。夕方までは部屋は開けない。万が一、部屋の中に屍体があったら適当に処分させてもらうぜ。心配するな……。また、夕方には飲みにきな。後のことは任せておけ」

 

 亭主は顔色も変えずに言い、再び食事をする態勢に戻った。

 すっかりと誤解した気配もあるが、まあ、問題はないだろう。

 旅人が襲われて殺されることなど珍しくない町だ。

 本当に屍体があっても気にしないだろう。

 人足を雇って、町の郊外に埋めさせて終わりだ。

 それだけのことなのだ。

 

 とにかく、これで夕方までの時間は確保してやった。

 それだけの時間があれば、いくらなんでも沙那も脱出方法に気がつくだろう。

 あのままいき狂いすぎて縄抜けできなくても、それは知ったことじゃない。

 

 美麓は居酒屋を後にした。

 町の大通りを歩いて、美麓が寝泊りをしている宿屋に向かう。

 外に出ると、もう完全に陽が昇って、朝の時間を迎えていた。

 もっとも、まともに日中働いているような人間の方が少ないような町だ。

 行き交う人間は多くはない。

 途中、朝食を購う客を目当てにした屋台があったので、更かし肉と幾つかの果実を求めた。

 それを袋に包んでもらって宿屋に戻る。

 美麓が泊っている宿屋は、この荒れた町でもいくらか治安のましな高級街の地域にある。

 宿泊料もそれなりにするのだが、寝心地はそれだけいい。

 

 宿屋に戻った。

 すでに半月も泊っているので、宿屋の亭主も美麓の顔は知っている。

 朝帰りは初めてだったが気にする様子もない。

 

「よう、美麓、お早う──」

 

「ああ、今日は朝食はいらないよ。帰り道で買ったからね。これを部屋で食べてから、ひと眠りするよ……。昨夜はこれと徹夜だったんだ」

 

 美麓は“女と寝た”という意味になるように指で示した。

 亭主が笑った。

 宿泊代はまだ数日先まで前払いしている。

 部屋の鍵も美麓がまだ持ったままだ。

 美麓は挨拶だけをして二階に昇る階段に向かった。

 

 ふと見ると、いつものように、後天袋(おうてんおう)が数名の取り巻きとともに食事をしていた。

 外見は、ただの人のよさそうな小太りの男であり、にこやかな顔つきからはとてもじゃないが、女を浚っては殺人鬼の亜人に高い代金と引き換えに浚った女を引き渡している極悪人には見えない。

 その後天袋が深刻そうになにかを取り巻きと相談しているから、美麓は何気なく耳をそばだてた。

 

 彼らが話しているのは、今日は、黄眉(おうび)のところになにかの代金を受け取りにいくのだが、そのときに新しい女を納めなければならないとかいう話だった。

 黄眉は夜行性だから、夜に着くように出発しなければならない……。

 そんなことも話している。

 朝っぱら物騒な話だと思いながら美麓は、その横を通りすぎた。

 もちろん、彼らが美麓に気を留める様子はない。

 

 階段をあがって最奥にある美麓の借りている部屋に入った。

 内側から二重に鍵を締める。

 寝台の横にある小さな丸卓にさっき買った朝食と沙那から奪ってきた烏金草の束、そして、路銀の入った袋を置いた。

 そのまま寝台にうつ伏せになる。

 

 沙那はもう縄抜けをしただろうか……。

 それともいまだに四肢を拡げたまま、あの霊具によがり続けているのだろうか……。

 そんなことを考えながら美麓は、深い眠りに陥っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚めた──。

 

 かなり深く眠っていたようだ。

 しかも、外出着のまま、本格的に寝てしまったらしい。

 寝台を降りて、窓から外を見た。

 もう、陽が中天よりも西に傾いている。

 どうやら、もう午過ぎのようだ。

 

 ちょっとだけまどろむつもりで、随分と長く寝た。

 それだけ夕べの沙那との淫行は激しかったということだろう。

 あの沙那も取り澄ました顔をして、感じ方が半端じゃなかった。

 それに釣られるように美麓も女同士の淫行に耽ったが、あんなに気持ちよく性欲を発散できたのは久しぶりだ。

 そう言えば、沙那は無事に縄抜けできただろうか……?

 

 その時、美麓はかなりの空腹を感じた。

 考えてみれば、今日はまだなにも食べてない。

 結局、朝帰りの途中に屋台で買った食べ物は、そのままの状態で寝台の横の卓にある。

 美麓は卓に手を伸ばした。

 だが、ふと思い直して、食べ物を取ろうと思った手をとめた。

 

 それよりも身体を洗いたい。

 昨夜は、沙那と汗びっしょりになって愛し合った。

 この宿屋に戻ってから、すぐに身体を洗うつもりだったが、そのまま寝てしまった。

 美麓は着ている物を次々に脱いで、寝台の上に放り投げる。

 胸を締め付けていた晒しを解くと圧迫された胸が開放されたようで気持ちよかった。

 結わえていた髪を解いてから腰の下着も脱ぐ。

 そして、生まれたままの格好で部屋の隅の洗い場に行く。

 

 この宿屋が気に入っている最大の理由は、部屋の中に身体を洗える場所があることだ。

 取っ手を捻ると天井から温かいお湯が注がれるようになっており、床に落ちた湯は床にある小さな排水口から流れ出てもいく。

 どういう仕掛けになっているのかさっぱりわからないが、どうやら道術の刻まれた霊具のようだ。

 とにかく、これはありがたかった。美麓は男のふりをしているが、実際は女なので外で身体を洗えない。

 必要の都度、宿から水か湯を買わなければならないが、この辺りの人間のほとんどは、外で身体を洗うのが習慣なので、洗い湯をいちいち運ばせるのが度重なると不自然になる。

 しかし、これのお陰で宿の亭主を煩わせることなく、取っ手を捻れば大量の湯が出てくる。

 

 そんな部屋があるのは、この宿屋でもこの部屋を含めて二室しかない。

 当然、料金も破格なのだが、この快感はなにものにも代えがたい。

 その破格の料金を支払っても満足できる快適さがここにある。

 美麓は洗い場に入って戸を閉め、中にある取っ手を捻った。

 温かいお湯が天井から雨のように落ちてくる。

 美麓は頭から注がれる温かいお湯を浴びながら、束の間の心からの至福の時間をすごした。

 

 しかし、ふと、美麓はなにかの気配を感じた。

 慌てて湯を出す霊具の取っ手を戻し、身体を拭くために置いていた布をとると、洗い場の戸を開けて部屋を見た。

 

「あっ」

 

 思わず美麓は叫んだ。

 寝台の上にあの後天袋が胡坐をかいて座っていたのだ。

 その胡坐の下には美麓がさっき脱ぎ捨てた衣類が散乱している。

 後天袋は、美麓の服の上に座って、さらに、美麓が朝帰りの帰路で購った食べ物をむしゃむしゃと口にしていた。

 後天袋だけじゃない。

 部屋の中には屈強そうな後天袋の手下が五人ばかり立っていた。

 

「ほう、情報は本当だったようだな……。毎朝、会っていて気にもしていなかったが、大した別嬪じゃねえか。俺も迂闊だったぜ」

 

 後天袋が美麓の裸身に眼をやりながらにやにやして言った。

 美麓ははっとして、持っていた布で身体の前を隠した。

 しかし、布は小さなもので精一杯拡げても、美麓のふたつの乳首と股間の繊毛をかろうじて隠すほどしかない。

 さすがの美麓も気が動転するとともに、自分の顔が蒼くなるのを感じた。

 頭から湯を浴びていたので、これだけの人数が部屋に入って来ても気がつかなかったのだ。

 ふと、部屋の扉を見た。

 二重の鍵はいずれも開いている。壊された気配はないので、外から合鍵で開けたに違いない。

 いずれにしても、なんでこんなことになっているのだろう?

 美麓は混乱した。

 

「な、なんだい、お前たちは──?」

 

 美麓は思わず、身体を隠している布を持つ手に力を入れて後ずさる。

 

「もちろん、商売の品物を仕入れにきたのさ、美麓……。実は、今から女を納めた先日の代金を受け取りに、手下を連れて小雷音(しょうらいおん)に向かうことにしていたのだが、そのとき、急遽だが、女をひとり入れて欲しいと、黄眉殿から預かっている連絡用の霊具で伝言があってなあ。しかし、知っての通り、この辺りのいい女はすっかりと狩り尽くしてしまっているし、どうしたものかとそれで困っていたら、お前が女なんじゃないかという話を耳にしてな──。それで本当かどうか、確かめに来たところだ……」

 

「ふ、ふざけんな──。一昨日(おととい)来な──」

 

「まあいいじゃねえか。それにしても、本当に女じゃねえかい。いやいや……、こんなに近くに美女が隠れていたとはな……。お前なら金五枚……。いや、もしかしたら十枚の値をつけてくれるかもしれねえ……。まあ、そういうわけだ。わかったら、俺に捕まりな」

 

 後天袋が笑った。

 

「ふ、ふざけるなよ、あんた。あ、あたしに手を出すと承知しないよ」

 

「文句はいくらでも聞いてやるぜ、美麓……。まあ、聞くだけだがな。とにかく、大人しく縛られな」

 

 どさりと縄束が床に放り投げられた。

 それを合図にするかのように、部屋にいた五人の手下たちが美麓ににじり寄ってきた。

 美麓は、慌てて洗い場の戸を締めて、内側からかんぬきをした。

 その戸が向こう側から激しく叩かれる。

 

「こらっ──。もはや、悪あがきは無駄だ。お前が女だということはもうわかった。観念して出て来い」

 

「もう一度、その柔らかそうな肌を見せろよ、美麓」

 

「どうせ、素っ裸じゃあ暴れられないだろう。もう、諦めろよ」

 

 罵声のような大声が戸を叩く音とともにかけられる。後天袋の手下たちの声だ。

 なんでこんなことになってしまったのだ……。

 美麓は狼狽えた。

 今朝、この宿屋の一階ですれ違った時にも、後天袋は美麓のことなど気にも留めていない様子だった。

 それが、わずか数刻でこんなことになるとは……。

 とにかく、どうやって逃げるかだ……。

 しかし、よりにもよって、身体を洗っている最中に襲われるとは……。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 美麓は戸を押さえながら叫んだ。

 どうしていいかわからない。

 いま、ここにはなんの武器もなく、布が一枚あるだけの素っ裸だ。

 洗い場には逃げ場はない。戸が破られて入って来られては、この狭い場所ではあっという間に取り押さえられてしまうだろう。

 そうかといって、洗い場の外には美麓を捕えようと躍起になっている屈強な後天袋の手下が五人──。

 どうすればいいのか……。

 

「ねえ、兄貴……。こりゃあ、蹴破るしかないですぜ」

 

 手下のひとりが後天袋にそう言っている声が聞こえた。

 

「仕様がねえなあ……。なるべく、壊すなということで、この宿屋の亭主に合鍵をもらったんだがな……。まあいいや。毀してしまえ。弁償すればいいことだ。さっきの身体だったら、かなりの値で黄眉殿も引き取りそうだしな」

 

 後天袋の声だ。

 

「よし──。蹴破ると決まった。お前ら行くぞ──」

 

 戸の外で叫び声がする。

 仕方がない……。

 こうなれば、死にもの狂いに暴れて男たちを振りきって逃げるしかない。

 

 美麓は手に持っていた布で腰の周りを覆って横で結びあわせた。

 しかし、外にいるのはならず者とはいえ、すっかりと支度を整えた男が五人──。

 それに比べれば、美麓は衣類の一枚もない素っ裸という惨めな姿──。

 勝ち目が多いとは思えなかったが、逃げなければ黄眉とかいうおかしな亜人のところに連れていかれて殺されてしまうだけだ。

 

「蹴り破って連れ出せ──。武器も持ってねえ、素っ裸の女だ。かかれ──」

 

 戸の向こうで後天袋の声がした。



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397 やられたらやり返す

「蹴り破って連れ出せ──。武器も持ってねえ、素っ裸の女だ。かかれ──。叩き破るんだ──。引き摺りだせ──」

 

 後天袋の大声がして、戸が外から蹴り破られた。

 最初に飛び込んできた男の顔を美麓は、両手を組んで横殴りに殴った。

 

「うわっ」

 

 美麓が殴った男が悲鳴をあげて倒れる。

 するとその男が立っていた場所にわずかな隙間ができた。

 美麓は男たちを突き飛ばして、その隙間に飛び込んだ。意表を突かれるかたちになった男たちの横をすり抜けて、囲みの外に出ることに成功した。

 寝台に胡坐で座っていた後天袋の顔色が変わった。

 

「ひいいっ」

 

 美麓が寝台に飛びあがろうとしたのを見て後天袋が悲鳴をあげた。

 おそらく、美麓に殴られるのでもするかと思ったのかもしれない。

 だが、美麓が狙ったのは、後天袋が尻の下に敷いていた美麓の衣類だ。

 後天袋が転げ落ちるように寝台から逃げた。

 美麓はとっさに、上着一枚だけを手に取る。

 

 しかし、それ以上は無理だった。

 背後から追いかけてきた男たちが美麓に殺到する。

 ひとりが美麓の足首を掴む。

 美麓は身体を反転させて、その男の顔面に膝蹴りを食らわせた。

 そして、態勢を崩したその男をほかの男たちに蹴り飛ばす。

 

「お、お前ら、早く捕まえろ──」

 

 後天袋が狼狽えた声をあげて、廊下に出る扉に走る。

 一瞬、人質にすることが頭によぎった。

 しかし、美麓は手に入れた上衣だけでも着ることを優先した。

 その間に後天袋ひとりが廊下に飛び出た。美麓は慌ててそれを追いかける。

 

「待て──」

 

 誰かの手が美麓の腰に巻いた布にかかった。

 

「きゃああっ」

 

 思わず声が出た。

 握られた腰の布が奪われる。

 だが、なんとか身体を掴まれずに済んだ。

 美麓は後天袋を追うように廊下に飛び出した。

 

「な、なに──?」

 

 思わず立ちすくんだ。

 部屋の外には、さらに多くの後天袋の手下が棒を持って集まっていたのだ。

 美麓は舌打ちした。

 

 後天袋を人質にすることはもう不可能だ。後天袋はすでに棒を持った手下たちの後ろだ。

 廊下にも十人ほどの後天袋の部下が棒で武装して集まっていた……。

 なんで、自分はさっき服を着ることなど先にしようとして、後天袋を捕まえる機会を逃してしまったのだろう……?

 やっぱり、自分はどうかしている……。

 焦っては駄目だ。

 あのまま飛びかかったら、後天袋を人質にすることに成功したかもしれないのに……。

 美麓は歯噛みした。

 

「この女──」

 

 部屋の中からさっきの男たちが出てこようとしていた

 体当たりで戸にぶつかり、身体半分外に出ていた男の胴体を思い切り挟んだ。

 そして、身体をまた反転して、階段側にいる棒を持った男のひとりに猛然と飛びかかった。

 

 廊下は狭い──。

 全員で飛びかかろうにも、そうそう、できるものではない。

 とにかく遮二無二突破する──。

 それしかない……。

 

「ぐわあっ」

 

 うまい具合に頭突きが眼の前の男の鼻にぶつかり、その男から棒が奪えた。

 

「しまった」

 

 叫んだのは別の男だ。

 その男の棒を奪った棒で叩き落とす。

 棒を振り回す。

 その棒を避けようとして、美麓の前に空間ができた。

 

 棒を回しながら階段に突き進む。

 立ちはだかる男は棒で殴り倒す。

 前が空く。

 

 美麓の勢いに、前にいる部下たちの顔に恐怖が浮かぶのがわかった。

 後ろから迫る男たちは、美麓の棒で身体を叩かれてうずくまった仲間に阻まれている。

 

 一瞬、美麓の頭に希望が灯る。

 階段を降りさえすれば──。

 外に出られれば──。

 

「待ちな」

 

 若い男が階下からあがってきた。

 どうやら階下で待っていた後天袋の数名の若い者のひとりらしい。喧騒の間に階段をさっとあがってきたようだ。

 棒を持っている。

 美麓はその若い男に打ちかかりながら、ちらりと階下を見た。

 階段には、その若い男のほかにはまだ誰もいない。

 階下に残っていたのも数名だけのようだ。

 

 逃げられる……。

 美麓は確信した。

 

「どきな、あんた──」

 

 棒と棒が激しくぶつかる。

 一瞬だけ痺れるような衝撃が両手首に伝わった。

 次の瞬間、はっとした。

 棒がない。

 いつの間にか棒を払われていた。

 美麓の持っていた棒がころころと階段の下に落ちていくのが見えた。。

 

「もう、終わりだよ。観念しな」

 

 その若い男の構える棒がすでに美麓の両脚の間に差し入れられていた。

 次の瞬間、身体が宙に浮かんだ。

 ものの見事に、その若い男から脚を払われたことがわかったのは空中だった。

 美麓は腰から階段に倒れ落ちた。

 倒れた美麓の身体を若い男が踏みつけた。

 

「よくやったぞ、高白(こうはく)──」

 

 五人、六人と倒れた美麓の身体の上にのしかかってくる。

 美麓はたちまちにさっき着たばかりの上着を剥がされて、縄に後手に縛られてしまった。

 

「ち、畜生……」

 

 美麓は縛られた身体を押さえつけられながら歯噛みした。

 もう少しだったのに……。

 

 さらに、肩幅ほどの余長をとって両足首にも縄が結ばれる。

 これで歩くことはできるが、走ることはできない。

 最早、逃亡は不可能だ。

 

 美麓は全裸に後手縛りに縄をかけられた姿のまま階下に引き摺りおろされた。

 裸身を隠そうとしゃがみこんだ美麓を後天袋の部下たちが取り囲む。

 

「危ないところだったな……。それにしても、お前がこんなに棒が遣えたとは知らなかったぜ、高白」

 

 どこに隠れていたのか後天袋が、素っ裸で縄を掛けられた美麓の前に出て来て言った。

 後天袋が高白と呼んだのは、最後に美麓を倒した若い男だ。

 なんてことのない線の細い色白の若者だ。

 この男に不覚をとったことで、美麓は逃げることができなかった……。

 口惜しさが全身を走る。

 

「美麓……。表で馬車が待っているぜ。一緒に来い」

 

 後天袋がさらに言った。

 馬車に載せられれば終わりだ。

 そのまま、黄眉という殺人鬼の亜人のところに連れていかれる……。

 美麓は焦った。

 なにか逃げる手立ては……?

 

「ね、ねえ、もう、観念するわ……。で、でも、あ、あたしをただ亜人に引き渡してもいいの? あ、あんたたち全員だって相手をするわよ……」

 

 美麓は言った。

 こうなったら自分の身体の毒という武器しかない。

 うまく輪姦でもしてくれれば、逃亡の望みはまだ残る。

 もっとうまく誘えればいいのだが、突然には男を誘う甘い言葉など出てこない……。

 しかし、後天袋がせせら笑った。

 

「そうはいかねえぜ、美麓。お前の魂胆はわかっている。お前の身体の体液が毒であり、うっかりとお前を抱けば命に関わるということはわかっているんだ。誰もお前を抱こうとする者はいねえから安心しな」

 

 美麓は驚いた。

 どうしてそれを知っているのだろう……?

 美麓が女であったことだけじゃなく、体液に備わる毒の秘密まで……。

 それを知っているのは……。

 

「……ところで、高白、縄で縛っているとはいえ、こいつには用心ならねえ。お前のさっきの腕を見れば、実はお前に武芸の嗜みもあるということも本当のことのようだ……。お前が少し前に俺に言ったように、こいつの見張り役として一緒に馬車に乗った方がいいだろうな。今回の大事な情報を持ってきたのもお前だ。約束通りに、これからは幹部待遇にしてやるぜ。黄眉殿にも紹介してやる」

 

「ありがとうございます、兄貴」

 

 高白と呼ばれた若者が嬉しそうに破顔した。

 

「……ところで、兄貴……。この女の逃走防止にちょっとした仕掛けをしたいんですけどいいですか?」

 

 両側から別の男たちに縄を掴まれて美麓が立たされたときに、不意に高白が言った。

 

「仕掛け?」

 

 後天袋が眉をひそめる。

 

「これですよ」

 

 高白がとりだしたのは革の貞操帯だ。

 腰の両側の部分が細くなり、股間を通した部分とともに、腰の背後で集めて留めるようになっているものだ。

 飾りのようなものはない。

 ただの革帯だ。

 

「おう、それは、俺たちのあじとに放ってあったもので、あの女道術遣いからとりあげた品物じゃねえか。そんなものが逃走防止になるのかよ、高白?」

 

 質問の声をあげたのは、後天袋ではなく別の男だ。

 なんとなく、この場では後天袋に継ぐ地位にある者という感じがする。

 

「使い方があるですよ、皆さん……。これは、実は霊具なんです。しかも、道術遣いでなくても扱えるものです……。こう使うんですよ……」

 

 高白が意味ありげな笑みをしたかと思えば、その貞操帯を拡げて美麓に近づいてくる。

 嫌な感じがして、思わず美麓は股を閉じようとした。

 しかし、太腿を左右から掴まれて脚を閉じるのを阻止される。

 

「ひいっ」

 

 突然に貞操帯の股間の部分から無数の触手が湧いたのが目に入った。

 美麓は大きな悲鳴をあげてしまった。

 

「おお──」

 

 どよめきも周囲から湧き起こる。

 

「確かに霊具だ。どういう仕掛けだったんだ、高白?」

 

 後天袋が目を丸くしている。

 

「後でお教えしますよ……」

 

 高白はそう言いながら、触手がうねっている部分を美麓の股間の下に通した……。

 

「や、やめてぇ──」

 

 美麓は絶叫した。

 だが、容赦なく股間部分に触手が生えた貞操帯が股間にぴったりと装着される。

 

「ひゃあっ……いやっ、ひゃあ、やっ、いやああっ……」

 

 股間全体を触手にうにょうにょと這い回られて、美麓は身体を仰け反らせて絶叫した。

 しかし、暴れようとする全身を四方八方から捕まれて、背中側で貞操帯が引き絞れられる。

 そして、なにかの鍵がかけられるような音もした。

 

「は、外してぇ──、お、お願い──」

 

 美麓は耐えがたい刺激に、悲鳴をあげてその場に崩れ落ちた。

 貞操帯の内側で触手が股間を苛んでいる。

 股間に密着した触手が美麓の肉芽を擦り、束になって女陰に入り込んできている。

 また、蟻の門渡りと呼ばれる部分をくすぐり、肛門の中にも次々に触手が潜ってもきている。

 しかも、女陰と肛門に入ってくる触手はただ入り込むだけではなく、美麓の敏感な部分を探すように動き回り、そこを繰り返し刺激してくるのだ。

 ふたつの穴に入り込む触手は数束になって、ある部分は入り込み、ある部分は抜けていったりもする。

 つまり、女陰と肛門に挿入と排出の両方の刺激を受けながら、しかも、股間のあらゆる部分をあらゆる感触で、しかも同時に刺激される。

 とてもじゃないが耐えられるようなものではない。

 美麓はたちまちに熱い愛液を垂れ流しながら絶頂に向かって快感を引き揚げられていく。

 

「よし、担いで、馬車に載せろ──」

 

 後天袋の声がして美麓は四人の男から身体を担がれた。

 しかし、美麓はそれどころじゃない。

 股間を貞操帯の触手が襲い続ける。

 

「ああ、あああっ」

 

 美麓は担がれて運ばれながら、触手の責めによってひっきりなしにやってくるおこりのような疼きの繰り返しに我を忘れて悶え続けた。

 

 

 *

 

 

「んぐうう──」

 

 美麓(みろく)は何十度目かの大きな声をあげた。

 小雷音(しょうらいおん)と呼ばれる黄眉(おうび)という亜人の屋敷に向かう馬車の中だ。

 幌を被った荷駄馬車の荷駄部分に積まれた小さな檻に全裸に後手縛りの縄を掛けられた美麓は入れられていた。

 その檻の中で美麓は股間に履かされている触手付きの貞操帯に苛まれているのだ。

 

 貞操帯の内側にびっしりと生えている触手の責めによる連続絶頂に晒されたのは最初の一刻(約一時間)だけだ。

 短い時間で続けざまに連続絶頂してからは、今度は一転して寸止め責めが始まったのだ。

 美麓としては、その寸止め責めが開始されてからの方がつらかった。

 激しい刺激で美麓が絶頂しそうになると、まるでそれを計ったかのようにぴたりと触手の動きが停止する。

 そして、そのまま美麓の快感が鎮まるのを待ち、再び触手が美麓の股間を責めだす。

 やがて甘美感が股間から全身を駆け抜け、どうしようもなくなって感極まるとまたぴたりと触手が止まる。

 この繰り返しだ。

 

 そうなるとわかっていても、耐えられるものじゃない。

 そんな美麓を同じ馬車の荷台に載っている後天袋の部下たちが冷やかして笑いからかっていたが、それも数刻以上同じ状況が続けば飽きてきたのか、いまではすっかと美麓は放置されていた。

 

 荷駄馬車の中には美麓を見張るという名目で四人の男がいるが、いま、起きているのは美麓の檻のすぐ隣にいる高白という若い男だけだ。

 ほかの三人はもうすっかりと眠り込んでいる。

 ほかには、この馬車を操る御者がひとりと御者台の後ろの座席に座っている後天袋、

 そして、馬車の横を馬で進む後天袋の部下がふたり──。

 合計八人であり、それが黄眉の屋敷に向かう一行の人数だ。

 これに黄眉に引き渡す品物としての美麓が加わっている。

 

「ああっ……」

 

 何十度目かの寸止めに続いて、再び激しい愉悦に吠えるような声をあげていた美麓は、またしても絶頂のぎりぎりでぴたりと動きをやめた触手に耐えがたい焦燥に見舞われてしまった。

 

「どうしたのさ、我慢できなくなったの、美麓?」

 

 檻に身体を預けるように身体をもたれさせた高白(こうはく)が美麓にささやいた。

 考えてみれば、この男のせいでもう少しで逃亡に成功するのを阻まれたのだ。

 毒遣いの美麓と呼ばれている美麓だが、暗殺者としてそれなりの武芸の腕もあるし、棒であろうと剣であろうとある程度は人並み以上に遣える自信はあった。

 その美麓が完全に子ども扱いだった。

 

 逃亡しようとした美麓の前に立ちはだかったこの高白から棒を弾き飛ばされたのも、足を払われてひっくり返されたのも、それをされて初めて相手の棒の動きがわかったくらいだ。

 こんなにも美麓を圧倒する武芸者などそういるものではないはずだ。

 それにも関わらず、後天袋の三下にしか見えないこの若い男がそれほどの武芸の持ち主であり、それが美麓を捕らえる人数の中に加わっていたのは不幸なことだった。

 

 しかし、運が悪かったでは済まされない。

 このままでは、美麓はこの下種な男たちに連れられて、黄眉という殺人鬼の亜人に売られてしまう。

 そして、人間の美女を剥製にするのが趣味だというその変態亜人に殺されるのだ。

 なんとか逃亡しなければならない……。

 だが、この貞操帯をさせたままでは……。

 そして、こんな状況の陥ることになった直接の原因であるこの高白に対する激しい憎悪が湧き起こった。

 

「う、うるさいよ」

 

 高白の神経に触る揶揄に、美麓は檻の中で悪態をついた。

 もう身体はどろどろになっている。

 溢れかえる程の愛液が貞操帯の縁から滲んで腿をつたって足の指にまで染みているほどだ。

 もうすぐ、触手が動き出すはずだ。

 また、触手が動き出すときの気持ちよさは、もう言葉にならないほどだ。

 しかし、その触手にしばらくの間、激しい愉悦を与えられて全身を震わせた後は、突然にぴたりと動きを停止する触手に、大きな焦燥感と飢餓感を抱かなければならないに違いない。

 

 つらい……。

 寸止め責めなど初めて受けているが、こんなにもつらいものだとは思わなかった。

 女の尊厳を奪いながら、少しずつ美麓の精神を削り取っていくような責めだ。

 このまま、これを続けられては、たった一回の絶頂のためにすべてを投げ出してしまいたいような気持ちに追い詰められるような気がした。

 

「欲しいんでしょう、最後の刺激が……。そんなに、脚を擦り合わせて物欲しそうな顔するんじゃないわよ。見ているこっちが恥ずかしくなるわ」

 

 高白がからかうように言った。

 

「う、うるさいわよ」

 

 美麓は思わず怒鳴り返すとともに、そう言われて初めて、自分の脚がそんな風に動いているのを知った。

 それで、つかの間耐えていたが、気がつくと、いつの間にか、また腰と腿を物欲しそうにもじつかせてしまっていた。

 情けなくて泣きそうだ……。

 

「いいものをあげようか……。乳首を檻の外に出すように胸をこっちに向けなよ、美麓」

 

 不意に高白が言った。

 

「はっ?」

 

 突然の命令に美麓は訝しんだ。

 

「ひぎいいいっ──」

 

 だが、次の瞬間に股間に激痛が走り美麓は文字通り檻の中で飛びあがった。

 最初はなにが起こったのかわからなかったが、一瞬後には、股間に喰い込んでいる触手全体から電撃が走ったのだとわかった。

 それは小さな電撃かもしれなかったが、直接股間に与えられる電撃は強烈だった。

 電撃が止まった後でも美麓は、自分がしっかりと恐怖に包まれるのがわかった。

 

「な、なに……い、いまの……?」

 

 美麓は戸惑いの声をあげた。

 

「早くしなさい。もう一度、お見舞いするわよ。今度はもっと電撃を強くしてもいいのよ、美麓」

 

 高白が酷薄な声で言った。

 それがなにを意味するのかわからなかったが、美麓は慌てて片方の胸を高白が身体を預けている側の檻に押しつけた。

 その胸の乳首に高白が、さっとなにかをつけた。

 きゅっと絞られるような感覚が乳首に走る。

 

「あっ……」

 

 ひんやりとした刺激に思わず声をあげた。

 しかし、すぐにその乳首でちりんちりんと音がした。

 すると不意に乳首が震えはじめた。

 

「ははあっ……」

 

 美麓の口から甘い声が迸る。

 檻の格子を通して片側の乳首に付けられたのは吸盤付の鈴だった。

 その鈴が鳴ることで美麓の乳首を包んでいる吸盤が震えだしたのだ。

 

 そして、驚いた……。

 この玩具に覚えがある……。

 ちょっとした子供の玩具であり、性具としても使えるので面白半分で美麓は、それをある女の股間に装着して置き去りにした……。

 これはそれと同じものだ……。

 

「これを見てよ、美麓……」

 

 高白が自分の指にある指輪を見せた。

 

「な、なによ……?」

 

 束の間の振動の後でやっと吸盤の振動が停止した。

 その指輪がなんだというのだ。

 

「これは、『変化の指輪』という霊具であって、この帯を締めて誰かの体液を飲めば、その人間にそっくりの身体になるという霊具よ。あんたに教えてもらった後天袋の屋敷に忍び込んだときにこれがあったのよね……。それで咄嗟に身に着けたの」

 

 高白が言った。

 いや……。

 さっきまでの男言葉ではない……。

 声こそ男だが喋り方は若い女のような響きがある……。

 つまり……。

 美麓は思わず唾を飲み込んだ。

 

「わたしは沙那よ……。こっそりと忍び込んだ後天袋の屋敷に、たまたまいた若い男の姿をこうやって借りているだけよ……」

 

「さ、沙那──?」

 

 思わず声をあげた。

 しかし、その美麓を高白の姿をした沙那が睨んだ。

 

「声を出すんじゃないのよ、美麓……。ここでわたしが偽者であることをばらしたら、あんたの万が一の逃亡の見込みが零になるわよ。つまり、あんたの命をわたしが握っているということよ。それはわかったかしら? わかったら大きな声を出さすに黙っていなさい」

 

「な、なんで……?」

 

 美麓は混乱した。

 この高白は、沙那が霊具の力で変化した姿だという。

 すると美麓の捕縛のとどめを刺したのはこの高白という三下の姿を借りた沙那だということだ。

 そう言えば、後天袋は美麓を女だという情報をもたらしたのが、この高白だということを仄めかしていかなかっただろうか……?

 では、美麓を後天袋に売ったのは沙那なのか……。

 美麓は唖然とした。

 

「心配しなくても、あんたは助けるつもりよ。ただし、あんたが、ご主人様たちを救出することに協力したらね……」

 

 高白の姿の沙那が言った。

 しかし……。

 

「……ただ、その前に朝のお礼をしておくわ……。朝はよくもあんな仕掛けをしてから置き去りにしてくれたわね、美麓。股間にこんな霊具を取り付けて寝台に縛りつけていくなんてね……」

 

 沙那が化けている高白の顔が、美麓が入れられている檻に寄せられて、にんまりと微笑んだ。

 

「やられたら、やり返す……。それがわたしの主義よ。しかも倍返しでね……」

 

 沙那が手元からなにかの板を出した。

 その板の模様に沙那の指が触れた。

 

「あふううっ……あはあああっ……」

 

 突然にこれまででもっとも激しい動きで触手が動き出した。美麓を寸止めさせようという静かな動きではない。はっきりと絶頂をさせようという大きな動きだ。

 そして、美麓がのたうつことで乳首の鈴が鳴り、吸盤もまた振動を始める。

 

「……悶えるのをやめて鈴が鳴るのを止めてご覧なさい、美麓……。そうしたら、檻から出してあげるわよ」

 

 美麓はそんな冷ややかな沙那の言葉を聞きながら、激しい触手とそれに連動するように振動する乳首に吸盤から与えられる刺激に、いつまでも身体を暴れさせた。

 そして、美麓の耳にちりんちりんという乳首に付けられた小さな鈴の音が、耐えることなく響き続けた。

 

「きょ、協力するから──。だから、とめてぇ──」

 

 美麓は声をあげた。



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398 無理矢理の共同戦線

「きょ、協力するから──。だから、とめてぇ──」

 

 美麓(みろく)はあげてはおろされ、おろされてはあげられる快感に翻弄されて、ついに音をあげた。

 この高白(こうはく)という後天袋(おうてんおう)の若い部下に霊具で変身している沙那は本当にえげつない。

 

 どうやら手に持っている板で、美麓が履かされている貞操帯の内側にいる触手を操っているらしいが、それを使って表情ひとつ変えずに容赦なく後手縛りで檻に入れられている美麓を責めたてる。

 最初の一刻(約一時間)で連続絶頂責めにされたかと思えば、それから数刻は徹底した寸止め責めだ。

 触手で美麓の股間全体を刺激するだけ刺激してぎりぎりまで昇り詰めさせてからぴたりと触手の動きを止めるのだ。

 そして、しばらく美麓の身体の疼きがとろ火になるのを待ち、また同じように責めたててくる。

 

 どうやら、沙那が板で操作するというよりは、操作盤になっている板で設定して信号を送れば、触手が美麓の身体の反応や淫液の濃さを読み取って自動的にそういう動きをするようになっているようだ。

 それだけに、美麓がどんなに快感をむさぼって自分から燃えあがらせようとしても、どうしてもぎりぎりで刺激をとめられてしまう。

 こんな馬鹿げた責めで屈服するのは屈辱だったが、この触手はどうやら電撃も流せるらしく、どうしても快楽責めで協力を承諾しなければ、その電撃も使いそうだ。

 ほかにもどんな仕掛けがあるかわかったものじゃない。

 

「わかってくれて嬉しいわ、美麓……。じゃあ、檻から出すわね」

 

 高白の姿の沙那がそう言うとともに、操作盤を懐から出してなにか操作した。

 すると触手がぴたりと動きを止めて存在が消滅したようになった。

 美麓はほっとして脱力した。

 

「それにしてもこの身体は動きにくいわね……」

 

 高白の姿の沙那が革帯の下からさっと指輪に手をやった。

 すると一瞬にして高白の姿が消滅して沙那の姿になった。

 

「さて……。じゃあ、檻から出してあげるわ」

 

 沙那はにっこりと檻の中の美麓に微笑みかけると、立ちあがって馬車の中で眠りこけている男に近づいていった。

 その男の腰帯に美麓が入れられている檻の鍵があるのだ。

 沙那はその男の腰から鍵を抜いて戻ってくる。

 

 馬車の荷台にいるのは美麓と沙那を除けば三人だ。

 幌を被っている荷台の前には、後天袋と御者のふたりがいるはずだが、ここからでは幌幕に隠れてわからない。

 また、この幌付きの荷駄馬車の横には、やはり後天袋の部下の男ふたりが馬に乗って並進しているらしい。

 それはなんとなく気配でわかる。

 いまの時間は夜中らしいが、月明かりがあるようだ。馬車の中には灯篭による灯りもある。

 

「さあ……。出て、美麓……」

 

 檻の扉が開いた。

 美麓は後手縛りのまま檻の外に這い進んだ。

 ずっと屈むような姿勢を強要されていたので腰が痛い。

 美麓は揺れる馬車の中で腰を伸ばした。

 

「ねえ、これを解いてよ、沙那」

 

 美麓は後手縛りの腕を沙那に向けた。

 

「それは駄目よ。あんたはそのまま黄眉のところに行ってもらうんだもの」

 

「黄眉のところにそのままあたしが行く──? なんでよ──?」

 

 思わず美麓は大声をあげた。

 

「あっ、美麓? そ、それに、お前誰だ?」

 

 美麓の大声に反応したのか、突然眠っていた男のひとりが眼を覚まして怒鳴った。

 しかし、その男はそれ以上なにも喋ることはできなかった。

 脱兎のごとく駆け寄った沙那が、いきなりその男を馬車の外に蹴り落としたからだ。

 奇声をあげてその男が馬車の後方に転がり落ちて、夜闇に消えていくのを美麓は呆気にとられて見送った。

 

「な、なんだ?」

 

「おい、おいっ」

 

 残りのふたりも眼を覚ました。

 しかし、すでに沙那がそのふたりの腰から剣をさっと抜いている。

 

「あんたら、死ぬたくなければ、すぐにここから飛び降りなさい」

 

 沙那がふたりの喉に剣を向けた。

 ふたりの顔が引きつる。

 しかし、そのとき突然、馬車が大きく揺れて停まった。

 男がひとり馬車から落ちていったことで何事かあったと思ったのだろう。

 

「おい、どうした?」

 

 御者台の方向から後天袋の苛ついた声が聞こえた。

 

「あ、兄貴、大変です──。お、女がいて、美麓を逃がそうとしています──」

 

 沙那に剣先を向けられている男のひとりが叫んだ。

 

「がはあっ」

 

 次の瞬間、沙那が声をあげた男の喉を剣で引き裂いた。

 屍体となった男が馬車の外に落下した。

 

「忠告したはずよ。無暗に人を殺すつもりはないけど、容赦もするつもりはないわ」

 

 沙那がもうひとりの男を睨むと、真っ蒼になったその男が自ら馬車の外に飛び降りた。

 

「そこで待っていて、美麓。すぐに終わるから……」

 

 沙那は今度は荷台を御者台の方向に駆けていく。

 

「ちょ、ちょっと、縄を解いてったら、沙那──」

 

 美麓は叫んだ。

 しかし、沙那は無視して御者台と荷台部分の間にある覆いをはぐって向こうに消えた。

 

「な、なんだ、お前──?」

 

 後天袋の狼狽えた声が聞こえる。続いてなにかの喧騒も伝わってきた。

 美麓は後手縛りのままそれを追った。なんとか肩で覆い幕を動かして御者台に出た。

 外は夜の闇の中だったが、月明かりもあるし、馬車に付いている灯火もある。

 十分な視界はある。

 

 すでに沙那と後天袋も馬車から降りていた。

 馬車の下では、沙那が背後から後天袋の襟首を掴んで、剣の刃を喉に突きつけている。

 その周りには動揺した様子の後天袋の部下たちが取り巻いていた。

 

「お、お前は誰だ。なんのつもりだ……? こんなことして、ただで済むと思っているのか、女……」

 

 剣を喉に突きつけられている後天袋が怒りに真っ赤な顔して怒鳴った。

 だが、沙那はそれを無視して、背後から後天袋の膝の裏を蹴り飛ばしてその場に無理矢理に跪かせた。

 

「全員、武器をその場に捨てなさい」

 

 沙那が声をあげた。

 後天袋の手下たちが戸惑った様子でお互いに眼を見交わしている。

 

「早くするのよ──。こいつがどうなってもいいの──?」

 

 沙那がさらに怒鳴った。

 御者をやっていた男を含めて、後天袋に剣を突きつけている沙那を取り巻いているのは三人だ。

 さっき自ら馬車から飛び降りた男は、美麓が見る限りもう近くにはいないようだ。

 

「後天袋、剣を捨てるように命じなさい」

 

 沙那が後天袋に叫んだ。

 

「い、言う通りにしろ、お前たち……」

 

 後天袋が絞り出すような声で言った。

 しかし、そのとき美麓には、後天袋が部下のひとりに目配せをしたように感じた。

 沙那に注意を促すべきか迷ったが、いち早く御者が懐から短剣を投げ、続いてもうひとりも渋々というかたちで剣を腰から抜いて放り投げたことで、美麓は自分の不安は杞憂かもしれないと思った。

 最後の一番屈強そうな男も、諦めた感じで剣を腰から鞘ごと抜いた。

 ぽんと地面に放り投げられる。

 

「兄貴、そのまま伏せてくれ──」

 

 突然、そいつが叫んだ。

 一瞬のことだった。

 投げたと思ったのは鞘の部分だけだった。

 しっかりと剣はその男の手に握られている。

 美麓は完全に意表を突かれた。

 男の剣はもうまっしぐらに沙那に向かっている。

 

「沙那──」

 

 美麓が叫んだときには、すでにその男は沙那に斬りかかっていた。

 後天袋が沙那の手を振り切って地面に自ら伏せる。

 男の剣が沙那に振り下ろされる。

 

「あがああっ──」

 

 なにが起きたのかわからなかった。

 男の両肘から先だけが、馬車に向かって跳んできた。

 その片手は剣を握ったままだ。

 沙那の剣が一閃したとわかったのは、沙那の二の剣で男の首が斬り落とされたときだった。

 

「ひええええぇ──」

 

 女のような悲鳴は地面に伏せていた後天袋のものだった。

 後天袋の身体の横に音を立てて、首と肘から先のない男の胴体が落ちたときには、もう一度後天袋は奇声をあげた。

 

「あんたらふたりは行っていいわ。その代わり真っ直ぐに小西天に戻りなさい。もしも、追ってきたらこの男と同じようになるわよ」

 

 返り血を浴びて身体の半分を血に染めている沙那が残っている男たちに言った。

 そして、足下に転がっていた殺した男の生首をふたりに向かって蹴り飛ばした。

 男たちはあっという間にいなくなった。

 

「ちょっとばかり、血がかかったけど、なんとかその服は使えそうね……」

 

 沙那がまだ眼を大きく開いて震えている後天袋を見て言った。

 後天袋は完全に度肝を抜かれた様子で顔を真っ蒼にしてがたがたと震えている。

 そして、身体を起こして尻餅の姿勢のまま身体の横の男の屍体から後ずさりをしている。

 

「どこに行くのよ、後天袋──?」

 

 沙那がすっと後天袋に歩み寄り、血の滴る剣を向けた。

 

「ひいっ──。殺さないでくれ──」

 

 後天袋が叫んだ。

 

「死にたくないのね?」

 

「ひいっ……。た、頼む。た、助けてくれ──」

 

 すっかりと度肝を抜かれている様子の後天袋が情けない声をあげた。

 

「質問に答えるのよ。死にたくないかって訊いているのよ」

 

「し、死にたくない──。死にたくない──」

 

 後天袋の必死の声がした。

 

「だったら、命は助けてあげてもいいわよ……」

 

 後天袋の身体に剣を向けたままの沙那がにっこり微笑んだ。

 

「ほ、本当か……?」

 

「まあね。殺すつもりなら、とっくに殺しているわよ……。ただし、条件があるわ。黄眉について知っていることをすべて話しなさい……。だけど、嘘を言ったらその場で殺すわ。わたしがすでに知っていることと矛盾したことを言っても殺すから騙そうとしないことね。また、逆らっても死んでもらうわ。わたしはどっちでもいいのよ……。あんたが死んでしまっても、まだ手はあるから……」

 

「わ、わかった。なんでも訊いてくれ」

 

「その前に、まず最初に服を脱いでもらうわ、後天袋……。その場で下着だけの格好になりなさい」

 

 沙那が言った。

 

 

 *

 

 

「ほう、これはまた美形だな」

 

「美麓という女です。なかなかのお転婆な女ですから縛っております」

 

 後天袋に扮している沙那は応じた。

 目の前にいるのは、生きた人間を剥製にするのが趣味という変態妖魔だ。

 そして、なによりも、目の前には透明のおかしな容器に放り込まれている宝玄仙と孫空女と朱姫……。

 おそらく、あの透明の筒に入れられると、宝玄仙の道術は封じられるのだろう。いずれにしても、三人とも疲労困憊であり、意識がほとんどない状態だ。

 沙那は逸る心を押さえて、目の前の黄眉に集中することにした。

 

 力技では黄眉にはかなわない。

 それは見ただけでわかる。

 おそらく、黄眉はまだまだ隠している力がある。

 沙那が剣で切りつけようとしても、多分刃は届かない。

 そして、宝玄仙たちを救出する機会は二度と来ない。

 沙那は耐えた。

 

「そうか。だが、もう解いていいぞ。その不細工な腰のものもな」

 

「これもこの女を躾けるための道具というわけでして……。なにしろちょっとでも油断すると逆らうんです。この霊具も実はその宝玄仙から奪ったものなんですがね……」

 

「なんてもいい。早く外せ……。縄もだ」

 

 黄眉は苛ついたように言った。

 本当に剥製の事しか考えないのか……。

 沙那は心の中で舌打ちした。

 美麓の後ろに回って腰の貞操帯を外す。

 彼女の心が激怒しているのがわかる。だが、とりあえず、いまは沙那に従うことに決めたみたいだ。

 裏切る気配はない。

 まあ、ここに至っては、沙那と争ったところで、美麓もまた黄眉の蒐集する剥製に加わるだけだ。

 沙那に策に乗るしかないはずだ。

 

 がちゃんと音を立てて貞操帯が美麓の股間の下に落ちた。

 股間の部分に触手のようなものある。

 あの触手で美麓という女の股間を自在に苛んで、抵抗を防いでいたのだ。後天袋が確保していた宝玄仙の荷の中にあったものだ。

 沙那も随分と苦しめられたもののひとつであり、後天袋も金目のものは処分したようだが、宝玄仙の作った淫具は残っていた。

 おそらく、後天袋も処分に困ったに違いない。

 懐から小刀をだして美麓の身体を縛っていた縄を切る。

 縄がその場に落ちる。

 

「ちっ」

 

 美麓が舌打ちした。

 縛られていた腕が痺れるのか擦るような仕草をする。

 そして、横目で凄い形相でちらりと沙那を見た。

 沙那は素知らぬふりをした。

 

「それっ、そっちにいけ」

 

 黄眉が美麓の尻をぴしゃりと叩いて、前に促す。

 美麓が両手で身体の前を隠しながら、黄眉を睨んだ。

 

「さ、触るんじゃないよ」

 

 美麓が大きな声をあげた。だが、促されるまま数歩前に進む。

 その途端に、透明の筒のようなものが美麓をすっぽりと包むのがわかった。

 

「な、なに……?」

 

 美麓が驚いている。

 両手を前に出す。

 しかし、その両手は見えない壁に阻まれている。

 

「わっ、な、なにさ、これ?」

 

 美麓の顔が蒼くなっている。

 沙那もびっくりした。

 こんなにあっさりと……。

 それはいいのだが、こんな得体のしれない筒に包まれてしまっては、沙那の策は通用するのだろうか……?

 

「どうですか? 気は強いですがいい女だと思いますがね」

 

 とりあえず言った。

 ここまできたら、通用するかしないかではない。

 ほかに策はない。

 

「まあ、確かにな……」

 

 黄眉が美麓の前に移動して、ふっと相好を崩した。

 舌を大きく出す。

 その舌が宙を舐めるように動く。

 

「ひゃん──」

 

 美麓が真っ赤になり、筒の中で股間を押さえる。

 遠隔で物を感じる術か……。

 ああやって、筒の外から中の女をいたぶるというわけだ……。

 だから、宝玄仙も反撃の機会がないのか……。

 沙那は、いまだに朦朧としている宝玄仙にちらりと目をやる。

 いずれにしても、これでどうなるか……。

 策が通用しなければ、残りの策は斬りかかって討ち死にするだけだ。

 美麓にも悪いが、助ける方法はない……。

 沙那は息を呑んで、黄眉を見守った。

 

「な、なにすんだい──」

 

 美麓が叫んだ。股間を押さえて赤い顔をしている。

 

「おうおう、赤い顔して可愛いのう……。もう一度味わうか」

 

 黄眉がさらに舌を宙で動かす。

 股間を手で押さえたままの美麓が筒の中でびくりと身体を震わせた。

 

「ひいっ」

 

 また美麓が股間を押さえて身悶えた。

 

「美麓よ、その筒の中に入れられた以上、もはや命は諦めるがよい……。お前の身体の縄の痕が消えるのを待って美しい剥製にしてやるからのう……。愉しみにしておれ」

 

 黄眉が笑った。

 しかし、次の瞬間、その黄眉ががくりと膝を崩した。

 沙那の握る手にじっと汗が流れる。

 

「な、なんだ──?」

 

 黄眉がその場に跪く。

 口から大量の血が噴き出る。

 美麓の体液に混じっている毒が効いたのだ。

 

「うごおおっ──」

 

 黄眉は腹を抱えてその場にうずくまった。

 そして、ばったりと倒れる。

 隠していた小刀を取り出して鞘を捨てる。

 刃物を握ったまま、床でのたうち回る黄眉に近づく。

 黄眉が喉に指を突っ込む仕草をした。

 おそらく、嘔吐で毒を少しでも吐き出すつもりだろう。

 沙那はその手を脚で踏みつけた。

 

「あがっ?」

 

 黄眉が顔をあげた。

 次の瞬間、身体を屈めた沙那は、黄眉の喉を刃物で搔き切った。

 そのまま、黄眉の身体が動かなくなった。

 眼下の黄眉は喉から血を流し続けている。

 大きく見開いたような眼は確実に生気を失っている。

 もはやこの黄眉が屍体になっているのは確かだ。

 

「し、死んだ……?」

 

 声は突然の出来事に当惑をしている感じの孫空女のものだった。

 沙那は顔をあげた。

 美麓を含めた四人が閉じ込められていた見えない筒のようなものはなくなったようだ。

 それぞれがいた場所から四人の女が転がるように前に倒れた。

 

「本当にあんたたちは、わたしがいないとわざわざ罠に進んで飛び込むような失敗をするのね……」

 

 沙那は『変化の指輪』の効果を解いた。

 

「沙那──」

 

 孫空女が叫んだ。

 その顔が歓喜に包まれているのがわかった。

 

「沙那──」

 

「沙那姉さん──」

 

 宝玄仙と朱姫が声をあげた。

 その顔には、歓喜が溢れている。

 ふたりとも、涙を流していて、朱姫に至ってはぼろぼろと泣いている。

 その様子を眼にすると、沙那はなんだか身体の力がどっと抜けていく気がした。

 

「さ、沙那かい──。沙那だね……。ちょ、ちょっと待ちな。挨拶よりもこの塗りたくった薬剤を道術でなんとかするから……。ちょ、ちょっと待ちなよ。ど、どこにも行くんじゃないよ。待つんだよ。沙那、ちょっと待っておくれ……。そのままだよ。どこにも行かないでおくれ……」

 

 そして、四つん這いに倒れたままの宝玄仙が顔だけあげて言った。

 

「大丈夫です、ご主人様……。わたしはどこにも行きませんから……。それに、わたしにも言いたいことは山ほどあるんです」

 

 沙那は言った。

 そして、ふと気がついて、趣味の悪い人間の女の剥製の背後を飾っている布に駆け寄った手頃な大きさに切り裂く。

 まずは、宝玄仙に駆け寄ってその裸身を覆う。

 ついでに、一番そばにいた美麓に布を放り投げた。

 

「ありがとう、美麓。すべてあなたのお陰よ」

 

「こ、これでお役御免だね……。それにしても、おかしな筒に閉じ込められたときには胆を冷やしたよ。あんたの言う通りに、この変態亜人がいの一番にあたしの身体を舐めなかったらどうするつもりだったんだい、沙那?」

 

 美麓は怒っているような口調で言った。

 

「実際に舐めたじゃないの。手に入れた獲物は、まずは舌で味わうのがこの黄眉の癖……。あの後天袋の白状した通りだったわ」

 

「だけど、直接舐めるならともかく、あんな舐め方するなんて聞いてないよ。あれだと毒が効かない可能性もあったじゃないか、沙那──?」

 

「わたしも少しだけびっくりしたけど、だけど、ちゃんと毒は回ったわ。なんの問題もないわね」

 

「とにかく、もう、二度とこんなことにあたしを巻き込まないでおくれ」

 

 美麓は鼻を大きく鳴らすと不貞腐れたように沙那が渡した布を被った。

 

「沙那姉さん──。うわああああっ」

 

 そのとき、朱姫が駆け寄ってきた。

 もの凄い勢いで、その朱姫に抱きつかれた。



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399 そして、再会

「沙那姉さん──。うわああああっ」

 

 そのとき、朱姫が駆け寄ってきた。

 もの凄い勢いで、その朱姫に抱きつかれる。

 あまりの衝撃で、思わず沙那は後ろに尻餅をついた。

 そのまま朱姫にしがみ掴まれる。

 

「うわあああっ──。沙那姉さん……。沙那姉さんなんですね……。会いたかったです……。会いたかったです……。どこにも行かないでください……。お願いですから、どこにも行かないでください……。もう、どこにも……」

 

 朱姫が裸身を沙那の胸に擦りつけて泣きじゃくっている。

 

「どこにも行かないわよ……。というか、どこかに行ったのはあんたたちよ。まったく、わたしを置き去りにして……」

 

 沙那は朱姫の頭を擦りながら言った。

 

「あたしらが沙那を置き去りにしたっていま言ったかい?」

 

 孫空女だ。

 

「ちょっと待ちな、お前たち……。とにかく、沙那、よく戻って来てくれたよ。一応は礼を言っておくよ。この変態妖魔から助け出してくれたこともね……。この美麓がなんでここにいて、なにが起きたのかさっぱりと理解できないんだけど、とにかく、話は後にしよう……。わたしは疲れていて、もう起きていられないんだよ」

 

 宝玄仙が歩み寄って来て言った。

 

「どうそ、お休みください、ご主人様……。わたしが見張っていますから。だけど、その前に道術で霊気の気配を探知してもらえるとありがたいです。わたしも、ここにやってきたばかりなので、安全かどうかの確認が……」

 

「もう終わっているよ、沙那。ここには、この変態妖魔の屍体以外の霊気を感じさせるものはないね。この屋敷を覆っていた結界も消えている。大した妖魔じゃない。罠に嵌ってあんなおかしな膜の筒に入れられなければ、霊気だってなんてことはない小者だったんだよ」

 

 宝玄仙が悔しそうに言った。

 

「でも罠に嵌ったんでしょう? こいつはこの一帯では有名な殺人鬼の妖魔のようですよ。この付近では妖魔ではなく、亜人と呼ぶんですけどね……。まあ、とにかく、ちょっと小西天の町で聞きまわっただけでも、黄眉の悪名はすぐにわかりました。それなのになんの用心もしないで、のこのこと罠に嵌りに来るなんて……」

 

 沙那は嗜めた。

 

「うるさいよ、沙那……。まあ、とにかく話は後だ。孫空女、沙那を見張ってな──。もう、どこにも行かせるんじゃないよ」

 

「大丈夫です、ご主人様。あたしも見張っています」

 

 まだ沙那にしがみついたままの朱姫も元気に言った。

 

「感動の再会のところを申し訳ないけど、きっちりと頂くものは頂くからね。この毒遣いの美麓様の雇い賃は高いよ。この女主人があたしから取りあげたものも含めて、ちゃんと回収させてもらうからね」

 

 美麓が口を挟んだ。

 

「あらっ、あんた、わたしから回収していったんでしょう? あたしの荷から烏金草の束だって持っていったし、路銀まで奪っていったじゃないの、美麓」

 

「よく言うよ、沙那──。そういうものは、あんたのお陰であの後天袋にみんな盗られちゃたんだよ」

 

 美麓が声をあげた。

 

「そう言えば、さっきの後天袋の姿が沙那の変化をした姿だったとしたら、本物の後天袋はどうかしたのかい? もとはと言えば、あいつがあたしらを騙してここに連れて来たんだ」

 

 孫空女が訊ねた。

 

「この沙那が生まれる前に戻したよ」

 

 美麓が応じた。

 

「生まれる前に戻した?」

 

 孫空女は首を傾げている。

 

「この一帯じゃあ、人殺しをそういう風に言うのさ。助けてやるとか言って後天袋から情報を聞き取るだけ聞き取ると、あっさり殺しちまうんだから、この沙那もなかなかにえげつないよ」

 

 美麓が肩をすくめた。

 

「あいつには、生まれる前に戻ってもらったわね。ご主人様たちが死んでいる可能性だってあったんだもの。許す積もりはなかったわ」

 

 沙那は平然と応じた。

 

 

 *

 

 

「事情はよくわかったよ……。まあ、お互いに誤解もあったし、間違いもしたようだね。でも、水に流そうじゃないか」

 

 宝玄仙が言った。

 

「お互いになんか誤解も間違いもありませんよ、ご主人様……。ご主人様だけに誤解と間違いがあったんです」

 

 沙那は憤然と言った。

 

「そうかねえ……。お前たちもそう思うかい、孫空女、朱姫?」

 

「まあ、沙那の話を聞く限りはね……。あたしらは、張須陀(ちょうすだ)の隠れ処から戻る途中で負傷した沙那のことを沙那があたしらを見限って逃げたと判断して、そのまま置いてけぼりにしたということのようだねえ……。あたしはてっきり、沙那がご主人様を見限って逃げたと信じきっていたけどね」

 

 孫空女が苦笑して言った。

 

「なに言ってんのよ。いまさら、ご主人様に失望も見限りもしないわよ。見限って立ち去るくらいなら、とうの昔に逃げているわ」

 

 沙那は言った。

 すると今度は宝玄仙が苦笑した。

 

「とにかく、沙那姉さんが戻ってくれてよかったです」

 

 朱姫がにこにこして言った。

 その朱姫は沙那が座っている椅子のすぐ横に自分の椅子を寄せて座っている。

 やたらとそばに寄りたがるのは、それだけ朱姫が純粋に沙那の帰還を悦んでいるということなのであろうが、あんまりしつこいので正直少しうっとうしい。

 

 黄眉の屋敷の大広間だ──。

 部屋にもともとあった卓に沙那、宝玄仙、孫空女、朱姫の四人が集まっていた。

 後天袋に化けた沙那が、美麓とともにこの屋敷に乗り込んで半日が経っていた。

 到着したのは明け方に近い時間だったが、いまはすっかりと陽も昇り、(ひる)に近い時間を迎えていた。

 

 黄眉の処断に成功して宝玄仙たちの解放に成功すると、とりあえず衰弱の激しかった宝玄仙と朱姫を休ませて、沙那は孫空女と美麓とともにこの屋敷の家探しをした。

 孫空女は、宝玄仙たちと同じように監禁されていたのだが、責めの主体が朱姫と宝玄仙だったために、あまり体力の損耗はしていなかったようだ。

 

 その結果、金板、宝石、大量の財貨などの膨大な財が見つかった。

 ほかにも殺した女たちから奪ったのであろう衣類などもあり、また食料もふんだんに保存してあった。

 美麓はそれらの中からごっそりと自分の取り分を確保すると、暗殺を請け負う代価としては十分だと、満足の言葉を口にした。

 ただ、これ以上は四人に関わるのは絶対にご免だと言って、別に見つけた雑嚢にさっさと財と衣類と食料を詰め込むとひとりで旅立っていった。

 

 どこに向かうのかを訊ねたが、どうしてもそれを言おうとはしなかった。

 とりあえずお礼だけ言ったが、美麓はまだ怒った様子で振り返ることなく屋敷を後にしていった。

 それから、宝玄仙と朱姫が眼を覚ますのを待ち、沙那は適当な衣類を着せると、ここに連れてきて、これまでの事情を説明した。

 どうやら、やはり、張須陀の棲み処からの逃亡に成功した沙那が、崖を踏み外して頭のおかしな兄妹に監禁されているあいだ、宝玄仙たちは沙那が張須陀に沙那を引き渡したことに腹をたてて立ち去ったものと考えたようだ。

 それでそのまま附国の城郭を後にしたらしい。

 

 沙那がやっと附国の城郭の宿屋に戻れたのは、宝玄仙たちが立ち去って二日ほど経った時期であり、沙那も慌てて追ったが、それからも色々とあったので再会するのに半月を要した。

 しかも、やっと見つけた宝玄仙たちは、罠に嵌って黄眉という妖魔に監禁されているという状況だった。

 

 逸る気持ちを抑え、沙那は、偶然に出逢った美麓という女傑を引き込むことを決めるとともに、黄眉に親しい小西天の顔役の後天袋の屋敷に忍び込んだ。

 うまく後天袋の屋敷への侵入に成功した沙那は、黄眉に捕らえられた宝玄仙たちの荷をそこで見つけ、そこから『変化の指輪』を手に入れた。ついでに、宝玄仙のえげつない淫具も…。。

 そして、たまたま出くわした後天袋の若い部下を殴って気を失わせ、その唾液を吸って変身したのだ。

 

 それからなに食わね顔をして後天袋に接近してみると、後天袋は、新しい女を探してすぐに納めろと黄眉に指示を受けて困っているところだった。

 そこで、後天袋に、美麓が女であることを教えてそそのかし、後天袋が美麓を捕らえることに協力するとともに、美麓を黄眉のところに連れていく途中で、後天袋以下の部下を倒して美麓を確保したのだ。確保するに当たっては、報復も兼ねて、早速、拾ったばかりの宝玄仙の淫具を使わせてもらった。

 

 それからは簡単だった。

 まずは後天袋を締めあげて黄眉について知っていることを洗いざらい白状させた。

 その中で沙那が使えると判断した情報は、黄眉が剥製にするための女を得た直後に、必ず黄眉は舌で女の陰部を舐めるという癖があるというものだった。

 美麓の身体は特別であり、体内に仕込んだ毒薬を思う通りに体液に混ぜることができるのだ。

 その能力を活用して美麓が黄眉に自分の淫液に仕込んだ毒を舐めさせるように促し、美麓はそれに成功した。

 

 黄眉は毒を飲んでのたうち始めた。

 そして、苦痛に倒れた黄眉の首を沙那が掻ききったことで、すべての黄眉の道術と霊具の力が消滅して全員を解放することができたのだ。

 

「まあ、なにはともあれ、全員が無事でよかったさ」

 

 お互いの話が終わると、宝玄仙がこれですべては終わりだというような感じで言い切った。

 これから、後天袋に奪われた荷を取り戻すために、小西天に戻ることになっているが、後天袋が行方不明になって混乱しているあの屋敷から、荷を取り戻すのは難しいことではないだろう。

 

「ご主人様が沙那姉さんを張須陀に引き渡した件はどうなったんですか? 沙那姉さんに謝罪するための嗜虐を受けるとかいう話じゃなかったですか?」

 

 すると朱姫が不満そうに言った。

 

「それはもういいじゃないかい。いまさら……。沙那もそう思うだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「もういいですよ……」

 

 沙那は言った。

 よくはわからないが、朱姫の言葉の通りであれば、張須陀の一件で迷惑をかけた侘びとして宝玄仙が沙那から嗜虐を受けるというようなことになっていたようだ。

 だが、本当にいまさらどうでもいい。

 それよりも沙那には宝玄仙に頼みたいことがあったのだ。

 そっちをして欲しい。

 

「ところでご主人様、お願いがあるんです……。この身体の治療をして欲しいのですが……」

 

 沙那は上衣の前紐を解くと、宝玄仙に向かって上衣を左右に開いて上半身の肌を見せた。

 

「な、なんだい、それは?」

 

 宝玄仙が驚いた声をあげた。

 沙那の肌には張須陀の隠れ処から逃亡した直後に捕らえられた兄妹から受けた鞭打ちや焼きごての傷がある。

 それに驚いたのだ。

 

「うわっ……。沙那姉さん……」

 

「これは酷いや……。大変な目にあったんだねえ、沙那……」

 

 朱姫と孫空女もそれぞれに声をあげた。

 

「わかった。ちょっと待ちな、沙那……。朱姫と孫空女については、さっき『治療術』で身体の回復を図ったけど、お前については忘れていたよ……。いま、身体を探るから……」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、なにか温かいものに身体が包まれるのを感じた。

 ふと視線を落とすと、上衣を開いた肌から残っていた蚯蚓腫れが消滅して綺麗な肌になっていた。

 まだ、温かい感じは続いているので、ほかの身体の部分の傷も宝玄仙が治療をしてくれているのだろう。

 沙那はほっとした。

 

「おやっ?」

 

 やがて、宝玄仙が首を傾げた。

 

「お前、尿道がおかしなことになっているようだね?」

 

 そして、愉悦を一杯に湛えたような表情を沙那に見せた。

 なにかとても嫌な予感がした……。

 

「そ、そうなんです……。それも治療をお願いしたいですが……」

 

 実はそれこそ宝玄仙にお願いして元の身体に戻して欲しいことだったのだ。

 いま、沙那の身体は少しばかり困ったことになっていた……。

 薬師の山小屋に監禁されている間に、愛寧から施された尿道調教のせいだ。

 

 あの変態娘は、強力な媚薬で沙那の尿道を媚薬漬けにして性感帯として開発したのだ。

 そして、その媚薬の影響がいまだに残っていて、いまでも排尿のときはおかしな感覚を覚えてしまうのだ。

 それを説明すると宝玄仙が大笑いした。

 

「わ、笑わないでください、ご主人様──。これも治療をお願いします」

 

 沙那があまりの宝玄仙の大笑いにむっとして頬を膨らませた。

 

「そうかい……。おしっこするたびに感じる身体にされたのかい……。さすがのわたしもそこを開発するのは忘れていたね……。うかつだったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那はどきりとした。

 宝玄仙のあの表情……。

 あれは危険な兆候だ……。

 

「ね、ねえ、ご主人様……?」

 

「ちょっと、試しにそこでしてみな、沙那」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「はっ?」

 

 思わずその場に立ちあがってしまった。

 そして、この女主人の悪い癖が始まったということを悟った。

 

「は、じゃないよ。そこでちょっと小便をやってみせなと言っているのさ。どのくらいのものか実際に尿をしてもらわないと治療のしようもないじゃないかい」

 

「う、嘘ばかり言わないでください。いつも道術で探るだけで『治療術』をしてくれるじゃないですか。実際に排尿をしてみせる必要なんてないはずです」

 

 沙那は叫んだ。

 

「つべこべ言うんじゃないよ。わたしが見せろと言ったら見せるんだよ──。いいから、ここでしな。どうせ、黄眉の屋敷だし、その場で遠慮なく垂れ流しな」

 

「じょ、冗談じゃ……。あはあっ──。そ、そんなあ……」

 

 沙那は抗議しようとしたが、最後まで喋れなかった。

 不意に猛烈な尿意が湧き起こったのだ。

 宝玄仙の道術だ。

 沙那は股間を押さえて、思わず腰を引いた。

 一瞬も耐えられないような猛烈な尿意だ。

 

「ひ、ひいぃ──。こ、こんなの……」

 

「ほらっ、その手も邪魔だよ。後ろに回しな」

 

 見えない力に引っぱられるように沙那の両手は股間から引きはがされて背中に回る。

 

「朱姫、沙那の下袴と下着を脱がせな。いま、脚の抵抗もなくさせたから」

 

「わかりました、ご主人様……。じゃあ、沙那姉さん、脱ぎ脱ぎしましょうね」

 

 朱姫が嬉しそうな顔で沙那に近寄ってくる。

 抵抗しようともがくが、まるで自分の脚ではないかのように動かない。その沙那の下袴に朱姫の手がかかる……。

 

「や、やめなさい、朱姫……。ねえ、ご主人様、こんなの酷いですよ」

 

「そうだよ──。いい加減にしなよ、ご主人様。沙那が、またどっかに逃げちゃったらどうするんだよ」

 

 孫空女が言った。

 

「なに言ってんだい、孫空女。沙那自身が言ったじゃないかい。いまさら、なにをしても嫌気なんかささないってね」

 

「そ、そんなことないですよ。やっぱり、考え直させてください」

 

 沙那は言った。

 

「そんな我が儘言ったら駄目ですよ、沙那姉さん……。じゃあ、脱ぎましょうねえ……」

 

 朱姫がそう言って沙那から下袴を下着ごと剥ぎ取っていく。

 しかし、宝玄仙の道術のためにまったく脚が動かない。

 足首から下袴と下着がまとめて抜かれる。

 

「さあ、おしっこしやすいように脚を拡げてあげます」

 

 朱姫が沙那の両脚を肩幅程度に開かせた。

 

「あ、あんた、調子に乗って──」

 

 沙那はかっとして朱姫に怒鳴ろうとした。

 だが、朱姫の顔を見て思わず絶句した。

 

 朱姫が涙を浮かべていたのだ。

 朱姫が泣いている……。

 

 沙那を嗜虐しながら涙を流す朱姫の感情が理解できなくて、沙那は当惑した。

 だがすぐに我に返った。

 一瞬不思議な感動をしそうになったが、よく考えたら、この朱姫は沙那を嗜虐できることに嬉し涙を流しているだけじゃないか。

 そう考えるとかっとした。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 沙那は声を張りあげた。

 だが、背中に回った手はまったく動かないし、脚もぴくりともできない。

 ふと見ると、孫空女は諦めたように一度嘆息して、そっぽを向いた。

 

「そ、孫女、あんたもこのふたりを止めてよ」

 

「無理言わないでよ、沙那。あたしの言うことなんて聞くわけないよ。沙那がいない間、つくづくそれをあたしは実感したよ」

 

 孫空女が応じた。

 

「そう言うことです、沙那姉さん。さあ、おしっこをどうぞ」

 

 いきなり、朱姫が指で沙那の肉芽のまわりを柔らかな手管で刺激した。

 

「ああっ」

 

 沙那は絶叫した。

 尿意の限界の股間を朱姫が撫でさすり、微妙な刺激を加えて沙那が尿意に耐えるのを阻止しようとしているのだ。

 それで終わりだ。

 耐えに耐えていた尿意は、沙那の意思とは関係なしにあっという間に堰を切った。

 

「あはあっ」

 

 道術で膀胱一杯に溜められた尿が勢いよく尿道を通った。

 その瞬間に大きな疼きが走り、沙那は激しい快感に身体を震わせてしまった。

 

「あははは……。これはいいねえ。尿をしながら快感に悶える姿はそそるじゃないか。本当にこれはいいよ……。これは絶対にそのままでいな、沙那。これから、お前が尿意を覚えるたびにからかってやるから……」

 

 自分の尿が激しく床を叩いている。

 宝玄仙の言葉を聞きながら、これからしばらくこのことでからかい続けられるという確かな予感に、沙那は絶望的な気分になっていた。

 

 激しい疼きを尿道に覚えながら……。

 

 

 

 

(第62話『追跡する者』終わり)



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 第63話  一夜美女【香蛾(こうが)】/清華(せいか)山賊篇(一)
400 娼婦志願の生娘


 ところどころに煙があった。

 死んだ兵らしき者の死骸もあちこちに転がっている。

 だが、不思議なことに武具や具足の類いはない。

 それどころか下着姿の者も少なくない。

 宝玄仙は歩きながら、その無残な光景を眺めていた。

 

「どうやら、戦が終わったばかりの跡のようだね。どことどこの戦いなんだろうね?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わかりません。この辺りは“比丘(ひおか)”と呼ばれる小さな国があった場所のようですが、いまではもう国は滅んで力の強い豪族が勝手に支配して税や利権を奪い合っているような場所です。戦は日常のことみたいです」

 

 沙那が応じる。

 朱紫国を離れて以来、山を越え、川をわたり、荒れ地を踏破しながら、国境も城郭もない地域をひたすらに西に向かう日々が続いていた。

 

 それでわかったのは、地図になんの記載もない空白地帯でも、人はどこにでも群れていて、それぞれの場所で逞しく村や町を作って生きているのだという単純な事実だ。

 ある場所では自衛をし、また、ある場所ではもっと大きな勢力に飲み込まれるなどをして町や村の安全を保つ努力をし、彼らは家族や部落を守っている。

 そして、人の集まりができればやはり戦いも起きるものらしい。

 このところ戦の跡に接することも珍しくない。

 

 ここに拡がっていたる戦の跡は、どこかの豪族同士の小競り合いという感じだ。

 川向うにすぐの場所に町があるが、ここから見る限り、戦がそこまで拡がったという気配はない。

 あるいは、お互いに戦はしても町を襲わないというような取り決めがあるのかもしれない。

 見たところ自衛の様子もないし、人も普通に暮らしているようだ。

 こんなにも戦場に近かったのに、それでも変化のない暮らしの営みというのは不思議な感じがする。

 

「そんなに大きな戦いというほどでもないようですね。死骸は三十くらいですから……。でも、どうして誰も彼も具足がないんだろう。武器も持っていないようだし……。周囲の状況から考えて、ここで小さな戦いがあり、彼らはそれで死んだ兵のようなのに、どうして具足も武器も持っていないのかなあ……? 彼らはなにも持たずに戦ったのかしら……」

 

 沙那が不可解そうに首を傾げた。

 すると孫空女が爆笑した。

 

「沙那、あんた、頭がいいのか、悪いのかわかんなねえ──。川の向こうに町があるのがわかんないのかい?」

 

「町がどうしたのよ、孫女?」

 

 沙那が笑われたのが不快そうに、赤い顔をして孫空女に応じた。

 

「戦が終わったばかりの戦場は、貧乏人にとっては金目のものを拾う漁場のようなものさ。戦場稼ぎって言葉知らないのかい? あたしもなんどかやったことあるよ。武具や武器はあの川向うの連中が持っていったに違いないよ。金目のものはなんだって奪っていくさ。川向うの町に行ってごらん。死んだ兵から奪った物がさっそく、辻で売られているよ」

 

 孫空女が馬鹿にしたような口調で言ったので、沙那は頬を膨らませている。

 もっとも、宝玄仙も“戦場稼ぎ”という商売があるというのは知らなかった。

 宝玄仙もそうだが、沙那もまた、この旅が始まる前までは、書物で得た知識しかない世間知らずだ。

 それに比べれば、孫空女などは文字も読めないような無学だが、世間の広さでは宝玄仙も沙那もかなわないだろう。

 

 川はそれほど広いものではなかった。

 町は少し混乱が残っているようだったが、やはり人が普通に暮らしていた。

 宝玄仙たちが東の入り口から入ると、しばらく民家の集まりが続いた。

 少し行ったところで宝玄仙は、一軒で家の前で主人らしき男となにかの交渉をしている旅の少年と出くわした。

 

「お願いします。怪しいものではありません。病気の祖父を東にある朱紫(しゅし)国という国まで連れていく途中なのです。どうか、宿をお願いします」

 

 その家は特に大きいというほどではなく、普通の民家だ。

 その普通の一軒の民家に少年は宿を求めているようだ。

 宝玄仙はなんとなくその少年に眼を留めた。

 頭に覆いを被り、粗末な外套で身体を包んでいるので年齢はよくわからないが声は若いと思った。

 背は朱姫と変わらないくらいだ。

 また、少年にしては身体が丸くて線が細い気がする。

 身にまとっていた布は恐ろしく粗末なものだった。

 

 しかし、宝玄仙にはすぐに、その少年のように見える若者が本当は少女であることに気がついた。

 そう言えば、少し前に美麓(みろく)という女殺し屋に少しだけ関わったが、その女もこの辺りの喧騒を避けて男の格好をしていた。

 おそらく、女が旅をするというのは物騒な土地柄なのだろう。

 だが、連れているという祖父はどこなのだろうと思った。

 見たところ、そばに祖父だという人間はいない。

 

「宿なら町の真ん中に宿屋がある。そこに行きな」

 

 対応している主人らしき男が言った。

 

「でも、宿賃がないんです……。どうかお願いします。祖父は病気で屋根のある場所で休ませてあげたいのです。納屋のような場所でも構いません。軒先でも……。どうか、お願いできないでしょうか……?」

 

「悪いけどほかを当たってくれよ。この辺りは物騒でね……。この間も、親切心で旅人を泊めた老夫婦がいたんだが、その旅の男に寝首を掻かれて家の物を奪われるという事件があったばかりだ。宿屋に行って頼みな──。普通の家じゃあ、絶対に泊めたりはしないから」

 

 するとその若者は見る限り意気消沈したようになった。

 

「……で、でも、宿賃がないんです……」

 

「あっ、そう……。気の毒だが……」

 

 家の男は戸を閉じようとした。

 だが、若者はそれを慌てて阻んだ。

 

「な、なら……、あ、あたしを買ってください──。一夜の宿代として抱いてもらって構いません。ですから……」

 

「あんたを?」

 

 男はびっくりしている。

 少し離れた場所でその様子をなんとなく見守っていた宝玄仙もいきなり、身体を買ってくれというその娘に驚いた。

 

「あたしは女です。歳は十五です。生娘です──。あたしと祖父を家に泊めて、それから食事をください。それだけでいいです。お願いします」

 

 少女はそう言うと、さっと外套を脱いで身体の脇に抱えた。

 身に着けているのは継ぎだらけのぼろぼろの少年の服だった。

 覆いを外した娘の髪も肌も随分と汚れていて、とてもじゃないが綺麗とは言えない。

 

 なによりも、遠目からでもわかる娘の顔半分に大きな茶色い痣があるのがわかった。

 いずれにしても、娘は生娘だと言ったが、ひと晩の宿の代わりにその身体を買ってくれという申し出に宝玄仙は驚いてしまった。

 男がどうするのだろうと思ったが、男は娘を一瞥して鼻を鳴らすと、ふと悪戯を思いついたような顔になった。

 

「ほう、その顔で身体を買ってくれときたか。なら、本気かどうか見てやるからその場で自慰をしてみな」

 

「えっ? こ、ここでですか?」

 

 娘の顔が真っ赤になった。

 

「おう、ここでだ。この真っ昼間にこの場で自慰をしてみろ。本当にやったら、考えてやるよ」

 

 娘が気が動転したようにもじついている。

 

「できねえなら、どこかに行きな。暇じゃねえんだ」

 

 男が不快そうに戸を閉じようとした。

 

「ま、待ってください──。やります。やりますから……。だ、だから、祖父だけでも泊めてください」

 

 娘は男のはく下袴だったが慌てたように、下袴の腰紐を緩めていきなり、股間に手を突っ込んだ。

 男が眼を見開いたが、すぐに爆笑した。

 ここからでは後ろ姿でよく見えないが、娘は下袴に入れた手を動かし始めているようだ。

 本当に自慰をしだしたのだ。

 

 男は笑いが止まらないというように笑い続ける。

 娘は顔を俯かせて泣きそうな顔で懸命に自慰をする。

 だが、馴れてないのか、なかなか、感じるというようにはならないようだ。

 

「もういい。それよりも、今度は豚の物真似をしな。股間をいじくりながらな」

 

 やがて飽きたのか、男が笑いながらまた、そう言った。

 

「ぶ、ぶう、ぶう……うっ、ぶ、ぶう……あ、ああっ……ぶう、ぶう……」

 

 すると小娘はその通り、股間をいじくりながらな豚の鳴き真似を始めた。

 これには、宝玄仙も驚いた。

 

「あいつ、ふざけやがって……」

 

 孫空女が不快そうに歯ぎしりした。

 ここから見ていると男がただ娘をからかっているだけなのは明らかだ。

 それでも、娘はそんなにしてまで宿を得たいのか、一生懸命の仕草だ。

 

 孫空女は、そのまま飛び出しそうな感じだったが、さっと沙那が孫空女を阻むように横に動いた。

 それで孫空女が少し落ち着いたような表情になった。

 

「もういい、やめな──。やっぱり、醜女の自慰はつまらんな。ほかをあたれ」

 

 男が犬をあしらうように手で追い払い、戸をぴしゃりと閉じた。

 

「そ、そんな……。ま、待ってください。言われた通りにやったのに──」

 

 眼の前で閉められた戸に娘がうろたえた声をあげた。

 しかし、もう戸の向こうからの反応はない。

 娘はがっかりした様子で肩を落としている。

 

「待ちな、お前」

 

 また、次の家にでも行こうとしている娘に宝玄仙は声をかけた。

 

「はい?」

 

 娘が振り返った。

 

「ご主人様……?」

 

 沙那がなにかを言おうとしたが、それを宝玄仙は手で制した。

 

「面白い娘だね。ちょっとおいで……」

 

 娘はやってきた。

 宝玄仙は上から下まで見聞するように娘を見た。

 肩までの髪は黒いのか白いのかわからないくらいに汚れている。

 普段から栄養のあるものを食べていないのか全体的に痩せていて胸も申し訳程度に膨らんでいるだけだ。

 顔は顔半分を覆う痣が覆っている。

 眼は小さく、鼻は低くて丸い。

 お世辞にも彼女を美しいという者はいないだろう。

 

 だが、本当に生娘というのであれば、いくら醜女だといっても身体を売るのは大変な決意だろう。

 それをたったひと晩の宿の代わりに差し出すのだという。

 宝玄仙はそれに興味が湧いた。

 

「お前、名はなんというんだい?」

 

「こ、香蛾(こうが)です……。あ、あのう……」

 

 香蛾は訝しげな表情を向けた。

 

「宿と食事のために身体を売るというのは本気のことだったのかい?」

 

「そ、それは……、もちろん、もしも、買ってくれるなら……。あたしには、それくらいしか売れるものがないし……。で、でも、あたしはこんな顔だから、商品にはならなくて……」

 

「顔がどうしたんだい……? だいたい、物売りの行商人じゃあるまいし、家を訪ね歩いて身体を買ってくれもないものだよ。だいたい、まだ陽が明るいじゃないかい。それじゃあ、売れるものも売れやしないさ」

 

「そ、そうですよね……。あたし、顔がこんなんだし……。やっぱり、明るい場所じゃあ、買ってはくれないですよね……」

 

 香蛾はうな垂れた。

 

「顔の話じゃないさ──。そうじゃなくて、売り方の話だと言ってるのさ。だいたい、娼婦をするんなら、こんな民家の前じゃなくて、もう少し先に宿屋や酒場もあるんだろう? そういうところに行ったらどうなんだい? ああいう場所は酒も売るから女を買いたがる男もいるよ……。だけど、いずれにしても女がたったひとりで身体を売るなんざ無謀だね。身体を奪われた挙句に金がもらえないなんていうのはいい方で、殺されるかもしれないよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「実はもう頼んだんです。最初は宿賃の代わりにならないかと思って宿屋に行ったんです。でも、断られたんです。あたしみたいなのは娼婦にもなれないと言われて……」

 

 香蛾は悲しそうな表情で言った。

 

「ねえ、あんた、どうして娼婦にこだわるの? 本当にたったひと晩の宿と交換に身体を売ってもいいの?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「でも、それくらいしかあたしには、もう売るものがなくて……。あたしが持っていた蓄えもすっかりと尽きてしまったし……」

 

「旅の途中なの?」

 

「はい」

 

「さっき、病気のお祖父さんが一緒だと言いませんでした?」

 

 朱姫だ。

 

「具合が悪いので町の西の入口に寝かしています。あたしひとりじゃあ運べなくて……」

 

「おや、病気の連れがいるというのは本当のことだったのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「はい、ここに来るまでは、なんとか支えていれば歩けたのですが、町の入り口で歩けなくなってしまって……。路銀がないので野宿ばかりしてきたのですが、今夜は屋根のあるところで寝かせてあげたいのです」

 

 香蛾が言った。

 

「病かい……。それはいけないねえ……。まあ、とにかく行ってみるさ……。それと、お前の身体を買う相手を探してやるよ。そいつに抱かれな。本当に身も知らない男に抱かれたなら、宿代と食事代はわたしがを出してやるさ。だから、今夜はわたしらと一緒においで」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 宝玄仙の言葉に香蛾が破顔した。

 香蛾の顔に曇りや迷いはない。

 どうやら、身体を売ってもいいというのは嘘ではないようだ。

 とりあえず、香蛾が祖父を置いてきたという場所に皆で行くことにした。

 

「ねえ、ご主人様、本当にあの娘を誰かに抱かせるつもりですか?」

 

 歩き始めるとすぐに沙那がささやいた。

 

「いや、こいつの覚悟を知りたかっただけさ。そんな面倒で得にもならないことはしないよ」

 

「へえ、ご主人様も優しいところがあるじゃないかい」

 

 今度は孫空女が言った。

 

「なにが優しいんだい、孫空女?」

 

「だって、病気のお祖父さんを連れて困っているこの娘さんを助けてやるつもりなんだろう?」

 

「なに言ってるんだい、孫空女……。わたしは、純粋にこいつに興味があるのさ。生娘だというしね。お前たちのように擦れた女じゃなくて、久しぶりに純情無垢な娘を調教してみたいものさ」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「わたしは宝玄仙という旅の女さ。こいつらは、それぞれ、沙那、孫空女、朱姫……。わたしの供さ」

 

 歩きながらこちらも簡単に挨拶を交わした。

 

「ところで、香蛾、お前たち二人の宿代と食事代を出せば、お前の身体は使い放題──。それでいいんだね?」

 

「は、はい、もちろんです」

 

「だったら、ほかの誰かじゃない。わたしに抱かれな。この宝玄仙がお前を調教してやろう。その代わり、たったひと晩じゃあ終わらないよ。最低三日は続くからね。その間の宿代と食事代の面倒は看てやる。急ぐ旅なのかどうかは知らないけど、年寄りの旅の病は侮っちゃ駄目だ。丁度いいから、年寄りは休ませておきな。その間、お前はわたしの調教を受けるんだ。いいね?」

 

「そ、それはむしろ、ありがたいお話ですが……。で、でも、あなた方は女の方なんじゃあ……?」

 

 香蛾は当惑した口調で言った。

 

「わたしたちも女よ……。でも、ご主人様の性の調教を受けているわ。いいのね、香蛾? ご主人様の調教はつらいわよ」

 

 沙那は静かに言った。香蛾が眼を丸くした。

 香蛾と出遭ったのは町の東側の一画だが、香蛾が連れの老人を置いてきたのは西側の入口のようだ。

 中央付近には一軒の宿屋と数軒の商家が集まっている地域もあり、ここが町の中心部だろう。

 それを通り過ぎて、西の入口の辻に着いた。

 

 そこに老人が樹に背もたれて座っていた。

 確かに随分と弱っているように思えた。

 しかし、病というよりは生命力そのものが尽きようとしているかのような感じだ。

 老人は香蛾を認めるときつい視線を向けた。

 

「ど、どこに行っておった、香蛾──? まさか、逃げようと思ったのではあるまいなあ」

 

「逃げたりはしません……。お話したように、もう、あたしの手持ちのお金はなくなったんです。だから……」

 

 しかし、老人が香蛾の言葉を遮った。

 

「ふん、そんなのは知らん。死にたくなけば、わしを朱紫国まで連れて行くのだ。わしを見捨てたりすれば、わしはお前を殺すからな。わしが念じればその首輪の霊具がお前を殺すのだ。それを忘れるな。路銀はお前がなんとかしてこい……。とにかく、わしが持っている財は必要なものなのじゃ。びた銭一枚使わせんぞ。路銀の手配はお前の役割じゃ」

 

「わかってます。だから、宿と食事の面倒を看てくれる方を探していたのです」

 

 香蛾が老人に言った。

 

「わしを捨てて言ったのではないのだな、香蛾? 捨てていけば、お前は死ぬことになる。いいな?」

 

 老人が弱々しい声で言った。

 

「あたしは逃げません。逃げてもどこにも行くところはありませんから……」

 

 香蛾がそう言ったとき、宝玄仙は初めて香蛾の首に白い首輪があることに気がついた。

 なにかの飾りだと思って気にも留めていなかったが……。

 

 そう言えば、故郷の東帝国では首に霊具の首輪を装着させるというのは奴隷の証だった。

 奴隷の象徴としての装飾具であるが、それに奴隷の逃亡防止の道術をこめた首輪もある。

 

「宿代はない。わしは財は持っているが、これは朱紫国の愛人のところに到着してから、商売の元手に必要な物なのだ。びた銭一枚もわけるわけにはいかん。旅の宿賃と食事代を作るのはお前の役目だ、香蛾。死にたくなければわしの世話をしろ。わしが死ねば、お前も死ぬことになっておるのだ。それを忘れるな」

 

 老人はまた同じことを言った。

 

「わかっています。ですから、今夜はこの方々のお世話になることになりました」

 

「この方々?」

 

 老人はやっと宝玄仙たち四人の存在に気がついたような視線を向けた。

 

「誰じゃ、こいつらは?」

 

「宝玄仙という旅の女の方です。こちらは、そのお供の方々の沙那さん、孫空女さん、朱姫さんです」

 

「……見も知らぬ人間の世話になるなど……。わしの財を狙う盗賊だったらどうするのじゃ」

 

 老人は険しい表情をした。

 

「なあ、爺さん、話を聞いてたら、あんたそこに金を持ってるのかい? だったら宿代くらい払いなよ。こいつは、あんたの宿代のために身体を売ると言ってるんだよ」

 

 孫空女が怒鳴った。

 

「な、なんでこいつがわしの財のことを知っとる? さ、さては、香蛾、お前が喋ったのだな?」

 

 老人が喚いた。

 もっとも、口調は荒いが老人の口調には覇気がなく弱々しい。

 

「爺さん、頭は大丈夫かい? あんたが、自分で喋ったんだよ」

 

 孫空女が困惑した様子で言った。

 しかし、老人は孫空女を無視している。

 香蛾に殴りかかろうとしたが断念し、その代わりに香蛾に唾を吐きかけた。

 香蛾は項垂れたままでいる。

 

「あ、あんた──」

 

 孫空女がさらになにか言おうとするのを香蛾が顔を向けて止めた。

 

「放っておいてください。しばらくすればなにもかも忘れてしまいますから……。これはいつものことなんです」

 

 香蛾が低い声で言った。

 

「な、なにをこそこそと話しておるのだ、香蛾──。さては、本気でわしの財を奪う気じゃな? そんなことをすれば、お前を首輪で殺すぞ──。殺すからな──」

 

 老人が興奮で顔を真っ赤にした。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「別に怪しい者じゃないよ、お祖父さん……。わたしは、この娘の健気さに興味を抱いて宿代を肩代わりする気になっただけさ……。あんたの財は大事にとっておきな……。さて、孫空女、この爺さんを背負いな」

 

 宝玄仙は孫空女に命じた。

 香蛾を手伝って供たちが老人の身体を孫空女の背中に載せる。

 そのままさっき通り過ぎた宿まで戻る。

 

「おお、お前はさっきの醜女か……。お前のような女を相手にする者はいねえと言ったろう。恵んでやる残飯もねえ……。さっさと散りな」

 

 亭主が香蛾を認めていきなり怒鳴った。

 そう言えば、香蛾はすでにこの宿に自分の身体と引き換えに宿を貸してくれと交渉したようなことを言っていた気がする。

 そのときはいまのように、けんもほろろに追い払われたのだろう。

 

「こいつも客だよ。宿代はわたしが払う。文句はないだろう?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 宿の亭主は宝玄仙の美貌と気位、そして、宝玄仙の口調の厳しさに当惑した表情になった。

 すぐに、朱姫と沙那が宿の主人の前に進み出て部屋の交渉を始める。

 

「香蛾とそのお祖父さんの部屋でひとつ……。わたしたちは四人部屋をとりました。湯代、薪代、油代もすでに支払っています……。夕食と朝食は宿代に込みよ。ここが食堂で、ここに来ればいつでも食事は準備してくれるそうよ」

 

 交渉と銀のやり取りが終わり、戻ってきた沙那が言った。

 最後の言葉は香蛾に対する言葉だ。

 

「ねえ、香蛾、この爺さん、ちょっと具合が変だよ」

 

 老人を背負っている孫空女は言った。

 宝玄仙も孫空女の背中の老人を見た。

 確かにおかしい……。

 

 ついさっき町の入口の辻で香蛾と喋っていたが、いまはもうぐったりとして意識がないようだ。

 かなり衰弱が激しく見える。

 宝玄仙は、『治療術』で病を癒すことを一瞬考えたが、この老人には霊気が備わっていない。

 つまり、道術を及ぼすには、この老人の身体に魔法陣を刻まなければならない。

 いまのこの状態では、この老人が道術紋を刻むことに耐えられないのは明らかだ。

 

「沙那、この年寄りに薬を分けてやりな……。亭主、柔らかい食べ物か滋養のつく汁を作ってくれないかい」

 

 すでに宿代を受け取っている宿の亭主は、さっきの尊大な態度とはがらりと変わって、心配そうな表情で厨房に向かった。

 

「孫空女、とりあえず、そいつを寝台に横にさせてきな……」

 

 宝玄仙がそう言うと、孫空女は沙那とともに借りた部屋に向かった。

 部屋はこの食堂を兼ねた入口の奥にあり、長く続いた廊下の両側にそれぞれの部屋に入る扉がある。

 部屋が並ぶ廊下に進んでいった孫空女たちを見ていると、どうやら宝玄仙たちの部屋は突き当りの最奥であり、香蛾と老人のために借りた部屋はその手前のようだ。

 

「亭主、わたしとこいつの部屋は、結界を刻むからね。承知しておいておくれ」

 

 宝玄仙は厨房に立って背を向けている亭主に怒鳴った。

 亭主の了解したという声が戻ってきた。

 

「あ、あなた様は道術遣いだったのですか?」

 

 香蛾が眼を見開いている。道術遣いというのは一般では珍しい存在だ。

 たまたま声をかけられたのが道術遣いだとは思わなかったのだろう。

 

「そういうことだね……。お前も行きな、香蛾。とりあえず、あの年寄りの面倒を看なければならないだろう? お前の夕食は部屋に運ばせるように言っておくよ」

 

 あの老人は明日まで持つことはないのではないか……。

 なんとなく宝玄仙はそう思った。

 病というよりは、あの老人の生命力が尽きようとしているのだ。

 それは道術ではどうしようもないことだった。

 

「で、でも、それでは宿代の代わりが……」

 

 香蛾が身体をもじつかせた。

 

「もう、いいよ……。あの爺の具合がよくなるまでね。ひと晩と言わずに、二晩でも、三晩でも宿代は出してやるよ。どうせ、わたしらも急ぎの旅でないんでね」

 

 宝玄仙は言った。

 だが、もって数日だろう。

 宝玄仙はひそかに思った。

 もっとも、数日生き延びて、身体が少し回復すれば道術でやりようもあるかもしれない。

 いずれにしても、この数日があの老人の山場だ。

 香蛾は何度もお礼とお辞儀をしてから、老人を追って部屋に向かった。

 

「いいところありますね、ご主人様。結局、あの香蛾の世話をするつもりになったんですね」

 

 残っていた朱姫が声をかけた。

「仕方ないさ……。ああいう純情そうな娘で遊ぶのも愉しいと思ったけどねえ……。気の毒だけど、あの老人は長くないね。だから、あの老人を放っておかせるわけにもいかないさ」

 

 宝玄仙は肩をすくめた。

 

「ところで、ご主人様、あの香蛾の首輪ですけど……」

 

「わかってるよ、朱姫……。でも、放っておきな。あの香蛾は達観しているよ。あの年寄りの死期が近いのも感じているのさ。だから、あんなにしてまで年寄りを屋根のある場所で寝かせたかったのさ」

 

 宝玄仙は言った。



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401 立小便競争

「この町に入るときに見たのは、戦の跡じゃないそうです、ご主人様。大きな隊商が盗賊団の略奪を受けたようです。死んでいたのは隊商の護衛と商人で、ほかの者は連れて行かれたようです。なかなかに乱暴な連中のようですが、この町は定期的にかなりの財を支払っているので略奪は免れているのです……。でも、その隊商は盗賊団の脅しに応じずに、皆殺しにされたということのようです」

 

 戻ってきた沙那が宝玄仙に言った。

 香蛾(おうが)と連れの老人の分の食事の手配をして、四人で食堂で夕食をとった。

 その後、孫空女たち三人はそのまま部屋に戻ったが、沙那だけはひとり残って、周辺情報を探っていたのだ。

 その沙那が部屋に戻ってきた。

 

「まあ、いいさ、そんなこと……。それよりも、今夜も始めるよ、沙那……。お前がいない間にすっかりと準備も終わっているよ。床には道術の膜を敷いてやったからね。小便をしても部屋を汚して迷惑をかけることはないさ。さあ、今夜もさっそく垂れ流しな、沙那」

 

 宝玄仙が陽気に叫んだ。

 

「もう嫌です……。いつも、いつも、わたしばっかり……。いい加減にしてくださいよ」

 

 沙那が頬を膨らませた。

 孫空女はその様子に思わず苦笑してしまった。

 

 沙那が不平を言うのも一理ある。

 しばらく前、沙那はあることから薬師の兄妹の調教を受けて、尿道を性感帯として開発されてしまって、尿をするたびに悶えるような身体にさせられたのだ。

 それを面白がった宝玄仙が、このところ毎夜のように沙那に尿をさせることを性愛のきっかけにするのが続いていたのだ。

 当然、四人の性愛の犠牲の中心は沙那ということになり、沙那が全員の集中砲火を浴びて、完全に倒れるまで責められるというのが連続していたのだ。

 

「我が儘言っちゃいけませんよ、沙那姉さん……。さあ、服を脱いで……。とりあえず、下だけ脱ぎましょうか。あたし、今夜も沙那姉さんが真っ赤な顔で吐息をしながらおしっこするところ見たいです」

 

 朱姫が沙那の下袴を剥ぐような仕草で沙那に詰め寄る。

 

「あ、あんた、調子に乗って……。あんたもおしっこしなさいよ」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「それもそうだね。たまには、三人全員で小便をしてもらおうか。ただの小便じゃないよ。立小便だ。全員、下を脱いで並びな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、三人ですか、ご主人様?」

 

 きょとんとした声をあげたのは朱姫だ。

 朱姫は無理矢理に脱がそうとしていた沙那の下袴から手を離した。

 

「そうだよ、朱姫──。三人並んで立小便さ……。まあ、でも、ただ立小便をやっただけじゃあ、面白くないか……。なら、負けたひとりは罰ということにするさ。一番飛ばなかったひとりは今日の犠牲者ということにするよ……。じゃあ、三人ともまずは下半分をすっぽんぽんになって並びな」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「そうね。三人よ……。三人でしましょう。さあ、やるわよ」

 

 沙那が元気に言った。いつもの馬鹿げた宝玄仙の気まぐれだが、沙那としては、ひとりで恥をかくはずだったのが、皆でやることになったのだから、不平はないだろう。

 いつもは、こういうことを嫌がる沙那が珍しく乗り気だ。

 

 だが、孫空女は大きく嘆息した。

 立小便の飛ばし合いというのは、およそこれほど恥知らずの遊びもないと思うが、この宝玄仙の供になって三年以上の月日が経っている。

 大抵のことはやらされたから、もう心に耐性ができたという感じだ。

 それにしても宝玄仙の道術で汚れないようになっているとはいえ、部屋の中で三人並んで立小便をするいうのとは……。

 

「た、立小便って……?」

 

 朱姫が動揺した声をあげた。

 そのとき孫空女は、ひとりだけ朱姫がやけにおどおどしていることに気がついた。沙那に服を脱げと迫っていたさっきの元気が嘘のようだ。

 

「つべこべ言わないのよ、朱姫。さっさと支度しましょう。あんたは、下袍だから両手で捲りあげるだけでいいんじゃない。とりあえす、下着だけ脱げば」

 

 沙那が言った。

 そして、自分はさっさと下袴の腰紐を解いて下を脱ぎ始める。

 孫空女と沙那はいつも戦いやすいように男の服装をしている。

 だから、立小便と言われれば、下袴も下着も脱いで下半身は全裸にならなければならない。

 だが、朱姫はいつも下袍なので、確かに下着だけでいいのかもしれない。

 

 しかし、孫空女は、そのとき、沙那の朱姫に対する小さな罠があることに気がついた。

 やたらに、沙那が張り切ったのは、そういうことだったのだ……。

 つまり、沙那は朱姫に勝ち目のない勝負を強要するつもりなのだ。

 

 そして、かなり以前に宝玄仙に立小便の練習をさせられたときのことを思い出した。

 そういえば、あれはまだ、朱姫が供に加わる前のことだったと思う。

 だから、朱姫は女の立小便のやり方は知らないはずだ。

 沙那はそれを覚えていたのだろう。

 

「さっさとしな、お前たち……。孫空女、床に線を描きな。その床の膜は指で簡単に線が引けるから……」

 

 孫空女は、宝玄仙の指示に従い、指で床に一本の線を描いた。

 その線に沙那、孫空女、朱姫と並ぶ。

 沙那と孫空女はすでに下袴も下着も脱いで身体の後ろに置いている。

 朱姫は下着だけ脱いで、下袍の裾を両手でたくしあげている。

 

「で、でも立ったままって……」

 

 朱姫がまだ戸惑っている。

 困惑した表情でこっちをちらちらと見ている。

 やはり、どうしていいかわからないのだ。

 

「始めるよ」

 

 宝玄仙が愉しそうな声をあげた。

 

「あくっ」

「はっ」

「ひうっ」

 

 三人が同時に声をあげた。

 いきなり猛烈な尿意が湧き起こったのだ。

 宝玄仙が道術で尿意を送り込んできたに違いない。

 両隣りでは朱姫と沙那も顔を真っ赤にして腰を震わせている。

 

「ほら、さっさとやりな。我慢するつもりなら、尿意を倍にしてやるよ。まあ、その方が勢いがいいかもしれないけどね……。ただし、膀胱が破れてもしらないよ」

 

 宝玄仙が哄笑した。

 

「じゃあ……」

 

 沙那が羞恥に顔を染めた様子で促す。

 孫空女も仕方なく脚を開いて股間の緊張を解いた。

 両手を股間に添えて、おしっこが出る穴をぐいと開いて腰を前に突き出す。

 恥ずかしいがこうしなければ尿は股間の真下に垂れるだけで前には飛ばない。

 尿意を解放すると、孫空女の股間から勢いよく尿が前に迸った。

 

「あはあ……」

 

 一方で、沙那が真横で甘い声を出しながら、くるりと身体を反転させる。

 以前にふたりで立って尿をやる行為を練習させられたとき、沙那は姿勢を前にして尿をする方法は得意ではなかった。

 その代わり、尿を後ろ側に飛ばすのは得手だった。

 沙那が飛ばす方向に背を向けると腰を前側に屈め、孫空女以上に開脚してお尻を尿を出す方向に突き出すようにして後ろ方向に尿を勢いよく飛ばした。

 孫空女と同じなのは、やはり手を股間にやって尿の出口を開くようにしていることだ。

 沙那の股間からも孫空女ほどではないが引いた線よりもかなり前に飛んでいる。

 

「んふうっ……あっ……ああっ……」

 

 尿をしながら小刻みに震えるのはきっと欲情を覚えているからだろう。

 

「な、なんです、それ? えっ、えっ──?」

 

 朱姫の戸惑ったような声がした。

 どうやっていいかわからなかったようである朱姫は、両手で下袍をたくしあげて股間に力を入れて尿をしていたが、残念ながらほとんどの尿は股間の真下に落ちている。

 孫空女のように前を向いて立小便をするにしても、沙那のように後ろ向きで腰を引いて尿をお尻側に飛ばすにしても、おしっこの出る穴を両手で開かないとどうしても尿は真下にしか落ちない。だが、それを知らなかった朱姫はその両手で下袍をたくしあげている。

 だから、尿道口を開くことができないのだ。

 

「ははは……、どうやら、罰は朱姫のようだね」

 

 宝玄仙が手を叩いて笑った。

 

「ず、ずるいですよ……。あ、あたし、そんなやり方知らないです」

 

 朱姫が下袍をあげたまま真っ赤な顔で言った。三人の排尿は続いている。

 

「し、知ら……ないわよ……。はああ……」

 

 ひと足早く尿が終わった沙那が甘い声で悶えながら言った。

 

「そういうことさ、朱姫。観念しな……。ついでに、立小便の得意な姉さん方を見習いな」

 

 宝玄仙が手を叩いて笑っている。

 三人の尿が終わると、床に存在していた白い膜が消滅した。

 床に撒き散らした三人の尿もその臭いも嘘のようになくなる。

 

「さあ、今夜はあんたよ、朱姫──」

 

 いきなり、沙那が朱姫の腕をむんずと掴んだ。

 沙那が朱姫の服を脱がせ始める。

 

「わっ、わっ……、じ、自分で脱ぎます、沙那姉さん……。脱ぎますってばあ……」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「おやおや……。なら、そうだね……。朱姫、今日のお前は、なんにもできない人形になりな──」

 

 宝玄仙がいつになく強引な沙那の様子を見て、興を覚えた声をあげた。

 

「わっ、わっ」

 

 すると朱姫の身体が不意に脱力した。

 立ってはいるが両腕はだらりと力が抜けて体側に垂れている。

 宝玄仙が朱姫に刻んでいる道術紋から術をかけたのだろう。

 三人の供は宝玄仙が術で身体を自在にできるように道術紋を刻まれている。

 この道術紋から道術を注ぐことで、宝玄仙は三人の身体を操り、感覚を操作し、あるいは肉体を変形させたりする。股間に男性器を生やさたり、身体の感度をあげりたり、絶頂できないように感覚操作されたりしていたぶられたのは一度や二度ではない。

 

「さ、沙那姉さん……。ら、乱暴にしないで──」

 

 朱姫が悲鳴をあげている。

 動けなくなった朱姫を沙那が寝台のひとつに押し倒したのだ。

 

「このところ、いつも、いつも、調子に乗って……。いい加減に腹に据えかねていたのよね。今夜は覚悟しなさい、朱姫。徹底的に仕返ししてあげるからね」

 

 沙那が朱姫から最後の下着を取りあげた。

 だが、そういう沙那も孫空女自身も下だけなにも履いていない状態であり、これはこれで少し恥ずかしい気がする。

 しかし、沙那は頓着ないようだ。

 動けない朱姫の両手両足を寝台の上で大きく拡げさせた。

 

「ほう、張り切っているねえ、沙那……。まあ、確かに、朱姫はこのところ、お前に容赦なく責めかかっていたからねえ……。じゃあ、今夜はお前に任せるさ、沙那。朱姫を好きなようにしておやり」

 

「そ、そんなあ……」

 

 朱姫が真っ赤な顔で声をあげた。

 

「じゃあ、どうしてやろうかしら……。そうだ──。ご主人様、『ずいき油』をまた作りましたよね。あれを貸してください。朱姫のお尻にたっぷりと塗り込んでやります……。だけど、お尻だけは責めないんです。責めるのはほかの場所だけ……。そうやって、ひと晩中お尻を放置してやります……。ほかの部分でいけばいくほど、お尻が痒くなって、それなのに、お尻だけは誰も触らないんです──。ふふふ……。朱姫はきっと泣きますよ」

 

「ひいっ──。そ、そんなことしないで」

 

 朱姫が沙那の言葉を聞いて悲鳴をあげた。

 お尻は朱姫の最大の弱点だ。

 そんなことをされたら、本当に朱姫は苦痛に悶え泣くに違いない。

 

「ほらよ」

 

 宝玄仙が笑いながら沙那に『ずいき油』の瓶を渡した。

 孫空女も悶え泣くほどの強烈な掻痒剤だ。

 それを沙那がたっぷりとすくって朱姫の無防備な肛門に擦り込んでいく。

 

「あ、ああっ……だ、だめえっ……ひ、ひいっ……ご、ごめんなさい……、だ、だから……、ひいっ──」

 

 朱姫がさっそく心臓を締めつけられたような悲痛をあげた。

 

「なにやっているのよ、孫女──。朱姫を責めたててよ」

 

 沙那が孫空女を振り向いて怒鳴った。

 久しぶりに朱姫に仕返しができるこの機会に夢中のようだ。

 

「はいはい……」

 

 孫空女は朱姫の寝台の足側に移動した。

 寝台には柵のようなものはない。

 孫空女は床に跪くと朱姫の足の指先を口に含んで足の指の間に舌を這わせた。

 

「あ、あはっ……、そ、それは──あああっ……」

 

 孫空女に足の指を刺激され、沙那に肛門をいたぶられている朱姫がさっそく激しく反応し始めた。

 

「どれどれ、じゃあ、わたしも混ぜてもらおうかねえ……」

 

 いつのまにか全裸になった宝玄仙がやってきた。

 朱姫の小ぶりの乳房に顔をつけると乳首を咥えてちゅぱちゅぱと舐めだす。

 

「あふうっ──。い、いくうっ──」

 

 朱姫の身体が小刻みに震えて股間からどっと愛液が噴き出した。

 

「一回目ね、朱姫……。まだまだ、お尻に足してあげるわよ。一生懸命に悶え泣きなさい」

 

 沙那が酷薄な声でささやくと、再び『ずいき油』をすくって大量の薬剤を朱姫の肛門にべっとりと押し込んだ。

 

 

 *

 

 

 

「朱姫、朝食よ」

 

 沙那は寝台に突っ伏したままの朱姫に呼びかけた。

 朱姫はただひとり、まだ寝台にうつ伏せに横たわったままでいる。

 

「うう……、沙那姉さんの意地悪……」

 

 朱姫の唸り声のような声が返ってきた。

 沙那は苦笑した。

 

「おやおや、朱姫は今日は起きれないのかい……?」

 

 当番の孫空女に口の掃除をさせていた宝玄仙が孫空女を離して笑った。

 

「みんな、みんな、嫌いです……」

 

 朱姫は寝台から動くことなく絞り出すように言った。

 

「まあ、いいじゃないか、ご主人様。今日もここに泊りだろう? 朱姫は寝かせておこうよ。あたしが後で朱姫の分の食事は運んでやるさ」

 

 孫空女も笑いながら言った。

 昨夜はひとりだけ朱姫が集中攻撃だった。

 このところ、朱姫にやられっぱなしだった沙那の鬱憤が爆発したかたちだったが、沙那が朱姫の弱いお尻を徹底的に責めたてたのだ。

 掻痒剤を朱姫の肛門に塗りたてて、まずは痒み責めにし、宝玄仙の道術で身動きできなくされた朱姫の肛門以外の部分を三人で同時に責めて朱姫を連続絶頂させた。

 おそらく、この最初の責めだけで、朱姫が達した回数は軽く二桁に達しただろう。

 しかし、肝心の肛門を放置されている朱姫は、この時点では失神もできないでいた。

 

 それから三人で代わる代わるの尻責めだ。

 沙那が中心となり、舌舐めから始まり、筆責め、刷毛責め、指責め、箸責めを繰り返した。

 大きな刺激ではないが、あえて弱い刺激を長時間与えられることにより、朱姫はほんのちょっとの刺激で肛門で達するようになった。

 しかも、ずっと繰り返し、沙那が『ずいき油』を塗り足し続けている。

 朱姫は半狂乱になった。

 

 朱姫の肛門の性感は信じられないくらいに高まったことだろう。

 この状態になってやっとみんなで朱姫の肛門を張形責めにした。

 朱姫は狂ったように反応した。

 張形を抉るたびに繰り返し絶頂し、またゆっくりと抜くときに連続して達する。

 それが繰り返したのだ。

 それこそ一往復の間に数回の絶頂をし、それが果てしなく続いた。

 しかも、ひとりが肛門を責めている間に、残りのふたりが朱姫のほかの部分も責めていた。

 最後には一度の絶頂で失神し、つぎの一瞬で覚醒するという状況になった。

 もしかしたら、最終的に朱姫の絶頂は三桁になったかもしれない。

 時間も長かった。

 朱姫に対する三人掛かりの責めは夜通し続き、すべてが終わったのも、まだ数刻前だ。

 起きあがることができないのも無理はない。

 

 まあ、少しやり過ぎたかもしれないという悔悟が沙那にないことはない。だが、このところ、沙那ばかり責めたがる朱姫に閉口していたのは本当だ。

 たまにはいい薬だと思っている。

 

「じゃあ、今日はゆっくりと休みなさい、朱姫」

 

 沙那も言った。

 

「沙那姉さんの意地悪……」

 

 うつ伏せの朱姫の言葉はそれだけだった。

 肩をすくめて、宝玄仙と孫空女の方を見た。

 沙那についてはすっかりと身支度は終わっているが、ふたりもまだ全裸だ。

 宝玄仙が寝台に胡坐をかいて座り、孫空女が前側から覆いかぶさるように顔を宝玄仙の口に寄せている。

 まるで、性交しているような光景だが、孫空女がやっているのは宝玄仙の口の掃除だ。

 三人の供がやらされている儀式のようなもので、宝玄仙の供になって以来、全員が交替で続けている。

 

 つまり、孫空女がやっているのは、宝玄仙の口の中を舌で掃除をするということだ。

 宝玄仙の歯の一本一本から口の中のすべてを隅から隅まで舐め回しているのだ。

 ただ舐めるだけではなくて、この間に宝玄仙の気紛れのような舌の反撃と身体への愛撫も受けなければならない。

 あれはあれで、かなりの体力を使う作業だ。

 孫空女も真っ赤な顔をして懸命に奉仕している。

 

 沙那が見ていると宝玄仙は、孫空女が敏感に反応するのが愉しくて、孫空女の舌を舌で舐めかえしたり、まだ服を着ていない孫空女の裸身に両手を這わしたりしている。

 孫空女も下手に抵抗すると宝玄仙の責めが強くなるだけなので耐えているようだ。

 それといいことに、宝玄仙の悪戯はますます大きくなる。

 今度はすっと孫空女の股間に手を移動させて指で弾くように刺激した。

 

「あふうっ」

 

 ついに、孫空女が宝玄仙から顔を離して声をあげた。

 それでも孫空女に対する宝玄仙の指責めは続く。

 孫空女が翻弄され始めたのに気をよくした宝玄仙が、孫空女の股間に伸ばしている指をさらに激しく動かす。

 

「ほらっ、口の掃除はどうしたんだい、孫空女? よがってないで、わたしの口を舌で掃除しな」

 

 宝玄仙が意地悪く言った。

 だが、その指は孫空女の股間を跳ねまわっている。

 

「だ、だって、ご主人様……あ、ああっ……」

 

 孫空女の反応が激しくなった。

 これは最後までいくような気がした。

 宝玄仙も今日は出立はしないと決めてかかっているから、そのまま本格的な性愛に発展させるのかもしれない。

 沙那は三人の朝食をここに運んでくる手配をしようと思って、廊下に出る戸に向かった。

 そのとき、部屋の戸が廊下側から叩かれた。

 

「あたしです……。香蛾(こうが)です……。起きておられますでしょうか?」

 

 向こうから声がした。

 沙那は宝玄仙を見た。

 部屋は宝玄仙の結界で包まれている。

 宝玄仙が結界を緩めなければ戸は開かないし、こちらの声も向こうには聞こえない。

 

「いいよ。入れてやりな、沙那」

 

 宝玄仙がやっと孫空女から手を離した。

 孫空女がほっとしている。

 そして、宝玄仙もやっと身支度をするつもりなったのか、孫空女に服を要求した。

 

「いま、開けるわ……。ちょっと待って」

 

 沙那はそっと扉を開いた。

 人ひとりだけ通れるほどの隙間だけを開けて、香蛾を招き入れた。

 香蛾は部屋に入ると、宝玄仙に向かって深々とお辞儀をした。

 香蛾の様子はなにか尋常じゃないことが起きたということを予感させた。

 

「どうしたんだい、香蛾?」

 

 香蛾の態度に、孫空女に自分の身支度をさせながら宝玄仙が神妙な顔で言った。

 

「祖父が夕べ遅く息を引き取りました……」

 

 香蛾は神妙な口調で言った。



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402 石ころの娘

「今日の夕方、昨日の盗賊団の襲撃で犠牲になった者たちを町の人間で埋葬することになっているそうです。そのときに、一緒に埋葬してくれることになりました」

 

 棺桶と埋葬の手配に出ていた沙那が戻ってきて言った。

 沙那が連れてきたふたりの人足が小さな棺桶を部屋に運び入れる。

 なんの飾りもない一番粗末な棺桶だ。

 棺桶は死んだ老人が横たわっている寝台の横に置かれた。

 朱姫が代金の支払いをすると、人足は宿の部屋から出ていった。

 

「じゃあ、とりあえず、この爺さんに入ってもらおうかねえ」

 

 孫空女と朱姫が寝台に寝ていた老人を棺桶に移動させた。

 

「なにからなにまで、申し訳ありません」

 

 香蛾(こうが)が深々と頭を下げる。

 

「まあ、これもなにかの縁だしね……。それに、いくらなんでも放りだすのも気の毒だし、まあ、最小限の面倒だけは看てやるよ──。だけど、そう言えば、こいつの名もわたしは聞いていなかったねえ」

 

 宝玄仙は棺桶に納められた小さな老人を見ながら苦笑した。

 香蛾によれば、この老人はすっかりと弱っていて、結局のところ、この老人の夕食として準備させた汁には手をつけず、そのまま昨夜は寝てしまったらしい。

 そして、香蛾が翌朝に目覚めるともう息をしていなかったということだ

 つまり、眠ったまま死んだのだろう。

 なにもしてやれなかったが、苦しまずに死んだのはよかった。

 

鐘光徳(しょうこうとく)様です」

 

 香蛾が言った。

 

「鐘光徳かい……」

 

 宝玄仙は棺桶の横に跪いて経を唱える態勢になった。

 右手をさっと胸の前で振って印を刻む。

 

「なにしてんの、ご主人様?」

 

 孫空女が不思議そうな声を出した。

 

「なにしてるって……。せっかくだから、弔いの経でも唱えてやろうと思ってね」

 

 宝玄仙は跪いたまま顔を孫空女に向けた。

 

「えっ? ご主人様、そんなことできるのかい?」

 

 孫空女がびっくりした声をあげた。

 宝玄仙は孫空女が驚いた表情をしていることに逆に驚いた。

 この女は冗談でそんな間抜けなことを言っているのかと思えば、顔を見るとどこまでも真面目のようだ。

 さすがに宝玄仙はむっとした。

 

「できるかもないもんだよ、孫空女──。わたしはこれでも天教の最高神官だよ……。元だけどね。皇族の弔いのときだって経を読んだことがあるんだ。こんな萎びた爺がわたしに経を読んでもらえるなんて、こいつにとっては破格の扱いというものだよ」

 

「あっ、そうか……。考えてみれば、ご主人様って天教の巫女だったんだね……。ずっと、そんなことしていないし、すっかりと忘れていたよ」

 

 孫空女が笑った。

 

「な、なにへらへらしてるんだい──。お前、わたしをなんだと思っているんだい? いい加減にしな──。後でお仕置きだからね、孫空女」

 

「そ、そんなあ……」

 

 孫空女が声をあげた。

 横で沙那と朱姫がぷっと噴き出した。

 だが宝玄仙が睨みつけると、慌てたようにふたりとも視線を逸らす。

 宝玄仙は改めて姿勢を糺すと経を読み始めた。

 沙那が宝玄仙の背後に跪き、宝玄仙と同じ姿勢になる。

 孫空女、朱姫、そして、香蛾がそれに倣う。

 短い経を読み終わると、宝玄仙は俯かせていた顔をあげた。

 

「さて、じゃあ、少しばかり話を聞かせておくれ、香蛾。こうなったら、ちゃんと面倒看てやるよ。お前の行く末も考えないといけないしね」

 

 経が終わると宝玄仙は立ちあがって香蛾に言った。

 すぐに朱姫が部屋にひとつだけあった椅子を持ってきた。

 宝玄仙がそれに腰掛けると、香蛾は向かい合うようにもうひとつの寝台に座った。

 ほかの三人の供がもうひとつの寝台に並んで腰掛ける。

 

「ところで、あの鐘光徳はお前は本当の祖父じゃないだろ?」

 

「はい……。あたしは鐘光徳様にお仕えする私奴婢です」

 

 香蛾は言った。

 やっぱりだと思った。

 あの鐘光徳の態度は、肉親の孫に対する態度ではなかったし、香蛾もまた本物の祖父に対する態度ではなかった。

 

「私奴婢?」

 

 孫空女が首を傾げている。宝玄仙は嘆息した。

 

「沙那、教えてやりな」

 

「奴婢というのは奴隷のことよ、孫空女。私奴婢というのは、行政府や軍ではなく、普通の屋敷に仕える奴隷のことよ」

 

 沙那が言った。

 

「奴隷だって? 香蛾って奴隷だったのかい──? ああ、そう言えば、あの爺さんって、自分が死んだら香蛾が死ぬとか言っていたよねえ? 大丈夫なの?」

 

 孫空女が大きな声をあげた。

 

「お前、うるさいよ──、孫空女。馬鹿のくせに話に加わろうとするんじゃないよ。黙ってな──」

 

 宝玄仙は孫空女の全身に無数のなめくじが這い回るような刺激を送ってやった。

 

「ひいっ──」

 

 寝台に腰掛けていた孫空女が顔を真っ赤にして一瞬腰を浮かせた。

 そして、次の瞬間、自分の身体を両手で抱いて上半身を折り曲げる。

 

「声を出すんじゃないよ、孫空女……。声を洩らすたびに、お前の身体の感度があがるからね。それが嫌なら必死に声を耐えな」

 

 宝玄仙は冷たく言った。

 孫空女が慌てて口をつぐむ。

 そんな孫空女の横に腰掛けている沙那と朱姫が眼を大きく見開いて、小刻みに全身を震わせる孫空女を眺めた。

 だが、すぐに慌てたように視線をこっちに向ける。

 ふたりともとばっちりを受けるのが嫌で、とりあえず孫空女を無視することに決めたようだ。

 

「お前の首輪は霊具には違いないけど、首を締めつけたり、ましてや、この男の死に連動してなにかをするような道術は刻まれていないよ……。お前はそれを知っていたんだろう?」

 

 宝玄仙は香蛾の首にある白い首輪に眼をやって言った。

 香蛾はそっと自分の首にある首輪に手をやる。

 

「奴婢の命を奪うような道術が刻まれている支配霊具の首輪はとても高価ですから……。鐘光徳様にあたしを与えられるときに、鐘光徳様の奥様はあたしが装着していた元々の首輪外して、一番安価な霊具の首輪に交換されました。鐘光徳様もそれを知っているはずですけど、もう、すっかりと忘れていたのだと思います」

 

 香蛾は言った。

 

「事情がありそうだね」

 

「事情という程では……。鐘光徳様とあたしは円国というところから来ました。鐘光徳様は朱紫国に行くつもりでした。そこに昔、世話をした愛人の屋敷があるはずだということでした……。そういう方が本当にいるのかどうか、いまとなってはあたしにはわかりません。あたしは、その愛人というお方の名も、どこに住んでいるかということも教えられていませんでした。あたしが命じられていたのは、ただ、鐘光徳様を朱紫国まで連れていくこと──。それだけです」

 

「円国?」

 

 宝玄仙はそれがどこにあるのか見当がつかなかった。

 鐘光徳や香蛾の様子からは、随分と遠くから旅をしてきたということは察することはできる。

 朱紫国は知っているが、ここからだとまだまだ遠い。

 普通に歩いても半月はかかるだろう。

 ましてや、あの老人の身体ではとてもじゃないが辿りつけなかったに違いない。

 

「円国というのは、ここからだと南西側にある国です。海に面する国でここに来るには険しい山越えをしてくることが必要だったはずです」

 

 沙那が口を挟んだ。宝玄仙は頷く。

 

「鐘光徳はあの様子で歩いてきたのかい? 年寄りには到底無理な旅だったようだね」

 

「そうかもしれません、宝玄仙様……。でも、鐘光徳様も最初はもう少し元気に歩いておいででした。でも、少しずつ弱ってきて、数日前から自分では歩けなくなってしまったのです。あたしがお身体を支えて歩いてきたのですが、この町の入口にやってきたとときには、もう支えがあっても歩くことができなくなってしまいました」

 

「なにかの病気だったのかい?」

 

「いいえ……。それよりも、ただ弱っているという感じでした。円国にいた頃はもっと闊達なお方でした。大きな商売をしていて、店には、あたしよりももっと立派な大勢の奴婢もいたし、たくさんの雇い人もいました。お綺麗な愛人の方々も屋敷にはおられました。鐘光徳様は、暮らしていた城郭では、それなりの分限者でおいででしたから」

 

「それがどうして、こんな落ちぶれた旅をすることになったんだい?」

 

「あたしはただの奴婢なので、詳しいことはわかりませんが、いろいろとおありにあったようです……。一年ほど前に、若い奥様をもらわれたのですが、それからおかしなことになったのです。奥様は、鐘光徳様と結婚されたはずなのに、いつのまにか、その奥様の愛人のお方が屋敷にやってきて番頭様として一緒に住むようになったんです……」

 

「嫁の愛人を屋敷に?」

 

「あっ、いえ、鐘光徳様は、その若い男の方が奥さまの愛人だというのは知らなかったかもしれません。奥様は隠しておいででしたから……。でも、あたしたち奴婢や家人は全員は、その新しい番頭様が奥さまの愛人だというのは知っておりました」

 

「なるほどね……。それで、その性悪の女とその恋人に騙されてなにもかも奪われたということかい?」

 

「そうです。それもあたしには詳しいことがわからないのですが、なぜか、鐘光徳様は役人に追われることになったのです。鐘光徳様は、財産をすべて捨てて逃げるか、それとも役人に捕まるかを奥様と番頭様に迫られて、結局城郭から逃げることになったのです。そのときに、鐘光徳様は、すべての財を持っていくこと奥様から禁じられて、無一文で屋敷から追い出されました」

 

「ひどい女だねえ」

 

 宝玄仙は呆れた。

 

「唯一の例外はあたしです……。あたしはこんな顔ですし、女の私奴婢として無価値です。それで奥様は、鐘光徳様に与える気になったようです。それ以外の価値のあるものは、服一枚さえも持っていくことを奥様は拒否なさいました……。あたしは、最後の日には、鐘光徳様と一緒にいましたので、あの夜の奥様と番頭様の冷たい言葉と態度はよく覚えています」

 

 香蛾は言った。

 口調は冷静だが、宝玄仙にはその言葉に隠れている香蛾の強い怒りを感じた。

 香蛾は本当にこの死んだ主人に同情もしていたし、その主人から理不尽にもすべての財を奪った若い妻と愛人に強い憤りを感じているようだ。

 

 一方で宝玄仙は、この奴婢だという香蛾に感心もしていた。

 奴婢にしては頭がいいようだし、礼儀正しい。きちんと躾けられていたということだと思うが、なによりも、宝玄仙に事情を説明する言葉は整然としていて彼女の知性を感じさせる。

 

「まあ、それで円国を出て、よくわからないが、はるばると朱紫国まで向かおうとしていたということかい? ところで、鐘光徳は、本当に朱紫国にあてがあったのかい?」

 

「そうおっしゃってました……。朱紫国には、鐘光徳が数十年前にお世話をした愛人が夫になった方と住んでおられて、しかも、その旦那様は成功した分限者だそうです。鐘光徳様は、そのお世話になって、奥様たちに復讐をするつもりだったのです」

 

「復讐ねえ……。復讐は結構だけど、かつての愛人とはいえ、家族持ちの女に昔の男がやってきたら、その女も迷惑だろうね」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「あたしはただ、連れていくだけですから……。でも、多分、行ってもその屋敷には入れてもらえないだろうとはあたしも思っていました……。だから、朱紫国に辿りつけなくて、少しほっとしているところもあります……。鐘光徳様がお嘆きになるところをもう見なくていいのですから……」

 

 香蛾はそっと顔を伏せた。

 その態度には偽りのようなものは感じない。

 本当に主人思いのいい奴婢なのだろう。

 

「それにしても、お前は随分と頭がいいようだね。奴婢だといっているけど学問でもしたことがあるのかい?」

 

 なんとなく宝玄仙は訊ねた。

 彼女の話し方には奴婢らしくない教養に裏付けされた知性を感じることができる。

 すると香蛾の顔が真っ赤になった。

 

「も、もうしわけありません……。じ、実はあたしは書物が好きで、それで捨てられそうになった書物を隠して勉強したりしていました……それだけではなく、文字の読める家人の方に教わったりもして……」

 

「なにも謝ることはないじゃないか、香蛾。学問をすることは立派なことだよ……。しかも、自学かい。大したものだよ……」

 

 すると香蛾が破顔した。

 

「あ、ありがとうございます。奴婢の分際で書物を読むなど、やってはいけないことだったのです。でも、あたしは、なぜか昔から文字の形が綺麗だと思って……。それで、どうしても読めるようになりたかったのです」

 

 香蛾が嬉しそうに言った。

 

「もしかしたら、いまでも書物を持っているのかい?」

 

 宝玄仙は何気なく訊ねた。

 

「は、はい……。旅の邪魔になりますから、一番最初に手に入れた一冊だけを持ってきました……。あたしの宝物です」

 

 香蛾は立ちあがった。

 そして、部屋の隅の自分の小さな荷から一冊のぼろぼろの書物を持ってきた。

 

「これです……」

 

 香蛾が差し出した書物はそれなりに厚い書物で、表紙に『三界記』と書いてあった。

 ぱらぱらとめくると古今東西の地誌が書かれている本だった。

 随分と使ったらしく、ほぼすべての頁は擦り切れかけて薄くなっている。

 それを紙を貼って補強したり、あるいは、薄くなった文字を上からなぞったりしてある。

 

「これは大したものだよ。お前の努力がこの書物からだけで伝わるよ」

 

 宝玄仙は本当に感心して言った。

 すると香蛾が嬉しそうに笑った。

 

「……本当に凄いよ──。孫空女、お前も見習いな──」

 

 宝玄仙は文盲の孫空女にからかいの言葉を投げた。

 

「あれっ?」

 

 しかし、孫空女はそれどころではなかったようだ。

 全身からは激しい脂汗が流れていて全身が真っ赤だ。

 そういえば、おかしな刺激を与えっぱなしにしていたのを忘れていた。

 宝玄仙は術を解いてやった。

 

「はあっ──」

 

 孫空女がほっとしたように脱力して大きな息を吐いた。

 宝玄仙はその様子に思わずほくそ笑んだ。

 

「ところで、香蛾、お前はその首輪がお前の命を脅かすような霊具ではないと知っていたと言っていたね?」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、首輪に手を伸ばす。

 一応、霊具には違いないが、道術でなければ外せないだけの飾りのようなものだ。

 宝玄仙が術を込めると香蛾の首にあった首輪は簡単に外れた。

 

「はい、知っていました──。えっ? あれっ? あ、ありがとうございます──。あ、あのう……、首輪を外していただいて……」

 

 香蛾はなにもなくなった自分の首を擦りながら頷いた。

 宝玄仙が首輪を外そうとしたとき、別に抵抗することはなかったものの、ひどく怯えたような表情になった。

 いまは、少し動揺しているようだ。

 

「それなのに、どうして鐘光徳に従っていたんだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「それは……。そうですね。なんでですかねえ……。正直に言えば、あたしは逃げるなんて考えもしませんでした」

 

 香蛾が頬に微かな微笑を浮かべた。

 

「そう言えば、これまでの路銀は、その亡くなった鐘光徳という人のものではなく、あなたの財を使っていたということを話していたわね」

 

 沙那が口を挟んだ。

 宝玄仙が町の入口でこの鐘光徳を拾ったとき、鐘光徳が香蛾に路銀を賄えと脅していたのを宝玄仙は覚えている。

 沙那もそうだったのだろう。

 

「そうです……。所詮、奴婢の財など知れたものですからすぐになくなりましたけど……。もしも、あたしがもう少し財を持っていたら、少しは楽な旅をさせてあげることができたかもしれませんが……」

 

 香蛾が鐘光徳が眠っている棺桶に視線を向けた。

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「はあ……? 冗談じゃないよ──。お前が、こんな男の面倒を看る必要などなかったんじゃないのかい? しかも、自分の財まで使って──」

 

 宝玄仙は鼻を鳴らした。

 

「でも、あたしにはほかにどこにも行くところはないし……。それに、この方もお可哀そうなお方ですし……」

 

「だけど、お前に優しくはなかったろう?」

 

「優しくなど……。あたしはただの奴婢ですし──。鐘光徳様があたしに優しくする理由などないではありませんか」

 

 香蛾は当然だというような表情で言った。

 宝玄仙はまた嘆息した。

 

「なんか、あのお人よし女を思い出すねえ……。あいつといい仲になれるんじゃないかい……」

 

 宝玄仙は思わず言った。

 

「それで、あなたはこれからどうするの? あなたの主人だった鐘光徳は死んだわ。奴婢の証だった首輪の霊具もなくなった……。あなたは自由になったのよ」

 

 沙那が言った。

 

「自由ですか……。でも、あたしにはどうしていいかわかりません。生まれたときから奴婢だったのです……。そりゃあ、自由に憧れたことがなかったと言えば嘘になりますが、いざ、自由だと言われてもどうしていいかわかりません……。あたしはこんな顔ですし、これから、どうしていいのか……」

 

 香蛾は呟くように言った。 

 そして、自分の顔の半分を覆っている痣に触れた。

 

「顔がどうしたんだい? まあ、女は顔がいいと楽に生きれることもあるけど、逆に苦労することも多いよ。いずれにしても、自由になるのと、顔になにか関係があるのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 まあ、考えてみれば、宝玄仙自身も幼い頃から可愛いとか美しいとか言われ続けたが、それでなにか得をしたかと訊ねられればなにも思いつかない。

 惚れるような男もいなかったし、逆に宝玄仙に近づいてくる男は碌でもない人間ばかりだった。

 

「でも、顔が良ければ、娼婦にもなれますよね──。あたしは、娼婦にもなれないんですよ。昨日だって、あんなことも……」

 

 香蛾は悲しそうな顔をした。

 宿を求めて、人前で自慰までしてみせた恥辱を思い出したのだろう。それでも相手にされなかったことで、改めて香蛾は自分が人並み外れて醜い顔をしているということを悟ったのかもしれない。

 

「なにが娼婦だよ……。娼婦という仕事を馬鹿にするつもりもないけど、女の生き方はそれだけじゃないよ。お前……歳は幾つだい?」

 

「もう、十五です」

 

「まだ、十五だよ──。わたしなんて、十五のときは、まだ天教の道士だったよ。新米の巫女さ……。お前らは十五のときはどうしてた?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「えっ……。じゅ、十五ですか……。わたしは、父の道場で師範代をしていたと思います」

 

 いきなり話を振られて沙那は戸惑ったように言った。

 

「孫空女は?」

 

「あたしは、なにやっていたかなあ……。こそ泥のようなことをしていたのかなあ……。それとも、旅芸人の一座にいた頃かな……。生きるためにいろいろなことをやったから、どれが十五の頃なのか、もう、覚えてないよ」

 

 孫空女が答えた。

 

「あたしは、あちこちを放浪していました。皆さんに出遭う一年前ですね。当時は、女であることを隠して能生と名乗って男のふりをしていたと思います──。それに、何人かの妖魔……いえ、亜人と知り合ったのもこの頃です」

 

 朱姫が言った。

 

「そらね、香蛾……。十五で天教の巫女の見習いのようなものだったわたしはもう天教の巫女じゃないし、つまんない道場の師範代だった沙那は、武芸を買われて地方軍の隊長までやったけど、いまはここで旅の空だ──。孫空女や朱姫に至ってはなんにもしてないんだよ。お前の人生はこれからさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「な、なんにもしてないは酷いよ、ご主人様。あたしは、それこそ必死に生きてたよ。その日、その日をね」

 

「そうですよ……。それなりに一生懸命に生きてましたよ」

 

 孫空女と朱姫がそれぞれに不満気に言った。

 

「うるさいよ、お前ら──。わたしは、この香蛾のことを話しているんだよ」

 

 さっきの刺激を孫空女と朱姫に道術で送る。

 

「ひうっ、ま、また──」

 

「な、なんですか、これ──」

 

 孫空女と朱姫がそれぞれに悲鳴をあげる。

 ふたりが真っ赤になって身体を反りかえらせた。

 

「あ、あのう、あなたの両親とかは生きていないの?」

 

 沙那が横で歯を食いしばって身体を悶えさせるふたりにちらりと眼をやってから、軽く咳払いをして言った。

 

「そんなものはいません。あたしたち奴婢は、幼い頃に生みの親からは離されます。そして、奴婢の集団の中で育てられるのです」

 

「へえ……」

 

 沙那が驚いた顔になった。

 

「……いずれにしても、円国に戻っても仕方がないということだね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「は、はい……。あ、あのう……孫空女さんと朱姫さんはいったいどうしたんですか……?」

 

 香蛾はおそるおそるという感じでふたりに視線を向けた。

 宝玄仙はふたりの道術を解いた。

 ふたりが大きな息を吐く。

 

「こいつらのことはいいさ……。それよりも、この爺が持っていた財産があったろう……。それは貰っときな。とりあえず、それがあれば、なにをするにしても元手にはなるからさ……。そいつの服の中にでも入っているんだろう……。棺桶から抜いときな。冥土に行くのに、浮世の金は必要はないよ」

 

 宝玄仙がそう言うと、香蛾は複雑な表情になった。

 

「どうしたんだい、香蛾? 早く、取りな──。まさか、これは、こいつの財産だから一緒に埋めてやろうかとか思っているんじゃないだろうねえ……。なんにも手に職のないお前が無一文で生きていけるわけがないだろう。こんな爺をお前は最後まで世話したんだ。こいつの財は誰に遠慮することのないお前のものだよ」

 

 宝玄仙は苛ついて怒鳴りあげた。

 人がいいのは正しいこととは思わない。

 むしろ悪徳だと思う。

 なにがなんでも生き抜き、他人を蹴落としてでも自分の道を貫く。

 女がたったひとりで生きるということはそういうことだ。

 そうでなければ、女がひとりで生き抜くなど不可能だ。

 

「違うんです……。そういうんじゃないんです。それは確かに、この鐘光徳様が持っておられた財は鐘光徳様のすべてだったと思います……。これは、屋敷を追い出されるときに唯一、鐘光徳様が持ち出すことができたものなんです。鐘光徳様は、奥様や番頭様の眼を盗んで持ち出してやったのだと言っていました……」

 

 香蛾は立ちあがって鐘光徳が入っている棺桶に手を入れた。

 そして、しばらくするとこぶし大の袋を出した。

 中身を自分が腰掛けていた寝台の上に出す。

 

「あっ」

 

「あれっ?」

 

「まあ……?」

 

 沙那、孫空女、朱姫がそれぞれに声をあげた。

 宝玄仙も驚いた。

 中身はただの石ころだったのだ。

 

「こいつはこんなものを財だと言っていたのかい……。だけど、なんでだい? お前を騙すためかい?」

 

 宝玄仙は首を傾げた。

 

「さあ……。あたしを騙すことに意味があったとは思いませんけど……。多分、鐘光徳様は、すべての財を奪われて城郭を追い出されることになったときに、少し記憶がおかしくなっていたのではないかと思います……。それとも、本当は石ころだとわかっていて、それを財だと言い張って自分を慰めようとしていたのか……」

 

「慰めるって……。こんな石ころでかい?」

 

「はい……。いずれにしても、死ぬ前は間違いなく自分は財を持っていると本気で思っていたと思います……。死ぬ前の鐘光徳様は、すっかりといろいろな記憶がなくなったり、混乱したりしたようになっていましたし……。なにが本当で、なにが嘘なのか、もうわからなくなっていたと思います……。これは、亡くなられた鐘光徳様のすべてでしたから一緒に棺桶に入れてあげます」

 

 香蛾は複雑な笑みをした。

 宝玄仙も大きな溜息をついた。

 

「まあ、そうだね。石ころなんて、持っていっても仕方ないしね……」

 

 宝玄仙もそう言うしかなかった。

 香蛾は石を丁寧に袋に入れ直すと、もう一度、鐘光徳が入っている棺桶の中に戻した。

 

「それにしても、石ころを後生大事に持っていたなんて呆れたものだよね」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「でも、あたしも石ころのようなものです。奥様は、あたしの醜い顔を見て、石ころのように役に立たない私奴婢だから、捨てるような気持ちであたしを鐘光徳様に与えたのです。奥様は、価値のあるものはなにひとつ鐘光徳様に与えたくなかったのです……」

 

 香蛾が少し寂しそうに言った。

 

「お前は石ころかい……」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「そうです。石ころのようなあたしという奴婢と、袋に入った石ころの財……。それが鐘光徳様が、人生の最後に持っていたものということになりますね」

 

 香蛾がそう言って笑った。

 その表情は、どことなく厭世的で人生を諦めたようなところがある。

 いくら奴婢として産まれたとはいえ、この香蛾にはそれに相応しくない高い知性の欠片と気持ちのいい優しさがある。

 そんな人間がすでに人生が終わったような態度をとっているのが、なにか宝玄仙には気に入らなかった。

 

 ましてや、香蛾はまだ十五だ。

 人生を達観するには早すぎる。

 この香蛾をどうしたものだろう……。

 放り出すのは簡単だが、実際問題としてここで放り出してもこの香蛾は野垂れ死ぬだけに違いない。

 

「その顔の痣──。いっそのこと消してしまうかい?」

 

 しばらくして宝玄仙は言った。

 

「えっ? そんなことができるんですか?」

 

 香蛾がびっくりしたような声をあげた。

 しかも、その態度はあまりにも劇的なものだった。

 大人しく座っていた香蛾が、がばりとその場に立ちあがったのだ。

 そして、宝玄仙はその香蛾の強い反応に驚いた。

 香蛾の表情が強い期待を込めたものになっている。

 

 宝玄仙は、その様子から、この香蛾にとって顔の痣は大きな劣等感の根源になっているということがわかった。

 それを消してしまうことで、この香蛾の人生に諦めたような態度を改めさせることができるかもしれない……。

 そうであるならば、やっぱり、顔を醜くしている痣を消してしまうことがいいのかもしれない。

 いや、いっそのことついでに──。

 だが、そのためには、ある代償を支払わなければならないが……。

 

「ああ、できるよ……。難しいことじゃない。わたしは、道術遣いだしね……。だけど代償はある」

 

 宝玄仙は言った。

 

「な、なんですか……? この痣が消えるのならなんでもします。本当です──」

 

 香蛾は息せき切って言った。

 その態度には、ずっと保っていた落ち着き払った様子はない。

 懸命に耐えているが大きな興奮に我慢ができなくなっているという感じだ。

 やはり、顔の痣はこの香蛾の心を縛っていた強い呪縛のようなものだったのだろう。

 宝玄仙はにやりとした。

 どんなかたちにしろ、人が人生を諦めた感じになっているのは嫌いだ。

 一生懸命に生きようとしている者こそ、宝玄仙の好む人間だ。

 

「痣は消えるよ……。跡形もなくね。それ以上のこともできる……。ただし、その代償は、お前は子孫を作ることができなくなるということだ。つまり、子供を産めなくなるのさ。まあ、性交はできるけどね。それだけじゃなく、歳を取ることもなくなる……。まあ、見た目のことだけだけど……。それを甘受するのならお前の身体に道術紋を刻んでやるよ。それを刻めば、わたしがそこから霊気を注ぎ込んで道術を遣う。お前の顔からみっともない痣は消してやる……。それだけじゃない──。もっと、驚くことだってしてやる」

 

 宝玄仙は言った。

 

「構いません。お願いします──。一度でいいんです。この顔から痣が消えるという経験をしたいのです」

 

「一度であるものかい……。まあ、いいや……。じゃあ、早速始めるかい……。ここじゃあなんだから、向こうの部屋に行きな──。行ったら服を脱ぐんだ。そして、なにもかも脱いで寝台にうつ伏せになりな。そうしたら始めるよ」

 

「ほ、本当にそんなことをしていただけるんですか?」

 

 香蛾は立ちあがった。その香蛾の表情は強い期待に満ちている。

 

「道術紋を刻むときには大きな痛みが全身に走る。それは我慢しな……。それから言っておくけど、わたしの道術は、お前の顔の痣を消すだけじゃないからね」

 

 宝玄仙も立ちあがった。

 

「痣を消すだけじゃないとは?」

 

 扉に向かいかけた香蛾が振り返る。

 

「お前、奇跡を信じるかい?」

 

 宝玄仙はふと口元を綻ばせた。



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403 奇跡の紋様

「はがあああ──」

 

 突然に数十本の熱い鉄杭のようなものが身体を貫いたと思った。

 もちろん錯覚だが、それくらいの衝撃だった。

 もしも、身体をうつ伏せにして寝台に両手両足を縛りつけられていなかったら、自分はそのまま寝台から転げ落ちていたに違いない。

 

「頑張って、香蛾(こうが)──」

 

「一番、つらいのはもう終わったよ」

 

 寝台の両側から香蛾の裸体に手を置いて支えてくれている沙那と孫空女が声をかけてくる。

 いま、この部屋にいるのは、宝玄仙と香蛾と沙那と孫空女の四人だ。

 宝玄仙の道術紋の施術を受けることになったとき、朱姫は宝玄仙に指示を受けて、どこかに出掛けて行った。

 

 とにかく、最初に宝玄仙に言われたのは、この部屋は結界が刻んであるので、どんなに大声を出しても外に声は聞こえないから遠慮なく叫べということだった。

 宝玄仙の三人の供は、ここにいない朱姫を含めて全員が身体に宝玄仙の道術紋を刻んでおり、沙那と孫空女のふたりは、どんな苦痛があるのかを香蛾に前もって教えてくれた。

 耐えられないような衝撃ではあるが、気を失ってはならないらしい。

 失神すると施術がとまってしまうからだ。

 

 とにかく、意識だけは頑張って保つこと──。

 それは繰り返し言われた。

 そして、宝玄仙による道術紋の術式が始まった。

 

 確かに想像以上の激痛だった。全身が砕け溶け、またそれが再構成され、また砕ける……。そんな感じだ。

 香蛾は狂ったように叫び、拘束された裸身を激しく暴れさせた。

 

「あがっ、はあっ、はっ、はがあっ──」

 

 香蛾は吠えた。全身が焼ける。炎そのもののようなものが身体の中を這い回っていく。

 

「もう少しだよ──」

 

「香蛾、耐えるのよ」

 

 孫空女と沙那が暴れ回る香蛾の身体を押さえつける。

 このふたりは、ずっと香蛾を励まし続けてくれている。

 だが、ふたりの声もどこか遠い場所からかけられている声のように感じる。

 灼熱に燃えたぎったものが体内を動き回っている。

 

 焼ける──。

 全身が溶ける──。

 

「はがあああ──」

 

 香蛾は絶叫した。

 炎でできた指のようなものが突然に身体の背後から香蛾の乳首と肉芽をぎゅっと押し潰したと思った。

 あまりの衝撃に香蛾は声も出すことができなかった。

 ただひたすらに全身を棒のように突っ張らせるだけだ。

 次に子宮が強い炎で焼け焦げるような感触がやってきた。

 

 腕と腿を両側から押さえつけられる。

 自分の口から出る発狂したような甲高い声が部屋に鳴り響く。

 しかし、次の瞬間、煮えたぎっていた全身が急速に冷えていくのを感じた。

 香蛾の全身は脱力した。

 

「よく頑張ったね、香蛾。終わりだよ……。沙那、孫空女、もう、香蛾を縛っていた縄を解いていい」

 

 宝玄仙の優しげな声がした。香蛾は自分の全身から水でも浴びたように汗が流れ出ているのがわかった。

 身体の下の敷布がぐっしょりと濡れている。

 縄が解かれた。

 

「大したものさ。よくも耐えたよ、香蛾。ずっと前に沙那や孫空女に魔方陣を刻んでやったときには、こいつらふたりとも小便漏らしたものなのにね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでください、ご主人様」

 

「そ、そうだよ──。おしっこなんて、あたしは漏らしてないよ。沙那だろ、それ──」

 

「し、失礼ねえ、孫女。わたしだって漏らしてないわよ」

 

 沙那と孫空女が顔を真っ赤にして文句を言った。宝玄仙は笑っている。

 

「とにかく、もう起きていいよ、香蛾」

 

 宝玄仙が言った。

 香蛾は上半身を起こした。

 香蛾は全くの全裸だ。

 あからさまに身体を晒すのはなにか恥ずかしい。

 香蛾は何気ない仕草で両手で乳房と股間を隠した。

 そのとき、香蛾は自分の股間が汗以外のものでぐっしょりと濡れているのがわかって驚いた。

 

「道術紋を刻まれる激痛の中でお前は、一度気をやったんだよ……。だけど、あまりの痛さにそのことに気がつかなかっただけさ」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「えっ、気を──?」

 

 思わず顔が赤くなるのを感じた。言われてみればこの股間のぬるぬる感はあのときの蜜に間違いない。

 

「生娘だと言っていたけど、自慰くらいの経験はあるだろう、香蛾?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ? そ、そんなことは……」

 

 香蛾は狼狽えた。そんなことを訊かれるとは思わなかったのだ。

 

「大事なことだよ。答えな」

 

「だ、大事なことなのですか……?」

 

 寝台の上で身体を宝玄仙に向けなおす。

 

「そういうことさ。この魔方陣は別名『性感操作の印』というんだよ。魔方陣の先端のひとつひとつがお前の全身の性感帯に繋がっているんだ。だから、生娘のくせに自慰をするような淫乱女には、特別な道術を追加しないといけないからね」

 

「ええっ?」

 

 驚いて股間と胸に置いた両手に力を入れた。

 自慰をしたことがないということはない。

 実はある。

 奴婢は屋敷の小屋で集団生活であり、大人の男女の奴婢同士は別に隠れることなく普通に性交をしている。

 香蛾はそういう大人たちの行為を見ながら股間が熱くなり、気がつくと自分で指を股に当てていたということが何度かあった。

 そうやって股間に触って強く股間を押していると、淫らな気持ちになり、いつしかじんと熱いものが込みあがって、波のようなものが身体を貫くのだ。

 そして、次の瞬間大きな脱力感が全身を襲う。

 そのときは、さっき股間で触れたようなべっとりとした体液が滲み出ていたものだった。

 おそらく、あれは年上の女奴婢たちが話していた自慰というものに違いない。

 

「た、多分……自慰をしたことはあると思います……」

 

 香蛾は仕方なく白状した。

 

「馬鹿ねえ、香蛾……。自慰の経験を口にしろなんて質問は、ご主人様の悪ふざけよ」

 

 沙那が呆れたように言った。

 

「そ、そうなんですか?」

 

 香蛾は声をあげた。自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「悪ふざけじゃないさ……。沙那のような自慰も知らないような子供じゃあ、これからの扱いに困るじゃないか。それよりも、沙那、なんにも知らないようなこの娘だって、十五で自慰を知っているんだ。二十歳近くまでなんにも知らなかったお前が、いかに特別かがわかるだろう?」

 

 宝玄仙が笑った。

 その表情はやっぱり沙那の言葉が正しいという感じだ。

 

「わ、わたしのことは関係ないじゃないですか、ご主人様──。ちょっと、孫空女、あんたまでなに一緒になって笑ってんのよ」

 

 沙那が頬を膨らませた。

 本当にこの主従は仲がいい。

 香蛾は、なにかほほえましく思った。

 そして、香蛾はふと自分の身体に紋様のものが薄っすらと描かれていることに気がついた。

 

「それが道術紋さ、香蛾。つまり、霊気の出入口ということだよ。これで、わたしはお前に道術をかけることができる。つまり、わたしはその道術紋を使ってお前に霊気を注ぎ込むのだよ。それで、本来は道術が効かないはずのただの人間にわたしの道術が及ぶようになるのさ」

 

 宝玄仙が香蛾が自分の身体を見回していることに気がついて言った。

 

「へえ……。道術というのは、ただの人間には効かないのですか?」

 

 これまで道術遣いという存在に接することがなかったので、道術遣いの道術にも制限があるということは知らなかった。

 道術遣いというのは、ただただ偉くて、不思議な力を遣う存在という思いしかない。

 でも、目の前の宝玄仙は、本当に気さくで、少しだけ性に開放的な明るい女性という感じしかない。

 

「そういうことだね……。それから、その道術紋だけど……。まあいい。説明するよりも見せた方が早いね──。沙那、ちょっと服を脱ぎな」

 

「えっ、なんでですか、ご主人様……?」

 

 沙那が訝しげな顔を宝玄仙に向けた。しかし、その顔がすぐに蒼くなる。

 

「わあっ、申し訳ありません──。すぐに脱ぎます。脱ぎますから──」

 

 突然脱衣しろと言われて、最初は沙那は当惑した感じだったが、急いでその場で服を脱ぎ出した。

 香蛾からはよく見えなかったが、どうやら宝玄仙が沙那を睨みつけたような感じだ。

 沙那はそれほどの躊躇いもなく、あっという間に全裸になった。

 とても美しい裸身で、同性の香蛾もため息が出る程だ。

 宝玄仙といい、沙那といい、あるいは、孫空女も朱姫も、女性としてとても美しい顔立ちと身体をしている。

 

 一度でいいから彼女たちのように綺麗になりたい……。

 香蛾は沙那の裸身をなんとなく眺めながら思った。

 自分の顔が人並み外れて醜いと気がついたのは何歳の頃だっただろうか……?

 

 顔の半分を覆う茶色い痣──。

 小さな眼に丸い鼻──。

 かさかさで痘痕のようなものが無数にある肌──。

 香蛾の顔には、悲しいくらいに醜女の条件が揃いすぎている。

 そんな醜い顔の香蛾を同じ奴婢仲間も蔑んだ。

 

 女奴婢でも美しい奴婢は、性奉仕用の奴婢となり、いい食事と綺麗な服が与えられ清潔な住居に住むことができる。

 そうでなくても、男奴婢と性交して妊娠した奴婢は、その間は労働や粗末な扱いからは解放されて、やはりいい暮らしができる。

 奴婢の産んだ子はやはり奴婢であり、それは奴婢の主人の財産となるからだ。

 妊娠した女奴婢はそれなりに大切に扱われる。

 

 しかし、香蛾にはその両方の望みもなかった。

 性奉仕用の奴婢には当然なるべくもないが、醜い香蛾に手を出す男奴婢がいるとも思えなかった。

 淫蕩で有名な男奴婢でも、香蛾の顔を見ると顔をしかめて相手にしようとはしなかった。

 香蛾のいた屋敷では、三十人ほどの女奴婢がいたが、十二、三歳になれば、必ず、男奴婢に手を出されて、何人かはすぐに妊娠したりしていた。

 十五でまだ未通女の女奴婢など、屋敷では香蛾くらいだった。

 

「沙那、お前の身体を香蛾に見せな」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は恥ずかしそうな様子で立っていたが、宝玄仙の言葉によって身体を隠していた両手を身体の横に垂らして、香蛾の前でゆっくりと回転した。

 沙那は脂肪のない鍛えられた綺麗な身体をしていた。

 それでいて女としての色気に溢れていて、柔らかそうで丸い乳房はよく反りあがり、腰は見事に括れて美しい身体の曲線を描き、お尻もつんと吊りあがっている。

 しかし、香蛾をどきりとさせたのは、大人の沙那なら当然あっていいはずの、股間の毛がまったくないことだ。

 ふっくらと盛りあがった恥丘には、くっきりとした亀裂が縦に入っている。

 沙那の大人の美貌に不似合な下腹部に、香蛾は思わず眼を引きつけられた。

 これは、どうしたのだろう?

 恥毛の生えていない大人の股間は生まれて初めてだ。

 それとも、奴婢の自分が知らないだけで、これは、普通のことなのだろうか……。

 

「ちょ、ちょっと、そんなにそこばかり見ないでよ、香蛾──。意地悪ねえ……」

 

 沙那が苦笑して言った。

 香蛾ははっとして慌てて視線を逸らした。

 どうやら、あまりにも沙那の股間を凝視しすぎたのだろう。

 沙那が耐えきれなくなったかのように軽く腿を擦り合わせて股間を隠すような仕草をした。

 でも、手で隠すようなことはしなかった。

 おそらく、さっきの感じでは、勝手に手で身体を隠すと宝玄仙が叱りそうな気配だ。

 

 香蛾にも、だんだんと宝玄仙と供の力関係はわかってきた。

 宝玄仙は一見優しげだが、宝玄仙の命令には絶対服従であり、逆らえば罰──。

 きっと、そうなのだろう……。

 

「ご、ごめんなさい……。そんなつもりでは……」

 

 香蛾は謝った。

 しかし、沙那は怒ったというような感じではなく、ちょっとはにかんだような感じだったので、とりあえず香蛾はほっとした。

 すると横に立っていた宝玄仙が声をあげて笑った。

 

「こいつの毛は一度わたしが剃って、いまは二度と生えないように毛穴を殺しているのさ。沙那だけじゃなくて、わたしらは四人とも剃っているよ……。だけど、お前に見ろと言ったのは、そんなところじゃなくて、沙那の道術紋のことさ──。こいつの身体にもお前と同じように道術紋は刻んでいる。だけど、どこにも見えないだろう?」

 

「は、はい……」

 

 沙那の身体には道術紋どころか、染みひとつ存在しない。真っ白の美しい肌だ。

 

「道術紋は時間とともにだんだんと薄くなる。それを教えたかったのさ。いまは、お前の身体に魔方陣が顕著に浮き出ているけど、時間の経過とともに肌に同化し、だいたい半年ほどでまったく外見ではわからなくなる。まあ、それでも道術紋が刻んであるという事実には変わりないのだけどね──。半年すぎるまでは、気味悪がられるかもしれないからね。男に抱かれる時には気をつけな」

 

「は、はい、わかりました、宝玄仙様」

 

 香蛾は頷いた。

 もっとも、半年どころか、何年経とうが、香蛾が誰かに抱かれる日が来るとは思えなかった。

 香蛾は苦笑するしかなかった。

 

「さて、じゃあ、痣を消す道術をかけるかねえ……。それとも、先にお前の身体と髪を洗うかねえ。それにしても、お前は随分と汚れているよ」

 

 宝玄仙が言うと、突然に四個の寝台に囲まれた床に、大きな透明の四角い物体が出現した。

 それが水の塊りだとわかるまでに、香蛾には、やや時間が必要だった。

 香蛾は驚愕した。突然に部屋に大量の水が出現したというのも驚きだが、それがまるで眼に見えない容器に入っているかのように固まって立っているのだ。

 しかし、そんな容器はありはしない。

 水は、ただの水だけで固まっているのだ。

 しかも、どうやらそれは水ではない。

 湯気が出ているところを見ると、それはお湯らしい。

 

「こ、これは道術ですか──?」

 

 香蛾は声をあげた。

 生まれて初めて見た道術だ。

 

「ここはご主人様の結界の中だからね……。ご主人様くらいの道術遣いになると、こんなことは普通にできるのさ……。あたしらは、もう慣れっこになっちゃたから、いまさら驚かないけど、やっぱり、こんなのは凄いよね──。あたしも入っていいかい、ご主人様? あたしが香蛾を洗ってやるよ」

 

 孫空女が服を脱ぎ始める。

 

「いや、みんなで入るよ。三人でこいつを綺麗にしてやるさ」

 

 宝玄仙もそう言って服を脱ぎ始めた。

 

「そ、そんなこと……。皆様にあたしを洗ってもらうなんてとんでもありません。自分で洗います……。そんなことをしたもらったらばちが当たります……。でも、これをあたしが使っていいのですか?」

 

 香蛾は言った。宝玄仙の道術で出現した湯の塊りに視線をやった。

 わざわざ道術で作っている不思議な湯だ。

 こんな貴重なものを一介の奴婢の自分が使うなどとんでもないことのように思った。

 

「……わかっていないのね、香蛾」

 

 すると沙那が嘆息した。

 

「わ、わかってないってどういうことですか、沙那様……?」

 

 香蛾は首を傾げた。

 

「ご主人様が一番最初にあなたに言ったことよ……。あなたが、ご主人様の道術を受け入れると言ったとき、わたしはあなたがこれをすっかりと受け入れることを承知したと思っていたけど……」

 

 沙那が困ったような表情になった。

 

「承知したって……?」

 

「まあ、もう諦めるのね……。ご主人様はすっかりとその気だから……」

 

「その気って……?」

 

 やはりなにを言っているかわからなかったが、とにかく沙那に促されて寝台から降りた。

 

「そういうことだよ。諦めな──」

 

 寝台から降りるといきなり宝玄仙に掴まれた。

 

「わっ──」

 

 両肩を掴まれてくるりと宝玄仙に身体を向けられる。

 香蛾の乳房が、裸になっている宝玄仙の乳房とぎゅっと重なる。

 いつの間にか香蛾の両脚の間に宝玄仙の脚が入っている。

 だから、太腿を閉じられないでいたのだが、その股間に宝玄仙の手がすっと伸びる。

 

「あはっ……」

 

 宝玄仙の指が香蛾の女陰の周りを移動する。たちまちに得体のしれない衝撃が込みあがった。

 その電撃のような痺れに、香蛾は一瞬声を出すこともできなかった。

 なにをするわけでもない。

 宝玄仙の手は、ただ香蛾の股間の敏感な部分を繰り返し移動しているだけだ。

 だが、それによって与えられる刺激で、香蛾の全身からはどんどん力が抜けていく。

 

 これはなんなのか……?

 圧倒的なものが香蛾を支配する。

 経験したことのない快美感が香蛾を襲う。

 

「お前はわたしの調教を受けると言ったんだよ。観念しな。それが代金だよ──。この宝玄仙の道術を刻んでもらえるんだよ。まさか、なにも代償なしで道術を受けられると思っていないだろうねえ──」

 

 調教──。

 

 そういえばそう言ったということを香蛾は思い出した。

 この宝玄仙は女でも抱くことができ、香蛾は調教を受けると言ったのだ……。

 こんな香蛾の身体に興味があるというのは、たとえ、相手が女でも驚きだ。

 しかも、宝玄仙は絶世の美女だ。

 

「返事をしないか、香蛾──。調教を受けると言ったことを覚えているかと訊いているんだよ──」

 

 宝玄仙の声が厳しくなった。

 そして、指の動きも激しくなる。

 宝玄仙の指が触れている部分からはとてつもなく心地いい快感が迸って、ますます香蛾は宙を浮くような感覚に陥っていった。

 

「早く、返事しな、香蛾──。まあ、いまさら、お前の気持ちなんて関係ないけどね……。たっぷりとこの宝玄仙の調教を受けてもらうよ……。ほらっ、本当は沙那なんて、こういうことにはうるさいんだけど、お前がすでにわたしの調教を受けることを承知していると思っているから、なんにも言わないだろう──」

 

 宝玄仙が笑いながら股間を愛撫し続ける。

 

「ひっ、ひっ……う、受けます──。ちょ、調教、受けます──。こ、こんな、あ、あたしで……よ、よければ……ああっ……」

 

 香蛾は慌てて言った。

 

「当たり前だよ」

 

 そして、喘ぎ声が出そうだった唇をいきなり、宝玄仙に唇で塞がれた。

 

「んんん──」

 

 ぬめりとした宝玄仙の舌が口の中に入り込んでくる。

 口を閉じることもできずに、香蛾は宝玄仙の舌を受け入れた。

 香蛾はびっくりして舌をちぢこませたが、すぐに宝玄仙がその舌を吸い出す。

 

 その間もしっかりと宝玄仙の指は香蛾の股間を這い回っている。

 香蛾の身体は完全に脱力して、もう耐えることができず、香蛾は支えを求めて手を宝玄仙の身体に両手を回した。

 宝玄仙の舌が香蛾の口の中で暴れ回る。

 もうどうしていいかわからない……。

 

 顔が熱い……。

 なにか温かいものに顔が包まれている感じだ。

 

「終わったよ……」

 

 宝玄仙の顔がやっと自分の顔から離れた。

 同時にずっとなぶられ続けた股間から宝玄仙の指も離れた。

 

 なにかおかしかった。

 自分の顔が自分のものではないような感じだ。

 

「顔はこんなものだろう……。身体をきれいに洗ったら、身体も看てやる。どっちにしても、お前は痩せすぎだよ。道術でとりあえず仕上げるけど、これからは身体の管理にも気を配りな」

 

 宝玄仙は言った。

 香蛾ははっとした。

 

「も、もしかして、痣の治療が終わったんですか、宝玄仙様?」

 

 香蛾は声をあげた。

 いまの温かい熱のようなものは、宝玄仙が顔の痣を道術で治療してくれたに違いない。

 顔の半分を覆っていた醜い痣がなくなった……。

 香蛾は有頂天になった。

 

「沙那と孫空女にも見せてやりな」

 

 くるりと身体を回されて、沙那と孫空女が横に立っている湯の塊りに向けられる。

 

「まあ──」

 

「ご主人様──」

 

 沙那と孫空女のふたりが目を丸くして驚いている。

 なぜ、痣が消えただけでそんなに驚くのだろう。

 香蛾は不思議に思った。

 

「沙那、姿見を持ってきてやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那が四人の持ち物らしい荷から小さな姿見を持ってきた。

 表面が鏡面になっている人の顔程の大きさのものだ。

 自分の顔を見るときなどに使う道具だ。

 沙那が香蛾の前にその姿見をかざした。

 

「あれっ?」

 

 姿見には見たことのないような綺麗な女性の顔があった。

 一瞬、それが誰だかわからなかった。

 しかし、香蛾が首を傾げると、その姿見の像も首を曲げた。

 香蛾は息が止まるかと思うくらいに驚いた。

 

「こ、これがあたしですか──。で、でも、なんで──?」

 

 香蛾は叫んでいた。

 姿見に映った顔は、ただあの醜い痣がなくなっただけじゃなかった。

 明らかに顔が変わっていた。かすかには香蛾の元の顔の面影があったが、姿見に映ったのはあまりにも美しすぎる女性であり、まったくの別人だ。

 香蛾は呆気にとられた。

 

 これは……?

 

「わざわざ、道術紋まで刻んだのに、ただ痣をとるだけの簡単な道術じゃあ、もったいないからね──。痛い思いを我慢したんだ。せっかくだから、お前の顔を絶世の美女に変えてやったよ……。さあ、とにかく、湯箱に入りな。どうにもお前は汚れているよ。三人で隅から隅まで磨きあげてやるからね」

 

 宝玄仙が笑った。

 だが、香蛾は姿見に映った美女の顔に呆然としてた。

 

 ──奇跡を信じるか?

 

 道術紋を刻まれる前の宝玄仙その言葉を香蛾は心の中で反芻していた。



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404 女主人の理不尽な命令

「じゃあ、香蛾(こうが)、両手を頭の後ろに置いて身体を見せな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい……」

 

 香蛾はそう言ったものの身体がぐったりとしてすぐに動くことができなかった。

 宝玄仙が部屋の中に出現させた『箱湯』と呼んだ四角い湯の塊りの中で、全身を洗われて香蛾の身体はこれ以上ないというくらいに火照っていた。

 それこそ、宝玄仙、沙那、孫空女は洗い粉を自分たちの手に載せて隅々まで直接に手を洗ったのだ。

 多分、何回か気をやったとも思う。

 彼女たちの柔らかくて優しい手管は、完全に香蛾の官能を呼び起こしてしまった。

 

 そして、やっと湯から出ることを許されたときには、香蛾は気だるい感覚が全身を覆ってしまっていてすぐに反応することができなかった。

 『湯箱』は消滅したが、香蛾はぼうっとしていた。

 

 いま、宝玄仙から手をあげるように言われた気もするが、まだ頭が朦朧としてすぐには反応できないでいた。

 一方で、胸に置いている両腕の下の乳房がふっくらと品よく膨らんでいることをはじめとして、自分の身体が随分と変わっていることにも気がついた。

 痩せすぎて肉がなかった身体にしっかりと肉がついているし、なによりも全身の肌がとてもきれいで人形のようだった。

 本当にこれが自分の身体なのだろうか……?

 香蛾はびっくりしていた。

 

「ひぎっ」

 

 するといきなり、股間に激痛が走った。

 なにが起きたのかわからない。

 強い衝撃的な痛みが股間に迸ったのだ。

 

「手加減してもの凄く弱い電撃にしてやったけど、これがこいつらならこんなものじゃあ済まないよ、香蛾。わたしがなにか言ったら絶対服従だ。手をあげろと言われたら、手をあげる。四つん這いになれと言われたらすぐになるんだ。さもないと、道術でまた、電撃を送り込むよ」

 

 すでに宝玄仙は服を着終わっている。

 沙那と孫空女はまだ裸だが、そのふたりが宝玄仙の身体の周りで動き回って、布で宝玄仙の身体を拭き、衣類を身につけさせたのだ。

 いま、宝玄仙は香蛾に正面を向けて椅子に座り、背後から孫空女に宝玄仙の髪の毛を櫛ですかせて、布で髪の水気をとらせていた。

 

「で、電撃ですか……?」

 

 いまの激痛がそうなのだと思った。

 それにしてもあれが弱い電撃なのだろうか。随分と痛かったが……。

 とにかく香蛾は慌てて両手を頭の後ろにあげた。

 

「沙那、今日の主役は香蛾だからね。お前たちは服を着ていい……。ただし、それを着な」

 

 孫空女に髪をあたらせている宝玄仙が沙那に言った。

 沙那は、香蛾が立っている横の寝台に裸のまま腰掛けて手持ちぶたさにしていた。

 沙那と孫空女が宝玄仙に服を着せ終った後、沙那は宝玄仙から、お前は剣術はいいが、化粧や髪の手入れなどはいまいち下手だとか言われて宝玄仙から追い払われていたのだ。

 

 宝玄仙が沙那に着るように言ったのは、四人で湯箱に入る前に、宝玄仙自らが荷から出して寝台の上に丸めて投げた布の塊りのようだ。

 ぱっと見た感じでは、布片でしかなく、服のようには見えないが、どうやらそれを身につけろと言っているらしい。

 沙那も小首を傾げながらその布を手に取った。

 

「こ、これって……」

 

 立ちあがって布を拡げた沙那の顔が真っ赤になった。

 香蛾も驚いたが、服をいうよりは小さな前掛けだ。

 しかも、布がやたらに小さい。

 つまりは、それはただの大きめの手拭いとしかいいようがない。

 その手拭いに紐がついていて、それで首と腰を縛って身体につけるようになっている。

 しかし、あの布では、沙那の身体の前側は隠しても、背中側はまったく隠さない。

 

 沙那は小さな嘆息をすると、まず短い辺についている紐を首にかけた。

 そして、ちょうど腰の部分に当たる布の縦辺の横についている紐を背中に回してそれを後ろで結ぶ。

 

「な、なんですか、これ──?」

 

 沙那は呆れた声をあげた。

 それを身につけ終わった沙那が悲鳴のような声をあげた。

 沙那がまとった前掛けは、あまりにも沙那の身体に比べて小さくて、その一枚布は沙那の乳房の半分と股間までをかろうじて隠しているにすぎなかった。

 しかし、沙那の驚きの声はそれが理由ではない。

 

 確かにその布は服とも前掛けともいえないほど小さい。服というよりはただの布切れで、背後は腰の括れた部分に紐があるだけでまるで身体を隠していない。

 だが、沙那が驚くのも無理はない仕掛けがまだあったのだ。

 乳首に当たる部分に小さな丸い穴が開いていて、沙那の小さな乳首がぷっくりと布の外に突き出ている。

 裸よりも恥ずかしいその恰好に、香蛾も思わず顔が赤らんでしまった。

 

「よく似合うじゃないか、沙那……。じゃあ、食堂に行って、水差しをもらって来ておくれよ。これから香蛾の調教だからね。喉も乾くに違いないしね──」

 

 宝玄仙が何気ない口調で言った。

 その言葉で沙那の顔が傍目からわかるくらいに蒼くなった。

 

「ま、まさかこの格好で行けと……? う、嘘ですよね、ご主人様」

 

 沙那が引きつったような表情で言った。

 その眼は大きく見開いている。

 

「靴は履いていいよ。裸足じゃあ、脚が汚れるだろうからね……」

 

 宝玄仙の顔に酷薄そうな笑みが浮かんだ。

 香蛾はぞっとした。

 沙那の眼が大きく見開いたまま、左右に首が降られた。

 その顔には恐怖そのものが浮かんでいる。

 

「なに突っ立っているんだい、沙那。早く行かないかい」

 

「ほ、本気じゃないですよね……。こ、こんな格好で……」

 

 沙那の両手は小さすぎる前掛けをぎゅっと押さえている。

 香蛾にも沙那の驚愕と恐怖の感情がひしひしと伝わってくる。

 

「はがああっ──」

 

 次の瞬間、沙那が絶叫してその場に崩れ落ちた。

 そして、床の上に転がって、文字通りのたうち回った。

 その怖ろしい悲鳴と沙那の苦しみように、香蛾はびっくりした。

 

 驚きのあまり、香蛾は視線を床の上で転がり回る沙那の身体から孫空女に移した。

 この沙那のもがき苦しみが、宝玄仙の道術に原因があるのは明らかだ。

 それで孫空女がなにか宝玄仙を諌めるようなことを言わないのかと思ったのだ。

 

 しかし、孫空女の表情にも恐怖と驚愕が映ったものの、孫空女はすぐにはっとしたように、その沙那から眼を逸らせた。

 そして、そのまま苦しむ沙那を見ないようにして、一心不乱に宝玄仙の髪を乾かす作業に戻った。

 それがこの一行の不文律なのか、宝玄仙の理不尽な沙那への命令や仕打ちに対して、孫空女は一切たしなめる気はなさそうだ。

 

 その絶対的な服従の関係に香蛾は圧倒されていた。

 香蛾も奴婢として、生まれたときから奴隷だったが、香蛾の主人だった死んだ老人はあんなふうに奴婢を扱わなかったのだ。

 確かに自由はなく、鞭で打たれたりすることもあったが、それは理由があるからであり、故郷の国では理不尽に奴婢を痛めつけたり、殺したりすることは法で禁止されていた。

 やがて、やっと沙那の苦悶の踊りが終わった。

 全身にびっしょりと汗をかいている沙那が脚をふらふらさせながら立ちあがった。

 

「同じことを何度もやらないと、命令に従うつもりにならないのかい、沙那? さっさと下に行って水差しを取って来るんだよ。いまどきの時間じゃあ、宿の主人くらいしかいやしないよ。誰かが冷やかしで襲って来てもお前なら、軽くあしらえるだろう──。ほら、行っておいで──。それとも、まだ二、三回いまの電撃を浴びないとその気にならないかい?」

 

「い、行きます……」

 

 沙那は悲痛な顔で言った。

 その息はまだ荒く、その手は片手で剝き出しの乳首を隠し、もうひとつの手はしっかりと股間を布の上から押さえている。

 布はあまりにも短くて、沙那の股間の付け根のほんの下の部分までしかない。

 あれでは、ほとんど全裸で部屋の外に行けと言っていると同じだ。

 

 あまりにも可哀そうな沙那への命令に、香蛾は自分の顔がさらに蒼くなるのを感じた。

 沙那が諦めたように意気消沈して、戸を開けて部屋の外に出て行く。

 

「さて、お前だよ、香蛾……。お前には、その身体と顔をあげた代償として、この宝玄仙の調教を受けてもらう……。わたしの調教を受けるということは、ああいうことだよ。どんな理不尽な命令にも逆らえないんだ。逆らってもいいけど、命令に従うまで、耐えられない苦痛が与えられるだけさ。わかったかい……?」

 

「は、はい」

 

 香蛾は頭の後ろの両手にぐっと力を入れながら頷いた。

 さっき裸同然の格好で外に行かされた可哀想な沙那の姿が思い浮かぶ。

 香蛾の全身は宝玄仙に対する純粋な恐怖が沸き起こっていた。

 とても親切で優しい人だと思っていた香蛾の宝玄仙に対する感情がどんどん彼女への畏怖に変化していく。

 

 この人は本当はどんな人なのだろうか……。

 もしかしたら、自分は心を許してはならない人に、魂を売り渡してしまったのではないだろうか……?

 

「はぐっ──」

 

 次の瞬間、さっき股間に受けた痛みに似たものが香蛾の尻たぶを襲った。

 これも電撃だろう。

 思わず身体をうずくまらせた香蛾の背中をまた電撃が襲った。

 慌てて身体をまっすぐにする。電撃で焼けるような感触が肌から全身に走り、ますます宝玄仙に対する怖さが香蛾に突き刺さる。

 さっきの沙那ののたうち回りようから考えると、香蛾への電撃は確かに手加減をされているのだろう。

 しかし、生まれて初めての道術による電撃の鞭に、香蛾に心の底からの怯えが生まれる。

 

「これが宝玄仙の奴隷の痛みだよ。覚えておきな。わかったら、まずは宝玄仙の奴隷になって調教を受けると誓うんだ」

 

「ほ、宝玄仙様の奴隷になって……、調教を受けます……。そ、それに、言いつけに従います……。こ、この身体をくださってありがとうございます……」

 

 香蛾は言った。

 

「上出来だよ、香蛾」

 

 宝玄仙の顔がにっこりと微笑んだ。

 しかし、香蛾にはその微笑みに恐怖以外のものを感じることができないでいた……。

 なんて怖い微笑みだろう。

 

「それにしても、お前、実は痛いのが好きだろう……?」

 

 突然、宝玄仙が含み笑いをして言った。

 

「い、痛いのは嫌いです──」

 

 思わず言った。

 するとまたさっきの痛みが尻たぶに走った。

 少しだけ、電撃の強さが増した気がした。

 

「嘘をつくんじゃないよ。そんなに乳首を勃たせてなにを言ってるんだい。ほらっ、これだよ──」

 

「はがっ」

 

 乳首に指で弾かれるような小さな痛みが走った。

 これも道術に違いない。

 香蛾は思わず身体を胸を押さえそうになり、慌てて自重した。

 

「はら、ちゃんと乳首が勃っているじゃないか。痛くて感じる変態じゃなければ、道術の電撃で乳首を勃たせたりしないんだよ。ほら、認めな。たまたま拾った娘が叩かれて悦ぶ変態とは驚いたけど、お前は変態だよ」

 

「あ、あたし、変態なんですか……?」

 

 香蛾は、泣きそうな声で言った。

 宝玄仙の言った通りにふと見ると香蛾の乳首はしっかりと勃っている。

 

「自分が変態だと繰り返しな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あたしは変態です……」

 

「もう一度」

 

「あたしは変態です」

 

「もう一度」

 

「あたしは変態です」

 

「もっと大きな声だよ──」

 

「あ、あたしは変態です──」

 

「もう一度」

 

「あたしは変態です──」

 

「もう一度」

 

 何十回も繰り返し言わされた。

 そのうち、なぜか香蛾の身体は熱くなり、びっしょりと汗をかいていた。

 緊張のせいか喉は乾くし、全身によくわからない疼きのようなものも走っていた。

 これはなんなのだろうか……?

 宝玄仙の言う通りに自分は変態なのだろうか。

 

「脚を拡げな」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、尻に痛みが走る。

 香蛾は慌てて脚を開く。

 しかし、内腿に電撃の痛みが襲った。

 

「もっとだよ。そんな可愛らしい脚の開きじゃない。膝を左右に割るように開くんだ。がに股だよ。宝玄仙の奴隷は脚を拡げろと言われたらそうやるんだ──。そうだろう、孫空女?」

 

「えっ、う、うん……?」

 

 突然話を振られた孫空女が戸惑ったような声をあげた。

 

「この新米奴隷に見本を見せな」

 

 孫空女は一瞬、表情を変えたが、慌てて櫛と布を横の寝台の上に置いて香蛾の前に出た。

 孫空女はまだ全裸だったが、その両脚をがばりと開いて、さらに両膝を割るように腰を屈めた。

 

「ほらっ、こうだよ、香蛾──。この格好になりな」

 

 そう言った宝玄仙が立ちあがって、孫空女の背後に立った。香蛾は宝玄仙が動くことでなぜか圧倒された気分になった。

 急いで孫空女と同じ姿勢になってがに股になる。

 

「その格好になったら、次は許されるまでそのままだ──。この孫空女を見な、香蛾。これが見本さ。この孫空女はどんなことをされても、命令がない限り、この姿勢を崩さないよ」

 

 宝玄仙が笑いながら、孫空女の背中側から股間にすっと手を伸ばした。

 

「なっ……、なにさ……、あっ、あっ……や、やめてよ……、ご、ご主人様」

 

 孫空女が真っ赤な顔になって身体をくねらせ出した。孫空女の正面に立っている香蛾の位置からはよく見えないが、宝玄仙が孫空女の股間を背後から触っているのは明らかだ。

 孫空女の全身はあっという間に真っ赤になり、全身から汗のようなものが浮き出した。

 その表情には官能の色が浮かび、口から甘い息を出し始める。

 すると宝玄仙の顔はますます興に乗った感じになり、孫空女の無防備な股間を激しく動かしだす。

 すぐに香蛾にもはっきりと聞こえるような淫らな水音が孫空女の股間から聞こえ出す。

 香蛾はこの淫靡な光景に眼を奪われていた。

 

「ご、ご主人様……、だ、駄目っ……。そ、そこは……お、お尻は堪忍……、ご、ご主人様、お尻は堪忍して──ああっ、や、やだっ、あっ──」

 

 孫空女の膝ががくがくと揺れ始める。

 

「ほら、見本だからね。姿勢を崩すんじゃないよ。もしも姿勢を崩せば罰だからね」

 

 宝玄仙はますます愉しそうな表情になっている。

 もう、宝玄仙の指が孫空女の肛門を弄くっているのは明らかだ。

 しかも、指を深く肛門に入れているのではないのだろうか。

 そして、それまで片手だった孫空女の股間を責める宝玄仙の手が両手になった。

 孫空女はそれを避けるでもなく、手で払い除けるわけでもなく、懸命に歯を食いしばってそれに耐えようとしている。

 もう孫空女が切羽詰った状態でいるのは明らかだ。

 

「はああっ──、い、いくよおっ──」

 

 孫空女の身体ががくがくと揺れた。

 そして、大きく身体を仰け反らすと不安定な姿勢に耐えられなくなったのか、がっくりと膝をその場に割ってしゃがみ込んだ。

 

「ふぎいいいっ──」

 

 次の瞬間、孫空女の口からけたたましい悲鳴が湧き起こった。

 さっきの沙那のように全身を両手で抱いて床にのたうち回っている。

 

「わかったかい、香蛾──。どんなに理不尽な仕打ちをされようとも、命令に逆らえばこうなる。よく見ておきな。これが命令に従うことができなかった宝玄仙の奴隷の姿さ」

 

 宝玄仙が冷ややかな視線で孫空女を見下ろしている。

 その視線の下で孫空女が絶叫して身体を床で転がり回っている。孫空女は必死になって、許してくれと叫んでいた。

 

「や、やめてあげてください──」

 

 その時間があまりにも長いので、香蛾は思わず叫んだ。

 その瞬間、孫空女の苦悶の悲鳴は終わり、がっくりと脱力した。

 しかし、孫空女はすぐには動けないようだった。

 ふと見ると視線がおかしい。

 半分気を失っているような感じだ。

 余程の苦しみだったのだろう。

 香蛾にさっき与えられた電撃など、これに比べれば本当に手加減されているというのはよくわかった。

 

「ご、ご主人様、帰りました。入れてください──。は、早く──」

 

 切羽詰ったような声が戸の外から聞こえた。

 沙那の声だ。

 

「さて、じゃあ、お前の股間を見せてごらん」

 

 宝玄仙がすっと香蛾の股間に指を伸ばした。

 

「はあっ」

 

 宝玄仙の手が香蛾の股間に触れたとき、まるで稲妻に打たれたかのような衝撃が香蛾を襲った。

 全身が脱力して立っていられない程だ。

 しかし、すぐに宝玄仙の指は香蛾の股間から離れた。

 

 宝玄仙がその指を香蛾の顔の前にかざした。

 指と指の間にねっとりとした粘着性のある液体がついている。

 

「なにもしないのに、お前の股ぐらはこれだけ濡れるんだよ。自分がそんな性癖を持っているのがわかったかい──? 飛んだ拾い物だったけど、お前は誰かの性奴隷にならなければ満足できないような変態だよ。それにしても驚いたねえ……。たまたま、拾った娘がそんな性癖とはねえ」

 

 そして、なにがおかしいのか、宝玄仙はしばらくそのまま笑い転げていた。

 その間、部屋の外からは沙那の哀願がずっと続いていた。

 やがて、宝玄仙がやっと道術で沙那が部屋に入るのを許したのか、廊下に通じる扉がばたりと開いた。

 水差しを胸に抱えた沙那が脱兎の如く飛び込んでくる。

 

「ご、ご主人様、ひ、酷いです──」

 

 沙那が抗議の声をあげている。

 

「宿の主人はお前のその格好を見て、なにか言っていたかい、沙那?」

 

「び、びっくりしてましたよ……。も、もう、ご主人様──」

 

 沙那の顔はまだ真っ赤だ。

 まだ異常に興奮しているのは確かだ。

 宝玄仙はまた、声をあげて笑った。

 

「ははは……。それでお前はなにか言ったのかい?」

 

「わたしは、奴隷女でご主人様の調教でこんなことさせられているのだと答えました。お願いですから外でなぶるのは堪忍してください」

 

 沙那はそう言って、水差しを部屋の奥に置きにいった。

 

「だけど興奮したろう、沙那?」

 

 宝玄仙がその沙那に含み笑いをしながら言った。

 

「そ、そんなこと……」

 

 沙那が心外だというような表情を顔に浮かべた。

 

「そうかい? なら、点検するよ。お前の股にいまから触るからね……。もしも、恥ずかしいことをされて、股ぐらを濡らしたりしていなければ、今日のお前への嗜虐はなしにしてやろう。だけど、もしも、濡れていたりしたら……。そうだね、今度はその格好で宿の外にも行ってもらうからね」

 

「わっ、わあっ──。み、認めます。わ、わたし、恥ずかしいことをさせられて股を濡らしちゃいました──だ、だから、もう堪忍してくたさい──」

 

 沙那がやけくそのように叫んだ。

 真面目そうな沙那の告白に香蛾はびっくりしてしまった。

 

「ほらね、香蛾、これでわかったろう? こんな、真面目そうな沙那でもひと皮剥けば、こんな変態なんだ。苛められて感じるような変態だって恥ずかしくはないのさ……。ところで、いつまで呆けてるんだい、孫空女──。お前にも沙那と同じ前掛けがあるだろう。さっき、言い付けに従えなかった罰として、それを着て宿の前で立ってな。朱姫には、いま香蛾に着せるまともな服を買いに行かせている。朱姫が戻るまで宿の外に立ってるんだ」

 

「そ、そんな、堪忍してよ。あんな格好──」

 

 床にしゃがんだままだった孫空女が、沙那の姿に一度眼をやり、顔色を変えて悲痛な声をあげた。

 香蛾も驚愕した。

 今度は食堂に行って戻るだけじやなく、外にしばらく立っていろという宝玄仙の命令だ。

 なんだか宝玄仙の命令はどんどん理不尽さが増しているような気がする。

 

「早く着な。裸がいいならそのままでいいけどね……。もうすぐ、『移動術』で宿屋の外に跳躍させるよ。そしたら、朱姫の姿をお前の眼が認めるまで、なぜか足が地面から離れなくなるからね」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「そ、そんな、酷いよ──」

 

 孫空女は叫んだが、それでも素早く寝台に残っていた前掛けをとると、それを身につけた。

 しかし、沙那に比べて首ひとつ背が高い孫空女には、その前掛けが短すぎて、乳首の上まで布をあげると、完全に股間が露出してしまい剥き出しになっていた。

 それで孫空女は焦った仕草で懸命に首にかける紐の長さを調整してなんとか、ぎりぎり股間が隠れるくらいに前掛けをさげた。

 その結果、孫空女のふたつの乳房は完全に布の外に露出した。

 

「いい格好じゃないかい、孫空女──。じゃあ、お前には乳首の穴あきの代わりに、これを書いてやるよ」

 

 宝玄仙が手を叩いて笑いながら言った。

 すると、真っ白だった孫空女の前掛けの表面に文字のようなものが浮き出た。

 

「な、なに書いたのさ、ご主人様?」

 

 それを見た孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 

「沙那、読んでやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「……“私はここに泊まっている女主人の性奴隷です。ご自由にご覧ください”……。そ、そう書いてあるわ、孫空女……」

 

 沙那が顔を引きつらせたまま言った。

 

「そ、そんな、ご主人様。こ、こんな悪ふざけやめてよ──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「なに、ちょっかい出されそうになったら、構うことはないから『如意棒』で蹴散らしてやりな。脚は動かないけど、手は自由なんだ。せいぜいその格好を見物されてくるんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、いきなり孫空女の姿がその場から消滅した。

 きっと、『移動術』とかいう道術で宿の入り口に跳躍させられたのだろう。

 部屋が静まり返った。

 香蛾もあまりの衝撃で口を開けなかったが、その横の沙那はもっと悲痛な顔をしていた。

 

「沙那」

 

「は、はい、ご主人様」

 

 沙那はすっかりと宝玄仙にのまれているようだった。

 沙那の緊張が香蛾にも伝わってくる。

 

「この浣腸器の液体を香蛾の尻に一滴残らず注ぎな……」

 

 宝玄仙が沙那になにかを放った。

 なにかの細長い管のようなもので中には液体が入っているようだ。

 浣腸器というものがなにかわからないが、沙那のびっくりした表情からは相当のものであることが予想された。

 

「……ひと言でもなにか拒否すれば、この浣腸液がお前の尻に道術で注がれて、道術で孫空女の隣に立つことになるよ……。でも、それも面白いかねえ……。朱姫が戻るまで我慢すればいいだけだしね──。うん、そうだね。やっぱりやめたよ。お前は香蛾の調教に参加しなくていい。その代わり、お前も孫空女の隣で立ってな。あいつもひとりじゃあ寂しいだろう」

 

「そ、そんなあ……。や、やります。調教をやらせてください、ご主人様。頑張りますから──」

 

「うるさいねえ、気が変わったんだよ──。浣腸液を尻でたっぷりと飲んで孫空女の横に立ってな。漏らして宿屋の前を汚すんじゃないよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 沙那は悲痛な声をあげながら、ふっと姿を消した。

 

「ははは、面白かったねえ。後で様子を見に行こうか、香蛾……。多分、朱姫はまだ半刻(約三十分)は戻らないよ。まあ、だけど、あいつらもかなりの猛者だからね。滅多なことじゃあ、誰にもなにもさせはしないさ──」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「あ、あんな、酷いこと……。あ、あたしを美人にしてくれたり……。それなのに、いまみたいな酷いことをしたり……。宝玄仙様は悪い人なんですか? それとも、いい人なんですか……?」

 

 香蛾は思わず言ってしまった。

 そして、自分の口から出たその言葉にはっとした。

 こんな怖い人に、なんて自分は無遠慮なことを言ってしまったのだろう……。

 

 ても、宝玄仙には気を悪くした感じはなかった。

 むしろ、その言葉に興を覚えたようににっこりと笑った。

 

「お前はどっちだと思う?」

 

 そして、宝玄仙の手が再び香蛾の無防備な股間にすっと伸びてきた。



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405 晒し者の女戦士たち

「お、お前ら、く、来るんじゃないよ……。ち、近寄るなって言ってんだろう──」

 

 荷物を抱えた朱姫が宿屋に戻ってくると、宿屋の前に人だかりができていた。

 その奥から孫空女の切羽詰ったような声も聞こえる。

 なんなんだろう……?

 

「うわっ──、なにしてんですか、孫姉さん、沙那姉さん」

 

 朱姫は人だかりの後ろから孫空女と沙那の姿を認めて、思わず声をあげてしまった。

 よくわからないが、孫空女と沙那は、素肌に白い布一枚の前掛けだけという全裸に近い状態で宿屋の前に立っているのだ。

 そして、孫空女が布に収まっていない乳房を左手で隠し、右手で『如意棒』で周囲の男たちを威嚇している。

 だが、集まっている男たちは三十人以上はいるのではないだろうか。

 それが遠巻きに前後を囲んでにやにやと笑ったり、卑猥な言葉でからかったりしているのだ。

 

「しゅ、朱姫──。や、やっと、帰って来てくれた……。ほらっ、沙那、朱姫だよ」

 

 朱姫を認めて孫空女が、真っ赤な顔を沙那に向けた。

 沙那もまた小さな布一枚の前掛けだけの姿で、しかも苦しそうに顔を歪めて腰を少し屈めている。

 よく見ると沙那の肌は心なしか粟立っている気もする。

 

「しゅ、朱姫……。あ、あれっ……。う、動かない……。ま、まだ、脚が動かないわ。朱姫が戻ったら自由になるんじゃないの……?」

 

 沙那が真っ蒼な顔を歪めて言った。

 

「あ、あのう、どういうことなんです……?」

 

 朱姫は取り囲んでいる野次馬たちを掻き分けて、ふたりの前まで進み出た。

 

「おう、この娘も性奴隷か──?」

 

 すると、明らかに酔った男が朱姫に抱き尽くような仕草をしてきた。

 朱姫は身体を開いて、その酔っ払いを投げ飛ばす態勢になったが、次の瞬間、その男が後方に吹っ飛んだ。

 

「近づくなって、言ってんだろう──」

 

 孫空女の『如意棒』が伸びて、その男の腹を突き飛ばしたのだ。

 周りの男たちが転がった男をげらげらと冷かして笑った。

 それにしても、孫空女の感情が相当に昂ぶっているのは明らかだ。

 そして、その孫空女の前掛けには、“私は性奴隷です”という趣旨の文字が書かれていた。

 

「もしかして、ご主人様の仕業ですか?」

 

「もしかしなくても、ご主人様の仕業に決まってんだろう、朱姫──。多分、お前がなにかすれば、ここから離れられると思うんだよ。頼むから、あたしらをここから解放してくれよ──。それに、沙那はもう限界なんだよ……」

 

 孫空女が声をあげる。

 

「限界?」

 

 朱姫は沙那を見た。

 沙那は乳房の半分から下と股間の付け根までしか覆っていない布を両手で押さえて身体を苦しそうに屈めている。

 ふと見ると、身体の後ろにはなにも身に着けておらず、身体を屈めることで白いお尻が小刻みに震えている。

 

「もしかして、ご主人様になにかお尻に入れられていますか、沙那姉さん……?」

 

 朱姫はさらに孫空女と沙那がいるそばまで近づいてささやいた。

 

「か、浣腸を……道術で……」

 

 沙那が呻いた。

 朱姫は嘆息した。

 そんなことだろうとは思ったが、相変わらずの宝玄仙の悪ふざけだ。

 それにしても、浣腸をしてそのまま排泄を許さずに、宿屋の前に放置するなど、なんという意地悪なのだろう。

 本当に容赦のない仕打ちをするものだと思ったが、その仕打ちに苛まれて羞恥と恥辱に顔を歪めているふたりを眺めていると、なんとなく朱姫もおかしな気分になる。

 朱姫は自分の心に嗜虐の灯がともるのがわかった。

 そして、ふと朱姫は沙那の背中になにかの文字が浮かんでいるのがわかった。

 いや、実際にはなにも書かれていないのだが、霊気を持つ道術遣いしかわからない魔法文字でなにかの文字が書かれているのだ。

 それを読んだ朱姫はどうしても笑いが込みあがってしまい頬を緩めてしまう。

 

「ここから脱出できる方法がわかりましたよ。沙那姉さんの背中にご主人様の伝言が書いてありました」

 

 朱姫は言った。

 

「ま、まだ、なにかするのかい? ご主人様は、朱姫が戻れば、解放されるって言ったんだよ」

 

 孫空女は怒ったように声をあげる。

 一方で沙那は追い詰められて困惑した表情を朱姫に向けた。

 

 ぞくぞくとしてくる……。

 このふたりをもっと怒らせて……、そして、恥ずかしがらせて……。

 それでも、絶対にふたりは屈服しないだろうけど、でも、どんなに抵抗しても、このふたりは朱姫の思うとおりのことをさせられるのだ……。

 屈辱的で……。

 恥辱的で……。

 望まない快楽を強要される……。

 

 ふたりは心で抵抗する。

 しかし、朱姫の言いなりになって、痴態を演じる。

 朱姫が絶対にかなわない沙那と孫空女のふたりは、嗜虐となれば朱姫に屈服し、泣き声をあげて哀願もする。

 それがいい……。

 

 本当にぞくぞくしていくる……。

 朱姫は沙那と孫空女が好きだ……。

 だから、このふたりにはなにをしてもいい……。

 なにをしても許されるはずだ……。

 

「ある意味はそうですよ、孫姉さん。沙那姉さんの背中に書かれた文字は、あたしにしか読めませんから」

 

 朱姫はそれだけを言った。

 なんと書いているかは素直には教えるつもりはない。

 

「ちっ」

 

 孫空女は大きく舌打ちした。

 

「じゃあ、なにが条件なんだよ、朱姫。早く言いなよ」

 

 孫空女が苛ついた口調で言った。

 

「そうですねえ……。ご主人様の伝言に寄れば……」

 

 朱姫はふたりに限界まで近づいた。

 そして、ふたりの耳元にささやくように告げた。

 

「……ふたりでお互いの股間をここで弄くって、同時に達してください。それが条件になると思います」

 

「な、なんだよ、それ──」

 

 絶叫に近い声をあげたのは孫空女だ。

 沙那に至っては、ますます顔が真っ蒼になった。

 もう、沙那の便意が限界にあるのは明らかだ。

 この場で股間を弄り合って絶頂しようとすれば、その前にここで大便を洩らしてしまうだろう。

 

「沙那姉さんには、お尻に栓をしてあげましょうか……?」

 

 朱姫はそう言うと手に霊気を込めた。

 『取り寄せ術』という高等道術だが、最近ではそれも自在にできるようになった。

 『取り寄せ術』は、『移動術』の応用であり、霊気の及ぶ範囲であり、取り寄せたい場所と物が頭に浮かぶことさえできるのならば、離れた場所から物を手元に転送させることができるのだ。

 宝玄仙の性具一式は、沙那がいつも運ぶ葛籠のひとつにまとめられている。

 朱姫は肛門栓を取り寄せた。

 朱姫はその栓を持って、沙那の背後に手を伸ばす。

 

「な、なにするのよ、朱姫──」

 

 しかし、朱姫の手が肛門に近づく気配を察した沙那が、腰を避けて悲鳴をあげた。

 だが、その自分の激しい動きでまた便意が高まったのか、歯を喰い縛って身体を屈める。

 

「あらっ、あたしは沙那姉さんのためを思って、肛門栓を嵌めてあげようとしているんですよ。別に嫌ならいいです……。じゃあ、そのままはじめてください。言っておきますけど、ふたりで同時に達するんですよ。それにお互いに刺激し合うんです。自慰じゃ駄目ですからね」

 

 周りに集まっている男たちがざわざわと騒ぎ始める。

 これから、なにか淫靡な見世物が始まりそうなのを予感して騒いでいるのだ。

 

「お、お前ら、あっちに行けって言ってんだろう──。た、頼むから、あっちに行ってよ」

 

 孫空女がまた叫んだ。

 しかし、男たちはどよめきと歓声をあげるだけで、周りから立ち去る気配はない。

 朱姫は少しふたりを距離をとり、周囲を囲む男たちと同じようにふたりの痴態を見物する態勢になった。

 孫空女と朱姫はほとんど接触するほどの距離で立っている。

 お互いの股間に手を伸ばせば、相手の股間を愛撫するのは簡単だろう。

 

「おう、姉ちゃん、これからなにが始まるんだい──?」

 

 周囲の男のひとりが訊ねた。

 周りの男たちがすっかりと興奮しているのは明らかだ。

 孫空女が『如意棒』を振り回して近づく男を突き飛ばしたりしていなければ、とっくの昔にこの男たちは孫空女や沙那に飛びかかっていたのかもしれない。

 いまは、とにかく、このふたりの痴態に熱い視線を向けるだけで我慢をしているらしいが……。

 

「このふたりの女奴隷は、あたしたちの女主人の道術でここに脚を張りつけられているんですけど、お互いに股間を刺激し合って絶頂しないと、ここから離れられないんです」

 

 朱姫がそう教えてやると、周りの男たちが大歓声をあげた。

 

「──おう、いいぞ、早く、やれっ」

 

「始めろ、そらっ──」

 

「奴隷女ども──。いいぞ、始めろ──」

 

 男たちが一斉に野次を飛ばし始める。

 

「しゅ、朱姫──。な、なんてこと教えるんだよ──」

 

 孫空女が怒声をあげる。

 

「だって、仕方ないじゃないですか。なにも教えずに、孫姉さんと沙那姉さんがいきなり股間を弄り合い始めたら、馬鹿になったかと思われますよ」

 

 朱姫は言った。

 

「くそうっ……。し、仕方がない。やろうよ、沙那」

 

 孫空女が真っ赤な顔をしたまま、沙那に顔を向ける。

 

「ちょ、ちょっと待って……、孫女……。も、もう、駄目……して、朱姫……」

 

 沙那は眼をつぶって顔を俯けたまま小さな声で呟いた。

 

「はっ、なんですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫は意地悪く言った。

 いま、朱姫は周りを囲む男たちと同じように距離をとってふたりの前にいる。

 だから、男たちにも聞こえるような声でなければ、朱姫には聞こえない。

 

「せ、栓をしてよ……。お、お願い」

 

「栓をどこにするんです、沙那姉さん?」

 

 朱姫はわざとらしく恍けた。

 

「い、意地悪言わないでよ、朱姫──。お尻よ。お、お尻に栓をして……。肛門栓をしてよ。そうでないと、も、漏れちゃうのよ──」

 

 沙那が悲痛な声をあげた。

 朱姫は男たちの歓声を背にして、沙那の背後に回ると、沙那の腰の上に手を置き、肛門栓を肛門に近づけた。

 肛門栓は沙那の肌と同じ色をしていて、膨らみかけた花の蕾のようなかたちをしている。大きさは赤ん坊の拳ほどだ。

 

「はうっ」

 

 朱姫が肛門栓を沙那のお尻に接しさせると、あとは肛門栓が勝手に沙那の肛門に入り込んで栓をした。

 宝玄仙の道術がこもっている霊具だ。

 一度嵌めれば、誰かが道術を解放しなければ栓は抜けない。

 三人にとってはお馴染みの栓だが、朱姫は沙那の肛門にそれが侵入する直前に、朱姫も霊気を加えてさらにいやらしい仕掛けを活性化してあげた。

 もともとの機能なのだが、かなりの霊気を追加しなければ、活性化しない機能だ。

 

「ああっ、あっ、は、なに? なにこれ? ああっ、い、いやっ、いやよっ──」

 

 沙那が突然狂ったように嬌声をあげだした。

 

「ど、どうしたのさ、沙那──?」

 

 孫空女がびっくりして声をあげた。

 

「動いている……。栓が動いているの──。ああっ、あはあっ……」

 

 沙那が全身を震わせて悶えはじめる。

 その破廉恥な仕草に男たちが歓声をあげる。

 

「ふふふ……。沙那姉さん、肛門を締めつけてはいけませんよ。締めつければ、締めつけるほど、肛門栓の振動が強くなりますからね」

 

 朱姫は意地悪く言った。

 それが朱姫が活性化させた肛門栓の機能だ。

 だが、激しい便意に襲われている沙那には、肛門に力を入れないことなど不可能なはずだ。

 そして、振動によって便意が促進されればされるほど、沙那は無意識に肛門を締めつけて振動が強くなる。

 

「しゅ、朱姫、いまのは、お、お前の仕業だろう──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「だったら、なんなんです、孫姉さん……? ほらっ、早く、沙那姉さんのためにも、股間を弄り合ってあげたらどうなんです。苦しんでいますよ」

 

 朱姫は言った。

 

「くっ、くそう──。お前、いい加減にしないと、承知しないからね、朱姫」

 

 孫空女が片手で持って『如意棒』をぐいと朱姫の顔に突きつける。

 朱姫は一瞬だけたじろいだ。

 孫空女は真剣に怒っているようだ。

 もともとの怒りは宝玄仙へのこの理不尽な仕打ちなのだろうが、朱姫がそれに乗じた態度をとるものだから、その矛先が朱姫に向きかけているということだ。

 沙那が激昂するのはよくあることだが、孫空女は仲間にあまり怒りを露わにしないから、孫空女が本当に腹をたてているということがわかる。

 咄嗟に危険なものを感じて、朱姫はさらに後ずさって、男たちの人混みに完全に隠れた。同時に、孫空女に『影手』を送る。

 

「わっ、な、なに──?」

 

 『如意棒』を突きつけていた孫空女は身体を反りかえらせて、顔を引きつらせた。

 無理もない。朱姫が孫空女の身体に刻んだのは、たったひとつの『影手』だが、その影手はしっかりと孫空女のお尻の中に指を喰い込ませているのだ。

 

「怖い顔するとこうですよ、孫姉さん」

 

 朱姫は孫空女の肛門深くに挿入させている『影手』の指をぐりぐりと動かしてやった。

 

「ああっ……はあんっ……わ、わかった……はあっ……。や、やめてよ──」

 

 快感にお弱い孫空女は、たちまちにくねくねと身体を悶えさせる。

周囲から一斉に野次のような声が飛ぶ。

 

「こんなこともできますよ……」

 

 朱姫は再び男たちの前に出てくると、新たな道術を込めながら言った。

 

「ひいいっ──」

 

 孫空女の眼が見開き、全身が伸びあがる。

 しかし、地面に張りついている脚が離れないので、孫空女は態勢を崩したようなかたちになった。

 転びかけた孫空女を慌てた真っ赤な顔で悶えていた沙那が手を伸ばして支えた。

 

「な、なにをしたのよ、朱姫……。ああっ……、はんっ、やめて、お願いだから……」

 

 孫空女を片手で支えている沙那も苦しそうに悶えている。

 その間、孫空女の苦悩の悲鳴は続いている。

 無理はない。

 肛門に入り込んでいる『影手』の先から朱姫が道術で合成した浣腸液が注ぎ込まれているのだ。

 

「沙那姉さんだけが浣腸されているなんて、不公平ですからね。同じにしてあげましたよ……。じゃあ、そろそろ、始めてくださいよ。皆さん、お待ちかねなんですから」

 

 朱姫は笑った。

 そして、やっと孫空女のお尻に道術で注ぎ込む浣腸液をとめてあげた。

 短い時間だが、かなりの量の浣腸液が注ぎ込まれたはずだ。

 朱姫をもの凄い形相で睨む孫空女の顔は、みるみる蒼白くなり、そして、ぐるぐるとその下腹部が蠕動音をたてた。

 

「しょ、しょうがいない……」

 

 孫空女は片手で剝き出しの乳房を隠していたのだが、片手で『如意棒』を持っているために、沙那の股間に手を入れるとなると、『如意棒』を離すか、隠している乳房から手を離すしかない。

 どうするのかと思っていると、孫空女は、『如意棒』を右手から左手に持ち返ると、乳房を隠す手をおろして、沙那の身体側に手をおろした。

 

 卑猥な言葉が一斉にかけられるが、孫空女は無視している。

 沙那と孫空女は口惜しそうに少しだけ朱姫を睨んだが、すぐに諦めたようにお互いに顔を見合わせると、無言のままそれぞれ相手の前掛けに横から手を伸ばして、片手を前掛けの内側に入れた。

 

「ああっ」

「はんっ」

 

 相手の股間を探るように手を伸ばしていた沙那と孫空女がほぼ同時に顔を歪めて小さな吐息をした。

 相手の伸ばした手が股間の敏感な部分に触れたのだろう。

 

「や、やるよ、沙那……」

 

「う、うん、孫女……」

 

 ふたりが声を掛け合う。

 孫空女と沙那の手が激しく動き出した。

 

「おう──」

「始めたぞ──」

「いいぞ、奴隷女──」

 

 ふたりが始めた痴態にまた大きな歓声があがる。

 すぐにふたりとも反応し始めた。

 どうしても腰を引くような姿勢になってしまうのか、お互いにへっぴり腰になりながらそれぞれの股間を弄くっている。

 どんな場所をどんな風に愛撫しているのかは、前掛けに隠れて見えないのだが、ふたりとも断続的な嬌声をあげながら、小刻みな震えを続ける。

 

「随分と感じやすい女奴隷だなあ──」

 

「おうおう、もう、いきそうじゃねえか?」

 

 男たちが言い合う。

 その通り、感じやすいふたりは、わずかな時間でもう追い詰められた状態になった。

 長い付き合いである朱姫にはそれがわかる。

 

「あはああっ──」

 

 突然にがくがくと沙那の身体が揺れた。

 沙那の全身が仰け反り、ぶるぶると震える。沙那がさっそく達したのは明らかだ。

 前掛けの下から沙那の股間から流れ出た愛液が太腿に大量に漏れ出た。

 

「さ、沙那──」

 

 孫空女がびくりとして沙那を刺激していた手をとめた。

 どうやら、沙那もあっという間に快感が駆け昇ってしまい制御できなかったらしい。

 もっとも、それは無理もない……。

 沙那はただでさえ、感じやすい身体をしているが、股間の刺激だけじゃなく、肛門栓の振動の刺激も受けている。

 早く達するのは当然なのだ。

 

「駄目ですよ、沙那姉さん……。一緒にいかないと道術は解けませんよ。声を掛け合って、同時に達するようにしないと駄目じゃないですか」

 

 朱姫は言った。

 すると快感の余韻に浸っている沙那が悔しそうに朱姫を睨んだ。

 

「ほらっ、沙那姉さん。呆けていたら孫姉さんが可哀そうですよ。沙那姉さんは栓をしているから洩れませんけど、孫姉さんは栓をしていないんですから、ゆっくりとしていると孫姉さんはここで垂れ流してしまいますよ」

 

「朱、朱姫……、お、お前、調子に乗って……」

 

 沙那が怖ろしい形相で朱姫を睨んだが、こうなっては朱姫の言葉のとおりに、男たちの前で醜態を続けるしかない。

 一方、孫空女はもう便意に追い詰められ始めたらしく、すっかりと口数は少なくなり、苦しそうに顔を歪めている。

 

「ご、ごめん、孫女……。も、もう一度……や、やりましょう……。うっ、うくうっ、ああ……」

 

 沙那は言った。

 

「う、うん……」

 

 孫空女が頷き、ふたりのお互いの恥部に対する愛撫が再開する。

 

 それからはちょっとした見物だった。

 案外同時に達するというのは難しいのだと朱姫も改めて思ったものだ。

 ふたりは、なんとか同時に達しようとして、声を掛け合うのだが、なかなかうまくいなかかった。

 

 次はまた沙那が最初に達してしまい、孫空女が取り残された。

 

 その次は、なぜか孫空女があっという間に達してしまい沙那は乗り遅れた。

 

 いま、ふたりの脚には足指の先まで愛液が滴り落ちている。全身は真っ赤に染まり、激しく喘ぎ声をあげながら、それでも懸命に声を掛け合って、次こそ一緒に絶頂しようと頑張っている。

 

「ま、まだ……。あっ、ああっ……。も、もうちょっと、待って……。い、いきそう……。少し、待って……ああはあっ」

 

「う、うん……。だったら、あたしに……もう、もう少し、刺激を──ああっ……」

 

「こ、こうっ──? だ、駄目……、ふわぁ……また、お尻が襲ってきたの……。うふううっ──」

 

「我慢して、沙那──。あたしももう少しだから……。ああ、いく、いく、いく……もうすぐ、いくっ」

 

「もう、ちょっと……。いつでもいい……。孫女、いいよ……ああ……孫女……いいわ……孫女……ああっ……」

 

「さ、沙那……あ、あたしも……あはあっ……さ、沙那……ああっ……はあ……さ、沙那……沙那……ああっ……」

 

 ふたりであからさまに声を掛け合って愛撫の度合いを調整している様は、見ているこっちが赤面するほど卑猥で淫靡だ。

 周りの男たちは大悦びで孫空女と沙那の狂態を見物している。

 

「いく、いくよっ、沙那──」

 

「あたしも……」

 

 やがて、本当にふたりほぼ同時に、汗びっしょりの身体を激しく身震いさせた。

 そして、お互いの股間にそれぞれの手を這わせたまま、あられのない姿を大勢の男の前に晒した。

 

「あはあっ──」

「くふうっ──」

 

 孫空女と沙那のふたりは、情感に潤んだ美しい顔をふたりで宙に向けて大きな声で叫ぶと、そのままがっくりと身体を脱力させた。

 ふたりが達すると同時に、道術が解けてほぼ同時にふたりともその場に崩れ落ちた。

 そして、すぐに起きあがる。

 

「う、動いた……。さ、沙那、動いたよ──」

 

「ほ、本当だ──。だ、だめぇ……。お尻が──」

 

 沙那がまた、肛門栓の責めに襲われたのか、宿屋の中に入りかけて、そのまましゃがんでしまった。

 

「あ、あたしは行くよ──。ほらっ、どけよ。見世物じゃないんだよ──」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回して、男たちを蹴散らしながら宿屋に引っ込んだ。

 おそらく、そのまま厠に向かうのだろう。

 

「へへへ、あの怖い女がいなくなりゃあ……」

 

 野次馬のひとりが、しゃがみ込んでいる沙那に覆いかぶさろうとした。

 

「うわっ」

 

 叫んだのは沙那に抱きついた男の方だ。

 沙那の肘が男の顔面にぶち当たって、呻き声とともに男は鼻血を噴き出して倒れた。

 おそらく、鼻の骨が折れただろう。

 男は気を失った状態で、二度、三度と後ろに転がっていった。

 ほかの男たちが、その男の醜態に笑い転げた。

 

 馬鹿な男だ……。

 気の立っている沙那に手を出そうとするなど……。

 

「さあ、ご主人様のところに戻りましょう、沙那姉さん……。よく頑張りましたね。でも、素晴らしく淫靡でしたよ」

 

「わ、わたしも厠に行きたいのよ……」

 

 朱姫に身体を支えられながら沙那は苦しそうに言った。

 

「残念ながら、この肛門栓は、外すときは、ご主人様でなければ外れませんよ。ご主人様の霊具ですから……」

 

 もちろん嘘であるが、そっちの方が面白そうだ。

 とにかく、被虐に遭っているときの沙那は、とてもきれいで可愛い。

 朱姫がそう言うと、沙那はつらそうに顔を俯かせた。



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406 一夜美女に刻まれる被虐

 沙那は、朱姫にを支えられながら宿屋の食堂を通り抜けて、宝玄仙が待っている部屋に向かって歩いた。

 孫空女は食堂の裏庭にある厠に駆け込んだに違いないが、沙那は宝玄仙の肛門栓をされてしまったので、それを外してもらうには、宝玄仙の道術でなければならないと朱姫が言うのだ。

 

「はんっ」

 

 沙那はまた激しく動き出した肛門の振動に足をとられてよろめいた。

 肛門を圧迫している肛門栓は、沙那の敏感な肛門の内襞を甘美な刺激で抉り、そして、便意で圧迫して苦痛を与えている浣腸液を掻き回して沙那の下腹部に激痛を与えている。

 沙那は快感と苦痛が混ぜこぜになった責めに、足を一歩進めるごとに、疼きと苦痛に足をとられてしまうのだった。

 

「さあ、行きますよ、沙那姉さん」

 

 沙那がよろめくのを強引に朱姫が腕をとって歩かせる。

 支えてくれているはずの朱姫だが、少し歩かせ方が強引なので、まるで、肛門に性具を入れられて、朱姫に押し立てられて惨めに歩かされている気分になる。

 しかも、肛門の刺激を受けて股間からはかなりの愛液が滴り、素足で放り出されたために、その愛液が足の指の間に入って滑るのだ。それがさらに情けなさを助長する。

 

 やっとのこと宿屋の入口から部屋の前まで歩いた。

 朱姫が部屋の前で宝玄仙に声を開けて扉を開けた。

 

「ただいま帰りました、ご主人様……。沙那姉さんと一緒です。肛門栓をさせてしまったんです。外してあげてくれませんか?」

 

 朱姫は言った。

 そして、押し立てられるように中に入る。

 しかし、それ以上耐えられなくて、沙那はその場に座り込んだ。

 

「肛門栓? ああ、あれをさせたのかい……。だったら、ちょっと待ってな、沙那。いまは取り込んでいるんでね──。朱姫は、荷を適当に置いて、こっちに来るんだ。香蛾の調教を手伝いな……。ところで、孫空女はどうしたんだい、朱姫?」

 

 宝玄仙が言った。

 この後に及んで待たされる……。

 

 馬鹿にしたような仕打ちに腹も立つが、待てと言われたら待つしかなく、沙那は痛む腹に手をやってその場に座っていた。

 しかし、肛門に装着している肛門栓が沙那を苛み、泣きそうな快感を与えてもくる。

 激しい便意でもの凄く苦しいのだ。

 それなのに気持ちよくもある。

 もう苦しいのか、それとも気持ちいいのかわからず、沙那は必死になって繰り返し襲ってくる苦痛と快感に耐えていた。

 

 沙那を無視して宝玄仙は、香蛾の調教に取り組んでいた。

 部屋の入口でしゃがみ込んでいる沙那に対して、香蛾はやや部屋の奥側にいて、両手を頭の後ろに組み、両脚を大きく拡げて立たされていた。

 全身がぴんと伸びているので、道術で金縛りにさせられているのだろう。

 開いた股間の下にはおびただしい汗が落ちており、また、両脚の内側をつたってかなりの量の愛液が床に滴っていた。

 その香蛾に正面を向けている宝玄仙は、手に鳥の羽根を手にしていた。

 どうやら、それで香蛾の全身をくすぐっていたようだ。

 香蛾は半狂乱になっている。

 

「孫姉さんは厠です……」

 

 宝玄仙の隣に歩み寄った朱姫が言った。

 

「なにかしたのかい?」

 

 宝玄仙がにやりと笑ったような気がした。

 

「沙那姉さんばかり、浣腸で苦しむのは不公平だと思って、道術で孫姉さんに浣腸してあげたんです」

 

「へえ……、そりゃあ、愉快じゃないかい。やっぱり、見に行こうとは思っていたんだけど、ついつい、こっちに熱が入ってしまってねえ……。結構、盛りあがってたかい?」

「そりゃあ……。沙那姉さんと孫姉さんがあんな恰好して立っているんですから、大変な人だかりができてましたよ。孫姉さんが必死になって、追い払ってはいましたけど……」

 

「そうだろうねえ。まあ、またやる機会もあるだろうし、見物は次の愉しみにとっておくよ」

 

 ふたりは、気楽な雰囲気で世間話のように、沙那と孫空女のことを話している。

 ふたりの会話に肚が煮えたがとりあえず耐えていた。

 

「なにをやっているんですか、これは?」

 

 朱姫はそう言いながら、宝玄仙が横の寝台に置いていた大筆を手に取る。

 そして、香蛾の背後に回って、すっとお尻の亀裂に添って筆を撫でさげた。

 

「あふうううっ──」

 

 香蛾は奇声をあげて全身を大きく震わせた。

 そして、壮絶な表情になったかと思うと、大きな痙攣をしてから完全に脱力した。

 しかし、見えない縄で縛られているかのように、完全にがっくりとしたのに身体は真っ直ぐに立っている。

 たったあれだけの刺激で香蛾が絶頂してしまったのは明らかだ。

 感じやすいのかもしれないが、これはかなり異常だと沙那は思った。

 一体どうしたのだろう……。

 

「香蛾さんはどうしたのですか、ご主人様?」

 

「なに、感度を二十倍ほどにあげてやっているのさ。いまは、道術で感度をあげているんだけど、この感覚を一度身体が覚え込んでしまうと、今度は道術で感度をあげられていなくても、これに近いくらいの敏感な肌になってしまうのさ。沙那も孫空女もこうやって調教してやったのものだよ……。まあ、お前については、お尻くらいのものだったけどね。だから、沙那も孫空女もお前に比べて、ずっと敏感であっという間に気をやってしまうだろう」

 

「へえ、そうなんですか……」

 

 朱姫が香蛾の乳房に背後から両手を伸ばすと、勃起している乳首をこりこりと刺激した。

 

「んふうううっ」

 

 気を失っている状態に近かった香蛾が、まるで電流を流されたかのように身体を暴れさせた。

 そこを宝玄仙が恥毛の付近をさわさわと羽根で掃くと、再びあっけなく香蛾は昇天した。

 

「……ご、ご主人様、ご、後生ですから……、もうこれを……栓を外してください」

 

 忘れられたように放っておかれている沙那は、ついに床にしゃがんだまま呻くように訴えた。

 沙那の全身の肌は粟立ち、激しい便意がすでに限界を超えている。

 その便意に苦しむ肛門を肛門栓によってぐるぐると浣腸液をかき回されてもいる。

 これ以上耐えられない。

 可能ならばこのまま失神できればどんなに楽なのだろうかと思う……。

 しかし、この肛門栓は、沙那を失神させるような生易しいことはさせてくれないのだ。

 

「そう言えば、お前、沙那と孫空女を解放するときの条件をなんにしたんだい、朱姫? お前に任せると沙那の背中に魔法文字で伝えたはずだけど、結局どうしたんだい?」

 

「沙那姉さんと孫姉さんがお互いの股間を愛撫して、同時に達することという条件にしました。大勢の見物人の男たちの前でおふたりとも頑張ったんですよ」

 

「ははは……。そりゃあ、やっぱり、見ればよかったよ──」

 

 宝玄仙が香蛾を責めていた背を休めて手を叩いて笑った。

 

「ちょ、ちょっとそれ、ど……、どういうこと、朱姫……? あ、あれは……ご、ご主人様のやった道術の解放の条件付じゃ……な、なかったの……?」

 

 沙那がびっくりした。

 あの馬鹿げた条件は、てっきり宝玄仙の刻んだ道術によるものだと思っていた。

 しかし、いまの会話から考えると、どうやら朱姫の企てによるものだった気配だ。

 

「馬鹿だねえ、お前……。朱姫に騙されたんだよ、沙那。わたしが朱姫に託したのは、朱姫の道術によって、簡単にふたりに刻んだ硬直の道術が解けるということだけさ──。朱姫のことだから、なにか悪戯をするとは思っていたけど、大勢の見物人の前で同時に昇天してみせるなんて、お前たちもやるじゃないかい」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那はしばらく呆然としていたが、やがて、怒りの表情を朱姫に向けた。

 

「しゅ、朱姫、許さないわよ──。だ、騙したのね──」

 

「騙してはいませんよ。ご主人様はあたしのおふたりの道術を解放する条件をお任せになったんです。それで、あたしがその条件を決めて、おふたりがそれを実行した──。別に嘘をついたわけじゃないですよ……。まあ、本当のことも言っていないかもしれませんけど」

 

 あっけらかんと応じる朱姫に沙那は、さんざんに悪態をついた。

 朱姫は素知らぬ顔をしている。そのことにまた肚が煮える。

 

「ご、ご主人様……」

 

 その時、部屋の外から孫空女の声がした。厠で大便をしてきたのだろう。なんとなくほっとした声をしている気がした。

 すぐに手で乳房を隠した孫空女が入ってきた。

 宝玄仙が結界を緩めたに違いない。

 孫空女が入ってくると、すぐに再び結界が閉じられる。

 

「孫空女、木桶を持ってきて沙那の尻の下で構えてな──。いま、こいつの結界栓を外すから」

 

 宝玄仙が入って来たばかりの孫空女に言った。

 孫空女は一瞬だけ、当惑したように立ったままだったが、すぐに部屋の奥に行って木桶を抱えて戻る。

 その直後、突然に自分の身体に強い力が加わった。

 沙那の意思とは無関係に、両手を頭の後ろにして大股開きで開脚した姿勢になる。

 いつもそうだが、自分の身体を勝手に動かされるのは、恐怖であり屈辱だ。

 そして、いま、こんな状態に沙那をしようと宝玄仙がしたということは、宝玄仙は沙那に立ったまま排便をさせるつもりなのかもしれない。

 

「そ、そんな、ご主人様──。わ、わたしも厠でさせてください」

 

 沙那は必死で訴えた。

 

「そんな暇があるのかい、沙那──。観念して、孫空女が抱えているその桶にしな。桶はそのまま道術でこの宿屋の厠の穴に繋げてやったよ。うまくそのまますれば、中身も匂いも残さずに転送されるさ」

 

 宝玄仙が苦笑したように頬を緩めた。

 その直後、沙那の股間から肛門栓が落ちた。

 木桶を構えていた孫空女が慌てて、それを木桶で受ける。

 

「あああっ──だ、だめええぇ──」

 

 次の瞬間、沙那のお尻から黄土色の液体が音を立てて噴出した。

 孫空女が必死になってそれを受ける。

 

「はははは、見なよ、香蛾──。この沙那の情けない顔を……」

 

 宝玄仙が大きな声をあげてげらげらと笑う。

 沙那は呆然としながら、それを聞いていた。

 まだ肛門から便の噴出は続いている。

 

「沙那姉さん、頑張りましたね、ご褒美です……」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 その途端に突然に大きく開いている沙那の股間に複数の手のひらの感触が襲ってきた。

 朱姫の『影手』だ。

 それが排便を続ける沙那の肉芽や女陰やあまつさえ、肛門そのものにも襲ってきたのだ。

 

 排便中に股間を愛撫される。

 何度やられてもそれは沙那に耐えられない恥辱感と屈伏感を与える。

 

「しゅ、朱姫──や、やめてぇ……そ、それだけはやめてぇ──」

 

 沙那は込みあがる激しい快感を覚えながら、狂ったように叫んだ。

 

 

 *

 

 

「さて、朱姫、その沙那の始末は頼むよ。わたしは、こいつに引導を渡してやるよ……」

 

 宝玄仙は、沙那を朱姫に任せて服を脱ぎ捨てていく。

 全裸になった宝玄仙の股間には逞しい男根がそそり勃っていた。

 呆然としていた香蛾の両眼が大きく見開いた。

 

「いくよ、香蛾……。心配ないよ。道術で破瓜の痛みは除いてやる。最初の性交であっても、わたしは快楽以外のものを与えはしないからね」

 

「は、はい。よろしくお願いします……」

 

 香蛾は道術で拘束された身体のまましっかりと頷いた。

 

「まずは、口づけだ……」

 

 そう言った宝玄仙の唇がしっかり香蛾の唇に重なる。

 しばらくは宝玄仙は舌で香蛾の口の中を這い回り、その舌や口の感触を味わっていたが、やがて、うっとりした表情になった香蛾が遠慮がちに侵入してきた宝玄仙の舌を吸い返してきた。

 その舌をまた吸い返し、香蛾が舐め返す。

 初めての性交のはずだが、最初にしてこれだけの淫靡な口吸いができるということは、もしかしたら素質があるのかもしれない。

 

 かなりの時間、香蛾と口を吸い合っていた。

 宝玄仙の首にもふたりの唾液が滴り落ちるが、香蛾の首もふたりの唾液でびっしょりになっている。

 宝玄仙は、香蛾にかけていた道術による束縛を解いた。

 香蛾が床に崩れ落ちる。

 

「寝台に行って脚を開くんだ。いまさら、前戯は不要だろう?」

 

 香蛾は一瞬呆けたようになっていたが、すぐに立ちあがって寝台に昇ろうした。

 しかし、腰に力が入らずに立てないようだ。

 宝玄仙は、肩を貸して香蛾を寝台にあがらせる。

 

 ふと見ると、朱姫は沙那と孫空女を裸にして、お互いに舌で性交を強要させている。ふたりとも両腕を背中で組んでいるところを見ると、朱姫の『影手』でしっかりと拘束されているに違いない。

 沙那が排泄した大便とそれを受けた桶はちゃんと始末されているようだ。

 沙那の肛門も朱姫が道術であっという間にきれいにしたのだろう。

 最近では朱姫もそれくらいの道術もできるようになっている。

 

 そして、よく見ると、ふたりの裸身にも、朱姫の『影手』が動いている。

 沙那を孫空女は両手を後ろに組み、汗びっしょりになって、朱姫の道術に翻弄されつつ、さらに、お互いの局部を舐め合いをさせられている。

 朱姫はまるで奴隷を扱う調教師のように、沙那と孫空女にあれこれと指図をして、ふたりの責め合いを統制している。

 まあ、こういう状況になったら沙那と孫空女も諦めてしまって、朱姫に従うことにしたに違いない。

 全て終わって冷静になれば、また沙那あたりから朱姫はがっちりと叱られるのだろうが、まあそれで朱姫が懲りるということはないだろう。

 

「あ、あのう……」

 

 香蛾が寝台に横たわった。

 その視線は宝玄仙が道術で股間に生やした男根に向いている。

 やはり、こういうものが自分の股間に挿さるというのは恐怖だろう。

 

「いくよ……」

 

 宝玄仙は股間の怒張を香蛾の女陰の入口に突きたてると、ゆっくりと押し破っていった。

 

「ああっ──」

 

 香蛾が全身を激しく仰け反らせて、その衝撃に耐えた。

 宝玄仙がその香蛾の身体を押さえるようにすると、香蛾が必死になって腕を回して宝玄仙にしがみついてくる。その仕草は可愛い。

 

 宝玄仙はじわじわと深くに怒張を沈めながら、道術紋を通じて香蛾の身体を読み、そこから破瓜の痛みによる苦痛を取り除き、内襞を擦られる快感だけを増幅していく。

 香蛾は自分の秘所に宝玄仙のものを知覚したらしく、寝台の上の腰を引きつったように痙攣させると、真っ赤に充血した汗みどろの裸身を身も世もないほどにのたうち回らせた。

 

 香蛾の激しい狂態は、凄まじいまでにあげられている身体の感度と一切の苦痛を除いている宝玄仙の道術によるものだ。

 性交をして男にだけ快感があり、女には苦痛しかないということを宝玄仙は許せなかった。

 だから、自分に関わる女が破瓜をするときに、いつも破瓜の苦痛だけは与えないようにしようとしているのだ。

 

「こ、これは……き、気持ちいいです……あ、ああっ……また、いきます……いきます……あはあっ……」

 

 宝玄仙を受け入れいている香蛾は、戦慄めいた奇声をあげながら全身を震わせて果てた。

 

「今夜は何度もいきな、香蛾……。それがお前にとって、幸福なのか不幸なのか知らないけど、破瓜でこれだけの絶頂をしてしまえば、もう、この快感なしでは生きいけない身体になってしまうだろうよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「がああ──」

 

 しかし、宝玄仙の声が聞こえているのか、聞こえていないのか、香蛾は怒張が沈むにつれて、ますます、大きな反応を示すようになり、つんざくような悲鳴をあげ、泣きじゃくり、悶え震えた。

 宝玄仙が股間に怒張を埋めながら、乳首をこりこりと舐めてやると、香蛾は快感になにもかも忘れたような表情になって全身を仰け反らせた。

 

 二十倍……。

 

 場所によっては三十倍まであげているだろうか……。

 この快感を香蛾にひと晩で刻み込んでしまう……。

 そうすれば、快楽なしでは生きていけない奴隷女のできあがりだ。

 

 宝玄仙の怒張が最深部まで到達した。

 今度は、ゆっくりと揉みほぐすように接合部を動かす。

 香蛾は半狂乱になった。

 

 そして、次々に短い時間で達するようになり、まるでおこりのように絶頂しては、すぐに次の絶頂の波に向かうということを続けた。

 もう、なんの技巧もいらない。

 一度、女がこの状況になったら、あとはただいき続けるだけだ。

 香蛾は、果てしなく絶頂を続け、最後には完全に失神するか、下手をすれば心臓が止まる瞬間まで絶頂を繰り返すだろう。

 

「あがあああっ──」

 

 香蛾が十度目の昇天をして、股間からだらだらと尿を出し始めるのを見て、宝玄仙はやっと怒張を抜いた。

 しかし、香蛾は自分が失禁をしているのがわからないのか、股間から垂れ流れる尿をそのままに、全身をぐったりと横たえている。

 宝玄仙は苦笑した。

 

「お前たち、おいで──。朱姫も含めて全員が裸になって、今度は香蛾の愛撫を受けるんだ──。香蛾、呆けている暇はないよ。今度は、お前がこいつらを責めたてるんだよ。気を失っている暇なんてありはしないよ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 朱姫がすぐに沙那と孫空女に声をかけて、ふたりをこちらの寝台に追い立てる。

 その朱姫も急いで服を脱ごうとしている。

 

「香蛾、道術で少しばかり、しゃきっとさせてやろう……。その代わりに、この沙那や孫空女を責めるんだ……。お前たち、後ろで拘束された両手はそのままだ。大人しく股を開いて、香蛾の愛撫を受けな。少なくとも、ひとりにつき、十昇天──。それだけはやってもらうからね。寝台なんてもういい。この五人で全員が床でけだもののように責め合おうじゃないか。長い宴の始まりだよ──」

 

 宝玄仙は高らかに宣言して、寝台から床に降りて胡坐をかいた。

 

「香蛾、まずは、わたしだ。どうしていいかわからないだろうけど、見よう見まねでいいから、この男根を口に咥えな。お前の愛液で汚れたこいつを掃除するんだ──。孫空女は見本として香蛾の反対側から舐めるんだ。それから朱姫と沙那は、男根に奉仕する香蛾と孫空女のお尻を舐めな」

 

 四人の宝玄仙の女奴隷たちが一斉に宝玄仙の周りに集まった。

 孫空女と香蛾の舌が宝玄仙の怒張に這い出す。

 たちまちに股間に快感が集まってくる。

 

 その香蛾と孫空女も背後から股間や肛門を舌で舐められて官能に狂ったような表情を見せ始める。

 宝玄仙は、眼の前の四人の女の全員を感度を上昇させた。四人が淫靡な悶えを開始する。

 すぐに眼の前のふたりが、絶頂に達して四つん這いの身体を思い切り仰け反らせた。

 

「交替だ。今度は沙那と朱姫が奉仕──。孫空女と香蛾が後ろだ。思い切り、舐めてやりな──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

 まだまだ、女だけの淫靡な一日は終わらない。

 

 

 

 

(第63話『一夜美女』終わり、第64話『寝取られた恋人』に続く)



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 第64話  寝取られた恋人【雷雲(らいうん)水晶(すいしょう)】/清華山賊篇(二)
407 婚約者の前で


 兵たちが騒いでいた。

 宴が始まるからだ。

 

 ここは、盗賊団の首脳部用の集会所だが、建物が砦の広場に面していて、外の声がよく聞こえる。

 兵たちの喧騒には女たちの悲鳴も混じっているから、酒の支度とともに早速、兵たちは性処理用の女たちを輪姦しだしたに違いない。

 頭領の権白狼(ごんばくろう)は苦笑した。

 

 この集会所でも、すでに酒盛りは始まっている。

 そこに外から鍋で作った料理が小鍋に入れて運ばれてきた。

 その小鍋から取り分けた料理が、さらに各人に椀で配られる。

 

「おう、道術遣い。待たせたな──。いまから、昨日の襲撃の成功の祝いの宴を始めるところだ。雷雲、お前にも酒を飲ませてやろう」

 

 料理が運ばれたところでやっと権白狼は、部屋の中心に忘れられたように放置されている雷雲に視線を向けた。

 昨日の襲撃で捕らえた道術遣いだ。

 

「……い、いらん」

 

 雷雲(らいうん)が口惜しそうに言った。

 捕らえた道術使いは、部屋の真ん中で両手を天井から伸びた鎖で手首を束ねられた手枷を吊られている。

 両脚は床についているものの、打ち付けた杭に左右の足首に繋いだ足枷を繋げられている。

 つまり、雷雲は両手を真っ直ぐに上にあげて、両脚を肩幅に開いた格好で拘束されているのだ。

 この状態で、雷雲をほぼ一日放置させていた。

 最初はかなり大声で怒鳴っては拘束された身体を暴れさせていたが、いまではかなり大人しくなっている。

 

 昨日は久しぶりに大きな襲撃をした。

 この道術遣いの雷雲を含む三十人ほどの護衛隊が含まれる百人ほどの隊商を襲ったのだ。

 そして、成功した。

 

 最初に伏兵で混乱させることができたのと、手強かった若い道術遣いの雷雲を気を失わせて無力化することに成功したのが大きかった。

 かなりの熟練の護衛隊だったようだから、うまく待ち受けの罠に向こうが嵌ってくれなければ危なかったかもしれない。

 こちらは総攻めの二百人の襲撃をして、被害は二十人ほどだった。

 それに対して、隊商側は道術遣いを生け捕りにした以外は約三十人の護衛隊は全滅し、残りの七十人程の隊商は護衛隊が全滅すると降伏した。

 積み荷はほぼ無傷で捕獲できた。

 皆殺しにした護衛の死体は、その場に放逐したが、こちらの二十人の遺体はその場に埋葬した。

 被害はあったが、得るものは得たのだ。

 まあ、勝利と言っていいだろう。

 

 だが、奇襲に成功して最初に護衛隊長を殺せたのに、思ったよりも被害が大きかったのは、あの若い雷雲という道術遣いの存在があったからだ。

 こちらの犠牲はある意味、雷雲ひとりにやられたといっていい。

 護衛隊は、奇襲により混乱しても、この雷雲を中心に態勢を取り直し反撃してきた。

 雷雲は、単に霊具を活用した攻撃道術で対抗していただけでなく、最初の奇襲で指揮官を失い、混乱しかけていた護衛隊を巧みに指図してもいたのだ。

 

 しかし、その雷雲が毒薬で気絶してしまったことですべてか終わった。

 雷雲が倒れると、護衛隊は再び秩序を失ってばらばらになった。

 あとはひとりひとり取り囲み各個に掃討しただけだ。

 皆殺しである。

 

 ただし、こちらを手こずらせた雷雲だけは残した。あれだけの犠牲を強いた男を簡単に死なせるつもりはない。

 たっぷりといたぶってから処分しようと思っていた。

 ただのいたぶりではない。

 男としての尊厳をずたずたにして、屈辱と恥辱にまみれてから死なそうと思っている。

 そのため、首に自殺防止用の首輪の霊具を嵌めさせている。

 それを嵌めていると、自殺をしようとすると身体の自由がなくなり、自殺できなくなるのだ。

 もともと奴隷の自殺防止のための霊具で、霊気のない者にも扱える簡単なものだ。

 

 荷には油、綿、絹などの貴重な交易品のほか、大量の銀も含まれていた。

 交易の戻りには向こうでなにかを仕入れるつもりだったのかもしれない。

 それで三十人という大きな護衛隊が一緒だったのだ。

 それをこれほどの少ない被害で手に入れることができたというのは運がいいことだった。

 

 銀はすべて兵にすべて配分した。

 ここで惜しんではならないのだ。

 吝嗇の賊徒の頭領など誰もついてこない。

 奪ったものを惜しげもなく手下に渡す。

 そういった器を示すことで、気前のいい頭領として権白狼に対する忠誠を繋ぎとめることができるのだ。

 

 それに、奪った銀など兵に分け与えても惜しくはない。

 それ以上に儲けたものがあったからだ。

 七十人ほどの隊商たちそのものだ。

 たまたま奴隷商が砦にやってきていて、使えない十人ほどの老人を除いてすべて買い取ってくれた。

 兵たちの慰み用として若い女を五人ほど残したが、そのほかはすべて売り払った。

 かなりの代価になった。

 

 権白狼は満足した。

 これで当面は今回のような危ない仕事をしなくてもいい。

 隊商を襲った場所の近くにあったあの町や、あるいは近傍の村からあがる上納だけで部下を養っていけるだろう。

 

 いずれにしても、今日は宴と決めた。

 宴のための準備は終わった。

 新しく増やした性処理用の女五人と以前から飼っている十人ほどの女もすべて出した。

 ほかにも柵で飼っている猪を二頭、酒甕も解放した。

 大きな鍋がふたつ準備されて早速にも解体された猪の肉や野菜、茸や木の実などが煮られているはずだ。

 士気はいやがうえにも盛りあがっているだろう。

 

「宴は半日だ、陶旺(とうおう)──。それまでは羽目を外していい。だが、半日が終われば酒甕は閉じろ」

 

「わかりました、頭領」

 

 陶旺は酒の入った椀を口に運びながら頷いた。

 権白狼や陶旺を含めた十人ほどの将校格は、兵たちのように砦の広場ではなく、広場に立てられているこの建物の中に集まっている。

 ここは重要な話し合いを行う集会場所でもあるが、こうやって酒盛りをする場所でもある。

 権白狼はここで、この雷雲を使ってちょっとした余興をするつもりだ。雷雲に対する腹いせの意味もある。

 

「遠慮するな、雷雲。この酒は俺からの贈り物だ。普通は女を調教するために使うのたが、俺の部下を大勢殺した道術遣い殿には特別に飲ませてやる」

 

 権白狼は眼の前にあった酒瓶を寄せると、手元にある粉薬を三つ、四つと入れていく。

 入れているのは強烈な興奮剤だ。

 馬を種付けするときに使う薬剤だが人間にも効く。部下たちは権白狼がなにをしようとしているをわかっているから、にやにやしている。

 

 だが、雷雲には判らない。眼が見えていないのだ。

 その眼はしっかりと閉じていて、悔し涙のように乾いた血の流れがついている。

 権白狼は、雷雲をここに捕らえたとき、まだ意識が戻るに前に雷雲の眼を針で潰させていた。

 

 多くの道術遣いは眼を霊気の根源にする者が多いということは聞いたことがあった。

 そして、やはりこの雷雲の道術遣いとしての根源も眼だった。

 それはすでに殺した護衛のひとりを拷問することで白状させた。

 もしも、この道術遣いの霊気の根源がわからなければ、権白狼は雷雲の意識が戻る前に殺していただろう。

 しかし、たまたま護衛のひとりが雷雲の道術遣いとしての致命傷の部位を知っていた。

 それも、雷雲を殺さなかった理由のひとつだ。

 霊気を失った道術遣いなど全く怖くない。

 だから生かしてたままここに連れてきた。

 

「な、なにをするつもりだ」

 

 視力のない雷雲は狼狽えた声をあげている。

 雷雲は矢毒で気を失ったまま、この砦につれてきてすぐにこの格好にしている。

 だから、気がついたら視力を失い、こうやってこの建物の真ん中に立勢で拘束されていたというかたちだ。

 さんざんに喚くから、ここが盗賊の砦であり、自分が頭領の権白狼であることくらいは教えてやったが、それ以外は自分のそばで語られる権白狼たちの会話で認識するしかない。

 ある程度はなにがあったかわかっていると思うが、それでも、まだわけもわからないに違いない。

 道術遣いかなにか知らないが、まだ歳は二十代の半ばだろう。

 その若さで護衛の中心になっていたのはそれなりの実力なのだろうが、まあ、運がなかったのだ。

 

「それよりも、仲間たちがどうなったか知りたくはないか、雷雲? そろそろ教えてやってもいいぞ」

 

 薬剤が酒に完全に混ざるのを待つ間の時間潰しといて権白狼はそう言った。

 

「な、仲間たちをどうした……?」

 

 雷雲が眼の閉じられた顔をこっちに向けた。

 

「お前の護衛隊の仲間は、お前を除いてすべてあの場で皆殺しにした。お前らのような未熟な護衛隊を雇ってしまった隊商の商人たちは片っ端から奴隷商人に売り飛ばした。どうしても売り物にならなかった老人たちは全員殺した。わかったか──」

 

 権白狼は哄笑した。

 

「こ、殺して……。売り飛ばした? な、なんということをするのだ、貴様──。ゆ、許さんぞ」

 

「許さなければどうするのだ、道術遣い? だったら道術を遣ってその拘束を外してかかって来い──。どうした、ほらっ……。お前と一緒だった隊商は商人も護衛も全滅だ。それをやったのは、この南非に巣食う盗賊団の頭領のこの権白狼だ。死ぬまでの短い時間、覚えておけ」

 

「ち、畜生──。お、お前らを殺してやる。ご、権白狼だな……。覚えておくぞ。絶対にな──」

 

 雷雲が喚いた。

 

「だったら早くした方がいいぞ。お前はもうすぐ死ぬのだからな。ほらっ、道術を遣ってみろ……。丸ひと晩も放置してやったのに、道術遣いのくせに脱出もできんのだろう……」

 

 権白狼は笑った。

 すると雷雲が本当に悔しそうな表情をした。

 ふと見ると、薬剤が完全に反応し終わり、白色の酒がすっかりと桃色に変色している。

 権白狼は端にいる(しゅう)という部下に、雷雲にこの酒を飲ませるように声をかけた。

 秀が立ちあがって、権白狼が準備した酒の瓶を受け取る。

 それを持って立姿で拘束されている雷雲に近づいていく。

 

「い、いらんと言ってるだろう」

 

 秀が近づく気配に、雷雲が真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「まあ遠慮をするな。これからのことは、酒でも飲まなければ耐えられんぞ」

 

 権白狼は笑った。

 椀を持った部下が雷雲が両手を吊られて拘束されている雷雲に近づく。

 雷雲が悪態をつきながら首を横に激しく振る。

 それを見たほかの部下もふたりほど立ちあがった。

 首を振って抵抗する雷雲の顔を両側から抑え込む。

 

「ん、んんんっ──」

 

 雷雲が必死の形相で口を閉じる。

 だが、秀が笑いながらが片手で雷雲の鼻を摘まんだ。

 雷雲の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「ぱはっ──」

 

 ついに雷雲の大きな口が開いた。

 すかさず秀が雷雲の口に瓶を突き挿す。

 

「おう、たっぷりと飲め──」

 

 権白狼は自分の手元の酒を飲みながら笑った。

 秀は喉の奥に瓶を突っ込む。

 かなりの興奮剤入りの酒が雷雲に流し込まれた。

 やっと秀が酒瓶を外す。

 

「げほっ、はがっ……」

 

 結局のところかなりの酒を飲んだようだ。

 三人の部下が戻ってくる。

 

「おい、合図をしたら連れてこさせろ、陶旺……」

 

 権白狼は横の副将にささやいた。

 

「準備はしてありますが、頭領も悪趣味ですね……。あっさりと殺してやればいいのでは?……」

 

 陶旺は苦笑した。

 

「なに、余興だ……。それに俺は色男も嫌いではなくてな。女もいいが若い男もいい……。ああいう若い男の尻をほじるのもいいぞ。お前もやらんか、陶旺?」

 

 権白狼は笑って応じた。

 

「遠慮しときます。俺は女専門ですから……」

 

 陶旺が笑った。

 しばらく待つと雷雲の身体に変化が生じてきた。

 全身から汗が噴き出している。

 顔は真っ赤に充血し大量の汗も噴き出てきた。

 なによりも、股間が大きく膨れている。

 下袴の中で男根がこれ以上ないというほどに勃起しているのだ。

 

「どうした、道術遣い? 一物を大きくしているが俺たちを相手に欲情したか? この砦には男の相手ができる者も結構いる……。なんだったら、俺が相手をしてもいいぞ。お前もかなりの色男だしな。お前のようなやさ男の尻を犯すのも、若い女を犯すのと同じような愉しみがあるというものだ」

 

 権白狼は笑った。

 

「き、貴様……、さ、さっき飲ませたのは……た、ただの酒じゃないな──」

 

 雷雲が叫んだ。

 

「ただの酒だ……。さて、では準備がすっかりと整ったところで余興でも始めるか……。ところで、雷雲──。俺はさっき、商人は奴隷にして売り飛ばしたと言ったが、実は五人ほど残した者がいる。それは売り飛ばさん。この砦に残す。俺たちの性処理用として飼うつもりだ。商人の中に全部で五人の若い女がいたな。それはまだ、砦に残っている」

 

 権白狼は言った。

 

「な、なに?」

 

 雷雲がぴくりと反応した。

 

「その中で飛びきりの美女がいたな……。お前たちの雇い主の娘とかいう水晶(すいしょう)という若い娘だ。雇い主の商人が一緒に旅ができんので、名代として同行しているというあの娘だ。ほかの四人は兵たち全員の性便所として女陰が擦り切れるまで使わせるが、こいつだけは別格に美しいので俺専用の女にすることにした……。一応、お前にも教えておこうと思ってな……」

 

「す、水晶殿を……。ま、まさか──。そんな」

 

 雷雲が声をあげた。

 

「水晶殿か……。聞けばお前と婚約をしているそうだな。今回の隊商の仕事が終われば祝言をあげるつもりだったとか……。売り飛ばした商人のひとりがそう口にしていたな。これから、死ぬ身では遺していく婚約者の行く末が気にかかるだろう? だが、安心しろ。ここで性処理用の女として飼ってやる。たから、安心して死ぬがいいぞ」

 

 権白狼は笑った。

 

「な、なにを考えているのだ、権白狼──。水晶殿には手を出すな……。い、いや、出さないでくれ。頼む。なんでもする……。まだ、生きているなら彼女は助けてやってくれ──」

 

 雷雲が必死の顔で叫んだ。

 

「もちろん助けてやるさ。俺の専用の女として飽きるまでは使ってやる。飽きれば兵たち用に回す。兵たち全員の性便所ということになれば、だいたい数箇月で使いものにならなくなるが、俺が飽きない間は生き残れるということだ」

 

「き、貴様──」

 

 雷雲が吠えた。

 興奮した様子の雷雲の姿を認めると、権白狼は合図をした。

 再び秀が雷雲に近づいていく。

 そして、雷雲の下袴に手をかけた。

 

「な、なにをするのだ──。や、やめんか──」

 

 雷雲が悲鳴のような声をあげて暴れ出した。

 しかし、拘束されている身ではなんの抵抗もできない。

 あっという間に雷雲の下袴と下着は足首まで下げられて、大きく勃起した肉棒が剝き出しにされた。

 十人の仲間が一斉に哄笑した。

 

「おい、連れて来い」

 

 権白狼は言った。すると横の陶旺が合図をした。

 建物の外から、ふたりの兵に後手縛りの縄尻を取られた水晶が入ってきた。

 まだ服は着せたままだが、集会所の外で待たされている間に、自分と同じように捕らえた女たちが、兵たちに次々に輪姦されるのを見せられたはずだ。

 この女だけは手を出すなと命じているから、水晶だけはなんにもされていないが、それで自分の運命をもう悟っただろう。

 うな垂れて歩いてくる水晶の顔は真っ蒼で、身体は小刻みに震えている。

 

「あっ、雷雲殿──」

 

 水晶が突然叫んだ。

 部屋の真ん中で哀れな姿になっている雷雲を認めたのだろう。

 そして、剥き出しにされたその股間に気がつき、はっとしたように眼を背けた。

 

「水晶、そう嫌わんでもよかろう。仮にも婚約者の一物であろう……。よくわからんが、ああやって拘束してやったら、なぜかそなたの婚約者殿は一物を大きくなさるのだ。我々としても、どうしてよいかわからずとりあえず剥き出しにしてやったのだが、これからどうやったら、そなたの婚約者殿は満足されるのか教えてはくれんか? 尻をほじればよいのか? それとも、幹を擦ればいいのであろうか?」

 

 権白狼の芝居がかった物言いに、部下たちが一斉に哄笑した。

 

「す、水晶殿か──。水晶殿なのだな──。すまない……。こんなことになって。すべて、俺の未熟のせいだ。すまん──」

 

 雷雲の眼から涙が流れ出した。

 渇いた血の痕がその涙に濡れて流れだしていく。

 

「ああ、ら、雷雲殿──」

 

 水晶の悲鳴が口から洩れた。

 そして、閉じられたままの雷雲の両眼に気がついてはっとした表情になった。

 

「ら、雷雲殿……。ま、まさか眼が……。そ、そんな……。眼が──。ああ、なんとしたことを……。ら、雷雲殿になにをしたのです。ま、まさか……」

 

 縄尻を取られたまま権白狼の前に連れてこられた水晶がきっと睨んだ。

 

「ほうほう、なかなかの気の強さだな。この状況になっても、それだけの表情ができるか……?」

 

 権白狼はほくそ笑んだ。

 なかなかに気の強そうな女だ。

 

「わ、わたしたちをどうするつもりですか──?」

 

 水晶はなおも睨んでいる。

 身体は恐怖で震えているが、それでも気丈な態勢を崩さないのは大したものだ。

 

「なにをするか教えてやる──。だが、その前に自己紹介だ。まずは、俺は頭領の権白狼だ。覚えろ」

 

「と、頭領の権白狼殿ですね……。わかりました。では、わたしたちをどうするつもりか教えてください」

 

 水晶ははっきりと言った。

 権白狼は内心で感嘆した。

 水晶の身体の震えがとまったのだ。

 なかなかの度胸だ。

 大の男でもこうはいなかい。

 

「その前に最初に質問だ。歳は?」

 

「じゅ、十九です」

 

「十九か……。わかった。では、次の質問だ。この道術遣いとは何回くらい性交をした?」

 

「なっ……」

 

 水晶が顔を真っ赤にして絶句した。

 

「答えろ──。そこにいる一物を剝き出しにした男はお前の婚約者だそうだが、まさか、生娘ということはあるまい。だが、どのくらい乳繰り合った?」

 

 権白狼は酒を飲みながら言った。

 

「く、下らんことを聞くな、権白狼──。答える必要はない、水晶殿──」

 

 雷雲が吠えるような声をあげた。

 

「うるさい奴だ。いまからお前の婚約者を犯すところだ。黙ってそこで聞いていろ。見せてやれないのが残念だがな──」

 

 権白狼は叫んだ。

 

「う、うるさい──。水蓮殿──。こうなってはもう覚悟を決めよう。ここで死んでくれ。俺も死ぬ──。一緒に死んでくれ──」

 

 雷雲が狂ったように叫んだ。

 

「やかましい──。死ねるものなら死んでみろ。お前の首にも水晶の首にも自殺防止の霊具の首輪が嵌められているのだ。自殺したくても、できんわ──。それよりも、婚約者の娘が視線のやりように困っておるではないか。早く、勃起を収めんか」

 

「ち、畜生──。畜生──畜生──」

 

 雷雲が閉じたままの両眼から涙を流しだした。

 

「うるさい男だ──。おい、誰かその一物を切り取ってやれ。男根がなくなれば少しは大人しくなるだろう」

 

 権白狼が声をあげるとまた、秀が笑って立ちあがる。

 秀が短剣を出して薬剤のために勃起している肉棒を掴んで短剣を振りあげる。

 

「な、なにするんだ──」

 

 雷雲が声をあげた。

 眼が見えない雷雲は短剣が振りあげられたことよりも、自分の勃起した男根が掴まれたことに狼狽えた声をあげたのだ。

 その狂乱の態度に短剣を構えた秀がぷっと噴き出した。

 

「この野郎──。男に一物を掴まれてそんなに気が動転した声を出すんじゃねえよ。こうしてやろうか……?」

 

 秀が短剣を一度おろすと、掴んでいた手で男根を鷲掴みにしてしごきだした。

 

「ごおっ、や、やめんか……やめっ、やめてくれ──」

 

 雷雲がけたたましい悲鳴をあげて拘束された身体をのたうたせた。

 

「頭領、これはこれで、面白いかもしれませんよ。俺にこいつの尻を犯させてもらえませんかねえ?」

 

「おいおい、お前も男色だったのか、秀?」

 

 権白狼は呆れた声をあげた。

 

「いや、普通は女ですけどね……。でも、こんな色の白い色男なら十分にできますよ。頭領もそうですよね? まあ、こんな男の尻を犯すのは、これはこれで女をなぶるのと同じような愉しみがあるというわけで……」

 

 秀が笑った。

 権白狼はそんな秀を少し待てと制する。

 秀がやっと雷雲の男根から手を離す。

 

「さあ、水晶──。どうする? この婚約者の一物をちょん切ってしまっていいか?」

 

 権白狼は水晶に視線を向けた。

 

「そ、そんな……。お願いです……。あの人を助けてください……」

 

 水晶は悲鳴のような口調で言った。

 

「わかった……。じゃあ、まずはお前の縄を解いてやる。俺の女になると誓え──。そうすれば、あんなやさ男はどうでもいい。どうせ、もう道術を遣えない役立たずだ。逃がしてやってもいいぞ」

 

「ほ、本当ですか──?」

 

 水晶が声をあげた。

 

「その前にさっきの質問に答えんか、水晶?」

 

 権白狼は一喝した。

 水晶の身体がびくりと跳ねた。

 その間に陶旺が水晶ひ近づいて縛っていた縄を斬った。水晶の身体から縄が外れてその場に落ちる。

 

「す、水晶殿──。そんなことを答える必要はない。頼む、一緒に死んでくれ──」

 

 雷雲が吠えている。

 

「うるさい男だ──。水晶、ちょっと下袍の中の下着を脱げ。そいつであいつの口を封じてやる」

 

「なっ?」

 

 突然の命令に水晶が羞恥の悲鳴をあげた。

 

「いやなら、猿ぐつわの代わりに一物を切断させる……。おいっ」

 

 権白狼は秀に合図をする。

 秀が再び短刀を構えた。

 

「や、やめてください──。脱ぎます。脱ぎますから……。もう、覚悟はしました。それよりも、あの人を助けてくれるというのは本当ですね?」

 

「ああ、俺も大勢の賊を束ねる頭領だ。嘘はつかねえよ」

 

 権白狼は言った。

 水晶は決心をしたように下袍に両手を入れると、さっとその場で下着を両脚から抜き取った。

 水晶が脱いだ下着を陶旺が取りあげて、雷雲のいる方に放った。

 狂ったような声をあげる雷雲の口に秀がその下着をねじ込む。

 そして、さらに、その口の上から秀が手拭いを噛ませて首の後ろで縛った。

 

「ところで、水晶、まだ質問に答えてないぞ……。というか、もしかしたら、お前は生娘か……?」

 

 権白狼は言った。

 

「き、生娘です」

 

 水晶が顔を下に向けたまま小さな声で答えた。

 権白狼は大笑いをした。

 

「おいおい、雷雲。お前はこんな美しい婚約者がいるのに、まだ手も出さんかったか。なら、ありがたく寝取ってやろう。俺のために水晶の処女を守ってくれて感謝するぞ」

 

 雷雲が猿ぐつわの下で吠えた。

 そして、激しく暴れるのだが、そのために勃起を収められない男根がぶらんぶらんと揺れる。

 雷雲はその情けない姿にすっかりと手下を殺された溜飲がさがった気がした。

 権白狼は視線を水晶に戻す。

 

「さて、じゃあ、水晶、命令だ──。その場で下袍を捲りあげろ──。そして、股間を剝き出しにして、お前の婚約者に聞こえるような大きな声で俺の性奴隷になると誓え──。そうすれば、あの男の命だけは助けてやる」

 

 権白狼は言った。

 水晶が両手を下袍の前に強く当てたまま、真っ蒼な顔になった。



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408 恥辱絶頂

「さて、じゃあ、水晶(すいしょう)、命令だ──。その場で下袍を捲りあげろ──。そして、股間を剝き出しにして、お前の婚約者に聞こえるような大きな声で俺の性奴隷になると誓え──。そうすれば、あの男の命だけは助けてやる」

 

 権白狼(ごんばくろう)は言った。

 水晶は両手を下袍の前に強く当てたまま、ぎゅっと拳を握っていた。

 下袍の下は、さっき権白狼に命じられて下着を脱いでいる。

 なにもはいていないのだ。

 その証拠に、水晶の下袍には外気が直接あたる感触が襲ってきている。

 

「どうした、奴隷の誓いだぞ それとも、婚約者の指を一本ずつ斬り落とさなけりゃあ、その気にならないか?」

 

 酒の入った椀を持つ権白狼が、なにかの合図のように小さく指を立てた。

 水晶ははっとした。

 そしてすぐに、背後で天井から垂れた鎖で両手首を上にあげて拘束されている雷雲(らいうん)が、猿ぐつわに塞がれた悲鳴をあげた。

 

「ら、雷雲様──」

 

 水晶はびっくりして振り返った。

 しかし、刃物のようなもので雷雲は襲われているわけではなかった。

 雷雲の横に立っている男が雷雲のお尻になにかをしているような気配だ。

 そして、水晶は股間を剝き出しにされ、怒張した男根を見世物のように曝け出させられている雷雲の姿にたまらない憐憫の気持ちを感じた。

 あの股間のものは、なにか薬のようなもので無理矢理に勃起させられているのではないだろうか。

 それが、あんな風に晒し者にされるのは耐えがたい屈辱に違いない。

 

 そしてすぐに、水晶は恥ずかしさで眼を逸らせた。

 なにをしているかわかったのだ。

 雷雲の横にいる男は、床に打ち付けた木杭で足首を繋がれて、股を閉じられないようにされている雷雲のお尻の穴に指を入れているようだ。

 しかも執拗になぶっては、雷雲に恥辱の悲鳴をあげさせている。

 

 可哀そうな雷雲……。

 もうこうなっては、自分と雷雲は終わりだろう。

 この隊商の仕事が終われば、朱紫国にある故郷の城郭に戻って、すぐに祝言をあげるはずだった。

 水晶の父親は故郷の指折りの大商人のひとりだ。

 そのひとり娘にして、男勝りの水晶が、唯一自分の生涯の伴侶に相応しいと認めたのがこの雷雲だった。

 道術遣いであり、また、頭もよく、曲がったことが大嫌いな真っ直ぐな男性で、人の上に立つ器もある。

 

 残念ながらこのような賊徒の捕らわれ人になってしまったが、もしも、命が助かることがあれば、きっと人かどの人物になってくれるはずだ。

 その妻として、彼と人生をともにすることを夢見たが、それはもう諦めた。

 自分はここで賊徒の慰み者になって死ぬしかないだろう。

 

 しかし、その代わりどうしても雷雲の命だけは救ってあげたい。

 一時の恥はただの恥だ。命さえあればこの人は大丈夫……。

 そう思った。

 自分の命と引き換えにこの雷雲だけは救いたい。

 だが一方で、こんなことなら雷雲に身体を許しておけばよかったとも思った。

 自分がここでこの賊徒たちに犯されるのは間違いない。

 だが、せめて、雷雲が人生で最初の男であったならば、これから汚された挙句に死ぬであろう自分の心も少しは慰められたのではないだろうか。

 

「頭領、こりゃあ、女をなぶりよりも面白いかもしれませんよ。こいつの一物はますます勃起がでかくなったような気がしませんか?」

 

 男が笑うのが聞こえた。

 水晶はただ顔を伏せたままでいた。

 

「どうした、水晶……。ちゃんと見てやれよ。お前の男になるはずだった男根だ。生娘のうちにしっかりと別れを告げてやれ」

 

 権白狼が言った。

 しかし、水晶は顔をあげられないでいた。

 そして、哀れな声をあげている雷雲に背を向けて震えていた。

 すると権白狼が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「おい、秀、まずは足の指を一本斬れ──」

 

 権白狼が言った。

 

「ま、待ってください──。そ、そんな……。後生です。それは許して──」

 

「やかましい──。お前はさっきから、そうやって突っ立ったままじゃねえか。俺は命令に従わなければそいつの命をもらうと言ったはすだ。お前の命も、お前の婚約者の命も俺の指ひとつだ──。それを忘れるな──。やれっ、秀」

 

 権白狼が言った。

 

「そういうことらしいぜ。じゃあ、まずは足の親指にしてやるぜ……。ここには、すぐに傷を塞いでしまう塗り薬の魔薬もあるからな……。仮に二の腕を切断されても死ぬことなんかできねえから心配すんなよ、へへ……」

 

 秀と呼ばれた男が、拘束されている雷雲の左の足首を掴み、腰の後ろから小刀をさっと取り出す。

 そして、いきなり小刀を床に叩きつけた。

 

「んんんんんっ──」

 

 雷雲が猿ぐつわの下で悲鳴をあげた。

 床にころころと雷雲の左足から離れた足の親指が転がる。

 大量の血が床に噴き出す。

 

「いやああっ──」

 

 水晶は絶叫した。

 すぐに雷雲のもとに、ほかの誰かが駆け寄る。

 血が噴き出している親指の付け根になにかの塗り薬をまぶす。

 するとさっきまで血が流れていた傷口があっという間に塞がった。

 あれが傷口をたちまちに塞ぐという魔薬なのだろう。

 雷雲の左の足の親指の部分は、皮膚のような膜ができて完全に傷はなくなっている。

 水晶は驚いた。

 

「なにやってるんだ、水晶──。下袍を捲りあげて奴隷の誓いだろうが──。それとも、本当にそいつの一物を斬り落とさせるぞ──」

 

 権白狼が怒鳴った。

 水晶はもう覚悟を決めた。

 下袍の裾を両手で持つ。

 

 一度息を吸った。

 そして、股間まで捲りあげる。

 水晶は死ぬような思いで下袍ん捲りあげて下着を身につけていない股間を晒した。

 だが、権白狼が嘲笑った。

 

「なんだ、それは? もっと捲りあげろ。毛が見えるか見えないかじゃねえか……。さっさとしろ。もう、二度とは言わねえぞ」

 

 権白狼が言った。

 水晶は悔しさと恥ずかしさで、自分の眼からつっと涙が流れるのがわかった。

 股間に置いている下袍の裾を持つ手を臍まで持ちあげる。

 

「おおっ、やっと出したな」

 

 権白狼の声とともに、どっと部屋にいる男たちが湧いた。

 後ろで雷雲が呻くような声をあげた。

 

「じゃあ、奴隷の誓いだ。俺の性奴隷なって身体のすべての穴という穴を犯してくださいと言いな」

 

 権白狼は言った。

 水晶は、すっと気が遠くなるような恥辱感を覚えながら口を開く。

 

「……わ、わたしは……ご、権白狼さまの性奴隷に……なることを……誓います……」

 

 水晶はやっとのことそう言った。

 

「穴という穴を犯してくださいだろうが──? ちまちまとやってるんじゃねええよ。後がつかえてるんだ。お前はこれからここで、その婚約者の眼の前で俺に犯されるんだよ。眼の見えねえこいつに、はっきりと聞こえるように大きな声で言え──」

 

 権白狼は手に持っていた酒をぐいと呷ると、隣にいる男に杯を足させた。

 

「……す、水晶の……あ、穴という……穴は、権白狼様のものです……。どうか、性奴隷として仕えさせてください──。ああ、その代わり、雷雲殿だけは──。雷雲殿をお助け下さい。この通りでございます」

 

 水晶は一気呵成に言うと、込みあがった感情に耐えられずにわっと泣き出した。

 

「泣いている暇はねえぞ……。じゃあ、さっそく、その場で素っ裸になってもらおうか──。お前ら十まで数をかぞえろ……。十までに素っ裸になっていなければ──秀、今度はそのやさ男のどっちかの手の親指を斬れ」

 

「わかりやした、頭領」

 

 水晶は驚いて振り返った。

 秀が手をあげて、雷雲の上方に掲げている一方の親指を掴んで小刀の刃を当てている。

 

「一……」

 

 すると部屋のいる男たちの合唱が始まった。

 水晶は慌てて、手に持っていた下袍の腰紐に手をかけた。

 

『二』

 

「三」

 

「四」

 

 やっと紐を解く終わり、下袍を足元に落とす。

 

「五……」

 

 すでに半分終わった。

 水晶は上衣に手をかけた……。

 懸命に脱いだが、下袍に比べて、水晶の着ている服は紐や留め金が多い。

 ほとんど引き千切るように上衣を脱ぎ、中衣を脱ぐ。

 最後に残った胸当てを引き千切ったときには、もう十を数え終わる瞬間だった。

 

「脱ぎました──。脱ぎました──」

 

 水晶は胸と股間を両手で隠しながら必死に叫んだ。

 

「まあいい……。少しばかり遅れたがおまけだ──。だが、その代わり指をもらう代わりに、秀にあいつの犯させることにするか……。まあ、指を斬られるよりもましだろうしな──」

 

「そんな、権白狼様──。もう、わたしはどうなっても構いません。こうなった以上、覚悟もしました。だから、雷雲殿に淫らなことをするのはやめてください……。そして、どうか、雷雲殿をこの部屋から出してください──。雷雲殿の前で抱かれるなど、あまりにも惨めすぎます──」

 

 水晶はまたわっと泣いた。

 

「なにを言いやがる。これは、あいつに大勢の部下をやられた仕返しでもあるんだ。お前には、あの男が悔し泣きするほどに大声でよがってもらうからな──。おい、誰でもいい。この水晶をあの道術遣いの前に連れていけ」

 

「ま、待って――」

 

「うるせい――。そして、男の前でその水晶に一度気をやらせるんだ──。それに、もうひとりかふたりは秀を手伝ってやれ。あのやさ男の上衣も剥ぎ取って尻だけじゃなくて、肉棒や乳首も擦ってやれ。お互いに向い合せにして気をさせて恥をかかせてやるのだ……」

 

「そ、そんな……」

 

 水晶は絶句した。

 

「これから、別々に犯されるふたりだ。お互いを抱くことはかなわなかったが、せめて一緒に気はやらせてやろう。それは婚約者同士だったこのふたりに対する俺からの慈悲だ」

 

 権白狼が愉しそうに言った。

 部屋の男たちがわっと声をあげて、水晶と雷雲にそれぞれに群がってくる。

 水晶は拘束されていないものの、雷雲に刃物を向けられていては抵抗することもできない。

 それにこれだけの人数の男に素っ裸の身体を囲まれて、どうすることもできない。

 水晶は恥らうことも許されずに、雷雲を向かい合うように立たされた。

 

「へへへ、頭領の言いつけだからな……。俺たちがうんとあんたの身体をほぐしてやるよ……。まあ、これからは、うんと愉しむつもりになりな。そうしなきゃ損だぜ。この婚約者が悔しがるようないい声で泣いてくれよ」

 

 五、六人の男が水晶の身体に群がって、水晶の身体のあちこちを擦り始めた。

 水晶は背中で左手首を右手で握るように命じられて、そのようにする。

 抵抗すれば、また、眼の前の雷雲に刃物を向けるのは間違いない。

 その雷雲も秀をはじめとする数名の男たちに、刃物で上衣を剥ぎ取られている。

 そして、水晶と同じように全身を撫でさすられて、火で焼かれているかのような声をあげている。

 

「うんっ」

 

 水晶は思わず声をあげそうになり、口をつぐんで耐えた。

 両方の乳首を別々の男たちが、ちゅうちゅうと音をたてて吸い出したのだ。

 また、別の手はこれも閉じることを許されない内腿に手をやって優しささえも感じるような手管で揉みほぐされていた。

 さらに乳房に手が伸びて揉まれ始める。

 

 股間にも手が加わる。

 おかしな声が出そうになる。

 水晶は自分の身体の変化にびっくりした。

 なにが起きているのかわからない。

 たくさんの男たちに全身の敏感な場所を繰り返し撫ぜられることで不思議なものが込みあがってくる。

 

 自然と自分の口から甘い息とともに変な声があがって、水晶は驚いた。懸命に唇を噛む。

 犯されるのは覚悟もしているし、辱められるのももういい。

 だが、これからほかの男たちに犯されようとしている自分についての雷雲へのせめてものお詫びに、雷雲の前でおかしな声を出すことだけは避けたい。

 

「ほう、声を出すのは我慢したいのか……? なら、やってみるんだな……。だが、あんたの婚約者はすっかりといい気持ちになっているようだぜ」

 

 誰かが水晶の反応に気がついて意地の悪い声をかけるとともに耳を舐め始めた。

 全身にぞわぞわと怖気が走った。

 その男のいう通り、眼の前の雷雲は乳首と男根とお尻を三人ほどの男から同時に刺激を受けて吠えるような声をあげている。

 水晶は慌てて眼をつぶった。

 

 だが、耳には雷雲の悶えるような声がどうしても耳に入ってくる。

 その声を眼の前で聞かされる水晶もまた、込みあがる声に耐え、そしてどんどん熱を帯びる身体をうねり舞いさせていた。

 いつしか水晶に群がる男たちの手は乳房よりも下側に移動していた。

 誰かの指が水晶の恥毛をまさぐり、その中から敏感な小さな突起をくるくると回した。

 

「ああ──」

 

 その瞬間、水晶はまるで電撃でも帯びたような衝撃を感じた。水晶は首をのけぞらせて、吠えるような声をあげてしまった

 周囲の男たちがどっと沸く。

 

 水晶は懸命に口を閉じた。こんな卑劣な男たちによって裸身を弄ばれるのは、耐えようのない嫌悪感だ。

 だが、それに混じって、なにかに胸を締めつけられるような切ない情感も全身を支配していく気がする。

 それがなになのか水晶にはわからなかった。

 

 もう、眼の前の雷雲を気遣う余裕が水晶にはなくなった。

 それよりもなんだかわからない大きな波のようなものが股間の奥からあがっては全身を通り過ぎ、また股間から込みあがって突き抜けていく。

 

「あふうっ……、や、やめて……」

 

 水晶は泣くような声をあげてしまった。

 だが、その声はおおっという大勢の男たちの声でかき消された。

 

「水晶、眼を開けろ──。雷雲から眼を離すと、雷雲を殺すぞ」

 

 いつの間にかそばにいた権白狼が言った。

 

 水晶は眼を開ける。

 

「ああっ……雷雲殿……」

 

 眼の前の雷雲は号泣していた。その周りで男たちがげらげらと笑っている。

 雷雲の股間の下には雷雲の股間から噴き出したに違いない白濁液が落ちている。

 無理矢理に凝視するように命令された雷雲の股間には、たったいま出した精液のなごりがべっとりとついていた。

 

 それを見て、なにかの感情が水晶を襲った。

 また水晶の全身を男たちがまさぐる。

 

 なにかが襲いかかる。

 水晶は悶え泣いた。

 これが快楽というものか……。

 水晶は思った。

 

 そして、その被虐的な感覚を振り払おうと、水晶は全身を必死に揺さぶった。

 いつの間にか、身体は痺れ切り、力が抜けている。

 そして身体が熱い。

 全身を寄ってたかってなぶられる……。

 

「ああ、おかしくなる──。これはなにっ? なんなのです──あ、あああ……」

 

 水晶は声をあげた、

 込みあがる……。

 なんだ、これは……?

 

 水晶の乳首、乳房、股間。

 そして、肛門にまで男たちの手が愛撫を続けている。

 それだけではなく、内腿や脇の下、うなじに耳……。

 ありとあらゆる場所に男たちの指や舌が這い回っている。

 そして、強烈で巨大ななにかが弾けた。

 

「あはああっ……」

 

 水晶の全身ががくがくと震えた。

 得体の知れない熱くて大きなものが水晶の全身を突然に突き抜けていった──。



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409 女は強姦、男は肛虐

「一度、気をやれば、準備はもういいだろう──。そろそろ、こいつを頂くとするか。おい、お前たち、この水晶(すいしょう)の両腕をその男の胴体に括りつけろ」

 

 権白狼(ごんばくろう)は笑いながら言った。

 身体を向き合せられたまま、大勢の男によってかたって裸身を愛撫されて、無理矢理に気をやらされた水晶と雷雲(らういん)は、まるで殴られたかのようにぐったりと顔をうな垂れらせている。

 しかし、もちろん、こんなことで終わりはしない。

 いままでのはほんの余興のようなものだ。

 

「へえ、なにするんですか、頭領?」

 

「なに、こいつらは愛し合う婚約者同士だからな。せっかくだからお互いの身体を接し合わせたまま犯してやろうと思ってな。ただし、手首を身体に回して括るだけでいいぞ。密着させたら、こいつら隙を見てやりやがるかもしれねえからな」

 

 権白狼はそう言って、さらにげらげらと笑った。

 部下たちがそれは面白いと喜び、よってかたって水晶の身体を押しやって天井から鎖で両腕を吊るされて脚を開いて直立している雷雲の身体に密着させていく。

 

「そ、そんな、後生です。権白狼様に犯してもらうことは承知しております。でも、雷雲殿の前で犯すことはお許しください」

 

 水晶が叫んだ。

 しかし、そんな哀願が通用するはずもなく、水晶は雷雲の胴体を抱くように両腕を伸ばされて雷雲の背中側で手首を縄で縛られた。

 

「ああ、雷雲殿──」

 

「んんんんっ──」

 

 水晶が自分の婚約者の名を呼んだ。

 水晶の下着を口に詰め込まれている雷雲の言葉はわからないが、雷雲も水晶の名を叫んだのは間違いないだろう。

 

「お前らはこれから別々に犯されるが、こうやって肌と肌とくっつけ合わせてやったんだ。せいぜい、愛しい人と愛し合っていると想像して犯されろ」

 

 権白狼は水晶が雷雲の胴体に腕を回されて手首を縛られたのを確認して言った。

 

「頭領、それは無理というものですよ。水晶はともかく、この雷雲はこの俺に尻を犯されるんですからね。いくらなんでも、女に尻を犯されるということはないでしょう」

 

 雷雲の背後で雷雲の尻を持っている(しゅう)が言った。

 すると、周りの男たちがどっと笑う。

 この秀が雷雲の尻を犯し、権白狼は水晶を背後から犯す。

 まずはそのように決まっていた。

 

 肌と肌を接し合わされているふたりは泣き叫んでいる。

 特に哀れなのは、強烈な興奮剤のために勃起が収まらない雷雲の怒張だろう。

 そのままだと水晶の腹に先端が当たるので、それをさせまいと部下がひとり幹をぎゅと掴んで、水晶の肌から避けさせている。

 しかも、そいつは持った幹を嫌がらせのように、右にやったり左にやったりして動かしているので、そのたびに雷雲が吠えるような悲鳴を水晶の前であげているのだ。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 権白狼は水晶の腰を抱くとその両脚の間に自分の膝を差し入れて閉じられないようにしてから、後ろ側から女陰に手を伸ばした。

 そして、すっと女陰の外襞をほぐすように指を動かし、肉芽を柔らかく刺激する。

 がっついて生娘の女陰に肉棒を突っ込み、雷雲の前で苦痛の悲鳴を叫ばせるのもいいが、それよりも、恋人が別の男に悶え泣かされるのを眼の前で接する方が雷雲には堪えるだろう。

 権白狼は水晶の胯間の敏感な部分を探して揉みほぐしていく。

 

「ああっ」

 

 すると水晶が甲高い悲鳴をあげた。

 水晶が大勢の人間の前で嬲り者にされて犯されるという汚辱感と次々に与えられる妖しい快感に身体が燃えているのは明らかだ。

 水晶の股間はすっかりと熱くなり、もう初めての男を受け入れる準備は整っている。

 しかし、性急にすることなく権白狼はまだじっくりと愛撫を続けた。

 

「おっ、頭領、この男、自分の婚約者が頭領の手管に声をあげたとき、びくんと一物を反応させましたぜ」

 

 雷雲の肉棒をぎゅっと持っている部下が嬉しそうに叫んだ。

 周囲の男がまたどっと沸く。

 そして、俺にも触らせろと言って、次々に雷雲の一物を交代で握る。

 雷雲はそのたびに拘束された身体を悶えさせた。

 

「一物を握っているのは俺たちの手だが、ちょうどいい具合にお前は眼が見えないんだ。水晶の嬌声を聞いて、恋人に擦られていると思ったらいいぜ」

 

「お前、やぼなことを言うなよ。この道術遣い様はとっくにそうしているよ。そうじゃなきゃあ、汚らわしい男の手に触られて、こんなにお感じになるわけがないだろう」

 

「そりゃあ、すまなかったな。雷雲よ、遠慮なく、恋人の前で気をやりな。このままじゃあ、どんどん、恋人の初めては、頭領に奪われてしまうぜ。せめて、お前は恋人の身体に初めて勇み汁をかけた男になったらどうなんだい?」

 

 部下たちがますます調子に乗って雷雲をいたぶる。

 その様子を笑いながら見ながら、権白狼はさらに水晶を責め立てる手管を激しくした。

 婚約者の裸身と身体を接しさせられながらも、自分の股間を弄られているのはまったく別の手だ。

 その恥辱感に水晶の啼泣はだんだんと激しいものになった。

 

「ほれっ、こうしてやるぜ」

 

 秀は雷雲の臀部を両手で開くようにして菊門を曝け出させて指でいたぶっていたかと思うと、今度は舌先でぺろぺろと舐めはじめた。

 

「んおっ」

 

 雷雲が拘束された身体を大きく仰け反らせた。

 雷雲はその刺激に顔を屈辱で歪めているが、その身体はしっかりと快感を受けとめてぶるぶると悶えさせている。

 権白狼もまた、その場に屈みこむと、秀を真似て水晶の尻の下に顔を埋めた。

 そして、水晶の双臀の亀裂に舌をやって水晶の肛門を舌で愛撫した。

 

 身体を寄せ合わせられているふたりは、お互いに背後から尻に刺激を受けて、火のような悲鳴をあげ出した。

 婚約者同士にもかかわらず、お互いに向き合わされて、別々の男から犯されるというのは言語に絶する屈辱と恥辱だろう。

 その興奮と悲鳴がこの集会場の部屋を揺らがせるような淫靡な風を起こす。

 

「どうだ、気持ちがいいだろう、お前たち? こんなに気持ちがいいことがあるんなら、ここで慰み者として生きるのも悪くないだろう?」

 

 権白狼は水晶の尻から口を離して言った。

 そして、すぐに舌による尻責めを再開する。

 

「そうだぜ、雷雲……。俺たちを相手に道術や剣で抵抗してくれたお前だが、こういう世界があることは知らなかっただろう。いまからでも遅くねえぞ。頭領にお願いして、恋人の水晶と一緒にここの性奉仕用の奴隷にしてもらってはどうなんだ? お前は男だが、それだけの色男だったら、お前の尻に肉棒を入れたがる男はいくらでもいるから、相手には事欠かねえぞ」

 

 秀が再び雷雲の肛門を指でほぐしながら言った。

 

「どれ……。そろそろ挿すぜ、雷雲。だが、その前にお前の尻に、もう一度たっぷりと油を塗ってやるぜ。さすがに油でも塗らなければ、尻に俺の肉棒を受け入れるのはできねえだろうからな。だが、ちょっとばかり痒くなるぜ。塗るのはさっきの強烈な痒み剤だからな」

 

 今度は秀は、油剤をたっぷりとまぶした指を雷雲の肛門に入れて捏ねはじめる。

 片手には痒み剤の油剤の壺だ。雷雲は猿ぐつわの下で吠えるような泣き声をあげている。

 だが、執拗な秀のいたぶりに次第に雷雲の声が変わっていく。

 泣き声からだんだんと女のような喘ぎ声に変わり出したのだ。

 その雷雲の変化に周りの男たちがどっと笑う。

 

「ら、雷雲殿……あ、ああっ……あああっ、だめ、おかしくなります……。い、いやあっ……」

 

 水晶もまたその雷雲の姿と声に動転している。そして、ますます、その水晶の狂乱が激しくなる。

 すると、その水晶の狂乱にあてられたように雷雲の悶えが大きくなり、さらに泣くような声をあげて身体を震わせた。

 

「……そうだ。いいことを思いつたぜ。この水晶に雷雲の前で、お願いだから犯してくれと言わせてやろう──。おい、秀、その痒み剤を貸せ。水晶にも塗ってやる。誰か、水晶の股間に痒み剤を塗ってやれ」

 

 権白狼は言って水晶から離れた。

 わっと四、五人が駆け寄って水晶の股間にまとわりつく。

 水晶は、もう、そのおぞましい行為を拒否する気力がないのか、汗ばんだ身体を抵抗させることなく、男たちの陰湿な油剤の塗布を甘受している。

 そして、身体の前後から手を入れられて股間の前面から後ろの尻の穴まで幾重にも痒み剤を塗られた水晶は、全身を真っ赤にして酔ったように身体を脱力させた。

 

「ついでだ、こいつのぶらぶらしているものの先っぽにも塗ってやるぜ」

 

 水晶の前側から痒み剤を塗っていた部下が、向き合って拘束されているために水晶の腹に接するばかりに伸びている雷雲の怒張の先端に痒み剤を塗った。

 

「んんごおおっ──」

 

 怒張の先端を指で触られる刺激は強烈なものなのだろう。

 雷雲が猿ぐつわに阻まれた口の中で絶叫した。

 

「さて、どっちが先に腰を振りだすかな……」

 

 薬剤を塗り終わった部下たちがいったん水晶から離れるのを認めた権白狼は言った。

 あとは待つだけだ。

 あの痒み剤をあれだけ塗られれば、水晶も雷雲も半狂乱になることは間違いない。

 

「んんがあっ──」

 

 腰を激しく動かしだしたのは雷雲が早かった。

 当然だろう。

 雷雲はすでに痒み剤の一度塗りを受けていた。そこにさらに本格的に痒み剤の重ね塗りをされたのだ。

 あの痒み剤は、重ね塗りをされると効き目が数倍に跳ねあがるのだ。

 雷雲は腰を大きく暴れさせ、しかも、自分に密着している水晶の身体に怒張の先端を押しつけるようにした。

 

「ああ、雷雲殿──」

 

 もはや、精根尽きている水晶は、突然の雷雲の狂態に接し、自分もまた狂ったように雷雲に裸身をくっつけた。

 

「おっと、そうはいかねえぞ。お前の相手は俺だ」

 

 秀が背後から強引に雷雲を引っ張り、水晶から引き離す。

 水晶もまた、ふたりほどの部下から身体を引っ張られて雷雲から離された。

 雷雲の胴体の後ろで手首を縛られた状態のまま、限界まで後ろに身体をやられた格好だ。

 

「か、痒い──」

 

 するとついに水晶が叫んだ。

 権白狼はにやりと笑った。

 

「そうか、痒いか……。では、その悩みは俺が解きほぐしてやるぞ。お願いだから、自分の処女を犯してくださいと頼めば、後ろから女陰を肉棒で突いてやる」

 

 すると、水晶が大きな声で泣き出した。

 一方、反対側の雷雲は暴れ方が激しく、男が三人がかりで押さえつけている。

 そっちも痒み剤の効果でのたうち始めているのだ。

 

「ら、雷雲殿……、ああ、どうすれば……、こんなのどうすればいいのです……ああっ……」

 

 水晶が悲鳴をあげた。

 

「そろそろ、猿ぐつわをとってやれ──。おい、雷雲、また、死ぬの生きるのと興醒めのことを叫びやがったら、お前じゃなくて水晶を痛めつけるからな──」

 

 権白狼は言った。

 雷雲の口から手拭いが取られて、口の中から雷雲の唾液にまみれた水晶の下着が抜き出される。

 

「す、水晶殿──」

 

「雷雲殿──」

 

 するといきなり雷雲が水晶の唇に口を伸ばして、その口を吸い始めた。

 水晶もまた戸惑うことなく雷雲の口を自分の口で受け入れる。

 

「この野郎……」

 

 勝手に口づけを始め出したふたりを離そうとした部下を権白狼は制止した。

 

「せめて、口吸いくらい許してやるさ。性交をさせてもらえない俺たちに対するこいつらのせめてもの抵抗なんだろうさ……。だが、性器をくっつけることだけは許さんぞ。その気になるまで、そうやって腰を振り続けろ──」

 

 権白狼は言った。

 しばらくそうやって口を吸いながら腰を振り続けた二人だったが、ついに水晶が痒い痒いと痴呆のように繰り返し叫びながら号泣し始めた。

 

「す、水晶殿──。ち、畜生、お前たち、許さんぞ──。いつか復讐してやる。たとえ、殺されてもな──、あああっ」

 

 雷雲が必死の形相で叫んだ。

 だが、尻穴の痒さで腰を振り動かしている姿でそんなことを言われても滑稽でしかない。

 権白狼は大笑いしてしまった。

 

「そろそろ、お前からやってやるぜ。眼の前で恋人が尻を犯されれば、水晶も諦めがついて、頭領に犯してくれと頼むだろうからな」

 

 秀がそう言って、自分の下袴を足首まで落とした。

 その股間はしっかりとそそり勃っている。

 秀が背後から雷雲の腰を両手で押さえつけた。

 

「や、やめろっ──」

 

 尻を男に犯されるとわかった雷雲が暴れまわる。

 その雷雲を数名の部下が押さえつける。

 秀はそうやって、仲間に雷雲の身体を掴まえさせ、自分は雷雲の腰をがっしりと掴んで下半身を雷雲の尻にゆっくりと押し当てていく。

 

「ぐあああっ──」

 

 雷雲が悲鳴をあげた。

 

「おう、よく締まりやがるぜ……。雷雲、婚約者の前で女にされた気分はどうだ? どんな気持ちか教えてくれよ」

 

 秀がさらに雷雲の肛門深くに自分の男根を挿しながら言った。

 権白狼にも秀の怒張がゆっくりと雷雲の尻穴に侵入しているのがわかった。

 雷雲は男に犯されるという異常な状況とその猛烈な痛みに眼を見開いて悲鳴を絶叫させている。

 

「や、やめろおっ──あっがあ──がああ──」

 

 雷雲は必死になって突き刺さってくる肉棒から逃げようと全身を暴れさせているが、数名の男たちに身体を押さえつけられてはそれもままならず、ますます興に乗った秀にどんどん深く尻を抉られて、昂ぶった声をあげている。

 

「ほら、すっかりと挿してやったぜ。ざまあ見ろ、この色男──」

 

 秀が笑った。

 そして、わざと肉棒が挿入された雷雲の腰を上に下にと揺らして、また雷雲に悲鳴をあげさせる。

 

「た、頼む、殺してくれ……。こんな生き恥をかくくらいなら……」

 

 雷雲が呻くように言った。

 だが、雷雲にも水晶にも、自殺防止の霊具を首に嵌めさせている。

 舌を噛んで自殺したくても、それはできないのだ。

 

「こんなものは恥にはなりゃしねえな、雷雲──。お前にはもっともっと恥をかいてもらうぞ。手始めにここにいる男たちに尻を回し犯されるということかな。その間に、お前の婚約者もしっかりと回させてもらう」

 

 権白狼は言った。

 

「えっ、頭領、俺たちにも水晶をやらせてもらえるんですか?」

 

「本当ですか──?」

 

 周りの部下たちが口々に叫んだ。

 

「ああ、俺が終わってからな。この雷雲の女は、ここで回し犯す。その犯した男たちが、雷雲の尻も犯す。雷雲は屈辱で悲憤するかもしれねえぞ──。だから、水晶がその気になるまで痒み剤を塗り足してやれ」

 

 権白狼は笑った。

 部下たちがわっと水晶の股間にまた群がる。

 水晶の股間にはまた痒み剤が足されていく。

 すでに水晶は、ただれるような胯間の痒さに襲われているはずだ。

 その股間にさらに重ね塗りをされたら、いくら生娘でもどうか犯してくれと叫びだすに違いない。

 それはもう時間の問題だ。

 

 一方で雷雲の方はもう完全に狂乱していた。

 後ろを秀に犯され、さらにもうふたりの男たちから左右から勃起した怒張を擦られていた。

 

「あっ、あっ、ああっ──はああっ──」

 

 雷雲が女のような声を出して、白濁液を股間から噴き出させた。今度は床には落ちずに向かい合っている水晶の下腹部辺りにぺっとりとかかった。

 

「ついにやりやがったか……。だけど、恋人一緒にいかせるつもりだったんだぜ。少し早すぎるじゃねえか。あんまり早漏なのは、婚約者に恥ずかしいんじゃねえか?」

 

 秀が男根を雷雲の尻に突き挿したまま笑った。

 

「いや、秀、この雷雲はもう女になったんだ。女の早漏はむしろ歓迎だせ」

 

 別の誰かが言った。

 そして、また全員でけらげらと笑う。

 

「くううっ……」

 

 雷雲はあまりの恥辱に泣くような声をあげた。

 それでも最初に飲ませた興奮剤のために、雷雲はまだ勃起を収めることができない。

 おそらく雷雲の勃起は半日は収まらない。

 その間、雷雲はここで次から次へと精液を出させられ続ける。

 最後にはその出す精液までなくなるが、それでも勃起は収まらない。

 それからが、あの興奮剤の地獄なのだ。

 精液がなくなったのに収まらない勃起を擦られて、雷雲は何度も空射ちさせられることになるだろう。

 

 雷雲は、泣き叫んで憐れみを乞うに違いない。

 ここでは女だけではなく、敵対する盗賊団などの男もこうやってなぶってやった。

 どんな屈強な男でも空射ちの射精をさせられ続けたときは、女のように泣き喚いたものだ。

 

「……して……犯してください……」

 

 そのとき、すすり泣いていた水晶の口から、ついにその言葉が洩れた。

 婚約者の前で犯されるのはもはや観念したが、せめて自分から犯してくれと口にする言葉だけは、雷雲に聞かせたくないと頑張っていたようだが、ついに限界を超えたようだ。

 いまは水晶の身体も三人ほどの男に押さえつけられている。

 そうでないと暴れ回るからだ。

 そして、三人の男は押さえているだけじゃなく、その間、ずっと痒み剤を女陰に重ね塗りしていた。

 水晶の身体はすっかりと充血し、全身からは滝のような脂汗が流れている。

 

「なんと言ったのだ、水晶? 聞こえなかったな。もっと、大きな声で言ってくれんか」

 

 権白狼は意地悪く言った。

 

「ああ、犯してください──。犯して……。もう、これ以上は我慢できません──。あ、ああ……。も、申し訳ありません、雷雲殿──。す、水晶はもう駄目です──。これ以上は……」

 

 水晶は悲痛な声で叫んだ。

 

「ああ、水晶殿──。すまない……。こんな目に遭わせて済まない──。俺の力が足りないばかりに──」

 

 雷雲も泣き叫んだ。

 

「それじゃあ、そろそろ犯してやるか」

 

 権白狼はおもむろに下袴を脱いだ。

 そして、水晶の腰を持って、背後にぐいと引っ張り、水晶の身体を前屈みにさせる。

 それから、水晶の背後から腰を抱いて、水晶の女陰に一物の先端を当てた。

 ゆっくりと怒張を突き入れていく……。

 

「はあああっ──」

 

 水晶が背中を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 暴れ回ろうとする水晶の腰を後ろからしっかりと掴んで押さえつける。

 

「い、痛い──ああ、い、痛い──」

 

 水晶が泣き叫ぶ。

 構わず肉棒を突き挿れる。

 

「はがあ……い、痛い……痛い……、も、もう、やめて、こ、壊れます……あはあっ──」

 

「この声が聞こえるか、雷雲──。お前の婚約者はたったいま、生娘でなくなったぞ。お前の女の処女は俺が貰ってやったぞ──」

 

 権白狼は嘲笑った。

 一方で雷雲は、まだ秀に肛門を犯されていた。

 雷雲が悲痛な表情になって吠え泣いている。

 

 ついに権白狼の男根が水晶の女陰の最奥まで到達した。

 狭い水晶の膣がぎゅうぎゅうと権白狼の肉棒を締めつける。

 

「なにか言えよ、雷雲──。お前の女の処女は頭領が犯し、お前の尻の処女は俺が犯しているんだ。こんな屈辱は俺にも想像できねえからな。どんな気持ちなのか是非教えてくれよ」

 

 秀が笑った。

 

「おおおっ──」

 

 すると雷雲がまた号泣し始めた。

 その姿に権白狼をはじめとする部屋の男たちが一斉に哄笑した。

 

 雷雲の泣き声と水晶の苦悶の悲鳴──。

 それに秀と権白狼の高笑い。

 また部屋の男たちの揶揄と哄笑──。

 それが入り混じって、ますますこの部屋の狂態の度合いは高まっていくようだった。

 

「よし、精を放ったら次は俺が雷雲を犯す。その後は祭りだ。全員でこのふたりを犯しまくれ──。こいつらだけじゃねえ。外にいる性奴隷たちも壊れるまで犯しまくるんだ。今日は一切の歯止めはなしだ。砦の全員に、女たちが死ぬまで穴という穴を犯しまくれと伝えろ。女はまた、捕まえてくるから責め殺しても構わん。とにかく、犯しまくれ」

 

 権白狼は興奮のまま叫んだ。

 興奮がやってきた。

 権白狼はけだもののような性欲を制御することなく、水晶への律動を続けた。

 水晶は絶叫し、全身を暴れさせる。

 構わず権白狼は水晶を突き続ける。

 そして、咆哮とともに、水晶の女陰にたっぷりと精を放った。

 肉棒を抜くと、どろりとした大量の精液とともに水晶の破瓜の血が水晶の股間から流れ落ちた。



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410 凌辱の翌朝

 水晶(すいしょう)は、両手首を前手縛りにされて、その縄尻をとられて歩かされていた。

 擦り切れた股間が痛くて、どうしてもがに股になってしまう。

 十人ほどの男たちに繰り返し犯されて、膣のあちこちが切れたのか、内腿には血の痕のようなものが精液とともにこびりついている。

 しかし、よろけて歩みを緩めようものなら、容赦なく背中に鞭を打たれるので、懸命になって脚を進めていた。

 

 もちろん全裸だ。

 水晶は布一枚許されない素裸のまま、一般の賊徒の兵たちがあちらこちらにいる賊徒の砦の広場を横切って、性奴隷の棲み場所というところに連れられている。

 

 陽はすでに高い。

 昨日、広場にある集会場で権白狼をはじめとする賊徒の幹部たちに犯されて、最後にはそこで失神したまま夜をすごした。

 犯されていた間は、雷雲(らういん)と一緒だったが、朝、目覚めたときには雷雲はいなかった。

 

 集会場には凌辱の名残はあったが、頭領の権白狼(ごんばくろう)をはじめ、幹部の連中もいなくなっていた。

 そこには水晶を見張るための兵らしき男がふたりいるだけで、水晶は手首を前手に縄で縛られて、首輪につけられた鎖を柱の一本に繋げられていた。

 手首の縄も首輪の鎖も外れそうにはなかった。

 

 そして、陽が昇ってかなり経った頃に、やっとやって来た秀という賊徒の幹部とともに、いま奴隷用の檻に向かわせられているところだ。

 (しゅう)のことはよく覚えている。

 ここで十人いた男たちの中でも、水晶ではなく雷雲を主体に犯していた男だ。

 男が性欲の対象というよりは、男に犯される雷雲が泣き喚くのが愉しくてそうしているような気配だった。

 

「砦の奥に将校用の兵舎があるんだが、その地下が女奴隷の棲み処だ。そこがお前たち性奴隷が暮らす場所ということになる。普段、性奉仕する場所はそこの一階だ。そこで大体は夜の四刻(約四時間)は誰かに犯されるということになるな。お前は将校用の性奴隷だから少し待遇がよくて、三日働いて一日は休みという感じだ……」

 

 秀がべらべらと喋り続ける。

 半分は嫌がらせだろう。

 どこまでも底意地の悪い男だ。

 水晶はだまっていた。

 

「……言っておくが、それは運がいいことなんだぞ。兵士用の性奴隷は、休みなんかねえし、奉仕の時間も決められていねえ。非番で空いている兵も抱きに来るから、事実上四六時中、誰かの性器を受け入れているという状態だろう。お前もいつかは兵士用の性奴隷に格下げになるときもあるかもしれねえが、そのときは、男を受け入れながら眠ったり、物を食べたりするような技を覚えなきゃならねえ。そうじゃないともたねえぞ……」

 

 秀の物言いに、周りの子分のような者たちがどっと笑う。

 水晶は脚を勧めながら歯噛みした。

 

「……まあ、そう言っても、俺も二箇月以上もった兵士用の性奴隷には接したことはねえ。まあ、兵の人数に対して性奴隷の数が少なすぎんだよな。だから、将校用とは別にしてあるんだ」

 

 水晶を連れているその秀という男が笑った。ほかに集会場で水晶を見張っていたふたりの賊徒の兵が鞭と水晶の縄尻を持って水晶を誘導している。

 秀はそのふたりを監督するように指図しながら、水晶に性奴隷としての心得を歩きながら話しているのだ。

 水晶はそれを悄然と聞いていた。

 

 ここの賊徒たちは主だつ幹部を「将校」と呼び、一般の賊徒を「兵」と呼んで区分しているようだった。

 賊徒の組織管理に軍隊管理を使っているのだ。

 盗賊団の賊徒といっても、なかなかに砦に秩序が保たれているのはそれが理由かもしれない。

 

 この賊徒に捕らえられて、婚約者の雷雲の前で犯されたのは昨日のことだった。

 朱紫国から円国に向かう隊商に婚約者の雷雲とともに参加して、この南非地方に巣食う賊徒の襲撃を受けたのだ。

 物騒な地方というのは承知しており、それに対抗する手段もとっていたのだが、頼みの護衛隊も奇襲を受けて全滅して皆殺しにされた。

 護衛隊で生き残ったのは、護衛隊に属する道術遣いとして参加した雷雲だけのようだ。

 また、隊商側については、ことごとく捕えられて、すでに奴隷としてその日のうちに売り払われたと聞いた。

 残っているのは、水晶と同じように性奴隷にするために残された若い女が十人ほどということだ。

 もっとも、捕えられてすぐに、ここの頭領の権白狼に犯されるために、集会場と呼ばれる建物に連れられていた水晶は、ほかの娘とずっと接していない。

 最後に彼女たちを見たのは、水晶がその集会場に入れられる直前であり、昨日の宴の催しとして兵たちに輪姦されようとしている状況だった。

 

 隊商を編成したのは、朱紫国にいる大商人である水晶の父親だ。

 そういう意味では、水晶は、彼女たちに対して責任もあると思う。

 彼女たちに対する悔悟の情でいっぱいだった。

 

 申し訳ないと言えば、雷雲に対してもそうだ。雷雲の前で犯された。身体をなぶられて愉悦の声もあげた。

 何度も犯されて泣き叫んだ。

 それをすべて雷雲の眼の前でやった。

 

 汚されたのだ。

 この隊商の任が終われば、晴れて夫婦になるはずだった。

 それがこんなことになって残念だ。

 

 雷雲は水晶とともに、賊徒たちの余興のひとつとして、水晶と同じように輪姦された。

 男なのに、お尻を男たちに犯されたのだ。

 昨夜、輪姦される途中で水晶が完全に失神した後、夜が明けて集会場に拘束されたまま放置されていたときにはもう雷雲はそこにはいなかったから、雷雲がどうなったかはわからない。

 実力のある道術遣いだったが、霊気の源である眼を潰されて、道術遣いとしての力を失わされてしまっていた。

 

 雷雲がいまどうしているのかわからないが、雷雲だけは放免される約束だ。

 おそらく、水晶は遅かれ早かれここでもうすぐ死ぬことになるだろう。

 雷雲に心の傷はあるだろうが、どうかそれを克服して生き延びて欲しいと思う。

 それができる男だと思うし、雷雲の心の強さはほかの誰よりも水晶がよく知っている。

 こんな経験などで雷雲は駄目にならない。

 

 雷雲は素晴らしい男性だ。

 とにかく生き延びて欲しい。

 悔しいとは思うが、水晶たちの仇をとるなど考えずに、無事に故郷に戻って欲しいと思う。

 

 集会場から出たところは、賊徒たちが集まる大きな広場になっている。

 昨日の宴の名残はもうない。

 広場に出された直後にまとまった騎馬の一隊が砦を出て行くのが見えた。

 どこかをまた襲撃するような感じだった。

 

 ほかにも多くの賊徒がいる。

 まだ、酔い潰れて地面に横になっている者もいるが、大部分は訓練のようなことをしていた。

 賊徒のわりには規律もあり、動きがいい。

 普段から身体を鍛えて武芸を磨き、連携行動なども訓練しているのだと思う。

 そういう彼らをたかが賊徒だと侮ったために、隊商は彼らの勢力圏内で油断をしてしまい、彼らの襲撃をまともに受けてしまったのだ。

 

 歩いていると賊徒以外にも、仕事をしている老人や子供もいる。

 だが、彼らは賊徒というよりは、水晶と同じようにこの賊徒に飼われている奴隷という感じだった。

 足枷か手枷をつけられて、鞭で打たれながら作業をさせられている。

 誰も彼も酷く痩せていて弱っていた。

 

「生理になったら、その日と翌日はさらに休みが追加される……。もっとも、ここの性奴隷は、あまり生理になる女はいねえ。ここの男はどいつもこいつも、遠慮なく中出しするからな。あっという間に孕んでしまうんだ。孕んでしばらくは使うんだが、どうしようもなくなれば処分する──。そうならないようにするには、酢がいいらしいぞ。女陰に酢を染み込ませた綿を忍ばせておくんだ。それが男の精を殺して、孕まないで済む」

 

 秀は喋り続ける。

 水晶は全く返事をしないのだが、それは気にしていないらしい。

 随分と機嫌がよさそうだ。

 

「酢をもらうには、お前たちを監視する当番兵に頼むといい。当番兵は将校用の女に手を出すことは禁止されているから、向こうから手を出すことはないはずだが、なに、肉棒でもしゃぶってやれば、なんでもこっそりと融通してくれるさ……。兵士用の女に成り下がれば、そうはいかねえぞ。監視役の当番兵でも犯し放題だから、なにかを頼もうにも代替えになるものはない。孕めば死だ。まあ、生き残るためには、まずは将校用の性奴隷から格下げにならないように頑張ることだな。おい、聞いてんのかい──」

 

 秀が水晶の生尻に手をやって擦った。

 

「いやっ」

 

 水晶は悲鳴をあげた。

 

「ははは、お前は見てくれはいいようだが、弱って容姿が衰えれば、やっぱり格下げだ。将校用の性奴隷には、食事は普通に与えられるはずだから、頑張って食べることだ。ここにやってきた女の大半は、食べなくて弱って死んでしまう。まあ、女の代替えはいくらもあるからいいんだが、やっぱり、いい女は手に入り難いから、お前にもできるだけ長く生き伸びて欲しいものさ」

 

 広場をすぎ、裏に入ったところで大きな煙が見えた。少し距離がある場所にたくさんの人間が集まっている。高い炎も見える。

 大変な喧騒であり、なんだろうかと思って水晶は何気なくそっちを見た。

 

「な、なんですか、あれは──」

 

 水晶は絶叫した。

 燃えているのは人間だった。

 しかも、隊商に属していた老人などだ。

 どうやら、この裏広場のあちこちの樹木に縄で縛られていた気配だが、ここに二十人程の賊徒がいて、その賊徒によってひとりひとり拘束をほどかれて、この裏広場の中心の巨大な穴の前に連れていかれているのだ。

 

 巨大な穴の中では、油でも燃やしているのか巨大な炎があがっている。

 そこで行われているのは、まるで流れる作業のような殺戮だ。

 拘束をほどかれた老人は、すぐに丸裸にされて衣服を取りあげられて、棒で叩かれて動けないようにされ、そして、そのまま身体の手足を持たれて、炎のあがっている大きな穴に放り込まれているのだ。

 すでに半分の老人は殺されているようだ。

 周囲には人間の燃える悪臭が激しく漂っている。

 

「や、やめさせてください──」

 

 水晶は絶叫して、その場にしゃがみ込んだ。

 

「こ、こらっ、勝手に座るな──」

 

 恫喝の鞭が水晶がしゃがんでいる地面の土を跳ねた。

 無視した。

 それよりも、棒で叩かれて、まだ生きているのに、炎の穴の中に突き落とされていく同朋たちの姿に狂ったように必死の哀訴の声をあげた。

 

「待て、待て……。こりゃあ、道が悪かったな。ちょうど、役立たずの捕虜を処分しているところだったのを忘れていたぜ……。まあ、しょうがねえんだよ。あの連中は奴隷商人にも売れもしねえし、重作業のできねえような年寄りだし、置いておいても仕方がねえんだ。食い物が必要なだけ損だしな」

 

「そ、そんな、そんな、そんな……。だったら、逃がしてくれればいいじゃないですか──」

 

 水晶は人間が焼かれるその凄惨な光景に涙を流しながら訴えた。

 

「うるせえなあ……。頭領の命令だ。役立たずは殺せとな──。それに、捕えた捕虜を許さねえのは見せしめの意味もある。俺たちが容赦のねえ賊徒だと思い知らせとかないと、縄張りにしている町や農民の連中が逆らう可能性もあるしな」

 

「あああああっ……」

 

 水晶は泣き叫んだ。

 しかし、すぐにもっと衝撃的な光景が眼の前で起こった。

 数台の荷台に載せた人間の束がそこに運ばれてきたのだ。

 注目すると、それは人間の女だった。

 どうやら死んでいるらしいが、それがやはり黒煙をあげて燃えている大きな穴に横付けされて、身体を放り込まれ始めた。

 

「ひいいっ」

 

 もう言葉を発することができなかった。

 眼の前で起きていることがとても現実のものと思うことができない。

 

「……昨日の宴で死んだ性奴隷の女だ。頭領の命令でお前以外の性奴隷を寄ってたかって犯し殺してしまったんだ。だから、いま兵に処分をさせているところだ」

 

 秀が事もなげに言った。

 そして、もう立てと命じられて、無理矢理に縄尻を引っ張られて立たされる。

 

「ま、待ってください……。だったら、わたしと一緒にここに来た娘たちは……」

 

 水晶は叫んだ。

 昨日護衛隊を全滅させられた隊商が降伏したときに、水晶と一緒にほかの者とは別にされた若い女が十人ほどいた。

 彼女たちは、水晶が集会場で権白狼や雷雲のいる場所に引きたてられる直前に、広場で兵たちから輪姦され始めていたが……。

 

「あの中だ──。もういいだろう──。ほら、歩け……」

 

 秀が水晶の縄を持っている兵を促した。水晶は手首を引っ張られて歩かされる。

 水晶はそれでもその光景を首を曲げて見続けた。

 そのとき、荷台に載っている娘のひとりの身体がごろりと荷台から落ちた。

 

「あっ、百蓮(ひゃくれん)──」

 

 水晶は悲鳴をあげた。

 百蓮という十二歳の少女で、この隊商に加わっていた者では最年少の娘だ。

 あのまだ幼さの残る身体は間違いない。

 だが、水晶を驚かせたのは、その百蓮の手がかすかに動いたように見えたのだ。

 

「ま、待って、待ってください。百蓮が……。あの娘は、まだ生きてます。助けて──」

 

 水晶はそう言って、繋がれている手首を強引に引っ張り戻して立ちどまった。

 怒声を上げた兵の鞭が水晶の背中に炸裂した。

 痛みなど気にならなかった。

 水晶は鞭をあげる兵を無視して、秀の脚にひれ伏した。

 

「お、お願いです──。まだ、あの娘は生きているの──。殺さないで──」

 

 水晶は叫んだ。

 秀もやっとそれに気がついたようだ。

 しかし、それほど心を動かした様子もない。

 

「おお……。確かにあれはまだ生きているな……。だが、死にかけていることも確かだろう。もう、どうしようもない。諦めな──」

 

 秀は言った。

 発狂したように哀願をする水晶を尻目に、地面に倒れた百蓮の身体が兵たちによって持ちあげられた。

 

 まだ、生きている──。

 手と足を持たれて宙にあげられた百蓮は、失神から目覚めたように首を動かしたように見えた。

 だが、その次の瞬間、そのまま炎の穴の中にその身体が放り入れられた。

 

「いやあああっ──」

 

 水晶は絶叫した。

 

 そして、一瞬、気が遠くなった。

 そのままどうなったかわからない。

 ふと気がつくと、水晶は悲鳴をあげたまま、両脇を兵にとられて歩かされていた。

 いつの間にか兵舎らしき建物の前にいた。

 

 兵たちが水晶の脇を離したので、水晶は再び地面に崩れ落ちるような感じになった。

 さっき生きたまま炎に入れられた百蓮の姿が忘れられない。

 

 絶対に生きていた。

 それなのに殺された──。

 そのことが繰り返し水晶の頭をよぎる。

 

「おいおい、いちいち、ほかの奴隷の死に心を動かしていたんじゃあ、お前もすぐにそっちに入ることになるぞ。ここじゃあ、奴隷の死は茶飯時だ。すぐに馴れるさ……」

 

「な、なんということを……。あ、あなたたちの全員にいつか酬いがあるわ。こ、こんなこと許されるわけがないわ……」

 

 水晶は激しく慟哭しながら叫んだ。

 

「やれやれ……。そんなことよりも、もうすぐお前の仲間入りになる新しい女奴隷たちがやってくる。集会場を出たときに騎馬で出動した一隊を見ただろう……。いま、あの一隊が奴隷狩りをしにいっているんだ。なにしろ、夕べは性奴隷の女をことごとく殺してしまったために、それを補充しなきゃならんのだ……。すでに死んだ女のことを考えるよりも、その女たちのことを考えてやりな。わずか一日とはいえ、そいつらにとってはお前が先輩なんだ」

 

 秀があっけらかんと言った。

 そういえば、まとまった騎馬集団がここから出て行ったのを見たのを思い出した。

 どうやら、あれはまた新しい奴隷を集めに行っているのようだ。

 そう考えていて、はっとしたことがある。

 

 雷雲──。

 

 雷雲はどうなったのか……?

 放免するという約束だったが、本当にそうなっただろうか……。

 もしや、さっきの炎の穴に入れられたのでは──?

 

「ら、雷雲殿はどうなりましたか──? 教えてください、秀様──。雷雲殿は水晶に免じて許されると頭領がおっしゃってくれました。どうなったか、教えてください──」

 

 水晶は顔をあげて秀に訴えた。

 するとその秀がにやりと微笑んだ。

 

「おう、あの色男か……。あの男がどうなっているか知りたければ一緒に来い……。まあ、死んではいないことだけは教えてやるよ。まだな……」

 

 不吉な秀の物言いに心がざわめいたが、もう従うしかない。

 水晶は立ちあがって、その兵舎の中に足を踏み入れた。

 まだ昼間であるせいか、兵舎にはほとんど人気がない。

 やがて、最奥に地下に進む階段があった。

 そこを降り始める。

 すぐに水晶を連行していた兵のひとりが壁の燭台を手にとって足元を灯す。

 

「随分と丈夫にできているだろう? ここを逃亡することは不可能だ」

 

 降りたところに鉄格子があり、その鉄格子を前にして秀が言った。

 その奥が牢のようだ。

 

「ここには五つの檻がある。つまり、最大でも将校用の性奴隷は五人までということだ。何度も言うようだが、長生きしたければ兵士用の性奴隷には落ちないように努力することだ。扱いはまるで違う。兵用の性奴隷になるということは死だ」

 

 秀は言った。

 どうでもいいと思った。

 

 殺すなら殺せばいい……。

 もう死ぬことは覚悟している。

 兵が鉄格子の鍵を開けて格子を開く。

 

 さらに奥に進む。

 水晶は、地下牢の並ぶ廊下の奥で、淡い光に浮かんでいるなにか小さな人影が見えた気がした。

 

「ご対面だ……」

 

 そして、水晶は愕然とした。

 小さなものと思ったのは人間の男だった。

 しかも雷雲だ──。

 小さいという印象は、その雷雲の肘と膝の先が存在しなかったためだ。

 四肢を切断されて、犬のような姿になった雷雲が地下牢の最奥の壁に首輪で繋がれている。

 薄暗くてはっきりとはわからないが、首輪と壁を繋ぐ鎖はひどく短くて、雷雲は壁に顔を接してお尻をこちらに向けているようだ。

 それでも、その身体つきで、紛れもなく雷雲だと確信した。

 手足のない雷雲は、まるで眠っているように床に胴を密着して横たわっている。

 

「ら、雷雲殿──」

 

 水晶は絶叫して駆け寄ろうとした。

 しかし、縄尻を持った兵がぐいと引っ張ってそれを阻む。

 

「あれは頭領の格別の計らいで、ここで飼うことになった犬だ。瞬時に傷を塞いでくれる便利な仙薬があるから、たった一日でああいう姿にすることもできるのだ。ああやって尻をこっちに向けているのは、いつでもあれの尻を犯せるように俺がしてやったのさ──。お前たち、水晶をその牢に入れておけ」

 

 秀がそう言って、最奥にいる雷雲に近づいていった。

 水晶はずっと手前のもっとも階段に近い牢に入れられる。

 

「ら、雷雲殿──雷雲殿──。そ、そんな、雷雲殿──。どうしてこんなことに──」

 

 水晶は泣き叫んだ。

 だが、その水晶の身体は、開かれた牢の扉から強引に放り入れられる。

 牢の中には柔らかそうな絨毯が引きつめられていたが、それ以外にはなにもない。

 広さは人間が三人ほど余裕で寝れるほどで、それなりの広さがある。

 

 しかし、それよりも雷雲だ。

 雷雲は放免してくれるはずだった。

 それがどうしてあんなことになっているのか。

 水晶は、自分が入れられた牢の鉄格子に顔をくっつけて、力の限り雷雲の名を呼んだ。

 

「う、うごおおお──」

 

 水晶の声にやっと気がついたのか、雷雲が身体を起こして吠えた。

 だが、なにか声がおかしい。

 

「おう、水晶、そこからでも聞こえるだろう? この雷雲は、舌を斬られて声が出せなくなったんだ。頭領によれば、これからお前が犯されるときは、こいつを必ず連れていき、お前が悶えよがる声をそばで聞かせるそうだ。しばらくはそばにいられるんだ。よかったじゃねえか……。頭領に感謝するんだな」

 

 秀は顔をこっちに向けて、大声で雷雲の名を呼ぶ水晶に叫んだ。

 その間、雷雲は顔を壁に向けたまま懸命に声をあげている。

 

「ら、雷雲殿──。な、なんて姿に──。ああっ──。嘘つき──。嘘つき──。嘘つき──。雷雲殿を放免すると約束したくせに──」

 

 水晶は縛られた手首で鉄格子を掴んで、吠えるように泣いた。

 

「おう、そう言えば、そうだったな……。だったら、そうしてもいいんだぜ、水晶……」

 

 秀は嘲笑した。

 

「だが、こんな眼も見えず、言葉も喋れず、そして、手も足もない雷雲を砦から放り出したらどうなると思う? 雷雲を砦の外に放り出してもいいが、そんなことをすれば、あっという間に野犬の餌食になって死ぬだけだ。それでもいいなら逃がすがな」

 

 秀は声をあげて笑った。

 水晶は泣き叫んだ。

 

「どれっ、雷雲……。例の傷薬の仙薬も尻穴にも塗ってやったんだ。切れた肛門もきれいに治ったんだろう? じゃあ、一発やらせろよ、色男……。檻にお前の女を連れて来たから、お前が犯されて泣く声を聞かせてやれ」

 

 雷雲にそう言っている秀の声が聞こえた。

 そして、雷雲の泣きじゃくる声も地下牢に響き渡る。

 やがて、肉のぶつかるような音と雷雲の嗚咽も……。

 水晶は激しく慟哭しながら、聞こえてくる音を遮断しようと拘束された腕で耳を塞ごうと身体をその場にうずくまらせた……。

 

「ああ、お前の尻は最高だぜ、雷雲──。おお、お前も気持ちよさそうじゃねえか。すっかりと勃起させて……。どれっ、擦ってやるよ──。ほらよ──」

 

 秀の大きな笑い──。

 そして、快感を覚えていることがはっきりとわかる雷雲の喘ぎ──。

 

 その光景を嘲笑する兵の声──。

 

 それらが前手縛りのために完全には塞ぐことのできない水晶の耳にはっきりと聞こえ続けた……。

 

 

 

 

(第64話『寝取られた恋人』終わり、第65話『盗賊団と魔女』に続く)



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 第65話  盗賊団と魔女【権白狼(ごんばくろう)】/清華山賊篇(三)
411 襲撃された町


 遠くに土煙が見えた。

 

 それが馬群であることはすぐにわかった。

 だが、それがなんの集団であるのか、沙那は咄嗟には頭に浮かばなかった。

 その数は五十騎近くはあるだろう。

 それだけの騎馬がまとまった集団として近づいてくる。

 次第に地響きが大きくなる。

 

「な、なによ、あれ?」

 

「とにかく、隠れよう、沙那──」

 

 孫空女が叫ぶとともに、道の横の草むらに飛び込んだ。

 沙那もそれに続く。

 道端に隠れていた沙那と孫空女の眼前を馬群が駆け抜けていき、そして、通り過ぎていった。

 かなりの速い馬群であることは明らかだ。

 

「ねえ、沙那、あれって……?」

 

「うん…。多分、この辺りに巣食う賊徒ね。間違いないわ」

 

 沙那は記憶を呼び起こしながら答えた。

 あれはこの近傍の山を根城にしている盗賊団に違いない。

 総勢力はそれほど多くはなく、せいぜい二百か、三百くらいしかいないはずだ。

 ただその代わり精強であることが知られていて、昨日も護衛隊を連れた隊商が襲撃されて呆気なく全滅させられている。

 

 精強さと残酷さ──。

 それが相まって、この周辺では随分と恐れられている盗賊団のひとつだ。

 たしか、頭領は権白狼(ごんばくろう)という名の男だったと思う……。

 

 その盗賊団が集団で通り過ぎた。

 向かった先は、宝玄仙たちが待つ町の方向だ。

 沙那は嫌な予感がした。

 

 宝玄仙に命じられて、孫空女とふたりで鐘光徳(しょうこうとく)という老人の遺体を郊外に埋めにいった帰りだった。

 鐘光徳というのは、香蛾が連れてきた円国の商人であり、朱紫国に向かう旅の途中でこの地で息を引き取ったのだ。

 その連れの香蛾(こうが)という娘に興味を覚えた宝玄仙が声をかけてふたりと知り合ったのだが、出遭った最初の夜にその鐘光徳は死んでしまった。

 

 本当は、町の住人にお願いして、昨日のうちに盗賊団に襲撃されて殺された隊商に加わっていた者の遺体と一緒に郊外の埋葬場に埋めてもらう手配になっていた。

 しかし、昨日は、宝玄仙が香蛾に魔法陣を刻んで道術で香蛾を絶世の美女に変えたり、その香蛾の身体を宝玄仙が味わったりというようなことをやった。

 それで、ついつい、鐘光徳のことを忘れ果ててしまってしまい、埋葬ができなかったのだ。

 

 それで今朝になって、みんなでそのことを思い出した。

 だから、宝玄仙の命令で、沙那と孫空女のふたりで鐘光徳を埋葬しに行くことになり、棺桶をふたりで担いで少し離れた場所にある郊外の共同墓地に向かい、穴を掘って埋めてきたところだった。

 香蛾も一緒に行きたがったが、郊外は賊徒がいるので物騒だということで、埋葬については、とりあえず沙那と孫空女だけで行くことになった。

 その間、もちろん、香蛾はまた宝玄仙と朱姫の調教を受け続けることにもなっていた。

 

「さっき通り過ぎた連中は、町を襲いに行ったんじゃないかな?」

 

 孫空女が真面目な顔をして沙那を見た。

 

「とにかく、戻りましょう」

 

 地響きが通り過ぎ、周囲は静かになっていた。土煙ももう鎮まっている。

 ふたりで駆けた。

 しばらくは後方を気にしたが、ほかの集団がやってくる気配はない。

 埋葬するために行ってきた共同墓地までは結構あり、町から歩いて一刻(約一時間)ほどの距離だった。

 南比という国が健在な頃はそっちにかつての城郭があり、いまは離れてしまったが父祖と同じ地に埋葬するのが、この町の住人の習わしなのだ。

 鐘光徳も昨日盗賊団に襲われて死んだ者とともにそこで永く供養してくれることになっていた。

 

 町までの道を孫空女とふたりで駆けた。これほど離れていたのかと思う程に時間がかかった。

 しばらく行くと、町から土煙をあげながらなにかが立ち去るのが見えた。

 眼を凝らすと、沙那たちが到着したのとは別の場所の町の出口から、一台の幌付き馬車がさっきの馬群の一部とともに駆け去ろうとしている。

 一瞬、そっちを追うことを考えたが、とりあえず宿屋に戻ろうと思った。

 宝玄仙のことだから滅多なことがあるとは思えなかったが、なんとなく不安が過ぎった。

 

「これは……?」

 

 宿屋に向かう途中の大通りで孫空女が眉をひそめた。

 道端に男の遺体が転がっていた。

 一刀のもとに斬り捨てられて、その身体を馬で踏みつぶされている。

 それがひとつ、ふたつと拡がっている。

 

「連中がここを襲ったんだ……」

 

 孫空女が呆然と呟いた。

 沙那も頷く。

 そうだとしても、襲撃してから半刻(約三十分)も経っていないはずだ。

 しかし、もう、賊徒の気配がない。

 あっという間に襲って、もう立ち去ったのだろうか……。

 

「急ぎましょう、孫女──」

 

 沙那は走った。

 宿屋に近づくにつれて、遺体が多くなった。それでも全部で十体弱というところだろうか。

 おそらく、抵抗した者は殺されたのだろう。

 大部分は賊徒がやってきて、なにかを持ちだすか、あるいは、なにかをするに任せていたに違いない。

 だから、これほどの短時間で襲撃を終わらせることが可能だったのだと思った。

 

 町はひっそりとしている。

 どの家の人間も建物の中にまだ隠れているのだと思った。

 だが、宿屋のすぐそばまでやってきたとき、突然に大きな騒ぎ声が耳に入ってきた。

 三十人ほどの賊徒の集団が町の辻にいたのだ。

 しかも、近傍の家に次々に入っては、家の中から若い女を引き摺り出している。

 その女たちは首に縄をかけられて辻の一角に並べられている。

 賊徒たちは、その女たちの衣服を引きはがして半裸にしながら、その女たちを吟味している様子だ。

 

「なんだよ、お前らは?」

 

 孫空女が声をあげた。

 すでに『如意棒』を出して右腕に抱えている。

 沙那も腰の剣を抜いた。

 

「おっ、まだ、こんなところに女が隠れていたぞ。しかも、こりゃあ上玉だ。是非とも連れて戻るぞ──」

 

 賊徒の指揮官らしき男がそう叫ぶと、三人ほどの賊徒が武器を構えてこっちにやってきた。

 数を恃んでいるのと、こちらが女ふたりということで侮っていることは確かだ。

 

「お前ら、三つ数えるうちに、その女たちを解放しな……。ひとつ──」

 

 孫空女が頭の上で『如意棒』を振り回した。

 少しだけ賊徒が警戒した表情になる。

 

「ふたつ──」

 

 孫空女が武器を構える賊徒に向かって、無造作に距離を詰めていく。

 前に出ていた三人の賊徒に、さらに三人ほどが加わった。

 

「三つ」

 

 孫空女と賊徒たちの距離がほとんどなくなる。

 沙那は剣を抜いたまま、孫空女の後ろからついていっていた。

 

 孫空女が動いた。

 一瞬だった。

 

 孫空女のひと振りで三人がその場に倒れ、返すひと振りで残りの三人がうずくまった。

 沙那は辻の端にある一台の馬車に気がついた。

 さっき町から出ていった馬車と同じ馬車であり、賊徒は吟味して選んだ若い娘をひとりひとりとその馬車に載せているようだった。

 

 さっきの賊徒の指揮官がなにかを叫んだ。

 彼らの動きは素早かった。

 残った賊徒でさっと楯を並べて、その隙間から剣や槍を突き出してくる。

 その後ろでは素早く馬に乗り込もうとしている集団もいる。

 戦いに馴れた者たちの動きだと思った。

 

 沙那は孫空女を追い越して駆けた。

 横の建物の壁を利用して、楯を並べる男たちの頭上を跳躍した。

 降り立ったときには、もう、数名を斬り倒している。

 

 沙那を包むように賊徒たちが群がった。

 孫空女のように殺さないで無力化する技はない。

 沙那は剣を振り回して、ひとりひとり致命傷を与えていく。

 

 横目で孫空女が正面から楯ごと賊徒を『如意棒』で吹っ飛ばすのが見えた。

 沙那と孫空女の周りで、次々と男が倒れていく。

 沙那と孫空女を侮っていた賊徒たちが色めき立つのがわかった。

 すでに半分は倒れている。

 

「馬で踏みつぶせ──。矢だ。遠巻きにして、矢で射殺せ──」

 

 ひとりが叫んだ。

 その男がさっきから指図をしていたのを思い出した。

 沙那はその男の懐に飛び込む。

 

 男の顔に恐怖の色が走るのがわかった。

 次の瞬間、その指揮官の首は胴から離れた。

 

「かかっておいでよ──」

 

 飛んできた矢を『如意棒』を風車のように回して避けていた孫空女が道の真ん中で叫んだ。

 孫空女の視線の先を追った。

 まとまった騎馬が孫空女を踏み潰そうと集まっている。

 

 地響きを感じた。

 やって来る──。

 

 孫空女が、向かってくる馬群の前に立ちはだかった。

 沙那は道端に跳び馬群を避けた。

 跳びながら、数十騎の騎馬が立ちはだかる孫空女とぶつかるのが、かろうじて見えた。

 

 孫空女を踏みつぶそうとした先頭の馬が孫空女から脛を叩き潰されて前に倒れる。

 残りの騎馬はそれに巻き込まれて、どんどん重なっていく。

 

 沙那は起きあがって剣を構えた。

 しかし、指揮官を失い、かなりの騎馬をやられたことで彼らは自分たちの不利を悟り始めたようだ。

 残っていた賊徒の一部が馬で逃げ出した。

 すると賊徒の全員が逃げ始める。

 馬車も女も置き去りだ。

 全部で二十人くらいは倒しただろうか。

 沙那は返り血で汚れていたが、孫空女はきれいなものだ。

 倒れている賊徒の三分の一は斬られて死んでいて、これは沙那がやったものだ。

 残りは孫空女だがすべては死んではいないと思う。

 ただ、いまのところぴくりとも動かない。

 

 沙那は捕らわれて連れ去りかけていた女たちの拘束を次々に解き放った。

 女たちはお互いに抱き合って泣いているたけだ。

 馬車に載せられていた女たちも降りてきた。

 馬車に載せられていたのは数名だった。

 

「沙那、こっちに──」

 

 少し先の辻から孫空女の悲鳴のような叫びが聞こえた。

 沙那たちが泊まってる宿屋の方向だ。

 

 沙那は駆けていった。

 悲鳴こそあげなかったが、そこにあった光景に動転した。

 宿屋は明らかに襲撃を受けた痕跡があった。

 宿屋の入口は壊されて、内部の食堂は破壊された調度品が散乱している。

 見たところ倒れている人間は見当たらない。

 

 ここには宝玄仙と朱姫と香蛾が残っていたはずだ。

 彼女たちはどうなったのか……?

 

 孫空女がなにかを見つけたのか、宿屋の中に飛び込んだ。

 沙那もついていく。

 孫空女が食堂の隅で『如意棒』を床に向けて構えている。

 そこは床が壊れて小さな穴が開いていた。

 孫空女が『如意棒』の先をその穴の縁に引っかけて、穴を拡大した。

 

「朱姫──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「そ、孫姉さん……、沙那姉さん……」

 

 破れた床下には、全身に刃傷を負っている朱姫がいた。

 どうやら、そこに隠れていたようだ。

 

「お、お前、大丈夫かよ?」

 

 孫空女が朱姫を床下から引き出した。

 

「た、大したことはありません……。あちこち斬られましたけど……。道術で少しずつ自分で治療していましたし……。もう、傷は塞がってます……。そ、それよりも、ご主人様と香蛾さんが……」

 

 床に座らせた朱姫は、確かに全身が刃物で斬られて服はずたぼろだった。

 ほとんど裸にぼろ布をまとっているような状態であり、裸身が露出している。

 露出している部分からは朱姫の負った傷が見え、血が肌にこびりついていて、かなりの出血があったことが知れる。

 大した傷じゃないどころじゃない。

 大変な大怪我だ。

 

 ただ、確かに傷は塞がっていた。

 朱姫も宝玄仙ほどではないが、少しずつ『治療術』の腕もあがっているのだ。

 だが、よくもこれだけ斬られて元気でいられるものだ。

 これだけ斬られれば、道術で治療をし続けていなければ、もしかしたら出血で死んでいたかもしれないと思った。

 

 一体全体なにがあったんだろう……?

 沙那は少し以前から普段は黒いマントを羽織っていたが、それで朱姫の身体を包んだ。

 

「さっきの連中に斬られたのね、朱姫?」

 

 沙那は孫空女に抱きかかえられている朱姫の前にしゃがみ込むと訊ねた。

 

「は、はい……。ご、ご主人様と……香蛾さんが捕えられて……、その後、すぐに……あ、あたしも捕えられそうになって……、抵抗したら……滅茶苦茶に斬られて……。『獣人』で抵抗することも考えたんですけど……。それでも、ご主人様を助けられそうにはなかったし……、それよりも、沙那姉さんと孫姉さんたちに……なにがあったのかを伝えないといけないと思って……。それで、なんとか道術で床を壊して、その中に潜りこんで……」

 

 傷は塞がっているが、出血が激しかったせいか朱姫はかなり衰弱しているようだ。

 

「朱姫、ご主人様はどうしたのさ──? 苦しいと思うけど、頑張って教えてよ」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「も、もちろんです……」

 

 朱姫は語り始めた。

 それによれば、盗賊団は突然にやってきて、この周辺でいきなり女狩りを始めたらしい。

 町のこの一画を中心に、騎馬でやってきた賊徒たちが、次々に建物を物色しては、若い女を発見するや、さっき沙那と孫空女が暴れた辻に作った連中の拠点に集め出したようだ。

 そこでさらに物色して、この町で奪った馬車に載せて、賊徒の砦に運ぼうとしていたらしい。

 

「まず……、香蛾さんが捕まってしまったんです……。そ、そのう……。昨日の沙那姉さんと孫姉さんと同じような恰好で、ひとりで歩いてもらっていたら、突然やって来たあの賊徒の騎馬隊にあっという間に埋もれてしまって……」

 

 朱姫はばつの悪そうな顔で言った。

 沙那は嘆息した。

 

 宝玄仙に強要されて死ぬほど恥ずかしい思いをしたあれを香蛾にもやらせていたのだ……。

 それをよりにもよって、そこに賊徒団が女狩りをしにやってきてしまったのだ……。

 

「でも、なんで、ご主人様まで捕まったんだい……?」

 

 孫空女が当惑顔で言った。

 

「もちろん、香蛾さんを取り戻そうとしたからです。でも、沙那姉さんも孫姉さんもいなかったし、わたしもご主人様も道術には対抗できるんですけど、剣や槍には対抗できないし……。そのうちに、ご主人様も囲まれてしまって……」

 

 朱姫の言っている意味はわかる。

 道術は原則として霊気を帯びていない普通の人間には効かないのだ。

 だから、宝玄仙には直接的に人間である賊徒たちに対抗できる手段がなく、浚われた香蛾を取り戻せなかったのだ……。

 しかし、まったく対抗できる手段がないというわけじゃない。

 霊気を帯びていない人間に霊気をかけるために、香蛾にやったようにあらかじめ道術紋を刻むか、あるいは、結界を刻んで霊気の吹き溜まりの空間を限定的に作るなどの方法だ。さらにほかにも手段はある。

 

 朱姫の『獣人』という道術もある。

 しかし、朱姫のこの道術は獣人でいられる時間が短すぎる。

 その道術を遣っても、自分の身体を瞬間だけ護ることはできるが、香蛾を取り戻すというようなことはできなかったろう。

 だがら、朱姫はそれを遣わなかったのだ。

 『獣人』の道術を遣えば、朱姫は数日間は道術が遣えなくなる。

 むしろその弊害が大きい。

 

 それとも、多少の時間はかかるが、なにかの地物等を霊具化して、それを遣うという手もある。

 そのいずれの手段も宝玄仙は使わずに、宝玄仙は賊徒の虜囚になったということか……。

 

 つまり、香蛾が最初に捕らえられても、宝玄仙には身を護る道術はあるのだ。

 まず、自分自身を結界で囲める。

 しかし、宝玄仙はそれをせずに、賊徒に囲まれてしまって、自ら虜囚になることを選んだということになるのだが……。

 

「香蛾さんは、あんな恰好をしていたし、美人だったので、すぐに馬車に載せられたんです──。ご主人様は、賊徒から逃げようと思えば、逃げられたんですけど、香蛾さんをひとりだけ連れていかせるわけにはいかないからと、自分で馬車に乗り込まれました。それとあたしには、絶対に捕まるなとも……」

 

 そして、宝玄仙と香蛾を含めた捕らえられた七、八人の若い女たちを乗せた馬車は、襲撃してきた賊徒の主力とともにすぐに立ち去ったらしい。

 それが、沙那が町に戻ったときに遠目で見た馬車と馬群だったのだろう。

 

「それであたしは、命令に従って逃げたんですけど……。だけど、よくわからないんですが、まだ一部は残って女狩りをもう少し続けようということになったみたいです。それで、その連中に見つかっちゃって……、しかも捕えられそうになって……。抵抗したら、連中はあたしを殺そうとしたんです。あいつらは、逆らう者は全部殺すんです。誰であろうとも……。なんとか、床下に隠れることには成功したんですが……」

 

 とにかく、斬られながらも隠れることになんとか朱姫は成功し、その直後に沙那と孫空女が町に戻ったのだ。

 沙那たちが戦って蹴散らしたのは、その残っていた連中だったようだ。

 

「それから、ご主人様は、あたしにおふたりに伝言を残されました……」

 

 朱姫が言った。

 

「伝言?」

 

 孫空女だ。

 

「そのまま伝えますね。ご主人様はこう言われました──。ちょっと遊びに行ってくるから、沙那と孫空女にすぐに迎えに来いと必ず伝えな。夕方までに来なければ罰だから……。そう言われました──」

 

 朱姫は言った。

 

「罰ねえ……」

 

 孫空女は嘆息した。

 そして、外を見た。

 

「……もう(ひる)はすぎたね」

 

 孫空女が苦笑して言った。

 

「時間もないというわけね。じゃあ、行くしかないわね。連中の根城はだいたいわかるわ。勢力は二百人ほどね。ただの盗賊団じゃないわ。軍同様に統制された精鋭が二百人……」

 

 沙那は首をすくめた。

 

「でも、行くしかないよ。ぼやぼやしてたら、本当にご主人様の罰があるよ。あたしは、二百人の盗賊団よりも、ご主人様の罰が怖いよ」

 

「まったくよね」

 

 沙那は笑った。

 しかし、そのとき、宿屋の前を大勢の人間が囲む気配があった。

 顔をあげると、老人がそこにいた。

 老人の背後には十数人の剣や棒などの武器を構えた男たちがいる。この町の住人のようだ。

 

「賊徒をやっつけたのはお前たちじゃな……。わしは、この町の長老じゃ」

 

 老人は言った。老人は厳しい表情をしていた。

 

「とりあえず、賊は去ったよ。安心しなよ……」

 

 孫空女がそう言って、朱姫を背負って立ちあがって、宿屋の出口に向かおうとした。

 これから、宝玄仙の命令に従い、賊徒の砦を襲撃しなければならないのだ。

 

 この三人で……。

 沙那も孫空女に続く。

 まだ賊徒たちが残した馬があるはずだ。

 それを使えばかなり速い。

 なんとか夕方前には砦には辿りつくだろう。

 

 それからどうなるかはわからない。

 こうなったら策もなにもない。

 ただ、正面から突撃するだけだ。

 しかし、宿屋を出たところで、長老に命じられた町の住人たちが武器を構えて行く手を阻んだ。

 

「質問に答えんか? 賊徒をやっつけたのはお前たちなのかと訊いておるじゃろう?」

 

 長老が武器を構える男たちの背後に隠れながら言った。

 

「そうだよ。面倒だからいまは礼はいいよ……。あたしらは、ちょっと行かないといけないんだ。前を開けておくれよ」

 

 孫空女が面倒くさそうに言った。

 

「なにが礼じゃ。冗談ではないわ……。なんということをしてくれたのじゃ。賊徒をあれほどに殺してしまうとは……。こうなっては、お前たちを捕らえて、連中に差し出すしかない。さもないと、この町は全滅じゃ」

 

「な、なにを言ってるんだよ──。連中は逃げただろう──」

 

「連中はまたやってくる。そして、この町を皆殺しにする。連中は残酷じゃ。それをわしらはよくわかっておる。そのままにさせておけば、若い女を十人ほど連れていくだけで満足して立ち去ったのじゃ。それを一部を殺して追い払ってしまうとは……」

 

 長老はこっちを睨みつけている。

 

「あ、あんた、なに言ってるんだよ? じゃあ、あのまま、町の娘が浚われても構わなかったと言ってんの……? ああ、もう面倒くさい──。沙那、ちょっと交替して──」

 

 孫空女が言った。

 沙那は孫空女の前に出て、長老と正対した。

 

「どういうことなのですか、長老? あなたがこの町の代表だとしても、いまの言葉は町の住人の全員の言葉なのですか?」

 

「権白狼の盗賊団に逆らえば、町の全員が殺される。だから、連中が欲しがるものは、黙って差し出す……。それが町の取り決めじゃ。お前たちはそれを破ったのじゃ──。このままでは、この町は全滅じゃ。権白狼の盗賊団には逆らってはならんのじゃ。逆らえば、執念深く連中はやってきて、町を焼き払い、住民を殺し、生き残った者は奴隷として売ってしまう。それがたった、十人ほどの女で済むのなら……」

 

「馬鹿じゃないの──。この町の人間は何千人いるのよ──? 自警団を作って戦いなさいよ──」

 

 沙那はかっとして言った。

 

「自警団を作っても連中にはかなわん。逆らえば、ことごとく皆殺しじゃ。逆らった町や村を連中が残酷に全滅させるのをわしらはよく知っておる。お前たちは、この町を全滅させるようなことをしたのじゃ……。こうなれば、お前たちを捕らえて、盗賊団に差し出す。賊徒を殺したのも、わしらじゃなく、お前たちのせいだと言って釈明する。それしかない」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。連中が娘たちを浚うのをわたしたちは阻止したのよ。そのわたしたちをあんたらは、捕えようというの──?」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「それほどのことをしたのじゃ。お前たちは……」

 

 長老は暗い顔で首を横に振った。

 これはもう話にならないという感じだ……。

 

「こいつらは奴隷女だ。昨日、こいつらが破廉恥な恰好で、この宿屋の前に立っていたのを俺は見たぜ──」

 

 沙那たちに武器を構えている男たちの誰かが叫んだ。

 

「それがどうしたのさ──。お前、前に来な。睾丸握り潰してやるよ──」

 

 朱姫を背負っている孫空女がもの凄い剣幕で言った。

 一瞬、周囲が鎮まりかえった。

 

「町の男たちが殺されているのを見たわ。それでも、あいつらを許すの?」

 

 沙那は言った。

 この町に戻ったとき、あの辻に辿り着くまでに、ところどころで死んでいる町の男を見た。

 あれは、賊徒がやったに違いないのだ。

 

「ふん……。あれは、自分の家の娘や嫁が奪われるからと抵抗した者たちじゃ。賊徒に逆らうなど、どうしようもない連中じゃ──」

 

 長老は吐き捨てた。

 こうまで言われたら当惑してしまう。

 賊徒を追い払ったのは、無駄どころか、迷惑でしかなかったというのだ。

 それで、賊徒を追い払って、(さら)われそうだった娘たちを助けた酬いとして、沙那たちを捕らえて盗賊団に差し出そうということらしい。

 沙那は怒るよりも呆れてしまった。

 

「そ、その荷駄馬車は、長老のですよね……?」

 

 いままで孫空女の背で黙っていた朱姫が言った。

 沙那たちを囲んでいる男たちの後方には、通りに停められた小さな荷駄馬車がある。

 おそらく、この長老が乗ってきたものだろう。

 

「そうじゃが?」

 

 長老がいぶかしげな表情を見せた。

 朱姫が手を伸ばしてその荷駄馬車を指さした。

 

 次の瞬間、大音響とともに馬車が砕けて炎があがった。

 眼の前で武器を構えて沙那たちを囲んでいた男たちが恐慌に包まれる。

 

「あたしは、道術遣いです。それに、この女ふたりは、たったふたりで数十人の賊徒を追い払うくらいの女傑です──。賊徒と戦うこともしないで、町の娘が浚われるのに任せるような意気地なしたちがかなうような者じゃありません。あんたらにあたしらを捕らえることなんかできるわけがないんです──。わかったら、道を開けなさい──。さもないと……」

 

 朱姫がそう言って、今度は指を武器を構える男たちに向けた。

 男たちが悲鳴をあげて、さっと道を開いた。

 いまのは沙那が長老と会話をしているあいだに、荷駄馬車を霊具化して、朱姫の道術が及ぶようにしていたに違いない。

 それで朱姫が道術で荷駄馬車を派手に破壊してみせたのだろう。

 だが、本当は、いまは武器を構える町の男たちに朱姫の道術を及ぼさせる手段はない。

 しかし、そんな道術の原則は彼らにはわからないだろう。

 朱姫に脅されて、男たちは急いで逃げようとしはじめた。

 

「ま、待て、こいつらを行かせてはならん──。町が全滅する──」

 

 長老が叫んだ。

 沙那は剣を抜いて、長老の喉に剣先を突きつけた。

 

「ひいいっ──」

 

 長老が蒼くなって、その場に腰を抜かした。

 

「あんたのたわ言は耳障りよ。もう喋るのはやめなさい──。それよりも、まだ、賊徒に浚われそうだった娘たちは抱き合って泣いているじゃないの。彼女たちの面倒を看なさいよ。長老なら──」

 

 沙那は長老に剣を突きつけながら叫んだ。

 

「あ、あれは、賊徒たちが浚おうとした娘たちじゃ……。あの中から何人かを選んで、お前たちと一緒に賊徒に差し出す。それで盗賊団たちはわしを許してくれるはずじゃ……」

 

「ほざきなさい──」

 

 沙那はかっとして剣を振りおろした。

 剣は、長老の身体の寸前を掠めて、股間の直前の地面に突き刺さる。

 

「ひえええっ」

 

 長老は真っ蒼になって悲鳴をあげた。

 ふと見ると長老の下袴が濡れだして、その染みがどんどん大きくなる。

 どうやら失禁したようだ。

 

「わたしたちは、ちょっと出かけて来るわ……。それまで宿屋に置いたままの荷はそのままにしておくのよ。もしも、誰かが手をつけたり、少しでも持ち去ったりしてたら、ほかの誰でもない。あんたを殺すわよ、長老──」

 

 沙那はそう言って剣を鞘に収めた。

 それからもう長老は見なかった。

 そのまま、賊徒が残した馬がいる辻に向かう。

 

「あんたが、あんな啖呵が切れるとは驚いたわ、朱姫」

 

 辻で適当な馬を二頭捕えたところで、沙那はまだ孫空女に背負われている朱姫に言った。

 

「沙那姉さんほどじゃないですよ。あの長老、泣いてましたよ。可哀そうに……」

 

 朱姫が苦笑している。

 

「さて、じゃあ、行こうよ──。三人で盗賊団の砦を襲撃だ。遅れても、失敗しても、ご主人様の罰だよ。頑張ろう──」

 

 朱姫を馬に載せ、その後ろに跨った孫空女が手綱を捌きながら陽気に言った。

 遅れるのはともかく、失敗すれば宝玄仙の罰どころか、盗賊団に殺されて死ぬだけだろう。

 

 沙那もひらりと馬に跨る。

 そして、沙那は孫空女への返事の代わりに、馬の腹を軽く蹴って馬に合図をした。

 馬が駆けだす。

 

 すぐに後方から孫空女の操る馬が追ってくるのがわかった。



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412 剃毛の余興

「将校用の性奴隷は、病気になったらすぐに気づかせるように、前の茂みは剃り落とすのが決まりだ。さっそくだが、そこに横になって、股を拡げな、奴隷」

 

 にやにやと笑いながら賊徒の兵のひとりが言った。

 

「し、茂み……?」

 

 はっとして水晶(すいしょう)は身体を竦めて、裸身を隠していた両腕に力を入れる。

 だが、すぐに諦めて全身の力を抜いた。

 

 昨日、ここの賊徒たちの将校に輪姦された盗賊団の砦の集会場だ。

 午前中のうちに、この集会場を連れ出されて、将校用の兵舎の地下にある牢舎に入れられた水晶だったが、数刻後、再び賊徒の兵がふたりがやってきてここに連れ戻されたのだ。

 おそらく、もうすぐ夕刻くらいの時刻だと思う。

 その賊徒ふたりは、自分たちは将校用の性奴隷の監視兵だと言い、水晶が再び牢舎から出される理由は、頭領の権白狼(ごんばくろう)の呼び出しということだった。

 

 そして、大勢の賊徒が訓練をしている砦の広場を再び素っ裸で引き立てられた。

 広場の真ん中にある集会場では、権白狼が卓に食べ物を置かせて、ひとりで食事をしていた。

 その権白狼に言われたのは、もうすぐ新しい性奴隷がやって来るから、ここで待てということだった。

 そう言えば、賊徒たちは昨日の宴で、以前からいた性奴隷や水晶の仲間たちを抱き潰してしまい、今日は一隊がどこかに向かって、新しい女奴隷を狩りに行っていると教えられていたことを思い出した。

 その女たちがここに来るのだろう……。

 

 そして、ここでただ待つのも時間がもったいないから、ついでに股間の恥毛を剃りあげてしまえと、いま言われたのだ。

 水晶はびっくりしてしまった。

 

 だが、すぐに心を閉じる。

 ここでは、なにをされても仕方がないこの世の地獄なのだ。

 婚約者の目の前で犯され、その雷雲(らいうん)も無惨な姿にされた。

 一緒に捕らえられた女たちが生きながら焼かれるのも見た。

 これから水晶がどれくらい生かされるのかわからないが、もう水晶の望みは早く死ぬときがきて、心が楽になることだけだ。

 

 首に装着された首輪は、水晶から自殺の意思を奪うらしいが、もしも、可能であれば、婚約者の自分を他人に汚される屈辱を与えられた雷雲のためにも、水晶はすでに自殺をしていただろう。 それができないいまは、ただただ心を石にして、なにも考えない自分を作るだけだ……。

 

「早くしねえか、水晶――」

 

 権白狼が皿に載った羊の肉を口に入れながら言った。

 水晶は諦めて集会場の床に横になった。

 だが、これから賊徒たちの手によって、股間を剃りあげらるのだ。

 そう思うと、その屈辱と羞恥に全身がかっと熱くなる。

 

 横になった水晶の足元に屈んだのは、水晶をここまで連れてきたふたり賊徒の兵だ。

 どうやら、このふたりが水晶の股間の毛を剃るらしい。

 卑猥な笑みを浮かべた兵ふたりが、盆に載せた剃刀二本と金盆に入ったぬるま湯を水晶の足側に引き寄せる。

 

「膝を曲げるんだ。そして、大きく股を開きな」

 

「そうだぜ。そんな情けない顔をするもんじゃないぜ。一人前の性奴隷になるための儀式みたいなもんだ」

 

「そうだなり聞いたところによると、お前さんは、さっそく、昨日のうちに将校殿たち全員に犯されたらしいじゃねえか……。まあ、いつか、俺たち用の女になったときに、病気だったんじゃあ困るからな。俺たちがしっかりと毎日点検してやるぜ……」

 

「俺たちは将校用性奴隷の監視係だ。俺たちに任せておきな。お前がおかしな性病にならないようにしっかりと管理してやるからな」

 

「そういうことだぜ。毎朝、女陰の中から尻の穴の奥までしっかりと点検してやるからからな。秘所を覗き込まれるくらいで、そんなに怯えてたら神経が何本あっても足りやしねえよ」

 

 ふたりの兵が代わる代わるからかって水晶を冷やかす。

 その卑猥な口調によって、水晶の身体に耐えようのない悪寒が走り、思わず横たえている内腿に力が入った。

 昨夜、さんざんにここで犯されて、もうどうでもいいと覚悟をしていたのに、女の恥毛を無惨にも剃り取ろうとする冷酷な行為は、どうしても全身の筋肉を緊張で強張らせてしまう。

 

「こらっ――、水晶、てめえは手間かけさせるつもりか――。仕方ねえ。おい、お前たち――。水晶をその柱に立ち縛りにして股を拡げてしまえ」

 

 兵ふたりが水晶を躾けるのを椅子に座って見守っていた権白狼が、床を大きく踏み鳴らして怒鳴った。

 命じられた兵ふたりが陽気な声をあげて、横になっていた水晶の身体に掴みかかった。

 水晶は悲鳴をあげた。

 

「か、勘忍してください――。あ、脚を開きます……。逆らいません……。だから、縄で括るのはもう勘忍してください……」

 

 水晶は慌てて叫んだが、兵たちが構わず水晶を抱え起こす。

 集会場の真ん中には、太い丸太が柱になっている。

 水晶はその柱を背にして押しつけられた。

 両腕を柱の後ろに回して縛られる。

 さらに胴体と柱をしっかりと縄で雁字搦めにされた。

 

「ああっ……」

 

 素っ裸の身体を拘束される情けなさに思わず声が出てしまう。

 ついに身体はまったく身動きできないくらいに柱に拘束されてしまった。

 

「さてと、じゃあ、あんよを開いてもらうかな……」

 

 水晶の足元にうずくまった兵が水晶の両足首に縄を掛ける。

 それをぐいと後ろ側に引っぱられた。

 両足首も手首と同じように柱の後ろ側で束ねて縛られる。

 

「あっ」

 

 脚が支えを失って体重が前にかかる。

 しかし、胴体にかかっている縄が倒れるのを阻み、水晶の身体はぐいと前方に開いた股間を前に出すようなかたちになった。

 

「じゃあ、さっそく、始めるか……」

 

 剃毛の道具一式を載せた盆を兵のひとりが水晶の足元に持ってきた。

 ひとりが湯に浸した水刷毛で水晶の股間をそっと撫ぜあげた。

 

「あ、あはあっ……ま、待って……」

 

 刷毛の感触に耐えようのない嫌悪感と妖しい疼きが股間から迸り、水晶は髪を振り乱して全身を揺さぶった。

 そんな水晶の反応が面白いのか、水晶の股間の前にしゃがんだふたりの兵は、代わる代わるに水刷毛で水晶の股間を掃く。

 しかも、恥毛だけではなく、敏感な肉芽や女陰の襞をくすぐるように刷毛を動かしてくるのだ。

 その刺激で水晶はどうしてもあられのない声を迸らせてしまう。

 

「こらっ、あんまり腰を動かすんじゃねえ。仕事がやり難いじゃねえか――」

 

 水刷毛を操っている男がげらげらと笑いながら言った。

 そして、今度は恥毛ではなく、肉芽そのものに刷毛をこちょこちょと動かした。

 

「だ、だめえぇ――」

 

 水晶は激しい官能の疼きに襲われて大きく身悶えた。

 

「こりゃあ、どうにもならねえや。おい、お前、ちょっと押さえてくれよ。こんなにがたがた腰を動かされると仕事になりゃあしねえや」

 

 ひとりが笑いながらそう言って水刷毛を剃刀に持ち替えた。

 するともうひとりの男が、途中で交替しろよとか言いながら、水晶の内腿に手を置いて割れ目が開くように手をかける。

 

「あ、ああっ……」

 

 太腿に手をかけられて動きを封じられた水晶は、思わず声をあげてしまった。

 ついに冷たい剃刀の刃が肌に触れた。

 

「ひうっ……」

 

 剃刀が動き、ぞろりとまとまった毛が剃られた。

 水晶は、込みあがったものに耐えられずに、喰い縛った歯の間から呻き声も洩らした。

 

「いまは、まだ性奴隷になったことを受け入れられねえかもしれねえが、ここが丸坊主になれば、すっかりと奴隷になった気になれると思うぜ……。へへへ……。まあ、とにかく、これからはよろしくな、水晶」

 

 剃刀を動かしている兵が水晶の顔を見あげながら笑った。

 

「おう、やっているな――」

 

 不意に集会場の入口ががらりと開いた。

 水晶は顔をあげて、声の方向に視線を送る。

 次の瞬間、水晶は自分の顔からさっと血が引くのがわかった。

 入ってきたのは(しゅう)だった。

 それだけでなく、手足を切断されて犬のような姿になっている雷雲の首輪に鎖を繋げて、この部屋に連れてきたのだ。

 

「頭領、水晶をなぶるときは、この雷雲もその光景を聞かせるという決まりじゃなかったんですかい? こいつ、恋人に置き去りにされて、地下牢の廊下で寂しそうにしてましたぜ」

 

 秀が言った。

 

「そう言えばそうだったな……。忘れていたぜ……。そこに繋げときな――。おい、雷雲、いまは、お前の婚約者の股ぐらを剃りあげているところだ。ここの奴隷女の掟でな……。その後、もうすぐやってくる新しい奴隷女と一緒に、またここで犯すんだが、そこで見物していけ……。いや、その眼は俺たちが潰したんだったな。じゃあ、聞いていけ」

 

 権白狼が雷雲に向かって大笑いする。

 雷雲の顔が悔しさに歪むのが水晶にはわかった。

 雷雲は決して力の弱い道術遣いではなかった。

 しかし、気を失っている間に、霊気の根源である視力を潰され、道術を遣えなくされたのだ。

 それで、ここで水晶とともに性的いたぶりを受けるという仕打ちだけじゃなく、手足を短く切断されて、さらに喋れないように舌を斬られるという虐待を受けたのだ。

 しかも、雷雲も水晶と同じように自殺防止の首輪を嵌められ、その首輪に鎖をつけられて犬のように引っ張りまわされている。

 

 もう、自分のことはいい。

 だが、雷雲の前で水晶がいたぶられることで、雷雲がさらに惨めな思いになるのは耐えられない。

 

「ら、雷雲殿……。お、お願いでございます……。どんなことでもいたしますし、もう、逆らいませんから、雷雲殿の前でなぶるのだけはお許しください……」

 

 水晶は哀願した。

 

「それはできねえな、水晶。この男は昨日の襲撃のときに散々に俺たちに歯向かって大勢の俺の部下を殺しやがったんだ。だから、簡単には殺さず、生まれたのを後悔するくらいの恥辱と屈辱を与えてやろうと決めているのだ。てめえの婚約者が他人に犯されてなぶり尽くされるのは、おそらく自分が痛めつけられるよりも悔しいはずだ。だからこうやってそれを聞かせてやるのさ」

 

 権白狼が大きな声で笑った。

 自分の存在が雷雲を辱しめることに使われる。

 そのことで、激しく込みあがった感情に耐えられなくてわっと泣き出した。

 すると声を奪われて言葉を喋れない雷雲が吠えるような声をあげた。

 

「うるせえんだよ、この犬野郎――」

 

 するといきなり秀が雷雲の無防備な腹を力いっぱい蹴りあげた。

 

「あっ、雷雲殿――」

 

 水晶は悲鳴をあげた。

 

「はがああぁ――」

 

 身体が宙に浮かぶ程の秀の蹴りを腹に受けた雷雲が、短い四肢の身体を空中で一回転させて、背中から床に落ちる。

 その股間を今度は秀が思い切り蹴りあげた。

 太股の半分から下の部分を切断されている雷雲には、秀の股間への蹴りを避ける手段がない。

 まともに秀の凄まじい蹴りが雷雲の股に食い込む。

 

「ほごおおぉ――」

 

 雷雲の顔が真っ赤になり、口から泡のようなものを噴き出した。

 そして、白眼を剥いて脱力する。

 

 しかし、その雷雲を秀が、股間といわず、腹といわず、その全身を狂ったように蹴りあげては踏みつけ続ける。

 首輪の鎖で遠くに逃げられない雷雲は、その秀の凄まじい蹴りの攻撃を受け続けるしかない。

 雷雲は、ただ悲鳴をあげながら、身体を丸めるだけだ。

 手足のない雷雲に容赦のない秀の蹴りが喰い込み続ける。

 

「や、やめてください――。雷雲殿を蹴らないで――。わたしを蹴ってください――」

 

 水晶は必死で懇願した。

 このままでは、雷雲が死んでしまう――。

 するとやっと秀が雷雲を蹴るのをやめた。

 秀は蹴り疲れで肩で息をしている。

 雷雲は短くなった四肢を床に横たえてぐったりとしている。

 

「ふん――。お前の元婚約者に免じて、これで許してやるぜ……。痛い目に遭いたくなったから、これからは勝手に喚くんじゃねえ。女の悲鳴はともかく、男の悲鳴は耳障りだ。ほら、立てよ。立たねえと、この蹴りをお前じゃなくて、あの女に食らわせるぞ」

 

 雷雲はよろけながらも、懸命に四つん這いの姿勢に戻した。

 すると秀が、起きあがった雷雲の横顔に今度は思い切り回し蹴りを浴びせた。

 

「はばあっ」

 

 眼の見えない雷雲は、その顔面への蹴りを全く避けられない。

 雷雲の身体は横倒しに倒れて、血の塊とともに口から歯が数本飛び出した。

 

「雷雲殿――」

 

 水晶は絶叫した。

 仰向けになった雷雲は短い手足を投げ出したような状態で動かなくなった。

 

「そうだ……。雷雲、お前の股間の陰毛も剃りあげてやろう……。婚約者だけが剃られるなんていうのは不公平だからな――。おい、剃刀を一本貸せ――」

 

 狂気のように雷雲を蹴っていた秀は、突然にそう言って水晶の前にいた兵に剃刀の湯の入った金桶を持ってこさせた。

 そして、水刷毛で雷雲の股間を濡らすと剃刀を当てる。

 

「動くんじゃねえぞ、雷雲。まあ、抵抗して、その肉棒がすっぱりと無くなろうが、俺は構わないがな……。どれ、動いてみろよ。口惜しいかい……? てめえの陰毛を剃ってんだぜ――。昨日、お前たちを俺たちが襲撃したとき、お前が反撃して殺した連中には、俺の親友もいたんだ――。生半可なことじゃあ、殺してなんかやらねえからな。たっぷりと生き残ったことを後悔させ続けてやるぜ」

 

 秀がそう言って雷雲の股間に剃刀を動かす。

 雷雲はもう半分意識がないのか、それとも、その気力がないのか、小さな呻き声のようなものをあげるだけで、仰向けの身体をそのままにして、秀のなすがままに任せている。

 

「ほらっ、じゃあ、こっちも再開するか……。向こうに気をとられている暇はねえぞ、水晶」

 

 水晶の前の兵がそう言い、また水晶の股間を剃毛する作業に戻る。

 

「こりゃあ、いい光景だぜ――。たった昨日までは、婚儀を間近に控えた幸せな婚約者同士のふたりが、一夜明けりゃあ、賊徒に捕まって揃って陰毛を剃られるとはなあ。こりゃあ、なんともとんでもない目に遭っているものだ――」

 

 なにがおかしいのか権白狼が、肉を食べながら声をあげて笑った。

 やがて、水晶の股間はすっかりと翳りをなくした状態になり、もう最後の仕上げの段階になった。

 もうほとんどの恥毛はなくなり、ほんのわずかに中心に残るだけだが、それも淫靡に動く剃刀でたちまちに剃りあげられていく。

 

「さあ、できたぜ……どれ、割れ目がはっきりと顔を出した股間を頭領に見てもらいな」

 

 ついに、水晶の股間は跡形もなく剃りあげられた。

 ふたりの兵がさっと身体を移動して、水晶の前からどいた。

 

「こっちも終わりだ――。さあ、頭領、見てくれ」

 

 秀もそう言って雷雲の股間の前から身体を避けた。

 

「毛が一本もない女の股間というのはいつ見てもいいものだな。それに比べれば、毛のない男の股ぐらというのはなんだか気味が悪いぜ――。童子の珍棒ならともかく、立派な大人の道具にあるべきものがないんじゃあ……」

 

 権白狼が水晶と雷雲の股間を交互に見比べながら言った。

 雷雲の口から漏れ出るような嗚咽が始まった。

 水晶もまた込みあがったものがやってきて、啼泣してしまう。

 

「ほらっ、てめえが陰気に泣くから、女に感染したじゃねえか。それでも男かい――。しっかりしやがれ」

 

 秀が雷雲の身体を押さえつけて、雷雲の睾丸と肉棒を嫌がらせのように弄くりだした。

 雷雲が激しく悶えだす。

 水晶は、それ以上その可哀そうな光景を見ていられなくて眼を逸らした。

 

 すると突然、集会場の外の広場から大きな喧騒が聞こえ出した。

 たくさんの騎馬が外の広場にやってきたような気配がする。

 馬車の音もする。

 賊徒たちの声に混じって、女の泣き声もするようだ。

 もしかしたら、女狩りに行っていた一団が戻ったのだろうか……?

 

 しばらくしてから、また集会場の戸が開き、兵に囲まれた女がふたり入ってきた。

 ふたりとも背中側で手首を縛られている。

 首には水晶や雷雲がしているような例の自殺防止の首輪が嵌められていて、その周囲を十数名の賊徒たちが連行しているのだ。

 

「ほう、これが新しい女奴隷か……。こりゃあ、この水晶に勝るとも劣らねえ美女じゃねえか……」

 

 権白狼が感嘆したように言って、椅子から立ちあがって女のいる方向に寄っていった。

 

「ほかにも何人か到着したんですけど、このふたりは別格の別嬪です、頭領。まあ、頭領も不服はないと思いますよ。ほかの女はこいつらに比べれば、見劣りするんで、そのまま兵用に回したいと思います」

 

 兵に指図をしてふたりを連れてきた男が言った。

 そいつも、夕べ水晶を犯した男の中に入っていた。

 この盗賊団の幹部のひとりだ。

 

「こいつは驚いた。あの町からは、いい女は奪い尽くしたと思っていたから、あまり期待もしちゃあいなかったがこいつは上玉だ。こんな女も残っていやがったのか」

 

 頭領の権白狼がそう言うのも無理はなかった。

 連行されてきたふたりの女は、女の水晶も驚くほどの美女だった。

 

 ひとりはまだ十五、六だろう。

 なぜかすでにほとんど全裸に近い前掛け一枚の姿で、しかも乳房の半分と股間の付け根までをかろうじて覆っている白い布一枚だ。

 もうひとりは、二十代半ばと思われるような黒髪の美女だ。

 こっちはきちんとした服を着ている。

 

 部屋にいた賊徒が新しくやってきた女たちの周りに集まった。

 いままで水晶の恥毛を剃っていた兵ふたりも同じだ。

 雷雲をからかって遊んでいた秀も雷雲の首の鎖を壁の留め具に結びつけると、そのふたりの女の前に興味深そうに歩み寄った。

 

「しかし、こりゃあなんでい? この娘がこんな破廉恥な服を着ているのは、今日、あの町に女狩りに行っていた連中の趣味か?」

 

 秀が娘のお尻に手を伸ばしながら言った。

 その娘が身に着けているのは、短い前掛け一枚であり、背後にはなんにも身に着けていない。

 秀の手が娘の臀部に触れると、娘は小さな悲鳴をあげて身をもがいた。

 

「いや、これは最初からこいつはこの格好だったんですよ、秀の兄貴……。どうやら、このふたりは旅の女だったみたいで――」

 

 女を連行してきた賊徒のひとりが言った。

 

「そりゃあ、運が悪かったな……。たまたま、旅で立ち寄った町で俺たちの奴隷狩りに遭ったというわけだ。それにしても、いい女だぜ」

 

 秀が逃げようとする娘の縄尻を掴んで縄を手繰り寄せるようにして、自分の手元に近づける。

 そして、娘の身体に手を伸ばして肌に触れようとした……。

 娘はさらに悲鳴をあげて、今度は黒髪の美女に向かって逃げた。

 

「汚ない手で香蛾(こうが)に触るんじゃないよ、三下」

 

 すると黒い髪の美女が突然に声をあげた。

 そのあまりにも堂々とした態度と声の強さに周囲の賊徒たちが静まり返った。

 秀も娘をからかおうとしていた手をとめる。

 

「いま、なんて言った、このあま」

 

 一瞬の間があり、はっとしたように秀が鋭い声をあげた。

 

「喚くんじゃないよ。うるさいねえ……。わたしの名は宝玄仙(ほうげんせん)だよ。あまなんて呼ばれたくないね」

 

 宝玄仙と名乗った女が言った。

 

「な、なにっ――? お前、自分の立場がわかっているのか? それとも、馬鹿か?」

 

 秀が声を荒げる。

 

「うるさいと言ってるだろう。近くで大きな声をあげるんじゃないよ。いちいち、喚かなくてもちゃんと聞こえているよ……。まあ、よく気が小さい男はすぐに大きな声を出すとも言うからねえ……」

 

「な、なんだとう」

 

 宝玄仙と名乗った女の煽り言葉に、秀が激昂して顔を真っ赤にする。

 

「そうだ。本当に気が小さいかどうか、点検してやるよ。気が小さい男は、道具も小さいだろうさ。お前、ちょっと下袴と下着をそこで脱いで、ちっちゃな、ちっちゃなちんぽこを見せてみな。人並みのものは持ってんのかい?」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 水晶は唖然としてしまった。



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413 魔女の降臨

「ちょっと下袴と下着をそこで脱いで、道具を見せてみな、お前。小さいかどうか点検してやるよ。もしも、人並みに近いくらいだったら、相手をしてやっていいけどね」

 

 宝玄仙は、わざとらしくげらげらと笑いながら言った。

 この粗野な男がただ乱暴なだけの小心者であることはひと目でわかった。

 これまでの人生で、屑のような男だけは数限りなく見てきた。

 だから、安物の男だけはすぐに見抜けるのだ。

 

 この男は屑だ。

 そして、この男のことを確か、周りの者は、(しゅう)と呼んでいたようだ。

 その秀がぎょっとしたように顔色を変える。

 しかし、すぐにはっとしたように大笑いをした。

 わざとらしいその笑いは、自分を大きく見せようという虚仮脅しだ。

 宝玄仙には、それがすぐにわかった。

 

「こりゃあ、気の強い女だぜ――。しかも、俺の一物を見せろときたものだ。見せたらどうするんだい、女? さっそく、おしゃぶりでもしてくれるのかい?」

 

「一人前に勃起しているならね。だけど、わたしの勘じゃあ、お前のような男のあれは、こういうときには道具が縮こまっちゃって役には立たないのさ。普通よりも小さくなったのをわざわざ大きくするなんて面倒だからね。だから、見せろと言っているんだよ」

 

 宝玄仙のその言葉に、周りからぷっと吹き出す声も聞こえた。

 すると、秀はますます頭に血がのぼったようになり、激しく喚きだした。

 

「と、頭領……。頭領がさんざんに味わってからで構わねえから、この女を俺に調教させてくれ――。ここまで虚仮にされてただでおくわけにはいかねえということは、わかってくれるでしょう? それに、俺はこういう強そうな女を屈辱で泣かせるのが三度の飯よりも好きなんだ。こんな女、こっぴどく躾をして、自分の立場をわからせてやる」

 

 秀が顔を赤くして叫んだ。

 

「まあ、がっつくなよ、秀――。お前はあの道術遣いの男の教育係になったんだろう……? なにもかも、ひとり占めはよくねえぜ……。なあ、頭領、ここは俺にやらせてくれよ」

 

 外で馬車から降ろされた女たちの中から、宝玄仙と香蛾(こうが)を選んでここに連れてきた責任者のような男が言った。

 

 この男に秀、そして、頭領と呼ばれる男――。

 

 とりあえず、この三人は、ほかの賊徒とは一線を画して威張っている。

 おそらく、この賊徒の一味では幹部級の男たちなのだろう。

 

 いずれにしても、たかが賊徒と侮っていたが、ここの賊徒は、階級区分もしっかりしているし、動きも機敏で規律も整っている。

 思った以上に精鋭かもしれない。

 

 沙那たちには、夕方までに襲撃に来いと命令を残したが、さすがにそれは無茶だったかもしれない。

 これ程の賊徒だとわかっていれば、無理をしてでも香蛾とふたりで馬車から逃げればよかったかもしれないと少し思った。

 ただ、宝玄仙の道術は基本的に護りには向くが、通常の状態では賊徒を道術で攻撃して傷つけることはできないのだ。

 

 また、馬車に乗せられた後で、すぐに『移動術』で馬車から逃亡することも頭を過ったのだが、その場合は賊徒の残っているあの町に戻ることになる。

 それよりも、沙那や孫空女に迎えに来させるのが確実と、あのときは思ったのだ。

 

「まあ、考えておくぜ――」

 

 頭領が笑った。

 

「ほう、頭領と呼ばれたからには、お前がこの賊徒の親玉というわけだろうね。名はなんと言うんだい?」

 

 宝玄仙は後ろ手に拘束されたまま言った。

 すると、今度は権白狼(ごんばくろう)の顔が憤怒のためにみるみる真っ赤になった。

 どうやら、こいつも秀という部下と同様の小者のようだ。

 部下の賊徒たちはしっかりと鍛えてあっても、頭領や主立つ幹部の資質までは一流とはいかないようだ。

 

「ああっ? い、いま、なんと言いやがった、お前? 誰に向かって口をきいていると思っているんだ――」

 

 頭領の顔が怒りで歪んでいる。

 その丸太のような太い腕が宝玄仙に向かって振りあがった。

 

「きゃああっ」

 

 悲鳴は香蛾の口から迸ったものだ。

 しかし、すでに宝玄仙を中心とした周囲を宝玄仙の結界で覆っている。

 『結界術』は、本来は道術の及ばないただの人間にも、結界内に限って道術の影響を与えることができるという技だ。

 結界内であればただの人間にも攻撃道術が通用するのだ。

 宝玄仙は霊気を動かして、頭領に道術をかけた。

 

「うわっ――」

 

 頭領が悲鳴をあげて、振りあげていた腕ごと全身を沈ませる。

 さらに頭領の身体をうつ伏せに床に叩きつけた。

 

「うごええっ」

 

 頭領が悲鳴をあげる。

 その顔は激しい苦悶が浮かんでいた。

 

「名前だよ、名前――。早く、言いな」

 

 宝玄仙は言った。

 ほかの賊徒たちには、なにが起きたのか理解できないのだろう。

 まだ、呆然として動かない。

 

 宝玄仙は、まずは、縛られている自分の手首の縄を解いた。

 元来、霊気の備わっていないただの縄は、道術で解くことはできないのだが、一度、縄を霊具化するという作業をすれば、道術で解くことも可能だ。

 後手に縛られた手首の縄はとっくの昔にその準備を終わっていた。

 宝玄仙は、頭領の顔に自分の履き物の裏を擦りつけた。

 

「ほらっ、名を教えな。お前のような蛆虫にも名前くらいあるんだろう? お前を呼ぶのに名がわからなければ、呼びように苦労するじゃないかい……。いや、まあ、蛆虫でいいか……。だったら、ほらほら、蛆虫……、わたしの履き物の泥を舐めな。そうすれば解放してやるよ」

 

 宝玄仙は頭領の口に履き物の裏を捩じ込む。

 頭領が呻いて顔を避けようとするが、その顔も道術で固定してしまう。

 

「舐めるんだよ。口を開けな、蛆虫」

 

 頭領が苦しそうに顔を歪めるのが愉しくなり、宝玄仙は道術で頭領の口を大きく開かせた。

 その口の中に靴の爪先を突っ込む。

 

「はがああっ」

 

 頭領が泣くような声をあげた。

 

「と、頭領――」

 

 硬直したように動きを止めた賊徒たちだったが、まず、最初に秀が反応した。

 

「し、しまった、この女は道術遣いだ――」

 

 さっと秀が剣を抜く。

 しかし、その秀も権白狼と同じように道術の力で床に押し潰す。

 

「眼、眼だ――。眼を潰せ――、お前ら――」

 

 床に潰されながらも秀が叫んだ。

 眼を潰せば、霊気の吸引ができなくなる道術遣いは多い。

 宝玄仙もそのひとりであり、秀がそれを知っていることに、少しだけ感心した。

 だが、自分の結界の中でそれをやられるような失敗を宝玄仙がするわけもない。

 それに、宝玄仙は『治療術』の達人でもある。

 ただ、眼を攻撃しただけでは、霊気を失うよりも、宝玄仙の自然治癒力が勝る。

 

 秀の声で一斉に周りの賊徒たちが色めきだった。

 宝玄仙は面倒になり、そいつら全員を結界の外に放り出した。

 まるで中心から暴風が起きたかのように周囲の賊徒たちが四方に吹き飛ばされる。

 結界の大きさは、宝玄仙を中心とした半径十尺(約三メートル)ほどの半球だ。

 その中に、宝玄仙と香蛾と、そして、床に潰されている権白狼と秀だけが残される。

 

「し、しまった――」

 

 部屋の外側に飛ばされて賊徒たちが、やっと我に返って、次々に剣を抜いて起きあがる。

 しかし、すぐに、宝玄仙の結界による見えない壁に阻まれて、そこでとまってしまう。

 

「うろうろするんじゃないよ、お前たち――。この宝玄仙の結界が貴様らに破れるわけがないよ――。この宝玄仙をお前らみたいな三流の盗賊が虜にしようなんてしたのが間違いなのさ――。別にお前らには縁も恨みもあるわけじゃないけど、身の程知らずの代償は払ってもらうよ――。さてと、夜まではまだ数刻あるだろうから、ちょっとばかり遊ばせてもらおうかね」

 

 宝玄仙は頭領の口から足を抜き、今度は秀に道術をかけて、直立不動の姿勢で宙に浮かべる。

 そして、頭領にも道術をかけて、こっちは四つん這いの態勢でぴくりとも動かないようにした。

 宝玄仙がその頭領の背中にどんと腰を下ろす。

 

 いまの頭領は単なる椅子だ。

 さっき口を開けたままにしてやったのは許してやったが、今度は呻くことさえ道術で封じている。

 頭領の背中を通じて、頭領が感じている激しい恐怖が宝玄仙に伝わってくる。

 

「な、なにをしやがんだ、この女――。こ、この俺の身体になにをしやがんだ。承知しねえぞ――」

 

 一方で、床に押しつけられたまの秀が真っ赤な顔をして怒鳴った。

 しかし、口調とは裏腹に秀の身体は動揺で小刻みに震えているし、顔色は真っ蒼だ。

 

「へえ……。承知しなければどうするんだい、お前? 随分、威勢がいいけど、こっちの方はどんな具合なんだい? 香蛾、ちょっとおいで」

 

 宝玄仙は、宝玄仙がやることに眼を丸くして驚いていた香蛾を呼んだ。

 秀が落とした剣を拾って、香蛾の後手の縄を切断する。

 

 一方、結界の外では賊徒たちが大騒ぎをしている。

 周囲は騒然としている。

 怒鳴ったり、手で押したり、武器で斬りつけたりしているが、どうしても宝玄仙の結界の中に入れないでいる。

 

 もっとも、こいつらは結界の中に入ってどうするつもりなのだろう。

 頭領を救いたいのはわかるが、ただ入っても宝玄仙の道術で簡単に押し潰されるだけだ。

 おそらく、こいつらはいままでに本当に力の強い道術遣いと戦ったことがないのだろう。

 だから、道術遣いとの戦い方を知らないようだ。

 いずれにしても、そっちはそのままにしておくことにした。

 

「香蛾、この小うるさい男の下袴と下着をおろして、どんな一物か点検しな」

 

「え、ええ?」

 

 香蛾が宝玄仙の命令に当惑して顔を赤くした。

 宝玄仙は頭領の背に座ったまま、片足を踏み鳴らして大きな音をさせる。

 香蛾の身体がびくりとなった。

 

「わたしは、命令を二度言わされるのが好きじゃないんだよ、香蛾……」

 

 宝玄仙は意図的に表情を変えて香蛾を睨んだ。

 香蛾が顔が引きつる。

 たった二日だが香蛾も宝玄仙の怖さが身に染みてきたようだ。

 香蛾は、すぐに秀に駆け寄って、秀の下袴に両手をかけた。

 

「や、やめろっ」

 

 秀が悲鳴のような声をあげた。

 しかし、当たり前だが、宝玄仙の道術で秀は身動きができない。

 秀は顔を真っ赤にして震えているが、すぐに香蛾は、その秀の下袴を下着ごと膝までおろした。

 

「どれ、点検だよ」

 

 宝玄仙は笑いながら頭領の背中から立ちあがった。

 すっと秀の身体をさらに上げて、股間を宝玄仙の顔の高さまで持ってくる。

 宝玄仙は恐怖ですっかりと小さくなっている秀の一物を指で軽く弾いた。

 

「ひいっ」

 秀が情けない悲鳴をあげる。

 

「おやおや、やっぱり、怖くて縮みあがっているじゃなかい……。香蛾、言った通りだろう? こういう威勢のいいのは、本当は怖がりなのさ……。ほら、秀、仲間に見物してもらってきな。お前の小さくなった一物をね――」

 

 秀の身体が直立不動の姿勢のまま、宝玄仙のいる場所を中心に外向きにくるくると結界の壁に沿って、外向きに回りだす。

 宙に浮かんだまま、剝き出しにされた性器を晒される秀は悲鳴をあげ続ける。

 ほかの賊徒たちの注目は空中をくるくると周り続ける秀に集まっている。

 そこで初めて、宝玄仙は今度は、この建物内で素裸で柱に縛られている若い娘と、手足を短く切断されて犬のように首輪に繋げられた鎖を部屋の壁に結ばれている若い男に意識を注いだ。

 

「ところで、お前はなんで縛られているんだい? それに、あの犬のように首輪をつけられている手足のない男はどうしたことだい?」

 

 さしずめ、ここでこいつらの慰み者になっていた犠牲者だろう。

 町を襲って自分たちが犯す女たちを浚うくらいだから、これまでも同じことをしていたのは間違いない。

 だから、このふたりは宝玄仙が来るよりも前にいたこの賊徒たちの性奴隷に違いない。

 

 それにしても、随分と好き放題していたようだ。

 女の足元には、剃りあげたばかりの陰毛が落ちていて、剃毛の道具も置いたままになっている。

 男は、男娼なのかもしれないが、手足を切断して逆らえなくして、首輪で繋げている。

 そういう悪趣味な所業は宝玄仙は大嫌いだ。

 

「わ、わたしは……」

 

 柱に縛られている娘が口を開こうとしたとき、再び集会場の入口が荒々しく開いた。

 

「と、頭領、大変です――。おうっ、なんだこりゃ――」

 

 外からやってきた男は、なにかを報告しにやって来たようだ。

 しかし、入って来るなり、この集会場の中の異様な状況に全身を硬直させた。

 

「なんだい? もしかして、この蛆虫になにかを報告しようとしにきたのかい? 構うことないよ、喋りな」

 

 宝玄仙はその男に向かって言った。

 

「う、蛆虫?」

 

 その男は眼を白黒している。

 

「お前らの頭領だよ。気にせずさっさと報告しな。呻き声も出せないようにしてあるけど、ちゃんと聞こえているよ」

 

 宝玄仙は尻の下の頭領をの髪の毛を掴んでぐいと顔を前に向かせる。

 顔をあげさせると、頭領は随分と情けない顔になっていた。

 

「こ、こりゃあ、どうしたことだ――? なにがあった?」

 

 男は宝玄仙の言葉には応じずに、宝玄仙の作った結界の外で右往左往している仲間に向かって声をあげた。

 

「そ、それが……。訳がわかんないんだ……。どうやら、連れてきた女は道術遣いだったらしい……。それでおかしな道術で頭領と秀があんなことに……」

 

 もうひとりの賊徒の幹部らしき男がおろおろした口調で言った。

 お互いの態度から報告のために新たにやってきた男も賊徒の幹部だというのは予想がついた。

 

「お、お前は道術遣いなのか――?」

 

 その幹部は眼を見開いている。

 

「誰もかれも、同じことを言うじゃないかい。飽きたよ――。ああ、そうだよ。道術遣いの宝玄仙だよ。しかも、偉大な道術遣いの宝玄仙様だ。お前らが、わたしが泊っている宿屋のある町に女狩りなんかにやってきたから、ちょっとばかり遊びに来てやったのさ」

 

「お、お前、頭領をどうするつもりだ――? そ、それに秀を放せ。承知しねえぞ」

 

 その男が叫んだ。

 

「承知しなければなんなんだい? じゃあ、わたしも言わせてもらうよ。この蛆虫に報告するつもりだったことをさっさと口にしな。さもないと、わたしも承知しないよ――。ここはわたしの結界なんだ。ただの人間のお前らが太刀打ちできるものじゃないさ」

 

 宝玄仙はそう言ってから、頭領の背中から降りて、今度は頭領の身体を真っ直ぐに立ちあがらせた。

 ついでにくるくると回らせていた秀の身体も頭領の隣に移動させる。

 

「頭領、大丈夫ですか?」

 

 結界の外から、報告をするためにやってきた男が叫んだ。

 

「おい、蛆虫、お前の部下は耳が聞こえないのかい。ちっともわたしの言うことを聞きやしないよ」

 

 宝玄仙はまずは、頭領にかけていた無言の道術を解く。

 そして、いきなり、秀と同じように下袴と下着を引き下ろしてやった。

 

「ひいっ」

 

 頭領もすっかりと宝玄仙の道術の恐ろしさに飲まれているようだ。

 怒声よりは、哀れな悲鳴がその口から迸った。

 宝玄仙は、すっとその頭領の股間に手を伸ばした。

 

「うぎゃあああ」

 

 次の瞬間、けたたましい絶叫が頭領の口からあがった。

 宝玄仙は頭領の陰毛を指で掴んで、まとめて引き抜いたのだ。

 

「部下にわたしの命令に従うように指示しな。それとも、逆らうのかい……?」

 

 再び宝玄仙は、頭領の股間に手を伸ばした。

 

「ひいいっ――。や、やめてくれ――。おい、お前ら、この女の言う通りにしろ――。は、早く、報告しろ――」

 

 頭領が必死の声で叫んだ。

 

「は、はい、頭領……。そ、そのう……。報告しようと思ったのは、あの町で残って女狩りをしていた一隊が、妙な二人連れの女にやられたということで……」

 

 その男が言った。

 

「二人連れの女……? そいつらに、あのときの女狩りをしていた連中がやられたということかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そうだよ……」

 

 男が頷いた。

 その二人連れの女というのは、間違いなく沙那と孫空女のことだろう。

 そうだとすれば、残してきた朱姫も逃げ延びた可能性が高い。

 宝玄仙は少しほっとした。

 

「そうかい……。じゃあ、次の要求だよ……。そこに縛られている女と、あの手足を切断された男の拘束を解きな――」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、もう一度視線を裸の娘に向ける。

 

「女とその犬男は結界の中に入って来るんだ……。それから、拘束を解かれたら、足元にあるものも持っておいで、お前」

 

 宝玄仙は表情を崩した。

 後はあの三人がここにやって来るまで、この結界に閉じ籠っていればいいだろう。

 こうやって頭領を人質にとっていれば、あの三人だったらこの程度の賊徒くらいあしらうに違いない。

 その間、あの剃毛の道具があれば暇潰しもできそうだ。

 しかし、賊徒たちはすぐには動こうとしない。

 

「ほら、さっさと、指示に従うように命令しな、蛆虫――」

 

 宝玄仙は頭領の股間に手を伸ばして、また何本かの陰毛を引き抜いた。

 頭領が絶叫し、引きつった声で部下に指示に従えと喚いた。

 駆け寄っていった部下が柱に縛られている女の縄を解く。

 女は自由になると一目算に、手足を切断されている犬男の元に駆け寄った。

 

雷雲(らいうん)殿、大丈夫ですか……」

 

 その女はぎゅっと男を抱き締めた。

 どうやら、このふたりは特別の関係のようだ。

 だが、そのふたりがいる場所は、まだ宝玄仙の結界の外だ。

 とりあえず、そのふたりをさっさと結界の内側に入れて安全を確保したい。

 しかし、その女は男の首を抱えて泣くばかりであり、男は吠えるような声をあげて身体を震わせているだけだ。

 

「こらっ、お前、早くしないかい……。そこの金盥と剃刀を持ってこいと言っているじゃないかい――」

 

 宝玄仙は苛ついて声をあげた。

 

「あっ――。わ、わたしが持ってまいります……」

 

 香蛾がさっと駆けて、さっきまで女の足元にあった盆を手に取った。

 香蛾の動きに合わせて結界を緩めている。

 まるでなにも結界の壁などないように、香蛾が戻ってくる。

 ちょうど反対側に集まっていた賊徒たちは唖然としている。

 

 そのとき、突然に砦のどこからか大音響が鳴り響いた。

 部屋の中の賊徒たちが騒然となった。

 

「始まったようだね」

 

 あの音はあの三人が砦に辿り着き、なにかを始めたに違いない。

 

 思ったよりも早かった……。

 宝玄仙はにっこりと微笑んだ。



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414 三人対三百人

 権白狼(ごんばくろう)という頭目が率いる盗賊団の砦は、清華山という山麓にある。

 

「孫姉さん、沙那姉さん、戦いになったらあたしのことは、置いていってください。あたしの道術が必要なのは、最初に門を開くときくらいだと思いますし、役割が終わったらどこかに隠れてます。あたしも自分の身くらいは守れますから」

 

 孫空女の操る馬に跨っている朱姫がそう言ったのが聞こえた。

 盗賊団の砦まではもうすぐだ。

 しばらく駆けさせていた馬は、いまは普通に会話ができるくらいの速度で歩かせている。

 

「悪いけど、あたしも沙那もそうさせてもらうよ、朱姫……。馬を砦に入れられるとしても、さすがにお前を乗せたままじゃあ、戦えないからね。適当にその場に降ろす。役目が終わったら、結界でも作ってどこかに隠れていておくれよ」

 

「あたしのことは心配いりません。それよりも、孫姉さんも沙那姉さんも万が一にも死なないでくださいね」

 

「大丈夫だよ。あんな賊徒が二百人だろうが、三百人だろうがどうってことないよ――。でも、ご主人様は大丈夫だよねえ、沙那? 万が一にも人質になっているということはないよね?」

 

「ご主人様のことだから問題はないと思うけど……。身を護るだけなら『結界術』があるし……」

 

 沙那はそう言ったが、こればかりは現時点では判断はできない。

 あれだけの威力の高い霊気を持っている道術遣いの女が、自分の油断で敵の虜になったのは一度や二度ではない。

 たかが賊徒に不覚をとりはしないとは思うが、あの宝玄仙のやることは予測がつかない。

 万が一人質になっていたら、なっていたらで、その場で臨機応変に対応するしかない。

 

 もっとも、宝玄仙と香蛾(こうが)を乗せた馬車が賊徒たちに運ばれて行ってから、それほど時間をかけずに追ってきているので、賊徒たちが、先に連れていった宝玄仙たちと、これから砦を襲撃しようとしている沙那たちとの関係を悟る機会はないはずだ。

 宝玄仙が沙那たちに対して人質としての価値があるとは思わないはずた。

 こちらに情報が少ない分は、賊徒たちも同じなのだ。

 

 やがて、清華山の登り口に差し掛かった。

 一度、朱姫が孫空女の馬から降りて、沙那の前に乗りかえる。

 ここから先は孫空女が先頭だ。

 

 孫空女の操る馬が進む。そのすぐ後ろを朱姫と沙那が跨る馬が続く。

 賊徒たちの砦は、この緩やかな山道を進んだ山の中腹付近にあるはずだ。

 道は曲がりくねっていて細いが、連中は騎馬で戦うのを常套手段としている。

 路盤そのものは騎馬で進みやすいようにしっかりと踏み固められている。

 

「とまれ――」

 

 しばらく行ったところで、見張りらしき者から呼び止められた。

 道に馬除けの拒馬がある。

 尖った木杭の先がこちら側に突き出るように組んである木製の障害物だ。

 それが道に並べられている。

 その後ろに五名ほどの賊徒が槍を持って立っている。

 

「なんだ、お前たちは?」

 

 ひとりが言った。

 孫空女の得物の『如意棒』は、まだ孫空女の耳の中だ。

 沙那は剣を腰に帯びているが、朱姫も丸腰だし、女が三人いるだけじゃあ、一見したところでは襲撃とは思えないだろう。

 できれば適当に誤魔化して砦の中に入りたいものだ。そうすれば面倒が少なくなる。

 

「わたしたちは入山希望者よ。ここは、強い賊徒と耳にしたからね。これでも腕は立つのよ。どうか、腕試しをして、入山に資格ありと思ったらわたしたちをこの盗賊団に入れてくれないかしら」

 

 沙那は前に進み出て言った。

 

「入山希望者? 女のお前たちが?」

 

 最初に誰何した賊徒とは別の男が言った。

 そいつは身に着けている具足がほかの者とは違う。

 おそらく、この見張所を指揮する男なのだろう。

 

「女じゃあ、仲間に入れてくれないの? これでもあんたよりは強いわよ」

 

 沙那は言った。

 その男は訝しげな表情をしていたが、とにかく待てと言って、奥にある小屋に引っ込んだ。

 ほかの数名は、そのまま障害物の後ろで武器を構えている。

 

「信用すると思う、沙那?」

 

 孫空女が馬を近づけて、ひそひそ声でささやいた。

 

「思わないわ……。だけど、少しでも砦の内側に近づきたいわね。嘘が通用しなければ、遮二無二突破するしかないけど、怪しいと思いながらも内側に入れてくれればそれでいいのよ」

 

 沙那は言った。

 こういう賊徒であっても入山希望者には門を開いているはずだ。

 腕のある者であれば、むしろ大歓迎だろう。

 ましてや、昨日、どこかの隊商を襲ったことで、ここの賊徒団たちも少なからず損害を受けたらしい。

 だから、勢力を回復させたいとは考えていると思う。

 

 ただ、入山希望者が美女三人というのは異常だろう。

 連中がどう反応するのか予想はつかない。

 しばらく待たされたが、やがて、さっきのここの長らしき男が戻ってきた。

 

「とにかく、入れ」

 

 その男が言い、障害物が道から避けられた。

 そのまま三人でさらに上まで進むように指示された。

 

 ひとしきり急な坂を登ると、柵で囲まれている場所に着いた。

 柵は閉じられており、その柵の向こうには三十人ほどの賊徒がいて、それぞれに得物を持っている。

 その賊徒たちがいるさらに向こうには大きな門があり、その向こうが砦のようだ。

 

「こりゃあ、なかなかに堅牢そうだねえ」

 

 孫空女が呑気そうに声をあげた。

 

「入山希望者の女とはお前たちか?」

 

 柵の中から指揮官らしき男が出てきた。

 部下らしき男もふたりいる。

 ほかの連中は柵の中からこちらをうかがっている。

 女の入山希望者など、前代未聞かもしれない。

 彼らの興味深そうな表情がそれを物語っている。

 

 沙那は朱姫をそのままに馬から降りた。

 孫空女も降りる。

 

「この女は脚を怪我しているので、このままでいさせてください」

 

 沙那は馬の手綱を持ったまま言った。

 

「……怪我をしていて、入山の試験を受けるのか?」

 

 指揮官は皮肉な口調で言った。

 

「入山希望者はわたしとこの女だけよ。こいつは違うわ」

 

 沙那は自分と孫空女を指で示した。

 

「じゃあ、この娘はなんだ?」

 

「おい、お前、そのマントをとりな」

 

 沙那はわざと荒げた声をかけた。

 朱姫は当惑した表情をしている。

 もちろん、これは演技だ。

 

「さっさとするのよ。また、痛めつけられたいの?」

 

 沙那はそう言って、朱姫が被っていた黒いマントを剥ぎ取った。

 おうという歓声が柵の中から一斉にあがった。

 

 朱姫はぼろぼろの衣服のうち、上半身はすでに剥ぎ取らせていた。

 従って、下側は破れた下袍を履いているものの、上半身はまったくの裸身だ。

 まだ、多少の切り傷は残っているが、乳房も丸出しの素裸だ。

 しかも朱姫の両手首には前手縛りの縄がかかっている。

 もっとも本当は縛っていない。

 ただ、きつく巻いて肉に喰い込んでいるように見せかけているだけだ。

 

「こいつは、土産物代わりに拾った娘よ。ここの頭領への贈り物にしようと思って連れて来たのよ……。どう? なかなかの上玉でしょう?」

 

 沙那は言った。

 

「そ、それは、いい心掛けだ……。じゃ、じゃあ、入山希望者はお前たちふたりで、こいつは土産の奴隷女ということか……?」

 

 指揮官は気を飲まれたように言った。

 

「そうです。わたしは、沙那――。こいつは孫空女。わたしの相棒です……。この奴隷女の名は……、まあ、どうでもいいでしょう。どうせ、ひと通り輪し犯したら殺すだけの娘なんでしょうから……。とにかく、とりあえず腕を見てくれませんか?」

 

「俺は、その娘よりもお前たちがいいぜ。お前らが性奴隷になりな」

 

 柵の中から誰かが大声で叫び、それに吊られて笑い声が起きた。

 

「だったら、あたしに勝ちな。あたしに勝てば、いくらでもやらせてやるよ」

 

 孫空女が大声で返した。

 

「まあいい……。いずれにしても、入山希望者には、入山のための試しを受けてもらうのが決まりだ」

 

「望むところです」

 

 沙那は応じた。

 指揮官が合図をすると、柵が開いて馬が通り抜けられるくらいの隙間が開いた。

 沙那たちはやっと内側に入ることができた。

 

 柵から門まではさらに距離があり、急峻な登り坂になっていた。

 朱姫を乗せている馬は許されたが、孫空女の馬は置いていくように指示された。

 さっきの指揮官が案内するように前を歩き、そのすぐ後を孫空女、さらに後ろを沙那と沙那が手綱を持つ半裸の朱姫を乗せた馬が続く。

 最後尾は十人ほどの賊徒の一隊が武器を持ってついてくる。

 

 三個目の門に着いた。

 どうでもいいが、かなりの堅牢な造りだ。

 三重の門とは、立派なの国の軍城と見紛うような厳重さである。

 また、門の両側には石壁がそびえていて、盗賊団の砦とは思えない。

 

「さきほど連絡した入山希望者の女です」

 

 沙那たちを門の前まで連れてきた指揮官が、門の内側の誰かに大声で叫んだ。

 

「ちょっと待て――。開けるな。そのままでいろ」

 

 

 門が開こうとしていたのだが、不意に内側から別の声がかかり、門が開くのが中断された。

 孫空女がちらりと沙那に眼をやる。

 沙那は、朱姫に視線を送った。

 

 朱姫がじっと門を凝視する態勢になる。

 やっているのは、城門を霊具化するという作業のはずだ。

 やや時間はかかるが、朱姫の霊具にすることで、その城門に朱姫の道術が及ぶようになる。

 

「どうしたのかな……?」

 

 案内役の指揮しき男が首を傾げている。

 すぐに五名ほどの賊徒が横にあった通用門から駆け出てくる。

 

「あっ、こいつらだ――。間違いない。俺たちを襲撃した女二人組だ。捕まえろ――」

 

 その中のひとりが叫んだ。

 沙那は舌打ちした。

 どうやら見破られたようだ。

 町を襲った賊徒を追い払ったときに、逃げ戻った賊徒が沙那と孫空女の顔に気がついたようだ。

 

 沙那は剣を抜いた。

 捕まえろと糾弾した賊徒の首が飛ぶ。

 周囲が騒然となった。

 

 孫空女が『如意棒』を出すのが見えた。

 その『如意棒』が回転して、沙那たちの周囲から賊徒を蹴散らしてしまう。

 

「沙那姉さん、孫姉さん、いきますよ――」

 

 馬に乗った朱姫が叫んだ。

 次の瞬間、大音響をあげて、城門が吹っ飛んだ。

 

「派手だねえ」

 

 孫空女が陽気な声をあげて、壊れた城門から中に入り込んだ。

 沙那が続く。

 

「じゃあ、あたしは隠れます――」

 

 馬から転がるように降りた朱姫が声をあげて、足を引き摺りながらどこかに去る。

 その馬の手綱を孫空女が受け取った。

 

「上出来だよ、朱姫――。ご苦労さん」

 

 馬を受け取った孫空女が馬に跨った。

 

「ほらっ、死にたくなけりゃあ、近づくんじゃないよ――」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回しながら、門の向こうにあった砦の広場に躍り出た。

 

 

 *

 

 

 孫空女は騎馬で賊徒のたむろしている広場に駆け入った。

 朱姫が破壊した城門の内側はかなり広い広場になっていた。

 砦の中央に平屋の大きな建物があり、ほかの建物は広場のさらに外側のようだ。

 砦全体がどこまであるのかはここからはわからない。

 おそらく、馬を飼う牧もあるはずだから、かなりの広大な地積があることは間違いない。

 

 孫空女が広場に騎馬で飛び込んだとき、その広場には百人近い賊徒がいたと思う。

 訓練でもしていたのか、それぞれに武器を持っている。

 ただ、具足はまちまちだし、隊を組んでいる気配はない。

 いきなり城門が吹っ飛んだことに呆気にとられているようだ。

 

 とにかく、孫空女はその中に突っ込み、六人、七人と『如意棒』で薙ぎ倒していく。

 賊徒たちを集まらせない。

 それだけを考えた。

 

 馬を縦横無尽に駆け巡らせて、少しでもまとまりができかかると騎馬でそこに突っ込んで薙ぎ倒す。

 指図をして混乱を収束しようとするような者が現われれば、遮二無二そこに駆けていき、指揮を執る者を叩きのめすか、馬で踏みつぶす。

 

 砦は大混乱だ。

 『如意棒』を振り回す。

 

 打ち倒す。

 

 薙ぎ払う。

 

 賊徒たちが逃げ惑う。

 

 孫空女はひたすらに暴れ続けた。

 

「孫女――」

 

 不意に沙那の大声が聞こえた。

 沙那もまた駆けながら大勢の賊徒たちと切り結んでいたが、孫空女が沙那に視線をちらりとやると、その沙那がさっと剣で砦の真ん中にある建物を指した。

 

 孫空女は馬の方向をその建物に向ける。

 建物は石の階段の上にある。

 

 孫空女は石の階段付近にいた十人ほどを一気に棒で打ち倒すと、馬を降りて階段を駆けあがった。

 

 

 *

 

 

 沙那は孫空女に蹴散らされている賊徒たちに、ひとつの流れができ始めていることに気がついた。

 大暴れする孫空女に蹴散らされて右往左往している賊徒たちだが、ある何人かは広場の中心にある平屋の建物に入っていった。

 しかも、だんだんと賊徒の集団は建物を囲むように少しずつ集結していく。

 あの建物になにかがあるのは確かだ。

 

 その平屋の建物に向かって駆けた。

 行く手を数名の賊徒が阻む。

 その賊徒に沙那は斬りかかる。

 しかし、さらにその前に新たな賊徒が阻んでくる。

 

 この動きは間違いなく、この先の建物がなにかの重要な場所であるということだ。

 だが、このままでは沙那が集団に取り囲まれてしまう。

 

「孫女――」

 

 沙那は叫んだ。

 孫空女は、騎馬で広場全体を駆け巡っては、賊徒たちが集まるのを防いでいるが、それでも賊徒たちはあの建物を中心に集まろうとしている。

 

 孫空女がちらりとこっちを見た。

 沙那は剣を交えている眼の前の賊徒の隙をついて、一度だけ平屋の建物を指した。

 

 それで十分だ。

 孫空女が騎馬を翻して建物に向かうのが見えた。

 

 沙那はそれを確認して、逆に建物から離れるように動いた。

 叫び声が交錯する。

 

 沙那と数合渡り合える者はいない。

 ひとり、ふたりと確実に屠っていく。

 

 少しして、すっと周りから突然に人がいなくなった気がした。

 

 矢――。

 

 飛んできた。

 避けた。

 

 どこから……?

 

 さっきの建物の横に弓隊が集まっていた。

 また、矢だ。

 しまった……。

 

 矢の射程内に孤立しているかたちになっている。

 このままでは狙い射ちだ。

 

 孫空女――。

 石段の上で『如意棒』を振り回している。

 大勢の賊徒と戦っているが、その賊徒が面白いように打ち倒されている。

 

 沙那は叫んだ。

 

 この喧騒で聞こえたかどうかわからない。

 しかし、孫空女が『如意棒』で引っかけた賊徒の身体をひとり、ふたりとその弓隊に向かって投げた。

 

 弓隊が崩れた。

 沙那はまっしぐらにそっちに突進した。

 

 沙那の周りを遠巻きにするようにされていたのが幸いした。

 沙那の移動を阻む者はほとんどいない。

 建物の直前でやっと前を阻まれたが、そのまま斬り倒して弓隊のいた場所に辿りついた。

 次々に剣を振って五名ほどの弓隊の連中を倒す。

 

 一度剣を収めて、弓をとる。

 集まってくる賊徒に向かって次々に矢を射かける。

 

 あっという間に近づく者がいなくなる。

 ふと、石段の孫空女に視線をやる。

 

 孫空女に大勢の賊徒が群がっている。

 そして、孫空女が体勢を崩して石段を滑り落ちた。

 

 上からやってくる賊徒が喚声をあげて、孫空女に斬りかかった。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 孫空女は石段の上下からやってくる賊徒をはね飛ばし続けた。

 一体全体どのくらいの人間を倒したのか……。

 いくらはね飛ばしても、この建物に近づいたら新手が現われる。

 

 沙那が叫んだ気がした。

 

 眼の前のふたりを突き飛ばして、視線を移動させる。

 

 弓か――。

 

 沙那が狙い射られている。

 五人ほどの弓隊がこの建物の横に集まっていた。

 

 後ろから槍――。

 間一髪で避ける。

 

 斬りつけてきた男を『如意棒』の先で引っ掛けて、弓隊に向かって放り投げる。

 

 さらにふたりの賊徒が来た。

 ひとりを突き飛ばして石段の階段の下に突き落とし、もうひとりをまた『如意棒』で弓隊に向かって放り投げる。

 それで完全に沙那を射る態勢を失ったようだ。

 孫空女は意識を眼の前に戻す。

 

 この建物がこの砦の中心であることは確かだ。

 ここに近づいた途端に、賊徒が集まりだした。

 石段の階段の下からはもちろん、建物の内部からもどんどん人が出てくる。

 孫空女が戦っている階段の反対側にも同じような階段があり、そこから上がった賊徒が、中を通って石段の上からやってくるのだ。

 

 きりがない。

 

 孫空女は叫び声をあげた。

 さすがに息が切れてきた。

 

 ふたりを同時に打ち倒す。

 汗で『如意棒』が滑る。

 

 今度は上から四人が出てきた。

 下から三人――。

 全部の相手はできない……。

 

 孫空女はさらに石段を駆けあがり、四人に先に向かう。

 三人をかわしてひとりの頭蓋骨を断ち割る。

 

 もはや手加減はできない。

 その余裕がなくなっている。

 

 後ろから槍が来た。

 

 かろうじてかわしたが、態勢を崩して石段を数段滑り落ちた。

 それを待っていたかのように、上からの賊徒が襲いかかる。

 孫空女は滅茶苦茶に『如意棒』を振った。

 

 しかし、賊徒は来ない。

 賊の一部の喉に矢が突き刺さっている。

 

 孫空女の周りの賊徒が矢に射られて次々に倒れていく。

 

 沙那だ。

 

 さっきの弓隊の位置から孫空女の周りの賊徒を矢で射かけている。

 とりあえず息をする。

 起きあがってまた石段を駆けあがる。

 

 建物の階段をあがりきった。

 孫空女は一瞬だけ背中側を見た。

 背後からあがってくる賊徒は、沙那が矢で次々に射倒していた。

 もう、その位置から新たにあがってこようとする賊徒はいない。

 沙那に責めかかろうとする賊徒もいないようだ。

 遠巻きにして沙那と孫空女を見守る態勢の賊徒が大勢を占めている。

 

 孫空女は建物の戸を開け放った。

 一斉に槍の塊りが襲った。

 

「うわっ」

 

 さすがに孫空女は後方に飛びすざった。

 屈んだ上体に数本の槍先が掠ったがそれだけだ。

 孫空女の『如意棒』は、その槍の一部をなぎ倒している。

 

 少しだけ見た建物の中は、大勢の賊徒で溢れていた。

 建物の中で小さな隊を幾つも編成して待ち受けているのは確かだ。

 やはり、孫空女の反対側から大勢の賊徒があがったのだろう。

 

「うおおおっ、死にたくにけりゃあ、どいつもこいつも、どきなあっ」

 

 孫空女は吠えた。

 

「孫女、屈んで」

 

 沙那の声――。

 

 屈む。

 

 孫空女の頭上を矢が続けざまに通過する。

 矢に倒された賊徒が叫び声をあげながら倒れて、視界がまた開く。

 

 孫空女は一度だけ息をして、また建物内に踊り入った。

 

 眼の前に十数人――。

 

 無意識のうちにふたりほどの賊徒の腕を叩き折っていた。

 腰を捻って、剣をかわし、ひとりを突き、その男を盾にしてほかの男たちに蹴り飛ばし、相手が怯んだところを『如意棒』で薙ぎ払う。

 

 横――。

 

 考えるよりも早く身体が動く。

 『如意棒』の先をその男の顔面に叩きつけている。

 

 もう一度雄叫びをあげた。

 部屋の中心に宝玄仙を見た気がした。

 しかし、それを確かめる余裕がない。

 

 跳躍してふたりを打ち倒し、さらに三人ほど殴る。

 

 息が苦しい……。

 息継ぎの暇がないのだ。

 

 とにかく暴れ回って『如意棒』を振る。

 

 打つ――。

 

 払う――。

 

 跳ぶ――。

 

 叩きつける――。

 

 気がつくと、あれだけ大勢いた建物内の賊徒が残り二人になっている。

 孫空女はその賊徒に身体を向けた。

 

 明らかにそのふたりは怯えていた。ふたりとも剣を持っている。

 叫びながらそのふたりが斬りつけてきた。

 

 かわしもせずに、孫空女は『如意棒』を一閃させた。

 そのふたりが倒れて、建物が静寂に包まれる。

 

 建物の外でも戦いの気配は消えている。

 終わったのか……?

 

 少なくとも周囲から敵意のようなものは消えている。

 ほっとしたら、眼の前がすっと暗くなった。

 

「抵抗する者は全員殺します。抵抗することをやめるならば、ここで武器を捨てなさい――。命はとりません」

 

 朱姫の声だ。

 隠れていたくせに、いいところに出てきて、が建物の外で大声で叫んでいる。

 思わず苦笑した。

 そして、息を大きく吸う。

 

 視界が戻ってくる。

 孫空女の耳に不意に拍手が聞こえてきた。

 

「久しぶりに暴れて、すかっとしたろう、孫空女。悪鬼のような戦いぶりだったよ」

 

 拍手をしているのは宝玄仙だった。

 部屋の真ん中に宝玄仙と香蛾(こうが)がいる。

 ほかに両手を頭の後ろで組んで真っ直ぐに立っている男がふたりいて、そのふたりはなぜか全裸だった。

 しかも、髪の毛が一本もない。

 

 いや……。

 髪の毛どころじゃない。

 

 よく見れば、剝き出しの性器の部分にあるはずの陰毛もない。脇の下もつるつるだ。

 そのふたりの男の足元にいるのが、例の手拭いのような前掛け一枚の香蛾だ。

 香蛾は刷毛と剃刀を両手に持ち、そのふたりの脛毛を剃っているようだ。

 どうせ、宝玄仙の悪趣味によるものに違いない。

 まったく……。

 

「ご、ご主人様、迎えに来たよ……」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 そして、その場に座り込んだ。

 

「ご主人様、無事ですか?」

 

 沙那の声だ。

 孫空女は頭を後ろに回す。

 弓と矢筒を両肩に抱えた沙那が建物の入口に立っていた。

 沙那も全身に水を浴びたように汗をかいている。

 

「朱姫が残った賊徒の武装を解除して、外の広場に集めています。抵抗する者はもういません。制圧しました」

 

 沙那が言った。

 

「ごくろうさん、沙那、孫空女――。ところで、こっちの一物が大きい方が、頭領の権白狼(ごんばくろう)だそうだ。さっき、やっと自分の名を口にしたところさ。こっちで泣いているのが(しゅう)だ。この秀もこの賊徒の幹部のようだよ。どうする、沙那?」

 

「頭領を含めて、幹部は全員殺します、ご主人様。それ以外は放逐します」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「厳しいねえ……。わたしは血を見るのは好きじゃないのさ。もう、いいじゃないか、沙那」

 

「そうはいきません、ご主人様――。生かしておけば、また、近隣の町や村の人間を襲います。生かしておいても為になりません。この権白狼の残酷さは、近隣でも有名です。復活すれば、さらに輪をかけて悪辣なことをするに決まっています」

 

「でもねえ……」

 

 宝玄仙は渋い顔をしている。宝玄仙が血を見るのが好きじゃないというのは本心だろう。

 

「とにかく、そいつが頭領ならわたしに引き渡してください」

 

 沙那が苛ついた声で言った。

 

「殺すなんてもったいないじゃないかい。せっかく、いい玩具を見つけたのに……。こいつらは揃いも揃って、でかい身体をしているくせによく泣くからいたぶり甲斐があるのさ。連れていくのはいいよ。だけど、わたしの許可なく殺すことは許さないよ、沙那」

 

「ご主人様は甘いです。彼らは殺さなければなりません」

 

 沙那が不平そうな声をあげた。

 

「もう、たっぷりと殺したろう、沙那」

 

 宝玄仙の声も苛立ったようになった。

 

「とにかく、わたしに任せてください、ご主人様」

 

 殺すべき――。

 

 それは、沙那が正しい。

 頭領を生かして放逐すれば、必ずや賊徒をまた集めて無法を繰り返すだろう。

 頭領を生かせば、ここの賊徒を放逐しても、すぐに集まり直すだけだ。

 賊徒なんていうのは、ほかに行き場のない連中なのだ。

 幹部級を処断しておかなければ、その行き場のない連中がそこに集まるのは間違いない。

 ここの賊徒団を解体させるには、少なくとも頭領は殺さなければならない。

 

 しかし、宝玄仙が血を見たくないというのは感情だ。

 感情に理由はない。

 だから、沙那がいくら正論を言っても通用しない。

 

 沙那は理屈を言うだろうし、宝玄仙は感情を言うだけだ。

 おそらく、いくら話し合っても、このふたりの主張に妥協点はない。

 頑固者のふたりだ。

 放っておくと、また対立しかねない。

 孫空女は嘆息した。

 

「沙那、ここは、とりあえず、ご主人様の言う通りにしようよ。この頭領に全員立ち去れと命令させるさ……。すぐに殺してしまうと、逆に反感を食らって、統制できなくなってしまうかもしれないよ」

 

「な、なに言ってんのよ」

 

「まあまあ、とにかく、ここに集まっている連中を追い払うことが大事さ。沙那もそれは同じように考えてるんだろう? 最終的に殺すか殺さないかは、いまは結論を出すのはやめようよ」

 

「結論を出すのをやめるって?」

 

「つまり、とにかく、そいつの身柄を使って、解散命令を出させるさ。その後のことはともかく、いまは賊徒たちを穏便に解散させる方法を考えようよ、沙那」

 

 孫空女は言った。

 とりあえず、結論を先伸ばしにしておけば、沙那の頭も冷えるし、宝玄仙の気まぐれも変化するだろう。

 

 そして、孫空女は、頭領を殺しても、生かしておいても、どっちも同じだと思っている。

 この土地にしっかりとした国がない以上、遅かれ早かれ、賊徒は復活する。

 ここで完全に盗賊団を潰しても、時間が経てば必ず賊徒は生まれる。

 すぐに復活するのか、それとも時間がかかるのかの違いだ。

 そして、その賊徒がそれがいまの権白狼のように、残酷性を持つものなのか、そうでないかは、その時でなければわからない。

 

「わかったわ、孫女……。確かに、追い払うことだけを考えたら、とりあえず、権白狼自身に言わせるのがいいかもね……。じゃあ、とにかく、頭領を縛ってこっちに連れてきてよ――。頭領が縛られているところを見せれば、本当に自分たちが負けたということを認識すると思うから……」

 

 沙那は言った。

 孫空女は立ちあがる。

 

「縛りならわたしに任せな、沙那――。こいつに股縄をしてやるよ。こいつが完全に倒されたということを賊徒たちに示せればいいんだろう? どれ、それもわたしに任せな……。孫空女、そこに落ちている槍の柄を一尺(約三十センチ)ほどの長さに切断して持っておいで」

 

「なにすんのさ、ご主人様?」

 

 孫空女は、槍を手に取ると、落ちている剣を拾って宝玄仙に指示された流さに切断し、それを宝玄仙に手渡す。

 

「これを尻穴調教用の霊具に変えてやるよ。それに尻を犯されてよがらせながら、ほかの賊徒の前に連れていきな。生首を見せるよりも効果的さ」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 横で沙那が大きさ溜め息をついた。



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415 無法盗賊団の解体

 孫空女は、沙那や朱姫とともに、まずはこの砦から賊徒を叩き出す作業を行った。

 

 全身の毛という毛を剃られて、尻穴におかしなものを挿したまま、肉棒と睾丸を縛った縄を引かれて全裸でやってきた権白狼(ごんばくろう)の変わり果てた姿に、賊徒たちは度肝を抜かれるとともに、この賊徒団の完全敗北を悟ったようだ。

 その直後、沙那がここにある蓄財と食料を分け与えるから、すぐに砦を降りよと告げるとかなりの賊徒が退去指示に応じて山を下りていった。

 馬を連れていきたい者は何頭でも早い者勝ちだと言ったのもよかったのかもしれない。

 声を掛け合いながら、馬を連れてまとまって出て行く小さな集団も幾つもあった。

 それで、かなりひっそりとした。

 

 だが、すぐには動こうとしない者たちも半分以上だった。

 その中でも、特に不貞腐れたように砦からの退去に応じようとしない賊徒が三十人ほどいた。

 制圧して武装解除させたといっても、こちらはわずか四名の女である。

 沙那と孫空女でさんざんに倒したようだが、戦闘で死傷させた賊徒は百人に満たない。

 その中で死んだ賊徒はその四分の一程度だろう。

 ここの賊徒は三百人以上がいたから、まだ、まともに戦える男は二百人以上はいることになる。

 しかし、ずらりと連中を並ばせた砦の広場で、沙那が不平めいた言葉を吐いた者を立て続けに五人その場で斬り殺した。

 それで終わりだった。

 

 その後は、不満を口にする者も一切なく、ひとりふたりと、あるいは固まって砦を出ていった。

 この砦には、権白狼が溜めさせていたかなりの蓄財があったから、それも広場に集めさせて朱姫が取り決めた取り分を持たせて放逐した。

 食料も集めさせて、持っていきたい分は勝手に任せた。

 食糧は備蓄が大量にあり、全員が好きなだけ持っていっても、かなり大量に余ることはわかっていたからだ。

 残った蓄財も砦の施設も焼き払うことを教えているので、ここに戻ってもなにもないということは知っているだろう。

 

 これでこの大覚山の盗賊団は消滅だ。

 全員が退去するまで夜までかかったが、それでも砦から賊徒がひとり残らずいなくなって、賊徒の解散が完了するのに思ったよりも時間はかからなかった。

 また、この砦には近隣から浚われ、奴隷として使役させられていた者たちもいた。

 (さら)ったものの奴隷商にも売れなかった者たちであり、ほとんどが老人に近い者たちだったが、これについては、拘束を解き、明るくなってから退去するように申し渡している。

 

 もちろん、彼らにも食料と蓄財は分けた。

 彼らはいまは、砦の端にある施設で宴のようなことをやっているようだ。体力的にかなり衰弱している者も多かったが、これは朱姫が大きな鍋に身体を回復させるための薬剤を入れさせて、食料とともに食べさせるように図った。

 この砦には、道術のこもった薬のようなものもふんだんにあったのだ。

 朱姫によれば、朝までに全員が健康は快復できるだろうということだった。

 

 そして、朝になったら朱姫が『移動術』であの町まで送ることになっている。

 賊徒を大量に散らばらせたので、この界隈はかなり物騒なことになっているはずだからだ。

 そこまでの処置をしてから、砦の広場にあった集会場に孫空女は沙那と朱姫とともに戻った。

 

「や、やめてくれ……ひいいっ、ひひひひっ……が、ははははっ……や、やめ……あははは……もう、もう勘弁……はははは……」

 

 集会場の真ん中では、全裸のまま四肢を鎖で立ち姿で拘束されている権白狼が狂ったように笑っていた。

 両手首をそれぞれに天井に繋がれた鎖で引き伸ばされ、両脚も床に取り付けられた金具に足枷を繋がれて大きく開いているのだが、それを八人の女が鳥の羽根でくすぐっているのだ。女たちの中には香蛾(こうが)もいる。

 

 権白狼の眼には目隠しをさせ、どんなに顔を振っても目隠しが外れないように、目隠しの上から縄で顔を縛ってもいる。

 あそこにいる女たちは、今日、宝玄仙と香蛾とともに奴隷女として、町から誘拐されて連れてこられた女たちだ。

 女たちは解放される前に、権白狼をいたぶるのに協力しろと宝玄仙に命じられて、ああやって、権白狼を責める手伝いをさせらているのだ。

 

 当初は渋々だった女たちだったが、全員で権白狼を責めるうちに愉しくなってきたのか、いまは皆が積極的に権白狼の嗜虐に参加している。

 まあ、集団心理というやつだろう。

 最初は本当に権白狼を責めることに気が向かない素振りだった。

 しかし、孫空女が時折ここを覗くたびに、だんだんと興に乗ってきている感じだ。

 いまは完全に面白がって遊んでいる。

 

「ねえ、ねえ、これはなに……? 今度はこれを塗ってみない、香蛾さん? これはなんの薬剤?」

 

「ううん……。これは確か、掻痒剤だと宝玄仙様が言っていたと思いますが……」

 

「掻痒剤って、痒くなるってこと……。ははは……。そう言えば、それをお尻に塗れって、あの道術遣い様が言っていなかったかしら……? やってみようよ、みんな……」

 

「ええっ──。お尻? 嫌よ。あんたやりなさいよ──。あたしそんなところに触るのは嫌よ」

 

「あたしも嫌よ……。でも、道術遣い様が戻ってくるまでに、言われたことをやっていないと怒られるかもしれないわ」

 

「じゃあじゃあ、棒でやったら……。棒で──」

 

「だ、か、ら、あんたが棒でやりなさいってばあ──」

 

「あたしは嫌よ──」

 

 女たちがそんなことを笑いながら言い合っている。

 その間も、権白狼は全身をつるつるに剃られた身体のあちこちを鳥の羽根でくすぐり続けられている。

 権白狼はただの状態ではない。宝玄仙から全身の感度を十倍にするという薬剤を大量に飲まされているはずだ。

 だから、そんな身体を数刻もくすぐられ続けて、もはや、常軌を逸したような感じになっている。

 

 女は、時にもの凄く残酷になったりする。

 特に集団になった場合はそうだ。

 孫空女は、同じ女ながら、それを垣間見た気持ちだ。

 

 一方で、権白狼の全身は大量の脂汗にまみれるどころではない。

 まるで水を頭から被ったかと思うほどの汗が開いた脚の間に大きな水たまりを作っている。

 もしかしたら失禁もしたのかもしれない。

 それを拭いたような雑巾と桶もそばに置いてある。

 

 横で沙那が盛大な嘆息をした。

 朱姫はくすくすと笑っている。

 

「あっ、沙那様、孫空女様、朱姫様──」

 

 香蛾が集会場の入口に立っていた孫空女たちにやっと気がついた。

 するとほかの女たちも、ふざけ合っていた相好を戻して、さっと姿勢を糺してお辞儀をした。

 

「あら、そんなかしこまらなくていいですよ。ご主人様の言いつけで、その男の拷問をしているのでしょう? 続けてください。それよりも、皆さんは、食べ物は足りていますか? きっと、ご主人様は朝まで続けるつもりですから、長丁場になると思いますよ。だけど頑張って、この権白狼を責め続けてくださいね──。朝になったら、皆さんをあたしが道術で町に戻してさしあげますから──。さあさあ、それよりも続けて、続けて」

 

 朱姫が陽気に言った。

 女たちは元気に返事をして、権白狼を責める態勢に戻った。

 朱姫の言及したとおり、この集会場には女たちや孫空女たちが摘まめるような食べ物や飲み物が部屋の隅に毛布などとともに蓄積してある。

 女たちはこれで栄養を取ったり、交代で休んだりしながら、権白狼を夜通し責める作業につくことになるはずだ。

 

 少し見守っていると、権白狼の尻穴に掻痒剤を塗り込める作業は香蛾に押しつけられたようだ。

 香蛾はここに連れてこられたとき、宝玄仙による羞恥責めの最中だったので、小さな前掛け一枚の半裸姿だったが、いまはこの砦にあった衣類を身に着けてまともな恰好になっている。

 それはほかの女たちも同じだ。

 

 女たちは(さら)われるとき、衣類をびりびりに破かれたり、あるいは脱がされてから馬車に載せられたりしていたので、砦を制圧して彼女たちを解放したときには、彼女たちも半裸に近かった。

 だが、女物の衣類もこの砦でうまく見つけることができたので、それを与えたのだ。

 衣類なども売れば金になる。

 襲った旅人や住民から奪ったものを集めていたのだろう。

 

「や、やめてくれ──。だ、誰だ、尻穴になにかを塗っているのは──?」

 

 ほかの女たちから作業を押しつけられた香蛾が、指で権白狼の尻の周りと入口に掻痒剤を塗っている。

 目隠しをされている権白狼は、情けない声で悲鳴をあげた。

 

「あ、あたし……じゃあ、乳首に塗ってみるわ──。これ使っていいかしら……?」

 

 すっかり興に乗って、眼の色が変わっているひとりの娘が横の台から小さ目の刷毛を手に取った。

 

「それだったら、この液剤がいいですよ……。こっちも掻痒剤だけど、これは液剤だから筆や刷毛で扱いやすいし、痒さは変わりませんから……。まあ、香蛾さんが使っている塗り剤は乾いて痒みが消えるまでにかなりの時間がかかるという違いくらいですかね」

 

 朱姫が香蛾や女たちのいる輪の中に入って、そう言った。

 そばの卓には、宝玄仙が集めて置いていったと思われるさまざまな責め具が大量に置いてある。

 その中には、もちろん女たちでは用途のわからないものもあるようだ。

 女たちの輪に加わった朱姫が、女たちに訊ねられるまま、その用途などを教えると、きゃあきゃあと女たちが赤い顔をして、騒がしく笑い興じた。

 

「ねえ、香蛾、ご主人様はどこさ?」

 

 孫空女は泣き叫んで暴れる権白狼の尻穴を拡げなから掻痒剤を塗っていた香蛾に訊ねた。

 

「ああ、この先の別室です。水晶(すいしょう)さんと雷雲(らいうん)さんと一緒ですよ」

 

 香蛾がこっちを振り返って言った。

 この集会場は、いくつかの小さな部屋がある。

 その中のひとつを香蛾は指さした。

 もともとは、幹部級の賊徒が女奴隷を抱くために使っていたような部屋のようだが、権白狼はここを私室としても使っていたようだ。

 香蛾が示したのは、元々は権白狼の部屋だった一室だ。

 

「じゃあ、行こうか、孫女」

 

 沙那が言った。

 すべてが終わったことを宝玄仙に報告しなければならない。

 それに、ひと段落したら、必ずふたりしてやってくるように宝玄仙に命令されている。

 わざわざ宝玄仙が釘を刺すのは、そのような状況になったら、片が付いたところで、孫空女や沙那がいつも、宝玄仙への報告を朱姫に押しつけて、勝手にどこかで休んでしまうからだろう。

 もちろん、それは、宝玄仙の気紛れのような責め苦に巻き込まれないためであるし、今夜もそうするつもりだった。

 だから、孫空女と沙那が宝玄仙から念を押されたということは、宝玄仙がなにかを企んでいるということは予想がついた。

 だから孫空女も気が重いし、沙那もそんな感じだ。

 

「ご主人様、沙那です。孫女も一緒です──」

 

 沙那が扉の外から声をかける。

 宝玄仙の返事があり、部屋の中に入った。

 

 部屋の中はかなりの広さのある部屋だ。柔らかそうで座り心地のよさそうな長椅子が数個あり、大きな寝台もひとつある。ほかにも卓や家具などの調度品や金細工や銀細工の置物などもある。

 部屋の隅では身なりを整えた水晶がいて、両手を顔に当てて号泣していた。

 そして、感謝の言葉を呟き続けている。

 

 一方、寝台の上には裸身の雷雲がいて、その横で宝玄仙が道術を施しているようだ。

 一見しただけでは、宝玄仙はただ椅子を引き寄せて脚を組んで座っているだけだが、霊気の動きを感じ取れる孫空女には、信じられないくらいの霊気が宝玄仙から雷雲に注がれているのがわかる。

 

 雷雲はうつ伏せだが、いまは完全に手足が復元されてすらりとした四肢が整っている。

 この雷雲もまた道術遣いらしいが、権白狼の賊徒を相手に不覚をとり、眼を潰されて道術が遣えなくされ、さらに手足を切断されたうえに、人間の言葉を喋れなくされて、犬のような姿にされていた。

 そして、男娼としてお尻を犯されたということだった。

 

 権白狼の賊徒を制圧して、ふたりが解放されたとき、水晶が雷雲の首に抱きついて離さず、雷雲がこんな姿になっても、自分はこの人に一生添い遂げると雷雲に叫び続けていたのを孫空女は思い出した。

 それを横で聞いていた宝玄仙が、そのままがいいならいいが、道術で身体を戻してやってもいいよとあっさりと言って水晶と雷雲を驚愕させていた。

 

 そして、いま、宝玄仙による雷雲の損傷した身体の復元の施術をしているところだ。

 どうやら『治療術』による雷雲の身体の回復はほぼ終わったように見える。

 

「もう、起きていいよ、雷雲。どこか、違和感があるかい?」

 

 宝玄仙が大きく息を吐きながら言った。

 やはり、終わったのだ。

 

「だ、大丈夫……のようです。喋れる……。見える……」

 

 雷雲が身体を起こして、両手の指を動かしながら呆然と言った。

 そして、さっと、我に返ったように寝台から飛び降りた。

 さらに驚くことに、雷雲はそのまま床に土下座をした。

 嬉し泣きをしていた水晶も慌てたように、雷雲の横にひれ伏して頭を床につけた。

 

「こ、この恩は生涯忘れません……。宝玄仙殿──」

 

「ありがとうございます……。あなた様は神様です」

 

 雷雲と水晶が床に額を擦りつけたまま叫ぶように声をあげた。

 

「や、やめなよ──。頭をあげな……。お、怒るよ──」

 

 宝玄仙がびっくりしたように組んでいた肢をおろしておろおろと言った。

 その顔は真っ赤だ。

 どうやら、宝玄仙は照れているようだ。

 宝玄仙がそんな狼狽を見せることなんてないから孫空女は思わず噴き出してしまった。

 

「ご主人様も照れることがあるんだね」

 

「そうね。ご主人様の弱点が、面と向かって感謝されることだと知ったのは初めてね……」

 

 沙那も横で笑っている。

 

「お、お前ら……、沙那、孫空女──。後で罰だよ──。覚えておきな」

 

 宝玄仙が赤面したままの顔をこっちにきっと向けた。

 孫空女は思わず自分の笑顔が凍りつくのがわかった。

 沙那も慌てたように口をつぐんでいる。

 

「そんなことよりも、報告があるんだろう……? 終わったのかい──?」

 

 宝玄仙が怒ったような口調で言った。

 

「は、はい、ご主人様──」

 

 沙那が応じた。

 

「……賊徒は全員退去させました。幾らかの財と食料を持たせて、この砦からなんとか追い出しました。大勢の賊徒を周辺にばら撒いた感じですが、まあ、もともと、この界隈は治安が最悪の地域ですから変わりはないと思います。とにかく、権白狼の盗賊団は、一応はこの地から姿を消したかたちです……。それから人足として捕らわれていた者たちは、食事をさせてから睡眠をとらせてます。こっちは、放逐は危険ですから、明日の朝に町から誘拐してきた女たちとともに、朱姫の『移動術』で連れていきます。それから後は、彼ら次第ということになりますが……」

 

 沙那が説明した。

 宝玄仙が頷く。

 

「朱姫はどこだい?」

 

「ご主人様が権白狼をいたぶるように命じた女たちと一緒です。呼んできましょうか……?」

 

「いや、いい……。わたしもそっちに合流するからね。今日はひと晩かけて、あの禿げ坊主と遊ぶつもりさ。あの禿げ坊主の陰毛の部分は、剃った後に毛穴を殺す薬剤を塗ってやったのさ。もう、二度と一物の周りに生えないよ。脛毛や胸毛の部分もね……。あんなでかい図体と強面(こわもて)のくせに、首から下には女ようにつるつるしていて、一本も毛がないのさ。これからは恥ずかしくて、人前で裸になれないだろうね」

 

 宝玄仙がくすくすと笑った。

 沙那が呆れたように吐息をつく。

 孫空女は横で苦笑した。

 

「ところで、雷雲と水晶、お前たちには、いくつかの仕事をしてもらうよ。この宝玄仙にただ働きをさせたつもりじゃないだろうね?」

 

 そして、宝玄仙はまだ、床に正座をしたままの雷雲と水晶に視線を向けた。

 わざわざ声を荒げているのも厳しい表情をしているのも、あれは照れ隠しだろう。

 わかり難いようで、本当にわかりやすい性格をしているものだ……。

 

「もちろんです。なんでも言ってください──。あなたの奴隷になれと言われればなりましょう。この雷雲の命を存分にお使い下さい──」

 

 雷雲がきっぱりと言った。

 

「お前の命なんて面倒なものはいらないよ。まあ、頼みたいことは後で説明するとして、とりあえず、お前に命令だよ。ここにいる沙那と孫空女を抱きな──。この場でね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「なっ──」

 

「ご主人様、なにを言っているんですか──」

 

 孫空女は絶句した。

 沙那も驚愕している。

 

「うるさいよ、お前たちは──。わたしは、こいつらに話しているんだ……。雷雲、お前は文句を言わないだろうねえ。仮にも犬人間の姿から解放してやったんだ。その一物をこいつらを抱くために使いな──」

 

 宝玄仙は強い口調で雷雲に言った。

 

「し、しかし……」

 

 雷雲がかすかに隣に跪いている水晶に視線を送った気がした。水晶は雷雲の婚約者のはずだ。

 その水晶がこの場にいるのに、ほかの女を抱けとは、なんということを宝玄仙は命令するのだろう。

 宝玄仙の気紛れはいまに始まったことではないが、これは行きすぎだと思った。

 

「ご主人様、いい加減に……」

 

 沙那が諫めの言葉を口にしようとした。

 しかし、珍しく真顔な表情になった宝玄仙がそれを手で制した。

 なんだか、口を挟めるような感じではない。

 沙那もそれを感じたのか言葉の途中で口を閉ざした。

 

「……水晶、お前、すべてが片付いたら自害しようと思っているだろう……?」

 

 不意に宝玄仙がそう言った。

 孫空女はびっくりした。

 

「水晶殿?」

 

 声をあげたのは雷雲だ。訝しげな顔を水晶に向けた。

 水晶はこの部屋の全員の視線を浴びて、戸惑った表情を見せる。

 

「水晶、わたしの眼を見な──。わたしは道術遣いだ……。その道術遣いの前で嘘はつけないよ……。ほらっ、眼を逸らすんじゃない──。わたしは、道術で嘘を見破れる。誤魔化しても無駄だよ。お前はすでにこの世の者ではないような顔をしているよ」

 

 宝玄仙が声を荒げた。

 いかに宝玄仙が偉大な道術遣いでも、霊気を帯びていないただの人間である水晶に道術を及ぼすのは簡単じゃない。

 だが、そんなことは水晶にはわからないだろう。

 水晶は、眼の前で起きた雷雲の復活の儀と、そして、その宝玄仙の激しい剣幕に完全に飲まれている。

 これは、朱姫の得意な『縛心術』と同じだ……。

 宝玄仙は意図的なはったりと強い口調で水晶の心を縛っているのだ。

 だが、水晶が自害するというのは……。

 

「わたしはねえ、死を求めている人間の顔というのがわかるんだよ──。お前はすでに死んだような顔をしているよ、水晶……。お前には、関係のないことだろうけど、わたしはこれでも、とある教団の最高神官でね。人の悩みを敏感に悟るのも大事な能力なのさ……。本当はとても敏感なんだけど、面倒なんで鈍感なふりをしてるのさ。だけど、死にたがっている人間を放っておくわけにはいかないからね……」

 

「い、いえ……」

 

 水晶が明らかに動顛している。

 宝玄仙の言葉の通り、嘘をつこうとしている。

 孫空女にもそれがわかった。

 

「お前たちが解放されたとき、手足のない雷雲の面倒を生涯看ると決心して叫んだときには、お前は生気に溢れた表情だったよ。だけど、雷雲の身体が戻って、その必要がなくなったら、お前の顔からは絶望のようなものしか感じなくなったよ……」

 

「そ、そんなことは……」

 

「どうしたんだい、その顔は? なんだい、図星だったのかい? なんで死にたいんだい? お前が権白狼たちに犯されたことを思い出したのかい──? 女が恋人や夫以外の男に犯されたら、お前の価値観では、死ななければならないのかい……? 馬鹿じゃないか、お前──。本心を言いな。わたしの眼から少しも視線を外すんじゃない──」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は半信半疑で水晶に視線を送っていたが、その水晶がぼろぼろと涙をこぼした。

 それで孫空女にも不安が拡がる。

 宝玄仙は出鱈目を言ったわけではないと悟ったからだ。

 

「で、でも……」

 

 水晶はそれだけを言った。

 孫空女は、その表情と口調から、水晶が自害をするつもりだと言った宝玄仙の言葉が完全な真実なのだと納得した。

 孫空女は驚くよりも唖然としてしまった。

 

「水晶殿、なにを言っているのだ──。あなたは、自分が汚されたと思っているのか? ならば、俺など千回も死なねばならん。この尻を繰り返し男たちに掘られたのだぞ。だが、俺は死ぬつもりなどない。これっぽちもな……。これは俺への戒めだと思うことにする。決して忘れぬし、恥辱は心に刻み込む──。だが、自害などとは別だ。水晶殿、自害など許さんぞ。賊徒に犯されて死ぬなど馬鹿ではないか──」

 

 雷雲がまくしたてた。

 水晶がわっと泣き出した。

 沙那が横で盛大な嘆息をしたのが聞こえた。

 

「なにが問題なの、水晶……? あなたの恋人は随分と悟ってくれているし、いい人じゃないの……。まあ、なんで、ご主人様がわたしたちに、雷雲殿に抱かれろと言ったのかなんとなくわかる気もするけど、あなたは女の性交について重く考え過ぎよ、水晶……。犯されるたびに死んでいたら、わたしも孫女も何回も死ななければならないわ」

 

 沙那は強い女だ。

 強姦されて死を選ぶという女の心は、理解はできても、納得はできないに違いない。

 

「やっぱりね……。思いつめた顔をしていると思ったよ──」

 

 宝玄仙も呆れたような声をあげた。

 

「一日で賊徒たちの精を宿したと思わないけど、女の身体を守る避妊薬はくれてやる。後はなにが必要なんだい。汚れた股は拭いときな。性の遊びなんていうのはその程度のものさ……。とにかく、水晶、お前はこっちに来るんだ。あの権白狼のいたぶりの仲間に入れてやる。それで少し気晴らししな……」

 

「気晴らしって……」

 

 沙那が横で呆れた口調で呟いた。

 だが、そのまま口を閉じる。

 宝玄仙の言葉にも一理あるとでも思ったのかもしれない。

 

「恋人とまぐわうのはその後だ。もう少し性愛について軽く考えられるようになってからだね……。いま、雷雲と乳繰り合わせたら、思い起こすことはないと、そのまま首でも吊りそうだしね……。お前が性愛について深刻に思わなくなってから、雷雲と抱かしてやる。まあ、朱姫もいるしね。真面目人間の心を軽くして性癖を解放する技はあいつが得意だ。前にやらせたときも見事なものだったしね──」

 

 宝玄仙が一息ついて、今度は雷雲を睨んだ。

 

「心配いらないよ、雷雲。水晶はわたしに任せて、お前はこいつらを抱くんだ。それも水晶への教育の一環だ」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、強引に水晶を部屋の外に連れていく。

 大きな音とともに、扉が閉じられた。

 部屋の中に孫空女と沙那と、呆気にとられている雷雲が残される。

 

「ご主人様にかかれば、深刻な話も軽いものになるわね」

 

 三人だけになると、沙那がそう言って苦笑した。

 

「まったくだね……。まあ、ご主人様なりの優しさなんだろうけどね……」

 

「そうね……。だけど、気になることがひとつだけあるんだけど……」

 

 沙那が言った。

 

「気になること?」

 

「うん……。いま、ご主人様が言ったわよね……。朱姫に、真面目人間の心を軽くして、性癖を解放する技をやらせたことがあるみたいなこと……。なんのことだろう?」

 

「さあね」

 

 孫空女は肩をすくめた。

 あのふたりのやることはわからない。

 最近では孫空女や沙那に隠れて、こそこそと道術や霊具のことについて話したり試したりしているようだ。

 もっとも、大半は嗜虐の技や方法のことであり、そのとばっちりが、時折、孫空女たちにやってきたりもする……。

 

「あ、あのう……。い、いま、宝玄仙殿があなた方を俺が抱けというようなことを言っていたと思うが、それについては、もちろん気にしなくていい。思いつめている水晶を見抜いて、宝玄仙殿が荒療治のつもりでそう発言したのだろうが、俺があなたらを抱いたと口裏を合わせれば十分だろうから……」

 

 雷雲が遠慮がちな口調でそう言い始めた。

 

「じょ、冗談じゃないわよ。ご主人様が抱かれておけと言って、そうしていなかったら、後でどんな目に遭わされるか──」

 

 沙那がびっくりしたように叫んだ。

 

「そうだよ。面倒でもあたしらを抱いてもらわないと困るよ、雷雲」

 

 孫空女も声をあげた。

 雷雲が目を丸くしたのがわかった。



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416 強い男女の三つ巴

「湯をもらってきたわ、孫空女。少し身体を拭きましょうよ。いくらなんでも、こんな血の匂いをぷんぷんさせたような身体じゃあ、雷雲(らいうん)さんに失礼だし……」

 

 沙那が湯気の立った湯桶を抱えて戻ってきた。

 湯桶の縁には数枚の手拭いもある。

 木桶からは霊気を感じた。

 

 道術遣いの雷雲には、『焼石』という霊具を使って湯を作ったというのが桶越しにわかった。

 『焼石』というのは、濡らすと高い温度を発する効果を持つ石の霊具であり、湯桶一杯の身体を拭くための湯を作るには、小指の爪の半分ほどの欠片程度の『焼石』を水桶に入れればいいはずだ。

 それでたちまちに霊具が水の中で発熱して湯ができあがる。

 使う石の量が多ければ、発熱する温度が上がり過ぎるので、扱いには些かの技術と知識がいる。

 訳もわからず塊りで使ったりすると、金属も溶けるほどの熱を発して危険な事態になることもある。

 

 雷雲を救ってくれた宝玄仙の命令で、その供の沙那と孫空女を抱くことになったのだが、雷雲はこの展開に些か戸惑っていた。

 しかし、破瓜を恋人の眼の前で奪われ、輪姦されたことで追い詰められている水晶(すいしょう)の心を軽くするためだと言われ、そうせざるを得ないような雰囲気でもあるし、当の沙那と孫空女というふたりの美貌の女戦士たちは、自分たちの女主人の命令であれば、それは絶対に実行しなければならないと思い詰めているようでもある。

 雷雲はいまだに、この成り行きに呆然とする心地だ。

 

 沙那と孫空女は、部屋の隅に行って長椅子の影に隠れるようにしゃがんで服を脱ぎ始めた。

 こちらから見ると彼女たちの裸身は、長椅子の背もたれに隠れて見えないが、その長椅子の背もたれに、まずは彼女たちが身に着けていた具足が置かれ、そして、上衣や下衣が掛けられ、次に胸当てや腰の下着が服の下に隠されるように突っ込まれる。

 

 時折、垣間見える肩や手から、彼女たちの肌の白さと美しさを感じることができる。

 離れた寝台に座って、それを眺めている雷雲の股間はあっという間に逞しさを得た。

 ふたりはひそひそ声でなにかを話しながら、自分たちの身体の汗や浴びた返り血を一生懸命に拭こうとしているようだ。

 あのふたりで、雷雲たち三十人の護衛隊が全滅させられたここの盗賊団を壊滅させたのだという。

 そのこと自体、信じられないのだが、それほどの女傑が、いま、雷雲に抱かれるために、いそいそと部屋の隅で隠れるように身体を拭いているという事実はさらに信じられない。

 

 一騎当千の女戦士でありながら、たぐいまれな美貌を持ち、しかも、女としての慎みは失ってはいない……。

 もしかしたら、最高の女たちではないだろうか。

 水晶には悪いが、雷雲は、あれほどの女戦士が自分に抱かれるために裸体になって一生懸命に支度をしているのだと思うと、純粋に男として興奮していた。

 

 そう思ったとき、ふと雷雲は思うことがあった。

 もしかしたら、これは雷雲に対する宝玄仙の配慮なのではないかと……。

 

 宝玄仙は、性愛について重く考えすぎて追い詰められている水晶への荒療治として、雷雲もほかの女を抱くことで、貞操などとるに足らないものだと水晶に示し、ふたりが性愛について思いつめた関係にならないようにするのだと言っていたと思うが、もしかしたら、雷雲に沙那や孫空女を抱け言ったのは、水晶のためというよりは、男に輪姦されるという恥辱を味わい、男としての尊厳を完全に崩壊させられた雷雲に対する心の治療の一環でもあるのではないだろうか……。

 男として自分の一物がしっかりとした勃起を得たことを確信した雷雲はそう思った。

 

 実際のところ、いきなり水晶を抱くというのは怖い思いもあった。

 もしも、自分の性器が、昨日から今朝にかけての出来事を理由に、役に立たなくなっていたらどうしようというようなことが頭を過ぎっていたからだ。

 

 だが、もう大丈夫だ。

 雷雲は確信していた。

 自分はいま、ここの賊徒たちに尻を犯されたという精神的な衝撃から解放されつつある。

 

「あ、あのさあ……」

 

 不意に孫空女の顔だけが長椅子の背凭れからひょっこりと出てきた。

 顔が赤い。

 なにか恥ずかしいことを言おうとしているような気配だ。

 

「なんですか、孫空女さん?」

 

「お、お尻も洗った方がいいかい、雷雲?」

 

 孫空女が言った。

 

「お、お尻?」

 

 雷雲は驚いた。

 すると慌てたように沙那も背凭れの向こうから、顔だけを出した。

 沙那もまた、真っ赤な顔をしている。

 

「へ、変な意味じゃないですよ、雷雲さん……。いえ、もしかしたら、十分に変なことを言っているかもしれないけど……。そ、そのう……。わたしたちは、いつもお尻で受け入れができるように洗っておくことをご主人様に命令されているんですけど……。そ、そのう……、それには特別な洗い粉を使うんです。ご主人様の道術が刻まれている洗い粉で、それを使えば、指と水だけで中の汚れもきちんと取れて、清潔な受け入れができるような態勢になるんです。だけど、今日は朝からばたばたとしていて、そんなことをする暇もなくて……」

 

「は、はあ……」

 

 雷雲は生返事をしていた。

 とにかく、なにを彼女たちが言い始めたのか、ほとんど理解できなかった。

 

「でも、ふと気がついたら、その洗い粉をこの部屋に持ってくるのを忘れていたことに気がついて……、それで孫女と、取りに戻った方がいいかどうかと話していたんです……。でも、言いつけを終わる前にこの部屋から出たら、部屋の外にいるご主人様に、なにをされるかわからないし……」

 

 沙那が一気にまくしたてた。

 なんだか、その慌て方と困惑ぶりがおかしくて、雷雲は思わず噴き出していしまった。

 

「えっ、なにがおかしいのです?」

 

 沙那はきょとんとした顔をした。

 

「これは失礼……。あまりに一生懸命に訴えるものだから……」

 

 雷雲は慌てて顔をつくろった。

 

「いまでも指を入れる程度は大丈夫と思うよ、雷雲。それくらいだったら、いま洗ったから……。だ、だけど、それよりもずっと深くまで……、そ、そのさあ……、つまり、なにかを……、その……お尻に……あれを…、だから、あれを……入れるとしたら、やっぱり、あの洗い粉できれいにしてからじゃないと、雷雲が汚れるかなあ……って……。なんてことを沙那と話していたのさ──。な、なにを笑ってんだよ、雷雲──?」

 

 孫空女は言いづらそうにしながら、ますます赤面を濃くして喋っていたが、途中で怒ったように声をあげた。

 雷雲が孫空女の言葉の最中に大きな声で笑ってしまったからだ。

 

「あ、ありがとう……。実に君たちのお陰で、本当に深刻にならなくて済むな。宝玄仙殿が、君たちを抱けと言った意味がなんとなく理解できたよ」

 

 雷雲は涙を流して笑いながら言った。

 ふたりが呆気にとられている。

 

「……もう、身体を拭くのはいいだろう? こっちに来てくれ、ふたりとも……」

 

 雷雲はなんとか笑いを押さえてから、寝台に座り直して両手で手招きをした。

 沙那と孫空女がお互いの顔を見合わせてから、すっと立ちあがる。

 そして、両手で身体を隠しながらこっちにやってきた。

 

「そこに立って……。まずは、ふたりの身体を見せてくれ──。ああ、とてもきれいだ。素敵な身体だ」

 

 雷雲は、沙那と孫空女を雷雲が端に腰掛けている寝台の前に立たせた。

 ふたりは両手で身体の前を隠すようにしていたが、雷雲はその手をとって体側に避けさせた。

 

 本当に美しい身体だ。

 ふたりの裸身はとても女らしく、均整のとれた素晴らしい身体だった。

 そして、やはり戦士の身体だった。

 普段からちゃんと鍛えられている身体に違いない。

 沙那にしても孫空女にしても、身体にはほとんど贅肉のようなものは見当たらない。

 全身はしっかりとした筋肉がついている。それでいて、ちっとも筋肉質には見えないのだ。

 限りなく女性らしく、それでいて、男性的な強さもそこから感じた……。 

 じっと見ていると、それだけでしばらく見入ってしまうような不思議さがある。

 

 身体全体の線はふたりとも細い。

 だが、しっかりとしている。

 どちらかと言えば、孫空女の方が筋肉質かもしれない。孫空女の腹筋は軽い筋が入っているのに対して、沙那のお腹は外見では柔らかささえ感じるほどだ。

 そして、素晴らしい乳房──。

 ふたりとも全身には余分な肉はほとんどないと思ったが、その例外が乳房だ。

 ふたりともとても豊かな乳房をしている。

 それなのに、まったく垂れずにぴんと競りあがっている。

 ふたりの小さな乳首も魅力的だ。

 

「あ、あのう……」

 

 じっとしてただ身体を眺められ続けるという行為に我慢できなくなったのか、沙那が身体をくねらせる。

 

「じっとして」

 

 雷雲は言った。

 まだ、この身体を見ていたい。

 実に素晴らしい……。

 

「あのさあ……。舐めるとかしようか……? あたしら、そんなのもできるよ」

 

 孫空女も耐えきれなくなったかのように言った。

 

「うるさいったら──。頼むから、いいと言うまでじっとしているんだ──」

 

 今度は雷雲は少し強い口調で声をあげた。

 ふたりが困惑したように押し黙る。

 雷雲はじっくりと沙那と孫空女の乳房を見比べてみた。

 大きさは同じくらいだろう。

 しかし、背の高い分、孫空女の乳房は彼女の身体に対して均整のとれた品のいい大きさを感じさせる。

 

 一方、沙那は身体に対してはやや乳房が張り出しているような感じであり、彼女のほっそりとした身体つきに、ちょっと大きすぎる乳房は、沙那の艶香を激しく発散し、雷雲の官能を激しく刺激して余りある。

 いずれにしても、裸になったふたりの乳房は、とても豊満で柔らかそうだ。

 それがまったく垂れずにやや上に突き出ているのは神々しささえ感じるほどだ。

 

 ふたりが身体をもじつかせはじめた。雷雲の長い視姦に耐えられなくなってきたのかもしれない。

 雷雲はふたりの肌に両手を伸ばした。

 どんな感触なのだろう……?

 まず、触ったのはふたりのお腹だ。

 それに意味はない。

 寝台に腰掛けている雷雲が立っているふたりに真っ直ぐに手を伸ばすと、そこがお腹だっただけのことだ。

 

「あっ」

 

 ふたり同時にはっとしたような反応をしたが、声をあげたのは沙那だ。

 もしかしたら、沙那の方が感じやすいのかもしれない。

 考えてみれば、雷雲もふたりの女を同時に抱くなど生まれて初めての経験だ。

 だから、こうやってその身体を比べるようなことをしてしまうのかもしれない。

 

 雷雲は純粋に興奮していた。

 ふたりの肌に両手を這わせながら、十四、五のときに生まれて初めて女体を抱いたときの興奮を思い出していた。

 ふたりの肌はとても滑らかで触り心地がよかった。

 触っていて気持ちがいい。

 だが、やはり、当たり前だがそれぞれに違う。

 

 どちらかといえば、孫空女の方が筋肉質だ。

 もっとも、それは比較の話であり、沙那のお腹が柔らかいわけではない。

 沙那にしても、孫空女にしても、しっかりと肌触りのいい肌の内側には硬くて引き締まっている筋肉が整っている。

 

 雷雲は手をふたりの横腹に移動させて、そのまま腰の線に沿ってすっと撫ぜ下ろした。

 沙那の身体の震えと息遣いが大きくなったのがわかる。

 孫空女も内腿を擦り合わせるように動き出す。

 

 雷雲は腰に手を触れたまま、視線をふたりの股間に移した。

 ふたりの股間には一本の恥毛のない無丘だ。

 彼女たちの大人の身体に、幼女のような縦の亀裂はかなりの淫靡さだ。

 

 そして、ふと自分の股間に眼をやる。

 あの秀にふざけ半分で剃られた雷雲の陰毛は、見事に元に戻っている。

 あの宝玄仙の道術は、同じ道術遣いとして信じられないほどの力量だ。

 これほどの大きな道術を事もなげに、しかも、あんなに短い時間でやってのけるなど、あの宝玄仙というのはどこまでの道術遣いなのだろう。

 それにしても、この恥毛のない大人の女の股間というのはなかなかいいではないか……。

 

「ね、ねえ……。は、恥ずかしいよ。そんなにじろじろ見ないでよ──」

 

 孫空女が耐えられなくなったように声をあげた。

 

「ほ、本当ね。ただ、見られるだけというのも、結構、つらいものなのね」

 

 沙那も言った。

 

「じゃあ、寝台に並んで横になってくれ、ふたりとも……。立て膝をして足を開いてな」

 

 雷雲が言うと、沙那も孫空女も、恥ずかしそうな素振りを見せながらも、言われた通りに態勢をとった。

 この寝台は多人数で寝ることを想定しているのかどうかわからないが、随分と広く、大人が五、六人は十分に寝られるくらいの大きさがある。

 雷雲は沙那と孫空女の裸身を横たえさせて、自分はその真ん中に膝立ちで座った。

 そして、左右の手を同時に伸ばして、自分に近い側のふたりの内腿をすっ、すっと撫でまわす。

 

「ひうっ、あっ、あんっ──」

「ううっ……」

 

 すると、いきなり沙那と孫空女が激しすぎる反応をして、身体をくねらせた。

 ふたりのその女らしい反応が嬉しくて、雷雲はしばらく沙那と孫空女の内腿に手を這わせる愛撫を続けた。

 

 ふたりはあっという間に、激しい快感を全身で示しだした。

 だんだんと激しくなるふたりの狂態はこっちが度肝を抜かれる程だ。

 しかし、ただ、なんとなく股間の付け根に近い部分から膝の近くまでの間に手を這わし続けているだけなのだ。

 

 たったそれだけだ。

 だが、それでも、ふたりはかなり感じてしまっているようだ。

 

 しばらくそれをやっているとふたりの股間からはしっかりとした女の蜜の香りが漂い出し、雷雲が触れるふたりの肌にはじっとりとした汗がまとわりつきだす。

 ふたりともすっかりと鼻息は荒くなり、沙那に至ってはもう我慢できないのか、大きな嬌声を可愛らしい口から迸らせている。

 

「あ、ああ……き、気持ちいいです、ら、雷雲さん……、あんっ、あっ」

 

「んんっ、んっ……はんっ……んんっ……」

 

 ふたりの反応が激しくなるにつれ、雷雲は自分の中に存在していたふたりに対する遠慮や畏敬のような感情が小さくなっていくのがわかった。

 それよりも、どうやら快感に弱すぎる体質のようであるふたりの女傑のあまりもの可愛い反応に、雷雲の「男」が騒ぎだす。

 

 つまり、もっと彼女たちを苛めてみたい……。

 激しく追い詰めたいという気持ちがどんどん大きくなるのだ。

 それは紛れもなく、雷雲の雄の獣としての心だ。

 

 自分の中に力が戻っていく。

 男としての自信だ。

 それが復活していく。

 

 犯す……。

 

 ふたりを犯したい……。

 

 強く思った。

 

 雷雲はこれまでぎりぎりまで近づけても、決して触れなかったふたりの女陰にいきなり指を深く挿した。

 

「あふううっ──」

「ひうっ」

 

 沙那と孫空女がぎくりと身体を震わせた。

 ふたりとも大きな反応だ。

 それでいて、それぞれに違う。

 それが愉しい……。

 

 沙那は全身を反りかえらせて身体を大きく弓反りにした。

 孫空女は腰をよじるように汗ばんだ裸身を妖しくくねらせる。

 雷雲はふたりの女陰に挿入している指をすぐに二本にした。

 そして、ふたりの女陰の中で指を擦り合わせるように交互に大きく動かす。

 瞬く間にふたりの膣の中でたくさんの愛液が溢れ出すのを感じた。

 

 もう十分すぎる量だ。

 ふたりともすでに受け入れ態勢はできている。

 だが、ふたりを相手にするのにどういう体位をとればいいのか……。

 雷雲は少しだけ考えた。

 

「沙那、孫空女の上になるんだ」

 

 雷雲は沙那を促して、孫空女の身体の上に乗るように促した。

 

「えっ……?」

 

 沙那は孫空女の身体に自分の身体を重ねながらも呆気にとられたような顔をこちらに向けた。

 

「沙那は孫空女を愛するんだ。乳房でも愛撫してあげな。唇も重ねろ」

 

「は、はい……」

 

 沙那が頷く。

 そして、身体の下の孫空女に向き直る。

 

「……じゃ、じゃあ、孫女……」

 

「う、うん……」

 

 沙那が孫空女の唇に唇を重ねる。そして、沙那が孫空女の乳房を手で揉み始めると、

 孫空女が激しく悶えだした。

 雷雲は、沙那のもう一方の手をとって、孫空女の股間に誘導した。

 すぐに沙那が孫空女の股間を愛撫を開始する。

 

「ああんっ……、さ、沙那──。そ、そこ……、だ、だめええっ──」

 

 孫空女の身体が激しく悶えだす。

 そして、急に切羽詰ったように孫空女が沙那の身体にしがみついた。

 ふたりの絡みが積極的になる。

 雷雲はそのふたりの上に自分の身体を覆い被らせた。

 そして、すっかりと濡れている沙那の女陰に自分の勃起した男根をあてがって、すっと背後から挿入した。

 

「あひいっ──」

 

 瞬間に大きな狼狽を示した沙那は、孫空女を責めていた手を止めて大きく身体を仰け反らす。

 

「沙那、孫空女を責め続けるんだ──」

 

 雷雲は声をあげた。

 

「は、はい……」

 

 沙那は雷雲を受け入れて、腰の動きをしっかりと雷雲の動きに合わせるとともに、雷雲の命令に従って、孫空女の口を吸い、その肌に愛撫を続けている。ふたりの乳房は重なり合い、それをふたりで押し潰すようにするとふたりは同時に大きな声をあげた。

 

「沙那、いくよ──」

 

 雷雲は沙那に孫空女への愛撫を続けさせながら、その沙那の女陰を激しく責めたてた。

 

「あふううっ」

 

 沙那がなにかに耐えるような悲鳴をあげる。

 雷雲は自分の中の本能のまま、沙那の股間を激しく責め立てた。

 沙那の狂態はますます激しいものになる。

 そして、沙那はそれの自分が襲われる快感のまま、それを孫空女への愛撫にぶつけている。

 孫空女もまた、激しく悶えている。

 

「い、いくっ、いく、いくっ、いきます……も、もう、我慢できません──」

 

 沙那が一生懸命に孫空女を責める素振りをしながらも吠えるように叫んだ。

 

「あ、あたしも──」

 

 沙那に責められている孫空女も沙那の身体の下で叫んだ。

 

「沙那はいっていい……。だが、孫空女は耐えるんだ。沙那がいったら交替だ。今度は孫空女が沙那を責めながら俺に犯されるんだ」

 

「う、うん……あっ、あああっ──」

 

 孫空女が息を整えながら必死に耐えるような仕草をする。

 一方で、沙那は一瞬身体を硬直したように緊張させて、雷雲もびっくりするような大声をあげた。

 

「あはああぁぁぁ──」

 

 沙那が全身から快感を迸らせたのがわかった。

 もっとも、雷雲は精を放つところまではいっていない。

 まあ、それはいいだろう……。

 

 まだ、孫空女が残っている……。

 雷雲は自重することにした。

 

「沙那、休んでいる余裕はないぞ……。孫空女と交代だ」

 

 雷雲がそう言うと、沙那と孫空女は汗まみれの身体をだるそうに入れ替えた。

 ふたりの動作を見守りながら、雷雲はいつの間にか自分がふたりを呼び捨てにしていることに気がついた。

 

 だが、思念に耽ったのは一瞬だ。

 孫空女が身体の下になった沙那を責め始めると、ふたりから淫靡な気が一気に放出する。

 汗まみれの女体がお互いの全身をむさぼり合うようにうねる。

 

 ふたりの激しい息遣いと声──。

 ふたりの愛液が混ざり合い淫靡な音をたて始める。

 雷雲は、夢中になって肌を擦り合うふたりに、粘液を全身から噴出しながら絡み合う原始的な軟体動物を感じた。

 だか、その姿はとても淫らだった。

 

 雷雲は眼の下の孫空女の豊かな臀部に両手を添わせた。

 そして、一気に孫空女の女陰に怒張を貫かせた。

 孫空女の喉から悲鳴のような嬌声が迸った。



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417 “いじょうなふうふ”

「た、頼むぅぅぅぅ──。なんとかしてくれぇ──。か、痒い──。か、痒い──」

 

 権白狼(ごんばくろう)が高尻の姿勢に拘束された身体を床に擦りつけながら発狂したように泣き叫んでいる。

 宝玄仙はその姿を見て嘲笑った。

 

「なにを言ってるんだい。お前に使ったのは全部、お前の砦に保管してあった薬じゃないかい。どうせ、こんな痒み剤を使って、(さら)った女をいたぶってたんだろう? 他人が味わう苦痛も少しは味わっておきな」

 

 気も狂わんばかりの尻の痒さに口から大量の涎を垂らしている権白狼の顔を宝玄仙は強く踏みつけた。

 砦の真ん中にある集会場の大広間だ。

 その広間のほぼ真ん中に宝玄仙は椅子に座っている。

 その足元に、全身を拘束されて床に顔を密着させられている権白狼がいる。

 

 権白狼はひたすら全身を激しく振って泣き喚いていた。

 大量の痒み剤を尻に塗りたくられて放置され続けているのだ。

 こうやって、権白狼を責め始めて数刻が経っている。

 

 もっとも、大半の時間を責めたのは、ここで権白狼を責めるように宝玄仙が命じた女たちであり、宝玄仙が嗜虐に加わったのは一刻(約一時間)程度でしかない。

 しかし、時間はもう夜半をすぎているだろう。

 

 だが、この広間には権白狼が(さら)ってきた女たちはいない。

 思ったよりも雷雲(らいうん)の治療に時間を要して夜半もすぎたこともあるし、眠さが目立っていた彼女たちは別室で休ませることにしたのだ。

 香蛾(こうが)も一緒だ。

 

 それで、権白狼が女たちの顔を覚えないようにつけさせていた目隠しは外させた。

 目隠しの外された権白狼の眼は、あまりの痒さにすでに光を失っている。

 いまは、腕を後手縛りにして、両方の膝を短めの木の棒の両端に結んで脚を閉じられないようにし、その身体をうつ伏せにして膝を立てさせた格好で鉄の首輪を嵌めさせ、さらに首輪と脚の間の棒を床に取り付けた金具で床に固定している。

 

 つまり、脚を開いて尻を高くあげてうつ伏せになり、床に顔を付けている恰好だ。

 その恰好で大量の掻痒剤を尻に塗っている。

 朱姫がいろいろな責めを試したらしいが、この尻に掻痒剤を塗って放置する責めが一番つらそうなのでそうしてやっているようだ。

 

「た、たまらん──。ああっ、なんでもする……。なんでもするから尻を掻いてくれ──」

 

 権白狼はそんな不自由な態勢で、ひたすらに尻を大きく振って少しでも痒みを癒そうと懸命だ。

 全身が高揚した汗びっしょりの身体を激しくのたうたせている。

 権白狼は半狂乱だ。

 

「お前の尻を掻けだって? 冗談言うんじゃないよ。なんで、わたしがお前の汚い尻を掻かなきゃならないんだい──。お前の尻に薬剤を塗ったのは、お前が(さら)った女たちだろう? なんで、そいつらが起きているうちに、尻を掻いてもらわないんだい。馬鹿じゃないかい──」

 

 宝玄仙はそうからかって、声をあげて笑った。

 権白狼がさらに悲鳴のような泣き声をあげる。

 

 宝玄仙が言った通り、何度も掻痒剤を権白狼の尻に重ね塗りしたのは、さっきまで、朱姫とともに、この大広間にいた女たちだ。

 その女たちを(さら)ってきたのは権白狼だ。

 自分たちを理不尽に(さら)ってきたその女たちにそうやって復讐させていたのだが、時間も時間なので、女たちと香蛾には、この大広間に接するひとつの部屋に休むことを許した。

 

 だから、女たちがいなくなる前に、なんで痒さを癒してもらわなかったのだと意地悪を言ったのだが、 もっとも、それは実は無理だというものだ。

 女たちに、掻痒剤を塗っても痒さを癒すことを禁止しておいたのは宝玄仙なのだ。

 

 宝玄仙が雷雲の治療のために不在にしていた前夜半の間、権白狼は掻痒剤を塗られては放置され、また塗り足されては放置されということを繰り返していたはずだ。

 本来であれば、とっくの昔に痒さで発狂していたところだったかもしれないが、そこは責めにかけては百戦錬磨の朱姫がいる。

 権白狼が痒さで正気を失うぎりぎりのところで調整していたはずだ。

 

「そ、そんなあ……あがああ……か、痒い──。す、水晶──。頼む。その棒を挿してくれ──。後生だ──。その棒を尻に挿してくれ」

 

 権白狼は高くあげている尻を激しく揺すぶった。

 この部屋には、いまは宝玄仙と朱姫と水晶(すいしょう)がいる。

 水晶は、雷雲に沙那と孫空女を抱かせている間、この部屋で朱姫の『縛心術』で少しばかり、心の治療をさせていたが、いまは、宝玄仙と朱姫とともに、権白狼を責めることをやらせていた。

 

 もっとも、水晶は余程、嗜虐には向かないのか、好きなようにいたぶって仕返しをしろとけしかけても、かえっておろおろするだけだ。

 いまも権白狼に泣き叫ばれて、宝玄仙に持たされた尻孔調教用の棒を持って、権白狼の後ろで当惑して狼狽えるばかりだ。

 あれでは、まるで水晶が嗜虐されているような感じだ。

 

「水晶さん、好きなだけ仕返しすればいいじゃないですか……。こいつが水晶さんを犯したんでしょう? 思いつく限りの嫌がらせをやってやればいいですよ」

 

 朱姫が少し離れた卓から声をかけた。

 その卓には、この砦で適当に集めてきた食べ物が置いてあり、朱姫はそこで赤い色の果実を口にしていた。

 

「そ、そんなことを言われても……」

 

 水晶は権白狼の後ろで途方に暮れた表情のままだ。

 宝玄仙は苦笑した。

 

「いいから、その男の肛門にその棒の先端を当ててみてくださいよ、水晶さん」

 

 朱姫がさらに言った。

 

「こ、こうですか……」

 

 水晶がおっかなびっくりという感じで、権白狼が振り立てているお尻に持っていた棒の先端を当てた。

 

「うおおおおっ──」

 

 その途端にもの凄い勢いで権白狼が尻を左右に振りだした。

 

「うわっ」

 

 そのあまりの激しさに水晶がびっくりして、その手を引っ込めた。

 すると、権白狼が大声をあげて泣き叫んだ。

 宝玄仙は大笑いした。

 

「いいじゃないかい、水晶。その調子で焦らし責めにしな。そんな感じだよ──」

 

 痒みを癒してくれると思った棒を取りあげられたかたちになり権白狼はますます哀れに泣いている。

 宝玄仙はその情けない姿に手を叩いて悦んだ。

 

「そ、そんなつもりじゃあ……」

 

「そんなつもりでいいんだよ。馬鹿だねえ……」

 

 宝玄仙は言った。

 そのとき、奥の部屋から戸が開いて雷雲が入ってきた。

 

「ら、雷雲殿……」

 

 水晶が雷雲の顔を見てほっとした表情になる。雷雲の態度は堂々としていて、なにかを吹っ切れたような感じだ。

 どうやら、沙那と孫空女を抱かせたことがいいきっかけになったようだ。

 宝玄仙はほっとした。

 

 微笑みながら水晶に歩み寄った雷雲は、尻を振りたてて叫んでいる権白狼に一度視線をやった後、ふと視線を水晶の持っている責め棒に送った。

 水晶は慌てたように持っていた棒を背中に隠した。

 しかし、その棒を雷雲が微笑みながら取りあげた。

 

「おい、権白狼、昨日は世話になったな……。俺のことを覚えているだろう?」

 

 雷雲は権白狼の顔の前に回り込むと、すっとしゃがみ込んで権白狼の顔を覗きこむようにした。

 

「あっ、お前は雷雲──? な、なんで……?」

 

 権白狼はびっくりしている。

 おそらく、眼を潰して手足を切断してやった雷雲が、いま、こうやって五体満足に立って自分を見下ろしているという事実が理解できないに違いないようだ。

 

「ここにいる宝玄仙殿の道術で手足も眼も復活してもらったのさ……。それよりも、責める者と責められる者──、これが逆転するというほど、世の中に面白いものはないな。そう思うだろう、権白狼?」

 

 そして、驚いたことに権白狼の棒で開脚させている股倉に手を伸ばすと、睾丸と肉棒を片手で刺激し始めたのだ。

 権白狼は怒声をあげて、全身を揺すって手を避けようとするが、全身を縛められている身では、雷雲の無遠慮な愛撫を受け続けるしかなく、たちまちに権白狼の声に荒い鼻息が混じり出した。

 

「なるほど、男の珍棒を触って、なにが愉しいのだと昨日は思っていたが、これはこれでなかなか面白いかもしれんな。そんなにここを硬くするんじゃないぜ、権白狼──」

 

 雷雲がせせら笑いながら言った。

 そして、しばらくそうやって権白狼の性器をいたぶってか権白狼から一度離れる。

 権白狼をいたぶる雷雲の表情は、怖れを知らない傍若無人さが垣間見えていて、なかなかの生意気な小憎らしさに溢れていた。

 おそらく、この雷雲が本来の雷雲なのだろう。

 身体を回復する前の雷雲からは、ここの賊徒たちによって、婚約者の水晶を犯され、男としての尊厳を奪われ、心が崩壊しそうになっているように感じだったが、どうやら沙那と孫空女はよい仕事をしたようだ。

 

 あいつらのことだ……。

 どうせ無自覚にいきまくって、雷雲を呆れさせたに違いないのだが、あれだけの女傑を自分が性の技で完全に屈服させたとなれば、雷雲も失いかけた自信を取り戻しただろう。いまの雷雲は、なかなかいい感じだ。

 これなら、もう大丈夫だろう。

 

「どら、また遊んでやるよ。これはどうだい?」

 

 雷雲は今度は前側から再び権白狼の股間に手を伸ばした。

 権白狼は吠えるように悲鳴をあげる。

 

 雷雲はそうやってしばらく権白狼の性器を弄くったり、捻ったり、あるいは、睾丸を強く握ったりして、権白狼に悲鳴をあげさせ続けたが、やがて飽きたように権白狼の性器から手を離した。

 権白狼が吠えるような泣き声をあげた。

 

「ところで、水晶殿、あなたはこいつにどんな仕返しをしてやったのだ?」

 

 雷雲が水晶に視線を向けた。

 

「わ、わたしは……」

 

 すると水晶が困惑した表情をした。

 

「水晶さんは責めるのが苦手みたいです……。性癖を解放させる暗示を与えてあげたら、却ってなんにもできなくなってしまったんですよ、雷雲さん。だから、あたしたちが権白狼を責めなさいって、一生懸命に言ってもなにもできなかったんですよ。ふふふ……。水晶さんは、実は苛められるのが好きなんです」

 

 朱姫が悪戯っぽく言った。

 

「しゅ、朱姫さん、変なことを言わないでください──」

 

 水晶は真っ赤になった。

 

「変なことってなんですか、水晶さん──。本当のことじゃないですか。さっき、水晶さんの心の重しを取り除くための『縛心術』にかかってもらいましたよねえ……。あれは、水晶さんの性癖を解放する術も入っていたんですよ。実は水晶さんって、普段はもっと颯爽としているんじゃないですか? 」

 

「そ、そんな」

 

「でも、いまは、なにか落ち着かなくて、とても甘えん坊の気分になっているでしょう? あたしは術師だからわかるんです。水晶さんは、苛められると欲情する人です。間違いありません──」

 

 朱姫がきっぱりと言った。

 さっきまで、朱姫には『縛心術』で水晶の心の治療をさせていた。

 すなわち、雷雲の眼の前で、権白狼たちに輪姦されたことを心の負担に思わないようにするための処置だ。

 朱姫は、『縛心術』の達人だ。

 心の治療は朱姫の得意分野だ。

 水晶は、いまは、もう権白狼に犯されたことについての心の負担のようなものはないはずだ。

 それは、水晶の知っているところで、雷雲も別の女を抱いたということでも、気が軽くなっている。

 お互いのことだから大丈夫だという暗示を朱姫が与えて、雷雲に対する負い目のような負担も取り除いたようだ。

 

 そして、同時に朱姫は、水晶の隠されている性癖を表に出させる暗示も与えたはずだ。

 宝玄仙がそうするように朱姫に命じていたからだ。

 いずれにしても、性愛について真面目すぎる性格では、最初の性愛が輪姦だったというのは、水晶の今後の人生に一生ついてまわる負担になってしまう。

 だから、少しくらい性に解放的な性格に変えてやることにした。

 そうすれば、最初の性愛の思い出など、最初に虫に刺されたときの記憶程度に取るに足らない記憶のひとつとなっていく。

 

 いずれにしても、水晶の隠れている性癖を解放した結果については、宝玄仙は聞いていなかった。

 なるほど、水晶は被虐的な性癖のようだ。

 言われてみればそんな感じだ。

 

「そ、そんなことありません──。苛められて欲情するなど……。それじゃあ、まるで……」

 

 水晶は怒ったように朱姫になにかを言いかけたが、雷雲の顔を横目で見て慌てたように口をつぐんだ。

 

「まるでなんですか、水晶さん……? 言っておきますけど、雷雲さんは水晶さんの夫になられるんですよね。だったら、性癖のことは隠さない方がいいと思いますけどね……。それに正直に告げておいた方がいいんじゃないですか? 実は賊徒たちに犯されたときに興奮して感じてしまったと──。そのことが負い目になり、雷雲さんに顔向けできない気持ちになり、それで死にたくなったと……」

 

「朱姫さん──」

 

 水晶が怒鳴った。

 その眼は涙ぐんでいる。

 たったいま、朱姫が口にしたことは、絶対に雷雲には知って欲しくなったことなのだろう。

 朱姫を睨みながら、雷雲の顔をちらちらと覗き見する水晶の態度から、それがはっきりと読み取れた。

 

「水晶殿……」

 

 雷雲が狼狽えた様子の水晶の両肩に手を当てて、そっと自分に向かせた。

 

「ひっ」

 

 水晶はぎくりと身体を竦ませる。

 

「いまのは本当か?」

 

「い、いまのって……?」

 

 水晶の顔は凍りついている。

 だが、宝玄仙には雷雲の表情に含み笑いのようなものが混じっていることに気がついた。

 どうやら、雷雲は、水晶が権白狼たちの凌辱に実は感じたのではないかという朱姫の指摘に、面白さは感じても深刻なものは感じなかったようだ。

 むしろ、それに動揺している水晶の態度を面白がっている気配だ。

 

「実は苛められるのが実は好きだということだ」

 

「そ、それは……」

 

 水晶が顔を真っ赤にした。

 そして耐えきれなくなったかのように顔を下に伏せる。

 すると雷雲が苦笑した。

 

「なるほど、俺たちは、これから婚儀を経て夫婦になろうというのに、お互いの性癖のこととか、あるいは性の相性とか少しも知らずにいたのだな。俺はこと性交において、あなたに当たり前のこと以外をすれば幻滅されると思っていたし、婚前に手を出すなど、あなたには絶対にやってはならないことのように思ってきた。だが、考えてみれば、それは間違いだったかもしれないな……。例えば、俺は──」

 

 すると雷雲は、いきなり水晶の下袍の下に手を入れて、水晶の股間に手を入れようとした。

 

「な、なにをするんです──」

 

 驚いた水晶が両手でそれを阻止して押さえた。

 

「邪魔をするな、水晶殿……、いや、水晶──。両手は背中で組め──」

 

 びっくりするような雷雲の大音響は部屋中に轟いた。

 水晶の口から悲鳴が迸った。

 

「両手を背中で組め──。聞こえんのか、水晶──」

 

 もう一度雷雲の大声が響く。

 水晶の身体が硬直した。

 しかし、まだ、雷雲の命令には従っていない。

 力が入っている様子は消えたが、まだ、両手は下袍の下から手を入れようとする雷雲を阻止しようとする態勢のままだ。

 

「言うことを聞くべきですよ、水晶さん……。あなた方は“異常な夫婦”なんですから……」

 

 朱姫がそう言った。

 すると水晶の顔がはっとしたようになった。

 

 そして、両手がゆっくりと背中に回り、その手がしっかりと組まれる。

 雷雲の手は水晶の下袍の中にしっかりと収まり、水晶の股間にしっかりと届いたようだ。

 雷雲の腕によってたくしあげられている下袍の下になった雷雲の手がゆっくりと動き出す。

 

「はんっ──」

 

 水晶が大きな声をあげて、身体を小刻みに震わせ出した。

 しかし、背中に組まれた両手はそのままだ。

 

「実を言えば、俺はこういう少し乱暴で意地悪な抱き方が好きなのだ。だが、そんなことが水晶にばれれば、俺はあなたに嫌われると思っていた……。だから、一生隠しておくつもりだったのだが……」

 

 雷雲がそう言いながら、水晶の股間を揉む手を激しくしたようだ。

 水晶の身体の悶えが大きくなる。

 

「ら、雷雲殿……、も、もう、悪戯はやめてください……、こ、こんな……」

 

 水晶が顔を歪めて訴えた。

 しかし、雷雲はますます悦に入ったような表情になる。

 

 やがて、水晶は狂おしく全身を波打たせだした。

 早まる雷雲の手の動きに耐えられなくなったように、膝ががくがくと動き出す。

 口とは裏腹に水晶の顔には、明らかな欲情が浮き出ている。

 これまでとは違う雷雲の嗜虐的な扱いに興奮をしているのは間違いない。

 

「口ではそう言うが、股ぐらはちっとも嫌そうじゃないぞ。もう、下着はぐしょぐしょだな。どうやら、水晶は汁が多い性質のようだ。婚約をしていたのに、俺はそんなことも知らなかったのだな……」

 

 雷雲は自嘲気味に笑った。

 だが、水晶はそれどころではないようだ。

 ますます、興に乗って動き出す雷雲の指に翻弄されている。

 顔は上気して真っ赤だ。

 鼻息は荒くなり、口から甘い吐息とともに嬌声もこぼれ出す。 

 

「このまま気をやって見せてくれ、水晶」

 

「そ、そんなことできません、雷雲殿──。あ、ああっ……い、いい加減におやめ……ください──」

 

 水晶が両手を背中に組んだまま腰をもじつかせて叫んだ。

 すると雷雲が今度は、顔を朱姫に向けた。

 

「朱姫、さっき水晶にかけたあなたの言葉は、おかしな感じだったな。あれは『縛心術』かなにかなのか?」

 

 雷雲が言った。

 しかし、水晶の股間を責める下袍の下の手はそのままだ。

 水晶はますます大きな身悶えをはじめる。

 

「強いものじゃありません。ただ、隠れている性癖を表に出す暗示の言葉を言っただけです。その言葉を耳にすると、水晶さんは隠している被虐の性癖が身体を支配し、雷雲さんの言葉には逆らえなくなるんです。そういう暗示を与えました。その代わり、水晶さんの性欲は実はすごく昂ぶってしまうから、ちゃんと抱いてあげないといけなくなるんですが……」

 

「どんな暗示の言葉なのだ?」

 

「異常な夫婦……です」

 

 朱姫がそう言うと、水晶の反応が大きくなった。

 おそらく、さらに欲情が高まったのだろう。

 

「なるほど、異常な夫婦か……。俺たちに相応しいな」

 

 雷雲が笑った。

 

「そ、その言葉を口にしないで──」

 

 水晶が悲鳴をあげた。

 

「ならば、異常な夫婦に相応しい姿を見せろ、水晶。太腿の力を完全に抜け。このままいくんだ……。い、じょ、う、な、ふ、う、ふ……」

 

 雷雲が暗示の言葉を水晶の耳元でささやいた。

 

「あはあああっ」

 

 水晶の全身の力ががっくりと抜けたのがわかった。

 雷雲の指がさらに水晶の股間に埋まり込んだみたいだ。

 おそらく、下着の横から水晶の女陰に指を直接入れたのだろう。

 

「あはああ──」

 

 突然、大きな声をあげたかと思うと水晶は、上半身を思いきり仰け反らせて腰を激しく前後に動かした。

 がくりと倒れかけた水晶の身体を雷雲が抱きとめた。

 

「腕を離していいぞ……」

 

 雷雲が言った。

 水晶が雷雲にしがみついた。

 そして、さらに全身を震わせて総身を悶えてよがった。

 やがて、水晶は、すべての力を失ったかのように立ったまま雷雲にもたれかかる。

 雷雲はその水晶をしっかりと抱く。

 

「俺はこんな抱き方が好きな男だ。俺の性癖を受け入れてくれ、水晶……。いま、俺はお前を賊徒たちに奪われかける前よりも身近に感じる……。改めてお願いする。俺の妻になってくれ──。いや、やはり、頼むのはやめだ。俺はお前を妻にする。奴隷妻だ。普段は俺を助けてくれる頼もしい相棒だが、性愛のときにはお前は俺の奴隷妻だ。いいな──」

 

 雷雲は言った。

 そして、水晶の口に唇を合わせる。

 ふたりはむさぼるような接吻を始めた。

 宝玄仙はにんまりとした。

 

「まあ、収まるところに収まったというわけだね……。ところで、朱姫、お前は、また、この前と同じ暗示の言葉を使ったのかい? 陳達と長女金のときにも同じ暗示を使わなかったかい?」

 

 宝玄仙は朱姫に言った。

 

「だって、同じように夫婦なんですから、同じ暗示の言葉でも問題ないですよね」

 

「まあ、そうだけど、正確には、まだ夫婦じゃないよ。夫婦でない期間は、暗示の言葉が“夫婦”だと不便もあるんじゃないかい?」

 

 なんとなく宝玄仙は言った。

 

「そのことなんですが、宝玄仙殿にお願いがあるんです」

 

 雷雲だ。

 すでに雷雲は水晶から口を離している。

 だが、両手はしっかりと水晶を抱きしめたままだ。

 

「お願い?」

 

 宝玄仙は雷雲と水晶を見た。

 

「俺たちは、明日にはここを出て朱紫国に戻ろうと思います。その前に、ここで結婚の婚儀をしたいのです……。婚儀と言っても、簡単なもので本格的な儀礼は、里に戻ってお互いの親族を招いてのものになると思います」

 

「そうかい」

 

「しかし、多くの者が死んだし、その始末もあるし、それに喪に服す期間を待たねばならんので、正規の結婚の儀はかなり、先のことになるのは間違いありません。だから、ここでふたりだけであげておきたいのです。その立会人になって欲しいのです。あなた方に……。俺はあなたの立ち合いで水晶と夫婦の縁を結ぶ儀式をしたい──」

 

「断る理由はないようだね。その代わり、わたしのお願いも後で聞いてもらうよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そう言えば、そんなことを言っていましたね。わかりました。どんなことでも命じてください……。というわけだ、水晶──。明日は、宝玄仙殿の前で夫婦の誓いをしよう──。拒否は許さない。表の夫婦としての儀式はもう少し先になると思うが、俺の奴隷妻としての儀式は、先にここでやってもらうからな」

 

「ら、雷雲殿……」

 

 水晶が涙を浮かべてぎゅっと雷雲に抱きついた。

 

「はがああああ──。なんとかしてくれ──なんでもする──なんでもするから──」

 

 ずっと呻き続けて腰を振っていた権白狼が、ついに発狂したような大声を発した。

 もの凄い力で拘束された高尻の姿勢の身体を揺すっている。

 しかし、もちろん、拘束が緩む気配はない。

 権白狼のだらしなく開いた口からは涎が垂れっぱなしだし、眼が完全に焦点を失っている。

 激しく動くことにより、手首の首輪の部分の肌が破けて血が滴り出している。

 

「おお、権白狼、お前のことを忘れていたぜ。どうだ、俺が痒みを癒してやろうか?」

 

 雷雲が水晶の身体を離して、権白狼に言った。

 そして、持ったままだった責め棒に気がついて、再びそれを権白狼の顔の前にかざした。

 すると権白狼が吠えるように身体を揺すぶった。

 

「おうおう、そんなに嬉しいか……。わかったぜ。俺も情け深い男だしな。痒みを消してやるよ。ただし、条件があるけどな……」

 

 雷雲は不敵な笑みをすると、水晶に命じて朱姫のいる食材が集めてある席から平らな皿を持ってこさせた。

 そして、それを受け取ると権白狼の顔の下に置く。

 皿が眼の前に出されたことに呆気にとられた表情の権白狼の前で、雷雲はいきなり下袴の前から一物を取り出した。

 そして、床に密着している権白狼の頭の上から小便を始めた。

 

「うわっ……。な、なんだ──?」

 

 一瞬だけ正気に返った感じの権白狼が狼狽えた声をあげた。

 その権白狼の頭の上に雷雲の尿が注がれる。

 どうやら権白狼の顔の前に置いた皿に小便をしているようだが、皿と権白狼の顔が同じ位置にあるので、当然、権白狼の頭に上から注がれるかたちになっているのだ。

 

「わっ、しょ、小便か──。ら、雷雲か──?」

 

 権白狼が叫んだ。

 

「ああ、俺の小便だ。喉が渇いたろう。たっぷりと飲んでくれよ。その皿の小便を全部飲み干したら、痒みを取り除いてやるぜ」

 

 雷雲が一物を股間にしまいながら言った。

 宝玄仙は噴き出した。

 自分の小便を飲まそうというのはなかなかの冷酷さだ。

 宝玄仙は気に入ってしまった。

 

「ほ、本当だな……?」

 

 権白狼の顔が屈辱で歪んだのは一瞬だ。

 いまは痒みの苦しさが上回っているのだろう。

 すぐに舌を出して、皿に溜まった小便を舐める仕草になった。

 

「なにやってんだ、権白狼──。口で飲むんじゃねえよ。鼻で吸え──。鼻で全部吸い取ったら、痒みを癒してやる」

 

「な、なんだと──」

 

 権白狼の顔が怒りで真っ赤になった。

 

「そりゃあ、いいねえ……。雷雲、お前は最高だよ。いい友人になれそうさ。そういう馬鹿げた嗜虐は大好きさ……。ほらっ、権白狼、鼻で飲みな。その小便を全部ね。そうしたら、痒み責めは勘弁してやるよ──。そうだ。それだけじゃあ、面白くないね──。朱姫、唐辛子の瓶があったろう。それ持っておいで──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 朱姫がすぐに真っ赤な唐辛子の入った小瓶を持ってくる。

 宝玄仙はその蓋を開けて、中身を全部、雷雲の尿が溜まっている平らな皿にぶちまけた。

 

「ほらっ、特性の汁を作ってやったよ。全部、飲むんだ。まごまごしていると、道術でどんどん痒みをあげていくよ。ほらっ、鼻を皿に入れないかい──」

 

 宝玄仙は手でぐいと皿を権白狼の顔にさらに押しつけた。

 権白狼は泣き出してしまった。

 

「……ここはもういいよ、雷雲。水晶はお前に抱かれたいような顔をしているし、お前もそうさ。適当な部屋を見つけて、水晶を抱いておいで……。お前たちはもう大丈夫そうだ……。宝玄仙の治療はこれで全部終わったよ」

 

 宝玄仙は雷雲と水晶に振り向いて言った。

 雷雲は感謝と畏敬のこもった顔を……、水晶は動揺と羞恥の混じったような顔を宝玄仙に向けた。

 ふたりがほぼ同時に頭を下げる。

 

「そう言えば、沙那と孫空女はどうしたんだい、雷雲? あいつらを抱いたことが、お前の立ち直りのきっかけになったことは事実なのだろうけど、随分と早くなかったかい?」

 

 水晶を連れて立ち去りかけた雷雲に、ふと疑問に持って宝玄仙は訊ねた。

 雷雲の立ち直りのきっかけになればと思って、沙那と孫空女を雷雲に抱かせたのだが、その時間は一刻(約一時間)くらいしかなかった。

 別に性愛としては十分な時間だが、あいつらにしては、なんとなく早いという気もする。いったい、どうしたのだろう。

 すると雷雲は複雑そうな表情で微笑んだ。

 

「彼女たちは随分と疲れていたようですね、宝玄仙殿……。まあ、無理もないですよ。たったふたりで、ここの賊徒を制圧しただけでなく、聞けば、それまでにかなりの距離を走り、馬で駆けたようですし……。俺も責めすぎたところもあって、途中で疲れて……」

 

 雷雲がそう言ったので、宝玄仙は驚いてしまった。

 あのふたりのことだから、あっという間に連続絶頂して、雷雲を驚かせたに違いないが、まさか、自分たちだけ達して、雷雲を置き去りにしたということはないだろうか……。

 

 しかし、雷雲の雰囲気には、なんとなく、その気配がある……。

 

「ま、まさかと思うけど、あいつらお前の相手を最後までやってから寝たんだろうねえ。お前は何回くらい精を放ったんだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「いやいや、彼女たちの身体は十分に堪能しましたよ……。ただ、あんまり早く達するので、なかなか息が合わないし、まあ、彼女たちも疲れていたようだし……」

 

「お前、あいつらに精を放てなかったのかい──」

 

 宝玄仙は驚いて声をあげた。

 

「いやいやいや……。彼女たちは素晴らしい女性たちでしたよ──。俺はすっかりと満足しましたから──」

 

 宝玄仙の権幕と怒りにたじろぎの表情を見せた雷雲が言った。

 

「いや、いい、これはこっちの話だから……。冗談じゃないよ。宝玄仙の供ともあろう者が、伽を命じた男の精を出させることなく、先に寝てしまうなんてね──。こりゃあ、生半可な罰じゃあ不十分だよ──。この禿げ坊主と一緒に、鼻で辛子入りの小便をすすらせてやる──。朱姫、ふたりを叩き起こしておいで──。いや、やっぱりいい。わたしが連れてくる──。朱姫、お前はここで権白狼の面倒を看てな」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 そして、沙那と孫空女がいるはずの部屋に向かう。

 

「待ってくれ、宝玄仙殿──。あのふたりには満足させてもらった。本当だ──」

 

 雷雲が叫んで宝玄仙を止めるように追いかけてくる。

 宝玄仙は振り返った。すると朱姫がその雷雲を止めていた。

 

「まあまあ、こっちはいいです。いつものことですから……。気にしないでください。それよりも、ご主人様が戻る前には消えておいた方がいいですよ。ご主人様の本気の責めは、なかなかに過激ですから、ここにいたら、今夜、おふたりが愛し合う機会を逸してしまうかもしれませんよ」

 

 朱姫がそんなことを言っている。

 宝玄仙は苦笑した。

 

「しかし……」

 

「“しかし”じゃないです。さあ、行って……。行かないと水晶さんが可哀そうですよ。あの暗示は、本当に利くんですから──。欲情したのになんにもしてもらえないのは女はつらいんですよ──。い、じょ、う、な、ふ、う、ふ……。ねっ?」

 

「そ、それはやめて──」

 

 水晶が朱姫の暗示の言葉に顔を真っ赤にして、我慢できなくなったかのように両手で自分の股間を押さえた。

 

「ふぎゃああ──」

 

 すると突然に権白狼が、奇声をあげて暴れ出した。

 どうやら、大量の辛子の入った雷雲の小便を鼻で啜ろうとして、その刺激に悲鳴をあげたようだ。

 宝玄仙はその哀れな姿に、しばらく手を叩いて笑い続けた。

 

 

 

 

(第65話『盗賊団と魔女』終わり、第66話『寝取られ男女の結婚式』に続く)



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 第66話  寝取られ男女の結婚式/清華山賊篇(四)
418 鬼畜な新郎


 光がなかった。

 完全な闇だ。

 

 (しゅう)はその闇の中でずっとひとりだけで置き捨てられていた。

 ここは将校用の性奴隷の牢であり、将校用の兵舎の地下になる。

 秀はそのもっとも奥の牢に監禁されているので、外に通じる階段からずっと離れていて、ほぼ完全に光を遮られているのだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか……。

 

 考えても、この急激な事態の変化には狼狽するばかりだ。

 事が起きたのは、わずか昨日のことだ。

 

 なにが切っ掛けだったのか、いまだによくわからないのだが、この砦が数名の女たちの襲撃を受けた。

 そのひとりは、道術遣いの女であり、女狩りに行っていた連中によれば、その女は女狩りの連中の前に自ら現れて囚われ人になったらしい。

 無論、そいつが道術遣いであるとは、女狩りの連中も、そして、この砦でその女を初めて見た秀も夢にも思わなかった。

 ただ、恐ろしく美しい女だと思っただけだ。

 

 しかし、その女は、ここに来るや恐ろしい道術の力を発揮して、頭領の権白狼(ごんばくろう)や秀がいた砦の集会場を占拠し、秀と権白狼はその魔女から自由を奪われて捕らえられた。

 しかも、秀は権白狼とともに、そのおかしな女の性的いたぶりを数刻も受けて、完全に打ちのめされてしまったのだ。

 全身の毛を剃られ、性器を弄くられ、得体の知れない性具を装着されたりとやりたい放題の責めを受けさせられた。

 

 そのうち、また異変が起きた。

 この集会場の外からの喧騒で、この砦が襲撃されたようだというのは検討がついた。

 まさか襲撃者に制圧されることはないだろうとは思っていたが、そのうちにふたりの女戦士が集会場に飛び込んできて、この賊徒団を屈伏させたというようなことをその魔女に報告した。

 それからはわからない。

 

 秀は、すぐに、その女戦士ふたりによって、素っ裸のままこの地下牢に連れて来られ、いまいる牢に入れられた。

 そのとき、牢の石壁に手枷と足枷を接続されて、身体を壁を向くように密着させられて四肢を拘束されたのだ。

 首も動かせないように、金属の首枷まで装着させられた。

 

 この牢には、もともと、女に罰を与えるための拘束をするため、あらかじめ壁にたくさんのねじ穴が開いていて、手枷でも足枷でも首枷でも壁にねじで固定できるようになっている。

 そのふたりの女戦士はそれを使って、秀を壁に身体の前側をくっつけるような態勢にして拘束したのだ。

 そして、そのまま放置された。

 

 最初の数刻は助けを呼び続けたが、そのうち声も枯れて助けを呼べなくなった。

 外の状況はまったくわからない。

 冷たい石の壁を身体の前側に感じるだけだ。

 

 時間の流れはわからないが、異変が起きて、砦が制圧された夕方から、おそらく、ひと晩はすぎたくらいの時間が経っているはずだ。

 しかし、あまりの静寂さは秀を激しく不安にするとともに大きな恐怖を与えた。

 あのまま、この賊徒団があの魔女や女戦士によって敗北したのは事実だろう。

 しかし、ここには三百人は賊徒がいたはずだ。

 

 その後、彼らはどうなったのか……?

 なぜ、これほどまでに静かなのか……?

 地下牢の入口から少しくらい聞こえてもいいはずの人の話し声みたいなものがまったくないのはなぜなのか……?

 もしかしたら、全員がこの砦を退去させられたのか?

 そうであれば、ここに放置されている自分はどうなるのか?

 このまま忘れ去られて、死ぬまでここに拘束され続けるのか?

 

 秀は恐慌に襲われていた。

 しかし、その静寂が破られる瞬間がやってきた。

 地下牢に降りてくる足音が聞こえたのだ。

 足音はひとり……。

 

「た、助けてくれ――。俺だ――。秀だ――。誰か、頼む――。助けてくれ――」

 

 秀は絶叫した。

 足音はだんだんと大きくなった。

 それとともにそいつが持っているらしい燭台の光が牢に漏れ流れてくる。

 やがて、秀が拘束されている牢の前で足音がとまった。

 牢内に入ってくる灯りのお陰で周囲は明るくなったが、壁に向けて身体を拘束され、首も後ろに向けることのできない秀には、それが誰なのかわからない。

 

「た、助けてくれ――。頼む――」

 

 秀は牢に入ってくる気配の人間に必死の懇願をした。

 すると聞き覚えのある男のくすくすという笑い声がした。

 

「お前が俺に助けを求めるのか?」

 

 そして、もう一度押し殺すような笑いがあった。

 

「お、お前は雷雲(らいうん)か?」

 

 その声は雷雲に違いなかった。

 だが、雷雲は秀がこの手で手足を斬り刻んで、舌を切断してやった。

 泣き叫ぶ雷雲の手足を剣で短くして、すばやく魔薬の傷薬を塗って傷口を塞ぎ、犬のような姿にしてやったのだ。

 同じような方法で舌も切ってやった。

 それは、秀の親友を含めた多くの仲間を殺めたことに対する仕返しだったが、その雷雲がここにいる。

 しかも、どうやら、喋れるようになったし、眼も見えるようだ。

 直接見えないのでよくわからないが手足も復活したらしい。

 昨日の今日でどうしてこうなったのかわからないが、これも道術の力なのか……?

 

「そうだ、雷雲だ……。会いたかったぜ、秀。お前のことは忘れていなかったが、色々と忙しくてね……。もう、ここにはお前の仲間はひとりもいないぞ。生き残った賊徒たちは、沙那と孫空女の命令に従って、昨夜のうちに砦を出て行ったし、頭領の権白狼は、今朝になって、朱姫が近くの町の長老に引き渡した」

 

「な!なにいっ?」

 

(さら)われた女たちやお前たちが使役していた老人たちも、その町に朱姫が『移動術』で連れ帰った……。もう、お前ひとりだ。お前だけは、残してもらったのだ。俺が是非とも礼をしたくてな」

 

 雷雲が言った。

 宝玄仙、沙那、孫空女、朱姫というのが誰のことなのかわからないが、この砦を襲撃しにやってきた女たちのことを言っているのは間違いない。

 それにしても、やはり、わずかひと晩で完全に砦が陥落されて、ここの賊徒は解散させられたのだ。

 改めてそれを耳にして、そのことに愕然とする思いだ。

 おそらく、それは事実なのだろう。

 なんとなく秀にはそれがわかった。

 

 そうだとすれば、この雷雲が自分にすることはひとつしかない。

 つまり、雷雲は秀を殺しにきたのだ。

 秀の全身に恐怖そのものが走る。

 嫌だ……。

 死にたくない……。

 

「た、助けてくれ……。謝る。なんでもするから……。許してくれ――」

 

 秀は言った。

 しかし、秀のすぐ背後に立った雷雲から嘆息のような息が洩れた。

 

「興醒めのことを言わないでくれよ、秀。お前には最後の最後まで、憎たらしい悪党でいて欲しいぜ」

 

 するとつるりと肛門に指が入ってきた。

 

「おわっ」

 

 思わず声が出る。

 雷雲の指だろう。

 おそらく指には油のようなものが塗っているに違いない。

 秀の肛門に雷雲の指は抵抗なく入り込み、粘りっこく揉みほぐされる。

 しかも、ただの油ではないようだ。

 秀の肛門の蕾の部分がすぐに筋肉の弛緩を示しだす。

 さらに、情けないことに、壁に密着している肉棒が雷雲のいたぶりにより勃起しはじめる。

 

「人生最後の勃起か? まあ、せいぜい硬くしてくれよ。だけど、俺が用事があるのはこっちだけだ。それに時間をかけていたぶってやりたいが、そうもいかないんだ……。俺はこれから水晶と結婚の儀をするんでな。いま、待たせているところだ――。だから、お前のことは、さっさと終わらせてもらうぜ……」

 

 雷雲が言った。

 そして、指が抜かれ、すぐに固い棒のようなものが肛門に挿入される。

 

「うがああ――」

 

 強引な挿入に、秀の肛門には刃物で抉られたような痛みが走った。

 だが、さっき塗られた油のせいか、肛門が緩んでいて、挿入されているものを秀の肛門は楽々と受け入れている。

 しかも、悔しいことに、すぐに痛みが肉欲の痺れのようなものに変わってきた。

 じわじわと拡がる熱いものがますます前側の肉塊を熱くして硬くする。

 それが秀を惨めにする。

 

「いま、俺の道術を込めた……。お前の尻に挿入した張形の表面に粘着性のある物質を付着させた……。そういう自然地物を変化させるのが俺の得意技でな。もう、お前の尻の内部にぴったりと張りついて、俺が道術を解除しない限り絶対に抜けないぜ。まあ、生き残りたければ、精一杯気張って、その張形を出すんだな――。さもないと大変なことになるからな」

 

 雷雲は笑った。

 秀は嫌な予感がした。

 

「な、なにをしたんだ、雷雲? 抜かなければ、大変なことになるっていうのはどういうことなんだよ――?」

 

 秀は声をあげた。

 しかし、すぐに肛門に挿入されている張形がだんだんと熱を帯びてきていることに気がついた。

 性的な興奮により肌が熱くなるのではない。

 明らかな物理的な熱さだ。

 それが次第に強くなって張形から拡がっている。

 

「な、なんだ……。熱いぞ――。熱くなってくる――。お、お前、なにを入れやがった? ただの張形じゃあねえだろう――」

 

 秀は悲鳴をあげた。

 

「もちろん、ただの張形じゃないさ――。これでも道術遣いの端くれの俺が作った霊具だ。お前、『焼石』という霊具を知っているだろう? 水に塗れるとその大きさによって熱を発生させる石だ。よく湯を沸かす時に使うあれさ」

 

 雷雲が言った。

 もちろん、『焼石』は知っている。

 使い方は簡単だが、濡れると猛烈な熱を発散するので扱いは難しい。

 また、湯を沸かす程度の熱のためには、石の細切れの欠片を使うのだが、それ以上の大きさで使用すると金属も溶けるほどの熱を発生してしまうという特性も持つ。

 非常に危険なものでもある。

 

 だが、それを使用した張形ということは、まさか……。

 秀の全身に冷や汗のようなものがどっと流れた。

 

「ま、まさか……。いまの張形が……全部、『焼石』で……?」

 

 驚愕した。桶一杯の湯を沸かすのに爪の半分ほどの欠片で済むほどの魔石だ。

 それがいま秀に挿入されている量ほどの塊りとなれば、とてつもない熱を発散するのは間違いない。

 つまり、張形が秀の尻の内部の水分で濡れれば……。

 

「とりあえず、あっという間に身体が焼け焦げるのはもったいないからな……。張形の大部分は『焼石』を加工したものだが、その表面には薄い膜を塗ってある。だが、それも体液の水分でだんだんと溶けていくという性質のものだ。その膜が完全に溶けた瞬間、『焼石』の表面に水分が辿りつき……。それから先はわかるな、秀――。じゃあ、俺は行くよ。ただし、その前に……」

 

 雷雲が突然に秀の顔に腕を伸ばした。

 口の中になにかの瓶を入れられた。

 中から大量の液体が注がれて、むせ返りながらも秀はその液体の大半を飲み干した。

 

「な、なにすんだ――?」

 

 秀は激しく咳込みながら声をあげる。

 

「最後の贈り物だ。いま飲んだのは、強烈な下剤だ。あっという間に腹を下して、水便がお前の肛門に向かって集まるというわけだ。苦しい時間が短くて済むようにという、俺のせめてもの情けだ――」

 

 雷雲が高笑いした。

 そして、雷雲が牢から出て行く気配がしはじめる。

 

「ま、待ってくれ――。助けてくれ――。頼む。雷雲――。雷雲様――。お願いだよ――。雷雲――。いや、雷雲様、お願いです。ひいっ、熱くなってきた――。熱い――」

 

 秀は泣き声をあげた。

 その背後で音を立てて牢の扉が閉まり、鍵が閉じられる音がした。

 そして、雷雲の足音がだんだんと遠ざかっていくのがわかった。

 

 

 *

 

 

「沙那、あたしの鼻ってどうかなってないかい……?」

 

 孫空女がぼそりと言った。

 その表情は疲労が滲み出ていて、げっそりとしているという印象がある。

 おそらく、自分も同じような顔をしているのだろう。

 

「とりあえず、普通よ……。ご主人様が最後には『治療術』で治してくれたものね……。それにしても、性交の途中で寝るというのは、あれ程までにされるほどの罪なのかしらね。わたしたちがなにをしたというのよ……」

 

「まったくだよ。お互いに小便をして、それに辛子を入れて、全部を鼻から啜れと命令されたときには、絶対に本気じゃないと思ったさ。まさか、本当にやらされるなんてね」

 

「ほんとよね……。あんたじゃないけど、わたしの鼻も壊れたような気がするわ。二度と匂いを感じることなんてないんじゃないかしら」

 

 沙那も言った。

 

「こらっ、ぶつくさ、喋るんじゃないよ。花嫁と花婿の入場だよ」

 

 俄かごしらえの祭壇の前に立つ宝玄仙が陽気な大声をあげた。

 沙那と孫空女は口をつぐんだ。

 

 そのとおり、砦の集会場に急遽作った結婚の儀の会場に、雷雲と水晶のふたりが入場してきた。

 祭壇の端に孫空女と並んで立つ沙那は、口を閉じてそれを見守った。

 

 それにしても、昨日は散々だった。

 

 まずは、朝起きてすぐに、宝玄仙に命じられて宿屋で死んだ老人の遺体の入った桶を遠くの集団墓地まで運んで穴を掘って埋葬した。

 そして、孫空女と並んで街道を歩いていると、町を襲おうとしている賊徒団に追い抜かれた。

 町に残っているのは、道術遣いとはいえ、直接的な暴力には対抗できない宝玄仙と朱姫と、そして、香蛾だ。

 

 嫌な予感がして走って町まで戻れば、すでに宝玄仙と香蛾がその賊徒団の女狩りによって連れ去られた後だった。

 朱姫は傷だらけになりながらも、なんとか逃げのびていて、その朱姫の話によれば、まずは、香蛾が賊徒たちに捕獲されて、仕方なく宝玄仙も自ら賊徒に捕らわれたのだという。

 そして、宝玄仙は、沙那と孫空女に賊徒団を襲撃して、自分たちを助けろという命令を残していた。

 

 それで、沙那と孫空女は、朱姫を連れて賊徒団の残した馬を使って、馬で砦にやってきた。

 そして、孫空女とふたりでこの砦を襲撃した。

 なんとか三百人の賊徒を屈服させて、砦を制圧したのは夕方のことだった。

 

 それから夜までかかって、賊徒たち全員を砦から追い出し、やっと宝玄仙のいる場所に戻ると、いきなり、孫空女とともに雷雲の伽をするように命令されたのだ。

 宝玄仙の命令には、嫌もう応もない。

 ただ従うだけの余地しか与えられない。

 

 それで雷雲の相手をしたのだが、思いほかしつこい性愛をやる男で、あっという間に追い詰められて連続で達する状態になり、それで、昼間の疲れもあり、いつしか寝入ってしまったのだ。

 

 それからが悲惨だった。

 しばらくして、血相変えた宝玄仙に叩き起こされた。

 道術で拘束されて集会場に連れ出され、まずは道術でその場でふたりで立小便をさせられて、その尿の溜まった皿に粉唐辛子を大量に混ぜられたものを鼻で啜って身体に入れろと命じられた。

 その仕打ちから始まり、拷問めいた嗜虐をされ続けた。

 やっと解放されたのが、今朝早くだ。

 

 そのままこの集会場で孫空女と横になって寝た。

 しかし、眠ることを許されたのは束の間で、すぐに起こされて、沙那は朱姫とともに、ここに捕らわれていた老人や(さら)れてきた女を町に連れて行く作業を実施させられた。

 ついでに、沙那は権白狼を町の長老に引き渡した。

 さんざんに近傍の町や村に迷惑をかけていた男だけに、町の連中がどう扱うのかわからないが、それは、沙那たちには関係はない。

 

 戻ると、この集会場に簡単な祭壇が作られていた。

 祭壇といっても、ただ大き目の卓が置かれて、それに白い布が被せられ、その上に燭台やら金細工の置物やらを並べて祭壇らしくしただけのものだ。

 話を聞けば、ここで雷雲と水晶(すいしょう)の結婚の儀を行うのだという。

 

 沙那は、孫空女とともに宝玄仙の右端に並ぶように命令された。

 どうやら、宝玄仙は立会人になってくれと雷雲に言われたらしいが、当の宝玄仙は、元天教の神官として、結婚の儀そのものを主宰する気になったようだ。

 

 そして、祭壇の中央に立ち、沙那と孫空女はその助手の神官役として倍列させられることになった。

 実は、沙那は「沙宝蔡(さほうさい)」、孫空女は「孫玉蔡(さぎょくさい)」という戒名を持つ元神官である。

 

 そんな天教の戒名のことなど忘れ果てていたが、そう言えば、まだ、宝玄仙が天教に縁があった頃、その供の沙那と孫空女が天教と無縁だというのでは都合が悪いと言われて、いつの間にか天教の神官にさせられていたのだった。

 それでちょうどいいので、儀式の格式をあげるために、祭壇の横に立っていろと言われたのだ。

 

「ふたりの入場です――」

 

 朱姫の元気な声がして、外の砦から集会場に入る両開きの扉が大きく開かれた。

 ふたりが並んで立っている。

 雷雲は旅の服装のままの普通の格好だ。

 水晶も同じだが、白い布を切ってこしらえた白い掛け物を頭から腰にかけている。

 

 ふたりが入ってくる。

 静かにふたりが脚を運んでくる。その後ろを介添え人役の朱姫と香蛾(こうが)がついてくる。

 

 しかし、なにか違和感があった。

 沙那にはそれがなんなのかすぐにはわからなかったが、やがて、水晶の顔が異常に真っ赤で、そして、歩き方がぎこちないからだと気がついた。

 その横で雷雲はにやにやとしながら、水晶の腕をとって歩いている。

 

「あくっ」

 

 祭壇まで半分くらいのところで、突然に水晶が声をあげて、がくりと膝を割った。

 

「ちゃんと立たないか、水晶……」

 

 雷雲が冷ややかな表情で声をかける。

 しかし、その顔は愉しいことをしている雰囲気に溢れている。

 沙那はとっさに、水晶は雷雲によって、淫らな仕打ちをされているに違いないということを悟った。

 沙那は驚いた。

 

「立つんだ」

 

 雷雲が強い調子で言った。

 腰を割りかけた水晶がおずおずと立ちあがる。

 

「あふっ――、う、動かさないでください――。お願いです、雷雲殿……」

 

 水晶は再び膝を割って真っ赤な顔で悲鳴をあげた。

 

「まだ、奴隷妻の自覚がないらしいな、水晶。お前には、俺に抗議をする権利も、お願いをする権利もないのだぞ。俺はお前の乳首と肉芽に貼りつけた『振動片』を好きなように動かすし、好きなときに止める。お前はただ耐えるだけだ。わかったのか?」

 

 『振動片』というのは、一寸(約三センチ)四方の布片であり、それを道術の力で局部に密着させて、術師の込める道術で自在に振動の強弱を変えたり、止めたりできるという淫具だ。

 水晶は雷雲からそれを装着させられているのだ。

 沙那は呆気にとられた。

 ふと見ると隣の孫空女も唖然とした表情をしている。

 

「ああ……。も、申し訳ありません……」

 

 水晶は顔に汗をびっしょりとかいて、なんとか膝を震わせながら立ちあがった。

 しかし、その腰つきから、まだ淫具による水晶への悪戯が続いているのは明らかだ。

 どうやら、雷雲はこの結婚の儀で水晶に対し、淫らな責めを施すつもりのようだ。

 沙那は眼を丸くした。

 

 ほんの短い距離だが、水晶は何度か腰を落としかけ、その度に雷雲に叱咤されて、やっと宝玄仙のいる祭壇の前まで辿り着いた。

 雷雲と水晶が腕を離して、祭壇の前にそれぞれに立つ。

 宝玄仙が儀式の開始を宣言した。

 

 儀式が始まっても、まだ、水晶の仕草は不自然だった。

 時折、びくりと身体を震わせたり、そうかと思えば、声を堪えるかのように顔をしかめて、口をつぐんだりする。

 雷雲の淫らな悪戯は続いているらしい。

 

 ふと見ると、儀式をしている宝玄仙もにやにやと水晶の姿を眺めながら儀式を進行している。

 どうやら、水晶へのこれは、宝玄仙と雷雲で示し合わせたことのようだ。

 

 沙那は改めて、雷雲いう男がこういう意地悪な性癖の持ち主だということを認識した。

 そう言えば、夕べ抱かれたときもそんな感じだった。

 まあ、水晶も大変な男を夫にすると決めたものだ……。

 

「んふううっ」

 

 その時、沙那は水晶が突然にぶるぶると身体を大きく震わせたように見えた。

 辛うじて腰を割るのは我慢したが、水晶は慌てて脚をやや開いて踏ん張るような仕草をすら。

 びっくりして沙那は水晶に視線を向けた。

 

 水晶はすぐに脚を戻して、真っ直ぐに立つ姿勢に戻した。

 だが、その顔にははっきりと淫情に酔っている様子が映っている。

 気がついて沙那は、視線を水晶の足元に移した。

 

 水晶の下袍は膝までの丈しかない。

 その水晶の膝からつっと足の指に向かって、かなりの量の淫液が伝い滴るのが、沙那にははっきりとわかった。



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419 被虐新婦

「あはっ」

 

 水晶(すいしょう)は耐えきれずについに声をあげてしまった。

 そして、思わずしゃがみそうになるのを耐える。

 

 雷雲(らいうん)が水晶の股間と乳首に貼りついている『振動片』という霊具の振動を激しくしたのだ。

 『振動片』は一寸(約三センチ)四方の小さな薄い布片であり、結婚の儀の直前に雷雲によって装着されたものだ。

 道術のこもっている淫具であり、水晶の局部に載せるときゅっと肉芽と乳首を包み込むように縮まった。

 そして、それは雷雲の意思によって自在に振動をさせることができるようであり、実際に水晶は儀式が開始されてから、ずっとその淫具を使った雷雲に翻弄されていた。

 

 そんな淫具を水晶に装着させた雷雲は、嬉しそうな表情をして水晶をこの結婚の儀に連れ出したのだ。

 結婚の儀というのは、雷雲によれば道術遣いにとっては大切な誓いの行為らしい。

 たとえ、こんな盗賊団の砦で質素に行われたとしても、それは道術遣いの人生の大きな転換点として位置づけられるもののようだ。

 それを宝玄仙が主催してくれることになり、水晶は雷雲とともに、その儀式に出ることになった。

 

 だが、その厳かなはずの儀式の場で、水晶はこの淫具に責めたてられている。

 服の下に隠されているとはいえ、厳かな式典の間、股間や乳首に貼りつけられた『振動片』が淫らに責め続けるのだ。

 振動が小さくなったかと思えば、突然に激しく動いたり、そうかと思えばぴたりととまって、ほっと息をすれば、また、最高度で動きだす……。

 振動が変化する度に翻弄され、水晶はその都度、恨めしく雷雲を見るのだが、雷雲は涼しい顔だ。

 そして、また、責められる……。

 水晶の緊張感は限界まで高まり、気の遠くなるような恥ずかしさが襲ってくる。

 

 もう許して――。

 

 何度も心の中で訴えるが、どうしてもそれが口から出てこない。

 抗議の言葉を雷雲に禁止されているというのもあるが、こんな淫具を貼りつけて厳粛な式に参加させるという雷雲の行為に対し、激しい怒りが沸き起こっていいとも思うのだが、全くそんな気にはならないのだ。

 

 それが朱姫に与えられたという性癖解放の暗示によるものなのか、それとも、水晶のもって生まれた淫乱な性質によるものかはわからない。

 しかし、そうやって与えられる恥辱的な仕打ちに悦びを感じている自分がいることは事実だ。

 

 だから、水晶はそんな雷雲の行為をどうしても拒絶できない。

 ただただ、雷雲が道術で気紛れのように強くしたり、弱くしたりする振動の衝撃に必死に耐えるだけだ。

 

 そうしているうちに、いつしか、水晶の全身の体内の官能のうねりは強烈な波となって水晶の身体を駆け廻り、その霊具の責めに完全に酔った心地になっていた。

 水晶は振動が強くなるたびに四肢に鋭い愉悦が響き渡ってしまい、漏れそうになる声を噛み殺さねばならなかった。

 

 そして、さっき、ついに立ったまま気をやった……。

 股間から奔流のような快感が弾け飛び、下着を許されていない股間からどっと愛液が内腿に垂れ落ちるのがわかった。

 慌てて脚を閉じたが、かなりの量の愛液が垂れ落ちている。

 サンダル履きの足の指に自分の股間から流れた愛液がまとわりつく情けなさでそれがわかる。

 

 思わず水晶は、顔をあげて前に立って儀式を進行している宝玄仙を見た。

 水晶を見てにやにやと笑っている。

 きっと水晶の痴態に気がついたに違いない。

 ふと見るとその横の沙那と孫空女も気の毒そうな表情をこちらに向けている。

 

 はしたなく気をやるのを見られた……。

 水晶の中に羞恥が拡がって、かっと熱いものが込みあがる。

 

 だが、忌々しいことに、それは悪いものではなかった。

 羞恥が身体を席巻すると、水晶の身体は宙に浮遊しているような不思議な感覚になる。

 じんと身体が痺れてなにもかもどうでもよくなるのだ。

 

 水晶は苛められると快感を覚える女……。

 

 そんなことを考えたこともなかったし、そんな性癖が存在することなど知らなかったが、朱姫が言い、雷雲がそう言った。

 

 自分は苛められて興奮するような女だ……。

 心の中でそう呟いてみる。

 

 否定したくても、否定できない自分がいる。

 雷雲に淫らに責められて、生涯をこうやって激しい羞恥に浸って過ごす……。

 そう思っただけで、身体がどうしても欲望で震えるのだ。

 否定したくても、それが厳然たる事実だ。

 水晶はそれを認めざるを得なかった。

 

 確かに、自分は苛められて興奮するような女だ……。

 昨日、賊徒たちの凌辱から解放された後、絶望して死を考えていた水晶に雷雲はこう言った。

 

 お前は俺の奴隷妻だ――と……。

 

 その雷雲の言葉は、気が遠くなるほどの幸せな響きだった。

 雷雲の奴隷妻……。

 

 侮辱的なことを言われているのに、まったくそれが屈辱とは感じなかった。

 それよりも、雷雲の生涯の性奴隷になれと言われて、その言葉だけで達してしまうような強烈な甘美感が水晶を襲った。

 

 そして、昨夜――。

 

 水晶は初めて雷雲に抱かれた。

 

 この部屋で朱姫の術式による心の回復を図るための『縛心術』とかいう施術を受けた後、沙那と孫空女を抱き終わってやってきた雷雲に、この集会場に接する他の部屋に連れていかれたのだ。

 雷雲がほかの女を抱いたということについて、なぜか水晶には嫉妬のような感情は湧かなかった。

 それよりも、雷雲という婚約者がありながら、ここの賊徒に抱かれ、しかも快感を覚えてしまった自分の負い目のようなものがなくなり、ほっとした感情しか起きなかった。

 

 そして、水晶は雷雲に嗜虐的に責められた。

 水晶を別室に連れていった雷雲は、自分はこんな性癖の変態男だと告白しながら、まずは水晶の両手首を縛って、その縄尻を天井の金具に繋げて、水晶の手首を天井に吊りあげた。

 次に、水晶の服を剥ぎ、後ろから責めたてたのだ。

 水晶はその惨めな抱かれ方に血が沸騰するほどの興奮を覚えた。

 同じ抱き方でも賊徒が相手のときは、魂が破けるような苦しさだったのに、それが雷雲になると、水晶は途方もない快美感に襲われた。

 

 雷雲がなぜ、そんな抱き方をしようとしたのか水晶にはすぐにわかった。

 その恰好は賊徒たちが水晶の破瓜を奪って輪姦したときの抱き方だからだ。

 雷雲は、それと同じ抱き方をすることによって、水晶の悪しき記憶を塗り替えようとしているのだ。

 

 そして、その通り、水晶は、賊徒たちに勝るその雷雲の乱暴で激しい抱き方に完全に我を忘れた。

 同じように抱かれても、まったく賊徒たちのことは思い出さなかった。

 雷雲の肉棒を背後から獣のように挿され、女陰に精を放ってもらったときには、身体が完全に弛緩して、身体が空中に浮遊するような錯覚に陥った。

 

 縄を解かれてからも、寝台ではなく床の上に身体を横たえられて雷雲に抱かれた。

 淫乱な雌豚だと雷雲から罵られて興奮し、何度も水晶は絶頂して大きな声で吠えて狂乱した。

 

 おそらく最後には失神したのだと思う。

 最後に覚えているのは、お前は俺の物だと叫びながら、雷雲が何度目かの精を水晶に放ったときだ。

 水晶は天に昇るような幸福感を覚えながらだんだんと意識を失っていった……。

 

 そのとき思ったのは、賊徒たちに与えられた愉悦など、この雷雲から与えられるものに比べれば快感でもなんでもなかったということだ。

 この快感のためならなにを犠牲にしても構わない。

 

 雷雲の奴隷になりたい。

 それが自分の望みであり、隠れていた性癖なのだとはっきりと悟った。

 本当に心からそう思った。

 

「水晶、ここからは大事な話さ。聞いているかい?」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 水晶は思念から覚めてはっとした。

 気がつくと、股間と乳首の『振動片』もとまっている。

 

「は、はい……」

 

 水晶は慌てて言った。宝玄仙は苦笑している。 

 霊具による責めがなくなると、急に水晶の心に冷静さが戻ってきた。

 気がつくと、水晶の股間は信じられないくらいに濡れている。

 惨めさと羞恥が蘇ったが、まだ痺れるような快感の余韻のような感覚は続いている。

 

 おそらく自分は凄く淫らな表情をしているに違いない。そう思うと恥ずかしくなり顔を伏せてしまった。

 だが、同時に自分にこんな仕打ちをした雷雲は、どんな意地悪な顔をしているのだろうとふと思った。

 それで、ゆっくりと顔をあげて、雷雲の顔を下から覗き込んでみた。

 すると、雷雲と視線が合った……。

 

 雷雲は一度水晶に悪戯を詫びるような笑みをしたかと思うと、これまでに見たこともないような真剣な顔になった。

 その表情に驚いて、水晶も慌てて表情を繕うと視線を宝玄仙に向けた。

 

「さて、雷雲、お前は道術遣いだからわかっているとは思うけど、水晶のこともあるし、この結婚の儀のことを改めて説明しておくよ……」

 

 宝玄仙が言った。

 これまでと一変して、真剣な表情だ。

 水晶にもその不思議な緊張感が伝わってくる。

 

「……結婚の儀は、道術遣いにとっては絶対に破棄できない心の誓いだ。結婚の儀を結べば、心が道術に拘束されてしまい支配される。いかなることがあっても、相手を裏切ることなどできないし、それは死んでも続く」

 

「えっ?」

 

 思わず声が出た。

 水晶は慌てて口をつぐむ。

 

「つまり、道術に心を支配されるということだ。それを嫌う者もいるし、それは当然だと思う……。ある意味では呪いと同じだからね。それでも、雷雲はこの水晶を生涯の伴侶とすることを誓うかい?」

 

「誓う」

 

 雷雲は即答した。

 水晶は少なからず驚いた。

 結婚の儀というのは、単なる結婚の式典だと思っていたのだ。

 道術の拘束とか、呪いとか、心が支配されるとかいう言葉で表現できるような物騒なものとは思わなかったのだ。

 だが、雷雲は躊躇うことなく合意した。

 水晶はたじろぐような感動を覚えた。

 

「結構だね……。さて、水晶、お前は、道術遣いではなくて霊気を持たないただの人間だ。本来は霊気を持たない人間には、道術契約の拘束は効かないが、この結婚の儀だけは別だ。一度誓えば、同じ拘束がお前にも及ぶ。誓ってしまえば、道術の力には抵抗できなくなるんだ。例えば、お前のこれからの人生で、本当に心の伴侶に相応しい者が現われても、その男を好きになることができなくなる……」

 

「はい……」

 

「誓ってしまえば、一生、この変態男の妻だよ。それでもいいなら誓うんだ。だが、少しでも躊躇いがあるなら誓わなくていい。結婚の儀式を道術遣いの『結婚の儀』にしようというのは、この雷雲の我が儘なんだからね。雷雲にだけ、お前を裏切れないように心を誓わせて、お前は、誓った振りをすることもできる……。むしろ、わたしはそうすべきと思うがね……」

 

「えっ?」

 

 水晶は思わず言った。

 

「雷雲、反対を向きな……。そして、水晶は両手を胸の前で組むんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 雷雲はくるりと反転して宝玄仙に背を向けた。

 水晶は首を傾げながら、言われた通りに手を胸の前で組む。

 

「水晶……。よく、お聞き。お前は拒否してもいい。道術で愛情を縛るなんていうのはわたしは邪道だと思う。雷雲がそうしたいのは単なる我が儘だから、それは勝手にやらせておくさ――」

 

「そ、そんな……」

 

「だが、お前が少しでも気が進まなければ、結婚の儀をお互いに結んだように偽装してやるよ。どうせ、雷雲にはわかりはしない。それで、この男に嫌気がきたら捨てればいいさ」

 

「ほ、宝玄仙殿……」

 

 反対を向いている雷雲が困惑した声をあげた。

 

「お前は黙ってな、雷雲――。わたしは、水晶に話しかけているんだ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 そして、再び水晶に視線を向ける。

 

「水晶、誓いを拒否するなら胸の前で組んだ手をほんの少し下に降ろすんだ。誓いに応じるなら上だ。どちらに動かしても雷雲にはわからない。さあ、どうする……?」

 

 宝玄仙は言った。

 水晶は思わず頬が綻んだ。

 

「……だったら、雷雲殿には言わないでくださいね」

 

 水晶は思わず悪戯心が芽生えて、わざとそう言った。

 そして、組んだ手をはっきりと上にあげた。

 

「雷雲、こっちを向きな」

 

 雷雲が向き直りながら、ちらりと水晶を見た。

 視線が合った。

 その不安そうな表情が面白い。

 

「天帝の名代にして八仙が宝玄仙の名において、このふたりに結婚の儀を結ぶ――。誓いはここに結ばれた――」

 

 宝玄仙が大きな声で宣言した。

 なんだか熱いものが身体を包むのがわかった。

 これが道術の誓いを受け入れたということだろうか。

 水晶はほんの少しの時間、呆然としていた。

 

「さて、次は、奴隷妻の儀式だよ――。水晶、この卓に横になりな。沙那、孫空女、押さえつけるんだ――。さあ、雷雲は、この祭壇で水晶を犯しな。それが奴隷妻の儀式さ」

 

 宝玄仙が急に陽気な声をあげて、祭壇の上の物を手で床に払い除けた。

 

「えっ、ここで――?」

 

 水晶はびっくりした。

 しかし、その水晶の身体を宝玄仙が笑いながら台の上に仰向けに押し倒した。

 

「ほら、お前たち、水晶を押さえるんだよ。水晶を裸にしな――」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 沙那と孫空女が嘆息しながら水晶を両側から押さえた。

 

「きゃあ――。ちょ、ちょっと待ってください――。こんなところで……。か、堪忍して……。ま、待ってください。心の準備が……」

 

 水晶は悲鳴をあげた。

 

「ごめんね、水晶」

 

「悪いけど、あたしらはご主人様に逆らえないんだよ、水晶」

 

 その水晶を左右から沙那と孫空女が押さえつける。

 

「それは、聞いていませんよ、宝玄仙殿。いまから、始めるとなると、今日の出発が……」

 

 雷雲が苦笑する声が聞こえた。

 

「なに言ってんだい、雷雲――。どうせ、安全を考えて、朱紫国の国境近くまで、『移動術』で何度かに分けて跳躍するとか言っていたじゃないかい。『移動術』の跳躍先の結界があるならわたしの霊気を貸してやるよ。そうすれば、霊気を貯めながら五日ほどかかる旅が一瞬だよ。出発は夕方でもいいさ。それでも今日の夜は朱紫国の国境近くの宿町に泊まれるよ」

 

「仕方ないですねえ……。じやあ、そういうわけだから、水晶、悪いがここでいき狂ってくれ」

 

 雷雲が事も無げに言った。

 

「ひいっ」

 

 突然に?再び『振動片』が激しく動いた。

 水晶の全身から抵抗の力が抜ける。

 そして、全員の手が水晶の身体のあちこちに伸びる。

 

「朱姫と香蛾(こうが)も参加しな。お前たちは、水晶の身体の好きなところを舐めるんだ。こいつらの結婚祝いだ。この水晶を宝玄仙流のいき地獄に合わせるよ――」

 

 宝玄仙が声をあげる。

 

「じゃあ、香蛾さんは水晶さんの履き物を脱がせて、足の指を舐めてあげてよ。あたしは口を吸います」

 

 朱姫が愉しそうにそう言い、そして、頭側にやってきた朱姫から水晶は唇を奪われた。

 水晶の舌を朱姫の舌が這い、口の上下を刺激し、唾液が啜られる。

 びっくりするような上手な口づけだ。

 たちまちに蕩けるような疼きが水晶の全身に拡がり出す。

 

「な、舐めますね……」

 

 足元から香蛾の控えめな声がした――。

 足の指と指の間を香蛾の舌が動きだす。

 

「あはあっ――」

 

 耐えきれなくなり、水晶は声をあげた。

 その身体に八本の手が伸びて、水晶の身体から服を剥ぎ取り、全身を愛撫し始めた。

 さらに、『振動片』の刺激だ。

 たくさんの愛撫による快感が一度に襲う。

 

「台の四隅に手足を縛りな、お前たち」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 その間も全身を手や舌の責めが襲っている。

 

「雷雲、なにやってんだい――。さっさと、下袴を脱いで、お前の奴隷妻を犯しな。いつどこでも、亭主が望めば股を開く……。それが奴隷妻だとしっかりとここで自覚させるんだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら怒鳴った。

 

「やれやれ……」

 

 水晶の脚の間に立っている雷雲が、笑いながら下袴を下げる気配がする。

 沙那と孫空女が水晶の膝を持って左右に大きく開かせた。

 水晶は悲鳴をあげた。

 しかし、『振動片』の刺激で脱力させられ、身体中を愛撫されている水晶には、それに抵抗することができない。

 

「んんんんっ――」

 

 股間に雷雲の一物が挿さってくるのがわかった。

 女陰深くに突き刺さってくる。

 その衝撃に水晶は堪らず、朱姫によって塞がれている口から大きな声を洩らした。

 濡れきっている水晶の膣はしっかりと雷雲のものを根元まで受けとめる。

 

 耐えきれないものがあっという間にやってきた。

 口、うなじ、乳房、乳首、脇、肉芽、腰の括れ、臍、足の指……。

 ありとあらゆる性感帯が同時に刺激される。

 お尻の穴さえも誰かの指が挿入されて内襞を刺激されている。

 それが愛しい雷雲の怒張によって子宮まで圧迫されるほどの挿入をされながら与えられるのだ。

 

 この世にこんなに気持ちのいい瞬間があるとは、信じられないくらいの凄まじい愉悦だった。

 水晶は朱姫に襲われている口の中で激しい声をあげながら、身体を弓なりに仰け反らせた。

 

 雷雲の男根の律動が激しい。

 気持ちいい……。

 それ以外の一切のことが頭から消える。

 

 脳髄まで溶けるような絶頂の強打に、水晶は、肉という肉、骨という骨が砕けてしまうような快感に襲われながら、目の前が真っ白い光で包まれていくのを知覚した……。



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420 奴隷少女の選択

「鼻男? 陳達(ちんたつ)さんのことですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「鼻といえば、陳達に決まっているじゃないかい。ほかに誰がいるんだい」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫空女と朱姫は、この砦のあちこちに赴いて、それぞれの建物に火をつける準備をするために駆けまわっている。

 この砦は、全員の離脱と同時に火をかけることになっている。その準備だ。

 

 沙那は、この集会場で自分たちの出立の支度をしながら宝玄仙と雷雲の話に耳を傾けていたのだが、それで初めて、宝玄仙が雷雲(らいうん)水晶(すいしょう)に、香蛾(こうが)を託して陳達に送り届けさせようとしていることを知ったのだ。

 それが今回の雷雲の治療の代価としての宝玄仙の要求だったらしい。

 

「だ、だけど、陳達さんのところに香蛾を預けてどうするんですか、ご主人様?」

 

「どうするって、あいつの嫁にするのさ。あの男は精力絶倫だしね。とてもじゃないが、長女金(ちょうじょきん)ひとりじゃあ相手をしきれないさ。考えてみれば、長女金と陳達が夫婦になってそろそろ二箇月だろう? わたしは前から、あの絶倫男の嫁が長女金ひとりじゃあ、さすがの長女金でも大変だろう思っていたのさ」

 

「でも……」

 

「でもじゃないよ。そういう点で香蛾はうってつけさ。俄か作りだが、世の中の男がみんな嫁にしたがるような美人だし、奴隷あがりで従順だから、陳達のところの夫婦とも仲良くやるだろうさ……。ねえ、香蛾?」

 

 宝玄仙は部屋の隅で水晶の世話をしていた香蛾に声をかけた。

 香蛾は朱姫とともに、激しい連続絶頂で気を失ってしまった水晶の世話を別室でしていたのだが、水晶がやっと眼を覚ましたので、水晶を連れて集会場の大広間に戻って来ていたのだ。

 水晶はまだかなり身体がだるそうだ。

 無理もない……。

 あれだけの短い時間で数十回も達したのだ。

 まだ腰に力が入らない状態に違いない。

 香蛾はその水晶の世話をかいがいしく行っている。

 

「はい、陳達様というお方のことは存じませんが、新しいご主人様と奥様には、気にいられるように一生懸命にお仕えます」

 

 香蛾は満面の笑みを浮かべて言った。

 沙那は嘆息した。

 

「仕えるって……。ねえ、香蛾、あそこはあんたがこれまでいたような広いお屋敷じゃないわよ。ただの小さな長屋よ。そこにいまは陳女と名乗っている奥さんと、その陳達さんがふたりで暮らしているのよ。そこに行くのよ。それでもいいの?」

 

「さあ……。でも、宝玄仙様によれば、そのお方は呉服屋を営んでいるらしいですし、宝玄仙様はそっちだったら、あたしのできることがあるんじゃないかとおっしゃいました。売子とか……」

 

「呉服屋じゃなくて、ただの古着屋よ。しかも、陳達さんがひとりでやっているような小さな店よ……。まあ、もちろん、陳達さんも服の仕入れとか加工とか大変だから、売子がいれば、いちいち店を閉めなくてもいいから助かるとは思うけど……」

 

「じゅあ、あたし頑張ります。売子は少しだけやったことがあります……。もっとも、醜女だったから、すぐに裏仕事に回されましたけど……。でも、多分、すぐに仕事は覚えられると思います」

 

 香蛾は言った。

 

「家だって二間の長屋よ。あんたの部屋なんかないわよ、香蛾」

 

「構いません。でも、宝玄仙様によれば、そのご夫婦と一緒に寝ることになるだろうということでしたが……? あたしの役割には、奥様ととともに、陳達様の性をお慰めすることにあると伺ってますし……」

 

 どうやら、すべて宝玄仙が因果を含めているらしい。

 現に妻のいる男のところに、性行為を含めた奉仕をすることを承知で、香蛾は陳達のところに赴くことに同意しているようだ。

 沙那は呆れた。

 

「まあ、その陳達殿のところで持て余すようだったら、水晶の親父さんに雇ってもらえばいいさ。その辺りは、ちゃんと陳達殿と話はするよ、沙那。水晶の親父さんは、朱紫国でも指折りの大商人でね。そこなら、しっかりと商人として鍛えてもらえる。つまり、手に職がつけられるということさ」

 

 そのとき雷雲が口を挟んだ。

 

「まあ、だったら、そっちがいいんじゃないの、香蛾?」

 

 沙那は香蛾に視線を向ける。

 

「あたしは、引き取っていただけるところであれば、どこでも喜んで……。でも、あたしは奴隷で……」

 

 香蛾はちょっと困惑した様子でそう言った。

 

「香蛾は自学で読み書きもできる程の努力家らしいね。だったら、一生懸命に商家で頑張れば、すぐに独り立ちできるほどの才覚は身につくんじゃないのかな。香蛾はまだ十五だそうだから、これから商人の仕事を覚えるとしても、決して遅いとは言えないさ……。なあ、水晶?」

 

「は、はい……。商家の方でなくても、香蛾さんが望めば、家の養女にして花嫁修業をさせ、よい殿方のところに嫁ぐというこもできます。どういう方向であれ、お世話できると思います」

 

 水晶が言った。

 もっとも、水晶はまだ口を開くのもつらそうだ。

 少し離れた椅子に深く腰掛けて、香蛾の差し出す飲み物などをゆっくりと口にしている。

 

「いいんだよ──。香蛾はあの鼻男の嫁にするんだ。もう、そう決めたんだ──。水晶、お前の親父さんが朱紫国の指折りの商人だったら、朱紫国の西に青天という城郭があるだろう。そこに人一倍でかい鼻をした男が小さな古着屋を営んでいるんだ。そいつの後ろ盾にでもなってやっておくれよ。その男はわたしの恩人なんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「宝玄仙様の恩人ならば、わたしや雷雲殿にとっても恩人ですね。それはわたしの責任において、父にお願いします。お任せください……。わかりました。青天の城郭の陳達殿ですね」

 

 水晶がしっかりと頷いた。

 

「でも、どうして、陳達さんなんですか、ご主人様? 陳達さんには、陳女(ちんじょ)と名を変えた長女金という奥さんがいるじゃないですか」

 

「だから、言っただろう……。あいつは精力絶倫で、嫁がひとりじゃあ足りないって……。だから数名は必要なんだよ。なんか、文句があるのかい、沙那──。別に、朱紫国では一夫多妻は犯罪じゃなかったろう?」

 

「犯罪じゃないかもしれませんが、普通の庶民は奥さんはひとりですよ。陳達さんのあの長屋でふたりも嫁がいればみんな驚きます」

 

「驚かしておけばいいじゃないかい……。あの陰気男だって、ふたりも美人の嫁がくればまんざらでもないはずさ。あの鼻が自慢でさらに大きくなるってもんじゃないかい」

 

 宝玄仙は笑ったが、沙那は笑わなかった。

 なんで、わざわざ、二人目の嫁を送り込む必要があるのだろう。

 なにか裏がある気がした。

 

「だいたい、香蛾、あなたはわかっているの? 陳達さんのところに行くということは、ただ、売子をするわけじゃないのよ。あそこには陳女という奥さんがいて、あなたはそこに行くことになるのよ」

 

 沙那は今度は香蛾に顔を向けた。

 

「奥さんにもかわいがられるように努力します」

 

 香蛾はあっけらかんと言った。

 

「そう言うことじゃなくて、ご主人様は、あなたが陳達さんの二人目の嫁になるとか言っているけど、実際はそんなものじゃないのよ。よくて、愛人、または、妾。ちゃんとした妻の扱いを受けるなんて無理なのよ。わかっている?」

 

「それは、つまり、あたしが一人前の扱いではなくて、性奴隷として扱われるかもしれないということですか? それは承知しています。それに、正直、あたしはそのお方の第二妻にはなりたくありません。奴隷でいいです」

 

「そ、そうなの?」

 

 奴隷がいいという香蛾の言葉には、ちょっと面食らった。

 

「はい──。いい性奴隷になれるように頑張ります。宝玄仙様の調教を受けたのは短い時間でしたが、宝玄仙様によれば、陳達さんという新しいご主人様も、調教のようなことがお好きなお方だとか……。そこで調教を受け直して、新しいご主人様に気に入られる一人前の性奴隷に早くなりたいと思います」

 

 香蛾がそう言ったので、沙那はもう言葉を継ぐことができなかった。

 わざわざ、会ったこともない男の性奴隷になれという宝玄仙の命令に対して、香蛾はなんとも思っていないようだ。

 沙那は嘆息した。

 

「ほらね、沙那……。香蛾は納得済みさ。あの鼻男も香蛾のような美女が性奴隷としてやってくるんだ。不満なんかあるもんかい。まあ、もしも不満に思うなら、それこそ、水晶のところで引き取ってもらえばいいさ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「だったら、長女金の気持ちはどうなんですか? 自分以外に妻なんていい気持ちしないでしょう」

 

「そんなことはあるものかい──。あの鼻男の絶倫ぶりはお前も知っているだろう? あの長屋で十日ばかりみんなで相手をしたから、お前も覚えているはずだけど、あいつの性癖はしつこいんだよ。あんなの長女金ひとりで相手ができるものかい。まあ、長女金のことだから、いまでも頑張っていると思うけど、正直、音をあげているというのが実際じゃないのかねえ……」

 

「そ、そんなことどうしてわかるんですか」

 

「わかるんだよ──。あの男には三人か四人は嫁を侍らせて、交替で夜の務めをするくらいがちょうどいいんだよ……。まあ、あの男があそこまでしつこい性癖になったのは、わたしにも責任はあるしね……」

 

 宝玄仙の最後の言葉はほとんど独り言に近かった。

 だが、なにか沙那には引っ掛かるものを感じた。

 

「責任? いま、責任とおっしゃいましたね、ご主人様? 責任とはなんですか?」

 

 沙那は首を傾げた。。

 これはなにかある。

 咄嗟に沙那は確信した。

 いまの沙那の質問に、宝玄仙がちょっと困った表情になったことからもそれがわかる。

 

「な、なんだよ、沙那……。怖い顔をして……」

 

 宝玄仙が怒ったような口調で言い返しながら、視線をすっと横に逸らせた。

 だが、これは都合の悪いことがあったときの宝玄仙の癖だ。

 この希代の女道術遣いは、根が正直で嘘や隠し事が下手だ。

 宝玄仙は、間違いなく自分に都合が悪いことを沙那に隠している。

 

「言ってください、ご主人様……。いま、ご主人様が責任と言ったことの内容です。どうして、ご主人様が陳達さんに責任があるのですか……?」

 

「そりゃあ、あいつには世話になったからじゃないかい……。国都でわたしが捕縛されたときには、あいつの尽力でわたしは助け出されたんだろう……?」

 

 宝玄仙がはっきりとしない口調で言った。

 

「誤魔化さないでください──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「お、大きな声を出すんじゃないよ、沙那──。わかった……。わかったよ──。まあ、大したことじゃないよ……。ほら……、あいつって、どうにも女に自信がなくて、いつもいじけていて、変に女に消極的だったろう? それで、あれじゃあ駄目だと思って、少しばかり治療をしたのさ……。まあ、実際には朱姫がやったんだけどね。それで……」

 

 宝玄仙が仕方なくといった感じで喋りはじめた。

 

「治療? なんの治療ですか?」

 

「だから、心の治療だよ──。あいつの性癖を解放して、女に対して積極的になるように暗示をかけたんだよ。ある暗示の言葉を使ってね。つまりは、朱姫の『縛心術』さ。まあ、あいつの心をちょっとばかり操作したのさ……」

 

「心を操作した──?」

 

 沙那はびっくりした。

 だが、宝玄仙は、話を誤魔化すように笑っている。

 

「まあ、そうしたら、なんか精力絶倫のしつこい男になってしまって……。お前も覚えているだろう? ほら、あの長屋ですごしたとき、最後の三日間くらい、特別に陳達がしつこかったろう? お前らだけじゃなくて、わたしまで辟易していたくらいだからさあ……。それが続いているんだよ。長女金ひとりになってもね。なんか、『縛心術』が効いて、人が変わったようになっちゃってねえ……、ははは……」

 

 宝玄仙は笑った。

 唖然とした。

 つまりは、宝玄仙と朱姫は、陳達の心を変えるような『縛心術』をかけたということだ。心を操作したのだ。

 そういえば、確かに、あの青天の長屋ですごしたとき、最後の三日は陳達の責めが激しかった。

 妙に積極的で、そして嗜虐的で、まるでさかりのついた牡の獣のように、長女金を含めた沙那たち五人に性を求めた。

 あれは、もうすぐ別れだから、陳達流の別れの惜しみ方だと思っていたのだが……。

 

「わ、笑い事じゃないですよ、ご主人様……。それで陳達さんの暗示は解いたんですか?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「暗示を解くというか……。朱姫に言わせれば、そういうものじゃないらしいよ。まあ、心を操って違う性格にしてしまうようなものらしいけどねえ……。つまりは、そのままなんじゃないかねえ……。そうじゃないと意味ないし……」

 

 宝玄仙は悪びれた様子で言った。

 

「まあ、呆れました、ご主人様──。人の心を勝手に操作するなんて……。それは人としてやってはいけないことじゃないんですか? 道術遣いの倫理はないのですか?」

 

 沙那は、宝玄仙を怒鳴りあげた。

 

「ま、道術じゃないよ──。朱姫の『縛心術』じゃないかい。そ、それに、やったのは、朱姫だよ。わたしは、あの根暗男の性根をなんとかしてやれと言っただけさ。わ、わたしじゃないさ……。と、とにかく、いまは終わったことをとやかく言ったって仕方がないよ──」

 

「でも……」

 

「でも、じゃない──。いずれにしても、香蛾は陳達のところに行って性の相手をする……。これは決まりだ……。誰も文句言っていない。多分、陳達も長女金もお人よしだから、もうひとりくらいの面倒も看るさそれに、大丈夫だよ……。あいつはいい男だ。それに根性もあるし、頭もいい。仕事熱心だし、真面目だ。いじくった無秩序な性癖以外はね……。長女金だけじゃなくて、香蛾だって大事にしてくれるし、ふたり揃って幸せにするはずだ。あいつはそういうやつだ。長女金だって、少しくらい陳達の性の相手を持て余しているくらいで、いまでも幸せには違いないのさ」

 

「だったら、香蛾の幸せはどうなんですか? ねえ、香蛾、本当のところを教えて。あなたは、奴隷を開放されたくないの? 水晶さんのところに行けば、ちゃんとした教育儲けられて、仕事も覚えられて、普通に結婚もできると思う。わざわざ、すでに結婚をしている男の妾になりにいかなくてもいいんじゃないの」

 

 沙那は香蛾を見た。

 だが、香蛾は首を横に振る。

 

「もちろん、言われたところに行きますし、命令されれば、どんなことでもするつもりです。ですが、望みを言っていいのであれば、あたしは奴隷を開放されたくありません。陳達さんというお方の奴隷になるのと、奴隷解放されることの選択であれば、あたしは奴隷がいいです。奴隷解放をされたとしても、奴隷として扱われたいです」

 

「はあ……」

 

 沙那は唖然としてしまった。

 奴隷がいいだなんて……。

 そのとき、孫空女と朱姫が戻ってきた。

 

「ご主人様、終わったよ。後は、朱姫の道術一回で、この砦の全部の施設に炎があがるよ。この集会場を含めてね」

 

 孫空女が報告した。

 

「ちょっと、朱姫、そこに座りなさい──」

 

 沙那はそう言って、自分の眼の前の床を指さした。

 朱姫はきょとんとしている。

 

「あ、あのう……?」

 

「朱姫、あんたは、やっていいことと、悪いことの区別がつかないの? あんたの『縛心術』はそりゃあ、大したものだけど、許可なく人の心を操作するのは倫理的な大罪よ。しかも、あんな、いい人を……」

 

 沙那は声をあげた。

 

「えっ、なんのことですか……?」

 

「いいから、早く、座りなさい──」

 

 沙那は怒鳴った。

 朱姫が慌てて、沙那の前に正座をした。

 

「あ、あの、沙那姉さん……。人の心を操作するって……、もしかして、水晶さんのことを言ってるんですか? それは、水晶さんも納得済みのことですよ。あたしは、水晶さんの心の負担を取り除くために……」

 

「黙りなさい、朱姫──。わたしは、水晶さんのことは言ってないの──」

 

「えっ?」

 

 朱姫が困惑した声をあげた。

 

「あれだよ、朱姫──。お前が独断でやった陳達の心の操作のことだよ。あれのことを言ってるのさ」

 

 宝玄仙が向こうを向いたままぼそりと言った。

 

「えっ? ち、陳達さんのこと──? ああ、あれですか……。えっ、えっ? ええっ? あれがなんで……? だって、ご主人様が沙那姉さんたちには秘密にしろって……。で、でも、なんでそれを……。あれっ? ご主人様、いま、独断であたしがやったとおっしゃいましたか?」

 

 朱姫がびっくりしたような声をあげた。

 

「いいから黙って聞きなさい、朱姫──。人の心を無暗に変えようとか、変質させるというのはやってはいけないことなのよ──」

 

 沙那はこんこんと喋り続けた。

 

 

 *

 

 

 旅の空だ。

 

 朱姫は宝玄仙の横を葛籠をふたつ担いで歩いている。

 先頭は孫空女、最後尾は沙那。孫空女は荷を持っていないが、沙那は四個の葛籠と寝具を背負子に縛って担いでいる。

 

 いつもの旅だ──。

 

 昨日の夕方、香蛾は雷雲と水晶とともに朱紫国に戻っていった。

 送り届けたのは宝玄仙だ。

 雷雲は『移動術』を遣える道術遣いであり、賊徒に襲われたときには発動させることができなかったが、用心深く、朱紫国まで戻る道筋に『移動術』で戻れる結界を刻みながらやってきていたのだ。

 だが、一度に跳躍できるほどの霊気まではなかったのだが、それは宝玄仙が同行することで、一気に朱紫国の国境近くまで跳躍していった。

 そこまで進めば、安全はほぼ確保できる。

 

 雷雲と水晶は、香蛾を一度青天の城郭にいる陳達夫婦に託した後、故郷である青天に近い大きな城郭に戻ることになると思う。

 雷雲の話によれば、今回の隊商の雇い主は水晶の父親であり、隊商が全滅したことを報告して、その後の処置をすることになるらしい。

 処置というのは、死んだことがわかっている者の家族への報告と弔い、今度は海路に変更した商品輸送の準備、そして、可能であれば、その際に奴隷として売られた者たちを買い戻すということもしようと思っているようだ。

 おそらく、全部の片がつくのは一年はかかるだろうと言っていた。

 それらが一区切りついたところで、ふたりの夫婦としての正式の結婚の儀式をすることになるらしい。

 

 もっとも、それは、最早ふたりにとってはどうでもいいことだろう。

 すでに道術契約で結ばれた夫婦であるし、ふたりは自分たちの責任において、奴隷として売られた仲間を買い戻す船旅を一緒にすると決意していたし、故郷の城郭で結婚式をできなくても、夫婦としての暮らしはもう始まるのだ。

 その間、水晶は昼間は有能な商家の女として振舞い、夜は雷雲の性奴隷としての生活をすると思う。

 相性のよいふたりでありそうだし、仲良くすごすのだと思う。

 

 三人を送り届けた宝玄仙が戻ってきたところで、砦に火を放ち、『移動術』で町に戻って、荷を置きっぱなしだった宿屋に帰った。

 そして、今朝、出発した。

 半日も歩けば、もう人里は皆無だ。

 周囲は荒野に道らしきものがかろうじてついているような場所に差し掛かっていた。

 

「次の人里まで二日はあると思います。二日は野宿ですね。それからは、香蛾がもともといた円国に向かう山越えになります。西方帝国に向かう経路とは遠回りになりますが、力の強い亜人の王が支配している地域があるので、それを避けて進みたいと思います」

 

 沙那が地図を拡げて言った。

 地図といっても、沙那が周辺情報を聞いて自分でこしらえた手書きのものだ。

 沙那はいつもそうやって、情報を事前に集めて、危険なことが起きないように準備を怠らない。

 

「万事、お前に任せるよ、沙那……。ただし、わたしはあんまり野宿は嫌だね。路銀は十分にあるんだし、人里があれば、床のあるところで休みたいね」

 

「わかっています、ご主人様。でも、二日は我慢してくださいね」

 

 沙那が応じた。

 それからしばらく歩いたが、まったく変化のない荒野の景色が続いた。

 

「それにしても、雷雲と水晶はよかったよね……。別れのときも幸せそうだったし、あんなことがあっても、幸せになれるんだね」

 

 孫空女が歩きながら言った。

 

「まあね。朱姫の心の重みを取り除く『縛心術』が効果を及ぼしたというのもあるけど、なんといっても、あのふたりは性の相性が抜群だったのさ。夫婦も結局は、男と女だろう……。性の相性がいいというのは大事なんだろうね。思いのほか変態的な性癖の雷雲だったけど、それにぴったりの被虐癖の水晶だったからね。あのふたりは、絶対に間違いなく仲良く添い遂げるさ」

 

 宝玄仙は嬉しそうに言った。

 

「でも、香蛾の方は大丈夫でしょうか……。香蛾と長女金とが仲良くやってくれればいいけど……」

 

「まだ、そんなことを言っているのかい、沙那? お前は変なところで常識的で駄目だね。幸せのかたちなんていうのはひとつじゃないのさ。陳達はいい男だし、懐の大きい男さ。それは長女金もそうだし、根っからの奴隷根性の香蛾もそうだよ。なんの問題もないさ」

 

 宝玄仙だ。

 

「でも、わたしは、香蛾については、むしろ、水晶さんの世話を受けて、普通の男性と結婚でもすればいいんじゃないかと思っていたんですけどね。でも、香蛾は陳達さんのところで奴隷になりたがっていましたね。わたしがいくら諭しても、陳達さんの性奴隷がいいと繰り返すし……」

 

 沙那が言った。

 

「お前は、人間というものは、常に自由を欲するものだと単純に思っているようだけど、実は違うんだよ、沙那。世の中には、奴隷でいたいと思う者は多いよ。特に、香蛾のように生まれながらに奴隷だった者は、自由というのは怖いものなのさ──」

 

「自由が怖い?」

 

「お前が香蛾に言ったのは、水晶の家で世話をしてもらい、奴隷ではなくて自由な身分になれということだったろう? それに比べれば、わたしがあいつに提示したのは、陳達という男の性奴隷になれということさ。香蛾にとってみれば、自由人よりも、性奴隷の方が魅力的な提示だったのさ」

 

 宝玄仙は言った。

 朱姫はふたりの話を聞きながら、宝玄仙の言っていることがすごく理解できた。

 しかし、沙那はなんとなく納得がいかなさそうだ。

 

「そういうものでしょうか、ご主人様?」

 

 沙那は不満そうだ。

 

「そうだよ……。それよりも、そろそろ午[ひる]だろう? 休憩しようじゃないか」

 

 宝玄仙がそう言い、昼食ということになった。

 沙那の指示で、朱姫は孫空女とともに三人で食事の支度をした。

 食事といっても、旅の途中の昼食は、ちょっとしたものを摘まむ程度のものであり、この日は出発前に町の屋台で購った草餅だ。

 車座になって四人で食べて、あっという間に昼食が終わる。

 

「ところで、後二日はこうやって歩くだけなんだろう? まあ、退屈だし、なにか息抜きをしようじゃないかい」

 

 宝玄仙がぽつりと言った。

 食事の片づけをしていた沙那と孫空女が露骨に嫌な顔をした。

 本当にこのふたりは面白い。

 

「だったら、あれしません、ご主人様? おしっこ競争……。ここなら誰もいませんし……」

 

 朱姫は言った。

 

「しゅ、朱姫?」

 

「おしっこ?」

 

 孫空女と沙那が同時に声をあげて目を丸くした。

 

「いいじゃないですか、おふたりとも……。この前は卑怯な手段で負けたんです。ちゃんとやれば負けませんよ──。それから、負けた者は、罰として、ご主人様の『操人形』で操られることにしましょう。それなら、一日は退屈しませんよ」

 

 朱姫は言った。

 沙那と孫空女のふたりは唖然としている。

 

 『操人形』というのは、宝玄仙の作った霊具であり、髪の毛や爪などの身体の一部をその人形に入れれば、道術が身体と結び合い、人形に与えた刺激がそのまま、刻まれた者の身体に伝わるという性具だ。

 つまり、沙那か孫空女の身体の一部を刻んで、その人形の股間を弄れば、刻まれた者は実際に愛撫を受けているのと同じように悶えることになるというもので、あれはなかなか愉しい玩具だ。

 沙那でも孫空女でもいいが、それを使って朱姫はふたりのどちらかを苛めて遊んでやろうと思ったのだ。

 

「そりゃあ、いいねえ……。ほら、お前ら、朱姫からの挑戦状だよ。受けて立ちな。負けたら、『操人形』を一日だ……。ほらほら、全員、下を脱ぎな」

 

 宝玄仙が手を叩いて悦んで言った。

 沙那と孫空女は険しい顔を朱姫に向けながら、それでもなにも言わずに下袴を脱ぎ始める。

 朱姫も下袍と下着を脱ぐ。

 

 この前は、沙那に騙されたようなかたちで、下袍を持ったままおしっこを遠くに飛ばそうとしてできなかった。

 だが、実は、朱姫は、あれから密かに練習を重ねていた。

 恥ずかしいが、おしっこの穴を両手で全開で開くようにすればおしっこは前に飛ぶということはわかった。

 遠くに飛ばすための筋肉の使い方もわかった。

 あのときのふたりのおしっこが飛んだ距離も覚えている。

 おそらく、それよりも遠くに飛ばせるようになったと思う。

 少なくとも尿をするたびに、尿道で感じてしまうために悶える沙那には負けないと思う。

 

「準備ができたかい、お前ら──? ほら、そこに並びな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 本当にこういう馬鹿馬鹿しい遊びが宝玄仙は大好きだ。

 そして、宝玄仙は沙那が担いでいた葛籠から『操人形』を取り出して三人に示した。

 

「じゃあ、尿飛ばし競走の第二段だ──。だけど、前に飛ばすのはこの前やったからねえ……。同じことをやってもつまらないね。じゃあ、今度は上に飛ばす競争にしようか。一番、上に飛ばした者が勝ちにするよ」

 

 宝玄仙があっけらかんと言った。

 朱姫は愕然とした。

 

「な、なんでですか……。おしっこ飛ばしと言えば、距離じゃないですか。な、なんで、上なんですか? そんなのないですよ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 高さとはなんだ……。

 高さとは──。

 そんなのない──。

 それじゃあ、あれだけ密かに練習したことが全部無駄になる。

 

「なんでおしっこといえば、距離なんだよ? あたしらは、上に飛ばす技もやらされたよねえ、沙那……?」

 

「そういえば、そんなこともやったわね……。噴水の芸とか言ったかしらね。思い出しても馬鹿馬鹿しいけど、こつは覚えているわ……」

 

 下半身裸体の沙那が、朱姫に向かって勝ち誇ったような視線を向ける。

 理由のない口惜しさが朱姫の中に湧き起こる。

 

「だ、だったら、別の競争にしましょうよ、ご主人様……。こんなのないですよ……。そ、それに高さだなんて、一番小さいあたしが不利じゃないですか──」

 

「つべこべ言うんじゃないよ、朱姫……。ほら、いくよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あっ」

「んんっ」

「くっ」

 

 三人同時に声をあげた。

 猛烈な尿意がいきなりやってきたのだ。

 宝玄仙の道術だ。

 

「じゃ、じゃあ、わたしからいくわ……」

 

 沙那が真っ赤な顔をして言った。

 そして、限界まで身体を反ったかと思うと、次の瞬間、沙那の股間から見事な放物線を描いて、沙那の身長の遥かに超える高さまで尿が噴きあがった。

 朱姫は両手で股間を押さえながら唖然とした。

 

「あはあっ……」

 

 沙那が甘い声をあげる。

 

「あっ、あっ、あっ……」

 

 沙那はまるで性交をしているような声をあげて悶えながら尿を上方に向かって跳ばし続けている。しかし、その高さは朱姫を愕然とさせるほどに高い。

 

「じゃあ、あたしもいくよ」

 

 孫空女もそう言うと、朱姫では絶対に飛ばないような高さまでおしっこを上にあげた。

 朱姫は呆然としてしまった。

 沙那と孫空女の高い曲線を描いてあがる尿の軌道を眺めながら、朱姫は眼の前が真っ暗になる気持ちを味わっていた。

 

「さあ、早くやってよ、朱姫。負けた者は『操人形』一日だったわね……。そうだ。あれをやってみようかしら……。人形の股間に痒み剤をたっぷりと塗るのを……。わたしもやられたことあるけど、あれ苦しいのよねえ。自分の股をいくら掻いても、塗ってあるのが人形側だから痒みがとれないのよね……」

 

 ひと足先におしっこが終わった沙那が、じろりと朱姫を見てほくそ笑んだ。

 朱姫はぞっとした。

 

 

 

 

(第66話『寝取られ男女の結婚式』及び第8章終わり)




 *


 次回は「小話集」、次いで、陳達夫婦の番外篇となります。
 その後、大長編となる第9章「獅駝嶺(しだれい)篇」に入ります。


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章外・第67話 小話集
421 単話・逆転調教【市松】


 *

 「小話集」は、以前投稿していたときに使用した章区切りの単話、拍手お礼で使用したエピソードなどを集めたものです。
 まとめて、一話ずつ投稿します。

 『絶頂の賭け』は、時期的には、孫空女が宝玄仙の供になり、帝国の国境を超える直前くらいの時期になります。
 まだ、朱姫は仲間にはなっていません。


 *


「俺は黒髪だ。残りのふたりを誰が最初に喰うかは、お前らで決めていい──」

 

 街道を進んでくる三人連れの女の姿がはっきりと確認できるくらいになると、頭領が言った。

 すると、追剥たちが一切にひそひそと話し始めた。

 

「じゃあ、俺は栗毛……。いや、赤毛にするかな……」

 

「待て、待て──。俺はああいう気の強そうな女を責め抜いて泣かせるのが好きなんだ。俺が赤毛を犯したい」

 

「くじだくじ──。くじにしようぜ」

 

「馬鹿、そんな暇はあるかよ。そんなことをしているあいだに逃げられちまうじゃあねえかよ」

 

 追剥たちの言い争いは、だんだんと激しくなってきた。

 一方で、この追剥団の下っ端である市松(いちまつ)は、それを後ろから眺めながら、あんなに騒いだらこっちにやってくる三人の女たちの誰かに、ここに追剥が潜伏しているのが悟られてしまい、逃げられるのではないかと呆れた思いになった。

 

「誰が最初でも同じだろう──。どうせ輪わすんだからよう──。全員が穴にはありつけるから心配するな。とりあえず、女たちを捕まえてからのことだ。間違っても殺すんじゃねえぞ──。殺すのは犯してからだ。それと服は破くな──。破れた服は値打ちが下がる。しっかりと捕まえてから、慎重に素っ裸にするんだ。犯すのも、まずは服を脱がしてからだ──。わかったな──」

 

 頭領が一喝した。

 とりあえず、静かになる。

 ここは街道を見おろす位置にある道沿いの丘であり、市松が一緒にいる彼らは、国境沿いの山越えの街道を旅する者を狙う追剥の集団だ。

 人数は頭領を含めて十人であり、市松を入れれば十一人になる。

 

 もっとも、頭領たちは、市松を一人前の仲間とは思っていないだろう。

 市松もまた、まだ自分がこの連中の仲間だとは思っていない。

 なにしろ、市松がこの盗賊団に加わったのはつい先日のことであり、それ以前は、小さな隊商の一員として下働きをしている小僧だったのだ。

 

 身寄りはない。

 歳は十五だ。

 どこでなにをしたとしても、心配する係累はもういない。

 だから、あの国境越えの隊商にくっついて西方諸国にでも流れ、そこからまた、どこかを旅でもしようかと考えていた。

 だが、東帝国を越えようとしたところで、この国境沿いの盗賊たちの襲撃を受け、隊商の荷は奪われて商人たちは散り散りに逃げていったのだ。

 逃げ遅れたのは市松だけであり、捕えられて殺されそうになった。

 しかし、持ち前の口のうまさでここの頭領に取り入り、なんとかこの盗賊団の雑用係として加えてもらうことに成功した。

 そして、いまは、市松がこの盗賊団に加わって最初の襲撃だ。

 

 やってくるのは、三人連れの旅の女であり、この盗賊団にとっては格好の追剥の獲物らしい。

 だが、こうやって隠れているあいだに、その三人のいずれも大変な美女だということがわかり、それで俄然、ここにいた連中が色めきだってきたのだ。

 そして、誰が最初に、それぞれの女を犯すのかということでもめ始めたというわけだ。

 

「……とにかく、まずは、ひとりだけ剣を持っている栗毛の女を取り囲め。女三人だけで旅をするくらいだから、あの女はそれなりに、腕に心得えもあるのかもしれねえ──。だから、みんなで囲め──。残りのふたりは丸腰だ。どうということはねえ」

 

 頭領が素早く言った。

 盗賊団の男たちが大きくうなずく。

 

 だが、後ろで聞いていて、市松は疑問に思った。

 あの三人連れの女のうち、栗毛の女だけが剣を持っているのは確かだが、しかし、荷を持っているのも、栗毛の女だけだ。

 もしも、栗毛の女が三人のうちの用心棒役だとすれば、栗毛の女だけが荷を担いでいるのは不自然だ。

 荷を持っていては、咄嗟の襲撃に対応しにくい。

 

 逆に、まったく荷を持たずに先導しているのは、背の高い赤毛女だ。

 市松には、あの赤毛女こそ、一番強そうに思えた。

 

 それに、真ん中で馬の横を歩いている女──。

 天教の巫女服を身に着けているが、随分と装飾具が豪華だ。

 もしかしたら、それなりの格式のある女神官ではないだろうか──。

 天教の巫女といえば道術遣いだ。

 そうであれば、こんな辺境の追剥などひとたまりもないのかもしれない。

 

 そもそも、女三人で物騒なこの界隈の街道を旅するというのは不自然だ。

 頭領たちの言うとおり、こんな物騒な地域を女だけの旅など不用心だ。

 だからこそ、獲物だと思う前に、なにかあると考えるのが常識ではないのだろうか……?

 だが、ここの頭領をはじめ、男たちの誰ひとりとして危ぶむ者はいない。

 それどころか、捕えた後の皮算用に夢中だ。

 

 まあいい──。

 どうせ関係ない──。

 市松が考えているのは、できればこの騒動に紛れて、この盗賊団から逃亡をすることだ。

 

 おそらく、できるだろう──。

 聞いている限りにおいては、これから女三人を捕えた後で、ここで輪姦が始まるようだ。

 そうなれば、女たちを犯すのに夢中になり、新入りの雑用係ひとりがどこに行っても気にも留めないだろう。

 市松は、騒ぎに紛れて、ここから逃亡することに決めていた。

 

「行くぞ──」

 

 頭領が声をかけた。

 わっという歓声とともに、それぞれの武器を手にした追剥たちが丘を駆けおりていく。

 市松もとりあえず、得物として準備した棍棒を持って、一番後ろから丘をおりていく。

 だが、思っているのは、隙があればすぐに逃亡しようということだけだから、その速度はゆっくりとしたものだ。

 当然、ほかの者とはかなり離れて後ろからついていく態勢になった。

 頭領たちは、奇声のようなものをあげながら、どんどんと盗賊たちは進んでいく。

 市松はさらに速度を落として、最後には歩くような感じでゆっくりと斜面の下の街道に着いた。

 

「え、ええ──?」

 

 しかし、市松が街道に辿り着いたとき、そこに待っていたのは驚くべき光景だった。

 すでに闘いは終わっていて、追剥たちの全員があっという間にやられてしまっていたのだ。

 十人の男たちのうち、三人は荷もおろさない栗毛の女に斬り捨てられていて、五人は赤毛女がいつの間にか取り出した金色の棒で打ち据えられ、さらに反対側の街道の下の崖に次々に蹴り落とされていた。

 逃亡することができたのは、ひとりかふたりだろう。

 

 頭領は倒れている男たちの中にはいない。

 崖に落とされた者の中に入っていたのか、逃亡に成功した者の中にいたのかはわからなかった。

 とにかく、あっという間の出来事だったようだ。

 市松は呆然とした。

 

 そして、市松は間抜けなことに、十人の荒くれ男たちが一瞬でやられてしまうほどの女傑たちの前に、棍棒ひとつを持っただけでやってきてしまうかたちになっていた。

 

「沙那、簡単に人を殺すんじゃないよ──。これでも天教の巫女なんだからね。殺生はご法度だよ──」

 

 黒髪の巫女が不機嫌な顔で怒鳴った。

 

「申し訳ありません、ご主人様──。つい、咄嗟で……」

 

 剣を抜いていた栗毛の女が剣を収めながら項垂れた。

 この女は沙那というらしいが、この沙那と、もうひとりの赤毛の女が女主人らしい黒髪の女を守ったように思えた。

 それなのに、逆に怒鳴られるなど、市松にはなにか理不尽なものを感じてしまった。

 

「まあ、いいじゃないか、ご主人様──。確かに、いきなりだったし、人数も多かった──。手加減なんかしていたら、ご主人様に怪我でもさせたかもしれないし、そうなったら、大変だったし……」

 

 赤毛女がなだめるように口を挟んで、三人の死骸をさらに街道の下に蹴り落としていく。

 市松はその間、茫然としていた。

 なにをどうしていいかわからなかったのだ。

 だが、その赤毛女が持っている金色の棒を市松に不意に向けた。

 

「うわっ──」

 

 凄まじい棒捌きだ。

 棒を向けられたときの素早さは市松の度肝を抜いた。

 市松は悲鳴をあげて、その場に尻もちをついてしまった。

 

「それよりも、こいつどうする、ご主人様──? どうやら、仲間のようだよ──。そうなんだろう、お前──?」

 

 口調は穏やかだが、金色の棒は市松の目の前に突き付けられていて、いまにも打ち据えられそうだ。

 市松は恐怖で震えてしまった。

 

「どうということもないわよ、孫女──。もう、行きなさい、あんた──」

 

 沙那という女が言った。

 市松はなにも考えなかった。

 とにかく、逃げるのだ──。

 すぐに立ちあがろうとした。

 

「まあ、ちょっと待ちなよ……。よく見れば、可愛らしい顔をした少年じゃないかい──。ちょっと、物陰に連れていって三人で輪してやろうじゃないかい──。こいつだって、わたしらを襲おうとした追剥の一味なんだろう? 棍棒も持っているしね──。だったら、ちょっとくらいの罰を与えなくっちゃ」

 

 黒髪の巫女が市松が立ちあがるのを邪魔するように、市松の前に立ちはだかる。

 三人で輪わす──?

 つまり、市松がこの美女たちに輪姦される?

 

 市松はこの黒髪の女の喋ることの意味がわからずびっくりした。

 それとも、まさかとは思うが、言葉通りの意味なのだろうか……?

 男の市松をこの三人の美女が輪姦するとでも言っているのか──?

 

「な、なに言ってるんです──。そんなことしませんよ──。ほら、ぼやぼやせずに、逃げるのよ、お前──。行きなさい──」

 

 沙那が慌てたように市松に怒鳴った。

 だが、ほぼ同時に、黒髪の巫女が市松の足になにかを放った。

 金属音が足首で鳴り、気がつくと鎖で繋がった足輪が両方の足首に嵌まっている。

 

「ひっ」

 

 市松は声をあげた。

 これは霊具だ──。

 逃げられない──。

 市松の身体はさらに恐怖に包まれる。

 

「どこにも行かせないよ、坊や──。さあ、一緒に来な──。少し戻ったところに、街道から隠れた林があったね──。さっき、昼餉を食べたところさ。そこに戻るよ、お前たち──。そこなら街道からは隠れているし、わたしが結界を作ってやる。この坊やを三人で喰うとしようよ──。孫空女、連れてきな」

 

 黒髪の巫女が言った。

 

「い、嫌だったら、嫌です──。そんなことしません──。ご主人様、考え直して──。国境を超えるのが遅れますよ──。そんなことをしたら、また越境が遅くなっちゃう。今日中に天教の神殿に到着しません──。もう、予告の手紙は送ったから、向こうでもご主人様の到着を待っているんじゃないですか──? また、路銀稼ぎの祭典を受け入れるんでしょう?」

 

「いいだよ──。そんなのは──。別に時間の決まっている旅じゃないんだ──。追剥に襲われて遅れたと言えばいいんだ──。本当のことだしね……。それに、この前、本当のことを教えただろう──。この旅はただ、わたしが帝都でやらかしたことのために、逃亡しているだけのことだ──。それよりも、わたしに逆らうとはいい根性じゃないかい、沙那──。覚悟はいいね──」

 

 黒髪の女が沙那を睨んだ。

 

「うふうっ」

 

 次の瞬間、沙那が真っ赤な顔して腰と膝を曲げた。

 なにをされたのかはわからない。

 だが、なにか苦しそうだ。

 真っ赤な顔になって両手で股間を押さえて、身体をもじつかせている。

 

「孫空女、連れて来いと言っているだろう──。それとも、お前も沙那と同じ目に遭いたいかい──」

 

「わ、わかったよ、ご主人様──。仕方ない……。さあ、お前はあたしらと一緒に来るんだ──。ちょっとあたしらの相手をするだけだ。多分、あのご主人様は、命までは奪わない……と思うよ……」

 

 孫空女という名らしい赤毛女が、市松の腕を掴んで立たせる。

 

「あ、相手って、な、なんですか?」

 

 市松は思わず言った。

 すると、黒髪の女主人が笑いながら、いきなり市松の股間を握りしめてきた。

 

「うわっ──うわあっ──。な、なに? ちょ、ちょっと──」

 

 市松は思いもよらないことに狼狽えた声をあげてしまった。

 

「女が三人──。そして、お前は若いが、男だろう──。だったら、やることはひとつだ──。お前がわたしらを強姦するんだ。わたしらを襲おうとした酬いとしてね──。まあ、お前の仲間は、全員が死ぬか、それとも足腰立たないようにされて崖下に捨てられたんだ。それに比べれば、いい思いをするだけだ。いいじゃないかい──。さあ、おいで──」

 

 女主人が市松の股間を離すと、すたすたと道を引き返していく。

 

「ま、待って、ご主人様──。ひとりでいかないで──。沙那、一緒に行って──」

 

 孫空女が慌てて声をかける。

 だが、沙那はまだ腰を屈めたままであり、歩くことができないようだ。

 その顔は苦痛だというよりは、とても淫らだった……。

 もしかしたら、なにか淫靡な道術を掛けられたのだろうか……?

 市松はごくりと唾を飲んでしまった。

 

「仕方がない──。急ぐよ、お前──。ま、待って、ご主人様──」

 

 孫空女が片手に市松の腕を取り、女主人を追い始めた。

 

「ま、待ってください。お、俺もなにがなんだか……。俺って、殺されるんですか? なにもしてないです。ねえ、俺、下っ端で、しかも、これが最初の襲撃で、しかも、隙を見て逃げようとしてただけで……」

 

 市松は狼狽えて声をあげた。

 だが、孫空女の力は強い。

 どんどんと引っ張られる。

 

「命を奪いやしないよ。お前がわたしたちを強姦するんだよ。それがしたかったんだろう」

 

 前を進む宝玄仙という巫女が大笑いした。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌朝まで、その三人の美女と滅茶苦茶、性交(セックス)した。

 一生分くらいの精を搾り取られたと思う……。 



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422 単話・絶頂の賭け【七星】

 七星が供に加わった頃の時機になります。


 *




「うはああ――」

 

 七星は後手張りの身体をがくがくとのけ反って昇天した。

 もう三度目の絶頂だ。

 限度をすぎた快感は、ただの拷問だ――。

 七星はあまりの苦しさに首を激しく横に振った。

 なにしろ、七星の両手はしっかりと背中で水平に縛られていて、両脚は左右から引っ張られるかたちで天井から吊られている。

 自由になるのは首しかない。

 

「も、もう、堪忍して――。ちょ、ちょっと休ませて――。お、お願いだよ――」

 

 七星は音をあげた。

 だが、椅子に足組をして腰かけている宝玄仙は、そんな七星を完全に無視している。

 

「次は二回り目だよ。さあ、朱姫だ――。誰が最初に脱落するかねえ――。時間内にこいつを絶頂させられなければ、さっきも制限したとおり、痒み剤を尻穴に塗って朝まで放置だ。痒みをほぐしてもらえるのは、明日の朝だからね――」

 

 宝玄仙が道術で卓の上の砂時計をひっくり返した。

 砂が落ち始める。

 

「じゃあ、いきますね、七星姉さん。また、絶頂してください」

 

 男性器そっくりの張形を手にした朱姫が、開いている七星の股間の中心に押し当ててきた。

 

「うはああ」

 

 すでに三度の絶頂で七星の股間はたっぷりと濡れている。

 張形を根元まで飲み込むのに、それほどの時間はかからなかった。

 

「おおお――。も、もう、たすけて――」

 

 朱姫の持つ張形が七星の子宮の入口辺りを小さく叩くように動く。

 その瞬間、またしても燃え狂うような快感が七星に襲いかかった。

 なにがどうなっているかわからない。

 だが、ものすごい勢いで、愉悦の火花が全身に散らばっていく。

 理性もなにもかも吹っ飛ぶ――。

 いつの間にか、七星は全身をのけ反らせて、おびただしい量の樹液を噴き出させていた。

 

「さすがは朱姫だね――。まだ、四分の一もなくなっていないよ。こら、七星、あんまり簡単に達するんじゃないよ――。遊びにならないだろう――。少しは我慢しな――。お前、十回り目まで決着がつかなかったら、痒み放置の生贄はお前だよ」

 

 宝玄仙が呆れたように怒鳴った。

 七星は抗議代わりに、拘束された全身を暴れさせた。

 逃げられないのはわかっている。

 だが、こんなことを続けられたら、本当に心の臓がとまって死んでしまう。

 そうでなくとも、もう怖ろしいくらいに鼓動が激しい。

 息が足りなくて、声も出せない。

 

 車遅国(しゃちこく)という王国の西の境界である通天(つうてん)河に近い小さな宿町だ。

 そこで宿をとった七星を含む宝玄仙一行五人は、なぜか七星の身体を使って、賭けをしようということになり、七星はこうやって両手を縛られて仰向けに寝台に寝かされ、天井から両脚を吊られて、まるで赤ん坊がおしめを交換するような格好にされたのだ。

 そして、腰の下には枕を差し入れられて、朱姫と孫空女と沙那の三人から代わる代わる責められるということになった。

 

 “なぜ、そんなことをするのだ?”とか、“どうして受け役が七星なのか”という質問はこの連中には通用しない。

 女主人の宝玄仙の気紛れは絶対であり、供の三人は指名をされたら、ただ宝玄仙の命じる淫逆な行為を受け入れるだけだ。

 期限付きの「供」ということになった七星についても、同じように容赦はない。

 

「じゃあ、あたしの番だね……。悪く思わないでよね、七星――。朝まで痒み放置なんて、とんでもないんだよ」

 

 孫空女がやってきた。

 だが、持っているのは張形ではない。

 なにかの錠剤のように思えた。

 

「な、なに持ってんだよ、お前――。ふ、ふざけたことやるんじゃないよ――」

 

 七星はぞっとした。

 孫空女が持っているのは媚薬に違いない。

 だが、この宝玄仙が持っている媚薬だ。

 それがとんでもない効果があることであることは、想像して余りある。

 

「だって、この部屋にある道具をなんでも使っていいから、時間内にお前を絶頂させるというのが決まりなんだ。ねえ、媚薬は反則かい、ご主人様?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「いや、反則じゃないさ。媚薬も責めの道具のひとつだからね。とにかく、時間内に七星をいかせれば合格だ」

 

 宝玄仙だ。

 

「じゃあ、そういうことだから……」

 

 孫空女が七星の鼻を摘まんだ。

 

「んんっ」

 

 七星は慌てて口をつぐんだ。

 媚薬なんて飲まされればどうなるかわからない。

 本当に十回りなんて馬鹿げた回数の絶頂をさせられかねない。

 そうでなくても、その数にいかなくても、気絶でもすれば、それはそれで、七星の尻穴に痒み剤とやらを塗って放置しそうだ。

 宝玄仙と朱姫はともかく、この孫空女と沙那は、まだ常識が通用する女たちなのだが、淫らな百合の行為となると、宝玄仙の淫靡な行為をすべて認めてしまうのだ。

 孫空女も沙那も、自分の身を守るために七星を犠牲にすることなど、一介の躊躇もしないだろう。

 

「……へえ、媚薬もいいのか……。じゃあ、わたしもそれにしようかな……。塗り薬でいいかな……」

 

 待っている沙那がつぶやいている。

 本当に冗談じゃない。

 とにかく、砂時計の砂が落ちきるまで飲ませられなければいいのだ。

 七星は必死で口をつぐんだ。

 

「我慢強いねえ。あたしも、塗り薬にすればよかったよ」

 

 顔を押さえつけて、鼻の穴を押さえている孫空女が言った。

 だが、七星の頑張りも限界だ。

 もう、息が続かない――。

 

「ぷはあっ――」

 

 口を開いた。

 その瞬間に数粒の錠剤が口の中に入ってくる。

 今度は孫空女が薬剤が口から出ないように、口を手のひらで押さえた。

 

「んぎいいい――」

 

 七星は絶叫した。

 快楽の暴流が沸き起こったのだ。

 全身が性器そのものになっかのような愉悦が襲いかかる。

 孫空女が軽く肉芽を擦った。

 

「あうううう」

 

 それだけで七星は達していた。

 

「わたしも、とりあえず、錠剤にするわ。効き目はこれが一番だから……」

 

 まだ、絶頂の余韻も終わらないうちに、沙那にまた口の中に錠剤を放り込まれた。

 全身が砕け散るような快感の暴発に襲われ、七星はけたたましい悲鳴をあげてしまった。



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423 『「呪い」の里、35』別バージョン【お蘭】

 第6話『「呪い」の里』の「35 嵐の十日間」の別バージョンになります。
 即ち、初期投稿バージョンです。


 *




 檻の扉が開いた。

 疲労の極致にあった沙那は、死んだように寝ていたようだ。

 朝が来たのだ───。

 三日目の朝が───。

 

 また、あの地獄の一日が始まる……。

 

 しかし、檻の扉を開いたのは、村の者ではなく宝玄仙だった。

 沙那は呆気にとられた。

 

「あれ? ご、ご主人様……三日間が終わったのかい?」

 

 先に檻から解放されていたらしい孫空女が言った。

 沙那は、お蘭の道術により消されていた孫空女の彼女の手足が元に戻っていることに気がついた。

 孫空女の手首と足首にある『拘束環』もついている。

 指には『共鳴封じの指輪』も嵌っているようだ。

 お蘭と宝玄仙が真言の誓いで約束をしたのは、三日間、宝玄仙がお蘭の責めを受け続けることだ。

 だから、宝玄仙が自由になっていて、沙那たちの檻を開いたので、孫空女はそう思ったのだろう。

 しかし、激しすぎる責めで疲労困憊し、日付の感覚がなくなっているらしい孫空女とは異なり、沙那は、いまがまだ三日目の朝であることを知っている。

 つまりは、まだ、苦役は最後の一日が残っているはずなのだ。

 どうしたのだろう……?

 

「いや、三日間は終わってはいないよ、孫空女」

 

 宝玄仙は言った。

 

「終わっていないのなら……」

 

 沙那は口を出した。

 誓約により結ばれた期間は三日間だ。

 それなのに、なぜ、宝玄仙は解放されているのだろう。

 昨日までの二日間は、宝玄仙は寝ることも食べることも許されずに責め苦を受け続けていた。これもお蘭の気まぐれのひとつなのだろうか。

 

「終わってはいないよ。ただ、新しい“真言の誓約”を結んだだけさ。お蘭とね。もっとも、今度の誓約は無制限だけどね」

 

 宝玄仙が喉の奥で笑った。

 沙那はその笑いにぞっとした。

 この変態女法師と一緒に旅をするようになっての経験から、この女がそんな風に笑うときは怖ろしいことを実行しようと思っているときだということを知っていたからだ。

 

「とにかく、お前たちは服を着ておいで。今日からは裸でいる必要はない。荷は二階に運ばせておいた」

 

 どういう事態になったのか理解することができないまま、沙那と孫空女は、屋敷の中に入った。

 そして、中の光景を見て驚いた。

 部屋の真ん中には、見知らぬ若い女が素裸で天井から首を吊られて立たされていた。

 身体中に貼りついている銀色の布の紐は、昨日は宝玄仙が使われて、彼女に苦しい姿勢を強要していた布だ。

 定められた姿勢を少しでも崩すと、身体に電撃が走るという拷問用の霊具だ。

 その女が素裸で取らされている姿勢は、両手を頭の後ろに回し、片脚で立ち、もう一方の足を横に開いて上にあげるという姿勢のようだ。

 足元の大量の汗は彼女がかなりの時間、その姿勢をとり続けているということだ。

 

「心を調教するためには、まずは最初に体力を擦り減らせてしまう───。これが調教の基本だよ。覚えておきな、お前たち」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あ、あのう……。彼女は? お蘭様はどこに……?」

 

「あれがお蘭の自然な姿だよ。十二、三歳の少女の姿は……まあ、言わば、仮の姿というやつかねえ」

 

「どういうことだい、ご主人様?」

 

 孫空女が言った。

 沙那もどういう事態になったのか理解できない。

 

「いいから服を着ておいで。この女はお前たちが起きてくるまで、このままでいなければならなかったのだよ。お蘭はわたしと違って体力のある方じゃないからね。そろそろ限界だろうよ───。お蘭足が下がったよ」

 

「ひぎいいっ───」

 

 宝玄仙の大声と当時にお蘭の口から悲鳴があがった。

 強い電撃を帯びたのだろう。

 ぐいとあげている片脚があがる。

 だが、その筋肉はぶるぶると震えている。すぐにあがった足がさがってくる。

 

「と、とにかく、行こう、孫女」

 

「うん」

 

 沙那は宝玄仙とともに急いで二階にあがった。

 二階に昇るのは初めてだった。

 一階がひとつつながりの大きな部屋だったのに対して、二階は幾つかの寝室に分かれていた。

 ちょっとした台所もあり、一階にはなかった厠も二階に作られている。

 

「ここだね」

 

 沙那は、ひとつだけ開け放たれている小さな部屋を見つけた。

 中には寝台がふたつあり、それぞれに衣類が載せてある。

 下着ひと組に横に切りこみのはいった上下ひと繋がりの女性用の法衣だ。

 着てみると下袍の裾がくるぶしのところまであった。

 

「ねえ、沙那……。本当にあれはお蘭殿かな?」

 

 孫空女が服を整えながら言った。

 

「さあ……」

 

 しかし、そう思わなければ辻褄が合わない。

 道術の高い術遣いが見た目の姿を好きなように変化できるというのは宝玄仙に以前聞いた。

 そもそも、あの宝玄仙を容赦なく攻め続けたのが、十二、三歳の少女という方が考えにくいのだ。

 だとしたら、なんらかの理由によりこの二日間の立場が逆転したということなのだろう。

 

「沙那、あのお蘭殿の顔を見た?」

 

「うん」

 

「沙那はどう思った?」

 

「似ていた……。ご主人様と……。孫空女はどう思った?」

 

 沙那は言った。

 

「似ているよ。姉妹みたいに……」

 

 そうなのだ。

 一階にいた女はどことなく宝玄仙に面影が似ていた。

 ……というよりも、ほんの少し宝玄仙を若くしたといった感じだ。

 髪も同じ黒髪だった。

 少女のときのお蘭は銀色の髪だったのだ。

 

 一階に戻ると、さっきの女───、つまり、お蘭が、片足立ちの姿勢から解放されて、頭を床につけて土下座をしている。

 その横で宝玄仙がどこからか持ち込ませた椅子に座っている。

 

「沙那、孫空女───、さっきも言ったけど、こいつはお蘭だよ」

 

「は、はい……」

 宝玄仙の言葉に、とりあえず、沙那は返事をした。

 孫空女も頷いている。

 

「しばらく、こいつはお前たちふたりに任せる───。どんな手段でもいい。魔具も渡してやる。孫空女なら魔具も扱えるだろう?」

 

「そりゃあ……。でも、どういうこと、ご主人様?」

 

 孫空女だ。

 首を傾げている。

 

「そうです。任せるとはどういう意味ですか?」

 

 沙那も宝玄仙の命令がどういうことなのか、さっぱり理解できない。

 

「いいから、このお蘭を屈服させてみな───。このお蘭がお前たちのことを“孫様”とか“沙那様”と呼ぶようにしてごらん」

 

「えっ?」

 

 沙那は思わずお蘭を見た。

 お蘭はずっと同じ姿勢で、全裸で頭を床に着けたままでいる。

 

「もしも、失敗したら、お前たちは家畜に逆戻りだ。このお蘭はお前たちによる調教が終わったら、この宝玄仙の調教を受け直すことになっている。そのときに、お前たちふたりにも同じことをさせるよ」

 

 沙那はぞっとした。

 お蘭に受けた仕打ちも厳しかったが、やはり、宝玄仙の方が怖ろしい。

 孫空女も蒼い顔をしている。

 

「ほら、なんとかお言い、お蘭」

 

「お宝がそう命令するので言われたとおりに、お主たちの調教は受けてやる。どうせ、わしにそれを拒否する力はないしのう───」

 

 そして、頭をあげた。

 宝玄仙によく似た若い顔がにやりと微笑む。

 

「だが、お主たちごときに屈服するなどありえん。わしと一緒にお宝の調教を受けようぞ、孫に沙那」

 

 お蘭がからからと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「や、やめ……やめてくれぇ──、うげええぇぇぇ───」

 

 吐いた自分の胃液の上に倒れ込んでしまったお蘭は、孫空女により耳の中の耳石を揺すられた衝撃で、また、激しい眩暈と吐気に襲われて、その場に胃液を吐いた。

 

「さっさと、立つんだよ───お蘭。生意気な態度をとるから、そうなるんだよ」

 

 孫空女の声がして、横倒しになったお蘭の身体を足で転がした。

 お蘭は後手に拘束された身体を懸命に起こして立ちあがる。

 

「早く、桶を拾うのよ、お蘭」

 

 沙那が言った。

 舌打ちをしたい欲求を耐えて、お蘭は黙って桶を口に咥える。

 沙那と孫空女が予想していたよりも優れた拷問者であったことは、お蘭にとっては誤算だった。

 いま、お蘭が命じられているのは、屋敷の裏庭に置いてあるたらいに満杯にした水を桶に汲み、それを屋敷の反対側に廻って、そこに置いてあるもうひとつのたらいに水を運ぶというものだ。

 水が完全に空になるまで、繰り返すように言われた。

 

 ただ水を桶で運ぶだけですむわけがないとは思ったが、やはり、お蘭は沙那により、後手に縛られた。

 桶は口に咥えて運べということらしい。

 そして、桶に水を汲む手段は自分の口だ。

 沙那に言われたのは、その水は強烈な媚薬だから飲まない方がいいということだ。

 しかし、お蘭が口に咥えて、桶に水を入れようとすると、お蘭の身体に繋がれている『刺激玉』が動かされる。

 その刺激で、どうしても、お蘭は、吐き出すか、飲み込むかをしてしまう。

 もしも、外にこぼしてしまえば、桶いっぱいの水が足されてしまう。

 だから、このつまらない責め苦を終わらせるためには、せめて、こぼさないようにしなければならない。

 

 『刺激玉』というのは、お蘭の身体の一部の感覚を小さな玉に移すというもので、五個の『刺激玉』が、それぞれお蘭の身体と繋がっている。

 『刺激玉』により飛ばされているお蘭の一部は、左右の乳首、股間の陰核、膣の最奥のもっとも敏感な部分、そして、耳石だった。

 その中で、もっとも強烈で、馴れることができないのは、耳石を刺激されることであり、それをやられると、眩暈がして猛烈な吐気が襲う。

 さっきから、歩くたびに、それをやられて、転ばされている。

 視界がぐらぐら揺れて絶対に立っていられないのだ。

 

 朝から始めたその作業は、もう、夕方になるというのに、まだ続いていた。

 もはや、お蘭の身体はぼろぼろだった。

 身体は泥だらけで、自分の嘔吐したものにまみれて、たった一日で汚臭さえするようになった。

 それでも、水はまだ半分ほど移動できただけだ。

 運ぶよりも、こぼして追加された量の方が多いくらいなのだ。

 飲むまいと思っても、口で桶に移し替えるときに、少しずつ媚薬を飲み込んでしまう。

 喉も乾くから、自然に身体が要求するのだ。

 少しずつ身体に蓄積されて、いまではお蘭の身体は火照りきっている。

 

 また、水を運ぶときに耳石を動かされると、必ず、水をこぼすことがわかっているので、夕方になった頃には、あまり耳石は動かされなくなっていた。

 その代わり、水を移し終わって戻るときに、さんざんに耳石を動かされては、転ばされる。

 それでいながら、さっきから疼いて仕方がない乳首や肉芽を刺激してくれることはほとんどない。

 

 結局、たらいいっぱいの水を屋敷の裏から表に移動するという苦役がやっと終わったのは、夜もたっぷりと更けていた。

 陽が落ちてからは、篝火が準備されて、十分な灯りが準備されていた。

 

「お、終わったよ……」

 

「“終わりました”でしょう、お蘭───」

 

 沙那が言った。

 ぞっとするような冷たい目だった。こんな目もできるのかと思った。

 

「もう一度よ、お蘭」

 

「えっ?」

 

 お蘭は絶句した。

 

「もう一度、同じことをやりなさい、お蘭。次は、作業が終わったときの挨拶を間違えないようにね。次は表のたらいの水を裏のたらいに運ぶのよ」

 

 お蘭は、沙那の言葉に眼の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、終わりました───」

 

 お蘭は言った。

 周囲は薄明るくなっていた。

 二度目は、あまり『刺激玉』で邪魔をされることはなかった。

 だから、なんとか朝までに終わることができた。

 

「だめだね。まったくもって、全然だ。もう一度だよ、お蘭」

 

 孫空女が言った。

 夜のあいだ、孫空女と沙那は交替で休んでいた。

 いまは、沙那は休んでいるらしく、孫空女の番のようだ。

 ずっと起きていたのはお蘭だけだ。

 

「な、なぜ───?」

 

「口の利き方がなってないからだよ───。嫌なら耳石をかき回すよ。あれ、嫌だろう?」

 

 孫空女が『刺激玉』を取り出して、手の中でくるくると回した。

 視界がぐらりと揺れて、また吐気が込みあげた。

 

「上手にできたら、今度は、ほかの『刺激玉』を動かしてあげるよ、お蘭。随分、溜まっているみたいだものね。焦らされるのがつらいのは、あたしたちにもわかるんだよ。いつも、ご主人様にやられるからね」

 

 孫空女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四度目の水運びが終わったのは、二度目の夕方だった。

 もうなにも考えられなくなっていた。

 孫空女から与えられる『刺激玉』による耳石責めも、失敗をしたときだけの罰だけになっていた。

 三度目が終了したときにも、やり直しを命じられた。

 なぜ、やり直しをさせられるのか理由は説明されなかった。

 

「終わりました、沙那様、孫様───」

 

 こんなことは、もう終わらせたかった。

 

「そんなんじゃあ、駄目よ……。やり直しよ、お蘭」

 

「な、なぜじゃ───いや、なぜですか、沙那様───?」

 

 お蘭は叫んだ。

 

「駄目な理由は自分で考えなさい───。わたしたちに尽くす気があれば、すぐにわかるはずよ。わからないのは、お前に奴隷の精神が足りないのよ」

 

「そ、そんな……」

 

 愕然とした。なにかの試しだったのだろうか……。

 

「やり直しだといったでしょう、お蘭───」

 

 沙那がにやりと笑った。

 視界がぐらりと揺れた。

 猛烈な吐気も襲った。

 耳石が揺すられたのだ。

 

「ねえ、あんたもそう思うようねえ、孫女?」

 

「ああ、やり直しだね……」

 

 まだ続く吐気と戦いながら、お蘭は歯噛みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休むことを許された数刻───。

 

 いつのまにかたっぷりと飲んでしまっている媚薬で熱くなっている身体は、これだけの疲労だというのにも関わらず、お蘭をあまり休ませてはくれなかった。

 

 休んでいいと言われただけで、どのくらい休んでいいかは教えられなかった。

 ただ、いきなり足を棒で払われて転ばされて、その場所に杭を打たれ、首に鎖を巻かれて、その杭と結ばれたのだ。

 

 それでも、やっとまどろむことができた頃、地べたに這いつくばってい寝ていたお蘭の横腹を沙那が蹴飛ばした。

 

 はじめろということなのだろう。

 もう同じことを何度やらされたかわからない。

 

 たらいに溜まった水を口で桶に移し、それを口に咥えて運び、屋敷の反対側にあるたらいに移す。

 それだけの作業だ。

 表から裏に運ぶか、裏のものを表に運ぶかの違いだけだ。

 

 どうしても、作業が終わりという許可がもらえない。

 ほかのこともさせて貰えない。

 ほかの責め苦もない。

 ひたすらに水を移動させるという作業だけだ。

 

 なにがいけないのかをお蘭は一生懸命考えた。

 

 最後の挨拶だけではなく、途中の口の利き方もいけないのかと思い、機嫌を損なうようなことを言わないように気をつけて作業をしてみた。

 

 あるいは、罰を与えられるたびに、謝った方がいいのかと思い、そうやってみた。

 

 その次は、謝るのではなく礼を言ってみた。

 

「やり直しなさい、お蘭」

 

 もう、それくらいしか喋らなくなった沙那が言った。

 お蘭は黙って桶を口に咥えた。

 

 

 

 

 

 いまは、何日目なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この苦行が始まって以来、初めての食事が与えられた。

 水は、たらいから桶に移すときに飲んでいたので少しは取っていたが、食事は初めてだ。

 地面の上に置かれた皿に載った餌のような食べ物にお蘭は飛び付いた。

 

「黙って食べようとしたね、お蘭───」

 

 その皿が眼の前から、さっと孫空女により取りあげられた。

 

「奴隷は腹を減っていても、許可なく食べるんじゃないよ」

 

 皿の食事はお蘭の眼の前で遠くに捨てられた。

 

「食事は抜きだよ。それまでいい態度だったら、夕食のときに、もう一度、機会をあげるよ、お蘭」

 

 孫空女が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束だった食事は夕方には与えられなかった。

 抗議をしようものなら、この責め苦が終わる機会も食事を食べられる機会もないのだと思って黙々と作業を続けた。

 

 食事は、夜中に突然与えられた。

 半分ほどの水を移し終わったときに、不意に眼の前に出されたのだ。

 お蘭は皿の前に跪き待っていた。

 腹の虫がはっきりと耳に聞こえるくらい鳴り響いている。

 

「食べてよし───」

 

 孫空女が言った。

 お蘭は皿にかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沙那も孫空女もいない。

 お蘭はひたすらに作業を続けていた。

 勝手に休めば、どこからか沙那か孫空女がやってきて、罰が与えられる。

 いや、罰が与えられない時もある。

 

 だが、桶で水を運んで戻ると、たらいの水がいっぱいになっているのだ。

 半分ほど移し終わった水をこぼされるときもある。

 

 見ていなくても監視はしているということだ。

 食事は不規則だ。

 いつ、与えられるかわからない。

 たらいの水を移し終えた。

 沙那がやってきて、じっとお蘭を眺めて、そして、たらいを一瞥する。

 

「やり直しなさい、お蘭───」

 

 また、沙那が言った。

 

 ついに、お蘭は泣きじゃくった。

 しばらくすると、なぜか笑いが込みあげる。そして、笑っていると、また、涙が……。

 

「感情が壊れたみたいね。もっと壊してあげるわ。早く、やり直しなさい」

 

 お蘭は立ちあがった。

 笑いながら……。

 いや、泣きながら……。

 

 

 *

 

 これが何日目なのか、まったくわからなくなっていた。

 まだ、途中だというのに、不意に沙那からたらいの横の穴に糞尿をするように言われた。

 それまで、尿は垂れ流しにするように言われていたから、そうしていたが、出せと言われたのは初めてだった。

 

 言われるままに糞尿を穴の中にすると、たらいの中の水で身体を洗われた。

 たらいの中の水は媚薬だ。

 飲んでも身体を濡らしても、お蘭の身体を狂うような情欲にせりあげる。

 

「洗っている間に一度でも達したら、また水運びやらせるわよ」

 

 沙那の言葉に、もしかしたら、水運びが終わったのかという期待感とともに、また続けさせられるという恐怖が襲う。

 お蘭は身体を沙那と孫空女に洗われながら、与えられる愛撫に歯を喰いしばって懸命に耐えた。

 

「ご主人様がお前を呼んでいるよ……」

 

 身体を洗い終わったとき、孫空女が耳元で言った。

 歓喜の涙がお蘭の両眼から流れた。

 ふたりに連れられて屋敷に入った。

 そこでは、宝玄仙が素裸で待っていた。

 宝玄仙の下腹部には逞しい男根が生えている。

 

「よく頑張ったね。ご褒美だよ、お蘭」

 

 宝玄仙の前に跪いたお蘭の顔の前に宝玄仙の男根が突き立てられた。

 お蘭は打ち震える喜びとともに、それを口に咥えた。



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424 単話・蛇責め【沙那】

「ご主人様、お尻の穴を拡げる器具を貸してください」

 

 朱姫が言った。

 沙那はすっかりと諦めて、朱姫のするままに任せていた。

 宝玄仙のいつもの調教だった。

 宿屋に入って夕食が終われば、あとは宝玄仙の気儘により、嗜虐の犠牲になる者が指名される。

 今夜は沙那だった。

 

 あからさまにほっとしている孫空女を横目に、沙那は一度嘆息すると、素直に身に着けている物を次々に脱いで素裸になった。

 そして、着ているものを畳んで部屋の隅に置き、罪人のように沙那は両手で背中に回して、宝玄仙にに背中を向ける。

 もう、すっかりと諦めの境地だ。

 

 しかし、その宝玄仙は、自分では沙那に縄掛けせずに、朱姫に縄掛けを命じた。

 嫌な予感がしたが抵抗は無意味でしかない。

 その沙那に朱姫が喜々として縄をかけていく。

 

 縄掛けしながら、朱姫が宝玄仙に言ったのは、今夜は趣向があるので、沙那の責めを自分にさせて欲しいということだった。

 なんで、お前が責め側に回るのだと抗議したいのを我慢して、沙那は朱姫の「おねだり」を黙って聞いていた。

 抗議したところで、朱姫のやることを面白がる宝玄仙は許すだろうし、結果は同じことなのだ。

 笑って朱姫に、沙那への責めを許した宝玄仙は、椅子に腰かけて見物の態勢になった。

 

 一方で朱姫は、沙那の腕の緊縛を終えると、さらに沙那に床の上で胡坐に座らせて、その脚が解けないように膝と足首を縛ってしまった。

 さらに、足首を縛った縄に縄を足し、首にひと回しすると、朱姫は沙那の上半身を足首に近づけるように固定した。

 その沙那の身体を朱姫は、ごろりと顔を前に倒すようにひっくり返した。

 すると、胡坐(あぐら)に縛られている沙那の股間は、股間のふたつの羞恥の穴を宝玄仙と朱姫に完全に晒す体勢になった。

 

 さすがの沙那も、胡坐に縛られた脚をひっくり返されて、ふたつの秘孔を明るい照明の下に曝け出さされる羞恥に身体を震わせた。

 しかし、その沙那の肛門をさらに器具で拡げると朱姫は言い出したのだ。

 沙那は自分の顔が引きつるのを感じた。

 

「これかい?」

 

 宝玄仙が愉しそうに朱姫になにかを渡す気配がした。

 

「じゃあ、力を抜いてくださいね、沙那姉さん。さもないと、沙那姉さんの嫌いな羞恥責めにしちゃいますよ。このまま、道術でどこかに運んじゃいますよ」

 

 朱姫が笑った。

 

「ち、力抜いているわよ──。か、勝手にすればいいじゃない──。そ、それよりも、あんた、明日はちゃんと仕返しするわよ。それ考えてやるのよ。酷いことしたら、仕返しよ──。いいわね」

 

 沙那は床に顔を押しつけたまま、懸命に言った。

 朱姫の脅しがはったりでもなんでもないことを沙那は身をもって知っている。

 本当にこの朱姫は、全裸で拘束して沙那を道術で跳躍させて、酔客で賑わう酒場街の路地裏に放置したりするのだ。

 そんな目に遭ったことは一度や二度ではない。

 

 とにかく、あの「羞恥責め」という全裸放置は、沙那の一番嫌な責めだ。

 拘束されて身動きできない身体を酔客が近づくのを怯えながら、ただひとりで耐えるのは、考えただけでも怖ろしい。

 いずれにしても、この調子乗りの娘には、打てる釘は刺しておかないとなにをするかわからない。

 

「なにか、趣向がありそうだねえ、朱姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 その宝玄仙は椅子に腰掛けて、すっかりと見物の態勢だ。

 一方で孫空女は、少し距離をとって入り口側の寝台に腰掛けている。

 なるべく、離れて関与しないように努めているのかのようだ。

 

「夕方、宿町の通りで、安い値で売っているんを見たんです、ご主人様──。あたし、ぴんと来ちゃいました」

 

 なにがぴんとだ……。

 顔を床につけた状態にある沙那には、朱姫がなにを取り出したのかは見えない。

 ただ、強いられた窮屈な姿勢で、朱姫が愉しそうに宝玄仙に応じるのを心の中で舌打ちをしながら聞いていた。

 なにを購ってきたかわからないが、碌でもないことを思いついたことだけは確かだろう……。

 

 そう言えば、朱姫は、夕食前に麻袋に入ったなにかを購って来ていた。

 すぐに隠してししまったので、どんなものを買って来たのか、沙那にはわからないが……。

 

「じゃあ、肛門を拡げますね、沙那姉さん」

 

 朱姫が言った。

 

「あっ」

 

 思わず声が出た。

 冷たい金属の器具が肛門に突き挿されたのだ。

 肛門を拡げる器具と言っていたから、鳥のくちばしのかたちをしたあの器具だろう。

 それを肛門や女陰に挿入して、手元のねじを回すと、くちばしの部分が拡がって、大きく穴が拡がるのだ。

 

「くっ……」

 

 すぐに肛門を金属の器具で無理矢理に拡げられる痛みがやってきた。

 尻の奥に風が当たる気味の悪い感触が襲ってくる。

 

「ふふ……、ちゃんとお尻の穴を掃除してありますね……。さすがは、沙那姉さんです。あたしたちの先輩奴隷ですね」

 

 朱姫がからかうような声をかけてくる。

 

「う、うるさいわねえ……。あんたもやっているでしょう──」

 

 かっとなって怒鳴った。

 沙那だって、やりたくて、いつもお尻の穴を指で洗って、綺麗にするように努めているわけではない。

 そうしておかないと、肛門を責めるのが好きな宝玄仙が罰を与えるので、仕方なくやっているのだ。

 それに、それが女の当たり前の女のたしなみだとも教えられている。

 とにかく、朝の出発前に、宝玄仙から与えられた洗い粉で、三人で尻穴を洗うのは、毎日の決められた日課だ。

 

「さあ、準備ができましたよ。じゃあ、沙那姉さん、始めますよ……」

 

 朱姫が後ろでくすくすと笑った。

 

「ええっ──。そ、そんなもの入れるの──?」

 

 孫空女の大声がした。

 沙那には、自分の背後でなにが行われているのかが見えない。

 しかし、孫空女としては、こういうときには、呼ばれるまで一切関わらないように、息をつめて隅でじっとしているのが通常だ。

 その孫空女が思わず、悲鳴のような声をあげた……。

 大抵のことには、動じない孫空女の叫び声に、沙那はとても嫌な予感がした。

 

「そうですよ、孫姉さん──。じゃあ、沙那姉さんを押さえてください」

 

 朱姫が言った。

 

「で、でも……」

 

 孫空女は狼狽えている。

 その様子が沙那にとてつもない不安を与える。

 

「ぐずぐずするんじゃないよ、孫空女──。なんだったら、沙那と交代してもいいんだよ」

 

 宝玄仙が一喝した。

 

「や、やるよ、やるから……。じゃあ、ご免ね、沙那」

 

 孫空女の両手ががっしりと沙那の身体を掴む。

 

「な、なに?」

 

 沙那は不安に耐えられなくなって、思わず叫んだ。

 次の瞬間、細く長いものがつりると肛門の中に入った気がした。

 それが、尻穴の中でうねうねと動いている。

 

「ひいっ、な、なによ──。つ、冷たい──。う、動いている──。な、なに? なにを入れたの、朱姫──ひいっ──」

 

「暴れちゃ駄目ですよ、沙那姉さん──。入れたのは、小蛇です」

 

「こ、小蛇?」

 

 沙那はびっくりした。

 あまりの怖気で、全身がぶるぶると震えた。

 いまも尻の奥でうねうねと動いているものは、なんと蛇なのだ。

 しかも、それがうねうねと動きながら、どんどん奥に入っていく。

 

「じょ、冗談じゃないわ──。と、取って──。取りなさい、朱姫──。ちょ、ちょっと、孫空女、手を離して──」

 

 沙那は緊縛された身体を暴れさせた。

 しかし、さすがに怪力の孫空女に身体を押さえつけられては、びくともしない。

 

「じゃあ、二匹目、いきますよ──。ほらっ、入った……。じゃあ、三匹目……」

 

 次々に肛門の奥に蛇が入っていく。

 

「三匹で許してあげますかね……。じゃあ、栓をしますね」

 

 朱姫が言った。

 

「せ、栓?」

 

「そうです。小蛇が出ないように、道術もかけますね」

 

 朱姫が笑った。

 そして、すぐになにかが回るようにして、肛門に沈んでいく。

 おそらく、蛇が出ないように栓をされたのだ。

 

「ひ、酷いわよ、朱姫──。お、覚えてなさいよ──。ひいいいっ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 肛門の中で三匹の小蛇が動き回っている。

 沙那は全身をのたうたせた。

 

「あらっ、沙那姉さん……。本当に酷いことをするのは、これからですよ……。いまから、肛門の中に、蛇が苦しむ毒液を入れますからね。そうじゃないと、蛇が身体の中を食べて危ないからですからね……。それに、毒液が外に漏れることはないから大丈夫です。それは安心してください。この栓は、液剤を外から抽入できるけど、内側から洩れませんから……」

 

「ね、ねえ、あんまり、可哀そうじゃないかい……」

 

 孫空女の控えめな声がする。

 しかし、そう言いながらも、孫空女は、沙那を押さえている手を離さない。

 

「じゃあ、代わりに孫姉さんがやりますか?」

 

 朱姫が意地の悪い声で言った。

 

「わ、わかったよ……。ご、ご免、沙那……。我慢してやって……」

 

 孫空女がそれだけを言った。

 

「いやっ、嫌だったらあ──。ひいいっ──」

 

 薬剤が肛門栓の内側に流れ込んでくるのがわかった。

 すると、もの凄い勢いで、肛門の中の小蛇が暴れ出した。

 

「いやああっ、し、死ぬううっ──ひぐううっ──」

 

 沙那はあまりの激痛に絶叫した。

 お尻の中で、小蛇が暴れ回っている。

 

 苦しい──。

 死んでしまう──。

 

 やっと、孫空女が手を離した。

 沙那は胡坐縛りに緊縛されたまま、床で転げまわった。

 

「どうですか、沙那姉さん、小蛇に犯される気分は?」

 

 朱姫がげらげらと笑っている。

 その横で宝玄仙も手を叩いて悦んでいる。

 笑い続けるふたりを尻目に、沙那はあまりの苦痛にありったけの声をあげて悲鳴をあげ続けた。

 

「い、いやあああ──し、死ぬうう──く、狂う──た、助けて──た、助けて、孫女──」

 

 沙那は緊縛された身体を暴れ回せようとした。しかし、孫空女ががっしりと掴んだ身体はびくともしない。

 

「もういいよ。離してやりな、孫空女──。どうせ、暴れても肛門栓も蛇も外には出ないしね」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女が沙那から手を離したのはわかったのがそれだけだ。

 相変わらず、怖ろしい勢いで沙那の尻の中で小蛇が暴れ回っている。

 沙那はあまりの苦しさに、身体を捩じって仰向けにひっくり返った。

 しかし、それでどうなるものでもない。

 宝玄仙の霊具でもある肛門栓が、どんなにいきんでも、外れないことはよくわかっている。

 この苦しみは宝玄仙と朱姫が飽きるまで続くに違いない。

 

「ひううっ、お尻が……お尻が割れるう……」

 

 沙那は呻き声をあげた。

 腸の中で小蛇が暴れ回る苦しさに加えて、今度は急速な便意が襲ってきたのだ。

 それが尻が毀れるのかと思うほどに膨張する。

 

「その小蛇には道術を掛けましたから、なかなか毒液にも耐えるはずですよ。もしかしたら、毒を嫌って、沙那姉さんの身体を泳いで、口から逃げるかもしれませんね」

 

 朱姫が沙那の醜態を眺めて、手を叩いて笑っている。

 

「いやあっ、勘忍して、これはひどいわよ──。朱姫──」

 

 沙那は泣き喚いた。

 しかし、宝玄仙と朱姫は、そんな沙那を眺めて、いつまでも笑い続けていた。



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425 単話・赤ちゃんごっこ【孫空女】

「き、着てきたよ、ご主人様……」

 

 孫空女は、身体の前でぎゅっと裾を手で押さえるようにして、宝玄仙と朱姫が待っている部屋に入った。

 なんとなく、屠殺場に引き出された家畜の気分だ。

 

 今日の宿は、二部屋続きの部屋であり、宝玄仙と朱姫、そして、孫空女と沙那という組み合わせでそれぞれに休むことになったのだが、例によって、孫空女と沙那のどちらかが、宝玄仙と朱姫の夜の遊びの相手をしろと命じられた。

 遊びの相手といえば、どういう意味かというのはわかりきっている。

 沙那と公平にじゃん拳で決めて、孫空女が負けた。

 

 沙那の喜びようというのは、見ていてむかつくほどだった。

 その沙那は、すでに隣室で掛布にくるまって眠っている。

 一方で負けた孫空女は、宝玄仙から着替えて来いと言われて、真っ白い着物を渡された。

 それ以外には、一切身に着けるなということだから、仕方なくそうしたが、渡されたのは丈の短い一枚物の薄い着物だった。

 帯のようなものはなく、着物の内側と外側に小さな紐がついていて、それぞれに結ぶようになっている。丈は太腿の半分くらいだ。

 短いし、薄いし、合わせ部分は一箇所だけだし、すごく頼りなくて恥ずかしい。

 

「よく似合いますよ、孫ちゃん」

 

 朱姫が愉しそうに声をかけてきた。

 宝玄仙も朱姫もこの部屋にある椅子に腰かけている。

 

「そ、孫ちゃん?」

 

 孫空女は、朱姫のおかしな呼びかけに、思わず問い返した。

 

「いいから、そこに寝な。今日はなにもしなくていいよ、孫空女……。そういう遊びなんだ」

 

 宝玄仙がにやにやと笑いながら、顎で寝台を指した。

 この部屋には、寝台がふたつあり、宝玄仙が示したのは、そのうちの手前の方だ。

 なにをされるかわからないが、抵抗も質問も無意味だということを知っているので、言われた通りに横になる。

 

「待ってください、ご主人様──。涎掛けを忘れていました」

 

 朱姫がそう言って、横に置いていた小さな布を取りだして、寄ってきた。

 

「な、なんだい、それ?」

 

 孫空女は身体を起こしかけながら、孫空女の首にその布をかけようとしている朱姫に声をかけた。

 それは、赤ん坊がよくするような涎掛けだ。

 色は薄い桃色で、わざわざこしらえたように思える。

 

「いいから、寝ていろ、孫空女──。お前は今日は赤ん坊なんだ──」

 

 すると、宝玄仙から大喝された。

 

「あ、赤ん坊?」

 

 孫空女は慌てて、仰向けの体勢に戻りながら言った。

 

「そうですよ、孫ちゃん。今日は、赤ん坊の孫ちゃんです……。お姉ちゃんがお世話してあげますね。宝母さんにも、甘えていいですよ」

 

 朱姫が孫空女の首に涎掛けの紐を回しながら言った。

 

 赤ん坊ごっこ……?

 

 どちらの考えかしらないが、おそらく朱姫だろう。

 孫空女は、その馬鹿げた名の遊びに鼻白みそうだ。孫空女は、黙ってされるままになりながらも小さく嘆息した。

 

「じゃあ、孫空女、身体を弛緩させるよ。赤ん坊だから、身体は動かないだろうからね」

 

 朱姫が孫空女の首に涎掛けを着け終ると、宝玄仙が孫空女の身体に道術をかけてきた。

 

「あっ」

 

 孫空女は思わず声をあげてしまった。

 全身の筋肉がすっと力を失ったのだ。

 指先くらいはかすかに動く。

 しかし、それ以外は完全に力が入らない。

 

「さあ、じゃあ、まず、お乳を飲みましょうね、孫ちゃん……。でも、朱姫お姉ちゃんは、お乳は出ないので哺乳瓶であげますね」

 

 朱姫がそう言いながら、白い液体の入った哺乳瓶を取り出して、再び寝台にやってくる。

 

「な、なに、それ? お、おかしな薬じゃないよねえ、それ?」

 

 思わず孫空女は横になったまま、声をあげた。

 このふたりの準備する飲食物に碌なものはない。

 すると、朱姫の指がすっと孫空女の足の裏に伸びてきた。

 そして、指でくすぐり始める。

 しかし、全身が弛緩して動けない孫空女には、それに抵抗できない。

 

「わっ、わっ、や、やめてっ、朱姫……く、くすぐったいよ……ひっ、ひひひっ、や、やめっ──」

 

 朱姫のくすぐりに孫空女は悲鳴をあげた。

 

「赤ちゃんのくせに、言葉を使っちゃだめですよ、孫姉さん──。ちゃんとやってください。さもないと、赤ちゃんごっこはやめて、くすぐりごっこに変えますよ──。わかりましたか?」

 

 朱姫が孫空女の足の裏を執拗にくすぐりながら、叱るような口調で言った。

 

「ひゃははは……わ、わかったから……や、やめてよ……朱姫……く、くすっぐたい……ひゃはあ、ひゃ、ひゃあああ……」

 

「わかってないじゃないですか、孫姉さん……。赤ちゃんは、“あぶう”とか“ぶう”とか言うんですよ。赤ちゃん言葉以外を使ったら、くすぐり地獄ですといっているじゃないですか」

 

 朱姫はさらにくすぐりながら言う。

 

「そりゃあいいねえ……。じゃあ、孫空女の足の裏のくすぐりに対する感度を十倍ほどにあげておくよ。足の裏を責められると、狂い泣くようにね……ふふふ……」

 

 宝玄仙が横から愉しそうに口を挟んだ。

 すぐに身体に宝玄仙の道術が入り込んだのがわかった。

 その途端に、いままでくすぐられていた足の裏が、発狂するような衝撃に変わった。

 足の裏から、とんでもないくすぐったさが襲ってきた。

 

「ひぐうっ、ぎゃあははは……ははは……ひゃあ、ひゃあ……あぶう、あぶう……ぶう……ひゃあはは……」

 

 あまりのくすっぐたさに、孫空女は必死になって、あぶうとか、ぶうとかの赤ちゃん言葉を繰り返した。

 しかし、足の裏のくすぐったさで息が止まる……。

 

 言葉が喋れない……。

 死ぬ……。

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 やがて、息がとまって悲鳴もあげられなくなった。

 すると、やっと、朱姫が足の裏のくすぐりをやめた。

 

 孫空女は、弛緩した全身をがっくりと脱力させた。

 なんとか懸命に息を整える。

 

「じゃあ、やり直しですよ、孫ちゃん……。お乳の時間です。全部、飲むんですよ……。さもないと、こちょこちょしちゃいますよ」

 

 朱姫が寝台に完全にあがって正座になり、孫空女の上半身を両膝に抱えるように載せた。

 そして、孫空女の首を腕で抱き、手に持っている哺乳瓶の吸い口を孫空女の口に寄せる。

 

 こうなったら、仕方がない……。

 とことん、付き合うまでだ……。

 孫空女は口をあげて、哺乳瓶の先を咥えた。

 

 ぬるい……。

 中身はほんのりと甘みのある生ぬるい液体だ。

 なにかの薬剤が混じっている感じがした。

 

 だが、観念して飲んだ。

 なにが入っていても、諦めるしかない……。

 

「なんか、不思議な気分ですよ、ご主人様……。本当に赤ちゃんを抱っこしているような気分になります」

 

 朱姫が愉しそうに、宝玄仙に言った。

 そのあいだも、孫空女はずっと哺乳瓶で中の白い液体を飲まされ続けている。

 時折、休ませるように哺乳瓶を離され、孫空女は、それに合わせて、“あぶう”とか“ばぶう”とか声を出す。

 恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのがわかったが、そうしなければ、足の裏のくすぐり責めだ。

 

 もう、腹をくくって、赤ちゃんになりきって声を出した。

 そして、すっかりと哺乳瓶一本分の液体を飲まされた。

 

「じゃあ、背中を擦ってあげますから、げっぷをしましょうね……。お、重い……」

 

 朱姫が孫空女の身体を抱えて、肩に上半身を載せるようにした。そして、手のひらで孫空女の背中を軽く叩くようにする。

 

「ほう、様になってるじゃないか、朱姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「あたしも、それなりにいろいろな経験がありますから……。はい、じゃあ、孫ちゃん、げっぷですよ」

 

 孫空女は口から軽いげっぷをした。

 一本分の哺乳瓶の液体を飲まされて、背中をさせられると自然に出た。

 なんか変な気分だ。

 

「じゃあ、交替ですよ、ご主人様……」

 

 朱姫が孫空女を寝台に横にしながら言った。

 

「おや、次はわたしもかい?」

 

 朱姫のやることを興味深そうに見ていた宝玄仙が、戸惑ったような声をあげた。

 

「もちろんですよ。でも、ご主人様は、お母さん役ですから、母乳をあげてくださいね」

 

「母乳かい?」

 

 宝玄仙も驚いている。

 

「もちろんですよ──。ご主人様だったら、道術で母乳くらい出せますよねえ……。孫姉さんもちゃんと、赤ちゃんをやってるんですから、ご主人様もお母さんをやってあげないと可哀そうですよ」

 

 朱姫が言った。

 

「仕方ないねえ……。じゃあ、やるかねえ」

 

 宝玄仙が苦笑しながらやってきた。

 その顔はなんか照れたように赤い。

 宝玄仙も恥ずかしいのかもしれない。

 なぜか、孫空女は自分の心臓の鼓動が急に激しくなるのがわかった。

 

「じゃあ、だっこするよ」

 

 宝玄仙が寝台にあがってきて、朱姫と入れ替わるように正座にして、両膝の上に孫空女の上半身を乗せた。

 

「あぶう……」

 

 孫空女は赤ん坊のような声を出した。

 

「お、お前、赤ん坊なんだからね……。舌を使うんじゃないよ……。ただ、吸うだけだよ──」

 

 宝玄仙が照れたような表情で自分の上衣をくつろぎ始めた。

 

「ご主人様、そんな興醒めを言っちゃ駄目ですよ。ちゃんと、孫姉さんは赤ちゃんをやりますよ」

 

 朱姫が寝台の横から笑いながら声をかけてきた。

 宝玄仙がすっかりと上半身をもろ肌脱ぎになった。

 胸当てを片手でずらして、片方の乳房を孫空女の口に寄せてくる。

 

「じゃあ、孫ちゃん、飲んでおくれ……」

 

 宝玄仙が自分の乳首を孫空女の口に咥えさせた。

 ごくりと唾を飲み込んでから、孫空女はその乳首をちゅうちゅうと吸い始めた。

 孫空女は、ちゅうちゅうと音をたてながら、宝玄仙の乳首から出てくる生温かいものを吸い続ける。

 宝玄仙はくすっぐたそうで、それでいて、なにか恍惚としているような表情だ。

 

 宝玄仙の乳首からは、口で吸うと、本当に母乳のようなものが染み出てくる。

 恥ずかしいとか、淫らとかいうよりも、なんだか、本当に母親に抱かれて母乳を飲んでいるような、不思議な昂揚感に孫空女は包まれた。

 しばらくのあいだ、そういう時間が宝玄仙と孫空女を包んだ。

 

 だが、そういう心地よい時間は長いものではなかった。

 突然に激しい尿意が襲いかかってきたのだ。

 すぐに、さっき朱姫に飲まされた液体のせいだと思った。

 なにかの薬剤が混ざっているのはわかっていたが、どうやら利尿剤だったようだ。

 

「おや、随分と、太腿をもじもじとさせはじめたじゃないかい、孫空女……。いや、孫ちゃん」

 

 宝玄仙が乳房から孫空女の口を離しながら言った。

 おしっこをしたい──。

 そう言おうとして、さっき、赤ちゃん言葉を使うように強要されたことを思い出した。

 言いつけに背けば、朱姫も宝玄仙も容赦なく、くすぐり責めに孫空女を遭わせるだろう。

 

「あっ、あぶう……あぶう……」

 

 孫空女は、猛烈に迫ってきた尿意をふたりに訴えた。

 

「あらあら、どうしたのかしらねえ、孫ちゃん? もしかしたら、身体が痒いのかなあ? こことか掻いて欲しい?」

 

 朱姫が合わせ布の衣服をくつろげて、孫空女の乳房にすっと指を差し入れた。

 

「あぶううっ、ぶうっ──」

 

 朱姫が指でころころと乳首を回すように動かした。堪らず孫空女は声をあげた。

 

「頑張るじゃないかい、孫ちゃん……。わたしは、朝までくすぐり責めでもいんだけどね……ふふふ……。それにしても、この赤ん坊がこんなに暴れるのはなんでかねえ……」

 

 宝玄仙もくすくすと笑いながら、ただ布が重なっているだけの着物の裾に手を入れて、股間あたりに手を入れて、撫ぜまわしてくる。

 

「あぶうっ、ぶうっ」

 

 尿意がそこまで来ている。

 孫空女は必死で、それを訴えようと赤ちゃん言葉で訴えた。

 

「お腹がすいたのかもしれませんね、ご主人様──。あたし、この哺乳瓶をもう一度飲ませてみます」

 

「そうだね。でも、なんか、下腹部の震えが激しいから、ここが寒いのかもしれないよ。わたしは、ちょっと、ここを揉み動かしてみるさ」

 

 宝玄仙が尿意の震える孫空女の下腹部をぎゅっと押し動かしだした。

 一方で、朱姫は、あの利尿剤入りの哺乳瓶の中の液体を再び飲ませようとしてくる。

 それで、やっと、孫空女は、このふたりがすべてをわかっていて、孫空女をからかっているのだと悟った。

 

 しかし、どうにでもできない。

 もしも、言葉で尿意を訴えようにも、それをすれば、このふたりは、それを喜々と受け取って、孫空女の身体を弛緩させているこの状態で擽り責めにするに決まっている。

 第一、孫空女の尿意はわかっているのだから、訴えることは無駄だ。

 そして、結局のところ、孫空女は朱姫の持っていた利尿剤入りの液剤を飲まされ、そのあいだ、ずっと宝玄仙の手によって、膀胱を上から揉み動かされる苦痛に耐えた。

 

「もしかしたら、孫ちゃんは、おしっこをしたいのかもしれませんよ、ご主人様」

 

「ああ、そういうことかい……。それで身体を震わせていたんだね」

 

 二本目の哺乳瓶を空にしたところで、朱姫と宝玄仙がわざとらしく、そう言った。

 もう、どうでもよかった……。

 それよりも、漏れる……。

 

「あ、あぶっ……」

 

 苦しい……。

 孫空女は歯を喰いしばった。

 

「じゃあ、おむつをしましょうか」

 

 朱姫が言った。

 孫空女はびっくりした。

 

「あぶうっ」

 

 いい加減に解放して欲しかった。

 しかも、布におしっこをするなんて、本当に赤ん坊になったみたいで嫌だ。

 だが、朱姫と宝玄仙のふたりは、孫空女の訴えなど、まるで無視して、いつの間にか準備していた布を取りだすと、孫空女を仰向けに寝台に寝かせ、合わせ着物を完全にはだけさせて、股間を露わにした。

 

「……さあ、おしめが終わって、いいというまで赤ちゃんは、おしっこをしたら駄目ですよ……。粗相をしちゃったら、こちょこちょを朝までですからね」

 

 朱姫がそう言いながら、鼻歌のようなものを口ずさみながら、布を孫空女の股間に何枚か巻いて、おしめのかたちにした。

 

「さあ、いいですよ、赤ちゃん。しなさい──」

 

 朱姫が言った。

 おしめに尿をするなど、こんなに恥ずかしいことはないが、いずれにしても尿意は限界だった。

 孫空女が股間の筋肉を緩めると、耐えに耐えていた尿が一気に吹き飛び、重ねられている布の中に苦痛の噴水を流出させた。

 

「こりゃあ、随分な音だよ──。こらっ、孫空女──。仮にも赤ん坊役なんだから、もうちょっと、慎みをもって小便をしないかい──。音が布の外にまで派手に聞こえるほどの激しい尿をするんじゃないよ──」

 

「あぶうっ……」

 

 宝玄仙のからかいの言葉に、やっと尿の終わった孫空女は、あまりの恥ずかしさに、首を横に向けて、ふたりから視線を逸らせた。



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426 単話・運動責め(その1)【朱姫】

「ご主人様の霊具って、本当に面白いね。こんなものも作れるんだね」

 

 電撃棒を持って椅子に座っている孫空女が感心したように言った。

 

「まあ、ほかならぬ沙那の注文だからね。いつも世話になっているお礼と言っちゃあなんだけど、沙那の指示のとおりの物を作ったよ。だけど、こんなものが拷問具になるとはねえ……。さすがは沙那だよ」

 

 少し離れた寝台に腰掛けて、三人の供の様子を見守っているかたちに宝玄仙がにこにこしながら応じた。

 

「拷問具というよりは、軍で訓練をしていた頃に、こんな道具があればなあと思ったんです。走るというのは、すべての武芸の基礎でもあるんです。長く運動を続けるためには、長く走ることが一番効率のよい訓練手段なんです。そうでなければ、長く稽古をする体力ができませんし……。ほらっ、朱姫、もっと腿をあげなさい──。じゃあ、速度をあげるわよ。腿をあげて──」

 

 沙那は、朱姫が乗っている『無限足踏み台』の回転速度をあげるために、手元にある霊気が刻まれている操作具を手に取った。

 もちろん、全身を汗だくにして、駆け足運動を続けている朱姫に電撃棒を構えたままでだ。

 

「んんんんっ──」

 

 沙那の動作を確認した朱姫が、口に咬まされている穴あきの丸い球体の穴から涎を垂れ流しながら、抗議の声のようなものをあげた。

 しかし、沙那は容赦なく操作具を動かして、朱姫が乗っている台の回転速度をあげる。

 

「んふうううっ」

 

 朱姫が激しい鼻息をして、懸命に腿をあげて脚を前に出す。

 これで、最初は「歩く」くらいの速度だった運動も、すでに「走る」という感じに変わった。

 朱姫にしてみれば、本来はもっと速く走れるだろうが、もう、運動を開始して、半刻(約三十分)にはなるし、朱姫の股間には革の貞操帯が装着されていて、その内側につけられた張形が、朱姫の股間を貫いている。

 その状態で走るのは、この速度が限界かもしれない。

 

 もっとも、あんまり、泣いて頼むのでお尻の張形だけは勘弁してやった。

 お尻が弱い朱姫は、お尻に物を挿入されたら、絶対に走れないというのだ。仕方なく勘弁してやったが、それは却って正解だった気もする。

 こうやって、限界すれすれのところに、朱姫を追いつめて長い時間をかけてなぶるには、後ろは責めない方がいい。

 後ろを責めてしまったら、朱姫はあっという間に限界を越えてしまって動けなくなってしまう。

 だから、いま、責めるているのは前だけだ。

 

 まあ、その代わり、こうやって長い時間、沙那と孫空女にいたぶり続けられるということになるのだが……。

 朱姫が乗らされている『無限足踏み台』というのは、沙那が宝玄仙に作ってもらった霊具であり、「台」とはいうが、実体は、ここのようにちょっとした宿屋の部屋に拡げられるくらいの縦長の長方形の布だ。

 それが前から後ろに向かって、まるで道が動くように、足を踏んでいる部分が動き続けるのだ。

 だから、この布の同じ場所に立ち続けるには、その布の道が動く速度に合わせて、歩くか、走らなければならない。

 朱姫はそれに乗らされているのだ。

 

 いつも、いつも沙那や孫空女のことを宝玄仙と一緒になって嗜虐する朱姫に対する腹癒せであり、朱姫が責められ役になると決まっていたこの日に合わせて、宝玄仙に作ってもらうことを頼んでいたものだ。

 それを拡げて、素裸にして後手縛りにした朱姫を乗せて、この運動霊具を操作した。

 口には、呼吸がしにくいように、穴あきの小さな球体の嵌口具を咥えさせている。

 わざわざ、穴あきの嵌口具を選んだのは、その穴から涎が垂れ流れて、惨めさが増すからだ。

 

 そして、さらに、股間には女陰に喰い込む張形付きの貞操帯だ。

 その姿で、ずっと走らされている朱姫は、もう息も絶え絶えだ。

 しかも、腕が封じられているために、ただ転ばないように駆け足をするだけで大変なようだ。

 沙那も武芸家であるために、人間が動くために、どれだけ両手の動きが体勢を保つために必要なのかを知っている。

 それなのに、後手縛りで走らされる朱姫は、真っ直ぐに姿勢を保つだけでひと苦労だろう。

 

「ほら、朱姫、だんだんと後ろに退がってきたよ。お尻の穴に電撃棒が挿さるよ」

 

 孫空女は警告の言葉を発した。

 『無限足踏み台』の上で懸命の駆け足を続ける朱姫の前後には、椅子に腰掛けた沙那と孫空女が電撃棒を持って待っている。

 朱姫が台から降りようとしたり、台の速度についていけなくて、いまのように身体が退がってきたら、電撃棒で痛めつけるためだ。

 

「んふううっ」

 

 朱姫が悲鳴をあげて、脚をあげて身体を前に進ませた。

 孫空女が退がってきた朱姫のちょうど肛門に当たるように、電撃の先を動かしたのだ。

 電撃棒の先端をお尻の穴に感じた朱姫がびっくりして速度をあげた。

 

「はい、頑張ったわね……。じゃあ、速度を緩めてあげるわ。休憩よ──」

 

 沙那は台の速度を落としてやった。

 休憩とは言うが、実際には小走りの速度になっただけだ。

 朱姫は相変わらず、荒い息をしながら、涎を垂れ流している。

 その涎は、波打つ小さ目の胸の谷間に流れ落ち、さらに身体を伝って台の表面にまで落ちている。

 また、激しい息は、嵌口具の小さな穴を強く通り抜けるので、笛のような音が鳴り続ける。

 

 まさに犬だ。

 そんな朱姫の惨めな姿を見ていると、本当に日頃の溜飲が下がった気がする。

 

「本当に、沙那って、朱姫を責めるときは嬉しそうだよねえ……」

 

 そんな沙那の感情が顔に出てしまったのか、孫空女が呆れたような声を発した。

 

「だって、嬉しいんだもの……」

 

 沙那はそう言いながら、手元にあるもうひとつの操作具動かした。

 それは、朱姫の股間に嵌っている張形を動かす操作具なのだ。

 沙那は、それを使って、朱姫の股間に挿入している張形の振動を開始した。

 

「んふううっ」

 

 朱姫の身体ががくんと崩れた。

 それでも朱姫はなんとか体勢を戻して、小走りの運動を保った。

 女陰に張形を咥えこまされたまま走るだけで、朱姫には十分に刺激的だろうが、それをさらに時々こうやって振動させてやる。

 それがどんなにつらい性的な拷問であるか想像しただけで、沙那には、ぞくぞくと快感のようなものが走る。

 沙那は、さらに朱姫の股間の貞操帯の内側のちょうど肉芽に当たっている部位の振動を加えてやった。

 

「んんっ、んんっ、んんっ」

 

 朱姫の身体が弓なりになり、ぶるぶると震えた。

 しかし、急に後ろに退がった朱姫の尻に孫空女が電撃棒を当てると、慌てたように前に進んでいく。

 その滑稽な姿に、沙那は思わず笑い声をあげた。



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427 単話・運動責め(その2)【沙那】

「さあ、頑張りましょうね、沙那姉さん……。やめちゃ駄目ですよ。運動を続けてください……。少しでも速度が落ちたら電撃ですよ」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 沙那は床に仰向けに寝そべらされて、寝台に両脚をあげるようなかたちで膝から先を乗せている。

 その脚が寝台から離れないように固定されていて、沙那はさっきから、朱姫に床につけている上半身を起こして、膝に乳房を触れさせるという運動をさせられているのだ。

 その前は、うつ伏せの上体逸らしだったし、さらに前は、昨夜、朱姫にやらせた『無限足踏み台』でやる駆け足運動だ。

 

 孫空女は、宝玄仙と一緒に、朱姫が沙那に運動を強要して責める光景を呆れるような思いで見ていた。

 昨夜の仕返しというわけだが、昨日、沙那が喜々として朱姫を責めたのを同じような嬉しそうな顔で、今度は朱姫が沙那を責めている。

 

 孫空女は嘆息した。

 昨夜と今夜で、攻守交替させたのは、宝玄仙の命令だが、それは宝玄仙特有の気儘で意地悪な責めのひとつだ。

 責め手が責められ、責められた者が今度は同じ者を責める。

 それが面白いというのだ。

 

 孫空女には、それのなにが面白いのか理解できないが、ああやって、責め手になったときに、お互いを喜々として責め合う沙那と朱姫の姿を見ていると、宝玄仙も正しいのかなと思うときもある。

 とにかく、少なくとも昨夜の沙那は、驚くくらいに冷酷で、そして、愉しそうだったし、ひと晩で攻守交替した朱姫は、本当に沙那をいたぶるのが嬉しそうだ。

 

 今夜の沙那は、両手を背中に回して縄掛けされている。

 それは昨夜の朱姫と同じだが、沙那の身体には両乳首と肉芽に『振動片』が装着されている。『振動片』とは、小さな布切れであり、身体に触れさせると、その部位を包んで半透明になり、道術で好きなように振動させることができるという朱姫の霊具だ。

 沙那は、それを装着させられたうえに、昨夜朱姫が嵌められていた貞操帯をしっかりと股間に喰い込まされていた。

 しかも、貞操帯の内側は前後に張形が嵌っている。

 それをずっと動かされながら運動を強要されている沙那は、もう何度も達していて、意識も朦朧としている状態だ。

 

「い、いくううっ──」

 

 沙那が上体をあげる途中で、全身をぶるぶると震わせて、身体を反らせるような仕草になった。

 また、軽く達したに違いない。

 沙那の身体はがくんと床に落ちた。

 

「はぐううううっ──いたいいいい──」

 

 すると、今度はその沙那が絶叫して身体を跳ね起こした。

 おそらく、乳首と肉芽の『振動片』に朱姫が弱い電撃を流したのだ。

 弱いといっても全身の中でもっとも敏感な場所だ。

 そこに直接に電撃を流される沙那には、堪らないだろう──。

 

「も、もうやめて──ゆ、許して──。降参──。降参よ、朱姫──」

 

 沙那が泣き声をあげた。

 一度は電撃の力であがった上体も、もうあがらないのかすぐに床にばたりと落ちた。

 いずれにしても、沙那も限界だろう。

 

 朱姫は、三個の『電撃片』と股間の張形をずっと動かしながら運動を強要しているのだ。

 どれも最弱の運動らしいが、全身が性感帯のように敏感な沙那には、ずっと断続的な絶頂を繰り返しながら、激しい運動をしなければならないという過酷なものだ。

 もう、沙那も達しきすぎて身体がおかしくなっているに違いない。

 朱姫がもう一度電撃を加えたが、今度はがくんと身体を跳ねさせただけで、もう起きあがらなかった。

 ただ、床に身体を倒して、激しく身体で呼吸をしているだけだ。

 

「仕方ありませんねえ……。じゃあ、これが最後の運動です。沙那姉さんは、逆立ちくらいはできますよね……。背中を壁側にして、足を床に保たせて、逆立ちしてください。そこの砂時計が落ち切るまで、姿勢を保てたら、今夜は許してあげます……。その代わり、途中で崩れたら、最初の駆け足からやり直しです──。さあ、逆立ちしてください」

 

 しかし、沙那は首を横に振った。

 

「はあ……はあ……はあ……、も、もう……む、無理……。い、いくら……電撃で脅してても……できないものは……で、できない……はあ……はあ……、あんた……また、……はあ……はあ……、淫具を動かすでしょう……。耐えられるわけ……ない……」

 

 沙那は激しく息をしながら言った。

 いまこの瞬間も、沙那の全身に装着されている淫具は動き続けているのだ。

 沙那の身体は淫靡な汗と体液で光っていて、ここまで淫靡な香りが漂ってきている。

 逆立ちが始まったら、朱姫は、その振動を最大限に動かすに決まっている。

 そうなったら、沙那が耐えられるわけがないのだ。

 すると、ずっと愉しそうにふたりを眺めていた宝玄仙が口を開いた。

 

「しょうがないねえ……。だったら、沙那、やる気の出る条件を付けてやるよ。その砂時計に道術をかけて、砂の落ちる時間を半分にしてやる。しかも、最後まで逆立ちを保ったら、その瞬間に、また、朱姫と攻守交替だ。それでどうだい?」

 

 宝玄仙の言葉に、沙那が口元をあげて反応した。

 

「そ、それなら、やる──。やります……。見てなさいよ、朱姫……。仕返しはきついわよ……はあ、はあ……」

 

 沙那が朱姫を睨んで、にやりと笑った。

 

「いいですよ。その代わり、途中で逆立ちが崩れたら、最初からですからね、沙那姉さん──」

 

「わ、わかったわよ……。じゃあ、縄を解いて……」

 

 沙那を拘束していたのは、『魔縄』と呼ばれる道術で制御できる縄だ。

 朱姫が霊気をかけると、ぱらりと沙那の腕を縛っていた縄が解けた。

 

「さあ、じゃあ、沙那姉さん、どうぞ」

 

 朱姫が、まだしゃがんだまま腕を擦っている沙那を促した。

 沙那は、朱姫をひと睨みすると、意を決したように壁に向かった。

 そして、床に両手をついて、壁に両脚を跳ねあげた。

 

「じゃあ、開始だ──。朱姫、砂時計をひっくり返しな」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 朱姫が砂時計を逆さにした。砂が勢いよく落ち始めた。

 

「ひっ、ひっ、ああっ、ああっ、ああああ……あはっ、はあっ──」

 

 すぐに沙那が逆立ちをしたまま悶えだした。

 沙那の全身の淫具が暴れはじめたに違いない。

 それでも沙那は懸命に歯を喰いしばって姿勢を保っている。

 沙那の全身からは、夥しく汗が吹き出した。しかも、ぶるぶると震えている。

 かなりの強さで淫具を振動されているのだと思った。

 

「ひいいっ、ひいっ、いく、いくうっ──だ、だめええ──」

 

 沙那がわけのわからない言葉を発し始めた。

 そして、一瞬、全身が伸びきったようになった。

 達したようだ。

 

 だが、それでも崩れない。

 両腕だけは、しっかりと身体を支えて保っている。

 砂は半分を切った。

 

「思ったよりも頑張りますね、沙那姉さん」

 

 朱姫が感嘆したような声をあげた。

 しかし、その朱姫の顔には余裕がある。

 なにかを企んでいるようだと孫空女は思った。

 朱姫は荷が置いてある場所に向かうと、すぐに戻ってきた。

 

 大きな筆を二本持っている。

 それをにやりと笑って両手に持ち、逆立ちを続けている沙那の前にしゃが込むと、その二本の筆で沙那の無防備な脇の下をくすぐりだしたのだ。

 

「や、やめえ──。ひ、卑怯よ、そんなの──ひうううううっ──いや、いや、いや、いやあっ──」

 

 沙那が絶叫した。

 

「なにが卑怯なんですか──。誰が、覚めるのは、いま装着している淫具だけだと言ったんですか? 勝手に沙那姉さんがそう思っただけでしょう……。ほら、ほら、くすぐったいですよね……。腕が震えてきましたよ──」

 

 朱姫が執拗に筆を沙那の脇の下をまさぐりながら笑った。

 沙那は苦しそうに笑い続け、やがて、力尽きたというよりは、筆を少しでも避けようとして腕を動かし、それで体勢を崩して、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「ああっ」

 

 床に身体を倒しながら、沙那は絶望的な悲鳴をあげた。

 

「残念でしたね、沙那姉さん──。じゃあ、やり直しです」

 

 朱姫が筆を横に置くと、床に落ちていた『魔縄』を広い、疲労困憊している沙那の両手を強引に背中に回させて、再び縛り始めた。



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428 単話・番外「一郎と宝玄仙」

 一郎は、『異世界で淫魔師ハレム』の主人公です。念のため……



 *


 気がつくと、なにもない場所にいた。

 移動中の馬車の中でまどろんでいただけだったので、一郎は驚いてしまった。

 ここが現実に存在する場所ではないことは一瞬でわかった。

 かと言って、まだ一郎自身の夢の中というわけでもない。

 はっきりとした現実感がある。

 強いて言えば、妖魔将軍ことサキの能力で操る「仮想空間」に似ていた。

 同じ仮想空間ではあるが、まったく別のもの……。

 そんな感じだ。

 うまく表現できないが、一郎はそんな場所にさまよい込んでしまったようだ。

 しかも、裸だ。

 一糸まとわぬ格好で、一郎は見知らぬ場所に連れてこられたみたいだ。

 

「エリカ、コゼ、シャングリア──? スクルド? ガド?」

 

 一郎はそばにいるはずの女たちの名を呼んだ。

 しかし、彼女たちの姿はどこにも感じなかったし、一郎の魔眼の能力でも気配を感じる

ことはできなかった。

 どうやら、ここに連れ込まれたのは、一郎だけのようだ。

 そのとき、不意に誰かの気配を感じた。

 

「お前がそうなのかい?」

 

 突然に女の声が背後からした。

 その口調は少し戸惑いのような響きがあった。

 

 

 

 “ホウゲンセン(宝玄仙)

  人間族、女

   放浪中の三蔵法師

  年齢46歳

  ジョブ

   道術師[魔道遣い](レベル99)

  生命力:300

  戦闘力:15(素手)

  魔道力(霊力):20000

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:A

  快感値:200”

 

 

 

 そこにいたのは、一糸まとわぬ裸の黒髪の絶世の美女だった。

 一郎の魔眼には、ホウゲンセンという女の年齢は四十六とあるが、容姿も肌の美しさも三十代前後にしか見えない。

 少し驚いたのは、本来恥毛があるべき場所に一本の毛もないことだ。

 そのほかの部分が完璧な美しさと色っぽさを醸し出しているだけに、そこだけ童女のようにつるつるであるのは、少し滑稽であり、同時にエロッチクだ。

 また、男といわず、女といわず、経験人数の多さはなんとしたことだろう。男は百人を超え、女だって五十人以上の経験がある。

 随分と多恋の女性のようだ。

 いずれにしても、このホウゲンセンという女がなにかを知っているのだと思った。

 

「お前が世界で一番の色事師だと魔人が選んだ男かい? 別にどうということのない普通の男に思えるけどねえ。道具だって平凡だしね。それともなにかの道術で見た目をごまかしているだけで、実は妖魔かい?」

 

 ホウゲンセンが言った。

 

「道術? 魔道のことですか? いずれにしても、俺は魔術遣いなんかじゃありませんよ。ただの人間です。妖魔とやらでもありません。見た目は、俺が実際にその外見だからでしょう。ところで、魔人が選んだとはどういう意味ですか、ホウゲンセンさん?」

 

 一郎が言うと、ホウゲンセンが目を見開いた。

 

「わたしの名を知っているのかい? どこかで会ったかい?」

 

「いいえ。あなたのように美しい女性には初めて会います。名前については、なんとなくわかりました。勘がいいんです」

 

 一郎はうそぶいた。

 魔眼のことは黙っていた。

 相手が何者かわからない以上、こっちの切り札を暴露する必要はない。

 

「勘で名が当たるものかい。馬鹿なことを言うんじゃないよ」

 

 すると、ホウゲンセンがけらけらと笑いだした。

 その邪気を感じられない心から面白がっている姿に、一郎は少し戸惑った。

 ホウゲンセンからは悪意を感じられない。

 

「ところで、ここに俺を連れ込んだのはあなたですか? それとも、さっき名が出てきた魔人?」

 

 一郎は訊ねた。

 

「魔人は魔人さ。あいつがわたしになにかひとつ贈り物をしたいというから、この世界で一番の色事師を連れて来いとねだったのさ。そうしたら、この場所とお前が準備されたということだよ。だけど、わたしも意外だったね。もっと性経験の多そうな年配を想像していたからね。だけど、魔人が選んだんだから、やっぱり性の経験は多いんだろう?」

 

 ホウゲンセンが興味深そうに言った。

 

「だから、魔人とは誰です?」

 

「北方帝国の氷の女王の(しもべ)だよ。女王を助けたお礼になんでも願いをかなえる小瓶をくれたのさ……。それよりも、質問に答えるんだよ。お前は本当に世界で一番色事師なのかい? わたしがこれまでに出逢った男の中で、一番の絶倫は独角兕(どっかくじ)だったけど、魔人は、それを凌ぐ絶倫男だと請け負ったんだ。なあ、本当にそうなのかい? それともやっぱり、なにかの間違いで連れられてきただけなのかい?」

 

 ホウゲンセンが一郎に値踏みするような視線をじろじろと向けてくる。

 よくわからないが、どうやら氷の女王の魔人とやらと、このホウゲンセンのくだらない戯れに一郎は巻き込まれた感じだ。

 おそらく、ここはやはり、「仮想空間」のようなものなのだろう。

 しかも、その女王の僕の魔人の作る仮想空間なのだと思う。

 そして、一郎はここに、その力により引き寄せられたようだ。

 世界で一番の「色事師」として……。

 一郎は嘆息した。

 

 自分が世界一の色事師かどうかはともかく、迷惑な話だ。

 ここがどこであるかということはどうでもいい。

 問題はエリカたちのいる場所に戻れるかどうかだ。

 

「……俺が世界一の色事師かどうかはわかりませんよ。経験人数からすれば、五十人くらいのものでしょうか」

 

「そんなものかい……。まあ、多い方だとは思うけど、そんなんじゃあ、世界一の色事師とはいえないじゃないか。魔人め……。どんな願いでも叶えるとか大きなことを言ったくせに、失敗したんだね」

 

 ホウゲンセンががっかりしたように言った。

 なんだか、その意気消沈した表情が面白くて、一郎は思わず吹き出してしまった。

 

 純粋──。

 無邪気──。

 それがこのホウゲンセンから受ける印象だ。

 一郎は、このおかしな美女に興味が沸いてきた。

 

「ねえ、ホウゲンセンさん。もしかして、俺はあなたとセックスするためにここに呼ばれたんですか?」

 

 訊いてみた。

 

「せっくす……? ああ、性交のことだね。まあ、そうだね。お前が希代の色事師だったらの話だけどね」

 

 ホウゲンセンが言った。

 

「だったら、相手をしてもいいですよ。あなたをいい気持ちにするなんて簡単です。その代わり、あなたを満足させることができたら、俺を元の場所に返してください。突然に消えてしまっては、仲間が心配すると思いますしね」

 

「本当かい? やっぱり、お前は世界一の色事師に間違いないんだね?」

 

 ホウゲンセンが破顔した。

 一郎は思わず笑ってしまった。

 なんで、この女性は性交に対して、こんなに一生懸命になれるんだろう。

 

「世界一かどうかなんて、俺にわかるわけないでしょう……。でも、あなたをいかせることくらいなら、あっという間にできますよ……たとえば、指一本でね」

 

「ほう、大きく出たねえ。だったら、相手をしておくれ。このわたしが、指一本で達するなんてことはあり得ないけど」

 

 ホウゲンセンは笑った。

 そして、その場にしゃがみ込み、膝で曲げた脚を大きく一郎に向かって開く。

 

「その代わり、本当に指一本で達したら、俺を元の場所に返してもらいますよ。約束してください」

 

「約束するよ」

 

 ホウゲンセンは言った。

 

「二言はないですね」

 

 一郎はホウゲンセンに近づいた。

 そして、手の中に拘束用の縄があると想像した。

 ここは一郎の仮想空間ではないが、その操り方についてはわかっている。

 なんとなくだが、同じようにできる気がしたのだ。なんでも、サキの仮想空間から支配権を譲渡されて悪戯をしたことがある。そのときと同じ感覚が沸き起こっていたのだ。

 果たして、次の瞬間、一郎の手の中には、縄束が存在していた。

 

「お、お前、いま、どうしたんだい? いまのは、取り寄せ術かい? お前はやっぱり道術師かい?」

 

 ホウゲンセンが目を丸くしている。

 どうやら、このホウゲンセンは魔術遣いではあるものの、この仮想空間についてはほとんど無知のようだ。

 それにしても、魔道力が“20000”というのは凄い。

 これまでの一郎が知っている最高の魔道遣いは、エルフ女王のガドニエルであるが、それでも、一郎の支配で限界突破したことで魔道力が膨れあがった数値で“12000”だった。

 一郎の支配による淫魔師の恩恵なしで、“20000”というのは何者だろう。

 ただ、道術師のレベルでは、“99”のようだが……。

 

「ただの好色男ですよ……。でも、あなたのような無邪気な女性は大好きです。いじめられるのが好きなマゾ女もね」

 

「ま、まぞ? 被虐女のことかい? わたしが?」

 

 ホウゲンセンは呆気に取られている。

 

「隠しても無駄です。俺にはわかるんです……。それとも、自分でも気づいていないのかもしれませんね……。いいから、両手を背中に回してください。あなたの身体はそういう性行為を欲しているんです。俺にはわかるんです」

 

 一郎は縄束を持って、ホウゲンセンの背中に回った。

 

「よくわからないけど、いざ本番となったら、やけにたくましい感じになったねえ。これは期待が持てそうだ」

 

 ホウゲンセンが笑って細い両手を背中に回した。

 一郎はその両手をしっかりと高後手に緊縛するとかたちのいい乳房の前後にも縄を巻き、しっかりと胴体に固定した。

 

「ず、随分と縄に慣れているねえ……」

 

 ホウゲンセンが赤い顔をして言った。

 一郎はほくそ笑んだ。

 こうしているあいだにも、ホウゲンセンの快感値の数字がさがり続けている。

 一郎の勘は正しかった。

 なんとなくだが、この気の強そうな女性の本質は、かなりの被虐体質だと思った。

 自由を奪われて、無理矢理に感じさせられるようなセックスに弱いのだ。

 間違いない。

 

「脚を胡坐にしてください」

 

 一郎は言った。

 ホウゲンセンは言われたとおりにした。

 一郎は脚を崩せないようにすっかりと脚に縄をかけてしまうと、脚に結んだ縄を首の後ろに回して、ぐいと引き絞ってから、再び脚の縄に繋げた。

 

「あっ」

 

 ホウゲンセンが小さな声で叫んだ。

 いわゆる「海老縛り」だ。

 ホウゲンセンは胡坐をかいた両脚に向かって頭を曲げた状態から身動きできなくなったということだ。

 一郎はホウゲンセンの身体を倒して、ごろりとひっくり返した。

 

「な、なんだい?」

 

 尻を上にした羞恥の恰好にされたホウゲンセンが、初めて当惑の声をあげた。

 

「指一本でいかせるといったでしょう。あなたがここが弱いことは、すっかりとお見通しです。どこまで我慢できるか愉しみです」

 

 一郎は淫魔師の力で、右手の人差し指にたっぷりの媚薬入りの潤滑油を浮きあがらせると、ずぶずぶとホウゲンセンの無防備な菊座の中に指を挿し入れた。

 

「ああっ、おおっ、ほおおっ」

 

 いきなりホウゲンセンが不自由な身体を弓なりにして、吠えるような声を出した。

 

 

 *

 

 

「ほおおっ」

 

 ホウゲンセンがあられもない声をあげて緊縛をされた身体をぶるぶると震わせた。

 

「指一本で一度どころか、もう三回もいっていますよ、ホウゲンセンさん」

 

 一郎は笑いながら指を一郎だけに見ることのできる赤いもやも道しるべに従い、ホウゲンセンの肛門の内側の粘膜をぐいぐいと擦った。

 道しるべといっても、ホウゲンセンのお尻の中は赤いもやでいっぱいだ。

 どこをどうやっても簡単に感じさせることができる。

 

「も、もうっ」

 

 絶頂したばかりのホウゲンセンが一郎の指でまたもや昇りつめた。

 一郎としても、こんなに感じやすい女性は初めてだ。

 ふと見ると、さっきまではなかった赤いもやが乳首にも浮かんでいる。

 いや、全身だ。

 最初の二回くらいまでの状況のときと、連続絶頂し始めたときの身体が違う。

 女が激しい愉悦に浸るようになると、身体の感度が上昇するのは知っているが、ホウゲンセンの場合はまったく別の女になったかのような感じだ。

 一郎はステータスをもう一度覗いてみた。

 

 

 

 “ホウゲンセン(宝玄仙)

  人間族、女

   放浪中の三蔵法師

  年齢46歳

  ジョブ

   道術師[魔道遣い](レベル99)

  生命力:300

  戦闘力:15(素手)

  魔道力(霊力):20000

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:SS

  快感値:2↓↓”

 

 

 

 淫乱度数、すなわち、身体の感度が変化している。

 それにしても、“SS”などという表示は初めてだ。

 

「あなた、もしかして、身体の感度を強制的にいじられたことがあるんじゃないですか? しかも、それがいまだに完全には治っていないとか……」

 

 一郎はホウゲンセンの指を抜いて訊いてみた。

 

「はあ、はあ、はあ……な、なんで、それを……」

 

 ホウゲンセンが呆けた顔で言った。

 やっぱりそうなのだと思った。

 ただの勘だがそう思ったのだ。

 レベル“99”に達するような魔術遣いだから、平素は自分の身体が異常活性しないように制御しているのだろう。だが、ひとたび、たがが外れてしまうと、「リミッター」が壊れたかのようにいき狂い状態になってしまうのだと思う。

 

「つまり、誰かに調教されたことがあるということですね」

 

 一郎はホウゲンセンが息を整えるいとまを与えず、怒張を指を抜いたばかりの菊座に押し当てた。

 

「ちょ、ちょっと待っておくれ。お、お前、そんなに立て続けに……」

 

「待ちませんよ」

 

 一郎は一気に突き進んだ。

 なんて随分柔らかいお尻だろう。

 一郎はホウゲンセンのお尻を犯しながら思った。

 緩い……とかいうものとは違う。

 しっかりと、ホウゲンセンのお尻は一郎の一物をぎゅうぎゅうと締めつけるし、適度な圧迫感もある。

 しかし、それでいて幹に触れている粘膜が温かくて気持ちいいのだ。

 まるで膣そのもののようだ。

 一郎はその快感に我を忘れそうになった。

 

「あふうううっ」

 

 ホウゲンセンがまたもや達した。

 それとともに、強い締めつけと収縮が一郎が貫いているホウゲンセンのお尻の中で起きた。

 

「あっ」

 

 一郎は次の瞬間、呆気なく精を放っていた。

 搾り取られるような射精だ。

 淫魔師になって以来、こんな風に達してしまったのは初めてかもしれない。

 

「ホ、ホウゲンセンさん、あなたの身体は素晴らしいです」

 

 一郎は感極まって、思わず言った。

 しかし、答えは返ってこない。

 いまだにホウゲンセンは昇天の途中であり、それどころではなかったようだ。

 

 

 *

 

 

「いやあっ」

 

 ホウゲンセンはまるで少女のような声をあげた。

 絶頂寸前で一郎は膣から性器を抜いたのだ。

 そして、今度はアナルに撃ち込む。

 ホウゲンセンのふたつの性器──。

 これを一郎は愉しんでいた。

 

 しかも、ホウゲンセンの気持ちを弄ぶかのように、絶頂寸前までいくと怒張を抜いて、もうひとつの穴に移動するというやり方でだ。

 これをすると、女は天国と地獄を激しく繰り返すことになり、正気を保つことすらできなくなる。

 しかも、絶頂ができないのに、新たな貫きが与えられるたびに感度だけはどこまでも上昇するのだ。

 いまや、ホウゲンセンの身体は膨らみすぎた風船のようなものだ。

 どちらの穴でも数回で爆発してしまう状況だ。

 ホウゲンセンの絶頂が十回を超えたところで、一郎はこの責めに切り替えた。

 いまやホウゲンセンは半狂乱だ。

 

 一郎は怒張で三回肛門を律動させると、さっと抜いてしまった。

 ホウゲンセンがそれだけで達しそうになったからだ。

 少し間を置き、再び膣に挿入する。

 しかし、今度は一気にホウゲンセンが快楽を上昇させた。

 たった一度の律動でも達すると思った一郎は、最奥まで貫いたところで止め、胡坐縛りでうつ伏せになっているホウゲンセンの乳房を掴んでゆっくりと揉む。

 

「ほおおおっ」

 

 ホウゲンセンが泣くような声をあげた。

 

「き、来て、お願いだよ。これ以上意地悪しないでおくれ」

 

 ホウゲンセンが夢中になった感じで声をあげた。

 

「じゃあ、好きな方で最後にいかせてあげますよ。前と後ろのどちらの穴で最後の昇天をしたいですか?」

 

「……お、お尻……お尻で」

 

 ホウゲンセンは泣き出しそうな声で言った。

 

「わかりました」

 

 一郎は膣から性器を抜き、再び怒張を肛門を貫かせる。

 

「あうっ、あううっ」

 

 動き出した途端に、ホウゲンセンはこれまで積もり積もったものを一気に吐き出すように絶頂をした。

 しかも、がくがくと震えながら三度立て続けに気をやったのだ。

 一郎はそんなのは初めて見た。

 

「あぐううっ」

 

 ホウゲンセンが断末魔のような声を放った。

 一郎もそれに合わせて精を迸らせる。

 そのとき、ホウゲンセンの股間からぴゅっと潮のようなものが噴き出し、続いて、紛れもない放尿が飛び出した。

 

「お、お前、最高だよ……」

 

 それが気を失う直前の最後の言葉になった。

 

 

 *

 

 

 縄を解くと、ホウゲンセンの目が開いた。

 目が虚ろだ。

 いまだに激しすぎる息をしている。

 

「す、すごいよ、お前……。そういえば、名を聞いてなかったね……。どこの誰なんだい……?」

 

 ホウゲンセンがぐったりと横になったまま、顔だけをこっちに向けた。

 

「一郎といいます。ハロンドールの冒険者です。いまは、大公かな……。いずれにしても、いまは、旅の途中ですけどね……。クエストで……」

 

「イチロウかい……。だけど、はろんどーる……? それは聞いたことのない国だねえ。もしかして、魔人はとんでもない遠くから、お前を呼び寄せたのかもしれないね」

 

 ホウゲンセンが笑った。

 笑うと少女のように見えるから不思議だ。

 魅力的な女性だ。

 

「身体を拭きましょうか」

 

 一郎はそう口にしてから、手に布を載せた。

 仮想空間は強く思えば、それが現実になる。

 いまや、一郎は仮想空間については熟達の域に達している。

 

「希代の色事師殿にそんなことはさせられないよ……。まあ、わたしの身体が指一本動かないことは事実だけどね……」

 

 ホウゲンセンは一郎に笑いかけ、次に空に顔を向けた。

 

「魔人、沙那(さな)たちを送り込んでおくれ。わたしの身体を拭けと言ってね」

 

 ホウゲンセンが空間に向かって声をあげた。

 その次の瞬間、大きな揺らぎのようなものが周りで発生する。

 すると、三人の美女が出現した。

 

 

 

 “ソンクウジョ(孫空女)

  人間族、女

   ホウゲンセンの従者

  年齢28歳

  ジョブ

   戦士(レベル80)

   魔道遣い[霊力](レベル5)

  生命力:100 

  戦闘力:3000(素手)

  魔道力(霊力):500

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:A

  快感値:120

  状態

   内丹印”

 

 

 

 “サナ(沙那)

  人間族、女

   ホウゲンセンの従者

  年齢28歳

  ジョブ

   戦士(レベル40)

  生命力:50

  戦闘力:300(素手)

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:S

  快感値:70

  状態

   内丹印”

 

 

 

 “シュキ(朱姫)、真名[猪八戒]

  半妖族、女

   ホウゲンセンの従者

  年齢21歳

  ジョブ

   魔道(レベル50)

  生命力:2000

  戦闘力:200

  魔道力[霊力]:**[自在型]

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:A

  快感値:150

  状態

   内丹印”

 

 

 

「ご、ご主人様、巻き込まないでください。わたしたちは、今回参加しなくていいとおっしゃったじゃないですか」

 

 サナという栗毛の美女がいきなり抗議の声をあげた。

 彼女だけでなく、ソンクウジョという赤毛の女性と、シュキという真名を別に持つ見た目が少女のような女性も全裸だ。

 サナは一郎の視線を気にするように、身体を両手で隠して、ちらちらとこっちに視線を向けてくる。

 なんだか可愛らしい。

 一郎はほくそ笑んでしまった。

 

「参加しろとは言ってないさ。ただ、わたしはこのイチに責められて小便を洩らしてしまってね。それでお前たちに拭かせようとしたんだ……。まあ、だけど、そうだね。このお人は凄いよ。お前たちも一度経験しておきな。確かに天下一の色事師様だよ」

 

 ホウゲンセンが笑った。

 

「あっ、だったら、沙那姉さんと孫姉さんとのおふたりはどうぞ。あたしは、ご主人様の身体の手入れをいたしますから」

 

 シュキという小柄な女性がさっとホウゲンセンに寄っていった。

 身体の手入れといっても、一郎が手にしているような布のたぐいは持っていないなあと思っていたのだが、そのシュキは当たり前のように、舌でホウゲンセンの身体を舐め始めた。

 これには一郎も驚いた。

 

「えっ、そうだったんですか。だったら、わたしもご主人様のお手入れをいたします」

 

 サナが慌てたようにホウゲンセンに寄っていこうとした。

 しかし、ホウゲンセンがそれを制した。

 

「こっちは朱姫ひとりでいい。それよりもお前たちふたりは、その色事師様に相手をしてもらうんだ……。ねえ、イチ殿、いいだろう。このふたりはわたしの供なんだけど、是非ともわたしの快感をおすそ分けしたいんだ。今回だけはいろいろと迷惑もかけてねえ」

 

 ホウゲンセンが言った。

 

「こ、今回だけって……いつもじゃないですか……」

 

 サナがぶつぶつと言った。

 

「なにか言ったかい、沙那?」

 

「な、なんでもありません」

 

 サナが拗ねたように言った。

 一郎はなんとなくおかしてく噴き出してしまった。

 すると、そんな様子を笑って見ていたソンクウジョという背の高い女性が一郎に視線を向けた。

 

「あたしたちのご主人様が世話になったね。ありがとう。外で見ていたけど、どこか遠くから連れて来られたみたいだね。まあ、ご主人様も魔人も悪気はなかったんだと思う。すぐに帰すと思うから心配しないでよね。でも、よければ、あたしと沙那の相手もしてくれると嬉しいよ。ご主人様の命令を実行しなかったとなると、あとで思い出したように罰を与えるのが、この宝玄仙という人でね」

 

「や、やっぱり、そうなるの、孫女?」

 

 サナがソンクウジョの言葉に当惑したように言った。

 

「いやならいいよ。あたしは、後でご主人様に罰を与えられるのは嫌だしね。沙那だけ、そこで見てればいいよ」

 

「そ、そんなわけにいかないわよ……。じゃ、じゃあ、よろしくお願いします……」

 

 サナが一郎に近づいてきて、身体の前を手で隠したまま頭をさげた。

 

「もちろん、嫌だったらいいよ。あんただって、相手をしない自由はあるしね。相手をしなくても、元の場所には戻すよ。あたしと沙那が責任を持って約束する」

 

 ソンクウジョがきっぱりと言った。

 よくわからない関係だと思った。

 話の内容からすれば、ホウゲンセンのことを三人の女は“ご主人様”と呼ぶのだから、リーダーはホウゲンセンだと思うのだが、全体のまとめをしているのはソンクウジョという感じだ。

 サナは、この四人の中では一番真面目なタイプだろうか……。

 それに比べれば、シュキはお調子者の気配がある。また、シュキがすぐにホウゲンセンに寄っていったのは、おそらく“男嫌い”なのだと思う。

 一郎の勘だが、その手の勘はまず外れることはない。

 

「ああ、朱姫……お、お前、悪戯が……」

 

 そのとき、ホウゲンセンが甘えたような声を横であげた。

 ふと見ると、シュキがホウゲンセンの股間に執拗に舌を這わせている。

 なぜか、さっき解いた縄を使って、ホウゲンセンの右手首と右足首、左足首と左手首がそれぞれに縛ってあり、再びホウゲンセンが緊縛されている。

 

「ふふふ、ご主人様、感じているんですね。いつもより気持ちよさそう……」

 

 シュキがホウゲンセンの股間に舌を這わせながら笑っている。

 

「こ、こいつにたじたじにされて、まだ余韻が抜けないんだよ……あああっ、そ、そこは──」

 

 ホウゲンセンが大きな声をあげて首をのけぞらせた。

 

「ねえ、どうする? ああなったら、落ち着くまで待つしかないよ。あたしたちの相手をしてもらえるかい?」

 

 ソンクウジョが声をかけてきた。

 

「ほ、本当に嫌だったらいいのよ。嫌ならそう言って」

 

 サナだ。

 

「もちろん、嫌じゃないですよ。ふたりとも来てください」

 

 一郎は再び手に縄束を出して、ふたりに向き合った。

 ソンクウジョとサナはぎょっとした表情になったが、一郎が両手を背中で組むように指示すると、すぐにそれぞれに腕を背後に回して、一郎に背を向けた。

 

 

 

 

(第67話『小話集』終わり)



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章外・第68話【番外篇】長屋ハレム物語【陳達(ちんたつ)夫婦2】
429 幽霊の噂


洛葉(らくよう)さん、これ、また余分に作っちゃったんで、処分してもらえませんか?」

 

 陳女(ちんじょ)は皿に載った煮物を持って、同じ長屋で暮らす洛葉という女性の家にやってきた。

 女性といっても老齢であり、もう七十を超えているらしい。

 

 同じ長屋に住む女たちの話によれば、もともとは城郭の外の農村で暮らしていたのだが、亭主に先立たれてからすっかりと弱ってしまい長患いになってしまったようだ。

 それで、この長屋の大家が、たまたまその死んだ亭主に世話になったことがあるということで、不憫に思いこの城郭まで連れてきて、空き家だった部屋に住まわせたということらしい。

 

 もっとも、それは一年も前のことで、病が癒えれば、洛葉は夫との思い出のある城郭の外にある家に戻るつもりだったが、長い患いですっかりと足腰が弱くなったことと、ここで暮らしているうちに住み心地がよくなったので、そのまま居づいてしまったということのようだ。

 人のいい大家に異存はなく、いまやこの長屋の客人のようになっている。

 あまり外に出歩くことのできない老女のために、あれこれと長屋の者は世話をしていて、陳女もそのひとりだ。

 二箇月前に陳達(ちんたつ)の嫁として、この長屋の住人となってから、なにくれとなくこの洛葉の家に出入りをしている。

 いまではすっかりと仲良しだ。

 

「いつも申し訳ありませんね、奥様……。なんか悪いですよ。そういつもいつも、なにかを持って来てくれて……」

 

 洛葉は頭を下げた。

 彼女の住む部屋は、数棟並ぶ長屋の一番通り沿いの隅にある。

 その戸を開けると、洛葉は、いつも部屋の真ん中の床にちょこんと縫物をしながら座っている。

 陳女がいつ見ても同じように座っており、まるでこの部屋の家具の一部ではないかと錯覚してしまうほどだ。

 

「とんでもない……。ふたり暮らしなんで、どうしても食べ物が余るんですよ。貰ってくれる方がありがたいのです。こっちがお礼をしたいくらいですよ」

 

 陳女はそう言って、入口の横にある土間に、煮物の入った皿を置いた。

 ここに台所があり、煮炊きなどの料理はここでできるのだ。

 

「ここに置いときますから、いつでも食べてください、洛葉さん。ちょうどひとり分あります。食べ終わったら、そのままにしておいてくださいね。また、皿は取りに来ますから」

 

「雇い主の陳達様の奥様にそんなことをしてもらっては、恐縮しますよ」

 

「やめてくださいよ……。それに、いつも言っているじゃないですか。そんな他人行儀な言葉遣いをされては、わたしの方が焦ってしまいます。それに、陳達はともかく、わたしは長屋に暮らすただの女のひとりですから。どうか、陳女と呼び捨てにしてください」

 

 陳女は笑った。

 

「本当にあの陳達様は、いい嫁御様をお貰いになりましたね。皆様の話によれば、大層、お仲もいいということですね。よろしゅうございますこと」

 

「まあ、洛葉さんまで、からかうんですか? この前も夜の声がうるさいとさんざんに長屋の女の方にからかわれたところですよ……。はいはい……もう、恥ずかしさも通り越しました。毎晩のように、大きな嬌声を出している陳女でございます」

 

 陳女は言った。

 夫にしてわかったが、宝玄仙が陳女、つまり、長女金(ちょうじょきん)の夫として紹介してくれた陳達は、とてつもない絶倫で、毎晩のように激しく陳女を抱いてくれる。

 まあ、それには不満はないのだが、多少、嗜虐趣味の傾向があり、いつも陳女を抱き潰すまで性愛を続けるのだ。

 そのあまりにも激しくて長い性交に、いつしか陳女はあられのない大声を出しているらしい。

 それは、かなり長屋中に響くらしく、このところ長屋の女たちにそれでからかわれている。

 

 もっとも、壁の薄い長屋のことだ。夫婦者の愛し合う声は、大なり小なり、必ず聞こえるものであり、皆、別段に迷惑をしているわけでも、うとましく思っているわけでもない。

 ただ、陳達も陳女も長屋の人間からすれば、なんとなく話しやすいので、からかわれているだけだ。

 それに陳達に言わせれば、新しく夫婦になった者に、夜の声が騒がしいとからかうのは、この長屋の儀礼のようなもので、どうせ、次の新婚者がくれば、鞘当てはそっちに向かうと言っていた。

 

「からかうようなつもりではありません……。では、陳女さんと呼ばせて頂きますが、夫婦というものは、所詮は他人なのです。生まれも育ちも、考え方も違う人間が暮らすのですから、長い夫婦の暮らしの中で、お互いに歩み寄るということが大切なのですよ」

 

「そうなのですね」

 

「ええ……。夫婦とは努力せずに夫婦というわけではなく、お互いにそうであろうと努め合って夫婦なのです。そうのためには、肌と肌を寄せるということはとても大切なのですよ。毎日、肌を寄せる……。なにもしなくていいのです。でも、一日一回は手をつなぐとか、肩を抱くとかね……。それをしていれば、何十年も仲のいい夫婦でいられますよ」

 

「肝に銘じます、洛葉さん」

 

 陳女は微笑んで頭を下げた。

 

「……ところで、これは陳達から預かっているものです。急ぎではないので、洛葉さんの予定でやっていいそうです」

 

 陳女は煮物と一緒に持ってきた包みを拡げた。

 こっちの方が用事の本命であり、陳達から預かっている洛葉に回す縫物の仕事の依頼だ。

 長屋から動くことのできない洛葉にもできる仕事ということで、古着屋の仕事をしている夫の陳達が、手頃な仕事を回しているのだ。

 それだけじゃなく、陳達は、稼ぎ手が寝込んで収入が断たれた家や、うまい仕事の見つからない男手のない家などに、同じように縫物などの仕事を回して手間賃を支払ったりしているらしい。

 

 本来は店の方に小さな器械があるので、布仕事を頼む必要はないのだが、そうやって長屋で暮らしに困る者の面倒も看ているようだ。

 そして、急にお金が有用になったり、あるいは、仕事にあぶれて困っている者には、金を融通したりもしている。

 それも、「特に使うあてのない金だから、困っているときはお互い様だ」と決して相手に遠慮や引け目を感じさせない態度でだ。

 

 陳達は通りに栄えている古着屋を営んでいて、生活は楽だが、長屋にはその日暮らしの者も生活の貧しい者も多い。

 夫に言わせれば、生活に余裕がある者が同じ長屋で生活が苦しい者を助けるのは当たり前のことであり、感謝されるべきものではないらしい。

 

 陳女と同様に、陳達もこの長屋では、まだ半年ほどの新参者だが、すっかりと陳達がこの長屋で慕われているのはそういうわけのようだ。

 夫のそういう面に、陳女は少しだけ驚くとともに、すごく誇らしく思った。

 本当に宝玄仙はいい人を紹介してくれたものだ。

 

 唯一の不満は、夜が激しすぎることだろう。

 時々のことならいいが、毎夜のように気絶するほど抱かれては、この陳女の身体もいつまで持つものかと思う。

 しかも、その絶倫ぶりは、ますます加速するようにも感じるのだ。

 陳女は思い出して、くすりと笑ってしまった。

 すると、洛葉が怪訝そうな様子を示したので、慌てて笑みを消す。

 

「わかりました。ありがとうございます……。こんな年寄りに仕事を回してもらって感謝しておりますと、陳達様にお伝えください……。それから、先日頼まれた仕事は終わっています」

 

 洛葉はそう言って、身体の後ろからきれいに畳まれた古着の束を取り出した。

 それを陳女の前にそっと出す。

 

「確かに受けました。陳達に渡してから、手間賃を持ってきます……。それとも、すぐに入用であれば、とりあえず幾らかでもお支払しますが……?」

 

「いいえ、大丈夫です……。陳達様に仕上げ具合を点検して頂いてからで結構です」

 

 洛葉は頭を下げた。

 しかし、陳女は、きっと陳達は、この洛葉の仕事の出来は気にしないだろうと思った。

 それどころか、多少仕事が不満でも、少しばかり余分に手間賃を支払うだろうということは間違いない。

 

「ところで、老人のひとり暮らしはなにかと不便でしょう? なにか入用の物があれば、使いでもなんでもしますけど、なにかお困りのことはありませんか?」

 

 陳女は言った。

 すると洛葉がはじめて、顔から笑みを消して複雑な表情になった。

 

「どうかしたのですか? なにか本当に困ったことが?」

 

 陳女は驚いた。

 

「困ったほどということはないのですけどね……。それならば、厚かましいけど、魔除けの護符を購ってきてはもらえませんか、陳女さん? 本当はあたしが自分で行けばいいのだろうけど、護符を扱っている商家までは遠くて……」

 

「魔除けの護符ですか?」

 

 陳女は声をあげた。

 

「……それは構いませんが、どうしてそんなものが必要なのですか、洛葉さん?」

 

 陳女は言った。

 

「出るんですよ。このところ……」

 

「出る?」

 

「幽霊です。夜な夜なね……。この十日ばかりずっとなのです。突然に戸ががたがたと揺れたり、女の怨念の籠った声がしたり……。物がひとりで動いたり……。まあ、この歳になれば、いまさら、幽霊にも驚きませんが、物騒なことにならないうちに、魔除けでもしておこうと思いまして……」

 

 洛葉は言った。

 陳女は驚いて詳しい話を求めた。

 だが、この十日ばかり、洛葉の家に不思議な現象が続き、幽霊が見え隠れするようになった。

 それくらいしかわからない。

 とりあえず、陳女は、魔除けの護符はすぐに届けると約束をして洛葉の家を後にした。

 

 すると、玄関を出たところで、花凛(かりん)にばったりと会った。

 花凛は、洛葉の隣で独り暮らしをしている若い娘であり、居酒屋で働いている女性だ。

 まだ十七、八のはずだが、男遊びも賑やかなようだと長屋の女たちが揶揄していたのを思い出した。

 陳女とは挨拶する程度であまり話したことはない。

 見た目が派手な服を着ていて、色のついた大きな石がつながっている首飾りをかけている。その服装は、花凛の派手な生活をなんとなく物語っている気がした。

 

「あらっ、鼻殿のところの奥さんか。こんにちは」

 

 花凛はぶっきらぼうに言った。

 陳達のことを“鼻殿”と面と向かって陳女に言ったことに、少しばかりむっとしたが顔には出さなかった。

 陳女は、洛葉が言っていた幽霊のことを花凛に訊ねてみた。

 隣で暮らしているのだから、なにかを知っているかもしれない。

 

「さあね、あたいは、夜が遅いしね……。あたいの店は夜通しやっていて、帰って来るのは明け方なのさ……。いずれにしても、あたいが知る限り、幽霊なんて知らないよ。あの婆さんの家だけのことじゃないの? まあ、幽霊なんていまどき珍しくないし……。気になるなら、大家に言って、住む家を替えてもらえばいいんじゃないの? 空き家はここだけじゃないんだしね」

 

 花凛はあっけらかんと言うと、自分の家に引っ込んだ。

 それ以上のことは訊けず、陳女は自分の家に向かった。

 

 昼間は陳達はいない。

 ここからすぐの通りにある古着屋にいる。

 そこが陳達の仕事場なのだ。

 古い服を調達して加工してから売る店であり、それなりの繁盛しているようだ。

 陳女も何度も店に行ったことはあるが、思わず手を出したくなるような女物や子供用の服が所狭しと並んでいる。

 値段はすべて安価であり、いつまでいても飽きない雰囲気がある。

 実際、陳達の店は、いつも数名以上の女客が古着を物色しにやってきている。

 

 しばらく歩くと、井戸のところに集まっていた女たちに呼び止められた。

 そこにいたのは五人ほどの女だ。

 まあ、歳は三十から四十というところだ。

 陳女も全員の名を知っている。

 話の中心は、采女(さいじょ)という女だ。

 逞しく肥った四十歳の女で、悪気はないがお喋りでお調子者だ。

 

「陳女、ちょっとおいでよ……。今日は是非あんたに教えて欲しくてね。あんたの旦那のことさ……。鼻殿……、じゃなかった陳達殿さ」

 

 その采女が、鼻殿なんて、陳女の前で言ったら怒られるねえと笑った。

 むっとしたが、悪気はないのは知っているので、陳女は我慢した。

 それにこうやって明るいが、実は采女は苦労人だ。

 亭主は呑んだくれで、あまり家に金は入れず、この采女が内職仕事で五人ほどの子供を養っている。

 陳女は、実はこの采女がずっと家賃を払えずに何箇月も家賃を大家に納めていないのを知っている。

 本来であれば、追い出されてもいいところを、実は夫の陳達がこっそりと家賃を肩代わりしている。

 ほかにも、陳達は三軒のどうにもならない家の家賃をこっそりと肩代わりしている。

 それを教えたら、いま、陳達のことを“鼻殿”とからかった采女はどんな顔をするだろうかとちょっと思った。

 

「わたしの夫がどうかしましたか、采女さん?」

 

 陳女は言った。

 

「亭主に浮気されるのはどんな気持ちかと思ってね?」

 

「浮気──?」

 

 陳女は采女のその言葉に思わず声をあげた。

 

「わたしの夫が浮気をしているというのですか?」

 

 陳女は声をあげた。

 

「なにを驚いているんだい、陳女。あんたも知っている女たちだよ──。ほらっ、あんたがここに来たとき、一緒にやってきたあの女たちだよ……。なんという名だったかねえ……。ほ、宝……なんとか……」

 

 陳女はほっとした。

 浮気などを物騒なことを言うからなんの話かと思ったら、宝玄仙のことらしい。

 それと沙那と孫空女と朱姫だろう。

 

「宝玄仙さんですね」

 

「そうそう、それだよ。宝玄仙──。ああいった女たちとあんたの亭主は寝たんだろう? そんな浮気をされてあんたは妬かないのかい?」

 

 采女が言った。

 

「浮気って……。確かに陳達は彼女たちと寝ましたが、あの場にわたしもいたんですから、浮気でもなんでもありませんよ」

 

「じゃあ、あの鼻……、じゃなくて、陳達殿が五人の女を相手にしたという噂は本当なんだね?」

 

 采女が訊ねるので、それは本当だと答えると、ほかの女たちがどよめきのような声をあげた。

 なんなのだろう……。

 

「や、やっぱり、強いの……? 夜は……? その……陳達さんは……?」

 

 采女の隣に立っていた背の高い女が興味津々の様子で訊ねた。

 ほかの女たちの視線も強く向く。

 どうやら、この五人はここで、陳達の絶倫についての噂話をしていたのだろう。

 陳女は嘆息した。

 

「わたしの夫がどのくらい性欲が強いかを知りたいのね?」

 

 陳女は言った。

 すると采女が声をあげて笑った。

 

「……その噂をしていたのさ。あれだけの鼻だもの──。さぞや強いだろうってね。ほらっ……。鼻の大きい男は、あれも強いって言うから、その噂は本当だろうかと思ってね」

 

 そうやって人の亭主のこと下世話な噂話の俎板に載せて笑っていたようだ。

 陳女はちょっと腹が立ってきた。

 

「強いと思いますよ……。おそらく、皆さまの旦那様よりも、ずっと強いと思います」

 

 陳女は言った。

 

「へえ……」

 

 ひとりが言った。

 

「やっぱり毎晩相手するのかい……?」

 

 別の女が言った。

 

「毎晩抱いてもらっています……。しかも、わたしが気絶するまで……」

 

「気絶?」

 

 采女が驚いたような声をあげた。

 

「ええ、わたしが気絶するまで抱いてくれます。しかも、毎晩です……。さっき、浮気とおっしゃいましたが、正直に申せば、わたしは夫が浮気をしても怒らないような気がします。それでわたしを捨てるというようなことではない限り、わたしひとりでは、あの夫の性欲の相手はつらいのです……。あの宝玄仙さんはお綺麗だったでしょう? その供の方も……。そういう女がみんな虜になるのが夫の陳達なのです。だから、あまり夫をからかうような物言いはやめてください」

 

 陳女はきっぱりと言った。

 そして、呆気にとられる女たちを置いて陳女はその場から立ち去った。

 

「気絶するまで……毎晩……」

 

 誰かがぽつりとつぶやく声が背中から聞こえた気がした。

 

 

 *

 

 

「幽霊だと?」

 

 陳達は言った。

 すっかりと夜も更けて、陳女は陳達とともに寝具の上にいた。

 ほかの長屋はすっかりと寝静まった頃だと思う。

 だが、陳達と陳女の夜はまだ終わらない。

 むしろこれから始まるのだ。

 

「ここに暮らして半年だが、幽霊話など知らないなあ」

 

 陳達は言った。

 もっとも、陳女はそれどころじゃない。

 陳女は全裸のまま、やはり全裸で胡坐をかいた陳達の上に抱かれていた。

 両腕は首の後ろで手を組むように縛られており、その裸身を陳達は触り続けている。

 

「あ、ああ……。そ、そう……なんですか……。でも、前にな、なにか……、じ、事件とか……、あ、あの部屋であったとか……? ああ……」

 

 陳女は言った。

 陳達がやっているのは、もうすっかりと濡れている陳女の花弁を指でゆっくりと弄るということだ。

 しかも、肉芽には故意に触れずに、女陰にも指を入れずに、ただ焦らすように外側の襞だけを弄っている。

 それをずっと続けている。

 

 それがもどかしく、陳女はもっと強い刺激が欲しくて、身体が疼いていた。

 だが、それを知っていて陳達は、それ以上の刺激を与えてくれない。

 陳女の身体はこれ以上ないという程に燃えあがっている。

 

「俺の知る限り、あの部屋は何年間も空き家だったはずだぞ。そう大家が言っていたのを覚えている」

 

 陳達は言った。

 

「で、でも、洛葉さんは……あはあっ──」

 

「どうしたんだ、陳女?」

 

 自分を見下ろしている陳達の顔が笑っている。

 本当に意地が悪い。

 陳女の身体を刺激して火をつけておきながら、後は半端な刺激しか与えずにしばらくいたぶるつもりだろう。

 わかっているが、陳女にはもう我慢できない。

 自分の鼻から荒い息が洩れている。

 陳女の顔が淫欲に飢えて欲情したようになっているのは間違いない。

 

 普段はとても真面目で優しいのだが、性愛のときは人が変わったように、嗜虐的な抱き方をする。

 陳女も、どんなに焦らされても、拘束された身体ではどうすることもできず、ただこうやって拗ねた口調で甘えて、陳達の慈悲にすがるしかない。

 

「そ、それだけじゃあ、嫌です……あなた……」

 

 相変わらず、陳女の女陰の縁ばかりを責める手管は変わらない。

 陳女は自然に腰を動かして自ら求めるように腰を陳達の指に押しつけてしまう。

 しかし、陳達の指はからかうようにすっと逃げた。

 陳女は鼻を鳴らして悶えた。

 

「話が先だ。それで幽霊はいつ出るんだ?」

 

 陳達は言った。

 

「そ、それから……、あ、後で……ご、護符を届けた……ときに、……聞いたのですが……あ、明け方近くが多いとか……」

 

「明け方? 随分と早起きの幽霊だな。それとも、寝坊なのか? 幽霊といえば、真夜中じゃないか──?」

 

「そ、そうですけど……あ、明け方に出るんだそうです……。それで、“出て行け、出て行け”と……あはあっ……」

 

 衝撃が走り、陳女は全身を仰け反らせた。

 陳達の指が女陰だけじゃなくて、肛門の周りにも動いたのだ。

 もっとも、相変わらずに弱い刺激しか与えてもらえない。

 

 陳女は、自分の身体がこれ程に反応していることに驚いていた。

 確かに、結界牢の二年間は毎日のように男囚と性交をする日々だった。

 しかし、いまの陳女ほど淫乱な身体ではなかった。

 おそらく、この家にやってきて、陳達に毎晩のように抱かれ続けているうちにこうなったのだ。

 毎夜続く激しい性愛が、陳女を火をつけさえすれば身体が疼いて我慢できないような身体にしたのだと思う。

 

「それが毎日なのか……?」

 

「そ、そう……みたい……です。こ、このところ……。十日ばかり……ああ……」

 

「なるほどな」

 

 陳達は唸って、なにか思念に耽るような表情になった。

 もっとも、陳女の股間を動く指だけはとまらない。

 相変わらずもどかしい刺激しか与えずに、陳女を翻弄している。

 

「だけど、なんで、幽霊が“出て行け”なんだ? 幽霊なら“恨めしや”じゃないのか?」

 

「わ、わからない……わよ……。そ、それより、も、もう……」

 

「おかしな幽霊だな。一度、会ってみるか?」

 

 陳達は笑った。

 

「あ、会う……の……?」

 

「ああ──。じゃあ、そうと決まったら、それまで時間潰しとするかな──」

 

 陳達はそう言って陳女を膝から降ろすと、陳女をうつ伏せにして尻を高くあげるような姿勢にした。

 両手を首の後ろに縛められているために、陳女は寝具につけた頭をあげることができない。

 背後にいる陳達に尻を高く突き出してさらけ出すような姿勢だ。

 その陳女の腰を背後から陳達が値踏みするように眺めている。

 部屋には小さな燭台の光があるだけだが、陳達はその燭台に手を伸ばすと、陳女の股間がよく見える位置に光りを移動させた。

 

「ああ、意地悪……」

 

 陳女は恥ずかしさで腰を振る。

 

「後ろから見るお前の女陰はべっとりと濡れているぞ、陳女。こんなにびっしょりだとはいやらしい奥さんだ」

 

 陳達がからかった。

 しかし、それよりも陳女には、少し気になることがあった。

 

「と、ところで、あ、あなた……いま、明け方まで時間を潰すと言いました……?」

 

 まさかそれは朝までやるという意味なのだろうか。

 

「言ったな……」

 

 陳達が言った。

 そして、すっと陳達が動いた感じがあった。

 次の瞬間、後ろから女陰と肛門がぺろぺろと舌で舐められ始めた。

 

「んん……そ、そこは……あはあっ……」

 

 強い衝撃を感じて陳女は大きな声をあげた。

 しかし、陳達はしっかりと陳女の腰を持って離してくれない。

 すぼめた陳達の舌が女陰と肛門を交互に突く。

 

「くうっ……いやっ、はっ……はあっ……はあっ……んんんんっ……」

 

 陳女の口からは快楽に喘ぐ雌そのものの甲高い声が迸る。

 

「陳女、どっちをして欲しい……? 女陰か、お尻か……? 好きな方を最初にやってやるぞ」

 

 一度、陳女の股間から口を離した陳達がそう言い、また、女陰と肛門のそれぞれを交互に舌で交互に刺激する。

 そして、今度は指を伸ばして肉芽も弄る。

 そうやってしばらく、陳達は舌で陳女の股間を舐めて陳女を翻弄し続けた。

 

 やがて、また、刺激を指に変えて、秘所と肛門を指の関節ひとつ分だけ挿入しては出すということを繰り返した。

 陳女はなにも喋ることが言えずに、ただ喘ぐだけでいた。

 

「どっちからなんだ、すけべえな奥さん?」

 

 陳達がそう言って、ゆっくりと指だけを動かし続ける。

 もうそれ以上の焦らしには陳女も我慢できなくなってきた。

 

「お、お尻は……、あ、洗ってあります……、あなた」

 

 陳女はそれだけを言った。

 後ろでくすりと陳達が笑う声がした。

 

「わ、笑わないでください……。あ、あなたが、こんな身体にしたんです……」

 

 陳女は恨みを込めて言った。

 この二箇月、陳達が繰り返しお尻を調教したのだ。

 お尻で陳達の男根を受け入れるようにするだけではなく、丸一日霊具を肛門に入れられて放置されたりして性感を開発された。

 さすがに結界牢では尻ではあまり性愛をすることはなかったから、陳女にとって肛姦はほとんど未知の快感だ。

 もっとも、女のお尻を犯す性愛を陳達に教えたのは、あの宝玄仙たちのようだ。

 いずれにしても、お尻で性交したいなんて恥ずかしいことは、もう陳達にしか言えない。

 その陳女のおかしな性癖に応じてくれる陳達は、それだけでも大切な人生の伴侶だ。

 

「笑うつもりはないよ、陳女……。俺の変態趣味につきあってくれる大切な奥さんだからね」

 

 陳達が怒張の先端を陳女の肛門にあてた。

 ゆっくりと入ってくる。

 陳女は息を吐いた。

 途方もない快感が襲い陳女は吠えるような声をあげていた。

 そのとき、不意に隣の家からどんと音がした。

 陳女は一瞬どきりとした。

 

「我が家の幽霊だな……。周達との約束を忘れていた……。陳女、寝具を噛んでくれ──」

 

 陳達が苦笑いするような声がした。

 そう言えば、夜の声がうるさいから、隣で暮らしている陳達の友人の周達と、少しは陳女を静かにさせると約束したとか言っていたのを陳女は思い出した。

 陳達が一度挿れかけていたものを抜いて、陳女の口に寝具の端を咥えさせた。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 陳達が言った。

 再び肛門に陳達の物が入ってきた。

 陳女は目もくらむような快感に全身を仰け反らせて、寝具を噛んだまま、力の限り吠えたてた。



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430 淫らな見張り

「あんっ……、そ、そんな悪戯したら駄目です……」

 

 陳女(ちんじょ)が身体をくねらせて小声で訴えた。

 もっとも、その口調は拒絶というよりは甘えという感じだ。

 陳達(ちんたつ)は、構わず洛葉の玄関のすぐそばの陰で、陳女を背後から引き寄せて下袍の中に手を入れて尻を擦った。

 下袍の下の陳女の股間はなにも帯びていない素肌だ。

 陳達はその柔らかい陳女のお尻の感触を手のひらで愉しみながら、戸の向こうの洛葉の部屋の様子に耳を傾けた。

 

 もうすぐ夜が明ける──。

 ふたりで長屋の隅にある洛葉の家を外から見張っていた。

 

 年寄りのひとり暮らしである洛葉(らくよう)の家は、三棟並ぶこの長屋のもっとも通り沿いにある。

 長屋のそれぞれの家はすべて胸の高さほどの木の垣根に囲まれているが、陳達と陳女は、洛葉の家の玄関のすぐそばの垣根に右半身を身体を預けるようにしていた。

 洛葉がこの十日ばかり毎夜必ず家に出現するという幽霊の正体を確かめるためだ。

 

 洛葉は、一年ほど前から、大家がこの長屋の一軒を住まわせて世話をしている老婦であり、大家がかつて大恩を受けた男の未亡人らしい。

 陳達もまたこの身寄りのない老婦の暮らしの足しになればと思い、商売である古着の加工の縫物仕事を回している。

 それで、その内職仕事の受け渡しをこの陳女にやらせていたのだが、そのときに陳女は洛葉から、この十日連続で出るという幽霊について相談を受けたらしい。

 

 それを受け、洛葉には断わりを入れなかったが、とりあえず幽霊が出るという明け方近い時間に洛葉の家を外から見張ってみることにしたのだ。

 毎日出るということであるから、ここで見張っていればなにかわかるかもしれない。

 壁の薄い長屋のことだし、外からでも中で異変があればわかるだろうと思ったし、わからなければ、明日の夜、今度は洛葉に断わって今度は家の中で一緒にすごしてみるつもりだ。

 

 しかし、明け方に近いとはいえ、まだ真っ暗闇の夜だ。通りを歩く者もおらず、辺りはしんと静まりかえっている。

 それで、ただ待つのも手持ちぶたさになり、なんとなく陳達は、半分悪戯気分で、陳女の背後から陳女の身体を自分に引き寄せると、陳女の下袍を捲ってその中に手を入れてみたのだ。

 

 こんな破廉恥なことをして怒るのかと思えば、陳女は羞恥に身体をくねらせながらも、陳達のやりやすいように身体を陳達に預けてくる。

 数刻前までこの陳女の身体をいたぶっていて、陳達には、まだ、そのときの欲情の余韻があった。

 それで、身支度をする陳女から下着をとりあげ、上衣と下袍だけを身につけさせて、外に連れて来たのだ。

 陳女は、陳達の破廉恥な要求に困ったような表情になりながらも、逆らうことなくそれに応じくれた。

 

「声を出すんじゃない……。幽霊が出てもわからないじゃないか、陳女」

 

 陳達は笑って、背後から陳女の耳元にささやく。

 

「だ、だって……」

 

 耳に声をささやかれた陳女が、くすぐったそうに顔を背けた。

 陳達はなんだか、そんな陳女の仕草がかわいくなり、下袍の中で尻たぶの感触を味わっていた指を双臀の亀裂に添ってすっとなでおろした。

 陳女が甘い息と噛み殺したような小さな声を吐きながら、くねくねと身体を崩れ落としかけた。その陳女を陳達ががっしりと抱きとめる。

 

「も、もう……、こ、こんなところで、い、悪戯は……」

 

 陳女の荒い息遣いとともに、顔をこっちに向けかけた。

 しかし、陳達はその動きを邪魔するように、指をお尻の亀裂から、ぐっと陳女の股間側に伸ばす。

 

「あっ……」

 

 陳女が小さな息を吐いて、上半身を前に倒しかけた。だが、すぐに態勢を立て直して身体を起こす。

 それをまた陳達が股間を弄くって悶えさせる。その快感に負けて、また陳女が身体をくねらせる。

 そんなことを続けた。

 

「こ、ここに……な、なにしに……来た……、ああ、んっ、ですか……? あっ……、もう……、困った、人ですね……ふんっ……」

 

 なんだか幽霊の見張りというよりは、夫婦で夜の屋外で密かな淫行に耽っているようなことになったが、まあ、それもいいだろう……。

 洛葉の相談を解決してくれと、面と向かって頼まれたわけではない。

 こうやって、見張っているのはまったくのお節介だ。

 なにも見つけることができなくても、それはそれでいいのだ。

 

 それよりも、陳達は、外でこうやって陳女と淫靡な行為をするのがこんなに興奮するものだとは思わなかった。

 陳達の一物は、またすっかりと元気になり、下袴の中で大きく膨らんでいる。

 それを陳女の下袴の布越しに擦りつけるように、陳女のお尻に密着させる。

 すると陳女の身体のくねりがますます大きくなり、息遣いも荒くなっていく。

 

 こんなに幸せでいいのだろうか……。

 陳達は夜闇に隠れて陳女をいたぶりながら、改めてそう思った。

 

 陳女……、つまり長女金は、自分には過ぎた女房だと思う。

 彼女は、元は国都で国軍の女将校をしていたほどの優秀な女であり、しかも、大変な美人だ。

 それだけじゃなく、本当に心の優しい善人でもある。

 困っている者があれば放っておけず、今日のことでも、ひとり暮らしの老人である洛葉から、幽霊が出て困っていると言われれば、頼まれてもいないのになんとかしてやることはできないかと陳達に相談してきた。

 そういう素直なお人よしのところは、本当にいい女だと思う。

 そして、なによりも素晴らしいのは、これだけの女でありながら、陳達の性的欲求には、どんなことでも応じてくれるところだ。

 

 どんなことでもだ──。

 

 いまも、夜とはいえ、こうやって普段の生活をする長屋の外で淫靡な行為を仕掛けても、困った仕草はしても決して拒否はしない。

 陳達の変態行為は困ったことだが、夫である陳達がやりたいのであれば、まあ、受け入れてもいい……。

 そんな感じだ──。

 

 その包容力と受動力には感嘆してしまう。

 こんなに幸せでいいのか……。

 

 どこかで、強烈なしっぺ返しがあるのではないか……。

 そんな恐怖を陳女に悪戯しながら思ったりする。この恐怖が陳達の行為をさらに過激な方向に導く。

 それはわかってはいるのだが、そういう自分を陳達はとめられないでいた……。

 

 いままでの詰まらない半生を取り戻すかのように、陳達は毎日陳女と淫らな行為に耽っていた……。

 生まれたときから、陳達は人並み外れて大きくて醜い鼻をしていた。

 その醜い鼻という劣等感が、陳達に、どちらかと言えば引っ込み思案で、人との関わりを避けるような半生を送らせてきた。

 国都でもある程度成功した商売人となり、蓄えもできたが、陳達には友人もいなければ、心を許す女どころか身体を許してくれる娼婦さえいなかった。

 陳達の劣等感はどんどん根深いものになっていった。

 悶々としていじけた人生を送っていた……。

 

 それが一変したのが、あの沙那たちや宝玄仙たちとの関わりだ。

 彼女たち四人は、義憤から縁も所縁もない長女金を結界牢から救い出すために行動したのだが、そのため国軍の追及を受ける羽目になり、女主人の宝玄仙が捕えられて、その供の三人も逃げ場を失いかけ、偶然に山道で出遭った陳達に救いを求めた。

 それが転機だった。

 

 このときなぜか陳達は、彼女たちを助けたいという気になった。

 それで、陳達が想像もしなかった美女たちと身体の関係を持つことになるとともに、彼女たちの活動に協力した。

 国軍に捕らえられた宝玄仙を助けようとする彼女たちのために、国都の中にある自分の家を彼女たちの拠点として提供し、陳達も軍に入って密偵まがいのことをして情報を集め、必要な物資を提供したりした。

 その結果、見事に彼女たちは宝玄仙を救出することに成功した。

 だが、彼女たちに陳達が協力したことがいずれ発覚するおそれがあり、陳達も財を処分して国都を脱することになった。

 

 その代償は、救出した宝玄仙をはじめとする美女四人とのさらになる十日間の淫行であり、その十日で陳達はありとあらゆる性愛を体験した。

 その中で陳達が発見したのは、自分に備わる隠れた性癖だった。

 つまり、陳達は、自分がまともな性行為そのものではなく、どちらかといえば異常で嗜虐的な性行為で激しい興奮をするということを知ったのだ。

 

 拘束した相手を弄ぶ……。

 

 排泄器官であるはずの肛門を性交の場所として使う……。

 

 相手が嫌がることや恥ずかしいことを強要して羞恥に悶えさせる……。

 

 そういうことをすると異常に陳達は興奮した。

 そして、あの十日間、それらのすべてに彼女たちも応じてくれた。

 夢のような十日間だった。

 一生分の女運をここで使い果たしたと思った。

 

 それから宝玄仙たちと別れて、知り合いを頼ってこの城郭にやってきた。それがこの長屋の大家だ。

 その大家の世話で長屋の一軒を借り、売りに出していた小さな店を買い取って古着屋を開いた。

 国都でも流行った陳達の古着屋は、ここでもあっという間に繁盛し、ここで生計を立てる目途もつけることができた。

 新しい陳達の人生が始まった。

 

 相変わらず女には縁はなかったが、それはもうよかった。

 彼女たちとすごした日々がある。

 もう、いじける必要はないのだ。

 どんな男でも羨むような時間を自分はすごしたのだと思えば、他人に嫉妬することがなくなった。

 人と関わるのが嫌で家に引っ込むということもなくなった。

 大きな鼻をからかわれても怒るということもなくなった。

 陳達は生まれ変わったつもりで、ここで新しい人生を始めることにした。

 

 内に籠るのではなく、外に眼を向けるのだ。

 人と積極的に関わり、友人を作り、そして、困っている者があれば自分のできることはやってあげることにした。

 あの宝玄仙たちが、自分たちの得にもならないのに、長女金を助けようとしたように……。

 

 そうすると驚いたことにすべてが変わった。

 陳達に対する他人の接し方が変わったのだ。

 国都では、陳達を馬鹿にしているとしか思えなかった、陳達の鼻へのからかいも、実は親しみのこもった気持ちからのものだとわかった。

 友達もたくさんできた。

 世間を疎ましく感じていた自分はなくなり、それだけではなく、なぜか自分に自信を持てるようになった。

 あんなに嫌いだった自分の大きな鼻も自分の個性のひとつとして愛着を持てるようになったのだ。

 

 自分は変わった。

 本当にそう思う……。

 国都を出て、ここに来てよかった。

 そう思った。

 

 そして、半年──。

 また、陳達の人生を一変することがやってきた。

 宝玄仙たちが、新しい土地で暮らす陳達を訪ねてきて、しかも、長女金を嫁にしろといって連れて来たのだ。

 長女金は、国都でも有名な女性だった。

 若いが善良で優秀な女将校として国都の住人に慕われていただけではなく、美人将校としても知られていた。

 不当な判決で二年間も晒し者のようにされていたが、それが長女金の価値を少しも落とすとは陳達は思っていなかった。

 もちろん、自分のような醜男が長女金を嫁にできるなどとは思いもしかなかった。

 その長女金が陳達の嫁になってもいいという……。

 

 冗談かと思ったら、宝玄仙も長女金も本気だった。

 長女金の告白も聞いた。

 結界牢では、数限りない男囚と関係をしたと言った。

 自分は汚れた女だと言っていたが、陳達はなんのことかわからなかった。

 長女金があの結界牢の中で、死んでいく男囚を自分の身体で慰めたいと思って接していたということは、宝玄仙たちから教えられていたし、むしろ誇らしいと思っていた。

 そう言うと、長女金はなぜか涙を流した。

 

 そして、再び十日ほど、あの狭い家で宝玄仙たちとまたすごし、彼女たちは去ったが、長女金は陳達の嫁として残った。

 さすがに長女金という名のままではまずいので“陳女”と名乗らせた。

 こうやって、陳女は陳達の嫁になった。

 

「もう、我慢できなくなった、陳女」

 

 思念に耽りながら、下袍の中の陳女の無防備な股間に触れているうちに、陳達の欲情は頂点になった。

 陳達は下袴の外に膨れあがった怒張を出してむき出しにした。

 そして、背後からめくりあげている下袍の下に怒張を差し込むと、陳女の尻たぶを開いてぐいと肛門を開いて先端を押しつけた。

 

「な、なにを──」

 

 陳女がびくりとして身体を竦ませるのがわかった。

 こんな場所で、陳達の男根が自分の双臀に割り込もうとしていることに気がついた陳女は、さすがに後ろからでもわかるくらいに全身を真っ赤にした。

 そして、瞬間的に、身体をねじってそれから逃れるように動いた。

 だが、すぐに力を抜いて態勢を戻す。

 

 受け入れてくれる気になったようだ。

 陳達はその身体をしっかりと背後から抱え込んで腰を掴む。

 さらに身体を前倒しにして、陳女に陳達の男根を受け入れやすい態勢をとらせる

 

「こ、こんなところで……。だ、駄目……ですよ……。か、感じちゃい……ます……。ああっ……だ、駄目……あんっ……」

 

 口では嫌がるが、陳女の身体は陳達の男根を肛門で受け入れるように動いてくれる。

 

「あっ、はっ……、あ、あなた──」

 

 陳女の息遣いが激しくなる。

 陳達は緊張で硬直している陳女の肛門にゆっくりと男根を埋めていった。

 意図的なものなのか、それともそれが本心なのかわからないが、陳女には野外における肛姦を完全に受けれているわけではなく、心の底では嫌がっているが、耐えてこの破廉恥な行為を受け入れているのだという気配を醸し出している。

 それがいい……。

 

 そんな取り乱した感じの陳女の反応は、実に激しく陳達を興奮させ、欲情を呷る。

 陳達は一気に押し出た。

 陳女は全身を小刻みに震わせながら、横の長屋の垣根に手を置いて身体を支えるように手を伸ばした。

 

 そのとき、ふと誰かの話し声が聞こえたような気がした。

 陳女の肛門が緊張と動揺でぎゅっと締まった。

 

「おう、これは……」

 

 陳達はその締めつけの強さに顔をしかめた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい……。だ、だって……」

 

 陳女が狼狽えた様子でささやいた。

 しかし、その締めつけは緩まない。

 まだ、陳女の緊張は続いているのだ。

 だが、陳達には、その声が、洛葉の部屋ではなく隣の家からだとわかった。

 

「……洛葉さんの隣は確か居酒屋に務める若い娘じゃなかったかな……?」

 

 陳達は陳女にささやいた。

 確か、いつも派手な服装をしている若い娘だ。

 酒場の女であり、夜通し働いて朝方戻り、昼すぎまで寝ているという生活をしているはずだ。

 結構美人だが、その分男関係も派手だと男仲間が噂しているのを耳にしたこともある。

 陳達の飲み友達である周達も、何度かその娘が働いている酒場に通い、いい寄ったりしていたはずだ。

 もっとも、いいようにあしらわれて相手にしてもらえなかったとも言っていた。

 もしかしたら、噂とは違って堅い娘なのかもしれないと周達が愚痴をこぼしていたのも覚えている。

 

「か、花凛(かりん)さんよ。も、もう、戻っているのかしら……。と、ところで、ね、ねえ、抜いて……」

 

 陳女が拗ねたような声で言った。

 

「どうしようかな……?」

 

 陳達はわざと陳女の肛門に突き刺さっている一物を上下に強く動かした。

 

「んんっ──」

 

 陳女が大きな息を吐くとともに、膝をぐらりとさせた。

 

「感じるのか、奥さん?」

 

「も、もう、意地悪……、あんっ……」

 

 陳女が諦めたようにぐったりと身体を陳達に預けた。

 陳達は本格的に肛門に挿さった怒張を動かそうとした……。

 陳女がそれを受け入れるように身体を動かした。

 

 “出て行け……。すぐにここを出て行け……”

 

 そのとき、そうはっきりと告げる女の声が洛葉の家から聞こえた。

 

「あ、あなた──」

 

 陳女が汗にまみれた顔を陳達に向けた。

 

「ああっ」

 

 陳達は頷いた。

 遊びの時間は終わりだ。

 陳女の双臀に入っていたものを一気に引き抜く。

 

「あはうっ」

 

 抜いた途端に陳女ががっくりと膝を落とした。

 慌てて陳達は陳女の腰を掴んで支えた。

 

「も、もう、本当に意地悪ですね、あなた……」

 

 陳女が拗ねたような表情で陳達に微笑んだ。

 そして、衣類を直しながら洛葉の家の玄関に向かうと、そっと戸に触れた。

 

「鍵はかかってないみたいです……」

 

 陳女が振り返った。

 陳達は黙って頷くと、陳女が静かに戸を開けてすっと中に入っていく。

 陳達もすぐについていこうと思ったが、ふと眼の端に誰かが動く気配を感じた気がした。

 洛葉の家が含まれるこの棟の端だ。

 建物の端の物陰で誰かが動いたと思った。

 

「そっちは頼む、陳女」

 

 陳達はそう言うと、返事を待たずにその人影に向かって歩いていった。

 もうすぐ明るくなってもいい時間だが、まだ暗い。

 陳達は長屋の垣根沿いに歩いて、人がいたと思った路地を覗いた。

 だが、誰もいない。

 

「気のせいか……」

 

 陳達はひとり言を呟くと、身体を反転して陳女が入った洛葉の家の前に戻ろうとした。

 そして、路地から出た瞬間に、いきなり背後から後ろ髪をがっと握られた。

 

「動くんじゃねえよ、色男──」

 

 どすの利いた声が背後から浴びせられた。

 

「なっ」

 

「声を出すな。ぴくりとも動くんじゃねえ。次は警告しねえぞ──。ぶっすりといくからな」

 

 鼻の下にすっとなにかが置かれた。

 それが短剣の刃だとわかり、陳達はぞっとした。

 

「これは警告だ……。あの洛葉という女に関わるな、色男。お前らに関係のない女だだろう」

 

 後ろから陳達の髪を掴んで陳達の顔に短剣をかざしている男が言った。

 

「だ、誰だ、お前……?」

 

 陳達は懸命に息を整えながら言った。

 顔の前の短剣はまったく動かない。

 陳達は自分の背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「誰でもいい。洛葉に関わるな……。次はなにも言わずに、背中に刃を突きたてるぜ」

 

 男はそう言って、すっと刃を陳達の下半身におろす。

 

「……それにしても、いいことしてたじゃねえか。あんな美人の嫁さんといちゃいちゃとは羨ましいぜ」

 

 背後の男が鼻で笑った気がした。

 次の瞬間、短剣の刃がさっと動いた。

 

「あっ」

 

 陳達は叫んだ。下袴の腰紐ごと横の部分が切断された。

 すると、いきなり髪を掴んでいた手が離れて、こめかみを思い切り打たれた。

 一瞬で視界がなくなり身体が動かなくなる。

 

「騒ぐなと言ったろう。聞き分けのない男だな」

 

 痛みで屈んだ髪を再び後ろから引っ張られて身体を起こされる。

 同時に短剣がさっと動いて反対側の下袴の横も切断される。

 下袴が足首まで垂れ落ちた。

 さらに、一気に下着を膝まで降ろされる。

 下半身を剥き出しにされて、一瞬だけ抵抗しようとしたが、短剣の刃が一物の下に置かれて、陳達は動くことができなくなった。

 

「これは警告だ。わかったな──。お前のあんな変態趣味にも応じてくれる可愛い女房にも言っておけ……。余計なことに関わるなとな……。さもなければ、このお前のこれが入っていたあの女の穴に短剣をぶっ挿すぞ」

 

 男はそう言うと、短剣の刃の腹で陳達の一物をぴしゃぴしゃと叩いた。

 そして、短剣がすっと股間からなくなり、髪を持つ手も離れた。

 そのとき、少し離れている洛葉の家の玄関から陳女が顔を出した。

 

「あ、あなた──?」

 

 陳女が声をあげるとともに、闇の中だがさっと陳女の顔が赤らむのがわかった。

 

「なにをしているんです? ふふ、またなにかの悪ふざけですか……? 幽霊は消えてしまいました。洛葉さんも目を覚ましたみたいで、どうぞ中にと呼んでいますよ。もう、それはしまって頂けませんか?」

 

 陳女がはにかんだような笑みを浮かべると、こっちに駆け寄ってくる。

 

「ば、馬鹿、陳女──。俺の後ろだ──」

 

 陳達は無防備にやって来る陳女に警告の悲鳴をあげた。

 

「後ろ?」

 

 陳女は陳達の血相に思わず立ちどまったが、わけがわからない様子で首を傾げた。

 陳達は慌てて背後を見た。

 そこには誰もいなかった。

 

「どうかしたのですか、あなた?」

 

 陳女も陳達のただならぬ気配に顔を曇らせている。

 

「と、とりあえず、俺の息子も無事だったようだな」

 

 陳達はどっと流れる汗を感じながら、下着と下袴をあげるために身体を屈めた。



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431 幽霊長屋の秘密

「行くわよ、あんた……。あの婆さんは、昼間のうちに鼻殿のところの夫婦が大屋の家に連れていったわよ……。それにしても、あんたが余計なことをするから、大変じゃないのよ」

 

 花凛(かりん)は言った。

 まだ、夜中といっていい時間だ。

 ここは花凛の家であり、そこに王奇という若い男と一緒にいる。

 同じ長屋の棟の隣の家で暮らす洛葉という老婦の家に忍び込むためだ。

 

 この十日ばかり、幽霊のふりをして洛葉を家から追い出そうとしたのだが、やっとのこと出て行ってくれた。

 ひとり暮らしの老婦の留守中の家に忍び込むことくらい、簡単な仕事と思っていたのだが、これ程に面倒なことになるとは思わなかった。

 なにしろ、あの洛葉(らくよう)という老婦は、まるでこの家に根が生えたように動くことがないのだ。

 生活に必要な物は長屋のお節介な連中が、どんどん運んでくるし、仕事だって家でやる仕事だ。

 基本的に一日中、家にいても困ることがないようだ。

 事実、花凛が十日間見張っていた限りにおいては、洛葉は一度も外に出ていない。

 

「結果的にうまくいったじゃねえかよ、花凛。お前の策じゃあ、一箇月あったってあの婆さんは家からどきそうになかったじゃねえか」

 

 王奇(おうき)は笑った。

 

「冗談じゃないわよ。あんたが鼻殿を短剣で脅かしたりするから、いま、長屋中大変な騒ぎなのよ。あたいだって、本当にお節介な長屋の連中が、ひっきりなしにやって来ては、物騒な男がうろうろしているようだから、あの婆さんと一緒にとりあえず大家のところで寝泊まりした方がいいとか言われて大変だったんだから……」

 

「大変って……」

 

「とにかく、あたいが、どうしても仕事があって、夜中に家に戻るから駄目だと説明したら、女がひとりで夜道を歩くのは物騒だから、交替で送り迎えをするとかいう話にまでなりかけたのよ──。本当にこの長屋のお節介な連中には呆れるわよね。いまさら娘の夜道のひとり歩きは危ないとか言われても、こっちはもう数年も同じことをしているっていうのよ」

 

 花凛は吐き捨てた。

 すると王奇が声をあげて笑った。

 

「お前が暴漢に襲われるようなたまかよ……。ところで、それであの婆さんは、どこに行ったんだい、花凛?」

 

「だから、大家のところよ……。あんた、鼻殿を脅して、隣の婆さんには近づくなって、言ったんでしょう? 逆効果よ。あの鼻夫婦は、怖がるどころか本格的に婆さんに関わってきているわ。あの婆さんの命が狙われていると思い込んでいるのよ。それに長屋の連中も加わって、みんなで交替であの婆さんの護衛をしたりしてるんだから」

 

「まあ、いいじゃねえか。結果的には目的を果たしたんだ。俺たちの目的は、あの婆さんを隣の家から追い出すことだった。お前が幽霊の真似をしても、動く気配はなかったが、俺がちょいと刃物で脅したら、出て行ったじゃねえかよ──。こうなるとわかっていたら、さっさとこうすればよかったぜ。お前が、自分が幽霊の真似をして脅かせば、すぐに出て行くと言ったから任せていたんだが、埒が明かなかったじゃねえか」

 

「う、うるさいわねえ──。もう少しだったのよ。それに、あんた鼻殿に可哀そうなことしたんでしょう? あの鼻殿は、あれで結構いい人なのよ。あの婆さんに頼んでいる内職仕事だって、別にあの鼻殿の商売からすれば必要のないものなのよ。それを婆さんのためにわざわざ仕事を回しているんだから……。ほかにも、長屋で困っている者にはこっそりと手を回して助けたりしているわ。いい人なのよ」

 

 花凛は言った。

 

「へっ──。俺という男がありながら、あの醜男に惚れたのか、花凛? だけどやめておけよ。あの鼻は女房のべた惚れだぜ。それは見てればわかったがな」

 

「な、なにが、あんたがあたいの男なのよ。ちょっとばかり、身体を許したからって、あんたをあたいの男と認めたわけじゃないわ。あんたとは、この仕事きりの仲よ──。これが終われば、見つけた財を分けてそれで終わり……。いまだから言うけど、あんたの性技は大したことはなかったよ」

 

「へっ、ぬかしやがったな、淫乱女が──。まあいいや。俺としてもつきまとわれても迷惑だ。お前がちゃんとわきまえているならそれでいい……。俺たちはこの仕事きりの仲だ。そういうことでいいんだな」

 

「そういうことよ──。あんたは隠し財についての情報を提供する。あたいは、たまたま、その隠し場所の隣に住んでいた自分の家を提供する。それでいいんでしょう?」

 

「まあな……。さて、そろそろ忍び込もうぜ。お宝をさっそく拝むとしようか。俺の情報が正しければ、隣の家の床下にたんまりの金板が隠されているはずなんだ」

 

 王奇は立ちあがった。

 花凛は隣の洛葉の家と自分の家を隔てている木の板壁に張りついた。

 そして、下側につけてある細い木の棒を横に外す。

 これで木の板壁の二枚が外れるのだ。この仕掛けは、王奇から今回の話を持ちかけられてから作った。

 それで怪しまれずに隣の家に忍び込めるということだ。

 

 王奇と出遭ったのは一箇月ほど前だ。

 花凛が働いている居酒屋にやってきた客のひとりで、最初の一日目ですぐに花凛を口説いてきた。

 最初は相手にするつもりはなかったが、儲け話になる情報があると言われて、ついその気になったのだ。

 王奇が持ってきた話は、その日の仕事開けに、この家でやった性交の後の寝物語として聞いた。

 それはびっくりするような話だった。

 

 いまから五年前──。

 この城郭である盗賊の一味が派手に活動したことがあったらしい。

 結局、彼らはすべて捕らえられたのだが、彼らが一網打尽にされる直前に、行政府の倉庫から盗んだ金板をどうしても持って逃げることができず、たまたま、この長屋の付近を逃げていて、当時、空き家だった隣の家の床下にこっそりとその金板の束を埋めたというのだ。

 そして、それからすぐにその盗賊団はすべて捕えられてしまい、財を回収しようとする者はいなくなった。

 さらに、盗賊団は全員が処刑されてしまったので、その財はいまでもそのまま、隣の家の床下にあるはずだというのだ。

 

 王奇は小さな罪で城郭の兵牢に入れられたとき、その秘密をまだ生きているうちの盗賊団のひとりに聞いたという男と出遭って、その話を知ったようだ。

 王奇の罪は軽かったので、すぐに釈放されたが、王奇にそれを教えた男は遠くに流刑となったらしい。

 それで王奇は、その男が流刑で戻らないうちに、その財を横取りしてしまおうと考えたのだ。

 

 王奇はその場所がこの長屋であるというのはすぐにつきとめたようだ。しかし、問題があった。

 それは、その盗賊団が財を隠した家がもう空き家でなく、洛葉という老母が住んでいるということだ。

 王奇としては、できればこっそりと財を奪いたいのだ。

 騒ぎを起こして、王奇が財を奪ったことが、流刑中の男やその仲間に知られれば王奇の命が危ない。

 

 それで、どうしたものかと悩んでいるうちに、洛葉の家の隣に花凛が暮らしているということをつきとめ、財の取り分を渡すという約束と引き換えに、花凛と接触したというわけだ。

 花凛としては、寝耳に水のおいしい話だが断る理由はない。

 また、王奇としても、洛葉の家に無理矢理に押し入って財を奪っては、この話を知っている流刑になった男やその仲間が、王奇が財を横取りしたことを知ってしまうであろうから、それを防ぐために花凛の家からこっそりと忍び込んで財を回収したいということだ。

 ふたりは協力し合うことを約束した。

 

 ただ、困ったのは、いくら待っても、あのひとり暮らしの洛葉が、少しも家を出て行かないことだ。

 それで花凛が、居酒屋の仕事が開けた夜明け前に、幽霊のふりをして洛葉を脅し、この家を出て行かせようとしていたのだ。

 とにかく、やっとあの洛葉を外に出すことができた。

 

 花凛は馴れた手つきで壁の板を外した。

 こうやって毎夜忍び込んでは、幽霊のふりをして洛葉を脅していたのだ。

 そして、あっという間に準備が整う。

 これで人が通れるくらいの隙間ができた。そこからすっと入った。後ろから王奇が続く。

 洛葉のいない家の中は真っ暗だ。

 しかし、花凛と王奇が入り込むと、たったいま入ってきた板壁の隙間から花凛側の家の燭台の光が差し込む。家の中に薄っすらとした光が拡がる。

 

「財がある場所はどこよ、あんた?」

 

 花凛は床を這って、床板を調べながらささやいた。

 

「入口に近い場所のはずだ。そこに釘の頭が微かに赤く塗ってある板があるはずだ。それがそうだ。その床板を外せば、その下の地面に財が埋められているらしい」

 

 王奇もまた、花凛と同じように床を這いながら言った。

 

「へえ……。本当に現れたわね」

 

 その時、突然、家の奥から声がした。

 花凛はぎょっとして顔をあげた。

 誰もいないと思っていたこの家に誰かが隠れていたのだ。

 

「だ、誰だ──?」

 

 王奇もびっくりして身体を起こした。

 その手には、腰から抜いた短剣が握られている。

 

「よくも、陳達(ちんたつ)様を酷い目に遭わせてくれたわね。許さないわよ……」

 

 女の声がした。

 どうやら家の隅にある家具の後ろに隠れていたようだ。

 

「あっ、あんた、鼻殿のところの──」

 

 薄っすらと灯りが照らすその女の顔を見て、思わず花凛は声をあげた。

 紛れもない陳達のところの新妻の陳女(ちんじょ)だ。

 なんでこんなところにいるのだろう……?

 花凛は唖然とした。

 

「幽霊騒動と昨日の暴漢は関係があるという陳達様の考えは正しかったようね……。あの暴漢の狙いは、洛葉さんそのものではなく、この場所そのものじゃないかと陳達様は読んだんだけど、本当にそうだったのね──。確かに、陳達様の言う通り、洛葉さんに危害を加えるつもりなら、幽霊で脅して家を出て行かせようとする必要はないものね……。とにかく、ここで会った限り、わたしは許さないわよ……。覚悟しなさい」

 

 陳女が言った。

 どうやらたったひとりのようだ。

 よくわからないが、ここで待っていれば、昨夜、陳達を襲った男が現われると思って待ち受けていたようだ。

 

「許さなければ、どうだというんだい、美人の嫁さん? もしかしたら、昨日の夜明け前に、この家の外で俺があんたの亭主をなぶってやったのを怒っているのか?」

 

 王奇がせせら笑いながら立ちあがり、陳女に短剣の刃を向けた。

 

「ま、待ってよ、あんた──。そんなものをこの人に向けないでよ──。危ないじゃないのよ。あんたもなんでこんなことしているのよ。逃げなさい──」

 

 花凛はびっくりして声をあげた。

 

「冗談を言うんじゃねえよ。こうなったら、こいつには死んでもらうしかねえ。俺がここに忍び込んだのを見られたからな」

 

 王奇は花凛の声に耳を貸さず、しっかりと陳女を見つめたまま言った。

 その王奇からははっきりと殺意を感じる。

 花凛は狼狽えた。

 

「に、逃げなさい、陳女さん──。危ないわよ。この人は本当に見境がないかもしれないわ──」

 

 花凛は声をあげた。

 

「お前は黙ってろ、花凛──。とにかく、こっちに来い、女──。これが見えねえのか? この刃物でお前の身体をずたずたにするぞ。それが嫌なら大人しくこっちに来い」

 

「刃物? それが……?」

 

 陳女が薄闇の中で笑った気がした。

 

「そんな小さいもの……。これが刃物よ──」

 

 陳女が家具の背後からすっとなにかを出した。

 するとしっかりとした本物の剣が陳女の手にあった。

 

「な、なんだ──?」

 

「いくわよ」

 

 剣を持った陳女がすっと動いた。

 あっという間に王奇との間合いが詰まった。

 その動きは滑らかで、明らかに陳女が武器を遣い馴れているのは確かだ。花凛はびっくりした。

 王奇から余裕のようなものがなくなったのがわかった。

 

 一度だけ、王奇の短剣と陳女の剣がぶつかる音がした。

 しかし、次の瞬間、王奇は態勢を崩して床に転がっていた。

 

「それなりに遣えるというのは認めるわ、あなた……。でも、わたしの敵じゃない。大人しくしなさい──」

 

 陳女がすっと床にしゃがみ込んでいる王奇に剣先を向けた。

 なんでこんなにこの女は強いのだろう……?

 花凛は自分の眼が信じられなかった。

 

「く、くそっ──」

 

 倒れていた王奇が不意に花凛に飛びかかってきた。

 あっという間だった。

 王奇が花凛の背後から花凛の身体に腕を回して、その喉に短剣の先を突きつけた。

 

「ひっ、ひいっ──。な、なによ──?」

 

 びっくりして花凛は悲鳴をあげた。

 

「く、来るんじゃねえ、女。この女を殺すぞ──」

 

 王奇は破れかぶれのような口調で叫んだ。

 

「な、なにするのよ、あんた──? あ、あたいを殺す気なの──?」

 

 花凛は声をあげた。

 

「うるせえ──。どうせ全部終われば、お前はどこかで死んでもらうつもりだったんだ。兵牢で遭った男に、万が一にも、俺が財を横取りしたと知られるわけにはいかねえからな……。あいつも、いつか流刑地から戻ってくるかもしれねえ。そのときに、命を狙われたりしたら困るんだ」

 

「あ、あんた、最初からそのつもりで……。分け前をくれるっていうのは、嘘だったのね──」

 

 花凛は喉に刃物を当てられたまま言った。

 自分の顔から血の気が引くのがわかった。

 

「当たり前だ──。なんで、家を提供したくらいで、財をやらなきゃならないんだ。お前は最初から殺すつもりだったよ。まあ、おいしい身体だったから、とりあえず全部終わるまで、生かしてはおいてやろうとはしたがな」

 

 王奇が笑った。

 

「待って、落ち着きなさい、あなた……。仲間を殺すつもり──?」

 

 陳女が剣を向けたまま言った。

 彼女の顔にははっきりと動揺が見える。

 

「いまの話を聞いていただろう、女……。武器を捨てろ。こっちに放るんだ。この女を殺すぜ」

 

 王奇が言った。

 その王奇の腕ははっきりと震えている。

 王奇は恐怖している。

 そう思った。

 

 しかし、それだけに危険だ。やけくそになって本当に花凛を殺すかもしれない。

 一方で、陳女には王奇の脅しに屈服するなんの理由もない。

 そのことすら、冷静さを失っている王奇には頭には浮かばないようだ。

 これは、どうあっても殺される……。

 花凛は恐怖で全身からすっと血の気が引いた。

 

「わ、わかったわ……。落ち着きなさい……。逃がしてあげるわ。その代わりに花凛さんを放すのよ」

 

 陳女が言った。

 花凛は驚いたが、陳女の言葉が嘘でない証拠に、陳女は持っていた剣をぽんと王奇に向かって投げた。

 王奇が花凛に短剣を向けたまま、手を伸ばして、その剣を自分の横に手繰り寄せた。

 

「へっ、なかなか、聞き分けがいいじゃねえか……。だったら、ちょっとばかり、愉しませてもらおうかな……。へへっ、実は俺は昨夜、あんたとあんたの亭主が外でいちゃいちゃしているのをこっそりと眺めていて、むらむらしてたんだ。なあ少しばかり、あんたの裸を見せてくれよ」

 

 突然、王奇が言った。

 

「な、なに言ってんのよ、あんた。馬鹿じゃないの──」

 

 花凛は叫んだ。

 

「黙れ、俺は、あの女に言ってんだよ──」

 

 王奇が激昂したように叫んだ。

 そして、いきなり、短剣で花凛の首をすっと横に撫でた。

 

「ひいいいっ──、痛いいいっ──」

 

 花凛は絶叫した。

 自分の喉が裂かれて血が流れるのがわかった。

 

「騒ぐんじゃねえよ、花凛──。皮一枚のことじゃねえか。それ以上、ひと言でも呻いてみろ。今度は本当に引き裂くぞ──」

 

 王奇がそう言って、暴れようとした花凛の身体をぐいと締めた。

 花凛の身体は恐怖で硬直した。

 

「や、やめて──。言うこときくわ。花凛さんに乱暴しないで──」

 

 陳女が心からの怖さがこもったような声で言った。

 仲間だと思っていた王奇が自分に剣を向け、まったく関係のない陳女が自分を守ろうと必死になってくれている。

 花凛はその状況に当惑するとともに狼狽していた。

 

「よし、じゃあ、まずはその場で下袍を捲れ。口答えするな。なにか喋れば、この花凛を殺す」

 

「えっ?」

 

 陳女の顔が薄闇の中でわかるくらいに真っ赤になった。

 

「あ、あんた、なにを……」

 

 花凛は王奇をたしなめようとした。

 しかし、ちくりとした痛みを首に感じて、慌てて口をつぐんだ。

 この王奇が逆上して冷静を欠いているのは明らかだ。

 本当になにするかわからない。

 

「ほらっ、早く下袍を捲りあげろ。なんにも言うな。あげるんだよ──。ここで裸になってもらうぜ。そうすれば隙を見て逃げることもねえだろうし、叫んで助けも呼ばないだろうしな」

 

 王奇がすごんだ。

 陳女は明らかに動揺している。

 

「で、でも、下袍は……」

 

 陳女が泣きそうな顔で言った。

 すると王奇の持つ短剣がまたぐっと花凛の首に軽く刺さった。

 また新しい傷ができたのがわかった。

 花凛は小さな悲鳴をあげた。

 陳女が真っ蒼になって首を横に振った。

 そして、両手で膝までの下袍の裾を持ち、すっと上にたくしあげた。

 陳女の下袍は太腿の付け根までたくしあげられた。

 

「なにやってんだよ。もっとあげるんだよ。しっかりとな……。この長屋でも有名な美人妻さんがどんな下着を身に着けているのか知りたいんだ──。早く、あげろ──」

 

 王奇が声をあげる。

 

「で、でも下着は……」

 

 自ら下袍を太腿まで捲り上あげている陳女の顔は本当に泣きそうになっていた。

 陳女が王奇に哀願の表情を向ける。

 王奇は返事の代わりに、さらに短剣の刃を花凛の首に喰い込ませた。

 

「ひぎいいっ──」

 

 花凛は悲鳴をあげた。

 痛みと恐怖で、花凛は自分の眼からぼろぼろと涙が出るのがわかった。

 それを見た陳女がさらに顔色を変えて、さっと下袍を臍まで捲りあげた。

 そして、羞恥に染まった顔をさっと横に向けた。

 

「あれっ?」

 

 王奇が驚いたような声をあげた。

 そして、げらげらと笑いだした。

 

 花凛も少し驚いた……。

 陳女は下着をつけていなかった……。

 捲りあげた下袍の下から現れた陳女の股間には、しっかりと陰毛の繁みが覗いている。

 

「こりゃあ、驚いたぜ……。あんた、いつも下着をつけていないのかよ──。口を開いていい。答えるんだ──」

 

 王奇が笑いながら言った。

 

「……そ、それは……。い、いつでも、あの人とできるように……下着は着ないようにと……」

 

 陳女が下着を履いていない股間を曝け出しながら小さな声で言った。

 

「あの鼻でか亭主に調教されているというわけだ……。こりゃあ、傑作だ──」

 

 王奇は花凛に短剣を向けたまま大きな声で笑った。

 そのとき、花凛は背後にある玄関でなにかの影が動いたのを感じた。

 かすかに首を動かして後ろに視線をぎりぎり向ける。

 しっかりと閉じていたと思った玄関の戸がかすかに開いている気がした。

 

「あ、あなた──」

 

 陳女が驚愕したような悲鳴をあげるのと、誰かが後ろから飛びかかってくるのが同時だった。

 

「ぐわっ──」

 

 呻き声は王奇のものだ。

 その王奇と飛びかかった男が揉み合って床に転がった。

 花凛は投げ出されて前に倒れる。

 王奇に飛びかかったのは陳達だった。

 いつの間にか陳達が玄関の扉をこっそりと開いて、王奇に飛びかかったのだ。

 

「この野郎──」

 

 陳達にのしかかられていた王奇の短剣が横に動いた。

 

「ぐっ」

 

 陳達はさっと身体を避けたが、かすかに短剣の先が陳達の二の腕に掠った。

 服が裂け、そこから血しぶきが飛ぶ。

 王奇が陳達の身体の下から脱出する。

 

「か、花凛──。なにも喋るんじゃねえぞ──。もしも、ひと言でもこいつらに白状すれば、命をもらいに来るからな」

 

 王奇はそう叫ぶと、陳達を突き飛ばして扉から外に飛び出した。

 

「あ、あなた、大丈夫ですか──」

 

 陳女が真っ蒼な顔で陳達に飛んできた。

 この家には、洛葉の内職のための縫物の服が固めて隅に置いてあったが、陳女はそれを取ると、歯で一枚を裂いて細長い布切れにすると、陳達の傷をさっと縛った。

 

「だ、大丈夫だ……。かすり傷だ。それよりも、お前は無事か、陳女……? 助けに入るのが遅れてすまない……」

 

 陳女に腕の治療を受けている陳達が顔をしかめながら言った。

 

「わ、わたしこそ申し訳ありません。わたしがいながら、あなたに傷を負わせてしまって……」

 

 陳女はべそをかいたようなそうな顔だ。

 

「かすり傷だと言ったろう」

 

 陳達が陳女の頭を撫ぜた。

 陳女がほっとした表情になる。

 

 次に陳女が陳達の腕に巻いた服の切れ端を持って、花凛に近づいた。

 再び布を裂いて、花凛の首から血を拭き花凛の首に巻いた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 治療の間、三人の誰も口を開かなかった。とりあえずの応急処置が終わったとき、花凛はやっとそう言った。

 

「さて、じゃあ、これがどういうことか教えてくれるとありがたいな、花凛」

 

「そうですね……。あれはいったいどういうことなのです、花凛さん」

 

 陳達と陳女が花凛をじっと見て言った。

 

「そ、それは……。で、でも、いまの王奇の捨て台詞を聞いていたでしょう。あたいがなにかを喋れば殺されるのよ……。か、勘忍して──」

 

 花凛は言った。

 あの男は執拗だ。

 喋ったら殺すという言葉に嘘はないと思う。

 花凛は激しく首を振った。

 すると陳達は困った顔になった。

 

「しかし、あんな目に遭わされたんだろう。首だって傷ついている。あんなことをした男を庇うのか?」

 

「あなた、とりあえず、わたしたちの家に花凛さんを連れていきましょう。家には、宝玄仙さんたちが置いていった薬剤もあります。それを塗れば、すぐに傷は塞がるはずですし……」

 

 陳女が言った。

 

「そうだな。話はそれからでもできる」

 

 陳達も頷く。

 しかし、次の瞬間、陳女の手がさっと動いて、花凛の両手首を花凛の背中に回した。

 あっという間に両手首にさっきの布の余りが巻きついて結わえられる。

 

「な、なにするのよ、陳女──?」

 

 花凛は狼狽えて声をあげた。

 しかし、陳女は花凛を無視して陳達に顔を向ける。

 

「それから、あなた、訊問については、身体に訊ねるという方法もありますわ……。わたしは宝玄仙さんたちが、それをするのを少しだけ見ていましたが、それはかなり有効な訊問手段のように思います。それに、考え方によれば、ちっとも残酷じゃあありませんし……」

 

「か、身体に訊ねる?」

 

 花凛はその物騒な言葉に声をあげた。

 危険なものを感じて逃げようとしたが、大して力を入れているとも思えないのに、陳女に片手で押さえられている花凛の身体は陳女の腕の下から逃げ出せない。

 

「しかし、どうするんだ──? 俺はそんなことやったことはないぞ」

 

 陳達が当惑した顔になった。

 

「あなたがわたしにやっているようなことをおやりになればいいんです……。わたしも手伝いますから……」

 

 陳女の顔が赤く染まった。

 なんだかふたりの間に妖しい雰囲気がある。

 花凛は嫌な予感がした。

 

「いいのか?」

 

 すると陳達が苦笑したような表情になった。

 

「構いません……。それに、あなたもこういうこと、本心ではお嫌いではないですよね……? わたしに気を使って頂く必要はないのですよ。それにわたしたちは、所詮は異常な夫婦じゃないですか。こういうものも必要です」

 

「そうか……?」

 

 陳達がふと花凛に視線を向けた。

 その表情になんだか得体の知れないものを感じて花凛は、自分の身体に怖気が走るのをはっきりと感じた。

 

「なら、行きましょうか、花凛……。とりあえず、わたしたちの家で治療をします。それからは、本格的に訊問をさせてもらいます。一体全体、洛葉さんになにをしようとしたのか、洗いざらい喋ってもらいますね──。わたしは容赦しませんよ」

 

 陳女がそう言って、強引に花凛の身体を立ちあがらせた。

 

「ちょっと、嫌よ──」

 

 このふたりはなんだかおかしい──。

 このままではなにをされるかわからない……。

 しかし、花凛が抵抗しようとした瞬間、転がっていた剣を拾っていた陳女が剣でさっと花凛の下袍の腰の部分を切断した。

 花凛の下袍が足元に落ちて下半身の下着が露わになる。

 

「きゃあああ──」

 

 花凛は慌ててその場にしゃがみこもうとしたが、陳女がそれを妨げて、花凛が露になった脚を隠すのを許さない。

 

「さっき、あの男は面白いことを言いましたわ。女を裸にすれば、逃亡や助けを呼ぶのを防げるのだそうです。確かにそれは有効な方法かもしれません──。さあ、大騒ぎしない方がいいですよ、花凛さん……。そんな姿をほかの人に見られたくなければね……。まだ、夜中ですから、大人しく歩けば、誰にも見られずに、家まで辿りつけると思います。でも、言うことを聞かないようなら……」 

 

 すっと陳女の剣が下着の横側に入ってきた。

 

「う、うわっ──。な、なにすんのさ──」

 

 花凛は声をあげた。

 

「騒ぐと、外でこの下着を切断しますよ。それが嫌なら大人しくついて来なさい、花凛さん」

 

 そして、花凛は強引に家の外に連れ出された。

 下袍を履いていない下半身に夜の風が撫ぜる。花凛は竦みあがった。

 

「ほらほら、歩きなさい、花凛……。下着を切るわよ……」

 

「そ、そんな……。ちょ、ちょっと、本気……? お、押さないでよ、陳女──」

 

 花凛は声をあげた。

 

「お前にもそういうところがあるのだな……?」

 

 後ろからついてくる陳達が呆れたような声をあげたのが聞こえた。

 

「そんなこと言わないでください、あなた……。でも、わたしも色々なことがあったから、だんだんとこういう世界に染まってきたのかもしれません」

 

 陳女がはにかんだように笑った。



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432 変態夫婦と捕らわれた女

「んぐうううっ──」

 

 花凛(かりん)は猿ぐつわをされた口から悲鳴を迸らせた。

 

「あらっ、ごめんなさい、手が当たっちゃったのよ、花凛さん」

 

 陳女はあっけらかんと笑ったが、意図的に花凛の肉芽が吊られている糸を弾いたのは明らかだ。

 花凛はもう我慢できなくなって号泣した。

 懸命になんでも喋るから解放してくれと叫ぼうとするのだが、喋ろうにも口の中に布を詰め込まれてさらに猿ぐつわをされているので哀願をすることもできない。

 もっとも、陳女は、すでに花凛が屈服していることがわかっていると思う。

 だが、陳女は素知らぬ顔をしたまま、花凜の拘束を解こうとしない。

 

「駄目よ、花凛さん……。うちの人が戻ってくるまで白状なんてさせてあげないわ。だから、しっかりとこの糸責めを愉しんでね。これはつらいでしょう? わたしもやられたことはあるのよ……。ふふふ……。前に宝玄仙という方にね……。でも、そのうちに、お股がじんとなって、なんともいえない恍惚感がやってくるわ。それに、このぴくりとも動けない緊張感がいいでしょう? このまま半日も吊られたら、肉芽のことしか考えられなくなるのよ……。まあ、とにかく待っていてね、花凛さん。これから一日かけて、ふたりであなたの相手をしていあげるつもりなのよ……。だから、うちの人は、ちょっと店まで行って、臨時休業の処置をしに行っているの。もうすぐ戻ると思うわ」

 

 陳女がうっとりとした表情を見せた。

 冗談じゃない──。

 

 花凛は四肢を拘束された身体を悶えさせることもできずに汗まみれになって呻き泣いた。

 それにしても驚いた……。

 

 この真面目そうな陳女に、こんな一面があったのだ。

 そう言えば、王奇が陳女を脅して下袍を捲らせたとき、陳女は下袍の下に下着をつけていなくて、調教されているのかと、王奇(おうき)が大笑いしていたのを思い出した。

 そのときは、気が動転していたのでよくわからなかったが、もしかしたら、こういうことを日常からこの夫婦はやっているのだろうか……?

 

 いずれにしても、どうやらとんでもない変態夫婦に捕らえられた……。

 なんでこんなことになったのか……。

 

 花凛は根元に糸を巻きつけられて天井から引っ張られることで、肉芽がまるで熱い刃物を当てられたように鋭敏な感覚になっていた。

 全身は官能の芯にくさびを打ち込まれたように熱い。

 花凜は身体が痙攣するように動くのを懸命に堪えながら考えた。

 

 きっかけはわずか十日前だ。

 つまり、たまたま務めている居酒屋にやってきた王奇という男から、うまい儲け話があると教えられてそれに応じたのだ。

 それは次のような話だった。

 

 花凜が住んでいる同じ長屋の隣家に洛葉(らくよう)という老女が暮らしているのだが、王奇が言うには、その家の床下には、五年前に城郭を騒がせた盗賊がひそかに隠した金板が床下に埋めてあるというのだ。

 王奇は、それを兵牢でたまたま耳にしたらしいが、王奇は、それをふたりで奪ってしまおうと花凜に持ちかけてきたのだ。

 王奇は、兵牢でそれを王奇に教えた男に知られることなく、こっそりとその財を横取りしてしまいたいし、そのためには、洛葉という老女を襲うのではなく、留守中に奪ってしまうのが都合がいいと考えたのだ。

 だが、その洛葉という老女は、なかなか外出をしない生活を送っている。

 そこで、王奇は洛葉を見張るための場所として、花凛の家を提供してくれないかと持ちかけてきたのだ。

 

 ただ家を貸すだけで、大きな財を分けてもらえるという申し出だ。もちろん花凛は承諾した。

 しかし、本当に洛葉は外に出ることがなかった。

 数日、見張っていたが、ほんの少しも外出する様子がない。

 待っていても埒が明かないことを悟った花凜は、仕方なく、幽霊に化けて洛葉を脅し、家を出て行くように仕向けてみた。

 だが、洛葉はその幽霊のことをこの陳女夫婦に相談したようなのだ。

 それで、この関係のない夫婦がこれに関わってきたというわけだ。

 

 王奇は、無関係の陳達たちが首を突っ込んできたことに腹を立てて、幽霊の正体を探るために夜中にやってきた陳達を背後から忍び寄って刃物で脅迫した。

 すると今度は、陳女がそのことに腹を立てて、次の夜に洛葉の部屋に隠れて、侵入者がやってくるのを待ち受けていたのだ。

 そして、剣で王奇を圧倒した。

 陳女が大変な武芸の持ち主だったというのは驚きだった。

 

 剣でかなわなかった王奇は、逆上して花凛を人質に陳女を脅迫するというようなわけのわからないことをした挙げ句、結局はなにもせずにその場から逃亡した。

 残された花凛は、陳達と陳女夫婦に捕らえられて、一体全体、今回の話がどういうことなのか白状するように迫られた。

 それで、洛葉の家からこの夫婦の家まで拘束されて連れ込まれたというわけだ。

 

 しかも、下袍を洛葉の家で脱がされて、抵抗すれば長屋の外で下半身を素裸にすると脅迫されながら、ここまで外を歩かされたのだ。

 いまは薄っすらと明るいが、この家に入るときは、まだ暗かったので誰にも見られていないと思う。

 

 そして、ここにやってきてすぐに、ふたりから猿ぐつわで口を塞がれて全裸にされた。

 さらに、抵抗むなしく、部屋の真ん中に四肢を大きく拡げて拘束もされた。

 手首足首に縄を巻かれて、部屋の四隅から引っ張られたのだ。

 

 すると、あのいつも人畜無害のような表情をしている陳女に淫女のような妖しさが漂い出し、あろうことか剝き出しになっている花凛の女芯を責めだし、しかもその肉芽の根元に糸をぐるぐる巻きに巻きつけると、天井の金具に括りつけてしまった。

 あの陳女や陳達に、こんな嗜虐の性癖があるということには驚いた。

 

 花凛は動転し、花凛の裸身の横にでんと胡坐をかいて、陳女のやることを笑って見守っていた陳達に猿ぐつわの下から救いを求めた。

 だが、あの真面目そうな陳達も、実は陳女を相手に普段から調教めいた性の嗜虐をやっているらしく、かなりの異常な性癖の持ち主のようだった。

 女の急所を吊られて、昂ぶった声を張りあげて、呻いている花凛を満足気に眺めるだけだった。

 しかも、こうなったらなんでも喋ると懸命に訴えているのに、このふたりは一向に猿ぐつわを外そうとしない。

 

 花凛は肉芯が吊りあげられるという仕打ちに、恐怖の衝撃を受けて狂乱した。

 しかし、少しでも身悶えして身体を動かすと、吊られている肉芽にもの凄い激痛が走る。

 花凛は身体を動かさないように四肢をぴんと緊張させて、息をするのも耐えるかのように全身を硬直させ続けた。

 

 こんなの気が狂う……。

 許して──。

 

 花凛は一生懸命に訴えた。

 しかし、花凜の声は詰め込まれた布に阻まれて、ううっという唸り声になるだけだ

 やがて、しばらく陳女と何事かを相談していた陳達は、すぐに家を出て行った。

 花凜は四肢を大きく拡げて、肉芽を天井から吊られるという哀れな姿で陳女とふたりきりになった。

 陳女は、花凜に対し、陳達は今日は店に行かないように処置をするために出掛けたから、このまま陳達が戻るまで待てと言った。

 

 花凜は、まさか、一日がかりで花凛を責め続けるつもりなのかと激しく動揺した……。

 身体に恐怖が駆け回る。

 

 さっきまでは、秘密をばらすことによって王奇に殺されるかもしれないという恐怖が強かった。

 いまは、それよりも、この得体の知れない変態夫婦に対する怖さが勝る。

 

「んんんんっ──」

 

 花凛は何十度目かの哀願をした。

 だが、陳女はこういうことにひどく馴れているのか、花凛に対してこんな残酷なことをしても、少しも心を動揺させた感じはない。

 むしろ、花凛を嗜虐的にいたぶるのをひどく愉しんでいる気配だ。

 

「なにを言っているのかわからないけど、きっと、糸が緩いと言っているのね……。ふふ……。ごめんなさい……。陳達が戻るのは時間がかかるだろうから、あまり引っ張りすぎたらつらいだろうと、手加減したのよ。でも、それじゃあ、物足りなかったのね。もっと吊りあげるわ」

 

 陳女が妖艶な笑みを浮かべると立ちあがった。

 

「んんんっ」

 

 花凛は悲鳴をあげた。

 肉芽を吊っている糸は、天井の金具を通して方向を変えて柱の金具に結び付けてある。

 そこで自在に吊り具合を調整できるようになっているのだ。

 陳女はさらに糸を引っ張り、花凛の肉芽が限界まで伸び切るところで固定し直した。

 

「んぐううううっ」

 

 花凛の口から咆哮が迸った。

 

「いい加減に静かにしなさいよ、花凛さん──。わたしも夫も、隣の周達さんには、あのときの声を少しは静かにするように言われているのよ。聞き分けがないと、こうよ──」

 

 陳女はそう言いながらぴんと張りきった糸を指で小刻みに動かした。

 花凛は猿ぐつわから部屋をつんざくような悲鳴をあげた。

 

「静かにしなさいと言っているでしょう。ほらっ、静かにできるまで訓練よ」

 

 陳女が強い口調で言って、また糸を動かす。

 しかし、声を出すなと言われても耐えられるものじゃない。

 花凛は咆哮を続けた。

 

 なんでも話す──。

 どんなことでも白状する──。

 

 花凛は一生懸命に叫び続けた。

 しかし、陳女は声を出すなの一点張りで、花凛の言葉は無視だ。

 猿ぐつわで阻まれているとはいえ、花凛が喋ろうとしている内容は予測がついているはずだ。

 だが、陳女の興味は花凛そのものであり、花凛の自白はどうでもいい気配だ。

 こうなっては、花凛も陳女たちの目的が、花凛に対する嗜虐そのものと思うしかない。

 

 肉芽を糸で吊られて、その糸を引っ張って与えられる激痛と汚辱感……。

 それに花凛は耐えられずに泣き続けた。

 

 だが、しばらくすると花凜の身体にじわしわと異変が起こってきた……。

 身体に苦痛だけではない別のものも襲ってきたのだ。

 女芯から拡がる強烈な疼きと官能の昂ぶり……。

 それが襲ってきたのだ。

 

 陳女が糸を弾き続ける。

 ずきんずきんという猛烈な痛みが全身を駆け抜ける。

 同時に眩暈がするほどの不思議な快感が花凛の全身の肉を痺れさせる。

 この感覚は何なのか……。

 花凛はなにがなんだかわからなくなり、ひたすらに喘ぎと呻きを繰り返すだけだった。

 

「帰ったぞ」

 

 そのときこの家の入口が開いて、やっと陳達が戻ってくる音と声がした。

 やっと許される──。

 陳女の心に安堵の灯がともる。

 

「おかえりなさい、あなた……。どうでした?」

 

 陳女が陳達に駆け寄っていった。そのままふたりは、玄関の土間でひそひそ話を続けている。

 それだけじゃなく、陳達はなにかの荷のようなものを抱えていた気配だ。

 それを陳女とふたりで片付けてもいる。

 そんなことよりも、早く糸を解放して欲しい……。

 花凛は声をあげた。

 

「かなり、陳女に絞られたみたいだな、花凛……」

 

 陳達が陳女とともに戻ってきた。

 そして、今度は花凛の羞恥の中心である花凛の股間の前に胡坐をかいた。

 

「だいぶ、感じていたみたいだな、花凛……。随分と床を汚してくれているじゃないか」

 

 陳達が笑いながらいきなり花凛の女陰を指ですくった。

 

「んぐううっ」

 

 腰をよじらせれば激痛が走るとわかってはいたが、不意に陳達に股間に触られたことにより、花凛は狼狽えて身体をよじらせてしまった。

 その途端、頭の芯まで貫くような激痛が花凛を襲った。

 それとともに、花凛は初めて自分がどろどろになるくらいに女陰から淫液を垂れ流しているという事実を知った。

 

「花凛、よく聞け──。一度しか言わないぞ……。陳女と話し合ったんだが、いまから俺と陳女は、花凛の身体を徹底的に責めることにした。それは、花凛を完全に屈服させるためであり、今回の騒動の始末のため、花凜に絶対的な協力をしてもらうためだ……。いいか? 完全なる協力だ。ただ、知っていることを白状するとかそういうことじゃなくて、絶対的に服従してもらう。いいね……」

 

 

 

「んんんんっ」

 

 花凛は吠えた。

 いますぐ屈服する……。

 半日も必要ない……。

 いま訊ねて欲しい……。

 懸命に叫んだ。

 

「……まあ、いまはなにも考えられないかもしれない。だけど、半日後に一度訊ねるから、そのときに、俺たちに協力するかどうかの返事を聞かせてくれ。そのときに、屈服していなかったら、責めがさらに半日延長される。そのときもまだその気になれなかったら、また、半日だ……。それから、あんたの店の主人には、数日、あんたが通えないという話はしてきた。店じまいした直後だったが、なんとか間に合ってね。話もできたんだ。一応具合が悪いと伝えたから、お大事にという伝言を預かったぞ」

 

 陳達が笑った。

 

「んんっ、んんっ、んんっ」

 

 花凛は懸命に叫ぶ。

 ぼろぼろと涙が出てきた。

 

「……それに、俺も陳女も、なぜかなあ……。ふたりだけの性も愉しいんだけど、ほかの誰かがいる方がもっと心が休まるんだ……。あくまでも性だけのことだけどね。だから、久しぶりにいい機会だし、ちょっと俺も愉しませてもらうよ」

 

 陳達がそう言って花凛の顔に覆いかぶさるようにわざわざ顔を見せた。

 その顔は不敵に微笑んでいた。

 陳達の不気味な笑みに花凛は思わず身震いした。

 

「まずは、最初の半日だ。始めるぞ」

 

 陳達が不気味な笑みを浮かべたまま、なにかをさっと花凛に示した。

 それは穂先の乾いた絵筆だった。

 なんでもない道具だ──。

 しかし、いまの花凛には、なによりも怖ろしい武器だった。

 

「んんっ」

 

 花凛はびっくりして呻いた。

 だが、再び陳達が股間側に顔を戻す。

 これからなにをされるのか予想がつく……。

 花凛は悲鳴をあげた。

 

「……ふふ、大丈夫よ……。怖がらないで、花凛さん。さっきも言ったでしょう……。これはやみつきになるわよ。苦しいけど気持ちいいのよ……わたしも嫌いじゃないの……。わたしたちは異常な夫婦……。かわいがってもらいなさい」

 

 陳女がおかしなことを言いながら、花凛の頭側にしゃがんでそっと花凛の髪を擦った。

 なんなんだろう、この夫婦──。

 このおかしな変態夫婦──。

 なにが異常な夫婦だ──。

 

 しかし、花凛がものを考えられたのはそこまでだった。

 陳達の持っていた絵筆が、糸巻で吊られた花凛の肉芽を擦った。

 花凛は口から鋭い悲鳴を迸らせたが、同時に身体を突っ張らせてしまい、吊られた糸を思い切り引っ張らせてしまった。

 花凛は泣き叫んだ。

 

 筆に責められる刺激で身体を悶えさせれば急所が激しく引っ張られる。

 しかし、柔らかい絵筆に肉芽を責められてはどうしても身体の筋肉を突っ張らせざるをえない。

 

「気持ちいいでしょう、花凛さん……」

 

 まるで暗示にでもかけるような優しい口調で陳女がささやいて頭を撫ぜる。

 反対側では陳達の残酷な筆責めだ。

 

「んぐううっ」

 

 陳達の巧妙な筆遣いに、花凛は気が狂うほどの官能の大きな疼きを感じていた。

 

「心地いいのよ、花凛さん……。痛さに隠れている快感を拾うのよ……」

 

 陳女がささやき続ける。

 また、陳達の筆も責め続ける。

 花凛は激しく喘ぎ続けた。

 でも確かに心地いいかもしれない……。

 

 切ない……。

 気持ちいい……。

 

 理不尽にいたぶられる口惜しさも飛んでいく……。

 股間がどっぷりと濡れているのはもうはっきりと自分でもわかる。

 陳達が花凛の女芯を筆で責め続ける。

 

 そして、花凛は、筆の刺激が与えられるたびに、口に押し込まれた布越しにけたたましい悲鳴をあげ続けた……。



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433 庭先の風景

「も、もう、知っていることは話したよ……。隣の洛葉(らくよう)さんに迷惑をかけたことも謝る。だから、もう許して……」

 

 花凛(かりん)は息も絶え絶えに言った。

 同じ長屋で暮らしている陳達、陳女の夫婦の家だ。

 そこで、花凛はふたりに挟まれるようにして仰向けに横たわっていた。

 壮絶な糸吊り責めからは解放されたが、花凛は相変わらずの素っ裸だった。両腕は後ろ手に縄で縛られている。

 

「まあ、そんなこと言っちゃ寂しいわ、花凛さん。花凛さんも満更でもなかったようじゃない? ねえ、あなたもそう思うでしょう……? わたしたちのような異常な夫婦には、彼女のような存在も必要と思わない?」

 

「確かにそうだな。必要かもしれないな」

 

 陳女と陳達は床に横になっている花凛の裸身の左右に座って、花凛の身体を挟み込んでいる。

 ふたりが申し合わせたように左右から花凛の身体に手を伸ばす。

 

「でも、あんなにこの人の筆で達した花凛さんだけど、まだ精は受け取っていないんでしょう? わたしに遠慮しなくてもいいのよ。この人に精をもらったら、花凛さん?」

 

「まあ、あれだけいけば、もう、精はいらないかもしれないな。二刻(約二時間)でどれだけいったか覚えているかい、花凛?」

 

 この変態夫婦は左右からそう言いながら、花凛の乳房を触り、お尻を撫でまわす。

 連続絶頂の余韻で花凛の性感はまだ激しい昂ぶったままだ。

 たちまちに冷えかけていた身体が熱くなり、花凛は身体を竦めた。

 

「あ、ああ……、や、やめてっ……。も、もう、勘忍して……。もう、いいでしょう……。き、金板もいらない……。あ、あんたらにあげるよ……。い、いま、行けば、まだ、あると思う……。床下を探してきたら……い、いいじゃない……あっ、ああっ……」

 

「なにを言っているんだい、花凛。いま、そこから俺たちがそこから掘り出せば、俺たちがお前を拷問して情報を取り出して、床下の財のことを知ったと、あの王奇とかいう若い男にばれるじゃないか。そうしたら、今度は俺たちの命が危ない。そうはいなかいさ」

 

「あ、ああ……、だ、だったら、好きにしたらいいじゃない……。も、もう、解放してよ……」

 

「そうはいかないと、言っているじゃないか。いま、解放したら、あんたはあの王奇と組んで、俺たちを襲ってくる……。だから、こうなったら、あんたを完全に屈服させて、こっちに引き入れるしかない」

 

「も、もう、逆らわないと言っているじゃないの──」

 

 花凛は声をあげた。

 そして、陳女もまた、花凛の身体を愛撫しながら話しかけてくる。

 

「そうね……。でも、わたしもこれまでに色々な経験をしたから、簡単に人を信用できないの……。屈服させるのであれば、口ではなく完全に屈服した姿を見たいの。もう、わたしひとりのことじゃない……。わたしの失敗は、この人の身も危うくするわ」

 

「く、屈服してるって」

 

「いいえ。あなたには、申し訳ないかもしれないけど、心の底から完全に屈服してもらうわ。こうなったら、それしか、身を護る方法がないから……。大丈夫よ。この恥辱の向こうに快感があるの……。ちゃんとそこまで世話をしてあげるから……」

 

 陳女の口調は優しいが、その手は花凛を厳しく責めたてている。

 しかも、いまは花凛の双臀の下に手を置いて、指を肛門深くにねじ込んで中を刺激している。

 

「お、お尻はやめて……、ああ」

 

 花凛は声をあげた。

 お尻を責められることで、妖しくて激しい快感が迸ったのだ。

 

 これはなんだろう……?

 頭にもやのようなものがかかる。

 肛門からやってくる疼きが激しい。

 陳達も股間や乳房を刺激しているが、それよりも陳女が責めている肛門の快感が大きすぎる。

 尻を責められるという快感と汚辱感……。

 それがなぜか花凛の子宮を突きあげるような官能の波になり、いっそう花凛の甘美感を増幅する。

 

「あ、あはあぁ──」

 

 陳女の指が肛門の中で曲がり、こねくるように動く。

 我慢していた嬌声が口から洩れる。

 

「ほう、尻姦の素質があるようだな。いい反応をしているようだ……。それにしても、いまは真っ昼間だ。うちの家が四六時中、性交をしていて、声が激しいことは長屋でも知れ渡っているから、いまさら外に聞こえても、怪しい思う者もいないだろうけど、恥ずかしければ声は控えめにしておいた方がいいな。どれ、身体を裏返しにしてみるか……」

 

 陳達が言い、花凛の身体はうつ伏せにされた。

 

「これを使ってみよう……。初めてでも、痛くはないはずだ。そういう霊具だからな」

 

 花凛の眼の前に黒くて細い蝋燭のようなものが不意に示された。

 もちろん、それがなんの道具なのかわからないが、霊具という言葉に驚いた。

 霊具などというものは貴重品であり、そう簡単に手に入るものではない。

 しかも、眼の前の物は、霊具というよりは性具のようだ。

 性具であり、霊具でもあるのだろうか……。

 

「俺たちの恩人になる人に霊具作りの名人の道術遣いがいてね……。これはその人が作ったもので、尻穴調教用の霊具だ。これを花凛の尻に入れてもらう」

 

「そ、そんな、酷い──。そんなことを嫌よ」

 

 花凛はこれからなにをされるのかをいうことに気がついて大きな声をあげた。

 

「大丈夫よ、花凛さん……。それは、わたしも使われたことがあるの……。病みつきになるかも……」

 

 陳女が花凛の身体を押さえつけながら言った。

 いつの間にか花凛も小さな小瓶を持っていて、その中から半透明の塗剤を指ですくっている。

 

「な、なにが、大丈夫よ……。あ、あんたみたいな変態女と一緒にしないでよ──」

 

「いいから、いいから……」

 

 陳女が笑いながら花凛の肛門にその塗剤を塗り込み始めているし、陳達はその長細い性具に塗剤を塗りたくっている。

 なんなんだ、この変態夫婦──。

 

「か、勘忍してよ──。そんなことしなくても、なんでも言うこと聞くから──」

 

「いいから、尻の穴を開くんだ……。もっとも、この霊具は、被虐者の尻穴に合わせて、痛みを感じさせないようにするらしいし、便で汚れることのない便利な性具のようだぞ」

 

「ち、陳達さん、勘忍して──。お尻なんて嫌よ」

 

「食わず嫌いはよくないな、花凛」

 

「そうよ。ほらっ……。息を吐いて……」

 

 陳女が両手で身体を押さえつける。

 線の細い女のくせに、陳女はなかなかに力がある。

 その陳女に後ろ手の身体を押さえつけられたら逃げようがない。

 陳達の持つ性具の先が花凛の肛門に当たる。

 

「ひいっ」

 

 花凛は悲鳴をあげた。

 入ってくる……。

 

「もう、霊具の力が働いている、花凛。もう逃げられないよ。その証拠に、俺は性具から手を離しているが、それでもその『尻棒』が捩じり入るだろう?」

 

 陳達が笑った。

 花凛の身体を押さえる陳女の二本の手に、さらに陳達の両手が加わった。

 四本の腕に押さえられて、花凛はもう完全に床に貼りつけられた。

 その花凛の肛門にお尻の責め具がくるくると回転しながら捩じり入ってくる。

 お尻の粘膜が無理矢理に拡げられるおぞましい感触が伝わる。

 しかし、同時に妖しい感覚もゆっくりと呼び起こすように責め具の表面が肛門の内側の粘膜を擦って刺激する。

 

「こ、これは……」

 

 花凛は耐えられずに口をぱくぱくと開ける。

 お尻にあんな棒を入れられるなど痛いだけだと思っていた。

 しかし、痛くないのだ。

 それよりも圧倒的な快感が肛門から迸る。

 お尻が拡げられて性具を押し込められる圧迫感と肛門の内側の粘膜が焼けるような快感……。

 花凛は狂乱した。

 

「ほらっ……、受け入れて、花凛さん……。受け入れるのよ──」

 

「恥辱を感じているんなら、それは忘れるんだ……」

 

 陳女と陳達が代わる代わる声をかけてくる。

 苦痛を感じるはずの恥部で与えられるのは快感だけ……。

 

 おぞましい……。

 だが、気持ちいい……。

 花凛は錯乱した。

 

「う、うう……あ、ああっ……」

 

 花凛は呻き声をあげた。

 肛門を閉じようとすれば、内膜を擦られる快感で込みあがる甘美感が強くなる。

 しかし、緩めればどこまでも深く入ってくるような恐怖感──。

 いつのまにか花凛ははっきりとした嬌声をあげていた。

 

「は、入ってくる……入ってくる……止めて……もう、止めて……あはあ、は、ああっ……」

 

 花凛は顔を仰け反らせていた。

 

「全部飲み込んだな。これで、俺が特殊な合言葉を告げない限り絶対に抜けないぞ」

 

 陳逹が陽気そうに言った。

「そうね……。とにかく、これで、挿入の段階は終わりよ、花凛さん……。この後、この霊具は、女のお尻の快感を探すように振動したり抽入や送出の動きをしたりするわ。これからがつらいのよ……つらいというのは、快感が激しくなってつらいという意味だけど……」

 

 陳女も笑った。

 

「そうなのか、陳女?」

 

 陳達が言った。

 

「そうです……。これはつらいんですよ。それなのに、あなたったら、これをわたしに一日中つけっぱなしにさせたりして……」

 

 陳女が拗ねたような口調で陳達にそう言った。

 

「でも、悪いものじゃないだろう、陳女……」

 

「そ、それは……。まあ、そうかもしれないですけど……」

 

 陳達と陳女がそんなことを言い合っているが、花凛はそれどころじゃなかった。

 肛門に深く入り込んだ霊具は、小刻みな振動を続けながら微妙な前後運動をし続けて、花凛を責めたてる。

 動きは緩やかだが、確実に花凛の快感の場所に微妙な刺激を与えてくる。

 苦痛はない。

 それが花凛の苦悶を一層大きくする。

 

「さっきも言ったが、それは、もう、俺が念じないと取れることはないんだ。じゃあ、縄を解いてやるから髪を整えな」

 

 陳達がそう言うと、やっとふたりが花凛の身体から手を離した。

 花凛は陳女に抱き起こされるように上体を起こされた。

 しかし、起きあがると肛門に挿入された圧迫感が募る。

 それで、思わずうっと呻いた。

 

 肛門の性具による花凛の神経を磨り減らすような振動は続く。

 ただれるばかりの快美感は続いている。それどころかどんどん拡大する。

 

「ああ……」

 

 思わず花凛は吐息とともに声を出してしまった。

 縄が解かれる。

 やっと自由になった両腕は自然と裸身を隠すように動いた。

 その花凛の前に小さな姿見が置かれた。

 

「髪を整えるわね」

 

 陳女がそう言って後ろから花凛の髪を櫛でとき始めた。

 姿見を覗くと、半日に渡る激しい責めで花凛の髪は激しく乱れていた。

 それが陳女の手できれいに整えられる。

 花凛は、もう呆然として陳女のするがままに任せていた。

 

「服はこれでいいかな……」

 

 しばらくすると、奥の引っ込んでいた陳達がなにかを花凛の前に投げた。

 

「ふ、服……?」

 

 花凛は顔をあげた。

 

「そうですね……。こんなものでいいでしょうね。庭に行くだけですし……」

 

 当惑している花凛に代わって、陳達が投げた布を受け取った陳女がそれを拡げた。それは一枚の貫頭衣だった。

 それを陳女によって、裸身にそのまま着せられた。

 庭に行く……?

 

 不吉な予感が花凛に走る。

 

「な、なにをさせる気さ──?」

 

 花凛はびっくりして叫んだ。

 まさかとは思うが、いま、花凛を外に連れていくようなことを言った……?

 

「なに、ちょっとした散歩と言いたいところだけど、最初だから、庭に行って、近所の人に挨拶でもするだけで許してやるよ。さあ、今日はいい天気さ。少し陽の光でも浴びようか、花凛」

 

「ま、待って……。だ、だって、お尻に……」

 

 お尻におかしな性具が挿さったままだ。

 まさかこのまま……?

 花凛は蒼くなった。

 

「その貫頭衣は特別性だぞ。立ってみな」

 

 陳達が言い、陳逹に腕をとられて、無理矢理にその場に花凛は立たされる。

 

「あっ」

 

 花凛は思わず声をあげた。

 着せられた貫頭衣はとても薄いものであり、素肌の上にじかに着せられると、はっきりと勃起した乳首が浮きあがるし、下袍の丈は屈めば下半身が剝き出しになるほどに短い。

 

「よく似合っていますよ、花凛さん」

 

 陳女がそう言って胸元のぼたんを上から二つほど開いて、胸元が半分ほど見えるほどにくつろげた。

 拘束はされていないが、抵抗などできない雰囲気だ。

 

「じょ、冗談でしょう──。この格好で外に?」

 

 陳女は自分の大胆な恰好に狼狽えるとともに顔がかっと火照るのを感じた。

 

「庭に行くだけだ、花凛」

 

「だ、だって、庭って外じゃないのさ、陳達さん」

 

 花凛は声をあげた。

 庭といっているのはこの長屋のすべての家についている裏庭のことだろう。

 庭というほどのものじゃない。

 ただ、腰の上ほどの高さの木の垣根に囲まれた狭い空間で、垣根の向こうは長屋の前の通りだ。

 つまり、住民が普通に往来する道と同じだ。

 

「い、嫌よ」

 

 花凛は抗議したが、陳達と陳女に両腕をとられて無理矢理に庭に連れ出された。

 

「ひっ」

 

 昼間の明るい陽射しと温かい外気が花凛の露出した肌を襲う。

 また、肛門にはおかしな性具は入ったままだし、ほんの軽くだが淫らな動きを続けている。

 しかも、着ているものはいまにも乳房や股間が覗きそうな大胆な服装だ。

 低い垣根の向こうには、長屋の女たちが普通に会話をしたり歩いているのが見えた。

 花凛は怯えた。

 

「たったこれだけのことなのに、凄く興奮するでしょう、花凛さん?」

 

 陳女が耳元でささやいた。

 花凛は陳女、陳達にぴったりと挟まれるように、垣根に密着して長屋の外を覗くように立っていた。

 確かにそれだけのことなのかもしれない。

 垣根のために向こう側からは短すぎる下袍は見られることはないし、少し胸元が開いた服を着ているだけで、夜の仕事をしている花凛としては、それほど違和感のある服装ではないはずだ。

 だが、花凛は異様なほどに神経が過敏になり、膝が大きく震えるほどの興奮状態だった。

 

「おや、花凛じゃないかい? あんた、こんなところにいたのかい? 洛葉婆さんの家に暴漢がうろついているという話があったんで、さっきみんなで心配してたんだよ。なにせ、あんたのところは、道端だし、それに洛葉婆さんの家の隣だしね」

 

 不意に声をかけられた。

 花凛は心臓が止まるかと思う程にびっくりした。

 

「さ、采女(さいじょ)……さんかい……」

 

 花凛はやっとのこと言った。

 碌でなしの夫を持つ子だくさんの苦労人の女だ。

 それはいいのだが、お喋り好きでいつも近所の女と色々なことを噂にして愉しんでいる。

 おかしな性戯に興じていると知れたら、どんな噂話を拡められるかわかったものじゃない。

 

 また、暴漢というのは、花凛と一緒にいた王奇(おうき)のことだ。

 一昨夜のことだが、洛葉の家に幽霊騒動が起きていることを心配したこの夫婦が、それを確かめようと明け方近くに洛葉の家にやって来たのだ。

 それをうとましく思った王奇が背後から近づいて、道端で陳達を脅した。

 それで洛葉を襲おうとしている暴漢がいると大騒ぎになり、洛葉は大家のところに避難し、その隣の花凛もお節介な近所住民から、しばらくどこかに避難したらどうかとしきりに勧められていたのだ。

 

 とにかく、花凛は慌てて胸元を隠そうと思って手を上にやりかけたが、さっと両側から陳達と陳女に垣根のこちら側で手を握られてそれを阻止された。

 それだけじゃない。

 陳達の肘が軽く花凛の腰に当てられると、突然に肛門の性具が激しく振動しはじめたのだ。

 

「あっ」

 

 悲鳴をあげかけて、花凛は慌てて唇を噛み縛った。

 

「様子を見に行ったら、すっかりと怯えた様子だったんで、夫と相談して二、三日、わたしたちの家で暮らしてもらうことにしたんです」

 

 陳女が陽気に言った。

 

「なるほど……。それで、そんなにしょげたような顔をしてたのかい、花凛。まあ、怖がることはないよ──。でも新婚の夫婦者のところに転がり込むのはどうかと思うけどね……。まあ、でもうちのところは子供がたくさんいるし、飲んだくれの亭主もいるしねえ……」

 

 采女ががははと笑った。

 采女は花凛が顔をしかめているのを別の意味に勘違いしたようだ。

 だが、花凛は泣きそうだった。

 淫らな振動が肛門をこねくり回し、その異様な感覚が花凛の神経をずたずたにして追い詰める。

 女陰からは溢れるばかりの愛液が下着のない内腿に滴り落ち、花凛は気がつくと股を開きそうになり、慌てて、それを閉じては、また開くということを繰り返していた。

 

「なに、我が家は大歓迎ですよ。花凛はうちの陳女と仲がよくて、話し相手になるし……。それに困ったときはお互い様だし……」

 

 陳達がそう言いながら、花凛の隣から自然な動きで陳女の真後ろに移動した。

 そして、なぜか陳達が陳女の真後ろに密着するように立った。

 

 だが、花凛はそれどころじゃない。

 肛門に挿入された霊具は淫らな激しい運動を続ける。

 花凛は我を忘れて淫らな声をあげないように気力を絞るのがやっとだ。

 

「それに、花凛は可愛いですから……。こんな可愛い娘が家にいるのは悪くない」

 

「なに言ってんだよ、陳達さん。奥さんのいるところで、ほかの女のことを褒めちゃあ怒られるよ──」

 

 采女がまた笑った。

 いつまで話しているのか……。

 はやくどこかに行け──。

 花凛は心の中で叫んだ。

 

 しかし、次の瞬間、ぎょっとした。

 眼の前に采女がいるというのに、陳女の身体の背後で陳達が下袴の前を開いて、勃起した一物を取り出したのだ。

 そして、采女と他愛のない話をしながら、一方で片手で陳女の下袍の後ろを捲りあげて、陳女の肛門にそれを挿入し始めたのだ。

 花凛は驚愕した。

 

 なんでもない様子を装っているが陳女の顔が真っ赤になり、額からみるみる汗が噴き出しだす。

 陳女はやや腰を後ろに引くようにして、陳達を受けれる態勢をとった。

 その陳女の肛門にぐいと陳達の男根が深く入り込んだ感じがした。

 陳女が花凛の手を握る力にもの凄い力を加えてきた。

 

「それにしても、あんたらいつも仲いいよねえ……」

 

 采女の側から見れば、陳達は陳女の真後ろに立ち、優しく片手で肩を抱いている感じだろう。

 しかし、垣根一枚隔てたこちら側では、陳女の肛門に陳達の男根が挿入されているのだ。

 

「俺の勘じゃあ、数日以内でこの騒動には決着が着きますよ……。おそらく、いま、この瞬間にも……」

 

 陳達がそう言いながら陳女の背後で軽く腰を動かしだした。

 陳女の膝ががくがくと震えて砕けそうになったのがわかる。陳女は片手を垣根に置いて身体を支えるようにし、もう一方の手をすがるように花凛の手を握る手に力を込める。

 

「そうだといいけどねえ……」

 

 采女がそう言って立ち去っていく。

 去り際に采女は花凛と陳女に一言ずつなにかを声をかけていったが、花凛にはなにを言われたかまったくわからなかった。

 采女がこちらから視線を外して、歩き去ろうとしたとき、陳達のもうひとりの腕が花凛の腰をぐいを引き寄せた。

 

 すると激しかった肛門の性具の振動がこれまで以上に強くなり、しかも、複雑な動きを始め出す。

 また、引き寄せた陳達の手が花凛の短い下袍の前側を捲り、肉芽と女陰を刺激しはじめる。

 真昼間の長屋の外で、近所の住民がすぐそばにいるという状況の中で肛門をいたぶられ、股間を苛まれるという信じられない羞恥に花凛の頭は思考停止に陥った。

 

「あくうううっ──」

 

 不意になにかがやってきた。

 覚悟するとか、耐えるというものではない。

 凄まじい破壊的な衝撃があっという間に花凛に襲いかかり、包み、飲み込んでいった。

 気がつくと、花凛はその場にしゃがみ込んで全身を大きく痙攣させて絶頂していた。

 

「ふんんんんっ」

 

 そして、陳女もまた一瞬だけ声をあげたかと思うと、花凛の横に膝を割るように倒れ込んできた。

 その肛門にはしっかりと陳達の一物が挿入されたままだ。

 

「怖かったが、気持ちよかったろう、ふたりとも……」

 

 陳達が大きな鼻をぐいと近づけて花凛と陳女の顔に微笑みかけた。

 その微笑みに花凛は身震いするほどの冷酷さと、酷薄さ……、そして、淫靡さを感じていた。

 

「続きは家の中だ……。さて、花凛、どうする? 俺はいまからこの陳女を犯すが、お前については自分で選ばしてやろう。これで解放して許してやってもいいし、あるいは抱いてやってもいい……」

 

「えっ……?」

 

 頭が働かない。

 花凛は生返事していた。

 

「抱くのであれば、今度は陳女と一緒だ。普段、陳女にやっているような嗜虐的な抱き方をしてやろう。雌犬のようにふたり並べて犯してやるが、どうする?」

 

 陳逹が言った。

 花凛は焦点の合わない視線をあげて陳逹を見た。

 陳逹の表情は一見酷薄だったが、その瞳の奥には深い懐と包容力のようなものを感じた。

 あまりにも深く達したために、まだ全身の力は入らない。

 一瞬だが完全に真っ白になった頭は、まだ朦朧としている。

 

「こ、こんなのは序の口よ……。まだまだ、深い性の極みに到達できるわ。一緒にそれを味わいましょう、花凛さん……。この人に本当に抱かれれば、こんなものじゃあ済まないわ……」

 

 陳女が上気した顔をこちらに向けた。陳女もまた、さっきの行為の余韻でまだ激しい興奮状態であるようだ。

 

「い、いいの、陳女さん……?」

 

 陳逹は夫であろう。いままでは、性具や手で責めるだけだったが、花凛は陳逹と性交をしたわけではない。陳女は、夫がほかの女を抱くということに嫉妬のような抵抗はないのだろうか……?

「あなたと一緒にこの人と抱かれたいわ、花凛さん……」

 

 陳女はうっとりと言った。

 痺れるような快感はまだ継続している。

 おそらく、花凛のこれまでの性経験でも今日ほど連続で、かつ、深く達したことはなかっただろう。

 それを遥かに凌駕する快感だという。

 

 花凛はごくりとつばを飲んだ。

 どう考えても、拒む理由は思いつかなかった。

 

「お願いします……。抱いて……」

 

 花凛は口にしていた。



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434 愛妻の隠し言葉

 交合の疲れか花凛(かりん)は完全に寝息を立てていた。

 陳達もまた疲れていた。

 なにせ一度にふたりの女を相手にしたのだ。

 しかも、欲望のままに抱き尽くした。

 妻の陳女と、そして、捕えるかたちになった花凛の裸身を縛り、性具でいたぶり、思いつくままの嗜虐的な性戯に興じ、前も後ろも犯したのだ。

 妻の陳女だけではなく、その眼の前で花凛の女陰を犯して精を放った。

 

 何度も……。

 

 昼に始まった性交は、いつしか夜に及んでいた。

 行為がやっと終わった時、最後には三人とも倒れるように一枚の寝具に裸のまま横たわった。

 足元をふらつかせながら陳女が水桶と手拭いを運んできて、それで陳達の身体を拭き、次いで花凛の汗を拭き、最後に自分の身体を拭いた。

 花凛の身体を拭くときに、陳女は花凛になにかを話しかけながら、花凛の口の中になにかを服用させた。

 おそらく、あれは陳達の精を子種として受け入れないようにするための仙薬だと思う。

 宝玄仙たちがこの家に滞在した後に出立するとき、こういうものも必要だといって大量に置いていったのだ。

 一粒で二月ほどの避妊効果があるらしい。そんなことをぼんやりとした頭で観察していた。

 それからすぐに陳達は寝入った。

 

 そして、いま眼が覚めた。

 まだ、真夜中だと思うが、激しい性欲から解放され、陳達の頭は冴えていた。

 それで思うことがあった。

 

「陳女……」

 

 陳達は妻の名を呼んだ。

 長女金という名を隠すために陳達が名付けた名だ。

 陳達の妻であり、女だから陳女──。

 安易だが、長女金はこの陳女という名が気に入った。

 

 そして、元は国軍の女将校にして武芸に秀いで、心根の優しいという国都でも評判の美女だったあの長女金が、しがない古服売りの男の貞淑な妻となった。

 そして、数箇月──。

 

 陳女となった長女金は、あらゆる意味でよい妻だった。

 国軍の元将校だったとは思えない程に家庭的で、料理をして家事をこなし、同じ長屋の女たちとも仲良くつきあっている。

 また、性技については、よく知っていて陳達を愉しませてくれるとともに、どんな陳達の要求にも悦んで応じてくれる。

 嗜虐的な性をするときには羞恥に染まってくれるし、破廉恥で解放的な性も一緒にやってくれる。

 そして、今日のように自分が責める側になっても、熟練した女調教師のように陳達もたじろぐほどの嗜虐の役をしてみせる。

 最高の女だ……。

 

 その女が陳達の妻なのだ。

 

 半年前には考えられなかった事実だ。女に縁のなかった陳達に最高の女が妻になってくれたのだ。

 それが不思議だ……。

 我に返ると、そのことに違和感しか覚えない。

 

「は、はい……」

 

 陳女がだるそうに顔を向けた。

 陳女と陳達は花凛を挟むように横になっていた。

 一枚の寝具なので、大人が三人も横になればぴったりとくっついてしまう。

 

「あ、あのう、まだ、するんですか……?」

 

 陳女がはにかみながらも少しだけ不安そうな表情を闇に浮かべた。

 陳達は苦笑してしまった。

 

「……違うよ。話がしたいだけなんだ。こんな夜中に申し訳ないんだが、一緒にこっちに来てくれないか?」

 

 陳達は立ちあがって、寝具を敷いている部屋の隣の居間に向かう。

 陳達は全裸だ。

 陳女が起きあがって、枕元にあった薄物を自分の裸身に引っ掛けた。

 そして、陳達の上掛けも運んできて居間に座った陳達の肩に乗せる。

 陳女が部屋の隅にある燭台に火をつけてから陳女の横に座った。

 ほとんど真っ暗だった部屋に灯がともる。

 

「眠れなくなったんですか……。わたしは眠いですけど……。あなたったらあんなに激しくって……。でも、普通ですか……。いや……、でも、今日は花凛さんがいたから、いつもよりも激しかったかも……」

 

 陳女が隣の部屋に寝ている花凛に視線を送りながら、くすくすと笑った。

 屈託のない心からの幸せそうな笑顔だ。

 その顔を眺めているだけで、陳達は自分の頬が緩んでくる。

 

「話というのは、そのことでな……」

 

 しかし、今夜に限って妙に陳達は妙に不安な気持ちになっていた。

 いつもなら、陳女だけなので、陳女の身体を慮りながら抱かなければならないが、今夜はふたりの女に世話をさせたために陳達も充分に堪能した。

 だから、いつもよりも冷静でいられるのかもしれない。

 

「そのこととは?」

 

 陳女が首を傾げた。

 

「俺はなんで花凛を抱いたのだろう?」

 

「はっ?」

 

 陳女がぽかんとした表情をした。

 

「いや、もちろん、抱いたのは俺だ。なぜか、花凛を見ていると無性に欲情して抱きたくなった。それだけじゃなくて、酷く乱暴に嗜虐的に躾けてやりたくなった……」

 

 つまり、むらむらと調教してやりたい感情が頭にもたげてきたのた。

 そして、花凛を手酷く調教まがいの嗜虐をして乱暴に抱いた。

 結果的に花凛は満足したようだったが、陳達が強姦のようなことをして無理矢理に襲ったという事実に変わりはない。

 

「わたしがそうするように誘ったらですわ……。それに女のわたしが言うから間違いありませんが、花凛さんは十分に満足してます。明日、眼が覚めても、あなたのことを悪く思っているということはありませんよ……。それどころか、また、あなたに躾けて欲しくてやってくるかも……。そうしたらどうします、あなた? また、ふたりで調教します? それとも、途中からみたいに、あなたがわたしたちふたりを並べて調教されますか? わたしは、どっちでもいいですよ、ふふふ……」

 

 陳女がくすくすと笑った。

 しかし、陳達はそれを苦笑して聞き流す。

 

「いや……。だが、なんとなく違和感があるのだ。花凛については、もちろん、俺がそうしたくて、そうしたのだが、こうやって冷静になってみると、どうしてどんなことをしたのか不思議になってな……。こんなことをすべきではなかったのじゃないだろうかという自分がいる……。いや、そうじゃないな……。こんなことをすべきではなかったと思うべきじゃないかと考える自分がいるんだ。それなのに、これっぽちも後悔していないんだ……。以前の俺の立場だったら考えられないことだ」

 

 陳達は正直なところを言った。

 すると陳女がにっこりと笑った。

 

「まあ、後悔なんてする必要はないですよ。さっきも言いましたが、花凛さんはもの凄く満足なさっています──。それに今夜のことは必要だったことですから。それに……」

 

 陳女がなにか諭すようなことを口にしかけたが、陳達はそれを手で制した。陳女が口をつぐむ。

 

「なあ、陳女……。お前、俺のことをどう思う?」

 

「どう思うって……」

 

 陳女は困惑したような表情になった。

 

「お前は本当に俺のことを好いているのか? いや、最初は宝玄仙殿に諭されたかたちで俺の妻になったということは知っている。しかし、ある時期から、俺はお前の真摯な愛情を感じるようになってきた。だが、それはなぜだ──?」

 

「まあ、そんなことを不安に思っておられるのですか、あなた? そうですねえ……。まあ、お顔は……人並み……よりも少しだけ見劣りするかも……。でも、そのほかのことは素晴らしい旦那様です……。働き者だし、真面目だし、頼りになるし……。ふふ……。でも、わたしたちって、なによりも、性の相性が抜群にいいと思いますけど……」

 

 陳女が冗談めかしく言った。

 しかし、今夜の陳達はなぜか、陳女の軽口に付き合う気持ちにはなれなかった。

 

「嘘をつくな、陳女──。お前が俺を心から好きになるはずなどないのだ──。俺は俺という男をよく知っているのだ。俺はこの鼻だ。お前と結婚するまでは、女と付き合うどころか、商売女にも相手をしてもらえなかったんだぞ──。それなのに、ある日、突然、お前という素晴らしい女が嫁にくるし、花凛のような若い女だって、なんだかんだで途中からは積極的だった。一体全体、どうしてこんなことが起こったのだ──?」

 

「さっぱりなにをおっしゃりたいのかわかりませんわ。それがあなたのお悩みなんですか……? わたしがあなたをお慕いしているのが──?」

 

 陳女は笑った。

 しかし、その屈託のない笑いが、また、陳達の不安を誘った。どう考えても絶対におかしいのだ。

 あり得るはずのないことが起きている。

 そして、そのことに合理的な結論を与えようとすれば、陳達にはたひとつの答えしか出てこない……。

 

 おそらく、間違いない……。

 多分、朱姫だろう……。

 

 もしかしたら、宝玄仙かもしれないが、陳達は朱姫だろうと思っている。

 陳達は、国都で宿元女という年配の女将校に『縛心術』という操り術を朱姫がかけるのを眼の前で見ていた。

 その朱姫が、『縛心術』をかけたのだ……。

 陳達が得た結論はそれだ──。

 

「俺の話を聞け、陳女……。お前、『縛心術』という操り術を知っているか?」

 

 すると陳女の顔の色が急変した。

 それは陳達も驚くほどの変わりようだった。

 それで陳達は確信した。

 

 陳女はなにかを知っている……。

 そして、なにかを隠している……。

 

 しかし、このことで少し陳達は混乱した。

 陳達の予想では、陳女がこれほどまでに色をなす理由はないはずなのだ。

 だが、それならば、陳女は承知して、『縛心術』を受け入れたのだろうか……。

 

「縛心術がどうしたのですか?」

 

 陳女は訊ねた。

 しかし、やはりどことなく陳女の態度は変だ。

 陳女がなにかを隠しているということは間違いない……。

 動揺しているような陳女の態度でそれがわかる。

 まだ、二箇月余りだが、毎夜のように肌を合わせている夫婦なのだ。

 陳女がなにかの隠し事のようなことをしているのならそれは感じる。

 

 まあいい……。

 とにかく陳女に直接ぶつけてみるだけだ。

 

「冷静になって聞けよ、陳女……。おそらく、間違いないと思うが、お前は『縛心術』にかけられている。俺のような醜男に惚れるように、朱姫に操り術をかけられたのだ」

 

 陳達は言った。

 しかし、不安な表情をしていた陳女の眼が大きく開いた。

 そして、次の瞬間、真剣だった陳女が爆笑した。

 

「な、なにがおかしいのだ、陳女──。お前は、操られているんだぞ。それで好きでもないのに、俺のような醜男の妻にさせられているのだ。笑い事ではないぞ」

 

 陳達は叫んだ。しかし、

 陳女はいつまでもころころと笑い続けるだけだ。

 だんだんと陳達は腹がたってきた。

 

「笑わずに聞くんだ、陳女──。お前がどのくらい知っているかはわからないが、あの朱姫は、『縛心術』という操り術の達人なのだぞ。俺は、あの娘が、俺の眼の前で宿元女という老獪な女将校に見事な偽の記憶の擦り込みをするのをこの眼で見たのだ──。あの技を使って、彼女はお前の心を操ったに違いないのだ──」

 

 陳達は懸命に説明した。

 だが、陳女の笑い声はますます大きくなるばかりだ。

 そして、やがて発作のような笑いが鎮まると、ようやく陳女は陳達に向かって口を開いた。

 

「わ、わたしは、『縛心術』などにかけられていません。それは間違いありません……。でも、そうであってもかまいません。術に操られている状態でもなんの問題もありませんから……。わたしは、ひとりの男の方をこんなにも好きでいられるなら、それはそれで素晴らしい操り術だと思います……。でも、わたしのこの気持ちは、操りとは関係のない正真正銘のわたしの正直な気持ちです──」

 

「し、しかし、朱姫の『縛心術』は、術がかかっていることを忘れさせてしまうのだ。どう考えても、お前のような女が俺に惚れるとは思えない──」

 

「あなたは、あなたという殿方が魅力的だから、わたしがあなたを好きになり、花凛さんもそう思ったから、途中からあなたを受け入れたとは思わないのですか?」

 

 陳女はおかしくて堪らないというような表情で言った。

 

「いいや──。俺にはよくわかっているのだ。残念だが、俺は女にもてるような男ではない」

 

 四十年間……。

 

 陳達は女に縁のない人生を送ってきた。

 人並み外れて醜い鼻のせいで、商売女にも疎まれてきた。

 それが突然に女が向こうから次々にやってくるような人生に変化した。

 それは悪くないのだが、やはり、これは不自然なことであり、あり得ないことなのだ。

 すると陳女が笑顔を陳達に向けた。

 

「……だけど、もし、そうであればどうなのですか? わたしが、操り術であなたが好きになるように心を操られているのだとして、あなたはわたしの術が解けて、どこかに行ってしまってもいいのですか?」

 

 陳女が言った。

 陳女は微笑んでいたが、その表情の裏には真剣な感情がある気がした。陳達はその真剣さにほんの少したじろぎを感じた。

 そして、考えてみた。

 陳女が『操り術』にかけられていて、そのために陳達に惚れるように強要されているとすれば、確かに術が解ければ、陳女は自分から去ってしまうかもしれない……。

 それに自分は耐えられるのだろうか……。

 

 考えた時間はそんなに長いものではなかった。

 それを想像したらすぐに結論に達した。

 

「……いや、俺にはそれは耐えられない。お前が心を操られているとしても、それでもいい。それが偽物の愛情でも俺はお前にそばにいて欲しい──。俺はお前を手放さない」

 

 陳達は言った。いくら考えてもその結論しかない。

 自明のことだ──。

 

 すると陳女が陳達の身体に自分の身体を寄せて、嬉しそうにしがみついてきた。

 陳達も陳達も裸身に薄物一枚をかけているだけだ。

 陳女の乳房が陳達の胸板にぎゅっと当たる。

 あれだけやり尽くしたのに、股間のものが再び力を漲らせてくるような気がした。

 

「ありがとうございます。そんな風に思ってくれて嬉しいです……。わたしみたいな経験をした女をなんの屈託もなく受け入れてくれるあなたのような男の方は、この世にふたりといないと思います。わたしこそ、あなたに捨てられたくないです──。どんなことでも受け入れますので、捨てないでくださいね」

 

 陳女が言った。

 陳達を抱きしめる陳女の力は結構と強い。自分もそっと陳女の身体に腕を回して抱き寄せた。

 

「しかしなあ……」

 

 だが、心に不安が過ぎる。

 なぜ、自分が女に縁があるようになったかという疑問はまだ解消されていない。

 やはり、陳女は『縛心術』に操られていているから、陳女は自分を好きだなどと言っているのではないだろうか……。

 陳達の落ち着かない気持ちが肌を接している陳女に伝わったのだろうか。

 陳女が陳達の胸の前で嘆息した。

 

「仕方ありませんね……。ならば、白状します──。こんなことをあなたに黙っていたなんて知られたら、わたしこそ嫌われるかも……。でも、あなたのことが本当に好きになるにつれて、黙っておくこともつらくなったというのが本当ですし……」

 

 陳女がそう言って、陳達の胸にもたれさせていた自分の顔をすっと顔をあげた。

 なんだが不安そうな顔をしている。

 

「操られてるとすればあなたです……。実は朱姫さんは、あなたに『縛心術』をかけたのです……。わたしは、それをあなたには伏せておくように言われていたのですが……」

 

 陳女は申し訳なさそうに言った。

 陳達は驚いた。

 

「お、俺に?」

 

 陳達は思わず声をあげたがすぐに首を傾げた。

 だが、そんなことはありえないだろう。

 その馬鹿馬鹿しさに陳達は笑いそうになった。

 

 『縛心術』で陳女──、つまり、長女金に惚れるように心を操られなくても、長女金のことは好きになるに決まっている。

 陳達はそう言った。

 

 すると陳女の顔に少しだけほっとしたように笑みが戻った。

 しかし、すぐに真顔に戻る。

 

「黙っていて申し訳ありませんでした……。あなたがかけられたのは、ご自分に自信が生まれるようにする操り術だそうです。朱姫殿は、性癖を解放する術だと言っていましたが……」

 

「性癖を解放する?」

 

 今度こそびっくりした。

 性癖を解放するとはどういう意味だろう……?

 

「そのう……。あなたが女に対して、自信が持てるように……、というよりは、もともと持っている性癖の欲求を我慢することなく解放するという心の施術のようです──。暗示されている言葉を耳にすると、あなたの中にある心の抑制が解除されるとか言っていました……。黙っていて、申し訳ありません。わたしは、あなたがそれで楽になって人生を愉しむことができるならそれでいいと思っていたのです……」

 

 陳女が申し訳なさそうに言った。

 

「えっ?」

 

 思わず声をあげたが、そう言われると思い当たることもある。

 陳達は、こと性に関することでは、陳女を相手に羽目を外すことが本当に頻繁だが、そんなとき、陳女はいつもあるひとつの言葉を頻繁に口にしているような気がする。

 なんとなく不自然に会話に含ませてくるので、陳達は印象に残っていたのだ。

 

 考えてみれば、花凛のときもそうだった。

 陳達は花凛に欲情しかけたが、さすがに手を出すのが躊躇った。

 だが、陳女がある言葉を口にした。

 それで、不思議に心が高揚して花凛に性的な調教をしたくなったような気がする。

 

「お、怒らないでください……。あなたを操るとか、心を弄ぶとかそんなつもりはなかったのです。ただ、あなたが悩んだりせずに、自信が抱けるならそれでいいと……」

 

 急に考え込んだ陳達に対して、陳女がもの凄く不安な表情をした。

 いずれにしても、朱姫の『縛心術』がなんらかのかたちで自分の心に影響を及ぼしているというのは本当のことだと思った。

 言われてみれば、それは確実だ。

 そうでなければ、女房の陳女はともかく、花凛のようなほかの女にまで、自分が躊躇いなく手を出すとは考えられない。

 どう考えても、およそ以前の自分では考えられない行為だ。

 それでいて、いまでも後悔のようなものはまったくないのだ。

 

 抱きたくなったから抱いた。花凛は陳達が手を出してもいい状況にあったのだし、陳女自身もかなりその気だった。

 だから、当然のことだと思っている。

 ある程度、暗示がそれを後押ししたのだとしても、そのこと自体が『縛心術』の影響なのか、なにも罪悪感のようなものを抱くことができない。

 

「つまり、俺が女に接触的になるための暗示の言葉というのが、……“異常な夫婦”という言葉か……。おうっ」

 

 陳達が、その言葉を口にした瞬間、陳達は自分の身体の中の血がかっと熱くなるのがわかった。

 そして、これまで鎮まっていた性的欲求が急に湧き起こった。

 

 なるほど、これが暗示の力か……。

 

 陳達は妙に納得した。

 だが、まだ腑に落ちないこともある。

 操られていたのが陳女や花凛などではなく、自分の方だとすれば、なぜ、陳女が陳達に慕うようなことをいい、花凛までもなんとなく自分になびいたような感じになったのだろう……。

 

 しかし、冷静になれたのもそれまでだ。

 だんだんと熱くなる身体は、陳達をこれ以上大人しくさせることはできないようだ。

 陳達はもうすっかりと興奮していた。

 そして、眼の前には裸身に薄物一枚を身に着けただけの陳女……。

 そうであるならば、いまからどうするべきかもまったくの自明のことだ。

 

「よくわかったよ、陳女……。わかったが、許すわけにはいかんな……」

 

 陳達は言った。

 

「ええっ──」

 

 陳女は陳達のその言葉に身体をびくりと震わせて身体を起こして、陳達の裸身から離れた。

 だが、陳達はその陳女の身体から薄物を剥ぐと、強引に背を向かせて、陳女の腕をその薄物でぐるぐる巻きにした。

 

「ひいっ」

 

 急に乱暴に扱われた陳女が反射的に声をあげた。

 しかし、陳女はそれ以上は抗わなかった。

 たちまちに、陳女は素裸で両手を布で後手縛りにされた姿になった。

 

「夫に隠し事をするような女房は、また、一から調教をやり直さないとならんな。そう思うだろう、陳女……?」

 

 陳達は陳女を睨んだ。そして、ほんの少しだけ笑みを作ってみせた。

 すると陳女がほっとしたように身体の力を抜いた。

 

「……その通りです、あなた……。わたしを一から調教してください」

 

 陳女がさっと正座になって、後手縛りのまま陳達に向かって床に頭を下げた。

 陳達は自分の身体から、さっき陳女が被せた薄物を脱いで、胡坐にかいた股間にそそり勃っている怒張を陳女に示した。

 

「舐めろ」

 

 陳達はそれだけを言った。

 すると陳女が小さな口を精一杯開いて、陳達の怒張を頬張った。

 実のところ、陳女は口が小さい。

 性技には類まれなものを持っていて、さまざまなことで陳達を愉しませる陳女だったが、どちらかといえば口でやる奉仕は苦手そうだった。

 だから、いままでは、陳達はそれほど陳女に口では求めてこなかった……。

 陳女は苦しげな息をしながら、唇の付け根が裂けるかと思うくらいに口を開いて、陳達の怒張を口に収めている。

 

「喉の奥まで入れろ。もっと、奥だ──」

 

 なかなか陳達の一物の全部を収められずにつらそうな様子の陳女に陳達は容赦なく言った。

 陳女がさらに顔をぐいと陳達の股間に寄る。

 一度だけ、えずくような仕草をしたが、すぐに陳女は呼吸を整えて、舌を陳達の怒張の側面に這わせながら、唇を前後に動かしだす。

 陳達はいっぱいに咥えこんだ口を自分の股間で動かし続ける陳女の揺れる乳房にそれぞれに左右の手を伸ばすと、床を向いている乳首を弾くように刺激した。

 

「んんんっ」

 

 陳女が懸命に口を動かしながら、吠えるように口の中で声をあげて、身体を悶えさせた。

 

「罰だからな。一度や二度の精を口に放ったくらいでは許さんぞ、陳女。それこそ、顎に力が入らなくなっても続けさせるからな……」

 

 陳達は言った。

 陳女が一度だけ吠えるような……、悲鳴のような……、同意のような……、そんな複雑な声をあげてそのまま口を懸命に動かし続けた。



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435 隷女ふたり

「ああ、いい匂いだ……。今朝はお客さんがいるからな。陳女が朝から香腸を焼いてくれているんだ。もう少し、待ってくれよ、花凛(かりん)

 

 陳達が陽気に言った。

 花凛と同じ作りの長屋である陳達と陳女のふたりの夫婦の家だ。

 この夫婦の捕らわれ人のような立場になってひと晩がすぎた。

 

 花凛は務めている居酒屋では料理はするが、家ではほとんど料理はしない。

 そのため、花凛の家の台所はほとんど調理器具などのない質素なものだが、陳女が長食の準備をしている台所はきれいに磨かれた調理器具や調味料などが整然と並べられていた。

 そこで陳女は朝食の支度をしている。

 いまは鉄鍋で香腸を炒めているようだ。

 

 香腸というのは、燻製にした挽肉を腸詰の袋に入れた細長いかたちをした肉の保存食だ。

 花凛がいる居間と玄関の横の台所とは戸一枚を隔てて接しており、いまはその戸を明け放しているので、陳女の作る香腸を油で炒める香ばしい匂いがこちらにも立ち込めてくるし、陳女が甲斐甲斐しく働く姿もよく見える。

 

 陳女はほとんど全裸だ。

 全裸に前掛けだけをした格好で料理を作っている。

 こちらからは、なにも身に着けていない後ろ姿が丸見えであり、陳女のかたちのいいお尻が料理をするために左右に揺れ動く様子は、女の花凛から見てもすごく煽情的だ。

 花凛と陳達は、その陳女のこしらえる朝食を居間で待っている。

 だが、陳達はすでに服を着ているのだが、花凛は全裸だ。

 

 しかも、花凛は肘掛け付きの座椅子に縛られていた。両脚がその座椅子の肘掛けにかけられて、膝の上下を完全に縄で肘掛けに括られている。

 そのため全開に開いた脚を閉じることもできないし、しかも両腕は座椅子の背中に回してそこで縛られていた。

 その横に陳達は床に胡坐をかいて座っている。

 

「あ、ああ……はあ……あっ……はあ……」

 

 花凛は甘い吐息を吐きながら、その座椅子で悶えていた。

 さっきから陳達が花凛の股間の亀裂に、指を潜らせては花凛の敏感な肉芽や肉襞をいじくりまわしていたからだ。

 どんなことをされても陳達の淫らな指先から逃げることができない。

 それがいまの花凛の姿だ。

 

 身動きできない姿にされて陳達に好きなように弄ばれる──。

 そんな扱いを受けたのは昨日が生まれて初めてだったが、花凛は異常なほどに興奮していた。

 いまも陳達の指につまみ出されるように肉芽が勃起させられている。

 そこを摘ままれて指の背で柔らかくくすぐられ、そして、すっかりと濡れている女陰の肉襞を擦られてくつろげられる。

 その刺激によって花凛の意思とは無関係に、真っ赤に充血して反り返りさえして、花凛の性器は蜜を垂れ流し続ける。

 

 そして、それを隠すこともできずに晒けだされる恥ずかしさ……。

 それは激しい屈辱感と絶望感だ。

 だが、それがいいのだ。

 

 花凛はその汚辱感を味わうことで、自分でも信じられないくらいに股間から蜜を垂れ流し続けていた。

 こんな身体はもう、一昨日までの自分ではない……。

 花凛は陳達に股間を弄ばれながらそう思った。

 

 昨日……。

 この夫婦に捕らわれて、異常な嗜虐を受けた。

 半裸で夜の長屋の前を歩かされ、全裸にされて天井から糸で肉芽を吊られて筆責めを受け、霊具で肛門を犯され、真っ昼間の長屋の庭で他人の視線を感じながら肛門で絶頂した。

 その後、再びこの部屋に拘束されたまま連れて来られて、今度は陳女と並べて凌辱めいた性交を陳達とした。

 

 激しさにおいても、時間の長さにおいても、そして、与えられる快感においても、この陳達の性交はこれまでに花凛が知っているものとは別格だった。

 この世にこれ程までの愉悦があるのかと思う程の快感を受けながら、花凛は完全に果てた。

 だが、一度果てても、すぐに無理矢理に起こされて、また、快感を与えられる。それが夜まで続いた。

 やがてやっと拘束を解かれたとき、花凛は全身が綿のようになり、ぴくりとも動けない程だった。

 昼間のうちは、陳達と一緒になって花凛を責めていた陳女だったが、夕方ごろからは、陳達から陳女もまた嗜虐的に責められていた。

 従って、行為が終わった時には、陳女もまた、花凛と同じくらいに疲労困憊の状態だったが、それでも木桶にぬるま湯を準備し、陳達の身体を拭き、花凛の身体を布で拭いてくれた。

 そして、女の身体を護るための薬だと言って、男の精を殺すという丸薬を与えられた。

 おそらく、道術のこもった仙薬だと思うが、それはかなり高価なものであるはずだ。だが、そういうものがこの家にはたくさんある気配だ。

 そう言えば、花凛の肛門を調教した性具も霊具のようだったし、古着屋というのはそんなに儲かるのだろうか……。

 そんなことを考えたりした。

 

「あくっ」

 

 峻烈な喜悦が全身に迸り、花凛は大きく背中を仰け反らせた。

 陳達が潜っている花凛の女陰の中の指が、花凛の一番敏感な入り口付近の上の壁を擦ったのだ。

 鮮烈な感覚に花凛は、気がつくと陳達の指が入っている股間を突きあげるように動かしていた。

 

「いきそうなのか、花凛……? 朝飯の前に一度気をやっておくか? それにしても、はしたない娘だな。こんなに股倉を曝け出して恥ずかしくないのか?」

 

 そんな花凛の姿を見て、陳達が蔑みの言葉をかけてくる。

 花凛の羞恥の姿を思い起こさせるような陳達の言葉に、花凛は目の眩むような汚辱を覚えた。

 そして、それがさらに苛烈で激しい官能の衝撃に変化する。

 

 花凛の裸身を弄ぶ陳達は、美人の嫁をもらった異常に鼻の大きい男だと思っていただけの存在だった。

 そんな男と関係することがあるとは思っていなかったし、こんな嘲笑されるような扱いを受けるなど考えられなかった。

 ましてや、その男に裸を見られ、淫らに反応する様を眺め続けられ、そのことでこんなに自分が興奮してしまうなど想像もできなかった……。

 花凛の神経はあまりの恥ずかしさに完全に神経が麻痺するような思いだ。

 

 性感だけが異常に敏感になっている。

 花凛の女陰の中の陳達の指がさらに、その敏感な場所を強い力で圧迫してきた。

 そこに強い力を加えたまま、ゆっくりとした速度で揉みあげられる。

 

「はおおおっ」

 

 衝撃が襲いかかる。

 来る──。

 花凛は耐えられずに甲高い声をあげて、直後にやってくるに違いない激しい絶頂に身体を備えた。

 

「食事ができたようだな……」

 

 しかし、花凛を嘲笑するように、ぎりぎりのところで陳達の指は花凛の股間から離れていった。

 一瞬、呆気にとられた花凛の前の卓に、素肌に前掛けをしただけの陳女が、できあがった朝食を載せた皿を並べ始めた。

 しかし、近くに陳女がやってくることで気がついたのだが、なんだか陳女の身体はとてもぎこちない。

 身体全体が紅潮しているし肌全体にうっすらと汗をかいている。

 時折、つらそうに脚を止めたり、呼吸を整えるように口を開けたりする。

 いったい、どうしたのだろう……?

 

 湯気をたてている香腸と野菜を炒めた料理──。

 生野菜を洗って細長く切ったもの──。

 冷やした馬乳豆腐──。

 柑橘系の果物の汁を施した水──。

 

 朝食としてはかなり豪華なものだと花凛は思った。

 それらの料理が卓に並べられる。

 しかし、皿は人数分準備されていたが、箸はひとり分しかない。

 

「ごくろうだったな、陳女……。もう、手はいらないだろう。両手を背中に回せ」

 

 陳達が言うと、陳女が大人しく陳達に背を向けて、背中に手を回した。

 その陳女の手首に陳達があらかじめ準備していた革製の手枷が嵌められた。

 

「花凛、昨夜、少しだけ俺と陳女の間でひと悶着あってな、この陳女は俺の調教を受け直すことになった。罰としてな……。そうだな、陳女?」

 

「あっ……、は、はい……。申し訳ございません、あなた……。どうか、わたしを調教して躾け直してください」

 

 陳女が後手に拘束されたまま、床に正座をして頭を下げた。

 花凛は驚いた。

 そして、同時に不可思議な感覚が自分の心に込みあがるのも感じた。

 

 調教……。

 

 人間なのにまるで動物の躾をするようなその物言い……。

 だが、それに隠されている甘美な響き……。

 

 陳達に躾けられる……。

 縛られて恥辱的な扱いを受け、無理矢理に感じさせられて、獣のように犯されて我を忘れるほどの快感を身体に刻まれる……。

 それを想像すると思わず花凛は身震いしそうになった。

 

「どうしたんだ、花凛……? お前も一緒に調教を受けたくなったか……?」

 

 ふと気がつくと陳達が花凛の顔を覗き込んでいた。

 花凛は心を見透かされたような気がして、思わず小さな声をあげた。

 

「い、いえ……」

 

 激しく頭を横に振っていた。

 

「そうか……。まあいい……。いずれにしても、もう少しの辛抱だ。おそらく、朝食が終わるまでには片付くんじゃないかな……。少なくとも、そんなに長くはかからないと思う……。そうしたら、もうすぐ解放するよ。そうすれば自由だ……」

 

 陳達は少しだけ残念そうに言った。

 

「えっ……?」

 

 しかし、陳女はもうすぐ解放するという陳達の言葉に動揺した。

 そして、動揺して激しい衝撃を受けている自分を発見して、さらに愕然とした。

 信じられないことだが、やはり、自分は陳達の調教というものを受けてみたいと考えたくなっているようだ。

 昨日の昼間、外で性具を使って凌辱されたとき、花凛は受けた快感のあまりの激しさに、陳達に抱かれたいと衝動的に声に出していた。

 それは一瞬だけの惑いのようなものだと思ったが、ひと晩経ったいまでも、その気持ちは続いているようだ。

 

 しかし、いま、陳達は、もうすぐ花凛を解放するようなことを口にした。

 それは花凛の胸の中に大きな石のようにのしかかってきた。

 花凛はもうすぐ放り出される。

 そうすれば、あの恥辱的で峻烈な倒錯の性はもう得られないのだろうか……。

 花凛の心を大きな失望のようなものが包む。

 

「花凛、口を開けろ」

 

 陳達が香腸を箸でとって、一本丸ごと花凛の口の中に押し込んだ。

 ひと口に食べるには少しばかり大きすぎたが、花凛は懸命に噛み砕いた。

 すると挽肉の肉汁が口の中に拡がる。

 それで花凛は自分がひどく空腹だということに気がついた。

 考えてみれば、昨日の夜明け前に拉致されてから、丸々一昼夜も、水分以外のものはほとんどまともに食べていない。

 眼を覚ましている間はずっと犯されるか性具でいたぶられるという時間を過ごし、それがないときはひたすら眠って身体を休めるという時間だけをすごしていたからだ。

 

「うまいか、花凛?」

 

 陳達が言った。

 花凛は頷いたが、口いっぱいに頬張っている香腸のために声を出せないでいた。

 すると陳達が箸の先で花凛に乳首の先を強く突っついた。

 

「んんっ……」

 

 思わず軽い悲鳴をあげてしまった。

 

「返事は口でするんだ。横着をするんじゃない……。おっ、でも、箸で突いたら乳首の先が尖ったか」

 

 陳達が面白がって、箸先で乳首を跳ね続ける。

 花凛は慌てて口の中のものを喉に押し込む。

 

「お、おいしいです、陳達さん……」

 

 花凛は慌てて言った。

 

「よかったな。じゃあ、もっと食べな」

 

「は、はい……」

 

 野菜、馬乳豆腐、そして、今度は炒め野菜……。

 次々に花凛の口の中に食べ物が入れられる。

 その間に陳達もまた、食事を続けている。

 時折、陳達が自分の口に水を含ませて、口移しに花凛に水を飲ませてもくる。

 花凛は顔を伸ばして、陳達の唇に自分の唇をしっかりと当てる。

 そして、陳達の唾液の混じった水をむさぼるように飲んだ。

 

「喉も乾いているんだな。だったら、もっと、飲むがいい……」

 

 すると、また陳達が自分の口に水を入れて、花凛の口に近づけた。

 花凛は唇を合わせてそれを飲み下す。

 しばらく夢中で与えられる食べ物と飲み物を口にしていたが、花凛はふと、食事をしている陳達と花凛に対して、陳女は一度も食べ物を与えられていないことに気がついた。

 

「あ、あのう、陳女さんは……?」

 

 自分の空腹が満たされると、花凛はなんだか申し訳ない気持ちになってしまってそう言った。

 

「犬の食事は、人間の後さ──。そうだな、陳女?」

 

 陳達が冷たく言った。

 

「は、はい……」

 

 陳女が正座をしたまま頷く。

 

 犬……?

 

 その言葉に再び花凛は身体がぞくぞくした。

 人間としての尊厳をすべて奪われて、動物のように扱われる自分を想像したのだ。

 すると、全開に開かされている股間におかしな疼きが走った気がした。

 花凛は当惑した。

 だが、どうしても、その惨めに扱われている自分を想像してしまい、すると、花凛は倒錯した酔いのような心地に襲われてしまうのだ。

 

 そして、はっとして身体を竦めた。

 いま、おかしな空想で快感を覚えている自分の股間を見られはしなかったか……。

 しかし、陳達は花凛に眼を向けてはいなかった。

 

 陳達はにやにやと笑いながら陳女に注目したまましばらく口の中で肉を噛んだ後、いきなり口に含んでいたものを使っていなかった皿に吐き捨てた。

 そして、すっと陳女の前の床に置く。

 陳達の唾液の混じったぐちゃぐちゃの咀嚼物だ。

 花凛はびっくりした。

 

「食っていいぞ、陳女」

 

 陳達は冷酷な口調で言った。

 しかし、その咀嚼物に向かってなんのためらいもなく、陳女が顔を伏せて犬食いを始めたときにはもっと驚いた。

 

「あはあっ」

 

 しかし、すぐに不意に陳女が甲高い声をあげて顔をあげた。

 花凛は突然始まった陳女の狂態に眼を見張った。

 

「あ、あ、ああっ……」

 

 陳女が上半身を床に倒した格好のまま、高くあげていた腰を小刻みに動かしだす。

 つらそうに顔も歪めている。

 そのまま硬直したように陳女はなにかに耐えるように目をつぶっている。

 花凛ははっとした。

 なにか淫靡ないたぶりを受けているのだ。

 間違いない……。

 

「はぎゃあああ──」

 

 次の瞬間、陳女の身体が跳ねあがるように仰け反って、陳女の顔が白目を剥いた。

 そのまま身体を横倒しにするように倒れたので、花凛の眼に陳女の肛門に挿入されている張形の端が見えた。

 花凛の肛門には信じられないくらいに黒くて太いものが突き挿さっているのだ。

 どうやら、陳女はずっとその極太の張形を肛門に挿入されたまま料理をしていたようだ。

 花凛は呆気にとられた。

 

「肛門の霊具を動かされたくらいで躾の途中で食事をやめるな。食えと言われたら食うんだ、陳女──。そうでないと、また、電撃をその肛門に流すぞ」

 

「も、申し訳ありません。た、食べますから……。あはあっ……、あ、あなた……」

 

 電撃……?

 いま、電撃と言っただろうか……。

 

 電撃というのは道術の力による強い衝撃波のようなものであるはずだが……。そうであるならば、陳達は道術を扱えるのか?

 花凛がそのことに驚愕していると、その表情に気がついたのか陳達が花凛にすっと小さな木の板を見せた。

 

「これも霊具だ。俺は道術遣いではないが、この霊具は霊気が遣えない人間でも扱えるように作られた霊具でね。この俺の持っている操作板で自在に振動させたり、あるいは電撃を流したりもできるのだ」

 

 陳達が酷薄な笑みを浮かべた。

 霊気がない人間にも扱える霊具というものは日常の生活用具として実在するが、電撃を与えられるほどの拷問具は、花凛の常識では道術遣いでなければ扱えないはずだ。

 まあ、陳達が霊気なしでも扱える霊具だというのであれば、そうなのだろうが……。

 

 いずれにしても、肛門に霊具を入れられて電撃を加えられて拷問される……。

 花凛は息を飲んだ。

 

 陳女はすぐに床に正座をしてうずくまる姿勢に戻ると、急いで皿の上のものを口に入れ始める。

 だが、電撃こそないが肛門に埋まっている性具としての機能は発揮していて、うねうねとうねり続けているようだ。

 陳女の高くあげた白いお尻がぶるぶると震えており、陳女がつらそうな顔をしていることからそれがわかる。

 陳女も肛門を苛まれてものを食べるのはつらいのか、なかなか飲み込めないでいるようだ。

 

 やがて、皿の上のものはなくなる。

 すると、陳達がまた口の中のものを床の皿に出す。また、陳女がそれを口にする。

 花凛はしばらく、その光景を見物させられた。

 

「あ、あの……陳女さんは、なんの罰なのさ……?」

 

 花凛は訊ねた。

 自然に自分の口から熱のこもった息が洩れるのがわかった。

 身体が淫らに疼いている……。

 陳女が陳達が口から出したものを食べさせられているのを見て、なぜか花凛は異常な興奮状態になっていた。

 花凛の股間はこれ以上ありえないくらいに充血し、まるで火で炙られているように熱い。

 

 もっと、自分の股間も触れて欲しい……。

 性具を挿入してぐしゃぐしゃに掻き回して欲しい。

 それを拒む一切の手段は花凛にはないのだ。

 それなのに、さっきまで続けていた花凛に対する悪戯をぴたりとやめて、いまの陳達は陳女だけに関わっている。

 そのことが不満だ……。

 

 だが、さすがに自分から責めてくれとは言えない。

 身悶えするような疼きはだんだんと大きくなっていく……。

 花凛の股倉は座椅子の手摺を使って開脚させられて、羞恥の源泉を隠すことも許されずに露出させられている。

 しばらく弄られ続けた女陰は熱く火照り蜜を垂れ流し、まだ興奮状態の醒めない花凛の股間は、そこだけが別の生き物であるかのように収縮を繰り返しながら、いまだに新たな蜜を流している。

 

 それなのに、陳達は陳女に構うだけで、なかなか花凛には戻ってこない。

 まるで喉が渇いて堪らないのに、眼の前の水を与えられない気分だ。

 

 そんな気持ちが花凛にそんな質問をさせた。

 本当はそんな疑問はどうでもよかった。

 

 陳達の注目をもう一度花凛に向けたい。

 そう思っただけだ。

 

「ふふ……、知りたいのか……? まあいい、教えてやるよ。実は俺のこの身体には、俺の性欲を活性化させる暗示が刻まれているようなのだ。この陳女は、それを知っていて俺に黙っており、自分が淫靡な気持ちになって犯して欲しくなると、その暗示の言葉を使って、俺を興奮させて自分を犯させていたんだ……。そうだな、陳女?」

 

 そして、陳達が再び手に持っていた板に手を振れた。

 その瞬間、陳女の口が大きく開いた。

 

「んぐうぅぅっ──。で、電撃は堪忍してください、あなた──」

 

 陳女の身体が跳びあがって叫んだ。

 また、陳女の尻に電撃が加わったようだ。

 長屋の薄い壁を考えてか、随分と陳女の悲鳴は抑えられたものだったが、その表情には悲痛な苦悶が浮かんでいる。

 陳女に与えられている仕打ちが並大抵のものでないことは明らかだ。

 花凛は陳達の残酷さに息を飲んだ。

 

「お願いよりも、返事は──?」

 

 陳達がまた手に持っている操作板に指を乗せた。

 また、陳女が悲鳴をあげながら身体がばね仕掛けの人形のように跳びはねる。

 

「わ、わたしは、わたしなんかに遠慮をせずに、あなたが満足すればいいと思って……。はぎゃあああっ」

 

 陳女が必死の顔で訴えた。

 しかし、また電撃を与えられて淫女は引っくり返る。

 

「言い訳をするな、陳女──。たとえそうでも、お前が犯されたいときに、俺の性欲を暗示の言葉で操って自分を犯すように仕向けていたのは事実だろう──。だが、そのうちに俺の性欲はますます激しくなり、嗜虐の度合いが進み過ぎるようになってしまい、お前ひとりでは毎夜の伽に耐えられないようになると、花凛のような女を見つけて、お前とともに俺の性欲を満たさせるための道具にもしようとした……。そうだな?」

 

「そ、そんなことは……。わたしは、ただただ、あなたが性欲を我慢せずに、自儘になさればいいと……」

 

「うるさい──」

 

「ひぐううっ──」

 

 陳達が陳女にまた電撃を浴びせたらしい。

 今度はかなり強い衝撃だったのか、すぐに起きあがることはできないようだ。

 それだけじゃなくて、口から泡のようなものも吹いている。

 花凛はさすがにやり過ぎだと思った。

 

「ち、陳達さん、や、やめてあげてよ……」

 

 花凛は思わず言った。

 

「なぜ、庇うのだ、花凛? さっき俺が言ったことは満更出鱈目でもないのだぞ……。あのとき、陳女が暗示の言葉を言わなければ、お前はこんなことになっていなかったのは事実なのだ。この女は人畜無害の善人の顔をしているが、これはこれでなかなかの策士なのさ──」

 

 陳達が言った。

 

「だ、だけど……。自分の奥さんにこんな酷いことしなくても……」

 

 花凛は口にした。

 

「そうかな、花凛? 陳女は本当に嫌がっているか? よく見てみろ」

 

 陳達は冷静な声をあげた。

 花凛は陳達の言葉に陳女の姿をもう一度見た。

 しかし、その瞬間、花凛は陳女が決して苦しんでいるだけでないことを悟らずにはいられなかった。確かに苦悶の表情を浮かべている。だが、顔はすっかりと桃色に上気し、眼は潤み、口元は笑っているように開き、その口端からは涎まで流している。

 花凛は息を呑んだ。

 確かに、嫌がっているだけではない。

 

「これが調教だ、花凛……。お前も調教を受けてみたいか? 言っておくが昨日のあれなんか、調教には入らないぞ──。本当の調教は心そのものを変えてしまうんだ……。苦痛しか与えられてないのに、それが快感としか受けとめられなくなる……。この陳女がいい例だ。どうだ、陳女、霊具による電撃責めは苦しいか?」

 

 陳達が陳女に視線を向けた。その陳女はやっと身体を起こして再び正座の姿勢に戻ったところだ。

 

「き、気持ち……いいです……」

 

 陳女は言った。

 花凛は身体が身震いしてしまった。

 

 陳女が気持ちいいと発言した瞬間、なぜかその苦悶と快感を混ぜこぜにしたような淫靡な表情をしているのが自分だと想像してしまった。

 その瞬間、また、股間がじゅんとなった。

 

 もう我慢できない。

 自分も──。

 

 そして、ふと思った。

 調教を受けてみたいか……?

 

 さっき陳達はそう訊ねたはずだ。

 花凛はそれに対する答えを口にしようと、意を決して口を開いた。

 

「おい、陳達、陳女そこにおるか──? 采女(さいじょ)から聞いたんじゃが、花凛もそこにいるというのは本当か? 洛葉(らくよう)さんのところが大変なんじゃ。花凛の家もじゃ──。おい、ちょっと出てきてくれんか──?」

 

 そのとき、突然、玄関の戸が外から叩かれた。



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436 宝物のゆくえ

「おい、陳達、陳女そこにおるか――? 采女(さいじょ)から聞いたんじゃが、花凛(かりん)もそこにいるというのは本当か? 洛葉さんのところが大変なんじゃ。花凛さんの家もじゃ――。おい、ちょっと出てきてくれんか――?」

 

 そのとき、突然、玄関の戸が外から叩かれた。

 大家の声だ。

 花凛ははっとした。

 

 いま、花凛はその玄関に向かって大股を開いて拘束されている。

 玄関の戸を開けば、裸身の花凛を阻むものはなにも存在しない。

 それは陳女も同じだ。

 陳女もとっさに床の上にうずくまるようにして身を竦めている。

 しかし、完全に座椅子に縛られている花凛には、そうやって身を小さくすることもできない。

 花凛の裸身は大家がやってきた玄関に向かって、完全に曝け出されている。

 

 陳達はにやりと笑うと、花凛を一瞥して立ちあがった。

 そして、玄関に向かって歩いていく。

 まさか、そのまま戸を開けるつもりでは……。

 花凛の背に冷たい汗が流れる。

 

「大家さん、いま、開けるよ――。確かに、花凛はこの家にいるよ」

 

 陳達が玄関の戸の前に立って言った。

 そして、観音開きの蝶番に手をかけた。

 花凛は驚愕した。

 

 本当に花凛と陳女をこのままにして戸を開けるつもりだとわかったからだ。

 陳達がすっと戸を開いた。

 思わず出そうになる悲鳴を花凛は堪えた。

 

 しかし、陳達が開いたのは人ひとり分くらいの小さな隙間だ。

 陳達はその隙間に立って、大家が中に入ってくるのを阻むように戸の前に立って、外にいる大家と陳達は向き合った。

 それでも、大家の視界を阻んでいるのは、陳達の身体だけだ。

 こちらからは、はっきりと大家の気配を感じるし、つまり、ほんの少し、陳達が身体を横にすれば、大家は花凛たちの裸身を容易に眺められるということだ。

 陳達と大家はなにかを話し込んでいる。

 

 いまのところ、大家が陳達の背中越しに家の中を覗き込もうとしている気配はないが、その意思があれば、花凛の痴態ははっきりと大家の視界に入るだろう。

 花凛は開いている玄関の戸から流れてくる外気をしっかりと肌に感じた。

 それとともに、気が動転して訳のわからない感覚に陥った。

 やがて、それは息が詰まるような官能の波ではないかと思った。

 あまりの衝撃に視界が揺れた。

 

 大家と陳達がなにを話しているかも耳には入らない。

 息も止まるような羞恥に花凛の身体に痙攣のような震えが走る。

 なにも触れられていない股間がかっと熱くなり子宮に大きな疼きが走っている。

 

 見られる……。

 いや、見られているのではないか……。

 そう思った。

 

 すると、股間の熱さと子宮の疼きが全身に一気に迸った。

 頭が真っ白になった。

 なにが起きたかわからない。

 気がつくと、眼の前に陳達が立っていた。

 

「おっ、どうしたんだ、花凛は?」

 

 陳達が驚いたような声をあげた。

 

「あなたが意地悪するから、びっくりして軽く達したようですわ……。酷い人ね……」

 

 陳女が甘えるような声をあげた。

 達した……?

 

 なにも触られていないのに……?

 花凛は陳女のその言葉を聞きながら呆然としていた。

 そんなことがあり得るだろうか……。

 

 だが、確かにそんな感じだ。

 身体にはただれるような脱力感が襲っていた。

 

「どうやら、花凛は、本当に激しい被虐の癖があるようだな……」

 

 陳達が陳女の股間を呆れたように見下ろしながら言った。

 

「……だが、残念ながら時間切れだ。拘束を解いてやるから、ふたりとも服を着ろ。花凛の家と洛葉さんの家に泥棒が入ったそうだ。洛葉さんは大家のところにいたから無事はわかっていたが、花凛の行方がわからなくて心配していたようだ。花凛は俺のところにいると教えたら安心していたよ……。さあ、行ってみよう――」

 

 陳達が言った。

 

 

 *

 

 

「昨夜のうちに入ったようじゃ、花凛……。盗賊は、あんたのところと、洛葉さんのところに忍び込んだようじゃ……。幸いにも洛葉さんも、あんたも留守でよかったがな……」

 

 陳達と陳女とともに、通りに面している自分の長屋がある棟に戻ると、洛葉の家の前に大家のほかに数名の野次馬が集まっていた。

 大家は六十過ぎのはずだが、背が低く腰が曲がっているのでもっと歳をとっているようにも見える。

 その大家が花凛を認めると、そう言った。

 

 ふと見ると、花凛の家の玄関が外から壊されている。

 とっさに王奇(おうき)の仕業だと思った。

 一昨夜は陳女と陳達に追い返されるかたちになったが、あと後、花凛は陳達夫婦にそのまま連れ出されていたから、数日前から大家の家に避難していた洛葉はもちろん、花凛の家も丸一日不在だった。

 

 その時間を利用して、もう一度花凛の家から潜入したに違いない。

 花凛の家の戸締りはした覚えはないが、いつの間にか陳達か陳女が鍵を閉めていたのかもしれない。

 それでひとりでやってきた王奇は、花凛の家に入ることができずに戸を壊して入ったのだろう。

 どうせ、壊すなら直接に洛葉の家の戸を壊しても同じだと思うが、そういう頭を使わず、短絡的な行動をとるのは、いかにもあの王奇らしい。

 

 そして、おそらく、花凛の家から壁の抜け穴を潜って洛葉の家に入り、目印のある床板を外して、例の盗賊団が隠していったという財を掘っていったに違いない。

 

 残念なこととは思わなかった。

 むしろやっかいなことから離れられてほっとしたというのが本音だ。

 目的を達した以上、あの王奇が花凛に関わることはないだろう。

 

 それに王奇もまた、盗賊団の財の情報に接してそれを横取りしたのだ。

 いくら王奇が馬鹿でも、この青天(せいてん)の城郭にいつまでも残っていれば、自分も危険だということくらい悟るに違いない

 あの馬鹿男とはこれで縁も切れたに違いない。

 盗賊団の残した財などに、どうして興味を持ったんだろう?

 花凛は心からそう思った。

 

「まずは、あんたのところに入り込み、それから、壁を外して洛葉さんの寝泊りしておった家に入ったようじゃ。とりあえず、洛葉さんには調べてもらったが、床板を外して穴を掘ってあったのを別にすればこれといって盗まれたりしたものはないそうじゃ……。それで、お前もなにか盗まれたりしておらんか調べてくれ」

 

 大家に促されるように自分の家に入った。

 玄関の戸が壊され、洛葉の家の間の木の板の一部は外れたままになっている以外には、異常はない。

 花凛は大家にそう言った。

 

 だが、やはり洛葉の家との間の壁の板は外れたままだった。

 そこから洛葉の家が見える。

 洛葉の家の中では玄関に近い床の板が外れっぱなしになっている。

 大家を始め、陳達と陳女の夫婦もなんとなく、そこに集まって穴を覗いていた。

 花凛もそこに行ってみると、確かに外れた床板の下には縁の下の地面があり、甕ひとつ分の穴がぽっかりと開いていた。

 

「ここになにかが埋まっておったんかのう?」

 

 大家が首を傾げている。

 花凛は真実を伝えるべきかどうか迷った。

 もう洛葉に危険はないと思うが一応真相を教えるべきなのかもしれないとも思った。

 

「そうだとしても、掘り出してしまったんだろうから、どうしようもないな。まあ、判断する限りでは、ここになにかが埋まっていて、盗賊はそれを盗むというよりは、回収していったのだろうな……。いずれにしても、盗るものを盗ったとあれば、もう来ないとは思うけど、同じものを目指して別の盗賊が来ないとも限らないな。この家の床下がそうやって荒らされたことは喧伝しておいて方がいいだろうな」

 

 陳達がそう言った。

 

「そういうこともあるかのう……。じゃあ、一応は町役には届けておくことにしようか。それにしても、昨日、陳達を襲った男もその関係者なんじゃろうのう」

 

「間違いないだろうな」

 

 陳達がそう言い、なんとなくそれで話は終わりだという雰囲気になった。

 花凛もそれで真相を発言する機会を逸してしまった。

 

「いずれにしても、ここはしばらく空き家のままにしておこうかのう。洛葉さんには別の空き家を案内することにしようか……。そう言えば、入られたのは花凛のところもじゃなのだから、花凛も念のために家を移った方がいいかもしれんな。この長屋には二十軒ほどの家があるが、空き家も数軒ある。そこに移るか、花凛?」

 

 大家が言った。

 

「だったら、わたしたちの隣が偶然空いていますわ。右隣りは周達さんですけど、左隣りは空き家ですわ」

 

 陳女が口を挟んだ。

 

「そうだな。それがいいさ。荷物の移動は俺たちで手伝ってやるよ――」

 

 すかさず、陳達が言った。

 そして、花凛の顔を見てにやりと微笑んだ。

 気がつくと陳女もまた花凛を覗き込むように視線を向けている。

 ふたりの視線が花凛に注がれる。

 なんだか、蛇に睨まれた蛙のような気持ちになる。

 

 そう言えば、このふたりの家の隣は空き家だ。

 しかし、こんな変態夫婦の隣などに引っ越しをすれば、これからどんな生活が待っているか目に見えている。

 

 この二日で味わったあの恥辱と被虐の快感――。

 それが毎夜のように続く日々が待っているのだろう。

 花凛は自分が被虐への快感の期待に狂いそうになっていることを知っている。

 陳達や陳女から受けた淫らな仕打ち……。

 ここに来る直前に陳女が陳達から受けていた残酷な調教……。

 それを自分が本格的に受け続ける日々が来るのかもしれないと思うと、花凛の股間はそれだけで熱くなっていた。

 気がつくと花凛の口には緊張で大量の唾が溜まっていた。

 

「じゃ、じゃあ、そうする……」

 

 一度ごくりと唾を飲み込んでから、花凛はそう答えていた。

 この夫婦からは逃げられない……。

 そう思うと込みあがる被虐の疼きに、腰が自然に左右にくねる。

 

「じゃあ、あんたらに任せるわい。この花凛は、夜の仕事をしとるから結構誤解されとるんじゃが、根は真っ直ぐな娘じゃ。あんたら夫婦で優しくしてやってくれ――。いずれにしても、この通り沿いの棟は物騒だから、しばらくは空き家ということにしようかのう……」

 

 大家が言った。

 

「それはもちろん、わたしたち夫婦は、花凛さんともの凄く親しくお付き合いすると思います……。ねえ、花凛さん」

 

 陳女がそう言って、花凛ににっこりと微笑みかけた。

 

 

 *

 

 

 荷を移動するのはそれほどの時間はかからなかった。

 ほかの長屋の住民も手伝ってくれたし、午前中のうちにすっかりと荷は陳達と陳女夫婦の隣室に移動し終った。

 同じ時間に洛葉の荷物も、同じ長屋のほかの空き室に移動し終わっている。

 花凛は手伝ってくれた人にお礼代わりの昼食をこしらえて、それを振る舞った。

 使ったのは陳女の家の台所であり、料理の支度と食材の準備は陳女が手伝ってくれた。

 

 長屋の住民は、花凛の料理が思いのほかうまいと褒めてくれた。

 水商売だからあまり、家庭的な雰囲気がないからだろう。だが、居酒屋では料理も作るので花凛は料理は得意だ。

 引っ越しの手伝いをしてくれたのは、たまたま暇だった長屋の住民の十数人だ。

 

 二軒の家の引っ越しが終わると、洛葉や大家も含めた手伝いの長屋の住人のみんなと一緒に車座で昼食を食べてたのたが、そこで気がついたのは、陳達と陳女の夫婦が随分とみんなに慕われているという事実だ。

 確かに、こうやってほかの人の相手をしているときは、ふたりは本当に優しそうで親しげな人物だ。

 それに、世話好きでこの長屋内で困った者がいれば、密かに手を回して助けているという噂も耳にする。

 とてもじゃないが、一昼夜にかけて花凛を残酷に嗜虐した夫婦と同じ人間とは思えない。

 

 やがて、昼食が終わって全員がいなくなると、花凛は陳達、陳女夫婦からもう一度、ふたりの家に連れていかれた。

 緊張で身体を竦ませている花凛に、陳達は台所の奥に隠してあった一個の木箱を見せた。

 

「あっ――」

 

 思わず花凛は声をあげた。

 その中にあったのは、大量の金板だった。

 全部で三十枚はあるだろう。ひと財産だ。

 花凛は息を呑んだ。

 

「ど、どうして、これが……?」

 

 しばらく金板に見とれていた花凛は、やっとのこと言った。

 すると陳達がにやりと微笑んだ。

 

「もちろん、お前をここに連れ込んだ直後に回収したのさ。一番最初にあの王奇とかいう若者とあんたが洛葉さんの家に忍び込んだとき、陳女はちゃんとあんたらの会話を聞いていて、床下に財が隠されているというのはわかっていたのさ。俺が花凛に興味を持ったんで、口を割らせるためだとか言って拷問したけどね……」

 

「え……」

 

「 まあ、ああいうのも俺たちの性戯のひとつでね……。いずれにしても、陳女がここであんたの相手をしている間に、俺がすぐに回収して、ここに移しておいたというわけさ」

 

 陳達が笑った。

 

「じゃ、じゃあ、王奇は……? さっきの洛葉さんの家を荒らしたのは王奇じゃなかったの?」

 

 ならば、さっき洛葉の家に掘ってあった穴は王奇が掘ったものではなかったのだろうか……?

 あるいは、王奇は掘ったものの、そこに財を見つけられず手ぶらで戻ったのだろうか……。

 どちらにしても、怒り狂った王奇は花凛や陳達を襲ってくることになるだろう。

 花凛は自分の疑問と疑念をぶつけた。

 しかし、陳達は笑い飛ばした。

 

「もちろん、夕べ洛葉さんのところに忍び込んだのは王奇という青年の仕業だ……。というよりも、俺たちは、あの王奇が戻ってきて、洛葉さんの家から彼の狙いである隠し財を盗んでいくのを待っていたんだ。あんたをここに監禁して、あの二軒を空き家にしておけば、勝手に入り込んで、また盗もうとすることはわかりきっていたしね」

 

「わ、わざと……?」

 

「まあ、ついでに、俺たちの性戯の相手をしてもらったのは申し訳ないけどね……。だけど、心配はないよ……。ちゃんと、不自然でない程度の金板はそのまま残しておいた。王奇が持っていったのは金板が十枚ほどだけど、王奇はすでに大部分が運び去れらた後とは夢にも思わないさ――」

 

「だ、だったら……」

 

「そうさ。これで、すべての罪は王奇に期すだろうし、誰も俺たちがねこはばしたとは思わないさ。それに、俺たちが責任をもって、裏世界にも王奇が財を盗んだという情報は流してやるよ。詳しくは離せないが、俺はともかく、この陳女は実は裏世界にも伝手があってね……」

 

 陳達は笑った。

 その横で陳女もにこにこしながら頷いている。

 しかし、花凛は驚いて口がきけなかった。

 この夫婦はあろうことか、どこかの盗賊団の隠し財を横取りしようとした王奇から、さらに財を横取りして、しかも、その罪を王奇に全部擦りつけようとしているようだ。

 花凛はぞっとした。

 

「……どうする、花凛さん? もちろん、半分はあなたのものよ。まあ、残りの半分は、手間賃として、わたしたち夫婦がもらうつもりだけど……。裏社会の工作にも少しは軍資金があると楽なのよね……」

 

「夜のうちに半分を花凛の家に持っていくよ。それでいいだろう?」

 

 陳女と陳達がそれぞれに言った。

 

「じょ、冗談じゃないよ。どうか、全部、あなた方が持っていってよ。そんなのあげるさ。もちろん、あたいは一枚もいらないよ――」

 

 花凛は叫んだ。

 

「そんなこと言わないで、とっておいたら? 財というのはないよりはあった方が楽よ。あの王奇という男のことなら大丈夫よ。詳しくは教えられないけど、あなたの教えてくれた情報でいい具合に処置できそうだから……」

 

 陳女のいう”いい具合“というのが、なんなのかはわからないがそれはもういい。

 それよりも花凛の興味は、今朝まで激しかった“調教”のことしかない。

 あんなに、残酷さも際立っていた陳達による陳女への嗜虐だったのに、いまは嘘のようにふたりは仲良く思える。

 

「それよりも、もう調教とか躾とかいうのは終わったの? あんなに凄かったのに、次の瞬間には、あんなことなんにもなかったかのように、なんでふたりは振る舞えるのさ? 一体どういう関係なの?」

 

 するとふたりが爆笑した。

 

「あんなのは、”ごっこ遊び”だよ。ごっこ……」

 

 陳達がやがて笑いながら言った。

 

「ごっこ遊び……」

 

 花凛はなんだか全身の力が抜ける気がした。

 やはり、この夫婦はおかしい……。

 巻き込まれると、どこまでも翻弄されて、とんでもない目に遭う。

 いずれにしても、根本的には仲良し夫婦なのだろう。

 ただ、ふたりの性癖が特殊だということだけだ。

 

「軽い気持ちで、花凛さんももう一度どう? わたしの見たところ、満更でもなかったようだけど……?」

 

 陳女が誘うような口調でそう言った。

 花凛は股間がぞわそわと疼くのを感じた。

 

 そして、もちろん、陳女の誘いに対する答えは決まっている。



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437 ハレム長屋

「早くしろ、文句言うんじゃねえよ。これでいいのよ――。亭主のお戻りだ。さっさとしやがれ――。女というのはこれに限るんだ。本当だぜ、鼻――」

 

 高羽(こうう)が酒を呷りながら空中で拳骨を振った。

 馴染みの居酒屋だ。

 

 周達から強引に呼び出されて、ここで待ち合わせをしているのだが、かなりの宵の口となったのに、いまだにやってこない。

 それでひとりでちびちびとやっていたが、たまたま、やってきた高羽に絡まれてしまったのだ。

 どうも、この店にくると絡まれ癖がついている気がする。

 

「おい、聞いているのか、鼻――。お前が女房をもらったばかりというのは、この間、聞いたぞ――。だから、俺が教えてやったろう――。これ式だ。女房を殴ったか? 平手で二、三発も張ってやったか? ちゃんと、お前が尻に敷いているのか? それとも、まだ、敷かれてやがんのか――」

 

「殴りはしないけど、これでも尻には敷かれていないよ。心配には及ばないさ――」

 

「本当だろうなあ、鼻――。まあいい……。とにかく、女房というのはなあ……」

 

 高羽はすっかりと酔って鼻の頭が赤い――。

 唇も震えている。

 

「とにかく、酔ってしまえよ、高羽。今日は俺が払うから、なんでも頼んで、なんでも飲んでくれよ」

 

 だが、高羽は聞いているのか、聞いていないのか、しばらくは、いつもの亭主関白論を念仏のように唱えて、強い酒を呆れるくらいにがぶ飲みし、ついには机に突っ伏してしまった。

 

「これはいかんな……。酔い潰れてしまったか……。さっきも言ったが、払いは俺がするが、こりゃあ、どうしたものかな。送ってやりたいが、ここで待ち合わせをしているんだよ」

 

 陳達は困ってしまって、店の主人に視線を向けた。

 

「放っておいてあげなさいよ、旦那。この御仁はしばらくここで寝たらちゃんとひとりで帰りますよ……。いつもそうなんですから」

 

 居酒屋の主人は五十すぎの年配の男だ。

 この店はその主人がひとりで酒の支度や料理までやっている店だ。

 狭い場所に卓が三個だけあるような小さな居酒屋なので、ひとりでも手が足りるようだ。

 それでも、いつもは話をする余裕などないのが、この日は珍しくほかに客がいなくて、店の主人も陳達の相手をしてくれる余裕があるようだ。

 

「まあ、あまり、家に戻りたくはないんでしょうねえ……。いつも乱暴なことを言っていますけど、あっしは、この御仁は尻に敷かれていて、きっと女房に頭があがらない口だと思いますけどね」

 

 主人は言った。

 陳達は苦笑した。

 二箇月ほど前だったか、同じように酔い潰れて、この高羽を家まで送っていったときのことを思い出したのだ。

 高羽は酔っ払ったまま家の前まで戻ったものの、女房から締め出しを喰らっていた。

 しばらく、高羽は大人しく立ちん坊をしていたが、やがて出来のよさそうな子供が玄関の戸を開けてくれて、すっかりと酔いも覚めた感じで、そっと家の中に入っていった。

 

 陳達は、払いは自分がすると言って、主人に酒を勧めた。

 すると主人は、とっておきの銘酒だと説明しながら、奥から透明で透き通った醸造酒を取り出してきた。

 飲んでみると驚くほどおいしかった。

 

「ところで、大通りに立派な店をお構えになったそうですね。おめでとうございます、旦那――」

 

 店の主人が言った。

 陳達は驚いた。

 

「なんで、それを……?」

 

「そりゃあ、客商売ですから……。旦那の噂だってよく耳にしますよ。評判のいい古着屋のご主人だというのは、随分と前から存じておりましたが、なんか、大通りに立派な服の仕立てのお店を出すようになったとか……。こんな萎びた店に足を運んでいただくことはもう、ないのかもしれませんが、どうぞ、おめでとうございます」

 

「よしてくれよ、ご主人――。俺は、これからも時々は通わせてもらうよ。長屋だって移る気はないし……。まあ、確かに、大通りに店を持つことになったけど、別にお大尽の仲間入りをしたわけじゃないさ。そこだって小さな店なんだ。まあ、ちょっとした伝手で、大きな仕立ての仕事を任せられるようになってね……」

 

「すごいじゃないですか」

 

「いやいや……。それで、いまの店じゃあ、どうにもならなくなって、仕方なく、別に店を構えることにしたのさ。だけど、俺の店はこれまで通りに古着屋さ。あそこで、古い服を仕入れて、ちょっとした細工を追加して新しい服として安く売る……。それが俺の仕事でね……。大通りにも店を構えたのは、増えてきた仕立ての客が馬車で来るような連中が多くてね。それだけさ」

 

 陳達は言った。

 

「いずれにしても、大通りに店を構える立派な商人さんじゃないですか」

 

「いやいや、さっきも言ったが大通りの方だって小さな店なんだ。番頭と仕立て屋を雇って彼らに任せるようになると思うけどね……。どっちにしても、大したことはないんだ……。裏通りの古着屋だってそのまま続けるしな……。それにしても、うまい酒だねえ」

 

 陳達は眼の前の透明の酒をぐいと飲んだ。

 これまで裏通りで細々とやっていた古着屋のほかに、大通りにも店を構えるようになったのは理由がある。

 

 大口の仕立ての注文が定期的に入るように決まったからだ。

 そうなるとどうしても裏通りでは商売ができない。

 服をわざわざ仕立てて作ろうというような客は、馬車でやってくるような分限者ということになるからだ。

 

 だから、大通りの仕事は稼ぐための店だ。

 陳達の軸足は裏通りにある庶民が相手の古着屋のつもりだが、なんといっても稼がねばならない。

 なにしろ、成り行きで陳達は三人の女を世話するような立場になっているのだ。

 

 この間、たまたま手に入れたあぶく銭の金板はあるが、陳達は正妻がいて、さらに第二妻や第三妻がいても不自然ではないような表向きの稼ぎが欲しかった。

 そうすれば、いまや、陳達の女に間違いのない花凛(かりん)香蛾(こうが)にもちゃんとした立場を与えることができる。

 そういう意味では、仕立ての注文が増えたのは渡りに船だった。

 陳達はもっと仕立ての注文を得られるように表通りに店を構えることにしたのだ。

 そのための隠し財はたっぷりとある。

 

 また、仕立ての注文が来るようになったのは理由がある。

 一箇月以上前に、不意にやってきた水晶(すいしょう)とかいう娘の父親が手を回してくれているのだろう。

 あのときは、陳女とともに驚愕したものだ。

 

 なにせ、香蛾というびっくりするような美女を陳達の第二妻にしろという宝玄仙の伝言とともに連れてきたのだ。

 水晶の夫の雷雲(らいうん)という若い道術遣いも一緒だった。

 

 その水晶の父親は、この国でも指折りの有名な大商人であり、水晶は父に是非とも陳達の後ろ盾になるように頼むつもりだと断言したのだ。

 大商人の後ろ楯など半信半疑であり、その父親から何らかの接触があるわけでもなかったが、あれから、思いもよらない大口の仕事がやってくるようになったところをみると、水晶は最小限の約束は果たしてくれたようだ。

 

 香蛾については、少しだけ話をして、実は香蛾が奴隷あがりで、身寄りがない気の毒な境遇であること、なによりも心根がよく、陳女が意気投合して気に入ったので、とにかく引き取ることにした。

 もちろん、あの長屋で第二妻とかにするわけにもいかないから、とりあえず、親を亡くした知人の娘ということにして、隣の花凛と一緒に住まわせるように手配した。

 

 その香蛾や水晶や雷雲は、宝玄仙一行と南比と呼ばれる場所で知り合い、陳達を紹介されてやってきたようだ。

 まあ、とにかく、宝玄仙たちがまだまだ無事にいて、しかも、相変わらずの旅を元気に続けているようで安心もした。

 

 その後、水晶の申し出のことなど、そんなこともあったかくらいに忘れていたのだが、しばらくすると、どう考えても陳達のやっているような小さな古着屋ではあり得ないような、大口の仕立ての注文が舞い込むようになったのだ。

 それが水晶の父親の手配によるものであるのはすぐに悟った。

 しかも、いまは、陳達の店でまかなえる量ということで調整しているようでもあるが、注文はいくらでも増えそうな感じだ。

 陳達もきっかけさえあれば、誰にも負けないような一流の仕立ての仕事をやる自信はある。

 それで思い切って表通りにも店を構えることにしたというわけだ。

 

「じゃあ、あの裏通りの古着屋は残るというわけですね、旦那?」

 

「そのつもりさ」

 

「それはよかった。実は、俺には十五になる娘がいるんですがね、その娘があの店が好きなんですよ。なんか可愛らしい女物の服がたくさん並んでいるんでしょう? しかも、女の悦ぶような細工をした服ばかりだとか……。じゃあ、これからも残るということを教えて悦ばしておきますよ」

 

「へえ……。ご主人には娘さんがいるのかい? だったら、その娘さんの名前を教えてくれたら、是非とも値引きするよ」

 

 陳達は言った。

 

「やめとけ、やめとけ、こんな淫獣に名前なんて教えたら、その娘さんまで、こいつの珍棒の餌食になるぞ、主人……。やめとけ、やめとけ」

 

 店の入口から酔客の大きな声がした。

 顔を向けると周達だ。

 どうやらかなり酔っているようだ。

 

「おう、周達じゃねえか。遅いと思ったら、先にどこかで引っ掛けてきたのか?」

 

「当たり前よ……。お前のような淫獣の相手をするのに素面でいられるかよ。俺は、今日という今日は、白黒はっきりさせようと思ってやってきたんだ。今夜こそは、本当のことを言わねえと帰さねえからな、淫獣――」

 

「おいおい……淫獣って……」

 

「うるせい――。親父、酒をくれ。強いのをな。肴も適当に見繕ってくれよ。値はいくらでも構わないから、うんと上等なやつを頼むよ。なんだったら、ふんだくっても構わねえ……。払いはこいつだから。この鼻殿は、大通りに店を出すくらいに大層羽振りのいい旦那様なんだ」

 

「酷いなあ、周達……。最初から俺にたかる気満々かよ。まあ、いいさ……。確かに驕るよ。いくらでも飲んで食って構わないよ」

 

 陳達は苦笑した。

 店の主人も笑いながら立ちあがり、周達の前に酒の杯を置いて、新しく取り出したどぶろくから酒を注いだ。

 さっきの上等の酒は隠すように持ち去っていく。

 そして、周達が頼んだ肴の支度をするために店の厨房に引っ込んだ。

 

「なんか、荒れてるなあ、周達。なにかあったのかい?」

 

「なにおう――。いい加減にしやがれ、この淫魔男。お前、いままで、お前がとんでもないすけこましなことを俺に隠していたろう。お陰で俺は恥をかいたんだ――。ほら、酒を注げ、鼻」

 

 周達は眼の前の酒をぐいと呷って、空の杯をぐいと陳達に出した。

 

「随分な言い分じゃねえか。さっきから淫獣だの淫魔などと酷い言われようだが、俺はお前になにかしたかい?」

 

 陳達は周達の杯に、主人が置いて去ったどぶろくの瓶の酒を注ぎ直した。

 なんとなく、周達が陳達の女たちのことを言っているのはわかった。

 ばれたらばれたで仕方がないだろうとは思っていたが、妙な波風たてるのが嫌だったから公にはしていなかったのだ。

 

「う、うるせいや……。花凛のことだよ、花凛……」

 

 周達は乱暴に卓を叩いた。

 やっぱりだと思った。

 卓が揺れて、卓に突っ伏している高羽の身体が激しく揺れたが、まだ起きる気配はない。

 

「花凛がどうかしたかい?」

 

「俺たちの暮らす棟に移って来ただろう」

 

「移って来たって、もう、二箇月近く前の話じゃないかよ」

 

 陳達も自分の杯の酒を飲み干した。

 空になったが周達は注ぎ直してくれる気配はない。

 陳達は卓の上の瓶から新しい酒を自ら注いだ。

 

「そして、香蛾もやってきたな」

 

「それも一箇月半前だ。それがどうかしたのかい、周達?」

 

 陳達は言った。

 花凛と香蛾はふたりして、陳達と陳女が暮らす長屋の家の隣室で暮らすようになっていた。

 花凛が陳達たちの家の隣に越してきたのは、あの盗賊騒動がきっかけであり、表向きは、花凛と洛葉(らくよう)の住む大通り沿いの棟が盗賊に入られたため、物騒だからたまたま空いていた陳達の家の隣に住まいを移すというのが理由だ。

 実際のところは、その盗賊騒動そのものが陳達たちが深く関与した事件であり、それがきっかけで陳達と陳女の性の仲間になった花凛だったが、いい機会だからたまたま空いていた隣の家に住まわせて、毎夜の性愛に巻き込んでしまおうと陳達と陳女が画策したものだ。

 

 あれから、二箇月――。

 花凛は、陳達夫婦の性の相手をさせられ続け、すっかりと被虐の性愛の虜になっている。

 いまでは、陳達と陳女に完全に調教されてしまっており、どんな性行為でも悦んで受け入れる陳達の愛人だ。

 

 香蛾もまた同じようなものだ。

 雷雲と水晶が、宝玄仙の伝言で陳達の第二妻として連れてきた香蛾だが、さすがにそういうわけにはいかないので、身寄りを失った知人の娘ということにした。

 住まいは、都合よくたまたま花凛を隣に住まわせるようになった直後だったので、そのまま花凛と香蛾が一緒に暮らすということにして、大家に頼んで町役に届けてもらった。

 

 しかし、実際には、香蛾は昼間は陳達の店で働き、夜は陳女や花凛とともに陳達の性の相手であり、花凛の家にはほとんどいない。

 同じ屋根の下に、陳女のほかに、陳達の性愛の相手を住まわせるというのはどういうことになるのかと思ったが、結局はどうということはなかった。

 陳女と香蛾はいまは大の仲良しだ。

 

 もっとも、仲がいいことにかけては花凛も同じだ。

 三人ともに、陳達という共通の男を主人とする女として意気投合している。

 陳達もさすがに三人もいれば、激しい性的欲求を十分に満足できるし、様々な変化をつけて愉しくやっている。

 三者三様の女を陳達好みの性奴隷に仕上げるというのは愉快な作業だ。

 いまも、女陰や肛門に振動する性具を三人に挿しっぱなしにして、ここにやって来た。

 陳達がひとりで飲みに行くときは、そうやって待たせると決めているのだ。

 今頃、三人で慰め合いながら懸命に陳達の帰りを待っているのだろう。

 陳達は三人の恥態を想像してほくそ笑んだ。

 

 いずれにしても、そういうことだ。妻の陳女だけでなく、花凛も香蛾も実際には陳達のれっきとした愛人であり、調教の進んだ性奴隷だ。

 面倒だから隠していたが、随分と腹をたてているところを見ると、周達はなにかを感づいたのだろう。

 

 もっとも、毎夜のように三人をあの壁の薄い長屋で抱いているから、反対側の壁一枚向こうで暮らしている周達がそれに気がつくのは、もう遅いくらいだ。

 周達は荒れた調子で続けざまに三杯ほど酒を飲んだ。

 

「やい、陳達――」

 

 やがて周達は杯を卓に乱暴に置くと、大きな声で怒鳴った。

 

「な、なんだい?」

 

「俺は花凛に結婚を申し込んだ」

 

 周達は言った。

 陳達はびっくりした。

 一体全体、結婚とはなんなのだ。

 言っていることがなんの脈絡もないので、意味がまったくわからない。

 

「はあ? なにを言っているんだ、周達?」

 

「だから、花凛が夜の仕事をやめただろう――?」

 

「それが結婚と関係があるのか?」

 

 陳達は言った。

 実は花凛は長く務めていた居酒屋を半月ほど前にやめた。

 別に強制したわけではないが、香蛾が陳達の店で働くようになると、花凛もそうしたがったのだ。

 

 実際のところ、夜の居酒屋の仕事では、陳達たちの生活とはなかなか合わない。

 当然、陳女や香蛾と比べれば、陳達に抱かれる回数は格段に少なくなる。

 それで香蛾が陳達の店で働くようになると、それを羨ましがった花凛が、夜の仕事を辞めて、自分も陳達の店で働きたいと言い出したのだ。

 

 陳達の店は、もともと女向けの店だ。

 可愛い娘が売り子の方が格段に都合がいい。

 それで花凛も香蛾と同じように、陳女の店で働くということになったのだが、実際には、すぐに辞めるとこれまで働いていた居酒屋の主人に迷惑がかかるので、一箇月ほどかかって次の働き手の娘に申し継ぎ、半月ほど前から、香蛾だけではなく花凛もまた陳達の店で昼間働くようになったのだ。

 

「実は俺は花凛が酒場で働いていた時分になんどもいい寄ったことがある。だが、その度に、夜の仕事の女だからと体よく断られていたのだ――。だが、その花凛が水商売から足を洗ったのだぞ。だから、なにかの心の変化があったのかもしれんと考えたのだ。それで思い切って結婚を申し込んだ」

 

「おいおい、それはいつの話なんだ、周達?」

 

 陳達は嘆息した。

 詳しい過程はわからないが、まあ、花凛も陳達に抱かれるようになってから、前のような蓮っ葉な感じもなくなり、陳達に対しては従順な態度を見せる。

 陳達から見ても、花凛は随分と色っぽくなり、女としての格が上がったと思う。

 そういう女が同じ棟にやって来て四六時中接するようになったのだ。

 花凛を妻にしたくなる気持ちはわかる。

 

 しかし、花凛は……。

 

「今朝だ――」

 

 周達は言った。

 

「それで断られたのか?」

 

 この荒れ方は花凛が周達の求婚を断ったのは間違いない。

 そう言えば、花凛は今日は様子がおかしかった。

 なにか言い難い話がありそうだったが、ついつい、店ではその機会がなく、長屋に戻ってからも、後で聞くと言って、肛門に性具を仕掛けてからこの店に来たのだ。

 どうやら、花凛は、周達に求婚されて、しかも断ったことを陳達に告げたかったに違いない。

 

「しかも、花凛は好きな人がいるそうじゃないか――」

 

「好きな人か……」

 

 陳達は言った。

 まあ、男を振るには一番の言葉だろう。

 ほかに好きな人がいる――。

 大抵の男はそれで諦める。

 

「なにを恍けているのだ。花凛が言った好きな人というのはほかでもない。お前のことだぞ、陳達。しかも、すでに肉体関係があるらしいじゃないか。いい加減にしやがれ、この鼻――」

 

「えっ?」

 

 陳達は声をあげた。

 花凛がはっきりと、自分の名を出すとは思わなかったのだ。

 名前を出されて困るわけではないし、陳達との関係を秘密にしろとも言ってはこなかったから、花凛が陳達の名を出してもおかしくはないのだが、なんとなく、実は花凛が陳達の愛人であり、しかも性奴隷であるなどと他人に言うのは、花凛自身が嫌がるような気がしていたのだ。

 

「お前、いままで隠していやがったな――。つまりは、花凛はお前の愛人だろう。貴様、陳女さんという美人妻をもらいながら、浮気など――」

 

 周達が声をあげた。

 

「う、浮気――。待て、冗談ではない。浮気などではない――」

 

 浮気じゃないと自分で言いながらも、じゃあ、なんなのだと自分自身に問いかけた。

 陳女という妻がいて、陳女に隠して花凛と付き合ったなら、浮気だろうが、花凛は、陳女のいる前で一緒に抱くような女なのだ。

 

「じゃあ、本気か――。陳女さんを捨てるのか――」

 

「馬鹿を言うな」

 

 陳達は、仕方なく、陳女も大事だが花凛も大切な女だと答えたが、周達は納得がいかないようだった。

 

「それだけなら、俺も、まあ、お前も友人だし、浮気のひとつやふたつは男の甲斐性とも言う。陳女さんにも黙っておいてやろうとも思っていた……。だが、お前、花凛だけじゃなく、香蛾にも手を出していやがったな――?」

 

「こ、香蛾?」

 

 陳達は言った。

 なぜ、香蛾まで出てくるのだ?

 

「白ばっくれても駄目だ、鼻男――。俺は、さっき香蛾にも求婚したのだ。すると、香蛾まで、花凛と同じことを言うじゃねえか――。お前というご主人様がいるから、結婚などとんでもないと、あの娘も言ったぞ。しかも、自分はお前の性奴隷だとあっけらかんと……。おい、お前はいったい何人の女を愛人にしてやがんだ――」

 

 周達は泣き出さんばかりに興奮した様子で喚きたてた。

 陳達は、とにかく声を小さくしろと、懸命に周達を宥めた。

 

「ま、待て、待て――。それはともかく、お前、花凛に今日振られて、その日の夕方に香蛾にも求婚したのか?」

 

 そっちの方が驚きだ。

 一日にふたりの女に求婚したということか?

 

「花凛には脈なしとわかったからな――。だが、まさか、香蛾のような可憐な純情娘にまで手を出すなど――。この淫魔野郎――。淫獣男――女衒野郎――。畜生、羨ましい――」

 

 喚きたてる周達に閉口して、陳達はもうこのまま逃げ出そうかと思ったが、それを周達に押し止められた。

 

「まあいい……。許してやる。だから、今夜は、男やもめの愚痴を朝まで聞いていけ――」

 

 周達が憤然とした様子で言った。

 

「朝?」

 

 陳達は声をあげた。

 それは困る。

 三人に施した性具は宝玄仙の作った特別製だ。

 挿入して作動しっぱなしにしても、決して馴れることかないように、刺激の強さや間隔を制御するし、それに陳達が操作しなければ、絶対に抜けないし止まらないのだ。

 しかも、限界まで責め立てておきながら、絶頂寸前で刺激をとめるような焦らし責めに調整してきた。

 そんなものを朝まで仕掛けっぱなしにすれば、三人ともおかしくなる。

 

 だが、すぐにそれもいいかとちょっと思った。

 朝から性交をすることになるが、猿轡をさせればいい。

 どうせ、この周達は朝には完全に酔い潰れているだろうし、もう、花凛と香蛾のこともばれたのだ。

 壁の声も少しくらいは大丈夫だ。

 

「まあ、とにかく、花凛と香蛾のことは陳女は知ってるんだ。だけど、ほかの長屋の人間には内密に頼むよ、周達。花凛や香蛾を変な目で見られたくないんだ」

 

「ちっ――。まあ、くちさがない長屋の女連中だと、確かに新婚の夫の愛人など、なんて言われるかわからんな。じゃあ、隠しておいてやるよ、鼻。その代わり、営みのときの声はほどほどにしろ」

 

 周達が舌打ちして、また、酒を呷った。

 

「おい、鼻、お前、浮気をしているのか?」

 

 すると、これまで突っ伏していた高羽ががばりと起きて言った。

 その顔は呆然していて、これまで見たことがないような陳達に対する畏怖に溢れていた。

 

「浮気なんてしてねえよ」

 

 陳達は言った。

 あいつらについては本気だ。

 三人が三人とも大切な陳達の女だ。

 四人揃って幸せになってみせる。

 

 すると、途端に高羽はほっとしたような顔になった。

 そして、ふんと鼻を鳴らして、また陳達を小馬鹿にしたような表情に変わった。

 

「やはり、鼻は駄目だな。女房なんていうのは、最初が肝心だぞ……。浮気のひとつやふたつは、男として当然だということを教えねばならんぞ……。それで腹をたてたり、むくれたりするようなら、これよ――。これよ」

 

 高羽が豪快に笑いながら拳を宙に振った。

 陳達は、高羽に絡まれながら、いずれにしても、花凛も香蛾も周達に求婚されたのに黙っていたということだから、これは罰を与えてやらなければならないと思った。

 もちろん、陳女も連帯責任だ。

 

 どんな罰にしてやろうか……。

 

 そして、糸を使った面白い責めを思い付いた。

 三人が苦悶に顔を歪める姿を想像して、陳達は想像を逞しくして、込みあげる笑いを懸命に我慢した。

 

 

 

 

(第68話『長屋ハレム物語』終わり)



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第9章【竜飛(りゅうひ)国(三魔王の虜囚)篇】
438 恥辱の降伏交渉


「遅いぞ」

 

 犬が喚いた。

 犬ではない。亜人だ。

 しかし、李媛(りえん)は、人間の身体に犬の顔がついているとしか思えなかった。

 李媛は、長い下袍を揺らしながら、すでに座っている家臣たちの前を歩いて自分にあてがわれている上座の席に座った。

 すると、席に着くと同時にその犬に一喝されたのだ。

 

 犬は敵である魔王軍の軍使だ。

 そして、この獅陀の城郭の外に展開している五千の軍の指揮官でもあるという。

 危険な軍使という任務を指揮官自らやるというのは、馬鹿にした話だ。

 度胸があるというよりは、どうせこちらはなにもできないと高を括っているのだ。

 その通りなのだが、亜人どもにここまで舐められるというのは、女ながらも肚に煮えるものもある。

 その犬は、両脇に座る副使とともに李媛に向かい合うように座って、にやにやと小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 

「李媛じゃ。この獅駝(しだ)の城郭の城代にして、州伯を務める夫の李保(りほ)の名代を任じている」

 席についた李媛はとりあえず、犬の喋った言葉を無視した。

 

 犬に比べれば、その両脇にいるふたりの副使は、顔が怖ろしく白くて、巨大な耳が垂れている以外は人間に見えた。

 しかし、李媛には、軍使はどうしても犬にしか見えない。

 その三人の視線が李媛に注がれる。

 李媛はくるぶしまで隠れている下袍でよかったと思った。

 短いものであれば、膝ががくがくと震えているのが眼の前の敵の指揮官に見透かされてしまっただろう。

 

 いま、李媛が位置するこの席は、つい先日まで、この竜飛国の最南端である獅駝の城郭の城郭主であり、城郭軍の司令官であり、獅駝地方を治める州伯である夫の李保の場所だった。

 しかし、いまは妻であり、侯爵夫人である李媛にそのすべての責任が委ねられている。

 夫を初めとして、城郭の主立つ者は戦場で死に、残った高官たちもいつの間にか城郭から姿を消していた。

 一夜にして李媛は、この城郭にいる数万の命に責を負う立場になったのだ。

 

「侯爵夫人か……。大儀だな。だが、本来であれば、あなたは州や城郭の政事とは無縁であろう。こんななにも知らぬ女ひとりにすべてを押し付けるとは、この竜飛国も余程、人がいないとみえるな」

 

「なんの。爵位であれば、わらわも亡き夫に次ぐ位の侯爵じゃ。もちろん、この獅陀に残っておる者では、わらわが最高位じゃ。正式の軍使との交渉の相手として問題はないはず」

 

 李媛は精一杯の虚勢を張ったつもりだ。

 しかし、犬の言うとおり、本来であれば、李媛は、夫とは別に侯爵という爵位を持つというだけの存在であり、この獅駝地方を治める李保という伯爵の妻というだけの立場に過ぎない。

 つまり、こうやって表の場に立つ人間ではないのだ。

 

 だが、まず、夫とはじめとする主要な貴族たちが参加した決死の出撃軍が、この獅駝の城郭の南方の山岳の戦いでことごとく亜人の軍に殲滅させられた。

 李媛はその敗報が信じられなかったが、城郭の外に迫った五千の魔王軍の前面に並べられた夫たちの生首を見ては、それを信じるしかなかった。

 

 だが、李媛には夫の死を悲しむような猶予は与えられなかった。

 北侵してきた魔王軍を迎え撃つために出撃した総軍が全滅したという報が流れるや、我先にと残っていた高官や武官たちが遠い国都に向かって逃亡してしまっていたのだ。

 気がつくと、李媛以外に城郭の代表を務める立場の者がいなくなっていた。

 残っていたのは中級以下の文官のみであり、それで、政事にも軍事にも縁のなかった李媛が、降伏を勧告するためにやってきた犬と対面する破目になったというわけだ。

 

「それにしても、魔王軍の先遣隊長自らが軍使になってやったというのに、饗応もなく待たせるだけとは、無礼にもほどがあるな。我らも戦いの直後で血が昂ぶっておるのだ。そのような軍使には、まずは、女でもあてがい、頭の血を冷まさせて交渉を優位に運ぼうとするものではないのか? 美貌で名高い獅駝の侯爵夫人には、さぞや美しい人間の娘が侍女についておるのであろう。まずは、そいつらに俺たちの性奉仕を命じたらどうなのだ?」 

 

 指揮官であり軍使でもある犬が居丈高に笑った。

 女の自分に向かって、李媛の侍女を接待用の娼婦に差し出せというあまりの無礼な物言いに李媛は鼻白む思いだったが、とにかく煮えたぎるものをぐっとこらえて、とっさに李媛は頭を下げた。

 

「このような場には馴れておらぬ女のことゆえ無礼や作法に落ち度があれば容赦してもらいたい。なにしろ混乱してしまい、事の次第を整理して対応を定めるのに時間がかかった。待たせたのは失礼した」

 

 李媛は言った。

 

「そうか、なら、本当にお前がこの城郭政府の生き残りの代表ということでいいのだな、侯爵夫人よ? あんたの歳は四十過ぎと聞いていたが、なかなかに綺麗な肌じゃねえかよ。それに美人だ──。へえ……、人間は老いるのが早いと聞いていたが、貴族の女ともなると、四十過ぎてもこんなにも別嬪なんだな。びっくりしたぜ」

 

 犬が値踏みをするように李媛の身体を舐め回す。

 そのような発言と視線は、あまりにも無礼なものだ。だが、李媛は耐えた。

 敗戦と逃亡でほとんど行政機能を失った州行政府だったが、まだ、城郭には数万の住民がいる。

 その命を李媛が握っているのだ。

 李媛がやらなければならないのは、その命乞いなのだ。

 

 城門を閉ざしたまま、新たに兵を募って籠城するというのは策としては考えられるが、実際にはあり得ない。

 まず、それを指揮する者がいない。

 それに、やってきた魔王軍は、この犬の率いる五千の先遣だけではない。

 その後方には、青獅子(あおじし)という魔王とともに二万の主力がいる。

 

 それに比べて、この獅駝は国都からは遠い。

 どんなに早くても二万の魔王軍に抗することのできる援軍を準備するには、まだ半月はかかるだろう。

 それだけあれば、この城郭は落ちる。

 魔王軍の城郭内への侵攻を許せば、この城郭の住民は侵略してきた亜人たちに殺されて残酷に死ぬしかない。

 

 こうなった事態の責任は、獅駝軍の全軍を率いて全滅させてしまった亡き夫にあるのだろう。

 李媛は、その妻として、城郭の住民を護るためにどんな仕打ちでも甘受するつもりだった。

 

 南に暮らす亜人たちが侵略してきたのは、わずか十日前だ。

 この獅陀地方の南側には、急峻な山岳地帯の向こうにある金凰王、白象王、青獅子王という三人の兄弟魔王が治める魔王領がある。

 そして、この竜飛国の最南端の獅駝地方は、その魔王たちとの屈辱的な外交により、山岳を隔てた南側の人間の領域を保ってきた。

 つまり、この獅駝の州行政府は、長い間、朝貢というかたちの貢物を魔王たちに送るということで、平和を保ってきたのだ。

 

 しかし、国都からやってきた夫である李保が新たにこの地方を治める領主となると、事態が急変した。

 毎年贈っていた貢物には、財宝や穀物ばかりではなく、大勢の若い女も含まれていたのだが、夫の李保は、なによりも住民の中から娘を選んで、亜人の奴隷として差し出すというその行為を嫌った。

 

 李保が、長年の朝貢の慣習を廃止して、今年の貢ぎ物を魔王領に運ぶのを中止すると、三魔王のうち、末弟の青獅子王が軍を率いて南侵し、すぐに魔王軍と獅陀軍は戦の状態になった。

 魔王軍が瞬く間に獅駝嶺を踏破して、この獅駝地方に進軍してきたのだ。

 南辺にも守備隊はいたが、それはひとたまりもなかった。あっという間に守備隊は殲滅させられ、魔王軍はまっしぐらに、この州都でもある城郭に接近してきた。

 

 州伯であり獅駝軍の総司令官でもある夫は、戦力に差があっても、魔王の遠征軍など、兵站さえ切れば退却するしかないだろうと踏んでいた節がある。

 魔王軍との直接的な戦いを避けて、その後方の主力の背後に回り込んだ夫の率いる獅駝軍は、南側の山岳の出口に陣を築き、完全に魔王軍の退路を遮断した。

 

 だが、魔王軍は兵站線そのものを必要としなかったのだ。

 魔王軍は、すでに確保している農村の住民を殺して食べることにより食料を確保すると、山岳に向かって反転して、獅駝軍に襲いかかった。

 戦役の間、この城郭で獅駝軍からの連絡に接していた李媛が知っているのはここまでだ。

 

 それからはかなり情報が錯綜した。

 獅駝軍の大敗という報せが届き、それが殲滅という報に代わった。

 州伯である夫の陣頭指揮に加わっていた有力な武官たちもことごとく殺されたというのは、魔王軍の主力から分かれた先遣軍が、城壁の外に展開して、その前面に彼らの生首が並べられることにより初めて知ったのだ。

 

「……俺は大旋風(だいせんぷう)という。青獅子魔王軍の軍団長のひとりだ。今回の遠征軍の副将でもある。本当はお前ら身の程知らずの人間なんて、有無を言わさずに皆殺しにすればいいと思っていたから交渉役なんてちゃんとやるつもりはなかったんだが、美人の侯爵夫人が交渉相手とわかって気が変わった──。ちゃんと、軍使役をしてやるぜ」

 

 大旋風が哄笑した。

 皆殺しという言葉に、座が騒然となるとともに李媛も凍りついた。

 そのとき、大旋風が両手を大きく拡げた。

 大旋風たちの座る卓と李媛の卓の中間で空間が歪んだ気がした。

 次の瞬間、そこに幼い子供ほどの大きさの大きな透明の瓶が現われた。板の蓋と油紙でしっかりと上部を覆っている。

 

 道術だ──。

 

 大旋風が道術でこの場になにかを登場させたのだ。

 周りの家臣たちが、慌てて腰をあげようとしたり、あるいは恐怖で硬直したりしたのがわかった。

 護衛の兵もなんの反応もできないでいた。

 李媛もびっくりして、思わず両手で掴んでいた手摺を強く握りしめた。

 

「怖がるんじゃねえよ……。俺たちも戦の作法くらいは守るぜ。軍使としてやってきて、ここで道術でお前らをどうにかするような卑怯な真似はしねえよ──。これは美人の侯爵夫人殿に贈り物だ。気にいるといいがな……」

 

 大旋風がくくくと喉で笑った。両隣りの副使たちも吊られるように笑っている。

 危険なものではないかと疑った李媛だったが、どうやら大きな透明の瓶になにかの液体が入っているだけのものだとわかって緊張を解いた。

 

 だが、これはなんだろう……。

 瓶の中の液体は薄い茶色だが、瓶の底になにかぶよぶよしたものがたくさん沈んでいるが……。

 

 まさか……?

 いや、おそらく……。

 

「ひいっ、あ、あれは──」

 

 李媛は瓶の中に沈んでいるものの正体に気がついて、狼狽えて悲鳴をあげた。それはこの広間に集まっていた者も同様だった。ほぼ全員が引きつったような声をあげて席を立った。その中で大旋風だけが大きな声で笑いながら腹を抱えている。

 

 瓶の中に入っているのは、切断された人間の性器だ。

 男の性器が多いが、抉り取られた女の性器をもある。

 それが大量に液体に漬かっているのだ。

 

「それは、お前を見捨てて北に逃げようとしたこの城郭の仲間の連中の一部だ。全員捕えて喰っちまったが、性器を焼酎漬けにして後で愉しもうと思っていてな──。丁度いいから、挨拶代りにくれてやるよ。葬って弔ってやるもよし、お前らが焼酎を味わうもよし……。まあ、好きにしてくれよ」

 

 大旋風はふざけてまだ笑っているが、李媛は気が動転して、しばらく口を開くことができなかった。

 

「お、お前たち、こ、これを早く、どこかに……」

 

 やがて、やっとのこと落ち着きを取り戻して、警護の兵に叫んだ。

 兵たちが慌てたように、ふたりがかりで瓶を抱えて持ち出していく。

 

「さてと、じゃあ、軍使らしく、お前らの意思を訊いておくか──。それじゃあ、李媛殿よ、降伏か、それとも戦うのかどっちだよ。俺は、どっちでもいいぜ」

 

 大旋風がまだ薄笑いを浮かべた顔で、狼狽の残る李媛を見た。

 

「わ、わらわたちは……」

 

 李媛は住民の命を守るための交渉をしようと口を開いたが、すぐにそれを大旋風に留められた。

 

「降伏というのならそれでもいいぜ……。だが、俺はお前らを殲滅しろという命令しか青獅子様から受け取っていねえから、その場合は、あんた自身が後からやってくる青獅子様に頼むことになるんだろうな……。ただし、その結果、青獅子様がやっぱり殲滅だと言えば、この城郭に残っている人間は全部皆殺しになる……」

 

「皆殺し?」

 

 李媛は容赦のない言葉に、思わず息を呑んだ。

 

「……それとも、戦うというのなら、やっぱり、それでもいい。俺はそっちの方が本当は面倒がないんだ。あんな城壁なんか、主力を待つまでもねえ。俺の指揮する五千で十分だ。あれっぽっちの道術であんなに驚いているようなお前らじゃあ、どうせ、なんの抵抗もできずに、俺たちに揉み潰されるだけさ……。まあ、いずれにしても、お前と青獅子様の交渉次第だな」

 

 大旋風は言った。

 

「わ、わらわ自らが魔王のもとに赴いて自ら頼めというのか……?」

 

 思わず言った。

 この大旋風にしても、青獅子という魔王にしても、夫を殺した憎むべき亜人どもだ。

 その彼らに哀れな命乞いをしなければならないのか……。

 

「嫌ならやめな──。お前が膝を屈するのを甘受しない代償として、この城郭の人間は女子供、老人、赤ん坊に至るまで皆殺しだ。これは、嘘でも誇張でもねえぞ。俺たちの目的は、この獅駝一帯を新たに青獅子様の領土にし、この城郭を首都にすることなんだ。お前ら人間は本来、邪魔なんだ」

 

 居並ぶ家臣たちの眼が一斉に李媛に注がれるのがわかった。

 李媛の態度ひとつに、ここにいる家臣たちだけではなく、この城郭の全住民の命がかかっている。

 それは、わかっている。

 李媛は、ぐっと拳に力を入れた。

 

「わ、わかった……。わらわ自らが、魔王の前に行き、降伏を伝える。それで住民は助けて欲しい……」

 

 李媛は言った。

 

「勘違いするなよ。それを決めるのは俺じゃねえ。青獅子様だ……。お前がやる青獅子様との交渉に、ここの城郭の全住民の命がかかっているんだ。俺じゃねえ……。まあ、せいぜい頑張りな──。俺ができるのは場の提供までだ」

 

「わ、わかった。頼む……」

 

 李媛は頭をさげた。

 どんなに口惜しても、それに耐えて住民の命乞いをするしかない。

 

「明日の朝には青獅子様は、城郭の外に展開する俺の軍に合流するはずだ。お前の選んだ部下は連れてきていい。ただし、女だけだ──。そして、武器はなしだ。それを破れば、交渉決裂とみなして総攻撃をする。いいな──。それと、交渉の場にやって来るのには乗り物は使うな。その足で歩いて来い」

 

「承知した」

 

 李媛は言った。

 どんな条件でも拒否はできない。

 それがわかっているから大旋風も李媛をなぶったような態度をとるのだろう。

 腹立たしいが、いまは要求に応じるしかない。

 この大旋風がそっぽを向けば、李媛には魔王の青獅子に住民の命乞いをする機会さえ与えてもらえないのだ。

 

「……まあそうやって、従順な態度でいることだな。なに、青獅子様は難しいお方じゃない。この城郭の代表者のお前自ら真摯に頼めば、住民の命くらいは許してくれるさ──。おお、それともうひとつ条件があった……。お前自身は、この服を着てもらう──。魔王様の前に近づいて交渉の話し合いをするんだ。万が一にもなにかあっては困るからな。この服を身に着けて来い。それ以外は布切れ一枚、髪飾り一本も許さん。靴もなしだ。素足で来い。いいな──」

 

 大旋風がもう一度手を振った。

 すると今度は、彼らが座っている前の卓に、なにかの革でできた物が出現した。

 二度目の道術だから、今回はさっきほどの驚きはない。

 

 副使のひとりがそれを持って、こっちにやって来る。

 それにしても、おかしな条件だとは思った。

 明日の交渉の際には、その指定した服のみを身に着けてくるようにという大旋風の指示だが、副使がこっちに持ってくる革の品物は、とてもじゃないが服には見えない……。

 李媛は首を傾げた。

 

「ほうほう、これは、侯爵夫人に似合いそうだ……。軍団長もなかなか趣味がいい」

 

 李媛の向かい側に立った魔王軍の副使が、持っていた物を李媛に拡げて見せながら言った。

 

「そうだろう? 俺は趣味がいいのさ」

 

 大旋風が笑った。

 だが、李媛は唖然として声がなかった。

 副使が拡げて示したのは服ではない。

 黒革の胸当てと腰に履く下着だ。

 しかも、ただの下着ではない。

 

 まず胸当ては、ふたつの乳房を椀のようなかたちの半球の部分で包んで背中で革紐を縛るというものだが、見ると乳房の内側に当たる部分にたくさんの触手のようなものがうようよとうごめいているのがわかる。

 これ以外を身に付けてはならないということになれば、その触手のある下地に直接乳房を接触させることになる。

 そして、圧巻は股間に身に着ける下着だ。

 下着というよりは、交差した二本の短い革帯であり、しかも、股に当たる部分だと思われる帯の内側に大小のふたつの突起物があった。

 その突起物にもまた触手のようなものが固まって男性器そのもののかたちをしていた。

 表面はねばねばとした潤滑油で覆われている。

 その突起物をどことどこに挿すのかというのはさすがに李媛にもわかる。

 

「ぐ、愚弄するにもほどがある──。こ、こんなものを身に着けて交渉などに赴けるか。あ、亜人にも名誉を重んじる心はあるのじゃろう。し、しかも、わらわは侯爵夫人じゃぞ──。こ、このような、恥知らずの格好……」

 

 李媛は怒鳴った。あまりの怒りに身体が震えるのを感じた。

 気がつくと、その場に立ちあがってもいた。

 しかし、副使はそれを李媛のいる卓の上に置くと、席に戻っていく。

 

「残念ながら、俺たちには、負けた相手の名誉を重んじてやるような優しい心はねえな。あるのは弱い者は徹底的にいたぶるという野蛮人の仕来たりよ──。ところで、その胸を締めつける下着についても、股間に身に着ける下着にも道術がかかっていて、お前が装着すれば、ぴったりと肌に貼りついて密着し外れなくなる。それと説明するまでもないだろうが、その二本の張形はお前の女陰と肛門に挿入するのだぞ。潤滑油はたっぷりと張形の表面に滲み出るようにしてあるので、そのまま履けると思うぞ」

 

 大旋風は愉しそうに言った。。

 

「じょ、冗談ではない。こんな、破廉恥な格好などできるわけがない。このような物を身につけて交渉に望むなど──」

 

 李媛はそれ以上の言葉を続けることができなかった。

 あまりの怒りですっと意識が遠くなる気さえする。

 

「嫌なら、よせよ──。住民を巻き添えにして全員を殺せばいいさ。俺は親切で言ってやっているんだぞ──。言っておくが、ここの住民を全員殺すというのは、本当は既に決まっているのだ。それをお前の身体ひとつで覆す機会をやろうと言ってやってんだ──。命でも恥でも、大勢の住民の命を救うために犠牲にしな。それに、実を言えば、魔王様は好色なお方だ。既定の方針を変更するには、お前が身体を提供するのが一番だよ」

 

「わ、わらわに魔王に抱かれよというのか……」

 

 李媛は自分の声が震えるのがわかった。

 

「そうだ。抱かれよ」

 

 大旋風が李媛の口真似をしてげらげらと笑った。

 李媛は言葉を失った。

 

「そう言えば、お前には娘がいるはずだな。情報によれば、歳は十八だったか……? そいつも連れて来い。青獅子様に差し出すためにな……。そいつは、そうだな……」

 

 大旋風は平然と言い、もう一度、道術でなにかを自分の眼の前の卓の上に出した。

 それは首輪だった。

 細い鎖が繋がっている。

 

「この首輪を娘の首に嵌めて、お前が鎖を握って歩いて来い。身に着けるものとして、これを許してやろう。それ以外は寸布も身につけてはならんというのは、お前と条件は同じだ」

 

 大旋風はそう言って、身に着けていたマントを脱いで卓の上に追加した。

 

「り、李姫(りき)を魔王の女にせよと?」

 

「なにが魔王の女だ。そんなものになれるわけがないだろう。一度か二度、抱かれたら、新しい魔王宮で飼う家畜にする。おこがましいことを言うな──」

 

 大旋風は大笑いした。

 李媛はあまりのことにそれ以上の言葉を継ぐことができなかった。

 立ちあがって大旋風を睨みつける両脚が怒りで激しく震えるのがわかった。

 

「青獅子様が到着するのは明日の朝だ──。城郭の鉄塔から見ていれば、旗があがるからわかるはずだ。総攻撃は旗があがってからきっちりと一刻(約一時間)後に開始だ。お前が魔王様に住民の命乞いをするのは、その一刻(約一時間)しかねえからな…」

 

「くっ……」

 

 李媛は大旋風の口にする条件に鼻白んだ。

 

「……降伏を申し出て住民の命乞いを交渉するのもいいし、戦うことに決して、全員皆殺しになるのを選んでもいい。ひと晩あるんだ。ゆっくり考えて決断しな……。だが、交渉する気があれば、素裸にそれだけを身につけて来い。娘を連れてな──。いずれにしても、明日には、この獅駝の城郭は新たな魔王領の首都になる。それだけは決まっている」

 

 大旋風がぱちんと指を鳴らした。

 次の瞬間、大旋風の姿とふたりの副使の姿は消えた。

 

 李媛は呆然とした。

 これが本物の道術というものなのか……。

 生まれ育った国都でも、この獅駝でも、霊具による小さな道術にしか触れたことのなかった李媛はその力に圧倒される思いだった。

 戦っても絶対に敵わない。

 李媛は確信した。

 

 おそらく、あの道術があれば簡単に城壁は破れるだろう。

 いま迫っている五千の先遣だけでも、武器をまともに持ったことのない城郭の人間は殲滅させられるに違いない。

 ましてや、それに二万の魔王軍主力が加わるのだ。

 

 李媛の心に絶望が拡がる。

 そして、ふと気がつくと、大広間のすべての者の視線が李媛に注がれているのがわかった。

 ここにいる者の中には、大旋風の破廉恥な要求に憤る者も、李媛に同情する者の姿はなかった。

 全員が、李媛が大旋風が指示した恥辱的な格好で李媛が青獅子王のところに赴くことを承諾するように視線で訴えていた。

 

 それらは州伯の地位を急遽継いだ侯爵夫人に対する視線というよりは、すでに屠殺の決まっている生贄に対するもののようだった。

 李媛は絶望で目の前が真っ黒になるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「い、行くわよ、李姫……」

 

 閉門された城門の前に立つ李媛はそれだけを言った。

 李姫は裸身に巻きつけたマントをしっかりと両手で握りしめている。

 返事はない。

 李媛は一度だけ振り返った。

 ひと晩中泣きはらしたのか、李姫の眼は真っ赤だ。

 

 李媛は娘にかける言葉を見つけることができなかった。

 わが娘ながら美しいと評判の娘だった。

 国都に住む伯爵家の次男との婚姻もまとまり、婚礼を半年後に控えていた。

 それがまさか、こんなかたちで人生を終えることになるとは……。

 

 もしも、李媛の夫であり、李姫の父親である李保が、魔王軍との戦いに破れて死ななければ……。

 

 いや、たとえ、死んだとしても、昨日、軍使としてやってきた大旋風という魔王軍の軍人が、李姫を魔王軍の家畜として差し出せと指示しなければ、李姫は恵まれた婚姻をして、幸せな暮らしが約束されていたに違いない。

 愛する夫を支え、子を宿し、育み、家を守り、そして、天寿を全うする幸せ……。

 しかし、その人生はもう李姫にはない。

 

 李姫は、その無辜の身体を魔王たち亜人に差し出せねばならないのだ。

 李姫をこれから待っているのは、何十、何百という亜人たちに凌辱され、ぼろぼろになるまで性奉仕の道具として酷使されたあげく、用済みの奴隷として屠殺される運命なのだろう。

 

 かわいそうな李姫に、そのような残酷な運命を強要しなければならなかった李媛は、その運命を呪った。

 それを命じた大旋風を憎み、魔王を憎み、無謀な戦いに臨んで死んだ夫の李保を憎んだ。

 

 あの大旋風の言葉のままなら、一度か二度抱かれれば、魔王軍の家畜として飼われるのだという。

 それがどういうものかわからないが、最早、李媛が李姫に望むのは、早々に殺されて欲しいということだ。

 そうでなければ、過酷な運命に耐えきれず狂ってしまい、なにもわからないような状態になって欲しい。

 これからの時間は、李媛にとっても、李姫にとってもただ苦しくて惨めなだけの時間だろう。

 李媛が望むのは、自分と娘のそんな時間が一刻も早く終わりを告げることなのだ。

 

 限りない恥辱と屈辱……。

 限りない絶望と悲観……。

 限りない苦痛と苦悩……。

 

 ひたすらに命が早く終わることを願うだけの日々……。

 これから先に一切の望みはない。

 

 それが始まる。

 

 李媛にしても、李姫にしても、いまや自殺することさえ許されていないのだ。

 死ねば、自らを屠殺される家畜として差し出す代償として得ようとしている城郭の全住民の生命は手に入らない。

 残されたこの城郭の住民は魔王軍に皆殺しにされるしかない。

 これから母娘ふたりの命と身体を犠牲にしてでも、青獅子という魔王に獅駝の城郭にいる数万の住民の命乞いをしなければならないのだ。

 

 その苛酷な運命を象徴するようなこの姿だ。

 李姫が身体に巻きつけているマントは、脚の付け根をかろうじて隠すほどの長さしかなく、マントの先から見える素足は、娘ながらむちっとした肉付きからくる官能味に溢れていた。

 李姫は片手で恥毛までが覗くような短いマントの裾を股間の前側に置き、もう片手は固く胸元の合わせ目を握っている。

 そのマントの紐を結んでいる李姫の細い首には、犬用の首輪が嵌っており、その首輪から伸びる鎖を李媛が握っている。

 その恰好で李姫が魔王陣にやって来るのが、李媛が青獅子という魔王に住民の命乞いを許す条件なのだ。

 

 そして、李媛の姿はもっと哀れだ。

 李姫のようにマントで身体を覆うこともできない。

 革製の胸当ては乳房の膨らみをぴったりと包む二個の革の半球の覆いであり、それを胸の後ろで紐で結びつけただけのものだ。

 乳首を含めた乳房に当たる胸当ての内側には、いまは動いていないものの触手がびっしりと張りついており、それが乳肌や乳首に当たると生温かい感触が気持ち悪かった。

 李媛が気持ち悪さに耐えて、ぴったりと乳房に密着した胸当てを背中で結ぶと、道術によるものなのか、紐の結び目そのものが消滅して、革製の胸当てそのものがぴったりと隙間なく乳房に密着したかたちになった。

 そして、女陰と肛門にふたつの張形を埋めながら革紐の帯を股間に締めたときの惨めさは、これしか住民を救う手段がないとわかっていても、このままなにもかも捨てて逃げ出すか、そうでなければ、こんな恥を晒すくらいなら、その場で命を絶ちたいと本気で思った。

 

「さ、貞女(さだじょ)、軍使の旗を掲げよ……」

 

 李媛はただひとり付き従うことを求めた侍女の名を呼んだ。

 歳は二十四──。

 李媛の侍女になり十年になる。

 想像もできない恥辱が待っているに違いない李媛と李姫に従って、一緒に魔王軍の陣営に行くと申し出てくれた唯一の侍女だ。

 貞女についても、どんな運命が待っているか想像して余りある。ほかの侍女はすべて尻込みしたが、この貞女だけが李媛とともに悲運を甘受することを求めてくれたのだ。

 

 李媛は許可した。

 本当は誰も連れていくつもりはなかったが、李媛が娘の首に嵌めたに首輪に繋がる鎖を持ち、李姫は裸身を隠したくてしっかりと両手でマントを握りしめているので、どうしても軍使の旗である白旗を持つ役が必要なのだ。

 

 三人は城郭の外に出る城門の前に立っていた。

 見送る者はない。

 李媛たちがいる城門からは人っ子ひとり見ることはできず、周囲は静まり却っている。

 城門を護る兵たちでさえも詰所に閉じこもって、李媛たちの姿を見ないようにしてくれている。

 

 さすがに州伯の妻と娘がこんな破廉恥な恰好をしているのだ。

 家臣たちや城郭の住民たちも、遠慮をして家屋に閉じこもってくれているのだろう。

 李媛もそれはありがたい。

 

 だが、どこかで自分たちを見守って注目していることは間違いない。

 これから行う李媛の命乞いの成否により、城郭の全住民の命がかかっていることは、一日にしてほぼ城郭中が知るところになっているらしい。

 

「はい、李媛様」

 

 小柄な貞女が身体の前で抱くように白旗を持つ竿を持った。

 すると、やはりどこかで三人を見ている者がいるのだろう。

 眼の前の城門が静かに人が通過できる広さだけ開いた。

 

 外が見えた。

 肌に当たる城外の風が李媛の身体をすくませた。

 城門の外から離れた場所に、城郭への攻撃展開を終えている魔王軍の陣が拡がっている。

 素人の李媛から見ても整然とした軍のように見える。

 

「い、行くわ」

 

 李媛は、自分の勇気を振り絞るためにもう一度そう言い、魔王軍の陣に向かって歩き出した。

 

「あっ」

 

 しかし、李媛は、次の瞬間、股間に衝撃が走って、その場にしゃがみそうになった。

 思わず李媛の口から悲鳴が迸る。

 これまでまったく静止していた股間の張形が、李媛が城門から出て魔王軍に近づいた途端に微弱な運動を開始したのだ。

 

「お、お母様──?」

 

 びっくりした李姫が心配そうに叫んだ。

 

「李媛様」

 

 貞女も声をあげた。

 最初に挿入したときは、違和感はあったが張形の大きさも小さ目でそれほどの圧迫感はなかったのだ。

 しかし、城門を一歩出た瞬間に女陰と肛門に埋めた張形が一気に大きくなった。

 しかも、それが振動して動き出したのだ。

 そんな覚悟はしていなかっただけに、その衝撃は大きかった。

 

「そ、そんな……」

 

 最初から魔王陣に近づけばそうなるように設定してあるのか、それともあの大旋風あたりが、あの陣営側のどこかでこっちを見守っていて、意地悪をしているのかどうかわからない。

 

「お母様、どうしたのですか?」

 

 李姫が驚いたように李媛の顔を覗き込む。

 李媛はその視線に耐えきれなくて慌てて顔を逸らした。

 性具に苛まれて淫情に呆けている顔を実の娘に覗き込まれるなど耐えられるわけない。

 李媛は歯を食いしばって襲い掛かる官能の波に抗しようと思った。

 それに、李媛に与えられている時間は、わずか一刻(約一時間)しかない。

 その時間が過ぎてしまえば、あの魔王軍による城郭への総攻撃は始まってしまうのだ。

 とにかく進むしかない……。

 

「な、なんでもない。行くぞ」

 

 李媛は力が抜けそうな股間にとにかく力を入れて、太腿をすり寄せるようにして、なんとか脚を前に出す。

 

「あはうっ──。こ、これは──」

 

 しかし、李媛はまた加えられた新しい刺激に、腰が砕けてしまい泣きそうになった。

 今度は女陰に挿入している張形の根元のかたちが変形して、食い込んでいる根元側の肉芽を包むように拡がったのだ。

 張形の振動が直接に肉芽に響いてくる。

 それだけではない。

 乳房を覆っている半球の覆いの内側にあった物体までうようよと動き出した。

 それが覆いの内側で両方の乳首に絡みつくと、まるで男に吸われているような感触が李媛に伝わってくる。

 

「ふうううっ」

 

 さすがに力が抜けて、李媛はがくりと膝を折った。

 その間も、乳首と股間を苛む下着の刺激は続いている。

 だが、おそらく、これはまだ本格的な動きではない。まだまだ股間と胸などを刺激する下着の動きは緩慢なものなのだ。

 それほどの振動でもなく、むしろゆっくりだと思う。

 しかし、乳首を包む半球の内側の触手のようなものにしても、股間や肛門で巧みにかたちを変形させる張形にしても、まるで意思を持ち、しかも李媛の心を読んでいるかのように、確実に李媛の急所を突いてくる。

 耐えようと踏ん張っても、それを、嘲笑うかのように、ほんの少しだけ責めの方法と場所を変化させるし、それでも、なんとか耐えようと思っても、下着は李媛に備えさせることを許さずにまた責め方を変える。

 李媛は一歩も動けないまま、ただただ悪魔のような股帯と胸当てに翻弄された。

 しかも、こうやって時間をかけているだけで、だんだんと振動が強くなっていくような感じだ。

 まだ、ほんの少しの時間のはずだが、すでに李媛は峻烈な快感に追い詰められた。

 もの凄く気持ちいいのだ。

 

「い、行かないと……」

 

 李媛はそう言うと、心配そうに李媛を見守っている李姫と貞女に、大丈夫だと合図をするように頷いた。

 李媛は中腰のみっともない格好でがに股になって脚を前に出す。

 こんな格好で歩いているのを間違いなく正面の陣地から亜人たちが見ていると思うが、もう恥も外聞もない。

 とにかく、魔王に会わなければ……。

 

 しかも、予想はしていたが歩くことによって、前後の張形が擦れ合い、それが妖しい快感になって李媛に襲い掛かってきた。

 こんなのでは歩けるわけがない。

 李媛はほんの少しだけ進んだだけで、また歩けなくなってしまった。

 

「り、李姫、貞女、わらわを支えよ。強引に歩かせるのじゃ」

 

 李媛は慌てて言った。

 こんな嫌がらせにぐずぐずしているわけにはいかない。

 李媛の行動に数万の住民の生命がかかっている。

 

「わ、わかりました、李媛様──。さあ、李姫様も」

 

 貞女が慌てて、軍使旗を抱える腕で李媛の左の肘を組んだ。

 李姫も反対側に回って、必死に押さえていた股間の手を離して李媛の右肘を組む。

 

「お母様──」

 

 しかし、李姫はおろおろしている。

 李媛の状態の変化が理解できないらしい。

 貞女に急かされて肘を組んだものの、膝を折って悶える李媛の姿に当惑したように立ち尽くしたままだ。

 

「なにをしているのじゃ、李姫。わ、わらわを引き摺ってでも、魔王軍の陣に連れていくのじゃ。こうしている間にも住民たちの命の時間が短くなっておる。は、早く──」

 

 李媛は叫んだ。

 

「と、とにかく、李姫様……」

 

 貞女が促した。

 李媛はふたりから両膝を引き起こされて歩かされだした。

 しかし、歩くとさらに刺激が強くなる。上下の下着は、李媛の乳首を吸い、女陰と肛門を刺激し、肉芽を激しく揺す。

 両側から腕をとられて強引に前に進まされることによって、張形が擦れ刺激が数倍にも跳ねあがる。

 ついに李媛はやがてのっぴきならないところに追い詰められた。

 そして、ついに魔王軍の陣まで半分のところで、呻くような声とともについに気をやってしまった。

 

「あはあっ──」

 

 浅ましく野外で達しながら李媛は愕然とした。

 城郭前の平原の真ん中で絶頂を晒してしまったのだ。

 しかも、李姫の眼の前で……。

 

 眼の眩むような羞恥と恥辱が李媛を襲う。

 李媛はとてもじゃないが、娘の顔をまともに見れなかった。

 だが、それでも李媛は、一瞬の痴呆状態が収まると、呆然と立ち止まっていた李姫と貞女に必死に怒鳴った。

 

「わ、わらわに構うな。一刻も早く、わらわを魔王軍に連れていくのじゃ──」

 

 こうなったら覚悟を決めた。

 恥は捨てる──。

 侯爵夫人としての外聞ももういい。

 娘にはしたない姿を晒したことももういい……。

 それよりも、李媛の行動に城郭の数万の命がかかっている。

 それだけを考えようとした……。

 

「これから先、わらわがどんなにはしたなく叫んだり、悶えたりしても身体を引き摺ってもでも魔王軍の陣まで連れていっておくれ。頼む──」

 

 李媛は言った。

 貞女も李姫も、もうなにも喋らない。

 李媛はふたりから、ただ、肘を引っ張られて身体を前に引っぱられる。

 だが、ふたりからぎゅっと握られるその肘を通じてふたりの気持ちも伝わってくる。

 

 それにしても、これが霊気のこもった性具の力なのか……。

 李媛の身体を苛む下着は、的確に李媛の弱い刺激の与え方を見つけて執拗に責めかかる。

 いまや乳房全体が胸当てにより小刻みに揉まれ、乳首だけは吸引と舐め回しと振動を交互に動かされ続ける。

 およそ人間には到底不可能な技に李媛は屈せざるを得なかった。

 

 しかし、胸の刺激には構ってはいられない。

 乳房よりも、もっと敏感な股間に意識を集中しないわけにはいかないのだ。

 肉芽を触手に挟み揉まれ、女陰に食い込んだ張形をうねられ、しかも、肛門に挿入した張形はかたちを変形させながら回転と抜き挿しの動きを李媛に伝えてくる。

 

 耐えられない……。

 

 そして、股間に意識を集中したことで、無防備だった胸に快感が迸る……。

 慌てて胸に対する備えを整えようとしたが、気を抜いた途端に、股間の張形が作る快感が一気にやってきた……。

 

「あはああっ」

 

 李媛が二度目の絶頂をしたのは、魔王軍の最前線の歩哨陣の直前だった。

 

「おう、なんだ、お前ら──?」

 

 魔王軍の歩哨の亜人が李媛たちの卑猥な姿に眼を細めながらその行く手を阻んだ。

 

「わ、わらわたちは……」

 

 どろどろの愛液が締め付けられた腰帯の隙間から大量に垂れて、内腿にべっとりとつくのを感じながら、李媛は歩哨の兵に向かって口を開いた。

 しかし、李媛が大旋風の名を出そうと思ったとき、突然に二本の張形と乳房を包む半球が最大限の速度で動き出したのだ。

 これまでの軽い動きだけで二度も気をやる程に追い詰められていた李媛は、不意に始まった圧倒的な刺激に身体を跳ねあげた。

 

「あああっ──」

 

 脳天まで突き抜けるような甘美な衝撃だ。

 しかも、眼の前には数名の敵の警備兵がいて、さらに陣の奥には大勢の亜人の兵たちがやってきている。

 彼らは、李媛や李姫の痴態を面白がって覗き込んでいる。

 そんな大勢の敵兵の前で、李媛はまた絶頂しようとしていた。

 

「お母様」

 

「李媛様、しっかりして──」

 

 両側のふたりが心配して声をあげたが、完全に腰の力が抜けてしまった李媛はがっくりとしゃがんでしまい、どうしても立つことができなかった。

 立ちたくても、まったくといっていいほどに膝に力が入らないのだ。

 

 そんな李媛の醜態に敵兵からどっと笑い声が湧いた。

 しかし、どうにもならない。

 

 これまでの微振動など、いま受けている途方もない刺激に比べれば、李媛をこの状態にするための準備運動のようなものだったと思った。

 いままでの責めは一枚一枚、李媛の理性の襞を剥くような責めだった。

 そして、それによって四十の女盛りの李媛の身体は完全に淫らな状態になった。

 李媛の身体は、昂るだけ昂り、興奮するだけ興奮させられた状態になっている。

 その李媛は、大勢の敵兵の集まったこの陣営の前で、信じられないように激しく装着している性具から責められている。

 李媛が責め苛まれていたこれまでの責めなど生ぬるいようなものでしかなかったのだと主張するように……。

 そして、官能の刃が李媛の全身を貫いた……。

 

「んんんんっ──」

 

 懸命に口を閉ざし、なんとか大きな嬌声がでるのは耐えたが、夫たちを殺した敵兵の眼の前で絶頂する恥辱なのに、逆に神経の焼けつくような凄まじい快感でもあった。

 李媛は一生懸命に立たせようとする李姫と貞女に身体を挟まれながら、深く激しい絶頂をしてしまった。

 

「いくら、気持ちよくても、ここで尻振り踊りはやめてくれよ、侯爵夫人よ。仮にもここは軍の陣地だぜ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 李媛は地面にうずくまった状態で顔だけをあげた。

 

 大きな声で笑っている大旋風がそこにいた。



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 第69話  魔王軍襲来【青獅子(あおじし)大王】
439 屈辱の降伏交渉と魔王軍内の陰謀


「いくら、気持ちよくても、ここで尻振り踊りはやめてくれよ、侯爵夫人よ。仮にもここは軍の陣地だぜ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 李媛(りえん)は地面にうずくまった状態で顔だけをあげた。

 大きな声で笑っている大旋風(だいせんぷう)がそこにいた。

 いつの間にか李媛たちを囲む敵兵たちに混じって、李媛の醜態を見ていたようだ。

 

「だ、大旋風殿……、取次ぎを……。頼む。魔王殿に取り次ぎを……」

 

 李媛は必死の思いで縋るように言った。

 

「おう、青獅子様はお待ちかねだぜ。だけど、俺についてこれるのか? そんな腰砕けの状態でよう?」

 

「お、お願いじゃ……。これを……、これをどうか……これをとめてくれ。後生じゃ──、あ、ああっ、ああっ……ひうっ──」

 

 李媛はしゃがみ込んだまま大旋風に訴えた。

 だが、大旋風はせせら笑いを続けるだけだ。

 

「早く、来いよ。もうすぐ城郭への攻撃開始時刻だぜ」

 

「そ、そんな……、あっ──、ひうっ」

 

 必死の訴えも、さらに性具の振動が強くなることで拒否された。

 どうやら、この大旋風が李媛が装着させられている性具の振動を操っているようだ。

 一度たがの外れたようになった李媛の官能は、もう自分でも制御することができないようになってしまっていた。

 気をやったばかりの李媛に、また前後の張形が襲いかかっている。

 

「ぼやぼやしていると、折角恥ずかしい思いをして、ここまでやってきたのが無駄になるぜ、侯爵夫人。あんたらはやけにのろのろと歩いてきたようだが、後一刻(約一時間)で時間切れだ。ほら、歩きな」

 

 大旋風は李媛たちの行く手を阻んでいた歩哨たちを除けさせた。李媛たちに、さらに陣地の奥に向かう経路が解放される。

 その先導をするように、大旋風が歩き出す。

 

「ま、待って、大旋風殿──。そ、そうだ、お前たち、頼む。立たせておくれ」

 

 李媛は両側でどうしていいかわからずにおろおろと当惑している李姫(りき)貞女(さだじょ)に言った。

 ふたりが慌てて李媛を助け起こした。李媛も力を振り絞ってなんとか立った。

 しかし、下着の振動はほんの少しもとまってくれない。

 李媛は踏ん張った脚を開き気味にして、ようやく中腰になったところで、今度はお尻からやってきた快感の矢に全身を貫かれたようになって、また、座り込んでしまった。

 

「あはああっ──」

 

 耐えきれなくて大きな声をあげた。

 大勢の敵兵の真ん中で晒す絶頂は地獄のような快感だった。

 いつの間にか数十人ではきかないような数の敵兵が周りにいる。

 その兵たちがどっと李媛の醜態を嘲笑した。

 

「おいおい、こんな朝っぱらから淫靡な気を蔓延しないでくれよ。これから、こいつらは城郭への攻撃に参加しようとしているんだからな。兵どもをおかしな気分にさせないでくれ。しかもここは、お天道様の当たる外じゃねえか。ちょっとは慎みなよ、侯爵夫人」

 

 振り返った大旋風が大きな声で笑った。

 しかし、もう身体に力が入らない。

 どうしても立てないのだ。

 李姫と貞女が身体を引っ張ることでなんとか中腰にまでは戻れるのだが、それ以上の動きを阻止するように、張形と半球が李媛を責めたてる。

 

「お母様──」

 

 李姫が泣き声をあげている。

 それでやっと李媛は、自分が敵陣の真ん中で号泣しているということを悟った。

 

「ところでこいつがお前の娘の李姫か? こりゃあ、確かに噂通りの美女だ……。おい、お前、もう男を知っているのか?」

 

 気がつくとすぐそばに大旋風がいた。

 そして、李媛が握りしめていた李姫の首輪の鎖を取りあげる。

 

「ひいっ──ゆ、許してください──」

 

 鎖を引っ張られて李媛から引き離された李姫が泣き声をあげたのがわかった。

 

「まだ、なんにもしてねえだろうが? お前の母親を見ろよ。こんな敵陣のど真ん中で恥を晒し続けているんだぜ。許してくれというのは、あれくらいのことをされてから言いな──。まあ、いいや……。それよりも、このマントは俺のだったな。返してもらうぜ」

 

「きゃあああ──」

 

 裸身に巻きつけていたマントを強引に大旋風から引きはがされて李姫が悲鳴をあげた。

 確かに、あれは昨日の獅駝(しだ)の城郭における大旋風と李媛との会同の中で、李姫が唯一身につけるものとして許された大旋風のマントだ。

 だから、李姫は若い娘としては想像を絶するような恥辱に耐えて、そのマント一枚だけを身体にまとった姿でここまでやってきたのだ。

 こんなに敵兵の集まる場所でそれを取りあげるというのは、李姫にはあまりの仕打ちだろう。

 

 敵中でいきなり素っ裸にされた李姫は、なすすべなく身体を両手で隠して身体をその場にうずくまらせかけた。

 だが、首輪の鎖を持っている大旋風がそれを許さない。

 李姫は素裸の全身を敵兵に晒されるように強引に立たされている。

 

「侯爵夫人もいいが、やっぱり、若い娘の肌にはかなわないようだな……。おい、みんな見ろよ。この娘の肌のみずみずしさを……。しかも、人間族の貴族の娘だぜ。その裸なんてそう簡単には拝めはしねえぞ。みんなちゃんと見ておけよ──。それにしても、この娘はまるであんたの若い頃のようだぜ、侯爵夫人。よく似ているぜ……。このおっぱいのかたちなんてそっくりだ」

 

「ひいっ……。か、勘忍して……勘忍してください──ひいっ」

 

 大旋風が李姫の乳房に手を伸ばして無遠慮に揉んでいる。

 李姫はそれを避けようとしているが、力の強い亜人の力に抗することもできずにただ泣きじゃくっている。

 その李姫の狼狽えぶりに周囲の兵がますます歓声をあげた。

 

「なんの騒ぎよ、これは──?」

 

 そのとき、不意に大きな女の声が周囲に轟いた。

 魔王軍の兵が一斉に黙り込む。

 静まり返った周囲が緊張で凍りついたようだった。

 ふと見ると、大旋風は苦虫を噛み潰したような表情で悪戯をしていた李姫から手を離している。

 まるで時間がとまったように、一瞬で騒ぎが収まった。

 

 気がつくと、李媛を襲っていた下着の責めまで停止している。

 とりあえずほっとしたが、李媛はいったいなにが起きたのかと不思議に思って顔をあげた。

 やってきたのは、美しい顔立ちをした黒い具足を身に着けた女の亜人だった。

 怖ろしく綺麗で、また、怖ろしく冷たい表情をしている。

 そして、背中に畳まれた大きな黒い羽根があった。

 

 鳥人族だ……。

 

 鳥人族は醜悪な姿をした種族が多い亜人の中でも、美しい美貌と身体を備えたことで知られている種族だ。

 特徴は見た目の通りの背中の翼であり、その翼で空を飛ぶこともできる。

 李媛も文献で触れたことはあるが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。

 

 大旋風をはじめとするここにいる兵たちに一喝した鳥人族の女は、李媛が見ても思わず嘆息するほどの美貌だった。

 身に着けている具足や多くの金入りの装飾品からかなりの身分の将校であることがわかる。

 背後には青くて長い髪を背中で束ねている女戦士が付き従っている。

 そちらも背に白い翼を畳んでいる。

 彼女もまた鳥人族であり、やはり美しい顔立ちをしている。

 

「ちっ……、魔凛(まりん)かい……」

 

 大旋風が面白くなさそうな顔で舌打ちした。

 するともの凄い形相で、魔凛と呼ばれた女の鳥人族が大旋風を睨んだ。

 

「魔凛司令官──。これでいいのかい──?」

 

 大旋風が不機嫌そうに言った。

 魔凛が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 すると今度は大旋風が顔に怒りを浮かべた。

 

 どうやら、この魔凛は大旋風の上位の階級にある女の軍人のようだ。

 大旋風は自分を軍団長といい、遠征軍の副将と言っていたから、それよりも上位階級となると全軍の指揮権を持つ司令官しかいないはずだ。

 その証拠に大旋風は、“魔凛司令官”と呼び直した。

 この若く美しい鳥人族の女こそがこの魔王軍の総司令官らしい。

 李媛は少しだけ驚いた。

 

「なんの騒ぎなのか説明しろ、大旋風?」

 

 魔凛が詰問口調で言った

 

「お前には関係ねえよ……。こいつらは、これが見つけた青獅子様への貢物だ。母娘揃って美貌で有名な人間の貴族の女だから青獅子様に差し出すのよ。お前と違って自分の身体を一大王の金凰様に差し出して出世をするというわけにはいかねえからな。これでも気を遣うのよ──」

 

「なんだと──」

 

 魔凛がすっと右手に持っていた大きな水晶の飾りが柄の先についた短い杖を真っ直ぐに伸ばした。

 

「や、やめろ──」

 

 大旋風が引きつった声をあげる。

 次の瞬間、魔凛の突き出した杖の水晶が真っ白に光った。

 その眩しさに李媛は眼がくらむ。

 そして、すぐに光が収まる。

 だが、眼を開けた李媛は驚くべきものをそこに見た。

 あの大旋風が苦しそうな表情で直立不動の姿勢になっている。

 まるで見えない鎖に全身を縛られて直柱にでも拘束されているようだ。

 

「や、や、めろ……」

 

 苦悶の表情で脂汗さえ顔に浮かべている大旋風が呻き声をあげている。

 

「なにが関係ないだ、大旋風──。この女たちにくだらない悪戯をして遊んでいたのはいいが、軍使旗を掲げていたじゃないか──。ちゃんとわたしの幕舎からも見えていたぞ。ならば、軍使がやってきたことは、まずは、本遠征軍の総司令官であるわたしに報告をすべきなのだ。それなのに、お前は、わたしを差し置いて、直接に軍使を青獅子様のもとに連れていこうとしたであろう。それは明らかな軍紀違反だ──」

 

「う、うるせい……。こいつらは貢物だ。軍の行動とは関係ねえ──」

 

「やかましい、大旋風……。これから攻撃をしようとしている城郭からの軍使の訪問が、なんで軍の行動とは関係ないんだ。お前の脳味噌には虫でも湧いてるのか?」

 

 魔凛は手に持っている杖で、馬鹿にするように大旋風の鼻の穴を抉るようにぐりぐりと押した。

 そんなことをされても大旋風は口惜しそうな呻き声をあげるだけで直立不動の姿勢のままだ。

 どうやら大旋風は、魔凛の道術によって全身を硬直させられているようだ。

 

「……き、貴様……、ま、魔凛……、ちょ、調子に乗りやがって……ここは青獅子軍だぞ……。お、お前なんか……余所者だろうが……」

 

「余所者だろうが、なんだろうが……、このわたしが、いまはこの遠征軍の総司令官だ。軍の動きに関することで勝手なことをするな。わかってるのか、この犬?」

 

 すると大旋風の顔がびっくりするくらいに真っ赤になった。

 

「い、犬だと──」

 

「なにを怒っているのだ、犬。お前など犬そのものであろう……。顔だけじゃなく、やることも犬だ。強いものには尻尾を振ってすり寄っておべっかを使い、弱い者には笠に着て吠えたてる。その通りのことをやっていたんだろう、犬? この女たちはお前たちの魔王へのおべっかのための差し出しもので、しかも、逆らえない立場の人間の女に嫌がらせをして遊んでいたんだろうが。まさに、犬のやることだ。どうやら、お前ら犬の一族は浅ましい畜生の時代からなかなか脱け出せないようだ」

 

 魔凛が笑いながら、今度は大旋風の鼻をつまんでぐいぐいと左右に振った。

 大旋風が苦痛で悲鳴をあげた。

 

「そ、そういうお前はなんなんだよ、魔凛──。能力もねえくせに、一大王様の金凰(きんおう)様の愛人であるというだけの理由だけで金凰軍の軍団長になり、今度は青獅子軍に出向して総司令官かよ。面白くねえんだよ──。色仕掛けが得意なら軍服なんて着ずに、裸で尻でも振ってな」

 

 大旋風が直立不動のまま叫んだ。

 すると今度は魔凛の顔が怒りで真っ赤になった。

 だが、すぐに興奮した表情は収まり、その顔に酷薄な笑みが浮かんだ気がした。

 

「おい、麗芳(れいほう)──。こいつの尻を出してみろ。犬らしく尻尾があるかどうか確かめてやる」

 

 魔凛は後ろに侍っていた鳥人族の女戦士に振り返った。

 すると麗芳と呼ばれたその女戦士が苦笑した。

 

「よろしんですか、魔凛様? あたしのような一介の将校が、青獅子軍の軍団長の下袴を脱がせたりして……」

 

「いい──。軍紀違反の晒し刑だ。魔凛流のな」

 

 魔凛がそう言うと、騒然となる周囲の兵を無視して、麗芳が大旋風の下袴に手をかけた。

 大旋風が狂ったように奇声をあげて暴れようとするが、ほとんどその身体は動かない。

 あっという間に大旋風の下袴が足元まで下げられた。

 麗芳が笑いながら大旋風の下着にまで手をかけた。

 

「ち、畜生──。やめんか、この売女──」

 

 大旋風が金縛りのまま叫んだ。

 

「口の利き方を改めると誓え、大旋風──。本来は、金凰軍の軍団長のわたしと、青獅子軍の軍団長のお前とは確かに同格だが、この遠征では、わたしが主将でお前が副将だ。総司令官に対する態度を改めると誓わなければ、本当に下着も脱がすぞ」

 

「この売女、売女、売女、売女、売女、売女、売女──」

 

 大旋風が絶叫した。

 

「脱がせ、麗芳」

 

 麗芳は無言のまま、大旋風の下着を足首まで下げた。

 この状況を見守っていた周囲の兵がわっと沸いた。

 下半身を裸にされた大旋風の股間では、陰毛に包まれた大旋風の肉棒が露わになっている。

 慌てて李媛は眼を逸らせた。

 

「やめんか、貴様ら──」

 

 そのとき、周囲を圧するようななにかがこの場にやってきた。

 なにかとてつもない存在がやってくる……。

 李媛は顔をあげた。

 従者を従えた青い鬣の獅子の顔を持つ身体の大きな亜人がそこにいた。

 

 これが魔王青獅子に違いない──。

 李媛は確信した。

 

「余の軍の主将と副将が兵の前で私闘か?」

 

 青獅子がじろりと魔凛を睨んだ。

 

「私闘じゃありませんよ。軍規を乱す者に罰を与えているのですよ、青獅子様」

 

 魔凛が不貞腐れたように言った。

 

「あ、青獅子陛下──。お願いです。城郭への攻撃をおやめください。獅駝の全住民は、青獅子軍に降伏します」

 

 李媛はしゃがみ込んだまま必死に叫んだ。

 

「この者がお前が言っていた人間族の貴族の母娘か、大旋風?」

 

 青獅子が大旋風を見た。

 

「そ、そうです、青獅子様──。い、いま連れていこうと……。そしたら、魔凛が……」

 

 まだ直立不動の姿勢を崩せない大旋風が青獅子に言った。

 

「魔凛総司令官と呼べと言っただろう。呼び捨てにするな、大旋風。まだ、わからんのか──?」

 

 魔凛が大旋風の無防備な睾丸を鷲掴みにした。大旋風が絶叫した。

 

「やめんか、魔凛──。大旋風にかけた術を解け」

 

 青獅子が大喝した。

 

「お言葉を返すようですが、青獅子様……。これは軍紀違反に対する罰です。こいつは副将の立場で主将のわたしを冒瀆しました」

 

「いいから解け。お前が余の命令に従わんのも軍紀違反だ──」

 

 青獅子がそう言うと、明らかに気分を害した様子で、魔凛が水晶の飾りのついた杖を振った。

 大旋風がその場に崩れ落ちる。

 

「こ、殺してやる、魔凛──」

 

 地面に倒れた大旋風が魔凛に飛びかかろうとした。

 しかし、足首にまとわりついていた下袴と下着に足をとられて、また倒れた。

 それを横で見ていた魔凛が、これ見よがしに大きな音で鼻を鳴らした。

 大旋風の顔がますます真っ赤になる。

 

「大旋風、話がある。すぐに余の幕舎に一緒に来い」

 

 青獅子が言った。

 下着と下袴を履き直してから、また魔凛に襲いかかる気配だった大旋風が口惜しそうな顔をした。

 

「お、お待ちください、青獅子陛下……。どうか、どうか──」

 

 李媛は青獅子の足元の前ににひれ伏した。

 

「……人間族の貴族の女の李媛……。そっちは娘の李姫だったな。お前たちのことは、大旋風から聞いている」

 

 地面に擦りつけている頭の上から青獅子の声が降ってきた。

 

「は、はい。わ、わらわたち母娘に免じて、どうか城郭への攻撃は思い留まりください。この通りです──。李姫、お前も頭をさげなさい」

 

 李媛は横で裸身を抱いてうずくまっていた李姫に言った。

 李姫が慌てて、李媛の横にやってきて素裸で青獅子の足元で土下座をする。

 貞女もそれに従った。

 

「お前たちの要求はわかっている……。大旋風を通じてな」

 

 青獅子が静かに言った。

 

「青獅子様、主将のわたしはなにひとつ聞いていませんが……?」

 

 魔凛の不満げな声が割り込んだ。

 

「魔凛、城郭への総攻撃は中止しろ……。全住民に支配術をかける段に移行する。李媛、お前は、余の軍の一隊とともに一度、城郭に戻って、城門をすべて開いて、この青獅子軍を迎え入れる態勢をとらせよ。余の入城は夕方だ。そのとき、全住民はすべて城郭の大通りに出て余を迎えよ。赤子であろうと、病で動けない老人であろうと例外なくすべてが屋外に出て大通り沿いに集まるのだ。もしも、ひとりでもどこかの屋外に隠れていれば、この和平はなしとして、全住民を誅殺する」

 

「あ、ありがとうございます。お約束します。全住民をもって、陛下をお迎えします──」

 

 李媛は頭を地面につけたまま言った。

 助かった……。

 これで住民は死ななくて済む……。

 よかった……。本当によかった……。

 

「娘は残す。侍女もだ。夕方まで余の相手をさせる……。おい、この人間の娘を寝所の幕舎に連れていけ」

 

 青獅子の言葉の後半は、背後の従者に命じたものだ。

 李姫も覚悟はしているのだろう。

 一度だけ短い別れの言葉を李媛に告げると、そのまま、従者にどこかに連れていかれた。

 貞女もそれに従う。

 

「李媛、それと、お前たちの行政府は、とりあえずの軍営として接収する。その明け渡しの準備もせよ。また、当面の余の居城となる屋敷も提供せよ。降伏した人間の城郭の代表者としてのお前の役割はそれで終わりだ。手配が終われば、余の居城となる屋敷でお前は待て。娘とともに今宵の余の伽をせよ。母娘で余を満足させれば、ふたり揃って新たな余の領地における側室にしてやる。余が気に入らなければ、娘ともども兵たちの慰み者にする」

 

「わ、わかりました……。一生懸命に務めます……」

 

 母娘が一緒にこの魔王に抱かれる。

 その屈辱に一瞬だけ身体に震えが走ったが、李媛はそれに耐えた。

 娘の李姫が少しでも生きながらえるためには、この魔王の側室になれるように頑張るしかないのだ。

 

「魔凛、お前自らが一隊を率いて、この李媛とともに城郭に赴き、お前の術で城郭の住民の安全化を図って、余が側近とともに夕刻に入城する準備を整えよ。そのために必要な勢力は好きに選定せよ……。ただし、最終的に城郭内に留まるのは、余と余の側近と家人、それと、司令部のほか近衛の一個大隊だけとする。それ以外は、すべて城郭の外に出す」

 

 李媛は頭を下げたままで青獅子が魔凛に命じる声を聞いていた。

 道術による住民の安全化とはなんだろう。

 住民の生命に関わることでなければよいがと思った。

 

「城郭の確保も、住民にわたしの支配術を施すのも、わたしが金凰軍から連れてきた一隊で十分です。惰弱な兵を連れていっては却って足手まといですから」

 

「な、なんだと、魔凛──。俺たち青獅子軍を惰弱だと言いやがんのか──」

 

 大旋風が声をあげた。

 

「大旋風──。先に余の幕舎に行っておれ。お前には話がある」

 

「し、しかし、青獅子様──。こいつ、青獅子様の前で俺たちの軍の悪口を──」

 

「いいから先に行け、大旋風──」

 

 青獅子が強い口調で言った。

 大旋風が魔凛に対する悪態をつきながら遠ざかっていく気配がした。

 

「魔凛、大言を吐くからには、命じたことはやり遂げよ。間に合いませんでしたでは済まさぬぞ」

 

 すぐに青獅子が言った。

 

「心配御無用ですよ、青獅子様。金凰軍の誇る鳥人隊の手並みをお見せします。夕刻の入城までには、あの城郭のすべての人間族を青獅子様を崇拝する人形に仕立ててみせます──。麗芳、お前は、その人間の女とともに、歩いて来い」

 

「それから魔凛、人間族の支配する証しである旗は城壁から降ろすな。外見上は、亜人などどこにも入っていないように偽装するのだ。理由は後で説明する」

 

 青獅子はさらに言った。

 

「仰せのままに──」

 

 魔凛の声。

 そして、突然にばさばさという羽音がした。李媛が顔をあげると魔凛が背中の羽根を拡げて、飛び立とうとしているところだった。

 そして、あっという間に空中に浮きあがると、魔凛がなにかの合図かのように、道術で小さな爆発音とともに黄色く発光する球体を空に放った。

 すると、陣の一部から五十ほどの鳥人が空に浮かびあがってきて、魔凛に合流した。

 集まった鳥人の一隊は、ばさばさという羽音ともに、城郭に向かって飛んで行った。

 李媛はその美しい光景を呆然と眺めていた。

 

「行くわよ、人間の女」

 

 不意に声をかけられた。

 麗芳だ。

 気がつくと、集まっていた兵も散会し、青獅子もすでに陣の奥側に向かって遠ざかってるところだった。

 

 

 *

 

 

「口惜しい、口惜しい、口惜しい、青獅子様……。なんで、とめたんですか? 俺は、あんな鳥女なんて、八つ裂きにしてやったのに」

 

 大旋風が涙を流して悲痛な声をあげた。

 青獅子の幕舎だ。

 幕舎といっても、道術で作成した平屋の屋家であり、『結界術』のかけられたしっかりとした壁と屋根で覆われてる。

 王宮にある私室と同じというわけにはいかないが、それなりの調度品もあり、従者の控える場所もある。

 ただし、いまは人払いをして、大旋風とふたりきりだ。

 

 また、幕舎の隣には執務用の幕舎と寝所用の幕舎も並列しており、寝所用の幕舎には、李姫という人間族の貴族の娘を待たせている。

 この大旋風が、わざわざ青獅子に提供するために、あの美しい李媛という母親とともに見つけてきたのだ。

 母親と娘を同時に抱き比べるというのも、なかなかに面白い趣向であり、あの人間族の母娘がどんな風に恥辱に顔を歪めるのかと想像すると、今宵が本当に愉しみだ。

 この大旋風は、そういう青獅子の性癖を十分に理解して、よく尽くしてくれる。

 魔王と部下という関係だけでなく、男と男としても可愛い子飼いの部下だ。

 その大旋風が悔しさに男泣きしている。

 青獅子は苦笑した。

 

「放っておけば、やられたのはお前だろうが、大旋風。あの魔凛の支配道術には、余だけではなく、金凰の兄者も持て余しておるのだぞ」

 

 青獅子は苦笑した。

 

「だけど……」

 

 大旋風はまだ泣いている。余程悔しかったに違いない。

 無理はないと思う。

 本来であれば、金凰の軍団長である魔凛と、この青獅子軍の軍団長の大旋風の立場は同格だ。

 だが、道術力はまるで違う。

 大旋風もそれなりの道術力を持っているが、その大旋風が魔凛の『支配術』の前には子供扱いだった。

 改めて青獅子は、あの魔凛の凄さを知った。

 そして、金凰兄貴がわざわざ魔凛を青獅子軍に出向させてきた理由を本当によく悟ることができたと思う。

 

「ち、畜生……。俺にもう少し、力があれば、あんな女に青獅子軍の主将の座を渡さないですむものを……。あの女、なにかと言うと、俺たち青獅子軍を馬鹿にしやがって、兵たちも口惜しい思いをしているし……。一応は金凰軍との連合軍という体裁ですが、あいつらが連れてきたのは、魔凛の直属隊の鳥人族の一隊の五十人ほどで、二万五千のこの遠征軍のほとんどは青獅子軍なんですよ、青獅子様──。それなのに、なんであいつらに威張られて、こんな肩身の狭い思いをしなければならないんです?」

 

 大旋風が吐くように訴えた。

 

「仕方あるまい。今回の遠征の目的を成功させるには、あの途方もない魔凛の『支配術』が必要であり、自分を主将にすることが、あの鳥人の女が出した、この遠征に参加する条件なのでな。兄者もあの魔凛だけは、命令ひとつでなんでも言うことを聞かせるというわけにもいかんようだ」

 

 金凰、白象、青獅子の三人の魔王は、別名、一大王、二大王、三大王とも呼ばれ、三人の魔王が共存して、一大勢力を作っている魔王軍団だ。

 三人の魔王は実の兄弟であり、青獅子は末っ子になる。

 一応は三人の魔王でひとつの支配域を誇っているが、実際には支配域も率いる魔王軍もそれぞれに独立している。

 もっとも南半分が長兄の金凰、北半分を支配するのが白象だ。一方で青獅子は領地というものはないが、もっとも北側の山岳地域の防御司令官にあたる。

 

 この人間族の城郭である獅駝の占領については、あの獅陀からの人間の城郭からの貢ぎ物が突然停止したからによるものだが、実は突発的なものではなく、三兄弟で話し合われて決定したものだ。

 それで、あの魔凛を遠征に参加させることになったのだ。

 

「な、なんで、あの女が必要なんですか、青獅子様──。あんな鳥女がいなくても、俺たちだけで、人間どもなんて皆殺しにしてみせますよ」

 

 大旋風が悔しそうに言った。

 しかし、青獅子は静かに首を横に振った。

 

「……それではいかんのだ、大旋風──。いいか、これはまだ明かすわけにはいかんことだが、お前にはここで教えておく。この遠征の最終的な目的のひとつは、この獅駝を手に入れることではない。それは付け足しだ。真の目的は別にある。あの城郭は人間を含めて無傷で手に入れなければならないのだ。そこに罠を張るためにな」

 

「えっ?」

 

 大旋風が顔をあげた。きょとんとしている。

 

「ここの人間の城郭を手に入れて余の軍で占拠する。ただし、それは最終的には外からはわからないように行われなければならん。そして、罠を張る。罠に入って来るであろうある人間の女を捕らえるのだ」

 

「人間の女? ただの女を捕らえるために、二万五千の魔王軍まで出動させたということですか? まさか──?」

 

「人間には違いがない。しかし、“ただの”ではない。その女の名は宝玄仙──。もしかしたら、我ら三大王を集めた霊気を上回る霊気を持つかもしれん。それを捕らえて魔法柱の家畜にする。それが今回の目的よ。それが叶えば我らの勢力は飛躍的に伸びて、北側の魔域まで勢力を伸ばし、一気に亜人の頂点に立つ大勢力になれるかもしれん──」

 

 青獅子は言った。

 

「宝玄仙……。そのたったひとりの人間の女を捕らえるだけで、そんなに……?」

 

 大旋風はごくりと唾を飲むとともに、目を丸くしている。

 

「そうだ。噂によれば、底無しの霊気量だそうだ。だから、その女を家畜にして魔法柱を培養させて、魔宝石を生産すれば、その霊気で畜生を大量に亜人化にして、一気に勢力を増やせるし、いまの霊気軍に属する将兵の霊気をいくらでも底上げできる。だから、その宝玄仙を魔法柱の家畜にした後は、我ら三兄弟で回して使おうということになっているのだ……。それと、この遠征のもうひとつの目的は、実はもっと短絡的なものでな……。いい機会だから、処分してしまおうということになったのだ」

 

「処分?」

 

 大旋風が首を傾げた。

 

「あの魔凛よ」

 

「ま、魔凛がどうかしたんで?」

 

 大旋風は声をあげた。

 

「金凰の兄者によれば、あの魔凛は、最近では金凰軍でも増長が激しく、兄者も扱い難くなっているそうだ……。すでに兄者は魔凛を見限っている。だが、あの途方もない魔凛の支配術は危険だ。うまくやらなければ、反乱を起こされて三魔王軍の危機にもなりかねん。それで理由をつけて、鳥人族の勢力基盤から離して従軍させたのだ。いずれにしても、宝玄仙を捕らえる罠を作るには、あれの道術が必要だ。だが、それが終われば魔凛も用済みになる。そうなったら魔凛についても罠に嵌める──。金凰兄者には容認済みだ。いや、むしろ、それを望んでおる」

 

「ま、まさか、金凰様が魔凛を切り捨てると? 魔凛は金凰様のお気に入りではなかったので?」

 

 大旋風の顔には激しい喜悦と驚きがまぜこぜになったような複雑なものになった。

 

「いつまでも兄者の寵が変わらぬと考えたのが、あいつの愚かなところだな……」

 

 青獅子は懐から一個の首輪を出した。

 途方もない霊気のこもった操り霊具だ。

 青獅子はこれをさるところから手に入れた。

 

「なんですか、これ?」

 

 大旋風は言った。

 

「『服従の首輪』という霊具だそうだ。兄者が懇意にしているある道術遣いの奥方が作ったものだそうだ。これは、凄まじい霊気が刻まれている霊具だぞ。その奥方も人間だそうだ。こんな物凄いものを作れる人間の女道術遣いというのも信じられんがな……。とにかく、これがあれば、あの魔凛をお前の性奴隷にできる」

 

 青獅子はそう言って、大旋風に微笑みかけた。



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440 酒宴の慰み者

「床に腰を下ろして、大股を開け。ついでに指でそこを開け。青獅子様に女にしてもらった秘所を確認してやる」

 

 大旋風(だいせんぷう)は大きな声で命じた。

 集まっている青獅子の側近たちが取り囲む前に素裸のまま連れ出された李姫(りき)は、首筋まで真っ赤にして顔を引きつらせたが、すぐに諦めたようにおずおずと腰を床に下ろして命じられた姿勢をとった。

 

 魔王宮として接収した李媛(りえん)の屋敷の広間である。

 ここで青獅子の十名ほどの側近中の側近が、ささやかな戦勝祝いを開いているのだが、その宴会の場に余興として、李姫を大旋風が呼び出したのだ。

 

 この屋敷は、昨日までこの城郭及びこの周辺一帯を支配していた州伯だった李保(りほ)の屋敷だ。

 大旋風は、青獅子たちとともに、新たな魔王城として、入城してきたというわけだ。

 ここの本来の主人の李保は、この青獅子の魔王軍団を間に無謀な戦いを開いた挙句、有力な家臣団と武官を率いて出撃し、謝った作戦判断により獅駝(しだ)軍をはじめ多くの家臣とともに全滅した。

 残された妻で侯爵の称号も持つ李媛は、残っていた家臣にも見捨てられてしまい、城壁の外に殺到した魔王軍になすすべなく城郭にいる住民を護るために降伏を選び、この自分自身ごと屋敷を魔王宮として差し出すしかなかった。

 

 そして、この屋敷は庭園を含めてかなり広く、多くの人間が家人として働いていたが、魔王宮として接収するにあたり、その全員を追い出した。

 いま、この屋敷にいるのは、青獅子とそれを警護する近衛隊、青獅子の身の回りの世話をする家人、大旋風をはじめとする側近中の側近、そして、軍営から連れてきた李姫とその侍女の貞女(さだじょ)だ。

 

 侯爵夫人であり、母親の李媛は、現在、この青獅子の魔王軍の総司令官ということになっている魔凛(まりん)とともに、州行政府に赴いて、そこを軍司令部として引き渡す手続きをしている。

 もうしばらくすればそれも終わり、この臨時の魔王宮に魔凛とともに青獅子に報告をしに来るはずだ。

 それで侯爵夫人であり、獅駝の城郭の住民を救うために一時的に人間の政府の行政の長という役割を引き受けた李媛の役目は終わる。

 

 その後は、李媛も、ここにいる娘の李姫も、青獅子の性奴隷として魔王軍の慰み者になる。

 その条件までも、李媛は受け入れたのだ。

 

 李媛にしても李姫にしても、この自分たちの運命の変転が理解できないに違いない。

 昨日まで家人や家臣の尊敬と敬愛を集めてかしずかれていた母娘が、一夜にして魔王の性奴隷になり、こうやって魔王の側近たちに見世物のように裸を晒さねばならないような立場になったのだ。

 

 すべては、本来の獅駝地方及び城郭の支配者だった李媛の夫が、長年に及んでいた青獅子魔王との交際を断り、無謀な戦端を開いたことから始まっている。

 ただ、これは偶然ではない。

 数箇月前から人間に混じって城郭に入り込んでいた亜人が、李保に道術を掛けることに成功し、自殺的な戦を魔王軍を相手に引き起こすように操ったのだ。

 大旋風もそのことをさっき青獅子自身から教えられたばかりだ。

 

 もちろん、夫が道術で操られていたということなど、李媛は夢にも思わないだろう。

 まあ、今更知ったことで、どうなることでもないが……。

 

「李姫、そうじゃねえよ。膝を立てて思い切り開くんだよ。ほら、手が遊んでるぜ。指だ。指で開くんだよ──。さもないと、折角、あんたの母親が頑張って命を助けたここの住民が全員死ぬことになるぜ」

 

 大旋風は笑いながらも声に凄みを込めた。

 もっとも、実際のところは、いま頃は全住民が魔凛の杖の白い光に浴びせられて、あの『支配術』を刻まれたに違いない。

 そのために、夕方に青獅子が城郭に入城するときに、全住民に表に出て大通り沿いに集まるように青獅子が命じたのだ。

 実際、青獅子と一緒に入城した大旋風も、魔王が通り過ぎるのに先立って進む前で、集まった住民に魔凛が白い光を浴びせ続けるのを見ていた。

 その白い光が、魔凛の『支配術』の光だ。

 

 魔凛の白い光を浴びせられれば、なぜか身体を支配されてしまうのだ。

 それは、道術遣いであろうと、ただの人間であろうと同じだ。

 口惜しいがあの道術は凄まじい。

 大旋風自身も道術については、かなりの遣い手でもあるし、これまでにかなりの道術を遣う存在に会ったことがある。

 だが、魔凛の『支配術』のような術はこれまでにほかに接したことはない。

 数万の全住民のすべてを自在に動かしてしまうような術など、魔凛でなければあり得ないし、想像もできない。

 

 いずれにしても、こんな手間暇かけて、魔凛に全住民への『支配術』をかけさせたのは、この城郭を無傷で手に入れるためだ。

 住民を殺してしまっては意味がない。

 連中を生かしておき、外見では魔王軍に支配されているなどとはわからないようにして、宝玄仙という人間の道術遣いを浚うための罠をここに張るのだ。

 

 情報によれば、その宝玄仙という道術遣いと供は、西側にある人間族の帝国に入り、そこから北上して、金角という女の亜人の支配する領域に大きく迂回して入ろうとしているようだ。

 今回のそういう獅駝征服の背景を青獅子から教えられたのは、今日の朝のことだった。

 李媛と李姫の扱いについて魔凛ともめているところを青獅子に見咎めらて呼び出され、初めてすべての説明を青獅子から受けたのだ。

 

 宝玄仙という力のある道術遣いについては、一大王こと金凰(きんおう)魔王から、大旋風の主である三大王こと青獅子に伝えられたようだが、そもそも金凰魔王にそれを伝えたのは、「雷音大王」と呼ばれるずっと北にある亜人の地を支配する大魔王のらしい。

 

 亜人の地は、“西域”、“妖魔の里”、“亜人の地”などと呼ばれ、人間族以外の亜人、あるいは妖魔や魔族と総称される各種族の発祥の地だ。

 その一帯は「魔域」ともいい、霊気が充満した地であり、人間族には馴染みの少ない道術が当たり前のように遣われているところだ。

 そこには、人間族はほとんど存在せず、それ以外の各種族が勢力争いをしながら群雄割拠している。

 

 その魔域で最大勢力を誇るのが、その雷音大王なのだ。

 

 つまりはら雷音大王はこのところ金角という女の亜人を長とする一派と激しく勢力争いをしているらしい。

 その金角に宝玄仙という人間族の道術遣いが加わるために旅をしているという情報に接した雷音大王が、その合流前に宝玄仙を捕らえてしまおうと画策し、魔域におけるそれなりの地位と引き換えに、金凰魔王に宝玄仙の捕獲を依頼をしたということなのだ。

 

 もっとも、これにはさらに複雑な事情も絡んでいる。

 雷音大王は、その宝玄仙を金凰魔王に捕らえてもらい、宝玄仙を人質にするなりして、金角軍との長い戦いを優位に運ぼうとしているとは思うが、表向きはそれに応じた金凰魔王も、その弟である大旋風の主の青獅子魔王も、宝玄仙を捕らえても素直に雷音大王にその身柄を引き渡そうとは思っていない。

 

 その宝玄仙は、単に道術力が大きいだけじゃなく、自然界に存在する霊気を吸収する力が凄まじいらしいのだ。

 これを遣えば、魔法柱という霊気が充満した物体を大量に作成することができる。

 魔法柱とは、魔法石とも呼ばれ、それを使って、ただの畜生を知性と霊気をもった存在そして亜人化して勢力を増やしたり、あるいは、いま生きている亜人をより強力な霊気のある存在に成長させることができるのだ。

 そもそも、その雷音大王も、別の方法で魔法石を手に入れ、それを利用して魔域で最大勢力を誇る大魔王に最近のしあがったのだ。

 

 だから、一大王も二大王も三大王も、宝玄仙を捕らえても、簡単には雷音大王とやらに引き渡したりはしないだろう。

 魔法柱を作成するための家畜にして、たっぷりとそれを生産させようとするはずだ。

 

 いずれにしても、複雑なことは大旋風には関係ない。

 大旋風は、戦えと言われれば戦い、宝玄仙という人間の女を捕らえろと命じられれば、それを実行するだけだ。

 捕えた宝玄仙をどうするかは、青獅子たち三人の魔王が決めればいい。

 

 だが、現段階では、まだ、宝玄仙という旅の女たちは、その影さえも獅駝には見せてはいない。

 とにかく、その大きな力を持った人間の女を捕らえて無力化するのだ。単純に襲っても逃亡されるだけだろう。

 

 だからこの城郭に罠を張る──。

 罠を張るためには、この城郭が表向きは健全に機能していなければならない。

 だから、住民を殺してしまうなどあり得ない。

 

 しかし、そんなことは李姫にはわかりようもない。

 だから、李媛も李姫も逆らえば住民を殺すと脅かせば、どんな破廉恥なことでも要求に応じる。

 本当に面白い。

 いまも、酒と肴を並べている卓に座る青獅子の両側に拡がっている大旋風をはじめとする青獅子の側近たちの前で、命じられるまま自ら女陰を拡げるという痴態を晒せと命じられば、そうするしかないのだ。

 

「ああ……」

 

 李姫が泣きそうな顔をして、限界まで脚を拡げて細い指を伸ばして、羞恥の花弁をくつろげた。

 

「おうおう、まあ、ちょっとばかり切れたみたいだけど、霊気のこもった媚薬でなんとか傷も塞がったようだな。これなら、今夜の伽もちゃんと母親と一緒に務められるぜ」

 

 大旋風は、李姫の股間に燭台を近づけて照らしながら言った。

 

「おお、仙薬の傷薬を塗ったのか……。よく利いているみたいだな。確かに破瓜の傷は塞がったようだ……。だが、こうやって見ていると、穴の中はたっぷりとよだれ汁でいっぱいだぜ……

 

「おい、人間の娘よ、塗られた薬剤のせいで、また疼いてきたのか? 媚薬効果のある傷薬だったのか? どっちにしても、疼いてたまらないのなら、そう言いな。青獅子様がまた、お前を抱いてくださるぜ」

 

「一回や二回の性交じゃあ、気持ちよくなんかなれねえだろうけど、毎日のように抱かれればすぐに股が馴れる。そのうち、やりたくて、やりたくて仕方がなくなるさ」

 

 一緒になって李姫の股倉を覗き込んでいる別の亜人たちが言った。

 

「おいおい、あの傷薬は俺が調合したものだが媚薬効果なんてねえぞ。なんで、こんなに汁が多いんだ? あれは、破瓜の痛みが小さくなって傷が塞がるだけだが、股汁を増やしような効果はないはずだぞ」

 

「そうか……。だが、それにしちゃあ確かに汁が多いな……。もしかしたら、こうやって見られると濡れてくるという性癖か? なあ、李姫とやら、お前、恥ずかしいことをされると濡れてくるのか?」

 

「そういえば、人間族の女には、そういう性質があるらしいとも耳にするな。確か……、被虐癖とかいうはずだぞ。亜人にはあまりいないが、人間族は頭の構造が複雑なので、そういうこともあるらしいぞ」

 

「こうやって話している間にも、この李姫は蜜をどんどんと溢れさせているぜ。俺は鼻がいいからな。匂いで女が発情しているかどうかわかるんだ。この李姫はいま発情しているぜ。間違いねえ」

 

 いまや指で性器を大きく開くのを強要されている李姫の周りには、ここで酒盛りをしていた十人ほどの青獅子の側近の全員が集まって、李姫の秘所を覗き込んで言いたい放題のことを会話している。

 李姫はあまりの羞恥に耐えきれなくなったように涙ぐんでいる。

 

 だが、そんな李姫の姿は、ここにいる雄の亜人たちには逆効果だろうと大旋風は思った。

 身分の高い人間族の娘が、屈辱で顔を歪める姿は、大旋風だけではなくここにいる全員の嗜虐心をどんどんと燃えあがらせる気がする。

 

「おいおい、待てよ、お前ら……。いっぺんに喋んじゃねえよ。この貴族の娘さんが返事ができなくて困っているじゃねえかよ──。じゃあ、李姫、教えてくれよ。お前さんは、いま、こんなに多くの亜人の男に股倉を見られて感じているんじゃないかい? 人間族というのは、とかく、俺たち亜人を蔑んでくれるが、そんな俺たちに裸を晒すというのは凄くつらいし、惨めだろう? だが、その身も世もない羞恥がお前の身体の疼きを呼んでいるんじゃねえかい、李姫?」

 

 大旋風は笑いながら言った。

 李姫を取り囲んでいた亜人たちが李姫の返事を待つような態勢になり黙り込む。

 

「お、お許しください……、もう……」

 

 李姫が顔を俯かせたまま、ついにすすり泣きを始めた。

 だが、そうやって身も世もないほどに打ちのめされながらも、李姫の股間は確かにますます濡れてくる気がする。

 この女が恥辱に快感を覚える気質があるというのは、もしかしたら出鱈目の話ではないのではないかと大旋風は思ってしまう。

 

「それにしても、魔凛は遅いのう……。ただ、李媛から行政府と呼ばれる施設を魔王軍の軍営として受け取るだけの話だろう。いつまでかかっておるのか……」

 

 青獅子がぽつりと言って酒を呷った。

 その青獅子の股間では、人間の女が一心不乱に口を使っている。

 貞女という李姫や李媛の侍女だ。

 侯爵夫人の李媛や娘の李姫が魔王に身体を差し出すことになり、たくさんいた家人や侍女は一斉にふたりを見放したらしい。

 しかし、ただひとり、見捨てなかったのがこの貞女とのことだ。

 

 貞女は、恩義のあるふたりを見捨てることなどできないと、ついてくれば自分も魔王やその部下たちの慰み者になるのを承知で魔王軍の軍営まで、李媛と李姫のふたりについてきたようだ。

 

 魔凛と李媛は人間族の城郭を魔王軍に明け渡すための処置をするために、すぐに城郭に戻ったが、その間、娘の李姫は青獅子に抱かれるために、そのまま軍営に残った。

 そのとき、貞女も李姫とともに残ったのだが、青獅子に李姫が処女を奪わると、少しでもいいから李姫を休ませて欲しいと頼んで、自ら青獅子の性の相手を申し出たらしい。

 青獅子もそれを承知し、李姫には床で休むことを許して、貞女を寝台にあげた。

 

 そして、貞女も青獅子に抱かれた。

 貞女は二十四というが、実は、貞女も生娘だったぞとは、後で青獅子から教えられた。貞女は、自分も処女でありながら、主家の娘である李姫が亜人の魔王に破瓜をされると、その身体を思って自分の純潔を魔王に差し出したのだ。

 これはこれで見あげた忠誠心だと、青獅子も笑っていた。

 

 いまも、性欲の強い青獅子の股間をしゃぶって一心不乱に奉仕をしている。

 そろそろ、ああやって口で奉仕を初めて一刻(約一時間)になるはずだ。

 それでも、自分が口で奉仕をしている時間は、李姫が青獅子の凌辱をされないで済むので一生懸命にそれをやっているのだ。

 

 大旋風たちも、青獅子の許可なく李姫に手を触れることは許されていない。

 せいぜい、こうやって、李姫の裸を眺めて目の保養をするだけだ。

 確かに、貞女が青獅子の相手をしている時間は、少なくとも李姫は、身体だけは休ませることができるのは間違いない。

 

「確かに時間がかかっていますね、青獅子様……。俺が見てきましょう」

 

 大旋風は立ちあがった。

 そもそもあの魔凛には腹が立つ。

 魔王軍はすべて城郭には入らないことになっていて、青獅子軍そのものは、すでに城郭から離れて近傍の森の中に宿営を開始している。

 しかし、青獅子を直接防護する近衛隊の一部が、この臨時の魔王宮に侍るほかは、司令部のみがここの行政府があった場所に軍司令部を構えることになっているのだ。

 そして、副将でもある大旋風や、ここにいる側近たちは、本来はその軍司令部の一員である。

 

 だが、総司令官でもある魔凛は、その司令部から副将の大旋風をはじめとする青獅子軍に所属する将校を排除し、自分の連れてきた鳥人の一隊だけで、軍司令部を占有しようとしているのだ。

 

 大旋風は激怒したが、青獅子にたしなめられて怒りを自重した。

 それで仕方なく、こうやって魔王宮側に入り、李姫や貞女を慰み者にする供宴に興じているというわけだ。

 

「待て待て、別によい──。いずれ、李媛とともに、ここに来るであろう。放っておけ。しばらくは、好きにさせておくのだ。あいつには、青獅子軍のことは自分が牛耳っていると思い込ませねばならん」

 

 青獅子がそう言ってにやりと笑った。

 

「噂だと魔凛は男よりも女が好きらしいですしね。今頃は、あの人間の母親を相手に乳繰り合っているんじゃないですかねえ」

 

 側近のひとりが言った。

 その冗談にみんながどっと笑った。

 

 魔凛は一大王こと金凰の愛人だが、百合の癖があるというのは専らの噂だ。

 自分の出世のために金凰に取り入ったが、身体は許しても心は許さずにいるのだという。

 そして、それが理由かどうかは知らないが金凰に見捨てられた。

 

 今回の宝玄仙捕獲のための青獅子軍の軍行動に、わざわざ金王軍から出向というかたちで参加させられているのは、あの『支配術』のために簡単には排除できない魔凛を罠に嵌めて捕えてしまうためだ。

 もっとも、いまのところ、魔凛はそんなことになっているとは夢にも思っていないだろう。

 

「だが、退屈凌ぎには、百合の絡みというのも面白そうだ……。どれ、暇つぶしに、李媛と貞女、お前たちはここで愛し合ってみよ──。お互いに身体を舐め合って、浅ましくいき合うのだ。李媛が魔凛とともにやって来るまでそれをせよ」

 

 青獅子がそう言って、自分の股間から貞女を突き放した。

 

「そ、それはお許しください──。李姫様は、あたしの仕える公爵家の……、主家のお嬢様です。そのお嬢様と、そ、そのような淫らな行為をするなど……」

 

 貞女がびっくりしたように哀願した。

 

「今更、主家も侍女もないだろうさ──。ほら、魔王様の命令だ。お前らには拒否する権利などねえんだ。李姫、もう手を離していい。そこに横になれ──。貞女、そこで全裸になって、李姫を責めろ。ぼやぼやするんじゃねえ──」

 

 大旋風は命じながら大きな声で笑った。



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441 強要される女主従の百合愛

「そ、それはお許しください──。李姫(りき)様は、あたしの仕える李家の……主家のお嬢様です。そのお嬢様と、そ、そのような淫らな行為をするなど……」

 

 貞女(さだじょ)は驚愕して叫んだ。

 

「今更、主家も侍女もないだろうさ──。ほら、魔王様の命令だ。お前らには拒否する権利などねえんだ。李姫、もう手を離していい。そこに横になれ──。貞女、さっさと全裸になって李姫を責めろ。ぼやぼやするんじゃねえ──」

 

 大旋風(だいせんぷう)という亜人の将軍が大きな声で笑った。

 貞女は、侍女とはいっても、本来はれっきとした伯爵の爵位を持つ程の貴族の娘であり、庶民の出ではない。

 しかし、貞女が十四のときに父親が王家に逆らう大罪を犯して爵位と領地が没収されて父親は死罪──。家人たちも散り散りになり母親のいなかった貞女は、すべてを失って文字通りに身ひとつで世間に放り出された。

 生まれて初めて世間という風を直接に受けて生きていくことになった貞女は、そのとき世間の厳しさと冷たさを身をもって知った。

 大逆罪で処刑された父親の娘である貞女は、親族筋にも疎まれて絶縁をされ、これまで懇意だと思っていた貴族の友人たちからも一斉に関係を絶たれた。

 世話をしてくれる人も、頼る者もわからず、ただ無一文で生まれ育った屋敷から出て行くしかなかったのだ。

 

 生きるためのなんの力もない貞女は、あのままであれば結局は野垂れ死ぬか、あるいは、娼婦にでも身を崩すしかなかったかもしれない。

 その貞女に救いの手を伸ばしてくれたのが李媛(りえん)だった。

 別に父親や貞女と付き合いや縁があったわけではない。

 当時国都で暮らしていた李媛は、身寄りのない貞女が路頭に迷いかけているという貴族同士の戯れ話を耳にして、ただの同情だけで貞女を引き取り、自分の身の回りの世話をする侍女にしてくれたのだ。

 そして、貞女は李媛に仕えるようになった。

 それが十年前のことだ。

 

 李媛にそばに侍るようになった貞女は、李媛の天性の美貌と知性、そして、優しさを知った。

 接すれば接するほど李媛という女性が好きになり、貴族としてではなく、ひとりの人間として李媛を心から尊敬するようになった。

 そのうち、李媛は貞女を気に入ってくれて、貞女の家の伯爵家の再興はまだ無理だが、李家の縁のある者として、貞女の嫁ぎ先の貴族を探してもよいと言ってくれた。

 そこで何人かの男の子が生まれでもすれば、その子たちを通じて父祖の血も残すことができるし、場合によってはその子たちの誰かが廃絶された伯爵家を復活させてくれるというのも夢ではなくなる。

 

 しかし、貞女は断った。

 そのとき、貞女の望みは、生涯を李媛に捧げて、その世話をしたいということになっていた。

 ほかにはなにもいらない。

 それが叶わないのであれば、李媛の娘の李姫に仕えたい。

 それだけが希望だ。

 たとえ父の伯爵家を再興するという話があっても、いまの貞女にとっては、李媛と李姫から一生別れるなどとんでもないことだと思っていた。

 

 だが、こんなことになるとは……。

 李姫……。

 

 素っ裸で亜人たちに命じられるまま、恥態を晒し続けた李姫は、なにもかも諦めたように身体を床に横たえている。

 李媛に仕え始めた頃に八歳だった李媛のひとり娘の李姫は、あれから十年が経って、李媛から美貌と心の美しさを受け継いで素晴らしい娘に成長していた。

 主家の娘であるが、貞女は心の奥で本当の妹とも思っていたし、李姫もまた貞女を姉のように慕ってくれていた感じもある。

 

 その李姫と大勢の亜人たちの前で愛し合えという……。

 貞女はその恐ろしさに身悶えした。

 

「い、嫌です……。そんな怖ろしいこと……。それだけは、どうかお許しください。ほかのことならなんでもします……。でも大恩ある主家のお嬢様と愛し合うなど……」

 

 貞女は怯えきってしまい思わず叫んだ。

 

「嫌なら嫌でいいさ、貞女──。お前の主人である李媛と、その娘の李姫が血を吐くような思いで恥辱に耐えているのがわからないようだが、お前の我が儘のために、ふたりのやったことはまったくの無駄になるということだけのことだ。じゃあ、城郭に魔王軍を戻し、これから、この城郭に残っている人間をひとり残らず殺す──」

 

「そ、そんな──」

 

 貞女は悲鳴をあげた。

 だが、大旋風はせせら笑う。

 

「そうだ、貞女……。お前だけは生き残らせてやるよ。お前の眼の前に、首から切断したこの李姫と李媛の生首をまずは置いてやる。そして、すべての者が死に絶えた城郭でただひとり生き残った者として、悔いながら生きていくといいぜ。誰も彼も死んじまったのは、あの時ちょっとばかりの恥を晒すのが嫌で魔王軍の命令に逆らったためだと後悔しながらな──」

 

 大旋風が興醒めしたような口調で立ちあがる。

 貞女ははっとした。

 

「お、お待ちください、大旋風様──。青獅子陛下もお願いでございます」

 

 そのとき、急いで身体を起こした李姫が声をあげた。

 

 大旋風が演技じみた動作で立ち去りかけた身体を振り返させる。

 そして、にやりと笑った。

 

「どうしたんだ、李姫?」

 

「わ、わたしが貞女を言いきかせます。住民たちを……、みんなを殺戮することだけはお許しください。わたしも母も覚悟も決まっていますし、もう、自分たちは死んだも同じ者と同じと思っています。どうか、どうか……」

 

「ほう、ならば、李姫は、この貞女との百合の契りを青獅子様に見せてくれるというんだな?」

 

 大旋風が言った。

 すると李姫が貞女にさっと視線を向けた。

 その眼にはいっぱいの涙が浮かんでいる。

 

「貞女、お願いです……。わたしと一緒に辱めに耐えてください。わたしと、わたしの母とともに、地獄に落ちることを承知してください。この通りです……」

 

 素っ裸の李姫が貞女に向かって床に頭をつけた。

 貞女は驚愕した。

 

「り、李姫様……。あたしが……あたしが間違っておりました。もったいないことです。お願いですから頭をあげてください」

 

 貞女は慌てて叫んだ。

 李媛も李姫も、亜人たちからどんな辱しめの命令を受けても、気高い心でそれを甘んじて受け、この城郭に残る住民を救おうとしている。

 それなのに、自分はそんな李媛や李姫の心根もわからずに、亜人たちに逆らって城郭の住民を危機に陥れるようなことをしたのだ。

 貞女は自分の心の狭さこそ恥じた。

 

 そして、同時に貞女は、自分の声が震えているのがわかった。

 これから李姫と愛し合う……。

 それをするのだ。

 考えると呼吸が苦しくなり、不可思議な熱さが貞女の身体を襲ってくる。

 心臓が高鳴り、恐ろしく落ち着かない気持ちになる。

 それなのに、その李姫に対する落ち着かない感情を消したくはない。

 そんな感じだ。

 

 そもそも、自分はなにが不安なのか?

 李姫と愛し合うという行為が怖いのか?

 どうして、こんなにも裸の李姫に動揺するのか……?

 

「ならば、さっさと始めろ。ふたりとも──。しばらくすれば、李媛も戻って来るだろうさ。そのときには、けだもののようにお互いの身体を責め合っているお前たちの姿を見せねばならんのだからな」

 

 大旋風が言った。

 それ以上は、貞女はなにも言おうとは思わなかった。

 全裸の李姫に対して、貞女は薄物一枚を身に着けていたが、それも脱いで素肌になる。

 大勢の亜人たちに揶揄されて裸身を晒すのは恥ずかしいことではなかった。

 むしろ、李姫と同じ姿になるのだという嬉しさがある。

 一糸まとわぬ姿になると貞女は、裸身の李姫に向かって突き飛ばされるように大旋風から押し出された。

 

「あ、あの、李姫様……」

 

「お願いします、貞女……」

 

 しゃがんでいる李姫が貞女に両手を差し出した。貞女もまた李姫に手を伸ばす。

 そして、ぎこちなくお互いの裸身を抱き合う。

 そのとき、貞女は、李姫の手が小刻みに震えていることに気がついた。

 よく見ると、すっかりと李姫は怯えきっている。

 

 無理もない……。

 

 つい昨日までは、公爵家のひとり娘として多くの人々にかしずかれる幸せな人生を送っていたのだ。

 立派な貴族の青年との婚姻も決まり、もうすぐ国都に戻ることにもなっていた。

 それが一夜にして、亜人の魔王の慰み者にされることになることを余儀無くされて、父親たちを殺した魔王に処女を散らされ、それでも許されず、亜人たちの戦勝祝いの宴に呼び出されて裸で踊る遊女のような真似をさせられ、次は大勢の亜人たちの前で、宴の余興として侍女の自分と愛し合う行為をさせられるというのだ。

 

 気丈に振る舞っているが、李姫はまだ十八だ。

 二十四の自分が李姫を支えてあげなければ……。

 そう思った。

 

 昨日……。

 まだ、僅か一日前のことだ。

 

 魔王軍の軍使として大旋風が城郭にやって来て、城郭の住民の命と引き換えに、李媛と李姫に亜人たちの慰み者になることを強要した。

 その晩、それを母親の李媛から諭されたとき、李姫はあまりのことに呆然とするとともに、一晩中泣き明かした。

 そばについていた貞女は、そんな李姫になにも言葉をかけてあげることもできずに、ただおろおろとするしかできなかった……。

 

 しかし、李姫は立派だった。

 自分が犠牲にならなければ城郭の住民は皆殺しになるしかないということを納得し、翌日には命じられた通りの裸身にマント一枚だけ羽織った姿で城門を李媛とともに出た。

 亜人たちの性奴隷として扱われて、いつか家畜のように屠殺されることを承知で……。

 

 母親の李媛が城郭の明け渡しのために一度城郭に戻ったとき、魔王からそれまでの時間潰しのために、性の相手をせよと命じられても泣き叫ぶようなことはなかった。

 ただすべてを諦めたように、魔王の寝室のある幕舎で魔王に身を委ねただけだ。

 侍女として行動をともにした貞女は、そのすべてを側で見た。

 

 生娘だった李姫にとって、青獅子との性行為は拷問だったろう。

 全身を舐められよがり声をあげだした李姫の女陰に、青獅子は容赦のなく大きな怒張を突き挿した。

 青獅子は激痛に絶叫する李姫の身体を両手で掴んで荒々しく前後に動かした。

 李姫はあまりの衝撃に、最後にはのたうつこともできなくなり、ひたすら哀れに呻くばかりになった。

 貞女はそれを幕舎の隅で歯を食い縛って耳にしていただけだ。

 

 やがて、かなりの長い時間魔王に犯された挙げ句、李姫は魔王から身体を離されて、寝台に投げ捨てられた。

 眼に焦点のない李姫は、まるでほろ雑巾のようだった。

 魔王の大きな怒張が出ていったばかりの李姫の女陰は、しばらくのあいだぽっかりと開いたままであり、そこから魔王が出した精と真っ赤な李姫の破爪の血がどろりと流れ出た。

 

 貞女が慌てて李姫の世話をしようと駆け寄ると、魔王は残酷にも、白眼を剥いて動けない李姫に、精を放った自分の一物を舌で掃除するように命じたのだ。

 貞女は驚愕した。

 そして、気がつくと貞女は、自ら服を脱ぎ、李姫を休ませてもらう代償として、自分を抱いて欲しいとお願いしていた。

 魔王は笑ってそれを許し、貞女は生まれて初めて、男の性器を口に含み、その後、勃起した魔王の男根を自分の性器で受け入れた。

 

 激痛などという表現では生易しい苦痛だった。

 だが、意識さえなくなりかけるような苦悶の中で、貞女は魔王に犯されている苦しさよりも、李姫が感じた苦痛を貞女も共有できたことの嬉しさが勝ったことを覚えている。

 魔王との性交が終わってから、破れた膣を治療する薬と身体に羽織るための薄物だけを渡された。

 そのまましばらく身体を休ませるのを許された後、夕方になり馬車に乗せられて、亜人たちの一隊に城郭に連れ戻されたのだ。

 だが、屈辱は終わることなく、いまもこうやって、亜人たちの宴の余興として恥を晒すことも強要されている。

 

 その惨めさ……。

 その悲しさ……。

 そのつらさが李姫に触れている部分から伝わってくる。

 

 貞女は昨日の夜に決心したことを改めて思い出していた。

 十年前、突然、貞女の父が王家に逆心を抱いた極悪人だとされて処刑され、すべての後ろ盾を失って世間に放り出されたときの貞女の哀しみと寂しさと心細さ……。

 あの時の気持ちは忘れられない。

 

 それを李姫に味あわせてはならない……。

 全ての人がいなくなっても、自分だけは李媛や李姫に従う。

 そう決心したのだ。

 

 この李姫を慰めるのが自分の役割だと思い定めたはずだ……。

 いま、貞女はやっとそのことに思い至った。

 もう、李姫を救うことは貞女にはできない……。

 

 だが、ともに堕ちることはできる……。

 

 ともに苦悶することはできる……。

 ともに死ぬこともできるかもしれない。

 そう思うと心がじんと熱くなる。

 

「李姫様、あ、あたしだけを見てください……」

 

 貞女は言った。

 そして、李姫の裸身を床にそっと横たえたる。

 周りからどっと歓声が沸いた気がした。貞女はその声を意識から消した。

 

 綺麗な身体……。

 

 こんなに明るい光の下で李姫の裸身を見たことなどない。

 だが、改めてこうやって眺めるとその美しさに心が吸いこまれる気がする。

 その肌は高貴の白さで輝き、横たわっても膨らみを失わない乳房も、かたちよく生え揃った恥毛も、そして、細い手脚の先々まで全身から気品が溢れ出ていてとても清々しい。

 

 じっと見ていると恍惚とした気分に陥りそうだ。

 なんだか胸が締めつけられる。

 

「ど、どうしたのです、貞女……? だ、大丈夫です……。わたしはもう覚悟ができていますから……」

 

 貞女がいつまでもじっとしているので、李姫は貞女がまだ理不尽な行為を強要されたことに戸惑いを覚えていると思ったのかもしれない。

 

「り、李姫様……。貞女はいつまでも、李姫様や李媛様とともに参ります。どうか、地獄まで連れていってください。この貞女はおふたりとともに堕ちることができることに、このうえのない悦びを感じております……」

 

「さ、貞女、あ、ありが……」

 

 李媛の言葉を貞女の唇が塞いだ。

 大きな声で大旋風がなにかを叫んで笑った。

 それを受けた周りの亜人たちがどっと沸き、青獅子が苦笑しながらなにかを発言している。

 それでまた、大旋風が声をあげ、周囲が笑いさざめいた。

 

 だが、いまの貞女にはなにも聞こえない。

 口と口を合わせている李姫のだんだんと興奮しているような鼻息だけが聞こえるだけだ。

 

 李姫の口の中で貞女と李姫の舌と舌が擦れ合う。

 ふたりの唾液がお互いの口中を行き来する。

 

 恐ろしさも恥ずかしさもない。

 卑劣な亜人たちの笑い者になっているという自覚もない。

 

 このまま、李姫とひとつに……。

 

 途方もなく長い時間が流れた気がする。

 だが、あるいは一瞬に過ぎないことだったのかもしれない。

 やがて、李姫が貞女の口を積極的に吸い始めた。

 貞女もまた、それに応じて裸身をくねらせて、さらに強く李姫の口を吸った。

 

 いまは、なんの躊躇いも悔しさも哀しさもない。

 ただこの酔いしれるような時間が永遠に続いてくれることだけを貞女は望んだ。

 そして、貞女は李姫の乳首に自分の乳首をぴったりと触れ合わせ、憑かれたように擦り合わせた。

 

「あ、ああっ、李姫様──」

 

「さ、貞女、き、気持ちいいです──」

 

 迸った官能に耐えられなくなり、貞女は吸い合っていた口を離して、大きな声をあげた。

 すると、李姫もまた感極まった悲鳴をあげる。

 遠くから貞女と李姫を揶揄するようなからかいの言葉と嘲笑が聞こえたような気がした。

 

 しかし、それは、まるで関係のない世界からやってきた人々の声であるかのように、すぐに貞女の意識から消えていった。



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442 汚辱の向こう側

「ほらほら、さっさと土手を擦り合えよ。股と股を口づけするみたいにくっつけて擦り合うんだ、早くしろ──」

 

 大旋風(だいせんぷう)が怒鳴った。

 

「ひっ」

 

 李姫(りき)はそのあまりの剣幕にびっくりして、思わず貞女(さだじょ)の顔から唇を離して声をあげてしまった。

 

「李姫様、大丈夫です……。あたしを見て……」

 

 貞女が李姫を見て微笑んだ。

 もう一度、貞女が李姫の唇に唇を重ねてくる。

 貞女は李姫の口の中のあちこちを舌で刺激しながら、大旋風に命令された態勢をとるために身体を動かす。

 貞女の唇が李姫の唇に重なったまま、貞女の裸身が完全に李姫の上に乗る。

 

 茂みと茂みが接し、肉芽と肉芽が当たってきた。

 快感が全身に迸る……。

 貞女の舌が李姫の口の中を這う。

 やわらかい舌の刺激で身体が痺れるとともに、動揺した心が落ち着きを取り戻していく。

 李姫は無我夢中で自分の口の貞女の舌を吸った。

 

「李姫様……」 

 

 貞女の唇が李姫の顔から離れた。

 彼女の顔はすっかりと上気して赤かった。

 まるで李姫との性交を心から愉しんでいるかのように微笑んでもいる。

 ずきんという痛みのようなものが李姫の胸で疼いた。

 そして、心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。

 

 貞女が動く。

 股間が擦れ合う。

 快感が走る。

 

「あ、ああ……」

 

 酔いしれたような夢心地になった李姫は深い嘆息とともに声をあげた。

 そして、思った──。

 

 もしかしたら、貞女は、亜人たちから強制されるままに、いやいや屈辱的な女同士の媾合いをやらされているのではなく、貞女もまた李姫とのこの行為を悦んでくれているのではないかと……。

 まさか、そんなことはあるまいと思う……。

 

 だが、全身に汗をかき、潤んだ眼で憑かれたような表情をしている貞女を見ていると、そんな錯覚さえ覚えるのだ。

 李姫との女同士の性交を青獅子から命じられたとき、貞女は怖ろしいことであるかのように嫌悪した。

 健全な女ならそうであるはずだ。

 しかし、李姫はそんな貞女に土下座をしてまで青獅子の命令に従ってくれるように頼んだ。

 それは、もちろん、そうしなければ全住民の命が危険に晒されるということからのことではあった。

 しかし、ただそれだけではなかった。

 

 貞女と愛し合いたい……。

 単純にそう思ったのだ。

 その自分の気持ちにいま気がついた。

 

 昨夜……。

 母親の李媛(りえん)から城郭の住民の命を救うために、城壁の外に殺到している亜人たちの慰み者になれと命じられたときには、この世の終わりかと思うほどに動揺し、恐怖し、そして悲観した。

 李媛は、貴族の血を持つならば、身を犠牲にして貴族としての使命を果たさねばならないこともあることを知っていたはずだと李姫を諭した。

 しかし、なにかの罪を負って処刑されたり、あるいは、自裁をするというわけではない。

 亜人たちの慰み者になり、家畜のように彼らに抱かれて身体を汚し、そして、彼らに飽きられたら殺されよというのだ。

 それが、李媛と李姫の母娘の運命の定めとなったのだから諦めよ──。

 李媛からはただそれだけを言われた。

 蒼ざめた表情で李媛が李姫の部屋から出ていった後、李姫はそのまま自室で慟哭した。

 

 泣いて、泣いて、泣いて……。

 ただ、泣いた。

 

 その時、貞女はそのそばにいて李姫の肩を抱いてくれた。

 そして、一緒に泣いてくれた。

 李姫は嬉しかった……。

 

 そして、翌朝……。

 心の整理が終わって魔王やその部下の亜人たちの性奴隷になることを納得した李姫を李媛が迎えに来たとき、その貞女も一緒に行くと言い出したのだ。

 驚いた──。

 

 魔王軍の軍営にいく李媛と李姫と同行するというのは、単に侍女として一緒に行くという意味ではない。

 亜人たちの慰み者になる李媛や李姫と同じ立場になり、亜人たちの性奴隷として扱われることを承知するということだ。

 李媛は一度はとめたが、貞女の決心が固いことを悟った李媛は結局はそれを許した。

 茶番のような軍使ではあるが、李媛としても、その体裁を整えるために、最低ひとりは従者を準備する必要があったのだ。

 

 そして、貞女は李媛と李姫とともに怖ろしい魔王軍の陣に一緒に来てくれた。

 城郭を明け渡す手配をするために、母親の李媛はひと足先に城郭に戻ったが、李姫は魔王に抱かれるために残された。

 

 身の毛もよだつほどの恐怖に襲われたが、なんとか恐慌を起こさないで済んだのは、貞女がそばにいてくれたからだ。

 李姫が魔王に犯された後、李姫はその苦痛と疲労で動けなくなったが、魔王はなおもそんな状態の李姫を抱こうとした。それを助けてくれたのも貞女だ。

 貞女が李姫を庇うために、自ら服を脱ぎ捨てて、魔王の前にその裸身を投げ出し、李姫の代わりに自分を抱いてくれと言ってくれたのだ。

 そして、魔王は貞女を抱いた。

 

 その間、床で休みことを許された李姫は、行為の終わった貞女を見て驚愕した。

 貞女は処女だったのだ……。

 紛れもない破瓜の血を貞女の股間に認めたとき、李姫は、自分をほんの少し休ませるためだけのために純潔を散らしてくれた貞女に対して、深く悔悟するとともに、震えるような感謝の気持ちが沸き起こった。

 

 夕方になり、魔王軍とともに馬車で城郭に戻された後も、李姫はこうやって亜人たちの宴でさまざまな恥態を晒すことを要求されたが、その流れの中で李姫と貞女は余興として百合の契りをせよと命じられた。

 李姫は動揺したが、その動揺は亜人たちの前で羞恥の姿を晒さなければならないという汚辱だけではではなかったと思う。

 貞女と愛し合えと命じられた瞬間、貞女に触れたいという感情が制御できなくなり、それが李姫を動揺させた。

 

 つまり、李姫は貞女に抱き締められたかったのだ。

 たった一日の中で、半裸姿で魔王軍の陣営まで行進し、魔王軍の陣のど真ん中で全裸を晒し、魔王から身体を汚され、そして、宴の余興として亜人たちの前で血を吐くような卑猥な姿を晒すなどの強烈な行為をさせられた李姫は、ずたずたになりそうな心を癒すため、ただ、貞女に触れたかった。

 貞女と愛し合う……。

 

 そのとき、李姫は途方もなく自分がそれを欲していることを知った。しかし、そんな恥ずかしい気持ちを抱いた自分の心に李姫は動揺したのだ。

 李姫は貞女に土下座をして、住民の命を救うために魔王の命令に従って欲しいと頼んだが、それは本心のすべてではない。

 

 こん異常な状況の中で沸き起こった自分の肉欲……。

 それも本心だ。

 

 身体を合わせ始めた貞女は積極的だった。李姫を翻弄するように口を吸い、乳房を擦り、手で全身を愛撫してくれる。

 その酔ったような貞女の仕草に、もしかしたら貞女もまた、李姫と同じような気持ちを抱いているのではないか……。

 そんなことを思ったりした。

 

 まさか、それはあり得ない。

 貞女まで女同士のこんな変態的な性交を悦んでいるなどと……。

 でも、もしかしたら……。

 

 しかし、そうであればどんなに幸せなことか……。

 だが、もしも、そうなのであれば李姫はこの地獄のような亜人たちの陣営の中でも、途方もない幸福感を抱いて生きていける。

 限りない恐怖と絶望と汚辱の中でしっかりと幸せを見つけてみせる……。

 

「そんな風にちまちました媾合いじゃねえよ。お互いの股を脚で挟み合って、口づけをするように股と股と合わせるんだ……。貪り擦るんだよ──。まったく、そんなことまで教えなければならんのかよ……」

 

「ひうっ」

 

 大旋風が荒々しい声をあげて、李姫と身体を重ねている貞女の尻を思い切り叩いたのだ。貞女が悲鳴をあげた。

 

「さ、貞女」

 

「だ、大丈夫です、李姫様……。さあ……」

 

 身体を起こした貞女が座った態勢になり、横になっている李姫の股間を股で挟んだ。

 李姫の熱い股間に貞女の女陰が密着する。

 

「あふっ」

 

「り、李姫様──」

 

 李姫が襲ってきた甘い衝撃に思わず声をあげたとき、貞女もまた声をあげた。

 

「ほら、もっと擦るんだよ。いくとこまで早くいけよ──。また、けつを引っぱたくぞ、人間ども」

 

「土手を擦りながら、胸も揉み合えよ……。道具が必要なら持ってきてやるぜ」

 

「おう、だけど女同士で抱き合うような道具はねえなあ……。しかし、考えてみればここは、もともとはこいつらの屋敷だろう? もしかしたら、女同士で抱き合う性具も持っていんじゃねえか。こうやって見ていると満更でもねえようだし……」

 

「まあ、だけどかなりぎこちない感じだしなあ……。」

 

 亜人たちが周りで好きなことを言い合って笑っている。

 

「おい、質問だ。お前らお互いの身体を慰め合うような性具を持ってないのかよ──?」

 

 大旋風が笑いながら貞女の尻をまた叩いた。

 大きな音が貞女のお尻で鳴った。

 

「ひいっ──。そ、そんなのありません」

 

 貞女は悲鳴をあげるとともに、慌てたようにそう叫んだ。

 

「ちっ、役に立たねえなあ……。じゃあ、そのままやれ。さっさとしねえと、また、貞女のけつをひっぱたくぞ」

 

 大旋風が罵り、亜人たちの嘲笑が再開される。

 口汚く嘲る亜人たちの言葉を耳にするたびに、李姫は汚辱で身体が竦みそうになる。 

 そして、こんな淫辱地獄に貞女を陥らせたことが申し訳なくて李姫は泣きそうになる。

 

「李姫様、あたしを見てください。あたしの声だけを聞いて……」

 

 貞女がささやいた。

 

「は、はい」 

 

 ほっとした。

 なぜか貞女の声を聞くと、心が平静を取り戻していく……。

 そして、貞女が股間をぶつけるように激しく擦り、両手で李姫の乳房を揉みながら乳首を弾きだした。

 これまでのような、遠慮がちのゆっくりとした動きではない。

 嵐のような凄まじい動きだ。

 

「さ、貞女……ああ……さ、貞女……」

 

 李姫は燃えあがった愛欲の炎に声をあげて悶えた。

 一気に全身に淫靡な快感が走る。

 

 もうなんでもいい……。

 この気持ちよさがあればすべてを忘れられる。

 

 自分たち母娘をこんな地獄に陥らせた亜人たちへの恨みの口惜しさもない。

 貞女とのこの淫情に耽ることで、なにもかも忘却できる……。

 

「り、李姫様……申し訳ありません……。さ、貞女は興奮してます。り、李姫様とこのような行為ができることが……う、嬉しくてならないのです……。申し訳ありません……あ、ああっ……」

 

 貞女が李姫の耳にささやく。

 その瞬間、李姫の身体に感動の震えが走った。

 

 貞女が李姫との媾合いを愉しいと言ってくれた……。

 李姫が感じている汚らわしい気持ちを貞女もまた同じだと口にした。

 

「わ、わたしも同じです、貞女……。き、気持ちいいです。あ、あなたとなら気持ちよくて……嬉しくて堪りません、貞女」

 

 李姫も貞女の耳元で囁き返す。

 貞女も感極まったような声をあげた。

 そして、さらに李姫の股間を擦る貞女の股の動きが速くなる。

 

「あはあぁぁ──」

「あ、ああっ、あああっ」

 

 ふたりで声をあげた。

 幸せだった……。

 

 嘘でもいい……。

 嘘でも信じたい……。

 

「お、お願いです……。もっと激しく……」

 

 李姫は叫んだ。

 股間が擦れ合う。

 官能の炎が全身を焼く。

 乳房が揉まれる。

 身体が溶ける……。

 

「李姫様……さ、貞女と一緒に恥を晒してください……。あ、あはあっ……」

 

「ご、後生ですから、ただ李姫と……お姉さま……お姉さま、お願いです……。李姫と呼んでください……」

 

 李姫は振える声で言った。

 貞女が自分とのこんな浅ましい行為を嬉しいと言ってくれた。

 その言葉が李姫を飛翔させる。

 全身が浮きあがって雲の上にまであがってくような錯覚が湧き起こる。

 

「り、李姫……、お姉ちゃんと一緒にいって──」

 

 貞女も感極まったように叫んだ。

 彼女の全身は絶頂寸前の兆候を示し、全身がねらねらと汗で光って真っ赤に紅潮している。

 その貞女の股間が李姫の股間に擦れ合い、大きな衝撃が李姫の全身を襲う。

 

「お、お姉さま──」

 

 全身を官能という官能が襲う。

 なにががやってきた。

 李姫は全身を硬直させて突然に湧き起こった甘美なものに身を任せた。

 

「あはああっ──」

 

 貞女が身体を仰け反らせて吠える。

 李姫もまた腰と腹部を貞女に向かって突出し、狂おしく全身を痙攣させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 大広間に誰かが入ってくる気配に大旋風はそちらに視線を向けた。

 やってきたのは李媛を連れた魔凛(まりん)だった。

 

「李姫、貞女──?」

 

 そして、娘とその侍女が肌を擦り合わせて狂態を演じる姿を見て、李媛が声をあげた。。

 軍営を出て行ったときには、大旋風が準備した淫具付の下着だけを身に着けただけの破廉恥な姿だったが、いまは侯爵夫人としての装束を着ている。

 

 もっとも、そのきちんとした貴族の服の下には、相変わらずの例の下着を身につけているようだ。

 李媛の股ぐらからは垂れ出ているようである愛液の匂いがぷんぷんするし、顔はすっかりと欲情して紅く火照りきっている。

 

 だが、李媛は、部屋の真ん中で亜人たちに囲まれながら声をあげて醜態を続けるふたりの女に顔色を変えている。

 一方で、当の李姫と貞女はそれに気がつかないのか、それとも、李媛の視線などもうどうでもいいと思うほどに倒錯した情に酔いしれているのかわからない。

 とにかく、李媛の声は、ふたりの耳には届いているはずだが、まだ、狂演をやめようとはしない。

 

 いずれにしても、このふたりには本当に百合の情愛を悦ぶ気質が隠れていたようだ。

 それはこれまで日常の暮らしの中で隠れていたが、大旋風たちに無理矢理に身体を媾合わせられることで、それが露わになったのだと思う。

 大旋風はほくそ笑んだ。

 

「終わったのか、魔凛?」

 

 青獅子が声をかけた。

 

「すべて終わりました。この城郭の行政府に開設した軍司令部は、すでにわたし以下の要員で占拠しています」

 

 魔凛の報告に大旋風は舌打ちした。

 ほかの側近たちも、李姫と貞女の性交をからかうのをやめて、不満そうな視線を魔凛に向けている。

 本来であれば、大旋風をはじめとして、ここにいる者たちは、総司令部の要員として、ここの城郭内に開設されたその司令部内に詰めるべき者なのだ。

 それなのに魔凛は、総司令部については自分と自分が連れてきた鳥人族の将校のみで運営するものと決めて、大旋風たちを追い出したのだ。

 それで所在すべき場所を失った大旋風たちは、別に作られたこの臨時の魔王宮に集まっているということなのだ。

 

「それはわかった。ならば話があるから、魔凛と大旋風は隣の部屋に行け。余も一緒に行く」

 

 青獅子が言った。

 どうやら別室で例の話をするつもりのようだ。

 宝玄仙という人間の女の道術遣いを捕らえる件であろう。

 この城郭に罠を作って、その宝玄仙を捕らえるという話になるはずだ。

 そして、この魔凛を陥れるためのもうひとつの罠も始まることになる……。

 

「お待ちください、青獅子様──」

 

 椅子から立ちあがりかけた青獅子を魔凛が制した。

 

「なんだ、魔凛?」

 

「すぐに終わります、青獅子様。この大旋風に用があるんてす」

 

 魔凛が青獅子にそう断わってから、大旋風に視線を向けた。

 

「……なんだよ、魔凛?」

 

 魔凛が蔑みの視線をこちらに向ける。

 あからさまなその侮蔑の表情にむっとした大旋風は不機嫌にそれに応じた。

 

「わたしではない……。この女がお前に話があるみたいだぞ……。まったく、つくづく、下衆なことしかしない男だな、お前は」

 

 魔凛が言った。

 この女?

 李媛の事だろうか?

 

「なんだ、李媛?」

 

 大旋風は言った。

 李媛は欲情した表情でありながら、なんだか苦しそうに顔を歪めている。

 

「あ、あのう……。こ、股間のものを……。股間に挿入しているものを抜いてください。お願いでございます」

 

 李媛が消え入りそうな声で言った。

 

「ああ、その性具か。そういえば、朝から装着させっぱなしだったな……。俺の道術でなければ外せないんだよな。だけどまあ、もう少し待てや。青獅子様との話が終われば、戻ってきて外してやるよ。どうせ、振動は止めていたんだ。穴に入れたままというのは、前後の張形が擦れ合って感じてしまったかもしれないが、さすがに一日中挿してれば身体も馴れたろう?」

 

 大旋風は笑った。

 この李媛が白旗を掲げて城門を出て歩いてきたときには、遠くから道術で李媛が身につけている性具を動かしてからかったが、李媛が魔凛たちと城郭の明け渡しのために陣から去ってからは、まったく動かしていない。

 動かさなければなんとか、耐えることも可能だったはずだ。

 

「こ、このようなことが馴れるわけはない。だ、だけど、いますぐに外して欲しいのじゃ。わ、わらわは、もう……」

 

 そのとき、大旋風は、李媛が苦しげに眉を寄せて膝を擦り合わせていることに気がついた。

 李媛の膣には張形が深々と挿さっている。

 それなのに、李媛は股間をもじつかせるように動かしているのだ。

 あんな動きをすれば、却って張形から刺激を受けやすくなるはずだが……。

 大旋風は不思議に思った。

 

「小便だよ、大旋風──。この人間の女は小便したくて堪らないんだよ。まったく……。お陰で申し送りの途中からこの女は上の空になってしまうし──。早く、外してやれよ」

 

 魔凛が苦虫を噛み潰したような顔で言った。大旋風は爆笑した。

 

「そうか、お前は小便したいのか?」

 

「し、したい……。ご、御不浄場に行かせてください」

 

 李媛があまりにもはっきりとした口調で言ったので、青獅子やほかの側近たちも一斉に哄笑した。

 

「そうか、そうか……。そりゃあ、悪かったな。すっかりと忘れていたぜ。朝からずっとだものな。随分と我慢させちまったな、李媛」

 

 大旋風は笑った。

 考えてみれば、李姫と貞女は青獅子との性交の後、そのまま魔王の幕舎で休むことを許されたし、幕舎には落とし箱という排泄用の霊具も渡したからその間に排泄をする機会があった。

 だが、張形付きの下着の霊具を装着されて尿道も塞がれていた李媛には、今日一日、排泄の自由がなかったのだ。

 股間の前後の穴に挿入された張形の刺激に耐えながら、途中から排尿の苦しみも我慢しなければならなかった李媛は苦しかっただろう。

 その生理的な苦痛でいまも李媛の脚をもどかしげに揺らして唇を震わせている。

 

「お、お願いじゃ。御不浄場に──」

 

 李媛が切羽詰まった声で言った。

 

「お母様──」

 

「李媛様──」

 

 そのとき、やっと李媛の存在に気がついたらしい李姫と貞女が身体を抱き合わせたまま声をあげた。

 

「お前らちょっと来い──。それと、李媛、小便をさせてくれと騒ぐ前にやることがあるだろう──。もう、城郭の明け渡しは終わったんだろうが? だったら、この瞬間からお前は青獅子様の性奴隷だ。三人揃って挨拶しろ──」

 

 大旋風は怒鳴った。

 李媛は憎しみとも口惜しさともとれるような表情を浮かべると青獅子に向き直った。

 やって来た李姫と貞女が李媛の横に並ぶ。

 

「わ、わらわたちは……」

 

 李媛が喋りだしたので、大旋風は片脚で床を踏んで大きな音をさせた。

 

「ひっ」

「きゃあ」

「ひいっ」

 

 びっくりした三人がびくんと身体をすくめた。

 

「李媛、奴隷が服を着る必要はねえ。裸になれ」

 

 大旋風は声をあげた。

 

「は、はいっ」

 

 慌てた感じで李媛がその場で服を脱ぎ始める。

 しかし、膝から両腿の震えが激しい。相当に尿意が激しいようだ。

 

「三人とも脚を大きく開いて、背中に両腕を回して合わせろ。それが奴隷の挨拶の姿勢だ。覚えておけ……。さあ、早くしろ。この城郭全住民が人質であることを忘れるな」

 

 三人が言われた格好になる。

 

「じゃあ、外してやるよ、李媛。その性具を着けていたら素裸じゃないものな。だが、漏らすんじゃないぞ」

 

 大旋風は道術を込めた。

 李媛の乳房と股間に装着されていた下着型の性具が留め紐が一瞬だけ消滅してそれぞれに床に落ちる。

 床に落ちてるときはすでに革紐などは解けた状態で復活している。

 

「あはああっ」 

 

 李媛が声をあげて身悶えた。

 留め具の部分が解錠されると革帯の下着が、開いている股に垂れ下がったのたが、股間に挿入していた張形がすぐには落下せずに、股間に少し留まってから床に落ちたのだ。

 そのとき李媛の性器をふたつの張形が刺激しながら滑り落ちたのだろう。

 

「李媛様──」

「お、お母様──」

 

 両側のふたりが心配そうな声をあげる。

 

「こりゃあ凄いな。すっかりとふやけちまってるじゃねえかよ。それにべとべとだ。こんなに汁を垂れ流したんなら、今日一日城郭を動き回りながら達した回数は一度や二度じゃねえだろう? 侯爵夫人ともあろう者がこんなに淫乱で恥ずかしくないのかい?」

 

 大旋風は李媛の股間の下に落ちた張形付きの下着を拾いあげながらからかった。

 激しい尿意に身体を震わせている李媛の顔が恥辱で歪む。

 

「下衆が……」

 

 すると、いままでそばで不機嫌そうに立っていた魔凛が舌打ちした。

 

「はあ? なんか言ったか、魔凛?」

 

 大旋風はむっとして言った。

 

「待て、待て、大旋風──。魔凛も待ちくたびれたのだろうよ。話があるから別室に行けと言われたのに、ずっと待ちぼうけだからな。ならば、先にそれを済ませよう──。大旋風と魔凛は余とともに来い」

 

 青獅子が席を立った。

 

「あ、あのう……」

 

 李媛が狼狽えた声をあげた。

 無理もない。

 限界にまで迫ったら尿意がそのままだ。

 李媛は悲痛な表情をしている。

 

「先にこの女の尿意をなんとかしてやったらどうなのですか?」

 

 魔凛が不機嫌そうに言った。

 

「いや、これも躾だからな。余の女なら、余の都合に合わせて尿意も覚えるものだ──。李媛、よいか、余の側室とは、即ち、余の性奴隷ということだ。性奴隷だということは、つまり、お前たちには小便ひとつにしても自由になるものはないということだ。それを身体で覚えよ。余たちの話が終わるまで、そのまま耐えていよ。それでも、この城郭の万余の命を預かる侯爵夫人なのだろう? その面目にかけて、余が戻るまで耐えよ。よいな──」

 

 青獅子が冷ややかな口調で言った。

 

「は、はい……」

 

 李媛はすっかりと脂汗にまみれた顔を頷かせた。

 

「だけど、青獅子様……」

 

 魔凛がちらりと李媛を見た。

 微かではあるが、魔凛が李媛に向けた表情には、李媛に対する同情の色がある気がした。

 

「口を出すな、魔凛。これは、軍政にかかわることではないぞ。余の女になるであろう人間の女に奴隷の調教をしておるのだ」

 

「わかりましたよ、青獅子様」

 

 魔凛が不満気に言った。

 そして、ほんの小さな声である言葉を呟いた。

 それは、あまりにも小さな声だったので大旋風を除いた部屋の誰にも聞こえなかったとは思うが、大旋風だけは魔凛が口の中で呟いた言葉を捉えていた。

 魔凛は言ったのだ。

 

 下衆が──と。

 

「おいっ」

 

 大旋風はびっくりして声をあげた。

 さっきは同じ言葉を大旋風に使ったが、今度は青獅子に向かって言ったとも捉えられる物言いだ。

 大変な不敬の罪だ、

 しかし、憤って魔凛に詰め寄ろうとした大旋風を制するように青獅子が手を前に出した。仕方なく大旋風は口を閉ざす。

 

「李媛、もしも、余が戻る前に粗相をすれば、この城郭の住民から無作為に選んだ人間を百人殺す。百人くらい死んでもよいと思えば、そこで尿をせよ」

 

 青獅子がそう言い残して、奥の部屋に向かう扉に向かって歩いていく。

 大旋風は魔凛とともにそれに続く。

 この大広間を出る前に、大旋風は一度だけ振り返って李媛の様子を見た。

 股を開いて両手を背中に回して立っている李媛は、呼吸を乱して苦しそうに歯を食い縛っている。

 同じ格好の両側の李姫と貞女がそれを心配そうに見ていた。

 

「ははは、百人だぜ。住民を守りたければ、一生懸命に我慢するんだな」

 

 大旋風は苛つきの八つ当たりを李媛にぶつけると、青獅子と魔凛に続いて隣の部屋に入る扉を通り抜けた。



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443 捕縛勝負の命令

「協力せよと?」

 

 魔凛(まりん)が明らかに不満そうな顔をした。

 接収した人間族の屋敷の大広間に隣接する一室だ。

 この部屋の広々とした間取りと豪華な調度品を鑑みると、もともと、この屋敷の当主の李保(りほ)の部屋だったのだろう。

 この屋敷を魔王宮として接収した青獅子はこの部屋を当面の居室にしていた。

 大旋風(だいせんぷう)は、その部屋で魔凛とともに青獅子と向かい合っている。

 

 そこで告げられたのは、やはり、城郭全体に罠を仕掛けて宝玄仙という人間の女道術遣いを捕らえるという話だった。

 そして、その宝玄仙を捕獲するために、魔凛と大旋風が協力せよというのが青獅子の命令だった。

 

「必要ありません。わたしと鳥人族の部下だけで十分です。そもそも、たった四人のしかいない人間の一行じゃないですか。これほどの軍は必要ありませんよ、青獅子様──。わたしがやります。それに、これまでの工作については、すべてわたしたちがやったことですよ。最後の最後の場面でなにも知らない者に作戦に加わって欲しくありませんね」

 

 魔凛はきっぱりと言った。

 大旋風はなにも知らない者と言われたことに内心で肚がたった。

 しかし、実際のところ、これについては魔凛の言う通りだから反論することができない。

 

 魔凛は今回の工作に随分と前から関わっており、青獅子から直接の指示を受け、まだ魔王軍との戦端が開かれる前のこの獅陀(しだ)の城郭に、何度も部下を潜入させたりしていた。

 そして、この人間の城郭の情報を集め、考えられるあらゆる事前工作をしたようだ。

 

 そもそも、この城郭の支配者だった李保という李媛の夫が、自殺的な魔王軍との戦いに周囲を駆り立て、しかも、魔王軍との決戦に武官だけではなく、有力な文官までもすべて連れていくという愚行を冒したのは、この魔凛の『支配術』という道術が密かに李保にかかっていたからだというのだ。

 それに比べれば、大旋風が青獅子に呼び出されて、この獅駝の城郭の占領の真の目的が、宝玄仙という人間の女道術遣いを捕らえるためだと教えられたのは今朝のことだ。

 それまでは、大旋風は、青獅子の支配領域をこの獅駝の城郭を中心とした獅駝地方一帯に伸ばすのが、この遠征の目的だと単純に信じ込んでいたのだ。

 

「だいたい、どうしてそんな話になるのですか、青獅子様? もしかしたら、功績欲しさに、こいつがなにか訴えましたか?」

 

「な、なんだと、魔凛──。俺がお前を妬んで、青地獅様にお願いして、功績を横取りしようとしているとでも言いたいのかよ?」

 

「それ以外の意味に聞こえたのか、大旋風? 遠回しの皮肉じゃあ、お前の頭じゃあ理解できないのかと思ったが、まるっきり低脳というわけではないのだな」

 

「なんだと──」

 

「ほら、いつも悪態の言葉が同じだ。それが頭の悪い証拠だ」

 

「なっ──」

 

 怒鳴りあげようとして大旋風は言葉に詰まった。

 悪態の言葉が同じだとか言われたため、とっさにあれこれと言葉を選ぼうとしてしまったのだ。

 

「やめんか、お前ら──。魔凛、確かにいままでの工作は、お前の『支配術』だけでよかった。この城郭の支配者だった人間の貴族は最初からここにいたし、まったくの無警戒で、しかもなんの力もない人間だったからな。だから、お前だけに任せた。しかし、宝玄仙を捕まえるという段になれば話は違うのだ」

 

「なぜです──。わたしは──」

 

「よいか──。この城郭に罠を仕掛けても、そもそも宝玄仙が城郭に入ってこねば意味がない。いかに、お前の『支配術』の道術でも、おそらく宝玄仙には効果はないぞ。事前の情報によれば、宝玄仙は攻撃道術への耐性があるようなのだ」

 

「そんなことは、やってみないとわかりません、青獅子様」

 

「やってみて効果がなければ、宝玄仙を警戒させてしまい罠に掛かりにくくなるぞ、魔凛。これほどの準備と労力を費やしたのだ。成功の確率の高いやり方を選ぶ──。お前と大旋風が協力すれば、かなりの確率で宝玄仙を捕らえられると思っている。それに、お前たちが協力するのは、この青獅子の決定だ。これ以上の口答えは許さん、魔凛」

 

 青獅子はきっぱりと言った。魔凛は不満そうに鼻を鳴らした。

 まあ、魔凛にしてみれば、これだけの工作を自分と自分の小飼の部下だけでやったのだ。

 最後まで自分たちだけでやり遂げたいという気持ちは、わからなくもない。

 

「だが、策には完全を期さねばならんのだ、魔凛。お前の『支配術』が完全であり、それが宝玄仙を捕らえるための大きな武器になることは確かだ。だが、お前の術は『支配術』のみであろう。連中が城郭に入り込んだなら、罠を発動させて連中を捕らえる絶好の状況になるが、そもそも、連中がこの城郭に入らずに素通りすることもありうる。その場合、手間暇かけて、この城郭の支配を入れ替えたのが無駄になる」

 

 大魔王は言った。

 それはそうだと大旋風は思った。

 確かに、宝玄仙という道術遣いを捕らえる罠を作るためのこの城郭の乗っ取りは、魔凛の完全な仕事として終わった。

 

 城郭の数万という住人は、すべて魔凛の『支配術』の下にある。

 本人たちは普通に暮らしているつもりでも、魔凛の道術による白い光を浴びてしまえば、魔凛はいくらでも彼ら全員を自分の人形のように自在に操ることができるのだ。

 それなのに城郭の外見もほとんど変わっていない。

 人間族の支配の象徴である城壁の旗もそのままだし、魔凛以下の軍司令部が入った行政府も中の要員が総入れ替えした以外の見た目の変化はない。

 亜人が入り込んでいるのは、その行政府とこの李保の屋敷だった場所だけで、ほかの場所にはいっさいの亜人はいない。

 二万五千の青獅子軍は、城郭からかなり離れた山中まで後退して隠蔽させている。

 

 さらに、実は、この獅駝が落城しているということも、獅駝の守備軍が青獅子の魔王軍に大敗したという事実も……、そして、そもそも李保が青獅子の魔王軍と戦端を開いたということが、まだ、人間族の国都に報告は入っていないはずなのだ。

 事前に入り込んでいた魔凛たちが、国都に送るはずの逐一の報告や使者に細工をして、すべての情報を遮断していたからだ。

 

 もっとも、人の口に蓋をすることはできないという。

 報告を受けていない大きな戦いが獅駝地方の南辺で発生したということは、いつかは、噂というかたちで人間の国の国都に伝わるかもしれない。

 だが、すぐではないはずだ。

 それに、人間族の国都も、竜飛国の南部がすでに魔王軍の支配に入っているなどという噂など簡単には信じはしないと思う。

 

 これだけの工作が成功するというのは、魔凛の仕事が完全だったということだとは思う。

 しかし、それは工作の半分だ。

 次の段階はこの城郭に宝玄仙を引き込むことだ。それが成功しなければ意味はない。

 

「じゃあ、この男になにができるというのです? 言っておきますが、こんな男がわたしの隊に加わるのは足手まといです。宝玄仙を捕らえる態勢は、わたしとわたしの部下が完全にとっているのです。今更、こんな男……」

 

 魔凛がまた言った。

 

「別にお前の隊に大旋風が加わるというのではない。大旋風は、その得意の術でその宝玄仙たち四人を城郭まで確実に連れてくる。城郭に連中が入り込めば、お前たちの出番だ」

 

 青獅子は言った。

 

「し、しかし……」

 

 魔凛はまだ不満そうだ。

 

「ぶつくさ言ってんじゃねえよ、魔凛。お前の『支配術』が完璧なのは知っているが、ほかの道術は大したものじゃないじゃねえかよ。まあ、俺に任せな。ちゃんと連中を連れて来てやるよ」

 

「お前の助けなど必要ないと言っているのだ、大旋風──。宝玄仙を連れてくる役もわたしの部下がやる……。お前が策に加わるなど……。第一、お前がこの策のことを知ったのは、今朝のことだと聞いたぞ。よくわかってもいない者に策戦に参加して欲しくないな」

 

 魔凛が言った。

 

「宝玄仙もしても供にしても、亜人が近寄れば気配を探知する能力があるというぞ、魔凛。幸いにして大旋風は、完全に自分の亜人や霊気の気配を消滅させることができる。連中に接触してこの城郭に導くこともできるだろう」

 

 青獅子だ。

 

「それなら、支配している人間に導き役をやらせます、青獅子様」

 

「なに言ってんだい、魔凛──。『支配術』は、お前が近くにいないと術を発動させることができないだろうが──。お前が近づけば、宝玄仙が気づくと言ってんだよ」

 

 大旋風は言った。

 魔凛が明らかにむっとした表情になった。

 

「とにかく決めたことだ、魔凛、大旋風──。そして、もうひとつ決定しているのは、今回の策で功績が高かった方に、三大王の軍を抽出して編成される三魔王連合軍の総司令官を務めさせることにするということだ」

 

 青獅子が言った。

 

「三魔王連合軍?」

 

「はっ?」

 

 魔凛に合わせて、大旋風も当惑の声をあげた。

 この話は、大旋風も初めて聞いたような態度をとらなければならないからだ。

 金凰、白象、青獅子の三大王はそれぞれに軍を持っている。それを抽出した総軍の司令官というのは、三魔王軍の第四の地位になることに間違いない。

 魔凛の出世欲を刺激するのに十分の材料のはずだ。

 

「遠征先は魔域よ……。いま、北の魔域では群雄割拠が激しく、近年でも雷音大王という勢力と金角という女勢力が長い争いを続けている。それに援軍を出す。とりあえず、雷音大王に味方することになると思うが、状況によっては独立勢力ともなるかもしれん。その司令官の権力は重大だぞ──。お前と大旋風が同じ策戦に協力するのは、いずれが能力のある者であるかを見極めるためでもあったのだ」

 

 青獅子がにやりと笑った。

 魔凛の表情が変化したのがわかった。魔凛はとてつもなく権力欲が強い女だ。

 そもそも、同性愛の陰のある魔凛が一大王こと金凰魔王の愛人になったのも、金王軍における出世のためだという噂だ。

 自分の美貌を武器に魔王軍の一軍の長の座をせしめたということだ。

 しかし、魔凛が本当に同性愛者だとすれば、金凰魔王との性の相性は最悪だったと思う。

 その辺りが、金凰魔王が魔凛を見限り、青獅子に頼んで処分をしようとした背景なのかもしれない。

 

 青獅子が言及した魔域遠征軍の総司令官ともなれは、その権勢は三人の魔王に匹敵するものになることは間違いないだろう。

 魔凛が興味を示さないわけがない。

 

「わかりました……。そのような話があるならやりましょう、青獅子様……。わたしの能力がこの男よりも遥かに上であることを証明してみせます。もっとも、こんな男と比べられるとは心外ですが……」

 

 魔凛が言った。

 食いついた──。

 大旋風は密かに思った。

 

 なにをもって魔凛をこの土台に載せるか──。

 大旋風は、それは青獅子と事前に話し合った。

 大旋風は、あの魔凛は権勢欲の塊のような女だから、それを餌にするのがいいと言ったのだ。

 そして、やはり、思った通りだった。

 

「魔凛は承知だな? 大旋風よ、お前もそれでいいか?」

 

 青獅子が大旋風に視線を向けた。

 

「やりましょう。宝玄仙の捕縛に功績があった方が勝ち──。お前も、これでいいのだな、魔凛?」

 

 大旋風は魔凛に視線を向ける。

 魔凛が鼻を鳴らした。

 

「不本意だが勝負してやるよ、大旋風──。わざわざそんなことをしてわたしの能力が上だと証明しなければならないというのは不満だが、まあ、我慢してやる──。しかし、どちらが功績があったかというのは誰が決定するのですか、青獅子様?」

 

「余だ。不満か、魔凛?」

 

「だって、青獅子様は、大旋風とは個人的にも仲がいいじゃないですか。さっきも人間の女を喜々として苛めていたし……」

 

「お前、青獅子様の決定に文句があると言いたいのか?」

 

 大旋風は声をあげた。

 いつもそうだが、この女は、根本的に魔王のひとりである青獅子を軽視している気配がある。

 それが、言葉や態度の端々に現れるので、大旋風には我慢ならないのだ。

 

「判断には公平を期して欲しいだけだ、大旋風。お前とわたしとでは役割が違うであろう。どうやって、どちらの功績がより高いかを判断するのだ?」

 

「じゃあ、道術契約でどうだ、魔凛? 言の葉に載せてお互いに誓い合うのだ。道術による道術契約なら文句はあるまい?」

 

「道術契約か……。確かに、それなら誰にも介入できないから絶対だが、言の葉に載せる言葉が問題だな──。宝玄仙を捕らえた方というのはどうだ、大旋風?」

 

「捕えた方? 俺がおびき寄せる役割でお前が捕獲する役割だろうが。そんな条件飲めるかよ──」

 

 大旋風は言った。

 つくづく卑怯な女だ。

 そんな条件で勝負をすれば、道術契約は大旋風の負けは最初から決まったようなものだ。

 もっとも、魔凛が道術契約の話に乗ったのはよかった。

 これで罠に嵌めることができる。

 

「……いや、それでよい。誘き出した側か、それとも直接捕らえた側のいずれを道術が勝者と判断するかわからん。誘き出した状態ですでに捕えたと判断すれば、道術は大旋風の勝ちとするであろう。誘き出しが完全でなかったならば、道術は魔凛の勝ちを判断するであろう──。ならば、両者はその道術契約を結べ」

 

 青獅子が言った。

 魔凛がにやりと微笑んだ気がした。

 これはなにかを企んでいる。

 大旋風は直感した。

 

「承知しました、青獅子様……。だが、魔凛、それだけじゃあ、面白くねえ──。お前には、朝、俺の睾丸を握りつぶしてくれた礼があるからな。さっきの条件に加えて、この勝負に負けた側は、どちらかの命令を必ずひとつ従うというのはどうだ?」

 

 大旋風は言った。

 するとわざらしく鼻を鳴らした。

 

「下衆な男だな……。もしも、勝負に勝ったら、わたしへの命令はなんにするつもりなのだ?」

 

「決まっているだろう? みんなの前でお前を犯してやる──。お前が俺に犯されてひいひい泣いているのを大勢に見物させる」

 

「つくづく下衆な男だな、大旋風……。だが、まあよかろう。しかし、わたしが勝てば、お前の道術をわたしが貰い受ける。それなら受けよう」

 

「道術を?」

 

 大旋風は額に眉を寄せた。

 道術を遣う者のそれぞれに備わる道術というのは、本来固有のものであり、道術の受け渡しというのは簡単ではない。道術の受け渡しそのものが大道術であり、それをできる者が滅多にいないからだ。

 しかし、道術契約ならそれはできる。道術契約もまた強力な道術だからだ。

 

 だが、その場合は、大旋風は道術を失うことになるだろう。

 道術契約による道術の受け渡しは、“譲渡”というかたちでしかできないはずだ。

 同時に、大旋風は魔凛がその条件を持ち出した理由がわかった。

 あれだけの『支配術』を遣う魔凛だが、ほかの道術はからきしなのだ。

 それは魔凛の劣等感でもあるのだろう。

 

「いいだろう。条件に応じるぜ──。宝玄仙を捕らえて、青獅子様の前に連れてきた者を勝者として、敗者は勝者の命令に必ずひとつ従う──。これを誓う」

 

 大旋風は言った。

 

「誓う──」

 

 魔凛が言った。

 身体の中が急に熱を持ったのがわかった。自分と魔凛に道術契約の道術が刻まれたのだ。

 

「では、勝った方は三魔王連合軍の司令官ともなる──。しかし、勝負は勝負として、それにこだわった挙げ句、宝玄仙を捕らえ損なうことがないようにな。では、魔凛は行ってよい。大旋風はそのまま残れ──。李媛を待たせているのでな。まだ、耐えておるかのう?」

 

 青獅子がにやりと笑った。

 魔凛はこれ見よがしに不機嫌な表情をして、部屋を出ていった。

 

「よいのか、大旋風? 負ければ、お前の道術を魔凛に乗っ取られるぞ。それにあの顔はなにかを企んでいる」

 

 魔凛が部屋の外に出ていってふたりだけになると青獅子がそう言って微笑んだ。

 

「企んでいるということでは俺も同じですよ、青獅子様──。それじゃあ、大広間に戻りますか──。ところで、李媛をさらにいたぶるいい考えがあるんですがね……」

 

「任せよう」

 

 青獅子の顔に好色の表情がありありと浮きあがった。

 

 

 *

 

 

「待たせたな、李媛。どうやら、粗相はしなかったようだな。いま、住民の中から適当に選んだ百人の人間に死の道術を刻み終わったところだが、ちゃんと、青獅子様に挨拶ができたら、小便をさせてやるぜ」

 

 青獅子とともに、李媛、李姫、貞女の三人が手を背中で組んで大きく脚を拡げて立たされている大広間に戻った大旋風は、三人の前に立って言った。

 死の道術など出鱈目もいいところだが、三人にはそれはわからないはずだ。案の定、三人のうち、特に正義感が強い李媛の顔に恐怖の色が走った。

 

 それにしても、李媛は余程、尿意が限界なのだろう。

 李媛の美貌の顔はすっかりと蒼醒め、顔だけでなく全身から脂汗が浮かびあがり、開いている両脚は小刻みに震えている。

 十人ほどの亜人たちが、やっと淫虐な余興が再開しそうな気配にわっと歓声をあげた。

 

「あ、ああ……さ、先に御不浄に行かせてもらうわかには行かぬであろうか……?」

 

 李媛が苦悶の表情で熱っぽく喘ぐように言った。

 

「やることをやらずに、小便しようとはおこがましいぜ、李媛。ねえ、青獅子様?」

 

「一度に百人の住民を殺したくなければ耐えるのだな。漏らせば、道術を発動させる──。では、奴隷の誓いのやり方を教えてやれ、大旋風」

 

「わかりました、青獅子様」

 

 大旋風は言った。

 李媛がつらそうに息を吐く。

 両脇の李姫と貞女は、李媛を心配して悲痛な表情だ。

 

「じゃあ、これから説明するぜ……それと、李媛は途中で垂れ流すんじゃねえぜ」

 

 大旋風はせせら笑った。

 しかし、李媛はいよいよ我慢できなくなったらしく、腰から下をしきりにもじもじと動かしている。

 もはや、大きく脚を拡げて裸身を晒しているという羞恥など気にならない感じだ。

 見栄や体裁などもうどでもいいという李媛の苦しみが李媛の苦しそうな表情に滲み出ている。

 それにしても懸命に歯を食いしばり、住民を護るために一生懸命に尿意を耐えている李媛の姿は、疼くような艶やかさが感じられ、そんな李媛を見ているとますます、この人間の貴婦人を追い詰めたくなる。

 

 ふと、青獅子を振り返った。

 青獅子もまた、追い詰められている尿意に悲痛な姿の李媛を満足気に眺めている。青獅子にしても、大旋風にしても、こと性癖については同じ嗜虐の癖を持つ。

 大魔王とその部下という立場は全く異なるが、性癖については大旋風は青獅子という魔王に同志のような気持ちを抱いている。

 大旋風は、青獅子が愉しんでいることを確認してから視線を三人に戻した。

 

「じゃあ、奴隷の誓いの儀式を教えてやる。まずは、順番に奴隷の誓いだ。これを覚えろ──」

 

 大旋風は三人が立っている空中に人間の言語で彼女たちがこれから誓約すべき言葉を空中に浮かべた。

 三人はそこに浮かんでいる言葉を読んで、悲しそうな表情をした。

 

「お、覚えました。あ、あの……は、母の苦しみを解放してください……」

 

 すぐに三人を代表するような感じで李姫が言った。李媛はもう口を開くのもつらいような感じだ。

 

「……お、お願いです、大旋風殿……。わ、わらわにはもう耐える力がない。限界なのです。ご、御不浄にそろそろもう行かせてください。一生のお願いです……」

 

 すっかりと言葉を改めて、大旋風に対しても丁寧な言葉遣いで李媛は言った。

 

「誓いが先だと言ったろう──。さて、性奴隷の誓いというのは簡単だ。さっき覚えた言葉を大きな声で誓ってから、ここで立ったまま自慰をする。その時だけは手を離していいが、脚は閉じてはならん。貞女から初めて、自慰で達したら李姫、李姫が終わったら李媛だ。三人の誓いが終わったら、李媛に便所を与えてやる。それまでは我慢し続けろ」

 

 大旋風の言葉にますます李媛は悲痛な表情になる。

 これから貞女、李姫と自慰をして、それから李媛が自慰をして初めて尿をしていいという命令に、李媛は張っていた気持ちが切れるかのようにすすり泣きを始めた。

 

「あ、あんまりです……。母を堪忍してあげてください。わたしがなんでもやります」

 

「あ、ああ……。あ、あたしを折檻してください。どんな辱めも我慢します。ですから李媛様の苦しみを解放させてあげてください」

 

 李姫と貞女が訴え出した。

 

「わかった……、わかった、じゃあ、李媛の自慰だけは勘弁してやる。だが、お前たちふたりの自慰の後というのは変わりないぞ。お前たちふたりの奴隷の誓いが終われば、李媛に小便を許す──。だから、李媛の苦しみを解きたければ、早く自慰をして、その恰好のままいくのだ。少しでも短い時間で終われば、それだけ李媛がすぐに小用が許されるということだ」

 

 大旋風は言った。

 貞女と李姫が一瞬だけ屈辱に歪んだ。

 しかし、それぞれが李媛に視線を向け、全身に脂汗を滲ませて限界に達した尿意の苦痛に脈打つ李媛を認めると意を決したような表情になった。

 

「あ、あたし貞女は、これから青獅子様の奴隷として一生を尽くします……。あたし貞女は、青獅子様及びその示すお方のいかなる命令にも従います……。あたし貞女は食事、排泄、睡眠、その他、一切の人間としての行為についても青獅子様とその示すお方の指示に従います……。あたし、貞女はすべての人間的な権利を剥奪された青獅子様の家畜として、残りの人生をすごすことを誓います。上記に違反した場合は、三人の全員がいかなる罰を受けても構いません。以上、誓います。その証しとして、皆様の前で自慰をします。ご覧ください──」

 

 貞女がまくしたてるように一気に暗記した誓いの言葉を叫んだ。

 そして、両手に回していた手を前に回して、一方を胸に置き、もう一方を股間に動かして、震える指で性器をまさぐり出した。

 

「ほらほら、もっと激しくやらないと、李媛が洩らしちまうぞ」

 

「肉芽の皮を剥いてみな。快感が回るのも早いぜ」

 

「おっぱいよりも尻の穴がいいんじゃないか? 両方の穴に指を入れて穴を穴を擦り合わせてみなよ」

 

「声を出せよ。その方が実際に感じてくるはずだ」

 

 亜人たちが揶揄の言葉を飛ばす。

 貞女は、まるで死に勝るような羞恥を官能の陶酔で逃れようとするかのように懸命に卑猥な作業に没頭している。 

 しばらくすると、右の指が動いている股間が淫靡な音を立てだした。

 

「あ、ああっ……はあっ……あ、はあ……あ、ああっ……」

 

 感じ始めた貞女が悶えだす。

 だが、少しでも早く快感を集めたいために、声を意図的に出しているという感じだ。

 これだけの亜人の男たちに見られながら自慰をするというのは、緊張を解くことができないのか、なかなか達するまでにはいかないようだ。

 

「早くしないと、李媛が限界に達するぞ──。人が死ぬんだぜ。早くしな」

 

 なかなか達しない貞女に亜人のひとりがからかう。するとますます貞女が悲痛な表情になる。

 それでもしばらく続けていると、いつしか貞女は恍惚とした表情を浮かべだした。

 

 やがて、苦悶にも似た表情を浮かべて、亜人たちの嘲笑の中で貞女が絶頂に達した。

 達してしまうと大勢の亜人に見られながら自慰をしたという惨めさを自覚したのか。貞女ががっくりと肩を落とした。

 

「わ、わたし李姫はこれから青獅子様の奴隷として一生を尽くします……。あたし李姫は、青獅子様及びその示すお方のいかなる命令にも従います……。あたし切りは食事、排泄、睡眠、その他、一切の人間としての行為についても……」

 

 まだ、貞女に対する嘲笑の笑い声の消えない中、今度は李姫が大声で自慰の前の奴隷の言葉を唱しはじめた……。



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444 女侯爵の放尿

 四半刻(約十五分)が過ぎた。

 しかし、李姫(りき)はまだ達することができないでいた。

 

 懸命に貞女(さだじょ)の真似をして乳房を揉み、股間を弄くっているものの、大旋風(だいせんぷう)の見たところ、まだ、どこをどうすれば気持ちがいいかということがわかっていないようなのだ。

 つまりは、李姫は未通女だったいうだけじゃなく、自慰についても経験がないのかもしれない。

 

 それに大勢の亜人に嘲笑されながら自慰をするというのは、なかなか快感を昂ぶらせるのが難しいようだ。

 しかも、早く達しなければ李媛の尿意が崩壊するとわかっているため、焦りに焦っている。

 その焦りが李姫が官能に集中することを妨げているのだ。

 

「あんまり、母親を待たせるもんじゃねえぜ、李姫。隣を見てみろよ。李媛(りえん)は死にそうな顔をしているぜ。早く絶頂しな」

 

「は、はい……で、でも……はあ、はあ……あ、ああ……」

 

 大旋風の言葉に李姫は泣きそうな顔をしながら自分の性器を弄くる手を速めた。

 だが、あれは速めただけだ。

 気持ちいいのかもしれないが、まだ快感に酔うということまではいかないだろう。

 貞女は被虐癖があったのか、人前の自慰も満更でもなかったようだが、李姫はどうあっても見られながら自慰というのは難しいようだ。

 まあ、半月も調教すれば立派な性奴隷に仕上がるだろうが……。

 

 簡単に達することができないなら、絶頂のふりでもすればいいと思うが、そんなことは思いつかないのだろう。

 一生懸命に股間を擦り、乳房をこねまわしている。

 初心な娘がそうやってぎこちなく強要された自慰をしている姿はいくら見ても飽きないが、あれだと自慰だけで達するには、相当の時間が必要かもしれない。

 

「埒も明かねえ──。仕方ねえ、貞女……。李姫の尻を舐めてやれ。早くしねえと、李媛が洩らしちまう。これは情けだ」

 

 貞女は一瞬はっとした顔をしたが、すぐに姿勢を崩して李姫の後ろに駆け寄った。

 

「申し訳ありません、李姫。恥ずかしいだろうけど我慢してください」

 

「い、いえ……、お、お姉さま、お願いします……。そ、それに……う、嬉しいです……」

 

 貞女が李媛の後ろにしゃがみ両手でそっと李姫の尻たぶに手を添えて肛門を剝き出しにするように開いた。

 すると、李姫の様子が明らかに変化した。

 これまでなかなか自慰をしても官能に酔ったような雰囲気にはならなかったのに、貞女が李姫の肌に触れただけで、うっとりと陶酔したような表情になる。

 

「ほう……」

 

 大旋風は思わず声をあげた。

 さっき強引にこの女ふたりに百合の契りをさせたが、それがふたりのなにかを変えたのかもしれない。

 貞女の舌が李姫の肛門を舐め始めた。

 

「あはあっ」

 

 李姫の身体が仰け反った。

 その動きに合わせて貞女が顔を李姫のお尻を追う。

 しっかりと貞女は李姫の腰を掴んでおり、舌が激しく李姫の肛門を動き回っている。

 貞女は李姫に快感の間隙を与えずに、一気に畳み掛けるつもりであろう。

 

「あうっ……、い、いい……き、気持ちいい……お姉さま、気持ちいいです……」

 

 自分でも股間と乳房を愛撫している李姫が愉悦を表し始めた。

 その姿に、いまや三人の周りをすっかりと取り囲んでいる亜人たちが歓声をあげる

 

「李姫、あたしだけ……、あたしだけを感じて……。ほかのことは考えないで……」

 

 すると貞女が顔を一度李姫のお尻から離して、そう言った。

 

「お、お姉さまだけ……。ここにはお姉さまだけ……」

 

 李姫が自分に言いきかせるように呟き続けている。

 

「いくときはいくと言いな、李姫……」

 

 大旋風は言った。

 

「いきそうになったら、いくというのよ、李姫」

 

 すかさずお尻から顔を離した貞女が大旋風の言葉を上書きするように言い直す。

 

「は、はい……わかりました……はあぁ……そ、そこ、いいです……お、お姉さま……いくときは言います……あ、ああ……」

 

 李姫の声が大きくなるとともにすすり泣くような息遣いに変化する。

 股間が淫らな水音を立てだす。

 いまや李姫は完全に貞女の与える刺激だけに没頭していることがわかる。

 あれだけ、周りの男たちの揶揄の声を気にして、快楽に没頭できないでいた李姫が、まるでここには自分と貞女しかいないかのように、快楽に乱れ酔いきっている。

 これは李姫の調教については、貞女にやらせたら面白いかもしれない……。

 そんなことを大旋風は思った。

 

「あ、ああ……な、なに、これ……? あっ、そ、そんなところに舌を入れたら──」

 

 李姫の声が不意に突きあげるような声に変わった。

 李姫が不意にがくがくと身体を痙攣させた。

 

「ああ──い、いくうっ──」

 

 李姫が声を放つなり、一気に絶頂へ駆け抜けていったようだ。

 

 

 *

 

 

「……わらわ、李媛は、これから青獅子様の奴隷として一生を尽くしますことを誓う……。わらわ李媛は、青獅子様及びその示すお方のいかなる命令にも従う……。わらわ、李媛は食事、排泄、睡眠、その他、一切の人間としての行為についても青獅子様とその示すお方の指示に従う……。わらわ、李媛はすべての人間的な権利を剥奪された青獅子様の家畜として、残りの人生をすごすことを誓う。上記に違反した場合は、三人の全員がいかなる罰を受けても構わぬ。以上、誓います……」

 

 李媛の奴隷の誓いが終わった。

 

「だ、大旋風殿……、も、もう、わらわは駄目じゃ……。お願いです……。小用を……」

 

 李媛は声を出すのも苦しそうに呻いた。

 

「そうだったな。本当なら娘や侍女と同じように自慰をさせるところだが、まあ、あんたについては、朝からたくさん恥をかいてもらったし、勘弁してやるぜ……。じゃあ、便器をあてがってやるから、小便をしていいぜ。ただし、姿勢は崩すな。その恰好のまましろ」

 

 大旋風は言った。

 李媛がはっとしたように顔をあげた。

 その格好は大きく脚を拡げて、両腕を背中に回して組んでいるという格好だ。

 特に拘束はしていないが、その姿勢を崩せば、住民を無作為に大勢殺すと脅しているので、李媛にとってはなによりも頑丈な拘束具で縛られているのと同じだろう。

 立ったまま脚を拡げて小便をしろと言われた李媛は悲痛な表情をした。

 

「む、無理じゃ。お、女は、このような恰好で用は足せぬのです」

 

 李媛が泣き声の混じりにそう訴えると、大旋風の嗜虐を見物する態勢の青獅子を含めた周囲の亜人たちがどっと笑った。

 

「そこをやってみよ、李媛。この城郭の住民を護るために、朝から恥をかきまくったお前だろう。恥かきついでに、立小便もやってみせろ」

 

 青獅子が言った。

 すると李媛が見るからにがっくりと肩を落とした。

 

「わ、わかりました……。する……。します……。ですがこのままでは床を、床を汚します」

 

 李媛の全身は脂汗が滲み、限界に達した尿意の苦しさに脈打っている。

 

「便器をあてがって欲しいんだな、李媛?」

 

 大旋風はわざとらしく言った。

 

「は、はい……。命じられた通りに立ったまま小用をする……。だ、だから、便器をあてがってください……」

 

 立ったまま大勢の亜人の男の前で立小便をするというのは、貴婦人の李媛にとっては死ぬような屈辱の苦しみだろう。

 しかし、もう、それも李媛には意識の外かもしれない。

 全身を突きあげる尿意の苦痛は、すでに李媛の理性を痺れ切らせてしまったとしてもおかしくない。

 とにかく、李媛は亜人たちの目の前で立小便をすることに応じた。

 観念して生き恥を晒す気になったようだ。

 だが、大旋風はまだまだ李媛を追い詰めるつもりだ。

 

「貞女、李媛の前にしゃがめ」

 

 貞女は李姫のお尻を責めることを命じられていたが、李姫が達したために再び李媛の反対側に回って、元の姿勢に戻っていた。

 

「は、はい……」

 

 なにをされるのかわかっていないのだろう。

 訝しんだ表情で李媛の前に正座で座った。

 

「もっと李媛に近づいた方がいいぞ、貞女。そんなに離れていては、便器としての役目はできんからな」

 

「えっ」

 

「べ、便器?」

 

 びっくりしたような声が李媛と貞女の両方から迸った。

 その様子に周囲の亜人たちがどっと笑った。

 

「そうだ、貞女、お前が便器だ。もっと李媛の股倉に近づいて口を大きく開けろ。さもないと、小便を受けとめられないぞ──」

 

 大旋風は大笑いした。

 

「い、嫌じゃ……嫌です……。便器を……桶でも花瓶でもなんでもよい……。しかし、貞女の口に小用をするなど──」

 

 李媛が真っ赤に火照った顔を左右に振って激しい狼狽を示した。

 

「あ、あたしなら構いません、李媛様──。もう、李媛様は限界です。おつらいでしょうがあたしたちも恥をかきました。李媛様も耐えてください。さあ、あたしの口に──」

 

 貞女が李媛の股間に鼻をくっつけんばかりに顔を近づけて、大きく口をあげた。

 

「さあ、準備ができたぜ、侯爵夫人。派手にやってくれ──。いや、あんまり派手にやっても、貞女も馴れていないから可哀そうだな。できるだけおしとやかにしてやれよ。少しずつな……。いっぺんに出されても、貞女も飲み干せやしないからな」

 

 大旋風はげらげらと笑った。

 

「そ、そんな……ああ……。そんな、無体な……。いくらなんでも……無体な……。無体です……そんなことは……」

 

 李媛は侍女の口の中に小便をしろという残酷な命令にすっかりと神経を錯乱させたように叫び出した。

 それでも大きく開いた脚はぴんと突っ張ったまま姿勢を保っている。

 

「じゃあ、その気になるように弄ってやるぜ……。俺の指で達っしても、まだ辛抱できていたら別の便器を考えてやる」

 

 大旋風は尿意の限界にある李媛の股間に横から手を伸ばし、その肉芽に指を這わせだした。その前面では貞女が悲痛な表情で大きな口を開けている。

 

「あ、ああ……、そ、そのような」

 

 李媛が絶叫した。

 しかし、大旋風の指が李媛の肉芽の周りを這い出すと、ついに我慢の限界を超えたのか、音がするような激しい放水が湧き起こった。

 

「ひゃっ、ああ──」

 

 そのあまりもの勢いに口を開けていた貞女の眼のあたりに放尿の先があたった。

 貞女は驚きの声をあげるとともに、顔中を尿だらけになりながらも懸命に尿を口で捉えようと大口を開けたままの顔を動かす。

 その滑稽な姿に周囲の全員が爆笑した。

 

「ご、ごめんなさい、貞女……ああっ……」

 

 李媛は泣きながら貞女に謝罪を繰り返しつつも、一度始まった放尿は止めることも、勢いを衰えさせることもできないのか、凄まじいとしか言いようのない放水を貞女の顔にめがけて続けている。

 李媛と貞女を取り囲む亜人たちは大喜びだ。

 青獅子も手を叩いて笑っている。

 

 貞女は健気に李媛の放尿を追っているが半分も口に入れることができないでいる。

 それに口の中に入っても飲む前にこぼれてしまい、あまり飲めないでもいるようだ。貞女の顔全体が李媛の尿でびしょびしょだ。

 

「あ、ああ……」

 

 やがて尿の勢いがやっと衰えると、李媛は号泣しだした。

 貞女もなんとかその頃には尿を捉えることができるようになり、放尿を口で受け止めだした。

 

「これは浅ましいぜ。これが人間族でも由緒ある侯爵夫人の立小便というわけだ。その侍女殿はあまりもの勢いに顔中が尿でびっしょりだ」

 

 大旋風は冷やかした。

 李媛の放尿がやっと終わった。

 李媛は泣きじゃくるばかりだ。

 貞女はまだ、呆然としている感じである。

 

「本当に凄まじかったな。あまりの勢いのよさに度肝を抜かれたぜ」

 

 見物人の亜人のひとりがそう嘲笑した。

 李媛はその言葉につられて笑う周囲の中でひたすら泣くだけだ。

 

「そう言えば、俺は女の立小便をいうのは初めて見たなあ……。ああいうのは、亜人の女でもやらねえからな」

 

「まあ、恥を知っている女ならやらねえさ。多分、侯爵夫人ともなれば、使用人の顔に小便掛けるなどなんともないのさ」

 

「それにしても、この様はどうするんです、大旋風様? 床の絨毯がびっしょりと汚れちまいましたよ」

 

 亜人たちが李媛の失態に大喜びで囃し立てる。

 

「確かにな、俺は少しずつやれと言っただろうが。これをどうしてくれるんだい? 貞女の顔を見ろよ。これは全部、お前の小便だぞ、李媛」

 

 大旋風もそう言ってからかった。

 

「大股を拡げて、俺たち亜人の男たちの前で立小便をしてみせるなんか、なんか呆れたぜ。人間族の貴族女というのはもっと上品かと思っていたよ」

 

「まあ、女なんざ、亜人でも人間族でも、貴族でも庶民でも同じということさ」

 

 周りの男たちがさらに笑い合う。

 

「さて、小便を床に漏らしてしまった罰は、侍女の貞女が受けるべきであろうな。ならば、貞女は、ここで十人ほどの余の部下たちの相手をひとりでせよ──。李媛と李姫は余の寝所だ。母娘揃って余の伽をせよ──。大旋風も来い。明日からは、しばらくは戻れんであろう。このふたりを抱かせてやる」

 

「これはありがとうございます、青獅子様──。ならば、御同伴させてもらいます」

 

 大旋風は言った。

 

「そ、そんな、お姉さま、ひとりだなんて──。わたしも……、わたしも残ります。ここにいる全員の相手など、お姉さまが死んでしまいます」

 

 李姫が絶叫した。

 

「あ、あたしのことは構いません。それよりも──」

 

 貞女がそれだけを言ったが、その先を続けることはできなかった。

 すでに興奮した状態にある亜人たちが貞女に群がって来たのだ。

 貞女はあっという間に押し倒される。

 十人ほどの亜人の男が貞女の裸身をすっかりと包んでしまう。

 

「さ、貞女──」

 

 李媛がやっと自分の感覚を取り戻したかのように、汚辱感に落ち込んでいた顔から貞女を思いやる表情に変わった。

 

「さあ、お前らは青獅子様の伽だ。俺と一緒に来い──。青獅子様を満足させることができなければ、全住民が皆殺しだぞ。侍女を構っている暇はねえ──。そら、行った、行った──」

 

 大旋風は李媛と李姫の母娘を押しやった。

 そのとき、亜人に包まれている貞女が絶叫に近い苦悶の声をあげた。

 

「貞女──」

 

「お姉さま──」

 

 李媛と李姫が真っ蒼な顔で振り返る。

 大旋風はその尻を蹴りあげて、強引にふたりを部屋を出ていく扉に向かって歩かせた。

 

 

 

 

(第69話『魔王軍襲来』終わり、第70話に続く)



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 第70話  情は人の為ならず【長庚(ちょうこう)
445 新しい首輪と山賊たち


「孫空女は、これまで通りに赤い首輪にしたよ。沙那と朱姫には、黒い首輪と緑の首輪を用意したけど、沙那には黒が髪の色に合うんじゃないかねえ……。お前たちがわたしの奴隷であることの証でもあるけど、装飾具風にしてやったよ。これなら、三人がお揃いでいい感じだろう?」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は嫌な予感がした。

 外縁地域と呼ばれている無法地帯を通り抜けて、竜飛国という王国の勢力圏内に差し掛かろうとしている山中だ。

 事前に調べた限りにおいては、あと一日も歩けば、竜飛国の最南辺の城郭である獅駝(しだ)の城郭に行き着くはずだ。

 

 連日の野宿が続いていた。

 いよいよ山越えも終わりだと思っていたこの日、眼を覚ますと珍しく宝玄仙がすでに起きていて、調整の終わったという新しい首輪の霊具を三人に差し出したのだ。

 宝玄仙に命じられるまま、野宿用の寝具に胡坐で座る宝玄仙の前に三人が正座で並んだ。

 そして、いま、眼の前に宝玄仙の新しい霊具だという首輪が置かれている。

 細い円柱の棒を円形の丸めたものであり、四個ほどの小さな宝石もついている。

 宝玄仙のいう通りに、首輪の部分は黒、赤、緑の色違いであり、奴隷用の首輪というよりは、お洒落な装身具にしか見えない。

 ただ、輪っかのどこにも継の部分が見当たらない。

 つまり、これは宝玄仙の道術でなければ嵌められず、宝玄仙の道術でなければ外せないようになっているのだと思う。

 沙那たちに着脱の権利はないのだ。

 

 そもそも宝玄仙の霊具といえば、これまでの経験で碌なものじゃないことは知っている。

 沙那は凍りついた。

 ふと、両脇を見ると、孫空女と朱姫も引きつった顔をしている。

 

「そんな顔するんじゃないよ、お前たち──。わたしの霊具がいつもいつも性具というわけじゃないさ。これはちゃんとした意味のあるものだよ。孫空女と朱姫のためのものだしね」

 

 宝玄仙が笑って、まずは孫空女の首に手を伸ばして、いまの赤い首輪に触れる。

 孫空女の首に一体になっていたかのような首輪が外れた。

 次にその新しい首輪が、すっと孫空女の首に溶けるように吸い込まれる。

 

「ひっ」

 

 孫空女が顔色を変えた。

 

「孫空女、なんともない? どこかおかしいところは? 身体が熱くなるとか、痒いとか、痛いとかない? ほら、わたしがわかる? 沙那よ──」

 

「そ、とりあえず、なんにも変わりない……と思う……」

 

 孫空女は自分の身体を擦りながら当惑気味に言った。

 

「いい加減にしな、沙那──。そんなんじゃないと言ったじゃないか。これは、わたしという存在がいなくても孫空女と朱姫の身体を維持するために必要な霊気を集め続けるための霊具だよ」

 

 宝玄仙が苦笑しながら言った。

 

「あたしたちの身体を維持する霊具ですか、ご主人様?」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「そうだよ、朱姫。例えば、お前は臙脂虫を身体に植え付けられていて、わたしという霊気放出体の媒体がなければ、その人間の身体を維持できないだろう? つまり、お前は、その身体に刻まれたわたしの道術陣によって、わたしから放出され続けている大量の霊気を吸収し続けていて、その力で臙脂虫を殺し続けている。だけど、もしも、わたしから離れてしまって霊気の供給を受けられなくなれば、臙脂虫の産卵があっという間に拡大して、お前は獣の姿になってしまう……」

 

「は、はい……」

 

 朱姫が頷いた。

 随分と前だったと思う。朱姫は白骨という女の妖魔狩りに遭い、半妖であることを見破られて捕らえられ、肉体を妖魔化する臙脂虫という寄生虫を体内に植え付けられたのだ。

 臙脂虫は増殖が激しく、また、しっかりと寄生体に一体化してしまうので、さすがの宝玄仙の道術でもすべてを殺すことができないらしい。

 そのため、朱姫は、宝玄仙が大量に吸収しては放出している霊気を宝玄仙が刻んだ道術陣を通じて体内に吸収し続けなければならない。

 つまり、朱姫は宝玄仙のそばでなければ生きていけないのだ。

 

「これはその問題を解決するための首輪だよ。これがあれば、わたしから離れても、身体に埋まっている妖魔化の寄生虫の恐怖に苛まれなくてすむ……。究極の霊気吸収具だよ。これは」

 

 宝玄仙がにっこりと笑った。

 

「ええっ?」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「だ、だったら、これもそうかい、ご主人様?」

 

 孫空女が自分に嵌められた新しい首輪に触れながら身体を浮きあがらせた。

 沙那は驚いた。

 宝玄仙の霊具作りの能力にびっくりしたのではない。

 沙那が驚いたのは、宝玄仙が孫空女や朱姫を解放することに通じる霊具を作ったことだ。

 朱姫もそうだが、孫空女も同じように宝玄仙からの恩恵を受けている。

 大の男が数名がかりでも抱えることさえ難しい如意棒を自在に振り回せるほどの怪力だ。

 それは、宝玄仙を通じての霊力の供与なしではできないことなのである。

 

「このわたしが、研究に研究を重ねて道術を刻んだんだ。わたしという存在に依存することなく、お前の能力を維持できるはずさ……」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 沙那は当惑していた。

 

「ご主人様、朱姫や孫女のために、ありがとうございます」

 

 沙那はなんとなく、三人を代表するかたちで宝玄仙に頭を下げた。

 

「あ、ありがとう、ご主人様」

 

「ありがとうございます」

 

 孫空女と朱姫が慌てるように、お礼の言葉を口にする。

 

「いいってことさ。じゃあ、朱姫の分だ……。そして、こっちは、お前の分だよ、沙那」

 

 宝玄仙は笑って、朱姫に緑の首輪、沙那には黒い首輪を装着した。

 その首輪が自分の首に密着するのを感じながら、ふと、孫空女と朱姫はともかくとして、自分がこの首輪をつけさせられる意味はなんなのだろうかと思った。

 孫空女と朱姫は、それぞれ自分たちの身体や能力を維持するために必要な大量の霊気を吸収するこの首輪の霊具が必要かもしれないが、沙那はにそんなものは必要ない。

 必要のないものを宝玄仙がわざわざ装着させるのも不自然な気がした。

 

「ね、ねえ、ご主人様……。この首輪の機能は、孫女や朱姫の身体や能力の維持のために必要な霊気を自動的に吸収するという機能だけですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「ん……? もちろん、それだけじゃないさ」

 

 宝玄仙はあっけらかんと言った。

 

「えっ?」

 

「な、なんですか?」

 

 素直に悦んでいる表情だった孫空女と朱姫がそれぞれ声をあげた。

 

「お、おかしな機能じゃないですよねえ──? 訳のわからない異常を身体に及ぼすような……」

 

 沙那はいつの間にか緊張で溜まっていた唾を飲み込んだ。この宝玄仙のやることだ。絶対におかしなことをしているに違いない……。

 絶対にだ──。

 

「なにをもっておかしな機能とお前がいうのかはわからないけど……、ほら、いつか、沙那の行方がわからなくなって、一箇月ほど離れ離れになってしまうというようなことがあったろう? その霊具はそんなことが起きないようにする機能もあるのさ。まあ、道術封じをするような場所に閉じ込められれば、さすがに無理だけど、通常の状況なら、それはどんなにわたしと離れていても、わたしがお前たちのいる場所へ『移動術』で跳躍できるように、『移動術』の結界を作ることができるのさ──」

 

「移動術の結界……ですか?」

 

 沙那は用心深く訊ねた。

 その程度なら問題ない。

 いや、むしろ、宝玄仙の霊具にしてはまともな機能すぎる。

 

「わたしが、無条件にお前たちが逃げることができるような処置をすると思ったのかい? これまでと同じように、これからも、お前たちはわたしから逃げられないんだよ。もしも、逃げたとしても、わたしがその首輪の刻む結界に跳躍してきて、お前たちを捕らえられるということさ」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 つまるところ、自分たちを縛る手段が変化したということか……。

 宝玄仙としては、まだまだ、沙那たちを奴隷としてしっかりと道術で拘束するつもりのようだ。

 だが、おかしな淫具のたぐいでなかったことにはほっとした。

 

「まあ、そんなことはいいさ。とにかく、もう一度、礼を言うよ、ご主人様」

 

 孫空女だ。

 

「そうですね……。あたしも、これで、もしかしたら、いつか獣の身体に変化するんじゃないかと怯えなくてすみます」

 

 朱姫もそう言い、孫空女とともに頭を下げる。

 

「まあ、わたしはお前たちを逃がすつもりはないけど、これからはもっと危険な旅になるような気もするし、万が一、わたしが命を失うこともあるかもしれないからね……。だけど、わたしは死んだときまで、お前たちを道連れにするつもりはないよ」

 

 宝玄仙は静かに言った。

 

「ご主人様……」

 

 沙那は呟いた。

 やっぱり、宝玄仙は少しずつ変わってはきているようだ。宝玄仙はあえて沙那や孫空女や朱姫を逃がすつもりはないようだが、それでも自分が死んだときに道連れにはしないというように考えたのは、宝玄仙としては成長なのかもしれない。

 旅の目的地の「西域」にいよいよ近づいている。

 「西域」というのは東方帝国の呼び方であり、この辺りでは「魔域」と呼ぶ方が通りはいいようだ。

 

 これから東方諸国と呼ばれる西方帝国の属国である諸王国群を抜けて、さらに西方帝国を縦断する。

 その北側が「魔域」であり、西方帝国にかなり近い領域が金角の勢力地のはずだ。

 その魔域の一端にある金角の勢力地が、宝玄仙が安住の地として選んだ場所だ。

 まだまだ旅は続くが、いよいよ旅の最終地点も見えてきたような気がする。

 だが、それは宝玄仙が感じているように、危険に近づいている行程でもある。

 それを思って、宝玄仙は自分が死んでも、孫空女や朱姫が問題のないようしようと考え続けていたのだろう。

 

「大丈夫だよ、あたしがご主人様のことは守るさ」

 

 孫空女が笑った。

 

「あたしも微力を尽くします。」

 

 朱姫も言った。

 

「でも、実際の話、万が一、ご主人様になにかがあった場合は、どうしたらいいのですか? わたしの中には、ご主人様の『魂の欠片』が埋まっているんですよね。でも、それをどうしたらご主人様を復活できるんですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 旅の始まりの頃、まだ、朱姫と出遭う前に、宝玄仙の実の妹であるお蘭という道術遣いに遭いに行った。

 もともとは、道術遣いではない沙那が、霊気が必要とする霊具を扱えるような存在にしてもらうための訪問だった。

 その手段が、宝玄仙の『魂の欠片』を沙那の体内に宿すという方法だったのだ。

 

 お蘭の里は小さな隠れ里だが、その村の全住民が嗜虐者というとんでもない場所だった。

 いりおろとあったが、とにかく、その里を離れるときに、お蘭は魂の儀式を施して、宝玄仙の魂の欠片を作って沙那の身体に入れた。

 それで沙那もまた、道術遣いと同じように、霊具を扱える身体にはなった。

 

 しかし、『魂の欠片』には、もうひとつの役割もあった。

 万が一、宝玄仙が死んでも、沙那の中に残っているその『魂の欠片』で宝玄仙を復活できるという役割だ。

 だが、その『魂の欠片』で宝玄仙を復活させるときがくるとしても、宝玄仙がいなくなれば、その魂の儀式を行える存在がいなくなる。どうしたらいいのだろう……?

 

「そのときはお蘭の里に戻るんだよ。三人でね……。そして、また、わたしを復活しておくれ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「これまでの旅をまた逆戻りしてお蘭の里まで戻って、ご主人様を復活させるのか……。そりゃあ、大仕事だね」

 

 孫空女が真顔で言った。

 

「でも、復活したご主人様とまた、旅をするんですよね。あたし、ちっとも嫌じゃないですよ。二度目なら、今度はいろいろと警戒できるし、もっと楽に旅ができますよ」

 

 朱姫だ。

 

「なら、旅の愉しみはまだまだ続くということさ。次のときには、やっぱり、お蘭を同行させてもいいよね。魂の儀式で復活すると、どうしても道術遣いとしては霊気が減るのさ。その減った部分をお蘭に肩代わりさせるよ……。なに、ちょっとばかり、無理矢理に調教をするば、あいつはどこでもついてくるよ」

 

 宝玄仙も微笑んだ。

 

「ところで、ご主人様……。さっき言及していた離れ離れになったときに『移動術』の結界をつくるという効果がこの首輪から生まれるとき、わたしたちの身体には、おかしな副作用はないですよね?」

 

 沙那は何気なく訊ねた。

 沙那としては念のためという思いでしかなかった……。

 

「副作用……? まあ、大したもんじゃないさ──。わたしは、どうしても性具しか作ったことがないんでね。まるっきり性感に作用しないような霊具は、作るのに逆に手間暇がかかるのさ。だから、ある程度は我慢しな。大した副作用じゃないから……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ええ?」

 

「ふ、副作用があるんですか?」

 

「な、なんですか、それは──?」

 

 三人で同時に声をあげた。

 さっと頭から血の気が引くのがわかった。

 宝玄仙の霊具だ。

 大した副作用じゃないわけがないのだ……。

 

「だから、大したものじゃないよ。お前たちがそれぞれに持っている性感が極端に活性化するのさ──。論は証拠でやってみようかね……。沙那からいくよ……。まあ、確実に『移動術』の結界で出現するかどうか試験をしてみないといけないしね」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、なにかの道術を刻むような仕草をした。

 

「ちょ、ちょっと待ってください──。そんな、いきなり……。そ、それに、性感を活性化とはなんですか? じょ、冗談じゃありませんよ。そんな道術を不用意にかけないでください──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「つべこべ言わないんだよ、沙那……。ほらっ」

 

「おほほおっ──」

 

 突然だった。

 なにかが身体で起こった。

 全身の毛孔という毛孔から一度に汗が噴き出した。

 血が沸騰する。

 熱い……。

 なにが起きたのかまったくわからない……。

 

 自分の身体で快感が暴発しているとわかったのは、視界がぐるぐると回りながら自分の身体が前に倒れていくのをかろうじて知覚したときだ。

 沙那は身体で爆発した快感のうねりに耐えられなくて、正座から腰をあげた態勢を前に崩していた。

 とっさに、両手を前に出した。

 沙那は四つん這いの姿勢でなんとか身体を支える。

 脳髄まで痺れるような嵐のような快美感が全身を駆け巡っている。

 体内を流れる血の流れが、快感を引き起こす……。

 気の狂いそうな官能の暴風だ。

 沙那は突然にそれに襲われた。

 

「は、はが……や、やめ……」

 

 快感などというような生易しいものではなかった。

 怒涛のような欲情が全身を走り回る。

 だらしなく開いた口から涎がたらりたらりと流れるのがわかった。

 しかし、口を閉じられないのだ。

 異常なまでに敏感になった身体が、全身の神経のひとつひとつに快美感を与える。

 

「成功のようだね……。ちゃんと『移動術』の結界は出現したよ。これでいつぞやのように、お前と離れ離れになっても、わたしがすぐに追いかけてこられるさ、沙那……。それにして大変な状態になったね、沙那。副作用なんて、ちょっとのつもりだったんだけど、これはちょっととは言えないねえ……。こんなになっちゃうものなんだねえ……。いやいや、凄まじいことになったものさ」

 

 宝玄仙の笑い声が、随分と遠くで喋っていうような声に聞こえる。

 もう、沙那はなにかを知覚する能力をほとんど失いつつあった。

 わかるのは、沙那が呼吸をするたびに沙那の肌を擦る衣服の刺激だ。それが堪らない……。

 布が微かに肌に当たるだけでも、これだけの愉悦なのだ。

 沙那には自分の性感が、一体どれくらいあがっているのか想像できなかった。

 

「さ、沙那姉さんは、どうしちゃたんですか、ご主人様?」

 

 朱姫の声だと思う。

 なにか強烈な毒が身体を駆けまわっているような感じだ。

 だが、毒ではない証拠に、どこまでも気持ちよく峻烈な快感だ。

 

 眼が回る……。

 舌が動かない……。

 

 全身から汗が噴き出し続ける……。

 

「だ、大丈夫かい、沙那……?」

 

 孫空女だと思う。

 その孫空女が沙那の身体を抱きかかえるような仕草をした。

 

「うほおおおっ──」

 

 沙那は駆け巡った喜悦にただ獣のように吠えた。

 孫空女が沙那を抱きかかえることで、おそろしいほど敏感になった身体を服の裏地が擦ったのだ。

 なんでもない刺激のはずだ。

 だが、いまの沙那には堪らない刺激だった。

 身体のどこかから快感が迸るというものじゃない。全身のあらゆる部分から喜悦が襲う。

 沙那の身体が崩壊した。

 いや、それは錯覚だった。

 しかし、全身が砕けたかと思うような快感だった。

 沙那は脳髄から足の爪先まで極限までの絶頂感に襲われて、孫空女の腕の中で果てていた。

 

「さ、沙那姉さん──?」

 

 朱姫の叫び声だと思う。

 自分の中でなにが起きているのかわからない……。

 眼の前が回る。

 

「さ、沙那、ご免よ──」

 

 沙那を抱いている孫空女が狼狽えた声をあげた。

 なにを謝っているのだろう……。

 こんなに気持ちいいのだ。

 謝ることなどなにもない……。

 孫空女が身体を揺すられることで、さらに全身に快感が襲い、沙那は二度目の絶頂に襲われた。

 

「どうやら、沙那の場合は、全身が性感帯のようになって、わずかな刺激で達するような身体に変わったらしいね。まあ、半刻(約三十分)くらいのもののはずさ」

 

 宝玄仙の声がした。

 

「へえ、面白いですね……。でも、全身が性感帯ってどういうことですか、ご主人様?」

 

「文字通りの意味だよ、朱姫。いまの沙那は、ただ髪を触られるだけでも、簡単に達するいき人形さ。とてもじゃないが服なんて着ていられないと思うね。孫空女が抱き起こして絶頂したのは、その動きで服が肌をくすぐったからさ。沙那はそれくらいに肌の感度があがっているようだよ……」

 

「髪の毛でも達するって本当ですか、ご主人様?」

 

 朱姫が沙那の髪の毛に触れて、数回指ですいた。

 

「ふああああっ──」

 

 怖ろしいほどの速さで絶頂感がやってきた。

 しかも、髪の毛からだ。

 髪の毛を刺激されて、その快感で激しく達するという異常な感覚に沙那は全身を仰け反らせて吠えながら達した。

 そして、その自分の大きな動きでまた快感が襲い続ける。

 

「も、もう、やめなよ、朱姫──」

 

 孫空女が沙那が触られている髪の毛から朱姫の手を振り払ったようだ。

 だが、沙那を抱いている孫空女が動くと、肌が擦れて凄まじい愉悦が沙那を襲うのだ。

 沙那は感情が制御できなくなって、込みあがった涙のまま号泣した。

 なぜ、泣くのだということはわからない。

 あまりにも気持ちがよくて泣く……。

 

 わからない……。

 想像もできないような連続した快感に、沙那は奔放な悲鳴をあげて耐えられなくなり、腰を揺すって頂上を極めた。

 そして、愕然とした。

 達したばかりの沙那の身体が、また、新しい愉悦に向かって全速力で昂ぶりはじめたのだ。

 自制しようとしても自制できない。

 

「うあっ……ほおおお……はああ……」

 

 沙那は際限のなく拡がる欲情と愉悦の繰り返しに大声で吠えた。

 

「この副作用は人によって若干異なるのさ──。さしずめ、お前の場合は、尻で欲情するんじゃないかい、朱姫?」

 

「や、やめてください、ご主人様──」

 

 朱姫の悲鳴──。

 宝玄仙の馬鹿笑い──。

 もう、なにもかもわからなくなった。

 誰かが沙那の身体に重なり落ちる。

 沙那は暴発した愉悦に咆哮した。

 自分の隣で朱姫がお尻を押さえてもがいている気がする。

 

「ご、ご主人様、いい加減にしなよ──。これ、どうするんだよ──」

 

「別にどうということもないさ、孫空女……。半刻(約三十分)もすれば収まるさ」

 

 宝玄仙が大笑いしている。

 

「なんか面白いことやってんなあ……?」

 

 突然、誰かの声がした。

 それが誰なのかわからない……。

 宝玄仙でも孫空女でも……、朱姫でもない──。

 聞いたことのない男の声だ。

 

「ああ、なんだ、お前ら──?」

 

 怒りの混じった孫空女の声──。

 同時に自分の身体が地面に投げ捨てられる。

 その刺激にまた沙那は悶え苦しみながら達した。

 

「金目のものをもらおうと思ってな……」

 

 また別の男の声──。

 

「だが、ついでに、あんたらとやらせてもらおうかな。その姉ちゃんと娘さんは、欲情しきっているみたいじゃないかい……」

 

 複数の男たちがげらげらと周りで笑った気がした。



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446 盗賊男の求婚

 眼の前でもがき始めた沙那と朱姫に、孫空女はおろおろとするばかりだった。

 異常な反応だ。

 孫空女の腕の中の沙那は、全身の身体の感度があがりきり、なにをどうされてもいき狂う絶頂人形のようになってしまった。

 横で倒れている朱姫は、まるで酔っ払ったように全身が弛緩して、両手でお尻を押さえて、焦点のない表情で涎を垂らしている。

 

「こりゃあ、参ったねえ……。こんなになるなんて予想外だよ」

 

 宝玄仙が頭を掻いている。

 

「参ったじゃないよ、ご主人様。いい加減にしなよ──。まあ、新しい霊気吸収の首輪はありがたいことは、ありがたいんだけどさあ……。でも、これ、どうするんだよ──?」

 

「別にどうということもないさ、孫空女……。半刻(約三十分)もすれば収まるさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 この間、沙那も朱姫も常軌を逸した状態でのたうちまわっている。

 これが首に装着させられた宝玄仙の新しい霊具の副作用のようだ。

 とにかく、宝玄仙の霊気の供給に頼らなければならない孫空女や朱姫が、宝玄仙と離れ離れになっても、身体が五体満足のままで維持できるようにしてくれたというのはありがたいのだが……。

 

 しかし、やはり、宝玄仙から逃亡防止のための追跡機能はついていて、たとえ宝玄仙から逃亡を図ったとしても、この首輪の作る『移動術』の結界が、宝玄仙が孫空女たちを捕らえるのを可能にしているようだ。

 まあ、今更、逃亡の意思など皆無だから逃亡防止の機能など幾らでもつけて構わないのだがこの副作用は酷い。

 暴発した快感で苦しんでいる目の前の沙那と朱姫と同じ目に自分が遭うのだと思うとぞっとする。

 まったく、この道術遣いは、これだけの霊具作りの才能がありながら、どうしてまともなものを作らないのだろう……?

 孫空女は嘆息した。

 だが、そんなことを考えていたから、近づいてきた盗賊の気配に気がつくのが遅れてしまった。

 

「なんか面白いことやってんなあ……?」

 

 孫空女が振り返ったときには、すでに五人ほどの人影がすぐそばにあった。

 

「ああ、なんだ、お前ら──?」

 

 孫空女は抱きかかえていた沙那を地面に下ろした。その衝撃でまた沙那が悶え狂ったがそれは仕方がないだろう。

 出発の直前だっただけに、宝玄仙の結界はすでに解いている。

 いまさら、宝玄仙が結界を刻み直すには、五人ほどの盗賊がそばまで寄り過ぎている。

 孫空女は舌打ちして、耳の中から『如意棒』を出した。

 

「伸びろ──」

 

 手の中の楊枝ほどの『如意棒』が一本の金属の棒になる。眼の前で振り回した。少しも重さは感じない。

 いままでの感覚と変わらない。

 いい感じだ……。

 

「金目のものをもらおうと思ってな……」

 

 眼の前の五人ほどの盗賊は、孫空女の棒を見ても、なんの恐怖も抱かなかったようだ。

 確かに、五人が五人ともそれなりに遣い手だ。

 それはちょっとした身のこなしを眺めればわかる。

 しかし、孫空女の敵でもない。

 それもわかる。

 孫空女が棒を振って見せても、たかが女だと侮っているのだ。

 つまりは、その程度の相手ということだ。

 

「だが、ついでに、あんたらとやらせてもらおうかな。その姉ちゃんと娘さんは、欲情しきっているみたいじゃないかい……」

 

 一番身体の大きな男が言った。

 そいつが一番強い。

 孫空女はその男に狙いを絞った。

 

「ご主人様、沙那と朱姫を頼むよ」

 

 孫空女は数歩前に出て、後ろに仲間を護るような態勢をとった。

 

「孫空女、気をつけな。そいつらは、隠しているけど妖魔だよ……。つまり、亜人さ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「亜人?」

 

 孫空女は改めて五人を見た。

 見たところ、人間の男と同じような姿や外見だ。

 東方帝国で妖魔と呼んでいる亜人という種族は、本来は獣であったものがなんらかの霊気の影響で人間化した種族だと言われている。

 その特徴は様々で、本当に外見が動物に近いものもいるし、まったく人間と区別がつかない種族もある。

 知能にしても人間以上に発展しているものもいれば、人間の基準では白痴に近い種族までいる。

 しかし、その共通の特徴は帯びている高い霊気と角だ。

 霊気については、そもそも、亜人化するには霊気が必要なので、霊気の帯びない亜人というものは理屈では存在しない。

 霊気を持つ存在が逆に珍しい人間との違いはそこだ。

 だから、帯びている霊気を隠すことは難しい。

 逆に霊気を隠すことができれば、それだけ高い能力を持つ亜人ということにもなる。

 宝玄仙が感じた霊気の気配を孫空女は感じることはできなかった。

 宝玄仙と孫空女の霊気探知力は比べものにならないからそれは当然なのだが、もしかしたら、かなりの霊気の遣い手なのだろうか……。

 孫空女は少し警戒した。

 もっとも、霊気が危険であれば、宝玄仙が動くはずだ。

 いまのところ、静観している気配だから、宝玄仙から見れば霊気では小者なのだろう。

 

 一方で、角については、個体によって差があるし、朱姫のようにほとんど退化していて、まったく目立たない者まである。人間族の社会に混ざるために、自分で切断してしまう者までいるくらいだ。

 髪や帽子で隠してしまえばわからないし……。

 目の前の三人については、まったく角の存在はわからない。

 

 いずれにしても、こっちを押そうというのであれば戦うだけだ。

 孫空女はさらに前に出る。

 亜人たちの身体に殺気が走るのがわかった。

 

「お前ら、亜人かよ? こんなところで、盗賊かい?」

 

「いま、気がついたのか、女? さしずめ、抵抗する気配のあるのはお前だけのようだな。つまりは、お前を倒せば、ほかの三人はやりたい放題というわけだ」

 

 孫空女が狙いをつけていた一番身体の大きな亜人がゆっくりと近づいてきた。

 次の瞬間──。

 

「ぎゃっ」

 

 悲鳴は孫空女のものではない。

 鉤爪のようになった腕が急に伸びて、孫空女の喉に飛んできた。

 咄嗟に払った『如意棒』が、伸びた亜人の腕を肘で切断したのだ。

 それで亜人が悲鳴をあげた。

 腕を切断されて態勢を崩した亜人だが、それでも血を吹き流しながら、反対の手を横から振り下ろしてきた。

 孫空女は構わなかった。

 そのまま、その亜人の片腕を切断した『如意棒』を一閃させて、今度は首に叩きつけた。おかしな音がして亜人の首の骨が折れるのがわかった。

 どっと音を立てて、その亜人の大きな身体が地面に落ちる。

 ほとんど一瞬のことだ。

 

「あんたらもやるのかい? その男は死んださ。仇をとりたきゃ来な」

 

 孫空女はさらに数歩前に出て、ほかの四人をねめ回した。

 どの亜人もすっかりと気を飲まれて、抵抗の気持ちをなくしたようだ。

 喧嘩でも戦闘でも、相手の出鼻を挫くことが重要だ。大抵の場合はそれですべて終わる。

 

「かかってこないのかい──? 武器を捨てなきゃかかっていくよ」

 

 孫空女がそう言うと、四人が争うように持っていた剣やら斧やら槍やらを捨てた。

 

「孫空女、この札だよ。これで人間のふりをしていたんだね。これは霊具だね。帯びている霊気をある程度隠すとともに、見た目を人間的に変化させる効果があるようさ」

 

 死んだ亜人の身体を探っていた宝玄仙が、その身体から布の札を胸から剥がした。

 すると、死んだ亜人が人間の風貌から熊を思わせるような姿に変化した。角もちゃんと出現する。

 

「お前らも、同じものをしているのかい?」

 

 孫空女は突っ立っている亜人たちの中から正面に立っている亜人の胸を『如意棒』ではぐった。

 

「ひっ」

 

 恐怖で顔色を蒼くしたその亜人の胸元には、死んだ亜人と同じ札が貼ってある。

 

「なんで人間の真似をして、こんな場所で盗賊なんてしているんだい?」

 

 孫空女は正面の亜人の喉の寸前に『如意棒』を突きつけた。

 

「こ、ここは金になる……。大陸を東と西に結ぶ街道が三魔王軍の領域で封鎖されているので、人間の旅人は必ずここを通過する……。そ、それを捕らえるのよ。そして、奴隷として売る……。だ、だけど、奴隷を買い取るのは人間だけだ。だから、人間の格好をしていたのよ。人間は亜人を相手にはしていないからな」

 

「お前の名は?」

 

 孫空女は『如意棒』をそのままに言った。

 

「ぎょ、玉斧(ぎょくふ)だ」

 

「じゃあ、玉斧、お前らは、その三魔王軍の者かよ?」

 

 三魔王軍というのは、確か沙那が事前に調べた限りでは、金凰、白象、青獅子という三兄弟の魔王が率いる軍団のことで、もう少し南側の一帯に巣食っているはずだ。

 この連中が魔王軍の連中だとすれば、その魔王軍がここまで北上しているということになるのだが……。

 

 沙那がいれば、こんな連中からも必要な情報を訊き出すのだろうが、宝玄仙の霊具の後遺症でまだ朱姫とふたりでよがり声をあげてのたうっている。

 可哀そうに……。

 

「そ、そんなわけあるわけねえだろう。魔王軍に入れてもらえていたら、こんな場所でちんけな盗賊なんてしてねえよ」

 

 玉斧が言った。

 

「つまりは、魔王軍にも入れなかったから、こんな人間の勢力地に近いところで人間狩りをして稼いでいるということかい──? ところで、お前らの頭領と棲み処はどこだい?」

 

「この向こうの塚だ……。少し前に捕らえた人間の相手をしている」

 

「人間?」

 

 孫空女は額に眉を寄せた。

 

「捕えた人間をそこに置いているのか……。その棲み処で捕らえている人間が何人で、そこには頭領のほかにどのくらいの仲間がいるんだい?」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「と、捕えているのは……ふ、ふたりだ。それと、棲み処には頭領がひとり……」

 

「頭領の名は、玉斧?」

 

「ろ、六道(ろくどう)だ」

 

「わかった──。ねえ、ご主人様?」

 

 孫空女は頭を宝玄仙に向けた。

 その間も、盗賊たちに対する警戒は怠っていない。

 むしろ、孫空女が視線を外したことで、こっちに向かって来たり、あるいは逃げようとしたりしたら、容赦なく殺すつもりだった。

 その孫空女の殺気を感じたのか、玉斧をはじめとする四人の亜人の盗賊は、まったく動こうとはしなかった。

 

「行っておいで……。捕らわれている人間がいるなら、これも縁さ……。助けておいで、孫空女」

 

 宝玄仙がそう言いながら、さっき孫空女が倒した亜人の屍体を崖に蹴り落とした。

 がらがらと音を立てて、亜人の身体が落ちていく。

 

「じゃあ、お前ら、そこに案内しな」

 

 孫空女は言った。

 

「ど、どうするんだ──?」

 

「頭領は殺す。これまでに溜め込んだ蓄財があるんなら、それはお前たち四人で分配していい。でも、その捕えているという人間は連れていくよ──。それとも、抵抗するかい? それでもいいよ。三人殺して、残ったひとりを拷問して場所を訊き出してもいいんだ。どうする──?」

 

「あ、案内する」

 

 四人がすっかりと怯えた様子で坂を登りだし、やがて草をかき分けて横道に入った。

 そして、しばらく歩くとこんもりとした土の小山の前に出た。

 その小山に洞穴がある。入り口は板のようなもので隠してある。

 それを外すと微かに光が見えた。

 

「お前、六道とかいう頭領を呼び出しな」

 

 孫空女は玉斧に言った。

 

「わかった──。頭領──。頭領、大変です。一大事です。出てきてください──」

 

 玉斧が大声で叫び声をあげた。

 やがて、がさごそという音が洞穴の奥から聞こえ出し、大きな亜人が這い出てきた。

 玉斧たちのように人間の顔はしていない。殺した亜人と同じように熊の風貌だ。角もある。

 そして、身の丈も孫空女の二倍はあるだろう。

 

 孫空女は洞穴から六道の身体が出てきたところで、力任せに横から蹴り飛ばした

 しかし、六道は大男にしては意外な素早さで、孫空女の蹴りを避けると、背中の大太刀を抜き払った。

 孫空女がたったいままでいた場所に太刀が振り下ろされる。

 だが、すでに孫空女の身体は、横に跳躍して移動している。

 誰もいない地面を六道の凄まじい太刀が叩き込まれた。

 

「なんじゃ、お前、百舌(もず)を取り戻しに来たか?」

 

「百舌?」

 

 連れ去ったという人間のことだろうか……?

 次の瞬間、三個ほどの石がすっと浮かんだ。

 そして、急に角度を変えて孫空女を目がけてすっ飛んできた。

 道術だ──。

 いきなりのことで驚いたが、すべて『如意棒』で打ち払う。

 

「お前ら手柄だぞ。これは別嬪だ。人間族の奴隷商人は、こいつなら高く購うだろうさ……。その前に味見もするがな」

 

 六道が相好を崩して好色な表情になった。

 

「連れてきたっていうわけでも……」

 

「どちらかというと、連れて来させられたというか……」

 

 玉斧たちがぶつぶつと言っている。

 四人は距離をとり、孫空女と六道の戦いに巻き込まれないようにしているようだ。

 少なくともその四人の亜人は孫空女に刃向う気持ちは完全にないようだ。

 

「あんまり、傷はつけたくないんだ。抵抗するなよ──」

 

 六道の足元から石が眼にもとまらぬ速さで孫空女に次々に飛んでくる。

 

「忙しい技だね──」

 

 孫空女は嵐のように飛んでくる石をひとつひとつ避けながら、六道との距離を詰めた。六道の顔が恐怖に染まる。

 孫空女の『如意棒』が六道の首に叩きつけられる。

 どうと倒れた六道の身体は地面に落ちたときには屍体になった。

 

「捕えている者を連れ出しておいで──」

 

 孫空女は六道まで呆気なくやられたことで目を丸くしている四人の亜人たちに言った。

 玉斧がほかの三人を促して洞穴に入らせた。

 すると三人が穴に消えるのを待ちかねたように、いきなり、玉斧がその場に土下座をした。

 

「凄げえ、凄げえ……。こんなに強い者は初めてだ──。ましてや、これが人間の女なんて──。た、頼む。俺をあんたの男にしてくれ──。俺の妻になってくれ。この通りだ──」

 

 玉斧がそう言って頭を地面に擦りつける。

 

「つ、妻──。お、お前馬鹿かよ──。じょ、冗談じゃないよ」

 

 孫空女は狼狽えて叫んだ。

 なぜか自分の顔が火照るのを感じる。

 突然に妻になってくれなどと言われて驚いたのだ。

 

「わかっている。簡単じゃないのはわかっている。だけど、せめて、俺と一緒に旅をしてくれ。この山で奴隷にするための人間狩りは終わりだ。俺たちは散り散りになるしかない。だけど、俺はあんたと一緒に行きたい。頼む。なあ、いいだろう? あの人間の女たちとは別れて、俺と一緒になってくれよ。この先には行かないでさあ」

 

 玉斧が顔をあげて孫空女に訴えた。

 この場に宝玄仙がいなくてよかったと思った。

 こんなときに宝玄仙がいれば、面白がった宝玄仙が孫空女になにをさせるかわかったものじゃない。

 とりあえず、こいつは、ここで必ず追っ払うしかないだろう。

 このままついてこられたら面倒だ。

 

「こ、今度、あたしに近寄ったら、今度は息の根を止めるよ。あたしはお情けであんたらを許してやってんだ──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「どうしても駄目か?」

 

「あたりまえだろう」

 

「だ、だったら、一発やらせてくれ──」

 

 玉斧が言った。

 

「い、一発──?」

 

 孫空女はかっと自分の顔が赤くなるのがわかった。

 この亜人の男は、いったいなにを喋っているのだろう。

 

「お、お前、ふ、ふ、ふ、ふ、ふざけるんじゃないよ──。や、やっぱり殺す」

 

 孫空女は『如意棒』を振りあげた。

 

「わかった。殺されてやるよ。その代わり、一度でいいんだ。あんたのような女傑と一瞬でいいから夫婦になりたい──。頼む──」

 

 玉斧は孫空女に『如意棒』を振り下ろされながらも、身じろぎもせずに孫空女から眼を離さない。

 『如意棒』は玉斧の頭の直前でぴたりと静止している。

 孫空女は嘆息した。

 

「勘弁してよ、玉斧──。あたしがあんたを好きになれるわけないじゃないかい……。つきまとって、一緒に来たりしないでよね」

 

 もはや、孫空女の恐怖は、この阿呆が宝玄仙のいる前で、孫空女に求婚めいた行動をすることになっていた。

 そんなことをされたら、絶対に宝玄仙は調子に乗ってくだらないことを思いつく。

 しかし、それでなにかを悟ったのか、玉斧がはっとした表情になった。

 

「そうか……。確かにそうだ。このままでは、俺はただあんたらを襲おうとした卑しい亜人盗賊でしかないからな。わかった。出直してくる。だが、いつか、再会することがあって、そのとき、あんたが少しは俺を見直したら、さっきのことを考えてくれ……。それから獅陀(しだ)の城郭だが……。あっ、ま、まずい、あいつらがもう戻ってきた──。と、とにかく、次に会ったときに──」

 

 その時、洞穴からまた誰かが出てくる気配がした。

 孫空女は一瞬だけそっちに意識を向けた。

 なにを思ったか、玉斧はさっきの言葉を言い残して、そのまま全力疾走でどこかに消えてしまった。

 

「なんなんだよ、あれは……」

 

 孫空女は玉斧が消えた方向を眺めながら思わず呟いた。

 やがて洞穴から、まずはひとりの亜人に続いて、若い女が現われた。

 年頃は二十二、三だろうか。

 孫空女もはっと驚くほどの美人だ。

 服装は清潔ではあるが、粗末なものだ。

 

「おや、玉斧の兄貴は?」

 

 最初に出てきた亜人と女の次から出てきた亜人が首をかしげている。

 

「知らないよ。なんか喚いてどこかに行っちゃったよ」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 

「ところで、あんた、大丈夫かい? あたしは孫空女だよ。大変な目に遭ったみたいだけど、もう大丈夫さ」

 

 孫空女は言った。

 そのとき、孫空女はその女の首に白い首輪があるのに気がついた。

 孫空女がいましているような宝石の飾りがついている装飾具風のものではない。

 なんの飾りもないただの輪っかだ。

 

 孫空女はこれと同じものを見たことがあることを思い出した。

 香蛾(こうが)だ──。

 あの香蛾が奴隷の証として装着していたものであり、それと同じものをこの若い女もしている。

 

「この百舌──」

 

 不意に少年の声がした。

 続いて十二、三歳と思うような少年が穴から出てきていた。汚れてはいるが身なりはいい。

 女が身に着けていたものに比べれば、服の生地ひとつを見ても大したものだ。

 おそらく、ある程度の分限者の子息だろう。

 なんとなくそう思った。

 

 しかし、その少年は穴から出てくるといきなり、百舌の頬を思いきり張り飛ばした。しかも、もの凄い強烈な平手打ちだ。

 頬を打たれた百舌の身体が横倒しになり、膝ほどの丈の下袍がまくれあがった。

 孫空女はびっくりした。

 

「お前という女は、僕という主人がありながら、あの六道という男に股を開きやがって──。恥を知れ──」

 

 少年は真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「お、お許しください──、長庚(ちょうこう)様──。さもないと、長庚様を殺すと脅されて……。で、でも……も、百舌が長庚様以外の男に身体を許したのは事実です──。どうか、御成敗ください。もしくは、もっと最下層の奴隷小屋にでも売り飛ばし下さい。もう、百舌は、長庚様のおそばではおられません」

 

 百舌という女は、下袍を直しながら身体を起こすと、わっと地面に突っ伏して泣き出した。

 

「だ、誰が、そんなことを言っている──。調教だ。お前の調教をやり直す。お前の身体に沁みついた別の男の精なんか、僕の調教で上書きしてやる」

 

 長庚という名らしい、どう見ても十二、三歳にしか見えない少年が言った。



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447 自称調教師の少年

「調教師、この子供が?」

 

 宝玄仙は爆笑した。

 

「わ、笑うな──。ぼ、僕は百舌(もず)の調教師だ」

 

 長庚(ちょうこう)という少年は、どう見ても十二、三というところだろう。

 そんな子供が一人前の調教師だとか称するとおかしみしか感じない。

 宝玄仙はいつまでも笑い続けた。

 

「ご、ご主人様、そんなに笑ったら可哀そうだよ……。ほら、彼は怒っているよ……」

 

 孫空女が嗜めるように言った。

 この山中に野宿をしているときに偶然に襲いかかってきた盗賊は、人攫いを生業とした亜人の六人組だった。

 大陸の南北をつなぐ大きな街道が三魔王軍の勢力で封鎖されていることから、最近ではこの山越えの道が隊商や旅人の主要な経路になりつつあったのようだが、この狭隘な山道を人間たちが頻繁にやってくるようになったことに狙いをつけて、彼らは人間のふりをして人を浚い、奴隷として竜飛国の奴隷商人に売っていたらしい。

 

 もっとも、しっかりとした護衛をつけている隊商や旅人には手を出さず、襲いかかっても簡単に浚えそうな人間ばかり選んで襲っていたようだ。

 宝玄仙たちが襲撃されたのは、女だけの一行だったからであり、長庚と百舌が狙われたのは、隊商と山ではぐれてしまった彼らがふたりだけで山道を彷徨っていたからだ。

 

 長庚は、竜飛国の国都に店を構える立派な大商人の跡取息子であり、百舌は大商人の父親が長庚に与えられた専用の女奴隷という関係らしい。

 竜飛国では、それなりの富豪や貴族になれば性教育を兼ねて、年頃になったときに専用の女奴隷を与えることは普通のようだ。

 百舌はそうやってあてがわれた長庚の性奴隷であり、修行のために大きな隊商に一行に加わることになった長庚に当然、同行してきたのだ。

 旅の途中でなにがあったかは知らないが、長庚と百舌は、この山の中で隊商とはぐれたらしい。

 それで六道(ろくどう)という亜人が頭領の人拐(ひとさら)いに出遭ってしまったようだ。

 

「じゃあ、ここで、その調教とやらをやってみな。ここは野外だが結界は張り直してやったよ。また、盗賊がやってくれば、孫空女が追っ払うさ……。沙那と朱姫は呆けているけどね」

 

 宝玄仙はそう言って、大きな木の幹でぐったりと身体を横に倒している沙那と朱姫に視線を送った。

 半刻(約三十分)の発作は終わったようだが、その間にわずかな刺激によって達し続けた沙那と、怖ろしいほどの尻の欲情に襲われて尻で自慰をし続けた朱姫は、まだ身体に力が入らないらしく、身体を倒して激しい息遣いをしている。

 少し離れたここからでも、大量の愛液を股から垂れ流しているのがよくわかる。

 女の蜜の匂いがぷんぷんとしているし、沙那に至っては下袴の股間がまるで小便を洩らしたようにびっしょりと濡れている。

 もしかしたら、本当に洩らしたのかもしれないが……。

 

「こ、ここで……?」

 

 長庚は当惑している。

 

「いっぱしの調教師ならどこだって女を抱けるものさ。なんだったら、お前の性奴隷じゃなくてもいいよ。そこにぶっ倒れている沙那でもいいし、朱姫でもいい……。その孫空女でもいいさ。孫空女もなかなかの女傑ぶりだったろう? 折角の機会だから、抱かしてやってもいいよ」

 

「ご、ご主人様──」

 

 見張りのように結界の中の道路側に突っ立っていた孫空女が真っ赤な顔をして抗議した。

 

「なんだい、孫空女? 一人前に抗議しようとしているのかい。この宝玄仙の奴隷のくせに──」

 

 宝玄仙は嘲笑の表情を孫空女に向けた。

 

「だ、だってさあ……。こ、こんな子供と……」

 

 孫空女も困ったように押し黙った。

 

「子供がどうしたんだい。自分でも調教師だと言っているじゃないかい。一応は大人並みのものを持っているんだろう? まさか、まだ毛が生えていないということはないだろうねえ?」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 

「ば、馬鹿にするな──。もう、一人前の男さ」

 

「ああ、そうかい、長庚──。だったら、早くしな。どの女を選ぶんだい? わたしは、これまでの人生で遭った中で一番幼い調教師というお前に興味があるのさ。まあ、なんだかんだと言っても、その歳で自分は調教師というのは頼もしいしね──。もう、わかったと思うけど、わたしも調教師なのさ。こいつら三人は、わたしの性奴隷だよ。だから、調教師仲間でお互いの奴隷を交換して愉しもうじゃないか──。お前たちの命を救ってやったんだ。そのくらいのいうことはきくものさ」

 

「わ、わかったよ──。抱くよ。抱くところを見せればいいんだろう? だけど、奴隷の交換はしないよ。百舌は僕の性奴隷だからね。その代わり僕がちゃんとした調教師だというところを百舌を使って見せてやるよ。確かに、人前で抱くなんてどうということはないよ。馴れているからね……。百舌、しゃぶれ──」

 

 長庚は半分、腹をたてた感じで、下袴と下着をいっぺんに足首までおろして脱ぐと、横に置いて胡坐をかいた。

 

「は、はい──」

 

 百舌が慌てたように長庚の股間に顔をうずめる。

 長庚の股間の一物は、確かに大人と同じように一人前のもののようだった。

 あの歳でいっぱしの調教師を気取るのだから、性欲にも自信はあるのだろう。

 宝玄仙がけしかけると、大して動じることなく、宝玄仙たちの眼の前で百舌に自分の男根を舐めさせ始めた。

 

 長庚の股間に顔を埋めている百舌は、膝立ちして身体を前に倒して腰を高くあげている態勢だ。

 尻を高くあげているので、短い下袍から百舌の股間が後ろから覗いている。

 下着ははいていないようだ。

 最初からはいていないのか、それとも、六道とかいう亜人の人攫いの頭領に犯されたときに奪われたのかもしれない。

 背後から見える百舌の股間には、まだ、男に犯された痕がなんとなく残っているようだ。

 

 少年である長庚の怒張は、百舌の口に包まれて、ぶるぶるとうねっている。

 宝玄仙の見たところ、百舌は一生懸命に奉仕はしているが、大して技巧的とはいえないようだ。

 しかし、こうやって他人の視線の前で長庚に奉仕をしている百舌の眼が被虐的に潤んでいるを宝玄仙は見抜いた。

 被虐の心も性癖もしっかりと百舌は持っているようだ。

 

 だが、それほどの性技は教えられていない。

 百舌はただ長庚の一物を口に咥えて舐めているだけだ。

 舌をうまく使って幹を舐めたり、先端の亀頭の部分を刺激したりという基本技もないようだ。

 口で奉仕しているのを観察しただけだが、それだけで長庚の調教師としての腕は推して知れる。

 

「大したことないねえ……。沙那、呆けていないで交替だよ。本当の口の奉仕をこの小さな調教師にやっておあげ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「は、はい……」

 

 まだ身体のだるそうな沙那が疲労の残る表情のまま身体を起こした。

 まだ、半分意識がないような感じだ。

 すると、長庚の顔の色が変わった。

 

「ぼ、僕は、百舌だけだ──。百舌以外は抱かないよ──。余計なことはしないでよ」

 

 百舌に股間を舐めさせている長庚が怒鳴った。

 宝玄仙は呆気にとられた。沙那もはっとしたように眼を開いた。

 

「だ、誰ですか……? この少年?」

 

 沙那が眼を白黒させている。

 宝玄仙は沙那の様子に苦笑した。

 どうやら、沙那は自分が長庚の一物を口に含めようとした自覚はないようだ。

 つまり、この女は、朦朧としているところに口奉仕を命じられて、わけもわからず、誰のものともわからない男根を舐めようとしたのだろうか……。

 少しだけ宝玄仙はその沙那の健気さがおかしかった。

 

「僕は長庚だ。助けてもらった恩には感謝する。だけど、俺は一生涯、百舌しか抱かないつもりなんだ。勝手なことはしないでくれ──」

 

「は、はあ……」

 

 長庚に怒鳴られた沙那は、力が抜けたような返事をした。

 少年の怒張に奉仕を続けている百舌がぴくりと反応したのがわかった。

 黙って奉仕を続けているが、なんとなく、その眼が潤んでいる。

 奴隷とはいえ……。

 いや、奴隷だからこそ、こんなに真っ直ぐな愛の言葉は嬉しいのだろう。

 百舌は感動で震えているような感じだ。

 しかし、この百舌は年齢は二十を少し超えたくらいだろうか……。

 長庚とは年齢は離れているし、百舌は長庚からすればたかが奴隷だろう……。

 あんなに一奴隷に思いつめているというのは、長庚の立場で許されることなのだろうか……?

 長庚もかなりの分限者の商家の息子のようだが……。

 

「もういい、百舌、尻をまくって後ろを向け──」

 

 長庚は言った。

 百舌が膝立ちの姿勢を逆にして、口を離して下袍を完全にまくって長庚にお尻を向けた。

 

「いくぞ」

 

 長庚が百舌の腰を掴んだ。

 いきなりだ──。

 ほとんど愛撫らしい愛撫もなしに、長庚は後ろから百舌の女陰に怒張を突っ込んだ。

 

「あがあっ──」

 

 百舌が地面を掴むように拳を掴んでけたたましい声をあげた。

 快感というよりは、大して濡れていない股間に怒張を挿入された苦悩の悲鳴だろう。

 しかし、長庚は若者らしい荒々しい一方的な律動を繰り返し、やがて、呻き声のような声をとともに精を放つような仕草をした。

 宝玄仙はあまりもの一方的な性交に目を丸くした。

 

 これほど、相手のことを見ていない行為は初めてだ。

 それでも、百舌はそれなりに快感を覚えたのか、かすかによがるような動きをした。

 長庚が怒張を抜く。

 

 長庚自身の精と百舌の愛液にまみれた男根が長庚の股間に垂れ下がっている。

 やや力を失っているが、その気になれば、続けてまだできそうな感じだ。

 百舌がその男根に近づいて再び口に咥え、男根についた精を舌で掃除をする。

 長庚が百舌に口奉仕の掃除をやらせながら、どうだというように自慢げな表情を宝玄仙に向けた。

 

 宝玄仙はふつふつと怒りが湧いてきた。

 男が女のことを考えない性行為というのが宝玄仙は許せなかった。

 しかも、乱暴な性行為を調教と呼んでいることも許せない気がした。

 たとえ、長庚が十三の少年であっても同じだ。

 

「まったく駄目だね──。なっていないよ。調教にもなんにもなっていないじゃないかい──。だいたい、自分だけが気持ちよくなってどうするんだい。百舌はほったらかしかい──。許せないね。仕方がない。この宝玄仙が調教師としての基本を教えてやるよ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

 

 *

 

 

獅駝(しだ)地方の獅駝嶺系の山道を下りた麓の村だ──。ああ、そうだよ……。そこだよ。うん、うん、明後日かい……? わかった……。じゃあ、二日ほど、この村ですごすよ。助けてもらった旅の女性に金も借りた……。うん、じゃあ、よろしくな」

 

 伝声球を使ってはぐれてしまった隊商と連絡をとっていた長庚が顔をあげた。

 ここは、山越えで竜飛国の北辺である獅駝地方に入った最初の村だ。

 宝玄仙たち四人に長庚と百舌を加えた六人は、とりあえず、山を下りて麓に最初にあった村に宿を求めたのだ。

 

 宿屋のようなものはないが、代価を支払うことで村はずれの空き家を貸してくれた。

 ちょっとした食材も手に入れることができたし、数日はここですごすということになりそうだ。

 宝玄仙が持っていた『伝声球』という霊具で、長庚がはぐれた隊商の責任者と連絡をとることに成功し、二日後に向かえが来ることになったからだ。

 それまでは、この村で時間を潰すことになると思う。

 別に、宝玄仙たちまでここに残る義理はないのだが、長庚は是非とも礼をしたいので、一緒に国都まで戻って欲しいというし、宝玄仙としても、この自称“調教師”の少年に女を調教するということの基本を教え込みたい気持ちだ。

 

「それにしても、お前に霊具が扱えるとは思わなかったねえ」

 

「僕の一族の家の跡取りは、代々、わずかですが霊気を持っています。僕も道術は遣えませんが、霊具は扱えます──。それよりも、『伝声球』を貸していただいて感謝します……。それに、宝玄仙さんが偉大な道術遣いということは知りませんでした。先程の無礼はお許しください」

 

 長庚が頭を下げた。

 

「とりあえず、二日だね。まあ、そこで、しっかりと女を調教するということがどういうことなのか教えてやるよ──。お前のあんなのは、ただ、自分の欲望のまま百舌の股倉を使っているだけじゃないかい──。あれが調教といえるものかい──。百舌が可哀そうだろう」

 

「はあ、教えてください」

 

 長庚はもう一度頭を下げた。

 眼の前でやらせた一方的な性交に、さんざんに叱咤をしたことで長庚はすっかりと大人しくなってしまった。

 しかし、そこは商家の息子らしく、ひとりよがりの我が儘さはない。

 忠告を受け入れる度量はちゃんと持っているらしく、調教師としての基本を教えてやるという宝玄仙の申し出に、長庚は素直に頭を下げた。

 

「……あのう……。百舌は別に……可哀そうとか……そういうことは……」

 

 百舌がおずおずと言った。

 

「黙んな、百舌──。お前、さっき長庚に抱かれて気持ちよかったかい──?」

 

「も、もちろん、気持ちよかったです。百舌は長庚様に抱かれれば幸せを感じるのです」

 

 百舌がきっぱりと言った。

 しかし、そんな百舌を宝玄仙は鼻を鳴らして一蹴した。

 

「だったら、百舌──。お前はさっき一回でも達したかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、それは……」

 

「抱いた女を絶頂させることができないような男が調教師なんて名乗れるかい。調教師と自称したかったら、女をいかせる技を身につけな、長庚──。それに、調教というのは、実は徹底的な奉仕と同じなんだよ。お前が気持ちよくなるんじゃない。相手をすけこまして、それに満足を覚えるのが調教師だよ」

 

「肝に銘じます」

 

 長庚が言った。

 

「それにしても、どうして、獅駝の城郭ではなくて、この小さな村を出迎えの家人を待つ場所に選んだの? 今日はともかく、迎えが二日もかかるなら、城郭まで行った方がいいんじゃないの?」

 

 沙那だ。

 実はこの小さな村を連絡の取れた家人を待つ場所に選んだのは長庚だ。

 これから長庚と一行は出迎えを待って国都に向かうのだが、いまのところ、その長庚は獅駝の城郭には入らずに素通りする予定のようだ。

 この一帯に城郭は、獅駝の城郭だけなので行動としては不自然だ。

 

「どうも胡散臭いのですよ。僕も商人の端くれですから、勘が働くようでなければ、商人は務まりません。あの城郭は胡散臭いです」

 

「胡散臭いって?」

 

 沙那が訊ねた。

 

「半月ほど前、あの獅駝の城郭には、随分と大きな物の流れがありました。まるで、大きな戦でもするような感じで大量の食糧や物資が城郭に運び込まれたのですよ。それで軍が動いた気配がありました──。軍が動けば、いくら、秘密にしたくても、物流が動くので、さすがにわかります。商人は情報には目聡いですから。僕は隊商の中にいながらも、そういう情報には眼を離しません。ですから、この地方でなんらかの戦があったことは間違いないと思うのです。ところが、いま、その情報が完全に封鎖されているのです。しかも、不自然な物の動きが続いています……。これは異常事態です」

 

「不自然な物の動きって……?」

 

「この数日、物の流れが止まっています。その城郭は数万の住民が住む城郭なんですよ。それなのに、まるで凍りついたように物流が止まっているんです。これはまったく理解できないことですね」

 

「それはどういうことなの?」

 

 沙那が眉をしかめている。

 

「わかりません──。しかし、その理由が判然とするまでは避けた方が無難でしょう。僕自身も城郭は避けるつもりですし、出迎えの家人にも城郭は避けて移動するように指示しています」

 

 長庚は言った。

 宝玄仙は内心で感嘆した。

 十三歳とは思えないような、的確な情勢の判断力と分析力だ。

 その辺りの大人びた思考が性の早熟さに繋がってるのかもしれない。

 ただ、調教師を気取っているが、性は独りよがりで稚拙もいいところだ。

 

「そんなことはいいさ──。じゃあ、さっそく始めるよ──。沙那、孫空女、朱姫──。三人の中から調教の見本の受け役を選びな。選ばれたひとりは素っ裸になるんだ──。それから、長庚は百舌に裸になるように命じな。早速、調教師としての勉強会を始めるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 百舌は長庚に促されて服を脱ぎ始めた。

 肌は色黒だが、傷のない綺麗な肌だ。

 奴隷といっても乱暴なことをされたり、肉体労働をやることはないようだ。

 まさに、長庚の性の相手を含めた身の回りの世話をする家奴隷というところなのだろう。

 

「おや、お前、自分の奴隷の毛を残しているのかい?」

 

 宝玄仙は百舌の股間に残っている茂みを見つけて言った。

 

「えっ」

 

 百舌は顔を真っ赤にしてさっと股間を隠した。

 

「長庚、お前もこいつのご主人様を気取っているなら、奴隷の毛くらい剃ってやりな」

 

「そ、剃るって……、そ、そんな……」

 

 百舌は当惑して狼狽えている。

 

「なにを嫌がってるんだい、一人前に──。奴隷の身体は毛一本、爪の先までご主人様のものだよ。一人前に恥ずかしがるんじゃないよ、百舌。ご主人様が毛を剃ると言われたら悦ばないか──。まったく、躾がなってないねえ、長庚」

 

「申し訳ありません。そういう、奴隷の管理も教えてください、宝玄仙さん──。百舌、後で剃るからな」

 

「は、はい、長庚様……。申し訳ありませんでした」

 

 百舌は神妙な顔つきで長庚に謝罪した。

 

「それにしても、折角だからわたしの供を相手にしてもいいんだよ、長庚。調教師たるもの、さまざまな女を知っておくことも必要さ。今日はこいつらから選んだらどうなんだい?」

 

「いえ、これだけは譲れません、宝玄仙さん。僕が生涯に相手をするのは百舌だけですから……。将来は妻にするつもりです」

 

「妻?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 竜飛国の風習は知らないが、長庚は相当の格式のある分限者の子息のはずだ。

 奴隷女と結婚など、ご法度もいいところなどではないだろうか……?

 

「長庚様、前にもお話しましたが、百舌にはもったいなくて涙が出るようなことですが、それはお受けできません。奴隷女と結婚など長庚様が笑い者になります。それは百舌には耐えられません。百舌が一生尽くすことは誓います。でも、どうか、長庚様は将来は立派な女性と結婚されて、百舌など不要になれば躊躇なく使い捨てください。それが百舌の幸せなのでございます」

 

 百舌は裸身のまま言った。

 どうやら、物事の道理は百舌がよくわかっているようだ。

 ここで下手に悦んで有頂天にならないのは百舌にも見込みがある。

 大きな商家の跡取りと奴隷という立場の違いはあるが、もしかしたら、この百舌は将来は長庚を支えるしっかりとした「伴侶」にはなるのかもしれない。

 宝玄仙はそう思った。

 

 その後、歯の浮くような長庚と百舌の愛の言葉の交換があり、じ後、宝玄仙の指示によって、百舌は長庚から天井から両手を束ねて吊られた。

 足首と足首の間には肩幅の倍ほどの長さの棒を挟ませて、その両端に足首を縛って開脚縛りをさせる。

 

「さあ、お前たち、そろそろ準備できたかい?」

 

 宝玄仙は、ひとりを選んで長庚に調教法を教えるための宝玄仙の調教の受けになれと命じた三人の供に視線を向けた。

 驚いたことに、誰もまだ裸ではなく、しかもなにか言い争いをしている。

 

「だから、わたしの準備するくじでいいじゃないのよ、朱姫」

 

「でも、沙那姉さん、そのくじは公平じゃないと言ってるんですよ。沙那姉さんは、あの気の技とかいうので、あたしたちがくじを引くのを操るじゃないですか。それが嫌なんです」

 

「操らないわよ──。わたしは手品師じゃないのよ。それよりも、あんたに任せたら、それこそ、『縛心術』で操るでしょう? あんたの仕掛けなら、目隠ししてもらうからね、朱姫」

 

「まあ、そうだね。朱姫が目隠しするなら、朱姫が準備するくじでもいいね」

 

 孫空女も言っている。

 

「なに、言ってんですか、孫姉さん、沙那姉さん──。目隠しなんかしたらおふたりがぐるになって嘘つくかもしれないじゃないですか」

 

 朱姫が叫んだ。

 宝玄仙はかっとした。

 どうやら、この三人は宝玄仙の相手をするのを嫌がって、犠牲者の選び方でもめていたようだ。

 

「もういい、お前たち──。孫空女、来るんだ。お前に決まりだ。さっさと服を脱ぎな。残りのふたりは、孫空女を百舌と同じ格好にしな」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「あ、あたし?」

 

 孫空女は一瞬だけ呆気にとられた感じだったが、決定さえすれば、三人の動きは素早かった。

 孫空女はあっという間に全裸になり、やや距離をおいて百舌と向かい合うように、沙那と朱姫から両手を束ねて天井から吊られた。

 宝玄仙の命令で足首と足首の間には、『如意棒』を挟ませる。

 

「伸びろ」

 

 宝玄仙は道術を唱えた。

 

「ひいいいっ──。い、痛いよ、ご主人様」

 

 孫空女が絶叫した。

 足首の両端を結んである『如意棒』が伸びることで、孫空女の股が限界まで開いたのだ。

 

「さて、長庚、じゃあ、早速、女の身体の反応を見る訓練だ。お前たち、孫空女に目隠しをしな」

 

 沙那と朱姫がさっと孫空女の目の上に布を巻いて目隠しをする。

 視界を塞がれた孫空女は、顔に恐怖の色か浮かんだが、自分たちは今日は関係なさそうだと考えているようである沙那と朱姫はどちらかといえば愉しそうだ。

 宝玄仙は孫空女にしっかりと目隠しがなされたのを確認すると、霊具入れの葛籠にさっと手を伸ばした。

 

 そして、手にした霊具の小筆を付け根に筋が入るほど開脚している孫空女の股間にすっと近づけた。



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448 見本調教-痒み責め

「あはああっ──」

 

 ざわりという刺激が股間の付け根を舐めるように動いた。

 孫空女は湧き起こった激しい官能の刃に耐えられずに、拘束されている全身を弓なりにして悲鳴をあげた。

 

 筆だ──。

 普通ならなんでもないような道具だ。

 しかし、目隠しによって神経が研ぎ澄むだけ研ぎ澄んでいる孫空女には怖ろしい拷問具だ。

 孫空女はただでさえ鋭敏な肌の感覚をしている。

 その孫空女の触感を目隠しによりさらに鋭敏にして、そこに小筆の微妙な刺激を加えるのだ。

 孫空女にはなによりもつらい責めだ。

 

 いまもたった一度筆が孫空女の股間を動いただけで、まさに五体を貫くような峻烈な疼きと快美感が湧き起こった。

 孫空女は戦慄した。

 

 いまの刺激で孫空女の身体には途方もない愉悦が駆け抜けたのだ。

 孫空女は身体を限界まで仰け反らせながら、吠えるような声をあげてしまった。

 

 それがたったひと筆だ……。

 

 そんなにも孫空女を追い詰めた刺激が、たった一度の小筆のひと撫でなのだ。

 そのことに改めて愕然としてしまう。

 ひと撫ぜどころか、これからこの責めを果てしなく繰り返して受け続けなければならないに違いないのだ。

 

 一刻(約一時間)なのか、半日なのか……。

 それとも、もっと一日も続けられるのか……。

 それは宝玄仙の気紛れが終わるまで続く。

 孫空女がどんなに哀願しても、宝玄仙の興味が尽きるまで終わるわけがない。

 これから自分が耐えなければならない責めのことを思ってぞっとしてしまった。

 

「たかが筆ひとつでちょっとばかりはしたなくはないかい、孫空女? 長庚(ちょうこう)にじっと見られているんだよ。少しは慎んだらどうだい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 孫空女ははっとした。

 仲間内だけのいつもとは違う。

 

 長庚がいる──。

 それをわざと思い出させる宝玄仙の言葉に孫空女は全身を羞恥で緊張させた。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 宝玄仙が言った。

 来る──。

 孫空女は備えた。

 

 一切の抵抗ができないとわかっているが、孫空女は無意識にうちに襲ってくる筆を避けようと身体を緊張させていた。

 天井から両手首を束ねて吊っている縄と孫空女を開脚縛りにしている両足首の縄がぎしりと音をさせた。

 しかし、なかなか二度目の筆は襲って来ない。

 責めらるのがすぐ後なのか、しばらくしてからなのかは、目隠しをされている孫空女には予想がつかない。

 いつ責められるのかわからない筆に備えるのは、実際に責められるよりもつらい気がした。

 その焦れったさに孫空女が音をあげそうになった瞬間、二度目の筆が孫空女の身体を襲った。

 

「ひうっ──そこは──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 筆が今度はお尻の亀裂をすっと上から下になぞったのだ。

 前側にいたはずの宝玄仙が後ろに回ったとは思えないので、誰かが背中側にいるのだ。

 孫空女の身体は今度はがくんと前側に跳びはねる。

 

「どうしたんだい、孫空女? そんなに暴れるほど気持ちがいいかい?」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 そして、筆がまた孫空女の股間を前側から襲ってくる。

 

「あはああっ──」

 

 筆を避けようと身体が無意識にまた後ろに跳ねる。

 だが、今後は後ろで待ち構えている筆が孫空女の肛門をくすぐる。

 孫空女は前にも逃げられず、そして、後ろにも身体を避けることができず、ただひたすらに見えない二本の筆に翻弄されて身体を悶えさせた。

 前後の筆に弾かれるように孫空女の身体は、前に後ろにと弾け続ける。

 

「あひいっ──だ、誰──? 誰が後ろにいるのさ──? あふうっ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「ご免ね、孫女……。ご主人様の指示なの……。わたしも責めに加わっているわ」

 

 沙那の声だ。

 

「さ、沙那……。そ、そんな──」

 

 どうやら、孫空女を背後から責めているのは沙那だったようだ。

 いずれにしても、視界を封じられるのがこれほどまでに快感を助長するとは思わなかった。

 まだほんの少しの責めなのに、自分でも驚くほどに目隠しをされた状態での筆責めは孫空女を追い詰めている。

 

「長庚、とりあえず、じっと見ていな。すぐに同じようにお前が百舌を責めるんだからね」

 

 宝玄仙が言って、また筆責めが始まる。

 しばらくの間、孫空女は前後から筆で責められ続けた。

 

 前から来るのかと思えば、後ろから──。

 後ろに備えれば、今度は前から──。

 

 責められる場所だってまったく予想がつかない。

 胸かと思えば股間だったり、また尻責めかと思えば、予想もつかない耳責めだったりする。

 そうかと思えば前後から合わせるように両脇をくすぐられたり、あるいは二本の筆が同時に股間をさわさわと動いたりする。

 二度続けては同じ場所は責めないのだと考えたりすると、あざ笑うかのように二本の筆が同じ場所ばかりと繰り返し責めたりする。

 

 孫空女は半狂乱になった。

 短い時間の責めで、孫空女の身体は信じられないくらいに熱くなった。

 恥辱感など吹き飛ばすほどの快感の大きなうねりだ。

 自分でも呆れるほどの甘美感に、孫空女はここがどこでどういう状況で周りに誰がいるかということも忘れた。

 ただひたすらに宝玄仙と沙那の筆によって与えられる大きな愉悦に身体を暴れさせる。

 

 しかも、これをいつまで続けるのか……。

 宝玄仙のことだ。

 それこそ孫空女が悶え泣くまで筆による責めを続けるに違いない……。

 

 いや、泣いたくらいでこの宝玄仙がやめるわけがない。

 泣いても喚いても宝玄仙は責め続ける。

 快感に溺れながらも、これから始まるに違いない快楽の地獄に孫空女は恐怖さえも感じていた。

 

「長庚、これが快感を覚えている女の反応だ。覚えておきな──。どんな風に身体が変化したか言ってみな?」

 

 かなりの長い時間そうやって責められ続けたと思った。

 あるいは、ほんの短い時間にすぎなかったのかもしれない……。

 とにかくすっと筆が離れたのだ。そして、宝玄仙がそう言った。

 長庚の視線を意識させられて孫空女の全身に羞恥が走る。

 

「す、凄いです……」

 

 長庚がごくりと唾を飲んだ音が聞こえる。

 目隠しをされているので長庚の表情まではわからないが、孫空女の痴態に長庚が思わず息を呑んだのだ。

 こんな少年の前でどこまで自分は激しく反応をしてしまったのだろう……。

 孫空女には急に恥ずかしくなった。

 

「あはあっ──、はっ、はっ、はっ……」

 

 だがそんな孫空女を嘲笑するかのように、小筆が予告なく孫空女の局部を責めだした。

 

 しかも肉芽だ──。

 

 筆が孫空女の肉芽を直接にくすぐり始めたのだ。

 孫空女は大きな刺激に身体を激しく暴れさせた。

 だが、どんなに暴れても宝玄仙の筆はまったく孫空女の肉芽から離れてくれない。

 どんどんと快感の疼きが大きくなる。

 

 爆発する──。

 執拗な肉芽への刺激に孫空女の身体は、あっという間に追い詰められてがくがくと痙攣しはじめた。

 

 いく……。

 

 孫空女はいつしか悲鳴をあげながら顎を反りかえらせていた──。

 だが、まさに孫空女が絶頂しようとした瞬間、孫空女の肉芽を責めていた筆がさっと離れた。

 孫空女の全身はがくりと脱力した。

 絶頂寸前で快感を取りあげられた情けなさに、孫空女は自分でもはっきりとわかるくらいに全身を紅潮させてしまった。

 

「どうしたんだい、孫空女……? いまさら、なにを恥ずかしがってんだい──? とにかく、長庚、孫空女はどんな状態だい? 口で説明してみな」

 

 宝玄仙がせせら笑いながら、小筆で孫空女の鳩尾、あるいは腹部。太腿の表皮、そうかと思えば、次は脇の下にというように小筆の先を舐め動かしていく。

 沙那もそれに呼吸を合わせて筆を動かしている。

 孫空女の身体を知り尽くしている宝玄仙だ。

 小筆一本で孫空女を翻弄して追い詰めるなどなんでもないことなのだろう。

 

「……肌は赤く真っ赤です……。あ、汗かいているし……」

 

 長庚の声だ。

 

「ここは?」

 

「あふうっ」

 

 孫空女は身体を跳ねさせた。

 宝玄仙の筆が孫空女の乳首をくるりと回るように動いたのだ。

 

「と、尖っています。ぴんと……」

 

「ほかにも尖っているところはあるかい……?」

 

「え、ええっと……」

 

 宝玄仙が孫空女の身体を筆で刺激しながら、長庚に孫空女の身体を観察させる。

 これには孫空女も恥ずかしかった。

 孫空女はせめてみっともなく大きな声を出すのくらいはやめようと思って、激しすぎる筆の刺激をなんとか必死に振り切ろうとするのだが、宝玄仙と沙那は孫空女の身体のあちこちに筆を這わせて、肉が溶けるような快感を孫空女の身体に拡げていく。

 

「じゃあ、長庚、同じように筆を動かして百舌(もず)を責めな……。何度も言うようだけど、嗜虐は奉仕だからね。相手の悦ぶようなことを徹底的にやってやるんだ。それには、まずは相手を観察することを覚えることだね。とにかく、百舌を責めて、反応を観察するんだ」

 

「は、はい」

 

 長庚の声がした。

 

「はあああっ──」

 

 すぐに百舌のつんざくような悲鳴がした。

 拘束されている百舌の身体が弾くように動く気配がした。

 同じように責めろと宝玄仙が言っていたから、百舌もまた、孫空女と同じように全身を筆で責められだしたのだろう。

 

「しばらくは好きなように筆を動かしていな、長庚──。お前が性感帯だと思う場所を筆でくすぐり続けるんだ。嫌がっても止めるんじゃないよ。反応の激しい場所は繰り返し責めるんだ。ただし、相手に備えられないように違う場所も混ぜながらね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「百舌の責めには、あたしも参加しますね、長庚……。ほら、一番、敏感な部分に筆を当てずに、ぎりぎりのところだけで責めるのも技のひとつですよ。むしろ、反応が違うでしょう」

 

 朱姫の声だ。

 どうやら朱姫は長庚とともに、百舌を責める役を命じられたようだ。

 長庚がなるほどなどと頷くのが聞こえる。

 

「長庚、お前みたいに若いのは、女がこんな風にどろどろに欲情したのに接すると、すぐにでも性器に一物を突っ込みたくなるかもしれないけど、ここは我慢だよ──。お願いだから、やってくれと女に言わせるのさ。やるのはそれからだ」

 

「百舌にお願いさせるんですね?」

 

「ああ、だけど、ご主人様のお情けなんていうのは、簡単にやっては駄目さ……。奴隷にとっては、それはご褒美だからね。まあ、ふたりには、もうしばらく絶頂寸前のぎりぎりのところを彷徨ってもらおうかね。これも勉強と思いな──。相手をよく観て、いく寸前の状態を見極めるんだ。寸前だと思えば刺激を止める。少し休んで身体の火照りが落ち着けば、また責めを再開する──。これを繰り返してみな」

 

「わかりました、宝玄仙さん」

 

 長庚が言った。

 百舌の反応が激しくなったのがわかった。

 どうやら百舌は焦らし責めにかけられるようだ。

 

 あれはつらい責めだ。

 おそらく、孫空女もそうやって焦らし責めの見本にさせられるのだろうか。

 孫空女の全身にも怖気が走った。

 

 しばらくの間、宝玄仙の直々の長庚に対する筆責めの手解きが続いた。

 その間、孫空女は忘れられたように放っておかれている。

 沙那もまた、宝玄仙の指示なしには孫空女をあえて責めようとはしないようだ。

 だが、そうやって放置されている間にだんだんと襲ってきた別の感触に、孫空女は一瞬で目が覚めたように身体を硬くした。

 

「ご、ご主人様──。こ、これ──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 これまで宝玄仙の筆が触れていた部分から怖ろしいほどの痒みが襲ってきたのだ。

 このむずむずという疼きは、宝玄仙の使う掻痒剤の効果に違いない。

 宝玄仙が使っている小筆には、単に孫空女をくすぐり責めにしていたわけではなく、痒み責めの薬剤を拡げてもいたのだ。

 孫空女はそのことに気づかされて愕然とした。

 

「文句を言うんじゃないよ──。じっとしてなよ、孫空女……。もっとも、じっとはしていられないか」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 

「こ、これ、ひ、酷いよ……」

 

 意識してしまうと怖ろしいほどの痒みが襲ってくる。

 痒み責めには何度も遭っている……。

 だが、馴れるというものではない。

 この痒み責めこそ、なによりも苦しくて恥ずかしい悪魔の責めだ。

 

 人としての尊厳も女としての羞恥もなにもかも捨てて、お願いだからなんとかしてくれと喚き狂うことになる。

 ほんの少し痒みを癒してもらうために、相手の要求するままの屈辱的な行動を強いられる。

 そんな責めなのだ。

 孫空女は限界まで開かせられている股間をぶるぶると震わせた。

 

「あ、ああ……か、痒くなってきたよ、ご主人様──。ど、どうしたらしいのさ」

 

「どうもしなくていいさ、孫空女……。そうやって、身体を震わせていればいいのさ──。長庚にお前ほどの女傑でも、簡単に情けなく泣き叫ぶということを教えてやりたくてね。この霊具は特別性だよ。普通に使えばただの小筆だけど、ちょっと霊気を念じるだけで、効果の強い掻痒剤が浮き出るようになっているのさ。まあ、ぜいぜい、痒み狂った姿を晒しておくれ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 

「こ、これ……痒み剤が染み出る小筆なんですか──?」

 

 沙那もびっくりした声をあげている。

 

「そういうことさ。わかったら孫空女の全身に薬剤を拡げな。手を抜いたことがわかったりすると、お前も同じ目に遭わせるよ、沙那──。今日と明日は孫空女と百舌だけを責めたてるつもりだけど、別にそれはお前でも構いやしないんだよ」

 

 宝玄仙そう言いながら今度は孫空女の右の乳首に筆の先端が動かした。

 沙那がはっと息を呑むのがわかった。

 

「ご、ご免ね、孫女──」

 

 宝玄仙の動かす筆にさらに沙那の筆も加わった。

 孫空女は悲鳴をあげた。

 思わず筆を避けるように身体を動かす。

 しかし、限界まで開かされている脚では、ほとんど左右に身体を動かすこともままならない。

 孫空女の身悶えと悲鳴を愉しむかのように宝玄仙は笑いながら乳頭に当たっている筆をくるくると回してくる。

 それでも無意識のうちに小筆を避けるように身体を捻り動かすと、今度は反対側からも沙那の小筆が襲ってくる。

 この間にもどんどん痒みは大きくなっていく。

 孫空女は悲鳴をあげ続けた。

 

「あはあっ──ちょ、長庚様──」

 

 孫空女の嬌声に百舌の甘い声が重なる。

 しかし、孫空女にはもう百舌のことを考えている余裕がない。

 

 宝玄仙と沙那の持つ筆は孫空女の敏感な肌のあちらこちらを這い回る。

 百舌の激しい嬌声はずっと聞こえ続けた。孫空女は百舌のあられのない悲鳴を聞きながら、孫空女は全身を蝕む痒みに狂い叫び続けた。

 

「か、痒い──。お、お願いだよ──」

 

 孫空女は何十度目かの哀願をした。

 

「も、百舌も痒いです──。ああ、これなんですか──。あ、ああ……こ、これは──」

 

 突然に激しい百舌の狼狽の悲鳴も聞こえてきた。

 同時にこれまでの控えめな百舌の動きとはうって変わって百舌が激しく暴れる気配も始まった。

 孫空女だけじゃなく百舌にも痒み剤を塗らせたていたようだ。

 

 そして、長庚も百舌の激しい苦悶にびっくりしているみたいだ。

 目隠しをされている孫空女にも長庚の戸惑いの態度が伝わってくる。

 

「ああ、お願いです。か、痒みをなんとかしてください──」

 

 百舌がほとんど泣き声で懇願している。

 孫空女にもわかる。とてもじゃないが平静ではいられないような痒みだ。

 

「あ、あたしも痒い──。もう、我慢できないよ、ご主人様──」

 

 孫空女も百舌と合わせるように叫んだ。

 

「我慢できなくても我慢してもらうしかないねえ──」

 

 宝玄仙は笑うだけだ。

 

 そして、また筆責め──。

 

 全身のどこかに筆が動き回ることで、孫空女はまるで電撃でもあびたような衝撃を感じてしまい、そのたびに拘束されている身体をぶるぶると振わせる。

 だが、宝玄仙も沙那も、最後の最後の刺激だけは与えないようにしているようだ。

 孫空女がいきそうになると、わざと無関心を装うように性感帯の頂点には筆を這わせなくなる。

 

 強い刺激を加えては緩まり、緩まっては強まる筆の刺激に孫空女は翻弄された。

 どうしようもなく身体が熱くなり、それでいて発散だけはできないことで、孫空女の身体には行き場のない大きな欲情の嵐が暴れ回る。

 そのため、却って孫空女は情感をどうしようもなくかきたてられて、切ないすすり泣きのような声をあげるようになっていた。

 その状態で怖ろしいほどの痒みだ。

 追い詰められた孫空女には、もうなにがなんだかわからないくらいの錯乱状態になる。

 

「ああっ、長庚様──、あ、あんまりです──あふうっ」

 

 百舌のけたたましい悲鳴も聞こえる。

 彼女もまた孫空女と同じように焦らし責めと痒み責めに遭っているのだろう。

 筆責めなど不馴れな長庚はともかく、朱姫がいるのだ。

 百舌もまた容赦のない、痒みと焦らしとくすぐりの三重苦責めだろう。

 

「ああ、長庚様、こ、こんなの……ひ、酷いです……。も、百舌は一体どうなるんですか──」

 

 百舌の号泣が聞こえる。

 

「なにも考える必要はないよ、百舌──。なにも考えずに、長庚に一切を任せておけばいいのさ。それが、被虐の酔いだよ……。いい気持ちだろう、百舌?」

 

 宝玄仙が含み笑いこもった口調で言った。

 

「そ、そんな……あ、ああっ、長庚様……ちょ、長庚様──も、百舌は……お、おかしくなってしまいます──あはああっ、そ、そこは──」

 

 なにをされているかわからないが、まるで魂まで痺れさせられたような百舌の嬌声が耳につんざく。

 

 どのくらいそうやって責められ続けられただろうか……。

 全身を苛む痒み──。

 

 いきそうでいけない筆によるくすぐり責め──。

 どこを責められるのかわからない目隠しをされての責め──。

 それが身体の前後から襲うのだ。

 右を責められて左に逃げても左から責められ、前から責められても後ろからも責められるのでどこにも快感を逃すことができない。

 

 そして、どこまでも快感は溜まっていく。

 それも怖ろしいほどの痒みも同時にだ。

 孫空女もいつの間にか号泣していた。

 自分の前で同じ目に遭っているはずの百舌の狂ったような声も聞こえ続ける。

 

「か、痒い……痒い……痒いよう……か、痒い……があああっ、あはあっ──はっ、はっ──か、痒い──」

 

 際限のない厳しい責めに孫空女はいつしか泣き叫んでいた。

 

「そろそろ、いいだろうね──。じゃあ、長庚は百舌に引導を渡してやりな──。若いからそろそろ精を出しておきたくもなっただろうからね。もちろん、これで終わりはしないけど……。責め自体は明日まで続けるよ──。さあ、お前はこれだよ、孫空女」

 

 宝玄仙がそう言った瞬間、不意に女陰に硬くて太いものが挿入された。

 おそらく張形だとは思った。

 だが、あまりの衝撃に孫空女は息が止まった。

 

「あが……はああああっ──」

 

 全身がばらばらになるような快美感だ。

 ただ乱暴なだけの張形の律動だが、孫空女はあまりに気持ちがよくて吠えるような絶叫をしていた。

 

「あがああっ──。ちょ、長庚様──き、気持ちいいです──」

 

 百舌の絶叫も聞こえた。

 

「もう、腰を使っているのかい、この淫乱女──」

 

 宝玄仙がそう言いながら指で孫空女の肉芽にも刺激を加えてくる。

 揶揄などどうでもいい……。

 全身に響き渡る快感が堪らない。

 倒錯的な興奮が孫空女の快感を貫く。

 

「こっちも凄いです──。こんなに興奮している百舌は初めてですよ」

 

 長庚が叫んでいる。

 自分の悲鳴に混じって、百舌の狂ったような嬌声と男と女の股間がぶつかり合う肉と愛液の弾ける音が聞こえる。

 

「ああっ──いいっ──ちょ、長庚様──長庚様──長庚様──長庚様──」

 

 百舌が絶叫している。

 孫空女を責めている張形の律動も速くなった。

 突き抜けるような愉悦の連続に孫空女は最初の絶頂に身体を突き抜けさせていた。

 ほとんど同時に百舌の昇天の声も部屋につんざいた。

 全身ががくがくと震える。

 宝玄仙が馬鹿にしたような笑いをしながら張形をすっと抜き取った。

 

「さて、孫空女も百舌も休憩だよ──。半刻(約三十分)ほどでいいかね……。休憩が終わったら、百舌の尻穴を開発するからね」

 

 宝玄仙のせせら笑いのような声が聞こえた。

 孫空女や百舌の周りからすっと人間が離れる気配がする。

 部屋の外には出て行きはしないが、これまでの激しい責めから一転して、しばらく放置責めの雰囲気だ。

 激しかった絶頂に孫空女は完全に身体を脱力させていた。

 百舌の大きな息遣いも眼の前から聞こえる。

 

 だが、休憩などというのは真っ赤な嘘ということがすぐにわかった。

 絶頂の余韻がゆっくりと収まるにつれて、再びあの発狂するような痒みが襲ってきたのだ。

 

「か、痒い──」

 

 すぐに百舌が泣き叫び始めた。

 孫空女の身体にも再びあの恐ろしい痒さが襲いかかってきたのがわかった。

 

「か、痒いよ、ご主人様──、あっ、こ、これは……ひいっ……か、かいて──お、お願いだよ、ご主人様、助けて──」

 

「も、百舌もなんとかしてください──。こ、こんなの我慢できません──。ちょ、長庚様──はああっ──」

 

 孫空女と百舌は繰り返し哀願を繰り返した。

 

「休憩と言ったら休憩なんだよ、孫空女──」

 

「そうだぞ、百舌──。奴隷のくせに堪え性がないようだな。いいから、しばらくそうやって尻を振ってな」

 

 長庚がそう言いながら宝玄仙とそっくりの冷酷な笑い声をさせた。

 

「さ、沙那──、しゅ、朱姫──、お、お願いだよ。こ、これ、いつもよりも、きつい薬だよ──はひいっ──」

 

 孫空女は泣き喚いた。

 

「ごめんね、孫女。わたしにはどうしようもできないわ」

 

 沙那が申し訳なさそうに言った。

 

「それとも、痒いところを教えくれれば、この筆で刺激をあげますよ、孫姉さん、百舌……。もしかしたら、少しくらい痒みも癒えるかもしれませんよ」

 

 朱姫のいつもの無邪気で酷薄な笑い声が部屋に響きわたった。



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449 危険な遊戯

 その夜、魔凛(まりん)はなかなか寝つくことができなかった……。

 魔王軍の軍司令部として占拠した人間族の行政府の一画だ。

 

 ただしここは、執務のための部屋ではなく、魔凛が私室として使用するための部屋だ。

 魔凛がいま座っている寝台も改めて持ち込んだ物ではなく、人間族の高官がここで休むために持ちこんであったのをそのまま使用していただけだ。

 魔凛はその寝台の枕元に腰をおろしていた。

 

 魔王の青獅子(あおじし)にそそのかされるように、大旋風(だいせんぷう)と奇妙な賭けをしてしまった。

 宝玄仙という人間族の女道術遣いがいて、その女を捕らえるのに大旋風と魔凛のどちらがより功績が大きいかで賭けをしたのだ。

 

 魔凛が負ければ大旋風に身体を許す。

 大旋風が負ければ大旋風の持つ道術はすべて魔凛に譲渡される。

 道術契約で交わした賭けであり、その勝敗の判断は道術がする……。

 

 しかし、宝玄仙を捕らえるという全体の策戦の中で、大旋風の役割は罠の張ってある獅駝の城郭に宝玄仙を導くことであり、魔凛の役割は住民全体にかけている魔凛の『支配術』の道術を駆使して宝玄仙を捕らえることだ。

 冷静になれば、そんな勝負など成り立つのだろうかという思いもあるし、なんという馬鹿げた賭けをしたものだとも反省も蘇る。

 だが、なんとなくあのときの自分は冷静ではなかったような気がする。

 おそらく、自分は興奮状態にあったのだろう……。

 

 眼の前で人間族の女が哀れに泣き叫びながら、恥辱にまみれるのを眺めさせられた。

 李媛(りえん)李姫(りき)という貴族の女や娘が住民を人質にされて、全裸よりも恥ずかしい姿を人前に晒すことを強要されて亜人たちに裸身を見られ、性具で弄ばれて快感によがる姿を惨めに晒し、排尿までまで恥辱の手段にされた。

 直接は見てはいないが、あのふたりは自分の夫であり父親を殺した重宝人である青獅子に犯され、大旋風に凌辱もされたに違いない。

 

 なんという惨めな……。

 そんなものを目の当たりにさせられて冷静にいろというのが無理なことだ……。

 もしも、自分が同じ目に遭うとすれば魔凛は躊躇なく死を選ぶだろう。

 彼女たちのように、恥辱と屈辱にまみれながらも生きることは魔凛には無理だ──。

 

 男には屈服しない──。

 そのために生きていた。

 

 魔凛は妾の子だった。

 母親は美貌で名高い鳥人族の中でも群を抜く美女だった。

 しかし、自分で運命を切り開くような女ではなく、男におもねって生きるような女だった。

 しかも、男運がなく、何人かの男の身体を渡り歩いた挙句、最後には鳥人族の有力な部族長の妾になった。

 そこで生まれたのが魔凛だ。

 

 だが、魔凛の母親に嫉妬したその部族長の正妻に嫉妬されて陰謀を仕組まれた。

 護ってくれるはずの愛人の部族長は、正妻の後ろ盾である部族に背かれるのを嫌がり、なんの罪もない魔凛の母親を見捨てた。

 魔凛の母親は罪人として処刑された──。

 魔凛が八歳のときだ。

 もしも、魔凛の母親が男におもねることで人生を切り拓くのではなく、自ら権力を求めて人生を拓くような女だったら、あんな惨めな死に方はしなかったはずだ。

 

 私室の戸が鳴った。

 返事をすると麗芳がそこにいた。

 魔凛の腹心の部下だ。

 

「お呼びですか、魔凛様?」

 

 いまは夜半に近いと思う。

 そんな時間の呼び出しなのに、きちんとした麗芳(れいほう)は軍装をしていた。

 部屋に入ってきた麗芳は、下着に薄物の寝着をまとっただけの魔凛に少しだけ驚いた表情をした。

 どうしてそんなに驚いているのだろう。

 なんだかその慌てぶりがおかしかった。

 

「どうしたのだ、麗芳? わたしの下着姿を初めて見たような顔をしているぞ」

 

 魔凛は麗芳をからかった。

 

「い、いえ……。そ、その……そのような寛いだ姿は初めてで……」

 

「初めて──? それは皮肉か、麗芳? まあ、そう言っても過言ではないくらいに久しぶりか……。まあ、そうだな──。昔は肌と肌を寄せ合った仲でもあったのに、お前はなにかと硬くて……。わたしが金凰(きんおう)の愛人になってからは一線を画すようになって、ついついわたしのことはお見限りだしな」

 

 麗芳は苦笑した。

 魔凛と麗芳は、かつては女同士で愛し合う仲でもあったのだ。

 しかし、魔凛が金王軍の総司令官の地位を得るのと引き換えに金凰魔王の愛人になるのを選ぶと、麗芳はそれを機会にきっぱりと魔凛と抱き合うのを拒否するようになってしまった。

 それは麗芳の嫉妬の怒りなのか、それとも、魔王に対する忠誠の表れなのかはわからない。

 とにかく、麗芳とは、もう一年も完全にそういう淫らな関係になったことはない。

 

 だが、今夜はなんとなく魔凛は身体が欲していた。

 こういうことは前にもあったが、身体が異常に火照ってどうしようもなくなるのだ。おそらく、李媛たちが恥辱にまみれる姿に接してしまったからだと思う。

 

 ああいうものは好きじゃない──。

 しかし、男が女を道具のように弄んで辱めるのを見ていると、なぜか、魔凛の身体は熱くなる。

 どうしようもなく、全身がただれるように疼くのだ。

 

 そんなときには、むさぼるような性愛をしたくなる。

 そうしなければ、その疼きと身体の熱さが翌日に残って、冷静な判断ができなくなるのだ。

 だから抱く──。

 

 抱くのは女でなければ駄目だ。

 魔凛が本当に抱くのは女だけなのだ。

 男にも抱かれることはあるが、それは金凰魔王のときのように打算と出世のためだ。

 魔凛が心から安心して溺れることができるのは女を相手にするときだけだ。

 しかし、ここは戦場だ。

 麗芳以外にも、魔凛には「女友達」はたくさんいるが、ここには連れてきてはいない。

 

 だから麗芳を呼んだ──。

 麗芳も魔凛の淫情さと淫靡な性質は知っているはずなので、呼び出されたことで、また魔凛が身体の火照りを持て余しているということはある程度の予測はついているはずだ。

 それなのに、麗芳はきちんとした軍装を着てきた。

 これは、もう、魔凛と肌を合わせるつもりはないという意思の表現なのだろうか。

 魔凛は少しだけ不満に思った……。

 

「まあいい、麗芳──。ところで、ばら撒いていた手の者から報告が入った。宝玄仙が網に引っ掛かったぞ」

 

 魔凛は言った。

 

「はい」

 

 麗芳は部屋の真ん中で魔凛に正対して直立不動の姿勢になる。

 魔凛は嘆息した。

 

「ここは執務室ではないぞ、麗芳──。もう少し、楽に話そう。ここではふたりきりだし、ほかに眼があるわけじゃない。そんなに行儀な態度でわたしに意地悪をしなくてもいいじゃないか──。まあ、座れ」

 

 座れという命令に麗芳は、最初、寝台の横の長椅子の一画に座りかけたが、魔凛が手招きをして自分の横を示すと、素直に魔凛の横に腰掛けた。

 

「寛げよ、麗芳──。わかっていると思うがな……。それとも、そんなにわたしと寝るのはもう嫌か?」

 

 単刀直入に言った。

 あからさまな魔凛の物言いに麗芳は目を丸くして驚いていた。

 本当に今夜の麗芳は愉快だ。

 まるで恋人の部屋に始めてやってきたような男のようにそわそわと落ち着かない仕草だ。

 いまさら、麗芳がそんなに動揺しているのが面白い……。

 

「つ、つまり……魔凛様は、あたしに伽の相手をしろということでお呼びになったのですか……?」

 

 麗芳の質問に魔凛は爆笑で返した。

 

「伽の相手か──。なぜ、そんな物言いをするのだ、麗芳? それは、金凰の愛人になったわたしへの当てつけか──? ああ、じゃあ、そんな言い方がいいならそうしよう。麗芳、わたしの伽の相手をしてくれ」

 

 そこまで行って魔凛は笑ってしまった。

 すると、麗芳が苦笑したような笑みを浮かべた。

 

「ほ、本当の、本気のことなんですね……?」

 

「当然だ。今夜は眠れないのだ。火照った身体を癒してくれると有難い。お前が金凰魔王に遠慮して、わたしとは肌を接しないようにしたのは承知しているが、ここは金凰魔王の宮殿とは遠く離れているし、わたしの女の友人たちはここには連れてきてはいないのだ。お前も知っているとおり、わたしの身体は火照ってしまうとどうしようもなく身体が疼いて仕方がなくなるのだ──」

 

「う、疼く……ですか?」

 

「ああ、まさか、お前は、わたしに自慰でもして寝ろとは言わないだろう? お慈悲だから慰めてくれ。それともひれ伏して頼まなければ、この魔凛は麗芳には抱いてもらえないのか?」

 

 魔凛は笑いながら言った。

 すると麗芳の顔が破顔した。

 そして、その場で軍装を解いて、脱いだ下袴と上着を寝台の足元に無造作に置いた。

 麗芳は黒い胸当てと小さな腰布のなかなかに煽情的な下着だ。

 相変わらず胸は豊かで、麗芳が好んでつけている控えめな香水が魔凛の嗅覚を心地よくくすぐる。

 

「こうやって、肌を寄せると昔を思い出すな、麗芳──。あの頃は、なんのしがらみもなく、ただの魔凛と麗芳だった……。出世や競争や陰謀もなく、ただ欲情のまま、お前とこうやって抱き合ったものだ──。わずか一年前というのに、随分と昔のことのような気がする」

 

「魔凛様が選んだ道ですよ──。金凰魔王の愛人となることで望む地位を得たのでしょう?」

 

 麗芳の手がすっと伸びて魔凛の腰にかかった。

 そのまま麗芳が魔凛を押し倒しそうな気配に、魔凛は戸惑いながらもそれを制した。

 

「金凰に身体を許したが、心は許していない──。あのひひ爺に抱かれるのは出世のためだ。何度も説明したし理解をしてくれたから、お前はわたしの腹心として軍に留まってくれたと思っていたがな、麗芳?」

 

「無論、理解しておりますよ、魔凛様……」

 

 いきなり身体を寄せられて唇を重ねられた。

 かなり強引な口づけだ。

 

 魔凛はびっくりした。

 麗芳とは何度も女と女の情交を結んだことがある。

 だが、ふたりの間では主従ははっきりとしていた。積極的に責めるのが魔凛で受けるのが麗芳だ。

 しかし、魔凛が誘った今夜は、やけに麗芳が積極的だ。

 自分が主導権を取りたいかのように魔凛を導こうとする。

 

 まあ、それも面白いかもしれない──。

 久しぶりの情交だ。

 麗芳も魔凛を愉しませようとしてくれているのかもしれない。

 

 魔凛は自分を抱き寄せる麗芳に抗う力を抜いた。

 麗芳の唇が魔凛の口をしっかりと塞ぎ、舌を挿し込んでくる。

 魔凛に思考の暇を許さぬような濃厚な口づけだった。

 緩んだ魔凛の歯列から挿し込んだ舌を魔凛の口の中に這わせ、唾液を送り込み、戸惑って逃げる魔凛の舌に舌を絡めて吸いあげてくる。

 

「んんっ……」

 

 頭がぼうっとなるような強烈な麗芳の舌遣いで、魔凛は全身の力が抜けていくのがわかった。

 麗芳がこんなに強烈な口づけができるということに魔凛は驚いてしまった。

 一年前までの麗芳はいまのように魔凛を圧倒するような口づけはしたことがなかったはずだ。

 どちらかといえば、圧倒させるのは魔凛であり、麗芳が緩やかに積極的な魔凛を受けとめるという感じだったのだ。

 

「ま、待て──」

 

 口づけをしながら今度は寝着越しに胸をまさぐろうとしてきた麗芳をなんとか魔凛は引き離した。

 麗芳は不満そうな表情をしている。

 

「どうしたのです?」

 

 行為を中断させられたことが麗芳は気に入らないようだ。

 魔凛を抱く両手を引き離されて、麗芳は不機嫌な顔になった。

 

「せ、積極的なお前も悪くないがな……。それよりも、大事な話を最初に済ませておかなければ、お前に飲み込まれそうだ」

 

 魔凛は笑った。

 

「ああ、そういえば、宝玄仙の話でしたね、魔凛様──。手の者から情報があったとおっしゃっていましたね?」

 

 麗芳も頷いた。

 

「そのことでお前と相談もしたかったのだ。なにせ、今回のことでは、あの大旋風との競争で負けるわけにはいかんからな。宝玄仙の捕獲競争で功績のあった方の命令に従うと道術契約を結ばされたのだ──。なんとか出し抜かんと、わたしはあの下衆男に身体を許さねばならん」

 

 魔凛は言った。

 

「大旋風が得意の『変身術』で宝玄仙と接触し、宝玄仙を城郭に導く……。それを魔凛様が市民にかけている『支配術』を遣って身柄を捕獲する──。そういう手筈でしたね」

 

「そうだ……。そういうことになっている。あいつは、その『変身術』で人間に化けて宝玄仙に接触し、油断させてそのまま城郭に連れてくるのだろうと思っていた。その後、城郭に入ったところでわたしの術で宝玄仙を捕らえるという手筈になっているのだからな……。だが、それでは、道術契約が誘導役の大旋風を功績ありとして勝者と選ぶのか、それとも実際に捕らえたわたしを功績ありとして勝者に選ぶかがわからん」

 

「魔凛様が妙な賭けをしたのは耳にしています。でも、どうするのです?」

 

「それで、わたしは、それを出し抜いて、城郭に入る直前であいつの正体を宝玄仙に教えて別れさせ、誘導役のあいつと宝玄仙との関係を絶った状態で城郭に侵入させようと思っていたのだ。そうすれば、誘導役のあいつが接触した時点で、宝玄仙を捕らえていたという判定になることはないから、わたしの勝利は動かないと思ってな──。だが、どうも奇妙なことになっているのだ」

 

「奇妙なこと?」

 

 麗芳は言った。

 

「うむ──。まあ、順序立てて話すとしようか……。お前も知っているように、わたしは、城郭で支配している人間のほかにも、多数の農村の人間もすでに『支配術』を事前にかけていて、その連中を使って情報網をこの地方一帯に作って部下に束ねさせている。それによれば、宝玄仙一行は、昨日の夜に獅駝(しだ)地方におりてくる直前の山道に差し掛かったそうだ。そこで例の六道(ろくどう)の強盗の一味に襲われたようだ」

 

「ああ、あの与太者ですね。魔王軍に入れなかった半端者が人間を相手に奴隷狩りをしているのでしたね。まあ、魔王軍には実害もないから、見逃していたはずですけど」

 

 麗芳はそう言いながらも、苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔をした。

 魔凛は、なぜ、麗芳が彼らに対して、そんなに不機嫌な表情になったのか不思議に思った。

 

「そうだ。その報告に接したとき、わたしは、その連中の中に大旋風が隠れているのかと思ったのだ。だが、そうではないようだった──。そいつらは五人組の強盗だったが、全員揃って宝玄仙の一行に蹴散らされている。五人のうちふたりは殺され三人は逃亡した。その逃亡の三人も派遣した鳥人族の部下が抑えた。死んだふたりの死骸も確認した。死んだふたりはもちろん、生きていた三人とも大旋風でもないし、その息もかかっていなかった」

 

「その亜人たちの大将は六道という名でしたね。まあ、大将だけは、そこそこの道術を持っていたと思いましたが?」

 

「六道もあっさりとやられている。少なくとも、宝玄仙には、宝玄仙自身の道術だけではなく、武芸についてもそれなりの秀でる女傑が供として存在しているということだ。六道にしても、もうひとりの死んだ亜人にしても、一発で首の骨を折られてやられていたし、大した腕だった」

 

「なるほど……。それで、宝玄仙たちはどうなったのですか、魔凛様?」

 

「“偶然”にも、その六道たちは、ひとりの少年とその女奴隷のふたりを捕らえていてな……。ふたりを助けて宝玄仙たちはもともとの四人組にそのふたりを合わせて六人で山をおりた。そして、麓にあった最初の農村に滞在している。少なくとも、いまのところは、まだそこにいるようだ──」

 

「なるほど、そうすると、その少年と女奴隷のどちらかが……?」

 

「……どちらかが大旋風の変身した姿だろうな、麗芳。あのすけべ男が女奴隷に化けるとは思えんから、少年が大旋風なのだろうと思う──。その少年は長庚(ちょうこう)という名で、そういう少年が実際に存在し、あの獅駝嶺内で隊商とはぐれて女奴隷と彷徨っていたのは事実だったようだが……。だが、実際に存在しているその少年を殺して密かに入れ替わるくらいのことは、大旋風にとっては大した仕事ではないだろうしな──」

 

「では、大旋風は、その長庚という少年に変身して、宝玄仙と接触することに成功していその農村にいるというわけですね──。それで、奇妙なこととはなんなのです、魔凛様?」

 

「うん……。実は、その村に入らせている手の者からの情報によれば、どうやら連中は獅駝の城郭には入らずに素通りする気配なのだ──。そういうことであれば手筈とは違う。つまり、もしかしたら、まだ、大旋風はまだ宝玄仙とは接触をしておらず、長庚という少年は、ただの偶然に遭っただけの人間なのかもしれんと思ってな……。ならば、大旋風は一体全体、どういう手段で宝玄仙を接触しようとしているのだろうかと……」

 

 魔凛の疑問はそれだった。

 長庚が大旋風だとすれば、城郭に連れてくるように動くはずなのだから、そういう動きではないということは、まだ大旋風は行動には移してはいないということなんだろうか……。

 魔凛としては、大旋風の裏をかきたいのだから、宝玄仙の行方以上に大旋風の打ってくる手は知っておきたいのだ。

 だが、いきなり麗芳が声をあげて笑い出した。

 魔凛は呆気にとられた。

 

「魔凛様は正直ですね──。大旋風と魔凛様が、いま道術契約による競争をしている最中だということをお忘れなのではないですか?」

 

「わ、忘れてはおらん」

 

 魔凛は些かむっとして答えた。

 

「だったら、魔凛様が城郭直前で小細工をして今回の勝負を完全なものにしようと企てたのと同じように、大旋風も似たようなことを考えているとは思わないのですか? わたしが大旋風なら城郭には連れてきません。城郭に連れてきて捕えてしまえば、魔凛様が宝玄仙の身柄を押さえてしまいますからね。むしろ、城郭は危険だと教えて城郭には入らせないようにして、別の手段で捕らえてしまいますね。そうすれば、魔凛様には関係なく宝玄仙を捕らえたことになり、大旋風の勝ちは揺るがないですし──」

 

 麗芳が言った。

 魔凛ははっとした。

 そう言われてみれば、なんで大旋風が正直に宝玄仙の身柄を魔凛に引き渡すと考えてしまったのだろう。

 魔凛の手を借りずに宝玄仙を捕らえることができると判断したら、大旋風としてはそうするのが一番いいし、魔凛が逆の立場でもそうするだろう。

 魔凛には引き渡さずに、自分たちだけで捕らえてしまう──。

 いかにも卑怯者の大旋風がやりそうな出し抜き方だ。

 もしかしたら、青獅子もそれに一枚噛んでいるかもしれない。

 なにせ、青獅子と大旋風は、女を嗜虐するのが大好きだという下衆仲間だ。

 

「そ、そういうことか……」

 

 魔凛は歯噛みした。

 しかし、このままでは大旋風に出し抜かれてしまう。

 どうしたら……?

 

「まあ、ここはこの麗芳にお任せください……」

 

「なにか策があるのか、麗芳?」

 

「あります……。しかし、それは寝物語をしながらでもいいですよね……。魔凛様──」

 

 再び麗芳は魔凛を強く抱き寄せた。

 本当に今夜の麗芳はいつになく積極的だ。

 もしかしたら、魔凛が李媛たちの惨めな姿になぜか性的興奮を覚えたように、麗芳も同じように感じたのかもしれない。

 そんな気がした。

 ならば、たまには相手に委ねるという性愛もいいかもしれない。

 しかし、魔凛は相手が男であれ女であれ、自分が主導権をとるような性愛しか経験がない。

 相手に主導権を渡す性愛というのは新鮮だ。

 

 麗芳が魔凛を完全に寝台に横にした。

 完全に横になった魔凛の身体から寝着の紐を解いて左右にくつろげられる。

 次に魔凛の胸当ての留め具が背中に回された麗芳の指で外された。

 胸当てが魔凛の身体から脱がされる。

 

「今夜はお前が上か? お前は“責め”もできるのか、麗芳……?」

 

 麗芳が主導権を握る性愛というのは魔凛は知らない。どういうことになるのだろうか……。

 なんだが期待してしまう。

 

「魔凛様は、いつも“責め”ですか?」

 

「そうだな。お前以外の女が相手のときもな……」

 

 そんなことは麗芳は知っているものと思っていた。

 改めてそんなことを訊ねる麗芳がなんだか不自然で魔凛は笑ってしまう。

 

「だったら、たまには“受け”をしてみませんか、魔凛様」

 

「いいだろう。じゃあ、好きにしてみな、麗芳」

 

 魔凛は言った。

 すると魔凛を押し倒していた麗芳が、さっと身体を起こして魔凛をうつ伏せにひっくり返した。

 魔凛はびっくりした。

 しかし、麗芳は魔凛の手首をひとまとめにすると、寝台の足元にあった自分の下袴の腰紐をさっと抜いて魔凛の手首を束ねて縛ってしまった。

 

「な、なに──?」

 

 魔凛は声をあげた。

 抵抗のつもりはなかったが、いきなり縛られたことで魔凛は気が動転した。

 しかし、あっという間に縛られたわりには、しっかりと拘束されていて、束ねられた手首はびくともしない。

 もう一度身体を仰向けにされる。

 魔凛の胸の膨らみに麗芳の顔か被さった。

 

「あ、あはあっ……」

 

 身体が激しく跳ねた。麗芳の舌が魔凛の片側の乳首を口に含んだのだ。

 ころころと麗芳の口の中で乳首を転がされて激しい愉悦が全身に湧き起こる。

 くすぐったさに思わず身体を背けそうになる。

 しかし、思ったよりも強い力で魔凛は麗芳に押さえられている。

 それで手で押しのけようと思ったのだが、ぐんと手首を縛っているベルトが手首に食い込んだだけだった。

 それで改めて自分が自由を奪われているということを思い出した。

 

 もがく魔凛の胸を麗芳が無遠慮に舐めまくる。

 乳首を舐められることなど初めてではないのだが、これほどまでに感じたのは初めてだ。身

 体が焼けるようにかっと熱くなり、全身が痺れたようになる。

 

「素敵な身体……。肌もきれいだし……」

 

 麗芳が乳首から口を離して、舌が魔凛のうなじから肩におり、再び乳房の裾に這って、魔凛の乳房全体の弾力を愉しむかのように舌で持ちあげる。

 

「あ、あはあ──」

 

 魔凛は耐えられずに声をあげた。

 

「思った通りに魔凛様の本質は受けですね……。こうやって縛られると、いつもよりも敏感になるんじゃないですか……? もう、乳首が勃っていますよ」

 

 麗芳は両手で魔凛の乳房を両側から中心に寄せるようにして、その膨らみに顔を埋めて交互に乳首を舐め回す。

 音を立てて乳頭を吸いあげては舌を絡ませてくる麗芳の責めに、魔凛はあっという間に息があがってきた。

 なぜ、こんなに感じるのか……。

 魔凛は自分の身体の変化に戸惑いながら激しく喘ぎ声をあげた。

 

「こんなのはどうですか?」

 

 麗芳が魔凛の乳首を甘噛みした。

 

「あ、ああっ……だ、だめっ──」

 

 魔凛は思わず身体を仰け反らせた。

 

「魔凛様のそんな可愛らしい声を聞くと、なんだか意地悪をしてあげたくなりますね」

 

 麗芳は一度魔凛の身体から離れると足元にある自分の上着に手を伸ばした。

 そして、すぐに麗芳の身体の上に身体を重ねてきた。

 すると魔凛の腰にある麗芳の手が魔凛の下着を剥ぐって、なにかをつるりと挿し込んだ。

 

「だ、だめえええっ──」

 

 魔凛は悲鳴をあげた。

 下着に入れられたのは楕円形の細長い球体の淫具だった。

 なぜ、そんなものを麗芳が持っていたのかわからないが、下着に入ったその寝具はぶるぶると淫らに振動をしている。

 その振動が衝撃となって魔凛の股間に伝わってくる。

 

「ふふふ……。やっぱりたっぷりと濡れていますね。こんなのはどうですか……?」

 

 麗芳がその振動する性具を下着越しにぎゅっと股間に押し付けた。

 

「あはあああっ──」

 

 自分でもびっくりするような大きな声が出て、魔凛は麗芳に押しつけられている手に股間を押しあげるように全身を仰け反らせていた。



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450 淫らな「女」たち

魔凛(まりん)様は思ったよりも、蜜が多い性分のようですね」

 

 麗芳(れいほう)が魔凛を快楽で追い詰める。

 こんな麗芳は初めてだ。

 すっかりと主導権をとられた魔凛は、おかしな淫具を挿し込まれた下着を麗芳の手で圧迫されて、悲鳴をあげていた。

 

「あ、ああっ……れ、麗芳……う、凄い……あ、ああっ……」

 

 なにがなんだかわからない──。

 生まれて初めて拘束されて情交をしているということが、思ったよりも魔凛を興奮させている気がする。

 そして、そんな魔凛の戸惑いを見抜いているかのように、麗芳は人が変わったように魔凛を嗜虐的に責めたてる。

 魔凛はおかしな淫具に刺激をされる肉芽から拡がる淫情に耐えようとして懸命に唇を噛み締めるのだが、どうしてもくぐもった喘ぎ声が漏れ出てしまう。

 それどころか痺れるような快感によって、魔凛の身体からは快感を拒む気力がどんどん消失し、両脚からまったく力が抜けてだらりと股が開く。

 

「あはあっ、いいっ、ああっ──」

 

 せめて声だけでも耐えようと思うのだが、口惜しいが淫具の振動で直接に肉芽を責められる快感に、魔凛はついついはしたない声をあげてしまう。

 これが本当に麗芳なのだろうか。

 最後に麗芳と肌を合わせたのは一年前だが、そのときとは全く異なる麗芳の手管は完全に魔凛を翻弄している。

 そして、その麗芳の手管は、魔凛の口から信じられないくらいに甘い声を絞り出す。

 

 自分がそんな女っぽい喘ぎ声を出させられるという屈辱に耐えられなくなり、魔凛は激しく身体を振って、せめて淫具を下着の上から抑える麗芳の手を除けようと思った。

 しかし、麗芳は魔凛の股間に淫具を強く押しつけられながら、その意思を削ぐように再び魔凛の乳房に舌を這わせだす。

 それでも懸命に麗芳の身体の下から身体を抜け出させようとすると、さらに、巧みに魔凛の乳房や脇や太腿をくすぐって魔凛の身体から抵抗力を奪い取ってしまう。

 

 麗芳がこれほどまでに性技巧者だとは思わなかった。

 手管といい、舌技といい、魔凛の抵抗力を削いで追い詰める性感帯の責め方といい本当に麗芳は上手だ。

 麗芳の口に乳首を吸われて、巧みに舌で乳首を転がさせたり吸いあげられたりされると、自分でもおかしいと思うくらいに身体が痺れてしまう。

 

「あ、ああ……こ、これ……これをほ、解きなよ。あ、ああっ……」

 

「いいじゃないですか……。それよりも、今夜は魔凛様はただこの麗芳にすべて委ねてください……。魔凛様も満更でもなさそうですし……」

 

 魔凛はなんとかして主導権を取り戻そうとするのだが、背中で拘束された手首はまったく解けないし、魔凛が少しでも逃げようとすると、麗芳はうまい具合に魔凛に身体を密着させて魔凛の動きを封じてしまう。

 

「これが弱いのですね、魔凛様……」

 

 麗芳が魔凛の乳首の根元を軽く歯で甘噛みして捻った。

 

「あ、あはああん──」

 

 魔凛の喉の奥から信じられないくらいに甘えた嬌声があがった。

 これが本当に自分の声なのかと耳を疑う程に甲高くて悩ましい声だった

 

「可愛らしい魔凛様……。魔凛様は、本当はこういうのがお好きなんですよ。縛られて苛められるのがね……」

 

 麗芳がくすくすと笑った。

 その馬鹿にしたような物言いにはっとして冷静さが少しだけ戻る。

 

「れ、麗芳──い、いい加減に──」

 

 大声で怒鳴ろうとした。

 しかし、それを嘲笑うかのように、麗芳が手のひらで押さえている下着の中の淫具をくるくると回した。

 

「はうううっ──」

 

 再び、魔凛の身体は仰け反って、唇の奥から切ない声が出た。

 もう全身の力は抜けきって、全身がただれたようになっている。

 

 身体が熱い──。

 股間が熱い──。

 乳首が熱い──。

 

「こんなのはどう?」

 

 麗芳が振動を続ける下着の中の淫具で肉芽を弾くように刺激し始めた。

 

「ああっ、い、いやっ、あ。ああっ、れ、麗芳……そ、それはだめっ……あ、ああっ……ゆ、許して……ああっ、あっ、あっ……ああっ……」

 

 麗芳の操る小さな淫具は振動を続けながら魔凛の敏感な突起の上を円を描くように動き回る。

 これは堪らなかった……。

 淫具が角度を変えて肉芽に当たる度に電撃のような痺れが魔凛の身体を駆け抜けていく。

 

「もうすぐいきそうね、魔凛様……? このままいかせるのもいいけど、とりあえず、魔凛様の女陰を指で味わおうかしら……ふふふ……」

 

 麗芳はそう言うと、魔凛の股間に当てていた淫具を下着から抜いて、さっと魔凛から腰布を剥ぎ取った。

 もう抵抗する気力は魔凛にはない。

 あまりにも激しい淫情に麗芳のなすがままになるだけだ。

 こんなに熱く燃えるなんて……。

 魔凛は自分でもびっくりするくらいに、この麗芳との情交に溺れかけていた。

 

 気持ちいい……。

 身体が溶けてしまうそうだ……。

 

「本当にびしょびしょ……。じゃあ、いよいよ……」

 

 麗芳はそう言うと、魔凛の女陰の入口からあっさりと二本の指を挿し入れてきた。

 

「や、やめて──あ、ああっ、あうっ──」

 

 信じられないくらいに熱く蕩けきっている魔凛の肉襞は簡単に麗芳の指を許てしまった。

 そして、ゆっくりと魔凛の女陰の中で抉るように動き出す。

 

「あ、あああっ……す、凄い……ああっ──き、気持ちいい──れ、麗芳──気持ちいい……あはあっ──」

 

「ふふふ、そんなに気持ちがいいですか、魔凛様──? 凄い締めつけですよ。それにそんなに嬉しそうに腰を振っちゃって……」

 

「い、言うな、麗芳──あ、ああ、あああっ──」

 

 麗芳の手は魔凛の指の中で淫らに動き続ける。

 そして、不意に魔凛の膣の中でくいっと麗芳は指を曲げて、魔凛の女陰の入口部の天井部を指で掻くように動かしだした。

 

「ひひゃあああっ──」

 

 麗芳の指が魔凛のその部分を引っ掻いた瞬間、この世にこれ程の甘美感があるのかと思う程の快感が魔凛の全身を駆け抜けた。

 あまりの衝撃に腰骨が砕けたような錯覚がした。

 気がつくと大きな声をあげて魔凛は、全身を仰け反らせて吠えるような声をあげていた。

 

「ここが弱そうね」

 

 麗芳がさらにその部分の隔壁を揉むように押しあげた。

 

「あはっ──はっ、はあっ、ああっ……はああああっ──」

 

 堪らず魔凛は汗まみれの全身を激しく振った。

 魔凛はつぶっていた眼を開き、自分を見下ろしている麗芳の顔を見た。

 麗芳が眼を細めて魔凛を見ていた。

 その顔を見た瞬間、なぜか魔凛の心に恐怖心が走った。

 その恐怖心がなんなのかわからない……。

 しかし、これまで溺れきっていた淫情があっという間に冷えてしまうようなそんな恐怖を覚えた。

 これはなんなのか……?

 

「どうしたのかな、仔猫ちゃん? 気持ちよくなくなったの?」

 

 麗芳がこれまでに喋ったことのないような口調で魔凛を揶揄する。

 駄目だ──。

 このまま屈してはいけない……。

 その理由がなんなのかは魔凛にもさっぱりとわからなかった。

 だが、このまま麗芳のなすがままに快楽に溺れきってはならないと、魔凛の中のなにかが告げていた。

 

 この快感は怖い……。

 魔凛は懸命に冷静さを保とうとした。

 しかし、魔凛の身体は魔凛の心を完全に裏切っている。すでに暴走を始めている自分の身体は、とてもじゃないが理性で制御できるものではなかった。

 

「急に我に返ったような顔になったね。でもそうはいかねえよ……」

 

 麗芳の指がまたさっきの膣の隔壁をぐっと押して円を描くように動き出した。

 するとそこから沸き起こった痺れがあっという間に全身を包み込んだ。

 

「んあっ、ああっ、ひいっ……ああっ……」

 

 なにが起きたかわからない。

 大きな快感が魔凛の意識を飲み込んでいく。

 この快楽に逆らえない……。

 

「だめ、だめ、だめえっ──」

 

 もうどうしようもない快感の大波に逆らうことができずに、魔凛は大きな声で吠えながら背中を弓なりにしてがくがくと身体を痙攣させた。

 一瞬だが、魔凛の視界は真っ白い光に包まれ、頭の中でなにかが弾けたような気がした。発作のような震えが止まらない。

 これはなんなのか……。

 

 凄い──。

 凄い──。

 凄い──。

 

 魔凛は自分が大きな光の中に飛翔しているような錯覚を感じていた。

 

 

 *

 

 

 白い光が収まると魔凛は、肩で息をしながらあまりにも大きかった快感の暴発に呆気にとられていた。

 

「れ、麗芳……、わ、わたしは……」

 

 麗芳が眼を細めて自分を見下ろしていた。

 

「どうやら、淫乱な被虐癖というのが魔凛様の本質だったようですね。もしかしたら、こんなに深く達したのは生まれて初めてなんじゃないですか?」

 

「そ、そんな……そんなことはない……」

 

 魔凛はびっくりして首を横に振った。

 しかし、否定しながらも魔凛は自分がなにを否定しているのかよくわからなかった。

 何度も性愛には耽ったことはあるが、確かにさっきのように眼の前が真っ白になる程の快感に達したのは初めてかもしれない。

 しかし、それが手を縛られて一方的に受け身でやった性愛のためだと言われたらどうしてもそれを拒否したくなる。

 

「まあいいです、魔凛様……。じゃあ、今夜は、あたしが魔凛様に新しい快感をお教えして差しあげますわ」

 

「新しい……?」

 

 なにか意味ありげな麗芳の顔に急に不安が過ぎる。

 それにしても、これは本当にあの麗芳なのだろうか。

 一年前までは本当に受け身の情交しかしなかった麗芳が、こんなにも性愛で圧倒して魔凛をたじろがせるとは……。

 それに新しい快感とはなんなのか……?

 

「なにも考えなくていいですよ。あたしにお任せください……」

 

 そう言うと麗芳は、達したばかりでまだ身体に力の入らない魔凛の身体をくるりと回転させてうつ伏せにした。

 

「さあ、暴れては駄目ですよ、魔凛様……」

 

 手首を縛っていただけの紐を一度解き、麗芳は魔凛の腕を背中で組むように腕で押さえると、その腕をしっかりとさっきのベルトで締め直した。

 本格的な拘束に麗芳の腕は完全に背中で外れなくなってしまう。

 まだ絶頂の余韻の残っている魔凛には、その身体の昂ぶりのために麗芳に抵抗する気力が湧いてこない。

 麗芳の責めになすがままになることに抵抗感を覚えながらも、心のどこかに麗芳の責めを望むような気持ちが湧き起こってしまう。

 いつの間にか、魔凛は麗芳の導くままに寝台に胡坐に座った麗芳の上で膝立ちしてお尻を突き出すような姿勢にされてしまった。

 

「素敵なお尻ですね」

 

 麗芳が魔凛の尻たぶを撫ぜながらくすくすと笑った。

 

「そんなに見ると恥ずかしいよ」

 

 魔凛は困ってしまって言った。

 部屋の中は寝台の横の灯篭のために随分と明るい。

 麗芳の視線の下には、魔凛のお尻だけではなく、股間の恥毛やまだ真っ赤に濡れているはずの女陰、そして、その近くに息づく尻の穴まであからさまになっているはずだ。

 麗芳がしっかりとそれを眺めて愉しんでいるのがわかる。

 なんだかじっと見られているだけで腰がむずむずしてくる。

 

「魔凛様は、受けに回ると快感が大きいだけではなく、露出癖もあるようですね。あたしの視線を感じると腰が熱くなるんじゃないですか?」

 

「きょ、今夜の麗芳はとても意地悪だよ……」

 

 魔凛は首を後ろに向けて、顔をしかめてみせた。

 しかし、麗芳が魔凛のお尻にぴたりと手を乗せて、まだ昂ぶっている女陰に沿って指を添わせて、尖りの残っている肉芽を指で左右に軽く動かすようにした。

 すると、あっという間にさっきのたまらない情感が戻ってくる。

 またも魔凛は腰が砕けたようになり声をあげて身悶えてしまった。

 

「ふふふ、すっかりと指弄りが気に入ったようですね……。でも、ここはどうかしら……?」

 

 いきなりだった……。

 魔凛は飛びあがりかけた。

 麗芳がしばらく魔凛の女陰と肉芽を指でほぐしていたぶっていたかと思うと、一転して人差し指を魔凛の肛門の中に挿し込んできたのだ。

 

 魔凛は驚愕した。

 慌てて身体を起こそうとしたが、信じられない力で首を押さえつけられてそれを防がれる。

 その間も、どんどん肛門深くに指が抉り入ってくる。魔凛は悲鳴をあげた。

 

「ひゃああっ──やはああっ──」

 

 しかし、これが本当に麗芳の力なのかと思う程、胡坐に座る麗芳の膝の上に強く身体を押さえられる。

 抵抗しようにも腕を背中で括られているうえに、尻穴に入れられた指が魔凛の抵抗力を根こそぎ奪ってしまう。

 

 それにしても、そんなところを責めるなんて……。

 予想もつかない排泄器官に加えられる責めに、どうしても魔凛は甲高い声をあげてしまう。

 

「そ、そんなところは──」

 

 魔凛は麗芳の指が肛門の内襞を抉る異様な感覚に耐えられなくて、なんとしても指を抜こうとした。

 だが、自分でもびっくりするくらいに力が入らない。

 それに強烈な不快感なのに、痺れのようなものが肛門から全身に拡がっていってなぜか子宮が溶けそうになる。

 魔凛は自分に起こっている身体の変化が信じられなかった。

 

「あんっ、んんっ、んあああっ……」

 

 我慢できない声が口から迸る。

 魔凛は暴れようとするが、しっかりと首を押さえている麗芳の片手がそれを阻む。

 

「お尻の穴なんかでこんなに感じていいんですか、魔凛様? 少々、みっともなくないですか?」

 

 麗芳がからかうように笑った。

 そして、魔凛の肛門に入れている指を前後に動かすようにしながらさらに奥にと挿し進む。

 どうしてこんなに感じるのかと思うくらいに大きな衝撃が全身を包む。

 魔凛は女陰や肉芽とは全く違う重たい快感に当惑し、そして、狼狽えた。

 

「れ、麗芳──。そ、そこは堪忍だ。そこはだめ──」

 

 しかし、今日の麗芳は本当に人が違ったように魔凛を責めたてる。

 魔凛の哀願などまったく聞こえないかのように、指で魔凛の肛門を刺激し続ける。

 

「こ、怖い──。そ、そこは怖い──。やあっ、はあっ、はあっ……あっ……はあっ──」

 

 まるで自分の身体ではないようだった。

 苦痛とも快感ともつかないなにかが魔凛の全身に拡がっていく。

 

 この快楽は危険だ……。

 魔凛は本能でそれを悟った。

 

 なんとても麗芳の指を抜こうと尻を振って悶えるのだが、麗芳の指が執拗なまでに深くまで魔凛の肛門を抉っている。

 麗芳が笑いながら魔凛のお尻の穴ばかりを責め続ける。

 魔凛の抵抗を愉しむかのように指で淫らな振動を加えてくるのだ。

 そのたびに魔凛は子宮に響くような鈍い快感に襲われて、ますます脱力してしまう。

 こんな快感はこれまでに味わったことがない。

 魔凛はお尻で欲情しようとしている自分に途方もない羞恥を感じた。

 

「すっかりと病みつきね」

 

 麗芳はおかしくて堪らないというような口調で言いながら、やっと肛門の指を抜いた。

 その言葉が快楽に酔いかけていた魔凛を正気にさせた。

 

「れ、麗芳、い、いい加減にしなよ──。は、離すんだよ──」

 

 魔凛は最後の気力を振り絞るように怒鳴った。

 

「あらっ……。指を抜いたら随分と元気になりましたね、魔凛様……。でも、麗芳の責めがこれで終わりと思っていませんよね……」

 

 麗芳が魔凛の身体を腕で押さえたまま意味ありげに笑った。

 次の瞬間、また新しい戦慄が走った。

 さっきまで指で弄くられて、すっかりとほぐされていた肛門に別のなにかが押し込まれたのだ。

 それが最初に下着に入れられて淫らな振動で魔凛を追い詰めた細長い球体の淫具だと気がついたのは、それがすっかりと指で肛門の奥深くに挿入されてからだ。

 すぐにその淫具は、さっきと同じように激しくて淫らな振動を始めた。

 

「おほおおっ──」

 

 肛門を引き裂くような感覚が魔凛の全身に衝撃を与えた。

 指で刺激されることとは全く違う淫具に苛まれる感覚は強烈だった。

 しかも、入れられた淫具はただ激しい振動をするだけじゃない。

 それ自体が前に進んだり後ろに這ったりという蠕動運動をするのだ。

 振動しながら回転し、さらに前後に肛門内を移動するという指ではあり得ない動きに魔凛は快感以上の恐怖を覚えた。

 

「あうううっ──ああ、んんんんっ、いやあっ、いっやあっ──」

 

 この世にこんな激しい快楽があるのかと思う程の強烈な愉悦だった。

 

「まったく素敵な反応ですね、魔凛様……。魔凛様は、もしかしたら尻奴隷の素質があるのかもしれませんよ」

 

 麗芳が魔凛の身体を押さえつけながら笑っている。

 部下に奴隷と侮辱されたことに肚をたてる余裕はもう魔凛には微塵も残っていない。

 それよりも、この信じられない快感と戦うのに必死だった。

 刺激を与えられているのは肛門だけなのに、ただれるような疼きが全身に及んでいる。身体全体が子宮にでもなったかのようだった。

 

 魔凛は眼を見開いて吠えるような嬌声をあげ続けていた。

 両腕を拘束されているというのもはやり魔凛の快感を途方もなく拡大している。

 痙攣が止まらない。

 魔凛は一回目よりも大きな絶頂を突き抜けさせていた。

 

「あはあああっ──」

 

 気がつくと魔凛はあまりもの激しい絶頂に完全に身体を弛緩させていた。

 

「今度は前と後ろを同時にどうですか──」

 再び達した魔凛を今度は再び麗芳は仰向けにした。

 麗芳が魔凛の裸身に覆いかぶさり口を唇で塞ぐ。

 激しく舌をむさぼる麗芳の舌技で息が苦しくなり、魔凛は空気を求めて顔を振った。

 しかし、その魔凛の顔を麗芳の口が執拗に追いかけてそれを阻む。

 そして、もうどろどろに溶けたようになっている魔凛の女陰に麗芳の指が入ってくる。

 

 肛門の淫具は相変わらず動き続けている。

 魔凛は口の中を刺激されながら、女陰に挿入された指を肛門で振動を続けている淫具に押しつけるようにされ、あっという間に三度目の絶頂に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 明るい陽射しを感じた──。

 

 魔凛が眼を覚ましたとき、全身が鉛にでもなったかのように身体が重たかった。

 だが、同時に身体の中のすべての膿を吐き出したかのような爽快感もあった。

 

 魔凛は寝台に横になって掛布に身体を覆わせてはいたが、掛布の下はまったくの裸身だった。それが昨夜の狂態が夢ではなかったことを物語っていた。

 

 麗芳に激しく嗜虐的に抱かれて、完全に気を失うまで責められた。

 魔凛はまどろみの中にありながら、そのことに呆然とした。

 あんなに達したのは初めてだ……。

 その深さでも、数でも……。

 

 ふと顔を横に向けると、麗芳が寝台から離れた場所にある長椅子に横になって寝入っていた。

 麗芳は一応は服を着込んでいる。魔凛が裸のまま寝入らなければならなかったくらいに激しく達したのに、自分はきちんと服を整える程の余裕があったのだ。

 なんとなく魔凛はそれが腹立たしくなった。

 魔凛は裸身にシーツだけを巻きつけて、枕元にある水晶の埋め込んである杖を手に取った。

 

 この水晶の発する白い光の道術によって、魔凛は『支配術』を操ることができる。

 この光を浴びた者は人間であろうと亜人であろうと、魔凛が念じたときに、魔凛が思うままの人形のように身体の自由を奪われるのだ。

 魔凛はまだ寝入っている麗芳の顔をその水晶の杖で軽く押した。

 寝ていた麗芳が、身じろぎをしながらうっすらと眼を開いた。

 

「あっ、魔凛……様──」

 

 麗芳が戸惑った顔をしている。

 魔凛は杖を麗芳に向けたまましばらく黙っていた。

 戸惑った表情だった麗芳の顔に恐怖の色が染まりだす。

 

「麗芳、昨夜ことは覚えているだろうな──。随分とこの魔凛を相手に調子に乗ったようだったが……」

 

 魔凛は杖を突きつけたまま、麗芳を睨みつけた。

 

「ま、魔凛様……。ゆ、昨夜のことは──。つ、つまり……」

 

 麗芳が焦ったように狼狽え始めた。

 魔凛はその顔がおかしくて、思わず噴き出した。

 突きつけていた杖を下におろす。

 そして、麗芳の顔にそっと唇を近づけてその頬に口づけをした。

 

「昨夜はよくもやってくれたな、麗芳──。仕返しはしっかりとさせてもらうからな」

 

 魔凛が軽口を言うと、やっと麗芳の顔が綻んだ。

 

「さあ、麗芳──。今日は忙しいぞ。なにしろ、宝玄仙狩りをしなければならんからな」

 

「わかりました、魔凛様」

 

 麗芳はにっこりと微笑んだ。

 そのとき、その麗芳の笑顔が意味ありげな笑みに思えて、なんとなく魔凛は違和感を覚えた。

 その違和感の正体がなんだろうかと考えたが、すぐにそんなことは気のせいだと思い直した。

 麗芳は麗芳だ。

 なにもおかしなことなどありはしない……。

 

「では、あたしは必要な指示を部下にしてまいります」

 

 麗芳は何事もなかったかのように真顔になり、魔凛に敬礼をした。

 魔凛は小さく頷いた。

 そして、部屋を出ていく麗芳の背中を見送りながら、魔凛は身支度の手伝いをさせるため、寝台の横の卓にある鈴を大きく鳴らして侍女たちを呼び出した。



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451 見本調教-浣腸

 床に敷いた寝具の上に手足を拡げてうつ伏せに拘束した百舌(もず)の肛門に宝玄仙が指を入れている。

 沙那は二間続きの部屋のこちら側にいるが、宝玄仙が百舌の肛門深くに指を入れているのはわかるし、そして、まるで快楽の秘孔を探る眼でもついているかのようなその宝玄仙の指が確実に百舌の身体を熱くしているのもわかる。

 

「んんん……ああ……」

 

「もうすぐいきそうかい、百舌? ふふふ、なかなか、後ろの穴も感じる場所になってきたんじゃないかい? まだ、長庚(ちょうこう)の一物を受け入れるまでには仕込みが必要だけど、三日もすれば、立派な尻奴隷になれるさ……。まあ、道術とは言わないけど、仙薬でも使えばすぐなんだけどね。お前のご主人様は、そういうものを使うのは好きじゃないようなのさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 しかし、百舌にしてみれば、宝玄仙の言葉など半分も聞こえていないかもしれない。

 百舌の美しい顔の眉間には深い皺が寄り、唇からは切なそうな喘ぎ声が漏れ続けている。

 全身は上気して真っ赤だし、股間からはおびただしい愛液が垂れ流れていて、寝具の上にまるで尿を洩らしたような大きな染みを作っている。

 

「別に絶対に薬を使いたくないと言っているわけじゃないですよ。ただ、そういうものは百舌の身体を損なう得体の知れないものが多いですからね。僕が嫌なのは、百舌の身体がそんなものを使うことで損なわれたりすることですよ。ましてや、それで病気になったり、もしかしたら、命を縮めることになるかもしれない。そんなことには耐えられないんです」

 

「この宝玄仙の扱う仙薬にそんなことなどあるものかい──。効果は抜群、それでいて後遺症などはないし、人畜無害。それが宝玄仙印の媚薬さ」

 

「宝玄仙さんの準備したものに対して心配はしていませんよ。でも、世に出回っている媚薬には、道術のこもった仙薬であろうと、道術がこもっていないものであろうと、かなりの粗悪品が混入しているということは事実なんですよ。僕も商人の端くれなんで、どういうものが世間に出回っているかは知っています」

 

「ほう……」

 

 宝玄仙が少しだけ感心したような声を出す。

 

「いつまでも宝玄仙さんと一緒にいるわけではないし、僕は、宝玄仙さんがいなくなってからも僕ひとりで続けることができる調教法を学びたいのです。いずれにしても、媚薬の類いについては、僕なりに粗悪品と良質品の見分けができるようにならなければ使うつもりはありません……。調教も大切ですが、百舌の身体はそれ以上に大切です」

 

 長庚はきっぱりと言った。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……。百舌は幸せです。で、でも、百舌の身体は……ちょ、長庚様のものです……。あっ、ああっ……、す、好きなように扱ってください……。か、構いませんから……」

 

「好きなように扱っているよ、百舌。僕は、お前の身体を大切にしたい。お前のためではなく、僕がそうしたいと思うからそうするのさ」

 

「そういう心掛けがあれば十分さ、長庚──。昨夜からお前といろいろと話しているけど、お前の百舌に対する心は本物のようだね、本当に感心するよ……。お前はまだ調教師としては未熟だけど、調教の相手を思い遣るという一点については一流だね。その心根を忘れなければいい調教師になるさ──」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 長庚が照れたように顔を赤らめる。

 だが、真面目な話をしているようだが、目の前には淫靡な責めで苦しんでいる百舌のや孫空女の裸身を前にしているのだ。

 沙那はひとり嘆息した。

 

「じゃあ、長庚、交替だ。今度はわたしは孫空女の尻を使って見本を示すから、同じように百舌の尻をほぐしてみな。今日一日は、ずっと尻孔を調教するからね。指でほぐれたらすぐに浣腸をする。そして、何度も浣腸をしてきれいになったら、お前の一物が入っても痛くないように拡張していくよ。百舌の身体にある穴という穴は、お前を悦ばすための道具にするよ。なあに、国都までの旅は長いし、お前に必要で十分な技を教え込む十分な余裕があるさ──。ほら、孫空女、いつまでも横になっていないで、こっちにきて尻を出しな」

 

 宝玄仙が床に横になっていた孫空女に怒鳴った。

 孫空女はまだ身体がだるそうに床に全裸で寝そべっていたが、宝玄仙の声にのそのそと身体を起こす。

 一方、長庚はこれまで宝玄仙がやっていた百舌の尻への愛撫を交替して同じように指を入れてほぐしだす。

 

「あ、ああ……あん、あん、だ、だめ……き、気持ちいいです……ああっ」

 

 宝玄仙が施していたときも百舌はかなり感じていたようだったが、責め手が長庚に交替すると、その百舌の乱れ方が一層激しいものになった。

 手管が宝玄仙よりも長庚が上手だということではないだろうから、百舌は本当にこの少年をひとりの男性として愛しているに違いない。

 沙那にはそういう気持ちは経験はないが、宝玄仙によれば、好きな相手から受ける愛撫は、どんなに技量の高い調教師の手管よりも感じるものらしい。

 つまり、百舌もまた、長庚を心の底から愛していて、長庚から責められるとどんなことでも身体が溶けるように感じるに違いない。

 

 昨夜からのふたりの痴態を見てわかるのは、分限者の跡取りの少年と、その親が性処理用としてあてがった女奴隷という身分の隔たりの大きいふたりであるが、このふたりが本当に愛し合っているという事実だ。

 本当に微笑ましい。

 

 それにしても、宝玄仙は実際のところ、あれをいつまで続けるつもりだろう。

 昨日から食事をしながらでもずっと調教の手管について宝玄仙は長庚に教え続けているし、それは沙那が寝ていた夜中もずっとだ。

 幾らかは寝たようだが、少なくとも沙那が起きている間は、ああやってずっと孫空女と百舌に対する情交を続けている。

 

 いまは午前中の終わるくらいだと思う。

 だが、昨日から続いている宝玄仙の調教講座では、睡眠のために夜中に数刻中断した以外は、百舌はもちろん、孫空女も教材として宝玄仙に責められっぱなしだ。

 こうやって隣の部屋から眺めるだけの沙那も疲労感を感じる程、数限りない絶頂を孫空女は繰り返している。

 宝玄仙は長庚という少年が随分と気に入ったらしく、宝玄仙の持っている調教師としての技量をほんとうに丁寧に長庚に教え込もうとしている。

 それは単純に技だけのことではなく、心得であるとか、嗜虐の相手への心遣いなどのすべての要素に及んでいる。

 

 それはいいのだが、そのために当の百舌も孫空女も昨日から責められっぱなしで疲労困憊だ。

 孫空女もいまは拘束こそされていないが、宝玄仙から性具の使い方の教材として責められて、朝からもう十数回の絶頂をしているだろう。

 それで孫空女は横になって休んでいたのだが、宝玄仙の命令で、いまも宝玄仙の前に尻を向けて膝立ちになり、顔を床に着けるように丸くなった。宝玄仙に尻を突き出して床にうずくまった態勢だ。

 

「ご主人様、準備ができました」

 

 台所で浣腸剤の支度をしていた朱姫が戻ってきて宝玄仙に声をかけた。

 両手に大きな盆を持っている。盆の上には浣腸道具一式だ。木桶にいっぱいに入っているのは合成した浣腸液らしい。

 その桶の横には数枚の手拭いと先端に管のついた押し出し式の浣腸器がある。

 浣腸器は二本ある。孫空女用と百舌用だろう。

 

「そこに置きな、朱姫。そしたら、沙那と一緒に休んでいいよ」

 

「うーん……。でも、ちょっと見ています。孫姉さんのそんないやらしい恰好を見るのも悪くないし」

 

 朱姫は突き出している孫空女のお尻がよく見える位置にちょこんと座った。

 

「お、お前はあっちに行けよ、朱姫──。ま、また変なことをご主人様と一緒になってやるだろうが」

 

 孫空女が床に顔をつけたまま嫌そうに怒鳴った。

 

「まあ、孫姉さん……。変なことってなんですか? こんなこととか……?」

 

 沙那がここからじっと見ていると、朱姫の指がいきなり孫空女の肛門にずぶずぶと突き挿さった。

 また、朱姫の悪ふざけが始まったと思った。

 しかし、孫空女も宝玄仙の目の前で姿勢を解くわけにもいかず、身体を左右に振りながら朱姫の指を受け入れさせられて、悲鳴をあげている。

 

「ひ、ひいい……あ、ああっ……あん、ああっ、ああっ……」

 

 朱姫は孫空女の腰に片手を置き、もう一方の指でぐるぐると回すように孫空女の肛門に指を入れて動かしている。

 あっという間に孫空女の口からは激しい喘ぎ声が迸りだした。

 

「見てみな、長庚──。これがすっかりと調教の終わった女の尻さ。いきなり指を挿したのに、全関節が簡単に入ったろう。その気になれば、拳だってこいつの尻は受け入れるよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 百舌への愛撫を中断して孫空女を責める宝玄仙や朱姫の手管を眺めていた長庚が、拳と聞いて目を丸くしている。

 そう言えば、孫空女だけではなく、沙那もまた以前、拳を肛門で受け入れる調教を受けさせられた。

 思い出してもあれはつらい責めだった。

 

「ほら、孫空女、受け入れな」

 

 宝玄仙がいつの間にか、浣腸器を手にしていて、朱姫の指が入っていた孫空女の肛門に管を挿し入れた。

 

「浣腸自体は難しくはないさ。しっかりと事前に指でほぐしておけば、百舌も管くらいは受け入れるだろうし、まあ、こつという程のことはなにもないよ。お前と百舌との信頼関係くらいかね。百舌が暴れると浣腸器の管が折れて、肛門に破片が残り大変なことになるかもしれないということか」

 

 宝玄仙に促されて、長庚ももうひとつの浣腸器を受け取った。

 木桶から浣腸剤を吸入して、百舌の肛門にあてがう。

 

「浣腸液の調合法は、後で紙に書いたものを渡すよ。朱姫は、どこでも簡単に手に入る薬剤を使って調合したはずさ」

 

 宝玄仙が言いながら、孫空女の肛門に挿している浣腸器の弁を押している。

 宝玄仙が浣腸液を孫空女の腸に流し込む速度は随分とゆっくりに感じる。

 おそらく、歯を食いしばって浣腸に耐えている孫空女への嫌がらせだろう。

 宝玄仙が意図的にゆっくりと浣腸液を流し込むことで、孫空女の屈辱感を高めようとしているのが沙那にはわかった。

 

「別にただのお湯でもいいですけどね。だけど、この農村でも手に入るような薬草の汁を足すことで、媚薬効果も湧くようなものにしました。もちろん排便効果も……」

 

 朱姫が笑って言った。

 

「くっ……」

 

 そのうち、孫空女が小さな呻き声をあげた。

 すっかりと身体は汗ばんで肩で息を始めている。おそらく、もうじわじわと腹痛に迫られているに違いない。

 宝玄仙の顔が嗜虐の悦びに曲がった。

 沙那は本当に自分でなくてよかったと密かに嘆息した。

 

「も、もう駄目です……い、痛いです……」

 

 先に声をあげたのは百舌だ。

 孫空女はともかく、百舌は浣腸など初めてだと言っていたから、初めての浣腸の効き目は格別に違いない。

 だが、孫空女もそうだが、百舌に挿されている浣腸器から抽入されている薬剤はまだ半分程度だろう。

 

「まだだよ、我慢しな、百舌──」

 

「そうだ。宝玄仙さんの言う通りだ。百舌が僕の恋人なら、これくらいの苦痛は我慢できるはずさ。僕に恥をかかせないでおくれよ、百舌」

 

「は、はい、長庚様……。が、我慢します──ううっ……」

 

 百舌の顔からは汗がしたたり落ちている。

 それでも健気に百舌は生まれて初めての浣腸に耐えている。

 

「さて、終わりだ……。本当は木桶で調教師が自ら排泄物を受け取ってやるんだけど、今日はちょっと趣向を凝らすさ。お前たちふたりには、畠の横にある共同の厠まで歩いていってもらうからね。ここの家主との契約でね……。排便は大切な肥料なんだそうだ。勝手に捨てることは許されないそうさ」

 

 宝玄仙が浣腸器を孫空女の肛門から抜きながら言った。

 それに合わせるように長庚も百舌から浣腸器を抜く。

 ふたりともたっぷりと薬剤を抽入されたようだ。本当につらそうな表情をしている。

 長庚が百舌を縛っていた四肢の縄を解き出した。

 

「二回目からは、直接に木桶で受け取ってもらうよ、長庚──。愛する奴隷の排便なら手ずから容器で受け取ってやれるだろう、長庚?」

 

「そ、そんな、汚いです──。そんなこと許されません──」

 

 悲鳴のような声をあげたのは百舌だ。

 やっと拘束を解かれて裸身を寝具の上で身体を隠している。

 すでに息遣いが荒いのは、もうかなり排泄欲が大きくなっているのだろう。

 

「お前の大便なら汚くはないさ、百舌──。二度目からはしっかりと僕の前で排便をするんだぞ……。いや、もちろん一回目もね。厠には行くそうだけど、僕の眼の前でしてもらうよ。いいね──」

 

「そ、そんな……」

 

 百舌からすれば、性奴隷とはいえ、排便を人前でするような仕打ちは初めてなのだろう。

 これから厠で長庚に見られながら排便をさせられると聞いて顔を蒼くしている。

 

「沙那、ちょっと先に行って、厠を見ておいで──。誰かがいたら、これから女奴隷の調教のために使うから、しばらく離れていろと言って追い払ってきな」

 

「そんな勝手なことできませんよ。共同の厠なんですから……。とにかく、見てきます」

 

 沙那は立ちあがった。

 

「さあ、孫姉さん、いつもの下袴じゃあ、大変でしょうから、下袍付きの服を準備してあげますね。恥ずかしいようにうんと短い下袍にしてあげますね」

 

 朱姫はそう言って孫空女をからかっている。

 沙那は溜息をつき、外に向かうために立ちあがった。



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452 放尿中の襲撃

 沙那たちが三日の契約で借りている空き家は、この農村の北の端にある。

 だが、最も近い人家でも小川を挟んだ十間(約百メートル)程向こうにあり、当然、周りにはほとんど人はいない。

 そういう意味では、集落と離れている一軒家というところだ。

 

 だが、用足しはそこでするように言われている共同の厠は、その十間(約百メートル)離れた人家の前にあるのだ。

 人糞というものは、こういう農村では肥料として貴重な財産であり、勝手にあちこちですることは歓迎されない。

 沙那は、そういえばずっと昔に暮らしていた故郷の愛陽の城郭でも、よく長屋のような共同宿舎がある場所では大家が収入の一部として厠の糞尿を売っていたのを思い出した。

 沙那の経営していた町道場では量が少なかったので代金は貰っていなかったが、溜まった糞尿は業者が悦んで無料で回収していってくれていたのを思い出したりした。

 

 沙那は、厠の前まで歩いていき、たまたまそこにいた三名ほどの農婦たちに声をかけることにした。

 さすがにこれから変態趣味の調教の一環として、ふたりの女が排便をしに来るから、しばらくそばに寄らないでくれとは言えるわけがない。

 しかし、とりあえず、伝えることを伝えないと、あの宝玄仙はすぐに機嫌を損ねるに違いない。

 

「すみません。厠をお借りします」

 

 沙那は農婦に声をかけた。

 すると、三人の農婦が顔をあげる。

 

「もちろんさ。わざわざ、断ることもないし。存分に使っておくれ」

 

「いえ……、そ、そのう、少し後で集団で来ると思いますが……、ちょっと騒がしいかもしれなくて……」

 

 なんと説明すべきなのだろう。

 沙那は自分でも意味不明だろうだとは思った。

 騒がしく用を足すと……。

 

「変化ことを言うねえ。もしかして、離れていた方がいいかい? いいところの人たちみたいだから、あたしらがいたら、恥ずかしいのかい?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 沙那は否定したが、ありがたいと思った。

 まさか、浣腸責めの仕上げとして、戸を開けて排便姿を晒させるのだとは説明できないから、そういうことにすればいいかと思った。

 そういえば、長庚はいい身なりをしていたし、宝玄仙に至っては、まさに旅の女貴族そのものだ。

 

「だったら、お貴族様が来られたら、ちょっと離れていようかね」

 

 三人の農婦は、いずれも四十過ぎの陽気そうな女だったが、沙那に向かって笑顔を向けて頷いてくれた。

 雰囲気からすれば、三人はそのまま畠仕事を続けるが、宝玄仙たちが現われたら立ち去ってくれそうな感じだ

 沙那としてはこれで十分だ。

 あとは隔離して使いたければ、宝玄仙が結界でも張ればいいだろう。

 

「ありがとうございます……。ちょっとご主人様が恥ずかしがり屋で……。わたしは自由に使わせてもらいます。どうぞ、そのままで……」

 

「心配しなくても覗きはしないよ」

 

 農婦たちが笑い、そのまま作業に復帰した。

 沙那はとりあえず三個ほど並んだ厠のひとつに入る。

 宝玄仙から受けた指示はともかく、とりあえず小用をしたかったのだ。

 

 厠の中は三方と天井を完全に板で覆われ、入口の部分には人間の背丈の半分ほどの扉がある。

 中には便器というよりは深い穴が掘ってあり、そこに足置きとなる二枚の板が置いてある。

 その板に脚を置き、扉に向かうようにしゃがんで用を足すのだ。

 すると扉からはちょうど顔だけを出したような感じになる。

 近くまで来れば覗き込めるが、人が入っているときはそっちを見ないようにするのが礼儀だ。

 

 沙那は剣を佩いた革帯を厠の床に立てかけて、下袴と下着を膝まで降ろした。

 膀胱に尿が溜まりすぎると、尿で膀胱や尿道が揺れて、まるで淫具で苛まれているような心地なる。

 少し前に頭のおかしな兄妹に捕らえられて尿道調教をされて以来の沙那の悩みがそれだ。

 宝玄仙に『治療術』でおかしな身体を治してくれと頼むのだが、尿をするたびに沙那がよがるのが愉しいと一向に治してくれない。

 沙那は準備してあった布を口に咥えた。

 これがないとついついよがり声をあげてしまうのだ。

 尿が股間から流れ出す。

 

「んんっ……」

 

 沙那はたちまちに湧き起こった愉悦に懸命に歯を食いしばった。

 こうやって尿を足すたびに気持ちがよくなる自分の身体に情けなくなる。

 

 そのとき、突然、真っ白い光が身体を覆った。

 なんの光なのかわからない。

 とにかく、沙那は慌てて厠に立てかけていた剣を右手で握った。

 

「人間の女……。立つんじゃないよ。そのままでいな。下袴も下着もいいというまであげるんじゃない」

 

「んんっ──」

 

 びっくりした──。

 いつの間にか半分ほどの高さしかない厠の扉からさっきの三人の農婦が沙那を覗き込んでいたのだ。

 たったいままで、気さくな会話をした三人が突然どうしたのだ?

 沙那は混乱した。

 

 尿はもう終わりかけているが、排尿姿を眼の前で覗き込まれるという行為に激しい羞恥が生まれるとともに、かっと怒りも湧いた。

 しゃがんだまま剣を抜こうとしたが、それよりも三人の農婦が剣を沙那に向ける方が早かった。

 扉には鍵などない。

 向こう側から扉が開かれて、三人の農婦が厠から見える外の風景を隠すように立った。

 

「な、なに、あんたら──?」

 

 やっと排尿が終わった。

 しかし、両側の農婦の二本の剣が沙那に向かっている。

 沙那は立ちあがることはおろか、膝までおろしたままの下着と下袴をあげることもできない。

 とりあえず、膝を懸命に閉じて股間を隠す。

 それにしても、沙那としたことが、厠の前に立たれるまで、三人の接近に気がつかないとは迂闊だった。

 それとも、気配を殺すことのできる特殊な能力のようなものが三人にあるのだろうか……?

 そうでなければ、大抵の気配を感じることができる沙那がここまで出し抜かれるというようなことはないのだが……。

 しかし、ただの農婦が?

 

「な、なんのまねよ?」

 

 沙那はまた言った。

 すると、三人の農婦が胸に手をやって胸に張っていた札のようなものを外した。

 三人の農婦が三人の亜人の女の姿になる。三人とも額に小さな角がある。

 そして、真ん中の亜人の女が背中から水晶の飾りのついた杖を出した。

 三人の亜人の女はいずれも美女だが、この真ん中の女は群を抜いて美しい。

 

「その剣をこっちに渡しな、沙那──」

 

 その真ん中の女が言った。

 二本の剣がこっちに突きつけられている。

 そのふたりに隙はない。

 だが、沙那には、それよりも、水晶のついた杖に得体の知れない恐怖を感じていた。

 

 それにしても──。

 沙那はこの三人の亜人が、自分の名を知っていたということに動揺した。

 この女たちが沙那の名を知っていたということは、つまり、彼女たちが偶然にこの農村に現れたのではなく、なんらかの意図を持って沙那たちに近づいてきたということになる。

 おそらく、この亜人たちがもともとの農婦と入れ替わっていたのは間違いないだろうが、少なくとも偶然ではないということだ。

 一体全体、その目的はなんだろう……?

 

 とにかく、沙那は剣を鞘の付いたまま出した。

 それを受け取った亜人の女の首に小さく畳まれた羽毛の塊りが見えた。

 はっとした。

 鳥人族だ。

 

 沙那は、妖魔、つまり、亜人、ましてや、鳥人族にはほとんど遭ったことはないが、書物で得た知識だけはある。

 鳥人族の翼は鳥のように背で畳むこともできるし、眼の前の亜人のようにさらに霊気で小さくして首の背のたてがみほどにも小さくすることができる。いまの三人の鳥人族の女はいずれもそうしているようだ。

 

「次は下袴と下着だよ──。しゃがんだままゆっくりと脱ぎな。下袴と腰布をここに捨てていけば、お前の女主人の宝玄仙に、お前が誘拐されたということがわかるだろうさ」

 

 真ん中の女が笑った。

 

「ご、ご主人様をどうするつもりよ──?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「とりあえず、下を脱ぎな。まさか下半身がすっぽんぽんじゃあ、簡単には逃げられないだろうから、お前への拘束のようなものさ。ほらほら、脱げ」

 

 亜人が言った。

 沙那は歯噛みした。

 ここはとりあえず時間をかけることだ。

 もうすぐ、宝玄仙があの借家を出てこの厠にやってくる。

 そうすれば、ここの異変はすぐに悟るはずだ。

 宝玄仙の道術ならこれだけの距離があっても、三人を無力化するのに一瞬しかかからないはずだ。

 沙那は用心深く、下袴と下着を片足ずつ脚から抜いた。

 差し出すとそれをひったくるように奪われた。

 

「じゃあ、出てきてもらおうか、沙那……。ゆっくりと立つんだよ」

 

 杖を持った亜人の女がくすくすと笑う。

 沙那は言われるまま立ちあがった。

 下半身にはなにも履いていない。

 沙那は精一杯、上の服の裾を伸ばして股間を隠すようにする。

 それで辛うじて股間は隠せるが、お尻は完全に剝き出しだ。

 

「も、目的を言いなさいよ──。目的を──。わたしをさらってどうするつもりよ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「お前が知る必要はないさ。お前なんか、宝玄仙を誘き出すための餌だからね──」

 

「餌? あ、あんたの名は?」

 

 沙那は真ん中の女に訊ねた。

 この女が三人の中の長であることは雰囲気から明らかだ。

 

魔凛(まりん)だよ……。とにかく、大人しくしな。お前はすでに捕らわれの身さ。とりあえず、獅駝(しだ)の城郭に来てもらうよ。大事な仲間がさらわれたとわかれば、お前の女主人も血相変えて、城郭まで追いかけてくるさ」

 

 真ん中の女が笑った。

 沙那はその言葉であることを思い出した。

 昨日、長庚が言及したことだ。長庚は獅駝の城郭には何かの異変が起きているに違いないと言っていた。

 長庚は商人特有の勘から、物流の流れの不自然さでそれを感じて、城郭には近づくべきではないと警告を発していたと思う。

 それは正しかったのだ。

 おそらく、城郭には彼女たちのような亜人が入っているのだ。

 もしかしたら、城郭全体が亜人たちに占領されているのかもしれない。

 そして、なんらかの方法で罠を仕掛けている……。

 

 つまり、その罠で宝玄仙を捕らえようとしているのかもしれない。

 絶対に宝玄仙を獅駝の城郭に近づけてはならない──。

 沙那は思った。

 

 三人の亜人の目的が宝玄仙にあることは確かだ。

 そうであれば、多少危険でも三人から逃げなければ……。

 そのとき、わずかに三人の亜人が同時に沙那から眼を離したのがわかった。

 一瞬だけだが、それで沙那には十分だった。

 三人を突き飛ばして三人の反対側に飛び出した。

 

「ご主人様あああ──、助けてくださいいいい──」

 

 腹の底から絶叫した。

 そのとき、後ろからもう一度白い光が当たった気がした。

 

「きゃああああ──」

 

 次の瞬間、沙那は驚愕して、悲鳴をあげてその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 気がつくと、どこだかわからない見知らぬ城郭の喧騒の中にいたのだ。

 下半身になにも履いていない沙那に大勢の城郭の住民が注目している。

 

「ひっ」

 

 沙那はびっくりしてその場にしゃがみ込んだ。

 一体全体なにが起きたのかわからない。

 とにかく、沙那はいつの間にか農村から離れた遠い城郭に跳ばされていたのだ。

 

 とにかく逃げなければ……。

 かろうじて冷静になった沙那の頭の一部がそのことを思い起こしたときには、うずくまる沙那の周りにはすでに大勢の人間が集まっていた。

 沙那は必死で下半身を隠しながら、これが夢でもなんでもなく、紛れもない現実であることをしっかりと認識していた。

 

 

 

 

(第70話『情けは人の為ならず』終わり、第71話に続く)



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453 城郭広場の輪姦

 宝玄仙は家の床に腰をおろして腕組みをして考えて続けていた。

 いくら考えても相手の目的はわからない。

 とにかく情報が少なすぎる。

 しかし、すぐに行動を起こす必要があることもはっきりしている。

 

 農村で借りた空き家の一室だ。

 そして、眼の前には沙那が着ていたものに間違いのない下袴と下着がある。

 共同の厠の眼の前の木の枝にこれ見よがしに掛けてあったのだ。

 いつまで経っても沙那が戻ってこないので、変だと思って見に行った朱姫が見つけて戻ったもである。

 

 誰が沙那をさらったのかということもすぐにわかった。

 大きな鳥の翼を持つ女の亜人が意識のない沙那を捕らえて空中に飛んで行ったのを多くの村人が目撃していた。

 沙那がさらわれたとしても、あの厠に向かった一瞬のことに違いない。

 そう簡単に不覚をとる沙那ではないから、余程強力な武器があるのだろう。

 宝玄仙は腕組みしながら考えた。

 

 沙那を追いかけるのは簡単だ。

 どこに連れていかれようとも、沙那の首に取り付けてある首輪の霊具が宝玄仙の『移動術』の結界を刻んでくれる。

 沙那がさらわれたとわかったとき、すぐにそれを使って追いかけようとしたのだが、それを断念したのは、さらったのが鳥人族とわかったからだ。

 首輪に刻んだ追跡のための『移動術』の出口は移動してみなければ向こう側がわからない。

 まだ沙那が空中にいる間に慌てて『移動術』で出てしまったら、いきなり空中に放り投げられてそのまま地面に叩きつけられて死ぬかもしれない。

 だから、沙那がどこかに連れていかれてしまうのを待つことにしたのだ。

 

 それに、どこに連れていかれたかもわかっている。

 獅駝の城郭だ。

 沙那の服が掛けられていた樹の幹に、刃物で文字が刻んであったのだ。

 そこにはただ一言“獅駝(しだ)城”とだけ書かれてあった。

 つまりは、獅駝の城郭のことだ。

 城壁に囲まれた城郭なので獅駝城だ。

 そこに沙那を連れていったというその鳥人族たちの伝言なのだろう。

 これは挑戦状に違いない。

 

 その鳥人族がいかなる目的で沙那をさらい、宝玄仙を誘おうとしているかは不明だが、沙那をさらうことで、宝玄仙がその救出のために城郭までやってくることを期待しているのは間違いない。

 

「あたしがひとりで行くよ、ご主人様。ご主人様は『移動術』の出入り口だけを作ってくれればいい。どこに辿りつくかわからないけど、とにかく沙那のいる場所まで辿りつくんだろう? だったら、そこに跳躍して、沙那を救出し、そのままその結界から戻ってくる。それでいいじゃないか」

 

 しばらく続いていた沈黙を破ったのは孫空女だった。

 孫空女は怒っているようだった。

 下半身に身につけていたものだけを脱がせて置いていくという馬鹿にしたような沙那への仕打ちに一番腹を立てたのも孫空女だった。

 もっとも、その怒りの言葉を共同厠のひとつに股がって、大便をしながら喚いていたのは、滑稽を通り越して些か哀れではあったが……。

 

 とにかく、孫空女を使った長庚(ちょうこう)への調教講座は終わりだ。

 すっかりといつもの服装を整えた孫空女は宝玄仙の前に座っている。

 朱姫も一緒だ。

 長庚と百舌(もず)は隣の部屋だ。

 これは宝玄仙たち四人の問題だからあのふたりを巻き込むつもりはないが、沙那が亜人にさらわれたという事実に、ふたりも心配そうにこちらを見守っている。

 

「その手は駄目だよ、孫空女。お前たちの首輪に刻んだ道術は特殊でね……。簡単に『移動術』の結界が発生するわけじゃないんだ。わたしが『移動術』で移動しながら一瞬で結界を刻まなければいけないのさ」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「つまりは、わたしが最初に移動しなければ、誰にも移動できないということさ──。もっとも、それだけに沙那の首輪にそんな力があるということは、どんなに能力のある道術遣いでも予想はつかないと思うね。誰が見ても、あの首輪が霊具だなどとは思わないはずだ。そういうように作ってあるのさ。それだけはこちらの利点だね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「つまりは、どんなかたちであれ、首輪の持つ追跡能力で追いかけるには、ご主人様が先頭で進まなければならないということですね?」

 

 朱姫が言った。

 

「そういうことだね、朱姫。じゃあ、さっそく向かうとするかい──。確かにぐだぐだ考えても無駄だ。連中もいつまでも空中に浮かんではいないだろう。そろそろ、どこかに到着したさ。とにかく、わたしが先頭で沙那が囚われている向こう側に行くよ。そこがどこだかわからないし、どんな罠があり、誰がどのくらいの勢力で待ち受けているかわからないけど沙那がさらわれたんだ。行くしかないからね」

 

「わかった。じゃあ、それで行こう」

 

 孫空女が大きく膝を叩く。

 

「こうなったら、作戦などなにもない。わたしと孫空女が沙那を捕らえている者を蹴散らして沙那を助けて再び戻る。これでいこう。朱姫はとりあえずここで待つんだ。結界の通路は繋ぎっぱなしにしておくから、お前の道術なら向こうで起きている声は聞こえるはずだ。わたしたちが危機に陥ったら助けにおいで」

 

「わかりました、ご主人様。とにかく、おふたりになにかがあればすぐに『移動術』の結界から追います」

 

 朱姫が緊張した表情で言った。

 それにしても、罠が待っているとわかっている場所に、ただ飛び込むだけか……。

 沙那ならもっとましな作戦を考えたのだろうか?

 少しだけ宝玄仙は思った。

 しかし、いまはその沙那がいない。

 

 だが、宝玄仙には当たって砕けろの策しか思いつかなかった。

 向こうで宝玄仙を待っている罠の可能性があるのなら、『変化の指輪』で変身をしてから向かうとか、あるいは、『移動術』でいきなり敵中に飛び込むのではなく、徒歩で一日かけて移動してから様子を探るのがいいのかとも思った。

 だが、時間をかければ向こうもそれだけ準備ができるということもある。

 それに、常識であれば、宝玄仙がいかに偉大な道術遣いでも、行ったことのない場所に『移動術』では跳躍できないのだ。

 だから、宝玄仙が追ってくるのは徒歩で一日以上の距離があると考えるはずなのだ。

 『移動術』で一気に追いかけてくる可能性は、相手にとっては予想の外のはずだ。

 そうであれば、やはり、すぐに追いかけて急襲するのが一番の方法のようにも思う。

 

「ねえ、宝玄仙さん、僕たちにできることはありませんか……?」

 

 部屋の向こうから長庚の控えめな声がした。

 百舌も神妙な顔でこっちを見ている。宝玄仙は長庚に向かって微笑みかけた。

 

「とんだことになって、お前の調教師としての修業が中止になって寂しいよ、長庚……。とりあえず、沙那を助けて来るから、そしたら続きをやるよ。だから、晩飯でも準備して待ってな……。だけど、もしも、わたしらに異変があれば、そのときは気にするんじゃない」

 

「で、でも……」

 

 長庚は不本意そうだ。

 宝玄仙は微笑んだ。

 

「どうせ、お前たちのことは眼中にないだろうから、あの亜人がお前らを襲うことはないさ。わたしらが戻ってこなければ、明日には迎えにきてくれるはずのお前の商家の連中と一緒に国都に戻りな。百舌と仲良くするんだよ。お前も百舌のご主人様のつもりなら、必要なときには命を張って百舌を守ってやりな」

 

 

「そ、それはもちろん……。お、俺は百舌のご主人様だし……」

 

「いや、お前はまだ半人前さ。奴隷を妻にするなんざ、並大抵の苦労じゃあ実現するわけがない。だけど、お前に力があればできる。いまは力を蓄えな。綺麗事だけじゃ百舌は守れないよ。それを忘れるんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は長庚と百舌に言った。

 そして、孫空女と朱姫に視線を戻す。

 

「行くよ、お前ら──」

 

 宝玄仙が言った。

 ふたりが真剣な表情で頷いた。

 

 

 *

 

 

 ここは獅駝の城郭の中心となる街の広場のはずだ。

 そこで沙那は、捕らえられた女囚の裸晒しという悪夢のような目に遭っていた。

 

 周りには百人くらいの人間がいるだろう。

 もっとかもしれない。

 大部分は男だが女もいるし子供も混じっている。

 もしかしたら、ほかにもさらに大勢いるのかもしれない。

 とにかく、広場の地面に打たれた二本の直柱に沙那は両手と両足首を拘束されて四肢を拡げて縛られていた。

 

「くっ……はあっ……あ、ああ……。や、やめ……ろ……。くうっ、はっ……」

 

 その衆人の環境の中で沙那は後ろから組みつかれた男に女陰を犯されていた。

 顔も見えないその男は、沙那のたっぷりとした量感の乳房を両手で揉みながら、すでにふたりの男の精を受けることで十分な潤滑を得ている沙那の女陰に自分の怒張を律動させていた。

 

 沙那の上半身の服は前側で切断されて完全に左右にはだけられていた。

 胸当ては剥ぎ取られて地面に落ちている。

 腰から下には、最初からなにも着ていなかったので完全に剝き出し状態だ。

 沙那はそんな格好にされて抵抗できないように二本の直柱に拘束されているのだ。

 

 沙那をそんな格好にしたのは、ここに集まっていた人間たちであり、彼らに捕らえられた沙那は、当たり前のようにこうやって無理矢理に拘束され、順番に犯されだしたのだ。

 いまは三人目だ。

 

 後背位からの受け入れがしやすいように、沙那の手首を縛っている場所は直柱のやや下側になっている。

 そのために沙那は後ろに向けて尻を突き出すような態勢になっているのだ。

 その腰を掴んでいる後ろの男が沙那の乳房を荒々しく揉みつつ、顎で沙那の黒髪をかき分けながら首筋や耳に汚い唾液を絡みつけてくる。

 

「あ、ああっ、はあっ……はあ……」

 

 沙那は歯を喰い縛って、漏れ出る喘ぎ声を耐えようとしていた。

 口惜しいのはそんな稚拙な愛撫や性交でもしっかりと沙那の身体が快感を燃えあがらせてしまっていることだ。

 情けないが沙那の身体はほんの少し男にいたぶられただけで、簡単に冷静さの垣根を取り払って性感を暴発させてしまう。

 

「いい身体だぜ……。い、いくぞ……」

 

 突然背後の男の律動が速くなった。

 大した愛撫でもないのに、それだけで沙那の身体の快美感が大きくなり、次々に愉悦の疼きが全身に拡がっていく。

 

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 

 しかし、快楽を撥ね返せない。激しい屈辱に全身を襲われながらも、全身を包む爛れるような甘美感が沙那を酔わせる。

 口惜しいのに気持ちがいいのだ……。

 

 なんとかして快感を撥ね返そうと足の爪先を折り曲げ、そして、拳を握りしめる。

 だが駄目だ。

 膣の中を激しく擦られると全身の力が抜ける。

 一切の抵抗力が消失して、沙那は大きな快感の大波の中に無防備に曝け出される。

 

「あ、あはああっ──」

 

 ついに沙那は大きな声をあげた。

 

「おお、締めつけやがるぜ──」

 

 背後の男が呻き声をあげた。どうやら沙那は宝玄仙に教え込まれてしまった反応を無意識のうちに行ってしまっているようだ。

 自分を犯している男の怒張を膣で締めあげているのだ。

 こんな男の精など受け入れたくはない。

 だが、宝玄仙に完全に調教された沙那の身体は、そういう沙那の意思とは関係なく、自分を犯している男の男根を絞りあげては最後の一滴まで精を吸いとっていく。

 熱い精の塊りが子宮に放出されるのがわかった。

 

「ほほおおっ」

 

 全身ががくがくと震えて急激に上昇した快楽の波濤に沙那は一瞬だけ痴呆のように吠えた。

 

「好き者の女だぜ。ぐいぐいと締めつけやがるからあっさりと出しちまったぜ」

 

 後ろの男が卑猥な声で笑いながら沙那の女陰から一物を出した。

 吐き出すように息をするのも束の間、すぐに顔があげられて毛むくじゃらの髭だらけの顔が口を覆ってきた。

 

「んんんっ」

 

 沙那は懸命に顔を左右に振り乱して侵入しようとする男の舌を拒もうとした。

 

「し、死にたいの、あんた──。舌を噛みきるわよ──」

 

 沙那は懸命に顔を横に向けて、男の舌を拒みながら叫んだ。

 しかし、沙那の抵抗を邪魔するように、後ろから別の男が沙那の裸身にしがみつき、乳房を片手で揉みだすとともに、尻の穴を指で探りだす。

 

「そ、そこは──」

 

 沙那はびっくりして声をあげた。

 この状態で後ろの穴まで責められたら沙那はおかしくなる。

 沙那のその狼狽が前の男に対する防備を取り払ってしまう。隙をついた前の男の舌が口の中に舌が侵入してきてしまった。

 

 気持ち悪い──。

 吐きそうだ。

 

 だが、その舌で舌をなぞられ、口の上部を擦られると悲しいくらいに力が抜ける。

 噛み切ってやろうとも思った怒りがどこかに消えてしまう。

 しかも、後ろの男が沙那の尻穴を見つけてすでに深く指を挿入させている。

 その指が尻の中で沙那の内襞を擦り、沙那はまたも襲い掛かる愉悦に興奮をしてしまう。

 

「前後からいこうぜ。こいつの尻は男を受け入れることのできる尻のようだぜ」

 

 後ろの男が言った。

 沙那は愕然とした。

 

 前後からふたり……。

 冗談じゃない。

 こんな衆人環境で、どこまで馬鹿にするつもりだ──。

 

 かっとして怒鳴り散らそうと思うが、沙那の怒声も哀訴の言葉も前から責める男の舌に遮られている。

 そして、後ろの穴に男の性器がめり込んできた。

 沙那はその衝撃に身体を仰け反らせた。

 激しい沙那の身悶えで、やっと口から男の舌が抜ける。

 自由になった沙那の口から声が迸った。

 

「あはあああっ──」

 

 怒りの言葉の代わりに口から出たのは吠えるような嬌声だった。

 ゆっくりと怒張が侵入してくる。

 体内に充実する歓喜と愉悦が天井知らずの勢いで充実する。

 

 堪らない──。

 その身体が不意に揺らされた。

 肛門に男根を侵入させている男が沙那を怒張で持ちあげるようにしたのだ。

 そして、今度は前からもうひとりの男が女陰に一物を侵入させてくる。

 

「あああっ──」

 

 前後に別々の男の怒張を受けた沙那は、そのあまりの快感に怖ろしいほどの欲情に襲われた。

 激しい劣情は沙那の全身を覆いつくし、全身を蕩けさせていく。

 

 周囲を取り囲む衆人たちの視線も沙那の劣情をさらにあおる気もする。

 卑猥な視線を向けながらも不気味なくらいに押し黙った観客たちは、突然にやってきたはずの沙那が惨めに輪姦される光景になんの違和感も覚える様子もなく受け入れているし、まるであらかじめ台本が定まっているかのように、ひとりが犯し終われば、次の男、その男が終われば次の男たちというように秩序よく衆人の輪の中から犯し手が現われる。

 いったいこれはなんなのか……。

 

 沙那を犯すことに男たちが喜々としていそしむことはともかくとして、どうして、こんなにも、大きな騒ぎもなく見知らぬ女を衆人の中で犯し続けるという行為を彼らは整然と受け入れているのか……?

 そして、さっきの鳥人族たちはどこに行ったのか……?

 

 あの鳥人たちは、気がつくと沙那の周りのどこにもいなかった。

 そもそも、自分はどうやってここに来たのだろう?

 

 わからない──。

 かろうじて記憶にあるのは、農村の厠の前で浴びた白い光だけだ。

 あの光を浴びてからの記憶は完全に抜け落ちている。

 気がつくと、この城郭にいて、沙那が意識を取り戻すと同時に、すぐに寄ってたかって拘束された。

 それだけなのだ。

 

 沙那をこうやって拘束したのは集まった人間の男たちだ。

 さすがの沙那も一斉に数十人の男たちに囲まれて捕えられてはどうしようもなかった。

 沙那を拘束している二本の直柱は、あらかじめ準備してあったようだし、沙那は大勢の人間に捕まえられてあっという間にこうやって繋げられたのだ。

 

 そして、誰ともなく男たちの中からひとりが出てきて、抵抗のできない沙那を犯しだした。

 沙那がなにを叫んでもなにを訊ねても意味のある言葉を発する者はいない。

 まるでなにかに操られているかのように大人しいのだ。

 ただ、沙那を犯している男たちはしっかりとした意識を持っているようだし、男として沙那に劣情をぶつける男たちの性行為は意識のない人形とは思えない。

 

 しかし、思考を巡らすことができたのはそこまでだった。

 あまりにも大きな法悦が沙那の意識を飛翔させた。

 すでに後ろの穴を塞がれている沙那の女陰に、今度は別の男の怒張が突き挿さったのだ。

 男たちが呼吸を合わせて前後から責め立てる。

 前後から受ける律動の快感が凄い。

 そして、峻烈だ。

 

 絶頂は瞬時にやってきた。

 備える余裕も耐える暇もなかった。

 あっという間に駆けのぼり、貫き、そして、爆発した。

 

「あほおおおっ」

 

 頂上を極める自分の声が迸る。

 自分の股間からおびただしいと思う程の蜜液が噴き出すのがわかった。

 しかし、前後の男たちの責めは終わらない。

 達したのは沙那だけだ。

 男たちは半狂乱になっている沙那を許すことなく、さらに嵩にかかって沙那を責めたててくる。

 

 その時、口の中に突然、なにかが押し込まれた。

 びっくりして、その時だけ一瞬正気に返る。

 うずらの卵ほどの小さなものだがもう少しぶよぶよしている。

 だが、頭を真っ白くさせるなにかが襲いかかり、口の中のもののことをそれ以上考えることができなくなった。

 

「くうっ、こりゃあ、確かに凄い……。ぐいぐいと締めつけやがる……」

 

 前の男が呻くように言い、沙那の股間にまた熱い精が迸るのがわかった。

 そのとき、突然、自分を背後から抱いていた男が後ろに吹き飛んだ。

 なにが起きたかわからない。

 

「沙那、大丈夫かい?」

 

 宝玄仙だ。

 気がつくと、すぐ横に孫空女もいる。

 沙那を抱いていた男を片手で引き離したのは孫空女だ。

 

 助かった……。

 安堵の気持ちが沸き起こる。

 しかし、あの鳥人族は?

 

 警告をしなければ──。

 しかし、なぜか喉から言葉がでない。

 なにかの力が沙那の意思を邪魔している。

 沙那は愕然とした。

 

「う、うわっ──」

 

 叫び声は沙那を前から犯していた男だった。

 そいつが自分から沙那から離れて、沙那の足元に一物を怒張させたまま尻餅をついたのだ。

 

「孫空女、沙那の縄を解くんだ。地中に埋まる木杭に結ばれたままじゃあ、『移動術』で沙那を連れていけないんだ」

 

「わかったよ、ご主人様──」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回した。

 沙那を拘束していた直柱が孫空女の『如意棒』で吹き飛んだ。

 孫空女が『如意棒』を横に払ったのだ。

 続いてもう一本──。

 力を失った沙那の四肢を拘束していた縄が解ける。

 腰が抜けたような状態だった沙那はその場にひれ伏してしまった。

 

「沙那、大丈夫かい、行くよ──」

 

 うずくまった沙那を宝玄仙がしゃがみ込んで抱きしめた。

 そして、自由になった沙那は、宝玄仙に襲い掛かった……。

 

 自分の意思ではない。

 誰かに自分の身体が操られているのがはっきりとわかった。



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454 白い光の罠

 孫空女は宝玄仙に続いて『移動術』の結界を通過した。

 眼の前に拡がった風景はどこかの城郭だった。

 おそらく、ここは獅駝の城郭なのだろう。その城郭の広場のようだ。

 

 驚くことに、その広場の真ん中に二本の直柱があり、沙那がほとんど裸体の状態で拘束されて、前後から男に犯されていた。沙那を犯す周りにはちょっとした空間があり、その周囲を完全に大勢の人間が埋め尽くしている。

 

 突然に眼の前に拡がった光景はそういうものであり、宝玄仙と孫空女は沙那が犯されている群衆の中心に突然に出現したというかたちだ。

 沙那が惨めにふたりの男に犯されるのを見た孫空女は、ほとんど無意識のうちに、後ろから沙那に抱きついていた男の襟首を掴んで引き離していた。

 半分呆けたような沙那の顔がこっちを見た。

 

「沙那、大丈夫かい?」

 

 宝玄仙が叫びながら沙那にしがみついた。

 孫空女はまだ沙那の女陰に一物を挿入したままの男に向かって『如意棒』を振りあげた。

 しかし、男は真っ蒼な顔で沙那を離すと自らその場に尻餅をついた。

 みっともなく拡げた男の股ぐらには、まだ逞しさを残している沙那の愛液だらけの男根がぶらさがっている。

 

 孫空女はもう眼の前の男を無視した。

 それよりも、周りの人間たちだ。

 不気味にもまだ突っ立ったままだ。

 とにかく、これがなにかの罠だとしても、この出現は相手の意表をついたものだったのかもしれない。

 それならば、まだ動きのないうちに逃亡を……。

 

「孫空女、沙那の縄を解くんだ。地中に埋まる木杭に結ばれたままじゃあ、『移動術』で沙那を連れていけないんだ」

 

「わかったよ、ご主人様──」

 

 孫空女は『如意棒』を振り回して沙那が縛られている二本の直柱を砕いた。

 支えを失った沙那がその場に倒れるようにしゃがみ込む。

 

「沙那、大丈夫かい、行くよ──」

 

 宝玄仙が沙那を抱きしめている。

 しかし、沙那がなにか不自然だ。

 なんだか意識がないようにぼうっとしている。

 

「なにかの道術をかけられているね。意識がないよ。仕方がない。孫空女、担ぎな──」

 

 宝玄仙が孫空女を見た。

 孫空女は頷く。

 しかし、その瞬間、真っ白い光のようなものが周囲を覆った気がした。

 

「な、なに?」

 

 孫空女は叫んだ。

 そして、周囲を取り囲む建物から少し離れた場所の建物の屋根にひとりの鳥人の女が立っていることに気がついた。

 

「孫空女、いまのは道術だよ。わたしが撥ね返したけど、あれをまともに浴びると身体を支配されるに違いないね。それで沙那は連れていかれたんだ」

 

 宝玄仙が意識のない沙那を抱きながら叫んだ。

 

「さすがは宝玄仙だね。このわたしの光を撥ね返すとはね……。それにもうやって来たというのも驚きだよ。わたしの部下は、沙那ともう少し遊んでやるつもりだったようだけどね」

 

 大きな声でその女の鳥人が叫んだ。

 

「お前みたいな美人の亜人は、ゆっくりとお仕置きもしてやりたいけど、ここは退散するよ。次に会ったときは覚えておいで」

 

 宝玄仙も叫んだ。

 そして、孫空女に頷く。

 

「うわっ──」

 

 そのとき、そばで喧騒が起きた。

 これまでじっとしていた衆人が動いたのだ。

 それで繋ぎっぱなしにしていた『移動術』の結界に何人かの住民が巻き込まれて消えていった。

 いまは、さらにほかの住民がそこに殺到して、『移動術』の出口を塞ぐように取り巻いている。

 人の群れが動いて、『移動術』の出口が塞がれたかたちだ。

 これは蹴散らしてどかすしかない。

 孫空女は舌打ちした。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女はもうひとつの異変に気がついて絶叫した。

 意識のなかった沙那が、いきなり宝玄仙にしがみついて、宝玄仙の口に自分の唇を合わせている。

 それだけじゃない。なにかの液体を口移しに注ぎ込んでいるようだ。

 意識を失わせるような毒剤であることは間違いない。

 

 気がついたときには、もう手遅れだった。

 すでに孫空女の見ている前で、沙那に口移しに液体を注ぎ込まれている宝玄仙は明らかに意識を失いつつある。

 そして、孫空女の眼の前で宝玄仙は完全にぐったりと沙那にもたれかかった。

 しまった──。

 沙那は操られたままだったのだ……。

 

「な、なにが起きたの? どうして?」

 

 沙那の声だ。

 再び意識を戻したようだ。

 しかし、すでに宝玄仙は意識を失って沙那の腕の中だ。

 これでは逃げられない。

 

「うおおおおおっ」

 

 突然、周囲から雄叫びが湧き起こった。

 じっと人形のように見守っていた衆人たちが一斉に襲い掛かって来たのだ。

 孫空女はほとんど無意識のうちに『如意棒』を一閃させていた。

 とりあえず、群がってきた人間を吹き飛ばす。

 

 しかし、ほとんど雪崩のように人間たちが次々にやって来ては襲いかかる。

 まるで人間の壁の壺の中にでもいるような感じだ。

 払っても払っても次々に人が襲ってくる。

 

 すでに、どこが『移動術』の結界の出口なのかもわからない。

 そのとき、不意に孫空女の横の空間が揺れた。

 『移動術』で誰かが結界を潜ってくるとき特有の空間の揺れ方だ。

 そこが宝玄仙の張った移動術の結界だったようだ。

 孫空女は、『如意棒』をひたすら回して、襲ってくる人間を払い除けながら思った。

 朱姫が出現した。

 

「『移動術』の出口を張り直しました。ここに──」

 

 その朱姫が叫んだ。

 孫空女は沙那に宝玄仙を抱えて、そこに飛び込むように叫ぼうとした。

 すると、再び白い光が襲った。

 

 

 *

 

 

 自分になにが起きたのかわからない。

 気がつくと、沙那は宝玄仙の唇に自分の唇をくっつけてなにかを送り込んでいた。

 それがさっき直前に男に口に入れられたものだとわかったのは、すでに宝玄仙の口の中にその大部分を飲み込ませてからだった。

 

 それでやっとわかったのだが、沙那はさっき男に小さな容器のようなものを口に入れられたのだ。

 そして、なぜかそれが知覚できなくなり、いま、操られるようにそれを自分の歯で割ると、宝玄仙の口にその中の液体を注ぎ込んでいる。

 眼を白黒させている宝玄仙の眼がだんだんと虚ろになるのがわかった。

 沙那の腕の中の宝玄仙の身体がだんだんと力を失っていく……。

 明らかなのは、間違いなく、これは沙那の意思ではないということだ。

 自分に操心術がかけられていた?

 そのことに沙那は愕然としていた。

 だが、一方で沙那の身体は、沙那の心とは別に、自分の口にある液体を最後の一滴まで宝玄仙に注がんとばかりに、宝玄仙の口に自分の口を押しつけている。

 

「ご主人様──?」

 

 孫空女がびっくりして叫んだのが聞こえた。

 

「な、なにが起きたの? どうして?」

 

 沙那は途方に暮れて叫んだ。

 

「うおおおおおおっ──」

 

 突然に地響きが起こったかと思うような怒声が不意に周囲から沸き起こった。

 これまで大人しく囲んでいただけだった大勢の人間が割れるような喊声をあげたのだ。

 そして、一斉に襲い掛かってきた。

 

「伏せて──」

 

 孫空女が叫んだ。

 そして、風のようなものが沙那の周りで起こった。

 孫空女の『如意棒』が一閃したのだ。

 

 大勢の人間が吹き飛んでいる。

 宝玄仙と沙那と孫空女がいる中心に向かってたくさんの人間が殺到している。

 沙那はすでに意識のなくなった宝玄仙を抱きながら、襲いかかってくる人間たちが、孫空女の振り回す『如意棒』で次々に飛んでいくのを別世界の出来事であるかのように意識していた。

 

「『移動術』の出口を張り直しました。ここに──」

 

 不意に朱姫の声がした。

 すると、真っ白い光が当たりを照らしたのがわかった。

 

 

 *

 

 

 最後に知覚したのは、白い光を浴びた朱姫が、ぼうっと突っ立ってしまい、それに数十人の男たちが一斉に掴みかかる光景だ。

 孫空女にはそれを黙って見守るしかなかった。

 孫空女の身体もまた、すでに力を失っていたのだ。

 

 だらりと、垂れさがった自分の腕から『如意棒』が奪われた。

 しかし、どうしようもない。

 

 孫空女の意識はなにかに掴まれたかのように、急速にどこかに連れ去られようとしている。

 そして、自分の脱け殻だけが、襲いかかる群衆の前に取り残されている……。

 

 だんだんと薄れる意識の中で、孫空女は自分の身体から衣服が引き裂かれるように大勢の人間たちに奪われていくのも感じていた……。

 

 身体が倒された。

 すでに全裸だ。

 孫空女に群がっている男は十人はいるのだろう。そいつらがよってたかって、孫空女から服を引き破り続ける。

 ふと見ると、宝玄仙と朱姫と沙那同じような目に遭っている。

 全身が身体を動かせなくなったみたいだ。

 

 大きな男が孫空女に覆いかぶさろうとしていた。

 ぶん投げてやろうと思ったが、まったく身体が動かない。

 

「や、やめ──。あがあああ」

 

 まったく愛撫なしに、孫空女の股間に男根がめり込まされた。

 あまりの激痛に、孫空女は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

(第70話『情けは人の為ならず』終わり、第71話に続く)









【西遊記:74・75回、獅駝(しだ)洞の三人の大王⓵】

 玄奘(三蔵)一行が獅駝嶺と呼ばれる険しい山岳街道を進んでいます。
 すると、長庚(ちょうこう)という里の老人(正体は太白金星という天人)が、この先には、大勢の部下を持つ一大王(金凰(きんおう)王)、二大王(白象(はくぞう)王)、三大王(青獅子(あおじし)王)の領域があり、大変に危険だと警告します。
 その三人の大王は、獅駝(しだ)という城郭を滅ぼして、そこにいた全住民を殺戮して、妖魔の国を作っているというのです。
 三蔵はそれを教えられて、震えあがってしまいます。

 孫悟空は、怯える三蔵を猪八戒と沙悟浄に託して、単身で觔斗雲に乗って偵察に向かいます。
 すると、獅駝嶺という険しい山岳の途中で妖魔たちがいるのを見つけます。
 孫悟空は、小妖のひとりに変身して、妖魔兵に紛れ込みます。

 小妖たちは全員が“小旋風”という名前でした。孫悟空は、自分は“総旋風”であり、新しいお前たちの隊長だと一喝し、彼らから情報を引き出します。
 それによれば、確かに三人の大王の支配する集団がこの先にいて、一大王と二大王はこの先の洞府を、三大王の青獅子大王は、さらに先の獅駝という城郭を乗っ取って、そこにいると言います。
 三人とも大変な力を持っているとも教えられます。
 彼らから情報をとった孫悟空は、全員を皆殺しにして洞府に進みます。

 果たして、孫悟空は、洞府を見つけます。
 孫悟空は、大王たちの部下に変身したまま、彼らの洞府に乗り込むことにしました。
 すると、そこには三人の大王がいて、強い魔力を得るために、三蔵を捕らえて食べようと画策していました。孫悟空一行がやって来るのを知っていて、ここで待ち構えているのだと話しています。

 三大王の前にやって来ると、大王たちが偵察の報告を求めました。
 調子に乗った孫悟空は、玄奘一行は見つけたが、そこに孫悟空という巨大な化け物がいて、三大王を喰ってしまうと言っていたと嘘をつきます。
 三大王たちは、孫悟空が小妖に化けて乗り込んできたのを見抜き、寄ってたかって捕まえます。
 服を剥いで縛られた孫悟空は、捕獲用の大きな瓶に放り込まれてしまいます。


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 第71話  女鳥人の失敗ー 魔凛(まりん)(一)
455 魔法石の作成法


 屋根の下では、愚かな人間の男たちが、自分たちの前に出現した“雌”に対して“雄”の性欲本能を剝き出しにして襲い掛かっていた。

 その中心にいるのは、宝玄仙や宝玄仙とともにやってきた供の女のふたりであり、宝玄仙を捕らえる囮として使った沙那だ。

 

 先を争って彼女たちに襲いかかろうとしている男たちは、おそらく百人はいるだろう。

 宝玄仙たちは、魔凛(まりん)の道術により暴徒と化した男たちに群がられて犯されようとしている。

 そして、魔凛の『支配術』にかけられた宝玄仙たち四人の人間族の女は、すでに抵抗する手段を失くしている。

 

 もっとも、正確に言えば、魔凛の『支配術』の支配に陥ったのは、宝玄仙の供たちだけだ。

 宝玄仙自身は、結局は最後まで魔凛の術に陥ることはなかった。

 沙那の口に含ませていた昏睡薬を大量に口移しで飲まされて気を失っただけだ。

 

 いずれにしても、このままでは四人が危険だ。

 『支配術』は理性のたがを外してしまうのが一番操りやすいのだが、そうなるとどうしても眼下の光景のように性欲剝き出しの醜い惨状が生まれてしまう。

 そうでなければ、完全に意識を失くした人形のようになってしまうかだ。

 それが魔凛の『支配術』の限界だ。

 単独の対象であれば、かなりの自由度で相手を操れるのだが、集団になればそのどちらかだけだ。

 だから、沙那にもあんな惨い状況に陥ってもらわなければならなかった。

 気の毒だが、『支配術』の集団操縦は、性欲を前面に出さなければうまくいなかいからだ。

 

 いまは四人を襲わせるために、暴力的な性欲まで解放させている。

 その結果、ここに集められた人間の男たちは、四人の女の意識がなかろうと、あるいは眠っていようと、そんなことはお構いなしに服を引き破り、争って性器を女陰に入れようとしている状況だ。

 周りの女や子供も敵意を持ってそれを見守っている。

 魔凛がやっているのは、人間たちを操りやすくするために知性を失わせて、本能に近い状態にするという行為なのだが、知性を失くした人間族というのがこれほどまでに醜くて凶暴なのかと呆れてしまう。

 

 とにかく、魔凛はもう一度、屋根の上から水晶の杖をかざした。

 辺り一帯に白い光が浴びせられ、宝玄仙たちに群がっていた群衆が意識を失った人形のような虚ろな表情になった。

 そして、まるで自分たちがいままでやっていたことなどなにもなかったかのように解散していく。

 

 そして、動くことのできなくなった四人の人間の女たちが取り残された。

 最初から半裸だった沙那はもちろん、宝玄仙、そして、確か、孫空女と朱姫という名の供たちも衣類を引き破られてぼろぼろだ。

 共通するのは、四人とも完全に意識がないことだ。

 四人とも地面に横たわっている。

 魔凛の措置が早かったので、特段の負傷はないようだ。もっとも、あのまま放っておけば危なかった。

 あの人間の男たちは、眼の前の四人の女を犯すために獲物を奪い合って手足さえも引き千切らんばかりの勢いだった。

 とにかく、魔凛自身がやったこととはいえ、あれほどの騒動になるとはびっくりした。

 

 魔凛は翼を羽ばたかせて、ゆっくりと地面に降り立った。

 すると近くの建物の中に隠れていた麗芳が部下とともとに現れた。

 部下の数は十人ほどだ。

 鳥人族の中でも、特に麗芳(れいほう)の息のかかった者たちであり、魔凛の親衛隊といっていい者たちだ。

 

「ご苦労様でした、魔凛様……。四人はあたしが責任を持って青獅子(あおじし)様のところに連行して引き渡します──。そして、おめでとうございます……。これで、魔凛様が大旋風(だいせんぷう)との賭けに勝利と決まりましたね。宝玄仙は魔凛様が捕まえになられました。間違いありません」

 

 麗芳が言った。

 そして、部下に命じて、意識のない四人を手枷、足枷で拘束するように指示を下。

 十人の部下が四人の人間の女たちにそれぞれに散った。

 てきぱきとした動作で、四人の手首と足首に枷を嵌めていく。

 

 麗芳が部下に使わせているのは、あらかじめ準備してあった『道術封じの枷』という霊具であり、手首と足首に帯のように道術で貼りつくとともに、手足を好きな組み合わせでそれぞれを密着させることができる。

 四肢を束ねて獣縛りにしようと、左右の手足をそれぞれに密着して蟹のように縛ろうと思いのままだ。

 いまは、それぞれの手足を背中側に曲げさせて海老縛りに拘束してるようだ。

 麗芳の指示により、手足を背中側に曲げられた女の半裸の身体が次々にできあがっていく。

 

 また、この霊具の枷には、装着された者の道術を封じるという効果以外にも、取り付けられた者の筋肉が緩み、身体に鉛を巻かれたかのように手足が重くなるという効果もある。

 手首と足首に重しを巻かれたような状態になるのだ。

 その枷をしてしまえば、人間族の拘束としてはほぼ完全だろう。

 宝玄仙を除く三人には、魔凛の『支配術』も効いているし、もはや抵抗などできないはずだ。

 

「麗芳隊長、やはり宝玄仙については、この『道術封じの枷』は効果がないかもしれません。準備してあるもっとも強力な『道術封じの枷』でも、宝玄仙の霊気を完全に封じるには力が足りないようです」

 

 部下のひとりが麗芳に報告にやってきた。

 

「いいさ。どうせ青獅子様は、宝玄仙の手足を切断して家畜化するのだろうから、この『道術封じの枷』では都合が悪いはずだ。少し早いが、ここで例の物を挿入してしまおう。そうすれば、もう宝玄仙は道術を遣うために霊気を動かせなくなるはずだ」

 

 麗芳が懐から細長い透明の円柱の棒を取り出しながら宝玄仙に近づいていった。

 魔凛は訝しんだ。

 麗芳が持っているのは魔凛が知らないものだ。たったいま、麗芳が口にした内容についても、魔凛には意味がわからなかった。

 一体、麗芳は宝玄仙になにをしようとしているのか……?

 どうして、それを魔凛が事前に教えられていない?

 

「おい、麗芳、お前が持っているのはなんだ?」

 

 魔凛は叫んだ。

 しかし、そのときには麗芳はすでに手足を背中側に曲げさせている意識のない宝玄仙の裸身に身体を屈めていた。

 そして、宝玄仙の股間にその細長い棒の先端を触れさせている。

 あけっぴろげになっている宝玄仙の股間は無毛だった。

 そう言えば、沙那もそうだったが、この四人の股間には全員の恥毛がない。

 仲間内の決まりごとで全員が剃っているのだろうか。

 そんなことを魔凛は思ったりもした。

 

「う、うう……」

 

 意識のない宝玄仙の身体がわずかに身じろぎした。

 それはそうだろう。

 麗芳は持っていた細長い透明の円柱の棒を宝玄仙の膣の中にゆっくりと挿入していっているのだ。

 棒の表面にはなにかの潤滑油でも染み出ているのか、すっと滑るようにその棒は宝玄仙の女陰に吸い込まれていった。

 すでにもう外からは完全に見えなくなっている。

 

「なにか言いましたか、魔凛様?」

 

 初めて麗芳が振り返った。

 そのとき、広場に向かって一台の荷馬車がやってきた。

 麗芳があらかじめ準備をさせていた人間族の女を運ぶための車のようだ。

 馬車は麗芳の部下たちが誘導して、四人が倒れている場所に横付けされる。

 『道術封じの枷』で拘束させている沙那、孫空女、朱姫が手際よく荷馬車の上に放り込まれる。

 次いで、得体の知れないものを膣に挿入させた宝玄仙も馬車に投げられる。

 

「勝手なことをするな、麗芳──。宝玄仙の股間に入れたのはなんだ?」

 

 魔凛は詰問口調で言った。

 まるで魔凛を無視するように次々に直接に部下を指示をして、事後処理をしていく麗芳になんとなく魔凛は不快感を覚えたのだ。

 

「おや、魔凛様は、あれを初めてご覧になったのですか? あれが『魔法柱』ですよ」

 

「あれが魔法柱だと?」

 

 魔凛は女の股間に淫具でも挿入するようなものが、魔法柱だと教えられて訝しんでしまった。

 

「ええ、そうです。宝玄仙の霊気を封じるために青獅子様から預かっていたものです。『道術封じの枷』では宝玄仙の道術が封じられないのは予想していましたからね……。道術が封じ込められない場合は、宝玄仙の意識が戻った場合に、すぐに逃げられてしまいます。しかし、その点、『魔法柱の原石』なら安全です」

 

「安全?」

 

「宝玄仙が集めた霊気は道術として遣われることなく、どんどん『魔法柱』に集められて、霊気の充満した『魔法石』に成長します。宝玄仙はこれを膣に入れられている限り道術は遣えません。そして、膣に挿入している霊石が『魔法石』に成長すれば、次の『魔法柱』のもとに入れ替えるのです。これで宝玄仙を使って『魔法石』が大量に量産できますよ……」

 

「女の膣に霊石のもとを入れて、霊気を集めさせるのか」

 

 正直驚いた。

 そんな方法とは予想もしていなかった。

 

「霊石のもとを『魔法石』に成長させるには、女の股間に入れるのが一番効率がいいんですよ。なにせ、単に身体に集めた霊気がそこに溜まるだけじゃなく、女の膣に入れると女が受けた快感までも霊気に変換させて溜まっていくんです。淫気というらしいですね。淫気と霊気は同質だという説もあるくらいで『魔法柱』を生産する家畜は、膣でそれを培養させるのが一番いいやり方なんです……。宝玄仙は快楽を集める袋のような状態にされて飼われることになるんでしょうね……。くくく……」

 

 麗芳がいやらしい笑い方をした。

 魔凛はびっくりした。

 やはり、麗芳は魔凛の知らないところで、直接に青獅子から『魔法柱』を受け取っていたのだ。

 それはおよそあり得ないことであり、どうして魔凛という上司を飛ばして、青獅子が魔凛の腹心の麗芳に直接に指示めいたことを行ったのかわからないし、それを麗芳がこれまで魔凛に報告していなかったという事実にも驚いた。

 

 そして、魔凛は宝玄仙を家畜化するということについて、それが宝玄仙を『魔法石』を量産させる機械のようにするということくらいは知っていたが、具体的な方法や『魔法柱』の使い方など知らなかった。

 ましてや、それを女の膣に挿入することで、女の快感までも霊気として変換して溜めていくということなど知る由もない。

 

 なぜ、麗芳はそこまで詳しく知っているのだろう?

 それに最後に見せた、あの下衆めいた笑いも気に入らない……。

 まるで青獅子たちの子飼いの部下のような卑猥な笑いは、魔凛の一番嫌いなものだ。

 麗芳については、その能力も信頼も疑ったこともないが、さすがにいまはむっとした。

 

「面白くないな、麗芳──。お前が青獅子様からなにかを受け取ったり、直接に指示を受けていたのなら、事前にわたしに報告すべきなのだ。なぜ、これまで黙っていたのだ──?」

 

 魔凛は怒鳴った。

 麗芳がはっとしたように顔を赤らめた。

 

「も、申し訳ありません……。そ、それは……、つ、つい、うっかりしていて……。と、とにかく、事情は宝玄仙たちを連れていってから報告します。申し訳ありません──」

 

 急に麗芳が慌てたようにそわそわしだした。

 なにか隠しているような素振りだ。

 魔凛はなんとなく不穏なものを感じた。

 麗芳が宝玄仙たちを乗せた馬車を運ぶように号令をかけた。

 

「待て──」

 

 魔凛はそれを止めさせた。

 

「どうしました、魔凛様?」

 

 今度は麗芳が魔凛に不審な顔を向けた。

 十人の部下はすでに馬車を輸送する態勢を取り終えていて、それを止めた魔凛に、彼らも一様に当惑した顔を向けている。

 

「彼女たちを連れていく許可はしていないぞ。どこに連れていくつもりだ?」

 

 魔凛がそう言ったので、麗芳は目を丸くした。

 

「なにをおっしゃっているのです。宝玄仙は捕え次第に青獅子様のもとにすぐに連れていく──。これは遠征軍全体の厳命ですよ。お忘れになったのですか、魔凛様?」

 

 麗芳は半分怒ったように言った。

 

「宝玄仙についてはな──。だが、ほかの三人については、別に指示を受けているわけじゃないぞ。なぜ、勝手に青獅子様のところに連れていこうとするのだ、麗芳?」

 

「そ、それは確かに……」

 

 麗芳も困惑した顔になった。

 麗芳は宝玄仙と一緒に捕らえた者なのだから、供の三人についても宝玄仙の一部のように考えていたのかもしれない。

 しかし、ここは魔凛の言うことが正しく、宝玄仙の三人の供をどうすべきかという青獅子の軍令は出ていない。

 それに魔凛は彼女たちを青獅子に引き渡すのは気が向かなかった。

 

 青獅子や大旋風のような連中に引き渡せば、李媛や李姫のように惨い目に遭わせるに決まっているからだ。

 宝玄仙は最優先で青獅子に引き渡すように決まっているから、魔凛といえども勝手なことをすれば、命令違反どころか、叛逆にも受け取られかねないが、ほかの三人は別なのだ。

 特に、沙那については、魔凛の道術の限界のためとはいえ、あのように衆人の中で集まっている男たちに惨めに犯させるような仕打ちをしてしまったという魔凛自身の後悔もある。

 匿えるものなら、関係のない三人の供は青獅子たちに引き渡すのは避けたい。

 

「なるほど……。では、三人については、ひとまずあたしたちの軍営に移しましょう。宝玄仙のみ、あたし自身が『移動術』で連行します。それでよろしいですね、魔凛様?」

 

 麗芳がそう言って、馬車から宝玄仙のみを降ろさせた。

 なんとなくその挑戦的な麗芳の様子が魔凛を落ち着かなくさせた。

 その理由はわからない……。

 

 しかし、麗芳の行動を引き留める理由もない。

 宝玄仙を捕らえた場合は、魔凛の腹心の麗芳を使ってすぐに引き渡すようにということは青獅子自身から何度も厳命もされている。

 こうやって引き留めるのも、実際には軍令違反にもなるのだ。

 宝玄仙を捕らえたら、すぐに麗芳にその身柄を届けさせること──。

 

 どうして魔凛自身ではなく、麗芳でなければならないのか、少し首を傾げたくなる軍令は、念を押されるように何度も青獅子から言われていた。

 なにか魔凛の知らないところで、麗芳は青獅子の命を受けて動いているのではないか……。

 麗芳に限って、魔凛に不利なことをすることはありえないのだが、そうも疑いたくなる──。

 

 『魔法石』のもとになる霊石を事前に渡されていたことも考えると、麗芳が青獅子と直接に接触していたことは間違いない気がする……。

 そうかといって、麗芳に限って魔凛を欺くわけはないし、麗芳が魔凛になにも教えていないのはそれなりの理由があるのだということは、これまでの経験から理解はしているのだが……。

 

「そ、そういえば、大旋風の動きはどうだ? あの農村にいる長庚(ちょうこう)とかいう少年に成りすましているはずのあの男だ。宝玄仙が行動を起こしたことで、なにか動いたのではないか?」

 

 なんとなく訊ねた。

 いま、大旋風のことがことさら気になったわけじゃない。

 すでに事は終わったのだ──。

 いまさら大旋風がどう動こうが本当はどうでもいいのだが、ただ理由のない不安が魔凛にその質問をさせた。

 大旋風の変身した姿だと思われる長庚という少年は、あの農村でずっと宝玄仙と接触していたはずであり、それを見張る手配を麗芳に任せていた。

 いずれにしても、供の沙那がさらわれたことで、麗芳の予想の通りに宝玄仙はすぐに城郭に向かって行動を起こした。

 大旋風としてはどうしようもなかったはずだ。

 

「長庚という少年には、いまでも手の者を配置させていますよ、魔凛様……。特に動きはないようです」

 

 麗芳は言った。

 今度こそ、それ以上麗芳を引き留める理由がない。

 麗芳は次級者に魔凛たちが占拠している軍営まで荷馬車を運ぶように指示をすると、まだ意識のない宝玄仙の髪を掴んだまま、『移動術』でその場から跳躍した。

 麗芳と宝玄仙が消えた。

 

 麗芳がいなくなると、すでに麗芳から命令を受けている荷馬車がゆっくりと進みだす。

 魔凛は自分を襲っている違和感の正体がわからぬまま、ふわりと浮きあがり軍営に戻る方向に進んでいった。

 

 空中に浮きあがると、魔凛の光を浴びたために魔凛の『支配術』に陥っており、魔凛たちのことを不審に感じることができない民衆たちが、まったく普段通りの生活をするために城郭をうようよと歩き回っているのを見ることができた。



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456 賭けの結末

 軍営に戻った魔凛(まりん)を待っていたのは、青獅子大王からの出頭命令だった。

 それは意外なものではなかったが、随分と拙速だなという感想を抱いた。

 

 麗芳(れいほう)が青獅子のもとに宝玄仙を連れていってから、まだ半刻(約三十分)も経っていないはずだ。

 魔凛は宝玄仙を捕らえるために、大旋風が宝玄仙を城郭に誘導してくるのを待たずに、魔凛自身が行動を起こしているのは青獅子には告げていなかった。

 そして、魔凛もこんなにあっという間に宝玄仙が追いかけてくるとも思わなかった。

 

 空を飛べば一刻(約一時間)もかからない距離でも、陸路では一日はかかるはずだった。

 こんなに早く宝玄仙が城郭まで追いかけてきてきたというのは、魔凛にとっても予想外だったのだ。

 それなのに、すでに魔凛のもとには、もう青獅子からの出頭命令が届いている。

 まるで魔凛の行動を見張っていて、もうすぐ宝玄仙の捕獲に成功することを承知していたかのようだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙を待ち受ける態勢をすぐにとっていてよかった。

 宝玄仙を待ち受ける態勢は、衆人を操った状態の中で宝玄仙を待ち受け、住民に宝玄仙たちを襲わせるという罠を仕掛けておくことと決めていた。

 しかし、魔凛の道術の限界として、そのためには住民の性欲という本能を剝き出しにさせておく必要があった。

 沙那を衆人の中で輪姦させるような行為になってしまったのはそのためだったが、魔凛はもう少し時間が経ってからそれを行うつもりだった。

 

 それに対して、すぐに沙那を囮にする状況にすべきだと主張したのは麗芳であり、結果としてそれがよかった。

 魔凛の『支配術』に完全にかかっている民衆が集団で取り巻いている環境でなければ、宝玄仙を無力化するのは厳しかっただろう。

 あのとき、なにかが『移動術』で出現しようとしている空間の歪みの気配に接して、魔凛は慌てて屋根から住民のひとりに毒玉を投げ渡し、毒液の玉を沙那の口の中にとっさに仕込ませたのだ。

 それがうまくいった。

 

 沙那については『支配術』に陥らせている状態だったので、沙那を操って宝玄仙の口の中に毒液を口移しで飲ませることができたのだが、それがなければ、おそらく、宝玄仙は捕えることができなかった。

 宝玄仙が偉大な道術遣いということは承知していたが、まさか自分の『支配術』の光をまともに浴びて、それを撥ね返す事態というのを想定してはいなかった。

 沙那に仕込ませた毒液の玉は、あくまでも次級の措置のつもりだったのだ。

 

 魔凛は出頭命令を確認すると、近習に青獅子のもとに行くと告げ、再び外に出た。

 総司令官の魔凛だが、この遠征では大抵は単独行動だ。

 いまもそうだ。

 

 魔凛は麗芳と違って『移動術』は遣えない。

 空を飛んで青獅子が魔王宮として使っているあの李媛の屋敷に移動する。

 考えてみれば、それももう終わりだ──。

 

 大旋風と交わした道術契約では、魔凛が勝てば、大旋風から道術をもらい受けることになっている。

 大旋風は『変身術』だけじゃなく、『移動術』も遣えたはずだ。

 大旋風から道術を魔凛に譲渡させれば、それも魔凛の能力になる。

 

 それだけじゃない──。

 青獅子は宝玄仙を捕らえるのに功績のあった側に、三魔王軍の総司令官にすると約束した。

 独立的に動く三魔王軍の司令官ともなれば、魔凛の権力は三魔王を除く、随一ということになる。

 さらに、その軍を率いて長く独立して動くということになれば、もしかしたら、三魔王に匹敵する独自の勢力を作ることも不可能でないかもしれない。

 

 鳥人族として、いずれ独立する……。

 それは麗芳などとともに何度も話し合っていた魔凛たち鳥人族の悲願だ。

 鳥人族は亜人の一族の中でも少数派だ。

 だから、その立場を守るためには、三魔王軍のような強大な力に頼る必要があったのだ。

 

 魔凛は権力が欲しかった。

 いつか、鳥人族を独立した勢力にするために、ほかにおもねる必要のない力が欲しかった。

 魔凛はその先頭を進むつもりだ。

 そのために抱かれたくもない金凰の愛人になり、その性器を舐め、おぞましいその男根を受け入れたりしたのだ。

 すべては誰にも屈する必要のない力を手に入れるため……。

 

 軍司令部にしている人間族の行政府と青獅子が魔王宮にしている屋敷は近い。

 すぐに到着した。

 魔凛は屋敷の前に降り立った。

 

 ひとりで屋敷の表門に立つと、見た目ではわからないが、屋敷の敷地全体が青獅子自身の強い結界で覆われているのがわかる。

 さすがの魔凛もその強い霊気の前には、怖気のようなものが走った。

 

 魔凛が屋敷の前に到着すると、まるで待っていたかのように、青獅子の部下が道術で出現した。

 その案内で屋敷内を歩いていく。

 庭園になっている前庭をすぎて、主殿である屋敷の玄関から中に入る。

 どういう道術を遣っているのかわからないが、この屋敷の内部は魔凛が訪れるたびに間取りや廊下の様子が変化している。

 最初に訪れたときには、ただの平凡な人間族の屋敷だったのに、いまでは完全な魔王宮であり、案内なしでは魔凛も迷ってしまいどこにも辿りつけない。

 まあ、それも青獅子の結界の一部のようなものなのだろう。

 

 やがて、青獅子の待っているはずの屋敷の大広間の前に着いた。

 案内人が先に入っていき、その広間に入る戸の前で待たされる。

 魔凛は待っている間、数日前にここで李媛(りえん)たちが辱められるのを目の当たりにしたことを思い出した。

 

 この城郭を魔凛の道術で無血占領した最初の日のことであり、そのときは尿意に苦しむ李媛を魔凛は青獅子の前に連れていったのだ。

 あの青獅子と大旋風は、それを面白がって、わざと李媛に排尿を許さずにねちねちといたぶって苛めては愉しんでいた。

 その下衆な光景を思い出して魔凛は嫌な気分になった。

 

 広間に入る扉が大きく開け放たれた。

 部屋の中には、最奥に青獅子が魔王としての玉座に座り、両側には青獅子の直属の部下たちがずらりと並んでいた。

 魔凛は彼らが両側に並ぶ中央を青獅子の座る玉座に向かっていく。

 

 青獅子を初めとして部屋の中の全員の視線が魔凛に向けられる。よくわからないが、全員がにやにやと笑っているようだ。

 薄気味の悪さを覚えながら、魔凛は青獅子の前で片膝をついた。

 

 ふと見ると青獅子の玉座の周りには、宝石付きの首輪をつけられた李媛と李姫(りき)貞女(ていじょ)がいる。

 三人の首輪の鎖は玉座の手摺に繋がっていた。

 三人はほとんど全裸だが、乳首と股間に大きな宝石がぶらさがっていた。

 なにか金具のようなものを乳首と性器に埋め込まれて、それで宝石をぶらさげているようだ。

 もっとも、それがわかるのは、玉座の両側に犬のように四つん這いの姿勢をとらされている貞女と李姫だけだ。

 李媛はこちらに尻を向けて、一心不乱に青獅子の股間をしゃぶっていた。

 魔凛は三人の哀れな姿を目にしないようにしながら、青獅子に一礼した。

 

「出頭しました」

 

 魔凛は頭を下げた。

 

「ご苦労だったな、魔凛……。確かに、宝玄仙は受け取った──。先程、間違いなく、お前の命を受けた者が余に引き渡しにきた。宝玄仙は地下の家畜牢に監禁させた。そこで必要な措置をしている最中だ」

 

 青獅子は言った。

 

「はい」

 

 魔凛はそれだけを言った。

 一体呼び出された理由はなんだろう──?

 魔凛は内心で首を傾げていた。

 道術契約の決着をつけるのであれば、まだ、大旋風はここにはいないはずだから、まだ早いはずだ。

 あれは道術契約を交わした当事者のふたりが揃わないと決着をつけられない。

 道術契約とはそういうものなのだ。

 

 青獅子が魔凛の功績を讃えるために呼び出したとも考えられるが、青獅子の性格から考えると、わざわざ魔凛を褒めるために呼び出すとも思えない。

 それに青獅子をはじめとする周囲の側近たちのにやにや笑いも不気味だ。

 なぜ彼らは魔凛に意地の悪い視線を向けて笑っているのだろうか……?

 

「ところで、余の前で大旋風と交わした道術契約のことは覚えているか?」

 

 青獅子は言った。

 そのことかと思った。

 だが、大旋風が戻って来る前に、わざわざそれを事前に確認するためだけに魔凛を呼び出したのだろうか……?

 

「もちろん、覚えております。宝玄仙の捕獲に功績のあった側は、負けた側に命令ひとつを従わせることができる──。そういうことでありました。また、その勝者を三魔王軍の総司令官の地位につけるとも……」

 

「前者はともかく、後者は道術契約の内容ではないな──。まあ、遅かれ早かれわかることだから先に言っておくが、三魔王軍の総司令官の話など出鱈目だ。お前に道術契約を結ばせるためのな──。そうでも言わないと、お前はこの賭けに乗らないと思ってな。すべてはうまくいったわ。まんまと騙されおって──」

 

 青獅子が笑いを込みあげるような口調で言った。

 その瞬間、周囲の側近たちが我慢できなくなったかのように爆笑した。

 魔凛は呆気にとられた。

 

「嘘?」

 

 驚愕してその言葉しか出てこなかった。

 一体なにを言われたのかわからない。

 周りの人間たちが笑い続けている。

 騙されたと言うが、なにを騙されたのか、まったくよくわからない。

 三魔王軍の総司令官の話が出鱈目だというのは、その通りなのかもしれない。

 しかし、この雰囲気はそれだけではない危険なものがある気がする。

 魔凛は呆然としていた。

 

「し、しかし……。そ、それはどういうことなのですか、青獅子様。い、いまさら、出鱈目だと言われても……。そ、それはこの魔凛を愚弄しているとしか……」

 

 やっとのこと言った。

 しかし、魔凛の抗議はさらに大きくなった周囲の側近たちの爆笑に邪魔された。

 青獅子が手をあげる。

 側近たちの笑いが少し鎮まった。

 

「それよりも、魔凛、お前はさっき間違ったぞ。道術契約というものをお前はよくわかっていなかったのだと思うが、道術契約というのは、お互いに考えたことよりも、言の葉に載せた内容が優先されるのだ。お前がさっき口にした条件は、余やお前が口にしたことだ。だが、大旋風とお前が交わした道術契約の直前に、あの大旋風が載せた言葉こそが、契約の文言次なのだぞ」

 

「直前?」

 

 話の内容の半分も理解できないが、直前に大旋風が口にした言の葉とはなんだったろう?

 

「すなわち、“宝玄仙を捕らえて、青獅子の前に連れてきた者を勝者として、敗者は勝者の命令に必ずひとつ従う”──。これなのだ。それ以外の話は、その前振りとして話されただけで、実際の道術契約に載ったのはさっきの大旋風の言葉だ。これが意味することはわかるか?」

 

 青獅子が笑いながら言った。

 よく覚えていないが、そうだったかもしれない。

 それではっとした──。

 

 そうだとすれば、魔凛は大きな失敗をしていることに気がついたのだ。

 あまりにしつこい軍令だったので、魔凛は麗芳に宝玄仙の青獅子への引き渡しを任せたが、それでは、あの道術契約の条件を満たす行動をしたのが魔凛ではなく麗芳ということになる。

 

 魔凛は内心で舌打ちした。

 どうやら青獅子がしつこくそれを魔凛に迫ったのは、つまりは、魔凛が宝玄仙を捕らえることに成功したとしても、魔凛を道術契約の勝者にする条件を満たさせないための措置だったのだ。

 魔凛は歯噛みした。

 

 いずれにしても、大旋風との勝負はこれで“勝敗なし”という結果になったということだ。

 麗芳と一緒に宝玄仙を届けさえすれば、魔凛の勝ちになったというのに口惜しいことだ。

 しかし、眼の前の雰囲気はそれだけではない気がする。

 もしかしたら、魔凛は自分が気がつかないところで、とてつもない失敗をしたのか……。

 そんな不安が過ぎってくる。

 

「では、条件を満たした勝者を呼ぶとするか……。おい──」

 

 青獅子が大きな声をあげた。

 すると奥の部屋の扉が開いた。

 

「れ、麗芳?」

 

 入ってきたのは麗芳だ。

 魔凛は声をあげたが、その麗芳の表情に思わず、続く言葉を続けることができなかった。

 そこにいたのは、麗芳であって麗芳ではなかったのだ。

 それは勘でしかない。

 だが、注意深く隠していたものをいまは完全に曝け出し、麗芳がついに正体を現した。

 そんな感じだ。

 

 そして、最近の麗芳に感じていた奇妙な違和感の正体を初めて悟った。

 違和感の正体はこの麗芳だ──。

 なにかが違う。

 

 姿は麗芳だが中身が魔凛が以前から知っている麗芳じゃない……。

 おそらく、これまでずっと麗芳はこの違和感が表に出ないように隠していたに違いない。

 だが、時折垣間見るいまの表情の麗芳に、魔凛はずっとおかしなものを無意識のうちに感じていたのだ。

 魔凛はさらになにかを麗芳に話しかけようとしたが、麗芳が手をあげて魔凛の言葉を制した。

 

 その麗芳がゆっくりと歩いて青獅子の横に立つ。

 麗芳ではない──。

 魔凛はいまこそわかった。

 あまりもの驚きに叫びだしそうだったのを辛うじて魔凛は耐えた。

 

「魔凛、お前の阿呆さは極めつけだな。俺としてはいつばれるかと冷や冷やしていたが、まさか、この俺の変身した麗芳に尻の穴まで見せるとは思わなかったぜ──」

 

 その麗芳が弾かれたように爆笑した。

 そして、麗芳だった姿が溶けていき、そこに大旋風の姿が出現した。

 魔凛はあまりの衝撃に眼の前がすっと暗くなるのを感じた。



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457 屈辱の真実

「だ、大旋風(だいせんぷう)──?」

 

 魔凛はあまりのことにしばらく口を開くことはおろか、考えることもできなかった。

 息をするのも忘れるほどの驚愕の時間、大旋風の馬鹿笑いの声が部屋に響き続けた。

 

 だが、いまこそ自分の迂闊さが理解できる。

 麗芳(れいほう)はしばらく前から大旋風が『変身術』で変身をした姿と入れ替わっていたのだ。

 このところ抱き続けたおかしな違和感の正体がこれだったのだ。

 

 しかし、それはいつからだ……?

 最初に麗芳に不自然さを感じたきっかけはなんだったか……?

 麗芳とは魔凛の素の部分を曝け出して接している。その麗芳にいつの間にか代わられていたのなら他人には見られたくない魔凛の姿を見られたはずだ。

 魔凛のなにを知られた……?

 魔凛は懸命に考え続けた。

 だが、どうしても絶望的な答えしか出てこない……。

 

「お前が麗芳に変化した俺に迫ってきた夜は、俺はおかしくておかしくて、笑いを堪えるのに苦労したぜ……。もう、お前を縛って尻の穴に性具を入れてやったときなど、もうどうでもいいから、正体を明かして珍棒を突き挿してやろうと思ったんだがよう」

 

 大旋風は笑い続ける。

 しかし、魔凛はあまりのことに言葉を喋ることができないでいた。

 頭の中は混乱して、まともに思考をすることができない。

 

 昨夜の痴態の相手が大旋風だった。

 なんということだ……。

 視界がぐるぐると回る。

 

 立っていられない……。

 激しい羞恥と後悔が魔凛の脚をふらつかせる。

 同時にこれまでに感じたことのない怒りが魔凛の肚の底から込みあがる。

 麗芳だと思っていたからこそ、身も心も飾らない魔凛を曝け出し嬌態を見せたのだ。

 淫らに疼く身体を慰めるために麗芳を呼び出して裸身を晒し合い、唾液をすすり、肌を擦り合い、淫具で遊んだ。

 麗芳に責められて、女陰や肛門をいたぶられてよがり狂う魔凛の姿を晒したのだ。

 その麗芳が事もあろうに、この大旋風だった──。

 魔凛の全身はあまりの激情にぶるぶると震えだしている。

 

「な、なんのためだ、大旋風──。人を馬鹿にするのもほどがあるぞ。どうして、そんなことをしたのだ──?」

 

 魔凛は頭に血が昇ったようになって叫んだ。

 

「もちろん勝負に勝つためだ。俺は最初からお前が捕えた宝玄仙を横取りして青獅子(あおじし)様に届けることだけを狙ってたんだ。俺がおびき寄せ役で、お前が捕え役だと決めていても、どうせお前のことだから抜け駆けして俺の行動を待たずに、宝玄仙のおびき寄せもやるだろうと思ったしな。そして、本当に思った通りの展開になったぜ。まったく、うまく踊ってくれたものさ」

 

 大旋風は愉しくて堪らないという様子で腹を抱え続けている。

 魔凛はその様子に怒りを通り越して呆然としてしまった。

 本当にまったく気がつかなかった。

 魔凛は自分の迂闊さがいまだに信じられない思いだ。

 

「まったく昨夜は愉しかったよな、魔凛……。お前も満更でもなかったろう? あんなに俺の眼の前でよがりまくったんだ。今更、白ばっくれても手遅れだ。それにな、魔凛……。実は、お前と麗芳がああいう仲だというのは、事前に麗芳を問い詰めて白状させてたんだ。だから、昨夜、お前に呼び出されたとき、もしやそんなこともあるかもしれんと思って、『映録球』を忍ばせていたんだぜ。気がつかなかったろう? これを見ろ」

 

 大旋風が笑いながらこぶし大ほどの黒い球体を懐から出して床に転がした。

 魔凛は目を丸くした。

 

 『映録球』というのは、実際に起きている映像を道術によりその球体の中に記録しておき、必要なときに空中に投影して再現するという霊具だ。

 それで昨夜の魔凛の痴態を記録に撮られた──?

 

 まさか……?

 しかし、球体から出現した半透明の自分の寝姿の立体映像に愕然とした。

 立体映像の魔凛は素っ裸だった。紛れもない昨夜の自分だ。

 

 

“そ、そんなところは──”

 

 

 映像の魔凛が淫らな声をあげた。

 麗芳に変身している大旋風の姿は腕の部分しか投影されていないが、その指が魔凛の肛門にしっかりと食い入っているのがはっきりと投影されている。

 

 

“あんっ、んんっ、んあああっ──。れ、麗芳──。そ、そこは堪忍だ。そこはだめ──。こ、怖い──。そ、そこは怖い──。やあっ、はあっ、はあっ……あっ……はあっ──”

 

 

 立体映像の魔凛が吠えるような声をあげた。自分でも赤面するほどの淫らな顔だ。

 青獅子の側近たちが魔凛の立体映像を囲んで大笑いをしている。

 

「や、やめんか──。み、見るな、貴様ら──」

 

 魔凛は床に転がっている『映録球』に飛びついた。

 足で踏みつぶして粉々に砕く。

 立体映像の魔凛が瞬時に消滅した。

 

「そんなものいくら壊しても無駄だぜ、魔凛。たくさん複製させてもらっているからな。もちろん、ここにいる人間には『映録球』に映っていたお前の嬌態を全部見せた。みんな、滅多に見られねえお前の可愛らしい姿に大喜びだったぜ」

 

「な、なんだと、大旋風──」

 

 羞恥で全身が熱くなる。

 ここにやってきたときにこいつらがにやにやと笑っていた理由がわかった。

 あの映像のことを思い出して、それで魔凛のことを笑っていたのだ。

 

「ああ、そんなことしないで、いやあっ」

 

 周囲の男たちのひとりが魔凛の声真似をしてげらげらと笑った。

 ほかの男たちもどっと笑う。あまりの口惜しさで魔凛は絶句してしまった。

 

「そういうわけだ、魔凛。一個や二個の『映録球』を壊したって、いまさらどうしようもないぜ……。俺は『映録球』を届けただけだから一緒に観る暇はなかったが、青獅子様も含めてさっきここで上映会をしたらしいぜ。お前が淫具と俺の指の二本挿しでよがりまくった姿はみんなすでに見てるんだ。いまさら恥ずかしがっても手遅れだ……」

 

「き、貴様──」

 

 魔凛は大旋風を睨みつけた。

 握った拳がぶるぶると振えるのがわかった。

 

「おっ? どうしたよ、魔凛? そんなに震えちゃってよ──。そんなに口惜しいのか? それにしても、大事な俺の霊具を勝手に壊しやがってどうしてくれんだよ。弁償してくれんだろうなあ?」

 

「大旋風の兄貴、身体で払ってもらえばいいじゃないですか。結局のところ、女に化けていたから、兄貴も魔凛を相手に挿せずじまいだったんでしょう? 壊した霊具の支払いは魔凛の身体でいいじゃないですか?」

 

「馬鹿野郎、お前──。お前もあの『映録球』の魔凛を観たんだろう? 澄ました顔しているけど、こいつは好き者なんだよ。こんな女の股間に一物を挿してやっても歓ぶのはこいつだぜ……。耳掃除して気持ちがいいのは、耳の方かい、それとも耳掻きかい?」

 

「なるほど、魔凛のあそこは垢の溜まった耳穴ですかい、大旋風の兄貴?」

 

「そういうことだ。男に掘られたくて、掘られたくて、うずうずしてやがんだよ、こいつは──。だから、あんなに悶え泣いたりするんだ」

 

 大旋風が魔凛をあおりたてるように、勝ち誇ったような表情で言った。

 魔凛は、いまや自分の鼓動がはっきりと感じられるほど激しく動いているのがわかる。

 

 もう、どうでもいい──。

 仮にもここは青獅子の魔王の玉座の前だがこれ以上の愚弄には耐えられない。

 とりあえず一発ぶん殴ってやる……。

 

「な、なにが耳穴だ。ふざけるな、大旋風──。なら、お前の耳掻きをへし折ってやる」

 

 魔凛は大旋風に向かって叫んだ。

 同時にさっと右手を腰の後ろに動かす。

 腰に巻いた帯の後ろ側に水晶の杖をさげているのだ。

 それに手をかける。

 大旋風の顔から笑みが消えて一瞬にして真顔になる。

 周囲の男たちの顔にもさっと緊張が走るのがわかった。

 

「魔凛、それでなにをするつもりだ──。この青獅子の魔王宮内で許しもなく、私闘のために道術を遣うつもりではなかろうな──」

 

 不意に青獅子の声が鳴り響いた。

 いつもは大旋風と一緒にふざけ半分に女をいたぶって悦に入って相好を崩すような好色男だが、流石はこの近傍に名を轟かせる三魔王の末弟だ。

 その怒声と覇気の力に肌がひりつくような恐怖を感じた。

 

 魔凛は噴きあがる激情をなんとか堪えた。

 軽口のような青獅子のその言葉の裏には、魔凛に対する強い警告がある。

 おそらく、ここで魔凛が激情に走ってなにかの行動を起こせば、今度は青獅子が魔凛に対して力を行使する──。

 青獅子はそう言っているのだ。

 仕方なく魔凛は一度抜いた水晶の杖を再び腰の後ろに戻した。

 

「それよりも、お前に見せたい映像がもうひとつある……。今度は壊すんじゃねえぞ」

 

 すると大旋風がまた別の『映録球』を取り出した。

 魔凛はかっとした。

 

「こ、この後に及んでまだわたしを愚弄するつもりか──」

 

「あわてんなよ、魔凛──。ここに記録されているのは、お前じゃねえ。お前、さっきから騙されて、麗芳に化けた俺に自分の破廉恥な痴態を晒したことばかり怒っているようだが、もう少し冷静になった方がいいんじゃねえか? 俺が麗芳に化けていたということは、一体全体、本物の麗芳はどうしていると思っているんだ?」

 

 大旋風が言った。

 魔凛はびっくりした。

 考えてみればその通りだ。

 おそらく数日前から、魔凛にずっと付き従っていたいたはずの麗芳の姿に大旋風は変身して入れ替わっていたのだと思う。

 ということは、そもそもその最初の段階で本物の麗芳は、大旋風たちにさらわれて監禁されていると考えるべきだ。

 

 あるいは殺されているとも……。

 

 魔凛は懸命に頭を動かして記憶を探った。

 この城郭を攻める直前に、攻撃準備を整えた陣にあの李媛が哀れな姿で軍師としてやってきたときには、麗芳は本物だった。

 あのときは大旋風もいたし、魔凛がけしかけて麗芳に大旋風の下半身を露出させたりした。

 だから、大旋風が得意の『変化の術』で麗芳に入れ替われるのはその後からのはずだ。

 

 そういえば、魔凛が鳥人族の親衛隊のみをこの城郭の行政府を占拠して総司令部に移した翌日からは魔凛は大旋風の姿を一度も見ていない。

 そして、麗芳の様子がおかしいと感じ出したのはその頃からだったと思う。

 すると本物の麗芳は、そのときにさらわれていたと考えるべきなのか……?

 

 大旋風の取り出した『映録球』がもう一度床に転がされた。

 そして、再び立体映像が投影されだした。

 こんど映ったのは魔凛ではない……。

 

 麗芳だ──。

 

 

“お、お願いれす……。ち、珍棒、挿して……くりゃさい……。ねえ、珍棒ちょうらい……。珍棒くりゃさい……。おれがいれす……。お願い……れす……珍棒……。お、犯して……犯してくりゃさい……犯ひゅて……”

 

 

 立体映像の麗芳が呂律の回っていない舌で懸命に卑猥な言葉を口にしている映像が流れ出した。魔凛は驚愕した。

 

「れ、麗芳──?」

 

 絶叫した。

 そこに映しだされた麗芳は明らかに正気を失っていた。

 全裸だ。

 しかも、目つきがおかしい……。

 明らかに精神を狂わされている。

 

 そこに映っているのは麗芳だけなのだが、膝立ちになり周囲を囲んでいる複数の相手に懸命に自分を犯してくれと訴えているようだ。

 麗芳は眼の前で始まったあまりにも哀れな麗芳の立体映像に言葉を失っていた。

 自分を取り巻いている相手に、虚ろな表情で涎を垂らしながら媚を売り、一生懸命に呂律の回らない口調で卑猥な言葉を訴えている。

 眼の前の立体映像の麗芳からは、もはや知性のひとかけらも感じることができなかった。これがいまの麗芳などということは信じられない。

 

 無論、『映録球』に刻まれていたのが本当に映像ではないという可能性はある。

 だが、いま、大旋風が麗芳の偽者の映像を見せる理由はない。

 おそらく、この麗芳はどこかに監禁されている本物の麗芳に違いない。

 多分、麗芳はなにかの薬物に侵されている。

 それで精神を壊されたのだ。

 

 魔凛の全身の血が沸騰した。

 こいつらは麗芳になにをしたのだ──?

 今度こそ、青獅子がどう反応しようと、ここで暴れてやろうと決めた。

 その結果、八つ裂きにされても構わない──。

 

 それに、大旋風がこれだけのことをやったとすれば、それを動かしているのは青獅子自身だ。

 つまり、魔凛や麗芳は、青獅子軍そのものから嵌められたのだと思う。

 そして、大きな欺瞞の中にいる……。

 

 罠を仕掛けられたのだ。

 

 そう悟るしかない。

 こうなったら、もう叛逆とみなされようとも鳥人族の一隊を集めて逃亡するか戦うしかない──。

 どうして、こんなことになったのかよくわからないが、魔凛をはじめとする鳥人族たちは、いま、青獅子たちから理不尽な捕縛をされようとしているのだ──。

 もう行動を起こすしか……。

 

 そのとき、大きな声で卑猥な言葉を喚き続けている麗芳の映像が目に入った。

 再び腰の杖に手を動かしかけた魔凛は、立体映像の麗芳のその身体の不自然さにやっと気がついて凍りついた。

 最初に見たときは裸身の麗芳には腕がなかったので後手に拘束されているものと思い込んだのだが……。

 

「れ、麗芳──、お前、腕はどうしたのだ──?」

 

 眼の前にいるのはただの立体映像だと承知していながら、魔凛は麗芳に声をあげた。

 自分を犯せと懸命に訴えている麗芳には腕が完全になかったのだ。

 すっぱりと肩口から切断されてなにもなくなっている。

 

 それだけじゃない。

 鳥人族の誇りである翼もない。

 鳥人族の大きな翼は背に畳むこともできるし、あるいは道術でもっと小さくして首の後ろ側にたてがみのように集めることもできる。

 しかし、麗芳の背にはなにもなくなっている。

 わずかに翼が繋がっていたと思われる部分に鋭利な刃物で翼そのものを切断したとしか考えられない痣があるだけだった。

 こいつらは麗芳の頭を薬物で破壊しただけではなく、鳥人族の象徴である翼を切断し、そして、腕までも切断したのだ。

 どうしてこんなに残酷なことができるのだ──。

 

「だ、大旋風──。これはお前の仕業か──」

 

 魔凛は叫んだ。

 気がつくと、大旋風に組みついて襟首を掴んで締めあげていた。

 もう青獅子がなにを言おうが、咎められようがどうでもいい。

 麗芳をあんな姿にしたこいつらを許すわけにはいかない──。

 絶対に殺してやる──。

 

「俺の仕業というのはどれのことを言っているんだ? 麗芳をさらったのは確かに俺だが、俺はその麗芳に化けてお前についていなければならなかったから、麗芳に手を出したのはこいつらさ──。この連中は、ちょっとばかり、強い媚薬を麗芳に使いすぎて、すっかりと頭をいかれさせてしまったらしいな……」

 

「なっ……」

 

 魔凛は絶句した。

 こいつら全員か……。

 

「魔凛、この映像の麗芳は、尻穴に道術で抜けないようにした強烈な媚薬の座薬を挿しぱなしにしているときのものらしいぜ──。俺もさっき見てきたばかりだが、お陰でいまでも麗芳はあの調子だったぜ──。あいつには白痴の雄奴隷をあてがってやったが、嬉しそうにその雄奴隷の一物に股を擦りつけていたな。いまでも、その立体映像そのものの姿で白痴相手に珍棒をねだっているんじゃねえかな……」

 

「き、貴様ら……ゆ、許さん……」

 

「許さ菜ならどうすんだ、鳥人族の族長殿。ああ、それから、腕を叩き斬ってやっとのは俺だ。放っておくと四六時中自慰をやりやがるんで、両腕を切断してやったのさ。さもねえと死ぬまで自慰を続けそうな感じだったしな。ちゃんと道術で治療してやっているから綺麗な切断面だったろう──」

 

 大旋風は魔凛に襟を絞められながら大笑いした。

 魔凛はそのまま大旋風を床に押し倒した。

 しかし、数名の側近たちに身体を掴まれた。

 腕や胴体を掴まれて強引に大旋風から引き離される。

 

「き、貴様──。ゆ、許さん──。こ、殺してやる──。殺してやるからな──。れ、麗芳を戻せ──。ここに連れて来い、大旋風──。麗芳はどこだ? どこに監禁しているんだ?」

 

 魔凛は数名の男の亜人たちに羽交い絞めにされながら喚いた。

 しかし、大旋風はわざとらしくゆっくりと立ちあがると、服の汚れを払う仕草をした。

 その余裕たっぷりの態度にまた血がのぼる。

 激情のまま、再び掴みかかろうとしたが、それは魔凛を掴んでいる男たちに阻止された。

 

 大旋風が床に転がっている『映録球』を拾いあげた。

 哀れな麗芳の立体映像が消える。

 麗芳がどこにいるのかわからないが、立体映像にわずかに映った周囲の情景から考えると、この魔王宮の地下のような気がする。

 

 魔凛は複数の青獅子の側近たちに身体を抑え込まれながら、麗芳を助け出す方法を探して頭を巡らせた。

 すべてのことが魔王である青獅子の仕掛けなのであれば、麗芳を救いだすのも容易ではないのかもしれない。

 いまでこそわかるが、おそらく、青獅子にしても大旋風にしても、こうやって魔凛たちを追い詰める機会を探していたのだと思う。

 もしかしたら、鳥人族の一族と離されて、五十人ほどの親衛隊のみを率いるだけで、この青獅子軍の遠征に参加させられたことも、魔凛に対する大きな罠の一部だったのかもしれない。

 そう考えて、魔凛は玉座に座ってこっちを平然と見守るだけの青獅子に視線を向けた。

 

 青獅子は優越感に浸った表情でほかの男の亜人たちに押さえつけられている魔凛を眺めていた。

 その青獅子の表情で魔凛は、さっきの映像にあった麗芳への仕打ちについても青獅子が糸を引いているということを悟った。

 

 嵌められたのだ──。

 

 その思いが魔凛の血を沸騰させる。

 その時、魔凛は自分を冷ややかな表情で見つめている李媛(りえん)李姫(りき)貞女(さだじょ)の表情に気がついた。

 さっきまで青獅子の股間をしゃぶらされていた李媛は、いまはそれは許されて、娘たちと同じ姿勢で青獅子の玉座に首の鎖を繋がれた犬のように四つん這いの姿勢をとらされていた。

 

 自分たちをこんな境遇にした魔王軍の内紛のような状況に接している彼女たちは、その結果青獅子たちの卑劣な罠に陥りかけている魔凛に冷酷な視線を向け続けている……。

 そのとき、いきなり背後から膝の後ろを蹴飛ばされた。

 

「ぐっ」

 

 そのまま膝立ちの姿勢を強要される。

 両腕は別々の男に背中側に捻じ曲げられて固定され、さらに両側と真後ろにもほかの亜人の男が魔凛を押さえるように立つ。

 

 魔凛は膝立ちの姿勢を真っ直ぐに青獅子に向かって固定された。

 腰に差していた水晶の杖が抜き取られて大旋風に渡される。

 大旋風はその杖をそのまま青獅子のところに持っていった。

 

「魔凛、お前の捕縛にはもっと手こずるかと思ったが、案外呆気なかったのう。金凰(きんおう)の兄者も悦ばれるであろうな──。それにしても、お前も随分と兄者に嫌われたものだな。一度は愛人にまでしたお前については、捕縛して無力化してしまえば、もはや、殺そうと奴隷にしようと、余の好きにしていいそうだ。とにかく、兄者の前に姿を見せないようにすればいいらしい。余は、それでお前の身柄をお前がもっとも嫌っている大旋風に預けることにしたのだ……。観念するのだな、魔凛」

 

 青獅子が魔凛の武器である水晶の杖を受け取って言った。

 これで青獅子単独の判断というわけではなく、金凰魔王までも承知している魔凛の追放劇だとわかった。

 魔凛の心に絶望感が駆け巡る。

 五、六人の屈強な青獅子の側近たちに、身体を押さえつけられて、もはや身動きもできない魔凛は口惜しさに血の出る程に唇を噛みしめた。

 

「そういうことだ、魔凛……。お前はこれで終わりだ。これからは総司令官でもなく、金凰魔王軍の女将軍でもなく、この俺の性欲を発散するためのただの淫具だ──。お前がすっかりと俺に調教されれば、麗芳にはいずれ会わせるさ……。それよりも、道術契約の履行をしようぜ、魔凛」

 

 青獅子の前から戻ってきた大旋風が魔凛の前に立ちはだかって言った。

 はっとした。

 そういえば、大旋風は道術契約の示す勝者になった場合は、魔凛を衆人の前で犯すと言っていたはずだ……。

 

「わ、わたしをここで犯すつもりか……」

 

 しかし、それを聞いて大旋風が爆笑した。

 

「もちろん犯すが、それはもっと後の話だ。お前には俺の性欲解消の淫具に成り下がってもらうぜ。一切の命令に逆らえない哀れな俺の道具にな」

 

 大旋風はそう言って、懐から銀色の首輪を取り出した。



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458 隷属支配の恥辱と恐怖

 はっとした。

 

 そういえば、大旋風(だいせんぷう)は道術契約の示す勝者になった場合は、魔凛を衆人の前で犯すと言っていたはずだ……。

 

「わ、わたしをここで犯すつもりか……」

 

 魔凛は男たちに身体を押さえられながら呻くように言った。

 おそらくそうするのであろう。

 もう、水晶の杖を取りあげられた魔凛にはそれを拒む力はない。

 しかし、魔凛の言葉に大旋風は爆笑した。

 

「もちろん犯すが、それはもっと後の話だ。お前には俺の性欲解消の淫具に成り下がってもらうぜ。一切の命令に逆らえない哀れな俺の道具にな」

 

「淫具?」

 

「そうだ、淫具だ。さっきもお前は俺の淫具だと言っただろう──。淫具が一人前に俺に犯してもらえるなんざおこがましいぜ。それよりも、俺が望むのは、名実ともにお前が俺の淫具になる仕打ちをすることよ……。つまり、これだ」

 

 大旋風が今度は懐から銀色の首輪を出した。

 魔凛は目を見張った。

 眼の前にかざされただけで、なにか強力な霊気を帯びている霊具だということがわかる。

 それを魔凛に嵌める気に違いない。

 正体のわからないもの強力な首輪の霊具を装着されようとしていることに、魔凛の全身を恐怖が走る。

 

 本能的に思わず魔凛は逃げようとした。

 しかし、前後左右から身体を押さえられて自由が封じられていてできない。

 それどころか、後ろに立った男に髪を掴まれて、大旋風のかざすその首輪の霊具に向けて首を押しやられる。

 

「な、なんだ、それは……?」

 

 大旋風が魔凛の首に銀の首輪を触れさせた。

 怖ろしいほどの霊気のこもった霊具だ。

 魔凛はこれほどまでに霊気のこもったものに接するのは生まれて初めてだ。

 

 ぞっとした。

 絶対にこれを嵌められてはならない──。

 本能がそれを告げていた……。

 魔凛は顔を振ってなんとか逃げようとした。

 しかし、それを魔凛を膝立ちに拘束している男たちが阻む。

 大旋風はぐいぐいと魔凛の首にその銀色の首輪を押しつけてくる。

 

「今回のご褒美に俺が青獅子様から授かったものだ。『服従の首輪』というものだそうだ。これを嵌められたものは、嵌めた者の命令を未来永劫一切拒否することができねえという究極の支配霊具だそうだ──」

 

「支配霊具? つまり、隷属具か?」

 

「そうだ。まあ、お前の『支配術』のようなものだが、それよりももっと完璧で簡単な霊具ということだな……。だが、この霊具は一番最初に支配される者が支配を受け入れると口にすることが必要らしいんだ──。そういうことだから、道術契約によって要求するぜ、魔凛──。この『服従の首輪』を受け入れろ。俺の支配に入るんだ。そして、俺の命令には一切逆らえない俺の淫具に成り果てろ」

 

 大旋風が言った。

 冗談じゃない──。

 魔凛の全身から一斉に汗が噴き出した。

 

 そんなものを受け入れたら最後、本当に魔凛はこの大旋風の奴隷以下の立場になる。

 この霊具が帯びている夥しい霊気から考えると、おそらくこの首輪は大旋風が喋った通りの効果があるに違いない。

 それくらいの強い霊気だ。

 

 絶対に受け入れてはならない──。

 魔凛は心の中で絶叫した。

 しかし、魔凛の口はまったく魔凛の意思と反する言葉を口にしようとしていた。

 魔凛にはそれがわかる。

 

 道術契約の力だ──。

 

 お互いの霊気と霊気を刻んで絶対の約束を結ばせる道術契約だ。

 道術契約で魔凛は、青獅子に宝玄仙の身柄を渡したものを勝者と認めて、その勝者の命令にひとつ従うと誓ってしまっている。

 そして、嵌められたとはいえ、魔凛は大旋風を勝者と認識してしまっている。

 その大旋風の命令が『服従の首輪』という霊具を受け入れることなのだ……。

 

「う、受け入れる……」

 

 魔凛の口が魔凛の意思を完全に無視してそう呟いた。

 大旋風が魔凛の首に押し当てていた首輪が、がちゃりと音を立てて自分の首に嵌るのがわかった。

 けたたましい笑い声が部屋に響いた。

 勝ち誇った様子の大旋風の哄笑だ。

 魔凛を押さえつけていた男たちがやっと手を離した。

 

 とっさに魔凛は出口に向かって駆けた。

 なにも考えていなかった──。

 とにかくこの恐怖から逃げること──。

 それしか頭にない──。

 

「こっちを向け。そして、もう動くな。命令だ──」

 

 大旋風が言った。

 出口に走りかけていた魔凛の身体が勝手に反転して大旋風の方を向く。

 そして、身体が凍りついたように動かなくなった。

 

「こ、これは……」

 

 魔凛はぞっとした。

 大旋風の“こっちを向いて動くな”という命令で身体が動いて、その後、動かなくなったのだ。

 本当に逆らえないのだ……。

 これが『服従の首輪』の力……。

 

「魔凛、俺から逃げることを禁止する。未来永劫にだ。これも命令だ……。もう、お前は俺から逃げられねえ。俺がどこに行くにもついて来い。命令だ。自殺することも禁止する。俺を危険に及ぼすようなことをすることや、それを看過することも禁止だ。わかったな、命令だ」

 

 矢継ぎ早に加えられる命令を自分の心が受け入れているのがわかる。

 魔凛の全身から冷や汗が噴き出す。

 

「魔凛、青獅子様にすべての道術を譲渡する道術契約を結べ──。期限は無期限。代償はお前が俺の奴隷になることだ。命令だ」

 

 大旋風が魔凛の顔の前で、馬鹿みたいに笑いながら、微笑みながら言った。

 道術契約は一応は相互契約だ。

 お互いに道術によって、破れない約束事を結ぶのだ。

 しかし、この場合、魔凛の道術を譲渡する代わりに、大旋風の奴隷になるのでは、魔凛からの一方的な搾取だ。

 だが、お互いに認めているのだ。

 契約は成立する……。

 

「あ、青獅子様に……す、すべての道術を譲渡する……。誓う……」

 

 魔凛の口が勝手にそう口にするとともに、道術契約を結ぶための道術を発散しだした。

 

「誓おう──」

 

 青獅子が声をあげた。

 その瞬間、魔凛の持つすべての道術が青獅子に移動するのがわかった。

 魔凛は愕然とした。

 一方で、得体の知れない支配具による大旋風への隷属に続いて、道術契約による奴隷化が成立した。

 つまり、大旋風に対する魔凛の隷属が強化されたということだ。

 自分が道術を失った無力な存在になったのがわかったのだ。

 

「おう、これが魔凛の『支配術』の力か──。なるほど、これは独特の能力だ。ほうほう……」

 

 青獅子が感嘆の声をあげている。

 一方、魔凛はまだ愕然として言葉が出せないでいた。

 自分はすべての道術を失った。

 自分の身体の一部が空っぽになったような感覚からそれはわかる。

 そして、首には、大旋風の命令には一切逆らうことのできない人形になることを強要する霊具の首輪……。

 この霊具が本物の支配霊具だということは、いまの二度の命令ではっきりと悟った。

 

「これでお前はただの小娘だな……。いや、娘以下だな。俺の命令に逆らえない人形……。つまり淫具だ」

 

 大旋風が意地の悪い笑みを魔凛に向けた。

 

「これでお前は終わりだ、魔凛──。もうひとつ教えてやろう。今頃は俺の部下が、お前がこの遠征に率いてきたの鳥人族の連中を奇襲しに向かっているぜ──。うまい具合に、お前が鳥人族だけであの行政府の建物を占拠してくれていたからな。お陰で面倒はなさそうだ。あの建物中に睡眠剤を噴出する薬玉を放り込むように命じておいた」

 

「なに?」

 

 ほかの鳥人族だと──?

 

「おそらくひとたまりもないさ。そのまま眠ってもらって、お前の部下が眼が覚めたときには、全員がそのまま司令部の軍営にある檻の中だというわけだ。生意気な連中だったが、今日でおしまいだ──。あの軍営はお前らの掃除をしたらちゃんと俺たちが使っておいてやるから心配するな──」

 

 大旋風が大笑いした。

 魔凛の部下にまで手をかけるつもりであることがわかり、魔凛は自分の顔面から血の気が失せるのがわかった。

 

「わ、わたしの部下を──? そ、そんなことは許さんぞ、大旋風」

 

 魔凛は叫んだ。

 

「もう、お前はそんなことは、なんにも気にしなくてもいいぜ──。なにせ、お前はもう俺の所有物の淫具だからな。そいつらももうお前の部下でもなんでもねえ──。とにかく、お前は俺の命令がなければ、自殺することもできない哀れな息をする俺の淫具だ──。俺も俺の仲間も、お前ら鳥人族の連中は気に入らなくて仕方がなかったんだ。あの鳥人族の一隊の連中は男も女もたっぷりと惨めな目に遭ってもらうぜ……」

 

「ま、待ってくれ──。わ、わかった──。なんでもする。だから、ほかの鳥人族には……」

 

 魔凛は叫んだ。

 

「お前がなんでもするのは当たり前だ。じゃあ、さっそく、この前の仕返しをさせてもらうかな……。忘れたとは言わさないぞ、魔凛……。お前は、俺を陣営の真ん中で下袴と下着を剥いで睾丸を握りしめてくれただろう? そうだな。ちょっと、自慰をそこでしてみろ。下着に手を入れてな。ほれっ、命令だ──」

 

 大旋風が嘲笑った。

 周りの亜人たちが一斉に手を叩いて悦んだ。

 

「だ、大旋風、き、貴様……」

 

 魔凛は血が出る程に唇を噛んだ。

 できることならこのまま舌を噛んで死にたかった。

 しかし、さっき受けた命令が効いている。

 本当に自殺することもできないのだ……。

 つっと冷たいものが顎に触れた。

 それが自分の涙だとわかったのは、自分の手が勝手に軍装の下袴を緩めて下着の中に手を入れたのと同時だった。

 魔凛の手が自分の股を愛撫しはじめる。

 

「魔凛……。今後、俺の喋ることはすべて命令だ。すべてに従うんだ。命令だ──。少し脚を拡げな……。もう少し膝を開け。肩幅以上に開くんだ」

 

 魔凛は命じられるまま立ったまま肩幅に膝を拡げた。

 

「ちょっとばかり、見せな──」

 

 誰かが後ろから緩んでいた魔凛の下袴を掴んで、いきなり膝までずりさげた。

 

「な、なにすんだい──」

 

 魔凛は片手を下着に入れたまま、開いていたもう一方の手を振り向きざまに振り回して、その男の顔に腕を叩きつけた。

 

「うわっ──」

 

 悲鳴をあげてその男が後ろに転がった。

 

「動くな、魔凛──。服を脱げ、その場で素っ裸になれ──。おいおい、雷名(らいめい)よ──。気をつけなよ。魔凛が言いなりになったとはいえ、それは俺の言葉だけなんだぜ。別に凶暴さが消えたわけじゃないだからな。うかつに近づくんじゃねえよ──」

 

 大旋風が大笑いした。

 

「だ、だったら、俺の命令にも逆らわないように命令してくださいよ、大旋風の兄貴」

 

「冗談じゃねえよ。こいつは俺の性具だ──。お前に任せた麗芳は、あっという間に毀れちまったじゃねえかよ。これは俺の大事な玩具だ。お前みたいな阿呆に触らせねえよ」

 

 この雷名が麗芳を……。

 もちろん雷名のことは知っている。

 大旋風を兄貴と慕う大旋風の弟分だ。

 大旋風と同様に下衆な男だ。

 魔凛は踏みつけてやろうかと思ったが、服を脱げという命令が効果を発揮し始めている。

 もはや、手足が自由にならなくなっている。

 

 魔凛の両手が軍装の上衣に手をかけた。

 心の葛藤が魔凛の指を震わせるために、うまく動かないが魔凛の手は確実に上衣をくつろぎ始めている。

 

「おっと、片手はちゃんと自慰をやりながらじゃないと駄目じゃないか……。片手で脱げない分は引き千切りな。もう、お前が軍服を着ることなんかねえんだ。遠慮なくびりびりに破きやがれ──」

 

 大旋風が言った。

 右手が再び股間に戻っていく。

 すでに魔凛の周りには大旋風の仲間の青獅子の側近の連中が野次馬のように取り巻いている。

 

 魔凛を罠に嵌め、こんな卑怯な霊具を使って身体を操って恥辱的なことをさせて悦ぶような連中だ──。

 そんな下衆な連中の前で魔凛の手は片手で股間を弄りながら、もう片方の手で次々に服を脱いでいる。

 片手では脱げないようなぼたんや紐はどんどんと引き千切っていく。

 上衣を取り去り、胸当てを投げ捨てた。

 

「おお──」

 

 魔凛のふたつの乳房が揺れて周囲の男たちがわざとらしいどよめきを洩らした。

 眼からつっと恥辱の涙がまたこぼれる……。

 

 その間も魔凛の指はこんな卑劣な男たちの視線にさらされながら股間を弄くっている。

 恥ずかしさと口惜しさに魔凛は気が遠くなりそうだった。

 自分の指だが、まるで他人の指であるかのように指は魔凛の女陰を揉みしだいている。

 だが、あまりの屈辱で快感は湧いてこない。それだけが救いだ……。

 

「なんか、感じ方が足りないんじゃないですか、兄貴」

 

 魔凛の身体の正面の位置を確保している雷名がからかうように言った。

 

「こ、殺すぞ、お前──。い、いつか、頭の皮を剥いでやるからな──」

 

 魔凛は叫んだ。

 それはちょうど、魔凛の意思を失っている魔凛の片手が魔凛の最後の一枚の腰布に手をかけたときだった。

 腰が沈む。

 魔凛の股間から下着を脱がしやすいように身体が屈んだのだ。

 

「それもそうだな……。そうか。そういうことも命令しなきゃならんのか。魔凛、感じるように自慰をしろ。気持ちのいい場所を擦るんだ──」

 

 大旋風がそう言って笑った。

 

「あはあっ」

 

 次の瞬間、思わず声が出た。

 感じる場所を自慰しろという命令で、いきなり魔凛の股間を弄くる自分の指の動きが変わったのだ。

 その魔凛の突然の嬌声にまわりの男たちが悦んでどっと沸いた。

 魔凛は羞恥で全身が真っ赤に染まるのを感じた。

 

 しかし、魔凛の指は快感を求めて、どんどんと責める場所と力加減を変化させながら魔凛自身の股間に襲いかかる。

 自分の身体を知り尽くしている魔凛自身の指だ。

 魔凛の指は、気持ちいい場所を擦れという命令に従い、魔凛の身体から次々に快感を隠す覆いを引き剥がしていく。

 内臓がひくつくような快感が走りだす。

 あっという間に秘口から蜜が溢れだした。

 次々に快感が襲う──。

 

「片方は乳房を揉め──。淫らに踊りながら自慰をしな」

 

 また大旋風の卑猥な命令だ。

 魔凛の手は肉芽を擦りながら、さらに乳房も揉みだした。身体が勝手にくねり出す。魔凛の惨めな自慰をしながらの裸踊りに周囲の男たちが大喜びで喝采した。

 

「ああ……くうっ……はっ、はあっ──」

 

 血も凍るような屈辱の行為だが、魔凛の身体は確実に愉悦に襲われて喘ぎ出す。

 法悦に襲われて魔凛の素っ裸の身体が震え出す。

 膝ががくがくと揺れる。

 羞恥と恥辱に気が遠くなりながらも、魔凛は確実に快感に襲われていた。

 

 そのとき、魔凛は自分をじっと見ている李媛(りえん)たちの視線に気がついた。

 蔑むような表情の彼女たちは無言のまま、強要された痴態を演じている魔凛を見つめている。

 人間族とはいえ同性の女たちに自慰の姿を眺められるというのは、男たちの前で晒す恥辱よりも魔凛には堪えた。

 

「そろそろ、いきそうか、魔凛? だが、大旋風、その前に引導を渡してやったらどうだ?」

 

 青獅子が不意に声をかけた。

 引導──?

 

 これ以上、なにをしようというのだろう……?

 魔凛は股間を弄りながら不吉な予感に襲われた。

 

「そうですね。わかりました、青獅子様──。じゃあ、魔凛、羽根を拡げろ。それと自慰の場所をお前の好きな尻穴に変えろ。浣腸をするには、事前に穴をほぐした方がいいだろうからな」

 

 大旋風が言った。

 浣腸?

 まさか──。

 

 自慰でのぼりかけていた血が一斉に下にさがっていく気がした。

 ここで魔凛に浣腸をする気か?

 だが、大旋風に指示を受けた数名が浣腸道具や液剤の準備をするために部屋の隅に移動していった。

 冗談ではなく、この周りの男たちは本当にここで魔凛に浣腸という淫虐行為を実行しようとしている気配だ。

 魔凛はびっくりして、思わず顔を左右に激しく振った。

 

「ま、待って──。か、浣腸って……ま、まさか、ここでするつもりじゃないよね。そんなこと許されないよ。しょ、正気かい、あんたら?」

 

「許されるか、許されないか、青獅子様に聞いてみるかい、魔凛?」

 

 大旋風がからかうように言った。

 情けないことに、魔凛の手は大旋風の言葉に従い股間を弄り回していた指を肛門に移動させていた。

 指を深く入れやすいように、魔凛の身体は勝手に中腰の姿勢に変えている。

 そんな魔凛の浅ましい姿に周囲の男たちが拍手喝采した。

 そして、なんのためにそんなことをやらされるのかわからぬまま、背中の黒い翼を拡げていろ。

 

「魔凛、魔王宮の玉座の間で大便をすることを許す──。もっとも、三魔王軍の歴史の中でも、玉座の間で大便をした女は魔凛が初めてかもしれんのう」

 

 青獅子がそう言って笑った。魔凛の周りの亜人たちも爆笑する。

 魔凛は男たちに笑われながら片手で乳房を揉み、片手で肛門に指を入れてくねくねと踊るように身体を揺らしていた。

 さっきの命令が取り消されていないので、まだ魔凛は屈辱の自慰踊りを続けているのだ。

 

「そういえば、魔凛は肛門と女陰を同時になぶられるのが好きだったなあ。。乳房じゃなくて女陰と尻穴の両方に指を入れて自慰をしながら、しばらく踊ってな。すぐに浣腸の準備はできるはずだ」

 

「か、浣腸とはなんだ──。や、やめてくれ──。な、なにを考えててるんだ、大旋風」

 

 魔凛はついに泣き声をあげた。

 しかし、自分で股間と肛門を弄りながら悪態をついても却って惨めな気分を味わうだけだ。

 しかも、そんな屈辱の中でも魔凛はしっかりと快感をむさぼってしまっている。

 自分の指に前後の穴を襲われている魔凛は、全身を汗にまみれさせてどうしても込みあがってしまう悶え声を口にしていた。

 

「そらそら、もっと気分を出しな、魔凛。そうすりゃあ、浣腸なんてつらくもなんともなくなるぜ」

 

 背後に回った大旋風が、拡げている魔凛の翼を避けるように魔凛の身体の前に手を回すと、いきなり悶え揺れている魔凛のふたつの乳房に手をかけた。そして、手のひらで包むようにゆっくりと揉み始める。

 

「ひううっ、や、やめろ──」

 

 魔凛は必死になって身体を左右に振って悲鳴をあげた。

 避けるなという命令はないので、身体を激しく左右に振って大旋風の手を振りほどこうとすることはできるようだ。

 しかし、両手は命令により自分の股間と肛門に指を入れている。

 だから、結局のところ魔凛は柔らかい手管で乳房を揉んでくる大旋風の手をどうすることもできないでいた。

 自分で股間を苛みながら、大旋風の手によって乳首を摘ままれて、乳房を揉まれると悲しいくらいに切羽詰った快感が魔凛に襲いかかってくる。

 

「いいなあ、兄貴、俺たちにもやらせてくださいよ──」

 

 雷名が不満そうに叫んだ。ほかの男たちからも羨ましげな声があがる。

 

「うるせい──。こいつは俺の玩具だ。お前らは見るだけで我慢しろ。そのうち、やらせてやるかもしれん──。それよりも、お前らはやることがあるだろうが。そっちをやれよ──。

 

「ちっ、じゃあ、仕方がねえ。始めるかい、みんな──」

 

 雷名が言った。

 するといつの間にか準備されていた平たい木箱がすっと、肩幅に開いている魔凛の足の間に差し入れられた。

 これからなにが始まろうというのか──?

 

「もういい、魔凛、両手は頭の上に置け。これからなにをされても絶対に動くな。翼は拡げたままだ」

 

 大旋風がやっと魔凛から手を離して言った。

 部屋の隅で浣腸の準備をしていたふたりの男が戻ってきたのだ。

 小さな車輪が脚に付いた台を運んできてその台の上に浣腸袋が載っていた。

 浣腸袋というのは、袋の中に薬剤を入れて、袋の先についている管を浣腸を受ける者の肛門に挿し入れて、袋を潰すようにして薬剤を腸に注ぎ込む霊具だ。

 袋を潰すように絞れば、道術がかかっている袋が緊縮して袋の薬剤を管から送り出すというものであるが、もちろん、魔凛はそんなものを自分が受けるのはこれが初めてだ。

 魔凛の両手はさっと頭の上にあがる。

 

「さあ、魔凛、これからこれを注ぎ込んでやるぜ。わかっていると思うが、お前が排便を終わるまで、動くなという命令は解除してやらねえ。床が汚れないように脚の下に箱を入れてやったから遠慮なく立ったまま垂れ流しな。これがこの間、俺の睾丸を握りしめてくれたお前への俺の礼だ」

 

 大旋風は魔凛の顔に浣腸袋の嘴管の先を触れさせながら笑った。

 袋が揺れて中に入っている大量の薬剤がたぷたぷと音を立てた。

 魔凛はすっと自分の血の気が引くのがわかった。



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459 片翼だけの堕天使

「さあ、魔凛、これからこれを注ぎ込んでやるぜ。わかっていると思うが、お前が排便を終わるまで、動くなという命令は解除してやらねえ。床が汚れないように箱を脚の下に入れてやったから遠慮なく立ったまま垂れ流しな。これがこの間、俺の睾丸を握りしめてくれたお前への俺の礼だ」

 

 大旋風は魔凛の顔に浣腸袋の嘴管の先を触れさせながら笑った。

 袋が揺れて中に入っている大量の薬剤がたぷたぷと音を立てた。

 

「いやああっ、待って、待ってよ、大旋風──。お願いだよ。これ以上恥をかかせなくてもいいじゃないか。い、いくらなんでも、わたしは女だよ。女のわたしに立ったまま排便しろというのかよ──」

 

 魔凛はその瞬間、つんざくような悲鳴をあげた。

 激しく抵抗しようと思うのだが、命令により静止を命じられている魔凛の身体はぴくりとも動かない。

 

「この後に及んで悪あがきをするんじゃねえよ、魔凛──。それにこの世にこんな恥もあるんだというようなことを最初に味わっておきな。お前は、これから長い人生を恥という恥をかきながら送ることになるんだからな」

 

 大旋風はそう言うと、浣腸袋を持ったまま魔凛の背後に回った。

 同時に周囲の男たちもまた慌ただしく動くと魔凛の背後に回っていった。

 魔凛は部屋の真ん中で素っ裸で両手を上にあげて翼だけを拡げている格好だったが、後ろに回った男たちはその魔凛の翼に一斉に手を伸ばしたのだ。

 

「な、なにをするんだ──や、やめろっ──」

 

 魔凛は絶叫した。

 翼に群がった男たちが一斉に魔凛の翼の羽根を千切りだしたのだ。

 どうやら剃刀のようなものを全員が手にしているようだ。

 剃刀についてはあらかじめ準備していたのだろう。

 男たちが魔凛の翼から一枚一枚羽根を根元で切り、脚の下に置かれた木箱に投げ捨てている。

 自分の股間の下に置かれた平らな箱にどんどんと魔凛自身の翼の羽根が溜められていっている。

 

「や、やめてくれ──。た、頼む。ひいいっ──」

 

 魔凛は頭の後ろに手をやったまま泣き叫んだ。

 翼は鳥人族の誇りであり象徴だ。

 それを他人に触れられるということさえ、鳥人族にとっては禁忌行為なのだ。

 魔凛は自分の翼をそれこそ、麗芳(れいほう)にさえ触らせたことはない。

 それは麗芳も同じだろう。

 

 その翼を周りの男たちは、触るどころか羽根をどんどんと切断して毟っているのだ。

 翼には神経のようなものは通ってはいないから痛みはないのだが、それを切断されて羽根を毟られるという行為は心を引き裂かれているのも同じだ。

 その羽根をまとまった単位で切断されては箱に放り込まれていくのを見て魔凛はあまりの仕打ちに気を失いそうになった。

 

「気を失うことは禁止だ、魔凛。命令だ……。麗芳のときは、ここで気絶されてしまったからな。釘を刺しておかないとな──」

 

 大旋風が笑いながら言った。

 麗芳も同じ目に遭ったのだ。

 魔凛の口惜しさが倍増する。

 しかし、どうすることもできない。

 魔凛は必死になって哀願するだけだ。だが周囲の連中は嘲笑うだけで、鳥人族として命よりも大切な魔凛の翼の羽根を毟るという行為を少しもやめようとしない。

 

「た、頼む、やめさせてくれ、大旋風──。後生だ。翼だけは……。ほかのことならなんでもする。お願いだから翼には手をかけないでくれ」

 

 魔凛は恥も外聞もなく自分の背後にいる大旋風に叫んだ。

 しかし、大旋風は笑うだけだ。ほかの男たちも魔凛の狼狽と哀願が愉しくて仕方がないという気配だ。

 

「もちろん、ほかのこともなんでもしてもらうさ。お前は俺に逆らえないんだからな。だが、立ったまま糞をするという行為もやってもらうさ。お前たち、天人とか、天子族の別名のあるお前ら鳥人族にとっては、翼というものは特別に意味のあるものなんだろう? だから、その大切な翼で特製の便器を作ってやったんだぜ。感謝してくれよ」

 

 大旋風は冷たく言った。

 そして、肛門に管がすっと触れるのを感じた。

 

「や、やめろっ」

 

 浣腸袋だ。

 魔凛は昂ぶった悲鳴をあげた。

 すぐに大量の薬剤が肛門の中に注がれてくる。

 

「あ、ああっ」

 

 魔凛はうなじを浮き立たせるように歯を噛み鳴らした。

 生ぬるい薬剤がみるみる体内に送り込まれるのがわかるのだ。

 

 だが、どうすることもできない……。

 怖ろしい首輪の道術に支配されて、魔凛は身体を揺さぶって浣腸袋から逃げることさえも禁止されている。

 浣腸液を受け入れ終われば最後、この卑劣な連中は魔凛を解放することなどないだろう。

 間違いなくこの卑劣な連中の眼の前で立ったまま大便をすることになるはずだ。

 そう考えると魔凛の下腹部にずんという不思議な疼きが走った。

 

 もう観念するしかないという絶望感に浸りきったとき、なぜか魔凛の全身に不可思議な快感が交錯してきたのだ。

 魔凛は混乱し、気がつくと切羽詰った啼泣を口から洩らしていた。

 この間にも、まだ足の下の箱には新たに毟られ続けている魔凛の黒い羽根がどんどん放り込まれている。

 

「つくづく、鳥人族という連中は翼を毟るときには同じような反応をするものだな。そういえば、麗芳もいまの魔凛とまったく同じように泣き叫んで哀願していたのう……」

 

 愉しそうにこっちを眺めている青獅子が笑った。

 青獅子のその言葉で魔凛は可哀そうな姿になった麗芳も、こうやって翼をよってたかって毟られて、その羽根の上に大便をさせられるという仕打ちをこいつらに受けたのだとわかった。

 

 つらかっただろう……。

 口惜しかっただろう……。

 だが、すぐに魔凛にはそんなことを考える余裕がなくなった。

 これまで感じたことのない痛みが下腹部に襲いかかってきたのだ。

 

「おっ、そろそろ、もよおしてきたか、魔凛? 我慢できなくなったら、遠慮なく垂れ流していいぞ。存分に大便を出していいぞ──。その箱にな──」

 

 今度は前側に回ってきた大旋風が言った。

 その片手には袋の部分が空になった浣腸袋を手にしている。

 

「どうだ、魔凛、人前で浣腸をされるというのも満更悪い気分じゃねえだろう?」

 

 大旋風がまだ涙を流し続けている魔凛の顔にその空になってぺちゃんこになった浣腸袋をかざしながら言った。

 

「それにしても、こんなにきれいな鳥人族の魔凛でも垂れ流すものは、やっぱり臭いものなんですかねえ?」

 後ろで羽根を千切る作業を続けている男たちのひとりが言った。

 

「そりゃあ、そうさ。麗芳のときもそうだったしな。きっと、鼻が曲がりそうに臭いに決まってるぜ」

 

「だけど、そうしたらこんな平らな箱じゃあ間に合わねえんじゃねえか? そういやあ、麗芳のときだって結構跳ねとんだじゃねえかよ」

 

 男たちが魔凛の周りで好きなことを言っている。

 しかし、もう魔凛にはそんなことはもう気にならない状態になっていた。

 浣腸を受ければ、当然のように込みあがる大きな便意に襲われ始めていたからだ。

 そして、男たちがやっと魔凛の翼から羽根を毟る作業をやめた。

 随分と軽さを感じる翼がいまどういう状況になっているのかを確かめる術は魔凛にはない。

 だが、足の下に溜まっている毟った羽根の量を考えると、もう翼からはほとんどの羽根が毟り取られて、翼を支える骨だけの状態になっているというような気がする。

 

 逃げ出したい──。

 このままでは死んだ方がましなくらいの醜態をここで演じることになる。

 だが、身体が凍りついたように動かない。

 本当にぴくりとも全身を動かすことができない。

 動くのは激しい生理的な苦痛で魔凛の意思とは無関係に震える腰だけだ。

 

 このままでは……。

 下腹部の鈍痛がもうのっぴきならないものに成長しようとしていた。

 

 魔凛は思わず足元を見た。

 すでに大量の羽根の溜まった木箱がそこにあった。単に排便姿を晒させて魔凛を辱めるだけではなく、鳥人族の誇りである翼を毟り、それを魔凛自身の糞尿で汚させようというあまりもの卑劣で意地の悪い仕打ちに魔凛の全身は小刻みに震えだす。

 

「おっ、魔凛が妙に腰を動かしだしたぜ」

 

「どうしたんだろうなあ? 震えているから、もしかしたら、裸で寒いんじゃねえか。それとも、苦しいのか? なあ、魔凛、なんでそうやって尻を振りだしたのか、ちょっと俺たちに教えてくれねえか?」

 

 いまではすっかりと魔凛を囲んで、これから起きようとしている魔凛の崩壊を見物する態勢になっている男たちが魔凛をからかいだす。

 

「さあ、魔凛の場合はどれくらい持つんだろうなあ? 麗芳の場合は、四半刻(約十五分)というところだったか? まあ、仮にも総司令官殿だからな。その倍は持つんじゃないか?」

 

「案外、あっという間に粗相をするんじゃないかなあ。さっきの自慰なんて、まんざらでもなかったようだし、おそらく、こいつ人前で辱められるのが嫌いじゃなさそうですね」

 

「まあ、魔凛のような気の強い女ほど、実は被虐心が強かったりするしなあ」

 

 猛烈な排泄感に脂汗を流して苦しんでいる魔凛の肢体を眺め回しながら男たちが次々に卑猥な言葉をかけてくる。

 そのとき、魔凛は自分の前に大旋風が『映録球』を設置しているのがわかった。

 魔凛は驚愕した。

 

「な、なにをしているのだ、大旋風──?」

 

 魔凛は絶叫した。

 

「もちろん、お前の醜態を記録しておこうと思ってな。お前の排泄姿を『映録球』に記録して、牢に放り込んだお前の部下の連中に繰り返し眺めさせてやるんだ。もちろん、金凰魔王様にも送るがな」

 

 大旋風はげらげらと笑った。

 排泄姿を記録され、それを魔凛の仲間たちに無理矢理に見させるのだという大旋風の言葉に魔凛は総毛立った。

 しかし、魔凛にはそれをどうすることもできない。

 そして、それよりも魔凛は激しくなる便意のことしか考えられなくなっていた。

 身体の底からずきんずきんと込みあがる凄まじい便意だ。

 もう長くは耐えられそうにない……。

 魔凛は歯を喰い縛って必死に苦痛と戦っていた。

 

「それにしてもなかなかの乳房だよなあ。本当に吸いつきたくなるような乳だぜ」

 

「おっと、抜け駆けなしだぜ。最初は大旋風隊長と決まっているんだ。それが終われば、俺たちもやり放題にやらせてもらえるらしいからな」

 

「愉しみですぜ、隊長──」

 

 魔凛が苦痛によがる間、周囲の男たちは魔凛の身体に顔をくっつけるようにして眺めて批評めいた言葉を浴びせてくる。

 便意に苦しみながら魔凛は、意地の悪い言葉に恥辱で身体を震わせていた。

 

「た、頼む──。か、厠に行かせて……。い、いえ、行かせてください、大旋風様。これまでのことはお詫びします。だから、どうか、厠に──」

 

 便意はもうどうしようもないところまできていた。

 最後の望みをかけて、魔凛は大旋風に叫んだ。

 この大旋風に哀れに媚を売るような真似は屈辱で身体が引き裂かれそうだが、もうこれ以上は我慢できない。

 

 もう限界だ。

 排便はそこまできている。

 

「大旋風様とはいいなあ……。だが、遠慮することはねえぜ、魔凛──。お前の羽根をもいで作った特製の便器だ。出したくなったら、たっぷりとそこに垂れ流しな──」

 

 大旋風が笑った。

 やっぱりどうしてもこのまま排便をさせる気なのだ。

 魔凛は奥歯を噛みしめて肛門を引き締めた。

 もはや、魔凛にできるのはただ耐えることだけだと悟った。

 魔凛はそれからしばらくはそうやって耐えた。

 大旋風を初めとして周囲の男たちは、さかんに魔凛をからうような言葉をかけるのだが、途中から魔凛にはよく聞き取れない状態になっていた。

 眼の前にいる男たちの顔も朦朧としてよくわからなくなる。

 

「それにしても、しぶといなあ。この女、どうしても我慢する気かよ」

 

「まったくだぜ。そろそろ諦めて垂れ流しなよ、魔凛」

 

 やがて、男たちが文句を言い出した。

 

「本当によく我慢が続くものさ。やっぱり、強情だぜ」

 

 大旋風が残酷にも魔凛の下腹部をゆっくりと押し始める。

 

「うあっ──」

 

 魔凛は眉を寄せて必死になって、便意に苦しむ腹を押すという残忍な仕打ちに耐えた。

 

「そらみろ、もう漏れそうなんじゃねえか。お前への仕返しについては、色々と予定が詰まってんだぜ。そろそろ、粗相をしても構わんぞ、魔凛」

 

 大旋風が言った。

 

「そうだぜ、兄貴の言う通りだ。早くしねえか。お前には、みんなで考えた予定が詰まってんだよ。その羽根に大便を垂れ流したら、尻の穴をみんなで洗ってやることになってんだ。そして、お前はここにいる全員の性器をしゃぶることになるはずだ。もちろん兄貴が最初だがな。その後は剃毛だ。そして、綺麗になった下腹部に大旋風の兄貴の花押を焼印することにもなってんだ。兄貴の道具と誰にでもわかるようにな──。わかったら、さっさと尻から汚いものをひり出すんだよ──」

 

 前から見ている雷名が苛立ったように怒鳴った。

 

「そ、そんなこと……。し、死んだって……す、するものかよ……」

 

 魔凛は息も絶え絶えに呻いた。

 

「まあ、そこまで我慢できるところを見ると、まだまだ、浣腸が足りないのであろうなあ、大旋風。ところで、考えてみるとここにいる李媛にとっては、この魔凛も憎い敵のひとりであろう。二本目の浣腸袋を李媛にさせてやれ」

 

 玉座で見物の態勢だった青獅子がそう言って、李媛の首輪から鎖を外した。

 青獅子に促されて全裸の李媛が裸身をふらつかせながらこっちにやってくる。

 青獅子の言葉に大旋風をはじめとする周りの側近たちは大喜びだ。

 二本目だ、二本目だと騒ぎながら準備をしに部屋の隅に行った。

 

 もう限界に達している肉体にさらに浣腸を追加しようという冷酷さに魔凛は震えた。

 しかも、それを李媛にやらせるのだ。

 李媛がどういうつもりで、自分たちの前で残酷に責められている魔凛を眺めていたのかわからない。

 

 李媛が魔凛の眼の前に立った。

 近くで見ると、李媛に施された青獅子の残酷な仕打ちがわかる。

 李媛の両方の乳首には細い金属の棒のようなものが突き刺してあった。

 それを留め具にして、大きな赤い宝石が両方の乳首にぶらさがっている。

 同じものが股間にもあり、股間の宝石は女陰の上側の肉芽に乳首と同じように刺された留め具にぶらさげられているようだ。

 ぶらさげられている宝石には小さな金属の飾りもぶらさがっている。

 どうやら李媛が動くたびに、その三つの宝石が李媛の乳首と肉芽を揺らして苛むようになっているらしい。

 ここまで歩いてくる間、李媛はかすかに甘い息を吐きながら、上気した顔を悶えるようにしてここまでやってきた。

 

「ほら、浣腸袋だ──。俺たちのことも憎いだろうが、こいつだってお前は憎いはずだ。浣腸をして溜飲を下げな、李媛」

 

 大旋風が薬剤で膨らんだ浣腸袋を李媛に渡した。

 李媛は無表情のまま、困惑した表情でそれを受け取った。

 そして、促されるように魔凛の背後に回る。

 

「り、李媛、お、お願い……」

 

 魔凛は悲痛な声で哀願した。

 同じ女ならば、人前で排便させられるという屈辱がわかるはずだ。

 魔凛はせめてもの慈悲を同じ青獅子の犠牲者となった李媛に縋ろうとしていた。

 しかし、李媛はまるで魔凛の声など聞こえないかのように、淡々とした仕草で魔凛の肛門に浣腸袋の嘴管を挿入してくる。

 

「あがああっ──」

 

 魔凛は引きつった声をあげて叫んだ。

 浣腸袋の先端を魔凛の肛門に挿し込むや否や、李媛がもの凄い力で浣腸袋を握りしめたらしいのだ。

 道術の力も借りたもの凄い勢いでひと袋分の浣腸袋の薬剤が魔凛の腸内に追加された。

 空になった浣腸袋を大旋風に返しながら、李媛は魔凛の耳元でほとんど聞き取れないような声でなにかをささやいた。

 しかし、思いもよらない李媛の激しい浣腸液の注ぎ込みように大笑いしていた周囲の男たちには李媛の言葉は聞こえなかったようだ。

 

 だが、魔凛はしっかりと李媛の冷たい声をはっきりと耳にしていた。

 

 

“あんたも含めて亜人たちはひとり残らずいつか呪い殺してやる……”

 

 

 李媛は確かにそう言った。

 ふた袋の薬剤を体内に注がれてしまった魔凛は、愕然とした気持ちで青獅子のところに戻っていく李媛の後ろ姿を見送った。

 

「じゃあ、せいぜい、我慢することだな──。だが、耐えられなくなったらやってくれ。お前の排便姿はすぐに鳥人族の連中に届けさせるぜ。牢の中に投影して何度も何度も立体映像で再現してやる」

 

 大旋風が勝ち誇った声をあげた。

 しかし、李媛のことはそれ以上考えることはできない。

 ふた袋目の薬剤を受け入れてしまった魔凛の身体は、激烈に突きあげる便意をもう一瞬も抑えることはできないようになっていた。

 

「うわああっ──」

 

 魔凛は絶叫した。

 それと同時に凄まじい勢いで自分の脚の下の箱に排便を噴き出させた。

 

「うわっ、始めやがったぜ」

 

 大旋風がわざとらしく頓狂な声をあげた。

 その仕草にどっと周囲の男たちが哄笑した。

 猛烈な汚辱感と屈辱感を覚えながら魔凛は号泣しながら排便を続けた。

 立ったままさせられた排便はかなりの量が身体の後ろ側に汚物混じりの水流を噴き出させたようだ。

 そして、しばらくして最初の塊りを魔凛の肛門は箱の中に落とした。

 

 男たちの嘲笑の中で魔凛はすっと頭の血が下がり、気が遠くなるような気がした。

 それからさらに水流を垂れ流しながら、魔凛の肛門はひとつ、ふたつと汚物を落としていく。

 放出するたびにどっと笑い合う男たちの卑劣な揶揄の中で、魔凛はもうなにも考えられなくらいにぼんやりとしていた。

 それとともになぜか下半身から沸き起こってくる愉悦の感情に戸惑ってもいた。

 

「おう、臭えのなんの。さすがに鳥人族の中でも美女中の美女の魔凛でも垂れ流すものは同じだな」

 

「恥を知りな、魔凛──。これだけの男の前でこんなに垂れ流しやがって」

 

「大旋風の兄貴、どうです。これをそのまま、鳥人族を監禁する牢に届けてやったらどうですか? 連中、眼を白黒させますぜ。『映録球』の映像とともに、魔凛の排便がこいつから毟った羽根の上に載って届けられるんだ。連中の反応はちょっとした見物になるに違いありませんぜ」

 

 雷名もほかの男に続いてそう言った。

 その思いつきに、大旋風はそれはいいと悦んで手を叩いた。

 魔凛はもう精根尽きた思いでそれをぼんやりと聞いていた。

 

「それよりも、もういいのかい、魔凛。まだ、残っているんじゃねえのかい? こうなったら、最後までどんどん垂れ流しな」

 

 大旋風が言った。

 もう心身ともに崩壊しかけている魔凛は言われるままに、下腹部に力を入れた。

 そして、身体をぶるぶると震わせながら最後に残っていた固形便を足元に落とした。

 同時に激しい放尿まで魔凛の股間は噴き出させた。

 これには大旋風だけではなく、少し離れている青獅子までも噴き出した。

 

「魔凛、誰が小便までしていいと言ったよ──。まあいい。一緒に鳥人族たちを監禁する牢に届けてやるぜ」

 

 大旋風が笑った。

 やっと股間から出ていた尿も終わった。

 魔凛はもうなにも考えることができずに、ただひたすらにすすり泣いていた。

 

 すると今度は大旋風がすっと背後に回った。

 そして、がちゃんという金属の触れ合う音がした。

 それが大旋風が腰の剣を抜いた音だとわかったのは、かすかに剣先が魔凛の視界に入ったからだ。

 

「な、なに?」

 

 魔凛は後ろを振り向こうとしたが、まだ効果を及ぼしている首輪の道術がそれを阻止する。

 次の瞬間、魔凛は自分の背後で剣が振りかぶられる気配を感じた。

 背中にどんという衝撃を感じた。

 なにが起きたのかわからない。

 即座に感じたことがないくらいの激痛が全身を貫いた。

 

「があああ──」

 

 魔凛は発狂したような声をあげていた。

 自分の背中からなにかが落ちた。

 襲いかかった激痛と衝撃が魔凛の意識を飛ばす。

 

 魔凛は自分の身体が前に向かって倒れていくのを知覚した。

 便の垂れ落ちている箱に向かって自分の身体がゆっくりと倒れ落ちていく。

 数名の男たちが倒れかかる魔凛の裸身を辛うじて支えた。

 

「片方じゃあ、飛べねえだようから、反対側は残しておいてやるぜ。糞便箱の中身に使う羽用だ。それにしても、いいざまだぜ、魔凛。鳥人族は美しさから、天使にも喩えられるらしいが、それじゃあ、堕天使だ。二度と飛べねえしな」

 

 大旋風が大笑いする。

 魔凛は自分を抱えた男たちの腕の中でそのまま意識を失っていった。

 気を失う寸前の魔凛が見たのは、大旋風の剣によって背中の根元から断ち斬られたらしい魔凛の片側の翼の残骸だった。

 

 

 

 

(第71話『女族長の失敗』終わり、第72話『雌畜飼育』に続く)



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 第72話  雌畜加工【輪廻(りんね)蝦蟇婆(がまばあ)】ー 宝玉・宝玄仙(一)
460 家畜魔女


 意識が混沌としていた。

 宝玉が覚えているのは沙那に口移しでなにかの液体を大量に注ぎ込まれるまでのことだ。

 もちろん、それは宝玄仙の意識の話であり、宝玉は宝玄仙の耳目を通じて、深層意識の中でそれを知覚していたにすぎない。

 いずれにしても、あのときの沙那は操られていたのだと思う。

 宝玄仙の意識を通じて、宝玉は自分たちに起こったことをはっきりと認識している。

 

 宝玄仙は鳥人族にさらわれた沙那を獅駝(しだ)の城郭まで救出にいったところだった。

 沙那には、宝玄仙の作った霊具の首輪を事前にさせていたので、宝玄仙の『移動術』の道術で追いかけることが可能だったからだ。

 それで沙那が囚われている現場に一気に跳躍し、強引に助け出して、再び『移動術』で逃亡する。

 そういう策だったらしいが、救出しようとしていた沙那そのものに罠が仕掛けられていた。

 沙那にはなんらかの操り術が刻まれていて、宝玄仙の油断をついて、口の中に昏睡剤のようなものを注ぎ込んできた。

 それで宝玄仙は意識を失った。

 もちろん、宝玉の記憶もそれで途切れる。

 

 意識が戻ったのは、どこかの地下牢のようだった。

 宝玄仙ではなく宝玉の意識として出現したのは、まだ、宝玄仙の意識が昏睡状態にあったからだ。

 宝玄仙の意識よりも早く意識を回復した宝玉は、宝玄仙に変わってこの身体に出現した。

 

 まず、宝玉の視界に映ったのは石牢の壁と天井だった。

 部屋の四隅にはそれぞれに蝋燭台が置かれていて、窓のない石牢を明るく照らしていた。

 四個の蝋燭には霊気を感じる。

 おそらく、燃え尽きることも消えることもないように術を刻まれた霊具だと思う。

 こんな地下牢に貴重な霊具を無造作に使うということは、ここは道術の生活に染まっていない人間族の牢ではないに違いない。

 人間族にとっては貴重な永久照明の霊具も、道術力の強い妖魔、つまり、亜人からすれば、いくらでも量産できる二束三文の霊具だ。

 地下牢のような場所においても、消耗して交換しなければならないただの蝋燭よりも、ああやって霊具を使った方が効率的だと考えるのかもしれない。

 

 石牢はかなりの広さがあったが、牢の中にいるのは宝玉ひとりだった。

 沙那はもちろん、孫空女、そして、宝玄仙に異変があれば追いかけてくるように命じてあった朱姫はいない。

 彼女たちがどうなったかわからない。

 しかし、こうやって、まだ宝玄仙の身体が誰かに囚われたままであるということは、彼女たちもまたどこかに囚われているのかもしれない。

 捕らえられた宝玄仙を見捨てて逃亡するような三人ではない。

 宝玄仙が捕えられたとすれば、彼女たちもまた抵抗空しく捕えられている可能性が高い。

 

 そのとき、牢の外に誰かが近づく気配を感じた。

 宝玉ははっとした。

 自分はまったくの全裸だったのだ。

 下着はおろか、サンダルさえも履いていない。

 宝玉は慌てて起きあがろうとした。

 しかし、そのとき初めて、宝玉は手足が異常に重く感じることに気がついた。

 

 特に拘束されているというわけではない。

 訝しんでふと見ると、手首と足首に灰色の革帯のようなものが巻かれている。

 すぐにその革帯が持っている霊気を感じた。

 

 これは霊具だ。

 霊具が宝玉の手足の力を奪っているのだ。

 宝玉は霊気を動かして道術を刻もうとした。

 装着されている霊具を外そうとしたのだ。

 

 しかし、次の瞬間、愕然とした。

 霊気がうまく動かない。発生させた霊気がどこかに吸い込まれるのだ。

 そのとき、やっと股間の違和感を覚えた。女陰の中になにかが挿さっている。

 なにかが密着したように子宮近くに潜り込んでいるようだ。

 

 宝玉はびっくりして、自分で指を入れて取ろうとした。

 しかし、まったく取れるような感じではない。

 宝玄仙の身体の能力を使って膣の筋肉で外に出そうと思っても、まるで身体の一部にでもなったかのように微動だにしなかった。

 

 宝玉は焦った。

 すると石壁にある鉄の扉ががちゃがちゃと音を立てだした。

 急いで扉の反対側まで移動して背中を石壁に密着させるとともに、両手で乳房を隠した。

 

 鉄の扉が開いて、牢内に十名ほどの亜人の兵が雪崩れ込んできた。

 続いてのっそりと入ってきたのは、青いたてがみをした猫型の肉食獣を思わせる風貌の男の亜人だった。

 身に着けている服装などから考えると相当の身分の者のように思う。

 さらにその背後には、中年の痩せた女の亜人と背の高い武将風の亜人がいた。

 そのふたりは人間的な風貌だったが、肌の色や耳目のかたちがなんとなく人間とは離れているので亜人だとわかったのだ。

 

「あ、あんたたちは誰なの?」

 

 宝玄仙は両手で身体を隠しながら言った。

 しかし、三人は宝玉の問いに答えることなく、舐め回すような視線を宝玉の全身にぶつけてくる。

 宝玉は嫌な気分になった。

 

「なるほど、噂通りの美女だな──。余は青獅子という。魔王青獅子、あるいは、三大王、第三魔王、いろいろな呼び方があるようだ……。ところで、お前は宝玄仙だな?」

 

 魔王だと名乗った青獅子が言った。

 

「そ、そうよ」

 

 宝玉は答えた。

 宝玄仙ではなく宝玉だと答えても話がややこしくなるだけだ。

 

「口に気をつけろ、宝玄仙──」

 

 青獅子の横の亜人の武将が怒鳴った。

 

「よいわ、玄魔(げんま)。宝玄仙は家畜にするのだ。家畜に行儀作法など不要だ」

 

「なるほど」

 

 玄魔と呼ばれた亜人が頭を下げた。

 家畜?

 

 その言葉に宝玉は訝しんだ。

 家畜とはどういう意味だろう……?

 この宝玄仙の身を家畜にすると言ったようだが……?

 

「しかし、惜しいことですよねえ……。見てくださいよ。綺麗な手足だわ、陛下。なくなってしまうなんて惜しいわねえ」

 

 女が身体をくねらせながら言った。

 

「仕方がない。宝玄仙を家畜化にするというのは、三魔王の約束事であるしな。家畜である以上、四つ脚化の措置はせねばならんのだ。これも三魔王合意事項でな。余の一存では勝手には変更はできんのだ、輪廻(りんね)。だから、せめて綺麗な家畜にしてやれ。余も時々は抱きにくるかもしれん」

 

「陛下が家畜部屋に来られるのですか? まあ──」

 

 中年の女は輪廻というらしい。輪廻はわざとらしく驚いた表情を見せた。

 

「ひひひ、十日もくだされば、それなりに躾けておきましょう、この蝦蟇(がま)婆がね」

 

 突然、三人の背後から声がした。

 そのとき、初めて宝玉は、さらにもうひとりの老婆がいることに気がついた。

 (かえる)を思わせる皺くちゃの背の低い老婆だ。

 細い金属の杖を突いているようだ。

 

「か、家畜とはどういう意味よ──?」

 

 宝玉は黙っていることに耐えられなくなって声をあげた。

 この四人の会話から醸し出される雰囲気に我慢できなくなったのだ。

 この四人はなにかおかしな危害をこの身体に加えようとしている。それはわかった。

 しかし、宝玉の質問は見事に全員から無視された。

 

「輪廻、例の薬を飲ませろ。七倍でいいだろう」

 

 青獅子が言った。

 そして、身に着けている装飾具を外して傍らの兵に渡し始める。

 どきりとした。

 宝玉はさらに後ろに下がって背に石壁をぴったりとつけて脚を縮ませた。

 

「七倍も? 宝玄仙が毀れてしまいますよ」

 

 輪廻が苦笑している。

 毀れる?

 七倍?

 なにをこいつらは話しているのだろう──?

 宝玉の心に恐怖が走る。

 

「余も時間がないしな。大旋風が始めている魔凛の調教も見物したいし、宝玄仙の供についてもなかなかの美形揃いで興味がある……。新しい雌犬たちの躾も余が自らやっておるから、それもある……。もう、獅駝の城郭の魔王軍が占拠していることを隠す必要もないのでな。新しい趣向を考えている……」

 

「趣向?」

 

 輪廻がおもねるような物言いで青獅子を見る。

 

「今日から雌犬を散歩をさせて、人間の住民たちに余の飼い犬を披露しようと思うのだ。首輪をつけて四つん這いで歩かせるのだぞ。余が自ら鎖を曳きながらな。これで余人洩らさず、この城郭を魔王軍が占拠したということが内外にわかるであろう」

 

「陛下もお忙しいことで……。雌犬とは、あの李媛(りえん)李姫(りき)貞女(さだじょ)のことですよね。旧支配者の妻女を犬のように歩かせて住民に晒すとは……」

 

「冷酷か、輪廻?」

 

「いえ、よい趣味でございますわ。ぞくぞくします。わたしもご一緒したいほど……」

 

 輪廻がころころと笑った。

 それよりも宝玉はいまの青獅子の言葉の一部にはっとした。

 いま、青獅子は宝玄仙の三人の供を捕らえているということを仄めかした。

 あの三人はやっぱり捕えられたのだ。

 

「さ、沙那と孫空女と朱姫はどこなのよ? さ、三人に会わせて──」

 

 宝玉は声をあげた。

 

「あんたはそんなこと気にしなくてもいいのよ、宝玄仙……。でも、ただの家畜にそんな大層な名前は不自然ね──」

 

 輪廻が宝玉に近づいてきて、宝玉の前にしゃがみ込んだ。

 

(ほう)でいいだろう」

 

 青獅子が横から言った。

 

「わかりました、陛下……。じゃあ、お前は今日から“宝”よ。ただの宝。覚えておきなさい。それがこれからのお前の名よ」

 

 輪廻は腰にさげていた箱からなにかの粉を取り出した。

 それを薬紙に載せて宝玉の口に近づけてくる。

 

「な、なによそれは──? や、やめて、輪廻」

 

 宝玉は声をあげた。自分の顔がひきつるのがわかった。

 

「さあ、口を開けなさい、宝──。あんたら、何人かで宝を押さえつけてちょうだい。嫌がると思うから」

 

 輪廻が兵に言った。

 得体の知れない薬を飲まされようとしていることに宝玉は恐怖を覚えた。

 びっくりして、顔の前の薬を手で払い除けようとしたが、それよりも早く両側から四人の兵に手足を掴まれる。

 

「怖いことはないのよ、宝。ちょっとばかり強力な媚薬というだけよ。これをこの量だけ飲めば、その蝦蟇婆だって、この場で自慰を始めると思うわ」

 

 輪廻が笑った。

 

「わしを引き合いに出さんでもいいわ、この変態医師が──」

 

「まあ、酷いわね。変態だなんて」

 

 輪廻がそう言って、薬を持っていない側の手でしっかりと口をつぐんでいる宝玉の顎を掴んだ。

 顔を左右に振って振りほどこうと思ったがかなりの力だ。

 さらにやってきた玄魔が宝玉の鼻を摘まんだ。玄魔は横に水筒を持っている。

 

「さあ、口を開けるのよ、宝。抵抗しても無駄よ」

 

 輪廻が愉しそうに笑った。

 宝玉は懸命に口をつぐんだが、鼻を摘ままれてはどうしても口を開かないわけにはいかない。

 

「ぷはっ」

 

 宝玉は息を吸うために口を開けてしまった。

 すると宝玉の顎を持つ輪廻の手に大きな力が加わった。

 

「あがあっ──あっ、ああっ?」

 

 すると今度は口が閉じられなくなる。宝玉は眼を見開いて悲鳴をあげた。

 

「まあ、そんなに怖がっちゃって可愛いわね……。このまま、しばらく顎を外したままでいる、宝? 結構、顎外しは調教で使えるのよね。顎を外されるって怖いでしょう? しばらくはそのままでいなさい。ここでは、どんなことでも逆らえば罰があるのよ。いま、わたしに逆らおうとしたのがこの罰……。ふふ、でも綺麗な顔がそうやってだらしなく口を開けたままでいるのは、せっかくの美貌が台無しね」

 

 輪廻が宝玉の口の中に薬を入れる。

 すかさず玄魔が水筒の水を口に注ぎ込んだ。

 薬は水で流しこまれるように喉の奥に流れていく。

 しかし、水の半分ほどは、だらだらと口の外にこぼれていき、宝玉の乳房や腹部を濡らした。

 

「あ、あああ、あああ……」

 

 手足を捕まえていた兵が離れる。

 口を閉じられない宝玉は顎を戻してくれと輪廻に顔で訴えた。

 

「人間族の美女がそうやって醜い顔になって顔を歪める様はいいな。その苦しむ表情だけで余の一物は元気になるわ」

 

 青獅子が嬉しそうに言った。

 そして、すでに軽装になっていた下袴を下着ごとその場で脱いで兵に渡した。

 逞しくなっている青獅子の一物が股間にそそり勃っている。

 

「相変わらず、よい御趣味です、陛下……」

 

 輪廻が笑って宝玉から離れた。

 男根を晒している青獅子と裸身の宝玉の間に誰もいなくなる。

 

「あ、ああ……」

 

 口の中の涎が顎に伝う。その情けなさに宝玉は思わず泣き声をあげた。

 股間を露出させた青獅子が迫ってくる。

 宝玉は身体をぺたりと石壁に密着させる。

 

 犯される──。

 

 女の本能で全身に恐怖が走る。

 しかし、退がる場所はどこにもない。

 しかも、宝玉は自分の身体の異変にもう気がついていた。

 全身がびっくりするくらいに熱い……。

 

 こうやって座っているだけで全身から汗が噴き出してくる。

 さっき強引に飲まされた媚薬のせいだ。

 こんな身体で身体を触られたら大変なことになる。

 宝玉は心の中で悲鳴をあげた。

 

「なかなかに張りのある乳房だな。こんなに大きいのに垂れてもおらんし、乳首もきれいだ。それに全身がまるで十代の生娘であるかのように張りのある肌だ……。蝦蟇婆、家畜といっても宝の身体の手入れは怠るな。この綺麗な肌を醜くするのではないぞ」

 

「畏まりましたわい、陛下。毎日、色責めにしますわい。餌には男の精液も加えましょう。それで、宝はますます艶を磨いたようになるはずじゃ」

 

 蝦蟇婆が奇妙な音を立てて笑った。

 しかし、宝玉はそれどころではなかった。

 身体の熱さはますます酷くなる。

 視界が揺れる。

 頭が朦朧としてなにも考えられなくもなる。

 それなのに、全身が性感帯にでもなったかのように鋭利な敏感さを抱いてもいる。

 毛穴という毛穴から汗が吹き出し、触れられてもいない股間からはだらだらと愛液が垂れ流れる。

 さらに、これも媚薬のせいだろうか。

 だらしなく開いている口からは夥しい涎が垂れてもいる。

 

「どれ、宝よ。では、抱いてやろう」

 

 宝玉の前に胡坐に座った青獅子に楽々と抱きかかえられて横抱きに両膝の上に載せられた。

 抵抗することはできなかった。

 まるで鉄の塊でも巻かれているかのように重くて手足が自由にならないのだ。

 しかも、顎を外されて開きっぱなしの口が宝玉から抵抗する心を削ぎ取っている。

 

 青獅子が宝玉を支えている片手で宝玉の胸の隆起をねちっこく揉みだした。

 乳房から破壊的な快感が走った。大きな疼きが全身を駆け巡る。

 異常な感覚だ。

 青獅子は大きな手で円を描いてゆさゆさと乳房を揺すったかと思うと、次には一転して指で乳首を摘まんで小刻みに擦ったりする。

 なにをどうされても激しい愉悦が全身に迸る。

 全身を巡る熱さがさらに拡大する。

 

「あ、ああ……あはああ……」

 

「乳首の感じ方が異常だな……。これは薬のせいだけではないようだ……。それにこっちも凄い濡れようだ──」

 

 青獅子の手が宝玉の股間を触りだした。

 自分でもわかるくらいに宝玉の股は愛液でびっしょりだった。

 あまりの大きな快感に、宝玉は手でそれを遮ろうとしたが、ただ青獅子の腕に手を添えさせただけに終わった。

 もう全身に力が入らない。

 

「腰を動かしだしたな。もっと刺激が欲しいか、宝?」

 

「あはあああ……」

 

 青獅子の指が肉芽に添えられて、一度だけくねくねと動かす。

 それだけで宝玉の身体は限界まで追い詰められた。

 しかし、それ以上の動きがない。

 青獅子は意地悪く、一度動かした指をいつまでも宝玉の肉芽の上に添えたままでいる。

 

「あ、ああっ」

 

 これ以上我慢できない……。

 もう、宝玉の身体は宝玉の意思とは無関係に燃えあがり、与えられる刺激を求めて、肉芽に添えられた青獅子の指に股間を擦り付けるように動かしていた。

 浅ましくて恥辱的な行為とはわかっているが、指に擦り付けることで股間から全身に拡がっていく愉悦が凄まじい。

 宝玉は一度始めた自慰のような行為をどうしても止められなかった。

 

「あ、あがあっ……」

 

 宝玉は涎を流しながら狂ったようにしばらく腰を動かし続ける。

 

「おうおう、浅ましく腰を動かしおるわい」

 

 青獅子が馬鹿にしたように笑った。宝玉の心に一瞬だけ恥辱の冷たい氷が刺さった気がしたが、それでも宝玉は自慰のような股間の擦り付けをやめられないでいる。

 

「その様子では、もう媚薬が効いてきたようだけど、さっきの薬はまだまだ入口部分なのよ、宝? そのうち意識が飛ぶわ。意識があって愉しめるのはいまのうちだけだから、意識のあるうちに快感を味わっておきなさい。意識がなくなれば、多分、あんたは雄の匂いを求めて、尻を振り立てるさかりのついたけだもののようになると思うわよ」

 

 輪廻の嘲笑が聞こえた。

 しかし、だんだんと周りのものが頭に入らなくなる。

 輪廻の言葉も、もうどこか遠くで喋っているような声にしか感じない。

 それよりも、だんだんとここがどこでどうして、誰に抱かれているのかの知覚ができなくなる……。

 

 いや、宝玉を抱いているのは青獅子という亜人の魔王だ。

 辛うじてなんとか記憶が繋がる。

 

 だが、それよりも身体が燃えるようだ。

 もっと欲しい。

 この疼きを──。

 快感を──。

 もっと──。

 

「股間に一物を入れてやりたいところだが、魔法柱をすでに入れておるしな。ならば、余はこっちで愉しませてもらうか……。後ろの準備もよいか、輪廻?」

 

「すっかりと……。事前に道術と薬剤で洗いほぐしておきました、陛下」

 

「よし」

 

 青獅子の指が刺激される場所が肉芽から肛門に移動した。

 

「あほおおおおおおっ──」

 

 宝玉の口から咆哮のような声が迸った。

 肛門に指を入れられることで衝撃と愉悦が全身を駆け巡ったのだ。

 それだけで限界に達した身体なのに、さらにもう片方の手で片側の乳首も転がすように動かされた。

 

「はひゃあああっ──」

 

 宝玉の身体はがくがくと震えて弓なりに反りかえった。

 あっという間に絶頂の矢が全身を貫いていた……。

 あまりにも激しい快感だ。

 これがさっきの媚薬のせいなのか……。

 

「おう、これは──」

 

 男がびっくりした声を発した気がした。

 なにかが股間から迸ったのだ。

 

「あらあら、もう潮を吹いたの、宝? いくらなんでもお尻に指を入れられただけで潮を吹く女って初めてよ。あの媚薬を飲まされていたとしても、これはちょっといやらしすぎるわねえ」

 

 輪廻の声だと思う。

 

「しかし、宝の股間には魔法柱を挿入しておるのでしょう? それでも蜜や潮は普通に噴き出るのですか?」

 

 しわがれた声は蝦蟇婆だ。

 その蝦蟇婆は宝玉の身体を見下ろせるくらいの近くに移動してきた気配だ。

 だが、それさえも意識が朦朧としている宝玉にはよくわからない。

 

「穴は塞いでしまうので男の性器を受け入れることはできなくなるが、膣の中の愛液も尿も汗も普通に外に出る。そうでなければ家畜の健康が損なわれるからな。蝦蟇婆、魔法柱の管理もお前に任せることになるぞ。魔法柱の管理に詳しい助手を付けてやろう。協力して宝を管理せよ」

 

「わかりましたわい、陛下──」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 それにしても全身に走るただれるような快感が凄い。

 全身のどこを触られても電撃が走ったように子宮を揺らす。

 もう宝玉の身体は強い刺激を求めて暴れ回っている。

 だが、まだ、青獅子は乳首と肛門に指を触れさせるくらいで、まだまだ強い刺激は与えてこない。

 薬で焼けつくような淫情に襲われている宝玉にはこれは逆に堪えた。

 

「あ、あっ、あがあげ、あっ──」

 

 宝玉は懸命にもっと強く刺激してくれと訴えた。

 もう恥も外聞もない。

 これ以上このままではおかしくなる。

 

 だんだんとなにも考えられなくなる。

 指が肛門の中でゆっくりと動いている。

 あとは時折、くすぐるように乳首を弾かれる──。

 与えられる刺激はそれだけだ。

 もどかしさに身体が疼く。

 

 いっそのこと、自分で愛撫しようと思って手を自分の股間に持っていこうとするのだが、宝玉を抱いている男に簡単に阻止される。

 

 この男は誰だ?

 

 もはや、それもわからない。

 とにかく、もっと快感を──。

 

 しかし、訴えたくても、開いたままの口では言葉を発せられない。

 その焦れったさに身体が悶え狂う。

 

 それにしても自分を抱いている男は誰なのだ?

 なにを笑っているのだろう。

 

 とにかく身体が熱い。

 もう、どうしようもない……。

 

「どうした、宝? もっと激しく犯して欲しいのか?」

 

 自分を抱いている男がささやくように言った。

 

「ああ……あっ、ああ……」

 

 宝玉は思わず激しく首を縦に振った。

 その勢いで大量の唾が顔に飛んだ。

 宝玉の情けない姿に周りから嘲笑が聞こえた気がした。

 しかし、もうどうでもいいのだ。

 男が宝玉の体位を変えた。宝玉を四つん這いの姿勢にして、自分に尻を向かせるような態勢にしたのだ。

 

「宝、尻を犯して欲しければ、挿入し易いように腰を高くあげろ」

 

「ああ……」

 

 宝玉は慌てて頭を床につけて腰を上にあげた。

 また、周りから宝玉を馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。

 

「あんなに腰を振っちゃって可愛いわあ……。手術のときに可愛がってやろうかしら、宝」

 

「その後はわしじゃ。従順な魔法石の家畜に育ててやろうのう……」

 

 次々に誰かが宝玉に語りかける。

 それよりも早く──。

 お尻に──。

 

「急くな……」

 

 自分の腰を掴んでいる男が言った。

 次の瞬間、ずぶりと肛門に男の性器が侵入を開始した。

 

「あはああああ──あひああああ──」

 

 尻穴を塞ぐ圧迫感とともに、全身をばらばらに砕くような快感の衝撃に襲われた。

 宝玉は悶え泣いた。

 貫いている男の一物から拡がる激情の凄まじさに泣いていた。

 

「あはああっ」

 

 宝玉は男の性器を肛門で受けながら全身を再び弓なりにしていた。

 途方もない絶頂感が身体を貫いていた。

 

「ほう、もう達したわ。まだ半分挿しただけだぞ。そんなので、余が満足するまで耐えられるのか?」

 

 男が笑っている。

 しかし、それも気にならない。

 大きな淫情が男根が進み入るに連れておこりのように繰り返す。

 宝玉は果てしない絶頂地獄に陥る予感に襲われた。

 

 このままではおかしくなる。

 それはわかっているのだが、どうしてもこの快楽を手放す気持ちにならない。 

 そして、ついに男根の先が肛門深くに届いた気がした。

 宝玉はまた、身体を震わせて果てた。

 

 一瞬意識が飛び、そして、覚醒する。

 なにがどうなっているのかわからない。

 しかし、この快感があれば、もうなにがどうなってもいい。

 絶対にこの快感を離さない──。

 宝玉は半ば無意識に尻を犯している誰かの怒張を絞りあげていた。すると大きな快感が身体を貫く。

 

「あはあああ──」

 

 宝玉は肛門の内襞を擦りあげる愉悦に咆哮していた。

 もう、男はなにもしていない。ただ、宝玉の尻穴に男根を挿しているだけだ。

 

 しかし、それでもいい。

 快感は宝玉が絞り取れる。

 宝玉は肛門の内襞を収縮するように動かしていた。

 一度の収縮で意識が飛ぶような絶頂が走り、次の収縮で意識を戻してさらに肉棒を締める。

 気がつくとそれを痴呆のようにひたすら繰り返していた。

 

「うおおっ、こ、これは……。うわあっ、出る──」

 

 男が悲鳴のような言葉を発するとともに、肛門の中に精を飛ばしたのがわかった。

 しかし、まだ足りない……。

 もっと、もっとだ──。

 

「い、いかん、ま、まただ。ひいっ、なんだ、こいつの尻は──」

 

 男がさらに悲鳴をあげたのがわかった。

 だが、それよりももっと精を──。

 もっと、擦って──。

 

「あらあら、青獅子魔王陛下ともあろう者が家畜奴隷に返り討ちになっているのですか?」

 

 女が笑っている声が聞こえる。

 

 いったい誰だろう?

 しかし、宝玉の思考は快感で痺れきっている。

 なにも考えられない。

 

 なんでもいいのだ。

 それよりも、身体を溶けさすこの途方もない快美感が堪らない。

 それが尻の筋肉を動かすだけでいくらでも手に入る……。

 

 宝玉は次々に押し寄せる快感をむさぼり食い、痙攣をひたすら繰り返しながら、それでも肉棒を肛門で食らい続けていた。

 

「いいから、こいつをなんとかしろ、輪廻。余の一物を狂ったように尻で咥えて離さんのだ……。し、しかも、上手い……。精を絞り取る妖怪のようだぞ、こいつ──。く、くうっ、ま、まただ……」

 

 宝玉の後ろの男が喚いている。

 

「はいはい、薬で危険に陥ったのは、宝玄仙ではなく、陛下の方でしたのね」

 

 女が笑いながら、なにか針のようなものを首の後ろに刺した気がした。

 その瞬間、宝玉の意識は急速に萎んでいき、やがて無意識の中に強引に引きずり込まれていった。



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461 雌畜化の手術

「おや、気がついたようね、宝……。施術が終わるまで失神し続けた方が楽だったかもしれないけど、媚薬を身体から急速に抜いたことで、体力と気力が回復しちゃったのねえ」

 

 それが輪廻(りんね)の声だと思い出すのに宝玉は少しの時間が必要だった。

 宝玉はどうして自分がこうしてるのかを考えて、やっと最後に覚えている記憶が青獅子という魔王に尻を犯され始めたときのことだということを思い出した。

 魔王の軍に捕らわれて地下牢で意識を回復し、そこで魔王に尻を犯されたのだ。

 それに先だって、無理矢理この輪廻に強い媚薬を飲まされた。すると意識が朦朧としてなにもわからなくなった。

 

 いまは、あの地下牢ではなく別の場所にいるようだ。

 そこで宝玉は腰ほどの高さの台の上に横たえられていた。

 視界に映る限りにおいて、この部屋はさっきの地下牢に比べてなんとなく清潔感があった。

 また、地下牢にあった燭台の代わりに、天井から道術による明るい光がそそがれていた。

 

 まだ、頭はすっきりしない。

 目の前が霞みがかかったように見える。

 天井を向いている宝玉の視界に映ったのは、白い前掛けを身に着けた輪廻だった。

 彼女は宝玉が寝かされている台の上に屈みこむように身体を曲げていたので、宝玉は輪廻の姿を捉えることができたのだ。

 

「こ、ここはどこ……?」

 

 宝玉はそう呟いて、いつの間にか顎が元に戻り、言葉が喋れるようになっているということに気がついた。

 地下牢で意識が朦朧となったときには、この輪廻によって、薬を飲むのを嫌がった罰だと言われて、顎を外されていたのだ。

 それは治っている。

 

「ここはわたしの診療室よ、宝。お前はこれから、家畜になるための施術を受けるの……ふふふ……」

 

 輪廻が気味の悪い声で笑った。宝玉はその笑いに全身の肌が粟立つのを感じた。

 宝玉は相変わらず全裸であり、両手は身体の横に真っ直ぐに伸ばすように置かれていて、両脚も軽く開いている状態だ。

 宝玉は慌てて身体を起こそうとした。

 とにかくここから逃げることだ。

 こんなところにいては、なにをされるかわからない。

 

 はっとした。

 身体が台に粘着されているかのように動かない。

 おそらく、これもなんらかの道術だ。

 逃げられない──。

 

 どうしてもまったく身体が動かない。

 身体が拘束されているのかどうかはわからなかったが、仰向けになっている全身が台に張りついたようにどの部分も動かすことができないのだ。

 だから、首を回して周囲に誰がいるのかさえも見ることができないでいた。

 そう悟ると宝玉は途方もない恐怖に襲われた。

 

 嫌だ──。

 怖い──。

 

 それは本能的なものだった。

 しかし、宝玉は自分の身になにかの危機が訪れようとしていることを悟った。

 いま、輪廻は施術と言った。

 そういえば、彼女たちは、これからこの宝玄仙の身体を家畜として扱うというようなことを喋っていたように思う。

 つまり、これから、この輪廻はなにかの恐ろしいことをこの身体に施そうとしているのではないか?

 

 宝玉の身体が恐怖に強張り、全身ががたがたと震えてくるのがわかった。

 自分は宝玄仙のように強靭な精神力は持っていないのだ。

 一度怖いと思ってしまった相手にはどうしようもなく身体が竦んで、舌が回らなくなってしまう。

 そして、宝玉はこの輪廻に途方もない恐怖心を抱いてしまっていた。

 

「なにが診療室じゃ。ここのことは、みんな解剖室としか呼ばんわ。毎日のように罪人や奴隷を連れてきては、おかしなことしかせんしのう……。先日もここで三人ほど人間を死なせたんじゃろうが。聞いたところでは、人間の下半身を魚のようにしようとしたんじゃろう? 大魚の下半分を人間の腰から下と入れ換えて次々に水に入れて死なせたとか……。お前がまた狂った遊びをやりだしたと兵が話題にしておったぞ、輪廻」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)の声がした。蝦蟇婆は宝玉が寝かされている台からは少し離れた場所にいるようだ。

 

「遊びじゃないわよ、蝦蟇婆。せめて実験と言って欲しいわあ。魔凛のような鳥人族はいるけど、でも魚人族という亜人は聞いたことがないでしょう? だから、作ってみようとしたのよ。青獅子陛下に不用になった人間族の貴族の男を数名回してもらってね。でも、うまくいかないの……。ひれになった脚で泳ぐことはできるんだけど、えらで呼吸するように内蔵を変えるのが駄目だったみたい。結局はみんな溺れ死んじゃったわ」

 

「なにがえらじゃ。亜人や人間が水中で息などできるわけないわい」

 

 声だけの蝦蟇婆が言った。

 輪廻は首を曲げてその声の方向に視線を向けている。

 

「あら、でも、三人目は三刻(約三時間)は水中で生きたのよ。後十人ほど殺せば、うまくいくと思うわ」

 

「それがなんの役に立つのじゃ。水の中で生きる必要はないわい。人間族でも働かせればなにかの役に立つのじゃ。お前の遊びのために死なすのはもったいないわい」

 

「だから、遊びじゃないと言ってるじゃないの。医術の発展のためには犠牲は必要よ」

 

「お前のは遊びじゃ、輪廻」

 

 蝦蟇婆の呆れたような声がした。

 ふたりの恐ろしい会話を耳にしていて、宝玉は自分がとんでもない狂女に施術を受けようとしているのだとわかりぞっとした。

 同時に宝玉はここにいるのが輪廻と蝦蟇婆だと判断した。

 さっきと違って青獅子がいる様子はないし、あのとき魔王が連れてきた兵たちの気配もない。

 

「とにかく、宝、折角、意識が戻ったんだから、施術が終わるまで意識を保っていてちょうだい。蝦蟇婆と寧坊(ねいぼう)の注文がうるさいから、いろいろと身体を弄くることになったのよ。淫乱化の施術はあんたの反応を確かめながらの方がやっぱりいいしねえ」

 

 輪廻が宝玉に向き直った。そして、宝玉の首に手を近づける。

 

「痛っ──」

 

 寧坊というのが誰のことだかわからなかったが、首にちくりとした痛みを感じて、宝玉の思考は途絶えてしまった。

 急に頭がすっきりして目が冴えたようになってくる。

 もしかしたら、いま、宝玉の気絶を防止するなんらかの措置をされたのかもしれない……。

 

「まあ、手足を切断するだけの措置だけだったら、あんたが失神している間に終わらせてよかったんだけどねえ……。自分の身体が斬り刻まれるのを自覚するのはつらいものねえ。眼が覚めたときには、なにもかも終わっているということの方が楽なことはわかってたんだけど……」

 

 輪廻がぶつぶつと言った。

 それからしばらく輪廻はなにかを待つような表情になり、なにもせずに宝玉を見下ろす態勢になった。

 その間、半分朦朧としていた宝玉の意識と感覚が正常に戻っていく……。

 

 しかし、意識がだんだんとはっきりするにつれて、股間から異常な感覚がもたげてきた。

 肉芽の表面をなにかがむずむずと動くようなむず痒さがやってきたのだ。

 いま輪廻は、台上に載っている宝玉になにかの刺激を加えているという仕草はない。

 それなのに、まるで柔らかな感触の小さな虫のようなものがさわさわと肉芽の皮の内側で動いているような微妙な疼きが加わり続けているのだ。

 

「あ、ああ……な、なにか変だわ……ど、どうしたの?」

 

 宝玉はおかしな気分になり無意識のうちに動かない身体をかすかにくねらせながら悶えた。

 

「おや、さっそく効いてきたみたいね。どうやら、まずは肉芽の整形はうまくいったようよ、蝦蟇婆。どんな感じ、宝? 肉芽の表皮の内側に極少の粒を発生させる処置をしたのよ。常時、その粒が肉芽を圧迫して肉芽と擦れて、あなたを発情状態にしてくれるはずよ。しかも、その粒はあなたの身体の中の血の流れの速度に合わせて陰核の表面を動き続けるのよ……。どう、堪らないでしょう?」

 

 輪廻が言った。

 宝玉はびっくりした。

 

「な、なんてことをするの……。そ、それでこれ……。ちょ、ちょっと、こんなんじゃあ、まともに動けないわ……。あ、ああっ……、どうして、こんな酷いことするの?」

 

 宝玉は次第に襲ってきた恍惚感にあおられて泣き声をあげた。

 いま説明を受けた施術が本当に肉芽にされたということは真実だとわかる。

 なにしろ、なにもしていないのにじんじんと肉芽が疼き、とろ火のような官能の熱が宝玉を襲い続けるのだ。

 

「ねえ、輪廻先生──。ちゃんと刺激を強くし過ぎないようにしてくれた? 刺激を与え続けて快感に襲われ続けるようにしてもらわないといけないんだけど、それで簡単に達するようでも困るんだよ。原石に霊気を吸収させて魔法石にするとき、その質をあげるためには雌畜の発情の管理がとても大事なんだよ」

 

「発情の管理じゃと?」

 

「魔法柱を入れているときに連続絶頂なんかさせたら(むら)の多い二級品しかできないんだ。だから、ずっと発情状態にありながら焦らしまくらせなきゃいけないんだ。肉芽の流動粒処理は、家畜の発情には効果的だと思うけど、刺激が強くなりすぎていない?」

 

 頭の方から声がした。

 甲高い声は子供の声のようだ。

 さっきはいなかった人物だと思う。

 

「あ、ああっ……だ、誰?」

 

 宝玉は思わず言った。

 口を開くとどうしても甘い息が漏れてしまう。

 ずきんずきんという疼きが宝玉の股間に襲いかかり、全身に愉悦の波を拡げている。

 

 不意に宝玉の顔の前にすっと亜人の男の子の顔が覗き込むように現われた。

 背は輪廻よりもずっと低い。

 人間の子供であれば十歳くらいの背丈だと思うが、毛深くて髭のようなもみあげが首まで続いていた。

 額に小さな角がある。

 亜人の子供のようだ。

 

「僕は寧坊さ。宝の魔法柱の管理をするために蝦蟇婆の助手になったんだよ。よろしくな、宝──」

 

 寧坊と名乗った亜人の子供が言った。

 

「わしの助手は一鉄と二鉄の双子がおるから間に合っとるがな……。まあ、魔王陛下の命じゃから預かるとするわい。じゃが、お前に雌畜の調教などできるのか、寧坊?」

 

「婆さんのあの白痴の助手二匹よりは役に立つさ。だいたい、いきなり魔法石の雌畜に媚薬なんか使ったりして駄目じゃないの──。お陰で最初の一個は無駄にしちゃったよ。媚薬で快感を作ったりしたら粗悪品の魔法石しかできないんだから……。僕がいないとそんなこともわからないんでしょう?」

 

「媚薬を使わせたのは陛下じゃ。わしじゃないわい。薬を盛ったのもその変態女医じゃ」

 

 蝦蟇婆の不満そうな声がした。

 

「言い訳はやめてよね、婆さん──。とりあえず、魔法柱を交換したから今度はしっかりとした一級品ができると思うよ……。でも、この宝は凄いよ。さっき取り出した一個目だって、あんなにわずかな時間なのに、もう魔法石に成長しかけてたもの──。もっとも媚薬のお陰で粗悪品だったけどね……」

 

「ふん」

 

「僕の予想じゃあ、この宝だったら一日一個の一級品の魔法石が生産できると思うよ。これは凄い雌畜だよ」

 

 寧坊が少し興奮した様子でまくしたてる。

 

「あ、あんたら、さっきからなにを喋っているの? 雌畜? 魔法石の生産──? お、教えて──。わ、わたしになにをしようとしているの?」

 

 宝玉はびっくりして言った。

 

「ふん、そんなことは家畜の分際で知らんでもいいわい……。と言いたいところじゃが、まあ、引導を渡すことも必要じゃろう。寧坊、説明してやれ」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 

「うん、じゃあ、宝、教えてあげる──。お前はこの青獅子魔王の魔王宮で飼育される魔法石の生産雌畜になったんだよ」

 

「ま、魔法石の生産雌畜?」

 

 思わず繰り返したが、なんのことかさっぱりわからない。

 しかし、寧坊が宝玉に説明を続けるに連れて、その恐ろしい計画がわかってきて、宝玉は蒼白になった。

 そして、恐怖に包まれるとともに激しい怒りも湧いてきた。

 いくらなんでも馬鹿にするにも程がある。

 女陰に魔法石の原材料を挿入し、それをこの身体の持つ霊気収集力を利用して魔法石に培養するのだという。

 それが彼女たちのいう“生産雌畜”なのだ。

 魔法石にそういう作り方があるということは初めて知ったが、なんとこの身体をその培養容器として使うのだというのだ。

 寧坊は、それをにこにこと無邪気そうに微笑みながら語った。

 

「質のいい魔法石の生産のためには、生産雌畜の淫情管理はとても重要なんだよ。でも、僕がいれば大丈夫さ。これでも魔法柱の管理にかけては一流なんだ。絶対にお前はいい生産雌畜になれるから安心してよ、宝」

 

 寧坊が喋り続けている。

 宝玉はあまりの話に途中で口を挟むこともできなかった。

 まさに家畜だ。

 魔法石という物を生産するためだけに、呼吸をし、餌を食べ、快感を管理される存在にこの宝玄仙の身体を変えてしまおうというのだ。

 

 しかし、一方で、宝玉も魔法石というものがどれだけ貴重なものかということも知っている。

 魔法石は霊気を持つ亜人たちの霊気を格段に向上させるだけではなく、それをただの畜生に仕込むことで、霊気と知性を持つ亜人を産むことができるのだ。

 つまり、この魔王軍のような軍隊をいくらでも作ることができるということだ。

 

 もしも、彼らのいう方法で大量の魔法石を量産できるのであれば、それを知った亜人たちの各勢力は、あらゆる手段を駆使しても宝玄仙という魔法石を産み出す存在を捕えようとするだろう。

 それが大掛かりな罠で宝玄仙を青獅子が捕らえようとした理由だったのだ。

 

「ところで、輪廻先生、さっきも言いかけたけど、絶頂管理は魔法石の質の向上にかかせないんだ。先生の肉芽措置は素敵だけど、快感が強すぎて、簡単に達してしまうということはない?」

 

「大丈夫よ、寧坊坊や。さっき鍼を使って経絡を刺激したからね。いくら肉芽に快感を受けても、もう宝は絶頂ができないわ。肉芽だけじゃないわ。これから乳首の表皮を薬品で溶かして真皮を露出させる施術もやるから、宝の乳首の感度も数倍に跳ねあがるろうけど、それで快感がどんなに昂ぶろうとも絶頂することはできないのよ。面白いでしょう」

 

 輪廻が大笑いした。

 しかし、それを聞かされた宝玉は全身に冷水を浴びたような気持ちになった。

 股間の疼きはいまでも耐えられそうにないものだ。

 それが決して発散できない地獄の疼きだとわかり、眼の前が真っ暗になる気分だ。

 

「そ、それは困るよ、先生──。斑を作らないために焦らしは必要なんだけど、まったく絶頂しないのも駄目なんだよ。少なくとも一日に一回は大きな絶頂感を与えることが必要なんだ。困るよ。元に戻してよ──」

 

 寧坊が悲鳴のような声をあげた。

 しかし、輪廻は高笑いをするだけだ。

 

「……心配ないさ、寧坊坊や──。これは蝦蟇婆とも話し合ったことでね。尻だけはなにも処置はしてないわよ。ほかの部分はどんなに刺激を受けても快感が溜まるだけで絶頂できやしないんだけど、尻では欲情を解放できるのさよ」

 

「尻?」

 

「お前はいなかったけど、そりゃあもう、青獅子陛下が宝の尻をお気に入りでね。是非、尻だけは手を付けないでくれというからそうしたよ。お前としてもそれでいいんでしょう? 焦らし責めのときは尻以外を責めればいいし、絶頂させるときは尻責めをすればいいわ」

 

「そりゃあいいよ、先生。それなら、管理がずっとやりやすい──」

 

 寧坊が嬉しそうに叫んだ。

 宝玉はあまりのことに呆然としていた。

 愛し合うための手段であれば、どんなに乱暴にされたり、あるいは酷い官能責めや苦痛を受けてもいい。

 惨めな羞恥責めにも耐えられる。

 むしろそれは宝玉の望みだ。

 

 しかし、これからこの身体に加えられようとしていることは、愛情の一片だってありはしない。

 この身体に欲情して凌辱する行為ですらないのだ。

 股間に挿入した魔法柱の培養のために、ただ機械的にこの身体に加える刺激を管理して欲情を統制すること──。

 それだけの行為なのだ……。

 宝玉はそんな愛情のない肉体への責めに自分が耐えられるとは思えなかった。

 もしも、耐えられなければ……。

 

「ねえ、輪廻、乳首の表皮を剥いて真皮を露出させる施術のときに、母乳を出すようにできるかい? わしのところの一鉄と二鉄が母乳が好きなんじゃ──。母乳が出ればあいつらは命じなくても四六時中、宝の乳首を吸いまくろうとするからのう。そうすれば、宝の快感も溜まるし一石二鳥じゃ」

 

「そりゃあできるわ、蝦蟇婆。しかも、大して面倒でもないわよ。まず液薬を乳房に抽入して乳腺を活性化させて数日してから液薬を抜くのよ。薬の抽入には道術を遣うの、それから……」

 

「肉体改良のやり方はなんだっていいわい、輪廻──。じゃあ、やっとくれよ。寧坊も構わないんじゃろう?」

 

「いいよ。母乳は魔法石の出来に関係ないしね」

 

 寧坊は言った。

 宝玉はもうなにがなんだかわからず混乱していた。

 これは現実の話なのだろうか。

 恐ろしい人体実験の話を平然とする亜人たち……。

 そして、それを施されるのは宝玉なのだ。

 

 息が苦しい……。

 宝玉は耐えられない仕打ちに遭うと必ず意識の混乱が生じる。

 自分を自分で保てなくなるのだ。

 その最悪の結果が人格の分裂という事態になるということを宝玉はもう知っていた。

 もちろん、それは宝玄仙も同様だ。

 

 この身体はどちらの人格であろうと、耐えられなくなる事態になると新しい人格を作ってしまう可能性がある。

 その分裂する人格がどんなものになるかもわからない。

 また、危険な人格が生まれる可能性も……。

 

 耐えること……。

 どんな仕打ちを受けても、自分を失わずに人格を保つこと……。

 新たに出現する人格を防ぐにはそれしかない……。

 

 ふたりで耐える──。

 それしかない。

 

 しかし、怖い──。

 自分の身体の改造について、宝玉を無視して行われる話し合いに宝玉は怖気を感じることをやめられないでいた。

 身体が血の気を失ったかのように冷える。

 それなのに刻々と疼きが高まる肉芽だけが宝玉のほかの肉体とは別のものであるかのようにじんじんと疼く。

 それが宝玉の心の絶望を助長する……。

 

「さて、じゃあ、そろそろ始めるわね──。時間と細かい手間の必要な乳房の改造は後にするよわ。とりあえず四つ脚化から始めようかしら……。前肢と後肢の高さを揃えるように切断すればいいわね。脚はこんなところ?」

 

 輪廻が言った。

 そして、筆先のような感触が宝玉の腿の中心辺りをすっと撫ぜた。

 宝玉は悲鳴をあげた。

 

「や、やめてよ──。あ、ああっ……お、怖ろしいことはしないで──。お、お願い──」

 

「まだ、筆で線を引いただけよ、宝……。もっとも、すぐに切断するけどね……。道術をかけながらの施術だからあっさりとしたものよ。痛みもないし、出血もない──。もっとも、お前が身体から手足がなくなる感覚が欲しくて、激痛を受けながら手足を切られるのがお好みならそうするけどね──。どうするの、宝? 痛みなくあっさりと切られる方がいい? それとも激痛にのたうちながら切る? どっちでもいいのよ。激痛で苦しみながら手足を切っても苦しいだけで死にはしないしね──。さあ、どっち?」

 

「あ、ああ……そ、そんなことはしないで──」

 

 宝玉は哀願した。

 

「そんなことは聞いていやしないわよ。どっちを選ぶのかと訊ねているのよ。痛いのがいいかい? 痛くないのがいいのかい? 答えないとそれこそ激痛でのたうち回らせるわよ──。さっき顎を外されたことを覚えている? ここでは、なんでも逆らえば罰があるのよ。答えないと罰の代わりに、痛覚をいじくり回しながら手酷く切るわよ。身動きできないだろうから施術の邪魔にはならないしね。もちろん、失神できないように改めて処置をするわ」

 

 輪廻の言葉に宝玉はわっと声をあげて泣き出してしまった。

 

「どっちよ──?」

 

 輪廻が怒鳴った。

 

「い、痛くないように……」

 

 宝玉はやっとのこと言った。

 

「そうでしょう──。当たり前よ。さっさと答えないかい、宝。手間を取らせるんじゃないわよ──。じゃあ、はっきり言いなさい。手足を切ってくれってね。さもないと、激痛を与えながら切断するわよ」

 

 輪廻が鼻を鳴らした。

 

「あ、ああっ……。て、手足を……切って……い、痛くないように……切って……ください……」

 

 宝玉は言った。

 そんなこと怖い……。

 もう、どうしていいかわからない……。

 

 これから手足を切断されて獣のような四つ脚にされる。

 その恐怖感と絶望感に宝玉は泣くのをやめることができなかった。

 

「めそめそ泣くんじゃないわよ。ちゃんと脚には豚の蹄を移植するから動くのに不自由はないわ……。だいたい、陛下に感謝するのね──。わたしの計画じゃあ、最初はお前の顔の皮を剥いで豚の顔に入れ替えるつもりだったのよ。その方が雌畜に相応しいだろうしねえ──。だけど、お前の尻の快感が気に入った陛下が、お前の人間の女としての美しさをなるべく損なわないようにと指示されたのよ──」

 

「豚の顔とは酷いじゃないですか。こんなに綺麗な顔なのに──」

 

 寧坊が苦笑している。

 

「綺麗なものは徹底的に壊してやりたいという衝動を覚えるときもあるのよ。せっかくだから、豚の顔は囚人になった鳥人族の何人かに施すことにするわ。準備したものを無駄にしても勿体ないしねえ」

 

「あの美しい鳥人族の連中の顔を豚の顔に変えるってかい? 悪趣味じゃのう。さすがの変態女医じゃ」

 

 蝦蟇婆の呆れたような声がした。

 

「ふん、陛下の許可はもらっているわよ──。魔凛という女隊長以外は、どれを選んでもいいと言われているのよ。この宝の施術が終わったら、連中が閉じ込められている牢舎に行って、獲物を選んでくるわ」

 

 輪廻はそう言いながら、右手に霊気のこもった牛刀のようなものをかざした。

 宝玉は悲鳴をあげた。

 しかし、身体はまったく動かない。

 

「のう、輪廻、ちょっと思いついたんじゃが、後肢は膝の上くらいのぎりぎりの高さを保持して、逆に前肢になる手はぎりぎりまで短くできるかい?」

 

 不意に蝦蟇婆の声が口を挟んだ。

 大きな牛刀を持って宝玉の下半身側に移動しようとしていた輪廻が眉間に皺を寄せながら、蝦蟇婆の方に顔を向けるのが見えた。

 

「はあ? なんでそんなことをするの? それだと高さが合わなくて四つん這いで歩くときに、尻が極端にあがったようなかたちになるわよ、蝦蟇婆?」

 

「ひひひ……、それになんの問題があるんじゃい?」

 

 蝦蟇婆が言った。

 すると宝玉が見あげている輪廻の顔がにんまりと笑った。

 

「……そういうことね。確かに、陛下のお気に入りのお尻を常に上にかざしながら歩かせるというのもいいわねえ。どうぞ、尻を犯してくださいの格好というわけね」

 

 輪廻が笑った。

 そして、一度牛刀を横の台に置き、筆のようなものを取った。

 さっき腿に感じた感触が今度は両膝の真上くらいの場所に加わった。

 線が引き直されたのだ。

 

「それだけじゃないわい……。こいつは乳がでかいからね。乳房の高さと前肢の高さを揃えておくれ。そうすれば……ひひひ……」

 

「なにかすてきなことを考えているようね、蝦蟇婆。まあ、言ったとおりの体型にしてあげるわ」

 

 輪廻が筆を牛刀に持ち替えながら言った。

 

「ちょ、ちょっと待って──」

 

 宝玉は絶叫した。

 しかし、なにかが膝の上に当たり、どんと牛刀が台を叩く音がした。

 

「ほら、簡単なものでしょう、宝? じゃあ、次は右脚をいくわよ」

 

 輪廻が笑いながら牛刀を持っている反対側の手に切断したばかりの宝玉の脚を持って、宝玉の顔の前にかざした。

 顔の前に自分の切断された脚がかざされる。

 あまりの恐怖で宝玉の身体は激しくがくがくと震え出した。

 

 そして、宝玉は自分の意識がすっと深層意識に隠れていくのを感じた。

 いや、宝玉は自ら自分を隠そうしているのだ。

 いまはこの恐怖に狂わないためにはそれしかない。

 このままでは、宝玉はまたこの身体を守りきれずに、新たな危険な人格を作り出してしまうかもしれない……。

 人格を作り出してしまう危険は宝玄仙も同じだが、いまでは彼女も強くなった。

 逆になぜか弱まってきている感のある宝玉よりも強いかも……。

 

 ふたりで乗り切るのだ。

 それしかない……。

 宝玉はこの身体の意識を強引に閉鎖しようとしてした。

 

「おや、おかしいねえ。気を失うことができないように神経に細工をしているんだけどねえ……。まあ、いいわ。すぐに活性化させるから……。」

 

 最後に見たのは宝玉を不思議そうに見下ろしながら首を傾げる輪廻の顔だった。



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462 自分自身との対話と性愛

 身体が熱い……。

 宝玄仙はなにかが股間を這い回る淫靡な刺激に思わず声をあげそうになった。

 

 おかしい……。

 これはなんだ……?

 

 股間だけではない……。

 胸がとても感じる……。

 意識をしはじめると全身に淫らな痺れが走り、身体が砕けそうになる。

 

 そして、気がついた。

 ここは深層意識だ。

 

 宝玄仙や宝玉が「意識の部屋」と呼んでいる場所だと思う。

 つまりは、宝玄仙自身の心の中の世界ということだ。

 

 しかし、なぜ、意識体の中の身体が現実の身体のように疼くのだろう……?

 とにかく、宝玄仙は膝を折るようにその場にしゃがみ込んだ。

 本当はただの意識体なのだから、現実には肉体は存在しないのだが、そうしなければ膝が崩れ落ちそうだった。

 

 宝玄仙は自分が荒い息をしはじめているのを感じた。

 ここが意識の部屋だということは、いま現実の宝玄仙は意識のない状態なのだろうか……?

 

 宝玄仙は最後の記憶を探ろうとした。

 すぐに、さらわれた沙那を奪い返そうとして、『移動術』で獅駝(しだ)の城郭に乗り込んだときのことだと思い出した。

 『移動術』で孫空女とともに乗り込んだ城郭の広場には大勢の住民が集まっていて、その中心で二本の直柱に磔にされていた沙那が住民たちから交替で凌辱されていた。

 おそらく、住民は大がかりな道術で操られていたのだと思う。

 微かではあるが宝玄仙は道術の匂いを肌で感じていた。

 『移動術』で宝玄仙たちが出現したときに、離れた建物の屋根の上でこちらを見ていた鳥人族の女がいた。

 多分そいつの仕業なのだ。

 

 大きな霊気がその女から注ぎ流れているのも感じてもいた。

 そして、それはさらわれて拘束されていた沙那自身にも及んでいた。

 沙那もまた、あの鳥人族の女の支配に捉われていたと思う。

 そのことにさえ宝玄仙は気がついていた。

 

 しかし、油断した。

 一度はその鳥人族の女が直接発したなんらかの『支配術』の道術を防御道術で撥ね返した。

 それで鳥人族の女が驚愕と焦燥の表情を見せたのはわかった。

 おそらく、あの女は自分の道術が通用しないという状況に遭ったことはなかったのだろう。

 その鳥人族の女の焦りが小気味よかった。

 

 それで気を抜いてしまった。

 助け出した沙那がいきなり宝玄仙の唇に自分の口を重ねて口移しの昏睡剤を注ぎこんできたのだ。

 それで宝玄仙の意識はなくなった。

 

 結局、孫空女はどうなっただろうか……?

 宝玄仙が意識を失ったことで『移動術』の結界の繋がりが途切れたはずだ。

 操られた大勢の住民と屋根の上の鳥人の女を敵にして、昏睡した宝玄仙と操られている沙那を抱えては、さすがの孫空女もどうしようもなかったかもしれない。

 

 ただ、万が一のことを考えて朱姫を残していた。

 朱姫の道術力ならば、失われかけた『移動術』の結界の繋がりを保持させることが可能だったと思うが、あいつらうまく危機を乗りきってくれただろうか?

 

「ね、ねえ……、ほ、宝玄仙……」

 

 声がした。

 そばに光が当たるような場所が現われてそこに宝玉がいた。

 

「宝玉──? どうしたんだい、それは?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 眼の前の宝玉は素裸だった。

 それはいいいのだが、宝玉の身体に手足がないのだ。

 膝から下を切断された脚と二の腕の半分くらいで切断された腕の前倒しの不均衡な態勢で四つん這いになっている。

 ここは意識体の中だ。

 宝玉がそんな奇妙な姿でいる理由はないはずだ。

 

「わ、わたし、頑張ったわ……。何度も何度も……。意識を閉ざそうとしたの……。でも薬と鍼の技ですぐに無理矢理覚醒させられて……。ああ……こ、股間が熱い……。む、胸も……。ど、どうしてこんなに酷いことできるのかしら……。あ、ああっ……ひ、酷い……」

 

 宝玉が股間に手をやるような仕草をした。

 しかし、腕のない宝玉には当然股間など触れることはできない。

 ただ肩が動いただけだ。

 すると宝玉は泣くような大声をあげた。

 そのとき、はっとした……。

 

 いつの間にか宝玄仙自身も股間の疼きに耐えきれなくなり、自分の手を股間にやっていたのだ。

 さっきはきちんと着ていたと感じていた衣類はなにもない。

 宝玄仙も眼の前の宝玉と同じように素裸になっていた。

 そして、自ら疼く股間を慰めていた。

 それによって秘肉から沸き起こる快感はとてつもない愉悦であり、恍惚とした快美感を宝玄仙に与えている。

 それに比べて、宝玉は相変わらず苦しそうに先のない腕を懸命に動かして悶え泣いている。

 宝玄仙は宝玉に駆け寄った。

 

「なんでそんな姿なんだい、宝玉? どうしたんだい?」

 

 宝玄仙は悶え動く宝玉の身体をがっしりと抱いた。

 

「ああ、宝玄仙──。わたしは頑張ったわ……。頑張ったのよ……」

 

 宝玉が宝玄仙の腕の中で感極まって泣くような仕草で震えた。

 そして、奇妙な違和感を覚えた。

 それがなんであるかがしばらくはわからなかったが、やがて、こんなふうに宝玄仙が意識の中で宝玉に触れるなど初めてのことだと思い至った。

 

 だが、いま、宝玄仙は確かに実体として宝玉を触っている。

 もちろんそれは、意識のことにすぎないのだろうが、意識の部屋の中で宝玉の身体を感じることができるとは思わなかった。

 そのことに驚いた。

 

「ああ……触れ合えるのね、わたしたち……。あなたに触れられるのね……。う、嬉しいわ。宝玄仙……。わたし、ずっとこうしてもらいたかったの……。わたしを愛してくれる誰かにぎゅっと抱かれたかったの……」

 

 宝玉は四肢を切断された奇妙な姿のまま、一生懸命に宝玄仙に身体を擦り寄せてくる。

 

「こ、これは……?」

 

「あなたはわたしを愛してくれるでしょう……。だって、この世のすべての人間が嫌うわたしだけど、あなただけはわたしを無条件に愛してくれる……。そのあなたに抱いてもらいたかったの……。う、嬉しいわ……、ああっ……」

 

 手足のない宝玉は宝玄仙の腕の中でむせび泣いた。

 宝玄仙はびっくりした。

 

「この世のすべての人間から嫌われているだって? 冗談じゃないよ。少なくともあいつらがいるだろう。沙那と孫空女と朱姫が──。あいつらもお前を愛しているよ」

 

「ち、違うわ。宝玄仙……。彼女たちが愛しているのはあなたよ──。あなたを愛しているの。わたしとは違う。あなたの中にいるわたしに、あなたを感じているだけで、彼女たちの愛情の本質はわたしに対してではないの……。そんなことはあなたも知っているでしょう?」

 

 宝玉が怒ったように言った。

 

「そんなことはあるものかい」

 

 宝玄仙は言ったが、内心では完全に宝玉の言うことを否定できないでいた。

 さすがに宝玄仙でもあの供たちの心の深層についてまではわからない。

 そもそも、えげつない手段で拘束して供にした三人だ。

 あいつらが心から宝玄仙を愛しているのかと第三者に訊ねられたら、宝玄仙はそれを自信を持って肯定することはできない。

 逆の立場なら宝玄仙はあんな手段で供にした主人を許すことなどないし、いまでもあいつらに優しくしたことなどない。

 

「わたしはあらゆる者に嫌われたわ。母はわたしを嫌ったし、蘭玉もそうだった。恋をした男には凌辱され、愛して愛人にした女たちはわたしを見限って捨てた。わたしはそういう女なのよ──。でも、あなたがいる。ああ……、もっと強く抱いて──。ついにあなたに触れられるようになったのね。嬉しい──」

 

 宝玄仙は宝玉の求めに応じて、強く宝玉を抱きながら、宝玉の語ったことに首を傾げた。

 だが、宝玄仙の記憶と宝玉の記憶には少し違いがあるようだ。

 

 そもそもあの母親については、母親が宝玄仙を嫌ったのではなく、自分の愛人に宝玄仙を抱かせようとした母親を宝玄仙が捨てたのだ。

 蘭玉については、確かに疎遠な時期はあったが、お蘭の里に立ち寄ったときに完全に和解ができている。

 愛した男に凌辱されたというのは、あの青蔡(あおさい)のことだと思うが、宝玄仙の初めての相手だったことは事実だが、行きずりの男であり、宝玄仙が青蔡を愛したのかと問われても首を傾げたくなる。

 人格が異なったことで記憶まで違ってくるものなのだろうか……?

 

「……でもあなたは別よ。それだけは断言できる。あなたはわたしを愛してくれる。そうよね、宝玄仙?」

 

「わたしはお前自身だよ。愛しているのは当たり前だろう」

 

 宝玄仙は宝玉を抱きながらとりあえずそう言った。

 それにしても、宝玉の様子はただ事ではない。

 神経の昂りが異常だし、宝玄仙への態度が狂喜じみている。

 おかしな姿で意識体の中に現れたことも考えると、外の世界でなにかあったのだろうか……?

 

「違うわ──。宝玄仙、それは違うわ」

 

 突然、宝玉が顔をあげた。

 その顔は快感に上気しているが真剣だ。

 あまり見ることのない必死な宝玉の表情に宝玄仙は内心で当惑した。

 

「なにが違うんだい?」

 

「あなたはもう気がついていると思ったけど……?」

 

「なんに気がついているんだい、宝玉?」

 

 宝玉はきょとんとしている。

 しかし、宝玄仙もなにを宝玉が主張しようとしているのかわからない。

 

「ほ、本当にわからないの、宝玄仙?」

 

「もってまわった言い方はやめるんだよ──。さっさと、言いたいことを喋りな、宝玉」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 すると宝玉が目を丸くした。

 

「や、やっぱり、あなたとわたしはもう違うのね……。あなたに触れられることができたとき、もしかして、そうかもしれないと思ったけど、本当にそうなのね」

 

 宝玉が呟いた。

 

「はあ?」

 

 宝玄仙は宝玉の当惑にますます混乱した。

 

「じゃあ言うわ、宝玄仙……。どうして、わたしたちはこうやってお互いに触れることができるの? 以前、こんなことができたかどうか覚えている?」

 

「以前って……」

 

 宝玄仙は記憶を辿ったが、こんなことを意識の部屋でやったことはないはずだ。

 そもそも最初は、言葉を交わすことしかできなかったのだ。

 闘勝仙の性奴隷だった日々の中で突然出現したのが宝玉の人格であり、存在を感じただけだ。

 とにかく、それで意識の中で言葉を交わすようになった。

 それがいつの間にか相手の姿を見られるようになり……。

 そしていま……。

 

「わたしにはわかったわ。あなたとわたしは、はっきりとしたふたつの人格に分かれようとしているのよ……。いえ、もう完全に分かれたのかもしれない。最初はあなたはわたしの一部であり、わたしはあなたの一部だった。だから言葉を交わすなどあり得なかったし、曖昧すぎて存在を意識することもできなかった。だけど時間が経って、お互いの存在がしっかりと独立することで、違う人格として成立してきたのよ。それがあたしたちのこの関係だったのよ」

 

「だから、なんなんだい?」

 

「存在すら気がつかなかった状態から声をかわすことができる状態になり、やがて、相手の姿が見られる状態になり、いまはお互いに触れる実感がある……。つまり、これはわたしたちがそれぞれに独立している過程なのよ。わたしたちは違う人間に育とうとしているの。そして、違う人間になった。だから相手を実体として感じることができるのよ」

 

 宝玉は一気にまくしたてた。

 宝玄仙は驚いた。

 しかし、言われてみるとそうかもしれないと思う。

 

 少し前は宝玉の考えていることは、宝玄仙自身の思考として取り込むことができたし、宝玉の感情は自分の一面であるかのように感じることもできた。

 考えてみれば、少し前からそういう感覚はなくなっていた。

 いまは言葉を使わなければ宝玉と意思の交換が難しくなっている気がする……。

 

「わたしもそうよ。わたしはあなたを感じにくくなっている。もちろん、あなたの耳目を使って、あなたが見聞きした出来事は認識できるけど、以前のようにあなたの感情までわからないもの。あなたとわたしが離れようとしているの……。なんとなくそれがわかったの──。つまり、もうあなたとわたしが同じ人間だとは必ずしも言えないということよ」

 

 宝玉が言った。

 宝玄仙は考えた。

 ある意味では宝玉は正しいのかもしれない。だが、それだけではない気もする。

 

 この身体には宝玄仙自身でさえ理解できないことが多すぎるのだ。

 いつかここで逢った「原宝玉」の存在のこともあるし、人格統合の役割だけのための存在のこともある。

 そもそも宝玉は、宝玄仙と宝玉のふたりの記憶を制御できるが、宝玄仙にはそれはできない。

 宝玉と宝玄仙が独立した対等の存在になろうとしているのだという宝玉の意見は完全には納得できない。

 

 まあ、いずれにしても以前はできなかったお互いの触れ合いということを意識の部屋で感じることができるようになったというのは事実だ。

 宝玄仙は宝玉を抱きながら思った。

 

「まあいいさ……。それよりも、この状況を説明しな。なぜ、わたしたちの身体は疼くんだい? お前がそんな姿なのはなんでだい?」

 

 宝玄仙は言った。

 いまこうしている間も強い官能の疼きを感じる。

 特に股間と胸が熱い。

 小さな虫が這い回って性感帯をくすぐり続けているような感覚だ。

 

「説明するわ……」

 

 宝玉はつらそうに語り始めた。

 その内容に宝玄仙はびっくりした。

 

 そして、言葉としての宝玉の説明が進むにつれて、それが宝玄仙の記憶として入ってくる。

 言葉の説明によって、宝玄仙と宝玉の記憶の同化が起こっているようだ。

 

 青獅子……輪廻(りんね)……蝦蟇婆(がまばあ)……寧坊(ねいぼう)……。

 宝玉が語ったその名の人物の姿が宝玄仙の頭に次々に浮かんで頭に刻み込まれた。

 

「あ、あいつら……」

 

 宝玄仙の中に激しい怒りが湧き起こった。

 そいつらは寄ってたかって宝玄仙の身体を弄くり、おかしな身体の改造をして、宝玉を責めいたぶって笑いながら、一本一本手足を切断していったりしたのだ。

 しかも、この宝玄仙を魔法石の培養雌畜にしようという……。

 

 その連中に対する憎悪の感情でいっぱいになったとき、いつの間にか自分の身体が宝玉と同じように手足のない身体になっていることを発見した。

 

「こ、これは……?」

 

「ああ、宝玄仙……大丈夫……?」

 

 宝玄仙と並ぶように四つ脚で立っている宝玉が言った。

 全身の疼きは最初のときよりも激しいものになっている。

 これはどういうことなのだろう……。

 深層意識が外の世界で加えられた身体の改造や家畜化を受け入れてしまったということか……?

 

 宝玄仙は当惑した。

 そのとき眼の前で、明るい光がなにもない空間を大きく照らし出した。

 

「また強引に覚醒されようとしているわ……」

 

 宝玉が怯えた口調で言った。

 いまは、宝玉の怯えがはっきりとわかる。

 さっき伝わった宝玉の束の間の記憶とともに、宝玉の怖れと怯えが宝玄仙にも流れ込んだからだ。

 もっとも、それは宝玄仙自身の感情とは結びつきはしなかった。

 それが知識として伝わっただけだ。

 それがいまのふたりの限界なのだろう。

 

「わたしがいくよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「い、いえ、わたしがいくわ。まだ頑張れる……。あなたと話ができた。あなたとやっと触れ合えた。それがあればわたしは頑張れる……」

 

 宝玉が言った。

 “頑張る”と言った宝玉の言葉は、言葉以上の意味がある。

 宝玉にしても宝玄仙にしても、受ける苦悩が心で支えられなくなると、新たな人格を産みだす可能性があるのだ。

 新たな人格の出現は、この身体に備わる心の混乱でしかない。

 少し前に突如現れた新たな人格は、自殺願望の強い危険な存在でもあった。

 だから、宝玄仙にしても、宝玉にしても、心の崩壊が起きないように自分を保つことが必要なのだ。

 

「頑張る必要はないさ……。いまはわたしが行くからね。わたしが“頑張れ”なくなったら、お前が頑張っておくれ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「でも……」

 

「それよりも、おいで──。これまでそいつらを相手に頑張ったよ……」

 

 宝玄仙は宝玉を仰向けにすると、その身体に上から重なった。宝玉の股間はびっしょりと濡れていた。

 宝玄仙は舌を宝玉の股間に伸ばした。

 手で触れることができるのだからこんなこともできるはずだ……。

 

「あふううっ……す、素敵──ひううっ──」

 

 宝玉が身体を跳びはねさせて身をよじった。

 しかし、構わず宝玄仙は無遠慮に宝玉の股間の亀裂に舌を割り込ませる。

 

「あ、ああっ……あ、あああはああ……が、我慢できない……」

 

 宝玉の悲鳴が迸る。

 宝玄仙は苦笑して少しだけ顔をあげた。

 

「我慢する必要はないさ……。頑張ったから、わたしが愛してやるよ。だから頑張るんだ。いいね、宝玉」

 

「わ、わかったわ……が、頑張るわ……あはあ──」

 

 再び宝玄仙は舌を宝玉の股間に這わせた。

 肉芽の周りを舐め、舌で弾き、女陰を寛げるように舌を動かし、穴に舌を潜り込ませて内側を刺激してやる

 宝玉は悲鳴をあげて悶えた。

 宝玉の匂いを感じる。

 愛液の滴りも……。

 

 愛し合うことで、さらに宝玉の存在をはっきりと認識できるようになった気がする。

 ふと横目で見ると、さっきの光がだんだんと強くなっている。

 時間がないのだろう。宝玄仙は舌の動きを激しくした。

 

「ひひゃあああっ──」

 

 宝玉が悲鳴のような声をあげて喘ぎ狂った。

 異常なほどの反応だ。おそらく、想像を絶するほどの快感が宝玉を襲っているに違いない。

 それくらい宝玉は完全に狂乱していた。

 

「あ、ああ、だ、駄目えっ──」

 

 宝玉の身体ががくがくと大きく震えた。腰を激しく痙攣させて呆気なくのぼりつめた。

 

「はううっ」

 

 次の瞬間、宝玄仙の身体にも大きな快感が襲った。

 宝玉の絶頂に合わせて、同じものが宝玄仙にもやってきたのだ。

 宝玄仙にもなにが起きたかわからない。

 だが、同じ身体に宿るふたりが情交で快感を昇り詰めたとき、不意に感覚が同調したのだと思う。

 

 宝玄仙は束の間、宝玉と身体を合わせながら絶頂の余韻に浸った。

 やがて、宝玄仙は四つん這いの身体を動かして、宝玉の上からおりた。

 そして、光に向かって進む。

 いまでは、耐えられないほどの明るさになっていた。

 

「宝玄仙──」

 

 宝玉がはっと気がついたように名を呼んだ。

 

「外で起きることはお前への試練だと思いな、宝玉──。頑張れば、わたしがご褒美をやるよ、宝玉。だから頑張るんだ──」

 

「ああ、頑張れる。あなたのために頑張るわ、宝玄仙──。だから──」

 

 宝玉が叫んだ。

 

「もちろん、わたしも頑張るさ……。だから、今度はお前がそのご褒美にわたしを愛しておくれ」

 

 宝玄仙はにっこりと笑って光の中に身を委ねた。



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463 雌畜の鼻輪

「やっと、覚醒したのね。お前の身体はどうなっているのよ、宝? 気を失うことができないように経絡を突いているのに、すぐに失神してしまうわよねえ……。お陰でなかなか施術が進まないじゃない──。まあ、終わったけどね」

 

 不意に頭の上から声がした。

 それが輪廻(りんね)という変態女医の声だということがわかった。

 宝玄仙の人格では輪廻の声に接するのは初めてのはずだが、すぐに認識できることを考えると、どうやら宝玉の記憶は完全に宝玄仙に結びついたようだ。

 

 それにしても随分と床が間近に見える。

 ほとんど顎の真下が床だ。

 それくらい顔が床に近い。

 お陰で顔をあげても眼の前の相手については、宝玄仙の前に立っている者の足しか見えない。

 いま眼の前にあるのは白い前掛けが膝下まである女の足だ。

 これが輪廻なのだろう。

 

 どうやら、宝玄仙は輪廻の診療室という場所にまだいるようだ。

 ただ、宝玉の記憶と違い、施術台のような場所からは身体が下ろされている。

 宝玄仙は四つん這いで直接に自分の手足で床の上に立っているのだ。

 

 腕と脚は途中で切断されて、四つ脚の家畜のような身体にされている。

 それは意識の部屋で知覚した通りだ。

 そして、ぎょっとした。

 前肢になる部分の腕はほとんど肩の付け根近くで切断されていたのだが、切断面に続いて先端が大きくふたつに分かれた蹄がついている。

 前の指を支えるように蹄の後ろ側に小さな指のようなものがあって、前にかかる体重を支えている。

 つまり、切断された腕に四本指の蹄がついているのだ。

 これは豚の肢だ。

 

 そういえば、宝玉が説明した輪廻の施術の中に宝玄仙の切断した手足の先に豚の蹄を移植させるというものがあった。

 これがそうなのだろう。

 この宝玄仙の身体を豚の肢に変えるとは……。

 

 全身の血が怒りで沸騰しそうになった……。

 どうやら後ろ肢も同じようになっているようだ。

 しっかりと蹄で床を踏んでいる感触が身体に伝わってくる。

 

 しかも、切断された宝玄仙の後ろ肢は膝上くらいまでの長さが維持されているのに対して、前肢になる腕が短くされているので、四つん這いになっている宝玄仙の身体は極端な前傾姿勢になっている。

 後ろから見れば大きく尻をかかげて、尻穴を曝け出しているような格好だろう。

 宝玄仙をこんな身体に変えて辱めようとしているこいつらに肚が煮えくり返る。

 

「ふん、宝の覚醒がうまくいかんのは、お前の腕が未熟なだけだけじゃろう、輪廻」

 

 宝玄仙の視界にくるぶしまでの下袍とサンダル履きの足が入った。

 サンダル履きから覗く足は老人のもののようだ。

 これが蝦蟇婆(がまばあ)だと思った。

 

「いや、なにか宝の身体には秘密があるのよ。ちょっと調べさせてよ、蝦蟇婆。とても興味深い個体だわあ」

 

「断る──。お前に預ければ、それこそ人体実験の玩具になって宝が死んでしまうわい。こいつは大事な雌畜なんじゃ。わしがそれを青獅子陛下から預かっとるんじゃ。万が一があれば、わしの首が飛ぶわい」

 

「まあ、そんなことあるわけないじゃないの。わたしは医師よ」

 

「実験好きの変態のな──。とにかく、施術は終わったんじゃろう? ならば、後はわしが預かって家畜として調教する……。次は母乳の施術の続きをするときに連れてくるわい。二日後でいいんじゃな、輪廻?」

 

「まあね……。でも、あんたの調教部屋と飼育部屋にちょくちょくわたしも顔を出すわ。そっちから連れてくるには及ばないわ、蝦蟇婆。本当にわたしはその人間族の女に興味があるのよ。観察だけでもさせてよ」

 

「見るだけならな」

 

 蝦蟇婆がそう言って、すっと宝玄仙の前にしゃがんだ。

 かなり視界の上側にしわくちゃの蛙のような顔が入ってきた。

 その蝦蟇婆が金属の輪っかをすっと宝玄仙の顔に寄せた。

 

「な、なんだい──?」

 

 思わず叫んで顔を横に向けて避けようとしたが、簡単に鼻にその輪っかを装着された。

 自分の鼻にぶら下げられたものの正体がわかって、宝玄仙は自分の目を疑った。

 これは鼻輪だ──。

 宝玄仙は全身が怒りで震えるのがわかった。

 鼻の中の左右の穴を隔てる壁に穴を開けられているようだ。

 そこに鼻輪を通されたのだ。

 

「な、なにすんだい、このくたばり損ない──」

 

 宝玄仙は思わず怒鳴った。

 するとしゃがんで宝玄仙の顔を覗き込むようにしていた蝦蟇婆がびっくりしたような表情になった。

 

「く、くたばり損ないって……。お前、宝かい? どうしたんだい? さっきまでめそめそと泣くばかりだったのに、いきなり元気になったねえ?」

 

 蝦蟇婆は呆気にとられている。

 

「こ、この宝玄仙にこんなことして覚悟はできているんだろうねえ──。この蝦蟇蛙(がまがえる)──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 それにしても股間の疼きがかなり大きい。

 じんじんと強い刺激で宝玄仙を苛んでくる。

 こうやって怒りのまま怒鳴っていても、肉芽に施された改造施術によって皮の下の陰核の表面を動き回る極小の粒が宝玄仙の官能をどんどん膨張させていくのだ。

 宝玄仙は怒鳴りながらも身体が痺れたように官能の気だるさに包まれる自分を感じていた。

 

「か、蛙だって──。ほ、宝、それはわしに言ったのか──? 許さんぞ、お前──」

 

「へ、へん──。許さなけりゃ、どうするんだい──。蛙女──。げろげろとでも鳴くのかい──」

 

 宝玄仙は喚いた。

 すると横で輪廻が爆笑する声が聞こえた。

 

「な、なにが可笑しいんじゃ、輪廻?」

 

 蝦蟇婆が声をあげている。

 

「面と向かってお前に蛙だと言った女を初めて見たからねえ──。そりゃあ、蛙に似ている顔だし、名前が蝦蟇じゃあ、みんな心では“蝦蟇蛙”だと呼んでんだけど……。だけどあんたは青獅子陛下のお気に入りだし、陛下お抱えの調教師のお前にそんなことを口にする者はいないんだけどねえ……。それがよりにもよって、施術で家畜の姿にしてやった人間族の女が口にするなんて……。ははは……ああ、おかしい……」

 

 輪廻がさらに笑い転げている。

 

「お、お前がなにがおかしくて笑っているのかさっぱりわからんわい──」

 

 蝦蟇婆が怒鳴った。

 そして、宝玄仙の鼻輪にすっと、蝦蟇婆が持っていた金属の杖の先が近づいた。

 ぎょっとなる。

 

「ひ、ひぎいいっ──。や、やめておくれ──ひいっ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 いきなり鼻輪が天井方向に道術で吊りあげられたのだ。

 宝玄仙の鼻が引っ張られて、頭の奥に針を刺されたような激痛が走る。

 鼻輪が蝦蟇婆の持つ杖に導かれて引っ張られている。

 蝦蟇婆の持っている金属の杖の先が上昇すると鼻輪がそれに引っぱられるように上昇するのだ。

 宝玄仙は鼻輪を引っ張られる痛みに悲鳴をあげた。

 しかし、容赦なく鼻輪は引きあげられる。

 宝玄仙は後ろ肢で身体を起こすような態勢になり、背筋をぴんと伸ばしたように直立した。

 だが、蝦蟇婆の杖はさらに上にあがって完全に天井の方向を向く。

 宝玄仙の顔は鼻を上にして限界まで引きあげられる態勢になった。

 痛みで眼からぼろぼろと涙がこぼれる。

 

「や、やめておくれ──。ひ、ひぐうっ──」

 

「痛いかい、宝──。これが家畜の痛みだよ。口の利き方を忘れるとこうなるんだよ。わかったかい──」

 

 鼻輪は見えない力に引っぱられるように空中に伸びあがって蝦蟇婆が上に向けている金属の杖の先に近づこうとする。

 しかし、宝玄仙の鼻がくっついているので、それ以上は上昇することができずに宝玄仙の鼻を凄い力で引っ張りながら空中に静止している状態だ。

 宝玄仙の鼻に耐えられない痛みが走り続ける。

 鼻の穴からは鼻水も垂れ流れているようだ。

 しかし、腕のない宝玄仙にはどうすることもできないし、暴れればさらに痛みが増すことになる。

 宝玄仙はどうしていいかわからずにただ泣き叫ぶだけだった。

 

「ほらっ、許して欲しければ、詫びるんだよ、宝──」

 

 蝦蟇婆が天井を向けている金属の杖を左右に振った。

 するとそれに誘導されるように宝玄仙の顔を引きあげている鼻輪も左右にぐいぐいと動く。

 脳天に刃物が突き刺すような痛みに宝玄仙はさらに涙をこぼした。

 

「わ、悪かったよ──。ゆ、許しておくれ──ひぐうっ──ひっ、ひいっ──ゆ、許して──」

 

「誰が人間の言葉で謝れと言った。豚の声で謝るんじゃ」

 

 蝦蟇婆の杖が空中で嫌がらせのように上下左右に動く。それに応じて宝玄仙の鼻輪も上下左右に宝玄仙の鼻を引っ張り動く。

 

「ぶ、豚──?」

 

 かっとなってまた怒鳴ろうとしたが、鼻輪を杖で引きあげたまま、蝦蟇婆が部屋を歩き出した。

 宝玄仙は自然に後ろ肢だけの不安定な姿勢で慌てて歩いた。

 しかし、脚先の豚の蹄は立った状態だと、異常なほどに不安定だ。

 すぐによろめいてしまって、そのたびに鼻に激痛が加わり脳天に殴られたような痛みが走る。

 

 また、このことで宝玄仙の手脚の先に豚の蹄を移植したのは、単に宝玄仙を辱しめるためだけではなく、四本脚でなければ歩けない身体にするためでもあるとわかった。

 豚の蹄は二本肢で立つには不安定で、とてもじゃないが直立の態勢を保てない。

 それなのに蝦蟇婆は、宝玄仙を鼻輪で立姿を強要して、よろめく宝玄仙を鼻輪で痛めつけるのだ。

 

「ひぐうっ──や、やめておくれよう──」

 

 宝玄仙は鼻輪に引っぱられて歩かされながら、懸命に身体の平衡を保たせつつ叫んだ。

 

「人間の言葉を使うなと言うたじゃろうが、豚が──」

 

 蝦蟇婆が杖を動かす。宝玄仙はあまりの激痛に股間の疼きさえも忘れて悲鳴をあげて、ただ杖を追いかけて歩き進んだ。

 

「ぶうっ、ぶうっ、ぶうっ……」

 

 ついに宝玄仙は豚の鳴き真似をした。

 

「声が小さいねえ──。もっと、でかい声で叫ぶんじゃ」

 

 蝦蟇婆の杖がやっと停止した。

 しかし、鼻輪を上方に引きあげているのはそのままだ。

 

「ぶうっ、ぶうっ──」

 

 とにかく宝玄仙はありったけの声で叫んだ。

 やっと蝦蟇婆が満足したように笑った。

 

「これからは豚の声以外で喋るんじゃないわい。わかったか、宝──」

 

 少しだけ冷静になった口調の蝦蟇婆が言った。

 しかし、その蝦蟇婆の言葉に逆に宝玄仙の怒りが再熱した。

 

「だ、誰が──。ふざけるんじゃないよ、(かえる)──」

 

 もう一度宝玄仙は怒鳴った。

 また、杖が左右に振るように動かされる。

 宝玄仙の鼻輪も大きく動き、また泣き叫ばされる。

 

「まあまあ、婆さん、ゆっくりとやっていこうよ……。時間をかけて躾ければいいじゃないさ。それが調教師なんでしょう? それに痛みを与える責めじゃあ、宝の女陰の中の魔法柱は成長しないんだよ。快楽責めにしなきゃ」

 

 蝦蟇婆の前に十歳くらいの毛深い亜人の男の子が割って入るように進み出てきた。

 これまで輪廻とともに、部屋の隅で蝦蟇婆の権幕を笑って見守っていたのだ。

 これは寧坊(ねいぼう)だ。

 

「ふん……。わ、わかっとるわい──」

 

 寧坊が(なだ)めたことで、少し冷静になった感じの蝦蟇婆が顔を赤らめた。

 蝦蟇婆は杖を下に下ろすような仕草をした。

 しかし、寧坊がその下ろそうとした蝦蟇婆の杖を留めた。

 

「でも、凄いね、お前──。さっきとはまるで人が変わってしまったみたいだよ。輪廻先生に施術を受けたときの宝といまの宝は一緒?」

 

 寧坊が手になにかを持って宝玄仙の乳首に近づけてくる。

 しかし、顔を思い切り上にあげられている宝玄仙にはそれを阻止する手段はない。

 宝玄仙の右の乳首の根元に寧坊が手にしていたものがくるくると巻きついた感触がした。

 

「くっ……な、なんだい、これっ……」

 

 顔が下げられないのでよく見えないが、乳首になにかをぶら下げられたようだ。

 しかも、なにか重みを感じる。

 さらに左も……。

 

「お、お前……。な、なにをしてんだい、寧坊──?」

 

 宝玄仙はじりじりとした痺れを乳頭に感じて顔をしかめた。

 乳首が怖ろしく敏感になっている……。

 いつか千代婆に壊されて、恐ろしい感度まであげられた乳頭の性感がまた呼び戻された感じだ。

 あれから道術による快感制御と『治療術』による表皮の鈍化処置によって抑えていたのだが、それがすべて元通りの状況になっている気配だ……。

 

「おうおう、怖いねえ──。婆さん、もういいよ」

 

 寧坊の言葉でやっと蝦蟇婆が杖をすっと下ろした。

 鼻輪に加えられていた力がなくなり、宝玄仙は身体を倒れるように前のめりに崩した。

 そのとき、がちゃんと音がして乳首につけられていたものが床に触れた。

 

 その瞬間、雷のような衝撃が全身に拡がり身体を震わせた。

 驚いて顔を曲げて胸元に視線を向けると、乳首の下半分を覆うように金属の輪が締めつけられていた。

 その輪には下側に金属の細い板が伸びていて、前肢となる腕が短いことで、床に擦りつくくらいに垂れ下がっている宝玄仙の乳首からその板が床に垂れ落ちるようになっている。

 それが地面に当たったときに強い刺激が乳首に伝わってきたのだ。

 

「あ、ああっ……」

 

 やはり怖ろしく乳首が敏感にされていることがわかった。

 ただぶら下げられている金属の板が床に当たっただけで、もの凄い快美感が襲ったのだ。

 宝玄仙は歯を喰いしばって乳首の痺れが収まるのを待った。

 しかし、じんじんという疼きはずっといつまでも続く。

 

 しかも、いまでも股間の肉芽に虫が這いまわるような妖しい刺激がとまらない。

 こうしてじっとしていても激しい疼きが全身に襲いかかる。

 いつの間にか股間がびっしょりと湿っているのがわかった。

 すると魔法柱を挿入されている膣からつっと淫液が落ちる感触がした。

 

「僕からの贈り物だよ、宝。それをつけていれば歩くたびに、金属の板が床を擦っていい気持ちにしてくれるからね。そのうち宝の乳房を豊乳して大きくするらしいけど、そのときは飾りがなくても乳首が床に擦れるようになると思うから外してあげるよ。それまではそれで愉しんでね」

 

 寧坊が無邪気そうな口調で言った。そして、にこにこと微笑みながら、宝玄仙の顔の涙の痕と鼻水を拭いてくれた。

 口調は優しげだが、小馬鹿にしたような寧坊の物言いにも宝玄仙はかっとなった。

 

「じょ、冗談じゃないよ……。お、お前がわたしを躾けるなんてまねは、せめて性器に毛が生えてからにしな。ちょっと男根を見せてごらんよ──。毛が生えているのかどうか確かめてやるよ……」

 

 宝玄仙は悪態をついた。

 すると頭の上から寧坊の笑い声が聞こえてきた。

 

「僕の一族は毛深いのが特徴でね。お陰さまでもうしっかりと陰毛もあるよ──。でも、その感じなら大抵の調教と躾は大丈夫だね。宝の気力がしっかりとしていると、それだけ淫気が安定して、質のいい魔法石ができるんだ」

 

「ほ、ほざくんじゃないよ、子供が──」

 

 宝玄仙は寧坊と蝦蟇婆の足を見ながら言った。

 それにしても嫌がらせのような態勢だ。

 かなり顔を上にあげないと眼の前の人間の顔は見えず、通常の視界では相手の脚しか見えないのだ。

 相手の足しか見えない姿勢というのがこんなに屈辱感を覚えるものとは思わなかった。

 その惨めさが宝玄仙の恥辱を助長する。

 

「ところで、宝、その乳首は以前に施術を受けているのね。乳首の鋭敏化の施術を受けていたようだけど誰に受けたのか教えてくれない? 随分と腕のいい業師の仕業と思ったわ。薬物のようなもので毛細管を媚薬漬けにして感度をあげられたのね……。そんな方法もあるのかと感心したわ──。ねえ、誰の施術なの?」

 

 輪廻が横から言った。

 乳首の鋭敏化の施術をしたのは千代婆だ。おかしな媚薬で身体の改造をしたのだ。あのときの屈辱はいまでもはっきりと覚えている。

 

「お、お前に関係ないよ、変態女──。い、いつか仕返してやるからね──。覚えておきな」

 

 宝玄仙の言葉に輪廻が嬉しそうに笑った。



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464 調教の開始

「お前って本当に面白いわねえ。さっきまですぐにでも心が潰れそうな感じで泣いてばかりだったのに、一転して気合の入った悪態をつくようになったし……。わたしの覚醒の施術を受けても簡単に気を失ってしまう身体の不思議さもあるし、お前の身体にはなにか秘密がありそうね。それがわかれば、お前の精神をもっと自在にわたしが操れるようになると思うわ……。身体だけじゃなく、心まですっかりと家畜化してあげるわね。ああ、愉しみ──」

 

 輪廻(りんね)が宝玄仙の頭の上で笑っている。

 宝玄仙の苛々感が頂点に達しそうになる。

 しかも、身体の疼きはどんどん大きくなる。

 それが宝玄仙の精神力を蝕んでいく気がした。

 そして、自分が追い詰められているということを悟らざるを得ず、宝玄仙は気力を懸命に奮い起こした。

 

「じゃ、じゃあ、ひとつだけ教えておくよ。そ、それをしたのは千代婆という死に損ないだよ。その蝦蟇蛙(がまがえる)と同じようなね──。この宝玄仙にそんななめた真似をしてくれた仕返しに糞まみれにして放置してやったよ──。お前は糞まみれじゃあ済まさないよ。首だけの身体にして、その辺りの路傍に放り投げていってやる──。わ、忘れるんじゃないよ、輪廻。この宝玄仙をなめんじゃないさ」

 

「愉しみにしているわよ、宝──。お前とは愉しくやれそうね。まあ、しばらくすれば金凰(きんおう)陛下のところに送られると思うけど、それまで、もっと愉しい施術をたくさん仕込んでやるよ」

 

 輪廻が笑った。

 まだ、この身体をいじるつもりか──?

 それに、いつかどこかに移動するとか言ったか……?

 金凰?

 

「ふふ、ねえ、見てよ。宝の股……。これって、施術のせいだけじゃないよね。どうやら、お前って苛められて悦ぶ手合い? これは調教しやすいかな。隠したって僕にはわかるのさ。その強気の言葉は、自分が苛められて嬉しいことを隠すためだよね? こりゃあ、面白い」

 

 そのとき、宝玄仙の後ろ側にいた寧坊(ねいぼう)がいきなり笑い出した。

 

「く、くだらないことを言うんじゃないよ、小僧──」

 

 宝玄仙はかっとなった。

 だが、ばかにされた言葉を掛けられたとき、じんと股間が熱くなってきたのは確かだ。

 それが口惜しい。

 

「被虐癖? 本物かい?」

 

「へえ……」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)と輪廻も宝玄仙の後ろに回ってきて、感心するような声を出した。どうやら、突きあがっている股間を観察しているみたいだ。

 だが、それを隠す方法がない。

 宝玄仙は口惜しさに歯ぎしりした。

 

「まあいいわ。じゃあ、いくよ、被虐癖の宝──。蝦蟇婆の家畜の飼育部屋は同じ廊下並びの突き当りさ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 宝玄仙の低い視界に蝦蟇婆の杖の先が入った。

 思わず全身が竦みあがる。

 さっき鼻輪で引っ張り回された恐怖心がどうしても心に甦ってしまうのだ。

 そのことが宝玄仙自身を苛立たせる。

 顔の前でその蝦蟇婆の持つ杖がすっと動き、鼻輪がぴんと引っ張られた。

 宝玄仙は再び激痛に悲鳴をあげさせられる。

 

「ぐっ」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 

「来な」

 

 蝦蟇婆の杖が動いて、また鼻輪が前に引かれた。

 仕方なく四つ肢を交互に前に出す。

 

「はっ、ふうっ」

 

 すぐに甘い声が口から漏れ出てくる。

 後肢を動かして身体を前に出すと陰核に生やされたという極小の小粒が本領を発揮して、宝玄仙に厳しい責めを加えだしたのだ。

 小さな虫が肉芽の表面を無秩序にうごめく淫靡な感覚に、宝玄仙は声を呻かせて眉をしかめた。

 

「ま、待っておくれ……。す、少し、ゆっくり……」

 

 堪らず宝玄仙は音をあげた。

 陰核を責める刺激が股間全体に拡がり、それが身体全体を蕩けさせるような痺れになる。

 しかも、床を引き摺っている乳首にぶら下げられた金属の板の振動が宝玄仙の鋭敏にされた乳首を苛むのだ。

 それで肉芽以上の痺れが乳房全体に駆け抜ける。

 四つん這いで歩くことで、肉芽と乳首から怖ろしいほどの刺激があることは予測していたが宝玄仙の想像を遥かに超える激しい快感の大波だ。

 これは堪らない──。

 宝玄仙は全身を襲う刺激に泣きそうになった。

 

「このわしに悪態をついた元気な家畜じゃろうが。このくらいの刺激はなんでもなかろう」

 

「宝、あんまり考えちゃ駄目だよ……。なんにも考えずに、ああ、気持ちいなあって思っていればいいのさ。それが家畜だからね」

 

 蝦蟇婆と寧坊が嘲笑するように言った。

 宝玄仙は歯を喰い縛って、ふらつく四つん這いの身体を前に進ませる。

 

 それにしても、肉芽と乳首から響く刺激が強すぎる。

 股間は肉芽だけじゃなく全体が大きな疼きに包まれ、一歩進むごとに官能の芯を抉られて快感が込みあがる。

 それを乳首が引き摺る金属の板の振動が助長するのだ。

 せめて乳首だけはと思うのだが、前肢が低すぎて乳房が床すれすれを垂れ下がるのをそれ以上はあげられない。

 乳首には金属の板がぶら下げられているので、振動の刺激を防ぐことができないのだ。

 

 耐えきれず股間から淫液が溢れ出すのが情けない。

 それなのに休むことなど許されず、道術によって蝦蟇婆の杖に引き寄せられている鼻輪が容赦なく宝玄仙の鼻を引っ張る。

 このことが家畜のように扱われている自分を自覚させて恥辱感でいっぱいになる。

 宝玄仙は股間と乳首から沸き起こる情感と鼻から引き起こる激痛に耐えられずに悲痛な声をあげ続けた。

 身体の込みあがる妖しい快感にも……。

 

 診療室といわれた部屋の外はかなり広い廊下だった。

 窓のようなものがあるようには感じない。

 なんとなくまだ地下という雰囲気だ。

 宝玄仙はその石畳の廊下に、ぴたぴたと豚の蹄を鳴らしながら懸命に肢を勧めた。

 

 そのとき、ふと前から複数の足音が聞こえた。

 裸身で四つん這いになり尻を高くあげて歩くという屈辱の格好をさせられている宝玄仙ははっとして身体を竦めた。

 

「おっ、蝦蟇婆殿、それが例の家畜ですか?」

 

 顔が見えないのでわからないが、話しかけてきたのは亜人の兵のような感じだ。

 辛うじて見える腰から下は軍装のようだ。

 すると蝦蟇婆が歩みを止めた。

 宝玄仙の鼻輪を引っ張る道術の力もなくなった。

 蝦蟇婆の杖が宝玄仙の顔の前を阻むようにかつりと床に立てて固定された。

 

「そうじゃ──。触るんじゃないぞ。大事な生産雌畜じゃからな。それに青獅子陛下のお気に入りじゃ」

 

「へへ、わかっていますよ。それにしても、人間族だと聞きましたけど、これは四本脚の畜生ですか?」

 

 最初に話しかけた男とは別の声だ。そのふたりの男は宝玄仙の尻側に回って、宝玄仙の股間を眺めるような態勢になった。

 それを防ぐことのできない口惜しさと恥ずかしさに宝玄仙は心が砕けるような気持ちになる。

 

「輪廻の施術じゃ。家畜に相応しい姿にせよという青獅子陛下の命令じゃ」

 

「へえ……。それにしても、この家畜女の穴はびしょびしょじゃないですか」

 

 ひとりが嘲笑するような声をあげた。

 

「そうでしょう。なかなか、淫乱な資質のようです。それに被虐癖もあるんです。いい生産雌畜になると思いますよ」

 

 寧坊の自慢げな声もした。

 かっとしてこの連中に悪態で返したくなったが、全身を駆け回っている快感の疼きの倦怠感でその気力が湧いてこない。

 宝玄仙は怒りを自重してただ耐えた。

 

 男たちは宝玄仙の性器のかたちがどうの、蜜の量がどうの、あるいは、尻穴がなかなか卑猥だとか次々に言いたいことを喋ってから立ち去っていった。

 さっきの兵の足音が背後に遠ざかっていく……。

 

「どうやら宝はああやって身体を見られていても、身体が疼いてくる体質のようだね。やっぱり被虐癖だ」

 

 不意に寧坊が言った。

 

「本当かい、寧坊?」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 

「そ、そんなわけないだろう、寧坊──。ば、馬鹿にすんじゃないよ。おかしな施術で、こ、こんなに身体を苛まれりゃあ、少しは欲情するに決まっているだろう──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 しかし、それを完全には否定できない自分自身がいることも確かだ。

 寧坊の指摘のとおり、宝玄仙は性器をしげしげと視姦されて辱められたとき、なんともいえない疼きが全身に走ったのを知覚した。

 認めたくはないが、寧坊が馬鹿にしたような性質が宝玄仙の資質にあることも確かもしれない。

 

「僕の前で嘘をついても無駄だよ、宝──。これでも、一流の魔法石の雌畜の飼育人なんだよ」

 

 寧坊が笑った。

 

「どうやら、辱しめられて感じるとんだ変態だったわけじゃな、宝? ならば、この境遇も満更ではないじゃろう? ほれ、認めい、変態──」

 

 蝦蟇婆が哄笑した。宝玄仙は俯いたまま、この口惜しさを我慢した。

 そして、再び鼻輪で引き摺られるように歩かされて、やっと突き当りの部屋に到着した。

 かなり広い部屋のようだが、視界に見えるのが限られているので、どんな調度品があるのかはわからない。

 部屋の壁には様々な器具や用具のようなものがあり、宝玄仙にはここはある種の拷問部屋のように感じた。

 

「宝、ここは調教部屋じゃ……。家畜部屋は隣じゃ──。しばらく、お前はここで暮らすことになる。とりあえず時間がないからのう。わしに預けられた時間はとりあえず十日じゃ。それである程度仕上げなければならん……。ちょっときつい調教になるぞ、宝」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「ねえ、白痴二匹はどうしたのさ、婆さん?」

 

 寧坊の声だ。

 

「まだ寝ているのじゃろうなあ……。まあ、そのうち起きて来るだろうさ。宝を見れば、あいつらも新しい人形に悦ぶじゃろう」

 

 蝦蟇婆が言った。

 そして、鼻輪で部屋の中心に導かれた。

 鼻輪で引っ張られる痛みが消えたのは、宝玄仙がこの広い部屋の真ん中まで進まされたときだった。

 ふと見ると、蝦蟇婆が宝玄仙の周囲を歩きながら、金属の杖で床をこつりこつりと叩いている。

 

「さて、じゃあ、とりあえず、最初の調教じゃ──。その四つん這いでちゃんと歩く練習をするぞ、宝。息の続く限り、床を歩き続けるのじゃ。お前の周りには結界が走っておるからのう──。その結界に触れると、電撃を浴びることになるぞ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「な、なにい?」

 

「しっかりと運動せい。電撃で追いたてられて歩き続ければ、嫌でも家畜になったということが自覚できるじゃろう」

 

 すると、なにかの結界のようなものが宝玄仙のいる場所を中心に囲んだのがわかった。

 いま、説明された電撃の結界というもので、周りを囲まれたに違いない。

 

「頑張って歩くんだよ、宝──。しっかりと快感を貯めたら、夜には一気に発散させてあげるからね。それから蝦蟇婆の結界の壁は本当に凄い電撃だから、いまいる場所からずっと離れないようにした方がいいよ──。それに、どんなに頑張っても結界を越えてどこにも逃げられないからね。無駄なことはしようとせずに一生懸命に歩くんだよ」

 

 寧坊も愉しそうに言った。

 すると突然、宝玄仙の立っている床がゆっくりと後ろに動き出した。

 

 すぐにこの調教の仕組みがわかった。

 結界に囲まれた床が後ろに動いて、じっとしていると宝玄仙はそのまま後ろに移動させられるという仕掛けなのだ。

 そして、結界に身体が当たれば怖ろしい電撃が加わるということだろう。

 電撃に触れるのが嫌なら、この四つん這いの肢で前に進み続けて、いまの場所に留まり続けるしかない。

 

 宝玄仙は慌てて四本の肢を進ませだした。

 床の動きはゆっくりだが、常に動き続けていないと宝玄仙の身体は背後にあるはずの電撃の結界に接触させられる。

 宝玄仙はまるで調教動物のように強制運動を始めさせられたというわけだ。

 

 屈辱感に肚が煮え繰り返る。

 しかし、とりあえず、得たいの知れない電撃の怖さが口惜しさを上回る。

 動くとからからと乳首にぶらさがっている金属の板が音を立てだす。

 大きな快感が乳首から全身に拡がっていき、すぐに股間の疼きも耐えられないものになった。

 

「ほらほら、お前は家畜なんだから、なにも考えちゃ駄目だよ、宝。歩いて、歩いて」

 

 寧坊が笑いながら叫んだ。

 寧坊と蝦蟇婆は電撃の結界の外の壁際に並んで椅子に腰掛けている。

 子供から嗜虐の言葉をかけられる屈辱に、宝玄仙を憤怒の炎が包む。同時に激しい口惜しさで心が締め付けられる気がした。

 

 宝玄仙は自分の肢になった豚の蹄を懸命に前に出し続けた。

 いつの間にか荒い呼吸とともに、淫情のこもった甲高い声が口から漏れ出てくる。

 

「ちょっと速度をあげるぞ、家畜──。少し汗をかけ」

 

 蝦蟇婆が椅子に座ったまま、笑いながら床を杖で叩いた。

 床の速度が一気に二倍ほどになり、宝玄仙は慌てて駆けるように肢を前に出した。

 からからと乳首の金具が音を立ててそこから伝わる衝撃が全身に官能の矢を暴発させた。

 

「ひっ、ひいい」

 

 ぐらりと四肢がよろめく。

 そして、肢がぐらついたことで、一気に宝玄仙の身体が後方に退がった。

 

「ほらっ、しっかりと走らんか。尻に電撃が当たるぞ、宝──」

 

 蝦蟇婆のからかうような叱咤の声が部屋に響き渡った。

 宝玄仙は全身を苛む快感の疼きを振り払うように懸命に前方に身体を跳躍させた。

 

 

 

 

(第72話『雌畜加工』終わり)




 *

 物語は、沙那、孫空女、朱姫の受難の順に語り、宝玄仙と宝玉の受難の続きは、第77話に予定している『雌畜調教』の予定です。



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 第73話  人間女の見世物【春分(しゅんぶん)秋分(しゅうぶん)】ー 沙那
465 酒場の見世物


 うう、まただ……。

 

 沙那は再び始まった股間の振動に両手吊りの両こぶしをぐっと握りしめた。

 股間に革の貞操帯を装着させられていて、その股間部分が淫らに振動しはじめたのだ。

 

 獅駝(しだ)の城郭にある一軒の大きな酒場だ。

 集まっているのは非番らしい亜人の兵であり数十人はいる。

 沙那はその客席に向き合う舞台で股間に淫具を装着されてただひとり晒されていた。

 つまりは、この酒場で酒を飲む亜人たちのための余興ということだ。

 “人間女の破廉恥な見世物”ということで、ここに連れて来られてからずっと、沙那はここで晒し者になり続けている。

 

 いま、沙那は両手を天井から伸びた二本の鎖で吊るされ、膝立ちの脚を肩幅に開いて拘束されていた。

 身に付けている服は、真っ赤な開襟の薄地一枚であり、すでに汗だくで沙那の裸身を完全に透けさせていた。

 股間は隠されているが、はかされているのは素肌に革の貞操帯だけだ。

 沙那はそんな晒し者の格好にされ、さらに、貞操帯の内側に淫靡な仕掛けをされて舞台上に放置されている。

 人間族の女である沙那が淫具でよがる姿を見世物として客に晒されているのだ。

 しかも、それが数刻続いていた。

 

「んっ、んんっ、くっ、あ、ああ……」

 

 懸命に口を閉じようとしているが、どうしても淫らな声が出てしまう。

 刺激が再開したことで、圧倒的な快感が全身を席巻する。

 再び淫らに悶えだした沙那の恥態に亜人の兵たちは大喜びだ。

 

 快感を振り払おうとしても沙那には無理だった。

 貞操帯の内側に仕込まれている淫具による淫らな刺激にあっという間に矯態を表してしまう。

 肩幅ほどに開いて膝立ちにされている沙那の両腿が痙攣したように震えてくる。

 沙那の股間に喰い込むように締めつけられている革帯の内側には大小無数の半球の丸いでっぱりがあり、それが小刻みに振動するのだ。

 それらが一斉に沙那の肉芽、女陰、肛門を中心に股間のあらゆる性感帯を同時に刺激するのだ。

 快感責めに弱い沙那には抗しようがない。

 沙那は淫乱に悶える自分の姿を酔客に晒すしかなかった。

 

「はあああっ」

 

 耐えられずに喘ぎ声が口から溢れ出る。

 情けないが、どうしても快感を我慢できないのだ。

 すると酒場に集まっている亜人の酔客たちがわっと歓声をあげる。

 

 しかも、口惜しいのは、さらに陰湿な股間の仕掛けだ。

 客に身体を見せつけるように拘束されている沙那を淫具でいたぶる貞操帯は、沙那を絶頂寸前まで追い込むと、沙那の快楽の度合いを道術で探知して振動がとまるような仕組みになっているらしいのだ。

 とまるとしばらくそのままで沙那の身体の火照りが少し鎮まるのを待ち、やがてまた股間部分が動いて沙那をぎりぎりまで追い詰める。

 

 さっきから数刻に渡って意地悪くいたぶっては苛んでいる責めがこれであり、沙那は淫らによがっては、絶頂寸前で快感を取りあげられて脱力するという焦らし責めに狂う恥態を晒し続けていた。

 幾度も寸止めにされ、すっかりと火照りきっている沙那の身体は貞操帯の振動にすぐに淫らな反応をしてしまい、股間の革帯の脇から漏れ出た沙那の淫液がつっと内腿を伝い流れ始めるのがわかった。

 

「おう、また始まったぞ──。今度はいくんじゃないか」

 

「無理無理、『いけずの帯』という調教用の貞操帯だぜ。春分(しゅんぶん)秋分(しゅうぶん)のふたりが言ってだろうが──。どんなに激しく悶えても、女がいきそうになると、道術で探知してぴたりと振動がとまるようになっているって」

 

「だけど、だんだんと女の反応が激しくなっているじゃねえかよ。間違って達してしまうということもあるかもしれねえぞ」

 

「それにしても、凄い愛汁だな。気持ちよくて堪らないんだろうなあ」

 

「気持ちよくても絶頂寸前で止まってしまうなら、女にとっては性の地獄さ」

 

 沙那の周りを囲む卓に座っている亜人の兵たちが酒を飲みながら笑った。

 沙那は亜人の兵たちが集まるこの酒場で、もう数刻もこの『いけずの帯』という貞操帯型の調教下着で性感の刺激を受ける姿をこうやって亜人たちに晒され続けているのだ。

 

 どうしてこんなことになったのかということについて、沙那の記憶は混乱している。

 記憶が途切れ途切れで繋がっていないのだ。

 発端が宝玄仙たちとともに宿泊を続けていた獅駝嶺(しだれい)の農村で鳥人族にさらわれたことだというのは覚えている。

 

 とにかく突然に白い光に襲われて、それでなにもわからなくなったのだ。

 いまにして思えば、あのときに浴びた白い光がなにかの道術なのではないかと思うのだが、何度か浴びたその白い光を浴びた直後の記憶がうまく繋がらない。

 呆気なく村の中の厠で捕えられてしまい、気がつくとこの獅駝の城郭の中心にある広場に連れて来られていて、そこに集まっていた人間の男たちによって二本の柱に拘束されて凌辱され始めた。

 

 もしかしたら沙那同様に、あの人間の男たちもおかしな術に操られていたのではないかと思うのだが、その時はなにが起きているのか理解することもできなかった。

 そして、宝玄仙と孫空女が『移動術』で突然現れた。

 助けに来てくれたのだ。

 

 宝玄仙と孫空女は、捕らえられている沙那の目前に『移動術』で出現して、強引に沙那を救出し、再び『移動術』で沙那を連れて逃亡するという策を実行するつもりだったと思う。

 沙那は孫空女によって拘束から助けられ、『移動術』で逃亡するために、宝玄仙に抱えられた。

 だが、そのとき奇妙なことが起きた。

 

 拘束されていた沙那を助けて身体を抱えてくれた宝玄仙に、沙那はなにかの液剤を口移しで送り込んだらしいのだ。

 まったく意識のない状態で行われた自分の行為であり、いまになってもどうしてあんなことをしたのかわからない。

 しかし、あのとき、宝玄仙は沙那の腕の中に崩れるように倒れていった。そのときの絶望的な沙那の感情と孫空女の悲鳴は忘れることはできない。

 

 それからなすすべなく、囲まれていた群衆に捕らえられた。

 『移動術』で追いかけてきた朱姫がまずは捕まり、沙那も大勢の人間に取り押さえられた。

 孫空女も『如意棒』を奪われ、身体を倒されて、服をびりびりに引き破られるのを見た。

 

 その後の記憶もまた残っていない。

 意識を失ったのか、それとも、また、白い光による記憶操作をされたのかもわからない。

 

 とにかく気がついたら、どこかの軍営の牢を思わせる場所にひとりで閉じ込められていた。

 そこが軍営の牢と思ったのは、沙那は一度故郷の愛陽で軍営の牢に閉じ込められたことがあり、そのときの牢の感じに似ていたからだ。

 あのときは、宝玄仙の罠にかかり、盗んでもいない法具を盗んだという疑いをかけられて牢に入れられたのだ。

 そこに面会に来た宝玄仙の言葉を信じて、うっかりと『服従の首輪』を装着することに同意してしまった。

 

 あれが運命の変転だ。

 いまにしては懐かしい思い出でもある。

 

 この城郭の軍営らしき牢の中で、沙那は手足を背中側でひとつに束ねられて石の床に転がされていた。

縄や枷で拘束されているのではなく、手首と足首に巻かれている革帯が密着することにより手足の自由が失われているようだった。

 

 宝玄仙も孫空女も朱姫も、沙那のいる牢にはいなかった。

 仲間たちがどうなったかはわからないが、あのまま捕えられたのは間違いないだろう。

そのすべての原因を自分が作ってしまったことを、沙那は激しく悔悟した。

 

 やがてその牢にやってきたのが、ふたりの若い亜人の女たちだった。

 房毛に包まれた丸い耳を持った美貌の女たちは、くすくすと笑いながら、全裸で背中に手足を束ねられていた拘束を解くと、沙那を両側から抱えるように起こした。

 これこそ逃亡の機会だと思った──。

 

 その亜人のふたりの娘が何者かはわからなかったが、不用意に沙那の拘束を解くなど、油断もいいところだと思った。

牢舎の外には数名の兵がいることはわかっていたが、武器を奪えばなんとなる──。

 この亜人の娘のひとりを人質にとってもいい……。

 そう考えた。

 

 しかし、逃亡はできなかった。

 おそろしく手足が重くて、まったく自由に動けなかったのだ。

 なにもできないまま、背中合わせの拘束を外されて、前手に呆気なく拘束され直した。

 脚は拘束されていなかったが、ゆっくりと動かすのがやっとであり、とても戦うことはできそうにない。

 すぐに手首と足首に巻かれている灰色の革帯が原因だと思い至った。

 おそらく、手足の筋肉を弛緩させる効果がこの革帯にあるのだ。

 

 手首と足首に巻かれた灰色の革帯が逃走防止の霊具だというのはそのときわかった。

 ふたりの亜人の娘は、その霊具の拘束具を自在に外したり密着させたりできるようだった。

 それににこにこと笑っているが、その若い亜人の娘たちがそれなりの武芸を身に着けているということはやがてわかった。

 ちょっとした身体の仕草で備わっている武術の腕は沙那にはわかるのだ。

 沙那はその場での逃亡を諦めざるを得なかった。

 

 亜人の娘たちは春分と秋分と名乗った。

 ふたりの顔はよく似ていた。おそらく姉妹だと思う。

 沙那は春分と秋分に、仲間はどこだと訊ねたが、意味のある答えを聞くことはできなかった。

 沙那をこれからどうするつもりかという質問には、彼女たちは、青獅子魔王の命令により、沙那の調教係になったのだと答えた。

 

 青獅子というのは、数日前にこの城郭を占領した魔王であり、この獅駝の城郭は人間の住民ごと魔王軍の支配下に落ちており、沙那たちはこの魔王軍に捕らわれたのだということもわかった。

 

 春分と秋分は、沙那に前で開襟させる上衣だけを身につけさせ、腰にはいま装着されている革の貞操帯を嵌めさせられた。

 股間に喰い込まされたのは、内側にたくさんの丸い膨らみのある革帯であり、まずは腰の括れた部分に革帯が巻かれ、その中心部から縦に繋がった革帯を前側から股間に喰い込まされて、股間と臀部の亀裂に添って当てられると腰の後ろで横帯に繋がれたのだ。

 股間に添った革帯が腰に巻いた帯に繋がると、道術によって股間と臀部に縦帯が一気に強く食い込んだ。

 股間の敏感な部分に革帯の内側のでっぱりが苛む感触に沙那は、思わず甘い呻き声をあげてしまった。

 そんな革帯を装着されることに対して抵抗しようにも、手足の革帯が重くてどうにもならなかった。

 

 沙那は上半身に服を着て、下半身には股間に食い込む革帯だけという姿にされると、春分と秋分が声をかけることで入ってきた亜人の兵たちにそのまま牢の外に連れ出された。

 沙那たちを捕らえて牢に入れたのは、背や首に翼か羽毛のある鳥人族の兵だったが、沙那を牢の外に運び出したのは、鳥人族ではない亜人の兵だった。

 そして、牢舎のある建物から外に出たところで、『移動術』で沙那の両脇を抱える亜人の兵と春分と秋分とともに、この酒場にやってきたのだ。

 

 酒場はかなり広い店であり、四人掛けの卓が二十はあった。

 酒や料理を運んで給仕をするのは人間の男女だったが、客はすべて亜人の兵だった。

 沙那はわっという歓声に包まれながら店の奥側にある舞台に載せられて、天井から伸びてきた二本の鎖に手首の革帯を接続された。

 沙那の腕は天井から二本の鎖で吊りあげられたかたちになり、脚は膝立ちにされて、両膝に約三分尺(約一メートル)の細い鉄の棒を挟まれて固定された。

 沙那をこうやって放置すると、春分も秋分もどこかに消えてしまった。

 

 こうやって、沙那はただひとりこの舞台に残されたのだ。

 最初はどういう目的でここに連れ込まれたのかわからなかったが、しばらくしてどうやらここに集まっている兵たちを慰める余興の見世物にされているということがわかった。

 

 沙那の股間に装着されている革帯が淫らな動きをすぐに始め、それに沙那が反応すると酔客たちがわっと歓声をあげたからだ。

 ただ、直接に手を出すことだけは禁止されているのか、痴態を晒している沙那に大勢の亜人の兵が性的な欲情をしている気配を示すが、直接に沙那に手を振れようとする亜人はひとりもいない。

 そして、いままでこのおかしな貞操帯の淫具に翻弄させられ続けている。

 

「あ、ああっ、あはあっ──」

 

 再び、耐えていたものが崩壊するように派手な声が迸ってしまった。

 沙那の身体の反応をすっかりと覚え込んだのかと思うような絶好の間隔と強さで股間の淫具の振動が激しさを増したのだ。

 快感が一気に膨張した。

 堪らない愉悦が激しい肉の疼きに変わる。

 

「おう、また尻躍りが始まったぞ」

 

「よかったら、乳を揉んでやろうか? その革帯じゃいけねえが、俺の乳揉みならいけるかもしれねえぞ」

 

「おいおい、抜け駆けなしだぜ。こうやって、戦利品の捕虜女を目の保養にするだけでも陛下の粋な計らいなんだ」

 

「だけど、悩ましげに身体を振るじゃねえか……」

 

 舞台に近い席に座る亜人たちの遠慮のない揶揄を聞きながら、沙那は頂上近くに追いあげられている自分を意識しないわけにはいかなかった。

 そして、股間を締めつけている革帯の異物が複雑に収縮を繰り返しながらある部分は小刻み、ある部分は激しくという感じで振動を続ける。

 この複雑な運動が沙那に耐える余裕を与えてくれない。

 観客たちは沙那の姿に笑い続ける。

 そして、沙那は快感に逃げられない自分自身に怒りが沸騰した。

 

「あ、あんたら……あ、あうっ……わ、笑ってんじゃ……な、ないわよ……はあっ……」

 

 沙那は淫具に苛まれることによって溶けていきそうな気力を総動員して叫んだ。

 しかし、悶え声混じりの怒声などなんの迫力もない。

 沙那の力一杯の悪態は観客たちの爆笑で返された。

 そして、その爆笑の中で沙那の股間の淫具がいよいよ本領を発揮して、沙那の股間を責めたてる。

 これが沙那の限界だった。

 それ以上はまともなことを喋ることはできずに悶え狂うだけだった。

 

 沙那は大勢の亜人の酔客の目前で淫具に苛まれて悶える姿を晒されるとい恥辱の中で、名状できない甘美な感覚にまたも身と心を溶け込ませようとしていた。

 もうなにも考えられない……。

 

 股間を刺激している革帯の責めにより、沙那の腿はうねうねと揺れ動いている。全身が自然と左右にくねりだし、ひらっきぱなしだった口からつっと涎が流れ落ちるのを感じた。

 頭に霞がかかったように快感でぼうっとなる。

 どうして自分はこんなにも快楽に弱いんだろうか……。

 せめて口を閉じようとするのだが、それさえも沙那の痺れ切った身体は許さないのだ。

 緩やかな動きと激しい動きを組み合わせた複雑な運動を続けていた股間に喰い込んでいる革帯の内側の大小の球体が一斉に激しい運動を始める。

 沙那は全身を仰け反らせて吠えるような声をあげた。

 

「おい、人間の女、いくときはいくと言いな──」

 

 どこからか大きな声がした。

 いくときはそう言う……。

 

 沙那の身体をここまで躾けた女主人の言葉がそれと重なる……。

 全身が溶ける……。

 頭が朦朧となる……。

 

 いく……。

 そう言わないと……。

 

「い、いく──」

 

 沙那は大きく叫んだ。周囲がどっと笑った気がした。

 そのとき、激しかった股間の異物の振動がぴたりと静止した。

 

 はっとした。

 やっと沙那は我に返った。

 いま、自分はとんでもない醜態を晒した……。

 こんな亜人の男たちの前ではしたなくも、“いく”などと叫んだのだ。

 沙那の全身を大きな羞恥が包む。

 

 たくさんの嘲笑の声がそれを沙那の恥辱をさらに大きくした。

 しかし、一度燃えあがった身体の熱は急には冷めない。

 ゆっくりゆっくりと火が消えるように頭を覆っていた恍惚感が小さくなる。

 それとともに、沙那は少しずつ冷静さを取り戻す。

 だが完全に冷め切る前にまた股間の淫具が動きを再開する。

 

「ほううっ」

 

 今度はお尻だった。

 ほかの部分がまだ静止を続けているのに肛門に喰い込んでいる異物だけが回転するような動きを開始したのだ。

 また、酔客たちが揶揄をはじめる。

 

 だが、そんな野次に羞恥を覚えるのは最初だけだ。だんだんと淫具の動きが大きくなると、もう沙那はなにも考えられなくなる。

 人間に刺激されているときには考えられない複雑な組み合わせの股間の振動が沙那を追い込む。

 やがていつの間にか革帯は股間全体への責めに変化している。

 沙那は何度も味わった官能の痺れの中に心身を引き摺り込まれた。

 

「あ、ああっ、あふうっ……」

 

 口から嬌声が迸る。

 しかし、やはり、股間の異物による責めは残酷だ。

 沙那が狂態を示し、酔客の前で絶頂を晒そうとすると、またもや刺激を取りあげてしまうのだ。

 もう、沙那はなにも考えられないくらいに追い詰められた。

 あと一歩というところで火のような身体の昂ぶりを下降させられ、しばらくしてまた淫具の振動によって絶頂に向かって昇らされる。

 どろどろに溶けたような身体に加わる責めに、晒されているということも忘れて沙那は激しく反応するが、九合目からもう一歩で絶頂というところで刺激がなくなる。

 

「ああ、またああ──。い、いやよおおっ──」

 

 ついに沙那は困惑してに左右に顔を振って泣き出してしまった。

 これは性の拷問だ。

 

 意思のない霊具でなければ考えられないようなしつこさによる淫靡な嫌がらせだ。

 何十度目かの寸止め責めに沙那は、ここが大勢の亜人の兵が集まっている酒場の舞台であるということも忘れて、口惜しさに泣き続けた。



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466 雌妖ふたり責め

「あらあら、焦らし抜かれて、けっこう頭に血が昇ったようね」

 

 不意にすぐそばで女の声がした。

 沙那はびっくりして顔をあげた。

 いつの間にか沙那の両側にあられのない薄物一枚だけの衣装を着けた春分と秋分が立っていた。

 

 顔をあげた沙那に映ったのは腰の括れの部分までしかない薄い布の服を身に着けているふたりの後ろ姿だ。

 後ろからだがふたりがその薄物の下には胸当てなどの下着も身に着けていないのがわかる。

 こちらからでもはっきりとふたりの背中の肌が透けて見えるので、前から見ればふたりの乳房も客たちに透けているに違いないと思った。

 そして、ふたりは腰を覆う黒い革の下着を履いていた。ふたりが着ているのはそれだけだ。

 店にいた数十人の亜人の兵が歓声をあげている。

 しかも、まるで爆発するような声だ。ふたりの登場に場内が興奮に包まれている。

 

「あ、あんたら、いったいなんのつもりなのよ──。こ、これはどういうことよ?」

 

 沙那はやっと現れた春分と秋分に声をあげた。

 

「この店の名物の出し物である人間族の女の強姦の見世物よ。毎日、ここでは若い人間族の女を連れてきて強姦する見世物を見せているんだけど、今日はあんたがそれに出ているのよ……。それにしても、いつにない盛りあがり方だったわ。いつも、その辺りから無理矢理拾ってくるから、人形のように打ちひしがれている娘ばっかりで面白くないんだけど、あんたって最高だわ──。激しく悶え狂ったかと思うと、怒って怒鳴ったり、そうかと思うと、泣き出したり……。本当に面白い──」

 

 春分がそう言って笑った。

 観客が春分のその言葉にあおられてどっと声をあげる。

 沙那はかっとなった。

 すると春分と秋分の沙那の前に立っている状態だったふたりが振り返った。

 

「な、なんですって──? あっ、そ、それっ──?」

 

 振り返ったふたりの姿をやっと前側から観察することができた沙那は、ふたりの格好に絶句した。

 そして、どうして、こんなにも大きな歓声になっているかもわかった。

 ふたりが腰に履いている革の下着には、男の性器を模した真っ黒い張形がそそり勃っていたのだ。

 

 つまり、強姦の見世物とかいっている余興でこれから沙那をここで犯すのは、この春分と春分のふたりだということのようだ。

 それにしても、いったこれはどういう状況なのか……。

 そして、宝玄仙はどうなったのか?

 孫空女は……? 朱姫は……?

 

「ねえ、教えてよ。わ、わたしの仲間どうなったの? ご、ご主人様はどこよ? 孫空女や朱姫は?」

 

 沙那は叫んだ。

 しかし、ふたりはにこにこと笑うばかりだ。そして、拘束した沙那を前後に挟むように立つ。

 その沙那の着ている上衣の前ぼたんを秋分が外していく。

 頭の横の丸い耳の房毛に桃色の毛が混じっているのが秋分であり、真っ白い房毛が春分だ。髪の中にはふたりとも一本角が隠れてもいる。

 それ以外はふたりはよく似ている。

 瓜二つといっていい。

 双子かもしれない。

 

 秋分によって、すでに汗びっしょりで乳房のかたちをはっきりと浮き立たせていた沙那の上衣が後ろにはだけられる。

 沙那の乳房が剝き出しになり、おおっという歓声があがる。

 

「な、なにすんのよ──」

 

 沙那はかっとして怒鳴るが、それさえも酔客を盛りあげる演出のようになってしまっている。

 沙那がいくら悪態をついても、客が悦んでわっと笑うばかりだ。

 

 そして、両手を吊っている鎖が引き揚げられた。

 沙那は膝立ちの姿勢から爪先立ちの姿勢まで身体を引き揚げられる。

 膝と膝を固定している鉄の棒も同時に外された。

 しかし、相変わらずの足首の革帯が重くて、自分の脚なのに自由に動かない。

 

「さあ、あなたの役目は、ここに集まっている兵の憩いのために派手によがり狂って、彼らに愉しんでもらうことよ」

 

 秋分が沙那の背後に回った。

 

「い、いい加減に……。さ、触んないでよ──?」

 

 沙那は嫌な予感がして身体をよじらせた。

 しかし、両手を上に吊りあげられている沙那の抵抗など、秋分にとっては意味をなさない。秋分によって沙那の乳房が揉みあげられ始める。

 

「あはあっ──、い、いやあっ──はっ、あああっ……」

 

 沙那は必死で声を殺そうと思ったが、秋分に乳房を揉まれて乳首を指で刺激さて全身の芯が溶けたような感じになってしまった。

 

「舞台袖で眺めていたけど、随分と淫乱な身体よねえ……。あたしたちは、あんたを白象(はくぞう)魔王様に送るまでここで兵への憩いの余興の見世物を兼ねて、あんたを調教するように命じられているんだけど、この感じじゃあ、あんたの調教なんて必要ないわね」

 

 秋分が沙那の乳房を揉みながら笑った。

 

「あっ……そ、そこは……」

 

 沙那は身悶えた。

 白象魔王?

 

 その言葉が沙那の記憶の情報と結びついた。

 そう言えば、牢の中で沙那たちを捕らえたのは、青獅子という魔王だとも教えられた。

 

 青獅子、白象……。それは、もうひとりの金凰(きんおう)という名の魔王とともに、この竜飛国のずっと南側に巣食う亜人の大勢力を支配する三魔王だ。

 一大王、二大王、三大王とも呼ばれ、この三人の魔王は、それぞれに数万の亜人軍を支配しており、外縁地域と人間が呼んでいる地域の一部を支配していた。

 だが、沙那が事前に集めた情報では、その勢力地はずっと南側のはずだ。

 

 しかし、どうやら三大王こと青獅子魔王が北上して、この人間族の王国である竜飛国の北部の獅駝をその支配下に治めたようだ。

 沙那たちは、その戦に巻き込まれたのだろう。

 

 そのとき、眼の前でぱちりと春分が指を鳴らした。

 すると沙那が履かされていた革の貞操帯が外れて足元に落ちた。

 思わず見下ろした沙那が顔を赤らめるほどに、貞操帯の内側は沙那の蜜で溢れていた。

 

「これじゃあ、なんにも前戯はいらないわね」

 

 春分が苦笑した。

 両手を吊っている鎖が動いて沙那を横向きにする。

 乳房を揉んでいる秋分も動いて、ふたりに挟まれる沙那の裸身がよく観客に見えるようにされた。

 春分が自分の腰の張形の先端を沙那の亀裂に押し当ててくる。

 

「ひ、ひいっ、待って、待って──」

 

「無駄な抵抗よ、沙那」

 

 身体を激しく前後左右に振って暴れる沙那の片側の太腿を抱えて、腰を固定される。春分の張形の先がついに完全に沙那の女陰を捉えた。

 

「ね、ねえ、教えてよ──。わ、わたしが……、あっ、ああ……白象魔王のところに……い、行くというのはどういうことよ──? わ、わたしの……仲間は……ど、どうなったの?」

 

 沙那は必死で叫んだ。

 春分は一度沙那を持ちあげるようにして、張形の先端をあてがうと一気に腰をあげて沙那の女陰に突き挿した。

 両手の鎖が少しだけ緩まり、沙那は完全に春分の張形に股間を突き抜かれる。

 

「あふううっ、あがあっ、あはあああっ──」

 

 すでにたっぷりと濡れていた沙那の股間は、あっさりと春分の張形を根元まで受け入れた。

 大きな声をあげて全身を反りかえらせる沙那に、店の亜人の客たちが大歓声をあげる。

 

「知りたいなら教えておくわ、沙那。あんたたちは、ひとりずつ三魔王さまたちに戦利品として配分されることになったようよ。あんたは白象魔王様、孫空女は金凰魔王様、朱姫は青獅子魔王陛下が身柄をもらい受けるはずよ。あんたと孫空女は移送の準備ができるまで、この城郭で余興代わりにいろいろなことをさせられることになっているはずね」

 

 秋分が沙那の胸を揉みながら言った。

 律動が始める。

 沙那は湧き起こる情感に我を忘れてのたうち回った。

 しかし、胸を揉まれ、張形によって股間を責められると、甘い痺れが子宮を震わせる。

 沙那は必死で自分を保とうとするのだが、沸き起こる快感にどうしようもなく悶え喘いでしまう。

 

 とにかく、自分たち三人の供は例の三魔王にひとりずつ配分される予定であることはわかった。

 青獅子がこのまま、この獅駝の城郭を支配するのだとすれば、朱姫はここに残るのだろうか……。

 そして、白象と金凰への贈り物にされるという沙那と孫空女は、いずれ獅駝嶺の南部にある彼らの支配地域に輸送されるのだろう……。

 

 しかし、宝玄仙は──。

 宝玄仙はどうなるのか?

 そして、いまどうしているのか……?

 

「はっ、ははあっ……ご、ご主人様は──? ご主人様はどうなったの──?」

 

 沙那は胸と股間を責められながら声をあげた。

 

「ご主人様って、あの家畜のこと?」

 

 春分がもう片方の脚も持ちあげながら言った。春分が沙那の股間を貫いたまま、沙那の両膝を左右に大きく拡げた。

 張形を受けている沙那の女陰がさらに子宮に向かって食い込む。

 

「ひおおおっ──」

 

 沙那は絶叫した。

 

「家畜の宝は、ここでしばらく加工と調教が終わってから、まずは金凰魔王様のところに送られるわ。その後、三魔王の持ち回りと耳にしているけどね」

 

 春分が沙那の股間を乗せた腰を上下に揺らし始める。

 淫らな音を立てて黒い張形が沙那の股間を出入りする光景に、店の観客が大歓声をあげた。

 

「んはあああ、ああああっ」

 

 沙那は込みあがった快美感に堪えられず、酒宴の余興の中で派手な嬌声をあげて絶頂に向かって、快感を飛翔させた。

 だが、まさに絶頂の寸前で、春分は律動を中断し、張形を引き抜いた。

 恥をさらさずにすんだということはよかったが、沙那の身体には逃げ場を失った快感のくすぶりが残される結果になる。

 

「さあ、交代さ、秋分。あたしばっかりじゃ、見世物にならないしね。ふたりがかりでいこうよ」

 

 鎖が引き下げられて沙那は前側に屈んだ体勢にされた。

 今度は秋分が沙那を後ろから犯すかたちになる。

 張形が股間を貫く。

 再び律動が再開する。

 あっという間に、沙那の身体は快感で燃えあがった。

 

「ふうっ、あっ、ああっ、ああ……や、やめて……はあ……」

 

 背後から秋分に股間を突かれ、横から春分から胸を刺激される。

 沙那は、あまりにも激しい速度で昂ぶる性感にどうすることもできなかった。

 ただ、ふたりに翻弄されるまま、全身を貫く痺れに声をあげ続けた。

 燃えあがる官能は稲妻のように沙那の身体で暴れ回る。

 

「本当に淫乱な身体ねえ……。あたしたち、まだほとんど性技めいたことはしていないのよ」

 

「そうねえ……。そこらへんでいつも拾ってくる人間族の娘の方がまだしっかりしているわ。本当に面白い身体ねえ……。ちょっとばかり刺激を受けたら、まるで人が変わったかのように淫乱な顔になるのねえ」

 

 沙那を挟む春分と秋分のふたりが呼応するように沙那の身体を揺らしながら言った。

 だが、すでに沙那にはそのふたりの揶揄に反発したりする余裕がない。

 また、観客たちの歓声に大きな羞恥を意識するのだが……いや、意識すればするほど、どうしようもなく身体が熱くなり、さらに悶え狂ってしまう。

 

「本当にこうやって穴を掘られるのが好きなのね、沙那……。こっちも受け入れられる?」

 

 秋分が張形を一度引き抜き、沙那の後ろの穴に腰の張形の先端を当てた。

 沙那は狼狽した。

 この状態でさらに後ろにも張形を挿入されたりすれば、沙那の理性は完全に吹っ飛ぶ。

 沙那は恐怖した。

 

「そ、そこは駄目えっ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 しかし、秋分が沙那の臀部に両手を伸ばして、沙那の双臀を割り拓くようにする。

 そこに先端を肛門に当てている秋分の張形がぐっと割ってくる。

 

「んひいいっ」

 

 沙那は大きく身体をのけぞらせた。

 

「あらっ?」

 

「どうしたの、秋分?」

 

 沙那を前から責めていた春分が沙那の身体を揺らしながら声をあげた。

 一方で、沙那は自分の悲鳴がどんどん艶めかしいものになり、甘えたようなすすり泣きがそれに加わるのがわかった。

 もうどうにもならない……。

 後はふたりから与えられる快感に身をゆだねるしかない。

 観客たちの嘲笑は続いているが、それはもうどうでもいい。それよりも快感が凄い。

 

「この女……。お尻の調教も受けているわ──。あたし、てっきり、こんな張形をお尻でいきなり受け入れるなんて無理だと思っていたのに……。だから、痛みに泣くところを観客に見せる演出にするつもりだったのよ……。だけど、この女の尻はなにもしないのに、すっかりとほぐれているわ──。この女、尻にいきなり張形を挿されても痛みなんか感じることはできないと思うわ、姉さん。きっと快感しかないと思うわ」

 

「それでこの反応なのね……」

 

 春分が笑った。

 このふたりの勝手な会話に肚が煮える。

 それに反発できない自分に腹がたつ。

 

「あはああっ──」

 

 沙那は大きな声とともに息を吐きだした。

 秋分の張形がついに根元まで肛門で動きだしたのだ。

 沙那の快感は暴発して制御を失う。

 快美感が脳天まで覆い尽くし、意識を保つのもつらくなる気がする。

 

「引きあげるわ」

 

 両手を吊っている鎖が上昇し、肛門を秋分の股間に装着している張形で貫かれたまま、身体がまっすぐになる。

 お尻の粘膜に張形が擦れて、凄まじい快感が迫り上げる。

 

「いやああ、んふううう」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「あらあら、口のわりには派手でいやらしい身体ねえ」

 

 春分が揶揄するような物言いをしながら、前から股間を貫いてきた。

 鎖があがる。

 沙那の足が床から離れた。

 

「そらっ」

 

 春分と秋分が沙那の身体から手を離す。

 

「いやああ」

 

 沙那の全体重が二本挿しの張形に加わる。

 秋分の手は相変わらず沙那の乳房を揉み続けている。

 快感が身体を駆け抜けては加わり、加わっては駆け抜ける……。

 全身が溶ける──。

 

「ああ、な、なにこれっ……も、もうだめ……もう……あ、あんたたち……はあっ……や、やめ……あ、ああ……」

 

 さらに春分の舌が沙那の唇に侵入してきた。

 舌で口の中を愛撫され、乳房を揉まれ続け、さらに女陰と肛門を挿し抜かれてふたりの亜人の女から宙吊りの身体を揺らし続けられる。

 もうなにがなんだかわからない──。

 これ以上耐えられない──。

 息がとまる──。

 死ぬ──。

 

「あ、ああ、いく、いく、いく、いく……いくうっ──」

 

 沙那は絶叫した。

 ふたりが沙那の狂乱に呼応するかのように沙那の全身を襲っている動きを速くする。

 

「ひいっ、ひぐうっ──だ、だめ……い、いい……あ、ああ……」

 

 完全に快感の急流に揉み流され続けている沙那は、ここがどこかということも知覚できなくて叫び狂った。

 頭の中でなにかが弾けて、全身の力が抜けた。

 

「可愛いわねえ──。遠慮なくいっていいのよ──」

 

「本当に身体のどこをどう触っても、簡単に悶え狂ってくれるのは愉しくて仕方がないわ。あんたって、本当にいやらしい身体──。あんたがあんまり激しいから、みんな言葉を失ってあんたに見とれているわよ、沙那」

 

 春分と秋分が沙那の身体を激しく動かしながら笑った、

 しかし、沙那にはそのからかいはもう頭に入ってこない。

 沙那は雄叫びをあげて身体を痙攣させた。

 沙那は、限界まで身体を弓なりにして絶叫した。

 

「あ、あはああっ──あ、あっ……えっ──?」

 

 だが、その沙那から不意にふたりが身体を離した。

 前後の張形がすっと抜け、沙那の脚は支えを失って床に向かってがたりと落ちた。

 

「えっ……な、なに……?」

 

 沙那は呆然として両、手を上に吊りあげた態勢で左右に立つ春分と秋分のふたりを交互に見た。

 いま、まさに絶頂寸前だった。

 いや、絶頂の途中だった……。

 それが突然に取りあげられのだ。

 一体全体、なにが起きたのか沙那にはまったく理解できなかった。

 

「どうしたの、沙那? そんなびっくりしたような顔をして?」

 

 沙那は余程、呆けたような表情だったのかもしれない。春分が爆笑した。

 

「だ、だって……わ、わたし……ま、まだ……」

 

「まだ、なによ?」

 

 秋分も笑った。

 はっとした。

 それでやっと気がついた。

 このふたりは沙那を簡単に絶頂させる気などなかったのだ。

 淫具で数刻いたぶった身体をさらにこのふたりで焦らし抜いて責めたてる気なのだ……。

 沙那は全身が羞恥で熱くなるのを感じた。

 同時にこのふたりが怖ろしくなった。

 このまま焦らし責めにかけられれば、自分はおかしくなる。おそらく正気を保てなくなる……。

 

 沙那は愕然とした。

 

「お願いだから、いかせてくださいって言えば、いかせてあげるかもしれないわよ、沙那……」

 

 春分が激しく笑った。

 沙那は歯噛みした。

 

 大勢の観客たちが手を叩いて笑いながら沙那の狂態を悦んでいる。

 こんな客たちの前で、自らいかせてくれなんて言えるわけがない……。

 

「そう……。言いたくないのね……。だったら、いつまでもいくにいけない苦しみを味わうといいわ」

 

 秋分がそう言うと、今度は沙那の背中からお腹にかけての部分をゆっくりと触ってきた。

 春分は二の腕だ。

 二の腕から脇にかけての場所を一本指で左右から刺激される。

 

「あ……はっ……」

 

 強い性感帯とはいえない部分だが、それすら、いまの沙那には怖ろしい責めだ。

 また、熱くなる……。

 絶頂寸前の状態から突然に快感を取りあげられることで、小さくなりかけていた身体の炎が再びとろ火から大きな火のように燃え拡がっていく。

 

「こんな場所もそんなに感じるの、沙那? ここはそんなに感じる場所じゃないはずだけどね」

 

「まさに全身が性感帯なのね……。話としては想像したことはあるけど、本当にこういう女もいるのね……」

 

 春分と秋分が悶えの激しくなって沙那に呆れたように言った。



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467 見世物女の意地

「んんんん、んんああっ──」

 

 我慢していたものが弾け飛ぶように口から声が迸った。

 そして、無意識のうちに全身が反り返ってしまう。

 前後から沙那を責めていた春分と秋分の亜人姉妹がすっと沙那の前後の穴から張形を抜いて離れていく。

 すぐそばまでやってきていた絶頂感が消えていく……。

 強い焦燥感が沙那を襲う……。

 

 沙那は汗びっしょりの身体を手首を吊っている鎖に預けるようにもたれさせた。

 立ってなんかいられない……。

 春分と秋分があおりたてて、観客たちが嘲笑する。

 

 もう、十数度繰り返されている同じ光景のはずだ。

 達する寸前で張形による責めが中断された沙那は、もうどういう状況なのかすらわからないくらいに全身に渦巻く痺れに頭を朦朧とさせていた。

 

 その沙那の耳に狂乱する沙那の姿にすっかりとのぼせたような観客の歓声が飛び込んでくる。

 しかし、そうやって亜人の酔客たちに嘲笑されるのはもうどうでもいい。

 沙那を追い詰めているのは、ふたりの亜人姉妹による執拗な焦らし責めそのものだ。

 女の尊厳をとことん踏みつぶすような仕打ちに沙那は打ちひしがれそうになっていた。

 

「口を閉ざして声をあげなければ、あたしたちがあんたがいく予兆がわからなくて、うっかりと責めすぎて絶頂させてもらえると思ったのね。そんな策をしようとするなんて、かわいらしいわあ──」

 

「もっとも、声を我慢しているのが丸わかりで、ちっとも隠していなかったけどねえ……」

 

 春分と秋分がからかったような声をあげた。

 沙那は天井から吊られた両手に体重を預けるような態勢で、肩で息をしてこのふたりの姉妹を恨めしく見ていた。

 まさに性の責めだ。

 

 天井からぶらさげられた裸身の女陰を春分に貫かれ、後の穴を秋分から張形で責められて、全身をふたりの手管にあおられる。

 ふたりは完全に同調して沙那を翻弄しながら、沙那の身体を前後に突くようにふたりの身体を反復させ合い、沙那の全身に両手を絡ませてくる。

 

「ほら、また前後を交替よ。すっかりと頭がいかれてしまうまで続けるからね、沙那」

 

 ふたりがまた身体の位置を交換しながら笑った。

 もう、どのくらいこうやって責められているのだろう。

 おそらく、この酒場に連れ込まれておかしな淫具に責めたてられだしたのは、午後を少し過ぎた頃だったと思う。

 しかし、いまはそろそろ外が薄暗くなっている感じだ。

 店にいた亜人の兵は、そのままなのか、それとも入れ替わったのかのかは、もはや沙那にはよくわからないが、人数はかなり増えている。薄暗くなった店に明かりも支度された。

 

「それとも、大きな声で、“お願いだからいかせてください”と叫ぶ気になった?」

 

 春分がからかうように、今度は沙那の身体を後ろから抱えて張形で沙那の女陰に挿入させてくる。

 

「うう、うああっ」

 

 秋分の腰の張形がしっかりと自分の身体を貫いた瞬間、沙那は歯を喰いしばったまま呻いた。

 もうそれだけでどろどろになっている沙那の身体は、すでに絶頂に向かって助走を開始している。

 

 今度は前後責めではなく、後ろから女陰を突いてくる責めに変えたようだ。

 春分が沙那を後ろから抱えるように張形で沙那の股間を貫いている。

 手空きになった秋分が、横から沙那の脚を大きく開かせるようにして観客たちに結合部を曝け出させる。

 

「ひいっ、い、いやあっ──」

 

 沙那は嫌でも観客たちの視線を感じさせられて悲鳴をあげた。

 

「ほら、また、お預けを喰らいたくなかったら、絶頂させてくださいと言うのよ」

 

 春分が沙那の身体を左右に振って揺り動かす。

 沙那は汗びっしょりになって、股間を貫かれた身体を揺さぶられながら、この快感を耐えればいいのか、それともひたすらに昇天に向かって突き進めばいいのかわからず引きつった声をあげながら双臀をうねらせた。

 

「言いなさい……。いかせてくださいってね……」

 

 秋分が涙と鼻水でぐしょぐしょになっている沙那の顔に舌を這わせ始める。

 このふたりは、もう何刻もこうやってぎりぎりのところまで沙那の快感を追いたてては、絶頂寸前で責めを中止しては沙那の愉悦の熱が冷えるのを待ち、責めを交替して再び寸止めまでの快楽責めを繰り返すということを続けている。

 

 そして、しばらく前からこうやって、寸止め責めをやめていかせて欲しければ、そう観客たちに大声で媚びろと強要されているのだ。

 どんな責めを受けようとも、それだけは受け入れることができない沙那は、心が打ちのめされるようにされようとも、懸命にそれを拒否し続けていた。

 

 哀願の言葉をまだ口にしないということがわかると、春分の動きが激しくなった。

 沙那は栗色の髪を振り乱して激しく悶えた。

 沙那の耳を舐めている秋分がなにかをささやき、観客もまた大声で沙那を野次っているが、もう沙那にはなにも理解できない。

 それよりも身体の芯まで酔いしれるような快感に、熱っぽい喘ぎの声を昂ぶらせるだけだった。

 

「う、ううああ、んんあああっ──」

 

 堪えられない声が沙那の口から出る。

 そこまで絶頂感がきている。

 そこまで……。

 

「また、いきそうなのね……。丸わかりなのよ、あんた……」

 

 春分が背後から、すっかりと取り乱している沙那を貫きながら言った。

 それでも、まだ沙那への責めはやめない。

 それどころか、さらに沙那を揺さぶりをかけて、沙那を追い込んでくる。

 沙那は火照った顔を狂おしく揺さぶって、秋分の舌を払い除けるようにして全身を震わせた。

 

「じゃあ、おあずけ──」

 

 いきなり張形が引き抜かれて身体を離される。

 沙那は切羽詰った声で泣き声をあげた。

 

 

 *

 

 

「あっ、はあっ……」

 

 沙那はもうわけもわからず、歯を喰いしばりながらも胸を喘がせて、秋分の動きに合わせて腰を動かしている。

 

 絶対に屈しない……。

 その思いだけが沙那を支えている──。

 

 いま、後ろから沙那の大股を開かせるように膝を抱いて女陰を貫かせているのは秋分だ。

 その態勢が観客たちに沙那の股間に食い込んでいる張形の様子がわかるのでそうしているようだ。

 

「随分、しぶといわねえ……。ここまで粘るとは思わなかったわ。最初に身体を刺激したときには、あっという間に堕ちると思っていたんだけど……」

 

 秋分が沙那を責めながら荒い息をしている。

 

「もう、いいじゃないのよ。なんのためにこんなに頑張っているのかわからないけど、絶頂が欲しいんでしょう? もう参ったしてよ。こんなにぐしょぐしょで全身も疲れちゃっているのに、なんで、“いかせてくれ”のひと言が言えないのよ?」

 

 秋分が沙那を責めながら呆れたように言った。

 

「だ、誰が……んんんんっ……ああっ……んあああっ──」

 

「ほらほら、いきたいんでしょう? いかせてあげるわよ──。もう夜だしね──。それにしても、あんたってどれだけ体力があるの? こうやって責められ続けて、いまだに気力を保ち続けるなんてびっくりよ」

 

 春分が腕組みしながら沙那の横に立って沙那に小さな声で言った。

 いまはふたりがかりで責めるというようなことはしていない。

 秋分の責めも控えめだ。

 沙那があまりにもしぶとく、ふたりに屈服するのを拒否しているので、お互いに休憩することが必要だと思ったらしいのと、ふたりで責めれば、あっという間に沙那が達してしまうからのようだ。

 

 昼すぎから始まった沙那への責めは、完全に夜になったいまでも続いているが、かなりの激しい責めだというのにかかわらず、沙那はまだ一度もいかせてもらっていない。

 この姉妹はかなりのしつこさで、沙那の快感を絶頂寸前の状態で維持するということをやめていないのだ。

 

 いま張形で責めている秋分にしてもそうだ。

 最初の頃のように深々と子宮を抉るほどに責めるということはない。

 浅く侵入させた張形を数回律動させては停止し、しばらくそのままにして、また律動するということを続けるだけだ。

 

 それ以上の動きはたちまちのうちに沙那を絶頂に導いてしまうらしかった。

 とにかく、沙那はもうなにも思考ができないくらいに追い込まれていた。

 沙那は震えるような露わな声を洩らしていることに気がついた。

 秋分の律動が速度を増すとともに深々と張形を突き入れてくる。

 

「あはああっ」

 

 勢いのある張形の侵入に、やっと沙那の身体に大きな快美感が流れ渡る。

 待ちに待った瞬間がやってくる……。

 しかし、秋分の責めはそれ以上はやってこない。ぴたりと律動は停止してしまう。

 沙那は泣き叫んだ。

 

「さあ、休憩よ……。どうする、沙那? まだまだ、これを続ける? それとも、この観客の前でいかせて欲しい? これだけこの舞台に出演してくれればもう十分よ……。だから、ここは頷いてよ。それで許してあげるから……」

 

 春分がかなり疲労の滲む表情で沙那の耳元でささやいた。

 沙那は歯を噛みしめたまま激しく首を横に振った。

 こうなったらどこまでも意地を貫いてやる──。

 そう思った。

 とにかく、沙那は夢中になって頭を振っていた。口を開く余裕も、いまの沙那には残っていないのだ。

 

「本当にしつこいわねえ」

 

 秋分は呆れた大声を出した。

 そして、張形が引き抜かれる。

 沙那はがっくりと脱力した。

 

「まさか、夜まで堕ちないとは思わなかったけど、このままでは夜中になりそうね……」

 

 沙那の背後で春分が言った。客席には聞こえないくらいのささやき声だ。

 しかし、沙那にはしっかりと聞こえていた。

 

「ああいうものを使うというのは、あたしたちの負けのような気がするんだけど……、もういいわ。この女の体力にはついていけないし……」

 

 秋分の嘆息も聞こえる。

 すると春分が一度舞台を下りて袖の奥に引っ込んでいく。

 沙那を責め続けている時間、休憩のためにそうやって、ひとりずつなんどか交替で舞台をおりることがあった。

 しかし、今回はそんな雰囲気ではない。

 沙那は嫌な予感がした。

 

 するといつの間にか秋分が舞台の奥に置き捨てていた鉄の棒を取り出してきた。

 沙那がここに連れ込まれてから、最初に淫具責めに遭っていた間、膝を拘束して開脚にさせていた拘束用の棒だ。

 秋分が沙那の足元にうずくまって、その棒の両端に沙那の膝を拘束しようとした。

 肩幅ほどの鉄の棒の両端にある革紐で沙那の膝を縛っているのだ。

 

「な、なに?」

 

 沙那はこの後に及んで再び脚を拘束されようとしていることに恐怖を抱いた。

 

「次の趣向よ──」

 

 春分が再び現れた。

 酔客たちが拍手で迎える。

 脚に車のついた台を押している。その上に箱が置いてある。

 

「申し訳ないけど、手っ取り早く堕ちてもらうわ、沙那」

 

 その春分が台を沙那の横に置き、そこから小さな瓶を取り出した。

 

「な、なによ──? なにをしようとしているの?」

 

 沙那は叫んだ。

 春分は小瓶の蓋を開けて、それを持って沙那の股間に近づけてきた。

 見ると右手には一本の筆を持っている。

 

「今夜については、あたしたちの負けということは認めるわ、沙那……。でも、このまま終わらせるわけには演出上いかないのよ。この痒み剤を使わせてもらうわ。この痒み剤を塗っても、それでも自分を保っていられれば、正真正銘、あたしらの負けということを認めるわよ」

 

 春分が筆を小瓶の中の液剤に漬した。

 そして、その筆を沙那の股間に近づけてくる。

 

「や、やめてよ──。そ、そんなの卑怯よ──」

 

 沙那は狼狽した。

 

「卑怯ってなによ。別にあたしたちはなにかの勝負事をしているつもりはないのよ」

 

 秋分が横で笑った。

 

「じゃあ、いくわよ、沙那」

 

 その沙那の股間に春分の持つ筆が近づく。

 沙那は拘束された身体を振って抵抗しようとした。

 だが、そんな行為は却って観客の歓声を煽るだけだった。

 春分が演技めいた態度でゆっくりと薬剤の滴る筆を沙那の肉芽に迫らせる。

 沙那は思わず悲鳴をあげた。

 

「ねえ、姉さん、その薬剤を水で薄めずに使うの?」

 

 秋分がびっくりしたように春分に言った。

 

「そうよ、秋分。なにか問題がある?」

 

 春分がそう答えると秋分もにやりと笑った。

 

「そうね。問題ないか」

 

 秋分も言った。

 そして、春分の持つ筆が沙那の肉芽に触れて、粘性のある液体がたっぷりと塗り込められた。

 

「ああ、いやああ──。それはいやああ」

 

 沙那は本気で拘束された身体を打ち震わせて哀訴の声を出してしまった。



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468 痒み責めの余興

 春分が薬剤のたっぷりと滴った筆を沙那の肉芽に近づけた。

 

「や、やめるのよ、あんたら──。ね、ねえ、いい加減にしてよ──」

 

 沙那は酒場での公開調教の場で痒み剤を塗られるという屈辱と恐怖に全身を前後左右に激しく振った。

 しかし、膝をしっかりと鉄棒の両端に挟まれている沙那には大した動きをすることができない。

 それでも怖ろしい液剤を局部に塗られる仕打ちを一瞬でもいいから遅らせようと、沙那は懸命に身体を動かし続けた。

 

 これまでにない沙那の激しい抵抗に、却って酔客たちは大喜びで拍手喝采だ。

 だが、沙那にしてみれば冗談じゃなかった。

 果てしない焦らし責めで沙那は体力も気力も限界まで追い詰められていた。

 その沙那をこれから強力な薬剤で更に苦しめようというのだ。

 

 春分(しゅんぶん)秋分(しゅうぶん)の卑劣さに気も遠くなりそうだ。

 しかも、沙那は薬剤で嗜虐される恐ろしさを肌身で知っている。

 痒み剤などを塗られては終わりだ。

 すぐに発狂するような痒みに襲われて、沙那は痒みを癒してもらうために、どんな恥辱的なことでも受け入れてしまうだろう。

 

 どんなことでもだ──。

 自分が自分でなくなるのだ……。

 なによりもそれが怖い──。

 

「そ、それだけは許して──。も、もうなんでもするわ──。お、お願いだから」

 

 沙那はなおも身体を左右に激しく振って悶えた。

 

「必死に怖がっちゃって可愛いわねえ……。どうやら、こういう薬剤を使った責めも何度も受けていて、怖ろしさも実感しているようね。でも、これはそれらに比べてもかなりの苦しさをあなたに与えると思うわ。なにせ、道術の刻まれた特別製だもの。ふふふ……。これは解毒剤を使わなければ痒みがとれないのよね。これを使われると発狂する女だっているのよ……」

 

 春分が笑った。

 沙那はその言葉に総毛立った。

 

「だけど、そうやって腰を振るあんたの姿はかなり卑猥な姿よ。まるで秘貝がうごめいているのを見せつけられているみたい……。しかも、潮みたいな淫汁を絞り出しながらね……」

 

 秋分も声をあげてからかう。

 ふたりの発言は公開調教の見世物としての演出も含まれているのだ。

 酔客たちもどっと笑う。

 

「お、お願い──。もう、なんでもする──。もう命令に従う──。だから、痒み剤だけはやめて──」

 

 沙那は懸命に叫んだ。

 大抵の嗜虐には耐えられるつもりだ。

 これまでに宝玄仙をはじめとして幾人もの男女から拷問めいた嗜虐を受けてきたのだ。

 だが、痒み責めだけは耐えられない。

 痒み責めに比べれば、鞭や棒で打ちたてられる拷問の方がずっとましだ。

 女としての尊厳も、人としての誇りもすべて奪い取ってしまう悪魔の責めだ。

 

 しかし、沙那の悲鳴など無視される。

 春分の持つ筆が沙那の肉芽に触れ、二度三度と粘性のある液体が筆先でたっぷりと塗り込められる。

 

「ひううっ……」

 

 沙那は腰を跳ねあげるようにして全身を突っ張らせた。

 筆が肉芽を舐めあげる激しい刺激にあっという間に沙那の身体は絶頂しそうになったのだ。

 沙那の身体は弾かれるように大きく痙攣した。

 

「おっと、危ない──。まさか、肉芽を筆で触っただけで達しそうになるとは思わなかったわ」

 

 春分が慌てたように筆を離す。

 沙那の身体はがっくりと脱力した。

 

「もう、なにをどうしてもいきそうになるみたいね……。だけど、ここまで焦らし続けたんだから簡単なことではいかせたりしなわ。うんと、恥をかいてもらわないとね……」

 

 春分が不吉な言葉を笑いながら言った。

 

「でも、筆は敏感すぎて危ないわね──。じゃあ、指で塗ることにするわ……」

 

 春分は筆を横の台に置くと、今度は指で液剤をすくって沙那の股間の亀裂に添って液剤を伸ばし続ける。

 

「あっ、あふうっ……」

 

 春分の指がまず液剤を塗りつけたのは沙那の女陰の入口部分付近だ。

 指による刺激を沙那に与えすぎないように注意深く力の加減を調整して薬を伸ばしてくる。

 そして、沙那の局部の入口にまんべんなく薬剤を塗ると、今度は指を奥に入れて、それこそ塗り残しを怖れるかのように膣の中を痒み剤で浸していく。

 

 強い性感帯が入口周辺に密集していることも事実だが、男性自身や張形に貫かれたときには、膣の奥や入口部分の一部が肉芽以上の充溢した深い喜悦をもたらすことも事実だ。

 膣の中には沙那が他人には知られたくない敏感な場所があるのだ。

 

 しかし、そんな場所も確実に春分の指がしっかりと薬剤を塗りこめていく。

 沙那はこれからどうなるのを知り過ぎているだけに怖ろしくなった。

 自分の身体が、他人よりもずっと敏感であるというのは、もう悟っている。

 認めたくはないが宝玄仙による沙那への肉体調教は、怖ろしく快感に弱いいき人形のような沙那の身体を作ってしまった。

 そんな身体で受ける痒み責めは本当に苦しいのだ。

 

 しかも、この日の数刻にも及ぶ激しい焦らし責めは、沙那の肉体を行き場のない快楽の渦の沸き立つ袋のような状態にさせている。

 感じやすい自分の身体にこれだけ多くの媚薬を二本の指ですみずみまで塗り込まれてしまうことは、さすがの沙那にも恐怖だった。

 

「ここも塗り足しておくわね……。でも、半日以上も弄り回しているから、あなたのここは随分と膨らんでいるわね……」

 

 春分はさらに液剤を指にすくうと、沙那の陰核をすっかり剥き出しにして、しっかりと塗りこんできた。

 

「い、いぐううっ──」

 

 沙那は肉芽を弄られる大きな刺激に、腰を浮きあがらせて断末魔のような声をあげた。

 しかし、簡単に絶頂させてくれるような春分たちではない。

 すかさず、勃起した沙那の肉芽をつねって激痛を与えることで一瞬だけ沙那の快感を逸らせて薬剤を塗り込んでくる。

 

 沙那は嬌声と悲鳴を交互に叫ばされて、最後にはがっくりと力尽きるように宙吊りの鎖に身を任せた。

 

「ここはどうするの、姉さん?」

 

 秋分が沙那の背後から沙那の双臀の亀裂に指を這わせて沙那の秘めやかな菊門を指で突いた。

 

「そ、そこは………堪忍して………」

 

 沙那はこれ以上の仕打ちには耐えられそうもなく、口惜しさも忘れて哀願の言葉を口にした。

 こんな女たちに弱みを見せるのは嫌だったが、もう股間にはたっぷりと痒み剤を塗られている。

 肛門にまで得体の知れない薬剤を塗られることが心の底から怖かった。

 

「そこってどこのことよ、沙那?」

 

 秋分が意地悪く言った。

 その口調から秋分が沙那をからかいたくてそれを訊ねているのだとわかった。

 それがわかると沙那は熱く火照っている身体が一瞬にして凍りつくような気持ちになり、固く口をつぐんだ。

 秋分が春分から沙那の身体越しに薬剤の瓶を受け取る。

 

「言わなきゃここにも塗るわよ、沙那。お前の尻の穴がどこより敏感な場所だというのはもうわかっているのよ……。さっきも言ったけど、解毒剤がなければ、薬を塗られた場所の痒みは一日経っても二日経っても消えることはないのよ。そんな薬剤を尻の穴にまで塗られるのは怖くないの?」

 

「ううっ……。や、やめて……」

 

 沙那はその言葉で薬剤の痒みにのたうち回る自分を想像した。

 気の狂いそうな恥辱や屈辱よりも、その恐怖がまさった。

 

 本当に嫌だ……。

 誰か助けて……。

 このままでは……。

 

「さあ、どうするの? 尻の穴にも塗るの? それとも嫌なの?」

 

 秋分が後ろ側から手を伸ばして瓶を沙那の顔の前にかざした。

 そして、沙那の顔の前でたっぷりと液剤を指に塗った。

 やや粘性のあるその小瓶の液剤は刺激臭とともにどろりとした滴り、それが嫌でも視界に入る。

 その指が沙那の前から消えて、沙那の無防備なお尻の亀裂に向かってすっと移動した。

 

「ひいっ──。い、言うわ。ちゃんと言う。お尻は勘弁して──。お尻だけはやめて」

 

 沙那はひきつった声をあげた。

 秋分の指が肛門の入口に触れたのだ。

 ひんやりとした薬剤の感触が沙那にさらに激しい悲鳴をあげさせる。

 

「もっと、でかい声で言うんだよ。観客の皆さんに聞こえるようにね──」

 

 春分が大きな声をあげた。

 春分の魂胆は丸わかりだ。

 ここで沙那に屈辱的な言葉を口にさせて辱めたいのだ。

 沙那は再びぐっと口を閉じて、眼の前の春分を睨みつけた。

 最後の意地を見せて、沙那は口を再び堅くつぐんだ。

 

「……ほ、本当にいまいましい頑固者だよ。こういう気の強い女はとことん打ちのめさないと駄目なんだ──。秋分、構うことないよ。残りの薬剤を全部塗ってしまいな」

 

 春分がむっとした顔で言った。

 沙那の心に恐怖が走る。

 

「わ、わかった──。言う。言うから……。お尻はもうやめて──」

 

 沙那は慌てて叫んだ。

 薬剤はまだかなりの分量が残っていたと思う。

 その量の全部をお尻に塗りこめられたら堪らない。

 

「きれいな言葉を使うんじゃないよ、沙那──。けつの穴と言いな。店中に響き渡る声でね──。さもないと、全部塗るよ」

 

 今度は秋分が沙那の背後から怒鳴った。

 沙那は宙吊りの拳をぐっと握る。

 

「け、けつの穴よ──。けつの穴には塗らないで──」

 

 沙那は力の限り叫んだ。

 店中が爆笑に包まれる。

 自分の眼からつっと悔し涙が流れるのがわかった。

 

「もう一度──」

 

「け、けつの穴に塗るのは勘忍してください」

 

「どこって?」

 

 春分も沙那の前側からからかうように言った。

 

「けつです。けつの穴です」

 

「誰のどこって? もう一度よ」

 

 秋分だ。

 

「沙那のけつの穴です──。そこだけは許してくださいい」

 

 とにかく絶叫した。

 沙那が春分たちに命じられて汚い言葉を強要されるたびに、亜人たちがどっと笑う。

 恥辱で血が沸騰しそうだったが、それでも、一縷の望みにかけて春分たちに強要されるままの言葉を叫び続けた。

 

「わかったわ……。じゃあ、残り全部塗ってあげな、秋分」

 

 やがて、すっかりと溜飲が下がった表情の春分が言った。

 秋分がすぐに指を沙那の後ろの穴に根元まで突っ込み敏感な肉襞に薬剤を擦り込みだす。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 沙那は泣き叫んだ。

 秋分が執拗に薬剤を新たに液剤をすくっては、沙那の尻の穴に入れていく。

 そのたびに沙那は呻き泣いた。

 そして、身体を悶え振ることで、全身にびっしょりの汗を辺りに散らした。

 

「あんたって、責められると強気の顔が一変して、途端に淫乱な表情に変わるのよね……。それがおもしろいわあ……」

 

 春分が暴れ回る沙那の身体を前側から押さえつけながら言った。

 両手を天井から吊られて、膝を金属の棒で拘束されている沙那は、それでもうほとんど動くこともできなくなる。

 それに、いまだに手足の霊具の革帯は沙那の四肢から筋力をすっかりと奪っている。

 

 沙那の身体を押さえている春分が、沙那の顔に舌を伸ばして流れていた涙を舐め始めた。

 自分の感情の昂ぶりで流れた涙まで彼女たちの嗜虐の対象になることで、自分の感情までも弄ばれる気持ちになった。その屈辱に沙那もだんだんと自分を制御できなくなる。

 やがて、怖れていたものがついにやってきた。

 

「か、痒い──」

 

 沙那は絶叫すると狂ったように身体を振りたてた。

 春分と秋分が沙那から離れた。

 そして、勝ち誇った表情で沙那の左右の斜め前に立つ。

 

「痒いのね、沙那──。でも、あんたの手は上に吊られていて、脚は膝の鉄棒に拘束されていて閉じることさえできない……。ふふふ……じゃあ、どうする?」

 

 春分が笑った。

 

「ね、ねえ、な、生意気言ったことは謝るわ。だ、だから、許して──。あ、ああ……もう、これだけ辱めれば十分じゃないの……あぐうっ……か、痒い……あ、ああ……」

 

 沙那は叫んだ。

 

「なにが十分よ。あんたみたいな気の強い女はまだまだ責めが足りないわ。耐えきれないとわかると態度を一変して急に下手にでるなんて、魂胆は見え見えよ。だから、口先ではなく心の底から屈服するまで嗜虐を続けるわ。あたしたちに許された時間は十日よ。その十日で、心の底から屈服させてあげるわ、沙那──」

 

 春分が笑いながら言った。

 しかし、もう沙那はそれ以上反駁する気持ちになれなかった。

 それよりも局部から沸き起こる痒みはもうのっぴきならないものになっている。

 

「あ、ああ……か、痒い、痒い──」

 

 痛みにも似た痒みが襲いかかってくる。

 一気に全身に脂汗が噴きあがる。沙那は身体を激しく左右によじった。

 歯を噛みしめようとしてもあまりの痒さに口が開いて、吐息混じりの悲鳴が漏れ出てくる。

 数刻の焦らし責めに耐えた身体に加わった新たな痒み責めは、沙那の限界を超えた苛酷な苦痛になっている。

 

「も、もうなんでもする。なんでも言う──。だ、だから、か、痒みをなんとかして……あはあああっ──」

 

 耐えられない痒みはどんどんと拡大する。

 もう、一瞬も耐えられるものではない。

 

 ここは屈服すべきだ──。

 もう、意地はどうでもいい──。

 いかせてくれと叫べと言うならすぐに言う──。

 それよりも、こんなもの我慢できるわけがない……。

 得るもののない沙那の意地など、この猛烈な痒みには考慮すべきようなものではない。

 

「い、いかせて──いかせてください──」

 

 沙那は必死になって身体を振って叫んだ。

 もう股間の痒みは猶予のないものになっている。

 このまま放置されたら間違いなく狂う──。

 

「いったい、なにを言ってんのよ、沙那──。それはもう終わったのよ──。いかせてやってもいいけど、今度はいったところで痒みは消えはしないわよ──。まあ、でもちょっとだけ痒みが消えるけどね……。でも、すぐに痒みがぶり返すのよ。それこそ、これを塗られたらどんな淑女でも人前で死ぬまで自慰を続けるわ。でも、あんたは、両手を拘束されていて自慰もできない……。さっきまで、あたしたちをあんなに手こずらせた罰よ。そこで狂うまでそうしてなさい」

 

 春分が笑った。

 痒い──。

 

 沙那は狂ったように身体を振った。

 こんなことなら意地など張り続けるんじゃなかった。

 さっさと屈服したふりをして、こんな馬鹿げた見世物から解放されることを考えればよかった。

 

「そ、そんな──。謝る……。な、生意気だったのは謝りますから──。こ、これは酷いわ──。解毒剤を──。解毒剤を塗って──。ひううっ──」

 

 沙那は全身を激しく悶え狂わせて絶叫した。

 もう恥も外聞もどうでもいいのだ。

 それよりも、この痒みの拷問からなんとかして解放されたい──。

 

 この世のものとは思えない痒さだ。

 身体の芯まで届くような痒みは、一瞬ごとに沙那の気力をどんどん削り取っていく。

 

「痒い──許して──か、痒い──ああっ──」

 

 沙那は呻き、そして、喚き散らした。

 沙那の慟哭と乱れの激しさが大きくなることで、酔客たちは悦び始めたが、もはや沙那にとっては、観客に嘲笑される屈辱などは些細なことだった。

 それよりもこの痒みをどうにかして欲しい。

 

 とにかく沙那は拘束されている身体を力の限り動かし続けた。

 そうでもなければ頭がおかしくなってしまいそうなのだ。

 

「ねえ、沙那、痒みを癒して欲しいの? それとも、まだ頑張り続けるつもり? 癒して欲しかったら、春分姉さんにお願いするのよ……」

 

 秋分が腰を振り立てている沙那の股間の前に屈んだ。

 そして、真っ赤に充血しているに違いない沙那の肉芽に思い切り息を吹きかけた。

 沙那はそれだけの刺激で悶え泣いた。

 

「お、お願いします……。な、なんでもしますから……。か、痒みを癒してください──」

 

 沙那は悲痛な思いで叫んだ。

 

 こうなってしまったら、もう相手の気紛れにすがるしかないことを沙那は知っている。

 意地を張ったり、頑な態度を示したりしたら、それこそいつまでも放置されるだけだ。

 できるだけ哀れに泣き叫び、相手の溜飲が下がるのを願うしかない。

 それが痒み責めという嗜虐への対処だ。

 

「もう、あたしたちは手は貸さないわ。その代わり、自分の手でしなさい……。これだけの客の前でね」

 

 春分と秋分は、これまでずっとつけていた股間の張形を革の下着から外した。

 どうやら取り付け自在になっていたようだ。

 そして、指を沙那の前で鳴らした。

 するといままで天井から伸びた鎖に密着して離れなかった沙那の右手首の革帯が鎖から外れて自由になった。

 

 はっとした。

 まだ左手と膝は拘束されているが、とりあえず右手が自由になったのだ。

 沙那の右手はほとんど無意識のうちに股間に向かっていた。

 

「……でも、これだけの客の前で自慰をするような恥ずかしいまねが、お前のような気の強い女にできるかい?」

 

 秋分が言った。

 その言葉でいままさに股間を自分で弄くるつもりだった沙那の手がとまった。

 沙那の中に残っていた人としての最後の尊厳が、人前で自慰をするという恥知らずの行為を押しとどめたのだ。

 沙那はぐっと右手を握った。



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469 女の誇り

「……でも、これだけの客の前で自慰をするような恥ずかしいまねが、お前のような気の強い女にできるかい?」

 

 秋分が言った。

 

「うう……」

 

 沙那は歯を喰いしばった。

 そして、躊躇(ためら)った。

 

 舞台の端に移動した春分と秋分が腕組みをしながら、沙那の様子をにやにやと眺めているのがわかった。

 ふたりは待っているのだ……。

 沙那がはっきりと意識をして恥を捨てるのを……。

 

 女の誇りを秤にかけた陰湿な責めだった。

 もし他人の手で責められるるのであれば、まだ救いがあった。

 だが、今の沙那には自分の手で誇りと尊厳を捨てねばならないのだ。

 

 それを春分と秋分は待っているのだ。

 こんな連中に醜態は見せたくない──。

 沙那は必死に歯を喰いしばった。

 だが、怖ろしい痒さを湧き起こす媚薬は、しっかりと沙那の肉に染み込んでいて、怖ろしい烈しさで沙那を責めたてる。

 

「く、くああっ」

 

 いまは沙那の右手は股間のすぐ前にある。

 しかし、固く握った拳が最後の沙那の抵抗の象徴だった。

 

 掻きたい──。

 股間を掻きむしりたい──。

 痒い──。

 

 沙那は握っていた拳を緩めかけて、唇を血の淫むほど噛んだ。

 しかし、股間を中心にしたただれるような欲情は、刻一刻と沙那の自制心を蝕んでいく。

 こうやってじっと我慢していると頭まで朦朧としてくる。

 大勢の亜人たちの野次が耳に入ってくる。

 

 こんな状況で自慰をする自分の姿を晒すのは死んでも嫌だ──。

 沙那は自分の強い誇りと気持ちを思い出していた。

 だが、それでも亜人姉妹の塗った痒み剤は強烈だった。

 ついに沙那の気力は崩壊した。

 

「もう我慢できない──」

 

 沙那は叫んだかと思うと、股間をもの凄い勢いで擦りだした。

 

「自慰を始めたぞ」

 

「淫乱女だ」

 

「恥知らず──」

 

 酔客たちが一斉に野次りはじめる。

 ちょっとだけ心が痛む気がした……。

 だが少しだけだ。

 

 それよりも股間を指で掻きむしることで拡がる快感に我を忘れた。

 すぐに絶頂の波がやってきた。

 観客たちが大きな声で騒ぎ立てるが、それすらもう聞こえない……。

 指で股間を弄くりながら、沙那は激しい愉悦に身体を悶えさせた。

 口から漏れ出るのは控えめな悶え声ではない。吠えるような嬌声だ。

 

 もうなんでもいい……。

 この気持ちよさがあれば、恥知らずでもなんでもいい……。

 沙那はついにやってきた絶頂に全身を反りかえして、歓喜の咆哮をあげた。

 

「そこまでよ──」

 

 そのとき、突然に右手首が握られた。

 強引に股間から離される。

 びっくりして顔をあげた。

 

 春分だった。

 いつの間にかそばにいたのだ。

 秋分もいて、天井から伸びる鎖に右手首を繋ぎ直される。

 沙那の右手はもう一度天井に向かって吊りあげられた。

 

「な、なんで──? ま、まだ──」

 

 沙那は呆気にとられて抗議した。

 

「弄くってもいいとは言ったけど、最後までやらせてあげるとは言わなかったわ」

 

 春分がげらげらと笑いながら面白くて堪らないというように笑い転げている。

 秋分もまた観客と一緒になって、沙那の醜態を哄笑している。

 発散することができなかった官能の大渦と、直前で癒されることを阻止された痒みに、沙那ひとりだけが呆然としていた。

 やがて、回らなかった頭に、ふたりになにをされたのということがやっと入ってきた。

 そして、ただ馬鹿にされただけだということがわかり、激しい怒りが湧くとともに、制御できなくなった感情が爆発した。

 沙那は喚き散らし、そして、どうしても止まらなくなった涙を流した。

 

「わかった、わかった……。ふふふ……。随分と頭に来ちゃったのね。いいわ。今度は左手で慰めることを許してあげるわ。ねえ、お姉さん……」

 

 秋分が腹を抱えて笑いながら言った。

 

「もっとも、今度も寸前で手を取りあげると思うけどね」

 

 春分が言った。

 そして、春分の指の音で今度は左手首の鎖が外れて、左手が自由になった。

 

 沙那は歯噛みした。

 それこそ血が出るまで唇を噛んだ。自分の口の中に血の味さえも感じる。

 今度ははっきりと最後までやらせないと宣言をされてから、左手を自由にされた。

 どんなに指で癒そうと思っても、また、ぎりぎりで手を股間から離させられては、逆に痒みと疼きが拡大するだけだ。左手で股間を弄れば必ず苦しみは大きくなる。

 

 それはわかっている……。

 これは理性だ──。

 しかし、身体に襲う痒みはそんな理性でどうにもなるものではない。

 この痒みの前では、笑い者になることをわかっていても……。

 痒みを癒すことができずに絶頂の寸前で手を離されるということをわかっていても……。

 

 それでもいい……。

 ほんのちょっとでもいいから股間を掻きむしりたい。

 恥知らずに自慰をする道化でいい──。

 

「も、もう、駄目──」

 

 沙那は悲鳴をあげて、再び左手で股間を掻き始めた。

 観客たちが大きな声で笑いだした。

 しかし、すぐになにもかもわからなくなる。

 そして、沙那が泣き狂うような声を響かせて上体を仰け反らせとき、左手首が掴まれて再び天井の鎖に繋がれた。

 

 沙那は半狂乱になった。

 客たちの歓声はさらに大きなものになっていった。

 

 

 *

 

 

 それからも同じことを繰り返された。

 阻止されるのがわかっていながらも沙那は、あまりの痒さで自由になった手で股間を掻きむしろうとした。

 

 しかし、必ずぎりぎりで手の自由を奪われる。

 

 その口惜しさ……。

 その情けなさ……。

 その苦しさ……。

 

 沙那は感情を完全に統制できなくなってひたすらに泣いた。

 やがて、頭が真っ白になってくる。

 

 十数回もそれを繰り返された挙句に、すっと消えるように自分の意識がなくなるのがわかった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水をかけられた。

 完全に消滅していた意識が戻る……。

 

「最初は憎々しかったけど、最後は凄かったわ。お客さんたちも満足したようだったし、明日からも頼むわよ、沙那──」

 

 顔をあげた。

 視界に霞がかかったようにはっきりしない。

 やがて、ここが一番最初に閉じ込められていた軍営の牢だということがわかった。

 どうやら、沙那は最後の最後に気絶をしてしまったようだ。

 

 それで、やっと見世物から解放されて、軍営の牢に戻されたようだ。

 沙那は床に寝そべっていた。

 倒れたまま見あげた視界に、春分と秋分のふたりが意地の悪そうな笑みを浮かべて沙那を見下ろしている光景が映った。

 牢舎の壁の四隅に蝋燭が立っている。

 それが窓のない牢を照らしている。

 春分と秋分の服装は舞台で着ていた破廉恥な衣装ではない。

 ふたりとも薄桃色の貫頭衣を身に着けていた。

 それに比べて沙那は相変わらずの全裸だ。

 

「か、痒い──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 意識に次いで、身体が目覚めてくると、股間の怖ろしい痒さが戻ってきたのだ。

 

「ひいっ──か、痒いわ──」

 

 沙那は股間を掻きむしる発作に襲われて、自分の両手が背中で拘束されていることに気がついた。

 しかも、背中に腕を組んで腕を合わせるように手首がくっつている。

 膝の拘束は外されていたから腿と腿を擦り合わせることくらいはできるが、そんなもので怖ろしい痒みがなくなるわけもなく、沙那はそのまま床の上でのたうち回った。

 

「苦しそうね……。だって、その痒み剤は、この解毒剤がなければ絶対に癒されないんだもの。掻きむしっても掻きむしっても痒みは消えないのよね。だけど、あんたにはまた明日のあの店の見世物になってもらわなければいけないから両手は拘束させてもらったわ……」

 

「じゃあ、今夜はこれで終わりよ。明日の午後に迎えに来るわ……。それまで自由にしていい。食事はそこに置いているわ。糞尿は牢の隅の壺にすること──。なにか質問はある、沙那?」

 

 春分と秋分が言った。

 彼女たちのの言及した食事というものは牢の片隅にあった。

 木の匙とともに平らな皿に野菜と肉切れの汁が置いてあるのだ。そ

 の横には乾いた麦餅もあり、横には壺に入った水もある。

 そして、確かに、糞尿用の壺が牢の隅にあり、木の蓋が被せてもあった。

 

「そ、そんな……。こ、このままにしておくつもり……。解毒剤を──。解毒剤をつけて──。お願い──」

 

 沙那は必死になって言った。

 このまま痒みを放っておかれるなんてとんでもない。

 しかも、春分の言葉の通りなら、この発狂するような痒みは、明日の午後にふたりがここにやってくるまで癒えないはずだ。

 

「解毒剤というのはこれのこと?」

 

 秋分が懐から小さな瓶を出した。中には液体が入っているようだ。

 

「そ、それよ──。い、意地悪しないで──。それをつけて──。というよりも、もう拘束を外してよ」

 

 沙那は秋分の足元にひれ伏した。

 しかし、秋分はひょいと手に持った小瓶を床に放った。

 ぱりんという音がして、瓶が割れて中の液体が床に飛び散った。

 

「あらっ……ご免ね、沙那。うっかりと落としちゃったわ。まあ、明日の見世物の会場となる酒場には準備しておくわ……。一番最初に痒みを癒してあげる。それだけは約束するわ。そうすれば、あんたもあたしたちの調教が待ち遠しくて待ち遠しくてどうしようもなくなるでしょう?」

 

 秋分があっけらかんと言った。秋分が意図的に解毒剤を捨てたのは明らかだ。

 秋分の狙いはいくつもあるのだろう。

 沙那を眠らせずに苦しめて体力を奪う──。

 この苦痛を癒してくれるのはふたりだけなのだから、このふたりを渇望する気持ちにさせる。

 そして、ふたりの調教を渇望する気持ちにそれを変化させるのだ。

 

 それはわかっている……。

 だからこそ、沙那は絶望的な気分になった。

 

 沙那は悲鳴をあげる。

 じんじんという股間の痒みはもう切羽詰ったものになっていた。

 このまま、これから半日以上も放置されるのだろう。

 そんなことをされれば狂うかもしれない。

 

 いや、狂うことができればもっと楽に違いない……。

 だが、宝玄仙からさまざまな調教を受け続けている沙那は、これくらいの責めでは発狂はできないだろう。

 そんな見極めも春分と秋分のふたりはしているはずだ。

 このふたりは玄人の女調教師だ。

 簡単に沙那を発狂させてくれるような優しいことはしない。

 発狂寸前のところまで追い込んで沙那を苦しめるだけだ。

 

「まあ、割れたものは仕方がないじゃないの……。諦めなさい、沙那。それよりも、明日も今日以上の激しい調教になるわよ……。あんたの責め方はもうわかったしね……。心の底から屈服させてあげるわ。まあ、あと九日もあるから十分だと思うけどね」

 

 春分が言った。

 

「まあ、明日の午前中まではしっかりと身体を休めるのね……。まあ、その痒みじゃあ、無理かもしれないけどね……。せいぜい、体力を使っておくといいわ。そうすれば、明日の公開調教では今日みたいに生意気はできないと思うからね」

 

 秋分がさらに言った。

 沙那は彼女たちの卑劣さと残酷さに身体が震えた。

 ふたりが扉に向かって歩いていく。

 沙那はただ苦悶して床をのたうっていた。

 扉の前で秋分が一度振り返る。

 

「じゃあね、沙那……。まあ、悪く思わないでよね。別にあんたに恨みがあるわけでもなんでもないし、あんたがなんで魔王様に捕らわれたのかもあたしたちは承知していないの……。でも、あたしたちも青獅子様に雇われている女調教師という立場があるのよ。あんたひとりくらい完全に調教できなかったら、あたしたちが罰を受けることになっているの……。勘弁してね──。そして、また明日もよろしく」

 

 秋分が言った。

 そして、春分が牢の扉をこちら側から叩く。

 向こう側から扉が開き、ふたりが出ていった。

 沙那はただひとり、牢に残された。

 股間を苛む怖ろしい痒みと背中で拘束された腕はそのままだ。途方もない股間の痒みは、いまでも沙那の思考する力を削ぎ取るように襲い掛かっている。

 

「ま、負けるもんですか……」

 

 沙那は歯を喰いしばって身体を起こすと、床に飛び散った解毒剤の破片のある場所に飛びついた。

 飛び散ってはいたがまだ解毒剤の液体は床に残っている。

 

 沙那は股間を擦りつけるようにして、解毒剤をなんとか局部に届かせようとした。

 しかし、うまくはいかない。

 

 それで床に置いてある食事に向かった。

 口を汁につけて食材とともに汁を口いっぱいに啜った。

 渇ききった身体に水分が吸収される悦びと空腹だった身体に少しだけ力が戻る気持ちが心地いい。

 

 負けるものか……。

 もう一度、心の中で言った。

 

 宝玄仙になんとか再会するまで──。

 孫空女や朱姫と再会するまで──。

 みんなで逃亡する機会を見つけるまで──。

 心の底からの屈服などしない──。

 

 絶対に──。

 しかし、屈服したふりをして機会を待つ──。

 そう決めた。

 

 沙那は足の指で匙の柄を掴んだ。

 なんとかいけそうだ。

 

 幸いにも床は石なので、解毒剤の液体は染み入ることなくまだ残っている。

 沙那は注意深く匙の先を解毒剤の液体で浸して、身体を捻じ曲げて股間に匙の先を入れようとした。

 痒さで身体が震える。

 無意識に腰が激しく動いてしまうのだ。

 それに、さすがに足の指では股間に匙の先の解毒剤を局部に擦りつけるなど難しい……。 

 

 だが、半日ある……。

 半日あれば……。

 

「ま、負けて……た、たまるか……」

 

 それでも沙那は自分を叱咤する言葉を繰り返し口にして自分を鼓舞し、怖ろしい痒みと戦い続けた。



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470 被虐女の思惑

「お待たせしました。ただいまより、恒例の女戦士調教の続幕を開演します。主役を演じますのは、お馴染みの人間族の女戦士沙那──。剣を持たせれば鬼神も避けるという女傑なのですが、実は素っ裸でなぶられるのが大好きだという正真正銘の変態の人間女でございます。どうぞ、ご期待ください──」

 

 秋分の口上が終わると、真っ暗の舞台に煌々とした道術の光が当てられた。

 舞台を照らす明るい光と薄暗い酒場の客席の違いによって、沙那には、酔客たちの姿がよく見えなくなる。

 しかし、同時に割れんばかりの拍手が耳に入ってきた。

 

 沙那はそんな観客たちの前で、股間を隠す小さな布の横に紐が付いているだけの真っ白い股布と、やはり三角の小さな白い布をふたつの紐で繋げているだけの胸当てを身に着けて舞台の中央に立っていた。

 両腕は背中側で手首をまとめて縄で縛られている。

 沙那の腕を縛っているのは、もちろん、演目としての演出でもあるが、亜人軍に捕らえられた人間である沙那の逃走防止でもあるのだろう。

 

 しかし、沙那の手首と足首には、筋肉を弛緩させる逃走防止の革帯の霊具が装着させられている。

 その霊具は、沙那の筋力を著しく低下させてしまっており、春分と秋分に抵抗するどころか、どこかに走ることもできなくしている。

 こんな霊具を装着させられているのでは、逃亡を図るのは無駄であるし、無駄な抵抗をすることで厳重な拘束をされてしまえば、もしかしたら訪れるかもしれない千載一遇の機会を失わせることになるかもしれない。

 

 全く逃亡や抵抗の素振りを見せなければ、どんな相手でもだんだんと油断をするようになるものだ。特に、春分と秋分の姉妹がやっているように、決まったことを継続的に繰り返すという行為の場合は、絶対にそのうちに気が弛む。

 

 それを待つのだ……。

 すでに、五日……。

 

 沙那は、もうすっかりと抵抗を諦めて、この女調教師たちに従順に従う虜囚の役割を演じることにしていた。

 ここで毎日繰り返して、様々な調教を受けさせられる沙那には、気の弛みなどとんでもないが、このふたりは熟練した調教師であり、酒場で獲物を嗜虐する行為を客に観せて愉しませるというのは、彼女たちにとっては繰り返される日常のことに違いない。

 だから、この酒場で沙那を調教することが彼女たちの恒常業務のようになるのを待つ……。

 そこに付け入る隙が生まれるはずだと思った。

 

 いまは、とにかくふたりを油断させて機会を待つしかない。

 なによりも仲間の居場所と状況を探ることだ。情報がなければ話にもならない。

 それだけを思っていた。

 

 とにかく、なんでもいいから情報が欲しかった……。

 

 この城郭にさらわれてから沙那が接する場所は、獅駝(しだ)の城郭にある亜人たち専用のこの酒場と、監禁されている軍営の牢だけなのだ。

 誰にも接しない軍営の牢で情報が取れるわけもなく、沙那の情報源になりそうなのは、この酒場だけだ。

 

 ここはかなり広い酒場であり、亜人軍の戦士たちと思われる者がたくさん集まっている。

 その亜人たちと直接に会話する機会があれば、もっと情報が取れるとは思うが、いまのところ、その機会はない。

 店の奥側には余興用のちょっとした舞台があり、沙那はそこで連日にわたって見世物としての調教を受けさせられていたが、集まっている酔客とは会話をしたことはないのだ。

 

 調教をするのは春分と秋分という亜人姉妹であり、この城郭を占領した亜人の魔王専属の調教師だそうなのだが、この姉妹は客を舞台にあげるということはしないからだ。

 この五日間、沙那は城郭にある軍営の牢に監禁され、午後になれば『移動術』でこの酒場に跳躍させられて、夜まで数回に分けて調教の見世物をさせられ、深夜に再び『移動術』で軍営に戻されるという生活を送っていた。

 

 いまだに宝玄仙やほかの仲間と接触することはない。

 仲間たちがどこに監禁されているのかもわからない。

 いまのところ脱出の機会どころか、仲間の状況を知る手掛かりもない。

 

 しかし、春分と秋分が時折口にすることを整理すると、青獅子という魔王の目的は、宝玄仙の身体そのものであるようだ。

 つまり、宝玄仙を殺すとかではなく、なにかの役割をさせるためにさらった気配がある。

 春分と秋分は宝玄仙が魔王の飼う“家畜”になったという表現をするが、それがどういう比喩的表現なのか見当はつかないが、ともかく、宝玄仙は生きており、この城郭のどこかに監禁されていることは間違いないと思う。

 それは、孫空女や朱姫も同じだ。

 宝玄仙を含めて朱姫以外は、数日後には、この城郭以外のどこかに運ばれる気配であるが、それは戦利品や女奴隷としての価値を認めたことでもあるようだ。

 だから、簡単には殺されはしないと思う。逃亡の機会を待つ時間はあるはずだ。

 

 それにしても、この亜人たちは宝玄仙を使ってなにをさせようというのであろう? 

 宝玄仙になんらかの価値を見出だすとすれば、あの大きな霊気と途方もない道術力、あるいは、霊具を作る天賦の才のどれかだと思うが、それ以上はわからない。

 

 いずれにしても、自分たちを捕らえた青獅子という魔王が、外縁地域に巣食う大きな亜人の勢力地を支配する三魔王のひとりだということはわかっている。

 金凰(きんおう)魔王、白象(はくぞう)魔王、青獅子魔王の三兄弟の亜人王であり、一大王、二大王、三大王とも呼ばれている。

 だが、本来の勢力地は、この獅駝の城郭よりも遥かに南方のはずだ。

 それで沙那たちはその勢力地を通過するのを避けて、獅駝嶺の山地地帯を南進する経路をとったのだが、その獅駝嶺の出口にある獅駝地方が亜人の支配を受けていたというのは知らなかった。

 

 この店で調教の演目をやらされながら、客たちの会話や様子を観察する限り、彼らがここを占領したのは、ほんの数日前のことのような感じだ。

 それを考えると、まさかとは思うが、宝玄仙という大きな獲物を捕らえるために、人間の城郭ひとつを占拠したとも考えられるのではないか……。

 そんなことさえ思ったりもした。

 

 もっとも、たったひとりの人間の道術遣いを捕らえるために、無関係の人間族の王国と戦争をするというのは常識では考えにくいから、たまたま亜人の勢力と獅駝地方を治める行政府とが諍いになり、それに合わせて宝玄仙を捕らえる罠を仕掛けられたと考えるのが自然なのかもしれない。

 しかし、その罠の一部にされた沙那としては忸怩たる思いがある。

 この恥を注ぐためには、なんとしても亜人たちに一矢報いて反撃や逃亡の糸口を沙那が掴みたい。

 そのためにも、しばらくは大人しいふりをして、このふたりの調教の演目に付き合うしかないのだろう。

 

「さあ、沙那……」

 

 春分が沙那を舞台の中央に促した。さっき舞台裏で命じられたことをやれというのだ。

 この五日間は、演目の口上は春分か秋分が交替でやっているだけだったが、今日からは沙那も自ら口にしろというのがその命令だ。

 

 初日の抵抗が嘘のように、この四日、沙那は彼女たちの調教に大人しく従うふりをしている。

 だから、このふたりもただ拘束してなぶるだけの演出から、沙那に破廉恥な言葉や行為を強要して、演目に変化をつけようということなのだろう。

 鼻白む思いだったが、ぐっと煮えたぎるものを耐える。

 

 沙那は口を開いた。

 だが、なかなか声が出ない。

 沙那の心に残る屈辱を受け入れない心がそれを邪魔するのだ。拘束されて抵抗のできない状態にされて、無理矢理に嗜虐されることと、強要されているとはいえ、自ら下品な言葉を喋ったり、卑猥な行為をすることとは違う。

 どうしても沙那の自尊心が口上を強要されている舌を硬直させる。

 

「……だいぶ素直になってきたと思ってたけど、この期に及んで逆らうのかい、沙那……。仕方ないねえ。じゃあ、初日のときに使った痒み剤の演目に変えるかねえ……」

 

 春分がささやいた。

 沙那の身体に恐怖が走った。

 

 あの恐ろしい痒み剤だけは嫌だ。

 全身を苛む発狂するような痒みが走り、なにをしてもそれが収まらないのだ。

 初日の調教の演目のときに局部に痒み剤を塗られていたぶられ、解毒剤を与えられることなく軍営の牢に戻された。

 結局、そこでも解毒剤は渡されず、翌日の午後にふたりがこの酒場の調教の演目に出演させるために迎えに来るまで、沙那は文字通りのたうち回った。

 

 かろうじて残っている記憶の中に、あの日、迎えにきたふたりの足元に号泣してひれ伏し、解毒剤をねだった自分の惨めな姿がある。

 あれから、あの痒み剤を使った調教は受けてはいないが、逆らえば使うぞと言われると、沙那の身体は竦みあがる。それこそ演技ではなく心からの恐怖が走り、なんでも従う気になってしまう。

 

「……わ、わたしは大勢の観客に見られながら恥ずかしいことをされるのが大好きなど変態です──。どうぞ、この変態の雌犬である人間の女をご覧ください──」

 

 沙那は慌てて叫んだ。

 こうなったら恥も外聞もない……。

 観客席から歓声と野次が飛んでくる。

 

「よくできたわね……。じゃあ、縄を解くから手足を拡げて柱の前に立ちなさい、沙那」

 

 秋分が笑って言った。

 今日の舞台には、昨日までなかった二本の柱がある。

 ちょうど沙那が大きく手脚を拡げると柱に届くような間隔であり、手首と足首の位置になる場所に拘束のための革帯がついている。

 秋分が沙那の後ろ手の縄を解いた。

 

 抵抗に意味はないので、沙那は観念して柱にある革帯のある部分に手首と足首を伸ばす。

 左側の柱を春分、右側の柱を秋分がそれぞれに革帯で沙那の手足を拘束した。

 

「さあ、始めるわよ……。まずは、口づけよ……。あなたって、口づけはうまいのよね。いつもみたいに情熱的な口づけをしてちょうだい……」

 

 秋分が調教の道具一式が載っている台を引き寄せて、盃に水差しから水を注いだ。それを自分の口に含んだ。そのまま唇を沙那の口元に近づけていく。

 沙那が女調教師から受ける水をおいしそうに飲むという演出だ。

 

 責めというよりは、女同士でかわすただの口づけであり、なんということのない行為なのだが、最初に沙那が宝玄仙に教え込まされている舌技を使った際、沙那を責めている側の春分と秋分が、沙那の舌使いにたじろいでしまったのだ。

 それが一方的になりがちな責めの調教の味付けの変化になって客が悦んだので、このふたりは必ず、演目の最初に、この口移しで水を飲みながら舌を絡めるという行為を沙那にさせるようになっていた。

 

 沙那は口を半開きに開いて顔を秋分に向けた。

 秋分の唇が沙那の唇に重なる。秋分の唾液の混じった生温かい水が沙那の口の中に入り、沙那はそれを喉に流し込んだ。

 だが、秋分の唇はまだ重なったままだ。

 沙那は口の中に入ってきた秋分の舌に自分の舌を絡めてそれを吸った。

 秋分の鼻息が少し荒くなる。沙那は舌と舌を合わせながら、もっと積極的に秋分の口の中に自分の舌を侵入させて、秋分の口の中の上の部分や舌の下側を舌先で強く擦った。

 沙那は口の中のそこを刺激されると、思わずぼうっとなるくらいに気持ちがよくなる。

 秋分も同じに違いない。

 責めているはずの秋分がうっとりとした表情に変わるのがわかった。

 

「上手ね……うふふ……。ちょっとぼうっとなっちゃったかも……。演技でも嬉しいわ、沙那」

 

 秋分が口を離してにっこりと微笑んで言った。

 

「じゃあ、あたしもちょうだい……。あんたには感謝しているわ、沙那──。そうやって、従順なふりをしてくれるからあたしたちの面目も立つわ。あたしたちも、あんたを陥すことができなければ、役立たずの用済みとして魔王様に処分される身なのよ……。あんたにはあたしたちに調教をされるなんて理不尽と思うけど、あたしたちはあたしたちで必死なのよ……。ある意味ではあたしたちもあなたと同じ……。そのうちにわかると思うけどね……」

 

 観客には絶対に聞こえないような小さな声だ。

 春分がそう沙那の耳元でささやきながら、秋分と同じように水差しの水を盃に汲んで自分の口に含んだ。

 

 春分の唇が沙那の唇に重なる。

 唾液とともに水が沙那の口に注がれる。

 そして、春分の舌が入ってくる。

 

 春分の舌技もうまい……。

 沙那はそれに応じるように春分の舌を舐め、春分の口の中を刺激していく。春分もまた熱い鼻息を洩らしながら沙那の口の中に舌を這わせていく。

 甘く溶けるような春分の舌遣いに、沙那は全身が熱くなるのを感じながら、さらに積極的に春分の口に舌を差し入れた。

 

「んん……」

 

 春分が耐えきれなくなったような声をあげた。

 少し驚いたが、演技という感じはない。

 むしろ酔ったような目つきになり、春分はもどかしげに身体をくねらせながら、沙那と濃厚な接吻を求めてくる。

 沙那は春分のねちっこい舌に身体が痺れるような感覚を味わっていた。

 

 こうなったらもうどうでもいい……。

 

 こんな場所で晒し者のように調教の演目をさせられている口惜しさや恨みの一切を忘却してしまおうと思った。

 沙那はさらに自棄になって春分の口をまさぐった。

 

 そういえば、宝玄仙にさらわれるように供にされたのは、もう三年以上も前のことになるのだろうか……。

 

 拘束された身体で、懸命に春分の舌に沙那の舌を絡ませながら思った。

 宝玄仙に出遭う前の自分は、こんな口づけなどできはしなかった。

 それがいまや、自分を責める女調教師をたじろがせるほどの接吻ができるほどになった。

 宝玄仙は無事でいてくれているだろうか……。

 

「凄いわね……。ちょっと、ここがどこだか忘れちゃったかも……。できれば、あなたとはこういうかたち以外で遭いたかったわね……。いいえ……、別のかたちで出遭ったら、あんたみたいな女戦士があたしたちみたいな亜人の女調教師なんて相手してくれるわけないか……。だったら、やっぱりこんなかたちでも出遭えてよかったかも……」

 

 春分が口を離して苦笑した。

 

「さあ、次はまたあたしよ」

 

 秋分が再び水を口に含んだ。

 そして、唇を重ねる……。

 

 そうやって、ふたりの唇から水を五回ずつほど受けた。

 さすがに沙那も濃厚な口づけの繰り返しに、頭がぼっとしてくる。

 亜人の酔客たちが野次の混じった歓声をかけるが、もうそれはあまり気にならない。

 

「じゃあ、お礼に今日も念入りに仕上げてあげるわね……ふふふ……」

 

 秋分が言った。

 

「いい子にしてくれたら、あんたの知りたがっていることをなんでも教えるわ。なんだか、あなたの口づけを受けていると、そんな気になってきたわよ……。よく考えると、あんたに恨みもないし、あたしたちも命令されてこんなことをやっているだけだしね」

 

 興奮で思わず、沙那はぐっと拳を握った。

 沙那はいま情報に飢えていた。

 

 なんでもいい──。

 嘘の情報でもいい……。

 

 嘘なら嘘で、それを類推してなんらかの結論に辿りつけるのだ。

 いまのようになにもわからないというのは、どうしようもない。

 

「い、いい子にするわ……。だから、お願いよ……。仲間のことを教えて……」

 

 沙那は春分にささやいた。

 

「じゃあ、いい子だったらね……。今日の演目は五回よ。最初の二回は、いまのようにただあたしたちの愛撫を受けるだけでいいわ。後半の三回は、犬のように四つん這いで舞台を這うのよ……。できる?」

 

「な、なんでもする……。なんでもするわ──。だ、だから約束を守って……。仲間の情報を……」

 

 沙那は必死で言った。

 

「それはあなた次第ね──」

 

 秋分が沙那の胸当ての紐を外して、乳房を露わにした。

 観客からこれから始まる沙那への責めを期待して拍手が起きる。

 

「さあ、あんたの好きな乳房責めだよ。かたちのいいおっぱいにしてやるよ──」

 

 秋分が演出のための乱暴な口調に戻った。

 背後から沙那の乳房を掴む。そして指で乳首を挟んで激しく揉みあげてきた。

 

「はああっ──」

 

 沙那はあっという間に込みあがった情感に声をあげた。

 

「……いいわ……。いつもながらにあっという間に淫らに反応を見せるわよねえ……。あまりにも呆気なく悶えてくれるから、最初はあたしたちを油断させるために演技しているのかと思ったくらいよ……」

 

 秋分が言った。

 演技などとんでもない……。

 秋分から与えられる刺激に、激しく身体をくねらせながら思った。

 

 乳房から込みあがる愉悦が全身に迸る。

 たちまちに全身から汗が吹き出し、口からは甘いよがり声が漏れ出てくる。

 

 秋分の手が沙那の豊かな乳房を揉みしだき、乳首をくりくりと動かす。

 息がとまるような衝撃が全身を貫く。

 波のように繰り返してやってくる熱い情感の嵐に、沙那は歯を噛み鳴らして喉を仰け反らせて喘いだ。

 

「ふふふ、これが演技だったら、あたしは調教師をやめるわ、秋分……。この身体はすっかりと調教されて、全身のどこを刺激されても色情狂のように感じる肉体にされてしまった女の反応よ……。感じたくないのに、快感を拒否できない沙那の心の葛藤を感じるわ、ふふ……。さあ、見てください──。この娘はちょっと胸を揉まれるだけで、こんなにはしたなく股から汁を流しております──。この下着は沙那の股間から流れる愛液に反応して色が変わるように細工をしているのです──」

 

 春分がまずは秋分にささやくように言い、次いで大きな声で口上として観客に向かって叫んだ。

 愛液に反応して股布の色が変色すると聞かされて驚いた。

 観客の視線が一斉に沙那の履かされた小さな布片に向かう気配を感じた。

 すかさず、春分が道術によって明るい光を沙那が履いている小さな布の股布に当てる。

 

「おおう──」

 

「ちょっとばかり乳を揉んだだけで、その反応かよ」

 

「好き者かよ」

 

 一気に亜人の客たちが興奮状態になる。

 沙那も首を曲げて自分の股間を見た。

 そして、予想通りの恥辱の光景に、すぐに沙那は視線を反らせて歯噛みした。

 そこには、真っ白い布に濃い青色の丸い染みができていたのだ。

 今日履かされた下着に、そんな意地悪な仕掛けがあったとは思わなかった。

 昨日まではなかった演出だ……。

 

 しかし、そんな仕掛けをされては、沙那が人一倍に敏感な身体をしているという事実がここで晒されてしまう。

 それは恥ずかしすぎる……。

 

「そ、そんな……はああっ──」

 

 沙那は羞恥で震えた。

 しかし、秋分が容赦なく胸を揉んでくる。どうしても股間が熱くなるのを止められない。

 

「あっ、ああっ……、はあっ……や、やめて……ああっ……」

 

 沙那は悶えつつも、快感を少しでも逃がそうと身体をくねらせた。

 しかし、股間に走る熱いものをとめられない……。

 

「どんどん濃くなるぜ──」

 

「あれだけ濡れれば、もうどろどろじゃねえか。特出し頼むぜ、春分の姉貴──」

 

 観客から声が飛ぶ。

 その声で沙那はさらに自分の身体が羞恥で熱く染まる気がした。

 そのとき、沙那は官能の痺れとは違う別の違和感を股間に覚えた。

 

 まずい……。

 

 沙那は狼狽えた──。

 そして、春分と秋分の意地の悪い企みを悟って愕然とした。

 

「しゅ、春分に秋分──。あ、あんたら──」

 

 焦った沙那は思わず声をあげた──。

 

「どうしたの、沙那? なにか焦ったような感じだけど……?」

 

 秋分が沙那の胸を揉む手を休めて、わざとらしく訊ねた。



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471 放尿姫の誕生

 まずい──。

 

 沙那は焦った。

 股間に尿意が襲ってきたのだ。

 最初に春分と秋分から口移しで飲んだ水が原因に違いなかった。

 

「しゅ、春分に秋分──。あ、あんたら──」

 

 焦った沙那は思わず叫んだ。

 

「どうしたの、沙那? なにか焦ったような感じだけど……?」

 

 春分と秋分が沙那を責める手を休めて、手足を拡げて二本の柱に拘束されている沙那の前に回ってきた。

 ふたりの顔がにやにやと微笑む。

 その表情から沙那は、自分の予感が正しいということを確信した。

 このふたりは、さっき沙那に飲ませた水に尿意を催す薬剤を混入していたに違いない。

 沙那は愕然とした。

 

 しばらく前に、薬師の変態兄妹に監禁調教されたことがある。

 宝玄仙たちと一時的にはぐれたときのことだ。

 そのときに、沙那は彼らの尿道調教を受けて尿道や尿袋を快感を覚える場所に変えられてしまっている。

 正確にどういうことをされたのかはわからないのだが、彼らは薬師の能力を発揮して、強力な媚薬を尿道管から沙那の体内の尿袋に繰り返し逆流させて媚薬浸けにしたのだ。

 

 その結果、沙那は排尿をするたびに快感で身体が疼くだけではなく、尿意がいっぱいに溜まると異様な痺れが全身を襲うようなおかしな肉体に変えられてしまった。

 やがて、苦労の末に宝玄仙と再会を果たしたのだが、宝玄仙はそういう沙那の身体を面白がって、『治療術』で正常な身体に戻してくれない。

 そのため。沙那は尿をするたびによがって声をあげてしまうことで、ずっと宝玄仙からからかい続けられているのだ。

 

 だから、この姉妹の公開調教を受けることになったときにも、そんなおかしな身体について知られたくなくて、尿意だけは気をつけていた。

 春分と秋分のふたりがやってくる直前には必ず牢の中で排尿を済ませていたし、最小限の水分しかとらないようにもしていた。

 幸いにも、このふたりの調教でいつも汗びっしょりにさせられるので、水分が渇いた状態にもなっていて、公開調教の途中で尿意を催すということは避けられていたのだ。

 

 しかし、いまさっきの利尿剤入りの水のために、沙那の身体の尿袋はあっという間に破裂しそうなくらいにいっぱいになってしまった。

 そのために沙那の身体には、尿袋を通じたあの得体の知れない快感がじわじわと拡がってきていた。

 それに、あのときの尿道調教依頼、尿意を溜めるとそれに応じて快感が強くなる気もするのだ。

 それが怖くて。あれから小まめに排泄をして、体内の尿袋に尿を溜めないように気をつけていた。

 利尿剤などで無理矢理に尿を尿袋に集められたりしたら、自分がどうなるか見当もつかない。

 

「あ、ああっ……か、勘弁して……くうっ……」

 

 沙那はじわじわと込みあがる情感に耐えられずに、身体を小刻みに震わせて呻いた。

 弱みを見せれば、絶対にこのふたりは、それを嗜虐の材料にすることはわかっていたが、思わず口にしてしまったのだ。

 

「ふふふ……あんたに履かせている下着はねえ……。水分を吸いこむと千切れ落ちるようになっているのよ……。だから、尿を洩らしたりしたら股布が破れおちて恥ずかしい股間を丸出しにしなければならないという趣向なのよ、沙那……。愛汁で感じすぎても股間が破れると思うけどね……。とにかく、素っ裸になりたくないなら我慢しなさい……」

 

 秋分がすでにすっかりと股の部分が青色に変色している沙那に履かせている小さな布を指で突いてからかった。

 沙那はいまだに尿意が膨らみ続けている股間を刺激されて、拘束された身体をのたうたせた。

 

「待って、秋分……。なんか、反応がおかしいわね……」

 

 春分が秋分に声をかけた。

 はっとして沙那は顔をあげた。

 すると首を傾げて訝しげな表情をしている春分と眼があった。

 

「あんた、なにか隠しているわね、沙那……」

 

 春分が沙那の顔を見透かすようにささやいた。

 

「か、隠すって……な、なにも……」

 

 沙那は狼狽えて言った。

 だが、そのあいだにも沙那の尿意はどうにもならないものになっていた。

 沙那は尿意の苦しみと、さらにそれによる淫靡な快感の膨れあがりに、身体を波打たせて喘いだ。

 

「……そうか……。そういえば、あんたって、大旋風(だいせんぷう)様によれば、あの宝玄仙の奴隷女という話よねえ……」

 

 春分が低い声で言ってにんまりと微笑んだ。

 沙那はどきりとした。

 

「どういうこと、春分姉さん……?」

 

 秋分はきょとんとしている。

 

「なるほど……。あんたは、尿道まであんたのご主人様とやらに調教されてしまったというわけね……」

 

 春分が沙那の腰に手を伸ばして、青色に変色しかかっていた股布の紐を解いて取り去った。

 

「おおおっ──」

 

「いよいよ、丸出しかあ──」

 

「待ってましたあ──」

 

 酔客たちが一斉に声をあげた。

 

「姉さん、どうしたの……? 沙那におしっこをさせて下着をびしょびしょにさせて、千切れ落ちさせる趣向にするんじゃなかったの?」

 

 秋分が春分に寄って来て小さな声で言っている。

 

「それよりも面白そうなことに気がついたからよ……。さあ、沙那、白状なさい──。お前、ご主人様に尿道調教を受けたことがあるわね? 尿意を催すと快感が走るように肉体改造を受けたんでしょう?」

 

 春分が笑いながら言った。

 

「ええっ、本当?」

 

 秋分も舞台の上で声をあげた。

 

「ち、違うわ──。ご主人様じゃない……」

 

 沙那は尿意と官能の嵐に翻弄されながら思わず言った。

 口にした瞬間に、自分らしくない軽はずみな発言だと思ったが、もう遅い。

 春分がにっこりと笑って、沙那の顎を片手で掴んだ。

 

「つまり、ご主人様じゃないけど尿道調教を受けたということね……。へえ……。だから、あんたは尿意を催すたびに気持ちよくなってしまうというわけね?」

 

「くっ」

 

 すっかり見抜かれてしまって、沙那は羞恥に歯を喰い縛った。

 

「ねえ、正直に言いなさいよ……。あたしたちはもう仲良しでしょう……? 悪いようにはしないわよ……。ほら、答えなさい──」

 

 春分が沙那の背後に回って、手だけを股間の前に回して、ちょうど尿道口の付近をさわさわと触れてきた。

 

「ひうっ──だ、だめえっ──」

 

 尿意が限界に達している股間……。

 しかも、尿道を直接に刺激された衝撃に沙那は四肢を拡げている身体を大きく仰け反らせた。

 

「い、言う──。言うから、やめて──」

 

 沙那は身体を震わせながら悲鳴をあげた。

 身体は迫っている尿意の限界ではっきりとした震えを示しだしている。

 それとともに、全身が熱くなりすっかりと快感が全身を覆い尽くしてきた。

 いよいよ、調教された尿道と尿袋の淫靡な仕掛けが本領を発揮し出したのだ。

 

「……い、以前、ご主人様たちとはぐれたことがあって……そのときに……。や、薬師の兄妹に尿道を薬剤で悪戯されたのよ……。お、お願いだから拘束を解いて尿をさせて──」

 

 沙那は仕方なく言った。

 すでにばれている。

 これ以上隠すことは無駄だ。

 それよりも駄目でもともとの哀願をした。

 沙那の顎を掴んだままだった春分の眼が光った気がした。

 

「秋分、おいで──」

 

 春分が秋分を呼び寄せた。

 そして、何事かをささやく。

 なにを言ったのかわからなかったが、秋分がにっこりと笑って、舞台袖に一度引っ込んだ。

 秋分が舞台からいなくなると、春分は沙那の顎を離して、客席に向かって身体を向けた。

 

「さあ、皆様──。突然ですが、ただいまより出し物を変更して、この女剣士沙那の排尿の演目をご覧にいれます。実は、この変態女の沙那は、普通の性交では飽き足らず、自らお願いして尿道調教を受け、いまや、排尿をしながらよがり狂うど変態でございます。どうか、滅多に見れないよがりながら尿をする女の姿をご覧ください──」

 

 春分が大きな声で客席に叫んだ。

 照明を落としている客席からどよめきのような歓声が起きた。

 沙那は底知れぬどん底に落とされたと気がした。

 やはり、これから自分はこの大勢の亜人の男たちの前で、屈辱の排尿姿を晒さねばならないのだ。

 しかも、尿をしながら悶え震えるという珍妙な姿を示しながらだ──。

 沙那は絶望に打ちひしがれてがっくりと首を垂れた。

 

「こらっ、なにを顔を伏せているんだい──。おかしな身体の変態女の小便姿を見てくれと、皆さんに挨拶しないかい──」

 

 春分が沙那の栗色の髪をむんずと掴んで、沙那の顔を強引にあげさせた。

 

「……さっきの約束を覚えている……? ここで恥をかいてくれれば、後でお前に訊かれたことを答えてやるわよ……」

 

 春分が沙那の髪をぐいぐいと引っ張りながら、一方で優しい口調で沙那の耳元でささやいた。

 沙那はこの姉妹の調教師としての沙那の追い詰め方には舌を巻く思いだった。

 

 もちろん沙那は、これまでの数日とは一転して、心を許したように語りかけてくる春分や秋分の優しい言葉をそのまま受け入れるほど馬鹿ではない。

 これが連中の手だというのはわかっている。

 

 愛情と躾──。

 あるいは、飴と鞭を交互にうまく使い分けるのが本当の調教だ──。

 そういえば、そんなことを宝玄仙が口にしていたことがあると思う。

 

 連中はそれをやっているだけだ。

 沙那はそれもわかっている。

 しかし、わかっていながら、彼女たちに心を折られかけている自分にも気がついていた……。

 

 まず、このふたりは、沙那を発狂寸前の痒み責めにして半日以上も放置し、ふたりに対する恐怖を完全に沙那に刷り込んだ。

 これは鞭だ。

 

 しかし、冷徹な責めを続けつつも、いまのように、一転して口説くような優しげな口調で接してきたりすることがある。

 これが飴だ。

 

 沙那をたらしこもうとするような、そんな態度はふたりの思惑だということには、さすがに沙那はわかっている。

 しかし、追い詰められているということは確かだ。

 このふたりの調教師として緩急をつけて心を崩していく手管に、沙那は確かに屈服しかけている気がした。

 

 心の底にこの姉妹の優しさに頼って、希望を見出そうとしている自分がいる……。

 沙那はそれがわかっている……。

 この姉妹が本当に沙那に優しくしようと思っているわけがない。

 沙那を陥すためのただの手段だ……。

 しかし、わかっていて、このふたりに縋ろうとする気持ちを捨てられない……。

 

 いずれにしても、沙那は観念した。

 どうあっても恥はかかされるのだ。

 こうなったら恥をかいた分は、せめて情報でも手に入れた方がいい。

 

「……わ、わたしは……お、おしっこをしながらよがる変態です──。わ、わたしの変態姿をご覧ください──」

 

 沙那は客席に向かう薄闇に向かって声をあげた。

 観客たちからたくさんの野次が返ってきた。

 

「よくできたわ、沙那──」

 

 春分が沙那の髪を離した。

 がっくりと首を垂らしながら、自分は本当にこの姉妹の軍門に下ろうとしているのではないか……。

 そんな不安が心を過ぎった。

 このふたりに屈服した素振りをしながら逃亡の機会を待つつもりで、だんだんと身体と心がこのふたりに縛られているのではないだろうか……。

 本当に調教されようとしているという恐怖が沙那の全身を包む。

 

 それにしても、もう尿意は限界だった。

 身体も熱い……。

 荒い息が止まらなくなっている。

 

「しゅ、春分……」

 

 沙那は顔をあげて、限界に迫った排尿感を訴えた。

 快感を覚えながら耐える尿意は苦しい。

 尿意を我慢すればするほど、快感が上昇して沙那を追い詰めるのだ。

 

「我慢するんだよ、沙那──。いま、秋分がお前が小便をするための容器を探しにいっているよ──」

 

 春分が怒鳴った。

 さっきの耳元でささやいた優しい口調とはまるで違う調教師としての強い声だ。

 

「春分姉さん、あったわ──」

 

 秋分が戻ってきた。

 顔を向けると、手に金桶を持っている。

 沙那は鼻白んだ。

 このふたりは、おそらくこの状態で立ったまま沙那に排尿をさせるつもりだろう。

 そうすれば金桶に勢いよく垂れる沙那の尿は、恥ずかしい音を派手に立てるに違いない。

 沙那の羞恥をあおるとともに、観客たちを悦ばせるための演出だ。

 

 沙那は歯を喰いしばりながら、これから晒さなければならない恥辱に震えた。

 だが、沙那は秋分がもう片方の手に持っている道具に目が留まった。

 それは一個の漏斗(ろうと)だった。

 上側が口径の大きな液体の集め口になっていて、下側の細い管から集めた液体を容器に注ぐ道具だ。

 なんでもない道具だが、沙那は嫌な予感がした。

 

「許可なく尿をしたら、あの痒み剤の責めをするからね──。今度は、半日じゃなくて丸一日放置してやるよ──。それが嫌なら死んでも耐えな──」

 

 痒み責めと聞いて、沙那の身体に心の底からの恐怖が走る。

 

「な、なにするの──」

 

 いきなり秋分に背後から顔を掴まれた。

 金桶は横に置いたようだ。

 その代わりに、漏斗をしっかりと持っている。

 腕を顎の下に入れられて顔を天井に向かされた。頭もしっかりと抱えられてしまう。その状態で沙那の口に手で漏斗を差し込もうとしている。

 

「い、いやっ──」

 

 沙那が暴れたが、両手両足をしっかりと拘束されている身体では大した動きはできない。

 見た目は人間の女をそんなに変わらなくても、首と頭を羽交い絞めにしている秋分の力はやはり亜人だけあって凄い力だ。

 沙那の顔は天井を向いたままびくともしない。

 

「んんんんっ──」

 

 簡単に口の奥に漏斗を差し入れられた。それも秋分の指で固定される。

 

「さあ、水差しの水を飲ませてあげるよ、沙那──。今日はこの中にたっぷりと利尿剤が入っているからね。利尿剤でお前の小便袋を一杯に満たしな」

 

 春分が水差しを持ってやって来る。

 

「んっ、んんっ──」

 

 沙那は顔を左右に振ろうとしたがまったく動かない。

 すでに膀胱は限界で破裂しそうだ。

 その上に、水差し一杯の利尿剤など冗談じゃない。

 

「言っておくけど、許可なく洩らしたら痒み剤責めのやり直しというのは嘘じゃないのよ、沙那──。あたしたちも、これ以上あんたを苦しめるのは本意じゃないわ──。だから、それこそ死にもの狂いで尿を耐えなさい……」

 

 春分が今度は耳元で言った。

 沙那はぞっとした。

 

 春分が水差しの水を容赦なく漏斗に注いでいく。

 しばらくは口の中の水を吐き出そうと抵抗したが、春分に鼻を摘まれてしまい、結局は漏斗に注がれた水を全部飲み込まされた。

 漏斗が空になったら、すぐにまた水差しから水が注がれる。

 かなり大量の水だったが、沙那は咳込みながらも水差しの水をすべて飲み込まされた。

 

 そして、この姉妹はこの状態から、さらに奥から二個の水差しを運んできて、それもすべて飲ませたのだ。

 

 さすがの沙那も、三個もの水差しの水を一気に飲まされてしまっては、全身から力という力が抜けて消耗しきってしまった。

 

「いい腹になったじゃないかい──。臨月とまではいかないけど、まるでちょっとした妊婦くらいのものじゃないかい──」

 

 秋分が水差しと漏斗を横の台に片付けた。

 沙那の下腹部は、飲まされた大量の利尿剤入りの水のためにかなり膨らんでいる。

 その腹を秋分がぎゅっと押した。

 

「ひぐうううっ──がっ、や、やめ……」

 

 全身を突きあげる尿意とそれが作る快感で身体の芯まで痺れ切っている沙那への容赦のない仕打ちに、沙那は眼を剥いて吠えるような悲鳴をあげた。

 

「春分姉さんに言われたんだろう、沙那──? 洩らすんじゃないよ……。あの痒み剤は苦しかったろう……? あれをまた一日だよ──」

 

 秋分が笑いながら腹を押したり揺すったりする。

 

「よ、容器を──、容器を当てて──、お、お願い──」

 

 沙那は絶叫した。

 

「半刻(約三十分)だよ──。それだけ耐えな。そのくらい耐えてもらわないと演目にならないじゃないか──」

 

 春分がそう言って、沙那に近づいてくる。

 沙那はびっくりした。

 

 尿意はもう限界を越えている。その限界の状態で腹が膨れるほどの利尿剤を飲まされたのだ。

 これから半刻(約三十分)も尿を耐えられるわけがない……。

 

「ゆ、許して──。も、もうおしっこさせて──」

 

 もう恥ずかしいというような感情はどこかに吹っ飛んだ──。

 沙那は大声をあげた。

 だが、春分が秋分に手渡したものに気がついて、もはや抗議の声をあげることもできずに絶句した。

 春分は秋分に柔らかそうな刷毛のついた筆を渡したのだ。

 ふたりはくすくすと笑いながら、沙那の左右に屈むと沙那の股間に筆を触れさせた。

 

「はあああっ──ああっ──あはあっ──よ、容器──容器を──おしっこ──おしっこさせて──」

 

 沙那は狼狽して絶叫した。

 

「おしっこ、おしっこって、少し慎みがなさすぎないかい、沙那……」

 

 春分が沙那の肉芽や尿道の穴を中心に筆をくすぐらせる。

 秋分は秋分で沙那の最大の弱点でもある肛門から蟻の門渡りにかけた部分に筆を這わせていく。

 沙那は神経を錯乱させて左右に激しく身体を振った。

 

 もう一瞬も耐えられない──。

 大勢の男たちの衆目の中で小便を洩らす恥辱よりも、あの痒み責めの再開の恐怖が沙那を追い詰めていた。

 

「あたし、足の裏をくすぐるわ、姉さん──」

 

 秋分が言って、片側の柱に行くと沙那の足首を縛っている革紐を解く。

 思わず蹴り飛ばそうとするが、筋肉を弛緩させている霊具のために力は入らない。

 秋分に脇で抱えるようにされるともう沙那の足は逃げることができない。

 筆が沙那の足の裏をくすぐりだした。

 

「あぐううっ──よ、容器を──容器を当ててください──」

 

 沙那は突如襲った眩暈とともに、拘束された全身を襲った戦慄に身体を仰け反らせるようにした。

 その瞬間、音を立てるような激しい放水が沙那の股間から飛び出した。

 

「やったわね──。半刻(約三十分)は我慢しろと言ったじゃないの──」

 

 春分が大きな声で叱咤の声をあげると、それが合図であるかのように、店中から割れんばかりの嘲笑と騒ぎが起きた。

 秋分が沙那の足から手を離して、さっと金桶を放水の先に差し入れる。

 また、ほどかれていた足首も再び直柱に縛り直された。

 金桶の底に大きな音をたてながら沙那の尿が落ちる。

 

「あ、ああっ、あああっ、あはああっ──」

 

 沙那は身体を仰け反らせたまま、凄まじいばかりの絶頂に身体をがくがくと震わせていた。

 しかも、排尿をしながら同時にもうひとつの穴からも尿のようなものが飛び出したのだ。

 なにが起きたのか理解できない沙那だったが、次々に襲いかかる随喜の絶頂に全身を弾ませるように震わせ続けた。

 

「お、お前──尿をしながらそんなに動くんじゃないよ──。金桶に入らないどころか、あたしたちまで尿まみれじゃないのさ──」

 

 秋分がわざとらしく悲鳴をあげたが、沙那はそれどころじゃなかった。

 排尿とともに、津波のような快感の波が繰り返して襲い、それが全く止まらないのだ。

 

 沙那はしばらくのあいだ、大勢の男たちの視線に晒されながら、尿を撒き散らしながら絶頂を繰り返すという醜態を演じた。

 やっと尿が止まると、襲っていた快楽の嵐も、やっと余韻のようなものに移行していった。

 

「これまでの人生で接した中で、一番派手な小便だったよ、沙那──。小便をしながら股ぐらから潮まで吹くなんて初めて見たよ……。尿意が溜まれば溜まるほど、快感を覚えるように身体が仕込まれているんだねえ……。面白いよ──」

 

「お陰でお客さんは大悦びさ──。いい演目だったよ、沙那……。これからは、毎日、お前の放尿を演目に加えるさ。放尿姫の看板を見せの前に出してやるね」

 

 春分に続いて、秋分も沙那をからかうように言葉をかけた。

 客席からは割れんばかりの嘲笑と拍手喝采だ。

 

「……まあ、あたしたちは約束は守るわ……。約束だから、今日の五回の演目が終わって牢に戻ったときに、なんでも質問していいわ……。あんたの知りたいことはすべて答えてあげる」

 

 春分が言った。

 

「ただし、こっちの約束も守るわよ……。半刻(約三十分)耐えられなかったから、痒み剤の責めのやり直しね。今回は丸一日だったわね……。質問する理性が残っていたら、質問でもなんでもするのね……」

 

 秋分が沙那の撒き散らした尿や潮を掃除しながら言った。

 沙那の全身を正真正銘の恐怖が貫いた。



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472 おもらし人形の屈服

「いやあ、いやあっ」

 

 沙那は、演台の上で泣き叫んでいた。

 二本の柱に左右の両手を伸ばすように拘束されている沙那は、さらに片脚だけを膝で大きく引きあげられて、片脚で立たされている。

 上半身には、胸だけを包む薄物を身につけさせられているが、下半身にはなにもない。

 つまりは、沙那は片脚を大きくあげて、股間を露出させられて、集まった酔客に股を晒させられているというわけだ。

 その無防備な股間と身体を、左右から秋分と秋分の亜人姉妹に刷毛でくすぐられている。

 

「うふう、そこは、や、やめえてえっ」

 

 沙那は哀願の言葉を吐いた。

 股間に近い内腿のもどかしい場所をくすぐっていたかと思うと、いきなり、無防備な股間をふたりが左右から刷毛で襲ったのだ。

 沙那は必死になって、片足立ちの身体を左右に捻り悶えた。

 

 いつもの亜人の酔客相手の見世物の演目である。

 毎日、ここで公開調教とやらをさられて、おそらく、十日足らずくらい……。

 いまだに、大勢の亜人たちの前で痴態を晒す屈辱と羞恥には慣れることはない。

 宝玄仙たちとも離れ離れにさせられ、いまだに再会は果たせない。

 こうやって、毎日破廉恥な見世物にされながらも、懸命に情報を探ったいが、結局のところわかったのは、三人はまだ生きているらしいということだ。

 もっとも、それすらも真実なのかどうかはわからない。

 ただ、この春分、秋分と名乗る亜人の女調教師がそう言っただけなのだ。

 しかし、沙那は、とにかく、仲間の行方を辿る努力をやめるつもりはない。

 だが、毎日のこの女調教師たちの調教だけは……。

 

「ほら、ほら、おしっこが洩れそうかい? まだ砂は半分もあるよ。勝手に洩らしたらお仕置きだからね」

 

 身悶える沙那の臍の付近を春分の操る柔らかい刷毛の先がくすぐる。

 もう一方の秋分は、脇腹だ。

 

「うううっ、くふふふふっ、や、やめっ、やめてええ、うくふふふふ、いやああはははっ」

 

 これまでの感じさせるような刺激から一転して、本格的なくすぐりに変化した。

 沙那は笑い声を迸らされた。

 

「あら、脇腹も感じるの? じゃあ、もう一度、脇もくすぐってあげるわね。我慢してね。痒み責めが嫌ならね」

 

 すると、春分も秋分に応じるように、脇の下をくすぐってきた。

 

「あははははは、いひひひひひ、いやああ、やめてえええ、あああ、だ、だめえええ、ち、力が……あはははは──」

 

 沙那は無理矢理に笑わされる苦しさに耐えながら、必死になって股間に力を入れる。

 だが、ふたりは、沙那の懸命の努力を嘲笑うかのように、無防備な裸体のあちこちをくすぐり続ける。

 観客は、沙那の痴態に大喜びだ。

 屈辱で血が沸騰しそうになるが、いよいよ、利尿剤の効果が表れて、猛烈な尿意が襲い掛かってきた。

 すると、沙那特有の身体の仕組みにより、膀胱と尿道から大きな疼きが発生して、全身に快感の波が拡がっていく。

 沙那は首をのけぞらせて、歯を噛みしめた。

 だが、刷毛の刺激が無理矢理のように口を開かせて、そこから話笑い声とともに、嬌声が迸ってしまう。

 酔客の野次と嘲りの言葉が降りかかる。

 

「も、もういやああ、んふううっ、はああっ、あはははは、ああ、んんんっ、んふふふふ──」

 

 もう恥ずかしい股間を隠すことも、頭に思い及ぼせない。

 それよりも、くすぐったさと、気持ち良さの両方を我慢するなんて無理だ。

 すっかりと限界まで追い詰められている沙那は、ちらりと演台の端にある机の上の砂時計を見た。

 砂はまだ半分も減っていない。

 悶え声混じりの笑い声を出したながら、沙那は愕然としてしまった。

 

 沙那がやらされているのは、この数日の公開調教の演目のひとつである「おもらし人形の我慢」という馬鹿げた名前がついた破廉恥行為だ。

 すなわち、こうやって裸体を拘束され、たっぷりと利尿剤を飲まされる。

 そして、ふたりから刷毛で刺激されて、砂時計から砂が落ちきるまで放尿を耐えるというものだ。

 こんな痴態をやらされて、口惜しさに血が凍りそうになるが、できなければ、あの恐ろしい痒み剤を塗られて放置されることになっている。

 すっかりと、春分と秋分の使う痒み剤の恐ろしさが肌に染みている沙那は、それだけは嫌なので、懸命に放尿を我慢しているというわけだ。

 だが、我慢すれば我慢するほど、尿道の疼きが大きくなり、そっちでも追い詰められる。

 快感に悶えれば力が抜けそうになるのだ。

 沙那はすでに切羽詰まっていた。

 同じようなことをこの数日で十回もやっていて、我慢しきったのは二度くらいだ。

 しかし、あの痒み剤だけは、慣れるということはない。

 

「いやああ、あははははは、ふぐふふふふ」

 

 沙那は悶え続ける。

 砂は、なかなか少なくならない。

 道術のかかっている特別の砂時計であり、まるでとまっているかのように、砂はほんの少ししか落ちない。

 全部の砂が落ちきるまで半刻はかかる。

 まだ、半分以上……。

 沙那は絶望に陥りつつある。

 

「じゃあ、足の裏にしようかしら。ちょどいい具合にあがっているし」

 

 秋分がお道化ながら、あがっている沙那の片足に刷毛を移動した。

 柔らかな土踏まずを穂先が襲う。

 

「ひやああ、ゆ、許してええええ」

 

 拘束された足で刷毛を蹴飛ばさんばかりに、足を振りたてる。

 一方で、春分の刷毛は、沙那の我慢に源の尿道口そもののをくすぐり出した。

 沙那は悲鳴を迸らせた。

 

「ほらほら、もっと逃げないと、どんどんとくすぐられるわよ。おしっこをもらしたら、今度は痒み剤を塗って、くすぐってあげるわね」

 

「もちろん、利尿剤を飲んでからね」

 

 秋分の刷毛が足の裏や膝裏、太腿から股間に這いまわる。

 春分の刷毛は、脇や横腹、首に耳と攻撃の場所を変えながら執拗に襲う。

 場所を変えるのは、沙那に慣れさせないためだろう。

 沙那は追い詰められていた。

 

「ひああああっ、いやあああ」

 

 吹き出すように股間から尿が迸った。

 同時に耐えていたものが崩壊して、大きな絶頂感もやってきた。

 沙那はおしっこをもらしながら、身体を弓なりにして昇天していた。

 

「笑ったり、悶えたり、そうかと思ったら、放尿しながら絶頂するなんて、忙しいことだねえ」

 

「まったく、堪え性のない人間族さ。なんとか言いな──」

 

 春分にぴしゃりと生尻を叩かれた。

 

「ご、ごめんなさいい、いひいいいっ」

 

 放尿と快感に襲われながら、沙那の口は信じられないくらいに自然に、春分たちに謝罪の言葉を口にしていた。

 観客たちが拍手喝采して、一斉に野次を飛ばした。

 

 

 *

 

 

 放尿我慢の公開調教──。

 利尿剤を飲んで尿意に耐える……。

 砂時計が終わるまでに放尿すれば、罰……。

 

 同じことを今日は十回近くやらされた。

 気絶も三回した。

 放尿を時間まで耐えるなど、今日は一度も成功することもなく、沙那は痒み剤だけを重ね塗りされることになり、もう限界だった。

 午前中に始まった沙那の公開調教は、すでに夕方になろうとしているのに、いまだに続いている。

 

 それまで、一度も休ませてもらっていない。

 羞恥もあるが、それよりも身体がくたくただった。

 片足立ちだった姿勢も、両膝を曲げて、大きく客席に向かって足を開く体勢に変わっている。

 沙那の股間からは、拭かせてもらえない尿と蜜口からの愛液が滴っており、それが宙吊りになって曝け出されている。

 死にたくなるような恥ずかしさだが、いまの沙那はそれよりも、股間に痒さに追い詰められていた。

 

「ああ、あああ、か、痒いいいっ、ああああ」

 

 沙那は右に左にと、腰と顔を激しく振る。

 そして、唇を噛みしめて、ぶるぶると身体を震わせる。

 だが、春分と秋分は、かなりの時間、にやにやとするだけで、こんな格好にした沙那を眺めるだけでなにもしてくれないでいる。

 

「刺激ばかりされても飽きるだろうから、休憩をさせてあげるわ。感謝してよね」

 

「休憩時間だから、なにをしてもいいわよ」

 

 そう言って、立ち去ってしまった。

 沙那はひとりで四肢を吊られたまま、演台に放置されてしまった。

 

「ああ、ゆ、許してよおお──。も、戻ってええ──」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 だが、これも演出のひとつなのだろう。

 本当に戻ってこない。

 

 すると、酒場にわっと新しい喧噪がやってきた。

 がらがらと音を立てて、小さな車輪付きの大きめの犬小屋ほどの檻を押して、二十人ほどの人間族の女たちが半裸でやって来たのだ。

 さらに、女たちを追い立てるように、十人ほどの亜人兵が檻を運ぶ女たちの後ろから店に入ってきて、出入り口を塞いだ。

 実は、これは この数日間で始まったこの酒場の新しい余興なのだ。

 檻の中には、小さく身体を畳まれた人間の男たちが入っており、運んでいる女たちの夫らしい。

 

 沙那も最初にそれを教えられて、唖然とするとともに、悪趣味さに鼻白んだが、この獅駝(しだ)の城郭を占拠している青獅子の部下である大旋風という男の亜人が考えた遊びとのことだ。

 女たちは、夫を入れられた檻を押しながら運び、城郭のあちこちにいる亜人たちのところを回り、夫の前で亜人たちの精を強請るのだ。

 一回ごとに、亜人に消えない道術の墨を刻んでもらい、夕方までに既定の回数の精を集めれば、夫を開放してもらえ、集められなければ、檻に入れられたまま夫は殺されるということになっているみたいだ。

 だから、女たちは必死になって、こういう亜人の集まる酒場などに檻を運びながら、その前で亜人に奉仕を強請るということである。

 わざわざ、人質の夫を運ばせるというのは、その大旋風とやらの亜人隊長の思いつきとのことだ。

 顔は見たことはないが、こんな鬼畜なことを考える大旋風という亜人男は、まさに下衆そのものだと思った。

 

 あちこちで、人間族の女が亜人の酔客たちに身体をすり寄っていく。

 すぐに性交が始まったり、あるいは、口の奉仕が開始される。

 どの女たちも必死の様子だ。

 それを亜人の男たちがからかうように、人間女の身体をむさぼりだす。

 

「ううう、くうううう……」

 

 一方で沙那は歯を喰いしばり、せめて身悶えをやめようと思って、身体に力を入れようとした。

 だが、どうしても身体をとめられない。

 噛みしめたつもりの歯ががちがちとなり、そのあいだから喘ぎ声が洩れる。

 いつの間にか、呻き声は情けない泣き声になり、とてもじっとしていられなくて、知らずに浮いている腰がうねっていた。

 

「ああ……うう……あああ……」

 

 股間が火のように熱い。

 痒みを伴う疼きが沙那を襲う。

 意識すれば急速に痒みが膨れあがることはわかっているが、耐えられるものじゃない。

 

「おい、人間──。そんなに痒ければ、犯してやろうかああ」

 

 浴びせかけられる野次の中から、そんな言葉が聞こえてきた。

 この十日に近い日々の中で、恥という恥、屈辱という屈辱を味わってきた。

 いまさら守りたい貞操でもないし、もしも、この痒みが収まるなら……。

 沙那の頭にそんなことがよぎる。

 そして、自分の思考に愕然としてしまう。

 

「じゃあ、いつでも言いな。俺はこっちをもらうからよう。だが、犯して欲しいなら、早い方がいいぜ。女はたくさんいるから、弾切れになるかもだからな」

 

「いや、大丈夫だ。俺は続けて五発はいける。お前の分もあるぞ」

 

「こっちは七発は問題ない──」

 

 続けざまに揶揄の声が飛んできた。

 だが、最初に声をかけた男を含めて、三人とも人間族の女を捕まえて、その場で犯しだした。

 ふと目をやると、犯される女たちの太腿には、五本の線で作った記号がふたつできかけていて、もうすぐ十に達する感じだになっていた。

 もしかしたら、十人の精を一日で集めるのが命令なのだろうか……?

 

「ああ、痒いいいい──。が、我慢なんか、できないいい」

 

 しばらくは耐えていたが、ついに沙那は大きな声をあげて、腰を大きく淫らに跳ねあげた。

 自分の行動を浅ましさを省みる余裕はない。

 痒みはもう、ずきんずきんと沙那の身体を突きあげる。

 その猛烈な痒みは、沙那の身体をどんどんと追い詰める。

 痒みだけでなく、強力な媚薬でもあるのだ。

 これ以上の放置はいやだ──。

 

 犯されたい──。

 なんでもいい──。

 もう、どうなってもいい──・

 

「ああ、痒いい──。だ、だれか、助けて──、助けてええ」

 

 声を放った。

 痛烈な痒みだが、だんだんとそこに訳の分からない快美感も混じってきたように思う。

 頭の中が痺れる。

 視界が虚ろになる。

 汗でなにも見えなくなる。

 なによりも、あちこちで行われている性交の匂いが、沙那の理性を狂わせていく。

 

「痒いいっ、ああ、あああっ」

 

 沙那は泣き叫んだ。

 そのときだった。

 いきなり、髪の毛を後から掴まれて、頭を持ちあげさせられた。

 

「そんなに欲しいなら、特別に許可してやるさ。誰でもいいから、指名して呼びな。そいつが応じたら、お前を犯すのを許可してやる」

 

 春分だ。

 いつの間にか、戻っていていたのだ。

 秋分も横にいる。

 

「もう許して──。わ、わたしを犯して──。いつものように張形でほじって──。わ、わたしの濡れたおまんこを……」

 

 卑猥な言葉を使わなければ、春分たちは沙那の苦悩を開放しないのはわかっている。

 それは、この十日で身に染みた。

 すでに、おねだりの言葉に躊躇は消えている。

 なにしろ、そうでなければ、この亜人女たちは、この苦しみのまま沙那を一日でも二日でも平気で放置する。

 

「春分姉さんが言ったでしょう? 今日は男を漁るのよ……。でも、大きな声を出さないとね。こんな感じだから、聞こえないかもよ」

 

 秋分だ。

 沙那は虚ろだった目を見開いた。

 秋分の指に大量の油剤が乗っていたのだ。

 新しい痒み剤だ。

 これ以上、重ね塗りさせられるなんて……。

 沙那は泣きそうになった。

 

「あ、ああ……、いやああ……」

 

 すでに沙那の股間は痒みでただれそうだ。

 充血して、灼けるように疼いている。

 そこにたっぷりと新しく塗り込められた。

 沙那は総身を跳ねあげて、両手と膝で吊られている裸体を波打たせる。

 

「ああ、もういいでしょう──。許してええ」

 

 沙那は泣き叫んだ。

 

「男を呼べって、言ってんのよ──。さもないと、ここの男たちはなにもしないよ。とりあえず、性欲を満足させる娼婦どもは間に合っている。ほらほら、犯してもらわなくていいのかい?」

 

「犯して欲しければ、教えた言葉で男を呼び込むんだよ」

 

 春分と秋分が代わる代わる耳元で左右からささやく。

 また、手で沙那の股間の付け根をさわさわと触れてもくる。

 もう限界だ。

 沙那は屈服した。

 

「お、犯して……。あなた……犯して……」

 

 沙那は、一番最初に沙那にからかいの言葉をかけてきた身体の大きな亜人に声をかけた。

 ちょうど、ひとりの人間族の人妻に精を放ったばかりのところであり、なによりも、沙那の視線の正面にいたからだ。

 誰でもいい……。

 犯されるのが今日の調教だというのであれば、大人しく犯される……。

 もう、沙那はそれ以上のことを考えることができない気がする……。

 

「ねえ、わたしを犯して、あなた──。あなたのそれで、わたしの子宮をぐちゃぐちゃにして──。わたしのいやらしいおまんこの穴を抉って──」

 

 沙那は声を張りあげた。

 

「んんっ、俺か?」

 

 精を放った人間族の女の太腿に、道術で棒を足し、ちょうど十本目にしていた男が沙那の声に視線を向ける。

 沙那は裸身をくねらせながら、続けて口を開く。

 

「……、さ、沙那の中に入れて……。抉って──。貫いて──。毀すくらいに──。こ、こんなに股を開いて、待っているのよおお」

 

 声をあげる。

 横に春分と秋分がいる。

 卑猥な言葉を口にしなければ、またお仕置きを受けるし、惨い目に遭わされる。

 いまは耐える時期だ。

 宝玄仙たちと再会するまでは……。

 隙が見つかるまでは……。

 しかし、沙那は、屈服したふりをしているのか、それとも、本当に屈服しかけているのか、あるいは、すでに屈服してしまっているのか、自分でもわからなくなっていた。

 いまは、素直に犯されたい──。

 苦しい……。

 これ以上我慢などできない──。

 

「じゃあ、犯してやるか」

 

 亜人男が演台にあがってきた。

 さっきまで人妻を犯していた肉棒がねらねらと光っている。

 その尖端を沙那の股間にあてがい、わずかに先を入れてきた。

 

「ああっ」

 

 沙那は狂おしく宙吊りの腰を振りたてた。

 もどかしい……。

 じれったい……。

 亜人男がそれ以上深くは入ってこなかった。

 そのまま先端だけ含ませただけでとまっている。

 ほんの少しのところまできている痒みへの癒しが与えられるようで与えられずに、沙那は狂いそうになった。

 

「も、もっとして──。して──。してよおお」

 

 沙那は叫んだ。

 すると、亜人男がにやりと笑った。

 

「じゃあ、ぶちこんでやろう。ほら、欲しいものだ──」

 

 今度は一気に最後まで貫かれた。

 あまりの衝撃に沙那は一瞬にして我を忘れた。

 

「ひいいいっ」

 

 強烈な快美感だ──。

 沙那は歓喜の声を放った。

 ぐいぐいと子宮が押しあげられる。

 そして、抽送が始まる。

 

「ああ、あああ、だめええ、はああああっ」

 

 快感が凄まじい──。

 沙那はあられもなく泣き声をあげた。

 抑えられない雌の悦びが全身から迸る。

 

 気持ちいい……。

 息ができない──。

 

 沙那は腰を振りたてて、快感に狂った。

 亜人男は始まってしまえば、焦らすような意地悪をすえることなく、激しく沙那を犯してくれた。

 あまりもの気持ち良さに、沙那は頭が真っ白になっていった。

 

「あはあああっ」

 

 絶頂した。

 宙吊りの全身ががくがくと揺れる。

 だが、許されない。

 亜人男が沙那に挿入したまま、股間を犯し続ける。

 

「んはあああっ」

 

 また、沙那だけ達した。

 続けざまに、次の絶頂感が襲う。

 快感で頭が飛ぶ。

 口惜しいが、泣きたくなるくらいに、ものすごく気持ちいい──。

 沙那はいつの間にか我を忘れた。

 そして、亜人男が精を放ったのは、沙那が三回目に達したときだった。

 

「あああああっ、だめえええっ」

 

 沙那は全身をがくがくと震わせた、

 

「おお、吸い込みがすげえな。吸いつかれるぜ」

 

 亜人男が男根を抜きながら言った。

 一方で、沙那は絶頂の余韻に呆然としつつ、肩で息をしていた。

 しかし、すぐに痒みの苦しみが襲い掛かってきた。

 重ねり塗りされ続けた痒み剤は、一度くらいの性交では沙那を開放してくれなかった。

 刺激がなくなってしまうと、またもや掻痒感が復活してしまう。

 

「物足りないんだろう? また呼び込みな。実は、あらかじめ言ってあるからね。お前が強請(ねだ)れば犯してくれるけど、声を掛けなければ、手は出さないよ」

 

「今日は最後だしね。腰が抜けるまでの輪姦祭りさ。次を呼び込みな。次はどの珍棒に犯されたい?」

 

 秋分と春分が揶揄の声を掛けながら言った。

 あらかじめ客を仕掛けていたというのは知らなかったが、それよりも、沙那は春分が告げた言葉に引っ掛かった。

 今日で最後?

 どういうこと?

 

「さ、最後って……?」

 

 沙那は春分を見た

 すると、春分がにやりと微笑む。

 

「お前の出荷が決まったのさ。残念だけどね……。白象様のところだ。白象様は女魔王様で、女を相手にする趣味があるとは耳にしないけど、王女様がお前の話を耳にして気に入ったという話だね」

 

 春分が言った。

 欲しかった情報が突然にやってきた。

 だが、出荷?

 白象魔王?

 確か、二大王とも称される魔王であり、この獅駝よりもずっと南の領域を治めている青獅子の上の兄弟となる魔王のはずだ。

 しかし、女魔王だったのか?

 全く知らなかった。

 そして、沙那が明日、そこに送られる?

 沙那は混乱した。

 

「は、白象魔王って……。じゃ、じゃあ、ご主人様……いや、宝玄仙様や孫空女や朱姫は……? 彼女たちも一緒?」

 

 沙那は勢いよく訊ねた。

 これまで、どんなに強請っても、焦らされるように教えてもらえなかった仲間の情報だ。

 いや、それさえも、彼女たちは沙那を調教する材料にしてきたのだ。

 だが、沙那が明日には、白象魔王のところに移送されるというのは本当なのだろう。

 このふたりが沙那を調教するのは、これが最後であるのだと思う。

 だから、教える気になったのかもしれない。

 いまなら、情報を得られる。

 沙那はそんな予感がした。

 

「孫空女って、あの強い女かい? そいつは金凰魔王さまのところと耳にしているよ。雌畜も一緒かな? なにか兵の連中と賭けをしたとか言っていたっけ。朱姫は青獅子様のところさ。なんだかんだで、ここの領主だった女の娘とともに、青獅子様に可愛がられているからね」

 

 秋分が言った。

 

 宝玄仙と孫空女は、金凰魔王……。

 沙那は、白象魔王……。

 朱姫は、青獅子魔王のところに残る……。

 ばらばらにされるのか……。

 だったら、どうやって逃げればいいか……。

 沙那は歯噛みした。

 

「……さあ、もういいだろう。なら、お強請りだ。もっとやる気が出るように、痒み剤を足してやるよ」

 

 秋分が笑って、またもや股間に痒み剤を塗り足してきた。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

(第73話『人間女の見世物』終わり)



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 第74話  女戦士の恥辱試合【玄魔(げんま)】ー 孫空女
473 鍛錬台の無限跳躍


 玄魔(げんま)が軍営にある室内訓練場に再びやってきたときには、訓練場の隅に亜人の兵の人だかりができていた。

 室内訓練場といっても、百人の兵がふたつに分かれてちょっとした模擬戦もできるくらいの広さだ。

 軍営にしている行政府とは少し離れていて、城壁に近い場所にある。雨が降っても訓練を休まなくて済むように人間族の軍が作ったものらしい。

 人間族の軍が使っていた城外の訓練場は、雨が降るとひどい泥濘になるのだそうだ。

 軍であれば、雨が降ろうと風が吹こうと、訓練というものは外でやるべきだと思うが、人間族というものは面白いことを考えるものだと思った。

 

 ただ、個々の兵が個人の武芸を鍛えるためにはいいかもしれないと思っている。

 獅駝(しだ)嶺にある元々の青獅子軍の拠点では、山をくり抜いた巨大な洞府に軍の駐留場所があったので、非番の日や日常の夜に自分を鍛えようと思う者は洞府の外に行くしかなかった。

 ここであれば、しっかりと護られた城郭の中に訓練ができる広い場所がある。

 兵たちも自由に自分を鍛えることができる。

 

 玄魔は青獅子軍の総大将の大旋風(だいせんぷう)と相談して、接収した人間族の室内訓練場を亜人の兵たちが自由に訓練できる場所として魔王軍の兵たちに解放することにした。

 今日も夕方になったことで、夕食前にもう少し汗を流したいと考えている兵たちが百人ほど集まっているようだ。

 

 もっとも、今日は昨日までの室内訓練場と少し様子が違う。

 訓練場の中では棒を振ったり、剣を振ったりする者が幾らかはいたが、ここに集まっている者のほとんどは、いま人だかりができている訓練場の一角に集まっていた。

 ここからでは、彼らの中心になにがあるのかは見えないが、その中央付近で天井から吊られた細い鎖が右に左にと揺れているのが見える。

 

「まだ、やっておったのか……」

 

 玄魔はそれを見てひとりで呟いた。

 そして、その輪に向かって歩いていく。

 訓練場で稽古をしていた将兵の数人が、青獅子魔王直属の上級将校である玄魔を認めて会釈をした。

 作戦中と訓練中には、魔王そのものがいても敬礼をしないのが青獅子軍の取り決めだ。

 

 総大将の大旋風は気さくな大将だ。

 性癖を通じて青獅子魔王とも昵懇の仲であるその大旋風が、青獅子の許可を得てそうしているのだ。

 大旋風は口と態度が軽いために誤解されやすいが、実は武将として相当の実力を持っているということを玄魔も知っている。

 青獅子軍では、大旋風に次いで第二位の地位にある玄魔も、大旋風には武将としても一戦士としても一目を置いている。

 

 兵士たちの輪に辿りつくと、玄魔だということに気がついて集まっていた兵がさっと中心に向かう経路を作った。

 中心には鍛錬台と呼ばれる円形の訓練器具がある。

 そこでひとりの裸身の女が天井から鎖で繋がれて床を呼び跳ねている。

 

 孫空女だ。

 兵たちは人間族の美女である孫空女が素っ裸で汗びっしょりになって、乳房を揺さぶらせながら右に左にと跳びはねる姿が面白くて、鍛錬台を取り囲むようにびっしりと集まっているのだ。

 最前方に座っていた数名が玄魔の座る場所を作る。

 すぐに床几椅子が運ばれてきた。

 玄魔はそれに腰掛けて鍛錬台で裸身を躍らせる女を見守る態勢になった。

 

「遅かったですね、玄魔様。もっと早く戻るかと思っていましたよ」

 

 火箭が兵をかき分けて近づいてきて、玄魔が座っている床几椅子の隣の位置に胡坐で座った。

 

「陛下の散歩に付き合っていたのだ。魔凛の『支配術』がなくなって、それを陛下が引き継いでの初めての城内巡視だ。万が一にも危険があっては困るしな。それでご一緒した……。まあ、結果的にはなにもなかった。陛下が『支配術』を駆使するような場面はなかったし、人間族も我々魔王軍に占領されたのだということも受け入れたということだな。反抗の視線を向ける者すらいなかった」

 

「陛下の散歩って……。あれですよね……? 李媛(りえん)──。旧支配者の妻で自分や実の娘を犠牲にして魔王の性奴隷に身を落とすことで城郭住民の命を救ったという……。その李媛を半裸のまま四つん這いにさせ、首輪を引いて城郭に連れ出したと聞きましたが……? 住民たちにとっては大恩ある貴族夫人をそんな目に遭わせるなんて、よく人間族は怒って暴動を起こしませんでしたね」

 

 火箭(かせん)が言った。

 

「ふん……。俺もそれは怖れていた──。だからこそ、ご一緒したのだが……」

 

「どうかしたんですか、玄魔将軍? そんな苦虫を噛み潰したような顔をして……」

 

「今日という今日は、心の底から人間族は呆れた種族だと確信した。連中はまさに、支配され虐げられるべき種族だ」

 

「なにが起こったのです、将軍?」

 

「なにもない……。哀れな姿で自分たちの前にやってきた侯爵夫人を前にして、最初こそ驚愕と畏怖の視線を向けておったが、それが憐れみになり、やがて卑猥で好色な表情になるのに時間はかからなかった……。あの連中は、あのような恥辱を引き受けるのと引き換えに自分たちの命を助けたあの女に、淫婦を見るような蔑みの視線を向けたのだ。まったく……、見下げ果てた連中だ」

 

「それは魔王様の道術なのでは? 魔凛(まりん)から奪った『支配術』を魔王陛下は引き継いだのでしょう?」

 

「それはないな、火箭。魔王陛下は人間族が亜人に逆らわないようには術はかけておられたが、李媛に対する感情はなにも動かしてはいない。あの連中は、陛下に犬のように首輪で裸身を引かれる自分たちの旧宗主の妻を下衆な感情で眺めておったのだ。俺は人間族の住民が李媛に対して卑猥な視線や言葉を発するのを見て反吐が出る思いだった」

 

「怒ってらっしゃるので?」

 

「当然だ。連中の中には、李媛に蔑みの言葉を投げることが新たな支配者になった魔王陛下への媚びへつらいになると考えていた者も多かったようだが、いずれにしても、俺はそう言うのは好かんな。そして残念である……。あのような破廉恥な思いまでして李媛が護ろうとしたのが、あのような下劣な連中であったと思うとな」

 

 玄魔は言った。

 

「いいじゃないですか。それで魔王軍による人間族の支配もやりやすくなるというものですよ……。これで、あの李媛を旗頭にして叛乱を起こそうとする人間族もいなくなるでしょう。旧支配者の妻女をあのように城郭の住民の前で辱めるという陛下の狙いも実際のところそんなところにあったのではないですか?」

 

 火箭が言った。

 その物言いに玄魔は苦笑するしかなかった。

 

「いや、陛下は純粋に李媛を嗜虐するのを愉しんでおられるだけだと思う……。まあ……、そういう性癖のお人なのだ──」

 

 玄魔は笑った。

 青獅子がそのような深謀遠慮で李媛や李姫を嗜虐しているとは思えない。

 あれはただ愉しんでやっているだけだ。

 いずれにしても、これで人間族の本質が知れたというのは玄魔にとってはいい経験でもあった。

 本音のところをいえば、青獅子が李媛や李姫を酷く扱うことについて、多少は気が咎めていたところがなかったわけではない。

 

 しかし、今日のことで確信した。

 連中は家畜のように扱うことが相応しい程度の器量しかないということだ。

 ならば遠慮なく家畜のように虐げられるべきというものではないか。

 その支配者のひとりだった李媛たちも同じだ。

 

 愚者の長は愚者──。

 

 これでなんの気兼ねもなく、玄魔も青獅子のやる李媛たちの嗜虐に参加できる。

 青獅子の言葉とはいえ、別に恨みがあるわけでもない人間族の女戦士の孫空女を調教せよという命令には、多少気の進まない部分もあったが、これで気持ちを切り替えて、この女の調教の役目を受け入れることができそうだ。

 

「げ、玄魔──。お、お前……。い、いい加減にしろよ──。い、いつまでこんなことを──」

 

 不意に悪態の声が響いた。

 視線を座の中央に向ける。

 鍛錬台の上で汗びっしょりになっている孫空女だ。

 

 この人間族の美人が青獅子から託された玄魔が扱うことになった孫空女だ。

 三日目に捕らえた宝玄仙という人間族の女の連れであり、女ながらもかなりの遣い手と聞いた。

 その孫空女の牙を抜き、従順な奴隷女に仕上げるのが、玄魔に与えられた任務ということである。

 

「うっ、くっ、くそおっ、お、おいっ、げ、玄魔──」

 

 彼女は全身のところどころに鞭の痕をつけながら上気した裸身で鍛錬台の上を動き続けている。

 その台から玄魔を認めて悪態をついてきたようだ。

 

 半日前に孫空女をいまのような状態で鍛錬台にあげたのは玄魔自身だ。

 あれは拷問具ではないが、強制的に乗せて降りることを許さないようにすれば立派な拷問具になる。

 孫空女の調教を命じられた玄魔だったが、女を調教するやり方など知っているわけもないので、とりあえず、兵が音をあげるような厳しい訓練を孫空女にさせてみることにしたのだ。

 それがあの鍛錬台だ。

 

 鍛錬台というのは、兵の持久力と敏捷性を鍛えるための訓練装置だ。

 この室内訓練場の床から一段高くなった十尺(約三メートル)四方の四角い台が眼の前にある。

 それが鍛錬台ということだ。

 

 台の床は六面に分かれて、それぞれに赤、青、白、黒、緑、黄の色がついている。

 鍛錬をする兵はその上に載って鍛錬台を作動させるのだが、すると六色の床のうちのひとつの床が一瞬だけ光るのだ。

 兵はすぐにその色の光った台に跳躍して移動しなければならない。

 間違った色の床に接触してしまったり、定められた時間で移動ができないでいると、道術で出現した鞭が兵の尻や背中を引っぱたくという仕組みになっている。

 ある程度の時間が経つと、床の色の組み合わせや大きさも変化して速度も徐々に上昇する。

 色とりどりの床の光が次々に光る情景は見た目にはきれいだが、その上に乗って床を移動し続けるというのはかなりの激しい運動であり、屈強な兵士でも半刻(約三十分)もすれば音をあげてしまうという厳しい訓練器具だ。

 

 しかも、孫空女の場合は、その台から降りられないように、孫空女の首に首輪をさせて、その首輪を天井から伸びる鎖につなげている。

 孫空女は赤色の装飾具としての細い金属の首輪をしているが、その上から首輪を嵌めさせたのだ。

 

 孫空女の首に繋げた鎖の長さは鍛錬台から降りて逃げられるほどには長くはないが、光った床の部分に跳ぶことの妨げになる程には短くはない。

 それに鍛錬台から降りれば気絶するほどの強い電撃が全身に浴びせかかるように鍛錬台に道術もかけているので、孫空女は火箭が休憩を言い渡すまで、この台の上で降りることもできずにずっとああやって跳びはね続けていたはずだ。

 

 玄魔は孫空女の調教係として火箭を指命した。

 火箭には孫空女の疲労を見極めて、ぎりぎりのところまで孫空女を追い詰めるように指示していた。

 まさか半日、鍛錬台に乗りっぱなしということはないだろうが、あの様子ではかなりの時間を鍛練台ですごしているのかもしれない。

 

 それにしても、床に拡がっている汗が夥しい。

 鍛練台で身体を鍛えるというのは、熟練の兵でも顔を蒼くするような非常につらい訓練なのだ。

 それを素裸を大勢の亜人の兵に晒しながらやり続けなければならない孫空女にとっては、あの訓練は、肉体的にも精神的にも堪える拷問に違いない。

 孫空女からすれば、自分をこんな辱めに遭わせている玄魔に対して文句のひとつも言いたくなるのはわかる。

 それにしてもまだまだ、かなり元気のようだ。

 玄魔は内心で感嘆した。

 

「ひゃああっ」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 鍛錬台の決められた床を踏み損ねたのだ。それで道術で出現した鞭が孫空女の尻を打ったのだ。

 孫空女の尻に新しい鞭痕がついた。

 

 冷やかすように囲んでいた兵たちがからかいの声を一斉にあげた。

 孫空女は態勢を崩したものの、すぐに姿勢を戻してまた床をぴょんぴょんと跳びはねる動きに戻る。

 もう玄魔に癇癪をぶつける余裕もなくなったようだ。

 険しい顔で怒りを露わにして床を懸命に跳びはねている。

 

「それにしても女とは思えない動きだな。鍛錬された男の亜人の兵でもあんなに敏捷な動きは続けられないぞ。しかも、手首と足首に例の筋力低下の革帯をしていながらだろう……。大したものだ」

 

 孫空女は光の指示に従って必死になって動き回っている。

 かなりの汗をかいていて、床には孫空女の流した汗と思われる水たまりが夥しい拡がりを見せている。

 その汗に時折足をとられながらも、孫空女は死にもの狂いに床を飛んでいる。

 次に光る床は必ずしも隣同士の床とは限らない。最悪の場合は鍛錬台の端から端にと、連続で跳躍しなければならない。

 もしも、途中の床に足をつければ、道術の鞭が身体に飛ぶ。

 こうやって外から見る分には実際には鞭はないのだが、台に乗っている孫空女には空中に出現した鞭が見えるし、もちろん激痛も鞭痕も本物以上の衝撃をもって身体に加わってくる。それが鍛錬台の恐ろしさだ。

 

 それにしても孫空女の動きはいい。

 孫空女の手足は拘束していないが、やはり孫空女がしている赤い装飾具の腕輪と足環の横に装着させている灰色の革帯が孫空女の筋力を大きく奪っているはずだ。

 それでもまだまだあの動きができるとは素晴らしい。

 あの霊具は道術遣いの道術を封じるだけではなく、装着された者の筋力を十分の一以下に低下をさせるのだ。

 それにも関わらずに、あれだけの跳躍力をしている。もしも、あの霊具の革帯がなければ、孫空女はもっと凄まじい動きをしていたはずだ。

 周りの兵たちは孫空女の裸身があられのない恰好で動き回り、豊かな乳房がぶるんぶるんと動くのを悦んで揶揄しているが、玄魔としては純粋に孫空女の動きに見とれていた。

 

「げ、玄魔──、ひ、卑怯者──。あ、あたしと勝負しろ──。こ、これを攻略すれば──ご、ご主人様に会わせるって言ったくせに──ひ、卑怯者──ひぐうっ」

 

 孫空女が跳びはねながら顔をしかめた。

 ぐらりと態勢を崩したのだ。すると左の腿につっと赤い蚯蚓腫れが生まれる。道術による鞭なので、外にいる玄魔には見ることはできないが、中で踊っている孫空女には自分を襲う幻の鞭がしっかりと見えたはずだ。

 孫空女は腿に受けた鞭のために、もう一度腹の下に鞭痕を作っていたが、それだけですぐに立ち直って再び無限に続く跳躍の鍛錬態勢に戻った。

 その回復力と復元力も素晴らしい、

 

 やはり大した戦士なのだ。

 裸身に受ける鞭は相当の激痛のはずだ。

 それなのにあれだけの時間ですぐに態勢を取り直すというのは並大抵のことではない。

 玄魔は腕組みをして唸った。

 

「ひ、卑怯者──。い、いつまで続けさせるんだよ──。ご、ご主人様に──」

 

 孫空女は跳躍しながらも激しい呼吸の合間を見つけて、しきりに玄魔に叫ぶ。

 

「さっきから、孫空女はなにを言っているのだ、火箭?」

 

 ふと気になって玄魔は火箭に訊ねた。

 すると火箭は声をあげて笑った。

 

「いや、あの女があんまりご主人様に会わせろってしつこいんでね──。この鍛錬台を最後まで倒れずにやりきれば、会わせてやるって言ったんですよ。それからあいつ、それまでになく張りきっちゃって……。最初は不貞腐れて、鞭打たれても悪態をつくばかりで動かなかったりしたんですけどね」

 

 火箭が言うには、ああやって孫空女が必死になって鍛錬台の上で汗びっしょりになっても動き回っているのは、しっかりと動き続ければ、宝玄仙に会わせるという口約束を火箭がしたからだそうなのだ。

 それまではいま少し孫空女も不真面目で動きが悪かったらしい。

 鞭に追い立てられて動き回るというようなことは屈辱というよりは馬鹿馬鹿しさしか感じないような態度だったという。

 だが、真面目にやれば宝玄仙に会わせると火箭が言ったことで、今度は眼の色変えて必死になりだしたようだ。

 

 そう言えば、玄魔はここに孫空女を連れて来てすぐに孫空女への責めをこの火箭に託して青獅子のもとに戻ったのだが、そのとき、孫空女はこの鍛錬台の上で動く様子を見せることなく、訓練場の外に出て行く玄魔に向かって悪態を吐き続けていたような気がする。

 

「それで、あれから何回くらい、あれをやらせているのだ?」

 

 玄魔は訊ねた。

 火箭があの孫空女にどのくらいの回数と時間を鍛練台ですごさせて、一回の休憩にどの程度の時間を与えているのかは知らないが、いまでもあれだけの体力を保っているということを考えると、火箭は孫空女にそれなりに休息をさせて、手を抜く余地を孫空女に与えているような気がしたのだ。

 火箭も青獅子や大旋風と同様に、亜人の雌や人間族の女を嗜虐していたぶるのが好きな男だから容赦なく孫空女を残酷に扱うのかと思ったが、存外女への拷問は手を抜く男なのかもしれない。

 

「なんですか、その回数というのは?」

 

 火箭は言った。

 

「だから、孫空女にはあの鍛錬台をどの程度の時間で何回くらい繰り返させているのだ? あの様子ではまだかなり敏捷だし、持久力も残っているようだな」

 

「玄魔将軍殿、何回もなにもありませんよ──。玄魔将軍がここに孫空女を置いていってからそのままですよ。あれから、ずっと孫空女は動き続けているんです──。こっちの命じる試練を全部終えることができたら、宝玄仙に会わすと言っているんですよ……。ですから、適当に将軍も話を合わせてくださいよね。あいつ、そう言わないと動かなくなるんですよ」

 

 火箭はあっけらかんと言った。



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474 強要される賭け試合

「玄魔将軍殿、何回もなにもありませんよ──。玄魔将軍がここに孫空女を置いていってからそのままですよ。あれから、ずっと孫空女は動き続けているんです……」

 

 火箭はあっけらかんと言った。

 

 玄魔は驚愕した。

 豪傑と呼べるような屈強の兵でも一刻(約一時間)で音をあげる鍛錬台の訓練をもう半日もやり続けているというのだ。

 

 玄魔は思わず立ちあがって、もう一度孫空女を見た。

 歯を喰いしばって涙と汗と鼻水のぐしょぐしょの顔で床の上を右に左に動き続ける孫空女は、それがあの鍛錬台で半日も動き続けているとは思えない敏捷さを残している。

 いや、よく見れば足元はおぼつかなく、さらによくよく見れば全身は鞭打ちを受けた傷跡で満身創痍だ。

 そんな身体であの孫空女は苛酷な鍛錬台を少しも休むことなく、半日続けているということだ。

 

 玄魔は唸った──。

 なんという女戦士だろう。

 それがただの人間の女というのも信じられない。

 しかし、ああやって裸身を揺らしながら床を跳躍し続ける孫空女の裸身は紛れもなく人間の女だ。

 しかも、なかなかの美女だ。

 

「玄魔将軍、おかしな気を起こさないでくださいよ」

 

 火箭が横から言った。

 そして、興奮気味の玄魔を興奮を鎮めるように玄魔の服を引っ張って座らせた。

 

「なんだ、おかしな気とは?」

 

 玄魔は床几椅子に座り直しながら火箭に視線を向ける。

 

「玄魔将軍のことだから、あの孫空女を見て、是非とも自分の部下にしたいとか考えているんじゃないですか? 駄目ですよ。将軍は陛下から孫空女の調教を命じられたんですよ。軍の将兵として加えるなどとんでもないですからね」

 

 火箭が言った。

 その言葉で玄魔は些か頭が冷えた気がして苦笑した。

 確かに玄魔は強い戦士に眼がなく、豪傑に会えばすぐに自分の部下に加えようとするところがある。

 それを火箭は皮肉っているのだ。

 

「馬鹿なことを言うな、火箭──。俺がいくら豪傑好きでも陛下に命じられた調教の対象である虜囚にそんな気持ちは抱かんわ。陛下がどういうつもりで、一介の武将である俺に孫空女の調教を命じられたのかわからんが、与えられた任務は果たすだけだ──」

 

「ならいいでんすけどね」

 

 火箭がにやにやしながら言った。

 玄魔のことをあまり信用していないようだ。

 

「まあよい──。しかし、女の調教については俺のような無骨な人間よりもお前の方が慣れているはずだ。とにかく十日なのだ。あの孫空女の牙を抜いて従順な女奴隷に仕上げなければならん。よろしく頼むぞ、火箭──」

 

 玄魔は言った。

 青獅子から孫空女の調教を玄魔が命じられたのは、家畜奴隷として捕えた宝玄仙の身柄を拘束して、それを輪廻と蝦蟇婆に引き渡すために青獅子に地下に同行したときのことだった。

 青獅子が調教師でもない玄魔に本格的な奴隷調教を命じた理由は判然としない。

 まあ、気紛れ以外のなにものでもないだろう。

 青獅子には多くの調教師が部下におり、激しい嗜虐趣味のある青獅子は、今回の遠征にもその調教師たちを同行させていた。

 だから、宝玄仙のほかにその三人の供という嗜虐の獲物を捕らえた青獅子は、その調教師の連中に孫空女の調教を命じればいいはずなのだ。

 

 いすれにしても、今回の遠征で得た新しい女奴隷に青獅子は上機嫌だった。

 青獅子は魔王として性欲を発散する「側室」を持っているが、それはすべて青獅子の嗜虐趣味を満足させるための性奴隷だ。

 青獅子だけではなく、三魔王の金凰、白象、青獅子は全員が女奴隷の飼育施設を持っていて、新しくて美しい女を競って集めたりもしている。

 それが今回の遠征で大量に手に入ったのだ。

 

 宝玄仙だけではなく、それぞれに美女であった三人の供を宝玄仙とともに虜囚にしたときには、青獅子の性癖から考えて、当然、彼女たちを性奴隷として調教して性的欲求を満足させると玄魔は思った。

 そしてやはりそうなった。

 宝玄仙だけでなく、孫空女、沙那、朱姫という名らしい宝玄仙の供は、獅駝の城郭を占拠したことで青獅子の女奴隷の身分となった李媛、李姫、貞女らとともに、各調教師に預けられることになった。

 

 それはいいのだが、なぜか青獅子は、性奴隷として調教しようとしている宝玄仙の供のひとりである孫空女の調教を子飼いの調教師たちではなく、魔王軍の直属の武将である玄魔に任せると言ったのだ。

 新たに占領した人間族の城郭で、魔王軍の指揮を執るべき総大将の大旋風と第二位の玄魔が揃って、女の調教などというものにうつつを抜かすのはどうかと思うのだが、それについては、遠い竜飛国の王都の動きも関係している。

 この城郭を占領するずっと以前から、この地方の本来の宗主国である竜飛国の王宮の様子は逐一情報を取らせていた。

 

 それによれば、竜飛国の最南の地方になるこの獅駝地方に、青獅子魔王軍が侵攻したことについて、遠い王宮ではその対応についてもめているようだ。

 しかしながら、人間族の王は魔王軍がさらに北上して王都にも迫ることを怖れていて、魔王軍に占領された獅駝の奪還はまったく意図していないらしい。

 それで少なくとも北からの人間族の援軍への早急な対応の必要もなくなったという判断になった。

 

 その情報を受けて、魔凛もまた地位を剥奪されて、大旋風に身柄を引き渡された。

 魔凛の追放は随分前から決まっていたようだが、北からの脅威の対応の必要がなくなったことで、魔凛の利用価値もなくなったと判断されたようだ。

 魔凛は大旋風の罠にかかって、絶対に逆らえない支配霊具を装着されて、大旋風の調教を受けている。

 

 そんなときに、青獅子は、ならば玄魔もまた女の調教でもやってみろと声をかけてきたのだ。

 魔王軍の第二位の地位である玄魔も性奴隷の飼育というものを経験せよということらしい。

 女奴隷の調教など経験のない玄魔は気乗りのしない任務であるが、魔王の命であれば従うしかない。

 

 しかし、女の調教などというのは、ただ、女を凌辱して抱けばいいというものでもないのだろう。

 そのやり方などわからない玄魔は、結局、孫空女の調教の一切を部下の火箭に任せることにした。

 

「とりあえず、火箭、お前に任す。陛下も無骨な武将の俺に女奴隷の調教など十分にできるとは考えてはおらんとは思うが、それなりにはやるべきことはやらねばならんのだ」

 

 玄魔は言った。

 

「任せてくださいよ。女であろうと、動物であろうと、調教なんていうのは、最初にがつんと牙を抜いてやればいいんですよ。それでやりやすくなります。まずは、あいつの牙を抜く作業をしましょう──。女ながら武芸に自信もあるようですが、その自信をこっぴどく潰してやればいいんです」

 

 火箭は立ちあがった。

 そして、右手をあげて部下に合図をした。

 

「将軍も戻られたことだ。孫空女、そろそろ、準備運動を終わろう──。じゃあ、孫空女、お前には、ここにいる連中の何人かと腕試しの稽古をしてもらおうかな」

 

 孫空女が運動を続けさせられていた鍛錬台が停止した。

 次の移動すべき床を示す光が消えたことを悟った孫空女が当惑したように裸身を直立させたままでいたが、やっと無限運動の苛酷な連続跳躍から解放されたのだとわかったらしく、その場にがっくりとうずくまった。

 しゃがみ込むと、激しく肩で息を続けながら、さっと両手で剝き出しの胸を隠して、股をしっかりとくっつける仕草をした。

 いまのいままで股間も乳房も曝け出して動いていたのに、今更、裸身を恥ずかしそうに隠すという行為に火箭は思わず笑ってしまった。

 まあ、あの孫空女もひとりの若い女でもあるということなのだろう。

 

「お、お前ら、ふ、ふざけるなよ……。こ、こんなに長い時間……。はあ、はあ、はあ……。と、とにかく約束だよ。ちゃ、ちゃんとお前らが命じた訓練に耐えた……。だ、だから、ご主人様に会わせてもらうよ──」

 

 孫空女が両手で胸を隠しながら激しく息をしながら言った。

 同時に険しい表情で玄魔と火箭を睨んでもいる。

 

「なにを言っているんだ、孫空女──。いままでのはただの準備運動だ。本格的な試しはこれから始まるのだぞ」

 

 火箭が笑って言った。

 

「こ、これから──? お、お前、冗談言うんじゃないよ──。さ、さっきのが準備運動だと──? じゃあ、お前やってみろ──。お前、何刻、あそこにあたしを載せっぱなしにしたと思ってんだよ──」

 

 孫空女がいまにも掴みかかってきそうな形相で喚いた。

 確かに孫空女じゃなくても怒るだろう──。

 あれを準備運動だと一蹴されては孫空女も気の毒だ。

 玄魔も含み笑いをした。

 

「これからお前のために特別の稽古場を準備する。そこで俺の選んだ者と順番に戦ってもらうぜ──。それがお前の試しだ。その全員に勝てとまでは言わん。ここにおられる玄魔将軍の眼にかなう戦いができれば、お前をひとりの戦士と認めて、お前の会いたいご主人様とやらのところに連れていってやるぜ。その代わり、腑抜けた戦いしかできなければただの性奴隷だ。奴隷は奴隷として扱ってやるぜ。ここでな──」

 

 火箭が言った。

 

「な、なにっ? しょ、勝負ってなんだよ。あのおかしな光の床の苦役を耐えれば、ご主人様に会わせるって言ったじゃないか──」

 

 孫空女が声を荒げた。

 

「嫌ならいいぜ……。お前の仲間はどうなるかわからないがな。お前とお前の仲間が生きて再会する望みは、お前が俺の命令に従って戦い、いい戦士としてのお前を見せることだ」

 

 孫空女は口惜しそうに歯噛みしている。

 しかし、すぐに意を決したように口を開いた。

 

「わ、わかったよ……。だ、だけど今度こそ約束しろ、火箭。本当にお前たちが認める戦いができれば、あたしをご主人様のところにつれていくんだ──」

 

「いいだろう。但し、お前も名誉にかけて誓え、孫空女。試し稽古ではどういう条件でも文句を言うな──。それを受け入れれば、お前の仲間の命を保証し、仲間にも会わせてやろう」

 

 火箭が言った。

 玄馬には火箭が孫空女との約束などこれっぽっちも守る気がないのはわかった。

 そもそも、宝玄仙をはじめとして、三人の供の生殺与奪の権限を火箭はおろか、玄魔も持っていない。

 そんなことは火箭も百も承知だろう。

 火箭は、孫空女が火箭の出した条件に基づいて戦い、それに屈服したという事実を孫空女に与えたいだけだろう。

 そして、孫空女も火箭に応じるしかない。

 孫空女からすれば、火箭の言葉を信じるという選択肢しかないはずだ。

 

「わ、わかった。戦いのことならどんな条件でものむよ……。そ、その代わり……」

 

「わかった、わかった。ご主人様だろ──。その代わり真剣勝負だぞ。手加減はしない」

 

 火箭がにやりと笑った。

 

「いいよ……。もちろん、真剣勝負でいい」

 

「なら、これも受け入れるな……。女が戦場で負ければ当然、男に凌辱される。これも真剣勝負だから当たり前だな。もしかしたら、よってたかって輪姦されるかもしれない……。もちろん、お前が戦闘不能になった場合だがな」

 

「そ、それはどういう意味だよ──? あ、あたしがもう戦えなくなったら、よってたかって犯すと言ってんのかよ?」

 

「そういうことかもしれん……。それにさっきの言葉を忘れるなよ。試し稽古では、俺はお前に条件をつける。まともに戦えるなんて思うなよ、孫空女。だから、全部勝てという条件はつけん。戦士に相応しい戦いぶりを見せろ。それがお前の願いを叶える条件だ」

 

 火箭が大笑いした。

 孫空女が思わず絶句して、その顔が鼻白むのが玄魔にははっきりとわかった。



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475 追い詰められる女戦士

 室内訓練場内に孫空女がこれからやらされる試し稽古の試合場が作られ始めた。

 この訓練場の中央に、どこかの家の大部屋ほどの場所が確保されて、その周囲に直柱が円状に立てられだす。

 柱の高さは人の背丈よりもやや高いくらいで、道術を遣って床にしっかりと固定されたようだ。

 その直柱の周りに添って五線ほどの縄が張られていく。

 直柱にしても、その周囲を囲んでいる縄にしても、かなりの霊気の刻まれた霊具のようだ。

 その縄に囲まれた円形の場所で火箭の指名した亜人の戦士と模擬試合をしろというのだろう。

 

 兵たちが手慣れた様子でそれらを設置しているところを見ると、孫空女用の特設の試合場というよりは、彼らのいう「試し稽古」という模擬戦闘をするときにはよく使用するものなのかもしれない。

 とにかく孫空女は、いまだに「鍛錬台」とかいう台の上から立ちあがれないでいた。

 まだ、天井からの鎖が首輪に繋げられているというのもあるが、あまりの疲労のために立つことができないのだ。

 

 大勢いた見物の兵は、試し稽古の試合場を作成するために、孫空女の周りからいなくなっているし、逃走防止のために鍛錬台を囲んでいた霊気はなくなっているようだから、首の鎖さえなんとかすれば逃亡できるかもしれないが、いまの孫空女にはその気はなかった。

 それよりも少しでも体力の回復を図ろうと、裸身を両手で抱いたまま懸命に息を整えることに専念していた。

 

「よう、女戦士、お前は大したやつだぜ。あの鍛錬台で半日も動き続けるなんて、本当に人間族か?」

 

 声をかけられた。

 びくりとして思わず乳房を抱く手に力が入ったが、眼の前にいたのはひとりの亜人の兵だ。

 耳が尖っていて大きな口から牙が覗いている。額に小さな角もある。

 手に水筒を持っていて、孫空女に差し出している。

 

「飲めよ……。少しでも体力を回復しろ。俺は戦士としてのお前の戦いに期待しているぜ」

 

 そして、水筒を孫空女の身体の横に置くと離れていった。

 

「あ、ありがとう」

 

 孫空女は慌てて、その背中に礼を言った。

 その亜人は振り返ることなく、一度軽く手を振ってほかの亜人の集団の中に消えていった。

 孫空女はその竹筒の水筒を取ると栓を抜いて口につけた。

 

 おいしかった……。

 

 自分がこれほどに乾ききっていたのかと思うほどに水筒の水はおいしかった。

 喉が盛大に音をたてて水筒の水を身体に入れていく。孫空女はかなりあった水筒の水をあっという間に飲み干した。

 飲んだ水は疲れ切った身体に染み透るようだ。

 

 しかし、違和感が襲ったのは空になった水筒を床に置くか置かないかのすぐだった。

 全身がかっと熱くなり、汗だくの身体からさらに汗が噴き出してきたのだ。

 長い運動で火照っていた肌がさらに赤みを得る。

 しかも、身体が一気に気だるくなり、全身におかしな疼きが走りだす。

 

「あ、あいつ……」

 

 孫空女は歯ぎしりした。

 さっき飲んだ水筒の水になにか入っていたことは間違いない。

 親切そうな顔して水を渡しながら、その水の中に薬を盛ったのだ……。

 じわじわと股間が濡れてくる。

 これは媚薬だ……。

 しかも、即効性の強力なものだ……。

 

「ち、畜生……」

 

 孫空女はせめて悪態のひとつでも吐こうと思って、さっきの亜人を探そうと思って顔をあげた。

 しかし、いつの間にかすぐそばまで火箭(かせん)がやってきていた。十名ほどの兵を従えている。

 

「少しは休めたのか、孫空女……? おい、どうした? さっきよりも顔が赤くなっているぜ」

 

 火箭がからかうように言った。

 

「よ、余計なお世話だよ──」

 

 孫空女はそう言ったものの、薬のために昂ぶり続ける性感に愕然としていた。

 こんな状態でこれから亜人の戦士たちと戦わなければならないのだ。

 

「じゃあ、そろそろ時間だ。いまから首の鎖を外すが逃げるんじゃねえぞ。逃げればお前の仲間がどうなるかわかっているな」

 

「に、逃げないよ」

 

 孫空女は言った。

 

「じゃあ、腕を背中に回せ──。念のためだ……」

 

 火箭が言った。

 

「な、なんでだよ──? 逃げないって、言ってんじゃないか──」

 

「だが、あの鍛錬台で半日すごして平気なほどの人間族の女戦士殿だからな──。反抗されれば取り押さえるのが面倒だ」

 

「だから逃げないよ。ご主人様や仲間がお前らの手にあるんだ。逃げるわけないだろう。ここから、すぐそこまで行くまでのことじゃないか。いちいち、拘束しなくてもいいじゃないか──」

 

「いいから両手を背中に回せ。逆らえば、そのご主人様に酷い目を遭わせるぜ」

 

 火箭が言った。

 孫空女は歯ぎしりしながら両手を背中に回した。

 すると両手首に巻かれている革帯が突然密着して離れなくなった。

 いま、眼の前の火箭から霊気が放出されるのを感じたから、火箭が道術をかけたのだろう。

 

 それにしてもこれはいまいましい拘束具だ。

 手首と足首に巻かれていて完全に肌に密着しており、道術なしには絶対に外れなさそうだ。

 この亜人の連中の道術で簡単に手首足首に巻かれた革帯同士を密着させられるし、それに、おそらく、この拘束具は孫空女の筋力も低下させている。

 まるで鉛の塊りを巻かれているかのように重い手足はこの革帯の影響によるものに違いないのだ。

 

 首の鎖が首輪ごと外された。

 孫空女は左右から後手の両腕を取られてその場に立たされた。

 立った瞬間、自分の脚が随分とふらつくのを感じた。

 それは果てしなくやらされた鍛練台の訓練の影響かもしれないし、たったいま飲まされた薬剤の影響かもしれない。

 そのとき、床に置いたままだった空の水筒を火箭がひょいと持ちあげた。

 

「おうおう、俺が渡させた水筒の水を全部飲んじまったのか……。そりゃあ、さぞや……」

 

 火箭の視線が孫空女の股間に向けられたのがわかった。

 孫空女ははっとして脚を擦り合わせるようにして隠す。

 股間は薬剤の影響でびっしょりと濡れているのだ。

 そんなところを凝視されたくはない。

 

「いまさら、なに隠しているんだい、孫空女? いまからお前は大勢の兵の前で素裸で模擬戦闘をするんだぜ。裸が恥ずかしかったら戦いなんてできねえだろうが」

 

 火箭がからかった。

 まわりの兵たちがどっと声をあげて笑った。

 しかし、そんなことよりも、孫空女はたったいまの火箭の言葉に驚いていた。

 

「う、うるさい……。そ、それよりも、さっきの水はお前の仕業かよ──?」

 

 さっき親切そうに近づいてきて孫空女に水筒の水を渡したのは、この火箭の罠だったということなのか……。

 

「喉が渇いていたようだからな……。お前にはいい戦いをしてもらいたいしな。俺が差し出す水筒だと警戒して口にしないかもしれないから、部下に渡させたんだがなにか文句があるのか?」

 

「こ、この卑怯者──。あ、あの水筒に薬を盛っただろう──」

 

 孫空女は声をあげた。

 これから模擬試合をさせようとする孫空女に、強力な媚薬を騙して飲ませるとはなんという恥知らずだろう。

 その卑劣さに腹が煮える。

 こう話している間にも全身が熱く火照り、股間からじわじわと愛汁が滴ってくるのがわかる。

 

「なんのことかわからんが、さっきの話を覚えているだろうか、孫空女? これから俺が選んだ連中といい戦いぶりと見せてくれよ。玄魔(げんま)将軍はなんだかんだで豪傑好きだ。お前が優れた戦士であれば、お前の要求を聞き入れてくれるかもしれんぞ。もしかしたら、部下として採用さえもしてくれるかもしれん──。お前自身のためだけじゃない。お前の仲間のためにも頑張りな」

 

 やはり火箭が意図的に孫空女に媚薬を飲ませたのだ。

 口では否定したが、その表情でわかる。

 孫空女は薬剤のために次第に激しくなる鼓動を感じながら火箭を睨みつけた。

 

 たが、一方で、いま火箭が言ったことは本当だろうかとも考えていた……。

 ここで孫空女の戦いぶりを見せることができれば、亜人たちの虜囚の身から脱して、彼らの軍に採用してもらえるということがあり得るのだろうか……?

 もしも、それが叶えば、確かに火箭の言及した通りに宝玄仙や仲間を救い出すことに通じるかもしれないが……。

 

「……だが、色惚けで腑抜けた戦いぶりしか見せられなければ、すぐに仲間ごと性奴隷だ。犯しまくった挙句、殺処分ということになるかもしれん」

 

 火箭の皮肉っぽい物言いに孫空女は鼻白んだ。

 つまり、この火箭はあえて戦いの前に孫空女に媚薬を飲ませることで、満足な戦いをできなくしようと謀ったに違いない。

 その卑劣さに腹が煮える。

 

「それよりも火箭殿……。いったいこいつどうしたんでしょうねえ……? さっきから腰を左右に動かして悶えたような仕草をするんですが、なんか俺もおかしな気分になっちまいますよ」

 

 孫空女の腕を掴んでいる兵のひとりが言った。

 それで孫空女は、自分がいつの間にか、太腿をお互いに摺り寄せるように動かしていたことに気がついた。

 しかし、毛穴から汗がどんどんと流れでてくるような媚薬の影響は孫空女の身体をすっかりと蝕もうとしている。

 じわじわと強い疼きをしている股間も堪らない。

 頑張って一瞬身体を静止させるものの、すぐに妖しい甘美感が込みあがってきて、いつの間にか腰を小刻みに振ってしまう。

 結局、孫空女はじっとしていることに耐えられなくなり火照った顔を左右に振って腰を悶えるように動かしてしまうのだった。

 

「それにしても、色っぽい身体ですねえ……。見てくださいよ。この乳……。すっかりと乳首も勃起しちまって、うまそうだ」

 

 反対側の腕を掴んでいる兵がすっと孫空女の胸に指を伸ばしてきた。

 

「さ、触んな──」

 

 孫空女はびっくりして叫んだ。

 そのあまりの声の大きさに騒がしかった訓練場が一瞬だけ静まり返った。

 自分でも驚くような権幕の自分の声だった。

 

 孫空女は自分自身が考えているよりも、ずっと自分の身体が追い詰められているという事実を悟った。

 いまの悲鳴は孫空女の恐怖の本能だ。

 これだけ薬剤で欲情してしまった身体を触られるということに大きな恐怖が走ったのだ。

 それにも関わらず、孫空女がこれからやろうとしているのは、この身体で……しかも素っ裸で行う男との模擬試合なのだ。

 そのことに悄然としてしまう。

 

「孫空女に触れたきゃ、お前も孫空女との試し稽古に立候補しな。そうすりゃあ、触り放題だ。試し稽古の最中のことなら犯したって構わないことになってんだ」

 

 火箭が笑った。

 

「くうっ……。だったら立候補しますよ、火箭殿」

 

 その兵が言った。

 すると、俺もだ。いや、自分も立候補するという声が周りから一斉にあがる。

 

「こりゃあ、切りがねえな、孫空女──。これだけの人数の相手を最後までこなせるか? なんだったら、いまのうちにあっさりと降参して、性奴隷に成り下がりな──。仲間とは一生会えないとは思うがな」

 

「な、何人でも勝手に選べよ──。どうせ、無理矢理に戦わせるつもりなんだろう?」

 

「まあ、そういうことだ……」

 

 火箭が声をあげて笑った。

 連れていけという火箭の声で孫空女は、できあがった試し稽古の試合場に向けて後手に拘束した両腕を掴まれて歩かされた。

 孫空女が向かっている試合場の前に、大勢の亜人の兵が集まっている。

 いまのところ試合場を囲むというよりは、孫空女を出迎えるようにこちら側に集まっているという感じだ。

 

 その兵たちが立っている向こう側が試合場だ。

 囲みの場所そのものから強い霊気の吹き溜まりを感じる。

 あの円形の試合場そのものに、なにかの強い道術が刻まれているようだ。

 気は進ままないが、そこに向かうしかない。

 

「そこに一本だけ直柱が離れて立っているだろう。そこに向かえ」

 

 火箭が言った。

 確かにほかの直柱は試合場を取り囲むように円状に立っているのだが、一本の直柱だけは、試合場と離れていて集まっている兵に埋もれていた。

 孫空女たちが近づくと、密集していた兵たちがすっと左右に分かれて経路を作った。

 なんだか全員がにやにやしている。

 孫空女は嫌な気分になった。

 

「あっ」

 

 しかし、孫空女は人が割れてできた通路にあるものを見つけて声をあげた。

 そこにある直柱から試合場を囲む一本の直柱に向けて一本の太い縄が張ってあったのだ。

 しかも、三尺(約十センチ)おきくらいに瘤のような結び目が作ってある。

 高さは孫空女が跨ぐと丁度爪先立ちになるほどだ。それが試合場となる場所を囲む直柱の一本までの一間(約十メートル)の距離を繋いでいるのだ。

 

 孫空女は思わず足を止めた。

 待ち受けている兵たちのにやにや笑いから、いまからなにをさせられるのかわかったからだ。

 あの瘤付きの縄を跨いで試合場まで歩かせるつもりなのだ。

 冗談じゃない……。

 わずか一間(約十メートル)といえども股間で跨いで進むとなれば、これだけ身体が火照りきっているいまの孫空女にとっては怖ろしく長い距離だ。

 

「や、やだよ──」

 

 思わず悲鳴のような声をあげた。

 さっき飲まされた媚薬のために孫空女の身体は異常な状態なのだ。

 こんな身体で縄瘤の刺激を受けながら試合場まで歩めば、もう試し稽古どころではなくなってしまうに違いない。

 

「なにを声をあげているのだ、孫空女? みんなが協力して作った試合場だ。是非とも存分な戦士ぶりを見せてくれ。玄魔将軍もそれを望んでおられる」

 

 火箭が言った。

 その玄魔はちょうど縄が終わる場所でさっきの床几椅子に座ってこっちを向いている。

 頬にうっすらと笑みを浮かべている。

 その下衆な表情に思わずかっとなる。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ、玄魔──。お前も承知の差し金かよ──。幾らなんでも酷いじゃないか。こんな縄なんて跨ぎ渡ってから模擬試合なんかできるかよ──」

 

 孫空女は縄の向こう側に悠然と座っている玄魔に叫んだ。

 

「おう、なるほど──。孫空女はその縄を跨いで向こうまで進まされると思ったのか? 別にそんなつもりもなく、ただ縄に添って歩いてくれればよかったのだがな……。しかし、折角の申し出だ。跨いで進んでもらうか」

 

 すると隣に立っている火箭がげらげらと笑った。

 周りの兵たちもどっと笑う。

 

 孫空女は歯噛みした。

 この卑劣な連中はどうせ最初からその気だったに違いないのだ。

 それに抵抗できない口惜しさに震えが走る。

 そして、強引に直柱の前まで歩かされて、縄の前に立たされた。

 次いで、ぴんと張っていた縄がいったん緩んで床に落ちる。



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476 試合前の縄余興

「さあ、準備をするから、孫空女。玄魔(げんま)将軍の方を見て縄に跨りな──」

 

 火箭(かせん)が孫空女を押しやった。

 しかし、孫空女は躊躇した。

 孫空女が縄を跨った瞬間に強引に縄が引き上げられるに違いないのだ。

 そうすれば、あとは瘤縄に跨って進むしかなくなる。

 この連中に逆らうことは許されないのだとわかってはいるものの、どうしても脚が前に出せない。孫空女は縄の前で立ち竦んでしまった。

 

「ほら、さっさと跨がないかよ──。こっちには人質がいるんだ。お前の仲間なんか、俺たちの気紛れひとつで殺せるんだぞ。優しくしてやっている間に命令に従った方がいいんじゃねえか、孫空女?」

 

 いつまでも動かない孫空女に、火箭が業を煮やしたように怒声を浴びせた。

 孫空女ははっとした。

 

 宝玄仙……。

 沙那……。

 朱姫……。

 

 どこでどんな仕打ちを受けているかわからないが、いまは耐えてなんとかこの状況を打開する機会を待ち続けるしかないのだ。

 孫空女は覚悟を決めた。

 やって来るであろう刺激に備えて孫空女は歯を喰い縛る。

 そして、片脚を前に出して縄に跨った。

 

「それっ」

 

 近くにいた数名の兵が声をあげて縄を引きあげた。

 

「ひぐうっ」

 

 孫空女は呻いた。

 跨いだ縄が思い切り股間に食い込み衝撃が股間が走ったのだ。

 孫空女はそれだけの刺激だけで、もう腰が砕けそうになった。

 

 媚薬で疼くように熱くなっている股間を縄が抉る。

 堪らず必死になって孫空女は爪先立ちになって少しでも縄の食い込みを緩めようとした。

 しかし、縄は後ろの直柱に金具で繋がれて高さが調整できるようになっているようだ。

 孫空女が爪先立ちになった分以上にさらに縄を高くあげられた。

 

「ひぐうっ──も、もう、それ以上……」

 

 孫空女はどんどん強く食い込む縄に悲鳴をあげた。

 

「じゃあ、準備はいいぞ、孫空女──。向こうの端にある黒い印のところまで歩け」

 

 火箭が思い切り孫空女の尻たぶを叩いた。

 孫空女は顔をしかめてその痛みに耐えた。

 仕方なくゆっくりと前に出る。

 

 周囲にはびっしりと両側を兵たちが縄を挟んで立っている。

 孫空女はその人の壁に沿って、股で縄を挟んだまま前屈みになって進んだ。

 さらざらとした荒縄が孫空女の女の最奥へ食い込んでいく。

 秘肉に食い込む縄はおぞましい刺激を孫空女に与える。

 

 孫空女は数歩歩くだけでこの縄瘤のある縄の恐ろしさもわかった。

 媚薬で熟れきった状態になっている股間に縄の感触が加わって秘肉が擦れると、これまでとは比較にならない淫情が孫空女を襲う。

 縄が食い込む女陰に大きな疼きが走り、孫空女は爪先立ちで歩みを止めた。

 

「どうした、人間族、とまるな──」

 

「進め、進め──」

 

 野次のような声をかけられて、それに押されるように孫空女は再び縄瘤を擦り歩く。

 耐えても漏れ出てしまう荒い息と甲高い自分の嬌声が、孫空女の情けなさを助長する。

 周囲の兵たちは孫空女の身体に触れこそしないが、悶え進む孫空女の身体を凝視できるような距離まで迫って、孫空女の欲情している身体を眺めている。

 縄の刺激で濡れぼそって感じてしまっている性器を間近で見られる羞恥は、孫空女には耐えがたい屈辱だった。

 

「ほれ、女──。もう少しで瘤だぞ──」

 

 近くにいた兵が叫んだ。

 ほんのちょっと進んだだけで最初の瘤がある。

 そこに股が差し掛かった。

 

「あはあっ」

 

 孫空女は身体を思わず仰け反らせて声をあげてしまった。

 自分の全体重が股間にかかったかのような感覚が襲う。

 しかも、媚薬のために勃起している肉芽を縄瘤がぐいと抉るのだ。

 まるで小さな拳でぎゅっと肉芽を押し潰されるような刺激に孫空女は全身をぶるぶると震わせてしまう。

 

「どうした? 孫空女、もっと早く進まんか──」

 

 また、火箭が平手で孫空女の尻を打った。

 孫空女はその屈辱に耐えた。

 しかし、進もうとしてもなかなか脚を前に出すことができない。

 跨ぎ進めば当然やって来るであろう大きな淫情が怖くてどうしても脚が竦むのだ。

 孫空女は最初の瘤に差し掛かったところで、ほとんどとまったような状態になってしまった。

 

「こりゃあ、埒が明かねえなあ──。ねえ、将軍、時間制限を作りましょうよ」

 

 孫空女の様子を横で見ていた火箭が玄魔に視線を向けた。

 その言葉にはっとして顔をあげた。

 

「そうだな……。で、どうするのだ、火箭?」

 

 向こう側で床几椅子に座ってこっちを見ている玄魔が言った。

 すると火箭が玄魔のいる縄の向こう側に歩いて行った。

 いつの間にか火箭は、手に砂時計を持っていた。

 それを道術でぽんとあげて反対側の直柱の上に乗せた。孫空女の位置からでも砂を落とし始める砂時計がはっきりとわかった。

 そして、玄魔の隣に立って孫空女に身体を向けた。

 

「孫空女、砂が落ち切る前にこっちに来い──。さもなければ、ここにお前の仲間のひとりから腕を切断してここに持ってくる。誰の腕かはお愉しみだ」

 

 火箭が言った。

 孫空女は驚愕した。

 

「な、なんてこと言うんだい──。そんなこと許されないよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 ふと見ると、砂時計の砂はもう落ち始めている。

 

「文句をいう暇があったら、少しでも前に進んだ方がいいんじゃないか、孫空女。この砂時計は、結構早く砂を落ち切らせるぞ」

 

 火箭がにやりと笑った。

 そして、兵をひとり呼んで何事かをささやいている。

 その兵がどこかに立ち去っていく。

 

「ま、待って──い、行かせないでよ、火箭──。言う通りにする。言う通りにするから」

 

「そう思ったら、すぐ実行だ、孫空女。お前が時間内にこっちに来れば、誰の腕も落ちやしないよ」

 

 火箭が言った。

 孫空女は意を決して進みだした。

 しかし、荒縄と縄瘤の刺激で股間の疼きが甘い愉悦に変わり、激しい快感となって全身に拡がっていく。

 そして、縄瘤が肉芽や秘肉に当たると、もう孫空女は我慢できずにあられもない嬌声をあげてしまう。

 

「おい、女、お前の進んだところには、ぬるぬるした液がいっぱい残っているんだけど、これはなんだ?」

 

「おうおう、まったくだ──」

 

 すぐに周囲からからかいの言葉をかけられる。

 

「う、うるさいよ、お前ら──」

 

 孫空女は叫び返すものの、あまりの羞恥に顔をあげることができないでいた。

 しかし、それが自分が縄の刺激に反応したための秘汁であることは明らかだ。

 こうやっていても腰が抜けそうなくらいに欲情しきっているのは自分でもわかる。

 

「ほら、時間が迫っているぞ」

 

 火箭の声だ。

 顔をあげた。

 直柱の上の砂時計がすでに残り半分を切っている。

 だが、孫空女の跨る縄はまだ半分の距離も進んでいない。

 孫空女は必死になって慌ててさらに速度をあげる。

 もう、股間の疼きなど構っていられない。

 

 遮二無二進むだけだ──。

 そのとき、いまは玄魔の隣にいる火箭が手を伸ばして孫空女が跨っている縄を向こう側で掴むのが見えた。

 火箭の手に霊気が集中している。

 孫空女は嫌な予感がした。

 

「頑張れよ」

 

 火箭が不敵に笑った。

 

「あはあ、こ、こんなの、あああっ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 いきなり孫空女が跨っている縄自体が凄まじい勢いで震えだしたのだ。

 しかも縄の振動で空気が振動して音が鳴る程だ。

 それに跨っている孫空女には堪らない。その振動が孫空女の股間を通じて頭の先から爪先まで駆け抜ける。

 

「あひゃああ──や、やめて──ひいっ──こ、こんなのないよ──ひぐううっ──」

 

 孫空女は縄の上でのたうち回った。

 あっという間に全身が痺れ切り腰が抜ける。それでさらに縄が股間に食い込む。

 

「残りは三分の一だぞ──」

 

 火箭の声。

 砂時計のことだ。

 

 もうなにを言っても無駄だ。

 孫空女にはそれがわかった。

 仲間に危害を加えさせないためには振動を受けながら前に進むしかない。

 なんという卑劣なやり方だ。

 強力な媚薬を飲ませた身体で縄を跨らせて進ませるという仕打ちだけでは飽き足らず、その途中で縄に振動を加えてさらに孫空女を苦しめようというのだ。

 その陰湿さに鼻白む。

 

 しかし、とにかく進まなければ……。

 でも、振動は強烈だった。

 振動が始まってから最初の縄瘤の上を進むとき、縄瘤が肉芽と亀裂に食い込み稲妻のような衝撃が全身を貫いた。

 

「あはああっ──」

 

 身体を仰け反らせて身体を震わせた。

 軽く達したと思う……。

 

 周りは拍手喝采の大悦びだ。

 眼の前で絶頂した姿を凝視されるという屈辱に身体が熱くなる。

 それでも、孫空女は一瞬止まっただけで、また前に進んでいく。

 

「すげえ、縄がべしょべしょだぜ」

 

「少しでも滑りがよくなればというこの女の技だろうよ」

 

 兵たちが囃し立てる

 しかし、孫空女は無視する。

 そんなことをわざわざ教えられるまでもなく、もう、かなりの愛汁が垂れ流し状態になっていることは知っている。

 だが、もうそんなことに構っていられない。

 恥ずかしがっている場合ではないのだ。

 もう、砂時計は四半分しか残っていない……。

 

「あふううっ──」

 

 孫空女はまた吠えて軽く絶頂した。

 縄瘤が肉芽に当たって強い刺激がやってきたのだ。

 それでも進み続け、そして、また快感が襲う──。

 

 時間が迫っているのはわかっている。

 でも、肉芽を縄の振動で震わされると、全身が電撃を浴びたかのように痙攣して前に進めなくなるのだ。

 もう、砂時計は見ない。

 ひたすらに前に出ることだけを考えた。

 

「あふううっ」

 

 少し進んだところで、孫空女はまた絶頂に達してしまって大きな身悶えをした。

 こんなに短い時間で連続で達したら頭が朦朧となってしまう……。

 大量の汗が眼に入ってくる。

 顔をあげるが砂時計はよく見えない。

 

「すげえ、まるで妖気が漂うようだぜ……」

 

「鬼気迫っているな……」

 

 すぐそばの誰かがささやいた。

 なんだか周囲の野次も静かになってくる。

 しかし、もうどうでもいい……。

 

 前に──。

 残りは少し……。

 

「ほう、思ったよりもやるな」

 

 火箭の声だ。

 もうそばまで近づいた。

 その隣には玄魔が座っているはずだが、いまの孫空女にはよくわからない。

 そこまで進めと言われた黒い印が跨っている縄のすぐ手前になっている。

 孫空女はぐいと思い切り腰を前に出した。

 しかし、縄瘤の先が直柱に繋がっているために、印に近い部分は、直柱の上方にせりあげるかたちになっている。

 孫空女がそのせりあがりの部分に腰を進めたので、縄がこれまで以上に前後に食い込んでしまった。

 それで隣り合ったふたつの縄瘤が肉芽と肛門を同時に抉ってしまったのだ。

 

「ああっ、あっ──、ひぐうっ、そこ、だめええ──」

 

 孫空女のもっとも敏感なふたつの器官を同時に強い振動で刺激され、ほとんど絶叫に近い悲鳴をあげた。

 一瞬、眼の前が不意に真っ白になり、身体がぐらりと揺れた。

 

 だが、後ろではなく前に身体を倒したのは孫空女の最後の執念だった。

 孫空女は縄の上で完全に態勢を崩してしまい、一度縄の上で身体を跳ねさせてから半回転をして縄から落ちてしまった。

 

「おほうっ」

 

 後手に拘束された身体を床に倒れさせてしまい、受け身もとることもできずに孫空女は背中を床に叩きつけられた。

 しばらく、なにが起きたのか理解できなかった。

 やがて、自分が最後の最後であまりにも激しく絶頂してしまって、失神しかけたということはわかった。

 

「まあ、頭が黒い印の部分に触れたからな……。一応は合格だ……」

 

 倒れている孫空女の視界に天井と火箭が映った。

 どうやら、ぎりぎり間に合ったのだ。

 孫空女は安堵した。

 床に仰向けになったまま大きく息を吐いた。

 

「じゃあ、早速始めるか? お前の最初の相手はお待ちかねだぞ」

 

 その火箭が言った。

 

「えっ」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 しかし、周囲からたくさんの手が伸びて、強引に起きあがらされて眼の前にあった試合場の縄の内側に押しやられた。

 

 だが、まだ激しい絶頂の余韻で頭が朦朧としている。

 身体も全身が綿になったかのように脱力感で包まれていた。

 

「はじめ──」

 

 突然、火箭の大声がした。

 ふと見ると、さっきまで縄の両側に集まっていた兵が、今度は円形の試合場を取り囲むために試合場の外側の柱の周りを動いている。

 

「どっちを向いている──。もう試合は始まっているぞ」

 

 はっとして顔をあげた。

 眼の前に上半身裸体の屈強そうな亜人が孫空女に迫っている。

 その太い両腕が孫空女の腰の辺りに伸びる。

 

「そ、そんな……。ひ、卑怯だ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 必死になって立とうとするが、まだ腰に力が入らない。

 そもそも、まだ腕を後手に縛られたままだ。

 戦うなんて無理だ。

 

「なにが卑怯なんだ。さっさと態勢をとりな。それとも、寝技が得意なのか?」

 

「さしずめ、女の道具で戦うつもりなんじゃねえか?」

 

「すげえぜ。見ろよ、あの股。まるで小便をしたみてえだぜ」

 

 試合場を囲んでいる亜人の兵たちが一斉に野次を飛ばしだす。

 一方で、相手はにやついた顔で、ゆっくりと孫空女に迫って来ていた。

 

「く、くそうっ」

 

 孫空女はそれでもなんとか立ちあがろうとした。

 だが、態勢を作ろうとした孫空女の足腰がぐらりと揺れてしまった。



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477 全裸試合-ひとり目とふたり目

 亜人の腕が孫空女の腰に伸びる。

 孫空女はとっさに避けた。

 しかし、脚をとられてよろけてしまった。

 

 すると、いきなり太い腕が顔面に向かってきた。

 意識するよりも速く、身体が反応していた。

 孫空女は膝を割って身体を沈めた。

 孫空女の頭のすれすれの位置を亜人の腕が通過していくのがわかった。

 

 それにしてもなんという腕だ……。

 腕の太さだけで孫空女の太腿の二倍もありそうだ。

 亜人の背丈は孫空女よりもかなり大きい。

 しかし、背丈よりも驚くべきはびっくりするほどに隆々の手足の筋肉だ。

 かなり力も強そうだ。

 普段の孫空女ならともかく、筋肉を弛緩させる霊具を装着されている状態では、一度捕まったら逃げられないだろう。

 

 しかし、全力のこもった腕が空を切ったことでその亜人の体勢が崩れた。

 そのまま腕を取って投げ飛ばすこともできそうだったが、孫空女の両手首は、さっき火箭の道術で後手に拘束されたままだ。

 

 仕方なく、孫空女は、とりあえず身体をかわして距離をとるために数歩横に跳んだ。

 だが、その瞬間、下半身から力が消えて腰が砕けてしまった。

 数瞬前に激しく達したばかりの孫空女の身体は、自分でも信じられないくらいに脱力感に覆われていたようだ。

 身体の踏ん張りがきかずに孫空女はそのまま膝から落ちるように横倒しになってしまった。

 

 しかも、倒れることで乳房が揺れて、まるでくすぐられるような疼きがそこから沸き起こった。

 なんという途方もない効き目の媚薬だろうか。

 

 全身が熱く火照っている……。

 汗はどんどんと噴き出してくるし、身体が痺れて力が抜けていく。

 なにも刺激されていないのに乳首も肉芽も完全な勃起状態のようだ。

 動くだけでその振動が孫空女に泣きたくなるような愉悦を迸らせる。

 さらに股間からは汗とは違う孫空女の分泌液がどんどんと滲み出てもくる。

 孫空女はたったいまの動きだけで、すでに荒い息遣いをするほどに淫情に追い詰められてしまっていた。

 

 試合場の外から大歓声があがった。

 顔をあげると、勢い余って体勢を崩した亜人が、身体を反転させて孫空女に向き直っているところだった。

 そのまま、孫空女の裸身に覆いかぶさろうと降りかかって来る。

 亜人は横になったままの孫空女に飛びかかってきた。

 

 孫空女の眼には、上半身が裸の亜人が孫空女の裸身の真上に落ちてくるのをはっきりと見えていた。

 動きは見えるのだ。

 本当であれば、こんな亜人を倒すのに一発もあればいい。

 相手の亜人は筋肉ばかりが発達して動きは鈍い。

 孫空女の眼には、ゆっくりと動いているようにしか見えず、まるで人形のようなものだ。

 

 だが、身体が動かないのだ。

 ぎりぎりのところまで溶かされている性感が全身を蝕んでいる。

 また、たったいままで孫空女は縄瘤の責めを受けていて、激しく連続絶頂をしたばかりだ。全身を犯している媚薬と激しい絶頂の余韻が孫空女から完全に抵抗の力を奪っていた。

 しかも、手首と足首に巻かれた革帯で手足の筋肉を弛緩させられているのだ。

 

「ち、畜生──」

 

 孫空女は必死になって身体を捻って仰向けになると、降りてくる亜人の顔の位置に合わせて両膝を立てた。

 

「ごぼおっ──」

 

 ものの見事に両膝が亜人の顔面にぶち当たった。

 顔面をぶつけた巨漢の亜人は全身を跳ねさせて、悲鳴をあげながら孫空女の横に転がっていった。

 

「手を……手を外してよ、火箭──。は、早く──」

 

 孫空女は亜人の反対側に向かって横に転がった。

 急いで起きあがりながら、試合場のすぐ外の玄魔の隣で孫空女と亜人の試合を見守っている火箭に叫んだ。

 

「こらっ、石虎(せきこ)──。それでも、百人隊長か──。色責めで足腰の立たない女ひとり捕まえることもできんのか──。しかも、孫空女は両手を使えんのだぞ──」

 

 だが、火箭は孫空女を無視して亜人に向かって怒鳴り声をあげた。

 試合場の周囲から見物の亜人たちの野次が飛びかかる。

 

 孫空女は舌打ちした。

 こいつらは、このまま孫空女の両手を封じたまま、戦わせるつもりに違いない。

 孫空女は改めて、これが試し稽古でもなければ、格闘訓練でもないことを悟った。

 これは、そのかたちを借りた公開凌辱にすぎないのだ。

 

「ちょ、ちょろちょろと逃げ回りやがって──」

 

 石虎という名らしい巨漢の亜人が顔を真っ赤にして襲ってきた。

 さっきの孫空女の膝打ちで鼻から血を流している。

 

 こうなったら両手を封じられたまま戦ってやる──。

 孫空女は思った。

 

 いずれにしても細かく動き回ることはやめた。

 全身が痺れるように力が入らず、なにをしても腰に力が入らない。

 曲線的な動きは無理だ。

 孫空女は一気に距離を詰めてくる石虎に身体を真っ直ぐに向けた。

 

「く、来るならこい──」

 

 孫空女は後手に拘束された身体を石虎に曝け出してやった。

 

「うおおおっ」

 

 石虎が雄叫びをあげた。

 そして、孫空女の胴体に両手を伸ばして体当たりをしてくる。

 石虎の両手が孫空女の腰の括れた部分の両側に触る。

 その顔が狂喜に歪むのが見えた。

 

「捕まえたぜ──」

 

 石虎がそのまま孫空女に身体を預けてきて、石虎の全体重が孫空女に覆いかぶさる。

 しかも、好色な表情を浮かべたままの顔を孫空女の乳房のあいだに埋めてきた。

 押されながらも後方に向かって跳ぶ。

 反り返りながら倒れる孫空女の身体が石虎の身体とともに宙に浮いた。

 地響きを立てて、ふたりの身体が訓練場の地面に叩きつけられる。

 

「やれ──」

 

「犯せ──」

 

「石虎、いいぞ──」

 

 一斉に大歓声があがった。

 観客たちがこれから始まる孫空女の凌辱劇に期待して一気に興奮状態になる。

 しかし、地面に倒れた石虎は孫空女の裸身に覆いかぶさったままぴくりとも動かない。

 孫空女は、自分の乳房の上に乗っかっている石虎が完全に白目を剥いて気を失っているのを確認していた。

 孫空女の裸身の上で動かない石虎を見て、周囲の見物人たちは、なにが起こったのかわからずにざわついている。

 孫空女は身体を揺すって、気絶している石虎の身体を振り落とした。

 そして、その場に立ちあがる。

 

「な、なにが起こったんだ……?」

 

 試合場のすぐ外の火箭が目を丸くしている。

 横の玄魔をはじめとして周囲の亜人の男たちが騒然としているのを見ると、どうやら、なにが起きたのかわからなかったようだ。

 

 しかし、孫空女は特別なことをやったわけじゃない。

 石虎は一度目の顔面への打突で、頭が朦朧となりかけていて完全に注意が散漫になっていた。

 孫空女はその状態の石虎をあえて誘って、わざと飛びかからせたのだ。

 そして、石虎が孫空女に飛びかかるとき、明らかに全裸の孫空女の身体に気を取られて完全に下半身が無防備になった。

 孫空女は押し倒されるふりをしながら、思い切り石虎の睾丸に膝蹴りをしたのだ。

 石虎は孫空女を押し倒すために全体重がかかったまま、地面に倒れ込んだが、それにより自分の体重とふたりの身体が地面に倒れるときの衝撃のすべての力が睾丸に叩き込まれることになったのだ。

 それで石虎はひとたまりもなく気絶したというわけだ。

 観客の視線が孫空女の睾丸蹴りに止まらなかったのは、すべての観客の意識がこれから始まるであろう凌辱に移ってしまったからだ。

 

「ご、後手を外しなよ、卑怯者──。それとも、お前ら亜人の軍は女を拘束しなければ、押し倒して犯すこともできない臆病者揃いかよ──。こうなったら、あたしは観念しているよ。だけど、お前らに少しでも戦士の誇りがあるなら、あたしを素手で倒してみな。あたしは、霊具で力さえ封じられているんだよ──」

 

 孫空女は火箭に視線を向けたまま、全員に向かって罵った。

 すると孫空女にあおられたことで、周りの亜人たちの一部から怒りの表情が覗き始めた。

 

「火箭殿、この生意気な人間族の女戦士の拘束を解いてやってくれ──。こうまで言われちゃあ、武辺で誇る玄魔隊の名折れだぜ」

 

 火箭の横から声がした。

 すぐに、やはり上半身が裸身の亜人の戦士が縄を潜って試合場に入ってきた。

 顔はなんとなく蜥蜴を思わせる顔つきで、背の高さはさっきの石虎と同じくらいだが、異常な筋肉が手足についていて動きの遅かった石虎に比べれば、均整のとれた体格をしている。

 縄を潜って試合場に入る何気ない動作から、孫空女はこの亜人がさっきの石虎に比べればずっと強いということがわかった。

 

竜膳(りゅうぜん)、いいんだな……」

 

 火箭がそう言ってから指を鳴らした。

 孫空女の両手がやっと背中から離れて自由になる。孫空女は片手で胸の前を覆い、もう片方を身体の前に垂らして防護する構えになった。

 

「これで、文句はないんだな、人間の女──?」

 

 竜膳が孫空女を睨んだ。

 

「ああ、あんたは卑怯者じゃないよ……。それだけは言ってやる」

 

 孫空女は言った。

 再び歓声があがりはじめた。

 

「第二試合、始め──」

 

 火箭が声をあげた。

 竜膳が孫空女との距離を詰めて、片手をゆっくりと孫空女に伸ばしてきた。

 孫空女は自由になった両手をいきなり自ら背中にさっと回した。

 竜膳としては、両手を封じられて第一試合を戦った孫空女が、今度は自由になった両手を使ってどう戦ってくるかということを警戒していたに違いない。

 それなのに、孫空女がいきなり自ら手を後ろに回したことで、竜膳は明らかに意表をつかれたようだ。

 孫空女は自分に接近する竜膳の意識が、後ろに回った孫空女の両手の動きに捉われたことを確認した。

 

 その隙は一瞬のことにすぎない。

 だが、孫空女にとっては十分な一瞬だった。

 

 すぐそばまできていた竜膳の懐で身体を屈めた。

 そして、その態勢のまま力の限り跳躍した。孫空女の頭頂部が竜膳の顎を捉えて竜膳が吹っ飛ぶ。

 孫空女が着地したのは、顎への直撃を受けた竜膳の身体が床に崩れ落ちるのと同時だった。

 竜膳は孫空女の頭突きによる顎への打撃で脳を揺さぶられて、完全に失神状態に陥っている。

 

「ふう……」

 

 孫空女はそれを確かめると、両手で再び身体を隠すように抱えた。

 ほっとすると同時に、自分の身体の異常さに羞恥と狼狽を覚えたのだ。

 身体が疼いて仕方がない。

 激しく動いたことでさらに余計に媚薬が全身に回ったような気がする。

 戦闘の勝利の高揚感は、そのまま身体の高揚となって全身の疼きがせりあがってきている。股

 間に激しい火照りが押し寄せて、いまにも淫汁が腿に垂れ落ちそうな気までする。 

 孫空女は片手でじわじわと汁が垂れ流れる股間を隠すとともに、完全に勃起状態にある乳房を腕で覆った。

 

「石虎はともかく、竜膳殿まで一発かよ……」

 

 誰ともなく見物の兵たちのひとりから嘆息混じりの声が洩れた。

 試合場はさっきまでの歓声は消えて、ほとんど鎮まりかえっている状態だ。

 孫空女は、その中でひたすらに息を整えることに専念していた。

 戦ったことにより息が切れたのではない。

 いよいよ、媚薬の影響が本格的に身体を苛み始めてどうしようもなくなったのだ。

 

 戦っている最中は血が昂ぶるので気にならなくなるのだが、こうやって戦いと戦いのあいだの時間は、自分の全身から力が抜けて、いまにも床にしゃがみ込みたいような脱力感に襲われる。

 それでも、孫空女は必死になって両脚を踏ん張って立っていた。

 しかし、少しでも気を抜くと、頭まで朦朧として視界までぼんやりとしてくる。

 孫空女は、慌てて自ら首を横に振った。

 

「つ、次はどいつだよ、火箭──。それとも、ま、満足したかい──」

 

 孫空女は大きな声で火箭に怒鳴った。

 自分を鼓舞するような声でもあげなければ、身体の疼きで本当にうずくまりそうになるのだ。

 

「ちっ──。じゃあ、次は……」

 

 我に返ったように口惜しい表情になった火箭が、周囲を見回しながら呟いた。

 火箭の周囲には孫空女との格闘試合の準備を整えた亜人たちが十数人集まっている。いずれも上半身が裸身で逞しい戦士の身体をしている。

 孫空女は身を引き締めた。

 

「待て、火箭……。寓天(ぐうてん)をいかせろ」

 

 いままで黙って見守っていた玄魔が床几椅子に座ったまま言った。

 

「寓天に……?」

 

 火箭が驚いたように玄魔に振り返った。

 

「孫空女は類まれな女戦士だ……。それは認めようじゃないか、火箭……。あの拘束具を装着されて筋肉を低下させられたうえに、媚薬で苛まれている身体であの戦いぶりだ……。玄魔隊の四天王でも出さねば、孫空女の強さには釣り合わんだろう」

 

 玄魔がそういうと火箭が頷いた。

 

「寓天、準備しろ──」

 

 火箭は叫んだ。どうやら試合場に集まっている兵たちではなく、離れて鍛練をしていた亜人に声をかけたようだ。

 周囲もざわめいている。

 ざわめきに耳を澄ませていると、どうやら、寓天という亜人の戦士は余程に強いらしく、彼らの物言いによれば、こんな女奴隷との破廉恥な戦いをするような格ではないらしい。

 

 副将格の火箭を含めて玄魔隊の四天王と称される人物のひとりのようだ。

 寓天というのはそれほどの戦士なのだろうか……。

 いずれにしても、孫空女は少しほっとしていた。

 

 雑魚が相手でも、このまま戦い続けるのはまずい。も

 うしばらくすれば、孫空女の身体は限界になるだろう。

 しかし、次が最強の戦士ということであれば、それを倒せば、このくだらない試合からは解放されるかもしれない。

 孫空女が強い戦士であることを認めれば、この連中は宝玄仙のところに孫空女を連れていくと約束したのだ。

 

「げ、玄魔──。や、約束しろ──。その寓天とかいう男に勝てば、あたしをご主人様のところに連れていけ──」

 

 孫空女は玄魔に向かって叫んだ。

 

「いいだろう……。寓天に勝てばな……」

 

 玄魔がそう言った。

 孫空女はほっとした。

 ならば、あとひとり……。

 

 その寓天に勝てば……。

 孫空女は身を引き締めた。

 

「……だが、お前は少し間違っているぞ。孫空女──」

 

 玄魔が言った。

 

「間違い?」

 

 孫空女は両手で身体を隠して試合場の中心で突っ立ったまま眉をひそめた。

 そのとき、試合場がわっという歓声に覆われた。孫空女は気配を感じて身体を背中側に向けた。

 孫空女が向いている方向の反対側から、ひとりの亜人が縄を潜って試合場に入ろうとしるところだった。

 

「あたしが寓天さ──。よろしくね、お嬢ちゃん」

 

 試合場に入って、孫空女に向き直ったその相手がにっこりと微笑んだ。

 髪が肩まであるその亜人には、両腕のほかに体側から二本の節のある別の腕が生えていた。

 顔をはじめとした肌の色は黒で眼は大きくて鼻がない。

 額には短い触角がある。どうやら虫型の亜人のようだ。

 

 だが、肌着のように身体にぴったりと張りついている薄い布の服の下の寓天の胸のかたちを見て、孫空女は玄魔がさっき言いかけた“間違い”というのがなんのことなのかを悟った。

 そこには孫空女と同じくらいに豊かな乳房があったのだ。

 

 女の亜人か……。

 すぐに火箭の試合開始の号令が飛んだ。

 

「じゃあ、愉しもうじゃないかい、孫空女とやら……」

 

 寓天の全身に闘気が漲るのがわかった。

 これは強い……。

 孫空女の本能がそう告げていた。肌をぴりぴりと刺すような威圧感が相手から伝わってくる。

 孫空女は自分の身体を張り詰めさせた。

 これは確かに簡単には勝てそうにない相手のようだ。

 身体を隠すために前に置いていた腕を離して身構えた。

 

「見ろよ、股から蜜が垂れ流しじゃねえか──」

 

「全身も真っ赤だぜ。乳首もおっ勃ってるじゃねえかよ──」

 

「汗びっしょりで大丈夫かい、孫空女──?」

 

 周りの兵たちが一斉に孫空女を野次りはじめた。

 だが、孫空女はそれを無視する。

 

「へっ、悪いけど、愉しむ暇はないのさ……。あんたの仲間があたしに下衆なものを大量に飲ませてくれたからね……。手っ取り早く勝負をつけさせてもらうよ、寓天──」

 

 孫空女は両脚を少し開いて、相手の動きを警戒する

 すると寓天の体側にある節のある腕に霊気が集まるのを感じた。

 

 道術──?

 

 孫空女は緊張した。

 しかし、道術は孫空女に向かうものではなく、寓天自身に対するものだった。

 体側の腕のかたちが変わって、十尺(約三メートル)ほどの長い鞭のようなかたちに変わったのだ。

 

「あたしの鞭を三十発耐えることができたら、褒めてやるよ──」

 

 寓天が言葉を言い終わる前に、鞭状になった寓天の腕が腰に弾き飛んできた。

 

「ぐっ──」

 

 腰に衝撃が走る。裸身に直接浴びさせられた鞭の洗礼は、まるで肌を通して骨そのものに痛覚を刷り込むような衝撃だった。

 かわすどころか、鞭先が飛んでくるのも見えなかった。

 こんなに速い鞭捌きは生まれて初めてだ。

 しかも、鞭はすぐには孫空女の身体から離れずに、鞭先を孫空女の胴体に巻きつけてくる。

 腰から脇腹、さらに臍を舐めるように抉りながらやっと離れていく。

 まるで愛撫とも思わせるようないやらしい鞭の擦り方だった。

 

 孫空女はたった一発で自分の腰ががっくりと落ちかけるのがわかった。



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478 鞭使いの女妖-寓天(ぐうてん)

 孫空女はたった一発の鞭でがっくりと腰を落としかけた。

 痛みもあるのだが、それよりも鞭が身体に巻きついて離れていくときに肌を擦り抜けていくときの刺激が孫空女を苛んでいる性感を抉ったのだ。

 

「はあっ──」

 

 思わず孫空女は悲鳴というよりは嬌声に近い声をあげて身体を崩してしまった。

 同時に自分が戦いの最中にそんな甘い声を出してしまったことにびっくりした。

 

「倒れるには、まだ早いよ──」

 

 次の瞬間には孫空女が身体を傾けかけていた方向の脚に鞭が飛んだ。

 膝の周りを中心とした太腿からふくらはぎにかけて大きな音が鳴る。

 今度はさっきとは異なって、骨まで響くような激痛だけの打撃だ。

 孫空女は反射的に打たれた側の反対に身体を飛ばした。すかさずまた逆側から鞭が飛ぶ。

 

 怖ろしい激痛だ。

 たったの数発で孫空女の神経を破壊してしまうようだ。

 孫空女の両膝から完全に力が抜ける。

 

 しかし、孫空女が前に倒れかけると、次は正面から両肩が打たれて身体を強引に起こされる。

 さらに、後ろに身体がのけ反ると、今度は鞭が回り込んで背中を打つ。

 

 信じられないほどの素早さだ。

 鞭が動くのがほとんど見えないのだ。動いたと考えたときには、すでに身体のどこかを打たれている。

 

 しかも、孫空女が右に倒れそうになれば右から衝撃が走り、左に倒れそうになれば左から鞭が襲う。

 前にも後ろにも倒れられない。

 少しでもぐらりとなれば、必ず鞭が逆に飛んでくる。

 

 右に左にと、あるいは前に後ろにと翻弄されながら、孫空女は寓天が孫空女を倒れさせないようにわざとなぶっているということに気がつくしかなかった。

 しかも、人間の女の身体のどこを打てば耐えがたい痛みが走るのかを知りきっている鞭の打撃だ。

 それが正確に孫空女の痛点の急所を打ってくる。

 必死に腕で避けようとするのだが、寓天の鞭はそれを嘲笑うように、容赦なく孫空女の腕を避けて裸身を打ちつけてくる。

 孫空女の身体はあっという間に、鞭による蚯蚓腫れに覆われた。

 

「人間族の柔らかい肌なんざ、その気なればずたずたに切り裂けるんだけど、お前のことは、どうやらここで男たちがよってたかって犯すことになっているようだから、蚯蚓腫れ程度で手加減してやるよ──。犯された後で男たちに全身に傷薬でも塗ってもらいな。一日もすれば、また男たちが可愛がってくれるような綺麗な肌に戻るよ──」

 

 寓天が笑いながら鞭を振るう。

 今度は痛みよりも不快さが上回るようなあの鞭だ。

 両側から襲った鞭が孫空女の左右の太腿に同時に巻きついて脚の付け根から膝の後ろにかけての部分を舐めるように擦っていった。

 

「あはあっ」

 

 全身の力という力が一気に抜けた。

 鞭の痛みなのに、まるで愛撫でも受けたような強烈な振動が鞭を打たれた場所から迸ったのだ。

 

 試合場の外は大歓声だ。

 寓天の腕の鞭に翻弄される孫空女にからかいの言葉と卑猥な野次を浴びせ続ける。

 もう駄目だ──。

 このままこの鞭を打たれ続けたら大変なことになる──。

 孫空女は恐怖した。

 

 その孫空女に鞭が飛ぶ。

 胸の真ん中に当たり、左右の乳房を大きく揺らしながら臍から下腹部の亀裂にかけて鞭が擦り落ちた。

 眼もくらむような大きな疼きが股間から脳天に弾け飛ぶ。

 孫空女はがっくりと膝を折って、身体が前のめりに倒れるのを感じた。

 

「こりゃあ、感じすぎて愉しい身体だよ──」

 

 寓天が笑いながら鞭を振った。

 鞭が襲ってくる──。

 

 ほとんど無意識の行動だった。

 孫空女の両手は胸と股間を同時に打擲しようとしていた寓天の鞭を自分の手首に巻きつけていた。

 手首に鞭を巻きつけたまま、孫空女はとっさに鞭状の細い腕の途中を掴んだ。

 孫空女の手首に巻きついていた鞭先が外れて、鞭が寓天の身体に戻ろうとする。

 しかし、今度は孫空女は、自分から腕をからめてそれを防いだ。

 

「へへ……。うっとうしい鞭だけど、捕まえてしまえばこっちのものだよ……」

 

 孫空女は二本の鞭の腕をしっかりと掴んで寓天を睨みつけた。

 これまでに打たれ続けた鞭の衝撃で、腰から下が痺れたように震えていたが、まだなんとか戦える。

 孫空女は腕に巻きつけた鞭状の腕をゆっくりと手繰り寄せながら寓天との距離を縮めていった。

 

「ほう、ただの淫乱かと思ったら、見かけによらず少しは骨があるようだね。あたしを本気にさせた人間族なんて初めてだよ──。しかも、そんな状態でねえ……。あんたとは、できれば普通の状態で戦ってみたかったね」

 

 寓天は嬉しそうに微笑んだ。

 その余裕に腹が立つ。

 

「わ、悪いけど、こっちは人質をとられて真剣なんだ──。もう、片付けさてもらうよ」

 

 孫空女はいっきに腕に絡めた鞭の腕を引っ張った。

 相手の身体がこっちに倒れたところを頭突きでも拳でも蹴りでも叩きつけるつもりだ。

 

「うわっ」

 

 しかし、力の限り引っ張った鞭の腕がいきなり孫空女が握っている部分を残して切断された。

 引っ張った勢いのまま孫空女は後方に倒れ込んだ。

 そのまま倒れるところだったが、胴体が試合場を囲む縄にかかり、なんとか仰向けに倒れなくて済んだ。

 

「あたしの鞭を掴むことができるとは大したものだよ、孫空女……。だけど、切り離し自由とは思わなかったろう」

 

 寓天が声をあげて笑った。

 しかも、寓天が自ら切断した箇所から先の部分がもう再生している。

 あっという間に寓天の鞭状の腕は元の長さに戻ってしまった。

 

「と、蜥蜴の尻尾かよ──」

 

 孫空女が悪態をついた。

 試合場の反対側にいる寓天の腕の鞭が勢いよく振りあがるのがわかった。

 孫空女は鞭の予感に歯を喰いしばるとともに、両手を前にして裸身を守ろうとした。

 

 ところが次の瞬間、不意に腕に大きな圧迫感が走った。

 腕に巻きついている鞭がぎゅっと締まったのだ。

 しかも、背中にある試合場の周囲を囲む五本ほどの縄の真ん中くらいに切断された部分を巻きつけさせた。

 

「な、なんだい、これ──?」

 

 孫空女はびっくりした。

 寓天の鞭の腕は、自ら切断して失った部分を簡単に復活できるだけではなく、切り離した部分についても寓天の意思で動かせるのだ。

 

 それを悟ったときにはもう遅かった。

 右手は完全に試合場を囲む縄にとられて手首を巻きつけられている。

 それを外そうとした左手首についても、強い力で引っ張られて、やはり手首を縄に巻きつける。

 孫空女は寓天に身体を無防備に向けて、両手首を腰の左右で縄に拘束されてしまった。

 

「あたしの腕は、たとえ分断させてもあたしの意思で動かせるのさ。驚いたろう……? だけど、この手の内を見せたのは久しぶりだよ、孫空女」

 

 寓天の鞭の腕が動いた。

 鞭が孫空女の拘束された両手と胴体のあいだをすり抜けて両脇に食い込んで背中を襲った。

 

「ぐああっ」

 

 孫空女は身体を仰け反らせて悲鳴をあげる。

 鞭はさらに後ろ側から身体に巻きつき乳房の上下に絡んで擦りながら離れていく。

 痛みよりも異常なほどに敏感になっている乳房を激しく揺らされる刺激が孫空女を狼狽させる。

 

「あはあっ──」

 

 自分でもびっくりするような甘い声が出る。

 見物をしている兵たちが一斉に歓声をあげた。

 孫空女は自分の醜態に対する羞恥でかっと身体を熱くなるのがわかった。

 

「鞭で打たれて感じるなんざ、とんだ変態だね」

 

 寓天が笑った。

 

「お、お前、わざとやっているだろう──」

 

 孫空女は喚いた。

 

「わざとってなんだい、孫空女? 鞭打たれて感じたような声を出すからからかってんだよ。痛いのが気持ちいいなんてのは、お前が変態なんじゃないのかい」

 

 寓天の言葉に周囲が一斉に囃し立てる。あまりの口惜しさに孫空女はぐっと唇を噛んだ。

 しかし、言われてみると鞭打ちに快感を覚えるなんて、どうかしているような気がする。

 だが、孫空女は確かに、鞭の痛みの中に甘いざわめきのような感覚を覚えたのだ。

 だが、考えてみると、寓天は孫空女を鞭打っているだけだ。

 それで快感を覚えるなど、孫空女の身体がおかしいのかもしれないとも思った。

 

「ふふふ……、まあいいよ……。痛いのが好きならそうしてやるよ……。だけど、さっきも言ったけど、三十発もつのかねえ……。鞭打ちをやめて欲しければ、この試合場で犯してくれとお前から頼むんだ──。あたしは女だから、犯しやしないけど、人間族の女を犯したい亜人はいくらでもいるからね」

 

 寓天がにんまりと微笑む。

 冗談じゃない──。

 犯されることはもう覚悟しているが、自分から屈服することなどあり得なかった。

 しかし、どうせ、こいつらはなんだかんだと孫空女を弄んだ挙句に、凌辱するに違いない……。

 

 とにかく孫空女は試合場の外側の縄に締めつけている拘束を外そうと、切断された鞭状の手が巻きついている両手首に力を入れた。

 だが、寓天から切り離された鞭の腕先は、孫空女が力を入れるとそれに応じてぎゅっと手首を締めつける。

 やはり、意思を持っているようだ。

 筋肉を弛緩されている今の孫空女の状況では、これを外すのは難しそうだ。

 

「あ、あたしをご主人様や仲間に会わせると約束しな……。そうしたら、いくらでも犯させてやるよ──」

 

 孫空女は捨て鉢に叫んだ。

 寓天に向かって叫んだのではない。

 試合場の外で見ている玄魔(げんま)火箭(かせん)に向かって言ったのだ。

 しかし、寓天はそれが面白くなかったらしい。

 

「どこを見ているんだい、孫空女──」

 

 右の太腿が打たれ、一瞬後に左の脇腹を鞭が舐めた。

 

「ぐっ」

 

 孫空女は迸りかけた声を必死で抑えつけた。

 今度は、さっきのような快感と激痛が混じりあったようなおかしな衝撃ではない。

 痛みそのものだった──。

 

 怖ろしいほどに無慈悲で──。

 残酷で──。

 意地悪な二発の鞭打ちだ。

 

 腿を襲った鞭はまるで鋭利な刃物で肌を突き刺され、そこを木の棒を抉られてぐりぐりと傷口を掻き回されるような痛みだ。

 しかし、実際には肌は破けずに、孫空女の裸身に細い蚯蚓腫れをつけるだけだ。

 

 一方で、脇を襲った鞭は打たれた場所そのものよりも、身体のもっと深い部分の芯を直接に襲うような激痛だ。

 打たれたのは外側なのに、痛みは身体の内側からやって来るのだ。

 同時に襲った左右の鞭の痛みはまるで違う。

 この寓天は、種類の違う鞭打ちを時間差をつけて打つ効果を知り尽くしているようだ。

 

「声を出さないつもりかい──。面白いねえ……。やってごらん──」

 

 全身を寓天の鞭が襲い始める。

 

 脇の下──。

 背中──。

 腹──。

 太腿──。

 

 寓天の両腕は寓天の胸の前で組まれていて、仁王立ちの寓天は孫空女と少し離れた位置で少しも動いていない。

 動いているのは、胴の脇から出ている三番目と四番目の腕だけだ。

 それにも関わらず、鞭状の腕は、孫空女を四方八方から打っているかのように、予測のつかない角度で襲い続ける。

 

 まるで骨が砕けたかと錯覚するような痛みだ。

 それが全身に迸り続ける。

 

 それでも孫空女は声だけは出さなかった。

 意識が飛ぶような激痛の中で、必死の思いで口を閉じ続けた。

 

 打たれた鞭の数は十発を超え──すぐに二十発に達した。

 それからはもう数などわからなくなったが、鞭打ちの数は三十発どころか、倍の六十発にもなったかと思う。

 

 孫空女の身体は縛られている手首を残して、がっくりと前に倒れた。

 するとくるくると胸の上下に鞭先が絡みついた。

 そして、孫空女が背負っている縄に絡んで、孫空女の上半身を起きあがらせて固定する。

 孫空女の胴体の固定が終わると、その鞭先はまた切り離される。

 切り離された半分以上の長さを失った寓天の鞭はすぐに復活していく。

 

「生意気な人間族の女だよ──」

 

 すでに寓天の顔から余裕のようなものが消えて、焦りのようなものが浮かび出しているのはわかった。

 それにつれて、寓天の鞭はさらに容赦のないものに変化していっていた。

 

 そして、さらに苛酷な鞭責めが襲った。

 これまで直接的には打たれなかった下腹部そのものに鞭先が弾き飛んだのだ。

 それでも一回は脚を踏ん張って耐えたが、寸分違わす同じ場所に二度目の鞭を受けたときには、もう耐えられなかった。

 

「んんんっ──」

 

 孫空女はあまりの衝撃と激痛に全身を限界までのけ反らせた。

 力を失いかけていた全身の筋肉という筋肉が突っ張る。

 そして、次の瞬間に完全に脱力して前のめりに倒れ込む。

 しかし、さっき胸に巻きついた鞭状の手の蔓が孫空女が床に倒れるのを防ぐ。

 

「まだ、声を出さないのかい。じゃあ、もう一発だよ──」

 

 寓天は怒りのようなものを顔に浮かべて、真っ赤な顔でさらに同じ場所に向かって鞭を飛ばす。

 

「んんっ」

 

 孫空女は今度は膝を曲げて腿で受けとめ、なんとか下腹部への直接的な打擲を避けた。

 さすがにこれだけ打たれ続ければ、眼も慣れてくる。

 最初の頃のように、鞭がやってくるのがわからないというようなことはない。

 

「その脚が邪魔だよ──」

 

 両方同時に足首に鞭先が絡みついた。

 鞭先が切断されて、両側に孫空女の脚を拡げていく。

 すでに全身の力が抜けている孫空女の脚はまったく抵抗できないまま、大きく脚を拡げられてしまう。

 すぐに切断された鞭先がまた縄に絡みついて、脚を固定してしまう。

 

「じゃあ、残り五発だ──。五発の全部をその股ぐらに打ちつけてやるよ──」

 

 完全に寓天は怒っているようだ。

 最初に三十発で孫空女を陥すと宣言して、倍の鞭を打ちつけても孫空女は耐えている。

 おそらくそれは彼女の誇りを傷つけるようなことなのだろう。

 

 抵抗の手段を失って、ただ寓天の鞭を打たれるだけのことしかできない孫空女には、それだけが少し溜飲がさがることだった。

 いずれにしても、両手首、胸の上下、両足首を背後の試合場を囲む縄に括りつけられた孫空女には、正面から襲う鞭を防ぐ方法が完全になくなった。

 これから寓天の宣言した股への打擲を受けても、もう、ただ耐えること以外にはなにもできない。

 

「一発目だよ」

 

 鞭状の腕を復活させた寓天が叫んだ。

 火のついた松明を股間に押しつけられたかと思うような衝撃が股間に走った。

 かろうじて声だけは出さなかったが、残り四発など絶対に受けることは不可能だと思った。

 しかも、一発といっても左右から襲う鞭はわずかな時間差を設けて二発が襲ってくる。

 痛みの性質の異なる二発の鞭を股間に続けざまに打たれた衝撃で、孫空女はすでに一回目にして、自分の意思が砕けかけていることを悟るしかなかった。

 

「二発目だよ──」

 

 二発目を受けた。これは気力で打ち勝つなど無謀だと思った。

 

「まだ、声すら出さないのかい──」

 

 寓天の形相が憤怒に包まれている。

 

 三発目──。

 

 四発目──。

 

 孫空女は必死の思いで顔をあげて寓天を睨んだ。

 抵抗できることはそれしかないからだ。

 朦朧となっている視界に、焦った表情の寓天の姿が映った。

 

「それっ」

 

 二本の鞭が同時に肉芽そのものに飛んだ。

 

「んんがああっ──」

 

 孫空女は吠えた。

 必死でつぐんだ口からは完全に悲鳴が迸っていた。

 一瞬にして孫空女は目の前が真っ暗になり、拘束された身体が脱力するのがわかった。

 

 がくんという振動で少し意識が戻った。

 はっとした。

 

 ほんの一瞬だと思うが失神したのだと思う。

 そして、愕然した。

 

 自分の股間からじょろじょろと尿が流れていた。

 失禁したのだ。

 孫空女はあまりもの恥辱にぐっと唇を噛みしめた。

 

 しかし、股から流れ続ける尿はとまらない。

 しばらくのあいだ、孫空女は恥辱の放尿姿をそこで晒し続けるしかなかった。

 

「だ、出すもの出したら、すっきりしたよ……。じゃ、じゃあ、いくらでも打ってきな……」

 

 それでも、放尿が終わると、孫空女は寓天を睨んで呻いた。

 どんなに醜態を晒しても、屈服だけはしない……。

 最後の最後の気力で、孫空女はそれだけを思った。

 

 笑うなら笑えばいい……。

 

 凌辱するならすればいい。

 

 殺すなら殺せばいい……。

 

 しかし、絶対にこっちから犯してなどとは言わないし、自ら命令には従ったりはしない──。

 それだけを強く思った。

 

 だが、なんとなく周囲がざわめいている。

 孫空女の失禁を嘲笑しているというよりは、期待が外れたことに失望しているような感じだ。

 試合場の兵たちもそれほど騒いでない。

 どちらかといえば静まりかえっている。

 

「お、お前……。な、生意気だよ──」

 

 やがて、寓天が震えた声で言った。

 寓天の顔に明らかな屈辱感が滲み出ていることに孫空女は気がついた。



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479 痛みと快感ー寓天

「お、お前……。な、生意気だよ──」

 

 寓天(ぐうてん)の言葉には彼女の屈辱感が滲み出ていた。

 しかし、そのこと自体が孫空女には腹が立つ。

 

 三十発で孫空女を陥すと宣言して、その倍以上の鞭打ちを浴びせても、孫空女が屈服しなかった……。

 それがなんだというのだ。

 

 孫空女はそれだけの鞭を浴び続け、衆人の前で失禁をするという醜態を演じさせられたのだ。

 それに比べれば、寓天の誇りが傷つくことなど屈辱でもなんでもないはずだ。

 この女には絶対に負けない──。

 孫空女は心の底からそれを強く思った。

 

「寓天、その孫空女をいくら痛めつけても無駄だ。そんなことではこの女は屈服はせんぞ」

 

 試合場の外から玄魔(げんま)の声が響いた。

 

「そ、そのようですね、玄魔将軍……」

 

 寓天が無念そうに言った。

 

「……まあ、それだけ鞭が好きなだけかもしれん。この孫空女はあの宝玄仙の雌奴隷だからな。きっと、鞭打ちは調教で何度も受けて大好物なんだろうさ」

 

 火箭(かせん)が揶揄するような陽気な声をあげた。

 静かになりかけていた試合場が笑いに包まれた。

 

「お前、調教されたことがあるのかい?」

 

 寓天もふっと顔を綻ばせた。

 興奮していた様子だった寓天が火箭の軽口ですっと冷静さを取り戻した気がした。

 

「お、うるさい──。お、お前に関係ないだろう──」

 

 孫空女は、この隙になんとか拘束された身体が解けないかと身体を揺らしながら怒鳴った。

 しかし、寓天の切断された鞭状の腕の蔓は孫空女の両手両足と胴体をしっかりと背中の縄に括りつけて離れない。

 しかも、長い鞭責めで孫空女の身体は痺れたようになっている。

 なかなか指先に力が入らない。

 

「そうかい……。お前のような女戦士が、実は調教された雌奴隷かい──」

 

 なにが可笑しいのか寓天は試合場の真ん中で馬鹿みたいに笑い出した。

 そのとき、はっとした……。

 

 ほんの少しだが孫空女の両手首を締めつけている手の蔓が緩んでいるのだ。

 わずかだが手首に余裕ができている……。

 それだけじゃない。

 

 全体的な締め付けが緩んでいる……。

 

 もしかしたら、寓天が笑うことで精神集中に影響が生じ、切断した手の蔓を操ることができ難くなっているのではないだろうか。

 そうであれば、これは絶好の機会かもしれない。

 この寓天に勝利さえできれば、宝玄仙たちと会わせてもらえることになっている。

 だから、なんとしても勝ちたい。

 

 身体を拘束している鞭の蔓を振りほどいて、一気に寓天の顔面に拳を叩きつけることができれば……。

 筋肉を弛緩されられているとはいえ、孫空女の力はもともと人並み外れて強いのだ。

 それなりの攻撃力が残っているはずだ。

 

 寓天は笑い続けている。

 やっぱり、だんだんと締めつけが弱まっている。

 しかも、もう少しで手首も抜くことができそうだ。

 周囲の兵たちも孫空女を野次ってはいるが、いま孫空女が、必死に拘束されている寓天の手の鞭からの縄抜けをしようとしていることには気づいていないようだ。

 もっと話を続けられれば……。

 

「なるほどねえ……。お前が異常に鞭打ちに耐性があるのは、その宝玄仙とかいう女に調教を受けたからかい──。それなら納得だよ。そう言えば、最初の頃に鞭打ちによがっていたじゃないかい。あたしもその時に気がつくべきだったよ──」

 

 寓天がそう言うと、周囲が笑いに包まれた。

 孫空女は血が沸騰するような恥辱にぐっと歯を噛みしめた。

 

 しかし、同時に思った──。

 こうなったら、恥でもなんでも晒してやる。

 もう少しで手が解けると思うのだ……。

 それまで、なんとか会話を長引かせるのだ。

 

「じょ、冗談じゃないよ──。あ、あたしのご主人様は鞭打ちなんて下品な責めはしないんだよ」

 

 孫空女は声をあげた。

 寓天は一瞬だけ呆気にとられたようだったが、すぐにまた爆笑した。

 それにつれて、さらに身体を拘束している蔓が緩む。

 やはり、高い精神集中がなければ、切断された手を操ることなどできないのだ。

 

 これなら、いけるかもしれない──。

 おそらく反撃の機会は一度だけだろう……。

 その一撃にすべてを託す──。

 孫空女は懸命に手首と足首を動かし続ける。もう少しで解ける──。

 

「じゃあ、どんな調教を受けたんだい? 教えておくれ」

 

 鞭状の手がするすると孫空女の裸身に迫ってきた。

 一瞬、鞭打ちの激痛の恐怖が頭をもたげたが、今度の手の蔓は鞭打ちが目的ではなかった。

 寓天の胴体から生えている左右の長い蔓の腕が、孫空女の両方の乳房の根元をくるくると掴むとともに、さらに先端で乳首を弄びながら揉み始める。

 

「はうっ──」

 

 強烈な愉悦が迸った。

 すでに全身が媚薬で溶けそうなくらいに爛れきっていたのだ。

 しかも、長時間の鞭打ちで孫空女の肉体は、神経が尖りきっているようになっている。

 そこに一転して官能責めを加えられるのはつらい。

 瞬時に孫空女の身体は身体の芯から沸き起こるような甘美な陶酔のうねりに包まれる。

 

「あっ、ああっ、はああっ──」

 

 孫空女は堪らず首を左右に振って激しく身悶えした。

 その痴態に周囲の亜人の兵たちが手を叩いて悦ぶのがわかった。

 

「なるほど、これが調教された胸かい……。媚薬を飲まされているとはいえ、普通の反応じゃないねえ……。それじゃあ、こっちはどうだい?」

 

 二本の鞭状の腕の先が、乳房を離して孫空女の股間に伸びた。

 細い蔓状の先が孫空女の快感を導きだすように、肉芽や女陰をゆっくりゆっくりと動き続ける。

 

「んんっ──くうっ……そ、そんなの……」

 

 拘束された身体に快楽の荒波が広がる。

 絶頂の予感に孫空女は恐怖した。

 格闘の試合の途中でいかされるなど屈辱以外の何物でもない。

 しかし、妖しい快感は凄まじい勢いで上昇していく。

 

「あはあっ、あぐっ……んああっ──」

 

 快感が制御できない。

 絶頂の波が襲う。孫空女はなんとかほかのことを考えて意識から股間の感覚を逸らそうとした。

 

「淫らな顔をするじゃないか、孫空女……。だけど、これから先は、お前のよがり顔に見入っている男たちにやってもらいな。それにしても、本当に淫乱な身体だよ」

 

 寓天が嘲笑しながら、孫空女の股間をまさぐっていた手の蔓をふっと解いた。

 孫空女はほっとした。

 なんとか、ぎりぎりのところで持ち堪えたと思った。

 しかし、安心したのも束の間、今度は鞭状の手の先が孫空女の後ろに回り、肛門のまわりを動き始めた。

 

「そ、そこは──」

 

 孫空女は狼狽した。

 尻はなんといっても孫空女の最大の性感帯だ。

 宝玄仙にそうなるように調教されてしまったのだ。

 ただでさえ、その場所を愛撫されるというのはなによりの恥辱なのに、それを大勢の亜人の兵が見守る状況で受けなければならないのだ。

 孫空女はその屈辱から逃れたくて、半ば無意識に尻を左に右にと動かして、懸命に肛門の入口を蔓先から逃れさせようとした。

 

「おやおや、反応が激しくなったねえ……。尻を振り立てるほどに気持ちいいのかい。もしかして、ここも調教されているのかい?」

 

 肛門の入口をくすぐるように動いていた腕の蔓がゆっくりとすぼまりの中に侵入してきた。

 そして、細い先端になっている蔓先でお尻の中の内襞を一本一本探るように内側から擦ってくる。

 

「あっ、あはああっ、だ、駄目だよ──い、いく、いくよっ──。そ、そこはだめぇ──」

 

 孫空女は信じられないような刺激に襲われて、一気に快楽の頂点を極めそうになった。

 ここがどこでどういう状況であり、誰に愛撫されているのかということも一瞬忘れて、咆哮するように悲鳴をあげた。

 すると、肛門に入り込んでいる鞭状の指の先端がぴたりと静止した。

 

「おお、驚いた……。いく、いくっって……。お前、仮にも試合中だよ。もう少し、慎みのある言葉を吐けないのかい──」

 

 寓天の呆れたような声が聞こえた。

 それで、孫空女も我に返って顔をあげた。

 

 寓天が苦笑している。

 たったいまの自分の醜態に気がついて、孫空女はかっと恥じ入りたいような気持になって顔を伏せた。

 だが、これまで以上に身体を縛っている蔓が緩んでいることにも気がついた。

 

 もう少し……。

 あと、ほんの少しだけ時間があれば……。

 

「それにしても、ここは随分と柔らかい尻穴だねえ……。温かいし、ねっとりと濡れているように体液で湿っているようだねえ……。なによりも、硬さの欠片もないよ。押せばどこまでも拡がるような気もするし、それでいてしっかりと締めつけるんだねえ……」

 

 再び蔓先が孫空女の菊門の中で動き出す。

 今度はあっという間に孫空女を追い詰めないように、もの凄くゆっくりと動いている。

 そして、するするとさらに奥深くに入り込みながら、ところどころを確かめるように左右に動いたり、回転したりする。

 

「ああっ……い…………や……く、くうっ……」

 

 それでも孫空女には十分な刺激だった。全身がどろどろになるような快感がゆっくりとせりあがっていく。

 周囲の兵たちが歓声をあげるのをやめ、息を呑むように自分の痴態を眺め出しているのがわかる。

 しかし、どうしても快感をとめられない。

 

 孫空女は辛うじて残る理性で、懸命に縄抜けをしようともがいていた。だが、蔓のような鞭状の腕の侵入に身体が激しく悶えさせてしまう。

 縄抜けにも集中できずに、もう少しのところで手首と足首の蔓が外れない。

 蔓が妖しい抽出を始めた。

 

「うはあっ……あはあっ……ああっ──」

 

 孫空女は身体を弓なりにして叫んだ。

 脂汗にまみれている身体からさらに汗が噴き出す。

 

「……それにしても、ここは綺麗に洗っているようだね。いつもそうしているのかい、孫空女?」

 

 寓天が孫空女の肛門を弄びながら笑って質問した。

 

「う、うるさい……。と、特別の……あっ、ああっ……あ、洗い粉で……き、きれいに──。そ、それが……ご、ご主人様の……言いつけ…………あむうっ……うぐうっ……」

 

 蕩けるような声が口から漏れ出る。

 手首が抜けるのがもう少し……。

 もう少しなのに、最後がうまくいかない……。

 

 少しでも時間を稼がなければ……。

 それを思って、孫空女は恥を承知で宝玄仙の尻穴をいつもきれいにしろと命じられていることを話した。

 

「さて、お遊びはこれくらいでやめるかい──」

 

 すっと尻穴から蔓が抜けた。

 同時にかなり緩まっていた身体の蔓がぎゅっと元の締めつけを取り戻してしまった。

 

「あっ──」

 

 思わず孫空女は叫んだ。

 すると寓天が爆笑した。

 

「お、お前って……、本当に馬鹿正直だねえ……。密かに縄抜けをしようとしていたのは気がついていたけど、失敗したとしても、次の機会を待つために、それを隠すというようなことはしないのかい──。まあ、もっとも、いまのは拘束から抜け出せないくらいにわざと緩めていたんだけどね……。そうすれば、時間を稼ごうと思って、聞かれたことをなんでも喋るんじゃないかと思ったからね──。そうしたら、お前って、まったくこっちの思い通りに動くんだねえ──。根が正直なのはよくわかったよ──。可愛いものさ……」

 

 かっとなるととともに愕然とした。

 寓天は孫空女が縄抜けをしようともがいているのを十分に知り抜いていて、意図的に緩めていたのだ。

 孫空女の心に寓天の手の上で踊らされているという屈辱が湧きたつ。

 

「さて、いずれにしても、遊びはもうしないよ……。あたしの鞭とお前の精神力の勝負といこうじゃないかい──。こうなったら、なにがなんでも、お願いだから犯してくれという言葉を言わせてやるよ」

 

 寓天の顔から笑みが消えて、孫空女を睨んだ。

 

 

 *

 

 

「ふ、ふざけるな──下衆女──」

 

 憤怒の塊りを表に表しながら孫空女が叫んだ。

 感情が噴き出すような孫空女の悪態に、寓天は呆気にとられたが、それは周囲の亜人の男たちも同じのようだった。

 室内訓練場全体に響き渡った孫空女の強気の言葉に、周囲に一瞬だけだが静寂が訪れた。

 

 もっとも、次の瞬間には再び、人間族の女戦士を裸にして鞭責めにしているという興奮の熱気に戻ったが……。

 寓天は鞭打ちの手を休めて、胴体の横から出ている二本の鞭状の腕を身体に戻した。

 訓練のために身に着けていた薄い鎧下の肌着の下は汗でびっしょりだ。

 

 それにしても一体全体、この人間族の女ひとりにどれだけの鞭打ちを浴びせたのか……。

 寓天の記憶にある限り、この半分の数だって、いままでに獲物に浴びせたことはない。

 しかも、相手は完全に拘束されて抵抗の手段をすべて奪われている若い人間族の女なのだ。

 

 寓天の鞭を受ければ、普通の獲物だったら十発ももたない。

 どんなに屈強な亜人の戦士でも二十発も寓天の鞭を浴びせれば音をあげる。

 もうやめてくれと泣き叫び、哀れに媚びはじめる。

 それなのにこの孫空女は、もう百発以上は耐えている。

 

 最初だけで八十発は喰らわせた。

 休憩をして乳房と肛門を少しばかり弄くってからも、五十発は浴びせたと思う。

 

 寓天の鞭は左右からの一打ずつで一発と寓天は勘定している。

 だから、実際にはその倍の数を浴びせたことになる。

 

 それでも、まだ孫空女は悪態をついてみせる……。

 

 それでも、気丈に虚ろな顔で寓天を睨み返してくる……。

 

 それでも、まだ自分の脚で立っている。手足と胴体を縛って倒れないようにしているといえどもだ。

 

 どうして、これだけの精神力を保ち続けることができるのか……?

 失禁だって一度ならず、二度もした。

 その恥辱だって耐えがたいものであるはずだ。

 それなのに、まだ堕ちない──。

 その様子さえない……。

 

 久しぶりに寓天が味わった敗北感だ。

 しかも、寓天が拘束された人間族の女を鞭で責めて、手こずっているという状況をこれだけの兵に見られている。

 それが寓天の汚辱をさらに濃いものにしていた。

 実際のところ、この孫空女に与えた鞭打ちの数は覚えていない。途中で数えることも放棄した。

 いずれにしても、寓天には敗北は許されない。

 

 敗北というのは、最後まで孫空女に屈服の言葉を言わせることなく、この鞭責めが終わることだ。

 気絶させるほどの苦痛を与えることも、殺すことだって簡単にできる。

 しかし、それは寓天の敗北と同じだ。

 

 この状況で孫空女に致命傷を与えることは、寓天の恥を上塗りすることにしかならないし、第一、この孫空女はいずれは、北の地を治める金凰魔王に性奴隷として献上されるという。

 傷を残すような鞭打ちは許されていないのだ。

 

 その制限があるからといって、この孫空女を陥せなかったというのは通用しないだろう。

 この汚名をそそぐには、なんとしても孫空女に屈服の言葉を口にさせるという完全勝利しかない。

 

「下衆女という言葉を取り消しな、孫空女──」

 

 寓天の鞭が一度床を叩いて、その勢いを残したまま孫空女が開かされている股間を真下から上に突きあげるように打擲した。

 孫空女は獣のような絶叫をしてがっくりと身体を脱力させた。

 

 孫空女の意識が飛んだことは明らかだ。

 しかし、二発目の鞭が胸に当たり、胴を抉って股間を舐める。

 とまっていた孫空女の身体が左右に動いて悶えるような仕草を見せる。

 孫空女の飛んでいた意識が戻ったのだ。

 しかし、孫空女は完全に全身をうな垂らせたまま、荒い息を肩でするだけだ。

 

「とりあえず、下衆女というのを取り消しな──。さもないと、まったく同じ鞭を浴びせるよ」

 

 すると孫空女の身体がびくりと震えた。

 鞭が痛くないということではないことは、それでわかる。

 

 孫空女の顔があがる。

 その表情には明白な怯えがある。

 

 さっきの鞭は堪えたのだ。

 力を加減してあるとはいえ、股間への鞭の直撃だ。女にとって、これほどの恐怖はないだろう。

 それを股を開いて拘束された無防備な股間に受けなければならないのだ。

 

 股に響く鞭打ちの痛みはただの痛みではない。

 神経を抉り、脳天そのものに痛覚を送り込むような激痛だ。

 耐えられるようなものではないはずだし、その証拠に一瞬だが孫空女は覚醒のための鞭打ちを与えなければ、そのまま失っていたに違いない気絶をしているのだ。

 

「と、取り消すよ……」

 

 孫空女は口を開いた。

 やっと、屈伏らしい言葉を口にさせることに成功したという安堵感が寓天を包んだ。

 これなら、もう少しかもしれない……。

 

「……あんたは糞女だ……」

 

 続く言葉を孫空女は朦朧をしている顔で口にした。

 寓天は怒りよりも、この孫空女に怯えのようなものまで感じた。

 

 この女はなんなのだ……。

 これだけの苦痛をどうして耐えられるのだろう。

 

 同時に、この女を性奴隷にしているという宝玄仙という女に少しだけ興味を抱いた。

 確か、仮りの魔王宮としているこの城郭の元の州伯の屋敷の地下に監禁されているはずだが……。

 

「まだまだ、元気のようだね。嬉しいよ、孫空女──」

 

 寓天は孫空女への鞭打ちを再開した。

 雨垂れが孫空女に落ちるように、寓天は左右の鞭を孫空女の全身に浴びせ続けた。

 もう、孫空女の鞭打ちによる蚯蚓腫れは全身に及んでいる。

 この玄魔隊には、負傷などあっという間に治療できる魔薬がふんだんに準備されているので傷が残ることはないと思うが、寓天もその魔薬の治療の限界寸前までの激しさを孫空女に与え続けている。

 

 あと何回打てばいいのか……。

 十発?

 

 二十発?

 

 寓天の経験では、とっくの昔に孫空女の崩壊は起きているはずだった。

 しかし、孫空女は半分意識を失いながらも、まだ気丈さを保ち続ける。

 寓天は息切れを感じて、鞭打ちを再び中断した。

 そして、再びこの孫空女の女主人だという宝玄仙のことを考えた。

 一体全体、この女をどうやって落としたのか訊ねてみたくなったのだ。

 寓天は鞭状の手を伸ばして、すっと孫空女の太腿の内側を擦った。とたんに孫空女の身体が弾かれるように動いた。

 

「ひうっ、や、やめ……」

 

「ここが効くようだね……」

 

 寓天はそのまま鞭の腕の表面で股間の付け根を擦った。

 

「あっ、あはあっ……い、いやあっ……あ、ああっ……」

 

 股に与える刺激で孫空女が悶えだした。

 寓天も呆れるくらいの反応だ。

 もともと、強烈な媚薬を飲まされすぎて股倉が洪水のように愛液でべしょべしょになっていたが、ほんの微かな刺激だけでまるで尿を洩らしたかと思うような体液が孫空女の両方の腿に流れ出す。

 だが、すでに二度の失禁で膀胱にはなにも残っていないはずだ。

 だから、この大量の汁は紛れもなく孫空女自身の愛液なのだ。

 

「や、やめ……ないか──、この……糞女──」

 

 孫空女は叫んだ。

 寓天にはそれが孫空女の最後の余力であるように感じた。

 

 孫空女は追い詰められている。

 それはその表情からわかる……。

 

 しかし、同じことを何度も思った。この女はもうすぐ堕ちるのだと……。

 そう思って鞭打つのだが、結局は堕ちない……。

 

 そして、繰り返し……。

 

 寓天は孫空女の股間を束の間、刺激し続けた。

 孫空女は驚くような激しさでよがり狂っている。

 

 あれほど痛みには耐えるのに、全く快楽には恐ろしく弱いものだ……。

 その格差に呆れてしまう……。

 寓天は孫空女を悶えさせながら苦笑した。

 痛みにはこれほどの精神の防壁を示してみせるのに、快楽には他愛なくすべてを受け入れていまう……。

 

 それでふと思った。

 快楽を与えながら、鞭の苦痛を与えればどうだろうか……?

 孫空女の強靭な精神の防壁は崩壊し、剥き出しの精神に鞭の攻撃を受けることになりはしないか……。

 寓天はいまだ股間近くを触れさせたままだった蔓手の先端を切り離して、孫空女の股間に残した。

 ゆっくりと股間の頂点の陰核に向かって進ませる。

 

「ひいっ──」

 

 孫空女の顔が怯えそのものになった。

 なるほど、そういうことか……。

 この女の責め方がわかった……。

 寓天はほくそ笑んだ。

 

「あはあっ、こ、これはやめて──あはあっ、あっ……ああっ……」

 

 股間に残したのはほんの指ほどの長さの先端だ。

 それが孫空女の肉芽に至ってその周りを擦り動かした。

 孫空女の身悶えは激しいものになり、孫空女の顔から一切の気丈さが消滅した。

 

「それっ──」

 

 寓天は再生させた腕の鞭を孫空女に浴びせた。

 

「あがあああっ──」

 

 孫空女が吠えるように絶叫した。

 

 二発目──。

 また孫空女が悲鳴をあげた。

 

 あれだけ声をあげなかった孫空女は、いとも簡単に悲鳴をあげている。

 そのあいだも肉芽を責めさせている蔓手の先端は孫空女の股間を刺激し続けている。

 快感による悶えなのか、鞭打ちによる痙攣なのかわからないが、孫空女の身体から小刻みな震えがとまらなくなった。

 

 五発──。

 

 十発──。

 

 十二発……。

 

 孫空女は完全に常軌を逸したに状態になった。

 快感と苦痛──。

 

 それを同時に与えられて、孫空女はどちらにも備えられなくなって狂ったようにもがき出した。

 

「どうしたい、孫空女──? まだまだ、続けるかい?」

 

 寓天は言った。

 堕ちる──。

 確信した。

 

 すでに孫空女の意識はほとんど残っていない。

 それなのに、痛みと快感で無理矢理に意識を保たされた半覚醒状態になっているのだ。

 もう、意思など残っていない状況だ。

 

「ゆ、許して……。も、もう、打たないで……」

 

 ほとんど聞き取れないような声だが、孫空女の唇がわずかに動いて、その言葉を口にした。

 寓天の身体に激しい愉悦が湧き起こった。

 ついに、その言葉を孫空女から引き出したのだ。

 

 寓天は再び鞭打ちの態勢を取り直すと、これまでで最大の激痛を孫空女に浴びせた。孫空女の気を失わせることを目的とした一発だ。

 

「あがあああっ──」

 

 乳房と股間に鞭打ちを浴びた孫空女は、身体を大きく弓なりにして激しく痙攣した。

 そして、拘束された身体を完全に脱力させて、孫空女はついに前のめりに倒れていった。



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480 挿入された模擬男根-獣鬼(じゅうき)

 水をかけられた。

 孫空女は眼を開けた。

 

 一瞬、どういう状況なのかわからなかったが、玄魔隊という亜人軍の隊に連れていかれて、全裸で格闘の試合を強要されていたのだと思い出した。

 そして、寓天(ぐうてん)という四本腕を持つ女の亜人に鞭責めにされて、おそらくその途中で気を失ってしまったのだと思う。

 

「小便と汗を洗い流すついでだ。次の対戦者の獣鬼(じゅうき)様がお待ちだ。さっさとしな、女」

 

 声をかけたのは、下級兵らしき亜人の男ふたりだ。

 木の桶をそれぞれ持っていて、にやにやしながら孫空女を見下ろしていた。

 どうやら試合場の真ん中で仰向けなって横になっていたようだ。

 視界にふたりの亜人の兵の顔と室内訓練場の天井が映る。

 寓天の鞭状の腕の蔓で拘束されていたと思うが、いまはそれは外されていた。

 

 身体が異常に熱い……。

 頭も朦朧としている。

 それが試合に先立って飲まされた媚薬のためなのか、それとも全身に浴びせられた寓天の鞭責めのためなのかはわからない。

 とにかく、身体がまだ痺れたようになっている。

 

「準備ができたら声をかけてくれ、孫空女……。だが、お前は今日だけで十人の玄魔隊の選抜者と対戦をすることになっているんだ。ゆっくりしている余裕はねえぞ」

 

 首を曲げて声の方向を見た。

 額に二本角のある妖魔が試合場を囲む直柱の一本を背凭れにして立っていた。

 上半身は裸身で見事な筋肉をしている。

 こいつが獣鬼という次の対戦相手のようだ。試合場を見回したが寓天はいない。

 もうすでにどこかに去ったらしい。

 孫空女に水をかけた亜人兵ふたりも試合場を囲む縄の外に出て行くのが見えた。

 孫空女は試合場の中に、その獣鬼とふたりで残された。

 

 とにかく、起きあがろうとした。

 しかし、異常に手足がだるい。

 手足だけではなく、やはり全身が重い。

 それに異常なほどの身体の火照りだ。

 身じろぎしただけで、股間にねちゃりとした愛液の感触があった。

 

 そして、はっとした。

 なにかの異物が股間にある。

 

「あふっ……」

 

 不意にびっくりするような官能の刺激が襲った。

 股間の中が突然ぶるりと震えたのだ。

 孫空女は慌てて自分の股間に視線をやった。

 

「うわっ」

 

 思わず声をあげた。

 自分の股間に真っ白い模造の男根がそそり勃って逞しく天井を向いている。

 真っ白い表面をしているということを除けば、あまりにも本物の男根にそっくりだった。

 先端はぷっくりと膨らんで亀頭をかたち作り、筋も入っていて尿道もある。

 また、なぜか幹の表面にはごつごつとした小さな突起物がたくさんついていた。

 それが孫空女の女陰に物の見事に挿さっている。

 眼に見える男根の張形の根元からの続きの部分は、孫空女の膣に深々と挿入もされているようだ。

 

 つまり、孫空女はいわゆる双頭の張形を女陰に挿入されているのだ。

 一見してこの淫具が霊具であることはわかる。

 かなりの霊気が充実しているのだ。

 

「気に入ったか、孫空女──。男まさりの女傑のお前に敬意を称して、珍棒を生やしてやったぞ。俺からの贈り物だ。女でありながら男の快楽も愉しめるという優れものの霊具だ。女のお前にはぶらぶらして戦いの邪魔かもしれねえが、男にはみんな付いているんだ。まあ、慣れろよ──」

 

 火箭(かせん)の声だ。

 それとともに、どっと周囲から笑いが湧き起こった。

 

「じょ、冗談じゃないよ──。こんなの付けて戦えるかよ──」

 

 孫空女は上半身を起こして、股間の異物を抜くために模造男根の幹をぐっと強く握った。

 

「はうううっ──」

 

 その瞬間、異常な感覚が孫空女の膣の中に起こった。

 孫空女は思わず身体を仰け反らして声をあげるとともに、慌てて握っていた模造男根の手を離した。

 しかし、なにか尿意のようなものが股間から模造男根にせりあがり、わずかだが、模造男根の先端から透明の粘性の液体がぴゅっと少しだけ飛び出した。

 

「うっ」

 

 まるで小さな快感が外に飛んで逃げていったような不思議な感じだ。

 しかし、それでいて、体内には孫空女を蝕む淫情が嵐のように駆け巡っている。

 まず、びっくりしたのは、まるで本物の肉体の一部であるかのような感覚が模造男根を触れたときに孫空女の身体に伝わってきたことだ。

 それだけではなく、先端から淫液の塊のようなものが飛んだとき、それが男根の中を走っていく感触までしっかりと伝わった。

 さらに、男根を握ることで、孫空女の女陰に挿さっている部分の張形が強い刺激を膣の中で送ってもきた。

 

 得体の知れない快感に襲われて狼狽えていた孫空女の耳に、火箭の大きな笑い声とそれに続く周囲からの歓声が響いた。

 孫空女ははっとした。

 

「おいおい、さっそく勇み汁を垂らしたのかよ──。まあ、俺の準備した薬が効いているのだろうが、それでも、かなりの感受性の高さだな。ちょっと膣を刺激されただけで、もう出したのか?」

 

 火箭は笑い続ける。

 孫空女はさっきの現象がなんであるのかを全く理解できずに呆然とした。

 

「か、火箭、これはなんだよ──?」

 

 孫空女は火箭を睨みつけるとともに、もう一度、この張形を抜こうとした。

 さっきのおかしな刺激はこの双頭の張形によるものに違いないのだ。

 しかし、棹の部分を掴もうとして躊躇した。

 さっきは、この張形をぐっと握った途端に股間に刺激が走ったのだ。

 そして、急激に淫情に襲われて、まるで男の精液のようなものが先端から飛んだ。

 飛んだ瞬間に変な感触も孫空女を襲った。

 大きな愉悦が一気に昂ぶり、先端からの粘性物の放出とともにそれが消滅するという感覚だ。

 これはなんなのか……。

 

「いいから、抜いてみろよ。遠慮はいらないぜ」

 

 火箭が試合場の外からにやにやしている。

 ふと見るとほかの見物の兵たちも同じだ。

 玄魔でさえも卑猥な笑みを浮かべている。

 孫空女は今度はいきなり強く握りしめるのではなく、ゆっくりと模造男根の先端部分に手をやった。

 

「はああ……」

 

 途端に、孫空女は感極まったものに耐えられなくて声をあげてしまった。

 模造男根の先端部に触った瞬間、子宮に近い部位がぞわぞわと震える感触がしたのだ。

 孫空女はまたびっくりして手を離した。

 模造男根に触れるたびに、孫空女の股間の中が刺激される……。

 

「な、なに、これ──?」

 

 思わず叫んだ。

 だが、なんとなくこの双頭の張形の秘密もわかってきたような気がする。

 

 まず、この双頭の男根は孫空女には抜くことはできないようだ。

 さっき少しだけ引っ張ったとき、まるで孫空女の身体の一部であるかのように、女陰の部分も張りついて動いたからだ。

 また、どうやら、この外に出ている張形側に刺激を与えると同じ刺激が孫空女の女陰にも発生する仕掛けになっているようだ。

 しかも、刺激の場所と強さは連動もしている。

 

 最初に模造男根の真ん中部分を強く握ったときには、膣の中心部分にいきなり強烈な刺激が湧き起こった。

 次に、先端にそっと触れたときには、今度は膣の奥の部分に弱く触れられたような感触が走った。

 孫空女が嵌められている双頭の張形の外側の張形と孫空女の膣の中の内側の張形は、同じ部位が反応するようになっているのだ。

 そして、内側の張形は、それが接触している膣の内面に強い刺激を与えてくる……。

 

「おっ──。その表情は、その淫具の仕掛けがわかってきたようだな。つまりは、お前の股間の外に出ている張形とまったく同じかたちのものがお前の膣の中にも挿入されている。その張形は俺が道術を解除しない限り抜けねえ。この玄魔隊がお前の身柄を預かっている限り、挿入しっぱなしにしてやるよ──。まあ、それをつけていれば、少なくとも女の穴を犯される心配はねえというものだ。よかったな、孫空女──」

 

 火箭が大笑いした。

 

「もっとも、尻の穴は空いているがな。俺としては尻穴だけで十分だ」

 

 相変わらず試合場の中の直柱に背を預けて立っている獣鬼が笑って言った。

 孫空女は歯噛みした。

 最初は後手に拘束したまま戦わせようとし、次には特殊能力を持った女の亜人の鞭責めを浴びせられた。

 

 今度は孫空女の女陰に淫具をしかけたまま戦わせようというのだ。

 しかも、戦いの中で尻を犯すと宣言までされた。

 孫空女は大きな屈辱感に襲われた。

 

 しかし、ここで激昂してもなんにもならない。

 懸命に気を落ち着かせようとした。

 だが冷静になるに連れ、ふと、火箭がさっきこの双頭の張形を孫空女につけっぱなしにするというようなことを言ったことに気がついた。

 

「そ、そうだ、火箭──。お前、あたしにこの下品なものをつけっぱなしにするというようなことを言ったかい?」

 

「言ったな……。しばらくは、お前の身体の一部として扱ってくれ。膣の中は心配ないぜ。その霊具はすべてが、お前に挿入している側の張形部と外側の珍棒が連動しているんだ。外の幹を綺麗に洗えば、お前の女の穴も清潔に保てるようになっている。今日の一連の試合が終われば、俺たちの兵舎に作ったお前の牢に連れていくが、そのときに身体を洗う水も与える。だから、忘れずにそれも洗うんだぞ」

 

 火箭が言った。

 

「こ、こんなものを装着して生活できるかよ。いい加減にしな──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「なにを言ってるんだ、孫空女──。お前がこんなものと言った珍棒は、俺たち男には全員付いているものなんだぜ。ちゃんと生活できているぜ。心配するな──」

 

「なっ──」

 

 孫空女は思わず絶句した。

 

「それに、そいつは優れものの霊具だと言っただろう──。なにからなにまで男根そのものだぞ。お前が欲情して絶頂すれば、お前の膣から沁みだした淫液を吸収して、精液に形を変えて模造男根の先っぽから噴き出すようになっている。しかも、男が感じる快感をお前に与えながらな──」

 

 火箭の言葉に孫空女は納得するものがあった。

 模造男根の先端から精が迸ったとき、精の噴出とともに快感が身体から飛び出して消失するような不思議な感覚があった。

 それが男の快感ということなのだろう。

 

「……小便だって出る。男は便利だぞ。珍棒を摘まめば、立小便もできるからな──。お前も後で練習しな」

 

 火箭が言った。

 

「げ、下衆が……」

 

 孫空女は毒づいた。

 それ以上なにもいう気にはなれなかった。

 

「下衆とは酷いぜ、孫空女──。お前は女の快感と男の快感を同時に味わうことができるようになったんだぜ。そんな恵まれた身体にしてやったのを感謝して欲しいくらいだ──。言っておくが、お前の模造男根がおっ勃っているのは、女のお前が性的に興奮しているからだ。女のお前の淫情が収まれば、お前の珍棒は小さくなって下に垂れさがる──。その淫具はそこまでよくできているんだ」

 

 火箭は言った。

 孫空女はこのいやらしい淫具の仕掛けがわかって歯噛みした。

 この淫具は孫空女に男の快感と女の快感を同時に味わわせる淫具なのだ。

 女陰に挿入されている部位は、直接的に女の快感を孫空女に与えて、外側の張形部にも快感を送り込む。

 また外側の張形部は男としての快感を受けるのだが、それを内部の張形を通して女の快感に変換して孫空女に伝えもするのだ。

 それでいて、孫空女の身体には、女の快感も男の快感も湧き起こるという仕掛けだ。

 つまりは、孫空女はこんなものをつけて、男の亜人たちを戦わなければならないということだ。

 

「なあ、火箭殿、もう講釈はいいじゃねえか。俺の道具も孫空女の道具と同じように、おっ勃っているんだ。早く、試合を開始してくれよ」

 

 獣鬼が待ちくたびれたような表情で言った。

 

「そうだな……。じゃあ、玄魔将軍、始めます」

 

 火箭が脇の床几椅子に座る玄魔に視線を向けた。

 すると玄魔が孫空女に視線を向ける。

 

「孫空女、三人抜きだ──。お前に機会をやる。宝玄仙に会いたかったら、三人の対戦者に連続で勝て。そうしたら宝玄仙のところに連れていってやる」

 

 玄魔が大きな声で言った。

 三人──。

 とにかく、三人抜きをすれば宝玄仙に会わせてもらえる……。

 

 孫空女はその言葉を刻み込みながらゆっくりと立ちあがった。

 勢いよく立つと股間の男根が振動して、孫空女の身体に女の快感を引き起こしてしまうからだ。

 

「始め──」

 

 火箭の声が轟いた。

 訓練場にわっと歓声が湧いた。

 とにかく、勝たなければならない……。

 孫空女は身体を隠すのを諦めて裸身で身構えた。

 

 しかし、股間にそそり勃っている模造男根に違和感がある。

 しかも、女陰の中には模造男根と同じかたちのものが入っているのだ。

 ほんの少し身じろぎするだけで、孫空女に激しい愉悦を引き起こす。

 そのため、孫空女はどうしても脚の踏ん張りがきかずに、少しずつしか動くことができない。

 

「へへ、孫空女、たっぷりと愉しもうぜ……。もっとも、俺の持ち時間は半刻(約三十分)と決められたがな……」

 

「か、返り討ちにしてやるよ──。あ、あたしを舐めんじゃないよ──」

 

 孫空女は言った。

 この獣鬼というのは、最初に一撃で倒した竜膳という男の亜人や寓天に比べれば大したことはない。それはわかる。

 

 だが、問題はこの淫具をつけられたまま、孫空女がどれだけ動けるかだ……。

 獣鬼が間合いを詰めて迫ってくる。

 向こうからやってくるのは、股間の淫具が気になって動くに動けない孫空女には好都合だ。

 孫空女は打撃の態勢をとって、獣鬼が近づくのを待った。

 

「いくぜ──」

 

 獣鬼が一気に動いた──。

 孫空女の蹴りの範囲内に入る。

 脚を振りあげた。

 

「ひうっ」

 

 股間に衝撃が走った。

 脚を振りあげようとしたことで、外の男根が大きく振り動いたのだ。

 それによって孫空女の股間の中の張形も激しく振動し、そこから発生した強い疼きが全身を抜けていった。

 孫空女はそれに耐えられずに、思わず膝を折ってしまった。

 しかも、片脚は蹴りあげの態勢だったので、体重をかけていた脚の膝が割れて身体全体ががくりと崩れた。

 

「ほら、捕まえたぜ──」

 

 しまったと思ったときには、もう遅かった。

 すでに胴体を両腕ごと掴まれている。

 そのまま床に投げ倒される。

 

「はあっ──」

 

 孫空女は嬌声をあげてしまった。

 床に背中が激突したことで、男根が揺れて強い淫情が股間に湧き起こったのだ。

 しかも、獣鬼に身体を押さえ込まれて、身体を揺さぶられる。

 

 当然、外の男根も激しく動く。

 おそらく、振動で上下左右に動きやすい構造になっている。

 媚薬でただれている身体に挿入されている張形が右に左にと動く。

 それが引き起こすことで襲われる淫情に、たちまちに孫空女の全身から力が抜けてしまう。

 

 仰向けに倒れた孫空女の上に身体を投げ出している獣鬼が孫空女の腹に胸を乗せてきた。

 孫空女も身体を滑らせて逃げようとするのだが、孫空女が力を入れようとすると、獣鬼が腕で弾くように孫空女の股間からそそり勃っている男根を弾く。

 

「はぐうっ」

 

 それだけで孫空女は抵抗することができなくなってしまう。

 あっという間に、完全に孫空女の裸身の上に獣鬼が身体を預ける態勢にされた。

 孫空女の仰向けの身体に獣鬼が手足を拡げて載っているかたちだ。

 逃げようとするが両腕を獣鬼の腕に捕まれて動かせない。

 普段の孫空女の力ならともかく、革帯の霊具で筋肉を弛緩させられているいまの孫空女には、力だけは強そうな獣鬼の腕の下から自分の腕を出せないのだ。

 

 しかも、獣鬼の腰の上の部分辺りに孫空女の股間がある。

 少しでも孫空女が抵抗の素振りを見せれば、腰を揺すって獣鬼が孫空女の男根を弾き、すると、孫空女はその刺激に悶え狂ってしまいなにもできなくなる。

 

「あはあっ……だ、だめえっ──」

 

 やがて、孫空女は大声をあげた。

 なんども男根を動かされることで、ついに孫空女は男根の先端から精もどきの愛液を噴出させてしまったのだ。

 孫空女の身体は一気に脱力した。気だるさと性の解放感と性感の昂ぶりが同時に襲いかかる。

 

「出したぞ──」

 

「獣鬼、一気に行け──」

 

 周りの兵たちが歓声をあげた。

 

「まあ、慌てんなよ……。時間いっぱい愉しませてもらわねえとな……」

 

 獣鬼の言葉は、試合場の外側からかけられる見物の兵たちに返した言葉だ。

 そして、獣鬼は、ちょうど獣鬼の顔の下付近にあった孫空女の乳首を舐め始めた。

 

「うわっ、うはあっ──だ、だめだよ……はああっ──」

 

 勃起し続けていた乳頭部を舌を使って転がされたり吸いあげられたりして、孫空女の全身にたちまち強い快感が走った。

 孫空女は必死になって快感と戦いながら逃げようとするが、獣鬼も巧みに身体を移動させて孫空女が獣鬼の身体の下から逃げようとするのを防ぐ。

 

「あっ……いや……んぐうっ……」

 

 獣鬼がわざとらしく音を立てて孫空女の乳頭を吸いあげては舌で弾く。

 孫空女の全身は媚薬のせいもあり、あっという間に熱くなって荒い息を止めることができなくなった。

 

「へへへ……こりゃあ、堪らない反応だぜ……。こういうのはどうだ?」

 

 獣鬼は悪戯っぽく微笑むと乳首を軽く噛んで左右に軽く振った。

 

「ひ、ひいいいっ──」

 

 身体の底から信じられないような大きな嬌声が迸った。

 孫空女の狂態に観客たちも手を叩いて悦んでいる。それが孫空女の羞恥をさらに助長する。

 

「可愛い声で泣く女だぜ。もっと、遊んでやるぜ──」

 

 調子に乗った獣鬼がさらに激しさを加えて乳首を口で責めだす。

 孫空女は身体を弓なりに反らせて左右に悶えさせた。

 しかし、その動きも張形の振動を促すことになり、孫空女に新しい愉悦の刺激を与えてくる。

 観客たちの歓声は最高潮になった。

 

「ふ、ふざ……ける……なよ……」

 

 獣鬼の舌による乳首責めに翻弄される孫空女は、必死に顔をあげて、たまたま自分の顔の近くにあった獣鬼の耳に噛みついた。

 

「があああっ──」

 

 獣鬼が悲鳴をあげて顔をあげた。

 しかし、獣鬼が暴れたことで、股間の張形が思い切り弾かれた。

 

「はああっ──」

 

 孫空女もまた強烈な股間の刺激に襲われて、噛みついていた口を離して声をあげてしまう。

 

「ち、畜生──。な、なんて、お転婆だ。少し弱ってもらうか……」

 

 耳から血を流している獣鬼が孫空女を睨みつけた。

 次の瞬間、孫空女の股間から出ている張形が思い切り握りしめられた。

 そして、獣鬼がもの凄い勢いで張形を刺激しはじめる。

 

「やっ、やっ、やあああっ──」

 

 強い刺激に孫空女は眼を剥いて、身体を硬直させる。

 

「それ、いけ──」

 

「あああっ──あっ、はあっ、いひいっ……いぐっ……いぐうっ──」

 

 あっという間だった。

 孫空女はすぐに頂点に駆け昇らされて、張形の先端からまとまった粘性物を噴出させながら絶頂した。

 

「まだまだだ、孫空女──」

 

 しかし、獣鬼による男根のしごきはとまらない。

 さらに勢いを増して張形の幹を擦りあげる。その刺激により内側の張形が膣内を刺激し、その刺激によって外の張形が快感の限界に引きあげられる。

 孫空女は、もう腕で抵抗することもできずに全身を悶え狂わせた。

 再び強烈な刺激に襲われて二度目の絶頂をしながら精を放つ。しかし、それでも終わってくれない。

 

「いひっ──。や、やめ……、あがあっ──」

 

 獣鬼は、まったく孫空女の胯間に生えた模造男根を離す気配がない。

 さらに、強く孫空女の模造男根を擦り続ける。

 

 全身の力が抜ける。

 獣鬼は観客たちの声援を受けながら、跨って押さえている孫空女の股間の男根をしごき続けた。

 次から次へと襲い掛かる絶頂の波に、孫空女は果てしなく絶頂と射精を繰り返させられた。

 

 獣鬼がやっと男根への刺激をやめてくれたのは、射精が十回に達したときだった。

 孫空女はもう指一本も動かせない状態で、床に横たわったままでいた。

 口から涎だか泡だかわからないものが洩れているが、それをぬぐうこともできない。

 

「本物の男だったら十回連続の射精なんてあり得ねえが、女だからな……。しかし、また、お痛をするとこれをするぜ──」

 

 獣鬼が孫空女を見下ろしながら言った。

 しかし、もう孫空女は口を開くことができない。

 ひたすら口を開けて、荒い息をしながら空気をむさぼるだけだ。

 

「さて、そろそろ、本番と行くか……」

 

 完全に弛緩している孫空女の身体が引き起こされた。

 獣鬼は孫空女の身体を裏返しにして、孫空女の臀部を自分の腰にあてた。

 

 はっとした……。

 お尻を犯される……。

 そう思ったが抵抗する力が湧いてこない。

 獣鬼が自分の下袴を引き下げる気配がする。

 観客は大歓声だ。

 

「や……や、やめ……」

 

 孫空女は最後の力を振り絞って、手で獣鬼の身体を払おうとした。

 しかし、その力は自分でもびっくりするくらいに弱い。

 

「まだ、抵抗するのか?」

 

 獣鬼が笑いながら孫空女の肛門の入口に一物をあてがっている手とは反対の手で、孫空女の身体を抱えながら、孫空女の股間の男根を握った。

 孫空女の身体にさっきの連続射精の恐怖が走る。

 

「ひいっ……や、やめ──」

 

 しかし、また激しく男根を擦られて急激な快感を呼び起こされる。

 たちまちに孫空女の男根から精液が迸った。

 

「はああっ──」

 

 孫空女は身体を仰け反らして果てた。

 もう、駄目……。

 逆らえない──。

 全く全身に力が入らない……。

 

「さて、行くぞ──。抵抗すると射精させるからな」

 

 獣鬼が笑いながら言った。

 そして、腰がぐいと持ちあげられて、獣鬼の下半身に引き寄せられた。

 すぐに、孫空女は自分の肛門が獣鬼の男根の先で押されるのを感じた。



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481 試合中の肛虐-獣鬼

「んああああっ」

 

 自分の肛門が獣鬼の男根の先で押されるのを感じた。

 見物人の歓声が大きくなる。

 孫空女は全身で抵抗しようとするが力が入らない。

 ただ、悲鳴をあげるだけだ。

 

「待たんか、そのままするな──」

 

 そのとき、歓声の中にそんな声が混じった。

 

「んっ、なんだ?」

 

 獣鬼の腰が止まった。

 

「馬鹿もん──。せめて、その女の精を手にまぶして、お前の道具に塗ってから挿さんか」

 

 声は試合場の外から聞こえた。

 

「おう、そういうものか……」

 

 孫空女の尻穴に性器を挿入しようとしていた獣鬼がその行為を一旦中止し、孫空女に挿されている張形を持っている手を激しく動かしだす。

 

「ひ、ひいいっ──」

 

 再び、男性器側の快感を強引にあげさせられる。

 もはや手足が痺れきっている孫空女は、逃げたくても逃げることができない。

 獣鬼はそれをいいことに、いい気になって模造男根を乱暴に擦り、孫空女の身体の感覚と一体になっている模造男根からの射精を促す。

 

 孫空女はもうなにもできない。

 ただ、覚悟するだけだ。

 

 あっという間に強烈な快美感に襲われた孫空女は喘ぎ声を出し始める。

 どうしようもないほどに腰が痺れる。

 抵抗するために脚を動かすこともできない。

 踏ん張りが利かないのだ。

 やがて、獣鬼が擦り続ける張形になにかが昇ってきた。

 同時に気の遠くなるような快感に包まれる……。

 

「あ、あくうっ……う、うわっ──」

 

 張形の先端から精液が飛び出した。獣鬼がそれを後ろから手を回して手のひらに受けとめている。

 そして、愕然となる。

 

 たったいま男の絶頂で射精した孫空女に女の快感がまた襲ってきたのだ。

 何度も経験しても慣れることのない異常感覚だ……。

 

 男の性で達した孫空女に、すぐに女の性が孫空女の子宮に快感を送り込んでくる。

 孫空女は身体を仰け反らせ吠えなから、快感が急激に上昇して飛翔する感覚を味わった。

 獣鬼はそれでも張形を擦るのをやめてくれない。

 そのまま同じことを二度繰り返された。

 

「そろそろ、いいか……」

 

 獣鬼がやっと孫空女の張形から手を離した。

 もう、孫空女はぐったりとして息をするのもつらい状況に陥っていた。

 しかし、獣鬼は容赦なく、孫空女の菊門に怒張をめり込ませてくる。

 慌てて息を吐いて受け入れる態勢を作る。

 宝玄仙に繰り返し仕込まれた身体は、孫空女の意思に関係なく、性欲を絞り取るための動きをする。

 

「うっ……うはあっ……」

 

 今度こそ獣鬼の性器を肛門に挿入されている。

 孫空女の発した精液をたっぷりとまぶしている獣鬼の男根が、大きな抵抗もなく孫空女の臀部の中に吸い込まれているのがわかる。

 

「おお、こ、こりゃあ……き、気持ちいいぜ──」

 

 獣鬼の感極まった声もした。

 孫空女は身体を震わせた。

 こんなところで大勢の亜人たちに見物されながら後ろの穴を犯されて感じたくはないが、どうしても激しい快感が襲うのだ。

 

「んんっ……あっ、ああっ……あはあっ……」

 

 耐えようとしても声が出てしまう。

 次第に大きくなる獣鬼の性器の圧迫感に孫空女は全身を悶えさせた。

 抵抗したくても全身の力が抜けきってしまっている。

 もう身体は孫空女の意思では指一本動かせない。

 獣鬼のなすがままだ。

 お尻に加わる圧迫感が拡大していく……。

 獣鬼の怒張がどんどん孫空女の肛門深くに潜っていく。

 

「人間族の女の尻の穴なんて初めてだが、こりゃあいい──。病みつきになりそうだ。どんどん喰い締めやがるぜ──」

 

 獣鬼が孫空女の背後から腰を押しつけながら嬉しそうに声をあげた。

 試合場の観客たちの歓声もそれとともに大きな歓声になる。

 眼もくらむような官能の痺れが全身を襲う。

 身体の脱力感がさらに拡大する。それでいて、性器だけが別の生き物であるかのように感度が極限まであがっている。

 孫空女が獣鬼を受け入れている後ろの穴は、獣鬼から与えられる愉悦のすべてをむさぼっては全身に拡げ続ける。

 

 あまりの快感に頭が朦朧とする。

 逃げなければ……。

 抵抗しなければ……。

 こんなところでよがりまくっている場合ではないのだ。

 こうしているあいだにも、宝玄仙や仲間たちがどんな目に遭っているか……。

 

 勝たなければ……。

 戦わなければ……。

 孫空女は必死になって腰を動かして、獣鬼の身体の下から逃げようとした。

 

「逃げようとしたってそうはいかんぜ」

 

 獣鬼が笑いながら、片手で握っている孫空女の股間から生えている模造男根を二、三度擦った。

 

「あっ、うぐううっ、だ、だめええぇ──」

 

 それだけで孫空女は全身の自由を奪われて、下半身を動かせなくなってしまった。

 

「そうだ……。そうやって大人しくしてな──。お前はただよがり泣いていればいいのだ」

 

 獣鬼が笑った。

 そして、ついに限界まで挿入した男根をゆっくりと律動させはじめる。

 

「はああっ──いやああっ──」

 

 上半身をうつ伏せにして膝立ちになっている孫空女は激しく身体を振り立てた。

 あっという間にめくるめく快感が子宮に流れ込み、孫空女は呆気なく絶頂していた。

 

「な、なに、なに……うはあっ──」

 

 続く瞬間にまた尿意に似たものが下腹部を襲った。

 男の快感というやつだろう。

 女の絶頂と男の絶頂を同時に味わわなければならないのがこの性具の特徴なのだ。

 激しい女の絶頂に匹敵する男の絶頂が孫空女を襲う。

 性質の異なる二種類の絶頂を続けざまに味わわなければならない孫空女は狂乱した。

 

「みんなに見せてやりな──」

 

 獣鬼の性器を肛門に挿されたまま上半身を持ちあげられて観客側に孫空女の裸身の正面を向けられた。

 その動きでさらに孫空女の肛門の内襞が刺激されて、大きな快感が走り抜ける。

 

「ひううっ──」

 

 込みあがる……。

 子宮から膣を走ったものが、さらに模造男根の内部を走り抜けて先端から飛び出すのがわかった。

 

「また、射精をしたぞ──」

 

「こっちに飛ばしやがった──」

 

「獣鬼、やりやがったな──」

 

 歓声と野次が一斉に起こった。

 孫空女の股間から放出された精もどきが大きな放物線を描いて試合場を囲む縄を越えて見物の兵たちに向かって飛び出してしまったのだ。

 

「ち、畜生──」

 

 孫空女は呻いた。

 しかし、兵たちは孫空女の醜態に大喜びだ。

 孫空女は力を振り絞って肘を背中側の獣鬼の顔に叩きつけた。

 しかし、あまりにも痺れている孫空女の全身は獣鬼の顔を軽く押すくらいの肘打ちの衝撃しか生み出してくれない。

 

「可愛い抵抗だぜ……。ほら、男の快感もいいが、女の快感もいいんだろう……。こうしてやるよ──」

 

 獣鬼の指が孫空女の股間の突起物に触れた。

 そして、指で円を描くように動かす。

 孫空女は全身を襲った甘い痺れに耐えきれなくて、肛門を貫かれたままの身体を悶えさせた。

 

「ほらっ、これはどうだ……? いい声で泣け……」

 

「ち、ちくしょう……あくっ、あふう……ああっ……」

 

 肉芽を摘まむように擦りあげられると、眼の前に火花が飛んだような快感が襲う。

 なんで自分の身体はこんなに感じやすいのだろう……。

 情けなくて、涙が出そうだ……。

 

 獣鬼は孫空女の悶えが面白いと笑いながら、いつまでも孫空女の肉芽を刺激した。

 孫空女は稲妻のように駆け抜ける官能の矢に耐えられなくて、激しい絶頂と射精を何度も繰り返した。

 

「また、出したぜ──」

 

「今度も勢いがいいぜ──」

 

 観客が孫空女が精を勢いよく飛ばすたびに、どっと笑った。

 

「こっちの観客ばかり不公平だな……」

 

 獣鬼がそう言うと孫空女の尻に怒張を挿入したまま立ちあがった。

 そして、腰で孫空女をぐいぐいと押してくる。まるで荷車が動くように孫空女の身体を荷車に見立てて四つん這いで歩かせようというのだ。

 しかも、獣鬼の性器を肛門に貫かせたままで……。

 

「な、なんだよ……ひぐうっ……や、やめ──」

 

 慌てて孫空女は床に倒れ込んだ手を懸命に掻くように動かした。

 孫空女はそのまま四つん這いで試合場の反対側まで歩かされた。

 ふと気がつくと、こちら側の試合場には玄魔と火箭もいた。

 獣鬼の次の対戦者たちが待機しているのもそこだ。

 上半身が裸体の屈強な亜人たちが集まっていることでそれがわかった。

 

「そら、こっちのみんなにも見てもらいな──」

 

 獣鬼が笑いながら胡坐の態勢になり、自分の股間の上に孫空女の双臀を載せるようなかたちにした。

 そして、孫空女の上半身を抱えあげて股間から生えている張形の幹を掴むと、孫空女の肛門を獣鬼の肉棒で貫いたまま、自分の腰を激しく上下させて孫空女の身体を振動させた。

 

「あ、ああっ……ひ、ひいっ──あっ、ああっ──あぐうっ──」

 

 孫空女は獣鬼の責めに、もうなにも抵抗できなくて、ただ左右に首を振った。

 手足は自由だが限界を遥かに超えた絶頂と射精を繰り返させている全身は、綿のように力が入らない。

 ただ、獣鬼のやりたい放題にされるだけだ。

 身体を上下に揺さぶられながら、肛門と張形の両方に刺激を受けよがり狂った。

 

「そろそろ、とどめといくぜ──」

 

 獣鬼の男根の律動が強いものに変わった。

 たちまちに孫空女は全身を震わせて絶頂するとともに前に精を飛ばす。

 観客たちがわっと声をあげた。

 しかし、孫空女には、恥辱に震えることも、絶頂の余韻に浸ることも許されない。

 獣鬼の律動は続いていて、さらに快感をあげさせられる。

 

「や、やめ……ひううっ……やあがああっ──」

 

 孫空女は訳わからない言葉を吐きながら、閉じることもできない口から涎や唾を垂れ流した。

 

「あはあああ」

 

 孫空女は身体を仰け反らせた。

 後頭部が獣鬼の厚い胸にぶつかる。

 獣鬼がなにかを喋っているがもうなにもわからない。

 火箭を初めとして試合場の外にいる亜人たちも大きな声で叫んでいるが、それも耳に入らない。

 ひたすらに絶頂の極みに向かって飛翔を続けていた。

 

「あああああっ──」

 

 孫空女は悲鳴あげて全身を弓なりにした。

 

「うおっ、締めつけやがる……」

 

 獣鬼がそう言って呻いた気がした。

 次の瞬間、熱い精が肛門の中に放たれるのを感じた。

 獣鬼の精を後ろの穴で受けながら、孫空女は眼の前が真っ白になる感覚を味わっていた。

 同時に自分の股間からいままでで一番激しい精が迸るのが見えた気がした……。

 

「こりゃあ、いい尻だ。たっぷりと俺の精を喰ってくれ」

 

 獣鬼が孫空女を後ろから犯しながら言った。

 そして、愕然とすることが起きていた。

 孫空女の尻穴を犯している獣鬼の性器の律動と射精が終わらないのだ。

 孫空女の尻の中の獣鬼の性器の先端が中でぷっくりと膨らんだような感触があった。まるで抜けないように内部から栓をされた感じだ。

 

「あがっ、な、なにっ、なんだよ……。なんだよ、これっ……?」

 

 孫空女は吠えた。

 いまでも獣鬼の怒張のうねるような律動と振動が続いている。

 孫空女の絶頂を極めたばかりの身体がそれによって新しい愉悦のうねりに燃えあがらせられる。

 

「驚いたか、孫空女? 俺の種族の射精はしばらく続くからな。まあ、付き合ってくれよ……」

 

 獣鬼が笑った。

 冗談じゃない……。

 もう、解放して欲しい……。

 

 律動が続く限り、孫空女の肉体は欲情という欲情を燃えあがらせ、官能という官能を集めてしまう。まるで全力疾走を果てしなく続けている感じだ。

 心臓が飛び出す……。

 息が苦しい……。

 

「堪らねえ淫乱な身体だ。こんなに激しく気持ちよさそうに、俺の種族の相手をしてくれる異種族はいねえ。それが人間族の女とは尚更だ」

 

 獣鬼の射精はまだ続いている。

 肛門の中で精液がぐるぐると渦巻くように動くのでそれがわかるのだ。

 しかも、射精中の獣鬼の性器は、瘤のようなものができて、それが驚くような速度で根元から先端部の膨らみに向けて繰り返し移動しているようだ。

 孫空女はその動きで、振動する張形を入れっぱなしにされているようになってしまっていた。

 

「ま、また、いくううう……ああっ──」

 

 自分でもなにを叫んでいるかよくわからない。再び、一気に強烈な絶頂に昇りつめた。

 もちろん頂上で終わりではない。

 孫空女の張形からは更なる快感の昂りとともに、男の精のようなものが飛び出す……。

 

 しかし、張形で精が出ていくときには、すでに新しい欲情が孫空女の身体に湧き起こっている。

 そして、また絶頂へ……。

 

 孫空女は泣き喚いた。

 すぐに女の絶頂と男の射精にまた襲われる。

 

 地獄のような官能の世界だ。

 助けて……。

 死ぬ……。

 

 みんな……。

 ご主人様……

 意識が遠くなる……。

 

 限界を遥かに超えて味わわせられる連続絶頂の地獄に孫空女は、死さえも覚悟した……。

 身体が溶ける……。

 引き千切られる……。

 

「また、いったのか、淫乱女──。この変態が──」

 

 髪の毛が後ろから掴まれた。

 孫空女の気が遠くなりそうになっているのを悟り、孫空女の髪をぐいぐい引っ張って気絶さえもさせまいとしているのだ。

 

「あううっ──」

 

 もうなんにもわからない。

 全身が溶ける快感に教われながら、次々に繰り返す絶頂に、孫空女はひたすら歓喜の悲鳴と甘いすすり泣きのような声で呻き続けた。

 

 なにかが頭からかけられた。

 水だ──。

 

 失神をしかけた孫空女の意識を戻すために、誰かが試合場の外から桶に入った水をかぶせたのだ。

 

 はっとした。

 戦わなきゃ……。

 勝たなきゃ……。

 

 孫空女は辛うじて戻った意識を奮い起こして、床にこぼれた水に舌を伸ばした。

 少しでも水を身体に入れて、力を取り戻そうと思ったのだ。

 

 戦わなければならないのだ……。

 そして、勝たなきゃならない……。

 

 自分は力で屈してはならないのだ……。

 

 沙那のように頭もよくない。

 朱姫のように道術で宝玄仙を助けられるわけではない……。

 孫空女にできるのは、武力を駆使して襲ってくる敵を力ではね除けることだけなのだ。

 だから、負けてはならない。

 

 三人抜きすれば、宝玄仙に会わせると言うのだから、三人抜きをするのだ──。

 それができなければ、自分は仲間の中ではいないも同じだ──。

 

 ご主人様……。

 いま、いくから……。

 

 孫空女は後ろを犯されながら、乾ききった喉をなんとか潤そうとして、床の水を口ですすり続けた。

 

 少しでも力を身体に戻すのだ……。

 そうすれば、勝機がやってくるかもしれない……。

 

 諦めるな……。

 

 だが、そんな孫空女の執念を嘲笑うかのように、肛門が刺激されて、張形を擦られる。張形の刺激は女陰を抉る快感に変化する。

 頭の中が弾けるような快美感に打たれる。あまりの快感に泣きそうになる。いや、もしかしたら、自分は涙を流しているかもしれない……。

 それくらい激しい快感の急激な燃えあがりだ。

 

「お前はただみっともなく尻でよがるだけの淫乱女だな──」

 

 獣鬼が孫空女の耳元で言ってからかった。

 返事もできない。

 ましてや、否定の言葉も返せない。

 

 張形から獣鬼が手を離したと思った。

 今度は乳房を揉みしだかれる。媚薬で爛れるように欲情させられながら、いままでほとんど放っておかれた乳房を絞りあげられる快感は凄まじかった。

 

 溜まりに溜まっていた乳房の疼きを一気に爆発するように解放させられる。

 瞬く間に、新しい絶頂に達した。

 股間から精液のようなものが噴出する。

 続いて、女の絶頂も追いかけてくる……。

 

「あはあああ──」

 

 肛門に熱い欲情のうねりを受け、孫空女は断末魔の悲鳴をあげて、さっきかけられた水の溜まりに顔を突っ伏した。

 

 ご主人様……。

 いま、いくから……。

 必ず、助けにいくから……。

 

 髪をもの凄い力で引っ張られながら、それでも離れていく意識の中で孫空女が思ったのは、ただそれだけだった……。



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482 恥辱の三連敗-寿公(じゅこう)

「こ、こんなの戦いになるかよ──。は、離せ──。離せよう──」

 

 孫空女は試合場の真ん中で喚いた。

 獣鬼(じゅうき)に肛門を犯されながら、孫空女は男の絶頂と女の絶頂を繰り返し、ほとんど意識のない状態まで追い詰められた。

 

 やがて、やっと孫空女を解放した獣鬼が離れ、濡れ雑巾のようにくたくたになった孫空女の身体を投げ捨てるように獣鬼が放り捨てて去った後、なにかを火箭(かせん)に話しかけられた気がする。

 しかし、なにも覚えていない。

 もしかしたら、また失神したのかもしれない。

 

 とにかく、激しすぎる快感の余韻が少しはまともな状態に戻り、かすみのかかった視界が戻ると、孫空女はいつの間にか、自分がまたおかしなことをされていることに気がついたのだ。

 

 右手首と右足首、そして、左手首と左手首が密着して動かない。

 それぞれの手首足首に嵌められている革帯の拘束具によるものだが、孫空女はそんな状態でうつ伏せにされて、試合場の真ん中に放置されていたのだ。

 自然とお尻だけが突きあがった格好になっている。

 孫空女の抗議を聞いて火箭が大きな声で笑った。

 

「なにを言ってるんだい、孫空女──。試合場の周りの見物人に向かってお前の汚い精を放ちまくったお詫びに、次の試合は手足の拘束という条件を受けるということに承知したのはお前だぞ──。ここにいる全員が証人だ」

 

 試合場の外から火箭が言った。

 

「そ、そうだとしても卑怯じゃないかい──。あ、あたしが朦朧としているときに、そんなことを言うなんて──」

 

「試合中に朦朧となるのが悪いんだろう、孫空女──。それにしても、お前もなかなかに頑強な身体しているよなあ……。あれだけ男と射精と女の絶頂を繰り返しさせられて、完全に抵抗の気力も萎えたのかと思えば、そうやって少しばかり休ませれば、たちまちに元気を取り戻すんだからなあ……。まあ、お陰で対戦者たちも張り切りまくっているが……」

 

「う、うるさい、卑怯者──。男の屑──。女を拘束して寄ってたかって乱暴するなんて、男の屑がやることだ──」

 

 孫空女は喚き続けた。

 

「そんな尻だけを高くあげたみっともない恰好でなにを言われても迫力ないぜ、孫空女──」

 

 火箭の言葉に周囲の見物の亜人の兵からもどっと笑いが起こった。

 

「まあまあ、わしと遊ぼうじゃねえか、孫空女やら……。お前さんを拘束するのは、わしの要求でな……。わしはほかの連中とは違って、戦士じゃねえんで手足を縛るのは勘忍してくれな……」

 

「な、なんだよ……、お前──?」

 

 孫空女はうつ伏せにされている顔をあげた。

 試合場に入ってきたのは老体の亜人だった。

 ほかの対戦者は、女だった寓天を除いて上半身が裸体だったが、この老体の亜人はきちんとした服を着込んでいる。

 身体つきも筋肉質とはいえず、どちらかといえば痩身だ。

 

「わしの名は寿公(じゅこう)だ……。本当は男色家なのだが、別に尻なら女でもいい──。尻穴で性をする方法をこいつらに伝授することになってな……。なにしろ、尻穴で性交をする方法なんて、よく知っておる者はここには少ないのじゃ」

 

 寿公がゆっくりと近づいてくる。

 

「ふ、ふざけるな──。だ、だったら、やらなきゃいいじゃないかよ──」

 

 孫空女は悪態をついた。

 同時に寿公の声に覚えがあることに気がついた。

 獣鬼との対戦のとき、最初に尻を犯されそうになる直前に、孫空女の精液を潤滑油にしろと、試合場の外から叫んだ声があったが、それはこの寿公だったようだ。

 

 寿公が孫空女の腰の後ろに胡坐で座った。

 その寿公に孫空女は更に文句をいい続けた。同時になんとかこの寿公を攻撃する手段はないかと全身をもがかせた。

 こんな老体の亜人だったら、たったの一発でも頭突きが当たれば伸すことはできるだろう。

 

 たったの一発でいい。

 そして、三連勝すれば宝玄仙に会わせてもらえるのだ……。

 

 しかし、左右の手足首をそれぞれに密着されて拘束されている孫空女は、この老体の寿公が片手で腰の上を押さえただけで、もう逃げることはできなくなる。

 

「……お前たち、この孫空女は儲けものだぞ──。すっかり尻の調教の終わっている雌など、亜人でも人間族でもそうはお目にはかかれんのだ……」

 

 寿公の言葉は周りの観客に語っているものだ。

 さっきまでの戦闘のときとは異なって、試合場の周りの亜人たちは、静かに寿公の言葉を聞く態勢になっている。

 

「……女というものは膣や肉芽だけでしか絶頂することはないと思うておる者もいるかもしれんが、実は全身のどこだって性感帯はある……。足の指だけでも絶頂させられるし、脇の下でも同じだ。それが開発された女というものだ……。特に肛門なんていうのは、開発さえすれば、膣以上の快感を覚える場所になるし、ここで性交をするというのは男も膣とは違う快感を味わえる……。だが、女でも男でも、尻で性器を受け入れられるようにするには、それはそれは長い根気と調教が必要なのだ──。だが、わしの見るところ、この孫空女は完全に尻を調教されておる。完成品だ──。わしは肛門専門の性技で爺になったが、お前らにもこの世界を味わって欲しいものだ」

 

 寿公が喋り続ける。

 しかし、寿公はそれを孫空女のお尻に指を挿入し、孫空女の肛門の内側を刺激しながら喋っているのだ。

 孫空女は寿公の指先から送られる疼きに耐えられずに、なんとか指を出そうと腰を振るのだが、どうしてもそれができない。

 それどころか、込みあがる快感にどんどん力が抜けていってしまう。

 

「……挿入の後で、先に便が付くのが気になる者は、浣腸を事前にしておけばいいが、この孫空女のように丁寧に洗うだけで十分じゃ。それで便は付かんと思う……。まあ、付いても洗えばいいだけのことじゃがな……」

 

 寿公が語りながら孫空女の肛門に指で愛撫を続ける。

 その指で肛門の中を擦りあげられるたびに、孫空女の全身を蕩けさせるような甘い痺れが駆け抜ける。

 

「んあっ……ひっ……あっ、ああっ……」

 

 試合場に孫空女の嬌声だけが響き渡る。

 どんなに抵抗したくても、肛門を刺激されれば快感の大波に襲われる身体にされている孫空女は、寿公の指でひたすら快感をむさぼっていた。

 その結果、しんとなった試合場の中に孫空女の嬌声だけが響きわたることになってしまう。

 それが孫空女の恥辱と屈辱を激しく助長する。

 

「……尻で性交をやるときは、最初はこうやって指でほぐせ──。一本を抵抗なく受け入れるようになれば二本。二本が受け入れられれば指三本だ。指三本が簡単に入ったら、いよいよ性器だな……。また、肛門をほぐすあいだは、できるだけ女の快感が昂ぶるように、尻以外でも快感を加えてやるといい……。尻を刺激しながら、膣と肉芽と乳房を交互に刺激してやるのが“四箇国責め”という技だが、どんな女でもそれで堕ちん女はおらん……。もっとも、この孫空女はそんな面倒は必要ない……。ここを擦ってやればいいからな」

 

 寿公が孫空女の股間に挿されている張形に手を伸ばした。

 

「や、やだ──。も、もうそれ、やめて──」

 

 孫空女にはもう意地もなにもなかった。

 さっきの獣鬼との対戦で強要された激しい連続射精を思い出して恐怖した。

 しかし、寿公はそのまま孫空女の身体を裏返しにして、仰向けにしてしまった。

 孫空女は両手を左右の足首に密着したまま、股を大きく開いて天井を向くという羞恥の格好にされた。

 しかも、孫空女の股間からはそそり勃った白い張形が天井を向いている。

 

「こ、こんな格好、やだよ──」

 

 孫空女は慌てて股を閉じようとするが、寿公に簡単に膝を押さえられて閉じられない。その孫空女の張形の部分に寿公がなにかを被せた。

 

「ひっ──」

 

 突然に熱い張形にひんやりとした感覚が伝わった。

 慌ててその部分を見ると、白い張形全体を覆うような粘土質の筒が被せられている。

 

「な、なんだよ──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、返事の代わりに、張形に包まれたその筒が突然に蠕動運動を始めた。

 張形の根元から先端にかけて圧迫感がせりあがっては、また根元から繰り返す。

 そんな運動だ。凄まじい速度で孫空女に装着されている模造男根に快感が込みあがる。

 

「はああっ──だ、だめえっ──」

 

 張形に刺激を受けると、男の快楽が急上昇して、子宮にもそれが響く。

 そして、どんどんと女の絶頂感も込みあげるのだ。

 その女の快感がさらに男の快楽を昂りらせていく。

 そうやって、ふたつの性がお互いに共鳴して孫空女の全身に意識を跳ばすような激しい愉悦を拡げていくのだ。

 

「あががが……。はひぃ──も、もう、やだあ──」

 

 孫空女はもうなすすべなく、断続的に駆け抜ける背中の電撃に激しく声をあげるだけしかできない。

 

「ほほほ……。激しいのう……。わしは尻穴の性交に慣れておるんで、みなに教授するために試合場にあげられたのだが、その霊具はいいじゃろう……? わしが若い男奴隷を相手にするときに、尻を犯しながら、それを装着させるのだ。尻を犯されながら、性器を刺激されると堪らんじゃろう……? わしはその霊具で男奴隷に空射ちするまで射精をさせながら、尻を犯し続けるのが好きなのじゃが、女のお前の場合は空射ちというのはないであろう? まあ、好きなだけ達してくれい──。さて、お前ら……」

 

 孫空女に語りかけた後、寿公は再び、試合場の外に語りかける態勢に戻った。

 そのあいだにも、孫空女の張形を包む霊具の蠕動運動はだんだんと強くなる。

 突きあがるような快感が張形の根元付近に集まった気がする。

 そして、それがだんだんと張形の先端部に込みあがっていく。

 

 大勢の亜人の兵の前でみっともない大股開きにさせられ、器械のような淫具に股間を刺激されてよがる姿を晒されるなど、舌を噛んで死んでしまいたいくらいの恥辱だ。

 しかも、刺激を与えているのは寿公の性器や手ではなく、ただの淫具だけというのも、孫空女の恥辱を煽り立てる。

 しかし、孫空女はその屈辱に歯を喰い縛った。

 

 宝玄仙や仲間を助けるためなら、いくらでも命を投げ出せるが、自殺なんかで命を無駄にはできない。

 血も凍るような恥を晒しても、宝玄仙たちを助ける努力をするのだ──。

 孫空女はぐっと拳を握った。

 

「……大事なことだが、尻に性器を挿す場合は、必ず潤滑油をたっぷりと使え──。この孫空女の尻は開発されきっておるようだから乾いていても、それなりに肉棒を受け入れるようだが、本来はたっぷりと潤滑油を塗らねば、男であろうと女であろうと、尻にものを挿されれば痛いだけだ。それに、潤滑油には病気の素を防ぐという役割もある……。ここは本来は性交をする場所ではないからのう……。これから孫空女と試合をする者には、わしの潤滑油を貸してやろう……。いや、しばらくは、この孫空女はこの試合場でお前らと順番に試合をするのであろうから、この試合場を囲む柱の幾本かに備え付けておいてやるぞ──」

 

 寿公が周りの亜人たちに喋り続けている。

 同時に寿公は下袴を脱いで、なにかの容器から垂らした油のようなものを自分の一物に垂らしているようだ。

 見た目の老体のわりには、逞しい道具のように思えた。

 

 しかし、孫空女にはもうそれ以上はなにもわからなくなった。張形に加わる刺激がいよいよ孫空女を追い詰めるのだ。

 孫空女の身体が、完全に孫空女の意思を裏切って暴走をはじめる。

 

 寿公の様子が知覚できなくなる。

 孫空女はどんどんとあがっていく股間の快感に狼狽した。

 一度加速すると、もう自分の性の昂ぶりが止まることがないのを孫空女は知っている。

 そして、孫空女の身体に、また津波のような性の暴流が襲ってきた……。

 

 来た……。

 射精の高まりを自覚したときには、すでにおかしな性具に張形を包まれたまま射精をしていた。

 仰向けで天井を向いている孫空女の股間の張形からぴゅっと精液のようなものが迸る。

 

 それでも、張形を包む霊具の運動はまったくとまらない。

 いまや、孫空女のもうひとつの性器のようになっている張形を刺激して、孫空女に快感を与え続ける。

 

 どんどん快感が高まっていく……。

 

「腰を振りだしたぜ──」

 

「ほんとだ──。自分から腰を振っているぜ──」

 

「淫乱──」

 

 誰かが興奮して叫ぶのが聞こえた。

 それとともに、比較的静かだった試合場が騒然となりはじめる。

 

「う、うるさい──。そ、そんなこと……。ま、また、来る──。ひいいっ──」

 

 その揶揄に孫空女は大きな羞恥を感じて、首を横に振った。

 自分で腰を動かすなど、そんなことありえるわけかないのだ。

 だが、本当は、身体を天井に向けて脚を拡げさせられたまま、いやらしく腰を動かしているのだろうか……?

 確かに、張形に装着されている淫具の蠕動運動に合わせるように腰が動いているのだが、それが自分の意思なのか、器械の振動に強要されているものなのか、もう自分でもわからない。

 

「なるほど……。腰がとまらんか……。やっぱり、女じゃのう……。それが女の本能というやつか……。いや、淫乱女の本能じゃな。お前の身体が貪欲に性をむさぼるのよ……。さてと……、そろそろ本番といくかのう」

 

 寿公が再び孫空女の身体をうつ伏せに戻す。

 そのあいだも、張形を包む淫具の運動は続いている。

 孫空女が二度目の射精をしたのは、孫空女の身体を裏返しにした寿公が孫空女の肛門に圧迫を加えはじめたときだった。

 

「うおおっ──あはああっ──ひあああっ──」

 

 悲鳴のような声が止まらない。

 潤滑油を塗っている寿公の怒張は、なんの抵抗もなく孫空女の肛門に吸い込まれていく。

 

「敏感な猫じゃな……。そんなに腰を振りたておって……。それ程までに気持ちいいか──」

 

「う、嘘だ──。嘘だ──。嘘だ──あはあっ……」

 

 孫空女は喚いた。腰を振っていると指摘されて、激しい屈辱感が孫空女を襲う。

 媚薬を飲まされ、淫具に苛まれて、強引に快感を加えられるのは仕方がない。

 しかし、それでも、快楽を自ら貪るために腰を振っているなどと言われると、孫空女の最後の誇りまでも失われた気になるのだ。

 

「嘘なものか……。お前は腰を振り立てておるわ。まるで馬のように暴れおる」

 

 寿公がからかうように言った。見物人たちも寿公の軽口に大喜びだ。

 周囲の亜人たちが、孫空女が腰を振ってよがっていると大きな声で繰り返して、孫空女の屈辱感をあおりたてる。

 

 寿公がさらに孫空女に男根を突き入れていく。

 泣くような快感が全身に拡がる。

 もうはっきりと自覚ができるほどに孫空女の身体は悶え狂っている。

 

「さて、挿入した後の性器の律動については、激しい律動はいかん。ゆっくりと擦りあげて、長い時間の肛姦を愉しむつもりで臨むのだ……」

 

 孫空女の尻に深く性器を挿入した寿公が大きな声で試合場の周りの亜人たちに尻姦のやり方について説明を続けている。

 孫空女はそれを耳にしながら、肛門と張形の両方からやってきた快感のうねりにひたすら翻弄され続けた。

 やがて、孫空女は断末魔のような雄叫びをあげて、全身を弓なりにした。

 意識が白い光に包まれ、頭の中で次々になにかが弾けていく気がした。

 

「ああ……ああはあっ……ああがあああっ──」

 

 激しく絶頂した……。

 同時に射精もした。

 がくがくと身体が震える。

 

 そして、自分の身体に信じられないことが起こった。

 次から次へと男と女の絶頂感が繰り返し襲いかかり、それに応じて、まるで壊れた玩具のように張形から連続で精が迸り出したのだ。

 周囲から怒号のような歓声がした気がした。

 

「ほうほうほう……。男性器からの連続射精など初めてみたわい……。何度も絶頂できる女の身体ならではの現象じゃな」

 

 寿公が説明の声を一時中止して孫空女の乳房を掴んで身体を持ちあげた。

 

「ひぎいいっ──」

 

 しかし、孫空女はいま自分がどうなっているかがわからない。

 とてつもなく激しくなっている張形を包む霊具の蠕動運動と、巧みな寿公による尻穴への刺激に孫空女は、さらに断続的な精を飛ばし続けた。

 

「ああ……ひああ……あああ……はあ……はあ……」

 

 凄まじい連続射精は、孫空女の痙攣が収まるまでしばらく続いた。

 ふと見ると股間の前にはまるで尿を垂らしたような孫空女の精が散らばっている。

 

「も、もう……か、勘忍して──」

 

 とにかく射精が止まって、少しは余裕が生まれるが、それもほんの少しだ。

 また、次の大きな波がやってこようとしている。

 張形への蠕動運動と寿公の肛姦は続いているのだ。孫空女の痴態を晒すために、引きあげられた身体を再び倒される。

 そんな孫空女に大きな舌打ちが聞こえた気がした。

 

「まるで、淫売だな……」

 

 朦朧としている頭に、歓声に混じるその声だけが、いやにはっきりと孫空女の耳に届いた。

 その声は玄魔だった。

 気がつくと、自分は玄魔の座る眼の前で寿公に尻を犯されていたようだ。

 

「最初は少しは期待したが、やはり戦士などではなく、ただの淫売であったわ──。さて、俺は行くぞ、火箭──。今日の既定の人数が終われば、孫空女は軍営に連れていって、食事と身体の手入れをさせろ……。明日も同じ人数だ。その次も……。その次の日もだ。毎日、繰り返し、ここで尻を犯し続けろ──」

 

 玄魔がそう言って立ちあがった。

 火箭が陽気に返事をして、玄魔を見送る態勢になった。

 

 玄魔が立ち去っていく。

 立ち去る瞬間、少しだけ孫空女の顔を玄魔が捉えた気がした。

 

 孫空女に対する興味を全く失った……。

 そんな蔑みの視線のようなものを孫空女は、玄魔の表情に感じた。

 

 待って……。

 ご主人様に会わせて──。

 

 孫空女はそう叫ぼうと思った。

 しかし、自分の口から出るのは、悲鳴のような嬌声だけだ。

 

 遠ざかる玄魔を眼に捉えながら、孫空女はもう何度目かわからない射精と絶頂の同時襲撃の快感に全身を大きく仰け反らせた。



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483 十日目の条件達成

「うあああああっ」

 

 あっという間に、絶頂が訪れそうになった。

 孫空女は、左右から四人の男たちに裸体を押さえられ、うつ伏せの体勢で膝を曲げた状態を強要されている。

 つまりは、尻だけを上に突きだした格好だ。

 また、両手は背中側で水平に曲げて、両腕をまとめて革帯を巻きつけられている。

 しかも、両手首と両足首には、相変わらずの筋力を弛緩される霊具を装着されている。

 さすがの孫空女でも、これでは抵抗のしようがない。

 その孫空女の尻の穴に、亜人のひとりの男根がめり込んでくる。

 

「ほら、またいくのか?」

 

 身体を押さえている男の亜人のひとりが、孫空女の股間に埋められている双頭の張形をぎゅっと揺すって乱暴に動かす。

 この亜人兵の軍営に連れて来られてから、ずっと装着されている淫具であり、外に出ている部分を刺激すると、それに応じた刺激が埋められている孫空女の膣内に加わるという仕掛けなのだ。

 電撃のような衝撃が股間を貫き、脳裏に閃光が走る。

 こうやって、少しでも孫空女が抵抗を示すと、亜人兵のひとりが容赦なく、孫空女の股間に突き出ている張形を動かすのだ。

 すると、快感が股間で爆発して、孫空女はもうなにもできなくなる。

 これがもう何刻も繰り返されていた。

 いや、何日もだ。

 多分、十日目……。

 孫空女は、相変わらず、この玄魔隊という亜人軍の一隊の軍営に監禁され、亜人兵たちとの全裸試合という名の凌辱の日々を送っていた。

 

「尻穴と股ぐらとどっちが気持ちいいんだ? まあ、どっちにしても、もう我慢できないんだろうがな」

 

 張形による刺激を与えられながら、孫空女のお尻の中に男根が挿入される。

 そして、数回抽送される。

 

「いぐうううう」

 

 孫空女はまたしても、絶頂してしまった。

 

「おうおう、締めつけやがるぜ──。あっ、出ちまった」

 

 尻を犯している亜人が残念そうに舌打ちし、ぶるりと腰を動かした。

 精を放ったのだろう。

 

「ふた擦りか、三擦りか? 早漏すぎるじゃねえか」

 

 股間の張形を動かしている亜人がその様子を見て、げらげらと笑う。

 

「う、うるせい──。仕方ねえだろう、それだけの締めつけなんだ。畜生、これでも喰らえ」

 

 尻穴の中に精液とは違う熱いものが迸り出す。

 小便だ。

 この数日のこの連中の遊びであり、全裸試合を強要されている孫空女を試合の場で肛姦するとき、精を放った後、わざと尻穴の中で放尿をするのである。

 

「ひいいい、やめえええ」

 

 孫空女は身体を弓なりにして絶叫した。

 しかし、亜人たちに四人がかりで押えられて、さらに膣の感覚に繋がっている張形を擦られるのだ。

 快感で力が抜けて、孫空女は暴れることができなくなった。

 あとは、ただ受け入れるだけである。

 今日は、これでもう三回目だ。

 前の二回で込みあがってい便意に、さらに強い便意が襲い掛かる。

 

 最初は、たまたま尿意があった亜人がほんの気まぐれで、孫空女の尻の中で小便をしただけだったが、あまりにも孫空女が悲鳴をあげたので、面白いと言い出して、かなりの頻度でこれをされるようになった。

 試合をされながら、尻を犯されては浣腸をされているようなものであり、孫空女もすでにかなりの便意を覚えている。

 だが、排便など、決められている一日の全裸試合の回数をこなすまで許されることはない。

 しかも、この稽古場のような場所の壁に鎖で繋げられて、亜人たちの視線を浴びながら木桶にするのである。

 その恥辱はとても耐えられるものじゃなかった。

 

 だが、こんな日々がもう十日近くも続いている。

 今日の試合の条件は、五対一というものだ。

 しかも、孫空女は背中で拘束をされた状態での格闘の試合である。

 さらに、いつものように、試合の前に強力な媚薬をたっぷりと飲まされた。

 膣に挿入されている双頭の張形は、孫空女の発情の度合いに応じて、本物の男根同様に勃起するようだが、媚薬を飲んでしまうと、限界までそそり勃ち鎮めることができなくなる。

 こんな条件で勝てるわけがない。

 

 しかし、やるしかないのだ──。

 この馬鹿げた格闘試合を孫空女に強要させている玄魔(げんま)という隊長は、三人連続で勝てば、孫空女を宝玄仙に会わせると約束をしたのである。

 勝たせるつもりなどないとわかっていても、孫空女はこれを続けるしかない。

 

「じゃあ、交代だ」

 

 孫空女の尻から男根を抜いた亜人男が縄で作られている試合場から外に出ていく。

 入れ替わるように、別の亜人が入ってきた。

 こうやって、人を入れ替えながら、今日はずっと五人ずつの男と戦わされている。

 いや、戦うといっても、まともな試合でもあり得ず、孫空女はただ試合にかこつけて凌辱をされるだけの話である。

 

 次こそ──。

 それでも、孫空女は一縷の望みを賭けて、この卑怯者たちと戦い続けている。

 だが、十日近い日々の中で、孫空女は一度も、玄魔との賭けの条件である三連続勝利というものに成功をしていなかった。

 

 とにかく、拘束をされ、媚薬を飲まされ、霊具によって力を封じられ、しかも、時には今日のように、ひとりで複数の相手と同時に戦わされる。

 そんな卑怯な手段を使われて、どうしても勝てない。

 相手がひとりのときでさえ、股間の装着されている淫具の張形に触れられると、たちまちに脱力して、抵抗できなくなるのだ。

 そして、犯されて、尻に精を注がれる。

 

 一日に試合という名目で何十回も犯される。

 とにかく、一日という時間が終わるまで、数十回も犯されるだけを繰り返すだけなのだ。

 そして、夜になれば、孫空女の首と四肢に枷が付けられて、この道場の壁に繋がれる。

 兵たちも多くはここで寝るのだから、与えられる食事も排便も、そんな兵たちに見られながらだ。

 夜も満足には休ませてもらえない。

 壁に繋がれている鎖は、操作具で伸縮自在なので、壁に密着するほどに鎖を短くされると、孫空女は完全に動けなくなる。

 そんな身体を刺激されて悪戯され、敏感すぎる孫空女がよがるのを見物しながら、亜人たちに精を掛けられるのだ。

 やっと夜中になり、亜人兵たちが眠りにつくと、孫空女は眠りにつく。

 そして、泥のように眠り、また翌日の全裸試合に挑むというわけだ。

 

 だが、そんな無理な条件の試合だが、こうやって続けば、だんだんと孫空女も慣れては来る。

 次第に、一勝、ときには、二連勝ということもできるようになってきた。

 しかし、そんなときには、すぐに媚薬を強引に追加で飲まされたり、全身を完全拘束さえて試合をさせられたりする。

 二連勝の後は、まともには戦わせてももらえず、張形に振動する淫具を装着されたりしたこともあった。

 そのときには、試合中に何度も張形から蜜を吐き出し、孫空女は気絶してしまった。

 この繰り返し……。

 

「じゃあ、次は俺の番だな」

 

 ずっと張形をいじっていた男が手を放して、孫空女の尻側に移動しようとした。

 がっしりと押さえている亜人男が四人から三人になる。

 そして、五人がかりの試合は、昨日から始まった。

 これ以前は、比較的強い相手と一対一というのが多かったが、この二日の相手は一般兵のようだ。

 しかし、五人がかり。

 あっという間に、寄ってたかって押さえられて、尻穴を変わるが変わる犯されるだけなのだが、どうやら、最初の日にまともに、ふたりほどのしてしまったので、それ以降、孫空女と試合をするのは、ある程度の実力以上のものと限定をされてしまったらしかった。

 だが、孫空女が異常に快楽に弱く、快楽漬けにすれさえすれば、ただの兵でも勝てるということがわかり、昨日ぐらいから五人一度にという条件で、一般兵にも孫空女の相手が回ってきたということのようだ。

 

「だが、犯すのは尻穴だけというのは、ちょっと寂しいな。俺は前の穴がいいんだがな」

 

「贅沢いうなよ。だが、これで小便も三度目だろう。そろそろ、出させようぜ。突っ込んだ性器が汚れたら興ざめだしいな」

 

「そんな軟弱なやつは、手を……いや、珍棒を出さなきゃいいのさ。俺は問題ないぜ」

 

 亜人男が孫空女の尻たぶを両手で左右に開きながら笑った。

 すでに怒張している男根の先が孫空女の尻穴に当たる。

 

「ひっ」

 

 便意が迫っている尻穴を強引に拡げられて、孫空女は全身に怖気が走った。

 だが、孫空女は気がついた。

 押さえている亜人男たちの力が弱いのだ。

 しかも、ずっと誰かが持っていて離さなかった張形から手が外されている。

 すでに、小便浣腸を三回も受けて、排便で苦しみだしてもいる孫空女が、まさか抵抗できるとは考えていないだろう。

 だが、絶好の機会だ──。

 

「こなくそっ」

 

 孫空女は脱力している身体を必死に動かして、三人の亜人の拘束から身体を外す。

 

「おっ、まだ、そんな力が残っていたか?」

 

 後ろ側に移ろうとした亜人兵が呆気にとられた声をあげる。

 孫空女は両脚を大きくあげて、その男の首に引っ掛けた。

 

「あれっ」

 

 亜人男は意表を突かれて、困惑した様子を示したが、そのときには、孫空女は男の首を脚で挟んだまま、くるりと身体を一回転させていた。

 ごきりと大きな音がして、その亜人男が口から泡を噴いて気絶したのがわかった。

 

「こ、こいつ──」

 

「まだ、抵抗できるのか──」

 

 残っている三人と、たったいま試合の場である縄の中に入ってきた亜人兵が孫空女に掴みかかった。

 回転して、手を避ける。

 掴まれて、張形を擦られたら終わりだ。

 孫空女は、一度起こした身体をすぐに低くして、足で亜人男たちの脛を薙ぎ払った。

 幸いにも、足首は拘束されていない。

 このところ、孫空女が不甲斐ない戦いぶりしかしていなかったので、すっかりと油断していたに違いない。

 

「おっ」

「わっ」

「ふわっ」

「えっ?」

 

 全員まとめて床にひっくり返る。

 

「くらえ、卑怯者ども──」

 

 孫空女は全員の喉に足の裏を続けざまに叩きつけた。

 四人揃って、白目を剥いて脱力する。

 首の骨を折る勢いで踏んでやったが、死にはしなかったみたいだ。

 やはり、亜人というのは丈夫な連中だ。

 

「や、やりやがった──」

「こいつ──」

「とり押えろ──」

 

 だらけた感じで見物していた兵たちが一斉に色めきだす。

 わっと四周から縄の中に入ってくる。

 

「うるさい──。あんたらがやらせ続けた試合だろう──。文句あんのかい──」

 

 孫空女は試合場の真ん中で啖呵を切った。

 しかし、数十人が一度に襲い掛かる。

 最初の二人までは蹴り飛ばしたが、孫空女は張形を握られてしまい、ひっくり返らされた。

 両脚にも枷が嵌められる。

 寄ってたかって床に押さえつけられる。

 

「何事だ──」

 

「やめんか──。どういう状況だ──」

 

 そのときだった。

 道場に大きな声が響き渡った。

 床にうつ伏せに押されている孫空女は、それが玄魔(げんま)火箭(かせん)の声だとわかった。

 いつもは、孫空女の屈辱的な試合を見守っているふたりだったが、今日に限って朝からいなかった。

 それがやっと現われたらしい。

 

「げ、玄魔──。三人抜きすれば、ご主人様に会わせる約束だろう──。あ、あたしは五人に勝ったよ──。武人の名に懸けて、約束は守んな──。それとも、また卑怯な物言いすんのかい──。だったら、二度と戦士などを口にすんじゃない──」

 

 孫空女は床に押さえられたまま絶叫した。

 亜人たちの身体の隙間から、部屋に入ってきた玄魔の顔が不快そうに歪んだのがわかった。

 

「負けた? 嘘をつけ──。お前、そうやって押さえられているじゃねえかい」

 

 火箭だ。

 この十日ばかりでわかってきたが、孫空女をいたぶるのに中心的なのはこいつだ。

 それに比べれば、亜人軍の隊長らしき玄魔は、ただ見ているだけである。

 火箭は、亜人兵たちを左右に避けさせて、孫空女の前にやって来た。

 

「まだ、転がっている連中がいるだろう──。そいつらは、あたしが倒したんだ。三人どころが釣りがある。約束だ──。ご主人様に会わせなよ──」

 

 孫空女は目の前にやって来た火箭に怒鳴った。

 身体は大勢の亜人兵に押さえつけられているので、顔だけをあげている。

 すると、火箭の顔が憎々し気に歪んだのがわかった。

 

「生意気言うんじゃねえよ、人間のくせに──。てめえら全員、俺たち亜人の奴隷なんだよ」

 

 孫空女はうつ伏せに押さえられていたが、その後頭部めがけて、火箭が足を振りあげるのが見えた。

 衝撃が頭に加わり、ごつんと大きな音が額で鳴った。

 力の限り、頭を上から踏まれたのだ。

 一瞬気が遠くなる。

 

「んごっ」

 

 孫空女は声をあげていた。

 

「立て、奴隷──。お前ら手を放せ──」

 

 孫空女の身体を押さえていた手がなくなる。

 肘で身体を起こそうとしたところを下から蹴り上げられた。

 身体が浮きあがる。

 

「あがああっ」

 

 宙に浮いている身体をさらに上からかかと落としを腹に叩きつけられた。

 今度は背中を床に打ち付ける。

 

「ううっ」

 

 息がとまった。

 どんという衝撃とともに、鳩尾(みぞおち)に蹴りが入る。

 

「ううっじゃねえ──。まだ、やられ足りねえか──」

 

 頭側に回った火箭ががんと頭を踏みつけた。

 孫空女は脱力した。

 視界が回転する。

 意識が朦朧とするのがわかった。

 

「この数日でちっとは大人しくなったのかと思ったら、まだ調教されねえのか──。こうなったら、ちまちまと心を折るのはやめだ。身体に叩き込んでやる。顔をあげろ──」

 

 火箭が怒鳴った。

 だが、孫空女はまだ視界がぐるぐると回っていて、動けないでいる。

 その身体に、前後左右から亜人兵たちの手が伸びて引き起こされる。

 膝立ちの体勢になる。ただ、頭はまだ大きく床側に傾いたままだ。

 

「顔をあげろ──」

 

 なにを言われたかわからなかったが、孫空女は無意識に頭をあげようとした。

 そのときを狙ったように、火箭の革靴の底が後頭部に落下した。

 

「んぎゃあ」

 

 孫空女は床に額を激突させた。

 なにが起きたのか判断することもできなかった。

 朦朧としたまま頭をあげる。

 途端に首に近いところを踏みつけられた。

 脱力して、肛門から便が洩れそうになるのを耐える。

 

「んがああっ」

 

 再び顔を床に打つ。

 手が伸びてきて、身体を起こされる。

 

「遅い──。すぐに身体を起こせ──。もたもたするな──」

 

 またもや後頭部に向かって、火箭の足が踏みおろされた。

 身体から力が抜けた。

 孫空女は横倒しになっていた。

 

「くそが──。まだ、なにか言いてえか──」

 

 息を荒くしている火箭が孫空女の前に立ちはだかって言った。

 孫空女は必死に口を開いた。

 

「……や、約束……。さ、三人抜きで……ご、五人……倒した……」

 

 孫空女はやっとのこと言った。

 目の前の火箭が怒気に包まれるのがわかった。

 なにが気に喰わないのかは知らない。

 ただ、この十日、火箭は玄魔に言われて、孫空女を屈服させようとしているということだけは、ぼんやりとわかった。

 そして、試合という名の凌辱を日夜続けられ、孫空女は完全に為すがままになり続けていた。

 ところが、今日になり、それがまだ抵抗の心を残していたとわかり、かっと血が上ったのかもしれない。

 だが、孫空女としては、大人しくしていたのは、この約束があったからだ。

 三人抜きすれば、宝玄仙に会わせると約束をして、孫空女はそれを果たせなかった。だから、仕方がないと我慢した。

 一生懸命に、次こそ、明日こそ、三人を抜こうと、それだけを考え続けたのだ。

 

 火箭がなにを考えているかなど、糞ったれだ──。

 十日前に言われた条件をやっと成し遂げた。

 三人抜きで、宝玄仙に会わせる──。

 玄魔と火箭が孫空女と口にした約束がそれなのだ。

 こいつらは忘れていたかもしれないが、孫空女は忘れていない。忘れるものか──。

 そのために、恥辱と屈辱に耐えて、理不尽にも我慢して戦い続けたのだ──。

 

「待て、火箭」

 

 そのときだった。

 いままで、ほとんど口を出さなかった玄魔が目の前に来た。

 孫空女は、後手に拘束された身体を起こして、玄魔の前に跪く体勢になった。

 

「隊長、お待ちください──。必ず、こいつを堕としますから……。ちょっと手ぬるかったみたいです。今度こそ……」

 

 火箭が玄魔に言った。

 だが、玄魔はその火箭を制して、亜人兵のひとりに椅子を持ってくるように命じた。

 床几椅子が運ばれ、玄魔が孫空女の真ん前に腰をおろす。

 

「孫空女だったな……。その拘束された身体で五人倒したか……。まあ、亜人の兵卒相手とはいえ、条件を満たしたのは認める。だが、ここから出すわけにはいかん」

 

 玄魔が静かな口調で言った。

 孫空女はかっとなった。

 

「ふ、ふざけんじゃ──。う、嘘をついたのかよ──。そ、それでも、戦士の端くれかい──」

 

 孫空女は罵った。

 

「こいつ、玄魔隊長に──」

 

 火箭が握りこぶしを孫空女の頬に打ちこんだ。

 だが、媚薬と連続絶頂で火照り切った身体には、むしろ気合が入り直したようなものだ。

 孫空女は今度は倒れることなく、ぐらりと身体を揺らしただけで、跪く姿勢を保持した。

 それも気に入らなかったのか、火箭の顔が怒りで赤くなるのが見えた。

 孫空女は肩で息をしつつ、口の中に拡がった血を床に吐く。

 

「てめえ──」

 

 火箭がもう一度殴ろうとする。

 今度は、玄魔がそれを制する。

 

「もういい……。この孫空女はやはり、それなりの戦士なのだろう。暴力では屈することはない。それがやっとわかった。また、こいつの心を折るのも難しそうだ……。だが、どうしたものかな。青獅子陛下に命じられているのは、孫空女の屈服だからな……。それを満たすまでは、ここから出すわけにはいかないからな」

 

 玄魔が困ったように溜息をついた。

 孫空女は必死で顔をあげる。

 

「く、屈服する──。な、なんでも言ってよ──。なんでもするよ。だから、ご主人様に会わせて──。あたしの要求はそれだけなんだ──。それさえ……」

 

「こいつ、またしても、勝手に口を……」

 

 火箭が横で喚く。

 だが、孫空女は玄魔しか見ていない。

 必死に視線で訴える。

 玄魔がかすかに微笑んだのがわかった。

 

「そうか……。屈服するのか? 完全に屈服したとなれば、俺の任務は終わる。お前の身柄は青獅子陛下に引き渡すことになるだろう。お前がずっと口にしていたご主人様とやらは、青獅子陛下のところだ。そこにいけば、会うことも叶うかもしれん」

 

「わ、わかった。屈服した──。この通りだよ──。だから、ご主人様に会わせておっくれ」

 

 孫空女は後手のまま、顔を床にさげて密着させる。

 土下座だ。

 すると、その孫空女の頭の前に、玄魔の足が伸びてきた。

 

「屈服したとなれば舐めろ──。青獅子陛下の前でも同じことをさせる。靴を舐めろと言われれば舐めろ。奉仕をしろと言われれば奉仕しろ。屈服したことを示せ──。もうそれでいい」

 

 玄魔が言った。

 孫空女はやっと、こいつがなにを言ってきたのか理解してきた。

 つまりは、屈服したふりでいいと主張しているのだ。

 それで、青獅子とやらの亜人王のところに送ってくると言っているようだ。そこには、宝玄仙がいて、孫空女は宝玄仙と再会する希望があるということのようだ。

 

「な、舐める──。足だって──。あんたの股だって──。あ、あたしはすっかりと屈服しているんだ」

 

 孫空女は目の前の玄魔の革靴に、後手拘束飲ままにじり寄って舌を這わせた。

 一生懸命に、心を込めて──。

 

「……孫空女、屈服の証に、俺の股間を舐めてもらおう。俺だけではない。ここにいる全員だ。夕方までに全員の精を飲むことができれば、お前が屈服したことを認めて、お前の身柄を青獅子陛下のもとに送る」

 

 靴を舐めさせている玄魔が言った。

 全員を夕方か……。

 

 三十人……?

 いや、まだ増えるかもしれないから、五十人……。

 夕方までに……。

 

「や、やってやるよ。あたしに任せな。足でも珍棒でも舐めてやるよ──」

 

 孫空女は顔をあげて啖呵を切った。

 小便浣腸のせいで、かなりの便意が迫っていて、全身から脂汗が出るほどだったが、こっちだって夕方まで耐えてみせる――。

 そう決意すると、孫空女は玄魔の性器を露出させるために、口で玄魔の下袴の紐に噛みついた。

 

 

 

 

(第74話『女戦士の恥辱試合』終わり)



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 第75話  魔王の性奴隷【青獅子大王Ⅱ】ー朱姫
484 性奴隷の日常


「それじゃあ、朱姫姉さんの大切な方々がどうなったのか、まったくわからないというわけなのですね?」

 

 李姫(りき)が朱姫に言った。

 この魔王宮に監禁されてから五日目のことだ。

 

 朱姫は、李姫、貞女(さだじょ)という娘とともに魔王宮の一室に監禁されていた。

 三人とも素っ裸だ。

 魔王宮というが、もともとは、この李姫や貞女が暮らしていた屋敷なのだそうだ。

 ただし、魔王の道術によって内部はすっかりと模様替えされるとともに、間取りも迷路のように複雑なものになったらしい。

 存在しなかった数層に及ぶ地下も作られているようだし、このふたりにとっても、いまやまったく別の建物だと言っていた。

 三人が普段監禁されているこの窓のない部屋も元々は存在しなかった部屋だという。

 

 この部屋がいまや魔王宮となったこの屋敷の最奥に近い場所だというのはわかる。

 玄関に近い場所には魔王の部下が使う各居室があり、さらに進むと謁見の間といわれる広間があり、魔王の執務室もそのそばにある。

 その執務室のさらに奥には、魔王の私的な生活空間となる場所があって、朱姫がいるのもそこにある一室のようだ。

 玄関に近い部分ほど魔王の部下たちの密度が高くなり、朱姫たちが閉じ込められている空間までくると、魔王の身の周りの世話をする従者たちくらいしか亜人を見ることはなくなる。

 

 いずれにしても、朱姫たちがこの部屋を出れるのは、魔王の性の相手をするときか、魔王が朱姫たちの調教係として付けた張蘭(ちょうらん)の調教を受けるときだけだ。

 それ以外は、この調度品のなにもない部屋でずっとすごさねばならない。

 この屋敷に捕らえられてから、朱姫は身体を隠す布切れ一枚与えられてはいない。

 身体に付けているのは、四肢の筋肉を大きく弛緩させるとともに道術を遣えなくする機能があると思う手首と足首に巻かれている灰色の革帯と、宝石の装飾のある首輪だ。

 李姫と貞女も同じ首輪をしているが、朱姫がしている手首と足首の革帯はしていない。

 その代わり、ふたりは乳首と肉芽に小さな穴を開けられて極小のピンを通されて宝石の飾りを付けられている。

 “ピアス”というものらしい。

 そんな場所に穴を開けるなど怖ろしい施術にぞっとしたが、ふたりに言わせれば痛みはないらしい。

 ただ、重りになっている宝石が揺れて、四六時中軽い疼きを与え続けることには困ると笑って言っていた。

 

 驚いたことに、この魔王宮がもともとは李姫たちの暮らしていた屋敷だというだけではなく、李姫はこの城郭を支配していた州伯の娘なのだという。

 貞女は彼女たちに仕えていた侍女だ。

 この部屋にはいない李姫の母の李媛(りえん)とともに、魔王たちがこの屋敷に来るとともに、三人は魔王の性奴隷になった。

 ほかの家人たちは追い出されたようだ。

 いまや、この魔王宮にいる人間族は彼女たち三人だけらしい。

 

 李姫の母親の李媛にも何度か接する機会があった。

 やはり大変な美貌の人間の女であり、もともとは、侯爵夫人としてこの城郭の行政を夫の州伯とともに宰領していたのだという。

 

 だが、この城郭が魔王軍に包囲されたとき、住民を皆殺しにしない条件として魔王は、李媛に娘の李姫とともに魔王の性奴隷になることを要求した。

 李媛はそれを承諾して、彼女たちは魔王の嗜虐的な性の相手をする奴隷になったのだ。

 

 住民を救うためとはいえ、所詮は他人である。

 その他人の命を助けるために、魔王の性奴隷になるなどという途方もない条件に応じるなど朱姫には信じられなかった。

 しかも、李媛も李姫もこの国では、かなりの大貴族のはずだ。それが亜人王の性奴隷になるなどという残酷な命令に従うなど信じられない。

 朱姫は心の底から尊敬できる気高い心に触れた気がした。

 

 さらに貞女については、避けようと思えば避けられるのに、望んで魔王の性奴隷という立場になったのだという。

 貞女にとっては、李媛というのは恩人であり、絶対に見捨てることができない女性であるらしい。

 魔王の手に落ちようとしている李媛と李姫を助けることはできないが、供に汚れることはできる。

 そう思って運命をともにしたのだそうだ。

 朱姫は自分のことではなく、他人のことをそこまで大切にするという彼女たちに、嘆息しか出てこない。

 

 いずれにしても、朱姫はこうやって、李姫と貞女とともに同じ部屋に監禁される身の上となったが、李媛は一緒ではない。

 李媛は青獅子の大のお気に入りであり、青獅子は侯爵夫人である李媛をとことん虐げるのが愉しくて仕方がないらしく、片時も自分の側から離すことはないらしい。

 朱姫が李姫たちとともに、魔王の嗜虐を受けるときも、必ず魔王のそばに鎖で繋げられているし、魔王が政務のときも横に裸でいさせられ、魔王が就寝のときも、身体を洗うときも、食事のときでも常に李媛は横にいる。

 

 従って、李姫や貞女に比べれば、朱姫は李媛と会話ができる機会は圧倒的に少ない。

 実際のところ、朱姫が李媛と会話をしたのはまだ数回でしかない。

 

 だが、その数回で本当に李媛が心の綺麗な女性だということはわかった気がした。

 そんな境遇だが、李姫と貞女に打ちひしがれた雰囲気はない。

 彼女たちの境遇を考えれば、心が潰されたようになって当然だと思うのだが、朱姫の見たところ、ふたりはこの境遇を受け入れかけており、諦めのような境地でいるようだ。

 李媛はあまり接することはないのでわからないが、少なくとも、この李姫と貞女のふたりは魔王の性奴隷になったことを達観しているようであるし、すでに死も覚悟している。

 

 また、朱姫にはすぐにわかったが、このふたりは百合の関係にある。

 以前からそうだったわけではなく、魔王の性奴隷の立場に落とされてからそうなったらしいが、それが李姫や貞女に心の安定を与えてもいるようだ。

 

 朱姫がそのふたりの百合の関係に加わるまでに、それほど時間がかかることではないかった。

 李姫も貞女も突然やってきた朱姫のことなどなにも知らないはずだが、魔王に捕らわれた同じ性奴隷という立場だということで、すぐに心を開いて朱姫を受け入れてくれた。

 一日の終わりであることを告げる天井の照明が落ちた時間に、この部屋で百合の情交を三人でするのは、いまや三人の決まった日課でもある。

 

 一日の最後にこの部屋に戻されるときに、調教係の張蘭が三人の身体を拭くための水として桶一杯の水をくれるのだ。

 それで身体を洗えという命令なのだが、布は与えられないので手で身体を隅々まで洗う。

 それこそ、性器の中まで全部だ。

 洗い終われば、拭くものはないので、身体は濡れたままだ。

 しかし、身体が濡れてからは部屋の空気は三人の身体を乾かすものに調整されるらしく、朝に目が覚める頃には、完全に髪も身体も乾いている。

 朝になれば、すぐに張蘭がやってきて、朝食となる食べ物を運んでくる。

 朝食とともに、髪をとかす道具と化粧品が準備してあり、それで顔を整える。

 

 そして、魔王への奉仕と張蘭の調教を受ける一日が開始される。

 一日が終われば、再び夜だ。

 桶の水で身体を洗って休む態勢になる。

 この繰り返し……。

 

 ここに監禁されてから外を見ることはないので、実際のところ、今日が本当に五日目なのかどうかははっきりとはわからない。

 ただ、一日の調教の中には毎日同じ時間にやらされることもあるし、いま煌々と天井が光っているこの部屋も、ある時間になると天井の光が薄暗くなる時間帯がある。

 それで朱姫は一日の流れを計っている。

 天井の光が消えれば寝なければならない時間であり真夜中ということだ。

 光がつけば朝であり、調教と魔王への性奉仕の一日の開始ということだ。

 

 いずれにしても、水桶が渡されたときをきっかけとして、それで三人で身体の洗いっこをする。

 それが百合の情交の合図のようなものだ。

 

 朱姫がやってきた一日目でも、朱姫の眼の前で李姫と貞女は、百合の情交を始めた。

 ふたりは一日がどんなに苦しくてつらいものであっても、必ず、そのふたりの情交を欠かさない。

 それがふたりの心の平静に必要だということは朱姫もなんとなく悟った。

 

 朱姫がふたりの百合の関係に加わったのは二日目からだ。

 百合の関係においては、まだ少女の李姫はもちろん、貞女に対しても朱姫は主導権を握る。

 百合の性技にかけては、朱姫は百戦錬磨だ。

 このふたりをたらしこむなど朱姫にとっては造作もないことだった。

 

 まだ五日であるが、朱姫は李姫や貞女とすっかりと仲良くなった。

 四六時中裸でいなければならない三人だったが、素裸だが寒さや暑さを感じることはないように、この部屋を含めて屋敷全体が道術で調整されている。

 床にも絨毯が敷きつめられていて、夜寝るときも肌が冷たいということはない。

 寝台のようなものはまったくなく、休むために毛布一枚あるわけではないので、就寝のときには三人で丸まって横になるだけだが、不快さを感じるほどではない。

 

 糞尿は調教の一貫として人前でやらされる以外には、この部屋の隅にある『落とし草』という名の箱に屈んでする。

 衝立のような物は一切存在しないので、ふたりのいる前でしなければならないが、朱姫が最初に糞尿をするときには、約束事であったらしく、ふたりは部屋の反対側に向かってこちらに背を向けてくれた。

 

 しかし、朱姫はその習慣を少し変更した。

 『落とし草』という糞尿処理用の霊具は、一段だけの大き目の重箱のようなかたちだが、蓋を開けると背の低い触手がある。

 糞尿はその触手が身体に入れて処理をする。

 おぞましいことに、箱を開いてその箱に屈むと、触手が餌をもらうために肛門や股間に触手を伸ばして糞尿を舐めとろうとするだ。

 そうやって、触手に股間を苛まれながら用を足さなければならない。

 用を足せば汚れた局部も触手が完全に舐めとる。

 李姫や貞女の場合は、肉芽の宝石まですっかりと触手が汚れを舐めとってくれる。

 そんな道具なので、用を足すときにはどんなに耐えようとしても喘ぎ声を洩らしてしまうことになる。

 残り二人が背を向けてくれていても、声を殺すことはできない。

 

 それで朱姫は、いっそのこと糞尿をするために『落とし草』の触手に苛まれるときには、残りのふたりが用を足している相手の口や上半身を愛撫して責めることと決めたのだ。

 見られながら用を足すだけではなく、それを触手の刺激に加えて残りふたりの愛撫を受けながらというのは激しい羞恥だが、この三人の中だけのことだ。

 こうして、百合の時間として、一日の最後の身体を洗いっこのほかに、用を足すときというのが加わった。

 用足しを情交の道具にするというのは破廉恥なことだと思うが、それをするようになってから、三人の距離がもっと狭まった気がする。

 

 この日は珍しくも午後になってからの青獅子からの呼び出しがなく、朱姫は李姫、貞女とゆっくりとすごす時間を持つことができていた。

 それでこれまで詳しくは語っていなかった朱姫のことについて、このふたりに詳しく説明したのだ。

 

 つまりは、宝玄仙という女道術遣いの供として、西に向かう旅をしていたということ……。

 獅駝(しだ)嶺の山間道を踏破して山麓の農村で、仲間のひとりが亜人である鳥人族にさらわれ、それを追って道術で城郭に乗り込んで、操られていた住民に寄ってたかって襲われたということなどだ。

 このふたりが朱姫たちが捕えられる以前から魔王の性奴隷にされていたということは、二日目の夜に教えてもらっていたので、それでなにかがわかるということはないだろうと思っていたが、やはり、このふたりからなにかの有用な情報を得ることはできなかった。

 

 ただわかったのは、大勢の住民を操って朱姫たちを捕らえたのは、魔凛(まりん)という鳥人族の女隊長に違いないということだ。

 その魔凛というのはこの城郭が魔王の手に落ちたときに亜人軍を指揮した総隊長であり、人間であろうと亜人であろうと、霊気の有無に関わらず、集団で操る能力を持っているということだった。

 朱姫にはどういう道術なのかわからないが、そんな能力を持つ亜人がいるなら、あのときに住民を操って襲い掛からせたのは、その魔凛に間違いないだろうと思った。

 

 もっとも、それがわかったことで、なにかの解決策に繋がるわけでもない。

 朱姫が魔王の飼う四匹目の性奴隷として、ここで監禁されている立場であることに変わりはないし、宝玄仙や沙那や孫空女がどこでどうしているかを知る方法はない。

 なんのために捕えられたのかがわかれば、生きているか死んでいるかの見当もつくかと思ったが、それすらもわからない。

 

 期待はしていなかったが、なにもわからなかったことにやはり失望の表情を隠すことはできなかったようだ。

 李姫は、朱姫を失望させてしまったことに申し訳なさそうな顔になった。

 この心根の優しい娘に気を使わせてしまったことに朱姫は後悔した。

 

「大丈夫よ、李姫……。こんなことは前にもあった。きっとどこかで生きていると思うわ。殺されても簡単に死ぬような方々じゃないのよ。あたしの仲間はね」

 

 朱姫は無理をして微笑んだ。

 

「あ、あの……あたしは時々、李媛様のお散歩にご一緒することがあるわ。外に出られたときに、朱姫の仲間に関することが少しでも情報が得られないかどうか気をつけておくわ……。もっとも、ただ首輪に鎖をつけられて四つ足で歩くだけだから、大したことはわからないんだけど……。もしも、魔王の機嫌がよければ、何気なく質問してみる…。李媛様にも宝玄仙というお方の存在については教えておく」

 

 貞女が言った。

 

「ありがとう……。でも無理しなくてもいいわ、貞女……。時間さえあれば、あたしの力でなんとかできると思う……。おかしな質問などをすれば、貞女も李媛様も魔王に罰を与えられるかもしれないわ。そんな危ない目に遭わすわけにはいかないわ」

 

 朱姫が直接に青獅子に宝玄仙たちはどうしたのかと訊ねたのは、ここに監禁された初日のことだった。

 答えの代わりに与えられたのは怖ろしい罰だった。

 この屋敷の地下にある拷問室のような場所で、両手首を鎖で拘束されて宙吊りにされて、『治療術』をかけられながら、全身を滅多刺しにされたのだ。

 つまり、身体を刃物で斬り刻まれて、はらわたをぐちゃぐちゃにされ、次の瞬間に『治療術』で傷ひとつないように回復されて、また刃物で裸身を抉られる。

 それを繰り返されたのだ。

 

 もしかしたら、『治療術』ではなく、あの拷問自体が魔王の道術による幻術だったのかもしれない。

 しかし、痛みと苦痛は本物だった。

 

 青獅子は部下たちに朱姫を拷問にかけさせながら、奴隷の分際で質問などするなと繰り返し朱姫に言った。そんな拷問を半日続けられた。

 肉体はその場で回復しているものの精神は崩壊寸前まで追い詰められた。

 そして、放り込まれたのがこの部屋であり、待っていたのがこの李姫と貞女だ。

 ふたりは朱姫に優しくしてくれるとともに、朱姫に心からの同情を示してくれた。

 このふたりと打ち解けることで、なんとか朱姫も心の平静を取り戻すことができた。

 

「そう言えば、李媛様の散歩には、今日は貞女さんは呼ばれなかったわね……。今日は李媛様は、あのお気の毒な仕打ちを今日は受けなくて済んだのかなあ?」

 

 朱姫はなんとなく言った。

 散歩というのは、青獅子が毎日の日課のようにしている李媛を連れての城郭の練り歩きのことだ。

 一刻(約一時間)ほどのことでしかないが、青獅子は、この城郭の支配者の妻だった李媛を犬のように首輪をさせて、素っ裸で四つん這いにさせて大通りを散歩させるのだ。

 

 殺された方がましだと思うような仕打ちだが、逆らえば住民を殺すと脅されて、李媛は青獅子の要求に応じているようだ。

 だが、李媛とともに“散歩”に連れ出されることが多い貞女によれば、城郭の住民は、自分たちの命を助けるためにそのような血の凍るような羞恥の行為を受け入れている李媛に感謝の気持ちを向けるどころか、最近では、破廉恥な女として蔑みや嘲笑の態度を向けるのだという。

 そのような状況において、いまだに住民を護るために自分や実の娘を犠牲にすることとに諾々としている李媛は、すでに朱姫の理解を超えている。

 

「さあ、どうなのか……」

 

 もちろん、貞女の返事も曖昧なものだ。

 この部屋に閉じ込められている三人には、意味のある答えをするだけの情報などない。

 

 そのとき、この部屋に唯一存在する扉が開く気配がした。

 この部屋どころか、屋敷全体に青獅子の結界がかけられていることは、朱姫にはわかっているが、特にこの部屋には、朱姫たちを監禁するための結界が二重にかけられている。

 この部屋から逃げることなどいかなる方法でも不可能だ。

 朱姫もすぐにそれを悟るしかなかった。

 

「いつもの壁尻の調練の時間だよ……。あんたら……」

 

 部屋にやってきたのは張蘭(ちょうらん)だった。

 手に躾のための細い棒を持っている。

 背丈は朱姫の半分ほどしかない矮人族の亜人の女であり、青獅子魔王に仕える女調教師のひとりだ。

 事実上、青獅子以外に接するのは、この張蘭ひとりであり、青獅子に性奉仕をする以外に、毎日の調教を朱姫たちに施すのはこの張蘭だ。

 

 朱姫は一度、『縛心術』をこの張蘭にかけようとしたことがある。

 朱姫は道術を封じられていても、時間さえあればある程度の操り術を相手にかけることができる。

 

 最初に青獅子を見たときには、その途方もない道術返しの霊気の防壁に接して、霊気を遣わない朱姫の『操り術』が効かないことはすぐにわかった。

 だが翌日に、この張蘭がこの部屋にやってきて朱姫に調教をしようとしたとき、試しに『縛心術』を刻み込もうとしてみた。

 その結果は惨憺たるものだった。

 

 この張蘭はそれに気がつき、懲罰として手にしていた躾棒で朱姫をのたうち回らせた。

 その棒からはいくらでも強い電撃を浴びせることができて、朱姫は数刻にわたって、李姫や貞女の前で電撃責めにここで遭わされた。

 それだけでなく、いまだ朱姫がそのような能力を隠してたことが青獅子にばれて、朱姫の霊気を遣わない『縛心術』の能力も封印された。

 朱姫たちは黙って立ちあがった。

 日課にされている性の調練が始まるのだ。

 

「ほらよ」

 

 張蘭が鎖を投げた。

 お互いに首輪に鎖を数珠つなぎに繋げるのだ。

 逆らえば電撃だ。

 従うしかない。

 

 貞女が先頭になり李姫が貞女の首輪の後ろ側に鎖を繋ぎ、自分の首輪の前の首輪の金具に繋ぐ。

 朱姫は李姫の首輪の後ろにもう一本の鎖を繋げ、それを自分の首輪の前に繋ぐ。

 これがこの部屋を出るときに決められている移動の態勢なのだ。

 

「おいで──」

 

 張蘭が言った。

 貞女が歩きだし、朱姫は李姫とともに裸身を「壁尻の間」に向かって進ませた。



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485 壁尻さらし

 獅駝(しだ)の城郭は思ったよりも平穏だった。

 

 青獅子という亜人の魔王に占領されたということから、もっと治安の乱れた略奪されきった城郭を想像していたのだ。

 建物は焼け、男は亜人に殺されてその食料にされるか、女は凌辱されて、やはり、殺されて、その死骸が城郭の通りのあちこちに放置されていると……。

 だが、長庚(ちょうこう)の眼に映ったのは、あちこちを我が物顔で大きな態度で歩いている亜人兵が存在することを除いて、亜人の支配する城郭として、落ち着きを取り戻しつつある獅駝の街並みだった。

 

 亜人たちは粗暴ではあるが無法はしない。

 それが一時は亜人を怖れて閉じていた商家などの安心感を拡げている。この数日のあいだに店を閉めていた商家などは普通に商いを始め、占領前の活気を取り戻そうとしているようだ。

 もともと、無血占領だったので破壊された建物などはないのだ。

 その気になれば物流など、あっという間に復活することができる。

 実際、城郭の城門などは閉鎖されることなく、人の行き来は自由になっている。

 だから、長庚もこうやって簡単に城郭に入ることができたのだ。

 

 いまとなっては、宝玄仙たちが行方不明になる直前に、しばらく物流が完全に停止した状況になっていたのは、ひそかに亜人軍が獅駝の城郭を占拠していたからだというのもわかった。

 また、それに先立って大きな戦があったことも明らかになった。

 

 以前の活気を取り戻す気配のある城郭だったが、その支配者になった魔王軍が行政府、軍営、いまや魔王宮となっている元の州伯の屋敷を中心に駐屯している。

 だが、魔王は亜人兵が立ち寄っていい酒場や妓楼を限定しており、彼らは必要以上にうろうろしていない。

 それも城郭の商家の安心感に繋がっているようでもある。

 

 いずれにしても、宝玄仙たち四人が亜人軍に捕らわれたというのは明らかだ。

 長庚と百舌(もず)が獅駝嶺の麓の農村で別れた直後の時期に、宝玄仙たちと思われる四人の人間族の女が城郭の広場で鳥人族の兵に身柄を拘束されたのを多くの住民が覚えていた。

 四人は、そのまま軍営に連れていかれた気配であるが、それから先はわからない。

 多くの亜人が入っている施設である魔王宮、行政府、そして、軍営のどこかに監禁されていると考えていいだろう。

 いまのところわかっているのはそれだけだ。

 

 彼らを亜人軍がさらった目的や方法も不明だ。

 特に、宝玄仙にしても、孫空女にしても一騎当千の実力を持ったとんでもない女傑だった。

 彼女たちがあっさりと亜人軍の手に落ちたというのがいまでも信じられない。

 

 奇妙なのは、多くの人間の住民が、四人が軍に連行されたことは覚えているが、どうやって捕えられたのかということをなにひとつ覚えていないことだ。

 隠しているということでも、教えることを禁止されているという感じでもない。

 まるで記憶がなくなったかのように、その直前のことを忘れてしまったようなのだ。

 それにしても、全員揃って記憶喪失ということはありえない。

 なにかの術だというのは間違いないだろう。

 

 とにかく、いまのところあの四人を助け出す手立てどころか、捕まっている場所すら見つからない。

 長庚はその時点で、逗留がしばらく続きそうな予感がした。宝玄仙たちが助かるか、その手立てを作りあげるまでは城郭を去るつもりはない。

 彼女たちは恩人だ。命を救ってくれたのだ。

 その恩人を見捨てるという考えは、長庚の中には存在しない。

 

 だが宿屋に泊るというわけにもいかない。

 亜人が占領したばかりの城郭だ。商活動が再開したといっても、まだそれほどの旅人がいるわけではない。

 それなのにいきなりの長逗留の客など怪しすぎる。

 そのために長庚は小さな家を借りることにした。

 家を借りてしまえば、住民の中に紛れ込める。

 余程目立つことをしない限りは、長庚などに目を留める者など存在するわけがない。

 

 もちろん、十三歳の自分では家を借りるという契約はできない。

 奴隷の首輪をしている百舌も駄目だ。

 それで、長庚がはぐれた隊商とあの農村で合流できたときに、商いの修行のために隊商に加わる長庚のために父親がつけた護衛をひとり残してもらった。

 その護衛を一家の主人ということにして借りたのだ。

 

 借りた家は裏通りの小さなところだが、路地から大通りに出てすぐに城郭の広場がある。

 山中ではぐれた長庚を出迎えるために農村にやってきた隊長は、長庚の姿を確認して安堵の表情を浮かべたが、長庚が恩人を救出するために獅駝に残ると主張すると、驚愕するとともに大反対した。

 長庚の父親から預かった大事な身柄を亜人の支配地になった獅駝に残していくなどとんでもないというのだ。

 隊商と合流できる数日前には、獅駝の城郭を青獅子魔王という亜人王の軍が占領したというのは明らかになっており、その情報が燎原を走る火のように、獅駝地方全体に伝わっていたのだ。

 

 しかし、命を救われた相手を見捨てるわけにはいかないと主張する長庚に、結局、隊長は納得した。

 国都にいる長庚の父親にあてる手紙も隊長に託した。父親も長庚の気持ちはわかってくれるはずだ。

 商人に大事なのは、なによりも信頼だ。

 受けた恩義を忘れるような人間が一人前の商人になれるわけがない。

 宝玄仙たちには命を救われた。

 ならば、その恩を返すためには、こちらも命懸けにならなければ恩を返したとはいえないだろう。

 

 隊長は亜人の占拠するところとなっている獅駝の城郭に入ろうとする長庚に対して、隊商から人を割いて長庚につけようとした。

 だが、それは長庚が断わった。

 

 隊長は父親の部下ではない。

 竜飛国国都の大商人である父親が資金を出して、朱紫国に送る隊商の指揮をさせているのは確かだが、それは商売の関係である。

 隊商を編成するために集めた人間も、隊長がその資金を使って集めた者たちであり、長庚との個人的な繋がりはない。

 そういう人間に長庚の個人的な事情により危険を冒させるわけにはいかないのだ。

 

 残したのは父親が長庚に個人的につけたひとりの護衛だけだ。

 それは隊長が集めた者ではなく、長庚のために父親が加えた者だからだ。

 だから長庚の我が儘に加えて問題はない。

 

 もっとも、家を借りるための銭や当面の活動経費は隊商の隊長から借りた。

 人の命は返せないが銭はすぐに返せる。

 借りた銭は返せばよい。

 これについての遠慮も不要だ。

 父親にあてた手紙にも隊長への借金のことは書いてある。

 また、至急こちらに銭を追加で送付するようにも伝えた。

 

「帰りました……」

 

 この城郭に入って二日目の午後だった。宝玄仙たちが捕らわれて五日目になるはずだ。

 

 蝶蝶(てふてふ)が家に戻ってきた。

 若い男の格好をしているが、父の愛人のひとりであり、彼女が父親がつけた長庚の護衛だ。

 

 父親が護衛につけるだけあって女ながらも腕が立つ。

 隊商として移動中に山の中で長庚と百舌を見失ったことに恥じ入っており、再会したときには長庚に抱きついて歓んだが、長庚が危険な獅駝の城郭に潜入しようとしていることについては反対しなかった。

 蝶蝶を連れていくということがわかったからだ。

 護衛をせよと父親に命じられているから、今度こそ死んでもその責は果たす意気込みだが、基本的に長庚がなにを判断しようと口を出すつもりはないらしい。

 そういう女なのだ。

 

「まず、沙那殿という方の場所はわかりましたよ。城郭の繁華街に亜人兵の集まる酒場があります。そこで毎日、午後から夜までの時間、酔客を愉しませる余興に出させられています」

 

 蝶蝶は佩いていた剣を百舌に渡すとともに、頭に覆わせていた男物の頭巾を外す。

 すると、若い男の見た目が消えて、二十代後半の若い女の姿が現われた。

 

 それにしても、この女は一体全体、何歳なのだろう……?

 長庚が物心ついたときには、父親が自分の屋敷に囲っている愛人だった。

 もともとは屋敷の外で囲っていた愛人のひとりだったが、長庚を産むと同時に死んだ長庚の母親がいなくなって、一年後に屋敷に住むことになったようだ。

 古くから店に仕える者に訊ねたところによれば、そのときからいまの見た目はまったく変わっていないらしい。

 とにかく、色恋の多い父はわりと頻繁に複数の妾を作り、ある程度の月日を囲えば、かなりの手切れ金を渡して別の若い女に変えるということをしていたが蝶蝶だけは別だ。

 長庚が産まれる前から父親の愛人であるし、それはいまでも同じだ。

 

それだけの長い年月を屋敷で暮らせば、父親の妻のように振る舞ってもおかしくはないと思うが、彼女は父親の性の相手はするが、それ以上のことで正妻然とすることはないし、父親の使用人の一人としての分を崩すことはない。

 彼女自身が屋敷や父の商家における自分の立場を強くすることを要求することもないし、それを望んでいる様子もない。

 長庚に対する態度も自分の雇い主の子息に対するものであり、それ以上にもそれ以下にもなったことはない。

 父親もその辺りを気に入っているのかもしれない。

 

 もっとも、これは父親と長庚しか知らない事実ではあるが、実は彼女は人間ではない。

 亜人だ──。

 完全に人間と見た目は同じだし、亜人としての霊気を発するのを隠すことができるらしいので、どうしても、亜人には見えない。

 しかし、両親とも亜人だと蝶蝶自身が言っていた。

 ただ、亜人の世界で暮らしたことはないらしい。

 だから、蝶蝶は自分は亜人の中では生活はできないとも言っていた。

 

 従って、その事実を知っていながら、「人間」の妾として扱ってくれる父親は恩人だと言っていた。

 亜人の外見には、目立つ、目立たないの違いはあるが、必ず頭部に角がある。だが、この蝶蝶にはない。父親の妾として暮らすために、自分で切断したと口にしていた。

 蝶蝶と父親がどういう縁で男女の関係になったのかは知らない。

 ただ、それについても、蝶蝶は父親のことを命の恩人だと言っている。

 

「沙那様が見世物の余興に──?」

 

 百舌が驚いている。

 

「詳しく話せ、蝶蝶」

 

 三人で居間の小さな卓を囲んだ。

 

「沙那殿がやらされているのは、人間族の女戦士を公開調教するという催しものです。五日ほど前から、その酒場で毎日演目として嗜虐を受け続けているようです」

 

 蝶蝶によれば、沙那の公開調教をしているのは、春分、秋分という亜人姉妹だそうだ。

 この城郭にやってきてからは、酒場で酔客を相手にする場末の女調教師の役割を演じているが、実際には魔王のお気に入りの家人の一員であり、魔王軍ではかなり上の立場の存在のようだ。

 

「逃亡させられるか?」

 

 長庚は訊ねた。

 

「いまのところ無理だと思います。少なくともあたしには方法は思いつきません。酒場には常に五十人以上の亜人兵の客がいます。助け出そうとすれば、それを突破しなければなりません。沙那殿は、その酒場に連れてこられるときには、『移動術』で直接に跳躍させられるようなのです。夜中に演目が終わって戻されるときも同じです。沙那殿が監禁されているのは軍営の牢だと思われます。接近することができた亜人兵のひとりがそんなことを喋っていました」

 

 蝶蝶がどんな手段で亜人兵に近づいたのかはわからない。

 しかし、蝶蝶はもともと亜人なのだ。

 人間族の中に混じって人間のふりをするよりは、怪しまれずに亜人たちに近づけるのかもしれない。

 

「まあいい……。とりあえず、居場所がわかっただけでも……。それでほかの方々の行方についてはなにかわかったか、蝶蝶?」

 

「全員についてはわかりません。でも、もしかしたら手掛かりかも……。おそらく朱姫殿かもしれないと思うのですが……」

 

 蝶蝶が言った。

 

「朱姫殿の手掛かりか?」

 

「はい、坊ちゃま……。それで、いまから案内するところに一緒に来ていただきたのです。できれば、身体を覆うものを身に着けて……。あまり、成人前の人間が行くところではないのです」

 

「どこでも行くよ、蝶蝶……。それで、手掛かりとはなんだい?」

 

「つまり、城郭の広場に壁尻(かべしり)が現れるのです。夜になったときに決まった時間だけ一刻(約一時間)ほど……」

 

「壁尻?」

 

 聞き覚えのない言葉だった。

 長庚は首を傾げた。

 

 

 *

 

 

「ほら、いつものように“壁”に身体を入れな。すぐに始めるよ」

 

 壁の間に着くと、張蘭が躾棒を振り回しながら言った。

 張蘭(ちょうらん)が朱姫たちを躾けるために使う調教部屋に設けられた部屋であり、部屋が高濃度の霊気で満ち満ちているのが朱姫にはわかる。

 張蘭が壁と言っているのは、部屋を囲む本物の壁のことではなく、部屋の中央に部屋を横切るように霧のようなものが立ち込めている横長の分厚い一画のことだ。

 その中に身体を入れて、腰の括れから上の部分だけを霧状の箱の外に出すのだ。

 

 李姫(りき)貞女(さだじょ)もこれからなにがあるのかを十分に知り尽くしている。

 眉間に皺を寄せてつらそうな顔をしている。

 しかし、逆らうことに意味はない。

 首輪を鎖で繋げたまま部屋の奥の椅子に腰かけて脚を組んでいる張蘭に向かって横並びになって、霧状の半透明の煙が集まっている四角い空間に身体を入れる。

 

 身体を入れるまではただの霧なので、特に抵抗があるわけではない。

 その中に身体を入れて脚を拡げて立ち、上半身を前に倒すようにして、手首から先とともに霧の壁の外に出す。それが決められている姿勢だ。

 

「朱姫、お前は新入りだから、特別に趣向を凝らしてやるよ。膝を横に曲げて腰を屈んでがに股になりな。いま頃、向こうでは恥知らずな人間族の男どもが、お前たちの下半身の登場をお待ちかねさ。そうやってがに股になっていつでもどうぞの態勢になれば、珍棒を入れてくれる男も多いということさ」

 

 張蘭が高笑いした。

 

「くっ」

 

 口惜しさに思わず歯噛みをした。

 しかし、どうしようもない。

 逆らえば、電撃の鞭だし、もしかしたら朱姫だけではなく、李姫や貞女に及ぶかもしれない。

 とにかく、張蘭は残酷で気紛れな女調教師だ。

 それは肌身で徹底的に教えられた。

 

 言われたとおりにがに股になって脚を開く。

 霧の箱から出している上半身の位置が少しだけ低くなる。

 ふと見ると李姫と貞女が気の毒そうな視線を朱姫に向けている。

 自分たちもこれから酷い目に遭わなければならないのに、朱姫を同情してくれる。

 本当に優しいふたりだ。

 その李姫と貞女も張蘭の指導が入り、それぞれに、脚を開いて後ろ側にお尻を突き出したような恰好になる。

 

「行くよ」

 

 張蘭が指を鳴らした。

 半透明の霧の箱だった部分が固まって真っ白い巨大な壁に変わった。

 後ろに突き出している下半身全体がその道術で作った壁に包まれて完全に固定された状態になる。

 霧の外に出していた腰の括れから先の上半身と手首の先は、白い壁の外だ。

 

 張蘭から見れば、上半身が裸身の女の飾り物が壁に三個掛けられているように見えるだろう。

 飾りではないのは、朱姫も李姫も貞女もしっかりと生きているということだ。

 口もきけるし、壁の外の部分なら動かすこともできる。

 ただし、壁の中に入った部分はほとんど動かない。

 

「さあ、魔王様の性奴隷に相応しい女になるための修行だよ──。お前たちは、まだまだ男の精を受けたことが少なすぎるんだよ。もっと色っぽい身体になるための調教を開始だ。幾ら向こうで乱暴なことをされても、こっちに実体があるから実害はない……。だけど、向こうで加えられる刺激や感覚は、しっかりとお前たちに伝わるだろう? 今夜もしっかりと男を受け入れることを身体で覚えていきな」

 

 張蘭が言った。

 朱姫はこれから始まることを覚悟して、不安を覚えながらぐっと唇を噛んだ。

 

 すぐに始まった。

 身動きできないように固められているお尻に、人間の手のひらの動きを感じたのだ。

 

 来た……。

 しかし、なにもできない。

 できるのは耐えることだけだ。

 朱姫の股間に刺激を与えている相手はここにはいないのだ。

 抗議の声も向こうに聞こえることはない。

 

「はあ……」

 

 思わず声をあげてしまった。

 様子を伺うように朱姫のお尻の丸みを確かめていた手がすっと腿の内側に伸びて来たのだ。

 反射的に腰を振った。

 固められてい入るが少しは動くのだ。

 しかし、開いている膝から下は完全に固定されており、こっちが動かない。

 

「ふうっ……」

 

「あっ」

 

 貞女と李姫もそれぞれに声をあげた。

 ふたりの顔が赤くなり、しかめ面に変化した。

 ふたりの向こうでも始まったのだ。

 

「さっそくお客さんが来たようだねえ……。最初の頃はおっかなびっくりだったけど、いまじゃあ、夜に突然に城郭の広場に出現する“壁尻”は話題になっていて、出現の時刻に近くなると顔を隠した人間族の男どもで行列ができるみたいだよ。それを仕切る者も現れたそうだ。笑うじゃないかい──」

 

 張蘭は笑った。

 しかし、朱姫はそれどころじゃない。

 股間に触れている手がいよいよ遠慮のないものに変わっていき、いまや朱姫の肉芽から女陰の部分を逆撫でするように指が動いているのだ。

 

「あっ……」

 

 朱姫は思わず身体を仰け反らせた。

 ついに指が女唇にすべり下りて女陰に押し入ってきたのだ。

 “向こう側”の朱姫の下半身もすでに濡れているのか、女陰に入る指には、それほどの抵抗はない。

 しかも、もう一方の手は尻たぶと腿も揉みあげるように動いている。

 

「な、なにっ? あ、ああ……」

 

 朱姫の狼狽は股間を触っていた手にさらに別の手が加わったことだ。

 明らかにひとりではない。

 ふたり……?

 いや、三人の手が朱姫の股間に集まっている。

 

「い、いやあっ──」

 

「くうっ、あ、ああっ……」

 

 貞女と李姫も苦しそうに上半身をくねらせている。

 

「まだ、指だけかい? 男のものを受けた者がいたら報告するんだよ。隠してもわかるからね。隠していることがわかったら折檻だよ──」

 

 張蘭が声をあげた。

 そして、指を鳴らしてどこからか卓を出現させた。卓の上にはみずみずしい果物が載っている。

 どこから転送させたかわからないが、かなりの高等道術だ。

 もっとも、朱姫たちに『壁尻』のような道術を施すことができるのだから、怖ろしいほどの能力を持った道術があることはそれだけでもわかる。

 『移動術』の応用だろうが、この『壁尻』のような道術を果物を口にしながら片手間に維持できるというのは凄い。

 

 朱姫たちがやられているのは、霧のようなものが立ち込めていた部分で白い壁で固められた下半身だけを城郭の広場に転送させるという道術だ。

 身体の一部だけを『移動術』で跳躍させるという術だけでも驚きだが、それだけではなく、それを完全に跳躍しきらない状態で維持しているのだ。

 

 つまり、半分だけ跳躍させられている下半身の実体は、まだこちら側の壁に埋まっている。

 しかし、転送されかけている下半身の虚像も跳躍先の城郭の広場に転送されて、その姿と感覚が向こうに出現しているらしいのだ。

 

 この壁の調教が始まったのは、朱姫が李姫たちと合流する数日前のことであり、魔王の性奴隷としては、男との経験がなさすぎるということで、男との交わりを増やすために、張蘭と青獅子が相談して開始したことだそうだ。

 

 魔王宮にいるこちら側では、張蘭の道術によって白い壁に包まれているという状況だが、張蘭によれば、壁尻の調教が開始される日に城郭の広場に突然に白い壁が設置されて、なんだろうかと人間たちが訝しんでいるところに、夜になるとその壁から突き出して、突然に若い女の下半身が現れてかなりの評判になったようだ。

 

 しかし、得体の知れない女の下半身でも生々しい女の裸身の股間ともなれば、男たちも興味を抱いてくる。

 それで、最初は遠慮がちに触っているだけだったが、だんだんとなんの問題もなく、しかも触り心地も本当の生身の娘と同じだとわかってくると、無遠慮に男たちはその下半身に手を伸ばすようになったらしい。

 いまや、わずか数日で、決まった時間の夜に出現する城郭の広場の壁尻は有名な存在となり、男たちが行列を作って待つほどのものだという。

 その証拠に朱姫たちがいつもの下半身の転送をされると、あっという間に股間を触ってくる男たちが出現した。

 

「あ、あっ、そ、そんな……」

 

 抵抗のできない下半身だけの朱姫の股間に複数の男たちの手が群がっている。

 女陰の中には明らかにふたりの男の指が動き回る。余った手は肉芽を転がし、花弁をなぞるようにほぐしていく。

 

「あはあっ、そ、そこは駄目──」

 

 朱姫は絶叫した。

 そこにまた指が加わり、尻たぶを拡げて朱姫の肛門を指で弄くってきたのだ。

 

「おっ? 今夜の一番女は朱姫かい?」

 

 張蘭が朱姫の狂乱に勘違いしたようだ。口の中に果実を入れたまま言った。

 

「ち、違います──。お、お尻に指が──」

 

 朱姫は叫んだ。

 一気に指が肛門を貫いたのだ。

 激しい甘美感が朱姫を襲った。

 

「……あっ、お、男の方のものを受けました……あっ、ああっ……」

 

 李姫が悲痛な声をあげた。



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486 尻に伝える文字

「なんだ、あれは──?」

 

 城郭の広場にやって来た長庚(ちょうこう)は、その喧騒に思わず声をあげた。

 もうかなり夜も更けている。

 国都とは異なり、この辺りの地方都市では夜ともなれば大抵は人通りも絶えて、城郭の各通りは静かさと闇に包まれるものだ。

 

 しかし、いま長庚の前に拡がっている城郭広場は、まるで祭を思わせるような明るさと賑やかさだ。

 広場には煌々と篝火(かがりび)が焚かれていて、かなりの男たちが集まっているのが遠くからでも観察できる。

 広場の中央には、この城郭の象徴的な建築物であるらしい高い塔があり、その周りが長椅子に囲まれて、さらにその周りが広い空間となっているのだが、その一辺に小さ目の家程度の壁がある。

 

 篝火で照らされているのもその周辺なのだが、大勢の男が列を作って、その壁に向かって並んでいるのだ。

 壁になにかがあり、それが目当てで男たちは順番待ちの列を作っているようだ。

 

 そして、その列を作る男たちを仕切る侠客風の若者たちもいて、彼らは新たに並ぼうとしている男たちから銭を集めている気配がある。

 どうやらあの列に並ぶには銭を彼らに払う必要があるらしい。

 

 銭を払ってまで、壁に列を作ることになんの意味があるのかわからないが、壁に向かって並んでいる男たちは三十人はいると思う。

 そして、列を整理したり、「並び料」を集める若者たちは十人くらいだろう。

 さらに集まっている男たちを目当てに、食べ物を売る屋台や客引きをする娼婦らしき女までいる。

 よくわからないが大変な騒ぎだ。

 

「あれが『壁尻』ですよ、坊ちゃま」

 

 蝶蝶(てふてふ)が言った。

 長庚は蝶蝶と並んで広場の一角に立っていた。

 蝶蝶は髪を頭巾で隠して男物の服を着込み、布で胸の膨らみを隠しているが、うまく性別を隠すものだと感心していた。

 長庚の隣に立っているその蝶蝶を美貌の女だと見破る者はまずいないだろう。

 また、長庚自身は、蝶蝶の指示があり、顔を隠す覆い付きの外套をまとっていた。

 蝶蝶に言わせれば、まだ十三歳であることがわかれば、鼻であしらわれて壁尻には近づけないと思うから、年齢がばれないように注意をして欲しいともいうことだ。

 

「だから、壁尻とはなんなんだ、蝶蝶?」

 

「数日前から、あの壁に若い娘の裸の下半身が現われるのです」

 

 蝶蝶は言った。

 

「下半身って……?」

 

 壁に若い娘の下半身が現われる……。

 よく意味がわからない……。

 

「下半身というのは腰から下のことです、坊ちゃま」

 

 蝶蝶が真面目な表情で言った。

 

「それはわかっているよ──」

 

 長庚は少し憤慨して言った。

 下半身の意味がわからなくて言葉を繰り返したのではない。

 だが蝶蝶はそう捉えたようだ。

 その辺りの機微は人間族の中で育ったといってもやっぱり亜人なのか、蝶蝶は時折調子が外れたことを口にすることがある。

 

 長庚は蝶蝶にもっと詳しく説明するように命じた。

 蝶蝶によれば、五日ほど前から、陽が落ちると決まってあの壁に娘の下半身が出現するようになったのだという。

 最初こそ、おっかなびっくりだった周辺の男たちだったが、壁から生えるように現れる娘の下半身は生身としか思えなかったし、試しに触ると、声は聞こえないが、皮膚の感触も肌の反応もまさに生きている人間の反応そのものだったという。

 それだけじゃなく、愛撫をすれば腰を震わせて女穴から淫液を流し、性交だって可能なのだという。

 すぐに悪戯をする者が群がるようになるとともに、それを仕切る者まで出現して、いまではあの集まりと賑わいなのだそうだ。

 

「壁に人間の下半身か……。壁の反対側はどうなっているのだ?」

 

「ただの壁です、坊ちゃま」

 

 蝶蝶は言った。

 長庚は腕組みをした。

 壁尻というのがなんなのかはわからないが十中八九まで道術の仕業だろう。

 そうでなければ、ただの壁から人間の女の下半身が生えるなど説明できない。

 

「あれに道術を感じるか、蝶蝶……?」

 

 長庚は言った。

 蝶蝶の正体は亜人だ。

 亜人は大なり小なり道術に長けている。

 蝶蝶も道術に長ける者は霊気の存在を感じることもできるはずだ。

 

「感じますね……。しかも、強烈な道術を──。おそらく、下半身は本物の人間の女です。あたしも昨日並んで近くまで行きましたが、女の下半身からはほとんど霊気は感じませんでした。あの下半身は道術で作ったものじゃありません。でも、道術で跳ばされているものであることは事実です。それだけじゃなくて、壁そのもののから、途方もなく大きな霊気の存在を感じます、坊ちゃま……」

 

 蝶蝶は言った。

 それで長庚には、なんの目的で蝶蝶が長庚をここに連れてきたのかがわかった。

 長庚が蝶蝶に命じているのは、亜人軍にさらわれたままになっている宝玄仙一行の居場所の捜索だ。

 沙那については、亜人兵専用になっている大きな酒場で公開調教の演目に出演させられているということがわかった。監禁されている場所も軍営の牢だ。

 しかし、ほかの三人はわからない。

 

 だが、あの壁尻は確かにその手掛かりかもしれない。

 酒場の公開調教も、壁尻で下半身だけの晒しも、ある意味では同じようなものだ。

 道術を遣って下半身だけを晒されているのが本物の生身の人間の女なのだとすれば、それは宝玄仙たちの可能性が高い。

 道術であんなことができるのは、魔王軍でしかないだろうし、宝玄仙たちはその魔王軍にさらわれているのだ。

 

 長庚は改めて壁尻に群がる男たちに眼を向けた。

 それにしても、あそこで壁尻に並ぶ男たちを仕切る者たちはなんなのだろうか……?

 亜人兵には見えないが……。

 

「あの列を仕切っている若者たちは誰なんだ、蝶蝶? あの連中は魔王軍に関係がある者たちなのか?」

 

 長庚は蝶蝶に訊ねてみた。

 

「あれはまったく、魔王軍とは関係ないようです──。ただの仕切り屋です。このあたりを縄張りにしている侠客の子分たちで、自分たちの縄張りに出現した壁尻をああやって仕切っるんです」

 

「仕切る?」

 

「ええ。実は、数日前に壁尻を独占しようとした酔った男がいて、ちょっとした騒ぎがあったらしいんです。それで、いまでは、ああやって人を使って列を作らせたり、ひとりあたりの時間を決めて護らせたりしているようです……。念のために、あたしも彼らに接触してみました。どうやら壁尻は彼らの預かり知らぬことらしく、どうして壁尻が現れるようになったのかは、なにひとつ知りませんでした」

 

 蝶蝶は言った。

 

「自分たちのものでもないのに、銭を取っているのか?」

 

 長庚は列を見ながら言った。

 あの列に並ぶには、幾らかの銭が必要のようだ。

 列の最後尾にいる若い男たちが並ぼうとする男に声をかけて銭を集めている。

 それで諦めて帰る者もいるが、渋々懐から銭を出して並ぶ者も少なくない。

 

「仕切り代だそうですよ、坊ちゃま」

 

 蝶蝶はなぜかくすくすと笑った。

 

「半身だけの女など面白いのか? 銭を払うなら商売女を抱けばいいだろうに……」

 

「あたしは女なのでわかりませんが、上半身が隠されているというのは、男にとっては想像の余地があって興奮するものなのではないのですか、坊ちゃま?」

 

 蝶蝶は長庚をからかうような口調で言った、

 

「僕も男だけど理解はできないよ」

 

「まあ、いずれにしても、壁尻の女の正体について、ある噂が立ちましてね……。それでああやって銭を払ってでも壁尻の女に並ぶ者が後を絶たないみたいです」

 

「どんな噂だ?」

 

「三人のうちのひとりが、李姫(りき)嬢だという噂です」

 

 蝶蝶は言った。

 

「李姫?」

 

 声をあげた。

 李姫といえば、この城郭の支配者だった貴族の娘であり、確かこの城郭の住民を救うために母親の李媛(りえん)とともに、亜人の性奴隷になることを引き受けたという話だったはずだ。

 そして、亜人軍を率いていた青獅子魔王は、李媛や李姫が暮らしていた屋敷をそのまま乗っ取り魔王宮として住みついている。

 魔王の慰み者になった李媛と李姫も一緒だ。

 

「しかし、三人のうちのひとりが李姫だとすれば、住民からすれば、自分たちの命を救ってくれている恩人になるのではないのか? それなのにあの母娘を慰み者にする行為だとわかっていて、それに平気で加担をしているのか、あれは?」

 

 長庚は呆れて言った。

 

「絶対に触れることのできないはずだった高嶺の花ですしね……。母親の李媛殿が魔王に飼われる雌犬のように扱われているのは周知の事実ですし、その娘の李姫嬢が同じような目に遭わされているというのは十分な信憑性のある話です……」

 

「だが……」

 

「そういう高貴な女を犯してみたいというのも、やっぱり男の(さが)のようなものじゃないのですか、坊ちゃま?」

 

 蝶蝶は長庚の顔を覗き込んだ。

 

「冗談じゃないよ──。僕は百舌(もず)がいればいいんだ」

 

 長庚ははっきりと言った。すると蝶蝶は満足したように微笑みながら頷いた。

 

 それにしてもなんという恥知らずな連中なのだろう……。

 長庚は理不尽な怒りを抱いた。

 

 長庚には関係のないことだと承知しているが、李媛や李姫にしてみれば、納得はいかないことに違いない。

 李媛も李姫も、ここの住民を助けるために身を犠牲にして、死よりもつらい魔王の性奴隷になるということを受け入れたのだ。

 その結果が、その当の住民たちからの感謝どころか、嘲笑され慰み者にされるということだったなら、なんのために彼女たちは、尊厳と誇りを捨てて、住民の犠牲になったのかわからないだろう。

 

 あの母娘にしても、住民を見捨てて逃亡するという選択肢もあったはずだ。

 少なくとも名誉ある死は選べた。

 それをしなかったのは、この城郭の住民を魔王軍から皆殺しにさせないということだけだったはずだ。

 

「恥知らずな……」

 

 長庚は男たちを見て口にした。あの壁尻に出現する下半身が恩人の李姫だと承知で並ぶのであれば、あそこにいるのは人間の恥の集団ということになる。

 

「坊ちゃまは、宝玄仙殿にしろ、ほかの三人の供にしろ、裸を見ておられますよね……。百舌がそう言っておりました……。ならば壁尻の三人を見て、その中に彼女たちが含まれているのかどうか判断できますか?」

 

 蝶蝶が言った。

 宝玄仙たちとすごしたのは数日だが、あの宝玄仙はのべつ幕なしに三人の供を嗜虐的な百合責めにする女主人であり、長庚の眼の前で三人を平気で裸にしたりしていた。

 だから、確かに長庚は三人の裸を覚えている。

 裸どころか女を覚える修行だとか言われて、長庚は宝玄仙を含めた四人の性器をじっくりと眺めさせられたりもしたのだ。

 

「わかると思う……」

 

 長庚はそれだけを言った。

 あの三人の中に一行の誰かがいれば、その人物は李姫と一緒だということなのだから、その居場所は魔王宮となっている李媛の屋敷ということになるのだろう。

 もしも、そうであるならば、沙那の居場所は軍営の牢だとわかっているのだから、四人がこの城郭のあちこちにばらばらに監禁されている可能性も出てくる。

 

「とりあえず行こうか……」

 

 長庚は言った。

 そして、蝶蝶を伴って男たちが群がっている壁に向かった。

 近くまでやって来ると、並んでいる男たちの向こうにある大きな壁から突きだした若い女の白い下半身をちらちらと覗き見ることが見えた。

 

「どの列に並ぶんだ? どれに並ぶにしても銭がいるぜ」

 

 列を仕切っている若い男が近づいてきた。

 長庚は懐の包みから金貨を一枚差し出した。

 若者の眼が仰天したように見開いた。

 

「……ここを仕切っている人に伝えて欲しい。この金貨をもう一枚渡す。だから、三人の女をまずは全部見せて欲しい」

 

 長庚が言うと、若者は慌てたように走っていった。

 若者はこの壁尻の集団から離れた場所で広場の長椅子に腰掛けていた男のところに向かって行った。

 その男と若者がなにかの会話をしているのが見える。

 やがて、若者がその男を連れて戻ってきた。

 

「お前か? 金貨を払うから、まずは女を見せろと言った金持ちの若造というのは? 女を抱くなら娼館に行きな。金貨なんて出せば、どの店でも店で一番の女を抱かしてくれるぜ。好きなだけな……」

 

 やってきた男の年齢は四十前後だろうか。頬に大きな傷がある。見るからに堅気の男でないということはわかる。

 腰に剣をさげていて身なりは傭兵風だ。

 しかし、傭兵という感じではない。

 この一帯を仕切る侠客の地位の高い部下なのだろう。

 もしかしたら、部下をまとめる侠客の親分そのものかしれない。そのくらいの迫力と威圧感がある。

 

「僕は商売女には興味はない。この壁尻の女たちに興味があるんだ」

 

 長庚は悪びれずに言った。

 そして、もう一枚の金貨を男にかざした。

 男は鼻を鳴らして金貨を受け取った。

 しかし、同時に首を傾げた。

 そして、頭にかぶっている覆いの中を覗き込むような仕草をした。

 もしかしたら、長庚の年齢が若いということに気がついたのかもしれない。

 

 だが、途中で思い直したように、覆いの中を覗く仕草をやめた。

 そして、一度だけ肩を竦めた。

 

「来な──」

 

 男は顎で壁尻を指すと列の先頭に向かってすたすたと歩きだした。

 

「ほらっ、ちょっと開けろ、恥知らずども──。分限者の優先客様のご登場だ。まずは、このお方が三人の女を眺める──。それまでちょっと下がっていろ」

 

 男が怒鳴ると一斉に不満そうな声があがったが、男がひと睨みするといずれの男たちも黙り込んで、群がっていた女の尻から離れた。

 一番向こうの女のところでは、まさにひとりの男が性器を股間に挿入していた最中だったが、男が怒鳴ると壁尻の女を犯す行為をやめて、渋々という感じで女から離れて下袴を履き直しはじめる。

 どうやら、この男はこの城郭でも顔の知られている男なのだろう。

 突然現れた長庚の順番飛ばしにもあからさまな不平の声は出ない。

 

「存分に見な、坊や──。この壁尻の女は長い時間は現れねえ……。ぜいぜい、一刻(約一時間)から二刻(約二時間)でぱったりと消滅する。今夜はそろそろ一刻(約一時間)が経つからな。もしかしたら消えるかもしれねえぞ。消えればそれで終わりだ」

 

 男が言った。

 長庚は三人の女の下半身を見て回った。本当に壁から腰から後ろが生えるように突き出ている。どのくらいの凌辱を受け続けてきたのかわからないが、どの女も惨たらしいほどの男の精が局部を汚している。

 

 長庚は三つの下半身のひとつに眼を止めた。

 ひとりだけ、がに股に脚を開いている娘の下半身だ。

 

 お尻のかたちに見覚えがある。

 朱姫……。

 

 間違いないと思う……。

 ほかのふたりの下半身には見覚えがない。

 こっちは宝玄仙や孫空女ではないと思う……。

 

「この女がいい──。後は必要ない。いまからこの女は僕が独占する。ほかの者は残りの女を抱けばいい」

 

 長庚は男に二枚の金貨を差し出した。

 男はその金貨を懐に入れた。

 

「好きにしな──。おい、今夜はこの列はこれで終わりだ。この列の男はほかの列に並び直せ──」

 

 男が怒鳴った。

 長庚が立っている娘の壁尻に並んでいた男たちが、ぶつぶつと文句をいいながら、それでもほかの列に移動していく。

 

「これでいいかい、坊や?」

 

 男が言った。

 

「僕は長庚だ」

 

 やはり長庚が少年にすぎないということはばれたようだ。

 だが、坊や呼ばれたことは長庚には不満だった。

 

「そうかい、長庚という名前かい、坊や」

 

 男の口調にはからかいの響きがある。

 

「あんたの名は?」

 

 長庚は言った。

 

「俺か……。俺は鬼俊(きしゅん)という男だ。この城郭の人間なら、この名と顔は子供でも知っているはずだがな」

 

 鬼俊は馬鹿にしたように笑った。

 

「よく聞け、鬼俊──。僕は明日も来る。僕が来たら、残りの時間は今夜と同じように僕が独占だ。独占料として、そのたびに三枚の金貨をやる。それでいいな──」

 

 長庚はきっぱりと言った。

 

「ほう……。金貨三枚で、毎夜この尻を買いあげるということかい? そりゃあ、請け負ってもいいが、銭の使い方を知らないようだな。さっきも言ったが、女が抱きたければ娼館に行け。貴族の娘だろうがなんだろうが、持ち物なんて同じようなものだ。裸になってしまえば、貴族の娘も娼婦も変わらねえ」

 

「銭の使い方は知っているつもりさ……。それに、このお尻は貴族の女の身体じゃないよ」

 

 長庚がそう言うと、ちょっとだけ鬼俊が意外だという表情をした。

 しかし、また、肩を竦める動作をする。

 

「まあいいさ……。事情がありそうだが訊かないでおいてもやるよ。その尻は好きにしな。金貨三枚出せば、どの尻でも独占させてやる……。どうせ、恥知らずどもの行列だ。順番だの、公平だのはどうでもいい……」

 

 鬼俊は離れていった。

 

「坊ちゃま……?」

 

 ずっと背後に従っていた蝶蝶が長庚にささやいた。

 

「……これは朱姫殿だ。間違いないと思う……。ほかのふたりは違う」

 

 長庚はそれだけを言って、眼の前の壁尻に向かった。

 蝶蝶を促して、長庚の手元を隠すように立たせる。

 長庚はがに股に脚を開かされている壁から突き出ているお尻を両手で持った。

 脚は動かないように固定されているのだろう。

 そうでなければ、こんな不安定な恰好で長時間いられるわけがない。

 

 

 “(ちょう)”──。“(こう)”──。

 

 

 長庚は左右の尻たぶに指でそう書いた。

 指が尻たぶに触るとびくりとしたようにお尻が動いた。

 長庚は、それでも繰り返し、“長、庚”の文字を書き続けた。

 

 やがて大きくお尻が縦に動いた。

 

 

 “朱”──。

 

 

 今度はそう書いた。

 すると眼の前のお尻が大きく縦に動いた。

 

 

 “宝”──。

 

 

 そう書く。

 今度は横に動く。

 

 

 “孫──”。

 

 

 また横に動く。

 

 

 “魔王宮”──。

 

 

 そう二度書いた。

 一度目はよくわからなかったらしい。

 

 二度目にまた尻が縦に動いた。

 

 

 “沙、軍営”──。

 

 

 左の尻たぶに“沙”──。

 右の尻たぶに“軍営”──。

 そう書く。

 

 今度は一度で朱姫の尻が縦に動いた。

 

 

 “待”。

 

 

 そう書いた。

 いまのところ、救出の手段は見つからない。

 しかし、必ずなんとかする。それを伝えたつもりだ。

 また、朱姫の尻が大きく縦に動いた。



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487 壁尻調教と呪われた存在

「あっ……いやっ……」

 

 李姫(りき)は壁から出ている上半身を震わせて身悶えた。

 壁尻の調教が続いている……。

 

 左右には、自分と同じように道術の壁に埋められた朱姫と貞女(さだじょ)が望まない快楽を強要されて恥辱にまみれている。

 道術により上半身は、白い壁から突き出たように魔王宮となったこの屋敷の地下にあるのだが、下半身はについては道術で転送されて城郭の広場にある壁から生えた女の裸の下半身として晒されているらしい。

 そして、李姫の下半身は城郭の広場に集まっている大勢の住民の男たちによってたかって悪戯をされて犯されているのだ。

 それは、貞女と朱姫も同じだ。

 この魔王宮に監禁されてから毎夕繰り返されている調教の科目のひとつだ。

 こうやって男に犯される味を身体に覚えさせて、魔王の好む淫乱な女に変えていくのだそうだ。

 

「くうっ……あっ、ああっ……あはあっ──」

 

 誰のものかわからぬ指が李姫のお尻の秘めやかな穴に触れてくる。

 たとえおかしな道術で下半身だけ城郭の広場に晒され、城郭の住民の好きなようにいたぶられる態勢にあったとしても、断じてそこはそんな悪戯をする場所ではない。

 

 しかし、抵抗するすべはない。

 わずかに動く腰をねじって振り払おうするのだが、却って執拗さが増す気がする。

 李姫には与えられる快楽にただ耐えることしかできなかった。

 だが、李姫の苦悩は、顔も声もわからない男たちに好きなように下半身を悪戯され続けることだけではない。

 それによって、自分の身体がどんどんといやらしい劣情に襲われることだ。

 

 道術で城郭の広場に半分転送させられている下半身をなぶる男たちの手つきは決して巧みとはいえないと思った。

 こんな手管に比べれば、つらい調教と凌辱の日々の最後に待っている朱姫と貞女との営みの方がずっと素晴らしくて天にも昇るような快感だ。

 だが、それでも李姫の心情とは裏腹に、後ろの穴を弄られると確実に李姫の身体はかっと燃えるような妖しい興奮に襲われるのだ。

 

 いや、後ろの穴だけではない……。

 下半身のどこに触れられても、ただ愛撫されるというだけで強烈な刺激を与えられる。

 李姫はほんの十日ほど前には考えられないくらいに自分の身体がいやらしく変質していることに気がつかないではいられなかった。

 

「あふうっ、ふうっ、はあっ……」

 

 李姫は懸命に歯を喰いしばった。

 見知らぬ城郭の男たちに触られて、そして、犯されて恥ずかしい反応を示すのは嫌なのだ。

 そんな惨めなまねはしたくない。

 しかし、ここにはいない男たちに犯されるという恐怖は、李姫に激しい興奮も与えていた。

 しかも、向こう側の壁で李姫を襲っているのはひとりの男ではないはずだ。

 少なくともふたり……。

 いや、もっと……。

 

「あっ、だ、だめえっ──」

 

 李姫はまた大きな反応をして壁から突き出ている上半身を仰け反らせてしまった。

 壁の向こうの男か李姫の女陰に怒張を突き挿したのだ。

 しかも、肛門に指を入れて、上に強く腰を引っ張りあげるようにしながら怒張を深々と貫かせてきた。

 

「お、男の方が……は、入りました──」

 

 李姫は叫んだ。

 三人の上半身が突き出ている前に、女調教師の張蘭が椅子に座って三人を監督している。

 向こう側の壁に突き出ているはずの下半身に男の一物が侵入した場合には、それを大声で知らせなければならないのだ。

 怠れば罰だ。

 また精を受けたときも同様だ。

 

「また、李姫に入ったのかい……。これで七人目かねえ……。下半身だけじゃあ、どれが貴族娘の尻かわからないはずなのに、触ればなにか違いがあるのかねえ……。李姫を弄っている男が最終的に股を犯す確率は高い気がするねえ……。李姫の股間には、“ピアス”の宝石をぶら下げているからそれが目印にでもなっているのかねえ……? だけど、貞女も同じものをしているけど李姫ほどじゃないよねえ……。まあ、いいか。いずれにしても、それに比べれば後のふたりはもう少し、城郭の広場に突き出ている下半身に色気を漂わせないかい。お前らはまだ片手分も犯してもらっていないじゃないかい──。朱姫に至っては、まだふたりだろう。がに股にまでしてやったのに情けないねえ──。お前の腐れ尻じゃあ、犯すのも躊躇うのかい──」

 

 張蘭(ちょうらん)が手に持った電撃棒をびしりと床に叩きつけた。

 李姫は身体を思わず竦ませた。

 あの鞭の恐ろしさは、たった十日で身体の芯まで染みついた。

 張蘭はなにかと理由をつけては、三人の身体のあちこちにあの鞭で電撃を浴びせかける。

 あの痛みには慣れるということはない。

 むしろ、李姫の電撃鞭への恐怖は日に日に拡大している。

 

 李姫は張蘭の調教が始まった初日に、局部に十八連発の電撃を受けさせられて悶絶させられた。

 挨拶代わりに歳の数だけ電撃を加えてやろうと言われたのだ。

 失禁しても、気絶をしても無理矢理に覚醒されて続けられた。

 生まれてからあれほどの恐怖は味わったことはなかった。

 

 同じときに貞女も二十四発浴びた。

 貞女は二十四歳だからだそうだ。

 

 数日経って、朱姫がやってきたときは二十発だった。

 李姫は自分よりも歳下と思った朱姫が、もう二十歳なのだとわかって少しだけ驚いたのを覚えている。

 とにかく、あれは骨身に刻まれた恐怖だ。

 

 しかし、そういえば朱姫は、あの電撃にのたうち回ったのは同じだが、いまだに張蘭をそれほど恐れている雰囲気はないようだ。

 李姫など張蘭の声を聞くだけでからだが硬直するような感じに教われるのだが、朱姫には普段の調教にもなにか余裕のようなものを感じる。

 

 三人で夜に愛し合うようになったとき、その日に一番調教で痛めつけられた者を「最優秀奴隷」ということにして三人で選び、残りのふたりが「最優秀奴隷」を中心に責めることにしようと言い始めたのは朱姫だ。

 こんな調教と凌辱だけの生活にそんなことを持ち出す朱姫の発想には驚いたが、三人で自分が「最優秀奴隷」だ。

 いや、自分だと言い合って遊ぶのは、やってみると意外に愉しかった。

 

 死と隣り合わせの被虐の日々にもそんな余裕を持ち込む……。

 それが朱姫だ。

 李姫はわずか数日で、もう貞女と同じくらい朱姫を好きになっていた。

 

「ほら、朱姫、なんとか言わないかい──。お前は、せめて五人には犯されないと、懲罰だからね──」

 

 張蘭がまた電撃棒を鳴らした。

 李姫の身体が縮こまってしまい、男根を受け入れている膣がぎゅっと締まった。

 それが李姫の快感を大きくして、口から嬌声が迸ってしまった。

 

「あっ、そ、そんなこと言われても……。ああっ、ああっ……」

 

 朱姫がよがりながら言った。

 しかし、その李姫は、その朱姫の仕草になんとなく違和感を覚えた。

 別に根拠があるわけではないが、朱姫の悶え方がどことなくわざとらしい気がするのだ。

 もちろん気のせいかもしれないが、朱姫がやってきてから、毎夜に裸身を擦り合わせて百合の性に耽る関係だ。

 だから、本当に感じているときの朱姫の声や表情は知っている。

 それとは違う気がするのだ。

 

「あっ、だ、駄目──」

 

 だが、李姫が思念に耽ることができたのはここまでだった。

 李姫を貫いている怒張がさらに激しく律動を始めたのだ。

 しかも肛門に食い込んでいる指も同時に抽出を始めた。明らかに新しい手だと思う指も李姫の肉芽に新しい刺激を与え始めた。

 肉芽を貫いて極細の鎖でぶら下げられている宝石を引っ張たり、揺らしたりしている。

 

「うくわっ」

 

 李姫は堪らず悲鳴をあげた。

 自制心が溶かされる……。

 

 複数の男たちが股間のあちこちに無遠慮に与える刺激が激しい膣の愉悦となって、大きな疼きのようなものを李姫の股間に送り込んでくる。

 李姫は歯を喰いしばって全身を震わせた。

 

 そして、膣に精が放たれたのがわかった。

 李姫の快感の頂点はまだまだ先だったが、向こうではすでに射精に達したようだ。

 

「あっ、せ、精を受けました──」

 

 李姫は慌てて叫んだ。

 同時に股間から男の性器がすっと抜け出る感覚が伝わった。

 

「七人目の精だね、李姫──。女はねえ……。男の精を受ければ受けるほど、淫靡な美しさを増すんだ。そうやって魔王様の性奴隷に相応しい身体になるんだよ。それがお前たちが長生きができる術なんだ。それにしても、貞女と朱姫は、まだ次の男の一物を女陰に入れてもらえないのかい。お前たちは、少し向こう側の壁で少しいやらしく腰でも振ってみな。向こう側に飛ばしている尻も前後左右くらいは動くようにしてやっているだろうが──。男を誘うように腰を振るんだ──」

 

 張蘭が鞭で床を叩く。

 

「あっ、受けました──」

 

 声をあげたのは貞女だ。

 すると張蘭が満足したように鼻を鳴らした。

 そのとき、再びつるりと李姫の女陰を次の男の肉棒が貫く。

 

「は、入りました──」

 

 李姫は声をあげた。

 惨めだ……。

 

 裸の下半身を城郭の広場に晒されて、誰ともわからぬ男たちに犯されて、精を放たれ、しかも、それを逐一報告しなければならないのだ……。

 こんな恥辱は……。

 

 自分の屋敷の敷地に亜人王以下の大勢の魔王を受け入れ、母の李媛や侍女の貞女とともに、亜人たちから調教されて凌辱される日々を続ける……。

 ただの一枚の服さえ与えられず、常に素っ裸になり、しかも乳首と股間に装着されている三個の宝石が常に李姫の身体に肉の疼きを加えてくるので、欲情している身体を亜人たちに曝け出さねばならい。

 そして、いまは色の修行とか称して、道術によって下半身だけを城郭の広場に晒されて、姿も見えず声も聞こえない相手に犯されなければならない……。

 

 こんな惨めな境遇になるなど、わずか十日前には考えもしなかった。

 いや、父母がいて大勢の家臣にかしずかれて、大貴族の娘として恵まれた生活をしていたあの日々は本当にたった十日前の日々なのか……。

 

 常に素裸ですごして亜人たちの好奇の視線を送られ、見知らぬ人間の男たちに犯されるという惨めな境遇こそ、昔からの李姫の姿なのではなかったか……。

 そんな錯覚さえも感じる。

 

 もっとも、毎夜繰り返している貞女と朱姫との肉の触れ合い……。

 あれはあれで悪いものではない……。

 あの幸せを知ることができたというのは、この地獄のような生活のすべてが不幸ではないという証のようなものだった。

 

 男に犯されながら、李姫は今日の夜中に寝る前に、壁尻で一番犯されたから、李姫こそが今日の「最優秀奴隷」だと主張している自分を想像した。

 すると、すっと心の中の痛みのようなものが消える気がした。

 李姫を犯している男が李姫の股間の中で激しく動き出した。その感触が李姫を現実に引き戻す。

 

「くうっ……」

 

 望まぬ快楽に李姫の身体は敏感な反応を示してしまう。

 

「朱姫、聞いているのかい──?」

 

 突然、部屋に張蘭の怒声が響き渡った。

 はっとした。

 

 李姫が顔をあげると、いつの間にか張蘭が朱姫の前に詰め寄っている。

 どうやら、朱姫は二度ほどの張蘭の呼びかけを無視したようだ。

 なにかに夢中になっていたのか、それとも犯されて呆けていたのかわからないが、無視されたかたちになったらしい張蘭が怒りで真っ赤な顔をしている。

 

「あたしは無視されるのが一番嫌いなんだよ──。この人間風情が──。奴隷のお前らは調教師には絶対服従──。いつも神経をぴりぴりとさせておきな──。このあたしを無視なんざ、もってのほかさ──」

 

 張蘭が電撃棒を普通の鞭のようにしならせて、朱姫の背中に打ち据えた。

 

「ひうっ──」

 

 大きな音がして朱姫が苦痛の悲鳴をあげた。

 

「ご、ごめんなさい──。ゆ、許して──」

 

 朱姫が呻きながら叫んだ。

 横目で見ていただけだが、朱姫は少しのあいだなにかに夢中になっていた感じだ。

 どうしたのだろう……?

 

「……男たちに股間を弄くられながら居眠りでもしていたかい──。どれ、ちょっとはこれでしゃっきっとしな……。電撃を加えてやるよ」

 

 張蘭が冷酷な笑みを浮かべて、すっと朱姫の鼻の穴に電撃棒の先端を差し込んだ。

 

「ひ、ひいっ──。ゆ、許して──」

 

 朱姫が驚いて顔を振り動かそうとした。

 李姫もびっくりした。

 なにしろ、あの恐ろしい電撃を鼻の中に加えようというのだ。

 しかし、その朱姫の髪を張蘭はむんずと掴んだ。

 自分たちの肘は壁に埋まって固定されている。

 朱姫はもうそれ以上抵抗のしようがない。

 

「暴れると鼻の穴に傷がつくよ──。すぐに終わるさ──」

 

 次の瞬間、人間のものとは思えないような絶叫が部屋に響き渡った。

 

「朱姫さん──」

 

 李姫の横の貞女が心配の声をあげた。

 張蘭が本当に朱姫の鼻の穴の中で電撃を放ったのだ。

 朱姫の顔は大きく仰け反り、一瞬だが白目を剥いた気がした。

 しかし、激しく顔を動かしたので、電撃棒を差されていた鼻が棒の先で粘膜を破ったのか、朱姫の鼻から鼻血がどっと垂れ流れた。

 

「あらあら、動くなといったじゃないかい……。まあ、心配ないよ……。『治療術』ですぐに治してやるからね……。もっとも、もうひとつの鼻の穴に電撃を浴びせてからだけどね……。鼻に穴はふたつだ。片一方じゃあ、お前の鼻に失礼というものさ──」

 

 張蘭はそういって、まだ鼻血を流し続けている朱姫のもうひとつの鼻の穴に電撃棒の先端をすっと持っていった。

 涙と鼻血を流して苦痛に喘いでいた朱姫の顔が恐怖に染まったのがわかった。

 

「ゆ、ゆるじて……」

 

 朱姫はまだ収まらない呼吸を乱したながら言った。

 しかし、張蘭は笑いながら朱姫の髪をまた掴んで、朱姫の顔を固定する。

 そして、電撃棒を朱姫の顔に近づける……。

 

「や、やめてあげて──」

 

 李姫も悲鳴をあげた。

 そのとき、この調教室の扉に音がして、ひとりの亜人兵が入ってきた。

 青獅子の従者兵だ。

 魔王の呼び出しには、よくこの亜人兵が派遣されてくる。

 この従者がやってきたということは、三人のうちの誰か、あるいは全員に魔王の呼び出しがあったということだ。

 張蘭が朱姫の髪を手放して朱姫から離れた。

 朱姫がほっとしたように顔をうな垂らせる。

 ふと見ると朱姫の鼻から流れる血がとまっている。

 まだ顔はすでに流した血と鼻水と涙でぐしょぐしょだが、とりあえず『治療術』とかいう道術で傷は治してもらったようだ。

 

「あふうっ──」

 

 こちらに気が取られていたが、李姫に挿入されていた男根が精を放った。

 熱いものが子宮に迸るのがわかった。

 

「……せ、精を受けました……」

 

 李姫は言った。

 

「あたしもです……」

 

 貞女も言った。

 しかし、従者と話しこんでいる張蘭はこちらを無視している。

 それでも命令に従わないと、さっきの朱姫のような目に遭わせられるのだ。絶対に命令には逆らってはならない……。

 従者と話していた張蘭が朱姫に振り返った。

 

「朱姫、魔王様の呼び出しだよ──。壁尻を解いてやるから顔を拭いて支度しな──」

 

 張蘭が含み笑いをしたような表情で朱姫に近づいて、朱姫の首輪から李姫と繋がっていた鎖を外した。

 その直後、壁から抜け落ちるように朱姫の身体が前に倒れた。

 朱姫だけが、壁の固定から解放されたのだ。朱姫はがっくりと両手を床につけて床に座り込んだまま肩で息をしている。

 その朱姫の前にぽんと布が投げられた。

 

「それで顔を拭きな。そして、従者兵とともに、すぐに支度室に行くんだ。そこで髪を整え直してから顔を洗い化粧をして、魔王様の前にいく支度をしな──」

 

 張蘭が言った。

 魔王の前に行く際には直接には行かない。

 きちんと化粧をして髪を整えてから向かうのだ。

 その準備をするのが「支度室」だ。

 支度室には李姫たちが使ってもよい化粧道具や鏡なども置いてある。

 ときには、なにかの趣向のために服が置いてある場合もある。そのときはそれを身に着けて魔王の前に行くことになる。

 それ以外は、素っ裸のままだ。

 

 朱姫が眼の前の布を手に取った。

 それで顔を押さえながらふらふらと立ちあがる。

 

「……それにしても、お前は人間じゃなくて、正真正銘の本物の半妖だったのかい、朱姫──。お前たちの事前調査を魔凛がしたときの資料にそれが書いてあったそうだ。それを知った魔王様が半妖というのは珍しいから、改めて連れて来いということになったそうさ」

 

 張蘭が言った。

 

「半妖──?」

 

 叫んだのは貞女だ。

 李姫もびっくりした。

 半妖というのは人間と亜人の合いの子ということだ。

 亜人も人間も珍しくない土地だが、半妖という存在に遭うのは初めてだ。

 もっとも、本当に半妖がいれば、それは隠すに違いない。

 だから、「私は半妖です」などという人物に遭うことはないのだ。

 

「呪われた子……」

 

 李姫はぽつりと呟いた。

 むかしから人間と亜人の合いの子というのは、呪われた存在として忌み嫌われることが多い。

 その理由は知らない……。

 半妖がことさらなにかをするとか、悪意があるとか、劣っているというものではない。

 見た目も変わらない。

 しかし、半妖自身はもちろん、半妖から産まれた一族は何世代経っても、差別と侮蔑の対象なのだ。

 亜人の社会でもそういう傾向があるらしいが、人間族の社会では特にそれが顕著だ。

 半妖は亜人以上に忌み嫌われる対象なのだ。

 

 一説には、半妖は意図的に作られた差別種族だという。

 この一帯には、長く人間族とそれ以外の亜人族が対立してきた歴史があるが、その中にはお互いに歩み寄って協調をしていた時代もある。

 そのような協調の時代であっても、やはり人間族と亜人族はお互いに対立して争い合う存在だった。

 それでも歩み寄らなければならない両者の施政者は、人間でもなければ亜人でもない半妖という存在に目をつけた。

 共通の被差別階級を創造することで、本来は対立し合う人間族と亜人族の関係をぼかすとともに、相互の憎しみを半妖にぶつけさせて対立心を逸らそうとしたのだという。

 それが半妖の一族を蔑み、忌み嫌って差別する習慣を作ったのだとなにかの書物で読んだことがある。

 もちろん、いまではあえて半妖の子を作ろうとする者はいないから、李姫が知っている半妖とは、遠い先祖が半妖だったという者たちだけだ。

 張蘭の話によれば、朱姫は両親が亜人と人間という本物の合の子のようだ。

 そのような存在は李姫も始めてだと思った。

 

「あっ……」

 

 李姫はそのとき、朱姫の顔が真っ蒼になって自分に向けられていることに気がついた。

 それでいま、自分は“呪われた存在”などという忌み言葉をよりにもよって朱姫の前でしてしまったことに気がついた。

 

「しゅ、朱姫さん……。いまのは……」

 

 慌てて弁解しようとしたが、それを激しく鞭が床を叩く音が遮った。

 

「ぐずぐずするんじゃないよ、朱姫──。早く、行きな──」

 

 張蘭が怒鳴った。

 

「は、はいっ」

 

 朱姫が慌てて扉に向かう。

 

「朱姫さん──」

 

 李姫は扉から出ていく朱姫にもう一度声をかけた。

 しかし、朱姫は振り返ることなく、従者とともに部屋の外に出て行った。



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488 ふたなり夫人

 朱姫はふたりの亜人兵によって魔王の私的な部屋らしき場所に連れてこられて部屋に入った。そして、部屋に入ったところで、その兵に待つように指示された。

 その朱姫の視界に最初に飛び込んだのは、全身を真っ赤に染めて亜人たちに酌をして回っている李媛(りえん)の姿だった。

 部屋には魔王のほかに五人の部下がいて、全員が床の上に直接に胡坐をかいて座っている。

 それぞれの眼の前には皿に載せた酒の肴があり、六人は大きめの木の杯に満たした酒を飲んでいた。

 その中心で全裸で酌をしているのが李媛だ。

 

「ほらっ、こっちの杯が空いたぞ、侯爵夫人」

 

「こっちもだ──」

 

「その次は俺だ。早くしてくれ──」

 

 亜人の戦士たちが次々に声をかけて、全裸で大きな酒瓶を抱えている李媛に酒を要求している。

 李媛はその声に従って、座の中心で右に左にと歩いて酒を注いで回っているようだ。

 

 それにしても様子がおかしい。

 こちらからは後ろ姿しか見えないが、右に左にと動き回る李媛の動きはぎこちなく、その口からは彼女のつらそうな吐息がここまで聞こえてくる。

 李媛が性的な欲情に襲われているのは間違いない。

 

 しばらくして、杯を次の亜人に注ぐために李媛の身体が反転した。それで、やっと朱姫にも李媛がつらそうにしている理由がわかった。

 李媛の股間には、女の李媛には本来は存在しない逞しい男根がそそり勃っていたのだ。

 李媛がいつもさせられている肉芽のビアスは外されてる。

 その代わりに肌色の男の性器そのものが李媛の股間には存在していた。

 

 よく宝玄仙が道術で四人の股間から男根を生やさせたりしているのに接していたので、李媛の股間もそういうものかと思ったが、よく見れば、本物そっくりの男根のかたちの作り物のようだ。

 それが李媛の女陰から突き出るようにそそり生えているのだ。

 

 どうやら李媛は股間に双頭の張形を挿入させられ、自分の女陰からその双頭の張形の半分を突き出した状態で酒の給仕をされられているようだ。

 股間にそんな淫具を挿入したまま動き回るのでは、確かにつらいに違いない。

 

「お、お注ぎいたします……」

 

 李媛が亜人のひとりに近づいて酒瓶を傾けた。

 

「それにしても、見事な男根だ……。しかし、これほどの人間族の美女に我らのものとそっくりの男根が生えているとは、なんとも奇妙なものだがな……」

 

 酒を受けている亜人が笑いながら李媛から生えている男性器に手を伸ばした。

 

「な、なりません──。触っては──」

 

 李媛がびっくりしたように酒を注ぐ手をやめて腰を避ける動きをした。

 

「こらっ──。なにをしておるか、李媛──。貴様にそれをつけさせたのは、美女に生える肉棒という奇妙な姿で余の部下を愉しませるためぞ──。さっきも言ったが、その肉棒はただの張形ではない。お前の欲情に反応して勃起しておるのだ。宴のあいだにその勃起が衰えるようなことがあった場合は、お前ではなく、ここに娘の李姫を連れて来て半死半生の鞭責めに遭わせる。わかっておるのか──」

 

 青獅子の怒鳴り声が響く。

 李媛は、目に見えて大きく動揺をした。

 

「わっ、わ、わかっております……。も、申しわけ……」

 

「わかっておるのだな。ならば、それを防ぎたくば懸命に股に挿入している淫具を締めつけて身体の疼きを失わないようせねばならんところだ。その張形を刺激してくれる余の部下は、そんなお前のために敢えて刺激を与えてくれているのだぞ──。それなのに、それをありがたがるどころか、避けようとするとは何事か──」

 

 声は大きいが青獅子が少しも怒ってはいないということが朱姫にはわかった。

 むしろ、李媛の狼狽を愉しんでいるような響きがその大声にあった。

 

「は、はい……も、申し訳ございませぬ──。そ、その……、あ、ありがとうございます、玲瓏(れいろう)様」

 

 李媛が慌てて酒を注ぐ態勢に戻った。

 玲瓏というのは、その李媛が酒を注いでいる岩に似た肌をしている屈強な戦士のことなのだろう。

 玲瓏は李媛の酒を片手で受けながら、李媛の股間の張形をもう一方の手で擦った。

 

「ふわっ──そ、そのような……お、お酒がこぼれてしまいまする……。ご、ご堪忍を……。い、いえ、あ、ありがとうございまする──」

 

 股間から生えている双頭の張形の外の部分を擦られると、李媛は激しく狼狽して腰を悶えさせた。

 

「やめて欲しいのか、礼を言っているのか奇妙な言葉だな……」

 

 玲瓏は笑いながら、李媛が酒を注ぐあいだ張形の側面を軽く擦り続ける。

 李媛は悲鳴を噛み殺して、へっぴり腰になりながらも、懸命に足を踏ん張るようにしている。

 それでも、淫靡な刺激を我慢しているような仕草で、なんとか酒を注いでいく。

 その姿は実に艶めかしい。

 そんな李媛に亜人たちはよってたかってからかいの言葉をかけている。

 そして、杯が満たされると、玲瓏はやっと李媛の股間の張形から手を離した。

 李媛がほっとしたように脱力する。

 

「ぼやっとするな、侯爵夫人──。次は俺だ」

 

 輪の反対側の亜人が声をあげた。

 

「は、はい」

 

 李媛は弾かれたように身体を反転させて、声のする方向に歩み寄っていく。

 どうやら、あの双頭の張形は外側を擦られると、李媛の女陰に食い込んでいる側になんらかの刺激が伝わるようになっているようだ。

 そう考えると、李媛の股間の淫具に刻まれている強い霊気を感じた。

 間違いなくあれは霊具だ。

 

「それにしても、なかなか面白い淫具だぞ、玄魔(げんま)──。このような愉快な淫具を真面目なお前が献上するとは少しばかり驚いたがな」

 

 青獅子がそう言って持っていた杯を一気に呷った。

 

「恐れ入ります……」

 

 青獅子の右隣に座っていた大柄の亜人が頷いた。

 それが玄魔という亜人のようだ。

 

「李媛、酒がなくなった。余の杯にも酒を注げ──」

 

 亜人たちに股間の淫具をからかわれながら息も絶え絶えになって酒を注いでいる李媛が、急いで青獅子に向かう。

 

「お、お注ぎします、魔王様……」

 

 李媛が差し出す瓶に青獅子はすっと杯を差し出す。

 

「そう言えば、玄魔はこの淫具を例の人間族の女戦士に装着させて調教をしているそうだな」

 

 青獅子が玄魔に言った。

 朱姫はそれを耳にしてはっとした。

 人間族の女戦士……。

 それは、沙那か孫空女のことに違いない……。

 

「調教という程でも……。魔王様には申し訳ござらんが、この玄魔は女の調教などということには、からきしの不調法でしてな……。躾を命じられた女戦士に、あの双頭の張形をさせて、私の部下と余興代わりに毎日戦わせておるだけでございます──。三人抜きすれば、その女の女主人に会わせてやると言って……」

 

「ほう、あのふたなりの張形を装着して戦いか?」

 

 青獅子が愉しそうに笑って酒を呷る。

 

「腕を拘束しましてな……。それでも、女は毎日必死に戦っておりますよ。こんな淫具を装着して、満足に動けるわけもござらんが、それでもこの数日は、足だけで、ひとりかふたりは勝ち抜くようにもなりましたわ……。いまでは、兵もそれなりに必死にならなければ、勝てんようになりましてな──。兵の思わぬ鍛練にもなっております」

 

「相変わらず、真面目で面白みのないことを言うのう……。だが、素っ裸の女戦士と亜人兵の格闘訓練というのは、お前にしては面白い余興だ──。いずれ、お前の隊が駐屯しておる室内訓練場に見に行ってみるかな──」

 

「ならば、そのときには、あのお転婆女を馳走できるように準備をして、お待ちしております」

 

 玄魔が頭を下げた。

 朱姫はそれを聞きながら、玄魔が調教して戦わせているというのは孫空女のことではないかと思った。

 沙那にしても孫空女にしても、おそらく、朱姫が手足首に嵌められているのと同じ革帯をさせられているはずだ。

 これは道術を封じる霊具のようだが、それだけではなくて、全身の筋肉を著しく弛緩させる霊具でもあるようだ。

 それで朱姫もほとんど力が入らない状態なのだ。

 同じものをしているとすれば、沙那では満足に動くこともできないはずだ。しかも、足だけで戦うのだという。

 しかし、孫空女の馬鹿力ならば、亜人と戦うくらいはできるのかもしれない。

 ならば、孫空女が監禁されているのは、玄魔隊のいる室内訓練場ということになる。

 朱姫はそれを頭に刻み込んだ。

 それにしても、とにかく孫空女は生きてはいるようだ。

 朱姫はほっとした。

 

 沙那については、あの壁尻を通じて接触してきた長庚(ちょうこう)が、軍営にいるというようなことを朱姫の尻たぶに指で書いた文字で伝えてきた。

 長庚は亜人に占拠されたこの獅駝の城郭に潜入して、自分たちを救おうとしてくれているようだ。

 そして、尻壁で下半身を晒されていた朱姫を見つけて、沙那の無事を伝えてくれた。

 朱姫は嬉しかった。

 

 もっとも、長庚がいくら駆け回ろうとも、十三歳の少年になにができるだろう。

 無理をして危険な目に遭いはしないかということが、朱姫には気がかりだ。

 朱姫を連れてきた亜人兵が、青獅子にやっと到着を告げた。

 

「おう、来たか、半妖の娘──。こっちに来い」

 

 青獅子が声をあげた。

 

「は、はい……」

 

 朱姫は両手で身体を隠しながら青獅子に向かって歩き出した。

 朱姫をここまで連行してきた亜人の兵はついてこない。

 しかし、逃亡は不可能だ。

 道術を封じられるととともに、筋肉を弛緩されている朱姫には、亜人兵のひとりにだって抵抗するすべがない。

 それに対して、ここには青獅子のほかに屈強な亜人の将軍たちが五名だ。

 また、多くの亜人兵もいる。

 それだけでなく、さらに屋敷は亜人兵で充満している。

 しかも、屋敷全体が、青獅子の結界で包まれている。

 逃げられるはずがない……。

 

 そのとき、朱姫はふと自分を侮蔑するような視線を送っている李媛に気がついた。

 昨日までの李媛にはなかった朱姫に対する視線だ。

 どうやら、朱姫が半妖だとわかったということが、李媛の意識に変化を与えたに違いない。

 半妖というのはどこに行っても嫌われる忌み者だ。

 そういえば、ここにやってくる直前に、李姫が朱姫のことを“呪われた存在”という差別言葉で呼んだことを思い出して嫌な気分になった。

 

 慣れているとはいえ、いままで同じ青獅子の性奴隷として仲間意識を感じていただけに残念だ。

 考えてみれば、朱姫のこれまでの人生の中で、朱姫が半妖だと知っても、最初からなんの壁も作らずに接してきたのは宝玄仙だけではなかったか……。

 宝玄仙は自分の嗜虐癖の対象としては朱姫を見たが、朱姫が半妖であるかどうかは頓着しなかった。

 

 それにしても宝玄仙はどこにいるのだろうか……?

 同じ城郭内ではあるが、沙那と孫空女はこの屋敷にはいないということはわかった。

 宝玄仙も別の場所なのだろうか……?

 それともこの屋敷内のどこかにいるのか……?

 

 とにかく、これまでにここですごした時間の中の会話の中から、どうやら青獅子たち亜人軍の目的が宝玄仙を生け捕りにするためだということはわかった。

 宝玄仙のことに言及するときに彼らは、“家畜”という言葉を使う。

 それがどういう意味を示すものかはわからないが、宝玄仙はなんらかの目的のために、彼らに監禁されているようだ。

 

 それに対し、朱姫たち三人が捕えられたのは、ただの偶然だ。

 たまたま宝玄仙と一緒に網にかかり、青獅子が戦利品としての価値を三人に認めたために、気まぐれでこうやって性奴隷にされることになっただけらしい。

 朱姫は青獅子以下の魔王が酒盛りをしている中心に立たされた。

 

「これが半妖か……。姿は人間族の娘そのものだな。若い娘と聞いていたが、想像していたよりも色っぽい……」

 

 朱姫が初めて見る亜人がそう言った。

 この中では一番年嵩のような気がする。

 額に角がある緑色の肌をした恰幅のいい武人だ。

 

「霊気はないのだな。本当に半分は亜人の血が流れておるのか?」

 

「いや、霊気はある。この朱姫は宝玄仙ととともに、『移動術』で城郭の広場に出現したと大旋風殿が報告をあげてきている」

 

 別の亜人が言った。

 

「ほう……。ならば、半妖は我らとは違う霊気の帯び方をするということか……。俺は相手が誰であろうと、隠している霊気も大抵は感じることができるが朱姫にはなにも感じんぞ」

 

「それが半妖なのだろうな……」

 

「そういえば、半妖の霊気の帯び方は特殊だと聞いたことがあるぞ。半妖から霊気を感じ難いのは、こいつらは霊気が必要な時だけ一気に周辺から霊気を集めて遣う仕組みになっているために、普段は身体に蓄積はしていないかららしい」

 

 玲瓏だ。

 

「いずれにしても、霊気を封じる霊具を装着させておれば、霊気のない人間族の娘と同じだ。道術は遣えんはずだ──」

 

 宴をしている亜人たちが朱姫の裸身に視線を這わせてくる。

 そして、検分をするように朱姫の身体や霊気について、無遠慮に言い合った。

 一方、李媛は青獅子に抱えられて、胡坐に座る青獅子の脚の上にこちら向きに座らせられている。

 青獅子は朱姫に視線を向けながら、李媛の乳房や股間に悪戯をしており、李媛はあられのない声をあげさせられている。

 

「それにしても、女としての道具は亜人や人間族の女と同じか? 呪われた存在というが、この半妖を犯すと我らの一物も呪われたりはせんだろうなあ……?」

 

 ひとりが本気とも冗談ともつかない口調で言った。

 

「ならばやめることだ……。今夜は青獅子様の計らいで、この朱姫の尻姦祭りをするということだ。わしは存分に愉しませてもらうつもりだ……。しかし、朱姫よ、お前、これを尻で受け入れられるか?」

 

 ひび割れた無毛の頭をしているもっとも右隅に座っている小柄な亜人がいきなり、下袴の前を開いて、いきり勃った一物を出してきた。

 朱姫は横目でちらりとそれを見てびっくりした。

 並みの人間の男の三倍は大きいだろう。男根というよりは腕だ。

 その亜人の不躾な所作に青獅子を初めとしてほかの亜人たちがどっと笑った。

 しかも、ここにいる全員で、これから朱姫を尻姦するのだという。

 朱姫はすっと自分の顔から血が引くのがわかった。

 

闘閃坊(とうじんぼう)、お前の一物が自慢なのはわかったから、とりあえずしまわんか」

 

 玄魔が苦笑しながら言った。

 

「いや、これでいいわ。さっきから陛下の自慢の侯爵夫人がいやらしく腰を振りながら酌をしてくれるもので、股間が窮屈でかなわんかった……。お許しいただければ、朱姫の尻への一番槍は、この闘閃坊に命じて頂きたい、陛下──。無論、最初の味見は陛下がなさるということはわかっておりますが」

 

「いや、余に遠慮はいらんぞ、闘閃坊。朱姫は、余からお前たちへの今宵の馳走なのだ。今夜については、余はこの李媛だけでよい。お前たちはその半妖の朱姫を味わうとよいぞ──。ところで、闘閃坊、一番槍はよいが、これから朱姫には、尻祭りを祝って乾杯をさせるのだ。そのあいだ、そのまま性器を丸出しにしておくつもりか?」

 

 青獅子が苦笑した。

 

「おお、乾杯ということですか……。ならば、風邪でもひいては堪らん。お見苦しいものは一度隠すとしますかな」

 

 闘閃坊が大袈裟な仕草で性器を下袴の中にしまった。

 亜人たちがまた大きな声で笑った。

 だが、朱姫としては彼らの軽口などに同調する気になれない。

 受け入れるしかないとわかっているが、どうやら、その亜人の巨根を初めとして、ここにいる亜人の男たち全員に尻を犯されるのだとわかって朱姫の肌はそそけ立った。

 

「では、李媛、もう一度酒を注いでまわれ」

 

 青獅子の膝の上で全身を愛撫されて、汗びっしょりでよがり狂っていた李媛が前に押しやられた。

 李媛はそのまま床にがっくりと跪いた。

 

「は、はい……」

 

 李媛はすぐに荒い気をしながら立ちあがろうとした。

 

「いや、待て、考えれば、朱姫だけに酒を飲ませるというのは不公平だな。お前にもやろう」

 

 青獅子はそう言うと、自分の飲んでいた杯を空にして、李媛が持とうとした酒瓶を手に取った。

 そして、ほんの少しだけ酒を杯に注ぐ。

 

「こっちに来い、李媛」

 

 青獅子は李媛をほかの者に見えるように立たせると、李媛に動かずにいるように命じてから、いきなりむんずと李媛の股間にそそり勃っている張形を掴んで擦り始めた。

 

「あっ、な、なにをなさいますの……。あっ、ああっ──。お、お許しを……お許しを──。い、いえ、し、刺激をありがとうございます……。で、でも、いまは猶予を……。しばしの猶予を与えてください──」

 

 青獅子に張形を擦られて李媛は狼狽えた声を出した。

 やはり、あの李媛の外に出ている男根型の張形を刺激すると、李媛の女陰に食い込んでいる張形の部分も連動しているらしい。

 つまり、膣の内側を手で擦られるのと同じ状態だということだ。

 李媛は腰を沈めて苦しげに身をよじるが、そうかといって、魔王の悪戯に抵抗することもできず、ただ悲鳴をあげて悶えるだけだ。

 

「お、お慈悲でございます……。ほかのことならなんでもいたします──。で、でも……こ、このような生恥をその半妖の眼の前で晒すのだけはお許しください……」

 

 いつまでも張形を擦り続ける青獅子に李媛は嬌声をあげながら哀願した。

 だが、朱姫はその物言いにびっくりした。

 そんなことを言われるなど思いもしなかったのだ。

 

「まだ、貴族根性が抜けんようだな、侯爵夫人よ……。まあ、それがお前のよいところでもあるのだがな……。だが、余の奴隷であれば、半妖のような半端者の前でも恥はかかねばならんのだ。どうだ、もう、いきそうか──? たった十日とはいえ、この青獅子が昼となく夜となく、羞恥責め、官能責めにどっぷりと漬け込んでおるのだ。しかも、四十すぎの女盛りの身体──。すっかりと身体は余の奴隷に相応しい淫乱女になったであろう──。ほれ、出してしまえ──」

 

 青獅子は李媛の張形の付け根の部分から先端部分をまでを激しくしごいていく。

 しかも、朱姫の見ている限り、ただ乱暴に擦っているように見えて、実は指で巧みに微妙な刺激も加えている。

 あれは堪らないだろう……。

 

「お、お願いでございます……。ああっ──」

 

「遠慮はいらん。早く出せ。朱姫が待ちくたびれておるぞ」

 

 やがて李媛は、汗ばんだ身体を仰け反らせてがたがたと震え出した。

 そして、張形の先端から白いものが飛び出した。

 

「おお、出た──」

 

「これは面白い。女でもいくと、この淫具からは男の精のように愛液を吐き出すのか」

 

 一斉に亜人たちの嘲笑の声が沸いた。

 李媛が装着されている張形から出した白濁液は、青獅子がさっき少しだけ酒を注いだ杯で受けた。

 

「皆の者──。いまからこの瓶と杯をひとりずつ回すゆえに、杯に少しずつ酒を足しながら、李媛の股間から精を絞り出して足せ。この李媛に自分の精混じりの酒を飲ませる。準備が終わったら乾杯をするぞ」

 

 青獅子が声高らかに言った。

 李媛は悲痛な表情になった。

 しかし、青獅子に隣にいる玄魔の前に追いやられて、まるで死を宣告された囚人のようにうな垂れて玄魔の前に立った。

 

「……お、お願いいたします、玄魔様……」

 

 李媛が言った。

 玄魔はすでに受けとっていた杯に酒を少しだけ足して、李媛の股間に手を伸ばした。

 

「ひうっ──」

 

 玄魔の手に張形を擦られだした李媛ががっくりと膝を崩した。

 

「しっかり立たんか──」

 

 その李媛に玄魔が大喝する。李媛は慌てたように腰をあげる。

 しかし、刺激を受け続けている腰に力が入らないのか、どうしても真っ直ぐにはできないようだ。

 

「おい、準備しておる朱姫の酒を持って来い──」

 

 青獅子が叫んだ。

 青獅子が命じたのは部屋の奥に待機していたふたりの若い亜人兵に対してだ。

 従者なのだろう。

 そのふたりがすぐに車付きの台を運んできた。

 なにかが載っているが上に布を被せている。

 

「お前たち、これを一本ずつ持て──」

 

 従者たちが眼の前に台を運んでくると青獅子は、さっと台の上の布を剥がした。

 

「あっ──」

 

 思わず朱姫は声をあげた。

 台の上に乗っていたのは六本の浣腸器だ。

 朱姫は何度も宝玄仙に使われたことがあるから知っていた。

 その浣腸器は側面が透明になって内部が透けていたから、中にはしっかりとなにかの液体が詰まっているのもよく見えた。

 朱姫は自分が一斉に総毛立つのがわかった。

 

「一本ずつ受け取ったら、順に朱姫の尻に注いでいけ。中身は薄めた酒だ。余の性奴隷であれば、乾杯の酒は尻で受けてもらおうぞ」

 

 青獅子が従者から一本の浣腸器を受けとりながら言った。

 従者たちはそれを客たちに配っていく。

 

「いやあっ」

 

 朱姫は思わず叫んで逃げようとした。

 だが、あっという間に魔王の部下たちに押さえつけられる。

 

「一度にこれだけ飲めば、余程のうわばみでもへべれけになってしまうのではないか?」

 

 片手で朱姫の身体を押さえている闘閃坊が、空いた手で従者から浣腸器を受けとりながら言った。

 

「心配ないわ。実際には排便を促す溶剤が主だ。酒はほんの少ししか混じってはおらん。泥酔して意識のはっきりせん娘を尻姦しても面白くはないのでな。いずれにしても、尻姦は尻の浄めが終わってからだ──。朱姫、酒入り浣腸のお代わりはたっぷりとあるからな。存分に余たちと酒を交わそうではないか」

 

 青獅子が大きな声で笑った。



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489 浣腸酒宴

「朱姫、六人全員の酒を尻で受け終わるまで、排泄はさせてやれんからな。それと尻で浣腸酒を受けるたびに、礼の挨拶をしろ」

 

 青獅子のあまりの屈辱的な命令に朱姫は鼻白んだ。

 しかし、それを拒否することは無意味だ。

 拒否しようとしても拘束されて無理矢理に浣腸されるだけだし、なにをどうやっても青獅子の言葉通りになるのは間違いない。

 いま朱姫の身体を押さえつけているのは、闘閃坊( とうじんぼ)うひとりだが、ただ片手で朱姫の背中を押さえているだけだ。

 それなのに朱姫はその力からまったく逃げることができない。

 そして、さらに数名の亜人の将軍たちが手に浣腸器を持って囲んでいるのだ。

 抵抗も逃亡も不可能……。

 

 六人の亜人たちから浣腸……。

 朱姫は完全に絶望的な気分になった。

 

 宴は、いま大きく二分されていた。

 ひとつは朱姫に浣腸酒を強要しようとしている集まりであり四人ほどがいる。

 

 もうひとつは、杯を持って順番に『ふたなり張形』の霊具から射精をさせられて、自分の精を酒入りの杯に集めさせられている李媛(りえん)を責める集まりだ。

 李媛を責めるのはふたりほどで、逐次に交代する気配だ。

 自分の周りに集まっている亜人越しに、李媛の追い詰められた嬌声がずっと聞こえ続けている。

 

「わ、わかりました……。み、皆さんの振る舞い酒を受けます。手を離してください……。抵抗しません」

 

 朱姫は言った。

 受け入れるしかないのだ……。

 

 抵抗しても、この卑劣な連中を悦ばせるだけだ。

 ならば恥辱に耐えてこの青獅子の性奴隷になりきろうと思った。

 いま、朱姫にできることはそれだけだ。

 この亜人王の従順な奴隷になりきれば、そのうちに亜人たちも朱姫のことを危険な存在とも、なんとも思わなくなるに違いない。

 

 どんなに厳重な囲いでも、それを管理する者が油断すれば、必ずいつかはほころびができる。

 それまで待つのだ。

 それにこの青獅子はかなりの気紛れだ。

 ほとんど思いつきのように、いろいろな責めを朱姫たちに与えてくる。

 そこに周到な計算や調教の手管は感じられない。

 

 だからこそ、そこに付け入る隙がある……。

 この青獅子をいい気分にさせて、その気紛れによって、この事態の打開を計れないだろうか……。

 

「ほう……。素直になるというのか、朱姫?」

 

 いつの間にか朱姫の眼の前で座り直している青獅子が、朱姫を見ながら言った。

 

「す、素直になります……。青獅子様の従順な奴隷になってみせます……。もう、なにもかも諦めていい子になります。皆様の振る舞い酒も飲み込んでみせます……」

 

 朱姫は言った。

 

「よくぞ言ったわ──。口先だけだとしても、いつまでも逆らい続けたり、あるいは、心を失ったように心を閉ざした人形に成り下がる女奴隷よりも、ずっと見込みがある──。お前が李姫(りき)貞女(さだじょ)とやっていることも知っておるぞ」

 

「え……」

 

「お前がいることで、李姫たちは、性奴隷として心の平穏を受け入れようという気持ちになっているような気もする。お前は確かに見込みがあるな」

 

 青獅子の物言いは、毎夜のように続けている朱姫と李姫と貞女の百合の媾合いを知っているということだ。

 おそらく、それは予想していた。

 あの奴隷部屋には、たくさんの監視の霊具が充満していることは間違いない。

 だから、朱姫も李姫たちに簡単な身の上話はしても、宝玄仙たちがどんな女たちで、その力がどれ程なのかということは言わないように気をつけていた。

 

 また、部屋のあちこちに監視のための霊具があることは気がついても、李姫や貞女には教えなかった。

 それどころか、朱姫自身が気がついていないように、ふたりと百合の責めをやり合ったりした。

 奴隷部屋の声をすべて拾われているということを朱姫が知っているということを悟られなければ、そのうちにそれを利用して、偽の情報を彼らに教えて、混乱させることだってできる可能性もある。

 とにかく、いまは従順な奴隷になりきることだ。

 逃亡の可能性は、そうやって将来に期待することしかない。

 

「だ、だったら、皆様のお酒を受ければ、ご褒美をくれませんか……?」

 

 朱姫は言ってみた。

 青獅子がいま機嫌をよくしているのはわかる。

 初日には焦ったあまり、青獅子の機嫌を気にせずに物言いをしてしまい青獅子を怒らせた。

 だが、この数日で朱姫は青獅子という気紛れな魔王の性質を理解したような気がする。

 

 少し前、宝玄仙が朱姫の本当の能力は、他人の感情が読めることだと言ったことがある。

 朱姫自身はそれを道術としての『縛心術』の能力の一環だと思っていたが、『縛心術』を扱える宝玄仙でもそんなことはできないらしい。

 しかし、朱姫には昔から、漠然とだが他人の感情を曖昧なものとして感じることができる。

 それを利用して、本来は道術の及ばないただの人間に『縛心術』をかけたりしていたが、それは正確には道術以外のものらしい。

 

 朱姫の道術や道術なしの『縛心術』の力は封じられたが、感情を読む力は生きている。

 朱姫はその感情を読む力で、青獅子の感情とその気紛れさを計り続けていた。

 それで本当に機嫌のいいときの青獅子には、なにを言っても大丈夫ということもわかってきた。

 そして、いま青獅子は上機嫌だ。

 

「ご褒美?」

 

 青獅子がきょとんとした表情を朱姫に向けた。

 その表情に朱姫はかすかな光明を感じた。

 ここに連れられて最初の日、朱姫は青獅子に仲間の居場所を質問して、半死半生の拷問に遭わされた。

 ちょっとした言葉でも、この青獅子の逆鱗に触れればそうなることは肌でわかった。

 だが、いま、青獅子は純粋に朱姫の意外な物言いに興味を抱いた気配だ。

 

 これならいける。

 朱姫は確信した。

 ならば、この魔王の気紛れに、なんとか逃亡の糸口を探れないだろうか……。

 この気紛れ魔王の機嫌が変わらない範囲でのちょっとした打開を手に入れられないか……。

 

「ご、ご褒美です……。朱姫が頑張ったらご褒美をください。だったら朱姫はどんなことでも頑張れます」

 

 朱姫は必死で言った。

 

「奴隷の分際で褒美をねだるなど厳罰に値するが……。まあいい……。試しにどんな褒美が欲しいのか言ってみろ、朱姫」

 

「あ、あたしを沙那姉さんと一緒に調教してください──。ずっととは言いません。できれば、ずっと沙那姉さんと一緒に調教されるのが望みですが、ほんの一日でも構いません。ここで頑張って朱姫がご褒美に値することができたら、沙那姉さんと一緒に調教されたいんです」

 

 朱姫は言った。

 考えた末の結論だ。

 沙那がどこでどうしているかはわからない。

 長庚ちょうこうから尻で受け取った伝言では、沙那は軍営にいるというようなことだったが、それ以上は不明だ。

 しかし、生きているということは間違いない。

 孫空女も被虐の時間を送っているらしいし、朱姫もこうやって性奴隷としての日々を送っていることを思えば、沙那もまた同じような目に遭っている可能性が高い。

 なんとか沙那に会いたい。

 

 沙那に会えば、城郭に長庚がいることを伝えられるだろうし、孫空女が玄魔げんまという将軍のところで、男の亜人たちと毎日格闘させられていることを教えられる。

 青獅子たちが宝玄仙のことを“家畜”と呼んで、どこかで監禁しているらしいことも告げられる。

 

 そんな情報がなにかの役に立つのかどうかわからない。

 でも、沙那ならどんなに些細な事象でも、そこから打開の策を思いつける。沙那なら何とかしてくれる。

 朱姫はそう思ったのだ。

 

 少なくとも、宝玄仙や孫空女に情報を与えて、なにかの脱出の糸口を見つけてもらえるとは思わなかった。

 それに、これだったら青獅子の気紛れの範疇として、受け入れてもらえるのではないか──。

 そう考えた。

 

 しかし、それだけではない……。

 三人のうち、誰に一番に会いたいかと問われれば、朱姫の心に最初に浮かんだのは沙那だったのだ。

 

 沙那に会いたい。

 

 それがなにかの打開策でなくてもいい……。

 朱姫は沙那にただ会いたかった。

 

 それも本当の気持ちだ──。

 すると青獅子が爆笑した。

 

「どんな願いをするのかと思えば、調教をねだるとは愉快だな──。確か、沙那はあと数日で、この城郭から出発させるが、それまでは春分(しゅんぶん)秋分(しゅうぶん)という余の子飼いの調教係の女の調教を受けておる。あのふたりの調教はつらいぞ──。余のように優しくはない。心を折る調教をするのだ──。本当にその調教を受けたいのか、朱姫?」

 

 青獅子が笑いながら言った。

 

「う、受けたいです……。沙那姉さんに会いたいんです。沙那姉さんは、あたしの百合のお姉様なんです。沙那姉さんに声をかけてもらいたい──。沙那姉さんのお顔を見たい。それだけなんです」

 

 朱姫は言った。

 沙那と朱姫の百合の関係については、どちらかと言えば、朱姫が責め役であり、沙那など朱姫にとっては、責め甲斐のある愉しい玩具のようなものだが、この際、そういうことにしておこうと思った。

 

「ほう、それは知らなんだわ──。そうか、沙那はお前の百合の恋人か──。それは面白い──。ならば、確かに見事に尻で我らの酒を受けて、ここにおる全員の肉棒を尻で受け入れてみせたら、沙那を城郭から立ち去らせる前に、揃って調教を受ける機会を設けてやろうぞ」

 

 青獅子が言った。

 

「あ、ありがとうございます──。朱姫は頑張ります」

 

 朱姫は叫んだ。

 それにしても、さっきから沙那がどこかに連れていかれるということを青獅子は言っている。

 どういうことなのだろうか……?

 

「闘閃坊、朱姫を離してやれ」

 

 青獅子が言うと、闘閃坊が朱姫を押さえつけていた手を離した。

 朱姫は一度息を吐き、自ら四つん這いになった。

 犬のように四つん這いになって浣腸を受け、六人の亜人の将軍や李媛、さらに幾人かの亜人兵が侍るこの部屋で排便姿を晒す……。

 さらに、尻で六人の精を尻で受け入れる……。

 

 覚悟したとはいえ、これからしなければならないことを思うと、さすがの朱姫も消え入りたいほど恥ずかしいし、総身の血が逆流するほどの恥辱だ。

 

「で、では、どなたか、朱姫にお酒をお願いします……」

 

 朱姫は言った。

 屈辱の言葉を口に出したとき、身体が震えた。

 朱姫はぎゅっと眼と閉じて唇を噛んだ。

 

「ならば、一番槍は闘閃坊だったろう──。闘閃坊から行け」

 

 一番年嵩の亜人の将軍が言った。

 

「わしの一番槍は朱姫の尻のことだ。酒の順番ではないわ、耶律耶里(やりつやり)

 

 闘閃坊の不満そうな声が聞こえた。

 一番年寄りの亜人は耶律耶里という名のようだ。

 四つん這いになったとき、朱姫を囲んでいた四人の亜人のうち、青獅子を除いた三人は朱姫のお尻側に回っていた。

 残りのふたりは李媛に関わっていて朱姫の周りにいない。

 

「馬鹿言え、陛下がお許しになっても、俺らが許さんわ。お前の巨根で朱姫の尻を犯せば、朱姫の尻は壊れてしまって、『治療術』を施さんと使いものにならなくなるであろうが──。お前は最後だ」

 

 耶律耶里が言うと、もうひとりの亜人も同調する声をあげた。

 

「だ、大丈夫です。受け入れて見せます──。だから、ご褒美を……」

 

 朱姫は彼らに尻を向けたまま言った。

 さっき見た巨根は、朱姫もさすがにぞっとしたが、受け入れられないことはないと思う。

 女陰でも、お尻でも、様々なものを受け入れることについては、さんざんに宝玄仙の調教を受けている。

 宝玄仙の腕を入れられたこともある。

 太い大根を挿し込まれたことだってある。

 壊れることなく、朱姫は闘閃坊の巨根だって受け入れられるはずだ。

 

「ほう、よくぞ言ったわ──。本当にわしの一物を見事に尻で受け入れることができるならば、それは大したものだ──。陛下、このわしからも頼みたい。この女奴隷がこの闘閃坊を尻で受け入れることができるのであれば、この半妖の願いを叶えてやってくれ」

 

「よかろう──。余の名誉において約束しよう。朱姫が闘閃坊の巨根を受け入れたら、朱姫の願いを聞いて、沙那と調教を受けさせよう──。ともかく、朱姫への一番槍は、やはり闘閃坊だ」

 

 青獅子が朱姫の前の前で愉しそうに膝を叩いた。

 

「ちっ──。ならば、わしはせめて、一番酒でも施すか」

 

 耶律耶里が言った。朱姫はわずかに向きを変えて、四つん這いのお尻を耶律耶里の声の方向に向け直した。

 

「耶律耶里様、お酒を頂戴いたします」

 

 朱姫は言った。

 

「雌犬らしい挨拶だ。いいぞ──」

 

 その耶律耶里の手が朱姫の尻たぶに触れられた。

 

「ひうっ」

 

 思わず声が出て、朱姫は身体を竦ませたが、慌てて身体の力を抜いた。

 男に触られると、どうしても虫酸が走るのだ。

 しかし、いまはそれをおくびにでも出してはならないと自分に言いきかせる。

 

 耶律耶里の手が朱姫の尻を撫でまわす。

 朱姫は黙ってその屈辱に耐えた。

 やがて、一本の指がつるりと朱姫の肛門に入ってきた。

 なにかを指に塗ったのか、なんの抵抗もなしに朱姫の肛門に指が入った。

 

「あふうっ──あおうっ」

 

 いきなり指の挿入に、朱姫は身体を仰け反らせて反応した。

 

「これは激しい反応だな……。面白い……。それに緊張で肛門は閉じているようだが、中はよくほぐれておるな……。ほう……。それだけじゃないか……。中は収縮があって柔らかいぞ。それでいてどんどんと指を締めつけるわい──」

 

「ひいっ、ひやっ、ああっ」

 

 耶律耶里が朱姫の肛門に中に食い込んだ指を無遠慮に前後左右に動かし回す。

 朱姫は悲鳴をあげてしまった。

 

「わしもこの歳になるまで、尻の名器というものには遭ったことはないが、この尻はそうも言えるかもしれんなあ。もしかしたら、本当に闘閃坊を見事に受け入れるのかもしれんぞ」

 

「あっ、ああっ、だ、だめっ、そんなにしたら駄目です──」

 

 肛門の中を乱暴に掻き回されて、朱姫の身体にいきなり火の塊りのようなものが込みあがった。

 それが全身に拡がり一気に身体が熱くなる。

 

「な、なんだ、なんだ──?」

 

 耶律耶里が朱姫の肛門の中を激しく掻きながら、驚いたような声をあげた。

 その声を聞きながら朱姫は、身体を貫く快感の矢に四肢を突っ張らせた。

 朱姫の全身を白い光のようなものが貫く。

 

「ひぐうっ……ご、ごめんさない──。もうだめぇ──い、いきます──」

 

 朱姫はもの凄い勢いで込みあがった絶頂の波を耐えることができなかった。

 がくがくと身体が震える。

 大きな快感の極みに朱姫はあっという間に昇天したのだ。

 大量の愛液が腿を濡らすのがわかった。

 

「もういったのか? なんということだ。まだ、尻穴をひと掻き、ふた掻きしただけだぞ──」

 

 耶律耶里が呆気にとられた声をあげた。

 

「も、申し訳ありません……。で、でも……」

 

 朱姫は心の底から消え入りたいような気持になって意気消沈した。

 耶律耶里は朱姫に快感を与えようとはまったく思ってもいなかったはずだ。

 しかし、朱姫のお尻は、その耶律耶里の指から大きな快感をむさぼり喰らってしまい、もの凄い速さで朱姫を絶頂の頂点に導いた。

 

「これはいい──。ものの見事に調教された素晴らしい尻奴隷だ──。尻でのよがりっぷりは気に入ったぞ──。よし、余も気が変わった──。浣腸の酒振る舞いの後は、やはり、一番尻は闘閃坊だ……」

 

 青獅子が高笑いする。

 朱姫は正直、鼻白んだ。

 

「は、はい……」

 

「闘閃坊の巨根を尻でも受け入れ、その直後で、さらに余の肉棒を尻、そして全員の精液を尻で受けることができたら、朱姫の願った希望は明日にでもかなえてやる」

 

 青獅子が手を叩きながら言った。

 

「あ、ありがとう……ご、ございます……」

 

 朱姫は荒い息を整えながら四つん這いの頭を下げた。

 だが、長い……。

 まずは、全員から浣腸されて、おそらく、ここで排便させられ、今度は尻で全員……。

 耐えられるか……。

 朱姫は絶望に包まれそうになる。

 

「そうと決まれば始めるぞ。耶律耶里、いつまでも指を入れておらんで、酒が冷えんうちに朱姫の尻に酒を注がんか」

 

 青獅子が言った。

 

「そうですな……」

 

 朱姫の尻に食い込んでいた耶律耶里の指がすぽんと抜かれた。

 その刺激だけで、また朱姫は乱れそうになり、懸命に声が出るのを耐えた。

 次の瞬間、浣腸器の嘴が朱姫の肛門に挿さった。

 

「くっ」

 

 すぐに酒入りの液剤が朱姫の肛門の中に流れ込んでくる。

 生温かいものが腸壁に当たり、奥に奥にと流れ込んでいく。

 

「はあっ……」

 

 朱姫は息を吐いた。

 緊張を解くために自然とそういうように身体が動く。

 尻で受ける責めにどう反応すべきかは、もう身体が覚えきっている。

 

「あっ、あふう……」

 

 声が出る……。

 我慢できないのだ。

 宝玄仙の調教によって、何度も浣腸など体験しているが、浣腸液を腸で受けるときにどうしても声が出る。

 

 腸壁を液体が流れる……。

 ただそれだけの刺激で激しい快感に襲われている自分が情けない……。

 どんどんと薬剤が注がれる。

 酒が混じっているせいか、かっと身体が熱くなるのを感じた。

 酒入り浣腸の経験はあまりないが、絶無というわけではない。

 

 そういえば、かつて、宝玄仙が酒浣腸の悪戯を供に施したときには、酒に弱い沙那や孫空女は酒浣腸を受けて、へべれけに酔ってしまった。

 孫空女など気分が悪くなって反吐を吐いたほどだ。

 それに比べれば、朱姫は酔っただけで、宝玄仙の酒浣腸を最後まで受け入れ続けたと思う。

 

「ふう……」

 

 朱姫の思念を腸に足され続ける薬剤の感触が中断させる。

 もうかなりの薬剤が入ったはずだ。

 そのうちに痛みが混ざり出す。

 苦しいのはそれからだ。

 その苦しみの先には、ぼうっとするような快感も走るが、それまでは耐え続けなければならない。朱姫は眉目を寄せた。

 

「空になったぞ」

 

 浣腸器が抜かれた。

 そしていきなり、朱姫のお尻が平手でぶたれた。

 

「ひっ──。あ、ありがとうございました」

 

 朱姫はびっくりして言った。

 尻を叩いたことに大きな意味はないのだろう。

 次の亜人に朱姫を譲る合図のようなものに違いない。

 

「おっ、玄魔殿も来たか──。この朱姫はなかなかの尻の持ち主だぞ。堅物のそなただったが、そう言えば、尻姦は好きなのではなかったか? だから、わざわざ、青獅子様の尻姦祭りにやってきたのであろう?」

 

 耶律耶里の言葉に朱姫は顔をあげた。

 李媛に関わっていた玄魔がそばまで来ていた。

 

「……それほど、堅物のつもりはないのだがな……。ただ、俺は、公私の区分をしっかりとしているだけだ」

 

 玄魔が苦笑しながら青獅子の横に座った。

 

「ならば、いまは気を緩めるときであろう、玄魔──。朱姫の尻に浣腸酒を足してやれ」

 

 青獅子が笑って言った。

 玄魔が頷く。

 

「……さて、じゃあ、俺は李媛に酒を振る舞ってくるかな」

 

 耶律耶里が立ちあがって朱姫のそばから立ち去る気配がした。

 

「どれ……。ならば、俺は四つん這いよりも仰向けがいい。しっかりと顔を見ながらいたぶるのがいいのだ……。朱姫、仰向けになれ」

 

 玄魔が言った。

 仰向けで脚を開けということであろう。

 四つん這いよりも恥ずかしい姿に、朱姫は屈辱で震える気分だったが、とにかく早く六人分の薬剤を受け入れなければならない。

 さもなければ、全員が終わる前に粗相をしてしまうことになる。

 それだけは避けなければならない。

 朱姫は、抵抗の素振り見せずに、今度は玄魔に向かって脚を開いた。

 

「もっと脚を開け、朱姫」

 

 玄魔が浣腸器を持って、朱姫の股間ににじり寄った。

 朱姫は赤子がおしめを変えるときのように、膝立ちの脚を開いた。

 その姿を周りの亜人たちに覗かれる。

 あまりの羞恥に全身が真っ赤に染まっていくのがわかった。

 

「脚をあげよ。自分の膝裏を抱えよ」

 

 言われた通りにする。

 恥ずかしい。

 恥辱で泣きたくなる。

 

「随分と女陰が濡れているな……」

 

 玄魔が浣腸器を股に近づけながら言った。

 

「さっき耶律耶里殿が朱姫の肛門を指でほぐしたときに、こいつはいきなり達したんですよ、玄魔殿」

 

 一番若い亜人の将軍が言った。

 

「なるほど、けたたましい嬌声が聞こえたかと思ったが、そう言うことだったのか……。尻の感度が抜群ということだな……。それは愉しみだ……」

 

 玄魔が浣腸器の嘴を朱姫の尻に突き挿した。

 

「ふうっ……」

 

 朱姫はどんどんと腸内に拡がる新たな薬剤に眉をしかめた。

 ふと何気なく玄魔を見た。

 玄魔は愉しむ様子もなく、無表情のまま朱姫に浣腸を施している。

 こんな風に冷静に嗜虐されるのは、嘲笑されながらいたぶられるのに比べて、さらに屈辱的だ。

 朱姫はそれ以上耐えられずに玄魔から目を逸らして瞼を閉じた。

 玄魔が注ぐ薬剤は、まだ朱姫の体内に流れ込んでいる。

 すっかりと熱くなっている全身からみるみると汗が噴きこぼれている。

 朱姫は体側に添わせた両手の拳を握ったり、開いたりしながら、薬剤がゆっくりと注がれるもどかしさに耐えた。

 だが、まだ途中はずなのに、薬液の注入がなぜかぴたりととまった。

 

「俺を見ろ……。さもなければ、このまま中断して、いつまでも薬剤を与えてやらんぞ」

 

 不意に玄魔の声がした。

 朱姫は眼を閉じる自由さえ与えないのかと、この冷静そうな玄魔に潜む残酷さに触れた気がした。

 朱姫は仕方なく玄魔に顔を向けた。

 

「にっこりと微笑んでもらおうか……。笑いながら浣腸を受けろ」

 

 玄魔の顔に初めて笑みが浮かんだ。

 朱姫はこの状態で笑えという玄魔の命令に総身の血が引いていく気がした。

 とにかく無理にでも笑みを作る。

 

「不十分だな……。もっと微笑め……。浣腸はしてやらん」

 

「わ、笑っています……。お、お願いですから……」

 

 朱姫は懸命に頬を緩めながら言った。

 やっと玄魔が浣腸を再開した。

 そして、管を押し切ったらしく、浣腸器が肛門から抜かれた。

 

「お酒をありがとうございました……」

 

 残り四人……。

 すでにじわじわと排泄感が襲っている。

 痛みが下腹部を襲っている。

 早く、残り四人を──。

 

「では、次はわしだな」

 

 闘閃坊が言った。

 

「頂戴いたします……。そ、そのどんな格好を──」

 

 朱姫は言った。

 もうどんな格好でもいい。

 早くしなければ漏れる……。

 

「わしは四つん這いでいい」

 

 闘閃坊の言葉に朱姫はゆっくりと身体を起こして、再び四つん這いになった。

 急いで身体を動かすと、もう漏れる気がしたのだ。

 薬剤全体に占める酒の量は、わずかだと思うが、酒を直接に腸に送り込まれているために酒の回りが早い。

 浣腸剤に混じる酒のために頭が朦朧としてくる。

 それでも耐えるしかない。

 

 闘閃坊が浣腸液を足し、それもやっと終わる。

 四本目……。

 

 そして、五本目……。

 

 朱姫の視界は終わらない眩暈に襲われていた。

 

「まだまだだぞ、朱姫……。残りはふたりだ」

 

 青獅子が言った。

 ふたり?

 

 残りは青獅子だけのはずだが……。

 朱姫は五人目の浣腸液を四つん這いの態勢で受けながら顔をあげた。

 

 青獅子のそばに李媛がいる。

 髪を乱して真っ赤に充血した汗びっしょりの身体でぐったりと床にしゃがんでいる。

 よく見ると杯が身体の横に置かれている。

 その杯は、いっぱいに注がれた酒と李媛自身が流したに違いない精液で縁が汚れていた。

 

「この次に李媛がする。最後は余だ。全員が終われば、大きな『落とし草』の鉢を準備してあるから、それに尻を舐められながらここで排泄をするのだ──。全部終われば、兵とともに身体を一度洗いに行け。その後は、いよいよ尻姦祭りだ」

 

 

 青獅子が言った。

 『落とし草』というのは、朱姫たちが監禁されている奴隷部屋にも置かれている排便用の触手だ。

 その上に股がって排便すると、その触手が排泄物を食べるとともに、尻や股間を触手の先で舐め回すのだ。

 男たちの前で、触手に肛門や股間を苛まれながら排泄するなど、屈辱以外の何物でもないが、いまの朱姫はそれを待ち望む気持ちだ。

 激しい痛みが下腹部を襲い続けている。

 とにかく、もう排泄させて欲しい……。

 

「で、でも、もう駄目です……。く、苦しい……」

 

 朱姫は腸内に拡がる大量の薬剤を感じながら言った。

 

「終わったぞ」

 

 五人目の亜人が言った。

 

「あ、ありがとうございました……」

 

 朱姫は慌てて言った。

 そして、顔をあげると青獅子が李媛を促して、新しい浣腸器を持たせるのがわかった。

 

「お願いします、李媛様」

 

 朱姫は身体の態勢を変えて、お尻を李媛に向け直しながら言った。

 李媛は相変わらずの蔑みの表情を朱姫に向ける。

 同じ青獅子の慰み者同士でありながら、半妖というだけで李媛が朱姫にこんな視線を向けることができるというのが、朱姫には不思議だった。

 

 しかし、もうどうでもいい……。

 後ふたり……。

 

 朱姫が考えていたのは、ただそれだけだった。

 

 限界を越えた朱姫の肛門に、李媛の挿した浣腸器からゆっくりと薬剤が流れ込むのを感じた。



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490 浣腸奴隷の痴態

「よくやった。これで終わりだ」

 

 青獅子が浣腸器を抜いた。

 

「あ、あり……ありがと……う、ご、ございます……」

 

 酒の酔いと便意の苦しさに朱姫は朦朧としていた。

 それでも、四つん這いの身体を懸命に反転させて、青獅子に向かって頭をさげた。

 しかし、視界が歪んで、居並ぶ亜人たちのどれが青獅子なのか判然としない。

 腸から吸収してしまった酒による酔いのために、眼の前がぐるぐると回っている。

 

「お前の便器はそれだ。それに跨るんだ」

 

 ぐいと身体を横に向けられた。

 それだけの動きで、腹の中の浣腸液が揺さぶられて、朱姫は途方もない苦痛を感じた。

 

 朱姫はほとんど這うように、便器だと言われた方向に向かう。

 確か青獅子たちは、朱姫にこの部屋で排便をさせるために、大きな箱に植わった落とし草を準備していたはずだ。

 

 落とし草とは、普段から朱姫たち青獅子の性奴隷が排便のときに使わされている触手だ。

 鉢植えの植物のように土が埋めてある平らで四角い箱に根元が植わっているものであり、普段は、その地面の上にだらりと十数本の触手が垂れているのだが、人が箱を跨ぐとその気配を感じて、触手が起きあがり股間をむさぼるのだ。

 人間や亜人の出す糞尿を餌にする生物であり、糞尿だけでなく臭気ごと触手の体内に飲み込んでしまう。

 糞尿を始末しなくていいので便利なのだが、その代わり触手の舌で無防備な股間や肛門を舐め尽くされながら排便をしなければならないのはつらい。

 しかも、触手はいやらしく性感を刺激するように舌を動かすので、どうしても甘い声が出てしまい、ひっそりとするというわけにはいかないのだ。

 意地の悪い青獅子が好みそうな排便処理用の生物だ。

 

「待て、朱姫」

 

 青獅子の声がした。

 朱姫は目の前の落とし草の箱に這い寄っていた身体をとめた。

 

「は、はい……」

 

 朱姫は青獅子の声がした方向に顔を向けた。

 今度はなんだ……?

 まだ、朱姫を苦しめようというのか……。

 朱姫はなにか新しい思いつきをした気配の青獅子の次の言葉を待った。

 

「考えてみれば、朱姫の尻にも李媛(りえん)は振る舞いとしての浣腸を注いだのだ。今度は、朱姫が李媛の精を絞らねば不公平であろう……。朱姫よ、今度はお前が李媛の股間から精を絞って、李媛の杯に注いでいけ」

 

 青獅子が笑った。

 朱姫はこの後に及んで、まだ朱姫に排泄を許さずに、今度は李媛の股間に装着させた張形の霊具から精を絞り出させようという青獅子の気紛れに鼻白んだ。

 

 しかし、もうそれに抵抗する気力は朱姫にはない。

 それよりも、少しでも早く命令を果たして、排便をすることしか考えられなかった。

 許されていない場所で排便をして、この部屋で行われている宴を台無しにしようものなら、朱姫だけではなく、青獅子に捕らわれている者たちがどんな目に遭わせられるかわからない。

 

「り、李媛様、どうか……」

 

 李媛の居る場所はかろうじてわかる。

 ひとりだけ裸身でいる細身の身体が亜人の将軍たちの中でしゃがんでいる。

 それが李媛だろう。

 朱姫は、李媛の方向に身体を進ませた。

 

「い、嫌です──。そ、それだけはお許しを、青獅子様──」

 

 李媛が朱姫も驚くような声で叫んだ。

 しかし、朱姫の耳には、その悲鳴に続いた李媛の呻くような呟きが耳に入った。

 

 半妖などに……。

 

 李媛はそう言ったのだ。

 そして、朱姫が怖ろしいものであるかのように、朱姫が近づくにつれて、李媛は尻を床につけたままじりじりと逃げていく。

 だが、その言葉と行動で朱姫の中のなにかが切れた。

 李媛たちこの地域の人間族にとって、半妖の存在がどれだけの禁忌か知らないが、朱姫の存在のなにがそんなに気に入らないのか……。

 

 青獅子が命令したことであれば、どんなことでも許されないということは李媛も知っているはずだ。

 それなのに朱姫から逃げるというのは、朱姫の苦しみをさらに長引かせようというだけの行為だ。

 

 李媛もわかってくれてもいいのに……。

 本当にもう、漏れそうなのだ。

 

「どなたか、李媛様を押さえてください」

 

 朱姫はすぐに言った。

 おうと声をあげながら二名ほどの亜人が立ちあがった。

 恐怖に震えている気配の李媛の背後に回り、その身体を押さえる。

 

「し、失礼します……」

 

 朱姫は李媛の身体ににじり寄って、股間にそそり勃っている張形を握った。

 これを刺激すれば、女陰の中を触っているのと同じように感じるようだ。

 朱姫にかかれば、こんな女を絶頂させる程の快感を与えるのは造作はない。

 

「あ、ああっ、は、離して、朱姫……。ゆ、許してください、青獅子様──」

 

 朱姫が李媛の男根をしごきだすと、李媛はまるで電撃でも浴びたように身体を仰け反らせた。

 しかし、背後からがっしりと身体と腕を押さえられている李媛は、朱姫の手管から逃げられない。

 

「に、逃げないでください。朱姫はもう漏れそうなんです、李媛様──」

 

 朱姫は、身体を押さえられながらも、いつまでも抵抗をやめる気配のない李媛に言った。

 李媛は泣き叫び続けるだけだ。

 だが、次第に李媛が朱姫の手管に追い詰められているというのはわかる。

 李媛の身体は、すでに絶頂寸前の状態を示し始めている。

 

「いやあっ──」

 

 李媛の張形から精が放たれるのに大した時間はかからなかった。

 朱姫は李媛の股間の張形の先から迸った精を慌てて手のひらで受けた。

 

「見事なものだ。ほら、ここに入れろ、朱姫」

 

 亜人の将軍のひとりがやってきて、朱姫の前に李媛が自分の精を集めさせられた杯を持ってきた。

 朱姫は、その杯に手のひらに乗った李媛の精を足す。

 

「いいだろう。もう、落とし草を跨いでいいぞ」

 

 青獅子の許しがやっと出た。

 朱姫は、もう一度落とし草ににじり寄った。

 そして、落とし草の埋まっている箱の前で裸身を立ちあがらせた。

 

「は、はい……。はあっ……」

 

 意地の悪いことに準備されていた落とし草の鉢はかなり大きなものだった。

 だから、朱姫はその落とし草に跨るために大きく股を拡げなければならなかった。

 七本もの浣腸器から薬剤を入れられた朱姫は、青獅子たち六人の亜人の将軍の前で、大股を拡げて落とし草にしゃがまされる。

 

 もう、恥ずかしいとかいう感情はどこかに飛んでいる。

 それよりも押し迫る便意が決壊寸前だ。

 

 朱姫は全神経を集中して、肛門を締めつけている。

 噴き出しそうな濁流を押さえるのが精一杯であり、息をすることさえも苦しい。

 

「早く、跨がんか、半妖。この後の予定がつかえておるのだ」

 

 揶揄が飛ぶ。

 別に朱姫だって、恥ずかしがってゆっくりと動いてるのではない。

 身体を揺すると、お腹が揺れて強烈な便意が襲いかかってくるのだ。

 

「く、苦しい……」

 

 とにかく朱姫は、大きく脚を踏み出すように落とし草の生えている箱の反対側に脚をついた。

 

「くうっ」

 

 床に足の裏がついたときの衝撃で肛門が崩壊しかけて朱姫は全身を緊張させた。

 その瞬間、上に人の股の気配を感じた十数本の触手が一斉に起きあがって朱姫の股に向かうのが見えた。

 

「ひやあっ、はああっ、んぐうっ」

 

 十数本の触手が朱姫の股間に絡みつき、さらに口を開いて舌を動かし回して朱姫の股間のあちこちを舐め始めた。

 さらに、肛門と尿道の出口の場所を占めることのできた触手が強い力で朱姫の穴の中身を吸い込み始める。

 

「あぐうっ、あはあっ、はああ──」

 

 それが限界だった。

 触手の一斉の責めを受けた朱姫の肛門はついに崩壊した。

 強烈な便意が襲いかかり、朱姫は悲鳴をあげて全身を痙攣させた。

 

「ああっ、あっ、あっ、ああ」

 

 大量の薬液が肛門から噴き出したのがわかった。

 しかし、その汚物は周囲に撒き散らされることなく、すべてを触手たちが吸い込んでいく。

 同時に排便が餌である落とし草の触手は、餌にありつけた興奮で股間を舐めている舌の動きを激しくさせる。

 排便をしながらたくさんの触手の舌で秘裂や肉芽を吸いあげられ、あるいは舐められる朱姫はこの世のものとは思えない快感に悶絶した。

 

「いいぞ、半妖──」

 

「排便をしながら恥知らずによがっておるわ」

 

「まるで獣じゃな。浅ましき姿よ」

 

 周りを囲む亜人たちの嘲笑を浴びながら朱姫は、明らかに自分が欲情していることに気がついた。

 

 耐えに耐えた便意を解放させる気持ちよさ……。

 

 股間の敏感な部分を触手がぬるぬると這い回り、あるいは舐め回す刺激……。

 

 大股を開いて排便を続ける姿を眺められる羞恥……。

 

 すっかりと酒の酔いが回って、朦朧とする意識……。

 

 それらのすべてが朱姫の快感となって朱姫を犯す……。

 人前での排泄と触手による股間責めは、信じられないくらいに朱姫を欲情させた。

 

「い、いくっ、いきます、いくううっ──」

 

 朱姫はもう自分でもなにを喋っているかよくわからず、いまは固形物まで股間から噴き出させながら、全身を弓なりに仰け反らせていた。

 

 気持ちいい……。

 

 朱姫は真っ白になる視界の中で、自分の意識が羞恥と苦痛と快楽の混ぜこぜになった濁流に飲み込まれていくのを感じていた。

 立っていることができなくなり、朱姫は触手のうねりの中に股間をがっくりと落とし倒れていった。

 

 

 *

 

 

「あの半妖もすっかりと、青獅子様の性奴隷ですな」

 

 酒浣腸による酔いのために意識を半分飛ばしたようになった朱姫が、兵に両脇を抱えられながら出て行くと、耶律耶里(やりつやり)が青獅子に向かって、口を開いた。

 

「尻が本当に快感の壺のようだ。大便をしながら股間を舐め回される刺激だけで、二度も達しおった。あの半妖の尻を犯すのが愉しみだわ」

 

 続いて、闘閃坊(とうじんぼう)が笑いながら言った。

 

「しかし、尻で六人もの亜人の男を受けることなど本当にできるのかのう……? まあ、あの朱姫もなかなかの好き者の娘のようだったから、ちゃんと務めは果たすのかもしれんが……」

 

「なにを他人事のように言っておる、闘閃坊。俺は、お前が一番槍は反対だ。朱姫の尻が壊れてしまうわ。お前の後では、俺らはお前の巨根で拡がったゆるゆるの尻でせねばならん。お前は最後でいいであろうが──」

 

「まだ言っておるのか、耶律耶里──。陛下が決めたことぞ。いつまでもぐずぐず文句を言うでないわ」

 

 闘閃坊が言うと、耶律耶里がむっとした顔をした。

 青獅子は、皺の多い耶律耶里の顔が不機嫌にしかめられるのを見て、なんとなく噴き出してしまった。

 

「まあ、尻が使い物にならなくなれば、沙那に会わせない言い訳が立つというものだ。心配せぬとも、朱姫の尻は余がちゃんと『治療術』で治してやる。闘閃坊の巨根をのみ込んで尻が破けようとも、尻はすぐに元通りだ……。他の者も安心して、朱姫の尻を犯せ……」

 

「なるほど」

 

 横にやって来ていた耶律耶里が安心したように笑った。

 青獅子は、盃の酒を呷る。

 ぐったりとしてい李媛が慌てたように酒を注ぎ直す。

 

「それに、案外、あれは闘閃坊の巨根も飲み込むかもしれんぞ。それくらい、すっかりと調教の終わった尻穴の様子であったわ。李媛からあっという間に精を搾り取った手管も大したものだし、考えてみれば、李姫(りき)貞女(さだじょ)も、ものの数日でたらしこんだのだ。ただの性奴隷にするには惜しい娘だぞ」

 

 青獅子は言った。

 あの朱姫の反応は、しっかりと尻を調教された人間の女の反応だ。

 宝玄仙の三人の女の供は、魔凛の事前調査の資料によれば、宝玄仙の護衛であり、また性奴隷のようなものだったらしい。

 あの宝玄仙は、しっかりと朱姫の尻を性感の場所として開発し尽くしたのだろう。

 もしかしたら、朱姫自身が言った通り、闘閃坊の相手だって、ちゃんと果たすのかもしれない。

 

「ところで、陛下、陛下もお人が悪いものだ。朱姫が、沙那とかいう仲間と一緒に調教を受けたいと言ったときには、全員に尻で奉仕をすることに成功すれば、すぐにでも願いを叶えるなどと言っておったが、沙那というのは、あの春秋姉妹が見世物にしておった女剣士であろう?」

 

 闘閃坊が言った。

 

「おう、そうだ」

 

「そうだじゃ、ございませんぞ。ならばあれは、白象陛下の使者がやってきて、今日の朝、宝玄仙よりも先に送ったのではないか? 陛下の物言いに、わしらも話を合わせたが、その沙那と会えるのを嬉しがっておった朱姫の顔を見ると、思わず吹き出しそうで困まりましたぞ、陛下」

 

 青獅子は笑った。

 

「そう言うな。朱姫の調教にも役立つとわかっておったら、もう少し、この城郭に残したのだがな……。白象からは、魔法石の家畜女などどうでもいいから、人間族の女奴隷の方を早く送れとうるさくてのう……」

 

「白象様がですか?」

 

 

「どこで、噂を聞いたのか知らんが、あの女は、三人の魔王でひとりずつ分けることにした奴隷女のうちの、自分に回されることになった沙那が気の強い女戦士だと聞いたらしい。それで、一刻も早く、沙那を痒み奴隷にしたいそうだ」

 

「痒み奴隷?」

 

 端に座っている玲瓏(れいろう)が訝しげな声をあげた。

 

「あの女は、余以上の変態でな」

 

 青獅子はそれだけを言った。

 極端な性癖を持ち、集めた雌奴隷を虐げることで愉悦を感じるという性癖を持つ金凰、白象、青獅子の三魔王だが、真ん中の白象という女魔王は一番の変態だ。

 

 姉とはいえ、さすがの青獅子もあの変態さは理解できない。

 青獅子も一度だけ、白象の奴隷が集められている離宮に赴いたことがあるが、そこで見た光景に唖然としたものだ。

 あの離宮に連れていかれる沙那は、春秋姉妹の調教など、痒み奴隷の生活に比べれば生易しいものだったと知るだろう。

 

「なるほど、白象陛下が……。それで、今朝早く、沙那を白象宮に移送する手配をしたのですな」

 

 玄魔が言った。

 予定では、沙那についても宝玄仙についても、同時に金鳳宮と白象宮に送るつもりだったのだ。

 それが急に予定が変更になり、沙那だけが先にこの城郭から運ばれた。

 玄魔は、そのことを言っているのだ。

 

「そういうことだ、玄魔」

 

「なるほど……。ところで、俺のところで預かっている孫空女や、陛下が管理しておられる宝玄仙も、そろそろ出荷になるのでしょうか?」

 

 玄魔が訊ねた。

 

「五日後だ――。残り五日で、この城郭から宝玄仙を輸送する。金凰の兄者のところにな」

 

 ここから白象や金凰のところに最初に移動するときには、陸路を輸送させることになる。

 獅駝嶺の奥地に一度も入ったことのない者は、いかなる存在でも道術で侵入はできない。

 そのように強い道術が刻んであり、それは、金凰自身でも解くことはできないらしい。

 だから、最初に宝玄仙を侵入させるときには、どうしても、獅駝嶺を陸路で進ませる必要があるのだ。

 だが、一度でも獅駝嶺の洞府に入れば、その呪縛からは解放されて、道術で自由に獅駝嶺を移動できるようになる。

 

「わかりました」

 

 玄魔が頷いた。

 青獅子は笑いながら、杯を空にした。

 

「おい、また空いたぞ」

 

「あっ、ただいま」

 

 ほかの場所で酌をしていた李媛が慌てたように酒の入った瓶を持って寄ってきた。

 李媛は、朱姫を含めて七回も続けて精を放出させたので随分と身体がつらそうだ。

 それでも呆けて休むなど許されないことを知っているので、懸命にここにいる六人の酒を注ぎまわっている。

 

 股間に挿入させた『ふたなりの張形』は、いまでも李媛の股間の前で勃起状態でそそり勃っている。

 この霊具は、本物の男の一物と同じで、性的興奮が収まれば、勃起状態が萎えて下に垂れ下がる。

 李媛にはそういう状態になれば、娘の李姫を折檻すると宣言しているので、自慰のような真似をしてでも李媛は勃起状態を保たなければならない。

 まあ、いまのところ、その心配だけはなさそうだが……。

 

 これが男なら七回も射精させられれば、薬剤なしではもう勃起など不可能だろう。

 しかし、霊具で男根を装着させているといっても、李媛の身体は女だ。

 女は絶頂すればするほど、身体が敏感になり快感が溜まった状態になるようだ。

 

 その証拠が、いまだに勃起状態を続けている李媛の淫具だ。

 これだけ射精させても、まだこんなにも元気だ。

 本物の男だったら、大変な絶倫だろう。

 青獅子は自分に注がれた杯を横に置いて、眼の前の李媛の股間の霊具を握って擦りあげた。

 

「ひううっ、も、もう、お許しを……お許しください、ひいっ」

 

 外側の男性器を擦れば、その刺激が張形が挿されている女陰に伝わる。

 李媛は青獅子に張形を擦られて、あられのない悲鳴をあげて悶えた。

 その姿には、数日前まで、夫とともにこの城郭を支配していた女侯爵の片鱗はない。

 

「本当に李媛は陛下のお気に入りですな」

 

 青獅子の右横に座っている玄魔が横で苦笑している。

 確かにそうかもしれないと青獅子も思う。

 自分はこの女侯爵を責めれば責めるほど、愉悦に浸る気持ちになる。

 若さなら娘の李姫や、さっきまでここで浣腸責めを受けていた朱姫が当然遥かに若い。

 美貌であれば、この屋敷の階下で家畜として扱われている宝玄仙が勝るし、性奴隷としての完成度であれば、やはり、宝玄仙の供たちが上だ。

 

 だが、この城郭の住民の命を救うために、この亜人の魔王の性奴隷になることさえ受け入れた心の綺麗な女侯爵が、羞恥や恥辱に耐えて顔を歪めるのを眺めるのは、青獅子の嗜虐の血をいくらでも熱くさせる。

 

 この女がいい……。

 

 青獅子はしばらくのあいだ李媛の股間を責めてから、やっと手を離した。

 李媛の身体ががっくりと脱力するが、ほかの亜人たちに催促されて、慌てて酒を注ぐために身体を起こす。

 

「おう、その通りだ。余はしっかりこの李媛に惚れている」

 

 青獅子が言うと、周りの部下たちが爆笑した。

 青獅子の冗談だと思ったのであろう。

 

 だが、青獅子は半ば本気だった。

 数日前に、この李媛に遭った時には、しばらく遊んでから、すぐに使い捨てて殺すつもりだった。

 しかし、いまは、本気で自分の側室にしようとも考えている。

 

 青獅子には、兄の金凰魔王と違い妃はいない。

 だから、青獅子の正式で、しかも一番のお気に入りの側室ともなれば、考えによっては、魔王である青獅子の妃も同じということだ。

 

 もっとも、本気で好きな女は、こうやって苛めて苛めて苛め抜くというのが青獅子のやり方だ。

 つまり、青獅子の正妃となれば、この世でもっとも惨めで哀れな仕打ちを受け続ける存在ということになる。

 

「それにしても、あの半妖はこの李媛の娘や侍女の貞女と随分と仲が良くなったようじゃな。話によれば、まだ数日だというのに、朱姫はすっかりと百合の性技で、この李媛の娘たちをたらしこんでいるそうではないか」

 

 耶律耶里が酒を呷った。

 すぐに李媛が駆けていく。

 だが、その李媛の顔が複雑に歪んだのが青獅子にはわかった。

 

「そうだな……。しかし、その朱姫が半妖だと知ったら、三人の関係はどうなるかな? 竜飛(りゅうひ)国の人間族は、半妖に対する賎民意識が強い……。李媛、さっきから、お前の朱姫に対する視線には気がついていたぞ……。お前は、どうやら朱姫が半妖だと知って、その朱姫が李姫と乳繰り合うのが愉快ではないようだな」

 

 青獅子は耶律耶里に酒を注ぐ李媛に言った。

 李姫の身体がびくりと反応した。

 

 図星のようだ。

 青獅子は頬を綻ばせた。

 生まれながらにして染みついた差別意識というのはなかなか消えぬものだ。

 なによりも、人間族は亜人諸族に比べて同族意識が強い。

 その人間族にとっては、彼らがそう定めた賎民に対する差別意識は理屈ではないのだ。

 

 李媛も当初は、同じ奴隷部屋にいる李姫と朱姫が百合の関係になって、身体を慰め合うのをむしろ好ましいもののように見ていたようだ。

 それがこの地獄のような青獅子の性奴隷の生活の中における李姫の心の慰めになっている気配があったからだ。

 奴隷部屋の様子は、青獅子の部屋には映像も話し声も筒抜けになっている。

 それで李媛も青獅子の知っている奴隷部屋の様子を知っている。

 

 しかし、二日前に、朱姫が半妖だと知って李媛の態度が一変した。

 朱姫が李姫に肌を合わせる様子をおぞましい表情で接するようになったのだ。

 いまは、こうやって自分たちを嗜虐している亜人の青獅子たちよりも、同じ被害者の半妖の朱姫に憎悪に近い感情まで抱いているのではないだろうか。

 まったく、人間族のそういう差別意識というのは理解できないし、興味深い。

 

「お前の娘の李姫が、朱姫に恋愛に近い感情を抱きつつあるのは間違いないであろうな。余の見たところ、李姫はすっかりと百合の性愛に目覚めた感じではあるぞ。そのうちに、お前の娘の李姫は、完全にあの半妖の娘の性愛の虜になるのであろうな」

 

 青獅子がからかうと、李媛の顔にすっと怯えるような表情が浮かんだような気がした。

 すると、朱姫の支度が整ったと兵が報告してきた。

 

「連れてこい」

 

 青獅子は頷いた。

 すぐに、朱姫が兵に挟まれて戻ってきた。

 身体を拭いて、乱れた髪もとかしてきた朱姫は、肌を桃色に染めていた。

 半分は浣腸剤とともに尻から入れられた酒のためであるだろうし、ここで六人の男たちによってたかって慰み者にされた恥辱のためでもあろう。

 

 だが、亜人兵に付き添われて部屋に戻ってきた朱姫には、それほどの悲痛な表情はなかった。

 六人の前にやってくると、すっと床に正座をして両手を前につけ、その手の上に頭をおろす。

 

「よ、よろしくお願いします……。どうか、朱姫のお尻を皆様でお味見ください……

 

 朱姫は頭を下げたまま言った。

 

「いい挨拶だぞ、朱姫──。よくぞ、あれだけ量の浣腸に耐えたものだ。褒めてやる。これからは本物の一物で全員がお前の尻を犯す。覚悟はよいな」

 

 青獅子は床に頭をさげ続ける朱姫に言った。

 

「はい……。でも、どうか、先ほどの約束のことは……」

 

「約束? ああ、沙那というお前の百合の姉貴分と一緒に調教を受けることであるな。わかった──。余も約束しよう。だから、見事、この尻姦の宴の役割を務めきってみせよ」

 

 青獅子は朱姫にそう諭すとともに、闘閃坊に視線を向けて小さく頷いた。

 

「では、さっき聞いたとおり、お前を一番に犯すのはわしだ……。さて、朱姫、もっと嬉しそうな顔をしろ。これでお前の尻を突いてやるぞ。まずは、わしの一物に挨拶をしてもらおうか。その挨拶がそれなりのものであったら、優しく指で尻の穴をほぐしながら犯してやろう。だが、適当なものであったら、そのまま突き破ってやる」

 

 闘閃坊が朱姫の前に立ち、下袴と股布をおろして剝き出しの性器を朱姫の顔の前に晒した。

 朱姫は顔をあげて、眼の前の闘閃坊の巨根に顔色を失った様子を見せたが、すぐに表情を繕った。

 

「尻奴隷の朱姫です。よろしくお願いします……」

 

 朱姫の口が限界まで開かれた。

 そして、朱姫の唇が闘閃坊の巨根をゆっくりと飲み込んでいった。



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491 肛虐祭り

「おおっ──」

 

 朱姫の口の奉仕の勢いに、闘閃坊(とうじんぼう)が上ずった声をあげて前屈みになった。

 だが、それを許さずに、朱姫は正座をした身体をにじり寄らせてさらに闘閃坊を追い詰める。

 おそらく、これまでに朱姫が接したことがある男根の中で一番の巨根だ。

 男根というよりも腕だ。

 それくらいの大きさがある。

 

 さすがに朱姫の口では、その先端くらいしか口に含ませることしかできない。

 しかし、朱姫にはそれで十分だ。

 朱姫は闘閃坊の先端の亀頭の部分を中心に舌を這わせて、闘閃坊の快感を追いたてる。

 

「くうっ……。ちょ、ちょっと待て……」

 

 闘閃坊は朱姫の激しい舌技に引き込まれて息づまった声をあげた。

 慌てたように朱姫の肩を掴んで、朱姫の口から男根を抜こうとする。

 朱姫はすかさず、両手で闘閃坊の腿に抱きついた。

 そして、尿道の亀裂に合わせて舌を強く擦りつける。

 それが闘閃坊の一番の弱点であることは、朱姫にはすぐにわかった。

 

「うっ」

 

 闘閃坊は朱姫の激しさに引き込まれるように声をあげた。

 そして、闘閃坊が朱姫の両肩を強く掴んで全身を痙攣させる。

 次の瞬間に、生温かい汚辱の飛沫が朱姫の口の中に放出された。

 朱姫は口の中に拡がったその醜悪な粘性物を懸命に唾とともに喉の奥に押し込む。同時に精を放ったばかりの闘閃坊の男根の先を舌で掃除していく。

 精を飲むことなど、吐気さえ感じるようなおぞましい行為だが、そうやることで男が悦ぶことを知っている。

 男に対する舌技は宝玄仙に教え込まれた技だ。

 もともと百合の性の高い技巧を持っていた朱姫は、宝玄仙に男への奉仕のやり方を教えられることで、たちまちに宝玄仙の技の一番の継承者になった。

 

 そういえば、宝玄仙は、口で奉仕する技を教えるために、三人の供の股間に男根を生やして、お互いに口の奉仕の練習を繰り返しやらせたものだ……。

 朱姫はともかく、沙那や孫空女のような一騎当千の女傑が、舌を使って男を悦ばせる技を練習させられる様は、思い出しても朱姫の心をぞくぞくさせる愉しい時間だった……。

 すぐに朱姫の舌技は上達し、沙那や孫空女はもちろん、宝玄仙さえも朱姫の舌の技にはたじたじになったものだ。

 いまでは、舌技だけなら朱姫が宝玄仙を上回るかもしれないと思っている。

 

「尻で犯すのではなかったのか、闘閃坊──。いきなり、お前がいかされてどうするのだ──」

 

 耶律耶里(やりつやり)とかいう歳を取った亜人が闘閃坊をからかうような声をあげた。

 

「し、心配ないわい……。それに、二度続けて精を出すことなどなんでもないわ。このわしの一物を舌で最後まで奉仕してくれる女など初めてでな……。思わず、最後までやってしもうたわい」

 

 闘閃坊が言った。

 

「負け惜しみを言っていますね、闘閃坊殿……。でも、大丈夫ですか? なんでしたら、少し回復するまで、休んでいた方がいいんじゃないですか? 俺が変わりましょうか?」

 

 若い玲瓏(れいろう)のからかう声も聞こえる。

 

「や、やかましい──。も、もう、後始末はよいわ、朱姫……。頭を床につけてこっちに尻を向けろ。膝を立ててな」

 

 闘閃坊が声をあげた。

 朱姫は闘閃坊の男根から口を離した。

 闘閃坊の言う通り、まだ闘閃坊の一物は逞しさを失ってはいない。

 これなら闘閃坊は、まだまだ続けられるに違いない。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 朱姫は闘閃坊に言われた格好をして、両手を床に置いてその上に額を載せた。

 膝立ちしている両腿のあいだにすっと闘閃坊の腕が入った。

 その手が朱姫の股間を巻きつかせるように股間全体を下から支える。

 そして、もう一方の手が朱姫の菊蕾につっと触れた。

 

「ひうっ」

 

 朱姫は一気に拡がった熱い疼きに身体を竦ませた。

 おぞましい……。

 

 最初に思ったのはそれだ。

 しかし、同時に快感も走る。

 宝玄仙に調教される前は、男に触れられると、それだけで全身が硬直して、朱姫の身体は石のようになにも感じなくなったものだ。

 しかし、いまではたくさんの経験をすることにより、以前ほどの嫌悪感はなくなっているかもしれない。

 

 男であろうと快感は快感として覚えるようになったし、なによりも、宝玄仙の調教を受けた敏感なお尻は、どんなに嫌な相手であろうと、必ず朱姫の激しい快感を呼び起こしてしまう。

 どんなに抵抗しようとしても、どんなに逆らおうとしても、お尻をちょっとでも触られたら、たちまちに力が抜けて、ただよがり狂うだけの尻人形になってしまう……。

 そんな風に宝玄仙に躾けられたのだ……。

 

 闘閃坊の指が朱姫の肛門の入口をくすぐるように動く。

 大した手管ではない。むしろ、それくらいではまだ愛撫にも入らないだろう。

 だが、それだけの刺激で、朱姫は、すぐに喜悦の声を放って身体を仰け反らせてしまった。

 

「もう、濡れてきたのか……。本当に尻穴の弱い雌だな。尻穴をほじられるのがそんなに好きか……? わしの手のひらにお前の女陰が洩らす淫汁が垂れてくるわ。まだ、ほんのひと触りしただけぞ」

 

 闘閃坊がからかうような声をあげる。

 しかし、そんなことを言われても我慢できないのだ。

 股間の下から肉芽から女陰を含む全体を手のひら全体で撫ぜられるように動かされ、上からは指一本で朱姫の弱点である肛門を押しほぐされる。朱姫の身体に次々に官能の矢が突き刺さる。

 

「うっ」

 

 ゆっくりと闘閃坊の指が朱姫の肛門を揉みほぐす。

 闘閃坊は約束は守るつもりのようだ。

 その手先には乱暴さの欠片もない。

 ただ、ひたすらに優しい力でゆっくりと朱姫のお尻の穴を揉んでくる。

 

 快感が走る──。

 しかし、やはり、同時に男に犯されるというおぞましさも走る。

 全身に鳥肌が立つのがわかる。

 

「もっと、力を抜かんか、朱姫──。そんなことで、わしの一物を受けられるのか? わしの一物だけじゃないぞ。お前はここにいる六人を尻だけで受け入れねばならんのだ」

 

「は、はい……」

 

 朱姫は息を吐いて、強く瞼を閉じた。

 ここで頑張れば、早ければ明日にでも沙那に会えるのだ……。

 それを思い出した。

 青獅子の機嫌をよくさせれば、この気紛れ魔王は朱姫を沙那にすぐに会わせると約束した──。

 

 だから、受け入れるのだ──。

 朱姫は自分に言いきかせた。

 

 触られているのが男だということは忘れろ──。

 これは宝玄仙だ──。

 そう思え──。

 宝玄仙が朱姫のお尻を調教している……。

 沙那や孫空女の股間に、またあの道術で男根を生やさせて、朱姫のお尻を犯すようにけしかけているのだ──。

 

 そう思え──。

 思い込め……。

 

「はああ……」

 

 だんだんと自分の中の緊張がほぐれるのがわかった。

 完全ではないが、朱姫が自分の心に刻もうとしている自己暗示が身体の緊張を解いていく。

 

 周囲の状況が消えていく。

 自分を愛撫しているのが誰なのかという認識が消滅していく。

 ただ、気持ちいい……。

 宝玄仙に調教されたお尻をいたぶられるのは本当に気持ちがいい……。

 

「おおっ、感じてきたようだな……。身体が熱を持ってきたのがわかったぞ。それだけじゃないな。全身の毛孔が開いて汗も出てきたようだ」

 

 朱姫の肛門をいたぶっている誰かが言った。

 それが誰なのかわからないが、あまり気にならない。

 

 いや、気にするな……。

 朱姫は必死になって自分に自己暗示をかけていく。

 そうすると快感だけが残る。

 

 周りの声も消える……。

 

 それよりも、身体とお尻を洗ったときに、少しは冷めてきた酒の酔いがまた回ってきた気がする。

 尻穴の周辺をほぐしていた指がずぶずぶとお尻の奥に入り込んできた。

 そして、内側の襞をほぐすようにくるくると中の穴を指で押し広げていく。

 肛門の疼きが全身に一気に拡がった。

 

「あはあっ……ああっ、ああっ、あっ……」

 

 自分の口から鼻にかかったような声が迸るとともに、全身がぶるぶると震えた。

 周囲から嘲笑するような声がまた聞こえた気がした。

 しかし、それは快感によがる朱姫には届かない。

 朱姫の股間の下には、朱姫の菊門を責めている男の手のひらがある。

 その手に自分の股間からたっぷりの淫液が滴っているのがわかる。

 その淫汁が蟻の門渡りを伝って菊門まであがってくる。

 

「はあっ、はっ、はあっ」

 

 乱れる息を朱姫は懸命に整えようとした。

 受け入れるのだ……。

 

 受け入れなければならない……。

 

 うまい具合に自分の声が心全体を縛るのがわかった。

 朱姫を責めているのは闘閃坊という亜人の将軍のひとりだ。

 朱姫はそれを覚えている。

 それでいて、与えられる快感は宝玄仙によるものだという思いもある。

 

 そう思い込める……。

 自己暗示が効いている。

 男に責められているという意識が小さくなればなるほど、残るのは純粋な快感だけだ。

 

 朱姫はもっと男を受け入れやすいように、太腿をゆっくりと拡げていった。

 意識がなにかに吸い込まれる。

 

「いくぞ」

 

 指が尻から不意に離れた。

 すぐに潤滑油のようなものが、かなりのまとまった量を朱姫のお尻の亀裂に添って流された。

 

「ひゃん」

 

 熱く火照った肌に冷たい潤滑油が触れる心地よさに朱姫は思わず腰を大きく動かした。

 

「これは、わしの一物を口で奉仕してくれたお前への礼だ。道術で作った女の肌をほぐす特性の潤滑油だ。これだけあれば、残りの人数を尻で受けるあいだも、十分な滑りを保てるはずだ」

 

 次の瞬間、なにかが朱姫の肛門にねじいるように入ってきた。

 

「あがっ、はあっ──」

 

 朱姫は声をあげた。

 なにかが来た。

 朱姫の尻穴を拡げて内側に入り込もうとしている。

 

 もの凄い圧迫感──。

 まるで太い丸太が尻穴を貫ぬこうとしているような衝撃だ。

 

 菊門の入口がどんどん拡大していく。

 それでも侵入してくるものはとまらない。

 どんどん朱姫の肛門を押し広げながら、朱姫の肛門深くまで押し入っていく。

 

「がああっ──あがああっ──だ、だめええ──」

 

 夢心地だった朱姫の意識が戻る。

 これは闘閃坊だ。

 いまはっきりと思い出した。

 

 なんだこれは……?

 内臓を内側から押し潰されるような激痛に朱姫は声をあげた。

 全身を引き裂かれる──。

 朱姫は両手の爪を床に立てた。

 

「ひぐうっ、はあっ、い、痛い──あくぅ、ひぐっ──」

 

 朱姫は懸命に止まりそうになる息を吐いた。お尻で男を受け入れるときは息を吐く……。

 宝玄仙にそう教えられた。

 そうでなければ、お尻が絞まって受け入れることができなくなるのだ。

 

「おう、入りそうだ──。が、我慢しろ、朱姫──。これは素晴らしい──。素晴らしい尻だ。こんな小さな身体で本当にわしの一物を受け入れてくれるのか──。おおっ、しっかりと締めつけよるわ──。それでいて、まだわしを受け入れて飲み込もうとしてくれている……おおっ──凄い、凄い──」

 

 闘閃坊が感動したような声をあげている。

 だが、朱姫はそれどころではない。

 身体を引き裂かれる。

 ふたつに千切れる。

 お尻を中心に両側に身体が裂かれていく──。

 

「んがあっ、ああっ、はあああっ」

 

 もう朱姫には意味のあることを喋ることもできない。

 思考が飛ぶ──。

 ただ叫ぶだけだ。

 

「もう少しだ──。我慢しろ、朱姫──」

 

 苦しい──。

 なんという大きさだ──。

 

 朱姫は苦しさの余り全身を暴れさせようとした。

 しかし、その腰をがっしりと両手で闘閃坊が押さえつけた。

 

「おい、こいつを押さえつけてくれ──。もう少しで全部入りそうなんだ」

 

 闘閃坊が周りの亜人たちに叫んだ。

 朱姫の身体を両側からふたりの亜人が抱えた。

 

「はがあっ──あああ──」

 

 朱姫は吠えた。

 痛い──。

 苦しさのあまり、口を開いたり、閉じたりしながら背中を仰け反らせた。

 

「よし、全部入ったぞ、朱姫──。お前は凄いぞ──。よくやったわ──」

 

 闘閃坊の嬉しそうな声がした。

 

「おう、本当だ──」

 

「確かに受け入れているぞ」

 

「こりゃあ、凄い──。こんなにも尻穴が拡がるのか……」

 

「どこも傷ついていないようだな……。なんという拡張力だ」

 

 周囲から感嘆の声があがる。

 自分のお尻を亜人たちが身を乗り出すように注視しているのがわかる。

 しかし、朱姫はあまりの苦しさに悲鳴さえも出せない。

 腹の中まで巨根が貫いているみたいな気がする。

 腸だけではなく、胃まで圧迫されて吐気のようなものが込みあがる。

 

「息を整えろ、朱姫──。これからが本番だぞ──。動かすぞ──」

 

 闘閃坊が言った。

 冗談じゃない……。

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 自分が間違っていた……。

 

 こんなの大きすぎる。

 これを受け入れることなど、できるものではなかった。

 

「呼吸を整えんか──」

 

 耳の横で叫ばれた。

 はっとした。

 朱姫は慌てて止まっていた息を必死で繰り返した。

 全身からもの凄い量の脂汗が一斉に噴き出ていく。

 

「いくぞ」

 

 闘閃坊が声をあげた。

 

「がああっ──、ゆ、許して──。た、助けて──」

 

 肛門を貫いている巨根が動き出した。朱姫は息を詰まらせて悲鳴をあげた。

 

「があっ、がっ、んああっ、あはあっ、ほがっ、があっ……」

 

「苦しいか、朱姫──。耐えろ。わしの一物を受け入れてくれたせめてもの礼だ。少しでも早く終わらせてやる」

 

 闘閃坊が前後に腰を振りながら言った。

 違う……。

 

 苦しいだけじゃない……。

 朱姫は息も絶え絶えになりながらも、激痛の苦痛だけじゃないものが全身に走り出しているのを悟った。

 

「ああ……がっ、があっ……だ、だい……大丈夫……く、苦しい……だ、だけど、頑張れます……だ、だから、お願いです……沙那……沙那姉さんと……だい、大丈夫です……ああっ」

 

 朱姫は懸命に首を横に振った。

 耐える──。

 

 耐えれば沙那に会える。

 必死に朱姫は自分に暗示をかけた。

 

 これは宝玄仙だ……。

 宝玄仙の悪い悪戯だ。

 それを沙那や孫空女が見ているだけだ。

 朱姫は暗示を自分にかけ続ける。

 

 全身になにかが拡がる……。

 それがなんなのか朱姫にはわからなかったが、やがて、それは快感の甘い疼きだと悟った。

 こんな激痛の中からも、朱姫の身体は肛門を犯される快感を拾おうとしている。

 朱姫は自分の身体が闘閃坊の巨根を受け入れようとしているのがわかった。

 

 もう大丈夫……。

 快感が苦痛を上回っていく……。

 

 大きく拡がっているであろう菊門が闘閃坊の逸物に馴染むにつれて、とんでもない快感が全身を貫きだした。

 

「あああっ、き、気持ちいいです──。気持ちいい──はぐうっ──」

 

 意識を失ってしまうかと思った激痛が、今度はなにもかも吹き飛ばすような快感に変わってくる。

 

「おう、わしの男根で悦んでくれるのか──。これまでの人生で、わしの巨根は女を苦しめることしかできんかったが、お前はわしの道具で本気で喘いでくれるのか──」

 

 闘閃坊の感極まった声がした。

 淫らに乱れだした朱姫の反応に気をよくしたのか、闘閃坊の動きが激しいものになる。

 闘閃坊は巨根を叩きつけるように朱姫の尻を股間で打ちつけてくる。

 

「ああっ、そ、そんな──おおっ、うごおっ、あがああっ──こ、こんなの……が、す、凄い……ああっ」

 

 一回一回の律動が、朱姫の息を飛ばすような激痛だ。

 しかし、気持ちいいのだ。

 

 身体にいつまでも残るような重い快感……。

 それが朱姫に押しかかって、朱姫は悶え狂った。

 

 意識が飛ぶ──。

 今度は苦痛ではない……。

 

 あまりの快感に意識が失われそうなのだ。

 もはや、激痛なのか、快感なのかわからない……。

 この世のものとは思えない強烈な衝撃に朱姫は息を詰まらせた。

 

「いぐうっ、いきます──。いぐうっ──」

 

 誰に尻を犯されているかなど忘れ果てて、朱姫は全身を仰け反らせて叫んだ。

 

「おう、いけ、わしもいこう──。雌犬のようにいけ。尻を犯されながらな──」

 

 朱姫を犯している男が嬉しそうに言った。

 もうなにも考えられない。

 ただ、朱姫は肛虐の快感に崩壊しようとしている自分をその流れに委ねさせるだけだ。

「いく、いく、いきます──」

 

 なにかが頭の中で爆発した。

 意識が白い光に吸い込まれていく。

 立て膝で尻をあげた身体をこれでもかというくらいに朱姫は仰け反らせた。

 自分の口から獣のような声が迸り、全身をぶるぶるとふるわせた。

 

「わ、わしもいくぞ──」

 

 朱姫の激しさに当てられたのか、男が苦しそうな声をあげた。

 次の瞬間、自分の腸に男の精がまとわりつくのがわかった。

 

 気持ちいい……。

 朱姫は白い光に身を委ねながら、ただそれだけを考えていた……。

 やがて、朱姫を貫いていた大きな男根が朱姫の肛門から出ていく。

 

「ほおおっ──」

 

 巨股に犯されていた尻穴からそれが抜かれていく感触は、もの凄い快感だ。

 朱姫は闘閃坊の逸物が朱姫の肛門から出ていくと同時に、また身体を痙攣させて、女陰から潮のようなものを噴き出させた。

 そして、眼の前が真っ白になる。

 自分の身体がばったりと床に倒れるのがかろうじてわかったような気がした……。

 

 

 *

 

 

 全身が痺れている。

 まったく力が入らない。

 朱姫は自分が床に完全に倒れていることを悟った。

 

「休んでいる暇はないぞ、朱姫──。早く、姿勢をとり直せ──。闘閃坊を満足させたのは見事だった。次は余だ。まだまだ、終わらぬぞ、朱姫──。沙那に会いたくば身体を起さんか──」

 

 朱姫に声が掛けられた。

 かろうじて残る意識で、それが青獅子だということがわかった。

 そして、思い出してもきた。

 自分は青獅子たちをはじめとして六人の亜人たちに肛姦されようとしていたのだ。

 その褒美は朱姫が沙那に会えることであり、だから朱姫は耐えなければならないのだ。

 

「早くせんか──。それとも、沙那と遭うのは諦めるのか?」

 

 青獅子が意地の悪い口調で言った。

 

「や、やります……。お尻を犯してください……。お、お願いします……」

 

 朱姫は懸命に身体を起こした。

 頭を床につけた姿勢に戻り、膝をついて尻だけをあげた格好になる。

 

「いや、少し趣向を変えるか。余はこうやってあぐらをかいておる。今度はお前が余に腰掛けるように身体を沈めながら、余の一物に穴を沈めるのだ──。もちろん尻の穴をな」

 

 青獅子が言った。そして、全裸だ。

 よく見ると、いつの間にか、この部屋にいた五人の将軍たちもみんな全裸になっている。

 青獅子の男根は、青獅子のあぐらの中で天井を向いてそそり勃っていた。

 朱姫は痺れている身体を鞭打って、青獅子ににじり寄った。

 

「い、いきます……」

 

 朱姫は青獅子に背を向けると、位置を確認しながら、ゆっくりとお尻をさげていった。

 中腰の身体がつらい。

 それに反対向きに身体を沈めるためには、どうしても股を開いて身体を支えなければならない。

 まるで雪隠に屈むような姿勢を前側から亜人の将軍たちが覗く。

 激しい羞恥が朱姫を襲う。

 しかし、それどころではない朱姫は、背後を確認しながら懸命に自分の肛門の位置を調整する。

 

「あふう──」

 

 やっと青獅子の怒張の先がしっかりと当たった。

 ぐっと身体を沈める。

 半分ほど入った。

 

「そのままでいよ」

 

 突然に青獅子の声がした。

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫は、腰を沈めかけてめけている途中だ。

 中途半端な姿勢を強いられている太股が震える。

 青獅子の怒張を半分だけ肛門で咥えたところで身体を静止することを要求されたのだ。

 脚の筋肉が緊張してがくがくと揺れ始める。

 

「許可なく座り込んで余の男根の全部を飲み込んでしまえば、お前との約束はなかったものとする。沙那に会いたくば、しばらく、そのままで耐えよ」

 

 青獅子がそう言うとともに、朱姫の乳房に手を回して揉みあげてきた。

 

「小さいがなかなかにかたちのよい胸だな」

 

「ひゃあ、ひゃ、ああっ、ああ……」

 

 中腰の不自然な態勢を強いられながら、胸を揉まれてはさすがに朱姫も堪らない。

 しかも、腰はいまの場所を保って、深く沈めてもならないし、もちろん、腰をあげて怒張を離すことも許されないのだろう。

 青獅子は朱姫の胸の弾力を愉しむように、遠慮のない手管で揉みあげる。

 朱姫は声をあげて身悶えた。

 

「なかなか、しぶといな──。ならば、これはどうだ?」

 

 青獅子の片方の手が乳房から股間に移動した。

 そして、肉芽をくるくると回しだす。

 

「ひぐうっ──だ、だめえっ──」

 

 朱姫は身体を仰け反らして悲鳴をあげた。

 全身に力を入れて、どんどんと脱力していく身体を耐える。

 さらに両手で膝を持つようにしてなんとか態勢を保とうとした。

 しかし、執拗な青獅子の肉芽責めに全身の力が抜けていく。

 朱姫は悲鳴をあげながら一生懸命に身体を支え続けた。

 

「もう、いきそうではないか……? しかし、余は愉しんでおらぬぞ。余を愉しませねば、いつまでもそのままだぞ。自分がなにをすればよいか考えてみよ、朱姫」

 

 青獅子が言った。

 朱姫は青獅子がなにを言っているかわかった。

 このままの状態で、青獅子を尻で締めあげよと言っているのだ。

 しかし、自分から肛門で咥えているものを絞めあげたりすれば、敏感な朱姫のお尻は、たちまちにそこから朱姫を昇天させるだけの快感を搾り取るだろう。

 

 だが、やらねばならない……。

 やらなければ沙那に会えない──。

 朱姫は、青獅子の手で肉芽を弄られる官能の痺れに耐えながら、肛門に力を入れて、半分だけ肛門に埋まった怒張をゆっくりと締めあげていった。

 

「はああっ──」

 

 しかし、その瞬間、途方もない快感が朱姫を襲い、朱姫の身体はがくがくと痙攣するように震え悶えた。

 

「いちいち、よがっている暇はないぞ、朱姫。余はまだ、達しておらぬし、余が終われば、次は耶律耶里だ。その次は玄魔……。玲瓏と白勝もいる。ふた周り目もあるだろう。もしかしたら、三回りもな。宴の役割を果たすということは、それを最後までやり遂げるということだ……。夜は長い。即ち、この肛姦祭りもまだまだ続くということだ。せいぜい励んでくれ」

 

 青獅子が言った。

 しかし、激しい絶頂感に襲われている朱姫には、その青獅子の言葉の半分も耳に入らなかった。

 

 みんなに再会するのだ……。

 沙那に会うのだ。

 いや、沙那に会いたい。

 

 これに耐えれば、沙那に会える──。

 ほかの思念は消した……。

 朱姫はただそれだけを心で繰り返すことで、快感に砕けそうな心と身体をかろうじて支え続けていた。

 

「なかなか頑張るのう。よし──。それに免じて褒美をやろう。全員との肛姦が終わったら、さらに七本の浣腸追加だ。そして、今度はそのまま、前で全員の性器を受けてもらおう。それに耐えきったら、仲間とやらに会わせてやる」

 

 そのとき、青獅子のその言葉ともに、高笑いが部屋に響いた。

 さらに七本……。

 耐えられるわけがない……。

 しかも、約束が違う──。

 朱姫の身体に絶望が身体に走った。

 

 

 

 

(第75話『魔王の性奴隷』終わり)



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 第76話  鳥人地獄-魔凛(まりん)(二)
492 殺戮の檻


「殺してくれ……」

 

「た、頼む……情けをくれ……」

 

「うう……。も、もうやめてくれ……」

 

 惨たらしい光景が牢の檻の外の拷問場所で続いていた。

 貂蝉(ちょうせん)は檻の前の鉄格子を通じてそれを見ていた。

 いや、見させられている……。

 

 許可なく眼を逸らしたり、悲鳴に耳を塞いだりしたりすれば、気紛れな五人の牢番に殺されるのだ。

 自分だけのことならいい……。

 しかし、同じ房に入っている四人ほどの鳥人族の女の虜囚も連帯責任で同罪ということになっている。

 殺されるのは当人だけかもしれないし、同じ房のほかの者かもしれない。

 とにかく、死なないためには、お互いに監視し合って眼の前の残酷な光景を凝視しなければならないのだ。

 

 ここは十日ほど前に占領した獅駝(しだ)の城郭の軍営の地下にある地下牢だ。

 地下牢には中央に拷問のためのかなり広い場所があり、それを取り囲むように十個ほどの牢が円形に作られていた。

 つまり、この地下の層には、中央部分に囚人を拷問する施設と牢番が喫居をする空間があり、それを丸く囲む壁に沿って囚人が監禁される檻の房があるのだ。

 その円形の檻の房の全部に捕らえられた鳥人族の戦士が分散して監禁されている。

 十個の檻の房のうち半分が女戦士の牢であり、残りが男の戦士だ。

 牢の並びは円状になっているので、貂蝉のいる檻からでも、中央の広場で行われる拷問の様子や鉄格子越しにほかの檻を見ることはできる。

 いま生き残っているのは、四十人というところだろうか……。

 

 貂蝉は生き残りの鳥人族の中では一番若く十六歳だ。

 同じくらいの若者はもうひとりいた。

 貂蝉とは幼馴染みの少年だ。

 

 しかし、彼は鳥人族隊が大旋風(だいせんぷう)隊に襲撃された後、生き残りの全員が連れてこられたはずのこの地下牢には来なかった。

 おそらく、そのときに受けた傷ですでに死んだのだと思う。

 鳥人族隊の勢力は、もともと魔凛以下約百名だった。

 それが、わずか数日で生き残りは半分以下になっている。

 

「こ、殺してくれ……た、頼む……」

 

「け、剣で胸を刺してくれ……。もう、許してくれ……」

 

 貂蝉がほかの者とともに房の鉄格子越しに見させられているのは、三人の鳥人族の男戦士に対する残酷な光景だった。

 中央の広い拷問場所の天井から両方の親指だけに枷をつけられて、それぞれ一本の鎖で三人の鳥人族の男の戦士が宙吊りになっている。

 耳を塞ぎたくなるような呻き声は、その彼らのものだ。

 宙に浮いてぶらさがっている両足の親指にも枷がつけられて、さらに足指の枷には大きな鉄の玉がぶらさがっていた。

 しかも全裸だ。

 

 五人ほどいる牢番によって、彼らが檻の房から引き摺り出されるときに、いまの恰好で指吊りにされる前に囚人服を全部剥がされたのだ。

 しかも、全裸にされた後で全員が手足の骨を大きな金槌で折られている。

 そうやって抵抗できない状態にして、亜人兵の牢番たちは、三人を天井から足の指に重りを付けて吊るしたのだ。

 

「し、死なせてくれ……」

 

「許してくれ……」

 

 哀れな鳥人族の男たちが弱々しく繰り返している。

 同時に、あちこちの房からはすすり泣きの声もする。

 同族の無惨な仕打ちを強制的に見させられて、なにもできない無念さによる涙だ。

 貂蝉もまた、同じ房の歳上の女たちと一緒にすすり泣いていた。

 

「どのくらいで、肉棒は切断されるんだ……? いかさまはしてないだろうなあ、瑛毘(えいび)?」

 

「どうやって、いかさまするんだよ。あの革紐の霊具を準備したのは俺だが、それぞれ囚人の珍棒に装着させる革紐を選んだのはお前らだろうが」

 

 宙吊りの鳥人族の男戦士の前に集まっている五人の牢番たちがそんなことを会話しているのが聞こえた。

 指吊りにされている三人の囚人の股間は、薬剤によって強制的に勃起させられている男性器がそそり勃っていた。

 その勃起した肉棒の根元に、牢番たちは、乾けば時間とともに収縮して完全に圧縮して縮んでしまうという道術のかかった革紐を根元で強く縛ったのだ。

 しかも、三人の前には、少しでも早く革紐が収縮するように篝火も置かれた。

 

 五人の牢番たちは、そうやって、三人のうちの誰の性器が最初に切断して落ちるかということで賭けをしているのだ。

 別になにかの訊問をしているとか、そういう訳ではない。

 牢番たちはここで鳥人族の囚人を監視する役割しか与えられないらしく、この地下牢に入れられて以来、誰もなにも訊問などされていない。

 

 その代わり、目の前の光景のように、ただの暇潰しのために拷問をされて殺されるということが続いている。

 三人の男囚だって、牢番たちが外に行って酒を調達する者を決めようかということになり、そのための賭けの手段として、ああやって吊るされて惨い仕打ちをされただけだ。

 

 三人の男の戦士たちが吊るされて数刻になるが、彼らの性器は全体が大きく膨らんでいるのに、根元の部分だけはほんの小指ほどまで絞られている。

 色は紫色になっていて、それがだんだんと濃くなりつつある。

 そんな光景だが少なくとも、凝視している態度をとらなければならないのだ。

 

 眼を逸らしているところを見つけられると、その房の中の誰かが殺されるのだ。

 眼を逸らした虜囚が選ばれて殺されるとは限らない。

 誰が死ぬかは牢番たちのまったくの気紛れだ。

 彼らはそうやって、お互いを監視させるように仕向けようともしているようだ。

 

 三人の鳥人族の男の裸身には、鳥人族の象徴である背の翼はない。

 全員の翼は、鳥人族の隊がいた人間族の行政府が、大旋風の隊に急襲されて一網打尽に捕らえられたときに切断されていた。

 鳥人族の翼は鳥人族の誇りの象徴であるというだけではなく、霊気の源でもある。

 霊気源を失った鳥人族の百人近い戦士は、そのままここに連れて来られて、分散して牢に入れられたのだ。

 

 鳥人族の戦士は総員百名ほどだったが、翼を切断されたときに誤って致命傷を負わされた鳥人族が二十人ほどおり、彼らはこの地下牢に連れてこられる前に死んだらしい。

 とにかく、貂蝉がここに連れられたときには、全部で八十人ほどしかいなかった。

 そして、さらに次の日の朝までに、翼を切断されたときの傷が原因で十五人ほどが死んだ。

 各牢には切断された傷を瞬時に治療するための「魔薬」が準備されていたのだが、その量が明らかに不足していたのだ。

 

 わずか十六歳でもっとも歳若の女戦士の貂蝉は、ほかの戦士たちから優先的に薬を回してもらえたので、もう完全に傷は快復しているが、傷薬を他の者に譲って手当をしなかった者がかなりいて、彼らが翌朝までに死んだのだ。

 ほかにも傷薬が十分でなかった多くの戦士は、いまだかなりの衰弱をしている。

 

 傷薬が不足して死んだ鳥人族の戦士は全員が男の戦士だ。

 女戦士は三十人ほどだったが、女が入れられた房にあった「魔薬」は比較的十分な量があって、ある程度の量を補うことができたのだ。

 それに比べれば、男の戦士の入れられた房には少ない量の治療薬しか準備されていなかったようだ。

 

 いまにして考えると、それは監禁する鳥人族の人数を減らすために、意図的にされていたのだと思う。

 そもそも最初にこの地下牢に道術をかけられて連れてこられたとき、三十人しかいない女戦士に十個の房のうちの半分を割り当てて、残りの半分に多くの男戦士を詰め込んだ。

 おそらく、最初から男囚は半分以上を衰弱死させるつもりだったのかもしれない。

 

 それにしても、どうしてこんなことになったのだろう?

 貂蝉にはまったくわからない……。

 

 なにも教えられることなく、青獅子軍から配置された亜人兵の牢番たちから、ただ理不尽に屠殺されるということが続いているだけなのだ。

 

 貂蝉はこれが初陣だった。

 鳥人族の女戦士として、ほかの者と同じように魔凛に従ってこの遠征に参加した。

 戦士として育成された鳥人族は、男であれ女であれ、十六歳くらいになれば初陣に出る。

 貂蝉がこの戦いに加わったのは、たまたま初陣の時期とこの遠征の時期が重なったためであり、特段の理由はない。

 それがまさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった……。

 

 遠征の目的は、竜飛(りゅうひ)国という人間族の国の領域の南辺である獅駝(しだ)地方を亜人の領域とすることであり、きっかけは、長年続いていた人間族からの朝貢が途絶えたからだと聞いた。

 もっとも、戦いの詳しい理由や背景を一介の戦士であり、ましてやこれが初陣の貂蝉に教えられるわけでもなく、貂蝉はほかの鳥人族の者とともに、魔凛隊に加わって遠征軍の主力を構成する青獅子軍に援軍として加わっただけだ。

 

 そして、獅駝山系に人間族の軍を引き込んだ殲滅戦で戦い、そのまま人間族の南辺の領域の中心であるこの獅駝の城郭を包囲した。

 人間族の長は獅駝山系の戦いのときに戦死したらしく、獅駝の行政府をまとめていたのは、その妻の李媛(りえん)という人間族の貴族の女だった。

 その女が降伏して、獅駝の城郭は亜人軍の支配するところとなった。

 

 それから先で起きたことは貂蝉の理解を超えている。

 貂蝉は魔凛隊の一員として、この城郭を実効支配するために、人間族の行政府を軍営として接収して入ったのだが、その軍営が突然に大旋風隊に襲撃されたのだ。

 理由はいまでもよくわからない。

 

 おそらく、鳥人族隊の長でもあり、遠征軍全体の総司令官でもあった魔凛(まりん)になにか異変があったということはわかる。

 この牢に入れられたあと、『映録球』という霊具によって、あの魔凛が嗜虐される光景が、立体映像で繰り返してここで流されたからだ。

 

 おそらく魔凛が失脚した……。

 それで魔凛が率いていた鳥人族の隊が全員捕らわれた……。

 

 類推できることはそれしかなく、ほかの大人の鳥人族の虜囚が話していることも、概ねその通りだった。

 そして、ここに入れられてまだ数日だが、男囚たちの人数はおよそ半分になっている。

 眼の前の場所で連日繰り返されている牢番たちによる拷問で、どんどんと数が減っているからだ。

 

 それに比べれば、女囚たちの数の減りはまだまだだ。

 牢番たちに犯されるくらいで、殺されるところまではなかなかいかないからだ。

 それでも十人ほどは強姦の最中に死んだ。

 二日ほど前に首を絞めながら女陰を犯せば、性器が絞られて気持ちがいいと牢番の誰かが言い、それをしばらく試すということがあったからだ。

 

 幸いにも貂蝉は、二度ほど犯されただけで、まだ酷い扱いは受けていない。

 もっとも、それもいつまで続くかわからない。

 

 牢番たちの鳥人族の虜囚に対する扱いを見ると、青獅子軍による鳥人族の一隊への仕打ちは、最終的には自分たちを皆殺しにすることが目的だとしか思えないのだ。

 いずれにしても、そうやって鳥人族の戦士の数は減っていった。

 毎日のように面白半分で男の戦士が拷問の末に殺されて、女の戦士は犯される。

 それが続いている。

 

「それで、どれくらいで性器が切断されて落ちるんだ、瑛毘?」

 

「まあ、革紐に抵抗する勃起の強さにもよるが、道術がかかっているから五刻(約五時間)もあれば十分だろうな……」

 

 彼らの会話によれば、哀れな囚人たちが飲まされた媚薬は、余程に強力なものらしく、たとえ途中で男戦士が死んでも勃起は続くとか言っている。

 そんな強力な媚薬を飲まされて勃起をさせられた性器の根元を道術のかかった革紐でどんどん根元を絞られているのだ。

 しかも、あの三人はそんな仕打ちをされながらも殺してももらえないらしい。

 性器が落ちたらすぐに切断面を治療させて、房に戻すのだとも言っている。

 あの三人を男囚の房に入れるべきか、それとも女囚の房に入れるべきか、どうしようと冗談を交換するのを貂蝉は耳にしていた。

 

「まあ、酒でも飲みながら待つさ──」

 

 牢番たちの誰かが言った。

 彼らの周りには、とても五人では食べきれないほどの食べ物がある。

 それをさっきから口にしながら彼らは車座になって酒盛りをしている。

 あの食事量から考えると、おそらくあれは鳥人族の虜囚のためのものだと思う。

 しかし、その食べ物のほとんどを配ることなく、彼らはああやって自分たちで食べている。

 各房に配られるのは、明らかにひとりかふたり分の量しかないと思われる量だけだ。

 大部分はああやって真ん中に置かれて、亜人兵の牢番たちが、拷問や強姦をしながら自分たちだけで食べるのだ。

 

 もちろん、全部食べきれるわけもなく、残ったものは捨てられる。

 十個の房には食べ物が不足して飢えている者ばかりなのに、彼らは選んだ男囚に命じて広場の隅に穴を掘らせて残飯を捨てさせるのだ。

 もちろん、捨てる食べ物の一片も囚人に与えられることはない。

 

「それにしても、さっきから真ん中のやつは喋らねえなあ……。死んだか?」

 

「死んだとしても賭けには影響ねえさ。そのまま触るんじゃねえぞ──」

 

 誰かが言い、牢番たちの笑い声で地下牢が包まれた。

 そのとき、上から誰かが降りてくる気配が聞こえて、貂蝉はなんとなくそっちに視線をやった。

 

 ここの地下牢は、もともとは人間族の軍営の地下に作られているもので、貂蝉たちがいるのは最下層のようだ。

 地上については、最初に連行されたときに見ていたので知っている。

 もともとは人間族の軍営があった場所であり、青獅子軍のうちの一部がいまは駐留している。

 

 もっとも、その数は多くはないはずだ。

 青獅子軍の半分以上は、まだ郊外に展開したままであるし、城郭に入った隊も魔王宮となっている屋敷と元々は魔凛隊が占拠していた行政府にほとんどがいる。

 この軍営府を含めて、ほかの主要な場所は分散して一部がいるだけなのだ。

 少なくとも貂蝉たちが囚われる直前はそうだったし、数日経った現在でも、その状況に変化がないことは牢番たちの会話からわかった。

 

 誰がやって来るのだろう……?

 なんとなく貂蝉はそっちを見た。

 この鳥人族の戦士が監禁されているこの地下牢に降りてくる者は、いままで決まった者しかいなかった。

 一日に一度、食事を運搬しにくる亜人兵か、死んだ鳥人族の遺体を地上にあげるために降りてくる雑用人夫だ。

 

 また、基本的にここにいる牢番たちは、この地下牢で寝泊まりをしていて、時折酒を買いに行く以外はほとんどここにいる。

 つまり、ほとんどこの地下牢は人の出入りがないのだ。

 だから、決まった者ではない誰かがやってくる気配に、貂蝉は意識を向けた。

 そして、薄暗い階段を降りてきた人影を認めて、貂蝉は思わず叫び出しそうになった。

 

 魔凛だ──。

 

 真っ黒い上衣と膝までの丈の下袍を着ているが魔凛に間違いない。

 魔凛が女の服を着ているのは初めて見たが、紛れもなく魔凛だ。

 しかも、見たところほかに亜人兵はいない。

 たったひとりだ。

 

 『映録球』の立体映像の惨い光景から判断して、大旋風あたりに捕らえられていることを想像したが、いまはそうでもないようだ。

 しかも武器を持っている。

 腰に剣をさげて弓を担いでいる。

 背には矢籠に入れたたくさんの矢を背負ってもいる。

 思わず声をあげそうになり、貂蝉は慌てて自重した。

 この房のほかの女兵もそうだし、ほかの房の者も気がついたようだ。

 しかし、さすがにそれを態度に現す者はいない。

 

 酒盛りをしながら、男囚の性器がいつ切り落ちるかという賭けに興じている五人の牢番たちは、地上から降りてきた者がいることすら気がついていないようだ。

 魔凛が完全に階段を降りて、この地下牢の層の広場に降り立った。

 

 矢を番えて弓を振り絞った。

 その狙いの先には酒盛りをしている牢番たちがいる。

 

 貂蝉は息を呑んだ。

 魔凛が矢を放った。

 

 続け様に三度──。

 いずれも寸分の狂いもなく指で宙吊りになっていた三人の戦士の喉に突き刺さった。

 

「ど、どうして──?」

 

 貂蝉は思わず叫んだ。

 それが合図のように各房から爆発するような声があがる。

 

「おっ──? ま、魔凛──。な、なんで、ここに──?」

 

 やっと牢番たちが魔凛の存在に気がついた。

 慌てて剣を抜こうとするが、気が動転してうまく対処できていない。

 魔凛が矢を肩に担ぎ直して剣を抜いた。

 牢番たちに斬りかかる。

 

「ぐああっ──」

 

「ま、魔凛──、な、なんで──?」

 

 次の瞬間、五人の亜人のうちのふたりの腕が剣を持ったまま魔凛の剣で斬り落とされた。

>ほかの三人は剣さえ持つこともできていない。

 

 三人は恐怖の顔を浮かべて地下牢の奥に逃げ込んでくる。

 最奥側には貂蝉を含む女囚たちの房がある。

 貂蝉の眼にも恐怖の形相でこっちに逃げてくる牢番たちの姿がはっきりと見えた。

 

 腕を切断されたふたりは、大量の血を流しながら地面でのたうち回っている。

 魔凛は腕を切断されて地べたに這っているふたりの牢番のそばに立つと、剣を仕舞ってもう一度弓矢に持ち替えた。

 矢をゆっくりと弓に番えると、身体の下の牢番の身体に引き絞る。

 

「ぐっ」

 

 牢番の胸に矢が吸いこまれた。

 眼を剝き出しにて身体を弓なりにして最後の息を吐く様子が見えた。

 魔凛はまったくの無表情のまま、もうひとりの倒れている牢番にも矢を射て即死させた。

 

「ま、魔凛様──」

 

 貂蝉は歓喜のあまり叫んだ。

 なにが起きたのかわからないが、魔凛が救出に来てくれたのは確かだ。

 ほかの房からも魔凛の名を呼ぶ声が一斉に湧き起こる。

 魔凛は無表情のままで顔をあげて、こっちの房の近くまで逃げ込んできた残りの牢番に向かって視線を向けた。

 

「お、お前、なんでここにいるんだ──? 大旋風様のところからどうやって逃げて来たんだ──」

 

「た、助けてくれ……、ま、魔凛──。お、俺たちは命じられてやっただけで──」

 

 こっちに逃亡してきた牢番たちは、魔凛に向かって叫んでいる。

 しかし、魔凛は無視だ。

 ただ弓を番えながらこっちに歩いてくる。

 まったくの無表情だ。

 

「ぺちゃくちゃと喋んじゃないわよ。耳障りだよ──」

 

 魔凛がやっと口を開いた。

 そして、歩きながら矢を放った。

 三人のうちのひとりの腹に矢が突き刺さる。

 

「ひいっ──」

 

「助けてくれ──」

 

「だ、誰か──」

 

 魔凛が歩きながら次々に矢を射る。

 牢番たちは束の間逃げ惑ったが、貂蝉の房の前で致命傷となる矢を射られて三人とも絶命した。

 

「ま、魔凛様──。信じていました」

 

「魔凛様──」

 

「魔凛」

 

 牢番たちが全滅し、魔凛に対して歓喜の声があちこちからあがる。

 助かったのだ……。

 

 地上で起きていることには予想のしようもないが、なにかの変事が起きて、もう一度魔凛が権力を復活させたに違いない。

 そして、監禁されている鳥人族の仲間を救出にきた……。

 

 安堵したら全身の力が抜けた気がした。

 同じ房の女囚だった女戦士たちも抱き合って喜んでいる。

 その魔凛は牢番たちを追い詰めて、貂蝉のいる房のすぐ前まで来ていた。

 それでふとさっき疑問に思ったことを思わず口にした。

 

「た、助けに来てくれてありがとうございます、魔凛様……。で、でも、なぜ、最初に拷問を受けていた三人を殺したんですか?」

 

「慈悲よ──。彼らは死にかけていた……。それにあんな仕打ちをされて生きながらえるなんて戦士の恥だからよ」

 

 魔凛は言った。

 びっくりするくらいに冷たい言葉に貂蝉は息を呑んだ。

 魔凛は冷たい女だと称されているが、それは他種族に対してだけで、同族の鳥人族には温かい気持ちで接してくれる若い指導者だったのだ。

 だから、意外な同朋への冷酷な言葉に貂蝉は当惑した。

 そのとき、貂蝉は魔凛がまったくの無表情であり、むしろさっきよりも険しい顔をしていることに気がついた。

 

「ま、魔凛様──。房の鍵は牢番が持っています」

 

 貂蝉と一緒の房にいる女戦士が叫んだ。

 なぜか、魔凛がなかなか動こうとしないからだ。

 もたもたしていれば、この地下牢の異変に気がついて、地上から隊が降りてくるかもしれない。

 それとも、地上はそんな心配はいらないような状況なのだろうか……。

 魔凛は振り返って、なにかをじっと見つめたままだ。

 

 貂蝉は、魔凛が見ているのが牢番たちのところに放り投げてあった『映録球』だとわかった。

 一日に一度、牢番たちはあれに記録されている立体映像を流して全員に鑑賞させる。

 逆らえば罰だ。

 そうやって、貂蝉たちは魔凛が泣き叫びながら大便をする光景を毎日観させられたのだ。

 

「あんたたちは、あれでわたしの映像を見たのね……」

 

 やがて、魔凛が言った。

 それは質問というよりは、独り言のようだった。

 誰かに訊ねているという口調ではなかったので、誰も答えなかった。

 ほかの房の者には、魔凛の呟きさえも聞こえなかっただろう。

 魔凛は牢番から鍵束を取る気配もなく、弓矢を担いだまま貂蝉のいる房の向かい側の男囚の房に向かっていく。

 

「ま、魔凛様……?」

 

 貂蝉は矢を番えて反対側の房に歩いていく魔凛の姿を呆然と見送った。

 

 それから阿鼻叫喚が始まった。

 魔凛が鉄格子越しに、房の中の囚人に向かって次々に矢を放ちだしたのだ。

 思わぬ魔凛の行動に地下牢全体が騒然となった。

 房に閉じ込められている鳥人族には、鉄格子の外から放たれる矢を防ぐ方法はない。

 

 悲鳴と懇願──。

 そして疑念の叫びの中で、次々に各房の中の鳥人族が魔凛の矢によって殺されていくのが、貂蝉の房の中から見えた。

 

「ま、魔凛様、おやめください──」

 

 貂蝉はほかの鳥人族とともに、魔凛に向かって叫んだ。

 

「うるさい──。わたしの恥を見た者はどいつもこいつも生かしておけないよ。全員、皆殺しにさせてもらうよ──」

 

 魔凛が鉄格子越しに矢で鳥人族の虜囚を射殺しながら冷たく言った。



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493 同族殺し

 まさに阿鼻叫喚だった。

 

 魔凛(まりん)は房のひとつひとつに歩いていくと、鉄格子越しに矢を浴びせていき、悲鳴と哀願を繰り返す同朋たちを次々に矢で殺し回っている。

 

 房に入っている貂蝉(ちょうせん)からは魔凛が回り終わった房の中の同胞が確実に死んだのかどうかまでは判断できないが、ここから見える限りでは矢は囚人の身体に突き刺さっているし、まったく身動きはしていない。

 それに魔凛の腕ならば、狭い檻に入っている虜囚を格子の位置から狙って急所を外すわけがない。

 

 魔凛は同じ鳥人族の仲間の悲鳴にまったく耳を傾ける様子もなく、淡々と作業のように殺戮を続けていく。

 ひとつの房を皆殺しにするのに大した時間はかかっていない。

 すでに半分近くが終わっていて、そろそろ女戦士のいる房に差し掛かりそうだ。

 貂蝉のいる房は最奥だからあのまま魔凛が殺戮をしていけば、最後の房になるはずだ。

 

「ま、魔凛様が狂ってしまわれた──」

 

「ああ、神様──」

 

「お母さん、助けて──」

 

 同じ房の歳上の女戦士たちが絶望の声をあげた。

 同じような叫びは隣の女の房からもしているし、その向こうからも聞こえる。

 そのとき、貂蝉ははっとした。

 さっき魔凛が矢で射殺した牢番の屍体の腰から檻の鍵束が外れて地面に落ちているのだ。

 貂蝉は鉄格子越しに手を伸ばした。しかし、とても届きそうにない。

 

「貂蝉、あたしがやってみるわ……」

 

 同じ房の桔梗(ききょう)という女が貂蝉のしていることに気がついた。

 桔梗はこの中でもっとも年長であり背も高い。貂蝉に代わって手を伸ばす。

 しかし、貂蝉よりも長身の彼女でも少し距離が遠い……。

 

 貂蝉は顔をあげて魔凛の様子を見た。

 魔凛はこっちの様子をまったく顧みる様子もなく、同朋を射殺す作業を続けている。

 残りはもう半分の房もない。

 

 なにか引っ掛ける物があれば……。

 だが、そんなものは房の中にあるわけがない──。

 

 しかし、貂蝉は思いついて自分の着ていた囚人服の上衣を脱いだ。

 上衣の下はなにも着ていないので、貂蝉の乳房が露わになる。構わず貂蝉は袖の部分を二、三回結んで、大きな結び目を作った。

 

「どいてください、桔梗さん──」

 

 必死になって鍵束に手を伸ばそうとしている桔梗を押しのけて、鍵束に向かって結び目を投げた。

 一度目は外れたが、二度目はうまい具合に鍵を束ねる輪の中に結び目が落ちた。

 慎重に引っ張る。

 

「しっかり、貂蝉……」

 

 そばで見守っている女たちが低い声で言った。

 

「やった──」

 

 鍵束が手の届く位置までにずれた。

 すぐさま鍵束を手に取ると、桔梗に手渡した。

 檻の鍵が開けられる。

 その間に貂蝉は脱いだ上衣を着直した。

 同じ房の四人が檻の外に出た。

 

「こっちも──」

 

 隣の房の女たちが鉄格子越しに手を伸ばす。

 鍵束を持っていた桔梗が隣の扉を開ける。

 

「なにやってんだい、お前ら──」

 

 魔凛だ。

 冷たい形相でこっち見ている。

 構えていた弓がこっちを向いた。

 

「魔凛様──、おやめください──」

 

 桔梗が貂蝉たちの前に出て大きく手を拡げた。

 そのまま魔凛に向かって走っていく。

 

「き、桔梗さん──」

 

 貂蝉は悲鳴をあげた。

 魔凛の放った矢が魔凛に駆けていく桔梗の胸に当たった。

 それでも桔梗はとまらない。

 

 魔凛が二矢目を番えた。

 足元をふらつかせながら桔梗が魔凛に向かって走る。

 二矢目が至近距離から放たれた。

 

 桔梗が魔凛に飛びかかるのとほとんど同時だった。

 矢は桔梗の胸に突き刺さって、矢尻が背中に貫通したのがわかった。

 桔梗は魔凛を押し潰すように倒れる。

 魔凛は桔梗の身体の下敷きになり倒された。

 

「い、いまのうちに……」

 

 それが桔梗の最期の言葉だった。

 

「ま、待つんだよ、お前ら──。わたしのあの映像を見た者はどいつもこいつも生かして帰さないよ──」

 

 魔凛が桔梗の身体の下から叫んだ。

 桔梗を押し避けて起きあがろうとしている。

 

「貂蝉──」

 

 呆然と立っていた貂蝉の腕を誰かがぐっと掴んだ。

 そのまま走らされる。

 

 地上に通じる階段に向かって走る。

 貂蝉はなにが起きたか考えるのをやめた。

 

 この地下牢から逃げ出せるのか──。

 逃げ出せたとしても、城郭から逃亡できるのか……。

 とにかく、行くだけだ──。

 

「待て──」

 

 魔凛の声が追いかけてきた。

 矢音──。

 

「あがあっ──」

 

 すぐ隣を駆けていた女がその矢に当たって倒れた。

 貂蝉は房から脱出できたのが、貂蝉のいた房と隣の房にいた者の六人だとわかった。

 六人で固まって地上に通じる階段に辿りついた。

 

「ひうっ──」

 

 もう一度、矢音がして最後尾のひとりが倒れた。

 五人になった……。

 

 貂蝉はそのまま階段の上の光の方向に駆けていった。

 

 

 *

 

 

 “命令”の通りに「五人」の女囚が「逃亡」に成功するのを見届けると、魔凛は残りの作業に戻った。

 まだ囚人の残っている房が残っている。

 女囚の房が三個ほど手つかずだ。

 

 弓を構えなおすと、鉄格子の向こうで必死の哀願をする同朋に弓を向けた。

 彼女たちに余計なことを話しかけることは、“命令”で禁止されている。

 表情でなにかを伝えることもだ。

 

 『服従の首輪』の力により魔凛に与えられている命令は、まずは五人の女囚を自然なかたちで脱走させること……。

 きっちり正確に五人だ。

 

 そして、残りを魔凛の手で皆殺しにすることだ。

 さらに、適当な理由を作って冷酷な殺人鬼の演技をすること──。

 

 『服従の首輪』で命令されれば、それは魔凛の意思に関係ない。

 一切逆らうことはできないのだ。

 それはいままでの大旋風から受けた様々な仕打ちで知っている。

 残りの全員を射殺すのにそれほどの時間はかからなかった。

 

「うあああああ」

 

 魔凛はその場に泣き崩れた。

 『服従の首輪』による身体の縛りが終わったからだ。

 

 この手で大勢の同朋を殺してしまった。

 魔凛の名を呼び、死ぬ寸前まで魔凛を信じていた彼ら……彼女らを殺した。

 彼らのことはよく知っている。

 供に訓練し、戦場で戦った仲間だ。

 その仲間を無惨にもこの手で殺した。

 

 いや殺させられた。

 魔凛は地面に膝をついて号泣した。

 

 彼らの父を知っている……。

 彼らの母を知っている。

 妻も……子も……その家族も……。

 

 みんな、魔凛は知っている。

 それをこの手で殺した……。

 

 魔凛は、ただひとり残った軍営の地下牢の最下層でしばらく泣き続けた。

 しばらくしてから、魔凛の泣き声を拍手の音が遮った。

 

「いやあ、大したものだぜ、魔凛──。『服従の首輪』の命令とはいえ、ちゃんと五人の女囚だけを逃亡させて、ほかの者は見事に皆殺しだ……。『遠目』で見ていたが、牢番を女囚の房に追い詰めて、鍵束を腰から矢で外させてから、女囚の房の眼の前でとどめを刺すなんて大したものだ。とてもじゃないが、あの逃げた女囚たちは、お前が逃亡を誘導したとは思えないだろうな……。いやあ、素晴らしいぜ──」

 

 大旋風だ。

 三人ほどの取り巻きの部下もいる。

 

 彼らは魔凛にこの残酷な命令を与えてから、その仕事を見届けるために、『遠目』という霊具で上層にある部屋からここで行われたことを見ていたのだ。

 

 『遠目』というのは、ここで見える映像を離れた場所に道術で転送して投映できる霊具であり、この地下層のあちこちに仕掛けてある。

 大旋風たちは、その『遠目』で確認しながら、鳥人族に対する拷問の指示を牢番たちに送っていたのだ。

 

「き、貴様──。の、呪ってやる──。いつか……。いつか、息の根を……。い、いや……。それが叶わなくて……たとえ、殺されても……。きっと生まれ変わってでも貴様と貴様の一族を殺し続ける──」

 

 魔凛は跪いた姿勢のまま大旋風に向かって叫んだ。

 

「おうおう、愉しみにしてるぞ、魔凛。だけど、簡単には死なせはしねえ──。“命令”で自殺を禁止しているから、お前は自分で命を捨てることさえできないんだぜ。それに、俺の命が危うくなれば、身体を張ってでも俺を護るように命令もしている。それなのに、一体全体どうやって俺を殺すんだ?」

 

 大旋風は大笑いした。

 魔凛はぐっと両方の拳を握った。

 なにもできない……。

 それどころか、こいつらの道具になって、仲間だった者を殺戮させられた……。

 

「くっ……。ど、どうして、こんな残酷なことをさせた──。お前が恨みがあるのは、わたしだろう──。こいつらには恨みなどなかったはずなのに──」

 

 魔凛は大旋風を睨んだ。

 また涙がぼろぼろとこぼれ出したのがわかった。

 できることなら飛びかかって、この歯で大旋風の喉を噛み千切ってでも殺したい……。

 

 しかし、できないのだ。

 それどころか、跪いた状態で大旋風を出迎えてしまった魔凛は、大旋風の指示なしではその姿勢を変えることもできない。

 そういう命令を与えられているからだ。

 自意識を保ったまま、支配者の命令のすべてに従ってしまう『服従の首輪』……。

 

 それを嵌められてから魔凛は、大旋風の奴隷どころか道具だ──。

 性の処理をし、退屈凌ぎのために辱められ、大旋風の護衛をし、あるいは、大旋風が気紛れで指名した相手に身体を捧げさせられる……。

 殺せと言われれば、いまのように仲間や同朋でも殺す。

 そんなことをしながら、禁止されれば泣くこともできないし、冷酷な表情で殺戮を淡々と続けなければならない……。

 

 これ程に邪悪で非道な道具は、ほかにないだろう──。

 逆らいたくても逆らえない。

 自殺さえもできない。

 自分を傷つける行為も禁止されている。

 魔凛は両手で地面を掻いた。

 

「別に退屈凌ぎでやったわけじゃねえぞ。意味があったのさ──」

 

 大旋風が笑って答えた。

 

「ど、どんな意味だ──?」

 

「うまくここを脱走した五人は、追われながらもなんとか、この城郭を脱出できる手筈になっている。本当は逃げ出せるように、わざと警備の緩みを作ってやってんだが、そんなことはわからないさ。そして、山の中に逃げ込んだ後、救いの手が差し伸べられるようにもなっている。そして、時間はかかるが自分たちの脚で歩いて鳥人族の里に帰りつくはずだ──」

 

「なに?」

 

「そして、魔凛という女指揮官が部下の鳥人族を皆殺しにするという蛮行を行ったという証言をするはずだ。ひとりだと信じないかもしれねえが、五人もいれば疑う者はないさ」

 

「ど、どういうことだ?」

 

「お前の鳥人族の指導者としての地位はこれで終わりだ。万が一にでも、お前を助けようとする者が現われれば面倒くさいしな……。そのために、わざわざ、お前の手で同胞を殺してもらったのよ──。もちろん、鳥人族隊の連中の厄介払いもあるがな──」

 

「そ、そんなことのために──。お前の支配する人形に成り下がったわたしに、もはや鳥人族の指導者などできるわけがないだろう──。そ、そんなことのために、これだけ多くの仲間を殺させたのか──」

 

「念には念を入れてだ、魔凛──。まあ、これで、お前には、俺から逃亡しても帰る里はねえ。すっぱりと望みを捨てて、心から俺の人形になることだ……。それよりも、今度は逆に、鳥人族の連中がお前の暗殺命令を出すかもしれんな」

 

 大旋風が大笑いした。

 魔凛は歯噛みした。

 

「よし、じゃあ、命じておくか。命令だ、魔凛──。お前は、俺の命を護るという目的でない場合は、自分の命や身体を護らなければならない。わかったな──」

 

 魔凛は返事をしなかった。

 返事は命令されていないからだ。

 だが、これでいまの命令は、『服従の首輪』によって、魔凛の身体に刻まれたのだろう。

 どこか変わったという感じはしないが、その場になれば身体が勝手に動くに違いない。

 それがこの首輪の霊具の力なのだ。

 

「それよりも、これでひと仕事終わったと思ったら欲情してきたぜ。武器はここに捨てろ……。ほらっ、お前の大好物だ。舐めろ──」

 

 大旋風がいきなり下袴の前から硬直した性器を出して、魔凛の眼の前に突き出した。

 魔凛は口をつぐんで顔を横に向けた。

 口で奉仕するなど耐えられない汚辱だ。

 何度やらされても心が拒否してしまう。

 大旋風も魔凛が口で奉仕するのを心の底から嫌がっているのを知っているので、なにかにつけて魔凛にそれをやらせようとする。

 

「め、い、れ、い、だ……」

 

 大旋風が愉しそうにゆっくりと言った。

 魔凛は歯噛みした。

 

 逆らえないのはわかっているが口惜しいものは口惜しい……。

 怒りの渦が全身を荒れ狂っている。

 魔凛に卑怯な霊具で同朋を皆殺しにさせるという残酷な仕打ちをさせた男だ。

 そんな男の性器を口で奉仕するなど……。

 

 しかし、魔凛の身体は魔凛の意思とはまったく関係なく動く。

 魔凛は渡されていた武器を地面に置くと、口を開いて眼の前の大旋風の怒張を頬張った。

 

「いつ見ても、この魔凛の口惜しそうな眼が堪らないですよねえ……」

 

「ねえ、隊長、終わったら俺たちにも貸してくださいよ」

 

「おい、狡いぜ。だったら俺もお願いします──」

 

 三人の部下が横から魔凛の奉仕を眺めながら口々に言った。

 

「おう、いいぜ。ただし、条件がある──。場所は、ここじゃない──。城郭の広場の真ん中だ。あの人通りの多い場所でなら、この魔凛を貸してやるよ。大勢の人間族や亜人の兵に見物させながら、この魔凛に奉仕させてやる」

 

 大旋風が言った。

 魔凛は、これまでの「調教」の中で教えられた技を駆使して口で奉仕するように事前に命令されている。

 魔凛の口は大旋風の男根を根元まで吸いあげ、丁寧に舌で全体を舐めあげていく。

 男の性器の舐め方など、これまでまったく知らないし、知りたくもなかった。

 しかし、『服従の首輪』を使って、ひとつひとつ舌技を覚えさせられたのだ。

 魔凛の口はそれを一生懸命に再現している。

 吐気さえ感じる恥辱を覚えながら……。

 

 そうやって奉仕しながら魔凛は、大旋風が言ったことを聞いていた。どこまで魔凛を辱めれば気が済むのか……。

 今度は魔凛が先頭に立って占領したことになっているこの城郭で、その人間たちに見られながら、この口の奉仕をしろというのだ。

 血も凍るような思いで魔凛はそれを聞いていた。

 

「それでもいいです、隊長。やらせてください──」

 

「俺も大丈夫ですよ」

 

 部下たちが言った。

 これでこの後、そんな仕打ちが待っているということが決まった。

 魔凛は自分の眼からすっと悔し涙が流れるのがわかった。

 

「その口惜しそうな表情で奉仕されるのは、いつまでたってもそそるなあ──。その調子で頼むぜ、魔凛──。そうだ。お前の口の中の性感帯があるだろう──。そこに俺の肉棒を擦りつけながら奉仕しな。そして欲情しろ。命令だ──。そのうち、身体だけじゃなく、心も拒否できないようにしてやるぜ。口でやる奉仕が気持ちよくて堪らないように調教してやるよ」

 

 大旋風が哄笑した。

 口の中には確かにたくさんの性感帯がある。

 これまで魔凛は女友達との情交の中で、そういった場所でも愉しんできた。

 知っているということは、逆らえないということだ。

 

 魔凛は舌の両側と口の上の部分に擦りつけるように舌を動かした。

 そこが魔凛の口の中の性感帯なのだ。

 すると口の中だけではなく、全身にさざ波のような疼きが流れていくのがわかった。

 死ぬほど口惜しいが、性感帯を刺激して欲情せよという命令だ。

 そのように行動してしまう。

 

 身体の芯がだんだんと熱を帯びてくる。

 魔凛は愕然とする思いだった。

 同朋の血の臭いの立ち込める地下牢で、この手で仲間の命を奪う命令をした男の性器を舐めながら、しっかりと自分は欲情することができるのだ……。

 そのことに自分自身を呪いたくなる。

 

 だが、快感でだんだんと身体が熱くなってくるのは事実だ。

 自分はなんという恥知らずなのか……。

 自分が自分で情けない……。

 

「咥えたまま、四つん這いになれ。そして、奉仕を続けろ──。命令だ」

 

 大旋風が言った。

 魔凛は大旋風の怒張を舐め続けたまま膝立ちの姿勢から四つん這いに変わる。

 すると大旋風がゆっくりと後ずさり始めた。

 

 魔凛は驚いたが、自分の口は大旋風から離れない。

 大旋風の男根を頬張ったまま四つん這いでついていく。

 大旋風はそのまま同胞たちの血の匂いのする地下牢を後ずさりで回っていく。

 

「おい、お前ら、これをその『映録球』で記録しておけ──。俺の珍棒が愛おしくて愛おしくて仕方がなく、男根を追いかけて口を離さない淫乱女の姿だ」

 

 大旋風がげらげらと笑いながら地下牢を回っていく。

 部下たちが笑いながら『映録球』の設置を開始するのが横目で見えた。

 なにが面白いのか大旋風は魔凛に奉仕させながら、魔凛を四つん這いで歩かせ続けた。

 

 一周歩かされ、さらに二周目になる。

 大旋風はまだ魔凛を許す気配もない。

 もしかしたら、この状態で大旋風をいかせるまでやらされるのだろうか……。

 手足よりも顎の疲労がつらい。

 しかし、同時に口の中を擦る大旋風の肉棒の感触が気持ちよくもある。

 さらに、こんな惨めな姿を晒すという汚辱感が、なぜか魔凛の股間に痺れるような疼きを与え始めているのがわかった。

 そして、そのことに激しい狼狽を覚えた。

 

「よし、今度は両手で自慰をしながら舐めろ。そして、いかせろ」

 

 やっと大旋風がとまった。

 魔凛は舌で大旋風の一物の先を擽るように刺激したり、あるいは一度口を離して口づけをするように吸ったりする。

 無理矢理に覚えさせられた要領だ。

 怖気さえ走る行為だが、首輪の力には抵抗できない。

 魔凛は知っているすべての技を駆使して奉仕をしてしまう。

 それとともに魔凛の片手で乳房を揉み、片手で股間を刺激している。

 これも首輪の力だ。

 

「お前ら、ちゃんと記録してるか? 魔凛の自慰をしながらの口奉仕だ」

 

 大旋風が部下たちに言った。

 

「しっかり記録してますよ、隊長」

 

 部下のひとりが笑って応じた。

 魔凛は服の下には一切の下着を身につけていない。

 強制されるままに自慰を続けていれば、どうしても痺れるような快感が襲ってくる。

 

「すっかりと上達したな、魔凛──。さあ、出してやるぜ」

 

 大旋風がはしゃいだように言った。

 すぐに魔凛の口の中に大旋風の精が迸ったのがわかった。

 

「よし、終わっていいぞ、魔凛。口の中のものを舌に載せせたまま口を開いて、『映録球』に顔を向けろ」

 

 もうどうにでもすればいい。

 魔凛は、“命令”という声を待つことなく、指示に従った。

 

「じゃあ、精を飲め。終わったら、その下袍を脱いで、それで俺の性器を拭け。丁寧にな──。命令だ」

 

 奇妙な命令だった。

 口の中の精を飲ませられることはいつものことだが、服で拭けというのはおかしなことだ。

 いつもはやはり、舌で掃除をさせられるのだ。

 とにかく、魔凛の身体は命令されたことを淡々と実行していく。

 下袍を脱ぎ、下半身が裸身のまま大旋風の性器を拭き終わった。

 

「さて、じゃあ、お前らとの約束だから、城郭の広場に行くぞ──。魔凛は五間(約五十メートル)離れてついてこい。命令だ。手ぶらで来い」

 

 大旋風は歩き出す。

 魔凛は立ちあがった。

 そして、はっとした。

 

 五間(約五十メートル)離れろという命令なので、まだ魔凛の脚は進み始めないが、”手ぶら“という命令をされてしまったので、その状態で脱いでいた下袍を持つことができないのだ。

 

「ま、待ってくれ、大旋風──。ま、まだ、下袍が……」

 

 魔凛の身体は、大旋風たちが五間(約五十メートル)離れるのを待って立ったままでいるが、下半身が素っ裸だ。

 とりあえず、上衣を引っ張って股間を両手で隠したが、前側を引っ張っている分、お尻は丸出しだ。

 

「なんだよ、魔凛? 別にそれでいいじゃねえか。大事な場所は隠れているしな……。まあ、尻は出てるが、人間どもに、その綺麗な尻くらい見せつけてやれよ──」

 

 大旋風は振り返って言った。そして、すぐに進み出す。

 

「なっ──」

 

 魔凛は絶句して、羞恥に震えた。

 なにをさせられるのかわかったからだ。

 下袍で性器を拭けと命じたり、五間(約五十メートル)離れてついてこいという奇妙な指示は、この嫌がらせのためだったのだ。

 

 つまり、魔凛に上衣だけを着て、下半身が裸身のままという羞恥の格好で、人混みを歩かせるつもりなのだ……。

 しかも、そばに大旋風がいるならともかく、魔凛はその格好でたったひとりで歩かねばならないのだ。

 大旋風たちは容赦なく歩いていく。

 

「そ、そんな──」

 

 魔凛は悲鳴をあげたが、それを聞くものはいない。

 大旋風たちは魔凛に構わずに、階段に向かう。

 そして、姿が見えなくなる。

 

 大旋風たちが地上に昇る階段に消えると、魔凛の脚は勝手に前に歩き出した。

 魔凛は必死になって、上衣の裾を両手で引っ張って、どんどん歩みを進める脚の股間を隠した。

 

 

 

 

(第76話『鳥人地獄』終わり)



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 第77話  雌畜調教【輪廻(りんね)蝦蟇婆(がまばあ)】ー 宝玉・宝玄仙(二)
494 雌畜の無限運動


 カツ、カツ、カツ、カツ……。

 カリッ、カリッ、カリッ、カリッ……。

 

 蹄が床を踏む音と乳首につけられている金具が床を叩くが部屋に響きわたる。

 宝玄仙は懸命に脚を前に出して、動く床の上で四つ脚の身体を前に進ませていた。

 

「はっ、ああっ、いっ……」

 

 しかし、全身に響く快感のうねりにより、油断するとすぐに四肢から力が抜けたようになる。

 女陰に挿入されたままの魔法柱が宝玄仙の官能を呼び立てるとともに、異常なまでに感度をあげられている乳首の先につけられた金具が床を叩いて、絶え間のない淫情を加え続けるのだ。

 しかも、特殊な施術で四六時中欲情するように整形された肉芽が痛みにも似た疼きを迸らせる。

 

 しかし、宝玄仙は四本脚の歩みをやめるわけにはいかない。

 勝手にやめることができない仕掛けが施されているのだ。

 

 宝玄仙がいるのは広い拷問室のような場所である。

 壁には、鞭や革手錠や様々な用途の淫具、あるいは拷問具が所狭しとぶらさがっている。

 宝玄仙が無限運動を続けさせられているのは、その部屋の中心部だ。

 そして、宝玄仙の乗せられている床の中心部の一面が蝦蟇婆(がまばあ)の道術で後ろに動き続けていて、宝玄仙はひたすらその上を歩かされていて、動き続けている床の四周には、蝦蟇婆の結界が囲んでいる。

 

 ただの結界ではない。

 電撃の結界だ。その結界に少しでも触れると、とてつもない衝撃の電撃が全身に浴びせられるようになっているのだ。

 だから、電撃を浴びたくない宝玄仙は、手足を切断された惨めな四つ脚の姿で歩き続けるしかない。

 いまは、それほどの速さではないが、数刻も続けさせられると、汗みどろになるとともに、手脚がふらつく程の運動になる。

 だが、ほんの少しでも休もうものなら、床によって身体が後ろの電撃の壁に連れていかれて、宝玄仙は電撃の苦しみにのたうち回ることになる。

 

 そのため、宝玄仙は惨めな姿で馬鹿にされたような無限運動を許されるまで永々と続けている。

 しかも、宝玄仙はこれを毎日の日課としてやらされているのだ。

 

 今日で六日目になるが、ここに監禁されて初日に初めてこれをやらされたときなど、四本脚でうまく歩けずに十回以上も電撃を浴びた。

 いまでは、四つ脚にも慣れて、やっと満足に歩けるようになったが、それはそれで、ここの連中の卑劣な仕打ちによる家畜化を自分の身体が受け入れたようであり、その屈辱で怒鳴り散らしたくなる。

 

 しかし、いまはその怒鳴る相手もいない。

 部屋にいるのは宝玄仙だけであり、ほかに誰もいないこの部屋で宝玄仙は、ただ黙々と動く床を歩かされている。

 

 とにかく倒れないようにしながら、一定の速度を維持するのが大変なのだ。

 なにしろ、後肢になる両脚は膝上で、前肢になる両腕は肩口で切断するという非常に不均衡な四つ脚にされたので、身体の平衡を保つのが難しい。

 しかも、極端に短い前肢のために、宝玄仙の顔は床の上にすれすれになっていて、前側に重心が異常に偏るかたちだ。

 だから、ちょっとでも油断すると、ぐらりと身体が崩れて倒れそうになる。

 

 ここの連中の言い種によれば、毎日必ず運動をして汗を流すのは、よい魔法石を作る「家畜」として必要なことらしい……。

 女陰に挿入されている魔法柱は、宝玄仙の身体を苛む張形のかたちをしている。

 それを股間に入れっぱなしにして、宝玄仙の持つ異常な霊気吸収力により霊気を集めて、その魔法柱を魔法石と呼ばれる霊気の塊りに加工する。

 それが、いまの宝玄仙の役割らしい。

 

 まさに、魔法石を産みだす家畜というわけだ。

 この宝玄仙を亜人の家畜にするという連中の企てに宝玄仙の肚は煮えくり返っている。

 

 しかし、いまの宝玄仙にはどうしようもない。

 女陰に挿入されたその魔法柱が、物の見事に宝玄仙の霊気を奪い続けている。

 どんなに道術力があっても、その力の源である霊気がなければ道術を発揮することはできない。

 道術とは、霊気を帯びている生物や自然界に充満する霊気を一度体内に吸収して、それを術者の思い通りに動かすという技なのだ。

 だから、霊気を奪われては宝玄仙に抵抗の術はない。

 

 それをいいことに、ここにいる青獅子という魔王や、その部下の蝦蟇婆という調教師の老婆、輪廻(りんね)という変態女医師、そして、寧坊(ねいぼう)という亜人のくそったれ連中は、よってたかって宝玄仙の身体を様々に整形した。

 

 まずは、手脚を切断して前後不均等な四本脚にして、その先端に豚の踵をつけた。

 この豚の踵というのが、非常にいまいましいことに、地面につける部分が特殊な加工の丸みを帯びていて、二本脚で立とうとすると引っくり返ってしまうようになっているのだ。

 そのために、宝玄仙はいまこうしているように、移動しようと思えば否応なく四つ脚で歩かなければならない。

 

 そして、鼻には鼻輪だ。

 鼻のあいだの壁に穴を開けられて、そこに大きな鉄の輪を装着されている。

 鼻面を引っ張り回されれば、激痛でそれに抵抗することなどできない。

 

 また、以前、千代婆という変態婆に施された乳首の活性化の施術を復活させて異常な感度にさせられた。

 しかも、寧坊は、その宝玄仙の乳首に金具をぶら下げるようにして、四つ脚の宝玄仙が歩くときに、必ず、金具が床を引き摺るようにさせるという嫌がらせもしたのだ。

 常に欲情し、全身に疼きを貯め続けることは、良質の魔法石を産むために非常に効果があると言って……。

 

 同じような淫乱化の改造として、肉芽の皮の内側に微小の粒を装着して、四六時中、その粒が敏感な肉芽を刺激続けるようにもされた。

 

 さらに、そんな淫靡化の施術をしながら、おかしな(はり)の術で、肉芽や乳首では絶対に絶頂できない身体にもしたのだ。

 そのため、起きているときには常に、欲情し快感を与え続けられている宝玄仙だが、どんなに欲情しても溜まった快感を発散することはできない。

 切断されている四つ脚では自慰もできない。

 溜まった淫情を発散させてもらえずに、ひたすら快感を与えられるのは、女の身体にとって性の拷問でしかない。

 

 そして、宝玄仙が溜まりに溜まった淫情を発散させてもらえるのは、時折やってくる青獅子という魔王に尻を犯してもらうしかないのだ。

 尻なら欲情を発散できて、疼きに疼く身体を解放されて絶頂できる……。

 宝玄仙が青獅子を待ち望むようになるための調教の手段として連中がそうしたのだ。

 

 口惜しいが、宝玄仙も快感が溜まりきった身体を解放できる青獅子の訪問は嬉しく感じてしまうようになってしまった。

 だが、青獅子がやってくるのは毎日のことではない。

 もともとは、青獅子は、毎日宝玄仙を犯しに降りてくる計画になっていたらしいが、実際には、初日に犯された以外は、青獅子が宝玄仙のところにやってきたのは二回だ。

 それについては、魔法柱の管理をしている寧坊が不平をこぼしている。

 

 寧坊は、青獅子が宝玄仙の溜まりきった快感を解放させるときに合わせて、魔法石に成長した魔法柱を交換して、新しい魔法石を宝玄仙の女陰に入れ直すことにしていて、青獅子の訪問が気まぐれで間隔が開くと、宝玄仙の淫気に斑ができて、魔法石の質が落ちるというのだ。

 

 もちろん、そんなことは宝玄仙の知ったことではないが……。

 

 それにしても、こうやって全身を苛む疼きに耐えて、動く床の上を連続歩行をさせられるというのは、本当に自分がなにかの家畜にでもなった気がする。

 宝玄仙は歩き続けている。

 

「はあ、はあっ、はあっ……」

 

 呼吸は荒れ、宝玄仙の口からは絶え間のない嬌声が噴きこぼれる。

 

 粒の施術を受けた肉芽──。

 

 異常感度にされた乳首──。

 

 子宮近くに挿入されて常に膣の中を刺激し続けている魔法石の疼き──。

 

 それが絶え間なく宝玄仙を襲う……。

 もしも、この場にあのいまいましい連中の誰かがいれば、宝玄仙が恥ずかしい声を出して、連中に弱みを見せるようなことはしない。

 

 しかし、いまはこの部屋には誰もない。

 誰もいなくても宝玄仙には逃げ出すこともできないし、無限運動の責め苦をやめることもできないとわかっていて連中はそうしているのだ。

 誰もいなくなり、宝玄仙だけを残して責め苦をさせ続けるという行為自体も、宝玄仙の心を折って家畜化していくための調教の手段であろう。

 

 また、毎日、やらされているこの動く床で行う無限運動の調教は、どのくらい続けるのかの時間が決まっていない。

 この五日、運動の時間は毎日異なっていた。

 毎日のこの無限運動の責め苦の時間を教えないこともまた、心への責め苦のひとつだろう。

 

 ほんの半刻(約三十分)だったのが一回、数刻単位が一回、半日も続けさせられたのが二回、そして、さらに朝から夜までぶっつづけでやらされたのが一回だ。

 朝から夜までやらされたときなど、歩きながら小便もさせられたし、歩きながら飲食をすることを余儀なくされたりした。

 最初のときは、蝦蟇婆や寧坊、あるいは、蝦蟇婆の例の白痴兄弟の誰かがつっききりだった。

 だが、だんだんと連中がそばにいる時間は短くなり、今日は最初に、蝦蟇婆と寧坊が鼻輪で引っ張って床の真ん中に宝玄仙を置いた以外は、誰も見守ってもいない。

 

 今日はずっとひとりだ。

 たったひとりで見張る者もなく、ひたすらにいつ終わるのかわからない責め苦をやり続ける……。

 これは、単に肉体の拷問ではなく、心の拷問だ。

 

 やがて、連中は無限運動を終わらせるときにやっと現れて、息も絶え絶えの宝玄仙に声をかけるのだろう。

 連中が姿を見せるのは無限運動の責め苦が終わるときだから、少しずつ拷問者を待ち望む気持ちが心を支配していくようになる。

 これを続けられると、宝玄仙はいつしか、連中がやってくるのを待ち望むようになる。

 それは調教の常套手段だ。

 そうやって、家畜として躾けるのだ。

 

 宝玄仙自身もまた、優れた調教師だからわかる。

 そして、これが連中の技であることを悟っていても、これをやられ続けると、いつしか頭ではなく心が逆らえなくなることも……。

 

「はあっ……ああっ……」

 

 宝玄仙は懸命に歩き続けた。

 この無限運動のもうひとつの恐ろしさは、身体を苛まれながらあまりもの単調な運動を続けることで、もう身体の疼き以外のことをなにも考えられなくなることだ。

 

 そうやって、思考力を奪っていく……。

 その行きつく先には、完全な心の家畜化だ。

 

 そうなる前に、なんとしても逃亡しなければ……。

 しかし、どうやって……?

 

 それにしても、今日はどのくらいこれをやらされるのか……?

 

 そろそろ脚に疲労が溜まってきた。

 床の速さはそれほどではないので耐えられない運動でもないはずだが、とにかく不均衡な四つ脚は歩きにくいし、いつ終わるのかということがわからない不安が宝玄仙の呼吸を乱れさせる。

 

 なによりも、股間と乳首の疼きが激しい。

 宝玄仙はある程度は快感を抑制することはできるのでなんとか耐えているが、歩き続ける自分の身体が官能の熱のために火照り、身体の下にはおびただしい脂汗が滴っていることはわかる。

 

 そのとき、宝玄仙の頭側の扉が開いた。

 この調教部屋には前後にふたつの扉がある。

 ひとつは、宝玄仙が歩いている後方側であり、外の廊下に通じる扉だ。

 もうひとつが、いま開いた扉であり、家畜部屋と呼んでいる宝玄仙がいつも飼われている部屋になる。

 そこに、一鉄、二鉄という白痴の亜人もいて、彼らが宝玄仙の直接の世話係だ。

 

 宝玄仙の異常に低い視界には、顔をあげても相手の全身を見ることはできない。

 開いた扉から入ってきたのはひとりだ。

 サンダル履きの長い下袍──。

 どうやら蝦蟇婆のようだ。

 

「まったく、だらしないほどに股間を濡らしておるのう。ここから見ても、床の上に淫汁がしたしたと落ちているのがわかるわい──。まあ、それが良質の魔法石を育てる秘訣のようじゃからな。せいぜい、そうやって尻を振って歩くといいわ」

 

 蝦蟇婆の嘲笑する声が降ってきた。

 

「い、いつまで、やらせるんだい……。い、いい加減に解放しておくれよ……。そ、それよりも、少しだけでいいんだ。休憩させておくれ──」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、気を抜いたつもりはなかったのだが、次の瞬間に一瞬だけ態勢を崩して、一気に身体を後ろに後退させてしまった。

 宝玄仙は慌てて脚を前に出した。

 しかし、乳首を苛む刺激がそれによって拡大して、がくんと身体がよろける。

 それでもなんとか必死に元の位置に戻って、やっと位置を保つ。

 

「甘いことを言うんじゃないわ。ちゃんと励んでいるか様子を見に来ただけじゃ」

 

 蝦蟇婆はそう言って、そのまま部屋を横切って、廊下に通じる扉から部屋を出て行った。

 無限運動責めが終わるわけではないとわかって、宝玄仙は落胆の気持ちを抑えることができなかった。

 再び、ひとりで部屋に取り残された宝玄仙は、仕方なく、また動く床の上を歩き続ける。

 肉芯と乳首を疼かせながら……。

 

 そのとき、ふと、宝玄仙はなんとなく、汗で濡れた身体に風が当たるのを感じた。

 歩みの体勢が崩れないように注意しながら、前肢の陰から後方を覗ていみる。

 すると、視界の隅に、蝦蟇婆が出て行った廊下に通じる扉がわずかに開いているのが入った……。

 

 宝玄仙の全身に緊張の汗が流れる。

 もしかしたら、あの扉から逃げられるのではないか……。

 

 扉の向こうがどうなっているのかわからないが、どこかに隠れる場所くらいあるだろう。

 そこに隠れて、この建物の亜人たちをやり過ごし、どこかにいるに違いない孫空女や沙那や朱姫と合流する……。

 

 その後はそれからのことだ……。

 とにかく、あいつらに合流すればなんとかなるかもしれない……。

 やってみるか……。

 

 宝玄仙は四つ脚を忙しく動かしながら、口に溜まった唾を飲んだ。

 そして、決心した。

 

 さっき、蝦蟇婆は、様子を見に来たというようなことを口走ったと思う。

 つまりは、ここには宝玄仙を隣の部屋から見張っているような監視霊具はないのだ。

 だったら……。

 

 蝦蟇婆の結界が決して完全なものではないことは、宝玄仙は最初から気がついていた。

 確かに結界はあるが、普通の人間が立ったときの腰の高さほどもない。

 霊気が魔法柱に吸収されてるために道術が遣えなくても、一流の道術遣いとして宝玄仙は霊気の感知はできる。

 腰の高さよりも上には結界はない……。

 

 つまり、高く跳躍すれば、うまくすれば電撃を浴びることなく結界を越えられるのだ。

 しかし、こんな短い肢で結界の壁をうまく跳躍できるか……?

 それはやってみるしかない……。

 

 宝玄仙には、常人には見えない結界の壁がまるで色のついた透明の層として感じる。

 できる──。

 床の反動を逆に利用すれば──。

 

 宝玄仙は駆け足になると動く床のぎりぎり前まで一気に進んだ。

 そして、不意に反転する。

 床が動く方向に駆けた。

 

 脚の動きに床の動く速度が足される。

 身体を起こして跳躍した──。

 

「でやあっ」

 

 しかし、次の瞬間、自分の試みが完全な失敗であることを悟った。

 駄目だ──。

 高さがまったく足りない……。

 

 とてもじゃないが、結界の壁を越えるような跳躍など不可能だった。前脚が短すぎて跳躍にならないのだ。

 宝玄仙はそのことが跳躍してわかった──。

 

 しかし、もう身体は空中だ。

 どうしようもない……。

 

 結界にぶつかるまでの一瞬が異常に長く感じる……。

 眼の前に近づく結界の壁を見て、宝玄仙は電撃の衝撃を思い出した。

 

「うぎゃああ──」

 

 怖ろしい電撃に宝玄仙は部屋にこだまするような絶叫をあげた。

 身体を起こそうとしても動く床の上だ。

 体勢を崩している宝玄仙の全身を電撃の壁に床が押しつける。

 

「ひぎいっ──た、助けて──い、痛い──ぎゃああ──」

 

 宝玄仙はもがき続けた。

 この電撃は最初はぴりっとするだけだが、だんだんと電撃が大きくなるのを宝玄仙は知っている。

 

 早く、離れなければ──。

 しかし、立てない──。

 床が動くので、仰向けになった身体を起こせないのだ。

 

 不快な電撃が全身に浴びせ続けられる。

 しかも、それはだんだんと大きくなる。

 心臓が締めつけられる……。

 

「なんだっ?」

 

 家畜部屋の扉が開いた。

 短い手足で仰向けになってもがいている宝玄仙の視界に少年の寧坊の姿が映った。

 続いてやってきた一鉄と二鉄という黒い肌をした巨漢の白痴の双子も……。

 

「おい、一鉄──。婆さん、呼んで来い──。これは婆さんじゃないととめられないんだ──。触んなよ、二鉄、お前まで感電するぞ──」

 

 寧坊が叫んだ。

 

「ふんがっ」

 

 一鉄が駆け出した。

 それを確認しながら、さらに強くなった電撃の衝撃で宝玄仙の意識は急速に遠のいていった。



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495 意識の部屋の異変

「駄目よ、宝玄仙……。逆らったりしたら……」

 

 声がした。

 宝玄仙は眼を開けた。

 宝玉だ。

 

 真っ暗な世界の中に、ぼんやりと宝玉が見える。

 手足が短い……。

 現実の世界で切断された手脚と同じ四歩脚の宝玉が宝玄仙を呆れたように見ている。

 

 ここは「意識の部屋」と呼んでいる宝玄仙や宝玉の意識下のようだ。

 どうやら、あの電撃で自分は気を失ったらしい。

 

 だから、こうやって意識の世界にいるのだろう。

 つまりは、現実の宝玄仙は誰も意識を支配していない気絶状態ということだ。

 

 宝玄仙は自分も身体を起こそうとした。

 しかし、うまく立てない。

 宝玄仙は、この「意識の部屋」でも、外の世界の影響で宝玄仙や宝玉の手脚がなぜか短くなっていることを思い出した。

 宝玄仙は胴体を回転させて四本脚で立った。

 

「ふん──。ちょっと、失敗しただけさ……。そのうち、逃げてみせるよ」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「まったく、あんたは駄目ね。考えなしにも程があるわ。だいたい、扉まで辿り着いたとして、それからどうするつもりだったの? 沙那がいたら絶対に許さないような無計画さね」

 

 宝玄仙とは異なり、宝玉は宝玄仙が表に出ているときのことを意識の中で反芻して知覚している。

 だから、外で起きたことについて、宝玉は認識しているのだ。

 それて比べて、宝玄仙は宝玉が表に出ているときのことをまったく知覚できない。

 

「うるさいよ、宝玉──。その沙那に合流しようと思ったんだよ」

 

「沙那がどこにいるのかも確かめずに?」

 

「動き回れば、沙那も見つかるかもしれないじゃないかい、宝玉」

 

「呆れた……。あなたって、本当にその場の感情だけで動くのね」

 

 宝玉は嘆息した。

 

「ふん、次はもっとうまくやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それに、彼らからは逃げられないわ。ご主人様たちからは……」

 

「なにがご主人様だよ……。頭がおかしくなったのかい、宝玉?」

 

 宝玄仙は宝玉に視線を向けた。

 そして、ぎょっとした。

 宝玉の鼻に鼻輪がある。

 ここは宝玄仙の意識の中のはずだ。

 それなのに……

 慌てて自分の顔を振って宝玄仙の鼻を確かめた。

 宝玄仙の鼻には、いま、宝玉の鼻にあるような鼻輪はない……。

 とりあえずほっとしたが、どうして、宝玉に現実の宝玄仙の身体がされているような影響が意識下の存在にも出ているのだろう……?

 

 そう思って、ふと宝玄仙はこの四つ脚も同じだと思った。

 考えてみれば、外の宝玄仙の手脚が切断されることで、なぜ、意識下の姿まで同じになったのか……?

 

「そう言えば、輪廻先生は、そろそろ本格的な豊乳の施術をすると言っていたわね……。わたしたちの乳房が牛のように大きくなるのかしら……?」

 

 宝玉が言った。

 その表情は虚ろだ。

 ぼんやりとしてなにも考えていないように見える。

 

 宝玉……。

 

「お、お前、しっかりしな、宝玉──。なにが、ご主人様で、なにが輪廻先生だよ──。あの糞婆と変態女をそんな風に呼ぶんじゃないよ」

 

「でも、そう呼ばないと折檻されるのよ──。わたしは折檻されたくないわ……」

 

 なんとなく宝玉の口調は緩やかだ。

 少し様子がおかしい。

 

「折檻するなら、させておけばいいさ──。お前、どうしたんだい?」

 

 宝玄仙は叫びながら、はっとした。

 宝玉の顔から生気が消えかけている。

 

 連中の調教による影響が宝玉に現れている……?

 宝玄仙は意識の世界でありながら、自分の背に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

 この六日……。

 

 宝玄仙と宝玉は交替でここの亜人たちの調教を受け続けた。

 その影響は、どうやら宝玄仙と宝玉では違うようだ。

 宝玄仙はこのくらいの調教なら何年受けても、連中に屈服することはないと思う。

 だが、宝玉は別のようだ。

 

 わずか数日だが、宝玉は連中の嗜虐的な調教ですでに本当に家畜のように心を潰されようとしている。

 だから、意識の中の世界の姿に鼻輪が出現するような影響が現われているのだろう。

 宝玄仙はぞっとした。

 

 だが、それはもしかしたら自分もそうではないだろうか……。

 宝玄仙自身は気丈に抵抗しているつもりだったが、考えてみれば、宝玄仙もまた短く切断された手脚の影響が意識の世界に出ている。

 

 それにしても、そうだと仮定すると、なにか不自然だ。

 宝玉にしても、宝玄仙にしても、現実の世界の調教の影響が心に出るのが早すぎる。

 なぜだろう……。

 

 蝦蟇(がま)婆たちがやっているのは、単なる家畜としての調教ではないのか……?

 もしかしたら、なんらかの『縛心術』のようなものを掛けられているのだろうか……?

 それなら話はわかるのだが……。

 

 そう考えてはっとした。

 薬物……。

 

 道術に詳しい宝玄仙は、この世には人の思考力をだんだんと失わせる道術や魔薬というのもが存在することを知っている。

 もしも、毎日の餌に混ぜて、思考力を失わせる薬物を飲ませ続けられているとすれば……。

 

 それは、宝玉と宝玄仙の身体と思考を苛み、思考力を奪って、だんだんと考える力を失わせていく……。

 薬物が宝玄仙や宝玉の心の抵抗を奪っているのだとすれば、宝玄仙も気がつかないうちに、いつの間にか従順な家畜に仕立てられているのではないか。

 

 本当に魔法石の家畜にするのであれば、思考力など不要だろう。

 だから連中は遠慮なく、その手の薬物を宝玄仙に飲食に混ぜて少しずつ服用させ、平素の調教に加えて、薬物でも家畜化を図っているのではないか……。

 その影響が出ているとしたら、意識下のこの現象も辻褄が合う……。

 

 しかし、その薬物の影響は、宝玄仙の宝玉の特殊な体質のために、均等には影響を受けずに、とりあえず、宝玄仙でなく宝玉を蝕んでいる……。

 ぞっとした。

 

 宝玉の虚ろさは、白痴化の薬物による影響に間違いないと思う。

 そして、それはいつ宝玄仙に影響がやってくるかわからない。

 

「お、お前、しっかりしな、宝玉──。お前がいなければ逃げられるものも逃げられないだろうが──。気を確かに持つんだよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「なに言ってんのよ、宝玄仙……。逃げるって、なに……? わたしたちは家畜よ……」

 

「しっかりしろと言っているだろう、宝玉──。逃げられるんだよ──。今日はちょっとばかり、わたしを舐めている連中に抵抗の素振りを見せてやりたかっただけさ──。いいかい、宝玉──。逃げる機会はいつでもあるんだ。わたしたちの股間に挿入されている魔法柱だ。それが脱出の鍵なんだ」

 

「魔法柱がどうかしたの、宝玄仙?」

 

 宝玉が言った。

 心なしか宝玉の顔色に赤みが差した気がする。

 宝玄仙の強い言葉が宝玉の意識を少しは活性化して、宝玉の朦朧としている思考が少し戻ったのかもしれない。

 

「わたしたちの道術は、あの魔法石の存在により封じられている──。あの魔法柱が女陰にある限りは、確かに道術は遣えない。だけど、魔法石を作るためには、必ず魔法石に成長した魔法柱を新しい魔法柱と交換するために、股間から魔法石を取り出すという行為が必要だということさ」

 

 宝玄仙は言った。

 それは最初から気がついていた。

 しかし、いままでの二回とも、溜まった淫情を解放してもらう圧倒的な快感に、完全に気絶させられてしまい意識を保つことができなかった。

 だが、もしもそのときに、意識を保つことさえできれば、魔法柱が女陰から出た一瞬だけ宝玄仙は連中に反撃できる。

 反撃の機会は常にそばにあるのだ──。

 

「無理よ。わたしには、攻撃道術は遣えないのよ。知っているくせに……」

 

「わたしがやるよ、宝玉。次に魔法石を取り出すときには、お前が外に出ている。もしかしたら、また限界を超えた快感で意識がなくなるかもしれない……。だけど、今度はすかさず、わたしが交替する。そして、次の魔法柱を入れられるまでの一瞬で、連中に道術で反撃する──」

 

「うまくいく、宝玄仙……?」

 

 宝玉の意識がしっかりしてきた。

 宝玄仙は宝玉の鼻から鼻輪が消えていることに気がついた。

 やはり、そうだ。意識下の中で外の施術の影響が現れるのは、連中が密かになんらかの薬物のようなもので心の抵抗を奪っているのだ。

 だから、心が抵抗力を取り戻せば、意識下の姿は元に戻る。

 そのとき、宝玄仙はいつの間にか、自分の手脚が戻り、真っ直ぐに立っていることに気がついた。

 宝玉は相変わらず四つ脚のままだが……。

 

「うまくいくさ……。とにかく、わたしたちふたりで頑張って、自由に意識を保つことをできるようにするんだ。次にうまくいかなくても、その次の機会がある。その次だって……。とにかく……。んん?」

 

 不意に違和感を覚えた。

 なにか、得たいの知れない……?

 

「ひっ、ひいっ」

 

 突然に股間に強い刺激が発生したのだ。

 なにがで股間をなぶられている……。

 そして、あまりの気持ちよさに宝玄仙は四つん這いの身体でもんどり打った。

 快感が強引に急上昇させられる。

 

「ど、どうしたの、宝玄仙?」

 

 宝玉は唖然としている。

 しかし、宝玄仙は応じるどころではない。

 そして、この状態の検討もついた。 表の側にいる蝦蟇婆たちが、宝玄仙と宝玉の身体に悪戯をしているに違いない。

 そして、その刺激が意識の世界に逃げ込んだ宝玄仙を伝わっているのだ。

 ただ、宝玉に影響がない理由はわからない。

 

「あら……」

 

 そのとき、強い光がそばに当たった。

 宝玄仙は口をつぐんだ。

 身体の意識が戻ろうとしている。

 宝玄仙か宝玉のどちらかが、表にでなければならない……。

 

「……また、無理矢理に覚醒されたようね……」

 

 宝玉がぽつりと言った。

 

「わたしが行くさ」

 

 宝玄仙は言った。

 とにかく、いまの宝玉にはなにも任せられない。

 ただでさえ、この刺激だ。

 覚醒した側は、なにをされるのかわかったものじゃない。

 

「いいえ、わたしよ」

 

 宝玉が前に出た。

 お前じゃあ、また心を支配される……。

 そう言って、宝玄仙は宝玉を押し避けようとした。

 しかし、なぜか身体が動かない……。

 さらに、あれほどに襲いかかっていた刺激が消滅した。

 

「あっ、ああっ、これは、ああ、許してえて」

 

 宝玉が泣き叫んだ。

 さっきまでの股間の刺激が宝玉に移ったのだろう。

 

「ま、待つんだ、宝玉」

 

 宝玄仙は声をあげたが、すでに身体の支配権を宝玉に奪われた。

 もう、宝玄仙には自由にならない。

 そのあいだに、宝玉が光の中に入ってしまった。

 宝玄仙の意識は急速に無意識の中に引き込まれていく。

 宝玉の意識が身体を支配したからだ……。

 

 そのときだった。

 ふと、この意識の空間に誰かの気配を感じたのだ。

 宝玉?

 いや、違う――。

 すでに、宝玉は出ていき、表の世界だ。

 だったら、誰――?

 

「誰だい――?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、宝玄仙の意識は急速に消えていく。

 宝玉が本格的に覚醒してしまったのだろう。

 失われる意識の中で、拡大する光の中に包まれる宝玉のそばに、黒い影の誰かが立っているのが見えた気がした……。



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496 支配薬・洗脳薬

「いや、解いて……。嫌よ……」

 

 寝台に横たえられた宝玉は四肢を四隅に伸ばした格好で仰向けに固定された。

 四肢といっても、両手は肩口から切断されて両脚は膝から下がない。

 切断部には豚の蹄を付けられていて、その蹄の側面に金具が繋げられる小さな留め部分が掘ってあり、そこに寝台の四隅から伸びた鎖の先端の金具を接続されたのだ。

 輪廻が寝台の上部についている操作具を動かした。

 すると伸びていた四肢がさらに引っ張られて、宝玉は身じろぎさえもできないくらいに身体を引き延ばされた。

 

「こ、怖いわ……。ね、ねえ、お願い……。後生だから……」

 

 宝玉は狼狽えていた。

 ここは輪廻(りんね)の診察室だ。

 監禁された初日に、手足を切断されるとともに、陰湿に身体の整形をされた場所だ。

 ここで意識のある状態で手脚を切断されて豚の蹄を繋げられたのだ。

 肉芽や乳首の淫乱化の施術も受けた。そのときの恐怖は心にこびりついている。

 

「ふふふ、久しぶりね、宝。もっとも、わたしとしては、興味深い実験台として、ずっと隠れて観察してたんたけどね……。おかげで、あんたのことが随分わかってきたわよ……。もっと早く豊乳の施術をするつもりだったけど、あんまりあんたが興味深かったんで、ちょっと色々と観察させてもらってたのよ」

 

「ああっ、いやよ。やめてったら」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 そうやって、話しているあいだも、柔らかい刷毛のようなもので、宝玉の全身のあちこちをくすぐるのだ。

 ただでさえ感じやすいのに、施術によって鋭敏な肉体にされてしまった宝玉は、身動きできない身体をのたうち回らせるしかなかった。

 

「そのあいだ待ってもらうかたちになったけどね。待ち遠しかっただろうから、今日はちゃんとお前のおっぱいを改造させてもらうわ」

 

 輪廻が頬に笑みを浮かべながら、刷毛を横の台に置く。。

 宝玉はその微笑みに恐怖した。

 この女はこの顔をしながら、平然とこの身体に残酷な施術をする。

 手脚を無造作に切断されながら、それを一本一本目の前にかざされたときのことを思い出して、宝玉は身体を硬直させた。

 やると言われたから覚悟はしていたが、いざそれが目前になると、また得体の知れない施術で身体を弄くられるという恐怖で身体ががくがくと震えてしまう。

 

「ひっひっひっ、やっぱり、さっきとは威勢が違うのう……」

 

 輪廻のそばに立っている蝦蟇婆が(がまばあ)宝玉を覗き込みながら訊ねた。

 宝玉の認識では、少し前まで、この身体は宝玄仙の意識で、動く床の上を無限運動するという責め苦を受けていた。

 この蝦蟇婆の道術で、触れれば電撃の流れる結界で四周を囲まれ、床を動かされて、その上で無限に続くかと思うような四つ脚歩行を強要されたのだ。

 

 それを宝玄仙が無理に脱出しようとして、結界の電撃に触れてしまい、その電撃で気を失ってしまったはずだ。

 だが、宝玉がこの身体に意識を戻したときには、この輪廻の部屋に連れて来られていた。

 どうやら、気絶したまま、すぐにここに運ばれたようだ。

 

「そ、そんなことない……わ……よ……」

 

 宝玉は宝玄仙ように悪態をついて、宝玄仙を装おうとしたが無理だった。

 彼女たちへの恐怖心が宝玉の反抗心を消失させてしまう。

 

「やっぱり、もうひとりのお前とは反応が違うようじゃな。お前は宝玄仙ではないのであろう? 正直に言ってみよ。お前は誰じゃ?」

 

 宝玉は蝦蟇婆の言葉にはっとした。

 蝦蟇婆が言及したのは、この身体に宝玄仙と宝玉というふたつの人格が同居していることについてであろう。

 いつまでも隠しておけるとは思えなかったが、さっき意識の部屋で、人格の交替をすることによって彼女たちを出し抜き、股間の魔法柱が交換される瞬間に反撃をしようと、宝玄仙が言っていたのを思い出した。

 だから、ふたつの人格のことは隠せるものなら隠すべきだ。

 少なくともなにもかも喋ってしまってはならない。

 宝玉はとっさに思った──。

 

「あら、その表情……。ねえ、蝦蟇婆、どうやらこいつは、隠しておきたいつもりのようね。豊乳と乳腺活性化の施術の前に拷問して、なにかもかも洗いざらい訊き出してよ」

 

 輪廻がにやにやと微笑みながら、蝦蟇婆に視線を向ける。

 蝦蟇婆は寝台に添って移動し、鎖で開脚されている宝玉の股間の横に移動した。

 

「まあ、こんな女から秘密を白状させるのは造作もないことじゃ。この女には尻穴以外ではいけない身体にしておるからのう。その身体で敏感な肉芽でも弄り回されたら、堪らんじゃろうて……」

 

「な、なにも秘密なんてないわ──。わ、わたしは、とても気分屋なのよ──。それでころころと喋り方や態度が変わるの──。それだけよ」

 

 宝玉の股間に手を伸ばす気配の蝦蟇婆に慌てて言った。

 しかし、蝦蟇婆の指がすっと宝玉の無防備な肉芽に触れた。

 動かすのではない。

 ただ、軽く押すように触っただけだ。

 

「ひいっ」

 

 しかし、ただそれだけで、肉芽の皮の内側に粒の施術を受けている宝玉は、異常な痺れをそこに感じて悲鳴をあげた。

 

「嘘を言うんじゃないわよ、宝。わたしたちを馬鹿だと思っているの? あんたのことはずっと観察していたと言っているでしょう。こっそりと霊気の波動も調べさせてもらったわ」

 

「霊気の波動……?」

 

 愕然とした。

 そこまで調べられたのなら、誤魔化しようがない。

 同じ身体に宿る人格でありながら、宝玄仙と宝玉の道術の波動は異なる。

 なぜ、そうなっつのかは不明だが、厳然たる事実だ。

 宝玉はそれを知っていた。

 他人であれば波動が完全に一致するということはありえず、また、波動が違うということは絶対に同じ人物ではないということだ。

 宝玉は背に冷たいものが流れるのがわかった。

 

「知っていると思うけど、亜人でも人間の道術遣いでも、ひとりの道術者は、ひとつの霊気の波動しかないはずなのよ。でも、あんたは明らかにふたつの波動がある。そして、それぞれに喋り方も違うし、蝦蟇婆たちに対する態度も違う──。これが示すことは明らかよ」

 

 輪廻がそう言って寝台を挟んで蝦蟇婆の反対側に移動した。

 椅子を引き寄せて、宝玉の身体をじっくりと眺める態勢になる。

 

「あ、明らかなら、訊かなくてもいいじゃない──。あっ、はあっ……」

 

 蝦蟇婆の指先はほとんど動くか動かないかの微妙なものだ。

 しかし、じわじわと情欲の果汁が糸を引くように股間から溢れるのがわかる。

 身悶えしたいがしっかりと引き伸ばされている身体は、宝玉にわずかな身悶えくらいしか許さない。

 

 とにかく、これくらいでこんなに感じていては駄目だ──。

 このふたりがすでにこの身体に宿るふたつの人格について、なんらかのことを悟ったのは間違いない。

 

 しかし、宝玄仙も言った──。

 もしかしたら、この身体に宿るふたつの人格という状態が彼女たちへの反撃の端緒になるかもしれない。

 だから、白状してはならない──。

 宝玉は必死になって絶息しそうな淫情から自分を取り戻そうとした。

 

「わしらは、お前の言葉で聞きたいのじゃよ。お前の身体には、ふたつの人格がある。そうじゃな? そんな存在は、亜人の世界でも珍しいが、まったくいなかったわけじゃない。わしも、以前、ひとつの身体にふたつの人格が棲んでおった亜人に遭ったこともある」

 

「うう……、も、もう、質問しないで……」

 

 追い詰められる。

 なにかが圧倒してくる。

 よくはわからないが、それがわかる……。

 怖い……。

 得たいの知れない恐怖が宝玉を襲う。

 

「人間族ではもそういうことが起きるとは知らなんだが、お前は人間族でふたつの人格を持つようになった存在なのじゃな? そうじゃろう?」

 

「はああっ──そ、それはだめっ──」

 

 質問をしながら、蝦蟇婆の指がゆっくりと肉芽を回しだした。

 それは怖ろしいほどにゆっくりとした動きだ。

 だが、宝玉を追い詰めるにはそれで十分だ。

 股間に走る疼きが身体の芯まで溶かすような被虐の甘い感触に変わる。

 その感触を振り払おうと、宝玉はほんの少しでもいいから蝦蟇婆の指を肉芽から離そうとした。

 しかし、短い手足を寝台の四隅にほとんど動けないほどに引っ張られている身体では、ほとんど腰も動かせないのだ。

 宝玉はただ蝦蟇婆の手管を受け入れるだけだ。

 

 蝦蟇婆の指が肉芽を動かし続ける。

 切なくて甘い痺れに、宝玉の全身の肉が溶かされるような恍惚感が生じだす。

 蝦蟇婆がやろうとしていることはわかっている。

 宝玉を追い込んで、息も絶え絶えの状態にして、まともな思考力を奪いとるまで昇りつめさせようとしているのだ。

 わかっているが、この身体では抵抗できない。施された身体改造による快感が強すぎる。

 ほんの少し肉芽を弄られただけで、痛烈な快美感が背骨を貫く。

 

 だけど、おかしい……。

 感じすぎると気力がなくなる……。

 

 確かに自分は宝玄仙に比べれば、嗜虐の快感に弱いが、こんなにも呆気なく相手に屈服心を覚えるのは不自然だ。

 

 薬物……?

 

 そのとき、意識の部屋で宝玄仙が口にした白痴化の魔薬というのが頭を過る。

 宝玄仙の言う通り、これまでの五日でそれをいつの間にか摂取させられていて、その影響が宝玉だけに表れているとすれば……。

 

「これくらいでそんなに反応しておってはつらいぞ、宝。わかっているともうが、いまのお前が一度受けた快感は、その身体では陛下が尻をほじるときでないと発散できんのじゃ。疼いたまま一日も二日もすごすのは大変ぞ──」

 

「あひいっ」

 

 刺激が強くなる。

 宝玉は翻弄される。

 

「どらっ、言わんか──。お前たちはふたりでひとりなのじゃろう? どうやって人格を交替しておるのだ? どちらが本来の宝じゃ? なにもかも言わんか。ほれっ、ほれっ」

 

 蝦蟇婆が肉芽を弄り続ける。

 

「抵抗なんて無駄よ。実は、あんたにはふたつの薬物を大量に投与し続けさせてもらっているわ。ひとつは心の抵抗心をなくす薬。もうひとつは、特殊な薬物でね。二重人格者の人格交代をうまくいかなくさせる薬よ」

 

 輪廻が顔を宝玉の耳元に近づけて、息を吹き掛けてきた。

 

「はあっ」

 

 そのぞわぞわという感触に、宝玉は悲鳴をあげて顔を振った。

 やっぱり、得体の知れない薬物を飲ませられていた……。

 宝玉の心に絶望が走る。

 

「教えてくれたら、あんたに飲ませ続けている薬物を調整できるわ。多分、あんたたちに合わせた調整を完全にして投薬して、蝦蟇婆がたまたま知っていた人格支配の道術をかければ、ほぼ完全にあんたたちの人格の統制をわたしらが外からできるようになると思うの……」

 

「ああっ、そんなあ」

 

「魔薬と道術を組み合わせて、わたしたちが名前を呼んだ方しか表に出れなくなるようにできるのよ。だから、なにもかも教えて……。まずは名前よ。あんたは人一倍他人からの道術抵抗力が強いようだけど、あんたが名前をわたしたちに教えれば、それはあんたが屈服して道術を受け入れたということになるの。だから、言ってしまいなさい」

 

「ほれっ、言わんか──。名じゃ──。名前を言わんか。お前に飲ませた薬物は自白剤の効果もあるのじゃ。言え──」

 

 蝦蟇婆の指がだんだんと執拗なものに変わっていく。

 強い痺れが下腹部を襲い、いつの間にか宝玉は涙をこぼして泣き声をあげていた。

 

 肉芽から全身に拡がる官能のうねりに宝玉はさらに首を横に曲げた。

 こんな姿にされて、さらに加えられる自分へのこの淫虐の拷問に、宝玉は燃えるように熱くなった身体を少しでも動かして溜まっていく官能の情欲を外に出そうと懸命になった。

 しかし、その動きで肉芽に置かれている蝦蟇婆の指から新たな刺激が走る。

 

 身悶えすれば肉芽に置かれている蝦蟇婆の指が意地悪く動くのだ。

 そうなれば、一層妖しい痺れが宝玉を支配し、宝玉は進退極まったという心地になった。

 

「はああっ──ああっ──」

 

 身悶えさえもできないことを悟った宝玉は、思わず昂ぶった声をあげた。

 

「お前たちはふたつの人格があるだけじゃなく、それぞれに身体を制御しているようでもあるのう。わしがあれだけ餌に混ぜて、わしの言葉に逆らえんようにする魔薬を飲ませておるのに、さっきはあんな騒動を起こして電撃の結界から逃亡しようとした……。あんなことはいまのお前にできるわけがないのじゃ」

 

「あはあっ、やめてえっ」

 

 肉芽がなぶられる。

 気が遠くなるようか快感が一気に襲う。

 

 

「一方、お前については、わしたちに恐怖は感じておるが反抗的な表情はない。わしの薬物は、騒動を起こしたさっきの宝には効かずに、お前に効果を及ぼしているようじゃ──」

 

「あはああああ」

 

「そうなのであろう? ほら、秘密を喋らんか。さすれば、お前たちを完全に支配してやるわ」

 

 蝦蟇婆の手管が、さらに本格的になった。

 

「ふあああっ──ひやああっ──だ、だめっ、だめっ、だめっ、いくっ、いくう──」

 

 宝は全身を限界まで仰け反らせた。

 しかし、それは大した動きにはならなかった。

 蝦蟇婆の指が宝玉の肉芽を弄り続ける。下腹部から突き刺すような痛みにも似た快感が走る。

 全身の肉という肉が燃えあがり、脂汗が一斉に噴き出す。

 

 悲鳴のような嬌声をあげながら、宝玉はいま、蝦蟇婆が抵抗の気持ちをなくすための薬物を飲ませていると話したことを思い出していた。

 それは意識の部屋で宝玄仙が言及したことでもあった。

 

 どうやら宝玄仙は正しかったようだ。

 そして、その効果は蝦蟇婆の言う通りに、宝玄仙には及ばずに、自分に一身に効いているようだ。どうしてそうなっているかなど、宝玉にもわからないが、どうやらそういうことのようだ。

 事実、宝玉はこの蝦蟇婆や輪廻に逆らおうという気持ちはまったくない。

 

 ただ、怖い──。

 それだけだ。

 真実を喋ることが怖い──。

 

 そして、飲まされていたのは、単に反抗心を失わせるだけの薬物だけではなかったようだ。

 そんなものがあるとは知らなかったが、彼女たちはさらに、この身体に宿るふたつの人格を外から統制できることに繋がる薬物も飲ませているのだという。

 とりあえず、抵抗心をなくす薬物については、思い当たることもある。

 

 いずれにしても、絶対に喋ってはならない──。

 それくらいは宝玉にもわかる。

 

 一度喋ってしまえば、なにもかもぶちまけそうな気がする。

 そして、『縛心術』系の道術をかけて、宝玉たちが自由に人格交代をできなくするつもりだ。

 そうなったら一切の反撃の機会など消滅すると思った。

 

 しかし、どうしようもないのだ。

 彼女たちには逆らえない──。

 

 その考えも心を支配する。

 それも薬物の影響というのは知っている。

 知っているが反抗心は出てこない。

 

 それにしても、輪廻は、二重人格を統制する薬物も飲ませているというようなことを言った。

 本当にそんなものがこの世にあり、都合よく輪廻がそれを処方できたというのは本当だろうか……?

 

 それとも、宝玉を屈服させて、血に備わる道術封じの効果を減じさせるためのなんらかの罠だろうか。

 この身体には生まれつき、他人の道術を跳ね返し易い体質が備わっている。

 しかし、それは宝玉や宝玄仙の気力が萎えて、精神力が低下すると効果をなくすのだ。

 

「はあっ、もう、だめえっ──いくっ──」

 

 宝玉の思考が飛ぶ。

 なにも考えられなくなるような蝦蟇婆の愛撫が宝玉に襲いかかる──。

 宝玉はついに、身体ががくがくと発作のような痙攣を起こした。

 

「無理じゃ、無理じゃ──。昇天しようとうのは錯覚じゃ。どんなに気持ちよくなっても、絶対にいけんのじゃ」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 その通りだった。

 

 達したと思った瞬間に、当然訪れるはずの快感の迸りはやってこない。

 ただ痛みのような激しい疼きが子宮の辺りでうごめくだけだ。

 宝玉はいくにいけない強烈なもどかしさに、がっくりと首を横に落とした。

 

「いまはまだ気持ちよさがまさっておるかもしれんが、そのうちに、その快感が苦しみになる──。そうなる前にさっさと喋らんか──。まずは、お前たちの名じゃ──。名を言え」

 

「ああ、もう、いやあああっ」

 

 宝玉は泣き叫んだ。

 

「ふたつの人格はそれぞれに別の名があるのが普通じゃ。そうでないと、お互いを区別できんからのう。どちらが宝玄仙で、もうひとりの名はなんじゃ?」

 

 蝦蟇婆が肉芽だけでなく、女陰の周りまで手を這わせだす。

 まるで股間の官能という官能を呼び起こすような蝦蟇婆の手管に、宝玉は名状のできない快美な感覚に溶け込まされていった。

 

 今度こそ、いくっ──。

 そう思った。

 

 蝦蟇婆が与える快感は、全身を淫情化する施術を受けている宝玉には十分な快感だった。

 それに宝玉は宝玄仙のように自分の快感を制御するような技を持っていない。

 ただ、翻弄される。

 

「いくうっ──」

 

 宝玉は金切り声のような甲高い声をあげた。

 

「無理だと言っておろうが──」

 

「まったく、見ているこっちまで恥ずかしくなるような反応ねえ……。少しは慎みでも持ちなさいよ」

 

 蝦蟇婆だけでなく輪廻まで嘲笑した。

 そして、蝦蟇婆の手が股間だけではなく、敏感な乳首にも伸びた。

 その技巧は卓越したものであり、宝玉は言語に絶する切なさと官能の痺れにのたうつ。

 

 全身の快感はどこまでも上昇する。

 蝦蟇婆の愛撫はしばらく続いた。

 与えられるのにいけない。

 執拗に続く蝦蟇婆の責めに、宝玉の気力は一枚一枚剥がされていく。

 

 快楽が激しい……。

 しかし、絶頂だけができない。

 どろどろに溶けたようになる身体に、宝玉はいつしか思考力さえも失っていくのがわかった。

 

 それから、かなりの時間がすぎた。

 いつの間にか、宝玉の裸身を責める手は、蝦蟇婆に加えて輪廻が加わっていた。

 四本の手が肛門以外のすべての性感帯にあらゆる要領で刺激を与える。

 宝玉は半狂乱になった。

 

「こいつは大丈夫じゃろうな、輪廻? 追い詰めるまで追い詰めて、人格交代で逃げはせんじゃろうな?」

 

「わたしの処方した二重人格用の『人格制御薬』は完全じゃないけど、ある程度の効果はあるはずよ。いまは、簡単には人格交代はできないはずよ」

 

「そうか?」

 

「おそらく、気絶するほどの心の衝撃がなければ意識下には戻れないはずね。あんたが間違えて、この宝を失神させるようなへまをしない限り、こいつは逃げられないわよ」

 

「わしを誰だと思うておるのだ、輪廻。そんな失敗はせんわ。そのまま、何刻でもこいつをぎりぎりの快楽地獄に合わせ続けてやるわ」

 

 宝玉には輪廻と蝦蟇婆の会話の半分も認識できない。

 ただ、このふたりの淫虐な肉の拷問にひたすら全身をのたうたせるだけだ。

 

 もう、なにも防げない──。

 宝玉は、一切の抵抗など無意味であることを今度こそはっきりと知覚した。

 耐えようのない汚辱感と息の止まるような快感が宝玉の意思を完全に擂り潰す。

 

 肉がただれる妖しい快美感が宝玉の身体を支配する……。

 逆らえない……。

 

 いや、逆らいたくない……。

 誰か、助けて──。

 

「く、苦しい──。もう、苦しいの──。もう、やめてっ──ひいっ」

 

 宝玉はすでに泣きじゃくっていた。

 焦らし責めとは違う──。

 絶頂だけを取りあげられた性の拷問にもう、宝玉はなにも考えられなくなった。

 

「だったら、名を言うのじゃ。お前たちの名をな」

 

 蝦蟇婆が宝玉の股間と左の乳房を揉みながら言った。

 

「宝玉──。わたしは宝玉よ──。もうひとりは宝玄仙──」

 

 宝玉は泣きながら叫んでいた。

 

「や、やった、遂にこいつの頑丈な道術返しの城門が解けおったわ──」

 

 蝦蟇婆の感極まった声がした。

 次の瞬間、大量の蝦蟇婆の霊気が自分の身体に雪崩れ込むのを感じた。



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497 支配される人格交代

「この甘い香りを覚えるんじゃぞ、宝玉とやら……。といっても、覚えざるを得んじゃろうがのう……。わしの道術が効いておるからな。この香りがお前の人格が表に出る合図じゃ。しっかりと心に焼き付けよ」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が言った。

 宝玉の鼻の穴には蝦蟇婆の道術の刻まれた鼻輪がつけられているが、その鼻輪から蝦蟇婆の言及する甘い香りが強く匂い続けている。

 菓子を思わせるような香りだ。

 この香りをずっとかがされ続けているのだ。

 

「わたしの人格支配の薬剤と蝦蟇婆の道術で、あんたは、この香りを嗅いでいるあいだは、もう気絶も人格交代もできないはずよ。だから、たっぷりと遊びましょうね、玉」

 

 輪廻(りんね)も笑った。

 この身体に宿る人格が、「宝玉」と「宝玄仙」だと知り、このふたりが新たに作ったのが、“玉”という呼び掛けだ。

 “玉”が宝玉、“宝”が宝玄仙ということだ。

 輪廻の言葉のとおり、繰り返された蝦蟇婆の暗示で、宝玉の頭に完全にこれが心を縛る香りとして刻まれてしまっている。

 そのことを宝玉も悟っていた。

 

「さて、ところで、お前たちが東方帝国という場所で受けた闘勝仙という男からの調教の話は、なかなかに愉快じゃったな。だが、この身体の秘密について、隠していることが、まだまだあるじゃろう? 全部、話さんか」

 

「か、隠し事なんてしてない──。もう、これ以上はいたぶらないで──」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 

「ならば、身体に訊ねるしかないのう」

 

 蝦蟇婆が、また宝玉の拘束された身体に、手を這わせてくる。

 しかし、いまの宝玉は、どんなに快感を加えられても、それを発散できないようにされている。

 だから、蝦蟇婆や輪廻から繰り返されている愛撫は、いまや苦痛でしかない。

 宝玉は局部を責める蝦蟇婆の手管に悶え呻いた。

 

 繰り返された訊問において、宝玉は問われるままに、宝玄仙と宝玉という人格がこの身体に宿っていること――。

 そのきっかけとなったのが、闘勝仙(とうしょうせん)という男による二年間にわたる調教であったことを話してしまった。

 一度堰を切った告白は、もう宝玉にはとめることなどできなかった。

 

 宝玉には、この輪廻と蝦蟇婆が、この数日間食事に混ぜて服用させ続けた薬物が影響している。

 その薬物はこのふたりに対する心の抵抗を削ぐ効果があり、その薬物が自白剤の効果を発揮して、宝玉は問われるままに、この身体の秘密について喋らされてしまったのだ。

 

「どれ、もっと口が軽くなるようにこうしてやろうかのう──」

 

 蝦蟇婆の手が宝玉の胸に伸びる。

 そして、左右の乳首の根元に糸が結ばれて中心に向かって絞りあげられた。

 

「ひうっ──。ああ……そ、そんな……」

 

 怖ろしいほどの感度になっている乳首を糸で引っ張られる痛さと疼きで宝玉は泣き声をあげた。

 

「ほう、乳首を痛めつけられると股間から淫汁が溢れるようじゃ……。さっきの闘勝仙とかいう男たちに躾けられたのか、宝玉?」

 

 蝦蟇婆が意地悪い口調で両方の乳首を繋げている糸を弾き続ける。

 

「も、もうなんでも話したわ……。こんなことをやめて……」

 

 宝玉は糸を繰り返し引かれて喚き泣いた。

 ずっと装着されていた乳首の金具は、これから乳房の施術を受けるということで外されていたのだが、その代わりに今度は乳首の根元に糸が締めつけられたというかたちだ。

 

 この輪廻の診察室で短い四肢を開いて寝台の上に拘束されてから、もう数刻は経ったのではないだろうか。

 その間、ずっと、快楽責めが続いている。

 

 蝦蟇婆と輪廻のふたりは、宝玉にこの人格の秘密を暴露しろと迫り続けている。

 だが、宝玉には、もう、なにかを隠しているという気持ちはない。

 喋るべき内容が出てこない宝玉は、ひたすら快楽責めの苦役を受け続けるしかなかった。

 白状する情報を持っていないのに、それを言えと、ずっと拷問されている気分だ。

 

「もっと話すのよ……。さもなければ、やめてなんかあげないわよ……。そうだ、蝦蟇婆、この乳首を結んでいる糸を肉芽に結んでしまいましょうよ。それで敏感な乳首と一緒に肉芽も責めてやったらいいわ」

 

 輪廻が言った。

 

「話したわ──。もう、話すことなんてないの──。そんな酷いことしないで──」

 

「よく言うわよ、玉──。もうひとりの宝玄仙という女とあんたは、したたかさが違うようね……。もうひとりの性格の強い宝は、気が強いけど単純そうね。それに比べて、あんたは弱々しいふりをして、結構計算高く振る舞うところがあるようね──。まだ、あんたと宝とどちらが主な人格なのか説明していないじゃないの──。ふたりのうち、両方の記憶を司っている人格はどっちなの? あんた? それとも、宝?」

 

 輪廻も宝玉の局部を繋いでいる糸に手を伸ばした。

 そして、荒々しく指で弾く。

 

「ひゃああ──。も、もう堪忍して──。わ、わたしよ……。わたしが両方の記憶を持っているの──。や、やめて──」

 

「へえ、あんたが主な人格なのね……。それは意外ね。あの気の強い宝が元の人格かと思ったわ……。どっちにしても、敏感な身体ねえ。じゃあ、もっと話して頂戴。具体的には、どんな風に人格を交替するの? あなたが指令を出すの? それとも宝?」

 

「ひ、光が当たって……。そ、そこに入ったものが表に出るの……。はあっ、も、もう許して──」

 

「なにを許してじゃ……。肉芽がこんなに尖っておるではないか。満更でもなさそうじゃ。どうせ、薬物で身体も心も抵抗力が削がれきっておるのじゃ。もう、隠すことは諦めよ。なんでも、頭に思いついたことを話さんか──」

 

「いやあ」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 蝦蟇婆の手が股間に伸びて、肉芽をまさぐり始めたのだ。

 

「どれっ──。久しぶりに皮を剥いてやろうのう。粒々の刺激で四六時中苛まれるのもよいが、それで鋭敏になった生の肉芽を弄られるのもよい気持ちと思うぞ……」

 

 蝦蟇婆が宝玉の肉芽を剥きあげる。

 そして、指先で擦りあげるように揉み込む。

 

「ひうっ、あふうっ──」

 

 宝玉は泣き声を昂ぶらせながら拘束された全身を可能な限り仰け反らせた。

 

 しかし、絶頂はできない……。

 頭を白くするほどの快感が全身を駆け巡るだけだ。

 宝玉と宝玄仙が宿るこの身体は、蝦蟇婆の道術で肛門以外のどの性感帯を刺激されても、脳天に絶頂の感覚が襲う前に遮断されるようにされている。

 達しそうで達することのできなかった痛みにも似た疼きが宝玉の身体を蝕むのだ。

 いまも、その快楽の苦痛が襲いかかってきた。

 宝玉はその苦しさに悲鳴をあげた。

 

「相変わらず敏感じゃな、玉……。快感が溜まれば、薬物の影響で口も軽くなるじゃろう……。さっさと話さんか」

 

 蝦蟇婆が乳首と乳首を結んだ糸の真ん中に新たな糸を足した。

 その糸の先に輪を作った気配がした。

 次の瞬間、宝玉の肉芽の根元がぎゅっと絞りあげられた。

 

「そ、そんな……も、もう……」

 

 身体ががくがくと震えた。

 

「そんなに快感を溜めると、身体に毒ぞ、玉……。そうじゃ、こうしよう。このまま快感を溜め続けては可哀そうじゃならな。なにもかも喋ってしまって、わしらが完全にお前らの人格を支配することができたら、ご褒美に心いくまで昇天させてやるぞ……。だから、喋らんか。まだ、隠しておることがあるじゃろう?」

 

「も、もう、そんなのないわよ──」

 

 宝玉は泣き叫んだ。

 

「口ではそう言うが、お前の身体はもっと苛めて欲しそうじゃぞ。股倉はまるで小便でも洩らしたようになっておるわ」

 

 蝦蟇婆が左右の乳首と女芯を縛った糸をくいくいと引いて嘲笑した。

 

「後で片付けるのはあたしたのよ……。まったく大抵にして欲しいわね」

 

 輪廻も軽口を叩きながら、面白がって乳首と女芯を責めたててくる。

 

「あふうっ、も、もう、やめてっ──。な、なにも喋ることなんてないわ」

 

 宝玉は全身をのたうたせて泣いた。

 ふたりに糸を引かれるたびに、女陰がうごめき蜜が溢れるのがわかる。

 

「そんなことはなかろう……。お前に効いている抵抗力を削ぐ薬物が、もうひとりのお前に効果がない理由を教えてもらってないからのう」

 

 蝦蟇婆が笑いながら三角形に結び合わさっている糸を引っ張る。

 じんという強い疼きが三個の局部に響き渡る。

 それによって引き起こされた官能の波が全身に痛みのように沁み渡る。

 

「そんなのわかるわけないじゃないの──。知らないわよ」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 宝玄仙に本当に薬物が効いていないのかどうかもわからないのだ。

 この身体に宿る二つの人格への影響の差の理由など、宝玉が知っているはすがない。

 しかし、このふたりは、宝玉と宝玄仙で、家畜化の薬物の効き目に違いがあると確信しているようだ。

 そして、それを宝玉に説明しろと迫っている。

 

「もっと正直になるように特別な塗り薬をしてあげるわ」

 

 輪廻が宝玉の視界に入るように小さな瓶を示した。

 そこからたっぷりと自分の指にすくいとる。

 

「そ、それはやめて──」

 

 その媚薬がなんであるのか宝玉はすでに知っている。それを塗られると、ずきずきと疼くようにその部分が熱くなり、次いで猛烈な痒みが襲うのだ。

 冗談じゃない。

 

 しかし、宝玉の哀願などふたりの嗜虐心を満足させる効果しかない。

 輪廻はすっかりと濡れている女陰の襞にその薬物を塗り込んでいく。

 一方で、蝦蟇婆は少しでも宝玉が抵抗の素振りを見せようとすると、糸を引っ張って宝玉の動きを封じてしまう。

 だから、宝玉は、その怖ろしい薬剤をただ塗られるままにするしかない。

 輪廻は魔法柱が埋まっているぎりぎりまで指を入れて薬を塗り込み、さらに糸が根元に食い込んでいる肉芯や乳首にも塗る。

 そして、最後には、宝玉に刺激を与え過ぎないようにゆっくりとした手管で、たっぷりと肛門にも塗り込んだ。

 

「そ、そんな……」

 

 宝玉はもうしどうしていいかわからずに、がくがくと身体を揺すった。

 

「動くでないわ」

 

 蝦蟇婆が糸を引っ張って宝玉の身悶えを封じる。

 すぐに塗られた部分が熱くなってきた。

 それがあっという間に痒みに変化する。

 局部が火のように燃えて疼きだす。

 

「ほれほれ……。言わんか。まだ、隠していることがあるに違いないぞ……。さあ、どこまで耐えられるのかのう」

 

 蝦蟇婆が糸を引いて、また宝玉の身体を弄び始める。

 

「た、たまらない──」

 

 宝玉は叫ぶしかなかった。

 もう、なにがなんだかわからなくなり、我を忘れて叫んだ。

 

「き、気が変になってしまうわ──。た、助けて──」

 

「確かに気が変になったかのような反応ね……。ふふふ……」

 

 輪廻が笑って、さらに薬物を塗り足していく。

 

「もう、なんでも喋ったわ──。ひいっ、も、もう殺して──。ひと思いに──」

 

 宝玉は総身を引きつらせて悲鳴をあげた。

 

「死ぬことなどできんわ。たとえ舌を噛んでもたちまちに治してしまうからのう……。それに、いまのお前には自殺の気力もないはずじゃ。すっかりと薬が効いて、わしらに逆らうことができんようになっておるからのう……」

 

「そ、そんな……」

 

 宝玉は狼狽えた声をあげた。

 

 それからも、ふたりの執拗な訊問がしばらく続いた。

 悶え泣き続けた宝玉の身体から、ふたりがやっと手を離したときには、宝玉はすでにまともな思考を保てない状況に陥っていた。

 しかし、失神はできない。

 気が遠くなるような感覚は何度も襲っていた。

 しかし、どうしても、失神には至らずに意識を保ってしまう。

 おそらく、それも人格支配の薬物と暗示によって、勝手に気絶できないようにされているに違いない。

 

 何度も絶頂するほどの快感なのに、絶頂できない……。

 

 何度も失神するほどの苦痛なのに、失神できない……。

 

 まさに、性の拷問だ。

 

「これだけやっても、なにも出てこんなら、お前から、もうなにを訊いてもこれ以上の答えは出んようじゃ。ならば、もうひとりに訊問をするかのう」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 しかし、宝玉は完全に脱力して、寝台の上でひたすらに荒い息を続けたるだけだ。

 

「待って──。じゃあ、その前に乳房の鋭敏化の施術を終わらせておくわ。大したものじゃないからすぐ終わるわ。もうひとりの気の強い宝玄仙は、その施術が終わってから引き出しましょうよ、蝦蟇婆」

 

 輪廻がそう言って立ちあがった。

 そして、なにかを脚に車の付いた台に載せて戻ってくる。

 

「あんたたちの乳房を肉芽と同じくらいの感度にしてあげるわ。豊乳化と乳腺の施術は、その敏感なおっぱいになった状態でやってあげるわね」

 

 輪廻がそう言って、宝玉の乳房に細長い針のようなものを突き刺した。

 

「ひっ」

 

 指ほどの長さの針が半分以上も皮膚の下に入り込む感触に宝玉は思わず身体を震わせたが、不思議にも痛みはない。

 それよりも突き刺した場所からかっと熱い感触が込みあがるのがわかった。

 

「なんじゃい、それは?」

 

 蝦蟇婆が輪廻に言った。

 

(はり)という医術方法よ、蝦蟇婆。さっき、こいつが言ったじゃない。乳首をなんとかという老婆に鋭敏化されたときには、道術ではなく薬物を使われたって……」

 

「んっ? そうだったか?」

 

「そうよ。こいつは力の強い道術遣いだから、道術を遣って変えられた身体は、道術で完全に戻せるけど、そういう道術以外の方法で施された身体への施術は、完全に元に戻すことは難しいようなのよ。それで思いついたのよ。道術ではない方法で責めることにしたのよ……」

 

「なんか意味があるのか?」

 

「あるわ。道術ではない施術なので、道術では直せないということよ。とにかく、これをすると乳房を肉芽と同じように敏感な場所として、頭が認識してしまうのよ」

 

 輪廻が話しながら両方の乳房に次々に鍼を打ちこんでいく。

 ただの一本も痛みはない。

 乳房全体がどうしようもなく熱くなる。

 

「ふん、道術でも構いやせん。この家畜にはもう、道術など遣わせん」

 

「まあ、それでも、こいつは道術以外の方法で身体を弄くられる方が心理的に堪えるのよ。道術遣いだから道術には精神的な抵抗力もあるけど、道術以外に対しては実は怖がりなのよ」

 

 輪廻が今度は鎖骨の付近に鍼を刺していく。

 やがて、乳首に刺していた鍼を抜き始めた。

 鎖骨に刺した鍼も抜かれていく。

 

「なんじゃい、もう終わったのか、輪廻?」

 

 蝦蟇婆が拍子抜けしたような声をあげた。

 

「終わったわ。これで、こいつの乳房は肉芽と同じくらいの感度になったわ。試してみる?」

 

 鍼はすでに全部抜かれた気配だ。

 

「本当か?」

 

 蝦蟇婆がすっと宝玉の乳房に手を伸ばした。

 その裾の部分をすっと指でひと撫でした。

 

「ふうううっ──な、なにっ──?」

 

 宝玉はやってきた感触に悲鳴をあげてしまった。

 蝦蟇婆の指が乳房を撫ぜた途端に、そこから稲妻のような痺れが乳房を駆け抜け、それが全身に拡がって身体をがくがくと震わせたのだ。

 

「はあっ、あっ、ああっ……」

 

 身体を激しく揺すったことで、さらに糸で結び合わされている乳首と肉芽が強く揺れて、宝玉は続けて悲鳴をあげた。

 

「こ、こんなの……酷い……」

 

 痺れが収まると、全身から力が抜けていた。

 本当に信じられないくらいに乳房が敏感になっている。

 肉芽と同じくらいの感度というのは本当のようだ。

 宝玉は絶望的な気持ちになった。

 

「さて、じゃあ、お前にはとりあえず、引っ込んでもらおうかのう。このつんという刺激臭がしたら、意識を閉じよという合図じゃ。この匂いを嗅いだときには、お前であっても、もうひとりの宝であっても意識を失うことになる。それを身体で憶えてもらうぞ」

 

 蝦蟇婆がそう言って、宝玉の身体に霊気を注ぎ込んだ。

 その瞬間、鼻輪から漂い続けていた甘い香りが消滅して、つんという刺激臭がした。

 宝玉の意識は急速に消滅していった。

 

 

 *

 

 

 気がついた。

 「意識の部屋」だ。

 

 眼の前に宝玉がいた。

 手脚の短い四つん這いの姿であり、顔にはあの鼻輪まである。  意識下のこの世界の中で、身体の姿に外の状態が反映される度合いは、あの蝦蟇婆たちの支配が心に及んでいる程度に関わりがあるというのはわかっている。

 つまり、宝玉はかなりの部分で連中の支配を受け入れかけているということだ。

 

 それに比べれば、宝玄仙の側の手脚は、まだ切断されておらず、五体は通常の状態に変わりはない。

 宝玄仙には、宝玉ほどには蝦蟇婆たちの調教が、心に届いていないということだろう。

 

「宝玉、なにがあったんだい?」

 

 宝玄仙は言った。宝玉が宝玄仙の方に身体を向けた。

 

「ああ、宝玄仙……」

 

 すると、宝玉がいきなりぼろぼろと涙をこぼしだした。

 

「また、蝦蟇婆たちが碌でもないことをやっているんだろうね」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「わ、わたし、なにもかも喋ったわ。喋らされたの──。わたしたちに与えられていた薬物には、自白を強要する作用もあったのよ。心の抵抗力を失わせることで、質問されたことをなんでも答えてしまうの……。ごめんさい──。わたしたちのことをすべて喋らされた──。もう、駄目よ──」

 

 宝玉は泣きながら言った。

 宝玄仙は驚いた。

 

「わたしたちのことを喋っただって?」

 

「そうよ。ふたつの人格のこと……。わたしが記憶を司っていること──。闘勝仙の調教の日々がきっかけで、わたしたちの人格は分裂したこと……。旅のあいだに受けたたくさんの受難のことも洗いざらい言ったわ。なにもかもよ──」

 

「なにもかもかい?」

 

「その情報を使って、蝦蟇婆様たちは、わたしたち人格の出現の支配をしようとしているわ……。ご主人様たちは、外からの刺激で出現する人格を制御しようとして、薬物や道術を遣っているの──。もう、わたしは、かなりそれを受けれてしまったわ。わたしたちは支配された……」

 

 宝玉は泣き続ける。

「あのくそ婆を“ご主人様”とか“蝦蟇婆様”とか呼ぶなと言っているだろうが、宝玉──。あんなのは“くそ婆”で十分だよ」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげた。

 いずれにしても、もう、かなり宝玉は弱っている。

 薬物の影響もあるのかもしれない。

 やっぱり、この連中は、この身体に得体の知れない薬物を大量に服用させていたようだ。

 おそらく、その影響が宝玉の側に集中して現れている……。

 次の瞬間、いきなり薔薇の花を思わせる強い香りが漂ってきた。

 

「ああ……。これは、わたしの匂いじゃないわ。多分、あなたの匂いね……」

 

 宝玉が言った。

 

「わたしの匂い? なにを言ってるんだい、宝玉?」

 

 宝玄仙は訝しむ視線を宝玉に向けた。

 だが、宝玄仙と宝玉のあいだに強い光が出現して、宝玄仙の言葉は中断された。

 この身体に意識が戻ろうとしているのだ。

 

 そして、光が宝玄仙を包んだ。

 

「な、なんだい?」

 

 宝玄仙はその光に視線を向けて、思わず大声をあげてしまった。

 光の当たる部分に、宝玄仙でもない、ましてや宝玉でもない誰かがいる──。

 黒い影のようなかたちだが、はっきりと人のかたちをしている。

 

「ひっ、ひっ、ひっ……」

 

 その影がいきなり笑った。

 宝玄仙はびっくりした。

 それは紛れもなく蝦蟇婆の笑いだ。

 

「次はお前じゃよ、宝──。この花の香りはお前の匂いじゃ。この香りを感じたら、表に出てくるのじゃ」

 

 その影が言った。

 宝玄仙は仰天した。

 だが、なにも言い返すこともできない。

 気がつくと、強い光の中にいたからだ。

 光が強くなり、周りの景色が白い光に包まれて消えていった。

 

 

 *

 

 

 

 意識したのは、鼻を突く強い花の香りだ。

 どうやら鼻に装着されている鼻輪から漂っているようだ。

 おそらく、道術で作りだした香りだろう。

 

「次はお前じゃよ、宝──。この花の香りはお前の匂いじゃ。この香りを感じたら、表に出てくるのじゃ」

 

 眼を開けると蝦蟇婆が宝玄仙を覗き込んでいた。

 輪廻もいる。

 ふたりが寝台のようなものに載せられた宝玄仙を見おろしている。

 

 手脚が動かない。

 身体を動かすと、じゃりじゃりと音がしたので、四肢が鎖で寝台の四隅に引っ張り繋げられているからだとわかった。

 

「お、お前らなにしているんだい──?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「おうおう、元気がいいのう──。宝じゃな。どちらかというと、こっちの宝玄仙の方が責め甲斐がって、わしは愉しいのう……。輪廻が施術の邪魔だというので、糸は外してやったぞ──。とりあえず、豊乳化の施術をしておる。そのあいだに、わしもお前に幾らか質問したいこともある」

 

 その蝦蟇婆の言葉ではっとした。

 乳房が重い──。

 視線をなんとか胸に向けると、なにかの管のようなものが三本ずつ乳房に刺さっている。

 すぐに霊気の籠った霊具だとわかる。

 霊具の管が乳房に突き刺さっていて、その管を通じて液体のようなものをどんどんと送り込んでいるのだ。

 よく見ると、すでに宝玄仙の乳房は普段よりもひと回り大きくなっている……。

 

「こ、このくたばり損ない──。変態医師──。お前ら、この身体になにしているんだい──。いい加減にしないと承知しないよ──」

 

 怒りのあまり宝玄仙は怒鳴り散らした。

 

「本当に威勢がいいのう──。この状況で、わしらに悪態をつけるというのは、それはそれで大した根性といえるのじゃろうがのう……。それに、お前の人格には、わしらの与えた精神を弱らせる薬物の影響はまったくないようじゃ──」

 

「そうね。おそらく、闘勝仙とかいう悪者に対抗するために、外から与えられる薬物や道術の影響は、さっきの玉に一身に刻まれるようになっていて、外部の敵への攻撃を司るお前を護るような体質になっているんでしょう」

 

「まあ、そうやって役割分担をすることで、お前たちは、闘勝仙という男の支配と戦ったんじゃろうて」

 

 蝦蟇婆が言った。

 ぎょっとした。

 

 闘勝仙との確執とか、人格のこととかをよく知っている。

 そう言えば、宝玉がなにもかも喋らされたと言っていた。

 このふたりは、宝玉を拷問して、無理矢理に色々なことを喋らせたに違いない。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

 可哀そうな宝玉……。

 薬物で犯されて、自分たちの秘密を暴露させられるのはつらいことだったに違いない。

 同時に、このふたりに対する心からの憎しみが宝玄仙の中に込みあがる。

 

「かなり、大きくなったのう……。大きくなっても、さっきの感度には変化がないかのう」

 

 蝦蟇婆がすっと宝玄仙の大きくなった乳房に指を伸ばした。

 

「ひゃああっ──、な、なに?」

 

 蝦蟇婆の指が触れた瞬間に、乳房に強い痺れが襲ったのだ。

 乳房が大きく波打つとともに、激しい官能の疼きが乳房全体から身体を駆け廻る。

 

「な、なんだい……?」

 

 思わず宝玄仙は呟いた。

 異常なまでの乳房の感度だ。

 ちょっと擦られただけで、びりびりとした感触が全身を襲った。

 

「大きくなった分、感度もむしろ高くなったようじゃな……。輪廻、お前の施術は効果が続いているようじゃ」

 

「当たり前よ。もう、こいつの乳房は死ぬまで、肉芽並の鋭敏なこの感度のままよ」

 

 輪廻が愉しそうに大笑いした。

 そのとき、全身を違和感が襲った。

 そして、次の瞬間には、それが猛烈な痒みとなって、宝玄仙に襲いかかった。

 

「か、痒い──」

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 少しもじっとしていられない痒みが宝玄仙を襲う。

 宝玄仙は身動きできない短い手脚を限界までのたうたせた。

 

「痒み剤も効いてきたようじゃな。じゃあ、乳房が牛のように膨れるまで、訊問の時間といこうかのう」

 

 蝦蟇婆が気味の悪い笑い声をあげる。

 その手に一本の筆がある。

 宝玄仙は、自分の身体が総毛立つのが、はっきりとわかった。



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498 亜人を見るな

「お、お前たち、この身体になにしてくれたんだい──。くうっ──」

 

 宝玄仙は進退窮まって、拘束されて動かない身体を限界まで暴れさせて喚いた。

 どうやら、得体の知れない薬を塗られたらしい。

 局部からは耐えられない猛烈な痒みが襲っている。

 

「少しは痒くなってきたのか、宝? 玉からいろいろなことを教えてもらったからのう……。お前の一番苦手な責めはこれじゃろう? 痒みをほぐして欲しければ、わしらの言うことに従うのじゃな」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が“玉”と言っているのは、宝玉のことだろう。

 

「こ、このくそばばあ──。覚えていろよ──。お前ら、まとめて同じ目に遭わせてやるよ──」

 

 宝玄仙は荒い息をしながら、左右に裂かれている両脚をよじらせた。

 そして、寝台に仰向けに拘束された自分を見下ろす蝦蟇婆と輪廻(りんね)に悪態をつく。

 

「やっぱり、宝は勇ましいわねえ──。でも、そういうの嫌いじゃないのよ……。人間族でも亜人でも気の強い女をいたぶるのは愉しくて仕方がないわ」

 

 輪廻がにこにこと微笑みながら、すっと乳房の横の肌を手のひらで擦った。

 

「いひいいっ」

 

 強烈な愉悦の閃光が全身に迸り、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「さっきも言ったであろう。輪廻がお前の乳房を肉芽なみの感度にしたのじゃ。しかし、そんなにびっくりするところを観ると、やはり、宝については、お前の意識のないときに玉がこの身体で受けた記憶はないのじゃな」

 

 蝦蟇婆も笑う。

 

「こ、この気違いども──」

 

 宝玄仙は蝦蟇婆と輪廻を交互に睨みつけた。

 

「おっぱいが気持ちがいいようね、宝……。乳腺施術が終わったら、もっと気持ちよくなるわよ。おっぱいからお乳が出るたびに、ほんの少しだけど、達したような感覚が脳天に送られるようにしてあげるからね。お尻でしかいけないあんただけど、胸の快感は魔法石の成長に影響がないようだから、あの愛寧坊やが許可してくれたのよ。嬉しいでしょう?」

 

 輪廻がそう言いながら、乳房に三本ずつ刺さっている管を抜いて、今度はそれを別の管に変更した。

 それぞれの管はどうやら寝台の下にある大きな水瓶のような容器に繋がっているようだ。

 その容器に入っている液体のようなものが管を通して宝玄仙の乳房に送り込まれている気配だ。この管についても、その中を通っている液体についても霊気が充満しているのが宝玄仙にはわかる。

 

 宝玄仙の乳房はいまや、通常時の三倍ほどの大きさまで膨らんでいる。

 不格好に巨大になった乳房は、片方だけで宝玄仙の顔の二倍ほどの大きさだ。

 それがふたつ並んでいるのは、まるで乳牛を思わせた。

 

「いい加減にしろと言っているだろう、このやぶ医者──。そ、そんなに膨れれば十分だろうが──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 膨らんだ乳房から、急に火で炙られているような熱さが湧いてきていた。

 

「そうね、十分ね──。これ程度の大きさなら、まだお前の身体の美しさを完全に損なうほどの醜さとはいえないし、最初の目論見通り、これならお前が四つん這いで歩くときに、ちょうど乳首が床に擦れるような大きさだろうしね……。明日からは、例の蝦蟇婆の動く床の運動はつらいわよ。なにせ、そんなに感じるおっぱいを引きずりながら、歩くんだから」

 

 輪廻は笑った。

 

「く、くそっ──。い、一体全体、いまはなにをしてるんだい、やぶ医者?」

 

 宝玄仙は喚いた。憤怒が全身に込みあがったのだ。

 しかし同時に、確かに輪廻の言う通りだと思って、宝玄仙は愕然ともなった。

 この極端に前手の短い四つん這いでは、大きくされた乳房では確実に床に接触してしまうだろう。

 これだけ敏感にされた乳房を床に引きずりながら歩くというのは、恐ろしい快感の拷問になるに違いない。

 

「いまやっているのは、乳腺活性化の施術よ──。お前の乳房に走る乳腺という乳腺を霊気のこもった液体で充満させているの……。しばらくすれば、お前の乳房からは、母乳のような液体が出るようになるわ──」

 

「ぼ、母乳――?」

 

「その後、お前の乳房の快感を脳の神経と繋げるわ。そうしたら、お前は股間ではなく、乳房で達することができるようになるはずよ。股間を魔法柱の培養に使っていて、絶頂を制限されているお前には素敵な贈り物と思うけどね。全部の施術が終わったら、お前は母乳が出るたびに、達したような快感が走るはずよ」

 

 輪廻が笑った。

 宝玄仙にはもう返すべき悪態が思いつかない。

 ただ、歯噛みするだけだ。

 

「それより、痒いじゃろう──。痒みを癒して欲しいのではないか、宝? まずは、わしのことを蝦蟇婆様と呼べ。そうしたら、痒みは取り除いてやろう……。わしらも別段、お前に恨みがあるわけでもないしのう……」

 

「ふ、ふざけるな……」

 

「ただ、青獅子陛下に言われて、お前を家畜のように従順にするように命じられているだけじゃ。お前が進んでいい子になってくれるなら、厳しく躾ける必要もないし、わしらはお前に優しゅうするのじゃがな……」

 

 そう言って蝦蟇婆が、宝玄仙の股間に筆を伸ばして、太腿付け根の付近をさっとひと撫でした。

 しかも、猛烈な痒みに襲われている女陰や肉芽には触れずに、その周辺だけを筆で撫ぜたのだ。

 宝玄仙は歯を噛み鳴らして身震いした。

 

「ひうううっ──、や、やめておくれっ──」

 

 宝玄仙は汗びっしょりになっている顔を左右に振り乱して叫んだ。

 

「なにを言っておるか、宝。もうひとりのお前の玉など、これを一刻(約一時間)は受けたぞ。その前の色責めを合わせれば三刻(約三時間)じゃ。それに比べれば、お前など、まだ、筆のひと舐めではないか。まだまだ精進が足りんわい」

 

 蝦蟇婆が嘲笑した。

 そして、また太腿に筆を這わせて来る。

 しかし、やっぱり、肝心な場所には刺激を与えない。

 お陰で痒みが二倍にも三倍にも増大する心地だ。

 

 おそらく痒み剤は、女陰の周りや奥、ふたつの乳首、そして、肛門にも塗られているに違いない。

 その部分から痛みにも似た激しい痒みが襲っている。

 一度、知覚すれば、もうほかのことに気を紛らわせて、痒みに耐えるなんていうことは不可能だ。

 もはや、この憎い蝦蟇婆や輪廻の慈悲に縋らなければ、いつまでもこの痒みはそのままだということを宝玄仙は悟っている。

 しかし、どうしても、こいつらに哀願する気にならないのだ。

 そんなことをするくらいなら、ここで狂い死にした方がましだと思った。

 

「まだ、そんな顔をして、わしを見るのか、宝──。家畜がわしらの顔を見るなど生意気じゃ……。そうじゃ、これからは、わしらの顔を見ることを禁止することにする。どんなときでも、亜人を見たら眼を逸らすのじゃ。直接に見ようものなら折檻を与えるからな」

 

「な、なんだと──」

 

 宝玄仙は思い切り蝦蟇婆を睨んで悪態をついた。

 しかし、なにかの霊気が自分に注がれたのがわかった。

 次の瞬間、なにかが喉の中に詰まったような感触が襲いかかり、いきなり息ができなくなった。

 

「なっ……あっ……があっ……」

 

 気が動転して、宝玄仙は限界まで身体を暴れさせた。

 

 息ができない──。

 呼吸がとめられている──。

 宝玄仙は息を求めて喘いだ──。

 

 しかし、どうしても息ができない。

 さっきの蝦蟇婆の霊気のせいだと悟った。

 おそらく道術で息をとめたのだ。

 

「わしを見るのをやめよ。輪廻の顔もじゃ。お前の心が、わしら亜人の顔を直接見たと認識したら、息がとまるように道術をかけた。苦しければ、わしら亜人様を見るのをやめるのじゃ。家畜のお前が見ていいのは、わしら亜人の腰から下だけじゃ──」

 

 宝玄仙は慌てて目をつぶった。

 眼を開いていると、どうしてもこのふたりを眺めてしまう。

 だが、まだ息ができるようにならない。

 

 苦しい……。

 死ぬ……。

 

「はっ……。み、見て……な、ない……」

 

 もう顔を見ていない──。

 そう主張しようとするのだが、いきなり呼吸がとめられために、うまく声が出せない。

 その状態のまましばらく時間が経過する。

 宝玄仙は全身を痙攣するように震わせながら、新鮮な息を求めて懸命に口を喘がせた。

 

 かなりの時間がすぎた……。

 意識がどろりとしたものに包まれる。

 死ぬ……。

 

 宝玄仙はそれを覚悟した。

 だが、不意に喉にあった膜のようなものが弾けて、身体に息が流れ込んだ。

 

「ぱあっ──。はあ……はあっ、はあっ──」

 

 やっと呼吸ができるようになった。

 宝玄仙は声をあげて息を吸った。

 

「一度、顔を見てしまうと、しばらく息がとまる。苦しい思いをしとうなければ、一生懸命に亜人とは視線が合わんようにすることじゃな──。この道術は玉には効果がない。生意気なお前だけの道術じゃ。玉には安心するように言っておけ」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 宝玄仙は眼を閉じたままでいた。

 味わってしまうと、道術で息がとめられる怖ろしさは戦慄するほどだ。

 さっきの恐怖は二度と味わいたくない。

 悔しいが、いまでも息を道術でとめられた恐怖で身体が震えている。

 

 そして、蝦蟇婆が言ったことが本当であれば、すでに蝦蟇婆は宝玄仙と宝玉に別々に術をかけられるほどに、この身体に宿るふたつの人格を制御しているということだ。

 宝玄仙はそのことにこそ驚愕した。

 

 しかし、呼吸をとめられる苦しみが去ると、また全身を蝕む痒みが襲ってきた。

 ずきずきと背骨まで砕くように痒みに、宝玄仙はどうにもできなくなっていた。

 悪態をついてもせせら笑われるだけだし、いまや、連中の顔を睨むことさえできなくなった。

 

「ほれっ、じゃあ、筆責めの再開じゃ。もっともっと、痒くなるように刺激を与えてやるぞ。痒みをほぐして欲しければ、わしのことは“蝦蟇婆様”じゃ──」

 

「ち、ちくしょう……あっ、ああっ、か、痒いいい」

 

「言っておくが、もう、お前たちの人格交替はわしの道術で完全に制御しておるからな。意識を喪失させて逃げることはできんぞ。わしが暗示をかけた匂いがなければ、人格交替も気絶もできん。だから、諦めて、わしのことを蝦蟇婆様と呼ぶんじゃ──。それだけのことじゃ。簡単じゃろう?」

 

 蝦蟇婆がまた筆を内腿に這わせだした。

 

「あぐううっ──」

 

 宝玄仙はしっかりと眼を閉じたまま、身体を限界まで暴れさせた。

 筆は執拗に痒みの原因のぎりぎりのところを動き続ける。

 

 筆が襲い続ける……。

 

 太腿を筆が這ったかと思えば、乳房の裾……。そうかと思えば、不意に脇の下を撫ぜたりもする。

 眼をつぶっているので、筆が襲うまでどこを責められるのかわからず、身体を備えることができないのだ。

 しかし、さっきの呼吸がとまる苦しさを思い出すと、眼を開くことが怖ろしい。

 こうやって、仰向けに寝かされている宝玄仙を蝦蟇婆と輪廻が見下ろしている態勢では、眼を開けばどうしても、顔が視界に入るだろう。

 だから、眼を開くことも怖い。

 そうかといって、自分の意思で眼を閉じたままでいるのも大変なつらさだ。

 

「ふくうっ──。い、いい加減にしろよ、この出来損ない……」

 

 眼を閉じている宝玄仙の全身を蝦蟇婆の筆が襲い続ける。

 宝玄仙はどうしていいかわからずに、悲鳴のような声を張りあげるばかりだった。

 

「なにが出来損ないじゃ。いまのお前の姿こそ、出来損ないではないか──。だんだんと人間離れした姿になっていくではないか。その馬鹿でかい乳房をもう一度眺めてはどうじゃ?」

 

 蝦蟇婆がせせら笑いながら、筆を這わせ続ける。

 今度は耳だ。

 

 宝玄仙は首を振ってそれを避けた。

 するといきなり、再び股間の近くを筆が襲い出した。

 

 狂う──。

 発狂の恐怖すら宝玄仙を襲った。

 

 しかし、こいつらのことだ。発狂して苦しみから逃れることなど許しはしないだろう。

 宝玄仙は完全に取り乱して悲鳴をあげ続けた。

 

 もう、どうしようもないのだろうか……。

 

 人格交替の秘密を知られた以上は、膣の中の魔法柱の交換の一瞬の隙を突いて、攻撃道術で圧倒するということは難しいのかもしれない。

 さっき、匂いの暗示で確実に意識を失わせることができるようになったと言っていたとも思う。

 

 だが、逃亡の機会があるとすれば、それしかないとも考えていた。

 宝玄仙が道術が遣えないのは、膣の中に魔法柱という物体があり、それに霊気を吸収され続けているからだ。

 だから、それが抜かれて、新しい魔法柱を入れるほんの少しの隙を掴むことができれば、宝玄仙の道術だったら、こんな二流程度の亜人くらい簡単に圧倒できるのだ。

 なにしろ、宝玄仙の役割は、膣で魔法石を培養するという家畜なのだ。

 だから、魔法柱を入れっぱなしでは、その役割を果たせない。

 絶対にその機会はある。

 

 問題は、そのときに、宝玉ではなく、宝玄仙が意識を保った状態でいる方法だ。

:なにしろ、宝玉は宝玄仙とは異なり攻撃道術が遣えないのだ。

 闘勝仙との道術契約を一身に受けている宝玉は、闘勝仙が自分への反抗を防止するために結ばせた『真言の誓い』の効果が、闘勝仙の死後でも効いていて、ほかの道術は遣えるが、いまだに他人を攻撃する道術を遣うことができないのだ。

 

 これまでのここでの生活で、宝玄仙の膣の魔法柱を入れ換えたのは二回だった。

 その二回とも、溜まりきった快感を一気に解放させられる衝撃に耐えられずに意識を手放してしまった。

 そして、気を失っているあいだに、膣の魔法柱を入れ替えられてしまったのだ。

 だが、今度こそ……。

 

「なにか企んでいるような顔じゃな、宝──。本当に、お前は玉とは異なり、嘘が下手じゃな。同じ人間が分かれた人格なのに、基本的な部分の性質がここまで違うのは面白いわい。まあ、だからこそ、分裂したのじゃろうがな……。さて、じゃあ、いま、頭に思いついたことを喋ってもらおうかのう、宝」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 驚いた──。

 

 自分の心臓が激しく高鳴るのがわかった……。

 この婆あは、易でも見るのだろうか……?

 

 いま、宝玄仙がこいつらの立場を逆転する方法として宝玄仙が考えていることを心に思った。その途端に蝦蟇婆がそれを指摘した。

 宝玄仙はびっくりしてしまった。

 しかし、それを口にするわけにはいかない。

 それだけは黙っていなければ……。

 

「蝦蟇婆様──。な、なにもないよ。隠していることは──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 反撃のために考えていることを喋らされるよりも、さっき言われた蝦蟇婆様という呼びかけをする方がましだ。

 しかし、蝦蟇婆が爆笑した。

 

「本当にお前はわかりやすいのう──。どうやら、図星だったようじゃが、それを隠すために、嫌がっていた“蝦蟇婆様”という呼びかけに応じるとはな……。まあいい……。時間はたっぷりとある。その狂うような痒みにかかっては、なんでも話すしかないじゃろうて……」

 

 蝦蟇婆がさらに笑いながら言った。

 宝玄仙は眼をつぶったまま、歯を喰い縛った。

 なにもかも見透かされている……。

 それに、この痒み責めで火で抉られるような苦痛が全身から湧き出している。

 

「わ、わかったよ──。喋る──。なんでも喋るから、この痒みをなんとかしておくれよ、蝦蟇婆──」

 

 宝玄仙はもう耐えることができずに、甲高い声で許しを乞うた。

 

「“蝦蟇婆様”じゃ──。もう忘れたか──。まあ、もう少し痒み剤を塗り足せば、躾のできていない家畜でも、言いつけを忘れんじゃろうて──」

 

 蝦蟇婆がの笑い声がした。

 

「ところで、わたしのことは“輪廻お姉さま”と呼んでもらおうかしら。さもなければ、お前の乳腺施術に細工をするわよ。母乳が出るたびに快感ではなくて、激痛が加わるようにもできるのよ」

 

 輪廻が言った。

 

「なにがお姉さまじゃ──。お前、幾つじゃ。わしと生きていた年数は大して変わらんだろうが──」

 

「し、失礼にもほどがあるわよ。蝦蟇婆──。なんでわたしがあんたと歳が変わらないのよ──。百年は違うじゃないの──」

 

「寿命の短い人間に比べれば、お前もわしも、年寄りの化け物じゃ──。変わりないわい」

 

「見た目が違うでしょう──。み、た、め、が──」

 

 輪廻が憤慨したような声をあげている。

 

「まあいい……。ところで、さっき言っておった、母乳が出ると痛みが走るというのはよいのではないか──。ふたつあるんじゃ。どっちかをそうしたらいいじゃろう」

 

「なるほどね……。だったら、片方が快感、片方が激痛……。母乳が出るたびにそれが走るようにするわ。そのうちに、痛みにだって快感を覚えるようになるかもね」

 

「当然なるじゃろうな──。まあ、その頃には、この宝も、すっかりと家畜になって、なんにも考えることができんようになっていると思うがのう──」

 

 蝦蟇婆の高笑いに合わせるように輪廻も笑い声をあげた。

 もうどうにでもすればいいと思った。

 しかし、その会話の直後、ふたりがなんとなく宝玄仙から離れる気配がした。

 宝玄仙は、ふたりの顔を見ないように気をつけながら、がたがたと音がする身体の横を見た。

 蝦蟇婆の手元があり、その手がまだ封を切っていない小瓶を取りだして封を切っている。

 

「こ、こらっ──。わ、わたしにはもう耐える力がないんだよ──。それは許しておくれよ──」

 

 封を開いた瞬間につんという痒み剤特有の刺激臭がやってきて、宝玄仙は狼狽えた声をあげた。

 

「耐える力がなくても、気絶もできんし、死ぬこともできん。痒みは癒せんだろうから、安心して苦しむがよい」

 

 蝦蟇婆が嘲笑った。

 

「そろそろ、乳腺の施術は終わりよ、宝──。次は、乳房の快感を直接、脳の神経に繋げるわ──」

 

 蝦蟇婆の手元を見ていた宝玄仙の視界に、急に身体を傾けた輪廻の顔が割り込んできた。輪廻が意図的に宝玄仙の視界に顔を入れたのは明らかだ。

 

「はうっ──がっ──」

 

 今度も予期していなかった。

 またさっきのように急に呼吸が停止され、宝玄仙は慌てて眼を閉じるとともに悲鳴をあげた。

 

「顔を見るなと言ったであろう、宝──。ところで、新しい痒み剤を足されたくなければ、お前の下らぬ企みを口にせよ。つべこべ言わずにな──」

 

 蝦蟇婆が愉しそうに笑っている。

 その笑い声を耳にしながら、宝玄仙は暴れ続けた。

 

「あっ、ああっ……」

 

 どうしても息ができない──。

 しかし、その宝玄仙の苦痛にさらに追い討ちが襲う。

 息がとまって苦しい身体に、さらに新しい薬剤が蝦蟇婆の指によって足されたのだ。

 骨まで砕けるような激烈な痒みが襲い続けているこの身体にだ──。

 

「はっ──はっ──」

 

 宝玄仙は呼吸が止まる苦しさと、さらに加えられる痒みの恐ろしさに、ただ、全身を震わせてのたうつばかりだった。



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499 心の支配

「そら、輪廻(りんね)の施術は終わったらしいよ。だけど、わしの調教は終わりはせんからな──。起きな──」

 

 宝玄仙は、四肢を拘束された鎖をいったん外されて、今度は天井から垂れている鎖を両方の前肢の蹄の部分に接続されて吊るされた。

 

「い、いい加減にしておくれよ──。も、もう、喋ったろう──。さ、さっき言った通りだよ──。魔法柱の入れ替えの隙を狙って、お前らを道術で圧倒する──。考えていたのはそれだけだよ──。そ、それより、痒いんだよ──。ひいっ──」

 

 宝玄仙は宙吊りにされた短い身体を右に左にと激しく振り立てた。

 しかし、ただ前肢を吊っている鎖がぎしぎしと鳴るだけだ。

 また、眼はしっかりとつぶられている。

 このふたりの顔を見ると、喉の奥になにかの膜のようなものが出現して、しばらく呼吸をとめられるのだ。

 その恐ろしさが肌身に染み込んでいる宝玄仙には、眼を開けることが怖ろしくてできない。

 

「そうかい……。痒いのかい──。じゃあ、それは、くだらない企てを考えていたお前への罰だ。そうやって、しばらく身体を揺すってな──。寧坊(ねいぼう)によれば、雌畜というのは適度な運動が本当に大事なようだからね」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が笑いながら宝玄仙の右の脇腹と左の脇の下を左右の手に持った筆で撫ぜあげてくる。

 

「うわっ──、はあっ──、や、やめておくれ──ひいっ──」

 

 宝玄仙は吊られている身体を懸命にばたつかせる。

 しかし、そんな動きでは、くすぐったい筆の攻撃を避けるためのなんの効果もない。

 蝦蟇婆は宝玄仙の苦しみを増大させるための責めを知り尽くした手管で笑いながら、宝玄仙の全身に筆を這わせ回る。

 

 宝玄仙は直接にふたりを見ないように注意しながら、眼を開いて身体に視線を落とした。

 見えるのは巨大ともいえるほどに豊乳化した自分の乳房だ。

 一生懸命に擦り合わせている内腿はほんの微かな摩擦を与えてくれるだけで、何度も塗り直された痒みを少しもほぐしてくれないのだが、その下半身についても、いままでの三倍ほどにも大きくされた巨大な乳房が視界を遮って直接には見ることができないのだ。

 

「な、なにが罰だよ──。くっ……。お、お願いだよ──。い、いい加減に許してくれよ、蝦蟇婆──。い、いや、蝦蟇婆様──」

 

「そんなんじゃ、まだ屈服したとは言えんのう。心の底から屈服して、意識せんでも、わしのことは蝦蟇婆様と丁寧に呼びかけできるようにならんとな……。いずれにしても、まだ、お前は苦しみ方が足りんわい……。それ、もっと、暴れんか……。もっと逃げんと、いつまでもこれを続けるぞ。ほれっ、ほれっ」

 

 蝦蟇婆は痒み剤を塗られている部分以外のあちこちの性感帯を穿り返すように筆責めを続ける。

 ただでさえ、塗られたまま癒されない痒みが怖ろしいほどの苦しみを宝玄仙に与えているのだ。

 そこにさらに陰湿な筆責めを加えられるのはつらすぎる。

 しかし、道術によって人格交替や失神を制御されている宝玄仙には、意識を手放すことにより、この苦役から逃げることもできないのだ。

 

「あくうっ……はううっ……」

 

 唇を噛みしめて、少しでも痒みから逃げようと思のだが、絶え間なく加えられる筆の拷問がそれを宝玄仙に許さない。

 宝玄仙は、蝦蟇婆の筆の前に、完全に屈服して、全身から体液を撒き散らしながら、ただのたうつだけだった。

 

 いずれにしても、宝玄仙がこの蝦蟇婆たちへの叛逆のために考えていたことは、すべて喋らされた。

 宝玉との関係のことも、改めて宝玄仙の口から喋らされた。

 それだけではなく、このふたりは、宝玉から聞き出した闘勝仙からの調教のことや、千代婆による調教のことなどを改めて宝玄仙の口から喋らせたのだ。

 

 どんな責めがつらくて、どんな責めに快感を覚えたのか……。

 肛門や乳首を少しずつ性感帯に変えられていったのは、どんな風に屈辱だったかなどという質問をねちねちと繰り返された。

 そして、ほんの少しでも言い淀めば、すぐに痒み剤の追加だ。

 本来であれば、とうの昔に失神しているほどの痒み責めに、文字通り泣き叫んで許しを乞うた。

 

 そのあいだ、輪廻は宝玄仙の乳腺活性化の施術と、怖ろしいほどに感度を引きあげた乳房の快感を直接に脳天に繋げる施術をした。

 そして、やっと施術が終わったということで、今度はこうやって前肢となる切断された両腕の蹄の部分で天井から吊られたのだ。

 

「……もっと暴れんか。そんなことでは痒みは癒えんぞ──」

 

 いきなり蝦蟇婆の筆が股間の肉芽の頂点をさわさわと動いた。

 これまで、ずっと焦らし責めのように放っておかれた肉芽への直接の刺激に、宝玄仙は身体を限界まで反り返らせた。

 

「ふぎいいっ──、い、いくうっ──」

 

 脳天を貫くほどの衝撃が走る。

 たったひと擦りで一気に快楽の極みに宝玄仙を導くほどの官能の暴流だ。

 屈辱感も羞恥も吹っ飛ぶような快感の爆発に宝玄仙は絶叫した。

 

 しかし、どんなにそれが大きな快感でも、絶対に昇天はできない。

 達しそうで達することとのできなかった巨大なもどかしさが宝玄仙の全身に返ってくる。

 宝玄仙はすすり泣きのような声をあげて、上気した顔を左右に振った。

 

「そうやっていると、人間族の美女というよりは、まるで屠殺の終わった豚の肉のようじゃな、宝──」

 

「豚の肉は可哀そうかもしれないわね。わたしにはそれなりに淫乱な身体に思えるけどねえ……。まだまだ、男が好きそうな綺麗な肌をしているわよねえ……。あんたのところの白痴兄弟なんか、このおっぱい見たら悦ぶんじゃないの、蝦蟇婆?」

 

 輪廻の手らしきものがさっと宝玄仙の乳房の裾を軽く撫ぜあげた。

 

「はあっ」

 

 肉芽と同じくらいの感度にされた乳房が手で擦られる感触と恥辱に宝玄仙は悲鳴のような声をあげた。

 ただでさえ、不格好に整形された身体をこうやってじろじろと眺めまわされるのは、血が沸騰するような恥辱なのだ。

 そこにさらに愛撫を加えられて宝玄仙は宙吊りの身体を跳ねあげた。

 

 痒み責めと道術による絶頂止めの責めに襲われている身体は、もう、完全に彼女たちの嗜虐的な責めに無防備な状態にある。

 抵抗したくても、もう全身の筋肉は完全に弛緩しているし、跳ねあげて蹴飛ばそうとしても、その脚もない。

 宝玄仙はただ哀れに悲鳴をあげて、汗びっしょりの全身を振り動かすことしかできない。

 

 宝玄仙の悲鳴と苦しさの舞を愉しむかのようにふたりの愛撫はしばらく続いた。

 峻烈な快感は何度も込みあがってはぎりぎりのところで留まり、また消えていった。

 それが繰り返し繰り返し襲うのだ。

 しかも、乳首や股間に塗られた薬剤は、宝玄仙の頭の神経をぐちゃぐちゃに千切るほどの苦しさだ。

 

 痒みの苦しみ──。

 

 全身に込みあがる愉悦──。

 

 そして、それらの一切が解消されないつらさが宝玄仙を襲い続けていた。

 

「ああ、痒い──。も、もう耐えられない……。わ、わかった……。く、屈服する。もう、逆らわない──。だ、だから、お願い……。痒みだけでも癒しておくれ──。お、お願いだよ──」

 

 発狂するような痒みは限界だった。

 だが、蝦蟇婆も輪廻もせせら笑うだけで、筆責めと愛撫をやめようとはしない。

 いつしか、どうして自分がここにいて、なにをされているのかということさえもわからくなってきた……。

 

 ただ苦しい……。

 快感が苦しい……。

 

 助けて……。

 苦しいのだ……。

 

 苦しい……。

 

「お、お願い……。お願いです……」

 

 宝玄仙はいつの間にか自分が完全に泣いていることに気がついた。

 そのことに愕然としたが、それでも泣くのをやめることはできなかった。

 

「やっと家畜らしい表情や口調になってきたじゃないかい、宝……」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 

「本当ね……。生意気さが消えてきた感じね」

 

 輪廻の声もした。

 

「いずれにしても、これが限界じゃろう。これ以上続けると本当に狂うかもしれんしのう。いっぺんに追い詰めるのは待とうかのう……。じゃあ、今度は、玉の方を仕上げるとするか──」

 

「だったら、わたしは、あんたのところの白痴兄弟を呼んでくるわ、蝦蟇婆。母乳の出来るようになった宝の乳房を是非ともあのふたりに啜らせたいのよ」

 

「それは嬉しいのう、輪廻。頼むわい──。しかし、あの坊やは連れてこんようにな。あいつ、なにかとうるさいのじゃ」

 

「わかっているわ、蝦蟇婆……」

 

 輪廻が言った。

 眼を閉じている宝玄仙に、輪廻が部屋から出て行く気配が伝わってきた。

 

「さて、交替じゃ──」

 次の瞬間、つんという刺激臭が襲った。

 宝玄仙は突然に無意識の中に包まれていった。

 

 

 *

 

 

 甘い香り……。

 朦朧とする意識の中で宝玉が感じたのは、それだ。

 

 「意識の部屋」だ。

 

 その暗闇の中で宝玉は、宝玄仙を通じて、宝玄仙の苦しさと口惜しさを味わっていた。

 そして、蝦蟇婆と輪廻の拷問のような調教によって、宝玄仙がだんだんと彼女たちに屈服しようとしているのも感じていた。

 

「お前の番じゃ、玉──」

 

 光がある──。

 そこに影のような存在がある……。

 

 この数日、宝玉と宝玄仙のほかに突撃出現した別の存在だ。

 それがなんであるか、宝玉は気がついていた。

 あれは、道術による蝦蟇婆の支配だ。

 それが宝玉と宝玄仙の意識の中で具象化したものだ。

 

「宝玄仙……」

 

 闇の中に宝玄仙が出現した。

 表の世界で意識を手放した宝玄仙が戻ってきたのだ。

 しかし、眼を開けてはいない。

 手脚が短い。

 宝玉と同じように切断された短い手脚だ。

 鼻には金属の鼻輪まである。

 そして、ただ、めそめそとすすり泣いている。

 

「宝玄仙?」

 

 驚愕した。

 あんなに頼りなくて弱々しい宝玄仙には、初めて接したかもしれない……。

 

 もう一度、宝玉は呼び掛けた。

 しかし、次の瞬間、宝玉は光の中にいた。

 

 すぐそばに、はっきりと蝦蟇婆の存在を感じた。

 

 

 *

 

 

 甘い香り──。

 宝玉の香りだ。

 最初に意識したのはそれだ。

 

 そして、自分が天井から宙吊りにされていることを知覚した。

 すぐそばに、はっきりと蝦蟇婆の存在を感じた。

 

 輪廻はいない。

 部屋にいるのは蝦蟇婆だけだ。

 意識が現実と結びつくにつれて、宝玉をとんでもない痒みが襲った。

 

「か、痒いわ──」

 

 最初に宝玉が叫んだのはその言葉だった。

 天井から吊られる苦しみよりも、全身を蝕む痒みが怖ろしいほどの衝撃だ。

 宝玉は吠えるような声をあげた。

 

「痒いのかい、家畜──?」

 

 眼の前に蝦蟇婆がいる。

 蝦蟇婆が宝玉の顔を覗きながら、愉快そうに笑った。



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500 半身堕ち

「ああ、こ、こんなの酷いわ……。お願いよ……。お、お願い……」

 

 髪を振りたてながら、宝玉は涙を浮かべて懇願を繰り返した。

 

「香りを嗅がせただけであっという間に出て来たのう……。お前が玉であることは間違いないようじゃな。失神を促す香りによる宝の人格の交代も一発じゃった。そのくせ、あれだけ責めたてたのに、香りを嗅がす前には、宝はどうやっても意識を手放さんかったな。どうやら、わしの人格の道術はほぼ完成したようじゃ」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が嬉しそうに笑った。

 しかし、笑うばかりで天井から吊りあげられている宝玉には、今度は指一本触れようとはしない。

 ふと見ると、蝦蟇婆は手に筆を二本持っていた。

 意識の中で宝玄仙の恐怖と恥辱を共有している宝玉は、その筆に心からの怖気を感じた。

 

 あの筆で宝玄仙は拷問のような責めを受けていた。

 道術で相手を見れないように視界を制限されて、眼を閉じることで敏感になった肌を筆でくすぐられ続けたのだ。

 しかし、蝦蟇婆は筆をそばの台に放り投げると、宝玉のそばに椅子を持ち出してきて腰掛けた。

 とりあえず、蝦蟇婆はなにもする気がないようだ。

 だが、それは別の意味で恐怖だった。

 

「ね、ねえ……。が、蝦蟇婆様……。が、我慢できないわ……。ああっ──」

 

 宝玉はそんな蝦蟇婆の前で苦悩と哀願を繰り返しながら、どうにか痒みを消そうと身をくねらせた。

 前肢となる腕だけで長い時間吊りあげられていることで、鎖が繋がれている肩からは痺れるような痛みが走っていた。

 だが、その痛みが宝玉にはありがたかった。宝玉はその痛みが増大するように、意図的に身体を強く揺すぶってもいた。

 痛みを感じることで、痒みがほんの少し癒えて、やっと宝玉は理性を保つことができる気がしていた。

 

 いずれにしても、意識の中で宝玄仙が、蝦蟇婆や輪廻の顔を見ることで息が停止する道術をかけられたことは認識していた。

 しかし、いま、宝玉が蝦蟇婆の顔を見ても、別段の異常はない。

 本当に蝦蟇婆は宝玉と宝玄仙の人格に別々に道術をかけることができるようになったのだ。

 それだけ、蝦蟇婆によるこの身体の人格支配の程度は進んだということだ。

 このことに宝玉は愕然とする思いだ。

 

 それにしても痒い……。

 脳が焼ける──。

 身体が千切れる──

 だが、蝦蟇婆はなにもしようとはしない。宝玉の苦しみは耐え難いものになっていた。

 

「許して……許してよ……」

 

 宝玉は宙吊りの身体をくねらせながら念仏のように繰り返した。

 

「まあ、しばらく待て、玉……。わしの道術で人格が交替できるようになったのはわかったから、次は道術なしで暗示と同じ匂い袋の香りを嗅いだだけで、人格が交替するようにするからのう……。そうすれば、お前の頭が香りを覚えてしまって、誰でもお前の人格を匂い袋だけで統制できるようになるわい。そうなれば、わしの役目も終わりということじゃ……。さて、来たようじゃ」

 

 背中側の扉ががちゃりと開いて、何人かの人間が入ってきた気配がした。

 

「ほうっ、ほうっ、おっぱい──、おっぱい──」

 

「おっぱい──」

 

 まず聞こえたのは、蝦蟇婆たちが白痴兄弟と呼んでいる一鉄、二鉄という名の巨漢の亜人だ。

 いつも腰に革の半下袴を履いているだけの上半身が裸の姿であり、白壁を思わせる平らで真っ白い肌をしている。

 言葉をうまく操るほどの知恵はないらしく片言しか話せない。

 だが、蝦蟇婆には絶対服従で、宝玉や宝玄仙の家畜としての世話係だ。

 この身体の洗浄や食事の世話をするのも、この兄弟の役割である。

 

 しかし、このふたりが宝玉や宝玄仙に手を出すことはない。

 実際、宝玄仙がこのふたりを色仕掛けでたぶらかせないかと考えて、蝦蟇婆や寧坊のいないところで、何度か愛想を振りまいたりしていた。

 うまくたぶらかすことができれば、このふたりをうまく使って、膣から魔法石を取り除かせられると思ったようだ。

 だが、それは失敗した。

 

 このふたりはそんな宝玄仙を完全に無視して、本当に家畜に接するように淡々とこの身体を洗ったり、髪を整えたりという作業をするだけだったのだ。

 宝玄仙の露骨な誘いにも、興味を示す感じではなかった。

 

 このふたりは残念ながら、蝦蟇婆を裏切ることも、言い付けに背いて愚かな失敗をすることもなさそうだ。

 宝玄仙も宝玉も、逃亡の手段としてこのふたりを利用することは、早い段階で諦めた。

 このふたりは、女としての宝玉や宝玄仙にまるで興味がないかのようだった。

 

 そうかといって、男性機能がないのかと思えばそうではない。

 蝦蟇婆が命じれば、すぐに半下袴から肉棒を取り出して精を放つということもする。

 宝玉や宝玄仙が与えられる餌に毎回精液をふりかけるのも、このふたりの役目なのだ。

 宝玉と宝玄仙は一日二食与えられる餌のような食事に、この兄弟の出した精を混ぜられて口にさせられていた。

 

「おっぱい」

 

「おっぱい」

 

 宝玉の前に回り込んできた兄弟が嬉しそうな声をあげた。

 なぜか、このふたりは宝玉や宝玄仙のことをおっぱいと呼ぶ。

 

「これは、玉の方かい、蝦蟇婆?」

 

 輪廻(りんね)だ。輪廻も椅子を持ち出して来て、宙吊りの宝玉を前側からじっくりと観察するような態勢で、蝦蟇婆の横に椅子を並べて腰掛けた。

 

「ねえ……か、痒いの──。もう、許して──。ねえ──」

 

 宝玉は全身を暴れさせながら悲鳴をあげた。

 しかし、蝦蟇婆と輪廻はそんな宝玉を完全に無視している。

 一鉄と二鉄の兄弟も、にたにたと微笑みながら宝玉の乳房を食い入るように眺めているが、指示なしに宝玉に触れるということはない。

 

「次は道術じゃなくて、匂い袋で人格を交替できるようにするぞ、輪廻──。まずは、宝玉じゃ。脳天を焼いて失神するほどの快楽を与えながら、その都度、人格交替のきっかけとなる香りを嗅がせるのじゃ──。もう、ほとんど支配は完了しているから、特に面倒はいらんと思うがのう……」

 

「胸でも達すると思うけど、失神するほどというと、それほどの快感はないわよ、蝦蟇婆……。溜まりきった快楽をほんの少しだけ発散できる程度の絶頂しかできないわ。胸で絶頂しても、身体の疼きはそのままよ。脳天を焼くほどの快感となると、やっぱり、いまの宝や玉には、お尻を弄るしかないわね」

 

「わかっておるわ。白痴どもを連れて来るときには、寧坊に見つからんようにと頼んだのじゃ──。勝手に尻で欲情させると、魔法石に斑ができて粗悪品しかできんと、あいつがやかましいからのう」

 

「都合よく、昼寝をしていたわよ──。小憎たらしいませ餓鬼だけど、寝顔はまだまだ可愛いお子ちゃまね」

 

 輪廻が笑った。

 

「さて、じゃあ、そろそろ、始めるかのう──。とりあえず、この変態医師の乳腺施術の効果から確かめるか──。一鉄、二鉄、お前たちは片方ずつ、玉の乳房にとりつけ。そして、わしが合図をしたら、まずは乳房を揉みあげよ。但し、片方ずつじゃぞ。順番に揉むのじや」

 

 

「変態医師は酷いわねえ……」

 

 輪廻が苦笑している。

 蝦蟇婆の命令によって、ふたりが奇声をあげて宝玉の身体の両側についた。

 このふたりの見た目はまったく同じだが、目印の代わりに蝦蟇婆が、彼らの首に色つきの首輪をさせている。

 赤い首輪が一鉄で、青い首輪が二鉄だ。宝玉から見て、一鉄が右、二鉄が左側につく。

 

「一鉄、始めい──」

 

 蝦蟇婆が声をあげた。

 

「おっぱい、おっぱい──」

 

 一鉄が大声でわめきながら片手でぐにゃぐにゃと宝玉の右胸を揉み始める。

 

「うほおっ──」

 

 肉芽並の感度に引きあげられている乳房を揉まれて、宝玉は堪らず吠えた。

 一鉄の指は痒み剤を重ね塗りされた乳首をしっかりと挟み込んでいた。

 揉まれることで掻痒感が消滅していく気持ちよさは、一瞬にして宝玉を快感の極致に飛翔させた。

 

「んほおおおおお」

 

 宝玉は全身を暴れさせながら凄まじい愉悦に歓声をあげていた。

 

「まるで動物のように浅ましい声じゃなあ──。それでも人間族の女か──。少しはつつましくせんかい──」

 

 蝦蟇婆が呆れたような声を出した。

 しかし、一鉄の力強い乳房の揉みあげは、とんでもなく気持ちよかった。

 あまりの快感に宝玉は短くなっている両脚を激しく擦りつけて、一刻も早くその愉悦を全身に拡げさせようとした。

 股間から大量の愛液が垂れ落ちるのがわかる。

 宝玉は荒々しい一鉄の愛撫を受けつつ、肉の溶けだすようなその愉悦に全身を震わせた。

 

「今度は最後までいかせてやろう、宝玉。寸止めの意地悪はせん。遠慮なくいけ──。一鉄、もっと力を入れて揉んでもよいぞ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 一鉄の手がさらに力が加わる。

 一気に愉悦が込みあがる。

 

「ふうっ、ああっ、ほうっ……」

 

 迸る官能のうねりの導くままに、宝玉は右に左にと宙吊りの腰を激しく揺すぶった。

 

「い、いく、いく、いく、いく──」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 怖ろしいほどに感度をあげられた身体に、道術による寸止めを繰り返された挙句の絶頂の快感だ。

 宝玉は悲鳴のような声をあげて、ついに快感の頂上に昇り詰めた。

 

「はああっ──」

 

 がくがくと身体を揺すりながら宝玉は、まるで尿意のような感覚が両方の乳房に込みあがるのを感じた。

 

「ひううっ──。ひぎゃあああっ──」

 

 宝玉は悲鳴をあげた。

 

「おっぱい──」

 

「おっぱい──」

 

 一鉄と二鉄も声をあげた。

 なにが起きたのかすぐにはわからなかった。

 頭が白くなりかけるような快感とともに、自分の両方の乳首から放物線を描いて母乳のような液体が迸るのはわかった。

 それは凄まじい快感だった。

 

「ひがあああっ」

 

 だが、次の瞬間、左の乳首にとてつもない激痛が加わった。

 快感の余韻もあっという間に覚めるような衝撃だ。

 そう言えば、輪廻と蝦蟇婆が、宝玄仙に乳腺化の施術をする際、母乳が噴き出るときに、片方は快感で片方は激痛が走るようにして、それが無規則に入れ替わるようにしようと言っていたのを思い出した。

 つまり、それがやって来たのだ。

 

 おそらく揉まれている右の胸から最初に母乳が噴き出して、それは絶頂の快感を呼び起こして脳天に伝えた。

 しかし、全身が熟れきっていた宝玉には、同時に刺激を受けていない左胸からも快感を覚えて、母乳を噴き出させた。

 今度はそれが激痛の信号を脳天に送ったのだ。

 

 いずれにしても、快感の刺激も天にも昇るほどに気持ちよかったし、激痛もまた、皮膚まで染み込んだような痒みを忘れさせてくれる格好の刺激だった。

 しかし、そんな心地よさは束の間だ。

 すぐに全身を蝕む痒みが襲ってくる。

 そして、まるでさっきの絶頂が存在しなかったかのように、寸止め状態の疼きが戻ってくる。

 

「お乳──」

 

「おうっ、おうっ」

 

 一鉄の二鉄のふたりが、床に飛び散った宝玉の母乳を愛おしむように舐めだす。

 

「なんで両方から母乳がでるんじゃ、輪廻──? 普通は揉んだ方からしか出ないだろうが──」

 

 蝦蟇婆が不思議そうに言った。

 

「随分と快感を溜めさせていたからねえ……。感極まったんじゃないの……? もう一度やらしてよ、蝦蟇婆」

 

 輪廻が悠然と宝玉を眺めながら言った。

 

「うう……つ、続けて……続けてください……。お慈悲を……お慈悲を……」

 

 宝玉は再びやってきた痒みの苦痛に耐えられずに言った。

 どんなに馬鹿にされようが蔑まれようが構わない。

 さっき味わった一瞬の気持ちよさがあれば、もうなんにもいらない。

 一生、このまま家畜でも構わない……。

 そんなことすら思った……。

 

「こらっ、お前たち、床にこぼれた乳なんていつまでも舐めんじゃないよ──。そんなのその雌畜のでかい乳房を揉めば幾らでも出て来るわい──。さあ、今度は二鉄じゃ。始めよ──」

 

 蝦蟇婆が怒鳴った。

 這いつくばって床を舐めていたふたりが慌てたように起きあがる。

 

「おっぱい──」

 

 二鉄が左の乳房をこねあげてくる。ぐにゃぐにゃと大きくなった乳房を変形させられ、宝玉の全身に甘美感の衝撃がどんどんと響き渡っていく。

 その胸の刺激に合わせるように、自分から腰を振る。すると愉悦が宝玉を貫き、自分の置かれている恥辱を忘れさせてくれるような被虐の興奮が四肢を切断された五体を貫く。

 

「今度もあっという間に達しそうね……。今度は左の胸からしか母乳は噴き出さないと思うわ。今度は快感かしら、それとも激痛かしら──」

 

 輪廻がからかうような声をあげた。

 しかし、その侮蔑の言葉すら宝玉は快感に覚えた。

 自分はただ快感を追うだけの家畜だ……。

 そう思うと全身を震えさせるような倒錯的な興奮が走る。

 

「お前は家畜じゃな、玉」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 

「は、はい──。か、家畜です──」

 

 込みあがる快感に酔いながら、瞬時に宝玉は答えていた。

 

 気持ちいい──。

 片方の胸を揉まれながら、再び込みあがる飛翔の感覚に宝玉は酔っていた。

 こんなに気持ちがいいなら、本当に家畜でも構わない──。

 宝玉は心の底からそう思った。

 

「お前は家畜じゃ──。そうじゃな、家畜?」

 

「はい、か、家畜です──ひいうっ──き、気持ちいい──ああっ」

 

「家畜と認めるなら、もっと気持ちいことをしてやるわい。だから、もっと心の底から家畜だと叫ぶんじゃ。自分の脳天に刻み込むようにな」

 

「わ、わたしは家畜です──はあっ──ああっ──」

 

 蝦蟇婆に言われるままに、自分の心を曝け出すような思いで叫んでいた。

 なにかが胸から込みあがる……。

 快感が昇る……。

 

 乳房に熱いものが集まり、それが乳首に向かってやってくる──。

 気持ちいい──。

 

 飛んだ──。

 快感が迸る──。

 

「あっ、はあああっ──」

 

 左の胸から母乳が噴き出すのがわかった。

 二鉄が口を開いて、それが床に落ちる前に口中に受けとめた。

 全身ががくがくと震える。

 またしても、胸で達した。

 絶頂の余韻が走る……。

 

 達したことで、ほんの少しだけ理性が戻る……。

 白痴の亜人に乳房を揉まれて、その快感に全身を震わせるほどに酔う……。

 惨めだ──。

 心のどこかに残っている宝玉の理性が恥辱に震えた。

 

 だが、すぐに戻ってくる痒みの苦しさがその理性を押しやっていく。

 戻ってくる恐ろしい痒みと、身体がただれるような疼き……。

 宝玉は耐えられずに悶え泣いた。

 

「も、もっと……。もっとください……。お、お願いします──」

 

 宝玉は宙吊りの身体を揺さぶりながら叫んだ。

 

「一鉄、許可する──。そいつの尻を犯すんじゃ──」

 

 不意に蝦蟇婆が言った。

 

「あらっ、勝手にお尻を使っていいの? それは青獅子様用の場所でしょう? それに寧坊坊やがうるさいわよ」

 

 輪廻が眼を細めて言った。

 

「構わんわい──。陛下は、今日については、玄魔様のところで孫空女の仕上がり具合を視察だそうじゃ。今夜は来ん──。それに、暗示を刻み込むためにこれは必要なんじゃ」

 

 孫空女──。

 懐かしいその言葉に宝玉は、一瞬だけびくりとなった。

 だが一瞬だけだ。

 すぐに次の愉悦を求めて全身を震わせた。

 鎖が緩められて、宝玉の身体ががらがらと音を立てて引き下げられた。一鉄が宝玉の尻を犯しやすいように、高さが調整されたのだ。

 背後で一鉄が半下袴を脱ぐ気配がする。

 

「二鉄は胸だ──。両方揉んでやりな──」

 

「おっぱい──」

 

 二鉄が宝玉の前に回って乳房を揉みだす。

 

「はあっ、ああっ──」

 

 始まった愉悦に宝玉はすぐに身体を振って甘い声を迸らせた。

 

「うはっ、あああっ──」

 気持ちいい──。

 宝玉は身体をのけぞらせて吠えた。

 

「うがっ」

 

 よがり悶える宝玉の尻たぶが一鉄の手で押し広げられる。

 すぐに肛門に一鉄の怒張が挿し込まれてきた。

 

「はああっ──うわああっ──」

 

 この世にこんな凄まじい快感があったのだろうか──。

 尻穴の中に一鉄の男根がめり込んでいく……。

 怒張がたっぷりと塗り込められた掻痒剤を潤滑油にして、まるで愛液を溢れさせる女陰が犯されているような、にちょにちょという音を響かせて尻の奥まで入ってくる。

 

「ああっ、ひいいっ──」

 

 宝玉は自分で腰を背後に向かって打ちつけるように動かしていた。

 痒みが消えていく快感は途方もない快美感だ。

 

 下半身が溶ける……。

 身体が流れ出していくようだ──。

 揉みあげられる胸も気持ちいい──。

 

「ふわあっ──はあっ、あっ、ああっ」

 

 突き抜けるような愉悦の交差に、宝玉は獣のような嬌声をあげていた。

 

 もっと激しく──。

 もっと惨めに──。

 もっと気持ちよくして──。

 

 宝玉は最奥まで到達した感のある肉棒を尻で締めつけながら腰を振った。

 

「お前は家畜じゃ──」

 

 いつの間にかすぐそばに蝦蟇婆が立っている。

 宝玉に向かって家畜だと言いきかせている。

 

「か、家畜です──。ひううっ──はっ、はあっ──か、家畜です──」

 

 自分は家畜だ。

 いまさらのことを何度も言われることに宝玉は当惑さえ感じた。

 それよりも胸と肛門の愉悦が弾ける。

 歓喜のうねりが拡がる。

 

「家畜じゃ──。よいな──。家畜だから絶頂できるのじゃ。人間ならば、この快感はやらん──。すぐに中止させる──」

 

 蝦蟇婆が言った。

 宝玉は仰天した。

 

「か、家畜です──。間違いなく家畜です──あああっ」

 

 慌てて叫んだ。

 自分の声はほとんど悲鳴に近かったと思う。

 この快感を取りあげられたくない──。

 そんなことをされれば、自分は間違いなく発狂する。

 

「家畜ならばいけ──。わしの眼を見よ。本当にお前が家畜を心の底から思っているかどうかを確かめる──。お前の心に少しでも人間の心が残っておれば、この快感は取りあげる」

 

「ふうっ、はあっ、か、か、家畜です……。か、家畜です……ああっ」

 

 もうすぐいく──。

 自分は家畜だ。

 宝玉は自分に言いきかせる。

 

「どうやら本当に堕ちたようじゃな、家畜……。ならばいけ──」

 

 蝦蟇婆が笑った気がした。

 だが、驚くほどの速さで絶頂がやってきた。

 切羽詰った息とともに宝玉は、肛門に挿入されている肉棒を締めあげた。

 一気に快感を解放する──。

 

「はううっ──い、いくうううっ──」

 

 想像もしたことのない快感が全身を貫いた。

 両方の乳房からまた母乳が吹き出し、片方からは激痛が加わったが、それさえも気持ちよかった。

 つんとした刺激臭がした。

 蝦蟇婆がなにかの小袋を宝玉の鼻に当てている。

 その香りを嗅ぎながら、宝玉は真っ白い光の中に自分を導かせていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 花の香り……。

 いったいどういう状況なのか、宝玄仙はわからなかった。

 さっき痒み責めと筆責めを与えられていて、その途中で、あの失神を促す刺激臭で意識を手放した。

 いまも同じような状況のようだが、いつの間にか、眼の前に一鉄と二鉄の白痴兄弟がいる。

 あれから幾らかの時間が経過した感じだ。

 

 呼吸の止まる苦しみを思い出して、視線を上にあげないように注意する。

 赤い首輪をした一鉄は全裸のようであり、ねらねらとした体液のようなものが勃起した肉棒に付いている。

 輪廻が宝玄仙の顔の前に置いていた小さな匂い袋を避けた。

 どうやらそれを嗅がされていたために、あの花の香りを感じていたようだ。

 

「人格交替はもはや完璧ね……。これで、安心して、金凰魔王様のところにも送れるわね、蝦蟇婆」

 

 輪廻が言った。

 

「いや、玉は堕ちたが、宝はまだじゃ──。今度は宝を堕とす──。それでわしの役目は終わりじゃ」

 

 蝦蟇婆がそう言った。



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501 希望への細い糸

「あ、ああっ……お、お前ら、まとめて同じ目に遭わせるからね──ひ、ひいっ……。お、覚えてな──。わ、わたしがまともに道術を遣えれば、お前らみたいな三流亜人どもなんて、一瞬にして灰にできるんだからね──あひいっ──、く、くそう──蝦蟇蛙(がまがえる)、聞いてんのかい──」

 

 やっと拘束を解かれて、床に下ろされた宝玄仙は、巨大になった乳房を床に擦りつけながら喚き続けた。

 宙吊りからは解放されたのだが、その代わり、あの痒み剤を改めて乳首と肛門と肉芽に塗りたくられていて、その痒みの苦痛が全身に襲いかかっている。

 拘束はされていないものの、手足のないこの身体では、痒みを癒す手段などほとんどない。

 とりあえず自由になった宝玄仙は、痒みを少しでも癒そうと懸命に床に届いている乳房を擦りつけているのだ。

 

 全身を襲う掻痒感を癒す手段がない宝玄仙が、唯一できるのは、いまや四つん這いになると乳首が床に届くほどに巨大にされた乳房を荒々しく床に擦りつけることだけだ。

 宝玄仙は床に下ろされて四つん這いの姿勢にされるや否や、すぐに床に乳房を擦りつけ始めた。

 その浅ましい姿に輪廻(りんね)が笑い転げているが、発狂するような掻痒感と欲情に襲われている宝玄仙には、それをやめることなど不可能だった。

 しかし、唯一の抵抗手段である悪態だけは喚き続けた。

 

 だが、自慰のような乳房の床擦りをしながら、いくらこのふたりに喚き散らしても、却って空しいだけだ。

 それでも、宝玄仙には気が狂いそうになる屈辱感の中で亜人の女たちに悪態をつき続けた。

 それが、この気の狂うような恥辱と苦痛の中で、なんとか正気を保つための唯一の方策だったのだ。。

 

「お、お前──、面白いわあ──。ここまで、蝦蟇婆の調教に逆らう女も初めてよ──。お前の片割れの玉なんて、呆気なく堕ちたのに、やっぱり、お前は最高よ──。ねえ、蝦蟇婆、今度はわたしにやらせてよ──。こんな気の強い人間の雌を一度でいいから躾けてみたかったのよ──」

 

 輪廻が爆笑しながら言った。

 

「ふん、好きにせい──」

 

 蝦蟇婆の怒ったような声がするとともに、蝦蟇婆が自分が座っていた椅子を引っ張って壁際に移動していく。

 宝玄仙は、亜人たちの腰より上を見ないように視線を落としているが、その宝玄仙の視線に映っている蝦蟇婆の脚の動きから、蝦蟇婆が椅子にふんぞり返ったように腰掛けるのがわかった。

 

「あんたらも下がっていていいわ」

 

 輪廻が言った。一鉄と二鉄のふたりも蝦蟇婆の座っている壁に向かって移動していく。

 

「さあ、随分、疲れていると思うけど、今度はわたしと遊んでもらうわ、宝。わたしは、蝦蟇婆ほど残酷じゃないのよ……。青獅子陛下に命じられているから、あんたを家畜として相応しい身体にするための施術をしたけど、別にあんたを堕とすという任務は帯びていないし、あんたには同情もしているわ。だから、取引きしましょうよ……」

 

「と、取引?」

 

「ええ……。ねえ、あんた、わたしをいい気持ちにさせなさいよ。そうしたら、その痒み責めから解放させて、心置きなく絶頂させてあげるわ」

 

 輪廻が言った。輪廻は部屋の真ん中で椅子に足を組んで椅子に座っている。

 宝玄仙はその前に四つん這いで立っているという態勢だ。

 さっきまで部屋の中心にあった寝台は壁際に片付けられていた。

 

「い、いい気持ち……? は、はあっ、ああっ……」

 

 訝しんだ宝玄仙は、思わず顔をあげて輪廻の表情を探ろうとして、慌てて自重した。

 宝玄仙には、亜人の顔を直接に見ると、自分の息が停止する道術が掛けられたままだ。

 あの恐ろしさを味わいたくない宝玄仙は視線を床に戻した。

 

「ちょっと、いい加減にしなさいよ──。その自慰のような乳房の擦りつけをやめるのよ。今度許可なく乳房を動かしたら、痒み剤の塊りを尻穴に入れてから、尻の穴を施術で塞いでしてしまうわよ──」

 

 いきなり輪廻の口調が変わり、組んでいた脚が下ろされて、どんと大きく床を踏み鳴らした。

 宝玄仙は仕方なく乳房擦りを止める。

 

「こ、こらっ、輪廻──。勝手に尻穴を慰めるなどと約束するんじゃないわ。こいつを尻穴で犯してやるのは、こいつが堕ちたときじゃ」

 

 蝦蟇婆が抗議の声をあげた。

 

「こいつが今夜中に堕ちるなんてことはないわよ、蝦蟇婆──。諦めなさいよ。それよりも、この雌畜でわたしたちも遊びましょうよ。たまには調教抜きで愉しみたいわよ……。別に堕ちなくてもいいじゃない……」

 

 輪廻が蝦蟇婆になだめるようにそう言ってから、視線を宝玄仙に戻した。

 もちろん、宝玄仙はそれは見ていない。

 頭の上で交わされる会話からそう感じていただけだ。

 

「わたしをいい気持ちにしてくれたら、ご褒美に、宝もいい気持ちにしてあげる……。今夜は、それでいいじゃない」

 

「なにを言うか、輪廻──。こいつは、もう少しで堕ちるわい。心の底から屈服して、自分のことを家畜と認めるようになる──。もう少しじゃわい」

 

「無駄よ──。いくら苦しめても、こいつはそんな簡単ではないわ。もともと、他人に屈服するという心がないとしか思えないわ。言葉では屈服した振りはしても、絶対に心の底からの屈服はしない。それがこいつよ──。それくらいわかるでしょう、蝦蟇婆──」

 

「玉のときはうまくいったんじゃ……。宝も時間さえかければ……」

 

「玉はもともと、屈服するための人格なのよ、蝦蟇婆──。こいつらと闘勝仙との話を聞いたでしょう──。玉は屈服するための人格。宝は絶対に屈服せずに戦うための人格──。人格を分裂させて、それぞれがそんな風に役割を担うことで、完全だと思われていた闘勝仙の支配から逃れたのよ、こいつらは──」

 

「そんなことはわかっておる」

 

「いいえ、わかってないわ、蝦蟇婆……。だから、玉は堕とせても、宝は堕とせないわ。そういうものなのよ──。わたしの勘だけど、宝を堕としきると、おそらく、宝という人格は消滅するわ。他人に完全に屈服するということは、宝の役割じゃないからね。人格の存在意義がなくなるのよ」

 

「だったらなおさらじゃ。宝を堕とさねば、こいつは、なにかの手段でわしらの支配を脱するかもしれん。以前、こいつらが闘勝仙とやらの支配を脱して、そいつを殺したようにな──。わしらに逆らう可能性は完全に摘んでおかねば、どんな細い糸を辿って、わしらに反撃するかわからんわい」

 

 蝦蟇婆が不満そうに鼻を鳴らす音がした。

 

「そんな糸なんかありはしないわよ──。こいつは道術は遣えない。こいつが連れていた供たちもわたしらが捕らえている。人格交代だって支配した。逃げることなんかできないわ──。そんなことより、こいつで遊ばせてよ、蝦蟇婆。従順すぎる雌をいたぶってもつまらないのよ」

 

「ふざけるな、輪廻──」

 

「いいじゃないのよ。嗜虐というのは、心の底から屈服している相手を責めてもつまらないのよ。本当は従いたくない命令に無理矢理従わさせられてしまう……。その葛藤が愉快なんだから──」

 

「こいつは家畜じゃ。従順すぎても問題ないわ」

 

「その従順にさせるのが難しいと言っているのよ、蝦蟇婆」

 

 輪廻の言葉に、蝦蟇婆がまた鼻を鳴らした。

 しかし、それ以上はなにも言わなかった。

 このあいだ、宝玄仙は発狂するような痒みに耐えて、じっと身体を動かさないままでいた。

 輪廻の脚が動いた。

 また、しっかりと宝玄仙に身体を向けたようだ。

 

「さあ、そういうわけだから、宝……。お前を屈服させるという調教の時間は終わりよ。これからは、お前の舌技を見せてちょうだい──。その上手さに応じて、お前が苦しみを癒して快楽を得ることを許すわ──。それなら、あんたの自尊心も少しは癒されて、受け入れられるでしょう?」

 

 輪廻が言った。

 家畜ということを認めさせるための調教──。

 

 確かにそうだった……。

 再び、花の香りの暗示で強制的に覚醒させられた宝玄仙に待っていたのは、苛酷な蝦蟇婆の快感調教だった。

 まずは宙吊りの態勢のまま、再び乳首と肉芽、そして、股間と肛門に掻痒剤を塗り直された。

 そして、また、蝦蟇婆の筆責めだ。

 

 絶頂は許されない。

 痒みを癒されることはない。

 蝦蟇婆の筆はひたすらに痒みの苦しみを増大させるようにしか動かないのだ。

 

 そして、自分は家畜だと、繰り返し復唱させられる。

 宝玄仙は蝦蟇婆の要求のままに、ひたすらに大声でそれを喚いた。

 しかし、蝦蟇婆はそれで満足はしなかった。

 宝玄仙の言葉が心からの叫びではないというのだ。

 

 だが、そんなことは知るものか──。

 言えというから求められた言葉を叫んだだけだ。

 しかし、心まで作り変えろと言われても、宝玄仙にはどうしようもない。

 責められれば責められるほど、こいつらに対する怒りと憎しみが全身に込みあがる。

 それが気に入らなかったのか、蝦蟇婆は宝玄仙の望む刺激は与えずに、放置責めと筆責めを繰り返した。

 

 そして、思い出したように家畜宣言を強要される……。

 それらをひたすら続けられた……。

 

 宝玄仙はのたうち回り、暴れ回り、宙吊りにされた肉体を限界まで揺すって泣き叫び続けたが、蝦蟇婆は満足しなかった。

 

 家畜宣言は何十回もやった。

 だが、その都度、蝦蟇婆は、まだ宝玄仙は心からの屈服ではないと言うばかりだった。

 やがて、筆責めに白痴兄弟の乳吸いが加わった。

 怖ろしいほどに感度をあげられた両方の乳房を揉まれながら、白痴兄弟が宝玄仙の乳を吸うのだ。

 蝦蟇婆の指示で、一鉄と二鉄は交互に宝玄仙の乳首を吸い続けた。

 このとき、宝玄仙は思わず白痴兄弟を見てしまう失態を犯し、三度道術で呼吸を停止させられた。

 

 そして、母乳の噴出だ。

 途方もない快感のときもあれば、耐えられない激痛が走ることもある。

 母乳の噴出とともに襲うのが、快感なのか、激痛なのかは、乳房に与えられらる快感が感極まって母乳が出るまでわからない。

 快感だけが連続することもあれば、快感と激痛が交互のときもあるし、激痛が続くこともある。

 それは予想できないし、それだからこそ宝玄仙には快楽にも激痛にも備えることはできない。

 この乳吸いにも宝玄仙はのたうち狂った。

 

 宝玄仙はもう心から屈服したと喚き続けた。

 だが、結局、宝玄仙の言葉には蝦蟇婆は満足しなかった。

 再び、掻痒剤を塗り直されて、しばらく放置されてから筆責め……。

 

 さらに、乳責め……。

 大声で家畜宣言……。

 何度も何度も続けられたと思う……。

 

 宝玄仙は泣き喚いた。

 しかし、それは快楽の苦痛があまりにも激しくて泣くのであり、この蝦蟇婆に屈服して泣くこととは違う。

 

 ……というよりも、宝玄仙には蝦蟇婆が繰り返し要求する心の底からの屈服というのがどういう状態のことなのかわからない。

 わからないことを強要される。

 だから、どうしたらこの苦役から解放されるかわからなくて、ただ泣くだけだった。

 やがて、蝦蟇婆は「疲れた」とひと言だけ呟くと、椅子にどっかりと座り直した。

 そして、白痴兄弟に宝玄仙を床に下ろすように指示して、宝玄仙を宙吊りから解放させた。

 すると、今度は、ずっと蝦蟇婆の調教を部屋の隅で見守ったきた輪廻が、今度は自分に責めさせろと割り込んできたのだ。

 

「な、なにをすればいいんだよ……」

 

 宝玄仙は輪廻の足元にうずくまりながら訊ねた。

 この苦しみから解放されるならなんでもやる……。

 そんな気持ちだ。

 

 いや、いままでもそう思っていた。

 だが、なぜかそれは蝦蟇婆の求める屈服とは異なるらしい。

 口だけの屈服では満足しないと繰り返し言われても、宝玄仙にはそれはどうにもならないことだ。

 宝玄仙は、とりあえず、屈服をするつもりなのだ。

 

「蝦蟇婆のように、屈服しろとは言わないわ。求めているのは奉仕よ。口先だけの従順はいらないわ。ただ、命令に従えばいいのよ……。心の底では逆らってもいいし、口では拒否していいわ……。でも、実際の行動は一度として逆らうことは許さないわ」

 

 輪廻の口調は優しげだった。

 だからこそ、宝玄仙はその裏にある冷徹さを感じずにはいられなかった。

 

「な、なんでもするよ、輪廻。さっきからそう言っているよ──」

 

「いい子ね。だったら、可愛がってあげるわ……」

 

 椅子に座った輪廻がいきなり腰をあげて宝玄仙の前に屈み直そうとする気配を見せた。

 顔を見るわけにはいかない宝玄仙は、慌てて眼を閉じた。

 すると、宝玄仙の前にしゃがんだ輪廻が宝玄仙のふたつの乳首を指で力一杯潰した。

 

「ひぎいっ──」

 

 宝玄仙は眼を閉じたまま悲鳴をあげ、身体を跳ねあげさせた。

 

「嫌ならやめてもいいのよ、宝──」

 

「だ、大丈夫──。そのまま──ふぐうっ──」

 

 心からの言葉だった。

 指で乳首を潰されるのは激痛だが、繰り返し塗られた掻痒剤の痒みが癒されるのは、全身が砕けるほどの快感だ。

 

「だったら、もっと、痛めつけてあげるわね──」

 

「あがあっ──い、いたい──ああっ、だ、だけど……」

 

 宝玄仙は歯を喰い縛った。

 人間の女にそっくりな風貌の輪廻のはずだが、中身は野生の動物に近いとされている亜人だ。

 大変な力が乳首に伝わる。

 だが、その痛みが全身に周り、それが全身を蝕む痒みから宝玄仙を束の間解放してくれる……。

 

 痛いが気持ちいい……。

 痒みが消えていく──。

 胸に熱いものが込みあがったと思った。

 

「あらっ?」

 

 輪廻がからかうような声をあげた。

 気がついたときには、宝玄仙は両方の乳首から母乳のような液体を噴き出させていた。

 

「はああああ──があああ──」

 

 宝玄仙は嬌声と悲鳴の混じった声を口から迸らせた。

 果てしない快美感と途方もない激痛に同時に襲われた宝玄仙は、短い手脚の全身を仰け反らせた。

 輪廻が宝玄仙の乳首から手を離して、再び椅子に座り直した気配がした。

 宝玄仙は息を整えながら、ゆっくりと眼を開く。

 

「おっぱい──」

 

「おちち──」

 

 一鉄と二鉄が足を鳴らして、こっちに駆けてくるのがわかった。

 宝玄仙は急いで眼を閉じる。

 

「おちち──」

 

「おちち──」

 

 一鉄と二鉄が宝玄仙のすぐそばまで来てしゃがんだ。どうやら床に飛び散った宝玄仙の母乳を舐めているようだ。

 

「こいつらのことは放っておきなさい、宝──。女の母乳がなによりの好物なんだけど、許可なくお前にちょっかい出すことはないわ。こいつらの単純な脳味噌では、他人に逆らうとか、裏切るとかいうことはできないらしいわ。このふたりは、蝦蟇婆やわたしには絶対服従──。だから、石ころとでも思いなさい」

 

 輪廻が言った。

 しっかりと眼を閉じている宝玄仙の横では白痴兄弟が一心不乱に床を舐めている気配だ。

 このふたりが乳房を舐めたり、母乳を吸ったりすることが途方もなく好きだということは、宝玄仙ももうわかっている。

 やがて、輪廻の命令でふたりが再び壁際に立ち去らせられる。

 

「わたしはねえ、蝦蟇婆のように枯れたような女でもないのよ……。しっかりと欲望を持った女であり、どちらかといえば、多淫の女よ──。相手は男でもいいし、女でもいい──。亜人族でもいいし……人間族でもいい……。そして、家畜に成り下がった哀れな存在でもね……」

 

 顔を伏せている宝玄仙の鼻輪の輪に、いきなり輪廻の足がかかった。

 サンダルを脱いで素足になった輪廻が足の指を宝玄仙の鼻輪に入れたのだ。

 

「なにが枯れた女じゃ……」

 

 蝦蟇婆の不貞腐れたような声がしたが、宝玄仙はそれどころじゃない。

 鼻輪に入れられた足の指で顔を引っ張られて激痛が走る。

 宝玄仙は苦痛に呻きながら身体を前に出した。床に擦られた乳首が宝玄仙の身体に震えるような快感を加える。

 

「舐めるのよ、宝──。お前の舌が気持ちよければ、わたしの股倉を舐めさせてあげるわ。わたしが達したら、次はお前の番……。その溜まりに溜まった疼きを解放させてあげるわ、ふふふ……」

 

 輪廻がそう言って、鼻輪から抜いた足の指を宝玄仙の鼻に突きつけた。

 

 

 *

 

 

「思ったよりも早かったな──。お前のことは親父からの飛脚便で耳にしている。いい仕事をするそうだな」

 

 長庚(ちょうこう)は言った。

 横に蝶蝶(てふてふ)がいる。

 蝶蝶はこの得体の知れない男と面談するに当たっての護衛だ。

 

 もっとも、長庚はそれほどの危険は感じていない。

 あの長庚の父親が頼りになる男として送ってきた男だ。

 長庚に危害を加えるとは思わない。

 それに、この長庚を害しても、この男にはなんの得もない。

 だから、達観していた。

 

 この獅駝の城郭で拠点にしている借家だった。

 長庚はその貸し家の一室で、ひとりの男と向かい合っていた。

 国都にいる父親が当面の軍資金とともに送りつけてきた男であり、金次第でどんな仕事でもやるということだ。

 金を払いさえすれば、確かな仕事をするが、絶対に信用はするなとも手紙に書いてあった。

 

 話のわかる親父だ──。

 恩人を助けるために、亜人王の占拠した城郭に潜入した長庚を止めるどころか、長庚の活動のために必要な資金と人を送りつけてきた。

 もちろん、親父も長庚にこれで貸しを作るつもりであろう。

 その辺は、長庚と長庚の父親とは普通の関係ではない。

 

 損と得──。

 利害──。

 

 そういうもので成り立っている関係でもある。

 もちろん親子の情がないというわけではないが、商いの厳しさは幼いときから骨身に染みこまされている長庚だ。

 

 長庚は、いま、父親が送りつけてきたその男と向かい合っている。

 この男が宝玄仙たちを亜人から助け出すための細い糸になってくれるかもしれない……。

 そう思いながら、長庚は目の前の男を観察していた。

 

 歳は二十歳そこそこに見えるが、もしかしたらそれは見せかけかもしれない。

 実はもっと歳をとっていて、わざと若く見せかけている可能性もある。

 そう考えると、眼の前の男が急に年嵩の男のようにも思えてきた。

 念のために、百舌(もず)は台所に退がらせている。

 怖いと思ったわけではない。

 眼の前のこんな忍びのようなことをやっている男に百舌を見せたくはなかったのだ。

 

「お前の親父さんには大変世話になっている。だから、断れない仕事だと思っていたが、まさか、お前みたいな子供が依頼人とは思わなかったぜ」

 

 男が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 見くびらせてはならない──。

 長庚は思った。

 

 自分は、いずれは竜飛国一どころか、この大陸一の大商人になってみせるつもりだ。

 こんな蓮っ葉者くらい使いこなせなければ、そんなことは及びもつかないだろう。長庚は自分に気合を入れた。

 

「名は?」

 

 長庚は男の薄ら笑いなど気がつかないように平静を装って言った。

 

「なんでもいい。子供にいつまでも使われるつもりはないから名乗る名はない。お前の親父さんと約束したから、仕事は受ける。だが、本来はお前のような子供を相手にするわけではない。それは覚えておいてくれ」

 

「ならば、双六(すごろく)──。なにができる?」

 

 “双六”とはたったいま長庚の頭に浮かんだ名だ。

 双六と長庚が名付けた男は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さあな……。できないことをできるとは言わない。ただし、できると言ったことを失敗することもない。失敗するときは、俺と俺の一味が死ぬだろう。つまり、受けた依頼は死んでも果たすということだ」

 

「死ぬ以上のことがあるかもしれないぞ、双六──。相手は亜人の魔王なのだ──」

 

「そんなことは坊やが心配することじゃないさ。さっきも言ったが、すべての仕事が受けられるわけじゃない。あらゆることができると自惚れてもいない……。それよりも時間の無駄だ。仕事を言いつけてくれ。できると判断すれば仕事の値の話になる。お前の親父さんとはそういう仕事のやり方をしてきた」

 

 双六は言った。

 

「ならば、魔王の寝首を掻けるか?」

 

「馬鹿を言うな──。相手は道術を遣う亜人の王だぞ──。俺と俺の一党の命が幾らあっても割に合わない。死ねというのと同じ仕事は受けねえ」

 

 双六ははっきりと言った。

 その表情には、驕りもなければ、年少の長庚を馬鹿にする様子もない。

 この男は信用ができるに違いない。

 長庚は思った。

 人を見る目は商売人のなによりもの武器だ。

 わずか十三歳だが、長庚もそれなりの目利きの自信はある。

 

「魔王に監禁されている女を助け出す。ひとりにつき、それなりの金を払う」

 

「女?」

 

「人間族の女だ。名は宝玄仙、孫空女、朱姫──。彼女たちは、魔王宮や魔王軍の軍営に監禁されている。それを助け出せるか?」

 

 長庚は言った。

 宝玄仙と朱姫が魔王宮となっている死んだ公爵の屋敷にいることと、孫空女が軍営に監禁されているという情報は、この数日の調査で蝶蝶がやっと掴んできていた。

 残念ながら沙那は、たった一日前に魔王領である獅駝(しだ)嶺深くに輸送されたこともわかった。

 沙那にはもう手が出せないだろう。

 どうやって助け出すかは、別に考えるしかない。

 

「魔王に監禁されている女か……。あの李媛(りえん)李姫(りき)たち貴族女と一緒にいる連中ということだな……」

 

 双六は考える仕草になった。

 

「それも無理か?」

 

 長庚は言った。

 しかし、すぐに双六は返事はしなかった。

 双六が口を開いたのは、しばらくしてからだった。

 

「無理とは言わない……。ただし、できるとも言えない──。もしも、助け出すことができれば救い出す。それでどうだ? 助け出したひとりにつき、幾らという値でいい。助けられなければ金は要らない」

 

「それでいい」

 

 長庚は言った。

 そして、蝶蝶に頷く。

 蝶蝶が双六の前に砂金の入った袋を二個置いた。

 

「これは──?」

 

 双六が首を傾げた。

 

「仕事の依頼料だ」

 

「前払い金は要らないと言ったはずだが」

 

「もうひとつ仕事を依頼する……。その値に見合う仕事をしろ──。この城郭を乱して欲しい……。なんでもいい。暴動でも、盗みでも、亜人殺しでも……。とにかく、亜人による支配をこの城郭に定着させたくない。亜人王の支配に応じていない人間が大勢いると見せかけて欲しい。最初は、この砂金の範囲内でいい。仕事に満足できれば、さらに金を払う」

 

 長庚は言った。

 これは宝玄仙を助け出すこととは別のこととしてやることだ。

 この城郭を占拠した亜人軍ともう一度、竜飛国の軍とのあいだに戦を起こさせる。

 戦が起きれば、儲け話はいくらも発生する。

 この城郭の商売人は、亜人たちによって力を失わせられているし、ほかの商売人は亜人に占拠された獅駝の城郭を見捨てたようなかたちになっている。

 まともな商人でこの獅駝の城郭にいるのは長庚くらいではないだろうか。

 もう一度、戦が起きて、王軍が亜人たちに勝つようなことがあれば、かなりの大きな商いがここでできるだろう。

 勝たなくたも、戦があればいくらでもいい商いはできる。

 それで親父に借りた分は十分に返せるはずだ。

 

 あの父親のことだ。

 これが純粋な人助けだと言っても、それだけじゃ納得はしなかったに違いない。

 長庚は宝玄仙たちを救い出すための行動をとることを手紙で父親に送りながら、これがいかに利になるかを手紙で説いた。

 その返事が十分な資金とこの双六だ。

 

「それなら簡単だ。任せてくれ──」

 

 双六が笑った。

 

「とりあえず、依頼はそれだけだ。効果があるようならさらに払う。この城郭が亜人たちの支配に抵抗して、乱れ続ければそれでいい──。それとさっきの女の救出も忘れないでくれ。ひとりにつき、その十倍払う」

 

「それも、わかった」

 

 双六が頷いた。

 そのまま部屋を出ていく。

 ふと気がつくと、差し出した砂金の袋がなくなっていた。

 

 いつ懐に入れたのか、長庚にはまったくわからなかった。



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502 わたしは家畜

 宝玄仙は、輪廻(りんね)の足指を丁寧にしゃぶっていた。 舌先で爪の中を擦り、指と指のあいだをきれいに舐めあげる。

 もちろん、足の裏も忘れない。

 それこそ、宝玄仙の唾液がついていない場所が存在しないように丹念に丹念に舐める。

 

「あ、ああっ……い、いいわねえ……。素晴らしいわ……宝……」

 

 輪廻の声はかすかに上気しているように聞こえた。

 やがて、輪廻の組んでいる左右の足が入れ替わる。

 宝玄仙は突き出された反対側の足もきれいに舐めあげていく。

 

 一方で、全身は凄まじい掻痒感に襲われていたままだ。

 すでに痒み剤を塗られてから二刻(約二時間)はすぎているだろう。

 この間、何度か乳房を揉まれることで、胸の痒みは収まりかけているが、股間と肛門については、蝦蟇婆(がまばあ)の意地の悪い筆が擦られただけで、いまだに刺激らしい刺激を与えられていない。

 股間を襲っている痒みのつらさは、気の遠くなるほどだ。

 

 しかし、そんなことをおくびにでも出せば、輪廻の態度が一変し、痒みを解消させてやるという約束も反古にされるかもしれない。

 そんなことをされれば、間違いなく宝玄仙の気はおかしくなってしまう。

 それくらい宝玄仙は追い詰められていた。

 

 それに宝玄仙は、こと性行為に関することで他人に主導権を取られるつもりはなかった。

 いま、宝玄仙にあるのは舌先ひとつだが、その舌だけで輪廻を圧倒してやる──。

 そう決めていた。

 

「合格だよ、宝……。そのまま脚を舐めながらあがっておいで」

 

 輪廻が荒い息をしながら言った。

 言われなくてもそうするつもりだ。

 足の指から足の裏を舐めると、身体を伸ばして足首を舐める。

 さらに脛や膝まで舐め進んでいく。

 

 宝玄仙は、膝の裏から足首までのあいだにある性感帯を掘り起こすように舌で刺激を続けた。

 舌ひとつといっても使い方はさまざまだ。

 

 舌全体を使って舐めたり、あるいは先をすぼめて抉ったり、押したりするように刺激する……。

 さらに真っ直ぐに擦ったり、じぐざぐに動いたりすることでも変化をつけられる……。

 もちろん、強く舐めたり、触れるか触れないかというくらいの弱さでくすぐったり……。

 速度ひとつでも変化をつけて、輪廻を翻弄できる……。

 

「い、椅子から降りて来ておくれよ……。届かないんだよ……」

 

 宝玄仙は顔を輪廻のふくらはぎに擦りつけるようにして膝を舐めていたが、それを一度やめて言った。

 椅子に腰掛けられたままでは、これ以上は顔が届かない。

 

「あ、ああ……、そ、そうだね……。お、おりるよ……」

 

 輪廻が少し興奮した口調で応じて、椅子から下りて床に尻をつけてしゃがんだ。

 宝玄仙は輪廻の長い下袍を顔を使ってめくり、さらに奥に顔を進める。

 

 輪廻の股間からは強い淫液の臭いがした。

 すでに脚への奉仕だけで、輪廻がかなり欲情していることは、肌を舐めることだけでもわかっていた。

 その匂いはかなり強い。

 どうやら輪廻は、非常に感じやすい性質のようだ。

 

 いま、宝玄仙の舌は太腿の内側を這っている。

 輪廻は下着をつけていないようだ。

 下袍に遮られて薄暗い視界の中に、洪水かと思えるほどの大量の蜜が輪廻の陰毛をねらねらと濡らしている様子が映った。

 輪廻は床に尻をつけて大きく股を開いている。

 その下袍の中に、四つん這いの宝玄仙が顔を潜り込ませて輪廻の股を舐めているという態勢だ。

 

「お、お前……す、凄いよ……。は、はああっ──」

 

 宝玄仙の顔がさらに奥に進み、ついに、輪廻の股間の付け根に舌が届いた。

 舌で陰毛を掻きわけて女陰の縁を開いて、さらに肉芽をねっとりと舐める。

 

「あふううっ……」

 

 輪廻の身体ががくがくと震えた。

 まだ、早い……。

 宝玄仙は舌をもっとも敏感な場所から移動して、さっと刺激の場所を腿の内側に戻った。

 絶頂しかけていた輪廻の快感が寸止めで留まる。

 輪廻が切なそうに、身体を震わせた。

 

 しばらくのあいだ、宝玄仙は敏感な場所を直接舐めるのを避けて、その周辺だけを刺激することだけに留めた。

 その間、輪廻の吐息と肌の震えは続いている。

 しかも、それは止まることなくだんだんと強いものに変わっていく……。

 

 一方で、宝玄仙は舌を動かしながら、千切れるような全身の掻痒感とも戦っていた。

 快楽責めに遭わされながらも満足な絶頂を与えられなかった宝玄仙の肉体は、おそらく限界まで感度があがっていると思う。

 また、おかしな薬を塗られた乳首や股間のむず痒さは、そのためにさらに峻烈な苦しみになっていた。

 

 それでも、重い乳房だけは、舌を使いながら床や輪廻の肌に擦りつけて刺激を加えることができる。

 肉芽並に感度をあげられた乳房は、強く擦ればそれだけで宝玄仙を欲情の頂点に連れていってくれそうだったが、宝玄仙はその欲求に耐えた。

 いまは、輪廻を追い詰めて、この場の主導権を宝玄仙が取りかえす時間だ。

 宝玄仙が快感に没頭する時間ではない。

 

 こうなったら意地だ。

 痒みに負けずに、舌奉仕を続けてみせる――。

 それが、なにもできない今の宝玄仙の戦いだ。

 

 

「き、気持ちいいよ、宝……。ほ、本当に……。こ、こんなに舌の上手い雌は初めてさ……」

 

 輪廻が興奮したように声をあげた。

 宝玄仙はなにも言わずに、輪廻の肌に舌を這わせ続ける。

 すでに輪廻の身体は、宝玄仙の舌で追い詰められている。

 この瞬間に絶頂させるのも、もう少し焦らすのも思いのままだ。

 

 しかし、宝玄仙はもう少し時間をかけることに決めた。

 絶頂だけはしない程度の刺激を加えて、それでいて、昇天するのにぎりぎりの愛撫を舌で与える。

 宝玄仙は輪廻の愛液で濡れた陰唇に、鼻輪のついた自分の鼻先を押し当てた。

 そして、鼻先で蜜を押しあげながら鼻息を加えて、尻に近い場所から肉芽の位置まで擦りあげる。

 

「うはああっ」

 

 輪廻の腰が一瞬浮かびあがる。

 宝玄仙は鼻による股間の上下の刺激を続ける。

 鼻先で輪廻の女陰の入口を圧しながら、舌も伸ばして垂れている淫液をすすってもいる。

 

「い、いいよ──。き、気持ちいい──」

 

 輪廻の腰がさらにがくがくと動いた。

 愛液の漏れが激しくなる。

 宝玄仙は顔に輪廻の蜜を浴びるようになりながら、今度は舌をすぼめて、女陰の奥に滑り込ませた。

 

「はっ、はっ、はあっ──」

 

 輪廻はすでに興奮状態のようだ。

 宝玄仙の舌は女陰の中を掻き回すように動いている。

 接している輪廻の肌を通じて、輪廻がすっかりと快感の陶酔にどっぷりと浸かっていることを感じていた。

 

 あと少し……。

 ここで強い刺激を加えてやれば、輪廻は快感の頂点に一気に飛翔していく……。

 

 しかし、それで終わりだ……。

 宝玄仙の舌はさっと女陰から出ていく。

 鼻先で女陰を擦るのもやめた。

 また舌を内腿に戻し、しばらく輪廻の興奮が収まるのを待つ。

 輪廻の失望と欲望の昂ぶりが息や声が肌の熱さから伝わってくる。

 

 やがて、また、輪廻の股間に舌を移動させる。

 そして、ぎりぎりまで輪廻を翻弄する。

 輪廻の身体が痙攣のように震える。

 

 その頃合いを見計らって、舌を内腿に逃がす……。

 しばらくしたら、また、股間に……。

 

 宝玄仙はこれを繰り返した……。

 

 輪廻が少し落ち着けば、また女陰や肉芽への責めを再開する。

 そして、絶頂寸前まで追い詰めて、またやり直し……。

 これを繰り返せば、堕ちない女はいない……。

 

「ああ、も、もう、いかせておくれ、宝──」

 

 何度目かのこの一連の行為を繰り返したとき、ついに輪廻が腹をたてたような口調で言った。

 

「あ、あんまり、お前の股ぐらがおいしいからね……。もうしばらく、味わいたいと思っているのさ……。それとも、お願いだからいかせてくれと頼むのかい──。だったら、いかせてやってもいいよ──」

 

 宝玄仙は舌で輪廻の内腿を舐めながら言った。

 

「ふ、ふふ……言うじゃないかい、家畜のくせに……。で、でも、やっぱりお前は素晴らしい家畜さ……。いや、大した女だ。でも、そろそろ、わたしが昇天するまで舐めておくれよ。そうすれば、その苦しい股間を慰めてやるよ」

 

 輪廻が言った。

 確かに宝玄仙ももう限界に近い……。

 

 輪廻の股間を舐め続けて、どれくらいの時間が経ったかわからない。

 宝玄仙の股間はただれるような痒みに襲われ続けているし、いまや乳房を擦ったりして多少の刺激を加えるくらいでは、気を紛らわすことができないようになっていた。

 

 宝玄仙は輪廻を翻弄するために続けていた舌技をやめて、今度は一気に絶頂させるための動きに変えた。

 長い時間の舌奉仕で、すでに輪廻の弱点はわかっている。

 顔の角度を巧みにして、鼻輪のついた鼻先で肉芽を刺激しながら、舌を女陰の中に入れて刺激を加える。

 さらに顔全体を使って輪廻の股間全体をゆっくりと押し揉んでいく……。

 

「ああっ、あっ、ああっ──」

 

 輪廻がひと際大きな声をあげた。

 輪廻の身体ががくがくと大きく痙攣のような震えを始める。

 

「も、もっと──。もっとよ──。もっと舌を使って──」

 

 輪廻が感極まった声をあげた。

 そして、今度は宝玄仙の顔に自分の股間を押しつけるように叩きつけてくる。

 

「ほおおっ──」

 

 輪廻の腰が浮いた。

 次の瞬間、大きな呻き声をあげながら輪廻が絶頂したのがわかった。

 

 どっと輪廻の女陰から溢れ出た淫汁を宝玄仙は丹念に舌で掃除する。

 後戯は、前戯や本番以上の意味がある。

 この奉仕で輪廻の心に潜り込むのだ。

 そして、少しでも支配権を取り戻す。

 それができるかどうかわからないが、やらないよりもましだ。

 それに、いまは、それくらいしかこの状況を打開する方策を思いつかない。

 とにかく、宝玄仙は、まるで、大切な宝物であるかのように、丁寧に輪廻の股間の淫行の痕を舌で消していった。

 

 輪廻は激しい絶頂の余韻を愉しむかのように、しばらくは宝玄仙の舌技に身を任せたようにしていたが、やがて、宝玄仙の顔を押しのけるようにして立ちあがった。

 宝玄仙は仕方なく、その場にまたうずくまる。

 

「素敵な奉仕だったわよ、蝦蟇婆(がまばあ)……。あんたもやってもらったらどうなの?」

 

 輪廻が蝦蟇婆に軽口を言うのが聞こえる。

 輪廻は、部屋の隅でなにかを準備している気配だ。

 宝玄仙はそれを顔を伏せた状態で感じていた。

 視線をあげると、この部屋にいる亜人たちの顔を見そうで怖いのだ。

 

「ふん、冗談じゃないわい──。こんな家畜にのぼせあがりおって、恥ずかしくないのかい、輪廻」

 

 蝦蟇婆が不愉快そうに鼻を鳴らすのが聞こえた。

 

「恥ずかしくないわ、蝦蟇婆……。あんたが宝を使わないなら、わたしの調教を始めるわね」

 

 輪廻が戻ってきた。

 

「約束だからね、宝……。尻を弄ってあげるわ。それだけじゃなくて、素敵な舌技のお礼に女陰だって刺激してあげるわね」

 

 輪廻が宝玄仙のそばに戻ってきて屈みこんだ。

 思わず宝玄仙は眼を閉じる。

 

「息がとまる苦しさは、もうすっかりと肌に沁みたようね、宝……。でも、大丈夫よ、無理矢理に顔を見させて、意地悪するようなことはしないから……。あんたの股間にこれを挿してあげるわ……。素敵な舌技のお礼に前も後ろも弄れるように、この張形にしてあげたのよ」

 

 床を向いている宝玄仙の顔の前に、輪廻の手元がかざされた。

 視界に入ったのは、白っぽい色をした二股の張形だ。

 根元で長短の張形に分かれていて、短い方の張形にはさらに小枝のような出っ張りもついている。

 宝玄仙には、それがどういうものなのかはすぐにわかった。

 女の肛門と女陰、そして、肉芽までを同時に責めるための張形だ。宝玄仙も供たちに使わせたことがあり、宝玄仙は『二頭張形』と呼んでいた。

 

 もっとも、宝玄仙の作ったものは、道術で淫靡な機能がついている霊具なのだが、これは霊具ではないようだ。

 まったく霊気は感じない。

 しかし、その代わりに、ねらねらと光っていて、表面からは強い粘性を感じる。

 ただの張形ではないような気がした。

 

「な、なんだい、これは?」

 

 得体の知れない刺激臭が張形から匂う。

 いやな予感がする。

 

「お前の尻穴と股穴を慰める道具よ。さっきのお礼に入れてあげるわ。少ししたらほじってあげるから、挿入したまま待っていてね」

 

 輪廻がその二頭張形を持って宝玄仙の背後に回った。

 

「だ、だから、それはなんだって……?」

 

 得たいの知れない淫具に怯えてしまい、宝玄仙は懸命に輪廻に質問を繰り返した。

 しかし、輪廻は無視している。

 

「それにしても、凄い濡らし方よねえ……。お前も相当の淫乱よねえ……。淫乱な家畜……」

 

 

 輪廻の持った張形が宝玄仙の股間をなぞりあげてくる。

 

「ふわっ」

 

 鼻を鳴らして声をあげた宝玄仙は、痒みでただれている股間を張形の先で擦られる甘美感に腰を振って反応してしまった。

 そして、張形に痒い部分を擦りつけるように腰を動かす。

 

「あらあら、もう腰を振って悦んでいるの? 淫乱な雌ねえ……」

 

 輪廻が笑いながら、さらに張形を宝玄仙の股間に押しつけてくる。

 さっきの短い方の張形から出ている小枝の部分が宝玄仙の肉芽に押し当たった。

 それがぐりぐりと動いて刺激される。

 

「ああ、あんっ──」

 

「可愛らしい声──。あんたにそんな娘のような声は似合わないわ」

 

 輪廻が嘲笑するような声をあげた。

 しかし、そんなことはいまの宝玄仙にはどうでもいい……。

 熟れきった肉芽に伝わる刺激から全身に走る快美感が怒涛のような衝撃となって五体を貫く。

 

 堪らない──。

 小枝の当たる肉芽に伝わる刺激をもっと強くしようとして、さっきよりも激しく腰を動かす。

 

「まるで動物ね……。挿して欲しい?」

 

 すると張形がすっと離れていく。

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「ま、待って──。挿して──。い、意地悪しないで挿しておくれよ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 

「おいおい、輪廻──。お前、本当に女陰にも挿すつもりか? こいつの股間には魔法柱が奥に入っておるのじゃぞ」

 

 蝦蟇婆の嗜めるような声が聞こえた。

 

「大丈夫よ。それを考慮して、前の穴に入る部分の張形は短いものに調整したから……。魔法柱には届かないわよ」

 

「そんなことを言うとるんじゃないわい──。女陰から直接刺激を加えれば、あいつがうるさいぞ──。間違いなく、いま培養させている魔法石は無駄になるがのう……」

 

「それはあんたに頼むわ、蝦蟇婆……。寧坊は、あんたの管轄でしょう」

「ふ、ふざけるな、輪廻──。お前が──」

「いいから、いいから……」

 輪廻が笑った。

「だって、これを前の穴にも入れて欲しいわよね、宝?」

 

 今度はふたつの張形の先端が女陰と肛門の両方に突き当たった。

 

「い、入れて──。入れておくれ──。お、お願いだよ」

 

 宝玄仙はもう一刻の猶予も耐えられずに、懸命に腰を突き出してふたつの穴を張形に擦りつける。

 張形からはぬるぬるという感触があった。

 

「さっき、蝦蟇婆が言っていたわよねえ、宝……。あれをもう一度叫んでごらん」

 

「あれ?」

 

 宝玄仙は一瞬なんのことかわからなかった。

 

「お前はなんだということよ」

 

 自分は家畜だと叫べと命じられているのだということがわかった。

 張形がすっとまた離れる──。

 

 宝玄仙は戦慄した。

 心の底から望んでいたものが取りあげられる。

 

「わ、わたしは家畜だよ」

 

 宝玄仙は逃げていく張形を腰で追いながら叫んだ。

 すると張形がぴたりととまった。

 腰を後ろにやった宝玄仙の股間に再び張形の先端が触れる。

 

「もう一度よ、宝」

 

「わ、わたしは家畜──」

 

「もう一度」

 

「か、家畜だよ──。わたしは家畜――」

 

 すると、張形がほんの少し押し入ってきた……。

 宝玄仙が家畜と叫ぶたびに少しずつ、ふたつの張形が宝玄仙の女陰と肛門に侵入してくるのだ。

 

「叫び続けるのよ……。やめれば抜くわ」

 

「わたしは家畜――」

 

 宝玄仙は悲鳴のような声をあげた。

 

「もっと続けなさい──」

 

 輪廻が進ませる張形の侵入はほんの少しずつだ。

 宝玄仙が自ら腰を動かして深く挿そうとしても、輪廻の片手が宝玄仙の腰を押さえて邪魔をしている。

 宝玄仙は怖ろしい痒みを癒してくれる張形を挿してもらえるには、家畜だと叫び続けるしかないということがわかってきた。

 

「わ、わたしは家畜──。わたしは家畜──」

 

 懸命に叫んだ。

 

「心に訴えるものがないわねえ……。声も小さいし──」

 

 張形を推し進めていた輪廻の手が停止した。

 まだ、ほんのちょっぴりふたつの穴に食い込んだだけだ。

 与えられそうで与えられない刺激に宝玄仙のやるせなさが暴発するようだった。

 

「ああ、そんなあ……。か、家畜――。わたしは家畜だよ──。家畜――、家畜だよおお」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 それこそ、心の底から思いを曝け出すような思いで叫んだ。

 

「ほう……、なかなか……」

 

 壁際の蝦蟇婆の感嘆したような声がした。

 

「続けるのよ、宝──。今度、同じことを言わせると、これは中止よ」

 

 輪廻が冷たく言った。

 宝玄仙は今更、これが取りあげることに恐怖した。

 待ちに待ったものは、ほんの少しのところまでやってきている。

 これ以上の焦らしには耐えられない。

 

「わ、わたしは家畜──。家畜でいい──。家畜で──」

 

 宝玄仙は感極まって叫んだ。

 自分の瞼からぼろぼろと涙が出るのがわかった。

 

「ほらほら、やめていいの? もっとよ。心を込めるのよ」

 

「家畜……あっ、あああっ──。か、家畜うううう」

 

 輪廻の手が再び張形を推し進めてくる。

 最初に女陰に食い込んだ。

 次いで、肛門に深く挿さってくる。

 全身を激しい興奮が襲う。

 それがふたつの張形が深く押し進むにつれて、愉悦が膨れあがる。

 

 気持ちいい──。

 張形が押し進む……。

 痒みという痒みを消しながら、女陰と肛門の奥に二頭の張形が入っていく……。

 

「しっかり入ったね、家畜?」

 

「あ、ああ──」

 

「じゃあ、そのままよ。落とすんじゃないのよ」

 

 輪廻が言った。

 そして、張形から手を離したのがわかった。

 

「そ、そんな……。ま、まだ……」

 

 確かにしっかりとふたつの張形が宝玄仙のふたつの穴に深く入った。

 しかし、まだ入っただけだ。

 押し進むときに味わった掻痒感の喪失は、張形が奥深くまで侵入することで停止した。

 その結果、再び股間から気の狂いそうな掻痒感が襲う。

 張形を抽送してもらわなければ、痒みが癒えないのだ。

 

 それをしてくれるのは、背後にいる輪廻だけだ。

 輪廻の機嫌を損ねたら、もう宝玄仙の苦しみを消してくれる者はいない……。

 そう思うと、輪廻に縋るような気持ちが心を支配する。

 

「ところで、いま、お前が挿している張形がどういうものかわかるかい?」

 

 輪廻が不意に言った。

 

「えっ?」

 

「それは蝦蟇婆が塗った痒み剤を固めて作った張形よ……。そんなものをいつまでも股間で咥えていると信じられないくらいに、穴が痒みでただれてくるよ──」

 

 輪廻が大笑いした。

 宝玄仙はびっくりした。

 

 痒みを癒してくれると思っていた淫具が、実は、さらに痒みで宝玄仙を苦しめるための材料だったのだ。

 宝玄仙はそのことに愕然とした。

 

「な、なんてことを……。ち、畜生──」

 

 宝玄仙は腰を震わせて喚いた。

 

「あっ、そう……。じゃあ、気に喰わないなら抜くわ」

 

 輪廻が張形を抜くために手を伸ばしたのがわかった。

 

「だ、駄目だよ──。ぬ、抜かないで──」

 

 宝玄仙は慌てて腰を後ろにさげるとともに、ふたつの穴で張形を締めあげた。

 

「だったら、そのままでいいのね、宝? いいの? 痒みで気が狂うわよ──。こんなもので擦れば、痒みの成分が溶けて、お前の身体に沁み込むわよ。いいの?」

 

 輪廻が張形から手を離す。

 

「くうっ」

 

 宝玄仙は呻いた。

 張形を抜かれて痒みを癒す手段を奪われるのは絶対に受け入れるわけにはいかない。

 そうかといって、このただれるようになっている状態の股間に、さらに痒み剤を足されるような行為に耐えられるとは思わない。

 どうしていいかわからずに、宝玄仙は呻きのような声をあげ続けた。

 

「わし以上に陰湿じゃのう……」

 

 蝦蟇婆の呆れたような声が聞こえた。

 

「思い出すのよ、宝……。考えるんじゃないのよ。お前はなんなの?」

 

 輪廻が言った。

 

「か、家畜……」

 

 その言葉が勝手に口からこぼれた。

 

「そうよ……。お前は家畜よ。だから、考えるんじゃないのよ。ただ、自分は家畜と呟きながら、わたしたちになにもかも委ねればいいのよ。どうするか、考えるのはやめるのよ……。さあ、どうするの。これを抜くの? 抜かないの?」

 

 輪廻が張形の先をほんの少し動かした。

 

「あふううっ」

 

 襲ってきた甘美な刺激に宝玄仙は身体を激しく動かした。

 しかし、輪廻はそれだけで張形から手を離してしまう。

 そして、手が離れて刺激が終わると、耐えられない痒みが襲いかかる。

 しかも、咥えさせられている張形の表面から新しい痒み成分が溶け出しているのがわかる。

 宝玄仙の身体の熱で痒み剤で固めた張形の表面が溶け出しているのだ。

 

「抜くの? 抜かないの? どっち、宝?」

 

「わたしは家畜です……。わ、わからない……。も、もう許して……」

 

 それしか口から出てこなかった。

 張形を抜かれることには耐えられない。

 しかし、この張形を挿したままで、終わらない痒み責めを受け続けるのも受け入れられない……。

 もう、宝玄仙にはどうすればいいのかわからなかった。

 

「そうよ……。それが答えよ、宝」

 

 輪廻が優しげな口調で言った。



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503 雌畜に許される快感

「は、早く動かしておくれ……」

 

 宝玄仙は必死の思いでふたつの穴に挿し入れられた張形を締めあげていた。

 

「うるさいわねえ……。いつ動かそうが、動かすまいが、わたしたちの勝手でしょう──。家畜と認めたお前の知ったことじゃないわね。それよりも、勝手に腰を動かすんじゃないわよ、宝──。もしも、盆の上の茶を落としたりしたら、ただの折檻じゃすまないわよ。それこそ、いま挿している張形を入れっぱなしにして尻穴を塞いで、二、三日放っておくわ」

 

 輪廻(りんね)が冷たく応じた。返事とともに輪廻が優雅に茶をすする音も聞こえた。

 

「くうっ」

 

 宝玄仙は無意識のうちに動きそうになる腰を必死で静止させる。

 

「言っておくが、宝──。こいつは、なかなかに残酷な女ぞ。うわべは穏やかそうじゃが、残酷なことにかけてはわしを遥かに凌ぐぞ。この城郭にやって来る前も、実験のためとか称して、ひそかに買い取った人間族の奴隷の少女の脳味噌を猿の脳味噌と入れ替えたりしたのじゃぞ。それも自分の愉しみのためにのう──。気の毒に、猿はあっという間に自殺してしもうたわい」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)も茶をすすりながら言った。

 

「愉しみのために殺したというのは、聞こえが悪いわねえ。蝦蟇婆……。純粋な医術の発展のための実験よ──。それに違うわよ。自殺したのは猿じゃなくて、人間族の少女の方よ。猿の頭に入っていたのが人間族のあの娘の脳なんだから、自殺したのはその娘というべきよ。猿の脳味噌の入った娘の身体の方は自殺なんてしなかったわ」

 

 輪廻も笑って応じた。

 そんなふたりの会話を耳にしながら、宝玄仙はしっかりと咥えこんだ二頭の張形を痒みでただれた前後の穴の粘膜で締めあげていた。

 だが、ややもすると思わず腰を動かしてしまいそうになる。

 宝玄仙は、痒みの疼きにじっと耐えながら、このふたりの茶飲み休憩が終わるのを待った。

 

 宝玄仙が身動きできないのは、このふたりに強いられている嫌がらせのためだ。

 つまりは、宝玄仙の四つん這いの背中には、丸い盆が載せられていて、その上に輪廻と蝦蟇婆の飲んでいる茶の器と茶瓶が載せてあるのだ。

 

 いつもの四つん這いの状態だと前肢の部分が短すぎて背中が平らにならないので、前肢の部分は後ろ脚と長さが合うように小さな台に乗せられている。

 そうやって背中が平らになるように調整してから、ふたりは宝玄仙の身体を卓替わりにして背中に盆を載せて、両側に椅子を運んできて、白痴兄弟に準備させた茶を飲みだしたのだ。

 本格的に宝玄仙を責める前の休息ということだった。

 

 しかし、狂うような痒み責めで苦しめられている宝玄仙には堪らない。

 掻痒感を癒そうと少しでも身体を動かそうものなら、ただ置かれているだけの茶瓶と茶器はあっという間に宝玄仙の背中から滑り落ちるだろう。

 そんなことをすれば、この冷酷なふたりが今度はどんな仕打ちを始めるかわからない。

 

「動くんじゃないと言っているじゃないの、宝──。じっとしているのよ。わたしたちの休憩が終われば、痒みを癒してやると言っているんだから我慢しなさい」

 

 輪廻が強い調子で言った。

 耐えているつもりでも、どうしても宝玄仙の身体は股間に咥えた張形を締めつけて、かすかに腰を動かしているようだ。

 宝玄仙は、あまりの痒みに意識まで失いそうになる苦しみに耐えて、懸命に意識を保持して身体の震えを止めようとした。

 

 だが、少しでも気を緩めると腰は無意識のうちに動く。

 それは背中の上でかたかたと茶瓶や茶器が揺れて音をたてるからわかる。

 そのたびに宝玄仙は、背中の上の盆を落とさないように、全神経を股間に集中しなければならなかった。

 

「そう言えば、あの猿の脳味噌を入れた人間族の娘には、せんずりを教えたのじゃったのう……。獅駝嶺の魔王宮の庭で狂ったようにせんずりをしているあの娘の姿はわしもよく覚えておるわい。あれは、ほんとうに寝る間も惜しんで自慰に耽っておったものなあ」

 

 蝦蟇婆が思い出すように言った。

 その気楽そうな会話は、痒みで苦しむ宝玄仙に対する嫌がらせのために意図的にやっているとしか思えない。

 このふたりは、さっきからこうやって、宝玄仙を卓にしたまま、取り留めのない話を飽きずにずっと続けている。

 

「ああ、あれね……。あれは、ちょっとした賭けをしたのよ。猿にせんずりを教えたら死ぬまでやるんじゃないかって言ってね──。そうしたら、本当に身体が弱って動かなくなるまで続けたもんだったわ──。それから、蝦蟇婆、また間違ったわよ。人間の娘に入ったのは猿の脳味噌なんだから、“猿の腦を入れた人間族の娘”ではなくて、“人間族の娘の身体に入れた猿”と呼ぶべきなのよ。そして、自殺した方は、“猿の身体に入れた人間族の娘”ね」

 

「なんでもいいわい──。それで、わしは最後までは見届けなんだが、本当に死ぬまでその猿はせんずりをしたのか、輪廻?」

 

「死ぬまでとはいなかったけど、動けなくなるまでは続けたわね。わたしとその賭けをしたのは、あの春秋姉妹よ。彼女たちは、なまじ知識があるだけに、猿に自慰を教えれば、死ぬまで自慰を続けるというのは噂にすぎないというのよ。なにしろ、畜生でも高等猿の一部には自慰をする種もいるからね。だから、命の危険が及ぶほどに続けるはずはないというのよ」

 

「なんじゃそれは?」

 

 蝦蟇婆が呆れた声を出している。

 

「だけど、賭けはわたしの勝ち……。わたしが賭けた通りに、人間の娘の身体に入った猿は、自慰を教えたら狂ったようにいつまでも続けたわ。それこそ、死ぬまでといってもいいくらいにね──。ああ、おかしい」

 

 輪廻は大笑いした。

 宝玄仙はじっと耐えていた。

 このあいだにも、張形に浸食された股からはとめどのない蜜が流れ出ているのがわかる。

 それはたぎりきった欲情のためかもしれないし、気の遠くなるほどの掻痒感のせいかもしれない。

 

 いずれにしても、全身が悶々として狂いそうだ。

 心も身体もばらばらになり、家畜として相応しい人格に塗りかえられていくような心地さえした。

 なにもかも振るい捨てて暴れ回りたい。歯を喰いしばっている口を開いて、いまいましいこいつらの喉笛に噛みついてやりたい……。

 沸騰する怒りと屈辱に宝玄仙は耐えた。

 いくらそうしたいと思ったところで、たちまちに押さえつけられて、さらに酷い仕打ちをされるということはわかっているからだ。

 

「ああ、そう言えば、それはわしも耳にしたことがあるぞ──。猿の仲間でもせんずりをして心を落ち着ける種はおるそうじゃないかい。自慰は亜人族や人間族だけの専売ではないのじゃろう?」

 

「そうだけど、人間族の女の快感と猿が性交で抱く快感は比べものにならないのよ。特に、人間族の女の快感は、この世に生きるどの生物よりも快感が高いのよ……。猿としての快感しか知らなかった猿の雌が、人間族の女の快感を味わえば、それは抜け出すことのできない中毒に陥るわ。それくらい快感が強いのよ」

 

「なるほどのう……。それで、あの春秋姉妹に賭けでお前が勝ったということか……。そういえば、そのときは、なにを賭けたのじゃ?」

 

「負けた方が、三日間相手の性奴隷になるということよ。きっちり三日間、あのふたりを躾けてやったわ──。普段、調教師として性奴隷を調教する役目のふたりを奴隷として調教するのは愉しい経験だったわ。あれは本当に面白かったわあ……。ちょ、ちょっと、揺らさないでと言っているじゃないのよ、宝──」

 

 輪廻が茶を置きながら、一転して強い口調になって怒鳴った。

 宝玄仙はまた耐えられなくて、腰を強く動かしてしまったようだ。

 

「わ、わかっているよ……」

 

 宝玄仙は歯ぎしりしながら呻いた。

 

 痒い……。

 痒くて身体がばらばらになる。

 

 こんなこともう一瞬も耐えられない……。

 だが、いつまでこうやって苦痛に耐えて静止していればいいのだろう。

 宝玄仙は歯ぎしりした。

 

「なに? 春秋(しゅんじゅう)姉妹を性奴隷のように扱ったじゃと──? あいつらは陛下のお気に入りじゃろう? そんなことして大丈夫じゃったのか?」

 

 蝦蟇婆がびっくりしたような声をあげた。

 

「もちろん、陛下もご承知よ。三日目なんて、陛下と一緒になって、あの姉妹をいたぶったんだもの──。あんたも来たかった、蝦蟇婆?」

 

「そうじゃな。ただで参加できるならのう……。だが、お前らの狂った賭けに参加すると、この年寄りまで嗜虐の相手にしかねんからやめるわい」

 

「冗談じゃないわよ──。いくらんなんでも、あんたみたいな枯れた女を相手にはしないわよ──。勘忍してよ」

 

 輪廻が笑い転げる声がした。

 どうやらからかわれたのだということに気がついたらしい蝦蟇婆の不満そうな呻き声もした。

 それを輪廻の高笑いがかき消していく。

 

「ねえ、宝、そろそろ腰を使いたいかい……?」

 

 やがて、ひとしきり笑った輪廻が、ゆっくりとした口調で言った。

 

「つ、使いたい……。も、もう、我慢できないんだよ……」

 

 やっと声をかけてもらえた宝玄仙は必死になって言った。

 

「さっきも言ったけど、お前の股間のふたつの穴を埋めている性具を使ったりしたら、痒み剤の成分が溶けて、もっと恐ろしいほどの痒みが襲うわよ。それでもいいの?」

 

「か、構わないよ……。このままじゃあ、狂いそうなんだよ。お、お願いだよ──。股間を癒しておくれよ──。こんなに苛めれば気がすんだろう──。た、頼むから──」

 

 宝玄仙は一生懸命に訴えた。

 股間にいれられている張形は、怖ろしい痒み剤を固形化して、二頭の張形のかたちにしたものであり、そんなもので股間を弄られれば、いまよりもさらに苦しい痒みが襲ってくることはわかっている。

 だが、それよりも、いまこの瞬間にも襲い続けている痒みを癒したい。

 痒みの苦しみは切羽詰ったものになって、宝玄仙を苦しめている。

 

「いいわよ……。その代わり、壁際に立っている一鉄と二鉄にも茶をご馳走してあげてよ、宝……。知っているとおり、彼らは女の母乳が大好きなの。このふたりがあんたの乳を絞るから、じっとして耐えるのよ。もちろん、わたしたちが飲んでいる背中の茶器も落とさないようにね。耐えきったら、好きなだけ股間を弄ってあげるわ」

 

 輪廻が事もなげに言った。

 宝玄仙は驚愕した。

 宝玄仙の乳房は、いまや怖ろしいほどの感度にあげられているだけではなく、母乳が出る瞬間に途方もない快感か激痛のいずれかが身体を襲うようにされている。

 そんな身体で母乳を出させられて、しかも、背中に載せた盆を動かさないように静止したままでいられるわけがない。

 宝玄仙は抗議の悲鳴をあげた。

 

「おいで、一鉄と二鉄、ふたりにもお茶のお裾わけよ。棚から新しい茶器を持ってきて、それぞれ、宝の乳から母乳を絞りなさい。好きなだけ飲んでいいわ」

 

 輪廻が壁際に待機をしていた白痴兄弟に声をかけた。

 

「おっぱい、おちち──」

「おちち──」

 

 白痴兄弟が嬉しそうに動き出すのが気配からわかった。

 宝玄仙は絶望の呻き声をあげた。

 

「おちち──」

「おちち──」

 

 すぐに白痴兄弟はやってきた。

 そして、四つん這いになっている宝玄仙の両横にそれぞれにしゃがみ込み、床に向かって垂れている宝玄仙の両側の乳房に手を伸ばしてきた。

 

「うがっ?」

 

 どちらかが許しを乞うような口調で唸った。

 

「よいわ──。始めい──」

 

 蝦蟇婆が言った。

 すぐにふたりによる乳搾りが始まった。

 前肢側を少し高い台に乗せていることで、豊乳化された宝玄仙の乳房は少し浮いている状態だった。

 ふたりが床に茶器を置き、片手で乳首を絞りはじめる。

 

「ひいいっ──」

 

 両方の乳首から込みあがった快感とも苦痛ともいえない刺激に宝玄仙は思わず身体を動かした。

 

「おっと、危ないわい──。茶瓶が落ちるわ──」

 

 背中で明らかに茶瓶が揺れるのが宝玄仙にもわかった。

 ひっくり返りそうになった茶瓶を蝦蟇婆が押さえたようだ。

 宝玄仙は必死に身体の動きをとめる。

 

「これが最後の苦役よ、宝──。これが終われば、後は気持ちのいいことしかしないわ。約束するから耐えるのよ」

 

 輪廻が再び茶をすすりながら言って、その茶器を宝玄仙の背中の盆に載せ直したのがわかった。

 宝玄仙は必死になって唇を強く噛んだ。

 

 しかし、その口から獣の唸り声のような音が洩れる。

 一鉄と二鉄のふたりが避けることのできない宝玄仙の乳房を無遠慮に絞り揉む。

 乳房を揉まれることで、快美感の塊りが全身に弾け飛ぶ。

 

 気持ちがいい──。

 全身が溶ける──。

 

「あ、ふうっ──」

 

 一鉄と二鉄は両側から宝玄仙の乳房をぐにゃぐにゃと揉み続ける。

 あまりの快感で四肢の感覚が消失していく。

 

 しかし、耐えなければ……。

 しかも、動いてはならない……。

 

 噴きあがる果てしない愉悦に宝玄仙はのたうち回りたい衝動を懸命に抑えた。

 だが、全身を横溢する愉悦は強力だ。

 

「ああっ──。ゆ、許して──」

 

 宝玄仙は思わず甲高い声をあげた。

 驚くほどの強さでなにかが乳房全体から乳首に向かっていく……。

 

 耐えろ──。

 宝玄仙は自分自身に言い聞かす──。

 

 切羽詰った息遣いとともに、宝玄仙は短い手脚を懸命に踏ん張った。

 やって来た──。

 乳房全体が性器になったような感覚が襲い、途方もない絶頂感が宝玄仙を襲った。

 

「はあああっ──」

 

 甘くて解放的な絶頂──。

 同時に乳首の先からまとまった量の母乳が音を立てて噴出するのもわかった。

 

「あがああっ──」

 

 続いて激痛──。

 予期していた宝玄仙は背中を仰け反らして耐えた。

 まったく盆を動かさないのは無理だったが、それでもなんとか盆を振り落さない程度には身体の動きを耐えることができた。

 すぐに、乳房で味わった快感はあっという間に消失して、再び欲情の疼きが全身を襲い直す。そういうように身体の施術を受けているのだ。

 いずれにしても、なんとか耐えることができたとわかった宝玄仙はほっとして全身の力を抜いた。

 

「ほっとしている暇はないわよ、宝。まだまだ、四分の一もふたりの器には、母乳が溜まっていないわ。もっとご馳走してあげてよ……。さあ、続けて乳を絞るのよ、一鉄、二鉄」

 

 輪廻が言った。

 

「うがっ」

「があっ──」

 

 一鉄と二鉄が嬉しそうに再び宝玄仙の乳房を絞り始めた。

 

「ああ、そ、そんなに耐えられないよ、輪廻──」

 

 一度で終わりではないのだ……。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「耐えるのよ──。あんたがやることはそれだけよ──。耐えられなければ、痒み棒を入れて尻穴を塞いでしまうわ、宝──。わたしは、嘘や脅しは言わないわ。やると言ったらやる。それが嫌なら、死んでも耐えなさい」

 

 輪廻が笑った。

 白痴兄弟の乳搾りの妖しい刺激が再び切羽詰ったものに変わってきた。

 宝玄仙は自分が泣き出すのがはっきりとわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 絶頂の末に、どうやら意識を朦朧とさせてしまったようだ。

 

「しっかりせんかい──」

 

 宝玄仙の頬が平手で思い切り張られた。

 

「い、痛いよ──」

 

 はっとして宝玄仙は蝦蟇婆を睨みつけた。

 その瞬間に息がとまった。

 

「あぐっ、があっ……がっ……」

 

 しまった──。

 亜人を見たために呪術が……。

 もがき始めた宝玄仙を蝦蟇婆が見下ろしている。

 

「お前、馬鹿かい──。いつまで同じことを繰り返す気じゃ──」

 

 蝦蟇婆が苦笑している声がする。

 しかし、宝玄仙はそれどころではない。

 この絶息は確実に宝玄仙の意識が消えそうになるまで続く。

 何度も味わっているので、本当に窒息死するまでは続かないことはわかっているが、しっかりと死の恐怖を味わうくらいまでは続くのだ。

 呼吸が復活するまでの時間が決まっているわけではない。

 宝玄仙が死の恐怖を心で味わうまで続くということになっているようだ。

 

 だから、その恐怖は確実に宝玄仙の心に焼きつけられる。

 宝玄仙は短い手脚の身体で床を転げまわった。

 しかし、いくら暴れても息を吸うことはできない。

 

 やがて、暴れることもできなくなり、全身が弛緩して痙攣が走る……。

 意識はどんよりとして、苦しみのようなものがすっと消えていく……。

 

 その途端に息ができるのだ。

 宝玄仙は声をあげて、盛大な呼吸をした。

 

 あのまま、意図的に息をさらに一瞬止め続けていれば、少なくとも気を失うことができて、この拷問のような痒み責めから解放してもらうことができるのかもしれない。

 しかし、自ら息をとめて気絶することなど不可能だ。

 生きようとする人間の本能がそれを邪魔する。

 従って、宝玄仙の苦役もまだまだ続くということだ。

 

「ほら、姿勢をとり直さんか──。輪廻だけではなく、わしもお前の尻や女陰をいたぶってやっておるのじゃ。休むことなく、いきまくらんか──」

 

「そうよ、宝──。青獅子陛下の子飼いの調教師がふたり揃って、お前の相手をしてやっているのよ。こんな幸せはないはずだから、しっかりと味わいなさい」

 

 蝦蟇婆の声に続いて、輪廻の声もした。

 亜人の顔を見ると呼吸がとまる道術の怖さを思い出して、宝玄仙は慌てて再び部屋の真ん中で四つん這いの姿勢になる。

 ふたりが宝玄仙の背後に回ったのがわかった。

 

「ほら、また始めるわ……」

 

 前肢が短いために極端に腰が高くあがっている不均等な四つん這いになると、まずは輪廻が女陰と肛門に挿し入れた二頭の張形を掴んで抽送を再開する。

 

「ほおっ──はあっ──」

 

 抽送と同時に燃えあがる愉悦の悦びに、宝玄仙の身体は激しい反応を示しだした。

 

「みっともなく腰を動かすんじゃないわ、家畜──。少しでも自尊心が残っておるなら、多少は我慢せんかい」

 

 蝦蟇婆は嘲笑しながら、さっきと同じように、すでに二頭張形の片方が挿入されている肛門にさらに別の張形横から挿し入れてきた。

 二頭張形が痒み剤を固めて作った責め具であれば、蝦蟇婆が持っているのも、まったく同じ痒み剤を固めて作った張形だ。

 責めれば責めるほど、痒みが拡がって苦しみが増すだけのその二本の張形で、宝玄仙は責められ続けているのだ。

 どんなに嘲笑されようと、馬鹿にされようと、自制することなど不可能だ。

 宝玄仙はふたりの抽送する張形の動きに合わせて、淫らに腰を動かして、快楽をむさぼっていた。

 

 この責めが始まったのは、もう一刻(約一時間)も前だと思う。

 その前は痒み剤を局部に塗られたまま、嫌がらせのように背中に盆を乗せられて、輪廻と蝦蟇婆がそこに茶を置いて、休憩するための卓をさせられた。

 そして、最後には、その姿勢のまま白痴兄弟の左右からの乳搾りだ。

 しかも、背中に茶瓶が載っていて、ほんの少しも身動きを許されない状態で、母乳絞りに耐えて身体を静止したままでいることを強要されたのだ。

 宝玄仙の乳房はいまやふたつの西瓜のような大きさであり、しかも、肉芽と同じくらいに鋭敏にされている。

 その乳房を揉まれると、まるで性器を刺激されたかのように軽い絶頂の快感が襲うのだが、それと同時に、激しい愉悦と怖ろしい激痛までもが交互に加わるのだ。

 そんな仕打ちを背中の茶瓶を落とすことなく耐えろと命じられたのだ。

 

 だが、宝玄仙は耐えた。

 それは宝玄仙の最後の自尊心のようなものだった。

 このふたりに泣き叫びながら屈服の言葉を吐いたとしても、どこかで抵抗の姿勢を示したかった。

 それが、絶対に耐えることなどできないと連中が考えたであろう、その苦役に耐えることだった。

 結局、背中の盆をひっくり返すことなく、白痴兄弟の乳搾りを受けきった宝玄仙に、輪廻も蝦蟇婆も驚愕していた様子だった。

 その瞬間だけ、宝玄仙の溜飲も少し下がった。

 

 しかし、すぐに新たな責めが始まった。

 今度の責めは、ただ快感を受けるだけの責めだ。

 女陰と肛門に挿し入れられた二頭張形を輪廻が荒々しく出し入れし始めたのだ。

 すると、もう、やけくそだと言いながら、蝦蟇婆までもが新しい張形を取り出して、宝玄仙の尻を責めだした。

 蝦蟇婆の張形もまた、輪廻が準備した二頭張形と同じで、擦れば擦るほど、その部分に痒み剤が溶け出して、痒みが増大するという張形だった。

 今度命じられたのは、その責めを倒れることなく、果てしなく受け続けろということだった。

 

 ふたりがかりの責めに、宝玄仙はあっという間に四回ほどの絶頂をした。

 尻を二本の張形で責められるだけではない。

 輪廻の持っている張形は女陰と肉芽も同時に責めている。

 数刻にも及ぶ焦らし責めの挙句のふたりがかりのこの激しい責めに、宝玄仙の身体はすでに歯止めのない絶頂人形のようになっていた。

 特に、輪廻が引くときに蝦蟇婆が張形を押す。

 あるいは、蝦蟇婆が張形を引くのに合わせて輪廻が二頭張形を挿すという責めに宝玄仙は我を忘れた。

 尻から張形が出ていく快感と挿される快感を同時に味わう衝撃は、五体が爆発すると思ったくらいの衝撃だった。

 

 がくがくと絶頂して果て、それが終わらないうちに、二度目の絶頂が来る。

 そして、すぐに三度目の絶頂──。

 

 三度目までは耐えたが、四回目は耐えられなかった。

 

 昇天とともに宝玄仙は態勢を崩したようだったが、その頬を思い切り蝦蟇婆に張られたのだ。

 かっとして蝦蟇婆に怒鳴り返した宝玄仙を呼吸停止の道術が襲った。

 そして、たっぷりと呼吸が停止する道術を苦しみを味わった宝玄仙は、責めの再開の指示に、また元の四つん這いの姿勢を取り直したのだ。

 

「い、いくよ、いくっ、いくっ──。ま、また、いく、ああ……ふううっ──」

 

 全身を弾ませて五度目の絶頂をした。

 

「淫乱な家畜に相応しいみっともないいきっぷりじゃ」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 だが、絶頂の余韻に浸ることはできない。

 絶頂の快感が拡がると同時に、宝玄仙の身体には新しい痒みが湧き起こっている。

 

 それを消すために、また腰を動かして刺激を求めてしまうのだ。

 そして、次の快感がやってくる。

 

 それは終わりのない快感地獄の世界だった……。

 

「一鉄と二鉄も加われ──。左右からこの家畜の乳房を絞れ──。容赦なくいくぞ──」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 白痴の兄妹が歓声をあげて、宝玄仙の身体に取りつく。

 左右から白痴兄弟の乳房責め、背後からは輪廻と蝦蟇婆の張形責め──。

 

 それでも全身の痒みは癒せない。

 責められ続けているあいだは、それを忘れられるが、少しでも止められると気の狂うような痒みが宝玄仙を襲う。

 

 だから、宝玄仙はこの容赦のない快楽責めを無我夢中で受け続けるしかない。 

 それこそ、この呼吸が止まるまで……。

 

「も、もっとして──もっとして──」

 

 宝玄仙は泣き叫んでいた。

 この快楽を止められるのが怖い──。

 

「当たり前じゃ──。こうなったら、お前の頭がおかしくなるまで責め続けてやるわい──」

 

「そうね、宝──。早く、気が狂ってみせて──。わたしも、実のところ快楽責めで気が狂うまでいった女というのを見たことがないからね……。だって、普通はその前に気を失ってしまうか、発狂を防ぐために相手に屈服して快楽を受けつけてしまうかでしょう──」

 

「相変わらずの変態女医だのう」

 

「ははは、なんとでも言ってよ──。とにかく、いまの宝は、失神はできないし、屈服もできない。だから、心のどこかで抵抗しながら、この受け入れたくない快楽を受け入れらるだけ──。多分、どこかで、頭の線が突然切れると思うのよね──。でも、それでもいいじゃない。家畜になるなら、なまじ正気でいることは苦痛よ。気が触れてこそ、その先に家畜としての幸せがあると思うわ──。さあ、狂ってしまいなさい、宝──」

 

 輪廻が耳元でささやきながら、さらに激しく二頭張形で宝玄仙の股間を責めたてた。

 蝦蟇婆の張形もさらに刺激を拡大するように動く。

 そして、乳房が燃える。

 なにかが飛び出す。

 

「もっと──もっとしたい──。く、狂う──狂わせておくれ──ほうっ、ほおおおっ──」

 

 また激しい絶頂に襲われた宝玄仙は、狂った雌獣のような声をあげて昇天した。

 一度では終わらない。さらに続けざまに二度、三度と絶頂が繰り返す。

 絶頂をしている最中に、次の絶頂の波が激しい痒みの疼きと一体となって襲ってくるのだ。

 

 死ぬ──。

 狂う──。

 

 絶頂のあいだもふたりの張形の抽送は続いているし、乳房の愛撫は継続している。

 激しい快感も激痛もいまの宝玄仙には同じだ。

 もはや、痛みと快楽の区別もできない。

 ただ、全身を砕けさせるような衝撃を受け入れるだけだ。

 

「い、いくうっ──」

 

 また新しい欲情の頂点がやってきた──。

 同時にさらに怖ろしい痒みも、その後ろからやってきているのがはっきりとわかる。

 

「ほほほ、狂いなさい。雌畜に当たり前の快感は許されないわ。許されるのは発狂と引き換えの快感だけよ」

 

 輪廻が宝玄仙への愛撫を続けながら狂ったように笑う。

 本当に発狂の恐怖を感じながら、宝玄仙はまだ繰り返す愉悦と痒みの苦痛を獣のような悲鳴をあげながら味わっていた。

 

 

 

 

(第77話『雌畜調教』終わり、第78話『百合雌畜』に続く)



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 第78話  百合雌畜 ー 宝玄仙・孫空女
504 家畜の朝


 家畜としての朝は、「意識の部屋」から始まる。

 

 つんと香りが漂うのだ。

 その匂いを感じたとき、宝玄仙はまず意識の部屋で覚醒する。

 意識が戻って、最初に知覚するのは、同じ意識の部屋の中にいる短い四肢で四つん這いの状態にある宝玉の姿だ。

 宝玄仙が覚醒するときには、宝玉も目を覚ましたばかりのような虚ろな状態だから、宝玉もまた、それまでは強制的な失神状態にあるのだろう。

 

 宝玄仙の身体を支配している蝦蟇婆たちは、匂いの暗示によって、出現させる人格を自由に選んだり、あるいは、ふたりを完全な失神状態にすることができる。

 身体が失神状態にあるときは、当然ながら宝玄仙も宝玉も意識を保てないし、宝玄仙は、宝玉が表に出ているときも意識はない。

 だが、宝玉は、宝玄仙が表に出ているときも、しっかりと意識を保ち、宝玄仙の耳目を通じて、外で起きていることを認識しているのだ。

 

 だから、宝玉が宝玄仙と同じように、起き抜けのぼんやりとした様子だということは、朝の覚醒の時間前は、この身体自体が強制的な失神状態にあったのだと思う。

 そうやって連中は、夜中のあいだは、この身体を完全な無抵抗の状態にしておいて、朝になってから、外からの刺激で、宝玉を出現させるための甘い香りか、宝玄仙を出現させるための強い花の香りを嗅がせて覚醒させているに違いない。

 それで、どちらかの人格を起こすのだ。

 

 今日、漂ってきたのは花の香りだ。

 つまり、宝玄仙が呼ばれているのだ。

 

 これが甘い香りだったら、すぐに宝玉が強い光に包まれて、宝玄仙の意識は消失する。

 次に宝玄仙が意識を戻すのは、大抵は、翌朝の覚醒の時間のことだ。

 ここの連中は、このところ、だいたい一日置きに宝玄仙と宝玉を呼び出している。

 一日の途中で人格を交換させるということは、この数日はしていない。

 

「宝玉──」

 

 宝玄仙は自分の周りを覆いかけている光を感じながら、宝玉に声をかけた。

 

「宝玄仙、あなたの番よ……」

 

 宝玉はまだ覚醒しかけの虚ろな表情のままそれだけを言った。

 そして、顔を伏せる。

 このところの宝玉の反応はいつも同じで、あんな風に表情や感情を失っているような感じだ。宝玄仙はとても心配だった。

 今日もそれ以上の会話はない。

 

 まるで宝玉は、宝玄仙と会話をする意欲を完全に喪失しているかのようだ。

 そこには、この旅の途中で出現して以来、どことなく能天気で会話好きな宝玉の面影はない。

 あんな宝玉は、闘勝仙に飼われている時代の初期の頃のようだと宝玄仙は思った。

 完全に気力が喪失していて、生きる気概を失っているかのようだ。

 

 だが、それについては、数日前の豊乳化調教の日以来、思い当たることがあるのだ。

 あのとき、確か、輪廻(りんね)が調教の途中で、「宝玉は屈服を受け入れるための人格であり、宝玄仙は反抗するために作られた人格」だと言っていたと思う。

 そうであるとすれば、宝玉の様子というのは、もしかしたら宝玄仙自身の心の状態に強く影響しているのではないだろうか。

 

 例えば、闘勝仙とのときだ。

 宝玄仙の知る限り、闘勝仙の性奴隷だった時代に初めてこの意識の部屋に現れた宝玉は、いまの宝玉のように、ほとんどなにも喋らずに、ただ存在するだけの状態だった。

 会話をするといってもひと言、二言のことだったと思う。

 しかし、闘勝仙に対する反撃の手段が具体的になり、『服従の首輪』を完成させた頃から宝玉は活発になってきた。

 闘勝仙を殺した直前の数日間など、むしろ宝玄仙よりも饒舌になり、意識化している宝玄仙に、意識の内側から言葉を掛けることさえしてきた。

 

 だが、闘勝仙の暗殺成功後、皇弟の陰謀によりすべての財を奪われて宝玄仙が事実上の帝都追放になり、宝玄仙自身も殺人の心の呵責で殺伐として追い詰められた気持ちになってくると、宝玉はほとんど反応のしない状態になり、やがて、心の中の宝玉は姿を消した。

 それは、宝玉の役割が終わったからであり、もう宝玉はいなくなったのだと、宝玄仙は思い込んでいた。

 

 ところが、旅に沙那、孫空女、朱姫が加わり、西域に向かう旅そのものが愉しくて仕方ないと思ってくるようになると、陽気でお喋りで人懐っこい宝玉が、また出現した。

 

 しかし、いまの宝玉は、再び最初の頃の覇気のない宝玉に戻ってしまった。

 このことから、宝玄仙はひとつの説明に思い当たっている。

 

 いま、宝玄仙は追い詰められている。

 道術を封じられて脱走の手段を奪われ、輪廻や蝦蟇婆に手脚まで切断されて家畜のような生活を強いられている。

 眼を覚ましている限り続く、苛酷な家畜調教の日々だ。

 すでに連中に屈服してしまった感のある宝玉もそうだろうが、宝玄仙自身もここでの家畜調教に心が折れそうになっていることは確かだ。

 すると宝玉は、闘勝仙の性奴隷の頃と同じように、覇気のない状態にすっかりと戻ってしまっている。

 

 もちろんそれは、宝玉自身の心の状態によるものだとは思うが、それ以外のことも考えられる。

 宝玄仙が思ったのは、宝玄仙側の心の負担が大きくなると、その心労による影響は宝玄仙自身ではなく、宝玉に加わるように、この身体はなっているのではないだろうかということだ。

 

 そもそも、輪廻たちがこの身体に施した抵抗心をなくす薬物の影響がそうだった。

 あの薬物の影響は、ふたつの人格に平等には現れず、宝玄仙にはまったく影響せずに、宝玉だけに集中して出た。

 それと同じことが心の屈服にもあるのではないだろうか……?

 

 つまり、宝玄仙が心の折れるほどの調教を受けると、その場では宝玄仙側の人格も抵抗の気力を失うほどの心の打撃を受けるが、実際には宝玄仙側の影響は最小限度に留まり、ほとんどの精神的な打撃は記憶を同時に経験している宝玉に加わり、さらに後で心労が再整理されて、その負担のすべては宝玄仙側から宝玉側に移動する……。

 そうやって調整することで、この身体は、常に宝玄仙を敵対心を失わない攻撃を司る人格として維持しているのではないだろうか?

 

 宝玄仙ではなく、宝玉がすべての記憶を担うのは、まさにそれが目的なのではないだろうか……?

 

 いずれにしても、この身体には、まだ秘密があるような気がする。

 それについて、宝玉と話し合いたいのだが、いまのところその機会がない。

 包まれている光が強くなった。

 花の香りも強いものになってくる。

 

 光の中に蝦蟇婆(がまばあ)と思われる姿が出現する。

 真っ黒い影だが、明らかに蝦蟇婆だ。

 もちろん、これは人格ではない。

 

 宝玄仙と宝玉の人格を制御している蝦蟇婆の道術が、意識の部屋の中で具象化しているのだ。

 宝玄仙の意識は、意識の部屋から外の世界に移動していく。

 

 眼が覚めた──。

 すぐには眼を開かない。

 

 蝦蟇婆の悪意ある道術によって、宝玄仙の身体は亜人の顔を視界に入れてしまうと、しばらく呼吸が停止してしまう暗示をかけられている。

 だから、周りを確かめてでなければ、眼を開けられないのだ。

 

 花の香り……。

 それが遠のいていく。

 宝玄仙は注意深く眼を開いた。

 

 宝玄仙を覚醒させた強い花の香りがする匂い袋が離れていくのが見えた。

 それを持っているのは、一鉄か二鉄のどちらかの手だ。

 そして、床すれすれにある宝玄仙の視界からその手元が消える。

 白痴兄弟の膝から下の素足が視界に入る。

 

「うがっ」

「おっぱい──」

 

 白痴兄弟の声がした。

 どうやら部屋にいるのは世話係の白痴兄弟だけのようだ。

 とりあえず、ほっとする。

 

 この兄弟は単に世話をするだけだ。

 調教めいた苛酷なことを強いることはない。

 眼を覚ましたときに寧坊(ねいぼう)がいる場合でも大丈夫だ。

 あの坊やは、宝玄仙の膣に入っている魔法柱を魔法石と呼ぶ霊気の塊に成長させることだけに興味があるのであり、宝玄仙を支配するために、心を折ったり、嫌がらせのような調教をすることには興味がない。

 

 苛酷なことが始まるのは、蝦蟇婆か輪廻がそばにいるときだ。

 今日もいずれは、その家畜調教が始まるのだろうが、起き抜けからそれをするのはつらい……。

 とにかく、今日は調教の開始までにはしばらく猶予がありそうだ。

 

「うがっ、餌……」

 

 声がかけられて、再び顔の近くに白痴兄弟の片割れがしゃがみ込む気配がする。

 顔を見ないように、慌てて宝玄仙は顔を伏せる。

 鼻に装着されている鼻輪からがちゃがちゃと音がして、鼻輪の鎖が外される気配がする。

 これが宝玄仙に対する唯一の拘束だ。

 

 部屋の床の真ん中に金具があり、夜は鼻輪が短い鎖で金具と繋げられるのだ。

 それだけで、宝玄仙は金具から離れられなくなる。

 手足を切断されて先端を豚の蹄に変えられている宝玄仙には、金具をひとりで外すことができないからだ。

 

 金具が外されると同時に、食事が入っている皿が眼の前に置かれる気配がした。

 白痴が離れる気配を確認して眼を開く。

 眼の前に食事がある。

 すなわち、餌だ。

 

 なにかの残飯のようなものが平らな皿に入っていて汁がかけてある。

 これが宝玄仙の食事なのだ。

 食事は日に二回で、中身は亜人兵の食べ残しのようだ。

 だが、食べ残しに滋養を保つための数種類の薬物も混ぜられていて、身体を保つのに十分な栄養は摂取できるようになっているらしい。

 

 残飯の食事に混ざっているのは薬物だけではない。

 皿から悪臭がする。

 白濁の粘性物は、いまは宝玄仙の背後の壁際に移動している一鉄と二鉄の精液だ。

 このふたりは、蝦蟇婆から宝玄仙たちの食事には、必ず自分たちの精液をかけろと命じられていて、律儀に自慰をして毎回、宝玄仙の餌の入った皿にふたりの精をかけているのだ。

 

 宝玄仙は顔を伸ばして食事を口に入れる。

 最初は、こんなものを食べさせられる恥辱に血が沸騰しそうになったが、慣れというものは怖ろしい。

 いまでは、それほど心を動かさなくなった。

 汚臭も馴れてしまえばどうということはない。

 

 それに、いまはこれしか食べるものがないのだ。

 だから、身体に入れる。

 身体が弱っていては、もしも、脱出の機会があっても、それを生かすことができない。

 

 第一、もしも、皿の中のものを食べ残せば、恐ろしい折檻が待っている。

 口から入れられなければ、皿の中のものを溶かして浣腸にして腸に直接送られもする。

 そこまでされるなら、吐気のしそうな餌でも、口で食した方がましというものだ。

 

 食べながら、ここに監禁されてからどのくらい経ったのだろうかと宝玄仙は考えた。

 宝玄仙のいる家畜部屋には窓がない。

 部屋の天井には、道術の力で発光している照明がある。

 それで光に不自由することはないが、陽の光がないために、時間の感覚が掴み難いのだ。

 

 おそらく、十日くらいだろうか。

 しかし、宝玄仙には、宝玉がすごした時間の記憶はない。

 だから、はっきりとここで何日がすぎたということは、感覚として余計わからない。

 部屋にはなにも調度品はなく、扉はふたつだ。

 ひとつは、調教部屋と呼ばれている部屋に通じている。

 基本的に宝玄仙が嗜虐を受けるのはその調教部屋だ。

 その調教部屋を通り抜けると、さらにこの建物の廊下に通じる扉がある

 

 また、この部屋の反対側の扉は、宝玄仙の飼育役である蝦蟇婆、寧坊、そして、一鉄と二鉄の白痴兄弟の部屋があるらしいが、どうなっているかはわからない。

 それから、ここ全体が、魔王宮と呼ばれている獅駝の城郭のどこかということもわかってきた。

 

 しかし、宝玄仙が知ることができたのはそれだけだ。

 なにしろ、沙那を救出しようとして、獅駝(しだ)の城郭の広場で意識がなくなり、それから宝玄仙と宝玉が覚醒していたのは、この家畜部屋と、となりの調教部屋、そして、廊下を出てしばらく進んだ場所にある輪廻の施術室だけなのだ。

 それ以外の場所は知らない。亜人の兵に接触することもない。

 

 宝玄仙が見ることのできる人間は、直接の飼育係の蝦蟇婆、宝玄仙の股間に入れられている魔法石の管理をしている寧坊という亜人の少年、蝦蟇婆の仕事を手伝う一鉄と二鉄の白痴兄弟、女医の輪廻、そして、数日置きに宝玄仙を犯しに来る青獅子くらいだ。

 青獅子がやってくるときには、十名ほどの護衛が一緒にやってくるが、彼らは口を開くことはないので、数には入らないだろう。

 

 とにかく、それらの亜人に囲まれた魔法石を生産する家畜としての生活──。

 それが宝玄仙のこの十日余りの時間のすべてだった。

 食事が終わった。

 

「終わったよ──」

 

 部屋の隅に待機している白痴に声をかける。

 すると兄弟が寄ってくる。

 宝玄仙は顔を見ないように眼を閉じる。

 

 ふたりは、宝玄仙に与えた餌が空になっているのを確かめてから、まずは食事で汚れた口の周りを拭き取り、さらに水で濡らした布で宝玄仙の身体を吹き始める。

 くすぐったいがふたりの手管には淫靡さの欠片もない。

 女の身体を拭くというよりは、まさに家畜の身体の手入れをするという感じだ。

 ふたりによって宝玄仙は、それこそ頭のてっぺんから蹄の裏まで洗われる。

 髪の毛も特殊な洗料を使って擦られ、口の中もまずは口をゆすぎ、次いで細い藁のようなもので歯と歯のあいだまで丁寧に汚れを取られる。

 性器の中まで脱脂綿のようなもので拭きとられて、清潔にされる。

 

「うがっ、うん……」

 

 次いで、ぽんぽんと腰が叩かれる。身体を拭き終わったので、次だと言っているのだ。

 宝玄仙は短い脚を大きく開く。

 さっと股の下に平らな箱が置かれる。

 すぐに尻の穴に管が挿し込まれて、腸内に薬液が抽入される。

 

「ああっ……」

 

 たちまちに下腹部を強い便意が襲いだす。

 浣腸だ。

 家畜である宝玄仙は、朝のこの時間に必ず浣腸されて、強制的に排便させられる。

 これも決まった日課だ。

 

 浣腸器によって薬剤が入れ終わったらしく、宝玄仙の尻穴から管が出ていった。

 一鉄たちの仕草は、なんの感情もこもっていそうのない機械的な動作だ。

 それからは、その態勢のまま待機だ。

 

 ここに蝦蟇婆でもいれば、宝玄仙をからかう嘲笑の言葉でもかけるだろうが、このふたりの場合は、ただ脚を開いている宝玄仙の背後から、宝玄仙の尻の穴を観察しているたけだ。

 話しかけても、まず返事はない。

 これについて宝玄仙は、まだ蝦蟇婆のようにからかわれる方が遥かにましだと思うようになっていた。

 この白痴兄弟は、宝玄仙のことを完全に家畜としての扱いしかしない。

 それは、むしろ露骨に侮蔑されるよりも、屈辱だった。

 

「も、もう漏れるよ……。きょ、許可をおくれ……」

 

 やがて、宝玄仙は便意に耐えられなくなって言った。

 宝玄仙は、浣腸を受けてから一定時間を我慢することを求められている。

 そして、我慢できなくなったら、こうやって許可を求めるのだ。

 十分だと判断したら、排便が許される。

 まだ不十分だと判断されたら、まだだと言われるのだ。

 それは、この場にいるのが、蝦蟇婆でも、白痴兄弟だけでも同じだ。

 勝手に排便すれば、蝦蟇婆も寧坊も飛んできて、繰り返しの電撃の罰が始まる。

 

「よしっ」

 

 今日は一発で許可をもらえた。耐えた時間が十分だったようだ。

 

「だ、出すよ……」

 

 宝玄仙は締め付けていた肛門の力を緩めた。

 股の下の箱に向かって浣腸液とともに固形の便が流れ出ていく。

 また、大便とともに、尿も流れ出ていく。

 排便のあいだ、世話をしている白痴兄弟はほとんど無反応だ。

 ただ、便器で宝玄仙の便を受け、はみ出した汚物を淡々と始末するだけだ。

 

「うがっ、つ、つぎ……」

 

 一回目の排便が終わると、すぐに二回目の浣腸が始まる。

 浣腸は三回繰り返される。

 三回目が終われば、便器が片付けられて、もう一度、尻穴を中心に身体が洗われてきれいにされる。

 この浣腸に加えた尻穴の洗浄は、青獅子が家畜小屋に降りてくるときには、夕方もやる。

 そうでないときは、排便はこの朝の一回だけだ。

 また、尿は申告すれば、基本的にはその都度許される。

 その間、白痴兄弟はただ無感情に作業をするだけだ。

 

 まさに、家畜の扱いだ

 ここまで女としては扱われず、家畜としてのみ扱われるというのも腹が立つ気がする。

 最初の頃は、このふたりに色仕掛けが通じないかと思って、愛想を振りまいて話しかけたり、腰を淫らに動かして誘惑しようとしたが、いまでは諦めている。

 このふたりを積極的にさせるのは、石像を誘惑するくらいに難しいことだということがわかってきた。

 このふたりは、蝦蟇婆の命令であれば、いくらでも宝玄仙を犯したり、いたぶったりするくせに、自分の意思で宝玄仙を襲うということはない。

 

 いずれにしても、ここまでは、いつも同じだ。

 これから先は、家畜としての従順さを強めるための調教か、快楽責めにして魔法柱に淫気を集めるための責めが始まるはずだ。

 

 だが、それがいつ始まるか、あるいは具体的になにをさせられるかは、日によって異なる。

 一日の日課として決まっているのは、隣の調教部屋で行われる動く床の運動なのだが、それすらも、いつ始まるのかはわからない。

 数日前の苛酷な豊乳調教以来、宝玄仙は乳房を引き摺りながらでなければ歩けないようになっているので、あのいつ終わるかわからない運動の強要は、かなりの苛酷な調教の種目になってもいた。

 

「やっほっ──。お早う──。今日は宝だよね。素敵な贈り物を持ってきたよ」

 

 背後の扉が勢いよく開いた。

 寧坊の声だ。

 宝玄仙はとっさに顔を伏せる。

 この数日ですっかりと身についた、亜人が近づくと顔を伏せるという哀しい習慣だ。

 

 部屋に入ってきた足音は複数だった。

 寧坊のほかに蝦蟇婆もいるのだろう。

 

 今日も始まるのだ……。

 宝玄仙は、これから開始される淫靡な調教のつらさを想像して深く嘆息した。

 

「なんだい、寧坊──。また、わたしを感じさせる淫具を持ってきたのかい……? もう十分だよ。勘忍しておくれよ……」

 

 宝玄仙は寧坊の顔を見ないようにして言った。

 こいつらの贈り物と言えば、碌でもない淫具に決まっている。

 

「そんなんじゃないよ。ハーネスだよ。宝玄仙の身体を引き締めるものさ。そんなに大きな乳房になったんじゃあ、満足に移動することもできないからね。日々の運動も不十分だし、その大きな乳房をこのハーネスで引きあげてあげるよ──。一鉄、二鉄、手伝っておくれ」

 

 寧坊が言った。白痴兄弟が立ちあがって、宝玄仙に近づく気配がした。

 ハーネス……?

 

 最初は、それがなんのことかわからなかったが、そう言えば、旅の最初の頃に、宝玄仙は孫空女に世話をさせて馬に乗っていた。

 その馬は、鎮元仙士の率いる教団兵に襲われて失われたが、馬に取り付けていた紐状の馬具のことを孫空女が“ハーネス”と称していた気がする。

 また家畜扱いする道具だと思うと、宝玄仙はかっとなった。

 

 しかし、そんな宝玄仙の怒りに関係なく、寧坊の指示により一鉄と二鉄が寧坊が持ってきたらしいハーネスを宝玄仙の裸身に巻きつけ始めた。

 まずは両肩にやや太めの黒い革のハーネスがかかり、それが胸の前に回って、ハーネスに付いている小さな袋状の円形の皿部が宝玄仙の大きな乳房の下に置かれる。

 そして、乳房の下に巻きついた革紐と接続されて、乳房が抱え込むように引き揚げられた。

 

「ふうっ」

 

 感じやすい乳房が引き揚がった振動で揺すられる刺激に、宝玄仙は思わず声をあげてしまった。

 

「なにをハーネスをつけるくらいで感じておるんじゃ──。この淫乱な雌畜が──」

 

 蝦蟇婆の呆れたような嘲笑が聞こえた。

 宝玄仙は歯噛みした。

 

「大丈夫だよ、宝──。これは、この婆さんたちが、勝手なことをして宝の運動を妨げるような身体にしてしまったことに対する処置なんだから。床に完全に届いてしまうくらいに大きくなった乳房を引き揚げるためのものさ」

 

 確かにハーネスというと、馬に装着する霊具を想像したのだが、これはちょっとした胸当てという感じだ。

 巨大な乳房がハーネスによって引き揚げられて床に擦らないで済むようになった。

 

「なにが勝手なことじゃ、寧坊──。こいつの豊乳化の施術はお前も承知のことじゃったろうが──」

 

 寧坊の横の蝦蟇婆が不貞腐れたように言った。

 

「豊乳化は承知したけど、乳房を肉芽と同じくらいまで感度を引きあげるなんて聞いてなかったよ。それに、豊乳化にしても、これじゃあ大きすぎて、歩くにしても乳房全体が引き摺ってしまって歩けないじゃないか──。お陰で、宝たちの運動が不十分だね──。まったく……。今度から、この雌畜の身体になにかをするときには、僕を立ち合わせてよね」

 

 寧坊が怒ったように言った。

 先日の豊乳化の施術のときに、宝玄仙は輪廻と蝦蟇婆からよってかたって快楽責めに遭った。

 そのときに、豊乳化と乳腺活性化のついでに、乳房の感度を肉芽並みにあげられたのだが、寧坊はそれを行き過ぎの行為だと怒っている。

 宝玄仙の乳房の快感の負担が大きすぎて、魔法石に斑が生じだしたというのだ。

 

 それに、あのとき、蝦蟇婆と輪廻はふたりがかりで、宝玄仙の股間や肛門を張形で責めたてたのだが、その結果、その時に培養しかけていた魔法石は完全に駄目になってしまったようだ。

 そのときは、宝玄仙は限界を超えた連続絶頂に、完全に伸びたようになっていたが、輪廻の施術室に飛び込んできた寧坊が、その状況に接して、輪廻が逃げ出すくらいに激怒したのを思い出す。

 胸回りに続いて、腹部と腿を引き締める黒いハーネスがついでだと言って装着された。

 

「さて、じゃあ、今日も一日の始まりじゃぞ」

 

 ハーネスという馬具の取り付けが完了したらしく、寧坊たちが離れていく。入れ替わるように蝦蟇婆が近づいてくる。

 うつむいたままの宝玄仙の股間をひんやりとした感触が襲った。

 

「くっ」

 

 宝玄仙は歯を喰いしばった。

 宝玄仙の股間にたっぷりと液状の薬剤が塗られているのがわかったからだ。

 痒みの成分の混ざっている液状の媚薬だ。

 これを塗られることが、調教開始の合図なのだ。

 たちまちに宝玄仙の身体は熱くなり、淫らな欲情を始め出す。

 

 それでなくても、魔法石を培養する雌畜として、霊気を膣の魔法柱に集めさせられる傍ら、淫気を満たす目的で、ほとんど朝から晩まで終わりのない快楽責めに遭わせられ続けている身体だ。

 あっという間に身体が火照りだした。すっかりと淫らな身体になり、全身が欲情に襲われる。

 

 それに、口惜しいがこれから始まるであろう淫靡な調教を待ち受ける酔いのようなものも宝玄仙を包む。

 こんな卑劣な亜人たちに、家畜飼育されるなど耐え難い屈辱なのに、宝玄仙の心とは離れて身体そのものは、淫靡な仕打ちを求めて妖しい戦慄が駆け巡り始めている。

 

「どっちにしても、お前は一段といやらしい身体になってきたのう──。もうすぐ、お別れだと思うと寂しくなるがな」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「お別れ?」

 

「今日の調教は休止じゃ──。陛下の特別の計らいでのう──。陛下が、ひと足先に出発する雌奴隷とお前が面会することをお許しになったのじゃ」

 

「はあ?」

 

 宝玄仙は蝦蟇婆の喋ったことがうまく飲み込めなかった。

 今日の調教は休みだということがかろうじて読み取れただけだ。

 しかし、宝玄仙の疑念に答える者はいない。

 蝦蟇婆が宝玄仙の鼻輪に鎖を取りつけるために寄ってくる気配があった。慌てて、宝玄仙は眼を閉じる。

 すると鼻輪にがちゃりと曳き鎖が繋げられた。

 

「おいで──」

 

 鼻輪が曳かれた。

 

「ひっ」

 

 いつも鼻輪を引っ張られると声をあげてしまう。

 宝玄仙は四つん這いで歩き出す。

 ハーネスの胸当てのお陰で大きな乳房は床を擦らないで歩ける。

 もっとも、ゆさゆさと揺れて、そのたびに肉芽を弾かれるような淫情が全身を駆け抜けるのだが、これならなんとか歩けないことはない。

 さっきの寧坊の言い草ではないが、乳房が豊乳化されてからというもの、動く床の調教のときに、どうしても前に進むことができなくて、あの時間は運動の時間というよりは、ひっきりなしに電撃を浴びるだけの拷問の時間に成り果てていたのだ。

 

 鼻輪を曳かれて隣室の調教部屋に連れていかれた。

 隣の調教部屋に宝玄仙とともに進むのは、蝦蟇婆だけのようだ。

 寧坊と白痴兄弟は付いてくる気配がない。

 

 四つ脚で歩いて隣室の調教部屋に移動した。

 部屋の真ん中に誰かが立たされている。

 それが誰なのか、腰から上を視界に入れないようにしている宝玄仙にはわからなかった。

 しかし、どうやらその人物は女であり、少なくとも下半身は裸身ではないかと思った。

 

「ご、ご主人様──、どうしたのさ、それ?」

 

 部屋に響き渡る声がした。

 宝玄仙は驚いて顔をあげた。

 そこには、両手を天井から引き揚げられた鎖で吊られている全裸の孫空女がいた。

 股間におかしなものがぶら下がっている。垂れているが、男の性器に似ている。

 

「孫空女──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「久しぶりじゃろう、宝──。陛下の気紛れだけど、今日一日夕方まで、お前たちはふたりだけで、ここですごしていいそうじゃ。もちろん、部屋は結界で閉鎖するけどのう……。なにをしてもいい。夕方までふたりですごしてよい。邪魔しないから好きなことをするとよい」

 

 蝦蟇婆がそう言って、元の部屋に戻っていく気配がした。

 そして、背後でばたりと扉が閉じた。

 

「ご主人様──」

 

 眼の前の孫空女がもう一度叫んだ。

 孫空女の両手を吊っていた鎖が孫空女の手首からひとりでに外れた。

 自由になった孫空女が、一目散に駆け寄ってきて宝玄仙に抱きついた。



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505 束の間の再会

「い、痛い。痛いよ、お前……。馬鹿力で抱きつくんじゃないよ……」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 天井から吊られていた両手が自由になった孫空女が力いっぱい宝玄仙の首に腕を回して抱きしめてきたのだ。

 もっとも、実際にはそれほどの力ではない。

 普段の孫空女だったら、もっと息がとまるくらいの馬鹿力だろう。

 

 ふと見ると、手首と足首に革帯が巻かれている。

 霊気を感じるから間違いなく霊具なのだろうと思う。

 どうやら、これを巻かれることでかなりの筋力を制限されているようだ。

 しかし、元々、孫空女は信じられないくらいの馬鹿力だ。

 だから、制限をされていても、常人並の筋力はあるようだ。

 

「ご、ごめんよ……。でも、ご主人様、どうしたのさ、それ──?」

 

 孫空女が慌てて抱きついていた腕を緩めるとともに、宝玄仙の身体を眺めつつ、血相を変えた口調で喚いた。

 

「どうということはないよ……。連中の遊びに付き合っているだけさ。それよりも、お前はどうしてたんだい? そうだね……。まずは、その股間にぶらさがっている下品な持ち物から説明しな」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 そして、顎で孫空女の股間を指した。

 孫空女の股間には、真っ白い色の男性器がぶらさがっている。

 

「ええっ、これのことから説明するのかい──」

 

 孫空女は恥ずかしそうに顔を赤らめると、手で模擬男性器を隠した。

 

「お前、隠すんじゃないよ──。その手が邪魔だよ。手を後ろに回しな」

 

「ええっ──。な、なんで──?」

 

「いいから、言うことを聞くんだよ──。右手で左手の手首を背中で掴むんだ。許可なく離したら折檻だよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 孫空女が渋々という感じで、跪いたまま背中に手を回した。

 実際には折檻といっても、いまの宝玄仙にはなんの力もない。

 しかし、いまさら、孫空女には宝玄仙に逆らうという思考は出てこないのだろう。

 脚を開いてよく見せろという命令にも、孫空女は唯々諾々と従って、膝立ちの股間を片幅程度に開いた。

 

 宝玄仙は四つん這いで孫空女の股間の間近までにじり寄った。

 両端が男性器のかたちになっている双頭の張形のようだ。

 膣内に全体の半分が挿入されていて、もう半分が膣の外にぶらさがっているのだ。

 これも霊具のようだから、勝手には外れないようになっているのだろう。

 しかし、ただの双頭の張形ではなく、外に出ている部分は、興奮していない本物の男の性器のように力なく垂れている。

 

 もしかしたら、これは孫空女が性的な興奮をすると、勃起するようになっているのだろうか?

 宝玄仙は片側の前肢を伸ばして、ちょんと突いてみた。

 すると力なく垂れていた部分がむくむくと起きあがってきた。

 二、三回蹄で軽く擦ると、あっという間に逞しく起きあがった。

 

「へえ……。よくできているじゃないかい。まるで、本物の男のようさ」

 

 宝玄仙は感心して言った。

 

「や、やめてよ、ご主人様……。も、もう、手を離していいでしょう?」

 

 孫空女が身体をくねらせて困ったような表情になった。

 本当にこの女をいたぶるのは愉しい……。

 

 宝玄仙はこの十日余りの心痛がすっと消えていき、心からの愉悦が全身に走り出すのがわかった。

 

「いいというまで背中で手を組んでいろと言ったろう──。それよりも、これの説明をしな」

 

 宝玄仙は今度は怒張した孫空女の模擬男根を横から蹄で強く弾いた。

 

「ひいっ──。痛い──。ご、ご主人様、酷いよ──」

 

 孫空女は身体を仰け反らして悲痛な声をあげた。

 しかし、孫空女が悲鳴をあげたことに、宝玄仙もびっくりした。

 

「これはお前の身体の神経に繋がってんのかい──?」

 

 宝玄仙は今度は力を抜いて、腕の横で軽く擦りあげるようにしながら訊ねた。

 擦ると孫空女は明らかに欲情の兆しを見せて反応する。

 

 よくできた玩具だ──。

 おそらく、この外の部分が孫空女の膣の中の感覚と繋がっているのだろう。

 だから、外の部分を擦ったり叩いたりすれば、孫空女は膣の中を擦られたり叩かれたりしているのと同じことになるということだ。

 

「……なるほど、なかなか愉快な玩具じゃないかい──。連中につけられたのかい、孫空女?」

 

 宝玄仙はすでに元気にそそり勃っている孫空女の模擬男根を口に咥えた。

 そして、舌で刺激をした。

 

「や、やめてっ──ひっ、ひいっ、あ、ああっ……い、悪戯はやめてよ、ご主人様……ああっ、くっ……」

 

 孫空女が手を後ろに組んだまま悶えだした。

 たちまちにあられもない声を出して身体をくねらせ出した。

 

「は、話をしようよ──。せ、せっかく、会えたんだから……あっ、ああっ……ちょ、ちょっと、待ってったら……」

 

 本当に面白い──。

 

 この女の困惑した声を聞いていると、なにもかも忘れて心が軽くなる気がする。宝玄仙はもっと苛めたくなってきた。

 

「話ならできるだろう──。勝手に話しな。聞いているよ」

 

 宝玄仙は一度口から孫空女の模擬男根を離して言った。

 そして、すぐに口で奉仕を再開する。

 

「そ、そんな……こんなんで話せって言われても……。あ、ああ……と、とにかく、それ取れないんだよ。『ふたなりの張形』って、言っていたと思うけど……ちょ、ちょっと……だ、駄目だよ、ご主人様──」

 

 孫空女の悶えが激しくなった。

 面白いので、さらに強く舌で擦りあげるとともに、顔を左右に振って強く動かしてみた。

 すると咥えている男性器の先端からどんどんと精液のようなものが溢れてくる。

 

 いや……。

 これは孫空女自身の愛液だ。

 

 この女の淫液の味はよく知っている。

 この男性器から出ているのがそうだ。

 つまり、孫空女が感じて蜜を出すと、それがこの張形に吸収されて、先端から精液のように出てくることになっているらしい。

 本当によくできている。

 

「んぐうっ──だ、だめえっ──」

 

 孫空女の身体がぶるぶると震えた。

 次の瞬間、まとまった量の蜜が先端から飛び出してきた。

 孫空女の背中が弓なりに曲がって、歯を喰いしばった口から呻き声が迸った。

 

 どうやら達したようだ。

 相変わらず感じやすい女だ……。

 

 宝玄仙は口の中に放出された孫空女の蜜を唾液とともに飲み込むとともに、舌で外に飛び出している男性器を掃除してやった。

 孫空女は宝玄仙の舌で男性器を舐められて、肌を真っ赤にして身体をくねらせ続けた。

 しばらく遊んでから、やっとのこと宝玄仙は孫空女の股間から口を離した。

 

「なにが『ふななりの張形』だよ。しっかりと女性器を塞いでいるんだから、ふたなりはおかしいだろう。『女を男化する張形』と呼ぶべきじゃないかい」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、そんなこと、どうでもいいじゃないかい、ご主人様──。いい加減に手を離していいかい?」

 

「そのままにしてな。わたしは、お前の怒張がどのくらいで鎮まるか見てるんだよ。それが勃起しているということは、まだお前が性的な興奮をしているということなんだろう? お前という女がどれくらい淫乱なのか面白いから観察させな」

 

 宝玄仙は笑った。

 孫空女の身体は真っ赤だし、まだ十分に火照っているようだ。

 この女の身体は、しっかりと宝玄仙が躾けた身体だ。一度火がつけば、一度や二度の絶頂で身体が収まるわけがない。

 むしろ、それが始まりになって、もっと欲情するはずだ。

 つまり、孫空女の勃起はしばらく収まることなどないはずだ。

 

「呑気なことを言っていないで、どういうことになったのか教えてよ、ご主人様──。ご主人様はやっぱり、道術は遣えないのかい?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「まあ、そういうことになっているよ。そうでなければ、こんな情けない恰好でいるわけがないだろう。わたしは、連中の家畜奴隷ということのようだよ。膣の中に霊気を吸収する魔法柱というものを入れられているんだ。それが中にある限り、わたしは道術を遣えないのさ──。そうだ──。お前、手を中に入れて取れないかい?」

 

 宝玄仙は言ってみた。

 道術がなければ絶対に出せないようにはなっていると思うが、物は試しだ。

 多少強引でも外れさえすれば、後は道術でなんとかなる。

 宝玄仙は四つん這いの態勢から仰向けになり、孫空女に腹を見せるような態勢になって膝上までしかない肢を左右に開く。

 

「ご、ご主人様をこんな身体にするなんて許せないよ──。連中がご主人様の手脚を斬って、こんな悪趣味な蹄を付けたのかい? それに、その鼻輪……」

 

 孫空女が憤慨した様子で宝玄仙の女陰に手を伸ばした。

 そして、指で宝玄仙の肉襞を押し開くようにして、その中に指を入れてきた。

 

「くっ……くすぐったいよ……、孫空女……お、お前、わざとやっているんじゃないだろうねえ……くうっ……」

 

 それだけで感じてしまい宝玄仙は切ない声をあげてしまった。

 そういえば、孫空女に会って気を張っていたから気にならなかったが、宝玄仙の股間には、蝦蟇婆(がまばあ)から媚薬を塗られている。

 痒み混じりの淫情に襲われている股間を孫空女の指でまさぐられるのは、途方もなく気持ちがよかった。

 

 これはまずい……。

 宝玄仙は湧き起こった淫情に今度は自分が身体を悶えさせられてしまっていた。

 

「そ、そんなことしてないよ……。ちょっと待って……。こ、これかな……? 確かに、なにかあるよ……。でも、これ、取れないよ……。くっついているというか……。まるで、身体の一部みたいだ……」

 

「くっ……はああっ……お、お前……いやらしく指を動かすんじゃないよ……か、感じるじゃないかい……」

 

 宝玄仙は必死に快感を押し殺すのだが、孫空女の指が膣の中を掻き回して、すでに淫らな蜜で溢れている女陰をぐちゃぐちゃとこねまわされて、快感を覚えずにはいられなかった。

 それでもしばらくそうやって孫空女に膣を探ってもらったが、やっぱり手で取るのは不可能のようだ。

 宝玄仙は諦めた。

 

「ふうっ……」

 

 孫空女の指が出ていくと、宝玄仙は大きな息を吐いた。

 膣を弄り回されすぎて身体が火照っている。

 一度意識すると、股間の痒みがどうしようもなく全身を苛む。

 

 宝玄仙は続けざまに何度も嘆息した。

 痒い──。

 

 女陰だけではなく、肛門にも塗られているのだ。

 特に、まだ弄られていないその部分が火のついたようになっている……。

 

「ご、ご免よ、ご主人様……。無理みたいだよ」

 

 孫空女はうな垂れている。

 もっとも、もともと手で取れるとは思っていなかった。

 ここの亜人の連中も、孫空女が手で取ることが可能だったら、宝玄仙と孫空女を二人きりにはしないだろう。

 

「い、いいさ……。それより、お前はどうしてたんだい……?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「あたしは、玄魔(げんま)という魔王軍の将軍のひとりのところの軍営に監禁されていたんだ……」

 

 孫空女は語りだした。

 どうやら孫空女は、あの四人全員が捕えられた日以降、宝玄仙だけではなく、沙那や朱姫とも離れ離れにされて、ひとりでその玄魔という将軍のところで、毎日のように亜人兵と裸で格闘の試合をさせられていたらしい。

 この模擬男根も連中のいやがらせのようだ。

 

 孫空女の感じやすい身体では、膣の快感を外に出すようなこんな霊具を装着されては、満足に試合などできなかったに違いない。

 つまり、孫空女と格闘の試合をする連中は、孫空女の股間にぶらさがっているこの霊具に手で触れさえすれば、孫空女を感じさせて、抵抗力を失わせることができるのだ。

 ただでさえ、手足首の霊具で本来の力を封じられている孫空女には、不公平な仕打ちだろう。

 

 しかも、孫空女の話によれば、股間の淫具だけじゃなく、手首や足首に鎖で繋がった枷を装着されて、試合をさせられたりもしたようだ。

 そんな酷い条件だったが、孫空女は三人抜きさえすれば、宝玄仙に会わせると言われて、毎日頑張ったようだ。

 そして、ついに、たまたま青獅子がいなかった日に三人抜きを達成したらしい。

 それで、こうして宝玄仙に会いに来ることができたというわけだ。

 ただ、宝玄仙に会いたければ、全員の前で青獅子に抱かれろと言われて、大勢の亜人兵の見ている前で、青獅子に性奉仕するという行為までしたらしい。

 

「なるほどねえ……。お前のことはわかったよ」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、今度は自分の身に起きたことを簡単に説明した。

 

 ……といっても、宝玄仙としても、なにか有益な情報があるわけではない。

 ともかく、蝦蟇婆、輪廻(りんね)寧坊(ねいぼう)、一鉄と二鉄の兄弟が宝玄仙の飼育係のようなものだと説明した。

 手足を切断したり、蹄や鼻輪を付けられたり、豊乳化や乳腺化の施術でいたぶられたりしたことについては、孫空女は心の底から憤慨していた。

 絶対にそいつらをとっちめてやると言って息巻いてもいた。

 

「沙那や朱姫について、知っていることはあるかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「朱姫は知らない──。ただ、沙那については、すでにこの城郭にはいないらしいよ。あたしと戦っている亜人兵たちがそんなことを仄めかしていたからね。白象というど変態の女魔王のところに移送されたという噂さ……。とにかく、沙那も、朱姫もどこでどうしているのかさっぱりわからない……。ご主人様もそうだった。まあ、だけど、とにかく、会えてよかった。生きていることは確かめられたし──」

 

「なにがよかっただい──。どうしようもないじゃないか──。確かに会えてよかったけど、また明日からは離れ離れになって、ここの卑劣な連中の調教の日々だよ」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「大丈夫だよ、ご主人様、あたしに策があるんだ──」

 

 孫空女が不意に声を潜めて言った。

 

「策?」

 

「うん──。ご主人様とあたしがなんとか逃亡するための策だよ……」

 

「どんな策なんだい?」

 

 宝玄仙は身を乗り出して、孫空女の顔のすぐ近くに自分の顔を寄せた。

 

「あのね、ご主人様……。あたし、ここに来る前に、実は青獅子魔王にみんなの前で犯された後で、もう一度、寝室のような場所で犯されたんだ。あたしがご主人様にやっと会えたのも、そのときに嫌だったけど、一生懸命にその青獅子に尽くしたお陰なんだよ……。それで、青獅子に抱かれながら言われたんだけど、ご主人様とあたしは、もうすぐ揃って、亜人たちの本来の領土まで輸送されるみたいだよ。狙いはそのときさ……」

 

 孫空女が語りだした。



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506 別れの性愛

「どんな策なんだい、孫空女?」

 

 宝玄仙は声を潜めた。

 

「あのね、ご主人様……。あたし、ここに来る前に、実は青獅子魔王にみんなの前で犯された後で、もう一度、寝室のような場所で犯されたんだ。あたしがご主人様にやっと会えたのも、そのときに嫌だったけど、一生懸命にその青獅子に尽くしたお陰なんだよ……。それで、青獅子に抱かれながら言われたんだけど、ご主人様とあたしは、もうすぐ揃って、亜人たちの本来の領土まで輸送されるみたいだよ。狙いはそのときさ……」

 

「亜人たちの本来の領土?」

 

「つまり、金凰(きんおう)という魔王の宮殿さ……」

 

「へえ……、金凰魔王かい……」

 

 宝玄仙は頷いた。

 そう言えば、確かに監禁開始直後に、宝玄仙の身柄をどこかに連れていくというようなことを誰かが仄めかしていた気がする。誰だったろうか……?

 

 寧坊……?

 それとも、宝玉が情報として教えてくれたのか……?

 

 ともかく、青獅子が金凰、白象という兄と姉を持つ三兄弟の末弟であり、獅蛇(しだ)嶺一帯を支配する三魔王のひとりだということはわかっている。

 魔法石の生産家畜としての宝玄仙の価値を考えれば、宝玄仙を魔王どもの勢力地そのものに連れていき、厳重に管理するというのもわかる。

 そして、三人の魔王のうちの長兄の金凰が宝、まずは玄仙の身柄を自分の手元に置きたがるのも当然だ。

 なにしろ、魔法石にはそれだけの価値がある。

 

 魔法石は、それを亜人が身体に入れることで、魔法力が格段に向上するというだけでなく、砕いて畜生に帯びさせれば、ただの動物を亜人に変えることができる。

 つまり、魔法石が大量にあれば、いくらでも軍兵を増やせるのだ。

 それを生産できる宝玄仙を支配する魔王は、無限の軍を手に入れたのと同じということだ。

 三魔王軍の勢力は一気に拡大するに違いない。

 

「そうかい、わたしとお前は金凰宮とやらに移送されるというわけかい……? なるほどねえ……。しかし、そのときは、『移動術』で跳躍するんじゃないのかい? 陸路をのこのこと進むわけじゃないんだろう? 逃亡の機会なんてあるのかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 道術に長けている魔王のことだ。

 安全を考えると、手間をかけてでも『移動術』の結界を刻み、それから宝玄仙を道術で輸送させた方がいいだろう。

 宝玄仙ならそうする。

 

「そうでもないさ……。これは内緒なんだけど、あたしと戦った亜人兵のひとりから教えてもらったのさ。獅駝嶺というその領域全体は、一大王の金凰魔王の呪いがかかっていて、一度も金凰宮という金凰魔王の宮殿に入ったことのない者は、領域内を『移動術』で移動することができないんだってさ」

 

「呪い?」

 

「うん。だから、あたしにしても、ご主人様にしても、最初に金凰宮に入るまでは、馬車かなにかで移動するらしいよ──。すでに移動していった沙那だって、馬車に乗せられて移送されたみたいだからね」

 

「ほう……」

 

 「呪い」というが、つまりは一度かければ、術者でも解除できない絶対の広域道術ということだろう。

 そういう道術の封印をかけておけば、敵対する亜人軍が侵入してこようとしても、道術で攻め込めないから三魔王軍としては、いざというときに態勢を取る暇があるということだ。

 

 そういえば、宝玄仙が東方帝国にいた頃に、「西域」と呼んでいた「魔域」を勢力地とする妖魔王、あるいは亜人王は、そうやって自分の領域に道術の防護をかけていることが多いとも聞いたことがある。

 孫空女の言葉が真実であれば、確かに陸路の移動時は逃亡の機会ができる可能性がある。

 なにしろ、こうやって結界で覆われた魔王宮に監禁されている限り、ほぼ青獅子の『結界術』の外に逃げられる可能性はないが、どんな力の強い術者でも移動中は完全には結界を覆えない。

 どうしても綻びが生まれるのだ

 そうであれば、次はどうやって逃亡するかだ。

 この単純馬鹿女は、どんな知恵を思いついたのだろうか……。

 

「なるほど、わたしとお前が金凰宮とかいうところに最初に連れられるときは、陸路で移動するというわけだね。それが逃亡の機会だというのはわかったよ──。お前にしては、よく調べたじゃないかい……。それで具体的にはどうするんだい?」

 

「うん、とにかく、あたしがなんとかして、その移動の途中で脱走するよ。それで、ご主人様を救いだす──。任せておいて」

 

 孫空女が笑顔で胸を張った。

 しかし、なんとなく、孫空女の話が終わったような雰囲気になったので宝玄仙は先を促すために口を開いた。

 

「それで?」

 

「それでって、なにさ、ご主人様……?」

 

 孫空女はきょとんとしている。

 

「なんだとはなんだよ……。早く、策を説明しな」

 

 宝玄仙は苛ついて声をあげた。

 

「だ、だから、説明したじゃないかい──。まずはあたしが連中の隙を見て必死に逃亡するよ。ご主人様も一緒ならなんとかして連れて逃げる。そうでなければ、逃亡した後で、ご主人様を輸送する軍を襲って、ご主人様を助ける。一生懸命やるよ──。心配ないよ。あたし、頑張るよ」

 

「お前、なにを言っているんだよ。頑張るのは結構だけど、まずは、お前自身がどうやって逃亡するつもりなんだい? お前だって、そんな革帯で力を封じられているんだろうが。輸送中は、きっと拘束だってされるだろう──」

 

「いや、なんとかなるよ。機会さえあれば」

 

「だ、か、ら、その機会どうやって作るのかと訊ねているんだよ。それに、お前が助けに来るといっても、わたしはどうしていればいいんだよ? わたしはこの身体だ。大したことはできないよ」

 

 宝玄仙はまくしたてた。

 

「だから一生懸命に逃亡できるように頑張るよ。だから、ご主人様も頑張ってよ。あたしも一生懸命に頑張ってご主人様を助けに来るから──」

 

 孫空女は言った。

 

「お前、馬鹿かい──。そんなのが策だと言えるかい──。なにも具体的なものはないのかい?」

 

「ぐ、具体的って……。具体的に説明しているじゃないか……」

 

 孫空女は少し不満気に言った。

 

「いいから、お前の説明から、“一生懸命”とか、“頑張る”とか、“必死”とかいう単語を抜いて説明してみな。それが策といえるかい」

 

 宝玄仙は呆れた。

 だが、一方で宝玄仙は、もしかしたら、孫空女はなにかを警戒して、策を声に出して説明することを躊躇っているのではないかとも思った。

 しかし、孫空女の表情を見て、そうではないということがわかった。

 

 “一生懸命”に“頑張る”というのが、こいつの策の全てなのだ。

 

 宝玄仙は嘆息した。

 

「……もういいよ……。それよりも、わたしのお尻をなんとかしておくれよ……。実は連中に媚薬を塗られているんだ……。ちょうどいいから、お前のそれで、わたしの尻を犯しておくれよ」

 

 宝玄仙は言った。

 連中に塗られた媚薬の痒みはそれほどでもないが、塗られた部分がおそろしく敏感になり火照りきる感じだ。

 疼きが全身に回って来て、だんだんとつらくなってきた。

 

「えっ──? あ、あたしがご主人様を犯すの──?」

 

 孫空女がびっくりしたように顔を赤らめた。

 その途端に勃起していた孫空女の股間の淫具が、さらに逞しさを得て、びんと反り返った。

 

「ほう、やる気じゃないかい……。それとも、わたしの尻を犯せると思ったら欲情したかい?」

 

 宝玄仙はからかいながら、四つん這いの身体を反転させて、お尻を孫空女に向けた。

 

「よ、欲情したとか……。そ、そんなんじゃ……。そ、そんなこと言わないでよ、ご主人様……」

 

 孫空女が戸惑ったように声をあげた。

 

「ぶつぶつ言ってんじゃないよ。ぼんやりしてないで、わたしを犯すんだよ──。それとも、お願いだから、犯してくださいと頭を下げないと、お前はわたしの身体の疼きを癒してくれないのかい──」

 

 宝玄仙は孫空女を叱るような言葉遣いをした。

 だが、実のところ、宝玄仙が求めているのは、この孫空女から荒々しく抱かれることだった。

 孫空女に疼く身体を犯して欲しい──。

 

 魔法石の生産家畜として飼育調教されている屈辱の日々……。

 その家畜調教の過程で宝玄仙の身体はすっかりと被虐の疼きに目覚めてしまっていた。

 本来は、被虐と嗜虐の両刀使いというのが、宝玄仙の性癖だ。

 だから、目覚めてしまった被虐の疼きをほんの少しでもいいから、孫空女に癒して欲しい……。

 孫空女を求めて宝玄仙の心は悶え狂うようだった。

 単純な孫空女は、金凰宮への移動の隙をついて、逃亡を図ることができると思っているようだが、宝玄仙はそれは不可能だと思っている。

 口には出さないが、もしかしたら、脱走の機会などありえないのかもしれない。

 そうであれば、もしかしたら、孫空女と肌を触れあう機会など、これが生涯の最後かもしれないのだ……。

 

 そう思うと、宝玄仙はどうしても孫空女に抱かれたかった。

 この女となにもかも忘れて、淫情に耽りたい……。

 これから永遠に続くかもしれない、悪夢のような日々に思い出す幸せの記憶として……。

 

「で、でも、ご主人様……」

 

 孫空女はまだおろおろとしている。

 

「た、頼むよ──、孫空女──」

 

 今度は宝玄仙は強く哀願する口調で言った。

 背後で孫空女がびくりとした気配がした。

 

「なにも考えるのはよそうじゃないかい……。最初はお前がわたしを犯す。次は、舌でお前をわたしがいかせてやるよ。そしたら、また、次はお前だ──。そうやって、連中が戻って、わたしたちを引き離すまでふたりで遊ぼうよ──。わたしはそうしたいんだ。お願いだよ」

 

「ご、ご主人様?」

 

 孫空女は目を丸くしている。

 

「何もかも忘れさせておくれ──。わたしは、お前とそうやっていれば、何もかも忘れてしまえる気がするんだ──」

 

 宝玄仙は言った。

 孫空女が後ろで宝玄仙を呼ぶ呟きが聞こえた気がした。

 

「わ、わかったよ……。夕方までっていっていたから、十分な暇はあると思うよ。あ、あたしと遊ぼう……。う、ううん……。ほ、奉仕するよ……、ご主人様……」

 

「いや、お互いにやり合おうよ……。それよりも、できれば乱暴にしておくれ──。お前は最初のときに、結局はそうしてくれなかったじゃないかい……」

 

 宝玄仙は言った。

 この女を最初に宝玄仙が犯したのは五行山だ。

 盗賊団の女頭領だった孫空女を生け捕りにした宝玄仙が、山の中で媚薬を塗って道術で生やした男根で宝玄仙が孫空女の女陰を犯したのだ。

 しかし、その直後に御影の分身が襲いかかって、その性愛を途中で邪魔された。

 その後、御影の分身は孫空女が倒したが、怒っていた孫空女が、御影の『道術封じの布』のために動けなかった宝玄仙の股間に媚薬を塗り返して放置して逃げたのだ。

 なんとなく、宝玄仙はそのことを思い出していた。

 

「最初のとき?」

 

 孫空女は訝しむ声を出した。

 どうやら、孫空女はぴんとはこなかったようだ。

 

「いいから……」

 

 宝玄仙は孫空女に向かって、さらにお尻を突きだした。

 すでに疼きは耐えられないものになっている。

 それは身体に塗られた媚薬のせいというよりは、孫空女と抱き合うという心の期待感のためのようだ。

 

「う、うん……」

 

 孫空女が宝玄仙のお尻の前に屈んだようだ。

 

「ひうっ」

 

 孫空女の濡れた舌が宝玄仙の疼く肛門にはっきりと触れた。

 その途端に宝玄仙の五体が痺れたようになり、これまでのここでの生活を吹き飛ばしてくれるような快感の眩暈が生じた。

 

「き、気持ちいいよ、お前……」

 

 孫空女は膝立ちになって裸身を縮め、宝玄仙のお尻に顔を押しつけているようだ。

 そして、一心不乱に舌先で宝玄仙の尻の穴を舐め回している。

 大きな官能の陶酔が宝玄仙を襲う。

 

「い、いいよ……。す、凄いよ──」

 

 宝玄仙の身体がぶるぶると震えた。

 

「へ、へへ……。ご主人様も気持ちよさそうだね……。これなんかどう……?」

 

 孫空女も興に乗って来たのか、舌先をすぼめて宝玄仙の肛門を舌で抉るような刺激を加えてきた。

 

「ひいっ──お、お前──」

 

 宝玄仙の口から悲鳴が迸った。

 しかし、その宝玄仙の焦ったような仕草が面白かったのか、孫空女が続けざまに舌先で強く刺激を加えてくる。

 

「じゃあ、これなんか……」

 

 孫空女は一度舌を離して、尻を支えていた手をすっと宝玄仙の股間の内側に伸ばしてきた。

 そのまま宝玄仙の肉芽を指で摘まんで擦った。

 

「ぐうっ──そこはだめえっ──」

 

 宝玄仙は四つん這いの身体を限界まで仰け反らせた。

 宝玄仙の肉芽は動き回る内側に小さな粒が大量に生やされる施術を受けており、そんなところを孫空女に指で弄られたらたまらなかった。

 あっという間に絶頂に導くのに十分な快感が宝玄仙を襲った。

 だが、蝦蟇婆の術で宝玄仙の肉芽の刺激による絶頂は制限されている。

 そこではどんなに快感を受けても、達することはできないのだ。

 

「た、頼むよ、孫空女──。お尻を──。お尻を犯しておくれ──」

 

 達しそうで達することができなかった快楽の苦しみがやってくると、宝玄仙は感極まって叫んだ。

 

 お尻を犯して欲しい──。

 孫空女のものを受けたい──。

 その欲求は宝玄仙の中で沸騰しそうな欲望になっていた。

 

「う、うん」

 

 孫空女が態勢を変えた。宝玄仙の尻たぶがぐいと開かれる。

 

「ふううっ」

 

 宝玄仙は強く息を吐いた。

 するとそれに合わせるように、孫空女の股間の淫具が肛門の粘膜を突き破るように食い込んでくる。

 

 痛みなどない……。

 あるのは限りない至福の快感だけだ。

 身体が震える……。

 

 強烈なものが腰骨を貫く。

 眼の前が真っ白になるような快感が走る。

 

「も、もっと激しく──。わ、わたしを苛めておくれ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「あ、あたしも気持ちいい──はああっ──」

 

 孫空女も淫情に溢れた悲鳴をあげている。

 こいつの股間の男性器は孫空女の膣の中の神経と結びついている。

 だから、宝玄仙の尻の穴の内襞が孫空女の模擬男根を擦る刺激が孫空女の股間に直接響くのだろう。

 

「あふうっ、ああっ、ああっ」

 

 宝玄仙もすでに余裕のようなものは掻き消えている。

 犯されている肛門だけではなく、全身から愉悦が迸る。孫空女と汗みどろの肌を寄せ合って快感をお互いにむさぼり合っている。

 それが宝玄仙の全身に妖しい快美感を湧き起こしている。

 

 宝玄仙の肉と孫空女の肉がぶつかり合う……。

 ここにいるのは二匹の淫獣だ。

 そう思うと宝玄仙の興奮が大きくなる。

 

「い、いくっ──」

 

 宝玄仙の身体が激しく揺れた。

 

「あたしも──」

 

 孫空女の吠えるような声がした。

 宝玄仙の肛門に入っている孫空女の模擬男根から熱いものが迸ったのがわかった。

 ほとんど同時に、宝玄仙も息もとまるような快楽の頂点を極めていた。

 

「ずっとこのまま、愛し合うよ──」

 

 宝玄仙は震えながら言った。

 

「わ、わかった、ご主人様──。あたし、頑張るよ──」

 

「つ、次は胸を揉んでおくれ──。ええい、このいまいましいハーネス取れないのかい──」

 

 宝玄仙は悶えながら言った。

 

「あ、ああ……その紐みたいなやつ……。ちょ、ちょっと待って、ご主人様──」

 

 まだ男根が宝玄仙のお尻の中にある孫空女が慌てたように、それを引き抜いた。

 

 

 *

 

 

「ほらね、玄魔(げんま)隊長、あんな孫空女に深謀遠慮なんてあるわけないでしょう。単純馬鹿女なんですよ、あいつは──」

 

 火箭(かせん)が大笑いした。

 一緒に孫空女と宝玄仙の姿を眺めていた蝦蟇婆(がまばあ)も笑っている。

 

「うむ……そのようだな……」

 

 玄魔も腕組みをしながら唸った。

 玄魔が火箭と蝦蟇婆とともにいるのは、蝦蟇婆の家畜部屋と呼ばれている場所であり、孫空女を宝玄仙とともに置いている蝦蟇婆の調教部屋の隣だ。

 向こうからは見えないが、いま、それを隔てる壁は玄魔の道術によって透明になっていて、玄魔は火箭と蝦蟇婆とともに、隣室の宝玄仙と孫空女を観察していた。

 他の者はすべて下がらせている。

 ふたりの話す内容についても、部屋の中に取り付けている霊具によって、こっちに筒抜けだ。

 

 孫空女と宝玄仙をああやって、二人だけで会わせる機会をあえて作らせたのは、宝玄仙と孫空女を金凰宮に移送する手配の一切が玄魔に任されることになったのに際し、このところ不穏になっている城郭の治安との関係から、万が一にもなにかの企みのようなものが、彼女たちにあるのではないかと勘ぐったからだ。

 

 そうだとしたら、油断させれば、もしかしたら、あのふたりの会話の中からなにかが浮きあがるのではないかと思ったのだ。

 そして、あのふたりが会うや否や、孫空女が“策がある”と言ったときには、やはり、なにかの策を弄していたのかとびっくりしたが、結局は、なにも考えていなかったようだ。

 城郭内の不穏な事件が、あのふたりの移送計画に合わせるように発生したことで、宝玄仙か孫空女がなんらかの糸を引いている可能性も考えたのだが、結局は杞憂にすぎなかったようだ。

 

「だが、念のためだ……。孫空女については、今日の夜のうちに出発させることにしよう。宝玄仙と陛下は数日後だ──。それと、孫空女に金凰宮への輸送が陸路であることを洩らした隊の兵を見つけろ、火箭──。そいつについては全員の前で理由を告げて首を斬れ」

 

 玄魔は言った。

 孫空女と宝玄仙が、青獅子と一緒に金凰宮に輸送させることが決まったのは二日前だ。

 つまり、その二日のあいだに孫空女と宝玄仙が陸路で輸送するということを教えた者がいるということだ。

 事もあろうに、そんな大事な情報を不用意に当の孫空女に教えるというのは許すことはできない。

 

 孫空女の移送時期をずらすこととしたのは、念には念を入れるべきと考えたからだ。

 当初は、孫空女は、宝玄仙とともに移送させる計画だったが、一部の情報が漏れた可能性を考えると、移送は別々にした方がいいだろう。

 万が一にも失敗があってはならないのだ。

 

「そんな必要がありますかねえ……。いえ、処断のことですよ……。どうでもいい情報を教えただけじゃないですか。だって、孫空女自身も宝玄仙もいずれは金凰宮に送られるということは、以前から決まっていたことですし、俺たち亜人の中では、金凰宮に入ったことのない者が、道術で獅蛇嶺内を移動できないことは周知のことですし……」

 

「だが、ふたりとも直接に金凰宮に送られるということを孫空女は知っていた。しかも、それが陸路であることさえもだ。もしも、なんらかの方策で孫空女が外と結び付いている他の仲間にそれを知らせていたらどうする──? これは許されざる情報の漏洩だ」

 

「ならば、わかりました。そのようにします」

 

 火箭が頷いた。

 しかし、その表情には明らかに、玄魔の処置に対して、厳しすぎるという不満のようなものがある。玄

 魔はその油断が気に入らなかった。

 

「火箭、言っておくぞ──。宝玄仙の金凰宮への輸送はなにがなんでも成功させねばならんのだ──。そのためには、打てる布石はすべて打つ。考えられる妨害に対しては、すべて対応する。宝玄仙の身柄を誰が狙っているかわからんのだぞ。それだけの価値が、あの雌畜にあるのだ」

 

「はい」

 

 玄魔の厳しい口調と表情に接して、火箭が神妙な顔をして頷く。

 

「それにしても、なんで急に青獅子陛下までもが、宝とともに金凰宮に出立することになったのかのう……。この蝦蟇婆も驚いているのじゃが、教えてもらうわけにはいかんのかのう、玄魔殿? それとも、このわしも余計なことを訊ねれば処断されるのか?」

 

 蝦蟇婆が横から口を挟んだ。

 玄魔は苦笑した。

 

「そんなことはない。青獅子陛下の子飼いの調教師であられる蝦蟇婆殿に隠す情報などない。それに、蝦蟇婆殿にも、宝玄仙とともに一緒に行ってもらうことになるのでな」

 

「ほう……、わしもか……。だが、なぜ、そういうことになったのじゃ? 青獅子陛下は、この城郭を新たな青獅子軍の拠点にして、この城郭に骨を埋めるのだと思っていたがのう……。このところ、急に城郭の治安が悪くなったのが関係しておるのか?」

 

「いや、そういうことではない……。まあ、確かに、このところの急な治安の悪化はなにか不穏なものを感じるが……」

 

 この数日、獅駝の城郭でおかしな事件が連発しているということは確かだ。

 昨日など、少数で歩いていた亜人兵が物陰でなにものかに襲撃されて殺されるという事件が発生している。

 そのほかにも、このところ、亜人兵に限定している酒場や娼館などが放火されたり、あるいは亜人軍に協力的な商家や役人が見せしめのように酷く殺されて死骸が辻に晒されるという事件も連続で起こっていた。

 いずれも下手人はあがっていない。

 

 亜人の支配を面白く思っていない一部の人間族の仕業と思われるが、実際にはなにが起こっているのかわからない。

 いまのところ、急に住民が亜人の治政に反発しだした理由がわからず、戸惑っているというのが本音だ。

 

 そして、それでわかったのは、魔凛から青獅子が奪ったと考えられていたあの『集団支配術』の道術は、完全には魔凛(まりん)から青獅子には移ってはいなかったという事実だ。

 魔凛は、人間族、亜人族とを問わず集団支配を可能とする道術を持っていて、『服従の首輪』という霊具で、完全にその術は青獅子に能力が譲渡されたと思われていた。

 

 しかし、実際に遣ってみると、青獅子が遣えるのは、従来の『支配術』の範囲を超えず、青獅子も霊気を帯びていない人間族には、どうしても『支配術』の操りの効果が及ばないでいる。

 その原因がなんであるかも、よくわからない。

 しかしながら、青獅子の住民に対する支配の術が効果がないというのも、住民の反発の余地を与えているのは間違いない。

 

「いずれにしても、それは関係ない。とにかく、青獅子陛下は、金凰陛下の命により、急遽、宝玄仙とともに、金凰宮に赴くことになったのだ」

 

 玄魔は言った。

 

「金凰陛下の命じゃと?」

 

 蝦蟇婆は眉をひそめた。

 金凰、白象、青獅子の三魔王軍団は、確かに金凰を頂点とする三魔王軍から成り立つが、実際には、かなり独立的であり、金凰がほかの二魔王に命令をするということは滅多にあることではないのだ。

 竜飛(りゅうひ)国遠征にしても、金凰と青獅子の「話し合い」で実行されたものであり、今回の青獅子に対する帰還命令のように強い統制ではなかったのだ。

 

 たが、獅蛇の城郭に常駐を考えていた青獅子に対して、金凰魔王は「命令」という形式で、金凰宮への帰還を青獅子に強く求めた。

 それは異例のことなのだ。

 

「状況が変わったのだ……。金凰妃様だ」

 

 玄魔は蝦蟇婆の疑念を察して言った。

 

「金凰妃様がどうしたのじゃ?」

 

「金凰妃様が予言をされる能力があるというのは知っておるだろう、蝦蟇婆?」

 

 玄魔は言った。

 

「ならば、また予言をなされたのか?」

 

 蝦蟇婆が眉をひそめて、玄魔に視線を向けた。

 金凰妃の予言と言えば、百発百中の予言として三魔王軍どころか、魔域に棲む全亜人の誰もが知っている事実だ。

 だが、一方で、その内容が曖昧であることでも有名ではあるが……。

 

 金凰妃は、予言をするときに、突然に眠って意識を失ったような状態になり、そして、誰か別の存在が憑依したような口調で、予言の言葉を告げるのだ。

 もっとも、その内容には解釈が必要なくらいに曖昧な言葉が多い。

 そして、金凰妃自身は、予言をしたときの記憶がなく、金凰妃にも、言葉の意味を解説することができないのだ。

 

 しかし、その内容は百発百中だ。

 言葉が示していた内容は、それが起きた後で理解できることも少なくはないのだが、とにかく、金凰妃の予言は当たる。

 

「予言については、他勢力の賓客を招いた宴の最中でなされたものであるので、すでに広まっている。だから、教えても問題はあるまい──。金凰妃様の予言はこうだ……。“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”……」

 

 玄魔は言った。

 

「三個の身体で支配する者……ふたつの宝……新たな魔の王……。つまり、それは……」

 

 蝦蟇婆が呟くように言った。

 金凰妃の予言は有名だ。

 その解釈には異を唱える者もいるが、予言そのものに疑念を抱く者はいない。

 金凰妃が予言したことは、絶対にそうなるのだ。

 

「三個の身体で支配する者……つまり、金凰魔王陛下のことだ。金凰様は、三魔王軍とその領域を青獅子陛下と白象陛下で分け合って支配されておられる。魔域の中でそんな支配体制をしている勢力は、三魔王軍だけだ。だから、“三個の身体で支配する者”というのは、金凰魔王様以外にはあり得ん。少なくとも、金凰魔王様はそう考えておられる……。そして、宝玄仙と宝玉という“ふたつの宝“……。条件が揃った。金凰様は、宝玄仙と宝玉というふたつの宝をまとめて、“新たな魔域の支配者”になることを決心された……」

 

 玄魔は言った。

 現在の魔域の支配者といえば、牛魔王や南海大王などの大勢力を束ねる雷音大魔王だろう。

 かねてから、魔域への進出の野望を抱いていた金凰魔王は、金凰妃の予言に接して、ふたつの人格を持つ宝玄仙を連れて、魔域に侵攻することにしたのだ。

 そのための宝玄仙及び青獅子魔王軍への金凰宮への移動命令なのだ。

 

 以前からの約束事により、三魔王軍が魔域に討って出るときには、青獅子軍がその尖兵をすると定まっていた。

 予定では、もっと将来のことと考えられていたはずだが、予言の出現により、それが早まったということだ。

 

「なるほどのう……。ふたつの宝をまとめるにはわしの道術が必要じゃ。それでわしも、宝とともに金凰宮に行くということか……」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「まとめるということは、どちらかの宝を消すということになるのであろうな……。宝玄仙と宝玉……。どちらの人格を消滅させるのかは、蝦蟇婆の判断になると思うがな……」

 

「ならば、宝じゃな……。宝を追い詰めれば、あの人格は消える。それは間違いないと思うわい」

 

 蝦蟇婆が道術の効果によりこちらからは透明になっている壁の向こうの調教部屋に視線をやった。

 壁の向こうでは、宝玄仙と孫空女がお互いの乳房を交互にしゃぶり合いながら狂乱の声を出し合っている。

 

「ならば、宝玄仙の人格を消すのは、金凰魔王陛下のもとで──ということになるはずだ」

 

 玄魔は言った。

 

 ”ふたつの宝をまとめる者“が支配者になるのだとすれば、それは金凰魔王のもとで行われなければならない……。

 

 青獅子軍の管轄に宝玄仙の身柄があるうちに、ふたつの宝がひとつになってしまうと、予言に矛盾が生じる。

 これについては、青獅子とも話し合っている。青獅子自身も金凰が新たな魔域の支配者になることを望んでいる。

 

「そうか……。あの宝の人格を消すのか……。なかなかに愉快な人格であるのにのう……。残念じゃな」

 

 蝦蟇婆がすでに処刑の決まっている囚人を見るような表情で宝玄仙たちを眺めながら言った。










 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                     ──金王妃の予言





(第78話 『百合雌畜』終わり)


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 第79話  死ぬこともできず ー 魔凛(まりん)(三)
507 狂宴の余興女


「はあっ……はっ……はっ、はああっ」

 

 肺腑を抉るような被虐の情欲が魔凛を襲っていた。

 『服従の首輪』によって強要されている自慰による快美感が、またもや激情となって魔凛に襲いかかっていた。

 

「いいぞ、魔凛(まりん)、いく直前には、魔凛はいきますっ──とか甘い声で教えてくれよ」

 

「そりゃあいいや。ついでに、もっと派手な声でよがってくれよ、魔凛隊長──。ねえ、大旋風(だいせんぷう)隊長、命令してくださいよ」

 

 酒盛りをしている大旋風の部下たちが、逆さ吊りにされている魔凛の正面に陣取る大旋風に言い寄る。

 

「わかった、わかった──。魔凛、いまのは聞こえたな──。じゃあ、命令だ。そうしろ」

 

 大旋風が言った。

 その言葉が首輪の霊具に伝わり、魔凛の心を道術で縛ったのがわかった。

 理解できる言葉で命令されれば、絶対に逆らえない怖ろしい支配霊具だ。

 たちまちに魔凛の喉は、魔凛の心を裏切って、派手な嬌声をあげはじめた。

 

「いやあっ、はああっ、いく、いきそうよ、あはああっ──」

 

 魔凛の声があられもない声に変わったことで、大旋風の部下たちが一斉に歓声をあげた。

 

 ここは、大旋風の直属隊が軍営代わりにするために押収した人間族の貴族の屋敷であり、魔王宮の隣に位置している建物だ。

 今日も、いつものように、大旋風とその取り巻きたちによる魔凛への凌辱が続いていた。

 

 この屋敷の大広間は、大旋風隊の主要幹部の集会所のようになっていたが、今日はまず、ここに集まった男たちから朝から代わる代わる輪姦された。

 もちろん、抵抗は首の『服従の首輪』によって封じられた。

 それどころか、命令によって魔凛は、男たちのたちの肉棒を自らしゃぶり、彼らの性器に股がり、腰を振って精を受けるということまでやらされたのだ。

 しかも、どこをどんな風に感じているかを大きな声で叫びながらだ。

 

 どんなに屈辱的な行為であろうとも、一度大旋風に“命令”という言葉を使われたら終わりだ。

 それがいかなる行為であろうとも、やらされてしまう。

 それがこの『服従の首輪』という支配霊具の恐怖だ。

 

 やがて、半日以上も続いた凌辱が終わると、今度は、天井の金具から垂れる鎖に両足首をそれぞれに左右から繋げられて、身体全体が宙吊りになるまで引きあげられて、いまのように大股開きで逆さ吊りにされた。

 これは、これだけの人数の精を生で受けた魔凛に対する大旋風の嫌がらせだ。

 膣に溜まった男たちの精が出ないようにして、孕み易くするためらしい。

 

 そして、男たちは凌辱され続けた股間を晒されるという想像もしたことのない恥辱の格好の魔凛を囲んで酒盛りを始めた。

 すると、大旋風は魔凛に、余興代わりにその格好で自慰をし続けろと命令をしたのだ。

 『服従の首輪』の力を遣って、魔凛に自慰をしろと命令されれば、その通りに実行する以外にあり得ない。

 『服従の首輪』の恐ろしさは、骨身に染みている。

 “命令”と告げた言葉に絶対に逆らえない恐怖の支配霊具だ。

 

 完全に意思はある。

 意思があるのに、命令者の言葉を絶対の命令として身体が動いてしまうのだ。

 この首輪を嵌めて命令されれば、半日も続いた輪姦で骨まで砕けそうに疲労をしていても、魔凛の両手は快感を求めてひたすらに自慰を続けなければならない。

 それこそ、いきすぎて気を失うまで、魔凛の手は勝手に股間を苛み続けるだろう。

 

 しかも、いま大旋風が魔凛に与えている命令は、ただ自慰をしろという命令ではない。

 可能な限り感じるように股間を自分で苛め──と命令されている。

 その言葉に従って、魔凛は自分の股間の感じるところをひたすら探して、少しでも多くの快楽をむさぼろうと股間を弄り回している。

 

 そんな魔凛の痴態を肴に大旋風たちは酒盛りをしている。

 そして、その中心で逆さ吊りの魔凛は命令によって一心不乱に、自らを感じさせる自慰をひたすらにやり続けていた。

 

 その結果、この恥辱の自慰が始まってまだ、半刻(約三十分)だというのに、四回も絶頂に達していた。

 しかし、何十回達しようとも、命令が解除されない限り、魔凛の手は、文字通り死ぬまで自慰を続けるしかないのだ。

 実際、一度それをやらされたことがある。

 

 この大旋風隊の軍営になっている屋敷の門の前の通りに立たされて気絶するまで、股間をむさぼっていきまくれと、木製の張形を渡されたのだ。

 そのときも、道術に封じられて動けない身体を見物人に奇異の目で眺められながら、魔凛は夜まで淫具による自慰をやり続けた。

 あの時ほど、自分の身体の丈夫さと、発狂のできないことを恨めしく思ったことはない。

 

「へへ、見ろよ、こいつの口惜しそうな顔を……。ねえ、大旋風隊長、こいつは俺たちの眼の前で自慰なんて姿を晒してくれているのに、こんなに口惜しそうですよ」

 

 大旋風の右隣りにいる部下が愉しそうに笑った。

 

「そりゃあ、口惜しいだろうさ──。言っておくが、こいつは好んでこんな醜態をやってみせてくれているわけでもねえし、心が折れて屈服して命令に従っているわけでもねえ──」

 

「そうなんですか? 結構、こいつもお愉しみみたいですけどね」

 

 大旋風の部下が追従するように笑って、大旋風に酒を注ぐのが視界に入った。

 魔凛はかっとなった。

 

「とんでもねえよ。こいつは屈服なんてしねえ。こいつの首輪の霊具が、俺の命令に絶対服従の支配を強要しているだけであり、心じゃあ、俺のことを殺したくて殺したくて仕方がねえのさ──。そうだろう、魔凛?」

 

 大旋風が大笑いしながら手に持っていた杯をぐいと空けた。

 すかさず、脇からその杯に酒が足される。

 

「く、口惜しいに決まっている──。い、いまに見ていろ──。ぜ、絶対に殺してやる──はあっ、はああっ、いくっ──魔凛はいきます──」

 

 自分の声が突然に絶叫した。

 そう言えば、さっき、そうしろと命令をされていた。

 魔凛の記憶にはもうなかったが、身体はそれを覚えいていて、恥辱の台詞を魔凛に絶叫することを余儀なくさせたらしい。

 魔凛の突然の大声に大旋風たちは、一瞬、きょとんとしていたが、すぐに爆笑した。

 

「い、いくううっ──」

 

 魔凛はまるで自分の声ではないような甘い声をあげながら、自分の指によってまた快感の頂点に導かされてしまった。

 逆さ吊りの全身が痙攣を起こしたようにぶるぶると震えて女陰からどっと蜜が溢れたのがわかった。

 股間を苛む指を伝って、つっと股間から胸に向かって愛蜜の滴りが流れ落ちていく。

 

「も、もう、許して……」

 

 魔凛はついに耐えられずに、わっと泣き出してしまった。

 しかし、魔凛を囲む卑劣漢たちは、それさえも酒の肴なのか、魔凛の哀願を嘲笑と卑猥な揶揄で返してきた。

 

「ほら、ほら、やめるんじゃねえぞ、魔凛──。そのうち、もっと、面白いことを考えてやるから、それまで、ちょっと自慰でも続けておいてくれよ。そうだ。今度は股間だけじゃなくて、乳房も刺激しろよ。もちろん、一番感じるように揉みまくるんだ。命令だ──」

 

 魔凛の泣き顔がそれほどに愉しいのか大旋風が膝を叩きながらそう言った。

 それまで両手で股間を苛んでいた魔凛の片手がすっと下にさがり、魔凛の右胸の乳首に向かった。

 そして、乳首をぶるぶると弾くように動き出す。

 

「も、もう、やめさせておくれ──。ちょっとでいい……。きゅ、休憩を……あああっ……」

 

 絶頂の余韻のような甘美感に酔うことも許されずに、再び自分の手によって股間と乳首から快楽の衝撃が襲う。

 朝からの淫情地獄と、命令によって続けさせられている自慰による連続絶頂で全身がばらばらになるような疲労感にある魔凛に、また快楽の嵐が襲いかかる。

 

 その自分の痴態をただ見物されるだけの惨めさ──。

 地獄だ──。

 

 望まない快感を受けながら魔凛は思った。

 可能ならばこの場で自殺したい──。

 心からそう思った。

 

 こうやって想像もできないような恥辱を受けて卑劣な男たちを悦ばせるだけの性の奴隷というのが、三魔王軍の筆頭軍である金凰軍の総司令官だった女将軍の魔凛の成れの果てなのだ。

 

 いや……奴隷でさえも、いまの魔凛よりはましだろう。

 

 あの日、大旋風や青獅子の罠にかかって、『服従の首輪』という支配霊具を魔凛が受け入れて以来、多くの時間をここですごしていた。

 毎日のように繰り返し、大旋風やその部下たちから凌辱される……。それが、いまや、大旋風の奴隷に成り果てた魔凛の当たり前の日常だ。

 

 すべては、周到に準備された罠に嵌った魔凛自身の愚かさから始まった。

 

 鳥人族の地位を三魔王軍の中で確かなものにするために、三魔王軍の総帥である金凰魔王の愛人になった魔凛だったが、手玉にとったつもりの金凰から、逆に手玉に取られているとは夢にも思っていなかった。

 それどころか、美しい顔立ちで有名な鳥人族の中でも群を抜いた美貌と謳われた魔凛の身体にすっかりと金凰魔王は溺れこんでいるものと信じきっていた。

 

 愛人という立場を利用して、金凰軍の総司令官になった魔凛だったが、金凰魔王がすっかりと魔凛に飽きてしまって、むしろ持て余しているということにまったく気がつかなかった。

 金凰魔王がわざわざ手の込んだことをして、魔凛を人間族の王国に遠征する青獅子軍に出向させて、青獅子に魔凛の処分を頼んだのは、魔凛に集団縛心術という大きな道術があったからだ。

 青獅子軍に少数の部下とともに加わった魔凛は、その術を使って、この獅駝の城郭を無血占領し、遠征の本来の目的だった宝玄仙という大道術遣いの捕縛にも成功した。

 

 しかし、魔凛は、この際、青獅子の準備した罠にかかり、敗北した者が相手の命令にひとつだけ従うという真言の誓いを結んで、宝玄仙狩りの賭けをしてしまったのだ。

 賭けの内容は、宝玄仙を捕らえて青獅子に引き渡した者が勝ちという条件だったが、愚かなことに、魔凛は捕えた宝玄仙の身柄を愛人の麗芳に変身した大旋風に引き渡してしまって、青獅子に届けることを託してしまったのだ。

 

 その結果、宝玄仙を青獅子に引き渡したのは、大旋風ということになり、真言の誓いに従って、魔凛は『服従の首輪』という支配霊具を自分の身体に装着することに同意してしまった。

 そして、真言の誓いによって、魔凜は首輪を受け入れてしまい、地獄が始まった……。

 

 大旋風が変身した麗芳(れいほう)については、ここに集まっている大旋風の子飼いの者たちが、密かにさらい、この連中の狂った凌辱により薬物浸けにされ、発狂させられてしまっていたが、その麗芳が薬物中毒で衰弱死したと、事も無げに魔凛に大旋風が告げたのは、三日前のことだ。

 

 その場で襲いかかって大旋風を殺してしまいたかったが、魔凛にはどうにもできなかった。

 魔凛は首輪の力で大旋風を殺せない。

 それどころか、もしも、眼の前で大旋風が危機に陥れば、身を挺して大旋風を守れという命令さえも与えられている。

 魔凛にできたのは、麗芳の死に、ひたすらに慟哭し続けることだけだった。

 

「ねえ、隊長、俺はこいつの自慰を見てたら、また、むらむらしちまいましたよ。ちょっと、魔凛の口を貸してくださいよ」

 

 この中で一番若い将校が完全に酔った顔でそう言って、ふらりと立ちあがった。

 

「おう、いいぜ──。魔凛、こいつの珍棒をしゃぶってやれ。愛おしく、恋人の一物を舐めるように奉仕するんだぜ。万が一にも歯なんかたてるんじゃねえ──。命令だ」

 

 大旋風が魔凛にそう言うとともに、からからと両脚を吊っていた鎖が引きあがった。

 魔凛の顔は、ちょうど男の股間を舐めるのにちょうどいい高さに調整される。

 下袴と下着をさげたさっきの男の一物が、逆さ吊りの魔凛の口に突き出された。

 首輪の支配に逆らえない魔凛の口は、怖気さえ走るその男の一物を口で受け止め、唾液をまぶすという行為を始めた。

 

「うまいものだぜ……。最初の頃は、あまりに下手でなっていなかったのにな──。いまでは、いきなり激しく吸われて男が痛みを感じないように注意深く唾液をまとらせることから始めるという気の使いようだ……。さあ、もういいぜ。じゃあ、俺たち相手に覚えた魔凛隊長の舌技をみせてくれよ」

 

 魔凛に奉仕をさせている男が言った。

 大旋風をはじめとする男たちがどっと笑う。

 この男たちは、魔凛が首輪で支配されているのをいいことに、さまざまな調教を魔凛に強要したが、口で奉仕する技を教えこんだのもそのひとつだ。

 魔凛はそれこそ、ここにいる男たちの一物を舌で暗記するくらいに、繰り返し舐めさせられた。

 

 腹が沸騰するように煮えるのに耐えて、魔凛は唾液を塗った男の一物に唇を被せる。

 しかも、この男の雁首はかなり大きくて苦しいのだ。

 魔凛は息が苦しくなるのを我慢して、男の一物を限界まで口を開いて受け入れた。

 教えた技を駆使して、最高の奉仕をするように命令もされているので、魔凛の身体は勝手に必死の口での奉仕をしてしまう。

 自分ではどうにもならない。

 あまりの惨めさに涙がつっと出た。

 

 しかも、そんな奉仕を魔凛は自分の身体を愛撫しながらやっているのだ。

 なんという惨めで情けない行為なのか……。

 しかも、こいつらはよってたかって魔凛の愛人だった麗芳を責め殺した仇なのだ。

 

「おい、ところで、魯深(ろしん)──。例の芸は、魔凛には、まだ見せてねえだろう。ちょっと驚かしてやれよ──」

 

 大旋風が不意に叫んだ。

 魯深というのは、いま魔凛に奉仕をさせている若い男の名だ。

 芸というのはなんだ……?

 魔凛は一心に舌を魯深の亀頭を這わせながら思った。

 

「ああ、じゃあ、やりますか……。おい、魔凛隊長、ちょっとばかり、驚くかもしれねえが、口を離すんじゃねえぞ」

 

 魯深がいきなり魔凛の後頭部を掴んで、ぐいと自分の股間に押しつけた。

 

「んんっ──」

 

 鼻が股間に押しつけられて息ができない──。

 魔凛は無意識のうちにもがいた。

 舌は懸命に奉仕のための動きを続けているから、空気を求めてもがくくらいはできるようだ。

 するといきなり、口に咥えていた魯深の一物がぐいぐいと鎌首をもたげてきたのだ。

 しかも、大きくなっている。

 ただでさえ大きかった怒張が、巨根と呼ぶのに相応しい太さと長さになって、どんどんと魔凛の喉を圧迫しはじめる。

 

「んぐううっ──んんごおおお──」

 

 魔凛は暴れた。

 大きくなった魯深の男根が、魔凛の喉の奥に突きあたったのだ。

 道術の強制で舌は動き続けているが、喉の深くを挿されたことで魔凛に激しい吐気が襲った。

 しかも、気道までもが圧迫されて息がとまる。

 

 魔凛は奉仕しながらも、口の中で悲鳴をあげ続けた。

 だが、こんなに暴れているというのに、股間と乳房を弄る自分の手はそのままだ。

 さすがに苦しさが上回って快感は感じなかったが……。

 

「魔凛、魯深の一物は、道術で大きさを変えられるんだ。驚いたろう──。驚いたら必死に奉仕しろよ。さもないと息がとまって、死んでしまうぞ──」

 

 大旋風が手を叩いて笑っている。

 周りからもそれに同調する歓声が聞こえる。

 

 だが、魔凛はそれどころではない。

 ひっきりなしに襲い掛かる吐気と息の停止する苦しさと戦っていた。

 

 眼の前が真っ白になる……。

 苦しい……。

 

「ぐうう、ううっ……うぐうっ……」

 

 魔凛は絞り出すような声をあげていた。

 口の中の魯深の巨根が動き出したのだ。

 しかも、かなり荒々しく──。

 

 魔凛の喉の奥で肉棒の先を擦りあげるように突いてくる。

 舌は、一応は命令に従って動いていはいるが、魯深は魔凛の舌を味わおうというのではなく、魔凛の喉そのものを巨根で犯すように突いてくる。

 魔凛はあまりの苦しさに全身をばたつかせた。

 しかし、道術の制御に加えて、しっかりと魯深が魔凛の後頭部を押さえているので、顔を自由にすることができない。

 

「出すぞ──」

 

 不意に魯深が叫んだ。

 次の瞬間、魔凛の喉にまとまった精が強い力で迸ったのを感じた。

 

「ぷはあっ──」

 

 やっと魔凛の口の中から魯深の男根が出ていった。

 魔凛の口は新鮮な空気を激しくむさぼった。

 魯深が満足したような表情で魔凛から離れていく。

 

 口の奉仕の”命令“の終わった魔凛の身体は、与えられている”命令“に従い、自慰に専念する態勢に戻る。

 

 そして、また快感が込みあがる。

 自分の身体を一番知っている自分の手が魔凛を責めているのだ。

 命令で身体を支配されている以上、どんなに疲労でいっぱいでも、魔凛の身体はどんどんと快感をむさぼってしまう。

 自分の指に股間を苛まれ、乳房を揉みほぐされて、すぐに名状できない快美な感覚が襲う。

 

 苦しさに押さえられていた快感がまた頭をもたげる。

 またもや激しい淫情に襲われて魔凛は、いくという叫びをあげて、全身を震わせて、またもや絶頂した。

 

「それにしても、大したものじゃねえかよ、魔凛──。尻の穴まで蜜が垂れ流しだ──。これが、金凰軍の総司令官でもあった女将軍の成れの果てかと思うと、ちょっと信じられないくらいだぜ」

 

 大旋風が昇天したばかりの恍惚感に浸る魔凛をからかうように言った。

 

「いやいや、隊長、あれでも魔凛は必死になって、朝から受けた俺たちの精を股間から流し出そうとしてるんですよ。自分の蜜でね」

 

 誰かが言って、また男たちがどっと笑った。

 だが、魔凛はそのからかいに反応する余裕がない。

 またもや、すぐに指が魔凛を快感の高みに連れていってしまう。

 魔凛はあまりの連続絶頂に悲鳴をあげていた。

 いくらなんでも、この連続の自慰による絶頂はつらい。

 限界を超えた連続絶頂は、快楽といえども拷問にも等しい。

 

「も、もう許してよ……。わ、わたしは、もう身体がくたくたで……」

 

 魔凛は言った。

 哀願するくらいでこの男たちが魔凛をこの自慰地獄から解放するとは思えない。

 魔凛が苦痛を訴え出したくらいからが、やっと責めの入口のようなもので、それから言語を絶する責めを続けられるのだ。

 これまでがそうだった。

 

「いいぜ……。まあ、いつまでも同じことをしても面白くないからな……。じゃあ、命令を解除する。手を後ろに組め」

 

 しかし、大旋風があっさりと言った。

 魔凛はちょっとだけ驚いた。

 

「ただし、お前には城郭の市に、これからひとりで買い物に行ってもらう──。みんなで話し合ってな……。これから、お前の尻の穴を調教しようということになったんだ。そう言えば、お前の尻は、まだそれ程には調教してやってないからな──」

 

「けほっ、けほっ、か、買い物……?」

 

 魔凛は大量の精を無理矢理に喉に押し込んだ苦しさに咳き込みながら、きょとんとした。

 尻の調教はともかく、買い物とは……?

 

「とりあえず、市で野菜を買ってこい──。お前の尻穴に入りそうな野菜をな──。お前自身が自分の尻穴を責められる野菜を購ってくるんだ。これは命令だ──。そして、必ず一本は尻に埋めて戻るんだぞ。店の前で自分で挿入しろ。これも命令だ」

 

 大旋風が言った。そして、げらげらと笑う。

 周りの大旋風の部下たちも一斉に哄笑する。

 

「な、なんだと──」

 

 思わずかっとなって怒鳴った。

 どんなに文句を言っても絶対に強制的にやらせられるし、魔凛が怒ったり哀訴したりするのは、大旋風を悦ばせるだけだとわかってはいるが、あまりもの残酷な仕打ちに魔凛は文句を言わずにはいられなかった。

 尻をいたぶられるということだけでも恥辱で気が遠くなりそうなのに、その責め具となる野菜を自分で買って来いと命令したのだ。

 さらに、自ら店の前で野菜を挿入しろだと――。

 あまりもの残酷な命令に、意識さえ遠くなりかける。

 魔凛の身体は、激しい怒りで震えていた。

 

「素裸じゃああんまりだから、布一枚だけは許すことになったぜ、魔凛隊長よ。感謝してくれよな」

 

 大旋風を取り巻く部下のひとりがそう言った。

 またもや、すると一斉に嘲笑の笑いが起きる。

 魔凛は、もうなにも言い返す気になれずに、ただ強く唇を噛んで周囲の男たちを睨みつけていた。

 

「それにしても、前々から思ってたんだが、お前の股ぐらの陰毛は、もう性奴隷に落ちぶれた女としては相応しくねえよなあ……。そう言えば、昨日、金凰様のところに送り込んだ孫空女の股倉には陰毛はなかったし、宝玄仙もそうだったな──。この際だ。お前もその陰毛は処分しておけよ──。性奴隷の証だ」

 

 大旋風がおどけた調子で言って、魔凛に近づいてきた。

 手に酒瓶を持っている。

 朝から、この連中が飲んでいるかなり強い酒だ。

 

「な、なにするつもりだ──?」

 

 嫌な予感がして、魔凛は逆さ吊りで手を後ろで組んだまま身体を左右によじった。

 だが、大旋風は、薄ら笑いをしながら魔凛の股間目がけて、酒瓶の中の酒をぶちまけた。

 

「や、やめろ──」

 

 魔凛は絶叫した。

 酒を魔凛の陰毛に降り注ぎ終わった大旋風が酒瓶を床に放り投げると、道術で右手の人差し指の先にぽっと火をつけたからだ。

 そして、その指の火が、魔凛の陰毛に伸びた。

 

「があああっ──」

 

 魔凛は断末魔のような悲鳴をあげた。

 自分の股間が炎に包まれたのだ。

 

 大旋風と部下たちの歓声に魔凛の泣き叫ぶ声が混ざった。

 火は瞬く間に魔凛の陰毛を焼き尽くし、今度は酒で表面が濡れている股間の肌に炎が燃え移っていく。

 

「ひがああああ、け、消してくれえええ、頼むううう。ぎゃああああ――」

 

 魔凛は激痛にのたうち回った。

 

「心配するな。火傷は治療術で治してやるよ。さすがに犯せないと面白くねえからな」

 

 魔凛が宙吊りの身体で暴れ叫ぶ姿が余程面白いのか、大旋風は腹を抱えて、狂ったように魔凛の前で笑い続けていた。



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508 都合のいい道具


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。

 それまでの支配者は倒され

 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。


                     ──金王妃の予言








「いつまで休んでいるんだ、魔凛(まりん)──。これをやるから、さっさと市に行って野菜を買ってこいよ。お前の尻に入れる野菜だからな。最初は細いものからだんだんと太いものに変えられるように、いろいろな太さと長さのものを購って来るんだぜ」

 

 大旋風(だいせんぷう)の声がした。

 床に倒れていた魔凛に一枚の布が放り投げられた。

 

「それから、山芋のたぐいも頼むぜ。いくらなんでも、ある程度の滑りがなきゃあ、つらいからなあ」

 

「野菜のひとつは尻に入れてくるんだからな。なんだったら、その山芋の汁を潤滑油にしな。そうすりゃあ、一生懸命に頑張れば、なんとかひとりでも入れられるんじゃねえか」

 

 別の男たちの声。

 魔凛は、はっとして顔をあげた。

 すると、げらげらと笑う大旋風の声も耳に入ってきた。

 

「そりゃあいいぜ。魔凛、じゃあ、首輪を使って命令をしてやろう。戻って来るときには、尻に野菜を入れてこい。野菜を買った市で挿入するんだ。潤滑油には山芋の汁を使え。いいな──」

 

 身体に隷属の縛りが刻まれるがわかった。

 魔凛は絶望的な気持ちになる。

 この首輪の恐ろしさは、骨身に染みている。

 理解できる言葉で“命令”と刻まれれば、主人として認識させられている大旋風の言葉に、なにがなんでも従ってしまう。

 おそらく、これで魔凛は、野菜を買いに行き、そこで自分の尻穴に野菜の一本を挿入してしまうのだろう。

 市にどんなに大勢の者たちがいようともだ。

 想像だけで、恥辱が込みあがる。

 だが、それを実際にするのだ。

 魔凛は火照りきっていた身体が冷たくなるのを感じた。

 

 いずれにしても、いつの間にか逆さ吊りの体勢から解放されていたようだ。

 しかし、いつ拘束を解かれて、床に身体を横たえられたのか覚えていない。

 覚えているのは、大旋風から開脚させられていた股間に強い酒をかけられて、陰毛に火をつけられるまでだ。

 股間の陰毛があっという間に炎に包まれて、股間の表面までもが酒で火が燃え拡がって炎があがったのをしっかりと覚えている。

 その記憶も……恐怖も……。

 

 だが、記憶しているのはそこまでであり、それから自分が気を失ったのか、それともあまりの恐怖で記憶が飛んだのかわからない。

 とにかく、魔凛は床に横倒しに倒れていたのだ。

 

「いいから、早く起きろよ、魔凛。山芋の汁はたっぷりと塗れよ。痒みで死にそうになるまでな。命令だ」

 

 大旋風が笑い続ける。

 その声を無視して、魔凛は眼の前に落ちている布をさっと引き寄せて身体を隠した。

 そして、とりあえず、慌てて股間を覗いた。

 陰毛が見事に焼け散って、燃えかすのような短い毛がみっともなく残っているだけだった。

 炎のあがった肌については、多少はひりひりするが火傷をしたというようなことはないようだ。

 それとも、気を失っているあいだに治療術をかけられたのか?

 

「……行けよ、魔凛──。誰もついていかねえぞ。ひとりになっても、逃げられないのはわかっているからな。それに、そんな布一枚で歩いているような女と一緒だと、俺たち大旋風隊の将校は馬鹿かと思われるからな。わかったら、さっさと立て──命令だ」

 

 大旋風が声をあげた。

 魔凛が倒れているのは、大旋風たちが酒盛りをしている床の中心であり、ずっと宙吊りにされていた天井から垂れていた二本の鎖はなくなっていた。

 魔凛の身体がのそのそと、勝手に動き出す。

 

 疲労困憊の魔凛の身体を起こしているのは、魔凛の意思ではない。

 首輪の霊具の力だ。

 魔凛の手脚は、大旋風の“命令”によって、綿のように疲れている身体を鞭打って身体を起こしているのだ。

 

 魔凛は慌てて、手で持っていた布を裸身に巻きつけた。

 命令で制御されていないことに関しては、魔凛の自由意志だ。

 布で身体を隠すことは禁止されていない。

 だから、布で裸身を隠すことはできる──。

 

 しかし、できいるのはそれだけだ。

 この場から逃亡することはできないし、大旋風に襲いかかるということもできない──。

 それは、霊具で禁じられている。

 

 立ちあがることで、魔凛はいかに自分が疲れているかということを悟った。

 朝から凌辱と自慰を繰り返した身体には、ほとんど力が入らない。

 もしも、道術による縛りがなければ、あっという間にこの場にうずくまっていたはずだ。

 それくらい疲れていた。

 

「どうした、ぼうっと立っていないで、言われたことをやりに行けよ──。言っておくが、夕方までに戻れよ。いくらなんでも、それ以上は時間を与えられないからな」

 

 魔凛ははっとして部屋にある大きな窓から外の庭を眺めた。

 夕方まで三刻(約三時間)というところだろうか……。

 

 それだけあれば、買い物をしてここに戻るというのは難しいことではない。

 大旋風たちが言及している市というのは、城郭の南地区で常設されている人間族の住民の市のことだろう。

 亜人の軍がこの城郭を占領して以来、多くの商家や市が閉鎖されて、そのままになっている。

 

 青獅子たちは人間族の経済活動には無頓着であるので、いまの状況でもこの獅駝(しだ)の城郭は以前の状態に戻っているように思っている節があるが、実際はまだまだだ。

 ついこの間までは、物流は回復の兆しを見せていたのだが、この数日、商いを始めていた商人たちが次々に殺されるというような事件か続いて、一斉に商家は門を閉ざした。

 

 城郭の物流は急激に悪化した。

 そういう人間族の社会の世情については、魔凛は四六時中大旋風に連れ回されているので、大旋風が受ける報告を通じて承知していた。

 だから、城郭の中で、亜人軍のあまり入っていない南側の人間族の庶民の居住地域は、唯一日常的な商取引が回復し始めている地域だということも知っていた。

 その象徴が南地区の毎日の市なのだ。

 南地区の門前大通りと呼ばれる通りでは、南地区だけではなく、この城郭の全域から集まった人間族たちが、さまざまな物を売り買いするための屋台やむしろを拡げていると耳にしていた。

 

「し、しかし、この格好では……」

 

 魔凛は狼狽えて自分の身体を改めて見下ろした。

 与えられた布は薄いものであり、近くまで寄れば魔凛の肌を薄っすらと見透かすことができるほどだ。

 しかし、魔凛を困らせているのは、その丈の短さだ。

 魔凛はその布をぎりぎり乳首の真上まで引き下ろして身体に巻きつけているのだが、布の長さは股間をかろうじて隠すくらいのものしかない。し

 かも、身体に巻くには幅も小さいので、しっかりと押さえている布の合わせ目からは、動けば重ね目がなくなってちらちらと裸身が覗くほどだ。

 

「なにか不満なのか、魔凛? なんだったら、素っ裸で野菜を購いに行けと命令してもいいんだぜ」

 

 大旋風がにやにやと笑いながら酒を口にした。

 これ以上なにを言っても無駄だろう。

 魔凛は諦めて、この格好で外に出て行く決心をした。

 確かに、全裸で外に行かされるよりもましだ。

 ここにいる男たちは、本当にそんな卑劣なことを魔凛に強要しかねない。

 

「わ、わかった。行くよ──。ならば、品物を買いにいく銭を与えてくれ」

 

 魔凛は言った。

 魔凛が持っているのは、身体に巻いている薄物の布だけだ。

 野菜を買うためのものをなにひとつ持っていない。

 

「なにを言っているんだ、魔凛──。その身体があるだろうが──。野菜やそれを入れる籠を買うための銭くらい、お前の身体で稼いで来い──。その時間を含めて夕方までだ。その格好で、適当な男を見つけて尻でも振れ──。そうしたら、助兵衛な人間族の男が卑猥な視線を送って来るから、そいつを辻に引っ張り込んで股を開いてやれ。お前の股ぐらがいい味だったら、野菜を買うくらいの銭はくれるさ」

 

 大旋風の言葉に周囲の部下たちも一斉に嘲笑した。

 魔凛はかっとなった。

 

「わ、わたしに娼婦の真似事をしろと言うのか──」

 

 思わず声をあげて怒鳴った。

 しかし、大旋風をはじめとして男たちは、魔凛の激昂をせせら笑いで返した。

 

「だったら、強盗の真似事でもさせたらいいんじゃないですか、大旋風隊長──。もしも、娼婦で夕方までに銭が手に入らなかったら、魔凛隊長に強盗でもさせたら……」

 

 ひとりが冗談っぽく口を挟んだ。すると大旋風が、それはいいと膝を大きく叩いた。

 

「よし、そうしよう、魔凛──。夕方前までに、客がつかずに野菜を買う銭が手に入らなかったら、お前、そこらにいる人間族を襲って銭を奪え。そうだな……。それも、十歳以下の子供限定だ。娼婦に失敗して銭がもらえなければ、そのときは、子供を襲って銭を作れ。しかも、必ず相手を殺すんだ──。それが命令だ」

 

「ま、待ってくれ、大旋風」

 

 魔凛は驚愕して叫んだ。

 しかし、大旋風は無視して言葉をつづける。

 

「とにかく、野菜を買うことなしに戻って来るな。ただし、夕方までに絶対に戻れ。命令だ──。いいか、魔凛、銭を手に入れる手段は、娼婦か、それとも、人間族の子供を殺して金を奪うかだ」

 

 大旋風が笑いながら言った。

 ぞっとした。

 娼婦の真似事をして銭が手に入らなければ、魔凛は人間族の子供を殺さなければならないのだ。

 

「ば、馬鹿なことを言うな、大旋風──。わかった。娼婦をやる──。しかし、子供を殺めさせるような命令は取り消してくれ──。頼む──」

 

 魔凛は必死で言った。

 もう、『服従の首輪』の力によって、意に沿わない殺人をさせられるようなことは、同朋の鳥人族を自らの手で殺めさせられたあのときで沢山だ。

 

「だったら、精一杯、腰を振って客を捕まえな──。それから、城郭はこのところ、亜人殺しで物騒だそうだからな……。お前が亜人であることは、みんな知っているだろうから、襲われないように気をつけな。襲われたときには、全力で身を守れ。それも命令しておいてやるよ」

 

 大旋風は笑った。

 

「それにしても、こんないい身体をこんなに隠すことはありませんや、隊長──。こんな大きな布なんて贅沢だぜ……。どれ、魔凛隊長、その身体に巻きつけている布を貸してみな。身体を隠す布なんて、いまの半分もあれば十分さ」

 

 突然、後ろから大旋風の部下が魔凛が身体に巻きつけている布を引っ掴んだ。

 

「な、なにするんだ──」

 

 裸身に巻きつけている布が剥がされかけた。

 魔凛は大声で怒鳴りつけて、その男に腕を叩きつけた。“命令”さえ与えられなければ、こんな男くらいはどうということはない。

 

「うげっ」

 

 酔いのせいもあるのだろう。

 その部下は、避けることもできずに、魔凛の腕をまともに顔面に受けて、引っくり返った。

 

「とまれ、魔凛。身動きするな、命令だ──」

 

 大旋風が叫んだ。

 魔凛の身体は、男を叩きのめした格好のまま凍りついたように動かなくなった。

 

「まったく、どうしようもない女だな──。まだ、自分の立場がわかってないようだな」

 

 大旋風が近寄って、魔凛の身体から布をむしり取った。

 そして、その場で真っ二つに引き裂いた。

 

「罰として、布は半分だ──。さっと行け、命令だ」

 

 大旋風は、ふたつに裂いた半分の布だけを魔凛に返すと、外に出て行くように命令をした。

 魔凛の脚は、裸身にその布一枚を抱えた羞恥の姿のまま、勝手に屋敷の外に向かって進み始めた。

 

 

 *

 

 

 外に出るとまだまだ陽は高い。

 魔凛は、裸身の前側を布で隠しただけの恥知らずな格好で大通りを途方に暮れながら歩いていた。

 ただでさえ、ぎりぎりだった布は、いまや魔凛の胸から股間までの裸身しか隠していなかった。

 後から見れば、魔凛の白い尻は丸見えだろうし、胸元だって乳房の上半分は剝き出しだ。

 股間もかろうじて布が覆っているというだけで、太腿から足先まで完全に露出している。

 

 そんな全裸にも等しい姿で、たったひとりで外に現れた亜人族の美女に、当然ながら多くの人間族たちが注目しているのがわかった。

 魔凛は身も世もない羞恥に襲われながら、ひたすら顔を俯かせて前に進んでいた。

 どこに向かうというあてもない。

 

 最終的に向かうのは、城郭の南側の市なのだが、それまでに魔凛は、この格好で男を誘って、野菜を買う銭を作らなければならない。

 それができなければ、魔凛はそこらへんに歩いている子供をこの手で殺して、銭を作らなければならないのだ。

 大旋風とその部下の連中が魔凛に与えた悪ふざけの命令だが、『服従の首輪』によって与えられた命令である以上、それは絶対なのだ。

 

 相手が人間族とはいえ、せめて、子供を殺めるような残酷なことだけは避けたい。

 また、燃えるような羞恥だが、ぼやぼやしていては、本当に首輪によって子供殺しをさせられる。

 魔凛はどうしていいかわからずに、とりあえず、南に向かって大通りを進んでいた。

 

 大通りは人間族で賑やかだった。

 そこに突然に出現した露出狂のような魔凛の姿に、周囲の人間族たちが、だんだんと騒然としてくるのがわかる。

 魔凛を遠巻きに見ながらひそひそ声で交わす通行人たちの声が魔凛の耳に飛び込んでくるのだ。

 

「おい、あの女、すげえ格好だなあ……。乳首がこぼれて見えそうだぜ……。ひょおっ、尻なんて、うまそうだ。だけど、あれはなんの真似なんだ?」

 

「わからねえなあ……。だけど、あの布以外は全裸だぜ。どうしちまったんだろうなあ、頭がおかしいのか、あの美女──? お、俺、ちょっと行ってくるわ──」

 

「馬鹿野郎、お前たち──。あいつを知らねえのか──。この城郭が占領されたときに、怖ろしい道術で俺たち全住民を無抵抗にした怖ろしい魔女だぞ。手を出すんじゃねえぞ」

 

「なんだってっ? ああ、あの魔凛とかいう……。なんだって、それがあんな格好で歩いているんだい──?」

 

「知らねえよ。権力争いでもあったんじゃねえか。李媛様だって、魔王様の飼い犬のように破廉恥なことをさせられているしな。それが連中のやり方なんだろうさ──。いずれにしても、手を出すんじゃねえ。声をかけた途端に、どこからか亜人兵が出てきて、皆殺しにされるぜ」

 

 そういう男たちの声がざわざわと拡がっていくのがわかった。

 一方で、女たちは不潔な物でも見るような視線を魔凛に送り続ける。

 魔凛には、男たちの卑猥な視線よりも、女たちの侮蔑の視線の方が心に堪えた。

 

 だが、魔凛は焦ってもいた。

 魔凛の素性があっという間に周囲に拡がりだし、絶対に声かけるなというささやき声がどんどんを大きくなっていっているからだ。

 このままでは、魔凛の身体を抱いて、金を払おうという者がいなくなってしまう。

 とにかく、魔凛は娼婦の真似をして、野菜を購うだけの金を手に入れなければならないのだ。

 そうでなければ、夕方には、人間族の子供を襲う怖ろしい殺人鬼になってしまう。

 

 魔凛は意を決して、魔凛に露骨な視線を送っていた人間族の三人連れの男のところに走っていった。

 魔凛が近づくと、その男たちがぎょっとしたように逃げようとした。

 

「ま、待ってくれ──。お、お願いだ。わたしの身体を買って欲しいのだ」

 

 魔凛は走り去ろうとする男たちに、慌てて叫んだ。

 しかし、男たちはそのまま一目散に逃げて行った。

 魔凛は呆気にとられた。

 仕方なく、さっと周囲のほかの男たちに眼をやる。

 すると、その男たちも顔に明らかな恐怖を浮かべて、物陰に隠れたり、走り去ったりした。

 魔凛は途方に暮れた。

 

 娼婦の真似事をするのは、言葉にできない程の恥辱だったが、それをやって手に入れることは難しいこととは思っていなかったのだ。

 だが、娼婦をするにしても、やり方というものがあるに違いない。

 こんな昼間から、頭のおかしな狂女のような姿で、身体を買えと言い歩いても、相手からすれば恐怖だろう。

 それに、魔凛は一度は、この城郭全体を道術で支配した怖ろしい道術を遣う存在として、顔が知れているのだ。

 これは考えていた以上に難しいのかもしれない。

 魔凛は焦ってきた。

 

 いまや、魔凛を見ている者は、確実に距離を開けて逃げ、遠くから見守るだけだになっている。

 そして、魔凛が声をかけるために近づくと、さっと逃げていく。

 

 こうなったら、どこでもいいから商家でも家でも訪ねて、身体を買ってもらいたいと声をかけて歩くしか……。

 

 魔凛がそんなことを思いながら、周囲を見ていると、その視界にひとりの人間が眼に入った。

 

 女だ。

 

 旅の者風の若い女だ。髪のかたちが、この辺の人間族とは違って異国風だった。

 その女は、ほかの人間族が得体の知れない恐怖の感情を魔凛に向けているのに対して、薄笑いを浮かべて面白がって魔凛を眺めているように感じた。

 

 人間族だろう。

 魔凛には、その女からは亜人としての霊気は感じない。角もない。

 もっとも、亜人の中には、霊気を完全に隠してしまう者も少なくないし、姿だって変えられる者は多いので断定はできないが、姿はどう見ても人間族の女だ。

 魔凛はなんとなく、その女に近づいていった。

 

 そして、驚愕した。

 その首に魔凛の首に装着されている首輪と同じものがあったのだ。

 

 『服従の首輪』……?

 

 いや、そうであるとは限らないだろう。

 その想像を内心で否定した。

 魔凛が装着されている『服従の首輪』と同じものを嵌められた人間族の女など、いるわけがない……。

 だが、その女の首にあるものは、魔凛の首にあるものとまったく同じとしか思えなかった。

 

「首輪の力で、その姿で男でも漁って来いと命令でもされたのかい、女将軍魔凛殿?」

 

 魔凛が近寄ると、その女がかろうじて、魔凛だけに聞こえる声で言った。

 魔凛はびっくりして立ちどまった。

 

「質問に答えなよ、魔凛。どんな命令を与えられたのか、わからないと対応できないじゃないかい──。その首輪を装着されれば、命令に従わなければならないのはわかっているんだよ。だから、訊ねているんだ──。どんな命令を与えられている最中なんだい? さしずめ、男漁りをして来いと命じられているのは事実なんだろう?」

 

「えっ……?」

 

 絶句した。

 服従の首輪のことを知っている?

 すると、その人間族の女が溜息をついた。

 

「だいたい、下衆男も下衆女も、こういうものを手に入れたら、性奴隷にそういうことをさせたくなるものらしいからね。わたしも、何度かそんなことをさせられたよ」

 

 女が自嘲気味に笑って、そっと自分の首輪に手を触れた。

 魔凛は心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

 やはり、『服従の首輪』なのだ──。

 眼の前に、魔凛と同じように『服従の首輪』を装着されている女がもうひとりいる……。

 

「言葉を喋るのも禁止されているのかい? それにしちゃあ、さっき、自分を買えと、適当な男に声をかけていたみたいだけどね」

 

 女が言った。

 

「お、男に身体を売って、その金で市に野菜を買いに行く……」

 

 魔凛はやっと言った。

 しかし、まだ、驚いている。

 

 眼の前の若い女は何者なのか……?

 

 なぜ、自分の前に現れたのか……?

 

 なんの目的で声をかけたのか……?

 

「なんて命令だい……。それで、野菜ってなんだい? ただ野菜を買うだけの命令かい?」

 

「わ、わたしの尻を調教するのだそうだ。それだけじゃなく、野菜と山芋を買って、その場で野菜のひとつを尻に入れて戻る……。そ、それと、娼婦で金が作れなければ、人間族の子供を殺して金を奪う」

 

 この女にはなにもかも教えた方がいい。

 とっさに魔凛は思った。

 もしかしたら、この地獄のような境遇の救い主なのかもしれないと思った。

 魔凛はすがる思いだった。

 

 最初は無表情で魔凛の言葉を聞いていた感じだったが、命令で子供を殺すと命じられていると言った瞬間に、女の顔が一変した。

 明らかな怒りの感情がそこに表れた。

 

「……子供を殺せだって……? あんたの飼い主は、とんでもない下衆男だね──。まあいいよ。だったら、野菜代はわたしが出してやるよ。それで野菜を買って、あんたじゃなくて、その男の尻の穴に突っ込みな──」

 

 女は怒った表情のまま、不意に身体の向きを変えて歩き出した。

 ついて来いという意味だろう。

 魔凛は慌てて、後ろを追った。

 命令に反する行為ではないので、身体は自由に動く。

 女はすぐに大通りから横の辻を曲がった。

 そして、さらに路地に入っていく。

 

「ま、待ってくれ──。お前は何者なのだ──?」

 

 しばらく歩いてから魔凛は訊ねた。

 

鳴智(なち)という名の女だよ──。わたしの飼い主に、青獅子たちを処分しろと命じられている。あんたに目をつけたのは、その仕事をするのに一番都合のいい道具として使えそうだからさ。その代わりに、あんたに刻まれている馬鹿げた命令はなんとかしてやろう。だから、来るんだ」

 

 鳴智と名乗った女は、すたすたと歩きながら、振り返ることなく言った。



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509 そっくりの女


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。

 それまでの支配者は倒され

 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。


                     ──金王妃の予言







鳴智(なち)という名の女だよ──。わたしの飼い主に、青獅子たちを処分しろと命じられている。あんたに目をつけたのは、その仕事をするのに一番都合のいい道具として使えそうだからさ。その代わりに、あんたに刻まれている馬鹿げた命令はなんとかしてやろう。だから、来るんだ」

 

 鳴智と名乗った女は、すたすたと歩きながら、振り返ることなく言った。

 

 青獅子を処分する?

 魔凛(まりん)の頭はさらに混乱した。

 

「可哀想だけど、そのままついておいで。どうせ、その布以外に身にまとってはならないって、道術で命令されていて、服を着れないんだろう?」

 

 鳴智は言った。

 その通りだったので、魔凛は裸身を布一枚だけで隠した姿で鳴智の後ろを歩いていった。

 やがて、鳴智は一軒の居酒屋に入った。

 居酒屋といっても開業はしていない。

 戸がきっちりと閉じていて、横の勝手口のような戸から入っていったのだ。

 

「お帰りかい、鳴智? おお、そいつが魔凛か──? 随分と色っぽい格好している亜人様じゃねえかい」

 

 入った場所は居酒屋の店の中であり、薄暗かった。

 戸が閉まっている暗闇の中に、一本の蝋燭が灯っているだけなのだ。

 五個ほどの卓があり、そのひとつに男がひとりいた。

 その男は蝋燭の光でなにかの紙を覗いているところだったが、魔凛の姿を認めて声をあげた。

 男が魔凛の身体をじろじろ見ながら、好色に歪んだのがわかった。

 魔凛は布を支える手にぐっと力を入れる。

 

「なに見てんだよ、糞ったれが──。あんたと交わした約束の仕事をしているだけさ、双六(すごろく)──。だから、あんたもきっちりと仕事はして欲しいものだね──。青獅子に捕らわれている道術遣いの女をさっさと逃がしな。それくらいの仕事にいつまで手間取っているんだい」

 

「そんな簡単な仕事じゃねえよ、鳴智──。簡単な仕事なら、お前がやればいいだろうが──。魔王の結界で覆われた魔王宮の地下に忍び込んで、監禁されている女を助け出してみろ」

 

「そうしたいけど、わたしはわたしで都合があるんだよ──。その助け出したい女は、わたしの顔を見れば、まず最初に、わたしを殺そうとするだろうから、わたし自身が手を出すことはうまくはないんだよ──。それに、お前には仕事をさせるために、高い代金を払っているんだ」

 

「うるせい──」

 

「とにかく、ここで油を売るために、お前とお前の一党が喰うための銭を与え続けているわけじゃないんだ。さっさと仕事しな──。例のなんとかという坊やにも金はもらってんだろう? 命懸けで魔王宮にさっさと忍び込んだよ」

 

「俺には俺のやり方があるんだ。魔王宮に隙がねえか、いま探っている。方法があれば、すぐにでも潜入するが、いまのところ、結界を破る方法がねえんだよ──。いいか、普通は、道術というのは、直接には俺たち人間には効かないけど、結界の中は別なんだ──」

 

「わたしに道術の講義をするんじゃないよ、双六──。まあいいや……。あんたらにそれ程の期待をしているわけじゃないからね……。それにしても、あの坊やも、あんたのことを双六とはよく名付けたものさ。役にたつかどうかは、賽の目次第ということだね」

 

 鳴智が笑った。

 双六という男が不機嫌な顔になった。

 

「ところで、青獅子は早晩死ぬよ。死ねば、結界は消滅する。ほかにも『結界術』を遣う亜人は魔王軍には大勢いるけど、一時期混乱することは確かだよ。その機会を狙いな」

 

「魔王が死ぬ──? それはどういうことだ? 本当か、鳴智──?」

 

「ああ、この魔凛がそれを成し遂げるからね」

 

 鳴智が言った。

 

「ね、ねえ、鳴智……。それは一体全体どういうこと……?」

 

 魔凛はふたりが話していることがさっぱりと理解できずに、思わず口を挟んだ。

 しかし、それは、鳴智の声によって遮られた。

 

「質問はなしだよ、魔凛──。あんたをわたしたちは助けてやる。その代わり、あんたはわたしの一党に使われる道具になるんだ。まずは、青獅子を殺す。それがあんたの道具としての最初の仕事だよ」

 

「あんたたちの道具になれというのかい? それとわたしを助けるというのは本当かい?」

 

 魔凛は言った。

 道具にでもなんにでもなる──。

 この境遇から救い出してくれるなら、どんなことでもやる──。

 魔凛はそう思った。

 

「本当にわたしを助けてくれるのかい、あんた?」

 

 魔凛は声をあげた。

 

「そう言っただろう。だけど、その条件は、わたしの一党の道具になることだ……。さっきも言ったけどね」

 

「道具になって、なにをすればいいんだい?」

 

 魔凛は訊ねた。

 

「予言を成就させるんだよ」

 

「予言?」

 

「それ以上の質問はなしだよ、魔凛──。わたしは、あんたに禁止されている情報以外の最大限のものを教えてあげているんだよ。本当は、あんたがどういう連中に支配されることになるのか、教えてやりたいんだけど、それは命令で禁止されているのさ」

 

 鳴智が言った。

 

「命令で禁止?」

 

「わたしも道具のひとつってことさ……」

 

 鳴智と名乗った女が襟を寛げて、ちらりと首輪を見せながら、自嘲気味に笑った。

 魔凛は息を呑んだ。

 

「わかった。訊くなというなら訊かない──。そして、あんたの道具になる。この首輪の支配を解除してくれて、本当にわたしを助けてくれるなら、わたしはあんたの奴隷でも道具でもなんでもなる」

 

 魔凛はきっぱりと言った。

 

「馬鹿だねえ、魔凛……。わたしもあんたと同様に連中の道具だと言ったじゃないか。だから、あんたと同じ碌でもない首輪を嵌められてるんだろう?」

 

 鳴智がにっこりと微笑み、初めて声をあげて笑った。

 しかし、その笑みに含んでいる哀しみのようなものに、魔凛は気がつかざるを得なかった。

 

「来な、魔凛」

 

 鳴智は双六を残して、さらに店の奥に入っていった。

 魔凛は布きれで身体の前を隠した格好のまま、その後を追う。

 やがて、二階に昇る梯子があり、それを昇ると少し広めの部屋があった。

 部屋の中は明るかった。

 窓は戸板で閉じているのだが、道術によって煌々と天井が光っているのだ。

 

 部屋の中には、フードを深くかぶったひとりの女が椅子に座っていた。

 布を被っているので顔は見えない。

 しかしながら、薄い外套で覆った身体の線は確かに女性のものだった。

 すぐに、魔凛には目の前の女が道術遣いであることがわかった。

 それもかなりの霊気の持ち主だ。

 身体から大きな量の霊気が発散している。

 

「連れてきましたよ、お(ほう)様……。じゃあ、お願いします──。ところで、本当にかかっている道術の刻みを変更することなんてできるんですか?」

 

 鳴智がそのお宝と呼んだ女に言った。

 

「誰に向かって口を聞いているんだい──。あの人から言われているから、殺しやしないけど、痛い目に遭いたくなければ、必要以上の口をきくんじゃないよ、鳴智」

 

 お宝が怒鳴った。

 そのとき、フードが外れて、女の顔が露わになった

 魔凛はあまりの驚きに悲鳴をあげた。

 

「ほ、宝玄仙──ど、どうして──?」

 

 そこにいたのは、紛れもなく、宝玄仙そのものだった。

 しかし、宝玄仙は青獅子に捕らえられて、魔王宮の地下に手足を切断されて監禁されているはずだ。

 魔凛は見たわけではないが、大旋風と青獅子がそう言って笑っていたのを何度も耳にしている。

 

「わたしのことを訊ねるんじゃない、魔凛──。それよりも、お前の首に刻まれている『服従の首輪』の命令者の対象を変えるよ。その代わり、なにをすればいいか、わかっているんだろうねえ?」

 

 宝玄仙にそっくりな女が怒鳴った。

 

「な、なにをって……」

 

 魔凛はどういうことなのか事態が理解できずに当惑した。

 

「説明していないのかい、鳴智──」

 

 その女が鳴智に向かって声をあげた。

 

「余計な口をきくなと、たったいま言ったじゃないですか、お宝様」

 

 鳴智が小馬鹿にしたような声をあげた。

 

「な、なんだって──。お前、一人前に口答えしてるのかい、鳴智──? 奴隷の分際でいい度胸じゃないか」

 

 お宝の顔が怒りで真っ赤になった。

 

「だったら、殺したらいいでしょう──。それがわたしの望みだって、前から言っているじゃないですか」

 

 鳴智が捨て鉢のような言い方をした。

 魔凛は目の前のふたりの関係が理解できずに困惑していた。

 お宝はしばらく鳴智を睨みつけていたが、やがて、その顔に冷酷な笑みが浮かんだ気がした。

 

「ふっ……、殺しはしないさ。あの人に禁止されているからね……。だけど、この前、お前の身体に刻んでやった道術紋を使えば、いくらでもお前を痛めつけられるんだよ」

 

「だ、だったら、幾らでもやりな、お宝──。そして、さっさと殺せ──。わたしは、お前らなんか大嫌いだ──。なにもかもぶち壊してやりたい。わたしは、首輪の道術で従わせられているから、仕方なくお前らに刃向かわずに仕事をしてやっているけど、心の底じゃあ、お前らを憎んでいるよ、この糞女──」

 

「な、なんだって──」

 

「話なんてしたくないのは、わたしも一緒だよ。わたしが毎日毎日、反吐が出るのを我慢して、お前に従っているのを知らないだろう──。この出来損ないの道術遣い──」

 

 するといきなり鳴智が感情を爆発させるようにまくしたて始めた。

 魔凛は驚いた。

 

「わ、わたしを出来損ないと言ったのかい──?」

 

「いまだに、手の甲の封印のために、攻撃道術が遣えないんだろう──? わたしを殺せるものなら、殺してみな。攻撃道術を遣ってね」

 

 鳴智は凄い剣幕だ。

 さっきまでの虚無的な態度が嘘のような感情の爆発だ。

 だが、魔凛はなんとなく、この激しい気性の鳴智こそ、本来の彼女の姿なのではないかと思った。

 

「言いたいことはそれだけかい、鳴智……?」

 

 お宝が静かに言った。

 しかし、お宝の顔も怒りで溢れていた。

 顔を真っ赤にして、拳が小刻みに震えているのがわかる。

 

「まだ、言っていいのかい、お宝?」

 

「いや、もう十分だろうね……」

 

 お宝がぱちんと指を鳴らした。

 

「くっ……なっ……」

 

 すると鳴智が腰をがくんと落とした。

 下袍の上から両手を押さえて、腰を引いて下半身を震わせ始めた。

 

「お前の元ご主人様が遣える道術は、わたしだって遣えるんだよ。確かに、お前を殺すような道術は遣えないけど、お前のような生意気な奴隷には、痛みよりもこっちの方が堪えるだろう? しばらく、そうやって性感を暴発させてやるよ」

 

「な、なにを……あっ、はっ、ああっ……」

 

 鳴智が自分の手で身体を抱くようにしてがくがくと震えだす。

 みるみると全身に汗をかきだして、しかも、いやらしく内腿を擦り合わせるような仕草を始める。

 いずれにしても、淫靡な道術を掛けられたのは明白だ。

 魔凛は言葉もなく、その姿を眺めた。

 

「反省して詫びを入れたくなったら、そう言いな、鳴智──。これからは、こうやって躾けてやるよ、生意気な口をきけば、いき狂いの罰だ。お前のような女には、それが一番効果的だろうからね」

 

 お宝が高笑いした。

 魔凛はそれを呆然と見ていた。

 

「はっ……くうっ、あっ……」

 

 鳴智は唇を必死になって噛みしめて、腰砕けの身体で懸命に淫らな刺激に耐えているようだ。

 顔からは流れる脂汗がすごいことになった。

 また、その顔は真っ赤だ。

 

「声を出さないつもりかい……。じゃあ、これなんて、どうだい?」

 

 お宝が手で空中を撫ぜるような仕草をした。

 

「うふうっ──」

 

 鳴智が今度はお尻を押さえて、腰を前に突き出すような態勢になる。

 そして、その身体がぶるぶると震えた。

 やがて、ついに耐えられなくなったかのように、その場にがっくりと跪いた。

 

「さっそく達したかい──。なら、しばらくそうやっていき狂ってな、鳴智──。さてと、お前だよ、魔凛」

 

 お宝が言った。

 

「あっ、は、はい……」

 

 なにか圧倒されるものを感じて、魔凛はぎこちなく返事をした。

 

「お前の首輪に刻まれている命令者は誰だい?」

 

 お宝が言った。

 

「だ、大旋風(だいせんぷう)という男……です……。亜人軍の将軍で……」

 

 魔凛は答えた。

 

「わかった。じゃあ、いまからやるのは、その命令者をその大旋風から、わたしに切り替えるという作業だ。お前に刻まれている支配道術はそのままだけど、今日からは、命令に従わせられるのは、大旋風じゃなくて、このお宝だ。いいね──。その大旋風という男から惨い仕打ちを受けていたということは知っている。その境遇から救ってやるよ。その代わり、お前はわたしたちの道具だよ」

 

 お宝は言った。

 

「そ、そんなことができるのであれば、道具にでもなんでもなります──。でも、そんなことができるのですか──?」

 

 魔凛は叫んだ。

 するとお宝が声をあげて笑った。

 

「造作もないね──。だって、その『服従の首輪』を作ったのは、このわたしだからね。その霊具に刻まれている道術は、わたしの道術なんだよ。わたしが自由に操作できるのは当たり前じゃないかい──」

 

「あ、あんたの霊具?」

 

 魔凛は声をあげた。

 

「そういうことだよ。もっとも、青獅子に渡したのはわたしじゃないけどね。雷音(らいおん)大王が金凰魔王を懐柔するために、わたしの大事な人から、それを取りあげて、金凰魔王に送る使者に渡したのさ……。援軍要請のための贈り物にするためにね」

 

 雷音大王?

 北の魔域に縄張りを持つ大魔王だ。

 牛魔王という部下の魔王将軍がいて、最近になってあちこちの小魔王を滅ぼし、その領域を横取りして、大勢力を作っていると耳にした。

 その関係者?

 だったら、こいつらは亜人側の者?

 

「あ、あなた方は雷音大王の手の者ということ?」

 

「まあね。とにかく、金凰魔王はしたたかだから、情報と贈り物だけ手に入れて、後は知らん顔だ。もともと、宝玄仙の身柄だって、雷音大王が送った使者から得た情報のくせに、しっかりと宝玄仙の身柄を自分たちが握って、雷音院に輸送する気配すらないからね──。それでさすがのお人よしの雷音大王も怒って、わたしらが派遣されたというわけさ……。おっと、これはおしゃべりがすぎたね。お前ら道具には用のない情報さ……」

 

 お宝が首輪に手を伸ばした。

 しかし、それは一瞬だった。

 すぐに、お宝は手を引っ込める。

 

「終わったよ──。これで、お前の支配者は、このお宝になった」

 

 お宝は事も無げに言った。

 

「えっ、もう終わり……ですか?」

 

 魔凛はびっくりした。

 

「当たり前だよ。それはわたしの霊具だと言っただろう……。試しにやってみようかい? じゃあ、手を布から離して上にあげな。命令だよ」

 

 すると魔凛の手は勝手に頭の上にあがり、身体を隠していた布は足元に落ちた。

 魔凛は布が落ちたことよりも、眼の前の宝玄仙にそっくりなお宝という女の命令が『服従の首輪』に刻まれていることに驚愕していた。

 

 『服従の首輪』は、原則としてひとりの命令者しか受けつけない。

 「すべての人間の命令に従え」というような命令でも与えられれば別なのだが、そうでなければ、首輪に刻む命令者はひとりだけなのだ。

 それは、魔凛を実験材料に、大旋風たちがいろいろと試していたからわかっている。

 つまり、首輪によって、魔凛がお宝の命令に従わせられているということは、大旋風の命令者としての効果は無効になっているということに違いない。

 

「納得したかい。じゃあ、命令を解除するよ……。次は、お前の術を復活しようかね」

 

 お宝が言った。両手が自由になり、魔凛はとりあえず、裸身を手で隠す。

 

「術? わたしの支配術のことですか? しかし、その道術は、青獅子に奪われて……」

 

 『服従の首輪』で与えられた最初の命令がそれだった。

 青獅子に対して、魔凛の術を無条件で譲渡せよという命令だ。

 だから、奪われた道術は、ほかの第三者の手によって、復活はできないはずだ。

 真言の誓いというのはそういうものなのだ。

 真言の誓いによって譲渡された道術は、両者の真言の誓いによってしか元に戻せない。

 たとえ、青獅子が死んだとしても、奪われた魔凛の道術が、魔凛に戻ることはないのだ。

 魔凛は、青獅子に道術を奪われた経緯を眼の前のお宝に説明した。

 

「それが道術なら、確かにそうさ……。だけど、よく考えてごらんよ。道術というのは、霊気を操作する術のことだよ。本来は、道術は、霊気を帯びていない人間族には、効果がないはずじゃないか。それなのに、お前の支配術は、ただの人間にも効果があっただろう? だから、お前が使っていた術は、実は道術ではなく、第二の道術というべきものなのさ。つまり、道術とは別のものさ」

 

「道術とは別のもの?」

 

 魔凛は思わず声をあげた。

 だが、確かに、かねがね自分の遣う支配術は、道術の原則に反して、霊気のない人間に対しても効果が及んでいた。

 それがどういう理由であるのか、魔凛をはじめ、どんな賢人でも説明できないでいた。

 いずれにしても、この『支配術』は、この数年だ急に発達した術であり、魔凛にもその原理は説明できない。

 

「……お前ほどじゃないけど、お前のような術を遣う小娘がひとりいてね。そいつを研究しているうちに気がついたんだよ……。あれは道術じゃない。別の力だ。超能力といってもいいね──。いずれにしても、お前の術が遣えなくなったのは、お前自身が術を失ったと思い込んでしまったのが理由さ。実際には、なにも奪われていないというのにね──」

 

「奪われてない?」

 

「いいから、こっちを見な。わたしの眼を見るんだ。お前に『縛心術』をかける……。これは、道術だ。だけど、これで、お前が失ったと思い込んでいた支配術の封印が解けるよ。それどころか、以前のように水晶の霊具になんか頼らなくてすむ。もともと、そんなものは必要なかったのさ。道術ではないのだからね。ただ、お前の頭がそれを勘違いをして、道術の力の支援が必要なんだと思い込んでいただけなのさ……。ところで、さっきから、やかましいねえ、鳴智──。少しは自重しな」

 

 お宝が部屋の隅で苦しそうにうずくまっている鳴智に声をかけた。

 鳴智は、さっき淫靡な術をお宝にかけられて、疼きを必死になって耐えて声を殺しているのだ。

 しかし、それでも耐えきれない悶え声が部屋に少しずつ響いている。

 

「……ゆ、許してください……お宝様……。も、もう、生意気は言いませんから……」

 

 鳴智が苦しそうな声で早口で言った。

 

「ふん──。自分の分際をわかればいいのさ。わたしも、お前なんかに悪戯するのは、本当は虫酸が走るくらいに嫌なんだよ。なぜか興味が持てないのさ──。だけど、もう少し我慢してな。いまは、こっちが忙しいんだ」

 

 お宝はそう言うと、もう鳴智は無視した態勢になり、魔凛の額に手をかざした。

 なにか熱いものが魔凛の身体の中に入り込んでくるのが、はっきりとわかった。

 

 

 

 

(第79話『死ぬこともできず』終わり)



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 第80話  救援者と逃避行【玉斧(ぎょくふ)
510 女囚護送


「お別れだな、孫空女──。あんまり、お前を構ってやることができなくて申し訳なかったな。勘弁してくれよ……。まあ金凰(きんおう)魔王様のところに行って、その分、可愛がってもらいな……。いや、それとも、金凰妃様かな……? 金凰陛下の性奴隷が集めてある後宮も有名だが金凰妃様の奴隷宮も有名だしな」

 

「うるさいよ、馬鹿が──」

 

 孫空女は鎖付きの手枷と足枷を付けられた身体で悪態をついた。

 大きな屋敷の前庭だ。

 孫空女は、そこに鎖付きの枷で拘束され、八人もの兵に連行されて裸のままここに連れて来られたのだ。

 一方で、火箭(かせん)は、げらげらと下品な笑いを続ける。

 火箭は玄魔の部下であり、さんざんに孫空女をあの軍営でいたぶった男である。こいつの顔をみると、自然にはらわたが煮えかえる。

 

「どっちに収容されるのかは、運次第だ。だけど、どちらが運がいいのかは、あえて言わないでおくよ──。いずれにしても、最悪は白象(はくぞう)様の奴隷宮に送られたお前の仲間であることは確かだな」

 

 さらに、火箭が笑い続ける。

 どうでもいいけど、相変わらずお喋りな男だ。

 玄魔は火箭の横で苦笑している。

 

「ちっ、どうでもいいけど、ご主人様は一緒じゃないのかい──」

 

「ご主人様って、あの雌畜のことか? まあ、向こうで一緒になるんじゃねえか。運がよければな。一の魔王の金凰様がお前らを一緒に飼育するのか、別々に飼育するのか知らねえ。つまりは、運がよければ、一緒に飼ってもらえるということさ」

 

 火箭が言った。

 孫空女は舌打ちした。

 とにかく、ここは魔王軍の軍営ということになっている屋敷の前庭のようだ。そして、宝玄仙と一緒にいたのは、この屋敷の地下室である。

 だが、さっきまで一緒だった宝玄仙とは離された。

 孫空女はひとりだけ、ここに連れてこられたのだ。

 目の前には、護送車らしい馬付きの車両がある。

 

 宝玄仙と愛し合ったのは、つい一刻(約一時間)程前までだった。

 つまりは、孫空女は宝玄仙とともに、背後の屋敷の地下ですごしていたのだ。

 そこに玄魔が八人の亜人兵を連れて迎えにきて、宝玄仙の目の前で孫空女に首輪と前手枷を嵌めて抱き合っていた宝玄仙と引き離されたというわけだ。

 孫空女は拘束されることよりも、宝玄仙と離れ離れになることに抵抗したが、結局はなにもできなかった。

 一方で、宝玄仙は達観したような、そして、なにもかも諦めたような表情だったが……。

 

 とにかく、孫空女は首輪と後手の手枷を嵌められ、さらに二の腕のも枷をつけられた。その二の腕の枷には二本ずつの長い鎖が繋がっていて、なんと玄魔は、鎖の一本ごとにふたりの亜人兵を配置し、左右合わせて八人もの兵に孫空女を囲ませて、ここまで連行したのだ。

 そんなに大勢の亜人兵に囲まれなくても、手首と足首に身体を弛緩させる霊具の革帯を装着させられている孫空女には、抵抗などできないのだが、それでもここまでしっかりと拘束するのは、横にいる玄魔という隊長の周到さだろう。

 

 また、約十日にわたって股間に装着させられていた男性器の淫具はやっと外された。

 宝玄仙といた調教部屋から連れ出される直前に、玄魔自身が孫空女の女陰の張形を引き抜いたのだ。

 孫空女を長く苦しめていた淫具の異物がやっと除去されたことで、腰が砕けそうになるくらいの脱力感が孫空女を襲ったが、しゃがみ込むことも許されずに、そのまま八人がかりで魔王宮の外まで連れてこられたところである。

 

 魔王宮の外に出たとき、陽はすでに西の空に大部分が沈みかけていた。

 そして、連行された魔王宮の前で孫空女を待っていたのは、どうやら孫空女を移送するために編成されたらしい二十騎ほどの騎馬隊と、それを見届ける役割であるらしい火箭だったのだ。

 孫空女が放り込まれた檻車は、二十騎ほどの騎馬隊の真ん中にあった。

 窓のない堅牢そうな壁に覆われた馬車であり、囚人を護送するための輸送車なのは間違いない。

 このまま、金凰宮というこの亜人軍の本拠地に連れていかれるらしいということを悟った。

 

「じゃあ、石虎(せきと)、頼むぞ」

 

 玄魔が言った。

 石虎というのは、玄魔隊の将校のひとりであり、この男が、孫空女の移送隊長として、目の前の二十騎を率いるようだ。

 二十騎の騎兵はすでに整列を完了していて、孫空女を拘束している八人とは別である。

 孫空女は、全裸試合の初日に、この石虎を一発でのしてやったのを思い出していた。

 

 また、八人の亜人に囲まれている孫空女のそばに、火箭と玄魔がいて、石虎に必要な幾つかの指図をし続ける。

 そして、いよいよそれも終わり、孫空女が檻車に乗り込んで、後は出発するだけとなっていた。

 

「お任せください、玄魔隊長──」

 

 玄魔の言葉に石虎がしっかりと頷いた。

 

「さて、孫空女、これから先はずっと檻車で拘束されっぱなしの移動ということになるが、おそらくは三日はかかる道中だ。出すものは出さなくていいか?」

 

 不意に火箭が言った。

 

「出すもの?」

 

 孫空女は火箭に顔を向けた。

 

「小便と大便だよ──」

 

 火箭は大笑いした。

 その嘲笑の言葉に周りの兵がどっと湧く。

 孫空女は口惜しさに火箭を睨みつけた。

 

「お、おしっこがしたいよ。厠に行かせてよ」

 

 だが、仕方なく孫空女は言った。

 実のところ、宝玄仙とともにずっと淫行の時をすごしてから、すぐに外に連れ出されたので、尿をする暇はなかった。

 それに素裸で夕闇の外に連れてこられたことで、身体が冷えて確かに尿意を覚えていたのだ。

 その生理的な苦痛に孫空女が困っていたのは確かだった。

 

「なるほど、その身体を弛緩させる霊具を装着していながらも、玄魔隊の並いる猛者どもを倒してしまうような女傑のくせに、やっぱり小便は出るか──。よし、させてやるぜ。構うことねえぜ──。そこでしな」

 

 火箭が言った。

 

「なっ」

 

 孫空女は思わず絶句した。

 火箭が言ったのは、尿をしたければ、この場でしろという言葉だ。

 その言葉に、周囲の亜人兵がわっと歓声をあげる。

 

「い、いいよ──。我慢するから──」

 

 孫空女は、自分の顔が赤くなるのを感じながら、首を激しく横に振った。

 こんな大勢の前でするくらいなら、檻車の中で洩らした方が遥かにましだ。

 

「したくなければ、それでいいぜ──。どうせ、三日もすごせば、檻車の中で粗相を続けるしかないんだからな。一回分くらい前もってしていても同じことさ」

 

 あっさりと火箭は言った。

 どうやら、からかっただけだったようだ。

 無理矢理にさせられるのかもしれないと思ったので、孫空女はほっとした。

 しかし、周りの亜人兵たちから失望の声があがる。

 

「こいつを乗せろ──」

 

 火箭が叫んだ。

 すると、孫空女の腕に繋いでいる鎖を持った八人が檻車の中に孫空女を引っ張る。別に抵抗するつもりはなく、孫空女は大人しく檻車にあがる梯子をのぼっていく。

 

「ほら、せめてもの情けだ。向こうで引っ剥がされるとしても、剥がされるものもねえと風情もねえしな」

 

 火箭が檻車の扉から、薄い黒布を放り込んだ。

 身につけるものなど久しぶりだ。

 孫空女は檻車の四隅に繋がる枷に、脚を拡げた状態で、まずは両足首を嵌められたところだったが、腕と後手の鎖は一時的に外されたところだった。

 慌てて、手を伸ばして布を拾い、身体に巻きつける。

 

「横になれ──。両手も頭の上にあげて拡げるんだ」

 

 しかし、亜人兵たちによって、強引に檻車の床に仰向けに寝かされ、両手をそれぞれ檻車の左右の隅に伸ばした状態にされる。

 即座に檻車の隅から伸びる枷の金具を両手首に嵌められた。

 そして、驚いたことに、床に金具が打ちこまれて、さらに両方の肘、肩や腿、さらに膝の下の部分を床に固定されてしまった。

 胴体にも三箇所ほど革帯でしっかりと床から離れることができないようにされる。

 金具には鍵はない。

 孫空女を離すには、もう一度床の金具から外すしかない。

 作業を見守りながら、玄魔の周到さに孫空女も呆れてしまった。

 

「しっかりと固定させろ、石虎──。筋肉を弛緩させる霊具は、おそらく城郭から離れれば効果がなくなる」

 

 檻車の床に寝かされ、兵たちに拘束具を装着されている途中の孫空女を見下ろしている玄魔が、自分の隣に立っている石虎に言った。

 へえ、そうなのかと思った。

 それはいいことを耳にした。

 だったら、もしかして、頑張れば、移送の途中で逃亡も可能か?

 

「大丈夫ですよ、玄魔隊長。この拘束具は、いかにこの女が馬鹿力でも逃げ出せはしませんて──」

 

 石虎がどんと胸を叩くのが視界に入る。

 いずれにしても、孫空女の身体の力を弛緩させている手首と足首の霊具は、おそらく城郭に残る誰かがかけた道術がこもっている霊具なのだろう。

 だから、それは、孫空女がその術者と離れることで、霊気を吸収しにくくなり、霊具としての効果がなくなるということのようだ。

 そういえば、霊具とはそういうものだと宝玄仙に聞いたことがある。

 

 やがて、作業が終わった。

 最終的には、孫空女の全身は、四肢を大きく広げて床に仰向けになった状態で、全部で二十箇所ほどで拘束されて床に張りつけられた。

 さすがの孫空女も、これだけ頑丈に縛られては、たとえ、霊具の力が失われても、檻車から脱走するなどできないと思った。

 身体を弛緩する帯もしっかりと巻きなおされた。

 つまりは、金凰宮に到着すれば、そこでまた新たな霊具に変えられるか、あるいは、いま装着している霊具に別の術者が霊気をこめ直すことで、逃亡の力を奪われるに違いない。

 やっぱり、移送の途中で逃亡を図るというのは無理なのかもしれない……。

 孫空女はそう思ってきた。

 

「じゃあ、俺は、最終点検をしてから下りますので、玄魔隊長はどうか先に……」

 

 石虎に促されて、玄魔は檻車を降りていく。

 するとなぜか、石虎は孫空女を拘束していた兵たちまで降ろした。

 薄暗い檻車の中で、孫空女は石虎とふたりきりになった。

 

「な、なんだよ、お前……」

 

 石虎は、なにか薄気味の悪い笑みを浮かべて孫空女を見下ろしている。なんだか不安になり、孫空女は石虎に言った。

 

「孫空女、俺が檻車を降りて、鍵を閉めれば、後は檻車の戸が開くのは三日後だ──。三日も、そんな風に床に張りつけられてじっとしているだけじゃあ、退屈だろう?」

 

 石虎は言った。

 

「へっ、お前みたいな下衆とこうやって会話をするよりも、ずっとましだよ」

 

 孫空女はうそぶいた。

 

「まあ、そう言うなよ……」

 

 石虎は、爪先で孫空女の身体を覆っていた布を払って孫空女の股間を露わにした。

 せっかく身体に巻いた布だったが床に倒されたことで乱れていた。

 だが、石虎がそれを完全に開いてまた肌を剝き出しにしたのだ。

 

「な、なにすんだよ──」

 

 孫空女は思わず怒鳴った。

 

「これは格闘試合のときに、お前に世話になった礼だ──」

 

 石虎が、さっと懐からなにかを出した。

 

「お、お前──」

 

 孫空女はびっくりして声をあげた。

 石虎が取りだしたのは、男性器のかたちをした淫具だった。

 しかも、それは石虎の道術の力らしく、うねうねと動いている。

 

「これは、俺の道術がこもっている──。火箭将軍の霊気がこもっている筋力弛緩の革帯の霊具は、しばらくすれば、力を失うだろうが、これはお前と同行する俺の霊気が源だから霊気切れの心配はねえ。三日後に俺が檻車を開けるまで、せいぜい愉しんでくれ。しかも、これは三日間ずっとお前を責め続ける。そして、絶対に抜けねえ……」

 

「や、やめろっ──」

 

 石虎が孫空女の股間の上に屈みこんで、孫空女の無防備な股間に張形をすっと近づけた。孫空女は悲鳴をあげた。

 

「ひいっ──。こ、こんなの抜いてよ──くうっ──」

 

 道術の力によって、淫具はあっという間に孫空女の女陰に吸い込まれた。

 そして、孫空女の股間を容赦なく責め始める。

 すぐに襲いかかってきた激しい淫情の疼きに、孫空女は拘束された身体を精一杯暴れさせた。

 

「あっ、ああっ」

 

 だが、声が出る。

 どうしても、感じてしまう。

 孫空女は必死に口をつぐむ。

 すると、その孫空女の顔の上に、檻車の天井から一本の管が垂れてきた。

 

「いま、顔の上に降りてきたのは、道術でお前に栄養入りの水を与えてくれる管だ。吸えばいくらでも水分が出るから、喉が乾けばそれを口で捕まえて飲め。死ぬことはないはずだ。それから、小便も大便も遠慮なくそのまま垂れ流しな──。淫液でもな。掃除は金凰宮に着く直前にしてやる──。じゃあ、三日後に会おうぜ」

 

 石虎がいやらしく笑いながら檻車の戸に向かった。

 

「ひいっ、ま、待って……」

 

 慌てて声をかけようとした孫空女の視線の前で、檻車の戸ががちゃりと閉じた。

 檻車には窓はない。

 辺りが完全な闇になる。

 

「んくうう、うぐううう」

 

 その暗闇の中で、孫空女の股間を責め続ける淫具の音と孫空女の呻き声が、檻車の外から閉められる大きな鍵の音に束の間かき消された。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ……あっ、ああ……」

 

 孫空女はもう何十回、いや何百回目かわからない悶絶をした。

 檻車と呼ばれる囚人移送用の馬車だ。

 その床に孫空女は手脚を拡げられて厳重に拘束されていた。その孫空女に悩ましい声をあげさせている。

 原因は、石虎という孫空女の移送隊長の下衆男が孫空女に仕掛けた霊具のせいだ。

 

 その男は、以前、格闘の試合で孫空女に完膚なきまでに負けたことを根に持ち、床に拘束された孫空女の股間に、振動する霊具の張形を挿入して、道術で出せなくしたのだ。

 そして、檻車の戸を閉めて、そのまま孫空女を放置した。

 そのため、孫空女は真っ暗闇の檻車の中で、ひたすらに張形に苛まれて悶え続けていた。

 

「ち、畜生……、あ、ああっ、んああああ」

 

 孫空女は何千回目になるかわからない悪態をついた。だが口を開くと淫らな声も迸ってしまう。

 それが口惜しくて、慌てて口を閉じる。

 

 石虎が孫空女の股間に放置した張形は、あいつが口にしたとおりに、道術による淫らな仕掛けが施されていた。

 孫空女は宝玄仙から鍛えられた股間の筋肉によって、股間を責められながらも、膣の力だけで、張形を外に出してしまえる自信があったが、何度頑張ってもこの張形は孫空女の膣深くで粘着でもしているかのように動かない。

 抜けないようにも道術が施されているのだろう。

 

 また、与えられる振動も意地の悪いものだ。

 同じ振動で孫空女に耐性ができないように、しっかりと強弱を繰り返して振動を続けるのだ。

 ある程度の強さで振動したかと思えば、しばらく静かな振動になったりする。

 そうかと思えば、壊れたかと思うような激しい動きと弱い動きを短い時間でひたすらに繰り返したりもする。

 その時間間隔もまったく不規則だ。

 

 動きだって複雑だ。

 頭部分を左右に振って振動を加えたと思うと、回転をしたり、はたまた、うねりのような動きをしたりもする。

 そんな張形の意地の悪い動きで、孫空女は長い時間翻弄され続けた。

 

 どのくらいの時間がすぎたのか見当もつかないが、もしかしたら、丸一日は経っているのではないだろうか。

 この間、どのくらい達したのか見当もつかない。

 おそらく、百や二百では足りない気がする。

 

 朦朧とする意識の中、ひたすら孫空女は張形に苛まれるだけの時間をすごしていた。

 顔の前に垂れている管から出る水分がなければ、孫空女は度重なる絶頂と汗のために全身の水分が不足して死んでしまっていたかもしれない。

 少しでも力をつけようと、管の水は可能な限り飲んだ。

 道術の力でいくら飲んでも管から出る水は途切れることはないようだった。おそらく、単なる水ではなく、この水分である程度の栄養も取れるようになっていると思う。

 かなりの時間をこの管の水だけですごしているはずだが、孫空女は空腹のようなものを感じていないのがその証拠だ。

 孫空女は、この檻車の暗闇の中で揺られながら、ひたすらに張形に責められて絶頂し、管から水をむさぼり、そして、股間から小便を垂れ流すだけの行為を繰り返していた。

 

 移送中になんとか逃亡して宝玄仙を助けると約束をしたのに……。

 しかし、いま孫空女は逃亡するどころか、たった一本の張形に翻弄されて、思考することもできないくらいに追い詰められている。

 情けなさに自己嫌悪する。

 

「あはあっ、まただ、く、くそううっ──」

 

 大きな声が出た。

 またもや、突然に股間の張形の動きが激しくなったのだ。

 

「くああっ、ああっ、ひあああっ」

 

 誰も聞いている者がいないだけが、いまの孫空女の救いだった。

 孫空女は息もできないような疲労の中で、遠慮のない淫らな声をあげてよがり狂った。

 

 また、いく──。

 

 孫空女は拘束された全身をくねらせて、やってくる快感の波に身を任せた。

 

「あはあああっ──、ご主人様──ご主人様──いくよおっ──」

 

 孫空女は限界まで身体を仰け反らして絶叫した。

 叫んだ言葉は、ただ頭に思いついた言葉だった。

 自分の頭が真っ白になっているのを孫空女は感じた。

 

 そのとき、突然に檻車がぐらりと傾いたような気がした。

 次の瞬間、本当に檻車が横倒しになった。

 

「えっ、えっ? えええ──?」

 

 上だった天井が真下になり、また、上になる。

 回転している……?

 しかも、どこかに落ちている──?

 

 檻車が回転しながらどこかに落ちている。

 孫空女は、床に完全に拘束されたまま、ぐるぐると周りながら、二度三度と檻車が岩肌に叩きつけられる衝撃を感じた。

 

 崖から落ちてるのか──?

 

 そうだと思った。

 なにが原因かわからないが、山道を進んでいた檻車が崖から落ちているとしか考えられない。

 孫空女がそれを悟ったとき、もの凄い衝撃を全身に感じた。

 揺れが止まる。

 おそらく、崖下に叩きつけられた。

 

 全身に衝撃が走ったが、床に密着して拘束されていたことと、おそらくこの檻車がかなり丈夫な構造になっていたことが幸いして、怪我らしい怪我はしていない。

 孫空女はとりあえずほっとした。

 

 床に磔にされて、上を向いていた孫空女の身体は、いまは横向きの磔になっている。

 次の瞬間、大きな轟音が鳴った。

 真っ暗闇だった周囲に、突然明るい陽射しが射し込む。

 

 すると、衝撃が起こった。

 

「うわあっ」

 

 なにか巨大なものが檻車の天井──つまりは、もともとは側面だった場所を突き破って落ちてきたのだ。

 光が射し込んでいる檻車の中にかなり大きな岩があった。

 どうやら、この岩が崖の下に落下した檻車の上から落ちてきて、檻車の壁を突き破ったようだ。

 ぞっとした。

 当たっていたら即死だったろう。

 

「な、なんだよう?」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 いずれにしても、なんとか無事だったが、よくも当たらなかったものだ。

 しかし、続けざまに檻車の周囲で地響きが起きて、孫空女の思念をかき消した。

 さらに上方から岩が次々に落ちてきたようだ。

 がんがんと檻車の上に当たり続ける。

 今度は突き破らなかったが、孫空女の上に落ちてくれば、拘束されている孫空女にはよけようがない。

 孫空女は知らず悲鳴をあげ続けた。

 

 やがて、その地響きも静まり、周囲が静かになる。

 孫空女の耳には、亜人の兵たちの呻き声や馬の鳴き声のようなものも聞こえてきた。

 もしかしたら、逃げられるかもしれない……?

 

 そういえば、さっきまであんなに孫空女を苦しめていた張形が静かになっている。

 孫空女は股間に力を入れた。

 女陰で挿入された物を股の力だけで出し入れする技は宝玄仙に鍛えられているのだ。

 さっきまでは、道術によって張形を外に出すことはできなかったが、振動がなくなったということは、かかっていた霊気がとりあえず消滅しているのかもしれない。

 するとあっけなく張形は孫空女の股間から出ていき、下に落ちていった。

 次はなんとか、腕か脚の拘束が外れないか……?

 

 孫空女は自分が拘束されている床だった部分に眼をやった。落下の衝撃であちこちにひびが入っている。

 改めて身体を確かめると、革帯の霊具のためにずっと弛緩されていた筋肉の力が戻っている。

 これなら、多少無理すれば、ひびの入った床くらい壊せるかもしれない……。

 孫空女は腕に力を入れた……。

 

「すまん、孫空女、無事か──?」

 

 そのとき、男の声がした。

 そして、さっき、岩が突き破った穴から、ひょいとひとりの亜人の顔が覗いた。

 亜人の兵がもうやって来たのかと、背に冷たいものが走ったが、顔を出した亜人の男は亜人兵の服装ではない。

 どことなく盗賊風の身なりであり、少なくとも、獅駝の城郭を出発する前に、石虎とともに並んでいた輸送隊の騎兵にはいなかった顔だと思う。

 

「いま、その拘束を壊してやる。待ってろ──」

 

 男が壊れた檻車の隙間から下りてきた。

 そして、いまは横になっている孫空女の前に立った。

 

「へへ……。それにしても、色っぽい格好しているなあ、孫空女。惚れ直しちまうよ」

 

 男がしげしげと孫空女の身体を眺めて破顔した。

 

「お、お前、誰だよ──?」

 

 裸体を眺められるのにかっとして、孫空女は思わず言った。

 そう言いながらも、孫空女は目の前の男とどこかで会ったことがあることに気がついていた。

 

 どこで会ったんだろう……?

 しかし、孫空女の言葉に、明らかに男が失望したような表情になった。

 

「覚えてないのかい、俺だよ──。玉斧(ぎょくふ)だ。獅駝の山であんたに叩きのめされた人さらいの亜人盗賊だよ──」

 

 男が言った。

 玉斧?

 

「あっ、あんときの──」

 

 獅駝の城郭で亜人軍に捕らわれる直前に、山中で長庚(ちょうこう)百舌(もず)を助けたときだ。

 孫空女は思い出した。

 

 人間相手に盗賊をしていた亜人盗賊であり、孫空女が頭領を打ち殺したら、孫空女に惚れたとか言い出して、突然に求婚してきた困った野郎だ──。

 その時は、孫空女が断ったら、どこかに走り去ってしまったが……。

 だけど、なんでここに……?

 

「思い出してくれたかい、孫空女──。そうか、そうか……。やっぱり、忘れないでいてくれたかい……」

 

 玉斧が嬉しそうな顔をした。

 

「きっちり忘れてたよ」

 

 孫空女は言った。

 

「そう言うなよ……。いま、助けてやるからな……。手足の金具は俺の道術でも解除できるぜ」

 

 すぐに手足が自由になった。

 あとは胴体を縛ってる金具たけだ。

 

「これを渡しておくぜ。お前の得物だろう? 感謝してくれよな。これを軍の保管庫から盗んでくるのに苦労したんだ」

 

 玉斧が孫空女の手に、まだ刺繍針ほどの大きさの『如意棒』を握らせた。

 

「こ、これって……」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 

「待ってな。胴体の金具も外す。とにかく、ここを逃げるんだ」

 

 玉斧が孫空女の身体の前に屈んだ。

 

「あっ、危ない──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 玉斧の背中越しの壊れた檻車の隙間から亜人兵が弓を構えているのが見えたのだ。

 

「ひっ」

 

 しかも、その兵が放った矢が拘束がまだ外れていない孫空女の胸に向かって飛んできた。

 孫空女は悲鳴をあげた。



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511 人間女を庇った亜人男

 山が険しくなり、岩が多くなった。

 

石虎(せきと)隊長、俺は残念で仕方がねえですよ。あの孫空女を金凰宮まで移送する仕事というから、てっきり、移送のあいだ、あの人間族の赤毛を犯し放題だと思っていたのに……。それが蓋を開けてみれば、毎日、こうやって面白くもない檻車の黒い壁を守って移動するだけの行軍なんて」

 

 隣で馬を進めている部下がぼやいた。

 石虎は苦笑した。

 

「仕方あるまい。玄魔(げんま)将軍の封印術がかかっておるのだ。あの檻車の扉を開くのは、完全に金凰宮の敷地内に入ってからだ。それまでは、玄魔将軍の道術が解けんのだ。諦めな」

 

 あの孫空女をこの行軍のあいだ、抱き潰してやろうと思っていたのは石虎も同じだった。

 しかし、このところ、城郭で人間族の不穏な動きが続いていることに警戒した玄魔が、移送の途中で孫空女に逃亡されることがないように、檻車の扉を道術で封印したのだ。

 だから、檻車の扉は、玄魔の道術が解ける金凰宮に入らなければ絶対に開かない。

 重厚な檻車の壁をぶち破りでもすれば話は別だろうが……。

 

 いずれにしても、これでもしも、集団で檻車が襲われ、孫空女ごと奪われても、彼らは檻車から孫空女を出すことができない。

 重い檻車は、ここにいる石虎たちの道術がなければ、こんな山中を移動させることなどできないから、襲った人間族にはどうにもならないというわけだ。

 

 だが、石虎は、そういう玄魔の用心深さに閉口するとともに、呆れる思いだった。

 獅駝(しだ)嶺の山中は、すでに亜人族の領土なのだ。

 こんなところまで人間族がやってきて、孫空女というただの異邦の女を救出するなどということがあるだろうか。

 このお陰で、せっかくのおいしい仕事なのに、石虎をはじめとして移送の任務にあたった兵はいい思いをすることができないのだ。

 

「まあ、金凰宮の敷地にさえ入れば、扉の封印も解ける。それまで待て。金凰宮の敷地も広いからなあ……。入ってからも、金凰宮そのものに辿りつくまでに一刻(約一時間)はかかる……。どこかで檻車を止める場所もあるだろう。そこで、孫空女を全員に犯させてやる」

 

 石虎は言った。

 するとその声を聞いた兵たちが一斉に歓声をあげた。

 

「本当ですか、隊長? 約束ですよ」

 

 さっきの騎兵が陽気な声をあげた。

 

「ああ、約束だ。だが、玄魔将軍には内緒だぞ」

 

 石虎は言った。

 

「わかってますって、石虎隊長──。ああ、そうと決まれば、こんな糞面白くもない岩道も愉しくなるってもんですよ。お前ら、張り切って、この檻車を運ぶぞ──。もっと、霊気を込めろ──。速度をあげれば、それだけ、俺たちがこの檻車の中の孫空女を抱く時間が増えるということだぜ」

 

 その掛け声とともに、兵たちが檻車に込める霊気を増やしたのがわかった。

 重い檻車がすっと速度をあげて進み始める。

 それに合わせて、石虎も馬の速度を少し速めた。

 この檻車は、馬の力だけではなく、霊気の力によって動く。

 霊気のない人間族には操れない亜人族特有のものでもある。

 

「……それになあ、お前たち……。今頃は、あの孫空女もひいひい檻車の中で悲鳴をあげているに違いないぜ。明後日、予定通り金凰宮に到着する頃には、お前たちに抵抗する気力なんてすっかりとなくなっているぜ」

 

 石虎はそう言って、出発の直前に、孫空女の股間に石虎の道術を込めた淫具を挿入してやったことを説明した。

 あの淫具は、石虎が道術を解かない限り、孫空女の股間から抜けることはないし、振動がとまることはない。

 この道中のあいだ、この檻車の中の孫空女は、絶え間のない張形の淫具に責め苛まれることになる。

 それを想像することだけが、玄魔の封印で孫空女を抱くことを妨げられている石虎に許された慰めだった。

 石虎の説明を聞いた部下たちが、一斉に卑猥な笑いをあげた。

 

 そのときだった。

 急に地面から強い霊気の高まりを感じたのだ。

 

 石虎は得体の知れない違和感を覚えた。

 ちょうど隊は、崖の切通しの狭い山岳道を進んでいたところだった。

 右側は岩壁がそびえたっていて、左側は谷に沈む崖だ。

 

 変だな……?

 だが、もしも、こんなところで、なにかに襲われたら逃げ場などない。

 なにか得体の知れない予感がした。

 そして、はっとした。

 

「密集体型──」

 

 石虎は叫んだ。

 どこにも人影などない。

 だが、地から沸き立つ霊気は自然のものなどではない。

 なにかの人為的な危険が迫っている……。

 

「上だ──」

 

 誰かが叫んだ。

 石虎は右側の崖を見あげた。

 

 すぐに地響きを感じた。

 土煙をあげながら巨大な岩が落ちてくる。

 それもひとつやふたつではない。

 

 避けられない──。

 

 音をたてて落ちてくる巨石が眼の前に迫った。

 悲鳴をあげるいとまもなかった。

 その中の一個の巨石が自分の身体を押し潰すのを石虎はしっかりと感じた。

 

 

 *

 

 

 玉斧(ぎょくふ)は舌打ちする思いだった。

 土や岩を操る術は、土族と呼ばれる玉斧たち種族特有の道術だ。

 孫空女を監禁した檻車が、眼下の隘路を進んでくるという情報は正しかった。

 たかがひとりの人間族の女を移送するのに、百人隊長ほどの将校に率いさせた二十騎の騎兵に檻車を守らせているのは、あの玄魔将軍の用心深さだろう。

 だが、どんな念の入った策であろうと、それを実行する者の器によっては隙が生まれるものだ。

 孫空女の移送隊長の石虎は玉斧の知る限り、玄魔隊の中では一番の愚か者だ。

 そんな愚者に孫空女の移送を任せたのは、玄魔の失敗だ。

 

 まあ、もっとも、玄魔にとっては、宝玄仙という道術遣いの人間族の女ではなく、その供の女戦士というのは、それの程度の価値なのだろう。

 いずれにしても、こんな狭い場所に、なんの警戒もせずに隊を侵入させたのは、石虎がこの任務を大して重要なものと認識していなかった証拠だ。

 玉斧としては、待ち構えた場所で、得意の土を操る道術で巨石を落とすだけでよかった。

 それで、眼下の騎馬隊は次々に落石に巻き込まれて、崖下に転落していった。

 

 だが、計算違いは、移送の騎馬隊を押し潰した巨石の一個が檻車そのものにも当たってしまったことだ。

 檻車は眼下の崖下のさらに下の崖に、騎兵と一緒に転がり落ちていった。

 玉斧は慌てて、崖を駆け降りて、檻車が落ちた崖下に向かう。

 ここは玉斧が孫空女を救出するために、十分に待ち構えて罠を準備した隘路だ。

 あらかじめ崖下に降りる道も作ってある。

 

 石虎隊と檻車が落ちた崖下に辿りつくのに、それほどの時間はかからなかった。

 騎馬隊と檻車が落下した崖下では、巨石群に押し潰された騎士たちが散乱していた。

 不幸にも石に潰されて即死したのは半分ほどだろう。

 その他の兵は死んではいなかったが、大怪我をしていて、やってきた玉斧に注意を払う様子はない。

 

「孫空女──」

 

 崖下に横倒しになっている檻車を見つけて、玉斧は思わず叫んだ。

 ひっくり返った檻車の横に大きな穴が開いている。

 どうやら、玉斧が落とした岩石のひとつが、頑丈な檻車の壁をぶち破ったようだ。

 玉斧は、周りの亜人兵たちを尻目に檻車に走った。

 そのとき、檻車のすぐそばで馬とともに倒れている男の姿が眼に飛び込んだ。

 

 間違いなく石虎だ。

 完全に死んでいる。

 

 玉斧には、石虎の身体から完全に霊気の発散がとまっているのがわかった。

 その石虎の死骸の横の岩からよじ登って、横倒しの檻車の上に立ち、檻車の中を覗き込んだ。

 

「すまん、孫空女、無事か──?」

 

 檻車の穴の下に人の気配を感じた。

 玉斧は檻車の中にある岩に向かって飛び降りた。

 どうやら、この岩がこの檻車の壁をぶち破ったようだ。

 すると、檻車の壁に金具や革紐で拘束された孫空女がいた。

 

 びっくりした。

 孫空女は黒い大きな布を身体の下に敷いているだけのまったくの裸身だった。

 全身に汗をびっしょりとかいていて、湯気が見えるほどに肌が上気している。

 ふと見ると、床に女陰を責める淫具が落ちている。

 また、檻車全体に女の蜜特有の臭気が充満していて、孫空女がこの檻車で移送されながら、ずっと淫靡な責めを受けていたということは容易に想像がついた。

 一瞬にして、玉斧の想い人の孫空女に手を出した石虎たちへの殺意が込みあがったが、すぐに、その石虎は玉斧の落とした巨石の下敷きになって死んでしまっていたことを思い出した。

 

「いま、その拘束を壊してやる。待ってろ──」

 

 とにかく、玉斧は孫空女の拘束を解こうと、孫空女の裸身に駆け寄った。

 孫空女を拘束しているのは、手脚に嵌っている金具と胴体に嵌まっている金具だ。金具は檻車の床に装着されていて、それが孫空女の四肢のすべての関節に嵌っている。

 金具は霊具だ。

 しかし、どうやらさっき死んでいた石虎の道術なのだろう。

 すでに霊気が消滅しかけている。

 このままでも、いずれは霊気切れになり外れるだろうが、玉斧の道術でもすぐに解除できる。

 

「へへ……。それにしても、色っぽい格好しているなあ、孫空女。惚れ直しちまうよ」

 

 玉斧は孫空女の色っぽい裸身に眼をやりながら言った。

 孫空女の身体は、玉斧の想像以上の美しさだった。

 まず玉斧の視界に入ったのは、孫空女の美味しそうな薄い桃色の乳輪や乳首だ。

 乳房のかたちもいい。

 鍛えられた筋肉に支えられているのか、横倒しになって壁に張りついているというのに、豊かな乳房はまったく垂れる様子もない。

 この乳房を無遠慮に揉み、そして、存分に舐め回したい。

 

 また、股間にはどういうわけか一本の恥毛もなかった。

 強靭な女戦士の孫空女の股間に童女のような無毛の亀裂があるのはなんとも艶かしい。

 そして、床に落ちている淫具に苛まれ続けていたためか、すっかりと濡れてぱっくりと女陰の口を開いている。

 その神々しいばかりの美しさと淫靡さに、玉斧は自分の股間の疼きを感じながら、しばらくのあいだ、孫空女の身体に見とれていた。

 

「お、お前、誰だよ──?」

 

 突然に孫空女が叫んだ。

 想像した以上の気丈さと声の強さに、玉斧は安心するとともに感心した。

 青獅子の嗜虐趣味は、この一帯の亜人族の中でも特に有名であり、そのためか青獅子たちの部下には、人間族や亜人族の美女を捕らえては、肉玩具として凌辱するのが趣味の部下たちが揃っている。

 そんな連中に囚われていた孫空女が、いままでにどんな目に遭っていたのかは、想像して余りある。

 玉斧が心配していたのは、あの玉斧がひと目ぼれした人間族の女傑が、青獅子たちの凌辱で、すっかりと牙を抜かれて、哀れな性奴隷に成り下がっているのではないかということだった。

 

 しかし、それは杞憂だったようだ。

 孫空女は元気だ。

 玉斧をただの一瞥で女房にしたいとまで思わせたその女丈夫が、青獅子の部下の責め程度に屈するわけはないと思っていたが、どうやら孫空女はしっかりとした気持ちを保ち続けていてくれていたようだ。

 

「覚えてないのかい、俺だよ──。玉斧だ。獅駝の山であんたに叩きのめされた人さらいの亜人盗賊だよ──」

 

 玉斧は言った。

 

「あっ、あんときの……」

 

 孫空女の顔に驚きの色が浮かぶ。

 

「思い出してくれたかい、孫空女──。そうか、そうか……。やっぱり、忘れないでいてくれたかい……」

 

「きっちり忘れてたよ」

 

 孫空女が照れたように声をあげた。

 

「そう言うなよ……。いま、助けてやるからな……。手足の金具は俺の道術でも解除できるぜ」

 

 玉斧は道術を込めた。

 石虎の霊気が完全に放出されて、孫空女の手脚を縛っていた金具が外れていく。

 

「これを渡しておくぜ。お前の得物だろう? 感謝してくれよな。これを軍の保管庫から盗んでくるのに苦労したんだ」

 

 腕だけが自由になったところで、孫空女に青獅子軍の軍営から盗み出した孫空女の得物を握らせた。

 怖ろしいほどの霊気の籠った霊具の武器だ。

 普段は刺繍針ほどの小ささだが、戦いのとき、孫空女はこれを長い金属の棒にして武器にしていたはずだ。

 

「こ、これ……」

 

 孫空女の眼が見開いている。

 同時に顔に覇気が籠ったのもわかった。

 玉斧は捕らわれていた女囚が再び戦う女に戻った瞬間をそこに感じた。

 また、床に寝そべった状態で拘束されていたらしい孫空女は、いまは檻車自体が横に倒れているので、胴体に残っている金具だけで壁にくっつているみたいになっている。

 そうでもいいけど、身体に巻いている布は完全にはだけて、あちこちが丸見えだ。

 本当に色っぽいな……。

 抱きたい──。

 玉斧は心からそう思った。

 

「待ってな。胴体の革紐も解く。とにかく、ここを逃げるんだ……」

 

 玉斧は孫空女の身体に残っている金具を外すために、再び魔道を込めようとした。

 

「あっ、危ない──」

 

 そのときだった──。

 不意に眼の前の孫空女が叫んだ。

 玉斧は振り向いた。

 檻車の穴に立った亜人兵が弓矢を番えている。

 その矢が放たれ、真っ直ぐに孫空女の身体に向かった──。

 

「ちいっ──」

 

 玉斧の全身に恐怖が走る。

 自分が矢に当たるという恐怖ではない。

 眼の前の美しい孫空女の身体に矢が突き刺さって傷つけられるという恐怖だ。

 玉斧はほとんど無意識のうちに、孫空女の身体に覆い被さった。

 

「ぐあっ」

 

 横腹から火傷のような熱さが込みあがった。

 亜人兵の放った矢が、玉斧に突き刺さったのだ。

 同時に玉斧の心に安堵が走る。

 矢が孫空女の身体に当たるのを防ぐことができたのだ……。

 玉斧は身体を反転させて、道術で反撃する態勢を取った。

 

「こ、これは、玉斧殿──。な、なんでここに──?」

 

 弓を放った亜人兵が玉斧の顔を確かめて驚いた。

 その一瞬で十分だった。

 玉斧は檻車の中に巨石とともに落ちていた数個の石を飛礫にして、弓を構える亜人兵に向けて放った。

 

「ひいっ──」

 

 亜人兵が呻き声をあげて、穴の向こう側に落ちていく。

 

「玉斧、大丈夫かい──。伸びろ──」

 

 背後で孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 ふと振り返ると、孫空女の手に握らせていた武器が長く伸びて棒になり、孫空女の胴体と金具のあいだに入り込んでいる。

 次の瞬間、孫空女の武器が孫空女の胴体に嵌まっていた金具を音を立ててぶっ壊した。

 孫空女の身体が床に落ちる。

 

「──女囚が逃げるぞ──。玉斧隊長が裏切ったのだ──。逃亡する場合には、殺害せよという玄魔将軍の命だ。残った者はここに集まれ──」

 

 さっきの穴から再び声がした。

 はっとして、玉斧は注意を檻車の穴に戻す。

 今度はふたりの亜人兵が弓矢をこっちに向けている。

 さらにその後方には多くの兵が集まろうとしている気配だ。

 

 考える余裕もなく、二本の矢がこっちに向かってきた。

 しかも、矢は玉斧ではなく、床に落ちてまだ態勢を取れない孫空女に向かっている。

 玉斧は身体を矢と孫空女のあいだに差し入れた──。

 

 

 *

 

 

「──女囚が逃げるぞ──。玉斧隊長が裏切ったのだ──。逃亡する場合には、殺害せよという玄魔将軍の命だ。残った者はここに集まれ──」

 

 明らかに孫空女を庇う動きをした玉斧が横腹に矢を受けるのを確認しながら、檻車の穴の向こうで、亜人兵がそう叫ぶのを確かに耳にした。

 

 裏切り者──?

 玉斧隊長──?

 

 大きな疑念が湧いたが、差し迫った危機が孫空女の思念を吹き飛ばした。

 孫空女は、胴体と金具のあいだに差し入れていた『如意棒』を強引に押し捻って、まとめて胴体の金具をぶっ壊した。

 拘束の解けた孫空女の身体は、そのまま床に落下する。

 

 身体を床に叩きつけられる衝撃に耐えて、孫空女は顔をあげた。

 一日以上も淫具に責められ続けた孫空女の身体は、自分でも驚くほどに力が入らない……。

 

 自分の身体の痺れのようなものに戸惑いながらも、孫空女は身体を起こそうとした。

 しかし、その眼の前に、自分に飛んでくる二本の矢をはっきりと孫空女は認めた。

 さっきの檻車の壁の穴からさらにふたりの亜人兵が弓矢を番えている。

 その背後には、まだ数名の亜人兵がいる気配だ。

 

「孫空女──」

 

 不意に眼の前に玉斧の顔が割り込んだ。

 驚愕する孫空女の視界に、背中に二本の矢を受けた玉斧が大きく眼を見開くのが映った。

 

「玉斧──。な、なにしているんだよ、お前──?」

 

 孫空女はやっと身体を起こしながら叫んだ。

 玉斧の大きな身体が倒れてくる。

 

 孫空女はとっさに、その身体を両手で掴んだ。

 

「あぐっ」

 

 その玉斧の背にさらに、もう一本の矢が刺さる。

 

「な、なんで、あたしを庇ったんだよ──」

 

 孫空女は訳もわからずに声をあげた。

 背と腹に四本の矢が突き刺さっている玉斧の顔がにっこりと微笑んだ気がした。

 そして、玉斧の身体が急速に力を失って崩れ落ちていく……。

 

「承知しないよ、お前ら──」

 

 気がついたときには、孫空女は玉斧の身体を床に捨てて、跳躍していた。

 身体に巻いていた布は邪魔なので取り去った。

 素っ裸で如意棒を持って、亜人兵たちに襲い掛かる。

 弓を放った兵の顔に恐怖の色を認めたとき、孫空女の振り回した『如意棒』から、しっかりとふたりの首の骨が折れる感触が伝わってきた。

 

 孫空女はそのまま檻車の外に飛び降りる。

 悲鳴のような声があがった。

 

 十人ほどの兵が檻車の周りに集まりかけていた。

 しかし、武器を持つ孫空女の姿を認めて、すぐに散り始める。

 

「待てええ──」

 

 孫空女は後を追って五人ほどは倒したが、残りはもう無理だった。

 取り逃がした亜人兵たちは、先を争って左右の視界から見えなくなる。

 もはや、追うのは不可能だ。

 

 孫空女は『如意棒』を小さくして耳にしまう。

 檻車の中に戻る。

 とにかく、孫空女を庇って矢を受けた玉斧が心配だ。

 

 再び檻車に戻り、床に伏している玉斧の身体に屈みこんだ。

 玉斧の意識はない。

 

 だが、死んではいない……。

 弱々しいが確かに呼吸を続けている……。

 孫空女は両手で玉斧の身体を抱えあげた。

 

 傷を見る。

 四本の矢が身体に刺さっている。

 そのうちの横腹に突き刺さっている矢がやたらに深い。

 孫空女はそれが気になった。

 

 玉斧の身体を抱えあげながら、檻車の中に落ちていた巨石によじ登って、そのまま檻車の外に出る。

 孫空女は、抱えていた玉斧の身体を静かに地面に横たえた。

 周囲にはすでに生きている亜人兵の姿はない。

 残っているのは、死んだ亜人兵だけだ。

 

 孫空女は、まずは周囲を駆け回り、手当の助けになりそうなものを探した。

 何人かの兵の荷から布のようなものを出した。

 傷を癒す薬草もあった。

 それを抱えて玉斧のところに戻る。

 

 四本の矢のうち、三本はすぐに抜いた。

 薬草と布で血止めもする。

 しかし、横腹の矢には手を出せなかった。

 不用意に抜けば、はらわたを抉ってしまうに違いない。

 仕方なく、その矢についていは、矢羽だけを落として、刺さった部分ごと布で止血する。

 

 それでも、玉斧の意識は戻らなかった。

 孫空女はさらに周囲を探って、役に立ちそうなものを探した。

 すぐに携行用の保存食と水筒も手に入れた。

 血で汚れていない程度のよさそうな下袴や上着や靴も死骸から脱がせて、布を脱いでの身体に身に着ける。

 

 さらに、水を飲み、食料を口に入れた。

 生気が戻った気がした。

 

 こうなったら、次にやることは決まっている。

 城郭に戻って宝玄仙を救出するのだ……。

 しかし……。

 

 傷ついて、倒れている眼の前の玉斧を見る。

 よくわからないが、この玉斧が孫空女の窮地を救ってくれたのは確かだ。

 そして、孫空女の命までも救ってくれた。

 身体を張って──。

 

 こんなことをしてくれた男は、人間族であろうと、亜人であろうと生まれて初めてだ。

 孫空女は当惑していた。

 玉斧の行為は、孫空女の理解をまったく超えていた。

 

 この玉斧が孫空女を移送している騎兵を襲って、巨石を落としたのは間違いないだろう。

 お陰で孫空女は救われたのだ。

 

 その玉斧をまさかこのまま置いていくわけにはいかないか……。

 仕方なく、孫空女は、横たわる玉斧の身体の横にしゃがみ込んだ。

 とりあえず、玉斧が目を覚ますまで待つか……。

 

 そうやって、かなりの時間がすぎた。

 中天近くにあった陽は、少しずつ西に傾いていった。

 玉斧はなかなか意識を戻さなかった。

 

 やがて、陽が西側の山に完全に姿を消したとき、玉斧の意識が戻った。

 まだ、陽の明るさは残っていたが、それは、もうすぐなくなるだろう。

 

「そ、孫空女……?」

 

 玉斧の声がした。苦しそうだが眼も開いている。

 とりあえず、孫空女はほっとした。

 

「……苦しそうだね、玉斧。大丈夫かい……? 礼を言うよ。あんたのお陰で助かった……」

 

 孫空女は言った。

 

「れ、礼なら……、俺の女房になれよ……。そのために、俺はこんな大それたことをしでかしたんだぜ……」

 

 玉斧の頬が緩んだ。

 

「な、なに言ってんだよ──。大きな借りができた──。それは認めるよ──。だ、だけど、それとこれとは別だよ──。あたしは、ご主人様の供なんだ。一生仕えなきゃならないんだよ──。人の女房なんてなれないよ──」

 

 孫空女は思わず声をあげた。なぜか、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 すると玉斧が笑い出した。

 力はなかったが、本当に愉しそうな笑い声だった。

 

「……で、でも少しは惚れただろう……? 命懸けでお前を玄魔隊から救い出したんだからよう……」

 

「そ、それは……。まあ……ね。か、感謝はしているよ……。だけど、だから、女房なんかにはなれはしないよ……。こ、困るんだよ……。ご主人様が……」

 

 孫空女は困惑して言った。

 命懸けで孫空女を救ってくれた恩に報いてあげたいとは思うが、孫空女が眼の前の亜人の男の妻になどなれるわけがない……。

 そのとき、不意に玉斧の顔が真顔になった。

 そして、はっとしたように周囲に眼をやる。

 

「そ、孫空女……。ここは、まだ、檻車のそばなんだな……? いかん──。すぐに、ここを離れるんだ──。この檻車には玄魔将軍の道術がかかっている。万が一、なにかの異常が起これば、そのことがどんなに離れていても玄魔将軍に伝わるのだ──。もしかしたら、ずっと、このままでいたのか──? は、早く、逃げろ──。今頃は、もう、逃亡したお前を探す軍が出動しているはずだ」

 

「なんだって──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「とにかく、ここを離れるんだ、孫空女──。追補の軍がかかる。いや、もうかかっているだろう。逃げるんだ。いますぐに──。玄魔将軍の性格なら、この一帯を山狩りをしてでも、必ずお前を見つけ出す」

 

 玉斧が身体を起こそうとするように身じろぎした。

 孫空女はびっくりした。

 

「う、動いちゃ駄目だよ、玉斧──。結構、あんたの傷は深いんだよ」

 

 孫空女は起きようとした玉斧を制して言った。

 玉斧はほんの少しだけ、自分の身体を探るような仕草をしていたが、やがて、諦めたように力を抜いて、身体を地面に横たえ直した。

 

「こ、これはしくじったな……。お前にいいところを見せて、惚れ直させようと頑張り過ぎたぜ……。腹に刺さった矢は、はらわたをすでに掻き回している……、それが効いている……。これはもう、助からんよ……」

 

 玉斧が薄闇で苦笑したのがわかった。

 

「な、なに言ってんだよ──。大した矢傷じゃないさ。少しは苦しいだろうけど、ちゃんと医師に見せれば……。こんなの治療術で一発だ」

 

「その治療術を掛けられる道術師がいねえだろう……。もういい……。自分でもわかる。これはこのまま放っておけば死ぬだけだ……。それに、ここは三魔王の支配する獅駝嶺の領域だぞ……。その隊を襲った俺が、逃げ込む場所はここにはないよ……。仕方がない……。諦めるさ……。置いていけよ、孫空女──。それより、こんなところにいつまでもいるなよ」

 

「お、置いていけって……。ふ、ふざけるなよ、お前──」

 

「いいから、俺を捨てて逃げるんだ──。もういい……。それから、お前の女主人は、こっちの経路じゃなくて、もう少し東側の山道を通って南に向かってくる。玄魔将軍自身が指揮をするはずだ……。あの人は……用心深いから……。一度襲撃のあった経路は避ける……。すると、残っているのはそっちの経路しかない……」

 

 玉斧が言った。

 そして、力が尽きたように眼を閉じた。

 

「ぎょ、玉斧──? いまの言葉、どういうことさ? なんで、お前がご主人様が連れられる経路のことを知ってんだい──? なあ、返事しろよ、玉斧──」

 

 孫空女は玉斧に呼びかけた。

 しかし、答えはない。玉斧は再び意識を失ったようだ。

 孫空女は嘆息した。

 

「仕方がないなあ──」

 

 孫空女は声に出した。

 ここにいつまでもいては危険というのは、事実のような気がした。

 だったら、多少の危険はあっても、ここから動かすしかない──。

 無理をさせたとしても、宝玄仙を助け出せれば、宝玄仙の道術で玉斧を治療することができるだろう。

 

 確かに、玉斧の腹に刺さった矢は致命傷だ。

 何度も同じような傷を見たことがある孫空女には、このままでは助からないという玉斧の言葉が正しいことがわかっている。

 だが、どこかに出て、治療術さえかけることができれば……。

 

 孫空女は決心した。

 

 玉斧の身体を静かに動かすと、慎重に自分の背に乗せる。

 矢が残っている部分は下腹の横側だ。

 傷の部位が直接に孫空女の身体に触れないように背負うことができそうだ。

 

「……ご主人様を助け出すまで、なんとか頑張っておくれよ、玉斧……」

 

 孫空女は玉斧を背負って、ゆっくりと歩きだした。



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512 重なる唇

 玉斧(ぎょくふ)を背負って、夜通し歩き続けた。

 背中の玉斧がだんだんと弱っていくのを孫空女はしっかりと感じ続けていた。

 

「あんたが、魔王軍の将校だったなんてね……。驚きだよ……」

 

 孫空女は山を踏破しながら玉斧に声をかける。

 かなり険しい山岳道を使って獅駝(しだ)嶺と呼ばれる山脈を横断する経路を進んでいる。

 この一帯は南北に、金凰(きんおう)白象(はくぞう)青獅子(あおじし)という三魔王の支配する領域が拡がっているが、それを東側に横断すると、もっとも東にある山間の街道に出るそうだ。

 そこに向かっているのだ。

 玉斧の言葉によれば、もうすぐその道を宝玄仙を移送する一隊が通過するらしい。

 その指揮をするのは玄魔(げんま)自身であり、このところ急に獅駝の城郭の治安が悪くなってきたのを気にした玄魔が、万が一にも宝玄仙が人間に奪い返されたりしないように、宝玄仙の身柄を狙う者の意表をつくために常識の裏をかいた策をとろうとしているというのだという。

 

 それを襲って宝玄仙を救出する。

 そのために、孫空女は山を登り、また下り、ひたすらに東に向かっている。

 宝玄仙を助け出すことができれば、瀕死に陥っている玉斧も、あっという間に宝玄仙の『治療術』で癒せるだろう。

 

 だが、それが叶わなければ、玉斧は死ぬ。

 それは孫空女の予感が告げている。

 

 孫空女を救うために負った傷で玉斧が死ぬ……。

 それは、耐えられない苦痛を孫空女にもたらしている。

 

 玉斧はおそらく死にかけている。

 それは間違いない……。

 

 そして、この傷は、孫空女を救うために負ったものだ。

 なんとか助けたい。

 

 だから、孫空女は懸命に玉斧に語り続けた。

 話をし続けることで、玉斧の意識をしっかりと保たせようとしていた。

 玉斧は返事をするときもあれば、しないときもある。

 どちらでもいいのだ。

 

 懸命に孫空女は、玉斧に語り続けた。

 返事が戻って来なくても、戻ってきてもいい。

 ただ、ひたすらに語りかけた。

 

 いまは玉斧の気力だけが頼りなのだ。

 孫空女が背中の玉斧に話しかけるのは、玉斧の気持ちを保たせるためだけの行為だ。

 しかし、その会話の中で、孫空女が知ったのは、玉斧が実は青獅子軍に属するれっきとした将校だということだ。

 玉斧の道術のひとつは、人間に姿をやつすことができることであり、その能力を生かしたのが、諜報や特殊工作を担う将校という役割だったそうだ。

 それで、六道という亜人盗賊の部下として紛れ込み、宝玄仙が獅駝の城郭に近づくのを待っていたらしいのだ。

 玉斧の任務は、青獅子軍が捕えようとしていた宝玄仙の身柄を確認することと、あわよくば、宝玄仙を魔凛(まりん)という女亜人が確保するようにし向けることだったようだ。

 だが、このお調子者の玉斧は、なぜか物好きにも孫空女にひと目惚れしたらしく、自分の任務を一切捨て、その場で出奔して孫空女をなんとか助け出そうと、ひそかに動いてくれていたらしい。

 

 孫空女の得物の『如意棒』を青獅子軍の軍営に忍び込んで盗んだのもその一環だし、玄魔軍がどうやって孫空女や宝玄仙を金凰宮に移送しようとしているかという情報もよく握っていた。

 もともと、そういう諜報を扱うのが玉斧の専門なのだ。

 孫空女が金凰宮に移送される時期や経路、その護送隊の編成などの情報を得るのは、大して難しいことではなかったようだ。

 

「……なあ、やっぱり、どこかの亜人族の村かどこかで、傷を診てもらった方がいいんじゃないかい、玉斧? このまま放っておけば危ないということはわかっているんだろう? あたしじゃあ、駄目だけど、『治療術』の道術を扱える者がいれば、傷を癒しながら矢を抜くことができると思うんだよねえ……。ねえ、亜人族の村に向かおうよ」

 

 孫空女は険しい山道を進みながら言った。

 夜闇がだんだんと明けようとしていた。夜目の利く孫空女にとっては、闇の中で山を進むのは不可能事ではなかったが、やはり、明るくなれば、それだけ楽になる。

 瀕死の玉斧を背負って、なるべくその身体を揺らさないように歩くとなれば、やってくる陽の光が有難い。

 

「……だ、駄目だ……。討ちもらした護送隊の連中が……お前も……俺についても……すでに近隣の村々に手配書を回しているはずだ……。そういうことは、玄魔隊はしっかりとしている……。亜人族の村は避けろ……。絶対に、俺たちの面は割れている……」

 

 玉斧が応じた。

 ずっと話しかけているのだが、玉斧の返事があったのは久しぶりだ。

 少しは気力が戻ってきたのだろう。

 だが、孫空女はそれがだんだんと命が衰弱していく過程だということも知っている。

 このままなにもしなければ、玉斧の意識は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、全体としては、衰弱する方向に進んでいくことになるに違いない。

 そうやって最終的に意識を保つことができなくなったとき、玉斧は眠りから覚めることができなくなるだろう。

 

「わかったよ……。だったら、あたしのご主人様を救い出すまで、頑張って生き続けると思い続けな──。あたしのご主人様の道術は凄いんだよ。本当に凄いんだ。瀕死の怪我なんか、あっという間に治してしまうに決まっている。いつだったか、あたしが敵に捕らえられて拷問されて、完全に発狂してしまったときだって、頭の線を繋ぎ治してくれて救ってくれたんだよ……。だから、そんな矢傷なんて、ご主人様からすれば、負傷のうちには入らないさ……」

 

「わ、わかった、わかった……。ご主人様はすごいんだろう。もう何回目だよ……」

 

 背中の玉斧が笑った気がした。

 泣きそうになってしまうくらいに弱々しい笑いだ。

 弱っている……。

 孫空女にはそれが気になる。

 

「そ、そうだよ。すごいんだ──。それよりも、あんたの知っていることは全部教えてよね。ご主人様を助けることが、あんたが生き延びられることに繋がるんだ。それまでしっかりと気を保つんだよ」

 

「……お、教えてるよ、孫空女……。か、必ず、玄魔将軍は……獅駝の山岳の一番東側の山岳道を数日後に通る……。その情報を得たんだ……」

 

「ね、ねえ……つらければ、あたしの話を聞くだけでもいいんだよ、玉斧……。だけど、あたしの話す言葉は聞いてよね。生きると思い続けるんだよ」

 

「き、聞いているさ……。お、俺は、お前にこうやって触れたくて……、お前と語り合いたくて……青獅子軍を抜けて……お前を助けることにしたんだ……。まあ、大して未練のある軍人生活じゃなかったしな……」

 

 玉斧は自嘲気味に笑った。

 そして、再び静かになった。

 

「ねえ、玉斧?」

 

 玉斧からの返事はない。

 眠ったのだろう。

 孫空女は玉斧の弱い寝息を聞きながら、それでも時折、玉斧に語りかけるという行為を続けた。

 とにかく、意識をしっかりと保たせることしかいまはできることはない。

 なんとか宝玄仙を救出するまで、玉斧をもたせるのだ──。

 

 孫空女は玉斧の大きな身体を背負って、ひたすらに山道を進み続けた。

 街道を歩く旅ではない。

 ほとんどが間道で、ときにはけもの道のような経路を片手で『如意棒』で払いながら進んだりもした。

 

 山越えもひと晩でふたつした。

 あと二日も歩けば、目的の街道に辿りつくだろうか。

 

 それまで玉斧はもつか……?

 死なせたくはない。

 

 あんな風に孫空女を命懸けで救ってくれた玉斧の姿を思い出すと、なぜか心に切ないような気分が湧き起こる。

 玉斧を背負っての山歩きは苦しいが、玉斧はもっと苦しいだろう。

 あの恩を返せないうちに、死なれては堪らない……。

 そう思う──。

 

 孫空女は陽が昇ってからも歩き続けた。

 水は死んだ護送兵から奪った水筒を持っている。

 食べ物もある。

 いまは孫空女は、自分の身体に縄で玉斧を縛りつけていた。

 だから、少しの時間であれば、片手を空けることもできる。

 孫空女は、片手で水筒の水や食べ物を口にして進み続けた。

 

「……み、水を……」

 

 玉斧がそう言ったのは、陽が昇ってかなりの時間が経ってからだ。

 

「あ、ああ──水かい……。ちょ、ちょっと待って……」

 

 孫空女は歩みを止めて、玉斧の身体をその場に横たえた。

 傷を見る。

 出血は薬草のお陰でほとんど止まっている。

 いまは、はらわたを抉っている横腹の矢だけが問題だ。

 はらわたを抉られてしまうと、もう傷薬などでは治らない。

 孫空女はそれを知っている。

 

 しかし、道術があれば別だ。

 あの死者さえも蘇らせるのかと思うような宝玄仙の道術……。

 あれがあれば……。

 

「腹の傷に水は禁物だ。あんたも、将校のひとりだったのなら、それくらい知ってるだろう、玉斧? 悪いけど、水は口を湿らせるだけだよ。腹の傷が癒えたら、腹が膨れるまで飲めばいいよ」

 

 孫空女は布に水筒の水を湿らせて口に含ませようとした。

 

「……く、口移しで頼むぜ……。助けてやった恩だ……」

 

 すると玉斧がにやりと口元を綻ばせた。

 

「あ、甘えるんじゃないよ──。お前──」

 

 孫空女は怒鳴った。なぜか自分の顔が火照るのがわかった。

 それを真正面に顔を向けている玉斧に見られたかと思うと、いたたまれない気持ちになる。

 だが、不思議にも腹立たしい気持ちにはならない。

 それよりも当惑した。

 玉斧の物言いに当惑したのではない。

 なぜか激しく動揺している自分の気持ちに当惑したのだ。

 

「い、いいじゃねえか……孫空女……。へへ……」

 

 玉斧が笑った。

 死に瀕している玉斧のその屈託のない表情に、孫空女はなぜかたじろぎのようなものを感じていた。

 孫空女は大きく息を吐いた。

 

「なあ、あんた……。あんたの気持ちは、それはそれで嬉しいけど、あたしは、あんたの女房なんかにはなれないよ……。あたしはあんたの思っているような女じゃない。他人の女房になるような女じゃないんだよ──。正直に言えば、綺麗な身体じゃあないし……、孤児(みなしご)だし……、人殺しだっていっぱいしている……」

 

「そ、それがどうした……。俺だって、人殺しはたくさんだ……。人間相手も……亜人相手もな……」

 

「そ、それに、助けられる前まで、玄魔たちの部下たちに、裸で試合をさせられていたんだぞ。手足の力を失わせられて、負けたら犯されるんだ。そして、たくさん犯された──。しかも、そんなことなんて、ちっとも気にならないくらいに、これまでにも同じような目に遭ってきた……。ねえ、がっかりさせて悪いけどね……。あたしは、そういう汚れた女なんだ……。なあ、あんたの思うような女じゃないよ、あたしは──」

 

 孫空女は一気にまくしたてた。

 

「お、俺が亜人だから女房にはなれねえとは言わないんだな……。汚れた女だなんて、そんなわけねえじゃねえか……。女がどうやったら、汚れるのか教えて欲しいものだぜ……。それよりも、ますます、気に入ったぜ……。だ、だけど、いまは、女房になれと言ってるわけじゃねえ……。水を口移しで飲ませて欲しいと言っているだけだ……」

 

 玉斧が真っ直ぐに孫空女を見あげている。

 孫空女はなんだか、その視線に耐えるのがつらい気持ちになり、ふと眼を逸らせた。

 その視界に横に置いている水筒が入る。 

 孫空女は嘆息した。

 

 思い定めて、ほんの少しだけ水筒の水を口に含む。

 そのまま寝そべっている玉斧の唇に自分の唇を重ねた。

 ゆっくりと口に含んだ水を玉斧の口に入れていく。

 するといきなり玉斧の舌が強引に孫空女の口の中に割り込んできて、孫空女の舌に荒々しく舌先を絡みあわせてきた。

 一瞬、口を離そうと思ったが、なんとなくそれくらいの悪戯はしてくるのではないかという予想もあった。

 たかが口づけくらいのことだし、孫空女はそのまま、玉斧が孫空女の口中に舌先を這わせるままにさせた。

 すると、孫空女が抵抗しないことをいいことに、玉斧の舌は一層ずうずうしく、孫空女の口の中を動き回った。

 玉斧の舌が口の上下を舌で刺激しながら、孫空女の舌を舐め尽くすように強く吸いあげてもくる。

 全身を痺れさせるような感触が身体に走る。

 しばらくのあいだ、孫空女は、そうやって玉斧の熱い口づけを受け入れた、

 

「ちょ、調子に乗んじゃないよ──」

 

 やっと玉斧が孫空女の口を解放したとき、

 孫空女は全身から力が抜けたような感じになり、そのことがとても恥ずかしくなって声をあげた。

 

「ははは……。だが、満更でもなかったようじゃねえかよ……。気持ちよさそうだったぜ、孫空女」

 

 玉斧が悪戯っぽく片目をつぶった。

 

「じょ、冗談言うんじゃないよ……。と、とにかく、これでわかったろう──。あたしは、お前が考えるような貞節な女じゃないんだ。ご主人様に躾けられた淫女なんだよ。わかったら、あたしを女房にするなんて、くだらないことを言うのはやめな──」

 

「……な、なあに、ますます、気に入ったぜ……。見かけによらず、可愛らしい女なんだな。命を賭けてものにしようとした甲斐があったというものさ……。まあいいや。どうせ、こんな身体じゃあ、お前を女房にするなんてことは夢に終わりそうだ……。もう、思い残すことはねえよ……」

 

「お、お前、なに言って……」

 

 孫空女は戸惑った。

 急に、玉斧がにやけたような笑いを消して、真面目な顔になったからだ。

 

「……置いていきな──。俺が知っている情報は、全部、お前に教えた。俺がいなくても、関係ない──。おそらく、お前のご主人様とやらは、あの人間族の使う街道を数日後には通過するはずだ……。行って助けてきな……。俺の接吻を受け入れてくれただけで、俺は十分に満足したぜ……」

 

 玉斧は言った。 

 その物言いに孫空女は、自分でもびっくりするくらいに気が動転した。

 なぜ、そんなに不安な気持ちになるのかわからなかったが、とにかく、このまま玉斧が息を引き取るということに自分が耐えられるとは思わなかった。

 

「馬鹿を言うんじゃないよ、玉斧──。お前はご主人様のところに連れていくよ。そして、その傷を治してもらう。それで、貸し借りなしだよ──。それに、あたしのご主人様は変な人でね……。慎みとか貞操とかいうのを忘れて生まれてきたような人なんだ。あたしのご主人様だったら、面白がって、あたしとあんたが媾合えと命じるかもしれないよ。そうしたら、あたしはあんたに抱かれるさ。ご主人様の命令なら仕方ないもの……」

 

 孫空女は言った。

 玉斧の気力が萎えようとしている……。

 それが本能で感じられた。

 だから、少しでも玉斧の気力が保つようなことを口にしようと思った。

 

「……げ、玄魔隊の追補はしつこいぞ……。さ、さっきも言ったはずだが、近傍の亜人の村には、すぐに手配が回ったと思う……。ま、まずは、それから逃げ切ることだ……。そうでなければ、お前がご主人様を助けるなど絵空事だ……。い、いいから、俺を置いていけ……。俺はこのまま、休んでからどこかで傷の養生をする……。そ、そして、どこかに逃げるよ。へへ……、次に会うときまで、お、お前の礼は愉しみにしておくよ……」

 

「このまま置いていけるわけないだろ──。いい加減にしろよ──。お前ひとりくらい背負って、あたしはどこまでも逃げてやるよ──。だから、あたしの背中で耐えるんだよ──。聞いてるのかい、玉斧──」

 

「……お、俺を連れていけば……それだけ、遅れるだろう……。いつ、玄魔将軍が宝玄仙を連れて街道を南下するかわからんのだぞ……」

 

「う、うるさいなあ……。あたしはあんたを連れていく──。そう決めたんだ。もう少し、あたしの背中で頑張ってもらうよ。苦しいだろうけど、あたしは容赦しないよ」

 

 孫空女は必死で言った。

 こんなところに、置いていけば玉斧は確実に死ぬ。

 玉斧自身もそれをわかっているはずだ。

 周辺の亜人の村には頼れないのだ。

 孫空女の背中に背負われながら玉斧は、孫空女とともに玉斧自身も魔王軍の移送隊を襲った裏切り者として、顔が割れていると何度も語っていた。

 だから、玉斧が養生するところなど、この一帯にはないはずだ。

 玉斧はこのまま死ぬ気だ。

 それが孫空女にはわかるから、なおさら、ここに玉斧を捨てていくわけにはいかない。

 

「……見かけによらず、お前は馬鹿だな、孫空女……。俺を連れていっても、もう足手まといになるだけだぞ……。俺が知っていることは、全部さっき教えたんだ……。なんの縁もない亜人の男を助けるために、お前の命が危うくなるだけじゃなく、お前のご主人様を救出する時間まで無くなるんだぜ……」

 

「ば、馬鹿で結構だよ──。生憎と、あたしは馬鹿なんだよ。あたしは、あんたもご主人様も助けてみせるよ──。命懸けであたしを助けてくれた恩人をここで見捨てられないよ。あたしは馬鹿で十分だ」

 

「……ほ、本当に馬鹿な女だな……」

 

 玉斧がぽつりと言った。

 

「ああ──、馬鹿なんだ、あたしは──」

 

 孫空女もにっこりと笑いかける。

 

「……じゃあ、いまのうちに言っておくよ……。俺が死んだら、どこでもいいから、その場で土に埋めてくれ。俺たちの種族は土族といってな……。大地が俺たちの母親だ。死んで土に返る……。そして、また、新たな命になる……。それで十分さ……」

 

「死なせはしないと言ってるだろう──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 生きるのを諦めたような玉斧の言葉に、今度は本当に腹がたった。

 しかし、玉斧はそれ以上喋ろうとしなかった。

 孫空女はもう一度、口に水を含んで玉斧の唇に水を少しだけ注いだ。

 玉斧の弱々しい呼吸は感じた。

 だが、玉斧の舌が孫空女の舌を襲うことは今度はなかった。

 

 反応の消えた玉斧の唇から口を離す。

 息はある……。

 まだ……。

 

「死なせるもんかよ……」

 

 返事をする者はいない……。

 孫空女は、再び山を歩くために立ちあがった。



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513 逃避行、続く

 目的の街道に辿りつくまでどのくらいの時間がかかるのか見当がつかない。

 あと一日か、二日か……。

 それとも四日か……。

 

 それまで玉斧(ぎょくふ)はもつのだろうか……?

 街道に辿りついたとしても、宝玄仙を救いだせるとは限らない。

 また、最後に見た宝玄仙は、道術を封じられていて、すぐに玉斧に『治療術』を施すことができるような状況ではなかった。

 山歩きをやめて、どこかの亜人の村に立ち寄って、医者に診せるべきじゃないだろうか。

 少なくとも、道術による治療であれば、玉斧の衰弱はもち直す可能性が高い。

 

 何度も考えた。

 

 しかし、玉斧は、亜人の村には手配が回っているから近づくのは避けろと言う。

 そう言われると、それも躊躇する。

 

 だが、このままでは、玉斧はいずれ弱って死ぬだろう。

 それよりも、危険だが『治療術』の道術が遣える者がいる亜人の村を探すべきじゃないか……。

 死んではなにもならないのだ。

 孫空女の思考はそこで再びもとに戻る。

 結論は出ない……。

 

 だけど、それで捕らえられることになっても、死ぬよりはましではないだろうか……。

 もっとも、亜人の村など、どこに行けば見つかるかもよくわからないが……。

 そんなことを繰り返し考えながら、孫空女は山道を玉斧を背負って歩き続けた。

 

 語りかけても玉斧が返事をすることはほとんどなくなっていた。

 だが、玉斧の呼吸はしっかりと感じる。

 まだ、生きてくれている。

 

 その日も夜に少し休んだだけで、朝になっても歩き続けた。

 陽が少し高くなり始めた頃、急に道の状態がよくなり、ふたりの亜人に出くわした。農夫のような恰好をしていたので、すぐ近くに村があるのだろうと思った。

 どうすべきか迷ったが、孫空女はなにも話さずに彼らとすれ違った。

 向こうからも話しかけてくることもなく、そのまま離れた。

 

 やがて、小さな山村に出た。

 迷ったが、どこにも立ち寄ることなしに村を貫く道を突っ切り、反対側に出た。

 すぐに道は再び細く険しくなった。

 

 陽が高くなってきた頃、四方に不穏なものを感じた。

 さっきの村からは少し距離がある。

 周りは樹木に囲まれている狭い道だ。

 すると、樹木と樹木のあいだから、さっきすれ違った男たちが出てきた。

 

 いや、他にもいる。

 全員に大小の角がある。

 そして、前、後ろ、横から……。わらわらと樹木のあいだから湧くようにどんどんと亜人が出てくる。

 全身が手に剣や鎌、あるいは棍棒を持っている。

 ざっと見ただけで五十人は軽く超えているだろう。

 おそらく、それ以上だ。

 

「ここまでだぜ、孫空女と玉斧──」

 

 一番身体の大きな亜人が正面に出てきて言った。

 手に大きな剣を持っている。

 

「なんであたしらの名を知っているんだい?」

 

「手配書が軍から回ってきているからだ。お前らを捕らえれば、軍から報奨金が出る。村全体が数年は楽にすごせる賞金だ……。それにすでに軍にも通報している。逃げることは無駄だぜ。大人しく降伏すれば、優しく扱ってやるぜ」

 

 男が笑った。

 

「嫌だと言ったら?」

 

「優しくしてやることはできねえ。お前については、全員でまわし犯すことになるかもな。男は殺す。手配書では、お前は生きたまま捕らえなければならねえことになっているが、裏切り者の男は殺してもいいことになっている」

 

 どうやら玉斧が言っていたことは正しかったようだ。

 あんな小さな山村にまで軍の手配が回っているとしたら、この三魔王の領域で孫空女と玉斧が頼れる場所などないに違いない。

 やはり、玉斧を助けるには、宝玄仙の救出に成功するしかないのだ。

 

「……そ、孫空女……」

 

 不意に背の玉斧が言った。

 玉斧が口を開いたのは久しぶりだ。

 

「な、なに?」

 

「……俺を置いていけ……」

 

「なに言ってんだい。いまさら……」

 

 孫空女は腹がたった。

 

「……お、お前ひとりなら……逃げられる……俺は足手まといだ……」

「うるさいなあ……。ちょっと、黙ってくれるかい……。あんな連中、簡単にあしらってやるよ──」

 

 孫空女は自分に縛りつけていた縄を解いて、玉斧を道の端に横たえた。

 

「相手してやってもいいけど、あたしは気がたっているよ。これだけが相手なら手加減はできない。あんたらを皆殺しにしなきゃならないと思う……。それでもやるかい?」

 

 孫空女は耳の中から『如意棒』を出して大きくする。

 周囲の男たちからどよめきがあがる。

 

「そんなものがなんでえ──。俺が叩き落としてやる──」

 

 男が孫空女ににじり寄った。それが合図であるかのように、孫空女たちを囲んでいる輪が一斉に縮まった。

 あの村の全員を動員してきたのではないだろうか。

 そのとき、急に地面の土がその場に舞った。

 なにが起きたのかすぐにはわからなかったが、孫空女を除く、全員の視界を塞ぐように、周辺の土が激しい土埃になって舞っている。

 全員が顔を覆って、土を避けようとしている。

 

 とっさに道術だと思った。

 一瞬だけ玉斧を見た。

 玉斧の術は、土や石を操る術だ。

 孫空女の背中で何度もそう語っていた。

 

 そして、駆けた──。

 さっきの大男が孫空女の動きに気がついたときには、すでに孫空女は男の懐にいる。『如意棒』で喉を貫いた。

 血を噴き出しながら、男が後ろに倒れていった。

 

 そのまま三人、四人と首の骨を狙って『如意棒』を振り回す。

 孫空女の周りで確実に男たちが死骸になって次々に倒れていく。

 

 残った亜人の男たちが、悲鳴をあげて逃げ出した。

 静かになった一帯に屍体となった男たちが地面に残るだけになった。

 

「玉斧──」

 

 孫空女は玉斧に駆け寄った。

 あんな傷で道術など遣って、大丈夫だったのだろうか……。

 

「……れ、霊気が戻らねえ……。こりゃあ……もう駄目かな……」

 

 玉斧の顔はさらに蒼白になっている。

 まるで死人そのもののようだ。

 やはり、こんな傷で道術を遣うなど無理だったのだ。

 

「ば、馬鹿──。あんな連中、あたしひとりで大丈夫だったんだよ──。無理するんじゃないよ──」

 

 孫空女は怒鳴りあげた。

 無理をして命を削るような真似をした。

 それに猛烈に腹がたったのだ。

 

「……そ、そりゃあ、悪かったな……。へへ……、お、お前にいいところ……見せたくてな……。も、もしかしたら……ほんの少しでも惚れてくれるんじゃないかと思ってな……」

 

 玉斧はにっこりと微笑んだ。

 

「馬、馬鹿かい、お前──」

 

 孫空女は叫んだ。

 そして、自分でも信じられないようなことをした。

 玉斧にしっかりと抱きついたのだ。

 もちろん、瀕死の傷を負っている玉斧を力を入れて抱くことはできない。

 でも、その代わり、自分の顔に玉斧の顔や胸を擦りつけるようにした。

 

「そ、孫空女──?」

 

 玉斧が当惑したような声をあげた。

 

「……ああ、もう、なんだかわからないよ……。お前は馬鹿かい……。こんなあたしなんかを助けようとして、命を削るようなことはするんじゃないよ……。馬鹿かい……」

 

 孫空女はそう言いながら、さらに玉斧の顔に自分の顔を擦りつけた。

 そして、玉斧の唇に自分の唇を重ねた。

 玉斧の唾液を吸う。

 すると玉斧も孫空女の舌を吸い返してきた。

 

 しばらくのあいだ、ふたりでそうやって、お互いの舌をむさぼり合った。

 そして、孫空女は我に返ったようになって、玉斧の顔から自分の唇を離す。

 

「へへ、か……、感じちまうじゃねえかよ、孫空女……。そ、そんな熱い接吻されちまったらよう……」

 

 玉斧が本当に嬉しそうに笑った。

 なぜか、その笑顔に胸が痛くなる。

 

「に、逃げよう……。少しでも遠くに行かなきゃ……」

 

 孫空女は激しい動悸を振り切りたくて立ちあがった。

 そして、再び玉斧を背に乗せた。

 

「……し、死ぬんじゃないよ──。約束だよ。ご主人様を助けるまで、死なないでおくれよね」

 

 孫空女はそう言うと、駆け足に近い速度で歩き出した。

 登り坂になっている山道を進む。

 とにかく少しでも遠くに……。

 

 玉斧は大丈夫だろうか……。

 そればかり考え続けた。

 

 

 *

 

 

 夢を見ていた……。

 

 子供の頃の夢だ。

 まだ、幼児の玉斧(ぎょくふ)は小さな土の繭で包まれていた。

 だが、繭に包まれているはずなのに、なぜか母親に背負われているのだ。

 だから、夢だと思った。

 

 本当のところ、玉斧は母のことなど知らない。

 玉斧に限らず、土族に生まれた者は、母親も父親も知ることはない。

 それが土族だ。

 

 土族の母親は、地面の中に幼体の入った十数個の繭を一度に産み落とす。

 土族の母親としての役割はそれで終わりだ。

 産み落とした繭に母体が関わることはない。

 

 そして、幼体は成長を遂げるまで十年に近い時間を土に埋まったままその繭の中ですごす。

 繭と土に守られて成長した子体は、育つために必要な霊気と栄養を繭の力によって手に入れながら成長する。

 そうやって、ある時期に同時に産み落とされた兄弟の入っている繭とともに一斉に繭ごと土の中から外に出される。

 

 そして、繭が破れて、初めて、地上の世界に立つことになる。

 それからは、一緒に生まれた兄弟で成体になるまで協力して生きる。

 だから、土族には親はいない。

 

 そんな玉斧に母親に背負われている記憶があるわけがない。

 夢ですらありえないのだ。

 

 しかし、確かに玉斧はまどろみの中で母親に背負われていた。

 それで、気がついた。

 背負われているのは母親にではなく、孫空女にだ。

 

 自分は孫空女に背負われて、三魔王軍の支配域である獅駝(しだ)嶺を移動しているのだ──。

 土族は、あらゆる亜人の種族の中で、最も情に薄い種族だと言われている。

 兄弟とは成体になるまでは共に生きるが、成体になると別れてばらばらになる。

 そんなものだと思っていたし、別れを哀しいと感じなかった。それは土族に備わっている本能なのだ。

 

 父親を知らないのは当然として、母親の姿さえ見ることなくこの世に出現し、成体になるという目的だけのために兄弟で生きるが、成体になればお互いに関わることもない。

 玉斧自身も、成体になってから、共に成長した兄弟に遭ったことはないし、いまは、出遭ったとしても相手のことがわからないであろうと思う。

 土族にとっては、それが当たり前であるし、そのこと自体を疑問に抱くことなどなかった。

 

 ある時期までは──。

 

 しかし、玉斧は、土や岩を支配できるという特殊能力を買われて、青獅子軍の将校になり、ほかの種族と接するようになると、自分たちのような生態は、数多い亜人の種族の中でも非常に珍しいものだと知った。

 ほとんどの種族は、雄の個体と雌の個体が惹かれ合い、交合によって雌の胎内に新たな命を宿す。

 そして、大抵は関わり合った個体同士が家族になり、産まれた幼体を育て、お互いを生涯の伴侶として慈しみ合いながら寿命をまっとうするのだ。

 それを知ったとき、玉斧は、「家族」というものに憧れた。

 「伴侶」という存在に焦がれた。

 

 天寿を一緒にまっとうしたいと考える相手を見つけ、共に暮らし、共に生き、そして、共に歳を重ね、子を作り、育み、いつか同じ土に眠るということを夢見るようになった。

 しかし、自分は土族だ。

 

 伴侶を持ちたいというのは、ただの夢想であり、所詮は孤独に生きるという宿命を抱いている種族なのだと諦めていた。

 実際のところ、性欲の解消として精を放つために異性に接することはあっても、性交という行為と無関係に生涯を共にしたいと望む相手に出遭うことなどなかった。

 

 孫空女と出遭うまでは……。

 ひと目惚れだった……。

 

 孫空女を知って、彼女に抱いた感情──。

 これこそが他種族がいう恋、あるいは愛という感情だと思った。

 恋愛という経験のない玉斧には、それまでは、それがどういうものであるかがわからなかったが、その瞬間にこの感情がそうであることを確信した。

 

 理由などない。

 孫空女と出遭うことにより、玉斧は、愛という感情を理解したのだ。

 土族である自分が、生涯の伴侶にしたいという気持ちを別の個体に抱いた。

 玉斧はあのときの感動を忘れられない。

 

 それは身震いするほどの激情だった。

 孤独で他人を愛する能力が欠如しているとも言われている土族の自分が、他種族とはいえ、別の個体を愛することができたのだ。

 そう思ったら言葉がどんどん出てきた。

 

 孫空女を物にしたい。

 それは自然な感情であり、孫空女を好きだという言葉が次々に口から出てきた。

 一瞬だけだが、玉斧は有頂天になった。

 

 愉しい……。

 女を口説くということがこんなにも愉しいとは思わなかった。

 

 結婚したい……。

 

 ひと晩でいいから寝所を共にしたい。

 

 知識でしかなかった女の口説き文句が、孫空女が相手であれば、いくらでも自然な言葉として溢れ出る。

 孫空女は、口説くに値するほどの素晴らしい女傑だった。

 しかし、それはすぐに恐怖に変わった。

 自分は他人を愛する能力はないと言われている土族だ。

 その土族の自分が異性を愛するなどという気持ちを抱くのは、一過性の病のようなもので、すぐにそんな気持ちなど消滅してしまうのではないか……。

 そう思ったのだ……。

 

 誰かを好きになるという感情を再び失うこと……。

 玉斧はそれに恐怖した。

 

 それと同じようなことを孫空女にも言われた。

 孫空女が玉斧を愛するわけなどないと言われたのだ。

 それも当然だと思った。

 自分は土族で、もっとも愛情のない種族と呼ばれている。

 そんな玉斧を孫空女が相手にする理由がない。

 

 ならば、玉斧の感情が一過性のものではないことを孫空女に示す必要がある。なによりも、玉斧自身が自分がほかの種族と同じように異性を愛する資格があるかどうか知りたかった。

 だから、初めて恋心を抱いた孫空女という人間族の女の前からすぐに去った。

 

 しかし、そんなことなど杞憂にすぎないということがわかった。

 孫空女という人間族の女を知ってから、玉斧の孫空女に対する気持ちは日に日に強くなる。

 彼女のことを忘れるどころか、孫空女の存在が時間が経つにつれて強烈な感情に成長していったのだ。

 

 玉斧は青獅子軍の諜報員の将校としての自分を捨てた。

 そして、玉斧の孫空女を救出するための活動が始まった。

 青獅子軍は、青獅子という強力な魔王の魔法力で強く支配されている軍だ。

 一女囚とはいえ、その中から孫空女を救出するのは、簡単な仕事ではなかった。

 

 しかし、やがて、その機会がやってきた。

 孫空女が青獅子軍の強い支配から一時的に出されて、金凰(きんおう)宮に移送されることになったのだ。

 しかも、その指揮をするのは、青獅子軍の中でも阿呆で有名な石虎(せきと)だという。

 玉斧はその移送の経路に罠を張って、孫空女が移送されてくるのを待ち構えた。

 そして、それは成功した。

 

 土族にしか扱えない土と岩を操る術で移送隊を襲うと、呆気なく移送隊を無力化することができた。

 手違いで孫空女の閉じ込められていた檻車までも崖下に転落させてしまったが、結果的に孫空女を傷つけることなしに助けることができた。

 

 孫空女と再会したときには、嬉しさに全身が震えた。

 玉斧の想像の中で膨らんでいた孫空女の姿は、玉斧の想像を超えて美しく可憐だった。

 だが、そのとき、石虎隊の生き残りが孫空女を狙って矢を放ったのだ。

 玉斧はそれが当たり前であるかのように、身体を孫空女の前に差し入れて、孫空女が矢で傷つくのを防いだ。

 

 その瞬間、玉斧の夢は成就していた。

 玉斧の夢とは、異性を愛することだった。

 でも、その種族の血によって、自分にはそんな能力などないかもしれないとも思っていた。

 だが、その自分が孫空女を守るために、なんの躊躇もなく身体を投げ出せたのだ。

 あの瞬間、玉斧は、自分の死よりも孫空女の死を恐怖した。

 玉斧は、自分の気持ちが本当の恋愛感情だということを確信した。

 

 嬉しかった。

 それで死んでも後悔はなかった。

 

 自分は他人を愛することができたのだ。

 その感情と感動を抱いたまま、死にたいとさえ思った。

 

 しかし、孫空女は玉斧をなぜか見捨てなかった。

 どう理性的に考えても、孫空女が玉斧を連れていくことで得るものはないはずだ。

 

 玉斧は馬鹿ではない。

 確かに孫空女に懸想して口説いたが、それは孫空女を好きになった自分に酔っていたのであり、実際のところ、孫空女が行きずりの亜人にすぎない自分に好意的な感情を抱くわけがないということはわかっている。

 孫空女を助けようと思ったのは、玉斧自身のためであり、自分が抱くことのできた感情を捨て去りたくなかったからだ。

 だが、それは孫空女に関わりのないものであり、孫空女が玉斧を助けなければならないなんの理由もないはずだ。

 

 それなのに、孫空女は矢を受けて瀕死の状態の玉斧を背負って、山道を歩き続けた。

 それは鬼神ともいえるような行動だった。

 何日も何日も、大きな玉斧の身体を背負って、夜にわずかに眠るだけで、ほぼ不眠不休で歩き続けているのだ。

 

 その孫空女の行為は、玉斧の理解を超えていた。

 自分のことは、この場に捨てていけ──。

 何度もそう忠告した。

 

 孫空女は確かに強い。

 人間族の女としては、並外れた力もあるのだろう。

 しかし、孫空女がやっていることは、力の強い亜人の男でさえも、できないような並外れた行為なのだ。

 獅駝嶺の山嶺は厳しい。

 それをほとんど不眠で歩いて、しかも、玉斧を背負って踏破しようというのだ。

 眠るといっても、いつ、どこから襲われるかわからない緊張の中で休むのだ。

 満足に休息できるわけがない。

 

 孫空女は、玉斧を見捨てるべきだ。

 心の底から思った。

 

 だから、何度も言った。

 孫空女が、自分のご主人様だという宝玄仙という女を助けたがっていることもわかっていた。

 だから、玉斧が掴んだ宝玄仙の移送計画については、すぐにすべて教えた。

 孫空女とすれば、それでもう玉斧など用済みのはずだ。

 

 それなのに孫空女は玉斧を捨てない。

 それどころか、玉斧が自分を置いていけという度に怒るようになった。

 その怒りがあまりに激しいことに、玉斧も当惑した。

 役に立たない自分を捨てろと忠告することが、なぜ、あれ程にも孫空女を怒らせるのかわからなかった。

 

「……それで、あたしは盗賊団の頭領になっちまったのさ。でも、頭領になったからには、連中を食わせなければならない……。食わせるためには、盗賊をやるしかない……。まあ、綺麗ごとだけ言っていても、連中を飢えさせるだけだからね……。まあ、そうこうしているうちに、ご主人様を襲ってしまって掴まったのさ……。それからのことは、さっき言った通りだよ……」

 

 孫空女だ。

 背負っている玉斧に対して、孫空女は一生懸命に話しかけてくれている。

 それは、玉斧が返事をしても、しなくても続いた。

 

 なにがそれほどまでにそうさせるのか、孫空女自身が口を開きたくないくらいに疲れているはずなのに、孫空女は玉斧を元気づけるかのように話しかけ続ける。

 玉斧は、いま自分が夢のなかにいるのか、それとも、現実の中にいるのか、区別ができなくなっていた。

 

 孫空女に背負われている。

 それは単なる夢想のことなのか……。

 それとも、本当に起こっていることなのか……。

 

「……それからさあ……」

 

 孫空女が懸命に話しかけてくれている。

 玉斧はそれを聞いていた。

 返事や相槌をしたいが、その力がもう出ない。

 

 孫空女の声……。

 心地いい……。

 

「あれっ?」

 

 急に孫空女が立ちどまった。

 なにかまた起こったのだろうか……。

 玉斧はわずかに顔をあげた。

 

 しかし、いまは真夜中のようだ。

 あまりに暗い視界で前は見えない。

 

「……玉斧……。辿りついたよ……。いまいましい山の森を抜けたみたいだ……。ここはあんたが言った街道そのものだ。間違いない──。やったよ。魔王領を横断しきったさ。目的の街道に出たんだ──。やったよ、玉斧──」

 

 孫空女が嬉しそうに声をあげた。

 本当に踏破しやがった……。

 

 なんという女なのだろう……。

 玉斧を背負ったまま、ついに歩ききったのだ。

 

「……そ、孫空女……」

 

 玉斧は力を振り絞って声を出した。

 声が出た。

 それさえも驚きだ。

 

 横断してしまえば、ここが目的地だ。

 孫空女にこれ以上の苦労をさせないで済むかもしれない……。

 不思議な安堵が玉斧にまた力を与えたのだろうか……。

 

「ぎょ、玉斧──。起きたかい──。よかった──。あたしたちはやったよ。抜けたんだよ。魔王領を抜けて目的の街道に着いたんだ──。ここまでくれば、人間族の里だって近くにあるかも……。よく頑張ったよ、玉斧──。頑張ったね」

 

 頑張ったのはお前だ──。

 俺なんか、背負われていただけだ……。

 玉斧は孫空女の背で苦笑した。

 

「……と、とりあえず……俺をおろして休めよ……。ま、まだ夜じゃねえか……。だ、だから、寝ろ……。朝になるまで待てよ……。動くのはそれからにした方がいい……」

 

 ここまで来れば、寝ているうちに亜人軍に襲われる危険はほとんどない。

 身体だけではなく、緊張を解かせなければ、孫空女が本当に倒れてしまう。

 玉斧はそれが心配だった。

 

「……そ、そうだね……。休もうか……。玉斧もずっと背負われていて疲れるよね……。と、とりあえず、ここで休もう……」

 

 少しの躊躇のようなものの後、孫空女がそう言った。

 玉斧は、自分の身体がそっと地面に横たえられるのを感じた。



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514 孫空女の求婚

「……それで、あたしは盗賊団の頭領になっちまったのさ。でも、頭領になったからには、連中を食わせなければならない……。食わせるためには、盗賊をやるしかない……。まあ、綺麗ごとだけ言っていても、連中を飢えさせるだけだからね……。まあ、そうこうしているうちに、ご主人様を襲ってしまって掴まったのさ……。それからのことは、さっき言った通りだよ……」

 

 孫空女は語り続けた。

 陽の光が煩わしい。

 いまいましいほどに空には雲もない。

 樹木の葉を通して降り注ぐ日射でさえも、いまの孫空女にはうっとうしい。

 

 この辺りの地形もわからないし、もちろん、地図などない。とにかく、東に向かえば、獅駝嶺の東の端である大きな山街道に出る。

 それを信じて、方向だけを間違えないようにして歩くだけだ。

 しかも、玉斧が示した街道は、魔横領の端の端であり、人間族の里も近いそうだ。そうであるなら、魔王の力の及んでいない人間の里に頼れるかもしれない。もしも、そこを見つけることができれば、玉斧が助かる可能性もぐっと高くなる。

 

 玉斧が次第に弱るのをずっと感じ続けていた。

 だから、懸命に孫空女は話し続けた。

 

 語る内容はなんでもよかった。

 

 宝玄仙のこと……。

 

 沙那のこと……。

 

 朱姫のこと……。

 

 故郷のこと……。

 

 これまでの旅のこと……。

 

 旅芸人だった少女時代のこと……。

 

 盗賊団の女首領だったこと……。

 

 なんでもよかった。

 

 それは少しでも玉斧の意識を保たせるためだけの行為であり、孫空女が語り続けている限り、玉斧はそれを聞いている。

 聞いている限り、玉斧は死なない……。

 それを信じて喋り続けた。

 

 玉斧からの反応はほとんどなくなっていたが、時折、確かに玉斧が孫空女の言葉に反応しているように声を出すことがある。

 そんなときは途方もなく嬉しかった。

 

 生きている……。

 

 とにかく、東の街道まで山を抜け切って、宝玄仙が移送されてくるのを待って、頑張って敵を蹴散らして助ける。

 それから、なんとかして宝玄仙の道術を復活させ、玉斧の負傷を治療する。

 それでなにもかもうまくいくはずだ。

 

 絶対だ──。

 

 それにしても暑い──。

 今日はこれまでの歩きの中で一番暑いかもしれない……。

 玉斧に助けられたとき、最初に亜人兵から奪った携帯食料はもうない。

 だから、歩きながら木の実を拾い、それを舐めながら歩いた。

 

 玉斧は水しか受け付けないようだった。

 水筒の水もあったが、湧水を見つけるたびに、水筒に水を補充をして、玉斧の口の中を湿らせた。

 水を与えると、玉斧は口の中を舐めるような仕草をする。

 だが、意識があるのか、どうかわからない……。

 

 とにかく歩くだけだ。

 集落を通過することで襲われるということが一度あったので、注意深く人里は避けるようにした。

 そのために大回りもするし、険しい経路を選ばなければならなくなったが、それは仕方がない。

 

 自分もかなり弱っている。

 今度襲われたら、玉斧を守りきれるかどうかの自信がない。

 いや、自分が歩いているのかどうかも、よくわからない。

 いつの間にか夜になっていると思ったら、やがて朝になっている。

 そんな感じだ。

 

 眠ることはできるだけ避けた。

 早く魔王領を横断したというのもあったが、眠ってしまえば、追手の亜人軍に襲われてもすぐには対応できない。

 再び亜人軍に捕らわれても、孫空女自身は殺されない可能性が高いが、玉斧はその場で殺されるだろう。

 

 玉斧は孫空女を救出するために、亜人軍を裏切っている。

 玉斧が死ぬのは嫌だ。

 

 だから、孫空女は可能な限り眠らずに歩いた。

 どうしても耐えられなくなれば、夜に少しだけ眠った。

 そして、また歩いた。

 

 目的の街道はまだか……?

 苦しさのようなものはもうない。

 見えるものが少しずつ後ろになる。

 

 それだけだ──。

 眠い──。

 

 もしかしたら、歩きながら自分は寝ているのだろうか……?

 そんな気さえした。

 

「……それからさあ……」

 

 孫空女は言った。

 次はなにを語ろうか……。

 もう、自分のことを語り尽くした気がする。

 どんな話をすれば、玉斧は興味深く聞いてくれるだろうか……。

 

 とにかく、玉斧の体温は感じる。

 まだ、生きている。

 それだけを強く感じた。

 

「あれっ?」

 

 孫空女は不意に立ちどまった。

 険しいと思っていた樹木が突然に途切れたのだ。

 ある程度の整備された道に出た。

 

 街道だ。

 間違いない──。

 玉斧が説明をした街道の特徴に完全に合致する──。

 

 ついに、やったのだ──。

 辿りついた──。

 

「ぎょ、玉斧──。起きたかい──。よかった──。あたしたちはやったよ。抜けたんだよ。魔王領を抜けて目的の街道に着いたんだ──。ここまでくれば、人間族の里だって近くにあるかも……。よく頑張ったよ、玉斧──。頑張ったね」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかも、この景色に見覚えがあった。

 おそらく、まだ魔王たちに捕らわれる前に、獅駝の城郭に連れていかれる直前まで、この付近を旅をしていたところだ。

 驚いたことに、ここに繋がっていたのだ。

 だったら、人間の里の場所がわかる。

 距離はあるが、半日もあれば到着する。

 玉斧を休ませられる。

 もしかしたら、薬草だって調法してくれるかも……。

 すると、背中の玉斧が動いた気がした。

 

「……そ、孫空女……」

 

 声がした。

 孫空女は狂喜した。

 もしかしたら、二度と玉斧は目が覚めることがないかもしれないとも考え始めていたのだ。

 玉斧の声を聞くのは本当に久しぶりのような気がした。

 

「ぎょ、玉斧──。起きたかい──。よかった──。あたしたちはやったよ。抜けたんだよ。魔王領を抜けて、目的の街道に着いたんだ──。よく頑張ったよ、玉斧──。頑張ったね」

 

 孫空女は街道に降りた。

 ここまで来れば、とりあえずの大きな危険は去ったはずだ。

 こっちの街道は、どの亜人の里からも大きく離れていて。むしろ人間族の商人が使うような道らしい。

 亜人の脅威は少ない──。

 玉斧がそう言っていた。

 だからこそ、玄魔は意表をついて、この道を選んだらしい……。

 道には、大規模な騎馬が馬車の縦列が通過した痕はない……。

 宝玄仙たちを移送する集団は、まだ通過していない。

 それについても、孫空女は確信している。

 

「……と、とりあえず……俺をおろして休めよ……。ま、まだ夜じゃねえか……。だ、だから、寝ろ……。もう朝になるまで待てよ……。動くのはそれからにした方がいい……」

 

 玉斧が言った。

 孫空女はびっくりした。

 真夜中どころか、いまは陽は中天にある。

 陽射しも強い。

 

「……そ、そうだね……。休もうか……。玉斧もずっと背負われていて疲れるよね……。と、とりあえず、ここで休もう……」

 

 とにかく、孫空女は玉斧を地面に横たえた。

 

「ね、ねえ、玉斧……」

 

 孫空女は玉斧に覆いかぶさるようにして、その顔に自分の顔を近づけた。

 もう、視界が消えかけているのだろうか……。

 

「なんだよ……。また、口づけしてくれるのかよ……」

 

 すると玉斧が言った。

 不思議なほどに口調がはっきりしていた。

 それが逆に孫空女を心配させた。

 

「く、口づけかい……? し、してもいいよ。あ、あたしと結婚してくれたらね……」

 

 孫空女は言った。

 どうして、そんな言葉を口にしたのかわからない。

 でも、玉斧はこんな孫空女と結婚をしたいと言っていた。

 それでこんな無茶をした。

 だから、そう言ってあげたかった。

 すると玉斧の頬がほんの少し緩んだ気がした。

 

「……あ、ありがとうよ……。そ、孫空女……。う、嘘でも……嬉しいぜ……」

 

 玉斧はそう言って、閉じていた瞼を開いた。

 その眼がじっと孫空女を見つめている。

 

 だが、開いた瞼はなかなか閉じようとはしなかった。

 それが不自然なほどに……。

 

「ぎょ、玉斧?」

 

 孫空女はぎょっとして声をあげた。

 玉斧の眼はいつまでも開いたままだ。

 

 孫空女は慌てて、玉斧の唇に自分の唇を重ねた。

 玉斧の唇はまだ温かかったが、玉斧からはまったく呼吸を感じなかった。

 孫空女は、玉斧の口の中に舌を入れむさぼった。

 玉斧の舌は、孫空女の舌に弾かれて上に下に動いたが、自分からはまったく動かない。

 

 孫空女は唇を離した。

 しばらくのあいだ、じっと玉斧を見つめていた。

 

 相変わらず、玉斧の眼は孫空女をじっと見つめるかのように開かれたままだ。

 でも、それが閉じないのだ。

 いつまで経っても……。

 

「な、なんだい……。死んじまったのかよ……」

 

 孫空女は呟いた。

 玉斧の頬にぽたぽたと自分の涙が滴るのがわかった。

 

 

 *

 

 

「約束だからね……。あんたが死んだ場所に埋めてあげたよ」

 

 孫空女は道端にできた土盛りに言葉をかけた。

 玉斧の身体を埋めた土盛りだ。

 その土盛りの上に、人の頭ほどの丸い石を置いた。

 これが玉斧の墓だ。

 玉斧は、自分が死んだら、その場所に埋めて欲しいと言ったのだ。

 だから、そうした。

 本当は、故郷でもある亜人の領域に少しでも戻してあげた方がよかったのかもしれないと思ったが、孫空女には、玉斧がそれを望むのかどうかを判断することができなかった。

 だから、言われていた通りにすることにしたのだ。

 

 死んだ場所に埋めてくれ──。

 確か、それが玉斧の言葉だったと思う……。

 

「結局、あたしって、あんたのこと、なにも知らなかったんだね。あんたの墓をどっちに向けていいかもわからないよ……。あんたが死んだことを伝えなきゃならない人はいたのかな……。あたしは、そんなことさえ、あんたに訊ねなかったね……。それどころか、あんたの種族の墓がどういうものなのかもわからないよ……。だから、あたしの故郷と同じように埋めたよ……。勘忍してよね……」

 

 孫空女は墓の前で言った。

 玉斧とはもっと語り合いたかった。

 

 なぜ、自分を助けたのか……?

 本当に孫空女を好きだと思ったのか……?

 そうであるとしても、命を失うほどのことをしたのはなぜか……?

 

 後悔しなかったか……?

 死は苦しくはなかったか……?

 

 色々と話したかった。

 だが、もうそれは叶わない……。

 

「こんなあたしでよければ、このあたしが妻だったって、あの世でいくらでも言いなよ。あんただったら、女房になってもよかったかもしれないよ……。まあ、でもご主人様がなんと言うかわからないけどね……」

 

 孫空女は自分の髪をひと房掴んだ。

 そして、それを小刀で切断する。

 小刀は玉斧が持っていたもので玉斧の懐にあったのだ。

 

「……あたしの故郷の田舎ではね……。夫に先立たれた妻は、自分の一部を墓の前に供えるんだ。いずれ同じ場所に来るよっていう意味なんだってさ」

 

 孫空女はそのひと房の髪をたまたまあった草の蔓で縛ると、玉斧の墓の石の下に置いた。

 

「じゃあね……」

 

 立ちあがる。

 とりあえず、街道を北に向かうことにした。

 記憶にあった人間族の里に……。

 まずは、体力を戻して……。

 

 それから……。

 

 孫空女は、異常に重く感じる身体を引き摺るように街道を歩き始めた。




 *


 「孫空女と玉斧」の物語は残り一話続きます。
 時系を少し未来に移動した【番外篇】です。


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515【番外篇】未亡人と恋の結末

 物語は、少し未来の場面になります。
 宝玄仙は復活し、孫空女と沙那を連れて獅駝嶺の山街道を歩いています。


 *




 これは、孫空女と宝玄仙と沙那が三魔王から解放されて、朱姫を探すために獅駝の城郭に戻る途中のお話──。

 

 

 *

 

 

 山道を登りながら、宝玄仙が声をあげた。

 

「未亡人にならせてくれだって?」

 

 宝玄仙の声は怒りよりは、疑念の響きが強かった。

 後ろで聞いていただけの沙那も首を傾げざるを得なかった。

 

「お願いだよ、ご主人様。そいつと約束をしちゃたんだよ」

 

 孫空女が振り返って、両手を合わせて頭をさげた。

 

「そいつって誰だい? だいたい、結婚させてくれじゃなくて、未亡人になるとはどういうことなんだい? お前、わたしと離れているあいだに結婚したのかい? ははあ……。さては、お前、わたしが玄魔(げんま)に移送されて金凰(きんおう)宮に向かう途中で、一度逃げ出したとか言っていたよねえ……」

 

「い、いや、まあ……」

 

 孫空女も宝玄仙の剣幕にたじろいでいる。

 沙那も宥めようかとは考えたけど、それよりも、孫空女がなにを語りだしたのかが気になる。

 

「さしづめ、そのときだね。そのときに、いい男ができたのかい──。沙那に次いでお前もかい? 許すわけないだろう──。ふざけるんじゃないよ。お前らは一生、わたしに飼い殺されるんだよ──」

 

 宝玄仙が憤慨したように言った。

 

「け、結婚なんてしてないよ。確かに、玄魔隊を追って、ご主人様を助けにいく途中のことだけど、そのときに、そんな暇なんかあるものかい──。あたしと玉斧(ぎょくふ)は、ご主人様を助けるために、亜人たちの部落を必死で進んでたんだよ。それこそ、寝る間のないくらいに歩いたんだ」

 

「寝る間もなければ、一度や二度くらいは、乳繰り合うことだってできるだろうが──。だいたい、玉斧って誰なんだい? そいつと一緒にさせてくれっていうのかい──。冗談じゃないと言っているだろうが──。絶対に駄目だ──。なんだったら、わかるようにしてやってもいいんだよ……。お前の尻の穴に、白象宮から持ってきた『痒み棒』を突き挿してやるよ。そのまま、二日ほど、放っておかれたら、我が儘言う気もなくなるだろうしね──。さあ、尻を出しな、孫空女」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ご主人様。話を聞いてよ」

 

 孫空女は狼狽えた声をあげた。

 宝玄仙が立ちどまったので、三人で山街道の道端に立ちどまるかたちになった。

 沙那は、とりあえず、背負っていた荷をその場におろす。

 

「問答無用だよ、孫空女──。お前、下袴をさげて、尻をこっちに向けな──。それから、沙那、荷から『痒み棒』を出すんだ」

 

 宝玄仙が沙那に振り返った。

 

「お、落ち着いてくださいよ、ご主人様。孫空女の話を聞いた方がいいんじゃないですか? 事情がありそうですよ」

 

「やかましいよ、沙那──。そう言えば、お前の罰も保留になったままだよね……。ちょうどいい。『痒み棒』は二本出しな。そして、一緒に罰を受けるんだ。ほら、孫空女と並んで尻を出すんだ」

 

「待ってくださいってばあ──。ねえ、ご主人様、孫空女は、結婚をさせてくれと言ったんじゃないですよ。未亡人にさせてくれと言ったんですよ」

 

 雲行きが自分にも向かいそうなことに慌てながら沙那は言った。

 すると、宝玄仙が怪訝な表情になった。

 

「そう言えば、そうだったね……。なんだい……? だったら、その玉斧という男をわたしに殺してくれということかい? わたしは、もう人死は遠慮したいねえ……」

 

 宝玄仙の表情がきょとんとなった。

 

「違うったら──。その玉斧は死んでいるんだ」

 

 孫空女は言った。

 

「死んでいる?」

 

 沙那は思わず口を挟んだ。

 横で宝玄仙も首を傾げた。

 

 すると、孫空女が語り始めた。

 孫空女がそもそも最初に逃亡に成功したのは、その玉斧という亜人に助けられたからだいうこと……。

 その玉斧が孫空女を庇うために瀕死の重傷を負ったこと……。

 そして、孫空女が玉斧を背負って、亜人の領域を数日歩き通したこと……。

 玉斧が死んだこと……。

 沙那も宝玄仙も神妙に、その話を聞いていた。

 

「……それで、あたしは、髪の毛を切って、そいつを埋めた土の上に置いたんだ。あたしの故郷では、それが夫に死なれた未亡人の仕来たりなんだ……。まだ、死んではいないけど、いつか横に来るよって意味なのさ──」

 

 孫空女が語り終えた。

 宝玄仙も珍しく、押し黙ったまま、一度も口を挟むことなく、孫空女の言葉に耳を傾けていた。

 

「……罰は受けるよ。でも、約束しちゃたんだ……。黙っていようとも思ったけど、もうすぐ、そいつの墓があるんだ。そこに立ち寄らせてよ。お願いだよ……」

 

 孫空女が付け加えた。

 

「……わかったよ。死んだ者との約束なら仕方ないさ──。お前がそいつの未亡人になるというのもわかったよ……。結婚もしないのに、いきなり、未亡人からというのも変だけど、そういうことなら仕方ないね」

 

 宝玄仙の顔がふっと綻んだ。

 

「あ、ありがとう、ご主人様」

 

 孫空女が破顔した。

 

「それで、その玉斧とかいうお前の死んだ夫……ということになるのかねえ……。とにかく、そいつの墓は遠いのかい?」

 

「すぐそこだよ、ほんの道の横に埋めたんだ。手間は取らせないよ。ただ、みんな助かったって報告させてよ……。玉斧のお陰だってね……」

 

 孫空女が言った。

 そして、再び山道を三人で進んだ。

 登り坂が終わり、峠をほんの少しすぎたところで、孫空女が山道の脇に進だ。

 

「そこだよ」

 

 孫空女が歩きながら振り返った。

 確かに、少し先に土を盛ったような場所がある。

 

「あれっ?」

 

 その盛り土の前に来て、孫空女は声をあげた。

 沙那も驚いた。

 その盛り土に穴が開いているのだ。

 明らかに掘り起こした痕がある。

 盛り土に見えたのは、土を掘り返して、中のものを出した痕だったのだ。

 沙那はその穴を覗いたが、人がひとり入っていたようなかたちで穴がぽっかりと開いている。

 

「だ、誰がこんなことを──。だ、誰かが、玉斧を掘り起こしたんだ──。なんで──?」

 

 孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 沙那も驚いた。

 誰がなんのために、死骸を冒瀆するような行為をしたのだろうか……?

 

「ご、ご主人様、お願いだよ──。誰がこんなことをしたの調べさせて──。ここは亜人領じゃないんだ。近くの山村の連中に訊ねれば、誰がこんなことをやったのかわかるかもしれない──。玉斧には、背負って背負い切れない、返したくても返せない恩があるんだ──。ねえ──」

 

 孫空女は怒りの形相で宝玄仙に振り返った。

 だが、宝玄仙はじっと穴を見たままだった。

 なにも喋らず、一心不乱に穴に見入っている。

 

「ねえ、ご主人様──」

 

 孫空女が大きな声をあげた。

 

「うるさいよ、孫空女──。集中して、霊気を読めないだろうが──。まあいい。だいたいのことはわかったよ……。かすかに霊気の残骸が残っている……。わたしの母親は、妖魔遣いだったからね。幼いころから、わたしは、たくさんの妖魔の霊気に触れてきたんだ……。だから、霊気だけで、ある程度の種族は想像がつく──。もしかしたら、その玉斧とかいうのは、土族(つちぞく)じゃないのかい?」

 

 宝玄仙が言うと、孫空女が目を丸くした。

 

「そ、そんなことがわかるの?」

 

「わかるのさ……。お前、その玉斧とかいう男が言った言葉を覚えているかい……。そいつは、もしかしたら、死んだら土に埋めてくれと言わなかったかい? できるだけ、一字一句正確に思い出しな」

 

 不意に言われて、孫空女も戸惑った顔になっている。

 だが、すぐに神妙な表情になった。

 

「あいつと喋ったことは、よく覚えているよ……。本当に他愛のない会話までね……。実際のところ、そんなに喋れもしなかったんだけどね……。あいつは、こう言ったよ……。“俺が死んだら、どこでもいいから、その場で土に埋めてくれ。俺たちの種族は土族といってな……。大地が俺たちの母親だ。死んで土に返る……。そして、また、新たな命になる……。それで十分さ……”ってね。多分、一字一句、ほとんど間違っていないと思うよ」

 

 孫空女が言った。

 すると、宝玄仙が噴き出した。

 

「な、なにがおかしいのさ、ご主人様──?」

 

 孫空女が怒ったような口調で言った。

 

「お前は、その言葉を聞いて、玉斧が墓を作って欲しくてそう言ったと思ったんだね? そうなんだろう? だから、土族のそいつに、そこそこ、ご立派な墓をこしらえてやったということだね?」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑いながら言った。

 なんなのだろう……?

 沙那は、宝玄仙の様子を不思議に思った。

 

「な、なにが面白いのさ? そうだよ。玉斧は自分を埋めて欲しいと言ったんだよ……。でも、あたしは、玉斧がどんな墓を作って欲しかったのかさえ訊ねなかったのさ。だから、仕方なく……」

 

「違うんだよ。お前は、ある意味で勘違いをしたのさ──。玉斧が言ったのは、ほとんど、言葉の通りのことなのさ。それが土族の特徴なんだよ──。連中は、もっとも情のない種族とも呼ばれているけど、別名は不死身族さ──。玉斧がお前に頼んだのは、文字通りのことだよ。あいつらは、死んでも生き返るんだ。土に埋めておいたらね。そして、復活するんだ。あいつらの命の拠り所は土だからね……」

 

「復活──?」

 

 孫空女は目を丸くした。

 沙那も驚いた。

 

「とにかく、土族の復活は有名な話じゃないかい──。そんなことも知らなかったのかい? だから、土族を殺すにはただ殺すだけじゃ駄目なんだ──。殺した後で、身体を燃やして灰にして、その灰を川なんかに流すんだ──。それでやっと復活しなくなる。死骸をそのまま土に埋めたりしたら、連中はあっという間に生き返るよ──。その玉斧は、死骸を暴かれたんじゃない。ただ、土の中で復活して、自分で穴を掘って出て来ただけさ」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女が目を丸くした。

 

「じゃ、じゃあ、そいつは生きているの?」

 

「……だけど、残念ながら、お前のことは覚えていないよ……。復活した土族は、死ぬ前の記憶を持たない……。そいつ自身が言ったように、生まれ変わるんだ……。だから、その玉斧はお前のことをまったく覚えていないよ。いわば、死んだ玉斧と、生まれ変わった玉斧は他人と同じだ。姿形は一緒なだけの他人だよ──。自分が玉斧と名乗っていたということも覚えていないと思う」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 すると、孫空女の眼からつっと涙がこぼれた。

 沙那はびっくりしてしまった。

 

「で、でも、生きているんだね──。よ、よかった……。だったら、どこかでまた、会えるかもしれないね……。向こうは覚えていなくてもさあ──。よかった……」

 

 孫空女が両手でさっと顔を覆った。

 

 

 *

 

 

 赤毛(せきもう)は、居酒屋で酒を飲んでいた。

 日雇いの小さな仕事だったが、親方が雇い主から祝儀をもらったとかで、そのお裾分けがあったのだ。

 いつもの賃金だけだと、生きていくのに必要な物を得て、それを支払えば終わりだが、少しでも余分な金が手に入れば、小さな居酒屋で飲むのが赤毛の愉しみのひとつだ。

 

 ただ、飲むときはいつも独りだ。

 赤毛(せきもう)は仲間とは飲まない。

 それには理由がある。

 

 こうやって人間社会で暮らしてはいるが、実は赤毛は亜人だ。

 人間と一緒に酒を飲むと、思わぬことを口走ってしまうかもしれない。

 それを避けるために、なるべく、酒はひとりで飲むようにしていた。

 この帝国では、亜人も人間の社会で暮らしてはいるが、やはり軋轢はある。

 そういう煩わしさが嫌で、赤毛は人間のふりをして、帝国という人間族の大きな国で生きているのだ。

 しかし、あまり人間と深く関わると、亜人であることがなにかの拍子でばれるかもしれない。

 また、赤毛が人間族のふりをしているのは、もうひとつ理由がある。

 

 赤毛は実は亜人の中でも最も情に薄いと呼ばれる土族だ。

 土族は情に薄い。

 人を愛することもなければ、家族のようなものを持つこともない。

 それが土族だ。

 

 しかし、赤毛は、そんな土族が嫌で、それを隠して人間の社会にやってきたのだ。

 だから、自分が土族であることも、亜人であることも、できれば赤毛自身が忘れてしまいたいのだ。

 他人を愛することができないといわれている土族の自分が、いつか人を愛して家族を持つ──。

 それが赤毛の夢だ。

 

 酒と肴が運ばれてきた。

 赤毛は舐めるように酒に口を付けた。

 すると、卓に影が差した。

 

 顔をあげると、赤毛の女がそこにいた。

 肉を乗せた皿を手に持っている。

 心なしか顔が上気しているようだ。

 どこかで会ったような気もするが、赤毛には記憶がない。

 

「座ってもいいかい?」

 

 その女が言った。

 ほかにも空いた席はある。

 だが、その女は赤毛になにか用事があるような感じだった。

 

「お、おう……」

 

 赤毛は頷いた。

 

「あたしは、孫空女──。旅の女だよ」

 

 その女は赤毛の向かい側に座ると言った。

 

「俺は赤毛(せきもう)だ」

 

「もしかしたら、竜飛(りゅうひ)国の出身かい?」

 

 その孫空女と名乗る女は言った。

 驚いてしまった。

 赤毛は確かに竜飛国の出身だからだ。

 

 正確に言えば、竜飛国よりも、ずっと南である、獅駝(しだ)嶺という山中で生まれた。

 土族は土から卵で生まれる。

 生まれ変わりもそうだ。

 死ねば土の中で繭を作って卵のように包み直して、新しい自分として産まれ直すのだ。

 それ以前のことは覚えていないが、おそらく赤毛は、そうやって産まれたのだと思う。

 そして、亜人であることを隠して竜飛国に入り、東方諸国と呼ばれる諸公国を旅して、この帝国に流れて来たのだ。

 しかし、それは誰にも隠していた事実だ。

 それをあっさりと見抜いたその女に赤毛はびっくりした。

 

「それは?」

 

 孫空女がくすくすと笑いながら、赤毛が首にぶらさげている飾りを指さした。

 

「ああ、そう言えば、あんたの髪の毛に似ているな」

 

 赤毛は思わず微笑んでしまった。

 これは赤毛が土から出てきたときに、なぜかその土の上に乗せてあったひと房の髪の毛だ。

 どういう意味があるのかわからなかったが、なんとなく持ってきて、いまは紐を繋げて首飾りにしていた。

 赤毛(せきもう)という名乗りもそこから取った。

 そのひと房の髪は赤い髪だったのだ。

 

「孫空女、わたしらは宿で待っているよ──。念のために言っておくけど、べらべらと喋るんじゃないよ。そいつが混乱するだけだからね……。もう一度言うよ。お前がやっていいのは、ただそいつに抱かれるだけだ。余計なことを言わずに戻るんだよ──。結婚するとか言い出したら、とんでもない目に遭わせるからね」

 

 店の外に旅姿の三人の女がいた。

 その中の黒髪の女がそう言ったのだ。

 ほかに、栗毛の剣を腰にさげた女と小柄な少女がいる。

 この孫空女も含めて、それぞれに大変な美女たちだ。

 店の中の男たちが、孫空女を含めたその四人の女に視線をやっているのがわかる。

 思わず見とれてしまうような四人連れの女なのだ。

 

「わ、わかっているよ、ご主人様……。そんなことを大きな声で言わないでよ。必ず、明日の朝には戻るから──」

 

 孫空女が応じた。

 彼女の顔は、その黒毛の美女のからかいの言葉による羞恥のためか真っ赤だ。

 

「結婚──? 朝──? なんのことだ?」

 

 四人が店の前からいなくなると、さっきの黒毛の美女の言葉がわけがわからなくて、赤毛は訊ねた。

 しかも、その女は孫空女が赤毛に抱かれるというようなことを言わなかったか?

 

「き、気にしなくていいよ……。ご主人様はああいう人なんだ……。本当に気にしないで──。ところで、ご主人様が言ったことだけど、あたしは、商売女なんかじゃないよ。なんだったら、少しだったら、お金をあげてもいいよ」

 

 孫空女がはにかんだように笑った。

 

「金をくれる? なにを言っているんだ?」

 

 赤毛は首を傾げた。

 

「なにも言わずに、あたしを抱いてくれないかい? あんたの家でも、どこでもいい──。あんたに一度抱いてもらいたいのさ」

 

 孫空女が言った。

 赤面して恥ずかしそうなその孫空女の表情に、わけがわからなくて、赤毛は狼狽えてしまった。

 

「……だ、だめかい……?」

 

 すると、孫空女がちょっとだけ残念そうな顔になった。

 

「も、もちろん、駄目じゃねえが……」

 

 赤毛はとりあえず、そう言った。

 こんな美人で気立てのいい女が自分から抱いてくれなどとどういうことだろう……?

 そう思いながら、なぜ、自分はこの女が気立てがいいと思ったのだろうとも思った。

 

 たったいま、会った女だ。

 間違いなく、赤毛は、この女のことを知らない。

 気立てがいいどころか、もしかしたら、怪しい女なのかもしれないのだ。

 こんな美女が自分から赤毛に抱いてほしいなど、いくらなんでも不自然すぎる。

 

 しかし、この女は信用できる。

 赤毛の勘がそれを強く主張している。

 

 それに、この女を眺めていると、なんだか懐かしい気分になる……。

 赤毛は、自分の感情が整理できなくて、ひたすら首を傾げた。

 

 そのとき、赤毛は、店にいる男たちのほとんどが、赤毛と孫空女の会話に耳を傾けていることに気がついた。

 

「……とにかく、ここではなんだ……。俺の家に行くさ。だが、なんにもねえぞ。ただ、寝る場所があるだけだ」

 

 とりあえず赤毛は言った。

 

「それで十分じゃないか、赤毛(せきもう)さん」

 

 孫空女が笑った。

 笑うと本当に無邪気な表情になる。

 その笑顔に釣られて、赤毛は思わず頬を綻ばせた。

 

 

 

 

(第80話『救援者と逃避行』終わり)



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 第81話  人間族の逆襲【青獅子大王Ⅲ】
516 異変──突然の決起到来


「魔凛は、尻の穴に山芋の汁を塗りたくった野菜を入れて戻って来るからな。だが、すぐには抜いてやらねえ。抜くのは、ここにいる全員の珍棒を舐めてからだ。お前ら、さっさと出すんじゃねえぞ。できるだけ、苦しめるんだからよう」

 

 大旋風は大笑いしながら、持っていた酒を一気に呷った。

 すぐに、横の部下が空になった盃に酒を注ぐ。

 

「任してください。だけど、尻に山芋を塗って歩かせてきて、いいかげんに痒くなったところで、全員の珍棒舐めですか。きっと魔凛はのたうち回りますね。尻穴の調教にも身が入るということでしょう」

 

 おもねるような物言いで部下が言った。

 大旋風はにやにやしたまま首に振った。

 

「だが、すぐには始めねえぞ。まずは魔凛の尻にたっぷりと山芋の混じった痒み剤をたっぷりと塗り足してやるのよ。やっと痒みを癒してもらえると期待をさせたあとでな。だから、お前ら話を合わせるんだぞ」

 

 大旋風は言った。

 すると、部下たちがどっと声をあげる。

 

「そりゃあいい」

 

「さすがは、大旋風の兄貴ですよ」

 

「魔凛は泣きますぜ」

 

 次々に同調する声があがる。

 大旋風はますます愉しくなってきた。

 

「それで、魔凛に尻穴をあげてじっとしているように命じてやるのさ……。あの『服従の首輪』という操り霊具は、どんな強力な道具にもまさる拘束具だ。一度、命じてやれば、魔凛はその姿勢を崩すことなどできねえ……。野菜も山芋そのものに変えてやる。魔凛は泣き叫ぶに違いないぜ。“お願いだから、尻を掘ってくれっ”てな──」

 

 大旋風は、魔凛の口調をまねながら言った。

 周りの部下たちが、一斉に爆笑した。

 

 大旋風隊が軍営にしている人間族の屋敷である。

 もともとは、身分の高い人間族の屋敷であり、大旋風たちはこの屋敷の広間で車座になって酒を交わしながら、魔凜が戻ってくるのを待っていた。

 青獅子魔王が仮の住居にしている李媛(りえん)という人間女の屋敷の隣であり、そこを乗っ取って、大旋風隊の軍営として使っているということだ。

 

 この屋敷を乗っ取ったのは、魔凛の首に『服従の首輪』を装着させて、奴隷以下の身分にしてやった翌日だったと思う。

 若い貴族の夫婦の屋敷であり、まだ十歳だというひとり娘がいた。

 この屋敷で働いていた家人たちをひとり残らず追い出すと、退屈凌ぎに大旋風は、その貴族夫婦に、大旋風隊の兵士の集まる庭の真ん中で媾合いをするように命じた。

 逆らえば、娘を殺すという脅迫をしてだ……。

 亜人たちの集まる輪の中心ですべての衣類を剥ぎ取られたその貴族の若夫婦は、半泣きになりながら、兵士やそのひとり娘の前で媾合いを始めたものだ。

 

 ああいうときには、男よりも女の方が開き直るものなのかもしれない。

 限られた時間までに男が女に精を放たなければ、娘を殺すというと、妻はなかなか勃起しない夫の肉棒を懸命に口や乳房で奉仕して固くしようとした。

 それでも、夫は恐怖と緊張で一物を大きくすることができずに、結局は勃起を鎮めることのできなくなる媚薬を男に飲ませて、妻と性交をさせたのだった。

 その後、まだ勃起の収まらない夫を道術で立ちん坊にして、夫や娘の眼の前で、貴族女を全員で犯しまくった。

 

 その貴族女については、調子に乗りすぎた部下たちが薬物を使いすぎてしまい、頭のねじが外れたような状態になってしまった。

 仕方なく、まずは女を処分して肉鍋にして食べた。

 

 余興代わりに、その肉を夫にも無理矢理に食わせたのも、なかなかに面白い見世物だった。

 食べなければ娘を殺すと脅すと、男はみっともなく号泣しながら、何度も嘔吐しつつ、与えられた妻の肉を腹に入れた。

 自分のへどを手で集めながら、懸命に口にかき入れる姿は、人間というよりは、まさに畜生だった。

 

 その翌日は、男に自分の娘を犯させる趣向を考えていたのだが、男がその夜のうちに自殺したので、それは果たせなかった。

 

 そして、娘については、青獅子と相談し、白象魔王領に送って、あの変態女王の奴隷にすることにした。

 娘の名は、雪蘭(ゆきらん)といっただろうか……。

 雪蘭という人間族の少女は、青獅子の命により、白象魔王の奴隷宮に、沙那という宝玄仙の供の女と一緒に送り込んだ。

 宝玄仙という宝の山を生む家畜の扱いだが、白象魔王のところには、沙那という人間族の女を送るだけで、宝玄仙を渡す予定がない。

 あまりにも吊り合いがとれないので、まあ、白象魔王が気に入りそうな人間族のいくつかを見繕って移送することになっている。

 大旋風は、白象魔王という青獅子魔王の姉が童女趣味なのかどうかは知らないが、青獅子が送れという指示だったので従った。

 今頃は、沙那とともに白象魔王の城に到着しただろう。

 

「それから、尻調教開始ということですね?」

 

「けつの穴を掘ってくれと言う魔凛自身の尻にあいつ自身が買ってきた野菜を挿してやるということですよねね?」

 

 隣に座っている部下が追従笑いをしながら、再び空になった大旋風の杯に酒を注ぐ。

 

「もちろん、魔凛に尻穴に挿す野菜自体にも、たっぷりと山芋や痒み剤を塗り込こむぜ。つまりは、痒みを癒すために、尻穴に野菜を挿せば挿すほど、魔凛は尻穴が痒くて仕方がなくなるということだ──。そうやって、だんだんと太い野菜に変えていく──。今日一日でどれくらいまでの太さまでの野菜を受け入れることができるようになるかな──?」

 

 大旋風は上機嫌に笑った。

 

「だったら、折角の野菜なんですから、受け入れることのできるようになった野菜は、魔凛に喰わせるというのはどうです、隊長? 自分自身の尻に入っていた野菜を喰い終わったら、尻穴の痒みを癒してもらえるということにしたら……」

 

 提案されたその部下の思いつきに、大旋風は膝を叩いて悦んだ。

 自分自身の便で汚れた野菜を喰わせるというのは、なかなかに愉快だ。

 魔凛は恥辱に咽び泣くに違いない。

 しかし、それをしなければ狂うような痒みから解放されない魔凛は、どんなにそれが屈辱的なことであろうと、それを受け入れいるしかないだろう。

 痒みが癒される行為そのものが、新たな痒みを作りだす仕打ちだとわかっていても……。

 

 そのとき、魔凛が戻ったという報せが、門衛をさせている兵から届いた。

 魔凛には、前側しか隠せない程度の布切れ一枚だけで城郭の市に行って、自分の尻穴を調教するための野菜を購ってこいと命令している。

 野菜を買うための代金は、自分の身体を売って稼げとも……。

 

 どんなに卑劣で恥辱的な命令であろうと、『服従の首輪』をされている魔凛は、大旋風の言葉には逆らえない。

 あの霊具は、およそ理解できる言葉であれば、どんなことであろうとも、“命令”と告げられたことに従ってしまうのだ。

 どんな実力のある道術遣いが作成した霊具だかわからないが、あんなに完全な操り霊具は、大旋風はほかに聞いたことはない。

 その首輪の命令を受けた魔凛が戻ってきたということは、魔凛が娼婦のように人間族の男に身体を許し、その金を使って、市で野菜を買ったということだ。

 それ以外の手段で、野菜を手に入れることは魔法で禁止しているからだ。

 

「案外早かったな……。だったら、もう少し難しい条件にしておけばよかったぜ」

 

 大旋風はそう独り言を言った。

 まだ、魔凛が出掛けてから二刻(約二時間)というところだ。

 もう少し時間がかかると思っていたから、このくらいの時間で戻ってきたのは意外だった。

 城郭の占領のときに得意の支配術で城郭全体を無力化してしまった魔凛の名は、城郭の人間族にはすっかりと広まっている。

 いかに魔凛が美貌で名高い鳥人族だといっても、魔凛に手を出す男などいないと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 

「なあに、大旋風隊長……、ちゃんと魔凛の尻を開発した暁には、今度は尻穴で男を誘えと条件をつけて送り出せばいいじゃないですか。前の穴は淫具で塞いでおいてね……」

 

「いや、淫具じゃなくて山芋がいいんじゃねえか。前の穴は山芋で塞ごうぜ」

 

 部下たちが言った。

 大旋風はその提案に腹を抱えて笑い転げた。

 

「戻ったよ……」

 

 やがて、部屋の扉の外から魔凛の声がした。

 大旋風が部屋に入るように指示をすると、扉が開き、その魔凛が入ってくる。

 すぐに大旋風は、魔凛の後ろに見知らぬ若い女が籠を背に担いで立っていることに気がついた。

 この女は誰だろうと疑問に思ったが、一方で魔凛自身にも違和感を覚えた。

 すぐに、その違和感の正体は、魔凛が黒い軍装のような下袴と上着を身に着けているからだと悟った。

 

 魔凛には、『服従の首輪』の力で、出発前に渡した布一枚しか身にまとってはならないと命令してある。

 だから、魔凛が大旋風が命令を取り消すことなしに、その布以外のもので、裸身を隠すことなどできないはずなのだ。

 

「魔凛……? あれっ?」

 

 大旋風は自分の眼が大きく見開くのがわかった。

 気がつくと、大旋風はいつの間にか直立不動の姿勢で部屋の中で立っていたからだ。大旋風だけではない。

 この部屋にいた全員が同じように直立不動の姿勢になっている。

 

「な、なんで……?」

 

 なにが起きたのかを把握できなくて、思わず大旋風は呟いた。

 道術だ──。

 すぐにわかった。

 

 魔凜がこの部屋に入るなり、あっという間に全員が道術にかけられた……。

 しかも、それを自覚できないくらいに瞬時にだ……。

 

 これは誰でもない……。

 魔凜の道術だ──。

 大旋風たちを立ちあがらせて、金縛りのように身体を動かなくしたのは、魔凛に違いない。

 

 操り術は魔凛の得意中の得意の技だった。

 その技ひとつで、この城郭にいた数万の人間族を無力化できるほどに、魔凛の術は大きなものだった。

 大旋風自身も、この魔凛の操り術をかけられたことがあるので、これがその術だというのはすぐにわかった。

 

 しかし、大旋風に理解できないのは、どうして魔凛の道術が復活したのかということだ。

 魔凛の道術は、『服従の首輪』を装着させた直後に、魔凛から取りあげたはずだ。

 

 いや、そもそも、なぜ、魔凛は大旋風に逆らうような行為ができるのだ……?

 それは注意深く、魔凛に何度も命令を重ねて、大旋風に危険を及ぼす可能性のある行為のすべてを禁じているはずなのだ。

 

「ま、魔凛、術を解け──。命令だ──」

 

 大旋風は怒鳴った。

 すると魔凛の顔が泣いたように歪んだ。

 

「ふふふ……。その“命令”という言葉に、随分と泣かされたものだよね、大旋風……。わたしが、どれだけ感情を爆発させるのを耐えているのかわかるかい……。よくも、よくも……」

 

 魔凛の声が震えている。

 なにが起きたのかわからないが、いままでさんざんに魔凛をいたぶるための道具だった魔凛の首輪の霊具の効果が消えているということだけは確かなようだ。

 大旋風は、自分の背に冷たい汗がどっと流れるのを感じた。

 

「くれぐれも癇癪を起こしちゃならないよ、魔凛……。手筈通りにね……。ほかの者はどうでもいいけど、この大旋風そのものには使い道があるんだ」

 

 魔凛の後ろに立っていた陰気そうな女が言った。

 この女にはまるで霊気を感じない。

 どうやら人間族のようだ。

 

「お、お前は誰だ? 魔凛になにをしたんだ──?」

 

 大旋風は声をあげた。

 そして、なんとか魔凛の術から逃れようと身体をもがかせた。

 しかし、まるで動かない。

 本当に身体全体が凍りついたかのようだ。

 

「わたしは鳴智(なち)という女だけどね……。まあ、この魔凛はわたしたちの仲間になったということさ。それで、お前ら下衆の支配から解放してやったのさ……」

 

 鳴智と名乗った人間族の女が言った。

 

「な、なんのつもりなんだ……? い、いや、お前の目的はなんだ──? お前が魔凛の首輪の霊具の効果を取り消したのか──?」

 

 『服従の首輪』の霊具は、絶対の霊具だと思っていた。

 その効果を無効にできるとは知らなかった。

 

「うるさいねえ──。かくいうわたしも、お前らが玩具にしている首輪の霊具の犠牲者でね。わたしも、こんな道具で人を操って遊ぶような下衆は容赦できないのさ。だから、お前らを皆殺しにする前に、魔凛の腹癒せを手伝ってやろうと思ってね……」

 

 鳴智と名乗った女が開いている扉の外になにかの合図をした。

 すると虚ろな表情の亜人兵がふたり大きな鉢をそれぞれに抱えて部屋に入ってきた。

 

 はっとした。

 門衛につかせていた兵たちだ。

 このふたりが完全に魔凛の術による操り状態にあるのは確かだ。

 だから、魔凛とともに、この人間族の鳴智がなんの咎めもなく、この屋敷に入ってくることを許してしまったのだ。

 

「長引くと隣の魔王宮にも異変が伝わると思うからね……。あまり時間はかけることはできないよ、魔凛」

 

 鳴智が言った。

 

「心配ないよ、鳴智。この屋敷の亜人兵は、どいつもこいつも、わたしの操り術の支配にした。いま、意識を保っているのは、この部屋の碌でなしどもだけのことさ。こいつらだけは、意識なしに殺すなんて優しいことをするつもりにはなれなくてね──。たっぷりと自分たちのやったことを後悔させながら殺してやるよ」

 

 魔凛が静かに言った。

 そして、部下たちが床に置きっぱなしにしていた剣のひとつを拾った。

 

「お前たち、ここに立っている者の全員の服を剥ぎな。そして、ひとり残らず、その尻穴に、その擦った山芋を塗りたくるんだ──。いや、待ちな。それは、この部屋の奥の棚にある痒み剤の薬草を足して特性の薬剤を作ってからにしようか。それを全員の尻穴に入れるんだ。それが終わったら、わざわざ買ってきた野菜をお前らの尻穴に入れてやるからね。愉しみにしてな」

 

 魔凛の言葉の前半分は、鉢を持ってついてきた門衛たちに告げられたものであり、後半は大旋風の部下たちに言った言葉だ。

 門衛のひとりは、やはり虚ろな表情のまま鉢を担いで、調教用の薬草を集めてある棚に進んでいく。

 もうひとりは、術で金縛りにされて動くことのできない大旋風の部下たちに近づいて、下袴と下着をおろしにかかる。

 下半身を剝き出しにされようとしている部下たちが、一斉に悲鳴をあげた。

 

「……さて、大旋風──。お前だけは、門衛たちにやらせはしないよ……。このわたしが手ずから剥いてやる」

 

 魔凛の声は震えていた。その震えが、魔凛が耐えている激しい怒りのためであることは確かだ。

 彼女が持っている剣の鞘が捨てられて、剣先が大旋風の下袴の横を斬り裂いた。

 そして、手が伸びて、下着ごと大旋風の下袴を足首まで一気に引きおろす。

 

「ひっ」

 

 なんの抵抗もできないまま、大旋風の下半身は剥き出しにされた。

 口から思わず悲鳴のような叫びが洩れた。

 

「どうしたんだい、大旋風──。さんざんにわたしを犯してくれた珍棒をこんなに小さくしちまって……。ほら、もっと大きくしたらどうなんだい? 縮こまらせたままじゃあ、役にたちはしないんじゃないのかい……?」

 

 魔凛が大旋風の睾丸に手を伸ばした。

 

「ひぎゃああ──や、やめろおおぉ──」

 

 脳天に錐が突き刺したのかと思うような激痛が睾丸から全身に走った。

 魔凛が力の限り、大旋風の睾丸を握り潰したのだ。

 しかし、それでも大旋風の身体は直立不動の視線を崩せない。

 いや、それどころか倒れることもできない。

 

「や、やめてくれ──ひいいい──お、俺が悪かった──ひぐううっ──がああ──」

 

 魔凛の術で動くことを封じられている大旋風は、なにをされてもされるままになるしかない。

 大旋風は容赦のない魔凛の睾丸潰しで泣き叫んだ。

 

「さあ、魔凛──」

 

 鳴智が寄ってきて、背に背負っていた籠をどすりと置いた。

 ふと籠の中を覗くと、上側にはたくさんの棒状の野菜が入っていたが、さらに下にはなにかの袋がふたつ入っている。

 やっと魔凛が大旋風の股間から手を離した。

 

「お前もいくらかの『治療術』を遣えたよね……。だったら、自分の身体に遣いな──。それから、これから、お前にしてやる仕打ちは、ちょっとばかり痛いよ──。この屋敷全体は、すでにわたしが支配しているから、大抵の悲鳴は外には洩れないよ。遠慮なく泣き叫びな」

 

 魔凛が大旋風の首に刃先を向けた。その刃先がつっと下にさがる。

 

「ひいっ──」

 

 大旋風は思わず声をあげたが、切断されたのは衣服だけだ。

 

「女みたいな悲鳴を出すんじゃないよ、大旋風──。悲鳴をあげてもいいと言ったけど、やっぱり耳障りだ。黙ってな」

 

 魔凛が鼻を鳴らした。

 

「う、うわっ──。な、なにをするつもりなんだ、魔凛──?」

 

 大旋風は今度こそ本物の悲鳴をあげた。

 魔凛の持っている剣が今度はすっと大旋風の腹に伸びたのだ。

 

「あんたの腹をこの『炸裂砂(さくれつすな)』で充満させてもらおうと思ってね。あんたも軍人のひとりらしいからこれがなんだかわかっているんだろう? 道術ひとつで、周囲が消し飛ぶ爆発をするこの砂さ──。ただ、これだけある『炸裂砂』を身体に入れるには、はらわたが邪魔だからね。ちょっとばかり、はらわたを外に出させてもらうよ」

 

 魔凛の代わりに鳴智が答えた。

 その鳴智が人間の顔ほどの大きさの袋をふたつ床に置いた。

 

「大丈夫だろうねえ、魔凛? はらわたなんか取り出して死にはしないかい……?」

 

「死ぬに決まっているさ──。だけど、ちょっとばかりはもつよ──。こいつに仕事をさせるくらいには、十分に生きるはずさ」

 

 魔凛が言った。

 

 そして、魔凛の剣がいきなり深々と大旋風の腹を縦に裂いた。

 魔凛の手が伸び、開いた腹の傷から、大旋風のはらわたを無造作に引き摺り出した。

 大旋風は直立不動の姿勢のまま、信じられないくらいの大きな絶叫が自分の口から放たれるのを聞いた。

 

 

 *

 

 

 李媛は首に食い込む首輪の痛みに顔をしかめた。

 しかし、愉悦に浸っている青獅子は容赦なく李媛の首輪についた鎖を引っ張る。

 裸身に宝石のピアスをつけただけの李媛は、四つん這いのまま、仕方なく青獅子の歩みの速さに追いつくように脚を速める。

 李媛の裸身に、道の両側に集まっている民衆たちの視線が突き刺さる。

 

 この城郭が青獅子たちの支配するところになってから、ほとんど欠かすことなく続いている雌犬としての散歩だ。

 こうやって青獅子は、ついこのあいだまで、この城郭の支配者のひとりだった侯爵夫人の李媛を全裸で犬のように曳き歩くのだ。

 それは長い時間ではないが、亜人たちに凌辱され、その性奴隷となった恥辱の姿を民衆に晒さなければならない李媛にとっては、永遠とも思えるほどのつらい時間だ。

 

 しかし、逆らうことは許されない。

 李媛が逆らったり、あるいは自殺をしたりすれば、その罰は娘の李姫(りき)に与えられることになっている。

 命令に従わなければ、李姫を殺すと脅されている李媛は、青獅子の言いなりなって恥を晒すしかない。

 

「雌犬夫人のお通りだぜ──」

 

「いつ見てもおいしそうな身体だぜ──」

 

「後ろから見てみろよ……。宝石をぶら下げた女陰がすっかりと濡れているのがよくわかるぜ」

 

 聞こえよがしに民衆から野次が浴びせられる。

 半月ほど前まで、侯爵夫人用の馬車に乗って、この民衆たちを見下げながら、同じ大通りを進んでいた。

 それがいまや、李媛に見えるのは、大勢の民衆の下袴や下袍から伸びる脚だけだ。

 

 李媛は、そうやって完全な素っ裸で、亜人の魔王に首輪を曳かれながら、両手を地面につけて民衆の刺すような視線の中を四つん這いで練り歩かねばならないのだ。

 李媛は眉をひそめながら、全身を恥辱で震わせていた。

 

 全裸で外を歩かされる恥辱と屈辱には、慣れるということがない。

 誇り高い貴族の娘として生まれ育った李媛にとって、この仕打ちは耐えられる限界を遥かに超えていた。

 それでも、この瞬間に舌を噛み切ることもなく耐えているのは、人質のようにされている娘の李姫のためでもあり、もうひとつは逆らえば見せしめとして殺すと言われているこの城郭の住民のためだ。

 だが、その住民たちに恥知らずな女だと裸身を嘲笑される……。

 李媛は、自分が守っているはずの民衆から、逆に嘲笑と軽蔑を向けられるという現実に、押し潰されそうだった。

 

「人間犬が来たぞ──」

 

 どこからか子供の声が聞こえてきた。

 まだ、年端もいかない子供だろう。

 どこに母親がいるのかわからないが、こんな李媛の姿を子供に見物させることを許している親に対して、肚が煮えるような思いが沸き起こる。

 

 しかし、それと同時に、ぞくぞくという戦慄が李媛を襲ったことも事実だった。

 わずか半月だが、この青獅子の性奴隷として調教された時間が、そんな被虐酔いの反応を李媛に起こさせるようにもなっていたのだ。

 無邪気でなにも知らない子供に、犬のように四つん這いで歩く裸身を嘲笑される。

 そのことが李媛の五体を麻痺させるほどの甘美な衝撃を与えてもいた。

 李媛は、民衆の誰かがからかったように、自分の股間が、民衆に蔑まれる興奮で濡れているのがはっきりとわかっていた。

 

 もう、自分はこの城郭を夫とともに支配した侯爵夫人ではないのだ。

 社会的地位を失い、貴族としての誇りどころか、一人前の人間性さえも剥奪された亜人の奴隷女だ。

 その象徴が、こうやって衆人の中を全裸で歩かされるという羞恥の行為だ。

 全裸で犬のように四つん這いで歩く姿を晒す興奮と解放感──。

 それが李媛の身体を激しい欲望で支配しようとしていた。

 

「大旋風、どうした?」

 

 不意に青獅子が立ちどまった。

 ふと顔をあげると、大通りの反対側から大旋風がゆっくりと近づいてきていた。

 青獅子魔王の第一の部下であり、最初にこの城郭にやってきて、卑劣窮まる屈辱的な降伏条件を突きつけたのもこいつだ。

 しかし、こんなところになにをしに?

 やることがなければ、酒ばかり飲んでいると耳にしたし、青獅子の日課である李媛の「雌犬散歩」についてくるなど初めてだ。

 

 だが、李媛は、その大旋風の虚ろな無表情さに違和感を覚えた。

 それは青獅子自身も同じであろう。

 青獅子の声には、どことなく大旋風に対する不審の感情がこもっている気がした。

 

「なにか報告か、大旋風?」

 

 青獅子はさらに言った。

 

「ええ……。少し大切なお話が……。魔凛のことで……」

 

 大旋風はいまや青獅子のすぐそばまで歩み寄っていた。

 さらにこっちにやってくる大旋風が、やはり抑揚のない口調でそう言った。

 

「魔凛がどうした?」

 

 青獅子が言った。

 しかし、それに大旋風が答えることはなかった。

 青獅子の眼の前に立ったかと思った大旋風が、いきなり青獅子にしがみついたのだ。

 

「な、なんだ──?」

 

 青獅子が声をあげた。

 しかし、大旋風は強い力で青獅子にしがみついている。

 周りの護衛もあまりのことに呆気にとられている。

 

「……伏せな。地面に這いつくばるんだ──」

 

 突然に女の声がどこからか貫いた。

 その意味を理解する前に、李媛の身体は四つん這いの姿勢から地面に這いつくばる態勢になっていた。

 

 次の瞬間、大きな音が響いて地面が揺れた。

 周囲から割れるような民衆の悲鳴が轟く。

 

 なにが起きたのかを理解するには、数瞬が必要だった。

 地面に這っている李媛の裸身に肉片がぼたぼたと落ちてくる。

 青獅子にしがみついた大旋風の身体が、青獅子ごと吹っ飛んだのだとわかったのは、李媛の眼の前に首から引き千切られた青獅子の生首がぼとりと落ちてきてからだ。

 

 そのとき、李媛自身にも理解できないことが起きた。

 自分の身体が勝手に動いたのだ。

 李媛の意思とは無関係に、李媛は足元の青獅子の首を掴んで立ちあがっていた。

 李媛の両手は、曳き手を失った首輪の鎖を自分に手繰り寄せ、眼の前の青獅子の首を片手で掴んでいる。

 

 わからない……。

 本当はどうしてこんなことが起きたのか全く理解できない。

 かろうじて思考したのは、これが亜人に支配されていた獅駝の城郭を取り戻すための千載一遇の機会だろうということだ。

 おそらく、なにかの政変が起きて、亜人たちの中で仲間割れが起きたのだと思った。

 それで青獅子が暗殺されたのだ。

 青獅子軍の総司令官の大旋風とともに……。

 

 しかし、それは心に思っただけであり、いま、自分がしている行為を李媛自身がとろうとはしていなかった。

 だが、なぜか李媛の手足や口は、李媛の心と全く無関係に動いている……。

 

「青獅子は死んだ──。いまこそ、もう一度立ちあがれ、民衆よ──。このわらわに続くのじゃ──。亜人を殺せ──。人間よ──。いまこそ、叛乱のときぞ──」

 

 李媛は全身に亜人王の肉と血を浴びながら、恐怖に動顛している民衆たちに向かって大声で叫んだ。

 いや、叫ばされている……。

 誰かに操られているとしか思えない……。

 

 李媛の内心は激しく動揺している。

 しかし、李媛の口からは、民衆たちに対する力強い檄が迸っている。

 その手に、青獅子の生首をあげながら……。

 

「亜人の魔王は死んだぞ──。復讐じゃ──。すべての亜人を殺すのじゃ──」

 

 李媛の口が怒鳴った。

 ざわついていた民衆の声が次第に静かになり、そして、李媛の言葉に聞き入るように息をしはじめたのがわかった。

 

「殺すのじゃ──。亜人を殺せ──。皆殺しにせよ、民衆よ──。この城郭内を暴れ回れ。亜人を見つけるや、全て殺せ──。青獅子という魔王を失った亜人どもなど、烏合の衆ぞ──」

 

 李媛の叫びは辺りに響き渡り続けている。

 民衆たちは呆然としている。

 とにかく、李媛は素っ裸のまま、青獅子の首をしっかりと掲げて、ありったけの力を込めて叫び続けた。

 民衆の視線が憑かれたように、自分の掲げる生首に向けられるのをしっかりと李媛は感じていた。

 

「亜人どもを殺せ──」

 

「殺せ──」

 

「あいつらを殺せ──。仇を討て──」

 

「殺せ──」

 

「殺せ──」

 

「殺せ──」

 

「殺せ──」

 

「殺せ──」

 

「殺せ──」

 

 民衆の中から出たその呟きがだんだんと大きくなり、やがて城郭を揺らす津波のような雄叫びに変わっていくのを李媛は、はっきりと感じ始めていた。

 

「すべての亜人を殺せ、皆の者──。亜人狩りじゃあ──。決起せよ――。棒を持て――。刃物を持て――。なければ、石を持て――。死んだ者の仇を討つのじゃあああ」

 

 李媛は青獅子魔王の生首を掴んだまま、さらに絶叫した。



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517 異変──魔王宮の館

 双六(すごろく)というのは、面白い呼び名だと思う。

 

 成功すれば大金、失敗すれば死──。

 賭博のような自分の稼業を考えると、賽の目で運命が変わる遊戯である“双六”と名付けた長庚(ちょうこう)という少年の感性は愉快だ。

 また、まだ大人になりきっていない長庚の風貌から、大人びた指図が出てくるのも興味深い。

 歳に応じぬ明晰な頭脳を持っていることも確かと認めざるを得ないし度胸もある。

 そうかといって無茶をしない分別も備わっているようだ。

 

 いずれは、あの少年が、父親を超える一代の大分限者になるのは間違いない気がする。

 これまで数多くの人間を観察してきた双六の勘だが、あの少年と深い関係を続けていくのは、必ずこれからの財産になると思った。

 そのためには、この仕事をなんとしても成功させることだ。

 

 いま、双六は魔王宮になっている館のすぐ近くの路地にいる。

 少し前に、裸の李媛(りえん)を連れた青獅子が魔王宮を出ていったので、先程までは、それを見物しようと目の前の通りは賑わっていたが、いまは、その一行が中央通りの方に移動したので、いつもの静けさを取り戻そうとしている。

 

 それはともかく、こうやって見張っている限りにおいて、門のすべてに警備の亜人兵がいる。

 おそらく、内部はもっと警戒は厳重だろう。

 しかし、いくら見つめても、どのくらいの警備がなされているかはわからない。

 

 魔王宮はもともとは、この城郭を支配していた州伯の屋敷だったが、獅駝地方を占領した魔王軍の総帥である青獅子が、州伯の伯爵を殺し、その妻子である李媛(りえん)李姫(りき)を自分の性奴隷にして乗っ取ったのだ。

 魔王宮となった屋敷の隣の貴族屋敷は、大旋風(だいせんぷう)という魔王軍の総司令官の軍営にもなっている。

 ほかにも、この界隈には亜人たちが人間から取りあげた屋敷が並んでいるので、あまり、人間が近づいてこない場所になっていた。

 

 その人通りの少ない界隈に、双六の手下たちは溶け込むように潜入している。

 人数は三十人というところだ。

 いずれも双六の集めた一騎当千の強者たちだ。

 

 目的は、魔王宮となった元の州伯の屋敷に監禁されている女を救出すること──。

 部下をこの近辺に潜入させ始めてからすでにかなりの日数が経っているが、青獅子という魔王の霊気の結界に包まれている魔王宮に忍び込む隙はなく、いたずらに時間だけが経過していた。

 しかし、それも今日で終わりだ。

 

 もうひとりの依頼主である鳴智(なち)という不可思議な女の情報によれば、青獅子はもうすぐ城郭で暗殺されるらしい。

 それがどういう手段なのかは教えてもらっていないが、青獅子が死ねば、あの魔王宮を防護している霊気の結界は消えるはずだ。

 中にいる亜人兵たちも混乱する。

 その混乱を狙って突入する。

 それを待っていた。

 

 一刻(約一時間)前、青獅子はいつものように侯爵夫人の李媛を素っ裸にして首輪に鎖を繋ぎ、四つん這いで歩かせながら外出した。

 この城郭で一番の美貌とも謳われた侯爵夫人の破廉恥な姿は、民衆にとっての興味深い見世物のようなものだ。

 その時間になると、閑散としていたこの界隈も少しは人で賑わうようになる。

 そして、それが終われば、波が引くように人は消えていく。

 

 集まってくる人間は、高貴な貴族女である李媛の恥辱の姿を見たいのであって、やはり、亜人軍の総本山のようになっているこの一帯に近寄るのは気が進まないようだ。

 ならば、わざわざ、見に来なければいいとは思うが、好色で軽薄な野次馬というのは民衆の常だ。

 侯爵夫人の全裸の雌犬散歩の見物などという娯楽を民衆は見逃すことはできないのだろう。

 

「菓子はいらんかね?」

 

 小さな籠を担いだ老婆が路地に入ってきた。

 さっきまで眼の前の通りは、李媛見物で賑わっていたから、それを目当てにたくさんの売子が歩いていた。

 いまは、人波が引いたので、売り子たちもどこかにいったが、その老女は、路地に隠れていた双六を見つけて、まだ商売ができるかもしれないと思って声をかけたのかもしれない。

 しかし、双六は少しびっくりしていた。

 

 これから魔王宮に突入しようとしている双六は、完全に気配を消して物陰に隠れていたつもりだったのだ。

 それが、通り側からあっさりと見つけられて、声をかけられたのだ。

 

「ひとつもらうよ、婆さん」

 

 仕方なく双六は言った。

 怒鳴って追い払ってもいいが、こういう手合いは、さっさと銭を渡した方が、早く消えてくれるのだ。

 

「飴だよ。精が出るよ」

 

 老女が小さな袋に入った菓子を差し出した。

 

「銭を受け取ったら、さっさと消えてくれ。幾らだ?」

 

 双六は懐に手を入れた。

 そして、何気なく老女の顔を覗き込んではっとした。

 

 老女だと思い込んでいたが、若い女だったのだ。

 しかも、かなりの美貌だ。

 それが巧みな変装で老女に見せかけているのだ。

 双六は、この女を知っていた。

 確か、長庚のところにいた若い女で蝶蝶(てふてふ)という名の長庚の女護衛だ。

 

「お、お前、なんで?」

 

 双六は思わず言った。

 

「あたしも連れていってもらいますよ、双六さん。魔王宮に監禁されているお方を救出するのは、坊ちゃまのお望みですからね。あたしも一緒に突入します。ご安心ください。足手まといになることはないと思いますから」

 

 老女の姿の蝶蝶がにっこりと笑った。

 

「俺たちだけじゃあ、信用ならんというわけか?」

 

 双六は皮肉を込めて言った。

 

「どう捉えてもらっても構いませんよ……。いまのところ、あなたは坊ちゃまが最初に依頼した坊ちゃまの恩人たちの救出については、なにひとつ成功していないのですからね」

 

 蝶蝶はにこにこと笑いながら言うが、内容は辛らつだ。

 魔王たちに監禁されていた女のうち、既に沙那と孫空女という女が城郭から連れ出されている。

 そのいずれも、双六は情報不足により助け出せなかった。

 双六がそれを知ったのは、そのふたりが城郭から連れ出されて手出しできない状況になってからだ。

 蝶蝶は言外にそれを仄めかしたのだ。

 双六は舌打ちした。

 

「魔王宮の中がどうなっているかは、結局はさっぱりとわからなかった。だから、結界が消滅すれば。ただ正面から突入するだけだ。お前のことは守ってはやれん」

 

「あたしのことはあたしが守ります。それに、あたしがいた方がいいはずですよ。あたしは、霊気の存在が見えるんですから……。結界が消滅すれば、その場でわかりますよ。内部に突入するときにも、道術の罠が待っているかもしれませんけど、あたしがいれば、幾らかは回避できると思います」

 

 蝶蝶は言った。

 双六は驚いた。

 

「霊気が見えるのか? お前は道術遣いか?」

 

 霊気が見えるということはかなりの力の強い道術遣いに違いない。霊気を測れる道術遣いなど、王都の王宮に所属する魔法院にしかいないと思っていたが、どう見ても、普通の若い女にしか見えない蝶蝶が、それほどの道術遣いということがあるのだろうか。

 

「道術遣いではないですね……。少し違います。これは内緒にしておいてくださいよ。実は、あたしは亜人なのです」

 

 蝶蝶が不敵に微笑んだ。

 双六はさらに驚いた。

 そのとき、突然、どこからか大きな爆発音が聞こえた。

 あの鳴智からは、その爆発音がしたら、魔王宮から一時的に結界の霊気が消滅するはずだと教えられていた。

 

「消えましたよ……。魔王宮から結界が」

 

 蝶蝶が魔王宮を見つめながら言った。

 双六は無言で頷いた。

 ならば、後はただ突入するだけだ。

 

 双六は歩き出した。

 向かうのは魔王宮の正面入り口と決めている。

 双六が路地を出て、魔王宮に向かって進むのを合図に、周辺に溶け込んでいる一隊が一斉に魔王宮に飛び込むことになっている。

 

「やれ」

 

 双六は魔王宮に向かって歩きながら、左右に寄ってきたふたりの部下に声をかけた。

 この部下ふたりが、三十人の部下を半分ずつ率いている。

 そのふたりの部下は、双六を追い抜いて正面玄関の警護兵に飛びかかることで、それに返事をした。

 

 双六が屋敷の入口に辿りついたときには、十名ほどの門衛の亜人兵は骸になって地面に転がっていた。

 門は開け放たれている。

 

 先に飛び込んだ一隊に続いて、残りの数十人の部下が次々に屋敷に入り込んでいく。

 双六は門内に入ったところで駆けた。

 

 門内は広い前庭になっていて、すでに激しい戦闘が開始されている。

 しかし、殺戮は一方的だ。亜人兵たちは、人数の少ない双六の部下たちになすすべなく倒れていく。

 双六の部下たちは、霊気を持たない人間だ。

 

 亜人兵の得意は道術だが、直接的には、道術は霊気を帯びていない人間族には効果はない。

 ならば戦いは単純な武術のこととなる。双六の部下たちならば、そう簡単に亜人兵に引けは取らない。

 双六は、その脇を縫うように屋敷に走った。

 

「屋敷の周りには、罠らしいものはないようですよ……。道術の鍵もかかっていない……。まだ、その暇がなかったようですね」

 

 いつの間に横にいたのか、蝶蝶が声をかけてきた。

 老女の扮装のままだが、いまは背筋がしっかりと伸びていて、若い女の姿に戻っている。

 ふと見ると、両手に小刀を握っていて、その刃にはかなりの赤い血が滴っていた。

 

 双六は蝶蝶と並ぶように、屋敷に駆けた。

 部下たちがしっかりとその後方から続くのを双六は感じていた。

 

 

 *

 

 

「はがあっ──」

 

 朱姫は、貞女を責めていた自分の身体を仰け反らせて悲鳴をあげてしまった。

 今度は尻穴に貼られている革片から電撃が浴びせられたのだ。

 電撃は微弱なものだったが、朱姫の身体をのたうたせるには十分な強さだった。

 

 そして、朱姫と一緒に貞女も寝台の上でのたうっている。

 貞女もまた朱姫とともに電撃を浴びたのだ。

 

 電撃を与えたのは、張蘭(ちょうらん)から貼りつけられた霊具だ。

 道術で電撃を浴びさせることのできるような仕掛けの丸い革片であり、朱姫と貞女の全身には、その革片が肛門のほかに、乳首と肉芽と女陰の左右の外襞にも貼られている。

 電撃を操作しているのは李姫である。

 

 操作といっても、縛られている椅子の手もとの四個あるぼたんを押すだけなのだ。

 どこを押すかは李姫に委ねられている。

 しかし、どのぼたんが朱姫や貞女に装着されているどの革片に電撃を与えるものであるかというのは、一回ごとに不規則に変化するので、李姫もぼたんを押すまでは、どの部分に電撃が加わるのかはわからない。

 ただ、わかるのは、李姫がぼたんを押せば、必ず、朱姫と貞女に貼られている革片が乳首と肉芽と女陰と肛門のどこかに電撃を加えるということだけだ。

 

 また、電撃の強弱は、李姫にも操作できない。

 それは自動的に無秩序に決まるらしい。

 李姫の仕事は、朱姫と貞女に貼られている革片に電撃を与えて苦しめること──。

 そのためにぼたんを押すこと。

 それだけだ。

 

 そして、李姫の肉芽にも朱姫たちが貼られている革片と同じものが貼られている。

 一定時間内にぼたんを押さなければ、李姫は肉芽に強い電撃を浴びなければならないのだ。

 それが怖ろしければ、李姫はぼたんを押すことで、朱姫と貞女を電撃で苦しめるしかない。

 仲間をいたぶることを強要されている李姫は、嗚咽しながらぼたんを押し続けている。

 

「ほら、お前たちは休むんじゃないよ──。お前たちの好きな百合の交合をやらせてやってるんだ。さっさと、気張って与えた回数分の絶頂をお互いにやるんだ。さもなければ、電撃からは解放されないよ」

 

 電撃鞭を手にして椅子に座っている張蘭が、その鞭で床を強く鳴らした。

 朱姫と貞女が命じられているのは、李姫の操作する電撃を浴びながら、ふたりで身体を責め合って五回ずつの絶頂をすることだ。

 そのために、朱姫は貞女と寝台で汗まみれになって、お互いの身体を愛撫し合っている。

 

 手足の拘束はされていないが、道術で貼りついている革片は手で外れることはない。

 朱姫も貞女も、もう手で革片を引きむしることは諦めていた。

 しかし、五回ずつといっても、電撃を浴びながら性愛に耽るのは簡単ではない。

 一度ごとの電撃で、昂ぶった快感など激痛で吹き飛んでしまう。

 そのために、朱姫も貞女も張蘭に示された五回どころか、最初の一回の昇天まで行きつけずに苦労していた。

 

 なんのためにこんなことをやらされるのかわからないが、このところ、朱姫と李姫と貞女は、こうやってお互いが苦痛を与え合うような仕打ちを調教の中に組み入れられていた。

 すでに、そんなことで関係が悪くなるような間柄ではないが、どうやら張蘭は三人の性奴隷が庇いあってこの境遇に耐えようとしているのが気に入らず、それを崩そうとしているようだ。

 

「ひあっ、あっ、あふっ」

 

 椅子に縛られている李姫がのたうち始めた。

 おそらく、股間の革片から電撃が流れてきたのであろう。

 李姫は椅子に身体を縛られているが、両肘から先は自由だ。

 だから卓の上の操作盤の四個のぼたんをいつでも押すことはできる。

 いつ押すかは、李姫に委ねられているのだが、股間の電撃は放っておけば、だんだんと強くなるようだ。

 だから、李姫は自分が耐えられなくなったときに、ぼたんを押して、ほかのふたりを苦しめる電撃を与えなければならない。

 

「あ、あたしたちのことはいいわ、李姫──。ぼたんを押しなさい──」

 

「そ、そうです。好きなだけ押して──」

 

 貞女と朱姫はそれぞれに叫んだ。

 するといきなり、尻たぶに張蘭の鞭が鳴り響いた。

 

「ひうっ」

「はがっ」

 

 同時に悲鳴をあげる。

 

「お前たちは余計なことを気にしなくていいんだよ。李姫がいつぼたんを押すかは、お前たちの知ったことかい──。罰として、しばらくは電撃を最大級にしてやるよ」

 

 張蘭が怒鳴った。

 

「……ご、ごめんなさい、姉さんたち……」

 

 李姫の悲痛な声が部屋に響いた。

 

「あがあああああ」

「ひぎいいいいい」

 

 その瞬間、今度は肉芽にとてつもない電撃が加えられた。

 朱姫は貞女とともに迸るような悲鳴をあげてしまった。

 そして、しばらくは、あまりの痛みに朱姫も貞女も動くことができなかった。

 狂乱したような叱咤の声とともに張蘭の鞭がまた尻に響いたが、鞭の痛みなど股間に電撃を浴びる苦しみに比べれば、苦痛とはいえないものだった。

 

「さ、貞女さん?」

 

 朱姫は白目を剥きかけている貞女に呼びかけた。

 この苦痛をとりあえず終わらせるためには、とにかく、五回ずつ絶頂するしかない。

 朱姫は、唇を貞女のうなじに這わせ、腕を貞女の乳房に押しつけた。

 しかし、また、李姫の悲鳴があがり、やがて、もう一度肉芽に電撃が襲った。

 

「はがあっ──」

 

 朱姫は貞女への責めを中断して吠えた。

 貞女も胸を押さえて顔をしかめている。

 ふたりに浴びせられる電撃の場所は同じ場合もあれば、違う場合もある。それは不規則に変化をされているようだ。

 いずれにしても、ほかのどの部分よりも、肉芽への電撃が堪えた。

 それが二回続くことになった朱姫は、自分でもわかるほどに呼吸が浅くなっていた。

 悪寒がするほど震えるのに、全身からどんどん汗が噴き出している。

 

「んぎゃああああ──」

 

 またもや、衝撃に絶叫した。

 朱姫に三度続けての肉芽への電撃が襲ったのだ。

 なぜか、いままでの電撃とは比べものにならないくらいに強いものに思えた。

 瞼の裏に閃光が走るような気がするとともに、脳天に突きあげるような痛みが走った。

 その痛みとともに、すべての感覚が失われた。

 

「ほらっ──気絶する暇なんかあるものかい──。起きな、朱姫──」

 

 皮膚を裂くような痛みが背に走った。

 どうやら一瞬だけだが、気を失ってしまったようだ。

 股間の激痛は消えていたが、痺れるような疼きが残っている。

 

 しかし、次の瞬間、突然に違和感が朱姫を襲った。

 朱姫は呆然としてしまった。

 

「ほらっ、乳繰り合えというのがわかんないのかい、朱姫──」

 

 もう一度、張蘭の鞭が尻に響いた。

 

「しゅ、朱姫?」

 

 動こうとしない朱姫に、貞女が慌てたように声をかけた。

 この張蘭という女調教師の気性の激しさは、三人とも肌で知っている。

 ほんの少しでも逆らうような態度を示せば、どんな目に遭うのかわからない。

 

 だが、朱姫はそれどころではなかった。

 朱姫の中の全身の霊気が漲っている……。

 

 理由はわからない……。

 

 しかし、ずっと手首と足首に嵌められていた道術封じの霊具によって制限されていた霊気が、いまは、なぜか全身に溢れるようになっている。

 

「おやっ?」

 

 張蘭が訝しむような声をあげた。

 おそらく、朱姫が感じたものを張蘭も感じたに違いない。

 ずっと立ち込めていた青獅子の結界の霊気のようなものが、いまはまったく感じないのだ。

 なぜか、霧が晴れるようにすっかりとそれが消滅している。

 

 朱姫は霊気を肌に貼りついている革片に道術を込めた。

 それはあっという間に寝台に外れ落ちる。

 ほぼ同時に、貞女と李姫からも革片が外れたはずだ。

 

「えっ?」

 

「なに?」

 

 ふたりから驚愕の声がした。

 道術さえ遣えるようになれば、眼の前の張蘭など大した道術の遣い手ではない。

 それはわかっていた。

 だから、あっという間に、朱姫の霊気で張蘭の霊具など無効にできる。

 

「しゅ、朱姫、なに勝手なことをしているんだい──? 容赦しないよ──」

 

 張蘭が怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「『影手』──」

 

 朱姫は叫んだ。

 

「ひふうっ」

 

 全身に朱姫の黒い『影手』を浴びた張蘭が、その場にひっくり返った。

 張蘭の首には朱姫の『影手』がふたつ張りついていて、それがぐいぐいと首を絞めている。

 

「な、なにを……んぐうっ……、ふぐううう──」

 

 張蘭は苦痛の呻きをあげながらのたうち回っている。

 やはり、道術封じの拘束が消えている。

 それどころか、筋力も復活している。

 

 朱姫は亜人の血の力で、手首と足首の革帯を引き千切った。

 ずっと朱姫の力を封じていた革片は呆気なく引き千切られて、その場に落ちた。

 

「貞女──。こいつをその寝台に縛りあげてください──。なにがあったかわからないけど、なにかがあったのよ──。この魔王宮に異変が起きたのだと思う。連中の霊気が一度に消滅したわ──。さあ、早く──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 そして、『影手』の力で、床に倒れている張蘭を寝台に引きずりあげた。

 

 貞女はまだ呆然としている。

 朱姫がもう一度怒鳴ると、慌てたように貞女は、寝台の四隅にあらかじめ取り付けてあった枷で張蘭の手首足首を拘束し始めた。

 一方で朱姫は、李姫に飛びかかると、椅子に拘束されていた縄を引き千切った。

 

「こいつを見張っていて、李姫、貞女さん──。念のために扉は外から道術で封印しておくわ。だから、この部屋に隠れていて」

 

 朱姫は叫んだ。

 なにが起きたか確かめる──。

 そう思った。

 

 これが千載一遇の脱走の機会であることは確かだ。

 宝玄仙がこの魔王宮の地下に監禁されていることはすでにわかっていた。

 宝玄仙を助け出さねば──。

 

「ど、どこにいくのです、朱姫姉さん──?」

 

 扉に行きかけた朱姫に李姫が声をかけた。

 

「ご主人様を助けるのよ──」

 

 朱姫はそれだけを言った。

 そして、扉から部屋の外に飛び出そうとして、ふと思い立って、顔に恐怖を浮かべている寝台の張蘭に歩み寄った。

 

「仕返ししてやりたいけど、ちょっと忙しいんで、まずはこれくらいで勘弁してあげますね」

 

「な、なにすんだい、朱姫──?」

 

 枷で拘束された身体を揺すって声をあげた張蘭を無視して、朱姫は指を張蘭の襟元にかけた。

 張蘭の顔がぎょっとしたような表情になる。

 朱姫は一気に張蘭の服を引き破った。

 そして、露わになった肌に、寝台に落ちていたさっきの革片をぺたぺたと張っていく。

 

「や、やめるんだよ──。こんなことして、後で大変なことになることがわかってんのかい──ひいっ」

 

 張蘭は朱姫の意図がわかったようだ。革片を貼りつけられながら全身を振って、それを避けようとしている。

 もちろん、そんなことで革片から逃れるわけがない。

 

「貞女さん、李姫、さっきまで李姫が操作していたぼたんを好きなだけ押してやるといいわ。今度はあたしの道術がかけ直っています。こいつに貼った革片から、ぼたんを押す度に最大級の電撃が走るわよ。退屈凌ぎに遊んでいるといいわ」

 

 朱姫は言った。

 ふたりの返事は待たなかった。

 返事が戻る前に、朱姫は、部屋にあった大きな布を掴んで裸身を包み、部屋の外に飛び出していた。

 

「ご主人様──、いま行きますから──」

 

 朱姫は外から部屋に『施錠術』を刻むと、地下に進む通路を探して、魔王宮の屋敷内を駆けた。

 どこからか大きな騒乱の音が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 双六は屋敷の中に入った。

 周囲は双六の部下と亜人兵の争闘でいっぱいだ。

 とにかく、双六はそれには目もくれずに、奥に奥にと進んだ。

 

 やがて、大広間のような入り口の前に来た。

 開こうとしたが鍵がかかっている。

 

「誰っ?」

 

 不意に背後から大声がした。

 振り返ると、裸身に敷布だけを巻いた少女がいた。

 咄嗟に身構えたが、亜人兵という感じではない。

 

「あんた、朱姫さん?」

 

 叫んだのは蝶蝶だ。

 喧騒の中ではぐれたが、いつの間にか追いついてきたようだ。

 

「そ、そうだけど、あんたらは?」

 

 少女が眉をひそめた。

 双六ははっとした。

 朱姫というのは、長庚が助けろと依頼した青獅子に囚われている女のひとりではなかったか?

 

「長庚坊っちゃんの仲間よ。あなたたちを助けに来たの」

 

 蝶蝶が言った。

 すると朱姫の顔がぱっと明るくなった。

 

「長庚さんの……? まあいいわ。それはともかく、なにが起こっているのですか? この騒動はなんなのです?」

 

 朱姫が蝶蝶に詰め寄るように言った。

 

「あたしたちにも、全体はわからないわ。だけど、多分、青獅子は死んだと思う……。それで城郭全体が混乱しているわ。あたしたちは、その混乱を突いて、あなたたちを助け出すために、魔王宮に潜入したの──。とにかく、よかった。とりあえず、朱姫さんが無事で……」

 

 蝶蝶が嬉しそうに言った。

 

「おい、細かい話は後だ。まだ、宝玄仙という女が囚われているはずだ。どこだかわかるか?」

 

 双六は横から口を挟む。

 

「わかりません……。あたしは、魔王の私的な場所に閉じ込められてました。そこに、李姫と貞女も隠れてます……。でも、この向こうが魔王の謁見の間で、その奥にも魔王の別の私的な場所があるはずなんです。そこは、あたしたちも入ったことのない場所です。多分、そこかと……」

 

 朱姫の言葉に蝶蝶が扉に飛びついた。

 しかし、すぐに悔しそうに顔をしかめた。

 

「これは、『施錠術』で封印されているわ……。あたしの道術程度じゃあ駄目だわ……」

 

「どいてください」

 

 途方に暮れたような表情の蝶蝶を朱姫が押しのけた。

 双六の目の前で、金属が弾けるような音がした。

 

「開いた──」

 

 朱姫が叫ぶ。

 双六は扉から室内に飛び込んだ。

 いきなり目の前に剣が降ってくる。

 

「うわっ」

 

 双六は間一髪で横に転がって剣を避けたが、そこに別の剣が落ちてきた。

 

「な、なんだ──?」

 

 叫んだのは双六ではない。

 双六を斬りつけようとしていた亜人だ。

 そこにいたふたりの亜人は一見して兵ではない。

 身につけている具足から位の高い軍人だとわかる。

 そのふたりの両方の身体中に黒い手のひらのようなものがたくさん付いている。

 ふたりは、その手のひらに襲いかかられて、動きを封じられているようだ。

 

「あたしを舐めんじゃないわよ、闘閃坊(とうじんぼう)耶律耶里(やりつやり)。この前はよくも──。このまま、死んでしまえ──」

 

 朱姫が険しい顔で声をあげた。

 どうやら、この朱姫の道術のようだ。

 双六は内心で、この朱姫の道術に圧倒されていた。

 

「うがあ」

「ふぐうっ」

 

 黒い手が、さらにふたりの首にかかり、ついに床に倒された。

 そこに蝶蝶が飛びかかった。

 あっという間に、ふたりの身体が死骸になる。

 

「ここを通すな──」

 

 広間の奥から別の亜人の声がした。

 同時にわらわらと亜人兵の隊がまとまって現れる。

 

「あいつは、玲瓏(れいろう)──。いま死んだ闘閃坊と耶律耶里とともに、青獅子軍の将軍です」

 

 朱姫が叫んだ。

 そのときには、双六の部下もかなりこの謁見の間に入り込んできている。

 闘争が始まる。

 

 双六はそれらをやり過ごして、反対側の奥から入る廊下に向かった。

 蝶蝶と朱姫がしっかりとついてくる。

 

「行かせるか──」

 

 玲瓏という亜人の将軍が立ちはだかるように前を塞いだ。

 しかし、その玲瓏が不意に転んだ。

 双六は玲瓏の足首に黒い手があるのに気がついた。

 

「うがああっ」

 

 うつ伏せになった玲瓏の背に双六の部下たちの剣が次々に突き刺さる。

 構わずに、駆けた。

 広間を出る。

 

 そこは長そうな廊下に繋がっていた。

 一気に人の気配が少なくなる。

 

 しばらく曲がりくねった廊下が続いた。

 さらに駆ける。

 

「階段よ」

 

 蝶蝶が声をあげた。

 何度か廊下の曲がり角を過ぎたところで、不意に地下に通じる階段が出現したのだ。

 双六は駆け降りた。

 

 下に着いたところに武装した亜人が立っていた。

 踏み出して、一度剣を引いてから突き出す。 

 

 身体を回して、先に進む。

 回りながらふたりの亜人の横腹を斬り裂いている。

 

 それでも立っていたが、蝶蝶と朱姫が協力して、そのふたりにとどめを刺している。

 双六はひとりで進んだ。

 

 両側に壁しかない地下の廊下が続いている。

 やがて、廊下が突き当たった。

 そこには、部屋が数個あった。

 

 とりあえず、手前の部屋を蹴り開ける。

 

「人間がなんの用だい?」

 

 部屋には、椅子に座っている少年がいた。

 少年の座っている背後に、さらに奥に行く扉がある。

 その少年の横に薄笑いを浮かべている髪の長い女の亜人もいた。

 

「うがあっ──」

「はがっ──」

 

 突然に扉の陰に隠れていた白い肌の亜人が襲ってきた。

 しかし、双六はそれに気がついていた。

 

 右側の亜人を剣であしらい、位置を変える。

 そこに蝶蝶も飛び込んできた。

 

 蝶蝶の小刀で喉を切断されたもうひとりの亜人が呻きながら床に倒れた。

 ほぼ同時に双六と位置を変えた亜人も双六によって背を刺されて絶命した。

 少年の顔からさっきまでの余裕のようなものが消えて、恐怖が浮かんだのがわかった。

 

「あんたたち、どいて──。奥にご主人様がいるのね。どきなさい──」

 

 次に飛び込んできた朱姫が叫んだ。

 追いついてきた双六の部下たちもそれに続いている。

 

「頭領、一階に民衆が暴徒になって雪崩れ込んで来ました……」

 

 部下のひとりが双六にささやいた。

 双六は頷いた。

 

「この魔王宮に人間が襲ってきたらしいぜ。お前ら亜人の支配はこれで終わりだ。そこをどきな」

 

 双六は少年の亜人に剣を突きつけた。

 

「ほ、宝ならいないよ……。もう、行ってしまったさ……。生憎と僕も輪廻(りんね)も置いてきぼりにされちゃてね……」

 

 少年が自嘲気味に笑った。輪廻というのは横の女のことだろうか。

 双六は面倒になって、少年の顔に横蹴りを食らわせた。

 

「ひふっ」

 

 少年が蹴られた顔を押さえて床でのたうつ。

 もうひとりの女は、なにもしようとはしなかった。

 双六を促すように、奥への扉から身体をずらした。

 

「ご主人様、どこですか──?」

 

 双六を突き飛ばすように、朱姫が扉を開けて飛び込む。

 双六も続いた。

 部屋には誰もいない。

 だが、部屋は女の愛液特有の匂いが充満していた。

 

「ご主人様の匂いがする……。間違いないわ……。たったいままでここにいた……」

 

 朱姫が途方に暮れたように呟いた。

 そして、なにかに気がついたように、部屋の隅に駆けていった。

 

「……微かだけど、道術の残骸……。これは……?」

 

 その場にしゃがみこんで、なにかを探るような仕草になった。

 この部屋の先にもさらに扉があった。

 双六は部下に命じて、そっちを探索させた。

 しかし、朱姫はまだ、同じ場所にしゃがんだままだ。

 

「こ、これは、『移動術』の残骸……。ここから、『移動術』で逃げたんだわ──。そうか──。青獅子の結界が消滅したから、逆にいままで魔王宮内では遣えなかった『移動術』が遣えるようになったんだわ。しまった──」

 

 朱姫が叫んだ。

 そして、朱姫は、さっきの部屋にとって返して、亜人の少年と女に駆け寄った。

 このふたりは、すでに双六の部下が取り押さえていた。

 念のために準備してあった『道術封じの護符』を首に巻かせている。

 亜人の道術を封じる霊具としては、もっとも簡易なもので、これを貼られた大抵の亜人は道術を遣うことができなくなるのだ。

 そのふたりの首に、また、朱姫の道術の黒い手が出現した。

 ふたりの顔が苦しそうに歪む。

 

「さあ、言いなさい──。ご主人様はどこよ──? どこに連れていったのよ?」

 

 朱姫が物凄い剣幕でふたりに怒鳴った。

 そのとき、さらに奥を探索させていた部下が戻って、そこには誰もいなかったと双六に報告した。

 

「く、苦しい……。し、知らないよ……。げ、玄魔(げんま)将軍は……ぼ、僕たちを……つ、連れていかなかったんだ……。こ、ここで、時間を稼いで……『移動術』の結界の残骸が消えて……誰も追いかけてこられなくなるまで、中に入れないようにしろって……く、苦しい……」

 

「そ、そうよ──。わたしらは理不尽にも、置いてきぼりにして捨てられたんだわ──。や、止めてよ──。どこに行ったか、わたしらが教えられているわけないでしょう──。うぐうっ……」

 

 少年と女が苦しそうに言った。

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫ががっくりとひざまずいた。

 その表情には、絶望の色がある。

 亜人のふたりの首から黒い手が消滅して、ふたりが脱力した。

 

「どういうことだ、朱姫?」

 

 双六は肩を落としている朱姫に訊ねた。

 

「ご主人様は……宝玄仙様は、どこかに道術で連れていかれました。もう、追いかけることは不可能です」

 

 すっかりとうなだれている朱姫が口惜しそうに答えた。



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518 亜人裁判

 城郭の広場に設置した公開裁判場の判事席に座る李媛(りえん)の前に、若い亜人の女が連れられてきて、被告席につかされた。

 粗末な灰色の囚人服と荒れた髪のために損なわれているもののかなりの美貌のふたりだ。

 首に道術封じの護符を巻かせている。

 また、鎖の繋がった金属の足枷と前手錠も施している。

 これも亜人の霊気を封じる霊具だ。

 

 亜人には独自の道術を扱う者が多い。

 だから、亜人を罪人として裁くには、その逃亡を防ぐために、まずは彼らの道術を封じる処置が必要なのだ。

 李媛は、城郭に存在する道術封じの霊具を集めるだけ集めさせたが、公開裁判にかけることになった亜人は五十人にもなる。

 いくらあっても不足をするほどだ。

 

 もっとも、これも王都からの軍がやってくるまでのことだ。

 王軍には、道術師隊も同行するはずだ。

 彼らは、その力を結集して、城郭全体に道術封じの封印をしてくれるだろう。

 そうなれば、亜人に一時期占領された獅駝(しだ)の城郭を復興させるための李媛の施策も随分とやり易くなると思う。

 

 とりあえず、市民の一部に城郭軍としての体裁をとらせて、城郭の治安の保持と、亜人の拘束を実施させている。

 いまは、亜人憎しの感情で彼らも李媛の指示に従っているが、一度、暴動を起こした市民など、いつ、その反抗心を李媛に向けてくるかわからない。

 なにしろ、彼らは、李媛が青獅子という魔王の性奴隷にされて、言語を絶する恥辱を味わわせられていたという事実を知っている。

 

 暫定的な城郭の司政官となっている李媛であったが、急遽編成された市民による城郭軍による李媛への忠誠を信じる気持ちにはまったくなれなかった。

 王都軍の入城とともに市民軍は解散させる。

 それに抵抗するなら、いまは、亜人に向けられている矛先を市民に向ければいい。

 李媛は、この城郭の市民よりも、王都からやってくる救援軍のことを余程信頼していた。

 

 だから、王都軍がやってくるであろう二日後くらいまでに、亜人たちの処分だけは終わらせておきたい。

 亜人の処分の次に手をつけるべきは、青獅子に調教されていた李媛を恥知らずよ、淫乱よと嘲笑した市民たちになるだろう──。

 李媛は、自分が身体を張って護ろうとした市民たちから、逆に恥ずべき女だと嘲笑され、罵倒され続けることによって、決して綺麗事だけで政事などできないということと、市民というのは軽薄で浅はかな存在だということを悟った。

 亜人たちは当然だが、市民を守るために青獅子からの盾になって凌辱され続けていた李媛のことを、あの雌犬散歩のときなどで嘲笑の声を浴びせた市民たちのことを、李媛は許すつもりはない……。

 

 いずれにせよ、いまは亜人殺しの血に酔わせておけばいい。

 亜人裁判の残酷な見世物が続いているあいだは、市民たちの不満や不平は、李媛には向かない。

 一時的とはいえ、亜人の魔王に屈した女を司政官に頂くということが恥辱であると気がつくようになるのは、血の酔いが醒めてからの話だ。

 

 城郭の広場に設けた略式裁判所の判事席で、李媛は、眼の前のふたりを一瞥した後、役人から差し出された書類に目を落とした。

 

 “春分(しゅnぶん)”、“秋分(しゅうぶん)”──。

 

 書類にはそう記されてあった。

 死んだ青獅子の子飼いの女調教師であり、亜人兵専門の酒場において公開調教の見世物をするために、人間の市民の中から見繕った若い女をさらって亜人たちの前で凌辱した──とある。

 

「女調教師の春分に秋分か……。短い期間に十人以上の若い女をさらっては酷い目に遭わせ続けたようじゃな。公開調教とやらにかけた女の中には、初潮の始まらぬ童女もいたらしいのう。なにか、言い分はあるか──?」

 

 李媛は顔をあげてふたりを見た。

 さすがにこの状況では、意気消沈しているようだが、泣き叫んで取り乱さないだけ大したものだ。

 この直前に裁いた亜人軍の将校など、この公開裁判を取り巻いている人間の怒声の迫力の前に、みっともなく泣きだしたものだったが……。

 それに比べれば、ただの調教師の女のくせに堂々としている。

 

「まあ、面白おかしく生きたしね……。未練はないよ、人間女」

 

「春分姉さんの言うとおりね……。強いて挙げれば、女侯爵のあんたを躾け損なったのは、残念だったかな。なにせ、青獅子陛下のお気に入りだから、こっちには回ってこなかったのよね。わたしらに任せれば、こんな茶番を演じるつもりになれないくらいに、しっかりと調教してやったのにね」

 

 春分と秋分がそれぞれに言った。

 

「罪を認めたということじゃな。よかろう。では、判決は死刑じゃ──。馬曳きの刑を準備せよ──」

 

 李媛は叫んだ。

 観衆がどっと沸く。

 そっくりの顔をした亜人美女のふたりが、さすがに鼻白んだのがわかった。

 

 公開裁判所の眼の前には、公開処刑場も設けられている。

 この裁判所で、死刑判決を受けた者は、そこですぐに処刑するのだ。

 

 この亜人裁判は、今日から始まった。

 すでに十人ほどを様々な手段で処刑している。

 死骸はすぐに片付けられて運ばれるから、ここにはないが、公開処刑場の地面は亜人たちの流した大量の血ですっかりと黒く汚れており、夥しい死臭と血の匂いが辺りにたちこめている。

 

 すぐに、眼下の広場に鞍をつけた二頭の馬が曳いてこられた。

 処刑と定まったふたりの双子の亜人女が、俄か編成の兵によって広場に連行される。

 李媛もまた、護衛の兵に守られながら、今度は公開処刑場に設置された司政官席に移動する。

 

 まずは、春分から始めるようだ。

 秋分は、処刑場の隅に待たされて、春分だけが二頭の馬が待つ広場の中心に連行された。

 春分の足首から枷が外されて、左右の足首のそれぞれに太い縄をしっかりと巻き直された。

 その縄は二頭の馬のそれぞれの馬具に繋げられている。

 次に春分が着ていた灰色の囚人服が引き剥がされた。

 露わになった彼女の裸身に見物人が歓声をあげた。

 

「始めよ──」

 

 李媛は声をあげた。

 馬を操るそれぞれの兵が馬の手綱を引き始めた。

 春分の脚が左右に引っ張られる。

 春分の左右の足首に繋がった縄が完全に張った。

 それでも縄は拡がり出す。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 春分の悲鳴が響き渡った。

 ごきりというはっきりと聞こえる大きな音が響いた。

 股間の外れる音だろう。

 その開ききった股間から血のようなものが噴き出した。

 

 李媛は軽く手をあげた。

 馬の歩みが止まる。

 股裂きの刑のときは、すぐには処刑しない。

 苦しむだけ苦しませてから、罪人の身体をふたつに裂いてやるのだ。

 そうしなければ、残虐性の演出に欠けるとして、見物の観客から不満の怒声が起きる。

 

「ああ、春分姉さん──」

 

 秋分が絶叫した。

 李媛はもう一度手をあげた。

 再び、馬がゆっくりと歩き始める。

 春分の口から大量の血の塊が噴き出すとともに、股ぐらがはっきりとわかるほどに左右に引き千切られるのがわかった。

 

 

 *

 

 

「殺せ──。亜人を殺せ。──」

 

 眼下で拡がっている光景は無惨ともいえるものだった。

 魔凜(まりん)が見下ろしている城郭の広場で、いま行われていたのは、青獅子の子飼いの女調教師の身体が両側から馬で引き裂かれてふたつに裂かれるという処刑であり、それに人間族の市民が熱狂して歓声をあげている。

 たったいま死んだ女と同じ顔をしたもうひとりの亜人の女もいるが、今度はその女が、ふたつに裂けた肉片の横に連れていかれて、両足首に馬に繋がった縄を結ばれようとしている。

 

 もともと金凰軍の女将軍である魔凜には、そのふたりとは面識はないが、青獅子のところで厚遇されていた女調教師だったはずた。

 青獅子(あおじし)大旋風(だいせんぷう)という中心が一度に暗殺されたとき、一時的に魔王軍全体が大混乱に陥った。

 

 青獅子軍にとって、青獅子魔王の力は絶対だった。

 その霊気の影響が亜人兵の全体に強く及んでいたのだ。

 それが一瞬にして消滅した。

 魔王軍の亜人兵は、魔王の死によって当然に自分の霊気が減殺された感覚を味わったはずだ。

 なによりも、青獅子と大旋風については、亜人たちがこの城郭で我が物顔をするための道術の結界の源でもあった。

 その結界群が二人の死により、一斉に消滅した。

 一瞬にして、城郭全体に巣食っていた亜人兵たちが混乱に陥った。

 

 そのうえに、魔凜は得意の集団操り術により、この城郭の亜人軍全体に、道術が遣えなくなる操り術をかけたのだ。

 集団に対する操り術は、魔凛の得意技だ。

 あの宝玄仙にそっくりな女によって、魔凛は大旋風に奪われたのだと思い込んでんた道術の力を復活してもらい、それで魔凛は以前のように道術を駆使できるようになったのだ。

 その力を駆使した。

 

 無論、魔凜より霊気の強い亜人や道術遣いには効果はないが、大部分の亜人兵の道術を封じるには十分だった。

 そして、魔凛は、李媛をほんの少し操ることで、まずは人間族に暴動を発生させ、その人間族の暴徒に亜人兵を襲わせた。

 道術を失った亜人兵のほとんどは無様なものだった。

 

 そのとき目にした人間の残酷性も、眼下の亜人裁判と同様に鼻白むものがあった。

 暴徒と化した人間族は、亜人を見つけるや、武器を持ち、棒を掴み、あるいは石を持って、手当たり次第に亜人に襲いかかった。

 集団を作り、右往左往している亜人兵たちを惨殺し始めたのだ。

 

 剣を振るって抵抗する亜人兵もいたが、ひとりふたりの人間族を返り討ちにしたところで、誰かが背後から棒で殴りつけ、石で頭を割る。

 目つぶしの砂や土もかける。

 街路を馬で逃げようとする亜人には、家屋から物が投げ落とされる。

 武器を失った亜人兵は、よってかたって大勢の人間族に殺されるだけだ。

 眼の前の亜人兵が完全に息をしなくなると、市民たちはすぐに次の獲物を求めて、城郭を駆け巡っていった。

 そういう光景が、城郭全体で沸き起こった。

 

 魔凛は、やはり、あの宝玄仙そっくりの女の力によって再生してもらった翼を使って、いまのように高い家屋の屋根から見守っていた。

 青獅子軍に対する人間族の叛乱を起こさせるために、最初の段階こそ操り術を遣ったが、すぐにそれは必要なくなった。

 魔凛の操り術なしに、いくらでも人間族は残酷で凄惨になった。

 

 市街地のあちこちで、人間族の暴徒の集団が形成されて、亜人兵が殺されていった。

 そして、それは時間が経つにつれて残酷度があがった。

 

 殺すべき対象を見つけると、すぐには殺さずに、手足の骨を折ってから馬で引き摺り回したり、目玉をくり抜いたり、口や鼻に土を入れたりと、彼らは遊戯のように殺人を愉しむようになっていった。

 

 さらに、それは亜人兵だけに留まらなかった。

 これまでの半月あまりのあいだに、亜人兵に協力的だったという理由で、亜人軍に媚びへつらった商家やその家族なども標的になった。

 その騒乱は夜になっても続き、朝になった。

 

 夜通し続いた流血の狂乱を鎮めたのは、李媛だった。

 彼女は、いつの間にか、武装した民衆の集団の幾つかを束ね、城郭内の軍営の倉庫に眠っていた正規軍の軍装を与えて、臨時の城郭軍として編成させたのだ。

 そして、それを城郭の辻々に立たせて、暴徒の解散と私刑の中止を命じた。

 

 また、同時に、李媛が暫定の司政官として、城郭を治めることも宣言した。

 残酷な殺戮の酔いから醒めた市民は、とりあえず、李媛を司政官として受け入れた。

 市民からすれば、ほかに選択肢などなかったのだ。

 

 李媛は、編成した城郭軍に、まだ隠れている亜人の将校や軍人以外の亜人を捕縛させた。

 さらに翌日の今日から始まったのが、眼下の亜人裁判だ。

 

 李媛が判事になり、連行された亜人を次々に処刑とするか、放免するかを決定する。

 罪ありとすれば、公開裁判場に隣接する公開処刑場で残酷に殺す。

 放免するとなれば、額に道術封じの焼印をして、城郭から追放するのだ。

 

 もっとも、処刑を免れて追放で済む者は多くはない。

 市民たちは、まだ流血の惨劇の余韻で血に飢えていた。

 李媛は、そういう市民の心情を巧みに人心掌握に利用しているようだ。

 李媛は、罪ありと定めた亜人のすべてに残酷に処刑を与え、市民はそれに熱狂している。

 

 今日、最初に裁判にかけられたのは、輪廻(りんね)という女医師だった。

 彼女は実験と称して、城郭の人間を手当たり次第に自分の施術室に連れ込ませると、得体の知れない施術をして、死に至らしめていたようだ。

 死刑判決を受けた輪廻は、公開処刑場に連れていかれて、開口具で口を開かされて、腹の中に大量の油を詰め込まれた。

 その状態の輪廻を李媛は直柱に縛りつけて火あぶりにさせたのだ。

 しかも、最初は熾火のような小さな炎だった。

 それを足元に置かれて、輪廻はゆっくりと足の先から燃やされ出した。

 そのあいだに、次の亜人の裁判をするという感じだった。

 

 散々に苦しみ抜いた挙句に、やがて、炎が腹の部分に達すると、腹の中に溜まっていた油に引火して、輪廻は全身を猛火に包まれて苦しみながら死んだ。

 残酷な処刑をするものだと思っていると、李媛は実に創意に富んだ方法により、亜人を次々に処刑し始めた。

 

 どうやら、李媛の行わせている亜人の残酷な処刑は、彼女による市民への享楽の提供でもあるようだ。

 いまのところ、獅駝の城郭は、亜人への復讐の酔いによって、なんとか平穏を取り戻そうとしているように見えた。

 

 そして、改めて感じるのは、集団になったときの人間族の残酷性だ。

 公平に見て、青獅子軍の城郭における治政は無策であったが、ここまでの残酷な復讐を企てねば収まらぬほどの冷酷なものではなかったはずた。

 しかし、人間族は、たった半月の期間でも亜人が自分たちの支配者となったのが余程気に入らないのか、魔凜も身の毛がよだつ仕打ちを亜人たちに加え続けている。

 そうしなければ、自分たちの感情の整理ができないのだと言わんばかりに……。

 やはり、歴史的な人間族の亜人に対する差別意識は、これほどまでに根強く、深いのだろう。その心情が眼下の亜人裁判の残酷さに繋がっているのだと思う。。

 

 それにしても……。

 

 魔凛の知る限り、青獅子に捕らえられる前の李媛は、誰に対しても慈悲深い清らかな心を持った人情味溢れる侯爵夫人だった。

 それに付け込まれて、魔王軍に降伏したときには、あの大旋風にいいように弄ばれたのだが、それがあれほどの無慈悲な処刑を亜人に行うことができるというのも驚きだ。

 青獅子に受けた仕打ちが李媛を変えたのか、それとも、それも隠れていた李媛の性質のひとつだったのか……。

 

 とにかく、李媛の亜人に対する仕打ちは辛らつだ。

 罪に問うほどの行為をしていなくて、放免と定められた者も無事に城郭を脱出できるわけではない。

 李媛は、この城郭に存在する亜人のすべてについて、「殺戮不問」の触れを出している。

 つまり、この城郭にいる亜人については、人間族が理由なしに殺しても罪に問わないという触れだ。

 その触れを出している状況の中で、額に亜人であるという刻印と道術封じをされて、城郭に放たれるのだ。

 彼らもまた、あっという間に市民たちに囲まれて、残酷な私刑を受けることになる。

 

 少し前、魔凛も名を知っていた寧坊という亜人の少年が、額に刻印を受けて、広場から放たれた。

 彼はよろめきながら城門に向かおうとしたが、すぐに市民に取り囲まれて倒され、服をすべて剥がされて全裸にされて、そばの街路樹に吊るされてしまった。

 しばらくのあいだ、よってたかって全身を棒で殴られていたが、いまはもう動かなくなっているからおそらく死んだのかもしれない。

 

 そうやって、壊滅した青獅子軍であるが、あの混乱の中をうまく生き延びた集団もいる。

 混乱した魔王軍のうち、玄魔隊の一部だ。

 

 後でわかったことだが、玄魔は青獅子が死んだということをいち早く察すると、すぐに魔王宮の地下に監禁されていた宝玄仙を道術で城郭外に移動させて逃走したようだ。

 そのときに、部下の一部も城郭を脱走させるのに成功している。

 

 青獅子軍の中でも、玄魔隊だけは、城郭の中心部分ではなく、城壁に近い訓練場に宿営していた。

 それで城壁の外に脱走しやすかったようだ。

 それに比べて、ほかの多くの隊は、魔王宮の近傍の屋敷などを押収して、軍営替わりにしていたので、市民の暴動が起きたときに、逃げることができなかったというわけだ。

 

 いずれにしても、玄魔は、そうやって城郭から逃亡してきた玄魔隊の一部をまとめると、宝玄仙を連れたまま、魔王領である獅駝嶺に逃げ去った。

 魔凛と鳴智(なち)の役割は、青獅子を暗殺することのほかに、宝玄仙を解放させることもあったので、これについては、お宝に指示された仕事に失敗したことになる。

 獅駝の城郭の中央広場の塔の頂上の屋根から、李媛による亜人裁判と処刑の様子を見届けていた魔凛は、眼下の光景にも飽いたので、隠れ処である酒場の家に戻ることにした。

 そこに、ひと足先に戻った鳴智がいるはずだ。

 

 この三日、鳴智と魔凛は、暴動をあおったり、亜人たちを無力化する傍ら、宝玄仙の行方を探すために走り回っていたが、今朝になって、宝玄仙については、すでに玄魔が城郭の外に連れていってしまったということがやっとわかったので、鳴智がお宝に報告しに行ったのだ。

 “お宝”……すなわち、あの宝玄仙にそっくりな女の名である……。

 

 魔凛は、今朝から行われだした亜人裁判をある程度確認してから、合流することになっている。

 それについてもお宝に報告する必要があるからだ。

 

 魔凛は、塔から飛びあがり、翼を拡げて城郭の上を舞った。

 自分の姿は市民には知覚できないはずだ。

 その程度の操り術は、まだ市民に残したままだ。

 

 お宝が魔凛にとって、女神であるのか、邪神であるのかはまだわからない。

 しかし、そのお宝のお陰で、魔凛は大旋風の支配から解放され、屈辱と恥辱の日々を終えることができた。

 鳥人族の誇りである翼も呆気なく再生してもらえた。

 その代償として、これからなにをさせられるのかは知らない。

 

 だが、どんなことでも魔凛は受け入れることができる。

 あの大旋風の人形になり、自ら股ぐらを開いて大旋風たちを受け入れ、裸身を市街で晒し、同朋を殺戮させられ、唾液や糞尿を食わされ……。

 考えられる限りのあらゆる恥辱を舐めさせられた。

 その生活からの解放を与えられたのだ。

 

 魔凛は、人のいないところを注意深く選んで地上に降り立った。

 そこで身にまとっていたマントのフードで顔を包んで顔を隠す。

 城郭のあちこちでは、いまだに血に酔った人間族の小集団が、許可されている亜人殺しに興じようと亜人狩りを続けている。

 魔凛自身の仕掛けから始まった亜人殺しの暴虐に、魔凛自身が巻き込まれては堪らない。

 

 結局、誰にも出遭うことなく、路地に入り込み、お宝と鳴智が待っているはずの閉鎖している酒場の隠れ処に戻ってきた。

 一階には誰もいない。

 この場所には、ついこのあいだまで双六やその一味が出入していたが、彼らは、青獅子軍の崩壊とともに、役目を終えてどこかに散ってしまった。

 お宝はこの二階を生活の場にしているから、ひと足先に戻った鳴智も二階にいるはずだ。

 

 魔凛は、二階にあがる梯子に向かった。

 すると、女の激しい喘ぎ声のようなものが聞こえ出した。

 驚いて、魔凛は梯子を急いであがり二階に進んだ。

 

「おや、戻ったかい、魔凛……。お前に命じた青獅子殺しと青獅子軍の壊滅の仕掛けは見事なものだったよ。褒めておくよ」

 

 椅子に座って寛いでいる様子だったお宝が、魔凛に気がついて視線を向けた。

 

「こ、これは……?」

 

 しかし、魔凛は二階で行われている光景に呆然としてしまった。

 お宝の眼の前には、全裸に服を剥かれた鳴智が両手と両脚を開いて天井と床から繋がった縄で拘束されている。

 しかも、その全身は汗みどろで、大きく開いた股間の下には、鳴智の股間から垂れたと思われる愛液が小さな水たまりを作っているのだ。

 鳴智がお宝に淫靡な責めを受けいているのは明らかであり、しかも、かなりの長時間の責め苦を受けているように思えた。

 

「ふん、宝玄仙の解放を命じていたのは、この鳴智にだからね。お前の折檻はなしにしてやるよ、魔凛──。でも、よく覚えておきな。命令に失敗すれば、罰が待っている。この小生意気な女には、鞭で打つよりも、こういう官能責めの罰が余程に効果があるからね。全身の感度を二十倍にして、こうやっていたぶってやっているのさ……。ほらっ、鳴智、偉そうにしていたくせに、宝玄仙を逃げた亜人軍に連れていかれるのを許すとは、なんという体たらくだい──。こうしてやるよ」

 

 お宝が嘲笑しながら、鳴智の開いた股間を柄の長い鳥の羽根でゆるやかにくすぐった。

 

「ひいいいいっ、ああっ、ああああ──」

 

 鳴智は逆上したような悲鳴をあげて、お宝の動かす羽根から逃れようと腰を激しく動かしている。

 だが、すぐにさらに大きな声をあげると、身体を弓なりに仰け反らせて絶頂の仕草をした。

 

「いくらでも絶頂しな、鳴智──。わたしの魔法陣がお前の失神をとめているからね。限界を超えた連続絶頂の恐ろしさをたっぷりと味わうがいいよ。そら、『刷毛虫』も追加だ。悶え泣きな──」

 

 お宝が羽根で股間をなぶりながら、小さな繊毛の塊りのようなものを五個ほど鳴智の裸身に投げた。

 するとその繊毛が鳴智の汗まみれの身体で動きだし、乳首や脇の下などを刺激し始めた。

 

「はああっ──ゆ、許して──あああっ──」

 

 鳴智が狂ったように身体を跳ねさせ始めた。

 四肢を引っ張られている身体が大きく前後左右に動き回る。

 

「ほらっ、口惜しいかい、鳴智? お前が毛虫のように嫌っているわたしに、こうやって奥の院まで晒されて、官能責めされるんだ。口惜しかったら、命じられた仕事はちゃんとやりな──。もう一度、宝玄仙を追いかけるんだ。なんとしても、あいつを解放して、自分の脚と意思で魔域に向かわせるんだ。そうしなければ、予言は成就しないんだからね──。わかったのかい──」

 

 お宝の羽根は本当にしつこく鳴智の股間をまさぐっていた。

 そして、魔凛の眼の前で、鳴智は絶頂して果てた。

 

 鳴智の指示で、李媛の亜人の公開裁判と処刑を見届けていた魔凛が、鳴智と別れて半日ほど経っている。

 鳴智は、そのときすぐに、宝玄仙の解放に失敗したことをお宝に報告しに戻ったはずだから、もしかしたら、それからすぐに、お宝の官能責めの折檻を受け始めたのかもしれない。

 そうであるならば、鳴智は目の前で続けられている責めを半日も受けているということだ。

 限度を越した快感責めは、鞭打ちなどで打たれるよりもつらい拷問だ。

 魔凛もそれを知っている。

 

「どれ、お前も折檻してやりな、魔凛──。これは仕事に失敗した鳴智への罰なんだ。このまま夜まで続けるよ……。じゃあ、魔凛は、鳴智の屹立したその豆を口で舐めてやりな。わたしは、後ろに回るかねえ……。さらに尻の穴の感度をあげてから、羽根責めにしてやるさ」

 

 お宝が笑いながら、椅子を持って鳴智が四肢を拡げて立たされている背後に回った。

 すぐになにかの道術が鳴智にかけられたのがわかった。

 鳴智には、お宝の刻んだ道術紋が身体に刻まれているらしい。

 それで、鳴智の全身の感覚を自由にお宝は操れるのだ。

 つまりは、お宝は、鳴智の性感を怖ろしいほどにあげて、ああやってくすぐり責めにしているらしい。

 そのため、鳴智はその責めに正気を失ったように激しく悶え泣いている。

 しかも、鳴智が苦しむのが本当に愉しいのか、お宝は本当にしつこく鳴智のいたぶりをやめない。

 

「早くしないか、命令だよ──。鳴智の股間を舌で舐めて刺激しな、魔凛」

 

 お宝の苛ついたような声が響いた。

 魔凛の首に装着されている『服従の首輪』の今の命令者は、眼の前のお宝だ。

 お宝の“命令”には、一切逆らえない。

 一方、鳴智の首輪の命令者は、御影(みかげ)という男であり、このお宝の夫だという。

 お宝は、夫である御影の命令でなんらかの目的のために、こうやって活動しているのであり、鳴智は、その御影の“命令”によって、お宝の活動に従わせられているようだ。

 

 魔凛の身体が、勝手に動き出した。

 首輪の霊気が、お宝の命令を実行させようとしているのだ。

 

「な、鳴智、堪忍──」

 

 同じ『服従の首輪』で支配されている者として、この数日で魔凛の鳴智に対する仲間意識は非常に強くなっていた。

 その鳴智を苦しめるような行為をさせられることに、魔凛は気が咎める思いだ。

 

「ひふううっ──や、やめてっ──」

 

 魔凛が大きく膨らんでいる鳴智の肉芽を口で吸い始めると、鳴智がつんざくような悲鳴をあげて、股間を突きあげた。

 

「また、達したかい──。じゃあ、今度はこっちでもいきな」

 

 お宝が手に持った羽根で鳴智の尻たぶの亀裂をさわさわとくすぐる。

 すると、魔凛の股間の口吸いでがくがくと全身を痙攣させていた鳴智が、さらに強く全身を突きあげて身体を震わせた。

 ふと見あげると、鳴智がおかしな声をあげながら、口から泡のようなものをだらりと滴り落とさせるのが見えた。

 

「夜までにどのくらい達することができるのかねえ、鳴智? とりあえず、いまから百回ほど絶頂したら、半刻(約三十分)だけ休ませてやるよ──。いま二回だね」

 

 嗜虐酔いしたようなお宝の愉快そうな笑い声が部屋に響き渡る。

 その声を聞きながら、魔凛は全身の震えのとまらなくなったような鳴智の股間を一心不乱に舐め続けた。

 

 

 

 

(第81話『人間族の逆襲』終わり)



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 第82話  ひとりだけの叛乱【金凰妃(きんおうひ)金翅(きんし)Ⅰ】
519 赤い烈風


 熟睡していたと思う。

 しかし、孫空女は、眼が覚めた瞬間に自分の肌がひりつくのがわかった。

 

 いや、逆だろう……。

 肌がひりつくほどの緊張を感じたから眼が覚めた。

 そういうことだと思う……。

 

 地面に横たわって眠っていた孫空女の耳と肌に、遠くから街道を接近する騎馬の気配が伝わったのだ。

 その気配が、孫空女を目覚めさせて闘気を漲らせたに違いない。

 目が覚めたことを自覚したときには、すでに孫空女は街道の真ん中に『如意棒』を抜いて立っていた。

 

 まだ、夜が明けたばかりのようだ。

 ここは、獅駝(しだ)の城郭と亜人どもの根拠地を結ぶ山街道の中でも人間族の生息域に近い東側の道であり、孫空女は二日ほど、この道で宝玄仙を移送する玄魔隊を待ち続けていた。

 移送されてくるはずの宝玄仙を救出するためだ──。

 

 下手な策を弄するのはやめた。

 宝玄仙を金凰宮に移送するのは亜人将軍の玄魔(げんま)自身であり、その経路にはこの経路を使う……。

 玉斧(ぎょくふ)が死を賭して教えてくれた情報だ。

 孫空女はそれを信じた。

 

 だから、まだ、玄魔隊らしき集団が、この街道を通りすぎてはいないということがわかったとき、孫空女は街道そのもので連中を待ち受けることにしたのだ。

 ここで、宝玄仙を移送する玄魔を待ち受け、一生懸命に移送隊を蹴散らして、頑張って宝玄仙を助け出す──。

 それが孫空女の策だ。

 

 玄魔隊はここを通る──。

 それをこの二日間、孫空女は一度も疑わなかった。

 そして、いま……。

 

 足の裏を通じて伝わってくる街道を揺らす振動は微かではあるが、間違いなく百に近い騎馬のものだ。

 夜を徹して、夜道を急ぐ騎馬の集団が獅駝側から近づいている……。

 この街道をそれだけのまとまった騎馬が通過するとすれば、それは玄魔隊以外にはありえない。

 やはり、玉斧は正しかった──。

 

「余計なことは考えない……。ただ、突っ込み、檻車のようなものが見つかるまで、ただ駆ける……。そして、見つけたら、ただそれを壊して、ご主人様を救い出す……」

 

 孫空女は自分自身に向かって呟いた。

 やがて、その大きな騎馬の集団から数騎だけが分裂したのが、なんとなく地面の振動でわかった。

 その数騎だけが速度をあげて近づいてくる。

 眼を凝らすが、朝もやに隠れている山街道には、まだ、なにも見えない。

 

 しかし、孫空女には、それが三騎ほどの騎馬だということは、すぐにわかった。

 玄魔隊の斥候だろう。

 後方から近づく本隊に先だって前を進み、罠や敵が潜んでいないかを探る役割の者たちだ。

 この一帯は、この山街道沿いの中でも、もっとも狭隘になっている部分であり、待ち受けには持ってこいの場所だ。

 だから、玄魔も斥候を出して、危険がないかを確かめたいと思ったのだろう。

 相変わらず慎重な男だ──。

 孫空女は思った。

 

 獅駝の城郭で監禁され続けているあいだ、ずっと孫空女は、あのむっつり男に支配され、その部下たちにいたぶられ続けたのだ。あの臆病男の性格は、しっかりと把握している。

 玄魔は、しつこいくらいに慎重で、絶対に危険は避ける。

 危険がないような状況でも、慎重に策をたてて、可能性のある危機を未然に回避しようとする。

 玄魔とはそういう男だ。

 

 死んだ玉斧によれば、孫空女が獅駝の城郭から移送される少し前から、かなり不穏な事象が獅駝の城郭で続いていたらしい。

 叛乱の兆候のようなものだ。

 それを危険視した玄魔は、万が一にも、何者かが宝玄仙を奪おうとすることを考えて、あえて、自分たち亜人の領域ではなく、人間族の領域に近い街道を選ぼうとしていたらしい。

 道術で移動する者が多い亜人族の街道は、あまり整備されておらず、少数の襲撃者に有利な隘路が多い。

 それに比べれば、人間族の道は比較的整備されていて、待ち受けをされるような場所は数箇所に限定される。

 

 女囚としての孫空女の移送も、後で護送される宝玄仙の移送経路を欺騙するために、宝玄仙の際で予定しているのと異なる魔王領側の経路が選ばれたようだ。

 玉斧は、宝玄仙の移送経路は、必ずこっちだと断言した。

 その通りだった。

 

 孫空女の鋭敏な肌は、馬を走らせている三騎の斥候を見切っていたが、さらにずっと後方にいるようである大勢の騎馬から成る本隊の存在も感じていた。

 この登り坂であれば、時間的な距離は、四半刻(約十五分)というところだろうか……?

 駆けてくる斥候と比べれば、本隊はゆっくりと進んでいるようだ。

 夜を徹して移動するほど急いでいるとしても、重い檻車と一緒であれば、速度はそれほどには出せないのだろう。

 だから、玄魔隊はゆっくりと進むしかない。

 孫空女は、後方の本隊に宝玄仙が一緒にいるのは間違いないと確信した。

 

 見えた──。

 やはり、三騎──。

 亜人兵だ。

 

 それを認めたときには、孫空女はまっしぐらに、その騎馬に向かって走っていた。

 辺りには、まだもやが立ち込めていて視界が悪い。孫空女は、そのもやの中を走っている。

 

「な、なんだ──?」

 

 亜人兵のひとりが、やっと孫空女の存在に気がついたようだ。

 しかし、そのときには孫空女は跳躍していた。

 

「ふんっ」

 

 一度声を放った。

 『如意棒』が前面の騎兵の喉を突いた。悲鳴をあげながらその騎兵が後方に吹っ飛ばされる。

 次の瞬間には、孫空女は乗り手のいなくなった馬に跨っている。

 

「こ、こいつ──」

 

 ひとりが叫んだが、その瞬間に『如意棒』がその男の具足越しに腹を抉った。

 その騎兵は声もなく気を失って、馬から滑り落ちていく。

 さらにもうひと振りで、最後の騎兵も馬上で失神させた。

 次は玄魔のいる本隊に向かって、一生懸命に戦って、頑張って宝玄仙を救出するだけだ。

 

「はっ」

 

 一度馬の肚を蹴った。

 馬が駆け出す。

 

 『如意棒』を一度頭上で振る。

 斥候と本隊を遮る者はないはずだ。

 あったとしても蹴散らせばいい。

 

 風になれ──。

 風になって、ただ突き抜けろ──。

 

 そして、宝玄仙のいる場所まで辿りつけ──。

 

 もう、なにも考えなかった。

 風のように一目散の玄魔隊に突入することしか考えていない。

 

 やがて、玄魔隊の軍旗らしきものが、近づいてきた。

 

 

 *

 

 

 数日前、玄魔は、獅駝の城郭の城門の外の郊外で一日だけ待った。

 なにかがあったときには、その場所を玄魔隊の集合地点にすると定めていたのだ。

 しかし、あの人間族の叛乱から城郭を抜けて、玄魔と合流できた部下は、一千騎ほどにすぎなかった。

 もともと玄魔隊は総勢で二千を超えていたのだ。

 それがわずか半分になったことに玄魔は衝撃を受けた。

 もっとも、集合地点に来なかった部下の全員が人間族に殺されたというわけではなさそうだ。

 

 城郭の中央付近ではなく、城壁に近い軍営に駐屯していた玄魔隊は、ほかの隊とは異なり、かなりの人数が城門の外に逃亡することができた。

 だが、青獅子(あおじし)魔王が死んだということを知った部下たちの多くは、魔王軍を見限って、どこかに去ったらしい。

 どうやら、それが、玄魔の予想をかなり下回る人数しか集合場所に集まらなかった理由のようだ。

 仕方なく、玄魔はその人数だけで、亜人領に戻ることにした。

 

 玄魔は、玄魔自身の道術を遣って、檻車とともに宝玄仙の身柄を城郭から連れ出すことに成功していた。

 もともとは、宝玄仙を金凰宮に連れていくのが、玄魔の任務だったのだ。

 玄魔にその命令をした青獅子は死んだが、その命令は生きていると思った。

 無限の魔法石を産み出す宝玄仙の価値は玄魔も知っている。

 その宝玄仙の身柄を金凰魔王に確実に引き渡すことこそが、玄魔の新たな役割と思った。

 

 それにしても、突然に発生した人間族の叛乱はなんだったのだろうか……?

 あの突然の騒乱の全容は玄魔も掴んでいない。

 しかし、なにかが発生し、人間族が大叛乱を起こした。

 そして、同時に、あの青獅子魔王までも暗殺されたらしいということもわかった。

 情報を集めることによって明らかとなったのは、青獅子が狙われたのは、女侯爵の李媛(りえん)を裸で散歩させている真っ最中だったらしいということだ。

 青獅子は、人間族の美女であり、貴族である李媛を裸にして、犬のように四つん這いで歩かせて辱めるのが好きだった。

 ほぼ、毎日のように、青獅子は、魔王宮にしていた李媛の屋敷から出て、一定の時間、城郭を連れ歩くと、また魔王宮に戻るという行為を続けていた。

 

 玄魔は、それを危惧したものだ。

 李媛という女をどう扱おうがそれはどうでもいい……。

 だが、毎日の日課として、それを続けるというのを玄魔は心配したのだ。

 もしも、青獅子の暗殺を企てる者がいれば、結界に守られた魔王宮から決まって同じ時間に外に出てくるその李媛の雌犬散歩の日課は、もっとも狙いやすい隙だ。

 しかも、李媛をできるだけ辱めたい青獅子は、護衛隊で李媛の身柄が民衆の視線から隠れるのを嫌い、わずかな亜人兵だけを連れて、李媛を散歩させていたのだ。

 玄魔は度々、それを諌めたが、青獅子は、歩いているあいだであっても、青獅子自身の結界は刻んでおり、どんな人間族の襲撃者が青獅子を狙おうとも、青獅子の身体に届くはずがないと豪語した。

 青獅子の強力な結界は、確かに外から青獅子を殺めることを不可能にするだろうと玄魔も思ったので、それ以上の言葉を続けることはできなかった。

 

 だが、青獅子は死んだ。

 青獅子の暗殺に用いられたのは、あの大旋風(だいせんぷう)の身体だという。

 これも目撃者の情報によるものだが、いつものように李媛を散歩させている青獅子に、不意に大旋風がやってきて青獅子に近づいてきたようだ。

 大旋風は、青獅子軍の総司令官であり、個人的な性癖を通じても青獅子と大旋風は仲が良かった。

 その大旋風を青獅子が拒むわけがなく、青獅子は自分の結界の内側に大旋風を受け入れた。

 その大旋風が突然に爆発した。

 大旋風に密着されていた青獅子もそれを避けることなどできずに、一緒に木端微塵の肉片になったらしい。

 玄魔が思うに、大旋風は身体のどこかに『炸裂砂』かなにかを隠していたに違いない。

 さすがの青獅子も、結界の内側から大爆発の衝撃を受けてはひとたまりもなかったようだ。

 

 それにしても、実際のところはなにが起こったのだろうか……?

 青獅子の死因はわかったが、わからないのは大旋風が、その暗殺の道具に使われた経緯だ。

 大旋風は自ら青獅子に話しかけながら、青獅子に抱きついたというから、大旋風が何者かに操られていたと考えるのが自然だ。

 操りといえば、大旋風が生きた玩具にして遊んでいた魔凛(まりん)の存在を思い出すが、その魔凛の行方もわからない。

 

 いずれにしても、玄魔が自分がやり遂げるべきと考えたのは、宝玄仙のことだ。

 なんとかして、宝玄仙を金凰宮に無事に連れていくこと──。

 誰がなんの目的で引き起こした騒乱なのか知らないが、その目的の大きなものが宝玄仙の身柄の強奪であることは十分に考えられる。

 宝玄仙にはそれくらいの価値がある。

 だから、宝玄仙の身柄を確実に金凰宮に送り届ける──。

 それだけを考えることにした。

 

 玄魔は、集まった玄魔隊の全体をふたつに分けた。

 ひとつは副将の火箭(かせん)の率いる一団であり、一千のうちの九百をそっちに回した。

 彼らは、金凰宮に戻るふたつの経路のうち、魔王領を縦断する経路を進む。

 九百の騎馬の集団は、かなり目立つ。

 どんな敵が青獅子軍に襲いかかったのかわからないが、宝玄仙の身柄が目的だと考えれば、大勢の集団で移動するその九百に注目するはずだ。

 

 そして、玄魔自身は、精鋭の百騎のみを率いて、すべての者の意表を突いて、人間族の領域に近い街道を進むことした。

 その経路を使うことは、密かに玄魔は前から考えていたところであり、経路そのものについても、玄魔は熟知していた。

 

 人間族も使う街道なので、道術を帯びている者が多い亜人と異なり、移動には自分の脚を使うしかない人間族は、亜人領に比べれば、よく道の整備をしている。

 少数の襲撃の利点を生かせる隘路が多い魔王領の道に比べれば、山岳道といえども、人間族の街道はよく整備されていた。

 危険な場所は、数箇所と踏んでいた。

 その場所だけを気をつけて進めば、少数である分、人数の少ないこちら側の方が、速く金凰宮に辿りつける──。

 玄魔はそう考えた。

 事実、いまのところ、かなり順調な速度で一行は進んでいた。百騎の中心に置いている宝玄仙を監禁している檻車の歩みも順調だ。

 

 あと一日──。

 

 それだけ進めば、もう、どんな襲撃者だろうと手出しのできない地域に逃げ込める──。

 

 玄魔は三日目となる行程を進んでいた。

 かなりの登り坂が続く場所であり、峠に近い場所が比較的狭い場所になっている。

 それから先は、しばらくは見晴らしのいい場所が続くから、峠を越えれば隊を休息させようと思っていた。

 ただ、その隘路に派遣した三騎の斥候がまだ戻ってこない。

 それが玄魔は少し気になっていた。

 

 そのとき──。

 

 夜が明け始めた薄明りを割って、なにか鮮やかなものが接近しているのが見えた。

 一騎の騎馬だ。

 

 最初は斥候が戻ったのかと思った。

 馬の馬具が玄魔隊のものだからだ。

 しかし、かなり視界が近づくにつれて、そうではないことがわかった。

 

 女だ──。

 

 赤くて長い髪が風で後方にたなびいている。

 金色の棒を持っている──。

 

 孫空女──?

 

 玄魔が考えたのはその名だ。

 そういえば、金凰宮に移送中の孫空女が逃亡した。

 青獅子の死による混乱で失念していたが、その報せを聞いていたことを玄魔は思い出していた。

 

 しかし、ただの一騎……。

 

 隊の先頭近くにいる玄魔には、あの孫空女がなにをしようとしているか一瞬、理解することができなかった。

 

「玄魔──」

 

 孫空女が疾走しながら叫んだ。

 金の棒が昇ってきた朝陽を跳ねて赤く光った。

 孫空女の憤怒の顔がはっきりと見えた。

 

「前衛、前に──。襲撃だ──」

 

 玄魔は慌てて、それだけを叫んだ。

 もう、孫空女は目の前だ──。

 

「孫空女、来い──」

 

 思わず玄魔は声を出していた。

 すると眼の前に孫空女の振る金色の棒があった。

 自分の全身の毛が逆立つのがわかった。

 

 両手に衝撃が走る。

 孫空女の棒を受けとめた剣が空中に飛んでいるのがかろうじてわかった。

 

 来る──。

 逃げようがない──。

 

 剣を失った玄魔は、孫空女の第二撃で自分の頭が割られるのを覚悟した。

 しかし、次の瞬間、風のようなものを感じただけだった。

 

 赤い烈風がただ過ぎていった。

 そんな感じだ。

 

 なにがどうなったのかわかなかった──。

 玄魔の剣を弾き飛ばした孫空女が、玄魔には眼もくれずに、そのまま隊の中央目がけて駆け抜けていったと悟ったのは数瞬後だ。

 

「は、反転──」

 

 すでに前衛が割られて、孫空女がずっと後ろに進んでいるのに気がついて玄魔は叫んだ。

 馬の向きを変えたとき、遠くで部下の悲鳴が立て続けに起きたのを玄魔は聞いた。



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520 敵中突破

「や、や、やめ、やめて、お、おくれ……、ヒッ、ヒッ、ヒックション──あぎぃっ、な、なんてことを──惨い、惨いじゃないかい──き、気が狂う──」

 

 こよりで鼻の穴をくすぐられる刺激に、宝玄仙は激しく身体を震わせてくしゃみをした。

 すると天井から吊り上げられている鼻輪が揺れて、頭の中に刃物を刺し込まれたような激痛が走る。

 同時に、床の金具に繋がれている肉芽の根元を縛った糸からも衝撃を受けた。

 鼻と肉芽を襲う恐怖の痛みに、宝玄仙は恥も外聞もなく悲鳴をあげた。

 

「おうおう、鼻汁をまた垂らしおったな。鼻汁をこうまで垂らしたみっともない顔になると、人間族の美女も見る影もないのう──。これは醜いわい──。その顔を檻車の外の連中にも見せてやりたいのう……。こうやって、わしだけで眺めるのは勿体ないわ。ほらほら、もう一度くしゃみせい──」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が笑いながら、また次のこよりに交換して、天井に引き上げられて上を向いている宝玄仙の鼻の穴をほじり続ける。

 無惨に拡げられた鼻の穴に、新たなこよりが入ってきた。

 

 また、くしゃみが出そうだ……。

 宝玄仙は、あまりの苦しさに涙がぼろぼろと流れ落ちるのを感じた。

 

 そもそも、いったい何本こよりがあるのだ──。

 さっき、ちらりと視界に映ったとき、蝦蟇婆は百本以上もこよりを準備していたようだったが、まさかそれを全部使いきるまで続けるつもりだろうか……。

 

 執拗な蝦蟇婆の鼻の穴責めの真っ最中である。

 つまりは、宝玄仙は、この蝦蟇婆から拘束をされて絶え間のないくしゃみを強要されているという状況だ。

 しかも、くしゃみをすれば身体が揺れて、糸吊りされている鼻と、床に引っ張られている肉芽に凄まじい痛みが加わる状態にされているのだ。

 

 手足を切断されて短い四肢の宝玄仙は、天井が光っている窓のない檻車の中で、もう数日間、こうやって蝦蟇婆とふたりきりですごしていた。

 この間、蝦蟇婆は退屈凌ぎだと称しては、例の匂いで宝玄仙か宝玉を呼び出しては、さまざまな嫌がらせの調教を続けていた。

 いまやられている調教は鼻責めだ。

 

 宝玄仙は、四つん這いの肉芽の根元を糸で縛られ、その糸の先端を床の金具にくくりつけられ、そうやって股間が床から離れられなくされた体勢で、さらに鼻の鼻輪を限界まで吊りあげられているのだ。

 その状態で、宝玄仙は無防備な鼻の穴を繰り返し刺激されて、くしゃみをさせられ続けているというわけだ。

 しかも、亜人を見ると呼吸が止まる道術をかけられたままの宝玄仙は、その責めを眼を閉じたまま受けなければならない。

 そして、鼻の奥をこよりで刺激されるとどうしてもくしゃみが出る。

 連続のくしゃみそのものが苦痛なのだが、いまの宝玄仙は、くしゃみをすれば身体が振動して耐えられない激痛に襲われるという仕掛けである。

 それを承知で、蝦蟇婆は抵抗を封じた宝玄仙の鼻に執拗にこよりを突っ込み続けるのだ。

 

 ちょっとでも動けば、鼻と肉芽に火がついたような痛みが駆け抜ける宝玄仙は、あまりにもしつこいそのこより責めの繰り返しに号泣するしかなかった。

 しかも、くしゃみとともに鼻から出る鼻水を拭く手段のない宝玄仙は、顔をぐしゃぐしゃにしてこよりの責めを受け続けてもいた。

 そのみっともない顔を何度も手鏡で見させられ、宝玄仙はその恥辱にも歯噛みした。

 

 本当にこよりはいったいどれだけあるのか……。

 いつ蝦蟇婆は、この鼻責めを終わってくれるのか……。

 

 宝玄仙は、ただのこよりが自分に与える恐ろしい苦痛に涙と鼻水を流し続けた。

 

「クション──、ひがあああっ」

 

 蝦蟇婆は、もう宝玄仙の鼻の中をどういうように刺激すれば堪えられずにくしゃみが出るか知り抜いている。

 宝玄仙は、また呆気なく、鼻汁を噴き出しながらくしゃみをしてしまい、身体の上下からやってきた激痛につんざくような悲鳴をあげた。

 

「その垂れた鼻汁は、自分の舌で舐めておくがいいわ。次は反対の穴じゃ。こっちも鼻糞が溜まっておるのう。くしゃみで吹き出すといいぞ。鼻糞は残らず舌に擦り付けてやるから、全部食うんじゃぞ……。ひ、ひ、ひ……」

 

 目を閉じている宝玄仙の鼻を責めている蝦蟇婆が、今度はもう片方の鼻にこよりを突っ込んだ。

 ずっと右の鼻の穴ばかりを責められていたから、宝玄仙には、それに対する備えがなかった。

 

「ヘクシッ──。んぎゃああああ、ああ、もう許しておくれよおお」

 

 激痛とともにくしゃみをした宝玄仙は悲鳴をあげた。

 自分の鼻から、またまとまった鼻水が飛び出したのもわかった。

 

「おう──。こっちの穴からも鼻糞が表に出てきたわ。ちょと待て……」

 

 今度は小さな竹挟みのようなものが、宝玄仙の鼻水だらけの鼻に入れられる。

 これも、蝦蟇婆の嫌がらせだ。

 蝦蟇婆は、鼻輪を吊り上げることで、鼻の穴を拡げさせている宝玄仙の鼻から鼻糞をほじっては、宝玄仙の舌に擦り付けているのだ。

 食べなければ、仕置きをすると言われている宝玄仙は、屈辱に震えながら、それに従うしかなかった。

 

「ほらっ、お前の鼻糞じゃ、宝──。口を開けい──」

 

「ううう……」

 

 逆らうことは無意味だ。

 逆らって口を閉ざせば、さらに惨い目に遭わされるだけだ。

 宝玄仙は仕方なく、蝦蟇婆の顔を見ないように口を開けた。

 舌になにかが付けられた。

 蝦蟇婆が宝玄仙の鼻から取った鼻糞だろう。

 塩辛い味が、宝玄仙に痛烈な汚辱感と憤怒を与える。

 

「食うんじゃ。ついでに、鼻垂れている鼻汁も舌を伸ばして、舐めんか──。まったく……。少しは恥を知らんか。ほら、己の醜い顔を見てみい──」

 

 蝦蟇婆が宝玄仙の顔の前に、また手鏡を出したのがわかった。

 道術の力で表面を磨きあげた金属の面を持つ道具だ。

 宝玄仙は、ゆっくりと閉じていた目を開けた。

 怖い……。

 怖いのだ……。

 

 蝦蟇婆を見てしまえば、死の一歩手前まで呼吸がとまる……。

 手鏡を目の前に置いているように見せかけて、蝦蟇婆の顔を見せて苦しめるのではないかという恐怖が走るのだ。

 果たして、視界には鏡だけがあった。

 心の底からほっとする。

 

 これが自分かと疑いたくなるような惨めな自分の顔がそこにあった。

 涙と鼻水と涎で汚れている自分の顔だ。吊り上げられている鼻の穴は大きく拡がり、確かに鼻の中の汚物や鼻毛まであからさまになっている。

 

「ううう……、な、なんで……こんな意地悪を……」

 

 めまいがするほどの屈辱感に、宝玄仙は悲鳴とも号泣ともつかない声をあげて喘ぐしかなかった。

 

「そんな情けない顔をするでないわ、宝……。だが、気の強いお前がそんな顔するのはいいのう……。どれ、もう、一回、くしゃみするか?」

 

 蝦蟇婆が愉しそうに笑いながら、次のこよりを取り出した気配がした。

 慌てて目を閉じる。

 そうしなければ、蝦蟇婆の顔を見てしまったことによる窒息責めに、のたうつことになる。

 すぐに、左の鼻の穴にこよりが挿さってきた。

 こよりが揺れる。

 たちまちにくしゃみの欲求が込みあがったが、宝玄仙は身悶えさえも許されない。動けば鼻と肉芽に激痛だ。

 進退窮まった宝玄仙は、もう自尊心など吹き飛んでしまい激しい嗚咽の声を洩らした。

 

「ンギュシュン──。んぎいいいいっ」

 

 そして、無理矢理に出されるくしゃみ──。

 また、身体の揺れで鋭い痛みの走った宝玄仙は、悲鳴をあげて泣いた。

 そうやって宝玄仙は、揺れる檻車の中で蝦蟇婆の終わらない責めを受け続けた。

 

「ほれ、もう一回じゃ」

 

 必死に目を閉じている宝玄仙の鼻に容赦なく次のこより……。

 

 くすぐられる……。

 

 くしゃみがでそう……。

 

「ひぎぃ──。ハックション──はがぁ──。も、もう、や、やめて、おくれ──」

 

 宝玄仙は、ひたすらに蝦蟇婆に哀願を続けた。

 もう、耐えられない──。

 この苦痛と恥辱を終わらせるには、蝦蟇婆の慈悲にすがるしかないと思った。

 しかし、いくら叫んでも、蝦蟇婆は笑って無視するだけだ。

 

 そして、果てしない時間と思えるほどの時間がすぎていった。

 やがてのことだ。

 

「おう、準備したこよりがなくなったのう……」

 

 やっと蝦蟇婆がそう言った。

 くしゃみも百回は超えたと思った頃だ。宝玄仙は、心から安堵した。

 

「……なら、ちょっと待つがいいわ、宝。こんなこよりは、わしの道術でいくらでも作れる。今度は、二百本は準備してやろう」

 

 蝦蟇婆のその言葉に、宝玄仙は愕然となった。 

 そのときだった。

 突然に檻車ががくりと停止したのだ。

 

「いぎゃああ、いたいいいっ」

 

 四肢を踏ん張ったが、全身が大きく揺れた。

 宝玄仙は鼻と肉芽に錐を刺したような激痛を受けた。

 

「んんっ? なんかあったかのう?」

 

 蝦蟇婆が言った。

 気の遠くなるような痛みに耐えながら、宝玄仙も、確かに不自然な停止の仕方だと思った。

 これまでは、停止することがあっても、もっとゆっくりと停止していた。

 いまの檻車の停まり方は、なにかの異常があって、やむを得ず急制動をかけたような感じだった。

 もっとも、景色の見えない檻車では、今はどこを走っていて、時間が一日のいつ頃かすらも、はっきりとはわからない。

 ましてや、外でなにが起きたかのかを判断する方法はない。

 

 そのとき、物凄い振動が檻車の壁に伝わった。

 今度はさっきの比じゃない。

 

「痛たあああ」

 

 鼻と股間の激痛に宝玄仙は、また悲鳴をあげた。

 そして、また、振動──。

 今度はひっくり返るのではないかと錯覚するほどの大きな揺れが襲う。

 しかも、騒音とともに揺れ続ける。

 なにをやっているのか──。

 だが、それどころじゃない──。

 

 鼻がもげる──。

 股間が千切れる──。

 

「ひいいいっ──。い、糸を、は、ひぐぅ──。は、外して──。蝦蟇婆──。お、お願い──、ち、千切れる──」

 

 宝玄仙は堪らず叫んだ。

 少しもじっとしていられないくらいの檻車の揺れだ。

 このままでは、身体が倒れて、鼻と肉芽が本当に千切れる──。

 

「本当に、なんじゃ?」

 

 今度は蝦蟇婆もびっくりした声をあげた。

 同時に、不意に鼻輪を引っ張っていた紐と肉芽を床に繋いでいた糸が外れた。

 やっと蝦蟇婆が道術で宝玄仙の身体を解放したのだ。

 

「ふううう」

 

 もう精根尽きていた宝玄仙は、四つん這いの身体を横倒しさせた。

 すると、また凄い振動と轟音がして檻車が揺れた。

 

「な、なにが始まったのじゃ──?」

 

 蝦蟇婆が悲鳴をあげた。

 ふと見ると檻車の壁にひびが入っている。

 

「うわっ」

 

 宝玄仙も目を丸くした。

 そして、轟音と振動──。

 

 宝玄仙の見ている前で、壁のひびがさらに大きくなったかと思ったら、いきなりひびの入った壁の一部がこっちにふっ飛んできて、人が通れるくらいの穴が開いた。

 

「ご主人様、助けに来たよ──」

 

 開いた穴から、にこやかな笑みを浮かべる孫空女が顔を出した。

 

「ええええっ?」

 

 その孫空女に亜人兵が、背後から斬りかかってきたのが見えた。

 孫空女は振り返ることなく、『如意棒』でそのふたりを突き返した。

 

「んひっ、し、しまった──」

 

 しかし、亜人を見たことにより、宝玄仙の呼吸がとまった。

 

「んんああっ」

 

 宝玄仙は苦しさよりも恐怖に悲鳴をあげた。。

 

「ご主人様──? どうしたのさ──?」

 

 孫空女が驚いた声をあげた。

 

 

 *

 

 

 ただ、まっすぐに突っ込んだ。

 檻車が近づいてくる。

 孫空女は、『如意棒』を振り回しながら馬を駆けさせた。

 

 とめられる者などいない──。

 前を阻む亜人兵の騎兵を左右に馬ごとふっとばしながら、まっしぐらに檻車に向かって駆けた。

 

「網だ──。霊具の投網を使え──。そいつの動きを止めろ──。生け捕りにするのだ──」

 

 背後から大声が聞こえた。

 あれは玄魔の声のような気がする。

 しかし、そんなものは関係ない。

 

 投網だろうが、弓矢だろうが、槍だろうが、ただ『如意棒』を風車のように回して弾き返すだけだ。

 檻車だ。

 ついに、辿り着いた。

 孫空女は檻車を護っていた七人ほどの亜人兵を馬上から瞬時に打ち倒した。

 

「檻車に近づけるな──。護れ──」

 

 玄魔の声が近づく。

 

「どけええええっ──」

 

 孫空女は孫空女と檻車のあいだに、新たに割り込もうとする兵を吹き飛ばした。

 それでもう、檻車と孫空女のあいだに入ろうとする者は誰もいなくなった。

 真っ黒い壁は、鋼鉄でできた頑丈そうな壁だ。

 それに比べれば、横開きの扉は木製だ。

 

 しかし、おそらく扉は道術が刻まれていて開くことはできないだろう。

 だが、壁なら……。

 

 玉斧が孫空女を助けてくれたときも、玉斧は道術で防護されていた檻車の壁に大きな岩を降らせて穴を開けてくれた……。

 

「うっしゃあああ」

 

 孫空女は、力の限り『如意棒』を檻車の壁に叩きつけた。

 檻車の壁が大きく鳴るとともに、車体が激しく揺れた。

 

 なにかが落ちてきた。

 投網だ。

 

 それを『如意棒』で弾き、近寄る亜人兵に投網の方向を変えた。

 三人ほどの騎兵が大きく拡がった網に絡まれて捕らえられたのが横目に映る。

 

 孫空女は二発目の打撃を檻車の壁に加えた。

 檻車の壁に亀裂が入った。

 

「孫空女──」

 

 玄魔だ。

 すぐそばまで来た。

 さっき剣を弾いたが、いまは新たに剣を持っている。

 剣を振り下ろしながら、玄魔が孫空女に向かってきた。

 

 かわそうという気持ちはなかった。

 孫空女は馬を檻車から玄魔に向け直すと、逆にこっちから玄魔に向かった。

 馬と馬がぶつかる。

 

 『如意棒』に十分な手応えがあった。

 しかし、当たったのは玄魔の馬の首だった。

 玄魔はとっさに手綱を離して、身体を横たえてかわしたのだ。

 あの孫空女の一撃を避けるのは、さすがは亜人軍の将軍というものだろう。

 だが、地面に馬ごと倒れた玄魔を、もう孫空女は相手にしなかった。

 

 再び檻車に向き直り、三撃目の打撃を檻車の亀裂に叩き込む。

 檻車に大きな穴が開いた──。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は叫んだ。

 汗と涙と鼻水のようなもので顔をぐしゃぐしゃに汚した宝玄仙が、呆然とこっちを見ていた。

 そばに、一度だけ魔王宮の地下で会ったことがある老婆がひっくり返っている。

 

「……助けに来たよ──」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 同時に殺気も感じた。

 後ろから亜人兵が襲いかかってきていることには、気がついていた。

 振り返ることなく、『如意棒』で突き返す。

 

 意識をする必要はない。殺気を感じれば、考えることなく身体が動く──。

 背後の亜人兵が飛ばされ、気配が消える。もう、敢えて孫空女に近づこうとする者もいなくなった感じだ。

 すると、檻車から悲鳴が聞こえた。

 宝玄仙だ。

 短い手足の全身を床に転げ回らせている。

 

「ご主人様──? どうしたのさ──?」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 しかし、すぐに思い出した。

 そう言えば、最後に魔王宮の地下で宝玄仙と愛し合ったとき、亜人を直接見ると失神寸前まで呼吸がとまる道術をかけられていると、宝玄仙自身が言っていた気がする。

 

 構わずに『如意棒』を檻車の中に伸ばした。

 宝玄仙の身体を『如意棒』の先に引っ掛ける。

 そのまま宝玄仙の胴体を『如意棒』で引っ掛けて、その胴体を孫空女の跨る馬の首に乗せ直した。

 

「もう大丈夫だよ、ご主人様──。逃げるよ──。しばらく眼をつぶっていて──」

 

 孫空女は身体の前の宝玄仙に言った。

 そのあいだにも、蠅のようにたかる亜人兵を『如意棒』で蹴散らしている。

 だが、もう、こんな連中がどれだけいようと関係ない。

 いくらでも振り払える。

 

「ぷはああっ、そ、そ、孫空女、本当に、お前かい──?」

 

 やっと呼吸ができるようになったらしく、短い肢で懸命に馬の首を挟んでいる宝玄仙が嬉しそうな声をあげた。

 その眼はしっかりと閉じられている。

 道術で与えられる苦痛が怖くて、眼が開けられないのだろう。

 

 可哀そうに……。

 

「逃げるよ、ご主人様──」

 

 孫空女は片手で宝玄仙の身体を支えて、もう片方の手で『如意棒』を握りしめ直した。

 馬の肚を蹴る。

 孫空女は雄叫びをあげながら駆けた。

 

「絶対に行かせるな──」

 

 玄魔の悲鳴のような叫びがした。

 だが、すぐにその声がずっと背後になった。

 孫空女は、山街道を単騎で駆け抜ける。

 行く手にいる亜人兵が、馬除けの木組みを作りだしたのが見えた。

 

 しかし、遅い──。

 

 孫空女はそれを『如意棒』を振り回しながら飛び越えた。

 三人ほどの亜人兵が横に吹き飛んだ。

 

 まだ、前方には隊形を組もうとしている亜人兵がいる。

 孫空女は再び雄叫びをあげた。

 

 騎馬のまま体当たりをする──。

 その亜人兵たちもまた、孫空女の『如意棒』に弾かれていなくなった。

 もう、前方には誰もいない。

 前にあるのは、下り坂の山道だけだ──。

 

「行かせるな──」

 

 後ろに迫るその叫びはもう遠い。

 

「ご主人様、もう少し、そのまま我慢してね──。それと、もう前に亜人はいないよ──」

 

 孫空女は馬を駆けさせながら、馬の首の宝玄仙に声をかけた。

 

「お、お前、本当に助けにきてくれたのかい……」

 

 宝玄仙が顔をこっちに向けた。

 随分と汚い宝玄仙の顔が孫空女に向けられて破顔する。

 

「当たり前だよ──。言っただろう──。頑張って、ご主人様を助けるってね──。とにかく、安全なところまで逃げるからね──。それから沙那と朱姫をどうやって助け出すか決めようよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 すでに玄魔隊は遥か後ろだ。

 

「あ、ありがとう──。ありがとううう」

 

 宝玄仙が涙を流して破顔した。



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521 新たなる絶望

 もう、玄魔隊の亜人兵は、かなり後ろになっている。

 こうなれば、このまま逃げ切れる自信が孫空女にはあった。

 

「……と、とりあえず礼を言うよ、お前……。じゃあ、まずは道術の回復だ──。そして、この宝玄仙をこんな目に遭わせてくれて、どうするか見てな、あいつら……」

 

 まだ汚れたままの宝玄仙の顔にみるみる生気が戻った。宝玄仙の怒りの感情が顔に浮かんでいる。

 それでこそ、宝玄仙だ。

 孫空女は少し安心した。

 そのとき、奇妙な気配を風に感じた。

 

「なに?」

 

 孫空女の身体は無意識のうちに動いていた。

 『如意棒』を頭上の空中に振っていた。

 

 そこにはなにもない。

 ただの空だ。

 

 しかし、不意に金属を弾くような手応えが『如意棒』に起こった。

 

「やだ、怖ろしいわねえ──」

 

 当然、眼の前から声がした。

 そのとき、大剣を持って具足を身に着けた亜人の美女が馬の頭の上に出現したのが見えた気がした。

 しかし、すぐにその姿が消える……。

 

「うわっ?」

 

 次の瞬間、突然に馬の首が消滅した。

 馬の首から血が噴き出した。

 

 馬を斬られたのだ。

 駆けていた馬が倒れる──。

 

 地面に投げ出されながら、とっさに孫空女は宝玄仙を掴もうとした。

 だが、その宝玄仙の身体はふわりと空中に浮きあがった。

 

「ひいっ、も、もう、嫌だ──。あ、亜人だよ──。孫空女、亜人だ──。助けておくれ──」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は地面に叩きつけられながら叫んだ。

 地面に転がりながら、宝玄仙を見る。

 宝玄仙の身体は、空中に漂うように浮かんでいる。

 しかし、その周りにはなにも見えない。

 

「ち、畜生──」

 

 孫空女は身体を起こすと、浮かんでいる宝玄仙に向かって跳躍した。

 見えない姿の何者かが、宝玄仙の身体を掴んでいると思った。

 それに『如意棒』を叩きつけるつもりだった。

 

 しかし、その途中でなにかに阻まれる衝撃に襲われた。

 再び、目の前に誰かが出現した。

 さっきの亜人の女だ。

 その亜人の美女の持つ大剣が、孫空女の『如意棒』を受けとめていた。

 

「あんた凄いわね。考えるよりも先に、身体が動くのねえ……。さすがのわたしでも、受けとめるのがやっとよ」

 

 女がにこにこしながら言った。

 

「お、お前、なんだよ──?」

 

 孫空女は一度『如意棒』を引いて、女に『如意棒』を叩きつけようとした。

 だが、女がまた不意に消滅した。

 

「でも、可愛いお尻……」

 

 突然、後ろから尻をさわさわと誰かに触られた感触がした。

 

「ひいっ」

 

 びっくりして孫空女は『如意棒』を後ろに振った。

 だが、風を切る音がしただけで、なにも感触がない。

 

「胸もなかなかいいかたちね。戦士にしておくのは惜しいわ。あんた、わたしの猫になりなさいよ。可愛がってあげるわよ。あんたなら、金凰(きんおう)軍の将校にしてあげられるわ。わたしからうちの人に頼んであげるわよ」

 

 今度も後ろからだ。

 脇の下から手が伸びて、孫空女のふたつの乳房を布越しに鷲掴みにしたのだ。

 

「う、うわあっ」

 

 孫空女は『如意棒』を滅茶苦茶に振りながら後ずさった。

 さっき一瞬だけ姿が見えた女だと思うが、いまはその動きを感じることも、姿を見ることができない。

 

「お前が孫空女か……。まずは、抵抗をやめよ──。これを見よ」

 

 空から声がした。

 

「ひいいいっ──。そ、孫空女、助けて──」

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は声をあげた。

 空中で宝玄仙が逆さ吊りにされている。

 しかも、かなりの上空だ。

 手足のない宝玄仙が、頭を地面に向けられて空中に浮いている。

 

 そのとき、山道を騎馬の集団が殺到してきた。

 振り払った玄魔隊だ。

 あっという間に、孫空女の周りを囲まれる。

 

「ちっ」

 

 孫空女は『如意棒』を構えて舌打ちした。

 もう、どうしていいかわからない。

 宝玄仙の身体は空中の届かない場所にいる。

 玄魔隊の亜人兵たちに、完全に包囲された。

 しかし、孫空女の武辺がわかった彼らも、孫空女を遠巻きにするだけで、簡単には捕えようとはしてこない。

 

「孫空女、とりあえず、武器を捨てよ。悪いようにはせんぞ──。お前の並外れた武辺は見ておった。あの玄魔が、まるで子供扱いとはのう……」

 

 空から声がした。

 

「あっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 さっきまでなにも見えなかった空中に浮かんでいる宝玄仙の横に、大きな身体の亜人がいたのだ。

 その装飾具の豪華さから、かなりの身分の亜人だということがわかる。

 その空中に浮かんでいる亜人が、宝玄仙の片方の腿を掴んでいる。

 それで宝玄仙は逆さ吊りだったのだ。

 

 同時に、周辺から大きな霊気が動く気配がした。

 気がつくと、孫空女を囲んでいる玄魔隊のさらに外側に、新たな亜人軍の一団が出現した。

 『移動術』だ。

 

 道術で新たな軍が出現したのだ。

 その数は、玄魔隊を遥かに上回る。山街道の道筋に見渡す限りまで、新たな亜人軍の隊列が続いている。

 それだけではなく、道の脇の路外にも溢れ返っている。

 凄まじい数だ。

 

 しかも、その隊のすべてが槍や弓矢などの武器を抜き、幾重にも馬止めの障害を作っている。

 もう一度、馬を奪えたとしても、流石にこれだけの重厚な包囲をたった一騎で、しかも、宝玄仙を抱えて突破できるとは思えなかった。

 孫空女の心を新たな絶望の感情が襲う。

 

「き、金凰魔王様──」

 

 孫空女を取り巻いた亜人の中から声がした。

 玄魔の声だ。

 孫空女を取り囲む輪の中から玄魔が飛び出した。

 そして、空に浮かぶ亜人に身体を向けて、片膝をついて頭を下げる。

 

「玄魔、醜態だな──。余の弟を獅駝の城郭で護りきれなかっただけではなく、宝玄仙まで取り逃がしてしまうところであったな……」

 

 不機嫌そうな声が空に浮かぶ亜人から戻ってきた。

 

「も、申し訳なく──。し、しかし、どうして、ここに……?」

 

 玄魔がうな垂れたまま言った。

 

「お前たちが宝玄仙を連れて、こっちの街道を北上することは報告を受けていたのでな……。万が一のことを思い、街道のあちこちに道術の目を出し、なにか事が起きれば、金凰妃の道術で直ちに迎えの軍を派遣できるように待機させておったのだ。だが、本当に援軍が必要になるとは思わんかったぞ、玄魔」

 

 空中に浮かぶ亜人が言った。

 金凰魔王──?

 

 いま、そう言ったのだろうか?

 こんなところに、亜人の魔王が……?

 孫空女は混乱した。

 

「悪いことをしたと思っているの、玄魔?」

 

 また女の声がした。

 さっき、孫空女の前で、姿を消したり現したりして翻弄した女が、今度は玄魔の前に出現した。

 

「き、金凰妃様まで、ここにおいでとは──」

 

 玄魔がびっくりした声をあげた。

 

「当たり前でしょう、玄魔。わたしの術がなければ、軍を瞬間移動するなんて、できないじゃない」

 

 女戦士が言った。

 金凰妃?

 魔王の妃ということか?

 さっきの美戦士が?

 孫空女はさらに混乱した。

 

「た、助けておくれ──。い、いつまで、こうしているつもりなんだよ──」

 

 宝玄仙が空中で悲鳴をあげた。

 

「ご、ご主人様──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「悪いようにはせんから、武器を捨てよ、孫空女──。さもなければ、不本意ではあるが、宝玄仙の身体を斬り刻まねばならんのう……。この家畜を死なない程度にずたずたにすることはできるぞ」

 

 金凰魔王が空いている手の指を宝玄仙の腹に向けた。

 その指先に刃物のように鋭い爪が伸びている。爪の先が宝玄仙の腹に当たった。

 

「ひいっ──。そ、孫空女、助けて……、助けておくれ──」

 

 空中で逆さ吊りの宝玄仙が暴れ出す。

 

「わ、わかったよ──」

 

 孫空女は『如意棒』を地面に投げた。

 

「捕らえよ──」

 

 玄魔が叫んだ。

 わっと周りの亜人兵が孫空女に殺到する。

 

「こらっ──。わたしの獲物だよ。汚い手で触るんじゃないわよ──」

 

 金凰妃が叫んだ。

 すると、玄魔のところにいたと思ったその女が、不意に孫空女の横に出現した。

 

 瞬間移動──?

 それが金凰妃の能力のようだ。

 そして、迫ってきた亜人兵の身体が突然に斬り刻まれた。

 

「うわっ」

「ひぎいっ──」

「ぐあああっ──」

 

 孫空女のすぐそばまでやってきた亜人兵の身体が血を噴いて地面に倒れた。

 その後ろに続く亜人兵たちの動きが止まる。

 

「……よかろう、孫空女──。しかし、そのままでいよ。少しでも抵抗の素振りをすれば、宝玄仙の身体を斬り刻むぞ」

 

 空に浮かんでいる金凰魔王が言った。

 金凰魔王は、宝玄仙の肢を離した。

 しかし、宝玄仙の身体は浮いたままだ。

 宝玄仙が空中でもがいて、なんとか逆さ吊りの体勢から戻る。

 

「ねえ、あんた、本当にわたしの猫になるつもりはない……?」

 

 金凰妃の両手がすっと孫空女の下袴に伸びた。

 

「な、なんだよ──? うわっ」

 

 とっさに孫空女は金凰妃の手を払った。

 金凰妃の両手が孫空女が履いている下袴の腰紐に触れようとしたのだ。

 この下袴は玉斧に助けられたときに、石虎隊の死んだ兵から奪ったもので、その下袴の下には孫空女はなにも履いていない。

 

「ひいっ──。い、痛い──」

 

 突然、宝玄仙の悲鳴が周囲に鳴り響いた。

 見ると宝玄仙の白い腹にすっと小さな傷ができている。

 そこから真っ赤な血が流れてきた。

 

「ほらっ、動いちゃ駄目でしょう、孫空女? そう、うちの人に言われたんじゃないの?」

 

 金凰妃がくすくすと笑う。

 

「そ、孫空女、お前、て、抵抗するんじゃないよ──」

 

 空の宝玄仙も叫んだ。

 

「う、動かないよ──。ご主人様を傷つけないで──」

 

 仕方なく孫空女は叫んだ。

 両手をだらりと身体の横に垂らす。

 

「ねえ、あなた、ここで、この孫空女の味見をしていいかしら? それで味がよかったら、この娘をあなたの部下にしてあげてよ」

 

 金凰妃が空に向かって叫んだ。

 

「……よかろう……。この役立たずの玄魔に代わって、こいつの部下を孫空女に与えようか──」

 

 金凰魔王の言葉に、玄魔がはっと息を呑んだような音がした。

 なにかの道術が金凰魔王から玄魔に向かって放たれたのがわかった。

 次の瞬間、一斉に周囲から悲鳴があがった。

 跪いていた玄魔の首だけが、後ろに弾かれるように飛んだのだ。

 玄魔は悲鳴をあげる暇もなかったようだ。血を噴き出しながら、首を失った玄魔の身体が地面に転がった。

 

「全員、動くんじゃないわよ。動くと、うちの人があんたらも処断するわよ。うちの人は、弟の青獅子魔王が殺されたことを怒っているわ。それを防ぐこともできずに、おめおめと亜人領に戻ってきた玄魔隊のこともね──」

 

 金凰妃の言葉に、騒然となりかけていた玄魔隊の亜人兵たちが凍りついたように静止した。

 

「……それよりも、さっきの話は嘘じゃないわ、孫空女……。あんたのことは、感心して見ていたのよ……。わたしの猫になれば、亜人兵の将軍よ。金凰魔王軍には、いろいろな種族がいるから、人間族の女将軍がいても、まったく問題はないわ」

 

 金凰妃が孫空女の髪を掴んで、自分に孫空女の視線を向けさせた。

 その仕草は優雅そうなのだが、実際の力は孫空女が驚くほど強い。

 

「ね、猫ってなんだよ──」

 

 孫空女は思わず言った。

 

「教えてあげるわ……」

 

 突然に眼の前の金凰妃が消えた。

 今度は後ろだ。

 気配を感じたときには、金凰妃の手が脇から孫空女の乳房にすっと伸びていた。

 

「う、うわっ」

 

 孫空女はびっくりして身体を動かしかけたが、さっきの宝玄仙の悲鳴を思い出して、それを思い留まった。

 

「そうよ……。そうやって、人形みたいにじっとしているのよ」

 

 金凰妃がくすくすと笑って、孫空女が身につけている上衣の前の合わせをくつろぎ始めた。

 布越しに乳首の上をさわさわと擦りながら……。

 

「くうっ……」

 

 金凰妃の指が触れる部分から得体の知れない疼きが走った。

 触られた感触が普通じゃない。金凰妃の指が触れた場所に、小刻みに振動するような刺激が襲ったのだ。

 金凰妃は、その指で孫空女の上衣の紐をひとつひとつ外しながら、指で乳房の上を移動させていく。

 孫空女はなんだかよくわからない感触に、二肢に力を入れて踏ん張った。

 

「そうよ、動いちゃ駄目よ……」

 

 金凰妃の両手が孫空女の上衣の合わせ目を完全に開いて、その両端を背中側にめくった。

 胸当て代わりに、布で乳房を包み縛っていたが、それも呆気なく外された。

 汗で濡れた乳房に外気が当たる冷たさに、孫空女は身体を悶えさせた。

 

「こ、ここで、あたしをなぶるつもりかよ──」

 

 孫空女は両脇に垂らしている手の握り拳をぎゅっと握りしめながら言った。

 

「言ったでしょう……。これは試験なのよ……。わたしの猫に相応しいかどうかのね……。猫に相応しくないと判断したら、あんたは殺すわ。魔王軍に逆らった罰としてね」

 

 金凰妃の声が少しだけ鋭いものに変わった。

 同時に金凰妃の指が孫空女の無防備な乳首をくすぐるように動いた。

 

「ひっ」

 

 孫空女は、込みあがった激しい官能の矢に、悲鳴をあげて全身を揺さぶった。

 

「ふふふ、反応がいいわね……。わたしは、金鳳妃(きんおうひ)金翅(きんし)……。お前には、金翅様と呼ぶことを許すわ……。ほら、呼んでごらんなさい、赤毛の猫ちゃん……」

 

 金鳳妃がぎゅっと股間を押し回す。

 身体が感電したように引きつる。

 すごく上手だ……。

 快感が一気に身体で爆発した

 

「あああっ」

 

 そして、孫空女は大きな声で喘いでしまい、びくびくと身体を震わせてしまった。



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522 無抵抗命令

「これは試験なのよ……。わたしの猫に相応しいかどうかのね……。猫に相応しくないと判断したら、あんたは殺すわ。魔王軍に逆らった罰としてね」

 

 金凰妃こと金翅(きんし)の指が孫空女の乳房を掴み、乳首の先端をくすぐるように動く。

 

「くっ」

 

 孫空女の全身を震えるような痺れが襲う。

 そして、思わず声を洩らしてしまった。

 

「へえ、なかなかに敏感じゃないの、孫空女。これだったら、わたしの猫として合格にしてやってもいいわよ」

 

 孫空女の胸を後ろから弄んでいる金凰妃が笑った。

 

「くっ」

 

 孫空女は固く口をつぐんで、それ以上の声を出すのを耐えようと思った。

 その孫空女の胸を無遠慮に金凰妃の手が這い回る。

 必死に歯を食い縛り、かろうじて恥ずかしい声を出すことだけは耐えた。

 

「へええ……? 声を出すのを耐えるつもりなの? だったら、こんなのはどう?」

 

 金凰妃の舌が孫空女のうなじを舐め始める。

 

「ひやっ」

 

 胸を揉まれながらの舌の責めに、孫空女は堪らず、また、甘い声を吐息とともにこぼしてしまった。 

 金凰妃が勝ち誇ったように高笑いした。

 孫空女は口惜しさに、自分の顔が赤らむのがわかった。

 

「どうやら、気に入ったようだな、金凰妃。ちゃんと管理するなら、持って帰ってもいいぞ。そっちはな。お前の玩具にちょうどいいのではないか?」

 

 空中の金凰魔王が笑った。

 

「そうね。そうしようかしら……。ねえ、仲良くしましょうよ、お前。さっきの申し出は嘘じゃないのよ……。将校にしてあげるわ。まあ、忠誠の証にちょっとばかり、その宝玄仙の拷問とかを担任してもらうと思うけど、それくらいなんでもないでしょう?」

 

 金凰妃が孫空女の上半身のあちこちをくすぐるように刺激しながら言った。

 冗談じゃないと思った。

 宝玄仙を裏切るくらいなら、いくらでも死んでみせる。

 

 絶対に裏切らない──。

 孫空女は固く心で思った。

 

 それにしても、この金凰妃の愛撫は悔しいくらいに巧みだ。

 大したことをされているわけでもないのに、ただ触るだけでどんどん身体が熱くなる。

 確実に孫空女の弱点ばかりを刺激してくるのだ。

 孫空女は翻弄されていた。

 それに、大勢の亜人兵の前で、こんな辱しめを受けるというのも、孫空女の恥辱心をあおる。

 脱出成功まで、もうほんの少しだっただけに、その口惜しさが尚更だ。

 

「なかなか、いいお乳よ、孫空女。なによりも、感度がいいわあ……。そんなに反応してくれるなんて、嬉しいじゃない」

 

 金凰妃が馬鹿にしたように笑った。

 

「は、反応なんかしてない──はううっ──」

 

 あまりの口惜しさに文句を言おうと思ったら、口を開いた絶好の瞬間を狙うように、金凰妃の指と舌が同時に、孫空女の一番弱い胸とうなじの性感帯を強く刺激した。

 孫空女は、あられもない声をあげさせられてしまった。

 

 そのとき、ふと、懸命に口を閉ざそうとしている孫空女の視線が、包囲している一番近い亜人兵たちの視線と合った。

 彼らが、孫空女と金凰妃の恥態にごくりと唾を飲んだのを見た。

 恥ずかしさに身体が震える。

 一方で股間がじゅんと濡れるのがわかった。

 

 くそうっ──。

 

 孫空女は心で悪態をついた。

 このところいつもそうなんだが、恥ずかしいと思うと、途端に股間が熱くなって余計に感じる気がするのだ。

 

「おやっ、お前、もしかして、恥ずかしいと感じてくる変態なの? ますます、気に入ったわねえ……。じゃあ、こうしてあげるわ。変態のお前へのご褒美よ。普通の女にはこれは罰なんだろうけど、変態のお前には、ご褒美でしょう?」

 

 金凰妃が孫空女の乳房から一度手を離し、背後から孫空女がはいていた下袴の腰紐を緩めて、ほんの少しだけおろした。

 この衣服は、玉斧が青獅子軍の兵から孫空女を救ってくれたときに、死んだ青獅子軍の兵からとりあげたものであり、上着と下袴はとりあげたが、下着は身に着けていない。

 その孫空女のはいている下袴が股間の付け根まで下げられた。

 孫空女は少し脚を開いて立たされているので、なんとかそこで止まっているが、金凰妃がもう少し力を入れて下袴をさげれば、孫空女の股間は完全に露わになるだろう。

 

「い、いい気に……はあっ──」

 

 いい気になるな──。

 

 かっとして、そう言おうとしたのだが、孫空女が口を開くのを待っていたかように、金凰妃が的確に孫空女の感じる場所を強めに刺激する。

 それで、また声を出させられる……。

 

 孫空女はしっかりと口をつぐんだ。

 

 すると、金凰妃の手管が、また軽いものに変わる。

 神経を逆撫でするような陰湿な責めに、孫空女の肚が煮える。

 孫空女と金凰妃の周りには、大勢の亜人軍の兵が取り巻いている。

 この女は、その前で孫空女を嬲り者にするつもりなのだと思った。

 口惜しさに歯噛みする。

 

 しかし、空中には金凰魔王に人質にとられている宝玄仙が浮かんでいる。

 抵抗するわけにはいかないのだ。

 

 孫空女は身体の横の両手の拳をぎゅっと握った。

 身体は拘束されているわけではない。

 しかし、ほんの少しでも動けば、宝玄仙の肌を裂くと脅されている。

 それは、孫空女には十分な拘束だ。

 

「これはとりあげとくわね。金凰魔王軍の将校になるなら、もっといい服をあげるわ。これは、青獅子軍の兵の服だしね」

 

 金凰妃が孫空女の両腕から上着を引き抜いた。

 これ見よがしに、遠くに放り投げて、亜人軍の兵の中に上衣を埋もれさせた。

 

「ひっ」

 

 そのとき、金凰妃の指が孫空女の裸身の背中の真ん中につっと触れた。

 

「どうしたの、赤毛の猫ちゃん?」

 

 それが背中の窪みを伝って、すっとおろされる。

 そのまま、緩んでいる下袴の中に入り、お尻の亀裂の部分まで指がおりた。

 

「くううっ」

 

 孫空女は全身を力一杯に仰け反らせた。

 

「ほらっ、声が出たわね。それにしても、感じているときの声は随分と可愛いじゃない。たったひとりで玄魔隊をあしらうほどの戦士とは思えないわ……。ただし、本当は、いまのは動くなという命令の違反よ。可愛い声に免じて、いまのは大目にみるけどね……。ところで、ここも敏感?」

 

 今度は耳だ。

 孫空女の髪がたくし避けられて、金凰妃の舌が孫空女の片耳に滑り込んできた。

 

「んっ」

 

 孫空女は眉を引締めた。

 舌の感触とともに、金凰妃の温かい息が耳に吹きかけられたのだ。

 全身にぞくぞくというくすぐったさが拡がり、全身の毛孔が逆立つ。

 

「耳も感度がいいわね……。というよりは、全身どこを触っても、いやらしく悶えそうじゃない。少しくらい我慢してみてよ。こう、呆気なく次々に、派手に悶えられると、張り合いがないじゃない」

 

 金凰妃が笑いながら、後ろから反対の耳もしゃぶりはじめた。

 

「あっ、はあっ……はっ……」

 

 唇をしっかりと締めておこうと思うのだが、こうやって耳を交互に舐められると、悪寒のような疼きが止まらなくなってしまう。

 その疼きが全身に拡がり、どうしてもそれが孫空女に甘い息を出させてしまう。

 

 こんなところで……。

 自分に歯噛みする思いなのだが、どうしても快感が止められない。

 なんでもない舌や指の動きなだが、まるで孫空女の性感を知り尽くしているかのように、確実に感じる部分しか責めてこない。

 

 いずれにしても、あまりにも金凰妃の愛撫は巧みすぎる。

 たったいま会ったはかりだというのに、確実に孫空女の感じる場所を責めるし、そこに備えようとすると、それを見抜いているかのように場所を変えて、別の備えていない場所を責めてくる。

 しかも、背後から責められているので、孫空女には余計に備えられない。

 孫空女はいつまでも、大勢の亜人兵が囲む中心で翻弄され続けた。

 それが口惜しい……。

 

「どうしても感じてしまうのが口惜しいの、孫空女──? じゃあ、もっと口惜しがるといいわ……。ほら、今度は舌を出しなさい。逆らえば、お前の大切なご主人様の宝玄仙をぼこぼこにしてしまうわよ」

 

 金凰妃が言った。

 

「ぼ、ぼこぼこ?」

 

「ええ、ぼこぼこよ。わたしは、蹴鞠(けまり)が好きなのよ……。これでも金凰魔王に見初められる前は魔王宮の女官だったの。得意の蹴鞠で金凰魔王の気を引くきっかけを作ったのよ」

 

 金凰妃が孫空女の背後から前に出てくる。

 

「そうだったな、金翅(きんし)──。懐かしいのう。お前の蹴鞠は本当に見事だった」

 

 金凰魔王だ。

 相変わらず、すぐ手の届く真横に宝玄仙を浮かべている。

 その横の宝玄仙はうな垂れた様子でじっとしていた。

 さっき、金凰魔王に引っ掛かれた腹の肌に血がまだ滲んでいる。

 また、その両眼はしっかりと閉じられていた。

 宝玄仙は、亜人を直接に見ると息の止まる道術をかけられっぱなしなのだ。

 だから、こんな風に亜人に囲まれてしまうと、しっかりと自分で眼を閉じているしかない。

 孫空女にも理解できるが、自分の意思で眼を閉じたままでいるというのは、なかなかにつらいことなのだ。

 だが、それをしなければ、宝玄仙は、呼吸が停止してもがき苦しむ死の恐怖を味わわなければならない。

 可哀そうに……。

 

「ほら、舌だってば──」

 

 金凰妃が言った。

 一瞬、この女を人質に取れないだろうかという考えが頭を過ぎる。

 この女の動きの素早さは尋常じゃないが、捕まえてしまえば関係ない。

 

 金凰妃は金凰魔王の正妃だ。

 さすがに、正妃を人質に取れれば、金凰魔王も宝玄仙との交換に応じるしかないだろう。

 だが、問題は孫空女はひとりであり、金凰妃を人質にしたままでは、宝玄仙を抱えて逃げられないということだ。

 

 だったら、馬車を要求して……。

 懸命に思考を巡らせながら、金凰妃の要求のまま孫空女は舌を出した。

 隙があれば、金凰妃を捕まえてしまうつもりだ。

 だが、金凰妃がすっと数歩退がった。

 孫空女はびっくりした。

 

「物騒な女ねえ。このわたしを人質にしようとするなんてね」

 

 金凰妃が呆れた顔で苦笑した。

 しかし、孫空女は驚いてしまった。

 いま、孫空女は、金凰妃を人質にできないかと、ただ心で思っただけだ。

 それなのに、金凰妃はまるで孫空女の心を読んだような反応をした……。

 

「そういうことよ、孫空女……。わたしは、心が読めるのよ──。だから、わたしの与える快感からは逃げようがないのよ。なんたって、お前の心を読みながら、快感を覚えるように刺激を与えているんだからね。こんな確かなことはないわ……。ほらっ、孫空女、恥ずかしいのが好きなんでしょう? 隠してもわかるのよ。お前のために、もう少し下袴をさげてあげるわ。ほら、嬉しい、変態?」

 

 金凰妃が笑って言った。そして、腰紐が緩んで腰からさがっている下袴に手をかけて、ほんの少しだけ、また下にさげた。

 今度は完全に下袴からお尻が露出させられた。

 股間は完全に付け根のところでとまっているが、それは奇跡のようなものだ。

 ほんの少しでも悶えれば、下袴は落ちる。

 むしろ、それが狙いだろう。

 そうやって、ねちねちと孫空女をなぶっているのだ。

 

「そうよ、孫空女。ねちねちとお前をなぶっているのよ。こんなに大勢の亜人兵の前で下袴を剥かれるのが嫌なら、もう悶えるのはやめた方がいいわね……。まあ、さっきまでの様子じゃあ、時間の問題と思うけどね……ふふふ……」

 

 口惜しい──。

 孫空女は懸命に身体を硬くして、刺激に耐えようと思った。

 全裸にされて、辱しめられるとしても、この女の思惑通りになるのは嫌だ。

 いずれにしても、金凰妃が孫空女の心を読んでいると言ったことは、信じられないが本当だ。

 いままでのことは、金凰妃が道術で孫空女の心を読んでいると考えれば納得はいく。

 逆に、そう考えなければ理解できないことばかりだ。

 

 心が読める女……。

 つまり、『読心術』……。

 しかも、能力は、瞬間移動……。

 これだけの軍隊を同時に跳躍させるだけの道術力と霊気……。

 

 さすがの孫空女も、これでは金凰妃を人質にするなど容易ではない……。

 心を読まれるのだとしたら、どうしても先手を取られてしまう……。

 

「そういうことよ、孫空女。どんな策でも、わたしには通用しないわ……。じゃあ、そのまま舌を出してなさい」

 

 金凰妃がまた近づいてきた。

 孫空女の心に、金凰妃を人質にとるのは難しそうだという考えが過ぎったからだろう。

 そうやって、ひとつひとつ、こちらの策を潰されてしまうとしたら、とてもじゃないが勝てない。

 

「そうそう。だから、もう諦めなさい……。それよりも、さっきも言ったけど、わたしの読心術の能力は、別に戦いだけに発揮するわけじゃないのよ……。なによりも、これを性の技としても遣ったときに、その本領を発揮するのよ。なんといっても、心を読んで、感じる部分を集中的に責めれば、簡単に相手を屈服させられるからね」

 

 孫空女が出している舌に、金凰妃の舌が触れてきた。

 舌先を擦り合されて、さらに上に下にと舌を舐められて、絡みつかれる。

 

「あっ……ああっ……」

 

 今度は口を開いているので、乱れた呼吸をどうしても口に出してしまう。さらに、口の中に唾液が溜まり、それが自然に口から漏れ出てくる。

 

「なかなかにいい感じよ、孫空女。いやらしくてね……」

 

 金凰妃がやっと孫空女の舌を舐めるのをやめた。

 孫空女は素早く舌を引っ込めて、口の中の唾液を飲み込んだ。

 

「なに、勝手に動いているのよ──。動くなと言ったでしょう──。動くなという命令は指先ひとつ──。舌一枚だって同じよ──。命令に逆らえば、こういうことになるのよ。覚えておきなさい──」

 

 すると、突然に金凰妃の表情が激変した。

 そして、次の瞬間、金凰妃の姿が消滅した。

 孫空女は金凰魔王と宝玄仙が浮かんでいるはずの上空に視線をやった。

 すると、その位置に金凰妃がいる。

 見ると宙に浮かんでいる宝玄仙の腹めがけて、上から思い切り脚を振りあげている。

 目をつぶっている宝玄仙は無防備だ。

 

「や、やめろおお──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 殺気を感じたのか、宝玄仙が眼を開けたのがわかった。

 

「ひうっ──」

 

 宝玄仙が大きな呻き声をあげた。

 しかも、眼を開けたことで、突然、顔の正面側にいた金凰妃から眼を逸らすことができなくて、息がとまって苦しみだしたのだ。

 その宝玄仙の腹に金凰妃の脚が食い込む。

 

「んごおおおっ」

 

 宝玄仙の身体が蹴鞠のように地面に向かって蹴り飛ばされた。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は蹴り落とされた宝玄仙を受けとめようと走った。

 しかし、股間で緩められたままの下袴が脚を邪魔して、うまく走れなかった。

 

「動くんじゃないよ、孫空女」

 

 眼の前に金凰妃が出現した。

 その踵が孫空女の腹に食い込む。

 もの凄い力だ──。

 孫空女は後方に跳ね飛ばされた。

 

「ふぐむっ──」

 

 宝玄仙の身体が地面に激しく激突する音と、宝玄仙の絶叫が聞こえた。

 

「ご、ご主人様、大丈夫かい──?」

 

 孫空女は地面に倒されたが、下袴をたくしあげながら、すぐに起きあがって宝玄仙を見た。

 宝玄仙は激痛にのたうちまわりながらも、さらに息の吸えない苦しさにもがいている。

 また、地面に激突するときに頬を擦ったのか、顔の横から血が滲んでいる。

 

「動くなという言いつけを守らないからよ……。ほら、こいつは、大事なご主人様なんでしょう? 早く立つのよ。さもないと、この女をわたしが殺してしてしまうわよ」

 

 金凰妃が瞬間移動で宝玄仙のそばに出現して、宝玄仙の髪を片手で掴んで持ちあげた。

 

「あっ、はっ、あっ……」

 

 いびつで大きな乳房をしている宝玄仙の四肢が苦しそうにもがいている。

 まだ息が吸えないのだ。宝玄仙の顔が赤黒くなり、全身が硬直したようになっている。

 

「ご、ご主人様──」

 

 孫空女はもう一度叫んで、また全速力で金凰妃に飛びかかった。

 

「お前、余程、頭が馬鹿にできているらしいわね。それとも、この女がどうなってもいいの?」

 

 孫空女が金凰妃に掴みかかる寸前に、宝玄仙の髪を掴んで持ちあげていた金凰妃の姿が消滅した。

 

「こっちよ、お前」

 

 金凰妃の声がした。

 少し離れた樹木の横に金凰妃が立っていた。

 孫空女が金凰妃の姿を認めたのを確信して、にやりと微笑んだ。

 そして、その金凰妃が髪の毛を掴んだままの宝玄仙の顔を大きく振りあげた。

 

「ひっ、ひぎいっ、な、なんだい、今度は──?」

 

 宝玄仙はやっと息ができるようになったらしいが、胸が大きく呼吸で動いている。

 孫空女は金凰妃がなにをしようとしているのかわかった。

 宝玄仙はすぐに眼を閉じてしまったから、わからないと思うが、金凰妃は宝玄仙の顔面を横の樹木の幹に叩きつけようとしているのだ。

 

「わ、わかった──。な、なんでもするからやめて──」

 

 孫空女は絶叫した。



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523 ふたつの“宝”


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの(ほう)を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                   ──金王妃の予言



 *


「わ、わかった──。な、なんでもするからやめて──」

 

 孫空女は絶叫した。

 しかし、金凰妃は甲高い笑い声をあげた。

 

「もう遅いよ──。そこで見てな」

 

 金鳳妃が空中で足を振り払った。

 

「あがあっ」

 

 宝玄仙の悲鳴と大きな音がした。

 金凰妃が笑いながら、宝玄仙の顔面をそのまま、横の大きな樹木の幹に叩きつけたのだ。

 宝玄仙の顔から血しぶきが飛ぶ。

 

「あああ、ご主人様ああ」

 

 孫空女は泣き叫んだ。

 だが、金鳳妃も宝玄仙も遥かに高い空中だ。

 孫空女にはどうすることもできない。

 

「ひい、ひい、ひい」

 

 宝玄仙が奇声をあげている。

 

「ほらよ──」

 

 すると、金凰妃が宝玄仙の顔を幹から離して、もう一度振りあげる。

 

「んぎゃああっ」

 

 再び宝玄仙が樹木の幹に叩きつけられた。

 そのまま落下しそうになるが、またもやふわりと宝玄仙の身柄だけが宙に浮かびあがる。

 その顔は血だらけだ。

 見ると、宝玄仙の前歯がなくなっている。

 鼻もおかしな具合に曲がって、血が噴き出ており、血はそこから流れているみたいだ。いや、よく見れば眉間も割れている。

 

「な、なんでもするって、言っているじゃないか──」

 

 孫空女はもう一度絶叫した。

 慌てて、元の直立不動の姿勢になる。

 しかし、金凰妃は、容赦なく宝玄仙の顔を凄い勢いで顔面から幹に再びぶつけた。

 

「ふぎいいっ」

 

 手のない宝玄仙は顔を守ることができない。

 そのまま、まともに顔面を樹木の幹に叩きつけられた。

 宝玄仙は金凰妃に髪を掴まれたまま、だらりと垂れ下がった。

 

 金凰妃が今度は地面に宝玄仙を放った。

 地面に投げられた宝玄仙が二回、三回と地面を転がる。

 宝玄仙は、仰向けに引っくり返ったまま、まったく動かない。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 自分の眼からぼろぼろと涙が出るのがわかった。

 宝玄仙の顔面は血だらけだ。

 前歯が全部なくなっている。

 鼻輪がついたままの鼻は完全に潰れている。

 いまは、完全に気を失っているようだ。

 ぴくりとも動かない。

 

「たわいないわねえ……。こんなので気絶してしまうなんて……」

 

 金凰妃が宝玄仙の顔に手をかざした。

 すると、驚いたことに、宝玄仙の顔から一瞬にして血が消滅した。

 それだけではなくて、折れた鼻も前歯も元通りになっている。

 

 『治療術』だ。

 しかも、超一流の道術だ──。

 傷どころか、顔に吹き出した血や土の汚れさえもなくなった。

 道術の遣えない孫空女にも、この『治療術』の凄さは理解できる。

 孫空女は呆然としてしまった。

 

 一体全体、この金凰妃は、どこまで道術が凄まじいのだ?

 もしかしたら、宝玄仙に匹敵するくらいの道術を遣うのではないか……。

 

「ほら、孫空女、言いつけた姿勢は、それだけじゃないでしょう。舌を出しなさい。舌をね──」

 

 金凰妃がまた消えた。

 また、気を失っている宝玄仙のそばに出現して、宝玄仙の髪を掴んで、また持ちあげた。

 

「出す──。出すから──」

 

 孫空女は思い切り口から舌を出した。

 

「そういうことよ──。手間をかけさせるんじゃないわよ。まったく……。じゃあ、あなた、この家畜返すわ──」

 

 金凰妃が宝玄仙の身体を空に投げた。

 宝玄仙はぐったりとしている。

 まだ、意識がないままなのだ。

 その身体が空中で止まった。

 金凰魔王が道術で受け止めたようだ。

 

「……やれやれ、やりすぎて殺さんでもらいたいものじゃな、金凰妃殿下。せっかく、そこまで調教したのじゃ」

 

 遠くから老婆の声がした。

 孫空女は舌を出したまま、視線を声の方向に向けた。

 さっき檻車を壊して宝玄仙を救い出したときに、檻車の中に宝玄仙と一緒にいた老婆が道をこっちに歩いてきていた。

 

「おう、蝦蟇婆(がまばあ)か。久しいのう──。青獅子軍への出向、ご苦労だった。皆の者、道を開けよ」

 

 上空に浮かんでいた金凰魔王が声をあげた。

 

「金凰魔王陛下、おめおめと戻ってきてしまいましたわ。どうか、この老体も存分に仕置きしてくだされ」

 

 あの老婆は蝦蟇婆というらしい。

 金凰魔王の言葉で、亜人兵たちがさっと道を開けた。

 そして、空中に浮かんでいた金凰魔王が地上に降りてきた。

 

「なんの──。他人行儀の振る舞いはいらんぞ、蝦蟇婆。占領した人間族の城郭は大変な騒動だったらしいな。よく無事に戻って来てくれた。ああなったのは残念だったが、余としても、そなたを呼び戻すきっかけができたというものだ。これからは、再び、余の側で仕えてくれ」

 

 金凰魔王が笑顔で蝦蟇婆を迎えた。

 

「これは、もったいないお言葉じゃ。しかし、わしも陛下の側などで仕えると、ついつい昔を思い出して、思わず、“お坊っちゃま”などと呼びそうですわい。老いぼれのわしにできるのは、奴隷の調教くらいじゃが、それでも務まる仕事があれば、なんでもわしに言ってくだされ」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 

「なあに、元々、蝦蟇婆を呼び戻すのは、余の予定だったのだ……。それに、いろいろと事態が動いてな……。実は蝦蟇婆に調教してもらう必要がある女がおるのだ。女と言っても、まだ十二歳の娘だがな」

 

「十二歳? はて……? 金凰魔王は、いつからそんな童女趣味になったのじゃ?」

 

 蝦蟇婆が不審そうな声をあげた。

 

「まあ、その話は後でゆっくりとしよう……。それから、”お坊っちゃま“は禁止するぞ。いかに、余のかつての乳母とはいえ、余も相当の歳だしな。お坊っちゃまなどとは、呼ばれたくないわ」

 

 金凰魔王も蝦蟇婆に、つられるように笑った。

 孫空女はその様子を見て思った。

 あの蝦蟇婆は、金凰魔王のかつての乳母でもあるらしい。

 そして、金凰魔王がそれなりの敬意を見せるのだから、この蝦蟇婆というのは、そこそこ大切な人物なのだろう。

 金凰妃は難しいが、あの蝦蟇婆だったら……。

 

「本当に物騒な女ねえ──」

 

 金凰妃が怒ったような口調で、孫空女と蝦蟇婆のあいだに瞬間移動してきた。

 そのまま、孫空女を睨みつけている。

 孫空女は舌を出したまま、内心で舌打ちした。

 やっぱり、心の読める金凰妃の前では、下手な動きなど不可能か……。

 

「どうしたのじゃ?」

 

 蝦蟇婆が首を傾げている。

 

「こ、こいつが、いま蝦蟇様を襲おうと……。もちろん、わたしがいる限り、蝦蟇様には手を触れさせません──。それよりも、お久しゅうございます、蝦蟇様──。青獅子軍が壊滅という報に接して、その身を危ぶんでおりましたが、御無事でなによりです」

 

 金凰妃がじろりと孫空女を睨んでから、さっと蝦蟇婆に向きを変えて跪いた。

 驚くことに、金凰妃は蝦蟇婆の前に両膝をつけると、深々と頭を地面に擦るようにつけたのだ。

 金凰妃の姿は、まるで奴隷が主人に礼をするような仕草だった。

 あの金凰妃が奴隷の礼をするなど、孫空女は驚愕したが、周りの亜人軍は、それほど驚いてはいないようだ。

 平然と金凰妃が蝦蟇婆という老婆に地面を頭につけて挨拶をするのを見守っている。

 

「おうおう、久しいのう、金翅(きんし)よ──。おっと、これは失言じゃったか……。そのような昔の態度で接してくれるから、ついつい、わしも、昔と同じつもりで名で呼んでしまったわい。まあ、年寄りのすることじゃ。許されよ、金凰妃殿下。そして、一介の調教師風情にそんな頭を下げんことだ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 金凰妃という立場を考えると、蝦蟇婆への態度はあまりも不自然なほどに丁寧すぎる。

 孫空女も、こういう宮廷などという場所の常識はよくわからないが、乳母というのは、育ての親には違いないが、所詮は召し使いのひとりだ。

 個人的な関係から金凰魔王が、それなりに敬意を示すのは理解できるが、妃の金凰妃が、あんな儀礼をするほどの立場ではないと思う。

 

「いえ、わたしも、ついつい身体が動くのです……。それはそれは、蝦蟇様の調教は強烈でしたから……。金凰妃となったいまでも、自然と身体が動いてしまいます」

 

 金凰妃が立ち上がりながら、苦笑して言った。

 

「わしが調教してやった頃のそなたは、妃候補ではあったが、一介の女官じゃたからのう……。それがいまや、金凰魔王の精を受けて、鬼女よ、狂女よと恐れられる金凰妃様じや。わしは恐ろしゅうて、恐ろしゅうて……」

 

「恐ろしいのはこっちですよ、蝦蟇様。魔王家の掟とはいえ、蝦蟇様の性調教はつらかったですわ。心に染み付いた恐怖心がまだ、癒えませぬ」

 

「嘘をつけ、金翅……、いや、金凰妃殿下……。こりゃ、いかんわい。気をつけねば、そのうち、不敬罪で金凰魔王に処断されそうじゃ」

 

「蝦蟇婆を処断する剣などあるものか。存分に無礼に振る舞うがよいわ、蝦蟇婆」

 

 金凰魔王が大声で笑った。

 この三人の関係は、どうなっているのだろう……?

 孫空女は呆気にとられていた。

 

 いまの物言いから判断すると、金凰妃は、かつて、この蝦蟇婆の調教を受けたことがあるというような口振りだったが、魔王の正妃が性調教を受けるとはどういうことなのだろう?

 しかも、それを堂々と部下たちの前で話していたのを考えると、それは公然の事実のようだ。

 それにしても、この舌はいつまで出しておかなければならないのだろうか。舌を出しっぱなしというのも、なかなかにつらいものがある。

 

「しばらく、そのままでいなさい、孫空女──。少し、こっちで話があるからね」

 

 金凰妃がさっと振り向いて、孫空女に声をあげた。

 まったく、心を読めるというのは厄介なものだ。

 こっそりと舌を引っ込めるのも許されないらしい……。

 

「ところで、金凰妃殿、これなるは、お主の予言した“二つの宝”、つまり、“ふたつの宝がひとつなる”という予言の鍵を握る女らしい。だから、あんまり粗末には扱わんことじゃ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「もちろん、承知していますわ、蝦蟇様……。でも、わたしが手酷く扱うのは、宝玄仙の方だけですわ。その辺りもわきまえております」

 

 金凰妃が頭をさげた。

 なんとなく意味ありげな金凰妃の物言いが、孫空女には気になった。

 それに、“ふたつの宝”とはなんだろう?

 

「とにかく、よくも混乱の中から、この大切な雌畜を連れ出してくれたな、蝦蟇婆──。それにしても、これが“ふたつの宝”か……」

 

 金凰魔王が片手をあげた。

 するとその手に引き寄せられるように、空中に浮いていた宝玄仙の身体が寄っていった。

 宝玄仙は、まだ完全に意識のない状態だ。

 

「間違いないと思われますわい……。金凰妃殿が予言なされた二つの宝とは、紛れもなく、この人格に宿る二人の女のことじゃ」

 

 蝦蟇婆が宝玄仙の顔に手をかざした。

 すると、完全に失神していた宝玄仙が身じろぎを始めた。

 

「この宝玄仙の身体には、ふたつの人格が備わっておりますのじゃ、陛下──。これこそ、金凰妃殿の予言した“ふたつの宝”じゃ。いま、片割れを起こします。この身体に備わっているふたつの人格は、それぞれの人格出現の匂いを嗅がせることで、自由自在に選んで出現させることができます──。そこまでの調教は終わっております」

 

 孫空女は、この蝦蟇婆が、すでに宝玄仙と宝玉というふたつの人格のことを承知しているということに驚いた。

 しかも、いまの言葉の通りであれば、蝦蟇婆は、宝玄仙の身体の人格出現をある程度は、制御することもできるらしい。

 獅駝(しだ)の城郭で宝玄仙と孫空女が最後に抱き合ったとき、宝玄仙はそのことには言及しなかったが……。

 

「……蝦蟇様、ところで、わたしのことは、どうか、さっきのように名でお呼びください。わたしを調教された蝦蟇様が、“金凰妃殿”などとわたしを呼ぶとおかしな感じですわ」

 

 金凰妃が笑った。

 

「金翅と呼び捨てでよいのか? 昔のようにただ、泣き叫ぶ女官とは違って、その名も鳴り響く、冷酷非道の金凰妃様を呼び捨てしようものなら、わしも、さっきの宝ように顔を割られるのではないか?」

 

「も、もう、おからかいにならないでください、蝦蟇様」

 

 金凰妃が照れたように笑った。

 

「んっ……あ、ああ、なに? わっ、わあっ、が、蝦蟇婆様──。こ、ここはどこ? な、なんで、わたし浮いているのよ?」

 

 宝玄仙の身体が動いて、きょろきょろと周囲を見回しだした。

 だが、喋り方でわかる。

 あれは宝玉だ。

 

「あっ、そ、孫空女──。な、なんでここに?」

 

 宝玉が孫空女を認めて声をあげた。

 

「ほらっ──。その赤毛──。こいつは誰じゃ? 舌をもう引っ込めていいから言うてみい」

 

 蝦蟇婆が孫空女に視線を向けた。

 孫空女は舌を引っ込めたが、宝玉の名を出すかどうかは躊躇った。

 もしかしたら、隠せるものなら隠した方がいいのかもしれないと思ったからだ。

 しかし、金凰妃が笑った。

 

「わたしの前で、隠し事はできないというのをなかなか学べないようね──。そう、こいつは“宝玉”というのね。よくわかったわ、孫空女」

 

 金凰妃だ。

 また、心を読まれた──。

 孫空女は歯噛みした。

 

「ならば、もうひとりを出しますぞ、陛下──。ついでに、道術も解いておくか……」

 

 蝦蟇婆がまた宝玉の顔に手をかざす。

 あっという間に、宝玉が眠るようにがくりと脱力した。

 そして、すぐに再び身体が身じろぎを開始する。

 やがて、宝玄仙の眼が開く……。

 

「……ん……あっ……う、うわあっ、が、蝦蟇婆──」

 

 今度は宝玄仙だろう。

 眼を開いて、いきなり蝦蟇婆の顔を見てしまったことで動顛しているようだ。

 しかし、呼吸がとまる様子はない。

 とりあえず、孫空女はほっとした。

 

「大丈夫じゃ、宝玄仙──。亜人の顔を見ることで、息の停止する道術は解いておいた。そこにいるのが、お前の新しい飼い主の金凰魔王と金凰妃様じゃ──。しっかりと顔を見て覚えておけ──」

 

 蝦蟇婆が笑いながら言った。

 

「ひっ、ひいっ──。あ、ああ……。ほ、本当だ……。い、息ができる……。あっ──、お、お前だね──。わたしをさっき蹴り飛ばしたのは──」

 

 宝玄仙が金凰妃を見て怒鳴った。

 

「こいつは元気だな。なるほど、こっちが宝玄仙という人格の方か。確かに、まるで違う人格だ。今のだけで、十分に余にもわかった」

 

 金凰魔王が感心したように頷いた。

 それにしても、こいつらは、宝玄仙のふたつの人格についてはよく知っているようだ。

 

「……孫空女の心も、この女がさっきの宝玉という人格とは違う宝玄仙だと言っているわ。蝦蟇様の言うように、これが“ふたつの宝”に間違いないかもしれないわね、あなた」

 

 金凰妃が孫空女の顔を見ながら言った。

 孫空女は舌打ちした。

 心を読まれるというのは、さすがに気持ちのいいものじゃない。

 ものすごく不愉快だ……。

 すると、孫空女の顔をじっと見たままだった金凰妃が意味ありげに微笑んだ。

 どうやら、いまの心も読まれたのだろう……。

 

「ならば、これも蝦蟇婆に頼もうと思う──。つまり、ふたつの宝をひとつにする仕事をな」

 

 金凰魔王が言った。

 すると蝦蟇婆がしっかりと頷いた。

 

「それは承知しました、陛下──。いずれにしても、実は報告することがあるのじゃ、陛下。魔凛(まりん)のこととかな──。しかし、ここではな……」

 

 蝦蟇婆が急に声をひそめて言った。

 常人には、とても聴こえるような声ではないが、孫空女の耳はそれをしっかりと捉えて言った。

 

「魔凛か──。知っていると思うが、あれは、余の精を受けておきながら、なぜか余の支配に入らなかった唯一の女だ。承知のとおり、余の精を受けた女は、例外なく余の支配を受けるはずなのだが、あれはなぜかそうはならなかったのだ。それでいて、余の精を受けることによって、途方もなく霊気があがるという恩恵だけは受けている。だから、危険な存在なのだ──」

 

「それで処分をですか?」

 

「まあな。青獅子もさっさと殺してくれればよかったのに、あいつは、いい女を見つけると、すぐに嗜虐趣味に走るという悪い癖があったからな。ついつい、その例の悪い癖が出たようだ。青獅子軍に紛れ込ませていた余の手の者たちからも多くの情報は入っておる。魔凛は行方不明なのであろう、蝦蟇婆?」

 

 金凰魔王が顔をしかめた。

 やはり、すごく小さな声であり、ほとんど唇だけで喋っている。

 しかし、孫空女の抜群の聴覚は、はっきりと三人の話を捉えている。

 ただ、魔凛というのが、誰のことを指しているのか、孫空女にはよくわからない。

 

「いかにも……。だが、魔凛の能力はわしも知っておるが、あるいは、青獅子魔王の死には、その魔凛が関わっている可能性もあるようなのじゃ」

 

「うむ……。ならば、幕舎を準備させる。話を金凰妃とともに聞こう──。なにしろ、余は、これから白象宮に軍を連れて向かうつもりなのだ。あっちについても、少し、面倒なことになっておってな──。それについても、蝦蟇婆の意見を聞きたいのだ。なにしろ、白象とあの娘のことでな……。十三年前の一件については、お前も承知であろう……。なかなか早熟の娘でな。早くも白象をとって食おうとしているらしい。それで頭を痛めておるのだ」

 

 金凰魔王が笑った。

 笑い声だけは普通の大きさの声だ。

 そのほかの話は、三人だけでひそひそ声で話している。

 おそらく、さっきから急に声をひそめたのは、会話の内容を余人には聞かせたくないからに違いない。

 

 すると金凰妃が孫空女にさっと視線を向けた。孫空女はどきりとした。

 そう言えば、金凰妃は、心が読めるのだった……。

 三人のひそひそ話を孫空女がしっかりと聞いていたのは、金凰妃にはばれただろう。

 だが、金凰妃はにやりと笑っただけで、なにも言わなかった。

 

「頭を悩ます必要などありません、あなた。あれは、我が一族の(さが)なのです。白象殿を処分すべきとまでは申しませんが、小白香(しょうはくか)については仕方がないことなのですよ。種の本能が出現するまで、まだ三年の余裕があるはずでしたが、あなたの血を引いているのです。早熟で優秀なのは当然かもしれません」

 

「うむ……。実はお前には話していないこともあってな、金凰妃……。いずれにしても、ここでは話せん。この話の続きは幕舎の中でするとしようか」

 

 金凰魔王が周囲にいる兵に幕舎の準備を命じた。

 一部の一隊が、さっと動き始める。

 

「……さて、幕舎ができるまでにしばらくある──。ところで、宝玄仙については、このまま金凰妃に預けて、ひと足先に金凰宮に戻ってもらうつもりだ。とりあえずは、蝦蟇婆もだな──。場合によっては、蝦蟇婆に白象宮に来てもらうかもしれんが、いまはそれはよい……。しかし、孫空女については、どうするのだ、金凰妃? 本当に将校にするのか? さっきから見ている限り、この場で殺した方が無難のようだがな」

 

「さて……。どうしましょうか──。確かに、味は美味しそうね。猫にしたいというのは本当よ……。ねえ、孫空女、まだ、心変わりしないの? 本当は、こんな宝玄仙なんか見限って、うちの人に仕えてもいいと思っているんじゃないの? さっきからわかっていると思うけど、わたしに隠し事は通用しないから、本音のところを心に浮かべてくれない。このままじゃあ、あんたは、ここで殺さなければならなくなりそうよ」

 

 金凰妃が孫空女を見た。

 よくわからないが、なぜか孫空女はかっとなった。

 孫空女が宝玄仙を裏切るなどあり得ない。

 どんな状況でもだ──。

 

「じょ、冗談じゃないよ──。あたしが仕えるのは、その宝玄仙様だけなんだ──。殺されたって嫌だね──」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 すると金凰妃が肩を竦めた。

 

「残念ねえ……。じゃあ、あなたはここで死ぬしかないわ……。とにかく、いまは嘘でいいから、承知すると言いなさい。金凰宮で調教し直せば、簡単に屈服すると思うから、いまは口だけでいいわ」

 

 金凰妃がからかうような口調で言った。

 

「嫌だと言ってるだろう──。さっさと、殺しな──。あたしは、二枚の舌を使って出まかせを言うのが得意じゃないのさ──。あたしが誰かに仕えると口にするのは、本気でそう思ったときだけだ──。あたしが、これまでの人生で一度でもそう言ったのは、そのご主人様だけだ──。だから、ご免だね──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「やれやれ、困ったわねえ──。驚いたことに、いま、言ったのは強がりとか、自尊心とか、そんなんじゃなくて、この女の本心みたいですよ、あなた」

 

 金凰妃が苦笑した。

 

「ならば、殺しておくか──。こいつは、性奴隷としては物騒すぎる──」

 

 金凰魔王が事も無げに言って、片手をさっとあげた。

 その片手に霊気が集中するのがわかった……。

 孫空女は死を覚悟した。



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524 主従解散宣言

「ならば、殺しておくか──。こいつは、性奴隷としては物騒すぎる──」

 

 金凰魔王が事も無げに言って、片手をさっとあげた。

 その片手に霊気が集中するのがわかった……。

 孫空女は死を覚悟した。

 

「ま、待っておくれ、魔王──。わ、わたしが説得する──。説得するから、こいつは殺さないでおくれよ。お願いだよ──。こいつは、わたしの言うことはきくんだ。わたしが命じるから──」

 

 その瞬間、宝玄仙が金切り声をあげた。

 すると、金凰魔王が少し躊躇った末に、あげていた片手をおろした。

 宝玄仙が少しだけ、ほっとした表情になった。

 そして、孫空女を睨みつけた。

 

「そ、孫空女──。意地張るんじゃないよ。とにかく、お前の気持ちはわかった──。嬉しいよ。だけど、ここは、こいつらの言う通りにしな──。お前、このままじゃあ、本当に殺されてしまうよ。いままで仕えてもらってありがとうよ──。だけど、いまは、お互いに生き延びることを考えようじゃないか──」

 

 宝玄仙が言った。

 その表情は必死だ。

 本気で孫空女のことを心配してくれているのがわかった。

 孫空女は少しだけ嬉しくなった。

 だが、こればかりは、宝玄仙の言葉でも承知するつもりはない。

 

「ごめんよ、ご主人様──。あたしは、そういうのは駄目なんだよ。一度でも約束すれば、絶対にそれは破りたくないんだ──。だから、できない約束も、実行するつもりのない嘘も、絶対に口にするつもりはないよ。何度も言うけど、あたしが誰かに仕えると口に出すときは、本当にそうするときだけだ──」

 

「い、い、か、ら、言うんだよ……。嘘でいいから……。お前だって、人生で一度も嘘を言ったことないわけじゃないんだろうが──。とにかく、解散だよ、解散。旅の仲間は解散だ。お前とは、もう主人でもなければ、供でもない。いいから、こいつらの部下になるんだよ。わかったね、孫空女」

 

「解散なら、あたしの自由意思でさせてもらうよ、宝玄仙さん。だったら、あたしは、こいつらの部下には殺されてもならない。あたしのご主人様は、あんただけだ──。これは、あたしの自由な意思だからね。とやかく、言わせないよ」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 すると、金凰妃が目を丸くした。

 

「面白いねえ、お前──。口先だけでそういうことを言う者は、これまでに何十人も見たけど、心の底からそう言った者は初めてよ。ちょっと、お前に興味が湧いてきたよ。そういえば、お前には、さっきから感心するくらいに、心に裏表がないよ。普通は、人間族にしろ、亜人族にしろ、大抵は口に出すことと、心に浮かぶことは、なにかしら違うものなのさ。それなのに、お前は、なにからなにまで、ずっと口先と心が一致している。わたしが、この能力を得るようになってから、お前のような者は初めてだよ」

 

「うるさい、金凰妃──。お前とは話したくない。あたしは、お前にも、金凰魔王にも仕えない──。殺すなら、殺しな──」

 

 孫空女はだんだんと腹が立ってきて叫んだ。

 

「ふっ──。そこまで主人想いというのも見あげたものだな……。だが、死ぬのが、お前ではなくて、宝玄仙だとしたらどうなのだ? それでも、金凰妃の言葉に耳を貸す気になれないか?」

 

 ずっと金凰妃と孫空女のやり取りを面白そうに聞いていた金凰魔王が、宝玄仙の喉に手をかざした。

 その指の先には、刃物のように尖った五個の爪が伸びている。

 それがいまにも、宝玄仙の喉を引き裂くように当たった。

 

「う、うわっ──。そ、孫空女──。こ、ここは、やっぱり、ちょっとばかり、こいつらの言うことにも、耳を傾けようじゃないかい……。く、口先だけでいいって、その金凰妃とやらも言っているみたいだし……」

 

 宝玄仙が喉に当てられた爪に、怯えるような表情になった。

 

「だ、だったら悪いけど、ご主人様、先に死んでおくれ──。必ずすぐに、あたしも後を追うから。約束するよ。どんな手段を使っても、あたしはこいつらを出し抜いて、自死してみせる。それに免じて許して」

 

「お、お前……。しょ、正真正銘の馬鹿かい。いいから、こいつらに降参すると言いな。命令だよ──。子供が駄々を捏ねるみたいに、片意地張るんじゃないよ。いいから、承知したと口にするんだよ」

 

 宝玄仙が狼狽えた声をあげた。

 

「降参なら、いくらでも言うよ、ご主人様。だけど、こいつらに仕えるとは言わない。だって、あたしには、これっぽっちもその気がないんだ」

 

 すると、宝玄仙が呆れたようにぽかりと口を開けた。

 そのとき、けたたましい笑い声がした。

 金凰妃だ。

 

「こ、これは凄いね──。確かに、心の底からの馬鹿のようじゃないかい──。あなた、信じられないかもしれないけど、孫空女の喋っていることは本心よ──。こいつ、本当に口先だけでも、わたしたちに仕えると口にするくらいなら、自分だけでなく、宝玄仙までも死んでもいいと思っているようよ──。こんな愉快な女は初めて──」

 

 金凰妃はいつまでも笑い転げている。

 

「まあいい……。お前に任せよう、金凰妃──。それで、どうする?」

 

 金凰魔王が金凰妃に言った。

 

「さてね……。だったら、こんな女を是非とも屈服させてみたいものね。じゃあ、お前、(まり)におなり──。部下にならないなら、せめて、わたしの遊ぶ蹴鞠になりなさいよ。それができたら、とりあえず命だけはとらずに、お前も、この宝玄仙も金凰宮に連れて帰ってあげるわ」

 

 金凰妃が言った。

 

(まり)?」

 

 しかし、その意味がわからずに、孫空女はその場で首を傾げた。

 

「鞠といえば、丸でしょう。その場で立て膝をして、膝を両腕で抱えるのよ。頭を膝のあいだにできるだけ入れてね。まあ、それで、なんとか鞠になるんじゃないの?」

 

 金凰妃が笑った。

 孫空女は、ちらりと宝玄仙を見た。

 今度はまったく届かない上空ではないが、やはり、胸の高さほどの宙に浮かべられていて、そばに金凰魔王がいる。

 また、いまは大人しくしているが金凰軍の大勢の兵士がいる。

 この連中に仕えると口にするくらいなら、宝玄仙と一緒に死んでやるとは言ったものの、別に死にたいわけではない。

 生き残る機会があるなら、それにすがりたい。

 孫空女は、金凰妃に言われたとおりに、その場で腰をおろして座り両膝を曲げてその膝をしっかりと両腕で抱えた。

 

「こらっ、孫空女──。服を着た鞠があるものかい。服を脱ぐのよ」

 

 金凰妃の大声がかけられた。

 孫空女は、こんな大勢の亜人兵がいる場所で、完全に全裸になるという辱めに一瞬だけ躊躇したが、意を決して立ちあがった。

 上半身はすでに裸だ。

 あとは履物を脱いで、下袴をおろせば全裸になる。

 

「ひいいいっ、痛い──。や、やめておくれ──なにすんだよっ──」

 

 突然に宝玄仙の絶叫がした。

 びっくりして視線を向けると、金凰妃が宙に浮かんでいる宝玄仙の黒髪のひと房を掴んでいる。

 

「ご、ご主人様──」

 

 孫空女は叫んだ。

 その孫空女の見ている前で、金凰妃が片手を宝玄仙の顔にかけて、もう一方の手で持っていたひと房の髪を引っこ抜いた。

 

「ぎゃあああ──ぐああっ──」

 

 宝玄仙が宙で身体をばたつかせて悲鳴をあげた。

 

「な、なにすんだよ。ご主人様に手を出さないでよ──」

 

 孫空女はびっくりして叫んだ。

 

「なにを言っているのよ、孫空女──。お前は、いま、一瞬だけど、服を脱ぐのを躊躇したでしょう。わたしに隠し事は通用しないわ。お前が逆らう気持ちを抱くたびに、この雌畜の髪を引っこ抜くからね。この雌畜がみっともない禿げ坊主にならないうちに、躊躇することなしに命令に服従することを覚えるのよ──。そして、そう言いながらも、まだ、脱いでいないじゃないの──。ほら、鞠よ。早く、鞠になりなさい。さもなければ、本当に、宝玄仙は禿げになるわよ……」

 

「は、禿げって……、。わ、わかったよう」

 

「まあ、そうなっても、わたしの『治療術』ですぐに元に戻せるから、そうしたら、また抜くわ──。それとも、醜い禿げのままにしておいた方がいいかしらね。そうすれば、この人が、早まって、精を放ってしまうような間違いを起こすことはないだろうし……」

 

 金鳳妃が大笑いする。

 

「おいおい、それは、昔の話であろう、金凰妃……」

 

 すると、金凰魔王が苦笑した。

 

「昔の話であるものですか、あなた。魔凛なんて、随分と最近のことじゃないの──。あなたの精は危険なのだから、しっかりと相手を選ばないと、欲望のままに女を抱くと、魔凛のように面倒なことになるのよ」

 

 金凰妃がそう言いながら、また、宝玄仙の髪をひと房掴んだ。宝玄仙が絶叫した。

 

「脱ぐ──。とにかく、脱ぐから、やめてよう──」

 

 孫空女は慌てて靴を脱ぎ、下袴をおろした。

 宝玄仙の悲鳴がとどろいた。

 また、金凰妃が髪の毛を引っこ抜いたに違いない。

 全裸になった孫空女は、急いでその場にしゃがみ、立てた両膝のあいだに頭を入れて両腕で抱え込んだ。

 

「い、言われたとおりにしたよ──」

 

 孫空女は頭を膝のあいだに差し込んだまま大声をあげた。

 

「鞠が喋るんじゃないのよ」

 

 突然、人の気配を身体の横に感じるとともに、金凰妃の声が横から聞こえた。

 金凰妃の履いた革の靴の爪先が丸くなった孫空女の横腹に食い込んだ。

 

「ぐうっ」

 

 刃物を突き刺されたような衝撃に、孫空女は声を迸らせた。

 衝撃もすさまじい──。

 

 

 身体が飛ばされて、身体が宙を走る。

 地面に叩きつけられる衝撃に備えようと、孫空女は必死になって、衝撃で崩れた体勢を戻して、身体を空中で丸くしようとした。

 そのとき、顔面に衝撃を感じた。

 

 膝だ──。

 

 瞬間移動で、孫空女の飛ぶ方向に移動した金凰妃が膝をあげて、待ち構えていたのだ。

 まともに孫空女の頬に膝が食い込んだ。

 顎の骨が割れるのをはっきりと感じた。

 

「あがあっ」

 

 孫空女はその場にうつ伏せに倒れた。

 自分の口の中からまとまった血が噴き出た。

 

「ほらっ、もう、鞠は終わりなの? 仕方ないわねえ……」

 

 金凰妃が孫空女の横に立ったまま、笑い声をあげた。

 うつ伏せに倒れている孫空女の視線に金凰妃の足があったが、その足がふっと消滅した。

 

「ひいっ、もう、やめておくれ──ひいっ──わ、わたしも孫空女も、もう逆らわないよ──ひいっ」

 

 宝玄仙だ。

 孫空女は顔をあげた。

 金凰妃がまた宝玄仙の髪を掴んでいる。

 その金凰妃が無造作にまた宝玄仙の髪を束で抜いた。

 

「ひっ、ひぎいいいっ、や、やめておくれ──」

 

 宝玄仙が号泣し始めた。

 

「や、やめ……」

 

 孫空女も懸命に身体を起こして、また身体を丸くする。

 

「そうよ。鞠になれと言われたら鞠になるのよ……。それとも、屈服する?」

 

 金凰妃がまたそばに跳躍してきたのがわかった。

 今度は真正面から蹴り飛ばされた。

 

 宙に飛ぶ──。

 また膝がぶつかる。

 

 今度は股間だ。

 まともに股ぐらに膝を喰らう。

 

「ふぐうぅ──」

 

 思わず腕が離れた。

 そこを下からすくいあげるように、腹を蹴られた。

 孫空女の身体はかなり高く宙にあがった。

 

「そんな拡がった鞠はないわよ──」

 

 下で金凰妃が笑っているのがかろうじて、視線に入った。

 空中で懸命に体勢を立て直そうと、身体を曲げて膝をかかえようとした。

 

「ほげえっ」

 

 すると、下に落ちる途中で、股間をものの見事に蹴りあげられた。

 孫空女の身体は完全に拡がって、その場に仰向けに倒れた。

 今度は股間の骨が砕けたと思う──。

 

「鞠はどうしたの? もう終わり?」

 

 金凰妃の姿が消える。

 

「ひいいっ、ま、また、来た──。や、やだ──。ち、畜生──そ、孫空女、立つんだよ──。は、早く、丸くなるんだよ──」

 

 宝玄仙の怒鳴り声がした。

 そして、宝玄仙の絶叫がした。

 

 一度──。

 

 二度──。

 

「わ、わかっている……け、けど……」

 

 孫空女はなんとか再び身体を起こして身体を丸くした。

 

「ほら、見てごらん──。お前がすぐに鞠をやめるから、お前の大事なご主人様はあんなになったわよ」

 

 丸くなっていた孫空女の身体を起こされて、後ろから髪を思い切り引っ張られて、顔をあげさせられた。

 朦朧とする視界の中に、宝玄仙の姿が映った。

 宝玄仙の頭の側面の一部から、完全に髪の毛がなくなり、頭の肌が露出している。

 宙に浮かんでいる宝玄仙の身体の下には、大量の黒髪が落ちている。

 

「うわっ」

 

 身体をふわりと上にあげられて、空中で回転する。

 

「それっ」

 

 鳩尾(みぞおち)に金凰妃の踵が入った。

 孫空女の身体が宙にあがる。

 

「んげっ」

 

 また下がる。

 次の同じ鳩尾の場所を蹴りあげられた。

 吐気が込みあがり、孫空女は、飛ばされながら、口から真っ赤な嘔吐物を噴き出して身体を汚した。

 

「だんだん、鞠らしくなってきたわね。でも、汚いのはごめんなの」

 

 驚いたことに、宙に浮かんでいる途中の孫空女のさらに上で金凰妃が待っていた。

 地面に落ちようとしている孫空女の頭と股間に、空中で金凰妃が足を乗せた。

 そのまま地面に叩きつけられる。

 金凰妃の体重がかかったまま、後頭部をまともに地面に叩きつけられた。

 

「んごっ」

 

 声も出せない。

 なにが起こったかわからなかった。

 眼を開いたが、視界が揺れてよくわからない。

 身体が仰向けになっているということだけはかろうじてわかった。

 孫空女は懸命に手足を抱え込もうとするのだが、手足が痺れて身体を動かすことができない。

 自分の身体の表面を道術の波が触れた気がした。

 

「……肌にぶちまけた汚い嘔吐物だけは掃除したわ……。もう、鞠ができないなら、これで終わりにしましょうか。宝玄仙の頭を一度禿げ坊主にしてくるから待っていてね、お前」

 

 金凰妃が笑った。

 

「ま、待って……」

 

 孫空女は懸命に足を曲げて膝を両手で抱えた。

 

「ほう、なかなか、いい根性ね」

 

 金凰妃の蹴りが腹に入った。

 

「んぐうっ」

 

 身体が吹っ飛ばされて、背中を大きな樹木に叩きつけられた。

 

「ぐううっ」

 

 孫空女は全身を走る衝撃に、身体を伸ばしてその場に倒れた。

 しかし、なんとか膝を抱えようとのたうつ。

 

「その根性だけは褒めてあげるわよ。でも、そんなの鞠じゃないわ」

 

 金凰妃の革靴の裏が孫空女の股間に乗った。

 ぐりぐりと動かされる。

 

「ひぎいいっ──い、痛い──ああああっ──」

 

 おそらく股間の骨のどこかが割れている。

 そこを思い切り革靴で踏まれるのだ。

 孫空女は足を股間に乗せられたままのたうった。

 

「鞠よ。鞠──。忘れたの、孫空女? もがくんじゃなくて、鞠になりなさい」

 

 金凰妃が孫空女の股間に足を乗せたまま笑った。

 孫空女は股を開いて膝を曲げ、なんとかその膝を両手で抱える。

 

「じゃあ、これで最後にしてあげるわ」

 

 金凰妃の身体が孫空女の身体からどいた。

 これまでで最大の衝撃が孫空女の全身を貫いた。

 身体が吹き飛び、空中でなにかにぶつかった。

 

「うわああっ」

 

 宝玄仙の悲鳴がした。

 ぶつかったのが、宙に浮かんでいた宝玄仙だとわかったのは、地面に一緒に倒れた宝玄仙のその悲鳴を聞いてからだ。

 

「こいつらをまとめて革紐でぐるぐる巻きに縛ってしまいなさい。逃げられないように、お互いの身体を反対向きに抱き合わせて、顔を相手の股のあいだに入れるように縛るのよ。さすがに、その恰好じゃあ、逃亡は不可能だろうしね」

 

 金凰妃が叫ぶのが聞こえた。

 すると絡み合って地面に倒れていた孫空女と宝玄仙の身体に大勢の亜人兵が群がるのがわかった。

 一度離されて、宝玄仙の短い肢のあいだに顔を埋めるように押しつけられた。

 離れられないように後頭部と首に革紐がかかり、宝玄仙の腰に密着させて縛られる。

 同様に孫空女の股間にも宝玄仙の顔がくっつけられて革紐で固定された。

 さらに全身の胴体にも縄がかかる。

 また、両手はさらに宝玄仙の身体を抱くように回されて、それも革紐で縛られた。

 孫空女と宝玄仙は、お互いに反対向きに相手の股間に顔を埋めるように完全に固定された。

 

「お、お前……大丈夫かい……?」

 

 宝玄仙だ。

 しかし、孫空女は返事をすることができないでいた。

 全身どころか舌先まで痺れて口を動かすことができない。

 

「ふたりとも『治療術』で負傷は治してあげるわ──。ところで、孫空女、金凰宮に戻れば、これ以上の拷問が待っているのよ──。まだ、屈服するのは嫌かい?」

 

 金凰妃の声がした。

 全身に霊気が流れ込むのがわかった。

 身体の痺れのようなものは残っているが、痛みはなくなった。

 砕けた骨も治ったと思う……。

 

「い、嫌だね……」

 

 孫空女は宝玄仙の股間に顔を接触させられたまま、なんとか顔を捻ってそう言った。

 

「だったら、愉しみね──。どんな拷問で、お前のような女傑は屈服するのかしら……? お前が宝玄仙を裏切ると口にするのが愉しみよ」

 

 金凰妃が高笑いした。

 

「……さあ、こいつらをまとめて、準備してある新しい檻車に放り込んでおくれ」

 

 やがて、その金凰妃が兵に告げた。

 孫空女と宝玄仙の身体に亜人兵たちが群がり、あっという間に持ちあげられる。

 

「金凰宮までは二日というところよ。それまで、檻車で大人しくしていてね。その革紐は、道術がかかっているから、切断しようなんて無駄な努力はしないことね。二日間、水も食い物もなしよ。なにもすることはないから、せいぜい、股ぐらでも舐め合って愉しんだらいいわ──。これは、わたしの情けよ」

 

 金凰妃が、兵たちに担がれて連れ出されようとする孫空女と宝玄仙をとめさせて、声をかけてきた。

 

「ひひひ、心配はいらん。檻車にはわしも同乗するからな。退屈などさせんわい」

 

 蝦蟇婆だ。

 

「そ、そんな……。蝦蟇様を檻車に入れるなど……」

 

 金凰妃が恐縮するような声をあげた。

 

「いや、この宝の股間に埋まっておる魔法柱の管理をせねばならんしのう……。一日に一度交換せんと、霊気がいっぱいになるのじゃ。それに、わしはこの宝がお気に入りでな。また、遊ぼうぞ、宝──。それに、気の強いお嬢ちゃんもな。お前もなかなかに面白い素材じゃ」

 

 蝦蟇婆が気持ちの悪い笑い声をあげた。

 

「お、お前ら、まとめていつか仕返ししてやるよ……。お、覚えておいで……」

 

 宝玄仙の声がした。

 息のかかるくらいに孫空女の股間に宝玄仙の顔を埋められているのでくすぐったい。

 孫空女は、股間が反応してしまいそうで、慌てて身体を硬くした。

 

「おや、お前の供は、こんなので感じているようよ、宝玄仙──。本当に面白い女ね。お前の供は」

 

 金凰妃が宝玄仙に言った。

 自分の心を読まれたのだ。

 孫空女は全身が赤くなるのを感じた。

 

「わ、わたしの玩具さ──。これ以上、き、汚い手で触ったら承知しないよ──。わたしの大事な性奴隷なんだよ。わたしのものなんだ……」

 

 宝玄仙だ。

 

「ご主人様……」

 

 孫空女はちょっとだけ嬉しくなり、思わず、そう呟いた。

 

「ちょ、ちょっと、お前もさっきから息を派手にするんじゃないよ。股がくすぐったいんだよ」

 

 すると宝玄仙が怒鳴った。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 孫空女も困って言った。

 口に宝玄仙の性器がほとんど密着しているのだ。

 息をかけるなと言われても、どうしていいかわからない。

 

「……そ、それに、ご主人様だって、くすぐったいよ……。そ、そんなに顔も動かさいで」

 

 孫空女も言った。

 

「へっ、本当にお前の股ぐらから汁が溢れてきたじゃないか。そんなんだから、こいつらに馬鹿にされるんだよ、孫空女」

 

「こ、こんな身体にしたのはご主人様じゃないか──。酷いよ──」

 

「しゃ、喋るなと言っているだろう……。か、感じるんだよ──」

 

 宝玄仙もつらそうな声をあげた。

 そのとおり、宝玄仙の股間からも女の反応がしっかり表れ始めた。

 孫空女のように敏感な身体ではないはずだが、いままでの調教や性感の増幅施術などで敏感な身体にされているのかもしれない。

 

「お前たち、呆れたものだねえ──。こんなところで、そんな格好で道化の見世物かい?」

 

 金凰妃が笑った。

 

「う、うるさい──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「ご、ご主人様、お願い……そ、そんなに……」

 

 宝玄仙の顎は完全に孫空女の性器にくっついている。

 だから、宝玄仙が喋るたびに股間が擦られるのだ。

 

「いちいち反応するんじゃないって、言っているだろう、お前──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「ははは……、あんたたちをいつまで見ていても飽きないけど、愉しみは金凰宮にとっておくわ。さあ、こいつらを檻車に入れるのよ──」

 

 金凰妃が怒鳴った。

 再び、孫空女と宝玄仙は兵たちに担がれて、どこかに運ばれ始めた。

 

「……さあ、そろそろよいだろう。面白い余興で、余も愉しませてもらった。ところで、さっきも言ったとおりに少しばかり話がある。金凰妃と蝦蟇婆は幕舎に入れ──。幕舎の準備もできたようだ」

 

 金凰魔王の声が聞こえた。

 

 

 

 

(第82話『ひとりだけの叛乱』終わり)







【西遊記:75~77回、獅駝(しだ)洞の三人の大王⓶】
(454「白い光の罠」の後書きの続きになります。)

 玄奘三蔵を襲おうとしているという獅駝の三大王の情報を得た孫悟空は、単身彼らの洞府に乗り込みますが、捕らわれてしまい身体を溶かしてしまう液薬の入っている宝瓶に閉じ込められてしまいます。
 なにをやっても脱走できそうもなく、孫悟空も死を覚悟します。

 しかし、孫悟空はぎりぎりのところで、自分の毛に鋼鉄よりも堅い三本の毛が混じっていることを思い出します。
 瓶の中でそれを抜くと、錐のようにそれを使って、瓶に穴を開けて脱出することに成功します。

 一度、三蔵たちに合流した孫悟空は、今度は猪八戒とともに洞府に乗り込みます。
 激しい戦いの末に、身体を小さくして一大王(金凰大王)の身体に入り込んだ孫悟空は、その身体の中で暴れ、一大王を降伏させます。
 ほかのふたりの大王も一大王に従い、三人は孫悟空たちへの恭順と、三蔵の襲撃をやめると誓います。

 三大王の誘導で街道を進むことになり、やがて、三蔵一行は末の三大王(青獅子大王)の支配している城郭に到着します。
 そこは、かつては人間族の城郭でしたが、三大王が支配している妖魔の城郭になっていました。
 三人の大王は、城郭に辿りつくと、恭順の態度を翻して、妖魔の軍勢とともに三蔵たちに襲い掛かります。

 その戦いの最中に、虚を突かれて、三蔵をさらわれてしまいます。
 三蔵を連れていかれ、慌てて孫悟空は身柄を取り返そうと追いかけます。しかし、妖魔の力を示した青獅子大王や白象大王に行く手を阻まれ、沙悟浄、猪八戒と次々に捕らわれます。
 そして、ついに、孫悟空自身も、身体を大きくした鳳凰の姿の金凰大王の足に捕らわれ、空中高くに捕縛されてしまいます。


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 第83話  狂気の掻痒城【小白香(しょうはくか)Ⅰ】
525 奴隷になった女魔王





 物語は、やや時間を戻して、舞台を白象宮に移します。
 まだ、獅駝の城郭では、青獅子魔王が健在であり、沙那以外の全員は、獅駝の城郭で青獅子軍に捕らえられたままでいます。
 その一方で、沙那については、ひと足早く、雪蘭という十歳の貴族の娘とともに、この白象宮に送られようとしていました。

 沙那が移送される直前の白象宮では、二大王こと白象という女魔王がいつものように謁見の間で、部族長のひとりと面談をしています。
 その白象の玉座の横には、小白香(しょうはくか)という十二歳になる白象のひとり娘が同席していました。

 白象篇ならず、その娘の『小白香篇』となります。


 *





「塩の谷の長の蔡福人(さいふくじん)でございます。御前におかれましては、相変わらずのお美しさ……。御前のご尊顔を拝し恐悦至極に存じあげ奉りまする……」

 

 玉座の母者に向かって、片膝をついて頭をさげている老人が頭を垂れたまま挨拶をした。

 老人は、母者の治める領域に属する部族長のひとりで、部落の産物である岩塩を携えて、はるばる母者に面談をするためにやってきたのだ。

 

「うむ、久しぶりじゃな、蔡福人……。そちも健やかそうでなにより……」

 

 玉座に座る母者の白象(はくぞう)がそれに応じている。

 その玉座に隣接する副座に腰掛けている十二歳の小白香(しょうはくか)は、欠伸を噛み殺しながら、ふたりの会話を横で聞いていた。

 

 小白香が座っている副座は、白象の座る玉座とまったく同じ構造のものであり、白象のひとり娘の小白香が、王太女として魔王の白象の謁見に同席するようになった二年前に設置されたものだ。

 同席はするが小白香が会話に参加することは滅多にない。

 小白香は、ただ隣にいるだけだ。

 

 魔王である白象は、小白香の母者だ。

 絶世の美女というわけではないが、娘の自分から見てもそれなりに美しいと思う。

 なによりも、肌がとても白くて美しい。

 ただ、母者の美しさを大きく損なっているのは、その亜人族の中でも抜きんでた巨躯だ。

 もっとも、身体は大きいが肥っているというわけではなく、抜群の均整のとれた体型のまま、背丈だけが大きくなった感じだ。

 だから、母者である白象魔王に面すると、多くの亜人たちは、まるで幼児に戻って母親と会っているような印象を抱くらしい。

 それで、誰ということもなく、いつしか、母者のことを“母御前(ははごぜん)”とも呼ぶようになった。

 

 母者は、魔王宮への貢献度の高い者に対しては、“御前”あるいは“母御前”と呼びかけることを許している。

 母者を“御前”と呼びかけることができるのは、百数十ある領域内の部族のうち、限られた部族の長にのみに与えられる特権なのだ。

 蔡福人が、御前と呼びかけたということは、この部族長は、宮廷府としても重要な部族の代表なのだろう。

 

 とりとめのない時候の話が続いている。

 無論、蔡福人が白象の宮廷府にやってきたのは、ただの時候の挨拶をするためではないだろう。

 なんらかの陳情があるに違いない。

 しかし、なかなか本題に入らないのは、そういう現実の生々しい話は、一応の挨拶を交わしてからということになっているようだ。

 儀礼というのはそういうものらしい。

 いずれにしても、領内に属する多くの部族長たちのそういった陳情を最終的に宮廷として受け入れるという意思の表明──。

 その儀式が、眼の前で行われている部族長と魔王である白象の面談だ。

 

 それにしても退屈だ。

 小白香は我慢できなくなり、そろそろ始めることにした。

 いつ始まるのかわからない焦らしで、じわじわと白象の心を追い詰めるのも悪くはないが、部族長の陳情をただ横で聞いているだけというのも飽いたのだ。

 

 小白香は、懐にしまってあった小さな球をそっと取りだした。

 大きさは親指の先ほどなので、握ってしまえば、小白香がなにかを手のひらに隠しているということは誰にもわからない。

 小白香は、その球を白象がいる玉座の反対側の右手に持ち、わずかに霊気を込めた。

 

「くっ……」

 

 横で白象が小さく息を吐き、びくりと身体を動かしたのがわかった。

 くるぶしまである長い下袍に包まれた母者の股間には、特殊な仕掛けがしてある。

 つまりは、白象の股間に装着させている貞操帯の内側には、びっしりと短い触手の繊毛が生えているのだ。

 しかも、小白香の持つ球を通じて、その触手を自在に操作して、白象を責めたてることができる。

 小白香がたったいま球に込めたのは、その繊毛の先をゆっくりと動かしながら、先端から痒み成分のある分泌液を一斉に噴き出させる道術だ。

 

 娘の小白香から、二年近くも痒み調教を受け続けている白象にとっては、まだ発狂するほどの痒さではないはずだが、即効性のある痒み油を股間の全面に吹き付けられた白象は、たちまちに耐えられない痒みのもどかしさに襲われただろう。

 しかも、白象の股間は、毎日の習慣として、もどかしい痒みが続くように貞操帯の内側には、しっかりと痒み汁をまぶしている。

 そこを新たな痒み剤とともに刺激されるのはたまらないと思う。

 だが、白象は平静を装って蔡福人との会話を続けている。

 さすがは、魔王というところだろう。

 

 しかし、小白香は、母者である白象の顔に浮かんだ激しい焦りと微かな被虐酔いの色に忍び笑いをしてしまった。

 一度、触手の分泌液を股間全体に吹き付けられてしまえば、後は、刺激を与えられない限り、その痒みが癒されることはない。

 何事もないように、白象は蔡福人との会話を続けているが、それがどこまで続けられるのか見物というものだ。

 小白香は、声を殺して喉の奥で笑った。

 

 母者の魔王としての仕事の大半は、こうやって白象宮にやってくる多くの部族長などと面談をすることだ。

 それは単なる挨拶を受けるという場合もあるが、今日の場合のように、彼らの抱えている問題への介入や宮廷府に対する陳情の場合も多い。

 

 しかしながら、魔王である白象が、それを判断する必要はない。

 眼の前の蔡福人のように、宮廷府に対する用向きがあったときは、宰相である百眼女(ひゃくがんじょ)が事前に判断して裁いている。

 優秀な百眼女は、前もってほかの大臣や部下と協議し、宮廷府としてなんらかの対処をすると判断した事項についてしか魔王との面談を取り取りつがないのだ。

 従って、白象がなにかの判断を求められることなど滅多にない。

 だから、魔王である母者は、ただ、こういった陳情者の話に頷くだけだ。

 まともに話など聞く必要もない。

 

 もっとも、いま母者は、蔡福人の会話の半分も耳には入っていないだろう。

 腰をしきりにもじもじと動かすのは、激しい掻痒感を耐えるのがもう難しくなっているからに違いない。

 しかし、広い謁見の間の中央付近にいる蔡福人には、その白象の変化はわかりようがないはずだ。

 だが、すぐそばにいる小白香だけにわかる動きだが、白象の脚の震えが大きくなった。

 ほんの少しずつだが、白象の貞操帯の繊毛は少量ずつの分泌液を吐き出し続けている。

 じわじわとうごめきながら……。

 

 分泌液が肌に触れることによって引き起こる掻痒感は、その分泌液の量に比例して拡大する。

 つまり、白象を苦しめている股間の痒みは、だんだんと激しくなっているということだ。

 そして、それは小白香が道術を解放するまで、癒されることはない……。

 しかも、あるかないか程度の刺激を加えられる……。

 被虐体質に染まっている白象には堪らないはずだ。

 

 ちらりと白象が恨めしそうな視線を小白香に向けた。

 そのあいだも、白象は握っている玉座の肘掛けを握ったり離したりしている。

 少しもじっとしていられないだろう。

 もちろん、少しもじっとしていないという点では、丈の長い下袍に包まれている白象の太腿も同じだ。

 女魔王の白象は、こういった宮廷外の部族長などとの謁見のときでも、あるいは、臣下との会合などのときでも、貧乏揺すりをするようにしきりに内腿を擦り合わせるのを常としている。

 

 白象の部下たちは、その仕草を単純な癖だと思っているかもしれない。

 だが、その癖が実は二年前から始まったことなど、当の昔に忘れ去ってしまっているだろう。

 白象の貧乏揺すりの真の理由は、ひそかに装着させている小白香特性の貞操帯のためなのだが、これは白象と小白香だけの秘密である。

 しかし、いくら擦り合わせたところで、あらゆる外部からの刺激を遮断してしまう貞操帯は、どんな刺激も白象には与えない。

 狂いそうな痒みが襲われている股間の痒みを癒してくれるのは、小白香の道術だけなのだ。

 白象の腰の動きがだんだんと大きくなるのを確認しつつ、小白香は、右手に隠している弾力性のある黒色の球体を二度三度と強く握った。

 

「あっ」

 

 隣の玉座に腰掛けている白象が悲鳴をあげかけて、あわてて唇を噛みしめた。

 その顔がみるみる真っ赤になる。

 玉座の肘掛けに置かれた両手がぐっと強く握りしめられたのがわかった。

 同時にわずかに白象の背が弓なりに反りかえった。

 

「母者、どうかしたのか?」

 

 小白香はわざとらしく声をかけた。

 

「な、なんでもない……。は、話を続けよう、蔡福人……」

 

 白象は必死に声を噛み殺しているような仕草で、そっとすがるような視線を小白香に向けた。

 しかし、小白香は、素知らぬ顔をして、さらに球に道術を込める。

 白象の貞操帯の内側に生えている無数の短い触手が、小白香が握っている球体に与える刺激に応じて、白象の股間全体を触手の先で舐めるように動きだしたはずだ。

 痒みで追い詰められていた股間を触手の先で刺激される快感は、息も停止するほどの甘美感だろう。

 白象の大きな乳房がぶるぶると揺れ、閉じ合せている下袍の中の膝も震えだした。

 白象の脚が力を失うように開き、慌てたように閉じ合される。

 そして、それがまた、開くというようなことが繰り返しだした。

 

 すでに眼は虚ろだ。

 それでも、蔡福人との会話に淀みを感じさせないのはさすがだと思った。

 そして、やっぱり、この白象魔王こそ、筋金入りの被虐好きの変態女なのだと小白香は思った。

 白象に履かせている貞操帯の触手は、ほかにも球体に与える刺激の与え方や小白香の道術によって、肉芽、女陰、肛門の一部だけを責めたり、触手の一部を太くして二穴責めにもできる。

 その刺激の強さも小白香の自儘だ。与える痒みもいくらでも調整できる。

 いまは、ぎりぎりのところを見極めて、白象を責めたてている。

 もちろん、小白香は、母者である白象が、どこまで耐えられるのかを知り尽くしている。

 

 小白香にとっては、痒みにしろ、焦らしにしろ、白象が我慢できる寸前のところまで追いたて、そこから上がることも下がることもさせずに、留まらせることなど簡単だ。

 そうやって、限界まで長時間、白象をその状態にさせた挙句、最後の最後に発狂するほどの快感を与えるのだ。

 しかも、すでに母親の白象を上回る道術力を有している小白香は、白象が小白香の許可なく道術を使うことを封じている。

 この小白香の責めで、あの気儘で気性の荒かった白象は、実の娘の小白香の性奴隷になり果てた……。

 かつて白象のものだった奴隷宮やその奴隷たちは、その支配者だった白象自身を含めて、いまや、小白香の所有物だ。

 

「い、いかが、なされましたかな、御前?」

 

 小白香の言葉で、頭をさげていた蔡福人がやっと白象に視線を向けた。

 だが、そのときには、白象の態度はさっきと変わらぬ平静を装ったものに戻っている。

 しかし、その顔の赤みとじわじわと噴き出ている額の汗は、白象の状態が普通ではないことを示していた。

 だが、小白香ほど白象の近くにはいないその老人には、白象の変化にはまだ気がつかないようだ。

 

 白象の玉座と小白香の腰掛ける副座の横に侍る女衛士は、さすがに、なにが起きているのかは察しているのだろうが、彼女たちは平然としている。

 このふたりに限らず、白象と小白香のそばに侍る者については、小白香の道術が支配しており、小白香が白象に対してなにをするのを眼の前で見ても、それを自覚することは絶対にできない。

 

 だが、実の母親である白象魔王は、ひとり娘の小白香の性奴隷──。

 それは事実だ──。

 

 しかし、実の母親であり、三魔王のひとりでもある白象が、すでに娘の小白香から道術を支配されており、性奴隷のように調教されているという事実は、宰相の百眼女でさえも知らないことなのだ……。

 

 そして、小白香は、それを公表するつもりもない。

 しばらくは、白象には、これまで通りに三魔王の片割れとして、気儘で強い女魔王の演技を続けてもらうつもりだ。

 

「……な、なるほど……しかしながら、西の塩田の開発には、予想以上の資金が必要かもしれんということか……はあっ……」

 

 白象が蔡福人に語っている。

 しかし、その白象の股間では、小白香の作った触手の繊毛が意地悪く白象の股間の性感帯を苛んでいるだろう。

 白象の肉芽を包む貞操帯の内側の触手がくすぐるようにうごめき、淫らに振動を与えながら女陰や肛門に入り込んで振動して、白象の肉の感覚を狂わせているはずだ。

 じわじわと神経を焼き尽くすような痒みを与える分泌液を撒き散らしながら……。

 

 だが、さすがに時間をかけて責め続けると、白象も声を出すのを我慢できなくなる。

 小白香はそれを見極めて、母者の白象が声を耐えられなくなるぎりぎりのところで刺激を停止してやった。

 白象ががくりと脱力したような仕草をした。

 

 だが、すぐに歯を喰いしばるようにして、姿勢を戻す。

 刺激を復活させたからだ。

 小白香は、その必死さが面白くて懸命に横で笑いを我慢した。

 

 その健気な姿には、二年前までの我が儘で冷酷な女魔王の面影はない。

 かつては、白象魔王の気儘と冷酷さは、三魔王軍の中でも有名だった。

 いまは、以前に比べれば、やや影を潜めてきたとも言われていたが、三魔王の中で、白象がもっとも扱いにくく、冷酷だという評判に変化はない。

 

 二年前に母娘の立場が密かに逆転してからも、白象には対外的には以前と変わらぬ我が儘魔王の態度をとらせていたからだ。

 表向きには、冷酷だった奴隷への扱いも変化させてはいない。

 白象の奴隷宮は、三魔王の中の奴隷宮で、もっとも非道な扱いを与えるということで有名であり、その評価にも変化はない。

 変わったのは、白象の奴隷宮が、いつの間にか“掻痒(そうよう)城”と称されるようになったことだ。

 一年ほど前頃からのことであり、それは、白象の奴隷宮の事実上の支配を小白香がするようになったことに関係がある。

 

 いずれにしても、表向きには、まだ白象は、男には興味を抱かず、性の関心は女だけであり、しかも、女を嗜虐により責め苛んで愉悦に耽る変態だということになっている。

 だが、実際にはは、この白象はすでに娘の小白香の調教によりすっかりと被虐の虜になってしまっている小白香の奴隷女だ。

 冷酷だと悪名高い白象を、その娘の自分が、こうやって好きなようにいたぶって嗜虐し、それに逆らうこともできずに母者の白象が小白香の与える責めに酔う……。

 

 世の中にこれ程に愉しいことがあるだろうか……。

 小白香は、再び刺激を中断した。

 かすかだが、汗にまみれている白象ががくりと身体を脱力させる。

 

「ほう……。塩の畠を西に拡げたとな。それは重畳──」

 

「実際に生産を軌道に乗せるには半年は必要かと思いますが、来年頃からは、納められる岩塩の量も倍になるとも見積もられますし、その質も……」

 

 蔡福人の報告に、白象はにこにこと必死に微笑んで頷いている。

 小白香は、触手をしばらく静止したまま放置しておいてから、球体を刺激して、もたもや触手貞操帯の責めを復活させた。

 あっという間に白象の顔に悲痛な表情が浮かびあがった。

 

 そうやって、会談のあいだずっと、触手を動かしたり静止したりを繰り返して白象を翻弄してやった。

 白象の顔が女魔王としての顔から、すっかりと淫情に耽る雌の表情に変わっていくのかはっきりとわかった。

 

 面談が半刻(約三十分)というところで、小白香は白象側の肘掛けを指で軽く鳴らした。

 それが合図だ。

 小白香がこれをするまで、部族長との面談を終わってはならないと白象に命令してあった。

 さもなければ、白象は、痒みと触手の責めに耐えられずに、あっという間に蔡福人を追い出して、小白香に痒みを解放してくれと哀願をするに違いないのだ。

 

「……きゅ、宮廷からの資金援助については、宰相に申し伝えておく……。く、詳しいことを話すとよい……」

 

 すぐに、白象が早口で言った。

 

「待て、蔡福人殿──」

 

 初めて小白香は口を出した。

 

「なにか、小白香王女殿下?」

 

 蔡福人が顔をあげた。

 こいつからすれば、白象の娘の小白香がこの会談に口を挟むということを考えていなかったはずだ。

 声をかけられたことに、少しだけ意外な表情をしている。

 

「塩の谷の部族長には、わらわと年端の同じ孫娘がおったな……。万姫(ばんき)という名であったと思う。今度は一緒に連れて来てはくれぬか? 承知の通り、この宮廷には、わらわと同じ年齢の者はほとんどおらぬのだ。奴隷は別だがな──。だから、たまには普通の娘のような会話もしてみたいのじゃ。是非、一緒に連れて来ておくれ」

 

 小白香は言った。

 蔡福人は思わぬ小白香の申し出に破顔した。

 塩の谷の部落といえば、部族の中では大きなものに入るのであろうが、三魔王軍を支配する魔王族と一族のひとりに個人的な繋がりができるなど望外の悦びであろう。

 

 小白香は、白象魔王のひとり娘だ。

 白象宮の間違いのない後継者というだけではなく、金凰魔王、青獅子魔王にもまだ後継者となる子がないので、この小白香が魔王族の次の世代の唯一の存在なのだ。

 その小白香と個人的な繋がりができるというのは、彼らの一族にとって、得にこそなれ、損となることはない。

 

「もったいないお言葉──。必ず、近いうちに連れて参ります」

 

 蔡福人が言った。

 

「それは嬉しい──。是非とも、半月でも一箇月でも、白象宮に滞在してくれると嬉しい。わらわの友達になってくれと伝えておくれ」

 

 小白香は言った。

 もちろん、小白香の狙いは、その万姫を友にすることではない。

 小白香と同じ歳の万姫の美しさは、遠いこの宮廷府でも伝え聞いていた。それを飼い馴らしてみたい。

 そして、お気に入りの貞操帯を装着させて、小白香の玩具に……。

 

 これで、蔡福人との会見は終わりだ。

 蔡福人が退出の挨拶をして退がっていく。

 

「ふう……」

 

 謁見場から蔡福人がいなくなると白象が大きく吐息をして、玉座に体重を預けるようにした。

 触手はいまは静止している状態だ。

 

「あ、相変わらずの容赦のない責めね……、小白香……」

 

 白象が恨めしそうに小白香に視線を向けて微笑んだ。完全に被虐酔いしている淫らな女の顔がそこにあった。

 

「まだまだ、こんなものじゃ、終わらんぞ、母者──。今日は、一日、わらわも、この下らぬ母者の仕事に付き合うのじゃ。そのあいだ、母者もわらわの悪戯に付き合ってもらう……。せいぜい耐えて女魔王としての威厳を保ち続けて、わらわに見本を示しておくれ。頼むぞ、母者」

 

「そ、そんな……」

 

 白象の顔が被虐に歪んだ。

 しかし、小白香は、それを無視して手に持っている球体に道術を込めた。

 

「ひうっ」

 

 白象が声をあげた。

 再び、白象に履かせている貞操帯の触手が活発に動き出したのだ。白象が淫らに震えはじめる。

 しかし、少し動かしただけでとめてしまう。

 痒みに苛まれているときに、ほんの少しだけ刺激してから、すぐにそれを取りあげてしまう……。

 これが効くのだ。

 下手に刺激されたことで、白象には狂うような掻痒感しか残らないはずだ。

 

「ねえ、小白香、もっと、奥をいじってよ──」

 

 ついに、白象が我を忘れたように叫んだ。

 この謁見の間にいるすべての衛兵が、小白香の道術に支配されていて、完全に小白香の言いなりであることを白象は知っている。

 それでも、普段の白象であれば、衛兵の前ではしたない言葉は使わない。

 

 いまでこそ、白象は、小白香に完全屈伏した女魔王だが、二年前まで、この白象宮の完全な支配者だったのだ。

 その自負が、小白香の人形になったかつての部下たちの前で、娘の小白香に恥ずかしい哀願をすることを躊躇わせていたはずだ。

 しかし、その衛兵の前で哀願の言葉を叫んでしまうほど、今日の責めはかなりつらいのだろう。

 いまの白象は、これ以上の責めには、寸時も耐えられないという感じだ。

 

 その理由も明白だ。

 白象を悩ましている貞操帯は、小白香の気まぐれによって、すでに五日間外していない。

 だから、この五日間、一度も癒されることがない痒み責めで、白象は完全に追い詰められているのだ。

 それが白象の普段の耐性を奪ってしまっているに違いない。

 

 本来であれば、一日に一回程度は、貞操帯を外して自慰をしていい時間を与える。

 だが、今回は五日間も嵌めっぱなしだ。

 この状態で耐えられないような痒みを与えれば、さすがに白象であろうと、すでに発狂しているとは思うが、小白香はそんなに優しくはない。

 耐えられるぎりぎりの痒み責めをしている。

 だから、狂うこともできない。

 もっとも、とても眠れはしないのだろう。

 よく見れば化粧で隠してはいるが、目の下にくまができている。

 かなり、ぎりぎりなのかもしれない。

 

「仮にもわらわは、実の娘ぞ──。その娘に奥をいじれなど、恥ずかしくはないのか、母者?」

 

 小白香は笑った、

 

「そんなことを言われても……」

 

 白象は痒みの苦痛に顔を歪めた。その表情に、残酷な列女とも称されて怖れられたかつての女魔王の面影はない。

 

「そんなにつらいか、母者? さっきから、こつこつと靴で床を鳴らす音がずっと続くようじゃが、足はどうかしたのか?」

 

 小白香は意地悪く言った。

 

「ああ……。わかっているでしょう……。ま、股が痒いのよ。もう五日も奉仕奴隷を貸してもらっていないのよ。もう狂いそうよ──。痒くて、痒くて……痒くて、もう仕方がないのよ──。お、お願いよ。いい加減に許してよ──。わ、悪かったから──」

 

「なにが悪かったのじゃ、母者?」

 

 小白香は惚けた。

 

「い、意地悪はやめて、小白香──。あなたに無断で、宝玄仙を金凰大王単独のものにするという兄さまの申し出に同意して申し訳なかったわよ──。で、でも、それがなんだというのよ──。その代わりに急遽、沙那という宝玄仙の供の女を呼んだわ。あ、あと、あなたが気に入りそうな人間族の童女も……。あ、ああ……。ま、股が痒い──。もう、助けて──」

 

 白象が泣くような声をあげた。








 *

 この白象宮のエピソードについては、単なる痒み責めではなく、足癬(あしせん)(水虫)責めに特化したヴァージョンも準備しています。
 以前、別サイトで投稿していたときは、そちらを掲載していました。
 読者を選ぶため、再投稿にあたって、直していくつもりですが、初期稿も投稿してます。
 勇気のある方は、そちらにもどうぞ……。


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526 痒み姫と奉仕奴隷

「い、意地悪はやめて、小白香──。あなたに無断で、宝玄仙を金凰大王単独のものにするという兄さまの申し出に同意して申し訳なかったわよ──。で、でも、それがなんだというのよ──。その代わりに急遽、沙那という宝玄仙の供の女を呼んだわ。あ、あと、あなたが気に入りそうな人間族の童女も……。あ、ああ……。ま、股が痒い──。もう、助けて──」

 

「痒くても我慢するのじゃな、母者──。母者は、鬼も泣かすと称された二大王こと、白象魔王であろう。こんなわらわの与える痒み責めなど、涼しい顔で耐えて、わらわに王者としての見本を見せてもらわねば困るのう」

 

 小白香はうそぶいた。

 

「だ、だって、我慢できないのよ──。だ、だったら、道術を解放してよ──。もう、今日は、この貞操帯を脱がして──。あ、あなたに逆らわない。わたしはあなたの奴隷よ──。盟約の誓いだって結んでいるじゃない」

 

 白象は悲鳴のような声をあげた。

 盟約の誓いというのは、道術遣い同士が結ぶ絶対の誓いだ。

 魂の誓いでもあるので、お互いの霊力が強ければ強いほど、解除することができない絶対の誓いになる。

 単なる操り術とは効果が異なる。

 お互いの道術力が桁外れに高い白象と小白香のあいだの盟約の誓いともなれば、それこそ、絶対に解除できない呪いのようなのものだ。

 だが、痒み責めで発狂寸前まで追い込み、白象に娘の小白香に対して絶対服従の誓いを盟約でさせてから、すでに二年が経つ。

 だから、白象は小白香になにをされても逆らえない。

 逃げることも、助けを求めることもできない。

 ただ、苛められるだけだ。

 小白香は、込みあがる笑いで喉を鳴らした。

 

「くくく、心配いない。わらわの掻痒の術は天下一流よ。わらわが加減せんでも、勝手に母者が我慢できるぎりぎりまでしか痒みを強くせん。耐えられない痒みを放置すれば狂ってしまうからな。そんな優しさは与えんわ。母者にはまだまだ傀儡の魔王として働いてもらわねば困る」

 

「ああ、で、でも耐えられないわ。お願い――。貞操帯を外して。自慰をさせて――。それとも奉仕人形を貸して――」

 

 白象が泣き叫んだ。

 

「こらっ、母者。いくら、わらわの術がかかって、部下どもに認識できんとはいっても、ちょつとは慎まんか」

 

 小白香は嘲笑った。

 いずれにしても、特別な魔物の革でできている小白香の作った貞操帯は、考えられる限りの複雑な術式が刻んであり、しかも、小白香よりも霊力が低い白象には外すことなど不可能だ。

 しかも、面白いことに、あれは、小白香と、嵌められている白象以外には感知できない。

 侍女たちが白象の裸体を見たところで、なにも身に着けていない全裸に見えるだけだ。

 触ってすらも問題はない。

 肌に同化するように貼りついている。

 それでいて、白象はどんな手段であっても、貞操帯の内側に指でも道具でも到達させることはできないし、あらゆる外部の刺激を遮断する結界を施している。

 

 それに加えて、相手に痒みの感覚を与える掻痒(そうよう)術については、なによりも絶対の自信を小白香は持っている。

 外すことのできない貞操帯に加えて、痒み責め……。

 どんなに腿を擦り合わせようとも、絶対に痒みは消せない。

 この責めを仕掛けられたら最後、どんな強靭な精神の持ち主でも、耐えられない痒みにのたうち回ってしまう。

 絶対に最後には屈服する。

 そして、その痒みを癒してもらうために、どんなものでも犠牲にしようとする。

 そうやって、小白香の奴隷に成りさがるのだ。

 実際に、小白香は相手の痒みの感覚を道術として操ることで、母親の白象を罠にかけて陥れ、白象宮の事実上の支配権を奪ってやった。

 

 小白香が、痒みを操る道術を手に入れるきっかけは、幼い時期の特殊な執着によるものだった。

 最初は、単なる快楽に対する興味だ。

 好奇心といってもいい。

 いまにして思うと、あれこそが小白香が覚えた最初の自慰行為だったのかもしれない。

 幼いころから小白香は、なぜか痒みというものに興味があった。

 

 痒みが好きなのではなく、痒みが癒されるときの気持ちよさが大好きだったのだ。

 しかし、その気持ちよさを味わうには、長く強烈な痒みを味わい続ける必要もある。

 耐えられない痒みの向こう側にある快感……。

 それは幼かった小白香をなぜか夢中にさせた。

 小白香が『痒み』の探究に夢中になりだしたのは、まだ五歳くらいの頃だったと思う。

 

 痒みを得るためにわざと虫に刺されたり、草に肌をかぶれさせたりするようになった。

 最初にそれをやったときには、乳母が見つけて驚いてやめさせた。

 それ以来、小白香は、虫や草などの小白香の肌を侵す可能性のあるすべてのものから遠ざけられてしまった。

 だが、痒みの快楽を取りあげられたことによって、小白香の痒みへの渇望は一層強いものになった。

 やがて、小白香は、取りあげられた虫刺されや草のかぶれに代わる、新しい痒みの手段を見つけた。

 それが痒みを操る「掻痒術」だ。

 

 白象宮の中にある図書庫の中で、古今東西の知識を集めるうちに、小白香は、痒みと痛みの本質を知った。

 痛みであろうと、痒みであろうと、それは人体を守るための自己防衛機能であり、頭の中で不快感を作ることにより、身体を損なう危険から本人を遠ざけようとさせる作用らしい。

 だから、痛みも痒みも、実は毒や虫が作っているのではなく、あくまでも危険を遠ざけるための自己防衛機能であり、実は不快感を作っているのは本人の頭なのだ。

 また、痒みとは、痛みを限りなく小さくしたものであり、その根っこは同じものだ。

 だから、痛みの感覚を極小にすれば、それは痒みに通じる。

 しかも、頭の中にある身体への働きかけを操作すれば、容易に痛みでも痒みでも人体に注ぎ込むことができる。

 掻痒術とは、操り術の延長である。

 これが掻痒術の本質だ。

 そして、別の書物には、放置される痒みの苦しみは、死にまさる苦しみと記してあった。

 

 痒みの苦痛……。

 

 痒みの快感……。

 

 限界を超えた痒みの向こう側にある快感……。

 

 それらは、まさに小白香が探し求めているもののような気がした。

 小白香は、さらにほかの書物を調べ、肉体の感覚を操る道術について研究し、やがて、肉体のあらゆる場所に自在に引き起こせる痒みを発生させることが道術でできるようになった。

 

 その掻痒術を得て、さっそく自分自身に道術を実際にかけてみた。

 簡単だった。

 小白香が掻痒術の場所に選んだのは足の裏だ。

 普段は隠れているし、着替えのときでも、侍女などに見られることはない。

 やってみたら、猛烈な痒みが足の裏に襲い掛かってきた。

 道術による掻痒病の素晴らしいのは、虫や草やあるいは、山芋などの痒み成分の材料がなくても、痒みを肉体に引き起こすことができることだ。

 小白香は、数刻どころか、幾日も自分に掻痒術を掛けっぱなしにして、限界まで追い詰めてから痒みを癒すということで得られる快楽をむさぼった。

 まさに、最高の快感だった。

 小白香は、それに病みつきになった。

 八歳のときだったと思う。

 

 同時に、この時期に小白香の道術は急激に成長してもいた。

 だからこそ、掻痒術という術を極めることが可能になったのだろう。

 それは自分でも驚くほどであり、母者であって三魔王のひとりに数えられる白象に匹敵する霊気が集められるようになり、ほかにも、さまざまな道術が急に遣えるようになったのだ。

 その道術は、掻痒術の探求と痒み責めの快感を極めることに非常に役にたった。

 

 しかし、痒みの探求をしていることを隠したい小白香は、まだ幼い自分が母親に匹敵するほどの道術力があることを誰にも教えなかった。

 それどころか、ほかのどんな道術もうまく扱えないように振る舞った。

 小白香の霊気は、自分でも途方もないと思った自分の霊気を隠すこともできたのだ。

 

 それはひとえに、痒みの快感を追い求めるためだ。

 霊気が高く、道術力に秀でいていることがばれれば、それをおかしなことに遣っていることがわかるだろうと思ったのだ。

 すべては、痒みの与える快感のため……。

 そうやって、小白香の痒みへの探求は続いた。

 誰にも知られることなく……。

 

 そして、小白香と白象の関係が変わったのも、その十歳のときだった。

 それ以前は、この白象の気儘と自分勝手さは、彼女の部下や離宮に飼う女奴隷たちばかりではなく、娘の小白香にも向けられていた。

 特に、白象の持ち前の嗜虐癖については、周りの者を閉口させるほど激しく、度を越したものだった。

 そして、あのとき、事もあろうに、白象はわずか十歳の小白香の破瓜を伯父の金凰(きんおう)魔王にさせようとしたのだ。

 そのときの白象の行為に、金凰魔王がどれだけ関わっていたかはわからない。

 

 しかし、小白香は、その企みを事前に知って激怒した。

 だから、母親の白象を逆に道術で捕え、小白香の道術の支配に逆らえない性奴隷のような立場にしてやったのだ。

 八歳のときは、道術に関しては、白象と同等と思っていたが、十歳になった当時では、自分の道術力が遥かに白象を上回っているのを知っていた。

 だが、それをひた隠しにしていたので、母親の白象でさえも、その事実を知らなかったのだ。

 小白香の真の道術力については、いまでも白象以外の誰も知らないことだ。

 

 そのとき、白象を陥れたときの罠もこの掻痒術だった。

 脱ぐことのできない編み上げの靴を準備し、それを母親の白象を騙して履かせたのだ。

 いきなり貞操帯を嵌めさせようとすれば失敗するに決まっている。

 だが、靴なら油断する。

 案の定、すり替えていた靴に気がつかずに、白象は小白香の準備した霊具の靴を履いた。

 

 靴が脱げなくなったとき、白象は、それが小白香の道術だということはすぐにわかったようだったが、それが自分の道術で破れないことに激しい当惑と焦燥に陥った。

 激怒した白象は、小白香を怒鳴りあげて、道術を解除するように命令したが、小白香はそれを無視した。

 そして、掻痒術によって、靴の中の足の裏に激しい痒みを与えてやった。

 

 小白香と異なり、女魔王の白象は、痒み責めに対する耐性が皆無だった。

 しかも、道術を刻もうとして霊気を集めると、自動的に足の裏の痒みが倍増するようにした。

 足の裏を激しい痒みに襲われたままでは、白象は道術を刻むことができなくなり、白象は簡単に小白香の道術の支配下に陥った。

 小白香は、実の母親の白象から道術を奪ってやったのだ。

 

 道術を奪った白象を小白香は徹底的な痒み責めの拷問にかけた。

 足の痒みを癒してやることなく、股間に痒みをうつしたのだ。

 まずは、いまも嵌めさせている貞操帯を装着させた。

 誰にも探知できず、それでいて外部との刺激を遮断し、しかも、貞操帯の内側には、痒み汁をまき散らす触手がびっしりと生えているという小白香特性の拷問具だ。

 もちろん、それは拷問だけのことではない。

 母親の白象に、小白香は、あの壮絶な痒みの向こう側にある途方もない快感を教えたかったのだ。

 

 それを行うために、小白香は、白象を奴隷宮と称されていた離宮に一箇月のあいだ監禁した。

 気儘な白象が、一時的に政務を放棄して、離宮に籠ることは珍しいことではなかったので、それだけの期間、離宮に閉じ込めても、宰相以下で怪しむ者はなかった。

 また、離宮にもいる召使いや家人や衛兵は、小白香の強力な道術で操り、離宮の中で起きていることについて、外に漏らすことができないようにした。

 白象は監禁された部屋で、靴と貞操帯だけの姿でひたすらにのたうちまわった。

 

 そうやって、一箇月間がすぎた。

 その間、小白香は、白象に強烈な痒みを股間や尻穴や足に与え続けた。

 一片でも小白香に逆らう素振りを示せば、幾日でも放置した。

 そして、白象は完全に小白香に屈伏した。

 

 白象の道術を完全に支配し、小白香が解放しなければ、道術を遣うことができないようにもしてやった。

 それ以来、小白香は、こうやって実の母親である白象の霊気を支配し、白象に小白香による痒み調教を受けさせている。

 小白香は、母親であり、三魔王のひとりである白象を支配する立場になったのだ。

 

 それから二年……。

 白象は完全に小白香の痒み奴隷のひとりだ。

 

 すでに娘に堕とされて、痒み奴隷として調教されているという事実を白象自身が兄の金凰魔王あたりに打ち明けて、助けを求めでもすれば事情も変わるかもしれないが、自意識の高い白象が自分からそんな恥を兄弟に晒すわけがない。

 この二年、小白香は、表向きには、白象にこれまでと変わらない気儘で冷酷な女魔王として振る舞わせつつ、実際は、陰で調教を続けて、被虐の性癖を剝き出しにしてやった。

 

 その結果、白象は、すっかりと小白香の施す嗜虐の虜になってしまった。

 いまでは、娘に調教されるという狂おしいほどの屈辱と苦痛が、途方のない快感と悦びにもなっているはずだ。

 もう白象には、この関係を崩そうという性根も消えてしまっているに違いない。

 

「ね、ねえ、小白果、後生だから、股を掻きむしらせて──。股が死にそうに痒いのよ──」

 

「母者だけが痒いのではないわ。わらわも痒い。お互いに我慢しようではないか……」

 

 小白果も自分のサンダルを床に擦りながら応じた。

 痒みの快感は、小白香の性癖でもあるので、小白香は常に自分自身にも掻痒術をかけている。

 場所は足の裏だ。

 白象のように、股ぐらに掻痒術を掛けてしまえば、他人に搔いてもらうには、自分の股を晒さなければならない。

 そんなみっともないこともできないので、小白香は自分については、足の裏を痒み責めの場所に使っている。

 

 それはともかく、小白香も自分にかけた足の裏の掻痒をずっと癒していない。

 最後に足を掻いてから、一日以上は経っているだろう。。

 このサンダルも霊具だ。

 うっかりと小白果が足をなにかで擦ってしまい、限界点に達する以前に足に刺激を与えないように、両足を小さな結界に包ませている。

 いまも、骨まで染みるような痒みが足の裏や足の指から爆発している。

 

「だ、だって……」

 

 白象は泣くような声をあげている。

 

「母者、まあ、我慢はするもんじゃ。後で、じっくりと満足させてやるからな」

 

 小白香は、ほんの少しだけ股間の触手を動かしてやった。

 

「うっ」

 

 白象が電撃にでも当てられたように身体を震わせた。

 しかし、すぐに小白香はその動きを静止させてしまった。

 こんな少しの刺激だけでは、却って掻痒感が拡大するだけだ。白象はつらいに違いない。

 

「くううっ……。そ、そんな、もっと──。もっとよ──。意地悪しないで、小白香──」

 

 白象が呻き声のようなものをあげて身体を悶えさせた。

 その白象の苦しみの姿を見ていると、少し意地悪をしたくなった。

 これだけ痒みにうめく白象の前で、これ見よがしに足を掻いてやれば、どんな反応をするか知りたくなったのだ。

 

「それよりも、わらわも足が痒い──。衛士──。母者の次の謁見の前に裏に待機させておる今日の当番奴隷を入れよ。足を掻かせる」

 

 小白香は、故意に横の白象を無視するような態度で背後の衛士に声をかけた。

 操り術によって虚ろな表情の衛士が裏に下がっていく。

 そして、すぐに、下半身に美しい宝石の装飾付きの貞操帯を身につけた女奴隷がやってきた。上位には侍女服を身につけさせてはいるが……。

 

 奉仕奴隷の新蓮(しんれん)だ。

 もともとは、白象の筆頭護衛隊長であり、歳は二十五くらいのはずだ。犬族の美しい女だ。

 しかし、二年前に、小白香が、白象から事実上の宮廷の支配権を取りあげたとき、ひとりだけその事実に気がつき、小賢しくも小白香を諌めようとしたので、小白香の奉仕奴隷にしてやったのだ。

 いまでは、あのときの白象に対する忠誠心など完全な消滅している。

 小白香の奉仕奴隷のひとりだ。

 

 白象宮の奉仕奴隷の特徴は、上半身は魔王宮で働く侍女服で、下半身については裸体に貞操帯だけという破廉恥な格好だ。

 特に、この新蓮については、惨めさが拡大するように、高位侍女用に仕立てている最高級品の上衣を身につけさせている。

 臍までの丈しかないが……。

 

 また、貞操帯については、白象に履かせているものとは異なり、秘匿機能はついていないので、誰に目にも貞操帯は映る。

 痒み汁を吐く触手もない。

 完全に股間に対する刺激を遮断してしまう機能だけだ。

 だが、これを装着されると、小白香の道術で外すことを許されるか、道術で刺激を与えられるしか、痒みの苦痛を癒す方法はなくなるという点は同じである。

 もっとも、そもそも調教の実感を味わわせるために、白象などには痒み汁などを使っているが、小白香の掻痒術は、術を掛けられた本人の頭の中で発生しているものなので、ぬぐおうと洗おうと擦ろうと、痒みが癒せないようにもでき、貞操帯などなくてもその気になれば、痒みが消えることはなくできるのだが、まあ、ほかにも機能に工夫したので、奴隷の管理には重宝して使っている。

 

 たとえば、糞尿については、もよおせば、貞操帯を嵌めたまま、大便や小便を移動術で自動的に飛ばすように術を掛けている。

 無論、その機能は一時的に解除することもできる。

 そのときには、大便どころか小便でさえも洩らすことは不可能になる。

 十日でも、一箇月でも、尿意や便意を放置して苦しめることもできる。

 ほかにも、さまざまな機能がある。

 それでいて、清潔も保てるように処置しているし、おかしな皮膚病にもならないし、肌が荒れることもない。おそらく、一生貞操帯を嵌めたままでも、問題はないはずだ。

 この新蓮など、もう二年も貞操帯を外していないが、少なくとも病気にはなっていない。

 随分と口調も態度も変わったので、すでに気は触れてしまっているかもしれないが……。

 

「ま、参りました、小白香様──。ど、どうか、お慈悲を……わたくしの股にお慈悲をお与えください──」

 

 新蓮が小白香の座る副座の前にひれ伏した。

 新蓮が“お慈悲”と言っているのは、小白香の気紛れで与える貞操帯の内側への刺激のことだ。

 奉仕奴隷たちは、小白香の道術によらなければ、股間の痒みが癒されないので、それを“お慈悲”と呼んでいる。

 

 小白香の奉仕奴隷は、いま十数名いるが、彼女たちは数日に一度与えられる小白香の“お慈悲”を競い合って奪い合う。

 小白香の痒みをうまく癒せない奉仕奴隷は、痒みを癒されることができずに狂い死にするしかないからだ。

 

 四六時中、股間の痒みに襲われ続けて、ほとんどその痒みを癒す手段を与えられずに放置されることで、彼女たちはいつしか一切の思考力がなくなってしまい、もう、小白香に痒みを癒してもらうことしか、考えられなくなっているのだ。

 それが奉仕奴隷の末路だ。

 

 新蓮も、元の主人である白象には目もくれない。

 いまや、新蓮には、小白香がすべてなのだ。

 小白香の慈悲が欲しくて、必死の形相で小白香に血走った視線を向けている。

 

「……わらわの足の裏を掻け。気持ちがよければ、お前の股間に褒美をやろうぞ。だが、大したものでなければ、それきりだ。もしかしたら、もう、呼び出してやらんかもしれんぞ」

 

「そ、そんな……。一生懸命に務めますから──。お慈悲をお願いします。お慈悲を──」

 

 小白香は、返事の代わりに自分が履いているサンダルを脱いで、まずは右足の裏を新蓮に突きつけた。

 痒みの向こうにある快感が素晴らしい……。

 とにかく、耐えに耐え、苦しみに苦しみ、どうしても耐えられなくなったときに、奉仕奴隷その痒い場所を掻かせることによって得られる快感は、本当にこの世のものとは思えないほどの気持ちよさなのだ。

 その痒みが堪らなくなった場所を指で掻くことが、奉仕奴隷の役目なのだ。

 

「掻かせていただきます──。ありがとうございます──」

 

 新蓮は、小白香が突き出した右足の足首を自分の左腕に乗せて、右の人差し指で足の裏を爪で掻き始めた。

 新蓮の手には、左右一本ずつの指しかない。

 奉仕奴隷の役目は、小白香の痒みの場所を掻くことだ。

 だから、人差し指以外の指は不要だ。

 従ってほかの指は切断してしまった。

 

「おおおっ……。き、気持ちいい……」

 

 狂うような痒みが爪で引っ掛かれて癒される快感に、小白香の全身はがくがくと身体を震わせた。

 この途方もない快感にまさるものはない。

 この気持ちよさこそ、この世で最高の愉悦だ。

 

「そこ、そこ、そこだ。その足の指のあいだを掻きむしってくれ……。ほおおっ──。き、気持ちいい──。はあああっ」

 

 耐えられないほどに苦しかった痒みが消失する……。

 目の前が白くなるほどの快感が全身を貫く……。

 

 まるで飛翔しているようだ……。

 これがあればいい……。

 

 ほかにはなんにもいらない……。

 小白香は心からそう思った。

 

 小白香は、しばらくの間、うなされたように身をよじっては、声をあげて新蓮の指を十二分にも味わい尽くした。

 

「なかなかのものだったぞ、新蓮……」

 

 左右の足の裏をたっぷりと時間をかけて新蓮に掻かせると、小白香は奉仕の終わりを告げる言葉を新蓮にかけた。

 役目が終わり、頭を床につけたままの新蓮の貞操帯の内側に、小白香は激痛を与える道術をかけた。

 奉仕奴隷が痒みを癒せるのは、小白香の慈悲で痒みを癒してもらえるこの瞬間だけだ。

 彼女たちは、小白香にその痒みが癒されることだけを目的にして、いまは、掻痒城と呼ばれることが多くなった離宮で生きているのだ。

 

「はひいいっ──。あ、ありがとうございます──ふぎいいっ──」

 

 股間に走る激痛に、新蓮はまるで淫行で昇天したような声をあげて身体を震わせた。

 

「わ、わたしにもお願いよ、小白香──。わたしだって、もう五日も貞操帯を嵌められたままなのよ──。もう、痒くて狂いそうよ──。お願いよ──。その奉仕奴隷を貸してよ」

 

 新蓮が股間の痒みから解放された悦びに打ち震えると、それを見守っていた白象が、耐えられなくなったかのように声をあげた。

 新蓮が小白香の痒み奴隷の二号だとすれば、第一号は母者の白象だ。

 小白香の慈悲によらなければ、痒み地獄から解放されないという点では、この白象魔王も哀れな奉仕奴隷と同じ境遇なのだ。

 

 もっとも、小白香は、さすがに魔王である白象については、小白香と同程度には痒みから解放させて痒みを癒させてはいる。

 だが、この五日については、この白象にはまったく股間に刺激を与えてはいない。

 その痒みについても、白象はもう狂いそうな苦しみを味わい続けているはずだ。

 

 しかし、小白香は、その白象の訴えを黙殺した。

 小白香が合図をすると、新蓮は小白香だけに一礼をして退出していく。

 あれほどの忠誠心を示した、かつての主人である白象を見事なほどに無視したその割り切った新蓮の態度には、小白香も苦笑してしまう。

 

「ま、ま、待って──。ああっ──。も、もう、気が狂いそう──。痒みをほぐして──。わたしが悪かったと言っているじゃないの──」

 

 白象が頭をかきむしった。

 

「……母者、これは罰だと申し渡したはずだ……。わらわに断わりもなく、宝玄仙とかいう人間の美女の権利を放棄したであろう。わらわは、人間族の美女が家畜になって、三魔王の持ち周りになると耳にして、その美女を掻痒剤で狂わせるのを愉しみにしておったのだぞ──。それなのに、なんで勝手に白象宮は必要ないと回答したのじゃ──?」

 

 小白香は言った。

 

「だ、だって、政事については、わたしの自由にしてもいいと言ったはずよ──。そもそも、宝玄仙という雌畜の捕獲は金凰の発案で……」

 

「黙るのじゃ、母者──。確かに、政事にはわらわは口を出さぬ──。しかし、この宮廷の奴隷については、すべてがわらわの管轄なのじゃ。だから、宝玄仙という奴隷の扱いについては母者は、わらわに相談する必要があったのじゃ──。それを断わるとは──。とにかく、そのことについては、わらわはまだ怒っておる。その怒りが収まるまで、しばらくは、母者の股間の痒みを癒してやる気にはなれん」

 

 小白香ははっきりと言った。

 白象の顔が哀れに歪んだ。

 宝玄仙という人間族の道術遣いを魔法石の雌畜にしようという企てについては、小白香も事前に承知していた。

 人間族の中でも美女中の美女とも聞いていたし、かなりの気の強い女だという話だったから、その女を痒み責めにして、苦しめるのを愉しみにしていた。

 

 だが、その宝玄仙については、白象宮については来ることはなく、金凰魔王預かりということになったようだ。

 確かに、宝玄仙についての情報を持ってきたのは金凰魔王らしいが、軍兵については青獅子魔王が出し、軍資金については実は白象宮から出ている。

 だったら、宝玄仙の扱いも三等分であるべきだ。

 それがなんで、金凰宮で独占なのだ。

 理不尽だ。

 

 もっとも、宝玄仙という雌畜が作る魔法石については、しっかり三等分ということにはなったみたいだ。

 魔法石というのは、亜人にとっても、魔物にとっても、特別な力を得ることができる不思議な作用を及ぼすものであり、途方もなく三魔王の力を向上させるはずだ。

 そのための雌畜化の処置のことなので、奴隷の話ではなく政事の範疇だと判断したと白象は言い訳をしたが、小白香には、そんなことはどうでもよかった。

 小白香は、魔法石ではなく、宝玄仙という人間族の高位魔道遣いに興味があったのだ。

 そいつを掻痒術で調教したかったのだ。

 

 だいたい、いくら三等分とはいっても、雌畜そのものを握っている金凰宮が一番の利益を得るのは明白だ。

 白象が昔から兄の金凰魔王に弱く、なにか言えば、金凰魔王の機嫌を伺うように行動することを小白香は気がついていた。

 今回のことも、金凰魔王の強い申し出に逆らえずに、白象は宝玄仙に関して、特に要求らしい要求をすることなく、金凰宮の提案に唯々諾々と同意したのだ。

 しかし、すっかりと小白香に屈伏してしまった白象が、金凰魔王が関与すると、小白香に断わることなく、あっさりと金凰に従ってしまうことが気に入らない。

 

 それで今回は、罰として痒みの癒しをしばらくとりあげて、白象を苦しめることにした。

 これで金凰魔王と小白香とどちらに従うべきか、白象もわかるというものだ。

 

 それにしても、どうして、あの白象は兄の金凰魔王にだけは頭があがらないだろうか。

 いまの白象はともかく、かつての白象は、自分勝手で気が強く、かなりの我が儘だった。

 それがなぜか金凰魔王にだけは、昔から言いなりに近かった。

 そもそも、小白香が白象と立場を逆転することになったきっかけも、実の娘の小白香を金凰魔王に抱かせようとしたのが発端だ。

 

 白象と金凰魔王のあいだには、兄妹であるということのほかに、なにかの事情でもあるのだろうか……?

 そんなことを思ったりもした。

 

「そ、そのことなんだけど、小白香──。宝玄仙については悪かったと思っているわ。その代わりに、沙那という宝玄仙の供がこの白象宮にやってくるわ──。それに、青獅子からは、三魔王合意だと思っていた宝玄仙の処置について、わたしが不同意だったことを知らなかった侘びとして、獅駝の城郭から人間族の童女を一緒に送るとも言ってきたわ。それで堪忍してよ」

 

 白象が媚を売るような口調で言った。

 

「人間族の童女?」

 

「そ、そうよ──。貴族の娘だそうよ。歳は十歳──。可愛い娘だということよ。あなたの痒み奴隷にすればいい。沙那だって、気の強さについては、宝玄仙以上だということらしいわよ──。それもあげる──。だから──」

 

 白象が必死に訴えている。

 眼の前で小白香が足の裏の痒みを癒し、奉仕奴隷の新蓮も股間の痒みをほぐすことを許された。

 それで、五日間も痒みに耐え続けている苦しさを思い出してしまったのだろう。白象は必死の表情だ。

 

「へえ、人間族の貴族の娘? いいところの一族?」

 

「きょ、興味を持った? 雪蘭(せつらん)という名だそうよ。もちろん一流どころの家柄よ」

 

 白象が言った。

 小白香は頷いた。

 貴族の娘だということは、痛みにも痒みにも耐性など皆無に違いない。

 その無垢な身体に貞操帯を装着さえて、痒み責めにすれば、その娘は泣き狂うに違いない。

 おそらく、いい痒み奴隷になるだろう。

 

 それに、もうひとりの宝玄仙以上に気の強い女というのも面白そうだ。

 そういう女が、小白香の痒み責めで牙を抜かれ、抵抗の気を失っていく様子を眺めるのは愉しいものだ。

 

 考えてみれば、かつての白象がそうだった。

 あの気の強かった母者の白象の道術を支配し、徹底的な痒み責めによって屈服させていく過程は本当に面白かった。

 

 雪蘭に、沙那か……。

 

 確かに強い興味が湧いた。

 それなら、調教の期間が制限される持ち周りの宝玄仙よりも、そのふたりの方がいいかもしれない。

 

「ふうん……。まあ、愉しそうじゃな。だったら、許してあげてもよいぞ、母者──。そのふたりをわらわが自由にしていいなら、股間を掻く奉仕奴隷を今晩でも母者にも貸してやろう──。気が済むまで痒みを癒すがよいぞ、母者」

 

 小白香は言った。

 白象が破顔した。

 

「だが、それは今日の謁見の予定がすべて終わってからじゃ──。まだ、その触手貞操帯の責めは始まったばかりだしのう」

 

 小白香は笑った。

 

「そ、そんな──」

 

 白象が声をあげた、一瞬だが、白象はいまの苦しみから解放されることを想像したに違いない。

 それがまだ先のこととわかり、白象は本当に悲痛な表情になった。

 

「その代わり、一時的にだが、貞操帯越しに手を触れることを許してやるぞ。この場で、下袍を脱いでその上に膝立ちになるのじゃ。その恰好であれば、自慰をするように股間を指で触れられるようにしてやろう、母者」

 

 白象は一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに玉座からおりて、下袍の留め具を外して、下半身を貞操帯だけの姿になった。

 そして、下袍を床に敷き、膝立ちになる。

 本当に、そんな格好で自慰をするとは思わなかったので、少しだけ小白香はびっくりした。

 しかも、感知できないはずとはいえ、周りには衛兵だっている。

 だが、白象はすぐに貞操帯の上から自分の股間を激しく擦りだした。

 

「ああっ、ほおおおお、き、きもじいいいい」

 

 甲高い声をあげて白象が悶えだした。

 それくらい、股間の痒みも切羽詰ったものだったのだろう。

 

「次の謁見者を入れよ──」

 

 意地悪く呼び出し係に声をかけた。

 小白香の術にかけられている係の兵は、白象がなにをやっていても、小白香の言葉を優先する。

 余計なことなど考えない。

 係は、小白香の指示によって、次の面会者の入室を促す掛け声をあげた。

 

 白象が悲鳴をあげて、自慰を中断して床の下袍をはき直し出した。

 あまりに慌てたので、うまく下袍に脚が入れられずに、白象は下袍を履きかけたまま、ころりと転がった。

 その滑稽な姿に小白香は、腹を抱えて笑ってしまった。



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527 掻痒城の洗礼

「降りる準備をしなさい──」

 

 檻車の外からかけられた声は、獅駝(しだ)の城郭で沙那を護送車に乗せた青獅子軍の兵のものではなかった。

 女の声だ。

 しかも、いかにも亜人兵らしいきびきびとした口調である。

 そのことから、沙那はどうやら目的地の白象宮に到着したのだと悟った。

 

 白象魔王は女魔王であり、その奴隷宮に集められているのは、白象が嗜虐的な性欲を解消させるための女奴隷だけだという。

 女魔王の性の対象は同性の女らしい。

 だから、それを管理するのが、女兵士であるというのは十分に予想された。

 

「おねえさん……」

 

 不安そうな声が檻車の薄闇の中に響いた。

 獅駝の城郭から沙那と一緒に、白象の女奴隷として移送されてきた雪蘭(せつらん)という少女だ。

 驚くことにまだ十歳だという。

 こんな年端もいかない娘を性奴隷にしようという亜人たちの人非人ぶりには怒りも沸くが、いまの沙那にはどうにもならない。

 助けられるものなら助けてやりたいが、雪蘭を連れて逃亡するどころか、沙那ひとりの逃亡の機会も得ることができないでいるのだ。

 

 移送を開始した直後は、まずはこの檻車を壊して、移動中に抜け出すことはできないものかと考えた。

 檻車の中では、沙那は拘束を解かれていたし、獅駝の城郭を抜け出した直後らしき頃から、沙那の筋力を奪っていた手首と足首の革帯の効果が消滅して身体に力が戻っていた。

 また、檻車にいるのは沙那と雪蘭だけで、見張り役の存在はいなかった。

 

 しかし、檻車に入る扉には鍵がかかっているし、壁は金属製で沙那の力では、どうにもできなかった。

 天井には小さな明り取りの小窓があったが、大きさは手のひら程度であり、試してはみたが、網まであって逃亡の役には立たなかった。

 ほかには、檻車の扉の下に小さな小窓があるが、その小窓は外からものを入れられる引き出しにはなっていて、そこから外には、手を出せない構造になっているだけだ。

 

 自力で檻車から抜け出すことが不可能だと悟ると、沙那が次に考えたのは、移動の途中で移送に当たる亜人兵が、沙那をなんらかの目的で檻車の外に出すときの隙だ。

 一番あり得そうなのは、亜人兵が沙那を犯すことだった。

 わずか十歳の雪蘭に一人前の男の亜人兵が手を出すとは考えにくかったので、彼らが移送の女囚を犯すとすれば、間違いなく沙那だと思った。

 

 しかし、移送のあいだ、亜人兵は、ただの一度も沙那や雪蘭を檻車の外には出さなかった。

 沙那と雪蘭が檻車に入れられたときに閉じられた金属の扉は、ついに一度も開かれることはなかったのだ。

 

 また、檻車を出入りする亜人兵も結局いなかった。

 移動のあいだは、食事は閉鎖された扉の真下にある引き出しを通じて、決まった量の水と粗末な食べ物が定期的に放り込まれるだけだった。

 檻車の端には糞尿をするための蓋つきの壺もあり、それに用を足すようになっていた。

 食事とともに与えられる水筒の水で、汚れた身体を拭くこともできるが、その汚れ水もその壺に入れるのだ。

 そして、その壺は霊具であり、蓋をしておけば、いつの間にか、中に入れた汚物が消滅してしまうようになっていた。

 すなわち、糞尿も檻車で壺の中にして、その壺を外に出す必要もないので、声をかけて亜人兵を檻車に呼ぶ機会もないということだ。

 言い換えれば、全く隙のようなものを発見することはできなかった。

 

 結局、なんの隙も見出すこともできないまま、目的地に到着してしまったみたいだ。

 あるいは、白象宮に送られる移送中こそ、逃亡の機会がやって来るかもしれないと期待していただけに、なにもできないまま目的地に到着してしまったのは、かなり沙那を失望させていた。

 

「大丈夫と言ってあげることはできないわ……。でも、機会を待つのよ──。絶対に生き延びて、竜飛(りゅうひ)国に戻りましょう、雪蘭……。希望が見つからなくても、それを求めることをやめては駄目よ」

 

 沙那は雪蘭に声をかけた。

 

「は、はい……」

 

 雪蘭の震えたような声がした。

 見るからに怯えているのがわかる。

 沙那は嘆息した。

 無理もない。

 

 雪蘭は、どうやら獅駝の城郭で暮らしていたかなり裕福な貴族の娘だったらしい。

 それは雪蘭が身に着けていた服からもわかる。

 身に着けていたものは、かなり汚れてはいたが材質のよい薄桃色の上衣と、同じ色の膝下までの丈の下袍だ。

 下着もよいものを着ているようだった。

 

 一方、衣類については、沙那もやっと全裸状態からは解放されていた。

 移送されるにあたり、粗末なものだが、灰色の袖のない上衣と膝上の下袍を渡されていたのだ。

 それだけではなく、下袍の下にはく下着も与えられた。

 やっと、人間らしい扱いを受けた気分だ。

 とにかく、獅駝の城郭で監禁されてからは、春分と秋分の姉妹から公開調教を受け続けていた日々のあいだも含めて、ほとんど裸身のままだったのだ。

 それに比べれば、護送中の方が扱いはよかった。

 

 檻車の中で、雪蘭は多くを語らなかったが、彼女の両親は亜人たちから、かなり酷い殺され方をしたようだ。

 そして、その心の痛手から立ち直る間もないうちに、こうやって白象という女魔王の性奴隷になるために、沙那とともに檻車に入れられて移送されることになったらしい。

 沙那とともにこの檻車に入れられたとき、雪蘭も青獅子軍の亜人兵から、白象という女魔王の性奴隷になるのだと何度もからかわれていたから、自分の運命が亜人の魔王の慰み者となることはわかっているだろう。

 からかわれるたびに、薛蘭は悲しそうな顔で困惑顔を見せていた。

 

 ただ、この雪蘭は、その意味するところはあまり理解していないと思う。

 沙那は、檻車の中で意気消沈している雪蘭を慰めながら、なんとなく、雪蘭に性的な知識や経験がどのくらいあるのか問うてみた。

 その結果は、やはり、雪蘭は十歳相応の知識と経験しかなく、性的なことの体験は皆無であるということだ。

 まだ、初潮も迎えておらず、その意味では、雪蘭は「女」ではなく「子供」だ。

 ましてや、女同士の性の営みなど、想像もできない感じだ。

 もっとも、白象という女魔王が、このまだ初潮も迎えていない童女をどう扱うつもりなのかわからない。

 

 いずれにしても、この年端もいかない雪蘭が、それなりに苛酷な目に遭って、こうして亜人たちの国に連れてこられたというのだけは理解した。

 しかし、沙那には希望を捨てるなという言葉をかけることしかできない。

 そして、この先に、その希望があるのかどうかも、いまの沙那には判断することはできないでいた。

 

「これを受け取りな──」

 

 檻車の外から声がした。

 続いて、閉じられている檻車の扉の下にある引き出しになにかが放り入れられた物音がした。

 引き出しを開けると、入っていたのは金属の手錠だ。

 それが二組ある。

 

「受け取ったわ」

 

 沙那は、扉の向こう側の女に怒鳴った。

 

「雪蘭という童女がいただろう──。それをふたつとも渡せ。沙那については両手を背中に回すんだ。そして、その童女に自分の両手首に手錠かけさせな」

 

 外の女が言った。

 沙那はふたつの手錠を雪蘭に渡して、雪蘭に向かって背中を向けた。

 そして、両手を背中に回す。

 そうしながら、沙那は、注意深く天井の明り取りに視線を向けた。

 どう考えても、檻車の中を覗いているとすれば、そこしかないが視線のようなものは感じない。

 外の人間が檻車の中を伺っている様子もない。

 道術のようなもので見張られている気配もない。

 

 沙那は試してみることにした。

 雪蘭が命令に従って、まずは沙那の片側の手首に手錠をかけた。

 そして、繋がったもう片方を反対の手首にかけようとしたとき、さっと手を動かして、その枷に沙那の手首を入れないまま、自分の手のひらに握ってしまったのだ。

 つまり、両手は後ろには回してはいるが、沙那はただ自分で背中に手をやっているだけで拘束はさせないようにしたのだ。

 背中側の雪蘭が強張ったように動きをとめたのがわかった。

 

「終わったわ」

 

 しかし、沙那は雪蘭がなにかの反応をする前に外に声をかけた。

 

「じゃあ、次は雪蘭だ。お前は前手錠でいい。自分の手首にかけろ」

 

 外の女性兵が言った。

 雪蘭は当惑したようしていたが、沙那が後ろを振り返って小さく頷くと、そのまま自分の手首に手錠をかけた。

 

「お、おわりました……」

 

 雪蘭が声をあげた。

 

「じゃあ、まずは、沙那からだ。外に出て来い──」

 

 金属が弾ける音がして、檻車の扉ががらがらと開き、眩しい陽の光が檻車に射し込んでくる。

 暗がりに慣れていた目に、急に眩しい光が当たったことで眼がくらんだ。

 しかし、眼が慣れてくると、檻車の外に十人ほどの女兵士が並び、その背後に宏壮で大きな屋敷があるのが見えた。

 あの建物が白象の奴隷宮なのだろう。

 

 眼の前に並ぶのは、わずか女が十人──。

 沙那はとっさに思考を巡らせた。

 その十人に隙はないし、それなりの遣い手だということは構えだけでわかる。

 しかし、構えている得物は全員が剣だ。

 弓矢のようなものはないようだから、包囲から脱してしまえば、駆け続けることで逃げられないことはないかもしれない。

 

 奴隷宮の周りはどうなっているのだろうか……?

 沙那は後ろに手をやったまま、檻車を降りる梯子の前に立った。

 横目で周囲を探る。

 

 檻車は、正面に見える屋敷の中庭のような場所に停まっているのだということが、それでわかった。

 中庭の周囲は、高い塀で囲まれているようだ。

 その外がどうなっているかは、いまここでは、わかりようもない。

 

 これでは、前の女兵士から剣を奪って、一時的に逃亡できたとしても、塀の外に出ることはほぼ不可能だろう。

 また、なんとか塀の向こうに逃亡することができたとしても、そこは、大きな白象宮という一連の敷地内である可能性が大きい。

 

 もちろん、逃亡の隙を考えるにあたって、雪蘭のことは無視している。

 ただの人間族の非力な童女である彼女を連れて、この白象宮から脱出し、その追手を振り切って逃亡を成功させることなど、どう考えても不可能だ。

 可哀そうだが、沙那の計算には、最初から雪蘭を連れて逃げることは入っていない。

 ただ、雪蘭のことを除いても、ここは自重すべき時だと思った。

 沙那はいまここで逃亡を図ることを諦めた。

 

 後ろ手のまま、手のひらに握ったままだった嵌っていない枷に手首を入れる。

 しかし、枷が閉じ切らないように、巧みに手をずらせている。

 また、その部分が背中側にくるように腕を捻って隠した。

 それを背に密着させる。

 これでよく見なければ、ちゃんと後手の手錠が嵌っているように見えるだろう。

 それだけではなく、上から簡単に触るだけでは、手錠がしっかりと両方の手首に食い込んでいるようにも思えてしまうはずだ。

 沙那は梯子を降りて、剣を構える女兵士たちの前に降りた。

 追うように雪蘭も梯子を降りてくる。

 沙那も雪蘭も素足だ。

 おりた場所は石畳の上だったが、陽射しがあり冷たくはなかった。

 

「そうやって、大人しくしていれば、白象陛下にきっと気に入られるさ。眼の前の建物が、これからお前たちが暮らすことになる白象陛下の私生活の場所である離宮だ──。奴隷宮ともいうけどね」

 

 沙那の眼の前に座った女が笑いながら言った。

 軍装からその女は将校だということがわかる。

 その女将校は、ほかの女兵士に命じて、沙那の首に首輪をかけさせた。

 後ろの雪蘭も同じように鎖付きの首輪を嵌められている。

 

 首輪には長い鎖が繋がっている。

 女兵士のひとりが鎖を強く引っ張った。

 首を強く引っ張られた沙那は体勢を崩したが、すぐに姿勢を整えて大人しく鎖が曳かれる方向に歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと痛いわよ。口で言ってくれれば、ちゃんと歩くわよ。そんなに引っ張らないで」

 

 沙那は、歩きながら文句を言った。

 それに応じる者はなかった。

 

 やがて、屋敷の前に到着した。

 眼の前には、その屋敷の扉らしきものがある。

 しかし、屋敷の扉だと思っていたのは、ただの壁に描かれた模様だった。

 沙那と雪蘭は、なぜか屋敷の壁の前に立たされ、その壁にあった金具に首輪についた鎖を繋げられた。

 雪蘭もまた、沙那の隣に同じように首輪の鎖を壁に装着される。

 

「じゃあ、わたしたちはここまでよ──。ここから先は、奴隷宮の者しか入れないのわ……。じゃあ、元気でね。二度と会うこともないだろうけど……」

 

 女将校が言った。

 その瞬間、はらわたを抉るような感覚が襲った。

 道術──?

 

「きゃっ──」

 

 雪蘭の小さな悲鳴が聞こえた。

 これは『移動術』だと沙那は思った。

 道術遣いが管理する奴隷施設などには、あえて、出入り口を作らず、道術でしか出入りできない仕組みになっているものもある。

 奴隷や囚人を監禁するには都合がいいからだ。

 道術でしか出入りできなければ、道術の扱えない奴隷は逃亡が不可能になる。

 

 いずれにしても、これは『結界罠』のようなものだろう。

 さっきの壁の外に立てば、屋敷の中のどこかに転送される仕組みだったに違いない。

 

 一瞬して視界が変化した。

 四隅を石壁に囲まれている窓のない牢を思わせる場所に着いた。

 部屋は明るい。

 天井が光っていてそれが光源になっている。

 沙那は、雪蘭とともに、その壁のひとつに首輪に繋がった鎖を繋げられて立っていた。

 部屋の中にはなにもなく、壁と天井に囲まれたただの空間だ。

 

「こ、ここどこ? な、なんで──。ど、どうしたの、いま──?」

 

 雪蘭が怯えた声で騒ぎ始めた。

 

「落ち着くのよ、雪蘭──。ただの道術よ。わたしたちは、道術で、さっき眼の前にあった壁の前から、屋敷の中に跳ばされたのよ」

 

「道術?」

 

 雪蘭が当惑した口調で言った。

 この子は獅駝の城郭でずっと暮らしてきたというから、道術に面したのは初めてなのかもしれない。

 それにしても……。

 

 沙那は、この部屋に漂う違和感に眉をひそめた。

 この部屋に立ち込めている香りにだ。

 なにか強い甘みを思わせるような匂い……。

 

「えっ……」

 

 はっとした。

 この香りに似たものを何度も味わったことがある気がする……。

 おそらく媚薬……。

 もしかして、この部屋は媚香がたちこめている部屋……?

 

「せ、雪蘭──」

 

「は、はい」

 

 沙那の突然の大声に、雪蘭がびくりと身体を反応させた。

 だが、なんと言っていいかわからずに、言葉を詰まらせた。

 もしも、ここにたちこめている風が媚香だとしても、息をとめろと警告することもできない。

 呼吸はとめるわけにはいかないので、どうしても媚香の影響は受けるしかない。

 どうすれば……。

 

「くっ」

 

 沙那は急に膝が脱力しそうになり、慌てて足に力を入れて自分を支えた。

 やっぱり、媚薬……?

 沙那はかっと身体が熱くなり、意識が朦朧とする感じが襲ってきた。

 間違いない──。

 媚香を使った意地悪は何度も宝玄仙によってされているので、この感じは間違いない。

 それに、床には薄い絨毯のようなものが敷き詰められているのだが、素足の沙那にはそこがはっきりと湿っているのを感じる。

 また、調度品のようなものは一切なにもない。

 がらんとした部屋だ。

 武器になりそうなものどころか、なにもない部屋だ。

 そのとき、突然目の前の壁から霧状の液体が噴出した。

 

「ひゃあああ」

 

 雪蘭が悲鳴をあげた。

 

「な、なによ、これ──」

 

 沙那も声をあげた。

 前の壁からだけではない。四方の壁のすべてから水滴のようなものが噴出されている。

 床からもだ。天井からも──。

 

 この部屋のあらゆる場所から勢いのある水滴が噴き出して、沙那と雪蘭の全身を濡らしている。

 それはしばらく続いた。

 やがて、突然にぴたりととまった。

 だが、沙那も雪蘭も全身がずぶ濡れになってしまっている。

 服の下の下着を含めてすべてだ。

 

「よく来たな、奴隷たち──。歓迎するぞ」

 

 不意に背中から声がした。

 女の声だが、大人の声ではない。

 

 同時に壁に繋がっていた首輪の鎖が消滅した。

 沙那が振り返ると、そこに椅子があり、純白の長い髪をした少女がたったひとりで椅子に座っていた。

 さっきまでなにもなかったら、椅子と少女は、道術で出現したのだろう。

 

 その少女の髪は白髪といっても、老人のそれではない。

 艶のある光り輝くような若々しい白髪だ。

 どちらかというと白よりは白銀という感じだ。

 年齢は、雪蘭よりも少し大きいくらいかもしれない。

 胸の膨らみもあり、大人の女性としての体型を得ようとしている年齢のようだ。

 それに比べれば、雪蘭は子供の身体からまだ成長していない。

 また、身に着けているものはかなり豪華だ。

 装飾具も高価そうなものだし、ただの世話係という雰囲気ではない。

 顔立ちは可愛らしいのだが、沙那たちに向けている薄笑いと蔑みのような表情は、なんとなく彼女の傲慢さや気位の高さを表している気がした。

 

「誰?」

 

 沙那は、後手のまま振り返った。

 

「ここの支配者である白象魔王のひとり娘の小白香(しょうはくか)だ。母者の許しを得て、わらわがお前たちの調教をすることになった。よろしく頼むぞ──」

 

 小白香と名乗った少女が言った。

 

「あんたがわたしたちの調教を?」

 

 沙那は眉をひそめた。

 まだ、少女ではないか──。

 

「そうじゃ、沙那──。まずは、お前たちをどういう扱いにするか、ここで見極めることになる。この奴隷宮には、三種類の奴隷がおる。ひとつは痒み奴隷──。主にわらわの母者の性の相手を務める女たちじゃ。この奴隷宮の管理に関わる一切の仕事もする。つまりは召使いだ。痒み攻めの洗礼は受けてもらうがな。残りの二種類は、奉仕奴隷と実験奴隷だ。これはわらわが管理する。お前たちは、そのどれにしようかのう……」

 

「痒み奴隷に、奉仕奴隷に、実験奴隷?」

 

 その奇妙な言葉に沙那は首を傾げた。

 奉仕はともかく、実験奴隷って……。

 

「痒み奴隷は普通の性奴隷じゃな。そして、奉仕奴隷は、わらわや母者の痒い場所を痒みを癒す。つまりは、痒い場所を舌や指で掻くのが奉仕奴隷の役目じゃ」

 

 小白香が大きな声で笑った。

 痒み奴隷という奇妙な名の奴隷が普通って……。

 そして、奉仕奴隷は、痒い場所を掻く?

 なんだ、それ?

 沙那は鼻白んだ。

 

「じゃあ、実験奴隷というのはなによ?」

 

 とりあえず訊ねてみた。

 

「わらわの痒み研究の実験体だ。わらわは、痒みを極めるというのを趣味にしておってな。その実験体なのが実験奴隷だ。まあ、大抵は短い時間で狂い死にするから長くはもたん。最近の研究は足癬(あしせん)でな」

 

「足癬?」

 

 足癬というのは、もしかして足癬病のこと?

 確か、足の裏にかかる病気のことではなかっただろうか。

 足の指や足の裏など皮膚の角質やその下の組織に炎症などが起きる病気であり、足の裏に亀裂のようなものが走り、そこから汁が滲んだり、汁の詰まった水泡ができるのだ。

 その汁が強烈な痒みを与えるという症状だった気がするが……。

 

「究極の快感というのは、足癬でただれた痒みを我慢に我慢を重ねてから、指で搔くことだそうだ。さすがのわらわも、これだけは自ら実験体になる気にはなれんでな。それで、奴隷を回すことにしておる。ただ、どうにも臭くてな。それで、匂いがせん足癬の病を研究中だ。まあ、そのための人体実験の材料になるだけだ」

 

 小白香はなにが面白いのか、そう説明して、さらに笑い続けた。

 沙那は鼻白んだ。

 ここの白象魔王は、かなりの狂女だと檻車に乗り込む直前に、青獅子軍の亜人兵からからかわれたことを思い出した。

 その娘だけに、同じように狂った娘なのだろう。

 

「ところで、どうやって、ここに入ったの? ここには、出入り口がないけど」

 

「わらわの『移動術』に決まっておる……。ああ、そうか。お前たちは、霊気のない人間族だったな。だから、道術で出入りするというのは、あまり合点がいないのかもしれんのう……」

 

 小白香は言った。

 しかし、すでに沙那は動いていた。

 眼の前の白象の娘は、『移動術』が扱える──。

 それだけわかれば十分だ。

 

 沙那は小白香に向かって跳躍していた。

 小白香の眼が大きく見開いたのがわかった。

 

 しかし、そのときには、沙那が小白香の片手を掴んで、手枷がかかったふりをしていた手錠の片方をその小白香の右手首にかけていた。

 そのまま背後に回って、左腕で首を締めつける。

 

「道術をかける気配を感じたら、首をへし折るわよ──。わたしたちを道術で屋敷の外に出しなさい──。嘘じゃないわよ。わたしには、あんたが道術をかけようとする瞬間を察知することができるのよ」

 

 沙那は声を張りあげた。

 

「なるほど……。外の連中は、お前の手錠をちゃんとかけ損なったのだな。責任者には罰を与えんとなあ……。さしずめ、あの将校だな。確か、名は、右京(うきょう)だったかな……。あれの責任を追求して奴隷に落とすか……」

 

「余計なことを喋んじゃないわよ――」

 

 沙那は怒鳴った。

 だが、小白香という魔王の娘は、動じる様子もなく平然としている。

 

「……それは、いいとして、右京はどの身分の奴隷にするかのう? 実験台の痒み奴隷にするか……? それとも母者の奴隷にしてやるか? まあ、たまには母者にも女奴隷をあてがって、発散をさせんといかんしのう……。母者に回すか。四肢を切断して、舌奴隷にするのもいいのう」

 

 小白香が沙那の腕に首を締めつけられたまま言った。

 

「落ち着いているんじゃないわよ──。あんたの首の骨を折るなんて、あっという間よ──」

 

「それにしても、随分とこの部屋にたちこめている媚薬の風が効いているようだな。だが、これはもともとの身体が淫乱であればあるほど、効き目が早いのだぞ。お前は気だけは強そうだが、随分と敏感な身体をしているようだな。ますます、面白い」

 

「な、なんですって──。わたしが淫乱だとでも言うの──」

 

 怒鳴った。

 すると、小白香がせせら笑った。

 

「その証拠に、そっちの童女には大した変化はないであろう。この部屋は、連れて来られる女奴隷の性感度を見極める場所でもあるのだ。お前は淫乱だ」

 

 小白香が言った。

 沙那はかっとなる。

 ちょっとは他人よりも、感じやすい身体かもしれないけど、それもこれも、全部宝玄仙に躾けられたからだ。

 もともと、こんなに感じる性質じゃない──。

 いずれにしても、脅しが効いていないのであれば、効かせるようにするまでだ。

 小白香の首に回した腕をさらに締めつける。

 

「そ、そんなに締めるな……。く、苦しいぞ……」

 

 やっと小白香が苦しそうに顔を歪めた。

 

「だったら──」

 

 沙那はさらに怒鳴りあげようとしたが、その瞬間、突然に小白香が椅子ごといなくなった。

 沙那はその場に倒れ込んでしまった。

 とっさに手錠を見た。

 確かにその片方を小白香にかけたのだ。

 だが、沙那の手首にかけていた手錠も消滅している。

 

「おねえさん」

 

 雪蘭が声をあげた。

 ふと見ると、雪蘭の腕にかかっていた手錠もなくなっている。

 沙那と雪蘭を拘束していたものはなくなったが、また、この出口のない部屋にふたりきりになってしまった。

 

 沙那は歯噛みした。

 こんなに簡単に小白香が沙那から逃げ出せるとは思わなかったのだ。

 沙那は道術遣いではないが、気の動きから道術遣いなどが道術を遣おうとするのがわかるはずだった。

 しかし、小白香からはなにも感じなかったのだ。

 おそらく、霊気の動きを隠してしまう能力があるのだろう。

 それだと沙那も気の変化を感じ難くなるのだ。

 そういう技もあるとは知っていたが、霊気を隠すのはかなりの高等技術だと宝玄仙から教えてもらったことがあったので、小白香がそれができるとは予想しなかった。

 第一、あれくらいの少女だったら、沙那が本気で怒鳴れば、怯えて動けなくなると思ったのだ。

 

「……なかなか、元気があっていいぞ、沙那」

 

 不意に小白香の声がした。

 しかし、その姿はない。

 声だけを部屋の中に転送しているようだ。

 

「……だが、わらわの道術を見くびったな。子供だと思うて、甘く見たんだろうがのう。次からは、容赦なく最初に首を絞めて、気絶でもさせることだな」

 

 小白香の声が言った。

 沙那は舌打ちした。

 

「……次の機会があれば、そうするわ……」

 

 沙那は口惜しさを込めて言い返した。

 

「確かに次の機会があればな……。まあ、次に会うときには、お前たちは性根を入れ替えられて、かなり従順になっているとのは間違いない……。まあ、とりあえず、雪蘭は痒み奴隷にしてやろう。ただし、母者ではなく、わらわが飼うがな。沙那は奉仕奴隷だ。飽きれば実験奴隷として実験台に回す……。ところで、ちょっとした遊びをしようではないか」

 

 すると、声だけの小白香が言った。

 沙那は訝しんだ。

 

「はあ──? 遊び?」

 

「自分の腕を見るがいい、沙那」

 

 声が言った。

 沙那は腕を見回して、いつの間にか二の腕の真ん中に赤い線が入っているのを見つけた。

 しかも、両方の腕がそうなっている。

 

「おねえさん、あたしの手も……」

 

 雪蘭が怯えた口調で駆け寄って、沙那に両方の手を示した。

 彼女の指には、両方の人差し指以外の指の全部の根元に、沙那の二の腕と同じような赤い線が入っている。

 

「こ、これはなによ、小白香──?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「……それよりも、そろそろ、さっき濡れた薬水の効果が出始めているのではないか……? いつまでも、服などを着ておると、大変なことになるぞ。さっきの薬水は、直接に触れても効果はあるが、特に布越しに肌が濡れたりすると、薬の染み込み方が格段に違ってくる……。まあ、もう遅いがのう……」

 

 小白香の笑い声が部屋に響き渡る。

 

「薬水……?」

 

「服を脱いだ方がいいということだ」

 

 声が笑った。

 沙那は首を傾げた。

 しかし、すぐにどういう意味なのか理解した。

 濡れた全身からじわじわと甘い痒みが込みあがってきていたのだ。

 特に、乳房と股間がひどい。

 そこに痒さが集中している。

 

「か、かゆい──」

 

 雪蘭も声をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 さっきの水は、全身を痒くする効果があったのだ。

 沙那は焦った。

 

「きゃああああ──」

 

 そのとき、部屋に雪蘭の絶叫が響き渡った。

 

「どうしたの──?」

 

 沙那は叫んだ。

 雪蘭が悲鳴をあげ続けている。

 ふと見ると、右手の親指が根元から消滅している。

 

「……おうおう、注意を告げる前に、痒い部分に触ってしもうたのか。気をつけるがいいぞ、ふたりとも……。これから全身が痒くなるが、特に股間と乳首が痒くて仕方がなくなる。だが、手でその股間か乳房を触ったが最後、赤い線の部分の先が、一箇所ずつ消滅してしまうからな……」

 

「ど、どういうことよ――?」

 

「どういうこともなにもない。雪蘭は、あと七回で人差し指を除いた指がなくなり、沙那は二回で腕がなくなる──。その腕や指の赤い線は、そういう道術をかけた刻印だということだ。なにせ、奉仕奴隷には、わらわの痒い場所を掻く一本の指以外はいらん」

 

 小白香の声が不気味に部屋に響いた。

 沙那は絶句してしまった。

 すでに全身の痒みが刃のような鋭さで、全身に込みあがって来ていた。

 特に、服に接している場所が熱い。

 そして、下着で包まれている股間が……。

 

「どっちでもよいが、服を脱がんでよいのか? 忠告はしたぞ。濡れている場所はどんどんと痒くなるからな。とにかく、この部屋の水に触れんことだ。わらわの開発した痒み液じゃ。液薬に触れている場所は死に程痒くなるからな。指を失いたくなければ搔くなよ」

 

「あ、悪趣味よ──」

 

 沙那は声に向かって叫んだ。

 

「そうそう、これも言っておこう。床から染み出ている液体も同じ痒み液じゃ。足が死ぬほど痒くなるから、空中に浮かぶことができたらそうすることだ」

 

 さらに小白香の笑い声が響いた。

 沙那は目を見開いた。

 足元を見る。

 素足の足の裏は、じわじわと染み出る液薬に触れている。

 さっきから違和感があったが、意識をすると、そこからも猛烈な痒みが襲い掛かる。

 

「ふ、服を……服を脱ぐのよ、雪蘭──。下着もなにもかもすべて──。そして、それを足の下に──」

 

 沙那は慌てて悲鳴のような声をあげた。



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528 女魔王の狂った娘

「ふ、服を……服を脱ぐのよ、雪蘭──。下着もなにもかもすべて──」

 

 沙那はそう叫ぶとともに、自分の服を脱ぎ捨て始めた。

 確かに、布地の当たっている部分を猛烈な痒みが襲っている。

 服を脱がなければ、さらに痒みが大きくなることは間違いない。

 

 慌ただしく短い下袍の腰紐を解いて下袍を足元に落とす。

 続いて、急いで上着を脱ぎ捨てた。

 全身が焼けつくようだ。

 

 ただの水だと思っていたのは、媚薬成分というだけでなく、怖ろしい痒み効果のある薬剤だったのだ。

 小白香の声が言及したとおり、確かに服を着ていた部分から痛みのような痒みが湧き起こっている。

 しかも乳首の先と股間全体は、まるで骨まで染み込むような鋭い痒みだ。

 沙那は腰布の下着に手をかけた。

 下着を着たままでいることが痒みを引き起こしているのであれば、すぐに脱がなければ……。

 

「ひうっ」

 

 しかし、濡れた下着を脱ぐために腰から引きおろしたとき、指が股間に当たって、痒みに襲われている股間全体に刺激が加わった。

 腰の奥深くに沁み込むような疼きと快美感が込みあがる。

 

「うわあっ」

 

 その瞬間、右腕が二の腕の真ん中から消滅した。

 

「気をつけるのだぞ、ふたりとも──。あらゆる刺激は、自分で痒みを弄ったとわらわのかけた道術が判断してしまう。手で擦るどころか、脚で擦っても、腿を擦り合わせてもいかん。言っておくが、相手の痒い部分に触っても、自分の身体を掻いたとみなされてしまうぞ。床や壁に擦りつけるのもだめじゃ。とにかく、股間と乳首だけにはなにも触れるな」

 

 笑い声とともに部屋に愉しそうな小白香の声が響いた。

 沙那は肚が煮えくり返るような思いに襲われながらも、残った片手で腿に下がっていた下着を足元から抜く。

 

「かゆい……かゆい……、かゆいです、おねえさん──。ぎゃああ──。ま、また指が──」

 

 雪蘭のすすり泣くような声に続いて、絶叫が響いた。

 沙那は、雪蘭に視線を向けてびっくりした。

 雪蘭はまだ服を着たままだったのだ。

 そして、布の上から自分の胸と股間に手をやり、頭を激しく揺さぶって泣きじゃくっている。

 よく見ると、もう手の指が三本ずつに減っていた。

 

「ば、馬鹿──。服を脱げって言ったでしょう、雪蘭──。そ、それと両手を身体から離しなさい──」

 

 沙那は怒鳴りつけた。

 雪蘭は全身をびくりとさせて、怯えたような泣き顔を沙那に向ける。

 

「痒い部分を擦ったら指が消えるのよ──。わからないの──? それに、さっさと服を脱ぐのよ──。お前がまだ着たままの服が痒み剤を身体にさらに染み込ましているのよ──。腿を擦っても駄目──。脚を開きなさい──」

 

 沙那は雪蘭に駆け寄った。

 片手になった腕で、雪蘭の服を脱がせにかかる。

 沙那の怒鳴り声で、雪蘭が慌てて閉じていた脚を開き、股間と胸に置いていた手を離した。そして、服を脱ぎ出す。

 

「し、下着で股間を擦っちゃだめよ……。わ、わたしの腕もそれでなくなったんだから……」

 

 上衣に続いて下袍を脱ぎ去った雪蘭に沙那は言った。

 雪蘭の上衣の下には、中衣のような薄物があり、その下にさらに下着を身に着けている。

 しかも、やたらに留め具や紐があり、本当に脱がせにくい。

 なんでこんなに面倒なのだと舌打ちしながら、沙那は片手で一生懸命にそれらを解いていく。

 雪蘭もまた、痒い痒いとうめきながら、下着の紐を解いている。

 

 やっと、雪蘭を腰の布一枚だけにさせると、沙那は雪蘭に脚を少し開かせたまま、ゆっくりと腰布をおろさせた。

 沙那の場合は、このときに下着に手が当たって股間を布越しに擦ってしまったために、腕が一本消滅したのだ。

 

 雪蘭の裸身は、ほんの少し胸が膨らんでいる程度の完全な童女体型だ。

 乳首は小さく、それが少しだけ突き出ている。

 雪蘭の足先から下着を取り去った。

 

 亀裂が入っているだけの綺麗な雪蘭の股間が現われる。

 沙那は、雪蘭の裸身をちらりと見て、染みひとつない真っ白い肌というのは、雪蘭のような身体を称するのだろうと思った。

 大貴族の子供だというが、傷ひとつつかないように、大切に育てられたというのは、それだけでもわかる。

 雪蘭が下着を床に置くと、それを待っていたかのように、床に散らしていた沙那と雪蘭の服が消滅した。

 

「あっ、服が──」

 

 沙那は思わず声をあげてしまった。

 

「ならば、明日の朝に様子を見に来るぞ、ふたりとも……。それと、さっきも言った通りに、濡れた絨毯にはたっぷりと痒み液を充満させておるからな。特別に床に擦りつけて痒みを癒すのは許してやろう。まあ、その代わりに、たっぷりと皮膚に痒み液が染み込むのは間違いないからのう……」

 

「こ、この変態──」

 

 部屋に響く声に向かって、沙那は悪態を突く。

 肌をつけるなと言われても、ここは調度品などなにもない、ただのがらんどうの部屋だ。

 足の裏を絨毯から離す手段などない。

 唯一の方法かもしれなかった衣類を足の裏の下に敷くことは、たったいま、その衣類を部屋の外に転送させられることで消滅した。

 足癬病から逃れるためには、空中に浮かぶことくらいしか逃げ道はない。

 

「……せいぜい痒みを我慢することだ。床に足を擦りつけて完全に痒み液が肌に仕込み込めば素敵な贈り物をしてやろう。じゃあ、わらわはいく。仕事の失敗をした右京を母者と調教せねばならんしな……」

 

「ま、待ちなさい──。い、いえ、待って……待ってください、小白香様──。お願いです──。な、なんで、こんな酷いことをするのですか──? せ、せめて、雪蘭くらい、この部屋から出してください」

 

 沙那は必死で叫んだ。

 

「……さっきの薬水は、一刻(約一時間)に一度、すべての壁と天井と床から噴出される。逃げようとしても無駄だ。一回ごと、お前たちの全身が完全に濡れるまで薬水の噴出は続くからな。とにかく、その痒み液が肌から乾くことはないから安心せよ──」

 

「かゆい……かゆいわ……かゆい……もうだめえっ──」

 

 切羽詰った雪蘭の声がした。

 雪蘭が自分の胸と股間に手をやっている。

 とめようとしたが遅かった。

 股間と胸にやった手から雪蘭の指が一本ずつ消えて、親指と人差し指だけになっている。

 さすがに、雪蘭がぎょっとして自分の身体から手を離す。

 

「ほほほ……。残り一ずつだね、雪蘭──。だけど、お前の場合は、指が一本ずつ残るから、それで痒い場所を掻きむしっちゃうのう……。それだと面白くないから、指が一本ずつになったら、腕が後手に拘束されるようにあらかじめ道術をかけておくとするか……。じゃあ、つらいだろうけど、明日の朝まで頑張るのだぞ──。明日の朝になったら、雪蘭はまだ未通女であろうから、先ずはその股に痒み棒を咥えさせる練習じゃ──。沙那はいい痒み奴隷になるために、できるだけ痒みに耐性を作る特訓の開始だな」

 

 それで最後だった。

 それから沙那がいくら叫んでも、小白香の声は戻ってこなかった。

 沙那と雪蘭は、全身に痒み液をかけられ、足癬病の種の充満した絨毯を敷き詰めた部屋に放置されてしまった。

 

「せ、雪蘭、わ、わたしの足の上に足を乗せなさい──。わたしに抱きつくのよ」

 

 おろおろと泣くばかりの雪蘭に沙那は叫んだ。

 

 せめて、この雪蘭を怖ろしい足癬病から守ってやらなければと思ったのだ。

 いずれにしても、どう考えても、沙那がそれから逃れる手段はなさそうだ。

 沙那は、もう自分の足が病気に侵されるのは諦めた。

 

 雪蘭が部屋の真ん中にやや脚を開いて立つ沙那に駆け寄った。

 沙那の足の甲に雪蘭の両足が乗る。

 その雪蘭がぴったりと沙那の肌に自分の肌を押しつけた。

 雪蘭の肌は火のように熱かった。

 そして、少しも耐えられないのか、沙那の胸に頭を押しつけるようにして、激しく顔を揺さぶった。

 

「そ、そんなに動かさないで、ふうううっ──」

 

 沙那は片手で雪蘭の身体を支えながら悲鳴をあげた。

 雪蘭の頭は、ちょうど沙那の胸の辺りだ。

 彼女が頭を動かすと、痒みに侵されている沙那の胸が揺すられて刺激が走るのだ。

 

「ちょ、ちょっと、雪蘭……、あはああっ──」

 

 雪蘭の頭が沙那の乳首を擦ったのだ。激しい快感に沙那は悲鳴のような嬌声をあげて身体を震わせた。

 

「ひいいっ──ま、また指が──」

 

 雪蘭が沙那に抱きついていた片手を離して、自分の手を見た。

 その片手の指が人差し指だけになっている。

 沙那の乳首を刺激したために、道術が作動したようだ。

 

「と、とにかく、じっとして──。じっとできないかもしれないけど、じっとするのよ──」

 

 沙那にはもうそれしか言えない。

 雪蘭は頷いて、再び腕を沙那の背に回した。

 沙那と雪蘭は、ぴったりと裸身を寄せ合いながら部屋の真ん中に立った。

 両脚をつけている湿った絨毯には、たっぷりと痒み液が充満していると思うと、身の毛もよだつ思いだが、せめて雪蘭の足を守るためには、沙那が犠牲になるしかない。

 

 そうやって、沙那は雪蘭ととともに、腰骨を揺さぶるような痒みに襲われる裸身を小刻みに震わせながら抱き合った。

 

「お、おねえさん……か、かゆい──。も、もう、雪蘭はいっそ死にます。舌を噛んで、この苦しみからにげたい──。お父さんとお母さんのところに行きたいの──」

 

 雪蘭は泣きじゃくった。

 

「残酷なことを言うようだけど、舌を噛んで人間は死ねないわ──。すぐにここの亜人たちに治療されるだろうしね」

 

 舌を噛んで死ぬという話をよく耳にするが、舌を噛んで死ぬのはかなりの時間がかかることを沙那は知っていた。

 歯で切断した舌がうまく呼吸をする喉に詰まってくれれば、比較的短い時間で窒息死できるが、さもなければ、舌から流れる血で身体が弱まってゆっくりと死ぬのを待つしかない。

 おそらく、そんなことをしても、たちまちに、ここの亜人に助け出されてしまい死なせてももらえないだろう。

 

 それにしても痒い──。

 眼の前で痒い痒いとすすり泣く雪蘭にも腹が立ってくる。

 泣こうが喚こうが、痒みに変わりはないのだ。

 痒いとうめき続けられると、全身を蝕む痒みの沙那の苦悩がさらに増大するような感じになる。

 

「かゆい──かゆいです──」

 

 雪蘭は苦しそうに顔を動かして、腰をがくがくと揺すり続けている。

 やがて、自分の股間を沙那の腿に擦りつけるように動かしだした。

 もちろん、ほとんど無意識の動きだろう。

 沙那もさっきから下腹部を中心に疼くような痒みを覚えているから、少しも腰をじっとさせることができないのは同じなのだ。

 

「そ、それも駄目よ、雪蘭──。痒みを解したと道術に判断されてしまうわ──」

 

 沙那は声をあげた。

 しかし、もう遅かった。

 雪蘭の手が急に背中に回った。

 そして、ぴたりと雪蘭の背中側で手首と手首が密着したようだ。

 ついに、最後の一本の指も消滅したのだろう。

 慌てて沙那は自分の残っている片腕で雪蘭の身体を支える。

 

「かゆい……かゆいです……、おねえさん……」

 

 それでも、雪蘭はまだ泣きじゃくって身体を揺すり続ける。

 沙那ももう耐えられそうになかった。

 この身体の芯まで届くような痒みには、沙那もなすすべなどない。

 自分も襲われているから、まだ幼い、ましてや、貴族の娘だった雪蘭に、こんな苦悩が耐えられないというのは理解できる。

 しかし、沙那にはしっかりしなさいと励ますことのほかにできることなどなかった。

 雪蘭は、ますます苦しそうにして、全身から脂汗のようなものを流し続ける。

 

 しばらくのあいだ、ただ、肌を寄せ合ってふたりでもがき続けた。

 どのくらい経った頃だろうか……。

 あまりの酷い痒さに、沙那の視界も真っ白になりかけていた。

 

「きゃあ──」

「ひゃっ──」

 

 そのとき、一斉に四方八方から水が噴き出してきたのだ。

 一刻(約一時間)に一度、薬水が噴出すると言った小白香の言葉を思い出した。

 やっと一刻(一時間)経ったのだと思った。

 

 明日の朝まで、どのくらいの時間があるのだろう……。

 この屋敷に入れられるときは、まだ、陽は中天を越えたくらいだった。

 だから、まだ夕方までにもかなりの時間があるだろう。

 

 明日の朝まで──。

 それを考えると沙那は気が遠くなるほどだ。

 

「ひうっ、ひっ、ひうう──」

 

 雪蘭が悶えるような声をあげた。

 沙那の腰も砕けそうだ。

 下側から強烈な流水が当たっている。

 雪蘭もそうだが、沙那の股間にも床から噴き出す強烈な薬水が痒みに襲われている股間に噴き当たっているのだ。

 股間の痒みを癒してくれる水流の快感に、沙那の全身の力が抜ける。

 それどころか、そのまま達してしまいそうだ……。

 

「だ、駄目──ち、力が……。さ、支えられない……。ひっ、いくっ──いくっ……」

 

 沙那の身体はとにかく刺激に弱い。

 こんな流水程度でも、一度火がつくと、自分でもどうしようもなく狂ったように絶頂を繰り返す。

 ましてや、痒み水をかけられて全身がただれるように敏感になっている場所に、こんな直接的な刺激を加えられるのは致命的だ。

 

 沙那は雪蘭を抱いたまま懸命に脚に力を入れようとした。

 しかし、沸き起こった官能の波によって、全身が痙攣するように震えるのを抑えられなかった。

 

「ぐううっ──」

 

 沙那の腰ががくりと砕けた。

 

「お、おねえさん──?」

 

 雪蘭がびっくりしたように声をあげた。

 だが、その途端にぴたりと水流が止まった。

 沙那は大きく息を吐いた。

 そして、痒み水でびしょびしょになった身体の姿勢を戻した。

 

「ご、ごめんなさい、雪蘭……」

 

 沙那はそれだけを言った。

 こんな童女の前ではしたなくも、流水で達しそうになった……。

 それを考えると沙那の全身が羞恥で熱くなる。

 

「お、おねえさん……かゆいです……もう、もうだめ……がまんできません……」

 

 すぐに雪蘭が再び泣きじゃくり出す。

 沙那も新たにびっしょりと痒み水で股間を濡らされることで、怖ろしい痒みに襲われていた。

 

「そ、そうだ──。わ、わたしの腕を噛みなさい──。そ、それで少しは違うかも……」

 

 咄嗟に言った。

 沙那も襲われている股間を突きあげるような雪蘭の痒みが、それで少しは癒せるかもしれないと思ったのだ。

 雪蘭は自分の痒みを沙那に訴えるかのように、二の腕の中心から失われている沙那の腕に歯を食いこませた。

 腕に激痛が走る。

 しかし、沙那は耐えた。

 雪蘭は沙那の腕を噛み続ける。余程に痒いのか、雪蘭が沙那を噛む力はどんどんと強くなる。

 一方、沙那は、肌に食い込む雪蘭の歯の痛みに顔をしかめながら、その痛みの苦痛によって、股間や胸を襲う鋭い痒みを少しでも忘れようとした。

 

「が、頑張るのよ、雪蘭──」

 

 沙那は、片腕で雪蘭の裸身を支えながら、沙那の腕に力一杯噛みつく雪蘭に懸命に声をかけ続けた。

 

 

 *

 

 

「お、お許しを……。小白香殿下──。あ、あのう……。白象陛下に……白象陛下にお取次ぎください──。お、お願いです」

 

 右京は目の前に立つ小白香に叫んだ。

 ここは白象の離宮だった。

 政務の場所である白象宮に隣接して建てられており、奴隷宮とも呼ばれて、白象とそのひとり娘の小白香の私的な生活の場でもある。

 しかし、そこは、完全に白象宮とは隔離と分離がなされており、正殿である宮廷側の衛兵や官吏は、離宮の内部に立ち入ることは許されていないのだ。

 

 基本的に、この離宮にいるのはほとんどが奴隷であり、離宮の管理も、主に彼女たち奴隷が行う。奴隷以外で離宮で働く者は非常に少なく、また、なぜか、その離宮付きの衛兵や官吏は、滅多なことでは離宮から出てこない。

 

 右京が離宮に連れてこられたのは、たったいまのことだ。

 衛兵の軍営に待機していると、突然に小白香の呼び出しを受けて、離宮の中に道術で転送されたのだ。

 もちろん、右京が離宮に入るのは初めてだ。

 

 転送されたのは、拷問具が壁に並ぶやや広いこの部屋だった。

 しかも、転送と同時に、右京は首に革の首輪をかけられて、その首輪を天井から繋がれた鎖を繋げられて部屋の中心に立たされてしまっていた。

 手足の拘束はないが、首輪は道術のかかったしっかりしたもので、右京の力では外しようがなかった。

 

 そして、この部屋で待っていたのが、いま目の前にいる王女の小白香だ。

 まだ、十二歳だが、白象以上の気紛れ屋だという噂だった。

 しかも、その年齢にしては、早熟であり、母親の白象と同様に奴隷女を嗜虐をするのが好きだと耳にしたことがある。

 その小白香から告げられたのは、衛兵の将校として粗相をした罪により、奴隷身分に落とすという言葉だった。

 右京は恐怖に包まれた。

 

「黙れ──。母者は忙しいのじゃ。それに申し開きは無駄だ──。お前の怠慢で、青獅子魔王から移送された沙那の手錠をかけ損なっていたために、わらわはその沙那に襲われたのだ──。死ぬかと思うような恐怖だったぞ──。お前の処分は、母者が決めたことだ。お前は、今日から将校でもなんでもない。この離宮で飼う小白香と母者の奴隷だ」

 

 鎖で首を引き揚げられて立っている右京の前に立つ小白香が、両手を腰に置いて言った。

 その顔には薄笑いが浮かんでいる。

 右京を怯えさせるのが愉しくて仕方がないという感じだ。右京は、まだ十二歳にすぎないその少女の表情にぞっとしていた。

 

「で、でも、白象陛下に申し開きを……。こ、これは、あまりに理不尽です……。い、いきなり、奴隷身分になど──」

 

 右京は言った。

 なんの弁明も許されないまま奴隷身分に格下げなど酷過ぎる。

 そんな無法は、この小娘の気紛れとしか思えなかった。

 そこに白象がやってきた。

 

「さっそくやっているのね、小白香──。手回しが早いこと……」

 

 白象が小白香の横に立った。

 

「……へ、陛下──。申し開きをさせてください……。い、いえ、もう一度、機会を──。わたしの失態は殿下から伺いました。言い訳はしません。で、でも、奴隷など……。せ、せめて、兵に格下げして、もう一度、白象軍で失態を償う機会を与えてください──」

 

 右京は一気にまくしたてた。

 

「……ところで、沙那と雪蘭はどうしたの?」

 

 白象は、右京の叫びなど耳にしていないような態度で小白香に言った。

 

「例の部屋で、この離宮の洗礼を与えておる。痒み水で全身をびっしょりに濡らしてやってな……。明日の朝には、指と腕がなくなって、痒み奴隷と奉仕奴隷としての準備ができあがろう……。調教は明日からだ」

 

「そ、そう……。そうなのね」

 

 白象は頷いた。

 しかし、なんとなく、右京の言葉はもちろん、小白香の言葉にも、心あらずという感じだ。

 また、いつものようにせわしなく腿を擦り合わせるように動かしながら、身体全体を小刻みに動かしている。

 女魔王の癖である貧乏揺すりだ。

 そういえば、貧乏揺すりといえば、小白香もまた、サンダルはきの足元を苛ついたように動かすことが多い。

 親娘揃っての癖なのだろうか……?。

 

「は、白象陛下──。どうか、お願いです──」

 

 右京は叫んだ。

 しかし、なんとかく白象と小白香の関係に違和感を覚えた。

 どことなく、白象に、小白香に対する遠慮のようなものを感じるのだ。

 それは、ただの勘にすぎないかもしれないが、白象から娘の小白香に対する気後れのようなものを感じる。

 直感だったが、あの気儘で性格の強い白象が、娘の小白香に媚を売るような表情をしきりに向けているのだ。

 

「……それよりも、母者──。ここになにをしに来たのだ? 右京は母者の性奴隷にしてやるとは言ったが、少しわらわが遊んでからだぞ。母者に下げ渡すのは、その後だ」

 

「わ、わかっているわ……。で、でも、い、いつものあれを忘れているんじゃないかと思って……。今日の政務は終わったわ──。や、約束じゃないの……。股を……奉仕奴隷を貸してよ。股間が痒いのよ──」

 

 白象が悲鳴のような声をあげた。

 

「股が痒いのであれば、遠慮なく掻けばよいであろう。なぜ、わざわざ、娘のわらわに頼むのだ?」

 

 小白香が笑った。

 すると、白象が泣きそうな顔になった。

 右京はびっくりした。

 

「だ、だったら、道術を解いてよ──。わたしが痒い場所を自由に掻けるようにして──。この忌々しい貞操帯を脱がせて──。お願いよ──。一日でいいのよ。なにもない一日をすごさせて──」

 

「なにを言うのじゃ、母者。母者には、この痒みの向こう側の快感のことを、もうすっかりと理解してもらったと思っておったがなあ……。まだ、痒みが嫌だというのであれば、もう一度調教をやり直さねばならんのかのう……?」

 

「そ、そんな──。そ、それは、堪忍して」

 

 白象が悲鳴をあげた。すると小白香が声をあげて笑った。

 右京は驚愕してしまった。

 しかも、貞操帯?

 

「まあ、とにかく、その寝椅子に横になるがいいぞ、母者。いつものように身体を拘束したら、奉仕奴隷を連れて来てやろう」

 

 小白香が言った。

 

「あ、ありがとう──。す、すぐ、横になるわ。だ、だから呼んで──」

 

 白象の顔が破顔した。

 そして、白象は嬉しそうに、部屋の隅にある寝椅子に横になって、両腕を頭の上に伸ばした。

 すると、寝椅子に装着されていた革紐が勝手に動いて、白象の手首や胴体や脚を拘束し始めた。

 しかも、両膝を左右の手摺りに載せた大股開きの恰好だ。

 

 右京は声も出せないくらいに驚いていた。

 さっきから眼の前で起きていることはなんだろう? 

 あの白象魔王が、娘の小白香の前で、無防備に身体を拘束されるのを許容している。

 それどころか、いまの態度は、どう見ても小白香の指示に白象が従っているとしか思えない。

 そして、母親であり、魔王の白象が娘の小白香に媚びへつらうような態度と言葉……。

 しかも、さっき小白香は、白象のことを調教するというようなことを言わなかったか……?

 

「ね、ねえ、縛られたわ……。は、早くしてよ──」

 

 白象が拘束された身体を忙しく動かしながら言った。

 女魔王の全身を長椅子に拘束する革紐は全身のあちこちに及んでいる。しかも、上半身については服越しに革紐が食い込んでいるが、下半身については紐が下袍に入り込んで、下袍の下で脚を拘束しているみたいだ。

 いずれにしても、白象は寝椅子に脚を開いて座った状態で身動きできなくなったようである。 

 また、下袍に包まれているが、白象の股間はさっきから淫靡に激しく動いている。

 右京は、やっと白象の様子が尋常じゃないことに気がついた。

 

「……ところで、母者──。この右京を呼び出す直前に知ったのだが、この右京には妹がいるらしいではないか。右京のふたつ下の十八だそうだ……。それを耳にして、ちょっとした余興を思い付いたのだ──。だから、母者の力で、その右京の妹も奴隷にしてはくれんか? 夢華(ゆめか)という名らしい。軍人ではなく、城下の商家で働いているのだそうだ……」

 

「えっ、妹?」

 

 白象がきょとんとした声を出した。

 だが、右京は突然に妹の名が出たことにぎょっとした。

 

「適当に罪をでっち上げて、その夢華も罪人にして、この離宮に連れて来てはくれぬか──。わらわは、この美人姉妹を一緒にいたぶってみたい──。例の足癬の研究の実験台にしたくてな。それで、ちょっとした思い付きじゃ。姉妹愛と足癬病の恐怖を天秤にかけたら、どちらが勝つのだろうかと思ってな。ちょっとした実験だ」

 

 小白香が笑った。

 右京は仰天した。

 

「ゆ、夢華になにかしようというのですか──? そ、そんなことはおやめください──」

 

 右京は叫んだ。

 

「あ、あなた、わたしに無実の娘を捕らえてこいと命令するのかい?」

 

 寝椅子に拘束されている白象も眼を見開いている。

 

「嫌とは言わせんぞ、母者」

 

 小白香がにやりと微笑んで、指をぱちりと鳴らした。

 白象が身に着けていた下袍から一斉に十数本の紐が解けた。どういう仕掛けになっていたか知らないが、白象のはいていた下袍がばらばらの布片になって落ちる。

 

 白象は下着を身に着けていなかった……。

 いや……。

 そう思ったのは一瞬だけで、すぐに股間に喰い込んでいる細い革製の貞操帯が出現した。

 右京は目を丸くした。

  すると、小白香が、ふところから一本の筆を取りだした。

 白象がそれを見て、顔を恐怖の色に染まらせた。

 

「わらわの願い事を聞いてくれるな、母者?」

 

 小白香が笑いながら、白象の無防備な貞操帯に手を伸ばす。

 金属音がして、貞操帯が外れた。

 真っ赤に充血している白象の女陰が露わになる。

 ものすごい量の愛液が貞操帯が外れるとともに、座椅子部分に流れ落ちる。

 

「な、なんで筆を……ひいいいいいい」

 

 小白香が筆をすっと白象の剝き出しの股間に這わせた。

 すると白象がけたたましい悲鳴をあげる。

 右京には、目の前で起きていることが理解できずに狼狽えた。

 あの白象の身体を拘束して、王女の小白香が股間をくすぐっていたぶっているのだ。

 そんな行為を平然と白象魔王にやっていることの恐ろしさに、右京は度肝を抜かれてしまった。

 

「わ、わかった──。わかったわ、小白香──。お前の言う通りにするから、それは許して──」

 

 白象が悲鳴をあげた。

 右京は愕然とした。

 

「そ、そんな、夢華には手を出さないで──。わたしは、ど、奴隷としてお仕えします。でも、どうか夢華だけはお許しください。妹には、許嫁もいるのです。ふたりは本当に愛し合っているのです」

 

 右京は懸命に叫び続けた。すると、小白香が嬉しそうに微笑んだ。

 

「母者、右京の妹の夢華には、婚約者もいるそうだ。ついでだ──。その許嫁の男も奴隷にしてくれまいか……。沙那がいるから、面白いことを思い付いたぞ。その男を痒み責めにして、許嫁の前で痒みから解放したければ、沙那と乳繰れと言うのだ──。それで、愛をとるか、痒みを癒すのをとるか選ばせる。わらわの痒み責めに屈せずに、許嫁を裏切らなかったら、ふたりを放免するという条件を出してもいいのう」

 

 小白香が狂ったような声で笑いながら、母親の白象の足の裏をまたくすぐりだした。

 すぐに白象は、夢華もその許嫁も奴隷にして連れてくると、悲鳴とともに約束してしまった。

 

「ゆ、許してください、小白香様──。ふ、ふたりには手を出さないでください。なんでもします。なんでもやりますから──」

 

 右京は必死に叫んだ。

 すると、やっと小白香が右京の方に視線を向けた。

 しかし、その顔には、無邪気な笑みが浮かんでいる。

 だが、右京には、その十二歳の王女の微笑みがどんなものよりも、恐ろしいものに思えた。

 

「ほう? なんでもすると言ったか、右京? ならば、試してやるか。いますぐ、その場で素っ裸になれ──。その後、わらわの責めに耐え抜けば、妹のことは考えてやってもよいぞ」

 

 小白香の眼が妖しく光った気がした。



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529 理不尽な賭け

「おや? まだ服を着ていたのか、お前? さっさと服を脱がないと駄目であろう」

 

 部屋に戻ってきた小白香が、天井からおりている鎖を首輪に繋がれて部屋の真ん中で立たされていた右京に言った。

 小白香は、これから始まる右京の調教の邪魔だといって、寝椅子に拘束させた白象を寝椅子ごと、どこかに道術で転送してきたようだ。

 そのとき、小白香も一緒に道術で跳躍していなくなり、しばらくのあいだ、右京はこの部屋でひとりで待たされていたのだ。

 

「……妹を守りたくないのか、右京? さっき、なんでもするから妹に手を出さないでくれと叫んだのは、嘘だったようだな……。じゃあ、母者にもう一度、頼んでくるから、ちょっと待っておれ。ここで、妹の夢華(ゆめか)をいたぶってやろう。そこで突っ立ったまま、妹が許嫁とともに、奉仕奴隷に堕ちていくのを見物しておるといい。それとも、実験奴隷か?」

 

 小白香が部屋を出ていくような仕草をする。

 

「ま、待って──。す、すぐ脱ぎます。申し訳ありません、殿下──」

 

 右京は慌てて叫んだ 。

 そして、急いで軍服の上衣の留め具を外し始める。

 しかし、どうしても躊躇いと拒絶の感情を捨てきれない。

 

 王女とはいえ、相手は、まだ十二歳の子供だ。

 その子供から受けた、この場で素っ裸になれなどという理不尽な命令に、どうして従えるというのか。

 まだ、魔王である白象の命令というのであれば諦めもつく。

 しかし、その娘のただの我が儘な嫌がらせなのだ。

 そもそも、獅駝(しだ)の城郭から移送された沙那の扱いに不備があって、危険な目に遭ったというが、本当にそれは事実なのだろうか……。

 

 しかも、まったく関係のない妹を捕縛させると脅迫するなんて……。

 そんなことが許されていいのか……。

 

 一方で、右京にはまだ信じられないが、あの白象魔王は、完全に眼の前の小娘に隷属されているようだった。

 しかも、その小白香は、常軌を逸するような変態性と嗜虐性を持っているらしい。

 どうなっているのか……。

 

 いずれにしても、妹の命は、この十二歳の変態娘のまったくの気紛れにかかっているということだ。

 妹を奴隷にしたくなければ、この場で右京に全裸になれという、あまりにも理不尽な命令を実行しながら、右京は唇を強く噛みしめた。

 

「もたもたするのではない──。服を脱いだだけで許されるわけではないのだからな。わらわは、お前の妹を思う気持ちが本物か試そうとしているのだ。試練は服を脱いでからが始まりだぞ」

 

 小白香が指を鳴らすと、部屋の隅から椅子が滑って小白香の立っている場所まで移動してきた。そのまま、右京に向かい合うような位置に移動してきたその椅子に腰掛ける

「あ、あの……は、白象陛下は……?」

 

 上衣に引き続いて下袴をおろして下着姿になると右京は訊ねた。

 後は靴と靴下、そして、胸当てと腰布の下着だけだ。

 そのすべてを脱いで素っ裸になれば、すべての尊厳を奪われて、本当に完全な奴隷になってしまう気がした。

 

 どうして、こんなことになってしまったのか……。

 右京はまだ感情の整理がつかないでいた。

 

「母者は、奉仕奴隷の部屋で、まだ狂うておるわ。奉仕奴隷たちには、わらわが戻るまで、少なくとも二刻(約二時間)は、痒みに狂うておる母者の股や脇、あるいは足の裏を筆で擽ってからでなければ、痒みを癒してはならんと厳命してきた──」

 

「えっ?」

 

 右京は絶句した。

 

「あいつらは、母者の言葉になど従わんからな。わらわが戻る頃には、痒みに狂う身体を集団で擽られて、母者は間違いなく狂うておるわ──。正常な判断など不可能だ。母者は、わらわのお願いなど、ふたつ返事で従うだろうのう……」

 

「ああ……」

 

 溜息がこぼれた。

 右京には、小白香の言葉が誇張でもはったりでもないことを理解した。

 

「もう、母者にすがるのは無駄ぞ。お前がすがるべきなのは、わらわなのだ。すべてがわらわの心ひとつにかかっていると思うがよい──。この小娘の命令になど従いたくなければ、従わなくてもよいぞ──。その結果がどうなるかは、自分の眼で確かめるがよい」

 

「し、従います、小白香殿下……」

 

 そう答えるしかなかった。

 右京は、なにかの奇跡が起きて、この場に救出者がやってくることを念じつつ、足先を上にあげて靴と靴下を脱ぐ。

 しかし、素足になると、どうしても腕が止まる。

 もう身に着けているのは下着だけなのだ。

 

「二度とは言わんぞ──。早く、全裸になれ──。次にわらわが急かしたときは、すぐに、妹への捕縛命令がかかると思え──」

 

 小白香が苛ついた口調で言った。

 右京は胸当ての布を外した。残りは腰の布だけだ。

 意を決して、腰から腰布もおろす。

 首輪の鎖で阻まれているので、上半身を屈ませることができない。

 そのために、膝の上くらいまでしか手でおろせない。

 右京は両脚を動かして、なんとか膝下まで腰布をおろすことに成功した。

 足元までおちた腰布を足首から抜く。

 

「なかなかの身体じゃな、右京。わらわも大人になったら、お前のような身体になりたいものじゃ」

 

 小白香がじろじろと右京の肢体を眺めまわしながら言った。

 その卑猥な視線は、十二の娘のものではない。

 視線に耐えがたくなり、右京は手で胸と股を隠した。

 

「も、もう、これで許してください、殿下……」

 

 右京は裸身を手で覆って、顔を俯かせた。

 

「なかなかに優美できれいな身体だな。その身体で、何人くらいの男と乳繰り合ったのだ?」

 

 小白香が訊ねた。

 右京は唇を噛んだ。

 眼の前にいるのは、まだ十二歳でしかない小娘だ。

 その小娘に裸身を眺められ、しかも、そんな赤裸々な質問をされるなど屈辱以外の何物でもない。

 しかも、服をきちんと着こなしている小白香の前で、自分だけが素っ裸でいることも惨めすぎる。

 

「質問に答えんか、右京──。そうやって、もじもじと恥ずかしがるのも初々しくてよいが、度が過ぎると興ざめだ。苛つくとわらわの足が痒さが増すのだ。わらわの怒りが爆発せんうちに、とっとと答えよ──。いままでに何人の男とやりまくった?」

 

「ひ、ひとりです……」

 

 右京は仕方なく答えた。

 以前には、右京にも将来を誓った亜人の男性がいた。

 いまは、遠く離れた任地にいる。

 お互いに軍人であるために、結婚という形式をとるかどうかはわからないが、いずれにしても、右京は、生涯をその男を添い遂げたいと思っていた。

 

「嘘をつけ──。そのような淫乱そうな身体をして、男がひとりで耐えられるわけがないであろう──。それとも、その男と毎日、やりまくっているのか? そうじゃ。母者に頼んで、そいつも奴隷宮に連れてこよう──。母者は男が嫌いで、この奴隷宮には男がおらんのだが、わらわはひとりやふたりは、男奴隷がいてもいいと思っているのだ。その方が、色々と愉しみに変化がつけられるのでな」

 

「そ、その人は、この城郭にはおりません──。遠くで勤務しているのです。本当です──」

 

 慌てて右京は言った。

 右京の恋人にまで、この小白香の気儘が影響しては堪らない。

 この気紛れ娘は、本当になにを思いつくかわからない。こんなことになるのであれば、恋人が遠く離れていて、本当によかったと右京は思った。

 

「遠くで勤務? でまかせであろう? 調べればすぐにわかるぞ」

 

 小白香が酷薄そうな笑みを小白香に向けた。

 

「し、調べていただければわかります。本当です」

 

「ほう……。ならば、その身体は男日照りというわけだな──。ならば、恋人のことを思うて、毎夜、自慰に励んでいるのであろうな──。わらわにとっては、自慰とは、痒みに耐えた後、その痒い足を掻きむしることだが、普通の自慰にも興味はある。では、この場で自慰をせい」

 

「えっ? 自慰……ですか……?」

 

 いきなり自慰をしろと命じられて、右京はびっくりして顔をあげた。

 しかし、小白香は、冗談を言っている雰囲気ではない。

 右京は身体を覆っていた両手に思わず力を入れた。

 

「わらわは、奴隷に同じ命令を二度も言うのは好かん──」

 

 小白香が怒鳴った。

 そして、サンダル履きの両足がせわしなく動きだした。

 右京ははっとした。

 それが、苛ついたときの小白香の癖だと耳にしたのを右京は思い出したのだ。

 

「早くやれ、奴隷──。もたもたしていると、本当に妹をここに連れてくるぞ」

 

 小白香の足先の動きがさらに激しくなる。

 しかも、小白香の顔に苛々のようなものが浮かびあがりだした。

 仕方なく、右京は覚悟を決めた。

 両手で乳房を覆い、静かに揉み始める。

 

「なんじゃ、そのやり方は──」

 

 小白香が笑った。

 

「──真面目にやらんか。手を抜かずに達するまでやるのだ。淫乱女のいきっぷりをわらわに見物させよ。いや……、というよりは、妹を連れてくるというわらわの言葉をまだ信じてはおらんようじゃな──。だから、わらわの命令を軽んじて考えるのだな──。そのまま、待て──」

 

 小白香が手で空中を振る仕草をした。

 すると部屋にけたたましい女の悲鳴が聞こえ出した。

 

「ひいいっ──や、やめてえ──ご、後生よ──ゆ、許してよお──お、お前たち──、お願いだから、もっと強く掻いて──ひぎゃあああ──」

 

 狂気さえこもったような悲鳴だ。

 その声が白象の声だとわかったことで、右京はびっくりした。

 さっき、小白香が言っていたのは本当のことのようだ。

 この小白香は、別室で、実の母親である白象魔王をくすぐり責めにさせているのだ。

 

「小白香だ──。奴隷たち、しばらく、責めをやめよ──」

 

 小白香が空中に叫んだ。

 

 どこか別の場所にいる白象とこの部屋の声を道術で繋いだのだろう。

 その声で、白象の奇声はやんだ。

 しばらくは、白象が苦しそうに息を整えている音が聞こえていたが、やがて、その白象の声が部屋響いてきた。

 

「しょ、小白香──、お、お願いよ──。なんでもすると言ったじゃないの──。もう、奴隷たちをけしかけるのはやめてええ──。は、早く、筆でなくて指で掻くように命じてよおおお……」

 

 白象の声がこの部屋に届く。

 

「ならば、母者、さっき頼んだ、右京の妹の夢華と妹の許嫁の男の捕縛を命じてくれ。どうも、こっちの右京はわらわのことを馬鹿にして、なかなか命令に従わんのだ。母者の道術であれば、そこに縛られていたままでも、宮廷府に母者の命令の言の葉を送ることはできるのだろう?」

 

「す、すぐに処置するわ……。待ってて……」

 

 まだ、はあはあと息をしている白象の声が応じた。

 それを聞いて、右京は悲鳴をあげた。

 

「……ま、待ってください、白象陛下──。そ、それだけは、やめてください──」

 

 右京は絶叫した。

 

「ふふふ……無駄じゃ。向こうに届くのは、わらわの声だけじゃ──。たとえ、お前の声が母者に聞こえたとしても、あの母者が、お前の妹を捕縛させるのを躊躇うとも思えんがのう」

 

 小白香が馬鹿にしたような表情を右京に向ける。

 

「な、ならば、やめさせてください、殿下──。本当になんでもします。しますから──」

 

 右京は叫んだ。

 

「そう言いながら、なにもせんではないか、右京。わらわは、お前になにを命じた? よく、思い出すのだな」

 

 小白香が言った。

 

「は、はい……。や、やります……。自慰をします……。で、ですから夢華だけには……」

 

 右京は震える手で乳房を絞るように揉みあげ、もう片方の手で下腹部の恥毛の下を撫ぜ始めた。

 恋人のことを思いながら、毎夜自慰をしているに違いないと小白香はからかったが、それは真実だった。

 毎晩のように自分の身体を慰めている右京には、どこをどうすれば、自分が一番感じるのかよくわかっている。

 乳首を手のひらで転がすようにしながら乳房をもみあげ、太腿の奥を柔らかく動かすと、たちまちに全身を痺れさせるような快美感が流れ始めた。

 

「……母者、捕えた右京の妹とその許嫁は、わらわの指示があるまで手を付けずに軍営で待機させてくれ。奴隷宮に連れて来るかどうかは、これから、わらわが判断する……。場合によっては、そのまま釈放するかもしれん……」

 

 小白香がそう声で白象に指示するのが聞こえた。

 

「あ、ありがとうございます……。はあ……はあ……。一生懸命にやりますから……」

 

 右京は懸命に手を動かしながら言った。

 湧き起こる愉悦はだんだんと大きくなる。

 それが、十二歳の小白香に見つめられながらはしたなくも自慰をするという羞恥を少しずつ忘れさせてくれる気がした。

 しばらく右京はそのまま自慰に没頭した。

 

 眼をつぶっていても、小白香が凝視しているのを感じる。

 右京は、懸命に恋人のことを思い浮かべようとした。

 いま受けている屈辱のことは忘れるのだ……。

 そうすれば、いつものように激しく燃えることができる……。

 いやらしく悶えて、右京が恥を晒せば、この小白香は満足するに違いない。

 

「あっ……はあ……」

 

 身体がびくんびくんと痙攣のような動きを始めた。

 汚辱感による躊躇いはまだある。

 だが、股間そのものからは、どんどんと淫らな蜜が溢れて、指にまとわりついてくる。

 

「よく見えんな、右京──。脚を開いて、こっちに腰を突きあげるような態勢にせよ──。わらわの声ひとつで、わらわの母者がお前の妹たちを奴隷宮に連れてくるように指示することを忘れるな──」

 

 小白香が言った。

 右京は言われるままに脚を開いて、身体を反らせ、小白香に少しでも見えやすいように股間を突きあげた。

 目がくらむような羞恥の中で、右京はこれまでに感じたことのない苛烈で妖しい衝撃に見舞われる気がした。

 

 すでに股間はたっぷりと蜜が溢れている。

 王女とはいえ、その羞恥の源泉をまじまじと眺められるのだ。

 これまでに感じたことのない恥ずかしさに、だんだんと右京の心は麻痺していくようだった。

 ひたすらに、快感だけが心を支配する。身体が自分の手管に敏感に反応する。

 

「はああう、はあっ……」

 

 胸を揉みあげる手を股間を擦る手を少し激しくした。

 

「腰がさがったぞ──。もっと、突きあげよ──」

 

 小白香の声が官能に酔いかけていた右京を現実に引き戻す。

 現実に戻されると、理不尽な行為を強いられている恥辱で、全身の血が沸騰しそうになる。

 乳房を揉む手に力を入れる。指を食いこませた亀裂を上下に動かす速度をあげる。

 そうしながら、肉芽を指の腹で転がすと、さらに指に股間から滲んできた蜜がからんでくる。

 

「ふううっ……、ふうっ……」

 

 右京はもうなにもかも忘れて、股間に二本の指を入れた。

 そして激しく指を出し入れしながら、腰をさらに大きく突きあげた。

 

「ほおおっ」

 

 込みあがった愉悦のまま、右京は声をあげながら身体を震わせた。

 

 いく……。

 

 右京は首輪の嵌っている喉を反りかえらせた。

 恥辱感や羞恥心を忘れるほどの快感のうねりの本能のままに、右京は悶え声を発する。

 

「それまでじゃ、奴隷──。両手を背中に回せ──」

 

 いままさに昇天しようとする瞬間に、突然に小白香の怒鳴り声がした。

 峻烈な絶頂の寸前に、不意に現実に引き戻されたような感覚に襲われ、右京ははっとして、股間と乳房をまさぐっていた手をとめた。

 

「……聞こえんのか、両手を後ろじゃ。背中で手首と手首をぴったりとつけよ」

 

 もう一度、小白香が大きな声をあげた。

 右京は我に返って、急いで両手を背後に回した。

 全身には達しそうで達することができなかった快楽の疼きが、ふつふつと残っている。

 

「さて、右京……。いまから、わらわとお前はちょっとした賭けをする」

 

「賭け?」

 

「……お前の妹を思う気持ちがどの程度なのか試すということだ。お前の腕は見えない縄で縛られたと思うがよい……。これから先、いかなることがあっても、腕を背中から離してはならん。少しでも離せば、妹を奴隷宮に連行するように、母者に命じてもらうからな」

 

 小白香が椅子から立ちあがりながら言った。

 どういう意味だろうか……?

 この背中に回した手を動かすなということか……?

 

 呆然としていた右京のすぐ前に小白香が立った。

 ふと気がつくと、その小白香は、いつの間にか、左手に小壺を持っている。

 そこから白く濁った液体を右手に取り出して、小白香の乳房にすり込んできた。

 

「な、なにを塗るんですか──?」

 

 液体のあたったところに、いきなり熱い感触が込みあがり、右京はいっぺんに目が覚めたような気持ちになった。

 

「……得体の知れない薬液じゃ。こんなものを塗られるのが嫌なら、背中の手を離して抵抗するのだな」

 

 小白香は笑いながらどんどん液体を全身に伸ばしていく。

 妹のことを持ち出されると、もう抵抗する気は起きない。

 右京は背中に回した手をぐっと強く握って、ぬるぬるの薬液を全身に拡げられる刺激に耐えた。

 

 やがて、小白香は、さらに薬液を股間の奥からお尻の亀裂にもすり込んできた。

 さらに肉芽や女陰の中にまでしっかりと薬液を塗り込んでくる。

 

「さて、あとは待つだけだな──」

 

 小白香は右京の身体にたっぷりと薬液を塗りたくると、満足したように離れていった。

 そして、さっきと同じように、右京に向かい合うように椅子に座り直す。

 

 右京は愕然となった。

 すぐに身体に違和感が襲ってきたのだ。

 全身に耐えがたい痒みが襲ってきた。

 さっき塗られた薬液が原因なのは明らかだ。

 

「か、痒い──」

 

 右京は悲鳴をあげた。

 そして、思わず、腕を身体の前に回そうとして、はっとした。

 背中に回した手を離せば、妹を奴隷宮に連行すると言った小白香の言葉を思い出したのだ。

 

「どうしたのだ、右京?」

 

 小白香が嬉しそうに笑った。

 

「か、痒いんです──。こ、こんなの──。ひ、酷すぎます──。か、痒い──」

 

 右京は背中の腕を離さないことだけは強く思いながら、裸身を左右によじって訴えた。

 

「そうだろうのう。わらわの特製の調教用の痒み液だからのう……。これを塗られれば、どんな気丈な奴隷でも泣き狂う──。遠慮はいらんぞ。手で痒い部分を掻くがよい。別に拘束しているわけではないのだからな──。ただし、手を離したが最後、すぐにお前の妹と許嫁の男は、奴隷宮送りになるだけだ」

 

 小白香が哄笑した。

 少しの時間、右京は放心したように、眼の前の少女を見やった。

 なんという鬼畜な行為なのか……。

 狂おしいまでの痒みは、もう、ほんの少しも耐えられないほどだ。

 それを右京は、自分の意思で耐えなければならないのだ。

 

「どのくらい耐えられるかのう……。最低でも、二刻(約二時間)じゃな。それだけ耐えれば、次の試しをしてやるぞ。全部に耐えられれば、妹とその許嫁は許してやる」

 

「そ、そんな……。お、お許しを──お許しを、殿下──」

 

 二刻(約二時間)も耐えられるわけがない。

 右京は茶色の長い髪を打ち振るって、懇願を繰り返した。

 そして、できるだけ激しく身体を振って、怖ろしい痒みを忘れようと全身を左右にくねらせた。

 

「なんど同じことを言えば、気がすむのだ、右京? 痒ければ手で痒い場所を掻きむしれ──。妹が奴隷宮に連れて来られるというそれだけのことではないか」

 

 小白香は本当に愉しそうに声をあげて笑い続けている。

 

 右京は、全身を蝕む痒みに、もうなにも考えられなくなり、込みあがった嗚咽をあげながら、わっと号泣した。



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530 痒みを癒す苦痛

 女のすすり泣きが部屋に響き渡っている。

 その女は、かなり長く暴れていたのだが、いまは疲れきってしまい、泣きながら発作のような痙攣をするだけになっている。

 誰だろう……?

 

 朦朧としている頭で、右京(うきょう)はふと思った。

 右京はその苦しんでいる女を天井からぼんやりと見下ろしている気がしていた。

 だが、まず最初にその女の声が自分の泣き声だということがわかった。

 すると、すぐに天井から下を眺めていると思っていた視界が消滅して、その女の視界そのものになった。

 びっくりした。

 

 自分が泣いていることに驚いたのではない。

 自分が自分であるということがわからぬくらいに、心が追いつめられているということに驚愕したのだ。

 いまのはなんだったのか……。

 

 あまりの苦しみに、自分は正常な精神を手放そうとしていたのではないか……。

 そして、さっきの光景は、発狂寸前の自分の幻なのか……?

 愕然とした……。

 

 しかし、そんな右京の思念など、右京の身体を襲っている恐ろしい痒みが崩壊させてしまう。

 

 痒い……。

 身体が千切れそうに痒い……。

 

 いや、それが可能なら、この身体を自ら引き裂いてしまいたい。

 このまま、放って置かれるくらいなら、その方が余程ましだ。

 

「あんまり我慢をすると気が狂うぞ、右京……。わらわは、痒みで気が狂うた女奴隷を何人も見た……。というよりは、わらわがそこまで追いつめてやったのだがな……。だから、わらわは、結構簡単に、人が狂ってしまうということも知っておる。限界を越えた苦痛を味わうと、亜人族でも人間族でも、知性体というのは、心を守るために自らの精神を壊してしまうものらしいわ……。そうなりたいのか? 早く、屈伏せよ。なにも考えるな……。手で股を掻け──。愉しいぞ。痒みが癒えるのだ。それは途方もない快感ぞ」

 

 喉の奥で音がするような小白香特有の笑い声が響く。

 

「許して……、許してください……もう、許して……」

 

 右京は何百回繰り返したのかわからないその言葉を呟いた。

 発狂しかかることで、痒みの苦しみから逃れかけていたかもしれなかった右京の精神は、再び現実の苦しみに戻されてしまった。

 我に返った右京は、自分の身体が不規則な痙攣をするように動き続けていることを自覚している。

 薬剤を塗られた最初の頃は、それこそ全身を激しく暴れさせていたが、それも体力の限界をすぎたため、もう暴れる力さえ残っていないのだ。

 いまはただ、全身を蝕む痒みに嗚咽をあげ続けることしかできない。

 しかも、その嗚咽が、自分の声だとすぐにはわからぬくらいに、右京は心を追いつめられているようだ。

 

 全身を襲う痒みは、右京の精神をずたずたにしかけている。

 しきりに全身を動かしながら、右京が考えていたのは、背中に回した両手首を背中から離さないこと──。

 

 それだけだ……。

 この手を離せば、幸せな結婚が控えている妹が、この小白香の奴隷にされてしまうのだ。

 だから、後手に組んだ手を離してはならない──。

 しかし、この痒さは……。

 

 手で股を掻け……。

 さもないと、気が狂ってしまうぞ……。

 

 小白香の意地の悪い声が呪文のように右京の心で繰り返される。

 手で痒い部分を掻け……。

 

 駄目だ……。

 それだけは……。

 

 しかし、時折、なんのために我慢しているのかさえ、わからなくなる。痒いなら掻いてしまえばいい……。

 そう考える自分がいる。

 気がつくと、頑なに背中に回して耐えているはずの腕が心なしか緩んでいたりもする。

 しかし、そのたびに、眼の前にいる十二歳の王女は、妹の夢華の名を出すのだ。

 あまりの全身の痒さで我を忘れかけていた右京は、それで自分を現実に戻すことができる。

 

 小白香が、右京が痒みに屈伏しかけるたびに、妹の名を出す理由は容易に想像がつく。

 この少女は、眼の前の右京が痒みに泣きながら苦悩する姿をなるべく長引かせたいだけなのだ。

 小白香は、別に妹の夢華などどうでもいいと思っているに違いがないし、大した興味があるわけでもないだろう。

 しかし、右京が小白香の痒み拷問に屈せずに耐えている方が面白いから、妹の名を出して脅しているのだ。

 右京は、そのことに気づかざるを得なかった。

 

 つまり、一連のすべてが、眼の前の少女のただの思慮のない遊びなのだ。

 だが、その遊びによって、右京は軍籍を奪われ、妹とともに壊されようとしている。

 しかし、そんな理不尽な仕打ちに、抵抗するすべは右京にはないのだ。

 右京に許されているのは、理性を崩壊させるほどの痒みに対して、呻くような嗚咽をあげることくらいだ。

 

「我慢できなくなったなら、早く股を掻かんか、奴隷──。わらわも知っているが、耐えられない痒みを耐えて、耐えて、そして、それを癒すときの快感は、この世のものとは思えぬ快感ぞ。わらわは、それを“痒みの向こう側”と呼んでおるがな──」

 

 ふと気がつくと、汗まみれになって全身を激しく身悶えさせていた右京のすぐ前に、小白香の顔があった。

 朦朧としていた視線に愉しそうな小白香の顔が映った。

 

「お、お許しを……殿下……お許しを、殿下……お許しを……」

 

 右京は、憑かれたようにそれだけを繰り返した。

 

「心から、わらわたちの奴隷になると誓うか?」

 

 眼の前の小白香が、まとた喉の奥で笑うような音をさせながら言った。

 

「ち、誓います……。奴隷になります……。ですから、妹の夢華(ゆめか)だけは……」

 

 もう、それしか言うことができなかった。右京は、自分の気力がもう尽きかけていることを知っていた。

 そのとき、いきなり、尻に衝撃が走った。

 

「ひう──」

 

 朦朧としていた視界が、一瞬にして戻ったくらいの激痛だった。

 なにが起こったのかわからなかったが、尻に与えられた激痛で感じたのは、その一撃によって、ほんの少しだけ痒みを忘れられた快感だ。

 痛みで全身のただれるような痒みが消えた。

 それは素晴らしい快感だった……。

 

 しかし、また、すぐに痒みが襲ってきた。

 痛みなど一瞬のことだ。

 それが身体から消えると、怖ろしい痒みが戻ってくる。

 

「お、お願いです……。も、もっと、打ってください──」

 

 右京は叫んでいた。

 なにが起きたかがわかったのだ。

 いつの間にか、小白香は乗馬鞭を手に持っている。

 それを思い切り右京の尻に一閃させたようだ。

 

「……ふふふ、なかなか、気丈な奴隷だ──。母者にやるのは惜しくなったのう……。まだ、二刻(約二時間)には足りんが、一刻(約一時間)もこの痒みに耐えたのだからな……。あの小生意気な人間族の女戦士の沙那とどちらが長く痒みに耐えきるのかのう……? わらわの痒み奴隷にして、試してみたくなったわ……。気を狂わせてしまうのはやめておくか……」

 

 再び、尻に激痛が走る。

 二度、三度──。

 

 しかし、右京には、容赦なく振りおとされる乗馬鞭の激痛になんの苦痛も感じることもできなかった。

 それどころか、その鞭は、骨まで染みこんでいる痒みを忘れさせてくれるありがたい刺激だ。

 だが、痛みはすぐに消えて、また、痒みが襲う。真に怖ろしいのは、すぐに戻ってくるその痒みだ。

 

「う、打って……、お願いです……。後生です……。もっと打ってください──」

 

 右京は叫んでいた。

 すると、愉しそうに微笑んでいる小白香が、乗馬鞭の先を右京の顎の下に当てて、右京の視線を小白香に向けさせた。

 

「わらわがなにをしようが、わらわの勝手であろう?」

 

「わ、わかっております。で、でも、も、もっと打ってください……。もっと……」

 

 右京は必死になって言った。

 また、痒みが戻ってきた。

 あの狂うような痒みが……。

 

「痒いなら、背の手を離して掻けと言っておるであろう。鞭打ちで癒える痒みの気持ちよさの数倍も素晴らしい快感があるぞ。その快感が欲しくないのか……?」

 

「も、もっと……もっと打って……」

 

 右京はすすり泣きながら言った。

 背中の手は離してはならないのだ。

 それだけは駄目だ。

 しかし、この痒みは……。

 

「……胸も打って欲しいか、右京……? それとも、股ぐらに直接に鞭を当てるなどどうだ?」

 

 小白香が右京の顎の下から乗馬鞭を離して、自分の腰帯に差した。

 そして、右京の両方の乳首をくすぐるように両手で刺激した。

 触れるか触れないかくらいの微かな手管だ。

 

「ふうううっ──」

 

 右京は全身を仰け反らして絶叫した。

 痒みにただれている胸に対するその優しい刺激はあまりにも酷い仕打ちだ。

 痒みが倍増するようなその愛撫に右京は悲鳴をあげた。

 

「そ、それは勘忍を……。それよりも、鞭を──。鞭を──」

 

 右京は全身を振り乱しながら叫んだ。だが、右京ののたうつ姿が愉しいのか、しばらくのあいだ、小白香はその愛撫を続けた。

 やっと小白香が右京の乳首への刺激をやめたとき、右京は完全に身体を脱力させてしまった。

 一瞬、首輪が右京の体重で締まる。

 右京は慌てて、脚に力を入れて姿勢を戻した。

 

「お前は、わらわたちの奴隷になると誓ったのであろう? 鞭で打とうが、痒み剤を足そうが、わらわの自由ぞ。それに文句は言えん。それが奴隷なのだ。お前はそれをわかってはおらんようじゃのう」

 

 小白香が微笑みの中にぞっとするような蔑みの表情を混ぜた気がした。

 すると、小白香は、一度、右京の前から去り、すぐに戻ってきた。

 手には痒み剤の壺を持っていた。

 

「ひいっ、そ、それはもう堪忍を──。それだけは──」

 

 右京はそれを見て悲鳴をあげた。

 痒みで狂いそうなこの身体に、再び痒み剤を追加するというのはあまりにも酷すぎる。

 しかし、右京の前に回った小白香は、平然とした顔でたっぷりと手に痒み液の汁を乗せた。

 

「動くでないわ、右京──。妹を助けたくば、股を開け──」

 

 小白香が笑った。

 それを言われると、もう抵抗することは許されない。

 右京は嗚咽をあげながら、閉じていた股間を開いた。

 その股間に再び痒み剤が足されていく。

 

 右京は、それを恐怖で震えながら受けた。

 痒み剤を右京に足し終わった小白香は、満足気な顔をして、壺を置きに壁際の棚に戻った。

 そして、再び右京の前に戻ってきた時には、今度は新しい手枷と鎖を手にしていた。

 

「これで手を拘束して欲しいか、右京? そんなことをすれば、もう、お前の両手が自由になることはないぞ。どんなに痒みに苦しもうがが、自分で掻くことはできん。ただ、のたうちまわるだけだ……。それでも手を拘束して欲しいか?」

 

 小白香が鎖と手枷を右京に示しながら言った。

 

「拘束してください──。お願いします──。ありがとうございます──」

 

 右京は声をあげた。

 手枷を見て、右京は心の底から両手を拘束して欲しいと思った。

 これ以上、意思の力で痒みを耐えるなどできそうになかった。

 しかし、手を離せば、妹がこの怖ろしい奴隷宮に連れて来られるのだ。

 だから、手を離したくても離すことができないようにして欲しい……。

 右京は、飢えたときに目の前に食べ物が出されたような感情で、その枷を見つめた。

 

「本当によいのだな? 明日の朝までこのまま放置するぞ? お前の頭が狂うことは確実ぞ?」

 

「か、構いません──。拘束してください」

 

 妹を犠牲にするくらいなら、発狂してしまいたい……。

 いや、もはや、右京の望みは、この苦しみから逃れるために発狂してしまうことかもしれない。

 それで、この苦しみから解放されるのであれば……。

 

「よい覚悟だ……。だが、おそらく、お前は腕を縛られたことを後悔するぞ? それでもよいのか? わらわの意地の悪さは、お前の想像以上だぞ。腕を拘束するとすれば、それを後悔させるくらいの意地の悪い命令が与えられるとは思わんのか?」

 

 小白香が笑った。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 右京が考えているのは、なんとか妹を守りたいということだけだ。

 腕を拘束してもらえれば、自分が屈服して妹が奴隷宮に連れて来られるのを避けられる。

 

「どうか、手枷をしてください」

 

 右京はきっぱりと言った。

 

「よかろう」

 

 小白香が右京の背中に回って、背中で合わせていた手首と手首に手枷を嵌めた。

 さらに、その手枷に鎖を繋げて、右京が嵌められている首輪の後ろ側に繋げたようだ。

 これで右京はやっと自分の意思でも後ろ手を離せなくなった。

 右京はほっとした。

 

「このまま、また、一刻(約一時間)くらい我慢させても愉しいが、いま気を触れさせては面白くない……。ならば、次の段階に移るとしようかのう」

 

 小白香が腰帯に差したままだった乗馬鞭を抜いて、それを右京の胸に一閃させた。

 

「ああっ」

 

 右京の胸の膨らみに鞭が当たって揺れた。

 激痛で右京も顔をしかめて、汗びっしょりの裸身を仰け反らせた。

 しかし、激痛とともに乳房の痒みが消失し、そのことでやってきた快美感は脳髄まで響き渡るようだった。

 

「も、もっと、ください……」

 

 右京はそう言っていた。

 次の鞭は右の乳首の先端に直接当たった。

 さらに峻烈な快感が四肢に流れ渡る。

 続けざまに鞭が振られる。

 右京は、ほとんど無意識のうちに、その鞭先に向けて、痒みが残っている左の乳首を動かした。

 

 鞭打ちは激痛の苦痛ではない。

 いまの右京には、痒みを癒してくれるありがたい恩寵だ。

 小白香の鞭打ちはしばらく続いた。

 鞭打ちで乳房にはたくさんの鞭の痕が拡がり、幾筋ものみみず腫れができていく。しかし、本当に気持ちがいい。

 

「ああっ……はあ……ああ……」

 

 鞭を打たれるたびに迸る自分の口から流れる声は、自分でもそれが苦痛の声とは思えない。

 右京自身、自分の悲鳴に、快楽に陶酔する甘い響きを感じてしまう。

 

「痒みが癒される快感がわかってきたようだな。なかかなによい素質を持った奴隷だ……。ところで、胸の痒みは鞭打ちで癒えたであろうが、股ぐらの痒みはそのままであろう? むしろ、余計に痒くなったのではないか?」

 

 鞭打ちの疲れで薄っすらと額に汗を掻いている小白香が、右京の乳房への鞭打ちの手を休めて、意地悪そうな視線を小白香に向けた。

 

「か、痒いです──。股も……股ぐらも打ってください──。お願いします──」

 

 乳房を幾ら打たれても、女陰の奥深くや肉芽の掻痒感には、まったく影響がない。

 むしろ、気の狂いそうな痒みに疼ききっている。

 

「よかろう……。今夜ひと晩で、身も心も、完全な奴隷になるように躾けてやる──。しかし、わらわもそろそろ、痒みに耐えきれなくなった──。お前の股ぐらを責める前に最後の試しをしてやる。それで妹を思うお前の心が真実かどうか見極める──。いつもは、躾の終わった奉仕奴隷にさせるのだが、いまの段階のお前に、その奉仕奴隷の代わりができたら、妹とその許嫁とやらは解放してやるぞ」

 

 小白香はそう言うと、道術で椅子を呼び寄せて、右京の眼の前でその椅子に座った。

 同時に、首輪の鎖が一気に緩んで、右京を天井から吊るしていた支えがなくなる。

 

「跪け、奴隷」

 

 全身の筋肉が綿のように疲れきっている右京は、小白香の命令が聞こえるや否や、崩れるようにすぐにその場に跪いた。

 すると、小白香が自分の両足からサンダルを抜いた。

 

「わらわの足を掻け、奴隷──。それができなければ、奴隷失格だ。お前の代わりをお前の妹にさせる」

 

 小白香がきっぱりと言った。

 眼の前に、小白香の片方の足の裏がぐいと突きつけられる。

 これを掻けと?

 だが、どうやって?

 右京の腕は拘束されているのだ。

 

「か、掻きます……。い、いえ、小白香殿下の足を掻かせてください……」

 

「ならば、早う掻け──。わらわも苦しいのだ──。痒くて痒くて、堪らんのだ」

 

 さらに小白香の足が近づけられる。

 だが、掻けと言われても、右京の両腕はさっき背中で拘束されてしまったている。

 それを外してももらわなければ、小白香の足の裏を掻くことなどできない……。

 右京の当惑がわかったのか、小白香は愉快そうに笑った。

 

「……だから、わらわは言ったであろう? 後手に拘束されれば後悔するとな──。両手が使えんのであれば、口でせよ──。舌や歯でわらわの足を掻きむしるのだ。噛んでも構わんぞ──」

 

 小白香が酷薄そうに笑った。

 右京は驚愕した。

 口で掻けと……?

 

「……なんじゃ、できんのか? ならば、妹にさせるだけだ……。あの痒みに一刻(約一時間)も耐えた頑張りが無駄になったな──。残念なことだ──」

 

 小白香がさっと足をおろしてサンダルを履き直した。

 右京はそれで理性を取り戻した。妹を守らなければならないのだ。

 

「お、お待ちください、殿下──。や、やります──。やりますから──」

 

 小白香は本当に右京の妹を奴隷宮に連れてくるだろう。右京は懸命に哀願した。

 

「別に無理をせんでよいぞ──。お前の妹にやらせると言っておるであろう」

 

「い、いえ……。やらせてください。お、お願いします……」

 

 右京はそう言うしかなかった。

 

「そんなに妹が大切か……? 男嫌いの母者は、わらわしか子供を作らなんだ。姉妹のおらんわらわには、そのような姉妹愛は羨ましいし、妹を守るためであれば、どんなことにも耐えられるという気持ちはよくわからんな……」

 

 小白香が嘆息した音が聞こえた。

 そう言えば、確かに、白象の男嫌いは有名だ。

 白象魔王の性愛の対象は、同性の女にしか向けられず、この奴隷宮にも女しか集められていない。

 だが、考えてみれば、小白香の父親は誰なのだろう。

 白象は、ただの一度も、結婚もしていなければ、男の恋人を持ったこともないはずだ。

 小白香の誕生にしても、父親の影のないまま、いつの間にか懐妊していたと伝えられている。

 

 だが、右京の思念はそれで中断された。

 小白香の足の裏が再び右京に向けられたのだ。

 右京は、顔をその足の裏に近づけた。

 

「で、殿下──、どうか、妹だけは……」

 

 右京は言った。

 

「くどいのう……。まあ、約束だけはしてやろう……」

 

 小白香が言った。

 右京は意を決して、顔を近づけて、上の歯で擦るように、小白香の足の裏を掻いた。

 

「ほおおおっ──。き、気持ちがいい──。そこじゃ──。き、気持ちはいい──。あ、足の指を──、足の指のあいだを舌で強く擦れ──。そ、そうじゃ、気持ちがいい──。はああああ──」

 

 右京は懸命に足の裏を歯や舌で擦り続けた。

 一方で、小白香は快美感に身体を激しく震わせながら、嬌声のような声を出している。

 右京はただ無心に小白香の足を歯と舌で強く擦ることだけを考え続けた。

 

 これをすれば、妹を守れる──。

 小白香の足の裏を必死になって口に入れながら、右京はそのことだけを思うことにした。

 

 

 *

 

 

 小白香は、足の痒みの癒えた大きな満足感とともに、奉仕奴隷たちが集めてある部屋に向かっていた。

 右京については、なかなか面白い人材だった。気丈な心の強さもあるし、軍人だけあって激しい責めに耐える体力もありそうだ。

 それに、なかなかの根性だ。

 いくら妹のことを持ち出して脅したところで、あれだけの長時間、痒みに耐えて自ら自分の手を後手にしたまま我慢できるとは思わなかった。

 いまは、股間に『痒み棒』を挿入して放置してきたが、すぐに戻るつもりだ。

 あんな愉しい玩具を手に入れたのは久方ぶりだ。

 

 股で受け入れる時間が長くなればなるほど、強い痒みに襲われる『痒み棒』だが、あの感じだと、命令を守って、小白香が戻るまで、『痒み棒』を股間に挿入したままでじっとしているに違いない。

 戻ったときに、どんな顔で泣いているかお愉しみというところだ。

 とにかく、やるべきことを片付けてから、すぐに右京の調教を再開しようと思っている。

 

 小白香は浮き立つような気持ちに浸りながら、迷路のように入り組んでいる奴隷宮の廊下を進んだ。

 やがて、目的の部屋に到着した。

 

 部屋に入ると、白象のよがり声のような奇声が小白香の耳に届いてきた。

 奉仕奴隷たちに、股間を掻いてもらっている白象がそこにいる。

 小白香が部屋に入ると、奉仕奴隷たちの視線がさっと小白香に向いた。

 奉仕奴隷たちは、小白香の命令に従って、白象の股間を掻き続けていたのだと思うが、小白香の姿に接して、その手を休めて一斉に顔をこっちを向けたのだ。

 

「小白香様、お慈悲を──」

 

「あたしにこそ、お慈悲を──」

 

「わたしも命令に従って頑張りました──。お慈悲を──」

 

 まるで飢えた家畜が、餌を持った飼育人に群がるように、奴隷たちが白象をほったらかしにして、小白香に向かって集まってきた。

 

「うっとうしいわ──。慈悲はやる──。部屋の隅に行け──。壁に身体を接触させると、一度だけ痒みが癒える痛みが、足の裏に走るようにしてやる。だから、早く壁に散れ──」

 

 小白香は手を振った。

 そして、奉仕奴隷たちが壁に触ると、彼女たちの股間に一回だけ激痛が走るように、壁に道術をかけた。

 それを耳にした奴隷たちが一目散に壁に駆けた。

 そして、壁に接した途端に、全員が打ち震えるような快感の声をあげた。

 だが、股間の痒みが癒える痛みの快感は一度だけだ。

 それからそれぞれに、物欲しそうに何度も壁に触り直したり、悶えるように身体をくねらせながら貞操帯に覆われている股間を擦ったりする姿を示した。

 

 ここに集めた奉仕奴隷たちも、最初はみんな、あの右京のように気丈で気が強かったのだ。

 しかし、気の狂いそうな痒みに襲われ続けることで思考力をすっかりと失ってしまい、いまでは、ただただ痒みを癒してくれる小白香の慈悲にすがるだけの動物のようになってしまった。

 

 そろそろ、こいつらも処分する頃だろうか……?

 そんなことを考えたりした。

 まあ、とにかく、いまは母者の白象のことだ……。

 小白香は、白象の視線を向け直す。

 

「母者、満足したようじゃな」

 

 小白香は白象に声をかけた。

 白象は、小白香がこの奉仕奴隷たちの部屋に置き去りにしたときたときのまま、長椅子に横になって全身を縛られた姿でいる。

 呆けたような表情の白象が、口から涎を流したままの顔を小白香に向けた。

 

「ああ……、小白香……」

 

 白象が言った。

 小白香は、ぱちんと指を鳴らして、魔道の貞操帯を復活させる。

 かなりの術式を刻んでいるので。小白香の魔道ひとつで、貞操帯を装着させられるし、脱着もできる。

 いまは、一時帝に消滅させていた貞操帯を装着させたということだ。

 貞操帯の内側には、痒み液をまき散らす小さな触手がびっしりと生えているので、白象はさっそくその刺激を味わっただろう。

 

「ひっ──」

 

 白象がびくりと身体を震わせる。

 いつものことのであるのに、この貞操帯を出現させて装着し直すたびに、白象は怯えた顔を小白香に見せる。

 考えてみれば、この白象も、小白香の痒み責めを受け続けて性根を失ってしまった成れの果てであろう。

 完全に貞操帯が復活したのを確認すると、白象の拘束を解いた。

 

「母者、今日は、もう自室で好きにしてよいぞ。わらわは、今夜は、右京と遊ぶことにする。よければ、母者の別の奴隷を部屋に行かせようか──?」

 

 小白香は訊ねた。

 奴隷宮に集めている奴隷には、大きく白象が管理しているものと、小白香が管理しているものに分かれる。

 しかし、全体的には小白香が統制しているので、白象といえども、勝手には、自分の奴隷を性欲の解消には使えないのだ。

 

「必要ないわ……」

 

 白象は、だるそうな仕草で立ちあがると、小白香に背を向けた。

 横の籠には、着替えを準備している。

 白象はそれをのろのろと身に着けだす。

 

「そうじゃ、忘れておった。母者にやってもらうことがあったのだ」

 

 服を身につけようとしている白象に、小白香は声をかけた。

 白象が不安そうな表情をこっちに向けた。

 

「そんな顔をせんでも、今日はもう母者にはなにもせん。さっき頼んだ右京の妹とその許嫁のことだ」

 

「軍営に捕えておけと言われたふたりね……。今頃は、もう白象宮の軍営に監禁してあるはずよ」

 

 これ以上小白香が白象を責めることがなさそうであることに、改めてほっとしたのか、些かの安堵の表情とともに、白象は答えた。

 

「それを奴隷宮に移送させて欲しい。とりあえず、ふたりとも別々の部屋に監禁しておいてくれ、母者」

 

 小白香は言った。

 

「それはいいけど、結局、あの右京は、あなたの責めに屈したの? 命令に従えば、妹には手を出さないとか約束していたようだったけど……」

 

「いいや、あんな気丈な女は初めてだ。見事に耐えきったぞ。ついには、背中の手を離さんかった。わらわは、妹には手を出さんと約束をさせられた」

 

 小白香は、あのときの必死で悲痛な右京の表情を思い出して、声をあげて笑った。

 

「だったら……」

 

 白象が眉をひそめた。

 

「……なにを言っておるのじゃ、母者? 我が儘で冷酷で有名な白象魔王ともあろうものが、なにを優しげな気持ちになっているのだ? わらわの奴隷に成り下がり過ぎて、すっかりと牙もなくなったのか──? 確かに、わらわは右京の妹には手を出さんと、右京と約束した──。だが、奴隷との約束を守らねばならん理由がなにかあるのか? わらわは、妹だけは助けられたと信じきっておるに違いない右京が、痒み奴隷にされた妹に接して、どんな顔をするのか見たいのだ──。それが面白そうだからな──」

 

 小白香がそう言うと、白象が顔をしかめた。

 そして、なにかを言いたそうな気配になったが、結局、小さく首を振っただけだった。

 

「……言われたことはしておくわ、小白香……」

 

 最後にそれだけを言い、白象は部屋の外に出て行った。



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531 逆転の一撃

 爽快な目覚めというものは、一度も味わったことはない。

 目覚めとともに、足の裏にじくじくとした痒みが襲いかかる。

 小白香は、自分に対する痒みを日常にするために、両足に強い痒み剤を塗りっぱなしにしている。しかも、自分自身への道術で痒みに対する足の感覚を鋭敏にして、それが癒えないようにもしていた。

 だから、目覚めはいつも痒みとともにだ。

 それが、小白香の当たり前の朝である。

 

 しかし、余程の気紛れでもない限り、奉仕奴隷を呼んで、朝に足の裏を奴隷に掻かせることはない。

 目覚めた直後は、まだ感覚が鈍いものだ。

 痒みを発散させてしまうなどもったいない。

 そこで掻いて得られる快感と、痒みを耐え抜いた後で掻いて得られる快感とは比べ物にならない。

 だから、小白香は、簡単に掻いたりはしない。

 

 痒くて痒くて、それでも掻かずに悶え疼く場所を放っておき、どうしても耐えられなくなるまで耐える……。

 そうやって、痒みの苦しさを溜めるのだ。

 

 すると、痒みが爆発しそうになり、痒くて苛つきが頂点に達する……。

 しかし、まだ、ここで痒みを癒してはならない。

 そこは、我慢する。

 すると、ちょっとだけ、痒みが癒える感覚になるときがくる。

 

 このときまで、最後に痒みを癒してから、一日か、二日……。

 だいたいは、そんなものだ。

 もう少しかかるときもある。

 

 痒みが癒えてくる感覚になるのは、身体というよりは、精神が痒みの苦しさに慣れるからだ。

 だが、その慣れは偽物だ。

 すぐに本物の痒みが襲いかかる。

 

 それからが、本当の痒みとの戦いだ。

 小白香の精神と痒みとの激烈な真剣勝負だ。

 

 戦いを一日でやめることもあれば、数日続けることもある。

 どこまで耐えられるかは、そのときの体調によって違う。

 これまでに最大に耐えた日数は十日だ。

 

 とにかく、足の痒みに耐えて、耐えて、耐えられなくなり、それでも耐えて、心が崩壊するかと思う程に耐えたときに、初めて奉仕奴隷に足の裏を皮膚が破ける程に掻かせる。

 

 その気持ちよさは天にも昇るほどだ。

 そのときの快感があればこそ、痒みの限界を耐えることができるのだ。

 

 起き抜けで足の裏を掻きむしりたい欲求を我慢して、いつものサンダルを履き直す。

 このサンダルは、小白香の霊具だ。

 足の裏への刺激を遮断するのだ。

 さすがの小白香も、自分の身体が無意識に痒い足の裏をどこかに当てて刺激を得たり、足の指を擦り合わせたりすることをすべて回避させることはできない。

 意識をして痒みを耐えるということには限界がある。

 それをこのサンダルは助けてくれる。

 つまり、痒みの限界に到達する以前に、小白香の身体が勝手に痒みを癒すことを防ぐのだ。

 

 小白香は鈴を鳴らして、寝室に奴隷を呼んだ。

 身支度の手伝いをさせるためだ。

 白象の性奴隷が集められている白象魔王の私的な住居ということになっているこの後宮、すなわち、奴隷宮には、三種類の奴隷がいる。

 そのうち、奴隷宮の管理に関することや、白象や小白香の身の回りの世話をするのは、主に母者の白象の性奴隷たちだった女たちだ。

 しかし、小白香が奴隷宮の支配を奪ってからは小白香の奴隷である。

 

 この身の回りの世話をする奴隷を、小白香は“痒み奴隷”と呼んでいるが、実際には普通の奴隷だ。

 ただ、性の相手をさせるときには、痒み責めをする。

 それくらいだ。

 さすがに、白象のように、四六時中痒みで苦しめて貞操帯をさせてしまっては、業務が回らなくなる。

 だから、日常では“普通”にしている。

 また、道術で喋れないようにしているが、小白香と白象の関係が逆転していることについては、こいつらは知っている。

 

 小白香の管理する奴隷には、ほかに、奉仕奴隷と実験奴隷であり、両方とも小白香の母親の白象のように、平素から股間などに痒み剤をまぶして貞操帯で封印をしたりしている。

 これらは日常の仕事の役には立たない。

 痒みを癒してやるのも、数日に数回という程度なので、そんなにももたないことが多い。

 

 すぐに、当番の奴隷がふたりやってきた。

 金属の首輪をつけ、手首と足首に革帯をつけ、素肌が透けて見える薄い布だけを身に着けている。

 乳首や恥毛が布を通して薄っすらと見える。

 

 完全な全裸ですごさせることよりも、こうやって際どい露出をさせるのは、もともとの白象の趣味だった。

 だから、こっちの奴隷宮の支配を小白香が握ってからも同じ格好をさせている。

 しかし、白象がこいつらを使って身体を慰めることは、この二年くらいないはずだ。

 白象の激しかった性欲も、この二年はあまり盛んではない。

 いや、そもそも日常的に、触手つきの貞操帯を嵌めさせており、女奴隷と遊ぶことも勝手にはできない。

 小白香の母親である白象そのものが“奴隷”なのだ。

 しかも、日常的に、痒み責めにして、貞操帯で封印してしるという点では、立場は“奉仕奴隷”である。

 

 二年前、騙して小白香への道術を封印し、痒み拷問を一箇月にも及んで続けることで、完全に白象の心を屈服させ、隷属の誓いをさせた。

 しかも、白象の足の裏と股間を絶えることのない痒み責めにしたままにしていて、いまでは貞操帯や特殊な霊具の靴で封印して、四六時中痒みが癒えることがない境遇にしている。

 あれが逆転の一撃だった。

 

 それ以来、白象は、実の娘である小白香の性奴隷だ。

 もっとも、それは白象と小白香の関係だけのことであり、魔王としての白象の地位に変化はない。

 相変わらず、この白象宮の正殿(せいでん)側も奴隷宮側も白象の結界に包まれており、いまでも白象は、それなりの道術を発揮できる。

 如何に隠したところで、もしも、宮廷府全体にかけている結界の術者が白象でなくなれば、誰でも白象が力を失ったことがわかってしまう。

 従って、白象はいまでも、偉大な道術のかけ手でなければならないのだ。

 

 小白香が取りあげたのは、小白香に対する道術効果と、小白香の道術に対する抵抗力だ。

 白象の魔王としての力が、小白香に対してのみは無効になるのだ。

 白象は娘の小白香にいかなる道術もかけることはできずに、逆に、小白香は白象の身体に好きなように道術をかけることができる。

 そういう道術契約を結ばせた。

 

 しかも、精神的にも娘の小白香に抵抗できないように、あれ以来、なにかにつけ、白象の牙を抜くための痒み調教を繰り返している。

 その日々が、白象からほかに向ける性欲を奪っているのだ。

 白象が申し出れば、いつでも性奴隷の使用を許可すると告げているが、いまの白象にとっては、性奴隷たちを責めて愉しむよりも、小白香に責め抜かれることの方が、満足した性の快感を受けられるはずだ。

 二年前以降、白象が性奴隷の貸し出しを小白香に求めたことはない。

 

「失礼いたします、王女殿下……」

 

 部屋に入ってきたふたりの性奴隷が、寝台の横に腰掛けている小白香に一礼した。

 

「うむ……」

 

 小白香は立ちあがって、軽く両手を開いた。

 まずは、小白香から奴隷たちが寝着を取り去る。

 寝るときには、下着の類いは身につけないので、それで小白香はサンダル履きだけの素裸になる。

 続いて、奴隷のひとりが、背後に回り小白香の白い髪をすき始める。

 もうひとりは、寝汗で汚れた身体の洗浄だ。

 ぬるま湯を溜めた容器に浸しておいた布で、小白香の身体を拭くのだ。

 小白香は、そうやって、奴隷が足首から上のすべての場所を拭き終るまでじっとしている。

 奴隷が布で身体を拭く場所は、小白香の全身のすべてだ。

 耳垢、鼻の穴、口、性器、尻の穴に至るまで徹底的に綺麗にされる。

 そうやって、ひとりの奴隷が小白香の身体を拭き終わった頃には、もうひとりの奴隷による髪の手入れも終わっている。

 

 ふたりが一礼をして、部屋を出て行き、入れ替わって服や装飾具を抱えた奴隷が三人入ってくる。

 彼女たちが群がり、小白香の身体に下着を身につけさせて、服を着させる。

 正殿である白象宮に行く用事がある日のときには、正装に近い服がこのときに準備されているときが多いが、今日のように一日を奴隷宮ですごすような日は軽装だ。

 装飾具も簡素なものだ。

 

 小白香の身支度がすめば、三人の奴隷が退出して、次に入ってくるのは、朝食の盆を抱えた奴隷だ。

 これも三人いる。

 ひとりは食べ物を載せた盆を抱えて、移動して椅子に座った小白香の前に立ち、もうひとりは、小白香の横に立ち、飲み物を抱えた盆を持つ。

 このふたりは、ただ盆を抱えるだけの役割であり、給仕はもうひとりの女奴隷がする。

 

 小白香は、盆の上の箸をとり、汁物から始めて、朝食を口にし始めた。

 食事が始まれば、三人のうちの盆を持つふたりは卓としての扱いになる。

 いかなることをされても、動いてはならないことになっている。

 食事が半分くらい済んだところで、小白香はふと悪戯心が湧いた。

 小白香は、食べ物が載っている盆を両手で持っている奴隷の薄物の裾の下に、持っていた箸をすっと入れた。

 奴隷の着ている薄物の裾は、奴隷たちの腿の半分くらいの丈しかない。

 下から剥ぐって、箸先を股間に触れさせるのは簡単なことだ。

 

「あっ」

 

 目の前の奴隷がびくりと動き、盆の上の物ががちゃりと揺れた。小白香の箸が奴隷の股間の肉芽に当たったのだ。

 以前の白象の趣味だったので、前からここにいる性奴隷たちの肉芽は、かなりの大きさに成長させられていることが多い。

 この奴隷もそうだ。

 だから、簡単に箸で摘まめるし、非常に敏感でもある。

 

 奴隷が真っ赤な顔になり震えだす。

 小白香の箸は奴隷の肉芽をしっかりと摘まんで左右に振ったり、軽く摘まみあげたりしている。

 その刺激に懸命に耐えているのだ。

 

「くうっ」

 

 股間を弄られている奴隷が歯を喰い縛って姿勢をただした。

 しかし、小白香の箸は執拗に奴隷の股に刺激を与え続けている。

 刺激に弱くなるように調教された肉芽をこんな風に直接的に愛撫されるのは、かなりつらいはずだ。

 だが、もしも、動いて粗相などをすれば、その瞬間に、この奴隷は、“奉仕奴隷”か“実験奴隷”に格下げされることになっている。

 白象が管理する性奴隷たちは、奉仕奴隷に格下げになれば、貞操帯を嵌められて、癒されることのない痒み地獄に陥らされるということを知っている。

 あるいは、実験奴隷ともなれば、おかしな病気にさせられて苦しんだ挙げ句に死ぬだこだ。

 いずれも、死の宣告と同じである。

 だから、この奴隷も必死になって、小白香の悪戯に耐えている。

 

 小白香はしばらくそうやって、目の前の奴隷のひとりが、快感を我慢して身悶えするのを愉しんでから、その女奴隷を許すことにして、薄物の裾から箸を抜いた。

 奴隷がほっとした顔になった。

 もう少し悪戯を続けてもいいし、粗相をするまでいたぶりを繰り返すこともある。

 たとえば、さっきまでいじっていた肉芽に、常に開発を続けさせている痒み液を塗るとかだ。

 しかし、今朝は自重することにした。

 それも愉しいのだが、今朝はそんな気分ではない。

 そもそも、今日は忙しいのだ。

 

 昨日は、叔父の青獅子魔王が占領した人間族の城郭から、沙那という女戦士と雪蘭(せつらん)という貴族の童女が移送されてきたし、右京という美人将校も奴隷にした。

 右京の妹の夢華(ゆめか)という娘とその許嫁の楽清(らくせい)という優男も奴隷宮に連れ込んでいる。

 その調教をしなければならないのだ。

 

 小白香は、早々に朝食を済ませると、まずは、沙那と雪蘭を閉じ込めている部屋に向かった。

 あのふたりは、痒み液と媚香を充満させた絨毯を敷き詰めた部屋に、ひと晩中、素っ裸で閉じ込めてやっていた。

 しかも、身体を掻けば手や指が消滅する道術をかけ、痒み効果のある薬水を繰り返し浴びせながらだ。

 

 いま頃は、ふたりとも腕も指もなくなっており、身体を掻く手段をなくして、ふたり揃って、薬剤に濡れた全身の痒さで、踊り狂っていることだろう。

 

 ふたりを監禁している部屋の外側の廊下に着いた。

 すべての監禁部屋がそうだが、調教前の奴隷たちを閉じ込める部屋には扉も窓もない。

 だから、道術でなければ出入りできないようになっている。

 室内の声や物音も道術なしに廊下には漏れない。

 小白香は、ふたりを監禁している部屋の前に立つと、まずは、室内の音を壁を挟んだ廊下側に道術で繋いだ。

 

「元気だったか、ふたりとも? まだ、生きてはいるだろうのう?」

 

 声だけを送る。

 しかし、返事がない。

 

「おや?」

 

 小白香は思わずひとりで呟いた。

 静かなのだ。

 てっきり、声を繋げた途端に、中にいる沙那と雪蘭の悲鳴や哀願の声が聞こえると思っていたのだ。

 監禁してからひと晩経っているから、もう、その気力も失われている可能性もあるが、それは小白香の声を送った瞬間に、暴発するように、監禁しているふたりの泣き声が炸裂するはずだった。

 

 これまではすべてそうだった。

 一晩くらいだと、声も出せないほどに疲れるというわけでもない。

 それに、眠っているということもないはずだ。

 あの部屋の絨毯には、痒み液が充満していて、少なくとも足の裏は猛烈に痒いはずだ。

 そんな場所に横になれるわけもなく、横になって眠ることなどできない。

 だから、あの部屋に閉じ込められた犠牲者は、ひと晩中立っているしかない。

 

 いや、かすかに声が聞こえる……。

 小白香はそれに気がついた。

 

 なにを言っているのかわからないが、沙那の声のようだ。

 なにかを小さな声で呟き続けているようだ。

 小白香は、『移動術』で自分の身体を室内に転送させた。

 

「おや、沙那──。お前、まだ耐えていたのか?」

 

 部屋の中に跳躍した小白香は、眼の前の光景に驚いてしまった。

 汗なのか薬水なのかわからないが、全身をぐっしょりと濡らした沙那が、腕一本だけで雪蘭を足の甲の上に乗せて抱きかかえている。

 また、眼は虚ろで、まるで凍える者のように全身を痙攣させている。

 閉じ合された腿をしきりに擦り合わせたり、足の裏が小刻みに床に擦りつけるような動きを続けていることから、しっかりと意識があることだけは辛うじてわかる。

 それに比べて、沙那に一本腕で抱かれている雪蘭は完全に眠っているようだ。

 

 片側は消えてしまっているが、沙那の腕が片方残っているということは、沙那はひと晩中、繰り返し襲う痒み水に耐えて、身体を掻かなかったということになる。

 

 小白香はそのことに度肝を抜かれた。

 そんなことはありえないと思ったのだ。

 

 小白香の痒み水を繰り返し浴びて、その痒さを一晩耐えるというのは、人間族が耐えられる限界を遥かに超えているはずだ。

 

 それは雪蘭も同じだ。

 薬水の痒み効果は凄まじい……。

 それに耐えて、あんな風に寝息をたてて寝られるわけがない。

 

 ふと見ると、雪蘭の手の指は、人差し指を除いてすべて消滅し、両手首は背中側で密着している。

 雪蘭は身体の痒い部分を掻いてしまって、道術が効いてしまったようではある。

 

 そして、なによりも異様なのは沙那の表情だ。

 まるで夢遊病者のように呆然として無表情であり、なにかを呟き続けている。

 小白香が部屋にやってきたことにまるで気がついていないかのようでもある。

 

「沙那、お前、大丈夫なのか?」

 

 小白香は言った。

 しかし、沙那は、返事もなければ、小白香に向かって視線を向けもしない。

 相変わらず、口の中でなにかを呟き続けているだけだ。

 

 本当は意識がないのだろうか……?

 それにしては、しっかりと身体は動き続けている。

 耐えていはいるが、怖ろしい痒みに襲われていて、身体を少しも静止させられないでいる感じでもある。

 沙那の足に乗っている雪蘭の足の裏が無事なのは、ここからでもわかるが、逆に、沙那の足の裏がすでに大変な痒みに襲われているのもわかる。

 だから、我慢できずに床に擦るように動かし続けているのだろう。

 

 だが、どうにも様子がおかしい……。

 もう発狂してしまったのだろうか……?

 

 たったのひと晩で狂ってしまうというのは、いかにも脆い。

 青獅子の使者から事前に聞いていた沙那の性質とは異なる。

 小白香は、とにかく沙那がなにを呟いているのか確認するために、そばに寄ることにした。

 

 小白香が近づいても、沙那はなんの反応も示さなかった。

 まるで、小白香などいないかのようだ。

 小白香は沙那の口元に耳を寄せた。

 

「……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……。……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……」

 

「はあ?」

 

「……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……。……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……」

 

 最初はあまりにも小さな声だったので、よく聞き取れなかったのだが、やがて、沙那が呟き続けているのがその言葉だということがわかり、小白香は驚愕した。

 

「お前、なにを言っておるのだ──?」

 

 思わず叫んだ。

 すると、あらぬ方向を向いて呆然としているだけだった沙那の表情が急に一変した。

 

「い、いま、聞いた通りよ──。すぐにわたしたちを解放しなさい──。さもなければ、息がだんだんとまって死ぬわよ──」

 

 沙那がそう怒鳴りながら、いきなり残っていた片腕で、小白香の首の横を突いた。

 その瞬間、急に喉に大きな球体のようなものが詰まったような感覚が襲った。

 

「お、お前、な、なにを……」

 

 小白香は、息ができなくなってその場に崩れ落ちた。

 ほんの少ししか息が入ってこない。

 なにをされたのかはよくわからないが、さっき、沙那が指で小白香の首を突いたことによる影響であることに間違いない。

 

「……け、経絡突きよ──。さ、さあ、わたしたちを解放しなさい──。わ、わたしに道術をかけて殺しても無駄よ。もう一度、経絡を突かない限り、元には戻らないわ──。くううっ……。よ、よくも、こんな酷い目に、ひと晩中遭わせてくれたわね──」

 

 沙那が片腕を離したために、雪蘭は床に崩れ落ちている。

 しかし、なぜか、眼が覚めないでいる。

 どうやら、雪蘭は意図的に眠らされているようだ。

 さっき、指で身体の一部を突いて肉体に異常を起こさせるというおかしな術を沙那が使った。

 それと同じ技なのだろう。

 痒みに耐えられそうにない雪蘭を、沙那はさっきの指の技で眠らせて楽にさせたのに違いない。

 

 それにしても、だんだんと苦しくなる。

 道術を──。

 

 しかし、道術をかけるために印を刻もうとするが、呼吸を制限されたことで精神集中がうまくいかない……。

 

「あっ、がっ、があっ」

 

 助けて──。

 死ぬ──。

 

 息ができない。

 懸命に吸おうとするが、身体に入ってくるのは、ほんの少しだけだ。

 小白香は、喉を掻きむしった。

 

 しかし、なんの変化もない……。

 頭が朦朧とする……。

 小白香の心に死の恐怖がやってきた。

 

 嫌だ──。

 死にたくない……。

 

「た、助け……て……」

 

 小白香は沙那の足元にうずくまったまま呻いた。

 

「わ、わたしたちを外に出すのよ──。そ、それに、こ、この痒みを消しなさい──」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「……で、できない……」

 

 小白香はやっとのこと言った。

 それをしたくても精神集中ができなくて道術をかけられないのだ。

 

「……だ、だったら、そのまま死になさい──。死ねば術も消えるでしょう……」

 

 沙那が、怒りそのものの顔で言った。

 

「た、助け……あっ、があっ……あっ……」

 

 本当に息がとまりかけている。

 吸えない──。

 

 どんなに息をしようとしても身体には、ほんの少ししか息が入ってこない。

 不思議な喉の異物が完全に喉の中の息の通り道を塞いでいる。

 

 次第に頭の中が苦しくなる。

 そのとき、部屋の中に霊気の流れを感じた。

 沙那の指が小白香の眉間に置かれるのがわかった。

 不意に、部屋に白象が出現した。

 道術で部屋の中に転送してきてくれたのだ。

 

「……なにがあったの──? 外の廊下にまで騒ぎが聞こえているわよ」

 

 白象が言った。

 さっき、この部屋の音を外の廊下に繋いだ。

 それを繋ぎっぱなしにしたままだったので、この部屋の声が外に漏れ、その騒ぎを耳にした白象がやって来てくれたに違いない。

 相変わらず、貞操帯の中の股間が痒いらしく、太股を擦り合せるような仕草を続けているが……。

 

「あ、あんたが白象魔王? わたしたちを解放するのよ──。さ、さもなければ、この娘は死ぬわよ。この眉間の経絡を突けば、この娘は瞬死するわ──」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「は……た……あ……」

 

 母者、助けてくれ──。

 

 そう言おうとするのだが、苦しくて声が出ない。

 だんだんと意識が消えていく。

 意識を保つのが難しくなっている。

 

 苦しい……。

 息が……。

 死にたくない……。

 自分の眼からつっと涙が流れるのがわかった。

 

「瞬死──? 指一本で?」

 

 白象が大きく眼を見開いた。

 

「は、早く解放しなさい──」

 

 沙那が全身を激しく痙攣させながら悲鳴のような声をあげた。

 

「解放?」

 

 事態をうまく飲み込めていないのか、白象が当惑した表情をしている。

 

「……そ、そうよ──。い、いや、その前に、痒みを消して──。わ、わたしたちの身体の痒みを消しなさい──。は、早く──」

 

 沙那の指が震えている。

 痒みで苦しいのは確かなのだ。

 

「痒み……? ああ、そういうことね……。お前は経絡突きができるのね……。それで、油断をした小白香が、経絡突きを受けて、虫の息ということなのね……。これは、どうしたものかしらねえ、小白香……」

 

 朦朧としてきた小白香の視界に、白象の意味ありげな微笑が映った気がした。



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532 女魔王の提案

「痒み……? ああ、そういうことね……。お前は経絡突きができるのね……。それで、油断をした小白香が、経絡突きを受けて、虫の息ということなのね……。これは、どうしたものかしらね……」

 

 白象魔王が微笑んだ。

 その余裕ありげな微笑を見たとき、沙那は残念ながら自分の試みが失敗したことを悟ってしまった。

 経絡突きは、沙那の全身全霊の気を集中して行う必殺の一撃だ。

 それだけに、痒みが全身に襲ってきて少しもじっとしていられないような状態では無理なのだ。

 最初の一撃は怒りの一撃であり、沙那にとっては奇跡のようなものだ。

 

 沙那の指は、小白香の瞬殺の経絡のつぼを目がけて指差してはいるが、その指先は震えて、とてもじゃないが気を集められない。

 今度は、打っても成功しないだろう。

 身体が狂おしい掻痒感に襲われていて、こうやって立っているだけでもつらいのだ。

 薬液による痒さが、沙那から集中力を奪っていっている。

 

 白象魔王は、沙那がやった攻撃が経絡突きであることを見抜いた。

 経絡突きをたしなむ者であれば、それが途方もなく集中力を必要とする技であることは常識だ。

 娘の小白香に、沙那が瞬殺の経絡突きの姿勢を見せているのに、あの余裕の笑みを浮かべているのは、すでに、沙那に次の経絡を打ち込む力がないことを見抜いているに違いない……。

 

「……あ……か……」

 

 沙那の足元の小白香が苦しそうにもがいている。

 おそらく、苦しさで口をきけないのだ。

 本人は死の苦しみを味わっているはずだが、いまの状態は、それが続くだけで死にはしない。

 せいぜい、気絶するくらいだ。

 生命が断たれる寸前の窒息責めの状態にあるだけだ。

 最初の一撃で、死に至るつぼを押して、死なせることはできた。

 しかし、それでは小白香が死ぬだけで、沙那と雪蘭は助からない。

 だから、死の苦しみを与える経絡を選んだ。

 

 騒動を聞きつけて、誰かがやってくるのは計算の範疇だった。

 まさか、白象魔王自身が部下も連れずにやってくるとは思わなかったが、白象魔王だと確信したときは、それがむしろ好都合と考えた。

 白象を見たのは初めてだったが、ひと目でこの女が、三魔王のひとりであり、女魔王の白象魔王であることはわかった。

 

 白象魔王は、この宮殿の中で、沙那や雪蘭の生殺与奪の権限を持っている唯一の存在のはずだ。

 その白象に対して、娘の小白香を人質にとって脅せば、娘を助けるために女魔王が感情的な決断を即座にすることが期待できる。

 沙那たちが解放される可能性も高いはずだった。

 だが、眼の前の白象は、小白香が死に瀕している光景に少しも動揺していない。

 むしろ、この状況を愉しんでいる気配すらある。

 

「どうしたの、沙那……。手が震えているわよ……。それじゃあ、経絡突きは成功しないわよ。もっと、しっかり狙わないと……」

 

 白象が笑った。

 

「う、うるさい──。わ、わたしたちの痒みを消しなさい……。こ、殺すわよ──。娘を殺すわよ──」

 

 沙那は小白香に指を突きつけて叫んだ。

 だが、やはり、この白象は、娘の小白香が死ぬと思っていないか、それとも、死んでもいいと思っているに違いない。

 まったく平然としている。

 おそらく、沙那の経絡突きなど、もう二度目はできないということもわかっているのだと思う。

 だからこその余裕としか考えられない。

 沙那の心に絶望が走る。

 

「……は、は……じゃ……あ……」

 

 小白香がもがいて、白象のところに手を伸ばした。

 白象の立つ場所に向かって這い進もうとしている。

 沙那はその手を蹴飛ばして、小白香が逃げるのを拒んだ。

 

「……いいわ。痒みを消せばいいのね……。自分自身の苦しみは消せないけど、他人であれば、小白香の薬水の痒みもあっという間に消せるわ……。中和剤となる水をかけてあげるわ」

 

 白象が言った。

 意外な言葉に沙那は驚いた。

 この全身の痒みが消えてくれれば、経絡突きももう一度可能になるかもしれない。

 それならば状況も変わる。

 

「一気にいくわよ……」

 

 白象が言った。

 次の瞬間、天井から大量の液体が降り注いだ。

 掻痒感があっという間に消滅する。

 痒みの苦痛が消滅する愉悦は、全身を蕩けさせるほど気持ちがいい……。

 沙那は一瞬、我を忘れて、その快感に酔った。

 

 そして、はっとした。

 はらわたが捻られるような感覚が襲ってきている。

 

 『移動術』だ──。

 

 道術でほかの場所に転送されようとしているのだ。

 慌てて、人質にしている小白香を確認しようとした。

 

 だが、いない──。

 

 さっき、中和剤を大量にかけられたときに、一瞬だけ視界がなくなり、そのとき、小白香から意識を離した気がする。

 その隙を突かれて、白象によって、小白香の身柄を先に『移動術』で転送されたのだと思った。

 口惜しいが、もうどうしようもない。

 

 そして、気がつくと、別の部屋だが、さっきと同じような扉も窓も家具もなにもない監禁部屋にいた。

 たったいままでいた部屋と違うのは、床にあった絨毯がなくなっていることだ。

 床は石畳になっている。

 

 やはり、小白香はいない。

 また、雪蘭(せつらん)もいなくなっている。

 このふたりも、さっきの部屋から、別の場所に転送させられたか、あるいは、さっきの部屋にまだ残されているかであろう。

 

「面白い女ね、沙那……。わたしもいままでに、たくさんの奴隷を見てきたけど、あそこまで小白香を追いつめた奴隷は初めてよ……。だけど、残念ながら、小白香への経絡突きの影響なんて、わたしの『治療術』ですぐに元に戻せたわ。あの雪蘭という童女も、お前の経絡突きで眠らせていたようだけど、彼女もついでに、経絡突きの影響は消しておいた。なにしろ、ここはわたしの結界で包んでいる奴隷宮だから、あの雪蘭にもわたしの道術はかけられるしね」

 

 白象は言った。

 宝玄仙の魂の欠片を体内に仕込んでいるために、道術をかけることができる沙那はともかく、雪蘭はまったく霊気を帯びないただの人間族だ。

 霊気を帯びない者には、本来は道術などかけることはできないが、道術を扱う者の結界の中であれば、話は別だ。

 白象が言う通り、白象の結界内であるらしいこの奴隷宮では、白象は自在に雪蘭にも道術をかけられる。

 沙那が雪蘭に突いた“睡眠の経絡”もあっという間に無効にできただろう。

 

 失敗した……。

 沙那は絶望した。

 唯一の機会に賭けた小白香を人質にするという策は、小白香を奪い返されたことで終わった。

 あとはもう、白象の結界の中であるこの奴隷宮で、娘を殺そうとした報復として、なぶり殺されるだけだろう。

 

 沙那は死を覚悟した。

 簡単には死なせてはもらえないかもしれない……。

 ここは、白象の結界の中だ。白象はどんな残忍な殺し方でも自由気儘にできる。

 

 いや、絶望するには、まだ早いかもしれない……。

 沙那はふと思った。

 あの全身を蝕んでいた痒みが消えているのだ。

 これなら……。

 

 沙那は白象に襲いかかった。

 まだ、腕は一本残っている。

 指が一本ありさえすれば、経絡を打ち込める。

 だったら、今度は白象自身を人質にしてやる──。

 

「物騒な片腕ね……」

 

 沙那の腕が白象の身体に到着する直前に白象がそう言った。

 

「わっ」

 

 沙那は空中で悲鳴をあげた。

 白象に向かって伸ばしていた片腕が二の腕の先から消滅したのだ。

 これで沙那は両手を切断されたような状態になった。

 しかも、白象に身体が当たる寸前に見えない壁に阻まれ、ふわりとなにかに包まれた。

 そして、気がつくと、両脚を拡げて床の上に立たされていた。

 二の腕から先のない両腕も大きく横に開いた体勢でまったく動かない。

 まるで見えない壁に磔にされたような感じだ。

 

「くっ」

 

 沙那はもがいた。

 しかし、全身が金縛りになったようにびくともしない。

 

「お前の望みは、ここから解放されること、沙那?」

 

 うっすらと笑みを浮かべる白象が、沙那の前に立って言った。

 

「そ、そうよ……。でも、それを訊ねてどうするの? 逃がしてくれるの……?」

 

 沙那は磔の体勢のまま白象を睨んだ。

 

「なかなかの根性ね……。ひと晩中、小白香のあの痒み液に耐えて、経絡突きの機会を待っていた精神的な耐久力も素晴らしいわ……。なによりも、道術ではなく、経絡突きであれば、道術を扱う者はむしろ油断する……。道術を扱う相手に対する暗殺者として適任かもしれないわね……」

 

 白象がひとり言のように言った。

 

「な、なによ……?」

 

 沙那はじろじろと自分を眺める白象の視線がうっとうしくなった。

 

「取引きしてもいいわよ、沙那」

 

 突然に白象が言った。

 

「取引き?」

 

「そうよ。この奴隷宮から解放してもいいわ……」

 

 白象が言った。

 沙那はびっくりした。

 そして、白象の顔を改めて凝視した。

 どうやら、なにかの思惑があるようだ。

 

「その条件は? ただ逃がしてくれるわけではないんでしょう?」

 

 沙那は言った。すると、白象が笑いだした。

 

「そうね──。確かに、条件があるわ……。その前に 教えてあげるけど、その失った腕は、わたしの結界のかかった空間にいることによって効果が及んでいる幻よ。結界の外にさえ出れば、腕は復活するわ。それは、あの雪蘭も同じね──」

 

「復活する?」

 

「ええ……。それだけじゃない。ここにいる奴隷たちには、腕や指のない者も多いけど、すべて、本当に切断しているわけじゃないわ。道術でそう見せかけているだけ──。絶望を与えるためにね。まあ、奴隷宮に監禁されている限り、本当に切断されようが、道術でそう幻術されようが変化はないけどね……」

 

「……なんで、わたしにそれを教えるのよ……?」

 

 沙那は言った。

 幻と言われたが、二の腕から先にはなにも感じない。

 切断されて消滅したとしか思えない。

 白象が言う通り、ここに閉じ込められている限り、本当に切断されようが、道術でそう幻術されようが変化はない。

 

「一応、大事なことだからね。つまり、腕がなくなったのが、わたしの道術であろうと、小白香の道術であろうと、この白象宮の敷地から出れば、復活するということよ。腕が戻れば、さっきの経絡突きも可能になるわ」

 

「はあっ?」

 

「だから、その技で仕事をしなさい。それが解放の条件よ」

 

 白象が言った。白象の眼には全くの淀みがない。

 どうやら、白象は大真面目な取引を沙那に提示しているようだ。

 

「仕事とはなによ?」

 

「わたしが命じる相手を殺しなさい……。その経絡突きの技でね」

 

 白象がさらに沙那の顔に近づいて、耳元にささやくように言った。

 

「こ、殺す──? 誰を──?」

 

 沙那は突然の話に当惑した。

 この白象は、一体全体、沙那に誰を殺せと要求しているのか……?

 

「……道術では絶対に殺せない相手よ……。かといって、武器でも無理。警戒をしているからね。物理的な襲撃にだって、そいつの結界が邪魔をするわ。だけど、経絡突きなら、あいつも予想もしていないはずよ──。お前ならあいつに近づける……。奴隷として……。そして、殺しなさい。今度は、窒息責めなんて、まどろっこしいことをする必要はないわ。一発で即死させなさい」

 

 白象は真顔で言った。

 

「だ、だから、誰を殺せというのよ──?」

 

「それは、わたしと『主従の誓い』をしてもらってから告げるわ」

 

 白象は言った。

 

「『主従の誓い』──?」

 

 沙那は声をあげた。

 『主従の誓い』というのは知っている。

 霊気を帯びている者同士で結ぶ一種の道術契約だ。

 ただ、別名、『奴隷契約』ともいい、これを一度結ぶと、主人側が解除するまで、従者の側は、絶対に主人を裏切れない。霊気の力が心を拘束するのだ。

 ある意味、操り術と似ている。

 

 宝玄仙と金角がその『主従の誓い』を結んでおり、金角は宝玄仙に安住の地の提供を誓い、宝玄仙も旅の終わりに、金角の支配地域に行くことを約束している。

 一度、敵対した相手だが、宝玄仙は金角の裏切りを心配していない。

 『主従の誓い』とは、それほど絶対のものなのだ。

 

 本来は、沙那は霊気のない人間族なので、道術契約は結べないのだが、宝玄仙の魂の欠片を身体に入れていることで霊気を帯びており、道術契約を結ぶことはできる。

 それは、以前に確かめたことがある。

 だから、道術契約の変形である『主従の誓い』も結べるはずだ。

 

「そうよ……。『主従の誓い』よ。それを結ぶ前に、殺す相手なんて、口にできるわけないでしょう」

 

「な、なんで、そいつを殺したいの?」

 

 『主従の誓い』なんて冗談じゃない。

 だが、沙那は拒否する前に、白象がどうして、沙那にそんなことをさせたいのか知りたかった。

 それは白象の力では、どうしようもない相手に違いない。

 

 おそらく、白象は、その相手のことを前から恨みに思うか、殺すべき相手と考え続けていたに違いない。

 だが、その手段がなく諦めていたのではないか。

 しかし、たったいま、沙那の経絡突きを目の当たりにした。

 そして、これならば、その相手を殺せると判断したのかもしれない。

 だから、いきなり、沙那にこんな要求をしているのだろう。

 魔王である白象が、手を出せない程の相手というのは……。

 

「……わたしに権力を与え、そして、それを気紛れで奪おうとしている張本人よ……」

 

 白象が吐き捨てた。

 だが、すぐに思わず口走った自分の発言を後悔したように舌打ちした。

 

「……まあ、いいわ……。さあ、『主従の誓い』をしなさい──。それで自由よ。仕事さえすれば、お前を解放してあげるわ」

 

 白象が声をあげた。

 

「い、や、よ──」

 

 沙那は磔のままはっきりと言った。

 

「い、嫌? 解放してやると言っているのよ──。お前が生き残れる手段はそれしかないわ──」

 

 白象も大きな声をあげた。

 

「わ、わたしを馬鹿だと思っているの、白象? 誰を殺させたいかわからないけど、そんな仕事をした後で、わたしをあんたが自由にするはずがないわ。よくて、一生あんたの飼い犬にさせられるか、それとも、口封じに殺されるかね──。いずれにしても、わたしには、大切な仲間がいるわ。ご主人様もね──。『主従の誓い』なんて結ばない──。嫌よ──」

 

「な、なんですって──? 拷問にかけて、『主従の誓い』を誓わせることもできるのよ、沙那──」

 

「やりたきゃ、やりなさいよ──。どんなに責められても、嫌なものは嫌よ──」

 

 『主従の誓い』などすれば、もう終わりだ。

 本当に誰のことが大切で、誰を裏切ってはならないか、自分でもわからなくなるのだ。

 宝玄仙や孫空女たちを裏切れと言われれば裏切るだろう。

 白象の利益を守るために……。

 そんなことは死んでも嫌だ──。

 

「なるほど、『主従の誓い』か……。面白いのう……」

 

 不意に部屋に別の声がした。

 すると、白象の横に小白香が出現した。

 少しばかり、髪が乱れているが、身体の状態は元に戻っているようだ。

 おそらく、白象が『治療術』で経絡突きの影響を消滅させたのだろう。

 小白香は、口元は笑ってはいるが、眼に怒りの感情を露わにして、沙那を睨んでいる。

 沙那はぞっとした。

 

「……残酷に殺してやろうと思うておったが、『主従の誓い』か……。その方が面白そうだな。わらわにもこれからは、お前のような有能な家来を持つ必要もあるかもしれん──。これからはな……。沙那、母者ではなく、わらわと『主従の誓い』を結んでもらうぞ。それで一生、飼い殺してやる。ありがたく思え──」

 

 小白香が沙那に向かって言った。

 

「い、嫌だと言っているでしょう──」

 

 沙那は声をあげた。

 すると小白香がくくくと喉の奥で笑った。

 

「わかっておるわ。だが、明日も同じことが言えるのかのう……? 明日言わなくても、明後日はどうであろう? それとも、その次の日は? 果たして、何日でお前は、お願いだから、『主従の誓い』をさせてくれというであろうかのう? 愉しみだ」

 

 小白香が、手のひらを空中に拡げた。

 少しだけ念を込めるような仕草をしていたが、すぐにその手の上に小さな壺が現われた。

 小白香はその壺を傾けて、中の液体を手のひらに乗せた。

 そして、その手で沙那の腿の付け根あたりをゆるやかに擦った。

 

「ふうっ──」

 

 沙那はその部分に、眼の前の少女の手を感じた途端、得体のしれない感覚に全身を震わせた。

 

「……ほう……? なかなか、敏感なのだな、沙那? ならば、痒み責めと合わせて快感責めにもしてやろうかのう? これは、わらわの特別製の痒み液だ。もうすぐ、これを塗られた部分が痒くて堪らなくなるぞ。これを全身に塗ってやるぞ……。そして、その敏感そうな身体を責めまくってやる……。どのくらいで音をあげるのかのう?」

 

「や、やめて──。やめなさい──」

 

 沙那は昂ぶった声をはりあげて、拘束された身体をうねらせた。

 しかし、大きく開いて縛られた身体はびくともしない。

 その沙那の内腿に小白香が手に乗せた液体が塗りつけられていく。

 

「なっ……。か、痒いいいいい──」

 

 あっという間に込みあがった内腿の痒さに沙那は悲鳴をあげた。

 液体を塗られた内腿にむず痒さが湧き起こったのだ。

 しかも、だんだんと強くなる。

 沙那はさらに悲鳴をあげた。

 

「……まだ、内腿ぞ、沙那。これを敏感な部分に塗られるのだぞ──。せいぜい、頑張って、わらわを愉しませてくれねば困るぞ──。一日でも長く耐えて、わらわを悦ばせてくれ。お願いだから、簡単に屈服するではないぞ」

 

 小白香が笑いながら、今度は沙那の乳房に手をかけて、ゆっくりと乳首から乳房の裾にかけて揉みしだいていく。

 もちろんその手にはたっぷりと薬液が乗っている。

 

「や、やめてええ──」

 

 亜人とはいえ、まだ成人に程遠い少女に、こんな辱めを受ける恥辱と口惜しさに、沙那はつんざくような悲鳴をあげた。

 

「ところで、母者?」

 

 小白香が急に沙那へのいたぶりをやめた。

 そして、横に突っ立っていた白象に視線を向けた。

 すると、白象がたじろぐような表情を小白香に見せた。

 

「か、身体が戻ったようね……。よ、よかったわ、小白香……」

 

 白象がまるで娘の小白香に媚を売るような表情をしながら言った。

 沙那はふたりの関係を不審に思った。

 

「先に礼を言っておく。母者のお陰で助かった──」

 

 小白香が言った。

 しかし、次の瞬間、白象の身体がいきなり硬直した感じになった。

 そして、白象の両脚がぴたりと密着し、両腕が延ばされて体側に張りつく。

 

「ひっ──。な、なにするの──?」

 

 白象が悲鳴をあげた。

 沙那は目の前で起きていることに当惑した。

 すると、小白香の腕が白象の胸元に伸び、いきなり、白象の服を縦に引き破ったのだ。

 驚いたことに、小白香は、どうやら道術で白象を拘束しているようだ。

 白象も沙那のように道術で金縛りにされている。

 しかし、白象に道術をかけたのは、小白香だ。

 

 なにが起こったのだ──?

 

 小白香は、その白象から小白香は容赦なく着ているものを引き破っていく。

 それに対し、魔王である白象はなんの抵抗もできないようだ。

 露わになった胸当てを小白香の手が毟った。

 次に長い下袍も両手で裂いて取り去ってしまう。

 下着はなかった。

 股間にはなにも身につけていない。

 

 小白香が狂ったように、母親の白象から服を破り取っていく。

 沙那は呆気にとられて、眼の前の光景を見ていた。

 やがて、白象は小白香によって、腕の部分に布の切れ端が残るだけの素裸になった。

 白象が他に身に着けているのは、その腕に残る服の切れ端と編み上げの革靴くらいだ。

 直立不動の状態の白象の裸身が露わになる。

 白象の股間には一本の恥毛もなかった。

 まるで童女のようになにもない亀裂があるだけだ。

 しかし、なんとなくだが、股間の部分に霊気の集まりを感じる。

 なにか道術的なものを仕掛けられている?

 

「さて、母者、さっき、沙那に話していたことを白状してもらおうかのう……。沙那に殺させたいと思っておるのは誰じゃ? まあ、わらわには予想もつくがのう? わらわの父親のこととか、他にも前から不思議に思うておったことがあったが、なんとなく、これでみんな繋がったぞ。母者とわらわにはなにか秘密があるようだな。全部、教えてもらおうかな」

 

 小白香がそう言いながら、手に持った壺を傾けて、白象の肩にかけていく。

 これも道術なのか、壺の小ささの割りには、こぼれ出る薬液の量が多い。

 しかも、途切れない。

 どうやら小白香が傾ける限り、壺からはいくらでも薬液が出てくるようだ。

 

「ひいっ──。な、なんでもないわよ──。だ、誰かを殺したいと思ったわけじゃないわ──。そんなこと言ってない。しょ、小白香、や、やめなさい──」

 

 白象の身体がどんどんと薬液で濡れていく。

 その量はおびただしい。

 しかも、完全にずぶ濡れになってしまうと、小白香は白象の密着している股間に手を入れて、薬液をすり込みだした。

 

 白象が身悶えをして悲鳴をあげた。

 この母娘の関係はなんだ……?

 沙那は自分の身体の苦しさも忘れて、白象に対する小白香の行動に見入っていた。

 

「母者、わらわはすべてを聞いておった。わらわの勘が正しければ、母者のやろうとしたことは、三魔王軍全体に対する重大な裏切り行為ぞ。さて、喋ってもらおうか、母者……。どんなに痒くても、この貞操帯はわらわでなくては外れんぞ」

 

 貞操帯?

 なにも見えないが?

 そもそも、小白香は普通に触っていたし……。

 もしかして、他人には見えない貞操帯?

 だから、霊気の塊を感じるのか?

 

「ひいいっ、な、なにをよおお──。さ、さっぱり、な、なんことか……」

 

「ほう? 白を切るか? ならば、母者も同じじゃ。明日まで白を切りとおせるかのう? 明日まで耐えても、明後日はどうであろう? それとも、その次の日に喋るのかのう? 誰を殺そうと考えたのか、言質をとれば終わりじゃ──。心配はいらんぞ、母者──。母者の治めていたものは、わらわが継ぐ。きっと、金凰魔王陛下も、それに同意すると思うがな──」

 

「か、痒いいいい──」

 

 白象が暴れ出した。

 すると、小白香が手を振った。

 白象の姿が消滅した。

 

「あ、あんた、自分の母親になんてことするのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「お前の心配することではないわ──。お前にはわからんだろうが、母者は、重大な謀反を仄めかしたのだ……。まあ、焦っておったのであろうな。母者ともあろうものが、お前のような余所者の奴隷に、自分の心の内を仄めかしてしまうとはな……。まあ、その原因を作ったのは、わらわなのだがな……」

 

 小白亜がまた喉の奥で笑った。

 

「は、白象はどうしたのよ──?」

 

「母者には、別の監禁部屋に行ってもらっただけだ……。母者など、お前ほどには苦労はせんと思うのう……。ああやって、痒み液をかけて半日も放っておけば、なんでも喋るに決まっておる──。母者には悪いが、油断した母者が悪い」

 

「あ、あんた、自分の母親を本当に拷問にかけるの?」

 

「なにが悪い? まあ、すでに母者の味方になるような部下は排除してあるし、相談する者もなく焦っておったのかな。いずれしても、母者が三魔王の掟を破って裏切ったという言質さえ取れれば、この宮廷の部下どもも、母者の失脚を容認するだろう。逆らうようなら、道術で支配してもよい。これで名実ともに、わらわが魔王だ──。年端は足りんでも、それほどの問題にはならんであろう」

 

 小白香が大人びた口調で断言した。

 

「な、なんてことを考えているの……」

 

「母者も焼きがまわったものじゃ。あんな大事なことを不用意に喋るとはな。まあ、自分の結界の中だから油断したのだろうな。二年もわらわに支配されて、奴隷だけではなく、すっかりと結界も乗っ取られていたことに気づいておらんかったとはな……」

 

「結界って……。つまりは、ここはあんたが支配しているってこと?」

 

 沙那の考えは当たったようだ。

 だが、だったら、あのまま、この小白香を人質にすればよかった。白象などには目もくれずにだ。

 最初から、そうと悟っていれば、経絡突きで小白香を無力化したときに、別のやり方もあった……。

 失敗した……。

 

「わらわの傀儡として、満足しておれば、魔王として飼ってやってもよかったが、よからぬことを考えていたとあれば、処分もやむを得んだろう。所詮、それは魔王族の掟だ。力のない者は、力ある者に支配されるのだ。それが、実の親子の関係であろうとな」

 

 沙那はぞっとした。

 この少女は、母親である白象を魔王から失脚させて、自分が魔王になろうと企てているのだ。

 しかも、どうやら、この母娘の関係は、ずっと以前から、小白香が主導権を握っていたのだ。」

 小白香は、母親である白象を素裸にして、痒み液をかけるような行為に対しても、なんの躊躇いもなかった。

 逆に、白象は、小白香を前にすると、始終、怯えて気後れするような表情を示していた。

 

「それよりも、自分のことだと言ったであろう──。いま、見た通り、わらわは、自分の母親を性奴隷のように扱うような娘だ。怖ろしいことは並ではないぞ──。容赦のない拷問もする……。どうじゃ? 『主従の誓い』をわらわと結ぶ気になったか?」

 

 小白香が沙那に詰め寄った。

 いま、小白香は、母親の白象を性奴隷だと断言した。

 つまり、小白香は、この年齢で魔王である母親に調教めいた行為を強いていたというのだろうか……。

 

 とにかく、沙那はもがいた。

 白象がいなくなったことで、白象に拘束された磔が動くのではないかと思ったのだ。だが、びくともしない。

 

「無駄だ。母者の結界は、わらわの結界でもある。母者の結界の力をわらわも遣えるように、道術を事前に組んでおるのだ。だから、その力を遣って、わらわはお前を拘束できるのだ……。ところで、返事は? 『主従の誓い』を結ぶことに同意するか、沙那?」

 

「い、嫌よ──」

 

 沙那は叫んだ。

 だが、油剤を塗られたところが千切れるように痒い。

 沙那は必死にそれを耐えている。

 

「そうか……。まあいい……。母者はもうすぐ失脚する。そうなれば、わらわにも、子飼いの部下というものが必要になる。わらわの片腕にしてやるぞ。そのつもりで、いまも色々なことを話しておるのだ……。まあ、片腕といっても、奴隷と兼務ではあるがな」

 

 小白香が喉の奥で笑った。

 

「だ、だから、い、嫌だと言っているでしょう──」

 

 沙那は思い切り怒鳴った。

 とにかく、大きな声でも出さないと、どうにかなりそうだ。

 それくらい強烈な痒みだ。

 

「それでこそ、なぶりがいがあるというものだ。では、始めるとするかのう」。なにしろ、まだ、一番効き目がありそうな場所には塗っておらん。肉芽に、膣穴に、尻の穴……。たっぷりと塗ってやろう。さあ、踊りの時間じゃぞ、沙那」

 

 小白香が嬉しそうに微笑んで、壺の中の液体を手のひらにつけ直してから、沙那の股間にすり込みはじめた。

 確かに、さっき塗られた場所は、乳房に内腿くらいで、まだ股間そのものには手はついていない。

 しかし、すでに狂いそうに痒い──。

 これを、敏感な肉芽に塗られてしまえば……。

 お尻の穴だって……。

 本当に、そんなことをされればどうなるか……。

 沙那は絶望とともに、歯を喰いしばった。



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533 主従強要

「わらわだけでは、手が足らぬと思うて、この奴隷宮の性奴隷を連れて来たぞ、沙那。なにせ、お前への責めは、昼も夜も、そして、日が変わっても、その翌日も延々と続けねばならんからな……。わらわには、ほかの新入り奴隷の調教もあるし、飯も食わねばならん。王女としての務めもあれば、眠らねばならん。だから、この五人を連れてきたのだ──」

 

 小白香がからからと笑った、

 沙那は絶望とともに、それを眺めた。

 それにしても、痒い……。

 

「あ、ああああっ、あああああ」

 

 沙那は拘束されている身体を暴れさせて絶叫した。

 とにかく、痒い──。

 痒いのだ──。

 

「まだ、始まったばかりじゃぞ、大丈夫か? せっかくの五人だ。簡単に屈服して無駄にせんでくれよ。とにかく、この女たちが、お前を交代で責め続ける。従って、お前は、『主従の誓い』をするまでは、ただ責められ続けるだけでよいぞ。それまでは、死なせてもやらんし、狂わせもせん。覚悟はよいな」

 

 小白香が再び現れて、くすくすと笑った。

 沙那に対する拷問の準備を整えると言って、小白香は一度沙那の前からいなくなったのだが、戻ってきた小白香は、ひとりではなく、五人の半裸の美女を連れてきた。

 亜人のようだが、ほとんど人間族の女と変わらぬ美女たちだ。

 その彼女たちの視線が一斉に沙那に集まった。

 

 沙那は大きく息を吸って、静かに吐いた。

 やはり、奇跡など起きない……。

 沙那は覚悟を決めた。

 これから、この小生意気な少女の拷問が始まるのだ。

 いや、もう、始まっている……。

 

 すでに、沙那の身体に塗られた痒み剤の効果が狂おしく沙那を責めたて続けていた。

 しかし、それに対して、沙那は耐えること以外の一切の抵抗の手段を封じられている。

 ただ、全身を蝕むような痒みの苦痛を歯軋りをして我慢するだけだ。

 

 この監禁部屋で、沙那は目の前で、王女の小白香が女魔王の白象を道術で捕らえて、どこかに監禁するために連れ去るのを見た。

 そして、沙那はその小白香から、『主従の誓い』という真言の誓いを結ぶことを強要されている。

 『主従の誓い』というのは、道術によって強制的に誰かを主人と考えるように心を縛る道術であり、それを結ぶことに同意してしまうと、沙那は小白香を絶対の主人と認識してしまうのだ。

 

 そんなことは、絶対にできないと沙那は拒否しているが、小白香は何日かかろうとも、沙那を屈服させて、『主従の誓い』を結ばせてやると息巻いている。

 『主従の誓い』は、沙那自身が同意しなければ、真言の誓いが刻まれることはないが、小白香は沙那が拒否を続ける限り、嬉々として果てしなく拷問を続けるだろう。

 つまり、沙那はこれから、終わりのない拷問を受け続けなければならないということだ。

 

 沙那は、小白香の道術によって、この部屋の真ん中に手足を拡げて立たされていた。

 しかも、乳房と股間に怖ろしい痒み剤をたっぷりと塗られている。

 小白香は、そこまでの処置をすると、ちょっと待っていろと告げてから、部屋からいなくなっていたのだ。

 そして、再び現れたとき、目の前の奴隷女たちと一緒にやってきた。

 

 また、彼女たちの出現と同時に、なにもなかった部屋の壁に天井まで届く木製の棚も出現した。

 棚には蓋や引き出しのようなものはないので、各段に置かれているものはよく見える。

 さっと目を走らせるだけで、沙那を責めるための淫具と思われる責め具がびっしりと存在するし、ほかにも毛布もあれば、糞尿の処理をする落とし箱もある。大量の水差しや食料のようなものもある。

 これだけ見ても、小白香が数日間かけて、沙那を責め続けるというのが、嘘でも誇張でもないことがよくわかる。

 

 小白香と一緒に『移動術』でやってきた五人の奴隷女たちは、いずれも肌が透けて見える薄物一枚だけを身につけていた。

 拘束はされていないが革の首輪のほかに、手首と足首に金具のある革帯を巻いている。

 あれで好きな組み合わせで簡単に拘束することができるのだろう。

 五人に共通するのは、小白香に対する強い怯えのようなものがあることだ。

 それは表情を見るだけでわかる。五人が五人とも、自分たちよりも明らかに歳下の小白香のことをたいへん怖がっているようだ。

 

「か、痒いいい……。痒い……」

 

「そうか、痒いか? だが、まだまだだぞ」

 

 沙那の呻きのような言葉に、小白香が満足したように微笑んだ。

 ぐっと歯噛みする。

 この鬼畜娘は、沙那がそうやって苦しむ姿を眺めるのが愉しくて仕方がないに違いない。

 沙那が小白香の責めに対して、苦しんでいる様子を見せれば見せるほど、小白香を満足させるみたいだ。

 だが、わかっていても思わず口にしなければならないくらいに、沙那は追いつめられている。

 

 薬剤を塗られて放置された胸と股が焼けるように痒いのだ。

 しかし、沙那は小白香の道術によって、四肢を大きく拡げて立たされて金縛り状態になっていた。

 動くことができない。

 身動きできないことも、その痒みを助長している気がする。

 もっとも、たとえ、自由になったとしても、沙那の二の腕から先は消滅していて、痒い場所を掻くこともできないのだが……。

 

「そうか痒いか……。遠慮はいらんぞ。こいつらに頼むがよい。まあ、手始めは、痒み責めではなく色責めにしてやる。痒み液に一日耐えたくらいだから、痒み責めにはある程度の耐性があるようだからな。だが、色責めはどうなのだ? まあ、最初は小手調べだ」

 

「な、なによ──」

 

 沙那は小白香を睨みつけた。

 いまの沙那にできるせめてもの抵抗だ。

 

「……くくく、本当に気が強くていいのう……。本当は、山芋の汁でも塗って庭に放置してやれば、一日で屈服するとは思うが、それだと、わらわが面白くない。とにかく、まずは、終わりのない焦らし責めでも受けてもらうか……。さあ、お前たち、この沙那の胸でも揉んでみよ。まずは、お前とお前のふたりでよい。ただし、ゆっくりだぞ」

 

「は、はい……」

「はい……」

 

 小白香の指名を受けた奴隷女たちが沙那の両側に寄ってきた。

 ふたりが沙那の乳房を両側から手をかけて、ねっとりと揉みしごいていく。

 

「ふううっ──」

 

 痒みでおかしくなりそうだった乳房を揉みあげられることで、沙那の中の快感が一気にせりあがった。

 沙那は、思わず金縛りの全身を弓なりにして声をあげた。

 

「やっぱり、いい感度をしておるな、沙那。青獅子魔王から届けられた資料によれば、宝玄仙の性奴隷だったそうだな。それで調教を受けたのか?」

 

 小白香がからかいの言葉をかけてくる。

 このあいだにも、ふたりの奴隷がゆっくりと乳房を揉みあげ、さらに指先で痒みの頂点でもある乳首を摘むように愛撫する。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「お前のような女戦士が、そんなに快感に弱くなるまで調教されるまでには、さぞや、色々なことがあったのだろうのう? どんなことをされて、お前はその宝玄仙とやらに屈伏したのだ? それとも、最初から簡単に堕ちるくらい淫乱だったのか?」

 

 小白香が沙那の前でねちねちと意地の悪い言葉をかけてくる。

 沙那はかっとした。

 

「お、お前に関係ないでしょう──。この馬鹿娘──」

 

 沙那は部屋の壁が振動するほどに怒鳴った。

 だが、小白香は、沙那の悪態を向けられても愉しそうな表情を浮かべるだけだ。

 そのことで、一層、沙那の中に激しい嫌悪と口惜しさの感情が湧き起こる。

 しかし、沙那の悪態に、両側のふたりの奴隷が、驚きの表情を浮かべて、びくりと手をとめた。

 だが、すぐに沙那への愛撫を再開する。

 

「さあ、お前たちの役割は、何日かかってもいいから、この沙那という女を屈服させることだ。わらわの許可なく、この沙那を眠らせたり、休息を与えようものなら、五人揃って、わらわの実験奴隷に格下げだ。わかっておるのであろうな──」

 

 小白香の言葉に、沙那をいたぶっているふたりを含めて、五人が緊張したのがわかる。

 

「は、はい」

「はい」

「はい……」

「はい」

「は、はいっ」

 

 五人が一斉に返事をした。

 

「それから、言っておくが、今日から名実ともに、お前たちの主人はわらわの母者の白象ではなく、わらわだ。離宮の管理をする者も必要だから、しばらくは、これまでと同じような立場で置いてやるが、わらわの愉しみが、奴隷たちを痒み責めで発狂させてしまうことだというのは、知っておるのであろう?」

 

 痒み責めで発狂させる?

 相変わらず、狂ったようなことをいう娘だと思った。

 

「……わらわは、本当は、母者の奴隷だったお前たちの全員を痒み責めで狂わせてやりたいのだ……。お前らの本来の飼い主は母者であって、わらわではないからな……。だが、役に立つようなら、いままでの通りで置いてやる。これは、わらわの試しだと思え。五人でこの沙那を屈服させよ──。昼も夜も、責め続ければ、人間族の女など、いつかは屈服するはずだ。痒みや焦らしの苦しみに、死ぬまで耐える者などおらんわ」

 

 小白香が吐き捨てるように言った。

 そして、手を伸ばして沙那の首になにかを取りつけた。

 首輪だ。

 取り付けられた感触でそれがわかった。

 沙那の首には、宝玄仙が装着している首輪があるので、それを避けるようにその上側に巻いたようだ。

 そういえば、宝玄仙がこの新しい首輪を沙那たち全員に装着させたのは、獅駝の城郭で捕らえられる少し前のことだった。

 

 宝玄仙の新しい首輪には、三個の機能がある。

 第一の機能は、この首輪の本来の目的であり、常に宝玄仙の霊気を貰い続けなければならない孫空女と朱姫が、万が一、宝玄仙が死んだり、霊気を発散できないような事態に陥っても、ふたりが困らないように、それぞれの霊具だけで必要な霊気に還元して、集めることができるようにするというものだ。

 沙那には、細かい部分までの原理はわからないのだが、ふたりの首輪は、周囲から霊気を集めるとともに、それを本来必要な宝玄仙の霊気波の霊気に変換して、ふたりの身体に必要な霊気を満たし続けるのだそうだ。

 

 第二の機能は、ついでに宝玄仙が首輪に与えたものらしいが、供たちがさらわれたりしたときに、宝玄仙が追ってこられるようにと加えた追跡機能である。

 三人がどこにいても、そこに宝玄仙が『移動術』で跳躍できる機能までついているそうだ。

 沙那の場合は、孫空女や朱姫の場合のように、宝玄仙の霊気を常に帯び続ける必要はないので、この追跡機能だけが首輪の機能ということになる。

 

 第三の機能は、機能というよりは、副次的なものになるが、首輪を霊具として他人に認識させないというものだ。

 獅駝の城郭にいるときもそうだったが、あの春分と秋分の姉妹も、沙那の移送を担任した亜人軍の将兵たちも、一度ならず、なんとかこの首輪を外そうと頑張った。

 しかし、物理的な方法でも、道術でも、彼らはこの首輪に傷ひとつ付けることはできなかったようだ。

 それだけではなく、彼らは、この宝玄仙の首輪が霊具であるということすらわからなかった気配だった。

 彼らが霊具と思わなかったのは、宝玄仙の首輪が発散している霊気をまったく感知できなかったかららしいが、霊具ではない首輪がいかなる手段でも外れないという事実に、みんな首を傾げていた。

 

 まあ、それだけ、宝玄仙の霊具作りの才が、抜群だということなのだろう。

 なにしろ、それだけの霊具でありながら、霊具であることすら他人にはわからせないのだから。

 

 だが、考えてみれば、宝玄仙は、なぜ、この機にそんな霊具を供に与えようと思ったのだろう。現在陥っている危機の予感でもあったのだろうか……。

 それにしても、三人は無事だろうか……。

 

 沙那が獅駝の城郭を出立させられるまでに集めることができた情報によれば、彼女たちは、まだ獅駝の城郭にいるはずであり、別々に捕らえられるとともに、宝玄仙においては、霊気を封じられて、家畜のような扱いを受けているらしい。

 もちろん、その情報の正確性は不明であるから、実際はどうなっているのかわからない。

 でも、沙那がまだ、死んではいないように、あの三人もまだ生きていると思う。

 沙那はそう信じている。

 

 なんとか三人に会いたい。

 そして、無事でいて欲しい……。

 とにかく、沙那としては、いまはなんとしても生き抜く努力をするしかない……。

 

 現段階では、逃亡の可能性を含めた、いかなる希望の欠片も見出すことはできないが、必ず、糸のほつれのような隙が現われるはずだ。

 できるのはそれまで耐えることだけだ。

 

 取り返しのつかない『主従の誓い』のようなものは、断じて結んではならない。

 そんなものを結べば、もう沙那は、宝玄仙の供でも、孫空女や朱姫の仲間でもいられなくなる。

 大切にしている人間関係が、その『主従の誓い』によって捻じ曲げられるのだ。

 しかも、そうやって、心を捻じ曲げられたということさえ、気がつくことができなくなる。

 それが『主従の誓い』というものであり、たとえ、主人側が死んだとしても、道術で作られた忠誠心は、沙那の中でずっと残ってしまうのだ。

 

「みんな見よ──。この首輪にある宝石の色がわかるか?」

 

 首輪の装着が終わった小白香が、五人の奴隷女に言った。

 よくわからないが、沙那が装着された首輪には色のわかる宝石がついているらしい。

 

「桃色です……」

 

 五人のうちのひとりが言った。

 

「そうだな……。本来は白色をしておるのだが、これは装着された者が快感を覚えると赤くなるのだ。この沙那は、すでに淫靡な状態に陥っておるので、赤みを帯びているということだな……。それにしても、まだ、ほんの少し触られただけであろう、沙那。もうこんなにも感じておるのか──」

 

 小白香が笑いながらぴしゃりと沙那の尻を叩いた。

 

「うっ」

 

 その痛みで、一瞬だけ、快感が飛ぶ。

 しかし、すぐに、胸を揉まれている刺激で官能の疼きの中に引き戻される。

 

「……少し白くなり、また、桃色になりました、小白香様──」

 

「……いえ、さっきよりも少し赤いかも……」

 

 奴隷たちがざわめいた。

 沙那の心に恥辱が湧く。

 自分の感じている快感がその首輪で露わになるようだ。

 それが恥ずかしいし、口惜しいのだ。

 

「そのようだな……。尻打ちでも快感を感じるのか、沙那? ならば、尻打ちに切り替えるか? まあよい。とにかく、お前たちふたりは、沙那の身体を責めながら首輪を見よ。乳房だけではなくて、ほかの部分も責めてよいぞ。ただし、ゆっくりとな……」

 

 小白香が笑った

 

「ふう……くうっ……」

 

 沙那は沸き起こった情感にたちまちに息を乱してしまった。

 沙那の乳房を揉んでいたふたりが、乳房の愛撫はそのままに、すっと鳩尾から腹部、そして、太腿の表皮に向かって、手を擦り下ろしていったのだ。

 身体の内側から快感を絞り取られるようだ。

 全身を蝕む痒みが、その愛撫により一気に強い快感に変わる。

 だが、快感そのものは、凄く弱いのだ。その中途半端さが、沙那を不可思議な苛立ちの中に陥らせる。

 やがて、ふたりの手が同時に沙那が痒みに襲われている股間のぎりぎりのところに到達した。

 しかし、それ以上は奥に触れてくれない。

 

「あ、あはあっ──」

 

 沙那は耐えられなくなり、その手に向けて、痒い股間を押しつけるように伸ばした。

 すると、ふたりの手がすっと逃げていく。

 

「そ、そんな……か、痒い……。ああっ……も、もう、我慢できない……、そ、そこは──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 小白香が小馬鹿にしたような笑い声をあげたが、もう沙那はそれに腹をたてる余裕のようなものはなくなっていた。

 もう少しで、痒い部分に愛撫が届くと思うと、激しい痒みの苦痛がさらに強烈になる。

 

 しかし、沙那が股間を突きあげて、痒い場所を手に触れさせようとすると、さっとふたりの手が逃げる。

 でも、腰を突きあげた無理な姿勢から体勢を真っ直ぐに戻すと、逃げたふたりの手も戻って、また、沙那の股の付け根に戻り、ぎりぎりの場所までの刺激を加える。

 それなのに、沙那が無意識のうちに、その手に痒い部分を近づけようとすると、また手が逃げてしまう。

 沙那は激しく身悶えをして、悲鳴のような声をあげてしまった。

 

「ははは……。沙那、この奴隷たちの手管もなかなかであろう? なにしろ、母者の白象は女好きでな。自分の性奴隷に、女を責める手管を徹底的に叩き込んだのだ。だから、どの性奴隷も女を責める手管には長けておる。焦らすこともな……。だから、この五人の責めは、結構つらいぞ」

 

 小白香が笑った。

 

「首輪の宝石が赤くなりました──」

 

 見物の奴隷のひとりが叫んだ。

 沙那は、もうふたりの奴隷女の情感をあおる手管に掻きたてられて、苦しくて切ない快感の陶酔に陥らされていた。

 激しい鼻息も漏れ出る嬌声も我慢できない。

 快感は暴発しそうではあるのに、後一歩の部分でせきとめられている。

 あるいは、出口がまだ開かないのに、身体の快感だけがどんどん膨らませられている……。

 そんな苦しさだ。

 沙那は激しく身悶えた。

 

「あ、ああ……も、もう……いや……く、苦しい……」

 

 気持ちいい。

 だが、苦しい……。

 不思議な感覚だ。

 じわじわと嬲るように責められることは、恐ろしく苦しい。

 しかし、その苦しさは確かに快感なのだ。

 沙那は混乱した。

 

 ふたりの奴隷は、そんな沙那に構わず、沙那の乳房を揉み、太腿の付け根を擦って、容赦なく沙那をだんだんと切羽詰った状態に追いつめていく。

 まるでじわじわと肉が溶けるような感覚に、沙那は痙攣のような震えを止められなくなった。

 小白香の言う通りに、このふたりの手管は上手い。

 まるで女責めに長けた朱姫の意地の悪い愛撫を受けているようだ。

 

 ふたりの奴隷の手管は本当に微妙だ。

 感じやすい沙那の身体に、決定的な刺激を与えないように、手のひらで触る部分を次々に変化させ、しかも、その触る力を非常に弱くしている。

 それが、沙那に切ないばかりの焦れったさを与えているのだ。

 ふたりは、絶対にわざと深くまで抉るような責めはせずに、手のひらのそれぞれの指の先を当たるか当たらないかの強さでしか、沙那の全身を這わせない。

 

「はあっ、はっ、はっ……」

 

 我慢できなくなった沙那の声だけが部屋に響き渡っている。

 小白香も余計な口を挟まずに、にやにやと沙那の痴態を眺めているだけだ。

 それも余計に沙那の恥辱をあおり立てる。

 

「そ、そこは──あふうっ」

 

 ひとりの指が沙那の股間をつっと動いて、後ろの肛門の周囲をさりげなくまさぐったのだ。

 たちまちに湧き起こった強い快感に沙那は、これまでで一番大きな悲鳴をあげた。

 急激に愉悦の波が腰から全身に噴きあがる。

 

 快感が暴発する──。

 

「手を離せ──」

 

 急に小白香の大声が飛んだ。

 ふたりがぱっと沙那の身体から手を離す。

 昇天しかけていた快感の波がじわじわとさがっていく……。

 快感の寸止めに、沙那はぐったりと身体を脱力させた。

 

「あああ、や、やめないでええ──。痒いいいいい」

 

 しかし、愛撫の手がなくなった途端に、別の苦しみが沙那を襲った。

 待っていたかのように股間と乳房の痒みがぶり返したのだ。

 その痒みに耐えられなくなり、沙那は全身をまた振り立てて、叫び声をあげた。

 

「お前たちいまのでわかったな? いま、沙那は達しそうになったのだが、そのとき、宝石の色はどうなった?」

 

「真っ赤になり、急に点滅しはじめました──」

 

 ひとりが嬉しそうな声をあげて言った。

「そうだ──。快感が頂点近くになれば、宝石の色は真っ赤になる。そして、点滅すれば、その数瞬後には、絶頂するということだ。これがあれば、焦らし責めは簡単であろう? 真っ赤になる状態を持続し、点滅したら愛撫を中止するのだ。痒み剤も繰り返し塗れ──。快感を引かせるために責めを休むときにも、沙那の身体自体は休ませんようにな」

 

 小白香が五人の奴隷女に説明している。

 そのあいだにも、千切れるような痒みが沙那に襲い続けている。

 

「あああ、痒いいい」

 

 沙那は悲鳴をあげて、金縛りの身体をのたうたせた。

 

「……それにしても、真っ赤になってから昇天しかけるまでの時間が短すぎるぞ、沙那。あまりにも淫乱すぎはせんか?」

 

 小白香がそう言って笑うと、五人の奴隷たちがつられるように一斉にくすくすと笑い声をあげた。

 

「……それに、お尻がとても弱いようですわ、小白香様」

 

 沙那を責めていた奴隷女のひとりが言った。

 その女が沙那の肛門に触れたときに、沙那は過激な反応をしてしまったに違いない。

 口惜しさが込みあがる。

 

「そうだな。では、痒み剤を尻の穴に塗ってやれ──。そして、尻の穴だけには、一切の刺激をするな」

 

 小白香がそう言って、さらに大きな声で笑った。

 

「……か、痒い──。も、もういやああ──。た、助けてええ──」

 

 沙那はどんどん強くなる痒みに我慢できなくなった。

 そんな弱みを吐いても、痒みを癒してはくれないし、小白香を悦ばせるだけだとは悟ってはいるが、どうしても口に出さずにはいられない。

 

「さて、では、そろそろ、わらわが直々に責めてやろう」

 

 小白香がにやりと笑った。

 すると、開いて床についていた両方の足が勝手にあがり、膝を曲げた状態で左右に大きく開く。

 沙那の身体は宙に浮きあがって、がばりと小白香の前に大きく股を晒す格好になってしまった。

 

「うわっ」

 

 沙那は声をあげてしまった。



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534 痒み責めと焦らし責め

「さて、では、そろそろ、わらわが直々に責めてやろう」

 

 小白香が言った。

 すると沙那の両脚が勝手に浮きあがり、身体全体が宙に浮く。

 それだけでなく、両脚が空中で曲げられ、膝を思い切り左右に開いたかたちにされた。

 

「うわっ、なに」

 

 さすがに、沙那は、思わず声をあげてしまった。

 

「お前にも教えてやろう。本当の快感というものをな……。それは究極の痒みに耐えて耐えて、それでも耐えて……。さらに耐えて、どうしても耐えられなくなったとき、ほんの少しの痒みを癒す……。それが本当の快感というものよ」

 

「こ、この……き、気ちがい……」

 

 沙那は呻いた。

 しかし、小白香は宙から取り出したように、小壺を出現させると、中の油剤を無防備な股間に塗り込み始める。

 

「ああっ、うわあっ」

 

 沙那は一瞬にして熱くなった股間に狼狽えてしまって声をあげた。

 いままでだって痒みに追い詰められていたが、新たに小白香が使った油剤は、瞬く間に沙那を追い詰めた。

 信じられないくらいの掻痒感が襲いかかる。

 

「ああ、か、痒いいいい」

 

 絶叫した。

 

「ふうむ……。なかなかに耐性があるのだな……。さっきから思うておったが、痒み責めの経験もそれなりにあるのだな……。痒みに狂っても、理性を保てる訓練もしておるか? わらわの油剤がそんなに効いておらんか?」

 

 だが、なぜか小白香がちょっと失望したようがっかりとした表情になったことに気がついた。

 この小娘は、なにを言っているのだ──。

 冗談じゃない──。

 痒くないところではない。

 

 股間は早くも、じんじんと疼くような痒みを発散し続けている。

 この娘のお陰で、気が狂うような痒みが襲う絨毯の上に素足で一日立たされ、全身の肌を襲う痒み液をひと晩中掛けられ続けた。

 その苦しみは生易しいものじゃなかった。

 だが、やっと白象の道術で痒みを消してもらったのに、すぐにこの小白香に痒み地獄に戻された。

 痒いに決まっている──。

 

「ほら、なんとか言わんか? それとも、まだ痒みが足りんか? わらわのこの油剤は重ね塗りそればするほど痒くなるぞ」

 

 指先にまたもや油剤を載せた小白香が、沙那の肉芽の裏をすっと指でなぞった。

 

「ひいいっ」

 

 力を与えない刺激と追加の油剤のために、股間の痒みが一度に拡大する。

 それによって、耐えていた怒りが一気に沸騰した。

 こんなに、苦しいのもつらいのも全部この変態王女のせいだ。

 そう考えると、この小白香への憎しみが爆発する。

 

「やはり、それほどの痒みではないか……」

 

「じょ、冗談じゃないわよ──。痒いに決まってるでしょう──」

 

 沙那は怒鳴りあげた。

 足の裏も痒いし、全身も痒い。

 しかし、大声で怒鳴るとそれが少しはましになるのがわかった。

 沙那は、全身を振り乱しながら、感情の迸るまま、大声で悪態を叫び続けた。

 

「や、やかましいのう──。こっちこそ、冗談ではないわ──。どうやら、お前は自分の身体の痛みや痒みを制御できる技があるのだな。意図的ではないとすれば、自然にやっておるのかのう? さっきの指でわらわの息をとめた、おかしな技と関連があるのか?」

 

 小白香が不満そうに言った。

 一方で、小白香の指はしつこく、油剤を沙那の股間に塗り続けている。

 それはともかく、小白香の物言いは、沙那の技のひとつである、気の制御のことだろう。

 経絡突きもその中で習得した技ではあるが、沙那は鍛え抜いた武術の鍛錬の結果として、自分や他人に巡る気を読み、それをある程度、制御することができる。

 そができるから、あの宝玄仙が沙那に装着した女淫輪とかいう淫具に一年も耐えられた。

 意識はしていなかったが、もしかしたら、小白香の言うとおりに、無意識のうちに気の制御を使って、痒みを少しでも癒そうとしているのか……?

 

 だが、そうであっても、もう限界だ。

 沙那はぶるりと腰と胸を揺すって髪を振り乱した。

 どんなに我慢をしても、気を練っても、限界というものはある。激しい掻痒感はどんどんと沙那を追い詰める。

 意識をすると、収まることなく痒みは増長していく。

 しかし、この亜人の変態小娘に弱みを少しでも見せたくないので頑張っている。

 

「まあいい……。気を練るなら、練ってみせるがいい。いくらでも時間はあるしな。ところで、本当に痒みを癒さんでいいのか? いまなら、遅くないぞ。ちょっとした主従の誓いをすれば、それで許してやるぞ」

 

「な、なにがちょ、ちょとしたよ──。ふ、ふざけないで──」

 

「そうか……。ならば、待っておれ」

 

 小白香は、そう言い残して、沙那の背中側の棚に進んだ。

 そして、すぐに戻ってくる。

 戻ってきたときは、革帯のようなものを手にしていた。

 一瞬だけではわからなかったが、すぐに貞操帯だと思った。同じようなものを宝玄仙から幾度も装着されて悪戯された。

 まさか、いまの状態のまま貞操帯を……?

 沙那はぞっとした。

 そして、それを沙那の目の前まで小白香は持ってきたとき、ただの貞操帯ではないことを沙那は悟った。

 

「ひいいっ、な、なによ、それは──?」

 

 沙那は恐怖に包まれて声をあげた。

 貞操帯の内側には、小指の先ほどの触手がびっしりとうごめいていて、しかも、ねばねばとした液を噴き出しているのが見えたのだ。

 なんというものを沙那につけさせようというのか。

 

「これは、母者にも装着させている貞操帯の霊具だ。あらゆる外からの刺激を遮断する。母者のように他人に感知させない術紋は刻んでおらんがな。それを除けば、母者の者と同じだ。母者の道術を防ぐ効果もあるから、お前も身体を制御する技は使えなくなるだろう。今度こそ泣き叫ばせてやる」

 

「なっ」

 

 沙那は一瞬、言葉を失った。

 

「今度は股を擦り合わせてもなにも感じなくなる。わらわの奉仕奴隷には、これを装着しっ放しにしておる。時折刺激を当てて癒すが、わらわの気を損ねた奴隷は、この貞操帯を装着しっぱなしにさせて、刺激を完全に与えん罰を与える。大抵は、数日で呆気なく狂ってしまうらしいがな……」

 

「く、狂う?」

 

「おう、そうじゃ。狂うのだ。そうだ。こんなことも試したことがあるぞ。お前に塗ったのと同じ強烈な痒み液を足の裏に塗って、この貞操帯と同じ効果のある靴を履かせて脱げんようにしたのだ。そうやって狂女となった三人を監禁部屋に閉じ込めて、斧を一本放り込んだことがある。あれは、面白かったぞ」

 

「はああ?」

 

 沙那は耳を疑った。

 なにを喋っているのだ。

 

「三人がその斧を奪い合って、自分の足を切ろうとするのだ。結局、三人とも、自分の足を二本とも切断して、嬉しそうに笑いながら血の海の中で死におった。だが、興味深いのは、三人の誰にも、斧で靴を破ろうとしたものがいなかったことだな」

 

「な、なんですって?」

 

 この小娘はなにを喋っているのだ。

 本当に狂っている……。

 

「無論、そんなものでは、わらわの霊具は壊れんが、試みもせんかったからな。それよりも、三人とも、あの斧で自分の足を切断することしか考えられんかったようだな。面白いであろう?」

 

 小白香は大声で笑ったが、沙那は唖然として声も出なかった。

 ふと見ると五人の奴隷女たちの顔も強ばっている。

 

「……まあ、だから、いまでは、なるべく奴隷を狂わせん程度に、何日かに一度は痒みを癒す痛みを与えるようにはしておるがな……。いずれにしても、人を支配するには、この貞操帯は都合のよい支配霊具じゃ──。だが、これを装着させると、股間の痒みでなにも考えられなくなり、道具として役に立たなくなるのが難点ではあるがな……」

 

 小白香はあっけらかんと言った。

 沙那は、改めて、呆然と目の前の亜人の王女を凝視してしまった。

 髪が白く、頂点に小さめの角があることを除けばことを除けば、外見は人間族にそっくりで、顔にそばかすさえある平凡な顔立ちの少女だ。

 しかし、中味は完全な異常者としか思えない。

 

「よ、よくも、そんな残酷なことを平然と……。し、しかも、あんた、その貞操帯を母親の白象にも装着させているの──?」

 

 怒鳴った。

 さっき、白象の股間部分に、おかしな気の集まりがあるように感じた。

 あれは、他人には感知することができなくなる術式を込めた貞操帯だったのだ。その貞操帯の霊具の集める霊気を沙那は気の集まりとして読んでしまったのだと思う。

 

「なにが残酷だ──。わらわは、痒みの向こう側にある快感を皆に教えているだけぞ。いまでは、母者にしても股間の痒みを癒してやるときには、快感で身体を震わせおるわ──。それと、この触手の噴き出す粘性の油剤を見よ。これも痒み液じゃ。わらわの術式ひとつで、痒みの段階もいくらでも変えられる。母者に施しておるのは、平素は最弱段階だが、わらわに気を損ねれば、やはり、痒みの段階をあげてることにしておる」

 

 沙那は絶句するとともに、心からの恐怖を感じた。

 自分の母親になんということを……。

 しかも、奴隷を毀すことについて、なんの躊躇いもなさそうだ。

 おそらく、沙那が狂っても、なんの痛痒も感じないだろう。

 

「狂っているわ……」

 

 沙那は呻いた。

 すると、小白香が爆笑した。

 それにしても、痒い──。

 狂おしい痒みは、もう数瞬も耐えられそうにない。

 おそらく、この貞操帯を装着すれば、この小白香は、沙那が哀願をしても、しばらくは外さないだろう。

 そんな予感がする。

 痒み責めなど耐えられるわけがない。

 どうせ屈服するなら、早い方が……。

 そんな考えが、頭をよぎる……。

 

 いや、駄目だ……。

 主従の誓いなどすれば、おそらく、沙那の中にある宝玄仙や孫空女たちへの恋慕は消える。

 心が変わるのだ──。

 受け入れるわけにはいかない……。

 

「狂うてはおらん。沙那は狂うかもしれんがな。わらわは、ただ痒みの向こう側の快感を母者に教え、わらわも試みておる。突き詰めれば、奴隷たちにもそれを教えておるだけだ。これを見よ。わらわの足の裏には、お前に塗るよりも強い掻痒液を塗っておるのだぞ。このサンダルは、この貞操帯と同じものでな。わらわに襲う刺激を遮断する。わらわも、気持ちがいいから、この苦しみにたえておるのだ」

 

 小白香がサンダルを脱いで素足を沙那に見せた。

 真っ赤に充血している足裏がそこにあった。

 余程に痒いのか、小白香の足の指は激しく擦り合わせるように動き続ける。

 

「おっと、やはり、自分の意思だけで我慢するのは難しいか……。まだ、若い痒みだからな。サンダルにしまっておくか。そうじゃのう。お前は貞操帯を嵌めて奉仕奴隷にするのだから、主従の誓いをしたお前に搔かせるか。わらわに屈したお祝いにな」

 

 小白香はサンダルを履きなおした。

 

「じょ、冗談じゃないわよ──」

 

 これまでの旅で、数々の変態と出逢ったが、この娘はかなり突き抜けている。

 自分の足をわざわざ痒み責めにして、その苦しみを快感として愉しむなど、沙那の理解を完全に逸脱している。

 

「しっかりと、お前にも痒みの向こう側の快感を教えてやるぞ、沙那──。もっとも、その前に『主従の誓い』をしてもらうがな」

 

 小白香が貞操帯を沙那の股間に近づける。

 途端に、貞操帯の内側の触手が一斉に激しく動き出す。

 

「ひ、ひいい」

 

 沙那は叫んだ。

 

「触手どもも女の匂いに興奮しているようだな。だが、心配しなくても、わらわが制御しておる。勝手には動かん」

 

 小白香が笑った。そして、沙那の股間にぴったりと貞操帯の触手側を密着する。

 

「ひっ──。いや、いやだってば──。やめなさい──。ああっ──」

 

 沙那の抗議もむなしく、簡単に貞操帯を股間に喰い込まされて、さらに腰に喰い込むように巻かれる。

 気が揺らぐような感じがあり、道術の錠のようなものが貞操帯にかかるのも感じた。

 

「う、ううう……」

 

 触手が気持ち悪い……。

 動いてはいないが、沙那が身じろぎすると、ぬるぬるとする粘性の液とともに、沙那の股間の表面を触手が動くのがわかる。

 それでいて、まったく痒みが癒される感じはない。

 刺激を遮断したというのも本当なのだろう。

 沙那の股間に貞操帯を嵌め終わった小白香は、満足した表情を沙那に見せた。

 

「さて、じゃあ、わらわはこれで行くとする──。ほかの新入りの奴隷たちも待たせておるでな──。ひと通り奴隷たちを見回ったら、一度様子を見に来てやろう──。そのときに、『主従の誓い』を結ぶ気になったか訊ねてやる。わらわが戻るまでは、この五人の女の責めをただ受け続けよ……。それにしても、本当にお前の身体は、感じやすくて面白いのう……」

 

 小白香が沙那の両方の乳首に両手を伸ばして、手のひらで転がすように動かした。

 

「あふうっ、はっ、はっ、はあっ──」

 

 しかし、手のひらはほとんど沙那の乳首の先に当たるか当たらないかの繊細な感触だ。

 その状態でゆっくりと痒みの頂点のような乳首の先を動かされるのだ。

 しかし、それだけの刺激にも係わらず、沙那の身体には、肉が溶けるような疼きが凄まじい勢いで押し寄せてきて、その快感の強い波にあっという間に追い詰められる。

 

「早いのう──。もう、赤い光か──。なぶる暇がないではないか──」

 

 小白香が笑いながら、乳首から手を離した。

 快感が離れたことでがっくりと脱力したが、すぐに痒みの苦痛が襲いかかって、沙那は身体を跳ねあげた。

 沙那は身体を振り乱して、今度は痒みの苦しさに悲鳴をあげた。

 

「さて、奴隷ども、これを一本ずるやろう。なにしろ、貞操帯を嵌めたままでは責められんしな。しかし、この筆先で貞操帯の表面を擦ると、それに連動して、その場所だけの内側の触手が動く……。まずは試しだ……。そうそう、尻が弱いのだったな」

 

 小白香が取り出したのは、数本の小筆だった。

 その筆先をすっと沙那の腰の後ろ側に伸ばす。

 すると、貞操帯の内側にある触手が、お尻の周りだけ急に激しく動いた。貞操帯のその部分の表面をさっきの筆で擦っているのだろう。

 

「ふくうっ──。そ、そこは──」

 

 触手が肛門の入口をこちょこちょと動き続ける。

 しかも、挿入されているお尻の穴にかっと熱のようなものが加わった。

 次の瞬間、凄まじい痒みがそこに襲い掛かった。

 沙那は身体を弓なりにして、全身を震わせた。

 

「おうおう、そんなに悦ぶな、沙那──。あまりにはしたないぞ──。さて、筆の先端はいまの動きだが、逆さにして柄の部分で強く押すと……」

 

 小白香が笑いながら、沙那の肛門の中にずぶりと筆の柄側の先端を貞操帯に押し込んだのがわかった。

 すると、その場所……すなわち、肛門の周りの触手が貞操帯の中でまとまったように集まる感触が発生し、次の瞬間にはずぶりずぶりと男根を挿入される感触とともに、

 

「んひいいいっ」

 

 沙那は絶叫した。

 尻の穴をなぶられるというのは、なんど受けても大嫌いな調教だ。

 しかも、それを赤の他人に触れられるというのは、汚辱以外のなんでもない。

 しかし、同時に、沙那の身体は、肛門を刺激されることで、骨が溶けるような甘い快美感を爆発させてしまう。

 小白香は大した刺激を与えることもなく、すぐに沙那から筆の柄を離した。すると、触手の塊もなくなり、お尻の中から触手が消える。

 

「同じやり方でなぶれ。筆先のくすぐりであろうと、触手を使った張形なぶりであろうと思いのままじゃ。しかも、触手の先端からは常に掻痒液の油剤が放出しておる。表面をいくら擦っても癒すことのできん奥に掻痒の液を塗りたくれる」

 

 小白香が五人の侍女たちに言った。

 そして、沙那の目の前でひとりひとりに同じ筆を渡していく。

 

「……さて、じゃあ、わらわは本当に行く──お前たちは、沙那の全身を愛撫して焦らし尽くせ。筆の先ならくすぐり、柄の部分なら触手が掻痒剤をまき散らす。さらに柄を強く押せば、男根のように触手が束なって尻穴でも膣でも挿入していれる。明日の朝までに、この女から性根を抜いてしまえ。やり遂げねば、揃って実験奴隷になると考えよ。ただし、絶対に絶頂はさせるな。最初の絶頂は、わらわ自らが明日の朝に与える」

 

 小白香は五人の奴隷たちに言った。

 明日の朝……。

 改めて、それを考えると、沙那は愕然としてしまう。

 小白香は、丸一日、この女奴隷たちに沙那を責めさせ続けるつもりなのだ……。

 脅しのような言葉に、奴隷たちが顔色を変えてしっかりと返事をする。

 すると、小白香は『移動術』でどこかに消えていった。

 沙那は、五人の奴隷女とともに、ここに残された。

 

「じゃあ、沙那さん。お尻にもう一度、掻痒液を塗りましょうね……」

 

 五人女のひとりが、くすくすと笑いながら、渡された筆の柄でぎゅっと強く貞操帯のお尻の穴の部分を押したのがわかった。

 

「ふうっ──」

 

 肛門の入口に触手の束が当たる。

 さっき同様にずんと衝撃が走り、

 あっという間に熱い感覚が襲うので、確かに痒み剤を塗られたということがわかる。

 沙那は身体を振り乱して、肛門を抉る触手から逃げようとするが、すかさず、前側から群がった女たちが、あの柔らかな指先で貞操帯の上から股間などに筆を這わせ始める。

 

「あああっ、だめえええ」

 

 前にも後ろにも逃げられなくなった沙那は、我慢できなくなって裸身を悶えさせて、大きな声で嬌声をあげてしまう。

 

「貞操帯だけでなくて、胸も責めるわ。なんとしても、明日の朝までにこいつを陥落させないと……」

 

「わたしは首を……」

 

「じゃあ、あたしは耳……」

 

 貞操帯の内側の触手を使った前後責めだけでなく、全身の性感帯のあちこちを刺激される。

 

「いやあああ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 だが、大股を開いた状態で宙に浮かんだ身体はほとんど動かない。

 どうやっても逃げられない──。

 

 そして、女たちの責めが始まった……。

 全身の性感帯を五人の女に同時になぶられるのだ。

 ただでさえ鋭敏な身体をしている沙那には堪らない責めだ。

 

 うなじに指が這う……。

 

 乳首をくすぐられる……。

 

 脇の下をつつかれる……。

 

 乳房の全体が指先でなぞられる……。

 

 耳穴に指を入れられる……。

 

 股間の女陰の襞が一枚一枚剥ぐように触手で刺激される……。

 

 さらに、肉芽の周りを触手の先端がうごめく……。

 

 すべてが弱い情感だが、それらは確実に沙那の快感の波を増幅していく。

 だんだん子宮が熱くなるのがわかる。

 全身が快感の疼きに飲み込まれる。

 

「はあっ、はっ、ああっ……ああっ──」

 

 沙那は、その情欲のままに全身をうねらせ大きな声をあげた。

 

「ちょっと、休憩……。点滅したわ……」

 

 五人のひとりがそう言うと、指先が一斉に離れていく。

 すると今度は薬剤の痒みが沙那に襲いかかってくる。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那は、“やめないでもっと刺激して”という言葉をやっとのことで飲み込んだ。

 そんなことを口にするなど、あまりに惨めすぎる。

 

「……ね、ねえ、に、逃がして──。さ、策があるのよ──。あなたたち、全員を助ける策が──。本当よ──。嘘じゃないわ──。この離宮のすぐそばまで、救援隊が来ているの──。お願いよ。わたしをそこまで行かせて──。そうすれば、今日の夜には、あなたたちは自由の身よ──」

 

 哀願の代わりに口にしたのは、出鱈目の救援部隊の話だ。

 信じる可能性は皆無だが、試みをして、損をするわけでもない。

 

「救援なんて……。馬鹿な話……」

 

 女たちはやっぱりくすくすと馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 

「う、嘘じゃないわ──。小白香のやったことは、三魔王軍全体への裏切り行為よ。小白香は、白象魔王をないがしろにして、実権を奪い、いまは、道術で監禁して、魔王の地位を乗っ取ろうとしているわ。そ、そんなことは許されない──。金凰魔王はそれを怒り、わたしをひそかに間諜として、ここに送り込んだの──。すでに軍が宮殿のまわりに展開しているわ──。わ、わたしが戻って、小白香の暴走が真実であることを告げれば、金凰軍が本格的に動く──。そのときに、奴隷宮に監禁されている者は全員解放されるわ──」

 

 沙那は全身を揺すりながら頭に思いつくことを滅茶苦茶に喚きたてた。

 とにかく、なにもされないと、痒みが全身に襲いかかるのだ。

 とてもじゃないが、少しもじっとはしていられない。

 

「金凰陛下が?」

 

 ひとりが不安そうな表情をした。するとその隣の亜人の女も表情を変えた。

 反応があったことが意外だったので、沙那も少しだけびっくりした。

 

「あんたたち、馬鹿? 嘘に決まっているでしょう──。それに、金凰陛下が小白香様をどうにかするわけないわ。金凰魔王陛下は、むしろ、小白香様をお好きなのよ。それは見ていればわかるでしょう──」

 

 真っ黒い髪をした亜人の女が言った。

 彼女はさっきも沙那への責めを中断するときに、ほかの四人に指図をしていたから、なんとなく五人の中の指示役という感じだ。

 

「う、嘘じゃない──。すぐそこに軍は来ているのよ。でもわたしが戻らなければ、帰ってしまうわ。わたしを逃がせば、あんたらも自由になれるのよ──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「と、とにかく、沙那が自分が間諜だって言っていることだけでも、小白香様にお知らせした方が……」

 

 最初に反応した亜人女が不安そうに言った。

 

「そんなことをしたら、五人揃って実験奴隷にされるわ。あんな惨めな境遇になりたいの? もう、この話は終わり──。それよりも、あたしたちがやるのは、沙那の性根を責めで奪い取ることよ。小白香様に言われたでしょう」

 

 黒髪の女が指示をして、貞操帯の上から沙那の膣穴に当たる場所を押してくる。

 触手が集まって大きくなり、沙那の股間の中に挿入されていく感覚が襲う……。

 痒み液をまき散らしながら……。

 

「もう、そんな出鱈目な話なんて、まったくする気も起きないようにしてあげるわね、人間」

 

「はああっ──」

 

 骨まで響くような鋭い快感に、沙那は全身を跳ねさせた。

 

「いやっ、いやっ、いやっ──」

 

 沙那は絶叫した。

 しかし、触手の張形は沙那の女陰から、あっという間に消滅する。

 しかし、すぐにまたもや肛門の中に発生する。後ろ側の侍女が柄の先でお尻の部分を押したのだろう。それに応じて、触手が反応したのだ。

 

「ひんっ」

 

 沙那は衝撃に身体をのけぞらせた。

 

「まあ、腰を前に出しちゃって。刺激して欲しいの?」

 

 

 今度が沙那の貞操帯の股越しに筆先で肉芽をくすぐられて、内側の触手が同じように動いて、敏感な場所を刺激する。

 

「あふうっ──」

 

 一気に快感があがる。

 だが、すぐに、触手の刺激は別の場所に移動する。

 お尻を責めていた触手もすっと消える。

 しかし、今度はまたもや、膣穴に触手男根の感覚が発生する。さらに、肉芽にもくすぐりが……。

 

「いやああ、も、もうやめなさいいいい──」

 

 それを繰り返される。

 触手男根の挿入と、筆先でくすぐられる感触……。

 それが交互に前後に発生する。

 しかも、ほかの場所も筆責めだ。

 もう、沙那の両腿は痙攣のような震えをとめられなくなった。

 

「凄い……。随分、感じやすい身体……」

 

「しかも、派手……。なんか可愛い……。こんなに声をあげちゃって……。最初は、怖い人かと思ったけど……」

 

「ふふ……、一生懸命、悶えちゃってるわ……」

 

 女たちが沙那を責めながらささやく。

 だが、もう沙那には、それに反応する余裕がない。

 

 もうすぐ、いく……。

 自分の息がますます荒くなり、あられもない声が迸り続けているのがわかる。

 

「真っ赤よ──」

 

 誰かが叫んだ。

 沙那の首の宝石のことを言っているのだろう。

 小白香に装着されたこの霊具は、沙那の快感を感知して、沙那の情感があがると赤くなり、達しそうになると点滅する。

 

「まだまだ──」

 

 黒髪女が今度は肉芽そのものにぐっと柄側の先端を当てて押す。

 指で強く押されている感覚が貞操帯の内側で発生する。

 しかも、ぐりぐりと動かされる。

 快感が爆発した。

 

「はがああっ──」

 

 一気に快感の波が全身を駆け抜けた。

 

「点滅したわ──。引きあげて──」

 

 声がした。

 その間も沙那は絶頂の道を一気に昇りあがっている。

 

「……大丈夫よ──。まだまだよ──」

 

 黒髪女の持つ柄先が肉芽から女陰に移動して、ぐいと膣の中に触手男根が挿入される。

 

「い、いくううっ──」

 

 沙那は股間を突きあげた。

 その瞬間、思い切り乳首をねじあげられた。

 

「痛いいい──」

 

 一瞬だけ痛みで快感の噴きあがりが停止した気がした。

 それを待っていたかのように、さっと張形が女陰から消滅させられた。

 

「そら、お預けよ──」

 

 黒髪女が張形の振動を沙那の顔の前にかざしながらにんまりと笑った。

 寸前どころか、髪一重のところから絶頂を取りあげられた沙那の身体には、発散することができなかった快感の渦がうごめいている。

 沙那は恨めしく、眼の前の奴隷女を睨んだ。

 

「はらはら、させないでよ、一条──。許可なく沙那を絶頂させたら、五人揃って足癬奴隷にされるのよ」

 

 ひとりが批判するように言った。

 この黒髪女は一条というのかと思った。

 しかし、なにかを考えられるのは、この束の間の時間だけだ。

 あっという間に痒みが沙那に襲いかかる。

 沙那の思考力はそれで完全に奪われてしまった。

 

「そうよ、あんたら──。あたしたちが考えるのは、ひたすらに小白香様の言いつけだけよ。ほかのことなんて、考えるにも値しないわ。沙那のたわ言に耳を傾けないの──。そんな気になりそうだったら、この人間族の女を責めなさい──」

 

 一条がほかの四人に言った。

 そして、しばらくしてから、再び本格的な五人の責めが始まった。

 

 五人のうち三人は、一条が操る張形と同じ淫具を持ち、ほかのふたりは指先で沙那の肌を刺激していく。

 五人は息を合わせて沙那の性感帯を刺激しては、すぐに離すということを繰り返す。

 それでいて、感じる部分から張形の先や指先を完全には遠ざけず、その周辺をくるくると回ったりするのだ。

 

 沙那は翻弄された。

 五人の性技は確かに卓越したものであり、それを一身に受けている沙那は、言語に絶する切ない官能の痺れを味わい続ける。

 緩やかな刺激なのだが、沙那の感じやすい身体は、それでも絶頂するだけの刺激を拾ってしまう。

 しかし、達しそうになると、五人が一斉に刺激を引きあげる。

 すると全身を蝕む痒さが戻ってくる。

 

 それが延々繰り返される。

 焦らしと痒みの繰り返しがあまりにも続いたことで、沙那の思考力は痺れきってしまい、もう口惜しいとか恥ずかしいとかいう感情はまったく消えてしまった。

 とにかく、この苦しみから逃れたい。

 それしか考えられない。

 

「お預けね……。じゃあ、休憩……」

 

 またもや、一条の指示で、追いあげられたところで責めを中断された。

 火のように昂ぶった情感が緩やかにさがっていき、入れ替わるように痒みの苦痛がやってくる。

 

「お、お願いよ──。やめないで、このまま──」

 

 沙那はついに絶叫した。

 

「ふふふ……。やっと頭に血が昇ってくれたようね、沙那──。でも、本当に休憩。喉が渇いたから、あたしたちも水を飲みましょうか……。準備のあいだに、あなたたちふたりは、沙那の身体のほかの場所に痒み液を塗り直して──」

 

 一条が言った。

 

「じゃあ、塗り直してあげるわね、沙那さん……。あらっ? でも、これ見て──。酷い状態。すこしばかり、汗を拭かないと薬剤なんて濡れないわ」

 

「本当ね……。蜜だって貞操帯の隙間からあふれまくって、床がおしっこ洩らしたよう……。まあ、こんなに床に落ちているわ……。凄い──」

 

 ふたりの女の嘲りの言葉に、五人がもう一度集まってくる。

 しかし、もはや、それさえも、沙那は気にならない。

 

 痒い……。

 

 こんなにも刺激を受け続けているのに、少しも痒みは癒えない。

 なんという強烈な持続力を持つ薬剤だ……。

 

 それなのに、また、薬剤を足される……。

 五人の奴隷が布を持ってきて、沙那の身体や床を拭き始める。

 その間、ひとりが乳首に痒み剤を足していく。

 

「……も、もうやめて、焦らしもやめて──。気が狂ってしまうわ──」

 

 沙那は声をあげた。

 すると、薬剤を足すために、沙那の股間から淫液のしたたりを拭き取っていた女たちが一斉に哄笑した。

 

「音をあげてくれたわね、沙那──。小白香様が戻ったときに、少しくらい、あんたが追いつめられてくれてないと、あたしたちが叱られるのよね。ほっとしたわ、沙那──。じゃあ、もっと続けましょうね──。でも、少し休憩してからね」

 

 一条がそう言って離れていく。

 ふたりが残り、また丹念に沙那の乳房や貞操帯のぎりぎりの外側などに痒み剤を足していく。

 もう反駁の気持ちが湧いてこない沙那は、薬剤が塗られる指先の感触に、歯を喰いしばって漏れそうな声を耐えながら、ぶるぶると全身を震わせるだけだった。

 同時に沙那は、まったく別の苦痛に自分が襲われ始めたのを感じていた。

 

 股間が痒い……。

 猛烈に痒い……。

 痒い──。

 なにも刺激がなくなると、ただれそうに股間が痒い……。

 あちこちが痒いが、なによりも貞操帯の内側が……。

 しかも、薬剤を塗り直された場所からも、火がついたような熱さと痒みが襲いかかってきた。

 

「お、お願い──、早く、責めて──。責めてったら──」

 

 沙那は絶叫した。

 

「休憩だと言ったでしょう──。そこでゆっくりしていてよ」

 

 女たちがそう言って笑った。

 沙那の身体に薬剤を塗り終わったふたりも加わり、五人の女たちは床の上の車座になって、飲み物とお菓子のようなものを口にしている。

 当分は動きそうにない。

 沙那は貞操帯の内側の火のつくような痒みに襲われながら、歯をかちかち鳴らして、うめき声をあげ続けるしかなかった。



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535 妹人形

 小白香(しょうはくか)雪蘭(せつらん)を監禁している部屋に跳躍すると、まずは雪蘭のすすり泣く声が聞こえてきた。

 雪蘭は素っ裸で椅子に座らせられていて、両脇には小白香が指名したふたりの性奴隷が見張り役として横にいる。

 

 また、雪蘭の首には、小白香が装着した革の首輪が嵌っており、その首輪は椅子の背もたれに金具で繋がっている。

 だから、雪蘭はすすり泣きながらも、顔を俯かせることもできないでいる。

 そして、雪蘭の両手首に嵌まる手枷も頭の後ろ側で背凭れに繋げられおり、さらに、両脚を両方の手摺に引っ掛けさせられて、膝の部分を縄で縄で縛られていた。

 

 つまり、雪蘭は腰を前に突き出したような体勢で椅子に座り、両手を頭の後ろに置いて、大股を拡げて股間を曝されているのだ。

 小白香の前に曝け出している雪蘭のその股間は、ぴったりと亀裂が閉じている。

 この十歳の童女にも性交の経験がないのは明らかだったが、それどころか、ただの一度の自慰すらもしたことはなさそうだ。

 乳房は未発達で、ほんの少し膨らんでいる程度である。

 

 獅駝(しだ)の城郭にあった雪蘭のいた屋敷を占領したのは、あの青獅子軍の大旋風だという。

 よくも、あの淫虐男が雪蘭に手を出さずに、無傷で送ってきたものだ……。

 

 小白香は、目の前の人形のように可愛い雪蘭の裸身を見て思った。

 それは運がよかった……。

 

 大旋風とは、一度だけこの離宮で会ったことがあった。

 男子禁制の白象魔王の離宮だったが、例外は白象の兄弟の金凰魔王と青獅子魔王だ。

 大旋風は、青獅子がこの離宮を訪問したときに随行としてついてきたのだ。

 

 そのときの大旋風は、軽薄でお調子者の男という印象だった。

 この離宮にやってきたときも、女奴隷に対して冷酷で残酷な悪戯を率先してやっていた。

 それは、青獅子を余興で愉しませるためだったようだが、亜人軍の将軍としてはたいへん不似合いな軽さだった。

 それに、その余興は、かなり陰湿な嫌がらせを女奴隷に強いるものだったことを記憶している。

 

 その大旋風隊が屋敷に入ったのだから、雪蘭の両親が、大旋風たちの遊びのために、酷く殺されたのだろうということは、想像して余りある。

 あの男は、人間族は惨く扱うくせに、部下思いのところがあったようだから、部下を愉しませるために、残酷で淫虐な仕打ちを雪蘭の親に与えただろうと思う。

 

 しかし、雪蘭はまだ穢れないまま、この白象宮の奴隷宮にやってきてくれた。

 大旋風という男は、その場の盛りあげのためだけに、平気で童女を部下に輪姦させたり、あるいは、親に強姦させたりするようなところがあったから、最初に童女が青獅子軍から移送されると教えられたときには、間違いなく亜人の精液で汚された童女が来るものと思っていたのだ。

 だから、痒み奴隷にでもしようと思っていたが、この裸身を見て、思い直した。

 なにしろ、雪蘭がまだ生娘なのは間違いないのだ。

 ただの痒み奴隷ではもったいない気もする。

 

 いずれにしても、あの大旋風の気紛れには、感謝しなければならないだろう。

 染みも傷もひとつもないきれいな肌を残したまま、小白香のところまで、この雪蘭を送って来てくれたのだ。

 

 それにしてと、本当に綺麗な肌……。

 貴族の娘として大切に育てられてきたというのは、この綺麗な肌を見ただけでわかる。

 この娘は、たった数日前までは、多くの家臣にかしずかれて世話をされ、恵まれた生活を送ってきたのだろう。

 それが、こうやって、家畜のように首輪を嵌められて裸身を晒させられるというのは、十歳の娘といえども、屈辱であるに違いない。

 

 しかも、両親を殺されて、たったひとりで亜人宮などに送られたのだ。

 どんなに心細く悲しいだろう……。

 

 そして、そんな雪蘭をこれから調教するのだと思うとぞくぞくする。

 この奴隷宮には、小白香の年齢に近い奴隷はいない。

 いや、奴隷に限らず、小白香にとって、生まれて初めて接する自分と同じ年頃の存在というのが、この雪蘭だ。

 

 表向きには、一応、この奴隷宮は、母者の白象の奴隷宮ということになっているので、集められているのは少なくとも大人の身体の奴隷女だけだったのだ。

 小白香の痒み奴隷や奉仕奴隷たちも、元はといえば、白象の性奴隷だった者を小白香用の奴隷にした者ばかりだ。

 童女を抱く趣味のなかった白象は、この奴隷宮に小白香と同じ年齢の奴隷を集めなかったのだ。

 

 また、白象は、結局、子供については小白香以外には作らなかった。

 幼い小白香のための遊び相手を与えるような母者でもないし、小白香は同じくらいの年齢の子供というものをまったく知らずに育った。

 

 そういえば、小白香は、幼い頃に妹が欲しかったのだ。

 しかし、それは求めても得られるものではなかったから、幼い小白香は、小さな人形を妹だと想定して遊んでいたと思う。

 そして、その人形の股間に小さな赤い点を描いて、痒みに泣く妹を空想したりもしたような気がする。

 泣きべそをかき続けている雪蘭を見ていると、そんな小さいときの記憶をなぜか思い出したりした。

 

「小白香様、言われた通りに縛っておきました」

 

 雪蘭の両側にいる奴隷のうちのひとりが言った。

 このふたりも白象の女奴隷であり、普段は白象の性の相手をする奴隷たちだ。

 平素は、あまり小白香との接触はない。

 

 ただ、これからは完全にこの奴隷宮も小白香のものとなる。

 思考力を喪失している小白香の奉仕奴隷や実験奴隷たちは小白香の言いなりだが、彼女たちは、半ば家畜と同じであり、この奴隷宮の仕事はなにひとつできない。

 この奴隷宮の管理に必要な仕事のほとんどは、このふたりのような白象の性奴隷たちが、白象の性の相手をする傍らやっているのだ。

 今後は、こういう白象の性奴隷たちを小白香として完全に統御していくのも課題のひとつであろう。

 

「うむ……。思ったよりも、取り乱してはおらんようだな」

 

 小白香は雪蘭の裸身を眺めながら言った。

 

「さっきまで、激しく泣いておりました。でも、いまは、落ち着いてきたようです。あたしたちが、一生懸命に奴隷としての立場を教え込んでおりましたから……」

 

 奴隷のひとりが誇らしげに答えた。

 なんとなく、自分の功績を訴えるような物言いが小白香の鼻についた。

 この女は、紫苑(しえん)という名の奴隷だ……。

 

「……泣くのはやめよ、雪蘭」

 

 小白香は恥ずかしい姿で椅子に拘束されている雪蘭の前に立って言った。

 すると、逆に雪蘭の泣き声が急に大きくなった。

 

「……泣くのをやめろと言っているのだ、雪蘭――。いうことをきけぬのか――」

 

 小白香は声を荒げた。

 しかし、ますます、雪蘭の泣き声は大きくなるだけだ。

 小白香は舌打ちした。

 

「こらっ、雪蘭、さっき、言いきかせたでしょう――」

 

 紫苑が雪蘭に叱るような声をあげた。

 だが、なぜか小白香は、紫苑が雪蘭に声をあげたことに激しい不快さを感じた。

 

「しょ、小白香様、腰掛けるものをお持ちします……」

 

 もうひとりの奴隷が慌てたように立ちあがって、部屋の隅に走った。

 そして、背もたれのない丸椅子を持ってくる。

 この部屋に準備している椅子は、もうそれしかないからだ。

 

 この奴隷の名は思い出せなかった。

 無口で目立つような奴隷ではない。

 しかし、よく考えてみると、この女奴隷は、小白香がこの部屋に入ってから、ずっと小白香に視線を集中していたように思う。

 だから、いまも、小白香が紫苑に苛立ったような表情を示したのを見抜いたのだろう。

|それで、腰掛けを持ってくるといって小白香の注意を逸らせたのだ。

 それに比べれば、紫苑はまだ雪蘭に対して叱るような言葉を続けているだけで、小白香の表情などには気を配っていないように思える。

 

「お前、名は?」

 

 小白香は、その奴隷娘の持ってきた椅子に座りながら名を訊ねた。

 

「し、小愛(しょうあい)です……」

 

「小愛か……。わかった――。当分、お前をこの雪蘭につける。この人間の童女の調教を担任せよ」

 

「わ、わたしがですか?」

 

 小愛が目を丸くした。

 

「いまのは大目に見る。しかし、わらわは、奴隷に二度同じことを言わされるのが好かん」

 

 小白香がそう言うと、小愛が真っ蒼になった。

|すぐにその場に跪いて、床に頭を擦りつけた。

 

「も、申し訳ありません、小白香様」

 

「よい。とにかく、雪蘭のそばにいよ。ところで、紫苑」

 

 小白香は、土下座をしている小愛の頭をあげさせて、雪蘭の横に行くように指示をした。

 そして、逆に雪蘭の横にいた紫苑を立たせて、自分の横に呼ぶ。

 

「はい」

 

 紫苑が横に立った。

 まずは、小白香は紫苑に道術をかけて金縛りにした。

 

「ひっ」

 

 直立不動の姿勢で身動きできなくなった紫苑が顔色を変えて声をあげた。

 小白香は、紫苑をそのままにして、まだ、すすり泣きをやめない雪蘭の横をすり抜けて背後の棚に向かう。

 そこには雪蘭を調教するための様々な器具や霊具が置いてある。

 そこから刺繍針のような太い金属の針を持ってきた。

 

「紫苑、お前、ちょっと、雪蘭の躾のための見本になれ」

 

「は、はい?」

 

 紫苑が、直立不動の姿勢のまま不審な表情をした。

 小白香は構わず、紫苑の片方の乳首の根元を掴むと、刺繍針を無造作に乳首の横から突き通した。

 

「ひぎゃあああ――」

 

 紫苑の絶叫が部屋に響き渡った。

 だが、道術で金縛りになっている紫苑は、逃げることはおろか、身体を捩じることもできない。

 小白香は、涙をぼろぼろと流して悲鳴をあげ続ける紫苑の姿に、不思議な満足感を覚えた。

 

「見よ、雪蘭――。お前の先輩性奴隷が、躾のできていない性奴隷が受ける懲罰の見本を示しておる。これは懲罰としては軽い方だが、いい加減に泣きやまぬと同じ目に遭わせるぞ――。聞いておるのか、雪蘭。ちゃんと眼を開かんか――」

 

「ひっ」

 

 小白香が強く怒鳴ったことで、雪蘭が眼を大きく開いた。

 雪蘭の顎に小愛が下から手を添える。

 

「雪蘭、眼を離してはなりません。嗚咽を我慢して前を見るのです――」

 

 小愛の口調は、丁寧だが強い。雪蘭は恐怖に包まれたような表情になって、悲鳴をあげ続けている紫苑を凝視した。

 

「よく見ていよ、雪蘭。わらわの命令はもちろんだが、お前の調教係の小愛の言葉に逆らっても、こういう罰を受ける……。あるいは、調教係の小愛がお前への躾が不十分なことを咎められて罰を受ける。覚えておけ」

 

「は、はい」

 

「わかりました、小白香さま……」

 

 雪蘭と小愛がそれぞれに返事をした。

 小白香は、ふたりの返事に満足し、涙をぼろぼろと流して苦痛を訴えている紫苑に向き直った。

 そして、道術で指先から強い炎を噴き出させる。

 それをゆっくりと紫苑の乳首に刺している針の先に近づけていった。

 

「ひいっ――。お、お許しを――。小白香様、お許しを――。あっ、熱い――熱い――あぎゃああ――」

 

 乳首から突き出た針先に、小白香の指先から出る炎の先が当たる。

 だんだんと、針の先が強い炎に焼かれて、紫苑の乳首を貫く針が真っ赤になっていく。

 当然、その熱さがその針が貫いている紫苑の乳首に伝わっているだろう。

 

「あぎゃああああああ」

 

 しばらくすると肉が焼ける匂いが小白香の鼻に伝わってきた。

 紫苑は吠えるような絶叫を続けている。

 道術で身体を固定していなければ、紫苑は大暴れをしているに違いない。

 しかし、紫苑は強い道術によって、身悶えさえも許されずに、ただ、涙を流して悲鳴をあげるだけだ。

 

「……雪蘭、これが、最後の命令だ。泣くのをやめよ――」

 

 小白香は、指先の炎で紫苑の乳首を貫いている針先を焼きながら言った。

 

「ひ、ひっ、は、はいっ」

 

 雪蘭が引きつった顔で嗚咽を噛み殺した。

 小白香は小さく頷くと、指先の炎を消した。

 しかし、まだ、紫苑の乳首の針は余熱で真っ赤だ。

 小白香は、さらに道術を紫苑にかけた。

 紫苑の両肩の付け根に赤い線が入る。

 そして、指を鳴らした。

 紫苑の両肩が、その赤い線に沿って消滅した。

 

「ひいっ――。な、なんで……?」

 

「なんとなく、お前は生意気そうだから好かん。たったいまから、お前を実験奴隷に落とす」

 

「ひいいっ――。そ、そんな――。り、理由を――理由をお聞かせください――」

 

 紫苑が、針が乳首を貫いている激痛に苦痛に顔を歪めながら叫んだ。

 この奴隷宮の女たちにとって、奉仕奴隷や実験奴隷というのは、死刑判決と同じなのだ。

 特に、実験奴隷は、小白香の実験のような痒み責めに遭わせられ、多くは痒みを癒すことさえも許されずに、発狂して処分されることが多いからだ。

 

「理由か? すでに説明したであろう……。わらわは、お前を好かん――」

 

 小白香は手を振って、紫苑を『移動術』で別の部屋に送った。

 いまやっている痒み実験に、あいつを放り込む。

 おそらく、数日で発狂する。

 まあ、問題ない。

 

「さあ、雪蘭、少し、足の裏を見せるのだ……」

 

 小白香は腰掛けからおりて、雪蘭の前に膝立ちになった。

 雪蘭の右足の足首を掴む。雪蘭は小さな声をあげて、ぶるりと身体を震わせたが、強い拒否の態度は示さなかった。

 

 もっとも、たとえ拒否しようにも、手摺に膝を縛られているのでは抵抗するのは不可能なのだが……。

 しかし、それよりも、さっきの紫苑に与えた虐待の光景が雪蘭の身体を恐怖で硬直させているようだ。

 

「本当に綺麗な足の裏だな。すべすべだ……。いい足じゃ」

 

 小白香は雪蘭の染みひとつない足の裏に頬ずりした。

 

「んんっ」

 

 雪蘭が身悶えをした。ふと視線を向けると、くすぐったいような顔だ。

 だが、反応を示すと怒られるかのしれないという恐怖で、しっかりと口をつぐんでいるようだ。

 

 可愛いものだ……。

 

 もしも、小白香に妹がいれば、きっと幼い妹をこうやって、苛めて遊んだのかもしれない。

 苛めて、苛めて、それから、ちょっとだけ可愛がる……。

 それが小白香の愛し方だ。

 

 この雪蘭のきれいな足の裏や無垢そのものの肌を痒みの発疹で汚してやりたい。

 無数のやぶ蚊に刺ささせて……。

 あるいは、蛭でもいいな。

 雪蘭は泣き叫ぶに違いない。

 だが、そう簡単には痒みは癒してはやらない。

 痒みで苦しむだけ苦しませて、それこそ発狂寸前になるまで苛めてから、やっとそれを解放するのだ。

 きっと雪蘭も、痒みの向こう側の快感の虜になってくれるに違いない。

 

 これほどきれいな肌なのだ。

 ちょっとした虫に刺されただけの痒みでもがき狂うだろう。

 痒みの原因になるようなかぶれなどにも縁もなさそうだし、痒みに対する耐性など皆無に違いない。

 幼い頃の小白香が、母者の白象や従母などから、それらを遠ざけられていたように……。

 

「ふふ……。くすぐったいのか、雪蘭? 正直に言え……」

 

 小白香は、雪蘭の足の裏から顔を離して、指先で二度三度と足の裏を撫ぜた。

 

「ひゃっ、ひゃっ、ひゃあっ……く、くすぐったいです……ひゃあっ――」

 

 雪蘭が身悶えを始める。

 その仕草も可愛らしい……。

 

「敏感な足の裏だな――。それに新鮮だ……。ただの一度も素足で地面を歩いたことなどないような足の裏じゃ……。さぞや、痒みの毒の浸食もあっという間であろうな……」

 

 小白香はひとり言を呟きながら、しばらく、雪蘭の足の裏を指でくすぐるという行為を繰り返した。

 その素足のきれいさに、すっかりと惚れこんでしまって、なかなかやめる気になれなかったのだ。

 

 この可愛らしい雪蘭を痒みで苦しめたい――。

 ふつふつと激しい情欲のようなものが湧く……。

 

 華奢に見えても、亜人族の肌は人間族よりは遥かに強い。

 しかし、雪蘭は、正真正銘の人間族の貴族の童女の肌だ。

 その証拠が、この肌の弱々しさと敏感さだ。

 小白香はうっとりとしてしまった。

 

「小愛、お前もせよ」

 

 小白香は、椅子に拘束されている雪蘭の反対側にいる小愛に言った。

 

「は、はい」

 

 小愛が慌てたように、雪蘭の反対側の足首を握り、小白香がやっているのと同じように指で優しく擦り出す。

 

「やっ、やっ、はあっ、ああ……」

 

 拘束された両方の足の裏を同時にくすぐられて、雪蘭はまるで大人の女が愛欲にむせぶような甘い声を出した。

 小白香はちょっとだけ驚き、同時に思わず頬を綻ばせた。

 

 そして、その可愛い嬌声をさらに耳にしたくて、さらに足の裏をくすぐった。

 隣の小愛も小白香の指に合わせて、雪蘭の足の裏をくすぐり続ける。

 

「……はっ、ああっ、ああっ……お、王女さま……おゆるしを……やっ、はあっ……王女さま……」

 

 雪蘭が真っ赤な顔を左右に振って喘ぎ声を出す。

 

「……お姉様と呼ぶがよい……」

 

 小白香は指を動かしながら言った。

 なぜ、そんなことを思ったのか小白香は、自分でも自分の気持ちがわからなかった。

 だが、なんとなく、この人間族の奴隷の童女を自分の妹のように扱いたくなった。

 幼い自分が、求めても得ることのできなかった者の代わりを人形に求めたように、なんとなく、この雪蘭を幼い頃に遊んだ人形に見立てたくなった。

 

「は、ああっ……、お、おねえさま?」

 

 雪蘭の小さな悲鳴の中に、当惑の響きが混ざる。

 

「そうだ……。お前にだけ、特別に許す……。わらわのことをお姉様と呼んでよい。いや、命令にしよう。お前は、わらわをお姉様と呼ぶのだ。よいな。それ以外の呼び方をすれば罰だ」

 

「は、はい、おねえさま」

 

 雪蘭が大きな声で叫んだ。

 小白香は、なぜか打ち震えるような快感を覚えた。不思議な満足感に、やっと雪蘭の足の裏を弄るのをやめた。

 それに応じて、横の小愛も指を止めたようだ。

 何気なく、小愛を見ると、少し驚いた顔で小白香を見ている。

 しかし、小白香と視線が合ったことで、慌てたように眼を逸らせた。

 小白香は苦笑した。

 

 次に小白香は、『取り寄せ術』を念じて、私室からひとつの革の下着を眼の前に転送させることにした。

 目的のものはあっという間に、小白香の手のひらにやってきた。

 

「では、お前にはこれをやろう……」

 

 転送したのは一足の赤い革の下着だ。

 痒み奴隷たちに装着させている貞操帯とは違う。

 ごく普通の女の子用の赤い下着の形状をしている。

 だが、内外の刺激を遮断するという点では痒み奴隷たちの貞操帯の機能と同じだ。

 

 これは、四年前に小白香が初めて、痒みを性欲と結びつけることに目覚めたときに、自分を責めるために使った下着なのだ。

 そのときの小白香は八歳だったが、雪蘭は小柄だ。

 大きさも丁度よさそうだ。

 

 小白香は、小愛に棚から薬剤箱を取ってくるように命じた。

 小愛はすぐに持ってきた。

 小白香は箱の蓋を開けた。両手で軽く持てる程度のその木箱に、各種の痒み剤が入っている。

 

 小白香は、まずはその箱から一本の小瓶を出した。

 そして、瓶の中の水を下着の内側に注ぐ。

 

「覚悟はよいな」

 

 小白香は一旦、貞操帯を横に置くと、今度は箱の中から別の茶色い小瓶を取り出した。

 その小瓶にしてある油紙の蓋を取るとちょっとだけ強い刺激臭がした。

 中身はどろりとした粘性の掻痒剤だ。

 これは痒み奴隷たちには、あまり使うものではない。

 

 ただ痒くなるだけではなくて、塗られた場所が敏感になる媚薬効果があるのだ。

 性の疼きが強くなるのだ。

 それを指ですくった小白香は、雪蘭の亀裂の中に粘性の掻痒剤をたっぷりと塗りつけていく。

 指でなぞっていくと、雪蘭の未発達の肉芽も見つかった。

 そこにはさらに念入りに塗っていく。

 

「ひっ、ひいっ……、ひ、ひどいことしないでください、お姉さま――」

 

 雪蘭が拘束された身体を悶えさせて悲鳴をあげる。

 しかし、ただ雪蘭を拘束している椅子は、道術でしっかりと床に固定してあるため、雪蘭が暴れたくらいでは、かたかたと動くこともない。

 

「酷いことではないわ……。怖がるな、雪蘭――。わらわも同じことをしてやるからな……」

 

 小白香は立ちあがると、身に着けている物を脱ぎ始めた。

 小愛が驚愕した様子で立ちあがり、慌てて小白香が脱ぐものを受け取っていく。

 小白香はあっという間に生まれたままの姿になった。

 足に履いているサンダル以外は……。

 

「見よ、雪蘭――。わらわとお前は同じじゃぞ」

 

 小白香は、雪蘭の股間に塗りつけた薬剤を手に取ると、自分の股間の亀裂に同じようにすり込んだ。

 やはり、肉芽にはたっぷりと塗りつける。皮を剥くのは怖かったので、皮の上から塗った。

 雪蘭はただ目を丸くして、その小白香の姿を凝視している。

 

「……小愛、わらわの服など、その辺に捨てて置け。わらわたちだけでは恥ずかしいではないか。お前も脱げ。それから、この部屋で見たものは、誰にもいうな。誰かに喋ったものなら、死ぬよりも怖ろしい拷問にお前を遭わせるぞ」

 

 小白香は小愛を睨んだ。

 

「だ、誰にも申しません……。絶対に……」

 

 小愛は激しく首を縦に振った。

 そして、身に着けているものを脱ぎ始める。

 小愛が身に着けているのは、ただの薄物一枚だ。

 あっという間に、小愛も全裸になった。

 

 一方で、小白香は、さっきの薬剤を今度は雪蘭の小さな乳首に塗りつけている。

 雪蘭は小さな吐息を繰り返しながら、黙ってそれを受けた。

 また小白香は、雪蘭に薬剤を塗りながら、自分の乳首にもそれを塗っている。

 雪蘭に塗れば、自分にも塗り、自分に塗れば、雪蘭にも塗るというように交互に塗っていく。

 

「か、かゆい……か、かゆいです、おねえさま――」

 

 ふたつの乳首に塗り終わる頃には、椅子に縛られている雪蘭が激しく暴れ出した。

 腰を震わせて悲鳴をあげだしたのだ。

 

「わ、わかっている……。わらわも痒くなった……。だ、だが、もう少し耐えようぞ、雪蘭――。そ、それよりも、口を開けていよ……。わらわの舌を受け入れるのだ。閉じてはならんぞ」

 

 小白香は笑いながら言った。

 そして、股間を襲っている強い痒みに苛まれながら、小白香は雪蘭に覆いかぶさるように自分の唇を雪蘭の口に近づけた。

 

「か、かゆいいいいい、んいいいい――」

 

 雪蘭は何度もそう繰り返していたが、小白香の顔が近づくと、小さく口を開いた。

 涙を流し始めた雪蘭の口を小白香は自分の唇で塞いだ。

 舌を入れると、雪蘭の口の中は温かくて気持ちがいい……。

 

 だが、股間だけではなく、乳首にも怖ろしい痒さが襲ってきた。

 絶叫したくなるような猛烈な痒さだ――。

 

「まだじゃ……。もう少し苦しめ。さすれば、さっきの貞操帯で封印する。それからが本当の調教だ。だが、心配いらん。わらわも貞操帯をする。一緒に苦しもうぞ」

 

 小白香は痒みの苦しさに酔いながら、もうひとつの貞操帯を出して、痒みの液剤をたっぷりと注ぎ垂らした。



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536 擦り合う股間

 小白香(しょうはくか)は、雪蘭(せつらん)の小さくて可憐な口の中に舌を侵入させて、思いのままに舌先で舌をからめ、強く吸ったり舐めあげたりした。

 

「はあっ、ひゃあ、ひゃっ……」

 

 雪蘭は小白香の舌を受けながら、拘束された身体を激しく動かしている。

 たっぷり足癬の毒を塗った足は、真っ赤な革の下着で封印した。

 それは、小白香自身も同じだ。

 小白香については、自ら同じものをはいたというわけだ。

 

 その結果、襲ってきた痒みは、小白香自身が悲鳴をあげたくなるほどだった。

 痒みに耐性のない雪蘭には、暴れ狂いたくなるくらいの苦痛に違いない。

 だが、雪蘭は、口を開けていろという小白香の命令を守って、椅子に拘束された身体を激しく揺さぶりながらも、必死になって口だけは開き続けている。

 

 そのため、雪蘭の唇の端からは、雪蘭と小白香の唾液がどんどん垂れ落ちてく

 小白香は、雪蘭の口の中を思うがままに貪りながら、雪蘭の可愛らしい顎に垂れるその涎も舐め続けていた。

 

 それにしても……。

 小白香は、自分の局部の燃え立つような痒みに耐えかねて、ねっとりと汗ばむうなじを何度も仰け反るように動かしながら、自分の舌を一生懸命に受け入れている雪蘭の姿を眺めた。

 この雪蘭をもっと苛めたい。

 それでいて、もっと可愛がってあげたい――。

 そんな不思議な感情が小白香を支配して、それが小白香を動揺させている。

 

 これが愛情という感情に違いないというのは、さすがに小白香でも理解はしている。

 しかし、不思議なのは、こんなに簡単に誰かを愛したいという気持ちに陥ることができたことだ。

 

 雪蘭は確かにとても可愛らしく、そして、素直だ。

 だが、人間族の少女であり、小白香が雪蘭と接したのは、昨日が初めてだし、話をしたのはついさっきが最初だ。

 しかし、いま自分は確かに雪蘭に愛情を感じている。

 自分よりも年少の存在というのは、こんなにも愛しい気持ちになれるものだろうか?

 

 そういう気持ちも、自分よりも年少の存在についても、これまでの人生で経験したことのない小白香にとっては、雪蘭に対する感情は戸惑いでしかない。

 いずれにしても、小白香は、いまや、この雪蘭に対する愛情が自分に芽生えようとしているのをはっきりと知覚していた。

 

「こ、今度は、お前がわらわの口の中に舌を入れるのだ……。さっき、わらわがやったようにやってみればよい……」

 

 小白香は、雪蘭に口を閉じることを許すと、今度は雪蘭から小白香の舌を貪ることを命じた。

 

「は、はい、おねえさま……」

 

 雪蘭は、苦しそうに息をしながら、かすかに顎をあげる。小白香は、その雪蘭の唇に再び自分の唇を重ねた。

 すぐに雪蘭の舌先が小白香の口の中に入ってきた。ぺろぺろと小白香の舌を舐め始める。

 そこには技巧的なものは皆無だが、それが却ってむらむらとした淫情を小白香の体内から沸き起こさせた。

 我慢できなくなって、今度は、また小白香が雪蘭の口の中に舌を侵入させる。

 すると雪蘭はその舌を自分の口の中で舐め返してくる。

 舐めよという命令を忠実に実行しているのだろう。

 

 その健気さが可愛い……。

 小白香は、はっきりと自分の身体に火がつくのを覚えながら、雪蘭との接吻を続けた。

 

 全身を痺れのような気だるさが包む。

 しかし、ほんの少しも、その気だるさを解消しようとする気が起きない。

 局部の激しい痒さも小白香にとっては、心地よい酔いのようなものだ。

 しかし、雪蘭にっては、やはり、地獄のような苦しみなのか、しきりに全身を揺さぶっている。

 

「ゆ、雪蘭……よ、よくできたぞ……。わ、わらわも気持ちよかった……。これから、わらわが接吻を命じたときには、いまのように必ず、お前の舌でわらわの舌を舐めるのじゃ……。わかったな」

 

「は、はい、おねえさま……。で、でもかゆいです……。か、かゆい……」

 

 雪蘭が耐えられなくなったかのように全身をまた激しく振り立てて、泣き声のような悲鳴をあげた。

 

「わ、わかっておる……。わらわも痒いのだ……。しかし、この痒みも悪くない……。簡単に痒みを癒しては勿体ない気もする……。足癬の痒みには格別の快感もあるが、この媚薬の痒みというのも悪くないのう……。それだけに、これは危険だ……。や、病みつきになりそうだ……」

 

 実は、単なる掻痒剤ではなく、媚薬効果のある油剤を自らの身体に使うなど小白香も生まれて初めての経験だった。

 痒みに耐えて、それを癒す快感もいいが、こうやって股間や乳首の性感帯に媚薬効果のある油剤を塗って、痒みだけとは違った性の疼きに耐えるのもまた、別の気持ちよさがある。

 なにしろ、これを癒すということは、痒みが解消する気持ちよさに、性愛の気持ちよさも加わるのだ。

 自分自身の性愛の体験がない小白香は、この局部の痒みが淫情の発散をしながら癒されることを想像した。

 

 どんな気持ちだろうか……。

 小白香は自慰の経験はあるが、それほど気持ちがいいものとは思わなかった。

 それよりも遥かに気持ちがいい痒み地獄の向こうにある快感に比べれば物足りず、繰り返してやりたいと思うようなものではなかったのだ。

 しかし、痒みを発散しながら耽る自慰なら違うような気がした。

 

 いや、そうではないだろう……。

 雪蘭の存在が、小白香の性愛の快楽への好奇心をかき立てている。

 この猛烈な痒みに襲われている部分を雪蘭の痒い場所と擦り合って痒みを癒したら、雲に昇るような恍惚感を得られるのではないか……?

 

 そう思った……。

 

 おそらく、それは肉体的な快感だけではなく、精神的な快感を伴わせてくれるような気がする。

 快感に対する貪欲さは、小白香の生来の気質だ。

 思い込むと、どうしてもやってみたい。

 この全身を蝕む痒みを雪蘭と癒してみたい。

 

「ああ、か、かゆいです……かゆいいいい……」

 

 雪蘭が半狂乱になった。

 やはり、同じ痒みでも、雪蘭と小白香では苦しさも異なるようだ。

 雪蘭のうめきと喘ぎは凄まじいばかりの激しさになってきた。

 それに比べれば、小白香はまだこの痒みの苦痛をしばらく味わいたいような気持ちもある。

 

 まあいい……。

 このまま雪蘭を放っておいて、発狂でもされたら、取り返しがつかない。

 小白香は、雪蘭について、痒みをほぐす段階に入ってやることにした。

 

「そ、そうだな、か、痒い……。わらわの身体も千切れそうだ……。だが、もう一度、接吻だ。それが終わらなければ、わらわもお前も痒みを癒してはならないことにしよう……。さあ……。ところで、さっきの言いつけは覚えておるな……」

 

 小白香は再び雪蘭の唇に唇を重ねた。

 今度はとりあえず、なにもしなかったが、すぐに雪蘭の舌が、小白香の舌を探して小白香の口の中に入ってきた。

 自分の舌で小白香の舌を求めよという命令は忠実に実行している。

 小白香は大いに満足した。

 

 雪蘭の舌が自分の舌に届くと、やはり我慢できなくなって小白香も雪蘭の舌を吸った。

 身体の痒みが、頭がぼうっとなることで、少しはましになる。雪蘭もまた同じなのかどうかはわからないが、まるで淫情に溺れているかのような表情だ。

 そして、小さな身体を汗びっしょりにして、もどかしげにくねらせ、小白香との濃厚な接吻に耽っている。

 

「よ、よくできた。つ、次は、身体じゃ……。か、痒い部分をわらわの肌に擦りつけるのだ」

 

「は、はい、おねえさま……。で、でも……」

 

 雪蘭が苦しそうに身体を悶えさせた。

 小白香はやっと、雪蘭が椅子から離れられないことを思い出した。

 

「小愛、一度、雪蘭の拘束を解いて椅子から降ろせ――。ただし、両手の手枷は背中で繋ぎ直すのだ」

 

 小白香は横に座っている小愛に告げた。

 しかし、小愛はなんだかぼうっとしているようだ。

 

 反応しない小愛に小白香はもう一度声をかけた。

 

「は、はい。も、申し訳ございません、小白香様――」

 

 小愛が弾かれたように立ちあがった。

 すぐに椅子の背もたれの金具が外されて、雪蘭の首輪と手枷が解放される。

 雪蘭の膝を手摺に縛っていた縄も解かれる。

 

 だが、雪蘭は、椅子から滑り降ちるようにして、床に尻餅をついた。

 雪蘭は身体に力が入らないのか、すぐには立てないようだった。

 しかし、その両手が、身体を掻こうとするように局部に伸びる。

 だが、無駄だ。

 この下着は外部からのあらゆる刺激を遮断する効果がある。外さないことには絶対に痒みを癒す方法はない。

 すかさず、小愛が雪蘭の手を取る。

 そして、一度手枷を外し、雪蘭の背中で嵌め直してしまう。

 

「ああ、かゆい、かゆい……」

 

 雪蘭は背中に拘束された裸身を左右に激しく捩じり出す。

 雪蘭の耐えている苦痛は、小白香にも襲いかかっている。

 少しもじっとしていられないような痒みだ。

 そして、はっとした。

 

 いつの間にか自分の両手は、股間と胸に腕の一部を強く押し付けるようなことをしていたのだ。

 痒みに耐えられずに、無意識に腕を局部に持っていってしまったようだ。

 小白香は自分のふがいなさに舌打ちした。

 

 痒みに耐えれば耐えるほど、それを癒すときの快感が大きいことを知っている。

 そのためには、限界まで我慢をしなければならない。しかし、それに性の疼きが加わったことで、小白香も知らず、腰を動かしてしまったようだ。

 これは、意思の力だけでは難しいかもしれない。

 

「小愛、棚からもうひと組、手枷を持って来い」

 

「かしこまりました、小白香様」

 

 全裸の小愛が棚に小走りに駆けていく。

 そこには、さまざまな調教道具が置いてあるのだ。

 小愛は、すぐに手枷を持って戻ってきた。

 

「その手枷をわらわの手首にかけよ。雪蘭と同じように背中でかけるのだ」

 

 小白香は自分の手を背中に回した。

 

「えっ?」

 

 小愛は一瞬、身体を硬直させたが、二度同じ命令をさせるなという小白香の言葉を思い出したのか、すぐに小白香の背中に回った。

 小白香の手首に金属の手枷が嵌る。

 

 これでよい……。

 これなら、痒い場所を勝手に掻くことできない……。

 小白香は、雪蘭に視線をやった。

 雪蘭は痒いとうめきながら全身を暴れさせている。

 

「ゆ、雪蘭、痒いのであろう……。か、痒い部分をわらわに擦りつけよ。ただし、わ、わらわも痒いのだ。だから、お前の痒い部分と同じ場所のわらわの場所を擦るのだ。わらわの痒みを癒しながらであれば、お前が痒みを癒すのを許すぞ」

 

 小白香は言った。

 喋るとどうしても、歯が鳴ってどもってしまう。

 全身が千切れそうだ。

 そして、熱い。

 これはこれで足癬の痒みとは違う痒みの苦しさだ。

 

「お、おねえしゃま、かゆいです――」

 

 あまりの痒みに、がちがちと歯を鳴らしている雪蘭が小白香の身体に肌を寄せてきた。

 まずは胸を小白香の乳首に擦り合わせるようにする。

 雪蘭の胸はほとんど平らだが、小白香の胸は少し膨らみがある。乳首の大きさも違う。

 雪蘭の小さな乳首が小白香の乳首と強く擦れ合った。

 

「あ、ああ……。これは気持ちがよい――。ゆ、雪蘭、もっと強く擦れ。もっとだ――」

 

「は、はい――。あ、ああっ……」

 

 痒みに襲われている乳首を雪蘭の胸で擦られるのは途方もなく気持ちよかった。

 あっという間に小白香は全身が熱くなり、股間に疼きの塊りのようなものが出現するのを感じた。

 

 これが官能というものだろうか……。

 頭の中が痺れるようになって、なにも考えられない。

 雪蘭もまた、感極まったような声をあげている。

 その声は痒みが癒える快感の声ではあるが、それだけではない淫情の昂ぶりような響きも混じっているようだ。

 

「お、おまたも……おまたもこすっていいですか、おねえさま……。も、もうかゆいのが、が、がまんできないのです……」

 

 雪蘭が泣くような声をあげた。

 

「よかろう。ならば、掻かせてやろう。ただし、やり方は同じだ。わらわと股と雪蘭の股を擦りつけよ。それなら、下着を一度外してやろう」

 

「ああ、何でもやります。よいのですか?」

 

「いくらでもやれ。わらわも痒い――。ほら、見よ。わらわも手を拘束させた。そなたが擦ってくれなければ、わらわも苦しいのだ。わらわを助けると思って擦れ」

 

 そう言いながら、小白香は雪蘭に微笑みかけた。

 雪蘭の顔が少しほっとしたように解れた気がした。

 しかし、正直にいえば、すぐに痒みを癒してしまうのは、凄く惜しい気もする。

 だが、これで終わりというわけでもない。

 雪蘭と股間に掻痒剤を塗り合って、痒みを解し合って愉しむ機会はいくらでもあるだろう。

 

 小白香は、床の上に横たわった。

 そして、自分と雪蘭の革の下着を道術で消す。ふたりの股間が露わになる。

 冷たい石床の感触が熱くなった身体に心地いい。

 

「ああ、おねえさま」

 

 その上に雪蘭がすぐに覆い被さってくる。

 切羽詰まって少しも待てないという感じだ。

 小白香が股を開いて、受け入れやすいようにしてやると、その場所に雪蘭が自分の亀裂を押し付けてくる。

 

「ああっ――」

「んふんっ」

 

 雪蘭の股間が小白香の股間を擦った瞬間、怖ろしいような衝撃が走った。

 雪蘭も一瞬、腰をあげて、それ以上躊躇するような仕草をしたが、すぐに再び股間を強く押し付けてきた。

 雪蘭の心は小白香にもよくわかる……。

 

 身体の芯が燃えるような不思議な昂揚感――。

 それはめくるめくような快感ではあるが、前の見えない光の中に自ら飛び込んでいくような恐ろしさがある。

 しかし、股間や胸を襲っている痒みと疼きが、前に進むことを強く求めるのだ。

 そして、痒みの苦痛は、未知の光の中に進むことを躊躇することを雪蘭や小白香に少しも許さない。

 

「も、もっと激しく擦れ、雪蘭――。もっと、もっと……」

 

 小白香は怒鳴った。

 

「はい……ああっ――」

 

 雪蘭が今度は狂ったように股間を押しつけて強く擦ってくる。

 そして、届かないまでも懸命に胸と胸も押しつけるように身体全体で擦ってくる。

 これが、十歳の人間族の童女の力かと思うほど、雪蘭が小白香の股を擦る力は強い。

 そして、骨も肉も一度に潰れ散るかのような衝撃が走った。

 

「ああ、き、気持ちがいい……。こ、これは――」

 

 神経が溶けるような快感に襲われた小白香は、あられもない声をあげてしまった。

 これが官能が燃えるということなのだろう。

 小白香は、もう耐えられなくなり、股間を押しつける雪蘭にあおられるように、自分も腹部と腰を突きあげて、痒みの頂点を強く擦った。

 

 肉芽と肉芽がはっきりとぶつかり合うのがわかる。

 強烈な衝撃が全身に走る。

 

「ほおおおお」

「ああああっ」

 

 小白香は自分の口が獣のようなうめき声をあげるのがわかった。

 その小白香の裸身を雪蘭の裸身が擦りあげる。

 雪蘭の股間と小白香の股間がお互いの力で押しつけ合う……。

 そのまま憑りつかれたかのように、ふたりで身体を擦り合う……。

 

「お、おねえさまああ、なんだかわからない……。き、きもちいい……。ああ、な、なんですか、これ……はあっ……、あっ、ああっ……こ、こわい……こわい……」

 

「わ、わらわも知らぬ……。だ、だが、そなたが感じているものは、わらわも感じる……。い、一緒に進もうぞ……ああっ……」

 

 ふたりでさらに強く股間を擦り合った。

 白い光のようなものはすぐそばまできている。

 なにかに包まれる。

 大きな波のようなもので、激しく運ばれているような心地でもあり、どこかに全力で駆けているような激しさでもある。

 

「お、おねえさまああ、おねえさまあああ――」

 

 不意に雪蘭が股間を強く押しつけるように身体を弾ませた。

 汗まみれの小さな身体が二度三度と電撃でも浴びたように身体を震わせる。

 小白香もまた、込みあがった衝撃に全身を貫かれていた。

 

 もうなにもわからない――。

 なにか熱いものが腰を包み込み、それが全身を覆い、そして、飛翔させた。

 

「んあああああっ」

「ひゃあああっ」

 

 気がつくと、ぐったりとなった雪蘭が小白香の裸身の上に乗っている。

 

「雪蘭……?」

 

 意識がないのか、雪蘭はただ苦しそうに息をするだけで、返事をしなかった。

 小白香が身体を起こすと、雪蘭の裸身が小白香の身体の上から滑り落ちそうになった。

 それを小愛がさっと支える。

 小愛が雪蘭を床に寝かせ、すぐに小白香が身体を起こすのを助けた。

 

「小愛、わらわの手枷を外せ――。わらわがこの部屋を去った後で、雪蘭の身体を中和剤で拭いてやれ……。さもないと、薬剤を塗った場所に痒みが戻ってくる。そういう薬剤でちょっと雪蘭には強すぎる。股間は別の痒み剤とともに貞操帯で封印する」

 

「わかりました……。でも、小白香様の毒は?……。それにお汗も……」

 

 小愛が小白香から手枷を外しながら言った。

 雪蘭と身体を擦り合うことでかなり痒みは癒えており、とりあえず、いまは苦しさはない。

 しかし、小白香の身体にも雪蘭と同じように掻痒剤を塗りたくっている。

 ならば、小白香にも中和剤を塗らなくてもいいのかと訊ねているのだ。

 また、雪蘭だけではなく、小白香も汗びっしょりだ。

 その汗を拭こうと、小愛が布を取りに行きかけた。

 だが、小白香はそれをとめた。

 

「よい……。汗はわらわの道術できれいにできる。薬剤の影響もな……。ところで、意識が戻れば雪蘭は、また痒みでまた泣き出すに違いない。そのときは、お前が雪蘭の股間以外の他の場所を慰めてやれ。そうしてやれば、少しは股の痒みの苦しみから救われるだろうからな」

 

「はい」

 

 小愛が頭をさげた。

 小白香は、再び赤い革の下着で雪蘭の股間を封印する。

 選んだ油剤は、さっきよりも痒みが少なく、性の疼きがより強いものだ。

 これなら発狂はすまい。

 

 そして、寝息のような呼吸を繰り返して寝ている雪蘭に視線を送った。

 すぐにさっきのように、雪蘭は可愛らしく泣くのだろうな。

 しかし、それを癒すのは二日は先にしようと思っていた。

 それまでは、小白香も自分の股間の痒みも疼きも奉仕奴隷に癒させることはしないと決めた。

 

 いまの痒みは、また雪蘭と一緒に癒そう……。

 そう決めた。

 

 小白香は、雪蘭に道術をかける。

 人差し指だけしか残っていなかった両手の指がこれで戻ったはずだ。

 この雪蘭を奴隷などにするのはもったいない。

 これは、小白香の愛玩人形だ。

 こんなに可愛いのだから……。

 

 小白香は立ちあがった。

 そのときには、すでに小白香の肌からは汗はなくなっている。

 股間をべっとりと濡らしていた体液も道術で消滅させた。

 小愛がすぐに小白香の脱いだ服を着せにかかる。

 

 予定では、この後は、白象のところに行き、その後、監禁したままの右京の妹とその許嫁の処置にかかるつもりだったが、すべてやめた。

 

 それよりも、身体がだるい。

 横になりたいのだ。

 それでいて、やはり、このだるさを簡単に消してしまいたくない……。

 

 そんな不思議な感情に小白香は、自分が捉われるのをしっかりと感じていた。

 小白香は、とりあえず、自分の部屋に戻るために、『移動術』を念じた。



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537 真実の石

「や、やめ……やめ、やめてくだちゃい……さ、沙那……沙那ちゃんは、あ、あああっ――」

 

 休息を終えた小白香が沙那を責めさせている調教部屋に戻ると、半狂乱の沙那が奇妙な物言いで悲鳴をあげていた。

 それを、もともとは白象の奴隷だった女たちが取り囲んで責めている。

 

「やめていいの、沙那ちゃん? だったら、お姉さんたちはやめちゃうわよ」

 

「ああ、やめないで……くだちゃい……。もっと、責めて……い、いや、責めてくだちゃい……。や、やめると、かゆさが……ああっ……ひゃああ……で、でも……あああっ」

 

 小白香が跳躍したのは、部屋の中心で手足を拡げて立たされている沙那の背中側だ。

 手足を拡げているといっても、沙那の両手は道術で消滅させているので、二の腕の中心部よりも先にはなにもないのだ。

 開いている股間の真下には、汗なのか、小便なのか、愛液なのかわからない液体が大量に溜まっている。おそらく、そのすべてなのだろう。

 例の触手貞操帯を装着したままなので、それでこの水溜まり状態とは凄いものだ。

 

 とにかく、沙那の全身はおびただしい汗だ。

 昨日、この格好で五人の奴隷女に責め続けるように命じてから、ほとんど丸一日経っている。

 どうなっているかと見に来たのだが、思ったよりも沙那が十分に体力と気力を保っている雰囲気であることに小白香は驚いた。

 

 それにしても、沙那のおかしな喋り方はなんなのだろう……?

 沙那の周りでは、五人のうちのふたりが責めている最中であり、残りの三人は部屋の隅で休んでいた。

 そして、沙那を責めているふたりが、沙那の身体に筆を這わせ回っている。

 道術で金縛りにされている沙那は、その筆にのたうち回っているようだ。

 

 沙那の背後に出現した小白香の存在に気がついて、壁際で休んでいた三人を含めた五人の全員が居ずまいをただそうとした。

 しかし、小白香はそれを無言で手で制した。

 そして、黙っていろという仕草を五人にした。

 こうやって、沙那に気づかれないまま、沙那がどんな風に責められているのか見物したかったのだ。

 

 それにしても、小白香は、沙那が思ったよりも元気であることに、驚くよりも呆れる思いだ。

 一日も責められ続けているのだから、普通なら言葉も喋れないくらいに疲弊していて当然なのだ。

 だが、一見したところ、まだ、沙那の体力には余裕があるようだ。

 余程、普段から責められ慣れているのかもしれない。

 

「だ、誰か……いるの――?」

 

 しかし、沙那が背後の小白香に気がついてしまったようだ。

 あんなに息も絶え絶えになっているのに、まだ、背後に立つ存在の気配がわかるというのは感心した。

 

「あっ、普通の言葉を使ったわ」

 

「罰よ、罰――」

 

「今度もくすぐりの刑にする?」

 

「それとも、また、お尻に、触手の痒み剤追加の刑がいいんじゃない」

 

「でも、変わり映えしなわよねえ……。昨日、おしっこ飲ませたときに、嫌がったから、またそれでいいんじゃない」

 

「沙那自身のおしっこなんて、もう、十回くらい飲ませているじゃないの。もう、そんなに堪えないわよ」

 

「違うわよ。あたしたちのおしっこを飲ませるのよ――。その溜め壺に溜まってるじゃない。それを全部飲み干させるのよ」

 

「ええっ――。それはあたしが嫌よ。おしっこ飲まれるなんて」

 

 奴隷たちが一斉に歓声をあげて騒ぎ出した。

 

「い、いまのは……違う……。いえ、ちがいまちゅ。つい……」

 

 沙那が慌てたように狼狽えた言葉を吐いた。

 しかし、それもおかしな舌足らずの口調だ。

 小白香は思わず吹き出しながら、そんな沙那の態度に首を傾げた。

 

「どうしたのだ、沙那は?」

 

 小白香は訊ねた。

 

「この沙那が生意気なんで、ちょっと懲らしめてあげようと、喋る言葉は、幼児言葉だけにするように命令しているんです。ひと言でも大人の言葉を使えば、罰を与えることにしたんです」

 

 沙那を任せた五人のうちのひとりが言った。

 一条という名の性奴隷だ。

 この一条には、五人の中の長に当たる者として、小白香が指名をしていた。

 

「ほう、それは面白い。この気の強い沙那には、堪らん仕打ちだな。いいぞ。続けよ。沙那、これからもその幼児言葉以外を使うな。わかったな」

 

 小白香は笑いながら、沙那の前側に出た。

 それでさっきから、おかしな言葉で沙那は喋っていたのだ。

 しかし、あの沙那が、そんな恥辱的な命令を簡単に受け入れるとは思えなかった。

 しかし、実際に、その沙那がああやって五人組の命令に従っているということは、やはり、この一日間のこの五人の沙那に対する責めが本当に容赦のないものだったのだろう。

 

「しょ、小白香……いえ、小白香様……も、もう、ゆるちて……お、おねがい……」

 

 小白香の姿を見るなり、沙那は汗びっしょりの優美な裸身を左右に激しく揺さぶって訴え始めた。

 しかし、その口調は悲痛だが、言葉そのものは幼児言葉だ。

 その不似合さに小白香は思わず吹き出してしまう。

 

「ねえ、小白香……お姉ちゃま……お、お願い――」

 

 沙那が悲痛な顔で涙をこぼしだした。

 しかし、どうしても笑ってしまう。

 しばらく、小白香は笑い続けた。

 

「だ、駄目だ……。面白いが笑ってしまって話ができん。よい――。普通の言葉にせよ、沙那。それでどうしたって?」

 

「……か、痒い――。痒いのよ――。お願い、もう堪忍して――。な、なんでもするから――。まずは、この痒みを癒して――」

 

 沙那が暴れながら悲鳴をあげた。

 

「なんでもするか……。ならば、真言の誓約による『主従の誓い』をするか?」

 

「す、するわ――。で、でも、そ、その前に痒みを癒して――」

 

 沙那はあっさり言った。

 小白香は驚いた。

 

「……騙されちゃいけませんよ、小白香様――。沙那は、昨日から同じことばかり言っているんだから。『主従の誓い』をするから、責めをやめて痒みを癒せってね。それで、これを使ったら、真実ではないと出たんです。それで懲らしめを……」

 

 一条が小さな水晶球を取り出して、不満そうに小白香に訴えた。

 一条が出したのは、『真実の石』という霊具だ。

 沙那を責めさせる前に、この五人に渡していたものであり、この霊具には、嘘を発見する力がある。

 つまり、この『真実の石』という球体に触れながら喋ると、言葉が真実の場合は、その石が青い光を放ち、偽りだと赤い光を放つのだ。どちらでもない場合は水晶は光らない。

 

「ほら、沙那、もう一度、同じこと言ってごらん」

 

 一条が沙那の額に石を触れさせた。

 沙那が一瞬、顔を曇らせた。

 そして、しばらく躊躇してからやっと口を開く。

 

「……しゅ、『主従の誓い』なんて……ご免よ……。わ、わたしは……屈服なんてしない……」

 

 水晶が青く光った。

 小白香は嘆息した。

 

「沙那、だが、屈服してもらうぞ。通常の『真言の誓約』であれば、言の葉に載せれば、真意はどうでもよいのだが、『主従の誓い』については逆なのだ。いくら、言の葉に載せても、それが本気の言葉でなければ、『主従の誓い』が成立せんのだ。それが、『主従の誓い』が成立する条件なのだ」

 

「へ、へえ……。そりゃあ……、いいことを聞いたわ……。それで安心ね……。わ、わたしが、心からあんたの……家来に……なりたいと思うこと……なんて……ありえないものね……」

 

 沙那の頬が不敵に笑った。

 

「そんなことはない。まだ、二日目であろう。このまま、三日も四日も責め続ければ、だんだんとお前は、こうやって拷問を受け続るよりは、『主従の誓い』をした方がましと思うようになる……。時間の問題だ」

 

「か、勝手なことを言うんじゃないわよ――」

 

 沙那が怒鳴った。

 しかし、その表情には余裕のなさが伺える。

 外見では強気を保っているが、実際にはかなり弱っているようだ。

 これなら大丈夫だろう。

 このまま続ければ、沙那は堕ちる……。

 小白香は確信した。

 

「それにしても、こいつらの言う通りであれば、なかなかに油断ならない性質のようだな。そうやって、どんなに望みが薄いことでも、一応は逃亡の企てを試してみることにしているのか、沙那?」

 

 小白香は、一条から『真実の石』を取りあげて、沙那の胸に密着させてから訊ねてみた。

 

「も、もう、逃亡なんて……諦めているわよ……。せめてもの……腹いせに……からかっているだけよ……」

 

 すると沙那に触れさせていた『真実の石』が赤く光った。

 小白香は嘆息した。

 

「なるほどな。正直者とは、程遠い性質ということだな……。ところで、確認するのを忘れておったが、お前は、お前の主人の宝玄仙とやらと、すでに『主従の誓い』を結んではおらんだろうな?」

 

「そ、そんなこと……き、訊いて……ど、どうすんのよ……?」

 

 沙那の言葉は、真偽が判定できる性質のものではないから、『真実の石』は反応しない。

 この霊具は、喋った者が言の葉に載せたものが、嘘か本当かを判定する霊具なのだ。

 

「すでに結んだ『主従の誓い』があると、それを破棄しない限り、新しい『主従の誓い』は無効になるのだ。だから、そのときは、お前と誓いを結ぶ前に、手を回してその宝玄仙との契約を破棄させねばならんからな。面倒だ」

 

「……だ、誰とも『主従の誓い』なんて、結んでないわ……。わたしは、本当の……道術遣いじゃないから、じ、実は『主従の誓い』なんて道術契約は……結べないのよ」

 

 石は、最初は青くなり、最後に赤くなった。

 つまりは、“沙那が誰とも『主従の誓い』を結んではいない”ということと、“本当は道術遣いではない”ということは真実。

 だが、“道術契約が結べない”というのは、嘘だということだ。

 

「しぶとく、真偽をごちゃ混ぜにして、誤魔化そうとしても無駄だ――。とにかく、これで話は早い。誰とも『主従の誓い』を結んでいないまっさらな状態なら、お前さえ屈服すれば、誓いが成立する」

 

 小白香は言った。

 沙那は口惜しそうな表情になった。

 

「それよりも、お前たちは、ちゃんと沙那を責め続けたのか? さぼっていたのではないであろうな? 本当に一日も責め続けて、まだ、こんなに気力を保ち続けているのか? 幼児言葉で遊ぶのはよいが、まずは気力を削げと申したであろう? 見たところ沙那の気力がそれほど削がれたようには見えんがな」

 

 小白香は五人を振り返った。

 すると五人の顔色がさっと蒼くなる。

 

「も、申し訳ありません……。で、でも、決して手を抜いたわけでは……。しかし、この沙那は、体力でも精神でもかなり気丈な性分のようで、少し休めば、あっという間に回復してしまうのです……」

 

 一条が言い訳をした。

 

「まあ、よいわ……。ならば、わらわもやってみよう……」

 

 小白香は、棚に置いてあった責め具のひとつを取り出した。

 そして、沙那の目の前で、油紙に包んでいるそれを開く。

 中から『痒み棒』が出てくる。

 かたちは男性器と同じだ。

 つまりは張形であり、女を責める淫具だ。

 しかし、これは、『痒み棒』では一番太いものだ。

 細身の女の腿ほどの太さはある。

 そして、表面が粘性の物質で覆われていて、油紙から出した時点で、ねちゃねちゃと糸を引いていた。

 

 この淫具の特徴は、その名の通りの強力な痒み効果だ。

 この張形の持ち手以外の表面全体が粘性の掻痒剤になっており、これが肌に触れれば、恐ろしい痒みに襲われるのだ。

 

「……ところで、沙那、これはわらわからの贈り物だ。これであれば寸止めは勘弁してやろう。最後まで達することを許すぞ。まずは、これで気をやってみたらどうだ?」

 

 沙那が、小刻みに震えながら、その『痒み棒』を凝視した。

 すると、だんだんと沙那の呼吸の速度が速くなった。

 身体の震えも大きくなる。

 さすがにその太さに、鼻白んでいる様子だが、それでも『痒み棒』にとり憑かれたように見入っている。

 

 もう、なんだかんだで、沙那は二日も痒み剤を身体に塗られ、股間を貞操帯で封印されて放っておかれている。

 しかも、この一日間については、この五人からは、徹底的に焦らし責めにされている。

 痒みを癒す渇望も、中途半端な淫情を解放させる欲求も沸騰するくらいに熱くなっていることだろう。

 いま、沙那の目の前にあるのは、その両方を与えてくれるものであるはずだ。

 

 どうやら、示された張形に沙那は興奮状態に陥っているようだ。

 だが、鼻息が荒くなるだけで、じっと押し黙ったままなのは、沙那の最後の抵抗なのかもしれない。

 しかし、時間の問題だ。

 

 確かに、この一日、五人組は、痒み剤を使った焦らし責めにはかけていたが、沙那の身体の痒みそのものは癒すように責めていたはずだ。

 そのように小白香が指示していた。

 ただ、発狂させるだけなら、痒みを癒さずに放置すればよいが、沙那には屈服をさせなければならない。

 狂うまで堪えられては困る。

 しかし、それでも癒されない痒みは身体に残っていく。

 いまだに気の狂いそうな痒みに身体が疼いているのは間違いないのだ。

 

「い、入れて……入れてください……。ああっ……そ、それを入れて……。もう、恥ずかしくてもなんでもいい……。入れて――。入れて――」

 

 沙那が激しく腰を振りだした。

 小白香はすっと極太の『痒み棒』を沙那の股間に近づけた。

 

「よかろう」

 

 小白香はまずは貞操帯を沙那の股間から消滅させた。

 どぼどぼと溜まっていた体液が全部床にこぼれる。

 これは凄まじい。

 

「うああああ」

 

 そして、沙那がおかしな奇声をあげながら、自ら腰を突きあげた。

 股間を『痒み棒』に寄せてくる。

 どうでもいいが、沙那の股間は信じられないくらいに真っ赤に充血している。

 それだけでも、沙那の苦しみが想像できる。

 

「ならば、しっかりと味わうといいぞ」

 

 小白香は沙那の股間に無造作に巨大な『痒み棒』を左右に捩じるように突き入れていった。

 沙那の花芯はたっぷりと蜜で濡れている。

 挿入に問題はない。

 大きな張形なのだが、沙那の女陰はびっくりするような弾力性を示して、極太の『痒み棒』を受け入れている。

 

 そして、さらに驚いたことに、半分ほど挿してやると、まるで蛇が獲物を飲み込むように、沙那の股間が『痒み棒』を吸いこんでいったのだ。

 それこそ、もっと小さい頃から母者の白象が性奴隷を責める場面に頻繁に接している小白香は、この歳で女責めにも、かなり熟達していたのだが、その小白香がたじろぐほどの沙那の股間の吸引力だった。

 

「うっ、あっ……ああっ……」

 

 沙那の股間が咥えこんだ『痒み棒』を締めつけて前後左右に動き出す。

 痒みが癒えていくのが気持ちいいのか、沙那は全身を真っ赤にして甘い息を洩らしていく。

 

「そらっ、もっと、はしたなく喚くのだ、沙那」

 

 小白香は、はみ出している『痒み棒』の持ち手部分を持つと、上下に激しく動かしてやった。

 

「あああああっ、ふわあえああっっ、はぐううううっ――」

 

 小白香が抽送を始めると、沙那は悲鳴に近い声を出し始める。身体の悶えも激しくなり、ほとんど暴れている状態に近くなる。

 

「いきそうなのか、淫乱女?」

 

 小白香は、『痒み棒』を動かしながらからかった。

 

「ひいっ、はあっ……はっ、はっ、はっ――」

 

 しかし、沙那は声は激しいものの、小白香の質問には応じようとしない。

 小白香はすっと『痒み棒』を引き抜いた。

 

「あ、ああっ――そ、そんあ――い、いきそうよ。いきそうだから――」

 

「だったら、はっきりと叫ばんか――。さもないと、またぎりぎりで引っこ抜くぞ。わらわは、慈悲でお前を一度昇天させようとしておるのだ」

 

「ちゃ、ちゃんと叫ぶ……叫ぶから……」

 

 沙那が泣きそうな声で言った。

 小白香は沙那の返事に満足して、再び『痒み棒』を沙那の女陰に突き入れた。

 沙那がさっきよりもさらに苛烈に腰を動かしだす。

 

「ふうっ……い、いいっ……うっ、ううっ、いくっ、いくっ、いくいくいく――」

 

 いきなり沙那が絶叫して全身を大きく繰り返し跳ねあげだす。

 なんという激しさだろうと苦笑しながら、小白香はそのまま沙那の股間に『痒み棒』を挿入したままでいた。

 すると、沙那の首につけさせた首輪の宝石が真っ赤になり点滅を開始した。

 小白香は『痒み棒』をあっさりと引き抜いた。

 吸盤のような沙那の膣は、張形を抜くときに、それをさせまいとばかりに強い力で引き戻したりもした。

 これは本当にすごいなと思った。

 

「あ、ああっ――そんな……ま、また……ああっ、こんなの酷い……慈悲で……一度……させてくれると……」

 

 沙那が悲鳴をあげた。

 しかも、引き抜かれた『痒み棒』を名残惜しそうに腰を淫らに動かし続けている。

 小白香は、その卑猥な姿に大笑いした。

 昨日は、あんなに気の強そうだった沙那が、哀れに腰を動かして泣く姿は本当に愉快だ。

 

「勝手に腰を動かすからだ――。挿してはやるが、じっとしていよ――。張形が動くのは、わらわが動かしたときだけだ。それ以外はじっとしているのだ。じっとしていられるようになったら、動かしてやるかもしれん――これは、調教でもあるのだ。今度、許可なく動けば、また抜くからな――。それとも、じっとする訓練をするくらいなら、なにも入れない方がよいのか? どっちでもよいぞ」

 

 小白香は意地悪く訊ねた。

 このまま放置など耐えられるわけがない。

 動かしてはならないという条件でも、いまの沙那は、痒みに苛まれている女陰に『痒み棒』の張形を挿して欲しいはずだ。

 完全に放置されるよりは、ほんの少しでも圧迫感があれば、痒みが少しは癒える。

 だが、こんなものを挿しっぱなしにすれば、痒みの成分が溶け切って、あっという間に苦痛が増してくることは間違いない。

 つまり、沙那がどちらを選ぼうとも、痒み地獄が待っているということだ。

 

「お、お願い……、入れて……。う、動かさない……。それでいいから……」

 

 沙那が歯を喰い縛るようにして、少しだけ開いた口からそう声を洩らした。

 小白香は、すっと『痒み棒』を入れていく。

 

「ああっ」

 

 沙那は感極まった声をあげて張形を受け入れた。

 すぐに、張形を女陰で咥えこみ、掻痒感に疼く股間を締めたり緩めたりして癒そうとした。

 

「動くなと言っているであろう」

 

 小白香は道術を込めた。

 すると沙那の股間から『痒み棒』が消滅する。

 

「そ、そんな――」

 

「そんなではないわ。動いたら『痒み棒』が消滅するように道術をかけたからな。ついでに、抜けんようにもした。とにかく、痒みを解して欲しければ、まずはお預けを覚えよ――。じっとしていれば出現する――。とにかく、許可なく動くな――」

 

「う、うう……、わ、わかったわ……」

 

 沙那が腰を静止させようとして、歯を喰い縛ったのがわかった。

 

「あっ、はあああっ――」

 

 沙那が身体を仰け反らした。

 腰を静止させたので、消滅していた『痒み棒』が女陰に出現して股間を圧迫したのだろう。

 

 しかし、しばらくすると沙那は、また腰を動かし出した。

 おそらく、意思の力ではどうにもならないのだろう。

 沙那がまた無意識に腰を動かしたことで、沙那の股間からはみ出ていた張形の柄の部分が消滅した。

 つまり、沙那の股間の中の張形が消えたのだ。

 沙那は泣き声をあげた。

 

 そして、沙那が腰を静止させると、また、張形が沙那の股間を圧迫して、ほんのちょっとだけ痒みを癒す。

 だが、沙那がまた腰を動かすので、すぐに消えてしまう。

 

 沙那はしばらくのあいだ、そうやって同じことを繰り返しては泣き続けた。

 小白香は、あまりに浅ましいその姿に途中から笑いがとまらなくなってしまった。

 同時に、小白香はいつ沙那がこれをやめると言い出すのだろうかと待っていた。

 

 よくよく考えれば、挿入しているあいだは、張形は、ただ痒み成分を女陰の中に放出するだけだし、少しでも痒みを癒そうと動けば、張形は消滅する。

 従って、冷静になれば、そんなものは挿入しない方がましなのだが、まだ、沙那はそういう選択をしようとはしない。

 

 できないのだ――。

 

 つまりは、沙那は思ったよりも追いつめられているということだろう。

 

「ところで、尻も痒いであろう? 一度だけだが掻いてやろうか?」

 

 欲情の表情が強くなってきた沙那に小白香は声をかけた。

 

「か、掻いて――。お願いよ――。く、狂ったように痒いの――。な、なんとかして――」

 

 沙那がはっとしたように顔をあげた。

 小白香は、にやりと笑うと、今度は細目の『痒み棒』を持ってくる。

 そして、道術で肛門の中に挿し入れた。

 沙那の尻の奥に向かって、二本目の『痒み棒』が突き進んでいく。

 

「ほおおっ――」

 

 沙那が感極まった声をあげた。

 しかし、完全に尻の中に『痒み棒』が入ってしまうと、その快感の声が悲痛な苦痛の声に変わった。

 

「ああ、な、なにっ? う、動かない――。も、もっと動かして――。ああ、一度だけなんて酷い――」

 

 沙那が暴れ出し、ついに、号泣してしまった。

 しかし、これも、小白香が沙那を追いつめるための策だ。

 ただ痒みに耐えるだけなら、もしかしたら、沙那は発狂するまで耐えそうな感じだった。

 しかし、ただれるように痒い場所を掻いてもらう快感を覚えてしまった。

 もう、この快感を知ってしまった以上、これを再び手に入れるために、なんでもするはずだ。

 これも、意思の力では防ぎようがないはずだ。

 

 締めつけることで痒みを癒せる『痒み棒』の張形を挿入されながら、少しもそれをしないというのは、意思の力では無理だ。

 そして、無意識で腰を動かすと、張形は道術で消滅してしまう。

 沙那の神経はずたずたになるだろう。

 気の強そうなこの女が、これからどうなっていくのかが愉しみだ……。

 

「……お前たち、わらわは行く。今度はなにもしなくてもよい。よいか、なにもするなよ。狂わせるだけ、狂わせておけ――」

 

 小白香は五人に振り返った。

 五人がしっかりと返事をした。

 

「ま、待って――。い、行かないで――」

 

 小白香がまたいなくなる気配を察したのか、沙那が慌てふためいた声をあげた。

 

「なんじゃ? わらわも忙しいのだ。母者のこともあるしな」

 

 昨日から、別の場所に白象を監禁している。

 そろそろ、引導を渡してやろうと思った。

 痒み液を全身にかけたまま、あれからずっと放置している。

 いま訊問すれば、白象はなんでも白状するだろう。

 言質を取って、霊具で記録すれば、白象が三魔王軍全体を裏切ろうとしたという証拠ができる。

 その記録を金凰魔王と青獅子魔王に送れば、小白香を新たなる魔王として、彼らは認めるに違いない。

 いずれにしても、より霊気が強いものが魔王になるというのが、小白香たち魔王族の掟なのだ。

 

「あ、あんたの……魔王乗っ取りなんて……せ、成功しない……。で、でも、ち、知恵を……か、貸すから……」

 

 沙那が気力を振り絞るように言った。

 小白香は大笑いした。

 

「お前になにができるのだ? わらわの参謀にでもなろうというのか? 痒みが頭に回ったか? それよりも、お前が覚えるのは、“お預け”だ――。そうだ。じっとしているご褒美が、ただ『痒み棒』の張形が存在するだけだから、訓練に励みも出んのだろう……。ならば、張形が股間に存在するときには、かすかに振動して痒みがちょっとは癒えるようにしてやる。ただし、自ら動いたら張形が消えることは同じだぞ」

 

 小白香は新たな道術を『痒み棒』の張形にかけた。

 

「んああああ」

 

 沙那の全身が大きくのけ反る。

 

「腰も尻も動かすなよ。動かせば消えるからのう」

 

 小白香は大笑いした。

 これで、沙那は、今度は刺激を受けながら、静止するように耐えることになる。

 しかし、その刺激はわずかすぎて、激しすぎる痒みを癒すには物足りないはずだ。

 だから、やっぱり沙那は腰を動かしてしまうだろう。

 そうやって、望みのない苦痛を際限なく繰り返すに違いない。

 

 それにしても、小白香はおかしかった。

 魔王族のことなどなにも知らない沙那が、いきなり知恵を貸してやるというのだ。

 まあ、それは沙那が考えた挙げ句の交渉材料だったのだろう。

 

「ま、待って、あんたの……ま、魔王乗っ取りなんて……成功しない……。そ、その……計画性のない気紛れさが……だ、駄目なのよ……。あ、あんたが、よ、よく考えもせずに魔王の座を……う、奪おうとしているのは……き、聞かなくてもわ、わかるわ――。ぐ、軍は押さえたの?」

 

「はあ? 軍?」

 

 突然に、言葉を喚きだした沙那を小白香は訝しんだ。

 

「きょ、協力する家臣は? ほ、ほかの魔王への根回しは? そ、そんなの……考えてもないでしょう? ど、どうも……あ、あんたは……き、気紛れで……、そ、そんなの……や、やりそうに……な、ないもの……。で、でも、わ、わたしに協力させてくれれば……」

 

 痒みの苦痛が大きくなっているのか、沙那の身体と声の震えが激しくなった。

 さっきもかなりの汗をかいていたのだが、それを上回る汗が沙那の裸身からどんどん吹き出している。

 

「お前になにができる――。それに、わらわの霊気は、母者よりも上なのだ。それだけで、魔王の資格は十分だ――。だから、わらわが魔王になるのは当たり前なのだ――」

 

 小白香は鼻を鳴らした。

 そして、小白香に忠告めいたことを言った沙那に腹が立った。

 小白香に対する諫言など、魔王の白象でさえできないのだ。

 それが、こんな奴隷が生意気にも……。

 

「そうだ、沙那……。昨日の礼がまだだったな。お前の経絡とやらの窒息責めはつらかったぞ。そのお返しをしてやる」

 

 小白香は道術を刻んだ。

 すると沙那の顔全体に絹の布が発生して、沙那の顔に巻きついた。

 

「んんんっ――」

 

 顔全体に上から絹の布を巻きつけられた沙那が苦しそうに呻いた。

 眼も鼻も口も絹の布で塞がれている。

 顔に巻きついた絹の鼻の穴の部分が鼻水で丸く濡れ、口の部分も沙那の唇の形に唾液で染まった。

 絹越しでは、満足な息ができない。

 沙那が苦しそうに荒い息を始めた。

 道術をかけているので、窒息することだけはないが、だんだんとそれに匹敵する苦しみを味わうはずだ。

 

「後で見に来る――。それが、数刻後なのか、明日なのか、それとも明後日なのかはわからんがな……。ともかく、その時には、心から『主従の誓い』をする気になっていることを期待しているぞ、沙那」

 

「んごおおお、むごおおおお」

 

 絹に包まれた沙那の口が息を求めて、吠えるような声をあげた。

 小白香は、『移動術』を行うために霊気を刻んだ。

 沙那の悲鳴と目の前の景色があっという間に消滅した。



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538 下剋上の完了

「母者、気分はどうだ……?」

 

「聞こえんのかのう……。母者──」

 

「母者?」

 

「母者というのに」

 

 声がした。

 しかし、頭が朦朧としている。

 誰に話しかけられているのかわからない……。

 

「まだ、調整が必要のようだな……。『治療術』の効果を強くして、少し頭をすっきりさせるか……」

 

 その声が独り言のような物言いでなにかを喋っている。

 

「……しかし、意識が戻れば、痒みの苦痛が復活するかもしれんのう……。まあ、いいか……」

 

 やはり、誰かの独り言が聞こえる気がする。

 だが、わからない……。

 いや、身体が熱い──。

 

 強烈なものがやって来る。

 それがなにかわからなかったが、頭の霞のようなものが消えていくと、急に全身が熱くなった。

 

「か、痒い──。な、なによ、これは──? ひ、ひっ、ひっ、ひいっ──」

 

 熱いと思ったのは、全身を引きちぎるような痒みだ。

 頭の中を覆っていた霧のようなものが晴れた。そして、頭がすっきりするとともに、猛烈な痒みが全身に襲いかかってきたのだ。

 

「ひ、ひいっ、ひいいっ、か、痒い……痒い……ひいいっ──」

 

 白象は、ほとんど無意識のうちに全身の肌を掻きむしろうとしたが、なぜか手足が動かない。

 それだけではなく、身体に当たるものがなにもない。

 それで気がついた……。

 自分はいま宙に浮いている。

 なにも存在しない場所で手足を延ばして、ただ漂っているのだ。

 

 自分の身体がわからない……。

 これは、どういう状況なのか……?

 探ろうとしたが視界がない。

 なにも見えないのだ。

 

 目隠し?

 それとも、なにかによって頭を狂わせられているのか?

 白象は、いまがどういう状況なのか把握しようとした。

 しかし、周囲は真っ白い世界だ。

 視界が制限されているのか、なにも見えない。

 周りには、ただただ白い空間があるだけだ。

 

 とにかく、感じるのは全身の痒みだ。

 しかし、のたうち回ろうにも、身体を暴れさせる床がない。

 ここがどういう場所なのかもわからない。

 白象の眼には壁も見えなければ、天井も床も見えない。

 まったくなにも存在しない場所に、白象は浮かばせられているのだ。

 どちらが上でどちらが下かという感覚もない。

 

 すると、不意に自分の身体が見えた。

 だが、ほかにはなにもない……。

 白い空間の中に、白象がひとり存在するだけだ。

 そして、白象は自分が全くの素肌なのを自覚した。

 自分の素っ裸の身体が見えたのだ。

 だが、その全身が痒い……。

 

 特に、足が……。

 乳房が……。

 

 疼いている……。

 おかしくなりそうだ……。

 

 いや、もうおかしくなっているのか……?

 そして、猛烈な股間の痒みを感じた。

 

 股が疼いている。

 小白香の罠によって貞操帯を嵌められている股の内側が痒いのだ。

 しかし、掻けない。

 貞操帯が白象が勝手に痒みを癒すことを阻止している。

 白象は自分の股間を見た。

 やっぱりいまも装着させられている。

 まて、足にも小白香の『革靴』がしっかりと存在していて、白象は全裸でその編み上げ靴と貞操帯だけを身につけている格好で浮いていた。

 

 この靴がすべての始まりだった。

 二年前、白象は油断から、小白香によって靴に罠を仕掛けられて履かされて、足を痒み責めにさせられた。

 小白香の道術がなければ脱げないこの靴は、完全に内外の刺激を遮断する機能があり、そのため、白象は激しい足の痒さによって、道術をかけるための精神集中ができなくなったのだ。

 そして、のたうち回る白象に、さらに痒み汁を撒き散らす触手の生えている貞操帯を嵌め、小白香は白象を痒み地獄に落とした。

 そんな白象を小白香は監禁したのである。

 

 痒みから解放されるには、小白香に屈服するしかなかった。

 結局、白象は娘の小白香と不本意な真言の誓約を結ばされ、いまでは、女魔王の白象とあろう者が、実の娘の小白香の哀れな性奴隷である。

 

 油断したといえばそれまでだが、誰が実の娘……。

 しかも、当時十歳の小白香がそんな大それたことをすると想像するだろうか。

 

 それに、白象はまったく知らなかったのだ。

 わずか十歳の小白香が、魔王の白象を上回る霊気を持っていたことも、実の母親を拷問して性奴隷にするほどの業を持っていたことも……。

 

 小白香……?

 

 それでふと、気がついた。

 

 さっき話しかけてきたのは、その小白香ではなかったか?

 そして、さらに意識がはっきりするにつれて、股間や足や身体の痒みが猛烈になった。

 すると、だんだんと視界も開けてきた気がした。

 

「母者、気分はどうだと訊ねておるのだ──。母者は、狂いかけておったのだぞ。それを『治療術』で癒してやった。少し話をしたいのでな」

 

 真っ白い世界の中に、不意に誰かが現われた。

 それが娘の小白香だということを認識するのにしばらくかかった。

 小白香は白象の目線の下にいた。

 やはり、白象はうつ伏せの状態で宙に浮いているようだ。

 その白象を小白香が首を上にして、見上げている。

 

 いや、そんなことはどうでもいい……。

 

 とにかく痒い……。

 全身が……。

 股が……。

 足の裏が……。

 

 一度、意識してしまうと、もう我慢ならない……。

 白象は痒みのことしか考えられなくなった。

 

「か、痒い……あ、ああっ──な、なんとかして……痒いわ──」

 

 白象は悲鳴をあげた。

 少しずつ記憶を辿っていき、白象は、この奇妙な空間に閉じ込められる前に、小白香から全身に痒み剤を浴びせられたことを思い出した。

 そのために、これまでに経験したことのない激しさで痒みが白象の身体に襲いかかっているようだ。

 白象の両手は身体に添うように身体の横に置かれている。

 しかし、まったくそこから動かすことができない。

 それどころか、肩幅に開いた両脚もぴくりとも動かせない。

 両脚が密着していれば、せめて太腿を擦り合わせることもできると思うが、それさえも許されないのだ。

 

「か、痒い……くああ……はあっ……な、なんて痒さ……お、お願い……苦しい……な、なんとかして、小白香……」

 

 痒いのは全身だが、特に乳房と股間がただれるように痒い。

 そして、足も痒い……。ほかには、もうなにも考えられない。

 

 痒い……。

 痒い……。

 痒い……。

 

「……母者、さっきから訊いておるのだぞ? 返事もできんのか……?」

 

 不意に耳元で怒鳴り声がした。

 気がつくと、さっきよりも近い場所に小白香の顔がある。

 

「しょ、小白香……あ、あなたの仕業なのね……。な、なんで、こんなことを……。す、すぐにおろして──。手を自由にして……。後生だから──ひいいっ──」

 

 白象は叫んだ。

 少しも待てない……。

 痒い……。

 痒いのだ──。

 

「……かなり痒みを軽減させたはずだが、やはり、ずっと放置していたのが効いているようだな……。よかろう……。もう少し、痒みを減らしてやろう……。碌に話もできんのではどうしようもないからな……」

 

 小白香が言った。

 すると、すっと身体が楽になった。

 痒みが完全に癒されたわけではないが、物を考えられるくらいには楽になった。

 

 白象は、どうしてこんなことになっているのかを思い出そうと懸命に記憶を辿った。

 それで、沙那という女戦士のことを思い出した。

 沙那というのは、青獅子が獅駝の城郭で捕獲し、白象宮の奴隷として移送されてきたた人間族の女戦士だ。

 しかし、その沙那は一筋縄ではいかない女であり、驚いたことに、経絡の技で娘の小白香を窒息責めにして、小白香を人質にして、白象に自分の解放を要求してきたのだ。

 

 そのとき、白象は一瞬だけ魔が差した。

 沙那のその技なら、金凰魔王を殺せるかもしれないと思ったのだ。

 あの強力な道術で白象を支配し、三魔王のひとりの地位に白象を据えながらも、気紛れから白象の霊気を取りあげ、それによって白象に娘に調教されるという惨めな境遇を強いているあの金凰魔王を……。

 

 そして、その暗殺を沙那に強要しようとしているところを小白香に聞かれたのだ。

 あのとき、小白香は、沙那の経絡突きで朦朧としていたから、とりあえず、『治療術』で経絡の影響を消失させてから、自室に転送して横にさせた。

 だが、あの娘は道術遣いとしては超一流だ。

 すぐに自らの道術で完全復活して、沙那と白象のいるところに戻ってきたのだ。

 白象はそれを予想していなかった。

 いや、小白香がすぐに戻ると予想したとしても、その後の小白香の行動は、完全に白象の予想の外だった。

 なんと、白象が沙那に話していることを耳にした小白香は、それが三魔王軍全体に対する白象の裏切りだと断じて、白象を突然に監禁したのだ。

 しかも、白象の裸身に痒み剤をかけて放置するという拷問をしたままで……。

 

 いまの白象には、小白香の道術に抗する力がない。

 霊気も不十分だし、小白香の道術には抵抗しないことを真言の誓約で結ばされている。

 小白香の道術を打ち消すような道術を自分にかけることもできない。

 白象は小白香に捕らえられた。

 

 それからどうなったかの記憶はほとんどない。

 この場所でひたすら、発狂しそうな痒みに悲鳴をあげていたような気がする。

 

「さあ、もう一度、喋ってもらうぞ、母者──。沙那を使って誰を殺そうとしたのだ?」

 

 小白香が言った。

 もう一度……?

 すると、その小白香がすっと白象の乳房の谷間に手を伸ばした。

 

 はっとした……。

 『真実の石』だ。

 白象宮の宝物庫にある霊具であり、この石に触れている者の喋ることが、真実であるのか、偽りであるかを見抜くことのできる霊具だ。かたちは、小さな水晶球であり、喋ったことが真実であれば青く光り、偽りであれば赤く光るのだ。

 その『真実の石』が白象の胸の谷間に張りついた。

 

 どうやら、小白香は、それを使って白象に自白を強要しようとしているようだ。

 白象はぞっとした。

 

 この『真実の石』は、言葉の真偽を見抜くだけではなく、それを記録することができるのだ

 小白香は、白象に金凰魔王を暗殺しようと考えたことを発言させて、この霊具で言質を取るつもりなのだ。

 そう言えば、白象をこうやって監禁する直前に、小白香は白象に取って代わって、自分が魔王になるというようなことを喋っていた気がする。

 小白香がそんなことを企てるということなど夢にも思っていなかったが、この娘は本気なのだ……。

 

 本気で白象を魔王の地位を奪おうとしている。

 それとも、これはいつもの調教のひとつなのだろうか……?

 この気紛れ娘が、たちの悪い嗜虐の手段を思いつき、それを悪戯で実行しようとしているだけだろうか……?

 だが、小白香の表情は冗談のようにも思えない……。

 

「な、なにを考えているのよ、小白香──。わ、わたしをどうするつもりなのよ──? そ、それに、もう一度とはなによ──」

 

 白象は声をあげた。

 すると、小白香はくすくすと喉の奥で笑った。

 小白香が笑うときの癖なのだが、我が娘ながら、あの笑い方はいつもぞっとする。

 小白香があんな笑い方をするときには、残酷な嗜虐を考えているときなのだ。

 

「白を切っても無駄だぞ、母者──。母者が伯父の金凰魔王に殺意を抱いたということは、もう何個も『真実の石』で記録した。覚えておらぬのか? すでに、道術で金凰宮にも送ったし、青獅子魔王のおる獅駝(しだ)の城郭にも送った。まだ返事は来ぬが、白象宮の魔王の地位が、母者からわらわになることは間違いない──。いや、これからは小白香宮だな」

 

 小白香が大きな声で笑った。

 すでに自白した──?

 なにも覚えていない──。

 

 しかし、そう言えば、気の遠くなるような痒みの中で、ここで数回、小白香に会っている気もする……。

 そして、思い出した──。

 確かに、白象は小白香に自白をさせられている。

 

 それは痒み責めによって意識も半分ない状態で喋らされたことだが、『真実の石』は、それが無意識の言葉であろうと、言の葉に乗りさえすれば、それが真実か否かを判定する。

 金凰魔王がそれを受け取ったのであれば、白象が本当に殺意を抱いたということを知るはずだ。

 

「な、なんてことを──。しょ、小白香──。ば、馬鹿なことはやめるのよ。ま、魔王の地位なら欲しければあげるわよ──。こ、こんなことはやめなさい──」

 

 白象は叫んだ。

 

「譲られる地位などいらんわ。母者から奪うから愉しいのであろう──。母者は知らなかったかもしれんが、わらわは幼いころから母者が大嫌いだったのだ──。だから、いずれは、母者から魔王の地位は取りあげてやろうと決めておった。わらわが思っていたよりも、少し早くなったがな」

 

 小白香が声をあげて笑った。

 娘ながらぞっとするような残酷な響きだ。

 やっぱり、魔王の地位を奪うというのは本気なのだ。

 白象は確信した。

 

「い、いい加減にしなさい──。なんだかんだいっても、あなたは、わたしの娘なのよ──。こ、これは、いつもの性調教の悪戯とは違うわよ──。家臣があり、軍があり、領地があり、そこで暮らす多くの亜人の部族たちがあり、そういうものの上に魔王は立つのよ。そう簡単に奪ったり、手に入れたりできるものではないのよ──」

 

「だ、黙れ──。わらわに偉そうに喋るのではないわ。わらわの性奴隷の分際で、わらわに諫言めいた言葉を吐くな──」

 

 小白香が癇癪を起こしたのがわかった。

 この娘は自尊心が肥大になりすぎて、誰であろうと忠告や叱責のような言葉を小白香に言えばいつも激怒する。

 しかし、今日は引き下がるわけにはいかない。

 

「で、でも、あ、あなたは、わたしの娘なんだから、いずれは、この魔王の地位はあなたのものになる──。わ、わたしを失脚させたりしたら、その娘のあなたが魔王を継ぐことは却って難しくなるじゃないの──。頭を冷やしなさい──」

 

「だ、黙れ──。黙れ、黙れ、黙れ、母者──。わらわのことを娘だと言うたのか? ほう──? それじゃあ、訊いてやろう。母者は、わらわに対して、なにか母親らしいことをしたことはあるか? なにかひとつ言うてみよ。なにか思い出すことがあれば、わらわも考え直してやろう──」

 

「えっ……」

 

「もちろん、虫の居所の悪いときに、幼いわらわの頬を張り飛ばすとか、子育てが面倒だから、乳母にすべてを押しつけて、自分は性奴隷と乳繰り合うとか、そういうのはなしだぞ……。母者が、わらわに直接になにかをしてくれたことを言ってくれ──。それが、なにかひとつでもあれば、考え直そう」

 

 小白香は言った。

 

「そ、それは……」

 

 白象は頭を巡らせた。

 しかし、なにも出てこない。

 懸命になにかないかと考えるのだが、もしかしたら、小白香の言うとおりかもしれない。

 そもそも、白象は生まれてきた小白香のことを一度でも愛したことはあっただろうか。

 

 犯されて生まれた子──。

 欲しくて産んだのではない──。

 だから、愛することはできなかった……。

 

 そんな目でしか小白香を見てこなかったし、接してもこなかった。

 だが、冷たく扱ったことはないはずだ。

 ただ、ほとんど小白香の存在を省みず、意識の外に追いやっていただけだ。

 無視はしても、冷酷なことはしなかった……。

 

 しかし、密かに白象が、小白香の存在を疎ましく思い続けていたことをこの小白香はずっと感じていたのかもしれない。

 それが二年前の痒み責めの罠になり、さらに、今回のことになったのか……。

 

「そ、それは……確かに、わたしは、よい母親ではなかったかもしれないけど……。でも、魔王の地位というのは……」

 

 白象は懸命に小白香をなだめようと思った。

 とにかく、道術では、白象はもう小白香にはかなわない。

 だから、ここは小白香の気を鎮めてやるしかない。

 この小白香は、気が昂ぶっているようだ。

 そんなときの小白香は、本当に手がつけられなくなるのだ。

 そのことを白象は、この二年間で嫌というほど、身に染み込まされた。

 だが、白象の言葉で小白香の顔色が変わった。

 

「よ、よい母親ではなかっただと──? はっきりと言ってやろう──。わらわは、お前を一応は母者とは呼んでおるが、本当は一度として母親だと思ったことはない──。威張り腐って、気紛れで──。親としてのことはなにひとつせん──。叱るときさえも、家人にやらせるだけで、自分ではせんかったであろう──」

 

「そ、それは……」

 

「黙れ――。お前がわらわをずっと無視しようとしていたことは、わらわはずっと気がついておった──。本当は、お前はわらわのことを子供とも思っておらんかったであろう? わらわが幼いころから、まるで、わらわなど存在せんかのようにしておったな。それに娘の前であろうと、どこであろうと、みっともなく女奴隷と乳繰り合いおって──。わらわが、お前からなにを教わったといえば、性奴隷たちを酷く扱う技だけだ──。わらわが、こうやって、他人を苛めることでしか悦びを感じぬようになったのは、母者がわらわに教えたからだ。母者が性奴隷たちに、そう扱うことを通じてな──」

 

「そ、それは悪かったと……」

 

「黙れと言うておろうが――。とにかく、お前はずっとわらわを無視し続けておったのだ。わらわが産まれてからずっとな──。だから、わらわは二年前、もう、わらわのことをお前が無視できんようにしたやったのだ──。確かに、この二年は愉しかったな。この二年は、それまでの十年全部よりもずっとたくさんお前と喋ったし、接しもした。性奴隷とその主人という関係だがな──」

 

「あ、あなた……」

 

 びっくりした……。

 なにを考えているのかわからない娘だとは思っていたが、小白香からいま感じたのは、はっきりとした白象に対する憎しみだ。

 

 そして、思った。

 どうしてこんなことになったのか……。

 

 なぜ、小白香はこんなにも白象を嫌っているのか?

 白象はいまこそ思い知った。白象と小白香のあいだには、明確な心の断絶がある。

 

「……これは、わらわも余計なことを話したな……。母者、最初の質問に戻ろう。母者は、沙那という女奴隷を使って誰を殺そうとしたのじゃ? それを言うてくれ──」

 

 喋るだけ喋ったことで落ち着いたのか、小白香が少し冷静になった口調で言った。

 白象は嘆息した。

 これは真実を告げる必要があるのかもしれない。

 

 そして、そう考えると、それは当然だということに気がついた。

 二年前に、小白香と白象の関係がおかしくなったときに語るべきだったのだ……。

 自分と金凰魔王の忌まわしき関係を──。

 

「わ、わかったわ……。小白香、よく聞いて。わたしが殺そうとしたのは、金凰魔王よ──。でも、それは……」

 

「母者が殺そうとしたのは金凰魔王──。よくぞ、言った──」

 

 小白香が叫んだ。

 ふと気がつくと、胸の谷に押しつけられた『真実の石』が青く光り輝いている。

 

「皆の者、聞いたであろう──。母者は……。いや、この白象は、三魔王軍の頭領である金凰宮の金凰魔王を暗殺しようとした──。これは、三魔王軍全体に対する裏切りである──」

 

 小白香が大きな声で叫んだ。

 すると不意に視界が拡がった。

 真っ白だった周囲が変化して、景色が現われた。

 周囲のざわめきも耳に入ってくる。

 

 そして、白象は目を丸くした。

 白象がいるのは、白象宮の謁見の間だったのだ。

 離宮である奴隷宮ではなく、正殿側の宮殿だ。

 宮殿の謁見の間は高層の吹き抜けの空間になっていて、白象はその大広間の空中に、小白香の結界に包まれて、うつ伏せになって浮かんでいたのだ。

 眼下には、百人以上の家臣や近衛軍の将兵たちがいる。

 彼らが同情と畏怖と軽蔑が入り混じったような複雑な表情で自分を見あげていた。

 

「こ、これは──?」

 

 白象は自分が編み上げの『靴』と『貞操帯』以外は完全な裸であることを思い出して、慌てて身体を手で隠そうとした。

 だが、手は身体の横に添えられたまままったく動かない。

 また、宙に浮いている身体もどうにもならない。

 大勢の家臣たちの動揺と困惑が空中の白象にも伝わってくる。

 白象は眼で小白香を探した。

 

 いた──。

 

 果たして小白香は、謁見の間の玉座に腰掛けて、宙に浮かんでいる白象をにやにやと眺めていた。

 玉座の場所には、いつも白象が座る玉座と、小白香が座るその隣の副座があるが、小白香は玉座に座って、肘をついて空中の白象を愉しそうに眺めている。

 手元に『真実の石』がある。

 ふと、気がつくと、白象の胸の谷間に張りついていた『真実の石』が消えていた。

 

 小白香のすぐ近くには、宰相の百眼女(ひゃくがんじょ)がいる。近衛軍の女団長の二葉(によう)もいる。

 ふたりとも、なにかを懸命に小白香に叫んでいるが、小白香はまるで聞く気はないようだ。

 ほかにも数名の重鎮たちが小白香に詰め寄っているが、小白香はうるさそうにしているだけだ。

 

 どうやら、百眼女たちは、白象に対する小白香の仕打ちをやめさせようとしている気配だ。

 しかし、彼女たちが束になっても、小白香の道術をどうすることもできないし、小白香に手を触れることさえできないだろう。

 小白香には、それくらいの霊気と道術があるのだ。

 

「金凰魔王の裁可はまだだが、母者の罪はこれで明らかになった──。金凰魔王の意見を待つまでもない。王太女であるわらわが判決を下してやろう──。母者は死刑だ──」

 

 小白香の声は、遠い玉座からではなく、白象が包まれている結界の壁から伝わってくる。

 

「お、おやめください──。こ、これは、殿下といえども、あまりにも──」

 

 離れた玉座の方向から、百眼女の絶叫がかろうじて聞こえた。

 しかし、その続きの言葉は、謁見の間に集まっている大勢の亜人たちが、一斉になにかを叫んだために、白象には聞き取れなかった。

 

「……うるさいのう──。少し、黙れ、お前たち──」

 

 また、結界の壁から小白香の声がまた聞こえてきた。

 玉座で小白香が周囲の家臣たちに喋っている言葉がここに飛んできているようだ。

 

「……それよりも、面白いものを見せてやろう──。母者……いや、白象──。さっき、道術で一時的にとめていた痒みを戻してやるぞ。また、道術も解き、自分の手で自由に痒い部分を掻けるようにしてやったから、痒みを存分に癒してよいぞ。無論、貞操帯も外してやる」

 

 小白香の声が告げた。

 次の瞬間、全身が千切れるような痒みが突然にやってきた。

 

「ひいいっ──こ、これは──」

 

 白象は動けない身体を激しく暴れさせた。

 しかし、小白香の道術で金縛りにされている身体はほとんど動かすことができない。

 だが、少しもじっとしていられない痒みが身体に襲いかかっている。白象は悲鳴をあげて、身体をくねらせた。

 全身から汗が噴き出す。

 裸身に当たる家臣たちの視線を感じるが、そんなことに構っていられない痒みの苦痛が全身を暴れ回る。

 

「か、痒い──。しょ、小白香──、や、やめて──ここでは堪忍して──」

 

 白象は絶叫した。特に股間と乳房の痒みが強烈だ。

 しかも、そこが激しい愛撫を求めて疼きまくっている。

 こんな痒みにはもう少しも耐えられない。

 

「母者は、もう魔王ではないのだ。余計な自尊心や羞恥心は捨てることだな──。ところで、母者──。母者など、魔王どころか、ただの破廉恥なわらわの奴隷であることをこいつらに見せてやってはくれぬか──。どうにも、こいつらがうるさくてな──。母者が、みんなの前で浅ましく自慰でもすれば、納得もするであろう──。ほら、手を自由にしてやったぞ──。股間を擦って愉しむがよい──」

 

 小白香の声がした。

 すると不意に両手の自由が戻った。

 白象はほとんど無意識に手で股間と乳房を掴もうとした。

 だが、はっとした。

 大勢の家臣たちが視線を空中の白象に向けている。

 こんなところで、自慰などできるわけがない。

 

「しょ、小白香──、い、いい加減にやめて……こ、こんなことは──」

 

「嫌なら手をまた拘束してもよいぞ、母者──。だが、ここで自慰をせねば、死刑になる瞬間まで二度と自由にはしてやらんぞ。痒みに苦しみながら長い時間をかけて死ぬのだ。それでもよいのか? まあ、少し待ってやる。考えることだな──」

 

 小白香の声が消えた。

 ふと見ると玉座に座った小白香がこっちを眺めてにやにやと笑っている。

 魔王としてだけではなく、女としての自尊心をとことん壊すつもりなのだ。

 我が娘ながら、その陰湿なやり口に白象は歯噛みした。

 

 こんなところで醜態は見せられない──。

 白象は大勢の家臣たちの視線を感じて、必死になって歯を喰いしばった。

 だが、骨の髄まで染み込んだような痒みの薬剤の苦しさが、全身を蝕んでいる。

 

「くわっ──」

 

 握りしめていた拳を思わず緩めかけて、白象は血が出る程に唇を噛んだ。

 だが、全身がただれるような痒みの苦しさは、一瞬ごとに白象の自制心を削ぎ落していく。

 なんとしても耐えようと思っていたが、小白香は、白象がみっともなく大勢の家臣たちの前で自慰をするまで、宙に浮いている白象の身体を解放しないだろう。

 白象は勝ち目のない戦いをやらされているということに気がついた。

 

 すでに限界は超えていた……。

 魔王としても……、女としても、最後の自尊心はついに崩壊した。

 

「だ、だめええ──」

 

 白象は自分の股間と乳房に手をやって、激しく擦りはじめた。

 眼下の家臣たちがどっと沸くのがわかった。

 

「ほらっ、皆もじっくりと見物せよ──。女魔王の自慰だ。そう簡単には見物できるものではないぞ──」

 

 結界の壁越しではなく、離れた玉座の方向から、小白香が大きな声でからかう声が聞こえてきた。



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539 狂乱の白象城

「ああ……も、もう駄目──いいっ──」

 

 距離はあるが、うつ伏せで浮いている白象の裸身は、下からでも十分に眺めることができる。

 その空中の白象が自分の乳房を掴み、股間の奥に手をやって指を奥に入れたのがはっきりと見えている。

 謁見の間に集まった家臣団や武官たちが騒然となった。

 

「で、殿下、おやめください──」

 

 百眼女(ひゃくがんじょ)が、玉座に座る小白香に、険しい顔をして怒鳴りあげてきた。

 さっきから小うるさい女だ……。

 

 有能であることは確かであり、白象が信頼して宰相にしている女なのだが、小白香からすれば、ただの中年女だ。

 白象宮の宰相になったのは、もう十数年前のことらしく、小白香が物心ついたときにはいまの地位にいた。

 いまでも美貌は保っているが、当時は絶世の美女と言われたらしい。

 しかし、白象は、百眼女の美貌ではなく政治力を買っていまの地位に就けた。

 それから、百眼女は結婚もすることなく、宰相として白象宮を支え続けているようだ。

 

 もちろん、実権もある。

 白象宮の政事が、白象でもなく、ましてや、小白香でもなく、この百眼女を中心に動いていることは小白香も承知している。

 しかし、それは、政事に興味のない白象が、この女に権力を集中させることで宮廷の仕事をすべて任せてきたからだ。

 それをいいことに、この女は、自分に大きな力があると過信しているのだろう。

 だから、いま、白象に取って代わろうとしている小白香を軽んじるような行為を続けているに違いない。

 

 もっとも、どんなにがなり立てようとも、小白香が玉座の周りに作っている結界には、誰も立ち入ることはできない。

 百眼女をはじめとして、小白香の行為を諌めようとしている連中は、その結界の外から怒鳴るだけだ。

 また、同じような結界を高い天井近くの空中に浮かべている白象の周りにも作っている。

 だから、一日前からずっと同じ場所に浮かべている白象に、誰も手出しができないのだ。

 

「あうっ、はあっ、はあっ──ひっ、ひっ、ひいっ、はうっ──」

 

 悲鳴のような白象の嬌声が大きな部屋に響き渡る。

 白象の身体は、かなり高い天井近くまであげているので、本来は白象の嬌声は床のここまでは聞こえにくいのだが、白象を包んでいる結界の中の音を部屋に響き渡るように流しているのだ。

 そのため、白象の女としての声や、白象がいやらしく淫汁をまさぐる音までもここまではっきりと聞こえてくる。

 

「皆の者、見よ──。魔王の……元魔王の自慰の姿を──。しかし、ここからではよく見えぬか……。では、下におろしてやろう。じっくりと見物するがよいぞ。白象魔王の人生最後の自慰をな──」

 

 小白香は、天井高くにあげていた白象を包んでいる結界を床すれすれまでおりるように道術をかけた。

 それとともに、白象が受けている痒みの感覚をさらに敏感にしてやった。

 

「ひあああああ」

 

 おりてくる途中の白象から奇声が聞こえた。

 もう白象からは、正常な意識は消滅し、半ば正気を失った状態に戻っただろう。

 白象を包んだ結界が、床近くの視線の下に到達した。

 床近くまでおりた白象の身体の周りにわっと家臣たちが殺到する。

 もちろん、誰も白象を包む結界に手は出せないが、白象を包んだ結界がおりてきたことで、ここに集まっている家臣たちは、白象の醜態を見上げる態勢から、取り囲んで見物する体勢になった。

 

「陛下──」

 

「陛下、しっかりしてください──」

 

「陛下、お気を確かに──、陛下──」

 

 十人ほどの武官と家臣が床に降りてきた白象を助けようとした。

 しかし、小白香が白象の周りに刻んでいる結界が、余人が近づくことを阻止する。

 結局、彼らは浮かんでいる白象の周りでおろおろするだけだ。

 

 同時に、小白香は、いま、白象を助けようとした家臣たちの顔をはっきりと記憶した。

 ほかの多くの者は、白象への仕打ちが王太女である小白香がやっていることを承知しているので、日和見をして事態を見守っているという感じだ。

 それに比べて、あの十人ははっきりと白象を助けようとした。

 つまりは、小白香のやっていることを阻止しようとしたということだ。

 

 もっとも、どんなに家臣たちが集まろうとも、いま、この宮殿内で道術を扱えるのは小白香だけだ。

 その他の者が遣う道術は、宮殿全体を包む巨大な結界が邪魔をしている。

 小白香は、白象の体勢をうつ伏せから仰向けにした。

 これで白象が自慰を貪る光景が周りの亜人たちに見やすくなっただろう。

 

「はああああっ──」

 

 その白象が大きく背中を仰け反らせた。

 するとさらに官能が昂ぶったのか、開いていた脚を自らさらに大きく開いて、股間をくねらすように指を抽送しはじめた。

 掻痒剤で狂っているとはいえ、これほどにみっともない姿もないであろう。

 

「ひいっ、い、いいっ──はうっ──」

 

 あまりの白象の狂態に次第に、謁見の間がしんとなり始める。

 天井から床近くまでおりた白象は、果たして目が常軌を逸していた。

 ただ、両手を激しく動かし、乳房と股間を掻きむしるように自慰をしているだけで、もう自分が部下たちの眼前で羞恥を晒しているという自覚もないに違いない。

 白象の周囲の家臣たちは、知性の欠片も感じることができない白象の自慰の姿に呆然としている。

 

 この謁見の間には、おそらく百人は家臣たちが集まっているだろうか……。

 小白香が、素裸の白象をこの本殿である白象宮の謁見の前に浮かびあげてやったのは昨日のことだ。

 それで、その異変にほとんどの宮殿の者が集まっているのだ。

 

「はうっ──はあっ──」

 

 白象は、もう周りを見ることができないのか、家臣たちがいる床までおろされたというのに、それを気にすることなく、仰向けで大きく脚を開いた体勢で宙吊りにされている身体を淫らにくねらせて自慰を続けている。

 胸を喘がせ、全身の毛孔のすべてから汗を噴き立たせながら花芯に指を突っ込んで乱れ捲る白象の姿は我が母親ながら淫らで煽情的だった。

 

「も、もう、これだけやれば、十分でしょう──。いい加減にしなさい、殿下──」

 

 百眼女の金切り声がした。

 その叱るような口調に、小白香はむっとした。

 白象に仕えているあいだは、宮廷側の複雑な政事を捌いてくれるので人畜無害の便利な女と思っていたが、いざ、小白香が使うとなれば、生意気すぎる気もする。

 それに、いまの最後の言葉は、明らかに小白香を軽んじている感じだった。

 小白香が、まだ十二歳の小娘だということで甘く見ているに違いない。

 

 まあ、白象が、この女をこれまで甘やかしてきたつけが、この態度に繋がっているのは間違いないだろう……。

 この女には、自分の立場を理解させる必要があるだろう。

 

「しつこいのう、百眼女。いい加減黙らんと、わらわも怒るぞ」

 

 小白香はじろりと百眼女を睨んだ。

 同時に、これまでわからないように遮蔽していた小白香の霊気を百眼女だけにわかるように開放した。

 小白香は、本当はこの宮廷の誰よりも巨大な霊気を持っているが、普段は霊気を隠す力によって、十二歳相当の霊気しか出さないようにしている。

 その本来の霊気を百眼女だけに垣間見せてやったのだ。

 

 すると、百眼女がたじろいだような表情になって、顔色を蒼くして退がっていった。

 百眼女は、いまの一瞬で、小白香から凄まじい霊気を感じたはずだ。

 それで恐怖で身体がすくんでしまったのだろう。

 強いものに逆らうことに、魔族の本能が拒むのだ。

 

「殿下、これで済ませて頂ければ、わたしたちも、単なる親子喧嘩の範疇と見過ごします。しかし、これ以上の蛮行は、宮廷府全体に対する反抗とみなさざるを得ませんが──」

 

 今度は、近衛軍団長の二葉(によう)だ。

 百眼女が少し退がるかたちになったので、入れ替わるように小白香に迫る結界の先頭に出てきた。

 二葉も、この騒動の最初から、百眼女とともに、小白香に抗議をする者たちの中心になっている。

 

 二葉は、長身で凛々しい感じのする美しい女将軍だ。

 別に白象宮には、女しかいないということはないが、白象が女が好きなためか、要職を占めるのは女ばかりだ。

 しかも、どれも女としてそれなりの外見であるというのは、白象の選り好みもあるのだろう……。

 なんとなくそう思った。

 

 要職につく女の家臣を白象が抱くわけではないだろうが、白象は男が嫌いで美女が好きだ。

 だから、白象宮で出世するには、美女でなければならないという世間の噂もあるらしい。

 小白香は、それが満更嘘でもないことはよく知っている。

 いずれにしても、この二葉も、昨日から小白香がここに現われるたびに、宰相の百眼女とともに、小白香をしつこく諌めようとする。

 

「はああっ──」

 

 白象が大きな声をあげた。白象に絶頂のうねりがやってきているのは明らかだ。

 やがて、吠えるような声をあげて、白象が全身を硬直させた。

 達したのだろう。

 しかし、それでも白象は自慰をやめない。

 

 当然であろう。

 白象の全身に塗布した掻痒剤は一度や二度の自慰で収まるようなものではない。

 それをたっぷりと股間に塗ってやったのだ。

 放っておけば、白象は女陰が擦り切れるまで、指で擦りまくるはずだ。

 

 小白香は、小白香が刻んでいる結界の壁の外で叱るような声をあげ続けている二葉を無視して、とりあえず、白象の周りにいるあの十人に道術をかけた。

 最初に白象を助けるような素振りをした十人だ。

 

「ひっ?」

「な、なに?」

「うわっ、なんだ?」

 

 その十人が騒ぎ出した。

 小白香の道術によって、十人の身体が宙に浮かんだのだ。

 そして、ゆっくりと浮きあがっていく。

 

「……お前たちは、わらわが死刑と判決を下した白象を助けようと、その淫婦に駆け寄ったであろう。わらわはしっかりと見ておったぞ──。これは見せしめでもある。新たな支配者であるわらわの行為に逆らう者がどのように扱われるか、皆も見るがよい──」

 

 小白香は、右手をくるりと回転させるような仕草をした。

 すると、宙に浮いている十人の身体が反転して、頭が下になる。

 十人のうちの半分は女であり、下袍を履いていたので、それが下にさがって下着が露わになる。

 女たちが悲鳴をあげて、下袍を抑えようとするのを両手を背中に回させて阻止した。

 ほかの男たちも同じように両手を背中に回して、頭を下にしてどんどんと天井に浮きあげていく。

 

「こ、これも殿下の仕業ですね──。おやめください。お願いします──」

 

 百眼女が驚いた口調で再び前に出てきた。

 しかし、先程までに比べれば、口調に遠慮がある。

 

「殿下──」

 

 二葉も真っ赤な顔で怒鳴っている。

 こっちはかなりの怒りの表情だ。

 

「なんじゃ、お前ら、うるさいのう──。これは、わらわに反抗心を持つ者への罰を与えておるのだ。少しばかり懲らしめたら、おろしてやるわ──。そこで見ておれ」

 

 小白香は言った。

 すでに、十人は頭を下にしたまま、完全に両脚を天井にまでつけるまで引きあがっている。

 十人が泣き声をあげ続けている。

 この謁見の間の天井は高い。

 高い宮殿の屋根の部分近くまで吹き抜けになっており、そこから頭を下にしてぶらさげられるのは、途方もない恐怖に違いない。

 

「陛下、すぐに悪戯はおやめください──」

 

 二葉が怒りも露わにして怒鳴った。

 

「そ、そうです──。彼らになんの落ち度があるというのです──」

 

 百眼女も悲鳴のような声をあげる。

 

「わかった。おろせばよいのだな──」

 

 小白香はにやりと微笑んだ。

 そして、彼らを浮かべている道術を解いた。

 両手を背中に回させている道術はそのままに……。

 十名の絶叫が広間に響き渡った。

 頭を下にした十人が一斉に床に落ちてくる。

 

「きゃあああ──」

「ひゃああ──」

「うわああっ──」

「ひいいい──」

 

 十人の悲鳴と謁見の間に集まっている大勢の亜人の悲鳴が交錯する。

 続けざまに、頭から落下した身体の塊が床に激突する音が鳴り響く。

 床に頭を叩きつけられた十人が、脳味噌と血をぶちまけて床で死骸となった。

 

 謁見の間が大騒ぎになった。

 これまで野次馬気分で集まっていた者たちが、大挙して謁見の間から逃亡しようとして出ていく。

 小白香は、謁見の出入り口を封鎖した。

 扉に殺到しようとしていた者たちが、それによって行く手を阻まれる。

 

「な、なんてことを……」

 

 百眼女が真っ蒼になっていて、床一面に広がった血の海を見つめている。

 

「お前たちがしつこいので、言う通りにしてやっただけだ。わらわは、しばらく宙吊りにしてから、ゆっくりと床までおろしてやるつもりだったが、すぐおろせとしつこいのでそうしただけだ──。可哀そうなことをしたのう、お前たち」

 

 小白香はうそぶいた。

 

「こ、こんなことは許されません、殿下……」

 

 二葉も真っ蒼な顔で震えている。

 

「許せなければ、どうするのだ、二葉──」

 

 小白香は、二葉を睨んだ。

 

「ひっ──。な、なにを──?」

 

 二葉が悲鳴をあげた。

 彼女は、突然玉座の前で四つん這いになったのだ。

 無論、小白香の道術だ。

 その姿勢を崩せなくなった二葉は、懸命に身体をもがかせているが、小白香の道術に逆らえるわけがない。

 

 小白香は立ちあがって、二葉の前に歩いていった。

 一時的に玉座の周りに刻んだ結界の外に出て行くかたちになったが、今度は誰も小白香に近寄ろうとはしない。

 むしろ小白香が動くことで周りの家臣たちが後ずさりしていく。

 百眼女でさえも、もうなにも喋らずに口を閉じている。

 

 百眼女にしても、二葉にしても、白象宮の中では重鎮中の重鎮だ。

 たとえ、どんなことがあろうとも、自分たちだけはなにもされることはないと思い込んでいたのだろう。

 だから、さっきから小白香のことを侮って、偉そうな言葉を喚き散らしていたに違いない。

 

 小白香は二葉の四つん這いの身体の下に手を伸ばして、近衛軍団長の階級章をむしり取った。

 そして、『取り寄せ術』で、手元に『奴隷の首輪』を取り寄せる。

 これを嵌められると、どんなに高い道術を持とうが、それは遣えなくなる。

 また、手足も弛緩するので、武芸のたしなみがあっても主人に逆らうことはできなくなるのだ。

 それを二葉の首に嵌めた。

 

「な、なにをなさいます、殿下──」

 

 二葉が狼狽えた声をあげた。

 

「お前は、わらわに逆らった罪によって、近衛軍団長の地位を剥奪して奴隷身分とする──」

 

「そ、そんな──」

 

 小白香は、叫び声をあげた二葉を無視して、顔をあげた。

 

「誰か、この奴隷をここで犯せ──。男なら自分の性器で、女なら道具でいい。それができたら、誰であっても近衛軍団長にしてやるぞ」

 

「な、なんですって──?」

 

 絶叫したのは、四つん這いの姿勢を強いられている二葉だ。

 謁見の間が当惑と驚愕の入り雑じった声で騒然となった。

 しかし、すぐに前に出てくる者はいない。 

 だが、小白香は、ひと際大きな身体の軍装の武官の男と視線が合った。

 じっと挑戦的な視線を小白香に注いでいる。

 小白香は、この男がやる気であることがわかった。

 

「お前の名は?」

 

 小白香はその巨漢に訊ねた。軍装からすれば将校のようだ。この男が二葉の部下であることは間違いない。

 

「小官は、花炎(かえん)です。二葉軍団長の副官を務めております」

 

「副官か──。ちょうどよい。こっちに来い──」

 

 小白香はそう言うと、花炎に近衛軍団長の階級章を渡した。

 

「この奴隷の膣にお前の精を注ぎ込め。それで、お前は近衛軍団長だ」

 

「わかりました。お任せください──、陛下」

 

 花炎はにやりと微笑んだ。

 

「期待しているぞ」

 

 小白香は、花炎が“陛下”と呼んだことを否定しなかった。反転して玉座に戻っていく。

 

「で、殿下──。しょ、小白香様──。こ、これはあんまりです──。だ、誰か助けて──お、お願いだ──助けて──百眼女様、あなたからも言ってください。こ、こんなことは許されません──」

 

 二葉が大きな声をあげているが、騒然としているだけで、二葉を助けようとする者はいない。

 名指しで助けを求められた百眼女も苦しそうに目を背けているだけだ。

 二葉の悲鳴だけが、大きな部屋の中でこだましている。

 小白香は再び玉座に腰掛けた。

 見ると、花炎が動けない二葉の下袴の紐に手をかけているところだった。

 あっという間に、二葉の下袴を足首まで脱がしてしまう。

 

「な、なにを考えているのだ、花炎──。や、やめんか──。やめるのだ──ひいっ──」

 

「申し訳ありませんが主命ですので、ご容赦を……、軍団長……」

 

 花炎は笑いながら、今度は二葉の腰の下着に手をかけた。

 

「や、やめろおおお」

 

 二葉は必死になって腰を振って、脱がされまいとするが、両手も両脚も床にぴたりと密着しているのでどうにもならない。

 下着も簡単に足首までおろされてしまう。

 

「ば、馬鹿、や、やめるのだ──。お前までなにをしようとするのだ──」

 

 二葉はさらに叫んだ。

 

「遠慮することはないぞ、花炎──。そいつは、もう軍団長ではない。ただの奴隷だ──」

 

 小白香は玉座から花炎が二葉を犯そうとする光景を眺めながら言った。

 

「では、奴隷の二葉……。いまだから言いますが、俺はむかしから、あんたに惚れていたんですよ。あんたの軍服の下の肢体はどんなものだろうと夢想したものでしたよ……。こうして、あんたを抱けるなんて夢みたいだ──。もう、死んでもいいかもな」

 

 花炎は、二葉の背後から下腹部に手を伸ばすと、二葉の股間を愛撫し始めた。

 まるで電撃でも浴びたように二葉の身体が びくりと強張った。

 

「い、いやっ──。さ、触るな──。お、お願い、触らないで──。だ、誰か──。ほ、本当に助けて──。助けて──」

 

 二葉の悲鳴が怒鳴り声から女の悲鳴に変わった。

 

「誰か助けてやってもよいぞ──。我と思わん者は助けてやれ。無論、邪魔をした者は、わらわに逆らった者として、床で死んでおる者たちと同様の目に遭うことになると思うがな」

 

 小白香は謁見の間に響き渡るような大声を発した。

 誰も動く者はない。

 もう声もなくなり、ほとんどの者が悄然として、花炎が二葉を犯す光景を凝視している。

 小白香は、ふと横に突っ立っている百眼女を見た。

 百眼女はもう、小白香を諌める気はないようだ。

 真っ蒼になってぶるぶると震えている。

 

 一方で、花炎の愛撫を受けている二葉の声がだんだんと艶めかしいものに変わっていく。

 下半身を丸出しにされた四つん這いにされた身体がだんだんと悶えはじめる。

 

「や、やめて……か、花炎、お願いよ──も、もうやめて……あ、ああっ……」

 

「やめるわけにはいきませんね、二葉殿──。俺がここでやめれば、俺が新しい魔王様に殺されます。それくらいわかるでしょう──」

 

「あ、ああ……や、やめて……やめて……やめてよ……」

 

 二葉が、泣き出した。

 十人の亜人が頭を潰して死んでいる血の海の部屋の中で、女軍団長が部下のいたぶりを受けて淫靡に悶える光景というのは、そう簡単には味わえない退廃図だ。

 ふと見ると、白象は宙に浮かんだ結界の中でいまだに自慰を続けている。

 しかし、それに注目する者はもう少ない。

 いまや、この広間の関心は、眼の前の二葉と花炎に集まっているようだ。

 

「おや、殿下……ではない、陛下──。この元近衛軍団長の奴隷殿は、処女のようですよ」

 

 花炎が喜びのような声をあげた。

 

「ほう、お前、処女か、二葉? 歳はいくつなのだ? もう三十は超えているであろう。なかなかの美貌であるのに、お前を抱いてくれる者はいままでいなかったのか?」

 

 小白香はからかった。

 二葉の泣き声が大きくなった。

 

「……この花炎に言って下さればいつでも夜のお相手は務めましたのに、二葉殿」

 

 花炎が二葉の股間をまさぐりながら笑った。

 どうやら、花炎は二葉の肉芽を中心にずっと責めたてているようだ。

 二葉も花炎の手管にかなり淫情に染まってきているように見える。

 二葉の四つん這いになった太腿が羞恥と官能でびくびくと震えているのがここからでもわかる。

 

「……さて、ところで──」

 

 小白香は、いまだに自慰を続けている白象に眼をやると、今度はさっき白象から外した貞操帯を手の中に出現させた。

 触手の生えている内側を晒して、小さな触手が粘性の痒み汁を噴き出しながら、うごめいているのを周囲に示した。

 広間が騒然となる。

 

「はああっ──き、気持ちいい──はああっ──」

 

 一方で。宙に浮かんでいる白象が狂喜のような叫び声をあげた。

 もはや、完全に正気を失っているのは間違いない。

 

「これは、母者に嵌めていた貞操帯じゃ。わらわの道術でなければ、この母者……いや、白象でさせも外れんものだ。しかも、触手が出しているのは、この世のものとは思えぬ痒みを湧き起こす汁じゃ。まあ、身体に害はないが、痒みの苦しみは格別じゃぞ。これを騙して外せんようにしてからは、ずっと白象はわらわの奴隷だったのだ」

 

 小白香に近い者から順に、だんだんと騒然としはじめた。

 貞操帯のことを初めて知ったとともに、目の前にかざされているおぞましい触手貞操帯に怖気を覚えているのだ。

 

「さて、百眼女」

 

 小白香は、呆然としている百眼女の名を呼んだ。

 

「は、はい」

 

 百眼女がはっとした表情で小白香に視線を向けた。

 

「わらわからの贈り物だ、百眼女。これは、死刑になる白象には、もう必要のないものだしな。わらわの腹心として飼ってやる。その代わり、これを嵌めよ。いますぐに、ここでな──」

 

「こ、ここでって……」

 

「さもなければ、お前も白象の謀反に加担した者として死刑とする。やはり、この貞操帯を装着して、白象城の門の前に縛って、死ぬまで晒してやろう。どっちがいい?」

 

 小白香はけらけらと笑った。

 百眼女の顔が真っ蒼になるのがわかった。



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540 淫獄の中の戴冠宣言

「どうした? わらわからの贈り物だ、百眼女(ひゃくがんじょ)──。この触手貞操帯を自ら装着するのだ。いますぐにここでな──」

 

 小白香は、百眼女に迫るととに、圧倒的な霊気を百眼女に注いでやった。

 それとともに、貞操帯を百眼女に向かって、放り投げる。

 この女が本当に貞操帯を装着するか、あくまでも拒むかは知らない。ただ、小白香に屈服して、自ら嵌めるようなら、これまで通りに仕事をさせてもいいと思っていた。

 ただ、あくまでも拒むなら、白象とともに処分するだけだ。

 百眼女は、追い詰められたな表情で、白象が装着していた貞操帯拾いあげたが、その触手のおぞましさに対してか、途端に顔をしかめた。

 

「下着を脱がんか。下袍は脱がんでもいいぞ。股間に密着させれば、わらわの道術で勝手に貞操帯が装着されるからな。それとも、こいつと一緒に処刑されるのがいいのか?」

 

 小白香は、白象を包んでいる結界を動かして、こっちに近づけた。

 そして、白象がみっともなく自慰をしている姿が百眼女によく見えるようにする。

 

「はあっ、はっ、き、気持ちいい……はあっ……ああっ……はあっ……」

 

 白象は狂気の表情で股間どころか尻の穴にまで指を入れて懸命に掻き続けている。

 その姿は、知性の欠けた動物のようで醜悪そのものだ。

 白象が浮かんでいる結界が移動すると、その道筋から家人たちが避けていく。

 おそらく、あまりにも醜いその魔王の姿に幻滅しているに違いない。

 百眼女もそのひとりだ。

 白象が近づくと、百眼女は、額に皺を寄せた。

 

「わらわに従うなら、その貞操帯を嵌めよ。なあに、しばらくだけだ。わらわの気が済めば開放もしてやろう。しかし、白象との心中を選ぶなら、お前もこの白象と同じように晒してやろう。たっぷりと股間に痒み液を塗ってな」

 

「う、ううう……」

 

 百眼女の身体がぶるぶると痙攣したように震え出した。

 恐怖のためだろう。

 さすがに、これをそのまま嵌めるのは怖ろしいみたいだ。

 

「わらわに従え──。さすれば、これまで通りに、お前を宰相として使ってやる。だが、もしも拒否すれば、そこで犯されている二葉と同じ奴隷身分にする──。そして、処刑だ。どっちでもいい。選べ、百眼女──」

 

 百眼女が真っ蒼になるとともに、その表情が悲痛なものになった。

 そして、立ち竦んで震えている。

 しかし、しばらくすると、意を決したように、貞操帯を一度床に置いて、のろのろと下袍に両手を入れて下着を外しだす。

 その恐怖の表情に小白香は満足した。

 

 そして、小白香は視線を二葉と花炎に向けた。

 すると、ちょうど花炎が自分の下袴に手をかけたところだった。

 すぐにそこからそそり勃った男根が現われた。その怒張が二葉の腰の下に潜っていく。

 

「ひいっ、や、やめて──」

 

 二葉が懸命に尻を振って抵抗しようとしたが、花炎に両手でがっしりと腰を掴まれて阻止される。

 

「あぐうっ、い、いやあっ──」

 

 二葉が引きつるような声をあげて身体を硬直させた。

 

「二葉、処女を犯されるというのは、どんな感じなのだ? かくいう、わらわもまだ生娘だ。どんな感じなのか教えてくれまいか?」

 

 小白香は笑いながら声をかけた。

 しかし、二葉は眉間に皺を寄せて歯を食い縛っているだけだ。

 

「せ、狭いですな、陛下……。少しは潤いましたが、まだまだ事前の愛撫が不十分だったかもしれません。おそらく、かなり痛いでしょう」

 

 二葉の代わりに返事をしたのは花炎だ。

 

「構わん。これは、懲罰の意味もある。遠慮なく、その年増の処女膜を破るといい」

 

 小白香は言った。

 

「むううっ──」

 

 二葉の身体が反り返った。花炎に背後から犯されている下半身の筋肉が震えた。

 

「……い、いま、処女を破りましたぞ」

 

 花炎が言った。

 

「ほ、ほう……? 痛いか、二葉?」

 

 二葉は返事をしない。ただ、左右に顔を振るだけだ。

 

「痛いかと訊ねているであろう──?」

 

 小白香はわざと声をあげた。二葉が身体が引き裂けるような苦痛と戦っているのは明らかだ。

 

「い、痛いいい、ですうう──」

 

 二葉が必死な顔で叫んだ。

 その表情があまりに哀れであり、そして、滑稽なので小白香は思わず笑い声をあげてしまった。

 花炎は、ほかの家臣たちが遠巻きに囲む中心で、下半身を露出させた四つん這いの二葉を背後から犯している。

 花炎がゆっくりゆっくりと男根を二葉の股間に沈ませようとしているのがわかった。

 その花炎の腰が静かに二葉の尻に近づいていく。

 それに対し、二葉は痛みで動くこともできないのか、小刻みな呻き混じりの息を吐いて歯を食い縛っている。

 やがて、完全に花炎の腰が二葉の腰に後ろから密着した。

 

「や、やっと全部入った……。わかるか、二葉──? わかるか?」

 

 四つん這いの姿勢で固定させた二葉を犯している花炎が感極まったような声をあげた。

 

「ああ……だ、だめえ……う、動かさないで……。お、お願い……。い、痛い……」

 

「そうはいっても、動かさなければならないものでありましてな、軍団長殿」

 

 二葉の悲痛な訴えを花炎が嘲笑した。

 そして、ゆっくりと花炎が腰を動かしだす。

 二葉のけたたましい悲鳴が部屋に響き渡った。

 

「そ、装着します……。ひゃ、百眼女は小白香様に忠誠を……」

 

 不意に、百眼女の叫ぶような声がしたので、小白香は視線を百眼女に戻した。

 百眼女は、すでに両手に貞操帯を持っていた。

 それを下袍の中に差し入れて、股間に当てるようにした。

 

「こ、これは……? あああああ」

 

 すぐに、百眼女が表情を変えた。

 もちろん、小白香には、その理由はわかっている。

 あの貞操帯を股間に密着すれば、それだけで、貞操帯が道術でしっかりと股間の全部を包み込んでしまうのだ。

 それだけでなく、外部からの刺激が完全遮断されて、不可思議な感覚が襲うのだ。

 

「ああ、いやあああ……」

 

 百眼女が険しい表情のまま、股間を両手で押えるようにして両膝を折った。。

 

「百眼女。愛用するとよい。これで、そなたは引き続き、宰相じゃ」

 

 小白香は吹き出しそうになるのを耐えながら言った。

 愛用するどころか、もう二度と貞操帯から自由になることはない。

 宰相にするから狂わん程度に加減はするが、慣れるまでは触手のまき散らす痒み汁の苦しみにのたうつことだろう。

 あのすまし顔が、どんな風に股の痒みに悶えるのであろう。

 いまから楽しみだ。

 

 小白香はほくそ笑むと、視線を再び二葉と花炎に向けた。

 花炎はさっきよりも激しく腰を動かしていた。

 二葉は相変わらず苦しそうではあるが、それでも花炎の怒張の動きを女陰で受け入れはいるようだ。

 

「す、少し、潤って来ましたぞ、陛下……。軍団長殿の……いえ、この奴隷の膣が私の愛撫に慣れて潤ってきたのか、それとも処女膜を破った血のせいなのかはわかりませんがね……」

 

 小白香が注目していることに気がついたのか、花炎が言った。

 

「誰か、胸も揉んでやれ──。花炎ひとりにやらせるのはもったいないぞ。花炎が精を放ったら、ほかの希望者にも抱かせてやる。この奴隷に精を放ちたい男は出てこい──。そして、待っているあいだ、奴隷の胸でも刺激してやれ──」

 

 小白香は叫んだ。

 

「そ、そんな──。ああっ、ひっ、いやっ──」

 

 輪姦を促すような小白香の言葉に、二葉が悲痛な声をあげた。

 しかし、すぐに股間を花炎に突かれる苦悶の声に変化する。

 すぐにふたりの男が前に出てきた。

 いずれも近衛軍の男の兵のようだ。

 ふたりは二葉の両脇につくと、申し合わせたように、同時に手を伸ばして、左右から二葉の上衣を引き千切った。

 そして、手を伸ばして二葉の乳房をそれぞれに揉み始めた。

 

「ひいっ、も、もう、勘忍して……。ゆ、許して──ああっ、だ、誰か……誰か助けて──お、お願い……あっ、ああっ……」

 

 二葉は泣き声をあげた。

 しかし、その声には単純な苦痛の声だけではなく、かすかな快感の響きも混じってきたようだ。

 よく見ると、左右から乳房を絞りあげるように揉まれ、さらに後ろから花炎に腰を動かされることによって、二葉の露わになっている肌の部分がじっとりと汗ばんできたのがわかる。

 

「さすがは、美貌の女軍団長であるのう……。この三人のほかにも、血走った視線を向けている男はたくさんいるようだぞ──。苦しゅうない──。この奴隷を犯したければ、出て参れ──。このような機会など、もうないぞ──」

 

 小白香がさらに声をあげると、さらに数名の男たちが前に出てきた。

 そして、それを見て、また、二葉を犯す輪に加わろうとする男たちが出てくる。

 最終的には、十数人の男が集まった。

 

「ほうほう、思ったよりも集まったな。どれ……。では、さらに愉快な仕掛けをしてやるぞ、二葉」

 

 小白香は二葉に道術をかけた。

 まず、四つん這いに固定していた二葉の身体が自由になった。

 だが、すでに男たちに囲まれて、身体を凌辱されている最中だ。二葉には逃げる力はない。

 

「二葉の身体を自由にした。『奴隷の首輪』をしておるから抵抗はできんと思うが、皆で逃げんように捕まえておけ。無論、ひとり何回やっても構わん。好きなだけ犯すとよいぞ──。それから、二葉の子宮に道術をかけて、子宮を活性化して、精を着床しやすい状態にしてやった。この状態の子宮で、この人数の精を受ければ、確実に妊娠するであろうな──。妊娠すれば、子はわらわの奴隷宮で飼ってやる。安心して孕むがよいぞ、二葉」

 

 最後のひと言は、犯されている二葉の耳にはっきりと聞こえるように、とりわけ大きな声で言った。

 二葉がびっくりして暴れだした。

 しかし、花炎を始めとする周りの男たちに、がっしりと身体を掴まれる。

 

「そ、そんな──。そ、それだけは──。そ、そんな酷いことは、お許しを──」

 

 二葉が絶叫した。

 

「わらわを舐めた罰だ。誰の種かわからぬ子を孕むといい」

 

 小白香は冷酷に言い放った。二葉の泣き声がさらに大きくなる。

 

「ほう、ならば、私の子を産んでくださいますかな、軍団長殿──。そろそろ精を放ちますぞ──」

 

 花炎の腰の動きが速くなった。

 

「い、いやあ、だめよ──。出さないで──ひっ、ひいっ、だ、出してはだめ──中に出してはだめぇ──」

 

 悲鳴をあげながらも、痛みのせいなのか、二葉は脂汗を滲ませた身体を硬直させた。

 それに構わず、花炎が自分の腰を二葉の尻に叩きつけるように腰を往復運動させる。

 やがて、花炎の背がぴんと伸びるようなかたちになり、ぶるぶると震えた。

 同時に、二葉が首を仰け反らせて喉を喘がせた。

 

「たっぷりと注ぎましたからな。きっと子を孕んだと思いますぞ」

 

 花炎が二葉の股間から一物を抜いた。

 二葉は肩を震わせてすすり泣くだけだ。

 そこには、この宮廷を護る近衛軍団長だった面影はない。哀れに犯された女の姿があるだけだ。

 その二葉の股から、精に混じった赤い血が滴り落ちるのが見えた。

 

「処女を失ったばかりの年増女の股間を見せよ」

 

 小白香は言った。

 

「わかりました」

 

 花炎が嗚咽を繰り返している二葉の身体をひょいと持ちあげた。両手で左右から腿を抱えて、まるで赤子に小用をさせるような姿にして、股間をこっちに向けた。

 

「な、なにをするの──。は、離して──」

 

 剝き出しの股を開脚して曝け出させられるといういきなりの羞恥の姿勢に、二葉が花炎の腕の中で暴れ出した。

 しかし、すかさず左右からほかの男たちが二葉を押さえつける。

 

「いや……み、見ないで……」

 

 二葉が首をいやいやするように左右に振った。

 小白香は、玉座から立ちあがり、近くまで進んで、二葉の股間を凝視した。

 奴隷宮にいる若い性奴隷たちと比べても、遜色のない綺麗な股間だと思った。

 しかし、さすがに処女を失ったばかりの股間は、炎症のような腫れもある。

 また、反り返るように開いた女陰の襞の奥からは、花炎の精がつっと滴り落ちていて、同時に赤い血も流れていた。

 そして、亀裂全体がひくひくと痙攣もしていた。

 しかし、処女を失えば出血があるとは知っていたが、思ったよりは少ないのだと思った。

 いまは出血というよりは、かすかに赤く色づく程度のものだ。

 こんなものなんだろうか……。

 

「どうだ、気分は、二葉──? そう言えば、母者の扱いについて、わらわになにか言いたいことがあったのだな。いまなら聞いてやるぞ。なんなりと言え──」

 

 小白香は意地悪く、股間を剝き出しにしてこっちに向けている二葉に言った。

 だが、二葉は泣くばかりで、なにも言わなかった。

 

「……意見もないようだな──。では、百眼女──。お前は、意見があるのか?」

 

 白象の履いていた編み上げ靴を履き終わって呆然と佇んでいる百眼女に小白香は声をかけた。

 

「あ、ありません……。で、殿下……。い、いえ、陛下のおぼしめのままに……」

 

 百眼女が震えながら頭をさげる。

 その歯はぐいと喰いしばられている。

 眉はひそめられて、顔全体がほのかに上気もしている。

 まだまだ平静を保っている段階だが、もう少しすれば、耐えがたい痒みが襲い掛かるはずだ。

 小白香は、道術を流して、貞操帯の内側の触手のうち、肉芽を包んでいる者を急に激しくうごめかした。

 もちろん、大量の痒み汁をまき散らしてだ。

 

「ひいいいいい」

 

 百眼女ががくりとその場で崩れ落ちる。

 

「わらわの有能な宰相殿も同意見ということであるな……。ならば、これで決した──。この白象については、金凰魔王暗殺を企てた罪により、晒し刑とする。死刑執行は明後日──」

 

 小白香は叫んだ。

 謁見の間がしんと静まった。その中に、相変わらず狂人のような声をあげている白象の声と、すすり泣く二葉の声、そして、百眼女の淫らな喘ぎ声だけが響いている。

 小白香は、白象にもう一度道術をかけて、白象の頭から魔王の冠を手元に取り寄せた。

 そして、その冠を無造作に自分の頭に載せた。

 誰も文句は言わなかった。

 

「これをもって、わらわの戴冠とする。不服のある者は申し出よ──」

 

 もちろん、誰も口を挟まない。百眼女をちらりと見たが、真っ赤になって懸命に声を我慢しようとしている。

 そのみっともない姿に、小白香の溜飲がさがった。

 

 いずれにしても、これでいい。

 面倒な行事は嫌いだ。

 戴冠式など、もう十分だ。

 

 小白香は、手を振って、包んでいる結界ごと、用済みの白象を奴隷宮側の監禁部屋に『移動術』で跳躍させた。

 同時に閉鎖していた謁見の間の出入り口を解放する。

 出入り口に近い場所にいた者から、大勢の者が次々に逃げるように部屋の外に出ていくのがわかった。小白香は放っておいた。

 

「その奴隷については、さっきも言った通りに、気の済むまで、ここで皆で犯すがよい──。終われば、新しき近衛軍団長の就任祝いに、花炎にくれてやる。屋敷で飼ってやれ。ただし、今夜で確実に孕むのは間違いないだろうから、子を産むまでは、売り飛ばすのは駄目だ。子を産んだ後は、好きにしてよい。しかし、持て余すようなら、わらわがここで買い取ってもよいが、どうする、花炎?」

 

「妊婦を犯すというのも、また、格別の味があるというものでしてな。私の新しい部下たちと使う共同の性処理女として使いたいと思います、陛下」

 

 花炎は言った。

 その顔には、小白香に媚びを売るような表情が浮かんでいる。

 おそらく、いまのは、小白香が気に入るような二葉の処置を選んだのだろう。

 そして、小白香は、花炎の物言いに大いに満足した。

 

 花炎が抱きあげていた二葉を横に落とした。

 すぐさま、ほかの者が群がって二葉を抱こうとした。

 二葉はあっという間に、輪姦をしようとする男たちの群れの中に消えた。

 

「わらわに忠誠を尽くせ、花炎──。さすれば、もっといいこともあるぞ」

 

 小白香は花炎に言った。

 すると、花炎がその場に片膝をついて頭を下げた。

 魔王に対する忠誠の誓いの姿勢だ。

 小白香はさらに花炎に近寄って、儀礼通りに、頭を垂れる花炎の肩に二本の指を置いた。

 

「忠誠を尽くします。小白香陛下」

 

「期待しているぞ、花炎──。そうだ。余興の道具として、これをやろう。これは、わらわが奴隷に使っている媚薬だ。塗れば猛烈な痒みに襲われる。試しに、その二葉に使ってみよ。今度は泣いて犯してくれと頼み出すぞ」

 

 小白香は、道術で掻痒剤を取り出して、花炎に渡した。

 

「これは、ありがたき……」

 

 花炎がにやりと笑った。

 

「さあ、お前たちは、余興を続けよ──。さて、では、わらわは離宮に戻る──。後の始末は、百眼女に任せる──」

 

 小白香は両手をさっと振った。

 そして、謁見の間から離宮の奴隷宮に向けて跳躍した。



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541 削られる気力

「さあ、おしっこするわよ、沙那ちゃん……。覚悟はいいでちゅか?」

 

 奴隷女が沙那の顔の上に跨ってから、両手で身につけている薄物の裾を軽く持ちあげながらくすくすと笑った。

 沙那の身体は、床の上から二寸(約六センチ)ほどの高さで仰向けに浮いている。

 その沙那の顔を跨いで、奴隷女のひとりが股を開いて立った。

 

 また、ほかの四人の奴隷女は、わずかに宙に浮かんだ状態のその沙那を囲んで床に座っていた。

 そうやって、五人の奴隷女が、あの手この手で沙那を責め続けている。

 この三日、ほとんど変化のない光景だ。

 小白香は、ただひとり椅子に腰かけて、五人の奴隷女が沙那を責める光景を観察していた。

 

 沙那の顔を跨いでいる女奴隷はもちろん、沙那を取り囲んでいるほかの四人も、裾の短い薄物のほかには下着一枚身につけていない。

 沙那の眼前には、いまにも放尿しそうな女奴隷の股間が迫っているはずだ。

 仰向けの姿勢を崩せない沙那は、屈辱と恐怖が混ざったような表情で、上を見あげてその奴隷女の性器を見つめている。

 

 空中に浮かんでいる沙那は、どんなに身じろぎをしても、床を這ったりして、奴隷女の股間の下から逃げることはできない。

 しかし、空中で沙那の手足がばたばたと動くのはわかるので、それでも、沙那が女奴隷の股間の下から懸命に逃げようともがいているのはわかる。

 

 痒み責めは、この空中に浮かべた状態が一番効果がある。

 どんなに身悶えしても、浮いていては、仰向けの背中を床に擦りつけることもできないからだ。

 床に接触させたままだと、背中の肌が破ける程に身悶えして、その痛みで痒みを紛らわす者もいる。

 しかし、道術で宙に浮かべてしまえば、どんなに身悶えしても受けられる刺激はない。

 脚も肩幅ほどに開かせて道術で金縛りにしているので、内腿を擦ることすらできない。

 

 だが、今日はまだ、痒み責めは始まっていない。

 痒み責め前の儀式のようなものであり、沙那を任せている五人の奴隷女が、沙那に尿をかけていたぶろうとしていたところに、小白香がやって来たので、とりあえず好きなようにさせているところだ。

 もっとも、沙那には「今日」などという時間に意味はないだろう。

 食事もして、睡眠もとり、しっかりと休息をとっている小白香とは異なり、沙那の「今日」は連続して責め続けられている拷問の時間に延長にあるにすぎない。

 

 また、沙那を拘束しているのは道術による金縛りだ。

 これも痒み責めには大切だ。

 縄や革紐による拘束の場合は、痒みの苦しさで暴れ回るので、大抵は縛られている部位の皮膚が破れてしまうのだ。

 その痛みで痒みを紛らわすこともできる。

 

 だが、いま沙那を拘束しているように、物理的に拘束しているものがなければ、それもできない。

 だから、いくら痒みでのたうち回っても、沙那はなんの刺激も得ることはできない。

 発狂するような痒みの苦しみの中で、沙那は、その苦痛で失神をするまで、痒みから逃げることができない。

 

 いまは、まだ痒みは前回の痒み責めの失神から目覚めたばかりなので、それほど暴れ回るほどの痒みの苦しさはないはずだ。

 失神のたびに、沙那の身体に塗った薬剤の痒みを中和剤で除去するように命じているから、いまは痒みはそれほどでもないのだ。

 あるのは、痒み責めに対する途方もない恐怖であろう。

 

 ただ、三日間、痒み液を足す以外は装着しっぱなしの貞操帯だけが、踊るように動き続けている。

 なんだかんだと痒みはそろそろ限界ではないかもしれない……。

 しかし、沙那は身体を比較的静かにさせているし、まだ苦痛に悲鳴をあげたりはしていない。

 もう、弱音を吐きたくないという沙那の意地なのかもしれない。

 

 もっとも、実は耐えているというよりは、その体力と気力がもうないというのが本音だろう。

 実際のところ、本格的な痒み責めが始まった初日は、恥も外聞もなく喚き続けていた。

 その方が苦しみに耐えやすいと考えていたのか、哀願でも駆け引きのような申し出でも、なんでもしきりに喋り続けていた。

 しかし、昨日くらいから、あまり口を開かなくなった。

 今日など、小白香がやってきてから、ほとんど喋っていない。

 

 沙那の体力が限界なのは間違いない。

 水は十分に飲ませているが、この三日、眠る以外にはこうやって責め続けるだけで、一度も満足な食事をさせていないからだ。

 かなり丈夫そうな沙那もそろそろ限界のはずだ。

 しかし、体力以上に限界に迫っているのは、抵抗の気力だろう。

 それが、このだんまりに象徴されている。

 

「沙那、まだ、だんまりか? 喋らんと、今日は、失神ができないように道術をかけるぞ──。いままでは、なんだかんだと言っても、失神をしてしまえば、痒みの苦痛から逃れられた……。だが、失神防止の道術をかけられれば、それさえもできんのだぞ」

 

 唇を喰い縛って、じっと小白香を睨んだままだった沙那が、小白香の言葉で、なにかを言いたげに口を開いた。

 その顔には恐怖の色がある。

 いまの沙那には、失神だけが苦痛から逃れられる唯一の道なのだ。

 それすらも、いま小白香は取りあげようとしている。

 そのことが沙那に恐怖を与えたのだ。

 

 失神するまで痒み責めを受けるなど、言語を絶する苦しみだ。

 しかし、その失神さえも取りあげられるとなると、沙那は逃げ場のない苦しみを受け続けなければならない。

 しかし、沙那は唇を震わせるだけで、なにも言おうとはしない。

 小白香は、しぶとい沙那の胆力に、ひそかに嘆息した。

 

「仕方がないのう……。じゃあ、今日は、失神ができなくなる道術をかけるぞ。気を失うことができるのは、わらわがそれを許したときのみだ……。失神もできずに、あの苦しみを味わい続けるのは、おそらく人として耐えられる限界を超えるのは間違いないであろうな」

 

 小白香は道術をかけた。

 

「あ、ああ……。そ、そんな……そんな……」

 

 沙那がやっと顔をしかめて呻いた。

 おそらく、身体の中に新たな霊気が注がれたことで、本当に失神を防ぐ道術がかけられたことがわかったのだろう。

 

「では、今日も痒み責めの拷問を開始するか……。でも、その前に小便を顔で受けよ。その女が、お待ちかねだ──」

 

 小白香はくすくすと笑った。

 

「……こ、殺して……。もう、殺して……」

 

 沙那の口がまた開いた。

 

「殺しはせん──。お前は死ぬこともできんのだ。わらわに屈伏することをあくまでも拒むのであれば、なにも考えられん狂人にでもなるのだな。狂ってしまえば、この苦痛から解放されるやもしれんぞ──。まあ、わらわとしても、お前を狂わせて楽にするような失敗はせんがな」

 

 小白香は、沙那の顔に跨っている女奴隷に頷いた。

 

「じゃあ、するわね……。沙那ちゃん、恥ずかしいから顔を隠してね」

 

 沙那の顔の上に跨る女が、からかうような陽気な声で言った。

 

「大丈夫よ。また、沙那の顔に布を被せちゃうから」

 

 一条が笑いながら沙那の顔の上に絹の布を被せた。

 沙那が呻きながら、左右に顔を振る。

 しかし、顔を振ったくらいでは、絹の布は沙那の顔から落ちることはない。

 

「ほら、たっぷりと味わってね、沙那ちゃん……」

 

 奴隷女が放尿を始めた。

 沙那の顔に乗せた絹の布に、上から注がれる小便が当たりはじめる。

 顔に乗せた絹が尿で顔に張りついて、沙那の口と鼻を塞いだ。

 絹の布が水分を吸うと、布が肌に密着して、息ができなくなるのだ。

 

「んぐううっ、んんんん」

 

 沙那は小便を受けながら、しばらくのあいだは、懸命に布越しに尿を口と鼻で吸って、尿ととともに入ってくる息をむさぼっていた。

 しかし、いくら吸っても入ってくるのは尿だけという状態になると、今度は呼吸をとめる態勢になった。

 その合理的で冷静な行為が、小白香の鼻につく。

 まあ、どうせ、その計算高い態度は、沙那が息をとめて耐えられる時間までのことなのだが……。

 

「終わったわよ、沙那ちゃん……」

 

 放尿が終わった女奴隷が、沙那の顔からどいた。

 沙那はまだ耐えている。

 しかし、沙那が苦しくなるのはこれからだ。

 いま、沙那は息をとめている状態だが、やがて苦しみもがくことになる。

 それを待てばいい……。

 

 だが、一度、沙那にそのまま息をとめて失神されたことがある。

 気を失うまで息をとめていられるなど信じられないが、沙那はそれをやって苦痛を排除してしまうこともできるようだ。

 いまは、もうそれはさせない。

 そんな沙那の手のうちなど、もう簡単に奪ってしまえる。

 

 小白香は、貞操帯の内側の触手に道術をかけて、ほんの少しの刺激を与えた。

 痒みが癒えるような刺激ではない。

 耐えていたものの崩壊を促すだけの小さな刺激だ。

 

「んごおおお」

 

 果たして、沙那が痒みに耐えている股間に、舌で舐めるような刺激を道術で一度だけ与えると、沙那が絹の布の下でいきなり絶叫した。

 すると、口と鼻の部分の布が膨らんだり、縮んだりしはじめた。

 しかし、布は水を吸っているので、息は吸えないでいる。

 

「んんんあああ──ああああっ──んああ、んん──」

 

 沙那がもがき始めた。

 小白香は、その苦しみ悶える姿をほかの五人の奴隷女とともに、しばらく見守った。

 最初の頃は、顔全体に布を巻いていたぶっていたが、それだと、小白香がいるときでないと、この布による窒息責めができない。

 だから、いまでは、布責めをするときは、顔に布を被せるだけにした。

 このやり方だと、小白香がいなくても、五人の奴隷女たちだけで責めを続けることができるのだ。

 

 宙に浮かべるくらいの簡単な道術であれば、この部屋の結界の霊気を固定したままにするだけで、沙那を金縛りにして浮かべていられるが、顔に巻く布を強くしたり、緩めたりというのは、小白香がこの場にいて、霊気を操作してやらなければ無理だ。

 

 しばらくのあいだ、沙那は金縛りで動きを制限された裸身を空中でもがき続けるような行為を続けていたが、やがて、その悶えも小さくなってきた。

 沙那の顔の絹の上下の動きが小さくなる。呻きの声もあまりしなくなる。

 しかし、沙那の場合は、本当に限界なのかどうかわからない。

 早く、布を取り去らせるために、気絶したふりや、限界のふりをするなど、平然となんども繰り返すからだ。

 

「しばし、待て」

 

 小白香は、もう一度貞操帯の中に刺激を送った。

 しかし、反応はあったが、今度はそれが小さい。

 いまの沙那に、股の痒みに耐える演技ができるわけがないから、本当に呼吸ができないために、死にかけているのだろう。

 いまの沙那は失神はできない。

 呼吸をとめられて意識がなくなるのは死ぬときだ。

 

「よいぞ」

 

 小白香の言葉で、一条がさっと、沙那の顔から布を取る。

 

「はああっ──」

 

 沙那が盛大に呼吸をしはじめる。

 全裸の身体が大きく揺れて、激しい息を始めた。

 

「被せよ」

 

 しかし、小白香は、すぐに、一条に尿で濡れた絹の布を沙那に被せ直すように命じた。

 濡れた布が、沙那が大きく口を開いた状態で張りついた。

 

「んんんがああああ」

 

 沙那が泣くような声をあげて、激しく顔を左右に振る。

 布を顔からどけようかとするように、肩が激しく動く。

 だが、腕のない沙那には、顔の布を取り去る方法がない

 。懸命に顔を左右に振って、布を取ろうとしているが、それは無理だ。

 濡れた布は顔の肌にぴたりと張りついて、沙那の口と鼻の穴を塞いでしまっている。

 

 また、沙那の抵抗が弱くなったところで、小白香は一条に布を外させた。

 沙那が盛大に息をするが、またすぐに載せる。

 

 同じことを十回近くも繰り返させた。

 途中で二度ほど、さらに絹の布に水をかけさせて、布を完全に湿った状態にもさせた。

 布を外しても、沙那のもがきが小さくなったのを確認してから、小白香は沙那の顔の布を完全に取り去るように一条に命じた。

 一条が、布を横に置いた。

 

「ぷはあああっ、はあ、はあ、は、はあ」

 

 あまり動かなかった沙那の胸が、やがて大きくなり、すぐに再び盛大な呼吸を開始した。

 

「苦しそうじゃな、沙那……?」

 

 小白香は沙那に声をかけた。

 だが、沙那は、なにも返事をしない。

 ただ荒い息を続けるだけだ。

 

「さっき、殺してくれと言ったであろう……。それにしては、盛大に息をしているではないか。死にたいのではなかったのか? 息をとめておれば完全に死ねるぞ」

 

 死ぬまで呼吸をとめるなど不可能だ。

 普通は、失神をするまでとめることも不可能なのだが、沙那はそれをやってしまうこともある。

 だが、さっきのように、精神集中をさせないようにしてしまえば、そうやって失神で苦痛から逃げることを防げる。

 身体がいうことをきかなくなるのだ。

 そうなれば、もう、自分の意思で呼吸停止などできなくなり、意思ではないものが、息を吸わせてしまう。

 

 自殺も失神もできない。

 沙那の呼吸がいくらか静かになった。

 呼吸をとめられた苦しみから落ち着いてきたようだ。

 だが、なにかを求めるように視線で、小白香を睨みつけている。

 

「……まあ、生意気な目──。小白香様をそんなに見るなんて生意気よ。こうしてあげる──」

 

 一条の反対側にいる奴隷女が、いきなり沙那の顔に自分の顔を近づけて、唇で沙那の口を塞いでしまった。

 口全体で沙那の唇全体を覆ってしまったのだ。

 

「じゃあ、あたしは鼻を塞いじゃおうかな──。やめて欲しかったら、おしっこしなさい。そしたら、許してあげるわ」

 

 一条が沙那の鼻を摘みながら笑いながら言った。

 

「んんんっ──んん──」

 

 沙那がもがいている。

 こいつらに比べれば、本来は沙那の力が強いだろうが、道術で身体を金縛りにされている沙那には、女奴隷にふたりがかりで顔を掴まれれば、抵抗はできない。

 ふたりの女奴隷の狂気じみた顔責めが続く。

 このふたりの目つきも、どことなく異常だ。

 

 いや、このふたりだけではない。

 ずっと、沙那を責めさせている五人の奴隷女のすべての目つきが、もうおかしくなりはじめている。

 知性のある存在を知性のある者が拷問をするというのは、拷問を受けるのと同じくらい苦しい行為だ。

 そういう意味で、沙那の拷問を続けさせている五人も、人を拷問するという苦しみをずっと味わい続けているはずだ。

 その精神的負担が、五人をおかしくさせ始めているのかもしれない……。

 

 この部屋にいる人間の中で、普通に食事をして、普通に眠っているのは小白香だけだ。

 奴隷女たちは、この三日、睡眠も食事も交替で沙那を責め続けている。

 朝も昼も夜もない。

 

 小白香が現われるのは不規則だから、ここに閉じこもってからどのくらいの時間が経っているかは、沙那もそうだが、沙那を責め続けている五人の奴隷女にもわからなくなっているようだ。

 責められている沙那は当然として、この五人の女奴隷にも疲労の色が目立つようになってきている。

 

「あっ、ああっ、あああああ……、もう、いやあああ……」

 

 沙那が股間から放尿し始めた。

 足側にいた奴隷が、さっと容器を出して、その沙那の尿を受けとめる。

 沙那が放尿を始めたのを確認したところで、口と鼻を塞いでいたふたりが顔からどいた。

 

「はあっ……んはあっ……ふんんっ……」

 

 しかし、沙那は大きく胸を上下させて息をすると同時に、おかしな甘い声をあげだした。

 苦しいのとは違うようだ。いまだに放置している股間の痒みのためというのでもなさそうだ。

 

「なんだ?」

 

 小白香は首を傾げた。

 

「ふふふ……。小白香様は、もしかしたら、沙那がおしっこをするのを見るのは初めてですか? この沙那は、いつもおしっこをするたびに、こうやって悶えるんですよ──。無理矢理に訊き出したら、以前にも、こうやって監禁されて拷問を受け続けたことがあって、そのときに、おしっこするたびに悶えるように、尿道調教されたんだそうです……」

 

 一条がくすくすと笑いながら小白香に言った。

 

「ほう……。尿道調教なあ……」

 

 小白香は、淫らな声を出しながら放尿を続ける沙那の姿に笑ってしまった。

 

「……さあ、採れたての新鮮な沙那ちゃんのおしっこよ……。これから、沙那ちゃんは、痒み責めを頑張って受けないといけないんだから、出した水分は戻しとこうね……」

 

 容器に沙那の尿を集めた奴隷が、今度は横から漏斗(じょうご)を取りだした。

 液体を大きい受け口から受けて、口径の小さい管に通して下に水を通す円錐状の器具だ。

 

「……今日もおしっこ飲むのよ。さもないと、また、鼻を摘んで苦しめるわよ、沙那」

 

 一条が言った。

 

「ねえ、ついでに、あたしたちの尿も処分させましょうよ。そこの壺に集めてあるやつ……」

 

 別の奴隷女が言った。

 するとほかの四人がそれはいいと、悦びだした。

 そして、五人の尿が集めてあるという壺をそばまで持ってくる。

 監禁してある沙那はもちろんだが、この五人の女奴隷も、沙那が屈服するまで、この部屋でずっと寝泊りを続けるように命じている。

 そのための食べ物や飲み水は、ふんだんに置いてあるし、補充もしている。

 沙那を含めた六人の女の糞尿を処分するための『落とし箱』という霊具も備え付けてあるのだが、さっきの女奴隷の口ぶりだと、尿だけはその壺に集めさせているようだ。

 

「じゃあ、沙那の尿の次は、昨日一日分のあたしたちのおしっこだからね。最初の日みたいに、途中で吹き出したら、また大量の塩と唐辛子を溶かした水を無理矢理に注ぎ込むわよ」

 

 一条が強い口調で沙那に言った。

 どうやら、そんな責めもやったのようだ。

 沙那は呻きと返事の混ざったような声をあげた。

 漏斗が沙那の口に咥えさせられた。

 

 女奴隷のひとりが、まずは、さっき採った沙那の尿を広い受け口に注いでいく。

 沙那は抵抗する様子もなく、口に流れてくる自分の尿を飲み干していく。

 それが終わると、今度は、別の女奴隷が、女たちの尿を集めているという壺を持ちあげて、中の尿を沙那の口に当ててる漏斗に少しずつ入れていった。

 これについても、沙那は諦めたような表情で、口に入っていく尿をたんたんと飲んでいく。

 痒み責めのほかにどんな責めをしているかということについて、小白香は詳しい報告を求めてなかったが、あんな風に、あの手この手で、沙那の心をすり潰すための責めを続けているのだろう。

 

 この五人も必死のはずだ。

 沙那の屈服に失敗すれば、拷問で責める立場から、罰として、今度は拷問を受ける立場に変わるからだ。

 それは、五人に申し渡しているし、彼女たちへの罰は、沙那が受けている痒み責めよりも苛酷なはずだ。

 

 なにしろ、いま沙那が受けているのは、沙那が発狂してしまうのを防ぐために、痒み責めを継続する時間を制限している。

 それに比べれば、この五人が受ける罰は、発狂させるための痒み責めなので、制限時間などない。

 失神しても痒みは放置されて、責めは続けられる。

 そして、完全に狂うか、あるいは、衰弱して死ぬまで、痒み剤を塗られて放置されるのだ。

 それを知っている五人は、必死になって沙那に残酷なことを続けているのだ。

 

 それに比べれば、沙那については、限界まで痒み責めを続けることはできない。

 沙那に痒み責めを続ける時間は、だいたい平均三刻(約三時間)というところだ。

 それから、二刻(約二時間)から三刻(約三時間)休んで、また責める。

 だいたいがこの繰り返しだ。

 

 とにかく、限界を超えるまで痒み責めを続けてしまえば、この沙那は屈服する前に発狂してしまうに違いない。

 数多くの女奴隷を痒み責めで発狂させてしまった経験のある小白香には、人がどの程度の痒みを受け続ければ狂ってしまうのかというのはよく知っている。

 小白香は、これまで巧みに痒みを統制しながら沙那を責め続けていたつもりだ。限界までの痒みを与えてしまえば、それに耐えられると、あとは発狂させるしかなく、それでは、小白香は沙那に負けたも同じだ。

 

 それにしても、まさか、これだけの責めに三日も耐えるとは思わなかった。

 もって一日……。

 

 どんなに気丈な女でも二日もあれば十分だと考えていた。

 しかし、今日で三日目……。

 それも、もうすぐ日が変わり四日目になろうとしている。

 

 これが痒み責めを開始する前であれば、沙那の扱いについて、屈服させて、『主従の誓い』を結ばせるというような面倒はせずに、白象のように痒みで狂わせるという選択肢もあっただろう。

 しかし、屈服させると決めて拷問を始め、その方針を途中で変更するというのは、小白香の敗けのような気がする。

 こんな人間族の部下など、どうしても欲しいわけではないが、これは痒みを極めていると自負している小白香の意地だ。

 これだけの痒み拷問に耐えるような人間族の女をなんとしても、発狂させることなく、屈服させてみせる──。

 沙那がやっと女奴隷たちの尿を全部飲み終わったようだ。

 漏斗が外されて、沙那が苦しそうに咳をしている。

 

「じゃあ、今日も始めとするぞ、沙那……。長い一日になると思うがな……。いや、一日とは限らんか……。二日、あるいは、三日になるやもしれんのう」

 

 小白香は、椅子からおりて、五人が囲む輪の中に加わった。その右手の人差し指には、すでにたっぷりと掻痒剤が乗っている。

 沙那の脚をさらに大きく開かせる。

 万が一にも、腿を擦り合わさせるようなことをしないためだ。

 

「開始じゃ。貞操帯を外して、新しい薬剤を塗ろうぞ。愉しみにせい。それから、もう一度封印じゃ」

 

「ひいいっ」

 

 沙那の眼が大きく見開いた。

 一度塗られれば、あとは失神するまで痒み責めが継続されるだけだ。沙那はもうそれを骨身でわかっている。

 しかも、今日は、その失神も取りあげられている。

 貞操帯が消滅する。

 沙那の股間が露わになる。

 

「今度は、どこに塗って欲しい、沙那? 尻の穴にするか? それとも、前の穴にするか? たまには、お前に決めさせてやってもよいぞ──」

 

 小白香は無防備に開いている股間の直前で指をとめた。

 沙那が呻き声をあげて、身じろぎをした。

 

「答えよ、沙那──。今度は、お前に決めさせてやろうと言っているのだぞ」

 

 小白香はくすくすと喉の奥で笑った。



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542 最後の抵抗

「答えよ、沙那──。今度は、お前に決めさせてやろうと言っているのだぞ」

 

 小白香はくすくすと喉の奥で笑った。

 沙那の引きつったような顔に浮かんでいる恐怖が、あまりに顕著で面白かったからだ。

 小白香は、この三日、魔王乗っ取りのための行動の合間合間に沙那を責め続けてきて、沙那という女がかなりわかってきた気がする。

 実際のところ、沙那は可能性があれば、口八丁で、嘘でも出鱈目でも駆け引きでも幾らでも取り引きを申し出て、なんとかして責めの手を緩めさせようとしてくる。

 沙那にはそういう計算高いところがあり、無駄だとわかっていても、それで楽になる可能性があれば、いくらでも哀願もやって見せるし、屈服したふりもする。

 失神で責めが終わりにするようにしているとわかったら、道術で簡単に見抜けるとわかっていても失神したふりまでしてみせた。

 

 その沙那が、昨日くらいから一切の無駄口も言わなくなったし、駆け引きのような素振りもしなくなった。

 つまり、沙那はそれだけ追いつめられているに違いない。

 心に余裕がなくなり、策を弄することができないのだ。

 そんな沙那の感情は、小白香には、もうわかりやすすぎるくらいだ。

 

 沙那は怖いのだ。

 自分が屈服しそうになっているのがわかっている。

 もう、沙那の心は、沙那の意思を離れかけているのだ。

 次に哀願するときには、それは本気の心かもしれないと思っている……。

 自分が『主従の誓い』を受け入れるという言葉を口にしないという自信がないのだ。

 だから、口を開くこと、そのものを避けようとしている。

 それがいまの沙那だ。

 

 つまり、やっと沙那が屈服しかけているのだ……。

 その勘が正しいということを小白香は確信している。

 小白香は、拷問を通じて、沙那の心にだんたんと接触することに成功している気がしていた。

 

 もうすぐ、沙那は堕ちる。

 おそらく、今日……。

 

 あるいは、明日……。

 沙那は『主従の誓い』を受け入れることを承諾するだろう。

 

「やっぱり、沙那ちゃんはお尻よね……。お尻に指を入れられるのが大ちゅきだものねえ」

 

 沙那の顔の近くにいる女奴隷がからかうように口を挟んだ。

 

「そういうことなら、今回は尻にするかのう……」

 

 小白香は、指を宙に浮いている沙那の尻の下に移動させて、沙那のお尻の亀裂に指を触れさせる。

 そして、尻の穴に薬剤を塗り込めていく。

 

「あああああっ──」

 

 沙那の口から思わず火かついたように昂ぶった声が出た。

 構わず、小白香は指先で尻の穴の部分を愛撫しながら、どんどん薬剤を足していく。

 

「はうううっ……くうううっ……」

 

 尻穴を指で愛撫される刺激に耐えられなくなったのか、沙那が身体を弓なりにして歯をかちかちと鳴らしだした。

 沙那の全身から、見ていて哀れなほどに汗が噴き出してくる。

 そして、肌が真っ赤になり、小刻みに身体を震るわせだす。

 

「相変わらず感じやすい身体だのう……。さっきは、尿道で悶えるという、世にも珍奇な光景を見させてもらったが、本当にどこをどう触られても感じるように全身を調教されておるのだな、沙那──」

 

 小白香はからかいながら、なおも指先で薬剤を尻穴に埋めていく。

 すると、刺激を受けている下側の穴だけではなく、沙那の無毛の女陰がまるで独立の生き物のように収縮を始めた。

 その亀裂から、どろりどろりと官能の蜜が滴り落ちていく。

 

「さあ、今日もいくわよ……。でも、今回はいつものように失神で終れないのよ……。今日こそ、小白香様と『主従の誓い』を交わすしかないわね、沙那」

 

 一条が沙那に声をかけた。

 すでに手に筆を持っている。

 

「ひっ──。や、やめ……」

 

 沙那の眼が見開いて、その筆を凝視して震えだした。

 なんの駆け引きもない、心からの沙那の恐怖の表情だ。

 

 痒み剤を塗ったら、あとは五人がかりで筆責めにして失神させる──。

 それが、ずっと繰り返しさせている責めだからだ。

 失神に至るまでの苦しさは言語を絶するものに違いない。それが、あの気の強い沙那をこんなに怯えさせているのだ。

 

 筆責めのやり方はいろいろだ。

 故意に痒い部分だけを避けてくすぐる場合もあれば、五人がかりで痒い部分のみを筆責めをするときもある。

 沙那の身体は全身が性感帯のように敏感だ。

 どんな責めの方法を選ぼうとも、沙那はこの五人の筆にのたうち回る。

 しかし、その失神もできないとすれば、その筆責めへの沙那の恐怖は、なにものにもたとえようもがないのかもしれない。

 

「いや、まだよい……。今回は前の穴も塗ることにする──。もう少し、様子を見てからな──」

 

 小白香は言った。

 すると沙那がはっとした表情になった。

 

「そ、そんな……。一箇所だけって──」

 

 沙那の狼狽したような声がした。

 その怯えた表情が本当に愉しい……。

 

「お前がなにも答えぬからであろう──。黙っておるから、尻穴だけではなく、前の穴にも塗りたくって欲しいのかと思うたぞ」

 

 小白香は沙那の肉芽にそっと指を伸ばして、被っている皮を丁寧に剥く。

 次いでねっとりと油剤を塗りこめていく。

 何度も、何度も……。

 皮の内側にもたっぷりと……。

 

「あふううっ──」

 

 股間がせわしなく動きだし、沙那が感極まったような声をあげた。

 おびただしい愛液が滴りだす。

 

「あああ、もう、もう許してええ」

 

 沙那が激しく身体を振り始める。

 だが、道術を込めているので、沙那の裸身は宙でちょっとばかり揺れる程度だ。

 小白香はさらに道術を込めた。

 沙那の小さな尿道口がぷっくりと開いて限界まで穴が大きくなる。

 

「な、なにおするのよお──」

 

 沙那が泣き声をあげた。

 

「そろそろ、尻や股の痒みにも飽きたであろうと思ってな。今度は尿道じゃ。魔道で痒み液をしっかりと満たしてやろうぞ。どうやら、一度は同じことをされたことがあるようだが、わらわはその尿道を痒み剤でみたしてやろう。こんな場所、どうやっても痒みをほぐす方法などないぞ」

 

 小白香は一気に痒み液で膀胱のすべてを満たしてやった。

 そして、今度は尿道口を特別の油剤で封印して蓋をしてしまう。これで沙那は小白香が尿道口を開放するまで小尿をすることはできない。

 

「ああああ、な、なんてことをするのよおお。お、おしっこ……。おしっこおさせてええ」

 

 沙那が泣き叫んだ。

 痒み液とはいえ、しっかりとした液体だ。それで膀胱を満たされれば、激しい尿意に襲われるのは当然だ。

 これで沙那は、痒みの苦しみに加えて、開放されるのことのない尿意の苦しみにも耐えなければならないということだ。

 

「痒いであろう? 股間の穴という穴に痒み剤を塗ってやったぞ。それとも、この場で『主従の誓い』をせよ──。それで、お前は自由だ。そして、この痒みの地獄から解放される……」

 

 小白香は、沙那のに肉芽に顔を近づけて、一度、強く息を吹きかけた。

 

「ひゃああ──はあああああ──」

 

 沙那が身体を弓なりにして吠えた。

 しかし、小白香はそれで刺激をとめてしまう。

 そして、意地悪く、宙に浮かべたまま放置する。

 沙那の泣き声のような長い悲鳴が続き、やがて、呼吸の喘ぎが怖ろしく大きくなる。

 心の中で激しい葛藤が起こっているのだ。

 やがて、いきなり沙那の身悶えが激しくなった。

 

「ああ、痒い……痒い──。も、もう、我慢ならない──。お、おしっこもおお……。あああ、なんで……なんで、こんなに苦しめるの……? あああ、もう嫌ああああ」

 

 これまで、黙り込んでいた沙那が、今度はいきなり大声で喚き出した。

 しかも、驚いたことに、いままでほとんど見せなかった涙をぼろぼろと流しだしたのだ。

 

「へえ、痒いのか、沙那? ならば誓え──。いい加減にこんなことは終わりにしようではないか……。お前も、計算高い女なのであろう? 『主従の誓い』といっても、お前の大切な仲間の記憶が消し飛ぶわけではない。単に、一番大切なものの最上位に、わらわの存在がすり込まれるだけだ──。たったそれだけのことで、この苦しみから解放されるのだぞ……。これだけ頑張ったんじゃ。もう、いいであろう……」

 

「ど、奴隷になるわ──。そ、それで許して──。さ、逆らえないように、霊具で拘束して──。この腕もないままでいい──。だ、だから、『主従の誓い』は勘忍して──。か、痒い──。ああ、こんなの酷い──。もう、嫌──。これ以上、少しも耐えたくない──。いやよ──いやあ──こんなのいやあ──ど、奴隷にさせて──お願いします──奴隷にしてください──はああっ──」

 

 沙那が全身を揺さぶって喚き出した。

 完全に取り乱しているようだ。

 そんな沙那に接するのは初めてだったので、些か、小白香もびっくりもしていた。

 その冷静さの欠片もない沙那の様子に、小白香は呆気に取られたが、考えてみれば、この感情を剝き出しにした姿こそ、沙那の本当の飾らない姿なのかもしれない……。

 

 冷静で知的な印象の強い沙那だが、実は沙那は恐ろしく感情的な女だ。

 この数日、拷問を通じて沙那の心に接している小白香には、それがよくわかっている。

 そうだとすれば、小白香は、やっと沙那が装っている冷静さと知性の覆いを剥ぎ取ったことになる。

 なんの飾りも、防護もない、剝き出しの沙那──。

 

 目の前で泣き続ける沙那を眺めながら、小白香は、やっと沙那から抵抗の鎧が消えようとしているのだと思った。

 これならいける──。

 小白香はぐっと拳を握った。

 

「奴隷にして──。か、痒い──もう痒い──。掻かせて──。た、耐えられないのよ──。あ、ああ……耐えられない……」

 

 沙那が猛烈な痒みに宙に浮いた身体をのたうち回らせている。

 まさに陥落寸前の狂乱の姿だ。

 尻や膣の痒みが外からやってくる火のような痒みだとすれば、膀胱に満たしてやった液剤の痒みは内面から込みあがる疼きのような痒みだ。

 いずれの痒みも壮絶だ。

 しばらくのあいだ、小白香は狂乱する沙那を見守っていた。

 

 沙那は呻き──。

 

 喘ぎ──。

 

 悶え──。

 

 そして、吠えた──。

 

 それだけではない……。

 ふと見ると、開いている沙那の股間からは、生温かそうな淫蜜がとろとろと垂れて沙那の腿の付け根を通って、床の上に小さな水たまりを作りつつある。

 沙那は、官能の疼きという苦しみとも戦っているようだ。

 

「それじゃあ、そろそろ、筆責めの始まりじゃ。まずは女の急所に塗り足そうかのう……。あまりにも股で涎を垂らすから、さすがに油剤が垂れ落ちそうだ。特別に、せっかく、靴を脱がせたのだ。その脱がせた片足の裏にも掻痒剤を塗ろうかのう──。いま、使っておる油剤の十倍の痒みのものを使ってやろう。それを小筆でじわじわと塗りこんでやるぞ、沙那──。お前たち、準備せよ──」

 

 小白香の指示で、女奴隷たちが、きゃあきゃあと歓声をあげながら、薬剤と筆を準備し始めた。

 そして、五人が沙那の股間側に集まっていく。

 一方で、小白香はさっき使った小瓶から新たな薬剤を指ですくう。

 それをこれ見よがしに、沙那の顔に近づけた。

 

「ああっ──こ、殺して──奴隷が駄目なら、いっそ殺して──。死なせて──」

 

 沙那が凄まじいばかりに狼狽を始めた。

 この沙那は絶対に、いままでのようなに、なんらかの駆け引きで、心が弱った演技をしている沙那ではない。

 本当に沙那は屈服しかけている……。

 

「死にたいのか、沙那?」

 

 小白香はそう訊ねてから、『真実の石』を沙那の乳房の谷間に道術で張りつけた。

 

「こ、殺して──。もう、いっそのこと殺して──」

 

 沙那が絶叫した。

 『真実の石』は青く光り輝いた。

 小白香は、一度深く息を吐いた。

 

 沙那が死にたいと叫んだのは、いまが最初ではない。

 しかし、真実の言の葉を乗せたときに青く光り、偽りを乗せたときに赤く光る『真実の石』が、青く輝いたのはいまが初めてだったのだ。

 それまでは、まったく光らないか、薄っすらと赤く光るかだった。

 いま、沙那はこの痒み責めをこれ以上受けるのであれば、本当に死にたいと思っているのだ。

 

 小白香は満足した。

 女たちの五本の筆が一斉に、沙那の股間に伸びた。

 

「あああああああっ──」

 

 沙那の眼が一瞬、白目を剥いたようになった。

 全身を強く仰け反らせて、喉を仰け反らせたる。

 しかし、それ以上暴れることは、道術でできなくしている。

 沙那の発狂したような悲鳴が続いているのを確認し、小白香は沙那の甘美な肉の襞を左右にほぐしながら、粘性の薬液を女陰深くに塗りこめさせていく。

 

「あぐううっ──、も、もう、もう殺して──これ以上は耐えたくない──助けて──誰でもいい──助けて──」

 

 沙那が悲痛な声で喚き続ける。

 その眼からは驚くほどの大量の涙が流れ続ける。

 

「……お前を助けられるのは、わらわだけだ──。『主従の誓い』をすると誓え──。それで、この苦しみは終わりだ」

 

 なんとしても今日中に堕とす──。

 小白香も強い気持ちになっている。

 

「こ、殺して──ひいいっ──」

 

 沙那が喚き散らす。

 乳房のあいだの石が青く輝き続けている。

 青い光は、真実の言葉を喋っているという印だ。

 つまり、沙那が殺してくれと言っているのは、心の底からの本心なのだ。

 

「……誓うと言え、沙那──。わらわと『主従の誓い』をしても、お前が仲間を思う気持ちには変化はない──。ただ、わらわのことを裏切れなくなるだけだ──」

 

「ほ、本当なの──? 本当にそうなの──?」

 

 沙那が身体を激しく暴れさせながら言った。

 

「ああ、そうだ──。だから、誓え──」

 

 小白香は言った。

 実際には『主従の誓い』をすれば、沙那が一番大切に思っているものに対する感情は置き換わる。

 仲間のことは、遠い時代の思い出のように薄いものに変わるだろう。

 だから、小白香が、さっき沙那に言ったことは真実ではない。

 だが、沙那の苦痛の表情に明らかに迷いが出ているのが、これでわかった。

 あの理屈っぽい沙那が、いまは確証もなく信じたいものを信じようという気持ちに傾きかけている証拠だ。

 

 しかし、沙那はそれからしばらくは、意味のある言葉は言わなかった。

 ただ、獣のような絶叫をするだけだ。

 言葉を喋るとすれば、“痒い”という言葉だけだ。

 

 こうなってしまえば、時間の問題だ──。

 小白香は思った。

 すでに何重にも塗り込めた股間に対する痒み剤の塗布をやめさせた。

 塗っているあいだは、筆とはいえ、わずかながらも刺激は受けられる。

 本当に痒み責めで苦しいのは、薬剤を塗り終わられて、刺激をとめられた後なのだ。

 

「うわあっ──お、お願いします──さ、触って──な、なんでもするから──ね、ねえ───あ、ああっ──」

 

 沙那は絶叫を続ける。

 股間の裏表のふたつの穴と肉芽、さらに尿道内にも薬剤を塗り込められた沙那の狂乱は、怖ろしいほどだ。

 道術で強く拘束しているというのに、その力を振りほどいて、汗まみれの裸身を悶えさせている。

 全身は真っ赤で、おびただしい汗が沙那の身体を濡れ光らせている。

 

「き、気が狂う──。狂わせて──。このまま狂わせて──。もう、それでいい──」

 

 沙那は喚き続けた。

 乳房の石は青く光っている。

 

「それは無理じゃな──。狂うことなどできん──。それくらいわかるであろう? お前が選べるのは、『主従の誓い』をするか──、それとも、こうやって痒みで苦しみ続けるかのどちらかだ。わらわは、これを永遠に続けることもできる──。狂わせることもなく、死なせることもなく、しっかりと正気を保たせたまま、永遠の痒みの苦しみを与え続けられるぞ」

 

 沙那が暴れ続ける。

 

「あ、ああ……か、痒い──。ほ、本当にわたしの心に変化はないの──? わたしのご主人様への気持ちに変化はないの──? ああ、はあああっ──」

 

「何度も同じことを言わせるな、沙那──。『主従の誓い』など、それほど大袈裟なものではないわ──。早う、誓ってしまえ──」

 

 小白香は言った。

 誓わせてしまえば、こっちのものだ。

 『主従の誓い』を結んでしまったら、沙那は、それによって、仲間に対するいまの感情を失ってしまったことにすら気がつかないだろう。

 それが『主従の誓い』というものであり、だからこそ、この道術契約は、「奴隷の誓い」とか、「奴隷契約」とかいう異称で知られているのだ。

 

「……わ、わかったわ……」

 

 ついに、沙那が呻き声の中に、その言葉を含めた。

 小白香の心に勝利の熱い血が込みあがった。

 

「そうか……。『主従の誓い』をするのだな、沙那?」

 

 小白香は、暴れ続ける沙那の耳元に、口を近づけて言った。

 だが、沙那の続く言葉はいつまで経ってもなかった。

 その代わりに、最後の抵抗であるかのように、号泣しながら首を左右に振り続ける。

 

「……どうやら、さっきのは、わらわの空耳だったようだのう……。なら、わらわは用足しにいく。次に会うまでに、失神のできない痒みの苦しみを味わっておくがよいぞ」

 

 沙那は堕ちる……。

 

 小白香は、もう確信している。

 おそらく、今日……。

 

 遅くとも、明日……。

 沙那は『主従の誓い』を受け入れることを絶対に承諾する。

 

 小白香は『移動術』で、この監禁部屋を後にした。



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543 中休みの童女調教

 『移動術』で跳躍して、私室に戻ると、雪蘭(せつらん)がいきなり小白香の足元にひれ伏してきた。

 

「お、おねえさま、か、かゆい……かゆいの……。お、おまたがかゆいの……。おねがいします……。な、なんとかしてください……。このとおりです」

 

 雪蘭は全裸だ。

 身に着けているものといえば、首につけている首輪と両手首に巻かせている革枷、そして、最初の調教のとき以降、ずっと嵌めている小さな赤い革の下着だ。

 手首の革枷は、いまは特に拘束はしていないが、革の表面についている金具と首輪の側面の金具を接続すると、簡単に両手の自由を奪うこともができる。

 

 また、赤い革の下着は、ほかの奴隷たちに装着させている貞操帯と同じ機能を持ち、大量の痒み汁がまぶしてあって、雪蘭の股間を痒み地獄に陥らせるとともに、あらゆる内外の刺激を遮断する機能を持っている。

 しかも、絶対に小白香の道術でなければ、その下着を外すことができない。

 さらに、大便と小便については、装着されているものが限界に達すれば、貞操帯をしたまま便だけが身体の外に転送もされてしまう仕掛けだ。

 もちろん、肌をかぶれさせたり、病原に冒されることもない。むしろ、そういうものからは完全に守ってくれる。

 とにかく、従って、その気になれば、この貞操帯を一生外さなくても問題はないということだ。

 

 だから、小白香の貞操帯を装着されてしまえば、どんなに気丈な女でも痒みの痒みに泣き狂い、小白香の奴隷に成り下がる。

 これさえあれば、どんな相手でも支配できるのだ。

 痒みの程度は小白香が自在にできるので、反抗的なら痒みの度合いを強くするし、従順になれば、日常生活も遅れるほどの弱い痒みに変える。

 小白香の思いのままに支配できる。

 

 あの母者の白象でさえも、当時十歳だった小白香の霊具に抵抗することができなくて、その支配に屈した。

 この幼い人間族の少女も、昨日、痒みを放置された股間を掻いてやったときには、この幼い身体を悶絶して奇声をあげた。

 そして、そのとき、言葉で永遠に小白香の奴隷であることを誓わせた。

 いまも、下着の内側を掻いて欲しくて、全裸で土下座までしている。

 

 霊気を帯びない人間族の奴隷だから、沙那のように『主従の誓い』という道術契約で縛ることはできないが、小白香はこの可愛らしい人間族の童女をもう手放さないと決めている。

 

 小白香の可愛い奴隷……。

 妹……。

 

 だから、痒みで心を操る処置が有用なのだ。

 完全に調教をして支配してしまえば、雪蘭も小白香から離れられなくなる……。

 その小さな奴隷が、小白香の慈悲が欲しくて、全裸で土下座をしている。

 雪蘭の小さくて丸いお尻が、彼女の慟哭で揺れている。

 可愛らしい人形のようなこの人間族の少女が苦しくて泣いているのを眺めていると、なんともいえない恍惚感がやってくる。

 だから、この小さな奴隷をもっと苛めたくなるのだ。

 心がすっと温かいもので包まれるのを感じながら、小白香は足元の雪蘭の前にしゃがみ込んだ。

 

「挨拶もせんで、いきなり慈悲のおねだりとは、悪い子じゃな」

 

 小白香は、雪蘭の黄金色の髪を撫ぜながら意地悪く言った。

 すると、雪蘭の背中がびくりと揺れた。

 

「も、もうしわけありません、おねえさま──。おかえりなさいませ──」

 

 雪蘭が泣きはらした顔をがばりとあげて言った。

 その顔は、挨拶をしなかったことを咎められたことに対する怯えに染まっていた。

 その表情に満足した小白香は、指で雪蘭の顎をあげさせた。

 

「……本当であれば、罰を与えなければならないところだが、わらわを満足させるような口づけができれば許してやるぞ、雪蘭……。教えた通りにやってみよ……」

 

 小白香は微笑みながら言った。

 本当に愛おしい……。

 

 他人に対して、こんなに優しい気持ちになるなど、小白香は初めてだ。

 しかし、この雪蘭には初めて会ったときからなにか惹かれるものがあった。

 だから、ほかの奴隷たちとは違って、この小白香の私室で飼うことにした。

 私室に戻れば、雪蘭が待っている。

 そう思うと、煩わしい世事や唾棄したくなるような他人との関わりから解放される。

 心が癒されるのだ。

 ほかの奴隷や宮廷の者たちをなぶるのも愉しいのだが、こうやって雪蘭と戯れるのが一番心が休まる気がする。

 

「く、くちづけします、おねえさま……。お、お口をごほうししていいですか……?」

 

 雪蘭は、小白香が教えた通りの言葉で、小白香に奉仕の許可を求めてきた。

 小白香は頷いた。

 同時に雪蘭をじっと眺める。

 赤い革の下着をはかせた股間がしきりに動いているし、口から歯噛み殺したような小刻みな息が漏れ出ている。

 とにかく、股間が痒いのであろう。

 しかし、それを口には出さないのは立派だ。

 

 下着の中は狂ったような痒みに襲われているはずであり、小白香がこの部屋にやってきた直後の様子から考えると、痒みでのたうち回っていたことは間違いない。

 だが、いまはそれに耐えて、小白香の命令に従おうと頑張っていることはさすがだ。

 それだけで雪蘭の必死さがわかるようで、小白香は雪蘭が愛おしくなる。

 雪蘭の裸身が小白香に抱きついてきた。

 そして、小白香の頬に自分の頬をすり寄せ、自分の唇で小白香の頬から口にかけての場所を愛撫するように擦る。

 しばらく、雪蘭の唇が小白香の左右の頬を往復してから、次に雪蘭は、自分の唇を小白香の唇に強く押しつけてきた。

 

 なにもかも教えた通りだ。

 健気に躾けられたことを実行している雪蘭の愛おしさに、思わず雪蘭の身体を力強く抱きしめたくなるのを我慢し、小白香は腕を身体の後ろに動かす。

 そうやって、雪蘭が小白香の身体に身体を預けてくるのを支える体勢にした。

 雪蘭の小さくてしっとりと濡れた舌先が、小白香の唇を割って入ってくる。

 その瞬間、なんだか小白香は、まるで媚薬でも飲まされたようなうっとりとした痺れを感じてしまった。

 

 雪蘭は舌を懸命に動かして、小白香の舌先に自分の舌をからめたり、吸いあげたりを繰り返す。

 そして、時折、舌で歯の裏を舐めたり、口の中の上下を擦ったりもする。

 そのすべての技が、この数日で小白香が雪蘭に教えたことだ。

 まだ幼い身体で、そうやって教えられた淫らな行為を忠実に実行する雪蘭は本当に可愛い。

 

 しかも、面白いのは、そうやって口で淫靡な口づけを演じているのに、股間はぶるぶると別の生き物のように小さく動き回っているのだ。

 こんな小さな娘が、股間の痒みに耐えて、懸命に奉仕を続けているのかと思うと、それだけでぞくぞくするような快感を覚える。

 

 雪蘭の舌の奉仕を受け続けていた小白香は、我慢できなくなって両手で雪蘭の裸身を包み込むように抱いた。

 小白香は、雪蘭の舌を受けながら、舌で自分の口の中の雪蘭の舌先を逆に吸い返したり、舐めたりした。すると、雪蘭の鼻息が荒くなり、だんだんと喘ぐような甘い声が洩れてくるようになる。

 

 少しの時間、小白香は雪蘭の舌を口の中で存分に味わった。

 長い接吻をやめて、雪蘭の顔を自分の顔から離したとき、小白香はいつのまにか自分の身体がすっかり上気して、股間の辺りに熱い疼きが生まれているのがわかった。

 

「じょ、上手になったな、雪蘭……。これは褒美をやらねばな……。下着を脱がせて股を掻いてやろう……。ただし、そなたの尻穴の調教をしてからだ。そなたの女の穴は、まだ、なにかを受け入れるには早い。だから、それは初潮が終わって、女の身体になってからがいいであろう……。だから、先に尻穴で気持ちよくなることを教えてやる……」

 

「お、おしり……ですか……。お、おしりが気持ちいいって……?」

 

 雪蘭は痒みに汗びっしょりの顔をしかめながらも、きょとんとしている。

 尻で味わう快感というのがよくわからないのだろう。

 

「ふふふ……。実は、これは誰にも内緒だがな……。実は、わらわも自慰をするときは、後ろの穴を使うのだ。前の穴は、まだ怖いからな……。だが、痒みを我慢して我慢して、我慢の後にする自慰は、それはそれは気持ちいぞ。それが痒みの向こう側の快感というのだ。だが、雪蘭はまずはお尻じゃ」

 

「わ、わかりました、おねえさま……。雪蘭はお尻で気持ちいいことをおぼえます。だ、だから、そのあとで……。ああ……。本当はかゆいんです。お、お尻がおわったら、どうか、お、お股をかいてくれませんか。お、おねがいです……」

 

 まだ、小白香に抱かれたままの雪蘭が切なそうな声をあげた。

 ふと見ると、相変わらず赤い下着をはかせた股間がせわしなく動いている。

 いくら動かしても股に刺激が伝わることはないのだが、そうしなければ耐えられないのだろう。

 

「ふふふ……。雪蘭様はずっと小白香様に会いたくて泣いてばかりだったんですよ。よかったわね、雪蘭様……。おねえさまにやっと会えてね」

 

 部屋の隅から声がした。

 小愛(しょうあい)だ。

 この雪蘭の調教係を命じた女奴隷は、雪蘭が監禁部屋からこっちに移るにあたって、一緒についてこさせた。

 いまでは、雪蘭の調教係というよりは、雪蘭の侍女のような感じになっているが、本人もそれをわきまえて、小白香がいないときの雪蘭の世話をしっかりとやっている。

 

 いまも、雪蘭のことを“雪蘭様”と呼んだ。小愛に命じたのは、雪蘭の調教係なのだから、本当は小愛は雪蘭を呼び捨てにして、奴隷に相応しい扱いをしなければならないのだが、小愛は絶対にそんなことはしない。

 逐一、指示をされなくても、小愛は、小白香が雪蘭をどんな風に扱いたいかをわかっているのだ。

 そうやって、自分の分際をちゃんとわきまえる小愛の賢さに、小白香はすっかりと満足していた。

 雪蘭も優しい小愛にすっかりと懐いたような気配でもある。

 

 近くで使うようになって気がついたが、小愛は、本当に機転のきく、頭のいい女だ。

 心配りは最高だし、仕事もできる。

 確か、白象がどこかからか連れてきた性奴隷なのだが、一介の性奴隷にしておくのは惜しいくらいだ。

 

「は、はい、うれしいです、小愛さん」

 

 雪蘭は後ろを振り返って言った。

 実は、雪蘭には、小愛を呼び捨てにするように命じていた。

 しかし、雪蘭は、それを拒んで丁寧な言葉遣いを小愛にする。

 そういうところも、雪蘭は可愛らしい。

 

「ふん──。股を掻いてもらいたくて、待っておったんであろう? わらわのことなど、待っている者がおるわけないわい」

 

 小白香はわざとらしく拗ねて見せた。

 

「そ、そんなことはありません。雪蘭は、やさしいおねえさまにかわれてもらえることに感謝しています。こわいまもののところにつれていかれて、ころされると思っていましたから、こんなにやさしいおねえさまが雪蘭のかい主になってくれてよかったです」

 

 小白香の膝の上の雪蘭が慌てたように言った。

 

「嘘でもうれしいのう」

 

 小白香は微笑んだ。

 

「う、うそじゃありません、おねえさま。い、いまのは本当です」

 

「そうか? それなら、わらわに会えただけで満足したのであろうから、今夜は、股に対する慈悲はなしでいいの?」

 

 小白香は意地悪く言った。

 すると雪蘭が引きつったように押し黙ってしまった。

 にこにこと笑っている雪蘭もいいが、怯えたり泣いたりする雪蘭は、もっといい。

 だから、余計に意地悪や嗜虐をしたくなるのかもしれない。

 

「わ、わかりました……。きょ、きょうは慈悲はいりません……。つ、つらいけど、がまんします。だ、だから、雪蘭が言ったことが本当であることをしんじてください……。だ、だから、雪蘭をもうどこにもやらないでください。ずっと、ずっと、おねえさまのところにおいてください……。雪蘭はおねえさまのことが、す、すきです──」

 

 雪蘭が悲壮な決意でも語るかのような真剣な顔つきで言った。小白香は驚いてしまった。

 

「本当に慈悲がいらんのか? 股ぐらは痒くはないのか?」

 

「か、かゆくて死にそうです……。で、でも、もう、だれかと別れたり、だれかがころされたりするのはもっといや──。ほかの知らない人のどれいになるのもいやです。雪蘭は、おねえさまのどれいがいいです。おねえさまはやさしいし……。もっと、こわい人のどれいになると思っていたけど、おねえさまでよかったです」

 

 雪蘭がまくしたてた。

 小白香は本当に驚いてしまった。

 

「わ、わらわが優しいだと? こんな酷いことをお前にしているわらわをか?」

 

 小白香は呆れて、雪蘭の赤い靴を指さした。

 まだ十二歳の小白香だが、我ながら、自分よりも酷薄で残酷な心を抱く者はこの世にいないと思っている。

 そんな自分を優しいなどという思う気持ちはどこから出てくるのだろう?

 

 ましてや、いま、この瞬間にも小白香は、癒せない股間の痒みを雪蘭に与えて苦しめている。

 その小白香を優しいと言ったのか?

 小白香はまじまじと雪蘭の顔を見たが、その表情は、適当なおべっかを喋っているような感じではなく、心からの真摯な感情を吐き出しているようにしか思えない。

 

「ゆ、雪蘭にはわかります……。むかしから、なぜか、雪蘭のことを本当にすきな人とそうでない人がわかるんです。おねえさまは、雪蘭をすきだと思ってくれています……。こ、この靴は、ひ、ひどいし、かゆくて死にそうです……。で、でも、おねえさまも同じなんでしょう? 一緒なんでしょう? これは、とても気持ちがいいこと……、“かゆみの向こう側”を雪蘭に教えてくれるためにやってくださっているのでしょう? だ、だったら、雪蘭も頑張っておぼえます」

 

「雪蘭?」

 

 雪蘭は必死の表情だ。

 小白香はたじろぎさえ覚えてしまった。

 

「つ、つらいけど、がまんしておねえさまのいう“かゆみの向こう側”をおぼえますから、おねえさまのおそばにおいてください──。も、もう雪蘭には、どこにもいくところはないんです。そ、それに、おねえさまはさみしそうな人──。どうか、雪蘭をおねえさまのそばにいさせてください」

 

 雪蘭がしくしくと泣きだした。

 小白香が雪蘭を想うのと同じように、雪蘭も小白香を想ってくれていたということに、小白香は感動してしまった。

 しかし、ふと気がついて、部屋の隅に座っている小愛を睨んだ。

 

「お前が、こう言えば、わらわが悦ぶと入れ知恵したか、小愛?」

 

「ま、まさか──。あたしも、雪蘭様がそんな風に思っているなんて……」

 

 小愛も唖然とした顔で左右に首を振った。

 なにかを隠しているという様子ではない。

 小白香は、雪蘭に視線を戻した。

 

「わらわの愛し方はなかなかに激しいぞ。愛していると苛めたくなるのだ──。自分自身でも呆れるが、わらわは業が強いのだと思うぞ」

 

「だ、だったら、いじめてください、おねえさま──。お、おねえさまだったら、いじめられたいです」

 

 雪蘭ははっきりと言った。

 小白香は、今度こそ本当に雪蘭が心の底から愛おしくなり、力強く雪蘭を抱いた。

 自分は決して、この女奴隷を手放さない。

 そう決心した──。

 

「ならば、苛めてやろうぞ。さっきも言ったが、今日は尻の調教をするぞ。では、膝立ちをして肩を床につけるのだ。そして、尻をこっちに向けて、じっとしていよ──」

 

 小白香は命じた。

 

「は、はい……」

 

 雪蘭が言われたとおりの格好になる。

 小さな雪蘭のお尻がこっちを向き、うつ伏せになって肩と顔を床につけた。

 小白香は、雪蘭の両手首の枷を首輪の後ろに回させて、金具で接続した。

 これで雪蘭は腕を首輪の後ろから動かせなくなった。

 それでもしきりに腰だけは動いている。

 痒いのだろう。

 

「雪蘭、じっとしていよと命じたはずだぞ。そのうっとしく腰を動かすのをやめんか──」

 

 小白香は意地悪く言った。

 相手が愛おしいと、さらに苛めたくなるのが小白香の悪い性分だが、特に雪蘭の場合はそうだ。

 雪蘭が下着の内側が怖ろしい痒みに襲われているのはわかる。

 本当は転げまわりたいくらいに痒いはずだ。

 いまのように、身体を静止させていることだけでも大したことだとは思う。

 しかし、そうやって苛めたくて仕方がなくなるのだ。

 

「は、はい……。ご、ごめんなさい、おねえさま──」

 

 雪蘭が叫んだ。

 するとぴたりと腰がとまった。

 だが、見ていると、だんだんともじもじと動き出してくる。

 同時に、雪蘭の全身から信じられないくらいの脂汗が流れてきた。

 いま、雪蘭は限界を超えて痒みと戦っているのであろう。

 それがあの汗なのだ。

 まだ動いているお尻を微笑みながら小白香は眺めた。

 

「くっ……ふっ……ふっ……」

 

 雪蘭の苦しそうな必死の吐息が続いている。

 小白香は満足した。

 雪蘭を部屋の真ん中に拘束した小白香は、一度立ちあがり、戸棚から朱塗りの四角い箱を取り出してきた。

 その中には、調教道具一式があり、小白香はその中から小さな壺を取りだした。

 

「雪蘭、わかるか? これはお前のお尻がとても痒くなる薬だ。痒くなるだけではなく、とても気持ちもよくなるはずであるがな……。これを塗ってやるぞ……。さあ、さっきの言葉を後悔しても遅いぞ──。まあ、後悔しても、雪蘭はわらわに尻穴を調教されることに変わりはないのだがな」

 

 小白香は、壺から粘性の薬剤をたっぷりと指ですくい取って雪蘭の顔の前に示した。

 

「こ、こうかい……しません──。お、お願いします、おねえさま──」

 

 まだ幼さの残る雪蘭が顔を床につけて、尻を高くあげた格好のままで言った。

 ふと見ると、赤い下着に包まれた雪蘭の腰が、せわしなく動き続けている。

 昨日癒してやったばかりだから、まだ耐えられないほどでもないはずだが、人間族の貴族の娘として清潔な環境で育った雪蘭の身体は、染みひとつない真っ白な肌だった。

 おそらく、これまでの人生で、一度も痒みの苦しみなど味わったことがなかったに違いない。

 さすがに雪蘭に与えているのは、小白香としては最弱の痒み剤であるが、それでも、痒みに耐性のない身体では、わずか一日といえども、股間の痒みは、泣き叫びたいほどのものに違いない。

 

 それでも耐えてみせるという……。

 その健気さに小白香は、雪蘭を本当に愛しく思う。

 

「この箱の中に、三本の尻責めの棒があるが、今日は一番細い物しか使わぬ。わらわの道術でこのままでも棒を呑み込めるようになる。それを半分まで飲み込めたら、股間を癒してやるぞ、雪蘭」

 

「あ、ありがとうございます。が、がんばります……」

 

 雪蘭が息を吐きながら言った。

 

「うむ……」

 

 小白香は満足して、小白香に向けられている雪蘭の肛門を薬剤が載っている指先でまさぐりだした。

 貞操帯でも、この下着でも、小白香だけは革の内側にそのまま指を送ることができる。転送術の応用だが、これも小白香にしかできない道術だ。

 得体の知れない薬剤を尻穴に塗られる刺激に、一度雪蘭はびくりと身体を跳ねさせた。

 しかし、それでも小白香は念入りに薬剤を肛門の外側と内側に塗り伸ばしていく。

 塗られているあいだ、雪蘭の膝立ちの太腿はぶるぶると痙攣し、口からは噛み殺したような小さな喘ぎ声が洩れた。

 

 そのとき、不意になにかが、小白香の視界を遮った。

 顔をあげると、拳ほどの球体が目の前に浮かんでいる。

 宮廷府から発信された緊急通信用の『通信球』だ。それが、道術で小白香の前に送られてきたようだ。

 『通信球』とは、この離宮と本殿である宮殿側を繋ぐ連絡用の道術であり、宰相の百眼女(ひゃくがんじょ)などが緊急の用事があるときに送って来るものだ。

 『通信球』を小白香が弾くと、通信した伝言が音声として小白香に伝わるという霊具だ。

 

 白象もそうだったが、小白香も宮廷府の者が離宮にくることは、伝令といえども許していない。

 それで、こうやって、どうしても知らせなけらればならない内容があれば、『通信球』を使う。

 『通信球』は、小白香が離宮のどこにいようとも、小白香を探して、目前に出現する仕組みになっている。

 『通信球』の内容は弾かなければわからないが、その重要度は、宙に浮かぶ球体の色によって伝わるようになっている。

 突然に目の前に出現した『通信球』の色は、最重要であることを表す“金”色だ。

 

 だが、小白香は放っておいた。

 雪蘭の肛門に完全に薬剤の塗り伸ばしが終わると、小白香はその効果が現われるのを待つ態勢になった。

 薬剤は即効性だ。

 だんだんと雪蘭の身体がほんのりと赤くなり、幼い腰が淫らに動き出した。

 さらに待つと、全身が真っ赤になって、せわしなく動いていた腰の動きが、身体全体に伝道したかのように、雪蘭の全身が激しく動きだした。

 

「……あ、あのう……、小白香様……。『通信球』が……」

 

 小愛の遠慮がちの声が部屋に響いた。

 

「構わん──。用件はわかっておる。どうせ、宮廷府側に連絡をせよというのであろう──。百眼女にも『貞操帯』をそういえば装着かせたからな。我慢できなくなって、掻いてくれと泣きついてきたのであろう──。そういえば、もう、一日経つしな。そろそろ、痒みで狂い出す頃だ──」

 

 小白香は、あの真面目で整った顔立ちの百眼女が、貞操帯の痒みで取り乱す光景を想像してほくそ笑んだ。

 あっちは、雪蘭に使っている痒み剤の五倍は痒いものだが、まあ、まだ今日は早いであろう。

 

 明日の夜か、明後日──。

 

 完全に股間の痒みに狂わせてから、たっぷりといたぶりながら股間の痒みを癒してやろうと思う。

 それで、二度と生意気な口を小白香にきこうという気にはならなくなるだろう。

 

「で、でも、最重要の緊急用の『通信球』ですが、本当によろしいのですか……? 奴隷の分際をわきまえず、このようなことを言うのは、万死に値する不敬とは存じておりますが……」

 

 小愛はなおも言った。

 小白香は、奴隷である小愛が小白香に対して、諫言のような物言いをしたことに気がついた。

 怒りよりも驚きがまさった。

 思わず顔をあげて、小愛を見た。

 

 小愛の表情は真剣だった。

 戯れに口を挟んだという感じではなく、覚悟の言葉という感じだ。

 小白香は、小愛の意外な面を見るような思いで、しばらく、小愛をじっと眺めた。

 小愛自身が言ったように、『通信球』の連絡など、奴隷には関係のないことであり、それに言及することは、奴隷としての掟違反だ。

 本来は、死刑に相当する行動なのだ。

 

「まあよい……」

 

 小白香は、指で『通信球』を突いた。

 通信球が弾けて、道術で送られた伝言が小白香の頭の中に流れてきた。

 『通信球』には、そのまま音声を周囲に流すものと、伝言を相手の頭の中だけに流すものがある。送られてきた『通信球』は後者のかたちだったようだ。

 

 

 “小白香陛下──。ただちに、こちらにお越しください。緊急の伝言が金凰宮から届いております”

 

 

 頭の中に響いたのは、やはり、百眼女の声だった。

 金凰宮からの伝言ということであれば、白象の処刑を認めるという伝言に決まっている。

 白象が金凰魔王の暗殺を企てた証拠の『真実の石』は、二日前に道術で金凰宮に送っている。

 その返事だろう。

 『真実の石』とともに、小白香が魔王の地位を継ぐことは知らせている。

 金凰魔王の伝言の予想はついているのだから、すぐに行く必要はない。

 

「さて、では、そろそろ、始めるとするかのう、雪蘭……。まずは、鳥の羽根で物欲しそうにうごめいているお前の尻の穴をくすぐってやるぞ。これも、わらわの道術で革の内側に刺激を転送してやる。だが、動くなよ……」

 

 すぐに指でほぐしてやろうかと思ったが、雪蘭がだんだんとせりあがってきた痒みに苦しそうにもがき出したので、少し気が変わった。

 もっと、雪蘭の泣き声を聞いてから尻穴を調教してやろうと思ったのだ。

 小白香は、道具箱から羽根を取り出すと、その柔らかい羽根で、こっちを向いている雪蘭の尻の亀裂を革の下着の上から上下に擦ってやった。

 雪蘭には、与える刺激が下着の内側に伝わっているはずだ。

 剥き出しの尻を責められるのと変わりはない。

 

「ひゃあ、ひゃっ──。そ、そんな、おねえさま──ふうううっ──」

 

「雪蘭、どうだ、気分は?」

 

「も、もう、そんなのがまんできません……。ああっ、く、くすぐったい──ひゃあっ──」

 

 雪蘭の身体が激しく悶えだす。

 それでも、精一杯動かないように頑張っているのだろう。

 羽根を休めると、跳ねていた尻が動きをとめて、なにかに耐えるようにふるふると震えるだけになる。

 その尻をさっと、埃でも払うように撫でてやる。

 すると、雪蘭が噛み殺した悲鳴をあげて、じっと耐えていた身体が、びくりと大きく跳ねあがるのだ。

 それが面白くて、しばらくのあいだ、小白香は鳥の羽根で雪蘭の肛門をなぶり続けた。

 

 すると、いきなり、また眼の前に『通信球』が出現した。

 興を冷まされた気持ちになった小白香は、不快になった。

 さっきの『通信球』を小白香が開いたことは、百眼女にも伝わっている。

 『通信球』を小白香が確かに開いたという信号が、向こうに伝わるからだ。

 それなにの、小白香が、宮廷府に連絡をしないことで、苛立った百眼女がまた『通信球』を送って寄越したに違いない。

 なんだか、魔王である自分に対して、宰相風情が、早く連絡をしろと命令をしているようで、小白香はむっとした。

 

 小白香は、雪蘭への責めを中断して、『通信球』を開いた。

 果たして、伝言の内容は、さっきとまったく同じだった。

 苛立った小白香は、『通信球』を今度は、こちらから作った。

 

「いま取り込み中だ──。今度、邪魔をすると、お前を奴隷に陥すぞ、百眼女──」

 

 できあがった『通信球』に、いま喋った声を言の葉として念を込める。

 それを道術で送った。

 

「……お、おねえさま、せ、雪蘭のことは、ほうっておいて、おしごとをされてください──。せ、雪蘭はこのまま、まっていますから──」

 

 雪蘭が顔だけこっちに向けて言った。

 その表情は媚薬に苛まれて苦しそうだが、悲壮な決心も浮かんでいる。

 

「……お前はそんなことを心配せずともよいのだ、雪蘭──。それに、このまま、我慢などできるはずもあるまい」

 

 雪蘭の尻には、すでに痒み効果のある媚薬を塗りたくっている。このまま、放置責めにするのは、まだ雪蘭にはつらすぎるだろう。

 腰だって、いつの間にか動くなという命令を忘れたように、ぶるぶると腰を動かし続けている。

 小白香はほくそ笑んで、雪蘭の肛門をまた羽根でくすぐった。

 

「きゃふううう──」

 

 雪蘭は吠えるような悲鳴をあげて、背中を反り返らせた。



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544 屈服志願

「ひゃっ、ひゃっ、くすぐったいです、おねえさま──。ひゃあ──」

 

 鳥の羽根で尻の亀裂を掃くたびに、雪蘭(せつらん)は身体を跳ねさせて声をあげた。

 しかし、その声はくすぐったいという刺激に対する単純な悲鳴から、だんだんと甘い嬌声のようなものに変わっていく。

 白香はそれを優雅な音楽のようにうっとりと聞き入り続けた。

 

 雪蘭の身体は、まだ幼い。

 初潮も始まってないことも知っている。

 だから、女陰の性感は未発達であると考え、まずは尻穴の快感の調教から開始することにした。

 つまり、いまの雪蘭だと、まだ尻の方が調教しやすいだろうと思ったのだ。

 

 だが、性についてはまったくの未経験の童女の尻を開発するというのは、いかにも、背徳的で愉しい作業だ。

 自己の性の経験に乏しいということでは小白香も同じなのだが、小白香には、白象の性奴隷たちを調教した経験が何度もあるし、自分や痒み奴隷を痒み責めの実験台にするついでに、性感を責めたてたりしており、女の身体を開発していくことには長けているつもりだ。

 そんな小白香にとっても、こうやって雪蘭という無垢の人間族の童女の身体を自分の思うままに開発するという作業は、新鮮で欲望が沸き立つような行為だった。

 

 しばらくのあいだ、小白香は、酔ったような心地で、可愛らしい雪蘭の泣き声と、だんだんと淫らな動きになっていく小さな腰の震えを愉しんでいた。

 また、くすぐられるような尻への刺激で全身が熱くなったことで、股の痒みもさらに増したのかもしれない。

 赤い下着を装着している腰全体が激しく動き出した。

 

「雪蘭──。さっきの言いつけを忘れたか──。腰を動かすなと言っておるであろう──」

 

 小白香はわざと怒ったように声をあげた。

 尻の痒みにはまだ耐えられるかもしれないが、いまの雪蘭に与えている股間の痒みはかなり限界のはずだ。

 いや、お尻の刺激を与えている分だけ、刺激を遮断されている股側の痒みはむしろ助長していると思う。

 だから、耐えられるわけがない……。

 小白香はそれを十分にわかっていて知っている。

 

「ご、ごめんなさい、おねえさま……」

 

 雪蘭がしくしくと泣きだした。

 腰はまた静止したが、これも時間も問題だろう。

 小白香は、尻をいたぶっていた羽根をすっと足首に持っていった。

 そして、その羽根で赤い革の下着をはいているぎりぎりの素肌の部分を擦った。

 

「んひいいっ──」

 

 雪蘭が大きな悲鳴をあげて全身を跳ねあげそうになった。

 それでも、なんとか、すぐに身体を戻して静止の体勢になる。

 雪蘭の泣き声と鼻息が部屋に響き渡る。

 

「ほらほら、くすぐるぞ。こっちも我慢じゃ。くすぐったくても、痒くても動いてはならんぞ。じっとしていることがでいればご褒美をやろう

 

 しばらくのあいだ、小白香は雪蘭の足の裏をくすぐり、横腹を刷毛でなぞり、脇を刺激したりした。

 雪蘭は苦しそうな泣き笑いの表情をしながら、それでも懸命にじっとしようとした。特に、動かすなと厳命されている腰だけは、しばらくは静止した状態を保たせていた。

 その表情が可愛くて、小白香はしばらく時間を忘れる気分を味わった。

 だが、しばらくすりと、またもや赤い下着に包まれている股間がじわじわと動き出す。

 まあ、意思の力ではこれで限界だろう。

 小白香は、再び媚薬を塗りつけた尻穴を責める態勢に戻った。

 

 しばらく羽根で尻の亀裂を上下していると、腰の悶えが大きくなり、雪蘭がくすぐったいと泣き声を大きくした。

 だが、その泣き声には、はっきりと女の悶え声の響きが混じっている。

 幼い雪蘭がそんな嬌声を出すのは、ぞくぞくするほど淫靡だ。

 

「尻は、くすぐったいだけなのか、雪蘭?」

 

 床の上で、お尻だけを高くあげてうつ伏せになっている雪蘭のお尻を擦りあげながら小白香は言った。

 

「わ、わかりません……はうっ、ひゃっ──わ、わかんないんです……ふうっ──」

 

 雪蘭の尻に塗った媚薬の効果は痒みだけではない。女の官能を湧きあがらせる効果もある。

 

 その媚薬の疼き──。

 尻の穴という恥ずかしい場所を曝け出す羞恥──。

 そして、柔らかい羽根で擽り続けられる刺激──。

 限界を超えている股間の痒み──。

 そういうものが、雪蘭の真っ白い身体を淫欲の情感に赤く染めあげていっている。

 

「お、おねえさま……こ、これはなんですか……なにか……なにかあついものが……ひゃあっ──へ、へんなきもちです……くふうっ──く、くすぐったいとはちがうの……はあっ──わ、わかんないです──ひうっ──」

 

 雪蘭が快感の疼きを抱き始めていることは確かだ。

 小白香は指を股に近づけて雪蘭の股間を指で触れてみた。

 

「きゃああ」

 

 雪蘭が腰をびくりと反応させた。

 小白香の指には、雪蘭の股間から沁み出た樹液のような淫液がしっかりとまとわりついた。

 

「これが快感というものだ、雪蘭。お前は、わらわに調教されて感じておるのだ」

 

「ちょ、ちょうきょう……?」

 

「そうだ。調教だ。わらわも性には淫らな女だ。お前も同じように淫らな女になれ」

 

 小白香は、羽根で肛門の周りをくすぐりながら、そのまま、同時に指で雪蘭の肉芽を刺激してやった。

 

「あ、ああっ……は、はい……わ、わかりました……ふくうっ──な、なります……はあっ、み、みだらに……みだらになります……ひゃあっ……」

 

 雪蘭の反応が激しくなる。

 真っ赤に上気した身体をいきなり狂気のように揺さぶりながら大きな声をあげた。

 

「わらわに、もっとなぶって欲しいか、雪蘭?」

 

 小白香は一度攻め手を休むと、鳥の羽根を横に置いた。

 今度は指で直接に肛門をいじっていく。

 

「は、はんっ……な、なんでもしてくだい……。はあっ……な、なんでもしますから……。で、でも、雪蘭をほかにやらないで……。あ、ああっ、あああっ──ほかの怖い人ではなく……お、おねえさまのところに──はあっ……ああっ──お、おいて……」

 

 小白香が指で雪蘭の尻を刺激し始めると、雪蘭は、十歳の童女には似合わぬ淫らな仕草を示し始める。

 もちろん、媚薬の効果が大きいのだと思うが、最初の性的な刺激の経験で、こんなに悶えるというのは、快感を受けることについて、雪蘭には高い素質があるのかもしれない。

 

 小白香は、幼い身体で受ける快感に当惑と狼狽を示す雪蘭が愉しくて、しばらく、指で雪蘭の肛門をほぐし続けた。

 薬剤の助けもあり、すぐに雪蘭の肛門は熱を持つようになり、かなりの柔らかさも保つようになった。

 小白香は、雪蘭の肛門をほぐしなから、少しずつ指を入れていく。

 そして、徐々に侵入させる指の深さを進めていき、なんとか指のひとつの関節くらいまでは、挿し入れることに成功した。

 

 小白香は指を抜くと、横の箱から一番細い一本の筒具を取りだした。

 太さは小白香の人差し指と変わらない。

 先端に渦巻き状の溝がついている。

 

「雪蘭、これを入れるぞ。今日は、この棒の半分まで頑張るのだ──。半分まで入れることに成功したら、ご褒美に股間を思い切り掻いてやるぞ」

 

 小白香は、その淫具を雪蘭の顔の前にやった。

 雪蘭の腰は、まだそわそわと動き続けている。

 しかし、すべての刺激を遮断している赤い革の下着は、どんなに雪蘭がそうやって刺激を求めても、一切それを遮断する。

 刺激があるのは、小白香が触れるときだけだ。

 

「が、がんばります、おねえさま」

 

 雪蘭は激しく息とすすり泣きを続けながら、それだけを言った。

 小白香は、その筒具の溝に、潤滑油として媚薬を塗った。

 そして、もう一度、雪蘭の肛門を指でほぐしてから、その筒具の先端を雪蘭の小さな菊門にあてがった。

 

「あっ、ああっ──」

 

 雪蘭は、筒具の先端がねじられながら自分の身体の中に入れられると、身体を突っ張らせて、大きな悲鳴をあげた。

 異物を肛門に初めて入れるのだ。怖いに違いない。

 

「怖くないぞ、雪蘭──。今度、わらわもお前の前でやって見せてやる。だから、怖がるな。息を吐け──。息を吐くのだ──。そうすれば、尻穴は開く──。力を入れるな──。緊張をほぐすのだ」

 

「は、はい──。はあ……はあ……はあ……」

 

 雪蘭が健気に、息を大きく吐く仕草を始める。

 小白香は、筒具を抜いて、もう一度媚薬を雪蘭と筒具の両方に塗ってから、また肛門の中に挿入していった。

 今度は、さっきよりも深くまで入った。

 

「ひゃあっ……お、おねえさま……わ、わかんない……わかんない……ひゃあっ……こ、これっ……わ、わかんない……」

 

 突然に雪蘭が泣き始めた。

 いま、筒具は小白香の指の長さくらいまで入っている。

 目標である筒具の半分までは、いま入っている分のさらに半分までは受け入れさせなければならない。

 小白香は、また潤滑油としての媚薬を足すために、また筒具を抜いていく。

 

「ふわっ……ひっ、ひくっ……なんだか……わからないの……はあっ、はんっ……」

 

 また、雪蘭が泣き声を大きくする。

 

「どうした、雪蘭? 痛いのか?」

 

 小白香はゆっくりと筒具を引き出しながら訊ねた。

 

「い、いたいけど……そ、それはいいんです……。で、でも……はあっ……ああっ……み、みだら──。みだらです……。雪蘭はみだらを感じてます……ああっ……」

 

「そうか……。淫らか──。もう少しじゃぞ、雪蘭……。もう少しだ……」

 

 覚えたばかりの言葉をたどたどしく使うのを微笑ましく思いながら、小白香は、雪蘭がはっきりと快感を感じているのを確信していた。

 苦痛はあるだろう。

 しかし、この雪蘭は、その中から、はっきりと快感を見つけていっている。

 

 小白香は、さらに媚薬を追加して、三度目の筒具の挿入を始めた。

 片手で筒具を肛門に挿入しながら、今度は雪蘭の肉芽も刺激してやる。

 そうやって、雪蘭の身体と気持ちをほぐしながら、深く深くと筒具をねじ込んでいく。

 

「はあ……はあ……」

 

 雪蘭は、一生懸命に教えたとおりに息を吐いて、筒具を受け入れていく。

 抵抗は少ない……。

 やがて、筒具は半分どころか、ほとんど根元まで雪蘭の体内に入り込んでしまった。

 

「凄いぞ、雪蘭──。とうとう、咥えこんだぞ──。褒めてやる──」

 

 小白香の言葉に、汗びっしょりの雪蘭が嬉しそうに破顔した。

 

「あ、ありがとうござい……ひゃううう──」

 

 雪蘭が悲鳴をあげた。

 小白香が悪戯で、喋っている途中の雪蘭の肛門深くに沈んでいた筒具を小さく前後に動かしたのだ。

 雪蘭は身体を跳ねあげて絶叫した。

 しかし、それは苦痛というよりは、強烈な快感を訴えるような仕草だった。

 どうやら、雪蘭は、最初の調教で、肛門で受ける快感を覚えてしまったようだ。

 

「では、約束のご褒美じゃ──。筒具はそのままでいよ。そこに座り直すがよい、雪蘭──」

 

 小白香は、首輪に繋げていた雪蘭の手首の枷の金具を外して、両手を自由にさせた。

 肛門の筒具は、本当に根元まで入ってしまっているので、尻を下にしても邪魔にはならない。

 ただ、肛門に異物を入れたまま身体を動かすのはつらいのか、雪蘭は切なそうに顔を歪めながら、ぎこちない動作で床に座る体勢になった。

 

「雪蘭様、凄いわ……。頑張りましたね」

 

 部屋の隅で見守っていた小愛(しょうあい)が雪蘭に声をかけた。

 

「は、はい……」

 

 雪蘭が笑顔になり、小さく頷いた。

 

「しばらくは、小愛の調教を受けて、尻の性感を開発させるのだ、雪蘭……。いまの調教を繰り返して小愛から受けるがいい。そのうちに、もう少し、大きな筒も受け入れられるようになるであろう」

 

「は、はい……。がんばります、おねえさま」

 

 雪蘭は言った。

 

「よし……。では、ご褒美じゃな」

 

 雪蘭に両脚を伸ばさせると、小白香は雪蘭に装着させている革の下着を消滅させる。

 むっとするような女の匂いがした。

 雪蘭の股間はしっかりと淫蜜で濡れていた。

 女の快感を覚えだしてきたようだ。

 

「はああっ」

 

 下着を消滅させた途端に雪蘭が、腿を狂ったように擦り合わせ始める。

 

「まだだ、雪蘭──。勝手に動かすではない──」

 

 小白香は大喝した。

 

「は、はいっ……くうっ──」

 

 雪蘭がびくりとして腿を動かすのをやめた。

 しかし、顔をしかめて、かなり苦しそうだ。

 

「わらわ足の裏を貸してやろうよい──。お前が痒みを癒せるのは、わらわの足の裏だけじゃ。それが嫌なら、痒みは癒してやらん」

 

 小白香はにやりと笑った。

 さすがに、他人の足で股を擦るのは嫌だろうと思った。

 だから、からかってやろうと思ったのだ。

 

「い、いやじゃありません──。ゆ、雪蘭こそ、こんないやらくて、もうしわけありません──」

 

 雪蘭はほとんど躊躇しなかった。

 股間を持ちあげて、小白香の足の裏に股間を載せる。

 そして、猛烈な勢いで動かしだす。

 

「ひゃああ──」

「はうううっ」

 

 快感の声が小白香と雪蘭の両方から出た。

 小白香は、いつもの痒みの向こう側の自慰のために、常に足の裏に掻痒剤を塗りたくっている。それを刺激遮断のサンダルで包んで痒みを我慢しているのだ。

 だから、痒みの極致にあった足の裏を雪蘭の股で擦ってもらえる気持ちよさは、天にも昇る心地になった。

 

 この鋭い快美感──。

 名状できない恍惚──。

 全身が痺れるような解放感──。

 

 小白香は、痒みが癒えていく気持ちよさに、頭の先から爪先まで痺れ切り、束の間身体を震わせていた。

 

「ゆ、指を──指だ、雪蘭──。指でかいてくれ。さすれば、わらわもお前の股を指で搔いてやる──」

 

 小白香は歓喜の声を迸らせていた。

 左右の足の指に、小白香の小さな指が絡まり出す。

 一方で、小白香は、雪蘭の股の下から足を抜き、代わりに雪蘭を抱くようにして股間を手で擦ってやる。

 雪蘭が奇声をあげた。

 お互いに指で痒い場所を相手の指で懸命に擦り合う。

 息もとまるような快感だ──。

 

「き、きもちいいです、おねえさま──。で、でも、かゆいです。かいても、かいても、かゆいの──。ああっ……。で、でも、気持ちいい──」

 

 雪蘭が股間を小白香の指に擦りつけるようにしながら悲鳴をあげた。

 だが、小白香がいつも使ってい掻痒剤は、痒みを癒すことで終わることはない。

 掻けば掻くほどさらに痒くなるのだ。

 その途方もない疼きの継続が小白香の扱う掻痒剤の恐ろしさなのだ。

 痒みはどんどん消える。

 しかし、その痒みを上回る痒みが同時に襲う。

 そして、その痒みも癒される……。

 

「わらわの股じゃ。股を擦ってくれ──。そっちにも痒み剤を塗っておる」

 

 小白香は自分の身体から下着を消滅させる。

 足の指と同様に、小白香は自分の股間には常に掻痒剤を塗っている。これも痒みの向こう側にある快感を味わうためである。

 そこを雪蘭の指で擦ってもらう。

 

「あああ、気持ちいいい──」

 

 余りもの快感に思わず絶叫した。

 痒みが消える気持ちよさ。

 なによりも、雪蘭の指で癒される幸せ……。

 しかし、痒みが消えても、さらにそれを超える痒みが……。

 極限の痒みが小白香を襲う。

 それが消滅する……。

 また、痒みが……。

 頭が白くなる──。

 

 なにをしているのかという知覚が小白香から消えている。

 ただ一心不乱に、お互いの股間を擦りまくっていく。

 

「はああっ──」

 

 小白香は悦びの戦慄が全身に回るのがわかった。

 その解放感のままに、小白香は身体を反りかえらせて、咆哮に近い悲鳴をあげた。

 

「お、おねえさま──?」

 

 雪蘭がびっくりするような声を出した。

 しかし、小白香は、これまでに感じたことのないような快感を止められないでいた。

 自分の口が意味不明の言葉を叫ぶのを知覚しながら、小白香は天にも昇るような快感を飛翔させた。

 

「お、おねえさま、だいじょうぶですか……?」

 

 気がつくと、目の前に雪蘭の顔があった。

 どうやら、小白香は、あまりに激しい気をやったために、一瞬だけ失神したような状態になったようだ。

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 小白香は苦笑しながら言った。

 

「あ、ああ、だめです、おねえさま……。ま、また、かゆくなって……。も、もう少しかかせてください」

 

 雪蘭が再び手で愛撫をし合う態勢になった。

 しかし、小白香はさっと身体を引きあげた。

 この痒みを癒す快感は怖ろしい。

 際限のない快感が続くだけに、どこかで制御することを覚えなければ、おそらく発狂するまでふたりあって股間を掻き続け合うことになる。

 

「雪蘭、また、しようぞ──」

 

 小白香は起きあがると、道術で再び刺激遮断の革の下着お出現させて、雪蘭の股間に装着させてしまう。

 雪蘭は、一瞬だけ恨めしそうな表情になったが、それ以上はなにも言わなかった。

 大人しく、小白香が雪蘭に革の貞操帯を履かせるのに任せた。

 雪蘭の股間から、再び一切の刺激が遮断されたはずだ。

 一方で、自分の腰の下着の中がぐっしょりと夥しい淫液で濡れていることもわかった。

 

「小白香様、新しい下着をお持ちしました……。ほかの衣装もお着替えになりますか?」

 

 ふと見ると、目の前に下着を乗せた盆を捧げ持つようにしている小愛がいた。一緒に身体を拭く布もある。小さな桶に入った湯もだ。

 達してしまったのが、小愛にはわかったようだ。

 小白香は苦笑した。

 

「下着だけでよい。だが、まずは濡れた股を拭くか」

 

 小白香はサンダルを履き直して、その場に立った。

 下半身になにも身につけないまま、雪蘭の前に仁王立ちになる。

 一方で、小愛が盆を持って待っている。

 

「雪蘭、その布をとって湯でわらわの股を拭くのだ。これから、わらわの肌を拭くのはお前の係とする、雪蘭」

 

「は、はい──」

 

 雪蘭が嬉しそうに立ちあがった。

 しかし、尻に筒具が深く入ったままだ。

 

「あんっ、うっ」

 

 それで、うっと声をあげて、その場に膝を折りかけた。

 

「早うせよ、雪蘭──」

 

 小白香は、そんな雪蘭を見て、笑いながら意地の悪い声をかけた。

 

 

 *

 

 

 小白香は、すぐには宮廷府には向かわずに、一度、沙那を拷問している監禁部屋に戻ることにした。

 ひとつは、繰り返し『通信球』で、小白香が宮廷府に前進してくることを催促してくる百眼女(ひゃくがんじょ)に、すぐに応じてやるのは、なんだか癪に触るような気がしたからだ。

 

 もうひとつの理由は、金凰魔王から白象の処刑に同意する連絡があったとすれば、しばらくはどうしても、それに関わらなければならなくなるからだ。

 その前に、沙那を片づけたかったのだ。

 

「ほら、動くんじゃないと言っているでしょう──。動いたら、また、掻痒剤を足すわよ──」

 

 『移動術』の跳躍で監禁部屋にやってきた小白香の耳に最初に届いたのは、一条のその言葉だった。

 

「ううっ……そ、そんなこと言われても……はああっ──はああっ──」

 

 続いて沙那の引き裂くような絶叫も聞こえた。

 

「あっ、小白香様──」

 

 五人の女奴隷がさっと居ずまいをただした。

 彼女たちは、小白香がここを離れたときと同じような状態で沙那を取り囲んでいる。

 また、沙那は、空中に数寸だけ浮いた状態で、脚を少し開いて仰向けになっていた。

 いまは、痒み奴隷用の貞操帯を装着させていない。

 その代わりに、股間を閉じることができないように、四肢を開いて、わずかに宙に浮かせて拘束させている。

 

 一方で、沙那の身体は、痙攣するように震え続けている。

 全身は水を被ったように汗まみれで、股間からは熱そうな淫蜜が噴き出て、沙那の股間の真下の床を濡らしていた。

 

「……今度は、なにをしているのだ、一条?」

 

 小白香は五人の奴隷女の束ねをさせている一条に言った。

 

「動くなという命令を……。少しでも動けば、肉芽に痒み剤を足していくという罰を与えておりました」

 

 一条が頭をさげながら言った。

 小白香は微笑んで頷くと、五人に沙那から離れるように手で合図をした。

 五人が頭を下げてから、壁にさがっていく。

 小白香は、沙那の横に座り直した。

 そして、まず最初にねっとりと新しい掻痒剤を塗り足した。

 

「んああああああっ、やめてええええ、ひいいいいいい」

 

 沙那が絶叫して暴れようとする。

 だが、身体が動くのを道術で阻止する。

 沙那が涙を流しだす。

 

「あああ、もう許してええええ」

 

「どうじゃ? 股間を掻いて欲しいか、沙那?」

 

「は、はい……掻いて、掻いて……く、ください──」

 

 沙那がやっと小白香の存在に気がついたような表情で小白香に視線を向けた。

 その眼は朦朧としていて、口からは涎が垂れ続けている。

 

「ならば、わらわと『主従の誓い』をせよ」

 

「そ、それは……」

 

 沙那が激しく左右に首を振る。

 小白香は、横の責め具を集めてある箱から張形を手に取った。

 沙那の尻穴に無造作にその張形を挿して、前後に動かしていく。

 

「はうう──あうううう──」

 

 ただれそうなお尻の痒みが消え去っていく快感に、沙那が獣のような声をあげて、全身をよじる。まるで小便かと思うような大量の淫液が沙那の隙間から迸った。

 小白香が尻穴の張形を動かすと、沙那の女陰がねとねとと大きな音を奏で始める。

 

「あああっ、ほおおおっ」

 

 沙那の常軌を逸したような快感の声が部屋に響き渡る。

 そして、沙那は腰を淫らに動かしだした。

 道術で沙那の身体を金縛りにしているのだが、それでも張形を軸にして前後左右にと激しく腰が動き回る。

 沙那がそれだけの力で腰を動かしているのだとわかる。

 

「はうううっ──」

 

 そして、絶頂した。

 普段の冷静そうな沙那の姿からは想像もできないような、あられもない淫らな沙那の絶頂の姿だった。

 

「休むんではない、沙那──。まだ、いけるだろう……ほらっ」

 

 小白香は尻穴に張形を挿したまま動かす。

 

「あふううっ──ひぐうううっ──」

 

 沙那が身体を跳びはねさせた。

 たったいま絶頂に達したばかりの身体が、新たな張形の侵入とともに、再び愉悦の頂点に向かって進み始めたようだ。

 

「我慢するんではない。許可するまでいきまくるのだ──。肉芽と膣だけは掻いてやらんが、ほかの場所だったら、いくらでも掻いてやろうぞ。しかし、股間の痒みが癒される快感はこんなものではないぞ。股の痒みが癒される快感を味わいたくはないか?」

 

 小白香は言った。

 そして、尻穴の張形に道術をかけて、勝手に抽送の動きを続けるようにさせた。

 沙那は自制の仕草など微塵も感じさせず、道術で動く肛門張形の動きに合わせて、淫らな水音をさせながら腰を激しく動かし続ける。

 小白香は、こうやって、沙那の欲情という欲情を暴き、官能という官能を限界まで燃えあがらせていくつもりだ。

 

 だが、股間だけは癒してやらない。

 沙那を苦しめる痒みは、股間……特に、肉芽の痒みで十分だ──。

 そう思った。

 

 これまでに、堕としきれなかったのは、下手にほかの掻痒剤を使うことで、沙那の苦しみが分散していたからだ。

 責める場所を一点に絞る。

 そして、ほかの場所は沙那の理性のたがを外させて、欲情を剝き出しにするために使うのだ。

 それに、単純に快感が昂ぶれば、全身の血が激しく回る。

 血が身体を動き回れば、股間はさらに痒くなる。

 そういうものなのだ。

 

 今度こそ、沙那は堕ちるだろう──。

 さっき雪蘭に足を擦られることで、小白香は、これまでに味わったことのない快感を覚えた。

 快感が大きいだけ、痒みの苦しさも大きい。

 それを改めて自覚した。

 だから、沙那への拷問は、肉芽の一点の痒みの痒みの苦しさともどかしさに絞る。

 それで堕ちる。

 

「ああ……いい……ああっ……ひいいっ……」

 

 沙那は張形に操られたかのように、大きな声をあげ、悲鳴のようなすすり泣きを続けた。

 全身のすべての穴から体液を噴きこぼし、淫靡な匂いを強烈に発散させながら快感に溺れる沙那の姿には、もはや一片の理性もない。

 沙那はしばらくのあいだ、肛門張形に責められて、のたうち回りながら、宙に浮かんだまま絶頂を繰り返した。

 

「ま、また、いく……いきます……」

 

「おうおう、いくらでもいけ──」

 

 小白香も呆れるような速度で、沙那が続けざまに達していく。

 またもや、沙那ががくがくと身体を震わせて絶頂した。

 

「ふふふ……。わらわは、痒みの快感について、さまざまな文献を読んで調べた。自らの身体を実験台にして研究もした……。癒されない痒みの向こう側にこそ、本物の快感がある。また、人には耐えられない苦痛というものもある……。痛みには人はいくらでも耐える……。だが、痒みの拷問には耐えられない。痛みには慣れるが、本当に痒みの地獄には人は耐えられない……」

 

 小白香は言った。

 沙那が聞いているのかどうかわからない。

 しかし、沙那にはささやき続ける。

 

「……その結論に辿りつくことで、わらわは痒みで人を操ることがもっとも有効な支配手段であることに気がついたのだ……。他人の痒みを操ることで、思いのままにわらわは余人を従わせることができる。母者でさえ、わらわには逆らえなくなった……。」

 

 小白香は言って、亜空間から液剤の入った小瓶を出した。

 そして、その液体を一気に沙那の肉芽にひと瓶全部かけた。

 これは、小白香が痒み液の培養に使う原液であり、痒みの元を活発化して使うものだ。

 普通はここからほかの液体で薄めて、痒み液を調合するのだが、それをそのままひと瓶丸ごと沙那の股にかけた。

 原液をこんなに大量に使ったこともなければ、直接、肌に直接に使用しようと思ったこともない。

 さすがの小白香にも、どうなるかわからない。

 

「な、なにっ──? んぎゃああああっ──ひがあああっ──」

 

 次の瞬間、沙那が白目を剥いて咆哮した。

 身体を限界まで弓なりにして、がっくりと脱力した。

 失神したようだ。

 しかし、道術の力ですぐに強引に、意識を引き戻される。

 

「あがあっ、か、痒いいいいい──痒いいいいい──がはああああっ──」

 

「騒ぐではないわ──。尻穴の淫具でよがっておればよかろう──。ほら、次もいけ──」

 

 道術でふたつの淫具をさらに激しくする。

 しかし、沙那はもう淫具の動きにはそんなには反応しない。

 それよりも、動かない股間を必死になってばたつかせようとしている。

 ふと見ると、股、特に肉芽が熟れた果実のように真っ赤になった。

 しかも、肌に次々に薄く亀裂が入り、そこから汁がどんどんとただれだしている。亀裂と亀裂のあいだが真っ赤になり、血のようなものまでうっすらと滲み出してもくる。

 

 

「か、痒い──ひぎいいっ──た、助けて──があああっ──」

 

 沙那が宙でのたうち回っている。

 

「痒い──。こ、殺して──殺して──」

 

 沙那の口から悲鳴が迸るとともに、泡のようなものが噴き出てきた。

 胸には、『真実の石』をつけっぱなしだ。

 それが力強く青く光り輝いている。

 青い色が真実を口にしているという意味になる。

 

 小白香は、尻穴の張形を道術で抜いた。

 ぼとりぼとりと淫具が床に落ちたが、沙那の暴れ方はまったく変わらない。

 全身をこれでもかというように動かし回っている。

 

「もう一度、さっきの原液の薬液をかけてやろうな。もっと、痒くなるぞ──」

 

 小白香は言った。

 あんなものはいくらでも取り寄せられる──。

 一度横に置いていた空き瓶を沙那の前にかざして、その中身を満水にさせる。

 

「ひううっ──。や、やめて──。やめて──。こ、これ以上、かけないで──。はがああっ──。や、やめてっ──。後生よ──。もう、いやああっ──」

 

 沙那が必死の形相で絶叫した。

 小白香は込みあがる笑いを必死で耐えた。

 

「もう一度、いくぞ──。ほれっ、のたうち回れ──」

 

 小白香は、その瓶の薬液を沙那の股間にかけた。

 

「ひぎゃああああ、痒いいいいい、ひいいいいいい」

 

 沙那が狂ったように暴れだす。

 

「では、わらわは行く。これから、宮廷府で仕事があるのだ。それに、明日から明後日にかけて忙しい。次に来れるのは数日後かもしれんが、そのときには、よい返事を期待しているぞ」

 

 小白香は、『貞操帯』を手に取ると、沙那の股間に近づけた。

 封印するためだ。

 

「ま、待って──待って──。ごめんなさい──ごめんなさい、ご主人様──ごめんなさい──みんな──ごめんなさい──誓う──誓います──。『主従の誓い』をします──。誓います──」

 

 沙那の絶叫が部屋に轟いた。

 小白香は、沙那の胸の上の『真実の石』に視線をやった。

 確かに青く光っている。

 

「わらわに仕えると口にせよ──」

 

 小白香は、沙那の股間に、もう一度取り出した薬液をかけながら言った。

 

「あふうううっ──掻いて、掻いて、掻いて、誓う──誓います。あなたに仕える──痒い──掻いて、お願い、掻いて──殺して──あああっ、誓う──」

 

 沙那が喚きたてて絶叫した。

 

「沙那の誓いを受け入れよう──」

 

 小白香は大きな達成感という激しい歓喜のままに叫んだ。

 『主従の誓い』という真言の誓いが自分の心に刻みこまれるのを感じる。

 沙那を自分の部下にするという強い気持ちが発生した。

 同時に、沙那の持つ霊気の心をしっかりと、自分の霊気がわし掴みする感触を知覚した。

 

 『主従の誓い』というものを生まれて初めて結んだが、小白香は、この真言の誓いが一方的に沙那側からの従属だけを強いるものではないことがわかった。

 いま、小白香の心には、沙那を自分の部下として受け入れるのだという強い心が存在していた。

 そういえば、いかなる道術契約も一方通行ではなく、両者の心を拘束するのだと聞いたことがある気がする。

 

 まあ、いいだろう……。

 

 この人間族の女が大した者であることはわかっている。道術に長ける小白香を一度ならず、二度までも殺しかけたのだ。

 護衛にでも使えば役に立つに違いない。

 小白香は、沙那の股間に手を伸ばすと、力いっぱいに指で掻いてやった。

 

「あうううっ、ほおおおっ」

 

 小白香の爪が沙那の愛液だらけの肉芽を往復するたびに、沙那は全身を暴発させるように身体を跳ねさせた。

 やがて、さらに激しく身体を震わせたかと思ったら、歓喜の声をあげながら、いきなり小便を洩らしだした。

 これには、びっくりした。

 

「ふううん──くううううう──、いぐううううう」

 

 その小便が尿道を通り抜ける快感も気持ちいいのか、沙那がまた甘美感に裸身をくねらせて絶頂もしてしまった。

 哀れな沙那の姿に小白香も苦笑してしまう。

 

「忙しいのう……。そんなに気持ちいいのか……」

 

 小白香は、激しい快感にのたうち回る沙那の浅ましい姿に、呆れて言った。

 そのあいだも、小白香の手は沙那の股を掻き続けている。

 さらに指を膣に突っ込んで、荒々しく抽送してやる。

 

「んぎいいいい、ぎもじいいいいい──。き、気持ちいいです、小白香様あああああ──」

 

 沙那が涎を流しながら、またもた絶頂した。

 

「それより、仕度せい。宮廷府に行くぞ、沙那。護衛としてついて参れ。『治療術』で身体の回復もしてやるわ」

 

 小白香は、沙那を開放して、宙に浮いていた身体を床に落とすと、まずは、道術で消滅させていた両腕を復活させた。

 

「ひひゃあああっ──。気持ちいい──。で、でも痒いいいい──ひいいっ──」

 

 沙那が、復活したばかりの両手で狂ったように股間を掻き始めた。

 掻いたくらいでは、股の痒みはとまらないのだ。

 それよりも、掻くことで薬液が染み込んで、さらに痒くなる。

 その痒みを癒すことは怖ろしいほどの快感であり、同時に地獄でもある。

 鼻水垂らし、涎を垂れ流しながら、沙那は股間を掻き続けている。

 

「聞こえんのか、沙那──。いい加減に掻くのをやめんか──。それとも、また、『貞操帯』を装着され直されたいか──」

 

 放っておけば、いつまでも股間を掻くことをやめそうにない沙那に、小白香は苦笑しながら怒鳴り声をあげた。



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545 新しい主人

「青獅子魔王が暗殺? それは真か?」

 

 小白香が驚愕の声をあげた。

 

「き、金凰宮からの伝言です……。う、疑う理由はありませんが、いま現在、裏取りはできておりません、陛下……。金凰宮からの知らせによれば、青獅子魔王は、人間族から奪った獅駝(しだ)の城郭で爆死したとのことです。二日前に……」

 

 百眼女(ひゃくがんじょ)という名前らしい女の亜人が応じた。

 この女は宰相なのだという。

 若くはないが老人にはほど遠い女だ。

 生真面目で実直な雰囲気のいかにも優良な官吏という感じの女だが、顔にびっしょりと汗をかいて、そわそわと落ち着かない様子でしきりに股間を動かしている。

 おそらく、沙那も装着された得体の知れない貞操帯を装着されて、痒み拷問にかけられている最中なのだと思った。

 

 前の主人も気まぐれで悪趣味な性格をしていたが、今度の女主人の性格の悪さも極めつけだ。

 沙那は小白香の後ろでこっそりと嘆息した。

 

 ここは金凰宮の宰相府と呼ばれる本殿らしい。

 その中の会議室のような場所にいる。

 部屋にいるのは、小白香と眼の前の百眼女、そして、沙那である。

 

 沙那は小白香から護衛役として随行するように命じられたのだ。

 そして、『移動術』で小白香とともに跳躍した場所がここだった。

 窓のない部屋で監禁されてずっと拷問を受けていたので時間の感覚はなくなっていたが、いまは真夜中といえる時間らしい。

 

 部屋はかなり広かった。

 その広い部屋の奥側中央に、いま小白香が座っているひと際豪華な首座の席があり、少し距離を開けて左右に十卓ずつの卓と椅子がある。だが、座っているのは小白香だけだ。

 小白香と沙那がやってきたとき、百眼女は、今の首座に向かい合う場所で立ったまま待っていて、小白香の姿を見て、ほっとしたように焦った顔を緩めた。

 百眼女は、沙那をちらりと見て、一度、小白香に人払いを求めた。

 ここに本来詰めているべき従兵は、事前にこの百眼女によって、立ち去らされた形跡だ。

 しかし、小白香が、沙那は護衛であり、人払いの必要はないと強く言うと、すぐに報告を始めた。

 

 その内容が、あの青獅子が死んだという報告だったのだ。

 青獅子といえば、三魔王のひとりであり、そもそも沙那たち四人を捕らえた魔王だ。

 その人物があっさりと暗殺されたという報せに、沙那も後ろで聞いていて驚いたが、口は挟まなかった。

 同時に、百眼女が、小白香を“殿下”ではなく、“陛下”と呼びかけたことにも、戸惑いを態度には出さないように気をつけた。

 

 いままで沙那が拷問を受けていた場所は、奴隷宮とも掻痒城(そうようじょう)とも呼ばれている離宮だったらしい。

 小白香や魔王の白象の私的な場所だったようだ。

 それに対して、こちらの本殿は、宮廷府のある公的な場所とのことだ。

 

 もっとも、沙那は、『移動術』の道術で直接にこの部屋に連れてこられたので、全体的にどういう造りになっているかなどはわかりようもない。

 とにかく、小白香について来いと言われてついてきただけだ。

 沙那が、小白香との『主従の誓い』を受け入れたのは、一刻(約一時間)ほど前である。

 受け入れてしまえば、なぜ、あんなに自分が渋っていたのか不思議に思う程だった。

 いまでは、小白香を生命を賭して仕える相手として、十分な自覚と覚悟ができている。

 これも、道術のせいなのだとは思うが、別に嫌な気持ちではない。

 あんな惨い拷問を受けたのに──とも思うのだが、まったく小白香を憎む気持ちが出てこないのも不思議だ。

 まあ、これが『主従の誓い』というものなのだろう。

 

 よく考えれば、前の主人の宝玄仙だって、沙那が望んで仕えたわけでもないし、手酷い扱いも受け続けた。

 道術契約によるものとはいえ、小白香が沙那のことを部下として受け入れてくれるのであれば、全力を尽くすだけだ。

 

 また、『主従の誓い』という道術契約を受け入れた途端、小白香の沙那に対する扱いが一変したのも、少し驚いた。

 沙那は、繰り返される痒み責めのために、ほとんど発狂しかけていたと思うが、その痒みそのものも、疲労困憊した身体も『治療術』で回復してもらった。

 また、拷問を受けていた場所から、同じ離宮内の別の場所に連れていかれて、身体を洗うことと、衣服を身に着けることを許された。

 そこは、小白香の私室に近い従者の部屋で、いまは誰も使っていないから、沙那がこれからは自由に使ってよいとも言われた。部屋には、身体を拭くための水桶もあり、衣装棚には、各種の服が下着も含めて揃えてあった。

 小白香に命令は、沙那を護衛役として宮廷府につれていくので、支度を一刻(約一時間)以内で終えろということだった。

 

 物は試しと思い、護衛をするなら、股間の痒みは消してくと言うと、それもそうだと、あっさりと道術でいまいましい痒みを消し去ってくれた。

 残酷でわからず屋の少女を女主人に持ってしまったのかと諦めかけていたので、沙那の言葉を受け入れてくれる度量もあることがわかり、ほっとしている。

 なによりも、道術と薬液の痒みを消してくれたのは嬉しかった。

 たったそれだけで、小白香に対する強い感謝と忠誠心が身体に湧き起こるのを感じた。

 

 とにかく、与えられた時間内で、身体の手入れをし、髪を整え、衣装箱から動きやすい下袴と上着を見つけて身に着けた。

 小白香は、きっかりと一刻(約一時間)後にやってきて、そのままここに連れてこられたのだ。

 

「しかし、信じられんぞ。あの青獅子が人間族にやられたというのか?」

 

「詳細は不明です。金凰宮からの知らせは、それだけでしたので……」

 

「わかった……。だが、この真夜中に、何度も『通信球』を送り寄越して、わらわの愉しみを邪魔したのは、いまの話だけのことか? それなら、報告は朝でもよかったのではないか? どうせ、詳細は不明なのであろうし、この宮廷府でやるべきことはなかろう」

 

 小白香が嫌味な言い方で、百眼女を睨むような仕草をした。

 

「い、いいえ……。いまのは金凰宮から、小白香宮に対する伝言です──。もうひとつ、金凰魔王陛下から、小白香陛下に対する直接の伝言が来ております。それは未開封です」

 

 百眼女がそう言うと、不意に背中越しに、小白香の前に小さな金色の球体が浮かびあがったのが見えた。

 あれがなにかわからないが、なにかの道術的な通信手段なのだろうか……?

 

「金凰魔王からわらわに直接か……?」

 

 小白香は、その球体を指で突いた。

 球体が割れて消滅するとともに、小白香がなにかに聞き入るような態勢になる。

 おそらく、小白香の頭に直接に、伝言が送られているのであろう。

 

 それにしても、さっきから百眼女は、小白香のことを“陛下”と呼び、この宮廷を“白象宮”ではなく、“小白香宮”と呼んだ。

 沙那が小白香を経絡突きで人質にとったあのとき、白象が沙那に誰かを暗殺するように仄めかし、そのときに小白香がそれを糾弾して、白象を監禁をするような行動をとったのは覚えている。

 だが、それによって、魔王の地位が交替になったのだろうか。

 

 だが、あれから、数日しか経っていないはずだ。

 いったいなにがあったのだろう?

 娘の小白香が、母親の白象から魔王の地位を奪うという政変があったと考えるべきなのだろうが、ならば白象はどうなったのか……?

 

「なんだと──?」

 

 突然、小白香が怒鳴り声をあげた。

 

「どうなされたのですか、陛下? 金凰魔王様からはなんと?」

 

 小白香の権幕に、百眼女がたじろいだような仕草を見せた。

 

「母者の処刑は認めぬそうだ──。そして、わらわの即位は三年後にせよと言うてきた──。一体全体、どういうことじゃ──? 誰か、差出口を金凰魔王に吹き込んだ者がおるのか──? さもなければ、なんで金凰魔王が、自分を暗殺しようとした母者の命を助けようとするのじゃ──。しかも、金凰魔王は、母者のことを軽んじていたはずであろう」

 

 小白香が癇癪を起して喚き散らす。

 沙那は、それを覚めた視線で観察していた。

 

「小白香陛下……」

 

 百眼女が困ったように小白香の名を呼ぶ。

 しかし、小白香の怒鳴り声は終わらない。

 

「それは、金凰魔王がこの宮廷にやってくるたびに、その行動や言葉の端々に出ておった。それなにの……。ははあ……。さては、お前だな、百眼女──? わらわが送った以外の情報をなにか金凰宮に伝えたのであろう──? それで、金凰魔王は、誤った判断をしたに違いないわ──」

 

「そ、そんな……。ち、誓って、わたしはなにもしておりません……。今回のことは、ひと言も金凰宮には……」

 

「黙れ、黙れ、黙れ──。拷問をしてでも訊き出してやるぞ──。覚悟しておれ

──」

 

 小白香が激昂して立ちあがった。

 百眼女は蒼白だ。

 なにかを喋ろうとしているが、恐怖で舌が動かなくなっているような気配だ。

 余程に怖ろしい思いをしたようであり、この十二歳の娘に完全にのまれている。

 だが、あまりに気が動転した態度なので、沙那の視線から見ていても、小白女の指摘が当たっていて、それで狼狽えているようにも見えなくはない。

 

「ほう……。どうやら、図星だったようだな、百眼女──。さてさて……。なにを金凰宮に告げ口したのか、どうやって訊き出してもらいたい、百眼女? ここで素直に喋るか? それとも離宮でじわじわと拷問しながら訊き出してもらいたいか? 好きな方を選んでよいぞ──。その貞操帯に包んでいる痒みなど可愛いものだと思える地獄をあじっわせてやるぞ」

 

 案の定、小白香もそう思ったようだ。

 さらに数歩、百眼女に詰め寄った。

 それにしても、やっぱり貞操帯で痒み責めにしているのだと思った。

 宰相相手に、なんということを……。

 

「ひっ──。ち、誓って、なにも……」

 

 百眼女はその場に尻餅をついてしまった。

 沙那は再び嘆息した。

 どうして、自分はこういう我が儘で扱い難い女主人にばかり、仕える羽目になるのだろうと思いながら……。

 

「小白香様……。出過ぎたことと思いますが……」

 

 沙那は口を挟もうと思った。

 護衛役と言われたが、このままでは、小白香は宰相だという官吏を本当に拷問にかけかねない。

 百眼女がずっと苦しそうに動かしている股間もほとんど拷問そのものなのだが、放っておけば、もっと取り返しのつかないことをしそうだ。

 状況がよくわからないので、沙那にはなにも判断できないが、暗殺云々があったとしても、白象は青獅子の妹なのだ。

 処刑に同意しないというのは、おかしな話ではない。

 

 もう少し冷静になって、総合的に判断すべきだろう……。

 そのとき、この部屋の扉が開いて、軍服姿の大きな男が入ってきた。

 百眼女が慌てて立ちあがり、服装を直した。

 不意に入ってきた男は、軍装や身に着けている装飾から判断して将軍のようだ。

 後ろに五人ほどの部下も連れていて、彼らも上級将校のようだ。驚いたことに全員が帯刀をしている。

 沙那の故郷の東方帝国では、宮廷のような場所で衛兵以外の軍人が帯刀するのは御法度だった。

 どう見ても、彼らは将校であり、“衛兵”ではない。

 この宮廷府では、魔王や王女の前に出るのに帯刀をして問題ないのだろうか……?

 

「おっ、花炎(かえん)か……? なんの用だ?」

 

 しかし、小白香は帯刀を気にした様子はない。

 不意に部屋に入ってきた武人たちに無感動に言った。

 

「失礼します、陛下……。俺は、この宰相殿に用件があるのですよ」

 

 そう言って、花炎は小白香に対する儀礼もそこそこに、いきなり、百眼女に身体を向けた。

 

「陛下になにかを相談なさるときには、この近衛団長の花炎を必ず同席させることと、申し渡したはずですよ。それなのに、勝手なことをされては困りますな、宰相殿」

 

 近衛団長──?

 沙那はこの男が、と疑問に思った。

 

 別に武芸が軍人の重要な資質ではないだろうが、この眼の前の花炎という男にしても、その後ろの取り巻き連中にしろ、武芸をたしなんでいるとは思えない。

 まあ、人間族の軍ではないから、道術さえできればそれでいいのかもしれないが、武人としては大したことがない。

 また、許しもなく小白香の前にやってくる行動も、儀礼を取らない態度も、振る舞いが粗野で不躾だ。

 

 さらに、小白香を差し置いて、直接に宰相と話をするような態度も無礼だ。

 小白香を軽んじているのがありありとわかる。

 この男は下衆だ。

 沙那の勘がそう言っている。

 

「こ、近衛軍団の職務は、宮廷の警護と魔王親征の際の軍務であろう……。それに関わると判断した場合には、わたしが必要な指図をする。同席には及ばない──。そう申したはずだ」

 

 百眼女が花炎を睨んだ。

 しかし、おどおどとして落ち着かない様子だ。

 だが、そう見えるのは、百眼女が話をしながら、ずっとせわしなく腿を擦り合わせるように動かしているからだと悟った。

 沙那はあれでは、宰相としての任を務められまいと嘆息した。

 

「いつまで前魔王のお気に入りのつもりなのだ、百眼女? 俺は小白香陛下の直接に命じられて、その要職に選ばれたのだぞ──。ところで、陛下、二葉(によう)については、結構一日で調教が進みましてね……。今度、屋敷に遊びにおいでになりませんか? いいものをお見せしますよ……へへ……」

 

 今度は花炎が一転して媚を売るような口調を小白香に向けた。

 媚を売ると言っても、内心で軽んじているのが丸わかりなので、その態度は失礼極まりない。

 本人は態度に現している自覚がないのかもしれないが、花炎が小白香を舐めているのは確かだ。

 

 なんでこんな男が、近衛団長なのだろう……?

 沙那は首を傾げながら、後ろで見ていた。

 だが、本人はそれほど無礼な態度をとっているとは思ってはいないのだろう。

 なんとなく、下衆げた行為の共犯者のような視線を小白香に送っている。

 それにしても、いまの口ぶりでは、小白香自身が近衛団長という要職に指名したということらしい

 それに対して、百眼女は、白象に仕えていた宰相ということなのだろう。

 

 いま見ただけのことなので、確かなことは判断できないが、白象のもとで権力を持っていた百眼女という女宰相に対して、新たに小白香が選んだこの花炎が新たな対抗勢力として、意図的に権力争いを望んでいるということのようだ。

 そう思うと、わざわざ、必要のない取り巻きを引きつれ、彼らに帯刀させて、宮廷府を闊歩しているのは、そうやって宮廷府内を威圧し、自分の権威を周りに見せつけているつもりなのかもしれない。

 

 いずれにしても、この近衛団長だという花炎は大した人物ではない。

 沙那もこういう手合いは、よく知っている。

 つまり、勘が鈍くて馬鹿なのだ。

 自分の基準で他人を見てしまうので、自分以外の存在を自分と同じように馬鹿のように扱ってしまうのだろう。

 

 小白香に対する態度も同じだ。

 彼女が魔王だとしても、王女だとしても、近衛団長風情が軽々しく遊びに来ませんかなどと言うとのは許されないはずだ。

 

 小白香が十二歳の子供だと思うから、そういう言葉がつい出てしまうのだろうが、つまりは、嗜虐仲間ということなのだろうか……?

 だが、繰り返して思うのは、どうしてこいつを近衛団長にしたのだろうということだ。

 以前から小白香とこの下種男は仲がよくて、それで近衛団長にしたということなのだろうか……?

 いくつもの疑念が沙那の頭を過ぎる。

 こんな男を近衛団長という要職につけてしまったのは、小白香はまだ若すぎて、統治能力が不足しているからといえば、それまでだが……。

 

「なんで、わらわがお前の屋敷に遊びに行かねばならん──。増長するな、花炎」

 

 小白香がぴしゃりと言った。

 どうやら、いまの物言いは、さすがに小白香もむっときたようだ。

 

「こ、これは……。だ、だって……、へ、陛下もお好きなんですよね……。ああいうことが……。き、きっとお気に入りになられると……。二葉にいまやっている調教はですね……」

 

 花炎が急に狼狽えた感じで顔を赤らめた。

 

「余計なお世話じゃ──。百眼女のいうとおりだ。お前に用件があれば呼ぶ。退がっておれ、花炎──」

 

 小白香がはっきりと言った。

 なんとなくだが、花炎が小白香に、妙な仲間意識で馴れ馴れしくしているのは、花炎の一方通行の思い込みであって、小白香は部下であるということ以上の関係とは思っていないようだ。

 さらに、これも想像なのだが、この小白香の性格を考えれば、もしかしたら、この花炎となにかの嗜虐のようなことを一緒になってやったのかもしれない。

 宰相の百眼女が、奴隷を苛めるための貞操帯をはかされて、痒み責めにされていることにも、それは関係ありそうだ。

 おそらく、小白香が、王女としてやってはいけない行動を宮廷府側でとったために、こんな下衆男に仲間意識を抱かれるようなことになったのではないかと思った。

 この数日で、小白香がかなりいびつな性格であり、また、あの年齢にしては、かなり特殊な性癖を持っていることはわかっている。

 沙那の勘は、当たらずといえども、遠からずではないかと思う

 

 いずれにしても、小白香も部下を選ぶのであれば、人を選ぶべきだ。

 まあ、それを十二の少女に求めるのは、酷かもしれないが……。

 だったら、可能な限り、部下の沙那が力添えをする必要があるだろう。それが、沙那の新しい役割ということにもなるようだ。

 

「退がりなさい、近衛軍団長──。陛下のご指示です」

 

 沙那は声をあげた。

 花炎だけではなく、小白香も百眼女も少し驚いたように沙那を見た。

 護衛役の沙那が口を開くとは思っていなかったのだろう。

 

「な、なんだ、お前は──?」

 

 花炎がむっとしたように沙那を睨む。

 

「小白香様の護衛の沙那です──。小白香様があなたに退がるように命じたはずです。だったら、退がりなさい。それとも、力づくで叩き出されたいですか?」

 

 沙那は挑発しているつもりだった。

 この男は、小白香のためにはならない。

 排除した方がいい……。

 

「力ずくだと? お前がか?」

 

 怒るよりも笑い出した。

 沙那からすれば、花炎を含めた六人が束になっても、自分が負けるとは思っていない。

 動作を見れば、どのくらいの武芸の腕があるかは、すぐにわかるのだ。

 しかし、花炎の方は、はっきりと沙那を甘く見ている。

 つまり、相手の力量も見極められない程度の能力しかないのだ。

 

「力ずくで叩き出して欲しければそうします。小白香様のご命令があればですが……。小白香様が指示なされば、こんな男、決闘で懲らしめてやりますけどね」

 

 沙那はにっこりと笑った。

 すると小白香が興をそそられたように笑った。

 一方で、花炎の顔は、怒りで赤く染まっている。

 

「ふ、ふざけるな、お前──。どうやら、人間族のようだな──。もしかして、数日前に、青獅子隊から送られてきた奴隷じゃないのか? ねえ、陛下、俺にこいつを与えてくれませんか。護衛など、近衛団で引き受けますよ。いままで、それは近衛団の役目だったんですから。新魔王の小白香様が、独自の護衛を侍らせる必要などありません。それは近衛団でお引き受けします」

 

「母者は、護衛をそばに寄らせようとせんかっただけじゃ──。まあいい。試しに戦ってみよ、沙那──。よく考えれば、わらわも沙那の力量はまともには見たことはないからな──。それに、それはお前も同じだ、花炎──。あまりに不甲斐ないようだと、近衛団長から降ろすぞ」

 

 小白香が言った。

 

「ま、まさか──。じゃあ、俺がこの女とここで戦ってもいいんですね、陛下? ならやりましょう……。ところで、俺がこの細い人間族の女奴隷を殺し終わったら、陛下の護衛は近衛団でお付けいたします。ちゃんと、女の衛兵を配置しますからご安心を──」

 

 花炎が小白香に向かって言った。

 

「四の五の言うんじゃないわよ──。ところで、決闘のやり方を決めましょうよ──。道術はなしにしてくれる? それと、武器は遣うの? 後ろで立っている案山子みたいな五人は、わたしとの戦いに参加するのかしら……?」

 

 沙那はつかつかと花炎に近づきながら言った。

 

「後ろの連中なんてやらせるかよ。それに、決闘にやり方などあるか。ただ殺し合うだけ……」

 

 花炎が喋っているあいだに、沙那は花炎のところに到着していた。

 そして、花炎の腰にさがっている剣をいきなり掴むと、さっと抜いて花炎の喉を切った。

 皮一枚切っただけで、どうということはない……。

 

「ひいっ──」

 

 しかし、喉から血がつっと吹き出てきて、花炎が悲鳴をあげて、その場に尻餅をついた。

 

「……だったら、なんでもありにしましょう」

 

 沙那は倒れた花炎の喉元に剣を突きつけた。

 

「う、うわあっ──」

 

 花炎が真っ蒼になり声をあげた。

 

「参ったと言いなさい。喉を突くわよ──」

 

「ま、参った……」

 

 沙那の迫力に花炎がぶるぶると身体を震わせた。

 

「さっさと行きなさい」

 

 沙那は剣を引いた。

 花炎が這うようにして、部屋の外に出て行った。

 ほかの五人の取り巻きたちも慌てて、それを追う。

 

「忘れ物よ──」

 

 沙那は剣を花炎の足元に投げつけた。

 走り去ろうとする花炎の先の床にその剣が刺さり、花炎が声をあげて、また尻餅をつく。

 そして、剣を抜くことなく、そのまま逃げていった。

 

「小白香様、差し出がましいようですが、部下は人を選ぶべきです──。あんな男は近衛団長から外した方がいいと思います」

 

 沙那は小白香を振り返って言った。

 

「お、お前、本当に差し出がましいな──。護衛の分際でいまのは、やり過ぎだぞ──。罰を与えてもらいたいか──」

 

 小白香は怒ったような口調で言ったが、眼もとは笑ってもいた。

 いまの沙那と花炎のやり取りを普通に愉しんだようだ。

 

「罰はお受けします──。でも、差出口はやめません。これも、『主従の誓い』の影響なのでしょうね。わたしには、小白香様のお為になるということをやらないということはできないようです」

 

 沙那は言った。

 本当だった。

 いま、沙那は、いまの沙那の行動に対して、小白香がまた拷問のような罰を与えると思っている。

 しかし、あの男が小白香の害になると判断した時点で、なにもしないということができなかった。

 それが『主従の誓い』なのだろう。

 

 この道術契約は、単純に主人の言いなりになるというものではないようだ。

 いま、沙那は、心の底から全力で小白香を助けようとしている。

 それが、自分にとって悪い結果になろうとも、主君のためになると考えたことをせずにはいられない。

 しかし、怒ったような表情の小白香が急に頬を綻ばせた。

 

「まあよいわ……。お前を受け入れるというのは、わらわにも影響をしているようだな……。ほかの魔王たちが、部下と『主従の誓い』を頻繁には結ばぬ理由もわかってきた。これは、わらわにも道術による拘束力を与えるのだな──。なぜか、お前を理不尽に扱おうという気も起きんわ」

 

 小白香が苦笑している。

 

「理不尽に扱って頂いても結構ですよ。慣れていますから。でも、わたしは、小白香様を裏切るようなことはしませんし、全力を尽くします。それだけは信じてください」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙という主人も途方もなく勝手な人間だった。

 いまは遠い思い出のようにしか感じないが、あの日々のお陰で相当にとんでもない主人に仕えたとしても、なんとかやっていける気もする。

 

「わかっておる。これも道術契約のなせることのようだが、お前を信頼する気持ちはある。信頼しておるぞ、沙那」

 

「だったら、末永くお願いしますね、ご主人様」

 

 沙那は笑った。

 

「“ご主人様”か……。“陛下”と呼ぶべきだが許す──。これからは、わらわのことをそう呼ぶがいい、沙那」

 

 小白香が笑った。屈託のないさわやかな笑顔だ。

 この少女は、こんな笑顔もできるのかと驚いた。

 

「ありがとうございます、ご主人様──」

 

 沙那は言った。

 小白香を“ご主人様”と呼べることに、沙那は大きな悦びを覚えた。

 一生をこの少女に尽くそうと思った。

 

 この少女は、単純な悪人ではない。

 ただ、善悪の感覚が極端で、気紛れなだけだと思う。

 冷酷な性格であることは確かだが頭はいいのだろう。

 他人の忠告を聞く耳が皆無というほどでもないようだ。

 年齢にはそぐわない嗜虐趣味もあるのが最大の欠点だが、それもある程度の覚悟と容認も必要だろう。

 

「あの花炎は、近衛団長を罷免する。二葉を復位させる。その手配をせよ、百眼女」

 

 小白香が言った。

 しかし、その指示に百眼女が顔を曇らせたのが沙那にはわかった。

 

「ご主人様、人選については、宰相殿にお任せになったらいかがですか? なにか意見があるようです」

 

 沙那は口を挟んだ。

 

「そうなのか、百眼女?」

 

 小白香が百眼女に視線を向けた。

 

「は、はい……。ならば、言わせていただきます。二葉はお許しになってください。で、でも、近衛団長としてはお薦めいたしません……。能力に申し分はありません。でも、今回のことで、陛下に恨みを持っております。恨みを持っている者に、権力を与えてはなりません」

 

 すると小白香が笑い出した。

 

「わかった。二葉については、先日の罰を取り消す。いかなり処遇にするかは、お前に任せる、百眼女──。だが、わらわに恨みを持っているということでは、お前も同じであろう──。昨日から、ずっと履きっぱなしの『貞操帯』の痒みはどうだ? 痒いであろう? まだ、一日だが、残り一日もすれば、とんでもなく痒くなるぞ。その取り澄ました顔がどう変化するか愉しみだな──」

 

「ああ……。だったら、お願いします。これを脱がせてください──。へ、陛下を軽んじるような発言をしました……。反省しております──。この通りです──。もう、許してください──」

 

 いきなり百眼女がその場に土下座をした。

 これには沙那も驚いた。

 

「ははは……。惜しいことだな。痒みを癒す快感も病みつきになればいいものだぞ。わらわなど、もう四年も痒みを飼っておる──。まあよいわ……」

 

 小白香が気を込めるような仕草をした。

 おそらく道術を解いたのだろう。

 

「ほれっ、脱げるようにしてやったぞ、百眼女──。掻きむしれ──。許す──」

 

 小白香が言った。

 

「あ、ありがとうございます──。ご、御無礼をお許しを──」

 

 土下座をしていた百眼女ががばりと上半身を起こした。

 そして、立ちあがる時間も惜しいかのように、尻をついてしゃがんだ姿勢になると、下袍から貞操帯を外して放り置く。

 そして、奇声をあげて、下袍に入れた手で股間を掻きむしりだした。

 

「んはあああああ」

 

 百眼女が身体をのけぞらせて雄叫びをあげた。

 

「掻いたくらいでは痒みは癒えんぞ。それがわらわの痒み責めの恐ろしさだ──。掻いても掻いても、すぐに次の痒みに襲われるわい──。それが嫌なら、お前もわらわと『主従の誓い』を結べ、百眼女。さすれば、もう、貞操帯は勘弁してやる。その痒みも取り除いてやろう」

 

 小白香が言った。

 

「『主従の誓い』をします。小白香様に一生仕えることを誓います」

 

 百眼女が自分の股間を掻きむしりながら即答した。

 

「受け入れる。わらわも誓う──」

 

 小白香が言った。

 道術遣いではない沙那にはわからないが、これで、沙那と同じように、百眼女も小白香と主従で結ばれたのだろう。

 道術による偽物の信頼関係であろうと、時間をかけた本物の心の結びつきであろうと、強い結束に変わりはない。

 沙那自身がそう思う。

 

「ほれ、痒みを消してやる……。これで、だんだんと楽になるぞ、百眼女」

 

 小白香がいまだに、床の上に座り込んで、みっともなく脚を拡げて股間を掻き続けている百眼女に声をかけた。

 どうやら、こんどは『治療術』かなにかの道術を百眼女に送ったようだ。

 次第に、百眼女の顔から穏やかな表情が現われだす。

 しばらくすると、やっと、百眼女が股を掻きむしるのをやめた。

 百眼女は、立ちあがったのは、それからしばらくしてからだ。

 

「と、ところで、陛下……。白象様のことですが……」

 

 おずおずとした口調で百眼女が言った。

 

「母者は死刑じゃ──。明朝、執行を開始だ」

 

 小白香はきっぱりと言った。

 

「し、しかし、金凰魔王陛下が……」

 

 百眼女が目を丸くしている。

 

「金凰魔王は、単なる盟主であろう。本来、これはこの宮廷の内政のことだ。内政のことである限り、いまの統治者であるわらわが決める──。母者は死刑──。その決定に変化はない」

 

「それでは、場合によっては、金凰軍と戦ということにも……」

 

 百眼女だ。

 小白香と百眼女は、すでに『主従の誓い』をしている。

 だから、小白香も“信頼”という感情は、百眼女にも抱いているはずだ。

 しかし、小白香は、こればかりは妥協の余地がないという表情で、沙那と百眼女を睨みつけた。

 

「だったら、戦を覚悟せよ──。明日、わらわは、処刑場に拘束した母者と話をする。それが母者とわらわとの最後の会話になるであろう──。わらわは憎いのだ。なぜかわからんが、とにかく憎くてたまらんのだ」

 

 小白香はきっぱりと断言した。

 

 

 

 

(第83話『狂乱の掻痒城』終わり)







 この続きは、第84話で予定しています。
 次の第83話では、青獅子魔王の支配から脱した獅駝の城郭の状況を語ります


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 第84話  半妖女の失敗【李姫(りき)
546 戻ってきた日常


「朝食をお持ちいたしました、お嬢様」

 

 貞女(さだじょ)が部屋に入ってきた。ふたりの新入りの侍女を連れている。

 李家の家事をするために、急遽十人ほどの若い女が城郭の町人から雇われた。

 その中のふたりだ。

 李姫(りき)は貞女とすぐに語りたいことがあったのだが、そのふたりの新入りの存在を見て、とりあえず断念した。

 語りたいことというのは、あまりにも赤裸々なことで、他人の前でするような話ではないからだ。

 貞女の態度は、李姫に対する礼儀に満ちたものだったが、それだけに李姫には、素っ気なさしか感じなかった。

 

 青獅子の性奴隷として調教されていた日々から解放されて数日……。

 あれからずっと貞女は、李姫に壁のようなものを作ってしか接してくれない。

 すでに朝の身支度を終えていた李姫は私室の窓際に座っていたが、貞女から部屋の中央にある卓に移動するように促された。

 

「申し訳ありませんが、今日も窓の幕を閉じさせていただきます、李姫様」

 

 貞女が連れてきた新入りのひとりに指示をして、窓の幕を引いて外の景色が見えないようにした。

 

「どうしてなの?」

 

 李姫は中央の卓につきながら言った。

 

李媛(りえん)様のご指示でございます。今日も一日、屋敷の外には出られません。できれば部屋からお出にならないようにということでございます」

 

 貞女は言った。

 それから、貞女はふたりの新入りの侍女に、給仕のやり方などをてきぱきと指示した。

 暗くなった部屋に照明が入り、あっという間に李姫のついた卓の前には、朝食の準備が整えられた。

 そして、李姫の座る左後ろ側にふたりの新入りの侍女がつき、右後ろには貞女がついた。

 

「お嬢様の杯に、水をお注ぎしなさい……」

 

 貞女が新入りの侍女に声をかけた。

 李姫に近い侍女の娘が、準備された杯に水を注ぐ。

 

「次は、指示されることなくしなさい。いいですね」

 

「はいっ」

 

 貞女の言葉に、まだ若い娘である新入りの侍女が元気な返事をした。

 すると、貞女が満足そうな言葉を彼女にかける。

 貞女がやっているのは、急遽雇い入れた侍女の指導係のようなことだ。

 城郭が亜人軍によって占拠されていた半月ほどのあいだで、以前に屋敷に務めていた者たちは、すべて殺されるか四散してしまった。

 だから、新たに李媛や李姫の身の回りの世話をする侍女たちを雇う必要があり、その指導に貞女があたっているのだ。

 

「ねえ、今日は城郭でなにかあるのではないの? 随分と通りを歩く人が多かったわ。なんだか、みんな、広場に向かっているようだったけど……」

 

 李姫は貞女に振り返った。

 この城郭を占拠していた亜人の魔王が死に、亜人軍がいなくなってまだ数日だ。

 屋敷から出るなど考えてもいないが、部屋から出てもならないというのはびっくりした。

 窓の外が見えないように幕で隠したのも、なぜなのだろう。

 この屋敷の李姫の部屋の窓から別段、珍しいものが見えるわけではない。

 ただ、いまの李姫が暮らしているこの邸宅は二階建てであり、李姫の私室も二階にあった。

 この邸宅には以前の屋敷のように大きな庭がないので、窓の外が直接に通りに面している。また、ここは以前に暮らしていて、青獅子が魔王宮として占拠していたあの屋敷ではない。

 以前の屋敷は、部屋から城郭の様子など眺めることはできないくらいの庭があったが、その屋敷は青獅子が魔王宮として占拠した後、人間族が叛乱を起こしたときに暴徒が侵入して破壊された。

 いま暮らしているのは、かつての屋敷よりもずっと小さくて、行政府に近い一角にある建物だ。

 かつては、中級程度の貴族の邸宅だったらしいが、たまたま住む者がいなくなっていたのを李媛が買い取って、李姫や貞女とともに移ることにしたのだ。

 

 今朝から李姫は、この部屋の窓から所在無く、その通りの様子を眺めていたのだが、今朝は大変人通りが多い。

 ほとんどの者が、城郭の広場の方向に向かっているように思えた。

 家族連れや弁当のようなものを持参している者も多く、なにかの祭りでも行われるような気配だった。

 

「亜人裁判というものを城郭の広場で行うということです、お嬢様……」

 

 貞女は少しだけ言い淀んだ感じだった。

 なにかを隠しているような気配だ。

 李姫にはすぐにわかった。

 貞女との付き合いも長い。

 ほとんど李姫が産まれたときから、貞女は李家に仕えてくれているのだ。

 

「亜人裁判とはどういう裁判なの? 詳しく教えて」

 

 李姫はさらに訊いた。

 “亜人裁判”というのだから、亜人を裁判するのだろう。

 青獅子という魔王は死に、城郭を占拠していた魔王軍は去った。

 しかし、その亜人軍が去った後、まだ取り残された亜人たちがいたということは、李姫も聞いていた。

 さっきの人通りの多さを考えると、その彼らに対して、公開裁判をするということなのだと思う。

 

 しかし、貞女がさっき表情を曇らせたことから、もしかしたら、単純な裁判ではないのかもしれない。

 李媛が李姫に外を見せたくないと考えたことにも、なにか解せないものがある。第一、ただの平凡な裁判に、ああやって見物人が集まるわけがない。

 

「存じません」

 

 貞女はぴしゃりと言った。

 この物言いのときの貞女は、なにを訊ねても無駄だ。

 李姫は、あとでほかの侍女にでも訊ねてみようかと思った。

 

「……じゃあ、お母様はどうしてなさる?」

 

「その亜人裁判にご出席なさるために、今朝は、随分と早くから出発されました……。それよりも食事を……」

 

 貞女が李姫を促した。

 仕方なく、李姫は姿勢を戻して食事を始めた。

 

 ひとりきりの食事……。

 それは、青獅子から解放されてからずっと続いている。

 母親の李媛は、いま城郭の暫定司政官という仕事をしている。

 なにしろ、李媛は、青獅子という魔王が突然に爆死した後、亜人軍狩りの先頭に立って、この城郭を解放した英雄なのだ。

 しかし、そのため、あの城郭の解放以来、母親の李媛と会う機会はほとんどない。

 忙しくて、とてもじゃないが、李媛には娘の李姫とゆっくりとこの邸宅で食事をする余裕はないのだ。

 

 朝早くから行政府に向かい、この邸宅に戻るのは夜中だ。

 戻ってくるときには、声をかけるのもはばかられるくらいに疲れているのがわかる。

 慣れないことをやっているのではないかと心配だ。

 母親の李媛は優しい人だった。

 明るくて優しい性格であり、大貴族でありながら、万人に対して慈悲深かった。

 そのため、民衆からも好かれていた。

 

 しかし、逆に厳しいことはできず、まだ、暴力的な雰囲気が残っているであろうこの城郭を治めるというようなことは、李媛には向かない気もする。

 この数日、かつてはいつも穏やかだった李媛の表情が、険しく曇っていることも多いし、苛ついているような厳しい顔つきをしている。

 たまに少しだけ会話できるような時間があっても、李媛の言葉の端々には、亜人に対する憎しみに溢れている。

 以前の李媛であれば、絶対に口にしないと思うような悪態も、亜人に対しては容赦なく使う。

 

 李姫は、まるで人が変わってしまったような李媛に不安を感じていた。

 確かに、李媛の受けた仕打ちは、惨いものだったとは思う。

 李媛は、青獅子の性奴隷として、一番酷く扱われていて、毎日のように城郭中を素裸で歩き回らされた。

 犬のように首輪をつけられて、民衆の前を四つん這いで歩く格好を晒されたのだ。

 そんな恥辱の日々は、李媛のなにかを変えたのかもしれない。

 いずれにしても、李媛があんなに忙しくしているのは、いまは司政官としての仕事に没頭することで、あのつらかった時間を忘れようとしているのだろう。

 

 だが、李姫には、そんな風に打ちこめるものはない。

 没頭することによって、忘れられるような材料は、なにも存在しないのだ。

 李媛から、この新しい邸宅でじっと閉じこもっていることを命じられているだけだ。

 ひとりでじっとしていれば、どうしても、あの恥辱の日々を悶々と回想してしまう。

 

 それに、李姫は、果たして自分が亜人たちの性奴隷だった日々を忘れたいのかどうか判断できないでいた……。

 あの日々が戻ればいいとは思わないが、すべてが、それほどの不幸であったとは思えないでいる。

 

 亜人たちに調教され、犯される日々は嫌悪すべきものではあったが、正直、まだたった三日なのに、すごく懐かしい日々のように思えるのだ。

 一日のつらい時間の最後には、必ず貞女や朱姫と愛し合った。

 少なくともあれは、間違いなく幸せな時間だった……。

 

 あれがあれば、どんなつらいことも忘れられた……。

 貞女や朱姫と心が繋がっているのを身体で実感できた。

 

 なによりも、あの途方もない快感……。

 それが懐かしい……。

 

 いまでも、それを思い出して、股間が疼くこともある。

 この瞬間もそうだ。

 

 もう、李姫は、亜人たちの性奴隷であった以前の李姫ではない……。

 そのことをこの股間の疼きとともに自覚する。

 

「ね、ねえ、貞女お姉様……」

 

 李姫は、朝食の給仕を受けながら、貞女の顔が近づいた機会に、そっと貞女にささやいた。

 なにかに没頭するような忙しい時間を送ることで、あの時間を忘れようとしているということであれば、この貞女もそうだ。

 貞女もまた、亜人たちから解放されてからは、移ったばかりのこの邸宅における生活を整えるための仕事に一心不乱に取り組んでいる。

 いなくなった侍女たちの代わりに、新しい人間を雇うことにもなったために、その教育にも没頭しているのだ。

 

 しかし、李姫から見ると、まるで李姫を避けるようにそうしているとしか思えない。

 亜人たちの性奴隷だった頃のように、肌を触れ合わせるどころか、打ち解けた会話をすることも皆無だ。

 ふたりだけで話をしたいと思っていても、貞女は、絶対にひとりで李姫の前にやってこない。

 必ず、新入りの侍女の数名を一緒につれている。

 まるで、李姫とふたりきりになるのを避けているかのようだった。

 あまりにも余所余所しい貞女の態度は、あの愛し合った日々は嘘だったのだろうかという錯覚さえも覚える程だ。

 

 李姫は思い余ってふたりだけで話したいと、貞女にそっと、“夜にふたりきりになりたい”と伝えた。

 昨日の昼間のことだ。

 しかし、貞女は困ったような表情になり、そのときには、なにも答えなかった。

 やがて、しばらくすると、私室の卓の上に、いつの間にか貞女の手紙がそっと置いてあった。

 それには、亜人に捕らわれていた期間のことは、李姫は忘れるべきだという趣旨の言葉が書いてあった。

 貞女も忘れるし、李姫も忘れて欲しい。

 あのときに、貞女が李姫に対して、いやらしい振舞いをしたことを何度もその手紙で詫びてあった。

 大恩ある家の娘である李姫に失礼な行為を繰り返したことが何度も謝ってあった。

 そして、あの時間は、亜人に捕らわれていたという特別な状況の中でしか許されない夢のようなものであったと手紙にあった。

 

 李姫は失望した。

 実は、李姫は貞女が夜中に李姫を訊ねて来てくれて、あのときのような百合の性愛をしてくれるものと疑っていなかったのだ。

 それなのに、貞女から送られたのは拒絶の言葉であり、しかも、本人の口から直接伝えられたのではなく、手紙で託されたのだ。

 李姫は、初めて自分で求めて自慰をした。

 しかし、まったく満たされることなく、悶々という想いとともに、夜を過ごし、そして、いま朝を迎えた。

 

 李媛にしても、貞女にしても、まるで青獅子に捕らわれていた期間のことなど存在しなかったことにしたいようだ。

 

 なぜ、あんなに素晴らしい時間のことを忘れたいのか……?

 

 なぜ、李姫と一線を画すような態度をとり続けるのか……?

 

 なぜ、身体の疼きを我慢できるのか……?

 

 李姫には、貞女の心がわからない……。

 

 李媛は、人が変わったように司政官という仕事に打ち込んでいるし、貞女は、以前の貴族の子女と召使いという関係に戻ろうと振る舞う。

 まるで、亜人に調教をされながらも、心を通わせて愛し合ったという事実がなかったかのように……。

 

 李姫は訳がわからなかった。

 あの日々が、思い出したくもない記憶だというのは理解できる。

 李姫だってそうなのだ。

 

 だからと言って、あの日々の事実が消えるわけではないし、あの時間は確かに存在した。

 それなのに、みんなで示し合わせてなかったことにしているような態度が我慢ならない。

 少なくとも、李姫は、昨日の手紙に書かれていたような、貞女に謝ってもらわなければならないことはなにもない。

 

「お嬢様、なりません……」

 

 李姫が“お姉様”と呼びかけたことに対して、貞女のたしなめるような声が戻ってきた。

 お互いの呼び方を以前に戻しましょうというのは、李姫は、ここに移った初日に貞女に一方的に申し渡されていた。

 だが、いまの貞女の言葉には、信じられないくらいに冷淡な響きがあった。

 李姫はびっくりしてしまった。

 

「ご、ごめんさない……」

 

 李姫は思わず言った。

 

「いえ……」

 

 そして、貞女は何事もなかったかのように、新入りの侍女の教育に没頭する態勢になった。

 

 

 *

 

 

 その日、一日中李姫は落ち着かなかった。

 それは夜になっても同じだった。

 今朝の貞女の冷たい口調が頭の中でいつまでも繰り返されていた。

 どうして、貞女は、急に李姫を拒絶して受け入れないような態度をとり始めたのか。

 

 理由はわかるのだ。

 しかし、納得がいかない。

 

 心が貞女と愛し合うことを求めている──。

 身体が疼く──。

 

 李姫は身体が火照って眠れないでいた。

 半月のあいだ、あれだけ繰り返して、全身の官能という官能を呼び起こされる調教を受け続けたのだ。

 一日に何十回と絶頂を繰り返し、李姫の身体は信じられないくらいに淫らな身体になった。

 当たり前のように絶頂し、眼が覚めているほとんどの時間を官能の中にどっぷりと浸かってすごした。

 

 それが急になにもなくなった。

 この三日、誰も李姫を犯さない──。

 この身体に触れることもない──。

 

 一切の淫らな行為を誰ひとり、李姫に求めない──。

 それなにの、李姫の股間は常に欲情した状態にある。

 全身の火照りが鎮まらない。

 この身体が、李姫に、あのときの快感を求めている。

 

 満たされない……。

 

 この三日、ずっとこの身体をその満たされない疼きが襲い続けている。

 

 この夜も、寝着に着替えてからも、寝台に座って李姫は悶々としていた。

 李姫は自分がなにを求めているのかを知っていた。

 

 あの被虐を身体が求めているのだ──。

 

 しかし、それは誰も与えてくれない。

 だから苦しいのだ。

 

 李姫は、寝着の合わせ目から手を入れて、そっと自分の股間に手を触れさせた。

 この手は誰か見知らぬ亜人の手だと思おうとした。

 自分は身体拘束されて、誰かに股間を手で弄られている……。

 そう想像して、股間の頂点をぎゅっと抑えた。

 

「ふうっ」

 

 思わず声をあげてしまい、李姫は慌てて手を離した。

 この部屋には誰もおらず、聞かれているはずはないが周囲を見渡してしまう。

 やがて、本格的な自慰をしようと、身体を寝具の中に入れた。

 口に布を噛めば、はしたない声を誰にも聞かれなくて済むとも思った。

 

 そのとき、扉を外から叩く音がした。

 李姫はどきりとした。

 びっくりして、寝台からおりて服の合わせ目を整えた。

 こんな時間に誰だろうと思いながらも、すぐに返事をしようと思ったが、李姫の返事を待つことなく、いきなり扉が開いた。

 

 そこには、朱姫が立っていた。

 

「朱姫お姉様──」

 

 李姫は思わず声をあげてしまった。

 あの騒動以来、朱姫とは一度も会っていない。

 どこに消えたかもわからなかった。

 

 わかっていたのは、かつての屋敷に民衆の暴徒が入って、亜人たちを殺したとき、その先頭に立ったのは、朱姫らしいということだった。

 しかし、それから朱姫は行方がわからなくなっていた。

 李姫も心配していたのだが、その朱姫が目の前にいる。

 どうやって、家人の案内もなく、この邸宅に入ったのかわからないが、膝下までの下袍のかわいらしい町娘の服を身に着けている。

 

「どこに行っていたのですか、朱姫お姉様──? 随分と心配したんですよ」

 

 李姫は言った。

 

「思ったよりも、元気そうですね、李姫」

 

 朱姫はにっこりと微笑んで扉を閉めると、つかつかと下着の上に寝着の薄物を身に着けているだけの李姫が座っている寝台に歩いてきた。

 

「あれから、あたしもあちこちと調べ回って、ご主人様たちの行方の手掛かりを探していたの……。それで、やっと、ご主人様や沙那姉さんや孫姉さんがどこに連れていかれたのかわかったわ。明日には出立して、仲間を追いかけようと思っているの。だから、挨拶に来たのよ」

 

 朱姫が李姫の隣にちょこんと座りながら言った。

 この朱姫がはぐれた仲間を探していたのは知っている。

 あの騒動のときも、同じ屋敷内に捕らわれているはずの宝玄仙という女主人を探すために、李姫と貞女の前から姿を消したのだ。

 それから、ずっと朱姫はどこにいるのかわからなかった。

 つまりは、あれからずっと、この朱姫は、仲間のその行方を追って情報を探し回っていたようだ。

 

「ゆ、行方がわかったんですね……。よ、よかったです……」

 

 李姫は言った。

 しかし、同時に失望をしてもいた。

 亜人の性奴隷から解放されてから、李媛や貞女と疎遠になっているような気がする李姫にとっては、朱姫というのは、あの日々が嘘ではなかったことを改めて思い起こさせてくれる存在だ。

 そして、さっき、朱姫は、李姫を呼び捨てにし、あのときと変わらない口調で李姫に話しかけてくれた。

 李姫は嬉しかった……。

 

 この半月、李姫は、貴族の子女という立場を失い、亜人である青獅子の性奴隷として調教を受けるという存在だった。

 そのときの李姫に尊敬を向ける者もいなければ、貴族として扱う者もいない。たまに母親の李媛とともに、外に連れ出されるときも、城郭の住民たちからは、亜人の性処理用の淫婦に成り果てた存在として、軽蔑と侮蔑の視線を向けられた。

 それが、城郭が解放されるとともに、李姫はいつの間にか、貴族の身分に戻り、召使いたちにかしずかれる日々が戻った。

 急に再び丁寧な言葉で語りかけられる生活に戻ったのだ。

 だが、それは李姫にとっては、寂しさでしかない。

 李姫の心の中にある滅茶苦茶に汚されたいという黒い欲望が、李姫に一線を画す態度に不満を呼び起こすのだ。

 

 その際たるものが貞女だ。

 亜人たちに捕らえられているあいだは、貞女は李姫のことを“李姫”と呼び捨てにして、李姫は、“貞女お姉様”と呼んだ。

 それが、いまは、以前のように、李姫が貞女を呼び捨てにすることを強要され、貞女は、李姫のことを“お嬢様”か“李姫様”としか呼ばない。

 

 だが、いま、朱姫は、李姫のことを貴族の子女としてではなく、あの半月の日々のように、呼び捨てにしてくれたのだ。

 でも、その朱姫もどうやらいなくなってしまうようだ。

 李姫は、まるで自分だけが取り残されているような寂しい気分に陥りそうになった。

 

「すっかりと、元の生活に戻って、貴族のお嬢様に戻れたんですね、李姫。あたしと一緒にすごした時間なんて、もう忘れてしまいたかったですか? あたしがやってきて、迷惑な感じがします?」

 

 朱姫が言った。

 その口調に含まれている悪意に、李姫はびっくりした。

 朱姫はなんだか怒っているようだ。

 

「め、迷惑だなんて──。ど、どうして、そんなことを言うんですか、朱姫お姉様。それよりも、どうして、いなくなってしまったんです? 朱姫お姉様こそ、酷いじゃないですか──」 

 

 李姫は言った。

 

「あたしが、どうして李姫たちの前からいなくなったか、知らないんですか?」

 

 朱姫が李姫を探るような口調で言った。

 李姫は首を傾げた。

 

「知らないって……。当たり前じゃないですか。どうして、わたしが……」

 

 李姫は狼狽えてしまった。

 朱姫はしばらく、じっと李姫を見ていたが、やがて、大きく息を吐いた。

 

「どうやら、本当になにも知らないようですね……。まあいいです。あたしも、どうでもいいと思っていたし……。でも、一応は、完全にいなくなる前に挨拶はしたいと思ったんです。それで貞女さんに先に会いました。そしたら、あなたのことを相談されて……。それで、こっちに来たんですよ……」

 

 朱姫が言った。

 李姫は驚いた。

 

「そ、それで、貞女……はなんと……?」

 

 李姫は、いま朱姫が、貞女から相談を受けた言った。

 貞女は、なにを朱姫に話したのだろう──?

 それに、朱姫のなにかを含んだような言葉はどういう意味だろう……?

 しかし、朱姫がいきなり、李姫の片腕を掴んだ。

 

「ふふ……。貞女さんは、李姫とどう接触していいかわからないと言っていましたよ……。悩んでいたようですね……。李姫を見れば、ついつい淫らなことを考えてしまうそうです──。でも、あなたの母親に釘をさされているし……。一方で、あなたは、急に貞女さんが冷たくなったと思って、しょげてしまっているのがわかるし……。どうすればいいかって相談されたんです──。だから、あたしは言ってやったんです──。雌犬同士、なにも考えずに求め合えばいいってね……。そうでしょう、雌犬……?」

 

「あっ」

 

 朱姫が、李姫の片腕を浮かんだまま、ぐいと李姫の身体をうつ伏せに寝台に押し潰した。

 もう片方の腕も背中に捩じられた。

 朱姫の力は、少女のような見た目からは想像できないほどに強い。

 そう言えば、身体の半分は亜人の血だとも言っていた。

 だから、普通の人間よりも丈夫で強い身体を持っているのだろう。

 その朱姫が、背中に回した李姫の手首に手枷をかけた。

 

「な、なにをするんですか、朱姫お姉様……」

 

 李姫は、顔を寝台に押しつけられながら、声を潜めて抗議した。

 大きな声を出すのは躊躇われた。

 声をあげれば、すぐにでも従者たちがやってくるだろう。

 外には警護の兵が邸宅を取り巻いている。

 彼らがあっという間に、朱姫を捕らえると思う。

 

「声をあげてもいいですよ、李姫……。すでに、この部屋はあたしの結界で包んでありますから……。この部屋で李姫がどんなに悲鳴をあげても、部屋の外には聞こえないわ……。だから、いくらでも淫らに叫んでいいわよ、雌犬……」

 

 朱姫が李姫の身体を反転して仰向けにした。

 

「め、雌犬……?」

 

 李姫は朱姫が人が変わったような口調や、李姫に対してそんな侮蔑的な言葉を使うことにびっくりしていた。

 

「そうよ……。あなたたちは雌犬です……。そうやって躾けられたんですよ。それは亜人がいなくなろうが、消えようが変わらないわ……。それなのに、なまじ人間のように、真面目に考えようとするから、貞女さんにしても、李姫にしても悩むんです……。求めているのは、雌犬として扱われることなんでしょう……?」

 

「雌犬……」

 

 何気ない言葉のように発あれた朱姫の言葉に、李姫は不思議な高揚感を覚えた。

 雌犬……。

 それを自分が求めている……。

 

「ふふふ……、あたしには、李姫の感情がある程度わかるんです……。あなたの身体は、これが欲しくて疼きまくっている……。だから、あたしがあげる……。ほら、なにも考えなくていいんですよ……。この朱姫姉さんに任せなさい……」

 

 寝台に押し倒された李姫の唇に朱姫の唇が重なった。

 朱姫の舌が李姫の口の中に入り込む。

 そして、愛撫を始める……。

 たちまちに頭がぼうっとなるような疼きに襲われる。

 股間がじゅんと熱くなるのがわかった。

 その股間に朱姫の手が触れる。

 

「んんっ」

 

 込みあがる嬌声が朱姫の舌で塞がれる。

 朱姫の愛撫を受けながら、李姫は懸命にさっき朱姫が言ったことを反芻していた。

 

 貞女も李姫と同じように、淫らな想いに悩んでいる……?

 母親の李媛が、貞女になにかの釘を刺している……?

 それについて、貞女も悩んでいて、それを朱姫に相談した……?

 

 朱姫の言葉のひとつひとつは、李姫を大きく困惑させるものばかりだ。

 しかし、朱姫の巧みな愛撫が李姫の思考の邪魔をする。

 もう、なにも考えられない……。

 

 李姫は、朱姫によって、いきなり仕掛けられた百合の責めに、全身が砕かれるように脱力するのを感じながら、もう、その朱姫の責めに酔い痺れるような感じになった。

 もう、なにもかもどうでもよくなる……。

 李姫は、朱姫の舌を吸い返して濃厚な接吻を繰り返した。

 

「やっと、いやらしい雌犬らしくなってきましたね、李姫……」

 

 李姫を押し倒している朱姫が、李姫の唇から口を離して、意地悪く笑った。



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547 不機嫌な友人

 朱姫の唇が李姫(りき)の唇を塞ぐ。

 同時に朱姫の指が李姫の股間の下着の上をまさぐっている。

 いつの間にか、寝着の左右はすっかりと拡げられて、股布が露わになっていた。

 その布越しに朱姫の指が這いまわる。

 

「んんんっ」

 

 李姫は苦しくて、朱姫の唇から顔を離そうとした。

 しかし、朱姫の腕と身体がしっかりと李姫の身体を押さえつけている。

 そして、舌は李姫の口の中を這い回り、唾液を送り込み、李姫の舌をとらえてねっとりと吸いあげてくる。

 

 そのあいだ、布の上から肉芽をくすぐられ、女陰をくつろげるように刺激されている。

 もう、考えることなんてできない。

 

 抵抗しようにも、後ろ手に拘束されている李姫にはなにもできない。

 それに、抵抗しようという気持ちは、まったく李姫には湧いてこない。

 それよりも、身体が与えられる快感を求めている。

 

 耐えていたものを一気に取り払われた。

 そんな気持ちだ。

 

 全身が熱い……。

 もっと、欲しい……。

 李姫は悶え泣きたいような欲情の中に、あっという間に引きずり込まれた。

 

「ふふふ……。あたしにはわかるんですよ、李姫……。あなたは、もうすっかりと被虐の性の虜になってしまったんです。こうなってしまっては、もう逃げられないですよ……。諦めるんです。受け入れると楽になります……。でも、外見では抵抗するんです……。その方が燃えるわ……。心では嫌がるのに、身体の自由を奪われて、どうしようもなく欲情させられると想像するんです……。自分がそうなっていると、想像してください、李姫……。それが好きなんでしょう……」

 

 朱姫は唇を離して耳元でささやいた。

 いま、自分は犯されている。

 犯されたくないのに、身体を汚されようとしている──。

 

 そう、想像した。

 すると、得体の知れない欲情が全身から沸き起こって、李姫の身体を震わせた。

 

「やっぱり、思った通りですね……。ほら、もっと、抵抗するんですよ。嫌がる演技をして、李姫……。そうしたら、もっと興奮すると思うわ」

 

 朱姫の片手がさっと寝着の紐に伸びる。

 まるで道術でもあるかのように、あっという間に寝着の左右が完全にはだけられる。

 寝着の下は、腰にはく下着だけだ。

 胸当てのようなものは身に着けていない。

 乳房が外気に触れる。

 

「だ、だめ……」

 

 李姫は言った。

 

「そうよ……。その調子……」

 朱姫が顔を移動させて、李姫の胸の膨らみに軽く口づけをしてから、先端の乳首を口に含んだ。

 

「ふううっ」

 

 李姫は込みあがった劣情に耐えられずに両肩を跳ねあげた。

 

「ほらっ、もっと抵抗しないと、けがらわしい呪われた半妖の女に、身体を弄ばれますよ」

 

 朱姫が一度口を離して、今度は舌で首筋から胸元にかけて舐めおろした。

 そして、ずっと布越しに弄っていた股間の手を今度は下着の中に差し込んだ。

 

「ふわああっ……。き、気持ちいいです、しゅ、朱姫お姉様……。け、けがらわしいなんて……。あああっ──」

 

 李姫は声をあげた。

 たった一度だけだが、最初に朱姫が半妖だと聞かされたとき、李姫は、思わず“呪われた子”だと呟いてしまった。

 それをずっと後悔している。

 朱姫にそんな風に差別意識を抱いたことは断じてない。

 

 しかし、半妖の存在をそういう決まり言葉と結びつけてずっと教えられていたので、あのとき、ぽろりと口から出てしまったのだ。

 あれから何度も謝ったが、そのたびに朱姫は許すと言い、その代わり、いまのように笑って李姫を手酷く責めたてた。

 それであのときの溝はすっかりなくなったと思う。

 

「いいんですよ、李姫……。けがらわしくて、呪われた存在で……。それよりも、そんな女に、縛られて苛められていると想像するんです……。李姫のことは、なにもかもお見通しなんです。貞女さんにしても、あなたにしても、どうして、色々なことを面倒くさく考えるのかしらね……。お互いに抱きたくなったら、抱き合えばいいのに……。貴族だろうが、召使いだろうが……、半妖だろうが、こうやって剥いてしまえば、ただの雌なのよ……。みんな一緒……」

 

 朱姫が李姫の股間からさっと下着を抜き取った。

 

「ふふ……。すっかりと濡れている。ほらっ、李姫は淫乱な雌犬です。こうやって、拘束されて抱かれると興奮するんです。そうでしょう? 自分でもわかっているんでしょう? 李姫は雌犬。淫乱な女になったんです──。しかも、実は、こんな風に女同士で愛し合うのが大好きなの──。それを認めるんです──」

 

「り、李姫は……女同士で愛し合うのが好き……」

 

「そうよ、李姫……。李姫はそういう娘なんです。女同士で愛し合うのが好き……」

 

「あ、ああ……。李姫は朱姫お姉様が好き……。朱姫お姉様にこうやって愛されるのが好きです。貞女も……、いえ、貞女お姉様にも愛されたい──」

 

「そうよ……。もっと楽になるんです。女同士で愛し合うのが好きともう一度言うんです……」

 

 朱姫のささやくような言葉が全身に沁み通る気がする。

 言葉に酔うような心地になり、頭がぼんやりしてくる。

 

 李姫は淫乱で、女同士で抱き合うのが大好き……。

 朱姫が繰り返す言葉が頭に響く。

 その言葉を口に出して繰り返すと、気持ちが楽になる。

 

「ほら、自分の言葉で興奮してきたでしょう? ここが、凄い蜜ですよ……」

 

「はああ──」

 

 朱姫が李姫の股間をまさぐって、股間の淫液をすくうような仕草をした。

 李姫は声をあげた。

 朱姫の言う通りに、股間が熱く燃えているのは自分でもわかる。

 そして、朱姫がたったいま言ったことは、この数日李姫自身が悩んでいることだった。

 

 自分は淫乱だ。

 そのことを自覚せずにはいられなかった。

 

 しかし、そのことを打ち明けて、身体を慰めてもらいたかった貞女は、ずっと素っ気ない態度でしか自分に接してくれなかった。

 それが李姫を悲しくさせた。

 李姫が凄く愚かな人間になったような気にさせた……。

 

 しかし、違う……。

 淫乱でいいのだ……。

 女同士で愛し合うのが好きでいいのだ……。

 そう思うと楽になった。

 心のもやもやがすっきりと晴れた。

 

「ほらっ、雌犬だって言うのよ、李姫──。言わないと、こうよ──」

 

「ひぐうっ──。い、痛い──。や、やめて──」

 

 李姫は絶叫した。

 いきなり朱姫が肉芽をつねるように刺激したのだ。李姫は激痛で全身を跳ねあげた。

 

「さあ、言いなさい──。自分は雌犬だというのよ、お前──」

 

「はがああっ──。言う。言うから、やめて──」

 

 また肉芽をつねりあげられた。

 李姫は、あまりの痛さに、ぼろぼろと涙をこぼした。

 

「こんなものじゃあ、まだまだ、この朱姫様の責めとしては、大したことはありませんよ。貞女さんなんて、もっと酷い目に遭っているんですから……。さあ、もう一度、ここを強くつねられたくなければ、早く、言いつけに従った方がいいんじゃないんですか、李姫?」

 

 朱姫がまた李姫の肉芽をぐいと掴むような感覚が襲った。

 

「ひ、ひいっ──。め、雌犬です──。李姫はいやらしい雌犬です──」

 

 慌てて李姫は声をあげた。

 

「……そうよ。お前たちは雌犬よ。それをあなたも貞女も忘れないのよ。じゃあ、これからは、自分のことを雌犬と呼びなさい──。そうすれば、もう、自分の本当の望みを忘れないですむわ」

 

 朱姫が言った。

 李姫はまるで人が変わったように嗜虐的な性愛をしてくる朱姫を思わず見た。

 しかし、その眼は笑っているようで、また、本当にこの嗜虐に酔っているような雰囲気もある。

 演技なのか、演技でないのかわからない朱姫の様子に、なんだか李姫は恐怖を覚えてきた。

 

 それにしても、いま朱姫は、貞女にもなにかをしているとを仄めかさなかったか……?

 一体全体、どういうこと……?

 

 だが、李姫の思念は吹き飛んだ。

 次の瞬間、いきなり頬が張られたのだ。

 それほどに強い力ではなかったが、李姫は朱姫が頬を叩いたということに衝撃を受けてしまった。

 

「ほらっ、雌犬、返事は──?」

 

 朱姫が怖い顔で睨んでいる。

 

「わ、わかりました──。わ、わたしは、雌犬です──」

 

 びっくりして言った。

 すると、朱姫がにっこりと微笑んだ。

 

「いい子ね……。じゃあ、ご褒美ですよ、雌犬」

 

 朱姫の指が本格的に股間を刺激し始めた。

 舌で乳房を舐めあげられ、下半身の亀裂に指が這いまわる。

 たちまちに熱い劣情が迸ったが、その李姫の心をかわすように、朱姫の指は巧みに責める場所を微妙に変化させる。

 朱姫の責める場所は女陰ばかりではない。

 その上の敏感な肉芽や、その下の恥ずかしい菊門までも責めたてるのだ。

 しかも、舌は乳房から始まって、上半身のあらゆる部分を這い回る。

 やがて、朱姫の舌は李姫の耳元をぺろぺろと舐めだした。

 耳が弱い李姫は、悲鳴をあげてよがった。

 朱姫の上手な手管に、あっという間に李姫は、絶頂の高みに燃えあがらされた。

 

「い、いくうっ、朱姫お姉様──。この雌犬はいくっ──。いっていいですか──あはああっ──」

 

 自分ことを“雌犬”と呼べと言われたのを思い出して、李姫はそう言った。

 しかし、それで、自分の身体がさらに熱くなる感触を李姫は味わった。

 

「いくらでも、いくといいわ、雌犬……。それがあなたたちの心を解除する言葉の鍵よ。よく覚えるのよ……。これからは、“雌犬”という言葉を耳にするたびに、欲情するようになるわ」

 

 朱姫が言った。

 なぜか、朱姫の言葉で本当に股間が異常に熱くなる。

 心がなにかに操られているような感触が襲う。

 そして、朱姫が李姫を刺激する手を速くした。

 李姫は、込みあがった官能の波に耐えられずに、腰をがくがくと揺さぶりながら絶頂した。

 

「さっそく、一回目ね……。じゃあ、凄い体験をさせてあげますね……。半刻(約三十分)で、十回以上の気をやるという経験は、まだ李姫はないですよね……それをしてあげるわ。さあ、快感の果てにいきましょう……」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 いままでの意地の悪い笑い方ではない。

 本当に愉しそうな朱姫の笑いだ。

 なんだか、その笑い声にほっとした。

 しかし、朱姫の愛撫が再び始まり、次の瞬間、李姫は電撃のような衝撃を受けて、もうなにも考えることができなくなった。

 

「さあ、雌犬、いきなさい」

 

 その言葉が合図であるかのように、急に快感の大きな波が李姫を襲い、李姫は呆気なく二度目の絶頂を迎えていた。



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548 連れ出された令嬢

「李姫……李姫……」

 

 頬を軽く叩かれている。

 はっとした。

 

 なにが起きているのかわからなかったが、朱姫が李姫の顔を上から覗いているのがわかって、やっと状況を思い出した。

 

 李姫や貞女と一緒に、ずっと亜人軍の性奴隷としての調教を受けていた朱姫が、仲間の行方がわかったからということで、別れの挨拶にきたのだ。

 しかし、なぜか、朱姫は少し怒った様子であり、一応は衛兵が守っているこの邸宅にふらりと現れて、案内もなしに李姫の寝室に直接やってきた。

 そして、いきなり、李姫の両手を後ろ手に拘束すると、李姫を嗜虐的に責め始めたのだ。

 性技の巧みな朱姫の手管に、李姫はなんの抵抗もできずに、雌犬と何度も呼ばれながら、次から次へと絶頂を繰り返した。

 最後には訳がわからなくなり、結局は失神したのだと思う。

 それで起こされたのだろう。

 

「朱、朱姫お姉様も意地悪ですね……。で、でも、気持ちよかったです……」

 

 李姫は身体を起こそうとして、まだ自分の両手が背中側で手枷によって拘束されていることを知った。

 

 全身がだるい……。

 それもそうだろう……。

 

 朱姫は、李姫に半刻(約三十分)で十回以上の絶頂をさせると宣言して、李姫の身体を責めたてたのだ。

 結局、達した回数は、おそらく十回ではきかないだろう。

 あまりに巧みで激しい朱姫の責めに、李姫は満足に息もできなくなり、ついには意識を手放したのだと思う。

 

「起きるんです、李姫……。まだ、終わっていませんよ……」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 さっきまでのわざとらしい乱暴な口調ではなくなっている。

 しかし、なにか企んでいるような様子でもある。

 

 なんだか嫌な感じだ。

 その朱姫の手が、すっと李姫の首に伸びた。

 すると、がちゃりと音がした。

 はっとした。

 

 自分の首には、いつの間にか首輪が嵌められていたようだ。

 朱姫がその首輪に鎖を繋いだのだ。

 

「く、鎖?」

 

 李姫は驚いて声をあげた。

 しかも、まだ、手枷を後ろにつけられたままだ。

 

「いいから、起きて……。喉が渇いたでしょう、李姫? 水を飲んでいいわ……。まだまだ、終わらせませんよ。もしかしたら、朱姫と李姫が会うのは、これが最後になるかもしれませんしね。もっともっと、愛し合いましょう」

 

 朱姫が手を伸ばして、李姫の上半身を起こした。

 その李姫の唇に、朱姫が水の入った杯をつける。

 確かに喉はからからだ。

 李姫が喉をあげる仕草をすると、朱姫は杯を傾けて李姫の口の中に水を流してくれた。

 李姫は与えられた水をむさぼるように飲んだ。

 あっという間に、朱姫が手に持っていた杯は空になった。

 

「さあ、じゃあ、そろそろ、行きましょうか」

 

 首輪に繋がった鎖を朱姫の強い力が引っ張った。

 

「きゃあっ」

 

 李姫は強引に首輪を引っ張られて寝台から引きずり立たされた。

 

「あうっ──。な、なにっ?」

 

 しかし、なにかが股間をぐいと刺激して、李姫は腰を落としそうになる。

 だが、その動きを朱姫の鎖が阻む。

 

「なに、勝手に座り込もうとしているのですか、李姫──? さあ、行きますよ。貞女さんが待っていますよ……。早く、行ってあげないと、可哀そうですよ……」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 

「い、行く……?」

 

 思わず朱姫の言葉を繰り返しながら、李姫は自分の身体に、なにが起きたのか理解できなくて大きな疼きの走った自分の股間を見た。

 すると驚いたことに、股間に黒っぽい縄が食い込んでいる。

 李姫の臍の上下に縄がふた巻きされてあり、その真ん中から李姫の股間に亀裂を割って縄が食い込み、腰の後ろに通されているのだ。

 しかも、食い込んだ股間の部分には、大小の縄瘤が作ってあるようであり、それが李姫の敏感な場所に当たっている。

 李姫が身体を起こしたとき、その縄瘤の刺激が李姫を苛み、それによって、腰が砕けるような刺激が李姫に走ったのだとわかった。

 

「な、なんで、こんなことを──。しゅ、朱姫お姉様──?」

 

 びっくりして朱姫に声をかけた。

 

「もちろん、今夜ひと晩で、李姫と貞女の性根を作りかえてあげるためですよ……。それに腹癒せかな……。でも、行く前に、もう少し、李姫にいい気持ちになってもらおうかな……。じゃあ、李姫、いいというまで、そこで腰を振ってください」

 

「こ、腰を……? それに、腹癒せって?」

 

 李姫は少しだけ狼狽えた。

 どうやら、百合の性交の続きを朱姫はやるつもりのようだ。

 だが、こうやって訳もわからずに、意地悪くいたぶられるのは嫌だと思った。

 さっきから、朱姫は、貞女のことを仄めかすのだが、一体全体、朱姫はなにをしようとしているのか?

 

 それに、今夜の朱姫は少しおかしい。

 朱姫が、李姫や貞女に比べて、嗜虐趣味だということは知っている。

 別に、この三人の仲なのだ。こんな風に強引なやり方でなくても、いくらでも身体を許すし、むしろ、抱いて欲しいと思っている。

 

 だが、今夜の朱姫はなんとなく不自然だ。

 最初に会ったときから、どことなく怒っていた。

 それはわかる。

 

「なんに対する腹癒せなのか、言ってください、朱姫お姉様。そうすれば、なんでも李姫は、言うことをききます」

 

 李姫は毅然として言った。

 腹癒せというと、朱姫のことを“呪われた存在”と呼んだあの一件だろうか?

 しかし、あれは、しっかりと片が付いたことだし、朱姫自身も慣れていることだから、もう、どうということもないと何度も言っていたのに……。

 

「別に李姫には、責任のないことです。あたしも気にするつもりはなかったんですけど……。でも、やっぱり、このままなにもなしに去るのは肚がたつし……。だったら強引に挨拶だけでもしてやろうと思ってやってきたんです。そしたら、どうやら貞女さんも、李姫も随分と悩んでいるみたいだったから……。それなら、これは誘拐でもしてあげた方がいいかなあ……。なんて、思ったりして……」

 

 朱姫が鎖で李姫を手繰り寄せながら言った。

 

「誘拐? ねえ、今日の朱姫お姉様は、ちょっとおかしいですよ。なにかあったんですか?」

 

 物騒な朱姫の物言いに李姫は驚いて言った。

 そのとき、突然、部屋の戸が叩かれた。

 

「こんな時間に、失礼します、お嬢様──。衛士隊長の石倫(せきりん)です。侵入者が入っているのではありませんか──。お休みのところ申し訳ありません。お嬢様──。扉を開けます──」

 

 李姫はびっくりした。

 衛士隊長の石倫といえば、普段は邸宅の外で警備をしている城郭軍の隊長の男だ。

 それが部屋に入ると怒鳴っている。

 しかし、李姫は素っ裸で後手に拘束されており、首輪を装着して股縄までされている姿だ。

 

「あれ、もう気がついたんだ……。結構、早いわね……。というか、どうやって気がついたんだろう……。道術を感知するような仕掛けがあったのかな……」

 

 朱姫がひとり言を呟いた。

 その様子は落ち着いていて、衛士がやってきたことに驚く様子はない。

 

「は、入ってはいけません。なんでもありませんから──」

 

 とにかく李姫は怒鳴った。

 こんな姿を見られるわけにはいかない。李姫は焦った。

 

「ふふふ、どうします、李姫……? ここには、あたしの結界が張ってあるし、扉はあたしの道術で閉塞しているから、そう簡単にやって来れないわ……。でも、少しくらい、李姫の恥ずかしい姿を見てもらいます?」

 

 朱姫が意地の悪い笑い声をあげた。

 

「も、もう、今夜の朱姫お姉様は変です。おかしいですよ。そんな意地悪を言うなんて……」

 

 李姫は言った。

 それではっとした。

 侵入者というのは朱姫のことなのではないだろうか……?

 

 そういえば、どうやってこの邸宅に入って来たのか?

 そもそも、朱姫は、最初にこの部屋にやってきたとき、もう寝着に着替えている李姫の部屋にたったひとりでやってきた。

 朱姫の訪問を報せた者はいないし、案内をしてきた家人はいない。

 まともな方法で朱姫が訪問してきたとすれば、侍女たちや外を警護している衛士が、ほとんど下着姿の李姫のところに、朱姫を案内するわけがないのだ……。

 

「もしかして、侵入者って、朱姫お姉様のこと──?」

 

 李姫は目を丸くしていった。

 

「……そうかもね。この邸宅の中に『移動術』の結界を作るのに苦労したわ。色々な手段を考えたけど、結局、あたしの『影手』の一部を張りつけた道術のかかった布を貞女さんに、邸宅内に入れてもらったんですよ。それで、外からの道術の侵入口を作って跳躍したんです。この方法で、やっと衛兵の連中を出し抜いて入ったんですから……」

 

 朱姫はくすくすと笑いながら言った。

 李姫には、朱姫が、なにを言っているのか半分も意味はわからなかったが、どうやら、朱姫はまともな手段で邸宅にやってきたのではなく、まるで盗賊が入り込むかのように、警備の衛兵を出し抜いて、ここにやってきたようだ。

 

「ど、どうして、そんな入り方をしたんですか、朱姫お姉様──?」

 

 李姫は言った。

 

「それはね……。あなたのお母さんが、あたしが李姫に会うのを禁止したからよ。あたしは、実は、この三日、あんたたちの前から姿を消したんじゃなくて、二度とあんたに会うなと、追っ払われていたんです。この邸宅だって、なんどやって来ても、門前払いされて……。だったら、それでもいいと思ったけど、よく考えれば、あんまり理不尽な仕打ちだし……。考えると、なんだか肚がたって……。だから、こうやって潜入してやったのよ」

 

 朱姫は言った。

 李姫は驚いた。

 母親の李媛が、朱姫をこの邸宅を出入り禁止にしていた──?

 そんなことは寝耳に水だ。

 

「ど、どうして、お母様が朱姫お姉様のことをわたしに会わせないようにするんです。そんなことは信じられません」

 

「だけど、本当のことよ」

 

 朱姫はあっけらかんと言った。その表情に出鱈目を言っている気配はない。

 

「で、でも、どうして?」

 

「もちろん、あたしが半妖だからよ。ついでに言えば、あなたのお母さんは、この城郭から亜人追放令を出したわ。この城郭内に亜人は立ち入り禁止だし、もしも、入れば、誰であろうと殺していいし、それは罪にならないことになっているわ。半妖のあたしも、亜人と同じ扱いにされている。李媛さんには、三日以内に城郭を退去するようにも言われた。その三日の期限が今日なんだけどね」

 

 朱姫の言葉に、李姫は混乱した。

 李媛が朱姫をそんな風に扱うなど信じられないことだ。

 

 一方で、扉の外の喧騒はだんだんと大きくなる。

 扉を壊せという大声も聞こえる。

 部屋の外には、隊長の石倫だけではなく、衛士の一隊がいるようだ。それが強引に入ろうとしている。

 

「鍵は道術で閉じているけど、壁ごと壊されたらどうしようもないわね……。仕方がない。もう少し、ゆっくりするつもりだったけど、そろそろ行きましょうか、李姫」

 

 朱姫は言った。

 そして、一度李姫の首輪に繋がった鎖を手放すと、衣装棚をがさごそと探し、身体に巻きつけて着る布の衣服を持ってきた。

 衣服といっても、ただの一枚布であり、布を身体に巻きつけて、ところどころを紐などで縛って着る服だ。

 朱姫は、拘束されている李姫の身体にその布を巻きつけて、裾や袖を作り、さらに紐の帯を持っていて李姫の腰の部分を縛った。

 

「な、なんです?」

 

 李姫はされるままに、その布の服を身につけさせられながら、朱姫の行為に不審を抱いた。

 

「だって、いくらなんでも、素裸で外には出たくないでしょう?」

 

 朱姫はにっこりと笑った。

 

「外に行く?」

 

「さっきも言ったでしょう。李姫はあたしに誘拐されるんですよ……」

 

 朱姫が言った。

 疑問を発する余裕はなかった。

 不意に腹がよじれるような感覚が襲い、李姫の視界が一変した。

 

 そして、辺りが暗闇に覆われ、ひんやりとした外気が伝わってきた。

 周囲はひっそりとしていたが、どこか遠くに喧騒も聞こえる。

 すぐに眼が慣れてきたが、李姫は自分が突然に外に連れ出されたということに気がついた。

 朱姫が道術で李姫を跳躍させたのだ。

 

 だけど、どうして……?

 

 どうやら、ここは城郭の中のどこかのようだ。李姫は見知らぬ通りの端に立っていた。

 丸っきりの闇ではなく、道を照らす照明がところどころにある。

 周囲の様子から、ここは城郭の中でも庶民の人家が集まる地域のようだと思った。

 その地域の繁華街に近い道にいるようだ。

 いまは、この通りを歩く者は誰もいないようだが、近くには、まだ賑やかな飲み屋街がある気配である。

 いずれにしても、李姫には不案内の場所だ。

 貴族階級の集まる城郭の内側部分しか知らない李姫には、こういう城郭の外側の地域のことはよくわからないのだ。

 

「じゃあ、あたしは、少し貞女さんの様子を見てきますね。ここで大人しくしているんですよ」

 

 背後で声がした。

 びっくりして、振り返ると、後ろに立木があり、朱姫が李姫の首輪に繋がっている鎖をそれに結んでいる最中だった。

 

「朱姫お姉様、どうして──? ちょっと、待ってください。どこに行くんです。置いていかないで──」

 

 朱姫は立木に李姫を拘束すると、すぐにどこかに立ち去っていく。

 追いかけようにも、首輪の鎖が背後の樹に結ばれている。

 

「ねえ、朱姫お姉様──。ちょ、ちょっと──」

 

 李姫は悲鳴をあげた。

 朱姫は本当に、こんな李姫の不案内な場所に李姫を置いていこうとしている。

 李姫は動顛した。

 

 だが、あっという間に朱姫は夜闇に姿を消した。

 李姫はたったひとりで残された。

 

 どうしよう……。

 怖ろしいほどの不安が李姫を襲う。

 なにかの遊びだとは思うが、朱姫はなかなか戻ってこない。

 李姫はしばらくのあいだ、見知らぬ場所に、たたずんでいた。

 

 怖い……。

 

 こんな格好で誰かに襲われたらどうしたらいいのか……?

 素足で地面に立つ冷たさが、これが夢などではないということを李姫に自覚させる。

 一応は身体に布を巻いているが、それは紐を解けば簡単に剥ぎ取れる一枚布であり、その下は素っ裸だ。

 しかも、両手は後ろ手で拘束され、首輪までしている。

 恐ろしさに、素足の脚ががくがくと震えてくる。

 

「おっ、姉ちゃん、街娼か?」

 

 不意に男の声がした

 眼の前にふたり連れの男がいる。

 ふたりとも酔っているようだ。いつの間にか、道を歩いてきていて、ここに立っていた李姫に気がついたようだ。

 

「ひっ」

 

 李姫はびっくりして声をあげた。

 

「なかなかに若くていい女だな……。い、いや、これは、若い別嬪じゃねえか。幾らで抱かしてもらえるんだ、あんた?」

 

 もうひとりの男が言った。

 李姫はあまりの恐怖に全身が竦みあがってしまった。



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549 布一枚で置き去りに

「なかなかに若くていい女だな……。い、いや、これは、別嬪じゃねえか。幾らで抱かしてもらえるんだ、あんた?」

 

 見知らぬ男が言った。

 

「へえ……。確かに、若くていい女だ……。しかも、まだ娘じゃねえか」

 

 もうひとりの男も李姫のすぐそばまで近寄ってきて、身体に巻いている李姫の衣服の裾に手を伸ばす。

 

「や、やめてください──。わ、わたしは、そんなんじゃありません」

 

 李姫はとっさにその手をかわして数歩後ずさったが、逃げられるのはそこまでだ。

 それ以上は、首輪の鎖がそれを邪魔する。

 それどころか、鎖が邪魔して、しゃがみ込むこともできない。

 

「あっ、んんんっ」

 

 そして、暴れたために、肉芽に当たっている縄瘤がぐんと股間を抉ったのだ。

 思わず李姫は妖しい声をあげてしまった。

 

「おや? こいつ、その樹に鎖で繋がれているぜ?」

 

「本当だ。しかも、いま、変な声を出したな。なんかおかしいな……。ちょっと、剥いてみるか」

 

「さ、触らないで──。こ、声をあげます。ひ、人を呼びますよ──」

 

 李姫は、服の端を掴んでいまにも李姫から服を剥がしそうな二人組に毅然として言った。

 だが、身に着けている服は長い布を服のように巻きつけて、要所を止めただけの一枚布だ。

 服というのもおこがましい。

 腰の帯を外して、服のどこかを引っ張れば、たちまちに李姫は素裸になってしまう。

 ふたりの男は、突然の李姫の強い口調に、一瞬だけ唖然としたが、すぐにげらげらと笑いだした。

 

「こんな街娼の立つ場所で、立ちん坊をしておいて、人を呼びますよ、もねえもんだ」

 

「まったくだ、じゃあ、呼んでもらおうじゃねえか。面倒なことになるのは、お前の方だぜ。ここは、このあいだまで街娼が客集めをする有名な場所だったんだが、新しい司政官の李媛様が禁止命令を出して、昨日街娼が一掃された場所だ。ここで、ほかの女が見当たらないのはそのためなんだが、お前さんは、そんな場所で、堂々と立ちん坊をしているんだぜ。声をあげることで、役人が来れば、捕まるのはお前の方だ」

 

 ふたりの言っていることの半分も理解できない。

 しかし、なんとなく、ここは、李姫がこんな風に立っていてはよくない場所だということはわかった。

 そんな場所に朱姫は、李姫を繋いで置き去りにしたのだ。

 李姫は朱姫に対する恨めしい気持ちが湧き起こった。

 

 しかし、だんだんと、そんなことを考えている余裕がなくなる事態が訪れた。

 股間に締めつけられた縄瘤からむず痒い刺激が湧き起こってきたのだ。

 

 痒い……。

 

 朱姫が李姫に施した縄はただの縄ではないような気がする。

 その証拠に強い痒みが李姫に襲いかかってきた。

 

 しかも、こんな状況で……。

 いや、これは異常だ……。

 どんどん痒みが強くなる。

 

「うっ、くっ」

 

 だんだんとせりあがる痒みに耐えられずに、李姫は思わず腰を動かした。

 すると、縄瘤が李姫の股間を抉って、悩ましい刺激を加えた。

 

「あんっ」

 

 思わず声が出た。李姫ははっとして口をつぐむとともに、こんな男たちの前で嬌声をあげてしまったことに、全身が赤くなるのを感じる程に羞恥を覚えた。

 

「な、なんだ?」

 

「なんか、いま急に色っぽい声を出したな」

 

 男たちが酔った息が当たるくらいに李姫に近づいてきた。

 

「ひっ、い、いやっ」

 

 李姫は身体をすくめて声をあげた。

 股間の痒みはだんだんと強くなる。

 でも、腰を振って縄瘤で痒みを癒そうとすれば、また、さっきのように声を出してしまいそうだ。

 李姫は泣きそうになった。

 そして、李姫を襲った責め苦はそれだけではないのだ。

 急に強い尿意も込みあがってきたのだ。

 

 どうして……?

 じわじわとせりあがる尿意ではない。

 この男たちと話していている途中で、一気にもよおしてしまったのだ。

 

 それで、はっとした。

 さっき、寝室で朱姫に起こされた直後に水を飲んだ。

 もしかしたら、それに尿意を引き起こす薬剤が混ぜられていたのではないか……?

 

 朱姫は道術遣いだ。

 道術遣いならば、霊具も魔薬もお手の物のはずだ。

 尿意を起こす薬剤など、簡単に扱えるに違いない。

 そう考えると、この急激な尿意はそれが理由としか思えない。

 

「なんか、急にもじもじし始めたな……」

 

「様子がおかしいのは確かだな。妙に動きが艶めかしいしな……。ちょっと、本当に服を剥がしてみようぜ」

 

 ひとりが李姫の背後に回り込んだ。

 今度は前後から男たちがせまる態勢になった。

 李姫には逃げようがない。

 男たちがそれぞれに布を掴んだ。

 

「ま、待って──。そ、その“がいしょう”とはなんですか? わ、わたしはそんなんじゃありません」

 

 まさか、新しい司政官の李媛の娘の李姫だと名乗るわけにはいかないが、男たちが言う“がいしょう”ではないということを納得させれば、酷い扱いは受けないのではないだろうか。

 李姫は思った。

 

「街娼とはお前のことだろう……。街の辻に立って、男の客に身体を売る娼婦のことだ。さっきも言った通り、ここで娼婦をやるのは禁止だ。昨日出たばかりの司政官布令だ。嘘だと思うなら、少し先の辻に行ってみろ。立て札が立ってるぜ……。わかったら、ただでやらせな。さもないと、役人に突き出すぜ」

 

「しょ、娼婦──? ち、違います。わたしは、そんなんじゃありません。断じて違います──」

 

 李姫は声をあげた。

 娼婦なら知っている。

 李姫は動揺した。

 

 つまりは、“がいしょう”とは、街で立つ娼婦“街娼”なのだ。

 “立ちん坊”とは、彼女たちの客引きの様子を表現した言葉だろう。

 男たちの口ぶりによれば、昨日までここは、その街娼の客引きで有名な場所であり、たまたま、今夜は強制的に彼女たちが追い払われたところだったようだ。

 よりにもよって、朱姫はそんな場所に李姫を置き去りにしたのだ。

 

「いいから、騒ぐな……。おっ、こいつの衣装……、面白いぜ。こりゃあ、身体に巻きつけているだけだ。簡単に脱がせられるぜ」

 

 男のひとりが言った。

 腰に結んでいる帯が解かれて抜き取られる。

 もうひとりが、李姫が巻いている布をぐいぐいと引っ張った。

 

「だ、だめです……。脱がせないで──。引っ張っては駄目──」

 

 李姫は身体を左右にくねらせて抵抗しようとした。

 しかし、後手に拘束されている李姫には、それ以上の抵抗もできずに、あっという間に裸身に巻いていた布が剥ぎ取られた。

 

「いやあっ──」

 

 李姫は思わず座り込みそうになり、それを首輪の鎖が邪魔をする。

 しかも、その動きでまた股間を縄瘤に抉られて、声をあげそうになる。

 ふたりの男からいっせいに感嘆の声がした。

 

「こりゃあ、縄の下着かい? 変わった趣味だな、お前。しかも、どうも抵抗しねえと思ったら、両手を後手に拘束されてやがるぜ」

 

「よく見ろ──。縄の下着には瘤のようなものが食い込んでいるぜ。しかも、結び目の付近がしっぽりと濡れてやがる。こりゃあ、街娼じゃねえ──。とんだ変態女だぜ」

 

 男のひとりは手に手提げ式の明かりを持っていた。

 その光源を李姫の股間に接近させて大笑いする。

 

「や、やめて──。返して、布を……布を返して──」

 

 李姫は片脚を曲げて、必死に股間を隠そうとした。しかし、その大きな動きで、激しい痒みを湧き起こらせている股間に食い込んでいる瘤縄が動き、強い疼きが李姫を襲った。

 李姫は、大きな動きをして、男たちの視線から裸身を隠すこともできなくなった。

 素っ裸にされた身体を明かりで照らされながら観察され、李姫は身も世もない羞恥に悶えた。

 

「街娼のくせに、いまさら恥ずかしがるなよ。もっと、身体を見せな」

 

 男たちに背を向けて、裸身を隠そうとするのをひとりが腕を取って、自分たちの方向に李姫の裸身の正面を向かせる。

 

「ほ、本当です──。わ、わたし、街娼じゃないんです──。し、信じて──。さ、触らないでください──」

 

 李姫は声をあげた。

 

「だが、街娼でないというのは、本当かも知れないぜ。街娼にしては、首輪で樹に繋げられたり、腕を拘束されているというのは変だ……。この娘の言うとおり、街娼ではないのかもな……。変態かもしれねえがな……」

 

 するとひとりが言った。

 李姫はとにかく、娼婦などではないということだけでも納得させようと思った。

 さもなければ、ここで犯されかねない。

 

「ち、違うんです。わ、わたしは無理矢理にこんな格好にされて、置き去りにされたんです。だ、だから……」

 

 李姫は言った。

 

「じゃあ、誰か悪い奴に、こうやって拘束されて置き去りにされたと言いたいのか、変態娘?」

 

 男のひとりが半信半疑の表情ながらも、そう言った。

 

「そ、そうです。そうなんです──」

 

 李姫は激しく首を上下に動かして頷く。

 

「わかった──。じゃあ、やっぱり役人を呼んできてやる。そこで説明しな。俺たちも証言してやるよ」

 

 すると、その男がそう言ったので、李姫はびっくりした。

 役人なんかに知らされたら困る。

 司政官として活動している李媛にとって、娘の李姫がこんな破廉恥なことをしたのが知られては、非常に困ったことになることが予想される。

 それに、役人に説明を求められたら、ここに置き去りにした朱姫を訴えることになってしまう。

 それはできない……。

 

「こ、困ります……。や、役人には知らせないで……」

 

 李姫はそう言うしかなかった。

 

「なんでだ、娘? 誰かに無理矢理にそんな格好で置き去りにされたんだろう? なんで困るんだ」

 

「そ、それは……。や、やっぱり、間違いでした……。無理矢理じゃありません……。わ、わたしが……わたしが変態娘で……自分でやりました……。本当です」

 

 李姫はそう言った。

 李媛にも迷惑をかけず、朱姫も訴えないですむには、そう説明することしか思いつかなかった。

 

「ほう……。じゃあ、自分が変態娘だと認めるんだな」

 

 男たちのひとりが愉快そうに言った。

 

「そ、そうです……」

 

 李姫は呟くように言った。

 

「じゃあ、変態娘さんよ……。じゃあ、改めて取引きといこうか。ここで、俺たちふたりの相手をしな。そうしたら、役人は呼ばないでおいてやる──。さもなきゃ、大声で役人を呼ぶぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 李姫は返事をせずにうな垂れた。

 

「承知ということでいいな……」

 

 男たちがほくそ笑んだ。

 ふたりが李姫の腰の前後から手を伸ばして、股縄の結び目に触れた。

 李姫の股間に食い込む縄を解こうとしているようだ。

 もう、李姫は諦めて、なすがままにされることにした。

 どうあっても、役人は呼ばれるわけにはいかないのだ。

 

 それに、李姫を追い詰めているふたつの悩みは、いよいよ本領を発揮していて、李姫の思考力を削ぎ取ってしまいそうだった。

 股間を苛む痒みはどんどん強くなる。

 尿意も一層激しくなる。

 李姫は男たちに股間の縄を解かれようとしながら、自分の股間が小刻みに震えるのをとめられないでいた。

 

「おい、そんなに腰を動かすんじゃねえよ。結び目が解けねえじゃねえか」

 

 正面の男が結び目を緩める手を少しだけ休めて、顔を李姫に向けて、揶揄するように笑った。

 

「あっ、か、痒い……、ああ……」

 

 しかし、李姫の理性をだんだんと失わせるような股間の痒みは次第に強くなる。

 もう、じっとしていろと言われても、とてもじっとなどできない。

 李姫も、それがどんなにはしたなくて、恥ずかしい行為であるかわかってはいるのだが、ついに、男たちに前後に挟まれながら、大きく前後に突き出したり、左右に振りたてるように腰を動かしだしてしまうようになった。

 

「あんっ」

 

 一度、痒みに耐えかねて、腰を動かすと、もう、あとはまったくそれを止めることができない。

 気も狂うような痒みのことしか李姫は考えられなくなった。

 しかも、李姫には激しい尿意まで襲い掛かっているのだ。

 もう、これからどうなるかなど考えられない。

 

「おいおい、急に腰を振り出しやがったぜ」

 

「やっぱり、立ちん棒の娼婦に違いないぜ」

 

 男たちがげらげらと笑う。

 

「あ、ああっ……」

 

 しかし、もう李姫には腰を振るのをやめることができない。

 余りの股間の痒さに、気が狂いそうだ。

 李姫は思わず甘い声をあげた。

 

「こいつはとんでもない淫乱娘だなあ。待ちきれなくて、腰を振りだして自慰を始めやがったぜ」

 

「待ってな──。いま、縄を解いて、お前の女陰に俺たちの肉棒を思う存分挿してやるからな」

 

 ふたりの男たちが笑いながら、本格的に李姫の股縄を取り外し始める態勢になった。



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550 放尿の途中で

 ふたりの男たちが李姫の股縄を解こうと、懸命に手を動かしている

 しかし、だんだんと男たちが焦りの色を出し始めた。

 

「この縄、ぜんぜん解けねえぞ──。別に堅く縛っているというわけでもなさそうなのに変だな……」

 

「まったくだぜ……。いや……。これはおかしい……」

 

 男たちがぶつぶつと言い始めた。

 李姫は前後の秘孔を苛む掻痒感と激しい尿意に狂いながら、それを呆然と聞いていた。

 

「わかった。いや、多分そうだ──。間違いねえ……」

 

 そして、前側の男が突然に叫んで、李姫の股縄の結び目から手を離した。

 

「どうした?」

 

 後ろ側の男も顔をあげたようだ。

 

「多分、これは、いくらやっても解けねえ──。おそらく、刃物も受け付けねえようになっていると思う──。前にもこんな感じの縄に接したことがあるんだ。多分、これは道術が遣われているに違いないぜ。おそらく、手じゃあ、絶対に解けねえようになっている」

 

 ひとりが言った。

 

「道術だと? 本当か?」

 

「間違いないと思う──。なあ、お前、これは、道術を遣う男か、亜人にやられたんだろう?」

 

 前側の男が李姫に怒鳴った。

 

「は、はい……」

 

 李姫は頷いた。

 李姫の股間を締めつけているこの股縄に朱姫が道術を刻んだのかどうかはわからないが、男たちがそう言うならそうなのだろう。

 朱姫は、置き去りにした李姫が男たちに犯されることだけはないようにそうしたのだろうか……。

 

「亜人か──。まだ、亜人がそこらへんにいやがるのか? だったら、問題だぜ」

 

 もうひとりの男が声をあげた。

 

「あ、亜人じゃありません。に、人間です……。こ、これは、こういう遊びなんです。わ、わたしが変態だから、そ、その人と、そんな遊びをしているんです……。その人は道術を遣う人です。だ、だから、もう行ってください……」

 

 李姫は言った。

 すると、男のひとりが盛大に舌打ちした。

 

「だったら、この娘の股には手を出せねえということかよ──。ちょっとした貞操帯ということだな──。とんだ変態どもだぜ──。ちっ、だったら、胸でも揉ませな──」

 

 男たちがふたりとも前に出てきて、李姫の乳房をむんずと掴んだ。

 

「ひっ──。いや、いやあっ、やめてっ──」

 

 李姫は叫んだ。

 そのとき、突然、すぐそばから手を叩く音がした。

 

「はい、そこまで──。ふたりとも、身体の力が抜けて、意識がぼんやりするわ……。さあ、こっちを向きなさい」

 

 いつの間にか、男たちの向こう側に朱姫が立っていた。

 その朱姫の言葉で、たったいままで李姫の乳房を掴んでいた男たちが、その手を離して、両手をだらりと身体の横にさげた。

 その表情は虚ろだ。

 そして、朱姫の言葉に従って、李姫に背を向けて、朱姫の方を向いた。

 

「しゅ、朱姫お姉様──」

 

 李姫は叫んだ。

 同時に全身が脱力するほどの安堵感が拡がるのがわかった。

 安心した途端に、李姫の両眼から涙がぼろぼろと流れ出した。

 朱姫は悪戯を仕掛けた子供のように、にこにこと笑いながら片目を李姫につぶって見せた。

 そして、ふたりの男に視線を向ける。

 

「……さあ、もう一度、手を叩くと、あなたたちは、ここで見たものや聞いたもののすべてを忘れてしまうわ。そして、振り返ることなく、向こうに歩いていく……。そのまま、どこかの居酒屋で酒を飲みなさい──。すべて忘れるんです。ほらっ──」

 

 朱姫がまた手を叩いた。

 男たちが虚ろな表情のまま、道路の先の賑やかな声のする方向に歩いていく。

 そして、やがて見えなくなった。

 

「怖かったですか、李姫……? でも、ちょっとした刺激だったでしょう……?」

 

 朱姫が李姫を繋げていた樹木から鎖を外した。

 よくわからないが助かったのだ──。

 李姫は、安心したことで、腰が砕けそうになり、その場に倒れかけた。

 その李姫の身体を朱姫が抱きかかえた。

 

「ひ、酷いです──。い、いまのは朱姫お姉様の仕業ですか?」

 

 李姫は声をあげた。

 

「そうですよ……。さっきの男たちは、偶然に見つけて『縛心術』であたしが操っていた男たちです……。あたしには、こうやって、ちょっとした操り術が遣えるんです。ちょっと、李姫を苛めてあげただけ……。大丈夫ですよ。李姫を知らない男なんかに犯させはしませんよ」

 

 朱姫が言った。

 

「ひ、酷い、酷い、酷い──。し、死ぬほど、怖かったです──。酷いです、朱姫お姉様──」

 

 李姫は、朱姫の胸に後手縛りの裸身をすり寄せて泣きじゃくった。

 すべてが、朱姫の仕組んだ遊びだったようだ。

 

「じゃあ、この先に、あたしが寝泊りをしている空き家があるんです。そこに行きましょう……。貞女さんも待っていますよ。でも、その前に、そろそろ、その縄を外してあげますね。そのままでもいいんでしょうけど、おしっこしたいでしょう、李姫?」

 

 朱姫が李姫の首輪に繋がった鎖を引っ張って、道の真ん中に導きながら言った。

 さっき、男たちが取りあげた一枚布の衣服は、朱姫が畳んで小脇に抱えている。

 それを再び身につけさせてくれそうな気配はない。

 そして、緊張感で一瞬忘れていた掻痒感と尿意が朱姫の言葉で再び蘇った。

 しかも、復活した痒みは、さっきよりもさらに強い気がする。

 尿意も限界だ。

 

「は、はい……。もう、もう漏れそうです。こ、これも朱姫お姉様のやったことですよね? ひ、酷いです……。そ、それに痒くて……。ああ、か、痒いです、朱姫お姉様──。痒い……」

 

 李姫は耐えきれなくなって腰を振った。

 

「あっ」

 

 すると縄瘤が李姫の敏感な場所に次々に刺激を与えてしまい大きな快感の波に襲われてしまう。

 だが、すると尿意がさらに刺激されて、漏れそうになる。

 

 股縄から発生する怖ろしい痒み──。

 

 それを癒そうとすると襲ってくる縄瘤の強い刺激──。

 

 痒みや快感に没頭するとすぐにでも漏れそうな激しい尿意──。

 

 そして、素裸でこんな野外に立たされる羞恥心と恐怖──。

 

 それらの苦痛が李姫に襲いかかっている。

 もう、どうしていいかわからない……。

 

 幸いにも、少し繁華街から離れているために、ここは人通りの少ない道のようだが、背中側には賑やかな酔客の声も遠くに聞こえるのだ。

 そんな場所で、素裸で腰を振って悶えるなど、李姫には耐えられない恥ずかしさだ。

 

「その痒みは縄を外してもなくならないわ。空き家で貞女さんが待っているから、ふたりで癒すといいですよ」

 

 朱姫が意味ありげな言葉とともに指を弾いた。

 すると、しっかりと結んであったと思った縄瘤が解けて李姫の足元に落ちた。

 同時に後ろ手の手枷まで外れて地面に落ちる。その両方を朱姫が回収した。

 

「さあ、四つん這いになるんです。ここでなら、おしっこしていいですよ……。でも、嫌がったら、逆におしっこできないように、霊具の栓をしてしまって、あたしはどこかに行ってしまいます──。あたしのかけた道術は結構強いですから、王軍の道術師隊員たちでも、なかなか外せないと思いますよ……」

 

「ど、道術隊?」

 

 王軍の道術師隊が、こんな辺境に近い獅駝(しだ)の城郭に向かっているとは知らなかったが、この三日、あちこちを調べ回っていたらしい朱姫が言うのだから本当なのだろう。

 

「外してもらうとしても、大事な場所を見せながら外してもらわないといけないんだから、恥ずかしいですよ……。早ければ、明日には道術師隊の先発組が到着するらしいけど、そんなに待っていたら、おしっこ袋が破けてしまうかもしれませんね」

 

 朱姫が言った。

 いずれにしても、股間に栓をして尿ができなくするというのは朱姫ならできそうだ。

 李姫は嘆息した。

 

「ああ……。意地悪ばかり言わないでください、朱姫お姉様──。やります。ここで、おしっこします」

 

 李姫は道の真ん中で四つん這いになった。

 もう、抵抗の気力などなくなっていた。

 尿意は限界なのだ。

 これ以上耐えられない……。

 

「李姫は雌犬でしょう? 犬らしく、片脚をあげてするんです──。あっ……、でも、前に、沙那姉さんが、足をあげるのは牡犬だけだって言ってたかな……? まあいいや。とにかく、片脚をあげておしっこをしなさい、雌犬──」

 

「ふうっ」

 

 片足をあげると命じられたことよりも、“雌犬”と呼ばれたときに、突然に身体が急に熱くなったことにびっくりした。

 なぜだかわからないが、朱姫の言葉に反応するように、股間からじゅんと愛液が滴るようにこぼれるのがわかった。

 

「さあ、雌犬──」

 

 朱姫がまた言った。

 すると、さらに股間の疼きが大きくなる。

 “雌犬”という言葉に、自分の身体が反応しているのだ。

 やっと、それがわかった。

 

「そ、その言葉を使わないでください──。し、します──。おしっこします」

 

 李姫は言った。

 そして、周りに朱姫以外にいないのを確かめながら片脚をあげた。

 もう、尿意は破裂寸前だ。

 

「待って──。まだしちゃ駄目──。念のために顔を覆っとこうかな……。こんなところに、李姫の素性を知っている者なんて、いるわけないけど、一応は、司政官の娘だしね……」

 

 朱姫がぶつぶつ言いながら、李姫に眼を中心とした顔半分だけを覆う飾り付きの仮面を見せた。

 それを李姫の眼に装着させる。

 李姫はなんでこんなことをするのかわからず、四つん這いで片脚をあげたままの破廉恥な恰好のまま、内心で首を傾げた。

 

「じゃあ、していいですよ、おしっこを……。もう少し、片脚あげて──。さあ、誰も来ないうちに……ふふふ……」

 

 朱姫がなにかの企みがあるような嫌な笑い方をした。

 しかし、もう、尿意は限界だ。

 李姫は力を股間から緩めた。

 しゅっと音がして、李姫の股間から激しい尿が迸りだした。

 

「じゃあ、終わったら、とにかく、前に向かって走るんですよ。全力疾走でね──」

 

 朱姫がおかしなことを言いながら、持っていた李姫の首輪の鎖を手放した。

 次の瞬間、なにかが起こった。

 腹がよじれるような感覚が襲い、突然に明るい光に包まれた。

 

「な、なんだ──?」

 

「裸の女だ──。目に仮面をつけた女が現われた──」

 

「素っ裸よ──。なに、こいつ?」

 

「うわっ、こいつ、片脚あげて、小便しているぜ──」

 

 急に喧騒の中に李姫は存在していた。

 びっくり仰天した。

 さっきまでいたところとまったく別の場所に李姫はいたのだ。

 朱姫の道術だとすぐにわかった。

 しかも、どこかの賑やかな通りの真ん中だ。

 両側に立ち並ぶ店の灯りで道は明るい。歩いている酔客も大勢いる。

 酔客を目当ての女の客引きも大勢だ。

 そんな賑やかな夜の通りのど真ん中に、李姫は四つん這いで片足でおしっこをしている格好のまま道術で跳躍させられたのだ。

 周囲から一斉に悲鳴があがる。

 

「きゃああ──」

 

 李姫もまた悲鳴をあげた。

 尿はまだ止まらない。

 しかし、あまりのことに、迸る尿をそのままに李姫は素っ裸のまま逃げ出した。

 気が動転して、ほとんど混乱状態に陥っていたが、朱姫が最後に言った”とにかく真っ直ぐに走れ“という言葉が頭を過ぎった。

 駆け出してすぐに、再びはらわたが捩れる感覚が襲った。

 また闇に覆われた。

 すると、朱姫の笑い声が響き渡っていた。

 

「あははははは……。せ、せめて、おしっこがとまってから逃げても、十分に大丈夫ですよ、李姫──。まだ、途中じゃないですか──。そんなおしっこまみれになっちゃって──」

 

 さっきの場所に戻っていた。

 朱姫は大笑いしている。

 李姫の股間からは、まだ尿が流れ出ている。

 

「しゅ、朱姫お姉様──。ひ、酷いです──。き、嫌い──嫌い──嫌い──」

 

 李姫はその場にしゃがみ込んで大声で泣いた。

 いまだにじょろじょろと股間からは尿が流れ続けている。

 

「ご、ごめんなさい……。でも、見てください。李姫がさっきまでいたのは、あの場所ですよ。まだ、大騒ぎしているみたいですよ……」

 

 朱姫がしゃがみ込んだ李姫を強引に後ろに向けた。

 ここから見える遠くの喧騒──。

 どうやら、あれがさっき、李姫が排尿の途中で道術で跳躍させられた場所のようだ。

 確かに、大騒ぎしているのがここからでも聞こえる。

 

「……じゃあ、悪戯はやめにしてあげます。本当に行きましょう」

 

 やっとのこと尿が止まると、朱姫が首輪の鎖を握り直して、李姫を引っ張った。

 あまりの仕打ちの連続に、逆らう気持ちなど砕け散り、李姫は朱姫が鎖を引っ張るまま、抵抗することなく、道を素裸のまま進んだ。

 

 いくらも歩くことなく、すぐに路地に入った。

 そして、数軒の小さな民家が並ぶ場所についた。

 周りの数軒の民家はすべて灯りもなく、朱姫が立ちどまった家も灯りはない。

 その家を含めて、両隣りの建物にも誰も住んでいるような気配はない。

 

「この廃屋で貞女さんが待っているわ」

 

 朱姫が李姫に入るように促した。

 廃屋というよりは、李姫の感覚では小屋だ。

 朱姫がその廃屋の戸を開けて中に入った。

 

「あれっ?」

 

 李姫は思わず声をあげた。

 この家には窓もあるのだが、その窓からも外にはまったく光が洩れていなかったのに、家の中は煌々と明るかったのだ。

 これも朱姫の道術なのだろうか。

 

「こ、ここに、貞女お姉様がいるのですか、朱姫お姉様?」

 

 戸から入ったところが、すぐにひとつながりの部屋らしき場所になっていた。

 そこには、粗末な家具はあるが、人の気配はない。

 家には、玄関と小さな台所がついているがそれだけだ。

 いま、見える範囲が、この小さな家のすべてのようだ。

 外観から考えても、ほかに部屋はないだろう。

 しかし、さっきから朱姫は、これから行くところに、貞女が待っているということを繰り返している。

 この小さな空き家のどこかに貞女が待っているのだろうか……?

 

「多分、お待ちかねよ……」

 

 朱姫は意味ありげに微笑んでから、部屋の真ん中に行き、そこにあった四人掛けくらいの卓を除けた。

 卓の下には、敷布があったが、それも剥ぐ。

 すると、そこに床の下に通じる小さな木の蓋らしきものがあった。

 朱姫がその蓋にある取っ手を掴んで、床の下を開いた。

 

「きゃあああ」

 

 李姫は驚いて悲鳴をあげた。



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551 再会の百合嗜虐

 朱姫が床の下に繋がる蓋を開けた。

 

「きゃあああ──。さ、貞女お姉様──」

 

 李姫(りき)はそこにあった光景に悲鳴をあげた。

 床の下には人がかろうじて座れるくらいの木枠で囲んだ板敷の四角い穴があり、その中に全裸で胡坐縛りにされた貞女が入れられていたのだ。

 両腕は背中に回されてしっかりと緊縛されており、胡坐に組んだ足首と腿にも縄が食い込んでいる。

 さらに口には布で猿ぐつわが噛まされていた。

 

 しかも、貞女の表情がおかしい。

 目付きが怪しく、顔が朦朧としている。

 蓋を開けたのに、朱姫と李姫の存在がよくわからないようだ。

 そして、大きな呻き声をあげながら全身を激しく悶えさせていて、その様子は常軌を逸しているように思えた。

 

「んんんっ」

 

 やがて、やっと貞女が朱姫を認めたらしく、必死の形相をして、猿ぐつわの下から吠えるような声でなにかを訴えた。

 全身は汗びっしょりだ。

 そして、緊縛された身体を必死になって揺すり暴れている。

 しかも、全身は真っ赤であり、顔は汗と鼻水と涙と涎で汚れていて、その表情からは貞女の激しい苦痛がうかがわれた。

 ただ縛られて狭い木の穴に閉じ込められていた苦痛だけではないようだ。

 そのとき、李姫は貞女の股間に食い込んでいる黒い縄に気がついた。

 

「しゅ、朱姫お姉様──。あ、あの黒い縄は……」

 

 思わず声をあげた。

 さっきまで、李姫もつけられていた黒い縄と同じではないだろうか。

 そうであるならば、とてつもない痒みが貞女の股間を襲っているはずだ。

 李姫がそれを股間に食い込まされていた時間は、ほんの短いあいだだが、いまでも痒みが襲い続けている。

 もしかしたら、貞女はあの黒い縄をずっとつけっぱなしにして、閉じ込められていたのではないだろうか……。

 

「そうです、李姫──。さっき、あなたにつけていたものと同じものですよ。この貞女さんが随分と聞き分けがないものだから、それで懲らしめていたんです」

 

 朱姫はそう言うと、ぱちんと指を鳴らした。

 すると胡坐縛りの貞女の身体がふわりと浮きあがって、李姫が立っている床の上に降りた。

 朱姫は、貞女を閉じ込めていた床下の穴の蓋を戻し始めた。

 

「李姫、貞女さんの猿ぐつわを取ってあげてください」

 

 朱姫が言った。

 

「ね、ねえ、朱姫お姉様、この股間の縄も外してあげてください──。これはあんまりです。いったい、どのくらいの時間、貞女お姉様は、これを締められているのですか──?」

 

 李姫は貞女に駆け寄ると、猿ぐつわを取りながら叫んだ。

 

「あなたに会う直前よ。貞女さんに、あの邸宅に侵入する手筈を作ってもらってから、あたしは、最初に貞女さんに会ったんです……。そして、すぐに、ここにふたりで跳躍して、話をしました……。そのとき、あんまり、この人が駄々を捏ねるから、ちょっと懲らしめたんです」

 

 朱姫はあっけらかんと言った。

 李姫の部屋に朱姫が訪ねてきてから、どんなに短く見積もっても、一刻(約一時間)以上はすぎている。

 そのあいだ、あの黒い縄を股に食い込まされ続けているというのか……。

 つまりは、あの恐ろしい痒みにその時間襲われっぱなしということだ。

 李姫はぞっとした。

 

「しゅ、しゅき──しゅき……だずげて……かゆい……がゆい──も、もうゆるじて──か、かんにん……かんにん……じで……」

 

 李姫が猿ぐつわを外すと同時に貞女が喚き始めた。

 しかし、ろれつが回っておらず、あまりにも大声で叫ぶので、なにを言っているのかよく聞き取れない。

 

「しゅ、朱姫お姉様──。こ、こんなの酷すぎます──。この縄を外して──外してあげてください──」

 

 李姫は暴れ回る貞女を両手で抱えながら叫んだ。

 そうしなければ、貞女は身体を床に倒して転げまわりそうな感じだからだ。

 いまでも、痒みに耐えられないのか、もの凄い勢いで全身を揺すり続けている。

 

「そ、そうみたいですね……。すぐに外すわ……。どうも、調子に乗りすぎると、やりすぎちゃうのよね……。それで沙那姉さんにいつも怒られるんだけど……」

 

 朱姫が貞女の異常な様子に、顔を赤らめながら頭を掻くような仕草をした。

 すると、貞女の股間から黒い縄がぱらりと解けた。

 李姫は慌てて、貞女の股間から縄を引っ張り取った。

 

「ふぐうううっ──」

 

 貞女が胡坐に縛った全身を仰け反らせて吠えた。

 その動きの激しさに、李姫は両手でがっしりと汗まみれの貞女の身体を抱えなければならなかった。

 

「あらあら、李姫が股間を縄で擦ったから感じちゃったんですね……。ところで、どうします、貞女さん? まだ、李姫と愛し合うのは駄目だと駄々を捏ねますか? それとも、李姫に痒い股間を弄ってもらいますか? 好きな方を選んでいいですよ……。でも、その痒みを癒すのは、李姫だけに限ります。李姫との性交をしないと、まだ言い張るなら、もう一度、さっきの縄を締め直して、今度は明日の朝まで閉じ込めておきますよ」

 

 朱姫が言った。

 

「ぞ、そんだあ──ぼう、だめ──か、がゆい──かゆい──痒い──はがあっ──」

 

 すると貞女が泣き叫び出した。

 しかし、その言葉の半分も聞き取れない。

 

「ふふふ……、随分といっちゃっていますね。これじゃあ、話もできないから、特別に、朱姫がちょっと痒みをほぐしてあげます。でも、ちょっとだけですよ。本格的に痒みを癒すには、李姫にお願いするしかないですからね……。それを忘れちゃだめですよ、貞女さん」

 

 朱姫がそう言うと、胡坐縛りの貞女のそばにしゃがみ込み、李姫から貞女の身体を受け取った。

 

「じゃあ、痒さをほぐしてあげますね……」

 

 朱姫は股を開かされている貞女の股間に手を伸ばすと、貞女の女陰の部分を軽い感じで擦りだした。

 

「ひゃあああ──ぎ、ぎもぢいい──」

 

 貞女が狂おしい身悶えと、甘美な啼泣をし始める。

 しばらくのあいだ、朱姫はそうやって貞女の股間を責めていた。

 その間、貞女は痒みが癒される気持ちよさなのか、完全に呆けた様子で涎を垂らしてよがり続けた。

 やがて、すぐにでも絶頂するような仕草でがくがくと身体を震わせだした。

 

「ふふふ……まだですよ、貞女さん……。痒みは癒してあげますけど、簡単には昇天させませんよ」

 

 朱姫が絶頂寸前だった貞女の股間から、さっと手を引いた。

 貞女が切なそうに身体を悶えさせる。

 すぐ横でその様子を見ている李姫は、色っぽい貞女の姿に思わず唾を飲み込んだ。

 朱姫は貞女の痴態がなにか面白いものであるかのように笑いながら、しばらくのあいだは、貞女の内腿をあおるように愛撫して、貞女が少しだけ落ち着くのを待ち、やがて、再び、貞女の女陰や肉芽を擦って痒みを癒す動作を始めた。

 

 しかし、しばらくして、貞女が快感で達しそうな気配になると朱姫がその愛撫をやめてしまう。

 

 そして、また、時間を置いてから、痒みをほぐしだす。

 これを数回続けた。

 貞女は、今度は痒みではなく、朱姫の繰り返す焦らしに狂乱し始めた。

 

「さあ、そろそろ、いいんじゃないですか? まだ、主家のお嬢様だから、手を出すわけにはいかないとかいう戯言を口にしますか、貞女さん?」

 

 朱姫が言った。

 

「ご、ごめんなさい──。も、もう、勘忍して、朱姫──。あたしが悪かったわ──。李姫様……。いえ、李姫──。だ、抱いて──。あなたが好き──。あなたに身体を責めて欲しいの──。あたしと愛し合って──お願い。も、もう、李媛(りえん)様に言われたことなんて、どうでもいい。あたしは、李姫と愛し合いたい──。それだけよ──」

 

 貞女が李媛に視線を向けて声をあげた。

 李姫は貞女の言葉に感動しながらも、貞女が李媛の名に触れたことに首を傾げた。

 

「わ、わたしも好きです、貞女お姉様──。もちろん、朱姫お姉様も──。で、でも、いま、母が貞女お姉様になにかを言ったというのは、どういうことなのですか?」

 

 李姫は言った。

 

「李媛さんは、この貞女さんに、元の生活が戻ろうとしているのだから、亜人たちに捕らわれていたときのように、貞女さんが李姫に“親しく”するのを禁止したらしいです。李媛さんは、あたしも含めて、この三人がずっと百合の性愛をしていたことを知っていましたしね……。貞女さんは、その言いつけに従って、あなたと距離を保った接触の仕方を続けていたんですよ……」

 

「えっ?」

 

「そうですよね、貞女さん? しかも、李媛さんの指示で、貞女さん側から、李姫を寄せつけないような素っ気ない態度をとったんですよね」

 

 朱姫が自分の腕の中の貞女に視線を向ける。

 

「そ、そうよ……。で、でも、もういい……。抱いて、抱いて欲しいの……。愛し合いましょう──。ああっ、まだ、痒い──。い、いくらなんでもこれは酷過ぎるわ、朱姫──。こんなところに、あんな縄で股縄をして置き去りにしたりして──。あなたを恨むから──。も、もう許さないわ──」

 

 貞女が拗ねるような声を朱姫に向けた。

 その口調は朱姫に対する恨みの言葉に溢れていたが、表情にはかすかな微笑みがある。

 ふたりの会話から、なんとなく、李姫にもなにがあったのか想像がついた。

 この数日の貞女の冷たい態度は、どうやら母親の李媛の差し金だったようだ。

 貞女は李媛の命令には絶対に逆らわない。

 だから、貞女は、李姫に距離を置いた態度をとり、接触を避けてきた。

 

 しかし、貞女の内心としては、あれだけ愛し合った李姫のことをまだ好ましくは思ってくれていたようだ。

 もしかしたら、貞女もまた、李姫と同じように、癒されない身体の火照りに悩んだのかもしれない。

 そのことに加えて、貞女が冷たくすることで、李姫が失望して落ち込むような様子を見せてしまった。

 

 貞女は悩んだに違いない。

 それで、貞女は、たまたまやってきた朱姫に、このことを相談したのだと思う。

 ふたりのことを相談するのに、朱姫以上の存在はいない。

 

 その結果として、朱姫がこんなに酷いことを貞女にやった過程も想像がつく。

 朱姫は、李姫の部屋で、彼女が李姫に言ったのと同じように、ほかのことなど一切気にせずに、愛し合いたいならば愛し合えと、貞女に言っただろうと思う。

 しかし、おそらく、貞女は、李媛の言いつけを気にして、それを拒否したのだ。

 だから、朱姫は、荒療治として、こんな振舞いをしたに違いない。

 朱姫らしいといえば、朱姫らしいが……。

 

 李姫はなんとなく納得がいって嘆息した。

 しかし、この朱姫の乱暴な行いには、正直に言えば、肚はたたない。

 それどころか、こんな機会を強引に作ってくれて、嬉しいとさえ思う。

 

「だったら、後で、ふたりがかりで、あたしを責めてもいいですよ……。でも、いまは、おふたりの番です……いいものを準備してありますよ」

 

 朱姫が喉の奥でくくくと笑った。

 そして、貞女の身体をごろりと転がして、胡坐縛りのまま、うつ伏せにひっくり返した。

 貞女の股間が李姫と朱姫の前に曝け出される。

 

「ちょ、ちょっと、朱姫……、こ、こんなの酷いわ……。は、恥ずかしいし──」

 

 顔を床につけて、腰だけを高くあげる体勢になった貞女が抗議の声をあげた。

 

「我慢するんです、貞女さん。やせ我慢で李姫を悩ませた罰です──。さあ、それよりも、おふたりのために、こんなものを準備したんですよ、李姫……。男になったつもりで、貞女さんを犯してください」

 

 朱姫が部屋の隅にあった木箱を寄せて、その中からなにかを取り出した。

 李姫はそれを見て、思わず顔が赤らむのを感じた。

 朱姫が出したのは、男性器のかたちをした張形をお互いの根元で接続したかたちの淫具だ。

 

 朱姫の説明を受けるまでもなく、それが女同士で愛し合うための性具であることはわかる。

 その双頭の張形の真ん中部分には、身体に装着するための革紐もついている。

 おそらく、女のひとりが、その張形を咥えこんで、革紐で身体に装着し、反対側の張形で、もうひとりの女を犯して使うに違いない。

 

「じゃあ、着けますね、李姫……。でも、ちょっと、ほぐした方がいいかな……。そういえば、さっき、おしっこしていから、そのままだったですよね……。朱姫が舌で綺麗にしてあげますね……」

 

 朱姫がそう言って、李姫を強引に立たせると、李姫の股間に顔を寄せた。

 李姫はびっくりした。

 

「そ、そんな、汚いです、朱姫お姉様」

 

 李姫は腰を引いて、朱姫の顔を避けようとした。

 

「……汚いわけないじゃないですか……。李姫のおしっこなんだから……」

 

 朱姫が手で李姫の脚を開かせて、李姫の股間に舌を這わせ始める。

 たちまちに痺れるような快感が股間から走った。

 同時に、まだ薄っすらと残っていた股間の痒みも快感に混ざって消えていく。

 

「あ、ああ……は、恥ずかしいです……。こ、こんな……」

 

 朱姫の舌が李姫の股間の感じる場所を丹念に這い回る。

 たちまちに股間から蜜液が滲み出るのがわかった。

 それを朱姫が舌で舐めとっていく。

 

 さらに肉芽を優しく吸われ……。

 舌で撫ぜられ……。

 

「ふううっ」

 

 李姫は込みあがった愉悦に身体の力が抜けそうになり、両手で朱姫の頭を鷲掴みしてしまった。

 それでも朱姫の舌は止まらない。

 腰がぶるぶると震え出す。

 

 朱姫の舌が女陰の襞を丁寧に舐めあがり、肉芽の周辺を回ってから、女陰の反対側を通って舐めおろされる。

 花びらを甘噛みされ、吸われ……。

 今度は肉芽に口づけをされ……。

 

「しゅ、朱姫お姉様……い、いくっ……いっちゃう──」

 

 絶頂の波が駆けあがっていく。繰り返しては襲いかかる熱い波に、もう李姫は立っているのが難しくなり、さっき掴んだ朱姫の頭にしがみつくようにして、全身を仰け反らせた。

 だが、まさに絶頂しそうな瞬間に、すっと朱姫の舌が離れた。

 

「あ、ああんっ、朱姫お姉様──」

 

 震えるような快美感の極みを寸前で取りあげられた李姫は、思わず拗ねるような声をあげてしまった。

 

「この続きは、貞女さんとするといいです。さっきから、お待ちかねですよ……」

 

 朱姫がくすりと笑って、さっきの双頭の張形を手に取ると、李姫の女陰に先端を挿し込みはじめた。

 

「はあああっ──」

 

 この半月ですっかりと覚え込まされた膣の快感に、李姫は全身を震わせながら声をあげた。

 すっかりと濡れている李姫の女陰は、大した抵抗もなく、朱姫の挿し込んだ張形の半分を受け入れた。

 さっと朱姫が立ちあがって、李姫の背後に回り込み、革紐を腰の後ろで結んで、その張形を李姫の腰にしっかりと固定した。

 

「さあ、貞女さんを慰めてあげて、李姫……」

 

 朱姫が胡坐縛りの身体をうつ伏せにされて、腰を震わせている貞女の股間に李姫を押しやった。

 

「あ、ああ……お、お願い……ま、また、痒い──。り、李姫、は、早く──早くして──ああ、また、痒いのお──」

 

 いつの間にか、また貞女がすすり泣いている。

 余程に苦しいのだろう。

 朱姫も本当に乱暴な仕打ちをするものだ……。

 

 李姫は、痒みに我慢できなくて腰を激しく動かしている貞女の腰を両手で掴んだ。

 そして、手探りで自分の股間から突き出ている張形の先を貞女の女陰に誘導し、ゆっくりと身体を押していった。

 

「あふうっ」

 

「はあああっ──」

 

 李姫と貞女はほぼ同時に声をあげたが、先に声を出したのは李姫の方だった。

 貞女の身体の中に張形が沈むことで、自分に埋まっている張形が跳ねたのだ。

 それでもさらに身体を貞女に密着させる。

 自分の腰につけた張形が、背後から貞女の女陰に深く深く埋もれていくのがわかる。

 同時に激しい快感が迸る。

 

 それがどんどんと拡大していく……。

 激しい快感が怖い……。

 

 貞女の女陰に張形が奥深く突き挿さるにつれて、李姫にも震えるような快美感が襲いかかる。

 やがて、やっとぴったり李姫と貞女の女陰同士が密着した。

 

「さあ、今夜は、李姫が男よ。まずは、貞女さんを犯して……」

 

 朱姫が横で言った。

 李姫は、魔王宮でやらされた壁尻のときを思い出しながら、そのときに、男たちが自分にやったことを反芻するように、貞女の股間を貫いている張形を動かし始める。

 

「あううっ、いい……。あ、あそこが熱いの……。り、李姫……。そ、それ……もっと……」

 

 貞女がたちまちに悶え始める。

 しかし、貞女が受けている快感は、同じように李姫も双頭の張形を通して受けている。

 李姫の身体に一気に愉悦が拡がる。

 さっき朱姫に寸前で止められた快感の頂点がそこまでやってくきている。

 その切羽詰った快感を察知して、李姫は思わず腰の振りを止めてしまった。

 

「い、いやあ、やめないで、李姫……。やめちゃ、いやっ──」

 

 貞女が今度は、自分から腰を振って逆に張形を動かしだした。

 尻たぶを李姫側に押しつけるようにして、李姫の股間に擦りつけてくる。

 

「うはあっ、だめぇ──」

 

 李姫は思わず声をあげた。

 

「さあ、仲直りの印に、ふたり同時にいくんです。さもなければ、何度でも同じことをさせますからね……。いま、道術をかけましたよ。この張形は、もうおふたりが同時に達しないと外れません」

 

 朱姫が言った。

 確かに、ぐいと張形が股間に密着したような感覚が襲いかかってきた。

 おそらく、朱姫の言う通りに、ふたりの股間から張形が外れなくなったに違いない。

 だが、もう、朱姫の言葉はどうでもよかった。

 

 李姫は、できることであれば、貞女と同時にこの快感を極めたかった。

 この幸せを貞女と一緒に……。

 

「も、もう、貞女は、夢心地よ──。い、いつでも、大丈夫……。り、李姫……お前は?」

 

「さ、貞女お姉様──り、李姫も……」

 

 再び李姫は、激しい腰の動きを再開した。

 すると貞女の悶えも激しいものになる。

 急に痙攣のような震えが両腿に走った。

 身体の芯にまで響くような快感が込みあがる。

 

「い、いくっ、いきます、貞女お姉様──」

 

 李姫は耐えきれずに叫んだ。

 稲妻のようなものが、身体を貫いた。

 李姫は全身を仰け反らせて絶頂していた。

 

「あらあら、先にいっちゃたんですね、李姫……。じゃあ、やり直しです。じゃあ、朱姫もお手伝いをしてあげますね。その張形を振動させてあげます……。さあ、ふたりで愉しんでください。でも、早く、同時に達しないと、身体がばらばらになるかもしれませんよ……」

 

 朱姫が笑った。

 次の瞬間、李姫と貞女の両方の女陰が咥えこんでいる張形がぶるぶると振動しはじめた。

 

「ちょ、ちょっと待って──。ああっ、そんなあ──」

 

 すると貞女が大きな声で悲鳴をあげた。その身体ががくがくと震え出す。

 

「だ、だめえっ──やめられない──ふくううっ──」

 

 貞女の背中が仰け反り、そして、がっくりと力が抜けたような感じになった。

 達してしまったようだ。

 李姫と同じように、貞女も絶頂寸前だったのだ。

 そこに加えられた張形の振動は、ひとたまりもなく、貞女を快感の頂点に導いてしまったに違いない。

 

「今度は、貞女さんですか? じゃあ、やり直しです。一緒に達するんです。声を掛け合って、心を合わせないとできませんよ」

 

 朱姫が意地悪く言った。



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552 主従愛の覚悟

「黙って、息を切らせているだけじゃあ、いつまで経っても終わりませんよ。ちゃんと、心を合わせて、一緒に気をやるんです」

 

 朱姫は、双頭の張形の霊具に女陰と女陰を繋げられて、激しく腰を動かし続けている李姫(りき)貞女(さだじょ)に声をかけた。

 だが、もう、ふたりとも朱姫の声など、耳に入っていないのかもしれない。

 胡坐縛りの腰を高くあげて後ろから張形を挿し貫かれている貞女と、その貞女を背後から張形で犯している李姫は、ふたりの腰と腰をぴったりと密着させて、全身にびっしょりの汗をかきながら、荒々しく悶え続けている。

 同じ張形の両端に女陰を挿し貫かれているふたりは、一緒に昇り詰めるという条件をなかなか果たすことができずに、それぞれにかなりの回数の気をやって、いまだにああやって、お互いの身体をむさぼり合っている。

 

 休むこともできない。

 双頭の張形自体が微妙な振動をしており、ふたりの股間に刺激を与え続けている。

 もう性感があがりきっているふたりには、女陰に咥えこんでいる張形から受ける振動は、なにもしなくても、ふたりに絶頂の快感を与えるのに十分な刺激のはずだ。

 しかも、朱姫は、さらにあの双頭の張形の振動がだんだんと強くなるようにも細工している。

 

 おそらく、いまは最高振動だ。

 その証拠にふたりが達するまでの間隔がどんどん短くなっている。

 だから、ふたりは休むことなく、心を合わせて同時に達するということをどうしても成功しなければならない。

 しかしこれによって、最初はまだ遠慮がちだったふたりの性愛も、もはや、獣のような激しさを醸し出すようになっている気もする。

 まるで凶暴な発作を起こした雌と雌がお互いの身体を責め合うように、腰を擦り合い、押し揉み合って、大きな声で吠え続けている。

 

「ほおおっ、ほおおっ、気持ちいいいいいっ……なにもかも気持ちいいです……。さ、貞女お姉様、今度こそ一緒に──」

 

「はああああ──り、李姫──李姫、素敵──素敵よう──」

 

 ふたりは、お互いの愛の言葉を叫び合って激しく裸身を揺さぶっている。

 やはり、もはや、このふたりのあいだには、朱姫などいないかのようだ。

 おそらく、いま、李姫と貞女は、ふたりだけの世界に完全に入っている。

 性愛という行為を通じて、ふたりはやっと心を改めて結びつけ合った。

 朱姫はそれを確信していた。

 

 今日の昼間、貞女の手引きによって、李媛の新しい邸宅に侵入することにやっと成功した朱姫は、まずは、邸宅の中に『移動術』の結界を刻み、そこからここに貞女とともに移動して話をした。

 そのとき、朱姫は貞女に、明日には、仲間を追うために獅駝嶺(しだれい)に向かうことを告げた。

 すると、貞女から、李姫との関係について、初めて相談を受けたのだ。

 貞女の悩みは、朱姫に言わせれば、まったく悩む必要のない馬鹿馬鹿しい話だった。

 青獅子の魔王宮で性調教を受けた期間の中で、貞女も李姫もお互いをしっかりと性愛の相手として認める関係になってしまった。

 それについては、朱姫の存在が過分に影響しているのであるが……。

 

 いずれにしても、朱姫もそのふたりの関係の中に含まれていたのだから、はっきりと、それを確信していた。

 あの性調教の日々の中で、このふたりは確かに愛し合っていた。

 

 女同士であろうと……。

 

 それが最初は亜人たちから嘲笑されながらの強制的なものがきっかけであったとしても……。

 

 亜人の性奴隷になるという特殊な状況という異常環境の中のことであろうとも……。

 

 ふたりは愛し合っていた。

 それは、朱姫の感情を読めるという能力からも確かだった。

 だが、突然にこのふたりは、亜人に飼われて性調教されるという日々から解放された。

 そして、心の整理をすることなしに、元通りの令嬢とそれに仕える侍女という関係に戻った。

 それで、これからのふたりの関係をどう整理すべきか、お互いに悩んでしまったのだ。

 

 朱姫に言わせれば、貴族だろうが、元貴族だろうが、庶民だろうが関係はない。好きなら好きでいいのだ。

 身体が火照って求め合いたくなれば、求めればいい──。

 それだけのことなのだ。

 

 しかし、貞女はそれを躊躇していた。

 それは大恩あるという李媛(りえん)に、ふたりの百合の関係を禁止されたからというのもあった。

 李媛は、貞女と李姫が女同士で愛し合う関係になったことを十分に知っており、ふたりのそういう関係を続けないようにと貞女に申し渡したのだ。

 貞女は、李媛の命令と自分の気持ちの板挟みになって苦しんだ。

 ましてや、当の李姫が、貞女との性愛の関係を求めているのが丸わかりなだけに、余計に混乱してしまったようだ。

 

 一方で、あの李媛は、朱姫にも、李姫との絶交を求めていた。

 獅駝の城郭で異変のあった日の翌日、朱姫は、李姫や貞女と会うために、李媛たちが移り住んだ新しい邸宅を訪ねたのだ。

 

 しかし、門から中に入ることも許されず、衛兵の詰所に連れていかれ、そこにやってきた李媛から、厳しい顔で三日以内に獅駝の城郭から出て行けと言われたのだ。

 さもなければ、亜人追放令によって、朱姫を容赦なく捕縛するとも……。

 李姫や貞女に面会することも駄目だと言われた。

 

 その一方的な物言いは頭にきた。

 なによりも、朱姫を半妖として、はっきりと蔑んでいる李媛の視線に肚が煮えた。

 とにかく、そのことがあったので、腹癒せもあって、強引に李姫と貞女に別れの挨拶をしにいったのだが、その李姫と貞女もまた、李媛の一方的な命令に悩んでいるということを知ったのだ。

 だから、朱姫は、少し強引なことをやりたくなった。

 

 ふたりをこの隠れ処に連れて来て、無理矢理に性愛をさせようと思ったのだ。

 まあ、少しばかり調子に乗ったところもあったし、悪ふざけがすぎた部分もあったかもしれないが、いま、目の前でふたりは本気で愛し合っている。

 だから、これでいいのだ──。

 

「う、うん──、り、李姫、あなたが好き──好きよ──。あたしの妹……もう、迷わない……ずっと、一緒よ──。どんな立場になっても、あたしたちは一緒よ──」

「あ、ああ……嬉しいです……は、はあ……お、お姉様……り、李姫は……李姫はまた……」

 

 李姫がまた歯を噛み鳴らしながら、貞女を責めている腰を痙攣させ始めた。

 すぐに絶息するような呻きを洩らして、ぐいと上半身を貞女側に倒すように曲げた。

 

「待って、まだよ、まだ──」

 

 貞女がそれに気がついて、後ろから貫かれている腰を動かすのをやめた。

 

「あ、あたしに合わせて、李姫──」

 

 貞女が声をあげた、

 ふたつの白い肉の塊りは、昂ぶった声で泣き声のような声を出して、お互いの腰を動かし続ける。

 その姿は、同性の朱姫から見ても淫らな官能美に溢れていた。

 

「お姉様──」

 

「李姫──」

 

 ふたりが声を掛け合って、懸命に狂態を一致させようとしている。

 すでにふたりとも何度も絶頂している。

 体力の限界も近いのかもしれない。

 それでも、ふたりは懸命に声を掛け合い、その汗みどろの身体を擦り合って、快感を共有しようとしている。

 

「も、もう駄目よ、李姫──。あ、あたしは、もうだめ──」

 

「い、いく、いきます、お姉様──わ、わたしもいく──」

 

「い、いって、いって、李姫」

 

「いくうっ、お姉様──」

 

 貞女と李姫がまったく同時に吠えるような声をあげて、身体を震わせ始めた。

 朱姫には、ふたりの痙攣が完全に一致したのがわかった。

 ふたりとも、そのまま腰を激しく前後に揺さぶり、ほぼ同時に背中を仰け反らせる。

 

「あふうう──」

「はああっ──」

 

 ふたりが大声をあげた。

 ついに快楽の頂点に、まったく同時に達したのだ。

 

 李姫の身体が貞女の背中に突っ伏すように覆い被さった。

 ふたりの身体を繋いでいた張形の霊具の道術が解放されたのが朱姫にはわかった。

 李姫が、貞女の身体から滑るように落ちて、そのまま床にしゃがみこむ。

 

 貞女の股間から抜けた双頭の張形は、夥しいふたりの愛液にまみれたまま、李姫の腰にまだ繋がっている。

 李姫の股間に、まだ半分が挿入されたままの張形はいまだにぶるぶると振動を続けていた。

 

 朱姫は、李姫に駆け寄りながら、貞女を拘束していた縄の拘束を道術で解いた。

 これで縄は緩くなり、ひとりでも縄が外せるはずだ。

 一方で、体力を使い果たして、その場に倒れ込みそうな李姫を支えてあげる。

 また、張形の振動を停止させた。

 次に、まだつけっぱなしだった首輪も外す。

 張形を李姫から離れないように縛っていた革紐も解き、ぐったりとしている李姫の女陰から張形を抜く。

 大量の愛液とともに、李姫の股間から張形が抜けた。

 李姫は失神状態だ。

 

「ほ、本当に酷い人ね、朱姫……。し、仕返しをしようと思っていたけど、もう駄目──。こ、今夜は、本当にこれで堪忍して……。あたしも李姫ももう動けない……」

 

 貞女が自分で縄を解いて、こっちに這い寄ってきた。

 

「じゃあ、借りにしておきます、貞女さん……。今度会ったときには、あたしにふたりで仕返しをしていいですよ」

 

 朱姫は、気を失った李姫を抱きながら貞女に微笑みかけた。

 

「貸し借りはなしよ、朱姫……。結局、こうなるのが、あたしと李姫の運命だということもわかった。もう、李媛様がなにを言おうと迷わないわ。李姫は、わたしの恋人であり、妹であり、主家のお嬢様であり、大切な存在よ……。ふたりの関係を続けることを李媛様に咎められても……、それによって処断されることになっても後悔はない……」

 

「そう……。覚悟が決まったのね?」

 

「ええ……。屋敷を追い出されても、李姫を連れて逃げる──。その覚悟もできた。あたしは、こうなる運命だったのよ。李媛様に対する恩知らずでも構わない。李姫との愛に生きる。世間からなにを言われようと、蔑まれようと、あたしには李姫が必要──。それを気づかせてくれたんだから、あなたとは貸し借りはなしよ」

 

 貞女はきっぱりと言った。

 その表情は明るく、悟ったように晴れ晴れとしている。

 もう、吹っ切れたという感じだ。

 

「さて、じゃあ、ふたりを邸宅に返すわ……。でも、どうしようかなあ……。『移動術』の結界は、まだ繋がっていると思うけど、今度は衛兵がいるだろうし……」

 

 朱姫は言った。

 これからふたりを邸宅に戻さなければならない。

 しかし、李媛を連れ出すときに、衛兵に気づかれてしまっているので、あの邸宅全体は、いま、多くの衛兵が李姫の行方の手掛かりを探し回っている状態だろう。

 最初の計画では、ここでふたりに強引に愛し合わせた後は、再び『移動術』でこっそりと身柄を戻すつもりだったのだが、それはできなくなった。

 そうかといって、この夜道を歩かせるのも、まだ危険だ。

 

「どうしたの、朱姫?」

 

 貞女が言った。

 朱姫は事情を説明した。

 

「じゃあ、このままでいいわ。あたしたちを道術で送って……」

 

 貞女がきっぱりと言った。

 そして、朱姫から李姫の身体を受け取る。

 

「このまま?」

 

 このままといっても、ふたりとも全裸だ。しかも、汗びっしょりであり、それだけではなく、お互いの愛液を股間に擦りつけ合っているような状態だ。

 

 そんな姿で衛兵が捜索を続けている邸宅に戻れば、邸宅全体が大騒ぎになるだろう。

 

「いいのよ……。あたしたちの関係が堂々としたものであることが、これでわかると思うわ。李媛様は驚くと思うけど、ちゃんと説明するわ……。まあ、どうなるかわからないけど──。でも、そういう事情なら、あなたは来ない方がよさそうね。あたしたちふたりだけを道術で送ることはできる?」

 

「それはできます。でも、本当にそれでいいのですか?」

 

 朱姫は目を丸くした。

 貞女は李姫と全裸で抱き合ったまま、邸宅に戻せと言っているのだ。

 

「本当にいいのよ──。まあ、後はなんとかなるでしょう……。それよりも、もしかしたら、あなたとは、これでお別れになるの、朱姫?」

 

「そうですね……。ご主人様と孫姉さんは、金凰宮という魔王の巣窟に移送されたらしいです。沙那姉さんは、白象という女魔王のところです──。とにかく、あたしは、それを追いかけます……。明日の朝、あたしは北に向かって出発します」

 

「そう……。大事な仲間なのね……。あたしが、いま、李姫を大切な存在を思っているように……。でも、できれば、あたしたちと一緒にずっと暮らして欲しいんだけど、それは無理そうね……」

 

「ごめんなさい、貞女さん……。あたしは、それをしなければいけないんです。仲間を助けないと……」

 

「わかったわ、朱姫……。さて、ところで、李姫を起こすわね……。あなたにさよならも言わせないで、行かせたと知ったら、後で李姫に徹底的に懲らしめられるわ」

 

「大袈裟ですね」

 

 朱姫は笑った。

 

「本当よ……」

 

 貞女も笑った。



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553 悪ふざけの代償

 微睡んでいたら朝になったようだ。

 窓から射している朝の光で朱姫は気がついた。

 朱姫は、床に横になっていた身体を起こした。

 貞女と李姫を道術で送り返したのは、おそらく夜中だったと思う。

 

 結局のところ、貞女が強く主張し、さらに李姫も同意したので、本当にふたりが裸で抱き合った状態のまま、道術で邸宅に転送した。

 おそらく、大騒ぎになったかと思うが、李媛(りえん)も心の底からのわからず屋でもないのだろうから、貞女と李姫のことは、最終的には理解してくれるのではないだろうか。

 

 いまは、司政官という新しい仕事に取り組んでいて、傍目から眺めていても、李媛は気が張っているように感じるが、そのうちに、心に余裕が戻れば……。

 いずれにしても、李媛も李姫も貞女も、魔王に捕らわれて性奴隷のように調教されるという苦痛を半月も受け続けたのだ。

 そこから解放はされたが、その心を癒す期間はまだまだ必要だ。

 しかし、李媛を含めた三人がお互いを支え合っていければ、その心の傷もすぐに癒えるに違いない。

 

 朱姫は、荷の中にしまってあって干した魚を取り出した。

 そのまま食べようか、一度火で炙り直してから食べるのか迷ったが、やっぱり火を通すことにした。その方がおいしいのだ。

 朱姫はその干し魚を台所に持っていって、かまどに火をつけて焼き始めた。

 すぐに魚のいい匂いが漂い始める。

 朱姫は火を消して、適当な皿に魚を乗せて居間に戻った。

 そのとき、突然にこの家の入口の戸が開いた。

 

「うわっ」

 

 朱姫はあまりのことに、思わず叫んだ。

 そこには、李媛が立っていた。

 後ろに、軍装姿の若い男を連れている。道術師隊の将校用らしき帽子を被っている。

 かなりの美男子だ。

 一瞬で、その男が道術遣いだということがわかった。

 しかし、道術遣いということはわかるのだが、男の持つ霊気の大きさが読めない。

 つまり、それを隠している……。

 どうやら、かなりの遣い手のようだ。

 

「あ、あら、李媛さん……。よくここがわかりましたね」

 

 朱姫は慎重に言った。

 同時に驚いてもいた。

 この廃屋には、朱姫の結界がかかっているのだ。

 そう簡単に入って来られるものではない。

 それなのに、いま、李媛はなんの抵抗もなしに、玄関の戸を開いた。

 つまりは、李媛の後ろにいるこの道術遣いは、それだけの術師ということになるのだろう。

 なにしろ、朱姫は、自分の結界が破れたのに、李媛が入ってくる瞬間まで、そのことに気がつかなかったのだから……。

 

「昨夜は李姫と貞女がお世話になったらしいな。わらわからも、一応、お礼を言っておこうと思ってな」

 

 李媛が言った。

 その口調も表情も冷静だが、その内心は激しい怒りに溢れている。

 朱姫は、李媛の心の感情を読むことでそれがわかった。

 朱姫には昔からの特殊な力があり、相手の心を読むことはできないが、ぼんやりとした感情くらいは感じることができるのだ。

 李媛の感情は純粋な怒りでいっぱいだった。

 そして、大きな嫌悪感が存在している。

 

 つまりは、朱姫に対する大きな嫌悪だ。

 青獅子に捕らわれているときに、朱姫が半妖だと知ってから、その嫌悪の感情は李媛に芽生えていた。

 しかし、それはほかの感情に紛れて、小さく隠されたものでしかなかった。

 だが、いま、この瞬間、李媛の心の朱姫に対する嫌悪の心は、前と比べものにならないくらいに大きなものに変わっている。

 

「お気遣いなく、司政官閣下……。あたしは、もう、城郭を去ります。二度とお会いすることもないかもしれませんが、ご機嫌にどうぞ」

 

 朱姫は立ちあがった。

 しかし、相変わらず、李媛の感情は、怒りの感情でいっぱいだ。

 どう考えても、このままでは危険な気がする。

 なにしろ、朱姫の『結界術』ほどの霊気をあっさりと無効にしておいて、それを気づかせもしないくらいの道術遣いが後ろにいるのだ。

 

 朱姫は、自分の注意を李媛からその後ろの道術遣いに向けた。

 だが、そいつからは、なんの感情も読めない。

 心を閉ざしている。

 また、やはり朱姫の能力でも、どうしても、その男から霊気を感じることができない。

 自分の霊気を他者に隠す技も持っているようだ。

 

 だが、朱姫の結界をなんなく無効にできるということは、道術遣いとしては、朱姫とは格が違うということになりそうだ。

 朱姫は、荷を引き寄せて、抱えようとした。

 

「待ちゃれ、朱姫──。食事の途中であったのではないのか? 苦しゅうない。食べるがよい。わらわに構わずともよい。ただ、話がしたいだけだからな……。話は、そなたが食事をしながらでもできるしのう」

 

 李媛が言った。李媛は相変わらず、戸の前で立ったままだ。

 外に出るには、そこをどいてもらわなければならないが、なんとなく、そんな雰囲気ではない。

 

 まあいい……。

 いざとなれば、『移動術』がある。

 念のために、ここから城郭外に繋げておいた『移動術』の結界がある。

 そこまで跳躍してしまえばいい。

 

 しかし、その背後の道術遣いが気になる。

 こいつは、危険な匂いがする。

 その眼の前で道術を遣うのはなんとなく躊躇われる。

 たとえば、『移動術』を防ぐには、『逆結界』という道術がある。

 こういう建物の四隅から複数の道術遣いが、結界を上から張って、朱姫のような道術遣いが、道術で逃亡するのを防ぐという道術だ。

 

 だが、その『逆結界』には、複数の道術遣いが必要であり、通常は、力の強い道術遣いが四人は必要と言われている。

 眼の前にいるのは、ひとりだから、その術は遣えないはずだ。

 

「食事は歩きながらします、閣下──。あたしは、急ぐんです──。ご主人様たちが、亜人軍に捕らわれたままなんです。それをなんとかして助けないと……」

 

 朱姫は言った。

 この三日間の情報収集で、孫空女と宝玄仙は金凰宮という場所に、沙那は白象宮という場所に連れていかれたこともわかった。

 それぞれの場所も調べた。

 亜人たちの棲む領域になるが、半妖の朱姫なら青獅子に捕らわれていたことさえ隠し通すことに成功すれば、怪しまれずに近づけると思う。

 とにかく、彼女たちが捕まっている場所に接触して、どういう状況なのか情報を集める。

 それからだろう……。

 

 いずれにしても、朱姫は、まずは、白象宮に向かうと決めていた。

 沙那さえ救い出すことに成功すれば、あとはなんとかなる気がする。

 

「急ぐのであれば、なぜ、出立を一日伸ばしたのじゃ? わらわが、先日、そなたに申し渡した期限は昨日までだったはずじゃ。昨日のうちまでに去らねば、法に基づいて、そなたを捕らえるかもしれんと申したはずじゃ──」

 

「いえ、だから、すぐに出立しようと……」

 

「黙れ──。それにも関わらず、そなたは、一日出立を先延ばしして、李姫や貞女の面倒を看たのじゃな──。昨夜、あのふたりは、とんでもない姿で戻って来たぞ。そして、わらわに、ふたりは愛し合おうておるとか堂々と主張しおった……。それで、頭を抱えておるのだ。だが、あのふたりが、そんな風にわらわに主張するのは、そなたに関係があるのであろう?」

 

 どうやら、李媛の怒りの原因は、その辺りにあるようだ。

 

「どうして、あたしが絡んでいると思うのですか? ふたりがなにか言いましたか?」

 

 朱姫はとぼけた。

 

「黙れ、黙れ──。わらわを馬鹿にするでないわ──」

 

 李媛の表情が一変した。

 険しい顔で朱姫を睨みつけた。

 

「──昨日、邸宅に道術を遣える何者かが入り込んで李姫をさらい、ついでに、貞女もどこかに連れていったのはわかっておる。ふたりとも、無事に帰っては来たが、司政官であるわらわの邸宅から娘を連れ出すなど、立派な犯罪であるぞ──。ああ、確かに、あのふたりは、お前に会っていたとも、お前に連れ出されたともひと言も喋っておらんわ──。しかし、わらわを馬鹿だと思わんことだな」

 

「馬鹿だなんて……」

 

 すごい剣幕だ。

 朱姫はたじろいでしまった。

 

「お前のことは、三日前からひそかに見張らせておったのだ。この廃屋に隠れていることも、ずっと知っておった。ただ、三日のうちに立ち去れば、半妖であろうとも、黙って立ち去らせるつもりであった──。だが、見張りの者の言葉によれば、随分と面白い恰好を李姫にさせて、この建物に連れ込んだらしいのう──」

 

 李媛が凄い形相で怒鳴り声をあげた。

 どうやら、李姫を裸で連れ歩いて、あれこれと羞恥責めに遭わせたのを見られていたようだ。

 自分に見張りがついていることにはまったく気がつかなかった。

 

 朱姫は内心で舌打ちした。

 大事な娘の李姫をそんな目に遭わせられたと知れば、李媛の怒りも、もっともなのかもしれない。

 それに加えて、李姫と貞女が、開き直ったようにふたりが百合の関係であることと、これからもその関係を続けることを李媛に告げたのだ。

 李媛は混乱して、その怒りを朱姫にぶつけにきたというところだろう。

 

「り、李媛さんには、説明しても、納得してもらえないかもしれませんけど、あれは、ああいう遊びなんですよ……。まあ、一種の倒錯した性愛のかたちなんです。あたしも李姫も……いえ、李姫さんも合意のうえでやっていることでありまして……」

 

「やまかしい、半妖──。半妖風情がわらわの娘に近づくなと申し渡したであろうが──。もう、容赦はせぬ──。亜人も、半妖も、わらわの城郭には、もう一歩も足を踏み入らせぬ──。法に基づいて、お前を捕縛する。観念せよ、朱姫──」

 

 李媛が叫んだ。

 そして、さっと道術遣いの男の後ろに退がった。

 

 朱姫は、『移動術』を心で唱えた。

 自分の身体が跳躍するのを感じた。

 

 次の瞬間、強い力が朱姫を襲った。

 なにが起こったのかわからなかった。

 身体の下に床がある。

 もの凄い力で身体を押し潰されている。

 

「な、なに?」

 

 朱姫がもがいた。

 城郭の外に跳躍したはずだが、朱姫はさっきまでいた床の上になにかの力で押し潰されていた。

 顔の前に李媛の足がある。

 どうやら、『移動術』の跳躍の途中で、道術によって捕えられたようだ。

 

 逆結界──?

 とっさに思った。

 しかし、『逆結界』という術は、ひとりでは完成しないはずなのに……。

 

「捕らえよ──。道術封じの枷を全身に装着してしまえ──」

 

 ずっと黙っていた道術遣いが言った。

 朱姫は床に潰された顔をあげた。

 

 女の声──?

 ずっと若い男だと思っていたが、実はその道術遣いは若い女だったようだ。

 すぐに、わらわらと十人ほどの集団が家に駆け込んできた。

 

「は、離してよ──」

 

 朱姫は暴れようとした。

 しかし、大きな霊気が朱姫の身体を床に押さえつけている。

 いま、道術を遣って朱姫を拘束しているのは、目の前の道術遣いの女のようだ。

 家に飛び込んできた十人が朱姫の身体を手で押さえつける。

 朱姫には、この十人がすべて道術遣いだということがわかった。

 

 なんてことはない。

 李媛が連れてきたのは、道術遣いの女ひとりではなくて、道術師隊の小隊だったのだ。

 そういえば、情報によると、今日には、王軍から獅駝の城郭の統治を支援するために、道術師隊の先発隊が到着することになっていたはずだ。

 それが少し早く到着したということか……。

 

 朱姫は、こうなったら、『獣人』の道術で逃げようとした。

 だが身体に、道術封じの枷をかけられるのが早かった。

 十人くらいの道術師たちは、強い霊気に押しつけられている朱姫の両腕を背中に回させて、道術を封じる手枷を手首に装着させてしまった。

 同じものが足首にもかけられる。

 両方とも、枷と枷を繋ぐ短い鎖がついていて、手足の自由を奪われてしまった。

 

一丈青(いちじょうせい)隊長、首にはどうします? こいつ、なにかすでに首に嵌めていて、それが邪魔で首枷が付けられないんです」

 

 朱姫に枷を装着した道術師のひとりが言った。

 

「いや……」

 

 一丈青と呼ばれた女の道術師隊の将校が朱姫の首輪に手を伸ばして、首を傾げた。

 この女がやっぱり隊長なのだ。

 一丈青が道術を遣ったことで、この女の持つ霊気の大きさがわかった。

 とてつもない霊気だ。

 しかも、この女だけが別格に霊気が強い──。

 それに比べれば、ほかの十人は雑魚だ。

 

「……いや、どうやら、この首輪は霊具のようだ。強い霊気を集める能力があるようだな。しかも、小さな霊気をどこかに流し続けている。どういう霊具なのかはわからないが、とりあえず、霊気の流れだけは遮断しておくか……」

 

 一丈青が朱姫の前に屈み、朱姫が嵌めている首輪に手をかざした。

 一丈青が首輪に大きな霊気を注ぐのがわかった。

 その一丈青の表情は不気味なくらいに無表情だ。

 

「いや、これは駄目だな……。この霊気を集める力だけは、私の力でも停止させるのは無理のようだ。首輪を外すこともできそうにない……。仕方がない──。このまま連れていこう──。首輪はそのままでいい。その代わりの強力な道術封じを装着させる。立たせろ──」

 

 一丈青は身体を起こして首を横に振った。

 朱姫の首輪は、宝玄仙の霊具だ。

 その効果のひとつは、朱姫の身体に植え付けられているたちの悪い寄生虫の活動を抑えるために必要な霊気を集めるというものであり、もうひとつの効果は、霊気を発信して朱姫がどこにいても、宝玄仙が追いかけて来ることを可能にするというものだ。

 霊気を発信する力を無効にされたということは、その追跡機能を遮断されたのだろう。

 一方で、霊気を集める力は、一丈青には停止できなかった。

 だから、そのままだろう。

 とりあえず、寄生虫が霊気不足によって活性化して、朱姫がだんだんと獣になっていくことは避けられそうだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙の霊具は、簡単にはこれが霊具であることが気づけないように細工をしてあったはずだ。

 それを一発で見抜くというのは、それだけでも、この一丈青という女道術遣いが、並々ならぬ道術遣いであるという証拠だ。

 朱姫は、手枷と足枷をつけられたまま、その場に抱えて立たされた。

 

「な、なによ──。あ、あたしがなにをしたというのよ──。もう、城郭から出て行くと言っているでしょう──。こんなことをしなくても、出て行くわよ」

 

 朱姫は両脇を道術師隊の兵に押さえつけられたまま、離れた位置から、満足そうに微笑んでいる李媛に向かって叫んだ。

 

「もう、遅い──。お前は、わらわの布告した法に背いた。この城郭では、半妖のお前が立ち入るのは重罪じゃ。三日の猶予を守らなかった、そなたが悪い──」

 

 李媛が勝ち誇ったように言った。

 朱姫は歯噛みした。

 そのとき、一丈青が大きな宝石のようなものを朱姫の額に近づけた。

 その宝石が朱姫の額に当たったと思った。

 

「あがあああ──」

 

 その瞬間、もの凄い激痛が頭に走った。

 朱姫は絶叫した。

 

「大丈夫だ。痛みはすぐ消える──。道術封じの石だ。これを額に埋め込んだ。これでどんなに強力な亜人であっても、道術は遣えん」

 

 一丈青は言った。

 その言葉の通り、すぐに頭の痛みは治まった。

 しかし、全身を動く霊気が、この額の宝石の周囲でかき乱されるのがわかった。

 それだけでなく、手足には、それとは別の道術を封じる霊具の拘束具をつけられている。

 朱姫は、自分が大きな危機に陥ったことを悟らざるを得なかった。

 

「あ、あたしをどうするつもりよ、李媛──。あ、あたしは、これでも、青獅子宮だったあんたの屋敷から亜人軍を追放するのに協力しているわ。たくさんの証人もいる。そのあたしを処刑するの──?」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「ほうほう──。そんな風に力を封じられても、まだ、そんな元気があるというのは頼もしいのう──。心配いらん。わらわも、そのくらいのことはわきまえておる。お前は、この城郭で処刑されることもないし、裁かれることもない──。このまま、城郭の誰にも──、特に、李姫や貞女に知られることもなく、ひっそりと城郭から連れ出される。王都の郊外に亜人専用の収容所があるのだ。そこに収攬される手筈になっておる──。死ぬまでな──」

 

 李媛は冷たく言い放った。

 

「お、王都──?」

 

 朱姫はびっくりした。

 そんな場所に誰にも知られることなく、監禁されたりしたら、今度こそ、仲間とは離ればなれだ。

 

「では、このまま、この半妖は城郭から連れ出させます──。ご心配には及びません、李媛殿。私の一隊は、亜人の移送には手慣れた者ばかりです。絶対に逃がすようなことはありません」

 

 一丈青だ。

 

「よろしく頼むぞ」

 

 李媛は言った。

 そして、もう、すっかりと朱姫に興味がなくなったかのように、朱姫に背を向けた。そして、家を出て行く。

 

「ま、待って──」

 

 朱姫は声をあげようとした。

 だが、自分の両脇を抱えた道術師ごと、自分の身体が、なにかの霊気に包まれるのを感じた。

 

 そして、目の前の風景が消滅した。

 

 

 

 

(第84話『半妖女の失敗』終わり)



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 第85話  女王処刑【小白香(しょうはくか)Ⅱ】
554 処刑執行二日目


 白象(はくぞう)宮──。

 

 家臣には、新たに小白香宮と呼称するように命じたが、正式の布告はまだしていないため、多くの臣民にとっては、いまだに“白象宮”という呼称が馴染みであろう。

 それも、もうしばらくだろう。

 この都に集まる多くの臣民は、もっともわかりやすいかたちで、政権の交代が行われたことを昨日から知り始めたのだ。

 

 小白香は、宮殿を出て、その門の前にある大広場に歩いて向かっている。

 それにしても、自分の足で移動しなければならないというのは不便なものだ。

 小白香の結界が刻んである宮殿と離宮内であれば、自在に『移動術』を遣える小白香ではあるが、一歩、宮殿を出れば『移動術』は遣えないのだ。

 

 三魔王の領域である広大な一帯には、伯父である金凰(きんおう)魔王の広域道術が刻んであり、一度も金凰宮に足を踏み入れたことのない者は、いかなる存在であろうとも、『移動術』を遣えない。

 小白香は、まだ、この白象宮で白象の腹から誕生し、産まれてから一度も宮殿地域を出たことがない。

 だから、その金凰魔王の広域道術の影響により、『移動術』が使えない。従って、今日のように、宮殿の外に出るときには、自分の足で歩くか、馬車を仕立てなければならないのだ。

 

 いまは、小白香は、沙那ただひとりを連れて、宮殿前の広場に向かっている。

 沙那の武術と小白香の道術があれば、それ以外の護衛など不要だ。

 現に、こうやって歩いている小白香の周りには、いかなる攻撃も受け付けない結界を刻み続けている。

 

「小白香様、考え直されるおつもりはありませんか?」

 

 その宮殿前の広場に向かう途中で、その沙那が言った。

 本当に小うるさい女だ。

 小白香は派手に舌打ちした。

 しかし、そんなことで意見を撤回する沙那ではない。

 それはわかっている。

 

「あえて、申しあげます。母君の白象殿を処刑しても、百害あって一利ありません。どうか、お考え直しください。生きていれば、いくらでも交渉の材料にも使えます。役に立たないと判断した時点で、殺しても問題ありません」

 

 思った通り、沙那は小白香の後ろからさらに言い続ける。

 小白香はうんざりして嘆息した。

 

 これで有能でなかったら、遠慮なく新魔王に逆らう者として、厳しい罰を与えてやるところではあるが、この沙那はたった二日で、さまざまな事象を通して、自分が優秀な部下であることをしっかりと証明した。

 与えてやった立場は、小白香の護衛にすぎないのだが、眼に見えたものや小白香に指示を仰ぎにくる家臣たちに対する小白香の指示に、遠慮なく意見を唱えるし、疑念を口にする。

 その言葉は、小白香も認めざるを得ないほどに、的確で筋が通っている。

 

 宰相の百眼女(ひゃくがんじょ)など、今朝は朝議において、わざわざ最後に沙那の発言を求めたくらいだ。

 沙那も物怖じすることもなく、小白香の家臣たちに、堂々と意見を述べるので、今朝の朝議は、完全にこの沙那の独壇場だった。

 この沙那はたった二日にして、もう、白象を継いだ小白香の宮殿でしっかりと自分の地位を築きつつある。

 さすがの小白香も、沙那については、自由にさせていた方が有意義であることを認めるしかない。

 

「うるさいのう──。すでに執行は始まっておるのだ。新魔王の布令も出した。裁決もした。そもそも、新魔王の下す命令が、簡単に覆っては、朝令暮改も甚だしいであろう。ただでさえ、わらわは、年端もいかぬ。家臣や臣民に侮られては、今後の政事がやり難いわ。それがわからぬのか──」

 

 小白香は言った。

 

「君子豹変するとも言います。逆に、度量のある新魔王だと賞賛されるでしょう。このままでは、金凰軍と戦です。何度も申しあげます。いまの状態で、金凰軍と戦端を開いても、万が一にだって勝ち目はありません。三年ください。三年あれば、このわたしが、小白香様を三魔王の覇者にしてみせます。しかし、いまは駄目です。自重をお願いします」

 

 さらに沙那が言い募った

 小白香は返事をしなかった。

 ただ、広場への歩みを速めただけだ。

 

「ねえ、陛下──」

 

「いいから、黙れ──。これから、わらわは、母者と最期の別れをするのだぞ。その想いに集中させよ──。お前には、情というものがないのか──」

 

 小白香は怒鳴った。

 実のところ、肉親としての情など、白象に対してはこれっぽちも残っていない。

 白象に会いに行くのも、訊ねたいことがあるからだ。

 だが、沙那を黙らせるには、そう言えば、効果があると思った。

 案の定、沙那は静かになった。

 小白香はほっとした。

 

 白象宮と呼ばれていたこの城下に暮らす亜人の数は、三魔王それぞれの都の中で、金凰宮の城下を凌ぎ最大と言われている。

 金凰宮が三魔王の権力と武力の中心であることに対して、この白象宮は物流と生産の中心と言われている。

 支配している土地も金凰宮よりも広大であり、亜人の人口も多い。

 

 ただし、軍の勢力は三魔王中で最小である。

 三魔王軍のうち、最大の軍が金凰魔王軍であることはいうまでもないが、次いで大きいのが青獅子軍の勢力だった。

 この白象宮には、宮廷一帯を中心とした必要最小限の武力しかないし、各地に展開している地方軍も、その地域の警備に必要な勢力の範囲を超えない。

 それに比べれば、青獅子軍など、軍隊とその駐留する土地のみが存在するだけで、支配すべき地域を持っていなかった。純粋に軍のみの組織だったのだ。

 富の力で勝る白象宮が、その富を青獅子軍と金凰軍に提供する──。

 そういう態勢で三魔王軍は成り立っている。

 

 もっとも、これは今朝の朝議で沙那が説明した三魔王軍のいまの態勢だ。

 昨夜、ほとんど徹夜で政事に関する書類を読みまくっていると思ったら、小白香が魔王となって初めての朝議に、朗々とこの三魔王のそれぞれの立場を小白香や家臣たちの前で説明したのだ。

 小白香もあんなに簡明で、しかも、わかりやすい三魔王の態勢の説明は初めてだったし、それは家臣団も同じのようだった。

 十年以上も白象宮の実質運営をしてきた百眼女にしてすら、改めてわかりやすく説明を受けることで、状況を整理することができたと感心していた。

 

 家臣たちは、小白香の護衛として朝議の間の隅に立っているだけの役割の沙那が、どんどん口出すことに、最初は鼻白んでいた様子だったが、面白いから小白香が沙那の発言を許していたら、途中から明らかに彼らの反応が異なってきた。

 沙那に次第に圧倒されたのだ。

 

 そして、朝儀の最後に百眼女が沙那に意見を求めたが、そのとき、ただの護衛に宰相が意見を求めたのことについて、違和感を示した者は誰もいなかった。

 それが当然という雰囲気だったのを小白香は覚えている。

 小白香自身がそう思ったのだ。

 

 先日まで、まったく白象宮の運営に関わらないどころか、離宮に監禁して拷問でいたぶっていた人間族の女に、長年白象宮の運営に関わってきた亜人の家臣たちが、知識で負けるというのは、驚きというよりは滑稽だが、それが真実なのだ。

 これは、沙那がそれだけの才能があるというよりは、亜人というものは、それだけぼんやりとした存在なのだろう。

 だが、人間族というのは、すべてが沙那のように頭脳において、亜人に比して、驚嘆するような働きをするのだろうか……?

 

 それならば、人間族憎しとして、一方的に亜人の敵としている考えを改めねばならないのではないだろうか?

 小白香は、そんなことを考えたりした。

 

 人間族というひとつの種族で成り立っている彼らに比して、亜人族は多くの人種で成り立っている。

 異人種を受け入れる器は、自分たち亜人には十分にある。

 沙那のような人間族がもう数名加われば、この魔王領が飛躍的な発展をするのも絵空事ではない気がする。

 

 いずれにしても、沙那が主張するには、白象宮の強みは、三魔王軍の富と財の中心であることだ。

 だから、戦をするのであれば、強い部分ですればいいということらしい。

 わざわざ、武力で決戦を求めるのは愚策であり、万が一の勝ち目もないと沙那は主張している。

 

「ところで、今朝の朝議では、お前が随分と政事に長けていることはわかったが、お前は、その若さで、どこかの人間族の宮廷の宰相かなにかでもやっていたのか?」

 

 歩きながら小白香は、なんとなく沙那に訊ねた。

 沙那の優秀さは、儲けもののような気がするのだが、実際のところ、この沙那のことを小白香はほとんど知らない。

 知っているのは、宝玄仙という旅の道術遣いの供だったというだけだ。

 考えてみれば、この沙那は一体全体、どういう生い立ちであり、なぜ、そんなに政事に堪能なのだろう。

 

「政事に明るいというわけではありません。実際のところ、現実にそれに面するのは始めです、ご主人様。わたしにあるのは、すべてかつて書物を読んで得た知識です。でも、正直、その知識を実地で生かすのは初めてです。わたしに、こんな場を与えてくれたご主人様に感謝します」

 

 沙那はにっこりと笑った。

 

「書物で得た知識だと? ならば、実際の経験はないのか? 実はどこかの国の運営を担ってきたというわけではないのか?」

 

「ありません、ご主人様。わたしは、この辺りでは東方帝国と呼ばれる場所にある城郭の千人隊長でした。だから、文官の経験はありません。それも、四年ほど前までの話ですが……」

 

 沙那は言った。

 

「書物だけの知識で、あれだけ的確に物事を把握できるのか? 朝議に出席した連中など、お前については、性奴隷として、ここに連れてこられたというのは偽りであり、実は、連中を牛耳らせるために、わらわが新しく連れてきた人材だと思い込みはじめようだぞ」

 

 小白香は笑った。

 

「わたしは、わたしの役目を果たすだけです、ご主人様。それがあの家臣の方々を敵に回すことになっても、それが必要ならやってみせます。でも、いまはその必要はないと思います」

 

 沙那は、“いまは必要ない”という言い方をした。

 だが、逆に必要であれば、そうするということだ。

 そう言えば、沙那は、道術契約で小白香を受け入れた初日に、小白香が気紛れで近衛軍団長とした花炎を罷免に追い込んだ。

 

 花炎(かえん)については、白象のことで興奮していた小白香が、気紛れで近衛軍団長にしたのだが、よく考えれば、それにふさわしい人材とはいえなかった気がする。

 しかし、沙那はそれを一発で見抜き、喧嘩を吹っ掛けるという驚いた手段で、花炎を排除してしまった。

 沙那はああいう強硬手段もとれる性格だということだ。

 必要であれば、手段を選ばないというのは、確かに頼もしい。

 この沙那に、権力を与えることが適当なのではないかと思っている。

 この沙那は、道術契約により、絶対に小白香に不利になることをやらないし、才能も驚くべきものだ。

 

「ところで、沙那、千人隊長ということであれば、軍略についてはどうなのだ?」

 

「ひと通りの軍略の書物には精通しております。そっちは、政事以上の自信はありますね」

 

 沙那が白い歯を見せた。

 

「なるほどのう……。だが、書物だけの知識でも政事については才を認めてもいいかもしれん。だが、軍略というものも、書物の知識が役に立つものなのか?」

 

「もちろんです。でも、戦の指図というものは、書物だけの知識では難しいでしょうね」

 

 沙那はあっさりと言った。

 小白香は、その自身満々の沙那の態度がおかしくなった。

 

「じゃあ、書物で得たお前の軍略と千人隊長の経験では、この度は戦をすべきではないというのだな、沙那?」

 

 小白香は、沙那の強硬な反対論を聞いた後でも、絶対に金凰宮との戦を避けるべきだという大方の意見を退けた。

 この魔王領を戦に巻き込むつもりはないが、白象の処分について、金凰魔王にとやかく言われたくはないのだ。

 白象を勝手に処断すれば、戦を仕掛けると金凰魔王が脅すのであれば、勝手に脅せばいい。

 それに、これについては、所詮、魔王家の内部の話だ。最後には話し合いで決着がつくと小白香は踏んでいる。

 金凰魔王は、毎年、幾度となく、この宮殿を訪問してきている。

 明らかに金凰魔王は、白象を侮り、小白香を可愛がってくれていた。

 金凰魔王が、小白香を敵にするなど、正直、想像できない。

 

「当然です。でも、わたしの意見はあの朝議で言い尽くしました。ご主人様が、白象殿の処分にこだわるというのであれば、これ以上はあまり申しませんが、どう考えても、それが必要とは思えませんのに、なぜ、処断にこだわるのですか?」

 

「また、説教か?」

 

 小白香はうんざりした。

 

「必要であればいくらでも言います……。もともと、白象殿は、政事には深く関わってはおいでではなかったし、家臣の方々に信望のある魔王ではなかったので、すでに、あの家臣の方々もご主人様を新たな主人として、認める状況になっています。政事も人事も、あの百眼女様がうまくやって、ご主人様に利する人事を整えています。敢えて、示威行動のようなことは必要ないでしょう。それよりも、実の母親を残酷に処刑する若い魔王として、その悪評の方が心配です」

 

 沙那は言った。

 

「さあ、なぜかな……? だが、わらわは、母者が憎い──。憎くて堪らぬ──」

 

 小白香は言った。

 自分の感情をうまく説明できないが、憎いから憎いとしか言いようがない。

 母親としては、なにもしなかった白象──。

 その白象を母と認めないことで、自分の成長があるような気がする。

 自分としてのそのけじめが、白象の処刑なのだと思う。

 

「ところで、軍略に関連することで、ひとつだけ、疑念があるのです、ご主人様。できれば、教えて頂ければ、嬉しいのですが……」

 

「疑念? なんじゃ?」

 

 小白香は歩きながら沙那に視線を向けた。

 

「『移動術』について、お伺いしたいのです。わたしの故郷でも、道術を軍事に取り込むのは、主流ではありませんが、そういう策戦もあるのはあります──。でも、少し、百眼女様と話したとき、金凰軍については、『移動術』で作戦部隊を跳躍させることができるということですが、我が軍については、それは不可能ということでした。どういうことなのですか?」

 

 沙那は言った。

 

「ああ……。金凰魔王の広域道術のことじゃな。一般に“呪い”と称するが、歴代の金凰魔王は、三魔王領全体に、魔王自身でも絶対に解除できない広域の道術契約のようなものを大地に刻んでおるのだ。大地との契約なので、それを解除することはできん。すなわち、一度も金凰宮に立ち入ったことのない者は、例外なく、この三魔王領で『移動術』は遣えんようになっておる。わらわを初めとして、本領域の者はほとんど、金凰宮に入ったことはない。だから、わらわ側の軍は、『移動術』は遣えんということだ」

 

 小白香は苦々しく言った。

 すると沙那が驚いた表情をした。

 

「大地との契約……。そんなことは、誰でもできるのですか?」

 

「とんでもないわ。そんな、大それたことが誰も彼もできては、この地が混乱するわい。これができるのは、魔王族の直系の血筋だけだ。魔王族だけの特殊能力だ」

 

「ご主人様にはできますか?」

 

「できん。わらわは、まだ成人ではないしな。それに、白象の娘だから、直系の血筋としては微妙だ。成人して、その能力が開眼するかどうかわからん」

 

「わかりました──。でも、それでは、わたしたちが圧倒的に不利ではないですか。金凰軍は、いま、この瞬間にでも、道術で跳躍して、この魔王宮に軍を進めることも可能ということですよね。それに対して、逆はできないと……」

 

「そういうことじゃ……。宮殿自身には、わらわの結界が刻んでいるから、大軍で包囲しようとも、手は出せんがな」

 

 宮殿及び離宮の一帯には、いまや完全に白象から引き継いだ小白香の結界がかかっている。

 正直にいえば、結界の霊気の強さだけは、金凰魔王にも負ける気はしない。

 

「でも、結界で護れるのは、霊気による攻撃だけですよね。道術で跳躍して、宮殿を囲み、物理的な攻撃を奇襲で仕掛けられては、護りきるのは難しいですよ。いま、現段階で、この魔王宮は、臨戦態勢にも入っていないのですから」

 

「だったら、臨戦態勢をとればよいであろうが──。わらわが戦も辞さんといっておるのをお前も含めて、誰ひとり本気にはとっておらんようじゃな、沙那──」

 

 小白香は怒鳴った。

 むろん、沙那に責があるわけでも、その権限がないこともわかっている。

 政事とは違い軍事には、指揮権という微妙な規律がある。

 これは、小白香といえども、遵守して系統を保らなければならない。

 魔王である小白香でさえ、直接に指図していいのは近衛軍だけだ。

 

 ましてや、なんの権限もない沙那が、魔王宮の全軍になにかを命じることなどできない。

 しかし、沙那は考え込むように黙り込んだ。

 どうやら、なにかの思念に入ったようだ。

 

 やがて、宮殿の門に到着した。

 城門は閉じてはいない。

 衛兵が直立不動になって敬礼をした。

 小白香は、軽く手を振って、その前を通り過ぎた。

 宮殿の門をすぎれば、そこが宮殿前広場だ。

 多くの市民が集まっていた。

 

「沙那、見よ──。前魔王の成れの果ての姿じゃ。民衆の前に恥毛まで晒して磔にされ、昨日は、糞便を洩らす姿まで晒したという話じゃぞ」

 

 小白香は笑った。

 民衆の集まる広場の中心に白象がいる。

 この魔王宮は、高台にあるので、歩きおりていきながらも、広場の様子をしっかりと眺めることができる。

 そこに太い柱が立てられて、道術でその柱に白象を全裸で拘束して立たせているのだ。

 こちらからでは、柱の向こう側に白象がいるかたちだが、ここから見るだけでも、命令のとおりに、白象が素裸で柱に横に接続している上下二本の横材に、両手と両脚を拡げて縛りつけてあるのがわかった。

 すでに手配されていたようであり、白象が拘束されている柱の周りからは、民衆は離されて、その民衆と白象のあいだに、近衛隊の一部が整列している。

 

 この白象の刑の執行を命じている一隊だ。

 彼らは、白象の息が完全に停止するまで、ここで白象の見張りと刑場の管理を続ける。

 この晒し刑は、簡単には終わらすつもりはない。

 少なくとも十日は続くはずだ。

 

 道術が遣えない状態にしていても、魔王の潜在的な霊気は大きい。

 ああやって、水も食べ物も与えなくても、少なくとも十日は死ねないのだ。

 沙那は、ちらりと残酷な白象の晒し処刑の光景に視線をやったが、なにも言わなかった。

 小白香と沙那は、白象の前に到着した。

 近衛隊の連中が小白香に敬礼をしようというのを小白香は手で制した。

 

 白象は完全に意識を失っていた。

 しかし、その裸身には、昨日からの一日の白象の苦闘の痕がある。

 白象の全身には、昨日の朝、全身に浴びせさせたとろろ芋の汁痕がべっとりとついている。

 とろろ芋は、乾けば猛烈な痒みを発生させる。その汁を全身に浴びせられて、この柱に道術を封じて拘束された白象は、恥も外聞もなく泣き喚き、糞尿まで民衆の前で垂れ流したという。

 その悲鳴は凄まじく、夜中に近い時刻まで続いたらしい。

 しかし、それを境に声はしなくなり、意識も完全に失ったようだ。

 

 いまは二日目の昼という時間だが、夜以降、断続的な短い覚醒と弱い悲鳴を繰り返して、いまに至っている。

 一応、そう報告を受けている。

 いまは、気絶していている状態のようだ。

 股下の糞尿は片付けられているようだが、完全に意識のない白象の顔には、大量の涙と鼻水と涎の痕がくっきりとついている。

 

「民衆を撤収させよ──。そして、お前らも退がれ。しばし、わらわたちに近づいてはならん」

 

 小白香は近衛隊の隊長に言った。

 隊長が隊を動かして、民衆を解散させる。

 その近衛隊自体も遠くに離れていく。

 

「さて、母者を起こすか」

 

 小白香は、白象を回復させる道術を送り込んだ。

 昨日からの晒し刑で、弱っている白象に回復の道術を刻むのは、もはや、慈悲ではなく、死の訪れが遅れる怖ろしい罰のようなものだ。

 これで、白象の死は、さらに数日は伸びると思う。

 

「はっ、はっ、はあっ……はああっ──がっ、あがああっ──はがあああっ──」

 

 すると、意識を回復した白象が、発狂したような声をあげ始めた。



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555 わたしの娘

 白象が暴れ出した。

 その表情はどこか常軌を逸しているようであり、その開いた眼は、正面に立つ小白香のことをまるで認識していないように思える。

 小白香はさらに『治療術』を白象に送り込み、全身を襲っているはずのとろろ芋の痒みを癒していった。

 さらに、肌の表面に残っている乾いた芋汁も消していく。

 

「はううう――」

 

 白象が突然がくがくと痙攣をしはじめた。

 なにが起きているかわからなかったが、白象の開いた股間からどろりと女の蜜が溢れたのを見て、小白香は少し驚いた。

 発狂するような痒みが一気に消滅するのは快感には違いないのだが、まさか、この状態で気をやるとは思わなかった。

 

「これは、愉快だのう。母者は気をやりおったぞ。さすがは、わらわが二年も痒み調教をしてやっただけの身体じゃ。痒み責めには、意識などなくとも身体が反応するようじゃ――。見たか、沙那?」

 

 小白香は、がっくりと身体を脱力させた白象を見て笑った。

 

「見ました」

 

 沙那は感情を殺したような表情で、ただそれだけを言っただけだった。

 なんとなく面白くなかったが、小白香は我慢した。

 沙那が白象の晒し刑に大反対しているのは承知している。

 なにかと言えば、ずっと反対されていた。

 いま、黙っているだけで、ましというところだろう。

 小白香は、白象に意識を戻した。

 

「さて、じゃあ、訊問をするかのう……。答えはほぼわかっておるから必要はないのだが、まあ、わらわと母者のけじめのようなものかのう……」

 

 白象を磔にしている直柱には、上下二段の二本の横材が組んである。

 上の横材に白象の両手が横に伸び、下の横材には白象の両足首が左右に開いて拘束されている。

 拘束の手段は縄や革紐ではなく道術だ。

 見物人に白象が処刑をされているのが、わかりやすくするために、通常の重罪人と同じに磔台に拘束しているように見せかけているのだが、実際には白象の肌は、かすかに直柱とも横材とも離れていて接触はしていない。

 接触させてしまうと、痒みの苦しさで接触している部分の肌を破いてしまい出血をすることが予想されるからだ。

 

 白象には、少なくとも七日間は、こうやって、毎日、趣向を凝らした痒み責めを体験させながら殺していく予定だ。

 だから、七日間がすぎる前に弱りすぎたら困るのだ。

 七日すぎれば、あとは完全放置で全く息をしなくなるまで、ここに放置させるつもりだ。

 もっとも、白象の苦しみ方が一興のものであれば、さらに責めを追加するかもしれない。

 その辺りは、小白香の気紛れだ。

 

 しかし、いずれにしても、訊問ができるのは、今日が最後かもしれない。

 明日くらいからは、さすがに精神が破壊されてしまって、『治療術』を施しても、まともには会話をすることができないことが予想される。

 

 小白香の『治療術』では、まだ、完全に狂ってしまった頭を正気にさせることはできないと思う。

 『治療術』というのは、身体を回復させるのは容易だが、発狂した頭を元に戻すのは、非常に難しいのだ。

 だから、白象に対する最後の訊問は今日でなければならない。

 

「母者、考えてみれば、わらわと母者の絆というのは、これだけしかなかったのかもしれんのう……。わらわが母者を支配してやった二年――。この二年は、その前の十年の数倍に匹敵する時間を母者と一緒にすごしたし、話もした……」

 

 白象の反応はない。

 ただ、苦しそうに呻いている。

 しかし、痒み剤を塗りたくってやった股間はぶるぶると動いている。

 だが、すでに体力がつきかけているのか、その動きは鈍い。

 

「母者がどんな性癖を持っているかもわかったし、母者の性感の強い部分というのも知ることができた……。性奴隷を嗜虐的に扱っていた母者が実は、被虐癖というのが知れたのも愉しかったな……」

 

 やはり、反応はない。

 

「いや……。いまにして考えてみると、確かに、この二年は本当に愉しかった……。母者と毎日のように遊ぶことができたからな……。母と娘が心の底から心を開き合った初めての遊びが、足癬の痒み責めというのは、実にわらわたちらしくて、滑稽ではあるがな……」

 

 小白香は、意識なく脱力している白象に語りかけた。

 そして、白象の股間をすっと指で触れた。

 

「はわああああっ」

 

 白象の身体が跳ねた。

 小白香は笑ってしまった。

 

「あっ……はあっ……あれっ? しょ、小白香? な、なんで……? あ、あはあっ、き、気持ちいい……ああっ、す、素晴らしいわあ……き、気持ちいい……あ、ありがとう……しょ、小白香……ああ、素敵……ああっ、あはああっ――痒い……痒いけど、気持ちいい……あふううっ――」

 

 やっと意識を戻したらしい白象が、今度は股間の痒みを癒される快感に震えはじめた。

 

「母者、昨日はとろろ芋責めだったな。また、明日の昼に来る。そのときは、ほかの痒み責めが待っておるからな――。これは、わらわの母者への贈り物じゃ。ありとあらゆる痒み責めを味わわせてから、地の国に送ってやろうぞ」

 

「そ、そんな……小白香……で、でも、気持ちいい……も、もっと、擦って……お、お願い……こ、これ、気持ちいいの……そ、そこそこ……もっと、指を擦って……あはあっ……気持ちいい……す、凄い……あはああっ――」

 

「そんなに気持ちいか、母者? しかし、面白いものじゃのう……。わらわと母者は母娘であるのに、お互いの絆と言えば、これしかないのだぞ。ほれ、股は終わりじゃ」

 

 小白香は、白象の股間からすっと手を離した。

 

「いやあああっ、ご、ご主人様、ご堪忍を……。な、なんでもしますから……。それだけは……」

 

 小白香は思わず笑ってしまった。

 

「なんじゃ、母者。わらわをそんなにまで素直にご主人様と認めるのか?」

 

「そ、そんな、ま、まだしてよ……。ああっ、痒いわあ……。ああっ、も、もっとして……痒い……くうっ……」

 

 股間を擦る快感を取りあげられた白香は、名残惜しそうに悶えだした。

 

「預けじゃ、母者――。それに、母者、いまは、話をしようぞ……。多分、明日の昼にやってきたときには、母者はもう、わらわの『治療術』程度では、完全に正気には戻らんと思う……。母者もわらわに話があるのではないか? 考えてみれば、あの白象宮でわらわが母者を糾弾してから、まともに話はしておらんかったからのう……」

 

 小白香がそう言うと、やっと白象がやっと正気を取り戻したような表情になった。

 

「あっ……」

 

 白象がなにかを告げたいかのように声をあげた。

 しかし、なかなか喋り始めない。やがて、諦めたように小さく首を振ってから口を閉じた。

 それから、また口を開いた。

 

「……お、お前を最初に抱いたとき、お前の頬にわたしの頬をすり寄せた。とても気持ちのいい肌だった……。お前が産まれた直後のことよ……」

 

 突然、白象がそう喋った。

 

「はっ? なにを言っておるのだ、母者?」

 

「……さ、三歳になる頃には、お前はとても利発であることがわかった。わたしは、お前が書物に触れやすいように、手に入るあらゆる書物を離宮の図書庫に集めさせたわ。宮殿側にあるものも移動させた。か、かなり貴重な書物だって、わずか三歳の幼女が好きなように触っていいように手配させた……。ま、まさか、足癬病とかいうとんでもないものを研究するとは思わなかったけどね……」

 

 さらに白象が言った。

 小白香は呆気にとられた。

 

「どうしたのじゃ、母者? わらわの幼い頃がどうしたと言うのじゃ?」

 

「こ、この前、“わたしがお前に母親らしいことをしたかと訊ねたでしょう”――。そ、それが答えよ」

 

 白象がまだ荒い息をしながら言った。

 小白香は噴き出してしまった。

 そう言えば、白象宮の謁見の間で、家臣たちの前で白象を訊問したとき、そんなことを訊ねた気がする。

 そのときに、ひとつでも白象が小白香に母親らしいことをしたことがあれば、白象の処断を考え直すと言ったかもしれない。

 

「なにを喋っているのかと思えば、それはもういいわ……。それよりも、母者、わらわには訊ねたいことがあるのじゃ」

 

 小白香は懐から準備していた『真実の石』を取り出した。

 それを白象の乳房と乳房のあいだに密着させて、道術で張り付ける。

 白象はそれに気がついて、はっとしたように表情を変えた。

 

「まあよい……。聞いてやろう。だが、今更、母者の処分が変わることはないぞ。もう、すでに、処刑は執行が開始しておるのだ。母者は、まだ、死んでいないだけで、もう処刑されたのだからな――。母者が、母として、わらわにしてくれたことは、まだあるのか?」

 

 小白香は言った。

 

「そ、それは……」

 

 白象がまた、なにかを喋りたいかのように口を開けた。

 しかし、また言葉が止まる。

 

「どうしたのじゃ、母者――。母者が、わらわにしてくれた母親らしいことはそれだけか?」

 

 小白香はからかうように言った。

 白象は、一度、すっと胸元の『真実の石』に眼をやった。

 そして、納得したように頷いた。

 

「そうよ……。それだけよ……。ほかにはない……」

 

 白象が言った。

 すると、『真実の石』が赤く光った。

 

「赤……?」

 

 小白香は傾げた。

 『真実の石』は、石に触れた者の喋る言葉が、真実な否かを告げる霊具だ。

 青く光れば、真実を語っているという意味であり、赤く光れば、偽りを述べているという印だ。

 いま、白象の胸元の石は赤く光った。

 つまりは、白象は偽りを喋ったということだ。

 

「どういうことじゃ、母者? ほかにも、わらわにしてくれたことがあるということか? だったら、もったいぶらずに喋るがよいぞ」

 

 小白香は言った。

 しかし、再び白象は口を開くが、やはり言葉が出てこない。

 そして、白象は悲しそうな顔になった。

 

「ご主人様、差し出がましいようですが、白象殿は、もしかしたら、ご主人様になにか語りたいことがあるのではないですか?」

 

 沙那が横から言った。

 

「ご主人様?」

 

 沙那のその言葉に、白象が興味を抱いたように沙那に視線を向けた。

 

「わたしは、小白香様と道術契約を交わしました。『主従の誓い』です」

 

 沙那が言った。

 すると、白象が笑い出した。

 

「ふ、ふふふ……ははは……。どおりで……。なんで横にいるんだろうかと思っていたけど、そういうことね……。で、でも、小白香……、『主従の誓い』は、従者側だけではなく、主人側の心も拘束するのよ。軽はずみに結ぶものではないわよ」

 

 白象が小白香に視線を向けた。

 ふと見ると、『真実の石』が青く光っている。真実……。

 小白香もなんだかおかしくなった。

 

「そのようじゃな……。なんだかんだといっても、母者はわらわよりも道術に精通しておる。もっと、色々なことを母者から学ぶ余地があったかもしれんのう……。結局のところ、わらわと母者は、おかしな母娘だったのう……。こうなってしまうまで、まともには話もできんかったのだから……」

 

 小白香は笑った。

 

「そ、そうね……。わ、わたしたちは、おかしな実の母と……わたしが腹を痛めた娘……わたしの子ね……」

 

 白象が呟くように言った。白象の胸の石が青く光っている。

 

「確かに、おかしな母娘じゃな……」

 

 小白香は笑った。

 すると、白象は悲しそうな顔で、また、なにかを言いたげに口を開いた。

 しかし、やはり、言葉が出ないかのように、白象は小さく首を振った。

 随分と不自然な仕草だ。

 

「母者、いい加減にせぬか――。もったいぶった言い回しは好かん――。言いたことがあるなら喋るがいい――」

 

 小白香は苛ついて声をあげた。

 

「お、お前とわたしは、お、母娘よ――。お前は、わたしが腹を痛めて産んだ子なんだから――」

 

 白象が吐き出すように言った。

 なぜか、白象の眼からすっと一流の涙がこぼれた。

 小白香はびっくりした。

 慌てて、『真実の石』を見た。

 石の色は青だった。真実……。

 小白香はほっとした。

 

「な、なんだ、母者――。脅かすではないか。まるで、わらわと母者が母娘ではないような口ぶりであったからな……。わらわの母者は、そなたで間違いないのであろう?」

 

「お、お前は、わたしが、腹を痛めて産んだ子で間違いないわ」

 

 白象が言った。

 やはり、石の色は青だ。

 小白香は今度こそ安心した。

 

「まあよいわ。ところで、ついでに訊ねようぞ、母者――。元はと言えば、それを訊ねるために、今日はここに来たのじゃからな……。わらわの父親は誰なのじゃ? いままで、一度も訊ねたことはなかった気がする。わらわも、誰がわらわの父親なのか興味がなかったしな……。しかし、故あって、それが重要なことかもしれんのじゃ――。なにせ、わらわは、いま、金凰魔王と険悪な状態になっておってな」

 

 すると、白象が眼を大きく見開いた。

 

「な、なにを言っているのよ、小白香――? まさか、お前、金凰魔王となにか事を荒立てようとしているんじゃないでしょうね? そうだったら、やめなさい――。お前も、家臣たちも、金凰魔王の恐ろしさを知らない――。あいつの悪どさをわかっていないのよ――。あいつは絶対に信用しては駄目――。あいつほど、酷い奴はいないのよ――。お前など、考えもつかないような悪辣なことを平気でするわ――」

 

 白象がまくしたてだした。

 

「それは母者の知ったことではないわ――。わらわが知りたいのは、ただひとつじゃ。母者は女好きじゃ。性の相手も女だけであり、母者の性欲を解消するための奴隷はひとり残らず女だ――。わらわの知る限り、過去にも今も、母者の周りに男の愛人は皆無だ。そんな母者が、どうやって、わらわを身ごもったのじゃ? わらわの父親は誰じゃ? わらわはそれを知りたい」

 

「そ、それは……」

 

 白象は注意深く口を開く仕草をした。

 しかし、途中から安心したような表情になる。

 

「お前の父親は、金凰魔王よ」

 

 白象はあっさりと言った。石の色は青だった。つまり、事実ということだ。

 

「やはりな……」

 

 小白香は頷いた。

 予想の通りだった。

 男子禁制の離宮にやってきたことのある男は、金凰魔王と青獅子と青獅子の部下くらいのものだ。

 その中でも、もっとも頻繁に白象宮の離宮に出入りをしていたのが金凰魔王だ。

 白象に子種を授ける可能性があるとすれば、伯父の金凰魔王に間違いないと思っていた。

 

「ならば、わらわは、金凰魔王と母者のあいだに産まれた子ということになるのだな……。母者が、わらわの父親のことを隠しておった理由も納得いったぞ……。実の兄とはしたなく乳繰り合って産まれたのが、わらわだとは言い難いであろうからのう……。だが、そんなに気にしなくてもよかったのだぞ、母者――」

 

「ま、待って、小白香……」

 

「いや、どうせ、わらわたちは、これほどの変態じゃ。いまさら、汚点のひとつやふたつ増えたところで、どうということはない……。どれ、じゃあ、最後にもう一度、母者を愛撫してやろうか。別れの愛撫じゃ。ふふふ、母者が明日の朝までに、どうなるのか愉しみじゃ……」

 

 小白香は、震える白象の股間に再び手を伸ばした。

 

「ご主人様、お待ちください――」

 

 すると、沙那が突然に小白香を遮った。しかも、すっと手を出して、小白香を遮ったのだ。

 小白香は苛ついた。

 

「沙那、なんのつもりじゃ――?」

 

「待ってください……。もしかしたら、とても大事な話なのかもしれないのです……。どうか、わたしに、白象殿に質問させてください」

 

 沙那が強い口調で言った。

 

「はあ?」

 

「いいから、ご主人様、任せてくれませんか?」

 

 沙那は、もう小白香を見てはいなかった。

 小白香を無視したように、白象をじっと見ている。

 仕方なく、小白香は小さく舌打ちしながら、サンダルを履き直した。

 これが、主従の誓いの影響なのか、小白香には沙那に対する信頼感が離れない。

 とにかく、沙那に任せるべきという感情に支配される。

 

「……ところで、ご主人様、その前に、お伺いしたいのですが、例えば、わたしとご主人様で結んだような道術契約で、なにかを秘密にするように約束をしたとすれば、なにがなんでも真実は言えなくなりますか? または、先程、伺った大地との道術契約という”呪い“のものとか……?」

 

 突然、沙那が小白香に視線を向けた。

 小白香は一瞬、すぐには答えられなかったが、しっかりと首を縦に振った。

 

「まあ、一般的にはそうじゃな」

 

 小白香は言った。

 

「一般的というのは?」

 

「言葉の通りじゃ。大抵はそうだということじゃ」

 

「じゃあ、道術契約のようなもので、真実を言わないことを約束していても、真実を伝えることはできる場合もあるということですね?」

 

「まあ、どういう契約を結んだかによるな。大抵の道術契約は、言の葉に乗せたことにお互いに縛られる……。たとえば、“真実を語るな”という道術契約と、“真実を伝えるな”という言の葉は異なる。前者の場合は、真実を語る代わりに沈黙をするだけだ。後者の場合は、なんとしてでも相手に伝えないように、嘘を言うであろうな」

 

 小白香は答えた。

 

「そ、そうよ、小白香――。そうなのよ、沙那」

 

 白象が興奮したように声をあげた。

 小白香は呆気にとられた。

 

「なるほど……。だったら、白象殿は、なんらかの道術契約の縛りを受けているのかもしれません。真実を告げないようにと……」

 

 沙那が言った。

 

「真実を告げるなと? なんの真実じゃ?」

 

 小白香は声をあげた。

 

「それを探るための質問を続けることは、もしかしたら、ご主人様の心を傷つけることになるかもしれません……。でも、それをしていいですか? いまは、それが必要なことのように思えるのです」

 

 沙那の物言いに小白香は噴き出だしてしまった。

 

「なにを言っておるか――。実の母者を処刑しようとしているわらわが、いまさら、なにに心を傷つけられるものか――。なんでもいい。訊ねたいことがあるなら、訊ねるがいい、沙那」

 

 小白香は笑った。

 

「では、お許しを得て続けます……。さっきから、白象殿は、奇妙な言葉しか使っていません。“わたしが腹を痛めた子だ”と……。でも、逆に、ただの一度も、実の娘だとは言われていません……。白象殿、お伺いますが、ご主人様……、いえ、小白香様は、白象殿の実の娘ですか?」

 

「……しょ、小白香は……」

 

 すると白象は、苦しそうな表情になった。

 また、さっきのように口を開いて、なにかを語りたいかのように口が動く。しかし、続く、言葉は出てこない。

 そして、白象は無念そうに息を吐いた。

 

「わ、わたしは、小白香の……母よ……」

 

「微妙に質問に答えていませんね、白象殿……。答えは一字一句正確にお願いします……。小白香様は、あなたの実の子ですか?」

 

「……しょ、小白香は、わたしが腹を痛めて産んだ子よ……」

 

 白象は悲しそうにそう言った。

 もちろん、胸の『真実の石』は、そのふたつの質問のいずれに対しても青い光を放っている。しかし……。

 

「母者、わらわは、母者の実の子ではないのか?」

 

 小白香は唖然として訊ねた。。



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556 磔訊問

「……しょ、小白香は、わたしが腹を痛めて産んだ子よ……」

 

 白象が苦しそうに言った。その股間は震えている。痒みは相当のはずだ。

 

 それはともかく、小白香は驚愕した。

 半信半疑だった沙那の言葉が事実だと悟るしかなかった……。

 確かに、白象は、一度も小白香を実の娘だとか、実の子だとかいう言い方をしない……。

 

 たったいまも、そう沙那に指摘されながらも、実の娘とは言わなかった……。小白香が実の子なのかとはっきりと訊ねたのに、違う言い回しに変えて、答えを返した。

 このことが示すことは、小白香には、ひとつしか思いつかない……。

 

 つまり、小白香は、白象の娘ではないということだ。

 そして、白象は、なんらかの道術的な縛りにより、その事実を口に出せないのだとしか……。

 

 予想される真実は……、実の子ではない……?

 しかし、腹を痛めた子ではあると言っている……。

 どういうこと……?

 

 沙那の予想が正しく、白象がなんらかの道術契約で、“真実を伝えぬ”という約束をしていると仮定すれば、白象の奇妙な言い回しの理由は説明はつく……。

 『真実の石』によって、嘘を語れないという特殊な状況の中で、道術契約により嘘をいうことを強要されている白象は、こんな不自然な会話をするしかなくなっているのだ。

 だが、白象は、小白香の母だと言い、自分が産んだとも言った。そのとき、胸の石は青く光ったではないか……。

 

「な、なにを言っておるのだ、母者――? 母者が産んだということは真実であるのに、わらわが母者の実の子でないということがあるのか?」

 

 小白香は混乱して声をあげた。

 

「しょ、小白香……、金凰魔王は……金凰魔王は支配するのよ。女を……つまり……」

 

 白象は懸命になにかを訴えようとした。

 しかし、それは肝心な部分で途切れてしまう。

 

「女を支配する……?」

 

 沙那が考え込むように呟いた。

 しかし、小白香は、沙那の呟きよりも、白象が使わなかった言葉について、呆然としてしまっている。

 小白香は白象の実の娘ではない……。

 本当は、白象はそう主張したいのだろうか……?

 しかし、改めて何度見ても、白象の胸元につけさせた『真実の石』は青い光しか放っていないが……?

 

「ええい、面倒じゃな――。さっさと、喋らんか、母者――。わらわがなんだというのじゃ――? 喋らんと拷問にかけるぞ――」

 

 小白香は面倒になり怒鳴った。

 

「拷問になどかけても無駄ですよ、ご主人様。白象殿は、真実を語りたいと思っています。でも、それができないなにかの縛りがあるのですよ……。でも、判明した真実もいくらかはあります。つまり、小白香様の父親は、金凰魔王なのだと思います。母親は……わかりませんが……。でも、お産みになったのは、白象様なのでしょう」

 

 沙那が小白香に気を遣うように、ちらり視線を向けた。

 

「構わぬ、続けよ――。いまさら……」

 

 そうは言ったものの、正直に言えば動揺している。

 なぜ、白象は、小白香を実の娘だという言葉を使わないのか……?

 その疑問がぐるぐると頭を巡っている。

 

「もしも、これが不遜になるのであれば、ご勘忍願いたいのですが、わたしは、それを聞いて、“借腹(かりはら)”という言葉を思い出しました」

 

 沙那が言った。

 そして、沙那は、自分の言葉の反応を確認するように、白象に視線を向けた。

 白象は、悲しそうな表情をしていたが、無言で頷いているようにも思えた。

 

「借腹? なんじゃ、それは?」

 

 小白香は訊ねた。

 

「はい……。人間族には存在しない習性ですが、わたしは書物で、そのような習性のある虫がいるということを読んだことがあります。寄生種という種目です。例えば、その中の一種に“姫蜂”という種があります……」

 

「寄生蜂?」

 

「その姫蜂は、雄と雌が受精すると、雌は自分の肚で子を産みません。育てもしません。雌は卵を宿主となる他の虫に植え付けるのです」

 

「違う雌に卵を植え付けるのか?」

 

「はい。そして、その宿主に幼体を育てさせます……。いまのは、わたしが知っているある種の虫の話です……。ですが、もしかしたら、亜人の中に、同じような習性を持つ種族がいるのでは……」

 

 沙那はもう一度、白象を見た。

 白象はなにも喋らず、その代わりに真剣な表情を沙那と小白香に向けている。

 沈黙がなにかを物語るということもある。

 いまがそうだ……。

 

「は、母者は、自分の子でもないわらわを腹に植え付けられたのか……? わらわという胎児の宿主として……」

 

 小白香は言った。

 女をそんな馬鹿にした話があるだろうか……。

 

 子を産むというのは、母体として命にもかかわる非常に危険で大変なことだ。

 それを他人の子でやらされるのだ。自分の子ではない子で……。

 

 もしも、沙那の言う通りだとすれば、白象がどんなにその理不尽について憤慨し、女の尊厳を傷つけられるその仕打ちに激昂したかは、想像して余りある。

 だが、本当なのか……?

 

 そして、本当であるとすれば、なぜ、白象は宿主などということを受け入れたのか……?

 

「ご主人様、わたしは、人間の世界で、借腹だとか、宿主だとか、あるいは寄生だとかいう習性を知りません。人間族というのは、そのようにはできていないのです……。でも、もしかしたら、そのような種族が亜人の中におりますか?」

 

 沙那が小白香に訊ねた。

 

「あっ……、くっ……」

 

 白象が口を挟みたさそうに口を開いたが、やはり、なんの言葉も出てこない。

 喋りたいが、喋ることができないという感じだ。

 小白香は、白象を制して口を開いた。

 

「……そのような種族がいるとは聞くな。寄生族と称したりする種族がいる。だが、あまり知られてはおらんと思うぞ。寄生族は、自分が寄生族とはあまり言わんものだ。嫌われるのでな……。当然だろう。他人に自分の子を産ませるような種族は、蔑まれ、疎まれる……。なにしろ、寄生族の母種は、宿主に子を産みつけて、自分では育てんのだ」

 

「つまり、そういう種族はいるのですね?」

 

「いるな。そして、連中には、母性がない。産みっぱなしにして、子が宿主に殺されようが、捨てられようが、知らんふりだ。亜人族の中でも嫌われ者の種族のひとつだな。だから、さっきも言った通り、自分が寄生族だと公表するのは、あまりおらんのだ。謎の多い種族のひとつじゃ。一説には、恐ろしく冷酷とも言われておるし……」

 

「では、白象殿は、その寄生族の子を宿主として、受け入れられたのだと思います」

 

 沙那は断言した。

 

「馬鹿な――。寄生族が子を寄生させることがあるとしても、なんで魔王族の母者が……。そのようなことは、奴隷の女がやることだ」

 

 すると、白象が身じろぎした。

 

「しょ、小白香……。わ、わたしは、母よ――。お前を産んだ。曲がりなりにも、あなたが成長する手段を与え、娘と呼び、母とも称した……。いい母じゃなかったかもしれないけど、誰がなんと言おうと、わたしは母よ……」

 

 白象がまた悲しそうに言った。

 胸の石は青く光っている。真実……。

 しかし、白象は、借腹や宿主のことを否定をしなかった……。だから、真実として反応しただけだ。

 だが、この状況で肝心の言葉を使わないのは、使わない単語が真実と告げていると同義だろう

 道術の縛りで直接的に認められないとしても、否定をしないことで、白象はそれが真実であることを認めたことにもなる……。

 つまり、沙那の推理は正しいのだ。

 

 小白香は呆然とした。

 白象が使わない言葉は、小白香が白象の実の娘という言葉だ。

 また、小白香は、もうひとつの確かな事実にも気がつかないわけにはいかなかった。

 そのような小白香との関係でありながら、白象は自分を小白香の母と言い、それに対して、『真実の石』は青く光っている。

 『真実の石』は、言の葉と心が一致したときのみ、青く光るのだ。

 

「……ご、ご主人様、ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 気がつくと、沙那が心配そうに小白香の顔を覗き込んでいる。

 どうやら、一瞬、呆けていたようだ。

 小白香は姿勢をただした。

 

「わ、わかった。お前が正しいのだな、沙那――。そして、母者……。母者と呼んでいいのかわからんが、逆に、いまこそ、そう呼ぶべきとも思う。借腹となり、宿主として、金凰魔王と誰かの子を娘として、わらわを産み、そして、育ててれたのじゃな……。わかった。だが、なぜ、そのようなことを受け入れたのじゃ? そして、わらわの母……いや、母者を宿主にしたのは誰じゃ?」

 

「しょ、小白香、それよりも……」

 

 白象はまだなにかを言いたそうだ。

 

「ねえ、ご主人様、金凰魔王の周りに、その寄生族の存在はありますか? 心当たりは?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「わからんな……。連中は、それを隠していることが多いからな……。それに、わらわは、金凰魔王の周りにいる連中のことなど、なにひとつ知らん……」

 

 小白香は言った。

 

「金凰魔王のお妃は?」

 

「金凰魔王に妃などおらんわ。おるのは、奴隷宮に集められている性奴隷だけだ――。金凰魔王に妃はない。それは魔王家の掟だ」

 

「だったら、その性奴隷のひとりでしょうか……?」

 

 沙那が考え込みながら言った。

 

「魔王の性奴隷のことなら、奴隷宮にいる性奴隷の誰かが、宿主になればよいであろう。なぜ、魔王族の母者が宿主にならねばならんのだ?」

 

 小白香は憤慨して言った。

 

「その経緯までは不明です。ですが、そう考えるのが……」

 

 すると、白象が沙那の言葉に口を挟んだ。

 

「き、金翅(きんし)というのよ――。その奴隷宮の長の役名をいまは、金凰妃と称するの――。通称だけど、妃と同じ扱いを受けているわ――。いまの金凰魔王の代からよ――。本来は、ただの筆頭性奴隷なんだけど、いまの金凰魔王は、その筆頭奴隷を“金凰妃”と呼ばせているわ。事実上の妃であり、本来の役割は奴隷宮の管理だけど、いまや、妃のように振る舞っている。そういう存在がいるの。いまの金凰妃は、金翅という名の女よ――」

 

「金翅だと?」

 

「金翅は、奴隷でありながら、正妃と同様の扱いを受けているわ……。小白香、お前はこの宮殿の外のことに疎い……。だけど、いまでは、金翅が金凰妃であり、しかし、本来はだだの性奴隷だということを知っている者の方が少ないくらいよ――。小白香、お前も魔王になるつもりなのであれば、他の者にもっと、外の情勢のことを教えてもらいなさい。いま、三魔王領の中で、金凰妃のことを知らないのは、お前くらいかもしれないわよ」

 

 突然、興奮したように白象が喋り出した。

 しかし、小白香は、その内容よりも、白象がいきなり、小白香に対しても説教じみた物言いをしたことに腹が立った。

 

「ほう、言うではないか、母者……。わらわに説教を垂れるとは、よい根性じゃ。褒美に母者の足元と股間に蟻寄せの匂いをかけてやろうぞ。しばらく、わらわたちの話が済むまで、蟻と遊んでおるといいわ」

 

 小白香は、白香が磔にされている足の下と無防備な股間に、蟻寄せの道術をかけた。

 あっという間に、蟻が白香の足の下に集まり、脚を伝って股間に向かって登り始める。

 おそらく何百匹という蟻が一瞬して、白象の股間に襲いかかった。

 

「う、うわあっ――。な、なにをしてるんです、ご主人様――。ま、まだ、大事な話の途中です――。やめて――。やめてください――」

 

 沙那がびっくりして絶叫した。

 そして、手を伸ばして、白象から蟻を払うような仕草をしたが、その数が多すぎて、逆に飛び退いてしまった。

 

「ひぎゃあああ――。や、やめてええぇ――。き、金翅は、元は、金凰宮の女官で、少女時代は、わたしとも親しかった。とても、親しかったのよ――。うわああっ――。いやあああっ――。い、いやぁ――む、むず痒い……。痒い……ひいいっ」

 

 白象が狂ったように暴れだした。

 

「なんじゃ? 金翅とやらと母者は知り人か? もう少し話せ」

 

「や、やめて――。か、痒い……ひぎいっ――」

 

 しかし、白象は股間を蟻で真っ黒にして泣き叫ぶだけだ。

 

「ご、ご主人様、蟻を――。蟻をなんとかしてください――」

 

 沙那が怒鳴った。

 小白香は、白香の身体に、今度は、蟻が嫌う匂いを充満させた。

 白象に集っていた蟻が、もの凄い勢いで白象の脚を通って逃げていく。

 白象の身体からは、すぐに蟻が一匹残らずいなくなった。

 ただ、白象の胯間と脚の表面には、蟻に刺された無数の痕が残っている。

 

「む、むかしは、少女時代は仲良しだったの――。い、いえ、少女時代だけじゃなく、十数年前まで……。白香が金凰妃になってからも……。ひいいっ、ひいっ、か、痒いいいい」

 

 白象はまだ蟻の痕が痒いのが、半泣きで身体を悶えさせながら言った。

 小白香は、とりあえず、『治療術』で白象の身体の治療をしてやった。

 やがて、白象の肌は、傷のない真っ白な肌になった。

 しかし、白象はまだ苦しそうに肩で息を続けている。

 

「母者は女好きじゃ。では、昔からその白香とは、性の関係があったのか?」

 

「あったわ……。金翅は女だけど、興奮すると男根のような器官を股間から出すのよ……。“偽根”といってね……。男の性器のように使うだけじゃなくて、そこから、“姫蜂油”という強い媚薬を出すのよ。どんな女でも、その姫蜂油に触れれば狂う。塗っても、飲んでも、相手を性狂いにさせられる危険であり、また有名な媚薬よ……。それで、よく遊んだものよ……。わたしが、まだ少女で金凰宮にいる頃からね……」

 

 白象は言った。胸の光は青い。これは真実だ。

 偽根……。

 姫蜂油……。

 紛れもない……。

 

 それらは、寄生族の特徴だ。

 白象は、直接的に表現せずに、暗に、金凰妃たる金翅が寄生族の女であり、白象を宿主として、胎児を植え付けた女であることを小白香に教えたのだ。

 その胎児、即ち、小白香は、金凰魔王とその金翅の子なのだ。

 

「沙那、わらわの実母は、その金凰妃の金翅という奴隷女じゃ」

 

 小白香は静かに言った。

 沙那は頷いたが、なにも言わなかった。

 

「な、ならば、いまは、仲は良くないのか……?」

 

 小白香は白象に訊ねた。

 白象が、道術契約の縛りで、小白香の母種のことを隠さなければならないのであれば、白象は、その縛りの中で懸命に真実を伝えようとしているということだ。

 白象が借腹にされたことが、白象が望んでいたことではなかったとしたら、身体を合わせるほど仲のよかったふたりは、いまは疎遠なのだと思う。

 

「仲良しよ。とてもね……。金凰魔王の事実上の妃だものね……」

 

 白象は言った。胸の石は真っ赤に光った。

 すなわち、嘘か……。

 小白香は苦笑した。

 

「な、なるほどな……。わらわは、母者とは血は繋がっていないということか……。まあよい。わらわのような変態は、母者の子であるからに違いないとは思うておったが、母者が死ぬ前に、事実を教えてくれて感謝するぞ。ついでに、ここまで、育ててくれたことにもな――。さて、では、続きと行くか、母者――」

 

 小白香は笑った。

 

「ご、ご主人様――」

 

 すると沙那が驚愕したような声をあげた。

 

「なんじゃ、沙那? そんな血相変えた声をあげて」

 

「ご、ご主人様は、いまの真実を知って、それでも、まだ、白象殿の刑を執行されるおつもりなのですか?」

 

 沙那は信じられないというような顔をしている。

 

「当り前であろう――。それはそれ、これはこれじゃ――。母者の罪は、金凰魔王の暗殺未遂じゃぞ。それが消えたわけではない」

 

「でも、いまの告白……。白象殿が金凰魔王を憎しと思うのは当たり前じゃないですか――」

 

「うるさいのう。もう、決まったことではないか……。それに、わらわが母者を嫌っておるという事実は変わらん――。だいたい、命乞いをするのが、母者ならともかく、なぜ、お前が関係のない母者の命乞いをそんなにするのだ?」

 

「そ、それがご主人様のためだからです――。白象殿を殺してはなりません――。小白香様は一生後悔することになります……。なぜならば……」

 

 沙那は声をあげた。

 しかし、それを白象の笑い声が阻んだ。

 

「はははは……あはははは……お、おかしい……。そ、そうなの……。あなたは、わたしを憎んでいるの……? あはははは……はははは……こんな滑稽なことってあるかしら……。はははは……おかしい……はははは……」

 

 白象が狂ったように笑い続ける。

 小白香はなんだが腹が立った。

 

「母者、笑うのをやめんか――。今度は、蟻ではなくて、蛇でもけしかけるぞ。母者の穴という穴に潜っていくようにな」

 

「いまさら、好きにしなさい、小白香――。だけど、わたしが言いたいのは、お前の血の由来ではなくて、金凰魔王のこと……。金凰魔王は女を支配するのよ……。つまり……」

 

 しかし、白象はそれで黙ってしまった。

 なにか伝えたいことがあるのに、それが言えなくなったかのように……。

 小白香は嘆息した。

 

「また、道術の縛りか……」

 

 小白香は呟いた。

 白象が苛ついた表情をしている。

 懸命になにかを言おうと努力しているようだ。

 すると、やっと口が開いた。

 

「き、金凰魔王に身体を許してはならない……。小白香、いいわね――」

 

 白象が言葉を選ぶように口にしたのは、

 それだった。それを告げると白象は、ほっとしたような表情になった。

 どうやら、それを伝えたかったようだ。

 だが、小白香にとっては、それは意外な言葉だった。

 

「なんじゃ、それは? ああ……、そう言えば、母者は、二年前にわらわを金凰魔王に抱かせようとしたのう。それが、きっかけでわらわは、母者をわらわの性奴隷に陥れてやったのだがな……」

 

 だが、小白香のその言葉に、白象が眼を見開いた。

 

「わ、わたしが、あなたを金凰魔王に抱かせようとした? なんのこと?」

 

 白象は驚いている。

 

「しらばっくれても駄目だ、母者。わらわは、金凰魔王と母者が二年前に、それを話しているのをこっそりと耳にしたのだ。それで、先手を打って……」

 

「ち、違う――。違う、違うわ。なにをどのように聞いたかわからないけど、まるで逆よ――。わたしは、金凰魔王の要求に逆らうために……」

 

 白象は喋りだしたが、言葉の途中でその口が閉じてしまった。

 小白香は苛ついた。

 

「嘘を言うでないわ、母者。わらわは、確かに母者が、金凰魔王にわらわを抱いてみよと言ったのを耳にした。金凰魔王が二年前に白象宮の離宮にやって来たときじゃ。母者の寝室でふたりが興奮したように喋っておったわ。わらわを金凰魔王に差し出すつもりであったのだろう、母者? わらわは、あのとき、偶然、戸棚の中に隠れておったのだぞ。母者は知らなかったと思うがな」

 

 小白香は言った。

 あのとき、どうして、そんなところにいたのか覚えていないが、 確かに金凰魔王と白象が興奮したように、まだ十歳の小白香を金凰魔王の性の相手にするというようなことを話していた。

 それで、小白香は、以前から考えていた白象に対する罠を実行に移すことにした。

 

 つまり、白象を騙して、『痒み責めで狂わせての霊気を制限し、小白香の奴隷のようにしてやったのだ。

 白象という協力者がいなくなったためか、金凰魔王が実際に小白香に手を出そうという素振りはなくなった。

 

「まるで違うわ、小白香――。なんのことを言っているのかわかったけど、多分、あなたは、“抱けるものなら抱いてご覧”というわたしの言葉を勘違いしたのよ。わたしは、金凰魔王にあなたを抱かせようとしたことはないわ。まだ十歳の娘を……」

 

「うるさいわ、母者。いまさら、母親のように取り繕ってどうする? 血の繋がりがあろうと、なかろうと、母者は十歳の娘を性奉仕の道具にしようとした人でなしじゃ――」

 

 小白香は白象の言葉を遮って叫んだ。

 

「ご主人様――」

 

 しかし、沙那が小白香と白象のあいだに立ちはだかるように身体を寄せて声をあげた。

 

「なんじゃ、沙那? 邪魔じゃ――。いまは、お前の出る幕ではない。話をしているのは二年前のことじゃ」

 

「落ち着いてください、ご主人様。白象殿は嘘を言っていません。石の色を見てください……」

 

 その沙那の言葉にはっとした。

 白象の胸の石は青色だった。

 つまり、白象は嘘を言ってはいない……。

 

 ……ということは、あのとき、白象は、小白香を金凰魔王に差し出そうとしていたのではなく、逆に小白香を守ろうとした……。

 だが、二年前の小白香は、それを勘違いし、白象小を罠にかけて陥れた……。

 

 そういうことになるのか……?

 小白香は、呆然とした。

 そして、混乱した。

 

「ご主人様、これは申しあげるべきか迷ったのですが、わたしが先程、例に出した姫蜂という種は、成長すると、巣立つ前に、育ての親に当たる宿主を餌として食べてしまうという性質があります。親を殺すのです。それが、寄生種の本能らしいです……」

 

「なにが言いたいのじゃ、沙那?」

 

 小白香は沙那を睨みつけた。

 

「は、はい……。もしかしたら、ご主人様は、種の本能で冷静さを失っておられるかもしれません。白象殿を処刑されるべきではありません。理由はいくらもありますが、白象殿にはまだ、聞くべきことがたくさんあります。ただ、なにかの縛りで伝えることが難しいだけで、金凰魔王がなにによって、人を支配するのか。二年前になにがあったのか……。処刑しては、それは調べられません。処刑を中止なさるべきです」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 小白香は吹き出してしまった。

 

「お前はまったく、物怖じせん女じゃのう。わらわが、こんなに不機嫌な顔をしておったのに、平気でわらわの考えに逆らう発言をする……。まあ、それはよいが、しかし、母者が本当に道術契約の影響でなにかを隠しておるのなら、なにを聞いても無駄ぞ。道術契約というのは、そういうものだ」

 

「そんなことはありません、ご主人様。それは、訊ね方によります。実際、いまだけで、かなり、隠されていた真実に近づきました。あるいは、操り術もあります。わたしの前の仲間に朱姫という娘がいます。そいつは、操り術が得意で、相手の意識を消した状態にして、隠していることを喋らせるということができました」

 

「朱姫?」

 

「ええ。その朱姫だったら、白象殿が喋れないことを表に出すことができると思います。わたしと一緒に、青獅子軍に捕らわれたはずなんです。ちょっと調子に乗る悪い癖がありますが、絶対に役に立ちます。もしも、まだ、亜人軍の捕虜でいるなら、探して呼び寄せることはできないでしょうか?」

 

 沙那は言った。

 小白香は、沙那の必死の様子に苦笑した。

 

「その朱姫のことは、まあ、探してみよう。母者のことはともかく、そういう操り術を遣えるのであれば、確かにわらわの部下にはしたい」

 

「ありがとうございます、ご主人様」

 

 沙那が破顔した。

 

「だが、母者を訊問することは不要だ。母者に訊ねずとも、わらわが直接に訊けばよいことよ――。金凰魔王にな」

 

 小白香は言った。

 

「ご、ご主人様」

 

「小白香、何度も言うけど、金凰魔王は一筋縄ではいかないわ……」

 

 小白香は、抗議の口調の沙那と白象を手で制した。

 そして、道術を込めた。

 目の前から白象が消えた。

 離宮にある奴隷用の監禁室に転送したのだ。

 

「ご主人様……」

 

 沙那が微笑んだ。

 

「母者の処刑は中止じゃ。金凰魔王には、わらわから『通信球』でそれを伝える。百眼女(ひゃくがんじょ)には、金凰宮にも、同様に伝えるようにと、お前から指示しておけ、沙那。金凰宮の指図に従い白象の処刑はせぬとな……。ただし、わらわの即位は既定のものじゃ。金凰宮が認めようが認めまいが、わらわはすでに魔王じゃ」

 

「わかりました。すぐに処置します。百眼女様と話し合い、それでなんとか戦を回避できるように努力します」

 

「任せる――。いずれにしても、金凰魔王とは、わらわ自身がけりをつける。母者のためにもな」

 

 小白香の言葉に沙那はしっかりと頷いた。

 今度は反対はしないようだ。

 

「それはそれとして、沙那……。百眼女にわらわの指示を伝言したら、とりあえず、すぐにわらわの私室に来い」

 

 小白香はにやりと笑った。

 

「私室ですか? わかりましたが……」

 

 沙那は首を傾げている。なんのことかわからないようだ。

 

「生意気の罰じゃ。なるぼど、母者から情報を口にさせた功績は認めよう。だが、いささか無礼でもあったからな。少しの間、痒み触手の貞操帯で遊んでやる。まあ、それで罰は終わらせてやろう」

 

 小白香は言った。

 

「ええっ?」

 

 沙那は蒼くなった。

 また、顔が恐怖に包まれた感じになり、大量の汗がだらだらと流れ出す。

 その沙那の様子に、小白香は嗜虐的な満足を覚えた。

 沙那がうなだれた。

 小白香は笑ってしまった。



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557 魔王の陰謀

「お前たちは退がれ」

 

 金凰(きんおう)魔王は幕舎の中にいた衛兵や侍女などを退がらせた。

 幕舎は、布の壁と屋根で覆われていて、内部には、魔王用の小さな卓と簡易な玉座があり、さらに諸将が腰掛けるためと思われる床几椅子が並んでいる。

 玉座の後ろには、さらにもうひとつの幕舎が連接されており、そこは魔王の生活空間だ。

 いま、その二連の幕舎にいるのは、金凰のほかには、金凰妃の金翅(きんし)蝦蟇婆(がまばあ)である。

 

「座りますぞ」

 

 蝦蟇婆が並んでいる床几椅子のひとつに腰をおろした。

 金凰妃は腰掛けずに、周囲を警戒するような素振りをみせながら蝦蟇婆と向かい合う幕舎の端に立っている。

 

「さて、とりあえず、この幕舎は、余の結界でも包んでおる。いまから、ここで語ることは、外に漏れることはないはずだ。余か、金凰妃か、あるいは、蝦蟇婆が誰かに漏らさぬ限りはな……」

 

 金凰魔王は微笑みながら、じろりと蝦蟇婆を睨んだ。

 

「怖いのう……。そんな顔をせんでも、いまさら、金凰魔王を裏切りはせん。わしが手をかけてお育てしたお坊ちゃまだからのう」

 

 蝦蟇婆が嫌な顔をした。

 

「無論、蝦蟇婆のことは信用している。だが、拷問によって喋らされるということもある。これから話すことは、三魔王軍の骨幹に関わることなのだ」

 

「ならば、そんな大切なことは、一介の奴隷調教師には、話さんことじゃ。わしは、退散するぞ」

 

 蝦蟇婆が気を悪くしたように席を立つ。

 しかし、その行く手をすっと金凰妃が阻む。

 

「な、なんじゃ? この年寄りをどうにかするつもりなのか、お前たち? だったら、そう言うがいいわい」

 

「もちろん、そのような気はありません、蝦蟇様。でも、うちの人の話を聞いていただけませんか。どうやら、蝦蟇様の力が必要なようなのです」

 

 金凰妃が蝦蟇婆の前に立って言った。

 蝦蟇婆が嘆息した。

 

「やれやれ、今度は、わしになんの用事があるというのじゃ……? まったく……。いつもいつも、慇懃な態度とは裏腹に人をこき使いおるわい。今回も、言われた通りに、一介の調教師として、青獅子軍に入り込んで諜者のようなことをしたりしたが、この年寄りには荷の重すぎる仕事でしたわい。お陰で、人間族の復讐に巻き込まれて、死ぬところじゃった」

 

 蝦蟇婆は悪態をつきながら椅子に座り直した。

 

「いい仕事をしてれたと思っている。お陰で、宝玄仙を逃がさずに済んだ。蝦蟇婆からの情報がなければ、これほど性急に、玄魔隊の離脱に合わせて軍を対応させることはできなかったし、あのまま玄魔隊だけであれば、あの孫空女とかいう女戦士は、宝玄仙を救い出すことに成功しただろうしな」

 

 青獅子の占拠した人間族の城郭で異変が起きたというのは、ほとんど瞬時に金凰宮にいた金凰魔王の耳に入っていた。

 青獅子軍には、蝦蟇婆のような本来は金凰魔王に直接に仕える者でありながら、それを隠して青獅子軍に所属している手の者を多数潜り込ませていた。

 だから、その者たちから、青獅子が暗殺されたことと、それと同時に人間族の叛乱が起きたことが、ほぼ瞬時に道術によって知らされていたのだ。

 

 蝦蟇婆からの情報もその中のひとつだ。

 もちろん、その情報がなくても、金凰としては必要な手を打つのに必要な情報はほかの情報源から入手していた。

 しかし、それはわざわざ蝦蟇婆に言う必要はないだろう。

 

 青獅子は実の弟であり、また、三魔王軍と呼ばれる三人体制の亜人軍の一角を担う存在だった。

 しかし、だからといって、金凰魔王は、青獅子を完全に信用をしていないし、依存してもいない。

 

 三魔王軍とか、三魔王領とは呼ばれ、三人の魔王の一枚岩の勢力だと思われているが、実態は違う。

 それぞれの支配する領域や軍を持つ独立した存在の集まりであり、金凰の立場は、その盟主ということにすぎない。

 

 金凰魔王という立場を阻害する最大の潜在的な敵は、金凰と並ぶ立場の青獅子であり、そして、白象なのだ。

 金凰はそれを忘れたことはない。

 だから、常に百人以上もの手の者を青獅子軍に潜り込ませている。

 

 彼らから青獅子の動向に関する情報は逐一知らされていたし、万が一にも青獅子が金凰に取って代わる気配を示すことがあれば、一気に叩き潰すことも可能だった。

 実際、青獅子はそういう諜報とか、謀略とかいうことには無頓着で、実に御しやすい男だった。

 大らかで部下には慕われていたが隙が多かった。

 

 だから、青獅子は、三魔王軍の中でも、固有の領域は持たせずに、指揮をする軍団のみしか任せられていなかった。

 だが、今回のことをきっかけに、青獅子も自己の支配する領域というものを欲しがった。

 それで、人間族の獅駝地方と呼ばれる地域を青獅子の領土とすることを許したが、結局はそれが失敗となった。

 青獅子は、わずか半月も領有した城郭を維持できずに、人間族の叛乱に遭って爆死してしまった。

 

「なにを言っておる……。わしのやる諜報など知れたことであったろう。青獅子陛下などは、半ば、わしが金凰魔王の意を組んだ行動をしていることを感づいおるようであったですぞ。知っておきながら放っておく……。青獅子陛下には、そういうところがありましたな……。よき、王者でありました……」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「よせ、蝦蟇婆――。青獅子は無能だった。無能であるが故に、父であった前金凰魔王から、青獅子は軍のみの支配しか認められなかったのだ。それで、前金凰魔王領を余と白象のふたりで分け合うかたちになった。余は、青獅子も、余や白象と同様に、支配すべき土地を持つことを望んだが、結果として、青獅子はそれで命を失うことになった」

 

「ほう、前魔王様がそんなことを?」

 

「青獅子は未熟であるという父の判断は正しかったのだな。余は、その判断を疑ったこともあったが、いまこうなってみると、父の見る目は正しかったのだろうな」

 

 いまでは、三魔王領と呼ばれている一帯だが、金凰や白象たちの父親である先代の金凰魔王の代までは、金凰魔王というひとりの支配する地域だったのだ。

 それを先代の金凰魔王は、その死に際して、支配する地域と勢力を三分して、三人の子に分けた。

 

 すなわち、金凰魔王の直轄領域と最大の軍をこの金凰に残し、真ん中の白象には、多数の部族長領からなる広大な支配地域を分与した。

 しかしながら、末の青獅子には、支配すべき領域は渡さずに、金凰軍に匹敵する軍のみを渡し、その軍の管理に必要な資金等を白象に提供し続けるように命じたのだ。

 

 当時の金凰は、自分が金凰魔王の地位を継ぐことは当然だと思っていたが、なぜ、三兄弟の中で、もっとも霊気が低い白象が、当時の金凰魔王領の広大な部分を与えられ、霊気の強い青獅子に一寸の土地も与えられなかったのか不思議に思っていた。

 

 しかし、あれから数十年という月日が経ってみると、父の考えはよくわかる。

 白象は実際のところ堅実な施政者だった。

 白象宮と呼ばれる宮廷をよく運営している。良質の人材を確保して、各部族長をよくまとめている。

 白象宮のよい統治により領域は豊かになり、ほどよい部族長たちへの介入により彼らが互いに争うというようなこともさせない。

 およそ富ということだけであれば、白象の支配する地域から得られるものは、いまでは、金凰魔王の領域のものを遥かに凌ぐ。

 

 十数年前から、白象宮には、年々に決まった財を青獅子軍のほかに金凰宮にも提供させているが、それでも白象宮の富はさらに拡大し続けている。

 あの女には、統治に対するそれなりの才があるのだと思う。

 

「青獅子陛下が未熟であったとは思いませんのう……。青獅子陛下は運がなかった。わしはそう思います……。そして、青獅子陛下を殺したのは、おそらく、魔凛(まりん)じゃ――。わしはそう思います」

 

「わかっている……。城郭で異変があった直前くらいから、魔凛の行方が知れていない。おそらく、なんらかのかたちで青獅子の支配を脱したのだと思う。そして、その仕返しで青獅子は殺された。おそらく、そういうことであろうな」

 

「ほう、やはり、魔凜は行方不明とな?」

 

「余が青獅子に望んだのは、手のつけられなくなった魔凛を処分してくれることだった……。青獅子は、これにも失敗した……。つくづく、未熟者であったことよ」

 

 金凰魔王は肩を竦めた。

 魔凛は、青獅子に恨みを抱いていただろうが、裏で糸を引いていたのが金凰だということはわかっているだろう。

 よりにもよって、青獅子もやっかいな女を世に放ってくれたものだ……。

 

「実際のところは、わしも聞かされてはおらぬのだが、そもそも、金凰魔王陛下が、魔凛を青獅子に処分させるつもりになったのは、なぜなのじゃ? 青獅子陛下は、単純に、金凰魔王が魔凛の身体に飽いたからだと考えていたようじゃが? 無論、わしが知るべきでないことがあるのであれば、教えてもらわぬともよいですぞ。わしも、別段、興味があるわけでもないでな」

 

 蝦蟇婆が金凰魔王に言った。

 

「いや、教えよう――。今回、蝦蟇婆に頼もうと思っていることにも関係することであるからな。知ってのとおり、余は女の膣に精を放つと、余の言葉に、その女を無条件に従わせることができるという能力がある。支配するのだ。ほとんどの者は知らぬ余の秘密であるが、蝦蟇婆は無論覚えているだろう?」

 

「そりゃあ、坊ちゃまは……、いや、金凰陛下は、わしがお育てしましたでのう……。女好きのお坊ちゃまが、思春期になる頃に、手を付けた女たちが、奇妙なことになって、騒動になったのをよく覚えておりますわい……。実に危険な精でありますよのう……。なにしろ、精を与えた女体が、金凰魔王の言葉にも逆らえなくなるだけでなく、霊気が怖ろしく増幅するのですからなあ……」

 

「この場では取り繕うな。坊ちゃまでもよいぞ」

 

 金凰は苦笑した。

 

「ほほ、ならば、坊っちゃま、この金凰妃殿がよい見本ですな。さっき、孫空女と戦うところをみておりましたが、あれほどの道術を遣いこなすなど、わしが調教した一介の女官の時代からは考えられませんものなあ……。さぞや、金凰魔王に濃い精をいまでももろうておるのでしょうな」

 

 蝦蟇婆が振り返って、金凰妃に微笑みを向ける仕草をした。

 いまとなっては、金凰妃が一介の女官あがりの奴隷女だったことを知っている者は少ないが、精を与えた女体の霊気を格段に向上させるという能力の恩恵を最も濃く受けているのが、この金凰妃こと金翅だ。

 相性というのであろう……。

 

 元々は、大した道術は遣えなかったのに、金翅は金凰から精を受けることによって、予言の力を得て、人の心を読み取ることができるようになった。

 また、瞬間移動もできるようになり、金凰魔王でも及ばないような戦闘能力も身に着けた。

 だが、これらの能力は、金凰魔王の精を受けてから開眼した後天的なものであり、以前は、多少は神秘的なことができるだけの普通の女官だったのだ。

 

 そして、その代償として、金凰妃は金凰魔王に、絶対服従の支配もされている。

 金凰魔王と交わることで、どの程度能力があがり、また、どのくらい支配されるかは、その都度違うが、金凰妃は能力の向上にしろ、金凰魔王の支配の受け入れにしろ、もっとも濃い影響を受けている。

 

「それが問題なのですよ、蝦蟇様――。うちの人は、あの魔凛に手を出したのはいいのですが、なぜか、魔凛に限っては、うちの人の支配をほとんど受け入れなかったのですよ。それなのに、もともとの操り術については、怖ろしいほどに能力が向上してしまったのです……」

 

「ほう? 支配を受けなんだと?」

 

「ええ、支配できないのに、相手の能力だけが向上するというのは、危険すぎます。ですから、わたしは、魔凛は殺してしまえと助言したんです……。青獅子殿は、うまく魔凛を罠に嵌めてくれてくれたのはいいのですが、それで逃げられてしまっては、逆にとんでもないことになったと思いますね」

 

 金凰妃が息を吐いた。

 

「まあ、魔凛のことはよい……。いずれ、なんとかなるだろうし、知ってのとおり、余の精の影響により向上した霊気を維持するには、定期的に余の精を受け続けなければならないのだ……。魔凛は逃げた。つまりは、いずれは、余の精の恩恵は止まるということだ。そうすれば、魔凛など危険なものではなくなる。余が抱く前の魔凛の操り術は、あれほど危険なものではなかったしな」

 

 魔凛については、金凰魔王は楽観視している。

 結局のところ、金凰魔王が与える精を断ってしまえば、突然出現した魔凛の大きな操り道術は遣えなくなるはずだ。

 どのくらいの期間で魔凛が、あの力を失うのかわからないが、魔凛との性の関係の期間は短い。

 せいぜい半年も魔凛がいまの力を維持し続けられればよい方だろう。

 

「魔凛のことはともかく、余の女体を支配する能力が不安定になっている……。その方が問題なのだ」

 

「不安定? つまり、女がいうことをきかなくなったということですかのう?」

 

「いろいろと試したが、残念ながらそういうことのようだ。一度精を放っても、定期的に精を与えなければ、支配を続けられないのは昔から変わらぬのだが、どうやら、いまは、ある程度、事前に調教を続けて、女体の心が堕ちた状態になっていなければ、精を与えても支配が築けぬようなのだ」

 

「調教?」

 

 蝦蟇婆は呆気にとられた表情をした。

 

「そんな顔で見るな、蝦蟇婆――。そうだ。奴隷宮の奴隷女でいろいろと実験をしてみた。つまりは、ただ、精を放つのではなく、事前の調教で心が弱くなった状態になって、初めて、以前のように精で心の支配を刻めるということだ……。そうかといって、余の精が女体の霊気を増幅させるというのは変わらぬのだ――。いまでは、その不安定さが高じて、簡単に女を抱くわけにもいかなくなっておるのだ……。困ったものよ」

 

 すると蝦蟇婆が大笑いした。

 

「なるほど、その能力で、女をいいように扱ってきたお坊ちゃまが、うまく女をあしらえぬようになりましたか? さしずめ、この金翅など、聞き分けがなくなって困るようにでもなりましたか? ならば、この蝦蟇婆が調教をやり直してやってもよいですぞ――。女を支配する技など、金凰お坊ちゃまの精の力であろうと、調教の力であろうと、結果は同じですからのう」

 

 蝦蟇婆が大笑いした。

 

「その通りだ、蝦蟇婆――。頼みたいのは、そのことなのだ」

 

 金凰魔王は強く膝を叩いた。

 すると、蝦蟇婆が逆に驚いて、きょとんとした表情をしている。

 

「そのこと――? いまさら、わしが、また金凰妃殿を調教するのですかな?」

 

「や、やめてくださいよ、蝦蟇様――。調教をしてもらうのは、わたしではありません。わたしの娘のことです。つまり、小白香――。ご存じでしょう、蝦蟇様?」

 

 金凰妃が言った。

 

「小白香……? ああ、小白香殿か――。白象様のところの……。ああ……。そういえば……。そなたの娘といえないこともなかったな……」

 

「なにを言っているのですか、蝦蟇様。あの娘はわたしの娘ですよ。秘密にはなっていますがね……。寄生族のわたしが、間違いなく白象殿の子宮に植え付けた卵から育った娘ですよ」

 

「世間的には、白象様の娘じゃ。そういことになっておる。そして、その秘密は封印もされた。お互いに道術契約を結び合ってな。このわしも道術契約を交わしたひとりじゃが、あれはそのまま封印すべき事実であろうと思うがのう……。いまさら、そなたが実の母親であると口にしても、誰も悦ばぬ」

 

 蝦蟇婆が金凰妃を睨んだ。

 

「わたしだって、母親面をするつもりはありませんよ、蝦蟇様。それを望んでもいませんしね……。ならば、白象殿の娘の小白香殿でも結構です。その小白香を蝦蟇様に調教してもらう必要が出てきたのですよ」

 

 金凰妃が言った。

 

「……そう言えば、童女を調教せよと、金凰魔王がわしに言ったのう……。つまりは、それが小白香殿のことということか……。だが、どういうことなのじゃ?」

 

 蝦蟇婆が怪しむような視線を金凰魔王と金凰妃に交互に向けた。

 

「蝦蟇婆は知らぬであろうが、実は白象宮でも数日前に異変があったのだ。ほぼ、青獅子が獅駝で暗殺されたのと同じ頃だ。時期が重なったのは、偶然だがな」

 

「異変とな?」

 

 蝦蟇婆は首を傾げた。

 

「その小白香が、政変を起こした。白象を捕らえて、自ら魔王につくことを宣言した。小白香自身が、『通信球』で知らせてきた」

 

「白象様を捕らえたと――? なんでじゃ――? ならば、自分が実は白象様の子ではないことを知ったのか? もしかして、自分が寄生族の血を引いていることを……?」

 

「それはないようだな、蝦蟇婆――。小白香は、まだ十二歳だ。偽根が生えたりして寄生族の特徴が現われるのは、まだ先だしな。小白香によれば、白象が余に対する暗殺を企てたからだと言っている……」

 

「白象様が金凰陛下を暗殺を企てじゃと? まあ、仕方あるまいて。身から出た錆びじゃ」

 

 蝦蟇婆が声をあげて笑った。

 金凰は思わず微笑んでしまった。

 

「そう。実際のところ、なにが起こっているかわからぬがな……。わかっているのは、すでに白象は事実上、魔王の地位を廃されているらしいということだけだ……。刑が執行されたという話もあるが、まだ、確かなことは伝わってはいない」

 

 金凰魔王は言った。

 手の者を数多く送り込んでいるという点では、金凰魔王は、青獅子軍の倍もの数の手の者をさまざまなかたちで白象宮に送り込んでいる。

 しかし、そういうことを嫌う白象は、炙りだした金凰魔王の手の者を見つけ次第、気儘な部下への処断の素振りで殺してしまったり、奴隷にして監禁したりするのだ。

 

 部下に冷酷で我が儘な女魔王として知られている白象だが、金凰魔王からすれば、白象が処刑してしまう部下は、金凰魔王がひそかに送り込んでいる手の者ばかりで、子飼いの部下には手厚い保護を続けている。

 白象は、金凰魔王がひそかに送りつける手の者を次々に殺すことで、金凰魔王を牽制しているのだ。

 そういう水面下の駆け引きを金凰魔王と白象はずっと続けていた。

 

 それでいて、表向きは白象は、金凰魔王に従順であり、十数年前に強要した毎年の多額の朝貢も諾々と支払いを続ける。

 白象からすれば、金凰魔王の精を受け続けているので、金凰魔王に逆らえないのだから当然なのかもしれないが、実際には、金凰魔王の精による支配などそんなに強いものではない。

 逆らえないのは、面と向かって言われた言葉くらいのもので、逆らえないような気分になって、金凰魔王の言葉に従ってしまうだけで、白象のように、常は離れて暮らす関係においては、その支配効果は低い。

 

 ましてや、二年前から、白象とは完全に精の関係を遮断しているから、すでに、白象は金凰魔王の支配からは完全に脱していると考えてよい。

 もっとも、そのことが、金凰魔王によって高められていた白象の霊気を低下させることになり、それで小白香が白象を霊気で圧倒し、さらに、魔王の地位まで奪うことに繋がることになるとは金凰魔王も驚いたが……。

 

「いずれにしても、余は、余の支配していない新魔王が現われるのを悦ばぬ。それが、余の実の娘であったとしてもな――。従って、余の精の力で小白香を支配してしまうつもりだ。それに協力してもらうぞ、蝦蟇婆」

 

 金凰魔王は言った。

 

「話はだんだんとわかってきたし、わしの役目もわかってきましたがな……。つまりは、魔王が精を与える前に、小白香を調教して、心を砕いてしまえばよいのじゃな。だが、仮にも、小白香は娘であるはずだが、それはよいのか?」

 

 蝦蟇婆が呆れたような顔をした。

 

「妹を長く食ってきた余だが、十二になったという娘はどんな味か愉しみだ」

 

 金凰魔王はうそぶいた。

 

「金凰妃殿もよいのか?」

 

「もちろん、存分にやってください、蝦蟇様」

 

 金凰妃がにっこりと笑った。

 

「まあ、いいわい……。言われたことをするだけじゃ。いずれにしても、この蝦蟇婆は、ただの調教師でしかないからのう……。だが、わしには、小白香殿を捕らえるなどという芸当はできませんぞ。わしは、ただ、与えられた女を調教するだけのことしかできんのだ」

 

「それはよい。余が捕える――。実は、場合によっては、金凰宮と白象宮で戦になるやもしれんのだ。いま、こうして、軍を率いて金凰宮を出て来ておるのは、そのこともあるのだ」

 

 金凰が言うと、蝦蟇婆は眼を見開いた。

 

「戦じゃと? まさか――。三魔王軍の中で戦ですと?」

 

「そんな顔をするな、蝦蟇婆……。余も、無理に戦を開きたいわけではないがな。場合によっては、戦も辞さん――。そのような態度を見せねば、あの十二歳の娘は、仮にも自分を育ててくれた白象を本当に処刑してしまいそうなのだ……」

 

「白象様を小白香殿が処刑をのう……。よくはわからんが、白象様も、傍目からは、他人の子と知りながら、大切に育ててきたように思うが……。やはり、種族の血なのであろうかのう……」

 

 蝦蟇婆が嘆息した。

 蝦蟇婆は、小白香が寄生族の血を引いていることも、その種族の性質も承知している。

 つまり、寄生族は、成長の代償として、育ての親である宿主に、本能的な憎悪を抱くようになる。

 そうやって、育ての親から離れ、独り立ちをするのだ。

 

 すなわち、育ての親を憎悪する――。

 

 小白香のように、それが高じて親殺しのようなことなことになるのは多くはないが、珍しい現象ではない。

 だからこそ、寄生族は、冷酷な種族とも呼ばれるのだ。

 

 いずれにしても、憎悪することによって、育ての親から離れた寄生族は、やがて、第二次性徴と呼ぶべき身体の変化をして成人となる。

 その第二次性徴によって、寄生族の特徴である偽根や姫蜂油などが身体に生まれ、その使い方が頭に覚醒されるのである。

 それまでは、寄生族であっても、他種族の子として育つそれぞれの個体は、自分が寄生族であることを知ることもない。

 宿主の親もまた、子が寄生族であることは通常は知らない。

 

 そして、成人して、種の本能を覚醒させた寄生族は、性愛については、男とも女とも関係をするように変化する。

 つまり、寄生族は通常の男との性行為で自分の胎に子の卵を宿すと、今度は女との性愛をして、姫蜂油で夢心地にした宿主候補の女の子宮に、偽根を使って子の卵を植えつけるのだ。

 それが寄生族の性愛だ。

 

 通常は、偽根も相手の女がまともな状態でなくなるまで隠しているので、寄生族の子を植えつけられる女体も、それを知ることは少ない。

 白象は、金翅が寄生族であるということを承知していて関係を持っていたので、自分の子宮に新しい子が宿ったときに、すぐに白象は、それが自分の子ではないことを知ってしまったのだ。

 そういうものであるというのは、金凰も金翅を通じて知った。

 

「白象は処刑はさせぬ――。金凰妃の予言である“三個の身体で支配する者”という状態を具現するには、白象の存在は必要なのだ。白象については、もう一度、余の支配を刻み直す。そして、小白香を新たに、余の支配に刻みつける。それで、金凰妃の予言した“三個の身体で支配する者”というのが余ということになるのだ」

 

 金凰は言った。

 

「あの予言じゃな……。わしも、獅駝の城郭で耳にしましたわい……。“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”という、あれですな……」

 

「そうだ、蝦蟇婆……。最初にそれを余が聞いたとき、余は、白象と青獅子とともに三魔王領を支配する余のことだと思った。しかし、それは違っていた。考えてみれば、青獅子と余では別人格だ。三個の身体で支配する者とは満たせないであろう……」

 

「しかし、予言の条件が揃ったと?」

 

「だが、余の精の支配の力で、改めて白象を支配し直し、また、小白香を支配し、その両名を三魔王領の支配に参加させれば、まさに、“三個の身体で支配する者”ということになる――。そのためにも、白象は死なせぬ――。また、小白香の支配はなんとしても、実現させる」

 

 金凰は言った。

 

「なるほどのう……。いずれにしても、わしは、金凰魔王が小白香を捕らえるのを金凰宮で待っておればいいのじゃな?」

 

 蝦蟇婆は言った。

 

「そのつもりだ……。まずは、軍を率いて白象宮に乗り込む。場合によっては、強引に白象を助けるということになるかもしれん。小白香の調教を白象宮で行うか、それとも、金凰宮に連れて来て行うかは、まだ決めてはおらんが、とりあえずは、穏やかではないであろうからな――。戦が終わったところで、蝦蟇婆には登場願うつもりだ」

 

 金凰は言った。

 そのとき、突然に眼の前に、『通信球』が出現した。

 驚いたことに、それは白象宮の小白香から送られてきたものだった。

 

「あなた……?」

 

 金凰妃が不審な表情を示した。

 

「大丈夫だ。小白香からだ……」

 

 金凰は小白香からのその『通信球』を開封した。

 果たして、金凰の頭の中に、小白香からの伝言が流れ込んできた。

 それに意識を集中していた金凰魔王は、やがて、笑い出してしまった。

 

「どうしました、あなた?」

 

 金凰妃が言った。

 

「いや……。どうやら、戦の必要はなくなったようだ。小白香から白象の処刑は中止したと告げてきた。その理由は伝えてはきておらんがな」

 

 金凰は自分を見ている金凰妃と蝦蟇婆に視線を向けた。

 

「……同時に、是非、白象宮……、小白香は、小白香宮という表現をしているが、そこに余を招待したいそうだ。新しい魔王として、金凰魔王である余を歓迎するらしい。魔王と魔王の友好を築くためにな」

 

 金凰は笑った。

 

「どういうことでしょうか……?」

 

 金凰妃は不審な顔をした。

 

「わからんな。だが、これは余としても願ってもないことだ。さっそく、小白香に余の精を注いで、支配を刻んでしまう機会がやって来たということだ」

 

「まあ、確かに……」

 

 金凰妃が頷いた。

 

「しかも、都合の良いことに、白象はその小白香自身によって、無力化されている。二年前に封印された鍵も無効になっている可能性が高い。それ程面倒なこともなく、仕事は片付くような気もするな……」

 

 金凰は、一度口を閉じて、ふたりを見る。

 そして、再び口を開く。

 

「蝦蟇婆、予定変更だ。余と一緒に白象宮に来い――。そこで、さっきのことをやってもらおう。金凰妃は、このまま金凰宮に戻れ。それまで、宝玄仙を管理しておけ……。ついでに、孫空女もな。まあ、ふたりとも、殺さん限りは、好きなように扱って構わぬ」

 

「まあ、嬉しい」

 

 金凰の言葉に、金凰妃の金翅がにっこりと笑った。

 

 

 

 

(第85話『女王処刑』終わり)



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 第86話  調教は続く【金凰妃(きんおうひ)金翅(きんし)Ⅱ】
558 別れ再び


「あっ、いや……ご主人様……ああっ、い、いきそうだよ……はああ――」

 

 女陰と肉芽を交互に宝玄仙の舌に掻き回されて、孫空女は拘束されている身体を突っ張らせた。

 

「ふふふ……、お、お前ばかり……狡いじゃないかい……。わたしには奉仕してくれないのかい……」

 

 笑い声とともに、股間から宝玄仙の声が聞こえた。

 その宝玄仙の声も息も絶え絶えの感じだ。

 

「う、うん……ご、ごめん……」

 

 孫空女は慌てて、目の前にある宝玄仙の股間を舌で舐めた。

 汗と混じった宝玄仙の愛液の味が孫空女の口の中に拡がる。

 すると、眼の前の宝玄仙の股間がうねり出す。

 それと同時に、密着している宝玄仙の身体がさらに熱くなった。

 そうやって、宝玄仙の股間を舐めながら、宝玄仙の舌の愛撫を受けている。孫空女は、懸命に舌を動かしながら、宝玄仙の愛撫に耐えた。

 

「あ、ああっ、そ、そこは――」

 

 宝玄仙の舌が孫空女の肉芽の皮をめくるように動き、中の敏感な部分を二度、三度と突きあげる。

 少しばかり乱暴な舌の動きだが、孫空女はそれがもっとも感じるのだ。

 孫空女のことをわかっている宝玄仙は、そうやって孫空女が一番弱いやり方で責めたてる。

 

「ほらほら、いくのかい」

 

「んあああつ」

 

 孫空女は思わず拘束されている身体を仰け反らせた。

 腹のあたりに密着している宝玄仙の巨大な乳房が反動で揺れて弾けた。

 それでも、孫空女は、宝玄仙の股間を舐めている舌だけはやめないようしようと頑張った。

 

「ああっ……いいよっ……わ、わたしもおかしくなるよ……。はああっ、はあっ――」

 

 すると宝玄仙も急に身体を震わせて、声を噴きあげる。

 孫空女の顔はほぼ宝玄仙の股間に密着させられていて、宝玄仙の股間が蜜を垂れ流せば、それは孫空女の顔にかかることになる。

 孫空女はそれを舌ですくっては、舐めあげていく。

 

 こうやって、ふたりで相手の股間をむさぼり合ってどのくらいの時間がすぎたのか……。

 金凰宮に向かう檻車の中だった。

 孫空女と宝玄仙は、この檻車の中で忘れられたように放置され続けていた。

 

 孫空女と宝玄仙は、お互いの裸身を反対向きに密着させられ、相手の股間から顔を離れられないようにして雁字搦めにされていた。

 喋るのも、息をするのも、身じろぎするのも、相手の股間に口を密着したままの状態だ。

 口は完全に相手の股間に密着しているし、鼻は辛うじて目の前の宝玄仙の肌と隙間が作れるくらいの距離だ。

 そこから少しも顔を離せないように、ふたりとも相手の股間に顔を埋められているのだ。

 

 顔だけではない……。

 向かい合った宝玄仙と孫空女の肌は、完全に密着して革紐で全身を縛られている。

 孫空女の両手は宝玄仙の背中側で縛られているし、ほとんど肩で切断されている宝玄仙の腕でさえ、自由にならないように革紐が食い込んでいる。

 

 この状態で二日だ……。

 

 身動きできないように縛られているのはともかく、宝玄仙の命令でずっとふたりで愛し合う行為を続けている。

 孫空女はもう息も絶え絶えだ。

 だが、宝玄仙は憑かれたように、孫空女との逢瀬を愉しんでいる。

 また、檻車の中にいるのは、お互いの股間に顔を無理矢理に密着させられている孫空女と宝玄仙だけで、ほかには誰もいない。

 

 一度は、宝玄仙を移送する玄魔隊から宝玄仙を救出することに成功した孫空女だったが、そこに合わせるようにやってきた金凰軍の大軍に残念ながら再捕縛されてしまった。

 そして、そのまま、服を剥がされて、こうやって宝玄仙と逆さ向きに向かい合うように縛られて檻車に閉じ込められてしまったのだ。

 

 最初はなんとか身体を縛っている革紐が外れないかともがいていた孫空女だったが、これは道術がかかっているから無駄なことはやめろとたしなめたのは、孫空女の股間に顔を埋めている宝玄仙だった。

 

 また、宝玄仙は、こうしていても無駄だからと、自分の顔の前にある孫空女の無防備な股間を舌で舐め始めたのだ。

 こんなときにとは思ったが、避けようにも孫空女の股間は、完全に宝玄仙の顔に密着されるように縛られているのだ。

 抵抗のしようがない。

 たちまちに湧き起こった淫情に、孫空女は全身を震わせて反応してしまった。

 仕方なく諦めて、宝玄仙の求めるまま、孫空女もまた、宝玄仙の股間を舌で刺激する。

 

 それから、二日……。

 

 宝玄仙と孫空女は、多少は疲れて寝入ったりしたものの、意識のある時間をほとんどこうやって、お互いの股間を舐め合ってよがり狂っている。

 もうなにがなんだがわからない。

 次から次に起きる絶頂の感覚に、孫空女はもう夢心地だ。

 

 お互いに意識が保てなくなるくらいに、股間の舐め合いと絶頂の繰り返しを続け、疲労と眠気で意識を保てなくなったらふたりで休む……。

 そして、眼が覚めたら、また、目の前にある相手の股間を舌で刺激する。

 

 それをひたすらに繰り替えしている。

 

 そこには孫空女と宝玄仙の世界しかない。

 ただ、愛し合い、相手の淫液を舐め合い、そして、よがり合って果てあう。

 それだけの時間が延々と流れていた……。

 

 ふたりの身体は密着しているが、いまは下側になっているのが孫空女の方だった。

 孫空女の視界には、檻車の天井の細い数本の明かり取りの穴がある。

 そこから、かろうじて射し込む陽の光で孫空女は時間の経過を測っていた。

 

 この状態で檻車に監禁されたのは、昨日の昼すぎだったと思う。

 陽の光が射し込むあいだは、檻車はずっと移動しているようだったが、陽がなくなった気配がして、檻車が完全な闇に包まれると檻車が停止した。

 そして、檻車の外は静かになる。

 これで一日だ。

 

 しかし、この状態で閉じ込められている孫空女と宝玄仙には、昼も夜もない。

 ただ、ふたりで淫情に耽り合い、疲れたら寝るという行為の繰り返しだけだった。

 檻車の外に関係のない孫空女と宝玄仙の時間だけが流れ続けていた。

 むさぼるように相手の股間を舐め合い、よがり、果てるという時間だ……。

 

 だが、そのふたりだけの時間は、一度だけ破られた。

 おそらく夜中の時間であり、そのときは、たまたま繰り返した連続絶頂の疲労でふたりとも寝入っていたと思う。

 がちゃりと檻車の鉄の戸が開き、金凰妃の率いる十名ほどの兵がどかどかと入って来たのだ。

 孫空女はすぐに目を覚ましたが、股間側からは宝玄仙の寝息がまだ聞こえていた。

 完全な闇だった檻車の中が、兵たちの持つカンテラで照らされたのだ。

 そして、金凰妃は、孫空女と宝玄仙を一瞥すると、いきなり兵に持たせていたふたつの木桶で孫空女と宝玄仙の顔に水を浴びせたのだ。

 宝玄仙も浴びせられた水で意識を戻した気配だった。

 

 しかし、そのとき、宝玄仙の顔のある方向から、かすかに刺激臭のようなものがした。

 その刺激臭は、宝玄仙の意識を失わせる匂いだったらしく、悶え動きかけていた宝玄仙の股間が動かなくなり、再びぴたりと静止した。

 

 そして、金凰妃は、今度は孫空女の顔のある方向に寄ってきた。

 孫空女の言葉をすべて無視して、宝玄仙になにかの道術をかけた。

 すると、宝玄仙の股間から宝玄仙の蜜に濡れた青色の水晶の棒のようなものが、大量の体液を孫空女の顔にぶちまけながら抜け出て来たのだ。

 

 孫空女は、獅駝の城郭で最後に宝玄仙と話したとき、宝玄仙が膣に魔法石を挿入されているので、道術が遣えないと言っていたのを思い出した。

 慌てて身体を揺すって宝玄仙を起こそうとしたが、宝玄仙はまったく動かなかった。

 

 すぐに、青い透明の棒が抜け出た宝玄仙の股間に、今度は同じ形の透明の棒を挿入した。

 宝玄仙の股間は、まるで生き物が食べ物を飲むように、その棒を膣の奥深くに吸い込んでいった。

 それで終わりだった。

 

 金凰妃は、孫空女に、「お前のお陰でいい魔法石が育った」という言葉を掛けると、もう一度、なにかの匂いを宝玄仙に嗅がせてから、兵とともに檻車を出ていった。

 宝玄仙が意識を戻したので、そのときのことを説明したが、宝玄仙には、特に反応はなかった。

 じゃあ、始めようかと笑って、再びお互いの股間を愛し合う時間が始まっただけだ。

 

 そうやって、夜のあいだも、愛し合っては果てるということを繰り返した。

 やがて、再び、陽の光が射し込みはじめたと思ったら、また檻車が動き出した。

 夜中の一回以外には、檻車に入ってくる者もいなければ、檻車の外から声をかける者もいない。

 食事が与えられるわけでもないし、金凰妃がやってきたときに、顔に掛けられたもののほかに、水の一滴がもらえるわけでもない。

 孫空女と宝玄仙の安否を確かめるため声をかけることすらしない。

 

 つまりは、この檻車の中で完全にほったらかしにさせられていた。

 

 この間、檻車が動き続けていることだけはわかるが、そのほかのことはわからない。

 檻車で輸送されているあいだ、お互いの股間が出す淫液や汗や尿だけが、口に入れることのできる液体だった。

 一滴も無駄にしない気持ちで孫空女は、宝玄仙の股間から出たものを舐めとった。

 

「ふううんんっ――」

 

 宝玄仙があられもなく悶え続けている。

 こうやって、お互いの股間を舐め合い続けて随分経つ。

 喉の渇きを癒すためには、互いの股間を舐め合うしかなく、それでこうやってふたりで股間を刺激し合っては、股間から出る分泌液を舐め合っているのだが、幸いにしてお互いの股間から出る愛液は、枯れるということはないようだ。

 なんとか生命を保つのに十分なものが相手の股間から確保できている。

 

 いずれにしても、これからどうなるのかさっぱりと見当はつかない。

 どうなるかを考えることもできない。

 

 宝玄仙は、思考を放棄するかのように、疲労が回復さえすれば、すぐに孫空女の股間を舌で刺激しはじめるし、股間を宝玄仙に舐められると、もう、孫空女はなにも考えることができない。

 ただ、宝玄仙の舌の責めるままに、悶え泣くだけだ。

 そうやって、お互いに股間を舐めては昇天し、果てしない連続絶頂に疲れたら、そのまま寝る。

 それを繰り返している。

 

 いまは、ふたりともある程度の意識を保っている状態だ。

 お互いに結構深い睡眠をして、意識を戻してから間もないからだ。

 

「くふうっ」

 

 宝玄仙がまた孫空女の股間を舐めだしたのだ。

 孫空女は身体を思い切り弾かせた。

 

「い、痛いっ――。お、お前、暴れるんじゃないよ――」

 

 宝玄仙の不満そうな声がした。

 どうやら、腰を動かしすぎて、宝玄仙の鼻を股間で突きあげてしまったようだ。

 

「ご、ごめん……で、でも、そ、そんなにしたら……ま、またいきそうだよ……」

 

 孫空女はあっという間に押しあがってきた快楽のなすがままに叫び狂った。

 なにしろ、宝玄仙の舌が容赦なく、孫空女の股間を舐め捲っているのだ。

 孫空女も負けまいと舌を動かすのだが、宝玄仙に股間を舐められると、全身が痺れたようになり、舌先でさえ動かなくなる気がした。

 

「ああっ、あああっ……」

 

 一方で、宝玄仙のよがり声が響き渡った。

 なにかを忘れ去りたいかのような宝玄仙の派手な絶叫と乱れ方だ。

 その宝玄仙が獣のように果てた。

 また、まとまった体液が孫空女の顔にかかる。

 

「はあ……はあ……はあ……ま、また、いっちまったよ……ふふふ……」

 

 宝玄仙が喘いでいる。

 孫空女も限りない数の絶頂をしているが、驚いたことに、おそらく宝玄仙は孫空女にまさる数の絶頂を繰り返していると思う。

 まるでなにかに憑りつかれたかのような宝玄仙の激しさだ。

 宝玄仙の常軌を逸したような乱れぶりが、宝玄仙の不安や恐怖を物語っているような気がした。

 

「うああああっ、あはああっ」

 

 また、絶頂の波がやってきた。

 孫空女はその波のうねりのままに、強烈な快感の頂点に昇り詰めていった。

 

「き、気持ちいいよ、お前――。はあ、ほ、本当に気持ちいい――。孫空女、わたしは忘れない――。こうやって、お前を愛し合ったことを絶対に忘れないよ――。わたしは、いま幸せだよ――」

 

 続いて、宝玄仙が身の世もないように喘ぎ狂いながら、凄まじい咆哮をして全身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「呆けてないで立つんだよ――」

 

 いきなり腰が思い切り蹴られた。

 激痛に孫空女は目を覚ました。

 鎖の音がした。

 孫空女は身じろぎした。

 

 また、鎖の音がした。

 それが自分の足首に嵌められている音だとわかった。

 そして、自分が妙に不安定な体勢でうつ伏せになっているということに孫空女は気が付いた。

 

「聞こえないのかい――。立つんだよ、新入り――」

 

 今度は下腹部のあたりを力いっぱい爪先で下から抉られた。

 

「ふぐうっ」

 

 凄まじい蹴りに孫空女の息がとまった。

 続いて、胃液のようなものが口から飛び出しそうになった。

 孫空女は辛うじてそれを堪えた。

 

「な、なに……?」

 

 はっとした。

 外だ――。

 

 檻車ではない。

 いつの間にか、営庭のような場所にいる。

 

 周りからたくさんの喧騒が聞こえた。

 そして、孫空女の眼の前には複数の黒い革の靴が見える。

 いつの間にかどこかに到着していて、孫空女は檻車から降ろされて地面にうつ伏せになっていた。

 

 宝玄仙は――?

 檻車の中でずっと密着されていた宝玄仙がいない……。

 

「ご、ご主人様はどこさ――?」

 

 孫空女は声をあげて、立とうとした。

 しかし、首にずんという重みを感じた。

 それで、初めて孫空女は自分の置かれている状況がわかった。

 

 首に丸い板状の鉄の首枷を嵌められている。

 大きな鉄の丸い板に三つの穴があり、首と両手首を挟みつけるかたちで肩の上に乗せられているのだ。

 その首枷を嵌められたまま、孫空女はうつ伏せというよりは、跪くような体勢で眠っていたようだ。

 自分の周りには、おそらく五、六名の亜人兵がいる。

 

「ほら、立て――」

 

「ひぐうっ」

 

 今度は首枷の下の乳房を蹴りあげられた。

 さすがに激痛が走り、孫空女は顔をしかめた。

 いま蹴ったのも、その前に孫空女の腹を蹴り飛ばしたのも女の声だった。

 周りにいるのは、全員が女の亜人兵なのだろうか……?

 やはり、ここは、どこかの軍営のような場所のようだ。

 遠くからは、なにかの訓練をしているような声も聞こえる。

 

「……け、蹴るんじゃ……ないよ……」

 

 とてつもない重さだった。

 首に激しい痛みを感じながら、孫空女はなんとか首を持ちあげて脚を踏ん張りながら、その場に立ちあがる。

 

「ほう……。金凰妃様が大男用の首枷にしろとおっしゃっただけはあるねえ。その細い身体で、よくも、その首枷が持ちあがるものさ……」

 

 正面に立っている細い棒鞭を持った軍装の女が笑った。

 随分と大柄の女で、背は孫空女よりも首ふたつは大きい。

 横幅はおそらく孫空女の三倍はあるだろう。

 そのほかに、同じような服装の女たちがいる。

 いずれも亜人兵だ。

 よく観ると、正面の女が持っているものと同じ棒を全員が腰に差している。

 

「ご、ご主人様はどこだい――?」

 

 孫空女は、目の前の女に向かって声をあげた。

 

「誰に向かって口をきいているんだい、新入り――」

 

 いきなり横から腹に向かって蹴りが飛んできた。

 危うくひっくり返りそうになったが、孫空女はなんとか足を踏ん張って転ぶのを耐えた。

 

「おっ? 鄔梨李(うりり)の蹴りに耐えたかい。大したものじゃないかい――」

 

 眼の前の隊長らしき女が笑った。

 いま孫空女の腹を蹴ったのは、鄔梨李という女のようだ。

 孫空女と同じ赤毛だが短髪で、孫空女の胸ほどの背丈しかない小柄な亜人だ。

 しかし、身体の細さに比べてその手足は太い。

 そこから繰り出された蹴りは、確かに凄まじい衝撃だった。

 ほかの女兵から揶揄するような笑い声がした。

 

「な、生意気だよ、お前――」

 

 するとさっきの鄔梨李という女が真っ赤な顔になり、さらに凄まじい蹴りを孫空女の下腹部に叩き込んできた。

 

「んごおおっ」

 

 さっきよりもさらに強い蹴りだったが、今度は孫空女も蹴りが来ることがわかっていたので、首枷の重さで体勢を少し崩したものの、やはり倒れずに済んだ。

 

「お、お前――」

 

 だが、孫空女が耐えたのが面白くなかったのか、鄔梨李がさらに次の蹴り加えるような仕草になった。

 

「やめるんだよ、鄔梨李――」

 

 女隊長が声をあげた。

 すると、鄔梨李が残念そうに姿勢を戻した。

 そして、真っ赤な顔のまま、孫空女を睨む。

 

「あたしは、緒里(ちょり)だ。あたしがお前の教育監督官ということになる――。あたしがお前の教育が終了したと判断した時点で、お前は奴隷宮にあがる資格を得ることになる……。もちろん、奴隷宮にあがるかどうかは、運もあるし、女としての容姿や実力によるんだろうけど、あたしが合格させなければ、その可能性ももらえない。覚えておきな」

 

「教育監督……? 合格?」

 

 なんのことだか、さっぱりとわからない。

 

「つまりは、お前の人生はあたしたちが握っているということさ……。まあ、奴隷宮に入ることができれば、お前は綺麗な服を着て、おいしいものを食べ、温かくて清潔な寝具に包まれて寝ることになるはずだ。そして、金凰魔王陛下の伽を競う生活になれる――」

 

「ちょ、ちょっと待っておくれったら……」

 

「とにかく、一刻も早く、この教育施設を出て、奴隷宮に行けるように頑張るんだね――。そうなれば、もう、あたしたちと会うこともないだろうけどね。金凰魔王陛下の奴隷のお方々といえば、あたしたちからしても、雲の上の方々だ――。だが、それまでは、あたしたちが鍛える家畜と同じだ――」

 

「な、なあ、あんた……」

 

 一方的に喋り続けるだけで、まるで話をさせてくれない。

 

「さあ、さっそく、新入りの歓迎儀式を始めるよ――。いまから、この営庭を駆け足だ――。いきな――」

 

 緒里が言って、道を開けるような仕草になった。

 眼の前の営庭には、さまざまな運動施設があるようだった。

 そして、いま気がついたのだが、その幾つかでは孫空女のように裸で鎖を付けられた女が大勢いる。

|そういう女たちがここでなにかに追いたてられるように身体を動かせられているのだ。

 

 さっきから聞こえてた喧騒は、孫空女のような立場の奴隷が、ここの女兵たちに、しごかれていたものだったようだ。

 もっとも、孫空女がしているような大きな首枷をしている者はいない。

 大抵は簡単な前手錠だけであり、それが棒状の鞭で追いたてられて、走ったり、四つん這いになったり、器具で鍛えたりさせられている。

 

 孫空女が、走れと言われた営庭のかたちは丸くなっていて、中心部分にある運動施設を囲むように駆け足をする道が作られていた。

 おそらく一周で二十間(約二百メートル)くらいだろう。

 ほかの奴隷女たちは、孫空女がいる場所の営庭を挟んだ反対側の敷地にいる。

 そこにも、なにかの器具があり、女たちはそこで泣き叫んでいた。

 よく見ると、さらにそこ先に丘があり、そこにはたくさんの平屋の建物が並んでいる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ――。は、走れって……。それよりも、ここは奴隷宮じゃないのかい――? それにご主人様はどこ? それと、金凰妃はどこさ――?」

 

 孫空女は声をあげた。

 まるでどうなっているのかわからない――。

 一見したところ、ここは金凰軍の軍営のようだけど、宮殿のようなものは近くにはない。

 見えるのは、営庭の向こうにある小高い丘の建物だけだ。

 

「き、きんお……――? た、隊長――。こいつ、金凰妃様のことを敬称もなく――」

 

 鄔梨李が怒りの形相で叫んだ。

 しかし、緒里がそれを宥めるように制した。

 

「もしかしたら、なにも知らずに、ここに連れてこられたのかい、人間? 普通は、奴隷になる手続きをするときに、ここの仕組みについて教えられるものだけど、確かに、お前については、檻車から直接に金凰妃様が連れて来たからね。もしかしたら、なにも知らされていないんじゃないかとは思ったけど……」

 

 緒里が言った。

 その口調は穏やかで、頬には微笑みさえも浮かんでいる。

 

「知らないもなにも、さっぱりとわからないよ――。あたしは、ご主人様と一緒に金凰魔王の奴隷宮に向かって、檻車で運ばれていたんだ――。そうだ、ご主人様はどこだい――?」

 

 孫空女は叫んだ。

 重い首枷を付けたまま周囲をなんとか見回したが、孫空女たちを運んでいたはずの金凰軍の姿はない。

 檻車もないし、金凰妃や宝玄仙の姿もない。

 一体全体、ここはどこだろう――?

 

「ご主人様というのは誰のことだい?」

 

 緒里が首を傾げた。

 

「ねえ、金凰妃様が連れていった家畜のことじゃないですか、緒里様? ほら、こいつと雁字搦めに縛られていたじゃないですか。あの手足のない人間の女ですよ……。随分とこいつの名を叫んでいたじゃないですか」

 

 鄔梨李が口を挟んだ。

 

「か、家畜? あ、ああ、そうと思う――。そのご主人様は、どこに行ったのさ――?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「あの手足のない家畜女のことだったら、すでに奴隷宮だよ。金凰妃様が連れていったようだよ」

 

 緒里が言った。

 

「だ、だったら、あたしも奴隷宮に連れていっておくれよ。あたしは、ご主人様と一緒にいたいよ――。もう、離れたくないんだ――」

 

 孫空女は必死で訴えた。

 しかし、周りの亜人兵たちが一斉に笑った。

 

「な、なにが可笑しいんだよ――? あたしは、ご主人様と一緒に、奴隷宮というところに入れられると言われて連れてこられたんだ」

 

 孫空女はさらに言った。

 しかし、緒里が孫空女をなだめるような表情になった。

 

「よくわかっていないようだから教えてやるよ、新入り――。この金凰宮の奴隷宮に入る女は、全員がここで奴隷としての訓練を受けることになる。ここは、錬奴院(れんどいん)と呼ばれている奴隷訓練場だ」

 

「れん……ど、いん?」

 

「ここで、奴隷としての躾や訓練を受けて、合格すれば、初めて奴隷宮で暮らせるようになる――。つまり、ここに集まっているのは、全員が奴隷候補生というわけだよ……。ほとんどの者は、金凰魔王陛下の奴隷になるのを夢見てここに集まってくる。そして、お互いに競争して、選ばれた者だけが奴隷になれるということさ――」

 

「競争? 選ばれた者だけ?」

 

「だが、これだけは言っておくけど、全奴隷候補生が奴隷になれるとは限らないよ……。むしろ、奴隷になれる幸せな者は、ほんのひと握りだ。大抵は、奴隷になることなく、ここでしごかれて調教を受け続けることだけで終わる――。まあ……、というわけで、奴隷になりたてくも、すぐには奴隷宮には入れない……」

 

「ええっ? つまり、ここには奴隷なりたい者が集まる場所?」

 

 奴隷になりたいというのがわからないけど、話を聞く限り、そういうことと思う。

 

「知らなかったのか? あの金凰妃様でさえ、かつては、この錬奴院でつらい時代をお送りなされたこともあるのだ。お前も頑張れば、奴隷宮にあがれると思うよ――。だから、しっかりと励むんだね」

 

「じょ、冗談じゃないよ――。あたしは、奴隷になりたいわけじゃないんだ。じゃあ、ここは、ご主人様はいないんだね――。それで、ご主人様が連れていかれた奴隷宮ってどこにあるのさ――?」

 

 孫空女はさらに声をあげた。

 

「奴隷宮というのは、ここから眼と鼻の先だよ――。というよりは、ここは奴隷宮の一部さ――。だけど、ここから奴隷宮は見ることはできない。そこに隣接する金凰宮もね――。錬奴院は、道術で閉鎖された大きな結界の中にあるんだ。錬奴院の外の景色は見ることはできない……。だけど、実際には、この錬奴院は、奴隷宮から見下ろせるような場所にあるんだ」

 

「全然わかんないよ。あたしは、ご主人様と一緒に奴隷にされるて、ここに連れてこられたんだ。奴隷宮に行くはずなんだ」

 

 孫空女は声をあげた。

 すると緖里が、呆れたという表情になる。

 

「だ、か、ら、奴隷宮には、ここで合格しないとあがれないって言ってんだろう」

 

「はあああ?」

 

「奴隷宮いきたければ、ここで励むんだね。いずれにしても、金凰魔王陛下も頻繁に来られるからね。なにかの拍子で、頑張っているところを見染められて、名指しで奴隷宮に拾いあげられることもある。だから、見られていないと思って、手を抜かないようにね、新入り……。もっとも、手を抜くなんてことは、あたしらがさせないけどね」

 

 緒里は言った。

 とにかく、どうやら、孫空女は再び宝玄仙と引き離されたようだというのは理解した。

 そして、ここは金凰宮に隣接する奴隷宮の一部であり、その一角に作られている錬奴院という奴隷の訓練場のようだ。

 

 いまの緒里の話によれば、ここは、金凰魔王の奴隷になるために、それを目指す女が訓練を受ける場所であり、奴隷としての訓練を受けて合格した奴隷が、奴隷宮にあがるということになっているようだ。

 

 つまりは、孫空女は、この連中の奴隷としての訓練をこの錬奴院という場所で受け、さらに、この女たちの眼にかなって、初めて、宝玄仙のいる奴隷院に連れていってもらえるということらしい。

 

 この場所に檻車が到着したとき、宝玄仙との拘束を解かれて、孫空女だけここで降ろされたようだが、もしかしたら、孫空女は、なにかの道術をかけられて眠らされていたのかもしれない。

 とにかく、宝玄仙との別れをすることも許されずに、再び引き離されたことに、孫空女は愕然とする思いだった。

 

「それから、お前はひとつだけ覚えておかなければならないことがあるね――」

 

 緒里が言って、持っていた細い棒の先を孫空女の横腹にすっと当てた。

 

「ふぶううっ――」

 

 なにが起きたかわからなかった。

 腹に丸太で殴られたような衝撃が走り、一瞬だけ視界が消えた。

 次に、強い力が首にかかり、孫空女は全身を地面にひざまずいていた。

 どうやら、前のめりに倒れたようだ。

 激痛が身体の中に走っている。

 

 それは、孫空女の知っているどんな痛みとも違っていた。

 身体の外からではなく、中から込みあがる痛み――。

 そんな感じだった。

 しばらく息もできなかったが、やっとのこと呼吸が吸えるようになると、たったいま、味わった激痛に対する恐怖が孫空女に襲いかかってきた。

 

「お前が覚えるのは、まずは、この『心神鞭』の味だ――。身体の外側からじゃなく、身体の中の痛覚そのものを抉る鞭だ――」

 

「し、神経……鞭……」

 

 口から出た孫空女の声はかすれていた。

 本物の激痛というものを孫空女は思い知った気持ちになった。

 

「この鞭はここにいる躾係の全員が持っている。そして、お前が気に入らないことをすれば、容赦なくこれを浴びせるし、もしかしたら、お前がなにもしなくても、この『心神鞭』を使うかもしれない――。とにかく、まず、お前が覚えるのは、この『心神鞭』の恐怖だよ。奴隷は鞭に怯えて生きる――。それが奴隷の掟だ」

 

 頭の上から緒里の蔑むような声が振ってきた。



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559 錬奴院(れいどいん)の洗礼

 心神鞭――。

 

 それは、痛みという言葉では、十分に言い表せないものだった。

 孫空女は、しばらくのあいだ、口をきくどころか、息もできないでいた。

 たった一発で孫空女を恐怖に陥れたその衝撃に、一体全体、なにをされたのか孫空女は理解できなかった。

 

「立つんだよ、新入り――。それとも、尻の穴に、いまのを当てられたいかい?」

 

 鄔梨李(うりり)の声がした。

 そして、孫空女の無防備な尻に冷たい棒の先が当たるのを感じた。

 

「ひいっ――。た、立つ――。立つよ――」

 

 孫空女は心の底から恐怖を感じて、まだ力の入らない身体を懸命に起こして立ちあがった。

 しかし、大きな丸い首枷が凄まじい重量感を首と肩に襲いかからせる。孫空女の怪力をもってしても、少しでも体勢を崩せば、その場に倒れ込んでしまうような重みだ。

 さすがの孫空女も、この首枷をしたまま動くには、全身の筋肉を総動員しなければならない。

 

「大したものだよ――。普通は、その首枷は身動きできないような状態にするための懲罰用のものだからね。しかも、この施設のものじゃなくて、わざわざ、軍営から大男用の首枷を持ってきたんだよ。そんなものを付けられて動けるのは、この錬奴院にいる女の中でもお前くらいのものだろうさ」

 

 緒里が笑った。

 しかし、孫空女にはそれに答える余裕もない。

 首枷の重みに耐えながら、一歩一歩と踏ん張るように、指示された営庭に向かって足を進めていく。

 その孫空女の周りを緒里や鄔梨李を含めた五人ほどの女兵が囲みながら着いてくる。

 

 やがて、営庭にある周回駆け足の場所に到着した。

 鄔梨李が笛のようなものを吹いた。

 すると、その笛の音を合図に、営庭の向こう側にいた奴隷女たちやその監督兵たちが、こっちに向かって集まり始めた。

 

「さあ、みんなが来るまでに、新入り歓迎の儀式の準備といこうか――。跪きな、新入り――」

 

 鄔梨李が言った。

 

「な、なにすんだよ……?」

 

 嫌な予感がして、孫空女は立ったまま身構えた。

 しかし、次の瞬間、孫空女は鄔梨李の言葉に逆らったことを後悔した。

 鄔梨李の相好が崩れて、待っていましたとばかりに、『心神棒』を腰から抜いて、孫空女の脇腹に当てたのだ。

 

「まっ」

 

 待って――という言葉を言い切る間もなく、再びあの衝撃が孫空女の全身を貫いた。

 

「あぐうっ」

 

 目の前から視界が消える。

 

 気がついたときには、孫空女は地面に倒れる途中であり、重い首枷が地面に迫っていた。

 首枷が地面にぶつかり、孫空女は首と肩に激痛を感じた。

 前のめりに倒れたときに、首枷を支えられなかった孫空女は、額を強く地面に擦りつけて、みっともなく尻を空にあげるような体勢になった。

 

「ちょうどいいよ。そうやって、尻を高くあげていな――」

 

 『心神鞭』の衝撃で身体が弛緩していた孫空女の腰を数名の女兵が左右から押さえつけた。

 なんとか首枷を起こして、上半身だけは起こしたが、孫空女は営庭の真ん中で四つん這いになった状態で身体を固定されてしまった。

 

「最初に教えておいてやるよ、新入り――。金凰宮の奴隷になるには、なにはなくとも、尻で性交をすることを覚えなきゃ駄目なんだ――。ここだけの話だけど、金凰魔王様は、奴隷に精を放つときには、必ず尻をお使いなさるそうさ……」「

 

「な、なに、言って……」

 

「膣で精を受けることができるのは、金凰妃様を始め、限られた性奴隷だけだそうだ。普通の性奴隷が精をもらえるのは尻穴だけなのさ。だから、尻で性交をできない奴隷は、奴隷の資格もないということだ……。これは、それを新入りに教えるための儀式でもあるんだよ……」

 

 孫空女の腰の後ろで鄔梨李が笑った。

 その鄔梨李が、孫空女の尻の向こうでなにかを準備している気配がある。

 だが、首枷のために首を回せない孫空女には、それを確認することはできない。

 

「うわわわっ、やめろおおっ」

 

 だが、すぐになにをされるのかはわかった。

 肛門になにかが挿されたと思ったら、その直後に液体が体内に流れ込んでくる感触がやってきたのだ。

 

「んくうううっ……」

 

 孫空女は歯を喰いしばった。

 浣腸液だと思う……。

 

 宝玄仙からの調教で浣腸は何度もされている。

 だから、それをされればどうなるかは知り抜いている。

 だが、その恥辱は何度受けても慣れるということはない。

 

「ほうほう……。どうやら、お前は浣腸を受けるのは初めてじゃないようだね……。尻での性交の経験はあるかい、新入り?」

 

 鄔梨李が液体を孫空女の尻の奥に送り込みながら言った。

 しかし、孫空女は歯を喰いしばったまま黙っていた。

 なんで、そんなことを教えなければならないのか、という屈辱が孫空女の身体を強張らせた。

 

「ふふふ……なかなか、気の強い女のようだねえ……。金凰妃様が、特に目をかけてやれと言い残された理由がわかるよ……。『心神鞭』を二発も喰らったのに、まだ、そんな目ができるのは大したものさ……。だけど、あんまり、ここで意固地になってもいいことはないよ、新入り……」

 

 緒里が穏やかそうな口調でそう言いながら、すっと『心神鞭』の先端を孫空女の鼻の穴に当てた。

 孫空女はびっくりした。

 あの衝撃を顔面に加えられるということに、全身が総毛立った。

 

「ひっ、あ、ある――。あ、ある――。経験ある。ひっ――、や、やめて――」

 

 孫空女は慌てて答えた。

 そして、不自由な首を左右に振って、『心神鞭』の棒先を鼻の穴から除けようとした。

 しかし、緒里は、しっかりと孫空女の鼻の穴に棒鞭の先を当てて離さない。

 

「そうかい……。尻の経験はあるんだね……。わかった……。だったら、その分の調教は必要ないということだから、それを考えて、お前の訓練計画を練ってやるよ……。だけど、すぐに答えなかった罰は罰だ……。出力は最弱にしてやる……」

 

「うわああっ」

 

「歯を食い縛るんだ……。『心神鞭』そのものは、傷もなにも与えはしないけど、激痛で舌を噛む女も多いからね……。まあ、多少怪我をしたところで、一日の終わりには、『治療液』の水が全身に浴びせられる。そうすれば、どんなに半死半生の状態であろうとも、翌朝には、すっかりと傷ひとつない状態に回復できるから、問題はないけどね……」

 

 緒里がぐりぐりと孫空女の鼻を抉りながら語りかける。

 

「や、やめて――ひいっ、ひいいっ――」

 

 孫空女は、とにかく必死になって、棒先から顔を逃げさせようとした。

 だが、首枷を嵌められている顔がそれほど動くわけでもなく、いつまでも鼻の穴に『心神棒』の先が当たったままだ。

 

「新入り、あっという間に、尻穴で粗相をするんじゃないよ――。そんなことになれば、ここで、お前は終わりだ……。残念だけど、奴隷の資格なしとして、ここで殺してしまうからね」

 鄔梨李が笑った。

 

 そして、やっと薬剤の抽入が終わったのか、孫空女の肛門に挿さっていたものを抜いた。

 

「や、やめっ――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 

「歯を喰い縛れと言っているじゃないか……」

 

 緒里が苦笑した。

 次の瞬間、目の前で稲妻のようなものが光った気がした。

 顔面に衝撃がぶつかる……。

 

「んぐううっ――」

 

 顔をなにかで叩き潰されたような激痛が走った。

 天と地の感覚が消滅する……。

 

 視覚も聴覚もない。

 痛みさえもなくなったと思った……。

 なにもわからなくなり、孫空女は全身を完全に脱力させた。

 そして、孫空女は無意識の世界に滑落していった……。

 

「ほらっ、みんな集まったよ――。立って挨拶をするんだ――。それとも、また命令に逆らって、『心神鞭』を浴びたいかい?」

 

 腰の横を思い切り蹴られた。

 やっと視界が戻ってきた。

 

「立つんだよ、新入り――」

 

 もう一度、腰を蹴られる。 

 鄔梨李だ。

 どうやら、一瞬だけ気を失ったようだ。

 全身が汗だくだ。

 

 『心神鞭』に対するあまりの恐怖に、全身から汗が噴き出たのに違いない。

 そして、鼻から大量の鼻水が垂れているのもわかった。

 しかし、孫空女には、それを拭く手段がない。

 震えるような恐怖と恥辱を感じながら、孫空女は首枷を引き起こして、なんとか立ちあがる。

 

「ほら、挨拶だよ――」

 

 鄔梨李が孫空女の尻たぶを『心神棒』の棒先で強く叩いた。

 強い痛みが走ったが、その痛みよりも『心神鞭』で身体に触れられたことが、孫空女を一瞬ですくみあげさせた。

 これ程の恐怖を味わったのは、生まれて初めてだった。孫空女は、『心神棒』という拷問具に童女のように怯える自分を感じて愕然となった。

 とにかく、鄔梨李に促されて、孫空女は首枷のまま姿勢をただした。

 いつの間にか、目の前に、たくさんの裸身の女が集まっている。

 

 どれもこれも、人間型の若い美貌の亜人女たちだ。なかには、角が小さすぎて、人間族とまったく見分けのつかない者もいる。

 しかし、その全員からほんのりと霊気を感じるので、全員が亜人なのだろう。

 

 おそらく、人数は二十人ほどだと思う。

 全員が金属の首輪をしていて、孫空女が嵌めているような短い鎖の繋がった足枷を足首に嵌めていた。

 下着のようなものを身に着けている者もいるし、完全に素裸の者もいる。

 共通するのは、乳房のどちらかに、数字の焼印が入っていることだ。

 その全員が無言で、孫空女の視線を向けている。

 

 彼女たちが、緒里がさっき言っていた奴隷候補生ということになるのだろう。

 その奴隷候補生たる女たちの背後には、緒里や鄔梨李たちと同じような軍装の女が大勢立っていた。

 

「そ、孫空女だよ……。に、人間族だ……」

 

 とにかく、それだけを言った。

 垂れた鼻水を拭うことも許されず、みっともない顔や身体を晒さなければならないのは恥辱だったが、どうすることもできない。

 首輪をした奴隷候補生の女たちには、明らかに孫空女の顔を見て、忍び笑いをする者もいた。

 人間族らしい……というざわめきも聞こえる。

 

「最初に言っておく――。この女は、金凰妃様が直々に連れてきた女だ――。お前たちなんか、うかうかしていると、この女に先を越されてしまってしまうよ。もしかしたら、明日にでも奴隷宮から、お呼びがかかるかもね……。なにしろ、特に念入りに躾けてくれという金凰妃様のお指示もあった女だよ」

 

 緒里が言うと、それまで嘲笑していたような表情だった、女たちの顔が一変した。

 途端に、孫空女に対する敵愾心たっぷりの顔になる。

 

 これは、同じように虐げられる仲間に対する視線ではない……。

 孫空女をはっきりと、自分たちの競争相手とみなしている表情だ。

 改めて孫空女は、この錬奴院というのが、緒里が言及したように、単なる奴隷女を監禁する施設というわけではなく、集まっている女にとっては、奴隷宮にあがるための試練と訓練の場所であるというのが本当であることを感じた。

 

 しかし、一方でついに、切羽詰まった状況がやってきたのを孫空女は自覚した。

 さっそく、さっき抽入された浣腸液の効果が表れはじめたのだ。

 額から流れる脂汗が鼻水に混じる。

 

「いま確認したところだけど、こいつは、もう尻の性交は経験済みだそうだ……。ところで、どのくらいの経験があるんだい、新入り?」

 

 緒里が孫空女に視線を向けた。

 そして、例の『心神鞭』の先を孫空女の鼻に当てる。

 

「ひいっ」

 

 孫空女は全身が恐怖で硬直するのがわかった。

 しかし、緒里は、ただ孫空女の鼻水を『心神棒』で払っただけだった。

 だが、あの激痛の恐怖は、すでに孫空女の身体にこびりついてしまった。

 『心神棒』で責められると思った瞬間に、口惜しいが、全身から血の気が引いて、身体が硬直するのがわかる。

 

「う、後ろの経験は……幾らでもあるよ……」

 

 仕方なく言った。

 もう質問されたことは、なんでもすぐに答えようと思った。

 こんなことで意地を張って、あの苦痛をまた与えられては堪らない。

 

「大抵の怒張は後ろで受け入れられるかい?」

 

 鄔梨李がからかうように訊ねる。

 

「多分……」

 

「つまり、怒張の大きさに応じて、尻穴を拡げることができるということだね?」

 

「ま、まあね……」

 

 あの宝玄仙に尻穴に拳を入れられたこともある……。

 大きな球体を飲み込まされたこともある……。

 怒張くらいだったら、大抵のものは受け入れられるだろう……。

 すると、どよめきが起きた。

 

「ほらっ、お前らが苦しんでいる尻穴拡張だって、こいつはすでに終わっているんだ――。一刻も早く奴隷宮にあがりたければ、お前たちも修練に精を出すんだよ」

 

 鄔梨李が大きな声で言った。

 女たちが、また口惜しそうな顔になった。

 そして、嫉妬の視線を孫空女に向ける。

 

 しかし、そんなことは、もう、どうでもいいと思った。

 それよりも、だんだんと肛門に襲う便意が抑えきれないものになっていた。

 じわじわと迫ってくる便意に、孫空女はしっかりと尻の筋肉を締めつけた。

 

 それにしても、この首枷を外してもらって、厠に行かせてもらうには、どれくらい耐えればいいのだろう……?

 どんどんと出てくる脂汗を感じながら、孫空女は懸命に筋肉を締めつけて尻穴に力を加え続ける。

 抽入されたのは、普通の浣腸液ではないような気がする。

 

 おそらく、霊気のこもった即効性で強い排便作用がある薬液だと思う。

 浣腸の経験の多い孫空女にとっても、この押しよせるうねりの大きさも、烈しさを増す度合いも、これまでに経験のないものだった。

 いきなり始まりだした怒涛の便意に、孫空女は全身の毛孔が逆立ったような気がした。

 

「ね、ねえ……、か、厠に行かせてよ……」

 

 孫空女は思わず呻いた。

 わざわざ、この周辺にいた女奴隷たちや女兵たちを集めたのだ。

 簡単に厠に連れていってもらえるとは思わなかったが、とにかく、排便の欲求が切羽詰ったものとなって孫空女に襲いかかってきていたのだ。

 

「そうだね。じゃあ、厠に行っていいよ。場所はあそこだ――」

 

 孫空女の前に出てきた鄔梨李が、にやにやと笑いながら孫空女の前に出てきて言った。

 鄔梨李が指差したのは、営庭の中心にある胸の高さの布の壁に四周を囲まれた場所だった。

 

「あそこに穴が掘ってある。あそこでなら排便をしていい……」

 

 鄔梨李が言った。

 

「わ、わかった……」

 

 あんな営庭のど真ん中に掘ってあるような穴で排便をするのは嫌だったが、そんな我が儘は言っていられないくらいに便意が押し寄せている。

 孫空女は、首枷の重みに耐えて、そこに向かおうとした。

 しかし、その孫空女の行く手をさっと鄔梨李の持つ棒鞭が阻んだ。

 

「な、なんだよ……」

 

 孫空女は、首枷を動かして鄔梨李に視線を向けた。

 

「どこに行くんだよ、新入り――。最初に言っただろう――。営庭を駆け足だ。まあ、一周で勘弁してやるよ。厠で排便するのはその後だよ――」

 

「なっ」

 

 孫空女はびっくりして声をあげた。

 

「そ、そんな無理だよ――。先に厠に行かせてよ」

 

「言われたことをするまで、厠には行かせてやらないよ。もしも、あの穴以外のところで間違って排便などしてごらん――。汚れた土ごと、全部お前の腹の中に喰わしてやるからね――。本当だよ――。そんな残酷なことなんてやるはずがないと思ったら、目の前のこいつらの顔を見てごらん。何人かは、自分の便混じりの土を腹が張れるまで喰わされた経験があるはずだ。それが新入りの儀式だからね――」

 

「なっ――」

 

「口を閉じれないように、金属の口枷をされて、どんどん土を口に入れられて、さっきの『心神鞭』を浴びて食べさせられるんだよ。まあ、どっちでもいいけどね――。それが、新入りの洗礼さ――。どんなことをしても、一日の終わりに『治療液』を浴びせられるお前たちには、弱って死ぬこともないから、あたしらも安心してぎりぎりの責め苦を与えられるということだよ」

 

 鄔梨李がそう言って笑った。

 そのあまりの残酷さに孫空女も鼻白んだが、女たちの多くが、さっと顔色を変えたのがわかった。

 どうやら、本当にそんなことをされた経験がかなりあるようだ。

 

「わ、わかったよ……。い、回るよ……。ここを一周すればいいんだろう……」

 

 孫空女は方向を変えて、営庭を回る方向に向きを変えた。

 もう迷っている余裕は、孫空女にはない。

 すでにぎりぎりの状態であることは明らかだ。

 だが、その孫空女の視線に、女奴隷から五人ほどが選ばれて、一本ずつの乗馬鞭が渡されようとしているのが映った。

 

「さあ、お前たちは、この新入りを鞭打って、なんとしても、無事に厠に行かせないように、その鞭で邪魔をするんだ――。直接に身体を阻止しては駄目だよ。やっていいのは、その鞭で身体を打つことだけだ――」

 

 緒里が叫んだ。

 すると、さらに鄔梨李が口を開く。

 

「もしも、お前たちが、この新入りの阻止に失敗したら、お前たちが奴隷宮にあがる候補に載せるのを最後尾に回す。もちろん、この新入りの後ろだ――。奴隷宮にあがれる候補者枠は限られているんだ――。もしも、この最初の洗礼に耐えきって、厠で排便をできるような優秀な新入りなら、お前たちに優先して、その候補者枠に入れるつもりだからね」

 

 乗馬鞭を渡された五人の亜人女が、挑むような視線を一斉に孫空女に向けるのを感じた。



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560 息をする肉塊

「おがああああ」

 

 天井から宙吊りにしている宝玄仙の腹に、二発続けて拳を叩き込むと、宝玄仙がまた胃液を吐いた。

 

「汚いわねえ――。反吐吐かれるのが嫌だったから、飯を食わせてなかったんだけど、まあ、胃液じゃあどうしようもないか……。というよりは、随分弱い身体じゃないかい。柔らかくって、筋肉なんてありはしないし……。身体も細いし……。ほんのちょっと力を入れようものなら、どこでも骨なんかへし折れそうね――。試しにやってみるかい……?」

 

 金翅(きんし)はそう言いながら、宙吊りになっている宝玄仙の右の腿を前後からわし掴みにした。

 そのまま、両手に力を入れて、強引に捩じりあげるようにして、本来は曲がるはずのない腿の真ん中部分を曲げていく……。

 

「あおおおっ――」

 

 金属の開口具をつけさせている宝玄仙の口から咆哮が噴き出した。

 ぼこりという大きな音がして、大腿部の骨が折れた感触が手に伝わった。

 宝玄仙の股間からじょろじょろと失禁が流れ出す。

 

「上から下からと忙しいねえ……。まあ、出すものもなくなれば、出てはこないと思うけどね」

 

 もう一度、拳を腹に打ち付ける。

「んがああっ」

 

 なにもできない宝玄仙の身体が身体ごと弾かれて、そして、反動で戻ってくる。

 宝玄仙はぼろぼろと涙を流して、哀願の表情を向けてくる。

 また、その身体は金翅の拳で内臓くらいは、壊れたかもしれない。

 殴った腹の部分が青紫色になって、それが拡がっていく。

 

 金翅は指をぱちんと鳴らした。

 宝玄仙の全身に『治療術』の道術をかけたのだ。

 ついでに、宝玄仙の肌についた反吐の痕と床にこぼれた尿も消滅させた。

 腹の痣や、たったいま折れた腿の骨が、あっという間にきれいになる。

 

「あっ、ああっ、ああ……」

 宝玄仙が泣きながら、なにかを訴えるように声を出し始める。

 しかし、限界まで開けさせている口からは、意味のある言葉は出てくることはない。

 

「なにを言っているかわからないわねえ……。もっとも、なにも喋る必要はないのよ、宝……。別になにかを訊き出したくて、お前を拷問しているわけじゃないからね。お前は、ただ、拷問をされるために、拷問されているのさ――。生きている限り、お前はこうやって、ここで宙吊りにされて拷問される。このわたしに殴られ続けるのよ。永遠にね。それを終わらせるためには、自殺でもすることよ……。しかし、その手段もないだろうけどね……」

 

 金翅は泣きべそをかいている宝玄仙の目玉を殴りつけた。

 

「はがああっ」

 

 一発で宝玄仙の美しい顔は、真っ黒い痣で覆われた。

 

「もう片方よ」

 

 金翅は反対の腕を振りかぶった。

 宝玄仙は弱々しい悲鳴をあげて、顔を避けようとしている。

 金翅は、笑いながら容赦なく拳を顔面に叩き込む。

 宝玄仙がぐったりとなった。

 

 金翅は、また、『治療術』を施した。

 宝玄仙の顔が元に戻り、美しさを取り戻す。

 同時に、意識を失いかけていたのも覚醒もさせる。

 

 奴隷宮の最上階にある金翅専用の拷問室だ――。

 この奴隷宮には、地下も含めて四層になっており、三層部分までは、多くの奴隷が暮らす場所であり、その性奴隷たちの部屋、奴隷の管理をする侍女の部屋、そして金凰魔王に奉仕をするために部屋や性奴隷たちを調教する部屋が並んでいる。

 しかし、この最上階の層は、金翅だけの私的空間であり、ここに立ち入ることができるのは、ほんのひと握りの者だけだ。

 第四層にある拷問室がここであり、この場所で誰かを拷問するのは久しぶりのことだった。

 

 その拷問室の真ん中に宝玄仙を宙吊りにしていた。

 天井から繋がった鎖の先に、宝玄仙の黒髪を束ねて縛りつけ、また、切断された両方の腿にも金属の枷を嵌めて、こっちは枷から延びる鎖を床の金具に繋げている。

 つまり、宝玄仙は天井と床の上下から伸びる鎖に身体を繋げられて、部屋の中心で宙吊りになっているのだ。

 その宝玄仙に金翅はさっきから殴打を繰り返していた。

 

「あっ、ああっ……」

 

 道術で強引に意識をはっきりとさせられた宝玄仙が、金翅に媚びるような表情と声を出し始めた。

 しかし、宝玄仙の口には、開口具を装着させて口を開かせたままにさせている。

 だから、宝玄仙はなにかを訴えたくても、言葉を伝えることさえできない。

 金翅は口を開けているその宝玄仙の頬を思い切りぶん殴った。

 宝玄仙の顔がねじれて、開いた口から涎とともに血が吹き出した。

 叩かれた衝撃で頬を自分の歯で抉ったのだろう。

 

「あがあ……」

 

 宝玄仙がまた激しく泣きだした。

 構わず金翅は、今度は逆から頬を殴る。

 

 また、血が口から噴き出す。

 もう五十発は殴っただろうか……。

 これだけ殴られ続ければ、普通なら当の昔に意識を失っている。

 しかし、宝玄仙には、それができないのだ。

 

 宝玄仙が吊られている部分には下から上に向かって、『治療術』の風が常時流れている。

 酷い場合は、改めて金翅が道術を刻めば、瞬時に回復するが、放っておいてもすぐに、傷ついた宝玄仙の身体は、その霊気の風で癒されてしまうのだ。

 癒されれば、嫌でも、気が遠くなりかけていた意識も回復してしまう。

 宝玄仙は、気絶から覚醒するしかない。

 

 それだけではない。

 その『治療術』の風は、飢えや渇きで宝玄仙が弱りかけても、すぐにそれを健康な状態に戻してしまうのだ。

 だが、それは身体の損傷を戻し、水や食べ物を口にしないことで弱った身体を回復させるだけで、痛みがなくなるわけでも、飢えや渇きがなくなるわけでもない。

 その苦しみは延々を続き、ただ、どんなに拷問を受けても、弱ることも死ぬこともできないだけなのだ。

 

 つまり、宝玄仙はここに吊られている限り、まったく飲み食いしなくても、生き続けることができるのだ。

 もちろん、それは、恐ろしいほどの苦痛の中ではあるが……。

 傷つけられては、復活させられる果てしない拷問……。

 ある意味では、死よりも遥かに苦しい拷問だろう。

 

「ほいっ――」

 

 金翅は踵を振りあげて、宝玄仙の顔面の真ん中に蹴り込んだ。

 

「へげえっ」

 

 宝玄仙が豚のような声をあげて、身体が後ろに弾けた。

 そして、反動で戻ってくるところを今度は、拳を叩き込んだ。

 

「があっ」

 

 今度は短い悲鳴しか出なかった。

 鼻が完全に粉々に折れて顔面にめり込んでいる。

 その鼻から大量の血が流れ出した。

 殴るのに邪魔な鼻輪は外しているので、宝玄仙の顔の叩き具合も悪くない。

 それに、いつ殴っても、人の骨を叩き折る感触というのは小気味いいものだ。

 

 二発――。

 

 三発――。

 

 四発――。

 

 反動で戻るところを殴っては、さらに戻るのを待ち、顔面を打ち続ける。

 宝玄仙は奇声をあげつづけたが、十発目くらいからなんの反応もなくなった。

 

 金翅は、打擲を中断して、宝玄仙に『治療術』を注いだ。

 ぐったりとしていた宝玄仙が少しずつ動き出した。

 

「また、お前は血を出したわねえ……。骨は放っておいても戻るからいいんだけど、汚れた身体は、別に道術できれいにしないとならないから、これは面倒だよねえ……。お前、殴られても、血が出ないようにできないかい?」

 

 金翅は笑いながら、宝玄仙の血で汚れた皮膚を道術で清潔にした。

 

「ふあ……はっ……ふわ……あ……」

 

 宝玄仙が奇妙な声を出しながら嗚咽をしている。

 すでにさっきめり込んだ鼻は、元のように美しい鼻に回復をしはじめている。

 だが、殴られて、蹴られた心の後遺症は残るのだ。

 

 宝玄仙は、もう朦朧としている。

 金翅は、今度は宙吊りの宝玄仙の背後に回った。

 宝玄仙の乳房は、豊乳の施術で巨大化されている。

 これを施したのは輪廻(りんね)という腕のいい女医だ。

 おかしな改造手術をするのが趣味で、愉快な女だったが、青獅子軍とともに獅駝の城郭に行き、そこで人間族の叛乱に巻き込まれて死んだらしい。

 惜しい女を失ったものだと思う。

 

「どうして、こんな拷問を受けるのかわからないでしょう、宝? 普通、拷問というのは、なにかの情報を訊き出したり、あるいは、屈服をさせたりするためにやるものなのよ……。だけど、お前のは違う……」

 

 金翅は宝玄仙の大きな乳房にある乳首に両手を添えた。

 そして、乳首を捏ねながら大きな乳房を揉みだした。

 

「ああっ、はあっ、はっ、あっ、ああっ……」

 

 みるみるうちに宝玄仙の肌が真っ赤になり、その皮膚から汗が滲み始めた。

 宝玄仙の乳房は、肉芽並の感度になっているらしい。

 これも、死んだ輪廻の施術だそうだ。

 たったいままで激しい拷問を受けていた女が、ちょっと乳首を弄られだしただけで、たちまちに自制を失っていくのは面白いものだ。

 金翅は思わずくすくすと笑ってしまった。

 

「……普通、拷問には終わりはあるのものよ。知っていることを白状するか、屈服すればね――。でも、お前がやられているのは、拷問のための拷問よ。だから、これには終わりはないわ。そして、わかっていると思うけど、お前を吊っているこの場所には、常時『治療術』の風が流れている」

 

「ああっ、あううう、あああっ」

 

 金翅に敏感な乳房を揉まれて、宝玄仙が泣きながら喘ぎ声を出す。

 閉じることができない口からは、みっともなく涎が垂れ流れているみたいだ。

 

「だから、お前はどんなことをされても、弱って死ぬこともできない。もちろん、自殺など不可能……。だから、苦しむだけ――。つまり、お前はこの世の苦痛という苦痛を味わうために、ここで生き続けるというわけね……。ただ殴られるためだけに存在している肉塊としてね……」

 

 金翅は宝玄仙の愛撫の手を速くした。

 すると宝玄仙の悶えが激しくなる。

 左右に少し拡げられて、それぞれに鎖で床に繋げられている脚の付け根から、とろとろと樹液が流れ出している。

 

 全身の性感帯も随分といじったと蝦蟇婆が言っていたから、かなり敏感な身体にされたのだろう。宝玄仙が大きなよがり声を出し始める。

 

 金翅は、宝玄仙をとことん追いつめるつもりだった。

 宝玄仙の身体に、宝玄仙と宝玉というふたつの人格があることはわかっている。

 金凰魔王は、このふたつの「宝」をひとつにすることを望んでいる。

 それが金翅自身が告げた予言を成就することになるからだ。

 

 ふたつの宝がひとつになり、それが魔の地の王になる……。

 

 金凰魔王が望んでいることはそれだ――。

 だったら、それを金翅の手で具現してあげたい。

 

 金凰魔王は、蝦蟇婆(がまばあ)にそれをさせるつもりだが、その蝦蟇婆は、しばらくは、白象に産ませた小白香を調教する仕事にかかりきりになるだろう。

 寄生族の性根は強い。

 それを屈服させるとなると、あの蝦蟇婆でもかなりの難事になることが予想される。

 

 ならば、その間は、金翅が宝玄仙を追い詰める仕事をやればいい。

 蝦蟇婆の言によれば、この宝玄仙という自覚をとことん追いつめめて、真の意味で屈服させれば、おそらく、宝玄仙という人格は消滅し、宝玉という人格に統合されるだろうということだった。

 ふたつの宝がひとつになるのだ……。

 

 こんな弱々しい人間族の女ひとりを完全に屈服させることなど、それほど難しいとは思わない。

 蝦蟇婆が戻るのが半月後くらいとしても、それだけあれば、十分な時間という気がする。

 

「呆気なく、達しないほうがいいわよ、宝――。いま、一時的に『治療術』の風を止めたわ。これから、お前が一回達するたびに、歯を一本抜くことにするからね……。抜く歯が全部なくなったら、『治療術』の風を回復させるわ。そして、また歯を戻して、それをやり直す……。それを始めるわよ……。それとも、達するたびに、眼に針を突き射すということにしようかしら……」

 

「はあっ、はあっ、がっ――」

 

 金翅の言葉に、宝玄仙が暴れ出した。

 しかし、髪の毛と腿の枷で上下から固定されている宝玄仙の身体は、大して動くことはない。

 

「まあ、眼は大して痛くないし、やっぱり、抜歯がいいか……。痛いのがいやなら、快感を我慢しなさい――。まあ、歯がなくなれば終わりだから、早く終わりたければ、さっさと連続絶頂するのがいいのかもしれないけどね……」

 

「んあああっ、あああっ」

 

 宝玄仙が懸命に宙吊りの身体をもがかせる。

 愛撫による快感を逃させようとしているのだろう。

 しかし、宝玄仙は、金翅の与える快楽を拒むことなどできないのだ。

 金翅は、両方の乳首を弄っていた手の一方をすっと股間におろした。

 そして、すっかりと開ききっている女唇を撫でさすった。

 

「ああっ、ほおっ、ああああっ――」

 

 宝玄仙が泣くような嬌声をあげだす。

 達するたびに歯を抜くと伝えてある。

 だから、宝玄仙はいま必死に快楽を耐えようとしているに違いない。

 そうやって、一生懸命に感じまいとする身体に、無理矢理に淫情を与えるというのは実に楽しい作業だ。

 金翅が指を淫靡にうごめかせて、微妙な動きをしながら女陰に沈ま込ませていくと、宝玄仙は狂気の動きで腰を揺さぶりだした。

 

「どうしたの、宝? もう、いきそう? でも、達すると歯を抜くわ……。ふふふ……知っている、宝? 人の痛覚でもっとも痛いのは、歯を抜かれる痛みだそうよ……。ふふ……、実は、わたしもその拷問をやられたことはあるわ……。性奴隷になる前にね……。この奴隷宮の一角に、錬奴院(れいどいん)という施設があるの……。性奴隷になる者は、全員がそこで一定期間の調教を受けるのが仕来たりなのよ……。例外はないわ」

 

「ああっ、あああっ」

 

 宝玄仙の乱れが大きくなる。

 もう達しそうなのは間違いない。

 また、絶頂させるなど簡単だ。宝玄仙は我慢しているつもりかもしれないが、これだけ施術で敏感にされた女を昇天されるのは容易い。

 しかし、面白いから、ぎりぎりで留めている。

 

「だから、わたしも、そこで調教を受けたのよ……。そして、性奴隷になり……、やがて、金凰魔王に選ばれて、金翅になった……。随分と昔の話だけどね……。ところで、お前の供の孫空女もとりあえず、錬奴院に入れたわ。どういう風に扱おうか迷ったんたけど、やっぱり、孫空女は見込みがあるからね。だから、いずれは引きあげて、わたしの片腕にしようと思うの……。まあ、あそこに、入れておけば、あの頑なな心も少しはましになるだろうしね……」

 

「おおお、おおおっ」

「でも、もう、お前には関係のない話か……。ただの肉塊のお前にはね……。もう、二度と孫空女に会うこともないと思うわ……」

 

 金翅は語りかけながら、宝玄仙の大きな乳房を揉み続け、股間に指を這わせて熱っぽい股間の中に指を抽出している。

 宝玄仙の身悶えがさらに激しくなる。

 そして、泣くような咆哮も大きくなる。

 

「そうよ……。実は金凰妃というのは、金凰魔王の正妃という意味じゃないのよ……。奴隷の最高位のことなの……。だから、金翅は、すべての奴隷の受けるあらゆる体験をしなければならない……。この拷問もやったわ……。達するたびに歯を抜かれるの……。思い出しても身の毛がよだつ責めだけどね……」

 

「あああっ、あううう」

 

 宝玄仙の身体の痙攣が大きくなる。

 いきたくないのだろう。

 顔を覗くと泣いていた。感じながら、悲しそうに泣くというのは器用なものだと思った。

 

「その拷問をしたのは、わたしの担当にだった蝦蟇様よ……。いまよりも、少し若かったかしら……」

 

 宝玄仙はもうすっかりと感じ入ってしまって、身体の悶えも、抵抗というよりは、さらに情感を深めるためにやっているような感じになった。

 声は悩ましくなり、切なげな鼻息の間隔が短くなる。

 この逃げられない快感に身を委ねる気になったのだろうか……。

 

「ほらっ、簡単に達してもいいの? 歯を抜くわよ――」

 

 金翅はからかった。

 すると宝玄仙の緊張と抵抗心が戻ったのが、肌をまさぐっている手に伝わってきた。

 

「そうそう……。こうでなければ面白くないわ……。頑張るのよ、宝――。お前は望まない快感を与えられ、だけど、抵抗しても抵抗しても感じてしまう……。望まない苦痛を与えられ、その苦痛を逃れる方法は一切ない……。すべての望みはなく……、望みのように思えたものは、すべて失われる……」

 

「おおおお、おあああっ」

 

 宝玄仙の泣き声と喘ぎ声がまた大きくなる。

 

「そうやって、ひとつひとつ望みを消されると、お前は、もう、生きていられなくなる……。ただ息をするだけの屍になるのよ……。生きる肉塊……。早く、そうなりなさい――。苦痛から逃れるためにはそれしかないのよ……。ただ、息をするだけの肉塊になるのよ。早く、そうなれるといいわね」

 

 金翅は声をあげて笑いながら、さらに強く宝玄仙の身体が溶けるように、指を乳首と女の源泉をまさぐらせた。

 宝玄仙は口惜しそうに顔を歪めている。

 しかし、開口具を嵌めさせている宝玄仙には、歯を喰いしばって快感を耐える手段も残されていない。

 開ききった口からは、だらしなく涎が垂れ流れ、舌がべろりを表に出始めている。

 

 金翅は、宝玄仙の心に読心の見えない触手を伸ばす……。

 宝玄仙が追い詰められている感情に当たった。

 すでに大変な興奮状態だ。外面においても、その汗びっしょりの身体もぶるぶると震え出している……。

 しかし、金翅には、宝玄仙についてわかったことがあった……。

 宝玄仙の心に触ることでわかったのだ……。

 

「ほう……、お前の本質は強い被虐癖のようね……。お前の火のような被虐の淫靡癖がわたしに、びしびしと伝わってくるわよ……。これは、意外だねえ……。どうやら、普段は、それを隠しているのかい……? ふふ……これは面白いわ――。へえ……。お前の心を読むと、結構愉しいじゃないかい……。お前、供の前では嗜虐癖のある女主人を演じているのかい……? 本当はこんなに被虐好きなのにかい? これは、本当に面白いわねえ……」

 

 金翅は笑った。

 いまの言葉に出したのは、宝玄仙の心を読むことでわかったことだ。

 基本的に宝玄仙は、被虐でもあるし、嗜虐でもある……。

 性の相手も、男も対象だし、女でもいいようだ。

 

 だが、この女の本質は、自分を責めてくれる女の女王様を求めている。

 宝玄仙という自分を完全に征服してくれる女の相手を渇望しているのだ。

 しかし、心の底にそれを嫌悪している宝玄仙も存在する。

 

 どこまでも深い心の深層……。

 金翅は、こんな心の闇を覗くのは初めてだった。

 実に、興味深い……。

 

 いずれにしても、いまの宝玄仙ははっきりと被虐の悦びを身体で表し始めている。

 宝玄仙の心からは、金翅の愛撫に対する悪寒が伝わるが、同時に官能の火も伝わる。

 一方で、股間の襞からは、どろどろと淫液を垂れ流し、挿入している金翅の指を喰いちぎらんばかりに、膣で指を締めつけてくる。

 

 金翅は、肉芽を二度、三度と指でさすった。

 宝玄仙がうなじをあげて、身体を反りかえらせた。

 

「はあああ――」

 

 そして、宝玄仙は、がくがくと身体を痙攣させて、吠えるような嬌声をあげた。

 宝玄仙が達したのは明らかだ。

 金翅は愛撫の手を離した。

 髪の毛で宙吊りにされている宝玄仙ががっくりと脱力した。

 

「呆けるのは早いわよ――。達したらどうなるか、覚えているでしょうね?」

 

 金翅は、横に置いていた台から一個の金属の挟み金具を手に取った。

 連結された取っ手の部分で先端の部分でなにかを掴んで締めつける小さな工具だ。

 それを宝玄仙の口に中に近づける。

 

「ほおおっ、おおおおっ――」

 

 宝玄仙の両眼が恐怖で大きく開かれる。

 顔を暴れ回らせようとするのを束ねている髪の付け根を掴んで固定して、金具を口に中に突っ込む。

 そして、適当に選んだ奥歯をその金具で掴んだ。

 

「がああああ――、はがあああ――」

 

 宝玄仙が涙を流して吠える。

 しっかりと歯茎に食い込んだ歯を抜くのは、かなりの力が必要だ。

 だが、金翅の怪力で二度三度と捻ると、少し緩みのようなものが出てきた。

 金翅は、もう一度その歯を付け根で掴み直し、力任せに抜いた。

 

「があああ――」

 

 宝玄仙が獣のような悲鳴をあげた。

 金翅が金具で掴んだ歯を抜くと同時に、大量の血が口から溢れ出た。

 宝玄仙が顔を歪めて号泣している。

 

「さあ、二本目にいきましょうか……。今度も条件は同じよ……。ただし、今度は抜かずに、適当に選んだ歯にこの霊具で大きな穴を開けるわ……。それが嫌なら、快感を我慢するのね」

 

 金翅は抜いた歯と金具を横の台に置くと、今度は、手のひらほどの長さの霊具の錐を宝玄仙に示した。

 見た目は柄の短い錐だが、霊気を込めると、先端の錐の部分が高速で回転する。

 苦痛に顔を歪める宝玄仙の眼の前で、その霊具の錐を回して見せると、宝玄仙の泣き顔がさらに歪んだ。

 

「さあ、次は、媚薬を使ってあげるわよ……。さっきよりも、さらに達しやすくなるわ……。どのくらい我慢できるかしらね」

 

 金翅は霊具の工具を台に戻すと、今度は手にべっとりと粘性の媚薬を乗せた。

 その媚薬を塗った手で、乳房を揉む。相変わらずの吸い付くような肌触り……。家畜の肌だが、これは気持ちいい。 この雌畜も気持ちよさそうだし……。

 宝玄仙が泣くような嬌声を始めた。



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561 新人歓迎行事―鞭の道

 とにかく、一周まわればいい……。

 

 孫空女は首枷の重みに耐えながら歩きはじめた。

 しかし、尻穴に注がれた薬剤は激しい勢いで孫空女を追い詰めている。

 

「うう……」

 

 孫空女は、歩き出すことで、それをはっきりと自覚した。

 また、肩と膝に襲いかかる鉄の首枷の重みが凄まじい。

 尻の筋肉を緩みなく締めつけながら、全身の筋肉を総動員して歩くのは、さすがの孫空女でもかなりの難事だった。

 

「足よ。足を狙うのよ――」

 

「前から打つといいわ」

 

「踵を狙って――」

 

 孫空女の周りに、必死の形相の奴隷たちが乗馬鞭を持って寄ってくる。

 鞭を持つのは五人だ。

 孫空女と同じように足枷を付けているが、両手は自由にされている。

 また、革の下着だけを身に着けており、ほかにはなにも着ていない。

 その彼女たちが孫空女の周りに群がる。

 

「くっ、うっ」

 

 さっそく、左右から、あるいは前後から足に向かって女奴隷の持つ鞭の鋭い連打が襲ってくる。

 この五人の女たちが孫空女に敵意のようなものがあるわけではないことはわかっている。

 彼女たちは彼女たちで、なんとしても孫空女を一周歩かせまいと懸命なのだ。

 

 孫空女が排便を洩らすことなく、営庭を一周まわりきってしまえば、緒里(ちょり)はこの五人を奴隷候補の名簿の最下位にすると明言している。

 それが、どれほどの重大事であるのか、孫空女にはその価値観は理解できないが、緒里や鄔梨李(うりり)の言葉によれば、この錬奴院ですごすのと、奴隷宮ですごすのとでは、天と地ほどの違いがあり、彼女たちは一日でも早く、奴隷宮にあがることを夢見て、この錬奴院における理不尽な扱いに耐えているようだ。

 そんな彼女たちにとって、奴隷宮昇格資格の名簿から外れるというのは、死にも匹敵することなのかもしれない。

 

「だ、駄目……。全然、とまらないわ」

 

「もっと、打つのよ――」

 

 孫空女の肌で、女たちの打つ鞭が派手な音をたてて鳴り続ける。

 しかし、孫空女にしてみれば、女奴隷たちが加える鞭など、いまところなにほどのものでもない。

 鞭を打つ力も弱いし、速度も遅い。

 際どい場所に当たりそうになったら、かすかに身体を捻ってかわせばいいし、このくらいの鞭打ちなら、仲間内の嗜虐の方がきついくらいだ。

 

 だが、打たれる鞭が何十発にもなれば、さすがに身体の麻痺が出てくるかもしれない。

 いずれにしても、そう長くは排便を我慢はできないと思う。

 とにかく、早くまわりきりたい。

 それにしても、数発浴びた『心神棒』の衝撃がまだ残っている。

 あの数発の痛撃は、孫空女の身体から想像以上の体力と奪っていった気がする。

 女たちの鞭を群がる蠅ほどに無視しながら、孫空女は進み続けた。

 

 だが、進めば進むほど、重みに耐えかねて膝が震えてくる。

 少しでも休むことはできない。

 便意が襲ってきているのだ。

 孫空女は全身の力を振り絞って、一歩一歩、進んでいく。

 まるで自分の身体ではないようだ。

 

「なかなかに頑張るじゃないかい、新入り。さすがは金凰妃様のお声掛かりの女だけあるね。これなら、堂々と奴隷宮候補の最上位にあげられそうだよ」

 

 鄔梨李が笑った。

 孫空女の周りで鞭打ち続ける五人の奴隷女たちのさらに外側には、鄔梨李をはじめ三人ほどの軍装の女が笑いながらついてきている。

 一方で、緒里は、ほかの女たちとともに、孫空女が進み始めた最初の場所に留まったままだ。

 

「そ、そんな、監督員様――。わ、わたしたちは、もう一箇月もここで試練を受けております。それが、たったいま、やってきたばかりの女に抜かれるなど――」

 

 奴隷女のひとりが、憤慨したように言った。

 ここで女を調教する軍装の女たちは、監督員という職名なのかと思った。

 そう言えば、その長らしき緒里は自分のことを監督官だと言っていた。

 ここに集まってくる女奴隷を監督し、調教するのが彼女たち監督の役割なのだろ。

 

「だって、事実だから仕方がないだろう。お前たちにやらせたときの新入り歓迎儀式など、こいつが背負っているような首枷なんかなかったからね……。ただ、浣腸されて、ここを一周駆けただけだろうが――。緒里様の取り決めだ。この新入りが一周回りきったら、お前たちは、昇格候補名簿の外だ」

 

 鄔梨李が嘲笑したような声をあげた。

 

「ち、ちくしょう……。いまさら……。み、みんな、もっと叩くのよ――」

 

 孫空女の肌を叩く乗馬鞭の勢いがあがった。

 回数も勢いも段違いになる。

 

「生意気よ、お前――」

 

「もう、四分の一よ」

 

「本当に人間族――? 人間族って、もっと弱いんじゃないの――?」

 

「びくともしないわ――」

 

 女たちが口ぐちに不平を洩らすような口調で孫空女を鞭で叩き続ける。

 

「くっ……、い、いい加減にしろよ――。生意気とか、名簿とか、あたしの知ったことかよ――」

 

 さすがに孫空女も肚がたってきて怒鳴った。

 なにが可笑しいのか、鄔梨李たちが周りで大笑いしている。

 

 しかし、残りの距離を考えたとき、孫空女にもだんだんと絶望感が襲ってきた。

 孫空女の怪力でも、この首枷を支えて立つというだけで必死の力を込めなければならないのだ。

 それを担いで歩き、しかも、こんなに鞭打たれては、孫空女でも一周まわりきる自信がなくなってきた。

 

 しかも、さらに苦しい事態が襲ってきてもいた。

 潮が満ちようとしているのだ。

 もしかしたら、いままでは便意が引き潮の状態だったのかもしれない。

 さらに尻に力を入れる。

 

 これは、一度締めたら、絶対に緩めてはならない力だ……。

 孫空女は必死でそう思った……。

 

 この状態で、尻穴以外のにほかの部分に力を込めるのはつらい……。

 しかし、首と肩にかかる重みは、想像を絶するほどの苛酷な威力だ。

 全身に力をこめなければ、首枷を支えられないし、歩けもしない。

 

 そして、重い……。

 

 しかも、ちょっとでも平衡を崩せば、音をたてて首枷は地面に落ちていくだろう。

 だが、手首までも首枷と一緒に拘束されているので、歩くとすぐに首枷の重みの釣り合いが崩れそうになる。

 自然に歩くのも遅くなっていく……。

 

「お前ら、見てられないねえ――。こいつは尻に力を入れながら歩いているんだよ。だったら、そこに力を入れられないように、尻を中心に叩けばいいんだよ」

 

 鄔梨李が外から声をかけた。

 

「ちっ……」

 

 孫空女は思わず、視線を鄔梨李に向けて舌打ちした。

 女たちは、その鄔梨李の助言に従って、一斉に尻に乗馬鞭を集めてくる。

 

「ひっ、ひうっ」

 

 孫空女は歯を喰いしばった。

 さすがに、排便が洩れないように神経を集中させている尻に直接に鞭打たれると、身体が竦んで腰が落ちそうになってしまう。

 

「や、やめなよ――ひいっ――」

 

 思わず孫空女は声をあげた。

 しかし、孫空女が弱音のような声を吐いたことで、嵩にかかったように女たちが尻を鞭打ってくる。

 それでも孫空女は歩みだけはとめないように、足を進み続けた。

 

 いつの間にか、営庭の半分を歩き終わっていた。

 そして、半分もすぎれば、女たちの鞭打ちも力のかなり弱いものになっていた。

 さすがに打ち疲れているのだ。

 

 これなら、まわりきれるかもしれない……。

 孫空女に、そんなほんのりとした期待も生まれてきた。

 

「交替だ――。新しい女が五人来い――」

 

 そのとき、鄔梨李が不意に叫んだ。

 はっとした。

 見ると、すでに次の女たちがこっちにやってきている。

 

「そ、そんな、卑怯じゃないかい――」

 

 孫空女は鄔梨李に叫んだ。

 

「なにが卑怯なんだよ――。誰が交替なしだって言ったよ」

 

 鄔梨李が笑った。

 そして、疲れている女奴隷のひとりから、鄔梨李が鞭をもぎ取った。

 

「それよりも、お前、こんな弱々しい鞭じゃあ、気合いが入らないんじゃないのかい――。だいたい、あたしたちは、走れと言ってんだよ。それなのに、よたよたとゆっくりと歩きやがって――。ほらっ、気合を入れてやるよ――。走りな――」

 

 次の瞬間、渾身の鞭が孫空女に尻に食い込んだ。

 

「ふうううっ」

 

 さすがに孫空女は立ちどまってしまった。

 しかも、鞭に気が回ってしまったために、尻穴に入れている力が緩みそうになったのだ。

 慌てて、尻穴の締めつけに気を集中させる。

 

「残り半周はあたしも鞭打ちに加わってやるよ――。お前みたいに、生意気な女には、是非、お前の排便混じりの土を腹いっぱいに食わせて、泣きべそをかかせてやりたいのさ――。あれをやられれば、どんな気丈な女でも心が折れる――。そうすれば、あたしたちの躾もやりやすくなるからね――」

 

 鄔梨李の鋭い連打が続けざまに尻に当たる。

 

「んぐううっ」

 

 さすがに鄔梨李の鞭は、奴隷女たちのように弱々しいものではない。

 一打、一打と孫空女の抵抗力を削ぎ落すような激痛が尻を襲う。

 孫空女は、その痛みを強引に無視して、再び足を前に進め出す。

 

 鞭打つ奴隷女たちが交替した。

 新たな女たちが待ち構えている前方に孫空女は歩みを進ませる。

 そして、交替した女奴隷たちの鞭の雨が始まる。孫空女は、その鞭の道を進み続ける。

 

「ひぎいっ」

 

 そのとき、孫空女は思わず悲鳴をあげた。

 乗馬鞭の一打が、孫空女の乳首にまともに当たったのだ。

 さすがに我慢できずに、孫空女は泣き声のような悲鳴をあげた。

 

「ほう、十号やるじゃないか――」

 

 背後から尻を中心に鞭で孫空女を追いたてている鄔梨李が、孫空女の乳首を狙った一打を放った女を褒めた。

 

 十号――?

 ふと見ると、孫空女を前から打った女の乳房には、“十”という焼印が押してある。

 すると、褒められて嬉しかったのか、十号と呼ばれた女が破顔した。

 

 しかし、それから孫空女にさらに容赦ない仕打ちが始まった。

 ほかの女たちも、今度は脚や腰ではなく、孫空女の弱い急所を狙って鞭を放ちだしたのだ。

 ふたつの乳首はもちろん、股間そのものにも打ってくる。

 

 幸運なのは、この女たちが鞭扱いに慣れておらず、それほどの力を込められないのと、狙いがなかなか定まらないことだ。

 それでも、打たれるたびに、孫空女の全身からは大量の脂汗が弾き飛ぶし、尻穴に込める力が少しずつ奪われる気がした。

 

 残り四分の一 ――。

 

 もう、孫空女には気力しかなかった。

 全身に浴びせられる鞭は、もう身構えて激痛に備えることなど不可能だ。

 また、そんなことをしようものなら、すでに限界を超えている排便が堰を切って、外に出てしまうだろう。

 

 前から――。

 

 後ろから――。

 

 右から――。

 

 左――。

 

 孫空女を阻む鞭が次々に襲いかかる。

 だが、いまや、孫空女がもっとも怖ろしいのは、鞭の激痛ではなく、破裂しそうな肛門だ。

 

 漏れる……。

 

 そして、あまりの便意に膝がとまりそうでもある。

 そうでなくても、すべての重みがふたつの膝に加わっている。

 さすがの孫空女の脚が悲鳴をあげかけていることを自覚した。

 

「脚だよ。徹底的に脚を狙いな。ひとりは、局部だ――。さすがのこいつも肉芽を鞭打たれれば、大便もその場に撒き散らすさ」

 

 いまや五人の女の指揮をするかたちになっている鄔梨李が叫んだ。

 孫空女は歯を喰いしばった。

 

 もう少し――。

 

 幸いなのは、もう打たれ慣れた感じのある尻を鄔梨李が受け持っていることだろう。

 前から孫空女を狙う女たちの鞭は、いまひとつ狙いが定まっておらずに、孫空女に致命傷のような打撃は与えない。

 鄔梨李の指示した肉芽への直接打撃だって、そんなに当たりはしない。

 

 すべての気力を肛門に集中する。

 とにかく、足を前に出す……。

 

 鞭はすべて無視する。

 さすがに遅くなった孫空女の歩みのために、打たれる鞭の数も倍になった気がした。

 

 あと少し……。

 

「どきな――」

 

 鄔梨李が必死の形相で前に回ってきた。

 

「ぐううっ――」

 

 肉芽の上にまともに鞭が叩き込まれた。

 孫空女の両膝ががっくりと同時に折れた。

 進むことができなくなり、さらに太腿ががくがくと痙攣をする。

 

「いいねえ。もう一発だよ――」

 

 鄔梨李の勝ち誇ったような声が響いた。

 しかし、孫空女は懸命に足を出して前に出た。

 前に出た分だけ狙いが外れて、鄔梨李の鞭は股間そのものではなく、その横の太腿に逸れた。

 

「畜生――」

 

 鄔梨李が叫んで、ほかの五人が一斉に膝から下を打ってくる。

 

 もうすぐ……。

 そして……。

 

 鞭に逆らって足を進める……。

 

 終わった……。

 

 そして、ついに一周をまわりきった。

 鄔梨李の口惜しそうな声がした。ほかの女たちからはどよめきが起こっている。

 孫空女は、待っていた緒里の前に進み出た。

 

「い、一周したよ――。は、早く、厠に――」

 

 孫空女は緒里に向かって言った。

 自分の声が震えている。

 もう、便意は限界を遥かに超えている。

 

「そうだね。よくやったよ、新入り――。じゃあ、跪きな――」

 

 緒里が言った。

 

「な、なんで――? そ、それよりも、厠に――」

 

 孫空女は呻いた。

 この期に及んで、ここで跪くという行為をさせられるのが不満だ。

 なんのためにそんなことをするのかわからないし、とにかく、もう、洩れるのだ……。

 だが、厠に進む経路の前に緒里は立ちはだかっている。

 また、緒里の表情には、孫空女に有無を言わせぬ迫力があった。

 

 仕方なく、孫空女は緒里の足元に身体を屈めた。

 首枷が勢いよく落ちないように、慎重に膝を折る。

 

 なんとか、屈むことができた。

 もうすぐ排便できる……。

 それだけを思って、気力を支えた。

 そのまま重い首枷を地面に預けるように、頭を下げた。

 

「じゃあ、おかわりだ――。薬剤を追加して、逆回りしな、新入り――」

 

 緒里の脚がどんと首枷に端に乗った。

 

「じょ、冗談じゃないよ――」

 

 孫空女は、その信じられない言葉に絶叫していた。

 しかし、周りではそんな孫空女の悲痛な叫びを無視して、鄔梨李を中心として監督官たちが“おかわりだ”と声をあげて拍手をしている。

 

「あんなものじゃあ、生ぬるかったようだからね……。そういえば、金凰妃様に、特に念入りにお前を躾ろと言われていたのを忘れていたよ……。だから、脚にも重みを追加してやろう……。誰か、鉄の玉を持ってきな――」

 

 緒里が声をあげた。

 すぐに、どこからか、子供の頭ほどの鉄の玉が運ばれてきた。

 それが孫空女の両方の足首の枷に繋げられる。

 

「さあ、おかわりだ、新入り――。覚悟はいいね」

 

 鄔梨李が嬉しそうに寄ってくるのがわかった。

 なにかが肛門に挿される。

 

「ふぐうっ」

 

 孫空女は引き締めている肛門の中心が緩みそうになって悲鳴をあげた。

 新たな薬剤が抽入されていく。

 崩壊寸前の肛門にさらに追加するという卑劣な仕打ちに、孫空女は総毛立った。

 

「ち、畜生、卑怯者――。だ、だったら、今度こそ、約束しな――。あと一周、回りきったら、必ず厠に行かせるってね――。名誉にかけて誓いな――」

 

 孫空女は目の前の緒里を睨んで言った。

 

「こ、こいつ、また、緒里様に生意気な口を――」

 

 薬剤を注ぎ終わった鄔梨李が怒りの声をあげた。

 

「待て、鄔梨李……。わかった、約束するよ、新入り。ここにいる全員が証人だ。本当にもう一周できれば、もう、おかわりはなしだ……。厠に行かせてやる」

 

 緒里が笑った。

 

「わ、わかったよ……。じゃ、じゃあ、鞭打ちでもなんでもしな」

 

 孫空女は立ちあがった。

 しかし、立ちあがった瞬間に襲った強硬なまでの便意に、孫空女は自分が信じられないほどの苛酷な状況に陥れられたことを自覚した。

 しかも、新たに追加された足首の重みは思った以上に、孫空女に負荷を与えそうだ。

 

「いや、次は鞭打ちじゃない……。同じことをしても面白くないだろう……? おかわりは、これだよ」

 

 緒里は部下に声をかけて、新たな責め具を示した。

 それは、柄に長い棒を括りつけた刷毛だった。

 軟らかそうな羽毛の先がさやさやと風で動いている。

 孫空女はぞっとした。

 

「今度は、これさ――。これでくすぐられながら一周回ることに成功したら、今度こそ、厠に行かせてやるよ、新入り」

 

 緒里が声をあげて笑った。

 孫空女は、歯を食い縛って、営庭を再び歩き出した。

 

 さらに一周……。

 それが絶望的なことであるのは、孫空女自身が知っている。

 しかし、ただ、なにもせずに排便を撒き散らしたくなかっただけだ。

 そして、できることであれば、営庭をまわりきって、卑劣で意地悪なここの連中の鼻を明かしてやりたい。

 だが、追加された両足の鉄の玉の重りは、孫空女を追い詰める。

 速度はさっきの半分ほどしか出ない。

 

「さあ、始めな」

 

 今度も、女たちと一緒についてくる鄔梨李が、孫空女を責める道具を受け取って駆けてきた女奴隷たちに声をかけた。

 

「んあっ、ひいっ」

 

 両側から孫空女の乳首を同時に刷毛が襲った。

 ぞわぞわというくすぐったさが襲う。

 

「ひっ、いやだっ」

 

 想像していた以上の衝撃に、孫空女は思い切り身体を捻ってしまい、ぐらりと体勢を崩してしまった。

 

「感じてるわ――」

 

「出しそうよ――」

 

 先に刷毛を付けた長い棒をもった女奴隷たちが、孫空女の周囲でわっと歓声をあげた。



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562 新人歓迎行事―くすぐり周回道

 ぐらりと体勢が崩れた。

 

「くううっ」

 

 しかし、孫空女は、なんと片足を踏ん張って倒れるのを防いだ。

 

「効いているわ――。もう一度よ――」

 

「わたしは膝の裏をくすぐるわ」

 

「あたしは股よ」

 

「あたし、胸――」

 

 辛うじて転倒は耐えたが、そのために全力を込めている尻穴への力が抜けそうになる。

 孫空女は、慌てて、お尻の力を元に戻す。

 しかし、四方から柔らかい刷毛の繊毛が孫空女に敏感な身体に襲いかかり、孫空女から集中力を奪っていく。

 

「や、やめろっ――」

 

 孫空女は歯を喰いしばった。

 身体を刷毛からそらせようとするが、重い首枷は孫空女に素早い動きを許さない。

 結局、孫空女は全身を五本の刷毛に無防備に晒すことになる。

 

 そして、乳首や股間に刷毛を伸ばされて、そこを刺激されると、どうしても力が抜けてしまい、重い首枷を抱えている上体が大きく揺れる。

 重い首枷の揺れを支える筋肉は、さわさわと前後左右から襲い掛かる女たちの刷毛が力を削いでしまう。

 孫空女は、あっという間に追い詰められてしまった。

 

「ほう……鞭よりも、刷毛の方がつらそうじゃないかい、新入り――。これなら、崩壊も近そうだね」

 

 鄔梨李(うりり)が笑った。

 

「う、うるさい……。ひんっ、はああっ――そ、そんなの卑怯だよ――いひいいいっ、くううっ――」

 

 悪態を返そうと思ったら、今度は左右の脇の下を同時にくすぐられた。

 しかも、両方の乳首には別の刷毛が襲っていて、もう一本は孫空女の行く手を阻むように、孫空女の進む前で、刷毛を上向きにして待ち置かれるようにされている。

 前に進むには、その刷毛で股間を刺激されながらでなければ進むことができず、孫空女は泣き声をあげた。

 

 噴き出した汗が眼に入り、それも視界を妨げる。

 二度の薬剤を抽入された肛門の崩壊は近い……。

 孫空女自身が、誰よりもそれを予感していた。

 

 しかも、二周目ともなると、一周目のときの徹底的な鞭打ちの疲労が蓄積し、さんざんに鞭打たれた筋肉の力も著しく失ってもいた。

 そこに前後左右からの刷毛責めだ――。

 孫空女は右に、左にと大きく体勢を崩しながら、それでも脚を前に進み続けた。

 

「刷毛が湿ってきましたわ……」

 

「じゃあ、あたしは後ろからくすぐるわ……」

 

 孫空女を責めている女たちが連携して、刷毛を股間に迫らせる。

 歩き進む孫空女の股間の前後にぴたりと刷毛を前後に密着させるのだ。

 これをされると、孫空女は前後左右のどこに逃げようとも、敏感な股間を刷毛に刺激されなければならず、どうしても速度を落としてしまうのだ。

 

 さらに、宝玄仙に調教されたこの敏感な身体では、刷毛のような柔らかいもので刺激されると、そこから大きな快感を抉り取ってしまう。

 

「うわああっ、んひいいいっ」

 

 すると自分でも泣きなくなるくらいに、力が奪われて、ぐらりぐらりと首枷が揺れる。

 しかし、この状態では、わずかな体勢の揺れも命取りだ。

 だが、迫っている排便は、孫空女にじっととまることも、これ以上速度を落とすことも許さない。

 そんなことをすれば、致命傷の崩壊が待っている。

 もう、孫空女にはどうしていいかわからない。

 

「ほらほら、新入り、また速度が落ちたよ――。ふふ……なるほど、お前は鞭打ちよりも、刷毛責めが随分と効果があるようだね――。ほら、お前ら、気合入れて、この新入りをいたぶるんだよ――」

 

 外側から見守っている鄔梨李が声をあげた。

 そのあいだも乳首に股間に尻にと、刷毛が孫空女の全身を刺激し続ける。

 

「ああ……、も、もう、いや……だ、だめっ……」

 

 この瞬間にも、引き締めている肛門が緩みそうだ。

 左右から乳首が襲われ、体勢を崩させようと、脇の下から脇腹をしつこく刷毛で舐めあげられ、さらに股間の前後に刷毛の道だ――。

 

 一歩進みたびに、どんどんと力が奪われる。

 力を入れたくても、入らない……。

 孫空女は、追い詰められた。

 

「お、お前たち、や、やめておくれよ――。ご、後生だから――」

 

 孫空女は駄目で元々と思い、女たちに訴えた。

 しかし、その孫空女の弱音に、却って女たちは歓声をあげて悦び、刷毛の責めを加速させる。

 

「くう……、ああっ、あっ、ああっ……」

 

 孫空女は堪らず声を放った。

 それでも孫空女は前に進んだ。

 

 女たちはしつこく、刷毛でなぶり続ける。

 全身からは信じられないくらいに大量の汗が流れている。

 汗が眼に入り、視界を邪魔する。

 

「ひいっ、ひゃっ、ひいっ、ふうっ……」

 

 もう孫空女は絶え間のない嬌声を吹きこぼしていた。

 尻穴の崩壊も、快感の崩壊も、どちらも紙一重のところに追い詰められている。

 だが、最後の最後の気力が、その両方の崩壊を支えていた。

 

「なかなか、頑張るじゃないかい。よく、ここまでもったよ、新入り……。お前は頑張った――。だから、もう、これでいいじゃないかい……。お前の根性は見せてもらったよ。それだけ頑張れば、お前がただ者じゃないことはわかった。ここで終っても、誰もお前を笑わないよ……。だから、もう、諦めな……」

 

 鄔梨李が一転して、孫空女を褒めだした。

 そうやって、孫空女の気力を削ごうと思っているのだ。

 その手には乗るかと、孫空女は歯を食い縛った。

 

 とにかく、一歩でも前に……。

 それだけを考えて、快感と戦いながら進んだ。

 

「残り、三分の二よ――。もっと、責めなきゃ――」

 

 女たちのひとりが焦ったような声をあげた、

 はっとして、孫空女は虚ろになりかけている視線をあげた。

 全身を震わせる。

 まだ、そんなものかと思ったのだ。

 

 もう、どこを歩いているのかもわからなくなりかけていた。

 まだ、半分以上……。

 孫空女は本当に泣きそうになった。

 

「それだけあれば十分だよ。こいつは、体力も気力も限界だ――。いままでのように責め続けな――。いや、刷毛をもっと動かすんだ。いっそ絶頂させちまいな――。さすがに、達してしまえば、排便を我慢できやしないよ――」

 

 鄔梨李が笑った。

 女たちが元気よく返事をした。

 すると、心なしか孫空女に襲いかかっている五本の刷毛がねちっこい動きに変わったような気がした。

 

「いやああっ、うふうううっ」

 

 軟らかな刷毛で呼び起こされた疼きが全身を駆け巡る。

 孫空女はすでに追いつめられていた。

 いままでの刷毛の責めだけで、孫空女の身体はすっかりと官能の波に蹂躙されて、烈しい淫情の嵐が荒れ狂っていたのだ。

 そこに、さらに快感を掘り起こそうとするような刷毛の動きが追加する。

 自分でもわかるくらいに、歩く速度が落ちている……。

 

「乳首なんて、可哀そうなくらいに尖っている……。つらそうね、あんた? でも、感じているみたいね……」

 

 女のひとりがくすくすと笑った。

 すると、ほかの女たちも同調するように笑い声をあげる。

 

「どうも、お尻が感じるみたいね……。さっきから、ここだけは反応が激しいように思うわ……」

 

 背後から尻穴を専門に刷毛を責めたてていた女が、一転して刷毛を前後に強く動かしだした。

 いままでは、どちらかといえば、歩くのを邪魔するように、後ろから刷毛を置くような感じだったのだ。

 それが速い速度で尻穴の周りを掃き始めた。

 

「はあっ、はっ――あっ、あああっ――」

 

 お尻は弱い。

 だから、それがばれないように反応すまいと思っていたのに、ここにきて、その刺激を与えられては、さすがに激しい反応を示してしまうしかない。

 支えていた首枷が完全にぐらりと前に倒れた。

 

「きゃあ」

 

 前にいた女たちがびっくりして飛び退く。

 

「ぐうっ」

 

 しかし、孫空女は膝を曲げて踏ん張った。

 歩みをとめてしまったが、なんとか倒さずに済んだ……。

 ほっとしたが、孫空女はもう次はないことも悟った。

 次に体勢を崩せば、絶対に孫空女は倒れるだろう。

 あるいは、耐えているものが、尻穴から吹き出すに違いない……。

 

「生意気だねえ――。まだ、倒れもしなければ、排便も撒き散らさないのかい――」

 

 苛ついたような鄔梨李の声がした。

 構わずに孫空女は再び歩き出した。

 当然、女たちの刷毛も襲い掛かっていくる。

 

 もう、刷毛を避けるような動きはできない。

 それをすれば、体勢が崩れる。

 全身の筋肉が悲鳴をあげている。

 わずかな動きの変化で、重い首枷は地面に落ちる。

 おそらく、そうなったら立ちあがるために、もう脚を踏ん張れない……。

 

「ああっ、いやっ、はっ、はあっ……」

 

 孫空女は悶えながら進み続ける。

 

「めちゃめちゃ、股が濡れているわ。もうすぐ、達すると思うわ――」

 

 股間を責め続けている女が叫んだ。

 呼応するように五本の刷毛が全身を動き回る。

 限界の身体を四方から責めたてる刷毛が、大きな快美感となって一瞬ごとに全身を貫かせる。

 

「ちっ、貸しな――。そうこうしているうちに、半分以上すぎちまった――。本当にしぶといな、この人間族――」

 

 鄔梨李がまた、怒声をあげた。

 そして、女たちのひとりから刷毛のついた棒を取りあげたのが見えた。

 

「この道具をどう使おうが、自由だろうからね。これは反則じゃないよ、新入り」

 

 鄔梨李が言った

 すると硬いものが肛門に食い込んできた。

 

「うくうっ――だ、だめだよ――はがあっ――ぐううっ――」

 

 孫空女は鋭い悲鳴をあげた。

 なにをされているのかわかった。

 鄔梨李は女たちが責めている棒をひっくり返して、柄の部分を孫空女の肛門に伸ばし、その柄の先を孫空女の尻穴に食いこませようとしているのだ。

 この状態で柄を尻穴に入れられるのは、恐怖そのものだ。

 

「だ、だめ、だめ、だめ、だめええっ――」

 

 孫空女は必死になって尻穴に力を入れた。

 侵入を許せば終わりだ。

 確実に糞便はその場で巻き散ってしまう。

 

「お、お願いだよおお――」

 

 孫空女はついに脚を止めた。

 それでも、鄔梨李は力一杯、柄を入れようとする。

 

 漏れる……。

 

 孫空女は崩壊を自覚した。

 全身にがくがくと痙攣のような震えが走る……。

 

 孫空女は眼を閉じた。

 我慢していたものがついに……。

 

「豚のように出しな――」

 

 鄔梨李が嬉しそうに言った。

 その悪態ではっとした……。

 

 ぎゅっと尻穴を締め直す。

 ぎりぎりのところで踏ん張る……。

 

 それにしても……。

 いま、一瞬だけ、自分が諦めたような気がしたことに愕然とした。

 

 こんなことで、負けてたまるか……。

 気力を振り絞るのだ……。

 

 最後まで諦めない……。

 孫空女は、自分自身に言い聞かせた。

 

 鄔梨李の棒を避けるように前に出た。それだけじゃなく、歩く速度をあげた。

 柄が責めたてれば、大きく左に、右にと腰を振って逃げた。

 どうせ、途中で崩壊するのだ。

 だったら、刺激を与えないように耐えるのは無駄だ――。

 そう思った。

 

 大きな動きで、首枷の重みに耐えられなくて、引っくり返っても同じだ。

 いずれにしよ、もう護りに入ることは無意味だ。

 どうせ、途中で崩壊するなら、いま刺激を小さくする努力は無意味なのだ。

 

 途中で崩壊してもいい……。

 

 引っくり返ってもいい……。

 

 駄目で元々なのだ――。

 

 開き直ると、どこから湧くのだと思うほどに力が出てきた。

 進むことが、どういう意味があるかわからなかった。

 どうせ、間に合わない……。

 

 しかし、このまま、女たちや鄔梨李の責めに身を委ねて、崩壊させられるくらいなら、自ら強く動いて崩壊してしまった方がいい。

 

「な、舐めやがって――」

 

 すると、鄔梨李が苛ついた口調で叫んだ。

 

「お前らは刷毛責めを続けな――。あたしは、もう一度鞭打ちしてやる――。なんとしても、成功させはしないよ――」

 

 鄔梨李が再び乗馬鞭を取り出したのがわかった。それをずっと腰に差していたのだ。

 女たちの刷毛責めに加えて、鄔梨李の鞭が飛んできた。

 

「ふあああっ、がああっ、ひいっ――」

 

 刷毛の愛撫を受けながらの鞭打ちは強烈だった。

 快感に刺激されている孫空女の肌は、完全に痛みには無防備だ。

 そこに鄔梨李の重くて鋭い鞭が襲いかかってくるのだ。

 その激痛に孫空女は悲鳴を迸らせた。

 

 前に進む脚を中心に、鄔梨李が鞭を飛ばす。

 太腿からふくらはぎにわたり、痛打が降り注ぐ。

 それは一周目のときの比ではない。

 孫空女は、一周目は、あれでも鄔梨李は手加減をしていたのだとわかった。

 まさに、皮膚が破けるような鞭打ちだ。

 

 そして、そのとおり、孫空女の両方の脚からは破けた肌のところどころから血が流れ出してくる。

 しかし、孫空女にしてみれば、それはありがたい刺激でもあった。

 あのまま刷毛で官能責めにされ続けた方が、孫空女はもたなかっただろう。

 だが、うまい具合に、快感が痛みで中和される。

 強い痛みで刷毛の刺激も気にならなくなってきた。

 孫空女はさらに歩みの速度をあげた。

 

「もっと、責めたてな――。いや、もう刷毛はいい。その棒の柄で打て――。どこでもいい。行かせるな――」

 

 鄔梨李が悲鳴のような声をあげた。

 もう残りは四分の一ほどだ。

 女たちが刷毛を一斉に引きあげた。

 今度は、それを持ち変えて、棒にして孫空女の身体を打ち始めた。

 

 それでも孫空女は歩く速度を落とさなかった。

 すでに限界は超えている。

 いまは気力だけの戦いの時間だ。

 

 しかし、刷毛によるくすぐり責めだけなら、とっくの昔に始まっていただろう崩壊が、鞭打ちと棒打ちに変わったことで、孫空女に勝機が見えてきた。

 

「脚だよ――。脚を狙うんだ――。骨を折ってしまえ――」

 

 鄔梨李の声が高くなる。

 もう、目的地は近い。

 最後の直線を残すだけだ。

 

 棒が次々に脛に向かって飛んできた。

 それでも孫空女は進んだ。

 尻穴に力を注ぎ込む。

 いまや、全身に残る力を総動員して、尻穴を閉じている。

 

 これを少しでも緩めれば、終わりだ……。

 押し寄せる便意の波は、もう少しも弱まらない。

 まるで爆発寸前の火山のようだ。

 猛烈な力が内側から尻穴に寄せ続ける。

 

 だが、もうすぐ――。

 腕組みをして待っている緒里の姿が目前に迫る。

 

「本当に生意気な人間族だよ――」

 

 前に出てきた鄔梨李が立ちはだかった。

 顔が引きつっている。

 その鄔梨李が棒を横に振りかぶった。

 顔に向かって棒が飛んでくる。

 

「はぎいいっ」

 

 眼の前に火花が飛んだ。

 大量の汗のようなものが、どっと額から眼に流れた。

 そこから滴った汗を舐めることで、それが汗ではなく血であることを知った。

 

 ふと見ると、鄔梨李の持っていた棒が半分になっている。

 どうやら、孫空女の顔を棒で殴ったときに、柄を折ったようだ。

 そして、その打撃で孫空女の額が割れたらしい。

 女たちが気を削がれたかのように、距離を取っている。

 

 鄔梨李が奇声をあげて、女たちのひとりから、さらに刷毛付きの棒をもぎ取った。

 それが、また、顔に向かってきた。

 今度は顔の斜め横からそれが当たった。

 

「ぐっ」

 

 一瞬だけ視界が消滅して、身体が揺れた。

 しかし、孫空女の身体は次の瞬間には体勢を戻していた。

 三発目はなかった。

 すでに、逆回りで出発地点に戻ってきていたからだ。

 孫空女はついに、二周目を歩き終えた。

 

「畜生――」

 

 鄔梨李が地面を二度三度と踏んだ。

 なにが口惜しいのかわからない……。

 

 いや、本当は孫空女がまわりきろうと、まわりきるまいと、鄔梨李からすればどうでもいいはずだ。

 だが、長く続けているここでの監督官としての生活が、鄔梨李に奴隷に対する異常な支配欲を作ってしまったのだろう。

 それが覆されたために、鄔梨李は理不尽な想いをさせられた気になっているに違いない。

 とにかく、孫空女は、緒里(ちょり)に向かって進んだ。

 

 しかし、血のせいで前がよく見えない。

 そうでなくても、頭が朦朧としている。

 全身はこれ以上ないというくらいに火照りきり、全身の筋肉はぼろぼろだ。

 もう、力はまったく出ない。

 

「お、終わったよ……。や、約束だ……」

 

 孫空女は緒里に挑むように言った。

 

「ああ、立派なものだ……」

 

 緒里が道を開けるように、営庭の中心にある布で囲まれただけの厠を示した。

 孫空女は重い首枷をつけたまま、そこに向かって進んでいった。

 

 誰も口をきかない……。

 孫空女に圧倒されたように、息を呑んでいるのがわかった。

 

「鄔梨李、入営の準備だ――」

 

 緒里が鄔梨李になにかの指示をした。

 そして、鄔梨李が何人かのほかの監督員を連れてどこかに去っていく。

 構わず、孫空女は示された場所に進み続けた。

 一瞬の気の緩みも許されない。

 緒里が孫空女を追い越して、布で囲まれていた場所から布の壁を取り去った。

 するとただ掘られているだけの穴が見えた。

 この首枷を外すつもりはないようであり、あそこで、周囲に晒させながら、孫空女に排便させるつもりのようだ……。

 

 でも、それでもいい……。

 とにかく、穴に屈み込めば――。

 

「お前ら、集合だ――」

 

 緒里が叫んだ。

 すると、さっきの場所に留まったままだった女奴隷たちと、残りの監督員がわらわらと孫空女を追い越していく。

 その全身が緒里のいる穴を囲んだ。

 

 孫空女はやっと穴の前にきた。

 穴まで残り数歩……。

 

「よく頑張ったな、新入り」

 

 穴の前には、緒里が立っている。

 その緒里がすっと腰の『心神棒』を抜いて、孫空女の腿に当てた。

 

「ぎゃあああ――」

 

 なにが起きたのかわからなかった。

 孫空女はその場に前のめりに倒れていた。

 緒里がこの期に及んで、孫空女にあの『心神棒』を浴びせたのだとわかったのは、全身を弛緩するような衝撃がやっと知覚できてからだ。

 

 眼の前に穴がある。

 

 しかし……。

 漏れた……。

 

 全身が痙攣を起こしている。

 

 緩むことがなかった尻穴がすでに緩んでいる。

 孫空女は尻の亀裂に浸みた糞便が外に噴き出したと思った。

 

 だが、はっとした……。

 まだ、洩れていない……。

 

 少しは出たかもしれないが、かろうじて、まだ耐えている。

 それは奇跡そのものだった。

 しかし、同時に、孫空女の身体に怒りが込みあがる。

 

「お、お前――」

 

 孫空女は首枷に固定された顔を緒里に向けた。

 

「なんだい、文句があるのかい、新入り? 奴隷は、鞭に怯えて生きるんだ。そういうものだと教えただろう――。まあ、洩らさなかったのは立派だよ。大したものさ」

 

 緒里が笑った。

 

「くっ」

 

 孫空女は視線を眼の前の穴に戻した。

 もう、立ちあがれない……。

 

 孫空女は、なんとか首枷を浮きあがらせて、穴に向かって這い進んだ。

 やっと、穴に達した。

 

 孫空女は、跪いた膝を穴の両脇に位置させた。

 周りには大勢の女が囲んでいる。

 尻穴の解放は、恥辱の開始でもある。

 しかし、考えることなどできない……。

 

 孫空女の尻穴から糞便が噴き出た。

 凄まじい衝撃だ。

 いつまでも終わらないかのような糞便が下の穴に向かって噴き出し続ける。

 

「ああ、あはっ、はあ、はあ、はあ、あははは、ははっ」

 

 しかし、その解放感もまた素晴らしかった。

 訳のわからない声が自分の口から漏れ出てくる。

 耐えに耐えた糞便を解放するのは、耐え難い恥辱ではあるが、それが酔いのようなものを孫空女に与えもしていた。

 

 気持ちいい……。

 孫空女はがくがくと身体を震わせていた。

 

「お、お前、排便しながら、感じているのかい? 大した変態ぶりだねえ――」

 

 緒里が揶揄するように笑った。

 しかし、監督員を含めたほかの女たちは同調しなかった。

 ただ、黙って、孫空女の痴態を見つめている。

 

 やっと糞便が終わると、どこからか持ってこられた水桶が横に置かれて、指名された女たちの何人かが、糞便で汚れた孫空女の尻穴と腿を洗ってくれた。

 孫空女はもう気力も尽きてしまって、ただされるままでいた。

 

 やがて、孫空女の身体が荒い終わり、その水も穴に捨てられ、その上に土が少し被せられた。

 孫空女はその横で首枷を地面に預けて四つん這いの姿勢で、ただ肩で息をしたままでいた。

 

「準備できました……」

 

 鄔梨李の声がした。なにかを運んで戻ってきたようだ。

 孫空女は、視線をあげた。

 ぎょっとした。

 

 運ばれてきたのは、真っ赤に焼けた石炭の入った小さな鉄釜だった。

 その釜に十本ほどの金属の棒が差してある。

 

「いま、奴隷番号の欠番はあったけねえ、鄔梨李?」

 

 緒里が鄔梨李に振り向いた。

 

「十二番ですね。一昨日(あととい)、自殺した女の番号がそれです」

 

「わかった……。孫空女の上半身を起こせ――」

 

 緒里が言うと、大勢いた監督員の女兵がわっと孫空女に群がる。

 孫空女の鉄の首枷を持って、声をかけて引き起こし、孫空女の上半身を真っ直ぐにした。

 

「な、なにすんだよ――」

 

 孫空女は狼狽えた声をあげた。

 あれは、焼印だと思った。

 眼の前にあるのは、家畜に印をつけるときに使う焼印だ。

 あの真っ赤に焼けた石炭に刺さっているのは、おそらく、孫空女の肌を焼く鉄印に違いない。

 

「うわあああっ」

 

 孫空女は恐怖で本能的に暴れた。

 しかし、それを取り囲んでいる監督員の女たちが阻む。

 緒里が孫空女の前に立ちはだかった。

 その緒里の横に、鉄棒の刺さった鉄釜が運ばれた。

 

「第一の掟が、奴隷は常に鞭に怯えることだとは教えたね……。そして、二つ目の奴隷の掟は自殺についてだ。ここでは自殺は自由だ。死は常に選べる……。毎朝の食事のときに、食事とともに、即効性の毒液が渡される……。それを飲む、飲まないは自由だ――」

 

「わ、わかったよ――。そ、それよりも、やめろったらああっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 緒里の横では焼けた鉄釜の中で鉄棒が差し込まれていて、それを取り出そうとしている。

 

「ただし、この錬奴院を出られるのは、奴隷宮にあがるときだけだ。それ以外は、ここを出られることはない――。そして、錬奴院にいる限り、毎日、苛酷な調教や拷問を受け続けなければならない……。その代わり、死はいつでも選べる……。それが第二の掟……」

 

 鉄釜から抜いて組み合わせた二本の鉄の棒が緒里に渡された。

 すると、それが孫空女の左の乳房に近づいてくる。

 真っ赤に焼けた鉄印は、“十二”の番号が逆向きになっている。

 

「い、嫌だよう――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 しかし、身体を押さえつけられている。

 真っ赤に焼けた鉄印が無造作に乳房に押しつけられる。

 

「ひぎゃああああ――」

 

 肉が焼ける匂いとともに、激痛が孫空女を襲った。

 

「そして、第三の掟は、ここではお前の人格など一切存在しないということだ。お前は、ここにいる限り、ただの十二番だ。お前がどこのどんな女で、本当はなんという名であるかなんて、あたしたちは興味がないし、知るつもりもない……。奴隷宮にあがらない限り、お前は永遠に十二番だ――。いいね――。それとも、渡される毒で死体として出ていくかだ」

 

 緒里が焼印を力いっぱい孫空女の肌に押しつけながら言った。

 

 

 

 

(第86話『調教は続く』終わり)



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 第87話  母娘奴隷への淫謀【小白香(しょうはくか)Ⅲ】
563 父来たる


「き、危険です、ご主人様――。金凰魔王と一対一で会うなど……」

 

 沙那は激しい口調で言った。

 王宮側の奥にある魔王の居室だ。

 侍女は遠ざけてあり、部屋には沙那と小白香のふたりだけだ。

 

 重要な案件については、宰相の百眼女(ひゃくがんじょ)を交えて、この部屋ですることが多く、小白香が魔王の地位を簒奪してから、沙那も一日のかなりの時間をここですごすことが多かった。

 だが、今日はその百眼女もいない。

 

 そして、ここで告げられたのが、今夕に金凰魔王が宮殿にやってくるということだった。

 しかも、正式にやってくるのではなく、従者を一名連れただけで、この宮殿の離宮側に、忍んでやってくるということだった。

 金凰魔王の来訪は極秘扱いのものであり、小白香もそれを廷臣たちに教えるつもりはないようだ。

 それで百眼女もここにいないらしい。

 

 金凰魔王は、宮廷府には一切かかわらずに、直接に『移動術』で跳躍してやってくるということだった。

 いまや、宮廷府側ととともに、離宮についても小白香の強い結界で包まれており、部外から道術で侵入するのは不可能なのだが、金凰魔王の来訪に合わせて、小白香がその結界を一部解放する。

 それで、金凰魔王が離宮の応接の間に到着する……。

 そういうことになっているらしい。

 

 それでも、離宮側の性奴隷や女官たちは、金凰魔王の来訪を知るだろうが、白象が支配していたとき以来、離宮側のことは、一切こっちの宮廷府側に情報が洩れないという態勢ができあがっている。

 確かに、離宮で小白香と金凰魔王が秘密裏に会談をするというのは可能だろう。

 しかし、沙那は驚いてしまった。

 

「金凰魔王として、わらわに会うのではなく、魔王一族の長として、わらわに会うと言っておるのだ。応じないわけにはいかん――」

 

「し、しかし……」

 

「それに、お前は知らぬかもしれんが、母者が魔王であったときも、そうやって金凰魔王は、こっちの宮廷府の誰にも知らさぬまま、頻繁に離宮を訪問しておったのだ……。これは別段に不自然なことではないのだぞ。問題はない」

 

 小白香は椅子に深く腰掛けたまま笑った。

 

「問題は大ありです――。ご主人様は、金凰魔王の意向に逆らって、白象殿を廃して幽閉し、魔王の地位を簒奪したのですよ。しかも、金凰魔王は、それを認めていないのですよね――? でも、ご主人様は金凰魔王の言に応じる気はないのですよね――?」

 

「それがどうした――」

 

「だったら、金凰魔王は、ご主人様を力ずくで支配して、この状況を打開しようとするに決まっています。金凰魔王はそのために来るのですよ――。危険です。しかも、宮廷府として対応できないとなると、ご主人様を警護するために、近衛軍を動かすことができないことになります」

 

「もう、決まったことだ、沙那。それに、金凰魔王を招待したのはわらわだ。金凰魔王は、それに応じて来訪をするのだ。それを断われるわけはなかろう」

 

 小白香は笑った。

 

「ご、ご主人様が呼んだのですか?」

 

 沙那は声をあげたが、そう言えば、小白香は以前にそれらしいことを仄めかした気がした。

 そのとき、沙那はあからさまには否定しなかった。

 だから、小白香はひそかに金凰魔王とひとりで対決する決心をしたのだろうか……。

 沙那は後悔した。

 

 確かに沙那は、小白香が、金凰魔王の因縁の決着をつけるために、直接に金凰魔王に対峙することをもくろんでいることはわかっていた。

 しかし、それは、軍をはじめとして、さまざまな道術防護の手段によって、小白香の護りをしっかりと確保したうえで、宮廷府側で行わせるつもりであった――。

 公的な場所であれば、金凰魔王の下手な手出しはできないと思ったからだ。

 ましてや、なんの手立てもしないまま、一対一で、離宮側で小白香が金凰魔王を面会などさせるなどとんでもないことだと思った。

 

「沙那、これは、魔王と魔王と話し合いではない。一族としての話し合いなのだ。わらわの父だとわかった男と会うことがそんなに問題か?」

 

 小白香がまた笑った。

 

「詭弁はやめてください。金凰魔王がやってくるなら、刺し殺すくらいのつもりでなければ、会ってはいけません――。その男は信用できません」

 

 沙那ははっきりと言った。

 

「物騒じゃのう、沙那……。金凰魔王を殺せば、それこそ、金凰軍と全面戦争ぞ。そなたは、金凰軍と戦はしてはならんと言ったではないか――」

 

 小白香が呆れた口調で言った。

 

「いいえ、金凰魔王を殺せれば、戦になどなりませんよ。いかに、強大な軍でも指揮する者がいなければ、烏合の衆です。金凰魔王が死ねば、確実に金凰軍も金凰宮も弱体します。新たな支配者を見つけるまで、金凰軍内で内輪争いをするでしょう――。ご主人様が、いまの地位を保つためには、それは最善の結果です――」

 

「お前の方が過激ではないか」

 

「しかし、その可能性はありません ないんです――。金凰魔王も自分の命の価値はわかっていますよ。それでも、この宮殿に警備の軍も連れずにやってくるなど、なにかの企みがあるに決まっています。自分の道術に絶対の自信があるのです……」

 

「道術なら、わらわもかなりのものだぞ。いままでは隠しておっただけなのだ……。母者の白象でさえも、いまは、わらわの道術にはかなわぬのだ。しかも、金凰魔王と会うのは、わらわが刻んである結界の内側である離宮なのだ。いかに、金凰魔王といえども、わらわの結界の中で、わらわが引けをとるわけはない」

 

 小白香は言った。

 

「じょ、冗談じゃありませんよ、ご主人様――。だったら、金凰魔王がのこのことくるわけないじゃないですか。わたしは、金凰魔王のことは知りませんし、霊気や道術については門外漢です。でも、金凰魔王の霊気の大きさは、百眼女様などからよく聞いております。失礼ながら、まだ成人にもなっておられないご主人様が、金凰魔王に対抗できるとは思いません」

 

「ならば、金凰魔王を殺してやってもよい。お前の言う通りなのであれば、父である金凰魔王を殺してしまうことが上首尾なのであろう――。万が一、金凰魔王がわらわになにかをするようであれば、わらわは金凰魔王を殺す――。これなら安心できるか?」

 

 小白香は言ったが、それが本気でないことは口調で明らかだ。

 沙那は腹が立ってきた。

 どうも、小白香は、自分は母親から王権を簒奪しておきながら、肉親であるという安心感なのか、金凰魔王が小白香を害するという可能性を信じていないようだ。

 

 白象をないがしろにしたことは、多少は叱られるかもしれないが、それは話し合いで解決できるだろう――。

 そんな風に単純に思っている気配がある。

 だから、無防備に金凰魔王と会うなどという発想になるのだろう。

 

「はっきり言います。金凰魔王は、ご主人様を害するつもりはないのかもしれません。でも、離宮でご主人様を道術で抵抗できなくして誘拐し、そのまま金凰宮に幽閉してしまうくらいのことはするかもしれませんよ――。そして、白象殿を復位させます」

 

「はあ? なにを言っとる。力の衰えた母者などに価値などないわ」

 

「だからこその傀儡です。ご主人様は、金凰宮に監禁されて、完全に金凰魔王の言いなりになる人形にされるか、それとも、殺されます――。それでもいいのですか?」

 

 沙那がそう言うと、小白香はじっと沙那を見つめてきた。

 その可能性をやっと考え始めたのかもしれない……。

 小白香の顔にやっと不安そうな色が少し見えてきた。

 沙那は嘆息した。

 

 小白香は確かに、道術の力は抜群にあるのだろう。

 それが金凰魔王に匹敵するのかどうかはわからないが、これまで魔王だった白象までも、わずか十歳のときに霊気で圧倒したくらいだから、おそらく、自分よりも道術が上の存在というのに触れたことはないのだろう。

 金凰魔王は、よくここの離宮にやってきていたとは言っていたが、小白香は金凰魔王と道術で争う立場になったことなどないはずだ。

 

「のう、沙那……。わらわを心配してくれるのは嬉しいが、わらわの魔王の地位のことは、まずは、一族の長である金凰魔王と話し合いをせねば、始まらないということはわかるであろう……。それに、母者がいうには、わらわは、金凰魔王の娘であり、母親は金凰妃とやらであるようだ。それについて、わらわは金凰魔王に問い質す必要もあるのだ……」

 

「だ、だけど……」

 

「とにかく、金凰魔王には会わねばならんのだ――。それも、公の場所ではなく、私的な場所でだ。一対一で会う――。それはわらわとしても望んでいる……。お前のいうことはわかるが、極端に疑心暗鬼になっても仕方あるまい。とにかく動き出さねば、物事はなにも始まらん」

 

「ありそうな危険を避けるのは、疑心暗鬼ではありませんよ、ご主人様」

 

「面倒なことをいうな、沙那――。金凰魔王は父ぞ――。父に会うことがそんなに危険か? 金凰魔王は、わらわを実の娘とわかっておるのだ。危険なことなどないわ」

 

「ご主人様が、もしも、まだ皇太女であり、皇太女として魔王の地位を迫っているという段階であれば、金凰魔王は、一族の長として、それをなだめにやってきたかもしれません。でも、ご主人様は、即位式はまだですが、すでに宮廷を掌握し、新魔王としての地位におつきです」

 

「だから?」

 

「ならば、金凰魔王は、肉親としてではなく、魔王という立場でご主人様のことを考えるでしょう。魔王としての地位の阻害になると判断すれば、実の娘であろうが容赦なく行動すると思います」

 

 沙那は言った。

 

「もういい……。これについて、お前に意見を求めるつもりはないのだ。わらわは、今夕、密かに金凰魔王と会う。それは決定事項だ。金凰魔王にも、承諾の返事をしている。もう、どうにもならんわ――。これ以上、とやかく言うと、また、奴隷に逆戻りさせるぞ。わらわの痒み奴隷にな。触手貞操帯の刑をまた味わいたいか?」

 

 小白香が指を弾く仕草をした。

 沙那は全身が緊張で凍りつくのを感じた。

 小白香が本気でないことはわかっている。

 しかし、痒み責めのことを持ちだされると、どうしても身体が竦むのだ。全身が強張り、心が恐怖で縛られてしまう。

 沙那の様子に、小白香が満足したように笑った。

 

「ならば、これ以上は、なにも言わんことだ。お前はとりあえず、わらわが金凰魔王に会うことを承知しておればいいのだ」

 

「だ、だったら、わたしも同席します……。護衛として……」

 

 沙那は言った。

 どうしても、小白香が金凰魔王と一対一で会うというのであれば仕方がない。

 万が一のことがあれば、沙那が身を挺してでも、小白香を守ろうと思った。

 

「不要だ――。相手は金凰魔王じゃ。いかに、沙那の剣でも金凰魔王には太刀打ちではできんであろう……。わらわを守れるのは、わらわの道術のみだ。わらわはひとりで金凰魔王に会うつもりだ……。それに、さっきも言ったが、わらわは、一対一で金凰魔王に質したいことがあるのだ」

 

 沙那は言い返すことはできなかった。

 確かに小白香の言うことは正しいのだ。

 金凰魔王という魔王が相手では、護衛としての沙那は役に立たないかもしれない。

 沙那は、道術の力であっという間に金凰魔王にねじ伏せられるだろう。

 

「……そんな顔をするな、沙那……。わらわも金凰魔王と会うことが危険であることは承知しておる。だからこそ、お前は同席させん。金凰魔王の道術には、お前はひとたまりはないであろうよ。わらわは、自分の身は自分で護れるが、お前のことは守れんかもしれんのだ――」

 

「わ、わかりました……。でも、とにかく、お気をつけて――」

 

 沙那はそう言うしかなかった。

 

「わかっておる……。ところで、それよりも、沙那に頼みたいことがある」

 

 小白香がじっと沙那を見た。

 さっきまでは、心なしか余裕があるような物言いをしていたが、今度は表情が真剣だ。

 余程の重大事を沙那に託したいようだと思った。

 

「はい」

 

「母者のことだ」

 

「白象殿?」

 

「わらわが金凰魔王に会っているあいだ、一方で、金凰魔王は、幽閉している母者の身柄こそ、奪おうとするかもしれん――。母者がなんらかの金凰魔王の秘密を知っていることは確かなのだろう……。金凰魔王からすれば、わらわもそうだが、母者こそ、捕えてしまうおうと考えるかもしれん……」

 

「白象殿を……」

 

 沙那は呟くように言った。

 確かに……。

 

「いずれにしても、わらわは、自分の身は守れると思うが、金凰魔王と面しているあいだは、離れていいる母者のことを道術で防護することまではできん。母者を守ってやってくれ」

 

 金凰魔王が小白香を引きつけているうちに、その油断に乗じて、白象の身柄を押さえてしまうというのは、いかにもあり得そうなことだ。

 小白香の言う通り、白象がなんらかの金凰魔王の秘密を知っているのは確かだ。

 

 結局、道術契約に守られているらしいその秘密に、いまだに、沙那は迫れてはいないが、それが金凰魔王にとって、都合の悪い秘密であれば、白象こそさらってしまおうとするかもしれない。

 

 無論、金凰魔王が小白香を無力化できれば、そうするであろうが、小白香の言う通りに、小白香が金凰魔王の道術に十分に対抗できるとすれば、金凰魔王はその目標を白象に切り替える可能性はある。

 沙那はそれに気がつかなかった自分の迂闊さを恥じた。

 

「わかりました……。では、わたしは白象殿についております……。ところで、金凰魔王は、従者をひとり連れてくると言われましたか?」

 

 沙那は訊ねた。

 最初に小白香は、金凰魔王は従者をただひとり連れてくると沙那に説明したのだ。

 小白香と金凰魔王が話すあいだ、その従者は同席はしないと思うから、なにか工作をするとすれば、その従者が怪しい行動をするかもしれない。

 

「従者は老婆だそうだ。金凰魔王や母者が幼い頃に世話になった乳母ということらしいのう」

 

「どうして、乳母など連れてくるのですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「見当もつかんな。もしかしたら、ただ、この宮殿を見たいと思っただけかもしれん。わらわの知る限り、その乳母とやらは、ここにはやってきたことはないはずだからな」

 

 小白香は肩を竦めた。



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564 父娘対決

 部屋の中の霊気が激しく乱れだすのがわかった。

 小白香は、椅子に座ったまま、その乱れの中心に視線をやった。

 ここは離宮にある数少ない応接用の部屋だ。

 この奥が小白香の居室であり、そっちは完全な小白香の私的な空間になる。

 

 部屋はやや広い。

 その部屋に大きくない卓があり、その上には、肉や魚や果物などの食べ物が並び、さらに最高級の果実酒や果実水も準備させた。

 ここで、一応は食事をとることのできる支度を整えてあるという体裁だ。

 その卓に椅子がふたつ準備してある。そのひとつに小白香は腰掛けている。

 もうひとつの椅子は、小白香に向かい合うように置いてある。

 椅子の並びは、小白香と金凰魔王が水入らずで食事をするというかたちにしている。

 

 しかし、食事をするにもそれを世話する侍女はいない。

 部屋の中には小白香ただひとりだ。

 小白香側の者はすべて、この部屋から遠ざけている。

 本来は、雪蘭は隣の小白香の居室にいるはずだが、今夜については、別の階に隔離させている。

 

 すぐに、小白香が見つめている場所に金凰魔王が現れた。

 背の低い老婆を連れている。

 

「小白香、久しいな」

 

 金凰魔王が小白香の顔を見て破顔した。

 しかし、小白香は、ほんの少し首を曲げただけだった。

 儀礼のために立ちあがりもしない。

 すでに食事が置かれている卓の前に腰掛けたままでいた。

 

「よく来てくれましたな……。とりあえず、食事でもしながら話したい。それでよいかな?」

 

 小白香は座ったまま言った。

 金凰魔王がちらりと小白香が座る席と、その向かい側の席に視線をやったのがわかる。

 実は、小白香が最初から座っている席は上座に当たる席だ。

 これまでの常識でいえば、金凰魔王は一族の長として、常に上座に座っていた。

 ここで白象が接待したときも、白象は下座におりていた。

 

 だが、小白香は、それをあえて自分が上座に座って待ち構えていたのだ。

 これによって、小白香と金凰魔王が対等の立場であることを示したつもりだ。

 対等であれば、この宮殿の主人は小白香だ。

 小白香が上座でおかしくはない。

 

 金凰魔王は少しだけ不満気な表情をしたが、なにも言わなかった。

 そして、立ったまま、自分の周りに結界を刻み始める。

 しかし、小白香はそれをすぐに道術で打ち消した。

 金凰魔王の顔に憤りのようなものが出た。

 

「ここはわらわの宮殿であり、わらわの結界の下じゃ。その中で断わりもなく、結界を刻むなど礼に反するのではないか、金凰魔王陛下」

 

 小白香は金凰魔王をじっと見つめたまま言った。

 

「十二の小娘のやったことだから、いまのは大目に見よう……。だが、余の道術を途中で遮るなど、礼儀どころか、殺されてもおかしくはない所業だぞ、小白香」

 

 金凰魔王は不機嫌に言った。

 そして、再び、金凰魔王の周りで霊気が充実しはじめる。

 今度は、さっきに比べれば格段に厚い霊気が満ち始めた。

 結界を刻もうとしているのだ。

 小白香は、それも霊気で吹き飛ばした。

 今度は、金凰魔王の顔には憤怒よりも驚愕が出た。

 まさか、いまの霊気を打ち消されるとは思っていなかったのだろう。

 

「何度も、同じことを言わせるものではないわ、伯父上……。いや、父上と呼ぶべきかな?」

 

 小白香は言った。

 少しだけ金凰魔王の眼が見開いた。

 

「……白象が教えたのか?」

 

 金凰魔王はそれだけを言った。

 

「母者はなにも言わん。道術契約で秘密を守る誓いをしているのであろうな。だが、それでも、道術契約で封じた秘密を訊き出す方法が、この世に存在しないわけではない」

 

「なるほどな……。ならば、お前の母親のことも知ったか?」

 

「寄生族である実の母親になど興味はないな。奴隷女という話だったが、気を使って、金凰妃とやらをここに連れてこんでもよいぞ、父上。わらわは、別に会いたいとも思わっておらんからな。まあ、父上が、その奴隷女に飽きたというのであれば、奴隷として貰いさげてもよい。わらわの飼う痒み奴隷にしてやってもよいな」

 

「母親を奴隷にか……。業の深い娘だな……。さすがは余の……」

 

 金凰魔王の口が途中でとまって、顔に苦笑が浮かぶ。

 おそらく、道術契約の縛りがかかったのだろう。

 道術契約は常に相互契約だ。

 白象が秘密を守る義務を負ったのであれば、金凰魔王も負ったはずだ。

 いまの反応は、間違いなく、それを気にせずに、小白香のことを“娘”だと呼ぼうとして、道術契約による道術が働いたものに違いない。

 

「だったら今更、秘密にしておく必要はないな。いろいろと教えてやりたいこともあるから、ここに白象を呼べ――。道術契約を解約する。それには、白象が必要だ」

 

 刻んだ道術契約を解除するには双方の合意が必要だ。

 いかに金凰魔王の霊気が強大でも、片側だけではできないのだ。

 しかし、小白香は首を横に振った。

 

「母者は、いまや、わらわの性奴隷だ。わらわの奴隷をここに連れてくるつもりはない」

 

 小白香は言った。

 すると今度は金凰魔王が爆笑した。

 

「本当に白象を奴隷にしてしまいおったか――。わかった。もういい。とにかく、茶番は終わりだ。我が儘を言わずに白象に王位を戻せ。それで今回のことは不問にしてやる。白象に王位を戻せば、実体は、お前の傀儡でもなんでもいい。お前が、皇太女を兼ねて摂政になればよいであろう――。それで手を打て……。まあ、三年とするか……」

 

「三年?」

 

「三年後には白象の統治領土だけではなく、青獅子の持っていたものも、お前にくれてやる。それが余の妥協だ。それでいいな、小白香――。いい加減にせねば、余も怒るぞ」

 

 金凰魔王が言った。

 次の瞬間、凄まじい霊気の気が飛んできた。

 小白香は一瞬にして、目の前に霊気の楯を刻み、その攻撃道術を弾き飛ばした。

 瞬時に、金凰魔王に道術を飛ばす。

 金凰魔王を霊気の網で包み込んで閉じ込める術だ。

 小白香の発したその見えない網が金凰魔王を捕らえた。

 

「こ、これは、まさか、余の霊気が……」

 

 金凰魔王が眼を白黒している。

 一の魔王こと、金凰魔王の霊気は強い……。

 しかし、ここは小白香の大きな結界の中であり、小白香の霊気が大きく増幅され、金凰魔王の霊気は制限される。

 だから、小白香の道術が、金凰魔王の道術を凌ぐのだ。だが、金凰魔王は、たとえ、小白香の結界の下で戦っても、自分の霊気が負けると思わなかったのだろう。

 金凰魔王の顔には、これまでに見たことがないような、焦りと驚きの色が出ている。

 

「三年なんぞ必要ない。それに、勘違いをしておるようだな、父上……」

 

「勘違い?」

 

 金凰魔王が小白香の道術から抜け出そうともがいている。しかし、どうしても果たせないらしく、その顔に大きな焦りの色が浮かぶ。

 小白香はにんまりと微笑んだ。

 

「わらわは、母者に変わって魔王につくことを頼んでるのではない。父上の許可も入らん。わらわは、新魔王になる。それを伝達しているだけじゃ」

 

「くっ……、い、いい加減にこれを解かんかああ」

 

 金凰魔王が真っ赤な顔で怒鳴った。

 小白香は、それには素知らぬ態度をする。

 

「頼むから静かにして欲しいものだな。大人しく、食事をして帰ることだ。わらわの力を理解してくれればよいのだ。わらわには、魔王を継ぐ力が十分にある。それをわかってくれ……」

 

 小白香は金凰魔王を包んでいる霊気の網を小さくした。

 金凰魔王の手足が身体に押しつけられて、直立不動の状態になった。

 

「ほんに、躾のなっておらん娘じゃのう……。まあ、十二年も放ったらかしにしておったのだ。娘からこれくらいのことをされるのは、我慢せんとな」

 

 突然、背中から声がした。

 そういえば、金凰魔王と一緒にひとりの老婆がやってきていたのだ。

 金凰魔王との霊気合戦にかまけて、すっかりとその老婆のことを失念していた。

 次の瞬間、全身に衝撃が走った。

 

「ぐああっ」

 

 小白香は椅子から転げ落ちていた。

 なにが起きたのかすぐにはわからなかった。

 見あげると、椅子の後ろで、その老婆が金属の鞭を持って立っている。

 

「『電撃鞭』じゃ――。奴隷の躾にはちょうどよいのう」

 

 老婆が笑っている。

 

「ど、奴隷だと――?」

 

 小白香はかっとなった。

 老婆を道術で吹き飛ばそうと思った。

 しかし、老婆がもう一度、その『電撃鞭』を小白香の身体に押しつける方が早かった。

 

「があああ――」

 

 さっきの衝撃がまた全身に走った。

 老婆の手が小白香の首に伸びて、卓のそばから引き離された。

 年寄りとは思えない力で、小白香は、そのまま床に投げ飛ばされる。

 小白香は床に二度三度と転がった。

 

「やれやれ、とんだお転婆娘であるのう……」

 

 金凰魔王の声がした。

 電撃で小白香の道術が切れてしまったので、さっきの霊気の網の拘束がなくなったのだ。

 その金凰魔王の結界が、部屋を覆うのがわかった。

 

「さ、させんぞ――」

 

 小白香は、それを打ち消すために、道術を刻もうとした。

 そして、はっとした。

 霊気が動かない……。

 

 それで首になにかが嵌められていることに気がついた。

 金属の細い首輪だ。

 それが嵌っている。

 

 どうやら、これが小白香の道術を妨害しているようだ。

 さっき、あの老婆に投げ飛ばされたときだとわかった。

 慌てて外そうとした。

 しかし、繋ぎ目のようなものがない。

 霊気がなければ外せないとだと悟った。

 しかし、この首輪が邪魔をして霊気が集められない。

 

「よくやったぞ、蝦蟇婆(がまばあ)――。さて、では、食事とするか……。いま、蝦蟇婆がお前に装着したのは、『道術封じの首輪』と呼ばれる霊具だ。余の霊気が込めてある。さすがのお前でも、それを嵌められては、道術は遣えんだろう」

 

 金凰魔王がさっきまで小白香が座っていた席に腰をおろした。

 蝦蟇婆と呼ばれた老婆も、その向かい側に座る。

 卓にはほかに席はない。

 小白香はかっとした。

 

「貴様ら――」

 

 小白香は叫んだ。

 そして、もう一度、なんとか首輪を外せないものかと首輪を両手で握った。

 だが、突然、右足首になにかが嵌った。

 

 足枷――?

 右足首に革の足枷が出現したのだ。

 金凰魔王の道術のようだ。

 

「う、うわっ」

 

 すると、その足枷が見えない鎖に引きあげられるように、天井に向かい出した。

 右足首に装着された足枷が、まるで見えない鎖に引っ張られるように天井に向かい始めたのだ。

 事態を悟った小白香は狼狽した。

 

「ひっ、な、なにをする――。やめよ――。やめないか――」

 

 しかし、足首はどんどん宙に浮きあがっていく。

 やがて、片足が完全に垂直に伸びる体勢になった。

 当然、下袍はずり下がり、膝が露出して太腿までも露わになる。

 小白香は慌てて、片手で下袍を押さえた。

 

 しかし、足首の上昇は止まらず、やがて、床を踏んでいた左足が宙を浮いた。

 小白香の身体は引っくり返り、さらに下袍がめくり落ちる。

 身体全体が浮きあがり、頭が横にある卓よりも上にあがったところで、足枷の上昇がとまった。

 

 小白香の脛から膝、そして、腿の付け根までが露わになる。

 慌てて、両手で下袍の裾が落ちないように、身体を少し曲げて手で押さえる。

 さらに、吊られていない脚をつられている側の脚にぴったりと密着させた。

 

「ど、どういうつもりなのだ。ま、道術を解くのだ、伯父上――」

 

 小白香は叫んだ。

 しかし、金凰魔王と蝦蟇婆という老婆は、まるで素知らぬ顔で小白香を無視して、卓の上のものを飲み食いしている。

 小白香ははらわたが煮えくり返った。

 

 しかし、その沸騰しそうな怒りの傍ら、心の一部の冷静な部分が、この状況に対する打開策を懸命に考え続けてもいた。

 この離宮で行われていることについて、宮廷側の者にはまったくわからない。

 だから、衛兵や廷臣たちが、小白香の危機に対応して、救出にやってくる可能性はない。

 そして、この離宮側にいるのは、数名の女官や女兵を除けば、すべて性奴隷だ。

 彼女たちでは、たとえ、小白香が危機に陥ったことを知ったとしても、それになんの対応もできないし、助けを宮廷府に求めることもできない。

 性奴隷たちには、外部と接触するあらゆる手段がないのだ。

 

 沙那の顔が頭に浮かんだ。

 しかし、その沙那には、白象の身を委ねて、階の異なる白象の監禁部屋に向かってもらっている。

 大声で叫んでも、声の届くことはありえない。

 それに、さっき金凰魔王がこの部屋を覆っている小白香の結界の内側に自分の結界を刻んだ。

 おそらく、小白香の声は、この部屋から出ないようになっている……。

 小白香がこの状況を脱するには、自力しかなさそうだ……。

 

「一体全体、なにをするつもりなのだ、伯父上――。い、いや、わかった……。わらわがさっき、道術の網で伯父上を包もうとしたのが、気にいらなかったのなら謝る。でも、それは、お互い様ではないか。伯父上こそ、最初にわらわを攻撃道術で責めようとした――。わらわは、それに報復しただけだ……。なあ、まずは、それをお互いに水に流そうではないか、伯父上――」

 

 小白香はさらに言った。

 それにしても、逆さ吊りで下袍がまくれないように両手で抑えるのは決して楽な姿勢ではない。

 しかも、下袍を押さえるために身体を少し曲げあげている。

 その無理な姿勢が、足首と腹と首に負担となって痛みが襲いかかってくる。

 小白香がこの苦痛に耐えているのは、惨めな姿を晒したくないという強い自尊心からだった。

 

「伯父上に逆戻りか? まあ、なんでもいいがな」

 

 金凰魔王が食事をしながら、微かに指を動かした。

 あがっている足首がさらに上にあがる。

 

「うくっ、ああっ」

 

 もう限界だ。

 小白香の上体はだらりと倒れて、下袍を押さえている位置は、股間の付け根に変わった。

 小白香は少しでも下袍がずれ落ちるのを防ごうと、指先をぴんと伸ばして股間を押さえた。

 しかし、後ろの部分まで下袍を押さえるのは無理だった。

 お尻の部分では、小白香のはいている白い絹の小さな股布が露わになってしまっている。

 

「く、くそうっ……。も、もう、おろして……。お、お願いじゃ……、伯父上……。た、頼む……。な、なんとか言うてくれ……」

 

 小白香は歯を喰いしばりながら呻いた。

 さらに右脚に密着させている左脚もつらくなってくる。

 しかも、全体重のかかっている右足首の痛みも大きい。

 

「あ、謝る――。謝ると言っておるのだ――」

 

 小白香は振り絞るような声で懇願した。

 そして、ついに小手で押さえていた下袍から片手を離して、片手だけは床につけて、身体を支えようした。

 

「ひがあっ」

 

 片手を床につけた瞬間、強い痛みが首に起こった。

 小白香は悲鳴をあげた。



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565 道術合戦

「ひがあっ」

 

 なにが起きたのかわからなかったが、床に手をつけたときに、首にしている首輪から強い電撃が流れたのだと悟った。

 つまり、手を床につけるなということなのだろう。

 小白香は床に着けようとした手を下袍に戻した。

 

「謝る――。謝ると言っておるのではないか――」

 

 小白香は必死になって声をあげた。

 

「小白香、お前と余の力の違いがわかったか――? わずか十二の娘の分際で、余に逆らおうというのは、いい度胸と言いたいが、相手を見て逆らわねば、お前の命がいくつあっても足りんぞ」

 

 金凰魔王がやっと小白香に向かって口を開いた。

 

「わ、わかった……。と、とにかく、足をおろしてくれ、伯父上――。頼むから……。足首が千切れそうじゃ。痛いのだ」

 

 小白香は声をあげた。

 一方で、小白香は、全身の霊気を総動員して、霊気の流れを封じられている『道術封じの首輪』に霊気を注ぎ込んでもいた。

 小白香は、この首輪によった霊気を封じられているが、この首輪そのものに、小白香の霊気を注ぎ込むことだけはできそうなのだ。

 それは、この霊具に注ぎ込まれている金凰魔王の霊気を純粋に上回る霊気を込めることができなければ、絶対に不可能なことなのだが、こうやって逆さ吊りにされながらも、小白香と金凰魔王の霊気では、微かだが辛うじて小白香の方が強い霊気を流せることに気がついていた。

 

 金凰魔王も、まさか娘の小白香が、金凰魔王の作った霊具に小白香の霊気を逆に流すことができるとは夢にも思っていないだろうから、おそらく、小白香の霊気は完全に封じられたと思っていると思う。

 普通は道術を遣う者の道術を封じるには、最初に術者が帯びている霊気を全部放出させるのだ。

 それをやってから、『道術封じの首輪』のような霊具をはめてしまうものだ。

 それをやられると、霊気を集められないので、もう、術者が道術を遣うのは不可能になる。

 

 しかし、金凰魔王や蝦蟇婆(がまばあ)は、小白香が金凰魔王の霊気の強さを上回る状況を想定していないに違いない。

 だから、小白香の霊気を放出させることなく、『道術封じの首輪』をかけたのだ。

 

 だが、これなら、時間さえかければ、この霊具に注がれる霊気を逆転できそうだ。

 霊具とは、霊気の出入り口を意図的に作った道具だ。

 その出入り口に全身に残っている霊気を注ぐことくらいだったら、霊気の流れをとめられても可能なのだ。

 

 あとは力の強い金凰魔王の霊気を小白香の霊気の強さで押し出せるかなのだが、なんとかできるような気がした……。

 そうなれば、金凰魔王の霊気でとめられている小白香の霊気を解放できる。

 いずれにしても、とにかく、時間を稼がなければ……。

 

「余にいくら言っても無駄だぞ、小白香……。お前の脚を吊りあげているのは、余の道術ではないからな。蝦蟇婆の道術だ。許しを乞うなら蝦蟇婆にするのだな」

 

 金凰魔王が手酌で酒を盃に注ぎながら笑った。

 

「が、蝦蟇婆の道術だと――」

 

 小白香は声をあげた。

 それなら、霊具を無効にするには、小白香の身体を吊りあげている足首の枷が容易いと一瞬思ったのだ。

 しかし、すぐに思い直した。

 足首の枷を強引に霊気で外したところで、道術が遣えない状況はそのままだ。

 今度は、念を入れて、全身の道術を放出されてから、道術封じの首輪をかけられるだろう。

 小白香は、やはり、首輪の道術封じを無効にすることに専念することにした。

 

「そうじゃ……。それから、わしのことは、蝦蟇様(がまさま)と呼ぶがよい。わしの奴隷には、全部そう呼ばせておる――。今日からは、わしがお前の躾係じゃ。躾のなっておらん娘に、奴隷並みの躾をするように、お前の父親に言われておる。びしばしと厳しく調教をするから、そのつもりでおれよ、小娘」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「な、なにが……。うあっ――」

 

 小白香は文句を言おうとしたができなかった。

 足首を吊っている枷が大きく動いて、身体が金凰魔王と蝦蟇婆が食事をしている真上に移動したのだ。

 逆さになっている頭が卓のすぐ上になり、髪が卓の上に垂れ落ちた。

 くるりと身体が回転して、蝦蟇婆の方向に向けられる。

 

「蝦蟇様者――。名を呼んでみよ、小白香――」

 

 蝦蟇婆がにやりと微笑んだ。

 

「わ、わらわを誰だと思うておるのだ――。調子に乗ると承知はせぬぞ、くそ(ばば)あ――」

 

 やっと小白香は声をあげることができた。

 あまりの怒りで、なかなか口をきくことができなかったのだ。

 

「ほんに、躾のなっておらん、奴隷じゃのう……。まあ、それだけ、躾甲斐もあるということでもあるがな……」

 

 ぎょっとした。

 蝦蟇婆が例の『電撃鞭』の先を小白香の腕にぎゅっと押しつけたのだ。

 

「や、やめてくれ――」

 

 さっきの電撃の恐怖が思い起こされた。

 体罰など生まれてから一度も受けたことのない小白香だ。

 その小白香にとって、あれだけの激痛と衝撃は、恐怖そのものだ。

 しかし、容赦なく身体に電撃が走る。

 

「はぐううっ」

 

 小白香は全身を仰け反らせた。

 電撃の衝撃の深さに小白香は泣き叫んでいた。

 電撃を浴びた手が痺れて股間を押さえている両手が離れた。

 下袍が垂れ落ちて下着が完全に露わになった。

 

「それ、もう一度じゃ」

 

 とりあえず電撃を直接に浴びていない腕を戻そうとすると、今度はその腕に『電撃棒』の先を押しつけられた。

 

「い、いやだ――。やめるのじゃ――」

 

 小白香は懸命に逆さ吊りの身体を捻って、棒を避けようとしたが、再び電撃が全身に走った。

 小白香は引きつらせた声をあげた。

 すると、蝦蟇婆の手が伸びて、だらりと垂れた小白香の両手首に素早くなにかを嵌めた。

 なんの飾りもない金属の丸い輪だ。

 しかし、それが霊具だということはわかる。

 それが両手首に嵌っている。

 

「うわっ」

 

 蝦蟇婆の両手が伸びて、手首が首の後ろにねじ曲げられた。

 すると両方の手首が首輪に密着して、離れなくなった。

 どうやら、この霊具は、どこにでも好きな場所に密着して離れなくなる機能があるようだ。

 

「小白香、蝦蟇婆の言うことは、余の言うことだと思え――。蝦蟇婆を親だと思って、しっかりと服従するのだ。よいな――」

 

 金凰魔王がすぐ後ろで笑った。

 小白香はかっとなった。

 

「な、なにが、父親じゃ――。お前など、親などであるものか――。わらわに親はない。強いて言えば、唯一の親は母者の白象だが、その白象はわらわの性奴隷にした。その唯一の親を性奴隷にしたわらわには、もう、親などおらぬわ」

 

 小白香は喚いた。

 

「これは、参ったのう……。お前を躾けるというのは、飛んだ難事を請け負ってしまったかのう……。まあいい。とりあえず、呼び方からじゃ――。小白香、わしのことを、まずは、蝦蟇様と呼べ――」

 

 蝦蟇婆が小白香の垂れている髪を片手でむんずと掴んだ。

 それをぐいぐいと引っ張られて、顔を卓の方向に引き下げられる。

 

「い、痛い――痛い――痛いわ――。や、やめよ、蝦蟇婆――蝦蟇婆――」

 

 小白香は髪を引っ張られる痛さに顔をしかめて声をあげた。

 

「蝦蟇様じゃ――。わからんのか。が、ま、さ、ま――」

 

 蝦蟇婆の顔が小白香の顔に迫る。

 

「く、くそ婆あ――」

 

 小白香は心の底から叫んだ。

 すると蝦蟇婆が小白香の髪を掴んでいない側の手で、果実水の入っている瓶を手に取った。

 その瓶を小白香の顔に近づけてくる……。

 

「な、なにするのじゃ……?」

 

 小白香は嫌な予感がした。

 

「蝦蟇様と呼ぶ気になるまで、何倍でも水を飲んでもらうぞ。この卓のものが全部なくなっても、いくらでもわしの道術で新たに作れるからな――。ほれ、水を飲め――。鼻でな」

 

 蝦蟇婆が髪の毛で押さえつけている小白香の顔に果実水の入った瓶を当てる。

 そして、瓶を逆さにして、上を向いている小白香の鼻の穴にぴったりと瓶の口をつけて、鼻の穴に水を注ぎ込んでいく。

 

「う、うわあっ――ひっ、ひいいいっ、ひぐううっ――、ひぶひぶひぶううっ」

 

 小白香は全身で暴れたが、鼻の穴に注ぎ込まれる水から逃げることができない。

 鼻から入った水は、鼻の穴を通って口の中から飛び出してくる。

 頭につんという激しい痛みが駆け回る。

 

「ひぐうっ――や、やめっ――んんがああっ――ああっ――」

 

 小白香は口から水を吐きながら、あまりの苦痛に泣き叫んだ。

 

「まだ、蝦蟇様という気にはならんのか? じゃあ、お代わりじゃ――」

 

 ひと瓶が空になった。

 すぐに次の瓶が鼻の穴に注がれ始めた。

 小白香は涙を流して悲鳴をあげた。

 

「が、蝦蟇様――蝦蟇様――、やめ、やめてくれええ――」

 

「やめてくださいであろう――。お前は敬語というものを習っておらんのか――」

 

 二本目の瓶を空にした蝦蟇婆が三本目を手に取った。

 

「蝦蟇様、やめてください――、やめてええっ」

 

 小白香は必死で叫んだ。

 すると、蝦蟇婆がやっと小白香の手を離した。

 

「世話の焼ける娘じゃな――。まあ、よかろう――。じゃあ、手を自由にしてやるから、その場で服を脱げ。素っ裸になるのじゃ――。下着は脱げるところまであげればよい。それが終わったら、その場で自慰をせよ――」

 

 蝦蟇婆が言った。

 

「そ、そんなことができるはずない――」

 

 小白香はびっくりして叫んだ。

 

「では、耐えてみるのじゃな――。服を脱ぎ終わるまで、電撃責めを続けるからな」

 

 蝦蟇婆が『電撃棒』をまた取り出した。

 小白香の剝き出しになっている下着に先を密着させた。

 

「はぎゃああっ――」

 

 小白香は獣のような声をあげて、全身を揺すった。

 布越しとはいえ、股間への直接の一発は強烈だった。

 脳天になにかが直撃したような衝撃が走った。

 

「それっ、手が自由になったぞ。早く、脱げ、奴隷」

 

 蝦蟇婆の声とともに、両手が自由になった。

 しかし、小白亜には応じるつもりはない。

 この場で自ら素裸になるなど冗談ではない。

 

「もう一発、股間にいくか……。いや、じゃあ、今度は尻の穴にでも喰らわせるか」

 

 身体がくるりと回った。

 視界に笑いながら酒を飲んでいる金凰魔王の逆さ向きの姿が移った。

 小白香の苦しむ姿が愉しくて仕方がないという雰囲気だ。

 あまりの口惜しさに、ぐっと歯噛みする。

 

「それ、尻じゃぞ――。びっくりして、粗相をするではないぞ。わしらは、これでもまだ、食事中じゃからな」

 

 蝦蟇婆の『電撃鞭』が小白香の下着の後ろからすっと、中に入り込んだ。

 お尻の亀裂に『電撃棒』が滑り込んでくる。

 

「や、やめんか――」

 

 小白香は絶叫した。

 それと同時に、やっと首輪の霊具に刻まれている金凰魔王の霊気を逆放出できるだけの小白香の霊気が、首輪に注ぎ込むことができたのを悟った。

 霊気を込める――。

 

「うおおおっ」

 

 ありったけの叫びとともに、一気に霊気を爆発させたり

 首輪が首から弾き飛ぶのがわかった。

 眼の前の金凰魔王の顔が驚愕している。

 小白香は、なにも考えずに、全身の霊気を衝撃波として、四周に一気に放出した。

 

「うわああっ――」

「な、なんじゃ――?」

 

 眼の前の金凰魔王が飛ばされて壁に激突した。

 背後でも蝦蟇婆の呻き声とともに、なにかの身体が壁に激突する音がしたから、蝦蟇婆も壁に跳ばされたのだろう。

 小白香は、足首の足枷に道術を込めて、かかっている道術を弾き飛ばす。

 吊りあげられている身体が卓に落ちて、小白香はそのまま、卓から転げ落ちた。

 

「ゆ、許さんぞ、貴様ら――。こ、殺してやろうぞ――。伯父上、そして、蝦蟇婆、覚悟はよいな――」

 

 小白香は立ちあがりながら言った。

 金凰魔王と蝦蟇婆の両方から、奇声とともに霊気の塊りが飛んできたが、小白香は簡単にそれを防いだ。

 そして、道術を飛ばして、ふたりの身体を道術の網で拘束した。

 

「ぐわっ」

「ひいいっ」

 

 ふたりの身体を宙に浮かせる。

 そのまま、天井にそれぞれ貼り付ける。

 

「お、お前、なんという霊気だ――。ま、まさか、余の霊気を対等の状況で上回るなど――」

 

 金凰魔王が信じられないという表情で、眼を見開いている。

 

「いま頃、気がついても遅いわ、伯父上――。わらわを見くびるなと言ったであろうが――。さてと、わらわをここまで怒らせたのは、お前が初めてだぞ、蝦蟇婆――。どうしてくれようかな……。まずは、手足のない肉の塊りにでもしてやるか……。そして、股ぐらの痒みに苦しみながら、長い時間かけて死んでもらうか……」

 

「ひいっ」

 

 天井に四肢を拡げて貼り付いている蝦蟇婆が顔を蒼くして悲鳴をあげた。

 小白香は今度はその隣に貼りつかせている金凰

 

「……その次は、伯父上だ。すてきな靴を贈ってやるからな。わらわの道術でなければ、絶対に脱げない靴と貞操帯じゃ――。いま、わかったが、どうやら、わらわの道術は、金凰魔王である伯父上を上回るらしいな。だったら、伯父上も、わらわの痒み奴隷にしてやるわ――。母者と同じようにな――」

 

 小白香は、金凰魔王と蝦蟇婆を交互に睨んだ。

 ふたりは、まだ、道術で抵抗しようとしているが、それは小白香の霊気が押さえつけている。

 金凰魔王は、まったく事態が信じられないという雰囲気だ。

 蝦蟇婆の顔には、はっきりとした恐怖が滲み出ている。

 

 小白香自身も自分の力がこれほどであるというのは、初めて悟った。

 これなら、金凰魔王に勝てる……。

 小白香は確信した。

 

 そのとき、突然に部屋の戸が外側から叩かれた。

 小白香の私室側の戸だ。

 今夜は、そこには誰もいないはずだったので、小白香はびっくりしてしまった。

 

「誰じゃ――?」

 

 小白香の声がする前に、戸が開いた。

 すると部屋に雪蘭(せつらん)が入ってきた。

 服を着ていない。

 いつも履かせている赤い革の貞操帯以外は完全に素っ裸だ。

 なぜか怯えた表情をしている。

 顔色が悪い。

 蒼ざめている。

 しかも、両手を背中で組んで縄で縛られている。

 小白香は、状況が理解できずにすぐに動けなかった。

 

「お、おねえ……様……」

 

 雪蘭が小白香を見て呻き声のような声を出した。

 

「ど、どうしたのじゃ、雪蘭?」

 

 小白香は慌てて、雪蘭に駆け寄った。

 すると、雪蘭がその場にがっくりと跪いた。

 

「雪蘭?」

 

 びっくりして、雪蘭を抱き支えた。

 雪蘭を抱くと、驚くほどに身体が冷たい。

 

「どうしたのじゃ、雪蘭? どうした――?」

 

 小白香は悲鳴をあげた。

 雪蘭が痙攣のような震えを始めたのだ。

 そして、口から泡のようなものを出し始めた。

 

「金凰魔王陛下に預かった魔毒を飲ませたのよ……。だから、あなたの道術は効かないわ、小白香。複雑な術式を刻んで、ほかの誰かの『治療術』は、効かないようになっているそうよ……。雪蘭はもうすぐ死ぬわ……。それを防ぐには、金凰魔王にお願いするしかないわね。金凰魔王の『治療術』であれば、この魔毒は瞬時に解毒されるわ」

 

 たったいま雪蘭が入ってきた戸の向こうから女の声がした。



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566 卑劣な罠

「納得いかないわ――。なぜなの? なんで、お前だけ解放されるの? なんで――? ねえ、なんで?」

 

 白象(はくぞう)が大きな声をあげて、沙那に詰め寄ってきた。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 沙那は困ってしまった。

 小白香が白象を監禁している奴隷部屋だ。

 奴隷部屋といっても、拷問施設のようなものがあるわけではない。

 ほかの奴隷部屋や拷問室のように、小白香の道術でなければ出入りできないというわけではなく、ただ鍵のかかっているというだけの部屋であり、お陰で沙那も白象を世話する女奴隷も自由に出入りができる。

 

 普段は、外から鍵がかかっているのだが、前魔王の白象を監禁する態勢としては、緩すぎる施錠だろう。

 だが、白象はとりあえず、逃亡するつもりはないようであり、大人しくしている。

 

 もっとも、この部屋はそれなりに快適な作りにはなっているし、白象が不快な思いをしないための工夫もなされている。

 部屋はふたつ続きの部屋になっていて、白象が休む寝台もあるし、椅子や卓もある。台所もあれば、厠まである。

 清潔な衣類もあれば、台所には自由に飲食できる食材や飲み物もふんだんにある。

 調度品も飲食物にしても、魔王だった白象に相応しい程度の一級のものが準備されているようだ。

 白象が部屋の外に侍っている性奴隷を呼び出すための呼び鈴も設置されていて、食べ物にしろ、飲み物にしろ、衣類にしろ、なんでも要求できるし、その気になれば、その性奴隷を抱いて性欲を発散することも許可されているのだ。

 小白香としては、白象に対して、精一杯の配慮をしたというかたちだろう。

 

 死刑囚から一変して、この待遇であれば、幽閉の立場とはいえ、白象も納得できるに違いない。

 沙那も、いまのところ、ここに監禁されている白象が不平のようなことを言っているとは聞いていない。

 

 沙那がこの白象が監禁されている部屋にいるのは、小白香の命令によって白象の身を守るためだ。

 一階上の最上層では、いま、小白香と金凰魔王が相対してこれからのことについて話し合いをしているはずだ。

 それが単純な話し合いで終るのか、ふたりの対決になるのかどうかは知らない。

 ただ、対決になったとしても、ふたりの争いは、壮絶な道術合戦になるはずだ。

 

 沙那にできることはなにもない……。

 だから、小白香のことが心配だったが、小白香自身の指示に従い、沙那は白象の警護のためにこの部屋にいる。

 それに、いずれにしても、金凰魔王が白象の身柄を手に入れるためにやって来るというのは十分に可能性のあることだ。

 

 金凰魔王に白象の身柄を渡さない。

 それが沙那の役割なのだ。

 白象と金凰魔王がどういう関係なのかはわからない。

 

 それは、白象が誓わせられている道術契約の秘密事項であり、白象は、それを伝えたくても、伝えることができないようだ。

 沙那も、いろいろと誘導尋問のようなことを試してみたが、肝心な情報を訊き出すことはできなかった。

 また、小白香の操り術も遣ってみたのだが、操り術については、小白香の道術はそれほどでもなく、白象に刻まれた道術契約を破ることはできなかった。

 

 操り術といえば、朱姫を思い出す。

 どうしているだろうか……。

 最初に出遭ったとき、朱姫は、その操り術だけが飛び抜けて得意であり、ほかには限定した道術しか遣うことはできなかった。  その当時、朱姫自身は、自分のことを三流の道術遣いのようなことしか言っていなかったが、宝玄仙だけは、朱姫の道術に驚いていた。

 

 宝玄仙に言わせれば、最初に出遭った頃に朱姫が遣えた『移動術』、『使徒の術』、そして、霊気全解放の『獣人』などの術は、どれをとっても一流どころの道術であり、霊気が小さい術師が遣うのは不可能な技らしかった。

 そして宝玄仙が、朱姫について、いまは、ちゃんとした道術の遣い方を習っていないからうまくはできないが、数年後には、きっと自分の霊気と道術を制御できるだろうと予言したのを覚えている。

 

 あれから三年半の歳月がすぎた。

 朱姫は道術遣いとしての二度目の成長期に差し掛かっており、沙那から見ても、一流どころか、超一流の道術遣いになったと思う。

 しかも、現段階でも日進月歩で朱姫は成長しており、これからもどこまで朱姫が大成するのかわからない。

 あの朱姫だったら、おそらく、いまの白象に『縛心術』を施して、白象に刻まれた道術契約を破って、秘密を口にさせることができただろうか……。

 

 朱姫の道術遣いとしての才能については、宝玄仙の見る目が正しく、また、宝玄仙の施した指導もよかったのだと思う。

 ただ、宝玄仙の施した朱姫の道術遣いとしての修業は、なにからなにまで、沙那や孫空女を練習台として行われたのだ。

 つまり、朱姫は、沙那や孫空女を嗜虐する手段として道術を磨いて、力を持った道術遣いに成長したのだ。

 

 朱姫の嗜虐好きの性癖を利用して、宝玄仙が朱姫にとって最適の修行方法を選んだと言えば、聞こえはいいが、実際には、宝玄仙と朱姫が面白がって、朱姫の道術を沙那たちで試してるうちに、いつの間にか朱姫が成長していたというところだろう。

 考えていたら腹もたってきた。

 

 だが、懐かしくもある。

 いまは、その朱姫のことも、そして、宝玄仙、孫空女という仲間のことも、遠い時代の思い出のような感覚だ。

 会いたいとは思うが、小白香との関係を崩してまで、再会したいとも思わないし、あの旅の日々に戻りたいという気持ちはない。

 

 その自分の感覚が、小白香と結んだ『主従の誓い』の影響によるものだという自覚はある。

 だが、それがなんだというのだ。

 

 いま、沙那は小白香のために働くことに、心からの満足をしているし、充実もしている。

 あの超一流の道術と高い知能を持ちながら、それでいて、幼い思考とひねくれた性格をしている危うい少女を助けてあげたい。

 彼女が、この三魔王の中で高い地位を得ることを望んでいるのであれば、それを実現してあげたい。

 それが、沙那の心からの願いであり、生き甲斐なのだ。

 

 それにしても……。

 一方で沙那はふと思うことがある……。

 もしも、金凰魔王と小白香が争うことになったら……。

 

 その場合は、無論、沙那は、小白香の勝利のために、命を捧げる覚悟まであるが、そうなったとき、その金凰魔王に監禁されているという宝玄仙のことが気になるのだ。

 小白香が負ければ、そのときは、沙那は死ぬか、あるいは、半死半生の状況だろうからどうでもよいが、金凰魔王が負ければ、その魔王に監禁されている宝玄仙も解放されるのではないか。

 

 そうなれば、宝玄仙は間違いなく、沙那を取り戻すために、ここにやって来るだろう。

 沙那はもう、それを望んではいないが、あの執着の激しい宝玄仙のことだから、必ず、宝玄仙はやってくる。

 

 そして、この沙那の首輪……。

 

 これは、宝玄仙が沙那を追いかけるための追跡機能付きだ。

 一度、小白香も沙那の首輪を外そうとしたが、小白香では、とてもじゃないが太刀打ちできなかった。

 宝玄仙が首輪に刻んだ霊気が強すぎて、小白香の霊気では刻んでいる霊気を解放できなかったのだ。

 

 霊気とは、単純な強さの争いでもある。

 それを考えると、おそらく、普通の状況であれば、宝玄仙の霊気は、小白香の霊気を遥かに上回るのだろう。

 つまり、宝玄仙が助かれば、沙那を戻すために、必ずここに来る。

 

 小白香は、それを防ごうとするだろう……。

 そのとき、沙那はどうすればいいのか……。

 

 そんなことを考えていて、沙那は我に返った。

 いま考えていたのは、ただの杞憂にすぎない

 小白香と金凰魔王が争いになっているわけでもない。

 金凰魔王が破れたわけでもないし、そのときに、宝玄仙が解放されるとわかっているわけでもない。

 取りこし苦労にも程があるのではないか……。

 どうして、自分は、こうなんでも深くものを考える性分なのだろう……。

 

「訊いているの、沙那――?」

 

 白象が沙那の耳元で怒鳴った。

 沙那ははっとした。

 どうやら、沙那はしばらくのあいだ、思念に耽ってしまっていたようだ。

 

「すみません、白象殿……。聞いています……」

 

 沙那は言った。

 ふと白象を見たが、卓に面している椅子に腰かけている彼女は、かつかつと苛々したように両方の編み上げ靴を擦り合わせるような動きを続けている。

 太腿も同様だ。

 せわしなく擦り合う仕草を続けている。

 

 この白象の仕草から、白象は気の短い癇癪持ちの魔王だと思われていたらしいが、単に、小白香に施されている足と股間の痒みが苦しくて足を動かしているだけだというのは、沙那にはもうわかる。

 

 また、白象が短気な魔王と思われていたのは、よく些細なことで部下を怒って、処断したり、奴隷に落としたりするからというのもあるようだ。

 だが、それについて、白象は癇癪持ちのふりをして、実は金凰魔王が送り寄越してくる手の者を排除していたらしい。

 そのことを、沙那は、つい昨日知ることができた。

 

「なんで、あの娘は、お前をえげつない痒み責めの貞操帯から解放してくれたのよ? あの業の深い娘が、どうやったら、痒み責めから許してくれたのよ? わたしは、このいまいましい痒み責めに二年間にさせられているのよ。四六時中、痒みと疼きに襲われて、満足に眠ることもできない……」

「お、落ち着いて……」

 

「うるさい――。早く、教えるのよおお――。この貞操帯から解放されるなら、わたしはなんでもやるわ。犬になれというならなる――。豚になれというならなる。この痒みの地獄から解放してくれさえすれば――」

 

 白象は真剣だ。

 そんなことを言われても、沙那には答えようがない。

 『主従の誓い』をした直後に、股間の病に苦しめられながら小白香のために働くことは難しいから、痒みから解放してと頼んだから、小白香はあっさりと足癬を癒してくれたのだ。

 そう説明したら、白象は眉間に皺を寄せて考えるような表情になり、しばらくして、口を開いた。

 

「……『主従の誓い』がどの程度、主人側の心を改変してしまうのかというのは、実際のところ、個人差もあるからねえ……。あの娘の場合は、うまい具合に作用したのかもしれないわね。だったら、わたしも『主従の誓い』をできないものかねえ……。お前、あの娘に口添えしてくれないかい?」

 

「仮にも、魔王であり、白象の母である白象殿が、娘であり、わずか十二歳の道術的な心の縛りを受け入れるのですか?」

 

 沙那は驚いて言った。

 

「いまさら、なにが、母親なものかい……。ましてや、前魔王だというのだって、どうでもいいのよ……。どうせ、望んでなった魔王でもないしね……」

 

 白象は吐き捨てるように言った。

 

「望んでなったのではないというのはどういうことですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「金凰やわたしの父だった前金凰魔王の遺言よ……。もともと、三魔王領は、ひとりの金凰魔王の領域だったというのは承知しているわね、沙那?」

 

 およそ、三魔王領に関することは、沙那は、ありとあらゆる書物や書類を読んでいる。

 いまや、この宮廷内であれば、誰よりも、三魔王の歴史についても詳しいと自負している。

 沙那は、知っていると答えた。

 

「父はその死に当たって、このわたしに魔王領にいる多くの部族長を治めるという役割をするように命じたのよ……。ふたりの息子である金凰でも、青獅子でもなくてね……。長兄である金凰魔王には、三魔王となる三人の盟主としての地位と魔王直轄領を与え、弟の青獅子には治領ではなく強大な軍を作る権利を与えた。だけど、魔王領の実質的な支配する権利である各部族長に対する支配権は、このわたしに与えたのよ……」

 

「えっ? そうなのですか?」

 

 沙那は驚いた。

 そうだとしたら、本来の実質的な盟主は、白象だったということだ。

 金凰魔王は、名目だけの盟主ということだ。

 

「そうよ……。わたしは、あまり、権力とかいうものには興味がなかったのだけど、父の命は絶対だからね……。まあ、弟の青獅子はともかく、実質的な王権をわたしに奪われるかたちになった金凰は面白くはなかっただろうね――。なにせ、金凰は支配欲だけは強い男だったしね……。だから、あいつは……」

 

 白象はなにかを言いかけたが、それは道術契約による秘密の核心をつくものだったのだろう。

 白象の口は会話の途中で閉じられてしまった。

 沙那は、もう、あえてそれを掘りだそうという気持ちはない。

 それよりも、下手に深く追求しようとすると会話そのものがとまってしまう。

 

「前金凰魔王の遺言については、記録があったので承知はしています。ただ、詳しいことは知りませんでした。そういう経緯だったのですね……。でも、この三魔王の三人がそれぞれに支配するものは、随分と偏りがあるものだとは思いますし、非常に不自然なもののように感じてはいました。なるほど、その偏りは、前金凰魔王の意図だったのですね……」

 

「へえ……。よく勉強してるじゃないの」

 

「しかし、直接の支配ではないとはいえ、白象殿が本来与えられていた権限は巨大です。各部族長に対する支配権など、実質的な三魔王の頂点だといえます……。ただ、それにしては、この宮殿の支配する軍が貧弱すぎますね……」

 

「軍?」

 

「わたしは、この宮廷で独自の軍を建設するつもりです。もともと、潜在的な力はあるのですから、いまのように宮廷府としての権威を金凰軍や青獅子軍に委ねている態勢を脱すれば、おそらく、数年後には自然とここが三魔王軍の中心となると思います」

 

 沙那がそう言うと、白象がくすくすと笑いだした。

 

「うふふ……。こうやって、政事のあり方について、まともに話をするなんて初めてよ……。宮廷府の廷臣にも、そういう感覚の者はいなかったからね。百眼女(ひゃくがんじょ)からして、実直さは彼女の取り柄だけど、大局的な国のあり方を考えるのは、彼女の得手ではないから……」

 

「は、はあ……」

 

 沙那は頷いたが、宰相の地位にある百眼女の評価は、白象のものと一致する。

 そもそも、ここは人材に弱い。

 

「彼女のいいところは、これから軍を作るからその仕事をしなさいと命じれば、彼女はとてもよい仕事をするわ。でも、そもそも、国に強い軍が必要だと、野心的な思いを起こすのは無理なのよ――。それが百眼女の限界……」

 

「へえ……」

 

「まあ、わたしが気に入ったのも、彼女のそういう性質なんだけどね。この宮廷府には、百眼女に限らず、野心的な者はいないわ。金凰宮に支配されている現状を打破しなければならないという発想ができる者は皆無のはずよ……。だからこそ、まあ、これまで適当にやってこられることができたのだけどね」

 

「適当とは?」

 

 沙那はなにか白象の口調に含むものがあったような気がした。

 

「お前の言う通りだからよ、沙那……。この白象宮が金凰軍のような独自の軍を持てば、三魔王の権威は、数年もしないうちにひっくり返ったかもしれないわね。だけど、あえて、弱いままにしていたのよ……。苦労してね……」

 

「えっ? どういう……」

 

「そうよね。この宮廷府の治める土地は豊かだわ。土地から得られるものは、三魔王の領域内で最大よ。だったら、軍を持ってそれに見合う力を示すのが当然……。誰が考えてもそうよ。あなたが正しいわ、沙那。でも、そういう考えができない者ばかりをこの宮廷の廷臣につけているの。現状を当たり前と思っている者だけをね……」

 

「つまり、あえて、そうしていると?」

 

 沙那は少し意外だった。

 

「この三魔王の態勢は本来はいびつよ。最も力のある国であるこの白象宮が、金凰宮の奴隷にように従い、直轄領のみの独自の領域による富しかもたない金凰宮が、白象宮から得られるものを吸いあげて盟主の座にいる……。そんなのは不自然なのよ……」

 

「わかっていると?」

 

「どんなにここが富んでも、それで得たものは金凰宮に朝貢のように貢ぐ……。逆らえないように独自の軍は持たない……。それが当たり前にみんなが考えるように仕向けていたの……。このわたしがね……」

 

 白象がにやりと笑った。

 沙那は驚いてしまった。

 

「まさか……。白象殿が意図的にそうしていたとおっしゃるのですか? この領域を支配されていた白象殿が自ら……?」

 

「どうして、そんなことをしていたかと訊ねたいんでしょう、沙那……。言ったでしょう。金凰は女を支配するのよ……。女を支配することで、盟主の地位にいるのよ……。わたしもあいつに支配されているわ。つまりは、逆らえないのよ……」

 

 白象は自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「つ、つまりは、白象殿は、金凰魔王に支配され、わざとこの国が富まないように政事を行っていたということですか?」

 

「そういうことになるかもしれないわね。金凰魔王は、そのために……」

 

 しかし、白象の続く言葉は出てこなかった。

 白象は首を竦めた。

 やはり、それは、真言の契いによる守秘事項であるに違いない。

 

「……実際のところ、父の意図は、長兄の金凰には、盟主のような名誉のみを与えて、このわたしを実質的な後継者にすることだったのよ……。金凰自身は、持っていた霊気に比して、自尊心だけが肥大で、部族長を支配するというような難しい役割は向かないと父は考えていたようね……」

 

「だ、だったら……」

 

「わたしは、三人の中では一番霊気が弱かった……。だからこそ、物事にはなんでも慎重に取り組み、深謀遠慮に人に対することを覚えた。そういうわたしを父は、後継者に相応しいと考えたのでしょうね……」

 

 白象は言った。

 

「で、でも、だったら……。だったら、どうして、そうならなかったのですか?」

 

「何度も言っているでしょう。あの男は女を支配するのよ。それがあいつの能力……。女は支配を受け入れる代わりに強力な力を得る……。だけど、逆に言えば、金凰のできることは、それくらいなのよ……。そういえば、あいつは、最近は、魔域に進出して魔域の王になることを夢みているらしいわね……。あなたの女主人を捕らえたのも、その足掛かりにしようということよ……。まあ、自尊心の大きいあいつの考えそうなことだけど、わたしに言わせれば、身の程知らずよ――」

 

「身の程知らず……ですか?」

 

「あいつくらいの霊気だったら、それを超える亜人の王は、魔域にはいくらでもいる。女を支配するしかの能のない金凰が魔域を支配できるわけないわ……。まあ、あいつが、無謀な野心で魔域で野垂れ死のうが、わたしは、もう、どうでもいいけどね……」

 

 白象が鼻で笑う仕草をした。

 沙那はとりあえず、話を促すと、また語り出す。

 

「ああ、考えてみると、その性格って、小白香も似ているわね……。自尊心が大きくて野心的――。道術で縛りつけて人を支配したがる……。そう思うと、よくも、あなたは、小白香に気に入られることができたわねえ……」

 

「えっ?」

 

 沙那はたじろいで声を出した。

 またもや、鋭い視線で白象が沙那を睨んだのだ。

 

「最初の話に戻るけど、一体全体、お前は、どうやって小白香に取り入ったのよ――? あのひねくれ者のお気に入りになれたの? しかも、たった数日で……。ねえ、どういう物言いをしたら、あのひねくれ娘が、足癬の病から解放してくれたのよ?」

 

 また、話が戻った。沙那は苦笑した。

 

「さあ……。わたしは、ただ受け入れてもらっただけですから……」

 

 沙那はそれだけを言った。

 

「まあいいわ……。ところで、今日の訊問は随分とゆっくりしているわね。昨日や一昨日は、あなたも忙しそうで、わたしにかまけているのも時間が惜しそうな感じだったけど……」

 

 白象が言った。

 こうやって、沙那と白象が会話をするのは、この数日の決まった行動だ。

 沙那は、なんとか、白象が口にしたくてできなかった金凰魔王の秘密を暴きたくて、連日、時間を割いて、白象への訊問を続けていたのだ。

 だが、このところ、政務にもいそしむようになってきた沙那には、確かに、白象にそれほど長く関わることはできないでいたのだ。

 

「今日のわたしの役割は白象殿の護衛です。小白香様からわたしはそれを命じられているのです。従って、金凰魔王が離宮を去るまで、わたしはここにいます」

 

 沙那は答えた。

 金凰魔王の来訪を白象に告げていいかは迷ったが、沙那としては、秘密にする必要性を感じなかったので思い切って白象に教えることにした。

 

「金凰魔王の来訪――? それは、どういうこと?」

 

 すると、白象は顔色を変えるくらいに驚愕した。

 

 

 *

 

 

「金凰魔王陛下に預かった魔毒を飲ませたのよ……。だから、あなたの道術は効かないわ、小白香。複雑な術式を刻んで、ほかの誰かの『治療術』は、効かないようになっているそうよ……。雪蘭はもうすぐ死ぬわ……。それを防ぐには、金凰魔王にお願いするしかないわね。金凰魔王の『治療術』であれば、この魔毒は瞬時に解毒されるわ」

 

 扉の向こうから喋ったのは、小愛(しょうあい)だった。

 

「お、お前がやったのか、小愛――。どういうことじゃ――? い、いや、そんなことはどうでもよい――。とにかく、雪蘭を戻すのじゃ――」

 

 小白香は、どんどん呼吸が静かになっていく雪蘭を抱きながら絶叫した。

 いまや、小白香はありったけの霊気を注いで、雪蘭の命を繋ぎとめようとしていた。

 小愛の言うとおり、雪蘭が強い毒を飲まされて、死に瀕しているというのは確かだ。

 

「治せといっておるであろうが、小愛――。殺されたいか――」

 

 小白香は、扉のところに立っていた小愛を道術で縛りつけた。

 直立不動の姿勢になった小愛を霊気で横倒しにして手元に引き寄せる。

 

「速く、雪蘭を助けよ――。助けるのじゃ――」

 

 そして、眼の前にやってきた小愛の首をぐいぐいと道術で締めつけた。

 

「ひいっ――。む、無駄よ。あたしには、もうなにもできないわ……。き、金凰魔王陛下でないと――ぐ、ぐうっ……く、苦しい……」

 

 小愛が真っ赤な顔になって苦しみ出す。

 しかし、抱いている雪蘭の呼吸がだんだんと不規則になり、ほとんど息をしなくなった。

 小白香はなんとか『治療術』を試みて、その雪蘭の毒を取り除こうとした。

 だが、小愛の言う通り、雪蘭が飲んだ毒は余程に複雑な術式が刻まれているらしく、小白香の全力の霊気を遣っても、死に向かおうとしている雪蘭の生命を留めることができない。

 

 床でどんという音がした。

 小白香がすべての霊気を雪蘭に注ぎ出したので、天井に拘束した金凰魔王と蝦蟇婆の身体の縛りが解けて、ふたりが床に落下したのだ。

 横に拘束した小愛も起きあがる気配がした。

 小白香は、いずれも無視した。

 

「やれやれ、危ないところだったな……。まさか、余がこれほどの不覚を取るとはな」

 

 金凰魔王の苦笑する声がした。

 

「まったくじゃ……。ほんに金凰魔王の血を受けておるだけはあるわ。胆が冷えたぞ」

 

 蝦蟇婆だ。

 金凰魔王と蝦蟇婆、そして、小愛が小白香と雪蘭の周りを囲むのがわかった。

 

「き、金凰魔王、た、頼む――。雪蘭を救ってくれ。死なせないでくれ――」

 

 小白香は雪蘭を抱いたまま、金凰魔王に必死の顔を向けた。

 

「ほれっ」

 

 金凰魔王が笑いながら雪蘭の身体に霊気を注ぎ込むのがわかった。

 ほとんど止まっていた雪蘭の呼吸が少しだけ回復した。

 しかし、相変わらず、雪蘭の意識はないし身体は冷たい。

 

「とりあえず、死の淵に留めておく分だけの回復はさせた。だが放っておけば、この童女が死ぬことには変わりない……。その童女は雪蘭だったな。お前がその童女に執着しているのは、小愛からの報告でよく知っておった。余が解毒を施さねば死ぬぞ」

 

 金凰魔王が小白香を見下ろしながら言った。

 

「な、ならば、助けてくれ――。な、なんでもする。なんでもするから――。このとおりじゃ――。降参する。わらわは、金凰魔王に従う――。だから、雪蘭を奪わないでくれ」

 

 小白香が雪蘭を抱いたまま、頭をさげた。

 

「まだ、頭が高いな……。余に物を頼むのに、お前の頭が余の足よりも上にあるのはおかしなことだ」

 

 金凰魔王が言った。

 小白香はなにを言われたのかわからなかった。

 

「土下座をしろとおっしゃているのですよ、小白香」

 

 小愛が言った。

 

「……お、お前、裏切ったのじゃな……。なぜじゃ――。なぜ、こんなことをしたのじゃ――?」

 

 小白香が蝦蟇婆と金凰魔王の後ろに隠れている感じの小愛に怒鳴った。

 

「あらっ、あたしは、誰も裏切ったりはしていませんよ。もともと、この宮廷に潜入を命じられた金凰魔王様の部下ですから」

 

 小愛がくすくすと笑った。

 小白香は愕然とした。

 まさか、小愛が金凰魔王の息のかかった者ということは夢にも思わなかった。

 そうとわかっていれば、雪蘭付きの性奴隷などにはしない。

 

「て、手の者ということか……。は、母者は――母者は、それを知っておったのか?」

 

「さあ? もしかしたら、白象様も薄々感づいておられたかもしれません。なにせ、女官として宮廷府にやってきたわたしを宮廷府には入れずに、いきなり性奴隷にして、離宮に監禁したのですから……。白象様は、なかなかにわたしたちのような生業の者にとっては、手ごわい相手でした……。それに比べれば、小白香様は、まずは人を疑うということを覚えねばなりませんね」

 

「そ、そなただけは許さぬぞ――。覚えておれよ――」

 

 小白香は小愛を睨んだ。

 この場で道術で縊り殺そうという発作が起きたが、辛うじてそれは自重した。

 

「わたしなどのことよりも、金凰魔王様にお願いすべきなのではないですか、小白香様――。雪蘭が死んでしまいますよ。わたしだって、こんな可愛い女の子を死なせたくはないのです。どうか、土下座をして魔王様に命乞いをしてください」

 

 小愛が言った。

 小白香は歯噛みした。

 だが、小白香は決心した。雪蘭をそっと横たえた。

 そして、金凰魔王の足元に深々と頭を下げて、床に額を擦りつけた。

 

「こ、この通りじゃ……。雪蘭を助けてくれ。お願いじゃ――」

 

 小白香は額を床につけたまま言った。

 

「この童女が、お前の弱点だというのは本当のようだな……。よい仕事をしたぞ、小愛。事が終われば、余とともに、金凰宮に帰還せよ。しかるべき褒賞と地位を準備しよう」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

 小愛の嬉しそうな声が聞こえた。

 そして、どんと小白香の頭に金凰魔王の足が乗った。

 顔面が床に押しつけられる。

 

「さっきは、小娘だと思って油断したのがいかんかったな。さて、小白香……、余に逆らった罪は重いぞ。まずは、身体の霊気を全解放せよ。なにもかも身体の外に出すのだ……。そのうえで、さっきの『道術封じの首輪』を付け直してやろう」

 

「くっ」

 

 小白香は呻いた。金凰魔王が力の限り小白香の顔を踏んでくるのだ。

 一方で、金凰魔王の指示に従えば、今度こそ、霊気で抵抗する手段は失われると思った。

 さっきは、霊気が残る状態で『道術封じの首輪』を付けられたので反撃できたのだ。

 しかし、霊気を放出した状態で『道術封じの首輪』を装着されたら、霊気が溜まる望みはなく、一切の反撃の手段はなくなると思う。

 しかし、小白香に選択肢はない。

 小白香は霊気をすべて放出した。

 

「やれやれ、折角の霊具が真っ二つじゃ。大した娘よのう」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 小白香は顔を踏まれているので、よくわからないが、どうやら、さっき、小白香が道術で壊した『道術封じの首輪』の破片を拾って、金凰魔王に渡したようだ。

 

「今度は、もっと複雑で強力な霊気を注ぎ込んでやろう……。絶対に、解除できんようにな」

 

 金凰魔王が言った。

 やや時間があり、金凰魔王の足が頭からやっと除けられた。

 その直後、上から首に首輪を嵌められたのがわかった。

 

「わ、わらわは、その首輪を受け入れたのだ……。もう、雪蘭を助けてくれ――。お願いじゃ。もう、雪蘭は関係ないじゃろう」

 

 小白香は顔をあげて言った。

 ふと横を見る。

 雪蘭はまだ虫の息だ。

 また、死にかけている気がする。

 

「ならば、裸になれ。それがさっきの命令だったろう。この場で服を脱げ、小白香」

 

 金凰魔王が言った。

 

「なっ」

 

 小白香は絶句した。



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567 余地のない選択

「金凰魔王の来訪――? それは、どういうこと?」

 

 すると、白象が顔色を変えるくらいに驚愕した。

 沙那は、金凰魔王が忍びで離宮にやってくることになった顛末を説明した。

 そして、今まさに、小白香と金凰魔王が会談をしているという事実を……。

 

「な、なんですって? 小白香がひとりで金凰と――? それは危険だわ。あいつは、なにがなんでも小白香を支配しようとするはずよ……。どんな手を使ってもね。沙那、いい、金凰魔王は……」

 

 白象が血相を変えた様子で沙那に詰め寄ってきたが、またしても、白象の口が閉じて言葉がとまった。

 彼女が苛ついた様子を見せる。

 

「ああ、なんて焦れったいの――。伝えたいことが伝えられないんて――」

 

 そして、白象は、懸命に言葉を選ぼうとしているかのように、なにかを考え出した。

 やがて、再び、口を開いた。

 

「……小白香は、金凰魔王に犯されないように気をつけるべきね……」

 

 やっとのこと白象が口にした言葉がそれだった。

 しかし、沙那には、それでなんとなく、白象が言いたいことが理解できた気がした……。

 ずっとわからなかったことが氷解したのだ。

 

「金凰魔王は、女を犯すことで、その女を支配するのですね……。だから、金凰魔王は、小白香を犯そうとする……。もしかしたら、金凰魔王の放つ精がなんらかの道術を帯びているとか……?」

 

 すると途端に白象の表情が複雑な顔になった。

 沙那は、自分の質問が確信をついたことを知った。

 白象は、道術契約の縛りで隠されている事実を他人に教えることができない。

 しかし、白象自身は、それを沙那に伝えようとしている。

 その葛藤が白象の顔をあんな複雑な表情にするのだ

 

「わ、わかりました……。と、とにかく、わたしはいきます。ご主人様は……いえ、小白香様は、金凰魔王と話し合いをするつもりでした……。自分の霊気を示して、魔王として相応しい力量があることを示せば、金凰魔王も最終的には、小白香様をこの領域の新魔王に認めるだろうとも言っていました……。でも、金凰魔王にそのつもりがなく、ここにやってきた目的が小白香様を犯すことであるなら……」

 

 沙那は立ちあがった。

 

「ま、待つのよ――。待ちなさい――。まずは、わたしを隠して――。金凰魔王は小白香を……。つまりは、彼の目的のために、わたしの身柄を確保しようとするわ――。ここに来るのよ……。」

 

 しかし、白象が沙那をとめる。

 部屋を出ていきかけていた沙那は振り返った。

 

「小白香を……する……前に……。金凰魔王が小白香を支配するための行為をするためにはわたしの力が……必要……。このわたしが呪いを……解除するしかないはず……。あいつはここに来るわ。このわたしを支配して小白香にかかっている霊気の護りを取り払わせることを強要するために――あああっ、焦れったい――」

 

 白象が地団駄を踏む。

 どうやら、大切ななにかを沙那に伝えたいみたいだ。

 

「白象様?」

 

「……だ、だけど、二年前に、金凰魔王に対抗できたわたしの力は、もうほとんどなくなっている――。さあ、沙那、わたしを隠すのよ――。小白香を守るために――。わたしの身柄が金凰に渡されなければ、小白香は守られるわ――。だけど、金凰に会ってしまうと、おそらくいまのわたしの霊気では、金凰の言いなりになってしまう。わたしは操られてしまうわ。すぐに、わたしを隠しなさい――」

 

 白象は言った。

 その言葉は、ところどころ中断してしまい、白象は懸命に言葉を選びながら、沙那に説明した。

 だが、沙那は十分に理解した。

 

 白象は、小白香になんらかの霊気の護りを施しているに違いない。

 そして、それを破られなければ、小白香の貞操は守られるが、白象は金凰魔王に強要されれば、その小白香の霊気の護りを解除するしかないということだろう。

 しかし、沙那は当惑した。

 小白香のことが、いますぐに駆けつけたいほどに気になるのだ。

 

「迷ってないで、わたしに従いなさい。わたしがここに監禁されているのは、この離宮の誰もが知っているわ――。昨日、あなたにも言ったけど、この離宮には、わたしが金凰魔王の手の者ではないかと疑っている者も何人かいるわ。いずれにしても、金凰魔王は、性奴隷たちを拷問してでも、わたしの居場所を白状させるわ。とにかく、わたしを隠して――」

 

「で、でも……」

 

 白象を護れというのは、確かに小白香の命令だが、ここから出してよいという許可は受けていないのだ。

 そんなことをすれば、小白香の気性から、流石の沙那でもただではすまないだろう……。

 

「わたしのことを信じなさい、沙那――。小白香がひとりで自分の身を守れるならそれでいい。でも、彼女がもしも金凰魔王に不覚をとるようなら、わたしを隠すことが、小白香を護ることになるのよ」

 

 白象が沙那に詰め寄った。 

 

 

 *

 

 

「聞こえんのか? まずは、この場で服を脱げ、小白香」

 

 金凰魔王がさらに言った。

 

「なっ」

 

 小白香は絶句した。

 そんなこと死んでも嫌だった。

 だが、雪蘭(せつらん)が……。

 小白香は、どうしていいかわからずに、途方にくれた。

 

「ひがあああっ」

 

 突然、全身に軽い激痛が走った。

 一瞬、全身が脱力して、身体が崩れそうになった。

 蝦蟇婆(がまばあ)が『電撃棒』を小白香の身体に押しつけて、電撃を浴びせたのだ。

 

「な、なにをするのじゃ――?」

 

「服を脱げと命じられたのであろうが――。だったら、脱がんか。躾に従いたくなるように、電撃を浴びせ続けてやるぞ――。これでも、電撃の強さは最弱じゃ。『電撃棒』を受けながら服も脱げるであろうが?」

 

「ひぎいいい」

 

 そして、また、『電撃棒』による電撃を浴びせられる。

 最弱とはいうが、あまりの衝撃に小白香は、電撃とともに気力まで削がれたようになった。

 

「脱ぐ――。脱ぐから、それはやめてくれ、蝦蟇婆――。い、いや、蝦蟇様――」

 

「全部脱いだら、やめてやるわ――。そらっ、もう一発じゃ」

 

 面白がったような様子の蝦蟇婆が小白香の腕に棒押しつけて、電撃を加える。

 

「ひがあああっ」

 

「小愛、蝦蟇婆をお前も手伝ってやれ」

 

 金凰魔王が愉快そうに、道術でどこからか取り寄せた『電撃棒』を小愛に渡すのが見えた。

 

「なら、わたしもお手伝いしますね」

 

 背後に回った小愛が、小白香の背中に『電撃棒』を浴びせた。

 同時に、前側から蝦蟇婆も電撃を加えてきたところだった。

 

「ほごおおおっ」

 

 小白香は、身体の前後から与えられた電撃の衝撃に、まるで頭を殴られたようになり、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「や、やめてくれ――。い、いま、脱ぐ――」

 

 小白香は悲鳴をあげた。

 そして、また、立ちあがって、身に着けている服の首の後ろの留め金に手をかけた。

 そして、腰を縛っている紐を解いていく。

 下袍と繋がった衣装がすとんと足元に落ちる。

 外服の下の内着姿になる。

 

「もたもたするでないわ。遅いぞ、新魔王殿」

 

「早く脱いでください。雪蘭が死にますよ」

 

 服を脱ぐ手を邪魔するように、蝦蟇婆と小愛が交互に『電撃棒』を前後から浴びせかかる。

 

「あがあああっ、やめえええっ、ふぎいいいい」

 

 電撃を浴びるたびに、全身が衝撃で脱力して動きが止まってしまう。

 すると、そこをまた電撃を加えられるということが続いている。

 それでも、一枚一枚と小白香の着ているものは、床に落ちていく。

 やっと上下の下着姿だけになる。

 

「早く、素っ裸にならんか」

 

 電撃がまた浴びせられる。

 小白香は悲鳴を噛み殺しながら、なんとか胸当てを脱いだ。

 

「貧弱な乳房だねえ。霊気は大人並みでも、身体はまだ年齢相応ということかい」

 

 上半身が素裸になると、胸に向かって蝦蟇婆の電撃棒が伸びてきた。

 小白香は股布の脇に手をかけたまま、慌てて、それを避けた。

 

「ふぐうっ――」

 

 しかし、背中に小愛の持つ棒鞭が押しつけられた。

 足がぐらりと砕けて、小白香は、懸命に身体を支えなければならなかった。

 小白香は、下着を足首から抜き取った。

 

「余の奴隷に相応しい身体にしてやろう。身体に媚薬混じりの血が流れる奴隷紋を刻んでやろう。全身の感度もあげりきって、これからは男なしで生きられん淫乱娘のできあがりだ……」

 

 金凰魔王はそう言って、小白香の身体に霊気を注ぎ込んだ。

 全身が熱くなり、おかしな疼きに襲われだした。

 ふと見ると、うっすらとだが全身におかしな紋様が浮かんできた。

 

「な、なにをしたのじゃ? こ、これは……。ひいいいっ――。ね、なんじゃこれええ」

 

 小白香は、これまでに感じたことのない全身の火照りに狼狽した。

 手で恥部を隠しながら、どんどんと汗が噴き出してくる身体をくねらせた。

 

 胸の先が疼く……。

 

 股間が焼ける……。

 

 なんだこれは……?

 

「これから余がお前を犯すが、痛みだけでは気の毒だからな。せめてもの情けに破瓜を受け入れやすい身体にしてやったのだ、小白香――。四六時中、性の疼きがとまらないようにしてやった。全身の感度も三十倍ほどだ。これからは、その身体で日常をすごせ」

 

 金凰魔王が笑った。

 

「は、破瓜だと――? わ、わらわを犯すつもりか? わらわはまだ十二だぞ。そ、それに、伯父上は、わらわの父であろう――?」

 

 小白香は怒鳴った。

 

「おうおう、可愛いのう……。狼狽しておるわ。大人も顔負けの道術を持って、母親を性奴隷にするほどの娘だが、やはり、犯されるのは怖いのか?」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 小白香はかっとなって、怒鳴りかけた。

 そのとき、突然に両手につけたままだった手首の輪が身体の前で密着した。

 しかも、上方に向かってあがりだす。

 

「い、痛い――。な、なにをするのだ……?」

 

 両手が見えない鎖に引きあげられるように天井にあがり出す。

 そして、小白香の両足の先がほんの少し宙に浮いたところでとまった。

 両腕と手首に身体の重さが加わり、それが小白香に痛みを与える。

 

「心配するな、小白香……。余も鬼ではない。お前が、余に犯してくれとお願いせん限りは犯すつもりはない」

 

 金凰魔王が言った。

 

「まあ、すぐにそう口にすると思うがのう?」

 

 蝦蟇婆がすっと『電撃棒』を無防備な小白香の裸身に伸ばす。

 

「ひっ」

 

 冷たい『電撃棒』の先が身体を舐めだした。

 小白香は電撃の恐怖で竦みあがった。

 

「ほれっ、怖いか――。怖ければ、怖いと言わんか……。どこに電撃を与えて欲しい? その貧弱な胸にするか?」

 

 棒の先が乳首を擦る。

 するとおかしな疼きが全身を走り回る。

 小白香は身体をくねらせて、その棒を避けようとした。

 だが、宙吊りにされた身体は自由にはならず、蝦蟇婆のいたぶりから逃れることはできなかった。

 それよりも、身体を動かすことで、手首に負担がかかり、激痛が走る。

 

「それとも、ここか? しかし、十二にしては、結構、毛が生えておるのう。大人並みとは言わんが、すっかりと恥部を毛が覆っておるのではないか」

 

 今度は蝦蟇婆の棒鞭は、小白香の身体をさがっていき、股間の恥毛の部分を弄りだした。

 しかも、敏感な豆の部分を棒先で突くように動かす。

 小白香は、電撃の恐怖と無遠慮に恥部を触られる屈辱と、そして、襲いかかる官能の疼きに声をあげてしまった。

 

「……そ、それよりも、雪蘭を助けてくれ――。わ、わらわは命令を受け入れたのじゃ。雪蘭を助けてくれ――。後生じゃ」

 

 小白香は叫んだ。

 まだ、雪蘭は忘れられたように床に放置されてるのだ。

 消えそうな頼りのない呼吸は相変わらずだ。

 

「よかろう。この童女の苦しみを除いてやる……。だが、完全には毒は抜かん。余の道術ひとつで、あっという間に毒が全身に暴発するようにしておく。お前が少しでも逆らうと、この童女を殺す。覚えておけ」

 

 金凰魔王は言った。

 そして、雪蘭に霊気を注ぎ込んだのがわかった。

 雪蘭の身体に赤みが戻り、強い呼吸も始まった。

 

「雪蘭――、雪蘭―、大丈夫か?」

 

 小白香は身じろぎを始めた雪蘭に叫んだ。

 

「あ……はあ……ああ……」

 

 縄で両手で背中に縛られたままの雪蘭が呻き声のようなものを発し出した。

 意識が戻ったのだ……。

 小白香の全身に心からの安堵が拡がる。

 

「起きんか――」

 

 すると蝦蟇婆が、いきなり雪蘭の身体に『電撃棒』を押しつけた。

 

「や、やめえっ」

 

 小白香は絶叫した。

「ひぎいいいっ――」

 

 けたたましい悲鳴が部屋に響き渡った。

 雪蘭が全身を仰け反らせ、次いで身体を跳ねあげる。

 雪蘭が眼を開けた。

 

「は、はい――もうしわけ……? お、おねえ様――? な、なんで? ど、どうして――?」

 

 雪蘭が宙吊りになっている小白香を認めて、驚愕に眼を見開いた。

 

「しょ、小愛様、これはなんですか? お、お姉様はどうして……? きゃああ――」

 

 雪蘭はまずは小愛を見て声をあげ、次いで、金凰魔王と蝦蟇婆を見て恐怖の悲鳴をあげた。

 

「お前の大事なお姉様は、金凰魔王様の奴隷になることになったのじゃ……。お前を助けるためにな……。わかるか、娘?」

 

 蝦蟇婆が雪蘭に近づいて、まずは縛られている雪蘭の上半身を起こした。

 そして、語りかけ始めた。

 雪蘭がすぐには事態が理解できずにきょとんとしていたようだが、蝦蟇婆、小白香、金凰魔王、そして、小愛を何度も見て、激しく首を縦に振った。

 

「た、たすけてください……。おねえ様をたすけて……。ひどいことしないで……」

 

 雪蘭が眼の前の蝦蟇婆ではなく、金凰魔王に向かって声をあげた。

 雪蘭は聡い。

 この状況を眺めていて、概ねの状況を理解するとともに、金凰魔王がこの場の支配権を握っていることを悟ったのだろう。

 

「小白香を助けたいか、雪蘭?」

 

 すると金凰魔王がにやりと笑った。

 

「は、はい……」

 

「ならば、お前が余に犯されよ……。お前の幼い股ぐらでは、おそらく、余の一物を受け入れれば、裂けて壊れるであろうな。だが、そうすれば、小白香の身は救ってやろう……」

 

「えっ?」

 

 雪蘭の両目が大きく開いた。

 顔には明らかな恐怖の色がある。

 

「さもなければ、余は、小白香を殺すかもしれんぞ。なにせ、こいつは、余に逆らっただけではなく、余の妹の白象を殺そうとした性悪娘だからな――。余は、余の責任において、この小白香を処刑するつもりだ」

 

 金凰魔王がうそぶいた。

 さらに、雪蘭が身につけている赤い貞操帯を手をかざした。

 本来であれば小白香の強い霊気で封印しているものだが、いまは首に装着された霊具で小白香の道術が遮断されているからだろう。いとも簡単に貞操帯が外れて、雪蘭の幼い胯間があらわになる。

 

「ふ、ふざけるな、伯父上――。雪蘭に手を出すのではないわ――。わらわを殺すなら殺せ――。雪蘭には手を出すな」

 

 小白香は喚いた。

 

「お前は静かにしておれ」

 

 蝦蟇婆が小白香の内腿に『電撃棒』を当てて、電撃を浴びせた。

 

「ぐあああっ」

 

 小白香は見えない鎖によって宙吊りにされた身体をのたうたせた。

 

「ああ、おねえ様――。や、やめてください。おかされます……。雪蘭はおかされますから――」

 

 雪蘭が声をあげた。

 

「そうか、犯されるか――。ならば、待ってやるから、ほとを濡らせ。そのままじゃあ、つらいぞ。だが、少ししたら容赦なく、お前のそこに余の一物を突き挿すからな。さあ、濡らせ」

 

 金凰魔王が言った。

 

「ぬ、ぬらす?」

 

 雪蘭が当惑した表情をした。

 いきなり股間を濡らせと言われても、雪蘭にはなにをしてよいかわからないだろう。

 それに雪蘭は腕を縛られている。

 雪蘭には、自分の手で股間を慰めることもできないのだ。

 

「なにもせんでいいのか? じゃあ、仕方がないな……。余の一物を突き挿すか。かなり痛いだろうが、死ぬわけではないから心配するな」

 

 金凰魔王が下袴の前からいきなり怒張を出した。

 

「ひいっ」

 

 金凰魔王の男根を眼の前に差し出された雪蘭は、引きつった悲鳴をあげた。

 

「や、やめよ――。せ、雪蘭には手を出さんでくれ。わらわを犯せばよいであろう。わらわを犯せ」

 

 小白香は絶叫した。

 すると金凰魔王が男根を出したまま振り返った。

 

「ほう、小白香……。これは驚いた。余は、お前が自分を犯してと言わぬ限り、犯さぬつもりだったが、もう、余に犯してくれと頼むのか?」

 

 そして、金凰魔王は堪えきれなくなったように噴き出した。

 小白香は口惜しさに歯噛みした。

 

「くっ――。そ、その代わり誓え――。誓うのじゃ――。雪蘭には手を出すな。わらわと道術契約をせよ――。雪蘭に手を出さんと誓え――。そうすれば、わらわは伯父上に犯される」

 

 小白香は言った。

 

「断る――。余はお前とはなにも誓わぬわ。お前はなにも要求できる立場ではないというのがまだわからんのか? 余は雪蘭を犯した後で、お前を犯すこともできる。お前の頼みで雪蘭に手を出さんのは、余の気紛れだ――。お前が縋れるのは、余の気儘だけだ――」

 

「くうう……」

 

 小白香は歯噛みした。

 

「さて、改めて問うが、どうするのだ? お前が犯されるのか? そうすれば、雪蘭は手を出さんかもしれんぞ……。無論、余の気が変わって犯すかもしれんがな……」

 

 金凰魔王が笑った。

 小白香は口惜しさに自分の眼から涙が注ぎ落ちるのを感じた。

 

「た、頼む……。雪蘭だけは……。雪蘭だけには手を出さんでくれ……。わらわの大切な妹なのじゃ……。慈悲をかけてくれ。わらわのたっての願いじゃ。わらわなど、いくら犯してもよいから……」

 

 小白香は泣きながら言った。

 

「お、おねえ様……。い、いやです。雪蘭がたえます。雪蘭のかわりになんかならないください」

 

 雪蘭が叫んだ。

 

「やれやれ、折角の小白香の決心なのじゃ。水を差すようなことを言うでないわ」

 

 蝦蟇婆が雪蘭に近づいて、どこからか持ちだした小さな布を雪蘭の口に詰め込み、さらに別の大き目の布で口を割って猿ぐつわをした。

 そして、雪蘭の縛られている背中の縄に、小白香が手首にされている輪と同じものを装着した。

 すると雪蘭の身体が浮きあがり、背中の縄で宙吊りになった。

 

「小白香が逆らったら、いつでもお前を犯せるように、この蝦蟇婆の特別な塗り薬を身体に塗ってやるぞ。年端のいかぬお前でも、身体の疼きにのたうちまわるであろうよ」

 

 蝦蟇婆が卓の下に置いていた自分の荷から小さな小瓶を取り出し、それを雪蘭の身体に塗りだした。

 

「やめよ。雪蘭にはなにもするな――」

 

 小白香は絶叫した。

 全身をまさぐられる気味の悪さであろうか。

 雪蘭が猿ぐつわの下で声をあげている。

 

「さて、小白香を犯す前に、この小娘を味見するとしよう。どんな風に毀れのか愉しみだ」

 

 小白香は、金凰魔王の言葉に驚愕した。

 

「だ、抱く前とはなんじゃ――? 伯父上が犯すのは、わらわだ。いいから、わらわを好きなだけ犯せばよいであろう」

 

 すると、また金凰魔王が振り向いた。

 

「ならば、お前を犯す前にしてもらうことがある……。白象をここに呼べ。雪蘭の代わりは白象だ。白象をここに呼べば、雪蘭にはなにもせん。それこそ、誓ってやる」

 

 金凰魔王は言った。

 

「……母者は一層下の部屋におる。居場所は小愛も知っておる。勝手に連れ出すがいい」

 

 選択の余地などない。

 小白香は躊躇なく言った。



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568 母の護り

「母者は勝手に連れ出すがよい。その代わり、雪蘭(せつらん)には手を出さないでくれ」

 

 小白香は、両腕を吊りあげられた体勢で言った。

 

「いいだろう。ならば、道術でお前の声を送ってやるから、部下に白象を引き渡すようにここから命じよ……。ここにも、数は少ないが、離宮付きの女兵がおるであろう。その者たちに、白象を連れてくるように命じるのだ」

 

 金凰魔王は、小白香の目の前に薄透明の泡玉を出した。

 『飛び声』という道術であり、これで遠くにある部下などに、小白香の声を届けることができる。

 小白香は『飛び声』に声を入れようとして躊躇(ためら)った。

 

 しかし、こうやって強制されるままになっているだけでは、雪蘭を護れない……。

 雪蘭を護るためにはどうしたらいいのか?

 小白香は顔を少し離れた場所で吊られている雪蘭に向けた。

 

「んんっ、んんっ……」

 

 雪蘭は蝦蟇婆(がまばあ)によって全身に媚薬を塗られて悶え泣いている。 そして、細い腿を懸命に擦り合わせて疼きに耐えるような仕草を続けている。

 

「雪蘭は終わったわい……。しばらくはああやって、声を鳴らせておくかのう……。童女の悶え声というのも、まるで音色のよい鈴のようじゃ。風情があっていいのう……」

 

 蝦蟇婆がこっちにやって来た。

 

「母者を渡す前に、道術契約を結べ。雪蘭に手を出さんでくれ。その代わり、母者はくれてやる」

 

「まだ、わからんのか、小白香? お前にはなんの取り引きの材料もないのだ。余はその気になれば、お前がいなくても白象を連れてこれるし、お前を犯して、その童女も犯せる。すべては余の気儘だ」

 

 金凰魔王は笑い声をあげた。

 

「だ、だったら、もうなにもせん。事が終われば、雪蘭を殺してわらわも死ぬ。雪蘭を守れる保証がなければ、母者を連れ出すために苦労すればよいのじゃ。わらわの命でなければ、離宮の者は動かん――。雪蘭、覚悟してくれ。わらわも追うから一緒に死んでくれるな? なあ、雪蘭?」

 

 小白香は吊られている雪蘭に言った。

 雪蘭は全身に身体を淫情させる媚薬を塗られて、全身を汗だくにして悶えていた。

 だが、小白香の言葉に泣いている顔を激しく上下させる。

 なんとしても、雪蘭には手を出さぬと誓わせるのだ。

 考えていたのはそれだけだ。

 

 雪蘭さえ護れればなにもいらない。

 もう、魔王の地位もどうでもよい。

 とにかく、雪蘭だけは……。

 

「よいのではないですかのう。誓ってやれば」

 

 口を挟んだのは蝦蟇婆だ。

 小白香は顔を蝦蟇婆に向けた。

 

「蝦蟇婆、なにを言うか……」

 

 金凰魔王が困惑した視線を蝦蟇婆に向けた。

 

「この小娘と誓えばよいと思いますぞ、金凰陛下――。ただし、小白香が雪蘭を犯してよいと口にすれば、契約は無効になるという条件をつけてのう」

 

 すると、蝦蟇婆の言葉に金凰魔王が手を叩いて喜んだ。

 

「なるほど、つまりは、小白香が屈伏すれば、この童女を犯すということか。確かにそれは、小白香の心が潰れたよい目安になるな。こいつが心を折って雪蘭を引き渡すことになれば、余の精の力を受け入れることになるということか」

 

 金凰魔王は笑い続けている。

 精の力というのが、なんのことなのか、小白香にはよく理解できなかった。

 とにかく、屈伏などするわけはないと思ったから黙っていた。

 誓わせさえすれば勝ちだ。

 

「では、小白香が口に雪蘭を犯してくれと言わぬ限り、余は雪蘭を犯さぬ……。さあ、小白香、白象を渡すと言の葉に載せよ」

 

 金凰魔王が言った。

 

「その条件で白象の身柄を金凰魔王に委ねる」

 

「誓おう」

 

「誓う」

 

 小白香自身と金凰魔王に道術の縛りが掛かるのがわかった。

 

「こ、これで大丈夫だぞ、雪蘭」

 

 小白香はほっとして声をあげた。

 

「なにが、大丈夫じゃ……。お前はこれから、屈伏するのだぞ、小白香。これから、数日かけて、お前をここで調教するのじゃ。そのうち、お前はお願いだから、その童女を犯してくれと頼むことになるわい」

 

 蝦蟇婆が気味の悪い声で笑った。

 

「ふ、ふざけるでないわ。そんなことを言うわけがない。それに、数日とはどういうことなのだ?」

 

「どういうこともなにもないわい。言葉の通りのことじゃ……。まあ、世の中には、どうしても耐えられないこともあるということを覚えるといいわい」

 

 蝦蟇婆がまた笑った。

 

「準備ができました」

 

 そのとき、いつの間にか奥に消えていた小愛が、車付きの台車を運んできた。

 ふと見ると、台車の上には、なにかどろりとしたものが大きな容器に集められている。

 数本の刷毛も横に準備されている。

 

 とろろ……?

 小白香は顔をしかめた。

 

 小愛が運んできたのは、大きな容器にすりおろした新鮮な山芋をおろしたものに違いない。

 皮を剥いただけの、まだ、擦っていない長細い山芋もある。

 それが大量に運ばれたのだ。

 

「卓の上の料理は、小白香様の命でわたしが準備しましたけど、実は、痒み好きの小白香様のために、特別にこれも準備してあったのですよ。離宮の外から食物を受け取ってくる係の性奴隷に大量に運びこませたのです。だから、たくさんあります。どうぞ、たっぷりとお召し上がりください」

 

 小愛が笑った。

 

「おう、では、余に犯されるお前のための特別の趣向だ。お前の痒み責め好きに敬意を表して、痒みで落としてやろう。性器にとろろを塗る痒みを愉しんでみるがいい。お前のような生意気な娘を躾けるにはちょうどいい」

 

 金凰魔王が笑って、台の上の刷毛をとって、小白香の胸に塗りたくり始めた。

 

「ふうっ……くうっ……はああっ……」

 

 くすぐったい愉悦が全身に走り回る。

 小白香の身体は、金凰魔王によって数十倍にあげられている。

 ほんの少しでも触られるだけで、信じられないような疼きが湧き起こる。

 放っておいても、身体が熱く火照るくらいに感度をあげられていた身体に刷毛が這い回るのだ。

 小白香は我慢できずに、甘い声をあげた。

 一方で、蝦蟇婆は気にする様子もなく、小白香の無防備な秘唇と菊座に塗り続ける。

 

「ひいいっ、き、気持ち悪い……あっ、あああっ……気持ち悪い……ああっ……」

 

 小白香はとろろを全身の局部に塗られる感触に堪らず身体をよじった。

 だが、身体を這う二本の刷毛は、容赦なく小白香の隠れていた官能を湧き起こしていく気がする。

 

「嘘をつくでないわ。それが気持ちが悪いときの反応か――。しっかりと感じておるではないか」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 しかも、蝦蟇婆は刷毛だけではなく、指を女陰に内側に伸ばして、とろろと穴の中に押し込むように入れてくるのだ。

 

「ひっ、そ、そこは――こ、怖い――ひいっ」

 

 小白香は自分の指ですら挿入したことのない場所に、他人の指が入ってくる感覚に全身を震わせた。

 

「心配ないわい――。そう簡単に生娘の膣膜など破れはせんわ」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 

「待て、代われ、蝦蟇婆――。そういえば、まずは試してみるか……。このまま破瓜ができれば、なにも白象を急いで呼ぶ必要はないのだ」

 

 金凰魔王が思いついたように言った。

 

「ならば、待ってくだされ。尻の穴にもとろろを押し込みますからのう」

 

 蝦蟇婆がそう言って、さらに女陰に内側にとろろを塗るとともに、肛門の奥にまでかなりの量のとろろを押し込んできた。

 

「どれ……」

 

 金凰魔王がいきなり、下袴(かこ)をおろした。

 

「う、うわっ」

 

 小白香は声をあげた。

 しかし、金凰魔王は小白香の片脚を抱えると、怒張した一物を小白香の股間に突き当てた。

 

「ひいい――」

 

 小白香はさずがに恐怖で吊られた身体を暴れさせた。

 しかし、金凰魔王がしっかりと小白香の身体を抱えている。

 

 逃げられない――。

 

「やれやれ、もう、やりますのか? まだ、もう少し、心を砕いてからがよくはありませんかのう」

 

 蝦蟇婆が呆れたような声をあげた。

 

「よい――。精は二度も三度も出せる。一度放てば、心の屈服も早い。それから、また精を注いで、余の精の霊気で心を支配してしまえばいい」

 

「だが、屈伏させて支配する前に、この小娘の霊気があがってしまうことになりはしませんのか?」

 

「だから、道術を封じる首輪をさせておるであろう。先に精を出すから、なにがなんでも屈伏させろ、蝦蟇婆」

 

「やれやれ……」

 

 蝦蟇婆が肩をすくめるのが見えた。

 

 屈伏させて心を支配――?

 精の霊気――?

 

 小白香の心に疑念が起きる。

 だが、そんな余裕など吹き飛ぶ。

 金凰魔王の怒張の先が小白香の女陰にめり込んできたのだ。

 

「い、痛いいいっ――」

 

 激痛が全身に走り始める。

 小白香は心の底から悲鳴をあげた。

 そのとき、突然、なにかが股間で起きた。

 

「うわあっ――」

 

 金凰魔王が後方に吹き飛んで、床に尻餅をついた。

 小白香は呆気にとられた。

 

「く、くそうっ――。やはり、白象の小白香の女陰を守っている霊気の護りを解かせねば駄目だ――。蝦蟇婆の指は入るのに、男根は受けつけぬのか――。いまいましい――」

 

 金凰魔王が立ちあがって舌打ちをした。

 そして、男根を小白香の腿でぬぐうような仕草をしてから、怒張を下袴にしまう。

 小白香は、肉棒を腿に擦りつけられる気持ち悪さに身体を震わせた。

 一方で、たったいま起きたことに、唖然としてしまった。

 

 一体全体、いまのはなんなのだ?

 小白香が金凰魔王に犯されようとしたとき、とてつもない霊気が股間に湧き起こった。

 その霊気の力が金凰魔王の怒張を跳ね返し、金凰魔王自身も後方に弾き飛ばしたのだ。

 

「やはり、白象様を呼んで、小白香にかかっている呪いを解くしかないですな。金凰陛下の言われていた通り、白象様の霊気は二年前から比べれば、かなり衰えているはずですからのう……。白象様は呪いを維持する霊気がほとんどないはずじゃ。その白象様から、完全に霊気を放出させれば、小白香の護りの呪いは消滅するはずじゃ」

 

 蝦蟇婆が言った。

 白象が二年前に小白香に護りの呪い?

 小白香はその言葉に不審に思った。

 しかし、合点がいくところもある。

 

 そう言えば、白象を磔にして処刑しようとしたとき、白象は二年前のことについて、白象は小白香を守ろうとしたと仄めかさなかったか?

 そして、いま、蝦蟇婆は“呪い”という言い方をした。

 

 “呪い“というのは、魔族特有の言い方で、つまりは、大地との契約道術のことだ。

 魔族にしかできない技であり、大地と契約道術を結ぶことによって、ある種の道術の縛りをかけるのだ。

 例えば、この金凰魔王は、代々、「一度も金凰宮を訪れたことのない者は、魔王の土地で『移動術』を遣えない」という大地との契約道術、つまり、“呪い”をかけている。

 

 ただ、魔族の家系でも直系に限られており、白象がそれを遣えたとは知らなかったが、遣えたとしても、生涯に一度きりとされる大技だ。

 そんな大切な術をたかが小白香の貞操を護るために遣ったということになるのだろうか……。

 

 いずれにしても、白象が呪いをかけたというのは、なんらかの契約道術を大地と結んだということだ。

 そして、小白香は、なんとなく二年前のことが見えてきた。

 白象に真言の誓約で秘密を守らせていたくらいの金凰魔王だ。白象ももしかしたら、脅されるか、道術をかけられて言いなりになっていたのではないか?

 蝦蟇婆がさっき、金凰魔王の精がなんらかの心の支配をすると言っていた気がする。

 

 おそらく、間違いない。

 そして、二年前、この金凰魔王は、まだ十歳の小白香を犯そうとした……。

 だが、金凰魔王の精の支配を受けている白象には、それに抗する手段がなかった。

 おそらく、白象はこの魔王のなんらかの支配にあったのだ。

 

 それで、“呪い”の術を遣った……。

 小白香の貞操を護るという呪いを……。

 

 ほかの道術とは異なり、呪いは術者の意思で解除できない。

 だから、一度掛けてしまえば、金凰魔王に命令されても、白象には呪いを解放できない。

 二年前、白象はそうやって小白香を護ったのだ……。

 

 しかも、それから、二年間、護り続けた……。

 たったいまも……。

 その証拠に小白香が犯されそうになったとき、呪いの術が金凰魔王を弾き飛ばした……。

 小白香は、だんだんと真実がわかってきて愕然とした。

 

 二年間、その白象を自分は理不尽に嗜虐し続けた……。

 それだけではなく、ことあるごとに、様々な手段で白象から霊気を奪おうともしていた。

 ほかの道術契約とは異なり、大地との契約道術である呪いは、術者の霊気がなくなれば消滅する。

 だから、普通は術者の死で霊気は消滅するのだか、意図的に霊気が全放出しても大地との契約は切れる。

 つまり、小白香は、自分を護っている白象の霊気を自ら消滅させる方向に仕向けていたということだ……。

 今度こそ、小白香はこの二年間に自分が白象にやったことを後悔した。

 

 だが、なぜ、白象はそれを教えてくれなかったのだ?

 しかし、その答えもすぐに出た。

 白象はすべてを秘密にするように、道術で強要されていたのだ。

 小白香は、自分の数々の白象に対する仕打ちを思い起こして、頭を掻きむしりたい気持ちになった。

 

「よし、やはり、白象を連れてきてもらうぞ。さっきの『飛び声』に白象を連れてくるように部下に命じよ」

 

 金凰魔王が小白香の目の前に。また『飛び声』を出した。

 小白香ははっとした。

 

 もう、道術契約を結んでしまった……。

 契約に逆らえない……。

 白象を引き渡す命令をしてしまう……。

 

 どうしたら……?

 しかし、小白香の思考はそこまでだった。

 

「か、痒い――」

 

 思念など吹き飛ばしてしまうような不快なとろろの掻痒感がついに襲いかかってきたのだ。

 しかも、感度をあげられている肌は、恐ろしく敏感になり、小白香が、これまでに感じたことのないような苦痛を小白香に与えてくる。

 

「う、うわっ、か、痒い――。痒いっ――」

 

 小白香は吊られている腕の傷みを忘れて、全身を揺すって頭を激しく振った。

 一度意識すると絶対に収まらない地獄の痒みだ。

 

「ひいっ、か、痒い、痒い、た、助けて――」

 

 小白香は泣き叫んだ。

 

「あらあら、他人を平気で痒み責めにする小白香様も、自分の番になると案外、反応が普通なのですね。興醒めしましたわ」

 

 とろろを運んできて、そのまま台の横に立っていた小愛が笑った。

 

「やっと、乳首も出てきたようじゃな」

 

 蝦蟇婆も小白香の苦痛の表情を見て愉しそうに言った。

 

「さて、では、まともに口がきけるあいだに、『飛び声』に言葉を載せよ。部下に白象を連れてくるように言うのだ」

 

 金凰魔王が言った。

 

「お待ちください。実は、いま、白象様には、沙那という切れ者の女がついています。ただ、声のみで命じただけだは、かえって怪しむかもしれません。その女はこの小白香から、白象様の護衛をするように命令を受けているのです。切れ者のうえに武芸の達人でもありますので、なにか感ずかれたら面倒です」

 

 小愛が口を挟んだ。

 

「では、どうするのだ、小愛?」

 

 金凰魔王が小愛に視線を向ける。

 

「はい、陛下。わたしが小白香に成り済まします。そのつもりで、ずっと小白香を観察してきました。白象様の集めていた宝物から変身の霊具も盗み出しました」

 

「お前が小白香に変身?」

 

「はい。この小白香は、数日は調教を続けるのですよね? でも、明日には宮廷府に小白香が顔を出さないと、挺臣たちが怪しみます。だから、そのあいだ、わたしが小白香になりすまします」

 

「なるほど、それも、そうじゃな。わしの役目もこの娘の性根を叩き折ることだが、今夜中というわけにはいかんかもしれん。まあ、丸二日もあれば十分とは思うがのう……。いずれにしても、金凰魔王陛下は、明日には一度、金凰宮に戻られるじゃろう?」

「うむ……。そうだな」

 

「ならば、わしらは、偽の小白香で宮廷の連中をごまかしながら、この小娘をここで調教することにしますわい。まあ、二日後には、小白香と並んで、その童女も金凰魔王に馳走する準備をしておきます」

 

「わかった、蝦蟇婆……。じゃあ、白象について決着したら、余は金凰宮に一度戻る……。では、小白香、もうすぐ、お前が行くので、白象を連行する準備をして待つように、その沙那に伝えよ」

 

 金凰魔王が言った。

 白象の引き渡しに関することなので、小白香はもう逆らえない。

 小白香は、命じられた言葉を『飛び声』に刻んでしまった。『飛び声』が消える。おそらく、沙那にそれを飛ばしたに違いない。

 すると、小愛が指に指輪を嵌めた。

 白象がいくつか持っていた『変身の指輪』であり、白象の宝物庫に置かれていた気がする。

 遣い方は簡単で、指輪を嵌めて変身したい相手の体液の一部を口に入れるだけだ。

 

「さあ、小白香様、胸を舐めて欲しくありませんか? よければ、舐めてさしあげますよ。その代わり汗をくださいね」

 

 小愛が小白香の胸に口を近づけてきた。

 そして、痒みを助長するように、息を吹き掛けてきた。

 

「くうっ――。こ、こんなの……」

 

 小白香は身体を振り立てた。

 いくら、歯を食い縛っても追い払えない猛烈なむず痒さだ。

 

「舐めて……舐めて……くれ……」

 

 小白香は口に出していた。

 腹立たしさに腹が煮えそうだったが、その憤怒を上回る痒みの苦しみなのだ。

 小愛が小白香の胸をひと舐めした。

 

「あはあっ」

 

 小白香はなにもかも忘れて声をあげた。

 

「あっ」

 

 次の瞬間、小白香は驚きの声をあげていた。

 目の前に自分と瓜二つの姿がそこにいた。

 

「では、行ってまいります、陛下。それと、どう考えても、沙那は邪魔物です。この姿で油断させて殺します。お許しください」

 

 小白香の姿の小愛が金凰魔王に言った。

 

「さ、沙那を殺すとは、どういうことなのだ?」

 

 小白香は驚いて声をあげた。

 

「お前には関係ないわい。お前は痒みで悶えておれ」

 

 蝦蟇婆が小愛が舐めた部分の乳首に刷毛でとろろを塗り足した。

 

「ああっ」

 

 小白香は吊られた拳をぎゅっと握りしめた。

 なまじ刺激されたばかりに、小白香のふたつの胸の膨らみは乳首を中心に燃えるように熱い。

 

「変身したとはいえ、お前にその沙那とやらを殺せるか、小愛? その沙那というのは、武芸の達人と言わなかったか? 。できればすべては秘密裏に済ませたいのだ」

 

「問題ありません、陛下。この離宮で人が死ぬのは、珍しい話ではありません。この離宮には、食物などの消費物を出入りさせる勝手口のほかに、死んだ奴隷の死骸を出す戸口もあるくらいですから……。そして、沙那はこいつとの誓いによって、わたしを小白香と思い込んでいる限り、油断します……。それに……」

 

 小愛が突然右手を伸ばした。

 すると、いきなり、袖から長い三本の太い針が飛び出した。

 

 暗器だ――。

 痒みに襲われながらも、小白香はぎょっとした。

 あんなものをいきなり出されては、沙那も不覚をとるかもしれない。

 

「針の先には猛毒を塗ってあります。ほんのちょっとかするだけで瞬殺できます」

 

 小白香に化けている小愛の顔が酷薄に微笑んだ。

 

「よかろう、任せる。この部屋のことを外に気がつかれないようにすれば、それでよい」

 

 金凰魔王が頬を歪めた。

 

「お任せください、陛下」

 

 小愛が外に出る扉に向かっていく。

 

「ま、待て」

 

 小白香は叫んだ。

 

「気を散らすな、小白香。どれ、この蝦蟇婆がその粗末な胸を揉んでやるぞ」

 

 蝦蟇婆が小白香の背後から両手で掴んだ。

 いつの間にか、両手に薄い手袋をしている。

 その手袋には、たっぷりと新しいとろろが塗ってあり、その手が小白香の乳房を柔らかくこねあげてきた。

 

「ああっ」

 

 小白香は小鼻を膨らませて、荒い息を飲み込もうとした。

 揉まれた瞬間、激しい愉悦の嵐が小白香を襲ったのだ。

 しかし、蝦蟇婆の手つきは馬鹿みたいに丁寧でゆっくりだ。

 ほとんど力の入っていない指がほんの少し胸全体に食い込む程度でしかない。

 これでは、揉まれているのにかえって、新たな痒みが沸き起こるだけだ。

 

 小白香を追い込むために、そうやっているのはわかる。

 だが、我慢などできない……。

 

「も、もっと強く揉んでくれ――」

 

 小白香ははしたなく叫んでいた。



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569 屈辱の山芋陵辱

「なんと言ったのじゃ、小魔王殿? 歳をとると、耳も遠くてのう……。もう一度、大きな声で叫んではくれんか」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)が相変わらずの弱々しい手つきで、痒みに侵されている小白香の胸を揉みながら言った。

 

「ち、畜生……」

 

 小白香は呻いた。

 見え透いた嫌がらせに小白香は腹が煮えた。

 そんなやり方をするこの老婆を心の底から憎む気持ちが湧き起こった。

 しかし、とろろの痒みは小白香をとことん追いつめている。

 小白香は気がつくと、自分の胸を押しだすように蝦蟇婆の手に押しつけるようにしていた。

 

「なにか言ったかい、小白香?」

 

 蝦蟇婆は愉しそうに小白香を追い詰めるように胸を軽く揉んでくる。

 

「も、もっと強く揉んで欲しい……。お願いだ――」

 

 小白香は大きな声で叫んだ。

 

「こうか?」

 

 初めて蝦蟇婆の指が強く小白香の胸に食い込んだ。

 

「はあああっ」

 

 これまでに感じたことのないような愉悦が小白香の全身を突き抜けた。

 蝦蟇婆の指が胸に食い込むたびに、頭の中が真っ白になる。

 毛穴という毛穴から一気に汗が噴き出てくる。

 それでも、どんどんと掻痒感が大きくなる。

 揉まれれば揉まれるほどに、さらに掻痒感と焦燥感が増えるのだ。

 

「も、もっとじゃ……。もっと、揉んでおくれ」

 

「おうおう、だんだんと素直になってきたのう……。よいことじゃ。そうじゃ、素直になれば、よいことがあるのじゃぞ」

 

 蝦蟇婆の指がさらに力を増す。

 

「ああ――き、気持ちいい……うはああ――」

 

 脳天に響くような快感の拡がりだった。

 小白香は生まれて初めてかもしれない性感の猛りに、次第に自分の理性が飛んでいく感覚を味わっていた。

 しかし、それを少しも抜け出したくはない。

 蝦蟇婆の指先のひとつひとつが狂いそうに痒い胸を解してくれる。

 それは怖ろしいほどの気持ちよさだった。

 

 憎んでも憎み切れない相手に、胸を無遠慮に揉まれまくるというのは、これ以上の恥辱はないと思うくらいの憤怒なのだが、それでも痒みが癒されていく感覚が気持ちいいのだ。

 

「わしのことは好かんじゃろう……? 嫌いであろう、小白香……?」

 

 蝦蟇婆がいまは、かなりに力強さになっている手のひらで小白香の胸を揉みながら言った。

 

「あ、当たり前じゃ……。こ、殺してやる……。絶対に殺してやるぞ……ああっ……あっ、ああっ、ああっ……」

 

 小白香は呻いた。

 容赦なく怒鳴りまくりたい。

 しかし、気持ちいい……。

 どんどんと込みあがってくる生まれて初めての異常な感覚に、小白香はだんだんと自分の気持ちが制御できなくなっているのを感じた。

 

 胸が溶ける……。

 

 頭が溶ける……。

 

 なんでもいい……。

 

 この快感があれば……。

 

 もうなにも考えられない……。

 

「お前のような小娘は、自慰くらいいくらでもやったことがあるであろう……? だが、こんなには気持ちよくはなかったはずじゃ……。なぜだか、わかるか、小白香……?」

 

 蝦蟇婆の指は力強く小白香の胸に食い込んでいく。

 一本一本の指がとろろの痒みを癒して、快感の奔流を作る。

 

「身の毛もよだつほどに嫌いな相手に与えられる快感だから、これほどまでに心をが震わせられるのじゃ……。それが被虐の快感じゃ……。これを一度覚えてしまうと、もう、二度とは戻れん……」

 

「うっ、はあっ、ああっ」

 

 口惜しいが気持ちいい……。

 山芋の痒みが癒える心地よさもあるが、金凰魔王によってあげられすぎた身体の感度とせいだろう。

 とにかく、愛撫のひとつひとつが股間の深いところに響きわたる。

 

「もう、なにをしても、この快感が欲しくて堪らなくなる……。それをしっかりとお前の身体に刻み込んでやるぞ……。頭ではない……。この気持ちよさを肌で感じるのじゃ……。身体は嘘はつかん……。これが、被虐の快感じゃ……」

 

 蝦蟇婆が耳元とでささやきながら胸を揉み続ける。

 

「ひ、被虐の快感……あ、ああ……ああっ……」

 

 小白香は思わず、その言葉を繰り返していた。

 そうかもしれない……。

 

 小白香は、朦朧とするような快感の隅で、それを肯定しようとしている自分を感じてもいた。自分に嘘はつけない……。

 道術を奪われ、抵抗の手段を封じられて、こうやって、惨めに両手を吊られて身体を弄られるのは、途方もない恥辱だ。

 しかし、その恥辱が小白香に酔うような快感を与えているのも事実だ……。

 

「ね、ねえ、股も……股も痒い……」

 

 小白香はねだるような言葉を蝦蟇婆に向けていた。

 解される胸の痒みは、新たな苦痛の始まりだった。

 胸だけでなく、股間だって狂うような痒みに襲われている。

 それが胸の痒みが癒されることで、怖ろしいほどの激情となって襲ってきたのだ。

 胸を揉まれることで、股間の痒みが忘れられたのは、一瞬だけのことだ。

 それからは、胸を揉まれて痒みが癒される快感と引き換えに、さらに小白香を追い詰める苦悩となって、股間の痒みが小白香を追い詰めている。

 

「股か……。股は金凰魔王陛下に犯してもらえ……。もうすぐ、白象様がここに来る。そうすれば、すぐにお前の股にかけられている呪いの護りをなくなる。それまではお預けじゃ……」

 

「そ、そんな、痒い……。もう、我慢できないのだ……。た、頼む……」

 

 小白香は内腿を擦りつけながら哀願した。

 気が遠くなるような痒さだ。

 もう、どうでもいい……。

 この痒みが癒されるなら、なにがどうなろうと構わない。

 

「ならば、準備をしておくか……。おい、蝦蟇婆、この童女をおろせ。少し、余の相手をしてもらう」

 

 見守っていただけの金凰魔王が不意に言った。

 はっとした。

 蝦蟇婆の道術で後手縛りの縄で宙吊りされている雪蘭(せつらん)の裸身に金凰魔王が取りつている。

 

「な、なにをするのだ――。雪蘭には手を出さん約束じゃ――」

 

 小白香は大声を出した。

 

「騒ぐでないわ……。ほら、もっと金凰魔王に犯されるのが待ち遠しくなるように、これで擦ってやるぞ……。これをされておけば、破瓜の痛みなど一瞬じゃ。あとは、途方もない愉悦しか感じないであろうぞ」

 

 蝦蟇婆が揉み続けていた小白香の胸から手を離した。

 たちまちに胸の痒みが戻ってきた。

 蝦蟇婆は薄い手袋に新しいとろろを塗って、小白香の胸を揉んでいたのだ。

 手を離した途端に、揉まれ始めたときよりも激しい痒みが襲いかかってきた。

 

「そ、そんな……、や、やめないでくれ……も、もっと……もっとじゃ……」

 

「少しは我慢せい……。ほら、股間をこの山芋で擦ってやるぞ。股の力を抜け」

 

 蝦蟇婆が横の台から皮を剥いた山芋を手に取って、すっと小白香の股間に滑り入れていたのだ。

 皮の向けた山芋の表面が、小白香の股の下に入れられて、股間全体を強く擦ってくる。

 

「ふうううっ――」

 

 小白香は我を忘れて、声をあげた。

 股間の表面を擦られて、股間の狂うような掻痒感が一瞬なくなったのだ。

 それと同時に痺れるような快感が全身を貫く。

 

「ああ、か、痒い――」

 

 しかし、次の瞬間、小白香は泣き叫んでいた。痒みが消えたのは股間の表面だけだ。

 たっぷりと指で押し込まれた女陰と肛門の中が焼けるように痒いのだ。

 どんなに表面を擦られても、それだけでは、女陰の中と肛門の奥だけは痒みが癒えない。

 

「きゃあああ――」

 

 雪蘭の悲鳴が聞こえた。

 小白香は慌てて顔をあげた。

 雪蘭は、いつの間にか吊られていた身体をおろされて、金凰魔王のかいた胡坐の上に身体を乗せられていた。

 猿ぐつわも外されていて、金凰魔王によって、全身を愛撫されて、悶え震えていた。

 

「や、やめよ――。雪蘭に手を出さんという約束じゃ――あっ、ひいっ、ああっ……」

 

 小白香は全身をくねらせながら叫んだ。

 しかし、その小白香の抗議の声を邪魔するように蝦蟇婆が山芋を股間に擦りつけてくるのだ。

 

「わかっておるわ。道術契約を結んだであろうが……。それは余にもどうにもならん。だがな……」

 

 金凰魔王が小白香に顔を向けて、にやりと微笑んだ。

 小白香はその表情に、なにか魂胆を感じて、嫌な予感がした。

 金凰魔王は手を伸ばすと、台の上にあった容器を掴んで手元に引き寄せた。

 そして、そこからたっぷりととろろを手ですくうと、雪蘭の股間に擦りつけたのだ。

 

「ひ、ひいい――」

 

 雪蘭が全身を震わせて泣いた。

 すでに、雪蘭は蝦蟇婆から全身に媚薬を塗られて、身体が溶けそうなくらいに熱くなっているはずだ。

 その状態の身体の股間を手で擦られたことで、女の反応をしてしまっているのだ。

 

 だが、小白香は、それよりも、雪蘭がとろろを塗られてしまったことに悲鳴をあげてしまった。

 それは、もうすぐ雪蘭が、いま小白香が襲われている同じ苦しみに襲われるということを意味している。

 塗られてしまった以上、もう、放っておかれては、雪蘭は気が狂う程の痒みに放置されることになる。

>その雪蘭の痒みを癒すには、もう、誰かの手で股間を擦りまくるしかない。

 

「お前の許しなく雪蘭には手を出さん約束ではあったな……。だが、どうすればよいのだ、小白香……? このまま放置してやればよいか? それとも、余がこの童女を犯せばよいか――。余はどっちでもいいがな」

 

 金凰魔王は笑いながら、さらに雪蘭の股にとろろと塗り足していく。

 雪蘭が泣き声をあげている。

 小白香はあまりの口惜しさに歯噛みした。

 

 雪蘭が痒みに苦しむ姿を見せて、小白香に雪蘭を犯せと口にさせるつもりなのだ……。

 一度、小白香がそれを口にすれば、雪蘭を守るために折角結んだ金凰魔王との道術契約が無効になってしまう……。

 この卑劣漢は容赦なく雪蘭を犯し壊すに違いない。

 

「他人のことは放っておくがよいぞ、小白香……。それよりも、金凰魔王の一物はまだじゃが、痒い股間をこの山芋で突き破ることはできるぞ。どうじゃ? 金凰魔王様にお願いしたらどうじゃ――? どうか、この山芋で破瓜をしたいとな……」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 そう言いながら、どんどん皮を剥いた山芋の表面でとろろを小白香の股間に塗り足していく。

 小白香はあまりの痒みの苦しみに発狂しそうだった。

 

「それはいい――。いや、余も、格別、生娘の膣に最初に一物を入れることに興味があるわけではない……。構わん――。その山芋で小白香の股を突き破れ――。いや、面白い趣向を思いついた」

 

「趣向?」

 

 小白香は歯ぎしりをしながら、金凰魔王を睨んだ。

 ろくでもないことを思いついたに違いないのだ。

 

「この童女と小白香をお互いに山芋で破瓜をさせる。山芋なら、白象の小白香の護りは効果はないのであろう? さっき、小白香と結んだ道術契約も関係ない。余ではなくて、小白香が犯すのであるからな――。さっそく、やらせるぞ。小白香をおろせ、蝦蟇婆」

 

 金凰魔王が言った。

 

「ひひひ……、よかったのう、小白香……。金凰魔王の格別の慈悲じゃぞ。これが気に入らんと言ったら、お前も雪蘭も痒みで狂うまで放置されるだけじゃ。雪蘭を山芋で犯すことを受け入れるな――?」

 

 小白香を吊りあげていた手首の輪が空中で離れた。

 小白香はそのまま、床に崩れ落ちた。

 蝦蟇婆がさっと小白香に寄ってきて、小白香の両手を背中に回した。

 金属のぶつかる音がして、小白香の両手首は、背中で外れなくなった。

 そして、台に向かった蝦蟇婆が、さっきの短い山芋ではなくて、一番長い山芋を小白香にかざした

 

「これでどうじゃ、小白香? これなら、お前の股間に突き挿して、まだ。半分近い長さが余りそうじゃ。その突き出た部分で雪蘭を犯すがよかろう……。こっちの太い方がお前でよいか? それとも、自分が細い方にして、雪蘭に太い側を任せるか?」

 

 

「か、かゆい……か、かゆい……」

 

 そのとき、金凰魔王の膝の上の雪蘭が暴れ出した。

 小白香もこの発狂しそうな痒みに襲われている。

 だから、雪蘭の苦悩がどれほどのものか十分に理解できる。

 

「ゆ、雪蘭……。す、すまん――。もうすぐ、助けてやるぞ……。わらわがお前を犯す。ほかの者に汚されくらいなら、わらわが汚す。わらわと一緒に汚れてくれ、雪蘭」

 

「は、はい、おねえ様……。あ、ああ、かゆいです……。かゆい……。どうしたらいいですか……かゆい……」

 

 雪蘭が身体を激しく暴れさせ始めた。

 いずれにしても、小白香も限界だ。

 もう、山芋でもなんでもいい。

 この激しい痒みの膣になにかを入れなければ、本当に発狂してしまう。それは雪蘭も同じに違いない。

 

「……わ、わかった……。覚悟は決まった……。言われたことをするから、わらわの股間を山芋で犯してくれ……。蝦蟇様、そっちの太い方をわらわに挿してくれ……」

 

 小白香は言った。

 すると、金凰魔王が口を挟んだ。

 

「わかった……。だが、それは余のこの一物の猛りを鎮めてからだな。まずは、これを舐めよ。自分自身の経験はなくても、性の知識については、それなりにあるのであろう、小白香? 股で奉仕できぬなら、その口でせよ。余の一物を吸って、口で精を飲め。そうしたら、山芋で痒みを癒すのを許してやる」

 

 金凰魔王が雪蘭の身体を手で横に押しやって、下袴の中から勃起した男根を出した。

 怒張した金凰魔王の一物が、胡坐をかいた金凰魔王の股間にそそり勃っている。

 小白香は、それを見つめながら、背中で拘束された両の拳を強く握り締めた。

 

 口惜しい……。

 こんな男の性器を口に含まねばならないとは……。

 

 しかし、それをしなければ、こいつらは小白香のことも、雪蘭のことも放っておき続けるに違いない。

 小白香はともかく、いまも痒みで泣き狂っている雪蘭が……。

 男の一物を口で奉仕するやり方は知っている。

 この離宮の性奴隷を調教するときに、白象の股間に双頭の張形を装着させて、女たちに舐めることを強要したこともある。

 だが、まさか、自分がやることになるとは夢にも思わなかった。

 ましてや、本物の男の一物を……。

 

 小白香は目を背けたいのを我慢して、その金凰魔王の股間ににじり寄った。その股間に顔を向けた。

 しかし、そこから漂う臭気に思わず吐気を覚えた。

 

「早く咥えんか……。始めないと余も気が変わるぞ。お前もその童女の痒み責めをもう少し続けるか?」

 

 金凰魔王が笑った。

 小白香は口を開けた。

 観念して、金凰魔王の男根を口で咥える。

 そして、一心に舌で刺激を始める。

 

「もっと、舌を動かさんか……。全体を舐めるようにしてな。早くせんと、痒みで苦しいだけだぞ――。おい、蝦蟇婆、雪蘭に股間に、もっとたっぷりととろろと押し込んでやれ。尻の穴も忘れるな――。女陰と女陰の次は、尻と尻も繋ぎ合わせるからな」

 

 金凰魔王が言った。

 小白香は思わず抗議しようと思ったが、金凰魔王の手で頭を押さえられて、金凰魔王の股間から顔が離れないようにされてしまった。

 仕方なく舌で奉仕を続ける。

 

 こんなこと早く終わらせたい……。

 死んだ気で舌を動かし続ける。

 涙がひとつ、ふたつと鼻の横を伝い落ちるのを感じた。

 

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 口惜しい……。

 

 一方で、雪蘭がそばで泣き叫んでいる。

 蝦蟇婆がとろろを雪蘭の股間に足しているのだ。

 

「舌で舐めるようにしながら、唇で吸い込むのだ……。そうだ。その調子だ。上手ではないか、小白香」

 

 金凰魔王に言われた通りにやると、金凰魔王に頭を撫ぜられた。それすらも恥辱的だ。

 

 そうやって、しばらく奉仕を続けさせられた。

 だが、なかなか金凰魔王は精を出さない。

 その気配すらない。

 舌も顎も疲労のために痛みを感じてきた。

 そして、なによりも全身の痒みが、どんどんと小白香を追い詰めていく。あまりの痒さに叫び出したい。

 だが、口に金凰魔王の怒張を咥えていて、それもできない。

 そのとき、部屋の扉が開かれる気配がした。

 

「金凰魔王様……、あらっ、素敵なことをさせられているのですね、小白香?」

 

 声は小白香に変身した小愛のようだ。

 小愛の戻ってきた扉は、ちょうど小白香が尻を向けている側にある。

 だから、小白香には、小愛がどんな表情をしているかわからないが、その口調から小愛が小白香を嘲笑するような顔をしているに違いないというのは想像がついた。

 

「どうした、小愛――? 白象はどうした?」

 

 金凰魔王が小愛に視線を向けるのがわかった。

 

「はっ、申し訳ありません、陛下――。実は、白象様は行方不明です。沙那も同じです。白象様が監禁されていた部屋から消えていたのです――。おそらく、沙那が連れ出したに違いありません――。いま、性奴隷を総動員して、全部の部屋を探させています。捕縛用の魔網を全員に持たせておりますし、多少は抵抗しても必ず、見つけだせると思います。出入り口も性奴隷に押さえさせました。絶対に逃がしません。お任せください」

 

 小愛が報告した。

 

「逃亡だと――」

 

 金凰魔王が声をあげた。

 沙那が白象を連れ出した――?

 

 頭を押さえつけられて、金凰魔王の怒張に舌を動かしながら、小白香はそれを耳にしていた。

 なんとか、逃げ延びてくれ……。

 小白香は、舌を動かしながら、心から思った。

 

 そのまま逃げて欲しい……。

 きっと沙那なら白象を離宮の外に出してくれるに違いない。

 小白香は願った。

 そのとき、なにかが小愛のいる場所で泡が弾ける小さな音がした。

 

 それが『飛び声』の弾けた音だというのは、瞬時にわかった。小愛は捜索をさせる性奴隷たちに、白象を見つけたときに、すぐに報告ができるように、『飛び声』を作ることができる霊具を渡していたのだろう。

 『飛び声』は簡単な道術であり、宮廷府のほとんどの者は遣うことができるが、霊具があれば、性奴隷たちも遣うことはできる。

 

「いました、小白香陛下――。宝物庫に隠れていました――。沙那様がいました――。いま、包囲しています」

 

 その『飛び声』に刻まれていた声が叫んだ。

 小愛は小白香として、性奴隷を動かしているはずだ。

 だから、『飛び声』を飛ばした性奴隷は、小愛に小白香と呼び掛けたのだ。

 

「行って参ります――」

 

 小愛が叫んだ。

 

「小愛、これを持っていけ――。『電撃鞭』じゃ。最大強度で遣うといい。直接触れなくても、電撃を飛ばすこともできる」

 

 蝦蟇婆が小愛に『電撃鞭』を渡したようだ。

 

「なにがなんでも捕らえよ、小愛――」

 

 金凰魔王が切羽詰った口調で言った。

 

「はい」

 

 小愛が部屋を駆け出て行く気配がした。

 見つかったのか……。

 小白香に絶望が走る。

 

 宝物庫は、逃げる出口のない離宮の長く伸びた廊下の突き当たりにある。

 そこで包囲されたら、沙那でも逃げる場所はない。

 その宝物庫に隠れているところを見つかったのなら、遮二無二、包囲している者たちを突破して逃亡するしかないと思うが、なんでよりにもよって、そんな逃げ場のない場所に隠れたのだろう……。

 

「さて、では、白象が連れて来られる前に、そろそろ、一発目を出しておくか――。小娘の口奉仕も新鮮でよいが、やはり、調教の済ませていない下手糞な奉仕では、任せておいては、いつまで経っても、出せそうにないわ」

 

 金凰魔王がそう言って、いきなり、小白香の後ろ髪を力いっぱい掴んだ。

 

「次に陛下が戻って来られるまでに、少しは仕込んでおきますわい……」

 

 蝦蟇婆が笑った。

 

「歯をたてるなよ――。歯をたてたら、お前じゃなくて、雪蘭の歯をすべて叩き折るからな」

 

 すると、いきなり、金凰魔王が小白香の顔を前後に激しく動かしだしたのだ。

 

「おっ、おっ、ごっ――」

 

 思わずみっともない声を放って、小白香は後ろ手に四つん這いになった身体を震わせた。

 小白香の口が容赦なく金凰魔王の男根に激しく突きあげられる。

 それは、強引に小白香に奉仕させるというよりは、小白香の口を使った自慰だった。

 金凰魔王は、小白香の口をまるで道具のようにして、自分の怒張を刺激しているのだ。

 硬くて大きな怒張の先が、小白香の喉の奥にずんずんと口の粘膜を擦りながら当てられる。

 

「おごっ、おごっ」

 

 そのたびに、烈しい嗚咽が湧き起こって、その苦しさに涙が出る。

 眉間に皺を寄せて、小白香は悲鳴をあげながら迸らせていた。

 しかし、小白香の苦痛の声など無視して、金凰魔王は荒々しく、小白香の顔を動かす。

 小白香は小鼻を大きく開いて、その苦しみに耐えた。

 

「出すぞ――」

 

 金凰魔王が言った。

 次の瞬間、粘液の塊りが小白香の口の中で噴き出した。

 

「全て飲めよ。一滴残らず余の精を飲み込むのだ――。逆らえばわかっておるな」

 

 やっと小白香の顔から金凰魔王が一物を抜いた。

 金凰魔王の怒張は、小白香の口の中に精を放ったばかりだというのに、少しも衰えていなかった。

 金納魔王が男根を下袴にしまった。

 

「さて、じゃあ、お待ちかねのものをやるぞ、小白香」

 

 蝦蟇婆の声がした。

 

「い、痛い――」

 

 髪を後ろから引っ張られて、横に転がされた

 そして、肩を蹴られる。

 後ろ手の身体を仰向けにされた。

 その片方の腿を足で踏みつけられて、もう一方の膝を掴まれて、股間をがばりと開かされる。

 

「な、なにをするのじゃ――?」

 

「なにをするとのかとはなんじゃ、小白香? これが欲しかったのじゃろう?」

 

 蝦蟇婆はさっきの長い山芋を持っていた。

 その山芋がなんの予告もなく、いきなり小白香の股間を深々と貫いた。

 

「ひぎいいっ――」

 

 小白香は耐えられない激痛に、仰向けで股を拡げた身体を力の限り反り返らせた。



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570 主従破瓜

「ひいいっ――」

 

 小白香が激痛に悲鳴をあげた。

 その顔は苦痛に歪んでいる。

 蝦蟇婆(がまばあ)はその姿を満足して見下ろしていた。

 

 当然だろう……。

 とろろが潤滑油になっていたとはいえ、なんの準備もしていない小白香の股間に、予告も前戯もなく細長い山芋を突き挿したのだ。

 後手に拘束された身体が限界までのけ反るとともに、獣のような咆哮を迸らせて、小白香が白眼が剥いて、全身をがくがくと痙攣させた。

 そして、次の瞬間、その小白香の身体ががっくりと脱力する。

 

「どうじゃ? 破瓜をするときの相手というのは、お前のような小娘でも、それなりに夢があったか? それがこんな萎びた老婆であり、しかも、貫かれたのは一本の山芋というのは、お前のような変態娘としては秀逸であろう? 絶対に忘れられぬ思い出を作ってやったんじゃ。感謝せいよ、小白香」

 

 蝦蟇婆は小白香の脚のあいだにしゃがみ込んだまま笑った。

 

「が、蝦蟇婆……き、貴様……」

 

 股間に山芋を貫かれた小白香が、蝦蟇婆を憎しみの眼で睨みながら呻いた。

 さっきまで上気していた小白香の顔は苦痛のために蒼白だ。

 ふと見ると、小白香の股に刺した真っ白い山芋の横から数筋の赤い線ができている。

 しかし、まだ最奥までは届いていない。

 蝦蟇婆はさらに山芋に力を入れた。

 蝦蟇婆の片足は、小白香の腿に乗ったままだ。

 

「あっ、あがあっ……」

 

 小白香の喉が上を向くとともに、歯ががちがちと鳴ったのがわかった。

 その股間は、まだ狭くて硬い蕾だった。

 それを強引に拡げながら、蝦蟇婆はとろろを側面に擦り付けるようにして押し込んでいく。

 

「い、痛い――痛い――痛い――」

 

 小白香が苦痛のために蝦蟇婆の足を腿から外して、身体を後ろに退げようと暴れる。

 

「どれ、余も手伝ってやろう」

 

 すると、金凰魔王が立ちあがって、小白香の身体を背後から押さえた。

 退がることのできなくなった小白香の股に、蝦蟇婆はぐいぐいと山芋と押していく。

 

「ひ、ひいっ――。も、もう、や、やめてくれっ――。い、痛い……い、いたいっ……」

 

 小白香が大きな声で泣き続ける。

 やがて、ついに山芋の先が奥まで届いた。

 すると、小白香の身体から力が脱けたようになった。

 

「ほれ、まだ、終わりではないぞ、小白香……。女というのは、股で男を受け入れることができるようにできておるのじゃ。こんな風にな……。さあ、力を抜け……」

 

 蝦蟇婆は奥まで届いた山芋を今度はゆっくりと抜いていく。

 

「あ、ああ……、た、頼む……や、やさしくしてくれ……。ひ、ひうぅ――」

 

 小白香が叫んだ。

 

「緊張を解くのじゃ。この惨めさを受け入れよ。まだ、身体が硬いわ。だから、痛むのじゃ。息を吐け。呼吸を整えよ」

 

「わ、わかった……はあ、はあ、はあ……」

 

 小白香が懸命に息を吸って、深くそれを吐く。

 蝦蟇婆は、その呼吸に合わせて、山芋を前後に動かしていく。

 山芋を抽送するたびに、小白香は苦痛に呻き、身体を痙攣させた。

 

 しかし、しばらく続けると、小白香の表情がだんだんと穏やかなものになっていく。

 恍惚というものではないが、やはり、激しい痒みに襲われている股間から、それが癒えるのは途方もない快感のはずなのだ。

 破瓜の痛みが緩まってくると、本来感じるはずの掻痒感が喪失していく歓びが沸き起こってきたようだ。

 小白香の表情が、だんだんと愉悦に痺れたようになっていく。

 

「ほれ、言うた通りであろうが……? お前の身体は本来、屈辱や惨めさに反応するようになっておるのだ。それが、一端の調教師を気取りおって……。ほら、気持ちいいであろう? 被虐酔いしそうじゃろう? 認めんか、小白香――」

 

「そ、そんなこと……あ、あはあっ……」

 

 小白香の顔が恥辱にひきつった。

 だが、小白香は確実にいま快感に襲われているはずだ。

 それは、小白香の反応から明らかだ。

 

 実は、さっき金凰魔王が小白香の身体の感度をあげたとき、痛みで快感を感じるようにも小白香の性感をいじっているはずだ。

 それは、あらかじめの打ち合わせによるものだが、小白香には、そんなことはわからないだろう。

 だが、苦痛でしかないはずの破瓜の痛みで自分が快感を覚えたとなると、小白香は自分には被虐の血が流れていると思うしかないはずだ。

 そして、いつしか、それは、本当に小白香に被虐の性癖を刻み込むことに、繋がっていく……。

 

「どれ、余も加勢してやるぞ」

 

 金凰魔王が小白香の背後から乳首をいじりだした。

 

「あ、あはあ……はあ、ああっ……はあっ……」

 

 小白香の身悶えが大きくなる。

 全身がただれるように痒い身体で前後から乳首と股間を責められるのだ。

 しかも、身体の感度は数十倍だ。

 生娘の小白香といえども、さすがに快感に耐えられないはずだ。

 やがて、小白香の身体が突然痙攣した。

 

「あっ、ああっ、はああっ、はあああっ――」

 

 どうやら達したようだ。

 小白香の身体はがっくりと脱力した。

 金凰魔王が笑いながら、小白香から離れた。

 蝦蟇婆も動かしていた山芋から手を離す。

 

「やっぱり、とんだ変態じゃな。生娘のくせに山芋に穴をほじられて気をやるとはのう……。お前の分際がわかったか、小白香? お前は山芋で達するような変態なのじゃ。しかも、被虐の性癖なのじゃ」

 

 蝦蟇婆はわざと小白香を嘲笑った。

 

「そ、そんなことは……ない……」

 

 小白香が荒い息をしながら言った。

 だが、その表情には、最初のときのような気性の激しさは陰を潜めている。

 それよりも、屈辱に身体を震わせる十二歳相応の恐怖心が顔に滲み出ている。

 これなら、この小白香の牙を折り終わるのに、それほど時間はかからないかもしれない。

 

「ほれっ、ぼけっとする暇などありはせんぞ。さっさと立ちあがって雪蘭を犯さんか。雪蘭(せつらん)が痒みで泣いておるわ……。それとも、雪蘭のほともわしが山芋で抉ってしまうか? お前にその童女を犯させてやろうというのは、金凰魔王陛下の慈悲なのじゃ。お前がやらんなら、わしが惨たらしく、その童女の身体を毀してしまうぞ」

 

 小白香の股間には、破瓜の血がにじみ出る山芋の先が突き出ている。

 蝦蟇婆はその小白香の腰を横から蹴飛ばした。

 

「あ、ああっ……うう……。せ、雪蘭に……手をだ、出すでない……」

 

 小白香が股を締めつけながら四つん這いになった。

 

「か、かゆい……かゆい……あ、ああ、た、たすけて……たすけてください――」

 

 雪蘭は床に放置されて、床にうつ伏せになって身体を床に擦りつけるようにしてもがいていた。

 しかし、そんなもので、金凰魔王から股間に塗られたとろろの痒みが癒えるわけがない。

 

「せ、雪蘭、わ、わらわがいく……。お、お前は誰にも渡さん……。渡さんぞ……」

 

 小白香は、四つん這いのまま、痒みでのたうっている雪蘭に這い寄っていく。

 

「上を向け、雪蘭……。わらわだ。小白香だ。わらわが犯してやろう。す、少しだが痒みが癒える……。なあ、雪蘭……」

 

 小白香が雪蘭の身体の上に来た。

 すると、雪蘭の暴れが小さくなる。

 

「お、おねえさま……」

 

 雪蘭が身体を返して仰向けになった。

 その顔は涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃだ。

 それでも、小白香が真上にいることに気がついて、その顔が嬉しそうに歪んだ。

 

「せ、雪蘭……、わらわは、いま、山芋で犯されて、生娘の膜を破られたのだ……。だ、だが、そなただけは、わらわが犯したい……。他の誰にも渡したくないし、誰にも汚されたくはないのだ……。雪蘭はわらわのものじゃ。わらわだけの奴隷だ。わらわの妹じゃ……。なあ、雪蘭、わかってくれ……。こんなかたちで、しかも、山芋などというくだらぬもので、犯すことになって済まんが……」

 

 小白香が苦しそうに言った。

 

「い、いえ……う、うれしいです……おねえ様……。せ、雪蘭はおねえ様になら、なにをされてもいいです……。で、でも、だいじょうぶ……ですか、おねえ様……?」

 

 痒みにもがいていた雪蘭が口を開いた。

 だが、余程に股間が痒いのだろう。

 太腿を一生懸命に擦りつけるようにしているし、歯はかたかたと鳴って、喋るのもつらそうな感じだ。

 

「だ、大丈夫だ……。わ、わらわが先にやってやったからな……。だ、だから、我慢するんだぞ、雪蘭……。わらわが耐えたことなら、お前も我慢できるな……?」

 

「が、がまんします……。おねえ様……。うんうん……。雪蘭はおねえ様がすきです。お、おねえ様がくるしいのなら……雪蘭もおなじようにくるしみたいです……」

 

 雪蘭がぎこちない微笑を小白間に向けた。

 

「いいかげにせんか。お前たちの猿芝居など面白くはないわい。さっさと、山芋で雪蘭のほとを突き刺せ。金凰魔王様がお待ちかねじゃ」

 

 蝦蟇婆は呆れて声をあげた。

 

「そうだ。もうすぐ、白象も来る。そうすれば、色々と趣向も考えておるのだ。こんな前座で泣いておっては、心が持たんぞ、小白香――」

 

「もちろん、前戯などというまどろっこしいことは許さんぞ、小白香――。お前に許されるのは、その小さな童女の股間にただその山芋を突き挿すだけだ。せいぜい、泣き叫ばせるがよい」

 

 金凰魔王とともに、蝦蟇婆は小白香を少しでも追い詰めようとからかいの言葉を発した。

 しかし、小白香はまるで金凰魔王や蝦蟇婆の声など聞こえないかのように無視している。

 なにか面白くない。

 

「脚を開くのだ、雪蘭……」

 

 小白香がささやくように言った。

 

「は、はい……おねえ様……」

 雪蘭が自分に覆いかぶさっている小白香に向かって股を開いた。

 

「も、もっとじゃ……。そして、もっと、こ、腰をあげるように……」

 

「は、はい、おねえ様」

 

 雪蘭が身体をやや仰け反るようにして、腰を浮かせた。

 その突き出た雪蘭の股間に、小白香が自分の膣から突き出た山芋を近づける。

 

「い、いくぞ……せ、雪蘭……」

 

 小白香が自分の腰の位置を調節して、雪蘭の幼い女陰に山芋の先端をあてがった。

 

「し、して……して……ください、おねえ様……」

 

「う、うん……。い、いくぞ……。い、息を吐くのだ……。その方がわらわも楽だった……」

 

「は、はい……」

 

 雪蘭が息を吸い込んでは吐くという行為を始め出した。

 その呼吸に合わせるように、小白香が自分の腰を突き出した。ぐいと山芋が雪蘭の股間に割って入った。

 

「ああっ――」

 

「あっ、んんんっ――」

 

 小白香と雪蘭が同時に声をあげたが、悲鳴は小白香の方が早かった。

 おそらく、小白香の股間の中に入っている山芋が、雪蘭の身体に反対側の先端が挿入されることで大きく動いて、できたばかりの傷口を痛めつけたに違いない。

 それに比べて、雪蘭は最初こそ悲鳴をあげたが、それからは口をつぐんで痛みに耐えている。

 小白香の挿した山芋からは小白香側と同じように、赤い血が雪蘭の股間からにじみ流れている。

 

「どうしたんじゃ……。わしがやったように動かんか、小白香――。腰を振るんじゃ」

 

 蝦蟇婆は怒鳴った。

 

「せ、雪蘭、が、頑張るのだ……」

 

 小白香が雪蘭にささやくように言った。

 しかし、その小白香の腰はなかなか動き出さない。

 どうやら、やっと雪蘭を挿し貫いたものの、痛みへの恐怖で腰を動かせないようだ。

 放っておいても、すぐに痒みでお互いに腰を振り出すに違いないが、蝦蟇婆は気合を入れることにした。

 

 ここで一気に小白香の心を追いつめるのだ。

 蝦蟇婆は持ってきた荷の中から一本の乗馬鞭を出した。一応は、ひと通りの調教道具は持ってきている。

 蝦蟇婆は、その鞭で軽く小白香の尻を引っぱたいた。

 

「ひいっ――」

 

 小白香の口からけたたましい悲鳴があがった。

 それほどの力ではないが、雪蘭との性交中に尻を鞭で叩かれたのは、かなりの衝撃だったのだろう。

 

「あぐうっ――」

 

 今度は雪蘭が絶叫した。

 まだ、小白香は腰を少し浮かせた状況だったので、蝦蟇婆が鞭を振るったことで、その痛みの反動で、小白香の腰は思い切り雪蘭の股間を突き下げることになったのだ。

 

「あううっ……せ、雪蘭、だ、大丈夫か……? あああっ」

 

「あっ、ああっ、だ、だいじょうぶです……あふうっ――」

 

 再び小白香と雪蘭の口から同時に悲鳴があがった。

 蝦蟇婆の乗馬鞭が小白香の尻に再び一閃したのだ。

 さっきよりも少し強めだ。

 小白香と雪蘭の腰が大きく動いた。

 小気味のいい音とともに、小白香の白い尻に二筋目の鞭痕が刻まれる。

 

「ほらっ、小白香、鞭を受けたくなければ、さっさと自分から腰を振れ」

 

 蝦蟇婆はまた鞭を振るう。

 

「ああっ」

「い、いたい――ああっ――」

 

 蝦蟇婆が鞭を振るうと、小白香の腰が動き、雪蘭が呻き声をあげる。それが数回続いた。

 

「い、いいっ……お、おねえ様……、せ、雪蘭にかまわず、こしをうごかして……。いくらでもいたくしていいです……」

 

 雪蘭が小白香の下で必死の声をあげている。

 小白香の身体はもう大人に近いが、それに比べれば、雪蘭は身体も小柄で性器もまだ幼さがかなり残っている。

 その股間を山芋で挿し貫かれているのだ。

 痒みがそれを中和しているとはいえ、かなりの激痛のはずだ。

 それでも、気丈に雪蘭は、小白香にそう言った。

 

 雪蘭は、小白香が雪蘭の身体を気遣って激しく腰を振らないのだと思っているのだろう。

 だが、蝦蟇婆からみれば、小白香は自分の膣の痛みのために、腰を動かさないだけだ。

 それでも、小白香はだんだんと痛みに慣れてきたのか、やっと歯を喰いしばるように、雪蘭を責め始めた。

 

「ふんんんっ――ううっ――」

 

 雪蘭の身体が大きく仰け反った。

 

「あ、ああっ……、せ、雪蘭……が、我慢するのだ……。わらわがそなたの乳首を舐めてやろうぞ……。それで、少しはまぎれるはずじゃ」

 

 小白香が上半身を倒して、雪蘭の胸に顔を鎮めた。

 雪蘭の胸はまだ平らであり、乳房の膨らみはないが、小白香が雪蘭の小さな乳首に舌を這わせだすと、雪蘭は笑みのような顔の歪みを浮き出させた。

 

「は、はああ……、お、おねえ様……おねえ様……」

 

「せ、雪蘭……、はああ……」

 

 だんだんとふたりの顔から恍惚感のようなものが浮かびあがる。

 小白香のそれは、振り動かす腰の刺激により、純粋に痛みよりも快感がまさってきたのだろう。

 だが、雪蘭については、心情的なものが強いようだ。

 小白香と倒錯的な性に耽っているという異常な状況が、雪蘭の心を酔わせているようだ。

 ただ、肉体的な悦びを雪蘭が得られるようになるのは、まだまだ時間がかかるに違いない。

 

「あ、ああっ、き、気持ちいい……、雪蘭、気持ちいい……わ、わらわは……」

 

 小白香の声に嬌声が混じり出す。

 

「おねえ様……おねえ様……おねえ様……」

 

 雪蘭は顔をしかめて、必死で小白香に対する呼びかけを繰り返している。

 ふたりの身体の動きがだんだんと同調をしはじめた。

 

 一方で蝦蟇婆は、ふたりに近づくと、『自縛縄』を取り出して、さっと雪蘭の腰の下にその先端が来るように差し入れた。

 『自縛縄』とは、その名の通りに、身体を自縛してくれる縄のことであり、先端を身体に触れさせると、術者の思う通りに、縄が身体に巻きついてくれる。

 雪蘭の身体の下に送った『自在縄』は、蝦蟇婆の意思に従って、雪蘭の腰の括れの下を通って、小白香の腰に巻きついて、ふたりの腰をぐっと密着させるように絞った。

 

「あっ」

「ひっ」

 

 腰を縄で密着させられた小白香と雪蘭が、びっくりして悲鳴をあげた。

 さらに、縄はふたりの向き合った腿をそれぞれに縛着していく。

 

「な、なにをするのだ――?」

 

 小白香はいきなり、身体を雪蘭と密着されるように縛られて、狼狽の声をあげている。

 蝦蟇婆はふたりを蹴って、小白香が上になった状態から横倒しの体勢にした。

 小白香と雪蘭の上気した顔がこっちを向く。

 

「お前らのぎこちない性交を続けさせてもよいのだがのう……。だが、股間の痒みが癒えたかもしれんが、もうひとつ痒い部分が残っておるのではないか、小白香? それを掻いてやらんでもよいのか……。お前はよくても、雪蘭は苦しそうじゃぞ……」

 

 蝦蟇婆は笑った。

 すると小白香の顔が口惜しそうに真っ赤になった。

 図星なのだ。

 

 股間の痒みは、山芋で抉られることにより、とりあえずはほぐれたはずだ。

 しかし、女陰の痒みが消える快感が大きい分、たったひとつ残された尻穴の痒みは、焦燥の炎を激しくしてしまっているはずだ。

 小白香の顔がそれを物語っている。

 

「く、くうっ……。わ、わかった……。お尻もして欲しい……。た、頼む……」

 

 小白香は言った。

 蝦蟇婆はほくそ笑んだ。

 

 もう小白香はそう言うしかないはずだ。いまこうやっていても、雪蘭と繋がった小白香の腰は絶え間なく動いている。

 股間の痒みは、それでかなり癒えていると思うが、それに比べて、いまだに肛門の痒みだけは少しも刺激を与えてられていない。

 ただれそうな菊座の痒みに、小白香の心にはほとんど余裕などないであろう。

「わかった。この蝦蟇婆が指でほじってやるぞ……」

 

 蝦蟇婆は小白香の尻穴に指をずぶずぶと入れてやった。

 

「うわああっ」

 

 小白香が感極まった声をあげた。

 尻穴から痒みが消える快感に小白香が打ち震えている。

 

「気持ちよさそうじゃな……。だが、お前だけでよいのか……? 雪蘭も尻穴の痒みの苦しみは同じなのだぞ……。お前だけ、痒みが消える快感を味わうつもりか……?」

 

「わ、わかった……。わらわだけではなく、雪蘭もしてくれ……」

 

 小白香は呟くように言った。

 そのあいだも、蝦蟇婆の指は小白香の肛門の内側の粘膜を掻き続けている。

 小白香はのどを仰け反らせて尻を動かし続ける。

 縄で密着した雪蘭の腰も、それに応じて激しく動いている。

 山芋で繋がった股間がその動きで抉られて、雪蘭が顔をしかめている。

 

「雪蘭のどこになにをするのじゃ、小白香? はっきりと口にせんか――」

 

 蝦蟇婆は強く言った。

 

「わ、わらわだけではなく、ゆ、雪蘭の尻穴も癒してやってくれ――」

 

「ならば、雪蘭の尻を犯していいのじゃな?」

 

「いい――。雪蘭も痒みで苦しいのじゃ。雪蘭も頼む。犯してくれ……ああっ……」

 

 尻穴をほじられる快感に耽っている小白香は、ほとんどなにも考えずに、そう口走ったような感じだ。

 蝦蟇婆はにやりと笑って、金凰魔王に視線を向けた。

 

「小白香の言葉ですぞ……。尻穴については、道術契約は解除じゃ……。存分に犯してくだされ、金凰魔王陛下」

 

 

 蝦蟇婆は、小白香の肛門から指を抜くと、金凰魔王に視線を向けた。

 

「おう――。そうであったな――。小白香の言葉があれば、そいつと交わした道術契約は解除だったな。ならば、尻穴については、余が存分に犯していいということか――。では、人間族の童女の肛門の味わわせてもらうとするかな――」

 

 金凰魔王が笑いながら立ちあがった。

 

「そ、そんな――。ま、待て――。い、いまのはなしじゃ――。つい、口走ってしまったのだ――。待って。待ってくれ――。伯父上の一物で雪蘭の肛門を犯せば、雪蘭が毀れてしまう――」

 

 小白香が悲鳴をあげた。

 やっと、蝦蟇婆の誘導に従って、雪蘭を尻を犯していいと口にしたことに気がついたのだ。

 尻であろうが、女陰であろうが、道術契約に乗せた言の葉によって、金凰魔王は雪蘭を「犯す」ことはできないでいたのだ。

 しかし、たったいま、小白香が「雪蘭の尻を犯してくれ」という言葉を発したことで、尻穴だけは、道術契約が解除されたかたちになったのだ。

 

「そんなことは知らん――。余は、その童女が死のうが、毀れようが興味はない――。それに、尻穴が破けても別に死にはせんわ。せいぜい、糞便が垂れ流しになり、一生、おしめをせねば生きていけんようになるだけであろう」

 

 金凰魔王は、横倒しになっているふたりの身体をごろりと転がして、雪蘭を上にした。

 そして、雪蘭の小さな尻たぶを両手で掴むと、肛門が露わになるようにぐいと左右に尻を押し拡げた。

 

「ひゃあ、お、おねえ様――、こ、こわい――ああっ――」

 

 雪蘭が悲鳴をあげた。

 

「や、やめてくれ、伯父上――。わらわの……わらわの尻を犯せばよかろう――。雪蘭にはまだ早い――。小さな張形から少しずつ肛門を拡げているところなのじゃ――。まだ、早いのじゃ――。やめてくれ――」

 

 小白香が雪蘭の舌で泣き声をあげている。

 

「ほう……。すでに、尻穴調教を始めておったか――。ならば、少しは耐えるかもしれな……。まあ、この童女の尻穴の腱が切れたら勘弁せいよ、小白香――。残念ながら霊気を帯びてはおらん人間族のこの童女には、余の『治療術』は効かんから、毀れたら使い捨てにするしかあるまい。そのときは、新しい人間族の童女を与えてやる」

 

 金凰魔王が一度、雪蘭の尻から手を離して、下袴から一物を出した。

 逞しい肉棒がそそり勃っている。

 そして、もう一度、金凰魔王が雪蘭の尻たぶに手をかけた。

 金凰魔王の男根の先端が、雪蘭の肛門に近づく。

 雪蘭は恐怖の悲鳴をあげ続けている。

 しかし、腰を小白香に密着させられているので、大きな動きはできない。

 

「せ、雪蘭の代わりなどおらん――。伯父上、後生だ――。せ、雪蘭を毀すのはやめてくれ――。わらわでやってくれ――。お願いじゃ――」

 

「お前の尻穴は、女陰とともに、白象の呪いで護られておるのだ。まだ、余は手を出せん」

 

 金凰魔王の怒張が雪蘭の肛門の先端に当たった。

 

「ひい――。お、おねえ様、たすけて――」

 

「せ、雪蘭――ああ、雪蘭――。伯父上――伯父上――頼む――」

 

 雪蘭と小白亜が絶叫した。

 そのとき、廊下に面する部屋の扉がどんと大きな音がした。

 蝦蟇婆は扉に視線を向けた。

 金凰魔王も、動きを止めて、扉に意識を向けている。

 すると、扉が大きく開かれ、いきなり、大きくて丸いものが部屋に勢いよく転がり入ってきた。

 

 転がって入ったきたのは魔網に包まれた女だった。

 続いて、小白香の姿の小愛が入ってきた。

 扉がしっかりと閉じられる。

 網に包まれた女の服はぼろぼであちこちが破けているし、全身が傷だらけだ。

 そして、網の中の女には意識がないようだ。

 

「なんだ?」

 

 金凰魔王が声をあげた。

 そして、雪蘭の尻たぶから手を離して下袴をはき直した。

 

「こいつは、沙那です。やっとのこと捕らえました。かなりの抵抗をしましたが、最終的には蝦蟇様の『電撃鞭』で気絶させて、とりあえず、魔網にくるんで道術で運んできました」

 

 小愛が変身を解きながら言った。



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571 拷問訊問

「こいつが沙那か? それで白象はどこなのだ、小愛?」

 

 服装を整えた金凰魔王が小愛(しょうあい)に視線を向けた。

 すでに小愛は、指から変身のための指輪の霊具を外して、小白香の姿から元の姿に戻っている。

 

「さ、沙那、大丈夫か――? 沙那?」

 

 雪蘭の身体の下の小白香が声をあげている。

 

「やかましいわ――。とにかく、お前たちは、しばらく、そこで悶えておれ」

 

 蝦蟇婆(がまばあ)は道術で、小白香と雪蘭の身体を部屋の隅に追いやった。

 拘束されたままのふたりが床を滑り進んでいき、扉と反対側の壁でとまった。

 改めて、蝦蟇婆は小愛に視線を向けた。

 

「小愛、白象様は、まだ行方がわからんのじゃな?」

 

 蝦蟇婆は言った。

 小白香にかけられている貞操の呪いを解くために、身柄が必要なのは白象であり、沙那の身柄はこの部屋に連れ込む必要はない。

 第一、もともと小愛は、沙那を殺すつもりで部屋を出て行ったのだ。

 それなのに、沙那を生きてここに連れて来たということは、その白象がまだ見つかっていないということだろう。

 

「はい、蝦蟇様……。こいつが隠れている場所を知っているのは、確かなのですが……」

 

 小愛が苦虫を潰したような表情になった。

 

「それで、いま、どうしているのだ、小愛?」

 

 金凰魔王だ。金凰魔王は、とりあえず、椅子に座り直している。

 

「はい、陛下――。性奴隷たちに捜索を続けさせております。ただ、この離宮は、道術でなければ出入りできない部屋が非常に多いのです。それで、一度、戻ってきました。おそらく、そういう部屋のどこかに隠れていると思うのですが……」

 

 小愛が言った。

 

「聞いてのとおりだ、小白香――。余との道術契約に基づいて要求するぞ。この離宮にかかっている道術の封印を全て解け。なにもかも解放するのだ」

 

 金凰魔王が部屋の隅で小愛とともに縛られている小白香に視線を向けた。

 

「わ、わらわには、霊気がない……。それを知っておるであろう――。既に、この離宮そのものに、わらわの霊気が流れなくなっておる……。い、いまは、まだ離宮内に霊気の残存があるから、奴隷部屋などの扉が隠れておるが……、そ、そのうちに、完全に結界が外れ……、と、扉や階段が……す、すべての部屋や廊下に出現する……」

 

 小白香が苦しそうに言った。

 この小娘もそうだが、密着して縛られている雪蘭(せつらん)も痒みの苦しみで悶えている。

 いまのふたりにとって、放置されるというのは、苛酷な苦痛の始まりだ。

 山芋が貫いているふたりの股間だけは、辛うじて腰を動かすことで痒みを癒すことができるが、菊座を始めほかの部分は、満たされることのない痒みが癒えることへの渇望が、小白香と雪蘭を苦しめ続けているはずだ。

 

「ならば、一時的に余の霊気を遣わせてやる。それですべて解放しろ、小白香……。霊気を他のことに遣うことはできんぞ。そんな動きは、余にすぐにばれる。この霊気が余の霊気に繋がっていることを忘れるな」

 

 金凰魔王が言った。

 すると、金凰魔王の霊気の一部が小白香に流れるのがわかった。

 白象を渡すというのは、金凰魔王との道術契約事項だ。

 それに関することは、小白香は絶対に拒否できない。

 

 果たして、小白香に流れ込んだ霊気が、小白香の身体から放出され始めた。

 小白香が離宮のすべての結界や隠れていた扉や階段を解除しているのだろう。

 やがて、小白香から霊気の放出がとまった。

 すると、金凰魔王が再び小白香から霊気を完全に抜き取った。

 

「お、終わった……」

 

 小白香が言った。

 金凰魔王が満足そうに頷いて、小愛に頷いた。

 

「小白香だ――。皆の者聞け――。先程の組ごとに、すべての部屋を虱潰しに母者を探せ。なにかを発見したら、どんな小さなことでも、わらわに『飛び声』で報告するのだ――。念のために離宮の周りも調べよ。但し、絶対に離宮から離れるな――。離れたら最後、お前たちに飲ませた毒玉が、身体の中で破裂するからな」

 

 小愛が『飛び声』の泡玉を出現させると、小白香の声色で言葉を刻んだ。

 それが、十数個に分裂して消滅した。

 白象を探すために、離宮中に展開している性奴隷たちのいる場所に声を届けに行ったのだろう。

 

「毒玉とはなんじゃ、小愛?」

 

 蝦蟇婆は訊ねた。

 

「この離宮にいる性奴隷のすべてに飲ませた毒薬です。期限までに白象を見つけなければ、その毒玉が体内で破裂して死ぬという仕掛けになっております。だから、性奴隷たちは、必死になって、白象を探しているのですよ……。外を捜索させている者も同じです……。離宮から離れたり、宮廷府の者と接触しようとすると、毒玉が破裂します……」

 

「なるほど、なかなかに卑劣なやり口だな」

 

 金凰魔王が大笑いした。

 

「まあ、そのうちに発見したという報告があるはずです。わたしは、まだ離宮の中に、白象様はいると思いますけどね――。とにかく、すぐに出入り口は、性奴隷たちに固めさせたのです。外に逃亡する時間的な余裕はなかったはずですから……」

 

 小愛が言った。

 そして、視線を網にくるまっている沙那に向ける。

 沙那はいまだに意識を失ってぐったりとしている。

 余程の強い電撃を浴びせたのだろう。

 

「……しかし、こいつが白象様の居場所を白状すれば、それが一番手っ取り早いのです――。それで、ここに連れて来たのですよ」

 

 小愛が続けて言った。

 

「なるほどのう……。ならば、わしが訊問してやるかのう。ところで、小愛、ここに大工道具はあるか? 釘とか、げんのうとか、ちょっとしたものがあればいい。のみも欲しいのう」

 

 蝦蟇婆は言った。

 

「隣の部屋にあります。持ってきます」

 

 小愛がにやりと笑って部屋を出ていった。

 

「さ、沙那……」

 

「沙那お姉さま……」

 

 小白香と雪蘭のふたりが心配そうに沙那の名を呼んでいる。

 しかし、一方でふたりは少しもじっとしていられないように、密着させられた腰を中心に、全身を震え動かしている。

 

 当然だろう。

 ふたりの敏感な肌や粘膜の部分には、とろろや山芋の汁が塗り込められている。

 股間だって、生娘の膜を破られた痛みで痒みを多少は忘れられたかもしれないが、結局のところ、新しい山芋の汁を塗られただけなのだ。

 股間の痛みが薄れて落ち着いてくれば、山芋の痒みは、もはや、目を背けられない苦痛に違いない。

 

「静かにしておれ」

 

 蝦蟇婆はふたりに一括すると、沙那が巻かれている『魔網』を解き始めた。

 『魔網』とは、罪人などを捕縛するための捕獲具であり、一度これに身体を包まれると、どんなに力の強い者だろうと、誰かが外から網を外さぬ限り、絶対に抜け出せない。

 

 蝦蟇婆は沙那がくるまった網を解いた。

 すると、気を失っているとばかり思っていた沙那が、物も言わずに飛び出した。

 そして、蝦蟇婆を突き飛ばして、金凰魔王に向かって飛びかかった。

 

「うおっ――」

 

 金凰魔王が驚きの悲鳴をあげて、椅子ごと後ろに倒れる。

 

「なんじゃ――?」

 

 蝦蟇婆も声をあげたが、咄嗟に反応することはできなかった。

 卓が沙那の身体で弾かれて横倒しになる。

 卓の上に並んでいた食べ物や飲み物が音を立てて床に散らばった。

 沙那が倒れた金凰魔王に上から飛び乗る。

 

 しかし、次の瞬間、沙那の身体が弾き飛んだ。

 金凰魔王が一瞬にして刻んだ防護結界に沙那が跳ね飛ばされたのだ。

 

「くあっ」

 

 沙那が床に叩きつけられた。

 そのまま、苦しそうに床にうつ伏せになっている。

 金凰魔王の道術による力場によって身体を押し潰されているのだ。

 扉が開いた。

 小愛が大工道具の入った箱を抱えて戻ってきたのだ。

 

「ま、魔王様?」

 

 部屋の外から戻った小愛が目を丸くしている。

 小愛は、両手に持っていた箱を下に放り捨てて、床に突っ伏している沙那に飛びかかった。

 小愛は、すでに懐から短刀を抜いている。その小愛が短刀の刃を沙那の喉に押しつけた。

 

「大人しくしなさい、沙那――。あんた、なにしたの?」

 

 小愛が沙那に刃物を押し受けながら叫んだ。

 

「あ、危ないところだった……。間一髪で防護結界が間に合った。だが、なにをしようとしたのだ? いま、沙那が素手で飛びかかってきたとき、霊気とは違うおかしな力を感じたぞ……」

 

 金凰魔王が汗を吹きながら、起きあがった。

 

「こ、この人間族の女は、気の術を遣うのです、魔王様――。指で経絡のつぼを押して、相手の意識を失わせる技を持ってます」

 

 小愛が言った。

 

「一発で殺すこともできるわ……。後、指が半分ほどの距離だったのに残念だわ……。それより、小愛、あんた、金凰魔王の犬だったのね……。小白香様に忠誠を誓ったふりをして、金凰宮と繋がっていたのね……」

 

「さあね」

 

 小愛が軽く肩をすくめた。

 沙那は強い視線で小愛を睨んでいる。

 

「それに、さっき、離宮の性奴隷をけしかけて、わたしを襲わせた小白香様もあんたね? まったく、油断もできないわね……。白象様に違うと教えられなければ、危うくのこのこと、小白香様に変身したあんたの前に出ていくところだったわ……。変身の霊具でも使っていたの?」

 

 刃を喉に押しつけられながらも、沙那は眉ひとつ動かすことなく、小愛に視線を向けながら言った。

 

「そういう、あんたこそ、わたしの浴びせた『電撃鞭』で気を失ったふりをしていたようね、沙那。あんたこそ、油断も隙もないわね」

 

「金凰魔王を殺せれば、それが一番手っ取り早かったのに残念だわ……。ところで、小白香様、大丈夫ですか? 金凰魔王を殺そうとしましたがしくじりました。申し訳ありません」

 

 沙那が小白香に声をかけた。

 

「さ、沙那……。お、お前の言う通りであった……。き、金凰魔王は、わらわが思うておったよりも、遥かに卑劣で人非人であった……。そして、母者はこの金凰魔王に支配されながらも、わらわを金凰魔王から護ってくれておったのだ……」

 

「わ、わかっています。とにかく、白象殿は安全な場所に隠れています。ご安心ください」

 

 沙那が言った。

 蝦蟇婆は、金凰魔王の道術によって、床にうつ伏せになっている沙那の前にしゃがみこんだ。

 

「つまりは、お前は、白象様の隠れておる場所を知っておるということじゃな?」

 

「あ、あんた、誰よ……?」

 

 沙那が視線を向けた。

 

「蝦蟇婆じゃ――。お前の主人の小白香の調教師じゃ。そんなことより、白象様の居場所を言え、沙那。白象様は、この小白香がわしらに渡したのじゃ。道術契約もかわした。早く、居場所を言うんじゃ。どの部屋に隠れておるんじゃ?」

 

「どうせ、小白香様に無理矢理に道術契約させたんでしょう? おあいにくだけど、白象殿は渡さないわ。白象殿がいなければ、小白香様に手が出せないんでしょう? 全部わかっているのよ、ええっと……蝦蟇蛙(がまがえる)さんだったっけ?」

 

 沙那が不敵に笑った。

 蝦蟇婆はむっとした。

 だから、蝦蟇婆は沙那がひっくり返して床に落ちていた食べ物群の残骸から、ひと組の箸を取った。

 そして、半分の長さに折ってから、動けない沙那の鼻の穴に一本ずつ先っぽを入れる。

 沙那がぎょっとした顔になった。

 

「面倒は好かん。さっさと居場所を言え……。それと、わしの名は蝦蟇婆じゃ」

 

「あら、そうなの? 蛙に似ているから間違えたわ。これからも蝦蟇蛙って呼んでいい?」

 

 沙那が小馬鹿にした声で言った。

 蝦蟇婆は無言で沙那の鼻に入れた箸をぐいと突き入れた。

 

「あがあああっ――」

 

 沙那が絶叫した。沙那の鼻からおびただしい鼻血が吹き出した。

 

「わしは蝦蟇婆だと言うたろう……。陛下、済まんが、この女を拷問するので、少し待ってもらえませんかのう。それと、床ではなく椅子に座り直させてはくれますか……。小愛、手伝え」

 

 部屋には二脚の椅子があり、ひとつは金凰魔王が座って、少し離れた位置で座っている。

 もうひとつは、さっき沙那が暴れたときに卓とともにひっくり返っていた。

 蝦蟇婆は倒れていた卓と椅子を戻して、椅子を卓の前に置いた。

 

「おう、好きにせよ、蝦蟇婆。少しだけその女を押さえつけている道術の力を緩めた。自分では動けんが、他人は好きなように動かせるはずだ」

 

 金凰魔王が笑った。金凰魔王は、すでに椅子を離れた場所に移動させており、すっかりと見物の態勢だ。

 

「さあ、起きるのよ、沙那」

 

 小愛が沙那を抱えて、椅子に座らせる。

 沙那の顔は、流れている鼻血で真っ赤だ。

 小愛がの手を振りほどこうともがいているが、自由にはならないようだ。

 簡単に小愛によって椅子に座らせられた。

 蝦蟇婆は沙那の両手を卓に手の甲を上にして置かせた。

 すると沙那の手が卓に張りついたようにも動かなくなった。

 

「さ、沙那、命令だ。母者の場所を言え。もう、いいのだ――」

 小白香が必死の声を発した。

 

「ご、ご心配なく……。し、死んでも喋りませんよ……」

 

 沙那は言った。

 その口調は流れる鼻血のためにくぐもっている。

 

「さ、沙那、命令と言っておるじゃろう――」

 

「い、嫌です、ご主人様……。そ、それよりも、だ、大丈夫ですか……? もしかして、雪蘭と、な、なにかで繋げられてます?」

 

 小白香も雪蘭もしきりに悶え続けている。

 たっぷりと塗った山芋の汁が猛威を猛威を振っているのだ。

 小白香にしても雪蘭にしても苦痛で顔を歪めている。

 

「なんてことはないわい……。一本の山芋をふたりのほとに突き挿しておるだけじゃ」

 

 蝦蟇婆はそう言って、小愛が持ってきた大工道具の箱を卓のそばに寄せた。

 その中から一番大きな釘とげんのうを取り出す。

 

「ひ、卑劣ね……。こ、こんな子供をいたぶって、は、恥ずかしくないの……? 小白香様はまだ十二歳よ。雪蘭に至っては十歳の童女よ」

 

 沙那が吐き捨てるように言った。

 しかし、蝦蟇婆が、持っているものに気がついて、目を丸くした。

 蝦蟇婆は卓の上に置かれている沙那の右手の甲の真ん中に釘の先を置いたのだ。

 

「どうせ、なんでも喋らされることになるのじゃ。無駄はやめようぞ、沙那……。白象様はどこじゃ? 言え」

 

 蝦蟇婆はこれ見よがしに、げんのうを構える。

「沙那、居場所を言え――」

 

 小白香の悲鳴のような大声が部屋にまた響いた。

 蝦蟇婆はちらりと沙那の顔を見た。

 沙那は恐怖に顔を歪めているが、硬く口を閉じており、口を開く気配はない。

 蝦蟇婆はげんのうで沙那の手の甲を卓に打ち付けた。

 

「あ、ああっ、あ、あがあっ、あががあっ――」

 

 沙那が道術に押さえられた身体を激しく動かして吠え続ける。

 小愛が沙那が座っている椅子を押さえた。

 釘が卓の下まで達したのがわかった。

 釘の頭は沙那の手の甲にまで沈んでいる。

 

「小愛、箱の中に針金があったから、それで沙那の身体を椅子に縛りつけよ。腕もじゃ。肘に針金を巻いて卓の台に巻きつけてしまえ」

 

「はい」

 

 蝦蟇婆の指示を受けて、小愛は淡々と作業を開始した。

 そのあいだに、蝦蟇婆は二本目の釘を取り出して、今度は沙那の左手の甲を打ち付けていく。

 

「あ、あああっ――」

 

 沙那が拘束された全身を限界まで仰け反らせた。

 しかし、今度は左右の手を卓に打ち付けられているので、その動きはさっきほどではない。

 

「さ、沙那――。た、頼む――。白状してくれ――。母者の居場所を口にしてくれ――頼む――」

 

 小白香が泣き叫んでいる。

 

「さあ、沙那、まだ、白状する気にはならんのか? まだ、こんなものは、この蝦蟇婆の拷問の準備のようなものにすぎんぞ」

 

 しっかりと二本目の釘も貫通したのを確認してから蝦蟇婆は、沙那の顔を覗き込んだ。

 

「し、し、死んでも言わないわ――」

 

 沙那が絶叫した。

 

「そうか、そうか……。それは拷問のやりがいがあるのう……」

 

 蝦蟇婆は笑った。

 そして、ばらばらとたくさんの釘を卓の台に打ち付けている沙那の両手のあいだにこぼした。

 

 一方で、小愛の作業が終わった。

 沙那の乳房の上下、胴体、腰、足までにも針金が椅子に括りつけられて喰い込んでいる。

 卓に置かれた両肘にもそれぞれに針金が巻かれ、それが手の下の卓の台に巻かれた。

 これで、沙那は、たとえ、道術を解かれても、椅子と卓からは離れられない。

 

 蝦蟇婆は、手を伸ばして、沙那の胸から服を横に裂いて胸を剝き出しにした。

 胸当ても引き千切り、両方の乳房を露わにさせる。

 蝦蟇婆は卓の上から釘を取った。

 今度は中くらいの長さの釘だ。

 

「何本目で白状する気になるかのう……?」

 

 蝦蟇婆は釘の先を沙那の乳房に当てるとげんのうを振った。

 釘は一発で沙那の乳房に全部喰い込んだ。

 

「ほがああっ」

 

 沙那が絶叫した。

 釘が刺さった乳房から血が滲み始める。

 

「まずは一本……。さあ、次じゃ」

 

 蝦蟇婆はすぐに二本めの釘を出すと、今度は反対の乳房の乳首の横に釘を打ちつけた。



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572 拷問無惨

 両方の乳房に合計五十本は釘が埋まっただろうか……。

 沙那の美乳は見るも無残に真っ赤に腫れあがっている。

 釘の突き刺さった部分のあちこちからが血が滲み出ており、沙那の乳房はまるでなにかの果実のように赤い。

 

 蝦蟇婆(がまばあ)は部屋の隅から小白香が履いていたサンダルの片方を拾った。

 小白香が自ら服を脱いだあと、そのままほかの衣類とともに置き捨てられていたものだ。

 蝦蟇婆は、そのサンダルを振りあげて、たくさんの釘を打ちつけられて腫れあがった沙那の乳房を横からぶん殴った。

 

「あがああっ、ひぐううっ」

 

 針金で椅子に縛られている沙那が、全身を暴れさせて絶叫した。

 すでに金凰魔王の道術による縛りは解除しているので、沙那が暴れるのを防ぐために小愛が後ろから椅子の背を支えている。

 だから、沙那が暴れて沙那の両手を釘で打ち付けている卓が多少揺れただけですんだ。

 数十本の釘を打ちつけられている乳房を横から叩かれる激痛は、凄まじいものだろう。

 あの気丈そうな沙那が涙を流して苦痛に顔を歪めている。

 

「まだ、白状する気にならんのか、沙那? 何発でもいくぞ。釘など数百本はあるのじゃ。まだまだ、つらい身体の部分に打ちつけるぞ――」

 

 蝦蟇婆は今度は反対側の乳房に手を伸ばして、サンダルで上から殴った。

 

「ぎゃああっ――」

 

 沙那が喉を仰け反らせて絶叫した。

 叩いたはずみで数本の釘が抜け出た。

 釘でせき止められていた血が乳房から流れ出す。

 

「さ、沙那――母者の居場所を言え――。め、命令じゃ――命令なのだ――。頼むから、もう白状せよ――沙那――」

 

 雪蘭(せつらん)と身体を密着させて拘束している小白香が悲鳴のような声をあげた。

 小白香は号泣している。

 雪蘭に至っては、とても正視などできないのか、必死になって顔を小白香の肩に埋めている。

 

「ほれ、もう一発じゃ――」

 

 また引っぱたいた。

 沙那が悲鳴をあげた。

 

 そうやって、左右の乳房の殴打を数十発は続けた。

 途中では、拳に布を巻いて、乳房に拳を叩き込みさえした。

 だが、結局、沙那は悲鳴をあげ続けるだけで、意味のある言葉は吐かなかった。

 

「し、しぶといのう――」

 

 蝦蟇婆は肩で息をしながらサンダルを床に放った。

 沙那の乳房からは、埋まっていた釘の半分は飛び出ただろうか。乳房から流れた血が身体に滴り落ちて、椅子と床を血で汚している。

 

「蝦蟇様、交替しましょうか?」

 

 沙那の座る椅子を押さえていた小愛が言った。

 

「いや、よい……。そろそろ、乳房の感覚もなくなったじゃろう。それよりも、新しい場所に釘を打ちこむかのう……。小愛、沙那の顔を上にあげさせよ」

 

 蝦蟇婆は、卓の上から新しい釘を取って、沙那の横についた。

 小愛が沙那の髪を掴んで、力の限り下に引っ張る。

 

「んごおおお」

 

 沙那の顔が天井を向いた。

 蝦蟇婆は、左手に釘を持つと、その手の小指を薬指で沙那の瞼を強引にあげた。

 そして、親指と人差し指で支えている釘の先を強引に開けさせている沙那の眼球に向けた。

 

「ひっ、な、なに……ひっ、や、やめて――や、やめてぇ――」

 

 朦朧としていた沙那がやっと、自分が次に釘を打たれようとしている場所に気がついて、恐怖の悲鳴をあげ始めた。

 

「一度しか、聞いてやらんぞ……。白象様はどこじゃ? どの部屋じゃ?」

 

 蝦蟇婆は左手で釘を沙那の眼に当てたまま、右手でげんのうを構えて言った。

 

「や、やめてっ、やめてえぇ――た、助けて――いやああっ――」

 

 沙那が力の限り顔を振って釘を避けようとする。

 しかし、力一杯髪を小愛から引っ張られるとともに、顔を蝦蟇婆の手で押さえられている沙那の顔は、それほどは動かない。

 

「さ、沙那――言え――とにかく、喋らんか――」

 

 小白香が叫んだ。

 蝦蟇婆は少し待った。

 だが、沙那は悲鳴をあげて暴れるだけで、やはり、なにかを喋ろうとする気配はない。

 

 蝦蟇婆は沙那の眼に釘を打ちつけた。

 顔の骨が砕けては、下手をすれば死んでしまい訊問が続けられないので、力は加減している。

 釘は沙那の眼の玉に刺さった。

 硬めの果実に釘を刺したような感触だ。

 さっき、手の甲に釘を打ったときよりは、眼球の方がやや硬いかもしれない。

 沙那の顔に釘が立った。血とともに水のようなものが眼孔から頬に向かって流れた。

 

「もう、ひとつあるのう? 両眼とも見えなくなれば、根の国に行っても、行き先がわからんで困るぞ。楽に死なせてやるから白象様の居場所を言え、沙那」

 

 蝦蟇婆はもう片方の沙那の眼に、さっきと同じように釘の先を当てた。

 

「ゆ、許して……」

 

 沙那の身体が恐怖のためにがたがたと震え出した。

 ふと見ると、失禁を始めている。

 沙那の恐怖は本物のようだ。蝦蟇婆はほくそ笑んだ。

 

「白状する気になったか、沙那?」

 

 蝦蟇婆は訊ねた。

 

「や、やめて、やめて、やめて――」

 

 沙那はさっき以上に顔を暴れさせている。

 しかし、やはり、白象の居場所を喋る意思はないようだ。

 蝦蟇婆は嘆息した。

 そして、その眼にも釘を打ちつけた。

 

「がああっ」

 

 沙那が絶叫した。

 釘を打ちつけられた両眼は、完全には瞼は閉じず、その隙間から血がだくだくと流れている。

 

「かなかなしぶといのう、沙那……。小愛、次は指にいくぞ。一本ずつ押さえるんじゃ。十本の指を全部、卓に打ち付けてやるわい。その後は、爪じゃ。爪の下に釘を打ちこんでやる。それで白状せん人間族はおらん」

 

 蝦蟇婆は小愛を顎でしゃくった。

 

「わかりました。でも、こいつ、結構まだ力が強いですよ。一応、足も床に打ち付けておいた方がいいと思います。一番大きな釘とげんのうを貸していただけますか、蝦蟇様」

 

 小愛が言った。

 蝦蟇婆が釘とげんのうを手渡すと、小愛が沙那の足元にしゃがみこんだ。

 沙那の左右の足は、それぞれに左右の椅子の脚に腿、膝の上下、足首を針金で固定されている。小愛は、その沙那の足から靴を脱がせた。

 沙那の素足が露わになる。

 小愛は、片方の足にとりつくと、沙那の足の指を踏んで押さえながら、沙那の足の甲に釘を打ち始めた。

 

「ああっ、があっ、はがあっ――」

 

 沙那の身体ががたがたともがく。

 しかし、その動きも足の甲に釘の頭が沈むにつれて、やや穏やかになる。

 小愛はひとつの足の甲にさらに釘を足し、三本の釘で沙那の足を床に張りつけた。

 

 そして、次の足に移動する。

 やはり、同じように三本の釘を打ちこんだ。

 沙那がぐったりと脱力した。

 どうやら気を失ったようだ。

 

 蝦蟇婆は沙那に道術を込めた。

 気絶から覚醒させる道術だ。

 すぐに沙那が身じろぎを始める。

 そして、がたりと身体を動かして顔をあげた。

 しかし、その両眼には、打ちこんだ釘が刺さっている。

 

「あ、あああああ――」

 

 沙那ががくがくと身体を震わせて叫び声をあげだした。

 しかし、その声はさっきまでに比べると、弱々しい。そして、暴れ方も静かになっている。

 

「沙那、白象殿はどこじゃ……?」

 

 蝦蟇婆は沙那の耳元に近づくとささやいた。

 眼の見えない沙那は、蝦蟇婆の声にびくりとなった。

 

「……た、頼む、もう、沙那を痛めつけないでくれ――。やるなら、わ、わらわにやれ――」

 

 小白香が泣き叫んだ。

 その小白香も山芋の汁を局部に塗られていて、全身が真っ赤になって汗だくだ。

 雪蘭と狂ったように身体を擦り合わせてながら、顔だけは悲痛な表情をしている。

 蝦蟇婆は、随分と奇妙な姿のように思った。

 

「それは、沙那に言うんじゃな――。わしは、別にこいつの拷問など興味はないのじゃ……。わしの役目はお前の調教だしのう。わしとしては、お前のような高慢ちきの少女の性根を叩き潰すのが、なによりも好きなので、その仕事に早く戻りたいと思うておる。早う、お前も説得せい――。沙那が白象様の居場所を喋れば、それでこんなことは終わりじゃ」

 

 蝦蟇婆は小愛に命じて、沙那の右手の親指を伸ばさせた。

 そして、その真ん中の関節の近くに釘を打ちつけていく。

 

 親指の次は人差し指……。

 蝦蟇婆は、そうやって両方の指に釘を打って手のひらを拡げた状態で卓に固定していく。

 右手の指に釘を全部打ち終わったところで、また、沙那が気を失った。

 すぐに沙那を覚醒させて、意識を戻す。

 

「……む、無駄なことは……や、やめ……て……。わ、わたしが……喋るわけ……ない……」

 

 二度目の覚醒をした沙那がゆっくりと言った。

 

「そうかのう? 随分と喋りたがっているように思えるがのう……。まあ、いいわい。気が向けば喋るんじゃぞ……」

 

 蝦蟇婆は小愛に押さえさせて、左手の指を卓に打ちつけていく。

 やがて、全部の指が卓に打ちつけられた。

 最初に打ち込んだ両方の手の甲の釘と併せて、十二本の大中の釘が突き刺さったことになる。

 そのすべてが釘の頭まで沙那の手に打ち込まれて、卓に刺さっている。

 蝦蟇婆は無造作に選んだ一本の指の爪の下に、一番小さな釘をあてがうと、げんのうで少しずつ叩いていった。

 

「ぎゃあああ――」

 

 沙那が叫んだ。

 しかし、釘で指を卓に打ち付けられている沙那は、爪の下に釘を打たれている指を動かすことはできない。

 

 沙那の絶叫が続いた。

 爪の下に釘が喰い込むにつれて、だんだんと爪が浮きあがっていく。

 さらにまた一本を追加……。

 一本の指に三本ほど打ち込むと、完全に爪が指から離れた状態になった。

 

「も、もう、やめて、言う――言うから――」

 

 沙那が大声をあげた。

 

「わかった……。じゃが、まだ、十本のうちの一本ではないか――。もう少し、爪を剥がされてから白状せい」

 

 蝦蟇婆はそううそぶいて、次の指の爪に取りかかった。

 完全に沙那を屈服させてから自白させる……。

 そうするためだ。

 中途半端に痛みつけただけでは、ぎりぎりのところで、白状しようと思っていた言葉を飲み込んでしまうことがある。

 だから、急いで白状したいと考えるくらいに追い込むのだ。

 

 結局のところ、それが一番早いということを蝦蟇婆は経験上知っていた。

 沙那はだんだんと弱々しくなる悲鳴を続けながら、さらに二本の爪を蝦蟇婆によって剥がされた。

 

 二本目の爪のときに、また沙那が失禁した。

 そのとき、さっきもそうだったが、沙那が微かによがるような仕草を示した気がした。尿をすると感じるのだろうか……。

 何気無くそんなことを考えた。

 

「さあ、じゃあ、教えてもらおうかのう……。白象様はどこじゃ?」

 

 蝦蟇婆は訊ねた。

 

「ほ、宝物庫……。そこ床に隠し穴が……ある……。そ、そこにいる……」

 

 沙那がゆっくりと言った。

 

「小愛――」

 

 蝦蟇婆は小愛を見た。

 白象を捜索中の性奴隷たちに、指示を出させるように、小愛を促したつもりだった。

 しかし、小愛は険しい表情をしている。

 

「……わたしを馬鹿だと思っているの、沙那? あんたが隠れていた宝物庫は、隅から隅まで探したわ。それこそ、道術による探知だって特別にやったのよ。あそこに、床の隠し穴なんてないわ――。そんなことで時間稼ぎして、少しでも苦しみから逃れようという魂胆ね――」

 

 小愛が卓の上の釘を無造作につかむと、鼻を摘んで無理矢理に沙那に口を開けさせた。

 そして、釘を口の中に押し込んで、思い切り拳で沙那の頬を殴った。

 

「んがああっ」

 

 顔を横に跳ばされた沙那が血だらけの釘を吐き出した。

 小愛が殴ったときに、口の中に入れられた釘で口の中をあちこち切ったのだろう。

 沙那の口からは釘とともに、真っ赤な唾液が吹き出た。

 

「ま、間違ったわ……。宝物庫の外に……隠し部屋があるのよ……。そこよ……」

 

 沙那の口元がにやりと笑った気がした。

 蝦蟇婆はびっくりしてしまった。

 

「ま、また、こいつ、出まかせを――」

 

 小愛の表情に憤怒の色が浮かんでいる。

 

「これは、大変なものじゃのう……。この後に及んで出鱈目を言おうとするとはな――」

 

 蝦蟇婆は心の底から驚いた。

 ここまで、拷問に耐えるというのは、蝦蟇婆にとっても想定外だ。

 しかも、出鱈目の情報でこちらを少しでも惑わそうとするほどの冷静さを残してもいるようだ。

 

「蝦蟇婆、手こずっておるではないか?」

 

 ずっと見物していた金凰魔王が笑った。

 蝦蟇婆は自分の顔が赤らむのを感じた。

 こんな人間族の女ひとりに手間取るというのは、調教師としても拷問師としても一流とみなされている蝦蟇婆の名折れだ。

 

「おい、小白香――。宝物庫の内部や周囲に隠し部屋や隠し床があるのか? 道術契約に基く質問だ。嘘は言えんぞ――」

 

 金凰魔王が小白香に視線を向けた。

 

「そ、そんなものはない……。わ、わらわの知る限り……」

 

 小白香が泣きながら答えた。

 道術契約で白象を渡すと誓っている小白香自身は、白象の身柄を金凰魔王に渡すための指示には逆らえないし、嘘も言えない……。

 

 やはり、宝物庫に白象がいるというのは、沙那の出鱈目のようだ。

 これでわかったのは、少なくとも、宝物庫にだけには白象はいないだろうということだけだ。

 

「しょ、小白香様が……し、知らない……だけ……。白象殿が……知っていた場所……よ……」

 

 沙那がささやくように言った。

 

「もういいわい――。少し、性根を潰してやる、沙那。訊問の再開はそれからじゃ――。覚悟せいよ――」

 

 蝦蟇婆は再び、自分の荷に向かうと、開口器を取りだした。

 小白香の調教に使うために持ってきたもので、樹脂を固めて作った骨で組んだ器具であり、頭の後ろから口の左右に金具を引っ掛けて、装着された者の口を閉じさせないようにする責め具だ。

 それを沙那に嵌めさせる。

 沙那の口は大きく開かれて動かなくなった。

 

「頭を押さえますわ、蝦蟇様」

 

 小愛がまた、沙那の後ろに回って、髪の毛を掴んで沙那の頭を固定する。

 

「はが、が、がが……」

 

 なにをされるかわからない沙那が恐怖の震えをしている。

 

「知っておるか、沙那……? この世で一番の激痛は歯に対する拷問という話だそうじゃ。まずは、一本ほど打ち込んでやるわ。わしに出鱈目を言えばどうなるか思い知るがよい。あんまり、手間を掛けさせるでないわ……。まったく……」

 

 蝦蟇婆は釘を取ると、指を沙那の口の中に突っ込んで奥歯と奥歯のあいだに釘を当てる。

 げんのうを打ち込みやすいように、釘の頭は口の外側に向けた。

 沙那が泣き声をあげる。

 

 構わず、口の中にげんのうを入れると、その奥歯と奥歯の根元部分の歯茎に釘を打ち込む。

 口から大量の血が流れるとともに、沙那が大暴れた。

 それでもどんどんと打ち込んでいく。

 沙那の身体の震えは、もがきというよりは痙攣のようなものに変わった。

 

 やがて、沙那が耳障りで嫌な叫び声をあげ始めた。

 二本の奥歯の根元に釘が刺さって、歯が強引にやや浮きあがった状態になる。

 蝦蟇婆はげんのうを置いて、沙那の口から開口具を外した。

 

「さて、じゃあ、訊問に戻ろうかのう……。歯に釘の一本くらい刺さったままでも、白象様の居場所くらいは喋れるじゃろう?」

 

 蝦蟇婆は、今度は、まずは紐を取り出して、沙那の肩の下にきつく巻いて縛った。

 そして、のみを取り出すと、沙那の右手の手首と肘の真ん中あたりに刃を当てた。

 

「あがああっ、いぐわああっ、ひがああっ――」

 

 沙那がまた拘束された身体を限界まで仰け反らせた。

 蝦蟇婆は、のみの刃で沙那の腕の肉を削ぎ落していっているのだ。

 皮膚が剥がれ、その下から腕の内部の組織が見えてくる。

 さらにその肉を削いでいく。

 

 肩をきつく縛っているので、大して血は出ない。

 沙那もかなり弱っているので、歯に釘を打ちこんだときほどは暴れはしない。

 やがて、青白い骨が見えてきた。

 蝦蟇婆はその骨にのみを当てて、表面を削るように動かした。

 

「あああ、ああああっ、あああああ……」

 

 長く尾を引くような叫び声を沙那が放った。

 蝦蟇婆は少し力を入れて、露出している骨を削った。

 

「白象様は、どこじゃ?」

 

 蝦蟇婆は言った。

 

「も、もう、こ、殺して……」

 

 全身に釘を打たれている沙那がぐったりと呻いた。

 

「白象様を見つけられれば、殺してやろうぞ……。さもなければ、もっと苦しめるぞ。お前など想像もできんくらいの残酷な拷問などいくらでもあるのじゃ。人としてあり得んような苦しみの中で死にたいか、沙那……?」

 

 蝦蟇婆はささやいた。

「こ、殺し……て……」

 

「白状すれば殺してやる……」

 

 蝦蟇婆はのみで骨を削った。

 

「こ、ろして……」

 

「白象様はどこじゃ……?」

 

「わ、わかった……い、言う……」

 

「ならば言え」

 

 蝦蟇婆は再びのみを沙那の骨に当てたまま言った。

 

「そ、その……小愛が……白象殿よ……。道術で……変身……してるのよ……。こいつは偽者……。あ、ああ……、白象殿……すみません……ばらしてしまいました……」

 

 沙那が息も絶え絶えに言った。

 

「お、お前、また、そんな出鱈目を――」

 

 小愛が激怒して叫んだ。

 蝦蟇婆は息を吐いた。

 

 小愛は本物だ……。

 いくらなんでも、白象が化けていたら、帯びている霊気の違いですぐにわかる。

 蝦蟇婆は、沙那が、まだ嘘をつこうという心の余裕を残しているという事実に、驚きを通り越して、呆れてしまった。

 

 この女はどこまで心が強くできているのだろう……?

 そして、沙那の腕の骨をさらに削ってやろうと思って、のみを持つ手に力を込めようとした。

 

 しかし、なぜか、そののみが手から離れて、からりと音をたてて卓の上に落ちた。



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573 狼藉の結末

 沙那の拷問を続けようとした手から、からりとのみが落ちた。

 卓に落ちたのみを取ろうとしたが、指が痺れたようにうまく動かず、指に当たったのみがころころと転がって床に落下していまった。

 

「なんじゃ……?」

 

 おかしい……。

 蝦蟇婆(がまばあ)は首を傾げた。

 顔をあげる。

 沙那の身体を押さえていた小愛が、首を落として膝をついている。

 よく観れば、小白香も雪蘭(せんらん)も、ぐったりと半分意識のない状態だ。

 しかも、金凰魔王までもうつらうつらと居眠りをしている。

 

 風……?

 

 蝦蟇婆は気がついた。

 微かだが、部屋に風が流れている。

 

 なぜ、風が……?

 

 ここは、密閉されている部屋だ。風など吹くわけがないのだ……。

 

「ど、どうし……たの……蝦蟇婆……? も、もう、遊びは終わり……? ひ、左の腕……も痒いわ……。そののみで……掻いてくれない……。た、たっぷりと時間をかけて……ね……」

 

 沙那が垂れていた首をあげた。

 沙那も半分意識のない状態だが、それでも、蝦蟇婆に勝ち誇ったような顔を見せている。

 

「お、お前……?」

 

 蝦蟇婆は首を傾げた。

 沙那がなにかをこの部屋に仕掛けている?

 

 そして、わかった。

 風が発生している場所がわかったのだ……。

 沙那の身体から風が流れている……。

 

「つ、次からは……ちゃんと身体検査を……してから……拷問を始めるのね……。女の身体には隠し場所が……たくさん……ある……のよ……。まあ、次があればだけど……。わからないように……苦心して隠して運んできたのに、身体を調べもしないなんてね……。あ、呆れたわ……」

 

 沙那が言った。

 蝦蟇婆ははっとした。

 

「しょ、小愛――、起きんか――。沙那の身体を調べよ――。こいつ、なにかを仕掛けておるぞ――」

 

 蝦蟇婆は大声を発した。

 しかし、小愛はぐったりしたままだ。

 そのまま、床に崩れるように倒れていく。

 

 はつとして、蝦蟇婆は沙那に飛びついた。

 股間だ……。

 

 風の流れのようなものが沙那の股間から発している。

 下袴に手をかける。

 だが、力が入らない。

 

 それに針金が邪魔で脱がすことができない。

 とっさに、床に落ちていたのみを拾った。

 

 その刃を使って、沙那の下袴の前側を切り裂く。

 二度、三度――。

 切り込みを入れると、やっと沙那の下袴の前部分の布を腰から外すことができた。

 

『痺れ粉』……?

 

 沙那の身体にきらきらと輝く粉のようなものが付着している。

 よく見ると、股間だけではない。剝き出しになった乳房や上半身の肌……。

 そこにもきらきらと微かに光に反射する粉がついている。

 これは『痺れ剤』の特徴だ。

 

 『痺れ粉』とは、その名のとおりに、身体が痺れたように動かなくなる粉だ。

 しかし、それは粉の状態では、なんの効果もないが、水分に接すると身体が痺れたようになる風を発する。

 しかも、その粉は、風に触れれば透明になってしまうので、余程気をつけていないと、粉の存在を発見することはできない。

 つまり、沙那はそれを股間を中心に全身に大量につけていたのだ。

 そして、沙那は小便もすれば、たっぷりと汗もかいている。乳房などから流れる血が肌を伝って下腹部に流れもしている。

 それが粉に反応して、全身が痺れる風を周囲に発散しているに違いない。

 

「だ、だが、お前は……?」

 

 蝦蟇婆は、なぜ、沙那が反応していないのだと訊ねようとした。

 この状態であれば、最初に沙那が、その『痺れ粉』に反応して、全身が動かない状態になるはずだ。

 だが、その質問の答えは、すぐにわかった。

 

 沙那は『痺れ粉』の解毒剤を最初から飲んでいるのだ。

 だから、反応しないのだ。

 沙那を見上げる体勢になっている蝦蟇婆に、沙那がにやりと微笑を浮かべた。

 

「あ、あんたらも……いくら結界で護っていても……内側に持ちこまれたら……どうしようもないでしょう……? もっとも、わたしとしては……金凰魔王が……さっさとわたしを……犯すと……思っていたんだけどね……。だから、前の穴にも後ろの穴にも、たっぷりと粉を詰め込んでいたのよ……。まあ、結果的には……多少……時間がかかったけど……、一番……手っ取り早い……ことになったけどね……」

 

 沙那が嬉しそうに言った。

 蝦蟇婆はそれですべてを悟った――。

 沙那が宝物庫にいたのは、隠れるためではなく、こういう武器が宝物庫に存在することを知ったからだろう。

 そして、すでに捕えられている小白香を救うために、自らの身体に『痺れ粉』を詰め込んで、意図的に捕らえられた違いない。

 

 白象をどこに隠したかは知らないが、沙那の目的は、この『痺れ粉』を自分の身体ごと結界の中に持ちこんで、部屋の中の者の意識を失わせるためだったのだ。

 そして、『痺れ粉』の風を充満させる時間を確保するために、拷問に耐え続けていたということだ。

 

「き、金凰魔王陛下――。坊ちゃま――」

 

 蝦蟇婆は金切り声で悲鳴をあげた。

 すでに蝦蟇婆の身体は動かない。

 たったいま、大量の『痺れ粉』の風を吸ってしまった。

 また、金凰魔王は椅子に座ったままぐったりしている。

 蝦蟇婆は最後の力を振り絞って、のみを金凰魔王の足元に放った。

 床を滑っていったのみが、うまい具合に、金凰魔王の靴の足先に当たった。

 

「坊ちゃま――。『痺れ粉』です――。沙那が『痺れ粉』を――」

 

 金凰魔王がやっと顔をあげた。

 まだ、状況がわからないのか、まだ半分呆然としている。

 

「坊ちゃま、風じゃ――。部屋に『痺れ粉』の風が流れておる。わしはもう霊気も動かせん。坊ちゃま――」

 

 蝦蟇婆は叫んだ。

 金凰魔王の顔が真顔になった。

 『痺れ粉』は単純に筋力が動かなくなり、意識が薄れるだけではない。

 道術を遣う者にとっては、霊気を動かす力も痺れるのだ。

 金凰魔王の霊気がまだ動かせるのであれば、この結界内に充満してしまった粉の効果を無効にできるかもしれない……。

 

 もっとも、いま、この瞬間にも沙那の身体からは、まだまだ痺れの風が流れ続けている。

 それを無力化するには、大量の霊気とともに、沙那の身体を部屋の外に出す必要があるだろうが……。

 もちろん、沙那の身体を出すには生きている必要はない……。死骸の状態で出してもよい。

 ただ、問題は、誰にそれだけの力が残っているかということだ……。

 

「が、蝦蟇婆……、ひとまず、余は行く――。『通信球』で状況は報せよ――。そして、その沙那は必ず殺せ――」

 

 金凰魔王は言った。

 蝦蟇婆は、すでに、部屋を浄化するだけの力がもう金凰魔王に残っていないことを悟った。

 だから、身ひとつで逃亡することを選んだのだろう。

 

 おそらく、蝦蟇婆という余分なものを一緒に連れていく霊気を集められないのだ。

 可能であれば、金凰魔王が蝦蟇婆を置いて逃亡するわけがない。

 いまは、身ひとつでしか逃げられないのだろう。

 

 つまり、最悪、蝦蟇婆はここで死ぬことになる。

 それもわかった……。

 

「わかりました……。とりあえず、お逃げくだされ――。こいつ、まだ、なにを仕掛けているかわかりませんわい――。後はこの蝦蟇婆が引き受けます……。この沙那は、『痺れ粉』を使って、わしらを眠らせようとしておりますのじゃ――」

 

 蝦蟇婆は叫んだ。

 

「すぐに助けに戻る。許せ――」

 

 金凰魔王の身体が消えた。

 最後の霊気を振り絞って、『移動術』を遣ったのだ。

 

「承知……」

 

 蝦蟇婆は呟いた。

 

「か、掛かったわね……」

 

 すると沙那が呟いた。

 掛かったとは、どういう意味だ……?

 

 そう訊ねようとしたができなかった。

 大きな霊気の動きを感じたのだ。

『移動術』が途中の空間で遮断されるとき特有の霊気の断絶だ。

 

 逆結界――?

 

 とっさに思ったのはそれだ。

 『逆結界』とは、道術を遣う者が『移動術』などで逃亡できないように、その術者のいる四周から霊気を遮断する結界を刻んで、『移動術』の途中で、その術者を捕らえてしまう技だ。

 しかし、これはどんなに高い術者でもひとりではできない。

 だが、逆に、ある程度の術者が複数揃えば、簡単に『逆結界』をかけることはできるのだ。

 すると廊下に通じる扉が開いた。

 

「小白香――」

 

 入ってきたのは白象だ。

 蝦蟇婆は驚いた。

 

 なぜ、白象が……?

 考える暇はなかった。

 それに続いて、白象宮の近衛団の衛兵が雪崩れ込んできた。

 

「入るのは解毒剤を服用している者のみだぞ。部屋の中は『痺れ粉』の毒が充満している」

 

 指揮官らしき女将校が叫んだ。

 

「さ、沙那――? お、お前たち、沙那を――」

 

 沙那の状態に気がついて、唖然としている白象が叫んだ。

 そして、白象自身が沙那に駆け寄って、沙那の身体に巻きついた針金を外しはじめる。

 ほかの衛兵も群がっている。

 

 そのあいだにも、蝦蟇婆は自分の身体に道術が注がれるのを感じた。

 身体にある霊気を発散させる術だ。

 複数の近衛兵がそれを蝦蟇婆にかけている。

 すぐに『霊気封じの首輪』も蝦蟇婆の首にかけられた。

 両手も後手に手枷を嵌められた。

 すでに意識のない小愛も『道術封じの首輪』をかけられて無力化されている。

 

「小白香、起きなさい――」

 

 白象が、兵たちによって拘束を解かれて雪蘭と離された小白香に詰め寄った。

 小白香や雪蘭にも、衛兵たちによる『治療術』の道術がかけられていた。

 『痺れ粉』の解毒剤も与えられているようだ。

 小白香の首の首輪もすでにない。

 

「……小白香、大丈夫ね――? とにかく、いまは言うことをききなさい――。この二年間でわたしから奪った道術をすべて返すのよ。あらゆるわたしとの道術契約をここで解除しなさい――。お前の『治療術』では無理よ。沙那が死んでしまうわ――。だけど、わたしなら救える――。攻撃道術は大したことはないけど、『治療術』なら得意なのよ――。ほらっ、小白香、しっかりしなさい――」

 

 しかし、山芋の汁の痒みなどを癒す術をかけられながら、毛布をかけられている小白香は、まだ呆けた表情だ。

 その頬を白象が軽く叩いた。

 

「わたしとの道術契約をすべて解除すると言いなさい――。この二年間に結んだすべての道術契約を破棄すると――。わたしの『治療術』を返しなさい」

 

「は、母者か……? 『治療術』……? 道術契約……?』

 

 小白香の顔はまだ虚ろだ。

 すると今度はかなり大きな音が小白香の頬で鳴った。

 

「沙那を見なさい――。お前を助けるために、身体を張って金凰魔王たちの霊気を痺れさせた沙那を――」

 

 白象が叫んだ。

 小白香の眼が見開かれた。

 沙那はなんとか針金だけは外されたが、手足に釘が喰い込んでいるために、まだ床と卓に身体を打ちつけられて、椅子に座ったままだ。

 

「沙那、しっかりするのよ……」

 

 文官のような女が沙那の身体に術をかけているのがわかる。

 おそらく、痛みを癒すとともに、身体の衰弱をとめる道術なのだろう。

 だが、その女程度の道術では、十分ではないようだ。

 張り詰めていたものが切れたようになっている沙那は、もう意識が朦朧とした状態であり、そこから変化はない。

 

「は、母者との契約を解除する。すべてだ――。すべて解除する――。は、母者、沙那を救ってくれ――。頼む――」

 

 小白香が悲鳴のように叫んだ。

 

「契約の解除に応じる……。任せなさい、小白香……。沙那は死なせはしないわ……」

 

 白象が沙那に駆け寄るのがわかった。

 それが最後だった。

 すっかりと吸い込んでしまった『痺れ粉』が、蝦蟇婆の意識を混濁の中に引きずり込むのがわかった。

 

 

 *

 

 

 意識が戻ったときには、すでに大勢の衛兵が部屋にいた。

 小白香はなにが起きているのかさっぱりとわからなかった。

 

 確か、金凰魔王や蝦蟇婆の嗜虐の責めを受けていて、雪蘭と一本の山芋で股間を繋げられて全身を密着して拘束されていたのだ……。

 

 そして、そこに沙那が運ばれてきて……。

 

 沙那が白象の居場所を言えと蝦蟇婆に拷問を受け始め……。

 

 そのうちに、だんだんと意識が乏しくなり……。

 するといきなり、頬を叩かれた。

 

「……小白香、大丈夫ね――? とにかく、いまは言うことをききなさい――。この二年間でわたしから奪った道術をすべて返すのよ。あらゆるわたしとの道術契約をここで解除しなさい――。お前の『治療術』では無理よ。沙那が死んでしまうわ――。だけど、わたしなら救える――。攻撃道術は大したことはないけど、『治療術』なら得意なのよ――。ほらっ、小白香、しっかりしなさい――」

 

 なぜか、白象が部屋にいる。

 そして、やっとすでに、雪蘭から身体を離されているのがわかった。

 裸身に毛布も掛けられている。

 

 また、全身を襲っていた痒みが消えている。

 自分の周りにいる数名の衛兵が道術で治療をしてくれているようだ。

 なにかの薬剤も飲まされた気配がある。

 

 横を見た。

 雪蘭は毛布を巻いて横になって眠っている。

 その表情は穏やかだ。

 小白香は安心した。

 

「わたしとの道術契約をすべて解除すると言いなさい――。この二年間に結んだすべての道術契約を破棄すると――。わたしの『治療術』を返しなさい」

 

 眼の前の白象が絶叫した。

 そうだ……。

 考えていたのは、なぜ、ここに白象がいるのだという疑問だ。

 そして、どうして、こんなにも宮廷府を護っているはずの近衛兵がいるのだ。

 

「は、母者か……? 『治療術』……? 道術契約……?」

 

 頭がまだ朦朧としている。

 うまく考えられない。

 

 そのとき、激痛が頬に走った。

 小白香は顔をあげた。

 白象だ。

 

 怒っているようだ。

 いま、白象に頬を叩かれたのか……?

 

 「沙那を見なさい――。お前を助けるために、身体を張って金凰魔王たちの霊気を痺れさせた沙那を――」

 

 白象が叫んだ。

 それでやっと我に返った。

 

 沙那……。

 白象の居場所を白状しろと拷問されて、それを口にしなかった沙那……。

 

 そのために、蝦蟇婆に拷問を受けて、全身に釘を打たれた。

 沙那――?

 

 その沙那は、まだ手足を釘で卓や床に打ち付けられたままだ。

 そばには百眼女(ひゃくがんじょ)もいて、その百眼女から霊気も流れているものの、惨たらしく傷口を拡げられた右腕や真っ赤に腫れあがった乳房や顔はそのままだ。

 

「沙那、しっかりするのよ……」

 

 百眼女が泣きそうな顔で霊気を注いでいる。

 沙那は力尽きたかのように、ぐったりと首を垂れている。

 

「は、母者との契約を解除する。すべてだ――。すべて解除する――。は、母者、沙那を救ってくれ――。頼む――」

 

 小白香は叫んだ。

 

「契約の解除に応じる……」

 

 白象がにっこりと笑った。

 すぐに白象が沙那に向かった。

 

「……任せなさい、小白香……。沙那は死なせはしないわ……」

 

 一度その白象が振り向いて、小白香に言った。

 白象から沙那に向かって大きな霊気が流れ出した。

 

「わ、わらわも手伝う……」

 

 小白香は毛布を身体に巻きつけて立ちあがった。

 

「わたしは沙那の痛みを弱める。あなたは、釘を抜いて、小白香……」

 

 白象が沙那に道術をかけながら言った。

 

「腕の治療はわたしが……」

 

 百眼女が言った。

 全体に注がれていた百眼女の霊気が、沙那の切り開かれた腕に集中するのがわかった。

 

「母者、なにが起こったのだ? 沙那がなにかをしたのか?」

 

 小白香は道術をかけながら白象に訊ねた。

 

「『痺れ粉』よ。沙那が自分の身体に大量にそれを付着させて、この部屋に持ち込んだのよ」

 

「『痺れ粉』か……」

 

 そのために、この部屋の全員が突如、昏睡状態に陥ったのだ。小白香はとりあえず納得した。 

 小白香は、沙那の身体に霊気を注ぎ、打ちこまれている釘を抜いていく。

 

 やがて、すべての釘が抜けた。

 すると白象の『治療術』が本格的になった。

 それを百眼女とともに補助をする。

 

 数名の衛兵たちが身体を横たえて運搬する道具を持ってきた。

 まずは眠っている雪蘭がその運搬台に乗せられて部屋の外に連れられていった。

 沙那の身体もその上に横たえられる。

 

「隣にわらわの部屋がある。わらわの寝台に寝かせよ――。わらわも行く」

 

 小白香は言った。

 

「待って、あなたは残って、小白香……。百眼女、お前が沙那についていて。わたしたちは、こっちが終わったらすぐに行くわ」

 

「わかりました」

 

 百眼女が頷いた。

 沙那が部屋の外に運び出されていく。百眼女もついていった。

 

「な、なぜじゃ、母者……? 沙那はわらわのために、あんな目に遭ったのだ。わらわに行かせてくれ。わらわが沙那を看病する」

 

 小白香を押しとどめた白象に不平を言った。

 

「お前はこの宮廷の魔王なのよ……。それよりもやることがあるでしょう? 金凰魔王が犯したこの宮廷への侮辱――。それについての始末をつけないといけないわ」

 

 白象が諭すような物言いをした。

 小白香ははっとした。

 

 そして、意識を失って部屋の隅に転がされている蝦蟇婆と小愛を見た。

 ふたりとも、すでに霊気を放出させられて、両手首と両足首に金属の枷を嵌められるとともに、首に『道術封じの首輪』を装着されている。

 

 こいつら……。

 小白香の心に憤怒が湧き起こる……。

 

「連れてきなさい――」

 

 そのとき、横で白象が言った。

 すると、部屋の外から、台車に乗せられた檻が運ばれてきた。

 檻の高さは人の身体の半分ほどであり、幅は人ひとりがうずくまれるほどの大きさだ。

 天井も側面も網状になっていて内部がはっきりと見える。

 その中には、捕えられた金凰魔王が手足を縮めて閉じ込められていた。

 どうやら、眠っているようだ。

 

「霊気を発散させる特別製の檻よ。金凰魔王が『移動術』で逃亡しようとしたところを逆結界で捕えたのよ。いまは金凰魔王は無力よ……。これも沙那の策よ。あなたはこの始末についての最終決心をしなければならないわ」

 

「わ、わらわが……?」

 

「もちろん、部下に意見を求めても構わないし、むしろ、意見は求めるべきよ。でも、決断はあなたがするの。それが、決断をしないという決断でもいいし、誰かに判断を委ねるという決心でもいいわ。だけど、その結論には、あなたに責任がある。それが魔王の務めよ……」

 

 小白香は金凰魔王に視線を向けた。

 これは、強大な霊気を持つ者でも絶対に逃げられない霊気を発散させる網で組んだ金檻だ。

 金凰魔王が『移動術』で逃亡を図るのを見越して、逆結界を仕掛けておき、これに閉じ込めることに成功したのだろう。

 

 金凰魔王も健全な状態だったら、こんな初歩的な罠に掛からなかったかもしれないが、沙那が自分の身体に付着して持ち込んだ『痺れ粉』が、金凰魔王の身体とともに、判断力を麻痺させていたのだろう。

 小白香の身体には、すでに霊気は戻っている。

 まずは、小白香は、部屋の隅で拘束されて寝ている蝦蟇婆と小愛を『移動術』で離宮内の牢に跳躍させた。

 

「近衛団長――」

 

 次に、小白香はまだ残っていた近衛団長を呼んだ。

 二葉に変わって百眼女が指名した女武官だ。

 

「はっ」

 

 近衛団長が小白香と白象のいる場所に近づき、直立不動の姿勢になる。

 小白香は直接の面識はないが、百眼女が指名しただけあって、真面目な性格のようだ。

 

「離宮の各層にしばらく部下を配置させて、そのまま警戒に当たれ。宮廷府もだ。わらわが結界をかけ直したが、金凰魔王の身柄を拘束しておる。金凰宮の連中が取り戻しに来るかもしれん。警戒を怠るな。それと、部下と一緒に部屋の外で待機をせよ。用があればすぐに呼ぶ」

 

「わかりました」

 

 近衛団長が部下に指示を与えるとともに、兵とともに部屋の外に出ていく。

 部屋は小白香と白象、そして、金檻の中の金凰魔王だけになった。

 

「ところで、母者、どうやって母者は、わらわに化けた小愛が動かしていた性奴隷どもを出し抜いて、離宮の外に脱出できたのだ? 小愛によれば、水も漏らさぬような捜索をしていたようだったが……?」

 

 小白香は白象を見た。

 

「水も漏らさぬどころか、穴だらけだったわ。この離宮内の性奴隷たちは、そもそも、普段は決められた場所以外には行かないように管理されていて、あまり、ほかの奴隷と会うことはないのよ。それが、あんな風に平素は行かないような隅々まで捜索をさせられて……。しかも、うまい具合に外回りまで探しにいった奴隷までいたのだもの」

 

 白象はくすくすと笑って、懐から一個の指輪を出した。

 小愛も使った『変身の指輪』だ。

 宝物庫に保管してあったはずだから、そこから出して使ったのだろう。

 

「これもまた、沙那の策よ……。森で一番見つけにくいのは、森の中で最もありふれている葉から、特定の葉だけを探すことだそうよ……。だから、この離宮で隠れるなら、この離宮内に一番ありふれている性奴隷に化けることが一番だと、沙那は言ったのよ」

 

「性奴隷のひとりに変身したのか……」

 

 小白香は納得した。

 おそらく沙那は、のこのこと宝物庫に最初にやって来た性奴隷のひとりを捕らえて、その中のひとりに白象を変身させたのだ。

 そして、知らない者同士が捜索するという弱点を突いて、離宮の外に、白象を出したに違いない。

 

 白象が姿を借りた性奴隷がどうなったかは訊かない方がいいだろう。

 宝物庫には、人の身体を溶かしてしまうような劇薬だってたくさん置いてあったはずだ。

 

「そうか……。そして、離宮の外に性奴隷の姿で出て、宮廷府の者たちを呼び入れたということか……」

 

 白象の言葉なら、百眼女は信じただろう。

 そして、今度は近衛団とともに離宮に戻り、この部屋に逆結界をこっそり仕掛けたのだ。

 

「ほかの性奴隷どもはどうしたのだ、母者?」

 

「わたしと一緒にやってきた近衛団が、すでに身柄を押さえているわ。彼女たちは、時限性の毒を飲まされていたようね。わたしを見つけなければ、毒が回って死ぬようになっていたそうよ。その毒も解毒させたわ。できれば彼女たちを許してあげて、小白香。彼女たちはあくまでも、あなたの命だと思って、小愛に従ったのよ」

 

 白象は言った。

 

「わかった」

 

 小白香は頷いた。

 

「ところで、小白香、これの始末はどうするの? 殺すならそれもいいと思う。だけど、それには危険もあるわ。この男のことだから、どこかに『魂の欠片』を隠しているかもしれないわ。そうすれば、復活する」

 

「魂の欠片か……」

 

 その可能性は高い……。

 ならば、目の前の金凰を殺すことはあまり意味がない……。

 すぐに復活してしまう。

 

「そして、生き返った金凰魔王は、一度殺された復讐をしにやってくるかもしれない……。だけど、こちらに有利な道術契約をしてから放逐するという手もある。沙那はそれがいいかもしれないと事前には言っていたわ……。でも、決めるのはあなたよ。酷い目に逢ったのはあなただし……」

 

「酷い目に逢ったは沙那だ……。もしかしたら、沙那は、母者が味方を連れて戻る時間を稼ぐためにわざと捕らえられたのか?」

 

「そうね……。それと、あなたを心配してのことよ。だから、『痺れ粉』を身体にまぶして、あえて、ここに連れ込まれたのよ。わたしは、反対したんだけどね」

 

 白象は言った。

 小白香は溜め息をついた。

 

「さあ、魔王として決断しなさい、小白香。金凰魔王をどうする? あなたの決断にこの領域のすべての人民の運命がかかっているのを忘れないで……。金凰宮と戦というなら、それでまたいいと思う。それだけのことをこいつは、白象宮にやり続けたのよ」

 

 白象は金凰魔王を睨み付けた。

 

 放逐か……。処断か……。

 感情ではなく、理性で判断せよと白象は言っているのだ。

 それは小白香も理解した。

 

「……とりあえず、母者が金凰魔王と結ばせられている道術契約を解除させて、さらに、こちらに有利な道術契約を結んでから、それから処刑するという手もあるのう」

 

「その場合は、万が一、金凰魔王が別の魂をどこかに保管していたら、魂が交代するから、この魔王と結んだ新しい契約は無効になるわね。その危険があるわ。まあ、万が一の話だけど……」

 

「万が一か……」

 

「でも、こいつは『魂の道術』を遣えるわ。どこかに欠片を隠している可能性は高い。それが、わたしと契約を結んだ後で分離した欠片だったら、破棄させた契約も再び復活する。道術契約というのは、あくまでも、そのときの道術遣いの魂と魂の契約なのよ」

 

「母者は金凰魔王を殺すべきではないと言っておるのか?」

 

 小白香は訊ねた。

 

「いいえ。わたしは、あり得る可能性と考慮すべき要因を並べているだけよ。決めるのはあなたよ。魔王であるあなた」

 

 白象は言った。

 しかし、小白香は白象の言葉に対して、首を横に振った。

 

「母者が金凰魔王から受けていた仕打ちは、なんとなくわかった……。そして、わらわの罪もわかった……。わらわは、魔王の器でもないし、魔王として相応しいとも思わん。魔王の地位は母者に返す。母者こそ、魔王に相応しい」

 

 小白香はきっぱりと言った。

 金凰魔王の支配を受けながら、懸命にこの宮廷を守り続け、領民への善政に着意してきた白象……。

 真に魔王に相応しいのは白象であり、自分のやったことなど、子供の遊びのようなものだ。

 しかも、その罪は重い……。

 すると、白象がにっこりと小白香に微笑みかけた。

 

「魔王に相応しい者など、どこにもいないかもしれないわね。この金凰魔王にして、この体たらくだものね。だけど、あなたは偉い。自分が魔王に相応しくないと知っただけで、すでにいい魔王になる素質はあるわ……」

 

「母者……」

 

「ところで、わたしは魔王には戻るつもりはないわ。あなたは、わたしから冠を奪って魔王になったのよ。それが、簡単に王位が動いたら、民心は動揺するわ……。しっかりしなさい、小白香魔王」

 

「だ、だが……」

 

「だが、じゃないわ、小白香……。あなたは、魔王の地位を奪ったんでしょう。その責任は果たしなさい」

 

 白象は厳しい表情で言った。

 

「母者は、それでよいのか?」

 

 驚いて小白香は訊ねた。

 

「いいのよ。それに、正直言うと、魔王なんていうのは面倒だわ……。こんな役割のなにがいいのか知らないけど、最初から欲しいとあなたが言えば、すぐに王位なんか渡したのよ」

 

 白象が笑った。

 

「しかし、こんなわらわに魔王など務まるかのう?」

 

 小白香は言った。

 だが、その言葉に白象がいきなり爆笑した。

 

「ちょっとくらい奴隷調教受けたくらいで、随分と大人しくなっちゃったわねえ……。まあ、あなたはそのくらいがちょうどいいわね。だったら、皆に頼りなさい。百眼女に頼り、沙那に頼るといいわ」

 

「なら、母者は……。母者は助けてくれるか?」

 

「喜んでね……。お前はわたしの娘なのよ」

 

 白象が微笑んだ。

 

「まだ、わらわを娘と呼んでくれるのか、母者?」

 

「ずっと、そう呼んでいたはずだけどね」

 

 白象が微笑んだまま言った。

 

「だが、二年間、あんなことをやり続けたのに……。わらわを護ってくれていた母者を……」

 

 小白香は白象を見た。

 

「まあ、それもいいのよ……。親として、あなたを顧みなかったのは確かだし、あなたの暴走は、わたしの責任でもあるわ……。母としてね。それに……」

 

「それに、なんだ、母者?」

 

「まあ、白状すると、あなたに調教された二年間については、わたしも満更でもなかったわね……。わたしには被虐の血があるようよ。わたしのような変態だから、お前のような変態娘が育つのね」

 

 白象が、また笑った。

 

 

 *

 

 

 市民に公開している処刑場の広場で、小白香は丸太に開脚で拘束されている蝦蟇婆と小愛を眺めていた。

 ふたりとも全裸だ。

 

 宮廷に忍び込んだ盗人ということで、こうやって今朝から公開処刑をしているのだが、やはり見物するのなら若い女がいいのか、観客である王都の住民の興味は、いまや、小愛に集まっていて、蝦蟇婆の老いた裸身に集まるのはあまりいないようだ。

 

 そのふたりとも、いまは、全身を蟻にたかられていて、発狂したような悲鳴をあげている。

 そのふたりの処刑を近衛の一隊が管理しており、小白香は護衛の部下を連れて見物にやってきたのだ。

 

 ふたりの身体には、蟻の好きな蜜をたっぷりと塗りたくっている。

 特に、たくさん塗った股間と尻の穴の蟻が凄まじい。

 そうやって裸身をのたうたせているふたりに、見物人たちも手を叩いて哄笑している。

 小白香もふたりが苦しそうにしているのを大いなる満足で眺めている。

 

「蟻責めは今日までだからのう、お前たち。明日は、とろろを準備しておる。その次はわらわ特性の足癬液を足にかけて一日放置だ……。それが終わればやっと処刑開始だ。ただし、簡単には死ねんぞ。足首から下を特別な溶液に浸して、じわじわと下から腐らせてやる。腸が腐るまで二日、心臓まで腐りが及べば死ぬかも知れんが、そこまでは五日はかかるだろうのう。その間、その丸太からは『治療術』の霊気が滲み出ているはずだから、死んだり弱ったりはできんはずだ。せいぜい、苦しみながら死ぬといいぞ」

 

 小白香はふたりに声をかけたが、蝦蟇婆も小愛も小白香の言葉が聞こえた様子はない。

 それよりも、肌を蟻が噛んで痺れるような痒痛に、懸命に身をもがいている。

 だが、いくらもがいたところで、蟻の蹂躙は防げない。

 ふたりの股間のふたつの穴には、蟻の大群が先を争うように奥を蝕んでいっている。

 

 これは、白象にやりかけた責めだが、白象によれば、女の急所を蟻に食い破られる拷問は、一瞬にして音をあげたくなる淫虐さだったという。

 だから、このふたりへの一連の罰の最初に選んだのだ。

 

 小白香は、ふたりの苦しみの悲鳴を聞きながら、復讐が成就する愉悦に浸っていた。

 しばらく、準備された魔王のための見物席で、ふたりの苦しむ姿を眺めてから、この処刑場を担任する将校を呼んだ。

 

「わらわは行く。また、明日の朝来るが、しっかりと管理をするのだぞ。絶対に死なせるな。狂わせもするな。しかし、苦しみ続けさせよ……。そのために、道術でも、仙薬でも、霊具でもなんでも使え」

 

「お任せください」

 

 その将校はにやりと笑った。

 新しい近衛団長が指名した男の将校であり、武術や指揮の能力は大したことはないが、こういう仕事には、空恐ろしさを感じるほど冷酷らしい。

 小白香は満足した。

 

 処刑場になっている広場を出立して宮殿側に戻る。

 宮殿の敷地になったところで、護衛に離宮に行くことを告げて、ひとり『移動術』で跳躍した。

 道術で進んだのは、小白香の自室だ。

 

 寝台に沙那がいる。

 どうやら、寝ているようだ。

 寝台の横の椅子に雪蘭が座っている。

 沙那の看病のためにいるのだ。

 ほかには誰もいない。

 

 いまは、改めて離宮で使っている性奴隷たちの見極めを白象を中心にやっているところだ。

 完全に金凰魔王の手の者を排除できたとわかるまで、不自由だが性奴隷の使用は制限されることになるそうだ。

 小白香に気がついて、雪蘭が挨拶をしようとするのを小白香は手でとどめた。

 

「隣室におるがよい、雪蘭。沙那と話があるのだ」

 

 小白香が告げると、雪蘭は一礼をして部屋を出ていった。歩きながら、改めて嵌めた赤い貞操帯を装着された股間をせわしなく悶え動かしている。

 

 小白香は雪蘭の切なそうな太股をうっとりと見送った。

 

「夜まで我慢じゃ。夜になったら可愛がってやろう」

 

「は、はい……おねえ様……」

 

 雪蘭が真っ赤になった。

 そして、部屋の外に出ていく。

 小白香は沙那に向き直った。

 

「沙那……」

 

 小白香は声をかけた。

 すると、眠っていた沙那の眼がうっすらと開いた。

 やがて、小白香の存在に気がついて、慌てて寝台から出ようとする。

 小白香はそれをとどめた。

 

「いいから、寝ておれ。話をしたいだけじゃ。そのままでよい」

 

 小白香は言った。

 

「で、でも、もう身体は治ってます。白象殿がよい治療をしてくれましたから……」

 

 沙那は上半身だけを起こして、戸惑いの口調で言った。

 

「身体のみはな。だが、お前が思っている以上に心労の損傷は激しいそうだ。今日一日までは寝ているがよい」

 

「だったら、わたしがあてがわれている部屋で休ませてください。ご主人様の寝台で寝るなど落ち着きません」

 

 沙那は言った。

 

「それもならん。わらわの命令だ。お前は明日までわらわの寝台で休むのだ。それ以外のことをするのは許さん」

 

「はあ……」

 

 沙那が困惑したように返事をした。

 

「それよりも、昨日からの処置を説明しておこうと思ってな。改めて今後のことも話し合いたいし……」

 

「わかりました」

 

 すると沙那が神妙な表情になった。

 昨日、白象が治療を施してから、小白香は何度もここに足を運んでいたが、沙那に感謝と詫びの言葉を言った以外は、沙那が心の負担になるような重い話は避けていたのだ。

 しかし、その沙那も今朝にはかなり回復した。

 だから、政事に関する意見交換をしてもよいと思ったのだ。

 

「まずは、金凰魔王のことだ……」

 

 小白香は言った。

 

「それでしたら、懸命な処置だったと思います。先程、白象殿が来られました。なにがあったのかも伺いました。金凰魔王とはこれまでに結んだ白象殿との道術契約を解除させるとともに、金凰魔王やその部下が、この宮廷や領域に手を出さないと誓わせたうえで放逐したそうですね。よい、ご判断だと思います」

 

 沙那が言った。

 金凰魔王には、命を奪わない代わりに、白象の自由を奪っていたあらゆる道術契約を解除させた。

 同時に、二度と白象にも小白香にも手出ししないという誓いもさせた。

 雪蘭に与えた魔毒も解毒すると約束させた。

 すでに雪蘭は、毒から解放されている。

 

「母者が来たのか?」

 

「少し前に……。白象殿も秘密を守るという道術の縛りがなくなったので、ある程度のことは直接説明を受けました。それで知ったのですが、道術契約は解除されたものの、そもそも、金凰魔王の精を受けたことがあることで、金凰魔王になにかを直接命じられたら、それに逆らえないという操り術は、残っているようですね。それもあって、ご自身は魔王には復位しない方がいいだろうというご判断だそうです」

 

「母者には、摂政になってもらうつもりだ。まだ、母者には言うておらんがな。わらわはまだ、未熟だ。支えが必要だ。お前や百眼女もおるが、魔王としての行いについて、わらわに助言ができるのは母者しかおらん」

 

「それも、よい考えだと思います、ご主人様」

 

 沙那が微笑んだ。

 

「しかし、問題もあるのだ……。どうも、母者は政務に戻るのは乗り気ではないようなのだ。まあ、そのときは、母者をまた調教してでも、承知させるつもりだが……」

 

 そう言うと沙那が苦笑した。

 

「ま、まあ、目的が正しければ、手段は許されるかもしれませんね」

 

 やがて、それだけを言った。

 

「承知ということだな、沙那」

 

 小白香も微笑んだ。

 

「それと、蝦蟇婆と小愛のことだが……」

 

 小白香は語り始めた。

 これも沙那に納得してもらう必要があるだろう。

 このふたりは処刑する。

 それは、金凰魔王も承知だし、承知でないとしても、もう金凰魔王はこの宮廷内のことに手出しできない。

 

 無論、ただ殺すだけでは気が済まない。

 小白香や雪蘭、そして、沙那をあれほどの目に逢わせたのだ。残酷に殺さなければ溜飲がさがらない。

 しかし、白象の処刑のときもそうだったが、沙那は残酷なことが嫌そうだ。

 

 沙那はいま行っている処刑法を承知するだろうか?

 小白香は実行中のふたりの処刑について話した。

 すると、沙那の顔が険しくなった。

 

「ご、ご主人様、是非ともお願いがあります」

 

 沙那が血相変えて叫んだ。

 

「な、なんじゃ?」

 

 思った以上の沙那の迫力に小白香もたじろぎを感じずにはいられなかった。

 

「わたしにもそいつら、見せてください――」

 

 沙那が言った。

 小白香は意表を突かれた思いだった。

 

「残酷な処刑に反対するわけじゃないのだな、沙那?」

 

「反対? なんで、わたしが……。絶対に許せません、あいつら。ああ……。やっぱり、こんなところで寝ている場合じゃないわ。ねえ、いいでしょう、ご主人様? わたしも見物に行かせてくださいよ」

 

「わかった、わかった……。手配しよう。まあ、気力が戻れば、それでいいんだし……」

 

 小白香は頷きながらも、まだまだ、沙那については、十分に承知していない部分もあるのだなと、改めて思ったのだった。

 

 

 

 

(第87話『母娘奴隷への淫謀』終わり)



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 第88話  語られる予言【金凰(きんおう)妃・金翅(きんし)Ⅲ】
574 崩壊の予感


「十二号さん、ちっとも食べていないじゃない。じゃあ、片付けるわね」

 

「本当、本当に丈夫ねえ……。今日も水も飲まないの?」

 

 乳房の上に“七”と“八”という数字の焼印がある上半身裸身の奴隷が孫空女の牢の前にやってきてくすくすと笑った。

 彼女たちは、上半身にはなにも身に付けていないが、下には短い下袍とサンダルを身につけている。

 それが、ここの“性奴隷候補生”たちの一般的な服装だ。

 

 もっとも、孫空女には衣服など与えられていない。

 まったくの全裸だ。

 それは、孫空女がこの錬奴院(れいどいん)の「特別待遇」だからだそうだ。

 孫空女は壁にもたれさせていた身体を起こして、鉄格子の向こうにいるそのふたりの奴隷仲間に近づいた。

 

「ね、ねえ、お、お願いだよ……。喉が渇いて苦しんだよ……。水を飲ませて……。ちょっとでもいいから……。お、お腹も空いた……。お、お願いだよ……。た、食べさせてよ」

 

 孫空女は鉄格子の外のふたりに哀願した。

 

「そこにあるでしょう。遠慮なく、食べればいいじゃないの」

 

「水だって、飲んでいいのよ。なんだったら、もっと、持ってきましょうか? 皿に足してあげるわよ」

 

 食事当番のふたりが、孫空女の牢の床にあるふたつの皿を指差して、意地の悪い笑いをした。

 孫空女は歯噛みした。

 

 錬奴院の宿舎における三度目の夜だ。

 ここにおける生活はなかなかに陰惨だった。

 

 昼のあいだは、調教という名の拷問を屋外で受けて、体力と気力を限界まで搾り取られる。

 監督官の連中によれば、それは金凰魔王の性奴隷になるための修行だそうだが、要は苛めだ。

 その苛めはときには、肉体の損傷を伴うものになる場合もある。

 とにかく、陽が出ているあいだは、建物の外で拷問調教を受ける。

 

 そして、陽が落ちれば、やっと室内に戻ることが許され、その際、『治療術』の道術がかかった水を全身に浴びて、身体の手当を受ける。

 それから、また、室内で長時間の性的な快感調教を受けるのだ。

 野外で体力と気力を削ぎとられた後の快感責めが終わる頃には、孫空女はもうほとんど息をするのがやっとの状態だ。

 

 しかも、孫空女は、外科目にしても、内科目にしても、ほかの女たちより、ずっと苛酷な特別科目が付与されている。

 そして、心身ともぼろぼろになって、やっと、牢に戻って休むことが許されるのだ。

 それがここであり、錬奴院で調教を受ける奴隷は、全員がいま孫空女がいるような鉄格子のついた牢で休息することになる。

 牢はすべて個室であり、廊下の片面に横並びに並んでいる。

 

 “十二号”と名付けられた孫空女の部屋は、番号のとおり、入口から数えて十二番目であり、この階には全部で二十個の牢があるようだ。

 これと同じ造りの奴隷用の寄宿牢の層がひとつ上の最上層の階にもあり、ここでは四十人の奴隷候補生を住まわせることができるらしいが、いまは総勢二十人であり、この階しか使っていないらしい。

 最上層とその下が奴隷の寄宿用の牢の並ぶ階で、さらに下が、ここでは錬成部屋と呼んでいる室内の調教部屋だ。

 

 つまり、孫空女は陽が照っている昼間は、外の営庭で“錬成”を受け、一度、『治療術』の霊気のかかった水を浴びて身体を回復させて、室内の錬成部屋に移動して、また性調教を受け、深夜になりやっと、ここで休むという日課を三日繰り返している。

 

 食事は、そのときに当直監督官から当番に指名された奴隷が皿に乗せた食べ物を各牢に水とともに配るのだが、孫空女はこの三日、一度もそれを口にしていない。

 食事は、調教の終わった夜中と、調教が始まる前の朝に同じように各牢に配られるが、孫空女には食べられないのだ。

 このいまいましい大きな首枷のせいだ。

 

 孫空女の首と両手首に嵌っている大きく丸い首枷は、どこをどう動かしても、どうしても首枷が邪魔になり床に置かれた食べ物や水の入った皿に口が届かない。

 それがわかっていながら、食事当番の奴隷たちは、故意に孫空女の食事を床にしか置かないのだ。

 もちろん、それは、首枷以外はほかの奴隷と待遇は同じなのだが、この三日間、とてつもなく重いこの首枷をずっと嵌められている孫空女には、あまりにも陰湿な嫌がらせだ。

 

「ね、ねえ、意地悪しないでおくれよ。口に入れてよ。み、見れば、わかるだろう……。あたしは、手も拘束されているし、こんな首枷なんだから、皿に口を直接つけることもできないんだよ……。お、同じ奴隷じゃないか……。お、お願いだよ」

 

 孫空女は牢の外のふたりに言った。

 

「だって、あたしたち、中に入れないじゃないの。どうやって、あんたに食事を食べさせるのよ」

 

「そうよ……。あたしたちができるのは、格子の下にある隙間から、この皿を押し入れるだけなのよ。そこに入れるわけじゃないのよ」

 

 ふたりが牢の外で言った。

 このふたりの言う通り、牢には道術錠のかかった格子の扉があり、孫空女も当番奴隷も自由に出入りできない。

 格子の下に拳大程度の高さの隙間があり、そこから皿を出し入れしているだけなのだ。

 

「な、なら、み、水をすくう柄杓を伸ばして、く、口に入れて……。後生だよ……」

 

「嫌よ。これは水桶から皿に水を入れるために渡されている道具よ。その道具をそんな風に使ったら、あたしたちが折檻受けるじゃない」

 

 ひとりが首を横に振った。

 もうひとりも同意するようにうなずいている。

 

「で、でも、いまなら、そばに監督官はいないし……」

 孫空女は鉄格子越しに言った。

 奴隷を監視する奴隷監督官は、この層の出入り口にある詰所におり、いまはそばには監督官はいない。

 このふたりは、詰所の位置で各牢に配る配膳のための食事と食器を渡されて、それを配り歩いているのだ。

 だから、少しくらいの規則違反など、ばれるわけはない。

 だが、このふたりは、ほんの少しも孫空女のために融通をきかせるつもりはないようだ。冷たく頭を振った。

 

「嫌よ。あたしたちも、休みたいんだからさげるわ」

 

 ふたりのうちのひとりが言った。

 いま、このふたりは、当番奴隷として、配膳から一刻(約一時間)ほど経って食べ終わった食器を各牢から回収しているところだ。

 当番奴隷は、この後で、全員の食器と交付のための食事が入っていた食缶を洗浄してから当直監督官に返納するのが役割だ。

 ほかの奴隷は食事が終われば寝るだけなので、食べ終わった食器を格子の下に置いて、すでに休んでいるに違いないが、このふたりはすべてが終わって、当直監督官の点検を受けてはじめて休めるのだ。

 

 ここの生活では、なによりも睡眠が重要であり、少しでも早く休息したいという気持ちはわかる。

 だが、それがなんだというのだ……。

 

 孫空女は、もうこの三日間、満足に休んだことはない……。

 それは、孫空女の拘束のために、ずっと装着されている首枷のためなのだが、孫空女は初日に首と手首に装着された首枷をまだ、一度も外してもらっていない。

 

 それに比べれば、食事当番のこのふたりは、両足首に鎖つきの足枷があるだけで両手は自由だ。

 このふたりに限らず、一日中拘束をされているような奴隷は、ここでは孫空女だけだ。

 

 監督長の鄔梨李(うりり)や孫空女専門の監督官ということになった緒里(しゅり)にいわせれば、それはすぐに奴隷宮にあがることが決まっている孫空女への“特別待遇”であるらしい。

 孫空女からしてみれば、途方もない冷遇だが、ほかの奴隷たちからしたら、すでに奴隷宮にあがることが決まっている奴隷など、妬みの対象以外の何者でもないのだ。

 

 全員が示し合わせたかのように、孫空女にこういう意地の悪い扱いをするのは、その嫉妬のためだ。

 孫空女以外の奴隷候補生の全員が、ここではいつか奴隷宮にあがることを夢見て、果てしない虐待を甘んじて受け続けている。

 だが、奴隷宮にあがることなど狭き門であり、大半の奴隷は、ここで拷問調教を受け続けた挙句に、絶望して毒を呷って死ぬ。

 

 自死用の毒は、毎朝、食事とは別に監督官が各牢に配る。

 ここでは、自殺はいつでもできる。この錬奴院を脱するのは、金凰魔王の寵愛を受けることが決まって奴隷宮にあがるか、毒をあおって死骸として出ていくかなのだ。

 

 そんな彼女たちからすれば、期限のある一定期間をここで耐えれば、待遇のいい奴隷宮にあがることがわかっている孫空女など、その存在が許せないほどの腹立たしいことのようだ。

 それが、こんな意地の悪い仕打ちになるのだろう。

 

「だ、だったら、あたしが格子のそばに寄るから……。そしたら、せめて首枷の上に皿を載せてよ……。後は自分でなんとかする。お願いだよ」

 

「嫌よ。そんな面倒なこと……。あたしたちは、この後、全部の皿を洗わないといけないんだからね。いらないなら、さげるわよ」

 

 ふたりは無情にも、手を付けていない皿を回収して、孫空女の檻の前から去っていった。

 配膳用の台車とふたりの足音がだんだんと遠くなっていく。

 孫空女は絶望の吐息をついた。

 

 これで本当に三日間、食事なしだ。

 さすがの孫空女も毎日の苛酷な調教を受けながら、まったく飲食をしないのでは、飢えと渇きと疲労で倒れそうだ。

 外調教が終われば、全身に治療効果の道術力のこもった水がふんだんに浴びせられる。

 それは身体の洗浄の意味もあるらしいのだが、そのときに、可能な限り、口から水を飲んでいる。

 それがなければ、本当に身体の渇きですでに倒れていただろう。

 まあ、それも、このままでは時間の問題のような気がするが……。

 

 この首枷が、孫空女を追い詰めているのは、首枷が邪魔をして飲み食いできないことだけではない。

 睡眠だ。

 

 この三日、孫空女はほとんど睡眠をとっていない。

 最初の昼間、この重い拘束具を装着されたとき、この重さそのものが拷問だった。

 両手の自由を奪い、常に孫空女が全身の筋力の全部を使わなければ支えられない負荷を首と肩にかけ続けられるのは、とてつもない苦痛だと思った。

 

 しかし、夜になって、この首枷をしたままでは、目の前にある食事がとれないことを悟るとともに、睡眠すらもできないことがわかって、孫空女は愕然とした。

 立っているだけで疲労困憊になる重い首枷を首と肩に背負って一日中調教を受け、それこそ、孫空女は体力の限界であるのに、この首枷が睡眠さえも邪魔するのだ。

 

 別に睡眠を禁止されているわけではない。

 むしろ、睡眠はここでは一番大事なことと奨励されている。

 一日中、さまざまな拷問調教を受けなければならない奴隷たちには、睡眠で体力を回復することは絶対に必要なことだ。

 いまだって、食事当番のふたり以外の奴隷たちは、もう泥のように眠っているに違いないのだ。

 

 しかし、首枷をされている孫空女には、両手と頭を横にして床につけることができない。

 いろいろと試してはみたが、仰向けになっても、うつ伏せになっても、鉄の首枷のとてつもない重さが首にかかり、喉に枷が食い込んでくる。

 

 だから眠れない。

 せいぜい、首枷を壁にもたれさせて、少しでも重さを軽減させることができるだけだ。

 それすらも、ちょっとでも力を抜けば、首枷が傾いて首に大きな力が加わり、孫空女を覚醒させる。

 つまりは、この拘束具の真の恐ろしさは、重さそのものよりも、装着された者の食事や睡眠を奴隷から取りあげてしまうことなのだ。

 

 とにかく、この首枷をされている限り、孫空女はどんなに疲れていても、食事も水もとれず、眠ることもできずに、身体の力を振り絞って、姿勢をただして起きていなければならない。

 なんとか、横座りになって、少しでも楽な体勢で耐えようと思うのだが、睡魔と疲労で意識が薄れると、どうしても首枷は傾く。

 すると、首枷が絞まって、孫空女を苛酷な苦しみに引き戻してしまう。

 

 寝るなと言われているわけでも、食事をするなと言われているわけでもない。

 孫空女は、ただこの首枷を外してもらえないだけだ。

 しかし、この首枷がある限り、おそらく、長くはもたない……。

 

 この首枷を外す権利は、孫空女専門の監督官ということになった緒里だけが持っているらしい。

 孫空女は、いままでに三度、これを外してくれと頼んだが、戻ってきたのは緒里の嬉しそうな嘲笑だった。

 孫空女は、彼女の様子から、絶対に外すつもりがないのを悟るしかなかった。

 それがわかってから、もう、孫空女は、首枷を外してくれと口にするのはやめることにした。

 

 だが、このままでは、早晩体力の限界はやってくるだろう。

 いや、体力の限界を超える前に、もしかしたら、精神の崩壊が先に訪れるのかもしれない。

 

 この二日、ほとんど、まともにものを考えられない気がする。

 思考できないのだ。

 昨日の晩、ずっと夜のあいだ不自然な恰好で壁に首枷を預けているとき、自分の口が意図しない言葉を突然に発するのを耳にしてびっくりしたことがあった。

 

 愕然とするとともに、大きな恐怖が孫空女を襲った。

 もしかしたら、自分が狂い始めているかもしれないという恐怖だ。そんなのは生まれて初めてのことだ。

 

 これが崩壊の予感というものだろうか……?

 今夜が三夜目……。

 

 孫空女は、前夜、前々夜と同じように、檻の中で激しい飢えと渇きに苦しみながら、休むことのできない夜をすごし続けた。

 寒くもないのに、孫空女の身体は震え続けている。

 

 それがなんの兆候なのかわからず、孫空女はただ怯えることしかできないでいた……。

 

 

 *

 

 

「ほらほら、走るんだよ――。歩くんじゃない――。また、股ぐらに電撃が走るよ。それは、一定速度で動かなければ、自動的に電撃が走るようになっているんだからね――」

 

 緒里が笑いながら孫空女の横で声をあげた。

 炎天下での野外調教だ。

 錬奴院の営庭であり、結局、三日目の夜もほとんど眠れなかった孫空女は、ほかの奴隷たちとは別待遇で、緒里との一対一の調教を受けていた。

 ほかの奴隷たちは、大抵は五名から三名とひと組で様々な調教を受けるのだが、孫空女だけは常にひとりだ。

 

 いま、孫空女がやっているのは、営庭の真ん中に立てた二本の旗を繰り返し往復するという行為だ。

 重い首枷で首と両手首を固定されたまま、可能な限り全力で走って旗を折り返して戻る。

 戻ったらまた旗を回って、反対側の旗に向かって駆ける。

 それだけのなんの意味のない単純な行為だ。

 これを陽が出ているあいだ延々と続けるのだ。

 

「くうっ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 孫空女は懸命に足を動かして、この無意味な歩行を続けた。

 とまることは許されない。

 孫空女は、いま錬成時用の貞操帯を股間に装着されており、それが緒里の定めた速度以下になると電撃を浴びせるのだ。

 もちろん、首枷の重みに負けたり、足がもつれたりして転べば、その瞬間に最大限の電撃が走る。

 だから、孫空女はどんなに疲れていても、前に進み続けるしかない。

 

 重い首枷を背負っている孫空女には、ただ立っているだけで、体力の限界に近い重労働なのだが、その状態で歩き続けるというのは非常につらい拷問だ。

 しかも、この三日の飢えと疲労と睡眠不足が孫空女の全身を蝕んでいる。

 はたから見れば、ほとんど幼児が歩く程度の速度なのかもしれないが、いまの孫空女には、かなりの全力疾走に近い。

 しかも、すでに今日は、朝から五刻(約五時間)は休息なしで続けている。

 その間、緒里は水筒で水をふんだんに飲み、昼食もしている。

 

「少し設定をあげるよ。もう少し速くだ」

 

 旗と旗の中央付近に椅子を持ってきて座っている緒里が叫んだ。

 すると、ぴりっとした軽い痛みが股間に走った。

 

「ひっ」

 

 思わず孫空女は声をあげた。

 そして、慌てて脚を前に出す。

 緒里が貞操帯に備わっている電撃発生の設定を道術で変えたのだ。

 この貞操帯は、緒里が気紛れで定める速度以下になると、まずは軽い電撃が走る。それで速度をあげれば電撃はとまるが、また速度が落ちれば電撃が襲うという仕掛けになっている。

 そうやって、まるで動物が追いたてられるように歩かされる。

 

 しかも、警告の軽い電撃で、速度をあげることができなければ、軽い電撃だった速度がだんだんと強くなる。

 最後には最大限の電撃になる。

 孫空女は、電撃の恐怖に、懸命に歩みの速度をあげようとした。

 

 しかし、両手を首枷に拘束され、重い首枷のために少しも身体を傾けることを許されない孫空女には、もう、これ以上速度をあげることは難しい。

 しかも、三日間で溜まり続けている極限の疲労とこの炎天下の猛暑が、孫空女の頭を朦朧とさせている。

 

 目が回ったようになり、視界も揺れている。

 この状態からさらに速く進むなどできない……。

 

 それでも、孫空女はふらふらになりながらも、かなり歩く速度を速めたと思う。

 だが、どういう速度に設定したのか、どんなに一生懸命に前に足を進めても、股間の断続的な電撃がとまらないのだ。

 しかも、その電撃と電撃の間隔がだんだんと短くなる。

 

「あ、ああ……ひっ、ひっ……ひっ――お、お願い……もっと、ゆっくりにして……お、お願いだよ……ひいっ……」

 

 孫空女は堪らずに音をあげた。

 もうさすがに限界だ。

 弱音を吐きたくないなどという意地を張れる限界は、とっくの昔にすぎていた。

 いまは、哀願をして、それがほんの少しでも緒里の手加減に繋がるのなら、いくらでもそれを口にする気分だ。

 

「頑張れるところまで頑張るんだね。動けなくなれば、考えてやるよ、十二号――。なんだかんだ言って、まだまだ頑張れそうじゃないか――」

 

 ちょうど緒里の前を通りすぎたところだったので、緒里が横に置いた水桶から水を飲みながら楽しそうに孫空女を眺めるのが見えた。

 緒里のいる場所には、大きな陽避け用の日傘がある。

 それに比べれば、孫空女はこの強い陽射しをずっと水も飲まずに浴び続けている。

 

 陽が中天に達する前には、汗だくだった肌には、いまは、身体が完全に乾ききってしまったのか、汗すらも出なくなってしまった。

 その代わり、頭ががんがんと痛くなり、吐き気のようなものがずっと襲っている。

 しかし、股間の電撃の痛みはどんどんと強くなる。

 孫空女は最後の力を振り絞って、足を前に進めた。

 

「お、お願いだよ……。そ、速度、緩めて……はひっ」

 

 孫空女は泣き喚いた。

 しかし、緒里は笑って無視している。

 旗を回って折り返した。

 しかし、電撃の繰り返しが止まらない……。

 

「ひぎいいいっ――」

 

 突然、衝撃が股間に走った。

 一定の速度に達しない時間が長くなりすぎたのか、股間の電撃がいきなり強いものに変わったのだ。

 その衝撃に、孫空女は身体を仰け反らしてしまい、ぐらりと体勢を崩した。

 

「ひいっ、いやああっ――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 しかし、一度傾いた首枷は、もう支えられない。

 孫空女の身体は重い首枷から先に後ろ向きにひっくり返った。

 

「はぎいいいっ――」

 

 その瞬間、気を失いそうになるような激痛が走った。

 孫空女は起きあがろうとしたが、手足が痺れたようになってどうしても力が入らない。

 そして、強い電撃が股間に走り続ける。

 

「ぎゃああああ」

 

 孫空女は絶叫した。

 そして、急に眼の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 顔に水がかけられた。

 

 一度――。

 二度――。

 

 孫空女は大きな口をあけていた。

 顔に降りかかった水を懸命に口に入れていた。

 それは意思というよりは、生きるための本能のようなものだ。

 

 そして、眼を開けた。

 上に緒里の顔が見える。

 

 木桶を持って、孫空女を見下ろしている。

 どうやら、孫空女は気絶してしまっていたようだ。

 

「さあ、さっさと、起きな――。続きをするんだ」

 

 緒里がにやにやしながら孫空女に言った。

 すぐに、すっと『心神棒』の先が孫空女に向けられた。

 

「お、起きる――起きるよ――」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 あの鞭だけは怖ろしい。

 懸命に起きあがろとする。

 だが、容赦なく『心神棒』が孫空女の腹に押し当てられた。

 

「ふぎゃあああ――」

 

 孫空女は再び眼の前が暗転するのを感じた。



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575 不機嫌な者たち


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの(ほう)を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                   ──金王妃の予言


 *




「おはよう、宝――」

 

 部屋に入るなり金翅(きんし)は、いつもの香りで部屋の中央にぶらさがっている身体を覚醒させた。

 

「おはようございます、金凰妃様」

 

 金翅の来訪に気がついた金翅付きの女官が頭をさげた。

 ちょうど、宝玄仙が垂れ流した尿の処理をしていたところのようだ。

 金翅は女官に軽く手をあげて、作業を続けるように指示した。

 

 もっとも、いまは朝といっても、(ひる)に近い時間だ。

 だが、一日中、天井から吊り下げられているだけの宝玄仙にとっては、朝も夜もないだろう。

 金翅がやってくる時間が一日の始まりであり、拷問を受け続け、夜になり、膣に挿入している魔法石を交換するために強制的に意識を失わされて眠る時間が一日の終わりというだけのはずだ。

 

 それ以外には、この肉の塊りは、気絶することも眠ることもできない。

 あの蝦蟇婆(がまばあ)の施した道術がまだ効いていて、匂いで意識の喪失や人格の交代を制御できるのだ。

 とにかく、金翅がやろうとしているのは、一日も早く、宝玄仙という人格を消滅させて、ひとつの人格に統合させることだ。  それが達成できれば、金翅である金翅の予言の成就を望んでいる金凰魔王を悦ばせることができるはずだ。

 

 元々、これは蝦蟇婆がやるはずだった仕事だ。

 だが、その蝦蟇婆は、残念ながら金凰宮に戻ってくることができず、宝玄仙の中のふたつの人格をひとつに統合させるのは、金翅の役目になった。

 暗示された匂いによって、すぐに宝玄仙の人格が覚醒した。

 

「どう、宝? そろそろ、死にたくなってきたかしら?」

 

 金翅は宝玄仙に声をかけた。

 すると、その宝玄仙が恨みのこもったような眼で金翅を睨み始めた。

 今日で五日目になるのだろうか……。

 いまだ、この眼ができる宝玄仙が不思議でもある。

 

「生意気な顔をするんじゃないわよ、宝」

 

 金翅は宝玄仙の顔の真ん中に拳を叩き込んだ。

 

「がああっ」

 

 宝玄仙の鼻が潰れて血を噴き出す。

 天井から吊られている宝玄仙の身体が揺れて、宝玄仙が悲鳴をあげた。

 宝玄仙の身体は、髪の毛を束ねて金具で天井からぶらさげられ、切断した脚の付け根に嵌めた金具で左右に脚を拡げさせて鎖で床の金具に繋いでいる。

 ここにやってきてから五日目になると思う。

 そのあいだ、まったく変わらない体勢だ。

 

 金翅は宝玄仙の正面に立った。道術を広げて宝玄仙の心に触れる態勢を作る。

 宝玄仙の心から、金翅に対する激しい恐怖が伝わってきた。

 しかし、同時に金翅に対する憎しみも伝わってくる。

 

「不思議なものねえ。まったく、飲み水を与えていないのに、尿だけは出るのね。まあ、糞便の方は、もうまったく出なくなったようだけど……。この調子なら、このまま十年くらいは生きられそうね――。魔法石を生成するただの道具としてね」

 

 金翅は、宝玄仙の身体の下の尿の掃除をしていた女官を宝玄仙から離れさせた。

 そして、今度は拳を宝玄仙の無防備な腹に食い込ませる。

 

「おごおおお――」

 

 宝玄仙が唾と飛ばして呻いた。

 彼女の口には、これもここにやってきてからずっと装着させっぱなしの開口具を取り付けてある。

 だから、この女は、もう四日以上、言葉を喋っていない。

 この女が喋れるのは、ただの悲鳴と呻き声だけだ。

 

 そうやって、人としての心を奪っていく。

 心がなくなってしまえば、行きつくところは、生きながらの死だ。

 そうなれば、宝玄仙は存在を失い、もうひとりの宝玉という人格に統合されるはずだ。

 

 さらに三発ほど寸分違わずに腹の同じ場所を殴打した。

 金翅の激しい殴打で、上下に繋がれている宝玄仙の身体が前後に激しく揺れた。

 ふと見ると、金翅が殴った部分の肌が赤紫色になり、それがだんだんと拡がっていく。

 

「おげええ」

 

 宝玄仙が口から黄色い胃液を吐いた。

 慌てて床を掃除しようとした女官を金翅は手で制した。

 

「汚いわねえ……。道具の癖に一人前に人のような反応をするんじゃないわよ……。どうやら、まだまだ、生きているつもりであって、道具になりきっていないようね」

 

 金翅は宝玄仙を睨みつけながら言った。

 

「こほっ、ごほっ、えぼっ」

 

 だが、目の前の宝玄仙は虚ろな表情で苦しそうに咳き込むだけだ。

 

「……じゃあ、今日もただの物になりきるための拷問をしてやるわ……。早く、物そのものになってしまうのよ。そうしたら痛みも苦しみもなくなると思うわ」

 

 金翅は今度は宝玄仙の股間を思い切り蹴りあげた。

 鎖で脚を開かされている宝玄仙は、金翅の蹴りを避けることなどできない。

 爪先を宝玄仙の股間に抉り込ませる。

 宝玄仙の股間の骨が砕けた感触が足先に伝わってきた。

 

「がああっ」

 

 宝玄仙が泣き声をあげて、涙をぼろぼろとこぼしだす。

 蹴りあげた宝玄仙の股間から血がぼたぼたと落ちだした。

 砕けた骨の破片がどこかを突き破って、膣の中に血を流入させたのかもしれない。

 

「汚いわよ、宝――」

 

 金翅はその血を流しだした股間をめがけて、もう一度蹴りあげた。

 

「ほごおおっ」

 

 両脚に繋いだ鎖が限界まで伸びて宝玄仙の身体が跳ねあがり、今度は反動で下にがくんとさがって、天井から吊った髪の毛が伸びてとまる。

 宝玄仙の股間が真っ赤に変色し始めた。

 

 金翅は、部屋の隅に控えていた女官に目で合図した。

 女官がすぐに、宝玄仙が撒き散らした胃液と血で汚れた床を拭き始めた。

 

「もうここはいいわ。後はわたしがやるから。隣の控えにさがっておいで……。用があれば呼ぶわ」

 

 金翅が、作業の終わった亜人の女官に告げると、その女官が頭をさげて部屋を出ていった。

 とりあえず、宝玄仙の足の下から吹いている『治療術』の風の勢いを強くする。

 放っておいても、微風の霊気が宝玄仙の傷ついた身体を治してしまうのだが、それでは時間がかかって、拷問をすぐに続けることができないので、とりあえず治してしまうことにしたのだ。

 

 この風は、常に放出されていて、宝玄仙の身体を健全な状態に維持する役割を持っている。

 骨が砕けようと、内臓が破壊されようと、『治療術』の霊気が宝玄仙の身体を通過して、あらゆる肉体の損傷を癒してしまうのだ。

 それだけではなく、まったく飲み食いをさせなくても、生存に必要なものは、この霊気がそれを体内に生成して命を維持するのだ。

 

 もちろん、切断されている手足の部位が『治療術』で復活することがないように道術の調整もしている。

 だから、この微風の霊気の流れの上にぶらさがっている限り、宝玄仙は絶対に死ぬことはできないし、身体の損傷がそのままということはない。

 

 それは宝玄仙にとって、怖ろしい拷問でもあるだろう。

 宝玄仙の身体が癒されるのは、新しい拷問を始めるためなのだ。

 

 拷問を受けるために生き続ける――。

 それがどんな風に人を毀すのかは知らない。

 だが、いま、宝玄仙はそういう状態だ。

 

 朦朧としていた宝玄仙の心がまたまとまりをみせ始めた。

 金翅は宝玄仙の心を読んでそれがわかった。

 気絶することはないが、限度を超す拷問をすると、宝玄仙の心が原野に草が生えているだけのような無秩序な拡散状態になる。

 それは、普通の人間であれば、気絶をしている状況と同じなのだが、道術で意識を失うことがとめられている宝玄仙は、心がそういう状況になるのだ。

 

 いま、強い『治療術』を身体を吹きあげさせることで、砕けた腰の骨や壊れたはらわたが再生をしはじめた。

 赤黒かった部位が元の真っ白い肌になり、最初に潰した鼻もその痕跡がなくなった。

 宝玄仙が意識を取り戻したときと同じような状態になり、金翅の顔をじっと睨みつけ出した。

 宝玄仙の心が金翅に流れ込んでくる。

 

「へえ、そんなにわたしを殺したい、宝……? 不思議ねえ。こんなに毎日、死ぬような目に遭わせ続ければ、余程、心の強い人間でなければ、そんな憎しみはもう抱けないはずだけどねえ。そうかい……。まだ、物になりきっていないのね……。じゃあ、今日も歯からいくかい? しかし、『治療術』というのは便利なものよねえ。いくら、歯を砕こうが、引き抜こうが、いくらでも再生するのだからね」

 

 金翅はそう言って、そばにある台からひとつの大椀を手に取った。

 中には宝玄仙から引き抜いた歯が集められている。

 奥歯もあれば、前歯もある。

 砕けた歯もあれば、綺麗な原型をとどめたまま抜いたものもある。

 すでにこの大椀いっぱいになっているが、開口具を嵌めさせた宝玄仙の口の中は、綺麗な歯並びのままだ。

 金翅がその椀の中の歯を宝玄仙が見ることができる位置に持ってくると、宝玄仙の表情が変わった。

 

「ひあっ、ひっ、ひいっ」

 

 宝玄仙の目が見開いて、顔が恐怖に染まった。

 心も同じように、金翅に対する憎しみが消滅して、ただただ、金翅への怖気だけに変化していく。

 

 歯に対する拷問はおよそ慣れるということはないらしい。

 心を読みながら拷問をしているので、もう、殴ったり蹴ったりする拷問に対しては、だんだんと宝玄仙の心が慣れ始めたというのがわかる。

 人というのは、痛みにも苦しみにもだんだんと慣れてくるものなのだ。

 しかし、この歯に対する拷問は、なかなかには慣れないようだ。

 いまのところ、宝玄仙は、この歯への拷問を一番に怖れている。

 

 金翅は、宝玄仙の歯に穴を開けるための霊具を台から手に取った。

 先端に細く尖った石の錐先がついている霊具であり、霊気を注ぎ込むと、その硬い錐先が高速で回転して、それを歯に当てれば、歯に穴を開けることができる。

 

 歯への拷問については、いろいろなやり方を試しているが、今日は、穴を開けてから、その穴に劇薬を注ぎ込み、内側から歯や歯茎を溶かすことで苦しませようと思っている。

 その責めを宝玄仙に施したのは、昨日が最初だったが、宝玄仙の苦しむ様子があまりにも激しかったので、宝玄仙を堕とすのに、かなりの効果があると判断したためだ。

 

 この拷問はさすがに金翅もやられたことはない。

 金翅の発案だ。

 だが、これはかなり有効のようだ。

 宝玄仙は、金翅がこの拷問をする素振りを示しただけで、もうなにも考えられなくなるくらいに恐怖一色に心が染まっていっている。

 いまも宝玄仙の心から、もの凄い勢いで金翅を怖れている感情が流れ込んでくる。

 金翅は霊具を宝玄仙の口の中に入れた。

 

「ひやああっ――ああああっ――」

 

 宝玄仙がぼろぼろと泣きだした。

 顔が曲がり、宝玄仙が開口具を取り付けられた涎だらけの顔で、必死になって、金翅に愛想笑いをするように顔を歪める。

 構わず、金翅は霊具の先を適当な奥歯に当てた。

 

「はぎゃああああ――ぎゃあああああ――」

 

 宝玄仙が凄まじい勢いて暴れ出した。金翅は道術を強めて、一時的に宝玄仙の身体を完全固定した。

 宝玄仙の暴れが止まって、顔が固定される。

 それでも、少しは宝玄仙の顔に震えのようなものは残っている。

 あまりにも激しい暴れ方なので、これだけの強い金縛りの道術でも、少しは震えのような身体の動きを残してしまうのだ。

 

「ぎゃあああ――ひがあああ――」

 

 宝玄仙が泣きながら吠え続ける。

 かなり穴が大きくなってきた。

 金翅はさらに穴の奥に向かって霊具を当てる。

 少しずつ歯が削れて、穴が深く広くなっていく。

 

 宝玄仙の股間からじょろじょろと尿が流れ出した。

 その飛沫が金翅の下袍や靴を濡らしたが放っておいた。

 もう、宝玄仙は何日もまともに水など飲ませてはいないが、例の微風の道術が宝玄仙の身体に必要な物質を常に再生させてしまうので、尿だけはずっと出続けている。

 やがて、宝玄仙の健康な歯に大きな穴が一個あいた。

 

「さて、じゃあ、歯を溶かす液剤を入れてやるよ。たっぷりと苦しむのよ、宝……。いや、もう、お前は宝という名もいらないわね。ただの道具になるんだしね……。これからは、お前のことは、ただの物と思うことにするよ。拷問を受けて苦しみ続ける道具という物ね。どうしても呼びかけが必要なときは、ただ“物”と呼んでやるわ――」

 

「あがっ……ああっ……ほが……」

 

 宝玄仙がぼろぼろと涙をこぼす。

 泣くのはまだ、心が残っている証拠だ。

 まだまだ、宝玄仙は落ちない。

 金翅はそれがわかった。

 

「そして、本当に心の中が空虚になり、物そのものになったら、そのときは、拷問を終わらせてやるわね。だから、この苦しみを終わらせたければ、一生懸命に物になることを考えるのよ」

 

 金翅は、宝玄仙の口の中から霊具を取り出した。

 そして、今度は小さな管を取り出し、薬瓶にその管を入れて、管の中に液薬を抽入させた。

 今度はその管を宝玄仙の口の中に入れて、あけたばかりの歯の穴に注いでいく。

 

「ひぎゃああああ――」

 

 宝玄仙の目が一瞬白目を剥いて、そして、凄まじい勢いで暴れ出した。

 さっきの金縛りの道術は解いたので、宝玄仙の悲鳴と暴れ方は、まるで発狂したかと思うくらいだ。

 

 だが、まだ発狂はしていない……。

 心を読んでいる金翅にはそれがわかる。

 

 おそらく、発狂するときには、同時に心も喪失するのだろうが、思ったよりも心の強い体質らしく、いまのところ発狂の兆候はない。

 苦しみもがくが、まだ、そこまでは至らないのだ。

 

 どこまでの拷問をすれば、宝玄仙が潰れるのか……?

 金翅は宝玄仙の苦しみもがく様子を眺めながら思った。

 最初に宝玄仙を拷問しはじめたときには、そんなに手こずるとは思っていなかった。

 だが、いざ始めてみると、考えていた以上に宝玄仙を潰すのは難しいのだとわかった。

 

 この女の心が思ったよりも強いのだ。

 心を読める金翅だからこそ、それがわかることなのだが、例えば、いま、この瞬間の宝玄仙には、憤怒や憎悪という感情は皆無だ。

 あるのは、果てしない恐怖心だけだ。

 金翅に対する服従心や追従の気持ちさえも、心に垣間見ることができる。

 

 この状態になってしまえば、心を潰すのはすぐのはずなのだ。

 これまでに、何十人もの亜人や人間の拷問をしたことがある金翅には、それがわかる。

 また、金翅自身も、錬奴院時代と金翅になる直前に蝦蟇婆から、そういう拷問を受けている。

 それが、この金凰宮の習わしなのだ。金翅といえども、本来は性奴隷にすぎないということを金翅の心に刻み込むためであり、また、奴隷以外に金凰魔王と交わることはできないという金凰宮に代々伝わる鉄の掟を維持するためだ。

 

 だからこそ、金翅は、拷問の果てになにがあるかを知っている。

 拷問の果ては、死ではない。

 なにも考えられない完全なる心の空虚が、拷問のなれの果てなのだ。

 それが自覚できる寸前まで蝦蟇婆に追い詰められた。

 

 金翅となる直前に蝦蟇婆から受けた拷問……。

 おそらく、あのまま拷問を受け続けていたら、間違いなく、金翅はそのまま廃人になっていたと思う。

 それは間違いない。

 

 だからこそ、金翅は宝玄仙の不思議な強さがわかるのだ。

 宝玄仙は、金翅が屈服した拷問よりも遥かに激しい責めを受け続け、それなのに、まだ心の強さを保っている。

 拷問を受けている途中では、いまのように心の弱さを見せるのだが、時間が経てば、いつの間にか、強い攻撃的な心を取り戻しているのだ。

 その証拠が、さっき拷問を開始する直前に見せた、金翅に対する憎悪だ。

 

 こうやって、拷問を開始して五日目――。

 言語に絶する責めを受け続けている宝玄仙が、もう、あんな悪意を金翅に抱けるわけがないのだ。

 いったい、この宝玄仙の心はどうなっているのだろう……?

 

 眼の前の宝玄仙の暴れ方が少し穏やかになってきた。

 痛みがなくなったわけではないが、あまりにも長く続く激痛に身体が麻痺してきたのだ。

 これ以上は、それほどの効果はないだろう。

 むしろ、宝玄仙に痛覚への耐性を作りあげてしまうことになる。

 

 金翅は、再び、『治療術』の風を強くして、宝玄仙の溶かしたばかりの歯を再生する道術を刻んだ。

 同時に痛みが消えていっているはずだ。

 宝玄仙の身体が脱力したようになった。

 

「おやっ?」

 

 そのとき、金翅は宝玄仙の股間の状態を見て、びっくりしてしまった。

 宝玄仙の股間は濡れていたのだ……。

 

 しかも、これ以上ないというくらいにたっぷりと……。

 まるで、痛みに苦しみながら達したような感じだ……。

 

 いや……。

 

 これは、達したのではないか……?

 急いで、宝玄仙の心を読んだ。

 宝玄仙のいまの心は複雑すぎて、よくわからなかったが、確かに、烈しい苦しみの中に、宝玄仙は、いま淫情を覚えているようだ……。

 もしかしたら、これが宝玄仙の心の強さの秘密――?

 

 苦痛を快感に変化させて、心が狂うのを防いでいる?

 しかし、金翅は首を横に振った。

 いや、そうではない……。

 

 そうであるとすれば、宝玄仙の心は憎悪や怒りとは別の性質を示すはずだ。

 まったく、この女の心の中がどうなっているのかわからない。

 心が読める金翅がそんな風に感じるのは、宝玄仙が初めてだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙の身体が痛みの一部を快感に変化させているのは間違いない。

 瞳の中には潤んだような輝きあるし、しっかりと股間が潤っている。

 そして、いまも、官能の証拠である蜜が膣から滲み続けている。

 

 そのとき、廊下から荒らしい物音が聞こえた。

 この部屋に向かってくるようだ。

 金翅はさっと服装をただして、やってくる人物を待ち受ける体勢になった。

 

 大きな音とともに、拷問室の扉が開いた。

 やってきたのは金凰魔王だ。

 従者のような者たちが廊下で待機する態勢になったのが見えた。

 金凰魔王は、扉を閉めて金翅に顔を向けた。

 怖ろしく不機嫌だ。

 

「いかがなされたのです、あなた? ご機嫌斜めですね」

 

 金翅は声をかけた。

 

「性奴隷がふたり毀れたぞ――。いま、余の寝室におる。なにをどうしても、涎を垂れ流して薄笑いが消えなくなった。処分しろ、金翅――」

 

 金凰魔王が怒鳴った。

 昨夜、金凰魔王に伽のためにあてがった性奴隷は、比較的新しい女ふたりだった。

 錬奴院で調教を受けたといっても、激しい拷問的な金凰魔王の性愛に耐えるのは、まだ早かったようだ。

 金翅はその女たちの顔を思い浮かべながら思った。

 

「わかりました――。処分しておきます……」

 

 金翅は頭をさげた。

 魔王の性の相手である性奴隷を管理するのは金翅の役割だ。

 その性奴隷が魔王の性愛に耐えられなかったということであれば、それは金翅の落ち度ということになる。

 

 それにしても、そのふたりを金凰魔王の寝室に送ったのは、昨夜のことだ。

 いま、やってきたということは、それから、ずっとそのふたりを抱いていたということになるのだろうか……?

 

 金凰魔王の女の抱き方は荒い。

 惨たらしく女を抱く嗜虐癖であり、生半可な女では、金凰魔王の相手は務まらない。

 だから、錬奴院でも拷問的な調教をさせて、金凰魔王の性愛に耐えれると判断したものしか性奴隷にあげていないのだが、金凰魔王の抱き方で、それだけ長い時間相手をさせられては、どんな女でも潰れてしまうに決まっている。

 もちろん、金翅は、そんなことは口にはしない。ただ謝罪の言葉を言っただけだ。

 

 そして、『伝声球』を出して、女官長に指示を発した。金凰魔王の寝室から狂った性奴隷を運びだし、薬殺処分するように命じたのだ。

 

 それにしても、これで、この二日で五人が毀れた。

 金凰魔王があまりにも荒々しい性交をするのが原因なのだが、白象宮の一件以来、金凰魔王は荒れ狂っている心の怒りをどうすることもできずに苛立っているのだ。

 それがどうしようもなくなって、その苛立ちを性奴隷にぶつけているという感じだ。

 

 なんとか慰めをしたいが、金翅も少しでも新しい性奴隷をあてがうくらいしか、慰労の方策を思いつかない。

 だからといって、やはり、錬奴院からあがったばかりの女をあてがうのは、無謀だったようだ。

 

「それと、途中で肛門が破れたな。それは道術で治しながら抱いたが、あの者たちは尻の開発についても不十分だったようだ」

 

 金凰魔王が不機嫌に言った。

 金翅はそれには驚いた。

 金凰魔王にあてがった女はいずれも、肛門で金凰魔王を受け入れる調教は終わった者だったからだ。

 それは、金翅自身も直接に女たちの身体を確認した。

 常識的な肛姦だったら、尻が破けることなどないはずだが、一体全体どんな抱き方をしたのだろう?

 

 金凰魔王は精に備わる霊気のために、膣に精を発した女を支配するとともに、その霊気を強力に増大させるという能力がある。

 金翅自身もその恩恵を受けているひとりだ。

 

 いずれにしても、その能力のために、金凰魔王は簡単に女と膣で性交できない。

 だから、どうしても、肛門における性交が主体になる。

 肛門調教が十分ではない性奴隷をあてがうことなどないのだ。

 

 とにかく、金凰魔王が大きな苛立ちの中にあるのは間違いない。

 しばらく落ち着くまで、金凰魔王の相手をする性奴隷については、よくよく吟味した方がよさそうだ。

 

「……よろしければ、今夜の陛下のお相手は、わたしではいかがでしょう? いつものように手枷と足枷を持参してまいります。どうぞ、存分にこの金翅を苛めてください……。久しぶりに、あなたの調教をお受けしたいですわ」

 

 金翅は媚びるように微笑んだ。

 金翅としても、いまの能力を保持するには、金凰魔王の精を定期的に膣に注いでもらう必要がある。

 そろそろ、その時期なのは確かだ。

 

「ほう、ならば相手をしてもらうか。言っておくが、覚悟して来いよ、金翅。少しばかり激しいかもしれんぞ」

 

「愉しみにしております」

 

 すると、金凰魔王は、満更でもないように頬を緩めた。

 金翅はほっとした。

 金凰魔王がほんの少しでも、機嫌がよくなったのは、金翅としてもすごく嬉しい。

 

 この数日の金凰魔王の不機嫌の原因はわかっている。 

 それは、白象宮とのことだ。

 

 なにしろ、金凰魔王は、白象を廃位させて、白象宮の魔王の地位を乗っ取った小白香を金凰魔王の精の力で支配しようとして、逆にしてやられてしまい、小白香に精の支配を植えつけるどころか、事もあろうに、逆に、二度と白象宮やその領域には手を出さないという道術契約を結ばされてしまったのだ。

 

 しかも、一緒に同行した蝦蟇婆は捕らえられ、その処刑の執行は始まっている。

 まだ、死んではいないようだが、蝦蟇婆は新魔王になった小白香の直接の裁きによって、白象宮の王都広場で直柱に拘束されて、前後を絶する苦しみを味わわせられながら時間をかけて殺されている最中のようだ。

 

 しかし、白象宮に手を出さないという誓いをさせられた金凰魔王にはどうしようもない。

 それどころか、誓いに基づいて、金凰魔王は、長く白象宮やその領域内に潜入させていた手の者を引き揚げる指示を出している。

 

 道術契約による誓いは絶対だ。

 契約した以上、金凰魔王は白象宮に自ら手を出せないというだけでなく、金凰宮側から手を出そうとする者があれば、積極的にそれを阻止をしてしまうのだ。

 手の者を引きあげさせるという指示も自ら告げたようだ。

 

 すでに、手の者からの情報が入らなくなっており、白象宮がどういうことになっているかもわからなくなっている。

 金凰宮に入ってきた向こうの状況に関する情報は、昨日、白象宮が内外に正式に発した公示の内容だけだ。

 

 それによれば、改めて、小白香が第二代の魔王に即位することが宣言され、その即位式も二箇月後に開かれることになったようだ。

 また、白象は、摂政という立場で新魔王を支える体制になったらしい。

 白象と小白香は憎しみ合っていたと思っていたし、小白香は種の本能で、借腹の白象を嫌うようになっているはずだったので、あのふたりが和解したというのは、金翅も意外だった。

 詳しくは聞いてはいないのだが、そのきっかけも金凰魔王が小白香に手を出そうとしたことだったようだ。

 

 あのふたりが和解したというのは、小白香が自らの新魔王の称号を“小白象”とすると発表したことでもわかる。

 魔王の名で呼称される魔王宮も、引き続き“白象宮”と称するとも触れに示されていた。

 どうやら、白象宮の体制が盤石になりそうな感じであり、金凰魔王としては面白くないのはわかる。

 

 また、毎年、白象宮から朝貢されていた莫大な財も打ち切られることは間違いないだろうし、その穴埋めについて、金凰魔王が側近と連日、頭を悩ませていることも金翅は知っている。

 また、なによりも、金凰魔王を消沈させているのは、予言のことだ。

 金翅は少し前にひとつの予言をしていた。

 

 それは、“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”という内容のものであり、その真の意味することは、金翅自身にもわからない。

 

 だが、金凰魔王は、それが自身があの魔域の覇者となるという意味だと信じていた。

 金翅もそれは信じたい。

 だから、予言成就の条件である“ふたつの宝をまとめる”ということを実現しようとしているのだ。

 

 しかし、一方で、“三個の身体で支配する者が……”という条件は、金凰魔王が白象の支配力を失い、小白香の支配にも失敗したことで、条件が遠のいたかたちだ。

 だからこそ、金凰魔王はこの数日荒れ狂っているのだ。

 

「また、錬奴院から新しい性奴隷を入れておきます、あなた」

 

 とりあえず、金翅は言った。

 魔王の慰めのための性奴隷を提供するのは、金翅の重要な役目だ。

 なんとか、いまの荒々しい金凰魔王の責めに耐えれる奴隷を準備するしかないだろう。

 

「いや……。どうせ、また、同じであろう――。急いであげても、あっという間に毀れるのでは堪らん。しっかりと錬奴院で作りあげてからでいい」

 

 金凰魔王が吐き捨てるように言った。

 金翅としては、頭を下げるしかなかった。

 

 金凰魔王の性癖は残酷で激しい嗜虐癖だ。

 だからこそ、生半可な相手では務まらない。

 錬奴院で拷問のような調教を受けて、それでも、平然と耐え抜くような女でなければ、金凰魔王の性愛を受けとめることはできないのだ。

 それが十分でない場合は、昨夜壊れた女たちのようになってしまう。

 

 そのために、錬奴院では、いまでも奴隷を鍛える嗜虐を連日続けてさせている。

 そのとき、金翅は、いま、錬奴院で拷問調教をさせているひとりの女のことを思い出した。

 

 報告は常に受けている。

 拷問にもいくらでも耐えるらしいし、肛門の開発も終わっているということだった。

 ばたばたして失念していたが、考えてみれば、その女なら金凰魔王の相手ができる。

 最悪、毀れたとしても、まったく惜しくない。

 

「そう言えば、この女の供がいましたわ、あなた――。孫空女です。まだ、従順さが不足しており、陛下のお相手にあげる状況にはないのですが、身体だけは丈夫なようです。それに、肛門でもしっかりと性の相手ができると、鄔梨李(うりり)から報告もあがっております。今日にでも私自身が様子を見て、それから陛下の相手として、金凰宮に連れてまいります」

 

 金翅は言った。

 

「おお、あの孫空女か――。玄魔を手玉に取った人間族の女傑だったな。それはいい――。ならば、今夜は金翅――。明日は孫空女ということになるな――。それは愉しみだ」

 

 金凰魔王が破顔した。

 金翅はちょっとほっとした。

 

「ついでに、面白い趣向をお見せしますわ。今日は、たまたま、目の前の物への新しい責めを追加するところでしたのです」

 

「おお、宝玄仙への責めか――?」

 

 金凰魔王は、初めて宝玄仙の存在に気がついたように、吊られている宝玄仙に視線を向けた。

 宝玄仙は、疲れたように首を垂れていて、その表情は見えない。

 心を読むと、いまは心が虚ろに近い状態にあるのがわかる。

 

「いいえ、ただの“物”です。そう呼ぶことにしました」

 

「なるほど……。ならば、どんな趣向なのだ、金翅? 余も見物していこう」

 

 金凰魔王は拷問室の隅にある椅子のひとつにどっかりと腰をおろした。

 金翅は、部屋の隅から、すでに運ばせておいた一個の容器を宝玄仙の身体の真下に持ってきた。

 

 容器の蓋を取る。

 容器の中には水が張っていて、容器の中では、目当ての生物がとぐろを巻いていた。

 金翅は容器に手を突っ込んで、その生き物の首を掴んで取り出した。

 

「霊気で開発した特別な肉食の黒ウツボです。これをこの“物”の愉快な場所に入れたいと思います」

 

 金翅は宝玄仙の股間に黒ウツボを近づけながら言った。



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576 ふたつの“宝”


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの(ほう)を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                   ──金王妃の予言


 *




「……これをこの“物”の愉快な場所に入れたいと思います……」

 

 金凰妃がそう言ったのが辛うじて聞こえた。

 宝玄仙は、朦朧とした状態でそれを認識した。

 なにかを企んでいるらしいが、いまさら、なにをされても驚かない……。

 

 宝玄仙はすっかりと諦めて、身体の力を抜いていた。

 ここにこうやって吊られてどのくらいの日数が経ったのだろう……? 

 もう、宝玄仙にはそれを認識しにくくなっている。

 

 三人の供たち……。

 まだ、生きてくれているのだろうか……?

 

 獅駝(しだ)の城郭で捕らえられてから、孫空女には二度会ったが、沙那と朱姫には、獅駝の城郭で青獅子の罠にかかって捕えられたときが最後だ。

 孫空女によれば、あのふたりも捕えられて、惨い調教をそれぞれに受けているらしい。

 沙那や朱姫の姿を最後に見てから、それほどの日数はすぎていないはずなのに、遠い過去の時間のように、ぼんやりとしか思い出せないのはなぜだろう……。

 

 そして、孫空女――。

 あいつには感謝している。

 

 あいつは、一度はこの連中からの逃亡に成功したらしい。

 そのままひとりで逃亡していれば、逃げ延びることもできたようだ。

 それなのに、宝玄仙を救い出すために、わざわざ、輸送隊をたったひとりで襲撃してきて、金凰軍に捕らえられてしまった。

 馬鹿な女だ……。

 

 結局、一緒に拘束されて金凰宮の王都に連れて来られたが、錬奴院(れんどいん)とかいう施設で別れ別れになった。

 

 馬鹿で……無鉄砲で……融通が利かなくて……。

 

 だが、絶対に人を裏切らないし、誰よりも仲間を大切にする。

 宝玄仙のことを無邪気に慕ってくれているというのは、なんとなく肌で感じる。

 だが、考えてみれば、それはなぜだろう……?

 

 そもそも、あれは、旅をしていた宝玄仙から金品を奪おうとした盗賊団の女首領であり、最初は大変だった。

 逃亡を図ったり、反抗したりして、道術でこっぴどくやっつけてやった。

 それが愉しかったし、痛快だった。

 

 だが、いつしか、命懸けで宝玄仙を護ってくれるようになり、今回だって、宝玄仙を救い出すために、たったひとりで、武装した輸送隊を襲うというような無謀をした。

 

 こんな宝玄仙のために……。

 あれっ……?

 

 そういえば、自分はその感謝の言葉を孫空女に告げただろうか……?

 

 孫空女にも……、沙那にも……、朱姫にも感謝している……。

 こんな自分といままで一緒に旅をしてくれたことを……。

 

 感謝している……。

 もしも、願いが叶うなら……。

 あんな旅の日々をもう一度送りたい……。

 

 愉しかった旅……。

 死ぬ前に……。

 

 一日でもいい……。

 せめて夢を見たい……。

 

 四人で旅をする夢を……。

 

 孫空女がいて、沙那がいて、朱姫がいて、自分がいる……。

 馬鹿な話をして、時には肌を接し合い、愛し合って……。

 

 愉しかった……。

 

「開口器を外せ、金凰妃……。悲鳴を聞きたいのだ」

 

 誰かが言った。

 宝玄仙はぼんやりと声の方向に視線を向けた。

 

 金凰魔王――?

 いつの間にか、金凰魔王が部屋にいて、椅子に座ってこっちを見ている。

 いつから、いたのだろう……?

 すると、口に嵌められていた開口器が外された。

 

「はあ……」

 

 口の筋力が痺れたようになって、すぐには動かなかった。

 

「さあ、尻の穴を緩めるのよ」

 

 尻の穴にすっと指が入った。

 

「ひっ」

 

 思わず悲鳴が口から洩れた。

 金凰妃――?

 

 宝玄仙の尻の穴に指を深く入れて、まさぐっているのは金凰妃だ。

 この女に対するどうしようもない恐怖心が宝玄仙に襲いかかってきた。

 

 怖い……。

 殴られる――。

 

 この女に恐怖心を抱くなど、宝玄仙にとっては屈辱だが、どうしても身体が引きつるようになってしまうのだ。

 

「尻の穴もほぐれているわね。こうやって、嗜虐されるのが余程好きなのねえ……。苛められながら、こんなに膣もとろとろにしちゃって……。だけど、いい加減にしてくれないかしら……。まったく、ただの道具のくせに一人前に感じるんじゃないわよ。少しは慎みなさい」

 

 その金凰妃が馬鹿にしたような口調で、宝玄仙の尻の穴を弄る。

 欲情している……?

 

 殴られまくって、歯を金具で抜かれたり、得体の知れない薬品で溶かされたりして、欲情するなどあり得ない……。

 一瞬そう考えたが、そう言われると身体が熱い気がする。

 子宮のあたりが火照ったようになっていて、おかしな疼きも感じる。

 

 濡れている……?

 まさかとは思うが、そう言われるとそんな感じだ。

 だが、なぜ……?

 

「ううっ」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 肛門を抉っている金凰妃の指が増やされて、五本の指がすべて侵入してきたのだ。

 それで手を肛門の中で拡げるような感じで拡張される。

 

「さすがは、元々は淫乱な人間族の女だけあって、柔らかく拡がりますわ、あなた」

 

 金凰妃がさらにぐいぐいと宝玄仙の尻の穴を手で押し広げながら、金凰魔王に言った。

 

「だったら、一度味わっておくかな?」

 

「おやめください、あなた――。これは、ただの物です。魔法石を産むためのただの道具なのですから……。あなたのお相手は、ちゃんとした女をあてがいます」

 

 金凰妃が苦笑したように言った。

 その物言いに少しだけむっとした。

 

「……か、勝手なことを言っているんじゃないよ……」

 

 宝玄仙は呻くように言った。

 人語を喋ったのは久しぶりだ。

 

「おや、お前、一人前にまだ女のつもりだったの? そんな人間離れした姿で?」

 

 金凰妃が笑った。

 すると、なにか細長いものがつるりとお尻の穴の中に入ってきた。

 金凰妃が宝玄仙の尻の中で作っていた隙間に入り込むようにぐいぐいと押し入ってくる。

 

「ひいいっ、な、なんだい? つ、冷たい――。き、気持ち悪い――、き、きつい――。動いている――? な、なにを入れたんだい――? ひいいっ」

 

 宝玄仙は髪の毛で吊りあげられている身体をのたうたせた。

 生き物だ――。

 それは間違いない。

 かなりの太さがある気がする。

 しかし、表面がつるつるしていて、それが潤滑油になり、ぞろりぞろりとゆっくりと宝玄仙の体内に入り込んでいく。

 

 なんだ……?

 気持ち悪い――?

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「なによ、聞いていなかったの? 肉食の黒ウツボだと教えたでしょう?」

 

 金凰妃が笑いながら言った。

 すでに、もうその生き物から手を離している。

 だが、その生物は宝玄仙の尻の穴を与えられた棲み処であるかのように、身体をうねらせながら奥に奥にと侵入してくる。

 しかも、どこまで進むのだと怒鳴りたくなるくらいに、容赦なく奥に入ってくるのだ。

 

「ウ、ウツボだって――? な、なにをしてくれるんだ――? そんなのはやめて――。やめておくれ――」

 

「そうよ。黒ウツボよ。しかも、肉食のね。そして、体内に入れば、はらわたを食い荒らすように特殊改良した奴よ。尻の胆を食い破られる気持ちを味わってね、物――。心配しなくても殺しはしないわ。さんざんにウツボがお前の腹を食い破ったら、また、道術で治療してあげるわよ」

 

 金凰妃は大きな声で笑った。

 

「ひぎいっ、いやあっ、抜いて――。抜いておくれ――。ご、後生だから――はがああっ」

 

 宝玄仙は全身を仰け反らせて吠えた。

 尻穴に力を入れるとともに腰を揺すって、懸命にウツボを外に出そうとするのだが、ウツボは頭を動かしながら、どんどんと奥に進んでくる。

 宝玄仙はあまりの気色の悪さに、吐気をもよおしてきた。

 だが、お腹の内側まで、すでに侵入しているウツボは、太くて細長い胴をうねりながら腸をめがけてどんどん潜り込む。

 

「いやああっ――。た、助けて――。そ、そんなの嫌だよ――。取って――取っておくれ――」

 

 髪の毛を束ねられている上からの鎖と、切断された両脚の付け根の金具で床を繋げられた鎖が揺れる。

 しかし、不自由な身体を多少動かしたところで、ウツボの侵入を阻むことはできない。

 宝玄仙は、一生懸命に尻穴を締めつけて阻もうとするが、すでにウツボの頭は腸の奥に侵入を完了しており、ただウツボの胴体を締めることしかできない。

 つるり、つるりと入ってくる。

 

「特別な体型に改良したウツボだからね、せいぜい、人間の腕くらいの長さしかないわよ。本来は、ウツボなんて、三尺(約一メートル)以上はあるのよ。これは、ぜいぜいその三分の一じゃないの――。ほらっ、もう、尻尾まで入ったわ……。大袈裟に暴れるんじゃないわよ」

 

 金凰妃が言った。

 そのとおり、宝玄仙の体内にウツボの体全体が入った感触が伝わってきた。

 すると、今度は尻の穴になにかをぐいと詰められた。

 尻穴がなにかに塞がれた感じだ。

 

「ひぐっ――。こ、今度はなに?」

 

 宝玄仙は泣き声をあげた。

 

「浣腸ができる形式の肛門栓よ。いまから、毒液を抽入するのよ」

 

 金凰妃はあっけらかんと言った。

 

「毒液?」

 

「大丈夫よ。人間には害はないわ……。ただ、黒ウツボにとっては、地獄の苦しみを味わう毒液になるはずよ」

 

「ちょ、ちょっと待って――」

 

 宝玄仙は大声をあげたが、尻穴に施された肛門栓になにかを繋げられたのがわかった。

 おそらく、肛門栓は外から浣腸液を受け入れるような穴があり、そこに浣腸器の先を繋げたに違いない。

 尻穴の内部に生ぬるい液体の感触が拡がる。

 

「ひがああっ、く、苦しい――はがああっ、ウ、ウ、ウツボが――あがああっ」

 

 体内に入り込んでいるウツボがもの凄い勢いで暴れ出したのだ。

 抽入された毒液が苦しいのだろう。

 

「し、死ぬううっ、死ぬ――助けてえ――あっ、あがああっ、ウツボが腹を――うぎゃああ――」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 暴れ回るウツボが宝玄仙のはらわたを食い破る感触がはっきりと身体の中から伝わってきたのだ。

 

 痛みはない。

 むしろ、ウツボの胴体が暴れ回り、肛門を刺激する感覚が淫靡な愉悦を呼び起こす。

 しかし、ウツボが激しく身体を揺らすので、尻が破けるのではないかと思うくらいに、肛門が内側から拡張される。

 

 地獄だ――。

 これは地獄だ――。

 宝玄仙は悲鳴をあげ続けた。

 

 はらわたが喰われている。

 しかし、腸が膨らむことにより、薄い粘膜越しに押された子宮が脈動もしている。

 これが激しく宝玄仙に快感を与えもする。

 はらわたを抉られながら、愉悦に襲われるという衝撃に宝玄仙は、頭が真っ白になるかのようだ。

 

「おやおや、お前、まだ死にたくないと思っていたの? わたしはてっきり、もう、殺して欲しいのかと思っていたわ」

 

 金凰妃が笑った。

 

「はがあああっ――し、死ぬううう――死ぬううう――」

 

 しかし、もう、宝玄仙にはほとんどなにも聞こえない。ただ、腹の中で腸が食い破られる感覚にのたうつことしかできない。

「おう、股倉から血が出てきおったわ――」

 

 辛うじて金凰魔王が嬉しそうに、手を叩きながら声をあげるのが聞こえた。

 

「もしかしたら、はらわたから子宮の方向に向かったかもしれませんね。女の子宮をめがけて喰い進むように改良したウツボですから……」

 

 金凰妃がなんでもないことのように、そう語った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「仕方ありませんねえ……。でも、宝玄仙についてはご容赦ください。宝玄仙については、できるだけ人間的な扱いをしたくないのです。しかしながら、もうひとつの人格の宝玉だったら、あなたのお相手として提供させます」

 

 仕方なく金凰妃は言った。

 ほとんど身じろぎしなくなった宝玄仙から肛門栓を抜いて、肛門から排泄物とともに死んだ黒ウツボを排出させて、さらに尻穴を洗浄すると、見学を続けていた金凰魔王が、宝玄仙の尻を犯したいと言い始めたのだ。

 

 だが、金凰妃としては、宝玄仙の人格を消滅させるという目的から、できるだけ宝玄仙を人間のように扱いたくはなかった。

 本当は開口器も外したくはなかったのだが、金凰魔王が強く主張したので、仕方なく外したのだ。

 

 金凰妃としては、拷問で心を潰すだけでなく、宝玄仙からあらゆる人間的な行為を排除させて、人としての意思を捨てさせようと思っている。

 そのために言葉を取りあげたのであり、ましてや性行為などとんでもないと思った。

 性行為というのは、あらゆる人の行為の中で、もっとも人間的な行為だと思う。

 せっかく、ここまで少しずつ追いつめている宝玄仙をここでまた「人」に戻したくない。

 

「それでいい――。ならば、もうひとりの宝を出せ、金凰妃」

 

 金凰魔王がせっかちに言った。

 すでに立ちあがっていて、いますぐにも宝玄仙を犯すような体勢だ。

 

「すぐに準備させますので、お待ちください、あなた。とりあえずは、『治療術』で身体を治療しなければなりませんから……」

 

 金凰妃は軽く嘆息し、まずは、もう一度金凰魔王を椅子に座らせた。

 そして、宝玄仙のいまの心の状況を読みながら、『治療術』の風を強化する。

 宝玄仙の心は、ウツボにはらわたを喰いちぎられた衝撃で、ほとんど気絶と同様の空虚な状況だったが、だんだんと肉体の損傷が治っていくのに応じて、その空虚な心の状況が次第に定まったかたちを成し始めた。

 

「き、金凰……妃……。お、お、覚えてなよ……」

 

 すると首を垂れていた宝玄仙の顔がゆっくりと持ちあがって、金凰妃に呻くような言葉を発した。

 金凰妃はひそかに驚愕した。

 

 まただ……。

 ウツボ責めを始める直前に読んでいた宝玄仙の心理状態は、金凰妃に対する完全な怖れの感情でいっぱいだった。

 攻撃的な憎悪の感情など、調教開始直前に存在していただけで、少し調教を開始すると、もう、宝玄仙の心は拷問に対する恐怖でいっぱいになり、金凰妃への憎悪や憤怒などの感情は、ほとんど芥子粒ほどしか心の中に占めなくなった。

 そして、ウツボ責めの衝撃により、宝玄仙は完全に呆けてしまい、ほとんど気絶と同じ状態になった。

 

 つまり、宝玄仙は人格制御の道術により、実際には気絶することはできないのだが、ほとんどものを考えられなくなる状態になっていたのだ。

 それは通常の人であれば気絶と同じ状態だ。

 ところが、いま、その気絶のような空虚な状態から解放されると、再び、調教開始前のような攻撃的な感情が蘇っているのだ。

 

 この追いつめても、追い詰めても、すぐに復活する心の強さ――。

 これはどういうことだろうか……?

 金凰妃はわけがわからなくなる思いだ。

 もしも、蝦蟇婆がいてくれたら……。

 

 蝦蟇婆の深い経験から、この状態の宝玄仙を追い詰めるうまい方策を金凰妃に教授してくれたに違いない……。

 だが、いまは、金凰妃だけなのだ。

 

 いずれにしても、いまは、宝玄仙の心を潰すことよりも、金凰魔王の欲求を満足することが先決だ。

 金凰妃は、宝玉を呼び出すための匂いを道術で起こして、宝玄仙の鼻に嗅がせさせた。

 

 宝玄仙の意識が急速に小さくなっていくのがわかった。

 金凰妃を睨んでいた宝玄仙の顔ががくりと垂れる。

 やがて、しばらくすると、その顔がむくりと起きあがった。

 宝玉が人格として登場したのだ。

 

「あ……ああ……?」

 

 宝玉が首をあげた。

 そして、眼の前の金凰妃を視界に認めたのがわかった。

 だが、すぐに宝玉の表情は虚ろになり、また気絶しているかのように首をがくりと垂れた。

 

「おやっ?」

 

 しかし、金凰妃は思わず声をあげてしまった。

 宝玉の心が読めないのだ。

 こんなことは初めてだ。

 金凰妃は慌てた。

 

 だが、やがて、心が読めないのではなく、ほとんど心がないのだとわかった。

 意識がないわけでもない。人格交替が完了していないわけでもない。

 いまの人格ははっきりと宝玉だ。

 それにも関わらず、宝玉の心はほとんど閉ざされたかのような空虚な状態だったのだ。

 

 これには、宝玄仙のいくら責めても消滅しない攻撃的な感情以上に意外だった。

 宝玉のいまの状態は、激しい拷問を繰り返して、人としての感情を抱くことが難しくなった人間特有の空虚な状態だ。

 だが、これまでに責め続けたのは、宝玄仙の人格だ。

 宝玉など、一番最初に人格の存在を確かめたとき以外に、出現させていない。

 

 ともかく、金凰妃は宝玉の尻穴に塗る潤滑油を準備して、肛門にまぶし始めた。

 金凰魔王の肉棒を受け入れさせる準備をするためだ。

 

「はっ……あっ……」

 

 潤滑油を肛門深くに指で押し入れていくと、宝玉の身体が反応し始めた。

 そのことで、やっぱり意識を失っているわけではないということがわかる。

 

 だが、それだけだ。

 宝玉の心は閉じている。

 感情がほとんど存在しない。

 

「準備はいいようだな……」

 

 金凰魔王が愉悦を浮かべた顔で立ちあがった。

 宝玉の背後に回って、下袴を緩め始めた。

 

「は、はい――。お待ちください。ご準備いたします」

 

 金凰妃は慌てて、金凰魔王の前に跪いた。

 金凰魔王の下半身から下袴と下着を脱がせる。

 そして、半勃ちの金凰魔王の一物を口に含んで、舌で刺激を加え出す。

 どこをどう刺激すれば、金凰魔王が悦ぶかはよくわかっている。

 

 あっという間に、金凰魔王の性器は、金凰妃の口の中で逞しい怒張になった。

 金凰妃は、金凰魔王の股間から口を離して、宝玉の尻に促した。

 道術で宝玉の脚を繋いでいる鎖を緩めて、金凰魔王が宝玉の身体を持ちあげやすいようにする。

 

「いくぞ、宝――」

 

 金凰魔王が宝玉の腰を抱えた。

 ずぶずぶと金凰魔王の一物が宝玉の肛門に侵入していく。

 

「はあああ……あはああ……」

 

 ほとんど反応のなかった宝玉が初めて声をあげた。

 宝玉がよがり始める。

 

「おう、なかなかの尻だな。これはいい――。よく締めつけおるわ――。それに感触もいい……。これは上等の尻だ」

 

 金凰魔王が嬉しそうに抽送を開始した。

 それに応じて、宝玉が悶えはじめる。

 しかし、それを横で観察しながら、金凰妃は、その宝玉の反応が単純な肉体的な反応にすぎないということがわかっていた。

 宝玉の心は相変わらず静かだ。

 ある意味で、死んでいると同じような感じだ。

 犯されても、感情の起伏がない。

 ただ、肉体的快感があるので、それに身体が反応を示しているだけだ。

 

 わからない……。

 責め続けた宝玄仙がこの状態になるのであれば理解できるが、宝玉がこういう状況なっているのは、なぜだろう……?

 蝦蟇婆は金凰妃に十分なことを教えなかったのだろうか……?

 

 このふたつの人格を宿す身体の中で、宝玄仙は攻撃的な性格であり、宝玉は受け身的な性格……。

 だから、宝玄仙の攻撃的な心を潰せば、宝玄仙の人格は宝玉に統合される……。

 

 蝦蟇婆はそう言っていたが、いまの状況は、それとは違う。

 宝玄仙を責めることで、なぜか宝玉の人格が消えかかっているとしか思えない。

 一体全体、これはどういうことなのだろう……?

 

「うあああっ、ああっ――」

 宝玉の身体がぶるぶると震え出した。

 尻を犯される快感で肉体が絶頂しようとしている。

 だが、それなにの心は死んでいる……。

 金凰妃は呆然としてしまった。

 

「おう、いくらでも達するがよい。だが、余が達するまで許しはせんぞ、宝――」

 

 金凰魔王が嬉しそうに、宝玉の腰を掴んで腰を振り続けた。



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577 “鳴智(なち)”という女

「おはようございます……」

 

 隣の物置部屋に寝かせていた鳴智(なち)が部屋にやって来て、椅子に腰掛けているお宝に頭をさげた。

 

「やり直しだよ、鳴智。それが、奴隷の挨拶かい。ここでは、お前は奴隷扱いだと言っただろう。奴隷の挨拶は土下座だよ。もう一度やりな」

 

 お宝の言葉で、頭をさげたままだった鳴智が、口惜しそうに、両方の拳を握りしめるのがわかった。

 小気味いい……。

 

 お宝は、鳴智が怒りで身体が震えるのを見て、心の底から愉快な気分になった。

 しかし、どんなに怒ろうとも、絶対に鳴智はお宝には逆らえないのだ。

 お宝は嬉しさの余り、思わず笑いたくなるのを懸命に堪えた。

 

 ここは、金凰宮に近い妓楼であり、お宝はその妓楼の一室にいた。

 別に娼婦や男娼を買うわけではない。ましてや、売るためでもない。

 宿として使うためだ。

 

 金凰宮に連れていかれた宝玄仙を追って、金凰宮の王都の郊外までやってきたが、亜人の街では、人間族はどうしても目立つ。

 もちろん、ちょっとした道術で、お宝は自分に亜人族の霊気を帯びさせることもできるが、連れている鳴智は完全な人間族なので、霊気を帯びさせることはできない。

 

 亜人の中には、角が目立たず、人間族と見た目が同じものが多いので、外見で目立つことはないが、亜人にはその帯びている霊気で相手を識別する者が多い。

 だから、お宝のように霊気を帯びていれば、人間族でも亜人の社会の中に溶け込めるのだが、鳴智のようにまったく霊気を持たない存在は、外見に関わらずに目立つ。

 

 それで選んだのが妓楼だ。

 ここなら、さらわれた人間族の奴隷が幾人もいるので、たまたま、鳴智を見ても、そういう奴隷たちのひとりだと思うだろう。

 それに、こういう造りの建物は、ひと部屋ひと部屋がきちんと隔離されていて、食事や用足しでも、他人と遭わずに済ませられるようになっている。

 また、部屋自体にも特殊な道術がかかっていて、外に部屋の中の声が洩れることはない。

 隠れて潜むには、普通の宿屋よりも、うってつけだ。

 

 金凰宮の郊外にあるこの妓楼に、お宝たちを案内したのは鳴智だ

 ここの主人には、御影の息がかかっていて、鳴智は、以前、御影とともここに来たことがあるようだ。

 ここの妓楼の主人は、お宝たち三人の女連れがやってくると、すでに事情を承知していて、すぐにお宝たちをこの妓楼の最奥の一室に隠してくれた。

 

 それから一日が経っている。

 お宝は、ここにいるあいだは、奴隷として振る舞えと鳴智に言い渡している。

 人間族の鳴智の存在を見咎められても、不自然に思われないためだ。

 もちろん、それは口実であり、ただ、奴隷扱いすることで、このくそ生意気な女を苛めているだけだ。

 

 お宝が遊んでいるだけなのは、この鳴智もわかっている。

 だから、理不尽な扱いに、こんなに顔を歪めて口惜しがっているのだ。

 

「奴隷らしく土下座で朝の挨拶をしな、鳴智――。それに、声が小さいよ。ちっとも、聞こえなかったね」

 

 お宝は、部屋にある卓に載せられている朝食を口にしながら言った。

 

「……こ、ここには、わたしたちだけなんですから、奴隷の真似はいいじゃないですか……。ちゃんと、外に出れば奴隷の振る舞いをしますよ、お宝様……」

 

 鳴智が言った。

 

「はあっ? なにか言ったかい、鳴智? どこで、誰に見られるかわからないじゃないかい。お前とわたしが対等の立場と思われたら、わたしらがどういう存在なのかと怪しまれるだろうが……」

 

「しかし……」

 

「なにがしかしだい――。常に、奴隷らしくしていれば、ここでは、万が一でにも間違いないんだ。さっさと挨拶しな――。それとも、もう一度、うちの人の言葉を聞くかい? わたしとお前の立場は、もう同じ御影様の部下という関係じゃあないんだよ」

 

 お宝は言った。

 すると、部屋の真ん中に立っていた鳴智の顔が屈辱に歪んだ。

 この女の苦しみは、お宝の喜びだ。

 お宝の心に愉悦が拡がる。

 鳴智が床に両膝をついた。

 

「お、おはようございます、お宝様……」

 

 鳴智が床に膝をついて土下座をした。

 部屋にいるのは、お宝と鳴智のふたりだけだ。

 魔凛(まりん)はいない。

 

 魔凛は、ちょっとした変装で金凰宮の王都に簡単に入り込めるので、夜のあいだずっと、宝玄仙がどういう状況にあるかということについて調べに行かせた。

 お宝たちが帯びている御影の命令は、宝玄仙を金凰魔王から助け出し、旅を続けるように仕向けることだ。

 金凰宮に囚われているはずの宝玄仙を助けるには、とにかく情報が必要だ。

 

 宝玄仙を助けたいという気持ちは、お宝には微塵もないが、御影は、宝玄仙という存在を使って、雷音(らいおん)魔王に取って代わる陰謀を謀っており、そのためには、どうしても、宝玄仙たちが無事に魔域にやって来てもらわなければ困るのだ。

 

 御影は、かつて、ひとつの予言を受けたことがあり、それは、宝玄仙という人間族の道術遣いが魔域に入ることで魔域に大乱が起きて、御影こそが新たな覇者になるという予言らしい。

 

 御影はそれを信じているし、実際、宝玄仙という道術遣いは、霊気の強い雷音魔王をも凌ぐ霊気があるらしい。

 それは、お宝という存在があることからでもわかる。

 

 お宝は、その宝玄仙から切断された手首から『治療術』で残りの身体を復活させることによって、産まれた存在だ。

 だが、そんなことがあり得るのは、その手首が途方もない霊気を帯びていたからにほかならない。

 

 もっとも、お宝はそういう存在なので、本来は宝玄仙と同等であるはずの道術が、宝玄仙のようには道術が遣えない。

 お宝ができるのは、目の前の鳴智をいたぶることくらいなのだ。

 お宝の道術が宝玄仙並みであれば、御影の野望は、こんな面倒な手順を踏まなくても済むのだと思うと、お宝は、自分の道術が制限された状態であることが口惜しくて仕方がない。

 

 いずれにしても、お宝の主人である御影は、宝玄仙という存在が魔域にやって来るのを待っているのだ。

 それも強引に連れて来られるのではなく、自分たちの意思で自発的に、魔域に来させなければならない。

 幸いにして、いまのところ、宝玄仙たちの旅の目的地は、その魔域の一部である金角の勢力地だから、放っておけば魔域にやって来るのだが、今回のことで思わぬ足踏みをしてしまった。

 

 その宝玄仙は、間抜けなことに、金凰魔王に捕まって、家畜のように魔王宮の奥で飼われているらしい。

 あの宝玄仙に比べれば、金凰魔王など霊気では、足元にも及ばない小者であるはずなのだが、腹立たしいことに、あの一行はしばしば、こんな風にくだらない罠にかかって旅をもたつかせる。

 

 今回もそうだ。

 ともあれ、なんとか宝玄仙を救出しなければならない。

 

 その方策はこれから考えるのだが、やるべきことは決まっている。

 捕らえられている宝玄仙の道術を復活させるのだ。

 

 金凰魔王という小者に宝玄仙という大きな力を持つ道術遣いが囚われの身になっているのは、宝玄仙の道術が封印されているからだ。

 だから、その封印さえ解除してやれば、宝玄仙は、おそらく自力で金凰宮を脱出してくる。

 

 本来、宝玄仙の霊気さえ健在であれば、金凰宮を潰すくらいの力があるのだ。

 金凰魔王は、小者であるが故に、自分たちがいたぶっている宝玄仙がそんな力を持っているということは、わからないだろうが……。

 

「どこで、挨拶しているんだい、鳴智――。挨拶はわたしの足元でしな。そんなことも、いちいち、指示をしてやらなければわからないのかい、愚図が」

 

 お宝は、頭をさげたままだった鳴智に、そう吐き捨てた。

 鳴智は顔をあげて、火のように怒った視線をお宝に向けると、歯噛みしながら立ちあがって、こっちにやってきた。

 改めて、食事をしているお宝の椅子の横の床に、両膝をつけた。

 

「お、おはようございます、お宝様……」

 

 鳴智が頭をぐっと下げる。

 

「頭が高いんだよ」

 

 お宝は、椅子の向きを鳴智に向けると、足先を伸ばして、鳴智の頭を思い切り踏みつけた。

 

「うっ」

 

 鳴智が少しだけ浮いていた頭を床に踏みつけられて声をあげた。

 

「い、痛いっ――。い、いい加減にしておくれよ、お宝――。も、もういいだろう。なんのために、こんなことをやっているんだい――? わ、わたしも情報集めに行くよ。情報集めなら、わたしの方が得手なんだよ。こんな妓楼に閉じこもっていても、なにも事態は動きはしないよ。いい加減にしな」

 

 頭を踏みつけられている鳴智が、癇癪を起したように声をあげた。

 

「やかましいよ――。こんな亜人だらけの城郭で、人間族のお前が、のこのことうろついていたら怪しまれるに決まっているだろうが――。情報集めは魔凛がやる――」

 

「情報集めというのは、少しでも多い方が……」

 

「うるさい――。あいつの『支配術』は急に衰えたけど、まだ、相手に隠し事を喋らせるくらいのことは、『操り術』で十分にできる。とりあえず、あいつが、なにか役に立つ情報を掴んでくるさ。それまでは、わたしたちは、ここで待つだけだ――。そのあいだに、お前には、奴隷の振る舞いの練習をさせてやるよ。ありがたいと思いな」

 

 お宝は鳴智の頭を踏みつけながら言った。

 城郭全部の住民を一度に支配したような物凄い『支配術』の遣い手だった魔凜だが、なぜか、この数日で急に、その能力が衰えてしまったのだ。

 それには、魔凜自身も首を傾げている。

 

 魔凜に言わせれば、元々は『縛心術』程度の遣い手であった能力が急に開眼して、途方もない『支配術』が遣えるようになったのは、魔凜が金凰軍にいた時代であり、金凰魔王の愛人となったときだったらしい。

 しかし、いま、急にその能力が低下して、また、元の『縛心術』程度の能力しか発揮できなくなった。

 それでも、聞き込みなどでは有効だが、あの術が健在なら、金凰宮から宝玄仙を脱走させるのは、もっと簡単だったかもしれないのに残念だ。

 

 この足の下の鳴智は、魔凜の能力の低下は、金凰魔王の愛人でなくなったことに関係があるのではないのかと言っている。

 もしかしたら、そうかもしれないが、いまのところ、それを確認する術はない。

 

 とにかく、お宝は、この鳴智が嫌いだ。

 鳴智を踏む足に力を入れながら思った。

 理由などない。

 生理的に受け付けないのだ。

 

 それなのに、御影は、結構、この道術も遣えない人間族の女を買っていて、自分の裏工作に、よくこの鳴智を使う。

 まあ、鳴智の首には『服従の首輪』があって、絶対に逆らえないというのも、御影が鳴智を使い易い理由のひとつだろう。

 

「ほらっ、頭が高いを言っているだろう、鳴智――。頭を下げるんだよ」

 

 お宝は、ぐいぐいと鳴智の頭を踏んでいる足にさらに力を入れた。

 この女をいたぶると、心がすっとする。

 大きな快感が身体中に漲る気がする。

 お宝は、鳴智の頭の上に足を置いたまま、椅子から立ちあがった。

 

「あっ、くっ、くうっ……」

 

 一瞬、お宝の全体重を受けるかたちになった鳴智が、その苦痛に呻き声をあげた。

 

「聞いてるのかい。態度を改めろって、言っているんだよ、鳴智――。これは、“命令”なんだよ、め、い、れ、い――。わたしが満足したと言うまで、朝の挨拶を続けな――。何度でもやり直すんだ。これは命令だ。わかったね――。わかったら、返事をしな、鳴智――。命令だよ」

 

 お宝は言った。

 鳴智からの返事は少し時間がかかった。

 だが、やがて、お宝の足の下の鳴智が口を開いた。

 

「……わ、わかりました、お宝様……」

 

「立ちな、鳴智――。もう一度、御影様からの『言霊』を聞かせてやるよ」

 

 お宝は足をおろした。

 両手で身体を抱くようにして、鳴智は上気した顔を強張らせて立ちあがった。

 髪を直す仕草に、余裕のようなものを感じて、お宝は腹が立った。お宝は、鳴智の頬を思い切りびんたをした。

 

「ひぐうっ――。な、なにすんだよ、お宝――。いや、お宝様……」

 

 お宝に張り飛ばされて姿勢を崩した鳴智が、お宝に怒鳴った。

 

「顔だよ。顔が生意気なんだよ。ほら、直立不動だ。これは命令だよ」

 

 お宝は言った。

 鳴智の顔が口惜しそうな表情になった。

 しかし、身体だけは、お宝の“命令”に従って、両手を体側につけて、ぴたりと脚を閉じた体勢になる。

 鳴智は、お宝の“命令”という言葉に逆らえなくなったのだ。

 

 この関係は、昨日からだ。

 それまでは、御影に“命令”されて、鳴智はお宝に従えという指示を受けていたが、それは包括的な指示であり、お宝の言葉ひとつひとつに従えというものではなかった。

 だから、鳴智は、なにかというと反抗的な態度をとり、お宝を苛つかせた。

 鳴智の身体に『道術陣』を刻んで、身体の感覚を支配して屈服させようともしたが、どうしても、鳴智の反抗的な態度はなくなることはなかった。

 

 あまりに腹が立ったので、魔域に存在する雷音院で待っている御影に、通信を送ったところ、昨夜、その御影から『言霊』が送られてきたのだ。

 『言霊』というのは、単なる言葉を記録した球体を送っていくる道術ではなく、言葉そのものに、本人の霊気が刻まれたものを送り寄越す道術だ。

 鳴智の首にある『服従の首輪』は、本来は、支配者として首輪に刻まれている御影の直接の言葉でなければ、鳴智を“命令”に従わせることはできない。

 

 しかし、『言霊』であれば、御影が面と向かって、鳴智に命令したのと同じことになるのだ。

 お宝は、昨日到着した『言霊』をもう一度再生した。

 

「ほら、うちの人の言葉をもう一度、聞きな、鳴智――。そして、自分の立場をしっかりとわきまえるんだよ」

 

 お宝は言った。

 お宝の道術で、御影の『言霊』が、部屋に御影の言葉を発生しはじめる。

 

 ――『鳴智、お宝からの報告よれば、随分とお宝に逆らって困らせているそうじゃないの? 命令よ。これからは、お宝の言葉をあたしの言葉だと思って、一字一句、そのまま受けとめるのよ。“命令”と言われたら、しっかりと、それに服従しなさい――。わかったわね。それから、お前の娘……。しっかしりとあたしが預かっているわ……。もう、三歳になるのかしらね。あんたに似て美人になりそうよ……。立派な亜人どもの性奴隷に育ててあげるから心配しないで……。いずれにしても、会いたいでしょうね……。しっかりと仕事をしたら、例の“命令”を取り消すことを考えてあげるわ、じゃあね……』

 

 言霊が消えた。

 鳴智が泣きそうな顔になった。

 鳴智には娘がいる。

 

 かつて、宝玄仙の屋敷の執事だった桃源(とうげん)という男とのあいだの子供であり、その桃源と鳴智は、宝玄仙の家人と性奴隷という立場だったが、闘勝仙(とうしょうせん)という男と決託して、宝玄仙に二年にわたる性的な虐待を続けていたのだ。

 

 しかし、その闘勝仙に、宝玄仙が復讐を果たしたとき、その宝玄仙の復讐の手が、自分たちに及ぶのを怖れた鳴智と桃源の夫婦は、東方帝国から逃亡した。

 

 そして、鳴智は、その逃避行の途中で赤ん坊を産んだ。

 だが、逃亡生活は、かなり悲惨だったらしい。

 準備した路銀などすぐになくなり、それでも三人になった鳴智たちは、宝玄仙の復讐の及ばない安住の地を求めて、西に向かい続けたようだ。

 

 旅の路銀を支えたのは、鳴智だったらしい。

 鳴智は生活力のない夫に代わって、盗みや強盗、時には娼婦のようなことまでして、三人の生活費を工面し続けたのだそうだ。

 やがて、その鳴智一家は、御影と出遭い、その御影の保護を受けることになった。

 

 御影は、最初は鳴智たちを優しく扱い、言葉巧みにこの一家を魔域に連れて来た。

 そして、彼女たちの価値観では“妖魔”、この周域では“亜人”と称される存在しかいない場所に、三人を暮らさせることで、御影の庇護がなければ、生きていけない状態にしたのだ。

 

 当時、御影は、雷音院において、二度目の死から復活したばかりの頃だったようだ。

 鳴智たちと出逢う直前に、御影は、偶然に自分と宝玄仙に関する予言に接し、それがきっかけで、宝玄仙を活用して、魔域で大きな勢力を誇っている雷音魔王に取って代わる野望を抱いたらしい。

 それで、たまたま、宝玄仙の知り合いである鳴智や桃源を見つけ、このふたりが、なにかの道具として、いずれ使えないかと考えたのだ。

 

 やがて、御影は、魔域に連れて来られてから怯えるだけの桃源よりも、とてつもなく生き抜く力の強い鳴智が、道具として非常に有能だと思うようになったようだ。

 御影は、すぐに鳴智を自分の手下にし、さまざまな工作をやらせるようになった。

 それに対して鳴智は、的確な仕事で期待に応えたらしい。

 

 そして、転機がやってきた。

 智淵城から宝玄仙から切断された手首が雷音院に送って来られて、その手首からお宝が産まれたのだ。

 お宝を誕生させたのは、御影だ。

 

 『治療術』で、手首だけから、残る身体全体を復活させるというやり方で、御影がお宝を作ったのだ。

 それを手伝った鳴智によれば、御影自身の霊気では到底不足したので、それを補充するための魔法石が大量に使用されたらしい。

 

 魔法石は、魔域でも貴重な品物だ。

 それをかき集めたのも、鳴智の仕事だったようだ。

 やがて、お宝は自我を持つほどに育ち、道術も遣えるようになった。

 もっとも、お宝の道術は制限されたものだった。

 

 お宝のもとになった智淵城から送られた宝玄仙の手首には、道術を封じる印が刻まれていて、それをもとに作られたお宝は、どうしても、その影響を完全には消滅させることができなかったのだ。

 だから、いまでも、お宝は攻撃道術は遣えない。

 だが、そんな未完成のお宝を御影は、自分の妻として迎えてくれた。

 お宝は御影に感謝している。

 

 その御影のために、お宝は、『服従の首輪』という霊具を作った。

 それは、宝玄仙にしか作ることのできない禁忌の霊具なのだが、幸いにして、お宝にはその作成方法の知識と能力が備わっていた。

 御影は、その貴重な霊具を宝物として雷音魔王に提供し、御影は雷音軍における重要な地位に就くことができた。

 

 そのお宝が最初に製作した『服従の首輪』の実験台になったのは、鳴智だった。

 当然、鳴智は拒否した。

 しかし、逆らえば、家族を殺すと、御影に脅された鳴智は、仕方なく『服従の首輪』の支配を受け入れた。

 『服従の首輪』の支配は、支配される者が、支配を受け入れるという言葉を発することで、支配関係が成立する。

 そうやって、鳴智は御影の完全な奴隷になった。

 

 御影が『服従の首輪』に与えた最初の命令は、“桃源を殺せ”という命令だった。

 御影は、家族を殺せという命令にまで従わせる力が首輪にあるのかを確かめたかったのだ。

 その結果、鳴智は号泣しながら、御影の霊具で金縛りにされた桃源を首を絞めて殺した。

 

 その鳴智による夫殺しは、三人が御影から与えられていた小さな家で行われた。

 お宝もその場に立ち会ったが、それは、確かに、凄惨で残酷な場面だったかもしれない。

 まあ、それによって、鳴智に対する悪感情が消えたわけではないが……。

 

 鳴智に対するお宝の感情は、宝玄仙から複製された自分に最初から刻まれていたものであり、お宝にとっては、本能のようなもので理由のないものなのだ。

 御影をいつか殺してやると罵る鳴智に、次に御影が与えたのは、次に娘の姿を見たら躊躇わずに、娘を殺せという命令だ。

 

 そして、御影は、堂々と別室に寝ていた鳴智の娘を奪って人質にとった。

 娘の前に行けば、自分の手で殺すことになる鳴智には、それを防ぐ手段もなかったのだ。

 それからずっと、御影は、自分に逆らえば、娘を鳴智の前に連れて来るぞと脅し続けている……。

 あの桃源殺しの一件以来、鳴智は自分の娘を遠くから垣間見ることさえできないでいるはずだ。

 

「……わかったのかい、鳴智? いつまでも、わたしの気に入らない態度を続けると、この場で、“娘に遭って来い”と命令をするよ。どうせ、娘をお前が殺したところで、お前が命令に逆らえないのは同じなんだしね。ちょっといって、首を絞めてきたらどうだい? 雷音院にいるらしいよ。御影様が管理している奴隷部屋にね――」

 

 お宝は笑った。

 すると鳴智の両眼から、ぼろぼろと激しく涙がこぼれ出した。

 いつも感情を殺したような態度の女が、家族の話をすると、烈しい感情が噴き出す。

 それはいつ見ても、お宝の溜飲をさげる。

 

「こ、この人でなし……。人非人――。ああっ……。わ、わたしから娘を取りあげて……。か、返してよ――。娘に遭わせて――。お、お願い。それを叶えてくれたらなんでもするわ――」

 

 そして、鳴智が直立不動の姿勢のまま、わっと泣き出した。

 

「だから、会って来いと言っているでしょう……。なんだったら、いまここから『移動術』で飛ばしてあげるわよ。ほんの一瞬よ――。まあ、そのときは、あんたの娘の最期でもあると思うけどね……」

 

「あああああ――」

 

 鳴智が号泣を始めた。

 

「わたしも時々、あの娘の顔を見るけど、あんたにとても会いたがっているわよ。どうして、お母さんは、自分に会いに来てくれないのかと、しょっちゅう言っているわ……。わたしは、お前が可愛くないからじゃないかと答えてやるけどね」

 

 お宝は笑い飛ばした。

 鳴智の号泣がさらに激しくなった。

 

「さあ、自分の立場がわかったね。じゃあ、なにをするかわかっているんだろう? 朝の挨拶だよ。今日から奴隷として扱ってやる。御影様に仕え始めるのが早かったからと言って、二度と先輩面はさせないよ――。ほら、奴隷の挨拶は土下座だよ。さっきも言っただろう。わたしが満足するまで、挨拶を続けな。もう、姿勢を崩していい。命令だ」

 

 お宝は言った。

 鳴智はきっとお宝を睨むと、手で顔の涙を拭きだした。

 鳴智が手を顔から手を離したとき、鳴智の顔はいつもの無表情なものになった。

 

 本当に生意気な女だ……。

 その気の強さに、さらに腹が立つ――。

 鳴智がその場に土下座をした。

 

「お、おはようございます、お宝様……」

 

 鳴智が跪き、その頭はしっかりと床につけられた。

 

「奴隷の分際で、服を着たまま、朝の挨拶をするんじゃないよ……。奴隷の挨拶は全裸で土下座だよ」

 

 お宝は足元にうずくまる鳴智に冷たく言った。

 

「なっ?」

 

 鳴智が顔をあげて、呆気にとられた表情をこっちに向けた。

 その鳴智に、お宝は準備していた縄束を放った。

 

「それだけじゃないよ。今日からは、お前の寝巻は、この縄だけだ。自分の手で股縄をしな――。股縄のやり方も、かつて宝玄仙をいたぶっていたお前なら、お手のものだろう? 素っ裸になったら、自分の手で、その縄を股ぐらに施すんだ――」

 

「な、なんだってええ」

 

「手を抜くんじゃないよ。命令だからね。しっかりと縄瘤を作って、お前の感じる場所に当たるように自縛するんだよ。そしたら、股縄を締めたお前が朝に目覚めたという状況で始めるからね――。これからやることを理解したら、すぐに服を脱いで、股縄をしな」

 

「くっ」

 

 鳴智の顔が信じられないというように歪んだ。

 しかし、命令に逆らえない鳴智の身体は、すっと立ちあがり、すぐにその場で服を脱ぎ始めた。



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578 嫌がらせの股縄土下座

 最後の下着まで脱ぎ終わり、鳴智(なち)は、それを畳んだ服の下にさっと入れた。

 その様子を眼の前のお宝がにやにやと眺めている。

 鳴智は、はらわたが煮えかえるような屈辱を覚えながら、自分の股間に股縄を施すために、目の前にある縄を手に取った。

 

 逆らうことはできない……。

 『服従の首輪』で与えられた“命令”は絶対だ。

 その酷さも強さも、鳴智は誰よりもそれを知っている。

 自縛の経験はないが、緊縛法は身についている。

 鳴智の手は“命令”に基づいて、手慣れた手つきで縄をほぐしだす。

 

 まず、自分の腰の括れた部分にふた巻しにした縄を固く臍の下あたりで結わえる。

 次いで、結び玉をひとつ作り股を開いて股間に通した。

 

「結び玉は三個だよ、鳴智。どの三箇所だか、説明しなくてもいいだろう? 横着するんじゃないよ。命令だからね。お前が一番感じるように結び目をしっかりと喰い込ませるんだ。一番感じる場所じゃなければ、何回でもやり直しな」

 

 お宝が愉しそうに言った。

 

「ちっ……」

 

 鳴智は歯噛みした。

 これで、絶対に手を抜くことができなくなってしまった。

 鳴智は背中側で結わえかけていた縄を一度解いて、さらに縄瘤を追加して、股間に喰い込み直した。

 

「んんっ」

 

 肉芽と女陰と菊座に縄瘤が収まる。

 それを腰の後ろに手繰り寄せて股に縄を自ら喰い込ませると、後ろ側で腰縄に繋ぎとめた。

 

「なかなか、似合うじゃないかい、鳴智。そのみっともない縄の下着がお前にはお似合いだよ。じゃあ、早速始めてもらおうかね」

 

 お宝が意地悪く言った。

 

「わ、わたしに感じさせようというんですか……? わたしはそんなのは、もうたくさんなんですよ。勘忍してくれませんかね……」

 

 鳴智はうんざりして言った。

 お宝の魂胆はわかっている。

 このまま股縄を締めあげた状態で、腰を動かしたりすれば、縄瘤が鳴智の股間に意地の悪い刺激を加えるのは目に見えている。

 実際、なにもしなくても、自ら一番切ない部分に縄瘤をきつく喰い込ませている鳴智は、縄瘤の刺激からもう逃げられない状況になってしまっている。

 このうえに、さらに身体を動かせば、この卑劣で出来損ないの魔女の前で、恥をかくことになる。

 それだけは我慢できないのだ。

 

「うるさいよ。さっさと、言われたことをやればいいんだよ。命令だ。朝の挨拶の練習をしな――」

 

 傲慢なお宝の態度にぐっと怒りが込みあがったが、鳴智はそれを両手の拳を握ることで耐えた。

 

「や、やるよ……。やればいいんですね……」

 

 鳴智はもうどうにでもしろという捨て鉢な気分になり、腰を屈めてその場に膝をつこうとした。

 

「あっ、くうっ」

 

 しかし、鳴智はさげかけた腰を思わず、途中で浮かせてしまった。

 腰を屈めて、膝を床に着けようとしたとき、股間に喰い込む縄が敏感な肉芽を一気に擦りあげたのだ。

 刺激が襲うことはわかっていたが、実際に受けてみると股縄による衝撃は予想を遥かに超えていた。

 

 鳴智は、襲ってきたその刺激を我慢することもできずに、声まであげてしまった。

 しかも、それだけでなく、その淫靡な刺激に、鳴智はぐらりと身体を崩しそうになった。

 

「その感じだと、縄の結び目は、しっかりとお前の気持ちのいい場所に当たっているみたいだねえ――。だけど、そんなへっぴり腰の挨拶があるものかい――。ちゃんと土下座しな」

 

 お宝が怒声を浴びせる。

 鳴智は歯を喰いしばって、床に跪き、深々と頭をさげた。

 

「お、おはようございます――」

 

「声が小さい――。もっと、頭を床に擦りつけるんだよ」

 

 両手をついて頭を床につけようとする前に、お宝の靴の裏が、思い切り鳴智の後頭部を踏んだ。

 

「がっ」

 

 額が床とぶつかって、大きな音が鳴った。

 その衝撃の強さで一瞬だけ目がくらんだ。

 

「お前、馬鹿だろう、鳴智? さっきから、言っているじゃないか――。頭が低いってね――」

 

 お宝は、込みあがる笑いに耐えるような喋り方で、ぐいぐいと力を入れて、鳴智の後頭部をさらに踏んだ。

 そのために、鼻も口も嫌という程に床に擦られる。

 

「わ、わかりました……。も、もう一度やります……」

 

 鳴智は必死になって言った。

 

「当たり前だよ、愚図が――。ほらっ、やりな――」

 

 やっとお宝が鳴智の頭から足をどけた。

 

「……お、おはようござい……」

 

 鳴智は頭を床に思い切り押しつけて、腹から声をあげた。

 だが、その鳴智の横腹にお宝の靴先が喰い込んだ。

 

「えぐうっ――」

 

 鳴智は堪らず床に横倒しになった。

 

「やり直しは、立った姿勢からだよ、馬鹿たれが――」

 

 追いかけてきたお宝の足が鳴智の肩を強く押した。

 鳴智は今度は必死になって悲鳴を飲み込んだ。

 慌ててすぐに立ちあがる。

 しかし、縄瘤が敏感な肉芽や陰唇を擦り、鳴智の動きを邪魔をする。

 

「遅いんだよ。ほらほら、命令だよ――。逆らえるものなら、逆らってみな」

 

 立ちあがったところで、今度はお宝のびんたが頬に飛んだ。

 

「ち、ちくしょう……。お、覚えてなよ――」

 

 我慢できずに、悪態をついた。

 

「なんだと――?」

 

 お宝の手のひらが振りあげられた。

 だが、今度はそれが顔に襲う前に、鳴智は身体を沈めて両膝を床についていた。

 お宝の手は空振りしたかたちになった。

 

「あ、あんっ」

 

 だが、烈しい動きは股間を強く刺激することになるのだ。

 鳴智は声を我慢することができなかった。

 さすがに、自分自身が施した縄瘤は、あまりにもぴったりと敏感な場所に当たりすぎていて、どうしても大きな快感を呼び起こさずにはいられない。

 

「お、おはようございます、お宝様――」

 

 今度はありったけの声で叫んだ。

 こんな馬鹿馬鹿しいことなど、早く終わらせたい。

 

「甘ったらしい声が混じって、よく聞き取れないねえ。はっきりと喋りな――。やり直し」

 

 お宝が怒ったような口調で怒鳴った。

 さっきのびんたを避けたのが、癪に障ったのだろうか――?

 声に激しい苛つきと怒りが混じっている。

 立ちあがる。

 しかし、縄玉がぐいと膣内と肛門に入り込む。

 

「んんっ」

 

 今度は声を我慢した。

 だが、立ちあがった途端に、びんたが飛んできた。

 

「さっき避けた分だよ――。避ければ、倍に増やすからね」

 

 お宝がそう言いながら、今度は反対側の平手で殴った。

 思ったよりも強烈なびんたに鳴智は眩暈に襲われる。

 

「奴隷の気分になってきたかい、鳴智? さっとと続けるんだよ。わたしは、まだ、いいと言っていないよ――」

 

「うう……くっ……」

 

 鳴智はしっかりと体勢を取り直し、背筋を伸ばしてから、素早く両膝を床につけた。

 こうなったら、縄瘤のことは気にしていられない。

 この冷酷女は、本当に満足するまで、続けさせるに違いない。

 今度は、縄の刺激で声が洩れないように、しっかりと口を閉じた。

 

「遅い。勝手に休むんじゃない。すぐに始めるんだよ――」

 

 すると平手が、また鳴智の頬に飛んだ。

 

「おはよう……ございます……」

 

 鳴智は、喰い込む縄に耐えながら、声を洩らすことなく、頭を床に擦りつけた。

 挨拶の言葉も、なるべくはっきりとした声を心掛けたが、さすがに縄で股間を刺激されながら、完璧な口調で声を出すのは無理だった。

 どうしても、息が切れたようになってしまう。

 

「もう一度だよ……。挨拶の言葉ひとつ、満足にできないのかい」

 

 お宝は意地の悪い笑いをしながら、また、鳴智にやり直しを命じた。

 仕方なく、鳴智は再び立ちあがり、直立不動の姿勢になってから土下座をして挨拶をする。

 だが、また途中で股間に甘い感覚が襲いかかり、それで動きが止まったような感じになる。

 

「完璧な挨拶をするまで、やめさせはしないよ」

 

 お宝が声をあげた。

 鳴智は、また立ち、そして、土下座をする。

 しかし、回数を重ねるうちに、だんだんと股間を苛む刺激が、全身に熱と疼きを拡げていき、鳴智から満足な動きをとりあげる。

 

 やり直しの回数が数十回に達したとき、鳴智は“命令”にも関わらずに、腰が砕けたようになり、容易に立つことができなくなってしまった。

 刺激を受け続けた股間は、喰い込んだ縄の色を黒くするくらいに、蜜が溢れかえっている。

 

 それでも、“命令”に従って、鳴智の身体は、一生懸命にやり直しを続けようとする。

 だが、どうしても、直立不動の姿勢に戻れない。

 腰が引いたようになり、それ以上の力が入らないのだ。

 その情けない鳴智の姿に、お宝が心の底からの悦びがこもったような笑い声をあげた。

 

「何度やっても、できないじゃないかい――。仕方がないねえ。まともに一度もできないのなら、数でこなしな、鳴智。いまから、百回繰り返すんだ。別に縄瘤で気をやりながらでも構わないよ――。とにかく、百回、挨拶を続けな――。そらっ」

 

 お宝が椅子に座り直しながら笑った。

 鳴智は、泣きそうな気持ちになるのを耐えて、歯を噛みしめた。

 

 いつだって、こうやって耐えたんだ――。

 歯を喰いしばって……。

 

 貴族の娘だった自分が、家族のために身を売ることを決めたときも……。

 

 宝玄仙に奴隷にされたときも……。

 

 一味に加担したつもりが、闘勝仙やその取り巻きによって、結局、性奴隷のように調教されたときも……。

 

 桃源と逃避行をして、路銀を失い、食べるものもなく寒さに凍えたときも……。

 

 御影から家族を奪われたときも……。

 

 歯を喰いしばって、真っ直ぐに前を向いて耐えた。

 鳴智は、なんとか真っ直ぐに姿勢を伸ばす。

 そのとき、部屋の扉が叩く音がした。

 

「も、戻りました、わたしです……」

 

 扉の外からしたのは、魔凛(まりん)の声だった。

 

「入りな」

 

 お宝が言った。

 すると、魔凛が部屋に入ってきた。

 

「こ、これは、どうしたことですか?」

 

 魔凛が、鳴智の様子に目を丸くしたのがわかった。

 

 

 *

 

 

「奴隷の練習は、これで勘弁してやるよ――。だけど、覚えておきな、鳴智。また、生意気を言うと、容赦なく折檻するからね」

 

 お宝と鳴智が待っている部屋に魔凛が戻ると、素裸に股縄だけをした汗びっしょりの鳴智に、お宝が苛ついた声でそう言ったのが耳に入った。

 魔凛は嘆息した。

 

 大旋風(だいせんぷう)の支配から解放される見返りとして、一味に加わることに応じたものの、このお宝と鳴智は、魔凛が呆れるほど仲が悪い。

 お互いに、相手を毛嫌いしていることは明らかだ。

 

 お宝は鳴智を道術でなにかにつけ折檻するし、鳴智は鳴智で、首に支配の首輪をされ、身体に道術陣を刻まれて、お宝から道術で苛められながらも、お宝に対する馬鹿にしたような冷笑的な態度を改めない。

 だから、すぐに喧嘩になる。

 

 喧嘩といっても、一方的に鳴智をお宝が遣り込めるだけなのだが、鳴智には、身体の芯にしっかりとした凄みのようなものがあり、お宝のいやがらせのような嗜虐を受けながら負けていない。

 

 一度、生い立ちを訊ねたとき、鳴智は元々は、ここから遥かに遠い東方帝国の帝都で生まれた貴族の娘だと洩らした気がする。

 東方帝国というと、亜人の世界でも有名な土地柄で、亜人の存在を認めず、亜人を“妖魔”と呼んで忌み嫌っている場所だ。

 そんなところの貴族娘が、どういういきさつで、こんな亜人だらけの土地にいるのか、それ以上の詳しい話を鳴智がしたがらなかったのでわからない。

 

「とにかく、座りな、魔凛?」

 

 お宝が言った。

 お宝は、顎で自分の向かいの椅子に座るように促した。

 卓の上には、土鍋に温めた雑炊があり、横には空の食器と箸がある。

 お宝が卓に着くと、お宝が空の皿を押しやった。

 食べろということだろう。

 

 お宝は、ふと、鳴智を見たが、鳴智は床に座って自分の身体を両手で抱いて肩で息をしている。

 食事をした様子はないから、まだ朝食はとっていないのだろう。

 鳴智をさしおいて、魔凛が食事をとるのは気が引けるが、このふたりの関係に加わると、碌でもないことになるのはわかっているので、魔凛はとりあえず、それは考えないことにした。

 土鍋から空の皿に雑炊をよそう。

 

「それで、なにかわかったかい、魔凛?」

 

 魔凛が食事を始めると、お宝が訊ねた。

 

「はい、宝玄仙は、やはり金凰宮にいます。場所は最上階の層で、監禁されている場所は、その層でも、金凰妃の間と呼ばれる閉鎖された一画です。そこに入り込むのは容易ではなさそうですね……」

 

 とりあえず、調べたことを説明した。

 魔凛には、得意の『操り術』がある。

 宮廷府に出入りしている高官などを見つけさえすれば、そいつに道術をかけて、いくらでも知っていることを口にさせることができる。

 必要な情報を喋らせてから、また、術をかけ直して、魔凛と出遭ったことも、なにかを喋ったことも忘れさせることも容易だ。

 そうやって、夜通し歩き回り、ある程度の情報を集めることができた。

 

 もっとも、金凰宮に監禁されている宝玄仙そのものを見ている者と接触することはできなかった。

 それにしても、ついこのあいだまで、魔凛の『操り術』は、獅駝の城郭一個を丸々支配してしまうほどの凄さだったのに、いまでは、ごくありきたりの『操り術』程度の能力に落ちてしまった。

 まるで、大旋風から解放されることの代償に、持っていた大きな能力を失ったような気分だ。

 

 ただ、それについて、鳴智とあれこれと話し合ったとき、魔凛の話を聞いていた鳴智は、金凰魔王には、精を放った女の道術を格段に向上させる能力があるのではないかと語った。

 魔凛の能力が低くなったのは、それは霊気が低下したというよりは、金凰魔王と性交をしなくなったので、その恩恵がなくなり、本来の状態になっただけではないかというのだ。

 

 金凰魔王の精にそんな力があると、耳にしたことはないが、そう言われると思い当たることはある。

 魔凛自身がそうだし、いまは金凰妃となっている金翅(きんし)がそうだ。

 金凰妃となる前の金翅は、予言能力があるだけの道術遣いとしては平凡な女であり、いまのような怖ろしい戦闘能力などなかったはずだ。

 金凰魔王の肛姦好きは有名な話だし、それは、尻で性交をするのが好きなのではなく、膣に不用意に女に精を放つと、その女の能力を向上させてしまうから、それを避けているのではないだろうか。

 

 そう考えると色々と辻褄が合う。

 鳴智の推量は当たっている気がする。

 いずれにしても、いまは、宝玄仙のことだ。

 

 魔凛のいまの役割は、自分を助けてくれたお宝や鳴智に仕えることだ。

 そして、このふたりの目的は、魔王に捕らえられた宝玄仙を助け出すことらしい。

 元はといえば、宝玄仙を捕らえたのは、この魔凛自身なので、今度はそれを助けるために、動き回るというのはおかしな具合だが、立ち場の変わった魔凛のいまやるべきことがそれなのだ。

 

 とりあえず、いままでの聞き込みでわかったのは、宝玄仙が閉じ込められている場所は、金凰妃の私的空間であり、物理的にも道術的にも閉じられた空間だということだ。

 そこは、金凰宮の者といえども、限られた者しか出入りしない場所であり、そこで働く女官のような者たちもいるらしが、彼女たちもその一画からほとんど宮廷の外には出ない。

 魔凛はそれを説明した。

 

「……すると、簡単には近づけないということかい。その『変化(へんげ)の指輪』を使って、魔凛を女官にでも化けさせて、宮廷府に潜り込ませようと思ったけど、それは難しいということだね……。じゃあ、どうするかねえ……。こら、奴隷、なにか知恵はないのかい? まさか、話を聞いていなかったわけじゃないだろうねえ?」

 

 お宝が怒鳴った。

 『変化の指輪』というのは、このお宝が作った霊具らしく、指に嵌めてから、変身したい者の体液をすすれば、その姿や声がそっくりに変身できるという霊具だ。

 この宝玄仙にそっくりの女は、魔凛が呆れるほどの霊具作りの才がある。

 だが、実はできるのはそれくらいであり、なにかの策を立てるということは不得手であり、このふたりでなにかをするときに、結局、策らしい策を立てるのは鳴智なのだ。

 

 それなのに、お宝は鳴智を忌み嫌っているのだから、本当におかしな関係だ。

 お宝にしろ、鳴智にしろ、ここにはいない御影という男の命を受けて動いているということだ。

 宝玄仙を救い出せというのは、その御影の命令であり、そのために、彼女たちは危険を冒しているのだ。

 お宝の言葉に、鳴智が俯いていた顔をあげて魔凛を見た。

 

「孫空女は……? 宝玄仙の供の孫空女の行方も調べてくれと頼んだはずだよ、魔凛? 孫空女も宝玄仙と一緒なのかい?」

 

「いや、孫空女は別よ、鳴智。錬奴院という別の場所にいるわ」

 

 魔凛は言った。

 

「錬奴院?」

 声はお宝だ。

 魔凛は、錬奴院という施設について説明した。

 つまり、そこは金凰魔王の性奴になりたい者が集められて、性奴隷としての訓練を受ける場所であり、金凰宮に隣接する場所にあるということを言った。

 

「……でも、金凰宮に忍び込むよりは、そこに入り込む方が楽には違いないだろう、魔凛?」

 

 鳴智が言った。

 

「そりゃあ、そうね……。あそこには、逃亡を防止することに関しては厳重でも、護るべきものがあるわけじゃないしね。あそこにいる監督官の連中も、全員がそこに寝泊りしているわけじゃない。体液を手に入れるために捕らえることも簡単そうだし、そこに潜入するのは難しいとは思わないわ」

 

 魔凛は応じた。

 

「鳴智、お前、馬鹿かい――。救い出さなきゃならないのは、宝玄仙なんだよ。そんな宝玄仙の供なんて、どうでもいいだろうが――?」

 

 お宝が声をあげた。

 

「ちょっと、黙っていてもらえませんか、お宝様。わたしに策があるんですから――。それとも、お宝様に別に策があるなら、お聞かせくださいますか? わたしたちは、それに従いますよ」

 

 鳴智が小馬鹿にしたような口調で言った。

 その態度は、お宝を無視したいという態度がなんとなくありありとわかる。

 

「な、なんだと――」

 

 案の定、お宝が激昂した。

 魔凛は息を吐いた。

 

「錬奴院に入り込むことはできる思うわ、鳴智。その『変化の指輪』で化けて、適当な監督官に変身すればいいわ。それでどうするの?」

 

 魔凛は、ふたりの会話に割って入るようなかたちで、慌ててそう口にした。

 

「……まずは、孫空女を救出する。そして、宝玄仙を救い出せとけしかける……。失敗してこちらに損をすることはないし、あいつの攻撃力は、並外れているから、もしかしたら、成功するかもしれない。いずれにしても、混乱は起きると思う。それに乗じる……」

 

「孫空女を使うっていうのかい?」

 

 お宝が不機嫌そうに言った。

 

「そうです。それに、もともと、孫空女は金凰魔王の性奴隷にするために連れてこられたんでしょう? いずれは、金凰宮にあがるんじゃないかしら……。そのときに乗じて、金凰魔王を殺せと教えて、ひそかにこれを渡すのよ……」

 

 鳴智がそう言って、耳からなにかを取りだした。

 刺繍針のような小さな棒だ。それを鳴智は耳の中に隠していたいたようだ。

 

「そ、それは、『如意棒』じゃないかい――。おまえ、どうしたんだい、それを――?」

 

 お宝がびっくりしたような声をあげた。

 

「もちろん、金凰軍の軍営に忍び込んで盗んできたんですよ。連中は、これを孫空女からとりあげて、倉庫にほったらかしてたんです。盗むのは、大して難しくはなかったですよ……。それにしても、よくできてますよね、これ――。道術で大きくすれば、大の男でも操るのが難しいくらいに重たくなるらしいのに、小さくすれば、このわたしでも扱えるんですから」

 

 鳴智はあっけらかんと言った。

 

「お、お前、いつ、この妓楼から外に出たんだい――? わたしに断わりもなく――」

 

 お宝は激怒している。

 

「昨日の夜ですよ。わたしは言ったじゃないですか。ここに、じっとしていても、事態は動かないってね――。とにかく、もう、動きましょうよ。孫空女には、金凰宮に連れていかれる前に、これを渡したいですからね。そうすれば、孫空女は勝手に暴れますよ。金凰宮の中でね」

 

 鳴智は言った。

 

「お、お前……」

 

 お宝が立ちあがった。

 その表情は激しい怒りのために真っ赤だ。

 どうして、そこまで怒るのかわからないが、とにかく、鳴智のやることなすこと気にいらないという感じだ。

 それなのに、お宝をないがしろにして、自分勝手に鳴智が動いたため、余計に腹が立っていのだ。

 

 しかし、その顔が急に穏やかになった。

 そして、顔に笑みさえ浮かべた。

 魔凛はその変化に首を傾げた。

 

「……いいだろう。わかったよ。その策でいくさ……。ただし、錬奴院への潜入はお前がするんだ。そして、孫空女が金凰宮にあがるときには、なんとかお前が一緒についていけるようにしな。『変化の指輪』を渡してやるからそれを駆使しね。いいね――」

 

 お宝が椅子から離れると、鳴智が座り込んでいる床の前に立った。

 

「わ、わたしが……? で、でも……」

 

 鳴智は困惑した顔になった。

 それはそうだろう。

 鳴智は霊具が使えない。

 霊気を帯びていないただの人間には、基本的には霊具は使えないのだ。

 霊気を帯びていない人間にも使えるようにした霊具も存在するが、『変化の指輪』はそうではないはずだ。

 

 そのとき、魔凛には、お宝の手に大きな霊気が集まっているのがわかった。

 『取り寄せ術』だ。

 なにかの品物を自分の手に取り寄せようとしている。

 果たして魔凛の右手の上に、拳大の石が出現した。

 

「動くな、鳴智――。命令だ」

 

 お宝が言った。

 そして、鳴智の前にしゃがみ込んだ。

 次の瞬間、お宝の右手は、鳴智の乳房と乳房の真ん中に吸い込まれるように潜り込んだ。

 

「あっ」

 

 魔凛はびっくりして声をあげた。

 お宝の手首から先が、鳴智の胸の中に完全に入り込んでいる。

 

「あぐっ、があっ、がっ――」

 

 鳴智の顔が真っ蒼になり、脂汗がどっと噴き出した。

 鳴智の顔は苦痛に歪んでいる。

 だが、動くなという命令で鳴智は動けないでいるようだ。

 それでも、あまりの苦痛のためか、鳴智の身体は小刻みに震えている。

 

「苦しいかい、鳴智……? お前の身体に、霊気を発生する石を入れてやっているんだよ。これを入れれば、お前にも霊具が使えるさ。一時的なものだけどね……。だから、『変化の指輪』を持って、その錬奴院とやらに行っておいで。ほかに必要な物があれば、なんでも持っていきな――。その代わり、絶対に宝玄仙を脱走させるんだよ――。わかったね?」

 

 お宝が鳴智の胸の中に、腕を潜り込ませたまま言った。

 だが、鳴智は苦しそうだ。

 

「……苦しいだろう? 生意気なお前に、わざと苦しませるように処置をしてやっているからね。本来は、こんな術はもっとあっという間だ――。だけど、わたしは、お前が大嫌いなんだ。だから、こんな嫌がらせをするのさ……。ほら、こうしたら、苦しいだろう――。これもどうだい――?」

 

 お宝が笑いながら、鳴智に埋まった手を軽く動かし続ける。

 そのたびに、鳴智の顔は白目を剥いたような苦痛を浮かべる。

 やがて、やっと鳴智の身体からお宝が腕を抜いた。

 

「終わったよ。動いていい。命令は解除だ」

 

 お宝が立ちあがった。

 すると、鳴智が精根尽きたように脱力して、両手を床につけた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 鳴智がまだ真っ蒼な顔で荒い呼吸をしている。

 そのお宝が、今度は、自ら土鍋からよそった雑炊を入れた皿を鳴智の顔の下に置いた。

 

「えっ?」

 

 鳴智が自分の前の床に置かれた食事に、呆気にとられたような表情をした。

 

「どうしたんだい? 奴隷の食事は、床に決まっているだろう――。食ったら、さっさと出て行くんだ。宝玄仙を脱走させるまで、戻って来るんじゃないよ」

 

 お宝が吐き捨てるように言った。

 鳴智は口惜しそうな顔をしたが、なにも言わなかった。

 無言で、自分の腰に巻いている縄を外そうとする。

「勝手なことをするんじゃないよ、奴隷――。股縄を外すのは、食事の後だよ。そうだ……。命令にしよう……。食事は犬食いでするんだ。そうしたら、手は空くだろうから、縄を擦って自慰をしな――。お前は自慰をしながら、犬食いで食事をしろ、鳴智――。皿が空になるまで、自慰を続けるんだ。め、い、れ、い……だよ」

 

 お宝がそう言って馬鹿笑いをした。

 

「な、なんだって――。くっ、ち、畜生……あっ、ああっ……」

 

 鳴智はその残酷な命令に顔色を変えたが、『服従の首輪』にお宝の言葉にも従うように刻み直されてしまった鳴智は、お宝の言葉に逆らえなくて、その命令に従い、股間の縄を擦りながら犬食いを始めた。

 

「こぼしたら、さっき脱いだ、お前の下着で床を掃除するんだよ。これも命令だからね」

 

 鳴智の哀れな姿に、お宝が心から愉しそうな声でそう言った。

 

「はああっ……ああっ……んんっ……」

 

 すると、皿に口をつけていた鳴智が、いきなり背中を弓なりにして、淫情に耽ったような声を発した。

 

 

 *

 

 

 荷を背負った鳴智が部屋を出ていった。

 まだ、苦しそうだ。

 しかし、ただのひと言もお宝には、喋りかけない。

 相変わらずの冷笑的な表情をお宝に向けただけだ。

 その顔は、まだ上気して真っ赤だ。

 扉が閉じると、お宝がすぐに魔凛に向き直った。

 

「……魔凛、お前も一緒に行くんだ。そして、鳴智が孫空女とともに金凰魔王に近づくことができたら、道術でわたしに知らせるんだ。わたしと通信をするための霊具は渡しておく。『変化の指輪』も何個もあるから、持っていくといい――。どうせ、鳴智は、逐一わたしに報告をするというようなことはしないだろうから、お前が状況をわたしに知らせるんだ」

 

「わ、わかりました……。で、でも……」

 

 魔凛は頷いたが、なぜ、わざわざ、鳴智を先に行かせてから、魔凛に指示を出すのだろうと首を傾げた。

 お宝の態度は、魔凛に対する指示を鳴智には聞かせたくないという感じだ。

 

「……これは、鳴智には教えるんじゃない。命令だよ。鳴智の胸に入れた石は、ただ、鳴智が一時的に霊具が使えるようになる石というだけのものじゃない。『炸裂石』だ。それに霊気を帯びさせてあいつの胸に入れたんだ……。青獅子を殺すために使ったのと同じもので、それを石にしただけのものだ……」

 

「えええ?」

 

 魔凛は驚愕した。

 

「鳴智の策でうまくいかないようなら、わたしが、遠隔操作で鳴智ごと金凰魔王を爆死させる――。そのために、逐一情報をわたしに送るんだ――。いいね――。金凰魔王さえ死ねば、面倒は要らないんだ。それしか、方法がなかったと説明すれば、あの生意気女が木端微塵になったとしても、御影様も納得するはずさ」

 

 お宝がにやりと笑った。

 魔凜はぞっとした。

 そして、お宝の鳴智に対する嫌悪感は、魔凛の認識を遥かに超えているということを悟った。



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579 狂い出す心

 連れてこられたのは、強い光が天井から注いでいる正面の一面の壁が鏡になっている部屋だった。

 鉄板の丸い首枷を装着させられたままの孫空女は、その部屋の真ん中に向かうように言われた。

 部屋の中心の床に人が脚を閉じて立つことができる程度の丸があり、孫空女はそこに立つように部屋に押し込められたのだ。

 

 大きな首枷に視界を阻まれている孫空女には、真下が見えない。

 だが、正面の鏡を確認することによって、なんとかその女の示した丸の中に立つことができた。

 丸は狭い。

 孫空女は、脚を閉じることで、やっと丸の中に足を収めることができた。

 

「今日は、特別の慈悲をもって責めてやるよ……。ここは、“慈悲の部屋”と呼ばれている拷問室さ」

 

 女が言った。

 

「じ、慈悲の……へ……や……」

 

 孫空女はなんとなく言った。

 もう、ここがどこで、その前の女が誰かということを認識することが難くなっている。

 そのことに愕然しながらも、孫空女は、慌ててここは錬奴院という金凰宮のそばの施設であり、眼の前にいる女は、緒里(しゅり)という名の孫空女を責める役割の監督官なのだと自分に言いきかせた。

 

 緒里は、孫空女の正面の壁の隅に移動してきた。

 すると、がちゃんと一斉に周囲から音がした。

 孫空女の立っている床から細くて長い針が一斉に飛び出したのだ。

 緒里が立っている場所を含む、部屋の四周の外側の隅には針がない。

 また、鏡で観察する限り、孫空女が立っている丸い輪にも針はない。

 それ以外の床には、まったく隙間なく無数の針が天井を向いて飛び出している。

 

「今日は、なにもしてくていい。ただ、そうやって立っているだけだ、孫空女――。いままでの責めに耐えてきたお前に対する特別な慈悲だろう?」

 

 緒里がくすくすと笑った。

 この五日、まったく食べものをとらず、満足な眠りを与えられることなく、わずかな水だけで責め苦を受け続けていた孫空女には、もう、緒里の言葉や態度に反応する気力が湧いてこなかった。

 ひたすらに、ぼんやりとする頭を懸命に覚醒させることに集中していた。

 それでも、どうしても朦朧とする意識を正常に保たせることができない。

 緒里の言葉は理解できるのに、なかなかその内容が頭に入ってこないのだ。

 

「……聞いているのかい、孫空女?」

 

「き、聞いて……いるよ……」

 

 緒里の横に立っている大きな鉄の板を首と手首に嵌められた女が口を開いた。

 それが鏡に映った自分だというのを理解するのに数瞬を要した。

 

「そうかい……。まあいい……。特別の慈悲という意味は、もうひとつある。お前の立っている周りに突き出た床の針には、お前を一瞬で殺してくれる猛毒が塗ってある。もしも、お前がこの苦しみに絶望すれば、一歩足を踏み出すだけでいい……。あるいは、そうでなくても、ちょっとでも脚をよろめかえて、足を丸から出したりしても、猛毒が針を通じて全身に回って死ぬことになる」

 

「ど、毒……?」

 

 毒と言ったか……?

 こいつは孫空女を殺すつもりか……。

 回らない頭でそんなことを思った。

 

「ふふふ……。面白いだろう……。ここでは、自殺は自由だ。だけど、どうしても、自殺をしようとしない出来損ないは、こうやって毒を抽入すのさ……。そして、死んでから自死したと報告するんだ……」

 

「えっ?」

 

 はっとした。

 やっと、いま置かれようとしている状況がわかったのだ。

 

「じゃあ、あたしは行くよ。明日の朝まで丸一日、このままだ……。もしも、明日の朝、ここを覗いて、お前がまた死骸になっていなかったら、ご褒美に次の責め苦を与えてやるよ……。まあ、無理だろうけどね。いままで、この光の拷問部屋から無事に出てきた女は存在しないからね……」

 

 緒里は言った。

 そして、にやにやと笑いながら壁沿いの針のない通路を進んで、孫空女の視界から消えた。

 

「ま、待って――」

 

 孫空女はびっくりして声をあげた。

 

「そうだ、言い忘れていた――。ここが慈悲の部屋と呼ばれているもうひとつの理由だよ。実は丸一日くらいは、同じ場所に立ち続けるという責め苦に耐えられる者も珍しくもないのさ……。ほとんどの奴隷は、別にお前のように、そんな首枷をしているわけでもないからね。でも、生き延びた奴隷も、ここで一日すごせば、間違いなく発狂はしてしまっている――。わかるかい、孫空女?」

 

「ま、待ちなって」

 

 孫空女は焦った。

 だが、なにも言葉が浮かばない。

 

「この部屋に閉じ込められた者は、死ぬか、それとも発狂するかのふたりの選択肢しかない。そういう部屋なのさ。だから、いずれにしても、ここに閉じ込められた奴隷は深い慈悲に授かるということなんだよ」

 

 そして、孫空女の背後でがたんと鉄の扉が閉まった音がした。

 外から鍵がかけられる音もする。

 本当にいなくなった。

 

「あっ、くうっ」

 

 すると、次の瞬間、鏡だった壁から突然に強い光が点滅を始める。

 

「な、なに……?」

 

 孫空女は思わず呟いた。

 眼の前の壁が強い光を不規則に瞬きを繰り返している。

 強く早い光の点滅であることは確かなのだが、微妙に速度が変わったり、光の強度が変化する。

 その光を見ていると、なんだか光そのものに吸い込まれそうになる。

 孫空女は慌てて、眼をつぶった。

 しかし、眼を閉じていても、瞼を通じて光の点滅は孫空女に伝わってくる。

 

 人を発狂させる部屋――?

 緒里はそう言った……?

 孫空女はそれを思い出した。

 

 頭が痛い……。

 孫空女は激しい頭痛にも襲われ始めた。

 なんだこれは……?

 

 確かに、この不規則な光に接していると頭がおかしくなりそうだ。

 浴びせられる光は明るいのに、感じるのは深い深い真っ暗な穴だ。

 それが孫空女を飲み込む……。

 

 闇の中に……。

 光という闇――。

 

「い、いやああ――、た、助けて――いやあああ――」

 

 孫空女は怖ろしくなって、悲鳴をあげた。

 必死になって光を閉ざそうとした。

 だが、どんなに固く眼を閉じても、この気持ちの悪い光は頭の奥を貫くように入ってくる。

 それに、この光を浴びながら目を閉じると、身体の平衡がおかしくなり、倒れそうになるのだ。

 真っ直ぐな姿勢を保つために、仕方なく眼を開ける。

 すると、眼を閉じていたときよりも、さらに強い衝撃となって光の攻撃が孫空女に襲いかかる。

 

 怖い……。

 なぜかわからないが怖い……。

 自分が狂うという恐怖……。

 

「た、助けて……。だ、誰か――」

 

 孫空女は声をあげた。

 しかし、それは自分が喋っているのに、自分ではないような感じだ。

 怖くてまた目を閉じる。

 だが、すると一瞬にして重い首枷が倒れそうになり眼を開ける。

 

 頭から滴り落ちる汗がどんどんと目の中に入り込んでくる。

 汗を阻もうと孫空女は眼を閉じるが、身体が倒れるという現実的な恐怖が襲う。

 そうかといって、眼を開けていても、光の点滅が孫空女に強い衝撃を与え続ける。

 

 気持ちの悪い光の点滅……。

 強い光は熱い熱でもある。

 それを裸身に浴びている孫空女の全身からは、夥しい汗が滴り落ちている。

 しかし、孫空女が感じているのは、とてつもない寒さだ。

 

 激しい頭痛――。

 込みあがる吐気――。

 

 孫空女は、自分が重い首枷をつけたまま、この真っ直ぐに立った状態を保つのが難しくなっているのを知覚した。

 闇の中にどんどんと引き込まれる……。

 その闇の中には、上もなければ下もない……。

 ただの闇だ。

 その中に引き込まれる。

 

「た、助けて――、だ、誰か――。お、お願いだよ――助けて――」

 

 孫空女は必死で悲鳴をあげていた。

 倒れる……。

 しかし、足を踏み外せば毒針だ。

 上下左右の存在しない闇の中で、どうやって真っ直ぐな姿勢を保てばいいというのか……。

 

 息が……。

 孫空女は懸命に息を吸った。

 だが、なかなか息を吸うことができない……。

 

 背骨が折れそうな重みを全身の筋力で支える続けるが、上下が消滅していく感覚が拡がり、床につけている足の裏が浮いているような心地になりそうになる。

 

 倒れる……。

 不規則な強い光の点滅が続く……。

 

「た、助けて――。お願い――助けて――」

 

 孫空女は最後の力を振り絞って叫んだ。

 気がつくと、はっきりと自分の身体が前のめりに倒れていくのがわかった。

 孫空女の視界に毒針が近づいている。

 

「ご主人様……」

 

 最後に孫空女はそう呟いた。

 

 *

 

 

 孫空女の瞳が明らかに焦点を失っているのが金翅(きんし)にはわかった。

 金翅の眼の前には、一面の当面の壁がある。

 立たされている孫空女からは、この壁は点滅する強い光を発する光源に感じるはずだ。

 この光は、人間族にとって、もっとも不快な光を発するように作られている。

 そして、孫空女の耳は感じてはいないはずだが、人間属の耳には直接は聞こえない雑音が部屋に流れ続けているのだ。

 

 人間族に、この聞こえない音を大音響で聞かせるとともに、特殊な間隔で点滅を繰り返すように設定した光を浴びせさせると、大抵は数刻で発狂する。

 しかも、孫空女はあの首枷のせいで、数日間、ほとんど飲み食いもせず、また睡眠もとっていないはずだ。

 その孫空女が、この“慈悲の部屋”に入れられて、精神を保ち続けるわけがない。

 案の定、すぐに孫空女の様子は常軌を逸したものに変化していった。

 

『い、いやああ――た、助けて――いやあああ――』

 

 孫空女の顔が恐怖に染まるとともに、その口が悲鳴を放った。

 

「おやおや、あの孫空女が助けてと言ったじゃないか……。わたしが、どんなに蹴り飛ばしても、殴っても、あいつは、決して“助けて”とは言わなかったのよ……。お前の責めもなかなかのもんじゃない――」

 

 金翅は横に立っている緒里に顔を向けて笑った。

 

「恐れ入ります、金凰妃様……」

 

 緒里が頭をさげた。

 孫空女のことは、毎日、緒里の上司である鄔梨李(うりり)から報告を受けいていた。

 孫空女専属の監督官として、緒里を当てたと報告を受けたときには、少しだけ気になった。

 緒里の性格は知っている。

 この錬奴院は、あくまでも金凰宮の性奴隷の修行施設であり、それ以下でもそれ以上でもない。

 

 精神のぎりぎりまで追いつめるような嗜虐や苛めも、金凰魔王の激しい性癖に耐える身体と心を作るとともに、それを試すためである。

 だが、この緒里は、そういう目的を忘れ、嗜虐のための嗜虐をする傾向があり、感情の昂ぶりの余り、しばしば奴隷を責め殺すことがあるということを金翅は知っていた。

 その緒里に、あの孫空女をあてがうとなれば、なかなか屈服しない孫空女に苛ついた緒里が、孫空女を殺してしまう怖れがあった。

 

 しかし、金翅はそれでもいいかと思った。

 もちろん、殺すのは困る。

 だが、この孫空女の美貌と気の強さ――。

 そして、精神の頑強さは、それなりの責めでないと、屈服させることはできないと思い直したのだ。

 

 この女の心は強い……。

 だから、是非とも金凰魔王の女としてやりたい。

 それに、あの戦闘力は、孫空女が屈服して、金凰魔王に忠誠を誓わせれば、金凰魔王の素晴らしい部下になる。

 そうなれば、金凰魔王の精を受け入れさせて、さらに能力を活性化させてもいい。

 金凰魔王の女というだけではなく、金凰魔王の頼もしい直近の部下となってくれるだろう。

 

 金翅のように……。

 

 そのためには、相当の責めが必要だ。

 孫空女の身体と心を死のすれすれに追い込むような……。

 

『た、助けて……。だ、誰か――』

 

 壁の向こうの孫空女が絶叫した。

 その様子から、すでに孫空女がかなり追い詰められているということを察した。

 

「緒里、針は孫空女が倒れれば、ちゃんと引っ込むように細工をしてあるでしょうねえ。わたしは、孫空女はぎりぎりまで追いつめても、殺すつもりはないのよ。余計なことをして、孫空女が死んでしまったりしたら、その失敗の酬いはするわよ」

 

「だ、大丈夫ですよ……」

 

 緒里が不満そうな声をあげた。

 金翅が孫空女に視線を戻すと、緒里がこっそりと身体の横でなにかの操作盤を動かすのがわかった。

 

 この緒里のことだ。

 もしかしたら、この慈悲の部屋の拷問に際して、金翅がやってこなかったら、本当に発狂させるか、毒針で死なせるかしたかもしれない。

 ただ、とりあえず、緒里はいまは放っておいた。

 

『た、助けて――、だ、誰か――。お、お願いだよ――助けて――』

 

 孫空女がまた叫んだ。

 その視線は明らかにおかしい。

 怖ろしく息が荒い。

 全身からは信じられないくらいに汗が噴き出してもいる。

 だが、その全身の肌は、はっきりと粟立っている。

 孫空女が激しい孫空女を感じているのがわかる。

 

『た、助けて――。お願い――助けて――』

 

 孫空女が泣きだした。

 ぼろぼろと涙を流しだしたのだ。

 同時に、真っ直ぐに立っていた孫空女の身体がぐらぐらと揺れ始める。

 

「これは、もう、もたないね……」

 

 金翅は呟いた。

 孫空女が限界なのは明らかだ。

 果たして、孫空女の身体が前方向に倒れだした。

 倒れていく孫空女が途中でなにかを呟きながら、意識を失ったのがわかった。

 

「緒里、針よ――。針を引っ込めて――」

 

 金翅は声をあげた。

 孫空女の首枷が床に倒れる直前に、毒針は床の中に引っ込んだ。

 その孫空女の身体が床に激突する。

 首枷に上半身を浮かせる体勢になっているが、完全に孫空女の身体はうつ伏せになっている。

 

「さて、行くわよ、緒里……」

 

 金翅は立ちあがった。

 

 

 *

 

 

「起きなさい、孫空女――」

 

 声がした。

 孫空女は一瞬、どういう状況なのか認識できないでいた。

 しかし、強引に身体を引き起こされた。

 うつ伏せの状態から上半身をそのまま後ろに引っ張られた孫空女は、ちょうど、正座をして上半身だけを真っ直ぐにする体勢になる。

 正座をしている孫空女の足首に足枷が嵌ったのがわかった。

 

「こらっ、背筋を伸ばすんだよ――」

 

 背後から緒里の声がした。

 あれっ?

 

 後ろにいるのは、緒里?

 だが、前にも誰かがいる。

 女だ……。

 

 どこかで会った気が……。

 しかし、朦朧とする孫空女の頭には、その女のことを思い出せない。

 そう言えば、どうして自分はここに……。

 

 確か、さっき、毒針の上にうつ伏せに倒れ込んでいったような……。

 次の瞬間、眼の前からなにかが襲った。

 

 腕――?

 そう思ったときには、その腕が孫空女の顔面に喰い込んでいた。

 

「はぶううっ――」

 

 孫空女は悲鳴をあげていた。

 口の中に血の味が拡がる。

 後ろに倒れかけた孫空女の背を緒里が引き起こした。

 すぐに二発目が頬に喰い込んだ。

 

 びんただ。

 だが、凄まじい破壊力のびんただ。

 

「目が覚めた、孫空女? わたしが誰だかわかるわね?」

 

 孫空女を殴ったその女がにっこりと微笑んだ。

 

「だ、誰って……?」

 

 孫空女はその女を知っている。

 だが、記憶がなかなか出てこない……。

 すると、その孫空女の頬にその女の平手が飛んできた。

 打たれるたびに、身体のどこかが毀れるようなびんただ。

 それが襲い続ける。

 

 右――。

 

 左――。

 

 右――。

 

 左――。

 

 右――。

 

 左――。

 

 右――。

 

 左――。

 

 容赦のない平手が浴びせられ続ける。

 口の中はあちこちが切れ、鼻からは血が噴き出したのがわかった。

 

「今度は思い出したかしら、孫空女?」

 

 女が孫空女の顔の前に、笑みを浮かべた顔を近づけた。

 孫空女は、何度も何度も眼を瞬かせて、その女の顔をじっと見続けた。

 

「……あ……あ……、き、金凰妃……」

 

 やっとのこと孫空女は言った。

 

「ご名答――」

 

 金凰妃の拳が孫空女の顔面に叩き込まれた。

 孫空女の顔が後方に吹っ飛ぶとともに、意識がすっと消えていった。

 

「勝手に気絶をしないでくれる?」

 

 金凰妃の声がした。

 その瞬間、首に嵌っている首枷全体から強い電撃が襲った。

 

「ひぎゃああ――」

 

 孫空女は絶叫した。

 消えかけていた意識が戻った。

 眼を開けると、目の前に金凰妃の顔があった。

 

 息が苦しい……。

 怖い……。

 

「どうしたの、孫空女? なんで泣いているの?」

 

 眼の前の金翅が愉しそうに言った。

 泣いている?

 

 自分は泣いているのか……?

 そんなことはないと思ったが、そう言われると自分の両眼から涙がこぼれ続けているのがわかった。

 しかも、身体が小刻みに震えている。

 

 すると、顔が温かいものに包まれるのがわかった。

 『治療術』だ――。

 殴られた顔が道術で癒されていく……。

 

 気持ちいい……。

 金翅が孫空女の身体に手を伸ばした。

 思わず恐怖で身体が竦んだが、殴るのではなく、首枷に嵌っている手首の下の部位あたりに、新しい革枷が嵌められただけだった。

 その両腕の枷に背中に回した鎖が繋げられたのがわかった。

 

「……孫空女、たったの一度だけの質問よ。心して答えるのよ……」

 

 金翅が、じっと孫空女の顔を覗きんだ。

 

「な、なに……?」

 

「首枷を外して欲しいかい?」

 

 金凰妃が言った。

 

「は、外して――。お、お願いだよ――。これを外して――」

 

 孫空女は考えるよりも先に叫んでいた。

 

「だったら……。もしも、これを外したら、お前は、なにをしてくれるの? 回答の機会はたったの一度だけよ……。この機会を逃したら、もう次の機会はないかもしれないわよ……。さあ、答えなさい――。お前は、わたしが首枷を外したら、その見返りに、なにをしてくれる?」

 

 金翅は言った。

 

「な、なんでもするよ……。なんでも――」

 

 孫空女は自分の声に嗚咽が混じっているのを悟った。

 自分が泣いている?

 そのことに、孫空女は愕然とする思いだった。

 

 しかし、いまは、どうでもいい……。

 それよりも、この首枷が外してもらえる……。

 もう、そのことしか考えられない。

 

 眼が回る――。

 眼の前の金翅の姿が歪む……。

 

 すると、いきなりもの凄い光が顔に当たった。

 さっきの光だ――。

 金翅の背後で激しく壁が瞬く。

 

「ひゃああ――。こ、これはいやっ――。た、助けて――。これは嫌だよ――」

 

 孫空女は絶叫した。

 全身に激しい震えが走る。

 身体が一気に冷たくなる。

 

 怖い――。

 助けて――。

 

「いやあっ――、嫌だ――。こ、怖い――怖い――」

 

 孫空女は絶叫した。

 金凰妃の身体が孫空女の背後に回った。

 阻むのがなくなった光の攻撃が孫空女を襲う。

 

 がっしりと金凰妃の手が孫空女の髪を掴んだ。

 顔が光に向かって真っすぐに向けられる。

 まともにあの点滅光が孫空女に注がれていく。

 

「……わたしたちの奴隷になりなさい、孫空女……。奴隷にね……。そうすれば、首枷は外してやるわよ……」

 

 金翅が耳元でささやいた。

 

「や、やめて――こ、この光はやめて――。わ、わかないけど、怖いんだ――。こ、怖い――いやあああ――」

 

 孫空女は自分の口から童女のような悲鳴が迸るのがわかった。

 

「……わたしたちの奴隷になりなさい……。そうすれば、光も首枷もやめてあげるわよ……」

 

 金凰妃がまた耳元でささやいた。

 孫空女は自分が号泣していることがわかった。






 *


 拷問に関する書籍に「照射責め」というものがあります。
 旧ソ連やベトナムが多用したとされるものであり、その目的は、「眠らせない」「網膜に損傷を与える」というものだったようです。
 まて、旧日本軍が実験的にやったことがある照射責めとして、特殊な音を聞かせながら、烈しい光の点滅を強引に続けると、精神が崩壊するというものもあるそうです。
 効果の真偽は不明ですが、孫空女への拷問はそれを引用しました。

(旧日本軍がやったとされる拷問には、噂の域を超えないものがたくさんあります。これもそのひとつです)


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580 ついに、屈服……

「聞こえなかったわよ、孫空女……。もう一度、言いな」

 

 金凰妃の嬉しそうな声が聞こえた。

 だが、孫空女には、なにをもう一度言えと命令されたのかわからなかった。

 

「な、なに……を……?」

 

 孫空女は辛うじて言った。

 

「孫空女、よかったね……。首枷を外してもらえるようだよ……。もう一度、奴隷になるって誓えばね……」

 

 緒里(ちょり)の声がした。

 それで、孫空女は思い出した。

 

 ここで光の拷問を受けて、頭が狂いそうになった……。

 そしたら、金凰妃が姿を見せて、孫空女に奴隷になると誓うのなら首枷を外してやると言ったのだ。

 だが、それに対して、自分がなんと答えたのかがわからない。

 確かに、なにかを喋った。

 しかし、それは、こいつらの奴隷になることに応じる言葉だったのだろうか……?

 孫空女の心に恐怖が走る。

 

「い、いや……。ど、奴隷には……。い、いや、なってもいい……。あたしなんか……。い、生きているだけで……。だ、だけど、奴隷は……」

 

 奴隷にはならない……。

 いや、なってもいい……。

 だけど、宝玄仙を裏切りたくない……。

 

 宝玄仙を……。

 

「しぶといわねえ……。いま、はっきりと奴隷になるって言ったじゃないのさ、孫空女」

 

 緒里が苛ついた口調で、髪の毛を掴んで、孫空女の頭を揺らした。

 

「ひっ、ひいっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 ただ頭を揺すられるだけなのだが、激しい吐気が孫空女を襲いかかってくる。

 

「焦らないのよ、緒里……。こいつは、もう堕ちるわ……。いや、もう堕ちている……。でも、頭を壊されかけているから、自分が喋ったことを長く覚えていられないのよ……。もう一度責めれば、しっかりと奴隷の誓いの記憶が頭に結びつくわ……。ほら、孫空女、跪きなさい。奴隷にならないなら、責め苦の続きよ……。首枷を支えて跪くのよ」

 

 金凰妃が背後から横に回ってきた。

 口調は優しいが、扱いは乱暴だ。

 道術で孫空女の顔の前になにかを出現させた。

 それが鼻鉤だとわかったのは、孫空女の両方の鼻の穴に、その鼻鉤がしっかりと嵌ってからだ。

 その鼻鉤は天井から細い鎖で繋がっていて、ぐいぐいと孫空女の顔を上に持ちあげる。

 

「ひぐうっ、い、痛い――。か、勘忍――。もう、勘忍して――」

 

 孫空女は喚いた。

 だが、鼻鉤は首枷の嵌った孫空女の顔を容赦なく上に引きあげる。

 そして、孫空女が正座の体勢から真っ直ぐに膝立ちの姿勢になったところで、やっと鎖の引きあげが停止した。

 

「い、痛いよう……」

 

 孫空女は鼻が千切れそうな痛みに泣いた。

 

「こんな弱々しい感じの孫空女は初めてですよ、金凰妃様……」

 

 緒里の声がした。

 

「もう、こいつは、いつもの自分を維持できないのさ――。もう少しだよ。心が崩れそうになり、だんだんと幼児退行を起こしているのかもしれないわね」

 

 金凰妃が笑った。

 

「さあ、前を見な、孫空女……」

 

 すると、金凰妃の声がした。

 もともと鼻鉤で顔を引きあげられているので、顔を背けたくても、それはできない。

 

「緒里、わかっているわね」

「はい、金凰妃様。道術であの光と音の感覚を遮断します」

 

「少しでも、気分がおかしくなったら、遠慮なく言うのよ、緒里。わたしたちまで、頭がおかしくなったら、どうしようもないからね……」

 

 背後で孫空女の身体を支えている金凰妃と緒里がなにかを言い合っている。

 そして、緒里の両手が孫空女の瞼にかかった。

 強引に瞼を上に引っ張られて、眼が閉じれないようにされた。

 

「ひいっ」

 

 孫空女は、また悲鳴をあげた。

 その次の瞬間、また、あの光の点滅が始まった。

 今度は、瞼を大きく開かれて、真っ直ぐに光源を見らせられている。

 頭の痛みが全身に拡がる……。

 全身から汗が噴き出すのがわかった。

 眼の前で強い光が激しく点滅を続ける。

 

「ひいっ、いやああ――。これはいやああっ――」

 

 孫空女は絶叫した。

 頭が……。

 頭が割れる……。

 

 息ができない……。

 意識がすっと消えていく――。

 

 いや、意識がなくならない……。

 なくなるのは正気だ。

 それがわかった――。

 

 光が――。

 息が……。

 

 すると、光が止まった。

 手で開かれていた瞼から手も離れる。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 しかし、割れそうな頭痛はとまらない。

 しかも、視界が朦朧として、意識がはっきりとしない。

 なにか考えをまとめようとするのだが、思考が混濁して、どうしても、なにも考えられない。

 

「う、うう……。も、もう……や……やめて……」

 

 孫空女は呻いた。

 まるで、まだ半分眠っているかのように、頭が働かない。

 視点も定まらない。

 目の前に顔を見せた金凰妃がぐるぐると回っている。

 

「奴隷になる決心はついた……? でも、答えを訊ねる前に、もう一度、さっきのをやろうかね」

 

 ぐるぐると回っている金凰妃の顔が愉しそうに笑っている。

 ただ、金凰妃の声だけは、まるで刃物のように孫空女の頭に鋭く突き刺さる。

 その代わり、ほかのものは、一切が漠然とした雑音のようにしか感じない。

 

「うわああっ――」

 

 また、光の点滅が開始される。

 背後から瞼が強引に開けられる。

 強い光の瞬きが再開する。

 孫空女の意識がその光の点滅の中に吸い込まれていく……。

 意識が遠のいていくのがわかる。

 

「いやあっ……嫌だよ……もう、もうやめてよ――や、やだああ――」

 

 孫空女は狂ったように叫んだ。

 自分という人間がいなくなり、別の意識が表に出てくるような恐怖が襲う。

 

 だが、今度は長い……。

 光の点滅が終わらない……。

 

 頭が……。

 

 誰かが悲鳴をあげている……。

 

 それは自分だ――。

 狂ったように自分が叫んでいる。

 

 この光から逃げたい――。

 だが、鼻鉤がそれを許さない。

 しっかりと指でこじ開けられた瞼が瞬きさえも許してくれない……。

 

 狂う……。

 本当に狂う……。

 

 そして、やっと光がとまった。

 瞼も解放された。

 

「もう、これ以上は危険ね……。首枷をさせたままでは無理のようね……。このまま、追い詰めてもいいけど、孫空女が狂うよりも先に首の骨が折れるかもしれないわ……。いいわ……。首枷を先に外すわ……」

 

 金凰妃が緒里になにかを話しかけ、それに緒里が頷いている。だが、孫空女には、それが頭に入ってこない。

 言葉は聞こえるのに、その内容がまったく理解できないのだ。

 孫空女はただひたすらに、息をしようと口をもがかせていた。身体の震えがとまらない。

 

 とにかく寒い……。

 身体の震えがとまらない……。

 すると、金凰妃が孫空女の耳元で怒鳴り始めた。

 

「孫空女、聞こえるかい? 首枷を外すけど、この光の拷問が終われば、また嵌め直すよ……。だけど、奴隷になると誓うなら、首枷はなしにしてやろう……」

 

 金凰妃がそう言った。

 すると、霊気が孫空女の首を包むのがわかった。

 次の瞬間、孫空女の首枷がなくなっていた。

 全身の力が一気に脱力した。

 

「ふぎいっ」

 

 倒れそうになる身体を鼻鉤が阻んだ。無意識に鼻にやろうとした腕が背後に引っ張られる。

 手首の下に嵌められていた枷に繋がっていた鎖が縮んだのだ。孫空女の両手は背中側で引き絞られる。

 

「さあ、首も軽くなったところで、光の拷問を始めるわよ」

 

 金凰妃が言った。

 そして、また激しい光の点滅が始まる。

 

「うぎゃあああ――」

 

 口から悲鳴が迸った。

 孫空女の呼吸が荒くなる。

 激しい怖気も走る。

 もう、孫空女にはどうしようもない。

 全身の脂汗がとまらない。

 

「苦しそうだねえ、孫空女……。そろそろ、奴隷になりたくなったかい?」

 

 金凰妃がくすくすと笑った。

 しかし、孫空女はそれに応じることができないでいた。

 拒否するというよりは、喋ることができないのだ。

 物を考えることもできない……。

 

 この光の点滅を浴びると、意識が急激に低下して、やがて、なにかに吸い込まれそうになる。

 点滅が終わった。

 

 孫空女は鼻に鼻鉤をつけられたまま、憔悴して身体を震わせていた。

 点滅が終わったのに、それがまだ続いているかのように、呼吸が苦しく、心臓の動悸が激しい。

 

「さて、そろそろ、次の段階に行こうかねえ……」

 

 すると、孫空女の股間にすっと、金凰妃の手が触れた。

 孫空女の身体は、びくりと震えた。

 内腿の付け根に金凰妃の手がすっと伸びたのだ。

 孫空女の両膝は、さっきまで重い首枷を支えていたので、軽く開かれていた。

 その膝のあいだに、金凰妃の片膝が差し入れられ、孫空女の脚が閉じれないようにされて、金凰妃が孫空女の股間を触りだしたのだ。

 

「はあっ……な、なに……はあ、はあ、はあ……」

 

 呼吸が落ち着かないのに、さらに敏感な股間を刺激されようとしている。

 孫空女に新しい恐怖が襲いかかった。

 

「……ふふふ……。どうやったら、お前を堕とすことができるか、ずっと考えていたのよ。おそらく、痛みや苦痛には、お前は絶対的な強さを持っている気がするよ、孫空女……。だけど、官能責めなら、どうなんだろうねえ……。しかも、この光は絶対に人を冷静にはさせないからね」

 

「ひいいっ、いやあああっ」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 猛烈な快感が沸き起こる。

 だが、それは恐怖だ。

 わからない。

 なにをされても、恐怖しか感じない。

 

「この光には、人間族をどうしようもない恐怖に誘う力がある。精神を崩壊させるんだよ……。そうやって、心の弱い部分を剝き出しにされた状態で官能責めを受けたら、どうなんだろうねえ……。さすがのお前でも、ひとたまりもないんじゃないのかしら……」

 

 さらに金凰妃が孫空女の内腿を柔らな手管で触る。

 

「ひっ、ひいっ、こ、怖い……ああっ……ああっ」

 

 孫空女は込みあがる声を我慢できなかった。

 

「さあ、始めるわよ」

 

 金凰妃が孫空女の内腿を愛撫しながら言った。

 

「さあ、しっかりと、見るんだよ、孫空女――。少しも眼を逸らすことができないように、また、おめめをぱっちりと開けてあげるね」

 

 緒里がまた笑いながら孫空女の両瞼を引きあげた。

 強烈な光の点滅の洪水が孫空女に襲いかかる。

 

「ひゃあっ、ひゃあああ――やああ――」

 

 孫空女はがくがくと全身を震わせた。

 凍えるような寒気が全身を包む。

 その孫空女の股間を金凰妃が触っている。

 

 熱い……。

 いや、苦しい……

 身体の感覚が引き千切られる……。

 

「こうやって、性器ぎりぎりのところを擦られると効くわよねえ、孫空女……。だんだんと性器に近づけていくよ……。でも、性器には触ってやらないわ……。ほら、官能責めに遭いながら、心が毀れていく感覚を味わうのはどう?」

 

 金凰妃の指が孫空女の敏感な秘唇のぎりぎりのところを何度も往復する。

 自分でもはっきりとわかるくらいに、愛蜜が溢れ出るのがわかる。

 

 そのあいだも光の点滅が続く。

 また、意識が吸い込まれる……。

 それなのに、金凰妃の触れている部分だけが、取り残されて、そこだけが意識を持ったように荒れ狂う。

 

「触って欲しいかい、孫空女……? もっと、擦ってやろうか……。でも、お預けよ……。わたしたちの奴隷になると誓えば、気持ちのいい場所に刺激を与えてあげるわ……」

 

 金凰妃がくすくすと笑って、指がさらに際どい部分に触れてくる。

 

「……ひ、光……、と、とめ……て……」

 

 激しい光の点滅がいつまで経っても終わらない……。

 長すぎる……。

 頭がおかしくなる……。

 

 意識が遠くなる……。

 だが、孫空女にはわかった……。

 

 光の点滅が作るのは、この意識が途切れる寸前の状態だ。それが繰り返し襲いかかる。

 だが、絶対にその先はない。

 

 この光は、孫空女に意識を失わせるというような優しいことはしないのだ。

 この状態のまま、数刻でも維持し続ける……。

 

 しかし、孫空女の心がそれに耐えられるわけがない……。

 だから、その行きつく先は、失神ではなく発狂だ――。

 それがわかった途端、孫空女にこれまで以上の恐怖が襲いかかった。

 

「そんなことは訊いてないわよ……。もっと快感が欲しいかと訊ねているのよ……。ちゃんと、お願いできないのなら、お預けよ……。いつまでもね……。これを終わって欲しければ、奴隷の誓いをするのね」

 

 金凰妃は愛撫については、徹底的な焦らしで孫空女を追い詰める。

 女陰のぎりぎりの部分を何度も何度も擦り、肉芽の周辺や、恥丘の寸前まで刺激するのに、一番敏感な部分には絶対に触れてこない。

 

「じゃあ、あたしも参加するかな……。殴ったり、蹴ったり、『心神棒』で痛みつけるのもいいけど、たまには、こうやって官能責めをするのもいいわねえ……」

 

 ずっと孫空女の瞼をこじ開けていた緒里が、孫空女の眼から指を離した。

 だが、もう、孫空女の眼は点滅する光に吸い込まれたようになり、眼を離すことができない。

 そして、緒里の手が背後から乳房を揉み始める。

 緒里もまた、乳輪の周りを動き回るが、乳首には触れてこない。

 

 光の点滅が与えるものと同じだ。

 激しい光は、孫空女の意識を飛ばしかけるが、ぎりぎりのところで失神をさせてくれない。

 一方で、金凰妃と緒里の愛撫も、ぎりぎりのところまで孫空女を追い詰めるが、絶対に最後の快感を与えようとはしない。

 

「ああ、はああ、くうう、はあっ、はっ、はっ……」

 

 孫空女は息を求めて口を大きく開いた。

 だが、空気は入ってこない。

 

「孫空女――、わたしたちの奴隷になると誓うわね――」

 

 前側から孫空女を襲っている金凰妃が言った。

 光の点滅は続く――。

 

 乳房への刺激……。

 股間への愛撫……。

 

 失いたくても失えない意識……。

 いきたくてもいけない焦燥感……。

 

 孫空女は激しく息をするだけで、金凰妃の問いかけには答えなかった。

 答えれば、自分がなにを喋るのかわからなかった。

 

 怖い……。

 もう、なにに対して怖いのかわからない……。

 屈服したくない……。

 宝玄仙を裏切りたくない……。

 

「無視するつもりね……。だったら、この光はとめてあげないわ……。この指も肝心な場所には触ってあげられない……」

 

 金凰妃が笑った。

 

「あ、ああ……」

 

 孫空女は身悶えた。

 すると鼻に激痛が走る。

 だが、いまの孫空女には、その鼻の痛みよりも、光が怖い……。

 

 焦らし責めにあらぬことを口走りそうな自分が怖い……。

 気がつくと、いつの間にか、孫空女の腰の動きが淫らで大きなものになっていた。

 全身から夥しい汗が流れている。

 それが、官能の熱による汗なのか、光の点滅を浴びせ続けられることによる脂汗なのかわからない。

 おそらく、両方なのだろう。

 

「ひゃあああ――。いぐううう――」

 

 孫空女は限界まで眼を見開いて叫んでいた。

 なんの予告もなく、金凰妃の指が孫空女の肉芽を強く擦ってきたのだ。

 孫空女の全身は硬直した――。

 

「あああ――だめえっ――」

 

 孫空女は身体を仰け反らせた。

 いく……。

 鼻に激痛が走ったが、もう、それはどうでもいい……。

 

 この快感を――。

 しかし、まさに寸前で、金凰妃の指が離れた。

 

 孫空女の淫情は、宙ぶらりんのまま取り残された。

 そして、消滅しない光の点滅が襲う。

 

 光――。

 

 闇――。

 

 光――。

 

 闇――。

 

 光――。

 

 光――。

 

 光――。

 

 そして、闇……。

 

 孫空女は絶叫していた。

 

「お、お願い……だよ、も……もう――」

 

 孫空女は腹の底から泣き叫んでいた。

 苦しさが膨れあがる……。

 なにかが圧倒する。

 

 光を……。

 光の点滅をとめて……。

 

 孫空女は悲鳴をあげ続けている。

 しかし、光はとまらない。

 

 狂う……。

 

 狂う――。

 

 いや、もう、狂っているのか……?

 

「ううっ、あああっ、ややあああ……、ああ……」

 

 金凰妃がまた肉芽を強く刺激した。

 孫空女は悲鳴をあげた。

 だが、達しそうになると指は離れる。

 意識が遠くなる……。

 

 快感も……。

 いや、快感はそこにある。

 意識も……。

 

「うあああ――うあああ――あああ――」

 

 孫空女は泣いていた。

 号泣してた。

 自分が維持できない。

 なんで 泣いているかもわからない……。

 

「本当に毀れてきたねえ……。さあ、誓うのよ――。奴隷になるわね――。さあ、答えなさい、孫空女――」

 

 このとき孫空女は、これまでに感じたことのない快感の中にいた。

 意識が消える寸前の気持ちよさと、昇天しそうで昇天できない快感が混ざり合い、なぜかそれが強烈な快感に変化していっている。

 目の前が暗くなる。

 

「ほらっ、もう一度、凝視だ、孫空女――。光を見続けるんだ」

 

 乳房から手を離した緒里が再び、孫空女の顔を光に真っ直ぐに固定して、瞼をこじ開けた。

 

「いやあああ――もう、いやああ――」

 

 孫空女は大きな声で泣いた、

 もうなにも考えることができない……。

 

 身体が――。

 心が……。

 限界……。

 

 なにも……。

 考えられない……。

 

 頭が朦朧と……。

 光が――。

 いや、闇だ――。

 

 真っ黒いものが孫空女を――。

 

「奴隷になるわね――?」

 

 はっとした。

 孫空女はやっと自分がなにを耐えているのかを思い出した。

 

 だから、耐える――。

 だが、また闇が大きくなる……。

 光の闇が……。

 

 金凰妃の指が肉芽を擦る……。

 圧倒的なものが孫空女を包む――。

 

「誓うのよ、孫空女――。この先にあるのは快感だけよ――。さあ、楽になるのよ。お前たちは、一緒に堕ちるのよ。宝玄仙も堕ちる……。お前も一緒に堕ちなさい……。それとも、宝玄仙だけを地獄に堕として、お前はここに残るのかい――?」

 

 金凰妃が耳元で言った。

 宝玄仙――。

 一緒に堕ちる……。

 

 ご主人様……。

 一緒に……。

 

 もう、なにも考えられない……。

 点滅が……。

 

 孫空女の口がなにかを喋った。

 しかし、自分がなにを口走っているかがわからない。

 

 するといきなり平手が頬に飛んだ。

 少しだけ、孫空女の頭が戻った。

 だが、焦点が合わないのは変わらない。

 

「もう一度、言え――。奴隷になるわね……。もっと、しっかりと言うのよ――。お前も宝玄仙も一緒に奴隷よ――。奴隷になると誓うのよ――」

 

 宝玄仙と一緒に……。

 その言葉が、頭にはっきりと響き渡った。

 孫空女は、自分が首を大きく縦に振るのがわかった。

 

「言いなさい――。言葉にするのよ――」

 

 金凰妃が叫んだ。

 

「ど、奴隷に……なる……」

 

「誓うね……」

 

「ち……か……う……」

 

 孫空女はそう言っていた。

 

「よく言ったわ……。もう拒否はできないわよ。お前の頭には、奴隷の誓いがこびりついたわ。この光を浴びさせれば、すぐに奴隷状態になる……。お前は、これで永遠に奴隷よ……。さあ、とにかく、いまは、よくそう言えたご褒美をあげましょうね……」

 

 金凰妃がこれまでになく激しく指を動かしだした。

 同時に、点滅を続けていた光が、ぱっとやんだ――。

 孫空女の心が闇に吸い込まれていく。

 

「がっ、あああっ、がああっ」

 

 孫空女は吠えた。

 やっと訪れた絶頂の快感の奇声をあげているのか、それとも、闇に吸い込まれる恐怖の悲鳴のどちらなのかわからない……。

 全身ががくがくと震えた。

 

 一瞬、顔ががくんと弾んだ。

 だが、鼻鉤がそれを阻み、激痛を孫空女に与えた。

 

 それでも、その痛みは孫空女の意識を復活させることはできなかった。

 鼻を引きあげていた力が不意に消滅した。

 金凰妃が天井と繋がっていた鎖を切断したのかもしれない……。

 

 孫空女の全身は力を失い、そのまま床に倒れていく……。

 顔が床に当たるのがわかった。

 それとともに、大きな解放感が孫空女を包む。

 

 孫空女は達していた……。

 意識が途絶えた……。

 

「お前はわたしたちのなんだい……?」

 

 消えそうになる意識の中で、金凰妃のその質問が辛うじて聞こえた。

 いま、失神したのか……?

 

 わからない……。

 いずれにしても、それは一瞬でしかないだろう。

 

「お前はわたしたちのなんだい……?」

 

 もう一度、金凰妃の声がした。それとともに、頭が思い切り蹴飛ばされた。

 

「ど、奴隷……」

 

 孫空女はそう言った。

 どうして、そんな当たり前のことを訊くのだろう……。

 

 そんな不審を抱きながら、孫空女は大きな幸福感の中に自分の最後の意識を委ねていった。

 

 自分の心が深い深い闇の中に潜っていくのがはっきりとわかった。



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581 ひとりぼっち

「……」

 

「……せん……」

 

「宝玄仙」

 

 声がした。

 宝玄仙は眼を開いた。

 闇だ。

 宝玄仙はまったくの闇の中に浮かんでいた。

 

「宝玄仙」

 

 声の方向を見た。

 少し離れた場所に手足のない宝玉がいた。

 ここは意識の世界のようだ。

 

 宝玄仙や宝玉がそう呼んでいる場所であり、闘勝仙からの調教の日々を送っているときに、宝玉の存在とともに突如として出現した場所だ。

 もっとも、宝玉は、突如として出現したのは、宝玄仙の方だという。

 まあ、いまとなってはどちらでもいい話だが……。

 

 しかし、この意識の世界も、人格交替が蝦蟇婆(がまばあ)に支配されてから、完全に彼女の道術に制御されていた。

 宝玉と自由に会話することも難しくなり、しかも、蝦蟇婆を思わせるような姿の影が出現し、この意識の世界でも宝玄仙と宝玉を家畜のように支配していた。

 

 だが、いまは、その蝦蟇婆もどきの人影はいないようだ。

 宝玉だけだ。

 だが、その宝玉の気配も非常に薄くしか感じない。

 そこに存在するのだが、実際にはなにもないかのようだ。

 宝玄仙が感じるのは、激しい孤独感だ。

 

「宝玉……?」

 

 宝玄仙は呼び掛けた。

 

「お別れを伝えに来たのよ……」

 

 宝玉がぽつりと言った。

 

「お別れ?」

 

 宝玄仙の自分の眉間に皺を寄せる仕草をした。

 

「わたし……死ぬと思うの……。だから、最後に挨拶に来たのよ」

 

 宝玉は無表情だった。

 宝玄仙はびっくりした。

 

「お、お前、なに言ってんだい。死ぬって、どういうことだい?」

 

 宝玄仙は宝玉に駆け寄った。

 手足のない宝玉を抱きあげると、宝玉はそっと頭を宝玄仙の胸につけた。

 

「死ぬというよりは……存在が消える……。そんな感じ……。わたしにはわかるのよ……」

 

 宝玄仙の胸の中で言った。

 確かに、宝玉の存在感が薄い気がする。

 宝玄仙は当惑した。

 

「お、お前、気をしっかりと持ちな。消えるとか、死ぬとか、縁起でもないことを喋るんじゃないよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「でも、わたしが受け入れられる心労の容量を越えたみたい……。わたしは、わたしの役割を続けられないようよ」

 

「なにを言っているのか、さっぱりとわからないよ。なんだい、その容量というのは? お前は、升かなにかかよ?」

 

「それが一番ぴったりの言葉なの……。でも、わたしはしあわせな気分よ……。あなたに会えてよかった……。ひとりぼっちだったわたしが、あなたという存在に会えて、生まれて初めて、心から許せる存在に接した……。わたしの人生において、あなたは、わたしがずっと求めていたすばらしい家族よ」

 

「お、お前……、まるで別れみたいに……」

 

「……ねえ……わたし自身であり……、姉妹であり……、友人であり……、そして、そして……そして、眩しい光よ……。妬みの存在であり、わたしの持っていないものをすべて持っている羨ましい人……」

 

 宝玉が宝玄仙の胸に身体を預けたまま言った。

 宝玉は眼を閉じている。

 宝玄仙に話しかけているというよりは、まるで独り言をつぶやいているかのようだ。

 

「お、お前、なにを喋っているんだい――。いい加減にしな――。まさか、本当に消えようとしているんじゃないだろうねえ――。気を強く持つんだよ――。まあ、あの金凰妃とかいう女の拷問を受け続けて、気弱になっているのだろうけど――。心配ないよ――。いつか、助かるさ――。だから、気をしっかりと持ちな――」

 

「ふふふ……」

 

 すると宝玉が眼を開いた。

 その弱々しい目の力に宝玄仙はどきりとした。

 その宝玉が優しげに笑っている。

 

「ふふ……。頼もしいのね、宝玄仙……。その強さが羨ましかった……。でも、わたしは、いまなんとなく、わたしの存在の理由がわかったのよ……。だから、もう、あなたを羨んだりしないわ……。わたしが死ぬのかどうかわからない……。でも、死ぬような気持ち……。多分……わたしは、もう、存在を続けられない……。だから、眠りに……」

 

「ちょっと待つんだよ――。死ぬとか、眠るとか、ふざけたことを言うんじゃないよ、宝玉――」

 

 宝玄仙は宝玉を抱いたまま叫んだ。

 

「でも、仕方がないわ……。もう、死ぬんだもの……。もう耐えられないわ……。どうせ、生きていても、もうなにもないんだし……」

 

「冗談じゃないよ――。だいたい、金凰妃に毎日、殴られ続けているのは、わたしだよ。あいつの拷問にわたしが屈するならともかく、なんで、お前がそうなっているんだい――? もしかしたら、お前も同じように拷問を受け続けていたのかい?」

 

 金凰妃がこの身体のふたつの人格のうち、宝玄仙の人格を消そうとしているのは知っていた。

 だから、連日、宝玄仙を目の敵にしたような拷問を続けている。

 だが、その代わり、残そうと思っている宝玉には、ほとんどなにもしていないはずだ。

 もしかしたら、宝玄仙が知らないだけで、宝玉もまた、あんな風に激しい拷問を受けていたのだろうか……?

 

「いいえ……。宝玉として拷問を受けたことは、ほとんどないわ……。拷問を受けているのはあなた……。でも、あなたが受けいている拷問は、ずっとわたしも知っていた……。わたしは、意識の中からあなたの耳目に接することができるのよ……」

 

 宝玉の言う通り、宝玉は、自分が意識のない状態で宝玄仙が接しているものを知覚することができる。

 逆に、宝玄仙は宝玉が外に出ているときは、完全な無意識に陥っている。

 だから、宝玉はすべての記憶を持ち、宝玄仙は宝玄仙としての記憶しかない。

 なぜ、そういうようになっているのかわからないが、それが、最初から備わっていたふたりの性質だったのだ。

 

「なぜ、そういう具合に記憶の分担がなされているのかわかる、宝玄仙?」

 

 宝玉が宝玄仙の顔を見た。

 

「さあね……。多分、お前が真人格に近いからだろう……」

 

 宝玄仙は、嘆息しながら言った。

 以前、この意識の世界の中で、“存在”という不思議なものに体面した。

 そのとき、その存在は、宝玄仙も宝玉も、この身体の真の持ち主である人格、すなわち、“真人格”から発生した多重な人格のひとりだと説明した。

 

 この人格の真人格は、幼い自分――つまり、まだ、宝玄仙という名を得る以前の幼い宝玉であり、その“原”宝玉は、母親から受ける性調教を虐待だと勘違いして、無意識のうちに霊気を駆使して母親の仕打ちに耐える人格を作ろうと、無数の人格を産み出したというのだ。

 しかし、その多数の人格の意識の世界での言い争いに恐れをなした真人格は無意識に隠れた。その代わり、真人格は、無秩序な人格を制御する役割の人格をさらに登場させた。

 その後は、この意識の世界に溶け込んでいるその“存在”が人格たちの整理統合を司った。

 

 それから、歳月の流れとともに、多数の人格は少しずつ整理統合され、この宝玉の原点となる人格と、もうひとつの強い人格のふたつに整理され、さらに強い人格の統合体に、宝玉が吸収されるかたちで人格の統合がなされたらしい。

 それが成立する頃には、もう、自分は立派な大人であり、すでに天教の高級幹部になっていたということだ。

 

 だが、再び人格の分裂が起きた。

 闘勝仙の罠に陥り、その虐待を受け続ける日々が始まったからだ……。

 それは、人格の分裂と再整理という事態を産み、宝玉という人格が主人格となるように再整理して、宝玉を再び表に戻し、さらに、闘勝仙に打ち勝つための存在である宝玄仙という最強の人格を作った。

 

 宝玉は、闘勝仙との道術契約や嗜虐による心の損傷を一身に受け入れ、一方で、宝玄仙はひたすらに闘勝仙に復讐することに専念した。

 その結果、外に出ている宝玄仙という人間そのものも、帝都から逃亡しなければならないことになったが、ともあれ、闘勝仙への復讐は成功した。

 

 その逃避行の中で、宝玄仙と宝玉の役割分担が自然に作られ、強い人格の宝玄仙が表の主の人格となり、宝玉は副人格というかたちで安定してしまった。

 それが、“存在”が宝玄仙と宝玉に説明した内容だ。

 

 もっとも、宝玄仙は、自分もまた作られた人格だというのは、いまだに半信半疑だ。

 ただ、それがすべての辻褄を合致させることも事実だ。

 

 存在の説明が正しいとすれば、宝玉は一度は完全に統合された人格に近いのだから、真人格に近いといえるだろう。

 それに比べれば、一番最後に出現した宝玄仙という人格は、新参者といえる。

 

「違うわ、宝玄仙……。わたしがすべての記憶を担っているのは、あなたを護るためよ……。いま、それがわかったの」

 

 宝玉は言った。

 

「わたしを護るため?」

 

「そう……。わたしは、護るための人格……。それが役割だったらしいわ……。わたしたちは、もともと、闘勝仙と戦うために登場したのよ……。忘れた? そのとき、宝玉というわたしは、すでに結んでいた闘勝仙とのさまざまな道術契約という縛りを一身に背負わせるために先に出現したの……」

 

「それがどうしたんだい?」

 

「そして、あなたが出現した。あなたが後だったのは、そうしなければ、道術契約のすべてをわたしに押しつけることができないからよ……。そして、あなたは、完全に自由な状態として産み出され、あなたが闘勝仙に復讐を果たしてくれた……」

 

「ああ、そうだよ……。お前とわたしで復讐を果たしたんだ――。ふたりでね」

 

 宝玄仙は、“ふたりで”という言葉を強調した。

 すると、宝玉がにこりと微笑んだ。

 

「……だから、その役割分担の中で、ふたりの関係は成り立っているのよ、宝玄仙……。それは旅が始まってからも、ずっと同じだったのよ……。なにかの心の痛みがあれば、それはわたしが一身に受ける。それによって、あなたは護られて、あなたはいつまでも攻撃的な人格として存在できる……。あなたが外で受けた心の打撃を……つまり、あなたが受けるはずの心の負担の全てをわたしが受けれるために、わたしはすべての記憶を担うことになったのよ……」

 

「なにを言ってんだか、よくわからないねえ……」

 

「ふふふ……、でも、わてしは、それがやっと理解できたわ……。それが、わたしたち……。本来、この身体の持ち主は、心の耐性が顕著に低いのよ。その心の耐性のないわたしたちが、心の強い存在をなんとか表にするために、そんな役割になったのよ……」

 

 宝玉は言った。

 

「そうだとしても、お前が死ぬとか、存在を消すとかいうのは、なんの関係があるんだい――?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 すると、宝玉は弱々しく微笑んだ。

 

「だ、だけど、やっぱり、わたしが受け入れられる心の苦痛にも限界がある。わたしは、これ以上の苦しみに耐えられない……。わたしがいなくなると、今度はあなたが、この心の苦しみを背負うことになるけど、わたしの限界はもうやって来た……。だから、わたしは眠りにつくの……。わたしには、それがわかる……」

 

「わたしには、まったくわからないね、宝玉。消えるなんて許さないよ。役割とか、そんなのはどうでもいいんだよ。一身に背負い込むことが、お前を消そうとしているなら、わたしにその心の苦しみを渡しな――。お前の言う通りなら、本来はわたしが受かるはずだった心の苦痛の全てをお前が受け入れることで、お前が消えることになるじゃないか――。そんなのは、許さないよ――」

 

「それが、わたしという……宝玉の役割なのよ……」

 

 そのとき、宝玉の身体の実体の感覚がなくなり、宝玉を抱いていた宝玄仙の両手がすり抜けた。

 以前は宝玄仙と宝玉はお互いを触れ合うことはできなかった。

 しかし、ふたりの存在がいよいよ安定したせいか、いつの時期からか、この意識の世界の中でふたりは触れ合うことができるようになっていたのだ。

 だが、いま、宝玉の実体の感覚が消えたということは、宝玉自身が言っている通りに、宝玉が消える前兆かもしれない。

 宝玄仙は焦った。

 

「待てって、言っているだろう、宝玉――。あんな禄でなしどもなんて、道術さえ戻れば、やっつけてやるよ。だから、気をしっかりと持ちな……」

 

「そうよ、宝玄仙……。道術さえ戻れば、あんな奴ら、あなたの敵じゃないわ……。だけど、そのためにも消えなければならない……」

 

「はあ?」

 

 消えなければならないとは、どういうことだ? 

 宝玄仙は腹がたった。

 

「こ、この身体の持つ霊気は、本来はもっと大きなもののようよ……。本来の人格に吸収されて、それに接することができるいまのわたしには、それを感じる……。わたしも、あなたも、純粋とは程遠いから、この身体の持つ本来の霊気を引き出せないのよ……。でも、不純物のわたしが消えれば、あなたは純粋な存在に近くなる可能性がある……。そうすれば、魔法石による封印を凌げる霊気を集められるかも……」

 

 宝玉が疲れたような笑みを浮かべた。その宝玉が薄くなっていく。

 

「ま、待つんだ、宝玉――。まだ、話は終わってない――。わたしをひとりぼっちにするんじゃない――」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 だが、宝玄仙の腕の中で宝玉の姿が消えた。

 

 同時に、宝玉の気配が完全に消滅した。

 宝玄仙はひとりぼっちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「宝玉、宝玉――」

 

 宝玄仙は意識の世界の中で叫び続けた。

 宝玉が消えた……。

 しかも、宝玄仙が受けていた心の苦痛を一身に背負い込んで、宝玄仙を護ったために……。

 そんなこと、許されることではない……。

 

「畜生……。こらっ――。存在とやら――。どこかにいるんだろう? ちょっと出といで。話があるんだ」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、なんの気配もない。

 

「このわたしが出てこいと言っているだろう、存在――」

 

 宝玄仙は怒鳴り続けた。

 あの“存在”というのが、人格の統廃合を司っているのだ。

 こうなったら、直談判して、宝玉を復活させてやる。

 

 ほかのことは後だ。

 とにかく、宝玉を……。

 だが、なにも変化がない。

 感じるのは宝玄仙自身の存在だけだ。

 

「出てくるんだよ、存在――」

 

 宝玄仙は声をあげながら、意識の世界の闇を歩き続けた。

 もちろん、意識の中の話なので、実際に歩き回っているわけではないだろう。

 ただ、そういう感覚があるだけだ。

 

 そのとき、不意になにかの気配を感じた。

 すると、次の瞬間、目の前に五、六歳の幼女がいた。

 その幼女は、暗い顔で宝玄仙の顔をまじまじと見ている。

 

 はっとした。

 これは、もしかしたら、宝玄仙の真人格?

 

 宝玄仙は、目の前の幼女をひと目見て、そう思った。

 そして、すぐにそれが間違いのない事実だと悟った。

 理屈なしに、そう宝玄仙は断じた。

 

 宝玄仙には、それがわかったのだ。

 幼い幼女……。

 

 根暗そうで、なにかに怯えている感じだ。

 初めて接する自分の原点……。

 これが……。

 

「あ、あなたは、御前(ごぜん)じゃない……」

 

 突然、その幼女が口を開いた。思いのほか、声には力があった。

 そして、驚いた。

 この幼女の持つ溢れるばかりの霊気にだ……。

 それは、この宝玄仙ですら及びもつかない霊気であり、宝玄仙がいままでに想像すらしないほどの強い霊気だ。

 それをこの子が持っている……。

 

「ねえ、お前……」

 

 宝玄仙はその幼女の前にしゃがみながら声をかけた。

 

「御前をしらない、おねえちゃん?」

 

 いきなり、その幼女が言った。

 

「御前?」

 

 宝玄仙はそう言ってから、そう言えば、幼い頃の自分は母親のことをそう呼んでいたのを思い出した。

 あの母親は、娘たちに“お母さん”とか、“母者”とか呼ばれるのを嫌って、そう呼ばせていたのだ。

 つまり、この幼い宝玄仙は、あの母親を探しているらしい……。

 

「御前はいないの……。宝がだめな子だから……。でも、宝は御前にいわれたこと、いっぱいできるようになったの。わるいおばあさんもやっつけたの……。だから、こんどは、御前がいい子、いい子してくれるかも……。でも、やっぱり、御前はいないの……。たぶん、宝がわるい子だから、御前はあってくれないの」

 

 その幼女は、そう言って、意気消沈したようにうなだれた。

 そのとき、宝玄仙の中に、この子の抱く淋しさや母親を渇望する気持ちが雪崩れ込んできた。

 それは、同じ自分だからこそ成立する、心の共有によるもののようだ。

 しかし、いまの宝玄仙には、この幼女の心のように、母親に会いたいという気持ちはない。

 

 懐かしいとは思うが、いまは、あの母親は宝玄仙の記憶をなくして、宝玄仙が与えた若く美しい姿で、相変わらずの豊かな性三昧の生活を謳歌しているだろう。

 会っても仕方ないし、別に心配するようなことは、なにもない。

 

「あのねえ、お前の御前は……」

 

 宝玄仙は、この幼女にそれをどう説明すべきか迷って、言い淀んだ。

 だが、ふと、宝玄仙は、この幼女が、悪いお婆さんを退治したという趣旨のことを口にしたことを思い出した。

 

 もしかしたら、それは、この意識の世界の中に入り込んでいた蝦蟇婆の影のことではないのか?

 そういえば、さっきから、蝦蟇婆による人格支配の道術の象徴である老婆の影が見当たらない。

 

「こんどは御前のいったことをがんばるの。そしたら、御前は宝をだっこしてくれるの」

 

 そして、目の前の幼女が予告なく消えた。

 

「あっ、待って」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 あの原宝玉に頼むことがあるのだ。

 宝玉のこと――。

 

 宝玉を消さないでくれと、言わなければ……。

 

 そのとき、宝玄仙の身体が光に包まれた。

 宝玄仙を呼び出す合図の香りは感じなかった。

 ただ、いきなり、白い光に包まれただけだ。

 宝玄仙は自分の意識が外に出ようとしているのがわかった。

 

 

 *

 

 

「さあ、宝玄仙、今日も拷問の時間よ。痛い思いをしたくなければ、早く、人格を手放すのよ」

 

 頭に鋭い痛みを感じた。

 髪の毛で身体を吊られている痛みだ。

 また、切断されている足も金具が嵌まって、床と鎖で繋がれている。

 

 目の前に金凰妃がいる。

 どうやら、朝がやって来たようだ。

 それで、この金凰妃に覚醒させられたのだ。

 その金凰妃の拳がうなりをあげて、宝玄仙の顔面に叩き込まれた。

 

「ふぎぃ」

 

 宝玄仙は凄まじい激痛に悲鳴をあげた。

 なんの避ける手段のない宝玄仙の顔の真ん中に、力一杯に拳で殴り付ける金凰妃の残酷さに腹がたつ。

 一瞬、気が遠くなる。

 そして、鼻が潰れ、鼻血が吹き出しているのがわかった。

 

「眼が覚めたかい? じゃあ、今日も徹底的にいくよ……。まあ、死なさないようにはするから、安心するのよ。責めては壊し、壊しては責めるというのを繰り返してあげるわね。じゃあ、とりあえず、そのみっともなく拡大した乳房でも焼いてみようか」

 

 金凰妃が笑いながら、宝玄仙の大きな乳房、特に乳首を中心とした場所にどろりとした液体をたっぷりと垂らした。

 敏感にされている乳首がくすぐったい……。

 宝玄仙は思わず甘い声のようなものを発して、身体を悶えさせた。

 

「相変わらず淫乱な身体ねえ……」

 

 液体を垂らしていた金凰妃が今度は、その手に火のついた蝋燭を握って近づいた。

 宝玄仙は愕然とした。

 たったいま、乳房にかけられた液体が、油だと匂いでわかったからだ。

 そして、その油を垂らされた乳房の片方に蝋燭の火が……。

 

「お、お前、なに考えているんだよ。や、やめないか――」

 

 宝玄仙は全身を暴れさせた。

 しかし、じゃらじゃらと鎖が鳴るだけだ。

 金凰妃が宝玄仙の様子に、愉しそうに笑いながら、炎を近づけていく……。

 

「ふふふ、暴れないのよ」

 

「わあっ、わっ、や、やめておくれ――。ご、後生だよ」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 試しに道術を遣おうとした。

 だが、やっぱり、膣の中の魔法石に霊気が吸収されて、道術が発動しない。

 すると、その蝋燭が乳首の直前で不意にとまった。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。お前が少しでも絶望するように教えておくわ。孫空女は屈服したわ。奴隷になると、ついに約束したのよ。明日には、魔王様の相手として連れてくるわ。雰囲気が変わっているから、びっくりすると思うけど、お前にも会わせてあげるわね」

 

 金凰妃が言った。

 それについて、宝玄仙は思考を巡らすことはできなかった。

 金凰妃が乳首の先端に蝋燭の炎を触れさせたのだ。

 

「うぎゃあはあああ――」

 

 宝玄仙の胸が大きな炎に包まれた。

 金凰妃の高笑いが部屋に響き渡り、それが宝玄仙の絶叫に混ざりあった。

 

 

 

 

(第88話『語られる予言』終わり)



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 第89話  魔女の復活【金凰(きんおう)魔王】
582 救出作戦発動


 目を覚ましたとき、辺りは、真っ暗だった。

 緒里(ちょり)は、なにかが起きていることを察した。

 部屋の暗闇の中で誰かが動いている。

 だが、ここは金凰軍の女将校用の寄宿舎だ。

 緒里はひとり部屋だし、部屋には鍵がかかっていたはずだ。

 誰かほかの者がいるはずはない……。

 しかし、確かに誰かがいる。

 

「起きたようよ、鳴智……。『操り術』で眠らせるわ……」

 

 闇の中で声がした。寝台の足元の方だった。

 気配はふたりだ。

 足元にひとり……。

 顔の横にもうひとり……。

 

「必要ないわ……。面倒だから……」

 

 枕元の女がそう言って、緒里の首に紐のようなものを巻きつけた。

 声を出す暇もなかった。

 この手の「作業」に熟練した手練れを首筋に感じた。

 その紐は容赦なく、緒里の首を絞めあげていく。

 

 道術を……。

 そう思ったが、女が首を締めている紐そのものが、いわゆる道術を封じるなんらかの効果があるようだ。

 霊気が発散して発動しない。

 

「ぐあっ」

 

 考えるあいだも、女はどんどんその紐で緒里の首を絞める。

 

「こ、殺すの、鳴智(なち)?」

 

 足元にいるのも女だ。その女が当惑したような声を発した。

 

「さっきから、お喋りがすぎるわよ」

 

 紐で首を締めている女が叱るような声を発した。

 緒里は寝台の上でもがいた。

 紐を締めている女の手を掻き毟り、手を外させようとした。

 しかし、その女が馬乗りに緒里の身体に乗って、両脚で緒里の腕を封じる。

 

 女はその態勢で姿勢を固めると、後は注意深く、緒里の顔を観察するように紐で首を圧迫していく。

 もう、抵抗する筋力が湧いてこない。

 圧迫された首の血と息が緒里の全身を痺れさせている。

 女はなにかを測るように、徐々に緒里の首を圧迫している。

 その効果的な技によって、緒里の呼吸はだんだんと細いものになっていった。

 

 闇に慣れてきて、薄っすらと女の顔が見えてきた。

 しかし、顔を眼もとだけ開けた布で覆っている。

 いずれにしても、知らない女の気がする。

 その女が無表情で緒里の首を絞め続ける。

 

 どうして……?

 

 緒里の頭を過ぎったのは、どうしてこの女は緒里を殺そうとしているのかということだ。

 それに、ここにどうやって侵入したのか……?

 

 部屋には鍵がかかっているし、この寄宿舎そのものが軍営の一画にあり、不審者が近づくことでさえ容易ではないはずだ。

 この女は余程、こういうことに手馴れているらしい。

 助けを呼ぶための声は、どうしても喉から搾り出せない。

 やがて、緒里の意識は、再び闇の中に沈み込んでいった。

 

「ひとつだけ言っておくわ……。こういう仕事のときは、絶対に仲間の名を呼ばないのよ。さもなければ、事が終わったあとで、殺さないといけなくなるじゃないの」

 

 首を絞め続けている女が足元の女にそう言ったのが聞こえた。

 殺す……?

 

 なぜ、殺されるのだ……?

 どうして……?

 

 もちろん答えはなく、緒里の意識を完全な闇が包んだ。

 

 

 *

 

 

 意識が戻った……。

 最初に感じたのは、目隠しをされているということだ。

 そして、手足を完全に拘束されている。

 どうやら寝台の側面に縄で縛られているようだ。

 両手は横に大きく拡げた体勢で寝台から離れないように、すべての関節を拘束されている。

 両脚も膝を曲げてそれぞれ真横にみっともなく拡げた格好で、足首と膝と腿を寝台に縛られていた。

 股間は床のすれすれに宙に浮いている。

 

 つまりは、緒里は大きく手を拡げて、両脚を蝦蟇蛙(がまがえる)のように開いた状態で屈まされ、その体勢で身動きできないように、寝台の側面に完全に拘束されているようだ。

 自分が生きているということが不思議だったが、とにかく、緒里はまだ息をしている。緒里はそれが意外だった。

 

 あのとき、完全に緒里は、自分の死を確信した。

 だが、あの女の目的は、緒里を殺すことではなかったようだ。ぎりぎりのところまで、死の淵からこっち側に戻された。

 そんな気持ちだ。

 

 また、さっきの道術封じの紐が首に巻かれているのもわかった。

 道術が封じられている。

 緒里の心に恐怖が走る。

 誰かが緒里の前で動く気配がした。

 

「んんん――」

 

 叫ぼうとしたことで、緒里はやっと、自分の口に布が押し込められていることを悟った。

 それと同時に気がついたが、肌になにかを身に着けているという感じがしない。

 股間でさえも、直接に風が当たる感じがする。

 

 全裸……?

 いま、自分は服を脱がされている……?

 

「ねえ、『操り術』を遣わなくていいの?」

 

 女の声がした。

 なんとなく、その声に聞き覚えがあるような気がしたが、緒里には思い出せなかった。

 いずれにしても、聞いたことがある気がするだけで、親しい者ではないと思う。

 

「いいのよ……。『操り術』を遣うとなると、緒里の目隠しを外さないといけないでしょう? それは避けたいのよ……。わたしは、できればこの女を殺さずに済ませたいし、それが可能ならそうしたいのよ。別にこの女に恨みがあるわけじゃないしね……。それから、あんたは口をきかない方がいいようよ」

 

「えっ?」

 

「だって、どうやら、あんたの声になにか感じたのかもしれないわ……。あんたの正体がばれるかも」

 

「いまさら、正体がわかっても、どうということはないわ……」

 

「そうかもしれないけど、不要な情報は残さない方がいいわ。それが、玄人の仕事というものよ」

 

 この女は、確か鳴智と呼びかけられていたような……。

 緒里の記憶を総動員しても、鳴智という名に記憶はない。

 どっちにしても、このふたりの中で主導権を握っているのは、鳴智のようだ。

 

「さあ、緒里、これからわたしは、お前に質問をするわ。質問には正直に答えなさい……。わたしはあなたの顔を見るだけで嘘をついているかどうかを見抜けるし、いちいち、嘘をつかれるたびに、拷問して罰を与えるような面倒はしたくないの……。わかった?」

 

 鳴智の言葉に、緒里はとにかく首を縦に振った。

 この女たちが何者なのかさっぱりわからない。

 しかし、もうひとりの女はともかく、鳴智は完全なこの道の玄人だ。

 それだけはわかる。

 

 だから、この女は必要と判断すれば、緒里を容赦なく殺すだろう……。

 その鳴智ができれば殺したくないと言ったのだ。

 つまりは、この女に従っていれば、死なない可能性が高いということだ。

 

 それに、この女は自分の名を知っている。

 おそらく、完全に調べあげてきてから、ここに侵入してきたのだと思う。

 この女たちがどうやって、軍営の寄宿舎に入り込んだのかわからないが、それだけのことを簡単にできる女たちであれば、かなりのことを調べあげていそうだ。

 不用意に嘘でもつけば、すぐにばれるという気がする。

 

「じゃあ、喋れるように、猿ぐつわを外すわよ。ただし、大声を出さないと約束しなさい。そうでなければ、痛めつけなければならなくなるから……。まあ、もっとも、一応は内部の声を部屋の外には洩らさない霊具を使っているけどね」

 

 鳴智が言った。

 緒里はまた首を縦に振った。

 すると、口を縛っていた布が外されて、口の中の布が引っ張り出された。

 

「あ、あんたたちは、何者……?」

 

 緒里は喘ぎながら言った。

 

「あごつっ」

 

 次の瞬間、横腹近くを突然に鈍器のようなもので殴られた。  力はそれほどでもないのに、強烈な激痛を感じた。それなのに、息が止まって悲鳴を出すことができなかった。身体の中の臓器が暴れ狂っている。だが、息ができない。

 そして、怖ろしい痛みだ……。

 緒里の呼吸が戻ったのは、その痛みがやっとひと段落してからだ。

「はあ、はあ、はあ……」

 

 緒里は懸命に息を吸った。

 

「もうひとつ注意事項を言っておくわ。そんなのは、言うまでもないことだと思ったけど、質問はするのはわたしであり、お前が質問するのは一切許さないわ。わかったわね。わかったら、返事しなさい……」

 

「わ、わかった……」

 

 緒里は言った。

 

「結構よ……。例のものを……」

 

 鳴智がもうひとりの女になにかを指示した。

 すると、しばらくして、なにかの容器が緒里の口につけられた。

 

「な、なに……?」

 

 緒里の口になにかの容器をつけているのは、もうひとりの女だ。

 鳴智は、最初から身動きもせずに、緒里の正面に座っている気配だ。

 

「その容器の中の液体を一滴残らず、飲みなさい――。嫌がると、さっきの一発をまたお見舞いするわよ。わたしも、いろいろな経験しているからね。人間であれ、亜人であれ、痛みを味わわせる技は持っているのよ。もっと手っ取り早く、指でも、乳首でも刃物で切断してやってもいいんだけど、血の始末というのは、結構面倒なのよね……」

 

 鳴智は感情のない声で言った。

 その抑揚のない物言いが、得体の知れない鳴智という女に対する恐怖心を拡大した。

 

「こ、殺さないで……。お願い……。なんでもするから……」

 

 緒里は言った。

 毒だ……。

 毒を飲ませようとしている。

 

「毒じゃないわ。ただの利尿剤よ……。訊問をしながら、お前におしっこをしてもらおうと思ってね……。でもいいわ。飲みたくないなら、それでいい。その代わり、いますぐに、ここでおしっこをしなさい。そうすれば、その“毒”は飲まさないであげるわ」

 

 鳴智が笑った。

 

「おしっこ? そんなの、なにするの?」

 

 緒里は思わず言った。

 次の瞬間、また鈍器が脇腹に喰い込んだ。

 

「がっ――あっ――」

 

 また、息ができない……。

 鈍くて大きな痛みが全身に拡がる。

 やがて、激痛は収まって息が戻ったが、今度は完全には痛みが治まらなかった。いつまでも鈍い痛みが続いている。

 

「質問はなしだと教えたでしょう。どうやら、どこかの臓器が毀れたかもしれないわね。もしも、わたしが、最終的にお前を殺さなければ、誰かに『治療術』で治してもらいなさい。それまでは、ずっと、その鈍い痛みが続くわよ……。ところで、どっちにするの? 薬を飲むの? それとも、自分でいまするの?」

 

「す、する……。だ、だから、殺さないで……」

 

 緒里は泣き声をあげた。

 本当に殺される……。

 そう思った。

 緒里は股間の力を緩めていった。

 

「し、します……」

 

 緒里は言った。

 

「待って――。容器――。容器で採るのよ」

 

 鳴智がもうひとりの女に指示した。

 すぐになにか平らな皿のようなものが、股間の下に差し入れられるのを感じた。

 

「よし。しなさい」

 

 鳴智が言った。

 緊張で尿意が溜まっているようだった。

 緒里が力を緩めると、すぐに自分の股間から尿が迸ったのがわかった。

 

「ふふ……。いい子ね……。泣く子も黙る錬奴院(れんどいん)の鬼監督官の惨めなおしっこ姿なんて、是非とも錬奴院の女たちに見物させてやりたいわね」

 

 鳴智が笑った。

 排尿姿を見られているという羞恥が走る。

 同時に、本当に自分のことを知っているのだということを悟った。

 やがて、尿が終わった。

 鳴智は、もうひとりの女に、尿を集めて水筒に入れ直すように指示していた。

 

「さて、じゃあ、質問するわね。孫空女のことを訊くわ」

 

「孫空女?」

 

 緒里はなぜ、孫空女のことを知りたいのかと訊ねそうになって、慌ててその言葉を飲み込んだ。

 

「孫空女はいつ、金凰宮にあがるのかしら?」

 

 鳴智は言った。

 この女がなぜ、それを知りたいのか、緒里は懸命に頭を巡らせた。

 そして、どこまで状況を把握している可能性があるかだ。

 

 孫空女が金凰宮にあがる日など、昨日まで決まっていなかった。

 だが、孫空女が屈服したことにより、金凰妃が今日にも金凰宮に連れていくことを、まさに昨日決めたのだ。

 だから、そんなことは決まっていないと答えてもわからないと思う。

 

 しかし、すでになんらかの情報を握っているとしたら……。

 それにしても、この女たちは誰だろう……?

 鳴智という名……。

 もうひとりの女の声……。

 懸命に緒里は思考を回転させた。

 

「質問しているのよ、聞こえないの……?」

 

 鳴智は、まだ鈍器のようなものを緒里の横腹の痛みが拡がっている場所に当てた。

 

「きょ、今日よ――。今日の昼には――」

 

 緒里は慌てて言った。

 

「今日って、ぎりぎりじゃないの――」

 

 もうひとりの女が驚いた声をあげたのが聞こえた。

 

「喋るなって、言ってるでしょう、この馬鹿――」

 

 すると鳴智がその女に怒鳴った。

 

 

 *

 

 

 知りたいことは、知ることができたと思う。

 最後に鳴智は、緒里の首の横の血の通っている部分を手で思い切り圧迫した。

 そこを締めれば、どんな相手でも簡単に失神させることができる。

 果たして、緒里はすぐにがっくりと首を落とした。

 緒里が意識を失ったのは明らかだ。

 鳴智は、念のために覆っていた顔の布を外した。

 

「もう、喋っていいわよ、魔凛(まりん)。それと緒里の拘束を解いてちょうだい。そしたら、この袋に入れるわ。運び出すのよ」

 

 鳴智は準備していた屍体袋を失神している緒里の前に放った。

 軍営には、軍が取締りをして捕らえた犯罪者が大勢監禁されている牢がある。

 牢で人死があるのは日常茶飯時だ。

 だから、人夫の格好をして、屍体を入れた袋を運び出すというのが、軍営から緒里を運び出すのに、もっとも不自然ではない方法だ。

 

 一応、念のために、『移動術』の道術を刻んだ『道術紙』も準備している。

 『道術紙』というのは、あらかじめ使用する道術を霊気とともに刻んだ用紙であり、ただの一回に限り、この霊具の紙だけで道術が遣える。

 魔凛が『移動術』が遣えないために準備しているのだが、できれば使いたくない。

 

 こういう亜人の施設というのは、すべてを道術に頼り切っている場合が多いので、道術に関しては警戒が強いが、逆に道術以外の手段に対しては、警戒が甘かったりする。

 その証拠に、鳴智と魔凛は、ちょっとした細工だけで、道術なしで軍営の寄宿舎まで忍び込むことができた。

 

「本格的に一緒に仕事をしたのは初めてだけど、あなたには、まったく驚いたわ。完全に玄人の工作員の手管ね。元は貴族の娘と聞いていたから、平然と緒里の首を絞めたときはびっくりしたわ。貴族だなんて嘘でしょう」

 

 魔凛は拘束している緒里の縄を解きながら鳴智に話しかけてきた。

 

「本当よ……。ある時期まで、こんな工作員としての技どころか、人を殴ったことすらなかったわ……。ある男たちに、こういうことができるように徹底的に訓練されたのよ。二年間……」

 

「どこでそういう訓練を受けたの?」

 

「悪いけど、思い出したくないの」

 

 魔凛が緒里の身体を袋詰めにするあいだ、鳴智は身に着けていた人夫の服装を脱いで、緒里の部屋にあった軍服を身に着けている。

 鳴智はその手を動かしながら言った。

 

「……悪かったわ」

 

 魔凛が作業を続けながら言った。

 鳴智にこういうことができるように仕込んだのは、闘勝仙たちだ。

 宝玄仙は知らないと思うが、宝玄仙の二年が連中の性的玩具の二年間なら、鳴智の二年間は、連中の謀略の道具になるための二年間だった。

 

 連中には政敵が多かった。

 それに対する暗殺や諜報や謀略などの工作をする道具に仕立てられたのだ。

 

 宝玄仙を嵌めた手管……。

 それは、そういう仕事に向いていると闘勝仙が言い、連中の兵となるよう無理矢理に教え込まれたのだ。

 

 若い女の工作員――。

 連中にとっては重宝な存在だったらしい。

 それに使い捨てにして惜しくはないということで、鳴智は連中の権力を守るために、多くの危険な仕事をさせられた。

 そのために、殺人を始めとするあらゆる技を叩き込まれた。

 

 逆らえば、同じ帝都にいる家族の惨殺……。

 脅されれば従うしかなかった。

 初めての殺人も、その月日の中でだ。

 連中の命じるまま、見知らぬ他人を殺し、罠に嵌め、あるいは、拷問にもかけた。

 後で助けられたが、敵に捕らえられて、鳴智自身が拷問を受けたこともある。

 

 一方で、連中の性的玩具でもあり、彼らの調教も受け続けた。

 地獄の日々だった。

 桃源(とうげん)という恋人と、宝玄仙という「調教仲間」がいなければ、自分はおそらく自殺をしていたと思う。

 

「終わったわ」

 

 やがて、屍体袋に緒里の全身を収納し終わった魔凛が声をかけた。

 

「こっちもよ……。それにしても、他人の尿を飲むなんてぞっとするわね……。でも、精液を舐めるよりましか……」

 

 鳴智は魔凛が集めてくれた緒里の尿の入った竹の水筒の栓を抜いた。

 すでに、『変化の指輪』は身に着けている。

 鳴智は臭気を我慢して、水筒の中の緒里の尿をひと口飲んだ。

 『変化の指輪』は、変身した相手の体液を飲めば、その相手そっくりの姿と声に変身できる霊具だ。

 

 鳴智は、自分の身体が変化しているのを感じた。

 部屋にある卓の上に、小さな姿見があった。それで確かめると、ちゃんと緒里そっくりの姿になっている。

 

「さて、じゃあ、この荷物を軍営から出したら、わたしは、そのまま錬奴院に向かうわ。今日にも金凰宮に連れてかられるなら、もうほとんど時間がないようだしね……。そのあいだに、あなたは、その荷を隠れ処に連れていってちょうだい」

 

「こいつをわたしが?」

 

「屍体にして処分するのが一番早いんだけど、この変身の霊具は、変身する対象がどこかで生きていなければ、体液を口にしても道術を刻まないようなのよ。面倒だけど、すべてが終わるまで、この緒里を隠しておかなければならないわ。あんたは、それを頼むわ――」

 

 鳴智は言った。

 

「ちょ、ちょっと待って、つまり、あんたはひとりで錬奴院に乗り込むつもりなの?」

 

 魔凛が困惑した口調で言った。

 

「そうよ。幸いにも、金凰宮に孫空女を連れていくのは、この緒里の役割だったようだしね。このまま、緒里に変身していれば、面倒なしにわたしも金凰宮に一緒に行けるわ……」

 

 

 鳴智は言った。

 

「ま、待って――。わたしも行く。行かなければ……。あなたと一緒に金凰宮に潜入するわ」

 

 魔凛が慌てた様子で言った。

 

「どうして? わたしを監視するように、あのお宝に命令されているから?」

 

 鳴智は言った。

 すると、魔凛の顔色がさっと変わった。

 随分とわかりやすい女だ。

 鳴智は口元を綻ばせた。

 

「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。あの卑劣女の考えそうなことね。わたしの身体に入れた『炸裂石』を爆破させるための機会を報せろと、お宝に命令されているんじゃないの? あいつが、わたしの胸に『炸裂石』を入れ、そして、あんただけを残して、指示をしたから、そうじゃないかと思ったのよ……」

 

「なっ」

 

 魔凛が明らかに絶句した。

 

「あいつは、わたしごと、金凰魔王を爆死させるつもりなんでしょう? うまくいくわけないと、お宝に言っておいてよ。いくらなんでも、青獅子がその手で死んだばかりなのに、同じ策が通用するわけないでしょう……。わたしが緒里の姿で近づいても、金凰魔王はわたしを爆殺の範囲内に近づけさせないわ。絶対に自分の回りに結界を作っているわよ」

 

 鳴智は嘆息しながら吐き捨てた。

 

「ど、どうして……な……」

 

 魔凛は驚いて口をぱくぱくとしている。

 だが、おそらく“命令”で口止めをされているのだろう。

 思うことが口にできないという感じだ。

 

「わたしだって、『炸裂砂』も『炸裂石』も扱ったことがあるのよ。あんな状態だったけど、一瞬見れば、あいつが『炸裂石』をわたしに入れたというのはわかったわ……。まあ、でも、霊具が使えるように、霊気を込めていることは嘘ではないようね。いま、確かに、『変化の指輪』をわたしは使えたようだし……」

 

 魔凛は驚いて、眼をしばしばさせている。

 鳴智は首を竦めた。

 魔凛の様子から、鳴智の当て推量が、的を射ているということはわかる。

 

 お宝め……。

 

 お宝に対する怒りが腹の中で煮えくり返る。

 一方で、魔凛が苦しそうな表情をしているのを見て、同じ支配霊具で苦しむ者同士としての同情が沸いた。

 お宝の“命令”と鳴智に対する気持ちの板挟みになり、心が圧迫されているに違いない。

 鳴智は息を吐いた。

 

「……どうせ、『服従の首輪』でわたしにばらすなと命令されているんだろうから、無理に話さなくてもいいわ――。いずれにしても、あんたは邪魔よ。さっきの感じだと、元軍人といっても、この手の工作には手慣れてはいないようだしね。素人を連れていきたくないの……。それとも、あなたは、必ず一緒に着いていくようにということまで“命令”されているの? 首輪に刻まれた命令なのかという意味よ」

 

「そ、それは……」

 

 魔凛は少し考える仕草になった。

 

「……それは、首輪による命令はされていない。命令されたのは、お宝様の策をあなたに告げないことだけ……」

 

 やがて、魔凛は言葉を懸命に選びながらそれだけを言った。

「あっ、そう……。だったら、わたしの指示に従うのね。さっきも言ったけど、素人と一緒に難しい仕事はできない……。それにしても、お宝も爪が甘いわよね。自分で作った霊具のくせに、『服従の首輪』への命令の刻み方も中途半端……。やることなすことに隙があるのは、魔王に捕らわれている宝玄仙と一緒……」

 

 鳴智は言った。

 

「宝玄仙をよく知っているの、鳴智?」

 

 魔凛が訊ねた。

 

「知っているわ。よくね……。あいつは、わたしを見たら、まずは殺そうとするはずよ……。だから、どうせ、死ぬなら、あいつの恨みを晴らさせるために、あいつに殺されたいわ。わたしの望みは死ぬことだけど、死に方くらいは、御影やお宝の言いなりにはなりたくないわね」

 

「死ぬのが望みって……」

 

 魔凛は当惑している。

 

「わたしには、娘がいる。あいつらに人質に取られているだけでなく、娘を見たら殺せと『服従の首輪』に命令を刻まれているわ。連中はいつか、なにかの遊びかなにかのために、わたしに娘を殺させると思うわ。そういう奴らなのよ……」

 

 鳴智は言った。

 魔凛は驚いている。

 

「本当よ……」

 

 鳴智はこの首輪の力で夫を絞め殺させられた話をした。

 いい機会だから、連中の本質を魔凛も知っておくべきだと思った。

 青獅子を暗殺するために魔凛を最初に仲間に引き入れたときには、魔凛に不要な情報を伝えることは、首輪の力で禁止されていたが、いまはそれはない。

 

 魔凛にとっては、お宝やその主人の御影(みかげ)は、魔凛の境遇を助けてくれた救世主という思いが強いだろう。

 そうではなく、単に悪辣者から別の悪辣者に身柄が渡っただけだと知るべきなのだ。

 話を聞き終わった魔凛は信じられないというように、眼を丸くしている。

 

「本当の話よ……」

 

 鳴智はそれだけを言った。

 

「さて、じゃあ、行きましょうか。じゃあ、手筈通りに、今度は、わたしが緒里の姿で、人夫姿のあんたに、台車で屍体袋を運ばせながら、堂々と営門を抜けるわ。そしたら、あんたは、隠れ家に行って――」

 

「わ、わかった……」

 

 今度は魔凛は拒否しなかった。

 

「わたしは、錬奴院に行く。その前に、緒里の話によれば、孫空女の精神は打撃を受けているようだから、逆に心を安定させる気付けの薬をなんとか準備するわ。おそらく大丈夫と思う。孫空女は連中が思っているより心が強いわ。道術ではなく、洗脳支配は簡単にはいかないから」

 

 鳴智は言った。

 激しい拷問で正気を失ったらしい孫空女をなんとか、まともに戻して、金凰宮に一緒に潜入して、宝玄仙を救う……。

 やり遂げてみせる。

 それは、宝玄仙に対するせめてもの償いだ。

 魔凛が軽々と、緒里の入った袋を肩に担いだ。鳴智はそれを確認して、扉に向かった。

 

「ねえ、首輪をされているわたしになにができるかわからないけど、どうか、自分から死を選ぶのはやめてよ。あんたの娘を取り返すことに、わたしも協力する」

 魔凛が扉に向かいかけた鳴智に語りかけた。

 

「協力してどうするのよ。娘を見たら、わたしは娘を殺してしまうのよ」

 

 鳴智は魔凛の言葉に苦笑で返した。魔凛が困ったように黙り込んだ。

 

「それに、あいつには……。宝玄仙には、わたしを殺す十分な理由があると思うわ……」

 

 鳴智は言った。

 とにかく、あと一日……。

 

 今日、決着をつける。

 絶対に宝玄仙を助け出す……。

 

 その後、宝玄仙が鳴智を殺すというのであれば、殺されてやろう……。

 生きていても、娘に会える望みはないし、娘を助けることもできない……。

 

 あのとき……桃源を手にかけたときのような思いを娘に手をかけることで味わいたくない……。

 

 今日、この一日……。

 

 鳴智は扉を開けて、部屋の外に足を踏み出した。



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583 現在と過去と

「金凰妃様から伝言よ……。朝食後に連れて来て欲しいそうよ、緒里(ちょり)。それで、あなたの任務は終了。金凰妃様から、あなたはいい仕事をしたと伝言があったわ。昇給と休暇だそうよ。孫空女を引き渡せば、休暇に入っていいわ。次の出仕は十日後よ」

 

 鄔梨李(うりり)が言った。

 錬奴院(せいどいん)の監督長である鄔梨李の執務室だ。

 

 緒里の身柄をさらって、寄宿舎を去ったのは夜中だったが、孫空女を回復させるために必要な薬剤などを手に入れるのに手間取り、錬奴院に入ったのは朝の遅めの時間になった。

 緒里に変身している鳴智は、錬奴院に出仕すると、すぐに鄔梨李に執務室に来るように命じられた。

 そして、告げられたのが、孫空女を金凰宮に連れてあがれという金凰妃からの命令だ。

 

「移送は午後じゃなかったんですか?」

 

 鳴智は、いかにも緒里がしそうな冷笑を顔に浮かべさせた。

 

「朝でも昼でも、金凰宮のお方々は性奴隷を好きなときに、好きなように扱えるのさ。いまから一刻(約一時間)後に、移送監視のための近衛兵が一個隊やってくるわ。それと一緒に行きなさい。向こうで孫空女を引き渡せば、ここに戻って報告よ。それが終われば休暇よ」

 

「移送のための近衛兵ですか? 金凰宮までは目と鼻の先じゃないですか。しかも、近衛兵といえば、男の兵じゃないんですか? それに性奴隷を移送させるんですか?」

 

「そうよ」

 

「監視の一個隊は必要ありませんよ。あたしだけで十分です」

 

「あのねえ、緒里……。監視の要否の判断をお前がする必要はないわ。しかも、その兵が男だろうと、女だろうと、それもお前の知ったことではない……。孫空女を洗脳により大人しくさせたのは見事だったけど、あんなのは、まだ不完全よ。現時点のままでは、あんなのはすぐに回復してしまうわ」

 

「あたしのやり方が手ぬるいということですか?」

 

「そうじゃない。もともと、あの斜光洗脳は、本来は十日は続けないと意味はないのよ。それも朝から晩までね。孫空女は、事前にかなり弱らせてあったから、短時間で効果が表れたけど、体力が戻れば、洗脳もある程度は回復する。あれは、そういう拷問なのよ――。今後もほかの奴隷で使うことがあると思うから、覚えておきなさい……」

 

「はあ……」

 

「とにかく、孫空女は油断のならない女だと、金凰宮は考えているようよ。だから、しっかりとした態勢を作るらしいわ。移送する距離が眼と鼻の先でもね」

 

 鄔梨李は言った。

 

「だったら、十日してから金凰宮に引き渡せばいいでしょう」

 

 鳴智は、緒里として不満気な口調で言った。

 緒里の性格はある程度は調べあげた。

 こんなときに、不平のひとつやふたつを言わなければ、却って不自然に感じられてしまうはずだ。

 

「最初に言ったはずよ。金凰宮のお方々は、性奴隷を好きなときに上にあげる権利があるとね。移送中に脱走されずに、金凰妃様に引き渡してしまえば、本当は調教が終わっていようが、終わっていまいが、あたしらには関係のない話よ――」

 

「そりゃあ、そうですけど……」

 

「とにかく、お前のやることは、残り一刻(約一時間)で、孫空女の身支度をさせて、大人しく金凰宮まで向かうように処置をすることよ。少しは見栄えも整えさせて、化粧もさせなさい。金凰宮では、すぐに陛下がお抱きになるはずよ――。そうそう。浣腸もしておくのよ。尻の洗浄を忘れずにね」

 

「こんな朝から女を犯すんですか?」

 

「こんな朝からよ、緒里――。わかったら、行きなさい」

 

 鄔梨李は、緒里である鳴智を手で追い払うような仕草をした。

 緒里が不平屋であることは周知の事実だ。

 だから、軍人として出世とは関係のないこんな錬奴院の一介の監督官であるのだ。

 

 他人に成りすますには、徹底的にその当人のことを調べあげる。

 それこそ、本人そのものになるくらいまで事前調査をするのだ。

 今回は、時間がなかったので、鳴智のその流儀は行使できなかったが、それでも可能な限りは調べている。

 案の定、鄔梨李に疑いの様子はない。

 

 鳴智は、敬礼をしてから退出した。

 使える時間は、一刻(約一時間)――。

 

 その時間で、孫空女を回復させて、金凰宮で戦う準備をさせ、宝玄仙を救出させる……。

 それがいまから鳴智がやらなければならないことだ。

 

 孫空女の様子は、一応は緒里を訊問することで承知しているが、果たして、孫空女は戦うだけの力が残っているだろうか。

 とにかく、やらせなければならない。

 金凰宮に家畜のように監禁されている宝玄仙を救い出すために……。

 

 鳴智は、緒里として自室に戻り、必要な荷を持って、孫空女を監禁している房に向かった。

 いよいよ宝玄仙の救出策の開始だ。

 

 荷を担いで廊下を進みながら、鳴智はなんとなく、宝玄仙と最初に会ったときのことを思い出していた。

 あれから、五年以上の歳月が流れている……。

 

 鳴智はまだただの少女であり、宝玄仙は天教の八仙という最高幹部として羽振りのある生活を送っていた。

 それが、お互いの境遇も激変し、東方帝国から遥かに遠いこんな亜人族の魔王の城で再会することになろうとは……。

 過去と現在と、宝玄仙は常に鳴智の人生に絡み合う人物として存在し続ける。

 これが因縁というものだろうか……。

 

 宝玄仙と最初に出逢ったのは、東方帝国における公証人のいる役所の前だった。

 鳴智は、そこで娼婦として身売りをする書類を作られようとしていたのだ。

 鳴智の父親は下級貴族だった。

 

 鳴智の家門は、名門とはいえないものの、かつては、それなりの格式の家柄だったらしい。

 ただ、祖父の代に、つまらない罪により爵位を降格されて、財を没収された。鳴智が生まれる前の話であり、鳴智が物心つく頃は、安定した収入のない貧乏な暮らしだったと思う。

 

 しかし、祖父も父も気位だけは高くて、下級貴族に相応しい慎ましい生活をするということには、耐えられなかったらしい。

 祖父が死に、父の代になってもそれは変わらず、度々に借金を重ねては、貴族として見栄を張ることを続けていたようだ。そのために家の借金は膨らんだ。

 そして、さらに父が分不相応な事業に手を出して、半ば騙されたようなかたちで、その事業に失敗した。

 父は自死した。

 家族には、返済の不可能な借金だけが残った。

 

 死んだ父は、それでよかったかもしれないが、残された母と三姉妹は、途方に暮れるしかなかった。

 三人姉妹の長女だった鳴智は、とりあえず、借金の一部を肩代わりするために身を売ることになったのだ。

 娼婦としてだ。

 そうでなければ、奴隷になるかだった。

 

 帝国の法では、戦で捕虜となるか、犯罪者でなければ、奴隷に落とされることはないのだが、借金が払えないというのは犯罪と同じだから、放っておいても、いずれ犯罪者として奴隷になる。

 それであれば、まだ、自ら望んで、娼婦として身売りをすれば、幾らかはその代金が家族に残る。

 鳴智は自ら望んで、娼婦として身売りすることを選んだ。

 

 それでも、鳴智の身柄の代金として支払われる額など、借金の一部でしかなかったはずだ。

 家に残されたふたりの妹も、いずれは娼婦か奴隷にならなければならないということもわかっていた。

 だが、妹たちが家族ですごせる時間が半年でも、一年でも長くなるのであれば、鳴智が身売りする価値はあると思った。

 

 ある朝、鳴智は、家まで迎えにきた娼館の馬車に乗せられて家族と別れた。

 それが最後だった。

 その後、垣間見たことはあるが、面と向かっては家族とは一度も会っていない。

 

 そして、公証人による書類手続きをするために、役所の前で、その馬車をおろされたときに、偶然に通りかかった宝玄仙と出遭ったのだ。

 しかし、偶然に出逢った宝玄仙は、なぜか鳴智の顔を見て、びっくりしたような表情になった。

 そして、声をかけてきた。

 娼館の主人から事情を聞いた宝玄仙は、その場で鳴智を買い取ると言ったのだ。

 

 それが始まりだった……。

 

 天教の優秀な八仙として有名な宝玄仙に助けられたと思い、最初はその幸運に悦んだが、それは束の間だった。

 宝玄仙は、実はとんでもない嗜虐癖があり、鳴智を相手に残酷な性調教をしはじめた。

 朝から晩まで性的な虐待を受けた。

 鳴智は抵抗したものの、結局は宝玄仙の言いなりになるしかなく、従順で淫乱な性奴隷に仕立て上げられた。

 しかも、宝玄仙は正式な手続きをして、鳴智を自分の私有奴隷にしたのだ。

 

 口惜しかった……。

 

 その調教の日々の中で、宝玄仙の執事の桃源(とうげん)に口説かれたのだ。

 鳴智は、その桃源の誘いに応じた。

 

 半ば、宝玄仙に対する恨みのようなものもあった。

 宝玄仙に飼われる性奴隷でありながら、その執事の桃源に抱かれるなど、宝玄仙に対する裏切りもいいところだからだ。

 鳴智は悦んで桃源の女になった。

 

 だが、その桃源は、実は闘勝仙という宝玄仙の政敵の息がかかっていて、しかも、その闘勝仙は、宝玄仙を罠に嵌める計画を企てていた。

 鳴智は、その工作に加担した。

 

 そして、宝玄仙は、その鳴智によって闘勝仙に罠に嵌まった。

 最初は自分を奴隷にした宝玄仙への恨みのつもりだった。

 だから、闘勝仙の悪事に荷担して、宝玄仙を罠にかけるのに積極的に協力し、屋敷に住み込み、宝玄仙を日常的にいたぶる調教師の役目も引き受けた。

 もともと、自分にも宝玄仙と同じような嗜虐の血が流れていたのかもしれない。

 

 宝玄仙を苛め抜いて、その顔が屈辱に歪むのを眺めるのは、なんともいえない愉悦を感じたものだった。

 だが、そのうちに、鳴智を奴隷にする代わりに、宝玄仙が鳴智の一家の莫大な借金を肩代わりしてくれていて、しかも、今後の生活が立ちいくように爵位の復活と安定した収入の世話までしてくれているという事実を知った。

 

 妹たちが身売りする必要もなくなっていて、一時は正常な心を失っていたようになったいた母も元気を取り戻していた。

 鳴智は、それを久しぶりに家族の様子を垣間見ることで知ったのだ。

 

 さらに、その宝玄仙による援助は、鳴智が「女主人」として、宝玄仙を苛めるようになってからも継続されており、万が一、宝玄仙がいなくなっても、その援助が継続されるように処置されていた。

 鳴智は愕然とした。

 

 しかし、そのときには、もう、鳴智は、闘勝仙たちから離れられない立場になっていた。

 闘勝仙たちの政敵に対する工作のための殺人の道具として訓練を受け、数度の人殺しも経験していた。

 闘勝仙は、鳴智が宝玄仙に対する「女主人」の立場をやめることを許さなかった。もしも、裏切れば、鳴智の家族を惨たらしく殺すと脅された。

 

 鳴智はそれに従うしかなかったのだ。

 それに……。

 

 それに宝玄仙に対する嗜虐をやめなかったのは、もうひとつ理由がある。

 純粋に、鳴智はそれが愉しかったのだ。

 

 宝玄仙の顔が苦痛に歪み、恥辱に顔を染めるたびに、鳴智は心からの愉悦を感じた。

 桃源との性生活も続いていたが、むしろ、鳴智は宝玄仙の相手をするときにこそ、性的な満足を覚えていたと思う。

 そして、宝玄仙もまた、満更でもなかったように感じた。

 

 その一面は、鳴智とふたりきりのときしか見せなかったが、実は、宝玄仙は被虐癖の持ち主でもあり、鳴智に調教されていたぶられるのをとても悦んだのだ。

 

 鳴智のことを女主人として認め、それを意味する呼びかけをし、あらゆる命令に応じた。

 鳴智の身体を舐めろと言えば、どんな場所でもいつまでも舐め続けたし、いかなる破廉恥な行為をさせても、鳴智の命令に諾々と従った。

 それは、鳴智と宝玄仙だけの秘密であり、ふたりきりのときのみにしか示さないもうひとつの宝玄仙の姿だった。

 

 いつもは勝気で気が強い宝玄仙が、鳴智とふたりきりのときだけは、まるで童女のように鳴智に甘えるのだ。

 それは宝玄仙特有の演技だったかもしれないが、鳴智は、童女のような宝玄仙と飼育ごっこをするのが本当に愉しかった。

 

 心から愉しかったのだ……。

 

 やがて、その宝玄仙は、密かに闘勝仙への復讐を企てるようになった。

 それが、『服従の首輪』という霊具の作成だ。

 

 宝玄仙は、それを屋敷でひそかにやっているつもりだったようだが、あの女のやることは、いつだって中途半端で、やることなすこと隙がある。

 鳴智は、その宝玄仙の企てが成就するように、隠れて援助した。

 秘密が守られるように図り、宝玄仙が首輪を自然なかたちで闘勝仙が手に入れるように工作をしたときには、それを裏で手助けもした。

 それは、こんな目に遭わせた鳴智の家族をその時点でも相も変わらずに、支援してくれていた宝玄仙に対する恩返しと、そもそもの原因を作った罪滅ぼしだった。

 

 そして、宝玄仙は復讐を成就した。

 鳴智は、宝玄仙が復讐を成功させたら、黙ってその復讐を受けるつもりだった。

 だが、結局は逃亡した。

 

 怖くなったのだ。

 

 自分が桃源の子を授かったことがわかったからだ。

 当時の自分は、桃源だけでなく、宝玄仙と同じように性奴隷としても、多くの男たちに抱かれていたから、桃源は自分の種であるということが半信半疑だったと思う。

 

 だが、鳴智には確信がある。

 あれは桃源との子だ。

 

 いずれにしても、桃源としても宝玄仙からの復讐から逃れるために、帝都から逃亡する必要があった。

 桃源は、お腹に子を宿す鳴智を連れて、帝国を逃亡する決意をした。

 

 別に安住の地のあてがあったわけではない。

 ただ、実際には怖ろしいほどの道術の持ち主である宝玄仙から少しでも離れようと、とにかく西に逃げただけだ。

 その後、宝玄仙もまた、帝都を後にして、西に向かうことになったのは偶然のことだ。

 もしも、それがわかっていたら、同じ方向には逃亡はしなかったと思う。

 

 とにかく、桃源は宝玄仙を怖れていた。

 ただ、ひたすらに西に向かう旅が始まった。

 しかし、妊婦の鳴智を連れての逃避行は、かなり苦しいものだった。

 十分に準備された旅でもなく、すぐに路銀は尽きた。

 

 帝都から一歩も出たことのない桃源には、まったく生活力というものがなかった。

 だから、生きるために必要なものを手に入れるためのすべては、鳴智の役目だった。

 

 やがて、車遅国の玄会(げんかい)という場所で娘が産まれた。

 

 鳴智は、“桃宝子(とうほうし)”と名付けた。

 

 それから、偶然に、同じ帝国出身の旅人だと名乗った御影(みかげ)に出遭った。

 桃源は、御影に心服し、御影の誘いに乗ってさらに西に向かうことに同意したが、鳴智はなんとなく胡散臭く思っていた。

 御影が一家を連れて行ったのは、なんと、鳴智たちがいた東方帝国では、西域と呼ばれていた妖魔しか棲まない人外地であり、一家はそこに監禁されたのだ。

 そして、御影の奴隷のような立場にされた。

 

 御影の目的は、最初はわからなかったが、やがて、御影の目的もまた宝玄仙だとわかった。

 御影は、宝玄仙が自分の力で、西域、つまり、魔域にやってきたときに自分が魔域の王になるという予言を信じており、宝玄仙の力を利用して、自分が世話になっている雷音大王という魔域の王に対する謀反をひそかに準備していたのだ。

 

 宝玄仙が旅の供を得て、この西域に向かっていると教えられたのもそのときだ。

 鳴智は、このとき初めて、宝玄仙もまた、帝都を追われる立場になっていることを知ったのだ。

 

 それから後のことは、思い出したくもない。

 闘勝仙に身につけさせられた工作員としての腕を御影に飼われて、御影の仕事を無理矢理に手伝わされた。

 そして、お宝を作り出す手伝いをさせられ、そのお宝が作った『服従の首輪』の実験台にされ……。

 

 鳴智は思念をやめた。

 孫空女が監禁されている牢の前に着いたのだ。

 鳴智は、周囲を見回して、近くに誰もいないことを確認した。

 この層の出入り口には、牢の並ぶ廊下が並ぶ廊下を監視する当直監督官がいるが、ここは距離が遠いので、鳴智がなにをしているかまで見ることは不可能だろう。

 牢には、物理的な錠前と道術による施錠のふたつがかかっている。

 

 まずは、物理的な施錠を鍵を使って開ける。

 次に、鳴智は、懐から『道術紙』を出した。

 『道術紙』は、紙そのものに、一度きりの道術とそれを発動させるのに必要な霊気を刻んだ小さな紙であり、鳴智が取りだした『道術紙』には、緒里を拷問して、無理矢理に刻ませた牢の解錠の道術が刻んである。

 

 鳴智は、その『道術紙』を扉に張った。

 道術錠が解錠される音がした。

 鳴智は鉄の扉を開いて中に入った。

 

「ひいっ」

 

 すると中から大きな悲鳴があった。

 孫空女だ。

 右の足首だけに足枷が嵌っており、それが長い鎖で壁に繋がっていて、両手は後手に手枷が嵌っている。

 全裸だ。

 孫空女に対する拘束としては緩い方だろう。

 鳴智は、背中側の牢の扉を閉めた。

 

 孫空女は緒里の姿の鳴智を見て、怯えたような表情を見せて、壁まで下がっていった。

 ひどく怖がっている様子であり、緒里を見てぶるぶると震えている。

 おそらく、恐怖を感じる心を強制的に増幅されているのだろう。

 

 鳴智はしばらく、その様子をじっと見ていた。

 孫空女の様子や仕草を観察するためだ。

 概ね、事前に緒里から聞いていた通りだ。

 

 鳴智はふと、孫空女の顔を見た。

 口の周りが汚れている。

 足元に眼をやると、食べかけの食事と水がある。

 動物の餌のようなものだが、半分以上が食べられている。

 どうやら、食事をしていた途中のようだ。

 食事をするだけの元気さがあれば、心配ないだろう。

 

 やはり、この孫空女は強い心を持っている。

 この錬奴院の連中や金凰妃は、この孫空女の強さを侮ってしまったに違いない。

 鳴智は、服の下に手を伸ばして、『変化の指輪』を外した。

 持ってきた荷の中には、緒里から採集した緒里の尿の入った水筒もある。

 あれがあれば、何度でも緒里に変身できる。

 

「な、な、なに……?」

 

 孫空女が壁際に退がったまま、眼を見開いている。

 

「わたしのことを覚えている、孫空女? 鳴智よ……。一度会っているわよね。女人国の水蓮洞よ。そのときに、わたしは、命令であなたの両腕を切断したわ」

 

 鳴智は言った。

 あれは、御影の命により、女人国の女を性奴隷として集めさせられているときだった。

 女人国にはびこっていた奴隷狩り団のひとつにそれをやらせたのだが、孫空女たちは、その討伐軍に加わり、お宝がその第一線で戦っていた孫空女を捕らえたのだ。

 そして、御影から、『服従の首輪』に命令され、鳴智は捕獲した孫空女の腕を切断させられた。

 

「お、覚えているかって……?」

 

 孫空女は小さく首を振っている。

 どうやら、まったく覚えていないようだ。

 まあ、それはどうでもいい……。

 

「とにかく、これを飲みなさい。気分がよくなるわ……。話はそれからよ」

 

 鳴智は、準備してきた恐怖心を増幅された心の回復剤を取り出した。

 これを飲めば、かなり楽になるはずだ。

 

「いやあああっ――。もう、酷いことしないで――。言うこときく。なんでも従うから――」

 

 すると孫空女が悲鳴をあげた。

 鳴智は孫空女に近づいて、思い切り、平手で頬を打った。

 

「い、いたいいっ、ふええん」

 

 孫空女がしくしくと泣きだした。

 あの孫空女が童女のように泣くのには驚いた。

 

「いいから、飲むのよ。飲まないと折檻よ――。口を開けなさい――」

 

 面倒になって、鳴智は怒鳴った。

 折檻だと言うと、孫空女は怯えた表情になり、慌てたように口を開けた。

 鳴智はその口に中に、大量の薬剤を突っ込んだ。

 かなり高価な薬剤だ。後でお宝に請求してやる。

 床にあった水の入っている皿をとって、強引に孫空女の腹に薬剤を流し込む。

 

「えほっ、げほっ、げっ、えげえっ――」

 

 たちまちに孫空女がえずき出し、身体を丸めて苦しみ始めた。

 しかし、時間が経つにつれて、その孫空女の顔に生気が戻りだしたのがわかった。

 腕がいいという評判の薬師を叩き起こして、準備させた薬草だが、それなりに効果はあったようだ。

 後で死ぬほどの頭痛の副作用があるかもしれないと薬師が言っていたが、知ったことではない。

 要はあと数刻だけ、この女戦士がまともになればいいのだ。

 極論すれば、まともにならなければ、これ以上、こいつが生きていても仕方がないだろう。

 

 果たして、孫空女は咳き込みながらも、だんだんと目付きがしっかりとしてきた。

 途中から、その咳がわざとらしくなり、鳴智を観察するように、こちらに視線を送り始めた。

 どうやら頭がまともになり、いまは、鳴智にどう対応すべきかを懸命に見極めようとしているようだ。

 

「わたしは、敵じゃないわ。いまは面倒なやり取りをする余裕はないの。信じてもらうしかないわね」

 

 鳴智は孫空女の前に屈み込みながら言った。

 孫空女に話しかけながら、腰から鍵束を外して孫空女の拘束を外していく。

 孫空女は、びっくりした表情で自由になった手を動かしている。

 

「言っておくけど、あんたを逃がすわけじゃないわ。あんたは命を捨てなさい……。わたしも捨てるわ。ふたりで宝玄仙を助けるのよ。金凰魔王と金凰妃から、宝玄仙を救うの。そのためには、ふたりを殺すしかない。それができなければ、宝玄仙は助けられない……。失敗したときは、わたしもあんたも、命がないと覚悟してもらうわ」

 

「あ、あんた誰?」

 

 孫空女は当惑している。

 そのあいだも、孫空女はしきりに手と足を動かして、身体の調子を確かめている。

 見たところ、本調子とはほど遠い感じだ。

 だが、もう、それで戦ってもらうしかない。

 鳴智は、自分の耳に隠していた『如意棒』を孫空女の手に握らせた。

 

「わたしは、鳴智。詳しい自己紹介をする暇はないわ。多分、あと半刻(約三十分)もすれば、金凰妃の兵が迎えに来る。あなたを金凰魔王に抱かせるためにね。そのときが唯一の機会よ。必ず金凰魔王と金凰妃を殺して、宝玄仙を助け出すの」

 

「わ、わかった……。でも、あんた、何者? どうして……。なんか、どこかで会ったような……」

 

 孫空女はもう落ち着いている。

 それは、孫空女の眼を見ればわかる。

 その眼が戦う者の眼になったのを鳴智は確認した。

 だが、まだ、頭が働いていないのか、鳴智についてはよく思い出せないようだ。

 

「むかし、宝玄仙に助けられた者よ。宝玄仙はわたしのことをよく知っているわ……。だけど、いまは、説明する時間がない。とにかく、いまから手筈を説明するけど、事が起こったら、絶対にわたしの命令に従うと誓いなさい――。しかも、一瞬も躊躇うことなしにね。さもなければ、三人とも死ぬわ。誓うわね、孫空女」

 

 鳴智は孫空女に強い口調で言った。

 孫空女は、鳴智の剣幕に圧倒されたように、眼を丸くしている。

 

「わ、わかったよ。信じる。いまは、あんたを信じる。そう決めた」

 

 しかし、すぐに、孫空女はきっぱりとそう言った。孫空女は腹のすわった顔になった。

 鳴智は満足した。

 

「じゃあ、策を説明するわ……」

 

 鳴智は語り始めた。

 

 

 *

 

 

 王宮付の近衛隊の将校の丁翠(ていすい)は、二名に牢内に同行するように命じるとともに、残りの隊は廊下で待機するように指示した。

 指名した二名を連れて牢の中に入る。

 牢内には、金凰宮に連れてくるように命じられている孫空女という女奴隷がいた。

 通常は、錬奴院から金凰宮に性奴隷が移動するのに移送のための隊など必要ないのだが、この孫空女は、たったひとりであの青獅子軍の玄魔隊を蹴散らすほどの女傑であり、しっかりとした態勢が必要だということで、丁翠の隊が命じられたのだ。

 

 どれほどの人間族の女なのかと思っていたが、見たところは、身体の線も細く、人間族の女にしてはやや背が高いくらいなだけだ。

 まあ、美女には違いないだろう。

 

 真っ白い一枚物の着物を帯で締め、足首に足枷をし、両腕も後手に手枷をつけている。

 顔は薄化粧をしているが、とても怯えたような表情だ。

 その孫空女にさせた首輪に繋がった鎖を緒里が握っている。

 

「準備はできてるよ。心配はないさ……。こいつは、すっかりと性根を抜かれちまって、腑抜けてるからね」

 

 緒里が得意気に言った。

 

「女奴隷を痛めつけて、給金がもらえるんだ。まあ、いい仕事だな」

 

 丁翠は鼻を鳴らした。

 

「そ、そりゃあ、どういう意味だよ?」

 

「他意はないさ、緒里……。それよりも、とりあえず、身体検査をさせてもらうぜ……。おい、孫空女、足を鎖ぎりぎりまで拡げて口を開けな」

 

 丁翠は怒鳴った。

 孫空女はびくりと身体を震わせた。

 

「ま、待ちなよ。身体検査なんか必要ないさ。しっかりと監視してるさ。浣腸だって済ませて、尻穴だってきれいなものさ」

 

 緒里が不満そうな顔をした。

 

「お前ら錬奴院が、ここで身体検査をしていようが、してまいが、俺たちには関係ねえ――。俺たちが調べるのは、こいつが武器を持ってないかどうかだけだ。いいからどきな。それが、俺たちの仕事なんだ。邪魔すると、錬奴院の監督官だろうが、なんだろうが、痛めつけるぞ」

 

 丁翠が腰の剣を脅すように叩くと、緒里が不満そうに舌打ちした。

 その緒里から、孫空女の首輪に繋がっている鎖を取りあげて、部下に孫空女の身体検査をするように命じる。

 

「穴という穴は、すべて指を入れて確かろ。女の身体には隠す場所が多いからな。小骨一本見逃すんじゃねえ」

 

 丁翠は部下に言った。

 すると、役得を与えられたふたりの部下は、にやにやと微笑みながら、孫空女の全身をまさぐり始めた。

 ひとりは上から、もうひとりは下から隅から隅まで孫空女の白い肌を撫ぜまわしていく。

 

 孫空女が怯えた様子ながらも、洩れかける声を噛み殺すような声を出しだした。

 随分と感じやすい身体をしているようだ。

 

 やがて、部下のひとりは、孫空女の着物をはだけさせて、膣の中に指を入れて、穴の中をまさぐりだした。

 もうひとりは、口を大きく開けさせ、歯の裏まで見るとともに、鼻の穴、耳の穴などに指を入れて点検している。

 顔をいじられてる孫空女は、苦しそうな顔をしつつ、一方で股間を出入りする指で感じてしまうのか、顔を赤くして身悶えを繰り返す。

 

「どれっ、尻の穴は俺が点検するかな……」

 

 丁翠は、孫空女のはだけさせた着物の背後を捲りあげ、尻の亀裂に指を添わせると、菊門の中に指をぐいと押し込んだ。

 

「あっ」

 

 孫空女が身体を竦ませるような仕草をした。

 尻の穴になにもないのはすぐにわかったが、丁翠はしばらくのあいだ、指を律動させて、孫空女の尻穴の感触を愉しんだ。

 前の穴は部下によって、後ろの穴は丁翠によって弄くられ、しかも、耳や鼻や口の中にも指を入れられて刺激され、孫空女はどうしていいかわからないような切羽詰った表情になった。

 そして、薄っすらと汗をかいて身体を小刻みに痙攣し始める。

 

「いい加減にしなよ、あんたら……。そいつは、これから陛下がお手付きになる女なんだよ。あんたらのような一介の軍人が、好き勝手に触れていい女じゃないんだ……。いい加減にしないと、金凰妃様に報告するよ」

 

 緒里が憤慨したように言った。

 丁翠は舌打ちをして、身体検査の終わりを部下に命じた。

 

「寸鉄も帯びてませんね」

 

「こっちもです」

 

 部下がそれぞれに丁翠に報告した。

 

「よし、わかった。じゃあ、出発」

 

 丁翠は命令した。

 

「待ちなよ。首輪の鎖をあたしに返しな。孫空女を連行するのは、あたしの任務なんだ」

 

 緒里は丁翠の前に立ちはだかるように身体を入れてきた。

 

「そうかい、緒里……。孫空女の連行はお前の任務かもしれないが、俺の任務でもあるんだ――。孫空女は、俺の隊で囲んで連れていく。お前は、その後を付いて来い」

 

 丁翠は緒里が孫空女に近づくのを身体で邪魔して言った。

 任務は信頼のおける者としか組みたくないのだ。

 それが丁翠のやり方であり、目と鼻の先の金凰宮への移送であっても、丁翠は手を抜くつもりはない。

 すると、緒里は明らかな憤懣を顔に出した。

 しかし、丁翠はそれを無視した。

 

「出発――」

 

 丁翠は、緒里を強引に横に押し退けて、廊下で待っている隊にも聞こえるように、もう一度大きな声で号令をかけた。



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584 届かぬ手

「ち、畜生……あ、熱い……ひぐうっ……い、いつか仕返ししてやるからね……ああっ……」

 

 手足のない身体を逆さ吊りにさせた宝玄仙が苦痛の悲鳴をあげている。

 金翅(きんし)は、その声に嗜虐心を満足させられて、心からの愉悦を覚えた。

 

「なに、泣きべそかいてるのよ、宝玄仙。まさか、燭台の役目が一本で終わりだと思っていないでしょうねえ。なんのために、お前の股間にはふたつも穴があると思っているのよ。ちゃんと、前の穴にも挿すわよ。奥に魔法石を埋めているけど、蝋燭を突き挿すくらいのことは問題ないしね」

 

 金翅は、二本目の蝋燭を取り出して言った。

 逆さ吊りにした宝玄仙の肛門には、太さが一寸(約三センチ)もある赤い蝋燭が深々と埋まっている。

 それに火がついていて、灼熱の蝋が宝玄仙の股間に垂れ落ち、そのたびに宝玄仙は苦悶の悲鳴をあげているのだ。また、宝玄仙に示した二本目の蝋燭の太さは、最初の蝋燭の倍の太さがある。

 金翅の腕ほどにも太いその蝋燭を金翅は、宝玄仙の秘肉の中に強引に突き立てていく。

 

「ぐううっ……あがああっ……い、痛いいい……お、お前……せめて……ぐううっ……」

 

 宝玄仙の股間は、まだほとんど濡れていない。

 なんの愛撫も与えずに、いつもの髪吊りの状態から逆さ吊りの体勢に変えると、すぐに蝋燭を尻の穴に突きたてただけだからだ。

 渇いた膣に極太の蝋燭を入れられる激痛に、宝玄仙が身をよじらせて涙を流している。

 

「せめてなによ、宝玄仙? このわたしに股間を悪戯されたかったの? だったら、最初から言わないかい……。うまくおねだりできないから、こんなことになるのよ。次からは、ちゃんとおねだりするのね」

 

 金翅は女陰にぐいぐいと蝋燭をねじ込みながら笑った。

 潤滑油もなしにこれほどの太さの蝋燭を挿入されるのは、さすがの宝玄仙も大変な苦痛のようだ。

 顔を歪めてぼろぼろと涙を流し続けている。

 

「熱ちちち……はがあああ――」

 

 宝玄仙が突然に泣き叫んだ。

 膣をこじ開けられる痛みで身体を暴れさせたために、すでに火がついている肛門の蝋燭から垂蝋が一度に垂れ落ちたのだ。

 肛門の蝋燭は、垂蝋が股間に向けて落ちるように角度をつけている。

 いま挿している蝋燭の根元付近が垂蝋の赤い蝋の痕でいっぱいになった。

 

「あぎゃああ――」

 

 宝玄仙がその熱さで暴れた。

 すると、また蝋がぼたぼたと落ちて、宝玄仙が絶叫する。

 

「ほらほら、動くと苦しむだけだというのがわからないの、宝玄仙? それと、この蝋燭は普通の蝋燭じゃないからね。熱さが倍増するように、特別に加工させたものだから、蝋が落ちるたびにお前の股ぐらに火傷の痕を作るわよ。気をつけてね」

 

「ひぎいいい、あぎいいい」

 

 宝玄仙は金翅の言葉が耳に入っていないのか、ただ泣き叫ぶだけた。

 金翅は構わずに続ける。

 

「まあ、いつもの通り、お前の身体の下からは、微風の『治療術』の風が吹いているから、苦しみながらもちゃんと、その風がお前の股倉を癒してくれるわ。だから、お前は、いつまでも新鮮で敏感な肌に、熱い蝋を受けられることができるということよ」

 

 金翅は笑った。

 宝玄仙の膣深くに埋まっている魔法石に当たるまで蝋燭を埋め終った。す

 ぐに金翅は二本目の蝋燭に火をつけた。

 

「いいようね……」

 

 金翅は宝玄仙を吊っている場所の横にある肘掛け椅子に座った。

 道術で宝玄仙の股間に挿してある二本の蝋燭以外の灯りを消す。この部屋は、宮廷の最上層の外面に面しているが窓はない。

 だから、燭台の灯りを消せば、部屋を照らす灯りは宝玄仙の股間の二本の蝋燭だけということになる。

 薄暗い拷問室の真ん中で、逆さ吊りの宝玄仙の股間の蝋燭がゆらゆらと揺らめく。

 

 人間燭台だ。

 

「思ったよりも素敵だわ、宝玄仙。孫空女を陛下がお抱きになるのは、昼からだけど、そのときには、陛下の寝室にお前を移動させることにするわ。お前の供が陛下に犯されるのを、お前は燭台として照らしながら、それを見物するのよ……。どう、素晴らしい考えでしょう?」

 

「ふ、ふざけ……るな……よ。熱ちっいい――」

 

 闇の中に浮かんだ宝玄仙の白い肉体が、炎とともに揺れた。

 宝玄仙の肌は白い。その肌には赤い蝋が本当に映える。

 肛門に挿入した蝋燭には曲線がついていて、そこから落ちる蝋燭は正確に宝玄仙の女陰に垂れ落ちる。

 また、その女陰に挿入した蝋燭は、熱い蝋を肉芽に向けて蝋を垂らすようになっている。

 

「ひぐううっ」

 

 また、蝋がぼたぼたと落ちて宝玄仙が奇声をあげた。

 灼熱の熱蝋が落ち続ける生きた蝋燭立ては、身をよじりながら、絶え間のない苦しみに呻き続ける。

 

 金翅は、しばらく、その苦悶の踊りを眺めていたが、やがて、かすかに肉が焼ける匂いが漂い出した。

 あの蝋燭は普通の蝋燭の数倍もの熱さの垂蝋となるように加工させたものだ。

 それが、宝玄仙の翳りのない恥肉を焼いて、その香りを部屋に漂わせているのだ。

 

 しかし、そんな火傷程度の傷は、あっという間に逆さ吊りの宝玄仙の下から吹く風が癒してしまう。

 だから、宝玄仙は熱さに慣れることも、火傷で感覚が麻痺することもない。

 つまり、宝玄仙は、落ち続ける垂蝋に、いつまでも最初の一滴の熱さを感じ続けることになる。

 

「熱い……。く、くそおっ……。あ、熱いよう……ああ……た、助けて……誰か……」

 

 宝玄仙がすすり泣きがら声をあげ続けている。

 それに、時折、悲鳴が混じる。

 その叫びは、痛々しいが金翅にとっては、心地よい鳥のさえずりのようにも感じる。

 

「そうだ、宝玄仙、もうすぐ、孫空女がここにあがってくるわ。陛下がお抱きになる前に、このわたしが念のために、あの身体を点検するためだけど、そのときには、お前が苦しむ声を聞かせてやることにするわ……。すっかりと孫空女も腑抜けているけど、あんなに主人想いだった女だしね。お前が泣き叫ぶ声を聞かせてやれば、あいつの悲痛も大きくなると思うわ……」

 

「う、うるさい――、んぎいいい、うぎいいいっ」

 

「……そして、午前中は、ここでわたしが、お前の苦痛の声を聞かせながら、孫空女の身体を点検として犯す。午後は、お前も孫空女も、陛下の寝室に移動して、やっぱり、お前の悲鳴を聞きせながら、孫空女は陛下に尻を犯されるということよ――」

 

 金翅はそう言うと、思いついたことを実行するために、逆さ吊りになっている宝玄仙に近づいた。

 そして、垂蝋が落ちている肉芽の皮をぺろりと剥いて敏感な豆を剝き出しにした。

 道術で皮が戻らないように固定してから、蝋燭の角度を調整し、垂蝋が剥いた肉芽にぴったりと落ちるように角度を直す。

 その蝋がぽたりと肉芽に落ちた。

 

「あがああっ――蝋燭があああっ――ぐううっ――ひぎいい――」

 

 宝玄仙がけたたましい声をあげた。

 

「さらに贈り物よ、宝玄仙――。刷毛虫(はけむし)よ。お前の肉芽に這わせてやるわね。だけど、感じてしまっても腰を振るんじゃないわよ。ただでさえ、続けざまに落ちる垂蝋が、さらにお前の股間に降り注ぐからね」

 

 金翅は、宝玄仙の股間に道術で取り出した刷毛虫を一匹放った。

 刷毛虫とは、身体の全面が柔らかい毛筆と同じような毛で覆われている虫であり、それに身体を這われると、筆でくすぐられているのと同じ刺激に襲われる。

 垂蝋の責めで敏感になっている股間に、今度は刷毛虫の刺激が加わり、宝玄仙の泣き声がはっきりと淫情のこもったものに変化した。

 

「ぎゃああっ――あああっ――あがああっ――」

 

 剝き出しにされた肉芽の上を刷毛虫に這いまわられて、宝玄仙が大きく腰を振った。

 すると、立てつづけに二本の蝋燭から蝋が垂れ落ちた。

 宝玄仙は断末魔のような声をあげて全身を仰け反る。

 その動きでさらに激しく蝋燭が揺れて、宝玄仙の股間に熱い蝋を注ぎ落とす。

 

「や、やめて――し、死にそうだよ――。頭がおかしくなる――や、やめておくれ――」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 刷毛虫は熱さを感じないので、いくら垂蝋が落ちようとも、それとは無関係に宝玄仙の肉芽を刺激し続ける。

 そこに、熱い蝋が落ちては火傷の痕を作っていくので、痛みと快感を同時に受ける宝玄仙は、もう頭がどう対応していいのか混乱してわからない状態のようだ。

 

 そのとき、廊下から大勢の人間が近づく気配がしてきた。

 金翅はそっちに意識を向けた。

 やってきたのは、孫空女の連行を命じた丁翠の隊だろう。

 隊が廊下の前で停止したのが、廊下から聞こえる足音でわかった。

 

丁翠(ていすい)です。孫空女を連行しました」

 

 拷問室の扉が叩かれて、丁翠の声がした。

 

「入っていいわよ」

 

 金翅が声をかけると、後ろでに手錠をかけられて、足首にも鎖のついた枷を嵌められている孫空女が、丁翠の部下に首輪の鎖を引かれてやってきた。

 孫空女は白い一枚着物を着ていて、それを紐の帯で縛っていた。

 部屋に入ってきたのは、孫空女のほか丁翠以下の四名だ。

 その四名がその孫空女を囲むようにやってくる。

 孫空女は怯えたように俯いている。

 

「ご苦労だったね、丁翠……。面倒はなかったかい?」

 

「まったく……。大人しいものでした、金翅様。一応、隊で身体検査をしましたが、寸鉄も帯びてません……。ところで、どこに繋げますか?」

 

 丁翠が言った。

 

「そこの寝台にうつ伏せに拘束してくれる」

 

 金翅は部屋の端にある寝台を示した。

 寝台の四隅には、四肢を縛る革紐がある。

 

 丁翠が部下に孫空女の身体をそこに拘束するように命じた。

 さらに三人の部下が、孫空女をうつ伏せに寝台に押し倒し、まずは、首輪の鎖を寝台の頭側の枠に巻きつける。

 こうしておけば、最悪、途中で暴れられても、寝台から簡単に離れられないからだろう。

 

 そうしておいてから、まずは、部下に身体をしっかりと押さえさせ、一箇所ずつ枷を外して、手足を一本ずつ寝台の四隅の革紐で縛らせる。

 拘束を変えるときに逃げられないための慎重な作業だ。

 やはり、丁翠のすることには隙がない。

 寸鉄も帯びていないというのは、その通りなのだろう。

 

「ちょっと、どきなよ――。あたしも入るんだよ」

 

 すると、廊下から女の声がした。

 追いかけてきたのは緒里(ちょり)だ。

 錬奴院で、この孫空女の調教を請け負った監督官の女だ。

 性格は激しく、奴隷に対する責めは容赦はないという。

 この緒里に追い詰められて、この孫空女はすっかりと牙を抜かれた。

 金翅は、緒里の仕事に満足している。

 

「ごくろうだったわね、緒里――。もう、戻っていいわよ。確かに、孫空女は、この金翅が受け取ったわ」

 

 金翅が声をかけると、緒里が姿勢をただして敬礼をした。

 

「はいっ」

 

「さて、孫空女、久しぶりのご対面よ。お前のご主人様の哀れな姿を見てごらん。その声を聞きながら、まずは、わたしが張形でお前の尻を掘ってあげるわね。一応、それが、この金凰宮の掟なの。陛下にお出しする女の味見は、必ず、この金翅がすることになっているのよ」

 

 丁翠たちが孫空女の寝台に拘束し終わったようだ。

 金翅は、丁翠たちを寝台から離れさせてから、棚から張形を取り出して、孫空女がうつ伏せになっている寝台に近寄った。

 

「じゃあ、始めようかしら」

 

 金翅は孫空女の身体の横に立つと、まずは、道術で孫空女の心に自分の耳目を接触させた。

 こうやって、心を読みながら責めるのが、金翅の得意の技だ。

 こうすると、どんなに隠そうとしても、確実に性感を責めたてることができる。

 

「おやっ?」

 

 しかし、孫空女の心に繋がった途端に違和感があった。

 金翅には、その違和感の正体がわからなかった。

 

「えっ?」

 

 次の瞬間、なぜか孫空女の身体に大量の血が注ぎ落ちた。

 それが自分の血だということは、すぐにはわからなかった。

 だが、自分の心臓を突き破った金色の棒が、しっかりと自分の胸から突き出ていることだけは、はっきりとわかった。

 

「な、なんで……?」

 

 眼の前が一気に暗くなった。

 周囲が騒然となった気がした。

 

 しかし、すぐに、音はなにも聞こえなくなった。

 なにが起きたのかもわからない。

 

 自分の胸に刺さっていた棒が引き抜かれたのがわかった。

 口から血が噴き出す。

 

 力を失った身体が、ずるずると床に崩れていく。

 完全に自分の身体が、床に仰向けに倒れた。

 

 どうしたの……?

 なぜ……?

 

 すると、うっすらと視界が戻った。

 眼の前に、逆さ吊りにした宝玄仙の顔があった。

 

 しかし、宝玄仙は、金翅を無視して、別のなにかを見ている。

 随分と驚いているようだ。

 だが、それがなになのかはわからない。

 

 また、視界が暗くなった。

 

 

 *

 

 

「緒里――。貴様――」

 

 自分に向かって、隊長が怒鳴るのが聞こえた。

 構わず、孫空女は背中から金翅の心臓を抉った『如意棒』をくるりと回し抉った。

 

 金凰妃の心臓を確実に突き破った感触が孫空女の腕に伝わった。

 胸から出た大量の血で寝台を汚した金凰妃が、さらに大量の血を口から噴き出させる。

 

「殺せ――。いや、捕らえよ――。理由を吐かせるのだ」

 

 隊長の命令に、隊の兵たちが騒然となった。

 すでに、隊長だけは剣を抜いている。

 ほかの者もやっと我に返って、剣を抜こうとしている。

 

 孫空女は、伸ばしていた『如意棒』を金翅の胸から抜いた。

 そして、剣ほどの長さまで縮めると、かかってきた隊長の剣を『如意棒』で一度受けて、隊長の身体を蹴り飛ばした。

 隊長の身体が壁まで吹き飛んで、その身体が動かなくなる。

 

「どうも、動きにくいね、この身体――」

 

 孫空女は、服の下に締めていた『変化の帯』を引き抜いて捨てた。

 緒里に変身していた自分の身体が、元の自分の身体になるのがわかった。

 

「どけえっ――」

 

 剣を抜いたばかりの室内の兵を『如意棒』で振って殴り散らす。

 扉に突進する。

 雪崩れ込もうとしている廊下の兵をまとめて蹴り戻すと、鉄の扉を反対側から押してくる兵たちごと押して、扉を閉めてしまう。

 すかさず鍵を閉めた。

 外で叫び声がしているが、これで多少は時間を稼げるだろう。

 

「お、お前が孫空女――?」

 

 突き飛ばされて床に倒れている兵のひとりが、『如意棒』を持って暴れている孫空女と、寝台にまだ拘束されたままの孫空女の姿を両方眺めて驚いている。

 

「お前は死んでな――」

 

 孫空女は棒を振った。

 『如意棒』の先を頭に受けたその兵が床に倒れて動かなくなる。

 死んだのか、気を失っただけかどうかはわからない。

 

 残りの兵は、隊長を含めて、もう動いていない。

 最初の一撃でのびたのだ。

 

「そ、孫空女――、お前なのかい――?」

 

 逆さ吊りの宝玄仙が叫んだ。とりあえず、宝玄仙の股間に蝋燭を引き抜いて横に置く。

 虫みたいなのもあったから取り払う。

 蝋燭も投げ捨てようかと思ったが、いま、部屋を照らしているのは、この蝋燭だけだ。

 これを消すと真っ暗になる。

 

「う、うん、ご主人様――。あ、あのね……」

 

「話は後だよ、孫空女。それより、わたしを先に――」

 

 寝台にうつ伏せに拘束されている鳴智が叫んだ。

 鳴智はまだ孫空女に変身したままだ。

 男の兵たちが牢にやってくる直前、鳴智と孫空女はお互いに『変化の指輪』を嵌めて、姿を入れ替わったのだ。

 

 それが鳴智の策だった。

 鳴智は、孫空女の唾液をすすって孫空女とそっくりの姿になり、孫空女は鳴智が持ってきていた緒里の尿というのを飲んで緒里の姿になった。

 そして、この部屋に着くや否や、緒里の姿だった孫空女は、耳に隠していた『如意棒』を伸ばして、金翅の胸を一気に突き破ったのだ。

 

「待っててね、ご主人様――」

 

 孫空女は寝台に飛びつくと、『如意棒』で、首輪に繋がった鎖が巻きつている寝台の上部を壊し、次いで四肢の革紐を引き千切った。

 

「あんたは、宝玄仙を助けな――。そして、逃げるよ――」

 

 まだ、孫空女の姿の鳴智は起きあがると、身体の下に巻きつけていた『変化の指輪』を抜いた。

 

「な、鳴智――。お、お前なのかい――? 鳴智かい――? えええっ――。な、なんで、お前がここに――?」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 

「話は後だよ、宝玄仙。切羽詰った状況だというのは、見りゃあわかるだろう――」

 

 鳴智は、宝玄仙の叫びに眼もくれずに、反対側から激しく物音がしている扉に駆け寄った。

 そして、扉の横の棚を倒して、つっかえ棒をするように扉の前に倒した。

 次いで、反対側の棚も崩す。

 

「ご主人様、いま、助けるから――」

 

 孫空女は宝玄仙に駆け寄る。

 宝玄仙の切断された膝の部分に金具が嵌っていて、その金具に天井から吊られた二本の鎖が繋がっている。

 孫空女はその二本の鎖を『如意棒』で切断して、宝玄仙の身体を抱きかかえた。

 

「な、鳴智、お前、なんで、ここにいるんだい――? お、お前には、いろいろと聞きたいことがあるんだよ。と、とにかく、ここでなにしてるのか言うんだよ、鳴智――」

 

 孫空女に抱きかかけられている宝玄仙が喚いた。

 

「そんなことは、後だと言っているじゃないか、宝玄仙――。でも、周りの空気を読まない、その考えのなさは懐かしいねえ……。久しぶりすぎて、わたしも嬉しいよ――。さあ、孫空女、手を貸しな」

 

 鳴智は寝台を扉の前に移動させようとしている。

 孫空女はとりあえず、宝玄仙を床に置くと、鳴智と一緒に寝台を扉の前に寄せた。

 扉の外はいよいよ大騒ぎになっている。

 しかし、この拷問室の扉は余程に頑丈に作られているに違いない。

 廊下では、大勢の兵が扉をこじ開けようとしているが、まだ、それを果たせないようだ。

 

「そこの壁をぶち抜いておくれ、孫空女――。さっき、宝玄仙が吊られていた後ろくらいだと思う。そこが宮殿の外の壁側に違いないよ」

 

 鳴智が扉の反対側の壁を指さした。

 孫空女はそっちに向かった。

 

「なにするつもりだい、お前たち?」

 

 四つん這いの状態の宝玄仙が声をあげた。

 

「逃げ道を作るのよ」

 

 鳴智が床に落ちていた隊長の剣を拾って、扉の近くで構えた。

 鉄の扉が激しく音をたてて揺れている。

 蝶番の部分が曲がっている。いよいよ開きそうだ。

 

 孫空女は壁に『如意棒』を叩きつけた。

 壁にひびが入って小さな穴が開いた。

 その穴から風が入ってくる。

 確かに、この向こうは外だ。

 

「お、お前たち、ここは、この魔王宮の最上階だよ。穴を開けてどうするつもりだい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「だったら、ほかにどうするんだい、宝玄仙? 外には、魔王宮の近衛兵がうようよしているんだよ。それに、魔王宮内では、魔王の結界が邪魔をして、この『道術紙』による『移動術』も遣えないしね」

 

 孫空女が二発目の棒を叩きつけようとする前に、鳴智がちらりと『道術紙』を宝玄仙に示したのが見えた。

 『道術紙』とは、あらかじめ道術が刻んである紙であり、あれがあれば道術遣いでなくても、道術が遣えるらしい。

 ただ、この魔王宮の敷地内は、金凰魔王の結界がかかっていて、金凰魔王が許さない『移動術』は遣うことができない。

 

 だから、最終的には、『移動術』で姿を消すにしても、とにかく、敷地の外までは、自力で突破しないといけないのだ。

 そのとき、凄まじい爆音が扉から響き渡った。

 扉の前に積み重ねていた棚や寝台が吹き飛び、その衝撃が孫空女たちを突き飛ばした。

 

「うわっ」

「ひいっ」

 

 鳴智と宝玄仙が声をあげて、孫空女のいる壁側に転がってきた。

 

「大した騒動を起こしてくれているようだな――?」

 

 扉ごと壁が毀れて、その周りで砂埃が舞っている。

 その埃の中から、金凰魔王がのっそりと入ってきた。

 その両脇から剣を抜いた近衛の兵たちも雪崩れ込む。

 すかさず、鳴智が前に出た。

 

 その鳴智が自分の身に着けている着物の帯から長釘を引き抜いたのが見えた。

 鳴智は、それを帯に仕込んで隠していたのだ。

 金凰魔王の手首にその長釘が突き刺さった。

 

「痛いっ」

 

 金凰魔王が顔をしかめた。

 

「道術を封じる毒薬が塗ってあるからね――。しばらく、あんたの道術は刻めないよ。ついでに致死量の猛毒も塗っておいたわ……。すぐに毒が回るわよ。死にたくなければ、どこかで『治療術』を受けておいで……。そのあいだに、わたしらは逃げるから」

 

 鳴智が笑った。

 

「くっ……。お、お前たち、捕らえよ」

 

 金凰魔王が手首を押さえてうずくまったまま叫んだ。

 孫空女も体勢を戻して、二発目の『如意棒』を壁に叩き込んだ。すると、そこにぽっかりと大きな穴が開いた。

 

 風とともに陽の光が入ってくる。

 ふと壁の穴から外を見ると、遥か下に魔王宮の中庭が見える。

 

 鳴智が剣で、向かってきた兵の数名を倒した。

 狭い部屋の中だ。部屋の中は吹き飛んだ棚や寝台の瓦礫が散乱して、うまくそれが障害物になっている。

 また、一度にかかってこれる兵の数は限られている。

 鳴智は、うまくそれを利用して、後続の兵を遮っている。

 

「お前たち許さんぞ――」

 

 鳴智と切り結んでいる兵の後ろで金凰魔王が吠えた。

 

「それはこっちの台詞だよ。孫空女、代わって――」

 

 鳴智が叫んだ。

 孫空女は鳴智の前に出た。

 

「やるかい――?」

 

 目の前に飛びかかってきた数名の兵に、『如意棒』を一閃させる。

 飛びかかってきた兵たちが飛ばされて、後続の兵に折り重なった。

 その倒れた兵に後ろの兵が邪魔されたかたちになった。

 しかし、近衛の兵たちが倒れている兵の身体を越えて突進してくる。

 

 孫空女は、さらに『如意棒』を振り回した。

 その兵たちも倒れて、部屋に積み重なる。倒れた兵たちの身体で防壁のようになった。

 

「行くよ、孫空女――。宝玄仙を……」

 

 鳴智が壁にできた穴の前に立ちはだかるように剣を構えた。

 孫空女は、『如意棒』を耳にしまうと、宝玄仙を抱えて、鳴智の後ろの穴の前に立った。

 

「そこからは、逃げられんぞ。諦めろ――。すでに、庭にも兵を配した」

 

 金凰魔王がまだ膝をついたまま声をあげた。

 確かに、壁の穴から下の中庭に大勢の亜人兵がわらわらと出てくるのが見えた。かなりの数だ。

 

「それは、どうかしら……」

 

 壁の外にばさばさという羽音がした。

 外に黒い羽根を拡げた亜人の美女が舞い降りてきた。

 

「ま、魔凛(まりん)――?」

 

 声をあげたのは金凰魔王だ。

 

「久しぶりね、魔王……。挨拶したいけど、今度にするわ」

 

 女の鳥人族だ。

 その鳥人族の女が壁の外から手を伸ばしている。

 鳴智から事前に聞いていた手筈の通りだ。

 

 だが、この女がやって来るとは思わなかった……。

 孫空女は、この女を知っている。

 

 魔凛という名は知らなかったが、そもそも、孫空女たちが獅駝(しだ)の城郭で青獅子に捕らえられたとき、それに関与したのが、この女の鳥人だ。

 

「そいつは仲間だよ、孫空女――。わたしを信用しな――」

 

 鳴智が剣を構えたまま、こっちに来ようとする兵たちを威嚇しながら叫んだ。

 迷っている暇はない。

 孫空女は片手で宝玄仙を抱えたまま、片手を外に向かって伸ばした。

 魔凛の片腕が、しっかりと孫空女の手首を掴む。

 孫空女の身体が、抱いている宝玄仙の身体ごと宙にぶらさがった。

 

「うわあっ」

 

 声をあげたのは、孫空女に片手で抱きかかえられている宝玄仙だ。

 遥かな眼下には、金凰宮から出てきた兵たちが大騒ぎをしている。

 

「じゃあね、魔王さん……。また、いつか会うかね……。それとも、その毒が回って、死ぬのが早いかな?」

 

 鳴智が笑いながらこっちに手を伸ばそうとした。

 孫空女に突き飛ばされた兵たちが、やっと体勢を直しているが、それよりも、鳴智が逃げるのが早いだろう。

 

 鳴智の手がこっちに伸びた。

 魔凛も手を伸ばす。

 しかし、その鳴智の身体が突然に倒れた。

 

「う、うわっ――。な、なに?」

 

 壁の向こうで、鳴智が悲鳴をあげた。

 鳴智は誰かに脚を引っ張られたようだ。

 

「鳴智――」

「鳴智――」

 

 魔凛と宝玄仙が声をあげた。

 倒れた鳴智の身体を誰が掴んだのかわかった。

 それは、孫空女が心臓を突き破ったはずの金凰妃だった……。

 

「に、逃がさないわ……」

 

 鳴智の身体にしがみついている金凰妃の姿がちらりと見えた。

 身体にはまだ、血がついているが、どうやら『如意棒』で開いた胸の穴は塞がっている気配だ。

 

 なぜ……?

 孫空女は唖然としてしまった。

 

「そのまま逃げろ――。命令よ――。逃げるのよ――」

 

 鳴智がなにか小さなものを魔凛に投げた。

 魔凛がそれを空中で受け取った。

 その直後に、鳴智の身体は二重三重に近衛の兵たちが掴みかかられた。

 

 もう完全に鳴智の身体は捕えられてしまっている。

 いま、鳴智を助けるには、もう一度壁の向こうに戻るしかないが……。

 

「行け――。魔凛――。行くのよ――。宝玄仙を連れて逃げるのよ――。そう言ったでしょう――。わたしの命に従いなさい――。宝玄仙を連れて逃げて――。お願いよ――」

 

 鳴智が叫んだ。

 

「で、でも……」

 

 魔凛が当惑している。

 

「ま、待つんだ、魔凛とやら――。鳴智――鳴智――。こっちに来るんだよ。いいから、なんとかして、こっちに来るんだ――。手を伸ばせ、鳴智――」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 しかし、鳴智の身体は部屋の内側方向に引き摺られていって姿が見えなくなった。

 その代わり、穴から弓矢を持った亜人兵が姿を見せた。

 一方で、庭にいる兵からも矢が射込まれて始めた。

 何本かの矢は、宙に浮いている三人の横を掠め飛んでくる。

 

「ご免よ、鳴智――」

 

 魔凛は声をあげた。

 魔凛の身体が急上昇した。

 金凰宮の屋根があっという間に小さくなった……。

 

 

 *

 

 

「やってくれるじゃないのよ……。あ、あんたは、宝玄仙の仲間かい……?」

 

 全身を血で汚した金翅が、鳴智に詰め寄ってきた。

 その鳴智は、床に仰向けにされて、その身体を十人以上の兵に押さえられている。

 しかも、めちゃめちゃに殴られたため、痛みで身体が動かない。

 どこかの骨が折れていると思う……。

 

「あ、あんな女知らないね……。ちょ、ちょっと通りかかったから、有名な金凰宮に忍び込んでみようと思っただけさ……。大したことはなかったよ……」

 

 鳴智はうそぶいた。

 

「服を取りあげろ。まだ、なにかを着物に隠しているかもしれん」

 

 苦しそうに床にしゃがみ込んだままの金凰魔王が言った。

 兵たちが鳴智の身体から着ているものを奪い取っていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、あなた……。わたしが解毒を……」

 

 金凰魔王に金翅が寄っていった。

 金翅が金凰魔王の手首を握った。

 どうやら、金凰魔王の身体に、『治療術』を刻んでいるようだ。

 

「な、なんで……。あんたは、不死身かい……?」

 

 鳴智は金翅に向かって言った。

 孫空女の『如意棒』は、確実に金翅の胸を貫いていた。鳴智もすぐにそれを確かめた。

 

 金翅は死んだはずだ。

 そのあいだにも、鳴智の身体からは、帯も着物も履物もどんどんと剥がされていく。髪を束ねてている髪紐さえも取りあげられた。

 

「もちろん、不死身じゃないわね……。ただ、たまたま、『治療術』の風を床から吹きあげている場所の上に倒れたのよ。運がよかったわね……」

 

 金翅が言った。

 なんのことを言っているかわからないが、どうやら、瀕死の負傷をさせることまでは成功したが、なんらかの理由により死には至らせることはできなかったようだ。

 鳴智は舌打ちした。

 

「なにかを身体の内部に入れておるようだな」

 

 毒の癒えた金凰魔王が鳴智の胸に手を伸ばした。

 その手首から先が鳴智の胸のあいだに吸い込まれた。

 一瞬後、金凰魔王の手が、鳴智がお宝に埋められた『炸裂石』を持って、身体の外に出てきた。

 そう言えば、お宝が鳴智の身体に、そんなものを仕掛けたのだった。すっかりと忘れていたが……。

 

「どこまでも物騒な女だな」

 

 金凰魔王が苦笑して、部下に『炸裂石』を預けた。『炸裂石』は、部屋の外に出されたようだ。

 

「さあ、あいつらは、どこに逃げたの? どうせ、逃げる場所は決めてあったんでしょう。それはどこかしら?」

 

 金翅が鳴智の横にしゃがみ込んだ。

 

「そ、そんなことを喋ると思うのかい……?」

 

 鳴智は金翅の顔を見あげながら笑った。

 どんな拷問をされても、絶対に喋らない――。

 鳴智はそう決めている。

 

 しかし、とりあえず、お宝が待っているあの妓楼については、すぐに喋ってしまうか……。

 少しは時間稼ぎになって、それで宝玄仙たちが逃げ延びる時間が稼げるかもしれない……。

 そんなことを思った。

 

 お宝の隠れ場所と、魔凛と準備した隠れ処は違う場所だ。

 魔凛は、まずはあの隠れ処に逃げるはずだ。

 そこから、さらに宝玄仙と孫空女を逃がす手筈になっている。

 できれば、あの隠れ処で宝玄仙の道術を復活させたいと思うが、それができなければ、とりあえず、金凰宮の領域の外に逃げさせる。

 それまでの面倒は絶対に看ろと魔凛に強く指示している。

 

 その通り、そのまま、さらに逃げてくれればいいのだが……。

 鳴智を助けようとするような余計なことをやろうとしないだろうか……。

 鳴智はそれが少し心配だ。

 とにかく、宝玄仙さえ逃げてくれれば……。

 

「……お宝という女がいる場所と、魔凛たちが逃げ込む場所は違うのね……。そして、あなたは、鳴智という名なのね。そうよくわかったわ……。ところで、思考が複雑で、まだ読み取れないけど、あんたの宝玄仙とは随分と縁がある関係なのね……」

 

 金翅が不敵に笑った。

 鳴智はびっくりした。

 

「……白状しなくてもいいのよ。ただ、わたしの質問の答えを思うだけでいいの……」

 

 心を読む女?

 鳴智は驚愕した。

 そして、愕然とした。

 心に思うことをやめるのは不可能だ。

 金翅に、宝玄仙たちが逃げた場所が悟られてしまう……。

 

「もういいわ、鳴智……。さあ、あなた、魔凛たちの逃げた場所がわかったわ――。すぐに追いかけましょうよ。宝玄仙を捕らえなきゃ――。ついでに、魔凛もね……。魔凛って、あいつ、生きていたのね」

 

 金翅が金凰魔王に声をかけた。

 鳴智は全身の毛孔から冷や汗が一斉に噴き出すのがわかった。



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585 三人目の“宝”


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの(ほう)を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                   ──金王妃の予言


 *



「どういうことなんだよ、説明しな――。さっき、金凰宮に、お前と一緒に、わたしを助けにやってきたのは、あの鳴智(なち)だった……。そして、お前と、その鳥人族の女は、その鳴智を置いて逃亡してきた――。さあ、納得のいく説明を聞こうじゃないか、孫空女――」

 

 宝玄仙は荒れ狂っていた。

 ただ、宝玄仙が荒れ狂っている理由がわからず、孫空女は途方に暮れた。

 宝玄仙にとって、あの鳴智がどうやら特別な存在だというのは、なんとなく雰囲気でわかるのだが、そもそも、宝玄仙と鳴智がどういう関係なのか、孫空女にはわからない。

 

 孫空女としても、錬奴院(れんどいん)の牢に入れられていたところに、あの鳴智が突然にやってきて、宝玄仙を救出するための手筈を説明されただけだ。

 そして、その通りに実行して、宝玄仙を救出できた。

 

 だから、孫空女も、あの鳴智が何者かなど知らない。

 鳴智がどういう経緯で宝玄仙を助けにやってきたのかなど、孫空女が知りたいくらいだ。

 とにかく、孫空女は鳴智について、知っていることを説明した。

 そして、それはすぐに話し終ってしまった。

 

「なんだい、それは? まったく、わけがわからないじゃないかい――」

 

 するとまた、宝玄仙が怒りだした。

 ここは、金凰宮から少し離れた山中にある丘だ。

 魔凛(まりん)に手首を掴まれながら金凰宮の上を飛び進み、金凰宮の敷地を越えたと思ったところで、魔凛が反対の手に持っていた『道術紙』で、空中から『移動術』で跳躍して、ここに到着したのだ。

 

 また、鳴智が生き返った金凰妃に身体を捕まえられた直後、なにかを魔凛に投げた。

 どうやら、それは『移動術』を遣うための『道術紙』だったようだ。

 『移動術』で跳躍したこの場所の周囲は、丘になっていて、景色は開けていた。

 丘からは、金凰宮の街並みも見える。

 

「とりあえず、あんたらは、ここにいてくれるかい? わたしは、金凰宮に戻るよ。鳴智を見捨てるわけにはいかないし」

 

 離れた場所に立っていた鳥人族の魔凛が、すっと立ちあがった。

 

「待ちなよ。戻ってどうするんだい? 金凰宮の連中も待ち構えているに決まっているじゃないか」

 

 宝玄仙が言った。

 

「だ、だけど……」

 

 魔凛は困惑した表情だ。

 

「そもそも、お前は誰なんだい?」

 

 宝玄仙が魔凛に言った。

 どうやら、宝玄仙は、魔凛があの獅駝(しだ)の城郭で、沙那を使って孫空女や宝玄仙たちを捕らえた女だということは、気がついていないか、忘れているようだ。

 孫空女は、それを指摘すべきかどうか迷った。

 

「いや、そんな言い方すべきじゃなかったね。わたしを助けに来てくれたのに……。あんたが何者かわからないけど、感謝するよ。あんたの名は魔凛かい? 鳴智がそう呼んでいたからね。でも、鳴智とどういう関係なんだい?」

 

 宝玄仙が神妙な表情になって言った。

 

「鳴智は仲間よ。わたしたちは……」

 

「あれえ? お前、なんだいそれ?」

 

 魔凛が説明をしようと口を開いたとき、宝玄仙がいきなり悲鳴のような声で魔凛の言葉を遮った。

 

「ちょ、ちょっと待ちな――。お前のその首にあるのは、もしかして、『服従の首輪』じゃないのかい?」

 

 宝玄仙は血相変えている。非常に驚いているようだ。

 

「『服従の首輪』?」

 

 孫空女も驚いた。

 『服従の首輪』と言えば、確か、宝玄仙が八仙時代に作った復讐の道具であり、沙那を調教するために、沙那の首に装着していたものだ。

 そう言えば、女人国の女王騒動のときの壱都もどこからか手に入れて、宝玄仙が酷い目に遭った気がする。

 

「そう言えば、一瞬だったからわからなかったけど、鳴智も同じものを首に嵌めていた気がするね……。嵌められていたというべきなのかね……。お前たちには、少しばかり、詳しく話を教えてもらう必要がありそうだね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そうか、わかったよ」

 

 そのとき、孫空女は声をあげた。

 鳴智について、どこかで遭ったに違いないと思ってずっと考えていたが、やっと思い出したのだ。

 

「なんだい、孫空女? 声をあげたりして……」

 

 宝玄仙だ。

 

「うん、思い出したんだよ。あの鳴智のこと。ずっと、どこかで遭ったと思っていたけど……。ほらっ、宝蔵国だよ。幽霊みたいな元国王がいて、あたしとご主人様が酷い目に遭ったじゃないか――。そして、最後にご主人様が仕返しをして、女の姿に変えて……。そいつだよ、あいつ」

 

「お前は、もう黙ってな、孫空女」

 

 なぜか、宝玄仙が怒った。

 そのとき、なにかの気配を感じた。

 ざわざわとなにかが周囲の草むらにざわめきを感じる。

 孫空女は、とっさに耳から『如意棒』をとって、身体の前で伸ばした。

 

 すると、目の前に亜人軍の一軍が出現した。

 道術だ。

 それがあっという間に周囲を取り巻いた。

 

 孫空女たちがいる石の台を中心にすっかりと取り囲むように、亜人軍の大軍が現れた。

 その数は、千は超えるだろう。

 もしかしたら、さらにその倍はいるかもしれない。

 とにかく、孫空女がいる場所からは、現れた隊の後ろの方は見えないくらいなのだ。

 

「お痛をしてくれた奴隷たちには、しっかりとお仕置きしてあげるわね、孫空女――。それと逃げた家畜もね――。今度こそ、そんな気も起きないように、徹底的に拷問してあげるわ……。それから、魔凛……。大人しく捕えられるなら、ご褒美に雌犬として飼ってあげるわ。だけど、抵抗しようものなら、ここで手足をばらばらにして殺し、動物の餌にでもしてやるわ」

 

 孫空女を取り囲む亜人軍の先頭に、金凰妃が現れた。

 まだ、さっき孫空女が傷つけた血のりがついた服のままだ。

 余程、急いで追いかけてきたに違いない。

 そして、とにかく、瞬時に動かせる隊を根こそぎここに転送させてきたというところだろう。

 

「魔凛とやら……。なにか、起死回生の奥の手を隠しているなら、すぐに出しな……。どうやら、まだ緊急事態は続いているようだよ……」

 

 宝玄仙が小声で魔凛にささやいた。

 

「申し訳ないけど、そんなものは……」

 

 魔凛が緊張した口調で言った。

 孫空女は息を呑んだ。

 またもや、これだけの大軍……。

 

 しかも、金凰妃ひとりだって相当の力がある。

 遮二無二突破するにも、宝玄仙を抱えては戦えないし……。

 とても、逃げられない……。

 孫空女の心に絶望が走る。

 

「武器を捨てなさい――。せめて、優しく扱ってあげるわよ……。そうだ。素っ裸になってもらおうか……。宝玄仙はもう裸だから、魔凛と孫空女もここですっかりと服を脱ぎなさい。お前たちふたりは、『移動術』を遣わずに、ここから、魔王宮まで素裸で連行して、住民の前を恥ずかしい姿で練り歩かせてやるわ」

 

 金凰妃が言った。

 孫空女は『如意棒』を持ち、魔凛は短剣を持っていた。

 いまは、ふたりとも、それを構えている。

 

「諦めよ。もう、逃げられん――」

 

 さらに隊の後ろから、金凰魔王の声がした。

 その金凰魔王も金凰妃の横に現われた。

 これで、逃亡を邪魔するものに、金凰魔王の道術も加わった。

 いよいよ、脱出の見込みが消える。

 

「鳴智はどうしたんだい?」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 

「鳴智? ああ、ちゃんと連れてきているわよ。もしも、お前たちがここにいなかったら、さらに心を探って、情報を探らないとならないからね」

 

 金凰妃が笑った。

 孫空女は、金凰妃が心を読めるということを思い出した。

 だったら、鳴智は捕らえられた後、すぐに金凰妃から心を読まれたに違いない。

 それで、こんなにも早く、魔凛たちが準備した隠れ処まで追いかけられてしまったのだ。

 この隠れ処は、孫空女も事前に鳴智から聞いていた。

 だから、金凰妃は、鳴智の心を読んで簡単にここを知ることができたのだと悟った。

 

「うわっ」

 

「な、なに?」

 

「しまった――」

 

 すると、突如として身体がふわりと浮かんだ。

 金凰魔王の道術に捕らえられたのだとわかった。

 手を伸ばすが、眼の前に透明の壁のようなものがある。

 身体を包む球体のようなものに捕らえられて、三人とも空中に浮かべられた。

 

「おい、連れて来い」

 

 金凰魔王が背後の隊に声をかけた。

 すると、どさりとなにかが隊の中から前に放り投げられた。

 

「あっ――」

「鳴智――」

 

 魔凛と宝玄仙が悲鳴のような声をあげた。

 鳴智は素っ裸であり、全身が痣だらけだった。

 手と足がおかしな曲がり方をしていて、骨が折れていることは確かだ。

 顔の半分は紫色に腫れていて、もはや、表情すらもわからない。

 

「さて、では、さっそく、金凰宮を襲った女盗賊の処刑といくか。お前たち、三人はそこで見物していよ」

 

 金凰魔王が合図をした。

 すると、数名の兵が前に出てきた。

 ぐったりとしている鳴智の手や足を細い紐で何箇所も縛り始める。

 

「な、なにをするつもりよ」

 

 魔凛が叫んだ。

 

「お前たちが見つかった以上、この女は用済みだ。これからここで処刑をする……。手や足を強く縛って、血があまり出ないようにしてから、切り落としていくのだ」

 

 金凰魔王が笑った。

 

「小さく切断してやらないと、野犬も食べにくいだろうからねえ」

 

 金凰妃が剣を抜いている。

 どうやら、鳴智を切り刻んで殺す役割は、金凰妃が受け持つようだ。

 鳴智は仰向けのまま、ほとんど動かない。

 

 金凰妃の剣が一閃した。

 鳴智の右手首が切断された。

 少し呻いただけで、鳴智はあまり動かなかった。

 血はそれほどでもない。

 

「さっき、殴りすぎたのねえ。弱りすぎて悲鳴も出ないようだわ……。それにしても、あまり、苦しまないんじゃあ、面白くないわねえ……。そうだ、あなた、腕を肩まで斬り終わったら、両脚を縄で繋いで股裂きにしましょうか。両側から兵たちに引っ張らせて、ふたつに裂くのよ。これだけの人数がいれば、十分だと思うし」

 

「なるほど、それも面白いな……。おい、太い縄を二本準備しろ」

 

 金凰魔王が兵に命じるのが聞こえた。

 そのあいだに、鳴智の左手首が金凰妃によって切断された。

 鳴智が小さく呻いた。

 

「や、やめろよ――」

 

 孫空女は絶叫した。

 

「お、お願いよ――。やめて――」

 

 魔凛も叫んでいる。

 孫空女はなんとか透明の球体を破れないものかともがくが、まるで手ごたえがない。

 『如意棒』を抜いて突くが、透明の壁というよりは、力場の囲いという感じで、力で破れる感じではないようだ。

 そして、鳴智の右手の肘の下が切断された。

 

「あがああ――」

 

 鳴智は初めて、悲鳴らしい悲鳴をあげた。

 

「そうよ。もっと、苦しんでちょうだい。そうでなければ、残酷に処刑している甲斐がないもの……。誰か人間族に効果のある回復薬持ってきてよ。少し、飲ませるわ。ちょっとばかり意識を戻させてから、続きをしなきゃ」

 

 金凰妃が声をあげると、すぐに後ろから、竹筒が運ばれてきた。

 兵がそれを鳴智の口に注いでいる。

 あわせて、さっき金凰魔王が命じた太い縄も運ばれてきた。

 

「げほっ、はあっ、あっ、あっ……」

 

 鳴智が咳込むとともに、身体をもがかせ始めた。

 

「ほ、ほ、ほ、ほ……。やっと、少しは意識が戻ったようね、鳴智……。お前のお陰で、逃亡を図った宝玄仙と孫空女も捕えられたわ。ついでに、魔凛まで連れてきてくれて感謝するわ」

 

「……はあ、はあ、はあ……。……けな……」

 

 鳴智がなにかを喋ったと思った。

 しかし、よく聞こえない。

 金凰妃も気がつかず、そのまま語りを続ける。

 

「……この三人は、金凰宮に戻ってから、たっぷりと仕置きするわね。ただ、お前については、ここで切り刻んで、肉片は野犬の餌よ。いま、腕を切り刻んでいる最中なのよ。それが終わったら、股裂きになると思うから、愉しみにしてね」

 

 金凰妃が剣を構えたまま、鳴智に言った。

 すると、やはり、なにかを鳴智がささやいた。

 しかし、小さな声なのでよく聞こえないが、やっと金凰妃も気がついたみたいだ。

 

「なにか言った、鳴智?」

 

 金凰妃が首を傾げた。

 すると、また、鳴智がまたなにかを言った。

 やはり、小さな声で聞こえない。

 

 金凰妃が鳴智の顔に耳を近づける。

 金凰妃の顔が近くなったところで、いきなり、鳴智が唾を金凰妃の顔に吐きかけた。

 仰け反った金凰妃が悲鳴をあげて袖で顔を拭っている。

 

「唾を吐いてやるから、もっと、顔を近づけろと言ったのさ……、馬鹿」

 

 鳴智が激しく息をしながら悪態をついた。

 

「お、お前――」

 

 金凰妃の顔が憤怒のために真っ赤になった。

 

「か、簡単に死なせないわよ。股裂きの前に、鼻と耳を削いで、目玉も抉ってやるわ……。そうだ。女陰に手を突っ込んで、子宮も抉ってやる。身体を回復させる薬液もあるしね。弱らないように薬液で意識を保たせながら、およそ、考えられる限りの残酷さで処刑してやるわよ、鳴智」

 

「勝手にしなよ、おばさん」

 

 鳴智が言った。

 すると、さらに金凰妃の顔が赤黒くなった。

 

「……ごぜん……」

 

 そのとき、小さな呟きが聞こえた。

 宝玄仙……?

 

 孫空女は視線を宝玄仙に向けた。

 そのとき、宝玄仙が包まれている球体がなんとなく光っているのがわかった。

 そして、宝玄仙は、球体の中で、短い手足を延ばして座り、鳴智のそばにいる金凰妃や金凰魔王を険しい表情で睨んでいる。

 

御前(ごぜん)をいじめちゃだめ……」

 

 また、宝玄仙が声をあげた。

 今度は、さっきよりも声の力が強い。

 しかし、どことなく、口調が舌足らずで違和感がある。

 宝玄仙であって宝玄仙ではないような……。

 そんな感じだった。

 

 そして、さっきよりも、さらに強く宝玄仙のいる球体が輝き出した。

 だんだんと、孫空女の位置からでも、宝玄仙の身体が確認し難くなる。

 

「おっ、なんだ?」

 

 金凰魔王が、やっと宝玄仙の変化に気がついた。

 

「あ、あなた、宝玄仙の霊気が洩れているわ――」

 

 金凰妃も悲鳴のような声をあげた。

 その言葉で孫空女もやっと、あの光が夥しい霊気の放出によるものだと悟った。

 もの凄い量の霊気の発散だ。

 宝玄仙の身体が球体の外から霊気をどんどんと吸い込み、それを自分の身体を通して、周りの球体にぶつけている。

 その霊気の勢いが、孫空女の目には、光り輝くように感じたのだとわかった。

 

 宝玄仙の身体に霊気が――?

 しかし、宝玄仙は、膣の深くにずっと魔法石を入れられていて、宝玄仙の発散する霊気はことごとくその魔法石に吸収されるので、宝玄仙は道術を封じられていたはずなのだ。

 

「霊気――? 宝玄仙にか――? 馬鹿な――。宝玄仙は道術を封じているのであろう――?」

 

 金凰魔王が金凰妃に声をあげた。

 

「も、もちろんですわ――。昨夜も新しい魔法石柱に変えたばかりだし、あれが霊気を吸収し尽くして飽和になるなんて、常識では考えられません。人間族の霊気では、どんな存在であれ、あの魔法石は三日かけても、飽和量の半分も蓄えられないのです。宝玄仙はそれを念のために毎晩交換していたのです。事実、いままでに一度だって、こんなことは……」

 

 金凰妃は狼狽えている。

 

「だが、すでに宝玄仙の膣の魔法石は、限界まで霊気を吸いこんで吸収できなくなっているぞ。あれは、それが溢れているのだ。間違いない」

 

 金凰魔王が焦ったように叫んだ。

 その金凰魔王から宝玄仙に向かって、新たな道術が放たれた。

 宝玄仙を包む力場の壁が分厚くなったのが孫空女にはわかった。

 道術が遣えない孫空女だが、霊気の流れや集まりだけは、読み取ることができる。

 

 そして、さっきの金凰魔王の言葉で、いま、どういう事態が起きているかの予測もついた。

 おそらく、あまりもの急激な霊気の噴き出しで、宝玄仙の膣に入っている霊気の吸収材である魔法石が霊気を集められる容量を超えたのだ。

 それで、すでに、宝玄仙は、自分の身体から自由に霊気を放出できるようになっているようだ。

 つまり、宝玄仙は自力で金凰魔王の道術の囲みを破って、脱しようとしている……。

 

 それにしても、孫空女は、あんな風に宝玄仙が霊気を集めるのに初めて接した。

 あれは、朱姫が霊気を集めるときのようなやり方だ。

 朱姫は、霊気の量が一定せずに、霊気が必要なときに、いま宝玄仙がやっているように、周囲の霊気を自分の身体に必要な分だけを集めるというやり方をする。

 

 それに比べて、宝玄仙は容量の大きな一定の升のような感じであり、自分の身体に溜まっている霊気を道術のために使うという感じだった。

 霊気の容量は大きいが、道術を駆使するための霊気が一定の量を超えるということはなかったはずだ。

 

 だが、いま宝玄仙は、明らかに自分が蓄積できる量を超える霊気を集めている。

 それで膣の魔法石の能力を無効にし、さらに集めた霊気を急激に発散している。

 

「いかん――。余の霊気では持たぬ。破られる――」

 

 金凰魔王が悲鳴をあげた。

 

「わたしが――」

 

 金凰妃が姿を消した。

 次の瞬間、その金凰妃が宝玄仙が浮かんでいる球体の前に剣を構えて出現した。

 その剣の刃が宝玄仙の胸に向いているのが辛うじて見えた。

 

「ご主人様――」

 

 孫空女は叫んだ。

 しかし、大きな光が金凰妃と宝玄仙を包んだ。

 

「ぎゃあああ――」

 

 その光の中で悲鳴が聞こえた。

 それは、金凰妃の悲鳴だった気がする。

 

 光が収まった。

 

 草の上に宝玄仙が座っていた。

 驚いたことに、失われていた手足が戻りかけている。

 おかしなかたちに豊乳化されていた乳房も普通の大きさに戻っている。

 身体のそれらの部分は、まだきらきらと光に照らされているような感じになっているが、凄まじい勢いの『治療術』が、宝玄仙の失われた身体を再生しているのは確かのようだ。

 その宝玄仙の前に金凰妃が倒れている。

 金凰妃の胸には大きな穴が開いていた。

 金凰妃が絶息しているのは明らかだ。

 

「御前、御前、だいじょうぶ……? 御前、しんじゃうよ……」

 

 草の上の宝玄仙が泣きそうな顔で言った。

 

「ご主人様……?」

 

 あれは宝玄仙であって、宝玄仙ではない……。

 孫空女は、とっさに思った。

 別の人格だ。

 

 しかし、宝玉でもない……。

 孫空女の知らない宝玄仙だ。

 孫空女はそれを確信した。

 

 たどたどしい舌足らずの喋り方は、幼児を感じさせる。

 子供の宝玄仙?

 

 そんな感じだ。

 だが、その持っている霊気は凄い。

 発揮している道術もいつもの宝玄仙に比べても桁違いの気がする。

 ふと見ると、すでに、手足が完全に戻り、身体の外観の回復が終わっている。

 

 以前、智淵城で同じようなことがあったとき、宝玄仙は、『治療術』で切断した手首と足首を復活させるのに、丸一日はかかったと聞いている。

 いまは、ものの一瞬で腕も足も乳房も復活している……。

 

「い、いかん、殺せ――。宝玄仙を殺せ。危険だ――」

 

 金凰魔王が絶叫した。

 同時に、金凰魔王が『移動術』で逃亡を図る気配を示した。

 

「逃がさないよ……」

 

 座っている宝玄仙からなにかの霊気の塊りが飛んだ。

 巨大な槍のようなものが金凰魔王に向かって飛んだと思った。

 

 金凰魔王の身体に大きな穴が開く。

 道術の槍というべきか……。

 それがさっき金凰妃を殺したのだろう。

 

 金凰魔王は呻き声をあげることもなく後ろに倒れた。

 死んだのは間違いない。

 周囲の兵が騒然となった。

 

 そのとき、孫空女の身体が地面に落ちた。

 金凰魔王が死んだので、その霊気で包んでいた球体が消滅したのだ。

 ふと見ると、魔凛も同じように地面に落ちている。

 しかし、魔凛は、宝玄仙の暴れように顔を蒼ざめている。

 

「御前をころそうとした……。みんな、みんなゆるさない……。宝がしかえしする。そしたら、御前はきっと、いい子、いい子してくれる……」

 

 宝玄仙が立ちあがった。

 次の瞬間、四方八方に霊気の刃のようなものが飛んだ。

 

「うわっ」

 

 孫空女は慌てて、地面に伏せた。

 魔凛も同じようにしている。

 宝玄仙から放たれたものが、根こそぎ周囲の兵たちの身体を切断していくのが見えた……。

 

 阿鼻叫喚の地獄がそこに起こった。

 周囲を取り囲んでいた亜人軍の大軍が、あっという間に全滅している。

 宝玄仙の発した道術の刃で肉体を切断されて、大勢の亜人兵が地面に倒れている。

 辛うじて、道術の刃に当たらなかった兵も、慌てふためいて逃亡している。

 すでに、周りには孫空女たちを囲む兵はいない。

 凄まじい血の臭気だ。

 

「ご主人様――」

 

 孫空女は宝玄仙に駆け寄ろうとして躊躇った。

 眼の前に拡がる悲惨な光景は、宝玄仙が作りだしたものだ。

 そう思うと、その恐ろしさが孫空女の身体を一瞬凍りつかせた。

 

「御前、だいじょうぶ? 御前、宝がなおしてあげるね……」

 

 宝玄仙がゆっくりと、鳴智に近づいていく。

 

「ほ、宝玄仙……。わたしとのあの遊びのことを覚えていてくれたんだね……。嬉しいよ。あんたに、そう呼ばれるのは久しぶりだ……。むかし、あの帝都の屋敷で、“調教ごっこ”するときは、あんたは、いつも、わたしをそう呼んでくれていたものね」

 

 鳴智が弱々しい声で微笑んだ。

 その鳴智は、いまの宝玄仙を見て、嬉しそうな表情をしている。

 その鳴智のところまで、宝玄仙がやってきた。

 

「……ああ、でも、御前、まりょくのいりぐちがない……。なんで……? でも、このからだのもようなんだろう……? ここから、まりょくをいれればいいのかなあ……」

 

 宝玄仙が切断された鳴智の腕を寄せて、鳴智の身体に霊気を注ぎ込みだした。

 鳴智の顔が生気を取り戻していくのがわかった。

 痣だらけだった身体が白くなり、顔の傷もなくなっていく。

 切断された腕も繋がり始めている。

 

「御前、御前、だいじょうぶ? いたい?」

 

 宝玄仙が鳴智の前にしゃがみ込んで、しきりに声をかけている。

 孫空女はその宝玄仙にゆっくりと近づいていった。

 

「も、もう、大丈夫さ、宝玄仙……。あ、ありがとう……」

 

 鳴智は身体を起こした。

 孫空女から見ても、鳴智はすでにほぼ快復している。

 とりあえず、ほっとした。

 なにが起きたのかさっぱりと理解できないが、とにかく、助かったのだ。

 

「ど、どこにもいかないでね、御前……。でも、ちょっと、ねむたいの……。だけど、どこにもいかないで……。ねえ、宝のこと、いい子、いい子してくれる?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ああ、いい子だよ……」

 

 鳴智が愛おしそうに、宝玄仙の頭に手をやった。

 すると、宝玄仙が嬉しそうな表情になり、次の瞬間、鳴智の身体に身体を丸めて倒れ込んだ。

 

「ご、ご主人様?」

 

 孫空女は声をかけた。

 しかし、すでに宝玄仙は寝息をたてていた。

 鳴智の膝の上で、幸せそうな表情をして……。

 

「ね、ねえ、いまのはなんだったの……? それに、鳴智と宝玄仙って、どういう関係なの? 宝玄仙はあなたのことを嫌っているんじゃなかったの?」

 

 魔凛だ。

 魔凛もまた、孫空女とともに、鳴智と宝玄仙を見守る位置までやってきたのだが、ふたりの様子に驚いている。

 

「大したものだねえ――。いやあ、驚いたよ……。うちの人が、宝玄仙に一目を置いている理由もわかったよ。このわたしじゃあ、口惜しいけど、あんな道術は遣えないね――。それにしても、わたしもまた、いまの宝玄仙のお前に対する態度はどういうことか訊きたいね、鳴智」

 

 すると、背中から別の声がした。



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586 旅の再開


 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの(ほう)を手に入れる
 それまでの支配者は倒され
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう

                   ──金王妃の予言


 *



「大したものだねえ。いやあ、驚いたよ……。うちの人が、宝玄仙に一目を置いている理由もわかったよ。このわたしじゃあ、口惜しいけど、あんな道術は遣えないね。それにしても、わたしもまた、いまの宝玄仙のお前に対する態度はどういうことか訊きたいね、鳴智(なち)

 

 鳴智は顔をあげた。

 

「お、お宝――」

 

 思わず声をあげた。

 孫空女と魔凛(まりん)のいる少し離れた後方に、お宝が立っている。

 

「お前、誰だい……? ああっ、お前、ご主人様の偽者――」

 

 孫空女がお宝を認めて、飛びかかるような態勢になった。

 

「あっ」

 

 しかし、次の瞬間、孫空女の手足はひとつにまとまってしまい、その場に倒れ込んだ。

;孫空女の手足首についている『緊箍具(きんこぐ)』という拘束霊具をお宝が操作したのだ。

 

「ち、畜生――。あたしたちをどうするつもりなんだ、お前――」

 

 孫空女は草の上に転がったまま叫んだ。

 

「どうもしやしないよ、孫空女……。どうやって、鳴智と魔凛を回収しようかと思っていたけど、都合よく、宝玄仙が寝てくれたんで、そのあいだに連れていくよ――。さすがに、あれだけの霊気を発散したんじゃあ、身体がもたなかったようだね……」

 

「か、くそうっ、これを外しなよ――」

 

 孫空女は拘束されたまま暴れるが、お宝は無視だ。

 

「まあ、その感じだと、しばらくは宝玄仙の意識は戻らないだろうさ。そのあいだにこいつらは連れていくよ――。さあ、お前たち、命令だよ。こっちにおいで」

 

 お宝が言った。

 鳴智の身体には、『服従の首輪』が嵌められている。

 “命令”という言葉には逆らえない。

 魔凛も同じだ。

 鳴智の身体は、魔凛とともに、お宝のもとに歩み寄った。

 

 膝の上に乗っていた宝玄仙は、そのまま草の上でまだ寝息を立てている。

 さっき、“御前(ごぜん)”と呼びかけた宝玄仙――。

 

 それは、帝都時代に、宝玄仙が鳴智だけに見せた甘えの呼び掛けだ。

 宝玄仙は、なぜか、鳴智とふたりきりになると、ああやって、鳴智のことを“御前”と呼んで、さっきのように、まるで童女のような喋り方になり、鳴智に甘えたものだった。

 

 懐かしい……。

 

 あれは宝玄仙特有のあのときだけの遊びだと思っていたが、いま、その呼びかけを再びしてくれたいうことは、鳴智を許す気持ちになってくれたということだろうか……?

 

 しかし、それを確かめることなく、宝玄仙は疲れたように寝てしまい、いま鳴智はお宝の支配に戻った。

 鳴智の身体が、お宝の横まで移動すると、お宝が鳴智を睨みつけた。

 

「よくやったと言いたいところだけど、どうやら、お前たちは、このわたしを随分と虚仮(こけ)にして、勝手に動いたようだね。その仕置きはしっかりとするよ。魔域に戻ってからになるだろうけどね……。さあ、ふたりとも動くな。命令だよ」

 

 お宝の言葉で、鳴智の身体は凍りついたように動かなくなった。

 確かに、鳴智はお宝には無断で勝手に動いている。

 そもそも、この隠れ処だって、お宝には知らせずに準備したのものだ。

 それを怒っているのだろう。

 

 どうやって、追いかけて来たのかわからないが、お宝はお宝なりに、道術の耳目で、金凰軍の動きでも押さえていていたのかもしれない。

 それで、逃亡した宝玄仙を追いかけて金凰軍が緊急出動したことを受けでもして、それをさらに追いかけて、ここにやってきたのだろうか。

 

「さあ、どんなお仕置きをしてもらいたいんだい、鳴智? とりあえず、全身の感度をあげられて、丸一日くすぐられるというのはどうだい? それとも、媚薬を発する触手が飼ってある水桶に放り込んで顔だけ水に浮かばせて放置というのもいいねえ」

 

 お宝が鳴智の背中をぽんと叩いた。

 身体の道術陣から道術を送られたのがわかった。

 さっきは、その道術陣から宝玄仙が『治療術』を送り込んで、切断されまでした身体を治してくれたが、今度はその道術陣から鳴智の肌の感覚を上昇する道術を注ぎ込まれた。

 

 身体の感度があげられた……。

 

 普通は、道術陣とは、それを刻んだ道術遣いしか使うことができないものだが、宝玄仙の一部から作成されたお宝と宝玄仙は、同じ霊気の波を使う。

 さっきは、宝玄仙も鳴智に刻まれている道術陣から霊気を注ぐことに成功したが、もとはといえば、それは、こうやってお宝が鳴智の身体を弄ぶために刻んだものだ。

 お宝と宝玄仙は、お互いの作成した霊具や魔方陣を自在に使い合う。

 さっき、お宝が本来は宝玄仙にしか扱えないはずの孫空女の『緊箍具』を操作したのも同じ理屈だ。

 

「くうっ」

 

 鳴智は思わず声をあげた。

 感度のあがった肌を風が通り抜け、それだけで思わず淫情を覚えるほどに感じるのだ。

 いったい、どれだけ、感度をあげたのだ……?

 鳴智は歯を食い縛った。

 

「随分と可愛い声を出すじゃないかい、鳴智――。さあ、覚悟しなよ」

 

 お宝がすっと鳴智の背中を指で撫ぜおろした。

 

「あはあっ――」

 

 それだけで腰が砕けそうになり、鳴智の股間から樹液が迸ったのがわかった。

 身体は脱力して倒れそうになったが、動くなという命令が、なんとか鳴智の身体を維持した。

 

「ま、待ってください、お宝様――。わたしたちは、ちゃんと宝玄仙を救出しました――。鳴智は、あんな酷い目に遭うまで頑張りました。それなのに、罰とはあんまりです」

 

 鳴智の横で、やはり、命令によって動けなくなった魔凛が抗議の声をあげた。

 

「うるさいよ、魔凛――。もう、お前にも容赦はしないよ。わたしに逐一報告しろと命じたのはどうしたんだよ? お前からも、一度も報告はないし、お前たちの動向を追いかけるのに苦労したんだ――。お前も、鳴智と同じように折檻だからね。覚悟しな――」

 

 お宝は魔凛の黒い下袴に手を伸ばして、魔凛の下袴の紐を外した。

 

「ひいっ、いやっ――」

 

 お宝が魔凛の下袴を膝まで下げおろした。

 

「さあ、ふたりとも、その恰好で魔域まで帰還だ――。ところで、孫空女、宝玄仙が起きたらよろしく伝えておくれ――。魔域まで、元気で旅をすることを祈っているとね。そして、もう、馬鹿な失敗で捕らえられても、面倒は看てやらないともね」

 

 お宝が言った。

 孫空女は、四肢を束ねられたまま、草の上で悪態をついている。

 

 宝玄仙……。

 まだ、寝ている……。

 

「くそうっ――。宝玄仙、起きろ――。わたしを助けておくれよ――。お前なら、この首輪を外せるだろう――。頼むよ――。いますぐに起きて、この首輪を外しておくれ――」

 

 鳴智は絶叫した。

 しかし、身体がねじれるような感覚が起こり、目の前の景色が消滅した。

 『移動術』が全身を包んだのがわかった。

 

 *

 

 

「まるで、覚えていないのかい、ご主人様?」

 

 孫空女は言った。

 

「覚えていないということはないけどね……。ただ、分厚い透明の板の向こうで、自分の身体の外で起きていることをなんとなく眺めていた……。そんな感じだよ」

 

 宝玄仙は答えた。

 旅の途中だ。

 

 結局、宝玄仙が眼を覚ましたのは、宝玄仙の偽者や鳴智たちが消えてから一刻(約一時間)以上がすぎてからだった。

 眼を覚ましたときには、あの舌足らずの幼児のような口調の宝玄仙ではなく、いつもの宝玄仙だった。

 鳴智がいなくなったことをとても口惜しがっていて、孫空女はさんざんになじられた。

 それには、理不尽さも感じるが、とにかく、宝玄仙が復活して、孫空女は心から安心している。

 

 その後は、あの不思議な宝玄仙が殺しまくった亜人兵からまだ使えそうな服を探して宝玄仙に着させ、路銀や食べ物の足しになりそうなものを集めて、すぐにその場を逃げ出した。

 

 金凰魔王と金凰妃を殺したのだ。

 それがどんな罪になるかなど確認しなくてもわかる。

 今度こそ、捕らえられれば死刑であることは間違いない。

 

 ただ、結局のところ、追いかけてくるような軍はなかった。

 魔王が死に、それどころではないのか、あるいは、あの宝玄仙の恐ろしさに怯えて、宝玄仙の追補軍に参加したがる兵がいなかったからだと思うが、おそらく、その両方だろう。

 金凰魔王領を孫空女と宝玄仙は逃避行を続けているが、それを阻止する者はなにもない。

 

 いまは普通に旅をするのと同じようなものだ。

 途中で、亜人の部落で宝玄仙が着易い女物の服を手に入れて、宝玄仙に着替させた。

 孫空女も、緒里の軍服のままだったので、男物の衣類に替えた。

 また、その部落では、旅に必要な食料や物も手に入った。

 金凰宮からかなり離れた部落だったが、どうやら手配されている様子もないということがそれでわかった。

 

 あの殺戮について、宝玄仙は少しは覚えていたようだ。

 だが、その記憶はぼんやりとして、あれが現実の出来事だということが、宝玄仙にはしっくりこないらしい。

 ただ、あのとき、意識を回復した直後の宝玄仙は、凄惨な殺戮の現場をじっと見つめて、顔を蒼くしていたから、それが自分のやったことだというのは、しっかりとわかっていたようだ。

 

 その場で孫空女の説明を受け、しばらくは、宝玄仙は黙ってなにかを考え続けていたようだったが、逃避行が始まると、やがて、自分になにが起きたのか、覚えていることを孫空女に説明し始めた。

 

 やはり、突然に霊気が溢れだしたのは、宝玄仙の身体がもの凄い勢いで霊気を集めだし、それが膣に入れられていた魔法石では対応できなくなったからのようだ。

 それで、魔法石によってとめられていた霊気の流れが復活して道術が遣えるようになったらしい。

 

 つまり、魔法石が飽和状態になり、それ以上、宝玄仙の霊気を吸収できないよう状態になってしまったのだ。

 そうなってしまえば、もう、魔法石を入れられていても、なにも入れられていないのと同じだ。

 宝玄仙は、集まった霊気を全解放して、金凰魔王の力場の檻を破壊し、周辺に道術による直接攻撃を撒き散らして、金凰魔王、金凰妃、そして、金凰軍を全滅させた。

 

 しかし、宝玄仙は、それは自分のやったことじゃないという。

 別の人格が出現したようだという。

 だが、別の人格といっても、宝玉でもないようだ。

 

 すなわち、三人目の宝玄仙の人格ということになりそうだが、宝玄仙はそれは自分でもよくわからないと説明している。

 とにかく、その別の宝玄仙に身体を乗っ取られているあいだ、宝玄仙は存在しながらも、存在していないような感じだったというのだ。

 そのときに起きたことは知覚はできるが、感情は停止していたような状態に陥っており、いまでも、そのときになにを考えていたのか、まったくわからないらしい。

 

 まあ、とにかく、宝玄仙が道術が遣えるようになったということだけは確かだ。

 霊気を吸収する力を失った魔法石は、後で簡単に宝玄仙の膣から抜け出てきた。

 

「ねえ、孫空女、本当にわたしは、鳴智のことを御前と呼んでいたのかい? しかも、嬉しそうに」

 

「そうだよ、ご主人様。なんか、とても親しそうだったよ……。それは鳴智も同じだったけど」

 

 孫空女は言った。

 この説明は何度もした。

 ただ、宝玄仙は、帝都時代の鳴智とのことをよく覚えていないのだという。

 

 いや、覚えているのだが、それにはかなりの記憶の欠落があるようなのだ。

 それについて、宝玄仙は最近になって気がついたのであり、今回、久しぶりに鳴智に再会し、その思いを強くしたようだ。

 

 なぜ、記憶が欠落しているのか……?

 宝玄仙は考え続けているようだが、答えは出ないらしい。

 

 束の間だけ出現した三番目の人格の存在と関係はありそうだが、孫空女にはわからないし、宝玄仙も同じだ。

 沙那なら、このことからなにかを類推してくれるだろうか……。

 

 いずれにしても、いまふたりは、金凰魔王領の山道を白象宮と呼ばれているもうひとつの魔王宮に向かって進んでいる。

 沙那を見つけるためだ。

 

 沙那は、獅駝(しだ)の城郭から白象宮という場所に移送されたはずだ。

 孫空女は獅駝の城郭で玄魔隊に捕らえられていたときに、そう耳にしていた。

 しかし、沙那がまだそこにいるかどうかわからないし、そもそも、本当に移送が行われたかどうかも不明だ。

 とにかく、行くだけ行ってみようということになったのだ。

 

 宝玄仙の道術も戻ったので、沙那の首にさせた首輪の追跡機能で、宝玄仙は沙那のいる場所まで、『移動術』で跳躍できるはずなのだが、なぜか沙那の首輪の霊気の流れが途切れていて、宝玄仙の道術では繋がらないらしい。

 それで、いまは、歩いて白象宮に移動している。

 

 それは朱姫についても同じだ。

 朱姫は、獅駝の城郭から移動したとは聞かないが、朱姫の首輪も宝玄仙の道術による追跡機能が発揮しない状態だ。

 

「ねえ、孫空女、もう一度確認するけど、あの鳴智は、このわたしに、助けてくれと叫んだのだね?」

 

 宝玄仙が言った。

 同じ質問を何度するのだろう。

 孫空女も同じように返すしかない。

 

「うん……。とっても切羽詰った感じだった。あの偽者のご主人様は、とても酷く鳴智を扱っていたよ」

 

 孫空女は応じた。

 すると、宝玄仙が険しい顔をして、またむっつりと黙り込んだ。

 

 

 

 

(第89話『魔女の復活』終わり)



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 第90話  見限った供と女主人【小白象(こはくぞう)
587 少女ふたり


「おむつをあてような、雪蘭(せつらん)

 

「は、はい……」

 

 小白香(しょうはくか)改め小白象(こはくぞう)は、雪蘭の両脚のそれぞれの膝の上と下を縄でひと括りに縛り、さらにその膝の縄を寝台の側面に縛って、雪蘭が膝を曲げて状態で股を開いて閉じられないようにした。

 つまりは、赤ん坊が母親に抱えられて小便をするような体勢で正面を上に向けたような格好だ。

 

 雪蘭はさすがにそんな恰好にされたことに、全身を真っ赤にして恥ずかしそうな様子を示していたが、さらにおしめ代わりの布を尻の下に当てられたことで、新しい羞恥の汗を噴き出させた。

 また、雪蘭の両手は後ろ手に組ませて、しっかりと縄掛けをしている。

 そうやって、身動きできない状態にした雪蘭を小白象は責めているのだ。

 

「は、はずかしいです、おねえ様……」

 

 雪蘭は消え入るような声で言った。

 

「心配するな、雪蘭。今夜は、わらわが雪蘭を責めるが、次は、雪蘭にわらわを責めさせてやるぞ。恥ずかしいのはお互いさまじゃ……」

 

「そ、それもはずかしいです……。雪蘭は、おねえ様をせめるなんてできません」

 

「でも、少しは興味があるであろう……? お前が気持ちよくなったところをわらわにも試してみたいと思わんのか?」

 

「雪蘭は、おねえ様にせめられるのがいいです……」

 

 雪蘭が顔を赤くして言った。

 

「そうか……。まあよい。今夜は、とにかく、また、膣の中の開発をするからな。この前から、だいぶ感じるようになったようだから、今夜あたりは潮も吹けるかもしれんぞ……。実は、母者に聞いたのだがな、年齢に関係なく、しっかりと感じる女の身体を作ることはできるらしいぞ」

 

 小白象はそうささやきながら、雪蘭の身体に自分の裸身を重ねた。

 雪蘭の唇に自分の唇を重ねる。

 すると雪蘭が小白象の口の中に舌を挿し入れてきた。

 雪蘭の舌が小白象の舌を舐め、さらに口の中を刺激する。

 

「はあ……」

 

 思わず、口を開いて声をあげた。

 雪蘭の舌の技も、最近はなかなかの技巧に達してきたように思う。

 初めてのときのようなぎこちない動きとは違い、むしろ積極的に小白象の唇や舌を責めたてる。

 小白象がたじたじになるようなこともしばしばだ。

 いまも、ちょっと油断すれば、拘束をしている雪蘭に、性の主導権を奪われたような心地になる。

 小白象は、うっとりとした気持ちに浸りながら、雪蘭の舌に自分の舌を絡ませて、お互いの唾液をすすり合った。

 

「はあ、はあ、はあ……小白香(しょうはくか)おねえ様……、きもちいいです……」

 

 唇を離すと、雪蘭が朦朧とした表情で言った。

 

「わらわは、小白象(こはくぞう)じゃ……。また、名を間違えたな、雪蘭……。罰じゃぞ」

 

 小白象は、指で縄掛けをして強引に盛りあげられている雪蘭の胸の乳首をぴんと弾くような仕草をした。

 

「きゃん──。ああ、ごめんなさい、小白象おねえ様……。ばつを……ばつをあたえてください……」

 

 雪蘭が身体を弓なりにして、乳首を指で叩かれる苦痛に声をあげた。

 小白香という名乗りを捨てて、小白象と名を改めて十日ほどがすぎている。

 名前を変えたのは、正式に白象の地位を継いで新魔王に就くにあたり、いわくつきの金凰妃の名をとった“小白香”という名を捨てたかったからだ。

 それに、血が繋がってもいないのに、実の娘同然に育てて護ってくれた白象に対する感謝の気持ちもある。

 だから、小白香は、“小白象魔王”として、白象の支配していた魔王領に君臨することにしたのだ。

 魔王宮の名も“白象宮”のままとした。

 そして、小白象は、第二代の白象宮の魔王として即位する。

 

 もっとも、その白象も当面は摂政なので、ふたり態勢で政事を行うことになるだろう。

 また、即位するにあたり、金凰宮と完全絶縁をすることにした。

 白象がずっとやってきたような金凰宮への理不尽な朝貢はやめた。

 あわせて、白象軍としての軍の体裁も急いで整備を進めている。

 それはともかくとして、雪蘭は、まだ小白象という名に慣れていないのか、興奮すると、いまのように名を間違えることもある。

 そのたびに罰を与えるということにしているのだが、もしかしたら、雪蘭はそれを承知でわざと間違いをしているのかもしれない。

 まあ、どうでもいいことだが……。

 

「さて、じゃあ、指を入れてやろうな。じゃが、その前に罰じゃ……。わらわが、いまから、指を入れる場所の名を言ってみよ」

 

「そ、そんな──」

 

 雪蘭は悲鳴のような声をあげた。

 

「言わんと、お預けじゃぞ。股の奥が痒いであろう……? お情けをせんぞ」

 

 小白象はからかった。

 

「ああ、そんな……。雪蘭はかゆくてがまんできないです……」

 

 お預けというと雪蘭は泣きそうな顔になった。

 雪蘭と遊ぶときには、必ず掻痒術を雪蘭の身体に使っており、今夜は膣の奥に猛烈な痒さが沸き起こるように道術をかけている。

 その痒い場所を避けるように愛撫を続けて、逢瀬の最後に痒みを癒してやるのが決まり事だ。

 だが、ときには最後まで情けを与えずに赤い貞操帯で封印することもある。

 そんなときに走る雪蘭の絶望の表情が可愛いのだ。

 だが、お預けは苦しいのだろう。

 お預けと言われれば、雪蘭はいつも泣きそうな顔をする。

 

「だったら口にするのじゃ、雪蘭……」

 

「は、はい……お、お股……です……」

 

 雪蘭は消え入りそうな声で言った。

 しかし、小白象は笑い出してしまった。

 

「お股ではお前のお尻の穴も全部そうであろう……。そうではなくて、雪蘭がこの前、わらわに教えてくれた下賤の者の物言いじゃ」

 

 小白象は雪蘭の震えるような桃色の小さな股間の花びらを指でくつろいでいった。

 雪蘭の股間はすでに濡れていた。

 ぷんと女の蜜特有の匂いが小白象の鼻を刺激する。

 

「あっ……」

 

 雪蘭は腰をもじつかせた。

 

「ほら、ここはなんという場所じゃ。わらわは、女陰とか、膣という呼び方しか知らんかったが、下賤の者はほかの物言いをするのであろう? 言わんか……」

 

 小白象はさらに雪蘭の股間の亀裂に添って指を動かしながら言った。

 だんだんとぴったりとくっついていた秘孔も開いてくる。その中からねらねらと光る女の樹液が漏れ出してもきた。

 小白象によって開発された雪蘭の身体は、外観は幼いがその中身はすっかりと女の身体だ。

 金凰魔王によって強引に破瓜をし合されたことも、いまとなっては、小白象と雪蘭が女として成長するきっかけとなったし、ふたりの関係を一層深いものにした気がする。

 

「ほらっ、もう一度、その言葉をわらわに教えよ」

 

 小白象は雪蘭の股間を刺激しながら言った。

 雪蘭は人間族の貴族の娘だが、召使いの子供などと卑猥な言葉遊びをしたときに、耳にした言葉だという。

 別段、小白象は、それを聞いてもなんの感慨もないのだが、雪蘭に無理矢理に口にさせると、妙に恥ずかしがるので、最近はなにかと理由を付けて、雪蘭に言わせるようにしている。

 

「お、おまん……こ……」

 

 雪蘭がその言葉を恥ずかしそうに口にした。

 その可愛い仕草に、小白象は思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「では、本格的にいくぞ、雪蘭」

 

 小白象は寝台の棚に置いていた瓶に指を入れると指先に潤滑油をまぶした。

 そして、人差し指と中指をずぶずぶと雪蘭の膣の中に挿し入れた。

 

「んんっ……ああっ……」

 

 雪蘭が眉間に皺を寄せて仰け反った。

 まだ、雪蘭の前の蕾は堅い。

 だが、それでも、小白象の調教の日々の中で、だんだんと挿入を受けいれることもできるようになったきた。

 指を入れてしばらくは、まだ痛みが大きそうだったが、雪蘭の股間の中の粘膜を探るように挿入した指をゆっくりと動かしてくと、雪蘭の表情に快感に溶けいるような色が浮かび出した。

 

「はああ……」

 

 雪蘭が甘い息を吐いた。

 

「もっと、力を抜くのだ、雪蘭」

 

「は、はい……小白象おねえ様……」

 

 今度は間違えなかった。

 小白象はほくそ笑んだ。やっぱり、間違えてもいい状況を選んで、名を意図的に間違えているのではないかと思ったのだ。

 小白香は指を動かし続ける。

 

 やがて、膣の入り口に近い上側のざらざらした部分にいき当たった。

 最近は、雪蘭の調教は、ここを集中的に刺激をすることを欠かさないようにしている。

 最初こそ、なんの反応もなかったが、この数日は同じ場所が中でうっすらと盛りあがってきたような感じになり、雪蘭の反応も激しいものになってきた。

 

「そ、そこは、いやっ……お、おねえ様、こ、こわいです……だ、だめええっ──」

 

 雪蘭がいきなり甲高い悲鳴をあげた。

 拘束された身体を激しくのたうたせてる。

 小鼻を膨らませ、荒い息を吐きながら、激しく暴れる。

 

「どうしたのだ、雪蘭……。そんなに気持ちいいのか……?」

 

 小白象は、急激な雪蘭の反応に微笑みながら、雪蘭の股間への刺激を続けた。

 

「わ、わからないです……。おしっこ……おしっこができます……おねえ様……おしっこが──」

 

 雪蘭がさらに暴れ出した。

 

「やっぱり、おしめが必要だったのう。遠慮はいらんぞ、雪蘭──。わらわにかかっても構わん。そのまませよ」

 

「ちがうの……。なんか、ちがうんです……ああっ──」

 

 雪蘭が喘ぎながら腰を振った。

 すると、つっと秘肉から鮮やかな赤いものが滴ってきた。

 

 血……?

 小白象は呆気にとられた。

 初潮か……?

 小白象は息を吐いた。

 どうやら、刺激を受けているあいだに、ついに、雪蘭に初潮がやってきたようだ。

 

「雪蘭、今日は中止だ。始まったようだぞ」

 

「は、はじまった……?」

 

 雪蘭は荒い息をしながら、汗ばんだ顔を小白象に向けた。

 

「初潮が来たようだ……。今夜は終わりだ……。さあ、縄を解いてやろうな。侍女に言っておくから、すぐに手当をしてもらえ……。いや、手当というのは変か……。別に病気ではないからのう……。雪蘭の身体が、女の身体になったということだ」

 

 小白象はそう言いながら、雪蘭の縄を解いていった。

 また、掻痒術の効果も消滅させる。

 震えていた雪蘭の身体が脱力したようになった。

 

 それにしても、雪蘭に初潮か……。

 少しだけ小白象は心配になった。

 小白象もそのくらいだったので、十歳という年齢は不自然ではないが、雪蘭の身体はまだ幼い。

 その幼い雪蘭に小白象がふしだらな行為をしたり、あるいは、金凰魔王により強姦のような破瓜をさせられたことが、雪蘭の身体におかしな変調をもたらしたのではないだろうか……?

 

 雪蘭には、安心させるような物言いをするが、後で白象に聞いてみようと思った。

 雪蘭はしばらく呆然としていたが、やがて、すっかりと縄を解かれてから自分の股間の状態を眺めて、顔を真っ赤にした。

 

「も、もうしわけありません、おねえ様」

 

 雪蘭が尻の下に当てていたおしめで血のついた股を隠しながら頭を下げた。

 

「なにを謝っておるのだ、雪蘭?」

 

 小白象は笑った。

 

「だって……。とちゅうでしたのに……」

 

 雪蘭は小さな声で言った。

 

「途中でも問題はないわ。雪蘭のおりものがなくなったら、またしような……。わらわと雪蘭はずっと一緒なのだからな。明日も、明後日も……それからも、死ぬまで一緒だ。だから、今夜が途中で終ったことなど、気にするに値もせん」

 

 小白象は、そんな雪蘭をそっと抱き寄せて、額に口づけをした。

 そのとき、ぽんと『通信球』が小白象の前に浮かんだ。

 これは白象宮からの緊急の呼び出し連絡だ。

 小白象は、ふと窓の外を見た。

 

 すっかりと夜もそれなりに更けている。

 昼間の政務は終わって、こちらに戻ってきて雪蘭と夕食を終わり、夜の営みを始めたばかりだから、まだ夜としては浅いとは思うが、こんな時間に呼び出すのだから、余程のことあったのだろうと思う。

 

「それにしても、無粋な連中じゃな」

 

 小白象は、『通信球』を割った。

 『通信球』とは、あらかじめ刻んだ声を『通信球』を受け取った相手側で再生をする道術だ。

 霊具でも同じことができるので、道術遣いであれば、誰でも普通に使う遠方者との常套の通信手段だ。

 

 

 “金凰宮の状況が概ね判明しました。つきましては、今後の動きについて早急に話し合う必要があります。申し訳ありませんが、白象様の部屋までお越しください。”

 

 

 『通信球』から聞こえたのは、沙那の声だ。

 金凰宮で異変が起きたというのは、すでに数日前に情報が入っている。

 未確認だが、金凰魔王と金凰妃が殺されたという噂もある。

 それについて、急遽、真偽を確かめるために、沙那と白象が手の者を送り込んだが、その詳細がわかったのだろうと思った。

 ただ、その報告場所が白象宮ではなく、こちらの離宮の白象の部屋というのは不自然だ。

 政務のことであれば、沙那にしても白象しても、必ず白象宮で、しかも、宰相の百眼女をまじえてするはずだ。

 小白象は不思議に思った。

 

 いずれにしても、白象の部屋ということであれば、この小白象の私室とそうは離れていないし、終わればすぐに戻ってこられそうだ。

 沙那の送ってきた『通信球』は、再生にする声が聞こえる人物を本人のみに限定する道術が刻んであった。

 だから、雪蘭には、さっきの沙那の声は聞こえていない。

 雪蘭が心配そうに、小白象を見ている。

 

「心配ない、雪蘭。大事ではない。だが、沙那と母者がわらわに用があるようじゃ……。股の始末をして待っていよ。足擦りは、わらわが戻ってからだ。そしたら、とりあえず、雪蘭の成長の祝いをふたりでしようぞ」

 

「はい、おねえ様」

 

 すると、雪蘭が幸せそうに微笑んだ。



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588 三者会談

「お呼びだてして申し訳ありません、小白象様」

 

 小白象(こはくぞう)が部屋にやって来ると、沙那が立ちあがって小白象を迎えた。

 上座の席が空いており、小白象はそこに誘導される。

 その右側面の席には、白象が座っており、沙那は白象に向かい合うかたちだ。

 ほかに人はいない。侍女さえも遠ざけられているようだ。

 

「こんな時間に、わらわを呼び戻すのじゃ──。さぞや、重大事なのであろうのう、沙那。まさか、明日の朝でもよいと思う案件で、わらわと雪蘭の大切な時間を邪魔したのではないであろうな?」

 

 小白象は、席につくや否や皮肉を言った。

 半分は冗談で、半分は本気だ。

 いま、緊急を要する案件といえば金凰宮のことに違いないが、新たな情報が入ったところで、大抵のことは明日でもいいはずだ。

 小白象が雪蘭とすごす大事な時間を邪魔されるほどの緊急性はないと小白象は思っている。

 

 なにしろ、金凰宮の異変については、なにが起きていようと、表向きは白象宮としては、なにもしないという方針をすでに決定している。

 白象宮は、金凰宮と絶縁宣言をしたばかりであり、白象宮が金凰宮の異変に関与する大義名分はない。

 金凰魔王と金凰妃の死が事実だとしても、白象宮は動くべきではないというのが、沙那の意見だ。

 

 もっとも、もしも、金凰魔王が死んでいるとすれば、金凰魔王は後継者を決めずに死んだことになる。

 そうであるとすれば、金凰宮で内紛が起きる可能性が高い。

 

 それに、魔王の地位を絶対に血縁で繋げなければならないという決まりはないが、魔王族の血が後継者の有力な条件のひとつであることは確かだ。

 そうであれば、金凰宮をまとめようという勢力が誰であれ、いまや、唯一の血縁の後継者といえる小白象に接触してくるのは間違いない。

 だから、うかつに動かず、その動向を見極めてから動いた方がよいと沙那は主張している。

 

 いずれにしても、白象宮が強引に関与しようとしても、それだけの軍事力がない。

 それよりも、白象宮としては、主がいなくなり、宙ぶらりんになった青獅子軍の勢力を取り込むことに努力を集中している。

 この軍事力があれば、当面の護りとしては十分だし、白象宮としての政戦略に幅も出る。

 その旧青獅子軍の取り込みは、まだ沙那を中心にして着手したばかりだが、これについて金凰宮側が無関心だったこともあって、うまく流れている。

 早晩、青獅子軍は白象宮の新たな軍事力として、再整理できそうだ。

 つまりは、明日の朝では遅い内容など存在しないはずなのだ。

 だから、こんな時間に緊急呼び出ししたことは、文句を言ってやろうと思っている。

 

「今夜中には、対応を決めなければなりません。明日には、もしかしたら、この白象宮にやって来るかもしれませんから……」

 

 沙那が神妙な表情で言った。

 

「やってく来る?」

 

 やってくるとはなんだろう……?

 

「まず、金凰魔王と金凰妃の死は事実です。複数の情報源から確認しました。間違いありません。あのふたりは死にました」

 

 沙那が説明を始めた。

 

「そうか……」

 

 あいつらが死んだのかと改めて思った。

 金凰魔王と金凰妃は、小白象の本当の両親のようだが、死の報に接してもなんの感慨もない。

 それよりも、これであいつらは、その事実を封印したまま死んだことになるということになる。

 小白象はそのことにほっとしている。

 

 小白象としては、小白象の母親は白象であるということだけが、“真実”と考えており、それ以外のことは必要ないと思っている。

 あのふたりが死んだのなら、もう余計な真実を暴露する者などいなくなったということだ。

 

「それはわかった、沙那。だが、それに対する方針は話し合ったと思ったがな……」

 

 小白象はできるだけ皮肉っぽく言った。

 

「はい。そのことそのものについては、明日にでも白象宮側で百眼女様をまじえて、方針を再確認したいと思います……。でも、今夜、お呼びだてしましたのは、実はわたし個人の問題に近いことなのです」

 

「個人の問題?」

 

 小白象は首を傾げた。

 すると、いままでじっとなにかを考えるように黙っていた白象が口を開いた。

 

「小白象、金凰魔王たちの死の状況がわかったのよ。あのふたりは、実は、たったひとりの人間族の道術遣いにやられたようよ……。それだけでなく、同時に数千の軍も全滅したわ。しかも、魔王直属の即動部隊よ……。それをただひとりの道術遣いがやったの……。しかも、瞬時にね」

 

「数千の軍を瞬時にひとりでだと? もしかしたら、それは……?」

 

 小白象は驚いた。

 金凰魔王はともかく、金凰妃の武辺は近隣にも広く鳴り響くものだった。

 さらに、金凰軍の即動部隊といえば、魔王の号令で瞬時に動くように編成されている金凰軍の誇る最精鋭部隊のはずだ。

 それをたったひとりで全滅させたとなれば、その道術遣いの力は計り知れない……。

 話が半分だとしても、とてつもない力量ということになる。

 そして、金凰宮が関わっていた人間族の道術遣いといえば……。

 

「わたしの元ご主人様です……。宝玄仙様です……。そして、ここに向かっているようだ、ということもわかりました」

 

「ここに向かっている? なんで?」

 

 思わず口走ってから、小白象はその質問の答えは明白であることに気がついた。

 宝玄仙がここに来るのは、沙那を取り返すために決まっている。

 だが、沙那があまりにも、短期間に白象宮に溶け込み、重要な人物になりきってしまったため、実のところ、沙那が白象宮にやってきたのは、ついこのあいだであり、そもそも、その宝玄仙の供のひとりであるというのを失念していたのだ。

 

「……小白象、わたしたちは決断しなければならないわ。沙那をその宝玄仙殿に戻すか、それとも、金凰魔妃や金凰軍を瞬時に倒すほどの道術を駆使するほどの道術遣いに逆らうかよ」

 

 白象が言った。

 

「さ、沙那を手放すなどとんでもない」

 

 小白象は声をあげた。

 沙那は白象宮にとっても、小白象個人にとっても、もうなくてはならない人材だ。

 沙那を手放すなどとんでもないことだ。

 

「ならば、戦うの? わたしは、摂政として意見を言うけど、報告があった限りにおいて、その宝玄仙殿の道術は凄まじいわね。いまの白象宮では、束になってかかっても勝てないと思うわ……。残念ながら、お前よりもずっと上だと思うわ。つまりは、白象宮には、宝玄仙殿にかなう者はいないということよ」

 

 白象は肩を竦めた。

 

「わらわが話す……。沙那を邪険に扱うつもりはないのだ。重鎮として働いてもらいたいと説明する……。そして、譲ってもらう……。話してわかってもらう」

 

「ありがとうございます、小白象様……。ただ、これだけは確かですけど、わたしの前のご主人様の宝玄仙様は、話し合いの通用するお方ではありません。申し訳ありませんが、まだ、少女の小白象様が出ていっても、鼻で笑うだけです。相手にもしないでしょう」

 

「わ、わらわは魔王だぞ──」

 

 小白象は声をあげた。

 

「仕方ありません。そういうお人なのです。宝玄仙様には、話し合う気がないはずです。ここにやってきて、ただわたしを連れていくだけのことしか考えていないはずです。そうでないことを小白象様が口にしても、怒るだけです」

 

 沙那は首を横に振った。

 小白象は、そう言えば、この数日、沙那のその首に霊気の流れを遮断する布が巻かれていることを思い出した。

 沙那によれば、沙那がしている首輪は、いつでも、その宝玄仙が沙那にいる場所に駆けつけることができるために装着されているものであるそうだ。

 だから、沙那は、それによって宝玄仙が道術でここに追いかけて来られないように、霊気を遮断させているのだ。

 

 小白象は、一度ならず、その首輪を小白象の道術で外そうとしたが、まるで歯が立たなかった。

 つまりは、それを作成した宝玄仙の霊気が強すぎて、小白象の霊気でも手におえないのだ。

 

 霊具に仕込んだ霊気程度でも、これだけの道術遣いとしての差がある。

 これが面と相対すれば、白象のいうとおり、小白象でも宝玄仙には道術でかなわないだろう。

 それを悟った。

 

「ならば、どうするのだ──? まさか、沙那はここから去りたいと思っているのではないだろうな」

 

 小白象は声を荒げた。

 

「わ、わたしだって、ここに留まるつもりです。白象宮に骨を埋め、小白象様に忠誠を誓ってます。ただ、宝玄仙という道術遣いはそういう人だ申しているだけです」

 

 沙那も言い返してきた。

 小白象は、その沙那の表情から、沙那もまた、今回の事態に困惑と動揺をしているのだと悟った。

 

「ならば、どうするのだ、沙那?」

 

「説得するしかありません、小白象様」

 

「話し合いはできないと、お前が言ったぞ」

 

「話し合いとは言ってません。説得と言いました」

 

「説得?」

 

「はい、あの手この手で説得します」

 

「説得して納得してくれるのか? その宝玄仙殿が?」

 

「簡単にはしないでしょうね。わたしも、いろいろな人物に接してきましたが、宝玄仙様ほど我儘なお方はおりません。だから、断れない条件を突きつけるしかありません」

 

「断れない条件?」

 

「そうです、小白象様」

 

「それは脅迫と言うのではないか、沙那?」

 

 小白象は呆れて言った。

 

「そうとも言うかもしれません。でも、それがいま考えられる唯一の解決法です。脅迫されれば、誰でも腹がたつでしょう。しかし、わたしが宝玄仙様に戻されないためには、それしかないのです」

 

 沙那は言い放った。

 

「まあよい……。なにか考えがあるなら話せ、沙那」

 

 つまりは、沙那は言外に、最悪は宝玄仙と戦うことになると言っているのだ。

 その“説得”に失敗すれば、その瞬間に白象宮は危機に陥る。

 沙那を手放さないためには、宝玄仙を敵に回さねばならないということだ。

 

 小白象も覚悟を決めた。

 

 

 *

 

 

 白象は、沙那と小白象が話し合いをするのを黙って聞いていた。

 最終的には、この件は沙那に一任するということになったが、下手をすれば、最終的には金凰宮を事実上潰したほどの道術遣いと一戦交えることにもなりかねない。

 白象はそれを危ぶんだ。

 だから、沙那が退出した後で、小白象にふたりだけで話したいと言って呼びとめた。

 

「小白象、沙那の意見を訊ねるべきよ。沙那は、あれほどのことをしてくれた恩人でもあるのよ。その沙那の意見を無視して、宝玄仙という人から沙那を取りあげるというのはどうかしら? 人としての振舞いとして、感心しないわ」

 

 白象は言った。

 

「なにを言っておるか、母者。沙那の意思も明確だ。沙那はここに留まることを望んでおる──。聞いてなかったのか?」

 

「小白象、お前と沙那は『主従の誓い』をしているのよ。忘れたの? あの誓いを破棄できるのは、主人側のお前だけなのよ。道術契約で部下として沙那を受け入れるように心を拘束されているとはいえ、あれは、契約を破棄することだけは、お前の意思でできるはずよ」

 

「う、うるさい、母者──」

 

「いいから聞きなさい、小白象……。それに比べて、沙那はできないの。言わば、操られているのよ……。いいかしら、小白象、お前がいまやっているのは、恩のある沙那の心を操って、自分の都合のいい道具のままにしようとしてるのよ。つまり、金凰魔王と同じことをしているということよ──。それを自覚しなさい」

 

 すると、小白象が明らかにむっとした顔になった。

 

「は、母者は、沙那を手放せと言うのか?」

 

「そうじゃなくて、操りをして心を縛るのが卑怯だと言ってるのよ」

 

「駄目だ、駄目だ、駄目だ──。沙那は渡さん。誰にも渡さんし、ずっと、わらわのそばにいるのだ。これ以上言うと、母者でも折檻だぞ」

 

 小白象は立ちあがった。

 そして、そのまま、席をたって、部屋を出ていってしまった。

 

 白象は深く溜め息をついた。



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589 交渉の始まり

「わらわは、小白象(こはくぞう)である。白象宮の魔王だ」

 

 眼の前の娘が言った。

 宝玄仙は、案内をされた白象宮の一室にいる。

 孫空女も一緒である。

 白象宮は政務を行う公的な宮殿と、魔王の私的空間である離宮に分かれているようだ。

 宝玄仙と孫空女は、その離宮側に案内された。

 

 白象宮の城下となる城郭に入ったのは、今日の昼のことだ。

 城門はあったが閉鎖はされておらず、出入りも自由だった。

 宝玄仙は孫空女とともに、多くの亜人たちに紛れて城郭の中に入った。

 かなり賑わいのある城郭であり、暮らしている亜人は多く、城門の出入りも盛んだ。

 少し歩くだけで、この城郭の豊かさを十分に感じた。

 また、屋台や商家の軒先には物が溢れており、道は清潔で人には活気があった。

 旅でたくさんの城郭を見てきたからわかるが、ここの支配者は、良好な統治をしているようだ。

 

 店に物が溢れるのは、ここで暮らす庶民の生活に余裕があるからであり、その豊かな生活から生まれる物欲を支える物流の力があるということだ。

 また、道が清潔なのは、下水などがきちんと管理され、公衆衛生が整っているということである。

 そういう城郭では、人が密集しても疫病などは流行り難い。

 その支配者に、沙那が捕らえられているのだろうか……?

 

 どうやって、それを調べたものかを考えていると、目の前に身なりのいい亜人の上級役人らしき者が現れて、自分は魔王の使いだと言って、宝玄仙に声をかけてきたのだ。

 そして、ここまで案内をされ、その役人が準備していた馬車に半ば強引に乗せられて、白象宮の敷地にまで連れてこられた。

 ついで、馬車をおろされ、いくつかの関門を抜けて、この部屋にやってきたところである。

 案内された部屋は、広い部屋に柔らかい長椅子があるだけの殺風景だった。

 長椅子に向き合うように、少し豪華な椅子が一脚ある。

 部屋に存在するのはそれだけだ。

 

 長椅子に孫空女と並んで座って待っていると、ひとりの少女がやってきた。

 首をすっぽりと覆う襟の白色の装束を身に着けており、銀白色の髪には小さな冠が乗っていた。

 

 また、少女は、護衛の女兵を四人連れている。

 身なりや頭の冠からそれなりの立場の者かもしれないと思ったが、なにしろやってきたのは、十四、五歳にしか見えない少女だ。

 こいつは誰だろうと思っていると、その少女がいきなり、自分は魔王だと名乗ったのだ。

 

「魔王だって? この白象宮の魔王は子供なのかい?」

 

 宝玄仙は驚いて言った。

 すると、小白象と名乗った女の眉がぴくりと動いた気がした。

 

「そ、そんなことも調べずに、ここにやってきたのか?」

 

 小白象は問いかけとも、独り言とも取れないような口調で呟いた。

 その顔から呆れたというような表情が垣間見えた気がした。

 

「お前、知っていたかい、孫空女?」

 

「さあ……。金凰宮の魔王は金凰魔王だったから、白象宮の魔王は白象魔王だと思っていたよ……。ああ、そう言えば、白象魔王は変態女だと、青獅子軍の連中が笑っていたような気がするよ、ご主人様」

 

 孫空女が応じた。

 孫空女は、獅駝の城郭で捕えられていたときに、幾らかの情報に、監禁されていた玄魔軍の兵と格闘の試合をしながら接したという。

 そのときに、ここの白象宮のことも、少しは聞き齧ったようだ。

 

「……こ、これからは、どこかに、なにかをしに行くときには、事前にきちんと情報取りをした方がいいと思う……ぞ……。旅を続けるときには、これから進む道の先にあるものを可能な限り調べるものだ……」

 

 小白象が苦虫を潰したような顔で言った。

 その様子に宝玄仙は噴き出してしまった。

 

「そんなことは、お前に関係ないだろう──。まるで、沙那みたいなことを言うねえ……」

 

 宝玄仙は笑った。

 それで、やっと本題を思い出した。

 

「……ああ、そうだ──。それで思い出したよ。一体全体、お前がどういうつもりで、わたしらをここまで連れて来たか知らないけど、ここに沙那がいるんじゃないのかい? いたら連れてきな──。わたしの用件はそれだけだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「つ、つまり、沙那……がここにいるかどうかをまったく知らないの?」

 

 小白象が意外だという顔をしている。

 

「まあ、知らないけどね……。だけど、ここに奴隷として連れ込まれたという話は聞いている。だから、いるんだったら連れてきな。言っておくけど、わたしはこれ以上の面倒をかけたくないのさ。とにかく、わたしが穏やかに話をしているうちに話を終わろうじゃないか、小娘」

 

 すでに宝玄仙は、孫空女の身体とともに、自分たちのまわりを結界で防護している。

 それに比べて、目の前の小白象は道術の防護はしていないようだ。

 宮廷全体として、大きな結界を刻んでいるのは感じるが、いま、宝玄仙と相対している小白象の身体そのものは、なにも道術の護りをしていない。

 

 すると、小白象は、しばらくなにかを考えるように黙り込んだ。

 宝玄仙は小白象が口を開くのを待っていたが、その時間が少し長くなったので、だんだと苛々を感じてきた。

 

「なに、黙り込んでいるんだい、娘? その様子じゃあ、なにかを知っているね? 隠すと為にならないよ──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 すると、小白象が嘆息した。

 

「ならば、正直に言おう……。これは秘密なのだが、沙那はここにはおらん……。いや、確かに、少し前まで沙那はこの白象宮におった。奴隷としてではない。白象宮の重鎮として迎え、わらわを助けてくれる者として仕えてくれていた……。だが、死んだ。残念なことにな」

 

 小白象がそう言った。

 宝玄仙は驚いた。

 

「し、死んだ?」

 

「そうなのだ……。実は、あまり知られていないことなのだが、十日ほど前に、この離宮に金凰魔王がやってきてな……。わらわは、その道術に捕らわれて酷い目に遭った。それを助けてくれたのが沙那だ。しかし、その沙那は、そのときの負傷で残念ながら……」

 

 小白象が神妙な顔をした。

 

「お、お前、ふざけたことを言うんじゃないよ──。沙那がわたしに断わりもなく死ぬわけないだろう──」

 

「済まないと思っておる……。だが、事実は事実だ……。証拠も示す。沙那からは、あなたのことは、とても素晴らしい女主人だったと聞いてもいる……」

 

「はあ?」

 

「……だが、沙那は死んでしまった。わらわを護るために命を失わせてしまったのだ……。済まないと思っている。できる限りの償いはするし、旅の路銀も提供させてもらう。もしも、ほかに求める物があれば……」

 

「やかましい──。お前、殺されたいのかい──。沙那が死んだだなんて出鱈目を言って──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 そして、思わず詰め寄ろうとした。

 だが、孫空女がすっと手を伸ばして、立ちあがろうとした宝玄仙をとどめた。

 

「な、なんだい、孫空女……?」

 

 宝玄仙は孫空女を睨んだ。

 

「うん……。ちょっと、あたしに任せてよ……」

 

 孫空女はそう言った。

 次の瞬間、驚いたことに、孫空女はいきなり立ちあがって、目の前の小白象に飛びかかった。

 しかも、飛びかかりながら、耳から『如意棒』を抜いている。

 宝玄仙は度肝を抜かれた。

 

 しかし、それに対する小白象の対応も宝玄仙を驚かせた。

 さっと椅子から身を翻して、後方に飛び退がると、その孫空女と距離を開けたのだ。

 孫空女は、それを確認すると、その場で攻撃の態勢を解いて、『如意棒』を耳にしまった。

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

 孫空女が小白象に打ちかかる恰好を示したのは、ほんの少しの時間のことだ。

 そして、それに対する小白象も動きも速かった。

 なにしろ、小白象の後方に立っていた護衛は、瞬時のことに対応できなかったくらいなのだ。

 

「なんの冗談なのだ?」

 

 小白象が姿勢を戻しながら言った。

 

「それはこっちの台詞だね、沙那──。どうして、そんな変身をしているのさ?」

 

 すると孫空女が微笑んだ。

 

「沙那だって?」

 

 宝玄仙はびっくりして立ちあがった。

 小白象の姿の少女は、ちょっとだけ困惑した顔を示したが、すぐににやりと笑った。

 

「よくわかったわね、孫女」

 

 小白象と名乗った少女姿の女が指輪を外す仕草をした。

 すると、その姿が沙那に変わった。

 

「沙那?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「やっぱりね……」

 

 宝玄仙に次いで、孫空女も声をあげた。

 

「なんでわかったの、孫女? あんたにしては、勘がいいじゃないの……」

 

 沙那が言った。

 

「外見や仕草を誤魔化しても、鍛えあげている武芸の腕というのは、ちょっとした息遣いの癖だけからでも、わかるものなのさ。もしかしたら、沙那じゃないかと思ったのは息遣いからさ。それに、目の前の娘が武芸の達人だというのはすぐにわかったよ」「

 

「息遣い?」

 

 

「そうさ。それなのにほとんど気も感じない。実際のところ、強い武芸者はいくらでもいる。だけど、沙那のように、その強さを普段感じさせないように気を制御できる者はそうはいないんだよ。だから、もしかしてと思って、ちょっと試してみたのさ」

 

「でも、本気の攻撃だったわ。もしも、本物の小白象魔王陛下だったらどうするつもりだったの? 魔王宮で魔王に襲いかかるなんて、いまごろ大騒ぎよ……。わたしが化けていることは半信半疑だったんでしょう?」

 

「本気で飛びかからなければ、沙那は反応しないだろう? 結局は沙那だったしね」

 

 孫空女が言った。

 

「そうね……。だけど、失敗したわ……。わたしは、宝玄仙様に見破られないことだけを考えて、わたしの身体に亜人特有の霊気の波を帯びさせることや、逆に身に着けている霊具を隠す処置をすることはしっかりと準備したのに、まさか、武芸の腕で、しかも、あなたに見破られるとは思っていなかったわ、孫女」

 

「なんで、死んだだなんて言ったのさ、沙那?」

 

「それを信じてくれれば、一番、それが面倒がなさそうだったからよ……。そのために、わたしが死んだという証拠も、しっかりと捏造してあったのに無駄に終わったわね……。じゃあ、第二案の策に移行するわ。悪いけど、消えてね、孫女」

 

 沙那が軽く手をあげた。

 

「なに?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 声をあげたのは、部屋の中で、大きな霊気が動くのを感じたからだ。

 次の瞬間、不意に孫空女がその場から消滅した。

 部屋の中で霊気が動いた……?

 

 それが孫空女を『移動術』でどこかに跳躍させた。

 しかも、天井から宝玄仙の周りになにかが降ってきた。

 いきなりのことだったので、宝玄仙は対応できなかった。

 

 周囲から轟音がして、気がつくとすっかりと、周囲を天井まで続く金網の檻に囲まれてしまっていた。

 しかも、霊気を消す網だ。

 

 この網に四方を囲まれた瞬間に、宝玄仙が刻んでいた霊気による結界が四散してしまった。

 気がつくと、さっきまで腰掛けていた長椅子も消滅している。

 孫空女と一緒に、どこかに『移動術』で跳ばされてしまったようだ。

 

 これは、道術だ──。

 部屋の中に強力な道術遣いがいる……。

 

 まるで、沙那が道術をかけたような仕草だったが、沙那が道術を遣うわけがない。

 そして、探るとすぐに、いま道術をかけた主はわかった。

 

 護衛だ。

 沙那の右隣りに位置する右から二番目の女兵だ……。

 その護衛が夥しい霊気を持っている。

 

 だが、さっきまでは、その霊気がまるで沙那から放出されるように欺騙されていたのだ。

 そうやって、巧みに隠れていたのでわからなかったが、その護衛が霊気を動かして、宝玄仙を道術封じの檻で囲み、孫空女や椅子をこの部屋から出したのだ。

 宝玄仙は、そのときはじめて、その右から二番目の護衛が、さっきまで沙那が変身していた小白象と同じ顔をしていることに気がついた。

 

「なんの冗談なのか、確かにわたしも聞きたいねえ、沙那……」

 

 宝玄仙は金網の外の沙那を睨みつけた。

 この金網が宝玄仙の道術を封じる檻であることは明らかだ。

 この檻の中にいる限り、宝玄仙は道術を遣えない……。

 

 これは、宝玄仙のような道術遣いを監禁するために特別に作られた大きな檻だ。

 宝玄仙は檻に閉じ込められた……。

 すると、いきなり、沙那が檻の前に移動してきて、がばりとその場に土下座をした。

 

「申し訳ありません、宝玄仙様──。わたしを解放してください。わたしは、この白象宮で小白象様の家臣として仕える立場になったのです。いままで、面倒を看てくれたことは感謝します。しかし、わたしは、この白象宮に残りたいのです──。ここで生き甲斐を見つけました。お願いします。どうか、それをお許しください──。どうか……どうか……」

 

 沙那が床に頭を擦りつけながら叫んだ。

 

「は、はあ──? な、なにを言ってるんだい、沙那──」

 

 宝玄仙は、思いもよらない沙那の言葉に唖然としてしまい、なかなか次の言葉が出てこない。

 いま、沙那が宝玄仙から去りたいと言ったか?

 

 脅かされて言っているという感じでもないし、なにかの作為があるという雰囲気でもない。

 沙那は、いま真摯に頭をさげて、それを宝玄仙に直訴している。

 

 しかし、なぜ──?

 

 そのとき、宝玄仙は、沙那の胸の中にある宝玄仙の『魂の欠片』に微妙な濁りがあることを感じた。

 沙那の胸の中の『魂の欠片』は、『魔法石』でもあり、沙那に霊気を帯びさせて、霊具を使える能力を沙那に与えている力の根源だ。

 そして、それは、宝玄仙の魂そのものでもあるので、その気になれば、宝玄仙は、容易にその霊気に触れることができる。

 この檻に閉じ込められているために道術を発揮することはできないが、周りの霊気の流れを読んだりすることは可能だ。

 目の前に存在する宝玄仙自身の魂の欠片に接触するくらいは簡単にできる。

 

 それでわかったのだが、沙那の中にある『魂の欠片』には、純粋な状態ではなく、大きな淀みがある。

 つまりは、なんらかの異質の霊気を帯びているのだ。

 

「ああっ──。お、お前、誰かと真言の誓いを結んだね──。そうだろう、沙那──。しかも、多分、『主従の誓い』だね──。それでわたしと別れたいと言っているね──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 『魂の欠片』の状態から類推するに、沙那がなんらかの真言の誓いを結んでいるのは明らかだが、小白象とかいうわけのわからない女魔王に仕えたいとか、小白宮に残るとか主張していることから考えると、それは『真言の誓い』の中でも、別名、奴隷契約とも称される『主従の誓い』に間違いない。

 宝玄仙は、沙那の右側の護衛を指差した。

 

「おい、お前だね──。お前がさっき道術を遣ったのは、もうわかっているんだ。そして、どうやら、お前が本物の小白象だね──? 沙那になにかしたんだろう──。とにかく、痛い目に遭いたくなければ、すぐに、沙那と交わした『主従の誓い』を解除しな──。しかも、わたしを怒らせないうちにね」

 

 兵の格好をしているので、すぐにはわからなかったが、その女はさっきまで沙那が化けていた少女の顔にそっくりなのだ。

 だから、こいつが本物の魔王なのだろう。

 しかも、どうやら、本物の小白象も年端もいかない娘のようだ。

 

「宝玄仙様、お願いします──。これまでの旅でわたしは、宝玄仙様に尽くしました。それに免じて、ここでわたしを解放してください──」

 

 沙那は頭を床に擦りつけたまま言った。

 

「やかましい、お前は黙ってな、沙那──。わたしは、その小娘と話をしているんだ──。沙那になにをしようとしているんだい? とにかく、その服装を解いて素顔を見せな──」

 

 すると、その兵が被り物を外した。

 被り物を外すと、中から銀白色の髪をした少女が出現した。

 

「いかにも、わらわが小白象だ──。お初にお目にかかる、宝玄仙殿──。こんな失礼な対応をしたことは謝罪する。なにしろ、白象宮には、金凰宮をひとりで潰したほどの宝玄仙殿に対応する力はないのでな。万が一のことを考えて、力の強い道術遣いや亜人用の檻を準備させてもらった──。悪く思わないで欲しい……」

 

「やかましいよ――。とにかく……」

 

「とにかく、先ほどの沙那の言葉は本当だ。わらわは、家臣としても、また、友人としても、沙那を大切な存在と思っておる。どうか、沙那をわらわに譲って欲しい──。この通りじゃ──」

 

 本物の小白象が頭をさげた。

 だが、宝玄仙はかっとした。

 

「訊ねてもいないことをべらべらと喋るんじゃないよ──。だいたい、娘っ子の分際で、沙那を一人前に操って部下にしようとは、まずは身の程をわきまえな──。すぐに、真言の誓いを解除しろと言っただろう──。それをやるんだよ」

 

「ねえ、宝玄仙様、わかっていただきたいのですが……」

 

 沙那が顔をあげて、宥めるような声をあげた。

 

「お前は口を開くんじゃないよ、沙那──。お前は操られているんだよ──。それよりも答えな、沙那──。お前は、こいつと『主従の誓い』をかわしたのかい──?」

 

「そ、それは、かわしましたが……」

 

「かわした──? そうかい、かわしたんだね──。わかった、もういい──。だったら、もう口を閉じていな。話をするのはその小娘だ──。こらっ、小白象──。沙那との『主従の誓い』を解除するんだ──。さもなければ、この宮殿なんて吹き飛ばすよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「……なるほどのう……。沙那の言う通りだな……。取りつく島もないというか……。なんか、話し合いに応じるような気配さえないな」

 

 小白象が嘆息した。

 そして、足で軽く床を叩いた。

 すると、小白象の立つ場所に、床から箱状の卓がせりあがった。

 こっちからはよくは見えないが、卓の上には、なにかの操作盤がある気配だ。

 次いで、背後の壁に棚も出現した。

 棚には沢山の箱がある。

 

「沙那、これで、ここの拷問室の設備は整えた……。後は頼むぞ──。なんとか、宝玄仙殿を説得してくれ」

 

「お任せください」

 

 沙那が立ちあがりながら言った。

 

「こらっ、こっち向け、小娘──。お前、なにをやっているかわかっているんだろうねえ──。あんまり、わたしを怒らすと為にならないよ。これでも、十分に優しく話してやっているんだ。あんまり、わたしを怒らせると、この宮殿なんて吹き飛ばすよ。お前なんか、胴体から首と手足を引き千切って、肉片を四方八方に飛ばしてやる──。聞いているのかい──」

 

 宝玄仙は喚き続けた。

 喚きながらも、懸命に金網によって霊気を停止させられたこの状態を打開できないかと霊気を探り続けている。

 とりあえず、金網そのものには、まったく霊気は通じない。

 金網の回りですべての周辺霊気が遮断しているのだ。

 ただ、金網を通り抜けて、網の外の小白象の霊気の流れには触れることができるのだから、少量の霊気なら通過はできるようだ。

 

 だから、少量の霊気でもいいから、時間をかけることで、金網のどこかに霊気の穴が開けられないかと考えた。

 だが、すぐにそれも不可能だと悟った。

 宝玄仙がなんらかの意思で道術を遣おうとすると、完全に霊気が打ち消されるのだ。

 檻の中のすべての霊気が動かないという感じではなく、囚人と特定された対象者が動かそうとする霊気だけを選んで、金網が霊気を無効化しているようなのだ。

 そして、宝玄仙がその囚人と特定されているのは明らかだ。

 

 つまりは、この状態で道術を遣えないのは宝玄仙だけだ。

 一方で、おそらく、ほかの者が金網に入った場合は、道術は遣えるのだろう。霊具も有効に違いない。

 まさに、これは囚人用に作られた檻なのだ。

 

「宝玄仙様、落ち着いてくださいよ……。そんな脅しが効く状況じゃないということは明らかじゃないですか……。宝玄仙様は、いま、道術を封じる檻の中に閉じ込められているんですよ。そんな状態で、よく考えもせずに脅しをかけるのは、却って状況を悪くするだけですよ……」

 

 沙那が呆れたような声で言った。

 

「口を開くなと命じただろう、沙那──。それに、なにが“宝玄仙様”だよ。ちゃんと“ご主人様”と呼びな──。さもなければ、口も開いてやらないよ」

 

 宝玄仙は憤慨して言った。

 

「わかりました。じゃあ、ご主人様とお呼びします……。とにかく、交渉に応じてもらえませんか? 小白象様と真言の誓いを交わしていただきたいのです……。わたしという供を対価と交換に小白象様に譲ると──。どうか、お願いします」

 

 沙那が言った。

 

「断る──。はい、じゃあ、これで交渉は終わりだ──。さあ、わたしを解放しな、小娘──。そして、孫空女をどこに跳躍させたか知らないけど、孫空女も連れてきな──。そして、もう行くよ、沙那──。まだ、朱姫を探さないとならないんだ。お前と、ここでくだらない遊びをするつもりはないからね。いい加減にしないと、お仕置きするよ、沙那」

 

「これは、遊びじゃないですよ、ご主人様──。わたしの人生をかけた交渉です。それに、わたしには話し合う時間はたっぷりとあります……。わたしは、ご主人様が、わたしを譲ると小白象様と真言の誓いを交わすことを約束するまで、ここで説得を続けるつもりです」

 

「はあ? 説得だと? しかも、お前が交渉? それこそ、哄笑だね──。さあ、沙那──。いいから、その操作盤を動かしてこの金網を取り払いな。どうせ、その操作盤でなんでも動くようになっているんだろう?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「じゃあ、後は頼むぞ、沙那……。なにかあれば、『通信球』で伝言を送れ」

 

 小白象が沙那に言った。

 そして、ほかの三人の護衛を促して出て行こうとする。

 

「あっ、待ってください、ご主人様──。これをお返しします」

 

 沙那が小白象を呼びとめた。

 宝玄仙は、沙那が小白象を“ご主人様”と呼んだことにむかついた。

 沙那が小白象に化けるために見つけていた衣装を脱いで、冠を外す。

 そして、それを最後尾の護衛に渡した。

 沙那は衣装の下に普段身に着けているような動きやすい男物の服を着込んでいた。

 

 そのとき、宝玄仙は沙那が首に布を巻きつけていることがわかった。

 どうやら、あれは霊気の流れを遮断するための布のようだ。

 あれを巻いていたので、いままで、宝玄仙は、道術で首輪を追跡できなかったのだ。

 

「ま、待つんだよ、小白象──。どこに行くんだい──。話は終わっていないよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 しかし、小白象と三人の護衛は、宝玄仙の抗議に構わず、部屋を出て行ってしまった。

 宝玄仙は沙那とふたりきりになった。

 

「心配いりませんよ、ご主人様……。交渉はわたしが応じます……。わたしは、ご主人様を説得して、わたしを小白象様に譲るという真言の誓いを交わしてもらうつもりですから……。真言の誓いに応じて頂ければ、ご主人様をそこからお出しします」

 

 沙那は言った。

 ふと見ると、いつの間にか、沙那は棚から薄手の茶色い手袋を取り出していた。

 どうやら霊具のようだ。

 沙那がその手袋をすると、宝玄仙のいる檻の中に、その茶色い手袋をしている手首から先の部分だけが、こちら側に出現した。

 宝玄仙はぎょっとした。

 

「な、なんだいこれは──?」

 

 宝玄仙は宙に浮かんで近づいてくるその茶色いふたつの手を思わず避けながら言った。

 しかし、その“手”は、沙那の実際の手と連動しているようだ。

 沙那が動かす手の動きのままに、檻の中のふたつの手首も動いてくる。

 

「これは、『道術手』という霊具です。この手袋は、手袋をした部分をその檻の中に出現させます。出現した手は、『道術手』であり、道術によって作られたものですが、しっかりと物を掴むこともできるし、わたしには、その道術手で触れたものの触覚も感じます……。そういう檻の中の囚人を拷問するには、うってつけの霊具ですよ」

 

「ご、拷問だと──?」

 

 宝玄仙はかっとして言った。

 

「間違えました、交渉です……。とにかく、説得のための交渉の準備をさせてもらいますね」

 

 沙那は言った。

 次の瞬間、ゆっくりと動いていた二本の手首がいきなり素早く動いた。

 そして、宝玄仙の片側の足首が強い力で掴まれた。

 

「うわっ──。な、なにするんだよ──」

 

 宝玄仙は抵抗しようとしたが、簡単に靴と靴の中に履かされているものを脱がされて素足にされた。

 もう片足も靴を取られて素足にされる。

 ふたつの手が宝玄仙から脱がせた履物を改めて掴んだ。

 すると、すっと宙に浮かんでいたふたつの手と靴が消滅した。

 ふと見ると、沙那の手もとに、宝玄仙が両脚に履いていた靴が移動している。

 

「な、なにするんだい、沙那──。お前、自分のしていることがわかっているんだろうねえ──? お前が『主従の誓い』をして、あの小娘に心を操られているとはいえ、このわたしに手を出そうとしているのは、お前の意思なんだよ──。承知しないからね──。あとで正気に戻ったときに、後悔したって遅いんだよ。このわたしが怖くないのかい──」

 

「もちろん、怖いですよ、ご主人様──。だから、わたしも必死です。交渉が失敗したら、わたしにはご主人様によるきついお仕置きが待っているんですからね……。だから、一生懸命にご主人様を説得します。わたしの要求に応じてくれるように……。ところで、もう一度お願いします。どうか、小白象様と真言の誓いをしてください。わたしを譲ると……」

 

「応じないと言っているだろう──。しつこいねえ──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 すると、檻の外の沙那はなにかを決意したように息を吐いた。

 そして、靴を下に置いて、宝玄仙から視線を外し、さっきの卓の上を操作し始めた。

 しばらくすると、檻の中の上部分に、檻を横断する一本の鉄棒が出現した。

 跳躍すれば、届く程度の高さだ

 なにか嫌な予感がした。

 沙那は、こっちをちらりと見ると、卓上の操作盤に指を動かした。

 

「がああああっ──」

 

 その途端、宝玄仙は素足に衝撃を感じて、その場にひっくり返った。

 凄まじい電撃だ。

 床に火花が飛ぶかと思うような強い電撃が走ったのだ。

 しかも、それは、宝玄仙がひっくり返ってもとまらなかった。

 

「ひぎいいっ」

 

 倒れたために、服越しに全身にも激痛を覚えた宝玄仙は、さらに悲鳴をあげた。

 

「上の棒に捕まるんですよ、ご主人様……。そこには、電撃は流れていませんから」

 

 沙那が檻の外から冷静な口調で言った。

 宝玄仙は、慌てて棒に跳躍した。

 宝玄仙の足は、一尺(約三十センチ)ほど床に離れて宙に浮く。

 やっと、電撃の痛みから解放された。

 だが、それだけだ。

 手を離して素足を床に着けてしまえば、さっきの怖ろしい電撃を浴びることになる。

 

「そうやって、しばらく床と離れていてくださいね、ご主人様」

 

 沙那が無表情で言った。

 

「お、お前……こんなことして、わかっているんだろうねえ……」

 

 宝玄仙は鉄棒を両手で握りしめたまま、沙那を睨みつけた。

 しかし、非力の宝玄仙には、いまのこの短い時間だけで、腕の筋肉に痛みを感じて、ぶるぶると腕に震えが走ってきた。

 だが、手を離せば、あの電撃だ……。

 その恐怖が、宝玄仙の腕の筋力を支えている。

 

「もちろん、わかっています……。まずは、ご主人様に疲れてもらいます。調教をして、相手を言いなりにするには、まずは、相手の体力を根こそぎ殺いでしまうこと……。それはご主人様が、わたしに教えてくれたことでしたね」

 

「お、お前……わたしを調教しようとしているのかい……」

 

 宝玄仙は呻いた。

 

「間違えました。交渉です──。でも、交渉は数刻後から始めさせてもらいます。それまで、その金網の中で休んでもらって結構です──。ただし、床の電撃はそのままですから、落ちない方がいいですよ」

 

 沙那はそう言うと、部屋の外に向かう扉に向かっていった。

 宝玄仙は両手で鉄棒を掴んだまま、呆気にとられた。

 だが、すぐに我に返って、沙那に向かって口を開いた。

 

「ま、待つんだよ、沙那──。どこにいくつもりだい──。ふ、ふざけるんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が喚いた。

 しかし、沙那はただの一度も宝玄仙に視線を向けることなく、部屋の外に出ていく。

 宝玄仙はひとりぼっちにされた。

 

 床に流れる電撃を避けるため、すでに限界を感じ始めてきた両手で鉄棒を握りしめた状態のままで……。



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590 電撃床の洗礼

「ぎゃあああ──」

 

 宝玄仙は床に落下した瞬間に襲った衝撃に絶叫した。

 予想を遥かに上回る電撃の激痛に、宝玄仙は慌てて鉄棒に飛びついて、宙に足の裏を浮かばせた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 しかし、すぐに限界がやってくる。

 全身を支える腕の力が抜けてきて、ぶるぶると腕が震えてくる。

 この一連の動作をもう何度も宝玄仙は繰り返していた……。

 

「こ、こらっ、いい加減にしなよ、沙那──。どこかで見ているんだろう──。こ、これ以上、ふざけたことを続けると、ただのお仕置きじゃすまないよ。生まれてきたことを後悔するような目に遭わせるよ──」

 

 宝玄仙は棒を両手で掴んだまま、がなり立てた。

 しかし、返事はない。

 やはり、本当に沙那は、宝玄仙をひとりでここに取り残したのだと思った。

 沙那が戻ってくるのが、何刻先なのかはわからないが、宝玄仙の心に絶望が走る。

 宝玄仙の腕の力では、長い時間は鉄棒を掴んだ状態を維持できないのだ。

 すぐに、力が尽きるときがやってきそうだ。

 そうすれば、あの恐ろしい激痛が……。

 

「ううっ……」

 

 宝玄仙は知らず、うめき声をあげた。

 駄目だ……。

 もう……。

 宝玄仙の腕が離れた。

 

「あがあああ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 その衝撃をばねに、もう一度鉄棒に跳躍して鉄棒を掴む。

 だが、もう自分にほとんど余力がないことを覚るしかない。

 

 すでに、何度も床の電撃の洗礼を浴びている。

 宝玄仙の体力はそれだけで、かなり減殺されているのだ。

 なんとかして、床の電撃を浴びないで済む方法はないか……?

 宝玄仙は懸命に考え続けた。

 

 最初に存在した長椅子はもうなく、いまは金網で囲まれている場所に存在するのは、宝玄仙の身体だけだ。

 だから、物の上に登って、床の電撃を避けることはありえない……。

 ならば、服を脱いで、その下に降りるのはどうか……?

 しかし、それも自分で否定した。

 

 さっき、服越しでも凄まじい衝撃をこの床の電撃は与えた。

 服などの布片を通過して、宝玄仙の身体に電撃を与えるように細工がされているのだろう。

 それに、服を脱いで足の裏の下に置くような作業をしているあいだに、床の電撃は宝玄仙の意識を失わせてしまうに違いない。

 

「ああっ──」

 

 宝玄仙は、それ以上鉄棒を掴むことができなくなってしまい、悲鳴をあげて、また落下した。

 

「うああああっ──」

 

 宝玄仙は悲痛の悲鳴をあげて、鉄棒に跳躍した。

 だが、床の電撃の衝撃に、今度は肢体がぐったりとなってしまっていて、ほんの少し上の鉄棒に飛びあがれなかった。

 しかも、床に到達したときに、がっくりと膝が折れて、身体が倒れた。

 

「ひぐううっ──」

 

 宝玄仙は慌てて立ちあがろうとした。

 しかし、全身が痙攣したようになり、力が入らない──。

 それでも、なんとか腕を伸ばして、やっとのこと鉄棒を掴む。

 

 ひと息はつけるが、すでに腕の力はない……。

 鉄棒を掴んだ瞬間に、落下の恐怖が始まる。

 

 そうだ……。

 金網……。

 

 懸命に横棒を掴みながら、宝玄仙はこの棒ではなく、金網によじ登ってはどうかと考えた。

 金網の目は細かいので、指の一本が入れられるくらいだが、さっき沙那に素足にされているので、足の指が網に入れられるかもしれない。

 それができれば、腕だけでなく、足でも身体を保持できるので、かなり楽になる……。

 そんなことを考えているうちに、また、限界がやってきた……。

 電撃の恐怖が襲いかかる。

 

「うああっ」

 

 そして、ついに、落下の瞬間がやってきた……。

 床の電撃の衝撃に宝玄仙は引っくり返り、全身に凄まじい激痛が襲った。

 今度は、床を蹴って、なんとか金網に飛びついた。

 

「うぎゃあああ───」

 

 しかし、金網そのものには、床以上の強い電撃が流れていた。

 一瞬、意識が飛ぶような強い電撃に弾き飛ばされた宝玄仙は、みっともない格好で床に仰向けでひっくり返った。

 

 だが、その床にも電撃だ。

 もがきながら立ちあがり、鉄棒に跳びあがる……。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 宝玄仙は鉄棒にぶらさがりながら、荒い息をした。

 よく考えれば、相手はあの沙那だ。

 金網の処置を忘れるようなへまをするわけがない。

 

 そう思うと、金網にも電撃が走っていることに言及しなかったのは、宝玄仙がその金網に飛びつくことを見越して、あえて、黙っていたような気さえする。

 あいつは、そんな女だ……。

 

 『主従の誓い』で操られているとはいえ、頭の冷静さと知恵の回りは変わらない。

 その沙那が全能力を傾けて、宝玄仙を追い込みにかかるのだ……。

 

 なにをどうやったら、宝玄仙が追い込まれて、諦めの境地になるかを懸命に計算して、宝玄仙を責めようとするだろう。

 そう思うと、沙那のことをよく知っているだけに、そら恐ろしくなってくる……。

 

 そして、腕の力が限界を迎え始める……。

 落下の恐怖がやってくる……。

 

「うう……」

 

 もう、限界……。

 落下した。

 

「うわああっ」

 

 全身に激痛が……。

 また、鉄棒に腕を伸ばす……。

 鉄棒に飛びつき、力尽きるまでぶら下がり続ける……。

 

 同じことを十数回続けた……。

 

 その回数は、十数回から数十回に変わった。

 

 やがて、宝玄仙は鉄棒を掴むだけの跳躍ができなくなった……。

 

「あがああ──ひぐうう──いぎいいい──」

 

 宝玄仙は全身汗まみれのまま、床でのたうち回った。

 意識が飛ぶ……。

 

 激痛から逃れるために跳躍を……。

 しかし、その力が出ない……。

 足が痙攣して踏ん張れない……。

 

「た、助けて──はがああ──」

 

 それでも、鉄棒を掴もうとして、もがき飛んだ。

 しかし、指先が鉄棒に触っただけで、宝玄仙は床に落下した。

 衝撃が宝玄仙の全身を砕いた。

 

 また、飛んだ──。

 今度も届かない……。

 

 宝玄仙は悲鳴をあげて跳躍した。

 今度は届いた。

 しかし、腕がぶるぶると激しく震えていて、掴んでいる状態を維持できたのは一瞬だ。

 あっという間に、宝玄仙は床に落下した。

 

「ひいいっ」

 

 宝玄仙は恐怖のあまり、泣き声をあげた。

 だが、はっとした。

 しかし、予想していた電撃が来ない……。

 

「なにっ……?」

 

 宝玄仙は激しく息をしながら呆然とした。

 いつの間にか、あの恐ろしい電撃が床から解除されていたのだ。

 

「少し休憩しましょうか、ご主人様……。でも、また、再開ですよ。なにしろ、まだ、半刻(約三十分)しか経っていませんからね……。ご主人様には、これを二刻(約二時間)は続けてもらうつもりです」

 

 はっとした。

 振り返ると、外の廊下に通じる扉を背にして沙那が立っている。

 沙那は、手元に手のひらほどの大きさの操作盤を握っていた。

 その操作盤で床の電撃を解除したのだとわかった。

 

 それにしても、まだ、半刻(約三十分)というのは本当か?

 もっと長い時間だったような気がするが……。

 しかも、これを二刻(約二時間)だと?

 

 宝玄仙は愕然とした。

 それにしても、この沙那め……。

 

「さ、沙那──。お、お前……」

 

 宝玄仙は沙那を睨んだ。

 あまりの激昂によって、言葉も出ない。

 しかし、沙那は冷静な視線で観察するように、こっちを見るだけでほとんど表情を動かさない。

 宝玄仙は、その顔に宝玄仙の知らなかった沙那の一面を見た気がした。

 

 あくまでも冷静に、そして、確実にこっちを追い詰めていく送り狼のような視線だ。

 じっと、獲物を見守り、そして、弱るのを待っている。

 そんな感じだった。

 宝玄仙はぞっとしてしまった。

 だが、すぐに、沙那ごときに恐怖心を抱いた自分を嫌悪した。

 すると、憤怒が恐怖を上回った。

 

「さ、沙那──。も、もう、遊びは終わりだよ──。頭のいいお前なら理解はできるんだろう──。お前は、『主従の誓い』をしてしまったことで、自分の感情を曲げられているんだ──。あの小娘に操られているんだよ──。それはわかるんだろう?」

 

「もちろん、その状況は理解しています──。でも、わたしは、いまのままで満足しています。この白象宮の新魔王となった小白象様は、仕え甲斐のあるお方です。まだ、未熟で危なっかしいところもありますが、わたしを信頼してくれているし、権力も地位も与えてくれます……」

 

「いいから、正気になりな――」

 

「いいえ。国の運営というのは、わたしの全身全霊を傾けるに足る素晴らしい仕事です。わたしは幸せです。どうか、わかってください──。小白象様と真言の誓いを交わしてください。わたしを譲ると……」

 

「冗談じゃないと言っているだろう、沙那──。おとといおいで──。どうしても、それを言うなら、あの小娘だって、お前の心を縛っている道術解約を解除してからそれを主張すべきだろう──」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 沙那は頷いた。

 だが、動揺の気配の欠片もない。

 

「何度も言うけど、お前は、操られているんだ──。あの小娘は、お前をそんな操りによって心を縛っているんだよ──。卑怯者なんだよ」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「そんなことはどうでもいいのです、ご主人様……。わたしはいまの生活に充実を感じていますから……」

 

 しかし、沙那が心を動かした様子はない。

 宝玄仙は嘆息した。

 操られていても、いまの状況に満足しているとまで言われれば、宝玄仙としてもお手あげだ。

 一体全体、どうやって沙那を説得すればいいいのだろう……?

 

 そもそも、沙那という女は、感情屋のくせに、感情よりも理性を重きに置く女だ。

 だから、理屈として、沙那が宝玄仙を選ぶべきだという材料を提示してやれば、『主従の誓い』で感情を曲げられていても、宝玄仙の供としての価値を考えるとは思う。

 少なくとも、『主従の誓い』を一度破棄して、冷静に判断すべきとくらいは思う可能性はある。

 

 だが、その沙那が白象宮ではなく、宝玄仙を選ぶべきだという理屈が思いつかない。

 それどころか、冷静に考えるほど、沙那が白象宮を選択する理由を思いついてしまう。

 しばらく沈黙が流れた。

 

「ねえ、ご主人様……」

 

 すると、沙那が口を開いた。

 

「なんだい?」

 

「そもそも、不用心すぎますよ。こんなわかりやすい罠にかかるなんて、うかつすぎます……。まったく相手のことを調べずに、白象宮の城下までやってきて、敵かもしれない相手の誘いに乗って、のこのこと無警戒に宮殿に入るなど、まるで罠に嵌めてくれと言っているようなものじゃないですか」

 

「ど、どの口が言ってんだい――」

 

「だから、ご主人様は、ご自分の力を過信されています。油断するから、こんな簡単な罠に嵌まるんですよ……。これからは、気をつけてくださいね」

 

「罠にかけておいて、このわたしに忠告するのかい? 結構な身分じゃないかい」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「わたしは、なぜ、ご主人様がわたしの罠に簡単に嵌まってしまったかを説明しているのです。本来はご主人様ほどの道術遣いを捕らえるなんて、簡単なことじゃありません。しかし、ご主人様は、どうにも警戒心が無さすぎるのです」

 

「うるさいねえ……。なにが言いたいんだよ、お前?」

 

「わたしは、実は、二日前からご主人様たちが、どこにいて、なにをしているかずっと知っていました。手の者に見張らせていたんです。気がついていなかったですよね?」

 

 沙那の言葉に、宝玄仙は少しだけ驚いた。

 確かに、自分たちを監視する者の存在には気がついていなかった。

 

「城郭で声を掛けさせた者は、役人じゃありません。そういう工作を専門にやる手の者です。ご主人様があの誘いに乗らなくて、逆に警戒したとしても、ご主人様たちを捕らえる罠は何重にも準備していました。でも、ご主人様たちは、最初の一番平凡な罠にかかったんですよ。呆気なく…… 」

 

「だから、なにが言いたいんだよ──。お前の方が頭がいいとでも言いたいのかよ、沙那」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「そ、そんなことじゃありませんよ……。わたしは、旅の用心のことを申しあげたかったんです……」

 

 沙那は溜め息をつくと、操作盤のある卓に移動していった。

 そして、操作盤を動かしだす。

 宝玄仙はどきりとした。

 

 だが、予想した床の電撃はやってこなかった。

 その代わりに、金網に囲まれたこちら側の隅に、直径一尺(約三十センチ)ほどの白い線で囲まれた円が出現した。

 ふと沙那の方向を見ると、卓の横にも同じ円の線が出現している。

 

 沙那が卓の横の円の中に、どこからか取り出した水筒を置いた。

 そして、今度は手元の板を操作した。

 すると、卓の横の円から水筒が消えて、檻の中の円に、その水筒が出現した。

 

「喉が渇いたんじゃないですか、ご主人様? 水です……。おかしな薬剤は入っていません」

 

 沙那がかすかに頬を綻ばせた気がした。

 おかしな薬は入っていない……。

 沙那はそう言ったが、それを簡単に信じることはできない。

 

 これが孫空女なら、孫空女がないといえば、水筒の水にはなにもない……。

 だが、沙那は目的のためには、手段を選ばない女だ。

 それが有効だと思えば、平気で嘘もつくし、人を欺く。

 

「どうしたんですか? 飲まないのですか……? だったら、さげますよ」

 

 沙那は言った。

 

「飲むよ──」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 いずれにしても、喉はからからだ。

 宝玄仙は、檻の隅の白い丸の線まで小走りに進むと、水筒を掴んで飲んだ。

 すると自分でも驚くほどの旺盛な勢いで、喉を鳴らしながら、水が喉を下っていく。

 

 しかし、ほとんど味のない水に、微かな違和感を覚えた。

 すぐに、かっと身体が熱くなった。

 やっぱり、これは媚薬だ……。

 それがわかった……。

 

 全身に無数の虫がたかるような気味の悪さが襲ってきた。

 身体中の性感帯という性感帯が、あっという間に活性化して、疼きを発し出す。

 

「さ、沙那──。お、お前──」

 

 さすがに、こんな状況で騙して、媚薬の入った水を飲ませる沙那に、宝玄仙は肚が煮えくり返った。

 

「おかしな薬剤は含まれていませんよ。含まれていたのは、たたの媚薬です……。それにしても、霊気の籠った薬剤ではありませんから、ご主人様には、すぐにはわからなかったですよね? でも、世の中には、道術だけでは感知できない薬草もたくさんあります。これからの旅では気をつけてくださいね……」

 

「お、お前はあああっ」

 

「それと、霊気のこもった毒の探知は朱姫が得手です。いまみたいな魔草ではない薬草は、孫空女に毒味をさせるといいです。孫空女はなぜか、毒への耐性が強いし、舌が敏感です。それを覚えておいてください」

 

 沙那は言った。

 その冷静な口調が腹がたつ。

 だが、考えてみれば、いままでの旅で、いつも沙那はそうやって、宝玄仙が口にするものについて、誰かしらに毒味をさせていた気がする。

 

 さっきから、いろいろとごちゃごちゃと喋るのは、どうやら沙那は、自分がいなくなった後の旅の心得について、沙那なりに注意を促しているつもりのようだ……。

 

 しかし、そう思うと、苛ついてくる。

 沙那は、これからも宝玄仙や孫空女や朱姫と旅を続けるのだ。

 そんな注意喚起など不要だ。

 それにしても……。

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は思わず、両方の拳を握りしめて呻いた。

 媚薬入りの水を大量に飲んだせいで、汗だくの身体に新しい苦痛が襲ってきたのだ。

 

 身体が熱い……。

 全身が疼く……。

 

「檻の中のご主人様に、わたしが与えるものには、すべて媚薬が入っていると思ってください、ご主人様──。水だけでなく、食事にもすべて強い媚薬を入れます。食べる食べないは自由ですが、媚薬を口にしないで、喉を潤したり、飢えを凌いだりはできません……。覚えていますか、ご主人様? ご主人様も最初の頃、そうやって、わたしを躾けましたよね」

 

 沙那がにやりと笑った。

 覚えている……。

 さっき宝玄仙に沙那がやらせた運動もそうだ。

 

 宝玄仙も誰かを調教するときに、最初に体力のすべてを奪ってから、今度は官能責めにする。そうやって、肉体を追い詰めて、心を調教してしまうのだ。

 

 なんのことはない……。

 沙那は、宝玄仙が沙那にやったことを応用して、今度は逆に宝玄仙の心を調教しようとしているのだ。

 

「どうですか、ご主人様? わたしに腹がたちませんか? ご主人様の女奴隷だったわたしに、こんな仕打ちをされて悔しいですよね? 仕返しをしたくないですか?」

 

「お、お前をもう奴隷とは思っていないよ……。奴隷のように扱ってもいい供だとは思っているがね」

 

 宝玄仙は言った。

 水筒を円の中に置く。

 すると、その水筒が消滅して、沙那の横の円に移動した。

 

「それはどうも……。ところで、答えてください、ご主人様。わたしに仕返しをしたくはありませんか?」

 

 沙那は言った。

 

「したくはありませんかだって? とんでもないね。必ず、この仕返しはするよ。わたしは、それが操られてやったことであったとしても、お前には必ず罰を与えるよ。倍返しじゃすまないよ。十倍にして躾けるからね──。後で正気に戻ったら、いまのわたしの言葉をよく思い出して、そのときに後悔しな──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「だったら、仕返ししてくさだい──。わたしは、逃げません……。約束します。なんでしたら、逃げないと真言の誓いをしてもいいですよ」

 

 すると沙那が言った。

 

「はあ?」

 

 宝玄仙は呆気にとられた。

 

「その代わり、小白象様と真言の誓いを交わしてください。わたしという存在を代価と交換に渡すと、小白象様と契約するんです。そうすれば、わたしは、ご主人様が気の済むまで罰を受けるということをご主人様と真言の誓いします」

 

 沙那が言った。

 こいつの魂胆はわかった。

 とにかく、この檻の中で宝玄仙を怒らせて、真言の誓いに同意させるつもりなのだ。

 だが、一度、真言の誓いをすれば終わりだ。

 そうしたら、檻から解放されて、宝玄仙の道術が復活しても、沙那を譲り渡すということに拒否できない。

 

「……とにかく、あの小娘を連れておいで──。まず最初にするのは、お前に刻まれている『主従の誓い』の解除だ。それをしない限りは、なんの交渉にも応じるつもりはないからね」

 

 宝玄仙は言った。

 すると、沙那が嘆息した。

 

「仕方ありませんね……。だったら、もっと惨めな思いを味わってもらいますね、ご主人様……。いますぐに、そこで素っ裸になってください。下着も含めて、なにもかも脱いで、その円の中に入れてくださいね」

 

「な、なんだと──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「すぐに脱ぐんですよ──。さもなければ、床に電撃をまた流します。今度は、本当に二刻(約二時間)放っておきますよ」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙の背筋に冷たい汗が流れた。

 そして、さらに沙那が卓を操作した。

 すると、宝玄仙を囲むように、羽根のついた小さな銀色の球体が三個ほど檻の中に出現した。

 

「これは、『監視虫』と呼ばれる霊具です。檻の中に閉じ込められているご主人様を四六時中監視し続けます。ご主人様は、いま、さっき媚薬を飲んだから身体が疼いていますよねえ……? でも、自分で身体を慰めてはいけません」

 

「は、はああ?」

 

「その『監視虫』が監視していますからね。ご主人様が自分の身体を慰めていることを『監視虫』が発見したら、自動的に床に電撃が流れるように、すでに操作盤に入力しています。時間は半刻(約三十分)です。その場合は、この操作盤では解除できませんよ」

 

 沙那はさらりと言った。

 

「な、なんだと──?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「ご主人様に苦しみを与えるのは本意ではないのです。だから、電撃を流したくはないのです。でも、これは、わたしなりの交渉の材料です……。とにかく、ご主人様がその中で飲み食いするものは、すべて媚薬漬けになっているということを思い出してください。三日も、四日も、媚薬の疼きに我慢するのはつらいと思いますよ。耐えられないと思ったら、すぐに真言の誓いに応じてください──」

 

「なっ……」

 

 宝玄仙は絶句した。

 沙那の表情から、こいつが本気だということがわかったのだ。

 ぞっとした。

 

「さあ、どうしますか? 決めてください。真言の誓いに応じるなら、そう言ってください。契約を結んだ後、ご主人様をそこから解放します。そして、わたしは罰を受けます。それとも、あくまでも拒否するなら、すぐに着ているものを脱いでください。そうであれば、わたしは、次の責めを開始することにします」



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591 国を作る夢と挑発調教

「わたしを小白象様に譲るという真言の誓いに承知してくれないのであれば、わたしは、次の責めを開始することにします……。いますぐに、着ているものを脱いでください……」

 

 沙那の口調は淡々としている。

 いやな感じだと思った。

 この女、正気に戻ったらどうしてやろう……。

 

「い、いい根性じゃないかい、沙那……」

 

 宝玄仙は沙那を睨む。

 だが、沙那は全く動じる様子もない。

 まったくもって、忌々しい……。

 

「どうです? もう、観念して真言の誓いに応じていいんじゃないですか、ご主人様? ご主人様は罠に嵌まって捕らえられた孔雀と同じですよ。鳥の女王と称される孔雀も、檻に入れられれば、見世物にされようが、焼いて食べられようが観念するしかありません。ご主人様も無駄な抵抗はやめませんか?」

 

「何度同じことを言わせるんだよ、沙那──。お前は、わたしの供だよ──。なにがあろうともね。絶対に連れていくよ」

 

 宝玄仙は大きく声をあげた。

 沙那が大きく嘆息する。

 

「……ねえ、ご主人様……。わかってください。わたしは、ご主人様や孫空女や朱姫との旅が嫌なものだったとは思っていません……。そりゃあ、故郷の城郭で、ご主人様に騙されて、罪人として城郭を連れ出されたときは、恨みもしましたし、正直、ご主人様をいつか殺してやろうかと考えていましたが、いまは、それもよい思い出です」

 

「う、うるさいよ──」

 

「でも、愛陽の城郭しか知らなかったわたしを旅に強引に連れ出してくれたことに感謝しているんです──。でも、わたしは、ここで天職を見つけてしまったのです」

 

「なにが天職だよ……。お前の天職はわたしが与えてやったろう──。一生、わたしに仕えるんだよ。それがお前の天職だ」

 

「ご主人様……。わたしは、愛陽にいた頃は、女のみでありながら千人隊長として武術に励んでいました。だけど、実はわたしは、武芸以外に、書物がすきでした。書物の虫でした。古今東西の書物を可能な限り読みふけっていたのです……。でも、それは役にたたないものと思っていました」

 

「役に立っているよ──。いまだから言うけど、お前の知恵には、ほんのちょっと感謝している。お前がいなければ、野垂れ死にしていたかもしれないということだけは認めてやるよ」

 

 宝玄仙は言った、

 すると、沙那は目に見えて驚いていた。

 自分が褒め言葉を口にするのがそんなに意外なのだろうか。

 

「と、とにかく、わたしがここで与えられた役割は、国を築くことなんです。それには、わたしがその頃に読み耽った書物の知識が役にたちます。書物で得たことを実地で試すのです。わたしは、ここで夢を抱きました」

 

「夢だって?」

 

「ここで国を作ります。白象宮という国はありますが、この国は随分といびつであり不完全です。この国をわたしの手で、周辺で最強の国に仕立てあげます。それがわたしの夢です。わたしは、この白象国を作るのです。この国を新しく強い国に築きあげるのです──。それが、わたしの夢です」

 

「くだらないことを言うんじゃないよ、沙那──。国を築くなんてどうでもいいことだろう……。王様にでもなるつもりかい?」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「あなたは、そういう権力欲のない方です……。でも、それは美点であり、同時に欠点でもあります」

 

「欠点だって?」

 

「ご自分の途方もない霊気を社会に生かそうという意思をお持ちになりません。その気になれば、たくさんの人々を救う力があるのに、ご主人様はそれをご自分の役割とは考えられません。それは、間違いなく欠点です……。ねえ、ご主人様は、世の中の苦しんでいる多くの人々を助けたいとは思いませんか?」

 

「苦しんでいる者がいれば助けるさ──。そうしたいと思ってときはね。だけど、会ったこともない者を助けなきゃならないとも思わないね。なんで、そんなことをわたしが考えなきゃならないんだい──?」

 

「でも、考えるべきなのではないですか? ご主人様には、その力がおありです……。ねえ、ご主人様、ここで一緒にやりませんか? 亜人の世界というのは、未熟な人間の社会と同じです。この社会は成熟してはしません。だからこそ、思い切った施策ができます。亜人たちは人間族よりもずっと純粋です。一緒にここで新しい国を作りましょうよ。わたしたちも参加して……」

 

「い、や、だ、ね」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 

「でも、魔域なんて、もともと、なんの用事もないじゃありませんか。魔域に行くだなんて、ご主人様が東方帝国を逃亡するための口実であり、隠れ蓑だったんですよね……。だったら、旅の目的地がここでもいいはずです。わたしが、この土地でご主人様のやりがいを見つけて、ご主人様を幸せにしてみせます。どうか、一緒に……」

 

「嫌だと言っているだろう、沙那──。その話は終わりだよ。それに、わたしは魔域に行くよ。わたしにも目的ができたのさ。魔域にはわたしに助けを求めている者がひとりいる。そいつを助けにいく。会ったことのない大勢の人々なんてどうでもいい……。わたしは、わたしの知っているそいつを救う。そのためにも、絶対に魔域に行くよ」

 

 宝玄仙が言い切ると、沙那はまた深く嘆息した。

 

「わかりました……。ご主人様のことは諦めます……。もしからしたらと思いましたが、やはり、噛み合いませんでしたね……。やっぱり、ここでお別れです……。ご主人様、お世話になりました……。わたしは、ここに残ります」

 

「駄目だと言っているだろうが、沙那──。お前は、わたしの言葉がわからないのかい──。さっさと檻を開けな──。とにかく、『主従の誓い』を解除して来いと言っているだろう──。それを先にするんだよ。この馬鹿垂れが──。何度言えばわかるんだよ。お前はあの小娘に操られているんだよ」

 

「操られてもいいです──。ここがわたしの天職であることは間違いないのですから」

 

「お前が『主従の誓い』による感情の操りが消えても、同じことを思うかどうか見ものだよ……。逆に言えば、『主従の誓い』を解消して、同じことを言うなら、お前の言葉は考えてやるよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 もちろん、沙那を手放す気は皆無だが、嘘は言っていない。

 考えると言っただけで、従うとは口にしていない……。

 

「本当ですか──。ならば、誓ってください。ご主人様がわたしを譲ると誓うなら、わたしは『真言の誓い』を解除してもらいます」

 

「それじゃあ、なんにもならないだろうが──。もういい──。議論は終わりだよ。お前は永遠にわたしの供であり、性奴隷だよ」

 

「そうですね。議論は終わりですね。それは同感です……」

 

 すると沙那が横の卓の操作盤に手をやった。

 

「あぎいいっ──」

 

 宝玄仙は引っくり返った。

 また、床に強い電撃が流れたのだ。

 慌てて、頭上の横棒に飛びついた。

 

「な、なにすんだい──」

 

 宝玄仙は鉄棒を両手で掴んで身体を宙に浮かせてから、声を引きつらせて叫んだ。

 しかし、すでに腕の力は限界だ。

 もう、長い時間など両腕で身体を支えられない……。

 

「さっき、言いましたよ。服を脱いでくださいとね……。随分と待ちました。じゃあ、また、頑張ってください……。今度は二刻(約二時間)ですから……」

 

 沙那は無表情で言った。

 

「わ、わかった──。脱ぐ──。脱ぐよ」

 

「脱ぐんですね?」

 

「脱ぐから、床の電撃をとめておくれ。も、もう、落ちる……」

 

 宝玄仙は歯を喰いしばって、鉄棒を握る拳に力を入れた。

 だが、もう腕が震えていて、そう長く保てない。

 

「じゃあ、脱いでください。下着もなにもかも全部ですよ」

 

 沙那が操作盤に指をやったのが見えた。

 宝玄仙は力尽きて床に落ちた。

 電撃はとりあえず止まっていた。

 ほっとした。

 

「途中でやめたり、脱ぐのを逆らったら電撃を復活します。そのときには、本当に二刻(約二時間)のあいだ床に電撃を流しっぱなしにします」

 

 沙那は、例の手のひら大きさの携帯の操作盤をこれ見よがしに示した。

 ぐっと込みあげるものがあったが、いまは耐えた。

 

 沙那はやるときはやる。

 冷静な視線で宝玄仙を観察しながら、宝玄仙を追い詰める手段を次々に打ってくるに違いない。

 沙那は宝玄仙を屈服させて、宝玄仙に沙那を譲るという真言の誓いを結ばせるか、あるいは、激怒させて、とにかく沙那に仕返しをしたいと思わせるようにしている。

 

 どちらかというと、いまのところ、宝玄仙を怒らせて、沙那に仕返しをしようという強い感情に陥らせようとしているように思う。

 沙那は、宝玄仙が感情的だと知っているので、それが一番可能性があると計算しているかもしれない。

 

 しかし、沙那に仕返しをするためには、先に真言の誓いで、沙那を譲ると小白象とかわさなければならない。

 それが、沙那の思惑なのだ。

 だが、それを先にしてしまうと、今度は、宝玄仙の心に、沙那を譲るという心が刻まれてしまう。

 それだと、沙那は、宝玄仙の供には戻らない……。

 とにかく、いまは我慢することにした。

 

「どうしたんですか、ご主人様……? 服ですよ。服。もう警告はしませんよ」

 

 沙那が卓に身体を預けるようにしながら言った。

 

「わ、わかっているよ──。う、腕に力が入らなくて、うまく動かせないんだよ」

 

 宝玄仙は服に手をやりながら怒鳴った。

 事実だった。

 

「だったら、もう一度、電撃を流しますね……。服が脱げないなら、仕方ないですものね」

 

「脱ぐって言っているだろう──」

 

 宝玄仙は大声をあげた。

 そして、歯ぎしりするような屈辱を感じた。

 どうして沙那ごときの命令に……。

 その想いはどうしても拭いがたい。

 だが、眼前に迫っている電撃床の恐怖には抵抗できない。

 宝玄仙は両手を服のぼたんにかけた。

 

「ご主人様、踊りながら脱いでください。見物人たちに愉しませるようにね……」

 

 沙那が言った。

 

「見物人?」

 

 思わず問い返した。

 見物人など、沙那ひとりであろう……?

 沙那が卓上を操作した。

 すると、沙那の背後の壁ががらがらと音をたててあがりだした。

 

「あっ」

 

 宝玄仙は驚いて叫んだ

 しかし、その宝玄仙の声を大きな歓声がかき消した。

 床がせり上がって消滅すると、壁の向こうの部屋とひと続きになり、その向こうにいた大勢の男の兵らしき者が現れたのだ。

 兵たちの数は三十人ほどだろうか……。そこは、かなり大きな部屋であり、中では男の亜人兵たちが、椅子や床に座って談笑したり、武器の手入れなどをめいめいにしていたようだったが、床がせりあがりだすと、わらわらとこちらに寄ってきた。

 そして、その亜人兵たちが、宝玄仙に向かって一斉に拍手した。

 

「な、なんだい、こいつらは──?」

 

 宝玄仙は身体を硬直させて声をあげた。

 

「実は、ここは離宮の中でも、衛兵の詰所に隣接する拷問室なんです。少し前に、この離宮で騒動がありまして……。それで、この離宮にも本殿と同じように衛兵を常駐させるように変えたんですが、その衛兵たちに眼の保養をさせてあげようと思っているんです……。彼らには、もしかしたら、人間族の女の裸を見物できるかもしれないと予告していました……。どうか、ご主人様の裸身を彼らに見せてあげてください」

 

 沙那がにやりと笑った。

 そして、沙那が声をかけると、亜人兵たちがこちら側にやってきた。あっという間に宝玄仙のいる金網の檻は、亜人兵の男たちに取り囲まれた。

 

「さあ、どうぞ……。脱いでください。脱いだ服はさっきの水筒を送った白い円の中に置いてください。こっちに回収しますから……。そして、さっきの言葉を忘れないでくださいね。止まらないことですよ……」

 

 沙那が冷たい声がした。沙那は、金網の回りに兵がたかっている兵の後ろだ。

 亜人兵の身体越しだが、沙那の作ったような笑みがしっかりと見える。

 宝玄仙はかっとした。

 

「お、お前、ふざけるんじゃないよ──。こんなことをして承知しないよ、沙那──」

 

 宝玄仙は激昂して服のぼたんに手をかけたまま叫んだ。

 

「怒ったんですか? 怒ったら、どうぞ仕返しをしてください。わたしにお仕置きをしたくなったら、いつでも言ってください。わたしの責めは中止して、小白象様をお呼びします。この兵たちもさげます……。そして、真言の誓いを結んでもらってから、わたしはご主人様に罰を受けます。そのときは、どうぞ心置きなく、わたしを嗜虐してください」

 

「兵をさげるには及ばないよ……。お前をこいつらの前で嗜虐してやるよ。裸にひん剥いて、徹底的な色責めにしてやる──。いや、こいつらに道術をかけて、お前を輪姦させてやるよ──。お前なんか、一から躾のやり直しだ──」

 

 すると、沙那の顔色がさっと蒼くなった。

 だが、ほんの少しの沈黙のあとで、沙那は口を開いた。

 

「わ、わかりました……。存分にしてください……。ご主人様には、それをする資格があると思います。彼らの前でご主人様の嗜虐を受けます……。輪姦も覚悟します……。でも、その代わり、先に小白象様と真言の誓いをしてください……」

 

 沙那は真剣な表情で言った。

 

「くうっ」

 

 宝玄仙は歯を噛みしめた。

 これは沙那の手だ。

 どうにかして、宝玄仙を怒らせて、もう先のことなどどうでもいいから、目の前の沙那に仕返しをしてやるという気持ちにさせようとしているのだ。

 そして、宝玄仙は、その手に乗りそうになっている自分を自覚した。

 

 もう、沙那を譲るという真言の誓いなどさっさと結んでから、こいつを懲らしめてやろうとさえ思った。

 そのときに沙那を正気に戻す方法はあるのだ。

 だが、それだと、先に小白象と宝玄仙が真言の誓いをした時点で、宝玄仙の心が拘束される。

 

 それは、駄目だ……。

 冷静を保てと、宝玄仙は自分に言い聞かす。

 宝玄仙は一度深く深呼吸した。だが、それでも苛つきは収まらず、もう一度した。

 それで、少しは落ち着いた。

 

「お、覚えてなよ、沙那──。あとで正気に戻ったときに、ゆっくりとわたしの言葉を思い出して噛みしめな──。お前の調教は最初からやり直しだからね──」

 

 宝玄仙はそう怒鳴ると、手を動かして、上衣のぼたんを外す作業を再開した。

 宝玄仙が服を脱ぎ出すと、周りの亜人兵たちが歓声あげてを拍手をした。

 ぐっと歯噛みして、宝玄仙はひとつひとつ留め具を外していった。

 

 腕は重い……。

 まるで鉛でも入っているかのようだ。それでも、顔が強張るのを感じながら宝玄仙は一個一個とぼたんを外す。

 上衣から肩を外して、腕を抜く。

 内衣は薄物の貫頭衣だ。

 とりあえず、上衣を丸い円の中に投げた。

 

「踊りながらと言ったじゃないですか、ご主人様──。電撃を床に流しますよ」

 

 兵の後ろから沙那の声がした。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちして、腰をくねり、腕を曲げ伸ばししながら、下袍の紐を外す。

 周囲の兵がやんやの喝采をした。

 天教の儀式には、「祈り舞い」というものもある。

 八仙だった宝玄仙も、当然、祈り舞いはできる。それを思い出しながら、腰を振り、脚を曲げて身体を捻る。

 

「あっ……」

 

 すると、布地に肌が擦れて、思わず宝玄仙は声をあげてしまった。

 さっきたっぷりと媚薬を飲んだ。

 その効果が完全に身体に浸透しているのだ。

 不必要に舞い動くと、服に肌が擦れるだけで、淫情の声が洩れてしまう。

 とにかく、下袍は脱いだ。

 

 宝玄仙はその下袍も、また白い円に向かって放った。

 亜人兵が拍手をする。

 そして、また、舞をしながら内衣を脱ぐ。

 ついに下着姿になった。

 

「皆さん、どうぞ、存分に見物してくださいね……。さあ、胸当てを取ってください、ご主人様。それを取ったら、乳房を揺らしながら、周りの衛兵の全員がよく見物できるように回ってください」

 

 沙那の声だ。

 その指示に、また腹が煮えそうになる……。

 だが、それは沙那の手だと、自分に言い聞かす。

 

 沙那は宝玄仙の性格をよく知っている。

 どんな内容をどういう表情と口調で言えば、宝玄仙の逆鱗に触れ、怒らせることができるかということをおそらく、三人の供の中で一番よく知っているだろう。

 その沙那が、なんとか宝玄仙を怒らせ、冷静さを失わせて真言の誓いに応じさせようとしているのだ。

 落ち着かなければ……。

 

「こ、これでいいのかい──」

 

 宝玄仙は胸当てを外した。

 胸当てをまた隅の円に投げると、両手で乳房を隠し持つようにしながら、乳房を動かしてその場で回転する。

 

「それじゃあ、見えませんよ、ご主人様──。乳首をちゃんとみんなに見せてください。ご主人様の胸は相変わらずに綺麗ですよね。それをみんなに見せてあげてくださいね」

 

 沙那の声に、自分の眉間にきっと皺が寄るのがわかった。

 こいつに対する憎しみでさえ、こみあがる気がする。

 だが、仕方がない……。

 宝玄仙は、もう捨て鉢な気持ちになり、両手から胸を手を外すと、両側から押さえるようにして、左右に乳房を揺らしながら身体を回転させる。

 

「踊りはどうしたんですか?」

 

 沙那の声──。

 宝玄仙は腰をくねって舞の動作に戻る。

 亜人兵たちは大喜びだ。

 

「さあ、最後は腰布ですね。どうぞ……」

 

 三回ほど舞いながら回転したところで、沙那が声をかけた。

 宝玄仙は、腰の下着の横に両手をかける。

 

「そうだ……。全部、脱がなくてもいいですよ。まずは、お尻だけを剝き出しにしてください。その方が、いやらしいですものね。それが終わったら、とりあえず、踊りはいいですよ。腕を脇に置いて真っ直ぐにしてください」

 

「なっ」

 

 思わず怒鳴ろうとして、宝玄仙はすぐに口をつぐんだ。

 沙那の魂胆はわかっているのだ。

 懸命に心を落ち着けようとする。

 宝玄仙は沙那の命令に従って、小さな下着の後ろ側だけを剝き出しにした。

 前の部分は、股間の下の部分だけに、ちょっとだけ引っ掛かったようなかたちになる。

 中途半端なこの状態は、むしろ全裸よりも恥ずかしい気がした。

 さすがは、沙那だとは思う。

 人を追い詰めるやり口をよくわかっている。

 

「なにっ?」

 

 突然、最初に靴を脱がせたときに、沙那が使った『道術手』が眼の前に出現した。

 沙那の手元までは、亜人兵の身体で見えないが、沙那が卓の位置で再び『道術手』を遣ったに違いない。

 その『道術手』が宝玄仙の乳房をぐいと掴んで揉み始める。

 

「ああっ……ちょ、ちょっと──」

 

 宝玄仙は思わず悲鳴をあげて、胸を両手で隠した。

 胸は蝦蟇婆(がまばあ)たちにさんざんに淫乱化の施術を受けて、いまだに異常なほどに感じやすくなっている。

 改造されたあちこちの身体は、道術で回復させたのだが、薬物を使われて感度をあげられた乳房だけは、なかなか元には戻らなかった。

 その胸をいきなり揉まれたのだ。しかも、たっぷりと飲んだ媚薬が宝玄仙の全身を熱くしている。

 それをこんな大勢の男の亜人兵たちの前で揉まれるのは堪らない。

 

「動いちゃだめじゃないですか、ご主人様──。それよりも、床電撃がいいですか?」

 

 沙那が言った。

 胸は宝玄仙の胸の手前で宙に浮いている。

 

「わ、わかったよ……。す、好きにしな──」

 

 宝玄仙は怒鳴りながら、身体を真っ直ぐにして、両手を身体の横に戻した。

 

「わたしはご主人様が嫌なことはしませんよ。ただ、ご主人様が揉んで欲しければ揉みます。胸を揉んでいるあいだは、床に電撃は流しません──。それだけです……。さあ、どうしますか?」

 

 沙那が亜人兵を掻き分けて前に出てきた。

 その顔が赤い。

 沙那が興奮しているのは確かだ。

 冷静に宝玄仙を責めたてている沙那だが、いまは、宝玄仙を責めるということで、少し淫情を覚えているようだ。

 沙那の冷静な仮面の下に出現した淫らな顔に、宝玄仙は思わず頬を緩めた。

 

 よく考えれば、なにしろ、宝玄仙が三年以上にわたって、さまざなま痴情を教え刻んだ沙那だ。

 真言の誓いで感情を殺されていても、宝玄仙がしつけた身体と心は、あの烈情と愛欲を忘れるわけがない……。

 

「どうなのです……。揉んで欲しいのですか……?」

 

 両側に亜人兵が集まる中心で、沙那が金網の向こう側から言った。

 

「わ、わかったよ……。揉んでおくれ……。だ、だけど、電撃だけは勘忍しておくれよ……」

 

 そう言うしかない。

 

「そうですか……。じゃあ」

 

 金網の向こうの沙那が茶色い手袋をした手を揉むように動かした。

 すると檻の中の『道術手』が宝玄仙の乳房を掴んで、ゆっくりと揉みだした。

 

「はああっ」

 

 宝玄仙は腰が砕けそうになり、思わず大きな声をあげた。

 

「随分と感度がいいですね? どうしたんですか、ご主人様──?」

 

 金網の向こうに沙那が嗜虐に酔ったような表情で微笑んだと思った。



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592 不肖の弟子の責め

「随分と感度がいいですね? どうしたんですか、宝玄仙様?」

 

 金網を挟んで宝玄仙と沙那は向き合っている。

 その沙那がそう言いながら、自分の唇をぺろりと舐めたのを宝玄仙は見た。

 沙那が性的な欲情に陥り始めたときの癖だ。

 

 つまり、沙那は宝玄仙を責めるという行為によって、性的な興奮状態になりかけているのだ。

 それで、宝玄仙は思い出した。

 いつも理知的で冷静な沙那だが、その沙那が異常に感情的になって我を忘れたようになることがある。

 それは、沙那が宝玄仙を責めるときだ……。

 

 普段は、沙那は受ける性しかしない。

 もともとが性には奥手であり、宝玄仙に与える性が唯一の性である沙那にとっては、宝玄仙が徹底的に調教した被虐の快感こそが、唯一にして、完璧に身体に染みついた快楽の根本だ。

 しかし、その沙那がさらに興奮して、我を忘れたようになるのが、実は沙那が嗜虐に回るときだ。

 時折、宝玄仙を責めたり、朱姫を責めさせることがあるが、そのときは明らかに沙那の理性的な部分が消えている。

 沙那の隠れた本質は、本当は嗜虐側になるのではないかとさえ思うことがある。

 

 そして、いま、沙那は宝玄仙を責めるということにより、いままでの時間で垣間見えなかった本能的な部分が見え隠れし始めたように思う。

 それをもっと剝き出しにさせなければ……。

 

 この女から理性的な部分を剥ぎ取れば、後には宝玄仙以上に気の短い感覚的な女が残る。

 この女の知恵者の一面は影を潜め、感情的な沙那の本質が表に出るのだ。

 とにかく、せめて、沙那から主導権を取り戻さねば……。

 嗜虐と被虐の倒錯の性は、宝玄仙は師匠であり女王だ。

 こんな不肖の弟子に、性で主導権をとられて堪るか──。

 

「ふうっ……」

 

 宝玄仙は息を吐いた。

 沙那の手による刺激に、一気に込みあがった淫情を我慢できなくなったのだ。

 

「胸が随分と重たくなって突き出てきましたよ、ご主人様……。気持ちがいいんですか?」

 

 沙那がからかうような口調で言った。

 それに釣られるように、金網の向こうの亜人兵たちが揶揄の声をあげた。

 その手に乗るかと思った。

 

 亜人兵たちの力を借りて、今度は羞恥責めをしようとしているらしい……。

 しかし、こんな付け焼刃の調教師の手管に負けるほど、この宝玄仙は甘くはないはずだ。

 冷静になれ……。

 宝玄仙は自分に言いきかせた。

 

 だが、ただでさえ蝦蟇婆(がまばあ)による淫乱化の影響の残る敏感な乳房なのに、そこに媚薬を飲まされたのだ。

 その性感を直撃する沙那の責めに、飲まれないようにするのは簡単ではない。

 宝玄仙は歯を喰いしばって、洩れそうになる声を耐えた。

 

「答えてください、ご主人様──。気持ちがいいかと訊ねているんですよ」

 

 沙那がさらに言った。

 魂胆はわかっている。

 こうやって、多くの亜人兵たちがいる中で、宝玄仙をいたぶり、激昂させようとしているのだ。

 そして、沙那への仕置きと代償に、宝玄仙に小白象と真言の誓いに同意させるように導こうというのだろう。

 考えてみれば、随分とわかりやすい手口だと思う。

 

「どうなんですか、ご主人様……。黙っていると、愛撫を中止しますよ……。そして、床電撃を再開しましょうか……」

 

 沙那が執拗に宝玄仙の胸を揉みながら言った。

 

「は、はあ……。き、気持ちいいよ……。ほ、本当だよ……はあああっ」

 

 宝玄仙は甘い吐息とともに言った。

 口を開くと、耐えていた嬌声が迸った。

 亜人兵たちが野次のような言葉を一斉にあげた。

 しかし、宝玄仙はその声に混じって、沙那がごくりと唾を飲み込んだ音を聞いた。

 沙那もまた緊張しているのだ。

 そのことで宝玄仙は改めてそれを悟った。

 

「じゃ、じゃあ、姿勢を変えてください。腕をもちあげて、手を頭の上に乗せるんです」

 

 宝玄仙は言われたとおりの姿勢になった。

 すると、沙那が操る『道術手』がすっと両方の二の腕から脇の下をひと撫でした。

 

「あっ、いやあっ」

 

 思わず悲鳴をあげて、宝玄仙は上体をおののかせた。

 

「ここは、ご主人様の性感帯ですものね……。二の腕から脇の下……。よく覚えていますよ……」

 

 沙那がくすくすと笑った。

 宝玄仙は沙那に対して、あまりのも露骨な反応をしてしまったことに歯噛みした。

 

「う、うるさいよ──」

 

 宝玄仙は言い返したが、その声が震えていることに気がつかないではいられなかった。

 

「そうですか……? でも、わたしもたくさん奉仕させられましたから、ご主人様の身体をよく知っていますよ……。気持ちのいいところとか……。例えば、ここと……」

 

 沙那の操る『道術手』がすっと宝玄仙の乳房の裾を撫でた。

 

「あはああっ」

 

 宝玄仙は思わず甲高い声を響かせた。

 同時に見物をしている男たちがどっと歓声をあげた。

 宝玄仙は慌てて口をつぐんだ。

 

「どうしたんですか、ご主人様……。わたしのご奉仕が気に入られましたか?」

 

 沙那が笑った。

 宝玄仙は大きく息を吐いた。

 

 落ち着け……。

 こんな沙那ごときの愛撫に大袈裟に反応してしまうなど……。

 

「……ところで、ご主人様、お気づきですか? 股間を隠してなさる股布が随分を濡れてきましたよ。まだ、そんなになにもしていないのに……」

 

 宝玄仙の心を呷るように、沙那が意地悪くそう指摘した。

 自分の股間に視線を落とす。

 腰から脱ぎかけの状態で保持をさせられて、宝玄仙の無毛の股間の下にほんのちょっと乗っているだけの下着は、確かにねっとりした宝玄仙の愛液により、その部分だけがはっきりとわかるほどに変色していた。

 亜人兵たちが大きな揶揄の声をあげている。

 

「……どうです……。そろそろ、腹がたってきたんじゃないですか、ご主人様……? それとも、もしかしたら、ご主人様は、こんな風に恥ずかしいことや意地の悪いことをされるのがお好きなんですか?」

 

 沙那が、片方の『道術手』をすっと宝玄仙の身体の中心にそって指を撫ぜさげた。

 その指は、宝玄仙の乳房のあいだから臍を撫ぜて、秘肉に隠れている肉芽をつっと押した。

 

「んふううっ」

 

 息を呑んで、顔を仰け反らせた宝玄仙は、頭の後ろに腕を置いたまま、裸身をくねらせた。

 

「こんなものはもう必要ありませんね。脱がしてしまいますよ、ご主人様……」

 

 沙那の『道術手』が宝玄仙の下着をいっきに下げおろした。

 足首をあげることを命じられた宝玄仙は、大人しく『道術手』が宝玄仙から下着を取りあげるに任せた。

 沙那は『道術手』でその下着を宝玄仙が脱ぎ捨てたほかの衣類が集まっている丸い円に投げると、一度金網の前から離れて、操作盤のある卓に戻った。

 すると、宝玄仙が監禁されている檻から衣類が消滅した。

 

「さあ、じゃあ、本格的にいきましょうか。もう一度、言っておきますが、逆らったら、また床に電撃を流しますからね……」

 

 金網の前に戻ってきた沙那が言った。

 そのとおり、沙那による『道術手』を使った本格的な責めが始まった。

 

「あ、ああっ、あああっ……」

 

 『道術手』が上下に分かれて、宝玄仙の無防備な乳房と股間を刺激しはじめる。

 乳房を片方の手でゆっくりと揉まれ、揺すられ、あるいは乳頭を捏ねられる。

 一方で、反対の手は、宝玄仙の股間に指を入れて下から撫でるようにくすぐる。

 媚薬に苛まれている宝玄仙の身体は、一気に熱くなる。

 

 その沙那の手管に、宝玄仙はどうしても上ずった声をとめられなかった。

 すると、沙那の行いを見守っていた亜人兵たちの顔も熱を帯びてきたようになっていった。

 歓声とからかいの言葉が次第に大きくなる。

 宝玄仙は、こんな亜人兵の見世物にされるように沙那にいたぶられることに血が逆流するような嫌悪感と汚辱感を覚えた。

 

 そして、同時に宝玄仙は、沙那のもうひとつの魂胆もわかってきた。

 沙那は、宝玄仙が教え込んだ手管で、宝玄仙の裸身を責めたてながら、宝玄仙が沙那の愛撫による快感の高まりに耐えられずに感極まりそうになると、巧みにぎりぎりでそれをかわして、刺激する場所をほかに変えるのだ。

 つまりは、沙那は、宝玄仙を快楽と羞恥の責めをしながら、同時に焦らし責めにもしているのだ。

 媚薬に苛まれている宝玄仙には、これはかなりつらい責めだった。

 

 いつしか、宝玄仙の嬌声は絶え間のないものになり、全身は高揚して汗びっしょりになり、まるで水でも被ったかのような様になった。

 股間からこぼれる愛蜜は、宝玄仙の内腿を濡らし、脚を伝って足の指まで愛液でまみれさせるほどだ。

 その頃には、金網の前に群がった亜人兵たちは、冷やかしというよりは、沙那の責めによる宝玄仙の痴態に息を呑むような感じになってもいた。

 やがて、沙那がやっと『道術手』を宝玄仙の裸身から離した。

 

「さあ、次はどんな風にご主人様を苛めましょうか……? それとも、なにかしてもらいたい責めはありますか?」

 

 沙那が言った。

 ふと見ると、沙那の顔は上気して真っ赤だった。

 まるで、沙那自身が責められたかのように、眼が淫靡に蕩けている。

 しっかりと着込んだ上下の男装の下にも、かなりの汗をかいているようだ。

 沙那が宝玄仙を責めながら、欲情で興奮で覚えていたのは明らかだ。

 宝玄仙は思わず笑った。

 

「な、なにがおかしいのですか、ご主人様?」

 

 沙那は、いままで惨めな醜態を晒していた宝玄仙が、怒るどころか、声をあげて笑ったのが意外そうだった。

 

「どんな風に愉しませてくれるかと思ったけど、まだまだだね、沙那……。やっぱり、お前には嗜虐役は早いよ……。わたしのところに戻ってきな。徹底的に被虐の性をもう一度叩き込んでやるよ……。わたしと、あの小娘の女主人としての違いをひとつ思いついたよ……。わたしがお前に与えてやっている途方もない快感……。それはあの小白象とかいう小娘は与えてくれないだろう……? 実のところ、お前、あの小娘に仕えるようになってから、性的満足を覚えたことはないんじゃないかい?」

 

 当て推量だが、よく考えれば、沙那を強引な手段で供にして以来、毎日のように激しい快感をこの女には与え続けた。

 徹底的に身体に嗜虐の快楽を染みつかせた。

 その結果、この女には、潔癖で生真面目な性格のくせに、感じやすい淫乱な身体を持つという不均等な性質ができあがったのだ。

 

 その沙那が、もう宝玄仙との性生活なしで満足できるわけがない。

 真言の誓いがあろうとなかろうと、理性で宝玄仙ではなく白象宮を選ぶ理由をこの女な自分の中で並べ立てようとも、染みついた性情だけは、もう宝玄仙と離れることなどできないはずだ。

 

「な、なにわけのわからないことを言っているんですか──?」

 

 沙那が動揺したように顔をさらに赤らめた。

 どうやら図星だったようだ。

 冷静沈着で、何事でも計算高く動く沙那だが、どうも性に関することだけは、持ち前の主導性を発揮できないらしい。

 いまも宝玄仙の何気ないひと言だけで、明らかに動揺を表に出した。

 

 それにしても、これだけ簡単に顔に出すところをみると、本当に性の疼きに悩んでいるのではないだろうか……?

 あの小娘が沙那の性欲を満足させてくれるとは思わないし、かと言って、この真面目女が自分の性欲を満足させるために、男を漁るとも思えない。

 考えてみれば、口ではここの生活に満足していると主張している沙那だが、夜な夜な疼く性欲の飢餓感に苦しんでいても不思議ではない。

 残念ながら、沙那はそんな風に身体を躾られてしまったのだ。

 宝玄仙によって……。

 

「……わたしにはわかるんだよ、沙那──。お前、このところ、毎晩のように自慰をしているだろう? 身体の疼きがとまらなくってね……。お前がここの居残って、あの小娘に本当に仕えるなら、その火照った身体は誰が癒してくれるんだよ──? 冷静になりな……。もう、お前にはわたしから離れるなど無理なんだよ。その淫乱になった身体を誰に満足させてもらうつもりなんだよ。自慰じゃあ、そんなに気持ちよくはなれなかったろう?」

 

「だ、黙って──」

 

 沙那が真っ赤な顔で怒鳴った。

 あっという間に冷静さを欠いている。

 いい傾向だ。

 宝玄仙は続ける。

 

「……身体に染みついた快楽……。それは簡単に消えやしないんだよ……。それとも、これからは、こいつらを相手に、性欲の解消をするつもりかい? だったら、わたしから、こいつらにお願いしてやろうか?」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「ば、馬鹿なことを言わないでください、ご主人様──。わたしは、自慰なんて──。いや、自慰のことなんてどうでもいいです……。そ、それよりも、まだ続けますよ……。こ、ここにいる男たちの前で、身体をなぶってあげます……」

 

 沙那が言った。

 そして、再び『道術手』がすっと近寄ってきた。

 宝玄仙はごくりと息を呑んだ。

 だが、すぐに口を開く。

 

「だいたい、人なんて単純なものだからね。なんでも自分を基準に考えるんだ。お前がやっている責めは、自分がやられたら一番堪える責めをわたしにやっているだろう? 考えてみれば、お前は、恥ずかしいことが一番に嫌だったね。だが、そうは言いながらも、お前を羞恥責めをすると、お前はいつも激しく身体が反応したものさ──」

 

「な、な、なんてことを……」

 

「後ろにいるお前ら──。そのうちに、こいつに部屋に呼ばれて、疼いた身体を癒す相手をさせられると思うけど、こいつは羞恥責めが好きなんだ──。ちゃんとした寝室なんかじゃなじゃなく、ちょっとした廊下の陰とか、それとも外とかで抱いてやりな──。反応が違うからね──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「わ、わけのわかんないことを喋らないでください──」

 

 沙那がますます顔を真っ赤にして声をあげた。

 宝玄仙を刺激しようとして近寄ってきた『道術手』が停止した。沙那が動揺しているからのようだ。

 

「いまの会話でわかったと思うけど、この沙那は、わたしの猫だったんだよ──。お前ら、こいつを抱いたら驚くよ。こいつは、全身が性感帯のように感じやすい女なんだ。どこをどう触ろうとも、びっくりするくらいに激しく反応するからね──。最初は演技かとか、おかしな薬剤でも使っているんじゃないかと思うかもしれないけど、本当に感じているんだ──。こんな美人で頭がよくて、しかも、凄腕の剣士が、お前らの手管でよがりまくるんだ。抱いてみたいだろう──?」

 

 宝玄仙は集まっている亜人兵どもに喚きたてた。

 “へええ”とか、“ほおう”とかいう声があちこちから漏れだした。明らかに好色な視線が沙那に集まり出す。

 

「も、もう黙ってください──。ゆ、床に電撃流しますよ──」

 

 沙那が叫んだ。

 その顔はこれ以上ないというくらいに真っ赤だ。

 しかも、汗までかいている。

 性のことでからかうと、本当に面白い反応をする女だ──。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「ほらね、お前ら──。こいつは否定しなかっただろう? 本当なんだよ。それと、こいつを犯すときには、尻穴もちゃんとなぶってやらないと、こいつは満足しないよ」

 

「も、もう、黙って──」

 

「そんなことよりも、お前、わたしがいなくなったから、毎日の尻穴洗いをしていないだろう? 尻を犯される可能性がなくなったから、そんな女の慎みも忘れたかい?」

 

 宝玄仙はさらに言った。

 沙那には、宝玄仙の供になって以来、ずっと毎朝、指と洗浄剤で尻穴洗いをするように習慣つけさせている。

 孫空女と朱姫は、馬鹿馬鹿しい命令と思いながら、宝玄仙の命令なので仕方なくやっているだけだが、沙那については、性についてはなんにも知らないので、それはどの女もやっている当たり前の女の習慣だという宝玄仙の出まかせをいまだに信じている節がある。

 

「ちゃ、ちゃんとやっていますよ──。もう、それ以上、喋ると床電撃をします──」

 

 すると、亜人兵たちが笑った。

 沙那はきょとんとしている。

 

「ほらね、お前ら──。こいつは、わたしが言ったとおりの変態だろう? お前らが手を出さないから、毎日、自慰に耽るしかないくらいに身体が疼いているんだよ──。可哀そうに、いつでも尻穴を犯してもらえるように、毎朝、指で尻を洗っているにも関わらずにね──」

 

 宝玄仙がわざとらしく声をあげると、亜人兵たちの笑い声がさらに大きくなった。

 今度は沙那がきょとんとした。

 そして、はっとしたように宝玄仙を見た。

 

「も、もしかして、お尻を洗うというのは、誰でもやっているというのは、嘘ですか?」

 

「当たり前だろう──。そんなことを毎日、毎朝やっている女なんか変態に決まっているだろう──」

 

 宝玄仙は馬鹿笑いした。

 亜人兵たちの笑いがさらに大きくなる。

 沙那の顔が強張った。

 

「もっと、喋ってやる──。お前の性癖を喋りまくって、ここで澄ました顔で国を築く仕事なんてできなくしてやるよ……。こいつの女陰は凄いよ──。このわたしが調教してやったからねえ……。お前ら女の三段絞めって、味わったことはないだろう……。こいつは……」

 

「も、もういい加減にして──。さ、さあ──。終わりよ──。この部屋を出て行きなさい──。持ち場に戻りなさい──」

 

 沙那が喚いた。

 そして、宝玄仙の監禁されている金網に群がっていた亜人兵たちを追い払い始めた。

 沙那はここでは、それなりの権力を持たされているようだ。

 こいつの命令に亜人兵たちは逆らうことなく、亜人兵の詰所だった場所に引きあげていった。

 

 沙那は卓の操作盤を動かして、部屋の仕切りの壁を元通りにした。

 再び、部屋は宝玄仙と沙那のふたりだけになった。

 沙那は、卓に両手を置いて俯いている。

 大きく動揺してしまった自分の心を落ち着かせようとしているようだ。

 

「どうしたんだい、沙那……。もう、遊びは終わりかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、ずっと頭の後ろにあげたままだった両手をおろした。

 しかし、沙那は別段、なにも言わなかった。

 

 しばらくすると、沙那が顔をあげた。

 ふと見ると、沙那の顔から感情が消えている。

 また、取り澄ました表情の中に激しい心を隠してしまったようだ。

 

「やっぱり、短い時間でご主人様を堕とすなんて無理でしたね……。それに、もう少し、ご主人様の気力を削ぎ落してから、責めに移行した方がよさそうです。ご主人様にはさらに弱ってもらいますね……」

 

 沙那が卓の上に手をやった。

 次の瞬間、熱気が床から上昇し始めた。

 

「うわっ──。こ、今度はなんだい──?」

 

 宝玄仙は悲鳴のような声をあげてしまった。

 熱い湯気が宝玄仙が監禁されている床一面から湧きあがっている。

 まるで熱い蒸し風呂の中にいるようだ。

 宝玄仙の全身からみるみる汗が吹き出してくる。

 

「な、なにすんだよ、沙那──。こ、このわたしを蒸し殺すつもりかい──」

 

「そんなことはしませんよ。ちゃんと水は補給します……。檻の中心を見てください」

 

 宝玄仙は言われた通りに眼をやった。

 そこには、腰の高さくらいの棒が床から突き出ており、その位置の天井からも逆に、下に向かって棒のようなものが頭の少し上くらいの位置まで届いていた。

 よく見れば、床から立っている棒の先端は男根のかたちをしている。

 さらにその男根部分の表面は、なにかの粘性物がたっぷりと付着しているようだった。

 とにかく、宝玄仙はその位置に行ってみた。

 下から見あげると、天井から延びている棒は管だ。

 

「ご主人様が床の棒に跨って女陰で先端部分を包み込めば、そのあいだだけ、上から冷たい水が出てきます。水は制限なく出てきますから、それを浴びるなり、飲むなりしてください。それで蒸し死ぬことはないはずです……」

 

 沙那は言った。

 だが、宝玄仙は嫌な予感がした。

 あの男根の周りに付着しているねばねばとしたものはなんだろう……?

 

「だけど、ただの仕掛けじゃないだろう、沙那? あの男根はただの張形かい?」

 

 すると沙那がふっと笑った気がした。

 

「もちろん、違います──。あれは『痒み棒』と呼ばれる霊具です。あれを股間に入れたりしたら、痒くて堪らなくなります。でも、女陰であれを咥えない限り、水は出ません」

 

 沙那の頬には薄っすらした笑みが浮かんだ気がした。

 宝玄仙は込みあがった怒りをぐっとこらえて、沙那に笑みを返した。

 

「よ、よくも、次から次へとくだらない思いつきをするものだよ……。わたしも、お前を調教し直すときの参考にしてもらうよ……。つまりは、このわたしは、自分で自分を痒み責めにしなければ、水が飲めないということかい……?」

 

 すでに熱い蒸気は、かなりの渇きを宝玄仙に与えていた。

 まだ短い時間だというのに、宝玄仙の足元は身体から垂れた汗で水たまりのようになっている。

 それも、あっという間に再び湯気となって、宝玄仙の身体を蒸し苦しめる。

 

「そうですね……。但し、『監視虫』の存在を忘れちゃだめですよ。ご主人様が自分の手で慰めようとしたら、床に電撃が流れ出しますからね。もちろん、張形で達しても、『監視虫』は、それを自慰と判断して、床電撃が作動しますから……」

 

「お前らしい陰湿な仕掛けだよ……」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 そのとき、はっと思いついたことがある。

 

「ちょっと待ちな……。それで出てくる水というのは、おかしな薬剤混じりの水じゃないだろうねえ?」

 

 さっき、黙って水筒を渡されて、中の媚薬入りの水を大量に飲まされたことを思い出したのだ。

 

「もちろん、たっぷりと媚薬は入っています。その水を被っても、飲んでも身体が敏感になります」

 

 沙那が冷静な口調で言った。

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「はっ──。残酷な仕掛けだよ──。まあいい──。受けて立ってやるよ──。要は達しなきゃいいんだろう──。自分で自分の股間を痒み責めにし、さらに媚薬を飲み続け、それでも達するなということだね──」

 

「そういうことです。それと、もうひとつご主人様に特別な仕掛けを追加して差しあげます」

 

 沙那がそう言うと、床から突き出ている棒の先の張形がうねうねと回転しながらくねりだした。

 宝玄仙はぞっとした。

 

「……そのうねる張形をすっぽりと股間で包んだら、すぐに水は出てきます。でも、時間が経つにつれて、股間の刺激で達しそうになる時間が短くなっていくと思いますから、しっかりと自分を制御してくださいね、ご主人様──。痒みが癒える気持ちよさに、我を忘れてしまってもいけませんよ……。床電撃が復活しますからね……。じゃあ、自分をしっかりと保って達しないようにしてください──。じゃあ、朝になったら来ます」

 

 沙那は卓から扉に向かって歩き出した。

 

「このまま朝まですごせっていうことかい……。眠らせてももらえないのかい? 随分と残酷じゃないかい──。仮にもわたしは、まだお前の女主人なんだよ」

 

 宝玄仙は悪態をついた──。

 すると、沙那が振り向いた。

 

「もちろん、ご主人様は、この責めをいつでも中止にすることができます。真言の誓いをする気になれば、天井に向かって叫んでください。わたしは戻ってきます──。そのときには、このわたしをその檻に逆に放り込んで、恨みを晴らしても構いませんよ」

 

 沙那は出て行った。

 宝玄仙は再び、この拷問室に放置された。



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593 愛の告白と切迫する尿意

「ち、畜生……」

 

 孫空女は何十度目になるかわからない悪態をついた。

 大きな寝台が一個あるだけの調度品もなにもない部屋である。

 孫空女は、その寝台の上に寝かされていた。

 ただの寝台ではない。

 この上に載せられた者の筋肉を完全に弛緩させてしまう特殊な道術の仕掛けが施された寝台のようだ。

 孫空女はそこの上に何刻も載せられたまま、ずっと放置されているのだ。

 

 金凰魔王からやっと解放された孫空女と宝玄仙は、この白象宮に奴隷として移送されたはずの沙那を奪い返すために、この白象宮の城下にやってきたのだが、城郭に入るとすぐに、その白象宮からの使いという者が声をかけて来て、孫空女と宝玄仙をこの宮殿に案内した。

 そして、その案内に従って殺風景な部屋に案内されると、小白象と名乗る娘の魔王が現れた。

 だが、それは沙那が変身した姿だった。

 孫空女がそれを見破ると、沙那がさっと手をあげて、気がつくと、ここに跳ばされた。

 おそらく『移動術』だと思う。

 

 しかも、跳躍させられたのは、この寝台の上であり、孫空女は身体の力を吸い取られたようになってしまい、この寝台の上に仰向けに倒れた。

 そして、そのまままだ。

 

 ここは、周囲を白い壁に囲まれた部屋であり、部屋の中心にこの寝台があるだけのなにもない部屋だ。

 部屋の出入り口のための鉄の扉が一個あるが、鍵は外側からかけられている感じだ。

 つまりは、まるで牢のような造りになっている部屋だ。

 

 とにかく、ここに閉じ込められてから数刻……。

 呼べど、叫べど、誰も現れない……。

 もう、わけがわからない……。

 

 しかも、全身の筋力は完全に弛緩して、寝台に貼りついた部分は、指一本も動かすことができない。

 だが、逆に寝台に接触していない身体の上面の部分は動かすことができる。

 なにかの拘束術が刻まれている寝台に違いないのだが、いずれにしても、ここからひとりで起きることは不可能だと悟った。

 孫空女は無駄なことはやめて、大人しく待っていることにした。

 

 いずれにしても、この件に沙那が絡んでいることは確かだし、待っていれば沙那がやって来るのだろう。

 それにしても、沙那はなにを考えているのだろう……?

 捕えられているという感じでもなかったし、最初は沙那が死んだと説明して、それで追い払おうしている気配すらあった。

 沙那のことだから、なにか考えがあるのだとは思うが……。

 

 だが、いまどのくらいの時間が経ったのだろう?

 部屋は、道術によって灯りを発する天井が明るくしており、明かり取りのための窓などはないが、すでに夜になっているのは間違いないと思う。

 やがて、孫空女は大人しく沙那を待っているわけにもいかない状態に襲われてきた。

 しかも、それはいったん自覚してしまうと、のっぴきならないものとなって、孫空女を苦しめてくる。

 

「ちょ、ちょっと、誰か──。だ、誰かきて──」

 

 孫空女は数刻ぶりに大声を発した。

 だが、誰も孫空女に対応するなと命じられているのか、あるいは、本当に孫空女を見張っている者がいないのかわからないが、まるで反応はない。

 困ったことになったと思っていると、やっと扉の外になにかの気配がした。

 

「さ、沙那──」

 

 入ってきたのは、車付きの小さな台車を押した沙那だった。

 台車の上には、水差しや布や木桶などが載せられていた。

 

「ごめんね、孫女……。もっと、早く来るつもりだったけど、色々と立てこんじゃっていてね……。これでも忙しい身の上なのよ。ここでわたしは、小白象魔王陛下の参謀のようなことをやっているのよ……。あんたたちが金凰魔王を倒したでしょう? それで、いろいろと動かないことならないことがあるものだから、そのための連日の会議が続いているの。許してね……。これからは、もう少し頻繁に来ることにするわ……」

 

「頻繁って……」

 

 孫空女は驚いた。

 沙那が孫空女をここにしばらく監禁したままでいるということを前提とした物言いをしたからだ。

 沙那が続ける。

 

「まあ、数日のことだと思うけど……。とにかく、お腹がすいたでしょう? “丹丸”と呼ばれる仙薬を持ってきたわ。これをゆっくりと噛んで口に入れるといいわよ。空腹がなくなるわ……。それとも、水が先がいい……? 口吸いに入れてあるから、そのままで飲めるから……」

 

 沙那がいきなり、早口でそう言いながら、台車を寝台の横に置くと、右手首に真っ赤な手首帯のようなものを巻いた。

 沙那はなんとなく不自然だった。

 こんなに早口でしゃべることはあまりないし、沙那はいつも落ち着いている。

 時折、感情の制御ができなくなったように激昂することはあるが、全般に思慮深いし、冷静沈着なのが沙那の持ち味だ。

 しかし、いま現れた沙那は、なぜか動揺していて、そわそわしていた。

 孫空女は、その沙那の様子に違和感を覚えた。

 

「なにさ、その赤いのは?」

 

 孫空女は沙那を横目で見ながら、とりあえず、沙那がいま手首に巻こうとしている赤い手首帯について訊ねた。

 なにしろ、寝台に接触している部分はまったく動かないので、首を動かすこともできないのだ。

 沙那の様子も横目で見ているにすぎない。

 

「あんたが横になっている寝台には、身体の筋力を完全に麻痺させる道術が刻んであるのよ。それを無効にするものよ。これを巻いていないと、わたしまで、その寝台に触れた途端に、その部分の身体が動かなくなってしまうわ」

 

 沙那はそう言って、孫空女の寝ている寝台に座った。

 そして、孫空女の首に手をやって、孫空女の顔を沙那にいる側に少し向ける。

 やはり、この台は、孫空女の身体の筋力を強い力で張り付けているわけではなく、孫空女の身体側を麻痺させる働きがあるようだ。

 それを裏付けるように、沙那が手を伸ばしたとき、孫空女の身体は簡単に沙那の手によって動いた。

 沙那が孫空女の口に口吸いの吸い口部分を近づけた。

 

「そ、そんなのはいいよ、沙那──。だったら、ここから降ろしてよ。自分で飲むから──」

 

 孫空女は声をあげた。

 沙那の言う通りであれば、孫空女は寝台からおりさえすれば、この身体の弛緩はなくなるはずだ。

 

「……それはできないわ。あんたには、事が終わるまで、ここで寝てすごしてもらうわ。そんなに長いことはないと思う……。せいぜい、二日か、三日……。まあ、できる限りのことはするから……。だから、許して……。それとあんたの世話はわたしがするわ……。侍女あたりに言いつけてもいいんだけど、あんたは結構油断ならないしね……」

 

「な、なに言ってんだよ、沙那──。いいから、降ろしてよ──。と、とにかく、訊きたいことはたくさんあるけど、その前に、ちょっとこの寝台から身体を引っ張りおろしてったら──」

 

 孫空女は叫んだ。

 もう苦痛は切羽詰ったものになっている。

 

「どうしたのよ、孫女?」

 

 沙那はきょとんとした表情になった。

 孫空女の必死の様子にやっと気がついたようだ。

 

「お、おしっこだよ──。漏れる──」

 

 孫空女は声をあげた。

 もう尿意の限界だ。

 おそらく、半日近くもここにいる。

 

 最初はなんともなかったのだが、そのうちに尿意を感じてしまった。

 一度、それを自覚してしまうと、もうどうしようもない苦しみとなって、それがずっと孫空女を追い詰めていたのだ。

 すると、沙那はぷっと吹き出した。

 

「わ、笑うなよ、沙那──。わ、わかったら、あたしを自由にしてよ」

 

 孫空女は自分の顔が赤らむのを感じながら、沙那に訴えた。

 

「悪いけど駄目よ、孫女……。いま、布を当ててあげるわ。その布をおしめ代わりにして、そのままして……。大きい方でもいいわよ。ちゃんと世話をするから……」

 

 沙那は言った。

 孫空女はびっくりしてしまった。

 

「な、なに言ってるのさ、沙那──。まさか、本気じゃないよね──?」

 

「本気に決まっているじゃないのよ……。脱がすわよ……」

 

 沙那は、最初に孫空女の靴を脱がして素足にすると、次に孫空女の下袴(かこ)に手をかけた。

 そして、紐を解いていく。

 

「ちょ、ちょっと待って──。な、なにすんだよ、沙那──? 嫌だってばあ──」

 

「だって、おしっこしたいんでしょう? 下袴を脱がなきゃできないわ……。我慢していると毒だし……。別にわたしは、おしっこを我慢させて、苦しめるつもりはないのよ」

 

「なに言ってるんだよ、沙那──。おしっこは自分でするよ。下袴も下着も自分で脱ぐ──。あたしは、身体を自由にしてって言ったんだ──。沙那の言う通りなら、あたしを寝台から引っ張りおろしさえすれば、あたしは動けるよ」

 

「そんなことをわかっているわよ……。でも、そうはいなかいわ。あんたを自由にさせるわけにはいかないのよ……。それよりも、脱がすわよ──」

 

 沙那が孫空女の下袴の前部分のぼたんを外して、両脇に手を置いた。

 下袴と一緒に下着の脇も握ったのがわかった。

 本当に下半身を脱がされる……。

 孫空女は焦った。

 

「な、なんでさ──? わっ、わっ、わっ……。ちょ、ちょっと、待って……」

 

 しかし、沙那は返事をしない。

 孫空女の下袴に手をかけて、下着ごと足首から抜いてしまった。

 

「うわっ、なにすんのさ──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 

「わたしたちの仲で、なにいまさら、恥ずかしがっているのよ──。お互いに裸も見たし、下の世話もし合ったというか……させられたじゃないのよ……。飲み合いまでしたじゃないのよ。おしっこするんでしょう? そうだ。ついでに、上も脱ごうか……。汚れるかもしれないしね」

 

 沙那がごくりと唾を飲んだ気がした。

 そして、今度は孫空女の上着に手をかける。

 完全に身体が弛緩している孫空女には、まったく抵抗する手段がない。

 あっという間に、孫空女は素っ裸にされた。

 

「待ってね……。いま、腰の下に布を当てるわ」

 

 沙那はそう言いながら、孫空女の腰に腕を差し入れると、赤ん坊におしめをするような感じで、布を下に敷くと、孫空女の脚を少し広めに開かせて、布を折り返して、前を覆った。

 

「さあ、していいわよ」

 

 沙那が孫空女の顔を見た。

 

「し、していいわよ……じゃないよ──。な、なにを考えているのか説明してもらうよ──。と、とにかく、あたしを自由にしてったらあっ──」

 

 孫空女は金切り声をあげた。

 

「お、大声を出さないでよ──。悪いけど、それはできないわ」

 

「なんでだよ──。あたしを寝台から引っ張りおろせないのかい?」

 

「おろせるわ……。わたしが、あんたを寝台からおろせば、あんたは自由に動けるわ。それは間違いないわね」

 

「だったら……」

 

「わかっていないのねえ、孫女──。あんたは誰にこうやって、拘束されて監禁されていると思っているの?」

 

「だ、誰にって……? 誰にさ……? ここの魔王?」

 

 そう言われると誰に監禁されているのだろうか?

 ここにやってきてまだ、沙那が変身していた小白象魔王にしか会っておらず、本物は見ていないが、ここは魔王の王宮だし、監禁されたとすれば魔王だろうか……?

 

「わたしよ──。あんたもご主人様も、このわたしに監禁されたのよ──。あんたには、悪いけど、事が終わるまでじっとしていてもらうわ。自由にすると、抵抗しようとして暴れるでしょう? その寝台に載せている限り、絶対に逃げられないわ。抵抗は諦めなさい」

 

 沙那が言った。

 孫空女はびっくりして口をあけたまま唖然とした。

 

「さ、沙那があたしたちを監禁──? 全然、わからない……。一体全体、どういうことさ? なにを考えているのさ、沙那? いや……、というよりも、ご主人様はどうしているの? なんか、おかしいよ、沙那──。なにを企んでいるのか言いなよ──」

 

 孫空女は怒鳴りあげた。

 

「……」

 

 すると、沙那が困ったような顔になった。

 

「沙那──」

 

 孫空女はもう一度怒鳴った。

 

「わ、わかったわよ……。そんなに怒鳴らないで……。落ち着いてよ。ちゃんと説明するから……。それよりも、口吸いの水を飲んで……」

 

 沙那がさっきの口吸いを孫空女の口に当てた。

 喉が渇いていることは本当なので、孫空女は沙那が強引に口の中に差し入れた水をそのまま飲んだ。

 しかし、ひと口飲んだところで、孫空女はその中の水の違和感に気がついた。

 なにかが混ざっている……。

 慌てて口の中の水を吐き出そうとした。

 しかし、その孫空女の口を沙那の唇が抑え込んだ。

 

「んんんっ──」

 

 孫空女は唸った。

 だが、沙那の舌が孫空女の口の中に挿し込まれて無理矢理に口の中の水を喉の奥に押し込まれた。

 

「なっ──はあっ、はっ──なにすんの──んんっ──」

 

 沙那が唇を離したので抗議をしようとしたが、すぐに口を沙那の唇で塞がれた。

 沙那の口には、たったいま飲まされたおかしな味の水が含まれていた。その水が孫空女の喉に向かって押し出される。

 沙那が口を塞いでいる。しかも、沙那の指が孫空女の鼻を摘んだ。

 つまりは、飲み干さなければ許さないということだろう。

 

 嫌も応もない。

 孫空女は与えられた口の中の水を飲み込んだ。

 沙那が口を離した。

 

「けほっ、けほっ、けほっ……。ど、どういうつもりさ……?」

 

 孫空女は、自分を見下ろす沙那を睨んだ。

 なにを飲まされたかはもうわかった。

 これは媚薬か……?

 しかも、相当に強い薬剤だ。

 水が喉の奥に入ってすぐに、孫空女の身体はかっと熱くなり、股間が疼き出した。

 孫空女はこういう薬物には、なぜか耐性があるのだが、それでもかなりの効果のある強い薬液だ。

 

 沙那が孫空女に媚薬を……?

 孫空女は混乱した。

 

 だが、さらに混乱することに、沙那は孫空女に無理矢理に飲ませた口吸いの水を自分で口に入れて、それをごくごくと飲んだ。

 しかも、大量に……。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「わ、悪いと思っている……。特に、あんたには……。だけど、わたしには、これしか道がない……。ほかの穏便な手段では、絶対に、ご主人様はわたしを解放してくれないと思うし……。でも、わたしは、どんな方法を使っても、絶対に、ご主人様から解放されなくてはならない──。そして、小白象様に仕える立場を手に入れなければ……。孫女、聞いて──。わたしは、ご主人様から……宝玄仙様と別れる。そう決めたの──。この白象宮で生きるのよ。小白象様の部下として──」

 

「え、えええっ──?」

 

 孫空女は声をあげた。

 沙那が宝玄仙と別れる?

 小白象とかいう魔王に仕えるために──?

 

 なんで、そんなことになっているのだ……?

 ここで、なにがあったのだろう?

 そう言えば、沙那は、ここで奴隷として監禁されている雰囲気はない。

 いまの言葉も、脅されているという雰囲気もないし、真剣にそう言っているようにも思えるし……。

 操られているという気配も垣間見えない……。

 

 沙那は本気で言っているのか……?

 だが、真面目に考えれば、沙那がそう言い出してもおかしくないとは思う。

 宝玄仙を襲おうとして、逆に捕らえられた孫空女や朱姫とは異なり、沙那は、宝玄仙に対して、なんの負い目もないし、むしろ不当な扱いをされて、強引に奴隷にされていた。

 

 孫空女が最初に会ったとき、沙那は確かに宝玄仙から逃げ出したがっていたし、その機会をじっと見極めているという気配もあった。

 だが、あれから四年に近い歳月が経ち、沙那はこの四人の旅に満足しているように思えた。

 色々なことがあって、四人の心は結びついていると信じていた。

 

 しかし、その沙那がついに、孫空女や宝玄仙や朱姫と別れるという……。

 もちろん、孫空女にそれを止める権利がないことは承知しているか……。

 

 だが、孫空女を拘束したのは、さておき、なぜ、いま媚薬を飲ませたのか……?

 おかしい……。

 やっぱり、沙那はおかしい……。

 

「ほ、本気……なの? 嘘だよねえ……?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「本気よ……」

 

 沙那はそれだけを言った。

 半分泣きそうな表情だ。

 思いつめているというか、かなりの興奮状態にあるように思える。

 沙那の顔は真っ赤だ。

 おそらく、大量に飲んだ薬液の影響に違いない。

 

 そして、どことなく表情がおかしい。

 媚薬のせい……?

 いや、あれは媚薬だけの薬液じゃないのか……?

 

 宝玄仙に何度も媚薬のような薬剤を飲まされたことはあるが、沙那が孫空女に飲ませ、また、自らも大量に飲んだ薬液は、それとは効果が違うように思う。

 なにが違うということはわからないが、沙那の顔は赤いだけではなく、どことなく視線の焦点が不自然なものになってきたような感じだ。

 強いて喩えれば、酒に酔ったような状態になりつつある気がする。

 もしかしたら、あの薬液にはそんな効果があったのかもしれない。

 もちろん、孫空女も飲まされたが、そんなに量は多くなかったし、孫空女は薬物については、むかしから体質的になぜか効きにくいのだ。

 

「な、なんで、沙那はご主人様やあたしたちから別れようとしているのさ? 沙那は、あたしたちが嫌いになったのかい?」

 

「そ、そんなことあるわけないじゃないの──。だ、だけど、わたしは、この白象宮に残りたいの──。それよりも、その話はしたくはないわ……。だけど、これだけは信じて──。わたしは、みんなは好きよ。別れたくはない──。だけど、それ以上に、やらなければならないこと出遭った。そういうことなの──」

 

「で、でも──。そんな急に……。そ、それにご主人様がなんというか……」

 

 沙那がここで別れるということを宝玄仙が承知するとは思えない。

 どう考えても、沙那がそんなことを言い出したら、烈火の如く怒るに違いない。

 そう思ってはっとした。

 沙那は、孫空女だけではなく、宝玄仙も監禁しているようなことを言っていた。

 

「ちょ、ちょっと待って……。そう言えば、ご主人様を監禁していると言っていたよねえ、沙那?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「言ったわ……。いま、ご主人様はあの部屋に監禁している。そして、道術を封じる檻に閉じ込めて苦しめているわ──。いまでもね──。そして、わたしを解放してくれるように、“お願い”している。つまり、拷問しているのよ。わたしは、それをご主人様が承知するまで続けるつもりよ」

 

 孫空女は今度こそ、心の底から驚いた。

 

「沙那を解放するってなにさ……? それに、ご主人様を監禁して拷問ってどういうこと? わけがわからないよ……」

 

 孫空女は声をあげた。

 眼の前にいるのは、本当にあの沙那だろうか……?

 いや、確かに沙那だ……。

 誰かが変身しているとか、なにかの企みがあるという雰囲気ではない。

 ただ、ひどく心が不安定になっている……。

 それは感じる……。

 

 まるで、本来の自分と表に出ている自分が相反して、心の平静を失っている……。

 そんな気がする。

 それにしても、ご主人様を苦しめているって……?

 

「ごめんなさい、孫女……。でも、もう一度言うわ──。わたしはここに残ることに決めたのよ。白象宮に……。そして、ここで小白象陛下の部下として、一生をすごそうと思うの……。だから、あんたたちとの旅はもうできない。それをご主人様にお願いしているところよ……。でも、どんなに真摯にご主人様にお願いしても、あの宝玄仙様がそれを許すとは思えない」

 

「あ、当たり前だよ──」

 

「それで、強硬手段を取ることにしたのよ……。ご主人様を拷問してでも、わたしを解放することを承知させるわ。そう真言の誓いで誓ってもらうわ──。無理矢理にでもね」

 

「ま、真言の誓い──? ああっ、それで苦しめているって……。沙那、本当にそんなことをしているのかい? 正気──?」

 

「正気に決まっているわ──。わたしはそれだけ真剣なのよ──」

 

「で、でも、沙那がご主人様に拷問なんて──」

 

「だったら、どんな方法があるのよ? あの宝玄仙様が、普通に頼んで、わたしを解放してくれると思うの──?」

 

 沙那は怒鳴った。

 そう言われると、沙那の言い分もわかる。

 孫空女は解放してもらいたいとは思わないが、解放してもらうとすれば、確かに、拷問でもして、真言の誓いのようなもので約束させるしかないだろう。

 さなもなければ、ただ逃亡しただけでは、あの執着心が強くて、我が儘な宝玄仙が、女奴隷が逃亡することを許すとは思えない……。

 

「だ、だけどさあ……」

 

 沙那の言うことも理解はできるが、いまだに納得できないのは、沙那がいまさら、孫空女たちを見捨てる理由だ。

 

「……それよりも、孫女、わたしのことを聞いて……。わたしは、自分のことを自制心のある人間だと思っている。あのご主人様にどんなに身体を淫乱に調教されても、自制心や誇りは決してなくならないし、そんなものには屈することはないとい自負していたわ……。でも、それは通用しなかった。あんたたちを見て、それをわたしは自覚してしまったのよ……。そう考えると、わたしの身体は、この十日余り、ずっと燃え続けていたのだと思うわ。身体が疼いたままでね」

 

「な、なにを言っているかわからないけど、ご主人様に慰めて欲しければ、それをお願いすればいいじゃないか、沙那……。まあ、それは確かに、ちょっとばかり……いや、かなり意地悪だけど、そういう悩みなら、ご主人様ほど確かな人はいないよ──。というか、考え直しなよ……」

 

「そんなことはできない……」

 

「なんでだよ……。そ、それに、本当に、ここでこうやって、沙那はあたしらと別れるつもりなの? ご主人様はともかく、あたしたちはどうなるのさ? あたしのことは? 朱姫のことは? そういうの全部、捨てて、この白象宮に残るのかい? だって、沙那がここにやってきて、まだ半月くらいだろう? あたしたちとは、三年半だよ──。朱姫だって、あんなに沙那のことを慕っているのに──」

 

「もう、言わないで──。朱姫にはあなたから言って──。なんとか言いきかせて」

 

 沙那は悲しそうに言った。

 

「だったら、あたしはどうなるのさ──。いまさら、沙那と別れ別れなんて、納得できないよ。あたしは沙那が好きだ。朱姫も好きだし、ご主人様も好きだ。この四人の旅を失いたくない──。あたしだって、朱姫だって、幼い頃に家族を失ってから、やっと手に入れた家族なんだよ──」

 

「お、お願い、孫女……」

 

 沙那が悲しそうな顔になる。

 孫空女はさらに声を張り上げる。

 

「もう一度、言うよ──。沙那がここでなにをしたくて、この白象宮になにがあるのかはどうでもいい……。でも、沙那は、あたしや朱姫やご主人様のことを嫌いになったのかい──? 嫌いにならないまでも、もう、沙那にとっては、あたしたちは、どうでもいい存在になったのかい──?」

 

 すると、沙那はなにかを決心したような表情になって、黙って自分の着ているものを脱ぎ始めた。

 孫空女の衣類がかけてある寝台の脚の方向の手摺にそれを重ねてかけていく。

 

「さ、沙那……?」

 

 沙那は孫空女の見ている前で生まれたままの姿になった。

 その沙那が裸体のまま寝台に乗ってきた。

 孫空女の脚を大きく開かせて、孫空女の股のあいだに両膝を置く。

 そして、孫空女の両脇に腕を置いて、覆い被さってきた。

 孫空女は驚いた。

 顔の前に、沙那の顔が迫る。

 

「き、嫌いになんか……ならない……。どうでもいい存在になんかなるわけない……。わたしはあんたたちが……大好き……。孫女、あたなが好きよ──。いえ、もう、これが最後と思うから、本当のことを言うわ──。わたしは、あなたが好き──」

 

「さ、沙那?」

 

「あたながわたしを好きだという意味とは別の意味で、わたしは、あなたが好き──。あなたがいるから、ご主人様に仕える気持ちになれた。あなたが一緒だから、広い心になって、ご主人様の調教を受け入れられた。そして、こういう関係を築けた……。わたしは、あなたのことを尊敬していた。本当よ……。愛しているの──。人として──。愛しているわ──」

 

 沙那が叫ぶように言った。

 孫空女は目を丸くした。

 まるで、沙那が孫空女に愛をささやくているような状況だ。

 

 だが、それよりも、沙那の言葉に呂律が回っていないことにも気がつく。

 やっぱり……。

 

 沙那は、さっきの薬液を孫空女以上に大量の媚薬をひと息に飲んだ。

 いつの間にか沙那の眼は朦朧となっていて、いまは、とろんとして正気を失ったような表情になっている。

 沙那が大量の薬物接種により、おかしな感じになっているのは確かだ……。

 おそらく、さっきの薬液は単純な媚薬ではなかったのだと思う。

 多分、飲んだ人間の意識を混濁させ、酔ったような状態にする効果があったに違いない。

 

「ね、ねえ、お願い──。最後のお願い……。わたしと抱き合って……。わたしは、あなたと抱き合いたい……。わたしを肌を寄せ合って……。お願い──」

 

「さ、沙那──?」

 

 いまの沙那が完全に薬物酔いしているのは確かだ。

 急におかしなことを言い出したのも、あの薬液の影響とも思えるが、逆に、こういう状態になることがわかっていて、自ら大量の薬液を一気飲みしたということにもなるだろう。

 本当に沙那はどうしたのだろう……?

 

「わたしが、あなたに求めているのは、わたしの性の相手をしてくれること……。あなただったら、笑わないし、意地悪もしない……。ご主人様に躾けられた身体が疼くという悩みもわかってくれる……。そんな人は、この世にあんたしかしないわ……。ねえ、最後のお願いよ──。わたしは、あんたと抱き合いたい──。お願いだから、わたしの相手をして」

 

 孫空女は呆然としてしまった。

 

「さ、沙那……」

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、孫女……。でも、こんなことあんたにしか言えない……。あんたにしか頼めない……。あんたにしか打ち明けられない……。わたし、多分、どうにかしたんだと思う……。この半月……。わたしはやっと自分に相応しいと思った人生を手に入れた……。やりがいのある仕事──。責任のある地位──。そして、ご主人様の顔色を見ながら、性の玩具にされる恐怖に怯えなくても済む夜……」

 

「やりがいって……。だ、だから、沙那はあたしたちと別れるのかい……?」

 

「そうよ──。もう決めたの──。だ、だけど、おかしな火照りがずっとあるの。そんなに気にしなくてもいいとも思った。だけど、それが日に日に高まるのよ……。尋常とは思えないような火照りが……」

 

 沙那は泣きそうな顔をしていた。

 

「沙那……?」

 

 孫空女はびっくりしてしまった。

 こんな沙那は初めてだと思った。

 

「……それでも、いつかそんなのは消えるだろうと思っていた。こんなのは気のせいだし、身体があのご主人様に抱かれるのを求めているのだとは、思いたくなかった……。でも、監禁しているご主人様に、簡単にそれを言い合てられてしまって……」

 

 沙那の身体は赤く上気していた。

 身体がおかしなように疼くというのは真実だろう。

 孫空女も何日も宝玄仙の性の刺激を受けないと、そんな風に身体が熱くなることはある。

 あの宝玄仙は、孫空女の身体も、沙那の身体も、そんな風に躾けてしまったのだ。

 

「そ、それよりも、おしっこまだでしょう……。していいのよ。汚れたら、わたしがきれいにしてあげる……。ねえ、一緒にいやらしいことして……。いいでしょう?」

 

 沙那はいよいよ薬液に呆けてきたようだ。

 間違いない……。

 完全に眼が泳いでいる……。

 その沙那が耳元で言って、尿意が溜まっている孫空女の下腹部を布の上から押さえた。

 

「ひっ、ひっ、お、押しちゃやだ──」

 

 孫空女は焦った。

 もう尿意はそこまできているのだ。

 その下腹部を上から押されたら出る……。

 

「そうだ──。布なんて、いらないか……。もう、取っちゃおう──。孫女のおしっこ、見ちゃおう……」

 

 酔っ払ったような沙那が、一度被せた布をぺろりと剥ぐ。

 

「わっ、だ、駄目──。そ、それに、押さないで」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。



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594 別れの百合情交

「だ、だめえっ──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 しかし、これ以上の我慢はできなかった。

 ぴゅっ、と音さえあげるような勢いで、孫空女の股間から尿が迸った。

 

「わはっ、でたっ、でたっ、孫空女のおしっこ」

 

 赤い顔をした沙那が童女のような無邪気な笑いをしながら、孫空女の腰の下に当てた布で放物線を描いて迸る孫空女の尿を布で受ける。

 その顔は自ら飲んだ大量の薬液により、いわゆる酩酊の状態だ。

 こんな沙那は初めてだったが、なにかたがが外れたようになっていて、ろれつも回っていない。

 

「も、もう、沙那……」

 

 孫空女は嘆息した。

 なにを考えているかわからないが、もうなるようになれという気持ちだ。

 やっと放尿が終わった。

 

「ふふふ……ちょっと恥ずかしそうな、孫女……。かわいい……」

 

 沙那が虚ろな目でけらけらと笑った。

 孫空女も飲まされた薬液だが、いまのところ孫空女は多少身体が熱いだけで、大きな影響はない。

 だが、沙那は完全に酔っているような感じだ。

 おそらく、ただ性感を刺激する薬剤だけではなく、意識を混濁させるような薬剤が含まれていたのだろう。

 

 孫空女は、薬剤には昔から耐性が強い。

 だから、無理矢理にその薬液を飲まされても、孫空女には大きな影響はなかったが、自ら大量の薬液を摂取した沙那は、完全な酔っ払い状態のようだ。

 沙那も孫空女も酒は飲めないので、酒が入っていたわけではないと思うが、沙那が飲んだ液体には、飲んだ者を酒を飲んだときと同じように酩酊状態にする薬剤が含まれていたに違いない。

 一体全体、なんでそんな薬剤を沙那は準備し、それをあんたにたくさん自分で飲んでしまったのだろう……?

 孫空女は半分呆れる気持ちだ。

 

「ふ、拭いてあげる……。ふふふ……」

 

 沙那が愉しそうに笑いながら、孫空女の股間を布で拭き、また布を変えて股間を吹きあげていく。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 孫空女は声をあげた。

 沙那が股間を拭く手が、単純に尿に汚れた股間を拭くのではなく、いやらしく、孫空女の股を布で擦りだしたのだ。

 

「ど、どうしたのよ、孫女……? 布じゃいや……? わたしの舌で拭く……? ふふふ……」

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女は困惑して息を吐いた。

 なんか酔っ払いの相手をしているな気分だ。

 いや、酔っ払いか……。

 とにかく、こうなったらいつも真面目な沙那も始末に悪い。

 なんか絡まれているような気分だ。

 しかも、こっちは完全に身体を動かせないのだ。

 

 沙那が、孫空女に甘えかかるように、くすくすと笑いながら、完全に孫空女の裸身に自分の裸身を密着させるようにしてくる。

 沙那の身体は怖ろしく熱い。

 しかも、大量の汗をかいている。それだけ強い媚薬の効果もあるのだろう。

 沙那の眼は完全に虚ろだし、瞳は焦点が合っておらず、左右に泳いでいる。

 舌はうまく動いていないようで、ろれつも回っていない。

 しかし、逆に手足はしっかりしているようだ。

 それがただの酔っ払いとは違うところだ。

 

 その酔ったような状態の沙那が随分と積極的に孫空女に迫ってくる。

 もちろん、いまの孫空女には、それに抵抗する手段はないから、なすがままになるしかない……。

 まあ、抵抗できたとしても、酔ったような態度の下で切羽詰ったようになにかを訴えているような沙那の行為を拒否したりはしないと思うが……。

 

「そうよね……。先にあんたのおしっこ舐めたら、口づけするの嫌よね……。ご、ごめんね……へへ……」

 

 沙那がにこにこと笑いながら、孫空女の唇にぴったりと自分の唇を重ねあわせてきた。

 沙那の身体が完全に孫空女に覆いかぶさり、沙那の熱い乳房や下腹部が、孫空女の胸や股間に密着する。

 

「んんんっ……ああっ……んんんっ……」

 

 沙那が荒い鼻息をしながら、孫空女の口の中に、沙那の舌を割り込ませ、孫空女の舌を吸いあげたり、絡ませたりしてくる。

 すごく積極的だ……。

 さすがに沙那の舌による刺激に、孫空女も自分の股間がじっとりと濡れるのがわかった。

 孫空女も沙那の舌に合わせるように、沙那の舌を吸い返す。

 

「あはあっ、た、堪らない……。す、素敵……」

 

 すると、沙那が我慢できなくなったように、一度口を離して、大きな喘ぎ声を放った。

 そして、また、唇を合わせてくる。

 沙那の激しい鼻息に、孫空女も触発されたような状態になり、自分もまた激しく鼻息になって、沙那の舌を舐めた。

 

「あ、あんたが好き……。本当よ……。好き……。愛しているの……。ご主人様も、朱姫も嫌いじゃない……。みんな好き……。でも、あんたは特別……。べ、別の道をいくと決心しても、みんなと別れるのはつらかった……。と、特に、あんたと別れるのは嫌だった……。だ、だけど、こうして、最後に身体を重ねられる機会がやってきた……。よかった……。嬉しいわ……ああ、素敵……」

 

 沙那が孫空女の股間にぴったりと自分の股間を重ねあわせながら、沙那の乳房を孫空女の乳房に触れ合わせるように、裸身を孫空女の身体の上でうねらせる。

 宝玄仙から強要されて、それこそ、何十回、いや、百回以上は沙那とこうやって抱き合っただろうか……。

 だが、いまの沙那は、そのときとはまるで違い、怖ろしく積極的で情熱的だ。

 沙那は、宝玄仙に教えられたままの性技で、まるでなにかに憑りつかれたように、孫空女の上で自分の身体をくねらせている。

 

「あ、ああ、沙那……。き、気持ちいい……けど……」

 

 孫空女としては、この情交は当惑でしかない……。

 沙那が宝玄仙と別れて、この白象宮に残りたがっている……。

 そのために、孫空女や朱姫と別れるという……。

 そして、これが最後の情交だというように、無理矢理に自らを薬酔いさせて、孫空女に迫っている……。

 

「わ、わたしも気持ちいい……。い、いままでありがとう……ああ……」

 

 沙那が顔を孫空女の乳房に移動させた。

 そして、孫空女の左の乳頭に沙那の舌先を触れさせた。

 

「んんあああっ──」

 

 沙那が強く孫空女の乳頭を口で含んで吸いあげてきた。

 孫空女は全身に走った甘美な旋律に引きつらせた声をあげた。

 

「さ、沙那──はふううっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 沙那の舌責めは続く。

 やがて、たっぷりと孫空女の片側の乳頭を舐め回すと、次に反対の孫空女の乳房を咥えた。そして、舌で乳首を舐め回してくる。

 

「ふううっ──ぐううっ──」

 

 孫空女の身体も敏感だ。

 そして、沙那はその孫空女の身体のすべてを知り尽くしていると言っていい。

 その沙那が孫空女を責めるのだ。

 あっという間に、孫空女は快感の極みに達しそうになる。

 

「あっ、ああっ、ああっ、ああっ……も、もう駄目……さ、沙那……はああっ……」 

 

 孫空女は声をあげた。

 

「わ、わたし、本当は、こんなにいやらしいのよ、孫女……。淫らで、そして、変態で……、こんなことが堪らなく気持ちいいの……。あんたとこうやって、裸で抱き合うのが本当に好きなの。笑わないで……」

 

 沙那が泣くような笑うような声をあげた。

 もう、すっかりと薬液の酩酊状態にある沙那は、完全な興奮状態だ。

 こんなに感情が剝き出しの沙那も珍しいが、もしかしたら、それは薬物の影響だけではないのかもしれない。

 それに、こういう状態になることをわかって、薬液を大量に飲んだのは沙那自身なのだ。

 沙那は孫空女と単純に情交をしたかったのかもしれない……。

 

 だけど、それを素面で訴えるのは、あまりにも恥ずかしいので、わざと自らを酩酊状態にしたのだろう。

 まあ、なんでもいい……。

 とにかく、孫空女も覚悟を決めた。

 沙那が望んでいるなら、自分も馬鹿になって、沙那と情交をしようと思った。

 

 だけど、本当にこれが最後なのか……?

 宝玄仙の道術に捕らえられて、淫靡な調教をされた孫空女をなにかと庇ってくれた沙那……。

 頭がよく、旅の行程や食べ物や飲み物の確保、あるいは、危機に陥れば、策を弄して、みんなが助かる道を導いてきた沙那……。

 頼りになり、孫空女だけでなく、朱姫はもちろん、宝玄仙でさえも、旅の導き手として信頼してきた沙那……。

 

 宝玄仙は女主人だが、四人の旅の先導者は間違いなく沙那だった。

 その沙那とは、本当にこれで別れなのか……?

 沙那が本当に、自分たちと別れるのか……?

 沙那は、みんなを捨てて、本当に白象宮に残る決心をしたのか……?

 

 だが、この沙那の半ばおかしくなったような孫空女への迫り方に接すると、逆に沙那の真剣さも伝わる気もする。

 沙那も苦しいのだ。

 別れることを決心したから苦しいのだ。

 

 だが、なぜ……?

 なにが沙那をそんな風に決断をさせたのか……?

 

 まあいい……。

 とにかく、目の前の沙那だ──。

 切羽詰った様子で孫空女に迫る沙那に、いまは応えてあげたい。

 

「さ、沙那、あんたの乳房をあたしにも、奉仕させてよ」

 

 孫空女の身体は寝台に完全に密着して離れられない。

 手も足もは少しも動かない。

 動くのは舌だけだが、それも沙那に動いてもらわないと、沙那の身体に舌は届かない。

 

「う、嬉しい、孫女……うへへ……」

 

 沙那が愉しそうに笑った。

 そして、沙那の乳房で孫空女の顔を塞ぐように押しつけてきた。

 孫空女は沙那の乳房を口で咥えた。

 そして、舌で乳首を上下左右に激しく動かした。

 

「あはあっ──そ、そんなにしちゃあ──だ、だめええっ──」

 

 沙那が悲鳴のような声をあげた。

 そして、がっしりと孫空女にしがみついてくる。

 もともと全身が性器そのもののように感じやすい沙那だ。

 それが大量に媚薬を摂取して、異常な感度になっているに違いない。

 それが孫空女に激しく乳首を刺激されて、大きな声をあげて痙攣のような震えを発している。

 

「あふううっ、いくううっ──」

 

 沙那が大きく身体を仰け反らせた。

 ぴんと伸びた沙那の身体が、やがて、がっくりと脱力して孫空女の身体に突っ伏した。

 達したようだ……。

 

「い、いっちゃったわ、孫女……。あはは……。あんたの舌が……き、気持ちよくて……わ、わたし……胸をちょっと舐められただけでいった……ははは……」

 

 沙那がはにかんだような笑みを孫空女に向けた。

 

「沙那だけ狡いよ……。ねえ、今度は反対向きになってよ……。あたしの顔側にあんたの股間を……そして、あんたの顔があたしの股間に向くように……」

 

 孫空女も微笑んだまま言った。

 

「ふふ、あれやるの……? あ、あんたも淫乱ね……」

 

 沙那が嬉しそうに笑った。

 

「も、もちろんだよ……。ご主人様の性奴隷だもの……。沙那と同じだよ……。ねえ、沙那、本当に行っちゃうのかい? それをとめる権利があたしにあるとは思えないけど、本当にあたしや朱姫を置いて、ここに残るの?」

 

「も、もう、言わないで……。それは決めたことなの……」

 

 沙那は言った。

 そして、くるりと身体を回転させると、孫空女の鼻先に沙那の股間の亀裂をぴったりと接しさせた。

 達したばかりの沙那の女陰は、愛蜜で溢れていた。

 孫空女はその沙那のぷっくらと膨らんだ肉芽から女陰の襞に向けた亀裂に舌を添わせて動かす。

 

「あふううっ」

 

 沙那が絶叫して身体を震わせた。

 まるで、いまにも達しそうな激しい反応だ。

 いや、もしかしたら、軽く達したのではないだろうか……?

 それくらい、沙那の反応は凄まじかった。

 

「ご、ごめん……わたしばかり……」

 

 沙那が呟くように言うと、沙那もまた、孫空女の股間に舌を這わせてきた。

 

「はああっ」

 

 孫空女もたちまちに込みあがった淫情の矢に溜まらず声をあげた。

 孫空女と沙那は、しばらく、そうやってお互いの股間に舌を這わせ合い、そして、悶え合った。

 孫空女も、沙那も、いつしかうわ言のような声でお互いの名を呼んでいた。

 

「い、いぐううう……」

 

 孫空女は激しく身体を震わせて達した。

 次いで、沙那も達した。

 それでもふたりで股間の舐め合いをやめなかった。

 まるでなにかに取り憑かれたようだった。

 もう、ふたりの中にはなにもない。

 ただ、お互いの股間をむさぼり合う性獣にでもなった気分で、舌を動かし、相手の蜜を吸い合った。

 

 次は沙那だった。

 

 その次も沙那だ。

 

 そして、孫空女が達した。

 

 やがて、もう、どちらが何回達したなどわからなくなった。

 

「ふうううっ──あああ──」

 

 沙那が何度目かの昇天をして身体を仰け反らせた。

 孫空女の上の裸身がががくがくと震えて、まるで気を失ったかのように、孫空女の裸身の上に覆いかぶさって、束の間静止する。

 

「さ、沙那……?」

 

 その頃には、孫空女もまた、繰り返した絶頂に放心状態にあったが、沙那が反応しなくなったことに気がついて、慌てて声をあげた。

 

「だ、大丈夫よ……。ふふふ……、やっぱり、あんたって素敵……。つべこべ訊ねないし、こんな感じでわたしが迫っても、やっぱり、ちゃんと相手してくれた……。あんたのすべてを受け入れてしまうような包容力は素晴らしいわ……。あんたと接していると、わたしは自分の小ささを感じる……。あんたの器の大きさに、わたしは、わたしのこだわりが恥ずかしくなるの……」

 

 沙那が孫空女の身体からおり、一度、寝台からもおりた。

 そして、横に置いたままの台からなにかの準備を始めた。

 

「大きいとか……器とか……。あたしはそんなんじゃないさ……。包容力なら沙那の方が……」

 

「いいえ……。あんたよ……。あんたにはかなわないわ……。というよりも、わたしには、そんなものはないわ……。宝玄仙様が……ご主人様がわたしを『服従の首輪』で支配して、奴隷にしたときには、わたしはご主人様を憎んでいたの……。殺してやりたいと思っていた……。ずっと、そう思っていたのよ……。そんな風に考えなくなったのは、あんたが仲間に加わったからよ、孫女」

 

 沙那が荒い息をしながら言った。

 

「あ、あたし……?」

 

 孫空女もまた荒い息だ。

 

「そうよ……。あんたは、あんな目に遭いながらも、一度ご主人様に仕えると決めたら、あとは全身全霊でご主人様に仕えた。どんな破廉恥な仕打ちも受け入れ、調教にも従い、ときには、身体を張ってご主人様を護り、ご主人様を仲間として受け入れた。あなたがご主人様を変えたのよ……」

 

「変えたって……そんなんじゃ……」

 

「いえ、変えたの。そして、わたしも変えた……。ご主人様はあなたがご主人様を受け入れたことで、頑なだった心を開き、わたしは、あなたがご主人様を受け入れたことで、わたしも素直にご主人様を許して、受け入れることができた……。あなたは素晴らしい人よ」

 

 沙那は言った。

 

「た、ただ、あたしは、馬鹿なだけさ……。沙那も、ご主人様も頭がいいからね……」

 

「なら、素敵な馬鹿ね……。わたしは、あんたが好きよ……」

 

 沙那が再び寝台にあがってくる。

 そして、耳たぶまで赤く染めて、もじもじと身を揉んで、孫空女に改めて迫ってきた。

 その沙那の股間を見て、孫空女は少しだけびっくりした。

 沙那の股間には相対の張形がしっかりと収まっていたのだ。

 女と女が愛し合うときに使う両側が男根のかたちをしている張形だ。それを沙那は自分の股間に嵌めているのだ。

 

 沙那が孫空女の両腿を抱えるようにあげた。

 まるで男にでもなったように、孫空女を犯そうとしているようだ。

 このとき、孫空女の両脚は、同時に床から離れた状態になった。

 いまなら、沙那を蹴り飛ばし、脚の反動を使って、身体全体を寝台の下に落とせるかもしれない。

 

 孫空女はそれはしなかった。

 ただ、沙那を受け入れることだけを考えることにした。

 孫空女の両腿が抱えられて、腰も少し浮いたようになった。

 孫空女は沙那を受け入れやすいように、腰の位置を調整した。

 

「はううっ」

 

「はああっ」

 

 沙那の腰が孫空女の腰に覆いかぶさった。そして、沙那の女陰に挿入されている双頭の張形の半分が、孫空女の膣に押し入ってくる。

 

「だ、だめえっ……」

 

 孫空女は火のように走った快感に、がくがくと腰を振った。

 沙那はその刺激に当てられて、孫空女以上の狼狽の反応をする。

 

「そ、そんなに動いちゃ……い、いっちゃう──。そ、孫女……」

 

 沙那が支えを求めるかのように、孫空女の上半身に手を伸ばした。

 そして、その手がかっしりと孫空女の肩を掴んだ。

 

「い、いいじゃないか、沙那……。何度いっても……。あ、あたしも、我慢しない……。ああはあっ……」

 

 沙那の体重がさらにかかって、張形が孫空女の体内に沈んでいく。

 孫空女の股間は、もうわけがわからないくらいの灼熱の感覚が襲いかかっていて、ただれたようになっている。

 鋭い快感が頭の芯まで伝わり、孫空女の全身を官能の矢が貫いたと思った。

 

「いくううっ──」

 

 突然、叫んだのは沙那だ。

 全身が性感帯のような感じやすい沙那は、孫空女を犯したことで自分にも加わってきた張形の刺激に、ついに耐えられなかったのだろう。

 孫空女と沙那の膣が結合している部分から、迸った沙那の蜜を感じた。

 

「さ、沙那、動いて……。あ、あたしもいきたい……」

 

 孫空女は身体の上の沙那に言った。

 

「う、うん」

 

 沙那は腰を振りだした。

 

「はああん……でも、そうするとわたしもいくのう……」

 

 沙那が腰を振りながらかわいらしくよがった。

 それでも、沙那は一所懸命に腰を振り続けた。

 

 結局のところ、沙那は立て続けに三度達した。

 そのあいだに、孫空女は一度達した。

 

「そ、孫女、最後にあれを……一緒に……一緒にいくのをしたいの……ああ、孫女……、孫女……孫女……」

 

 やがて、凄惨ともいえるように乱れている沙那が大きな声で嬌声をあげながら叫んだ。

 沙那が言っているのはわかる。

 こうやってふたりで責め合いながら、まったく同時に達するということをしたいのだ。

 宝玄仙に命令されて、そんなこともやらされたが、そう言えば、沙那はそれをさせられると異常なほどに興奮していた気がする。

 

「一緒に、一緒に……」

 

 沙那が孫空女の上で腰を動かしながら言い続ける。

 

「わ、わかったよ……一緒に……」

 

「う、うん……で、でも、沙那は、沙那はもう……」

 

 沙那ががちがちと歯を噛み鳴らしながら、上半身を倒して、孫空女に頬ずりするようにした。その腰は大きく痙攣している。

 また、絶頂が迫っているのだろう。

 こうなったら、沙那は際限なく達するだろう。

 

「ま、待って、あたしも……あたしもいくから……」

 

 孫空女は自分の唇の近くにある沙那の唇に舌を伸ばした。

 すると沙那が孫空女の口に舌を挿しこんでくる。

 

「んんんっ」

 

 沙那がむさぼるように孫空女の舌や唾液を吸う。孫空女も負けじと吸い返す。

 そして、そのあいだも沙那の腰は激しく動き続けている。

 

「そ、孫女──あんたが、あんたが大好き──。愛している──。いぐううううう」

 

 沙那が口を離し、咆哮するような声を放って全身を仰け反らせた。

 沙那は身体を震わせて、絶頂している。

 

「さ、沙那ああああ──」

 

 孫空女もまったく同時に快感の頂点に到達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくのあいだ、沙那は孫空女の裸身に突っ伏したまま、まるで眠っているかのように動かなかった。

 孫空女もまた疲労困憊の状態にあった。

 ふたりで快楽の頂点に達し、汗みどろになった裸身をぴったりと接触し合っている。

 やがて、だんだんと孫空女の悦楽の残り火が鎮まっていくと、沙那も少し落ち着いたのか、むくりと起きあがって、孫空女に埋まっていた張形を抜き、自分の股間からも抜いた。

 そして、孫空女の裸身から降り、寝台から両脚をおろした。

 

「はあ、はあ、はあ……。げ、解毒剤を……」

 

 沙那が朦朧とした感じで喘ぎながら、寝台の横の台車に手を伸ばす。

 さっきの口吸いの横には、それとは別の水差しもある。

 沙那はそれをとると、中の液体をごくごくと飲んだ。

 

「ふう……」

 

 それを飲んだ沙那は疲れたように、少しのあいだ、そのまま寝台に座ったままでいた。

 

「だ、だいぶ、楽になったわ……」

 

 しばらくすると沙那が肩で息をしながら言った。

 ふと見ると、朦朧としていた沙那の表情がかなりまともになっている。うつろだった視線も戻っている。

 

「な、なんか、ご免ね、孫女……。身体を拭くわ……」

 

 沙那は立ちあがると、簡単に自分の股間の始末をして、布を取り出して、孫空女の身体を拭き始めた。

 

「ね、ねえ……、沙那──。どうしても、あたしたちと別れるのかい?」

 

 身体を拭かれながら孫空女は訊ねた。

 

「そうね」

 

 沙那はそれだけを言った。

 

「で、でも……」

 

「なに?」

 

 沙那が顔を孫空女に向けた。

 

「沙那、別れるなんてなしだよ……。あたしたちは家族じゃないか……。少なくとも、あたしはそう思っている。だ、だから、別れるなんて言わないでよ……。ここに残るなら、残ってもいいと思う……。だけど、別れるとは別のことだよ。家族は別れられないんだ……。沙那がここに残っても、あたしたちは仲間だよ……」

 

 孫空女は言った。

 沙那はなにも言わなかった……。

 そのとき、突然、透明の球体が沙那の眼の前に出現した。

 

「わたしに『通信球』……?」

 

 沙那が当惑したような表情をした。

 そして、指でそれを割るような仕草をした。

 

「えっ……? 白象(はくぞう)殿が──?」

 

 沙那が声をあげた。



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595 前魔王と現魔王

「はっ、はっ、はあっ、はあっ──」

 

 宝玄仙は大きな声をあげて、膣の中でうごめく張形の刺激に喘いだ。

 声を出した方が楽なのか、それとも声を出さない方が楽なのかわからない。

 

 とにかく、宝玄仙は頭から降りかかる冷たい水を浴びて、熱さに朦朧となりかけていた頭を冷やすとともに、汗となって流れてしまった身体の水分を補充するために、大きく口を開けて、降ってくる水を口を開いて飲んだ。

 だが、飲めば飲むほど、宝玄仙の意識を混濁させる媚薬であることはわかっている。

 

 しかし、水を補給しなければ、身体中の水分が抜けて、あっという間に意識がなくなって倒れてしまうことは間違いないし、この蒸し地獄の檻の中で気を失うことは、死に通じることは明らかだ。

 本当に沙那が宝玄仙を殺すことまでするかどうかはわからないが、あの沙那のことだ……。

 死の寸前まで宝玄仙を追い込むだろう……。

 

「ち、畜生──。さ、沙那め──。沙那め──。沙那め……。で、でも、だ、駄目……。いくううっ──」

 

 宝玄仙は股間を蝕む痒みが、張形の振動で癒えていく快感に我を忘れそうになって、慌てて、爪先立ちになって膣から張形を抜いた。

 頭から振り続けていた水がとまり、たちまちに、周囲に撒き散らした水が、今度は熱い湯気となって昇り始める。

 宝玄仙は、もうもうとたちこめる湯気の中で、しばらくぼうっと立ち尽くした。

 

 しかし、すぐに股間に激しい痒みが襲ってきた……。

 思わず手で掻きむしりそうになるのをじっと拳を握って我慢する。

 視界に『監視虫』と沙那が呼んだ監視霊具が映る。それが宝玄仙をじっと見張っていて、ちょっとでも宝玄仙が手で痒みを癒すような行為をしようとすれば、すぐにこの床に道術が連動されて、あの恐ろしい床電撃の地獄が再開される。

 

 しかし、この痒みは……。

 

 宝玄仙は泣きそうになるのをじっと我慢した。

 痒みを癒すためには、そこにある床から棒で突き出されて、宝玄仙の腰からやや低い位置にある張形を宝玄仙の膣で咥えればよいのだ。

 その張形は激しく振動しているものの、それを女陰で包めば、束の間だが痒みは癒えるし、この蒸し地獄の苦しみを助けてくれる冷たい水も頭から降り注いでくる。

 

 だが、その幸福は、さらに宝玄仙に与える苦痛の上塗りと引き換えだ。

 その張形の表面には、べっとりと染み出ている痒み剤がたっぷりとまとわりついているし、その痒みに苦しむ宝玄仙を責めたてる回転や振動を続けている。

 その振動に負けて、もしも達してしまったら、やはり、『監視虫』が反応して、床電撃が再開することになるのだ。

 

 だから、宝玄仙は自分をさらに苦しめることがわかっている『痒み棒』を女陰に咥えこみ、媚薬のたっぷりと含まれた水を全身にかぶらなければならない……。

 しかも、許されるのは、自分を焦らし責めのようにぎりぎりのところで寸止めするあいだの刺激のみ……。

 沙那らしい陰湿な仕掛けだ……。

 

 それにしても……。

 

 たっぷりと媚薬を飲んだ身体に加わる股間の痒みは、ずきんずきんと腰骨を揺さぶるばかりに宝玄仙に襲いかかってくる。

 しかも、もの凄い熱さが宝玄仙の意識を飛ばしそうになる。

 この責め苦を終わらせるには、天井に向かって、沙那の呈示した真言の誓いに応じると叫べばいいらしい。

 

 とりあえず、この状況を打開するために、一度叫んで、沙那でも小白象(こはくぞう)とかいう小娘でも呼び出すことは何度も考えたが、もしかしたら、天井に叫んだことがそのまま、真言の誓いの道術の刻みになるように仕掛けてあるかもしれない。

 沙那のことだから、それくらいはやる。

 

 だから、それはできない。

 真言の誓いを結んでしまえば、そもそも、宝玄仙そのものに、沙那を奪い返したいという意思がなくなるのだ。

 しかし、そんな考えも股間の痒みが押し流していく。

 もう、あまりの熱さのために、頭がすっかりと朦朧として、この苦しみを癒すことしか考えられなくなりそうだ。

 

 そのとき突然に、床から噴き昇っていた熱い湯気が消滅した。

 さらに、身体の火照りが消えていく。

 股間の痒みでさえも、だんだんと気にならないくらいのものになっていく……。

 『治療術』だ──。

 

 宝玄仙の身体に『治療術』が流れている。

 宝玄仙は、驚いて顔をあげた。

 いつの間にか、この檻の中の責めを操作する卓の操作盤に、大柄の美女が立っていた。

 

 どうやら、この女が宝玄仙を助けてくれたようだ。

 とにかく、熱さ、痒み、焦らし責めのもどかしさ、そして、媚薬の火照りの四重苦が宝玄仙の身体から消滅した。

 宝玄仙はすっかりと脱力してしまい、その場に座り込んでしまった。

 

「申し訳ないけど、いまは、『治療術』で楽にするくらいしかあなたを助けられないわ。小白象の許可なしに、この檻そのものからあなたを出すわけにはいかないの……。だけど、檻の中になにかを送ることはできる……。とりあえず、食事と水を送るわ。ほかに欲しいものがあれば言って、宝玄仙殿」

 

 大柄の女が言った。

 そして、食事と水差しを載せた盆を、卓の横の白い線の円の中に置いた。

 すると、それが檻の中の円に転送されてきた。

 

「たっぷりと媚薬の詰まった食事と水かい……? 苦しめておいて、そこから助けたふりをして、また苦しめる……。そうやって、このわたしを思い通りにさせようという魂胆だろう? 亜人どものやることは下劣だね」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「そんなつもりはないわ。その食事は、わたしが直接に準備したものよ。おかしな仕掛けはしていないことを保証するわ……。それと、わたしは白象(はくぞう)よ。この魔王宮の前魔王であり、小白象の母親よ」

 

 その大柄の女が名乗った。

 

「へえ、白象かい……。よくわからないが、沙那の責めをやめさせたということは、沙那とあの小娘のやることには、お前は与していないということなのかい?」

 

「あなたの味方とまでは言えないけど、敵にはなりたくないわね」

 

「まあいい……。もらうよ」

 

 宝玄仙は、転送されてきた食事の前に座った。

 まず、水筒を取って水を飲んだ。

 

「ほう……」

 

 薬剤は入っていないようだ。

 しかも、これは上等の果実水だ。

 食事にも手を付ける。

 空腹に染み透るように食材が胃におちていく。

 野菜と肉の入った粥のようなものと、厚手の羊の肉がある。

 いずれもおいしい。

 なかなかの心尽くしだとわかった。

 

「白象宮の恩人に対して、無礼なことをするつもりは、わたしにはないわ。だけど、いまはその金網の檻から解放することは堪忍して。檻を開けると、あなたはわたしたちを許さないだろうし、小白象に危害を加えるでしょう?」

 

「そんなことはしないと真言の誓いで誓えば、ここから出すかい、白象?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「まあ、最終的にはそうなると思うけど、いずれにしても、ちょっと待って……。明日にでも、あの娘の機嫌がいいときを見つけて、もう一度、説得するから」

 

 食事を続ける宝玄仙に対して、白象が金網の向こうで頭をさげた。

 見た目は身体が大きくて、威厳のある女魔王という感じだが、思いのほか善良な性質のようだ。

 前魔王がこの白象で、現魔王は、最初に垣間見た小白象というわけか……。

 母娘にしては、まったく似ていないが……。

 宝玄仙は目の前のものを口にしながら思った。

 

「わたしが、白象宮の恩人と言ったかい、白象?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「そうよ……。この白象宮は、金凰宮と……、とりわけ、金凰魔王と敵対関係にあったのよ。最近のことだけど……。その金凰魔王を殺してくれたあなたは、白象宮の恩人──。そういうことよ」

 

「お前のところの仕来たりでは、恩人を拷問して苦しめるのかい──?」

 

 宝玄仙は皮肉を言った。

 

「だから、すまないと思っているわ……。でも、娘といっても、小白象は、わたしの言いなりにはならないわ。下手にしつこく注意すると、このわたしが折檻されるし……」

 

「折檻……?」

 

 宝玄仙は呆気にとられて、金網の向こうの白象を見た。

 そして、思わず微笑んでしまった。

 宝玄仙には、初対面の相手でも、少し接すれば、どんな性癖かある程度はわかるのだ。

 

 この白象は、被虐癖だ……。

 なんとなく、そう思った。

 ただの勘だが、この手の勘で宝玄仙が誤ったことはない……。

 

「……ははは……。娘に性調教でもされているのかい──? それでご主人様には逆らえないということかい、白象?」

 

 宝玄仙はからかった。

 もちろん、娘が母親の白象を調教するなどいう馬鹿げたことがあるとは思っていない。

 ただ、見ていると苛めてやりたくなるような、この前魔王を言葉で責めてみたくなっただけだ。

 

「まあ、そういうことね」

 

 すると、白象が神妙な表情で頷いた。

 宝玄仙は、驚いてしまった。

 

「……まあいいよ。檻からわたしを出せないなら、沙那がわたしから取りあげた服を返しな」

 

 沙那が奪った宝玄仙の衣類は、白象がいる卓の後ろ側くらいにそのままになっているはずだ。

 

「ああ、これね……。ごめんなさいね。すぐに送るわ。一緒に、身体を拭く布もね……。食事の盆を円の中から避けてくれるかしら」

 

 白象が卓の後ろを覗きながら言った。

 宝玄仙が言われた通りにすると、すぐに宝玄仙の服が送られてきた。数枚の布も載っている。

 宝玄仙は、汗びっしょりだった身体を簡単に布で拭いて、服を着込んだ。

 

「さてと……。じゃあ、白象──。とにかく、これからのことを話し合おうじゃないか。お前が、わたしのことを恩人というのであれば、この状況をなんとかしな。そもそも、お前たちは、沙那をどうするつもりなんだい? お前たちは、沙那の心を『主従の誓い』で縛って、奴隷にしようとしてるのかい?」

 

 宝玄仙は、卓に面する金網の前に移動して、床に胡坐に座った。

 

「沙那もまた、恩人よ。彼女は、わたしや小白象に尽くしてくれたわ……。命をかけてね」

 

 白象は卓の前から進み出て、宝玄仙が座り込んでいる金網の向こう側の床に腰をおろした。

 金網を挟んで、宝玄仙と白象が向かい合って床に座っているかたちになった。

 

「お前らは、恩人を拷問で苦しめるが主義なのかい──? 沙那に『主従の誓い』をさせて、いいように操っているじゃないかい──。いい加減にしな──。真言の誓いで心を操るのも拷問だろう──。それに、沙那はわたしのものだよ。ぐずぐず言わずに、沙那の真言の誓いを解消させるんだよ」

 

「沙那との主従契約を結んでいるのは、小白象よ……。その影響で、小白象はいい具合に心が変わっているの……。知っている通り、『主従の誓い』は、従側に主人側に対する忠誠を強要するだけじゃなく、主人側にも、部下として相手を受け入れるという心を強引に作りあげるわ。あの娘は、決して他人を信用せずに、部下を人とも思わないところもあったんだけど、あの真言の誓いのために、それがうまい具合に転がっているの……」

 

「知ったことかい──。お前の娘が他人を受け入れない人でなしだろうが、なんだろうが関係ないよ──。わたしは、沙那の真言の誓いを解けと言っているんだよ」

 

「でも、沙那は、もはや、白象宮にはなくてはならない存在で、しかも、小白象も沙那を慕っているわ……。ねえ、本当にこれは心からのお願いなんだけど、沙那を小白象に譲ってもらうわけにはいかないかしら……。それを許してくれれば、この白象宮は、どんな代償もあなたに引き渡す……」

 

「や、やかましい──」

 

 宝玄仙は白象の言葉を遮って怒鳴りあげた。

 

「今回ばかりは、わたしは理不尽なことを要求しているつもりはないよ──。沙那にかけている真言の誓いを解きな──。要求はそれだけだ──。すぐに、あの小娘のところに行って来い、白象──」

 

 宝玄仙はさらに声をあげた。

 白象がびくりと肩を動かした。

 

「で、でもねえ……。小白象が、基本的にこの件でわたしの言うことに従うとは思えないし……」

 

 のらりくらりと、人の言うことをかわす女だ。

 まるで熟練の政治家を相手にしているようだ。

 そう言えば、東方帝国の帝都で八仙として、宮廷府の政治家と付き合うことも多かったが、こういう手応えのない手合いもいた。

 

 しかし、こういう手合いこそ、実は強敵なのだ。それを思い出した。

 威張っていたり、感情に任せて物をいう相手は怖くはない。怖いのは目の前の白象のような掴み所のない相手だ。

 そういう相手は、実際には、内心でいろいろな駆け引きもしているし、深く考えている。

 必要であれば、強硬な態度にも出るし、それが有効だと思えば泣き落としでもなんでもやる……。

 そんな熟練の政治家を白象に感じた。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「どうしたものかしら……」

 

 また、白象が困ったような顔で息を吐いた。

 だが、だんだんと、それは白象の手のようにも思えてきた。

 とにかく、宝玄仙は決心した。

 この女が娘に調教される性奴隷だろうと、仮にも前魔王なのだ。多少の影響力は、沙那を操っている小娘にあるのだろう。

 白象は、必ずしも、沙那をここに留めることには、こだわってはいないようだし、よくわからないが、宝玄仙に好意もあるようだ。

 ならば、口説き落とせば、宝玄仙の提案の仲介くらいはしてくれるかもしれない。

 

「だったら、白象……。お前があいだに入って、沙那の件について、お前の娘にいまから言う提案をしておくれ。つまり、この宝玄仙が、沙那を相手に勝負をしたいと言っているとね──。わたしが勝てば沙那の道術を解くんだ──。その代わり、沙那に負けたら、その沙那は小娘に渡す──。そう言うんだ──」

 

 宝玄仙は言った。

 

 

 *

 

 

「えっ……? 白象殿が──?」

 

 思わず、沙那は声をあげた。

 『通信球』から送られてきたのは、小白象の声だった。

 

 その内容は、宝玄仙と白象がいつの間にか話し合い、その中で、沙那の身柄を賭けた沙那との勝負を宝玄仙が挑んできたということだった。

 とにかく、宝玄仙を監禁している場所まで来いというのが小白象からの伝言だった。

 

「悪いけど、孫女、行かなければならなくなったわ……」

 

 沙那は寝台の上の孫空女に眼をやった。

 孫空女は、寝台に刻まれた道術により身動きできないまま、その寝台に仰向けで横たわっている。

 沙那の我が儘で百合の性の相手をさせてしまい、まだ、食事もさせていない。

 水だって、おかしな薬剤入りの水を数口飲ませただけだ。

 孫空女に飲み食いさせるつもりだった普通の水と、滋養を与えるための丹丸は、まだ、そのまま卓に置いてある。

 どうすべきか迷った。

 

「どうしたのさ、沙那……?」

 

 孫空女が気だるそうな様子で、寝台に横たわったまま訊ねた。

 

「ねえ、孫女、約束してくれない? ここで暴れないと約束してくれるなら、あなたをその寝台からおろすわ」

 

「約束するよ」

 

 孫空女は即答した。

 沙那は孫空女の顔を見た。

 

 孫空女は嘘はつかない……。

 絶対に真実しか言わないというわけではないが、孫空女が約束すると言えば、それを孫空女は破らない。

 

 まず、沙那は孫空女の耳の中に隠してある『如意棒』を奪った。

 これを取りあげておけば、いくらなんでも鉄の扉をぶち破って抜け出す可能性はないと思う……。

 そして、沙那は孫空女の手を取り、寝台からおろした。

 寝台の手摺に乗っていた服を投げ渡す。

 自分も急いで衣服を着込む。

 

「台車の上にある丸薬を口で噛んで飲み込めば、空腹が癒せるし、朝までに必要な滋養は十分に摂取できるわ。それと、その白い水差しは普通の水よ。ほかのものは手をつけない方がいいわ……。おかしな薬剤入りだから……」

 

 沙那は、孫空女からなんとなく顔を背けながら言った。

 あんなに乱れた姿を孫空女に見せてしまった。

 こうやって薬剤の影響を抜いて冷静になると、随分と照れ臭い。

 

「どこに行くのさ、沙那? ご主人様になにかあったの?」

 

 孫空女が服を着ながら言った。

 

「ご主人様がわたしと勝負を挑んでいるようよ。わたしが勝ったら、この白象宮にわたしが残ることを認めると言ってるみたい」

 

「へえ……。じゃあ、沙那が負けることを祈ってるよ」

 

 孫空女はそう言って、台車から白い水差しを取って、喉を鳴らして水を飲んだ。

 とりあえず、抵抗の様子はない。

 沙那が取りあげた『如意棒』にしても、奪い返そうという気配もない。

 身支度の終わった沙那は、孫空女に声をかけてから、霊具の鍵で扉を開けて廊下に出た。

 孫空女は最後まで、逃亡の素振りは見せなかった。

 

 沙那はもう一度、扉を霊具で封鎖して、二層下の宝玄仙の監禁部屋に向かった。

 

 部屋に入ると、中には宝玄仙だけではなく、白象と小白象もいた。三人とも、部屋に持ち込んだらしい肘掛け椅子に座っていた。

 宝玄仙を監禁している檻にも肘掛け椅子が入っていて、宝玄仙は金網を挟んで、白象と小白象と向き合うように椅子を向けて座っている。

 

「来たかい、沙那……。お前を賭けて、わたしとお前の勝負といこうじゃないかい。対等な条件で勝負だよ。こいつらは、承知したよ」

 

「勝負?」

 

 沙那はちらりと小白象を見た。

 小白象が応じたということは、沙那を手離すことになる可能性を小白象が受け入れるということだ。沙那は少し驚いた。

 

「わらわは、承知しておらん。ただ、沙那が応じると判断すれば、これで決着をつけることを容認すると言っただけだ……。わかるな、沙那? お前が判断せよ。とにかく、宝玄仙殿は、負ければ、真言の誓いに応じるそうだ。それそのものも、真言の誓いで誓ってもいいと言っている」

 

 小白象が沙那になにかを含むような視線を向けた。

 つまり、沙那に判断せよというのは、勝てる勝負でなければ受けるなということだろう。

 沙那は小白象に小さく頷いた。

 

「そして、沙那、これだけは、前魔王としても、摂政としても言っておくわ。宝玄仙殿に対する拷問めいた仕打ちは禁止よ。わたしは、小白象を金凰魔王なような魔王にはしたくないの。宝玄仙殿は、金凰魔王と金凰妃を倒してくれた白象宮の恩人よ。そのことは、この三魔王領で知らぬ者のない事実よ。その宝玄仙殿を不当に扱って拷問していると知れたら、小白象の魔王としての外聞に関わるの」

 

 白象が厳しい視線を沙那に向けた。

 

「母者、出すぎたことを言うでないわ。それについては、わらわは、母者の意見は聞くと言っただけだ。言葉としては聞くが、承知はしておらん」

 

「で、でも、小白象……」

 

 白象が困ったような表情をした。

 

「くどい、母者」

 

 小白象はぴしゃりと言った。

 白象は黙ってしまった。

 

「い、いえ、わかりました……。白象殿に従います」

 

 沙那はそう言った。

 白象の言うことは正しい。

 小白象の魔王としての評価はこれからだ。

 信用のならない魔王だと評判になれば、多くの族長を治めていかなければならない小白象の政事に悪影響がある。

 

 沙那ひとりを得るために、悪評判を立てられるのは、確かに、あまりにも代償が多すぎる。

 どんな悪評があっても、支配するのは自治領だけで、配下の部族長を持たなかった金凰魔王に比べれば、小白象は多くの部族長を様々な手段で統治していかなければならない役割だ。

 白象が、小白象を金凰魔王にしたくないという意味は十分に理解できる。

 

「しかし、沙那……」

 

 小白象が沙那を見た。

 

「い、いえ、どんな勝負か知りませんが、つまりは勝てばいいのですから」

 

 沙那は小白象にそう言うと、視線を宝玄仙に向けた。

 

「では、わたしが勝てば、真言の誓いでわたしを小白象様に譲ると、わたしと契約してくれますか、宝玄仙様?」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、わたしが負ければ、お前は自由にしていい。お前が望めば、真言の誓いでその小娘にお前を譲ると誓ってやるよ。その代わり、お前も約束しな。わたしが勝てば、お前たちの『主従の誓い』は破棄するんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わらわが仲介人になって、真言の誓いをふたりに刻もう。沙那は自らは道術は遣えんし、金網の中の宝玄仙殿は道術が制限されておるからな……。たったいまの宝玄仙の発言を言の葉にして、真言の誓いを刻む──。よいぞ。ふたりとも誓うがいい」

 

 すると、すかさず小白象が言った。

 

「誓います」

 

「誓う」

 

 沙那と宝玄仙は、それぞれに言った。

 真言の誓いが沙那の心に刻まれたのがわかった。

 沙那は密かにほくそ笑んだ。

 いま、何気なく結んだが、さっきの真言の誓いは宝玄仙に著しく不利だ。

 

 宝玄仙は、勝負に負ければ、沙那を渡すことに同意する真言の誓いをしなければならないが、沙那が負けても、『主従の誓い』を解く義務が生まれるのは沙那だけだ。

 小白象には義務は生まれない。

 沙那自身は『主従の誓い』を解除する能力はないから、最悪、沙那が負けても、小白象が無視すればいいだけだ。

 

 そもそも、本来は沙那は、道術遣いではないので、主従の誓いの土台となる「真言の誓い」は結べない。

 沙那がいま、小白象と主従の誓いという真言の誓いを結んでいるかたちになっているのは、あのお蘭の作った魔法石、すなわち、賢者の石、言い換えれば、宝玄仙の霊気を帯びている「魂の欠片」を身体に入れているからだけのことだ。沙那からの道術的な心の拘束は発生しないのだ。

 つまりは、沙那側からでは、いかなる手段でも、小白象とのあいだにある真言の誓いをどうすることもできないということだ。最悪、小白象が「口約束」を反古にすればいい。

 

 それに、まだ、どんな勝負をするか決めていない。

 だから、これから宝玄仙に勝ち目のないような勝負を選べばいい。

 それがどんな勝負であっても、いま真言の誓いをしてしまった宝玄仙は、負ければ沙那を譲ることに同意するしかない。

 

「じゃあ、次は勝負のやり方の話し合いといこうじゃないか」

 

 さっきの真言の誓いのからくりに気がついていないのか、宝玄仙は陽気に言った。

 

「どんな勝負を提案するのですか、宝玄仙様?」

 

 沙那は、とりあえず訊ねた。

 

「なあに、わたしたちらしく、性の手管で勝負しようじゃないか、沙那……。ふたりで金網を挟んで、この肘掛け椅子に座って向き合うのさ。そして、交互に一定時間相手の愛撫を一方的に受けるということでどうだい? 金網越しに愛撫がし合えるように、わたしにも『道術手』の霊具を使わせてくれればいい。そして、相手の責めに負けて、肘掛けから手を離せば負けということにしよう。我慢しきって時間がくれば交代。それを繰り返すのさ」

 

 宝玄仙がにこにこしながら言った。

 なんというくだらない勝負だろうと沙那は呆れた。

 それに、感じやすい沙那が性の手管で宝玄仙にかなうわけがない。

 宝玄仙もそれを承知だからこそ、こんな勝負を提案するのだろう。

 

 しかし、沙那はふと思いついた。

 勝目がなければ、あるようにすればいい。

 勝負は公平である必要はない。

 

「わたしと宝玄仙様じゃあ、性技で力の差がありすぎます。不公平です。だから、わたしを先行にしてください。そして、わたしには、性具の使用を認めてください。それならば受けます」

 

 沙那は言った。

 

「まあ、それくらいはいいだろう。その条件を飲むよ」

 

「承知しました。ならば、勝負は明日の朝……。それでいかがですか? 明日の朝、わたしはその挑戦を受けます」

 

 沙那は言った。

 明日の朝であれば、すぐに身体全体が石のように不感症になる薬物を飲めば、朝には確実にその効果が沙那を守ってくれる。

 そうすれば、いくら宝玄仙が性技を駆使しようが沙那が負けることはあり得ない。

 

「受けて立つよ」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 沙那は、宝玄仙に見せないように、にやりと微笑んで小白象に小さく頷いた。

 

「よかろう。わらわもその条件に同意する。明日の朝、沙那自身を賭けた勝負といこう。母者にはその見届けと審判を頼もう」

 

 小白象が声をあげた。



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596 人生を賭けた性技勝負

「では、沙那と宝玄仙殿の性技勝負を始めるわ。先行は沙那。一回の責めは四半刻(約十五分)。この砂時計が目印よ。とにかく、相手が責めているあいだに、どちらかでも肘掛けから手を離せば負けよ。ただし、力で強引に離させるような行為は認めません……。また、責めを受けるあいだは、両足を椅子の脚に添って開いた状態を維持すること。じゃあ、両者、準備はいいわね」

 

 檻の外で審判役を務める白象(はくぞう)が言った。

 白象は、金網越しに向かい合って座っている宝玄仙と沙那を横から眺めるように、金網の向きに添うように椅子を置いて座っている。

 その白象に向かい合う少し離れた位置には、勝負の行方を見守る小白象(こはくぞう)が、やはり、椅子に座って、宝玄仙と沙那を見守っている。

 沙那の身柄を賭けた性技勝負が始まったのだ。

 

「いつでもどうぞ、白象殿」

 

「まあ、かかってきな、沙那」

 

 沙那に次いで、宝玄仙は言った。

 そして、両手を椅子の脇の肘掛けに置く。

 また、両足については、拘束こそないものの、取り決めに従い、それぞれの椅子の脚の位置に足を置いて開いている。

 相手の責めに対して頑なに脚を閉じたり、あるいは、足そのもので責める手を蹴飛ばしたりすることによって、相手の責めを防ぐことは禁止だ。

 

「始め──」

 

 白象が横の台に置いた砂時計をひっくり返した。

 時計の中の砂がゆっくりと下に落ち始める。

 

「じゃあ、覚悟はいいですか、宝玄仙様?」

 

 沙那が両手に『道術手』と呼ばれる緑色の薄手の手袋を嵌めながら、意味ありげに微笑んだ。

 

「へっ、お前を相手に、覚悟なんていらないよ。ちょっと、相手をしてやるから、かかってきな」

 

 沙那が手袋を嵌めた両手を前に出して、念を込めたようだ。

 すると、二本の『道術手』が宝玄仙の前に出現した。

 この『道術手』は、離れている場所に、手袋を嵌めた部分の複製を送り込む霊具だ。

 複製といっても、実際の腕とまったく同じ存在だ。

 その複製を道術手と呼ぶが、道術手で触れるものは実際の手で触るのとまったく同じ感触が伝わるし、道術遣いの場合は、霊気そのものもその道術手を通じて送り込める。まさに本物の手と同じなのだ。

 

 沙那の両手の複製が宝玄仙の着ているものをくつろぎ始めた。上衣のぼたんを外して、前部分を開襟させると、沙那の道術手はそれを宝玄仙の背中側に押し込んだ。

 上衣の下は胸当てだけだが、それが上にずらされて、乳房が露わにされる。

 

 宝玄仙はそれをじっと肘掛けに両手を置いたまま、されるままにしていた。

 すると、沙那の道術手は、今度は宝玄仙の下袍の脇に動いてきた。

 宝玄仙は腰を紐で結んで留める下袍を履いていた。

 その紐が解けられて、強引に腰から抜かれて足首までさげられる。

 さらに腰の下着の両脇にも手がかかり、同じように腰から抜かれた。

 

 尻を密着させて、下着を脱がしにくいようにすることも可能だが、あまり意味はないだろう。

 宝玄仙は沙那の両手がしたいままにさせた。

 下着もまた、足首までずりさげられて脱がされる。

 宝玄仙は、沙那に向ける側の部分をすっかりと素裸にされたことになる。

 

「さて、では、わたしは、性具は使い放題ということですよね、宝玄仙様……」

 

「まあね……」

 

 宝玄仙は頷いた。

 それが、沙那がこの勝負を受ける条件だから応じたが、道術手による手の責めのみを許される宝玄仙に対して、沙那は性具は使い放題ということになっている。

 

 宝玄仙には著しく不利な条件だが、この沙那のことだ。

 そのくらいに絶対に有利な条件でなければ、勝負は受けなかっただろう。

 沙那は不確かな勝負はしない……。

 そういう女なのだ。

 

 逆に、絶対に有利な条件を与えてやれば、勝負に乗ると思っていた。

 そして、案の定、沙那は乗ってきた……。

 

 宝玄仙の狙いは、『道術手』により、宝玄仙が道術を遣える状態になるということそのものにある。

 宝玄仙に霊具の使用を許すということは、限定されているとはいえ、宝玄仙が道術を遣う機会を与えるということだ。

 霊具の使用というのは、突き詰めれば保持している霊気を霊具に注ぎ込むということであり、道術を使用するのと同じことなのだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙の番がやってくれば、この茶番は終わりにできるはずだ。

 それまで四半刻(約十五分)だけ、耐えればいい……。

 身体の前にあった道術手が消滅した。

 沙那が念を止めたのだろう。

 

「じゃあ、いきますよ……」

 

 沙那は準、備している性具と思われるものを椅子の横に置いて布をかけていた。

 その布が外される。

 すると、布の下には大きな壺があった。

 沙那は、その壺を足の前に移動すると、『道術手』を嵌めた指をどぼんと中に浸けた。

 両手を壺から出した『道術手』を嵌めた沙那の手には、ねっとりとした粘性の物質がたっぷりとついている。

 宝玄仙は驚いた。

 

「な、なんだい、それは──? 使うのは性具だろう──?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 沙那が手に浸けた粘性の物質からは、つんという刺激臭がした。嫌な予感がする。

 

「もちろん、性具ですよ……。正確には媚薬ですけどね……。これは、強烈な掻痒剤です。宝玄仙様は強敵ですから、発狂するほどの強力なものを準備しました。一度、これを塗られると、どんなに後で掻いても、道術で癒さない限り、痒みは抜けません。しかも、これは時間が経つにつれて、痒みだけじゃなく、燃えるように身体が熱くなるそうです」

 

 沙那がくすくすと笑いながら、たっぷりと掻痒剤の付着した『道術手』をかざした。

 すると、その掻痒剤のついたままの道術手が宝玄仙の身体の前に出現して、それが股間にそれぞれに伸びてくる。

 

 『道術手』をはめた手でなにかを持って、念を込めれば、それを持った状態で複製の道術手は、遠隔した場所に出現する。

 その特徴を生かして、沙那は薬剤を道術手を使って、金網の中に送って来たのだ。

 

「ま、待ちな──。許したのは性具だよ。得体の知れない薬剤は反則だよ──」

 

 宝玄仙は審判役の白象に怒鳴った。

 そんなものを塗られては堪らない。

 それだと、時間が経つにつれて、宝玄仙が不利になりすぎる。

 指のみの責めであろうと、性具を使おうと、相手に責められている四半刻(約十五分)のみを耐えれば、自分の責めの時間は、責められた身体を快復させることができるはずだが、掻痒剤を塗られてしまうと、その責めている時間そのものも、痒みの苦痛を受け続けなければならないことになるからだ。

 

「性具の定義は、勝負の条件にはなかったですよ、宝玄仙様──。だったら、なにをどう解釈しようが、こちらの勝手じゃありませんか……。わたしの準備した性具は、この掻痒剤の入った壺そのものです。壺は道具ですよ。つまり、性具です」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「認めざるを得ないわね、宝玄仙殿」

 

 白象は言った。

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「これは、素晴らしい薬剤ですよ。最高の感激に宝玄仙様を送ってくれるはずです……。しかも、時間が経てば経つほど、素晴らしい効き目が表れるはずですから、十分に味わってくださいね」

 

 沙那が薬剤を宝玄仙の局部に塗り始めた。

 

「うっ」

 

 宝玄仙は思わず呻いた。

 沙那の指は宝玄仙の股間の亀裂に指を入れると、閉じている花層を露わにして、その内部に怪しげな薬剤を塗り始めた。

 

「くっ、くく……うう……」

 

 その刺激に、宝玄仙の太腿は激しく痙攣した。

 沙那だって、宝玄仙が四年近くも様々な手管を性技として教え込んでいる。

 それに、さんざんに宝玄仙に奉仕もさせているから、宝玄仙の感じる場所や責め方も熟知している。

 その沙那が、宝玄仙に最大の刺激を与える触り方で、薬剤を塗ってくる。

 

「は、はあっ……」

 

 沙那の道術手の指は、容赦なく、宝玄仙の敏感な花芯にまで器用に薬剤を塗り埋めていく。

 しかも、小刻みに愛撫をしたり、表皮をめくるような仕草で刺激してくるのだ。

 宝玄仙はあっという間に、情念の高みに昇らされ、荒々しい息遣いを強いられた。

 

「もうすぐ、痒くなりますよ……。まあ、最初の四半刻(約十五分)くらいは、ご主人様なら耐えられるかもしれませんが、その次のわたしの責めのときには、我慢するのは不可能だと思います……これは、そういう薬なんですから」

 

 金網の向こうの沙那がにやりとほくそ笑んだ気がした。

 

「くうう……」

 

 宝玄仙はぎゅっと肘掛けを掴んで歯を喰いしばった。

 次の責めの番どころか、すでに痒みが襲いかかってきている。

 臓腑を抉るような痒みとは、まさにこのことだ……。

 この痒みが、さらに激しくなるだと……?

 冗談じゃない……。

 

 たが、すぐに、沙那の言葉が膨張でも、虚仮脅しでもないことがわかった。

 一瞬ごとに、さっきまでの痒みなど生易しかったのだといわんばかりに、痒みが強くなる。

 それがずっと続くのだ。

 宝玄仙の肌からみるみるうちに脂汗が吹き出してくる。

 こうなったら、宝玄仙の責め手の番になったときに、『道術手』で霊具が使える状態になった隙に、自分の身体に『治療術』を送り込んでやる。

 そう思った。

 

 霊具を使うときには、一時的に道術を遣うことを許すはずだ。

 そうでなければ、霊具が使えないからだ。

 そのときに、この痒みを消してしまえばいい……。

 とにかく、四半刻(約十五分)……。

 

「ふふふ……。もしかして、自分の番のときに、『治療術』で掻痒剤の効果を消してしまえばいいとか思っていますか、宝玄仙様……? それは不可能ですよ……。ふふふ……」

 

 沙那が、道術手を消してから、もう一度たっぷりと手に壺の中の掻痒剤を浸け直し、再び道術手を送ってきた。

 沙那の片手が強引に宝玄仙の臀部の下に割り込んできて、少し浮かせるように隙間を開けた。

 その隙間から、もう一方の手が差し込まれ、宝玄仙の肛門に掻痒剤のついた指が伸びる。

 

「な……。お、お前……」

 

 今度は尻穴だ。そして、肛門の中に新しい薬剤がどんどんと足される。

 尻の穴を弄られるその独特の感覚に、宝玄仙は歯を喰いしばって我慢した。

 それにしても、さっき沙那は妙なことを言った気がする……。

 宝玄仙の番のときに、『治療術』を使うことはできないとか……。

 

「さ、沙那、い、いまのはどういう意味だい……? はああ……」

 

 宝玄仙は沙那に責めに喘がされながら言った。

 

「いまの……? ああ宝玄仙様が『治療術』を遣えないという件ですか? 当然じゃないですか。そんなの反則ですよ。『道術手』を使うときに、ご主人様が霊気を込めることができるのは、その『道術手』のみです。ほかの部分に使用しようとしたりすると、霊気が拡散して道術はとまります。朝までの時間を使って、そんな風に金網の道術封じの効果を調整してもらいましたから……」

 

 沙那はそう説明しながら、やっと尻を責めるのをやめて、手を尻の下から抜いた。

 今度は乳首にも掻痒剤を塗り足し始める。

 

「無論、『道術手』に霊気の念を込められることを利用し、金網の外に出現させた道術手を経由して、攻撃道術を飛ばすことも不可能だ。道術手から離れる霊気を発散させるように、結界や霊気への防護策を幾重にも処置しておる」

 

 小白象が口を挟んだ。

 

「わ、わたしがやりそうなことは……予想していると……いうことかい……」

 

 股間を蝕む痒みに、顔をしかめさせながら宝玄仙は言った。

 いくら宝玄仙でも、著しく大きな霊気を必要とする攻撃道術を、道術手という間接的な媒体を使って効果を遠くに及ぼさせることは不可能だ。

 だから最初から、それは考えていなかったが、そこまで準備して、宝玄仙の道術を防ごうとしている小白象たちをからかってやりたくなった。

 

「……へっ、それでも十分だよ……。こいつの身体に……し、仕掛けがある……。ああ……あっという間に……よがり狂わせて……や、やる……くうっ……」

 

 沙那の指が宝玄仙が喋ろうとするのを邪魔するように動くのだ。

 宝玄仙は全身を襲う痒みに、肘掛けを握った両手以外のすべての場所を狂おしくよじらせながら言った。

 そして、沙那の道術手がいったん、再び引き揚がった。

 沙那は、手を壺の中にまた浸けている。

 沙那は、この最初の責め番は、とことん、宝玄仙の身体に痒み剤を塗りたくることに使うつもりのようだ。

 そして、勝負の決着をを二回目、三回目につけるつもりだろう。

 確かに、だんだんとさらに痒みが強くなってくる。

 あまりの痒みに、自分の歯がかちかちと鳴るのを聞きながら、宝玄仙は愕然とする思いでそれを思った。

 

「宝玄仙殿の言うのは、沙那の身体に刻んである道術陣のことだな……? 沙那から聞いておる。それを通じて、沙那の体内に道術を注がれては堪らんのでな。沙那には、全身の官能の感覚を一時的に完全に凍結させる仙薬を飲ませておる。いくら、道術陣でも、いまの沙那に快感を与えることは不可能だ」

 

 小白象が言った。

 

「そういうことです……」

 

 沙那もにやりと笑った。

 これには、宝玄仙は驚いた。

 たっぷりと掻痒剤を載せた沙那の道術手が、また目の前に出現した。

 今度は、再び股間に塗り足すつもりのようだ。

 掻痒剤のついた指が股間を責め始める。

 

「……な、なに? お、お前ら──。そ、それなら、ま、道術陣に限らず、わたしの性技が効きようがないじゃないか──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 さすがに、それは性技勝負としては反則だ。

 薬物で身体の性感を凍結しているのでは、宝玄仙も沙那を責めたてようがない。

 

 宝玄仙は白象を見た。

 しかし、白象は首を横に振った。

 

「残念だけど、宝玄仙殿──。勝負のやり方として、事前に禁止されなかった行為は、許されると判断するしかないわね」

 

 白象は言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 白象も、積極的に宝玄仙を敵にするつもりはないが、積極的に味方するつもりもないようだ。

 まあ、白象としても、勝敗が宝玄仙の敗北というかたちで終わり、沙那が白象宮に残ることになって、沙那の代償に宝財を宝玄仙が受け取ってくれることが一番望ましいとは思っているだろう。

 

 そうであれば、小白象の評判には傷はつかなし、その与える恩賞に色をつけておけば、逆に、度量の大きい新魔王という評判すら得られるかもしれなからだ。

 そして、負ければ沙那を渡すという道術契約を受け入れている宝玄仙が、勝負の後で文句をいう可能性もない……。

 まるで、よってかたって罠に嵌められた気分になり、宝玄仙は口惜しくなった。

 

 いずれにしても、そういう効能を詳しく説明するのは、それを知ることで宝玄仙が諦めの境地になるのを期待した沙那のやり口だろう。

 とにかく、こういう勝負は、どちらかが諦めたときに勝負はつく。

 沙那としても、そうだと考えているに違いない。

 

 その沙那の手が股間で動き続ける。

 今度は薬剤を塗る手と宝玄仙の性感をくすぐるように動く手管と半々くらいだ。

 宝玄仙は沙那の指が肉芽をいじり、花唇をくつろげるのを荒々しく昂ぶる喘ぎながら受けとめた。

 

「ここも感じますよね、宝玄仙様……?」

 

 沙那が指を膣の中に挿しこんで、入り口に近い一番敏感な上側部分を強く押し擦った。

 

「はああっ──」

 

 突然に襲った絶頂感に、宝玄仙はいきなり吠えるような声をあげてしまった。

 

「い、いやあっ、いやっ、いやっ──」

 

 思わず自分の口から出た弱々しい悲鳴に驚きながらも、宝玄仙は二度三度と激しく首を揺さぶって耐えようとした。

 だが、沙那の指は確実に宝玄仙の官能を八合目、九合目くらいまで一気に押しあげた。

 

「時間よ──」

 

 白象が大きく宣言した。

 宝玄仙は顔をあげた。

 ふと見ると、白象の横の卓の砂時計の砂がすべて下に落ち終わっていた。

 

「攻守交替よ──。宝玄仙殿は肘掛けから手を離してもいいわ。沙那は『道術手』を手から脱いで、肘掛けに手を置きなさい──。では、始め──」

 

 沙那が『道術手』脱いで、肘掛けに両手を置くと、すぐに白象の開始の合図が告げられた。

 砂時計が返されて、砂が落ち始める。

 

 一方、宝玄仙は、肘掛けから手を離すや否や、痒みが襲う股間と胸に手をやって激しく掻きむしった。

 恥ずかしいとかいう気持ちは皆無だ。

 

「ああああああ」

 

 気持ちいい……。

 とにかく、掻いているあいだは、ひと息吐ける。

 

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 気持ちが抜けると、このまま局部と乳房を自分でなぶって、持ち時間の四半刻(約十五分)が終わりそうだ。

 

「ふううっ……くっ……」

 

 宝玄仙は大きく息を吐くと、意を決して痒みの癒えない身体から手を離した。

 そして、事前に渡されて足元に置いていた『道術手』を手に取る。

 

「うくっ、くううう」

 

 しかし、痒い部分から手を離した瞬間に、大きな痒みが全身に戻ってきた。

 沙那が言及したとおりに、掻いても掻いても、痒みは癒えない強烈な痒み剤のようだ。

 

 我慢して『道術手』の手袋を嵌める。

 念を込める。

 どうにか、霊気は動く……。

 

 宝玄仙はそれを確認した。

 ただし、この『道術手』に込められるだけだ。

 

 試しに身体に襲いかかっている痒みを癒そうと、自分の身体に霊気を流そうとしてみたが、それはあっという間に霊気が発散されて失敗した。

 やはり、『道術手』以外に霊気を込めるのは不可能のようだ。

 

 宝玄仙は、金網の外にある自分の手の複製である道術手に注目した。

 だが、霊気は集められる……。

 大丈夫……。

 

 これならいける……。

 宝玄仙は確信した。

 

 それにしても、椅子に座っている沙那は、余裕綽々の表情で薄っすらと笑みを浮かべてこっちを見ている。

 自分の勝利を確信している表情だ。

 その様子に苛ついてくる。

 宝玄仙は、道術手で沙那の上着の前部分をはだけさせた。

 そして、服の内側を露わにした。

 

「な、なんだい、これ……?」

 

 宝玄仙は思わず声をあげた。

 沙那は服の下に、たくさんの紐で縛っている革の下着を身に着けていたのだ。

 革の下着は乳房の部分から腰までひとつながりになっていて、上から下まで横部分でびっしりと結び目がついている。

 しかも、ひとつひとつの結び目が堅く結んであり、解くだけで時間がかかりそうだ。

 

「い、いろいろと考えてくるじゃないか──」

 

 宝玄仙は呆れて言った。

 これだと、まともに脱がそうとすれば、最初の宝玄仙の番は、この革の下着を脱がすだけで終わるかもしれない。

 

 

「これも禁止されてはいませんでしたからね……。ねえ、白象殿?」

 

 沙那が白象に視線を向けた。

 

「事前に禁止されていないものは、許されているとみなすしかないわ」

 

 冷静な口調の白象が応じた。

 

「わ、わかっているよ……。だ、だけど、檻の中のわたしには、そういうものを事前に準備できないんだ……。やり口が狡いとは思わないのかい……」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 いずれにしても、全身の痒みは火のような激しさで宝玄仙に襲いかかっている。

 時間をかけている余裕はない。

 宝玄仙は沙那が革の下着で包んでいる乳房の上側の部分に手を伸ばした。

 そこは、肌が露出している。

 その肌の部分を指で触れてみた。

 

 すると、沙那の表情に安堵の色が浮かぶのがわかった。

 それまでも、沙那は比較的余裕のある笑みを浮かべていたが、その中にも少しだけ緊張はずっと浮かんでいた。

 しかし、それがさっと消滅した。

 どうやら、宝玄仙のやりようが想定内だと安堵したみたいだ。

 

 さっき、全身の快感の官能を凍結させる薬剤を飲んでいるとか言っていたから、いまの宝玄仙の指の肌に対する直接の刺激にも、なんにも感じなかったのだろう。

 それを確認することができて、沙那の表情に勝利への確信が浮かんだのがわかった。

 

 この性技勝負は宝玄仙の負けだ。

 この状況で沙那に勝利する方法はさすがに思いつかない。

 また、宝玄仙にも、それはわかる。

 

 いくら、宝玄仙でも、この性感勝負は不公平すぎるのだ。

 身体を感じなくさせた沙那に愛撫が通用するわけはないし、この怖ろしい痒みは、時間が経てば経つほど、宝玄仙を苦しめるに違いない。

 どうやっても、性技勝負に勝ち目はないということだ……。

 

 だが、宝玄仙の狙いは最初からそれではない。

 道術手には霊気が集められる。

 それだけが狙いだった……。

 

 沙那に掛けられている真言の誓い……。すなわち、「主従の誓い」……。

 だが、道術契約であるそれは、本来は沙那はどんな相手に対しても結ぶことはできない。

 単なる操心術であれば、沙那の身体に刻んでいる内丹印を利用することもできるかもしれないが、道術契約はそんな時限のものじゃない。

 道術遣いでない者が「真言の誓い」を結ぶなどあり得ない。

 それを可能としているのは、沙那の身体に宝玄仙の「魂の欠片」があり、それが沙那の全身にふんだんな霊気を満たしているからだ。

 それが沙那をして、道術遣いと同様の条件を作っているに過ぎない。

 

「いくよ、沙那……」

 

 宝玄仙もまた勝利を確信した。

 沙那の顔に不審の表情が浮かんだ。

 

「なに──?」

 

「えっ?」

 

 声は沙那ではない。

 勝負を見守っている小白象と白象の両方から放たれたものだ。

 霊気の籠った宝玄仙の道術手が、沙那の胸の上の中に深く沈んだからだ。

 次の瞬間、すでに、道術手は沙那の身体の外にある。

 その道術手の手の中には、数年間ずっと沙那の体内に埋まっていた宝玄仙の『魂の欠片』が握られている。

 

「ああっ、いやああああ──」

 

 沙那が大きな声をあげた。

 その眼が見開いている。

 

「わたしが言ったことをいちいち覚えているだろうね、沙那……?」

 

「あ、あの……その……こ、これは……ですね……。あ、で、でも……」

 

 すると沙那の顔がみるみる真っ蒼になり、がくがくと震えだした。

 みるみるうちに、沙那の全身から汗が噴き出す。

 冷や汗だろう。

 

「どうした、沙那……?」

 

 状況を読み込めていない小白象が不思議そうに言った。

 宝玄仙は道術手の念を解いた。

 沙那の前から道術手が消滅し、沙那の体内から抜いた『魂の欠片』は、宝玄仙の手もとに移動した。

 いきなり、沙那が立ちあがった。

 この時点で、沙那は道術を帯びないただの「人間」だ。

 「真言の誓い」の縛りどころか、それの源ごと沙那から消滅したということだ。

 

「あっ、沙那、なんで──?」

 

 小白象が声をあげた。

 沙那が肘掛けを離したからだ。

 この瞬間、宝玄仙の勝利が決まった。

 だが、沙那は脱兎のごとく、椅子から離れると、後ろの操作盤のある卓に飛びついた。

 素早い動きで沙那の指が動く。

 宝玄仙を囲んでいた道術封じの効果のある金網が上にあがりはじめた。

 

「な、なんでだ、沙那?」

 

「沙那?」

 

 小白象と白象が驚愕して立ちあがった。

 しかし、もう、遅い──。

 

 みるみるうちに、霊気の流れが周りから回復するのが宝玄仙にはわかった。

 まずは、自分を苛む痒みを『治療術』で一瞬で消滅させる。

 次に、呆然としている小白象を道術で金縛りにすると、その身体を宝玄仙の足元に滑り寄せた。

 

「うわっ、な、なんじゃ──?」

 

 小白象はなにが起きたかわからない様子だ。

 だが、すでに身動きできない小白象は、宝玄仙の足元だ。

 すでに、天井から再び道術封じの金網が落ちて来ないように、今度こそ、それにも備えた強い防護結界をかけているが、万が一、なにかに包まれても、これで小白象を人質にとれる。

 宝玄仙は、小白象の頭に手を伸ばして、その身体にあった霊気を全部発散させた。

 この状況で、小白象の身体の霊気をとめてしまう。

 これで、小白象は無力だ。

 その小白象の身体を片足で踏みつけて逃げないようにしてから、宝玄仙は下着と下袍をあげると身に着けているものを直しだした。

 

「ど、どういうことなのだ、沙那? なんで裏切ったのだ──」

 

 宝玄仙の足の下の小白象が叫んだ。

 

「やかましいよ、小娘──。さあ、捕えたよ──。じゃあ、誰からお仕置きをしようかねえ……」

 

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

「わ、わたしにも仕返しさせてください──。こ、心を操られてたんです──。きっちり、こいつにお仕置きします」

 

 宝玄仙の隣にやってきた沙那が叫んだ。

 

「やかましい──。お仕置きの対象に、お前が入ってないわけがないだろう。お前は最後だ。しっかりと覚悟しておきな、沙那」

 

 宝玄仙の言葉に、沙那の顔がさらに真っ蒼になった。








 新年のお喜びを申しあげます。
 次話が、7月1日から続いていた『三魔王の虜囚篇』の最終話となります。


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597 ふりだしに戻……らない。

「な、なんでじゃ──? 沙那、なんで裏切ったのだ──?」

 

 宝玄仙の足の下に移動させられた小白象(こはくぞう)が喚き続けている。

 白象は、突っ立ったまま、呆然とその状況を見守っていた。

 小白象には、あまりにもあっけなく終わった沙那の変心の理由が理解できないようだが、それは白象も同じだ。

 

 とにかく確かなのは、沙那が突然に態度を豹変させたということであり、それは、宝玄仙がなにかをすることによって、『主従の契約』という真言の誓いが解けたことが理由であることだ。

 それで、沙那は、本来の女主人である宝玄仙に対する忠誠を取り戻して、宝玄仙を監禁していた道術封じの檻を解除してしまった……。

 

 つまりは、そういうことなのであろうが、白象には、小白象の同意なしで沙那の心を縛っていた『主従の誓い』が解除されてしまったからくりがわからなかった。

 道術で他人の真言の誓いを解除させることなど不可能なはずだ。

 しかし、現実に、眼の前で起きたことはそういうことだ。

 一体全体、いま、なにが起きたのだろう?

 

「うるさいねえ、小娘……。すでにお前の身体からは、霊気を抜き取ったよ。もう雁字搦めにした道術の縄から抜け出す方法はないはずだ。諦めな。そして、小娘の分際で身の程知らずにも、この宝玄仙に敵対しようとした酬いを受けな」

 

 宝玄仙が笑った。 

 そして、その宝玄仙がちらりと白象を見た。

 びくりとしたが、白象については問題ないと思ったのか、すぐに宝玄仙は視線を足元の小白象に戻した。

 いずれにしても、白象の霊気では宝玄仙の敵ではないのはわかっている。

 白象にも抵抗の意思はない。

 

「沙那、なぜなのだ? わらわをなぜ裏切った?」

 

 小白象はまだ叫んでいる。

 その顔は悲痛だ。

 小白象は沙那の心変わりが信じられないというよりは、信じたくないようだ。

 

「本当に小うるさい娘だねえ……。ちょっと、黙ってな」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、小白象の声がぴたりととまった。

 どうやら、小白象の口が閉じて開かなくなったようだ。

 

 それにしても、宝玄仙は、沙那になにをしたのだろう……?

 宝玄仙は、沙那の身体からなにかを抜いた……。

 その途端に、沙那の態度が一変した……。

 沙那に、なにか仕掛けがあったのか……?

 

 白象は改めて沙那を見た。

 沙那は、まだ、操作盤に位置で立ったまま蒼い顔をして震えている。

 そのとき、白象はなんとなく、沙那に対する違和感に気がついた。

 

「霊気……?」

 

 すぐには、その違和感の正体がわからなかったが、それがなにであるかは、すぐにわかった。

 沙那がずっと帯びていた霊気がまったく消滅しているのだ。

 そういえば、宝玄仙が沙那の身体からなにかを抜いたときに、沙那がずっと帯びていた霊気が一瞬にして消滅したような……。

 沙那の身体からなにを抜いたのだろう……?

 白象は、宝玄仙が手に持っているものに眼をやった。

 もの凄く高い霊気の結晶体だ。

 

「魂の欠片……?」

 

 思わず呟いた。

 あれを沙那から抜いたのか……?

 

 そう言えば、宝玄仙の操る道術手が沙那の体内に一瞬だけ沈んだように見えた。

 あれは、『魂の儀式』の道術だったかもしれない……。

 

 『魂の儀式』とは、道術遣いの魂を入れたり抜いたりする道術であり、道術遣いの『魂の欠片』を出し入れする超高等道術だ。

 白象は、金凰魔王がそれを操るのを見ているので、その道術を見知っているが、おそらく、そうだと思う……。

 つまり、沙那の身体の中に『魂の欠片』が置いてあり、それが抜き取られたということか……?

 

 そのとき、白象は脳天を打たれたような衝撃を感じた。

 突然、頭にからくりが浮かんだのだ。

 

「ああっ、そういうことだったのね──。沙那はただの人間なのね──」

 

 白象は大きな声をあげてしまった。

 つまりは、単純な話にすぎない。

 真言の誓いは、原則として、亜人や道術遣い、すなわち霊気を帯びる者のみにしか行えない──。

 これは、道術原則の基礎中の基礎だ。

 

 例外は、『結婚の儀』と呼ばれる真言の誓いであり、これについては、両者の魂が混ざり合うという行為なので、片方が道術遣いであれば、もう一方が霊気の帯びない人間であっても、真言の誓いと同じ効果が刻まれる。

 但し、この唯一の例外を除けば、真言の誓いは双方の当事者が霊気を帯びた存在でなければ成立しない──。

 

 真言の誓いとは、道術を扱う者が帯びる霊気……。

 つまり、それぞれの霊気を帯びる魂と魂の結びつきだ。

 だから、そもそも霊気を帯びていないただの人間には、真言の誓いを結びつけるものが存在しないのだ。

 沙那は、なんらかの手段によって、霊気を強引に帯びさせていた“ただの人間”だったのだ。

 

 亜人社会には、霊気を帯びていない者などいないから、白象も沙那が霊気を帯びていたのを当たり前のように思っていたが、人間では霊気を帯びている方が珍しいと聞く。

 沙那もそういう当たり前の人間のひとりであり、おそらく、あの『魂の欠片』を体内に入れることで、強引に霊気を帯びさせていたのだと思う。

 宝玄仙がやったのは、その仕掛けを取り除いて、沙那を本来の人間に戻すことで、真言の誓いの前提を外してしまったのだ。

 すると、宝玄仙がにやりと白象に微笑かけた。

 

「まあ、そういうことさ、白象……。沙那は人間だよ。しかも、道術遣いの素質の片鱗すらないね……。その沙那に、わたしはずっと長いあいだ、わたしの『魂の欠片』を入れて、無理矢理に霊気を帯びさせていたのさ……。だから、この小娘は、沙那と『主従の誓い』という真言の誓いを交わせることができたが、実際には、沙那はただの人間だから、本来は真言の誓いは不可能だ」

 

「そういうこと……」

 

「ああ……。わたしがこの『魂の欠片』を沙那の中に入れていたために、それができただけのことでね。つまりは、小娘との真言の誓いを結んだのは、この欠片と結んだだけの話であり、沙那の本来の魂は純粋のままだったということだよ。そして、いま、こいつから、真言の誓いを刻まれた部分を取り出してしまったので、この馬鹿垂れは、やっと正気に戻ったのさ。まあ、もともと、『魂の欠片』は、こいつにとっては異物だ。真言の誓いを結んでいる魂の部分を抜き取っても、なんの問題もないしね」

 

 宝玄仙は、『魂の欠片』の結晶体をかざしながら言った。

 

「さて、沙那、こっち見な……」

 

 そして、まだ、卓のところで蒼い顔をして震えている沙那に視線を向けた。

 沙那の身体が、びくりと動いたのがわかった。

 その沙那の視線が凍りついたように宝玄仙に向ける。

 沙那の表情には、完全な怯えが映っている。

 余程、宝玄仙のことが怖ろしいらしい。

 この白象宮にやってきて以来、気の強い沙那のあれほどの怯えた姿は初めてだと思う……。

 

「あ、あの、ご主人様……。こ、これはですね……。その……その……」

 

 沙那は懸命に言葉を探しているようだが、舌まで震えているのか、うまく喋ることもできないようだ。

 沙那の怯えが心からのものであることがわかる。

 

 そして同時に、『主従の誓い』という縛りがなくなった沙那は、やはり、白象宮や小白象など、まったく眼中にもないようだ。

 沙那がさっきから見ているのは、ひたすらに宝玄仙だけだ。

 宝玄仙の足元で床に転がされている小白象のことなど一瞥すらしないし、沙那に対する小白象のさっきの悲痛な声も、まるで聞こえていないかのようだった。

 

 白象は大きく息を吐いた。

 所詮は偽物の心だ……。

 本物の心にはかなわないか……。

 やっぱり、白象宮に残りたいとか、宝玄仙たちと別れたいとかいう言葉は、『主従の誓い』が産み出した作り物の感情だったようだ。

 

「どうしたんだい、沙那? なにか言いたいことがあるなら聞いてやるよ……。口がきけるうちに、なんでも言い訳しな──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あの……で、でも……だって……」

 

 沙那はしどろもどろだ。

 

「なかなかに愉しかったよ、沙那……。まあ、いろいろとやってくれたじゃないかい……。床電撃……、蒸気地獄……おまけに性技勝負では、まあ、凝った小細工をしてくれたねえ……。全部、お前の知恵なんだろう、沙那……?」

 

「うっ……。も、申し訳ありません……、い、いえ……そうです……。わたしの知恵です……。あ、あのお許しを……。い、いえ──。そ、そうだ──。あれは遊びです──。いつもの……」

 

 沙那が作り笑いをしながら言った。

 

「遊び?」

 

 宝玄仙が怪訝な表情になった。

 

「そ、そうです──。遊びです──。いつもやるじゃないですか。ほらっ、お互いに攻守入れ替えて嗜虐したり……。あれですよ。あれ……。わ、わたしがご主人様を責めたのは遊びです──」

 

 沙那が言った。

 すると、宝玄仙がにやりと笑った。

 横で見ている白象でさえも、ぞっとするような微笑だった。

 沙那が硬直した。

 

「……わかった……。遊びかい……。お前の言いたいことはそれだけだね……。賢しい沙那……。なかなかの根性じゃないかい……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご、ごめんなさい──」

 

 沙那がいきなり動いた。

 さっき身体の中から『魂の欠片』を抜いたから、沙那の服ははだけたままだったが、そのままの姿で、沙那は宝玄仙の足元にひれ伏した。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様──。この通りです──」

 

 沙那が宝玄仙の足元に土下座をした。

 

「さて、沙那……。一応は、金網の檻を解除したのは褒めてやるよ……。ただし、褒めるのはそれだけだ──。もちろん、なにからなにまで、覚えているんだろうねえ……? 『主従の誓い』は心を縛るだけで、別に記憶を失くすわけではないからねえ……」

 

 今度は宝玄仙が沙那に視線を向けた。

 

「わ、わかんないんです……。な、なんであんなことをしたのか……。なんで、あんなこと思ったのか……。で、でも、わたしは、みんなと一緒に……ご主人様と一緒に旅がしたいです……。お許しください──」

 

 沙那が頭をさげたまま、まくしたてた。

 すると、怒ったような表情だった宝玄仙から、すっと怒りの表情が消えた。

 おそらく、沙那の言葉に満足したに違いない。

 そして、同時に、宝玄仙の顔に浮かんだのは、心からの安堵の表情だった。

 その変化は一瞬だけだったので、宝玄仙の足元にいる沙那にはわからなかったと思うが、それは確かに、宝玄仙の安心したような嬉しそうな顔だった。

 

 もしかしたら、宝玄仙としても、不安だったのかもしれない。

 『主従の誓い』の影響だと思っていても、その真言の誓いが解除されて、沙那の心が宝玄仙に戻るかどうかの保障はないはずだったからだろう。

 しかし、沙那の心には、実際にはまったくの揺るぎもなかったようだ。

 沙那は一瞬の躊躇もなく、小白象を見捨てて、宝玄仙を助ける行動をとった。

 小白象としては、衝撃だっただろうが、沙那は迷う素振りも見せなかった……。

 このふたりの絆は、それだけ、もともと強かったということだろう。

 その沙那の心を不当にも小白象は強引に自分へ忠誠心を抱くように捻じ曲げてしまったのだ。

 

 小白象の罪は重い……。

 

 白象は、必死の態度で宝玄仙に謝罪をしている沙那を見て、つくづくそう思う。

 小白象にしても、白象にしても、こんなに強く心が結ばれている主従の仲を裂こうとしていたのだから……。

 

「まあ、お前が一緒に旅がしたいというなら、それは許してやってもいいさ……。この小娘に心を操られて、このわたしを嵩にかかって責めたててきたときには、くそ生意気なその態度は、絶対に許さないと思ったものだったが、操りが解けた瞬間に神妙な態度になったのはいいさ……」

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 沙那が床に頭をつけたまま叫ぶように言った。

 その口調には、媚びを訴える響きがある。

 あの沙那がこれほどに、宝玄仙を恐れるのかと少々呆れてしまった……。

 

「すぐに檻を解放してわたしを解放し、こうやって謝罪の態度を瞬時に取ったのも評価していいだろうね……。だが、それは、八つ裂きにするほどの罰を与える程の予定が、その一歩手前で許してもいいという気分になっただけの話だ……。覚悟はいいだろうね、沙那……」

 

 宝玄仙が作ったような怒りの表情に戻って言った。

 

「ひっ」

 

 沙那が土下座をしたまま竦みあがるのがわかった。

 

「……い、いえ、どうか罰を与えてください……。で、でも、どうか、これからもみんなと一緒に……」

 

 沙那は、まだ頭を床にさげたままだ。

 

「まあいいよ……。だけど、そんなに言うなら、早く謝ったらどうなんだい、沙那……? お前、さっきからちっとも謝らないじゃないかい──」

 

「えっ……」

 

 沙那がちょっとだけ顔をあげた。

 きょとんとした顔をしている。

 宝玄仙は、小白象を踏んでいた足を離すと、その足を足元でひれ伏している沙那の頭に載せた。

 どんという音がして、沙那の額が床にぶつかった音がした。

 

「うぐっ」

 

 沙那が大きく呻いた。

 強く頭を床に打ったようだ。

 

「許して欲しければ、ちゃんと謝るんだよ、沙那──。許すかどうかは、ちゃんとした謝罪の態度をとってからだろう……。そう思わないかい、沙那……? いつから、わたしの供は、服を着たまま、わたしに謝罪するようになったんだろうねえ……? ちょっとばかり操られて、わたしへの忠誠心を失ったら、わたしへの謝り方も忘れたのかい、沙那?」

 

 宝玄仙がそう言って、沙那の頭の上に載せていた足を除けた。

 沙那ががばりと上体を起こした。

 すぐに身に着けているものを脱ぎ始める。

 だが、上着と下袴を脱いだところで、はたとその動きがとまった。

 沙那は、宝玄仙との性感勝負のために、脱ぐのに時間がかかる紐のたくさんついている革の上下ひと繋ぎの下着を身に着けている。簡単には脱げないのだ。

 

「どうしたんだい……? ああ、これは簡単には脱げないのかい──。白象、なにか切断するものを貸しな──」

 

 宝玄仙がこっちを見た。

 白象は下袍の下に隠していた護身用の短剣を宝玄仙に渡した。

 

「ほらよ」

 

 宝玄仙が沙那に短剣を手渡すと、沙那は革の下着の紐の部分を次々に切断して、素っ裸になった。

 

「も、申し訳ありません、ご主人様」

 

 沙那が全裸で土下座をした。

 すると宝玄仙が舌打ちした。

 

「ちっ、やっぱり、道術陣を使っても、薬剤の影響でお前の性感が停止したままかい。こらっ、沙那。この薬剤はいつ元に戻るんだい? お前へのお仕置きができないじゃないかい──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 おそらく、いま、沙那の身体に道術を送ろうとしたのだろう。

 沙那の身体は、宝玄仙の性感勝負に対抗するために、一時的に身体の感覚を凍結させてしまっている。

 宝玄仙は道術でその影響を消そうとしたが、できなかったに違いない。

 

「お前が飲んだ仙薬は、いつ効果が戻るんだと訊いているんだよ、沙那──?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「ま、丸一日です」

 

「一日──? だったら、明日までお前のお仕置きはできないということじゃないかい──。仕方ない──。だったら、お前への罰は、明日まで保留だよ──」

 

 宝玄仙が舌打ちした。

 

「は、はい……」

 

 沙那がちょっとだけほっとしたような表情になった気がした。

 

「まあいい……。じゃあ、お前、もう一度、卓の操作盤に行きな……。檻をもう一度おろすんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、なんでですか?」

 

 沙那が顔をあげてきょとんとした表情をした。

 すると、宝玄仙がどんと足を床で踏んだ。

 

「ひっ」

 

 沙那がまた、びくりと身体を震わせた。

 

「わたしに命令されたら、お前はただ言われたことをすればいいんだよ──。いつから、わたしの命令を問い返していいような偉い身分になったんだい──? こらっ──」

 

「わ、わかりました──」

 

 沙那が裸のまま、慌てたように立ちあがって、操作盤に戻った。

 

「さて、待たせたね、小娘……。お前の出番だよ……。蒸し地獄の床と痒み棒の張形、媚薬の水浴び、そして、自分を寸止めする責め──。なかなかのものだったよ。それを味わわせてやるよ……。そうだ。ついでに、床電撃も追加だ──。のたうち回りな──。沙那のお仕置きが始まる明日になったら、檻から出してやる。それまで、じっくりとこの宝玄仙に立てついた酬いを受けな──。それが終わったら、本格的な仕返しを考えてやる」

 

 宝玄仙は小白象を部屋の真ん中に蹴り転がした。

 

「んんんっ──」

 

 床を転がった小白象が、腰を蹴られた痛みで顔をしかめた。

 

「じゃあ、身体の拘束と閉じていた口を戻してやるよ、小娘──。沙那、檻をおろしな」

 

 宝玄仙が沙那のいる操作盤まで歩きながら言った。

 檻が音をたてて落ちた。

 沙那もまたまったく躊躇の様子は示さなかった。

 いまの沙那が、小白象に対してどんな感情を抱いているかわからないが、少なくとも、宝玄仙の機嫌を損ねてまで、小白象を庇う気持ちは皆無のようだ。

 

「な、なんじゃ──?」

 

 やっと立ちあがった小白象は、まだ呆然としている。

 

「さて、お前がどのくらいの時間で、自分で服を脱ぐのか愉しみだよ、小娘──。沙那、蒸し地獄だ」

 

「は、はい」

 

 沙那が操作盤を動かした。

 檻の中の床の全面から音をたてて、熱い湯気が吹き出しだした。

 

「う、うわっ──。ひいっ──」

 

 小白象が泣き声をあげた。

 白象は決心した。

 こうなることを見越して準備してあったものを発動することにしたのだ。

 

 白象は、小白象に向けて道術を飛ばした。

 小白象の服には、あらかじめ『道術紙』を隠し入れている。

 それを発動させるだけなので、霊気の弱い白象にも十分に大きな霊気を刻むことができる。

 檻の中の小白象が消滅した。

 

 『道術紙』であらかじめ刻んでいた『移動術』が発動したのだ。

 檻の中にいる者は、道術を刻むことはできないが、逆に外からはいくらでも道術をかけることはできる。

 

「な、なんだい──?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「申しわけないわ、宝玄仙殿……。小白象は魔王なの……。罰を受けさせるわけにはいかないわ……。娘のやったことは、わたしが代わりに酬いを受ける。それで許して」

 

 白象は言った。

 

「お、お前が、あの小娘をどこかに跳ばしたのかい──? ちっ──。しまったよ……。どこにやったんだい、白象──。別に娘を殺しはしないよ。ちょっとばかり、反省させるだけだ──。娘を出さないと、この白象宮を潰してしまうよ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「……存分にしていいわ、宝玄仙殿……。このわたしの身もね……。だけど、小白象は渡せない……。あの娘が未熟であり、いろいろと罪深いことをしたことは認めるわ。謝罪もする……。だけど、あの娘は、この領地に君臨する魔王なの。あなたに渡すわけにはいかない──。このわたしの身を差し出すわ。気の済むまで仕打ちしていいわ──。殺したければ殺してもいい」

 

 白象はきっぱりと言った。

 金凰軍を潰し、金凰魔王や金凰妃を一瞬で殺したほどの宝玄仙だ。

 抵抗には意味はない。

 

 だが、小白象は守らねばならない……。

 白象の覚悟は決まっている。

 小白象だけは守らなければ……。

 

 いずれにしても、もう、白象の力では小白象は呼び戻せない。

 小白象を避難させたのは、塩の谷の長の蔡福人(さいふくじん)という部族長のところだ。

 そこには、小白象の年齢に近い娘もいるらしく、万が一の際には、一箇月ほど小白象は滞在する手筈になっている。

 小白象には、そういう手配をしたのは教えていなかったが、向こうで事情を知るだろう。

 ついこのあいだまでは、金凰魔王の呪いと呼ばれる広域道術があったので、この地における『移動術』が制限されていたのだが、それが消滅したので、こういうこともできるようになったのだ。

 

「ちっ──。仕方がないねえ──。いない者に仕返しはできないしね……。まあ、お前に免じて娘にはなにもしないでおくよ、白象──。ただし、これは貸しだ。あの小娘に言っておきな──。この宝玄仙に対して、貸しがひとつだとね──」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、ずっと持っていた『魂の欠片』をすっとかざした。

 次の瞬間、凄まじい霊気の衝撃波が襲った。

 なにが起きたかわからなかったが、宝玄仙が持っていた『魂の欠片』を霊気に戻して消滅させたのだとわかった。

 『魂の欠片』というのは、霊気の凝縮体でもあり、あの『道術石』と同じものだ。

 だから、それを霊気に還元すれば、『魂の欠片』は消滅する。

 固まっていたものが、自然の中に放出されたために発生したのが、いまの風圧だ。

 

「……白象、これで、お前の娘が沙那と結んでいた真言の誓いの対象は消滅した……。つまりは、もうこれで、あの小娘が望んでも『主従の誓い』は解除できない……。沙那という女は、わたしのものだから取りかえさせてもらうけど、その『真言の誓い』があの小娘の魔王としての性質にいい影響を与えていると、お前が言うのであれば、それはそのままだということだ──。お前に免じて、白象宮も、お前も許してやるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「宝玄仙殿……」

 

 白象は呟いた。

 確かに、これで小白象の心は、真言の誓いにより部下を受け入れるという気持ちを抱いたまま維持される。

 その対象である沙那を失った喪失感はつきまとうだろうが、ほかにも百眼女とも『主従の誓い』を結んでいるようであるし、これからも魔王として、部下を受け入れるという気持ちはそのまま残るだろう。

 

「あ、ありがとう……」

 

 白象は頭をさげた。

 しかし、もう宝玄仙は白象を見ていなかった。

 

「さて、行くよ、沙那」

 

 宝玄仙は、卓のところにあった細い鎖を見つけると、沙那の首に元々ついていた首輪にそれを結びつけた。

 

「い、行くってどこにですか、ご主人様──?」

 

 沙那は当惑している。

 

「いいから、腕を後ろに回しな。背中側で組むんだ──。拘束具はないけど、この宝玄仙の命令は、なによりの拘束具のはずだ。わたしの命令なしに、その腕を離すんじゃないよ──」

 

 宝玄仙はぐいと沙那の首輪を引っ張った。

 沙那は素裸で両手を自ら後ろに回したまま、慌てて宝玄仙の引っ張る鎖の方向に歩き出す。

 

「ど、どこに行くんですか、ご主人様──。ちょ、ちょっと、お許しを──」

 

 沙那が首輪で引かれながら悲鳴をあげた。

 

「どこって、折角の魔王宮だしね。いろいろと見物させてもらおうと思ってね。ちょうどいいから、お前、案内しな──」

 

「あ、案内って、こ、この姿で──。か、勘忍してください──。ご主人様、お願いです──」

 

 沙那がまた蒼い顔をになって悲鳴をあげた。

 しかし、強引な抵抗はしないようだ。

 へっぴり腰で躊躇している姿のものの、首輪で引っ張られれば足も進めているし、両手も背中で組んだままでいる。

 

「言っておくけど、沙那──。宮殿中を裸行進するのは、罰のうちには入らないからね。お前への罰は仙薬の影響がなくなるまで保留だ──。いずれにしても、お前が小白象の家来じゃなく、この宝玄仙の奴隷であることを示しておくのに、いい機会だ──。とりあえず、孫空女を監禁してある場所に連れていきな。その後は、この宮廷で一番賑やかなところだ──。たっぷりと恥ずかしがりな──。ほらっ」

 

 宝玄仙が嫌がる沙那を強引に引っ張って、廊下に出る扉を開けた。

 そして、出ていく。

 

「あっ、待ってください──」

 

 慌てて、白象はそれを追った。

 

 

 *

 

 

 旅の空だ。

 白象宮を出立してから四日ほどが経っていた。

 すでに獅駝(しだ)嶺と呼ばれる山岳道は終わっている。

 獅駝の城郭は、もう目と鼻の先だ。

 

 沙那は、いつものように、先頭を歩く孫空女と宝玄仙の後ろから最後尾を歩いている。

 これで、朱姫が合流できれば、すべて元通りというところだ。

 もっとも、なにもかも元通りというわけでもない。

 

「ねえ、ご主人様、やっと戻ったという感じもするけど、結局のところ、獅駝の城郭であたしらが捕まってから、まだ約一箇月というところなんだね……。たけど、随分と時間が経った気がするよね」

 

 孫空女が歩きながら陽気に言った。

 

「やっと、ふりだしに戻ったというところかね……。まあ、朱姫を見つけないことには、本当のふりだしとは言えないだろうけどね」

 

 宝玄仙だ。

 

「とにかく、城郭に入ったら、孫空女とふたりで聞き込みをしてみます。魔王宮に朱姫が移送されたという事実はなかったのですから、朱姫はここにいると考えるべきなんでしょうけど、もしかしたら、なにかあったのかもしれません……。この城郭の暫定の司政官になっている李媛(りえん)殿に会うことができれば、なにかわかるとは思いますが……」

 

 沙那は言った。

 

「李媛という女司政官は知らないが、いい土産も白象宮で手に入ったし、朱姫の捜索に協力させればいいさ」

 

「あんなもの土産になりませんよ、ご主人様……。噂では、その李媛殿は獅駝復活の英雄だそうですから、変なことはやめてくださいね……。とにかく、わたしが朱姫の捜索を仕切りますから」

 

「わかった、わかった」

 

 宝玄仙は笑った。

 結局のところ、白象の協力でわかったのは、朱姫はどの亜人宮にも移送はされていないという事実だ。

 沙那や孫空女や宝玄仙が、亜人領に移送されたのに対して、朱姫は、ずっと獅駝の城郭に留まらせられていたと考えられる。

 しかも、いまは、暫定の司政官になっているらしい李媛や、その娘の李姫(りき)と一緒に監禁されていた気配だ。

 

 そして、この獅駝の城郭で、人間族の叛乱があり、一時的にこの城郭を支配していた青獅子やその部下たちの多くは殺された……。

 その叛乱に朱姫は関わっていて、亜人軍の掃討の一役も担った……。

 

 白象宮は、そのときに生き残った青獅子軍を自軍の一部として取り入れる工作を進めていたので、獅駝の城郭の叛乱から脱出した青獅子軍の将兵からの聞き取りで、そこまでのことはわかったのだ。

 だから、朱姫は、かなり早い時期に亜人軍の支配から脱したことになる。

 しかし、それからどうなったかがわからない……。

 

 朱姫の首にも宝玄仙の道術で追跡できる機能があるのだが、宝玄仙がそれで追いかけられないのだ。追跡機能が解除されているというのは、意図的にそれがなされたということなので、つまり、朱姫になにかあったのかもしれない……。

 

 少なくとも、青獅子軍が獅駝の城郭から掃討されたのが半月前なので、朱姫はそれ以降、行方不明ということになる。

 朱姫が解放されてから、すぐに金凰宮か白象宮に向かったとすれば、時間的にとっくに、なんらかの接触があってもおかしくないのだが、それはない。白象にも大掛かりな道術も遣った可能な限りの亜人領の捜索もしてもらったのだが、そもそも、朱姫が魔王領のどこかに入り込んだ形跡は皆無だ。

 

 沙那は、朱姫は亜人領側にはやってこなかった可能性が高いと判断した。

 亜人領で探れることは、それ以上はない。

 朱姫と一緒に捕らわれていた李媛や李姫が、健在であることはわかっているので、彼女たちに訊けば、なんらかのことがわかるとは思うのだが……。

 

「まあ、朱姫のことだから、この城郭の支配者になったその李媛や娘の李姫あたりをたらしこんで、遊んでいるんじゃないかねえ……。案外人懐っこい女だしね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あんなのは、人懐っこいとは言いませんよ──。お調子者の嗜虐好きなだけじゃないですか──。わたしは、あの朱姫が、まだ、この城郭に居座っているなら、李媛殿や李姫殿に無謀をしていないか心配です」

 

 沙那は言った。

 すると、宝玄仙が大きな声で笑った。

 

「本当にお前は朱姫が嫌いだよねえ、沙那……。だからこそ、お前への罰は意味があるというものさ──。とにかく、朱姫と合流したら、お前は朱姫に調教される五日間──。それが、これまで保留していたお前の罰だからね。その期間は朱姫の奴隷としてすごすんだ。わかっているね、沙那──。」

 

 宝玄仙が振り返って言った。

 

「は、はあ……」

 

 沙那はうな垂れて返事をした。

 朱姫から調教される五日──。

 

 それが、宝玄仙から申し渡された沙那への罰ということだった。

 だが、宝玄仙は、沙那の罰をずっと保留していたと言っているが、沙那としては十分に罰を受けた気持ちだ。

 

 宝玄仙を解放した直後に、素っ裸で白象宮を連れ回され、そのときに飲んでいた身体を無感覚にする薬剤の効き目が切れると、痒み剤にどっぷりと浸けられた服一式を身に着けることを強要されて、半日拘束されて放置された。

 そして、この道中のあいだ、夜になれば、ずっと無条件で沙那だけが拘束されて、宝玄仙と孫空女によるふたり責めだ。

 百回連続の絶頂責めというのも味わったし、逆に道術で絶頂を封じられた状態で、ひたすら昇天するだけの快感を与え続けられるという責めも受けた。

 

 いい加減に許してくれてもいいと思うのだが、まだ、宝玄仙は沙那の罰は保留だと言う。

 結局、沙那の罰は、朱姫が見つかり次第、その朱姫の調教を五日間受けるということになった。

 

 あの朱姫のことだ……。

 喜々として沙那への調教に取り組み、相当の無茶をするに決まっている。

 それに対して、沙那は一切の抵抗をしてはならないことになっている。

 いまから気が重い……。

 

 だが、どうすればよかったというのだ……。

 沙那は、小白香と名乗っていた小白象の『主従の誓い』に対して、一生懸命に抵抗した。

 だが、あの痒み責めには、もう屈服するしかなかったのだ。

 そして、屈服して『主従の誓い』をした瞬間に、自分が自分でなくなった。

 

 いまでも、そのあいだの時間については戸惑いしかない。

 『主従の誓い』に支配されているあいだ、確かに、沙那の心は小白象にあった。

 小白象に忠誠を誓い、生涯を捧げる気だった。

 宝玄仙や仲間について忘れたわけではなかったが、それらは、遠い過去の記憶のように、かすみのかかった存在として沙那の心から退けられた。

 

 いまは、まるで逆だ。

 小白象に対して、恨みがないといえば嘘になるが、一度は生涯をかけて仕える気持ちになった大切な存在として心に結ばれてもいる。

 ただ、それは遠い記憶としての思い出のようなものだ。

 この感情は少し説明しにくい……。

 

 いずれにしても、元に戻ってよかった。

 あのまま、偽物の忠誠心に心が捉われていたら、どうなっていたのだろうかと思うとぞっとする。

 

 それにしても……。

 そのために、宝玄仙には高い代償を払わせてしまった……。

 

 沙那の身体の中に置いていた宝玄仙の『魂の欠片』を消滅させてしまったのだ。

 あれは、小白象との契約のために、純粋なものではなくなったから、宝玄仙としては消滅させるしかなかったのだ。

 ともかく、宝玄仙の『魂の欠片』がなくなったいまの沙那は、まったく霊気を帯びていない。

 そのために、一切の霊具も遣えなくなってしまった。

 

 だが、それはいい……。

 

 それよりも、これからの危険な旅を考えれば、宝玄仙の命が万が一失われたときに、宝玄仙を復活させることができるものがなくなったということが、沙那にとっては大きな重みであり、心配事だった。

 

「ねえ、ご主人様、前にも提案しましたけど、わたしの中にご主人様の『魂の欠片』を復活して、そして、わたしと『主従の誓い』を結んでもらうというわけには……」

 

 沙那は言った。

 考えたうえでの結論だった。

 以前は、宝玄仙は、『魂の儀式』ができなかったが、あのとき、お宝の道術を一時的に自分の身体に取りいれるということをやったので、その道術が遣えるようになっている。

 だから、いまの宝玄仙には、あのときにお宝がやった、魂の分離の施術が可能であり、しかも、それを沙那に戻すということもできるのだ。

 そして、宝玄仙と『主従の誓い』を先に結んでしまう……。

 そうすれば、もうどんなに拷問されても、ほかの誰かと『主従の誓い』を結ぶことだってあり得ない。

 あのときの沙那は、誰とも『主従の誓い』を結んでいない純粋な状態だったので、小白象との真言の誓いを許してしまったのだ。

 

「却下」

 

 宝玄仙は歩きながらあっさりと言った。

 

「な、なんでですか、ご主人様──?」

 

「どうせ、もう、お前には道術はないんだ。誰とも真言の誓いは結べないよ。『結婚の儀』は別だけどね。あれは、ふたりの魂を併せたうえに、ふたりで分け合うという儀式なんだ。だけど、それ以外は心配ないさ。これからは、安心して拷問を受けな」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「で、でも、『魂の欠片』を入れても、『主従の誓い』を事前に結べば、今度は、誰かにそれを強いられることはありません。それよりも、ご主人様の『魂の欠片』が失われたままでは、ご主人様に万が一のことがあったときに……」

 

「いいんだよ──。わたしは、道術で心を操って服従をさせるというのは大嫌いなんだ。そんなのまったく面白くないしね……。心では精一杯反抗するけど、どうしても服従させられる……。そういうのがいいんだよ……。だから、わたしは、お前だけじゃなくて、孫空女の心も、朱姫の心も道術で束縛するつもりはないよ──。いままでも、これからもね」

 

「はあ……」

 

 沙那は頷くしかなかった。

 やがて、城郭の城壁が近づくにつれて、随分と街道を進み人出も多くなった。

 

「そういえば、あいつどうしかねえ……。長庚(ちょうこう)……。ほらっ、小さな調教師──。まだ、あいつへの調教師教育の途中だったけど、もう、この国の国都に戻ったかねえ? あの可愛い女奴隷と一緒に……?」

 

 宝玄仙が不意に言った。

 もう、城門は目の前だ。

 特に閉鎖されている様子はない。

 通行する者も自由に往来をしているようだ。

 

「ああ、そう言えば……」

 

 沙那も思い出した。

 その長庚を相手に、宝玄仙が調教師の手管を獅駝嶺の裾野の農村で教え込んでいるときに、沙那が鳥人の女にさらわれ、それを救出しにきた宝玄仙たちが、罠に嵌って捕らわれたのだ。

 

「あいつがいたとしても、あたしは教材にはならないよ。沙那にやってもらえばいいよ。どうせ、朱姫の調教を受けることになってんだし──」

 

 すかさず、孫空女が口を挟んだ。

 そう言えば、あのときの長庚の調教師教育のための教材として、裸で縛られていたぶられていたのは孫空女だった……。

 

「な、なによ、それ──。酷いわねえ、孫女」

 

 沙那は頬を膨らませた。

 

「まあ、いいじゃないかい。まあ、いずれにしても、朱姫だね……。でも、なんで連絡してこないのかねえ……」

 

 孫空女が肩を竦めた。

 城門を通過した。

 城門をすぎたところはちょっとした広場になっている。

 

 すると、いきなり、わらわらと眼の前に三十人ほどの男が立ちはだかって、周囲を取り囲んだ。

 まるで風に乗ってやってくるかのように、ぱっと出現したのだ。

 

 『移動術』だ──。

 しかも、これだけの人数が同時──?

 沙那はびっくりした。

 

「なんだい、お前らは?」

 

 孫空女は脚を止めて構えた。

 すでに、耳から『如意棒』を手に移している。

 宝玄仙と沙那は、孫空女のそのすぐ後ろにいる。

 しかし、後方も含めて、すっかりとその一団に取り囲まれてしまっていた。

 

「わたしは、一丈青(いちじょうせい)というものだ──。亜人軍に協力した罪により、お前たちを逮捕する」

 

 その中のひとりの若者が、突然にそう告げた。

 頭の上から網のようなものが落ちてくるのがわかった……。

 

 

 

 

(第9章「竜飛国(三魔王の虜囚篇)」終わり、第10章「竜飛(りゅうひ)国」(朱姫救出篇)」に続く)

 







 *


 朱姫救出篇については、章を変えて。第10章として投降します。
 なお、獅駝の城郭への移動間のエピソードが「515【番外篇】未亡人と恋の結末」の前段になります。
 では、お次の回のお愉しみ……。


 *


【西遊記:77回、獅駝(しだ)洞の三人の大王③】
(524「主従解散宣言」の後書きの続きになります。)

 妖魔の力を開放した金凰魔王、白象魔王、青獅子魔王によって、玄奘に続いて、孫悟空たちも捕らわれてしまいます。
 三魔王の洞府(棲み処)に連行されて拘束をされた四人は、さっそく孫悟空たちを食べてしまおうと三魔王が相談するのに接して焦ります。

 孫悟空は一計を企て、まずは拘束を解いて、自分の毛を抜いて自分の身代わりを作り、孫悟空自身については、孫悟空たちを釜焚きに変身します。
 そして、わざとぬるま湯のままにして時間を稼ぎ、三魔王が釜焚きの場所から離れた隙をついて、道術で魔王兵たちを眠らせて、ほかの三人の拘束を解いて脱走を図ります。

 しかし、洞府の外に出たところで三魔王に見つかってしまい、孫悟空を除く三人は再び三魔王に捕らわれてしまいます。
 孫悟空を取り逃がしたことで、いつまでも孫悟空につきまとわれないように、すでに玄奘を殺したという噂を流すことにします。
 捕らえている沙悟浄や猪八戒にも、玄奘はすでに死んだと嘘をつき、部下にもそう言い含めます。そして、玄奘については鉄の箱に隠してしまいます。

 果たして、孫悟空は、虫に変身をして再び洞府に入り込みます。
 すると、玄奘は三魔王が食べてしまったと魔王兵が話が耳に入ってきます。驚いて、沙悟浄と猪八戒が囚われている牢に忍び込むと、ふたりからも同じ話を聞かされます。
 衝撃を受けた孫悟空は、沙悟浄と猪八戒を救出するのも忘れて、洞府の外にひとりで飛び出していきます。

 玄奘が殺されたということを信じた孫悟空は、そのまま天界に向かい釈迦如来に面会を申し出ます。
 そして、玄奘の遺志を継いで、経文を受け取る旅を続けたいと如来に告げます。
 これに対して如来は、玄奘がまだ死んでいないことを孫悟空を教えます。
 さらに、三魔王の力を封じるために、普賢菩薩と文殊菩薩を孫悟空に同行させます。

 玄奘救出には、釈迦如来も加わり、孫悟空、普賢菩薩、文殊菩薩の四人で下界におりることになりました。
 孫悟空は、如来と菩薩たちを隠れさせて、洞府の前で三魔王を呼び出します。
 洞府の前に現れた三魔王は、普賢菩薩と文殊菩薩によって力を封じられて捕らわれます。
 三魔王のそのまま天界に連行されて、玄奘たちは救出され、一行は旅を再開します。


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第10章【竜飛(りゅうひ)国(朱姫救出)篇】
598 双子少女



 物語の時間は、「553 悪ふざけの代償」の最終場面で、朱姫が一丈青という道術師隊の女指揮官に捕らわれた後まで遡ります。
 朱姫は、摩耶(まや)華耶(かや)という双子の美少女姉妹とともに、竜飛国国都郊外の亜人収容所に移送されています。


 *








「ねえ、摩耶(まや)華耶(かや)……」

 

 朱姫は呼び掛けた。

 しかし、檻車の反対側の隅でうずくまっている双子姉妹は、朱姫の言葉など聞こえなかったかのように返事をしない。

 ただ、しくしくとすすり泣きながら、首輪の後ろに両手首を繋がれた不自由な身体をふたりで擦りつけ合うようにするだけだ。

 この檻車にいるのは三人だけなのだが、このふたりはずっと朱姫をここにいないかのように無視し続けている。

 摩耶と華耶という名だって、三人を輸送する兵がそう呼んでいたからわかっただけだ。

 朱姫は溜息をついた。

 

 竜飛国の国都の郊外に移動するらしい檻車の中である。

 その檻車に乗せられて二日目になる。

 

 檻車に監禁されている朱姫は、捕えられたときと同じ貫頭衣を身に着けていた。

 ただし、あちこちが千切れたり破れたりしてぼろぼろだ。

 最初に連行された獅駝(しだ)の城郭内の軍営でも、この檻車の中においても、さんざんに鞭打たれたからだ。

 また、両手両足は革枷で拘束されている。

 足枷は一尺(約三十センチ)の鎖で左右を繋がれ、手枷は首輪の後ろで金具に留められている。

 

 拘束具はそれだけだが、ほかに三人が履いている下袍の下に金属製の貞操帯をかけられていた。

 檻車に乗せられる直前に、獅駝の城郭の軍営で装着されたものであり、護送の途中で兵に犯されるのを防ぐためのもののようだ。

 実際、この貞操帯のおかげで、少なくとも、この檻車にいるあいだだけは、朱姫もふたりの少女も犯されることだけはされないでいる。

 もっとも、犯されないというのは、文字通り、女陰に男の性器を挿されないで済んでいるという意味だけのことだが……。

 

 いま頃、沙那や宝玄仙や孫空女はどうしているだろうか……?

 仲間は、獅駝嶺の山岳地帯の奥にある三魔王領と呼ばれている亜人領に連れていかれているはずであるが……。

 青獅子軍に占領されていた獅駝の城郭解放戦に参加して、朱姫も亜人軍の掃討にひと役買った。

 そのまま、すぐに三人を救出するために、朱姫も亜人領に向かうつもりだった。

 だがいま、朱姫は、その亜人領とは反対方向である竜飛国の国都に向かう檻車に乗せられている。

 囚人として、亜人専用の収容所に移送されているのだ。

 なんで、こんなことになったのか……。

 

 少しばかり、調子に乗ったせいだといえば、そのとおりなのだが……。

 

 あの青獅子軍に対する人間族の暴動が発生したとき、朱姫は李姫(りき)貞女(さだじょ)とともに、亜人の女調教師から性調教を受けいている最中だった。

 そして、青獅子の魔王宮となっていた李媛(りえん)の元屋敷にも、人間族の暴徒が入ってきたことで、朱姫は異変が起きたことを悟った。

 

 手記は、その混乱に乗じて女調教師を逆に拘束し、屋敷に侵入した暴徒と合流して、青獅子軍の将軍級の亜人を押さえるのにひと役買った。

 それから、暴徒たちと合流して、亜人軍の生き残りと戦いながら行方不明の宝玄仙を捜索していたので、安全な場所に隔離させていた李姫や貞女とは、そのまま別れ別れになった。

 

 だが、結局のところ、宝玄仙たちを見つけることはできなかったのだ。

 亜人軍の掃討も落ち着くと、宝玄仙たちが亜人領に移送されてしまった後だということを確認した朱姫は、すぐに追いかけることを決心し、ともかく、李姫と貞女に別れを告げるために、救出されたふたりがいる新しい屋敷を訪ねていった。

 すると、ふたりは、亜人軍を追い出した獅駝の城郭の新たな暫定の司政官となった李姫の母親の李媛とともに、行政府に間近い中規模程度の屋敷に移っていた。

 

 李姫と貞女と朱姫は、亜人軍に監禁されてともに調教されるあいだに、「親密な」百合の関係になっていた。すぐに朱姫も亜人領を追いかけようと思ったが、その前に別れの言葉を告げたかった。

 しかし、朱姫は、その屋敷に入れてもらえず、しかも、入口に近い詰所にやってきた李媛に冷たい言葉をかけられた。

 李媛は、朱姫が亜人と人間の相の子であることを知り、朱姫に侮蔑的な感情を抱くようになっていたのだ。

 この竜飛国では、相の子というのは、人間族からしても、亜人族からしても、中途半端で差別されるべき対象なのだ。

 

 李媛が朱姫に申し渡したのは、半妖風情が二度と李姫に近づくなということと、三日以内に獅駝の城郭を出て行けということだった。

 さらに、指示に従わなければ、亜人追放令により朱姫を捕縛するとまで言われた。

 青獅子軍を獅駝の城郭から掃討するにあたっては、朱姫の道術も少なからず活躍したはずだ。

 その褒賞をしろとまではいわないが、獅駝の城郭を占拠していた亜人たちと同じ扱いとして、追い払われるような扱いを受ける謂われはない。

 

 別段、宝玄仙たちがいないとわかっている獅駝の城郭には用事はなかったが、あまりにも腹がたったから、三日ではなく、四日目までいてやろうと思った。

 ついでに、禁止された李姫と貞女にも面会し、心置きなく別れもしてやろうと思った。

 心置きのない別れというのは、つまりは、嗜虐のことだ。

 三人のあいだでは、ただの百合の関係というだけではなく、朱姫が主導的な嗜虐の性の関係だったのだ。最後の最後に、別れの責めをしてから、朱姫は沙那や宝玄仙たちを追いかけようと思った。

 

 それがよくなかった……。

 

 計画のとおり、三日目になんとか李媛の屋敷の潜入することに成功し、貞女や李姫と最後の別れをした。

 もちろん、朱姫流の別れだ。

 貞女にも、李姫にも、二度と忘れることができないくらいの激しい責めをしてやった……。

 だが、それが運の尽きだったのだ……。

 身から出た錆とでもいうべきか……。

 

 朱姫は知らなかったが、実は朱姫には、ずっと李媛の手配した手の者が身辺を見張っていたらしいのだ。

 それで、最後の夜に、朱姫が李媛の娘の李姫を破廉恥な姿で夜の城郭に連れ回して嗜虐したのがばれた。

 

 李媛は激怒した。

 そして、たまたま、王都からやってきた道術師隊に朱姫を捕らえさせて、竜飛国の国都の郊外にある亜人収容所送りにしたのだ。

 そのとき、朱姫は、一丈青(いちじょうせい)という道術師隊の女隊長によって、その場で額に石を埋められた。

 それは、朱姫の道術を封じるものであり、しかも、得意の『縛心術』さえも封じられてしまった。

 道術を遣わない読心術でさえも、ほとんど動かなくなった。

 朱姫には、逃亡の手段が奪われてしまったのだ。

 

 また、朱姫は宝玄仙から与えられた首輪をしており、それは宝玄仙が朱姫を『移動術』で追ってこれるための追跡機能がついてたのだが、その機能を破壊された。

 そして、朱姫を捕らえた道術師隊によって軍営に連れていかれ、収容所行きのこの檻車に放り込まれたのだ。

 

 そのとき、一緒に檻車に入れられたのが、目の前の摩耶(まや)華耶(かや)という双子の美人姉妹だ。

 角があるとしても、小さくてほとんど隠れているらしく、亜人には見えないものの、彼女たちもまた、朱姫と同じように亜人収容所に連れていかれるのだから、亜人なのだろう……?

 とにかく、なにも喋らないのでわからない。

 

 年齢は十六くらいだろう。

 朱姫は実際には二十に近いが、宝玄仙に身体に刻まれた道術陣の影響で、見た目の年齢が停止してしまっているので、このふたりも朱姫のことを同じ歳くらいだと思っているだろう。

 それはいいのだが、なぜか朱姫のことを敵視しているみたいに、口を開かない。

 警戒している気配であり、話しかけてもふたりの世界に入り込んだように、朱姫に心を開かない。

 朱姫はもう一度深く嘆息した。

 そのとき、檻車ががくりと揺れて静止した。

 

「ひいっ、華耶……」

 

「摩耶……」

 

 すると、ふたりが怯えたように声をあげた。

 檻車はだいだい三刻(約三時間)に一度停まる。

 すると、決まって輸送に当たっている兵が檻車に入ってくるのだ。

 それを怯えているに違いない……。

 

 檻車の扉がどんと外から叩かれた。

 首の後ろに両手を繋げられた不自由な身体で朱姫は立ちあがって、扉に遠い壁に背中をつけるように移動した。

 摩耶と華耶も同じようにしている。

 それが、護送にあたっている兵から命じられている態勢なのだ。

 がらりと檻車の扉が開いた。

 入ってきたのは、三人の兵だ。

 

「へへ、半刻(約三十分)の休憩だ……。ちゃんと、三人いるな……」

 

 兵の中のひとりが言った。

 その顔には卑猥な表情が浮かんでいる。

 反吐が出そうだ。

 

「見てのとおりよ……」

 

 朱姫は不貞腐れたように言った。

 すると、さっきの兵が手に持っていた革鞭でぴしゃりと床を叩いた。

 

「ひいっ」

 

「ああっ……」

 

 華耶と摩耶の顔が真っ蒼になり、その顔が恐怖の色で染まった。

 

「なんだと──。その口の利き方はなんだ──」

 

 そして、朱姫に向かって、その鞭の先端が勢いよく飛んできた。

 

「くっ」

 

 腰の横に鞭が炸裂して、貫頭衣の下袍《かほう》部分の一部が避けた。

 朱姫はその激痛に顔をしかめた。

 

「……しゅ、囚人三名、異常ありません……。こ、これでいいの──」

 

 朱姫は強要された言葉を大きな声で告げた。

 しかし、鞭は再び飛んでいた。

 今度は下袍の下の脚が剝き出しになっている部分を弾いた。

 しかし、朱姫は今度は歯を喰いしばって悲鳴を耐えた。

 

 だが、朱姫が鞭打たれたことで、横のふたりの泣き声が大きくなった。

 鞭打たれたのは自分だと朱姫は言いたかったが黙っていた。

 このふたりは朱姫よりも少し早く、獅駝の城郭に連行され、そこでかなり酷い目に遭ったようだ。

 それですっかりと、自分たちを捕らえて亜人収容所に護送するこの兵たちを怯えきっているのだ。

 そして、泣いてばかりだ。

 

「よし、三名異常なし……。じゃあ、いつもの通りだ──。しっかり、やれ──。できなければ、鞭打ちだ──」

 

 三人の兵の後ろの檻車の扉ががらがらと閉じられた。

 檻車は閉鎖され、三人の兵と朱姫たち女囚の三人の合計六人だけになった。

 

「早くしてよ……」

 

 朱姫は跪いて兵たちの一物を口で奉仕する体勢をとった。

 これが、この亜人収容所までの護送のあいだ、休息のたびに強要されている行為であり、一回の休憩ごとに、三人の兵がやってきて、ひとりずつ口で奉仕をするのだ。

 嫌がって拒否する素振りを見せれば、鞭で死ぬほど叩かれる。

 一番最初のときには、思い切り拒否して、この移送を指揮している将校らしき男にかなり激しく鞭打たれた。それだけではなくて、額に埋められている小さな石による拷問も受けた。

 

 この石は単純に朱姫の道術を封じているだけでなく、兵たちが持っている操作具でいくらでも激痛を与えられるらしいのだ。

 そして、朱姫が口の奉仕を嫌がった途端に、もの凄い頭痛が朱姫を襲った。

 その将校が操作具を操っているのは、すぐにわかった。

 そして、朱姫が頭痛にのたうち回るところを残りの兵がふたりがかりで鞭を打ちつけたのだ。

 そのとき、摩耶と華耶は、ただ見ていただけだが、朱姫に与えられる拷問に恐れをなして、それからずっと怯えきっている。

 

 それから、ずっと休憩の度に、交替でやってくる将兵たちの肉棒をしゃぶることを強要されている。

 女が三人いるから、三人ごとやってくるようだが、五回目くらいからふた周り目が始まった。

 だから、この檻車は十数人程度で輸送をしているのだろうとわかる。

 この檻車の天井は格子になっていて、そこから明かりが取れるが、四周は完全に壁になっていて、周りを見ることもできないのだ。

 また、ひと回りした兵の中に、道術遣いらしき男がふたり混じっていた。

 威張っていて、明らかにほかの兵たちは怖れのようなものをそのふたりの道術遣いに向けていた。

 ただ、そんな道術師兵も、ほかの兵と同じように朱姫たちに肉棒を向けるのだが……。

 その辺りは、全部公平になっているようだ。

 いまやってきた三人は、すべて普通の兵だ。

 しかも、将校も混じっていない。将校は服が違うのですぐわかる。

 

 兵たちがそれぞれ、跪いている三人の前に立った。そして、下袴を緩めて肉棒を出した。

 朱姫の眼の前の男根はすっかりと勃起している。

 眼の前の怒張を口に咥える。

 こんなものさっさと終わらせたい。

 

 舌を動かす……。

 眼の前の兵が気持ちよさそうな顔をする……。

 朱姫は吐気がしそうになるのを我慢して、男の肉棒の先端の割れ目の部分を舌先で刺激する。

 どうせ、一回精を出させれば、とりあえずは満足するのだ。

 手っ取り早く、精を出させるには、この先端の亀裂の部分を刺激するに限る。

 大抵の男は、それをすれば、比較的に短い時間で精を出してくれる。

 

 本当に男というのは最悪の生き物だと思う……。

 この朱姫たちを移送している男たちがいい見本だ。

 将校であろうと、道術師兵であろうと、一介の兵であろうとまったく変わりはしない……。

 抵抗できない女を見つければ、性奉仕を強要し、拒否すれば力で押しつけようとする。

 みんな男は同じだ……。

 

 だが、横の摩耶と華耶が大きな声で泣きだした。

 余程、こういうことに慣れていないのか、もう、かなりの数をこなしているはずなのに、こうやって口奉仕を強要されるたびに号泣をする。

 

「ちっ、埒もねえ──。最初の頃は、泣きながらしゃぶられるのも新鮮でよかったが、いつまでも同じじゃあ、勃起したものも萎えてしまうぜ……。俺は、隊長のところにいって、例の『禁錮具(きんこぐ)』を借りて来るぜ──。女がふたり暴れはじめたと言ってな──。それで、半刻(約三十分)ずっと、痛めつけてやる──。こら、華耶──。いい加減にしねえと、本当にそうするぜ──」

 

 華耶というのは朱姫の隣に跪いている女だ。

 その向こうが摩耶だ。

 ほとんど同じ顔だが、額に埋められている石の色が違う。

 摩耶が青色で、華耶は赤色だ。

 また、朱姫の石は黒色らしい。

 朱姫はその額の石の色で区分をしていた。

 

 だが、華耶の様子も、その向こうの摩耶の様子も変化がない。

 すると、華耶の前の男が不貞腐れたように肉棒をしまった。

 華耶が泣くばかりで自分から咥えようとしないからだ。

 また、『禁錮具』というのが、最初に朱姫が受けた石を使ってもの凄い頭痛を与えることができる霊具のようだ。

 霊具といっても、道術遣いではない将校がそれを操っていたので、なにか仕掛けがあるのだろう。

 

 一番向こう側の兵も同調するように下袴(かこ)を履き直した。

 それでも、摩耶についても、やはり、華耶と同様に泣くばかりで奉仕を進んでする気配はない。

 朱姫はそれを横目で見守りながら、心の中で嘆息した。

 

「俺が行ってくるぜ──。なあに、ここで鞭打って殺したって構わねえんだ。こいつらは、ふたりとも半妖らしいからな──。生きていたって仕方がねえ虫けらと一緒だ──」

 

 向こう側の男が言った。随分と憤慨をしている様子だ。

 これは大変なことになりそうだと、朱姫は当惑した。

 だが、華耶についても、摩耶についても、さらに声をあげて泣くばかりだ。

 朱姫はこの様子を眼の前の男の一物に奉仕を続けながら横目で見守っていた。

 

 それにしても……。

 いま、兵は摩耶と華耶を半妖と言ったか……?

 朱姫はその言葉に驚いた。

 このふたりも半妖なのか……?

 すでに、真ん中の男が外に一度出ていく気配を示している。

 

「待って──」

 

 朱姫は一度口を離して、大きな声で叫んだ。

 そして、もう一度、眼の前の肉棒を咥え直して、奉仕の速度を加速した。

 

「おお、これは凄え──」

 

 朱姫の前の兵が感極まった声をあげた。

 一気に男の精を搾り取るつもりで、根元から先端まで激しく口と舌全体で擦りまくっているのだ。

 

「おほっ」

 

 男の腰がぶるりと震えた。

 あっという間に朱姫の口の中に精の噴射が迸った。

 朱姫は、とりあえず、唾とともに、精を喉の奥に押し込んだ。

 

「……ま、待って、ふたりもあたしが相手をする。それで、このふたりを許してあげて──」

 

 朱姫は慌てたように言った。

 さもなければ、さっきの兵はいまにも、外に出て行きそうだ。

 

「ふたり?」

 

 すると、華耶に腹を立てて『禁錮具』を取りに行くと動きかけた兵が、きょとんとした顔を朱姫に見せた。

 

「そりゃあ、いいぜ──。お前ら、こいつはなかなかの性技だぜ。きっと、娼婦でもやっていたのかもしれねえ……。凄い技を持っているぜ」

 

 朱姫から精を絞られたばかりの兵が笑いながら言った。

 

「そちらのふたりも、あたしがやるわ。だから、摩耶と華耶は勘忍してあげてよ……。それだけじゃない──。これから、休憩のたびに、あたしが三人ともするわ。みんなにそう言っておいて──。休憩の時間以内に、三人の精を出すことができなければ、なにをしてもいいわ」

 

 朱姫は一気に言った。

 三人の兵は驚いたような顔で朱姫を凝視したが、すぐに、それは面白いと笑い出した。

 

「だったら、浣腸を賭けようじゃねえか──」

 

 真ん中の兵が笑いながら言った。

 

「浣腸?」

 

 朱姫はきょとんとした。

 

「ああ、そうだ──。浣腸だ。もう、休憩の残り時間は、四半刻(約十五分)くらいしかねえだろう。それで、残りのふたりもやれ。ちゃんと精を搾り取れれば、なにもしねえ……。ただし、間に合わなければ、その貞操帯の尻の穴の部分には手で外せるくらいの小さな蓋があるんだが、それを開いて、そこに浣腸液を注ぎ込んでやる」

 

「なっ」

 

 朱姫は絶句してしまった。

 しかし、その兵はけらけらと笑いながら話を続ける。

 

「お前ら、小便は、檻車の隅の木桶に貞操帯の穴からしているようだが、糞はしてねえだろう……。尻の穴は小さいし、普段は蓋があるから、そこから糞を垂れるのは無理だからな……。だが、その穴は小さな管くらいは通せるんだ。そういう仕掛けになっていてな──。しかし、貞操帯は、ここにいる護送兵には外す鍵がねえ──。そうなれば、浣腸をされればどうなるかわかるな?」

 

 朱姫は息を呑んだ。

 そんなことをされれば、貞操帯の内側で大便まみれになるか、あるいは、貞操帯でしっかりと塞がれて排便できなくて、苦しみにのたうつことになるだろう……。

 しかし、朱姫は覚悟を決めた。

 

「い、いいわよ……。そ、その代わり、あんたらも卑怯な真似はしないで。奉仕の途中で肉棒を抜いたり、あたしに咥えさせないということはしないで」

 

 朱姫は言った。

 すると、男たちはまた笑った。

 

「それは請け合うぜ。俺たちは、糞に苦しむ臭い女を見たいわけじゃねえ。抜いてもらえればいいんだからな──」

 

 すると、さっきの兵が言った。

 

「じゃあ、ふたりとも来て──。あたしの口に、同時に二本とも入れて」

 

 朱姫はさらに言った。



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 第91話  亜人牧場【摩耶(まや)華耶(かや)
599 三人の半妖


「じゃあ、ふたりとも来て──。あたしの口に、同時に二本とも入れて」

 

 朱姫は言った。

 

「二本同時だあ? 馬鹿か──。どうやって、その口の中に二本も入れるんだ? お前の口は一個しかねえぞ」

 

 朱姫は三人の兵たちに囲まれていた。

 ひとりは、すでに精を抜いているから残りはふたりだ。

 とにかく、どんな手を使ってでも、口だけでふたりから精を出させればいいのだ。

 そして、あの双子からの関心を削ぐ……。

 

「いいから、言う通りにしてよ。あたしの口に二本とも近づけてくれればいいのよ」

 

 朱姫は言った。

 こうなったら、単なる作業も同じだ。

 朱姫の舌技を駆使して、さっさと終わらせてやる。

 

 面白がったふたりの兵が、朱姫の前で下袴をおろしてそれぞれの肉棒を突き出した。

 まだ半勃ちの性器だ。

 朱姫は舌を伸ばして、顔を左右に動かして、二本の性器を行ったり来たりさせて、先端を唾でくるんで舌で舐め回した。

 

「ほおおっ……。こりゃあ、気持ちいいぜ」

 

「しかも、お前と一緒かよ……。これはこれで、おかしな気分になりそうだな」

 

「やめろよ──。気持ち悪いこと言うんじゃねえよ」

 

 ふたりが軽口を言いながら笑っている。

 それでも、ふたりの男根は、あっという間に逞しく勃起した。

 朱姫は一方の怒張を口で咥えると、舌先を駆使して棹の部分に粘っこく擦りつける。だが、一方のかける時間は数瞬程度だ。

 すぐに横の怒張に移動して、同じ刺激を加える。

 そして、数瞬すれば、また元の肉棒に戻り、別の刺激を加える。

 さらに、すぐに横の怒張に移動して、また舌の愛撫をしては、男の快感の余韻が戻らないうちに、すぐに刺激を足す。

 朱姫の口は忙しく、右に左にと激しく移動し続けた。

 

「んんっ……なるほど、二本同時に咥えるとはこういうことか……。しかも、こいつ上手いな……」

 

「くうっ、まったくだ……。お前、何者なんだよ──。獅駝の城郭を占拠していた亜人軍に味方した半妖だとか聞いていたが……」

 

 男たちの怒張がぴんと屹立し、それぞれに精の涎を先端から滲み出し始めた。

 醜悪な匂いがぷんと朱姫の鼻を襲う。

 朱姫はさらに、ふたりへの奉仕を加速した。

 

「んんっ……」

 

 朱姫も舐めながら鼻声を出す。

 本当は吐気がするほどに嫌なのだが、女も気持ちよさそうな声を出すと、男の射精が早いことを朱姫は知っているのでそうしているのだ。

 しかも、わざと舌や唾液でふたりの肉棒をしゃぶりながら音も出す。

 

「へへ、こいつ、俺たちの一物をしゃぶっているうちに、気持ちよくなってきたらしぜ……。おお、今度はこっちか……。出してやるから、もっと頑張りな……」

 

「おお、もう、そこまで来ているぜ。遠慮なく、とびきり濃いやつを飲ませてやるからな。お前も、いきたかったらいってもいいぜ……。そう言えば、お前は、口で受けた精を全部飲む淫乱なんだってな……」

 

 男たちが口々に嬉しそうに朱姫をからかうような言葉を吐く。

 朱姫は懸命に奉仕を続けながら、男たちの滑稽な姿に鼻を鳴らしたくなる。

 男というのは、なんて馬鹿馬鹿しい生き物なのだろう。

 そう思いながらも、男たちを“いい気”にさせるために、男に征服されて、性に呆けそうになっている淫女を演じた。

 

 それにしても……。

 この男たちが洩らした言葉によれば、朱姫は、獅駝(しだ)の城郭であの青獅子軍に協力したという罪になっているようだ。

 今更ながら、あの李媛(りえん)の底意地の悪さに腹がたつ。

 

 心の優しい女であり、獅駝の城郭の住民の命を護るために、自らを犠牲にした聖女だということになっているが、一方で半妖に対する朱姫に対する扱いの酷さはなんなのだろう……。

 また、朱姫も垣間見た獅駝の城郭における「亜人裁判」のときの亜人たちへの残酷な処刑だって、よくもこんな惨たらしいことができるものだと思うほどに、醜悪で残酷な仕打ちだった。

 李媛の優しさと気高さは、同朋の人間族にのみに発揮されるものであり、異種族だとみなした亜人や半妖には、その反動のように酷い態度が取れるのが、あの李媛という貴婦人の正体のようだ。

 

 朱姫が奉仕を続けている兵のひとりの身悶えが激しくなった。

 喘ぎ声のようなものも出し始めた。

 朱姫は奉仕をその男に集中した。

 とにかく、さっさと終わらせるのだ……。

 窒息を覚悟で、喉の奥まで怒張を頬張る。

 そして、喉、口、舌のすべてを使って、男の怒張を絞る。

 

「うおっ、おおっ、飲め──全部、飲め──」

 

 いま咥えている男の本格的な射精が始まった。

 かなりの量の精だが、朱姫はそれを一滴残らず、飲み込んだ。

 

「へへ、最高だったぜ……。いい口だ……」

 

 精を出し終った男が満足したように声をあげた。

 すぐさま、朱姫は、最後の男の肉棒に食らいついた。

 すでにふたり終わっているから、眼の前の男に集中すればいい……。

 舌技の得意な朱姫からすれば、精を出したがっている男から精を出させるなど簡単な作業だ。

 あっという間に三人目の男も、朱姫の口の中に精を発した。

 

「お、終わったわ……」

 

 朱姫は激しく息をしながら言った。

 三人分の精が喉や胃の中に貼りつているようで気持ち悪い……。

 

「おう、よくやったな……。外で待っている連中にも言っておくぜ。これからは、朱姫が三人分の精を引き受けると言ってな。もっとも、あと半日もすれば、収容所に到着だ──。おそらく、次の一回くらいしか、お前の三人技の機会はねえだろうがな。これは、俺からの褒美だ──」

 

 最初に朱姫が奉仕した男が突然に、朱姫の髪を掴んで自分の腰に向けた。

 もう、終わったと思っていたので、朱姫は驚いたが、いつの間にか大きくなりかけている肉棒が剝き出しになっていて、朱姫はそれを無理矢理に咥えさせられた。

 

「んんっ──」

 

 朱姫は一物を口に含まされたまま悲鳴をあげた。

 その男がいきなり、朱姫の口の中でおしっこを始めたのだ。

 

「そら、一滴残らず飲みやがれ、半妖──」

 

 男が朱姫の髪を強く掴んで、朱姫が口を離せないように、自分の股間に顔を密着させて、朱姫の口の中に尿を出し続けている。

 朱姫は、あまりの屈辱と苦痛に涙を流しながら、男が朱姫の口の中でする放尿を懸命に飲み干した。

 

「げほっ、けほっ、がはっ、けはっ……」

 

 男はすっかりと朱姫の口の中に小便をし終ると、満足したように朱姫を後ろの壁に突き飛ばした。

 

「あぐううっ」

 

 両手を首の後ろに拘束されていて、受け身の取れない朱姫は、身体を思い切り檻車の壁に打ちつけられる。

 

「精だけじゃなくて、小便もさせるとはいいな……。確かに、半妖だっだら便器にするにはちょうどいいぜ……。そう言えば、俺ももよおしてきたぜ……。どらっ……。じゃあ、俺は、こっちの見物するだけだった半妖娘の口に小便でも垂れるかな」

 

 すると、今度はたったいま、朱姫が精を絞った兵のひとりが言った。

 

「いいな、じゃあ、連れ精の次は連れ小便といくか……」

 

 もうひとりも笑って、ふたりが下袴にしまったばかりの性器を再び外に出して、摩耶(まや)華耶(かや)に迫る。

 

「ひいっ……」

 

「か、華耶……」

 

 ずっと檻車の端っこで、朱姫が受けている仕打ちを怖ろしそうに眺めていたふたりが、同時に悲痛な悲鳴をあげた。

 

「や、やめて──。あんたらのおしっこも、あたしが飲むわよ──。だから、ふたりに手を出さないで──」

 

 朱姫は叫んだ。

 摩耶と華耶に性器を押しつけていたふたりの兵だけでなく、その摩耶と華耶自身も、朱姫に驚いたような視線を向けた。

 

「へえ、俺たちの小便まで独り占めしてえのか……。欲張りな半妖だぜ……。じゃあ、折角だ──。欲しければ、くれてやるよ」

 

 華耶に向かっていた兵が朱姫に性器を向けた。

 朱姫はそれを口に咥え直す。

 すぐに、口の中で放尿が始まった。

 朱姫は一生懸命に喉を動かして、それを飲み干した。

 

 その男が終わったら三人目だ。

 三人目も朱姫の口に尿を出した。

 すべてが終わると、三人は満足したように、檻車の外に出て行った。

 

「くっ……はあっ……はっ……」

 

 三人が出ていき、再び檻車に三人の女だけになると、朱姫は三人の精を吸い取り、さらに三人全員の尿まで飲まれた屈辱と苦しさに壁にもたれかかった。

 さすがに苦しいし、気持ち悪い……。

 朱姫は壁にもたれかかったまま、込みあがる吐気を押さえるために、眼を閉じて息を整えた。

 その朱姫に影が落ちた気がした。

 

「ご、ごめんなさい……。華耶や摩耶たちのために……」

 

「しゅ、朱姫さんでしたよね……。あ、ありがとうございます……」

 

 眼を開けると、両手を頭の後ろに拘束されている摩耶と華耶のふたりが、申し訳なさそうな表情で朱姫を見下ろしていた。

 

「い、いいのよ……。こんなの慣れている……ということはないけど……、まあ、耐えられるわ……。どうということない……。それより、やっと口をきいてもらえたわね……」

 

 朱姫は無理矢理に笑顔を作って、それをふたりに向けた。

 

「そ、それもごめんなさい……。だ、だって、怖くて……」

 

 すると、華耶が言った。

 

「怖い? あたしのこと……?」

 

 朱姫は驚いた。

 そして、完全にもたれかかっていた壁から身体を起こして、姿勢を真っ直ぐにした。

 

「きっと、怖ろしい亜人なのかと……。でも、いま、兵の方々が、朱姫さんのことを半妖だと言ったので……」

 

 摩耶が言った。

 

「亜人が怖いの?」

 

「も、もちろんです」

 

 華耶が当然だというような表情をした。

 

「ということは、つまりは、あなたたちは、亜人軍の中にいた者じゃないのね? あの獅駝の城郭で暮らしていたの?」

 

 朱姫は訊ねた。

 当然、そういうことになるはずだ。

 彼女たちの言葉通りなら、ふたりは朱姫のことを亜人だと考えて、恐怖を抱いていたことになる。

 まあ、これは亜人収容所行きの檻車なのだから、そこに囚人として乗っているということは亜人なのだと思うだろう。

 朱姫自身も、摩耶と華耶のことを亜人だと思っていた。

 

 亜人族には多様な種があるが、見た目が人間そっくりの種族も多い。

 普段の朱姫なら、醸し出す霊気で相手が亜人族なのか、人間族なのかは、大抵わかるのだが、いまの朱姫の道術は額に嵌められた石のために、相手の霊気を感知する能力もなくなっている。

 だから、判断がつかない。

 その辺りは、摩耶も華耶も同じかもしれない……。

 

 いずれにしても、人間族は、亜人族を忌み嫌う傾向にあるが、同時に怖ろしく野蛮な集団だと恐怖も抱いている──。

 もっとも、実際には、人間族とその性質も社会も大差はないことを朱姫は知っているが……。

 

 いずれにしても、摩耶と華耶が亜人を怖がるというのは、彼女たちが人間族の社会で暮らしていたということになる。

 亜人族の中で暮らしていた半妖が、亜人というだけで相手を怖がるわけがない。

 

「摩耶たちは、獅駝の城郭にある小さな酒場の娘です。亜人族を見るのは、あの亜人軍が城郭を占領したときが初めてです」

 

 摩耶が言った。

 

「ああ、そうだったの」

 

 朱姫は、檻車の中でずっと摩耶と華耶が朱姫を避けていた理由に合点がいった。

 そして、ふたりは代わる代わるに話し手を交替しながら、自分たちの身の上を語りだした。

 

 摩耶と華耶のふたりは、半妖といっても、実際には亜人の血が混じっているのは、四分の一であるらしい。

 本当の半妖だったのはふたりの母親であり、霊気の高かったふたりの母親に比べて、摩耶も華耶もほとんど霊気はないようだ。

 

 半妖だった彼女たちの母親が、獅駝の城郭でいまも酒場を経営している父親と一緒になり、摩耶と華耶のふたりが産まれたのだという。

 しかしながら、母親は、ふたりが幼い頃に病気で死に、それからふたりは、ずっと人間である父親によって育てられたということだ。

 いまのふたりは十六であり、もう、父親の酒場を手伝うようになって、もうかなりになるらしい。

 亜人の血が混じっているといっても、半妖だった母親が死んでからも随分と経つし、物心ついてからずっと人間の社会で暮らしていたので、半妖であるという自覚はなかったようだ。

 

 だが、今回、獅駝の暫定司政官となった李媛が「亜人追放令」という法を出し、獅駝の城郭においては、亜人族だけでなく、半妖についても、城郭に存在するだけ罪であるということにした。

 しかも、李媛は、人間社会に隠れている亜人族を排除するために、密告を奨励し、それに高い報奨金を出すことにもしたらしい。

 それで、彼女の母親が半妖だったことを覚えていた住民のひとりが、摩耶と華耶のことを密告し、やってきた道術師隊に突然に逮捕されたということのようだ。

 朱姫は、なんの罪のない住民をいきなり罪人にしてしまうその法に強い憤りを覚えた。

 

「ところで、朱姫さんは……そのう……、娼婦さんなのですか……? さっき兵の方がそう言っていたから……」

 

 華耶が真剣な表情で訊ねた。

 朱姫は思わず笑ってしまった。

 

「違うわ……。ただの旅の女よ……。ただ、あたしの女主人の道術遣いが、女同士の性愛が好きな人でね……。それでお互いの股間に道術で生えさせた男根もどきを舐め合う遊びをすることがあるの……。それで覚えたのよ……。でも、あたしも、実際に男のものを口にすることは滅多にないわ」

 

「えっ?」

 

 朱姫がそう言うと、華耶が絶句した。摩耶もその後ろで目を丸くしている。

 酒場の娘だといっても、性愛についてはあまり世慣れしていないようだ。

 考えてみれば、檻車の中で兵たちの性器を舐めさせられるときも、まるで生娘のように泣きじゃくって嫌がった……。

 まあ、酒場の娘だから生娘ということはないだろうが、あまり性に慣れてもいないのは確かだろう。

 

「そして、あたしも実は女好きなのよ……。あんたちのような可愛い娘は大好物……」

 

 朱姫が冗談めかしく言うと、華耶はぷっと吹き出し、摩耶は顔を赤くして眉をひそめた。

 同じ顔で、まったく同じように育ったといっても、性質は少しは違うようだ。

 そんなことを朱姫は思った。

 

 それから、朱姫は、今度は簡単に自分の生い立ちを語った。

 自分がここから遥かに遠い国の小さな農村で産まれたということ。

 亜人と普通の人間のあいだに産まれ、「妖魔狩り」に遭って両親を殺害されたこと……。

 それから、ずっとあちこちをたったひとりで転々としたこと……。

 約三年前に、宝玄仙という旅の道術遣いの女と供と出遭い、それから、一緒に旅をしていること……。

 獅駝の城郭には、たまたまやってきて、亜人軍の侵略に巻き込まれたのだと説明した。

 

 ついでに、実は亜人軍にずっと捕えられていて、性調教を李媛や李姫(りき)と一緒に受けていたとも付け加えてやった。

 李姫はともかく、李媛のことは、できるだけあちこちで辱めてやれと思った。

 朱姫をこんな目に遭わせた李媛へのせめてもの抵抗だ。

 

「まあ、あの李媛様とご一緒に……」

 

 すると、摩耶が驚いたように息を吐いた。

 その表情には、畏敬というか、同情というか、複雑な感情が浮かんでいる。

 そう言えば、獅駝の城郭では、李媛の名は、亜人たちに捕らえられて辱められながらも、隙をついて亜人軍の魔王を殺害して、城郭を解放した英雄だということになっていることを思い出した。

 

 摩耶も華耶も、ずっと城郭にいて、青獅子軍が城郭を占拠したときのことを知っているのだから、李媛に対する感情も、一般市民のものと同じものを共有していているのだろう。

 その李媛の作った悪法のために、自分たちが無実なのに逮捕されて、収容所に送られようとしているという気持ちには、まだなっていないのかもしれない。

 

「でも、だったら、どうして、捕えられたのです? 李媛様と李姫様とご一緒だったのなら……」

 

 摩耶が不思議そうに言った。

 

「もちろん、あたしが半妖だからよ。あんたたと一緒よ──。あの李媛は、そういう女なのよ……。あたしが半妖なのを知って、王都から呼び寄せた道術師隊にあたしを捕らえさせたのよ──」

 

「えっ、そんなこと……」

 

「あの李媛様が……?」

 

 摩耶も華耶も困惑した表情になる。

 

「しかも、信じてくれなくてもいいけど、城郭を占拠していた青獅子軍の将軍級の軍人を屠るにあたっては、このあたしも、一緒に戦い、少なくない功績があったのよ。その李媛は、そういうこともすべて承知していて、あたしを逮捕させたのよ──」

 

 朱姫は言った。

 それにしても、思い出しても腹がたつ。

 李媛に対してもそうだが、あのとき、おかしな気紛れを起こして、三日も滞在を伸ばしてしまった朱姫自身に対しても……。

 もしも、救出されることがあれば、あの沙那も怒るだろうし……。

 まあ、助かることがあればの話だが……。

 

 宝玄仙にしても、沙那にしても、孫空女にしても、まだ亜人の捕らわれ人として苦しんでいるはずだ。

 彼女たちは朱姫が、こうやって、李媛に捕らえられて、反対側の国都にある亜人収容所に送られたということを知ってくれることがあるだろうか……。

 

「ほ、本当であれば、酷いことです」

 

 だが、華耶はすぐに憤慨したように言った。

 

「で、でも、信じられません。あのお優しい李媛様が……。それに李媛様や李姫様と一緒に監禁されていたとすれば、半妖だとしても、李媛様は手を回して助けてはくれなかったのですか……?」

 

 摩耶は半信半疑のようだ。

 

「いい加減にしなさいよ。あの悪法を作ったのは、その李媛自身なのよ──。それに、あんたたちだって、李媛の作った不当な法のために、無実の罪で酷い目に遭ったんでしょう──。一緒に恨もうよ、あの李媛を──」

 

 朱姫は言った。

 

「それもそうですね……。考えてみれば、あの法は李媛様が作ったんですものね。あたしたちが捕えられたのは、李媛様のせいよ──」

 

 摩耶は朱姫と一緒に怒ったような言葉を吐いた。

 

「で、でも……」

 

 一方で摩耶は、まだ複雑な表情をしている。

 

「まあ、もっとも、あたしについては、あんたたちのように、完全に無実とも言えないところもあるんだけどね」

 

 朱姫はおどけて言った。

 すると、摩耶と華耶は不思議そうな表情になった。

 

「李媛の娘の李姫とあたしは、実は百合の仲なのよ。それで、ちょっとばかり、羽目を外して李姫と大人の遊びをしたら、それが李媛に見つかっちゃたのよ……。それで、李媛が怒って、あたしを収容所送りにしたというわけ」

 

 朱姫は笑った。

 摩耶も華耶も唖然とした表情になった。

 それでも、朱姫は一生懸命に笑った。

 笑えば、いつか不幸だってどこかに行く……。

 苦しいときこそ笑うのだ──。

 ふたりのうち、華耶だけが朱姫の笑いに貰い笑いを返した。

 

「……とにかく、亜人収容所というところが、どんなところか知らないけど、あんたたちも希望を捨てちゃだめよ……。あたしの仲間は、それは凄い人たちなのよ……。きっといつか、あたしを助けに来てくれる……。もちろん、あたしも機会があれば、収容所を脱してみせる──。だから、あんたらも……」

 

 すると、朱姫の言葉に華耶がしっかりと頷いた。

 

「……あ、あたし、口の奉仕は自信ないけど、次はおしっこだったら飲むわ。それくらいならできる──。朱姫さんばかりに迷惑をかけない……」

 

 華耶が強く言った。

 

「そ、そうね……。あ、あたしも……」

 

 釣られるように摩耶も言った。

 朱姫はふたりに頷き返した。

 

「そうよ──。強くなるのよ──。いずれにしても、希望を捨ててはだめ。希望を捨てなければ、知恵も湧くし、勇気も生まれる──。絶対に希望を捨ててはならないわ──。生きていれば、いつかいいことがある──。あたしは、それだけを信じてずっと生きていた。ひとりぼっちであちこちを彷徨いながら、ついに家族と呼べるような人たちに出遭えた──。希望さえあれば、絶対にいつか不幸を乗り越えられるものよ」

 

 朱姫はきっぱりと言った。

 すると、がくんと檻車が揺れた。

 また、檻車が北に向かって進み始めたようだ。



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600 家畜入庫検査

「降車だ──。外に整列しろ──。亜人ども──」

 

 檻車の扉が勢いよく開いた。

 朱姫は微睡みの中から目を覚ました。

 

「しゅ、朱姫さん──」

 

 声をかけたのは摩耶(まや)だった。

 すでに、華耶(かや)も摩耶も立ちあがって、檻車の扉から外に出ようとしている。

 

「もたもたするな、亜人──。その列に一匹入れ──。二列の集団を作って並べ──」

 

 檻車の外から甲高い命令が聞こえてきた。

 亜人収容所というところに到着したのだろうか……。

 

「こらっ、お前ら、早く外に出ろ──」

 

 すると、檻車を移送してきた兵がひとり、檻車に駆けあがってきた。

 

「朱姫さん、早く──」

 

 華耶が、まだ座ったままの朱姫に声をかけてから追いたてられるように檻車の外に出る扉から梯子に向かった。すでに摩耶は降りたようだ。

 

「降りろと言っているだろう──」

 

 朱姫はまだ目が覚めたばかりで、立ちあがってもいなかった。

 その首輪をむんずと掴まれて立たされた。

 

「行かんか──」

 

 思い切り扉方向に尻を蹴飛ばされた。

 

「くっ」

 

 朱姫は、痛みに顔をしかめるとともに、体勢を崩しながら扉の下の梯子に向かった。

 

「さっさとしろ──」

 

 梯子の下では、別の兵士が二名待ち構えていた。

 下から身体を掴まれて、地面におろされる。

 

「列を作っているところまで走れ──」

 

 少し離れた場所に、朱姫と同じように首の後ろに両手を繋げられて、鎖のついた足枷をしている女が二十人ほど整列していた。

 走れと言われても、足首には枷がつけられて鎖で繋げられているのだ。

 朱姫は馬鹿馬鹿しくて、ゆっくりと歩いた。

 そして、歩きながら周りを見た。

 

 怖ろしく高い塀に囲まれた広場のような場所だ。

 そこに朱姫たちが乗ってきた檻車のほかに二台の檻車があり、そこから女たちがおろされたばかりのようだ。

 広場のような場所の向こうには、三階建ての大きな建物と、その横に並ぶ粗末なたくさんの長屋のような平屋の建物も見える。

 やはり、どうやら、ここが亜人収容所のようだ。

 ならば、あの集まっている女たちも、全身が亜人もしくは半妖なのだろうか……。

 

「いぎいっ」

 

 そのとき、朱姫は、いきなり横から胴体を思い切り鞭打たれた。

 

「ぼうっとするな、そこの亜人──。あの列に並べ──」

 

 鞭打ったのは、屈強な身体の女兵だった。

 朱姫は数歩だけ小走りに進むふりをしたが、すぐにゆっくり歩く速度に戻った。

 その女兵が朱姫から目を離して、朱姫たちを連れてきた者たちと雑談を始めたからだ。

 なにか、有益な情報があれば耳にしたいと思った。

 

真媛子(しんしんし)、これで、獅駝の城郭からの三匹は終わりだ。確かに引き渡したぜ。それにしても、今日も大量だな」

 

 その女兵に話しかけたのは、朱姫たちをここまで移送してきた移送隊の指揮をしていた将校だ。

 それに対して、真媛子と呼ばれた女兵もその隊長に随分と馴れ馴れしい態度だ。

 すると、あの真媛子も将校なのだろうか?

 女兵は、いま連れてこられた亜人の女囚が並んでいる場所にもうふたりいる。

 ここからでは、女兵の将校と兵の服装の違いまではわからない。

 

「国都で大規模な隠れ亜人狩りがあったのよ。獅駝(しだ)の城郭の異変があったからね。亜人への風当たりが強くなって、何度も繰り返して、隠れ亜人狩りが行われているのよ。これでも少ない方よ」

 

「なるほど、国都でなあ」

 

「このところ、この女囚城にも毎日大量に移送されてくるわ──。お陰で収容限界はいっぱいよ。まあ、役に立たない子供や年寄りを屠殺処分をして、なんとか帳尻を合わせているけどね。とにかく、三匹は受け取ったわ。用事は終わりでしょう。早く、出て行きなさい」

 

 真媛子が応じている。

 

「ちっ、連れねえなあ……。たまには、そいつらの貞操帯を外して、俺たちにいい目を見せてくれてもいいだろうが。いつもいつも、ただ、亜人の雌を渡して終わりじゃあ、つまらねえよ」

 

「どうせ、移送中になぶって遊んだんでしょう? あんたらが移送してきた女囚は、前回も移送中に代わる代わる口で奉仕させられたと言っているわ。あの生真面目な女隊長に報告するわよ」

 

「けっ、一丈青(いちじょうせい)殿かい。まあ、別に困りはしないけどな。道術師隊の連中だって一緒になって、女囚にしゃぶらせたんだからな……。まあいいさ。よし、帰るぞ──」

 

 将校が檻車の周りにいる兵に声をかけた。

 移送隊には普通の将兵のほかに、黒衣の道術師隊のふたりもいたが、その姿はすでにない。

 移送隊が亜人収容所に到着した時点で、任務が終わりのはずなので、先に去ったのだろうか……。

 

 いずれにしても、どうやら、朱姫たちをここまで移送をしてきた隊は戻るようだ。

 そんなのをぼうっと見ていると、真媛子が、まだ朱姫がそばにいたのを認めて、驚いたように表情を変えた。

 

「お、お前、まだ、そこにいたのかい──。並べと言っただろう──」

 

 そして、腰のベルトの横からなにかをさっと抜いた。

 『禁錮具(きんこぐ)』だ──。

 護送隊長が持っていたものと同じものであり、朱姫の額に埋められた石を通じて、激痛を頭に与える霊具だ。

 そう思ったときには、頭が割れるかと思うような頭痛が襲いかかっていた。

 

「ひがああっ──ぎいいいい──や、やめて──並ぶ──並びます──」

 

 朱姫は地面に転げまわって悲鳴をあげた。

 

「ほらっ、痛みを緩めてやったわ。並べ、並べ──」

 

 真媛子が追いたてるように、朱姫の尻を蹴りあげた。

 確かに頭の激痛は弱まったが、それでも凄まじい痛みだ。

 朱姫は這うように、二列に並んでいる女囚の列に辿りついた。

 やっと頭痛がとまった。

 

「朱姫さん、大丈夫ですか……?」

 

「こっちに……」

 

 そこにすでに列に入っている摩耶と華耶がいた。

 朱姫はそのあいだに立った。

 

「歩け──」

 

 すぐに鞭で追いたてられた。

 二列になった列が前の建物の方向に進み始める。

 二十人の亜人たちの列を追いたてるのは、さっきの真媛子という名の女兵を始めとした三人だ。

 余程にこういうことに慣れているのか、手慣れた動作で長い革鞭を操って、地面を叩いたり、列からはみ出した女を打って歩みを急がせる。

 朱姫の見たところ、半分くらいは、朱姫や摩耶や華耶のような若い女だ。

 残りは年齢はまちまちだ。子供や老人もいる。

 

 亜人といっても、朱姫の眼から見ても、全員が人間族にしか見えない。

 さっきの真媛子たちの話によれば、「隠れ亜人狩り」で連行されたとか言っていたので、見た目は人間族と変わらないのだろう。

 しばらく歩くと、建物に近い場所に木の垣根があり、そのまま列を作ってさらに前に歩かされた。

 やがて、広場から見えた三階建ての建物の入り口に到着した。

 

「右の列から一匹ずつ入れ──」

 

 真媛子が地面をぴしゃりと革鞭で叩いた。

 どうやら、ここでは、収容所に入れられる亜人は人扱いはされないらしい。

 なんとなく、この収容所における朱姫たちの扱いが予想できる気がして、朱姫は暗い気持ちになった。

 朱姫と双子の姉妹は、右の列の最後尾だ。

 

 前に続いて、朱姫は建物の中に入った。

 そこは、ひとつながりの巨大な部屋になっていて、朱姫より先に入った女たちは、両手を上にあげた体勢に直され、その両手を天井から伸びる鎖に繋がれて、建物の中を歩かされているようだ。

 しかも、全裸だ。

 女囚の両手を繋げた鎖は、天井にある長い溝にあるたくさんの滑車に一本ずつ繋がっていて、その滑車が溝に沿って動いて、鎖に繋げている女囚の手枷を引っ張っるようになっていた。

 そして、ところどころに、新しくやってきた女囚の身体の検査をする男女がいて、それぞれの場所でなにかの点検をしている。

 天井にある溝は、ずっと先の奥に幕のようなものがあるところまで続いていて、そこに向かって天井から繋げられた鎖が移動するようになっているようだが、幕から先については見えない。

 

 しかし、それ以上の観察の余裕はなかった。

 朱姫も建物に入ったところで、さっそく、手枷を首輪から外され、天井から一本ずつ伸びる鎖に繋ぎ直されて、両手を大きく上方に向けるように伸ばされた。

 朱姫たちの拘束を繋ぎ直すのは、どうやらここの女囚のようだ。

 

 四人いた。

 その四人は、拘束はされていなかったが、女囚であることはひと目でわかった。

 朱姫がいましているのと同じような首輪をしているし、額に石が埋められている。

 胸が隠れるだけの丈の短い袖のない上衣と腰が隠れるだけの怖ろしく短い下袍を身に着けていた。

 服の地の色は白のようだが、汚れていて灰色になっている。四人とも同じように暗い顔をしている。

 また、素肌が露出している四人の腹の部分には、それぞれに“一”から“四”までの数字が刻まれている。この数字はなんだろう……。

 

 さらに、その四人の後ろに剣を持った女の兵がふたりいて、新入りの抵抗などの不測事態に備えるとともに、仕事をさせている女囚を監督しているようだ。

 女囚たちは、新入りの入所検査のために、作業員として駆り出されたのだろうか。

 

 四人の女囚たちは、口を開くことなく淡々と作業をしている。

 その四人によって、朱姫は、手枷を天井から延びている鎖に繋ぎ直された後で、足枷を外された。

 すると、両手を繋がれている鎖が動きだした。

 その鎖に引っ張られるように前に進む。

 

 しかし、ちょっと行くと鎖がとまった。

 少し前のところで、今度は女兵がふたり待ち構えていたのだ。

 朱姫の前を進むのは摩耶で後ろは華耶だ。

 女兵がいる場所には、まだ、先に進む摩耶がいるので、朱姫を引っ張る天井の鎖はその手前で一旦停止した。

 

「きゃああっ」

 

 前の摩耶が悲鳴をあげた。

 女兵が、摩耶の身に着けているものを刃物で切断して素裸にしているのだ。

 股間の貞操帯もそこで外されている。

 悲鳴は素っ裸にされたことに驚いた摩耶の声だ。

 

「一人前に恥ずかしがるんじゃないよ、亜人のくせに──」

 

 摩耶の素裸にした女兵が馬鹿にしたように笑って、摩耶の剝き出しの尻たぶをぴしゃりと叩いた。

 

「ひゃん」

 

 摩耶がまた泣き声をあげた。

 そして、摩耶の両手を繋げている鎖が進み出し、前に進んでいく。

 

「次──」

 

 同じ女兵が声をあげた。

 朱姫が頭上にあげた両手の枷に繋がっている鎖がまた動き出す。

 その女兵の位置に到着した。

 慣れた手際で肩のところを刃物で切断されて、服を足首までおろされて抜き取られる。

 胸当ても取られ、貞操帯を外された。

 あっという間だ。

 随分と手慣れた感じだ。

 

「おや、ここの毛が無毛の種族なのかい……? それとも、剃っているのかい?」

 

 朱姫の無毛の股間を見て、女兵が珍しそうに言った。

 

「おや、ほんとだ。亜人というのは、だいたい毛深いのが多いからね。逆に無毛というのは珍しいねえ?」

 

 もうひとりが股間の亀裂に手をやって、毛孔を確認するようにぐいとめくる。

 

「ちょ、ちょっと、待って──。い、いやっ──」

 

 朱姫は声をあげた。

 しかし、両手を上方に拘束されているので抵抗もできない。

 

「おやっ、綺麗に毛がないようだねえ……。毛孔からも産毛もないようだよ」

 

「本当だ……。もともと生えない種族かい?」

 

 ふたりが朱姫の股間をめくって凝視し始めた。

 

「そ、剃っているのよ──。もともとじゃないわよ──。も、もうやめてったら──」

 

 同性とは言え、股間を無造作に拡げられる恥辱に、朱姫は堪らず声をあげた。

 しかも、そのふたりは朱姫が嫌がるのが愉しいのか、やたらにしつこく、朱姫の秘部を凝視し続ける。

 かなりの長い時間、そのふたりの女兵に朱姫は股間を悪戯された。

 

「こらっ──。次がつかえているんだ──。終わったら、さっさと、前に送らんか──」

 

 すると、少し前で待っている老人が、朱姫のところにいる女兵に声をあげた。

 

「はいはい……。よし、行け──」

 

 女兵が声をかけると、また鎖が進みだした。

 さっきの老人の前にきた。

 そこには、摩耶もいない。

 点検が終わって、さらに前に進んでいるようだ。

 老人は、軍装ではなくて、赤い着物を帯で締めており、民間人のような服装をしている。

 今度は老人とはいえ、異性に全裸を晒すことに羞恥を感じた。

 しかし、その老人は女の裸など見慣れているのか、欲情のようなものは垣間見えない。

 

「口を開けろ──。もっとだ──」

 

 その老人が朱姫の顔を掴んで言った。

 朱姫は仕方なく口を開く。

 老人が朱姫の口を覗き込むような仕草をしたかと思ったら、いきなり鼻の穴を上に向けられた。

 そして、次は眼を拡げる。

 その手つきは医師を思わせる。

 もしかしたら、本物の医師なのかもしれない。

 

「舌を出せ──」

 

 朱姫は舌を出す。

 

「股を開け──。がに股だ」

 

 老人が言った。

 

「えっ」

 

 さすがに朱姫は動揺した。

 しかし、老人はさっと手首を朱姫に向けた。

 はっとした。手首にはあの『禁錮具』を巻きつけてあるのだ。

 恥ずかしいが、慌てて、がに股になる。

 

「おう、面倒を起こさせんのはいいな」

 

 老人は、無表情で朱姫の性器をぐいとめくって、顔を近づけて、朱姫の股間を覗き込んだ。

 朱姫は屈辱を歯噛みして耐えた。

 

「処女ではないな。かなり使い込んでいるようじゃな……」

 

 老人は板のようなものを横の台に置いていて、それになにかを書き込んだ。

 

「後ろじゃ」

 

 老人が卓から顔をあげて言った。

 

「えっ?」

 

「後ろを向けと言っておるのだ──。今度は身体を屈めて尻をこっちに突き出せ」

 

 老人が言うと、天井から吊られていた鎖が不意に緩んで、ゆとりのようなものができた。

 仕方なく、反対を向いて老人にお尻を突き出すような格好になる。

 老人が尻たぶをめくって、朱姫の尻穴を凝視している。

 恥ずかしい……。

 

「動くなよ……」

 

 老人が言った。

 その直後、冷たい棒のようなものが尻穴にいきなり挿し込まれた。

 

「ひいっ」

 

 朱姫は思わず身体を仰け反らせた。

 

「動くなといったじゃろうが──。まあいい……。病気の兆候はなしじゃ」

 

 棒が抜かれた。すぐにまた、鎖が天井に引きあげられて、自動的に朱姫がまっすぐに腕をあげる状態で固定された。

 そのあいだに、老人は卓の上の板に、さらになにかを書き込んでいる。

 

「向こうを向け」

 

 朱姫が老人に背を向けると、老人は、その板に付いていた細い鎖を朱姫の首に回し、板の留め具に鎖を引っかけて朱姫の背中側にぶらさげた。

 なにが書いているのかは、板が背後なのでわからない。

 

「ところで、名は?」

 

 朱姫の背中に板をかけると老人が訊ねた。

 

「えっ?」

 

 いきなりだったので、思わず訊き返してしまった。

 

「名前だ。亜人でも名前はあるのじゃろうが? 早く言わんか──」

 

 苛ついた口調で老人が言った。

 

「しゅ、朱姫です」

 

 そう言うと、老人はさらになにかを背中に吊るした板に書き込んだ。

 

「次に行け」

 

 老人が言うと、鎖が動き出した。

 次に待っていたのは、痩せた若い男だった。

 

「印のある場所に足を置いて開け──。ここで、愛液を採集検査する。簡単な検査だ。すぐ終わる……」

 

 まるで感情のないような抑揚のない口調だ。

 朱姫が示された床を見ると、確かに白い印がふたつある。

 かなりの広さだ。

 つまりは、ここでこの若い男の前で、大股開きをしろということだ。

 だが、さっきの老人と同じで、眼の前の男には女の裸など珍しくもなんともないような雰囲気がある。

 その態度によって、朱姫は改めて、ここの女囚は、女扱いどころか、人扱いもされないのだということを思い知らされる気がした。

 朱姫は、指示されるままに印のある場所に足を置いて、大きく足を開いた。

 

「……非処女だな……」

 

 男は、一度朱姫の背中の板を覗いてから呟いた。

 そして、背後から張形を思わせる筒状の器具を取り出した。

 表面に油剤のような物質が塗られているのがわかった。

 板を確かめたのは、非処女であり、こういう器具を挿入しても問題がないかどうかを確認したようだ。

 処女であれば、もしかしたら、ほかの検査方法があるのだろうか……?

 男が無表情で器具を朱姫の女陰に沈めだした。

 器具の表面の油剤は潤滑油の役割があるようであり、また、器具は細かったので、特に抵抗もなく朱姫の膣は、その器具を受け入れた。

 すると、朱姫の中で器具が張りついたようになった。

 男が手を離したが、膣で締めるようなことをしなくても、下に落ちるような気配はない。

 

「くっ……」

 

 朱姫は思わず声を出してしまった。

 体に入り込んだ器具がだんだんと膨張して、小刻みに振動を始めたのだ。

 霊具のようだが、それを操るということは、眼の前の男は道術遣いなのだろうか……?

 それにしても、目の前の男の手つきは完全に無感情であり、そのことが却って、朱姫に侮辱を感じさせる。

 女隠の中の器具が普通の男根の太さくらいになり、淫らに振動を続ける。

 こんな検査のためだけの刺激に感じてしまうのは口惜しかったが、どうしても朱姫の身体は反応してしまっていた。

 

「あっ、く……ああ……うはあっ、ああ……」

 

 いつの間にか、朱姫の身体は熱くなり、女陰が濡れるのも感じた。

 いつしか、朱姫は声ははっきりと声をあげて、身体を震わせていた。

 しかし、まったく唐突にいきなり器具が引き抜かれた。

 あまりにも乱暴な動作だったから、朱姫は悲鳴をあげてしまった。

 

「足はそのままだ。そこで、小便しろ」

 

 男は抜き出した器具になにかの粉をかけて卓の上に置き、今度は、小さな器を朱姫の股間の下にあてがった。

 さらに、その下の床に、大きな桶を足で押して置いた。

 桶の中にはかなりの尿が溜まっていた。

 

「小便だ。早くしろ──。檻車の中では、貞操帯をされていたから、我慢していただろう。早く出せ。道術で無理矢理させてもいいが、少し痺れるぞ。それが嫌なら、自分からすることだ」

 

 男が冷たく言った。

 その顔に、女の小便姿になど、まったく興味などないという感じがありありと出ている。

 確かに尿意はある。

 

 朱姫は観念して、股の力を緩めた。

 足のあいだから尿が垂れだす。

 最初に出た尿だけを男は器で受け、さっと手を引いた。

 残りの尿は足のあいだの桶にそのまま垂れ落ちる。

 桶に落ちる尿がじょろじょろと音を立てる。その音が朱姫の羞恥を誘う。

 

「面倒なしに小便をしたのは、この組ではお前が最初だな。普通は、道術で強引に膀胱を緩めさせるのだがな……」

 

 男が顔の頬を緩めて、初めて感情を表した。

 男は尿を集めた器に小さな紙を入れた。

 そして、その紙の色の変化を確認している。

 終わると、器に取った朱姫の尿を、まだ尿が垂れ落ちている桶の中に捨てた。

 さらに、さっきの筒に視線をやった。

 金属の色だった表面が桃色と白のまだら模様に変化している。

 その色がどういう意味なのかは朱姫にはわからない。

 やっと尿がとまった。

 

「股を閉じていいぞ」

 

 男はさっきの無機質な口調に戻って言った。

 足のあいだの桶は、足で引き抜かれた。

 股間を拭くようなものは与えられない。

 どうしていいかわからなかったが、仕方なく、そのまま脚を閉じる。

 男は朱姫の背後に回って、さっき老人が背中に掛けた板になにかを書き込み始めた。

 

「次に行け──」

 

 男が言った。

 朱姫の両手を引っ張る鎖が再び前に進み始めた。



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601 雌畜たちの配置先

「はああ……」

 

「ふうう……」

 

「あっ、あっ、ああっ」

 

 あちこちから、艶かしい女の嬌声が聞こえる。

 健康診断のような検査の後で、女としての身体の感度や反応を確かめるための検査のようなものが始まったのだ。

 大きな建物の中を、朱姫はほかの女たちと同じように建物内を蛇行するように、天井から吊られた鎖が引かれるままに進まされているが、愛液を採集された後に始まったのは、朱姫の身体を愛撫したり、性器を細かく計測したりする検査だ。

 ところどころでとめられて、肉体各部を目や指や器具で検査をするのだ。

 

 まずは、乳房を揉まれ、次に股間に指を入れられ、さらには肛門を指で刺激されたりもした。

 そのたびに、どうしても恥ずかしい反応を示してしまい、朱姫の股間からは愛液が垂れはじめる。

 周囲からも、ほかの女の愛液の香りが激しく漂っている。

 

 各種の検査の中で一番堪えたのは、肉芽の反応前と反応後の大きさの変化を調べる検査だった。

 特別の計測具で刺激前の肉芽の大きさを計測し、次に媚薬のようなものを肉芽に塗り込み、股間が熱くなった頃に激しく振動する性具を当てられ、無理矢理絶頂させられてから、その直後の肉芽の大きさを計測されたのだ。

 そこでは、前の女囚を待つような態勢になったので、朱姫も三人ほどが終わるのを待ち、そこで薬剤と器具で強引に昇天させられた。

 検査に当たる女兵は、なかなかの手管であり、朱姫も含めて、そこでその検査をさせられた者はどの女囚も簡単にいかされていた。

 

 おまけに、砂時計を使って、刺激を開始してから達するまでの時間まで計測し、それを無表情で記録するのだ。

 それはさすがに、精神的にも肉体的にもつらかった。

 

 だが、検査をする女兵たちは、朱姫の身体に興味を抱いて触るのではなく、単純な検査として朱姫の性感帯を刺激するだけなのだ。

 それは朱姫の屈辱感をさらに助長した。

 とにかく、朱姫はどこの検査でも抵抗することは無意味と思っていたから、諾々と従っていたのだが、ほかの女については、朱姫が見ている限り、さすがに嫌がる素振りを示したりしていた。

 しかし、ちょっとでも命令に従ったり、抵抗の素振りをみせれば、容赦なく乗馬鞭や平手が飛んできて、服従させられていた。

 

 少し前を進む摩耶(まや)は、最初のうちは、恥ずかしがるような素振りで、検査をする女兵たちの平手を何度か浴びていた。

 特に、肉芽刺激による絶頂検査などかなり強く狼狽していた。

 だが、だんだんと検査が進むにつれ、大人しく指示に従うようになっていった。

 

 後ろの華耶(かや)については、悲鳴は聞こえていたが、叩かれたりはしていないようだ。

 前を進む朱姫を見習って、検査の女に逆らわなかったのかもしれない。

 

 また、各検査が終わるたびに、それぞれの検査を担任する女たちは、朱姫の背中にある板になにかの文字を書き足していった。

 そのうちに、順々に前に送られている女の全員がすべての検査を受けているわけではないこともわかった。

 中には、各検査をほとんど素通りで、前に送られている者もいる。

 どういう区分けになっているかわからなかったが、どうやら、朱姫や前後の双子の姉妹のように若い女については、ほぼ全部の検査を受け、それに比べれば、老人に近い者は、ほとんどなにも検査を受けずに前に進んでいるということもわかってきた。

 

 しばらくすると、今度は鎖がかなり緩んで、運動のようなことをさせられた。

 女兵の指示で、床に描いてある二本の線のあいだを短い時間で汗が出るまで往復したり、身体を曲げて跳躍のようなことなどをした。

 身体を淫らに弄られたあとで、こんな運動をするのは堪えたが、なんとか全力でやった。

 運動能力の測定にあたっては、再び女囚が手伝いとして、たくさん駆り出されていた。

 やはり、彼女たちの腹には、一から四までの数字が書かれている。

 

 また、身体の柔軟や器具を使って筋力なども測定された。

 まず、器具を使った筋力測定を受け、次に、検査官の前で恥部を晒しながら前屈をし、片脚をあげ、脚を横開きにがに股になって進んだり、仰向けになって尻だけを高くあげる姿勢をとらされたりと、あらゆる屈辱的な姿勢を取らされた。

 それに淡々を無感動に計測器をあてて、数値を記録されるのだ。

 

 口惜しかった……。

 むしろ好色な目で見られるより屈辱的だった。

 あまりの口惜しさに、朱姫の眼からはつっと涙がこぼれたほどだ。

 とにかく、それが最後であり、検査のようなことは終わりだった。

 

 さらに鎖が進み、入口からも見えた布の幕がある場所に着いた。

 布の幕は中心のところに隙間がある。

 そのまま、朱姫は、布の幕の向こう側に鎖で引っ張り進まされた。

 先に進んでいった者も全員がそこに集まっている。

 正面に三個の卓があり、ふたりの男とひとりの女が座っていて、その三人が連れてこられた女たちを検分するように、じっと視線を送っていた。

 真ん中の卓は初老の男であり、服装からこの中でもっとも高位の役人だとわかった。その左隣りは中年の女だ。また、右隣りは軍装をした男だった。

 なんとなく、ここは検査結果の判定をするような気配がある。

 

 その三人の後方には、さらに建物の奥に向かう出入り口があり、十名ほどの男女の兵が待機をしていた。

 朱姫が幕の内側に入ったときは、先に進んでいた摩耶を含めて八人がすでに横隊に並ばされていて、三人の男女に正面を向くように立たされていた。朱姫も同じように立たされる。

 

 ふと見ると、鎖に引かれてやってきた女を統制する役として、最初に朱姫たちを外から建物に追いたてた真媛子(しんしんし)がいた。

 両手を吊るしていた鎖は、卓の三人に対して横並びになるように女たちを鎖を引っ張っていたが、さらに真媛子が乗馬鞭で脅しながら、女たちを卓の方向に正面を向けるように誘導していた。

 また、ほかにも二名ほどの女兵がいて、朱姫たちの背中にかけられていた板を回収していった。

 やがて、華耶が幕のこちら側にやってきた。その華耶も同じように正面に面して立たされ、背中の板を回収された。

 

「最初の一組です、老舎(ろうしゃ)所長」

 

 真媛子が真ん中の卓の初老の男に告げた。

 そして、女たちの背中にかけられていた板が前の卓の男女に手渡された。

 

「左から二番目と四番目は、“区分なし”だ。連れていっていい──」

 

 最初に発言したのは、老舎所長と呼ばれた男の右隣りの軍装の男だ。

 待機していた後ろの兵がわらわらとやってきて、指定されたふたりの手錠を外して、奥に連れていった。

 そのふたりは老人の女だった。

 やはり、額に道術封じの石を埋め込まれているのがちらりと見えた。

 

「子供はいらないんじゃないのかしら……。真ん中の奴……。労働用にも使えないし……」

 

 今度は左側の中年の女が喋った。

 

「だが、子は成長すれば、繁殖用にも使えるかもしれんぞ。いまは、八歳くらいか? 五年もすれば一人前の仕事もこなすだろうし」

 

 すると軍人が言った。

 

「亜人はこれからもたくさん入るわよ。五年も使い物にならない者を食わせておく必要はないわ。処分でいいんじゃない……?」

 

「だが、なかなか、可愛らしい顔をしている。磨けば光る珠の可能性もあるぞ。性奴隷として特別調教してもいい。性感数値も子供にしては高い。素質はありそうだ。ああいう子供を抱きたがる男もいる。需要はあるぞ」

 

 朱姫は、誰のことを話しているかわかった。

 十人の中に、ひとりだけ童女が混じっているのだ。

 彼女について話しているのだとわかった。

 しかも、話の内容から類推すると、どうやら、ここで決められようとしているのは、連れて来られたそれぞれの女をここに収容するか、それとも処分するかということのようだ。

 処分というのが、どういう意味なのかは想像がつく……。

 

 そういえば、檻車から建物に連行される途中で、檻車で朱姫たちを連行してきた隊長に真媛子が、役に立たない女囚を「屠殺処分」にするとか話していたような気がする。

 そして、最初に老人が、“区分なし”と言われて、外に連れ出された。

 

 つまり……。

 朱姫は、ここで行われようとしていることにぞっとした……。

 

「一箇月様子を見るか……。それで性奴隷として、すぐに使える見込みがあるようであれば、官営の妓楼で稼がせればよいであろう……。だが、使えぬようであれば屠殺じゃな──。これからもいくらでも亜人は送られてくる。確かに、楊姫(ようき)の言う通り、自分の食い扶持を稼げぬ雌はいらんのう──」

 

 老舎という所長が口を開いた。

 また、楊姫というのは、左側の女の名のようだ。

 

「まあ、じゃあ、わたしのところで鍛えてみるか……」

 

 すると、楊姫が童女を睨んだ。手に朱姫たちから回収した板の一枚を持っている。

 

「名は、芽衣(めい)ね。芽衣、お前は今日から、その小さな股ぐらで大人の男の性器を咥えこむ訓練よ。一箇月以内にできるようにならなければ、屠殺処分だからね。死にたくなければ、必死でやりなさい」

 

 楊姫が板を見てからその童女に怒鳴った。

 

「ひっ」

 

 童女の悲痛な叫びが聞こえた。

 朱姫はその童女を覗いた。

 明らかに幼い子供だ。

 こんな幼い子が、一箇月やそこらで、大人の男を相手できるようになるとは思えなかった。

 告げられた仕打ちの残酷さに、朱姫は自分の顔が蒼ざめるのを感じた。

 

「おいおい、あの歳で股ぐらはさすがにきついだろう、楊姫……。尻の方が見込みがあるんじゃねえか」

 

 軍装男が笑った。

 

「もちろん、尻も鍛えるわ……。だけど、骨盤を柔らかくする薬剤も使うから、一箇月あれば不可能ではないはずよ……。あとは、こいつの頑張り次第ね──。そうだ。一箇月したら、あんたのところに連れて来るわ、愛甲(あいこう)──。口を挟んだんだから、調教に手を貸しなさいよね。一箇月後に修了試験として、あんたの一物を受け入れることができたら、こいつを殺さないことにするわ」

 

 楊姫が笑った。

 あの軍人は愛甲という名前らしい。

 それにしても、こんなことを堂々と喋るなど、朱姫たち女囚をまったく人と思っていない証拠だ。

 

「俺がか?」

 

 愛甲がおどけたような声をあげた。

 

「当たり前よ──。口を挟んだ限りは責任持ちなさいね」

 

 楊姫だ。

 

「おいおい、楊姫──。愛甲の一物では、合格するものも合格せんぞ。大人の雌でもかなりつらい巨根じゃ」

 

 真ん中の老舎が口を挟んで笑った。

 

「いいんです、所長。それくらいできないと、この先、あの歳で性奴隷として、自分の食い扶持を稼げないわ──。わかった、芽衣──? 一箇月後にこのおじさんの一物よ──。じゃあ、連れていって──」

 

 楊姫が後ろの兵に声をかけた。

 すると、今度は二名の女兵ととともに、黒衣の道術遣い風の服装の男が進み出てきた。

 朱姫を捕らえた道術師隊の兵が同じような服装だったので、その男はおそらく、道術遣いの兵に違いないと朱姫は思った。

 その道術遣いが、怯えて声の出ないような感じの童女の前に立った。

 

「きゃあああ──」

 

 すると、その童女が悲鳴をあげた。

 はっとしたが、すぐに童女は、吊られていた鎖を外されて、女兵に連れていかれた。

 その童女が朱姫たちの前を通ったので、その童女の裸体の腹部分に、“性奴隷”という意味の文字が書かれているのが見えた。

 おそらく、いまの道術遣いが、童女の腹に文字を刻んだに違いない……。

 

 それから、次々に女たちが、“一”から“四”までの番号を腹に刻まれてから、順に連れていかれた。

 番号を刻まれる女囚について、卓の三人が“労働囚”と口走っていた気がする。

 そういえば、検査を手伝っていた女囚たちの腹にも、数字が書かれていたので、与えられた番号は労働者用の女囚の班の番号かなにかなのだろう。

 

 ただ、ひとりだけ飛ばされて保留された女がいた。

 先頭に並んでいた女であり、見ると朱姫たちと同じように若い女だ。

 やがて、その飛ばされた女と朱姫たち三人の四人が残った。

 

「この四匹は、すべてわたしが預かるわ……。全員繁殖囚。繁殖用が不足しているのよ──」

 

 楊姫が言った。

 

「おいおい、楊姫──。こいつらは性奴隷がいいだろう──。繁殖囚はもったいないぞ。特に、九番なんかいいじゃないか。まだ若そうだが、性感も高いし、かなりの美貌だ……。いい接待用の性奴隷になるぜ。だいたい、この数値を見ろよ。全身の性感数値がこんなに高いんだぞ。おまけに尻の感度が抜群だ。こんなに淫乱度が高い雌は初めてだぜ」

 

 愛甲が声をあげて笑いながら、検査記録の一枚を楊姫に投げた。

 九番目というのは朱姫のことのようだ。

 むっとした。

 三人だけではなく、後方の兵たちの視線も朱姫の裸身に集まる。

 放っておいてくれと思った。

 

「いくら見てくれが可愛くても、亜人の性奴隷じゃあ使い道が限られるわ。高官の接待用に使った後では、官営の娼館で客を取らせることになると思うけど、亜人じゃあ、性奴隷としても、単価を叩かれて、そんなに稼げないわ……。だから、どうしても数をこなさせなけるばならなくなる。でも、そうすると、一年くらいでおかしな病気になるから、後からでは繁殖用にできなくなるのよ……」

 

「いや、こいつなら、高級娼婦扱いで利くだろう。貸出先にそういう条件をつければ……」

 

「無駄よ──。亜人の性奴隷の扱いはどこに預けても酷いわ。男客が病気持ちとわかっていて、亜人奴隷に抱かせたりもするし……。だから、繁殖用なら最初から繁殖用として育てたいわ。こいつらなら若いから、きちんと管理すれば、繁殖囚として最低十年は使えるわ──。それに、本当に繁殖用が不足しているのよ。前所長の方針で、若い亜人の雌を性奴隷にたくさん回しちゃったからね……」

 

 楊姫だ。

 繁殖囚……?

 なにをする目的の女囚なのか、訊ねなくても、なんとなくわかる。

 朱姫は鼻白んだ。

 横の摩耶と華耶も蒼い顔をして、身体を震わせている。

 

「一番目は、処女か……」

 

 老舎が卓に残っている四人の検査結果を記した板を見ながら言った。

 

「そうよ……。処女よ。だから、最初の種付けは所長がおやりになればいかが? 性奴隷囚にするとなれば、性交の相手を管理しないとならないから、誰でも彼でもというわけにはいかないわ……。実際のところ、ほとんど客以外には抱かせることはない……。だけど、繁殖囚なら、誰の種でもいいのよ。毎日、股ぐらに男の精を繰り返し注いで、誰でもいいから種付けさえできればいいの……。この四匹の全員を所長が味わってから、ほかの者に回してもいいわ……」

 

「誰でもいいから、わしでもいいというのは、ちと酷くないか?」

 

 老者が笑い声をあげた。

 

「とにかく、赤ん坊は高く売れるし、一年にひとり生まれれば、性奴隷で稼がせるよりもずっと儲かるわ……。亜人同士の赤ん坊は安くなるから、種付けは人間族にしかさせない……。とにかく、繁殖囚の方が儲かるのよ──。性奴隷の調教は面倒なだけで実入りが少ないし……。ねえ、あんたらも、繁殖囚にすれば空いているときは、この雌を種付けしていいのよ。あんたらだって、繁殖囚が多い方が愉しいわよねえ……」

 

 楊姫が後方にいる男の兵たちに冗談めかしく声をかけた。

 男たちだけでなく、楊姫の陽気な物言いに女兵もどっと笑った。

 その当事者である朱姫たちからすれば、笑うどころじゃなかったが……。

 

「処女といえば、ほかの三匹は性経験ありだな……。特に九番目は豊富か……。八番目は非処女だが、破瓜をしたのはごく最近とあったな……。膣に裂傷もいくらか残っていると検査記録にある……。おい、どこで破瓜をした……? ええっと……摩耶だな?」

 

 愛甲が所長の前にあった検査記録の板を覗き見て訊ねた。

 性経験が豊富と判断されたらしい九番目とは朱姫だ。

 同じく性経験ありと判定された十番目は華耶だ。

 そういえば、檻車の中でお互いの境遇について話したとき、華耶については、最近に結婚を約束したばかりの恋人ができたと言っていた。

 摩耶についてはなにも聞かなかったが……。

 

「答えるのよ、摩耶──。痛い目に遭わすのは簡単なのよ」

 

 楊姫が卓の上に、あの『禁錮具』を乗せた。

 その道具を見た瞬間、朱姫は自分の身体が自然に硬直するのがわかった。

 口惜しいが、あの激痛は、朱姫の身体にすっかりと恐怖心を植え付けてしまった。

 

「……お、犯されたのは、獅駝(しだ)の城郭の軍営です……。摩耶だけでなく、華耶も犯されました……」

 

 摩耶が言った。

 朱姫は嘆息した。

 そうではないかと思ったのだ。

 朱姫の場合は、女隊長の一丈青(いちじょうせい)がいたので、股間の下着を取られて貞操帯をすぐに装着されて、性的な暴行は受けなかったのだが、ほかの道術師隊の兵は、一丈青さえいなければ、平気で女の咎め人を犯しそうな雰囲気はあった。

 事実、一丈青と離れて朱姫たちの移送に同行したふたりの道術師隊の兵は、移送隊の将兵と同じように、朱姫たちに口奉仕を強要した。

 

「ちっ……。あいつらか……。今度、一丈青に言っておくか──。もしも、性奴隷にするという判定になったら商品価値が落ちるだろうが……。偉そうにしているくせに、実際のところ、道術師隊の連中の引き締めが甘いんだよなあ……」

 

 愛甲がぶつぶつと不平のようなことを呟いた。

 

「……九番目は朱姫という名か──。おお? これは、見た目以上に力もあるのだな。労働囚としても使えそうだのう──」

 

 老舎が卓に置かれてある板の一枚を眺めて言った。

 さっき、愛甲が楊姫に投げた板であり、それは朱姫の検査結果を記録した板なのだろう。

 

「どれ? おお、これはなかなかの数値だな。雌囚でこの筋力の数値はなかなかだ。並みの男並みだな……。お前の種族はなんだ?」

 

 愛甲がその板を覗き込みながら言った。

 

「……しゅ、種族は……わかりません。相の子……半妖です」

 

 仕方なく言った。

 朱姫の母親は妖魔、つまり、ここで言う亜人であり、父は人間族なのだが、母の種族など知らない。

 そんなことを知る前に、母親は殺されたのだ。

 

「ああ、半妖か……。ならば、合点もいく。半妖には、まれに道術や筋力が活性化して、高い能力を持つようになる者も多いしな」

 

「だけど、繁殖囚でいいわ。男並み程度なら、雄囚を使えばいいでしょう。わざわざ、ほかに使える雌囚を労働用に回す必要はないわよ」

 

 楊姫が言った。

 

「まあ、そうだな」

 

 愛甲も肩を竦めた。

 

「あ、あの……、わたしたち……華耶と摩耶は、亜人の血は四分の一だけです。普通の人間と同じです」

 

 すると突然に摩耶が口を挟んだ。

 半妖の話題が出たので、華耶はかすかな望みに期待したのかもしれない。

 それにしても、この状況で自分から口を開くとは、摩耶の勇気に朱姫は少し感心した。

 

「それがどうした……? ここに連れ込まれた以上、四分の一であろうと、実際には、純血の人間族であろうと、亜人は亜人だ──。人じゃない。実際のところ、かなりの雌囚が、自分は本当は亜人ではないと言うな。まあ、道術検査をすれば、嘘か本当かは判定できるのだが、そんなことは面倒でやるつもりはない。ましてや、四分の一なら立派な亜人だ──」

 

 愛甲が笑った。

 

「いいだろう……。この四匹は繁殖囚じゃ」

 

 すると、所長が言った。

 例の道術遣いがつかつかと近寄ってきた。

 最初に、一番向こうにいる女の腹に文字を道術で刻んだ。

 ここからは見えないが、“繁殖囚”と記したのだろう。

 その女の悲鳴があがった。

 そして、すぐに道術遣いが朱姫の隣の華耶の前にやってきた。

 

「……待てよ、楊姫──。いくらなんでも、独り占めはよくねえぞ。こっちにも一匹回してくれよ。監督囚候補が欲しい──。その雌でいい。それをくれ」

 

 愛甲が口を挟んだ。

 

「まあ、愛甲──。この四匹は繁殖囚よ──。監督囚であれば、別に若い雌である必要はないんでしょう──。ほかから選べばいいじゃないの」

 

「だが、もう、ほかの雌は労働囚に区分してしまっただろう──。雌囚の監督囚も不足だ──。ひとりはもらうぞ。お前のところは、最初の童女も持っていっただろう。その四匹も含めて、半分とは欲張りすぎだ──。この一組のうち、半分近くもお前のところに送られるのであれば、俺のところにも、一匹はもらわないと納得できないな……。次は次だ」

 

 愛好が言った。

 

「わかった……。じゃあ、ここは、楊姫が泣いておけ──。次の十匹についても、また、労働囚にするか、それとも楊姫のところの性奴隷か繁殖囚にするか、あるいは、愛甲の直接管理の監督囚にするかは区分するが、確かに、それぞれの雌囚の素養もあるが、ある程度は需要に合わせた数の調整も必要だからのう……。それでいいじゃろう、楊姫? その雌については、愛甲のところじゃ。監督囚候補として育成せい」

 

 老舎が宣言するように言った。

 楊姫が、仕方がないという意味のことを呟くのが聞こえた。

 

「あぐううっ」

 

 次の瞬間、朱姫は呻き声をあげた。

 腹部に火を当てられたような痛みが走ったのだ。

 しかし、それは一瞬で消滅した。

 すると、朱姫の腹には、“繁殖”という文字が刻まれていた。

 

「きゃあああ──」

 

 続いて摩耶の悲鳴も起きた。

 摩耶もまた道術遣いに文字を刻まれたのだ。

 

「繁殖囚として、わたしのところに来ることになった三匹を連れていって──」

 

 楊姫が後ろに声をかけた。

 兵たちが出てきて、一番目の女と朱姫と摩耶の手錠を天井に繋がっている鎖から外して、建物の奥に連行していく。

 

「……その雌は俺のところだぞ。間違えるなよ──」

 

 華耶の鎖を外している兵に、愛甲がすかさずそう言った。







連関府(れんかんふ)亜人収容所】

■所長
 老舎(ろうしゃ)

■監督囚班
 班長 愛甲(あいこう)
  ……華耶(かや)が配置 

■繁殖囚班
 班長 楊姫(ようき)
  ……一番目の女、朱姫、摩耶(まや)が配置

■性奴隷囚班
 班長 楊姫(兼務)
  ……芽衣(めい)が配置

■労働囚部
 部長 老舎(兼務)
  1班……
  2班……
  3班……
  4班……

■雑役囚班
 …………

■屠殺所班
 …………


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602 引き裂かれた立場

「ああっ、ああっ、あん、あん、ああっ……」

 

 薄いカーテンの一枚向こうで、摩耶(まや)のあられもない声がしている。

 とにかく、早く済まそうと思えば耐えるのではなく、むしろ、わざとらしい嬌声を張りあげて、淫乱に腰を振ればいいと、朱姫がこの前教えたので、そのとおりにやっているのだろう。

 それとも、あの声の感じだと、この十日に近い日々の中で、すっかりと男との性交に慣れてしまい、本当に感じる身体になってしまったのだろうか。

 

 まあ、それは、それでいいのだろう……。

 この人扱いされない亜人収容所の中で、生き抜く力さえ得られればいい。

 

 この亜人収容所に、繁殖囚という繁殖のための奴隷として収容されて、おそらく十日近くがすぎたと思う。

 いつものように、午前中の種付け作業が始まっていた。

 

 朱姫は今日ふたり目の種付け作業が終わり、生出しされた精が膣からこぼれないように、仰向けの態勢で両脚を胸につけ、膣穴を上方に固定されて待機させられているところだ。

 それで、同じ部屋で種付け作業を受けている摩耶たちの様子にぼんやりと耳を傾けているところだった。

 

「……はあ、あ、ありがとう……。な、生出しありがとうございます……」

 

 その摩耶のさらに向こうから、朱姫と華耶と一緒に繁殖雌囚になった麗麗女|(れいれいじょ)という女が呆けた声で、お礼の言葉を言っているのが聞こえた。

 男兵の精を受け、性交が終わったのだろう。

 

 これで麗麗女は三人目のはずだから、後は、いま朱姫がやっているように、腿を胸近くまであげられて固定され、一定時間をすぎれば、午前中の種付けの割り当ては終わりのはずだ。

 

 今日の午後は、男囚側で大きな外作業があるために、男兵だけでなく、女兵までかなり男囚の監督のために駆り出されると言っていたから、午後の種付け作業はなしのはずだ。

 つまりは、今日の午後については自由時間となるのだ。

 

 麗麗女は、少しでも早く子を宿すために、部屋でゆっくりしたいと言っていたので、午後はなにもしないのだろう。

 こんなところで、まるで家畜のように、誰の子とも知れぬ子を産みたいという気持ちになるのは、朱姫には理解できないが、子を宿せば、個室になり、出産までの十箇月間は、なにもしなくても滋養のある食事と清潔な部屋や服、そして、温かい居住環境が保障される。

 麗麗女は、早くその生活をしたいと言っているのだ。

 まあ、どんなことに価値観を見出そうと、所詮は他人の勝手だから、朱姫としては、それに物を言うつもりはないが……。

 

 いずれにしても、朱姫は午後の自由時間については、散歩の体裁で脱獄計画について摩耶と相談しようと思っていた。

 朱姫と華耶の居住部屋は、麗麗女と一緒だから、部屋の中では話ができないからだ。

 できれば、華耶とも話し合いをしたのだが、監督囚として訓練を受けているはずの華耶とは、まったく接触する機会はない。

 いまごろ、どうしているのだろうか……。

 摩耶も心配しているのだが……。

 

「麗麗女は最後の経過時間に入ります。それと、朱姫は、経過時間がすぎました……」

 

 世話係の初老の女囚が朱姫たちの監督囚に告げた。

 

「いいだろう……。次を呼べ」

 

 監督囚が告げた。

 この部屋で種付け作業を受けているのは、朱姫、摩耶、麗麗女の三人だ。

 同じ日に入所したこの三人は、居住部屋も種付け部屋も同じであり、毎日、この部屋で、カーテンで仕切っただけの三個の寝台に固定されて、男兵の性行を受けている。

 その管理をするのが、この監督囚と世話係のふたりだ。

 本来のここの責任者は、入所検査のときにいた|楊姫<ようき>だが、楊姫も忙しいから、毎日の種付け作業に立会することはほとんどない。

 

 世話係が立ちあがって、待合室にいる次の男兵を呼びにいった。

 そのあいだ、監督囚が面倒くさそうに、朱姫の両腿を胸につけるように拘束するために膝裏に回していた革帯を寝台から外した。

 朱姫の両手首は、寝台に縛りつけられていたが、これで両脚は自由になった。

 

「次で三人目だ。早く、種を宿せるように頑張るんだよ、朱姫──。いい生活をしているお前たちは、種付けのために、労働囚の連中とは比べものにならない生活をさせてもらっているんだからね。それを考えなきゃだめだよ」

 

 監督囚の女が尊大な態度でそう言った。

 こいつは、二言目には繁殖囚は楽だとか、いい目を見ているとか、感謝をしなければならないと口にする。

 確かにそう言われているのは知っているが、毎日のように男に凌辱され、妊娠を強要されるのは、女としてこれ以上の恥辱と苦痛はないと思うが、どうなのだろうか……。

 

 ここに収容されている亜人囚の女は、大きく五種類に分けられる。

 大部分は、労働囚と呼ばれる者であり、彼女たちは一班から四班に分かれて、毎日、苛酷な割り当て作業や重労働を強いられる。

 食事も粗末で、外の粗末な長屋のような場所で生活をさせられている。

 基本的に使い捨てであり、病気になったり、働けなくなったりすれば屠殺場行きだ。

 

 それに比べれば、朱姫たち繁殖囚の暮らしは天国だと、この監督囚は言っているのだ。

 まあ、死の恐怖がないという限りにおいては、そうなのかもしれないが……。

 

 朱姫たちのような繁殖囚は、使えないと判断されれば、労働囚落ちとなるのが決まりらしいが、労働囚は使い物にならなければ、文字通り抹殺されるのだ。

 

 いま現在の繁殖囚の数は十人だ……。

 それはここを管理する楊姫にいわせれば、非常に少ない数らしい。

 楊姫は、最終的には五十人くらいを繁殖囚の定数にしたいと言っているようだ。

 繁殖囚がするのは人間族の男との性交だ。

 それ以外にすることはない。

 

 繁殖囚は、男の兵から毎日種付けを受けて、子を作ることが役割だ。

 種付けが成功して妊娠すれば、養生の生活に入り、赤ん坊を産む。

 赤ん坊を育てることはない。

 生まれれば、すぐにどこかにやられる。

 だから、この女囚城で赤ん坊を見ることはない。

 

 赤ん坊は、奴隷として売ることになるようだ。

 赤ん坊の奴隷というのは、非常に需要があり、大変に高く売れるらしい。

 特に、見目麗しい女の子は高価だということで、朱姫たち繁殖囚には、容姿端麗の美貌の女が選ばれるということだったようだ。

 毎日の食事に産み分けのための薬剤が含まれていて、もしも、種付けに成功すれば、朱姫は必ず女の子を産むことになるとのことだ。

 また、産んだ子が、人間との相の子、すなわち、半妖の場合には、まれに高い道術能力をもって産まれることがあるということで、基本的に朱姫たち繁殖囚は、人間族の男しか種付けはされない。

 

 もっとも、実際には、朱姫も華耶も亜人ではなく半妖なのだが、それはここの人間たちは無視している。

 朱姫たち繁殖囚は、入所検査のときにいた楊姫という女の管理下にあるのだが、楊姫の管理にある女囚には、もうひとつ、性奴隷囚という区分の者たちもいる。

 彼女たちが働くための官営の妓楼があり、そこに出向して働くのが仕事だ。

 

 この性奴隷囚の棟は完全に隔離されていて、朱姫も一度も調教の場所を見たことはないし、全体で何人かも知らない。

 性奴隷になれば基本的に数年以上生きることは稀であり、扱いは労働囚より苛酷だと言われている。

 

 それを裏付けるのは、繁殖囚落ちの労働囚はいるが、性奴隷落ちの労働囚はいないという事実だ。

 噂では、性奴隷として使い物にならなくなった女囚は、屠殺でもなく、拷問死させられると聞く。

 性奴隷は苛酷なので、死の恐怖を感じさせるために、使い物にならないと判断した性奴隷を活用するということだ。

 真実は知らないが……。

 

 朱姫たちが収容されたとき、入所検査で性奴隷判定を受けた童女がいたと思う……。

 彼女がどうしているかは考えないようにしている。

 

 女囚の区分には、ほかに雑役囚というのがある。

 これは、労働囚の中で長く貢献した者が選ばれることになっているようだ。

 いま、朱姫の次の種付けの相手を呼びにいった世話係が、その雑役囚であり、彼女たちは比較的楽な雑用作業や、この収容所を管理する役人などの身の回りの世話などをする。

 苛酷な生活をしている労働囚にとって、功績により雑役囚に指定されるというのは、彼女たちの夢となっているのだそうだ。

 

 そして、もうひとつの区分が、監督囚だ。

 これは、すべての女囚を管理する役割であり、いわば、囚人の見張りや仕事の監督をする係なのだ。

 この亜人収容所には、数千人の亜人がいるが、それを監督する兵は百人もいないらしい。

 だから、囚人の管理や仕事の監督の眼はどうしても行き届かなくなる。

 それを補佐するのが監督囚だ。

 

 彼女たちは、特に選抜されて、収容所に所属する城兵の代わりとなって、労働囚や繁殖囚などの囚人を使役するのだ。

 つまりは、この亜人収容所の第一階級が、所長の老舎や楊姫や愛甲などの高位の役人と軍人だとすれば、それに属する下級役人や将校が第二階級、監督囚は第三階級というところだろうか。  その下に、労働囚、雑役囚、繁殖囚、性奴隷囚などの役割に分かれた「家畜」がいるという構造だ。

 

 いずれにしても、この亜人収容所は、衣食住すべてをここで賄う独立採算性だ。

 亜人の食べる物、着る物、そのほか、生活必需品のすべてが、ここで生産される。

 それだけではなく、余剰として産み出されたものは、すべて商品として売ることになっている。

 

 朱姫たちが産むことを要求されている赤ん坊も商品だ。

 性奴隷として身体を売る女もそうだ。

 そうやって作り出された富は、すべて第一階級の三人の懐に入るということになっている。

 だから、あの三人は、少しでも富を生むように亜人を使い、使い物にならなければ、処分するということをしているのだ。

 

「こられました……」

 

 雑役囚の女が戻ってきた。

 その後ろの男の兵がいる。

 

「へへへ……、おっ、今度の繁殖囚は、なかなかに、若くていい女だな……。じゃあ、時間も勿体ないし、やらしてもらうか……。気が散るから、お前らは退がっていろ」

 

 男兵が監督囚たちに言った。

 雑役囚は無表情ですぐに立ち去った。

 監督囚は少しむっとした表情になった。

 雑役囚はともかく、監督囚は自分の特権を犯されるのを嫌う。

 囚人を眼の前で使役して、叱咤や命令をするというのは彼女たちの特権なので、使役の最中に遠ざけられるのを不快に思ったに違いない。

 

 だが、監督囚とはいえ、所詮は女囚だ。

 城兵の命令には逆らえない。

 監督囚は不貞腐れたような態度で、カーテンの向こうに去った。

 

「なら、本番といくか……」

 

 男は下半身裸になると、いきなり朱姫の両腿を抱え込んだ。

 そして、露わになった朱姫の秘肉にすぐに一物を押し当ててきた。

 

「ああっ、はああ……やあっ……」

 

 慌てて朱姫は声をあげた。

 男に気分良くさせるためだ。

 それにしても、前戯らしいものもなにもしないとは驚いた。

 余程、性急な性格をしているのか、普通は、朱姫の裸身を手や口で少しは味わってから本番に至るのだが、この男はすぐに本番に入るらしい。

 まあ、その方が早いから、それはそれでありがたいが……。

 

 すでに三人目なので、どうせ膣はたっぷりと愛液や前の男の精で濡れている。

 男の熱い亀頭が挿入を開始した。

 しかも、一気に最奥まで突き挿されて、朱姫の膣を抉った。

 

「んんああっ、い、いきなり……。す、凄い……」

 

 朱姫は背を仰け反らせて呻いた。

 凄いというのは、半分は演技だが、半分は本当だ。

 男の怒張は硬くて長かった。

 それが子宮口をどんと突くと、痛みとともに激しい疼きが朱姫を襲った。

 

「入ったぜ……。そ、それにしても、い、いい締まりだ……」

 

 男が嬉しそうに笑いながら、一方で顔をしかめた。

 朱姫はいきなり快感に近い疼きに襲われて、思わず膣で男根を締めつけていたようだ。

 こういう性技は、宝玄仙によって完全に調教されてしまった。

 意識しなくても、感じると朱姫の身体は、勝手に男に奉仕するように動く。

 

「おおっ、こ、これは凄い……。ぐいぐいときやがる……。くっ、ううっ」

 

 男が腰を振り始める。

 かなり激しい。

 朱姫も膣を締めつけているので、男はしかめ面をしているが、とても気持ちよさそうだ。

 しばらくのあいだ、男は朱姫の身体をむさぼるように、愉悦に浸った顔で腰を動かし続けた。

 

「ああ、あくうっ、いやあっ、やめっ、あっ、んんっ……」

 

 膣の粘膜を乱暴に擦られまくり、朱姫は次第に演技のようなものができなくなってきた。

 そして、いつしか本気の身悶えと喘ぎ声をしていた。

 しかし、男は朱姫の苦しそうな息遣いなど、お構いなしに腰を振り続ける。

 

「ああっ、あああっ……」

 

 朱姫は声をあげた。

 苦痛ではない……。

 はっきりとした快感が身体を覆い始めた。

 こういう状態になってしまったら、朱姫の身体も、宝玄仙によってすっかりと調教された淫乱な身体だ。

 感情とは無関係に、身体だけがひたすら官能の頂点に昇り続ける。

「いやあっ、あくっ、ああ、いく、いくっ」

 

 朱姫の腰は無意識で大きく動くようになった。

 甘い嬌声も迸り始める。

 

「おお、いい感じになってきたな……。じゃあ、ここを刺激してやるぜ。大抵の女はやりながら尻の穴を弄くると、気持ちよくなるらしいからな──」

 

 男がすっと指を朱姫の肛門に触れた。

 そして、垂れ流れている愛液の滑りを利用して、すぽりと第一関節だけを入れた。

 

「きゃああああっ──だめええ──」

 

 朱姫の中でなにかが暴発した。

 そこだけは弱いのだ。

 朱姫は悲鳴のような声を張りあげた。

 だが、男は膣に入れた一物を激しく動かしながら、一方で第一関節だけを入れた朱姫の肛門をくちゅくちゅと刺激しはじめる。

 

「あふふふうううっ──」

 

 朱姫は全身を仰け反らせた。

 早くも達してしまったのだ。

 

「おお、凄い締めつけだ──くううっ──」

 

 男が苦しそうな声になり、そして、さらに腰と指の動きが大きくなる。

 全身を覆った快感の余韻に浸ることも許されず、さらに大きな快感が全身を包む。

 

 息がとまる……。

 意思に逆らって、身体が暴走する……。

 子宮が溶ける……。

 

「ああ、いく、いく、いくっ──」

 

 二度目の絶頂の波がやってきた。

 まだ、肛門の指が動き続けている……。

 朱姫は身体を仰け反って全身を震わせた。

 

「あうううっ……」

 

 達してしまった……。

 頭が真っ白になり、快感の矢が全身を貫いた。

 そして、大きな脱力感が襲う。

 男がやっと肛門から指を抜いた。

 

「も、もうだめだ……。こ、これは……い、いくぞ……」

 

 男はまだ腰を動かしていたが、すぐに悲鳴のような声をあげて、腰をぶるぶると振った。

 朱姫の中で男の精が弾けたのがわかった。

 

「はあ、はあっ、ああ……」

 

 朱姫は大きく胸を上下させて喘いだ。

 いちいち感じていたら身が持たないから、感じるふりだけをして、二人目までは乗りきっていたのだが、三人目の男が何気なく朱姫のお尻を刺激したために、我を忘れるほどに感じてしまった。

 まだ、この男が淡白で性急だったから助かった……。

 これがもっと粘着性のある相手だったら、さらにつらいことになった気がする。

 

「……な、生出しありがとう……、ご、ございます……」

 

 朱姫は思い出して、ここにはいない楊姫から強要されている言葉を男に告げた。

 

「おう、いい身体だったぜ──。また、俺の番が回ってきたら、お前を指名することにするよ」

 

 男の兵が下袴(かこ)をはきながら笑った。

 

「お疲れ様でした……。さあ、お前、朱姫に革紐を……」

 

 すぐに監督囚が入ってきた。

 雑役囚に命じて、朱姫の両脚を胸につくようにあげさせ、再び膝裏に革帯を回して寝台に固定させた。

 こうやって秘部が上を向くように拘束して、膣に入った精が出ないようにして孕み易いようにするのだ。

 

「まあ、いい子を産んでくれよ」

 

 男兵が笑って出ていった。

 そのとき、隣の寝台から大きな声が聞こえてきた。

 

「い、いくううっ──」

 

「おおおっ」

 

 カーテンの向こうの隣の摩耶がひと際大きな声を発するのが聞こえた。

 それと同時に、摩耶を犯している男の窮まった声も聞こえた。

 あれは演技だな……。

 朱姫はまだ呆けながら、ぼんやりとそんなことを思った。

 

 

 *

 

 

 「ここで休もうよ、摩耶。人影もないし……」

 

 午後の自由時間を摩耶とともに、外を散歩することですごしていた朱姫は、大きな壁に近い木陰に摩耶を誘った。

 眼の前に見える大きな壁は、男子囚との境界だ。

 

 この亜人収容所は、大きく男子囚を女子囚のふたつに区分されている。

 滅多なことでは男子囚と接触することはなく、この壁の向こうに朱姫たちが行くこともない。

 そして、この木陰からは、遠くで畠仕事をしている労働囚の女たちの姿もちらちらと見える。

 

 男子囚にも同じような畠もあるらしいが、この収容所の敷地から外に出ない女囚に比べれば、男子囚の畠は外にもある。

 収容所内の敷地内では、畠にできる耕地が狭く、生産できる量が限られるからだ。

 本来、必要な食料は、敷地内の耕地だけで十分にまかなえるはずであり、余分な野外耕地は、所長たちがその売り上げの収益を私腹に入れるための作業だという噂であることを朱姫は知っていた。

 

「散歩じゃなくて、木陰で休むのは規則違反よ。休憩は自室に限られているはずよ、朱姫さん」

 

 摩耶が意味ありげに笑った。

 朱姫たち繁殖囚は、適度な運動も種付けをしやすくするために有益だと考えられていて、敷地内に限り、こうやって、拘束もされずに自由に散策することが許されていた。

 

 こんなのんびりとした時間をすごすことは、労働囚には許されていないので、ある意味では、これは繁殖囚である朱姫たちの特権だろう。

 種付けのために、決まっている数の性交さえこなせば、あとは朝、夕、夜の点呼のときに自室にいればよく、ほかは比較的自由だ。それが繁殖囚の日常だ。

 だから、こうやって、空いた時間に散策するということも許される。

 

 ただし、摩耶の言うとおり、木陰で休むということは許されていない。

 そこに隠れ場所を作って、脱走の手段にしようとする可能性があるからだ。

 

「そうよ。禁止されているわ。だからなに、摩耶?」

 

 朱姫がそう言うと、摩耶は白い歯を見せて、おどけた仕草で木陰に潜り込み、一本の木の陰に隠れるように座った。

 

「違うわ、摩耶。そっちじゃなくて、こっちよ」

 

 朱姫はこの近辺で一番背の高い樹の後ろに誘った。

 

「なに? 隠れる樹が決まっているの、朱姫さん?」

 

 摩耶が冗談めかして言った。

 

「そうよ。決まっているの」

 

 朱姫が微笑みの中に浮かべた真剣さを感じたのか、摩耶は真顔になって、こっちに向かってきた。

 朱姫と摩耶は、その樹の陰に完全に隠れるように並んで座った。

 

「ちょうど、この位置から見える外壁を見て……。男囚側の境の壁があるところよ……。実は、あそこは外壁監視の見張りの死角よ。もちろん、男囚側からは壁で見えないし、近い女囚側の見張り台は、夜の配置はないのよ……。あたしは、あそこに目星を付けてる。長い縄と壁の上に引っ掛ける金具が準備できれば、あそこから逃げられると思うわ」

 

 朱姫は声を潜めて言った。

 

「しゅ、朱姫さん……」

 

 摩耶は目を丸くして驚いていた。

 しかし、しっかりと朱姫に頷いた。

 こういう時間を利用し、朱姫は散歩のふりをして、収容所内のあちこちを歩き回って、脱走できそうな場所を探していた。

 収容所の外壁には、城兵の見張りも何箇所かあるが、その見張り台の間隙となっている場所を何箇所かすでに見つけている。

 その中で、いま教えた場所は、格好の場所だと思う。

 問題は、高い塀をどうやって乗り越えるかだが、それさえなんとかすれば、脱走も不可能ではない。

 

 実際に、野外作業の多い男囚では、それを利用した脱走なども頻繁のようだ。

 だからといって、利益の産む野外作業をやめないのは、あの所長の方針だ。

 つまりは、それが儲かるからだ。

 亜人の囚人が逃げても、代わりの者はすぐに送られてくる。

 あまりにも脱走が続けば、所長もやり方を考え直すかもしれないが、いまのところ、あの所長は私腹を肥やすことしか頭にないようだ。

 

 だが、まあ、考えてみれば、そのお陰で、朱姫も性奴隷よりも、繁殖囚にした方が利益になると判断されて、苛酷な性奴隷にはならなくてすんだのだ。

 

 また、さらにそのお陰で、今日のように男囚で野外作業があるときには、城兵の監視も緩やかになる。

 普段は、もう少し、女囚を監督する城兵がうろついているのだが、男囚の野外作業の監督のほかに城壁の監視もすると、余剰の兵がいないので、施設内のほかの場所には城兵の配置がほとんどなくなるのだ。

 

「じゃあ、縄を探さないとね……。鈎になる金具はなんとか手に入る気がするけど……」

 

 摩耶が神妙な表情で言った。

 朱姫と摩耶は、そのうちに、ここを一緒に脱走するということで、話し合いは済んでいる。

 実際には、朱姫ひとりの方が脱走は容易というのはあるのだが、朱姫はなんとしても、ここで出逢った半妖の双子娘と一緒に逃げたいのだ。

 

「これも見て、摩耶」

 

 朱姫は目の前の樹の根元の土を払った。

 そこに、木箱を埋めて隠しているのだが、摩耶に教えるのは初めてだ。

 朱姫が上の土を払って箱を見せたら、魔耶は本当に驚いた表情になった。

 

 朱姫は箱を土に埋めたまま、蓋だけを開いた。

 中には盗んだ金具を鈎状に加工したものと、編みかけの縄がある。

 縄は施設の中に本物の家畜を飼っている納屋があって、そこから、飼葉の干し草を少しずつ盗んで、いままでこっそり縄にするために編んでいたものだ。

 

「す、凄い……。いつの間に……」

 

 摩耶が息を飲んだ。

 

「まだ、長さが全然足りないけど、一箇月もすれば、準備できると思う。だから、頑張るのよ、摩耶」

 

 朱姫は言った。

 

「も、もちろんよ……。でも、これからは、脱走の準備をあたしも手伝うわ」

 

「それはいいわ……。それよりも、いつでも逃げられる心づもりをしていて……。それと、なんとか、華耶と接触を……」

 

 物を盗んだり、逃亡準備の工作で動き回るのは多くが夜だ。城兵の夜中の巡察などをかい潜っての作業になる。

 不慣れな摩耶に手伝わせるのは危険だ。

 

 それよりも、華耶だ。

 逃亡するにしても、あの入所検査でばらばらになった華耶も連れていかなければならないと思っている。

 

「それよりも、酢と綿をまた、渡しておくわ。それまで、絶対に妊娠しないようにね」

 

 朱姫は箱の中に準備してあった小瓶と綿を摩耶の手に握らせた。

 酢は男の精を殺す。

 酢は収容所の厨房から、綿は縫製工房から盗んだものだ。

 朱姫は、酢を湿らせた綿を自分の膣に忍ばせるとともに、摩耶の膣に入れさせている。

 見つかったら懲罰では済まないだろうが、こんなところで、誰の子ともわからない子を孕むわけにはいかない。

 

 宝玄仙と一緒なら、その霊気の影響で妊娠しないはすだが、離れているいまは、どうなのかわからない。

 ましてや、摩耶には種付けを防ぐための避妊の処置が必要だ。

 

 摩耶はしっかりとそれを受け取り、手を股間にやった。

 朱姫と摩耶はほかの女囚と同じように、袖のない胸までの上衣と腰が隠れるだけの短い下袍を身につけている。

 妊娠が確認されれば、腹を覆う服をもらえるが、それ以前は、腹に刻まれている文字を常に晒すのが掟なのだ。

 

 摩耶が渡されたものを股間にやったのは、それを隠すためだ。

 短い下袍の下には、下着の類いはない。

 摩耶はちょっと顔をしかめただけで、あっという間にそれを股間に挿入して隠した。

 

 この格好で物を隠すとしたら、それしか方法がない。

 摩耶は入所時には、まだ性経験も浅かったのたが、十日近くでそんな場所に隠し物ができるようにもなったのだ。

 摩姫は箱に土をかけ直してから、立ちあがった。

 

「あんたたち──」

 

 木陰から出たところで、不意に声をかけられた。

 びっくりした。

 すぐそばだ。

 

 いまのを見られたかもしれない……。

 

 朱姫の全身から冷や汗が一瞬で吹き出した。

 しかし、それはすぐに安堵の汗に変わった。

 そこにいたのは、監督囚の服装をした華耶だった。

 監督囚の服装は、ほかの女囚とはまったく違う。

 袖のある上衣で腹も露出していない。

 下袍も膝丈まである。

 なによりも、腰の黒い帯が監督囚の象徴だ。

 

「華耶、会いたかったわ。元気そうでよかった」

 

 摩耶が華耶に駆け寄って、華耶を抱き締めた。

 朱姫も駆け寄る。

 

「あなたたちも……。わたしも会いたかった……。でも、これからは一緒のことが多いと思うわ。わたしは、繁殖囚付きの監督囚になったから……。遠くからだけど、あなたたちとすぐにわかったから、ずっと見てたわ」

 

 華耶がにこにこしながら言った。

 なんとなく、その笑顔にぎこちなさを感じた。

 気のせいだろうか……?

 

「ほ、本当に? 素晴らしいわ、それ──」

 

 しかし、摩耶が単純に喜声をあげた。

 いずれにしても、朱姫も安心した。

 女囚を常に監視し、行動を監督しているのは、実際のところ、あの楊姫でもなければ、城兵でもない。

 それらは数が少ない。

 女囚を見張っているのは監督囚だ。

 華耶が監督囚なら、これからの朱姫の活動はさらにやり易くなる。

 

「ところで、あなたたちは、その木陰から出てきたようね。それは、規則違反でしょう?」

 

 しかし、その華耶が急に真顔になった。

 

「堅いこといわないでよ、華耶……。それよりも話があるのよ……。脱走のことなんだけど……」

 

 摩耶はここでもう、華耶を誘い込もうとしているようだ。

 脱走計画の打ち明けなど非常に神経のいることだ。

 もっと華耶を見極めてからがいいかとも一瞬思ったが、まあ、双子なのだ。

 大丈夫だろう。朱姫は黙っていた。

 

「きゃあああ──」

 

 次の瞬間、摩耶がその場にひっくり返った。

 なにが起きたのかわからなかったが、

 華耶が黒い革帯にある監督囚用の『禁錮具』を作動させたのだとわかった。

 城兵はそれを全員持っているが、実は監督囚も女囚を支配しなければならないので、全員が持っている。

 だからこそ、女囚は本来は同じ立場である監督囚に服従するのだ。

 

 しかし、まさか、華耶がそれを使うとは夢にも思わなかった。

 ましてや、実の姉妹の摩耶に対して……。

 

「な、なんてことするのよ、華耶──」

 

 朱姫は叫んだ。

 だが、華耶が腰の『禁錮具』に手を触れたまま、さっと朱姫に身体を向けた。

 朱姫は、恐怖で凍りついてしまった。

 

「さっき、言ったでしょう。あなたたちを見ていたと……」

 

 華耶が冷たく言った。

 

「か、華耶……?」

 

 摩耶はなにが起きたか、まだ理解をしていない感じだ。

 それは、朱姫も同じだ。

 

「やっぱり、そうだったのね……。まあ、いいわ。脱走の計画があったことは、報告しないであげる。報告すれば、あなたたちが死罪なのは間違いないし……。その代わり、摩耶、股に隠したものを出しなさい。それは没収するわ。ただし、それも黙っていてあげる……。これは、姉妹のよしみよ……」

 

 華耶は困ったというような表情で、華耶を見下ろしている。

 しかし、摩耶にしても、朱姫にしても、いまの華耶の行動は思いもよらないことだった。

 摩耶などあまりのことに、呆然としている。

 

「さあ……。わたしに、もう一度、『禁錮具』を操作させないで……」

 

 華耶は言った。

 その口調の冷たさに、朱姫はびっくりした。

 摩耶は、華耶の迫力に押されるように、股間に隠した小瓶を取り出すために手を股にやった。

 すると、華耶が朱姫に視線を移した。

 

「それから、朱姫、この林には二度と近づかないこと……。さっきの樹の下になにかを埋めていたのは、ちらりと見えたわ。それは、わたしが処分しておきます。でも、二度と摩耶をおかしなことに巻き込まないで……。今回は不問にするけど、次は容赦はしないわ。あなたたちの役割は、一日も早く種付けをして、子を産むことでしょう? それだけを考えなさい」

 

 朱姫は華耶の言葉を信じられない気持ちで聞いていた。

 

 たった十日なのに……。

 その間、華耶は徹底的な監督囚教育を受けたのだとは思うが……。

 

 摩耶が股間に隠した小瓶と綿を華耶に差し出した。

 それは、摩耶の体液でびっしょりと濡れていた。

 

「わかってね。ふたりとも……。これは、あなたたちを守るためであるのよ……。そもそも、あなたたちは、恵まれた立場なのよ……。それを考えないとならないわ。つまり……」

 

 華耶が朱姫と華耶に諭すような口調で語り始めた。

 

 

 

 

(第91話『亜人牧場』終わり、第92話『女司政官と魔女』に続く)



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 第92話  女司政官と魔女【一丈青(いちじょうせい)
603 救出者の出現と反撃の開始


「597 ふりだしに戻……らない」の直接の続きとなります。


 *





 獅駝(しだ)の城門を通過してすぐの城郭の広場で、孫空女は霊気の歪みを感じた。

 

 前……。

 後ろにも……。

 いや、全周か……。

 孫空女は、右手に『如意棒』を移した。

 

「わたしは、一丈青(いちじょうせい)というものだ──。亜人軍に協力した罪により、お前たちを逮捕する」

 

 現れたのは黒衣の集団だった。

 上から下まで黒一色の軍装を身に着けた集団だ。

 しかも、全員が『移動術』で出現した。

 そして、なにが起きたのか、考える暇もなかった。

 上から大きな網が降ってきていた……。

 

「ご主人様、ごめんよ──。伸びろっ──」

 

 網になにかの害意を感じる。

 孫空女ほとんど無意識に、『如意棒』を伸ばして、宝玄仙を胴体に当てていた。

 網が落ちて来る前に、宝玄仙の身体を網の外に弾き飛ばす。

 

「うわっ」

 

 宝玄仙の悲鳴だ。

 『如意棒』に、身体を振り飛ばされて、みっともない恰好で地面に転がっていった。

 仕方がない……。

 後で怒られるか……。

 

「孫女、上よ──」

 

 沙那の悲鳴のような叫びが聞こえた。

 網が頭から降りかかって、身体を包まれる。

 とっさに『如意棒』を網の穴に差し入れた。

 しかし、その網が急速に縮んでいき、網の穴自体も小さなものになる。

 

「うわっ」

「くっ」

 

 沙那の丸まった身体がどんとぶつかった。

 『補網』だ。

 人や獣を捕らえるための霊具であり、捕獲したい対象に触れると、こうやって一気に縮んで動けなくするのだ。

 沙那の身体が押し潰されるように密着してきた。剣に手をかけたまま動けなくなっている。

 

「引き破るよ、沙那──」

 

 孫空女は穴に挿入していた『如意棒』を力づくで押し破ろうとした。

 

「あれっ?」

 

 しかし、力が入らない……。

 いつの間にか全身が弛緩している。

 しかも、さらにどんどんと力が抜けていく。

 

「ど、どうしたの、孫女──?」

 

 沙那が孫空女の胸の谷間に顔を埋めながら言った。

 

「ち、力が……抜けて……」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 

「ち、力が……? ま、待って、じゃあ、わたしが……」

 

 沙那が孫空女の掴んでいる『如意棒』を代わりに掴もうとしたが、沙那の手も完全に網に絡みつかれて動けない。

 

「ふふふ、無駄だ……。道術遣いや亜人の霊気を吸い取る特別製の『補網』だ。それに絡まれたら道術もなにも遣えん。観念するのだな」

 

 一丈青と名乗った若者が勝ち誇ったような声で言った。

 その言葉で、どうして力が抜けたのかなんとなくわかった。

 孫空女の身体には、宝玄仙の道術が充満し、それが孫空女の怪力の源になっている。

 しかし、その霊気の流れが『補網』によって封じられたために、孫空女の筋力も動かなくなったに違いない。

 

「……さて、お前も観念するのだな。お前は宝玄仙であろう? 亜人軍に協力した罪で、手配状が出ている。大人しくすれば、優しく扱ってやる……。抵抗するなら、多少痛い目を見てもらわなければならない。わたしはどっちでもいいが、どうするのだ?」

 

 一丈青が孫空女たちに背を向けて、まだ地面にしゃがんだままだった宝玄仙に正対して言った。

 三十人ほどの黒衣の兵がすっと地面を滑るように動いて、新たに宝玄仙を囲む態勢になった。

 

「いたたた……。思い切り投げ飛ばしたもんだねえ……。後でお仕置きだよ、孫空女……」

 

 宝玄仙が腰を擦りながら立ちあがった。

 その完全に一丈青という隊長を無視した態度に、一丈青がむっとしている。

 

「ご主人様、そんなことを言っている場合じゃ──」

 

 孫空女の胸に顔をくっつけている沙那が声をあげた。

 

「……大丈夫だよ、沙那……。ご主人様は、すでに自分の周りに『結界』を刻んでいる。手は出せないさ」

 

 沙那に向かって、ささやいた。

 孫空女には、霊気の流れが見えるので、宝玄仙の周囲に分厚い霊気の層が数重にも重なったのがわかったのだ。

 それに比べて、沙那は、白象宮の一件で身体に入れていた宝玄仙の『魂の欠片』を抜いてから、まったく霊気が探知できなくなった。

 だから教えたのだ。

 もともと、沙那は霊気の探知が得手ではなかったが、それでも、前はぼんやりと気の流れのようなもので感じていた。

 だが、いまはまったく霊気を帯びていない人間族に戻り、霊気などとは無縁の存在になっている。

 

「一組は、捕えたふたりを確保──。残りは、人間族を裏切った宝玄仙を『逆結界』で包囲──」

 

 一丈青が叫んだ。

 すると、宝玄仙が刻んでいる結界に、さらに新しい霊気の層が覆った。

 

「へへへ、いい女たちだな……。訊問が愉しみだぜ……」

 

 そのとき、網で動けなくなっている孫空女と沙那のところに、三人の黒衣の兵が集まった。

 革の手枷と足枷を持っている。それで拘束するつもりだとわかった。

 しかも、三人はなんとなく好色な表情をしている。

 嫌な感じだ……。

 

 いずれにしても、拘束するためには、網を外さないとならないから、そのときが脱出の機会だと思った。だが、兵は網の上から手枷をぽんと載せた。

 ぎょっとした。

 

 その手枷がまるで水に物が沈むように、網の中に入ってくる。

 そして、のそのそと孫空女の腕に近づいてくる。

 道術だ──。

 そう思ったが、網がびっしりと張りついているので、やってくる手枷を避けることができない……。

 

「わたしの物に触るんじゃないよ──」

 

 突然に宝玄仙の大喝が聞こえた。

 なにか風のようなものが通り過ぎていった。

 

「うわあっ──」

「ぐああっ──」

「がはっ」

 

 網の周りにいた三人が宙に浮いた。

 霊気の波動のようなものが飛んだのだ。

 その三人の身体が後方に跳ばされて、そのまま背中から地面に叩きつけられた。

 

「こいつ──。『逆結界』を突き破って霊気を──?」

 

 一丈青が驚いている。

 しかし、宝玄仙はそれを無視している。

 

「ほら、いつまでも乳繰り合ってんじゃないよ──。もう、網の霊気はないよ。さっさと、出ておいで──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 確かに、身体に力が漲ってきた。

 宝玄仙の霊気が『補網』の霊気を消滅させたのだとわかった。

 

 孫空女は力の限り、『如意棒』を押し破る。

 びりびりと音がして、『補網』に切れ目ができる。

 そこから這い出すように、沙那と一緒に出た。

 

「こ、こいつら──」

 

 一丈青が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 しかし、そのときには、孫空女は一丈青に襲いかかっている。

 『如意棒』を一丈青の顔に向かって振りおろす──。

 

 目が合った。

 一丈青が顔をひきつらせたのがわかった……。

 

「きゃあああ──」

 

 一丈青が甲高い悲鳴をあげる。

 えっ──?

 

 女?

 その声は間違いなく女の悲鳴だ。

 女だと思った瞬間に、顔に振りおろしていた『如意棒』を躊躇した。

 それで手元が狂った。

 一丈青が後方に自ら飛んだ。

 孫空女の『如意棒』は、一丈青の軍服の襟元に当たり、そのまま上から下まで服を引き破っていた。

 

「ひいっ」

 

 一丈青は後転しながら声をあげた。

 追いかけようとしたが、ふたり、三人と黒衣の兵に割り込まれた。

 

 構えを取り直して、『如意棒』を一閃する。

 割り込んだ黒衣の兵がすべて倒れる。

 

「ご主人様──」

 

 沙那の声だ。

 横目で沙那が剣を抜いて、宝玄仙のいる場所に寄ったのがわかった。

 これで宝玄仙は大丈夫だ。

 

 孫空女は一丈青に詰め寄った。

 一丈青は地面に腰をつけたまま、両手で服が破れて剝き出しになった乳房を隠すようにしている。

 

 矢──?

 身体が反応していた。

 孫空女は後ろに飛んだ。

 

 たったいままで、孫空女が立っていた地面に三本、五本と矢が突き刺さる。

 視線を移す。

 

 新手だ──。

 三十人ほどの一隊が道に展開して、こっちに弓を向けているのだ。

 蹴散らすか……?

 一瞬、迷った──。

 

「孫女──」

 

 沙那が叫んだ。

 見ると、反対側からも別の歩兵の一隊がやってきて、態勢を取ろうとしている。

 黒衣の兵は道術を使う者の隊だと思うが、新たにやってきた兵は普通の兵だろう。

 道術遣いの兵は、おそらく、宝玄仙の敵ではないかもしれないが、矢を大量に浴びせられると、逆に宝玄仙は守れないかもしれない……。

 孫空女は焦った。

 

「囲みを破るしかないわ──。こっちに、孫女──。ご主人様も──」

 

 沙那も同じことを考えたようだ。

 その沙那は、まだ態勢を取り終わっていない一隊に向かって、すでに駆けている。

 

 沙那は宝玄仙の腕を掴んでいる。

 孫空女も走った。

 しかし、突然に、沙那たちの目前で眼の前の一隊が崩れた。

 

 犬だ──。

 

 横の家から十匹ほどの大型の犬が飛びかかって、一隊に襲いかかったのだ。

 犬は狂ったように暴れて、歩兵に噛みついたり、飛びかかったりしている。完全に犬は狂っているようだ。

 歩兵たちが剣や槍で対抗しているが、隊は大混乱だ。

 

「おいっ」

 

 混乱している歩兵の後ろで、男がこっそり手招きをしているのが見えた。

 沙那が宝玄仙を連れて、混乱をしている歩兵の横を駆け抜けて、その男の方に進んだ。

 なぜか暴れ狂う犬は、沙那や宝玄仙は素通りさせてしまった。

 

「あれって、ご主人様の仕業?」

 

 孫空女は、走り抜けながら、宝玄仙に訊ねた。もしかしたら、道術で犬を操っていると思ったのだ。

 

「そんな術は持っていないよ」

 

 宝玄仙が怒鳴るように叫んだ。

 とにかく、走りながら、一度振り返る。

 最初に矢を射かけた隊も追ってきたが、やはり、さっきの犬が暴れている場所で混乱している。

 

「こっちだ──」

 

 男が一軒の家に三人を招き入れた。

 入る──。

 そのまま、その家を反対側から通り抜けて路地に入った。

 さらに、男は路地を突っ切って家に入り、また、そこを素通りした。

 

「あんたは、誰?」

 

 駆けながら沙那が叫んだ。

 孫空女は最後尾を進んでいる。

 いまのところ、追手がかかっている様子はない。

 

双六(すごろく)という者だ──。あんたらの知っている長庚(ちょうこう)という坊やに雇われている男だ」

 

「長庚──? あの自称調教師の坊やかい? あいつがいるのかい?」

 

 宝玄仙が走りながら声をあげた。

 いまは、路地のような場所をくねくねと進んでいる。

 どこに向かっているのかはわからない。

 

「調教師? そりゃあ知らねえが、長庚坊やは、この先の隠れ家で待っている──」

 

 双六が言った。

 

百舌(もず)もかい?」

 

 宝玄仙は少し嬉しそうだ。

 いまは、全力疾走というわけでもない。

 小走りで路地を進んでいるというかたちだ。

 だから、話はできる。

 

「百舌というのは、長庚の愛人の可愛いお嬢ちゃんだな。いるよ。蝶蝶(てふてふ)も一緒だ。そして、さっき、犬を操る術を遣ったのが蝶蝶だ……。まあ、犬は可哀想だったがな。蝶蝶は後で合流してくる。問題ない」

 

 蝶蝶というのが誰なのかわからないが、どうやら長庚は、獅駝の城郭にやってきていて、手を回して助けを差し伸べてくれたようだ。

 やがて、眼の前の路地に三人ほどの男がさっと現れた。

 孫空女はとっさに警戒したが、双六は平然としていた。

 そして、その男たちの前で立ちどまった。

 

「どうだ?」

 

 双六がその男のひとりに訊ねた。

 

「大丈夫です。まだ、通りには手は回っていません……。あの外門で捕らえられると踏んでいたんでしょう……。通りに兵を回すことは考えていなかったようですね」

 

 男が言った。

 すると、双六がこっちに振り向いた。

 

「この先は、また大通りに出る。そのまま、しばらく歩いてもらうが平然としていればいい。兵がやってくるようであれば、そいつらが接近するよりも早く、俺の手の者が伝えてくれるはずだ。心配するな──」

 

 双六が言った。

 

「こうなったら、万事、任せるよ」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 その余裕がありがたい。

 

「ご主人様、念のために、ここに『移動術』の出入り口の結界を刻んでください。なにかあれば、最低、ここには逃げられます。城郭の中では、逃げたうちに入らないかもしれませんが、まったく逃げ道がないよりはましです」

 

 沙那が言った。

 宝玄仙が頷いて、ここに『移動術』の結界を刻んだ。

 『移動術』は基本的には、あらかじめ刻んでいいる結界と結界のあいだしか跳躍できない。

 しかも、特別な処置をしない限りは、結界は数日でなくなるので、『移動術』を遣うには、いまのように、あらかじめ結界を刻まねばならないのだ。

 

 大通りに出た。

 行き交う人々は普通だ。

 孫空女たち三人と双六の四人で連れ立って歩く。

 さっきの三名は、少し離れた前後を自然なかたちで歩いている。

 孫空女は周りに注意を払いながら進んだ。

 城郭は賑わっている。

 人通りも多いし、活気もある。わずか半月ほど前まで亜人軍に占領されていたはずだが、そんな感じはない。

 また、双六の言う通り、いまのところ、先ほどの兵が捜索のための兵を動かしている形跡はない。

 しばらく歩くと、商家が並ぶ通りにやってきた。

 

「平然をしていてくれ」

 

 双六がささやいた。

 ふと見ると、一軒の衣類を商う店の前で、あの長庚がにこにこしながらこっちを見ていた。

 その横には百舌もいる。

 ふたりとも、その店の者という感じだ。

 

 双六に言われていたので、そのまま横をすぎた。

 そして、しばらく歩いてから、今度は一軒の別の店に入った。

 食料を売っている小さな店だ。

 店の中には老夫婦がいて、双六を認めて慌てたようにお辞儀をした。

 双六は軽く手を振って、そのまま店内を通り過ぎて、裏手から外に出た。

 そこは大通りの裏道だ。

 その道を今度は戻っていく。

 

「……さっきの店は、用心のためだ。万が一、あんたらが店に入ったのを見られていて、王軍の連中が、後であの年寄りを連れていっても、王軍の連中には、長庚の店との繋がりは発見できないはずだ。言わば、あのふたりは捨て駒として準備した者だ」

 

 双六が言った。

 

「王軍?」

 

 沙那だ。

 

「ああ、李媛(りえん)司政官が王都から呼び寄せた連中だ。あの女司政官がこの城郭を支配するための拠り所であり、直接にあの李媛が軍を握っている……。この城郭には、市民の自治軍もあったんだが、王軍が到着するや、解散させられた……。だから、いまや、李媛には誰も逆らえないということさ。あんたらを襲った道術師隊も歩兵隊も、王軍だ」

 

 双六は言った。

 

「ところで、さっき、長庚の店と言ったかい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「ああ、十日ほど前に開いた店だ。さっきの店だ。まあ、亜人軍が去ってから、次々にあちこちからやってきた商人が新しい店を開いている。あの坊やも、早速、亜人軍が占領したために、逃げるか殺されるかして持ち主のいなくなった商家を数軒買って、商売を始めたのだ……。まだ、数日だが、あの坊やは、あの歳でやり手だな。かなり、儲かっているようだぜ」

 

 双六がくすくすと笑った。

 やがて、さっきの店の裏に来た。

 

「お久しぶりです。やっと会えました──。とにかく、中に──。店で使っている者は、すべて、双六の手の者でもあります。この家は大丈夫です」

 

 長庚と百舌が店の裏に回って来て待っていた。

 

「おう、お前かい──。嬉しいよ。いろいろと話をしたいんだけど、なにがどうなっているか、さっぱりとわからないのさ。一体全体、なんで、この城郭に入るや否や、おかしな道術遣いの兵に襲われたかもね……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「……それについてはご説明します──。それと、朱姫殿の行方も……」

 

 長庚が家の中に案内した。

 

「朱姫の行方?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「僕らもわからなかったんです……。しかし、やっとそれがわかったのですが、同時に、宝玄仙さんたちが城郭にやってくるという情報に接して……」

 

 長庚が家を案内しながら答えた。

 家の中は広く、屋敷という感じだ。部屋も幾つもある。

 

「とりあえず、ここにどうぞ……」

 

 長庚が客室らしい部屋に案内した。

 そこには、ふたりの若い女がいた。

 彼女たちが何者なのかはわからない。

 すると、そのふたりが、すっと座っていた椅子から立ちあがり、こちらに向かって無言で頭をさげた。

 

「こいつらは?」

 

 宝玄仙が長庚に顔を向けた。

 

「わたしは貞女(さだじょ)という者です。こっちは、李姫(りき)です。李姫は、この城郭の暫定司政官である李媛様のひとり娘です」

 

 貞女と名乗った女が答えた。

 

「李姫……さん──?」

 

 沙那がびっくりしている。

 

「彼女たちの情報により、宝玄仙さんたちが城郭に戻ってくるということがわかったんですよ……。朱姫殿の行方も……。まあ、もっとも、僕たちが、彼女たちに接触できたのは、数日前なんですけどね……。なにもかも、この数日で一気に動きました──。長く行方不明だったあなた方の居場所や、朱姫殿の行方を僕が突きとめることができたのもの、このふたりに接触ができたのがきっかけです……。とにかく、座りましょう。話は長くなりますから……」

 

 長庚が言った。

 

 

 *

 

 

「取り逃がしたじゃと──」

 

 李媛は自分の声が金切り声になるのがわかった。

 取り乱しているところを周りの部下に見せたくはなかったが、爆発した自分の感情を李媛はどうしても制御ができなかった。

 報告にやってきた一丈青は、神妙な顔で頭をさげている。

 

 宝玄仙を取り逃がす……。

 それは予想もしていない事態だった。

 しかも、王軍の誇る道術師隊で包囲したというのに、それをかいくぐり、念のために待機させていた王軍歩兵隊からも逃げおおせてしまったのだという……。

 

「く、口ほどにもないではないか、一丈青──。宝玄仙を捕らえるなど容易いというようなことを言っておった気がするが……」

 

 李媛は嫌味を言った。

 

「いま、周辺を捜索させております。人の波に紛れ込まれてしまったので逃がしましたが、道術師隊が動いておりますので、必ず、その波の中から、宝玄仙という高い霊気の塊りは見つけ出せます。見つけ出しさえすれば、今度こそ、道術師隊で完全包囲して捕らえます」

 

 一丈青は不貞腐れたように言った。

 

「お、お前が言ったのだぞ──。宝玄仙を捕らえることはできると──。さもなければ、懐柔という手もあったのじゃ──」

 

 李媛は一丈青をなじった。

 亜人収容所送りにした朱姫の女主人である宝玄仙が、捕らえられていた亜人軍を道術で一掃して、獅駝の城郭に戻ってくるという情報に接したのは数日前だ。

 それは、亜人領のずっと奥地で起こったことらしいが、亜人にとっても、金凰魔王という亜人軍の親玉が殺されたというのは、余程の大事であったのか、その噂は亜人たちだけでなく、その領域に接するこの獅駝領にも入ってきた。

 

 李媛は、あの亜人軍の恐ろしさを身をもって知っている。

 だから、それに捕らえられていたひとりの女が、亜人軍の魔王そのものを殺し、その軍さえ殲滅したというのは、とても信じられなかった。

 とにかく、一丈青の道術師隊や、李媛が動かせる手の者を使って真相を探らせた。

 まだ、数日しか経っていないが、そのすべてが、それが真実であることを報告してきた。

 

 その宝玄仙という道術遣いが、獅駝の城郭にやってくる……。

 

 本来であれば、なにも怯える必要はないことなのだが、李媛がそのとき、ふと思ったのは、一丈青に捕らえさせて、国都郊外の亜人収容所送りにした朱姫のことだ。

 その宝玄仙という道術遣いが、朱姫の女主人だというのは、青獅子軍を掃討したときに捕えた亜人たちを拷問したときにわかっていた。

 そもそも、亜人軍がこの獅駝の城郭を占拠した理由が、その宝玄仙ひとりを捕らえるための罠を作ることであるというのも、亜人の調教師を拷問して白状させた情報として李媛は握っていた。

 ただ、朱姫を捕らえさせたときには、その宝玄仙は、亜人軍に捕らえられたまま亜人領深くに連れて行かれたことがわかっていたので、その女主人のことは気にも留めていなかった。

 

 だからこそ、李姫に手を出した半妖の朱姫を容赦なく亜人収容所送りにしてやったのだ。

 しかし、その女主人の宝玄仙が、あの青獅子よりもさらに強力だという噂の亜人の魔王さえ殺して、獅駝に戻ってくるという。

 李媛が考えたのは、李媛が朱姫を収容所送りにしたことをその宝玄仙が知れば、必ず李媛に復讐をするに違いないということだ。

 最初は、朱姫を収容所から釈放させて、その宝玄仙に詫びようかと思った。

 

 だが、それは、朱姫や宝玄仙を自由にするということだ。

 仕返しが怖い。

 少なくとも、朱姫は李媛に恨みを抱いているだろう。

 

 それに、そうすると、あの朱姫という半妖風情に謝罪をしなければならないかもしれない。

 そんな屈辱は、想像するだけで気分が悪くなった。

 

 それで、一丈青に相談した。

 一丈青は、国都からやってきた道術師隊の若き女隊長であり、国都でもっとも優秀な道術遣いでもあった。

 いくら、宝玄仙が優秀な道術遣いだとしても、あの一丈青よりも高い道術遣いであるということはありえない。

 一丈青は、その宝玄仙がやってきても、捕えるのは造作もないと保障した。

 だから、李媛は、その宝玄仙を捕らえさせることにした。

 罪状はどうとでもでっちあげられる。

 要は身柄を確保して、危険を排除することだ。

 また手を回して、宝玄仙を遠い牢城に流刑してもいいし、その移送の途中で抹殺してもいい。とにかく、捕まえさえすれば、どうにもなるのだ。

 

 だが、その捕獲に一丈青が失敗した。

 しかも、取り逃がして、この城郭のどこかに潜んでいるはずだという。

 李媛は恐怖した。

 

「ど、どうするのじゃ、一丈青──。お前が言ったのじゃぞ──。お前が言ったから、わらわは……」

 

 李媛は狼狽えて声をあげた。

 

「……心配は要りませんと申しあげたはずです。宝玄仙は逃げただけです。しかも、この城郭のどこかにいることはわかっているのです。すぐに捕らえてみせます」

 

 一丈青はそれだけ言うと、李媛に許可を得ることなく退出した。

 それは、侯爵である大貴族に対する行いとしては、まったく失礼な行為だった。

 

 

 *

 

 

 一丈青は苛立っていた。

 

 宝玄仙という流れ魔師を取り逃がし、あの李媛に無能だと言わんばかりの悪態をつかれたのだ。

 それは、一丈青の高い自尊心を傷つけるのに余りあることだった。

 

 それに……。

 一丈青を苛立たせるのは、あの外門で宝玄仙たちを包囲したとき、不思議な棒の霊具の武器を扱う赤毛の女に服を破かれて、まるで少女のような悲鳴をあげてしまったことだ。

 しかも、それを部下の全員に聞かれた。

 思い出しただけで、腹が煮え返る。

 

 あの赤毛の女……。

 捕らえたときは、あの赤毛だけは許さない──。

 

 部下たちの前で、徹底的に辱めて、同じような悲鳴をあげさせてやる──。

 そうでなければ、一丈青の腹の虫は収まらないのだ。

 

 とにかく、時間の問題というのはわかっている。

 いま、部下の全員に霊気の淀みを探知する霊具を持たせて城郭に散らせている。

 道術遣いという存在は、ある意味で霊気の淀みだ。

 霊気というのは、自然の中に溶け込むようにして、どこにでも存在するものだが、道術遣いは、それを自分の身体の中に蓄えて、それを道術という術の力の源とするのだ。

 従って、霊気の集まっているところや、霊気の流れの自然ではないところを探れば、いつかは、あの宝玄仙という道術遣いに辿りつくはずだ。

 一丈青の見たところ、宝玄仙というのはかなりの遣い手だと思う。

 霊気も高いだろう。

 だから、高い霊気の道術遣いというのは、道術師兵に渡した霊具で探知しやすいのだ……。

 

 李媛に報告するためにやってきた行政府を出た。

 すでに夜だ。

 かなり遅い時間になってしまった……。

 周囲は、建物から漏れる灯の光のほかは、夜の闇に包まれている。

 一丈青の執務室を兼ねた住まいは、軍営の中にある。

 とりあえず、そこに戻るつもりだった。

 しかし、行政府を出たところで、部下がひとり待っていた。

 副隊長であり、道術師隊では一丈青に次ぐ地位にある男だ。

 

「どうした、索長(さくちょう)……?」

 

 一丈青はその副隊長の名を呼んだ。

 

「……宝玄仙を見つけました……。ある商家です。最近になって獅駝に開いたばかりの商家に匿われています──。すでに、ほかの者に包囲させておりますが……」

 

 索長が声を潜めて言った。

 

「よ、よくやったぞ──」

 

 一丈青は、思わず声をあげた。

 思わったよりも早かった。

 城郭中を霊気探知するのだから、最低でも三日はかかると思っていたのだ。

 

「どこだ?」

 

 一丈青は言った。

 索長は、その商家のある通りの名を言った。

 ここから遠くない……。

 そんな近くに……。

 大胆な連中だ。

 

「よし、行くぞ──」

 

 一丈青は『移動術』を刻もうとした。

 

「お、お待ちください……。『移動術』は……。もしも、霊気の変化を悟られれば、逃げられるかもしれません。包囲している隊員にも、まだ、『逆結界』さえも、かけさせてはいません。態勢はとらせてはおりますが」

 

 索長が慌てたように言った。

 一丈青は確かに、その懸念はあると思った。

 能力の高い道術遣いは、周囲の霊気の変化に敏感だ。

 こちらの道術を感づかれて、『移動術』で逃げられたら終わりだ。

 

「ならば歩いていくか……」

 

 一丈青は言った。索長が頷いた。

 しばらく歩く。

 程なく、索長の案内で、その商家通りに着いた。

 

「ここです」

 

 索長はある一軒の商家の前に一丈青を連れてきた。

 すでに近辺の商家の戸は閉じている。

 周りには人通りもなく静かだ。

 

「ここか……?」

 

 一丈青は呟いた。

 ただ、なんとなく違和感があった。

 索長が包囲させていると言った部下の気配がないのだ。

 

「包囲している連中はどこだ?」

 

 一丈青は索長にささやいた。

 そのとき、いきなり、眼の前の商家の戸が開いた。

 びっくりした。

 そこに宝玄仙がいたのだ。

 

「よくやったよ、孫空女──。面倒はなかったかい──?」

 

 宝玄仙が索長に笑いかけた。

 孫空女──?

 一丈青は、索長に振り向いた。

 すると、索長の顔だった顔が、あの赤毛の女に変化した。

 

「あっ」

 

 思わず、一丈青は叫んだ。

 

「ご主人様、あのたまたま捕まえた道術師隊の男って、索長って名らしいよ……」

 

 その孫空女が言った。

 驚いた。

 索長が赤毛の女に変身していたこともそうだが、その変化の術の霊具らしきものを眼の前で使われていたのに、一丈青がまったく気がつかなかったことにもだ……。

 

「こ、この──」

 

 とにかく、捕まえる──。

 一丈青は眼の前の宝玄仙を道術で捕まえようとした。

 しかし、不意に風のようなものが通り抜けた。

 

「なっ?」

 

 気がつくと、全身から一丈青の霊気が消えている。

 しかも、身体が金縛りになったように動かない。

 

「よし、沙那、お前も出てきて、孫空女をふたりでこいつの服をひん剥きな」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、剣を腰にさげた栗毛の女が店の中から現われた。

 この女も外門で包囲したときに宝玄仙といた女だ。

 

「せめて、中に入れたらどうですか、ご主人様──。もう、ご主人様の道術で捕らえてあるんですよね?」

 

 その栗毛の女がたしなめるように言った。

 

「いいんだよ──。こいつの服をここで脱がして、今度は、あの李媛に送り届けてやるんだ。下着から靴まで、なにもかも脱がせて、あの朱姫を陥れた恩知らずの李媛がいる行政府の前に捨ててやる。きっと、恐怖におののくさ──。わかったら、ふたりともさっさとやりな──。そして、孫空女は、もう一度、こいつの服を抱えて、行政府の前まで行ってきな」

 

 宝玄仙が言った。

 一丈青は、驚いて抵抗しようとしたが、身体はまったく動かない。

 抵抗できない……。

 一丈青の背に冷たい汗がどっと流れた。

 まさか、こんなにも、道術遣いとして力量差があるとは……。

 

「やれやれ、じゃあ、やろうか、孫女……」

 

「そうだね」

 

 孫空女と沙那のふたりが動けない一丈青の服に手をかけた。

 一丈青は悲鳴をあげようとした。

 しかし、その声さえも封じられている。

 そして、ふたりの宝玄仙の部下らしき女が、一丈青が着ているものを淡々と脱がせ始めた。



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604 悪い魔女と弱い魔女

 上衣が腕から抜かれて、まずは、下袴(かこ)が引き抜かれた。

 さらに革靴が脱がされて、革靴の下にはいている靴下と……。

 どんどんと着ているものを脱がされていく。

 

 宝玄仙の命令を受けた孫空女と沙那というふたりの女が、無造作に一丈青(いちじょうせい)から服を取り去っては、地面に置いていくのだ。

 一丈青は、それに対して、なんの抵抗もできなかった。

 全身が金縛りになったように動かない。

 しかも、舌さえも凍りついて、悲鳴も出ない。

 

 道術対決で負ける……。

 それは、一丈青には想像もできないことだった。

 百年に一度の逸材と称され、わずか二十歳にして、道術師隊の隊長に抜擢されるほどの一丈青が、道術においてまったく歯が立たずに、完全に敗北したのだ。

 十歳のときに高い霊気が覚醒し、それから何人もの道術の師匠についたが、簡単に師匠を道術では打ち負かすことができた。

 だから、自分よりも優れた道術遣いは、この世にはいないとさえ思っていたのだ。

 

 しかし、負けた。

 さっき、宝玄仙に霊気を飛ばされたときには、一丈青もまた、同じことを宝玄仙にやろうとしていた。

 だが、宝玄仙が自分の周りに刻んでいた簡易結界に刃が立たず、逆に一丈青の道術は、身体に漲らせていた霊気ごと消滅させられた。

 

 圧倒的な力量差……。

 一丈青はそれを生まれて初めて思い知った。

 そして、その魔女に捕らえられた。

 一丈青の背に冷たい汗が流れる。

 

「一丈青とやら、お前にはいろいろと訊ねたいことがあるからね……。どうせ、簡単には喋らないだろうから、まずは、この宝玄仙の色責めに遭ってもらうよ。そうすれば、あることないこと、なんでも喋るようになるさ……。とにかく、まずは、お前に色々と喋ってもらってから、それから、李媛(りえん)といかいう雌猫の料理に取りかかるとするよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 李媛──?

 

 この宝玄仙たちは、本当に司政官の李媛に手を出そうとしているのか……?

 李媛は、この宝玄仙という魔女が、朱姫のことで李媛に仕返しをすると思って怖がっていた。

 だが、一丈青は、そんな懸念など、李媛の臆病さから出た妄想であって、一介の旅の女が王軍で護っている李媛に、手出しをすることはありえないと考えていた。

 しかし、どうやら、この女たちは、この国の道術師隊や王軍隊を怖くもなんともないようだ。

 一丈青は驚いた。

 

「ご主人様、あることないことでは困ります……。正確な情報でなければ……。それに訊き出したいのは、朱姫が囚われているという亜人収容所のことです……。昼間、捕まえた道術師隊の男によれば、この一丈青は、王軍道術師隊長として、頻繁にその収容所にも赴くことがあるそうですから、こいつには、その収容所の情報を洗いざらい喋らせたいのです」

 

 栗毛の女が一丈青の胸当てを剥ぎ取りながら言った。

 人気のない夜とはいえ、ここは商家が軒を並べる商家街だ。

 一丈青は、こんな野外で乳房を剝き出しにされた羞恥で、全身が真っ赤になるのを感じた。

 その沙那が孫空女に一丈青からとりあげた胸当てを渡した。

 孫空女は、宝玄仙の命令で、一丈青から脱がせたものを行政府の前に捨ててくるとかで、いままで脱がせたものを畳み直し始めていた。

 

「わかっているよ、沙那……。だけど、その李媛という性悪女には、きっちりと落とし前をつけていこうじゃないかい──。ちょっとくらい恥ずかしい目に遭わせるくらいなら、あの李姫(りき)貞女(さだじょ)も許容している。だからさあ」

 

 李姫?

 貞女?

 

 宝玄仙が何気なく口に出した名前に、一丈青はびっくりした。

 李姫とは、あの李媛の娘のことだろう。

 貞女とは、李姫の恋人だと李媛に告白し、李媛が激怒して少し前に屋敷から解雇した侍女のはずだ。

 そして、その直後に、貞女どころか李姫も家出をしてしまい、李媛が必死で行方を探させている。

 李媛は王軍道術師隊にも、李姫を捜索しろと一丈青に言ってきたが、さすがに家出娘の捜索など道術師隊のすることではないと断ったが……。

 その李姫と貞女と接触があるのか……?

 

「ご、ご主人様──。なんで口に出すんですか──?」

 

 一丈青の腰の下着に手をかけていた沙那が、その作業をやめて宝玄仙に詰め寄った。

 

「えっ? ああ、まずかったい?」

 

「当たり前じゃないですか──。これで、この女は逃がすわけにはいかなくなりましたよ。情報を白状させた後で殺すしかなくなりました。李姫と貞女に迷惑がかかります」

 

 沙那が呆れた声をあげた。

 しかし、殺すという言葉に一丈青はぞっとした。

 

「じゃあ、こいつを連れていけばいいじゃないか、沙那──。どうせ、その収容所とかを襲撃するか、忍び込むかして、朱姫を助けるんだろう? だったら、そこまで連れていったらいいよ。情報源として必要だしさあ……。そのあいだに、あの坊やがふたりをこの城郭から逃がして、安全なところに匿うさ。それが、あのふたりが、あたしらや朱姫と李媛の情報を提供してくれた条件なんだしね」

 

 孫空女が言った。

 

「あ、あんたも喋りすぎよ、孫女」

 

 沙那が怒ったように言った。

 

「まあいいさ。それよりも、こいつは随分と肌がぴちぴちしているじゃないかい? 王軍の道術師隊の女隊長ということだから、顔は若くても、まさか、三十を下ることはないと思っていたけど、何歳だい? 声を返してやるから喋りな」

 

 宝玄仙が一丈青に道術を刻んだのがわかった。

 舌の感覚が戻った。

 

 助けを……。

 

 一丈青がその瞬間に考えたのは、それだ。

 道術師隊は、この城郭の四方八方に散らばせてある。

 ここは道端だし、運よく近くに部下がいれば……。

 

「悲鳴をあげて助けを呼びたければ、そうしてもいいけど、そのときは、集まった人間の前で、お前の下着を剥ぎ取るからね……。そうだ。お前の仲間が見つけやすいように、照明をつけてやるよ。一丈青隊長のすっぽんぽんの裸芸だ。大声で仲間を呼びな」

 

 すると、一丈青が立たされている周りに、すっと光の輪が浮かんだ。

 夜闇に自分の半裸の姿が浮かびあがったのがわかった。

 

「わっ、うわっ」

 

 一丈青は動揺した。

 助けを呼ぼうとした舌も動かなくなる。

 確かに、こんな姿を見られるわけには……。

 

「……ふふふ、悲鳴をあげるつもりはなくなったようだね。じゃあ、訊ねたことを言いな。まず、知りたいのはお前の歳だ……。次に、男との経験がどのくらいあるのか言いな。それによって、調教のやり方が変わってくるからね……」

 

 宝玄仙が沙那を押し避けるようにして、一丈青の前に出てきた。

 そして、いま一丈青が唯一身に着けている下着の前部分に手をかけた。

 しかも、その指をゆっくりとさげていく……。

 

「まったくご主人様は……」

 

 宝玄仙の後ろで沙那が呆れ顔でぶつぶつと呟いたのが聞こえた。

 一方で一丈青が脱いだものを抱えて立ちあがっている孫空女は、その隣で苦笑している。

 そのあいだにも、じわじわと下着がさがっていく。

 下から照らされる光に、一丈青の恥毛の一部が露出する。

 

「ま、待って──。に、二十よ」

 

 一丈青は慌てて言った。

 とにかく、時間を稼がなければ……。

 一瞬にして消された霊気は、時間さえ経てば少しずつだが、身体が周囲から霊気を吸収して回復する。

 そうすれば、『移動術』で逃げられる……。

 それまで、なんとか時をかけるのだ……。

 

「へえ、本当にそんなに若いのかい……。そう言えば、結構、霊気の戻りが早いねえ……。もう、霊気が溜まりつつあるじゃないかい。さすがは、その若さで道術師隊の隊長だけやるだけあるねえ。面倒だから、封印しておくかね……。じゃあ、ちょっとばかり、ぴりっとするよ。まあ、本格的なものじゃないけど簡易道術陣だ。これで、お前の霊気はわたしの思いのままさ」

 

 宝玄仙がすっと、一丈青の下着を一気に膝までずりさげた。

 

「ああ……」

 

 一丈青は羞恥と汚辱に顔をさっと横に捩じった。

 しかし、次の瞬間、突然に熱の塊りが下腹部に当たった感触が沸き起こった。

 

「ひぐうっ」

 

 一丈青は口から強い呻き声を迸らせた。

 その熱さはすぐになくなったが、慌てて、その箇所に視線を落とした。

 赤ん坊の拳大の道術陣が一丈青の股間に刻まれている。

 一丈青は驚いた。

 

「これで、お前はわたしがこれを消すまで、道術は遣えないよ。おまけに、わたしの道術はお前の身体にかけ放題だ。挨拶代りに、全身の感度をあげてやるよ。とりあえず、五倍くらいでどうだい?」

 

 すると、急に全身が熱くなった。

 身体が火照り、脂汗のようなものが毛穴という毛孔から噴き出してくる。

 

「な、なに、これ……」

 

 一丈青は歯を喰いしばった。

 全身からおかしな疼きが込みあがってくる。

 

「とにかく、ご主人様、本当にここでは人目があります……。予定通りに、例の空き家に移動しましょうよ」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「待ちな。この娘は、肝心なことに答えてないよ……。さあ、言いな。お前の肌の感じ……。なんとなくだが、わたしはお前は生娘なんじゃないかと思うがね……。どうなんだい?」

 

「そ、そんなこと……」

 

 一丈青は顔を宝玄仙から背けるために横に捩じった。

 しかし、宝玄仙がぐいと顎を掴んで、真っ直ぐに一丈青を宝玄仙に向ける。すると、身体に宝玄仙の霊気が流れ込んで顔を固定される。

 

「答えるんだよ。生娘かい──? それとも、経験はあるのかい?」

 

 宝玄仙がにやにやと笑いながら一丈青に迫る。

 一丈青は、必死に口をつぐんだ。

 なんで、そんなことを答えなければならないのだ。

 

「答えないのかい……」

 

 口をつぐんで、身体を震わせている一丈青の股間に、宝玄仙が手をやった。

 その手に霊気が漲っている。

 すると、宝玄仙の手に男性器を思わせる木の張形が現われた。

 びっくりした。

 

「早く答えな。生娘だったら、やめてやる。そうでなければ、まずは、この場で挨拶代りの張形責めだ……。心配しなくても、道術陣を使って前戯なんかなくても、どろどろに蜜が溢れるようにしてやるから、生娘でもなければ苦痛ではないはずさ」

 

 宝玄仙がくすくすと笑いながら、一丈青の太腿に片手を軽く置いた。

 すると、まるで自分の脚ではないかのように、一丈青の両脚がすっと動いて、肩幅に脚を開いて動かなくなる。

 膝の上に下着がかかったままだったので、その下着が脚を開いたためにいっぱい伸びたのがわかった。

 

「挿すよ……。ほらっ……。股間が熱くなってきただろう……。もしも、お前が男の経験があるなら、この道術でたっぷりと蜜が出るはずだ。だけど、生娘だったら、この道術じゃ駄目なんだ。だから、そうでなければ言いな。さもないと、乾いた女陰に木の棒を挿されるという、女として生まれたことを後悔するような苦痛を味わうことになるよ」

 

 宝玄仙の持つ張形の先端が一丈青の無防備な股間に当たった。それがじわじわとあがってくる。

 一丈青は恐怖した。

 女陰が渇いていることはわかっている。

 一丈青には男の経験は一度もないのだ。

 

「や、やめて──。生娘よ──。生娘だったら──。こ、怖い──」

 

 一丈青は悲鳴をあげた。

 そして、自分でも驚くことに、わっと両眼から涙がぼろぼろと流れ出したのだ。

 

「やっぱり、そうだったよ、沙那──。こいつは生娘だってよ」

 

 宝玄仙が張形を一丈青の股間から離して大笑いした。

 

「もう……。なにがおかしいんですか、ご主人様」

 

 沙那が嘆息したのがわかった。

 しかし、宝玄仙は本当になにがおかしいのか、げらげらと笑いながら、一丈青の足首から下着を抜いた。

 

「ほらっ、行っておいで、孫空女──。そのあいだに、わたしらは例の家に移動しているから……」

 

 宝玄仙が一丈青の下着をぽんと孫空女に放った。

 だが、一丈青は、自分の中のなにかが毀れてしまったのか、ぼろぼろと流れ続ける涙をどうしてもとめることができなかった。



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605 追い詰められる女たち

「な、なんだ、これは?」

 

 李媛(りえん)は、なにかの報告にやってきた女役人が盆に載せてもってきたものに眉をひそめた。

 

「これは、道術師隊の軍装です」

 

 悪びれずに答えた役人の言葉に李媛は、思わずかっとなった。

 

「そんなことは見ればわかる──。わらわは、なんで、朝っぱらから、それをわらわの前に持ってきたのだと訊いておるのじゃ」

 

 李媛は声をあげた。

 怒鳴りながら、このところ小さなことで苛立って怒ってばかりいる自分に気がつく。

 以前は、こんなことはなかったのだ。

 優しい慈悲深い貴婦人と自分が称されていたのも知っている。そう思われている自分に誇りを持っていた。

 しかし、夫が死に、その夫を殺した魔王の慰み者になり、城郭の住民たちの前で恥ずかしい姿を晒された。

 そのことが李媛のなにかを変えた。

 

 自分の中に隠れていた闇の部分が以前の作り物の自分を打ち砕いて表に現われた……。

 そんな気分だ。

 気がつけば、いつも苛ついて怒鳴っている自分に気がつく。

 色々なことが李媛を苛つかせる。

 しかし、李媛にはなにが自分をそんなに苛々させるのかわからなかった。

 

 暫定司政官となって以来、ずっとつきまとっている偏頭痛のためだろうか……。

 一度は亜人の魔王の慰み者になった李媛を司政官として抱く市民の不満や叛乱への危惧だろうか……。

 追い払ったものの、いつ再び戻ってくるかもわからないあの強力な魔王軍の来攻に対する備えについての悩みだろうか……。

 亜人を一掃したはずの獅駝の城郭に、まだ潜伏しているであろう亜人の存在のためか……。

 そのいずれか、あるいは、それらのすべてが李媛を悩まして、気分を落ち着かなくさせているのだと思う……。

 

 そして、李姫……。

 貞女との件で大喧嘩となり、五日ほど前に屋敷を飛び出したまま帰ってこない。

 どこで、どうしているのか……?

 なにもかも李媛の思う通りにならない。

 

 誰もが李媛に逆らう……。

 いや、馬鹿にしている。

 魔王の慰み者になり、羞恥の姿を毎日のように晒した李媛を笑っているに違いない。

 そんな気がする……。

 すべてに対して、苛立つ……。

 この実直そうな女役人だって、きっと……。

 

 だが、面と向かって李媛に、そういう馬鹿にしたような態度を取る者もいない。

 しかし、それすらも、なにか李媛に不安を与える……。

 それにしても、頭が痛い……。

 

「つまり、この軍装は、装着されている階級章から考えて、どうやら道術師隊の一丈青(いちじょうせい)殿のようなのです。これが夜のあいだに、行政府の玄関前に捨てられていたのです。朝になって明るくなりはじめたときに、掃除のためやってきた人夫が見つけて届けてきたのです」

 

 その女役人は、いつものように表情をあまり変化させない生真面目さを醸し出しながら言った。

 

「一丈青のもの?」

 

 李媛は首を傾げた。

 道術師隊の一丈青の軍装が、行政府前に捨てられるとは、いったいどういうことだろう?

 女役人が大きな盆に載せて持ってきたその軍装一式を卓に置かせた。

 軍装だけではない。

 靴やベルトや装具品の一式もある。

 そして、李媛は上下の軍装をひょいと持ちあげて驚いた。

 軍装の下に着る薄物の衣類や上下の女の下着もあるのだ。

 

「なんだこれは? まあいい……。とにかく、一丈青を呼べ。直接に訊ねればわかることじゃ」

 

 李媛は不快になり、下着の類いの上に軍装を重ねた。

 

「実は、そのことで報告をしにきたのです……。この盆に載せたものは、順を追って、最終的には、下級役人からわたしのところに届けられました。わたしには、これは道術師隊長の一丈青殿の衣類だとわかりましたので、まずは、一丈青殿に届けようと、道術師隊の軍営に行ったのです……。もちろん、こんな状態ではなくて、箱に入れてお持ちしたのです。ともかくも、一体全体、なんの冗談なのか問い質さないとなりませんから……。それが……」

 

 しかし、女役人は少し言い淀んだ。なにやら、喋るべきか喋らない方がよいことなのか迷っている雰囲気だ。

 

「それがどうしたのだ? 早う言え」

 

 李媛は言葉を促した。

 

「はあ、ならば申しあげます……。これは、ただのわたしの勘なのです。このような不確かなことを申しあげるのは、李媛様の心を煩わすだけで、間違ってったら向こう方にもご迷惑がかかりますし……。だけど、わたしの勘が正しければ、これは、もしかしたら由々しき事態とも思いますし……」

 

「能書きはいい。早く、言え」

 

「はい──。言います。あくまでも、現時点ではただのわたしの勘にしかすぎませんが……。もしかしたら、一丈青殿は、行方不明なのではないでしょうか。わたしが軍営を訪問したとき、道術師隊の軍営はなにやら、朝からただならぬ騒ぎでありまして……」

 

「騒ぎ?」

 

「それに、わたしが一丈青殿に小用で面会を申し出ても、都合が悪いの一点張りなのです……。それで、わたしは、そのとき抱えていた箱に入っていたこの衣類と結びつけて思ったのです……。これは、もしかしたら、一丈青殿は夕べ行方不明になったのであり、これはその犯人が置いたものではないかと。そう考えれば辻褄が合うのです……。道術師隊の不自然な対応にも合点がいきます」

 

「あの一丈青がさらわれたということか?」

 

 李媛は驚いた。

 

「もしも、本当に一丈青殿がさらわれたとすれば、道術師隊の連中も、そんなことは不名誉なことなので、とりあえず、それを隠して、道術師隊で捜索をしているのではないかと……」

 

「まさか……?」

 

 改めて、盆の上のものを見る。

 ここには、昨夜、この行政府を訪ねた一丈青が身に着けていたものと同じものがある。

 これを一丈青をさらった者が置いていったとしたら……。

 そして、一丈青ほどの道術遣いをさらえる者がいるとしたら……。

 

「ああ、そんな──」

 

 李媛に一気に恐怖が襲った。

 つまりは、これにはふたつの意味があるに違いない……。

 一丈青は宝玄仙を捕らえようとしていた。

 その一丈青がさらわれたなら、一番可能性が高いのは、その宝玄仙が逆に一丈青をさらったということだ。

 

 そして、その一丈青が身に着けているものをわざわざ行政府の前に置いていったのは、一丈青は身になにひとつつけない丸裸でいるということを教えているのだ。

 さらに、それらをわざわざ行政府に置いたのは、つまりは、李媛を脅しているのだ。

 次はお前だということを……。

 

「ま、道術師隊……。い、いや、王軍の歩兵隊長を呼べ──。すぐにじゃ」

 

 李媛は女役人に言った。

 怖ろしい魔女が、李媛を狙っている。

 そう思うと、大声で叫び出したくなるような恐怖が李媛を襲った。

 

 

 *

 

 

「気分はどうだい……? 一丈青 ちゃんと眠れたかい……?」

 

 宝玄仙がぴんと天井から吊られている糸を指で軽く摘まんだ。

 

「あふうううううっ──」

 

 一丈青は身動きできないようにがっしりと寝台に拘束された身体を可能な限り仰け反らせて悲鳴をあげた。

 

「な、なんでも喋ったわ……。も、もう、許して──」

 

 一丈青は金切り声をあげた。

 ここがどこだかはわからないが、どうやら獅駝の城郭内の外郭側にある閉鎖された場末の酒場のような場所だ。

 長い夜が終わって、窓からは朝の光が射しこんでいる。

 それでも、この宝玄仙という魔女の拷問は終わらない。

 

 一丈青は、最初に捕らえられた商家街から、道術で転送されてここに連れ込まれた。

 道術で身動きできない一丈青に加えられたのは、一丈青が想像もできないような淫靡な拷問だった。

 ここは、あらかじめ準備されていたのか、元々は客が酒を飲むための場所だと思われる場所だと思う。そこに粗末な寝台が持ちこまれていて、一丈青は、まずは、宝玄仙の命令を受けた沙那という女に、この寝台に両手両足を寝台の四隅の革紐でしっかりと仰向けに縛りつけられた。

 それだけでも、一丈青にとっては、言語を絶する辱めだったが、この宝玄仙という女は、その状態の一丈青の肉芽を摘みあげて刺激すると、馴れきった手管でくるくるとその微妙な急所を抉りだし、さらに皮をめくると、しっかりと硬い糸を根元に巻きつけたのだ。

 

 そして、悲鳴をはりあげて、激しく身悶えする一丈青を無視して、天井にある自在鉤にその糸を結びつけた。

 しかも、その鉤は壁の操作具で簡単に上下できるようになっていて、宝玄仙はすぐにその糸をぴんと張ったのだ。

 途端に身も凍るような衝撃を受けた一丈青は、歯を噛み鳴らして吠えるような泣き声をあげた。

 

 それから訊問が始まった。

 質問をするのは、沙那という女だった。

 沙那は、まず火のような戦慄で全身の筋肉を硬直させている一丈青の急所に結ばれている糸をさらに上にあげた。

 あまりの激痛に、一丈青は限界まで身体を仰け反らせたが、四肢を拘束されている一丈青の腰はそれほどにはあがらない。

 それでも、一丈青は、仰向けの状態で肩と足首だけで全身を支えて限界まで身体を反らせた。

 沙那は、その状態で糸を固定したのだ。

 

 そして、沙那の質問が始まった。

 最初のうちは抵抗をしていたが、答えるのを拒むと沙那は無造作に糸を弾いたり、揺すったりする。

 そんな拷問に耐えられるわけもなく、結局、一丈青は、沙那の訊ねるままにすべてを白状した。

 沙那は眉ひとつ動かさない冷酷な顔で、記録を取りながら質問を続けた。

 しかも、同じ質問を問いかけを変えながら訊ね、少しでも一丈青の答えに矛盾があると、容赦なく糸を動かした。

 

 なにもかも喋った。

 朱姫が囚われている亜人収容所のこと……。

 獅駝(しだ)の城郭で朱姫を捕らえたときの顛末……。

 獅駝の城郭に駐屯している王軍道術師隊や王軍歩兵隊の勢力……。

 司政官である李媛のこと……。

 

 とにかく、ほかにもあらゆることを聞かれるままに喋った……。

 訊問は数刻にも及んだ。

 それは、孫空女とかいう赤毛の女が、一丈青の衣類を行政府の前に置いてやってきてからも続いた。

 やがて、やっと沙那が質問をやめ、一丈青の肉芽を吊っていた糸を緩めて、尻が寝台に着くくらいまで身体をさげることを許された。

 やっと終わったのだとほっとした。

 

 だが、それから始まったのが、今度は宝玄仙の「訊問」ではなく「調教」だ。

 宝玄仙は、沙那から一丈青の身体を受け継ぎ、一丈青の肉芽を再びぴんとなるくらいに糸を引っ張ると、明日まで休憩だと言って、そのまま放置したのだ。

 ここにいるのは、宝玄仙、沙那、孫空女の三人の女だけだったようだが、この三人は、この酒場の床のそれぞれで、適当に毛布にくるまって寝てしまった。

 一丈青はあまりのことに、泣き叫んで許しを乞うたが、彼女たちは、余程にこういうことに慣れているのか、一丈青がこれほどに哀願をして泣き叫んでも、平気で寝息をかいて寝てしまった。

 

 そして、ひと晩……。

 もちろん、寝れるわけもなく、一睡もできない朝を迎えたところをいま、宝玄仙に糸を揺すられたのだ。

 

「ああ、も、もう、許して、いっそ殺して──」

 

 一丈青は、もう恥も外聞もなく泣き喚いた。

 

「ははは……。まあ、死ぬことは諦めな。お前に刻んだ道術陣があるから、なにかの方法で自死をしようとしても、わたしの『治療術』がお前を回復させてしまうさ……。これから、もっとつらくなるからね……。苦しければ、いくらでも泣き叫びといいよ。ここはわたしの結界で包んでいるから、どんなに叫んでも、お前の声は外まで届きはしないしね」

 

 宝玄仙が冷酷に笑いながら、ぐいぐいと糸をしごきあげる。

 

「あああっ──」

 

 一丈青は激痛に身体をがくがくと波打たせて、引きつった悲鳴をあげた。

 

「みっともななく、泣き叫ぶんじゃないよ、一丈青──。仮にも、その若さで王軍道術師隊の隊長にもなった英才なんだろう? それに、これは生娘のお前への慈悲で肉芽だけの調教にしてやってんだよ……。感謝をしてもらわないとね。生娘だから、女陰を張形でほじるのはやめにしてやっているんだ──。その代わり、この肉芽を集中的に責めさせてもらうけどね……」

 

「ゆ、許して……。許してください……」

 

「ふふふ……。この宝玄仙が腕によりをかけて、お前の肉芽を怖ろしいほどに感じる場所に変えてやるよ……。生娘のままでね……。お前は知らないだろうけど、女の肉芽というのは、鍛えればいくらでも大きくなるのさ……。朱姫を救い出すことができたら、お前は解放してやるが、それまでに、その肉芽を子供の親指ほどにはでかくしてやる……。そうなれば、生娘のお前が、今度は女をそれで犯すなんてこともできるかもね……」

 

 宝玄仙が残酷なことを告げながら、大きな声で笑った。

 

 助けて……。

 誰か助けて……。

 

 一丈青は、心の中で叫びながら、伸びきった糸が与える激痛にただただ、しくしくと泣き続けた。



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606 生きている玩具

「戻りました。孫空女も一緒です」

 

 沙那は建物の中にいるはずの宝玄仙に向かって、店の外から声をかけた。

 ここは、昨夜から使っている獅駝(しだ)の城郭の南地域の端にある空き家となっている酒場だ。

 沙那は早朝に起きて、今後のことを長庚(ちょうこう)に頼むために、もう一度、あの長庚の商家に戻っていたのだ。

 

 そこには、長庚、百舌(もず)蝶蝶(てふてふ)双六(すごろく)貞女(さだじょ)李姫(りき)という今回のことでいろいろと世話になった人たちも集まっている。

 彼らにも、それぞれの立場というものもあるから、勝手なことをするわけにもいかない。

 そのために、今後の身の振舞いについて、話し合いをする必要もあったのだ。

 それから、孫空女と合流し、李媛のいる行政府の施設を探るついでに、幾つかの仕掛けをしてきた。

 

 李媛は、五日ほど前に、娘の李姫が家出をしてから屋敷には戻らず、行政府に泊まったままだ。

 それは、娘のいなくなった屋敷に戻りたくないというのもあるのだろうが、その頃、宝玄仙が金凰魔王を倒したという噂に接したらしく、朱姫のことでの仕返しを怖れて、屋敷に戻ることをやめたようだ。

 身の安全を保つためには、もともと警護のことなど考慮されていない造りの李媛の屋敷よりも、厳重な行政府の方が適するからだ。

 

 そして、確かに、行政府は王軍歩兵隊と思われる兵で厳しく警備がなされていた。

 その辺りは、一丈青(いちじょうせい)の自白の通りだった。

 だが、その警備要領について、知る限りのことを一丈青に喋らせていたので、潜入するのは不可能ではなかった。

 事実、孫空女とともに、人夫と掃除婦にそれぞれに化けて入り込み、宝玄仙の『移動術』の出入口となる道術の仕掛けも作ってきた。

 その帰路、市で食料を買い込んでふたりで戻ったのだ。

 いまは、陽が中天に昇り切る少し前という時刻だ。

 

「いま、結界を緩めたよ。孫空女も一緒かい。お入り……」

 

 宝玄仙の声が戸板が閉まっている店の中から聞こえた。

 おそらく、たったいま宝玄仙がこの店の中を覆っている結界を沙那と孫空女が入ってこられるようにしたのだろう。

 外から聞いている限り、この空き家の酒場からは物音ひとつせず、人のいる気配さえもまったくない。

 しかし、実際には、昨夜からずっと、あの一丈青という不幸な女隊長を相手に、宝玄仙の淫靡な調教が続いているはずだ。

 沙那は戸板をずらして、入り口を作って中に入った。

 

「ご主人様、帰ったよ……。言われたことをしてきた。でも、行政府は警護の兵や道術遣いらしき男たちがうようよしてたよ」

 

 孫空女が食料を抱えたまま言った。

 一方で、沙那はまずは、抱えてきた旅の荷物を部屋の隅に置く。

 もともと、一丈青たちに襲撃されたときに、捨てざるを得なかったものだが、あの双六が回収してくれていたのだ。

 

「わかっているよ。お前たちが、その行政府内に持ち込んだ物を使って、すでにわたしは、行政府との道術の繋がりを何本も結んだよ。ごくろうさん」

 

 宝玄仙はにこにこしている。

 沙那はほっとした。

 随分と上機嫌だ。

 一丈青という「玩具」があるから、宝玄仙は愉しくて仕方がないというところだろう。

 このところの退屈凌ぎの材料は、小白象の一件を理由に、沙那に集中していただけに、沙那は心からほっとしている。

 

「じゃあ、とりあえず、ご飯を作るよ。朝食もなかったから、お腹空いたでしょう、ご主人様?」

 

 孫空女が厨房に消えた。

 ここは、少し前まで双六という長庚が雇った男の一味が使っていたという空き家となった酒場であり、一丈青を監禁する場所として、借りうけた場所だ。

 二階建てであり、少し前まで、その二階には、あの鳴智(なち)たちも隠れ家に使っていたのだという。

 

 鳴智……。

 

 沙那も女人国で会っているが、やはり、宝玄仙とは随分と因縁(いんねん)があるようだ。

 今回も金凰宮に捕らわれた宝玄仙を救出するために、命を懸けて宝玄仙を助けてくれたのだということだ。

 結局、お宝という宝玄仙の偽者に魔域に連れて行かれたらしいが、孫空女は、宝玄仙に助けを求めるあの鳴智の悲痛な叫びを忘れられないという。

 宝玄仙も多くを語らないが、鳴智のことは随分と気にしているというのは、沙那にもわかる。

 とにかく、沙那は宝玄仙の前にやってきた。

 

「ただいま帰りました、ご主人様……。とりあえず、馬車を“彼”が準備してくれることになりました。それに乗って、わたしたち三人が“荷物”を抱えて城郭を出ます。場合によっては、あの“ふたり”が同乗します。準備でき次第に、出立したいと思います」

 

 沙那は宝玄仙の腰掛けている椅子の隣の椅子に腰掛けた。

 “彼”と呼んだのは長庚のことであり、“荷物”とは一丈青のことだ。そして、“ふたり”というのは、貞女と李姫だ。

 この一丈青は、いずれは追っ払うことになると思う。

 そのときに、彼らに迷惑にならないように、名前を一丈青の前で出さないようにしているのだ。

 

「あひう……はああ……ああっ……はっ……」

 

 その一丈青が苦しげに呻いている。目の焦点が怪しい……。

 宝玄仙の眼の前には、二階からおろした寝台があり、そこには昨夜から天井の鉤に繋いだ糸で豆吊りに遭っている一丈青が四肢を革紐で縛られて仰向けに拘束されている。

 昨夜からまったく変化のない光景だ。

 

 違うのは、いまは腰の下に枕を差し入れられて、股間を天井に向かって大きく仰け反った状態を強要されていることだ。

 その状態で糸を限界まで吊っている。

 一丈青は、あれ以上は身体を弓なりにできないはずなので、ほんの少しも糸の余裕がなく、身悶えをするだけで凄まじい激痛が走るに違いない。

 

 その結果、一丈青の全身にはおびただしい汗が流れ落ちていて、その表情は朦朧としている。

 また、糸が天井に繋がっている股間の下には、糸から与えられる疼きで垂れ落ちた愛液が大きな染みを作っていた。

 一丈青は、この状態でひと晩越えさせられ、いまだに続いている。

 

 沙那も何度もやらされたが、その苛酷さは骨身に沁みているので、少し一丈青に同情したくなる。

 それに、夕べの前半夜から始まって、もう(ひる)だ。

 沙那も、これほどの長時間は経験がない。

 

 まあ、宝玄仙に関わったことが不幸というほかないが、この一丈青もまんざら罪がないわけではないし、自業自得だろう。

 沙那は、半狂乱の一丈青の哀れな姿を前にして、そう自分に言い聞かせた。

 

「あっ、沙那……。た、助けて──さ、沙那……。お願いよ──。ひぎいいいっ──」

 

 視線の不自然だった一丈青が、少し正気を取り戻したようになって、沙那に顔を向けた。

 万が一の可能性を求めて、助けを求めたようだ。

 だが、それで、思わずぴんと糸で結ばれている腰を揺すってしまい、けたたましい悲鳴をあげてしまったらしい。

 

「お、お願いよ……。もう、許して……。なんでも喋ったじゃないの……。それとも、まだなにか訊きたいことがあるなら、お願いだから質問して──。も、もう、この糸を外して──」

 

 一丈青は泣きじゃくった。

 すっかりと、糸吊りの恐ろしさがこたえたらしく、気丈な女隊長の片鱗も残っていない。

 これだけの長時間、豆吊りを続けられた苛酷さが、一丈青の牙を完全に抜いたようだ。

 

「なに言ってるんだい、一丈青──。まだ、なにも始まっていないじゃないかい。お前の調教は、これから始まるんだよ──。いままでの糸吊りは準備運動のようなものさ……。お前の肉芽を親指くらいの大きさまで膨れさせてやると言っただろう。それまでは、続けるよ。その代わり、処女だけは破らないようにしてやるからね……」

 

 宝玄仙は苦痛に顔を歪めて涙を流す一丈青の姿に、げらげらと笑い声をあげた。

 

「お願い……。ご、後生です──。だ、だったら、股を犯してもらって構いません。だ、だけど、お願いですから、これはもう解放して──」

 

 一丈青は泣きながら訴えた。

 沙那は、ふと一丈青の股間を改めて覗いた。

 糸に繋がれて、小高く盛りあがっている女陰からは、水でもこぼしたかのように、淫液が垂れ流れて大きな水溜まりを形成している。

 臭気も凄いから、小便も混ざっていると思う。

 また、その肉層から生々しい屹立を見せている陰核は、まるでなにかの果物であるかのように充血して真っ赤だ。

 

「冗談じゃないよ。最初は肉芽だけで責めるというのは、もしかしたら退屈かもしれないかと思ったけど、やってみると結構面白いよ……。しっかりと大きくしてやるから安心しな……。でもいっぺんには肉芽も大きくできないから、じっくりと時間をかけて引き伸ばしてやるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 そして、横にある油剤をとって、その真っ赤に充血している一丈青の肉芽に塗り始めた。

 宝玄仙が塗っているのは、痒み剤と催淫剤の混じった特別の媚薬のはずだ。

 ただでさえ、宝玄仙の道術で全身の感度をあげられている一丈青にはまたらない性の拷問だろう。

 

「ぬほおおおおっ」

 

 一丈青は、宝玄仙の指の刺激を受けて、またけたたましい悲鳴をあげた。

 だが、宝玄仙は鼻歌を口ずさみながら、容赦なく肉芽を摘んで刺激を与えていく。

 そして、さんざんに一丈青に泣き叫ばせてから、ほんの少しだけ、また道術で一丈青の肉芽に繋がっている糸を少しだけあげた。

 

「ひごおおおおっ」

 

 すると、一丈青は、あっと声をあげて、汗みどろの顔を苦しそうに左右に揺さぶる。

 

「薬を塗っては揉み揉みして、少しだけ糸をあげる。なかなかに根気のいる作業さ。だけど、一日近くでかなり成長しただろう、沙那。もう、指の爪くらいにはなったさ」

 

 宝玄仙は一丈青の肉芽の肉芽をつんと指で弾いて、一丈青に悲鳴あげさせて笑った。

 

「……だったら、『女淫輪』を使ったらどうですか、ご主人様。あれを根元につけるんです。そうすれば、その淫具を外さない限り、肉芽の充血が収まらず、最大限に膨らんだ状態が維持されます。きっと、短い時間で大きくなると思いますよ」

 

 沙那は言った。

 『女淫輪』とは、沙那が旅の最初の頃に肉芽の根元に装着されていた淫具であり、淫具をつけている部位を四六時中欲情させるという怖ろしい淫具だ。

 

「……そりゃあ、いい考えだけど……。残念ながら、荷は全部失ってしまっただろう……。まあ、失くした霊具は、作り直せばすむことだけどね」

 

 宝玄仙は肩を竦めた。

 

「いえ、荷は取りも戻せたんです。城門で襲われたときには、確かに荷は捨てていかざるを得なかったのですが、わたしたちを襲った連中も、わたしたちを追いかけるの頭がいっていて、わたしが捨てた荷は置き捨てられたみたいです。それをこっそりと、双六殿の手の者が回収してくれていました」

 

 沙那は立ちあがって、霊具の入っている葛籠(つづら)を宝玄仙のいる場所まで運んできた。

 その葛籠は、宝玄仙の作った霊具が入っている葛籠であり、宝玄仙の霊具ということは、つまりは夥しい数の淫具だ。

 宝玄仙はその中身を見て、悦びの声をあげた。

 

 いま、双六の名を出したのも、さっき、長庚たちの名を伏せたのと同じように、意図的なものだ。

 長庚とは逆に、裏社会で名を売りたい双六は、今回のことを大きな機会と考えているらしい。

 それに、まだ双六という名は名乗り始めたばかりで、裏社会では無名だ。

 だから、できるだけ双六という裏の渡世人の名を世に出したいようだ。

 

「ほう……。だったら、例の白象宮で手に入れた、例の李媛へのお土産もあるのかい? まさか有用になるとは思わなかったけど、ちょうどいいから、ちょっとばかり、その女狐の性根を冷やしてやろうじゃないかい」

 

 土産というのは、白象宮で手に入れたもので、もともとは、青獅子軍の生き残りが獅駝の城郭から離脱するときに、魔王宮から持ち出したものだ。

 本当は、使うために持ってきたのではなく、白象宮に置いていては、万が一誰かの手に渡れば、李媛に気の毒だと思って回収してきたのだ。

 

「ちゃんと、持ってきました……。でも、霊具ですから、わたしひとりでは……。これは孫女でも使える程度の霊具なんでしょうか、ご主人様?」

 

「問題ないよ。大した霊気を使うものじゃないしね」

 

「だったら、後でふたりで、また、仕掛けに行ってきます、ご主人様」

 

「いや、それよりも、今度はなんとか、李媛のいる司政官室に、道術の出入口を作ってきておくれ、沙那。そうすれば、こんなものは、いくらでも送り込める」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わかりました。わたしと孫女でなんとか隙をみて、李媛の部屋に入り込みます」

 

 沙那は頷いた。

 そして、宝玄仙の霊気を刻んである『道術紙』を部屋の中に置いてくる……。

 それがあれば、宝玄仙は現在地とその『道術紙』を『移動術』で結び、部屋を監視する霊具を次々に送り込める。

 もちろん、ほかの物でも大丈夫だ。

 『逆結界』という『移動術』で跳躍する者を途中で捕らえる対抗道術もあるが、物をやりとりするだけなら、それにも引っ掛からない。

 

「じゃあ、一丈青だ……。さて、荷物も戻ったことだし、お前に、わたしのとっておきの道具を装着してやるよ、一丈青……。さあ、この『女淫輪』はなかなかの淫具だよ。これで、お前ももっと愉しめると思うさ」

 

 宝玄仙が笑いながら、葛籠の中から『女淫輪』を取り出した。

 それを無造作に一丈青の露呈している肉豆の根元に嵌めた。

 

「ひいいいっ──うううああああ──も、もう殺して──お願い──」

 

 一丈青が狂ったような悲鳴をあげた。

 『女淫輪』の凄まじさは、沙那にはわかっている。

 その淫具を嵌められるだけで、肉芽には怖ろしい疼きが延々と襲い続けてくるのだ。

 もしも、沙那が気を制御する術を会得していなかったら、とてもじゃないが、まともな生活は不可能だったに違いない。

 

「ところで、出立はいつ頃になりそうだい、沙那?」

 

「遅くとも、明後日と考えています、ご主人様」

 

「明後日かい、沙那? 随分と急だねえ……。それじゃあ、李媛にお仕置きをする時間がないじゃないかい……」

 

 宝玄仙が、少しだけ不満そうな表情になった。

 

「でも、一刻も早く朱姫を助け出さないとなりませんから……。こうしているあいだにも、朱姫は道術を遣えなくされて、亜人収容所とやらで苦労しているに違いありません……。とにかく、この一丈青から得た情報の限りでは、道術のみで防護している牢城ではないので、ご主人様の道術だけでは攻略できません──。朱姫を助けるには、力で牢城を襲撃しなければならないでしょう。そのための手筈や人数を揃える時間も必要です」

 

 沙那は言った。

 

「その収容所は、牢城というのかい?」

 

「城のように高い塀で囲まれた城のような場所なので、そう呼ばれてるのです」

 

 沙那は言った。

 朱姫が囚われているその亜人収容所から朱姫を救い出す手段は、いくつか考えた。

 もともと、李媛が手を回して収容させたものだから、宝玄仙が主張する「お仕置き」のついでに、李媛を脅して朱姫を釈放させるという方法もあるかと思ったが、一丈青の話を聞くとともに、蝶蝶や双六から収容所の評判を聞いて、それは断念した。

 

 一丈青によれば、李媛が宝玄仙を道術師隊に襲わせたのは、朱姫のことで宝玄仙が李媛に仕返しをすることを怖れたからであるらしいが、その際、一度は、逆に懐柔をしようとして、手を回して朱姫を釈放させることも考えていたようだ。

 だが、一丈青は、亜人収容所をよく知っているので、李媛の権力程度では、それは無理だと思っていたらしい。

 一度入れば、余程のことがなければ、亜人を釈放することなどない……。

 それが亜人収容所という場所なのだ。

 

 その一方で、高い城壁で囲まれているとはいえ、警備は厳重とはいえなかった。

 それならば、いっそのこと、収容所を襲撃して、中に監禁されている大勢の亜人ごと朱姫を脱走させてしまえばいいのではないか……。

 そう思っている。

 そのためにうってつけの男がいるらしい。

 

 双六の義兄弟で、亜人収容所に近い大黒山(だいこくざん)という場所に巣食う賊徒の頭領の大黒天(だいこくてん)という男だ。

 その大黒山に、亜人狩りで居場所を失った亜人や半妖を集めて、砦を作っているという噂だ。

 連中をたきつけて亜人収容所を襲わせる。

 そして、朱姫をその混乱の中で解放する。

 それが沙那がいま考えていることだ。

 だから、この城郭を脱して、まず向かうのは、その大黒山ということになるだろう。

 

「そうかい……。でも、馬車で逃げるといっても、わたしらが城郭内に逃げていることわかっているんだし、この一丈青も運ばなければならないんだから、そう簡単に、馬車で城門は出れないんじゃないのかい? それに、もしかしたら、例のふたりも乗せていかなければならないのだろう、沙那?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「まあ、そうですね……。さっき覗きましたが、城門のところで馬車の検問をやってました。城門を出る馬車はすべて、中をあらためられていましたから、城郭からの脱走には、なにか細工は必要でしょう」

 

 この獅駝の城郭は、南北に開城されている門があるが、ここは北側の城門に近い。

 それで、遠目からその様子を探りに行ってみたのだが、城門には警備の歩兵が増員されて、通過する者の顔や馬車で出ていく者を調べている気配だ。

 誰を探しているのかはわからない。

 沙那たちかもしれないし、行方不明になっている李姫かもしれない。

 あるいは、ここに監禁している一丈青を見つけようとしているのかもしれない。

 

「だったら、こいつに訊いてみるかい──。ほら、お前、検問をしている城門を無事に通過するには、どうしたらいいか言いな」

 

 宝玄仙が笑いながら、一丈青の股間に繋いでいる糸を掴んで、ぐいぐいと上に持ちあげた。

 

「あうううっ──ああっ──そ、そんなことを言われても──」

 

 一丈青が汗と涙に濡れた顔を歪めて、苦しげに呻いて歯を噛み鳴らした。

 

「もっと、強く引っ張ってもらいたいかい、一丈青? ほらっ、なにか妙案を出しな」

 

 宝玄仙が無造作に糸を引っ張るたびに、一丈青の狂おしい悶えは激しいものになる。

 革紐で縛られている四肢は波打ち、太腿は痙攣しているように震え、生々しく抉られた秘肉は、『女淫輪』から淫靡な快感を与えられて切なそうな収縮を繰り返している。

 その凄まじさには、さすがに沙那もたじろぎを感じる。

 

「と、とにかく、それはなにか手を考えてみます……。大丈夫です、ご主人様……。いずれにしても、詳しい報告と打ち合わせは、食事の後にでも……」

 

 沙那は、とりあえずその場を去って厨房に向かった。

 厨房では、孫空女が簡単な野菜と米の入った汁物を作っていた。

 

「聞いていたよ、沙那……。随分と可哀そうなことするじゃないかい。『女淫輪』を使うように、ご主人様にけしかけるなんてさあ」

 

 沙那がやってくると、孫空女が呆れた声を出した。

 

「いいじゃないのよ……。お陰で、ご主人様は、わたしのお仕置きのことなんて忘れているんだから……。あの一丈青には悪いけど、しばらく、彼女をご主人様にあてがっておけば、夢中になって彼女をいたぶるわ……。とにかく、一丈青には、朱姫を救出するまで、絶対に同行をしてもらうわよ」

 

「だけどねえ……」

 

「どうせ、朱姫も一丈青には恨みがあるんだから、朱姫の調教も受ければいいわ──。そうしておけば、ご主人様は、絶対にわたしを罰として朱姫に調教させるなんて言ったのは忘れてしまうわよ」

 

 沙那はとりあえず、麦餅を切って大皿に盛った。

 宝玄仙が一丈青の調教に夢中になるあまり、沙那をいたぶるのをすっかりと忘却しているのは確かだ。

 長く宝玄仙の供をやっているのだ。

 宝玄仙が気儘で忘れっぽいことは十分に知り尽くしている。

 

「だけどさあ、そりゃあ、あたしらを捕らえようとしたのは、確かなんだろうけど、まだ、あたしらは実害を受けていないし、元はと言えば、あの一丈青も李媛の命令に従っただけなんだから、あんなに泣き叫ぶほどに、ご主人様の調教を受けさせるのは可哀そうじゃないかい……? だって、一丈青の肉芽を本当に親指ほどに膨らませるんだと言っていたよ」

 

 孫空女が言った。

 

「ちょうどいいじゃないのよ。随分と骨の折れる面倒な作業らしいから、それをしているあいだは、ご主人様の意識はほかには向かわないわ──。本当に、いいところに籠の鳥になってくれる女がやってきたものよ──。すっかりと、ご主人様の頭から白象宮でのわたしのことが消え去るまで、一丈青にはご主人様のお守りをしてもらわないと……。食事が終わったら、肉芽調教用の貞操帯も、荷の中にあったから、それも渡すわ。本当にいい玩具が手に入ったものよね」

 

 沙那は準備した麦餅を横に置いて、今度は食器に手を伸ばした。

 ここはもともと酒場だったので、置き捨てられた客に出すための皿や盃がたくさんあるので、食器には事欠かない。

 

「ねえ、沙那……。でも、あの感じだと、一丈青、毀れちゃうかもしれないよ。あたしから見たら、ちょっとやりすぎのような……」

 

 孫空女が沙那をたしなめるような口調で言った。

 

「だ、だったら、あんたがご主人様の調教の集中砲火を受けてみればいいのよ──。連続絶頂百回とか……、絶頂感覚停止の快楽漬けだとか……、感度二十倍のくすぐり地獄とか……。毎晩毎晩、冗談じゃないわよ──。あんたも、一緒になってわたしを責めたくせに──」

 

「そ、それは、あたしはご主人様の命令だし……。沙那だって、同じ立場になったら、あたしを責めるじゃないか」

 

「そうよ。だったら、わたしの気持ちもわかるでしょう──。わたしは、昨日は、久しぶりにご主人様の責めを受けない夜をすごせて、本当に幸せだったわ。いまは、心の底から、一丈青に感謝したい気持ちよ。よくぞ、わたしたちを襲ってくれて、しかも、呆気なく捕らわれてくれたわ。ありがたくて、ありがたくて、わたしは、一丈青の足に口づけしてもいいわ」

 

「沙那……」

 

 孫空女は呆れたような顔をしている。

 しかし、沙那だって、自分が可愛い。宝玄仙の嗜虐欲をあの一丈青が満たしていくれるなら万々歳だ。

 

「とにかく、孫女、ご主人様がわたしへのお仕置きのことを思い出すようなことを言ったら、承知しないわよ──。ご主人様は、それを忘れているんだから」

 

「い、言わないよ……」

 

「だったら、いいわ──。じゃあ、そろそろ、その野菜汁もいいんじゃない。一丈青のものも含めて取り分けてよ。それより、忙しいわよ。食事が終わったら、もう一度、行政府に行くわ。今度は李媛狩りよ」

 

 沙那はにっこりと孫空女に微笑みかけた。



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607 送られてきた脅迫

 夜までに、おおよそのことはわかってきた。

 

 城郭の司政官代理である李媛(りえん)の前で不貞腐れたように報告しているのは、いま道術師隊をまとめている第三番目の地位にある男だ。

 本来の隊長である一丈青は相変わらず行方不明であるし、第二の地位にある副隊長は、午後になって、行政府の前に拘束されたまま『移動術』という道術で転送されてきたのを発見されたようだ。

 

 副隊長の索長(さくちょう)を見つけたのは、行政府と李媛の身の周りの警護をさせていた王軍歩兵隊であり、索長はその歩兵隊に保護され、すぐに道術師隊が連れていった。

 それで、しつこく釈明を求めることで、やっと道術師隊は、昨夜から一丈青が行方不明であることを李媛に報告にやってきたのだ。

 もしも、索長の身柄を李媛が押さえなかったら、あの孤高を気取った秘密主義の王軍道術師隊は、いまだに一丈青がさらわれたことを隠していたに違いない。

 

「つまりは、副隊長の索長が戻って来たものの、なんらその者たちを特定する手がかりは持っておらなかったし、いまだに女隊長の一丈青殿は行方不明──。そういうことなのだな?」

 

 皮肉たっぷりの口調で発言したのは、道術師隊の報告に同席を命じた歩兵隊長だ。

 そして、いま、この司政官の執務室にいるのは、李媛と王軍歩兵隊長と報告にやってきた道術師隊の将校の三人である。

 同じ王軍ではあるが、道術師隊は、歩兵軍を含めて、ほかのどの隊とも仲が悪い。

 今回のことは、道術師隊の汚点となるのは間違いない。

 だから、道術師隊は、隊長がさわられて、それがいまだに行方不明であるというような失態は可能な限り隠そうとするし、それを知った歩兵隊は、まるで自分たちが手柄を立てたかのように、道術師隊の失敗を悦んでいるというわけだ。

 そのことに、李媛は今回、改めて気がついた。

 

 だが、李媛には、そのような軍内の派閥争いなどどうでもいいし、巻き込まれたくはない。

 李媛にとっては、一丈青のことよりも、いまだに宝玄仙という道術遣いが野放しであり、昨日から探し回っている道術師隊はもちろん、朝になって探索を命じた歩兵隊にしても、夜までなんらの手掛かりも発見できないないことが重要だ。

 その状況は、午後になって、一丈青と同じく行方不明だったらしい副隊長の索長の身柄が発見されても変わらなかった。

 この索長は、一丈青の指示により、城門における襲撃から逃亡した宝玄仙たちを探すために、霊気の淀みの探索の指揮をしていたが、その最中に突然に意識を失って、気がついたらどこかわからない場所で目隠しをされて監禁されていたのだという。

 霊気も完全に消失させられてしまい、索長が主張するには、おそらく、箱のような場所に入れられていたということだ。

 

 索長が覚えているのは、一度だけ突然に女の唇のようなものが口に当たり、唾液を吸われたということだ。

 そして、ひと晩以上が経った今日の午後に、身体が捩じれるような感覚が襲って、行政府の前に捨てられたという。

 

 最初に保護をした歩兵隊が、道術師隊が急遽やってきて索長を強引に引き取るまで、一応の訊問をしたが、なんの手掛かりも得ていないようだ。

 その索長は、いまは、道術師隊に戻されて、養生をしているはずだ。

 精神的な打撃はあるが、特に負傷しているわけでもなく、発見されたときには消失していた霊気も回復して、道術が遣える状態にはなっていると、いま報告を受けた。

 

「もうよい、皆、退がれ──。それよりも、今日もわらわは、行政府で寝泊まる。しっかりと、歩兵隊で警護を頼むぞ。道術師隊も同じじゃ。絶対に行政府内に外からの道術の干渉を許すでないぞ」

 

 李媛は言った。

 

「お任せください。いまだに、女隊長の行方も見つけることのできぬ役立たずの道術師隊には、李媛司政官の警護は任せられませんからな」

 

 歩兵隊長が報告者の道術師隊の将校を馬鹿にしたように言った。

 道術師隊の将校は嫌な顔をした。

 

 そして、ふたりが去った。

 李媛はどっと疲れて司政官席に身体を沈めるように腰をおろした。

 

 頭が痛い……。

 怖ろしい力を持った魔女が、自分を狙っているのだと思うと、それだけで身体が震えてくる。

 

 怖い……。

 なんで、こんなことになったのか……。

 

 こんなことなら、やっぱり、朱姫に対する謝罪など許容すればよかった。

 いや、そもそも、朱姫のことなど放っておけばよかったのだ。

 あのとき、朱姫は、城郭を出ていく寸前だった。

 放っておけば、朱姫は出ていき、二度と李媛には関わらない存在になるはずだったのだ。

 それが、あのとき、怒りに任せて一丈青に命じて、亜人収容所に送ったりしたせいで、宝玄仙という魔王さえも倒したような怖ろしい力を持った魔女に狙われる羽目になったのだ。

 

 しかし、もう駄目だ……。

 きっと、宝玄仙はやってくる。

 

 この行政府を道術師隊と歩兵隊の両方に命じて警備させてはいるが、李媛は少しも安心できない。

 こうなったら、いまからでも遅くないからと思い、さっき、道術師隊に命じて、王都との道術通信を結ばせて、亜人収容所にいる朱姫の釈放を当局を掛け合った。

 

 その答えは完全な拒否だ。

 収容については簡単に受け入れた当局も、釈放については完全に拒否した。

 いかなる理由があっても、収容された亜人を解放するわけにはいかないというのが、向こうの回答だった。

 つまりは、そこまでの権力は李媛にはないということだ。

 

 もう、どうしていいかわからない……。

 しかも、偏頭痛が襲ってきてもいる。

 李姫と貞女は、いまだに行方がわからない……。

 

 もう、いやだ……。

 なにもかも捨てて、逃げてしまいたい……。

 

 だいたい、なぜ、自分が司政官などということをやっているのだ。いや、正確には代理か……。

 獅駝の城郭が青獅子たちに占領されたとき、司政官だった夫が死に、城郭の主立つ者は全員が皆殺しになった。

 青獅子たちの排除に成功したとき、荒れてしまった城郭の復興を中心となって引っ張る者が必要だった。

 ほかに誰もいなかった。

 だから、李媛は自分が司政官として動いたのだ。

 だけど、どうして、そんな立場になろうと考えてしまったのか……。

 李媛は、出口のない迷宮に迷い混んでしまったような気持ちになり、頭痛のやまない頭を抱えた。

 

「おやっ?」

 

 そのとき、李媛は、ふと、さっきまで歩兵隊長と道術師隊の将校のいた辺りの床に、半透明の球体が一個あることに気がついた。

 びっくりした。

 間違いなく、さっきまでなかったものだ。

 いつの間に、どちらが置いていったのか……?

 

 嫌な予感がする。

 慌てて、警護の人間を呼ぼうとした。

 この行政府全体を多くの歩兵隊の兵で警護するとともに、道術師隊が外から仕掛けられる道術を封じる結界をかけているが、李媛の部屋そのものにも、直接の警備兵が廊下に侍っている。

 李媛は、卓にある呼び鈴に手をかけた。

 

 だが、そのまま、動きを止めて首を傾げた。

 その球体に見覚えがあるような……。

 そして、はっとした。

 あれは、『映録球』ではないか……?

 

 そう思った瞬間に、李媛の心に、青獅子魔王に捕らわれていたときの恐怖と恥辱が蘇ってきた。

 おそらく間違いない……。

 

 『映録球』とは、あの球体の目の前のものを記録し、その記録映像を好きなときに、好きな場所で立体映像として再生することのできる霊具だ。

 李媛は、あれで何度も痴態を記録され、あるいは、自分の痴態をほかの亜人たちの前で再生させられて辱められた。

 そのとき、突然に、その球体が勝手にごろりと動いた。

 しかも、あろうことか、いきなり目の前でなにかの立体映像を刻みだしたのだ。

 李媛は叫び出しそうになった。

 

 だが、辛うじてその悲鳴を口に手を当てることで飲み込んだ。

 その『映録球』が再生をはじめたのは、紛れもなく李媛そのものの姿だったのだ。

 しかも、股間に模造の男性器を装着させられて、全裸で亜人に酒を注いでまわっている。

 立体映像の李媛は、欲情しきった様子で全身を真っ赤に染めて、色っぽく身体をくねらせている。

 亜人そのものの姿は映ってはいないように像を刻まれているようだが、その代わり、時折、立体映像の李媛が感極まったように腰を屈めたり、喘ぎ声をあげるような仕草をすることがある。

 おそらく、あれは、股間にとりつけた男性器を刺激されて、それでそれに連動した膣の中の張形が李媛に沸騰するような情感を与えているのだ。

 李媛は、そのときのことを思い出して、全身がかっと熱くなった。

 

 この『映録球』はまだ音は再現していない。

 しかし、『映録球』は、本来は記録した音や声もまったく同じように再現するものだ。

 もしも、音が出ていたら、あのとき、李媛は、かなりはしたなく大きな嬌声をあげていたと思う。

 その声は、廊下にいる警備員や部下たちの耳にも響き渡っただろう。

 

 李媛は、とにかく、誰も来ないうちに、『映録球』の映像をとめようと思って、その球体に駆け寄った。

 しかし、道術を遣えない李媛には、その映像をとめようもない。

 球体を動かしても、なにかで覆ったりしても、それには関係なく、立体映像は李媛の姿を流し続ける。

 

「李媛、胆が冷えたかい……。いや、その様子じゃあ、亜人軍の慰み者になっていた頃の自分を思い出して欲情しているようじゃないかい……」

 

 突然、部屋に女の声がした。

 李媛は竦みあがった。

 しかし、ここには誰もいない。

 少なくとも、李媛の眼には、誰も見えない。

 だが、いま、確実に女の声がした。

 

「……ここだよ。お前の机の後の棚に、小さな女の子の人形があるだろう。声はそこから出ているんだ……」

 

 声が言った。

 

「えっ?」

 

 李媛は慌てて、そこを見た。

 そこには、飾り物の美術品などを飾っているのだが、いつの間にか、そこに親指ほどの大きさの小さな指人形が置いてある。

 

「ここだよ、ここ。ひひひひ……」

 

 しかも、ただの絵にすぎないはずの指人形の口が、発する言葉に合わせて、口をぱくぱくしている。

 

「うわあっ」

 

 間違いなく、これは道術だ。

 李媛は助けを呼ぼうとした。

 しかし、それはできない……。

 部屋の中では、破廉恥な立体映像の李媛が羞恥の姿を晒している。

 ここに、余人を入れるわけにはいかない……。

 

 どうしたら……?

 李媛は背に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

「じゃあ、最初の命令だ。そこにある指人形を右の親指に嵌めな。お前の親指にぴったりと合うように調整してあるから大丈夫だ。お前に対する命令は、その指人形が全部する……。それから、慌てふためいて、人を呼ぶんじゃないよ。眼の前で、お前の醜態が再生されているのを忘れるんじゃない……。それに、これと同じようなものを城郭の広場や市場など、あちこちに仕掛けてある。お前が下手なことをすると、それが再生を始めるよ……」

 

「なっ」

 

「言っておくけど、お前が抱えているちんけな道術隊の道術なんかじゃあ、このわたしの道術は防げないからね──。わたしに逆らえば、お前の恥ずかしい映像が、これから毎日、朝であろうと、昼間であろうと、夜であろうと、延々と流れ続ける。そして、誰にもとめられない……。お前の恥が立体映像となって公開され続けるんだ。それでもいいなら、助けを呼びな……。どうせ、役にも立たない連中だと思うけどね」

 

 人形からくすくすと笑い声がした。

 李媛にはやっとわかってきた。

 人形が喋っているというよりは、人形からなにかの道術で音声を送ってきているのだ。

 つまりは、声の相手はここにはいない。

 

「そ、そなたは、宝玄仙か……?」

 

「確かに、わたしは宝玄仙だよ。わたしの供の朱姫が世話になったそうじゃないかい……。その礼をしようと思ってね……。もうわかったと思うけど、わたしはそこにはいない。道術でお前を監視しながら、声だけを送っているだけだ。わかったら、指人形を嵌めな……。それから、この声がそっちの防護道術かなんかで途切れたら、終わりだと思いな。そのときは、もう、お前に連絡してやらないからね──。わかっているだろうけど、はっきりと言ってやる。わたしはお前を脅迫しているんだ」

 

 李媛は自分の声が恐怖で震えるのを感じながら、声の指示に従って、小さな女の子の指人形を親指に嵌めた。

 嵌めると、きゅっと人形を嵌めた部分が締めつけるような感触があった。

 もしかしたら、取れなくなったんだろうか……?

 すると、その指人形がすぐに語り始めた。

 

「本当は、お前のような女は、無条件でさっきの『映録球』をそこら中で再生してやって、二度と外を歩けないように辱めてやろうとしたんだ。だけど、お前の娘と侍女が頼むから、あることができたら、それは勘弁してやるよ……。つまりは、お前がわたしが遊ぶ人形になるんだ。そうしたら、朝までに解放してやる」

 

「り、李姫と貞女がそなたのところにおるのか──?」

 

 李媛はびっくりして声をあげた。

 すると、人形が笑った。

 

「いるよ。そいつらも、わたしが捕らえている捕虜さ。城郭の郊外の街道で途方に暮れていたから、騙して捕まえてやったんだよ。いま、檻に入れて飼っているところだよ。まあ、どうせ、お前が追い出したふたりだろう……。こっちのことは気にするんじゃないよ」

 

「お、追い出したのではないわ──。出て行ったのじゃ──。い、いや、それはどうでもいい……。た、頼む。そのふたりには手を出さないでくれ──」

 

 李媛は人形に向かって、声をあげた。

 やっぱり、城郭を出ていっていたのだ。

 それにしても、よりによって宝玄仙に捕まるなど……。

 

「心配いらないよ。いま、こいつらのために、犬を集めているところさ。退屈させないように世話をしてやるから娘たちのことは忘れな」

 

 人形が言った。

 

「い、犬をどうするつもりじゃ?」

 

「お前の娘たちを牡犬どもたちに輪姦させてやろうと思ってね。こっちには、犬遣いの道術遣いもいるんでね。ふたりとも、檻の中で怯えて泣き叫んでいるよ」

 

 李媛は驚愕した。

 同時に、宝玄仙が城門から逃げおおせたときに、謎の犬の集団が歩兵隊に襲いかかったとも報告を受けたことを思い出した。

 そうであれば、向こうに犬遣いがいるというのは本当かも……。

 李媛は愕然とした。

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 あのふたりが毀れてしまう──。

 

「ば、馬鹿な──。い、いや……。李姫と貞女には手を出すな──。その代わり、わらわがなんでもする──。命令に従う──。だから、そんな怖ろしいことはしないでくれ。お、お願いじゃ──」

 

 すると、人形から笑い声が聞こえてきた。

 

「わかったよ。だったら、お前も人形になりな。お前が人形でいる限り、犬をけしかけるのは待ってやるよ」

 

「に、人形とはなんじゃ?」

 

 李媛は思わず訊ねた。

 

「人形はわたしの命令に従って、手足を動かす玩具に決まってるじゃないかい。それじゃあ、手始めに、下袍(かほう)をその場で脱ぎな……。少しでも逆らうと、いま流れている映像の音を発生させるよ。お前の部下があられもないお前の声にびっくりして飛んでくるじゃないかね……。そして、お前の娘たちは、こっちで犬の輪姦だ」

 

 指に嵌っている人形から声がした。

 

「そ、そんな──」

 

 李媛はびっくりして大声をあげた。

 

「こらこら、せっかく、廊下の連中に見つからないように、気を使っているのに、お前から大声出してどうするんだよ。とにかく、質問はなしだよ。その足首まである下袍を脱いで下半身は下着だけの姿になりな──。誤魔化しは無駄だよ。お前の身に着けているものもこっちには見えているんだからね。その紫色に赤い花の模様がついている下袍は、腰の腰紐を外せば脱げるだろう?」

 

 李媛はぞっとした。

 確かに、その声が告げたとおりの下袍をはいていたのだ。

 やっぱり、この部屋の光景がどこか外にいる宝玄仙に見えているのだ。

 

「おやおや……? 言うことを聞かないようだねえ。じゃあ、残念だけど、さよならだ──。城郭中に恥を晒しな──。それから、犬に犯された挙句に、すっかり発狂してしまったら、娘たちは適当に道端に捨てておくから、そのうち回収しな」

 

 指人形が言った。

 すると、眼の前の立体映像に、徐々に音声が混じりだした。

 李媛の嬌声だ。

 少しずつ大きくなる。

 

「ま、待って、待つのじゃ──」

 

 李媛は慌てて下袍の腰紐に手をかけると下袍を脱いだ。

 大きくなりかけていた映像の音声がなくなった。

 ただし、まだ立体映像そのものは続いている。

 そのとき、扉が外から軽く叩かれた。

 

「司政官殿、なにか話し声がしたような気がしましたが、どうかなされましたか?」

 

 心臓が止まるかと思った。

 声は扉の外で警護を続けている警護兵の長の声だ。

 

「な、なんでもない──。気にするな──。入ってはならんぞ」

 

 慌てて声をあげた。

 扉の外から、了解という返事があった。

 李媛はほっとした。

 

「くくく……。かなり焦っていたじゃないかい、李媛──。ところで、李媛、その下着、随分と染みができているじゃないかい……。ほほう、どうやら、前からの体質か、それとも、青獅子たちに植えつけられた性癖かわからないけど、お前の身体はすっかりと被虐の性癖に染まっているようだね……。その下着の丸い染みはなんだい? まだ、なにもしてないのに、股倉が濡れるというのはどういうことなんだろうねえ……?」

 

 指の声が笑い声とともに言った。

 はっとした。

 丸い染み……?

 

 そんな馬鹿なことはないと思ったが、言われてみると股間が熱い……。

 視線を露わになっている自分の下着におとす。

 そして、それは本当だった。

 李媛は愕然とした……。

 

「ああ……、それで、わかったよ……。そう言えば、李姫と貞女によれば、お前は司政官になってから、随分と苛々するようになっていたし、おかしな頭痛にも悩まされていたというが、それは、あれだよ……。女の病気だ……。溜まった性欲が発散できずに、頭と身体に毒のようなものが溜まるのさ」

 

「びょ、病気──? わ、わらわはそんなものでは……」

 

「いいから、いいから……。とにかく、わかった。この宝玄仙が治療してやるよ……。お前、その場で自慰をしな。下着を脱いでね──。拒否することは許さないよ。わたしは、お前の恥を晒したくてうずうずしているということを忘れるんじゃないよ」

 

 やっぱり、宝玄仙は李姫と貞女を捕らえている……。

 李媛は確信した。

 宝玄仙が言った通り、このところ頭痛で悩んでいたことは確かだが、それを知っているのは、李姫だけのはずだ。

 

「そ、そんな……。そんなことはできん。もう、堪忍してくれ、宝玄仙殿──。朱姫殿はなんとかする。わらわが責任を持って、収容所から解放するようにするから──」

 

「そんなのはもういいよ。朱姫は力づくで助け出す──。それに、それを昼間、道術通信で王都の役人と掛け合って、けんもほろろに断わられたんだろう? 侯爵夫人とはいえ、王宮になんの影響力のない貴族の言うことを役人がきくわけないさ。わたしも、かつては、宮廷とか、役人とか、貴族とかのしがらみの中で生きていたんだ。そういう機敏はわかるのさ」

 

 人形から声がした。

 李媛は本当に愕然とした。

 なにからなにまで、相手はこっちのことを観察して知っている。

 道術通信を使ったのはこの部屋じゃなくて、別の専用の執務室だ。

 それすらも知っているということは、もしかしたら、宝玄仙はこの行政府全体を見張っているのではないか……?

 

 なぜ……。

 どうして……。

 

「なんで、そんなことまで知っているのか不思議かい、李媛?」

 

 人形からの声が見透かしたような言葉を告げた。

 

「そ、そうじゃ……。ふ、不思議じゃ……。なぜなのじゃ──。どうやって……」

 

「どうやってじゃないよ。お前らの警備は穴だらけなんだよ。誰かに化けて、今日一日で、わたしの供は三回は、外から行政府の中に忍び込んだよ。挙句の果ては、行政府とここを『移動術』で繋げる道具さえも持ちこんだ。それを設置してしまえば、どんなに警備が厳重でも忍び込み放題だ。お前の部屋にもたっぷりと仕掛けさせてもらったよ……」

 

「し、忍び込んだ? まさか──」

 

 李媛は声をあげたが、実際に忍び込んだから、こうやって宝玄仙は李媛と接触しているのだろう。

 ぐっと歯噛みする。

 

「もしかしたら、外にいる警備員はわたしの仲間かもしれないよ……。それとも、たったいま、お前に一丈青の行方不明を報告した道術師隊の将校かもね……。あるいは、隣で笑っていた肥った歩兵隊長だったかも……。なにしろ、わたしの供には、誰にでも変身できる霊具を渡してあるからね……。そして、何度も言っているけど、あの道術師隊の連中の玩具のような結界など、わたしには通用しないよ──。あんな薄い結界で、竜飛国の誇る道術師隊とは笑えるがね……」

 

「そ、そんな……」

 

「それよりも、早く、自慰をしな。今度は、容赦なく、大音響でお前の声を流すよ……。それとも、行政府の玄関に仕掛けたやつにするかい? 確か、それはお前が犬の格好で立小便をしている姿だったと思うけどね……」

 

「ああ……」

 

 李媛は逃れることができないということを知るしかなかった。

 震える手で下着を取り去る。

 そして、下着を下袍の上に置くと、指で女陰を刺激し始めた。

 人形の声が指摘したように、確かに李媛の股間はたっぷりと濡れていた。

 

「ちゃんと、真面目にやらないかい──。お前の小便姿を行政府の前で再生するよ──」

 

 声が言った。

 

「ああ、恥ずかしい……」

 

 李媛は呻くように呟くと、諦めてどこで見ているのかわからない宝玄仙の命令に従い、人形をしていない側の手で股間をまさぐりだした。

 羞恥が李媛を襲う。

 それとともに、信じられないくらいの快感もやってくる。

 なぜ、こんなにも感じるのだ……。

 わからない……。

 わからないが、股間を淫らに動かし続けていくに従って、全身を浮遊させるような恍惚感が李媛が包む。

 

「服の下から乳房を掴みな。この人形をつけている指で遠慮なく揉んでいい。そして、揉みながら最後までいくんだ」

 

「……ああ……そ、そんな……」

 

 屈辱的で侮蔑的な命令が人形から飛ぶ。

 すると、なんともいえない解放感のようなものが李媛を酔わせる。

 股間が卑猥な音をたてはじめる。

 

 気持ちいい……。

 なんだろう、これ……。

 

 快感が込みあがる。

 それとともに、李媛を悩ませていたものが消えていく錯覚に陥る。

 

 獅駝の城郭のこと……。

 亜人のこと……。

 司政のこと……。

 すべて、どうでもいい……。

 

 この快感があれば……。

 

「はあ……」

 

 いくっ──。

 李媛は声を張りあげそうになり、慌てて首を曲げて口で襟を噛んだ。

 

 やってくる……。

 なにか待ち望んでいたものにやって巡り会えた。

 

 そんな気持ちになった。

 李媛の身体に快感の矢が貫く──。

 

「んんんっ」

 

 李媛は服の襟部分を咬んで、絶頂の声が漏れるのを我慢した。

 達した……。

 しかし、熱を帯びたような身体の疼きはとまらない……。

 李媛は大きく息を吐いた。

 

「そんなに気持ちよかったかい、淫乱女?」

 

 人形から宝玄仙の嘲笑が聞こえて、それが李媛を我に返らせた。



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608 被虐夫人

「はあ、はあ、はあ……」

 

 絶頂した……。

 しかも、途方もなく深く、激しく……。

 李媛はそれをぼんやりと知覚していた。

 自慰だけであれほどまでに、いってしまったのが信じられない思いだった。

 

「いい記録が録れたよ、司政官……。いままでのは、亜人どもに嗜虐されているお前の姿ばっかりだったけど、今度のははっきりと司政官の部屋で、お前が淫らな自慰に耽る姿を記録した。これも城郭の広場にでも設置しておくよ。いつでも再生できるようにね……」

 

 服の下で乳房を掴んだままだった指に嵌めている人形から声がした。

 慌てて、指を抜く。

 そして、さっきまで、亜人たちに全裸で給仕をしている李媛を再生していた『映録球』が、いつの間にか再生を止めて、今度は記録をする動作に変わっていたことに気がついた。

 

 さっきの姿を記録された。

 思わず、『映録球』に駆け寄りかけたが、それは李媛の目の前で風に溶けるように消滅してしまった。

 

「あっ」

 

 李媛は声をあげた。

 

「これはもう回収させてもらうよ……。いずれにしても、わたしの喋ったことが嘘じゃないことがわかっただろう? お前の周りには、わたしの霊具が取り巻いている。道術の護りなんて存在しないんだ。観念しな──」

 

「は、はい……」

 

 思わず、返事をしていた。

 すでに、李媛には、この「声」に逆らうという気持ちが消えている。

 

「ところで、次の指示だよ。お前の卓の引き出しに、浣腸袋が入っている。それを尻に入れて、中の液体を全部、お前の尻に飲み込ませな……。それは霊具だから、特に難しい技術はいらないし、霊気のないお前に扱えるように細工をしてある。だから、管になっている部分を尻の穴に挿し入れて袋の部分を握るだけだ。それで袋に入った液体は、自動的にお前の尻に注がれるようになっている」

 

「えっ?」

 

 驚いて下半身が裸のまま、引き出しに駆け寄ると、果たして一番下の引き出しに、声が告げたものが入っていた。

 完全に宝玄仙に包囲されている……。

 李媛は本物の恐怖を感じて、膝ががくがくと震えるのがわかった。

 

「どうしたんだい? お前の犬小便姿だけじゃないよ。さっきの行政府の司政官室で自慰に耽るお前の姿を公開するよ……。それが嫌なら、さっさとその浣腸袋を尻に挿しな」

 

 指人形から伝えられる宝玄仙の冷酷な指示が李媛を追い詰める。

 拒否できないのはわかっている。

 宝玄仙という女に、李媛の卑猥な立体映像の公開を躊躇う理由は、なにひとつ存在しない。

 そんなことをしても、李媛の持っている権力では、宝玄仙という魔女を捕らえることはできないし、その気になれば、簡単に城郭から逃げおおせることも可能だろう。

 そして、李媛の評判はいよいよ地に落ちる。

 

 逆らえない……。

 李媛は覚悟を決めた。

 手に取ろうとして、引き出しの中にある浣腸袋を見る。

 しかし、その瞬間に得体の知れない感覚が襲ってきた。

 拒否できない状況に追い込まれて、身体が引き裂かれるような羞恥を屈辱を強いられる……。

 

 一切の抵抗もできない無気力感……。

 次々に与えられる嗜虐的な命令……。

 だが、そのことに李媛は、酔いのような感覚を味わっていた。

 なぜか、身体が熱い……。

 

 心臓が爆発しそうに鼓動を続けている。

 李媛は、そのときふと気がついた。

 信じられないくらいに、乳頭が硬く勃起している。

 しかも、秘裂は燃えるように疼いて、甘い痺れを全身に送ってもいる。

 

 李媛は呆然とした。

 だが、自分に嘘はつけない……。

 

 欲情している……?

 なぜ……。

 

 ずっと李媛を悩ませていたおかしな頭痛など、どこかにいってしまった……。

 いや、そんなことはありえない。

 こんな屈辱的な扱いに快感を覚えるなど……。

 李媛は左右に首を振った。

 

「どうしたんだい、李媛? 早くやるんだよ。五つ数える……。そのあいだにやらなければ、これでお別れだ。行政府の玄関に行ってみるといい。大した騒ぎが始まるはずさ……。一……二……」

 

「ま、待って──」

 

 李媛は慌てて浣腸袋を手に取った。

 そして、それを背後に回す。

 腰を後方に突き出すようにして、手に持った浣腸袋をお尻の穴に近づけた。

 しかし、李媛は直前で身体を硬直させた。

 自分の身体に自ら浣腸を施すのを躊躇ったわけではない。

 

 匂いを感じたのだ……。

 欲情しきった女の蜜の強い匂い……。

 

 そして、はっとした。

 それは紛れもなく、自分の股間から漂う匂いだ。

 股間を見た。

 服を身に着けていない股から愛液が垂れ落ちている。

 さっきの自慰の余韻というのもあるだろうが、この濡れ方はそんなものじゃない。

 自分でも呆れ返るくらいびしょびしょになっている。

 手も触れていない股間から、どんどん新しい愛液が流れる理由はひとつしか思いつかない……。

 やっぱり、自分はこの状況に途方もなく欲情している……。

 それは、戸惑いだった。

 だが、自分の身体のことは、李媛自身が誰よりもわかる。

 李媛は宝玄仙の声に命じられて、恥辱的に責められることに、激しく身体を昂ぶらせている……。

 

「……四……」

 

 声がした。

 李媛は我に返った。

 管を肛門に挿す。

 その瞬間に、ぞくぞくするような快感が走ったような気がして、李媛は一瞬がくりと身体を震わせた。

 

 押さなければ……。

 後は持っている浣腸袋に力を加えるだけだ。

 そうすれば、中の液剤は勝手に、李媛の体内に抽入される。

 

 さもなければ、李媛の破廉恥な姿が市民に公開されて、李媛はもう司政官など続けられない立場になるだろう。

 亜人に苛まれている姿までならともかく、さっきの自慰の姿を晒されることは致命的だ……。

 あれを公開されれば、もう、誰も李媛を司政官に相応しい女だとは考えないに違いない。

 あれは紛れもなく、司政官として行政府にいる李媛が司政官室で下半身になにも着ずに自慰に耽る姿だ。

 今度こそ、李媛が紛れもない変態であることを誰もが納得する映像だ。

 

 だが……。

 もしも、そうなれば、李媛はもう司政官などやめて、今度こそどこかでひっそりと暮らすしかないだろう……。

 しかし、そう思ったとき、李媛の身体には、全身が脱力するような安堵感がやってきた。

 重すぎる荷をやっとおろして、肩が楽になるような錯覚だ。

 

「五……」

 

 声が言った。

 同時に李媛は、握っていた浣腸袋で思い切り手で押し潰していた。

 激しい勢いで薬剤が、李媛の体内に流れ込んでくる。

 

「ああっ……」

 

 李媛は強い薬剤の刺激に顔をしかめた。

 音をたてて液剤が体内に注がれていく。

 李媛は耐えられずに、片手で浣腸服を持ったまま、反対の手で卓の端を掴んだ。

 しばらくすると、薬剤の抽入がとまった、

 

 李媛は、浣腸袋を肛門から抜いて、引き出しにしまい直した。

 だが、それは、李媛の眼の前で、再び、風に溶けるように消滅した。

 びっくりして、思わず手を引っ込める。

 

「躊躇っていたというよりは、ぼうっとしていたみたいだったね、変態」

 

 宝玄仙の笑ったような声が人形から聞こえた。

 ぞくそくという快感が李媛を襲うのがわかった。

 

 変態……。

 それこそが李媛に相応しい言葉であると思うとともに、蔑まれることで李媛はまるで全身に愛撫を受けているような淫情を感じた。

 眩暈のするような快感……。

 もしかしたら、これは自分が待ち望んでいたものではなかったか……?

 

「下袍をはいていい。ただし、下着は駄目だ……。そして、今日は、屋敷に戻ると告げて、行政府を出るんだ。馬車に乗っておいで。お前の屋敷で待っているよ……。それまで大便は我慢するんだ。もしも、言いつけに背いたら、さっきの映像を公開するからね」

 

 声が言った。

 

「そ、そんな……」

 

 李媛は呟くと、腹を押さえた。

 苦しい……。

 かなり強力な薬剤なのかもしれない。

 すでに李媛の腹の中で薬剤が暴れ回っていて、強烈な便意が襲ってきている。

 手で押さえている李媛の下腹部から、ぐるぐるという音がした。

 

 そもそも、少なくとも数日は、警護のために行政府から出ないと告げてあった。

 それを急に屋敷に帰ると告げれば、李媛を警護している歩兵隊は当惑するとともに、それをたしなめるに違いない。

 行政府に比べれば、屋敷の警護は緩い。

 屋敷を護っているのは、李媛の私兵のような立場の者だが、李媛がそっちに戻るとなると、行政府に作っていた警護態勢を屋敷に移動させなければならない。

 それには、時間がかかる。

 

 それでも李媛が強要すれば、歩兵隊長は、やむなく、警護の一部を李媛の屋敷に移すことを了承するとは思うが……。

 おそらく、それまでは屋敷に戻ることはできないだろう。

 だが、そんなに待てるわけがない。

 もう便意は襲ってきている。

 また、腹の中で薬剤が動き回る音がした。

 

 李媛は決心した。

 急いで下袍を身に着けて、卓の上の鈴を鳴らす。

 そのとき、李媛は下袍のところに置いていた下着が、いつの間にか消えていることに気がついた。

 だが、いまさらもう驚かない。

 李媛はすっかりと、宝玄仙の道術に包囲されているのだ。

 

「はい」

 

 すぐに隣室から部下の女役人がやってきた。李媛の執務全体のすべてを差配を任せている女だ。

 李媛の仕事の調整や面談者などの割り振りが役割であり、李媛が行政府にいる限り、司政官室の隣室に常に待機をしている。

 

「今日は屋敷で寝る。わらわの馬車をただちに玄関に回すように指示をせよ」

 

 それだけを言って、李媛は部屋を出た。

 

「お、お待ちください──」

 

 慌てふためいた女役人が背後から声をかけた。

 しかし、李媛は、馬車を回せとだけ、もう一度告げて、あとは無視した。

 振り切って廊下に出る。

 廊下で交替で詰めている警護兵も、早足で出てきた李媛にびっくりしている。

 さっきの部下の女が、また、背後で声をあげたのが聞こえた。

 李媛に対してではなく、警護の兵になにかを指示する言葉のようだ。

 しかし、李媛は聞いていなかった。

 その女役人がばたばたとどこかに走り去るのが聞こえた。

 

 とにかく、階段を降りて玄関に向かう。

 行政府の出入り口にも警護の兵がいたが、李媛が出てきたのを認めて、慌てて敬礼をした。

 すると、さっきの女役人が手を回したのか、李媛が出ていくのに合わせるように、いつもの司政官専用の移動のための馬車がやってきた。

 馭者が馬車から降りて、扉を開こうとするのももどかしく、李媛は自ら扉を開いて、中に入った。

 馬車の中は向かい合う四人掛けの座席があり、さらに後ろに座席のある六人馬車だ。もちろん誰もいない。

 李媛はいつもの席に乗り込む。

 

 そろそろ、便意がつらい……。

 洩れそうだ……。

 

「や、屋敷に……。は、早く──」

 

 李媛は馭者に叫んだ。

 馭者は、急かされるように馬車を進めた。

 

「ふうっ、くっ」

 

 馬車が動き出すと、座っている椅子からの振動で、便意が迫っている下腹部が刺激される。

 李媛はそのつらさに歯を喰いしばった。

 とにかく、屋敷に……。

 行政府の門には、警備兵の詰所がある。

 そこで歩兵隊が一部詰めている。

 普段であれば、そこで警護の騎馬と合流して、どこかに向かう。

 しかし、そんなのを待つ余裕はない。

 

「と、とまるな……。わらわの命だとだけ告げて、そのまま、通り過ぎよ──。突破するのじゃ──」

 

 李媛は馭者に命じた。

 停止すれば、詰所の兵から連絡を受けた歩兵隊長が、無理矢理にでも李媛を行政府に戻すように詰所の部下に指示するだろう。

 それをさせるわけにはいかない。

 それに、女役人か警護兵から報告を受けた歩兵隊長が、李媛を行かせるなという指示をいまにも歩哨に与えているかもしれない。

 その前に出るのだ。

 

 門の前に来た……。

 馬車の窓から詰所の兵がびっくりしている様子が見えた。

 

「李媛じゃ──。屋敷に行く──。馭者、停めるな。通過せよ──」

 

 李媛は馬車の窓から大声で叫んだ。

 馬車は速度を緩めることなく、行政府の門を通り過ぎた。

 なにかのもめごとのような声がしたが、馭者は強引に突破したようだ。

 

 李媛はほっとした。

 これで屋敷まではすぐだ。

 屋敷に戻れば、どうなるのかはわからない。

 そこで宝玄仙が待っているだろうか……?

 まあ、そうなるとは思う……。

 警戒の厳重な行政府内に、あれだけの霊具を簡単に持ちこんだ宝玄仙だ。

 行政府よりも、警戒がない李媛の屋敷など、造作なく潜入するだろう。

 だが、この便意の苦しみから解放されるには、命令に従うしかないのだ。

 李媛は、だんだんと強くなる便意に身体を椅子の背もたれに預けた。

 

 しばらくのあいだ、李媛は馬車の揺れの刺激にぐっと肛門を締めつけながら、どんどんと強くなる排泄感に堪えた。

 行政府と屋敷は目と鼻の先だ。

 もうすぐ……。

 しかし、全身が粟立つ──。

 顔がびっしょりとなるほどの脂汗がとまらない。

 急がないと……。

 

「あれっ? なんじゃ?」

 

 そのとき、李媛は馬車があらぬ方向に向かっていることに気がついた。

 まるで屋敷とは反対方向だ。

 しかも、かなりの速度で、どんどんと城門の方向に進んでいる。

 

「ど、どこに向かっておる──。屋敷は逆じゃ──」

 

 李媛は馭者に向かって叫んだ。

 

「いえ、これでいいのよ……」

 

 馭者がこちらに顔を向けた。

 

「あっ」

 

 思わず大声をあげた。

 大きな帽子を被っていたので気がつかなかったが、いつもの馭者の男ではない。

 いや、男どころか若い女だ……。

 李媛はぎょっとした。

 

 そして、突然に馬車が道端で停まった。

 ここがどこなのか、確かめようと外を覗いた。

 かなりの速度で進んでいたので、行政府のある中央地区から随分と離れている。

 すでに、南側の城門に近い

 すると、突然に外側から馬車の扉が開いた。

 そこに女がいた。しかも複数だ。

 

「な、なんじゃ──」

 

 李媛は叫んだ。

 

「お初にお目にかかるよ、李媛……。朱姫が世話になったってね」

 

 黒髪の美女だ。

 この女が宝玄仙か……。

 

 すぐにわかった。

 ずっと指人形から聞こえていた声と同じ声なのだ。

 李媛は全身が震えるのがわかった。

 一時期は、同じ青獅子の囚われ者として、魔王宮となった李媛の前の屋敷に監禁されていたものの、お互いに面識はなかった。

 相手の顔を見るのは初めてだ。

 

 怖いほどの美女……。

 それが宝玄仙の印象だ。

 その宝玄仙が李媛を奥に押し込むようにして、李媛の隣に座った。

 

「腕を背中に回して、親指を合わせな……。それとこれはもういい。返してもらうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 強引に両手を背中に回された。

 親指に装着して、拳に隠すようにしていた指人形を取られる。

 そして、背中側で親指を重ねあわされて、付け根を強く紐のようなもので縛られた。

 

「あっ」

 

 簡単な拘束だが、完全に両手の自由を奪われた。

 さらにもうひとり乗り込んできた。

 赤毛の女だ。

 肩に大きな革袋を担いでいる。

 

 人間?

 赤毛の女が運んできた大きくて細長い革袋の中身は人間を思わせた。

 屍体?

 だが、動いている──。

 本当に人間だ。

 李媛は驚愕した。

 

 孫空女は、それを李媛と宝玄仙が座っている四人掛けの席側の床に置いた。

 そして、赤毛の女は一度馬車の外に出ていく。

 

「ほらっ、お前は、しばらく大人しくしていな。いま、『女淫輪』を動かしてやるから、それで退屈を凌いでるといい。いくらでも泣き叫ぶといいよ。外の声はお前には聞こえるだろうけど、お前の声が外には漏れない特別製の革袋だ。ただし、じっとしているんだよ」

 

 宝玄仙はその袋詰めの人間に語りかけたようだ。

 すると、足元の革袋の人間がうねうねと動き出した。

 李媛は怖くなって足を引っ込めた。

 

「動くなと言っただろう──」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑いながら、その革袋に包まれてる人間の頭と思われる部位に足を乗せてぐりぐりと押した。

 それでも、革袋の人間の動きはとまらない。

 

「さてと、じゃあ、司政官──。尻に栓をしてやるよ。粗相ができないようにね」

 

「ま、待ってくれ、宝玄仙殿なのじゃな? 李姫と貞女を解放してくれ。頼む──。わらわは大人しくする」

 

 李媛は言った。

 

「ああ、そのことかい……。あのふたりなら、まだ、隠れ家の檻さ。一応、約束だから。まだ犬には襲わせてない。だが、わたしが道術で連絡すれば、すぐに、犬による人間女の輪姦が始まるよ」

 

 宝玄仙が李媛の縛られている腕を掴んで、李媛を前側の座席に頭をつけるように倒す。

 そして、刃物のようなもので下袍の脇を切断された。

 一気に足元まで引きおろされる。

 

「な、なにをするのじゃ──」

 

 李媛は悲鳴をあげた。

 しかし、座席に押しつけた頭を上から押さえられているので抵抗できない。

 驚いたことに、宝玄仙は李媛の足首から抜き取った下袍を開いている窓の外から放り投げた。

 

「この馬車に座っている限り、外から見えるのは、お前の顔だけだ。下半身がすっぽんぽんなんて、澄まして座っていればわかりはしないよ……。さて、じゃあ、尻に栓をするよ。城門を抜けたら、大便をさせてやるよ。それまでに、ここがお前の糞だらけになったら、わたしらが堪らないからね」

 

「じょ、城門──? なにを──ひいっ」

 

 なにを考えているのだと問い質そうとして、李媛は肛門に異物をずぶりと喰い込まされて悲鳴をあげた。

 小さなもののようだが、李媛の肛門の中に挿入すると、先端が内部で傘が開くように拡がるのがわかった。

 しかも、それと同時に、その肛門栓が細かく振動を始めたのだ。

 

「ひいっ、ひっ、そ、そんな……。とめて──お、お願いじゃ──し、振動をとめておくれ──」

 

 李媛は声をあげた。

 便意が迫っている肛門に受ける異物の振動は、かなりの破壊力をもった衝撃だった。

 肛門に押し寄せていた水便がおそらく振動でぐるぐるとかき回されている。その苦痛に李媛は顔をしかめた。

 

「前の穴にも贈り物だよ──。おうおう、これは大量の蜜じゃないかい──。やっぱり思った通り、お前はすっかりと被虐の性が癖になってしまっていたようだね。それじゃあ、いままで、誰もお前を責めてくれる者がいなくて苦しかっただろう? 可哀そうにねえ──。せめて、今夜は、この宝玄仙がお前をたっぷりと責めてやるから悦びな」

 

 宝玄仙が細長い球体をつるりと女陰に押し込んだ。

 本当にたっぷりと李媛は愛液を垂らしていたのかもしれない。

 それなりの圧迫感を持った異物がほとんど抵抗なく、李媛の女陰の中に押し込まれたのだ。

 

「ほれっ、座り直しな──。そのみっともない姿を晒したければ、窓からいくらでも助けを呼ぶといいよ──。だけど、それが嫌なら、歯を喰いしばって嬌声は洩らさないことだ」

 

 さらに、宝玄仙が李媛に目隠しをした。

 

「ひいっ」

 

 視界が奪われると、一気に恐怖心が拡大した。

 そして、さっき女陰に挿入された異物も淫らな振動を開始した。

 便意に襲われている身体に受ける前後の振動に、李媛は思わず身体を仰け反らせた。

 しかし、すぐに両方の振動が一度に停止した。

 

「はああっ」

 

 安堵感が李媛を包む。李媛は大きく息を吐いた。

 

「うはあっ──」

 

 しかし、油断した瞬間に、今度は前だけが動き出した。

 しかも激しい──。

 さっきは振動だけだったが、今度は回転とうねりのような運動もしている。

 

「はうっ、はあっ、とめ──とめて──はあっ──」

 

 李媛は身体をがくがくと動かして声をあげた。

 すると、振動がとまる。

 李媛はがくりと首を垂れた。

 

「騒ぐなと言っているだろう。ここは、たまたま、人通りの少ない場所に停車しているだけで、いくらなんでも、司政官のお前がそんなあられもない声を出しながら馬車に乗っていたら、外から目立つだろう──。練習だよ。ほらっ──」

 

「ひううっ──んんんっ──」

 

 今度は後ろと前が同時だ。

 李媛は懸命に声を耐えた。

 

「その調子だよ、司政官──」

 

 すぐに振動は停止する。

 しかし、また動く──。

 李媛は歯を喰いしばって、声が出るのを我慢した。

 

「ご主人様──。荷は積み終わったよ」

 

 さっきの赤毛の女の声がした。

 目隠しをされているのでよくわからないが、その赤毛の女が乗り込んでくる気配がした。

 そして、さらに誰かが乗り込んできた。

 

 誰──?

 

 そう思ったが、股間の異物の振動を強くされて、もうなにも考えられなくなる。

 

「はああっ……あっ……んんんっ……ああっ……」

 

 振動が続く。

 今度はとまらない……。

 なぜ──。

 

「ほら、お前たち、見るんだよ──。これがこいつの正体だよ。こうやって惨めに苛められれば苛められるほど、快感に酔う変態だ──。こんなに幸せそうだろう──。青獅子が死んでから、この性癖を解消してくれる者がいなくなったために、こいつはいままで、性の欲求が溜まりに溜まって、苛々がとまらなかったのさ──。こんな変態は、こうやって、定期的に遊んでやればいいんだよ。それが幸せなんだから──。そうだろう。変態──?」

 

 宝玄仙がそう言いながら、李媛の股間を弄りだした。

 肉芽を指で挟まれる。

 そして、揉むように動かされる。

 まるで、その指先は道術でもかかっているかのようだった。

 その手管に李媛の身体は、一気に熱くなる。

 

「ひいっ、ひいっ……」

 

 快感が一気に暴発する。

 そのとき、最後に乗り込んで、最後尾の席に座った者が息を飲んだ音が聞こえた気がした。

 

 ふたり……?

 

 かすかに漏れた嘆息から李媛はそう思った。

 しかも、女の声のような……。

 

「ふうううっ──」

 

 しかし、宝玄仙の指がとどめを刺すように、はっきりとした刺激を加え出して、李媛の思念は消える。

 しかも、前後の異物もさらに強い振動に変わる。

 

「ご主人様、出発しますよ。いい加減にしてください──。城門はすぐですよ」

 

 馭者台から抗議をするような大きな女の声がした。

 

「いいから、出発しな、沙那──。こいつはもう達するさ。城門までなんかもたないよ」

 

 宝玄仙が李媛の股間を弄りながら笑った。

 がくんと馬車が動いた。

 進み出したのがわかった。

 

「ほらっ、自分は変態だと言いながら達するんだ、李媛」

 

 すぐに絶頂がやってきた──。

 宝玄仙の言葉に操られるように李媛は叫んでいた。

 

「わ、わらわは変態じゃ──いくううっ──」

 

 李媛はがくがくと身体を震わせた。



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609 亜人牧場の懲罰と狼藉の馬車

「な、なにをするつもりなのよ──。や、やめなさい、華耶(かや)──」

 

 朱姫は声をあげた。

 だが、実際には怯えていた。

 

 女囚の服である上下の短い布切れのうち、下半身の下袍はそのままだが、上衣は剥がされて、乳房を剝き出しにされている。

 また、両手はしっかりと背中側で革紐で縛られて、そして、両足を高さが四寸(約十二センチ)、一辺が二寸(約六センチ)四方の小さな一個の木切れに乗せられているのだ。

 乗せているといっても、木切れの幅は狭いので、朱姫のそれぞれの足の裏の一部が木切れの上にあるだけで、大部分はその外側に浮いている。

 両側からは、華耶が手配した雑役囚が身体を押さえているので、逃げることはできない。

 雑役囚もまた、朱姫と同じ女囚なのだが、監督囚に逆らう囚人はいない。

 そんな不安定な状態の朱姫の両乳首の根元に、華耶は二本の糸をくるくると巻きつけているのだ。

 

 ここは、懲罰部屋と呼ばれている繁殖囚専門の罰則部屋だ。

 朱姫は、摩耶(まや)とともに寝台の下に、網掛けの縄を隠し持っていたのを華耶に見つかり、懲罰のために、ここに連れてこられた。

 用心深く隠していたのだが、夜の点呼直後に、不意打ちの抜き打ち検査があり、油断して見つけられてしまったのだ。

 

「さっきも言った通りよ、朱姫──。これは懲罰よ──。あんたの荷の中から、また縄切れが発見されたわ。二度と、それは許さないと警告したはずよ──」

 

 華耶が怒りを浮かべた顔で言った。

 そして、朱姫の乳首に糸で結び目を作り、きゅっと絞った。

 

「くっ……。だ、だけど、抜き打ちで検査するなんて……、華耶……」

 

 朱姫はささやくように言った。

 すると、華耶が結んだばかりの糸を思い切り上に引っ張った。

 

「あっ、いっ、痛いっ──」

 

 朱姫は顔を引きつらせて叫んだ。

 乳首の根元が細い糸に食い込んで、乳首を引きちぎるような激痛を与えたのだ。

 

「いい加減に、わたしをそんな風に呼ぶことはやめなさい。もう、お前とわたしの立場は違うのよ。監督囚様、あるいは、華耶様と呼びなさい、朱姫。さもないと、懲罰を追加するわよ」

 

 華耶が強い口調で言って、乳首を吊りあげた糸を天井から垂れている鎖に結びつけた。

 その鎖を滑車を使ってさらに吊りあげる。

 

「はぐうううっ」

 

 朱姫の乳首に繋いだ糸が引っ張られて、脳天を抉るような激痛が走る。

 さらに、その高さで糸が固定された。

 なんとか、直立の体勢を維持すれば、糸が食い込まないが、ちょっとでも動けば、乳首に激痛が走る。

 しかも、小さな木切れの上に朱姫は乗らされているのだ。

 朱姫は、この糸が朱姫の体重くらいでは、絶対に切れないことを知っている。

 万が一、その木切れから足を踏み外せば、たちまちに、その糸は、朱姫のふたつの乳首を切断してしまうだろう。

 

「か、華耶、こ、こんなこと、やめて──。どうかしちゃたの。あんた?」

 

 少し離れた位置で、朱姫と向かう合うように立たされている摩耶が叫んだ。

 摩耶もまた、朱姫と同じように、天井から吊られた鎖で、直立不動の姿勢を強いられていたが、立たされているのは床の上であり、鎖が繋がっているのは、女囚全員に装着されている首輪だ。

 朱姫に比べては緩い罰だ。

 

 しかし、それは摩耶が華耶の姉妹だからだというよりは、今回のことが朱姫の方が首謀者と判断されたためによる差という感じだ。

 朱姫は他人の朱姫はともかく、血の繋がっているの摩耶にもこんな仕打ちをする華耶に正直驚いていた。

 すると、華耶が鋭い視線を摩耶に向けたのがわかった。

 華耶に睨みつけられた摩耶が、顔をさっと強張らせたのだ。

 

「どうかしちゃったじゃないわよ、摩耶。あんたたちこそ、どうかしちゃたの? どうして、決まりをいつも平然と破るの、あんたら? わたしがどれだけ、庇ってあげているかわかってる?」

 

「庇っている? これで?」

 

 さすがに、摩耶が怒ったような顔になる。

 すると、華耶が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「あんたらねえ……。あたしが、全部報告してたら、あんたらはとっくの昔に処分されているわ──。ねえ、わかってよ。わたしはやりたくて、こんな懲罰をやっているんじゃないの。あんたたちにわかってもらって、その命を守るためなのよ。とにかく、今夜は夜通し朝まで、そのまま放置よ。しっかり、反省しなさい」

 

 華耶は、摩耶と朱姫の顔を交互に見ながらそう言うと、連れてきていた雑役囚ふたりに、自分の首の後ろに両手を持ってくるように命じ、金具でそれぞれの手首の革枷を首輪の後ろに固定した。

 雑役囚ふたりをそれぞれの檻に連れ戻すつもりだろう。

 

「へっ、なにが、あたしたちのためよ……。罰を与えるときのあんたは、嬉々として酔ったような顔してるわよ……」

 

 朱姫は小さな声で吐き捨てた。

 

「なんか言った、朱姫──?」

 

 すると、華耶がきっと朱姫を睨んだ。怒りを露にした凄い形相をしている。

 

「独り言です、監督囚様」

 

 朱姫は大きな声で言った。

 

「独り言? それにしては、声が大きいんじゃない、朱姫?」

 

 華耶はかなり感情的になっている感じだ。

 

「監督囚様の耳がいいのなんか、知りませんよ──。同じように囚われた仲間なのに、監督囚なんかにたまたま選ばれて、のぼせあがっているから、きっと、耳の調子までいいんじゃないんですか?」

 

 朱姫は嫌みたっぷりに言った。

 

「な、なんですってぇ」

 

 華耶がさっと、腰にかけてある『禁錮具』に手をやった。

 朱姫はびくりとした。

 しかし、華耶は、結局、朱姫の頭に激痛を与えるその道具を使おうとはしなかった。

 その代わり、にやりと頬に酷薄そうな笑みを浮かべ、滑車を操作して、朱姫の乳首を吊りあげている糸をさらに少しあげた。

 

「ううっ」

 

 朱姫は呻いた。乳首に鋭い痛みが走った。

 慌てて、踵を浮かす。

 ただでさえ小さな木片に乗せられていることで不安定だった体勢が、さらに不安定になった。

 しかも、乳首に激痛が走らないようにするためには、こうやって、踵を浮かせていなければならない。

 この状態で、まさか、朝まですごさせる気なのか……?

 朱姫は鼻白んだ。

 

「ま、華耶、そんなのやりすぎよ──。やめなさい。目を覚まして──。なんで、こんなことするのよ──」

 

 悲鳴のような声をあげたのは、朱姫の対面に立たされている摩耶だ。華耶の振る舞いが信じられないという顔をしている。

 

「可哀想だけど、口でわからないなら、身体でわからせるしかないのよ、摩耶。動物にものを教えるには、やっぱり、罰しかないわ」

 

 そして、華耶は、朱姫に視線を向けた。

 

「ひと晩かかって、言うことをきかないときのお仕置きの苦しみを身体の隅々に染み込ませなさい、朱姫。じゃあ、明日ね。踵を降ろしたり、眠って、木片から落ちないようにね。ふたつの乳首がなくなるわよ……。じゃあ、お休み、朱姫。いや、お前はお休みじゃないわね」

 

 華耶が笑った。

 

「あ、あたしたちは、人じゃなくて動物?」

 

 朱姫は荒くなる息に耐えながら言った。

 

「そうよ。それを自覚しなさい」

 

 華耶は諭すような口調で言った。

 

「だ、だったら、あんたも人でなく動物よ、華耶……。あんたも自覚しなさい」

 

 朱姫が言うと、華耶は嫌な顔をした。

 だが、それ以上はなにも言わずに、拘束した雑役囚を連れて、懲罰部屋を出ていく。

 朱姫は、残酷な状態のまま、華耶とふたりきりにされた。

 

「ああ……。しゅ、朱姫、大丈夫? ご、ごめんなさい。華耶が……。なんで、あんな風になっちゃったのか……。でも、あの子、根が真面目で……だからかな? でも、こんな残酷なことができるわけないのに……。優しい性格なのよ。本当は……」

 

 摩耶が狼狽えたような声で言った。

 

「わ、わかっているわ……。こ、この環境が華耶をあんな風にしているのよ……。そうでなければ、み、みんな普通の人間よ……」

 

 朱姫は木切れの上で、必死につま先立ちを保ちながら、それだけを言った。

 

 

 *

 

 

「お前のような高慢な女は、実はこういう惨めな情交の方が燃えるんだよ。そうだろう、李媛(りえん)?」

 

 宝玄仙は、李媛の股間に埋め込んでいるふたつの淫具を作動させなから、舌を李媛の首の後ろに這わせ、胸を服の上から揉みたててやっている。

 

「はああっ」

 

 李媛が興奮したように高い声を放った。

 この女司政官が極度の淫情に襲われていることは明らかだ。

 また、目隠しをされていることが、李媛の身体の感度をあげるとともに、なにも見えないということが奇妙な安心感となって、李媛を解放的にさせていることは確かだろう。

 

 しかし、もしも、後ろの席に乗っているのが、家出をした娘の李姫(りき)と、その恋人だと告白したために李媛自身が追い出した貞女(さだじょ)だと知ったら、こんな被虐の快感に酔うどころではなかっただろう。

 それとも、この女は娘たちの前で辱しめられるという恥辱に、さらに欲情して、もっとよがり狂うだろうか。

 そんな気もする。

 

 宝玄仙は、後ろの席で声を殺して、李媛の恥態に驚いている貞女と李姫に視線を向けた。

 ふたりもまた、官能によがる李媛にあてられたのか、顔を真っ赤に上気させている。

 

「見な、お前たち、これが李媛の本当の正体だよ。こいつは、重度の被虐癖だ。惨めに責められれば、責められるほど、興奮するど変態だ。よく覚えておきな……。ほら、変態司政官、窓の覆いを開けてやったよ。夜でもまだ宵の口だ。大通りには人手もある。また、市民に見られながら達しな」

 

 宝玄仙は、愛撫の場所をもうどろどろになっている股間に移動した。上半身が女司政官としての清楚な衣装で、下半分は裸体だというのは、なかなかに淫靡な姿だ。

 そんな格好にされて、上だけとはいえ、外から見られる状態でいたぶられるのは、李媛には堪らない惨めさだろう。

 そして、その露出の羞恥に李媛が正気を保つことが難しいくらいの快感を味わっているのが、宝玄仙にははっきりとわかった。

 もっとも、窓の覆い布を開けたところで、夜道からでは、動いている馬車の中の李媛の顔など見えるわけがないが……。

 

 この李媛の被虐癖がもともとの性質であるのか、青獅子によって刷り込まれたものかは知らないが、これだけの被虐の性癖を、誰にも発散させてもらえず、司政官として禁欲生活を送り続けたのはつらかったに違いない。

 それが李媛を人が変わったような苛々に陥られていたのは明らかだ。

 

「あ、ああっ……だ、誰に話しておるのじゃ──? だ、誰が後ろにおるのだ? そ、それに、足元の人間は誰じゃ? あっ、はああっ──」

 

 李媛が切羽詰まった声をあげた。

 もちろん、足元の袋詰めの人間は一丈青(いちじょうせい)だ。

 特殊な霊具の袋だから、中で窒息することも、悲鳴が外に漏れることもない。

 そして、馬車の床に転がしてから、ずっと最大限に『女淫輪』を振動させてやっているから、もしかしたら、もう十数回は達しているかもしれない。

 しかし、意識だけはあるはずだ。

 そして、狂うこともない。

 一丈青には、覚醒の道術をかけてある。

 だから、限度を超えた快感を一丈青は受け続けるしかないのだ。

 もちろん発狂もできない。

 そんな生易しいことは、宝玄仙の調教にはない。

 

「お前は、そんなこと、気にしなくてもいいんだよ。いいから、よがり狂ってな、変態。ほら、布を噛ませてやる。声を我慢していきな」

 

 宝玄仙は、李媛の口に、準備していた布を噛ませ、愛撫の手を激しくした。

 

「んんんんんっ」

 

 李媛は全身をおこりのように震わせて、また絶頂した。

 

「ご主人様、もうすぐ、城門です」

 

 馭者台にいる沙那が叫んだ。

 ずっと警戒しながら隣に座っている孫空女が、黙ったまま耳から手に『如意棒』を移動させたのがわかった。

 宝玄仙は李媛の口から布を取った。

 

「じゃあ、李媛、うまくやりな。失敗したり、助けを求めようとしたら、即座にその格好で馬車の外に放り出す。ついでに、浣腸栓もそのときに外してやるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、もう何度も馬車の中でいかされた李媛は、すっかりと屈服し、逆らう気持ちはなさそうだ。

 そうでないとしても、さすがに、下半身丸出しで、股間の二穴を淫具で塞がれた姿では外には放り出されたくないだろう。

 しかも、すでに便意の限界をすぎている李媛は、浣腸栓を外された瞬間に、大便を撒き散らすことになることは間違いない。

 

「わ、わかっておる……」

 

 李媛は被虐酔いしたような呆けた表情で言った。

 孫空女が後部席とこちら側を仕切る車内の布を閉めた。

 宝玄仙はそれを確認して、李媛の目隠しを外す。

 馬車の速度が落ちた。

 やがて、完全に停まる。

 馬車を城門で警戒している兵がなにか話している声がする。

 

「出番だよ」

 

 宝玄仙は窓に李媛の顔を押しやった。

 ついでに、股間の淫具に微弱の振動を与えてやる。

 

「うっ」

 

 李媛が一瞬、眉を寄せて身体を震わせた。しかし、外の兵に気づかれるのを怖れた李媛は、すぐに真顔を作った。

 

「わ、わらわじゃ、李媛じゃ──。所用で出る。い、急いでおる。通せ──。それと、明日の夕には戻る。心配ないと伝えよ」

 

 李媛が窓の外に顔だけ出して叫んだ。

 言えと強要した言葉のままだ。

 真面目を装う他所行きの顔だが、こちら側にある下半身は丸出しなのだ。その不釣り合いさが面白い。

 しかし、横の孫空女が異常なほどに緊張しているのがわかる。

 もしも、この馬車を調べられる事態になれば、あとは暴れて突破するか、城郭側にもう一度、逃げるかしかない。

 

 沙那は、城門で警戒に当たっている兵が、この馬車を通過させない可能性は五分五分だと言っていた。

 この時間に予告もなしに、司政官の李媛が城壁の外に出るのはおかしいし、警護兵が前後にいないのも不自然だからだそうだ。

 だが、反面、屋敷に戻ると告げてから、真っ直ぐに、この馬車は城門に向かってきた。

 ここにいるのは、道術のない歩兵隊だから、李媛が行方不明になったことが、もうここに伝えられていることはあり得ない。

 

 だが、外から門を開けろと指示をしている声が聞こえてきた。

 どうやら、案じるようなことは、なにもなさそうだ。

 宝玄仙はほっとした。

 やがて、馬車が再び動き出す。

 馬車が城門を抜けたのがわかった。

 

「よくやったよ、李媛」

 

 宝玄仙は、また、李媛に目隠しをした。

 

「や、約束じゃ……。じょ、城門を出たら、不浄に行かせてくれると申したはずじゃ……」

 

 すると、李媛が訴えるように言った。

 

「不浄? ああ、厠のことかい。そんなことは言ってないよ。大便をさせてやると言っただけさ。沙那──。そこら辺に小川があるはずだろう? 停めてやりな。司政官閣下がもよおしているのさ」

 

 宝玄仙は、笑いながら沙那に声をあげた。

 

「待ってください。もう少し進んでから、安心できる場所で停まりますから」

 

 馭者台の沙那が叫んだ。

 

「お、小川とはなんじゃ?」

 

 李媛が狼狽えた声をあげた。

 

「お前はなにも考えずに、よがってな」

 

 宝玄仙はまた、李媛の前後の淫具を作動させた。

 今度はしばらく動かしっぱなしにする。

 

「ひいっ、ひいっ、ひっ」

 

 すぐに身体を震わせて呻き出した李媛が、がくがくと痙攣をして、また全身をのけ反らせた。

 

「呆れたねえ……。本当に簡単に達するねえ」

 

 宝玄仙がわざとらしくからかうと、李媛が恥辱に顔を歪ませた。

 しばらくすると、やっと馬車が停まった。どこかの林の中のようだ。

 孫空女が馬車の扉を開く。

 

 すぐに孫空女と沙那がとさっと散っていく。

 ふたりで警戒に当たってくれるのだろう。

 宝玄仙は、後ろ手に拘束している李媛を目隠しのまま、馬車の外に出した。

 道術で灯りを周りに照らす。

 ここは、街道から外れた脇道の横の林のようだ。そばに小川が流れている。

 

「ほら、おいで」

 

 宝玄仙は李媛の腕を掴んで、小川に連れていった。

 移動とともに、道術の灯りもついてくる。

 宝玄仙は目隠しをしている李媛の腕をとったまま、小川の中に連れていった。

 

「つ、冷たい」

 

 小川は足首ほどの深さだ。その真ん中に立たされた李媛は、怯えたような仕草をした。

 

「待って、わたしたちにお世話をさせてください」

 

 そのとき、馬車から貞女と李姫のふたりが慌てたようにやって来た。

 

「り、李姫の声か? お前たちがおるのか? さ、貞女もか? だ、大事はないか? 無事か?」

 

 李媛がびっくりした声をあげた。

 宝玄仙は、李媛に存在を悟られるなと言ったにも関わらず、それに逆らってやってきたふたりに苦笑した。

 李媛の目隠しを外す。

 

「李姫──、貞女──。なんともないのか? ほ、宝玄仙殿、頼む。捕らえるのも、仕返しも、わらわだけで十分のはずじゃ。ふたりは解放してくれ」

 

 ふたりの姿を確認した李媛は一瞬、ほっとした顔になり、今度は、宝玄仙に懇願の声をあげた。

 

「そんなんじゃありません、お母様。わたしたちは、その……。申し訳ありません」

 

「李媛様、こんな恩を仇で返すようなまねをお許しを──」

 

「李姫? 貞女?」

 

 李媛はふたりからいきなり謝られて当惑している。

 

「こいつらは、わたしがこいつらを保護するという条件で、お前を売ったのさ……。その話はいいさ。それよりも、李姫、李媛の肛門栓を抜いてやりな。貞女は排便をする李媛の股間を愛撫するんだ」

 

「はい」

 

 貞女がすぐに李媛の腕を宝玄仙から受け取り、李媛の肉芽あたりの刺激を始めた。

 李姫も反対側の腕を掴んだ。

 

「まだよ、李姫。合図をするまで抜かないで」

 

「はい、貞女お姉様」

 

 ふたりが李媛を小川の上に立たせたまま、覚め始める。

 

「なっ……、そ、そんな……い、いやっ、お、お前たち、なにを……」

 

 李媛が狼狽えなからも、激しくよがり出す。

 ふたりには、李媛の本質が被虐癖であるという宝玄仙の予想をさんざんに説明した。

 そして、実際にも馬車の中の李媛の恥態を見て確認もしたはずだ。

 そのことで、ふたりはかなり大胆な気分になっているようだ。

 主人であり、実母である李媛を責めるという行為をついに、自分たちから志願してやり始めた。

 この辺りの心境は、宝玄仙には完全に理解することはできないものの、わかる部分もある。

 

 貞女にしろ、李姫にしろ、このふたりは、亜人たちに囚われているあいだ、彼らに犯され、調教されるというつらい時間を朱姫も含めた倒錯した百合の情交をかわすことで耐え続けたらしい。

 また、亜人の奴隷でいるときは、李媛への責めを亜人たちの前で見世物として、やらされることも何度もあったという。

 そんな時間の中で、貞女も李姫も、本当に李媛とそういう関係になることを夢見たこともあると、正直に昨日語った。

 もしも、あの亜人の奴隷の日々が続いていれば、貞女と李姫の関係と同じ関係に、李媛が加わったのは間違いないとも思っていたようだ。

 

 だが、その日々は突然終わり、李媛は人が変わったように、苛ついた態度をとるようになった。

 それが三人の関係をぎくしゃくさせてしまった……。

 だから、李姫と貞女は、その溝を強引に戻そうとしているのだ。

 李媛を自分たちが囚われてしまった嗜虐と被虐の性に引っ張り込むことによって……。

 

 宝玄仙は少し離れて、三人を見守ることにした。

 娘と従女に責められる李媛が、はっきりと欲情していることは明らかだ。

 

「いぐうううう」

 

 しばらくすると、李媛ががくがくと身体を震わせた。

 李姫が李姫の肛門栓を引き抜き、李媛の尻から大量の排便が吹き出した。

 

「き、気持ちいい──」

 

 李媛が叫んでいる。

 どうやら、責めるふたりに強要されたようだ。

 そして、その屈辱によっても、李媛は激しい快楽に襲われているらしい。

 ここから見ていても、李媛は呆けてはいるが、同時に憑き物が取れたような穏やかな顔になっている。

 

 李媛もまた、吹っ切れたのかもしれない。

 貞女と李姫は、場合によっては、宝玄仙たちと一緒に、南に向かう予定だったが、あの感じだとふたりは李媛の屋敷に戻ることを選ぶ気がする。

 

「お前ら、いつまでも乳繰り合うんじゃないよ──。そろそろ、戻ってきな」

 

 宝玄仙は、李媛の排便が終わっても、ふたりがかりの愛撫をやめない李姫たちに叫んだ。

 あの三人は、これでうまくいくのだろうな。

 なんとなく、宝玄仙はそう思った。

 

 

 

 

(第92話『女司政官と魔女』終わり、第93話『半妖族の叛乱』に続く)



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 第93話  半妖族の砦【大黒天(だいこくてん)Ⅰ】
610 逃亡亜人族の拠点


 小萩(こはぎ)は驚いていた。

 

 竜飛国の各地で虐げられた亜人が集まって砦を作って、国に叛乱をしている場所と聞いていたので、もっと殺伐とした盗賊団のような光景を想像していたのだ。

 

 しかし、歩哨のいる厳重な門をいくつかすぎると、そこに拡がっていたのは、山あいを利用して作られた棚田のある風景だった。

 小川があり、それが利用されて一面の田園となっている。

 幹道と呼ぶべき道は広く、路面も整備されていた。

 家もあって、見たところ女もいるし子供もいる。

 砦というよりは村だ。

 小萩は案内人に従って、道を進みながらそう思った。

 

「ここに入れば、誰でも驚く。こんな奥深い場所に開けた里があるのでな。ましてや、ここは、賊徒の砦と言われている大黒山(だいこくざん)だからな……」

 

「はい」

 

「だが、実際には廃れかけた村を俺たちが入り込んで、作りあげた亜人村だ。それを人間族の連中が、勝手に砦だの、賊徒だのと言っているだけなのさ。ここは、平和的な里だよ」

 

 案内人は朱雀(しゅじゃく)と名乗った。

 歳は三十過ぎで、農夫のような恰好をしているが、朱雀といえば、れっきとした戦士であり、数々の国軍による討伐戦で武辺を示している指揮官級の男であることを小萩は知っていた。

 多額の懸賞もついていて、ここの頭領の大黒天(だいこくてん)が率いる砦の重鎮であり、大黒天の腹心のはずだ。

 

 どうやって、大黒天に近づけばいいのかと迷っていたが、すぐに、大黒天に親しい朱雀に接触できたのは運がよかったと思う。

 また、小萩の後ろには、二十人ほどの男女がいる。

 歳は赤ん坊から老人までまちまちだ。

 いずれも、最近急に厳しくなった亜人狩りによって行き場を失った亜人や半妖たちである。

 人間族の中で田畠を耕して生きていたが、それぞれの農村で狩られて、あの国都郊外の亜人収容所送りにされるところを護送の途中で逃亡して山に逃れた集団だ。

 

 亜人だの、半妖だのといっても、小萩も含めて、霊気はあるが、道術は遣えない。

 だから、山に逃亡したものの生きていくすべがなく、たまたま、小萩が大黒天の息のかかった商家を知っていて、それで、小萩がひとりが山を抜けて、ひそかにその商家を頼り、紹介状を書いてもらって、全員を率いて砦を頼ってやってきた……。

 

 ……と、そういうことになっている……。

 

 もちろん、小萩の後ろにいる男女が、逃亡亜人であり、本当に亜人収容所送りになるところを期を見て脱走した者たちであることは本当だ……。

 しかし、小萩は違う……。

 

「それにしても、大黒天を頼って色々な者がくるが、あんたみたいに、若くて別嬪の女が率いる逃亡奴隷は初めてさ。だが、どういういきさつであんたが、この集団の指揮官ということになっているんだ?」

 

 朱雀がにこにこしながら小萩を見た。

 

「別段、わたしが指揮官というわけではありません。わたしの伝手でここにやってきたので、わたしが代表のような感じになっているだけです。ここにいる者は、そういう指揮とか、戦いとかいうものには無縁の者たちばかりです。それでも、ここに置いてもらえるのでしょうか?」

 

「もちろんさ。大黒天は頼まれた者を見放すことはない。ただし、ここは一見、普通の山里のように見えるが、承知のとおり、国の法に逆らって砦を築いて、国の討伐軍に抵抗を続けているの大黒山という場所だ。原則として、ここに暮らす者は全員が兵だ。定期的に訓練も受けることになる。必要なら戦にも出る。それがここの掟だ」

 

「わかっています。わたしもそうですが、みんな国と戦う覚悟でやってきました。ここに置いてもらわなければ、死ぬまであの収容所にいるしかなかった者たちばかりです。よろしくお願いします」

 

「うん……。まあ、そう言っても、実際には、ここはのどかなところさ……。全員が訓練に参加するのが決まりだから、そうしてもらうが、武器の使い方も知らないのに、戦に駆り出されることはない。いまのところ、自衛のための軍として整備している常備軍で戦力は間に合っている……。それよりも、お前たちには、ほかのことで役割が与えられるはずだ」

 

「は、はい、もちろんです」

 

「うん。例えば、村民の中にはいくらかの道術が遣える者もいるから、そういう者が集まって、土を温暖な気候に保っている。だから、ここでは、米も一年に三回は収穫できるし、米以外の作物もいろいろと収穫できる。家畜も飼っているし、工房もあって、さまざまな物を生産もしている。この砦は自給自足ができるのだ……。ともあれ、お前たちの中に、道術が遣える者がいれば、まずは、そっちの方面で役割が与えられるはずだ」

 

 朱雀が言った。

 

「道術が達者に遣える者はいないはずです。ここにいるのは、本当に人間族の社会の中でひっそりと暮らしていた者たちばかりなのです」

 

「それでもいい。役割はいくらでもある……。それよりも、着いたぞ。ここがとりあえずの住まいだ。ここで数日すごして、そのあいだに、それぞれの役割を与えられる。住む家もな──。軍に追われて逃げ回るのは大変な思いだったろう。とにかく、まずは、あそこで食事だ。そして、部屋をあてがうから休んでくれ。身体を洗う湯も準備されている」

 

 朱雀が全員に聞こえるような大きな声で言った。

 道の先に、垣根に囲まれている大きな屋敷のような建物が並んでいる場所が見えた。

 背後に従っていた者たちから、ほっとしたような声が一斉にあがった。

 

「ここは、招待場と呼んでいる場所だ……。まあ、この砦に入村するための準備をする場所だな……。さっきも言ったが、ここでそれぞれの能力や希望などを見極めて、とりあえずの役割が与えられる。ただし、それまでは、この招待場ですごしてもらうことになる」

 

「はい」

 

「また、そのあいだは自由に村を歩くことは許されない。ここで監禁される。なあに、数日だけの話だ……。また、この招待場にいるあいだであれば、この砦で暮らすことをやめて、出ていくことも許される。しかし、村の中に家が与えられてからは、もう、逃げることは許されない。逃亡は死だ──。村のように見えても、やはり、ここは戦う砦であり、ここにいる者は全員が戦う者なのだ。だから、この招待場にいるあいだに、もう一度考えてくれ」

 

 朱雀が全員に振り向いて言った。

 やがて、招待場と朱雀が言った建物のある場所に入った。

 建物は大きな屋敷が五棟ほど並んでいて、そこが木の垣根で囲んである。

 監禁といったが、垣根は低く、厳重な感じではない。

 

 垣根の門から入って、すぐに広い庭のような場所に導かれた。

 そこに長机と椅子が並べられていて、卓の上に、たくさんの握り飯や干し魚、肉や野菜や果物、そして、飲み物などがいっぱいに並んでいた。

 三名ほどの老人がいて、にこにこと笑いながら、それを準備している。

 

 最初に、数名いる子供が喜びの声をあげて、食べ物に走った。

 亜人収容所に送られるところを逃亡してからの山での逃亡生活は苛酷だったのだ。

 子供たちに続いて、大人たちもそれぞれに嬉しそうに食事に寄っていった。

 

 全員が目の前の食べ物を頬張り始めた。

 小萩もまた、進められた椅子に座り、食事に手を伸ばした。

 一方で、朱雀は卓には近づかず、少し離れた場所で、全体を見守るような格好で立っている。

 

 しばらくすると、建物側からひとりの男がやってきた。

 老人たちと同じような服装をしているが、歳は朱雀と同じくらいの三十くらいだろうか。

 どことなく冴えない平凡そうな感じだ。

 その男がぺこりと頭を下げた。

 

「どうぞ、食事をしながら聞いてください──」

 

 男が食事をしている二十人の前に立って、一礼してから話し始めた。

 しかし、それほど声が大きくないので、二十人が食事をしているこの喧騒の中では、耳をすまさなければ、よく声が聞き取れない。

 実際のところ、男が話している場所から離れた側にいる者は、明らかに男の話を聞かずに、食事をしながらの談笑を続けている。

 だが、男は気にしていないようだ。

 

「……ここにいる年寄りたちは、招待場の管理をする役割の者たちです。足りないものがあったりしたら、遠慮なく相談してみてください。できるだけのことはしますので」

 

 男が言った。

 誰だろうとは思ったが、とりあえず、小萩は男に対応するために寄っていき、居ずまいをただす。

 すると、男がなんとなく、ほっとした様子で、小萩に向き直った。

 

「ああ、よろしくお願いします。それと、もう聞いたかもしれませんが、この招待場での生活は三日程度になります。そのあいだに、皆さんに役割を振り分ける者があなたがたと何回か話をして、皆さんの役割を決めます。当面はそれに励んでもらうことになるでしょう。ある程度の時間が経てば、戦いに出てもらうこともあるかもしれません。ただ、それはすぐではありません」

 

「あっ、はい、わかりました」

 

 概ね、先程までに朱雀に聞いていた通りであり、小萩は頷いた。同時に、やはり、目の前の男がどういう立場であるかを訝しんだ。

 

「そして、これも大切なことですが、三日がすぎて、この招待場を出ると、もう、砦を抜けられないことになっています。それまでに、覚悟を決めてください──。もしも、やはり、ここでは暮らせないと思ったら、遠慮なく、ここの年寄りたちに相談してください。そのときは、少しばかりの路銀もお渡しすると思います」

 

 男がそれだけを言って、また一礼をした。

 そして、また屋敷の奥に戻っていった。

 いまのはなんだったのだろう……。

 

「じゃあ、小萩殿……。俺の役割は終わりだから、もう行く。なにか不都合があれば、いまも言ったが、あの年寄りたちに言ってくれ」

 

 すると、朱雀が寄ってきた。

 そして、立ち去る気配を見せた。

 

「ま、待って、お待ちください──。朱雀様、お願いです。是非とも、頭領の大黒天様にお目通りをさせていただけませんか。せめて、ひと言お礼を……。お礼を申しあげたいのです──。こ、この土産のお酒もお渡ししたいのです。こんなもので申し訳ないのですが、頭領へのお土産ということで、みんなで準備した物なのです」

 

 小萩は慌てて言った。

 なんとしても、大黒天と接触する。

 そして、なかなかに謎の多い大黒天という頭領についての情報を集める──。

 それが、間者として潜り込んだ小萩の真の役割なのだ。

 

 例えば、この朱雀は大黒山の賊徒の戦士中の戦士として有名だし、その顔も知られているが、一方で頭領の大黒天は、顔も知られていない。

 国軍の間者である小萩は、その大黒天について調べるため、逃亡亜人にやつして、やっと、この大黒山の砦に潜入することに成功した。

 そのために、半年前に亜人としてある小さな農村に入り、畠の手伝いをして暮らす生活を始めた。

 そのあいだ、小萩は流浪する若い亜人女に完全になりきった。

 やがて、その村のある地方一帯に亜人狩りの手入れが入り、小萩も捕えられた。

 そのときに捕らえられたのが、この二十人だ。

 全員が本物の亜人か半妖であり、小萩を除いて純粋な逃亡亜人だ。

 小萩は、それに混じって亜人収容所に送られる輸送馬車に乗せられた。

 そして、その馬車が移送中に事故を起こして、全員が逃亡した。

 これは当局の工作によるものだ。

 

 山に逃げた二十人に、大黒天を頼ろうと提案したのは小萩だ。

 小萩は、流浪のときに一時期だけ愛人になった商人がいて、その商人が大黒天の砦と取引があり、紹介状を書いてもらえるはずだと説明した。

 全員が納得した。

 

 そして、小萩はひとりで山をおりて、その商人に会い、紹介状を受け取ってから、この二十人を連れて、砦にやってきたのだ。

 もっとも、実際には、小萩はその商人と会うのは、そのときが初めてだ。

 ただ、そこに行けば、紹介状を渡してもらえる手筈になっていると教えられていただけだ。

 その商人が、本当はどういう立場の者であるかは小萩は知らない。

 小萩のような小者の間者に、全部を知らされるわけではない。

 

 いずれにしても、小萩は、ただ与えられてる任務をこなすだけだ。

 小萩が与えられている任務は、大黒天についての情報を集めることであり、そのために必要であれば、大黒天の女になることも手段のひとつとなっていた。

 だから、潜入する者として、小萩のような「若く」て「美貌」の女が選ばれたのだ。

 

 とにかく、大黒天になんとしても近づきたい。

 この朱雀は、大黒天に親しい者だということはわかっている。

 どうにか、その伝手を利用できないだろうか……。

 

「お礼? いいんじゃないか、そんなの……」

 

 朱雀が肩を竦めた。

 

「新参者がいきなり、頭領とお目通りをするなど許されぬことなのでしょうか?」

 

 小萩は少しがっかりした。

 やはり、いきなり、大黒天に会うというのは難しそうだ。

 当初の計画通り、このまま、砦の住民に溶け込んで、機会を待つしかないだろう。

 

「許されないということはないがな……。ただ、あいつは、いい女には目がなくてなあ……。あんたのような別嬪が挨拶したいなんて言ったら、必ず、夕食に誘うに決まってる……。あんたが危険だ。だから言っているんだ」

 

 朱雀が言った。

 

「そ、それは構いません──。あっ、いえ……。そういう意味ではなく、是非、お礼を言いたいのです。この酒は高級なものではありませんが、逃亡をしていたわたしたちが、なけなしの物を集めて購ったものであり、どうしても頭領様に渡す義務がわたしにはあるんです」

 

 小萩はまくしたてた。

 

「そこまで言うんなら、まあ、本人に訊いてみるんだな。でも、俺の忠告を覚えておけよ。あいつが、夕食を一緒にと言ったら、絶対に身体を狙っているからな──。それに、ちょっとばかり、あいつは特殊な女の抱き方をする……。女が逃げ出すような……」

 

「えっ? 特殊……?」

 

「うん……まあとにかく、貞操を護りたければ、是非とも、奥様たちも一緒にどうぞと言うんだ。あいつには、嫁が三人いる。さすがに、嫁たちの前では女を口説きはせんよ。覚えておくんだぞ──。おい、大黒天、この小萩殿が土産の酒を持参したから、渡したいと言っているぜ」

 

 朱雀が言った。

 小萩は驚いて、朱雀の視線の方向に眼をやった。

 そこには、さっきの平凡で冴えないという印象を持った男がいて、屋敷からこっちに出てきたところだった。

 

 小萩はびっくりした。

 この男が大黒天──?

 小萩は、少し呆然としてしまった。

 

「酒……? へえ、いいな……」

 

 大黒天が小萩を眺めて、にっこりと笑った。

 その眼がちらりと、小萩の剝き出しの膝から下の脚に向いたのを小萩は見逃さなかった。

 

「……小萩殿か……。だったら、今夜、夕食を一緒にどうです?」

 

 大黒天が言った。

 奥様たちも一緒にどうぞ──とは小萩は言わなかった。



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611 城郭から脱走して……

「みなさああん──」

 

 距離はあるが、馬車の外から呼び掛ける声がかすかに聞こえた。

 長庚(ちょうこう)の声だ。

 そして、林の中に一台の馬車が近づいてくるのもわかった。

 

 夕べ、李媛(りえん)とともに城門を脱したときの馬車の中だ。そして、その馬車で夜を明かした宝玄仙は、微睡みから眼を覚ました。

 どうやら、夜が開けたみたいだ。

 しかも、馬車の窓から射し込む陽射しはかなり高い。

 

 宝玄仙は、この六人掛けの馬車の最後部の席に座ったまま、身体を馬車の壁に預けるように眠っていた。

 ふと、足元を見る。頭から臍の部分の上半身だけをすっぽりと包み直すかたちに包み直された一丈青(いちしょうせい)が、床に丸まって、やっと許された睡眠をむさぼっている。

 

 一丈青は、上半身が袋詰めで、下半身は股間に装着させている貞操帯だけという奇妙な格好だ。

 一丈青が包まれているのは、宝玄仙が作った特別の袋であり、これに包まれると、袋の中の声は一切外には洩れないが、袋の中の一丈青には、外からの声ははっきりと聞こえるというものだ。

 また、袋の通気性は十分てあり、袋の中は外気と全く同じ状態に保たれるので、息が詰まることも熱さに苦しむこともない。

 

「ほらっ、朝だよ、一丈青。今日も調教を頑張ろうじゃないか」

 

 宝玄仙は軽く一丈青の腿を蹴飛ばすと、『女淫輪』を震動させた。

 たちまちに、一丈青の身体が床で激しくもがき出した。

 袋の力で声は洩れないが、中では大きな声で泣き叫んでいるのだろう。

 鎖つきの足枷を足首につけさせているが、その足がばたばたと動いている。

 

「暴れるなと、何度言えば、覚えるんだい? 今日から二日ほど馬車だ。ちゃんと、豆吊りは馬車の中でもやるからね。馬車は揺れるからつらいよ。いまのうちに、責められてもじっとすることを覚えな」

 

 宝玄仙は、一丈青の貞操帯の小さな穴から外側に出している肉芽に手を伸ばしてぎゅっと握った。

 この二日だけで随分と大きくなった。

 いまは、小指の第一間接くらいにまでなっている。

 それというのも、一丈青の肉芽の根元を締めている『女淫輪』が発情で膨らんだ肉芽が元の大きさになるのを妨げているからだ。

 そうやって、この二日間、常に一丈青の肉芽を拡大させ続けるということをやっている。

 宝玄仙がその肉芽を掴んで左右に振るように動かすと、袋詰めの一丈青の頭が暴れて、ごつごつと前の座席に頭をぶつけた。

 宝玄仙は笑って、やっと一丈青の股間から手を離してやった。

 しかし、『女淫輪』に苛まれている一丈青の芋虫のような躍りは続く。

 

 宝玄仙は今度は、前側の四人掛けの席に眼を転じた。

 李媛、李姫(りき)貞女(さだじょ)の三人が情交に疲れたままの態勢で重なるようにして眠っていた。

 あれから、この三人は狂ったような百合の情交をここで続けた。

 母親であり、女主人である李媛を、李姫と貞女は素裸にして拘束し、宝玄仙も呆れるほどの激しさで責め続けたのだ。

 何度も李媛に奴隷の誓いをふたりは強要し、李媛は股間から女の蜜を垂れ流しながら、命じられる屈辱的な言葉を叫びまくった。

 そして、際限なくよがり、際限なく果て続けた。

 ただただ快楽をむさぼるだけの雌の姿であり、それを責める貞女と李姫も、二匹の淫獣になっていた。

 

 その三人が寝ている。

 李姫と貞女は下着姿であり、李媛に至っては全裸だ。

 随分と疲れているようだが起こすべきなのだろうな。

 

「みなさん――」

 

 そう思っていると、馬車の扉が外から開いた。

 

「きゃああ」

「ひっ」

「わああっ」

 

 前の三人が飛び起きて、悲鳴をあげた。

 開けたのは沙那だった。

 その後ろに孫空女もいる。

 

「あらっ……? まだ、そんな格好……。でも、そろそろ起きて、三人とも……」

 

 そして、沙那は持っていた李媛の服一式を渡しながら、呆れた口調で言った。

 そして、宝玄仙に視線を向ける。

 

「外の荷は、彼が持ってきてくれた馬車に積み直しました。中の荷を移動させれば、出立できます」

 

 中の荷というのは一丈青のことだろう。

 ほかにはなにもない。

 

「いいよ、運びな」

 

 宝玄仙は馬車を降りるために、立ちあがった。

 前の三人は、狭い場所で一生懸命に服を着ている。

 

「お前たち三人は、結局、一緒に暮らすんだろう? だったら、馬車から降りるんじゃない。窓の覆い布も閉じておくんだ。いいね」

 

 宝玄仙はそれだけを言い、李媛の馬車から降りた。

 降りるなと厳命したのは、宝玄仙たちに提供する馬車をここまで運んできてくれた長庚の顔を李媛に見せるわけにはいかないからだ。

 

「わっ、凄い格好──。こ、これは駄目よ……。孫空女、毛布、毛布──」

 

 沙那が一丈青を運び出そうとして覗き込み、びっくりした声を出した。

 宝玄仙が降りるとき、まだ着衣の途中の李姫と貞女が慌てたように、宝玄仙に頭をさげた。

 しかし、李媛はまだ呆けたような複雑な表情をしている。

 

 宝玄仙はそのまま、歩いて少し離れたところにある馬車のところまで歩いた。

 一頭立ての幌つきの小さな荷馬車だ。

 一丈青と李媛が行方不明になったのだ。城郭では大騒ぎだろう。長庚は荷でも運ぶ感じで、これを城郭から持ち出したのかもしれない。

 荷馬車の後ろ側の陰になる場所に長庚がいた。

 ほかにも、百舌(もず)蝶蝶(てふてふ)、そして、双六(すごろく)がいる。

 全員が旅装だ。

 

「お前たちも、このまま、城郭を出るのかい、長庚?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「いい機会なので、商品を運ぶ隊商を組んで、一度国都に戻ることにします……。よく考えれば、僕も旅の途中でしたから……。ここには、僕の店もありますから、いずれ戻りますが、親父にかなり借金もしたし、戻らないと……」

 

「借金かい? そりゃあ、悪いことを……」

 

 間違いなくそれは、宝玄仙たちを助けようと、あちこちに金をばら蒔いたのだろう。

 

「いえいえ、まあ、一緒に運ぶ積み荷が無事に国都に着けば、借金を払って釣りが出る予定なんです。この地域をしばらく亜人が占領していたので、この地方産の胡麻油が国都で品不足らしいのです。これを売れば、大儲けできるはずです」

 

 長庚が白い歯を見せた。

 その隊商というのは、近くには見えない。

 多分、街道にでも待たせてあるのだろうか。

 

「無事に着くさ……。俺と俺の手の者が同行するんだ。だから、済まないが、俺はあんたらと一緒には大黒山(だいこくさん)には行けない。その代わり、紹介状は沙那に渡したし、別に俺の名で大黒天に手紙は出した。だから、門前払いにはせんはずだ。いずれにしても、俺のできることはここまでだ……。ついでに言えば、亜人収容所を襲撃するなど、正気の沙汰とは思えん。下手すれば、国軍が出てくる」

 

 双六が言った。

 沙那が考えているのは、大黒山に集まって砦を作っている逃亡亜人たちの賊徒に、亜人収容所を襲わせて、大勢の亜人ごと、朱姫を助け出そうということらしい。

 その賊徒の頭領は大黒天といい、たまたま、双六の義兄弟なのだという。

 それで紹介状を書いてもらったのだ。

 

「十分さ、双六……。そして、感謝するよ、長庚もね……。この礼はいつかする……。この宝玄仙の借りだ。それなりの値打ちがあるはずさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「宝玄仙さんに、借りなんかありませんよ。僕と百舌は命を救われました。僕はそれを返そうとしただけです」

 

「そうかい……。ああ、そうだ。これから助けようとしている朱姫という女は、妙な術が遣える女でね……。相手が人間でも、暗示をかけて、心を操ることができるのさ。朱姫を助けたら、お前さんのところの親父さんに、暗示をかけにいってやるよ。お前が百舌という奴隷女と結婚しようと言っても、反対しないようにね」

 

「それはいいですね。是非、お願いします」

 

 長庚が笑った。

 その横で百舌は当惑した表情になり、蝶蝶は愉快そうに微笑んだ。

 

「ご、ご主人様……、は、運ぶときくらい、振動をとめてくださいよ。もう、暴れちゃって……」

 

 不平のような言葉をあげながら、やって来たのは、一丈青の剥き出しの下半身を毛布でくるんで、孫空女とふたりがかりで肩に担いで運んできた沙那だ。

 確かに、ふたりの肩に乗っている一丈青は、『女淫輪』の激しい責めに全身を暴れさせている。

 それを見て、宝玄仙は苦笑した。

 いずれにしても、その一丈青も荷馬車の幌の下に収まる。

 

「さて、出発するかね、じゃあ……」

 

 宝玄仙は沙那と孫空女に声をかけた。

 ふたりが馬車に乗り込んだ。

 

「ま、待って……」

 

 そのとき、向こうの馬車から、李姫が走ってきた。

 急いで身支度をしてきたようだ。

 まだ、髪も服も乱れた感じだ。

 

「お前たちは、城郭に残るんだろう? だったら、そのまま行きな──。もう、関わりなしだ。李媛のことは許してやるよ。そう言っときな……。お前たちの李媛に対する責めがあんまり激しいから、なんか、わたしの方が興醒めしたよ」

 

 宝玄仙が李姫にそう言うと、李姫は恥ずかしそうに真っ赤になった。

 

「で、でも、一言、お礼を……。そ、それに、母のことも……。母も本当は感謝しているのではないかと……」

 

 李姫の言葉に、宝玄仙は爆笑した。

 

「お前たちは、色々なことがありすぎて、頭がおかしくなっているんだよ。わたしらは、お前の母親をさらって酷い目に遭わせた誘拐犯だ。それに礼を言うのかい?」

 

 宝玄仙は笑い続けた。

 

「それでも、これでなにもかもうまくいきそうです。母の李媛は、早晩、城郭の司政官は辞めて、三人で家の所有する地方の別荘に行くことになると思います……。あ、あと、朱姫お姉様の救出に成功したら、是非、李姫が再会を願っているとお伝えください……。これは、その別荘の場所を書いたものです」

 

 李姫が宝玄仙に封書を手渡した。

 

「やめときなさい、李姫──。そんなこと伝えたら、あのお調子乗りは本当にやってきて、とんでもない騒動を起こすかもしれないわよ……。あんたらとの別れの夜に、あの娘がやったことは、しっかりと把握してるわ。きっちりと叱っておくから安心して」

 

 荷台から顔を出した沙那が李姫に言った。

 その沙那の真剣な顔に、宝玄仙は声をあげて笑ってしまった。

 

 そして、幌馬車が動きだす。沙那と孫空女は馭者台に乗り込んだ。幌の包まれた荷台側にはこないみたいだ。

 とにかく出発だ。

 

「さあて、じゃあ、一丈青、今日も肉芽調教だよ。時間はたっぷりとある。お互いに頑張ろうじゃないか」

 

 そして、宝玄仙は、思念を馬車の隅の一丈青に戻した。

 とりあえず、親指の先ほどに膨らんでいる真っ赤な肉芽に、液状の掻痒剤をどぼどぼとかける。

 かなりの効き目のはずであり、一丈青はもがき苦しむはずだ。

 案の定、上半身を道術の袋に包まれている一丈青が剥き出しの下半身を物凄い勢いで暴れさせだした。

 宝玄仙はその滑稽な姿に大笑いしてしまった。



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612 女間者と三人の妻

 大黒天(だいこくてん)の屋敷だ。

 小萩(こはぎ)は案内をされた膳の前で待っていたのだが、そこに大黒天がやってきた。

 昼間、招待場で会ったのとほとんど変わらない平凡な着物を身に着けている。

 ただ、身体を洗ったばかりという感じであり、かすかに肌から湯の匂いが漂ってきた。

 招かれた部屋で小萩は、大黒天とふたりきりで食事をすることになった。

 

「この度は、わたしたちを引き受けてくださって感謝いたします」

 

 まずは、やってきた大黒天の前で床に手をついて、小萩は深々と頭をさげた。

 卓や椅子のようなものはなく、絨毯が敷き詰められている床に直接座るかたちの客間だ。

 その部屋の中央にふたつの膳があり、それぞれに自然薯と干し魚などを料理にしたものが乗っている。

 食事は新鮮そうであったが豪華なものではない。

 大黒天が普段口にするものだと思った。酒も横にあった。

 やってきた大黒天に対して、小萩はすぐに膳の横に移動して、まずは、お礼の言葉を言った。

 

「頭をあげてください……。頼まれたから、引き受けただけです」

 

 大黒天が言った。

 小萩が頭をあげると、大黒天の無邪気そうな微笑がそこにあった。

 思わず引き込まれるような純粋な笑顔だ。

 なぜか、小萩は自分の心臓が高まるのを感じた。

 

「あ、あの土産を……。皆でお金を持ち寄って、頭領殿に提供しようと購ったのですが、なにぶんと安い物です。でも、みんなの気持ちとしてお受け取りください」

 

 小萩は準備していた酒を差し出した。

 大黒天はにこにこと微笑みながら、それをふたりの膳の横に置いた。

 

「なに、見ての通り、俺も質素な生活をしています。口にしている酒もいつも安物だから、高級な酒の味なんてわからんのです。でも、量は飲みますから、ありがたくいただきます」

 

 大黒天が笑った。

 清々しいほどの笑顔だ。

 小萩は、思わずその笑顔に釣り込まれて、自分も笑みを浮かべていることに気がついた。

 

「それから、頭領殿はやめてください──。誰もそんな呼び方はしませんよ。大黒天と名で呼んでくれればいいです。見てわかる通り、頭領など、俺の柄じゃないのですよ」

 

「まあ、では、なぜ、頭領をしているのですか、大黒天様?」

 

 思わず小萩は笑って訊ねた。

 これほどの賊徒の頭領というのに、少しも偉ぶった感じがない。

 いきなり、初対面の相手に、しかも、賊徒の頭領に、こんな軽口をいうのは失礼すぎるとは思ったが、なんとなくそれを許してしまう雰囲気が大黒天にある。

 それが大黒天の魅力なのかもしれない。

 

「なあに、みんなに頼まれたからやっているだけです」

 

 大黒天は笑った。

 小萩もつられて笑ってしまった。

 そして、この部屋にやって来る前に案内を受けたときのことを少し思い出した。

 招待場で待っていた小萩を案内人が迎えにきたのだが、その案内人は、お(ねい)と名乗る女だった。

 年齢は四十くらいだと思う。

 訊ねると大黒天の妻のひとりだと言ったので、小萩は少し驚いた。

 

 正直な感想としては、お寧が醜女とは思わなかったが美人ではない。

 大黒天は女好きだと、あの後でさんざんに朱雀に言われたので、その妻たちは絶世の美女だろうと想像した。

 これほどの賊徒の頭領であれば、女など好きなだけ集められるだろうし、朱雀(しゅじゃく)によれば、大黒天は、若い美女が好きなはずだからだ。

 しかし、妻のひとりだと名乗った女は、どこにでもいそうな中年女だった。

 だから意外だったのだ。

 

 また、お寧は、馬車に乗って迎えにきていた。

 そして、少しばかり馬車で進んで大黒天の屋敷に着いた。

 それまでに、大きな城門も通りすぎた。

 屋敷に通されたときに、残りのふたりの妻にも会った。

 いずれも、平凡な顔立ちの女だ。

 歳もふたりとも三十より下ということはなさそうだ。

 三人とも大黒天よりも年長という感じだったので、もしかしたら、それが大黒天の好みなのだろうか……?

 

 小萩は朝に会ったよりも、さらに短い裾の服を着て、髪もかなり若く見えるように頑張ったのだが、もしかしたら、逆がよかったかもしれないとさえ思った。

 しかし、大黒天はさっきからちらちらと、座っている小萩の剥き出しの太股を眺めてくれているようなので、大黒天が小萩を女として、意識してくれているのは確かだ。

 それにしても、大黒天はこっそりと小萩の脚を見ているつもりかもしれないが、小萩からすれば、男の視線は丸わかりだ。

 それでも、こっそり見ては、すぐに眼を逸らしたりする仕草はなんか可愛い。

 小萩はひとりでに、頬が緩むのを感じた。

 

「小萩殿は酒は飲みますか?」

 

 大黒天が言った。

 

「の、飲みます」

 

 小萩は酒をたしなむ。

 飲んで乱れるということはないが、好きなのだ。

 

「では、俺はあなた方がくれた酒を頂きます。小萩殿は、この里で作った酒をどうぞ。こんな場所で作った粗酒ですが」

 

 向かい合わせになった膳の横に、あらかじめ準備されていた陶器の酒瓶と小萩がたったいま差し出した酒瓶のふたつが並んでいる。

 大黒天はまずは、陶器の瓶を手に取って、小萩の膳にあった盃に伸ばした。

 小萩は慌てて、盃を両手でとって差し出した。

 

 酒が注がれる。

 それを見て、小萩は少し驚いた。

 色のないまるで水のような透明の酒だ。

 そんな酒は小萩は見たことはなかった。

 香りもない。

 本当に水ではないかと思った。

 

 興味を抱いて、鼻に近づけてみた。

 ほんのりと酒の香りがする。

 やはり、酒なのだ。

 ひと口飲んでみた。

 

「す、凄い……」

 

 小萩は呆然としてしまった。

 里で作った粗酒と言ったがとんでもないことだ。

 これは美酒だ。

 これほどの味の酒は、おそらく国都にもない。

 

 それをここで……?

 小萩は盃を持ったまま呆気にとられた。

 すると、眼の前の大黒天が笑った。

 

「あっ」

 

 小萩はそのとき、初めて自分だけ勝手に酒を飲んでしまったことに気がついた。

 大黒天からお互いの酒を交換して飲みましょうと言われたのだ。

 だから、盃に酒を注がれたら、今度は、持ってきた土産の酒を大黒天の盃に注ぐべきだったのだ。

 

「も、申し訳ありません。わ、わたしったら、勝手に……。でも、あんまり綺麗なお酒だったので……」

 

 小萩は盃を膳に戻し、慌てて土産の酒瓶を手に取った。封と栓を抜く。

 しかし、それを注ごうとして躊躇った。

 たったいま、飲んだ美酒に比べれば、駄酒もいいところだ。

 

「い、いえ……。これは、やっぱり、わたしが頂きます……。こんな見事な酒をいただいた後では、恥ずかしくてこんなものを大黒天様には差し出せません」

 

 本心だった。

 任務のためには、これを大黒天に飲ませた方がよいのだが、いくらなんでも、いまの見事な酒と、この安酒を一緒には飲ませられない。

 すると、大黒天が盃を差し出したまま笑った。

 

「俺は量を飲むだけで、味などわからんのです。朱雀などは、俺には安酒しか飲ませませんよ。ああ、もちろん、土産の酒がどうのこうのと言っているんじゃないんです」

 

「いえ、安酒です。この綺麗なお酒と一緒では恥ずかしいです」

 

「参ったなあ……。酒の土産に、こちらも酒を振る舞うというのは、駄目だったのかなあ……。とにかく、交互に頂きますよ。あなたは、この里の酒を飲むといい。随分と気にいってくれたようで嬉しいですよ。さあ、その土産の酒をください」

 

 小萩はなおも躊躇ったが、大黒天に重ねて所望されたので、仕方なく購ってきた酒を大黒天の盃に注いだ。

 本当はそんなに安いものではない。

 賊徒の頭領に取り入るためだから、それなりのものを準備してきたのだ。

 しかし、さっきの澄んだような美しい酒に比べれば、白く濁った土産の酒は見劣りする。

 

「では、出会いに……」

 

 大黒天が盃をかざして言った。

 小萩も応じて、残っていた盃の酒を一口に飲んだ。

 喉をすっと気持ちよく、その酒が過ぎていった。

 胃のなかで心地よい温かさが広がる。

 小萩は酒は弱い方ではなかったが、これは知らず飲み過ぎてしまいそうな怖さがある。

 

「本当に美味しいです」

 

 小萩は心から言った。

 大黒天が微笑みながら、その酒を足してくれる。

 

 それから、小萩は大黒天と酒と肴をかわしながら、しばらく話をした。

 膳の肴も質素そうだが、新鮮でとても味がよかった。

 本当にこの酒の味を引き立てるものだ。

 小萩はついつい酒が進んでしまう自分に気がついていた。

 しかし、小萩はそれは気にしないことにした。

 この後で、大黒天に抱いてもらうと決めている。

 大黒天の情婦になって近辺を探れる立場になるというのが、小萩の任務なのだ。

 だが、そんな任務、多少は酒の力を借りなければできるものじゃない。

 

 大黒天は、この酒は里でできた米で作ったものだと教えてくれた。

 専用の工房があり、そこに職人がいて作るのだという。

 小萩は、国都にもこんな美酒はどこにもないと断言した。

 大黒天はにっこりと笑って嬉しそうに頷いた。

 

 大黒天は自分でも、言っていたとおり、相当の酒豪だった。

 そして、本当に、土産の酒と透明の酒を交互に飲んだ。

 小萩の持ってきた酒もぐびぐびと飲む。

 だが、少しも様子が変わる気配はない。

 それには、小萩も首を傾げた。

 

 実は、小萩が持ってきた酒には、強い媚薬が混じっているのだ。

 「夢殿」という強烈な催淫剤であり、少しでも飲めば、男でも女でも、身体の疼きがとまらなくなるはずだ。

 たが、大黒天はそれをかなり口にしたはずだが、いまのところ顔色すら変わらない。

 

 もしかしたら、薬剤が効かない体質なのだろうか?

 外見ではわからないが、大黒天も亜人のはずだ。

 亜人には薬剤の効果のない者もいると耳にしたことがある。

 そして、小萩もまた、血に亜人の血が混じっている。

 多少、他の者より、身体が軽くて素早く動ける程度で道術は遣えないものの、紛れもなく、この身体の一部には亜人の血が流れている。

 だから、この任務に選ばれたのだ。

 

 大黒天は実に屈託のなさそうなさわやかな男だった。

 なによりも、邪気のなさそうな笑顔がいい。

 この男を冴えない男だと思った第一印象は消えている。

 それよりも魅力的な男だった。

 小萩は任務を忘れて、大黒天に惹かれかけていた。

 

 大黒天は、なにを訊ねても、気持ちよく教えてくれた。

 この里には、女、子供、老人を含めて五千人くらいが暮らしていること……。

 そのうちの半分は戦うことができ、また、常備軍は千名くらいなこと……。

 里の中に武具や火薬の工房もあり、戦いに必要なものはすべてまかなえることなど、最重要の情報がいとも容易く手に入った。

 

「わ、わたしもこっちを頂きます」

 

 小萩は初めて、自分が持ってきた媚薬入りの酒に手を伸ばした。

 手酌で空にした自分の盃に注ぐ。

 一気に飲んだ。

 すぐに効果は出た。

 かっと身体が熱くなって、全身の血が激しく動き出すのがわかった。股間がじゅんと湿り、つっと蜜が下着を濡らす。性感は研ぎ澄まされるように鋭くなり、子宮から発する疼きが全身を走る回り始める。

 やっぱり、強い媚薬だ。

 

「いい飲みっぷりですねえ……。俺の妻たちは酒を飲まないから、いつも、ひとりで飲まなければならないのです。でも、今夜はあなたのような綺麗な女性が相手になってくれるので、実に愉しい。やはり、酒の味を引き立てるのは飲み相手ですよ」

 

 大黒天は笑った。

 

「奥さまたちとは、どういう成り行きで一緒になったのですか?」

 

 不躾な質問だというのはわかっている。

 でも、小萩は知りたかったのだ。

 酔いの勢いというのもあった。

 それに、大黒天には、なにを訊ねても、あるいは、喋ってもいいという不思議な安心感もある。

 

「なあに、頼まれたからです」

 

 大黒天は言った。

 

「頼まれたから?」

 

 その意表をつく言葉に小萩は声をあげた。

 

「ええ……。彼らの死んだ夫たちに」

 

「死んだ夫? では、あの方々は未亡人なのですか?」

 

「そうです。彼らの夫だった三人と俺と朱雀は、最初にこの地に入って、逃亡亜人の里を作ろうと誓い合った仲間でした。しかし、その三人は残念ながら、官軍が最初にここを討伐しようとしたときの戦いで死んでしまいました。そのとき、彼らには、万が一のときは、彼らの妻たちの面倒を看て欲しいと頼まれていたのです。俺は死んだ三人との約束で彼女たちを引き取りました。あの三人と男女の関係になったのは、その後のことです」

 

 大黒天はあっけらかんと言った。

 

「まあ、ならば、頼まれたから、妻にしたのですか?」

 

「そういうことになりますかねえ……」

 

 大黒天は笑った。

 小萩は今度こそ決心した。

 もう一度媚薬入りの酒を手酌で盃に注ぐと、また、ひと息に飲んだ。

 かっと身体が熱くなった。

 

「だったら……。わたしが抱いて欲しいとお願いしたら、抱いて頂けますか?」

 

 小萩は大黒天の顔をじっと見た。

 

「それはもちろんですが、でも、お願いしても、やめることはできませんよ」

 

 大黒天は、手を伸ばして小萩の手をぐっと握る。

 そして、小萩を立ちあがらせた。

 

 

 *

 

 

「あぐうううっ──はああうあっ──お、おねがい──ゆ、ゆるして──」

 

 大黒天が小萩の中で五度目の精を放った。

 しかし、大黒天の怒張は少しも勢いを失っていないことはわかる。

 大黒天は男根を小萩から抜くことなく、再び激しい律動を開始した。

 

「あうううっ──。も、もう、ゆるしてぇ──」

 

 小萩は呻いた。

 長い情交で全身の節々が痛い。

 身体は綿になったみたいに力が入らない。

 腰はまるで鉛でも打ち込まれたかのようだ。

 しかし、大黒天はまだ、続けるつもりのようだ。

 なんという絶倫なのだ。

 小萩は、支えになるものを求めて、とにかく大黒天の背中にしがみつきながら思った。

 

 この男に妻が三人いる理由がわかる気もする。

 大黒天が小萩の胸に顔を埋めて乳首を強く吸った。

 小萩は思わず声をあげて、大黒天に抱かれている身体をがくかくと震わせた。

 

 もう、小萩が何度達したかということは、意味のないことになっていた。

 際限のない昇天のあいだに、いくらか正気を保てる時間がある。

 そんな感じだ。

 そして、そのあいだに大黒天は、小萩から怒張を抜くことなく五度達し、いまは、六度目の精を発するために腰を動かしている。

 

「も、もう、堪忍……も、もう、だめ……お、お願い……ゆるしてぇ──」

 

 小萩は最後の力を振り絞るようの絶叫した。

 

「こ、小萩殿は、なにもしなくていい……。じっとしていればいいのです」

 

 大黒天が吠えるような声で言った。

 そして、大黒天の獣のような激しさはとまらない。

 小萩は凄まじい勢いで子宮の入り口を突かれまくる。

 

「はああああ───」

 

 小萩は吠えた。

 もう、なにがどうなっているのかわからない。

 

 大黒天に犯されながら、また、信じられないくらいに深く強く絶頂した……。

 全身が宙に浮く……。

 

 恍惚とした快感の中で、小萩はただ呼吸を求めてもがいていた。

 視界が朦朧となる。

 

 おそらく、自分は泣いているのではないかと小萩は思った。

 小萩は、ただなにも考えられずに、嗚咽し、喘ぎ、のたうち、快楽の極みに達し続けた。

 

「こ、小萩殿──」

 

 大黒天の腰ががくがくと動いた。

 精の塊が小萩の膣の奥深くに叩きつけられるのかわかった。

 すると、やっと大黒天が満足したように小萩を離した。

 

 大黒天がようやく、男根を小萩から抜く……。

 大量の蜜と精が小萩の股間から垂れ流れるのがわかったが、いまは開いた脚を閉じることさえできない……。

 

「す、少しも休みましょうか……」

 

 小萩を見下ろす大黒天が優しげな笑みを浮かべた。

 素敵な微笑みだと思っていたが、いまはその微笑みが怖い……。

 

 だが、いま、休むと言ったか……?

 終わりじゃなくて……?

 

 まあいい。

 聞き間違いだろう……。

 あるいは、言い間違いかだ。

 

 とにかく、やっと大黒天の怒張は逞しさを失った感じである。

 やっと終わった……。

 それにしても長かった……。

 一生分の性交をこの数刻でやり尽くした気さえする。

 小萩を包んだのは心からの安堵だ。

 

「あ、あのう……あ、ありがとうございました……」

 

 とりあえず、小萩は胸を上下に大きく動かしながら言った。

 

「いや、礼には及びません。まだ相手をしてもらいますから」

 

 小萩は耳を疑った。

 そして、はっとした。

 さっき力がなくなったと思った大黒天の一物は、再びいきり勃っている。

 

「ひひいいっ」

 

 小萩は心からの恐怖に身体を引きつらせた。

 大黒天は安全に脱力している小萩の身体をひっくり返して尻をあけた体勢にした。

 今度は後ろから大黒天の肉棒が小萩を貫いた。

 

「あううう、あああっ、ひゃあああ」

 

 小萩は奇声をあげた。

 そして、また始まった……。

 いつしか、大黒天の律動に、小萩は官能の芯まで痺れたようになって、獣のような声をあげていた。

 

 それからは、小萩はほとんどものを考えられない状態になっていた。

 大黒天に抱かれるというよりは、この際限のない絶倫男に情交のための場所を提供するたけの肉に成り果てた感じだった。

 大黒天は背後から好きなように小萩を抱き潰し、何度か精を放った。

 その間、小萩がどのくらい果てたかなどわからない。

 

 とにかく、精を発してから、次の精を発するまでの時間が長い。

 そして、精を発しても怒張の逞しさがなくならない。

 律動を続け、そのあいだに精をまた発するくらいに回復するという感じだ。

 

 小萩はずっと責められ続けるだけだ。

 あがりっぱなしの性感は落ちることがない。

 いったいどのくらいまで、快感があがるのかと思うくらいに立て続けに達した。

 やがて、身体の痙攣がとまらなくなった。

 大黒天が小萩の身体を離して、仰向けにした。

 

 目の前が白い……。

 眼が廻る……。

 意識が消えていく……。

 そのとき、脚ががばりと開かれるのがわかった。

 

「なっ? も、もういやああああ──」

 

 大黒天が再び上から小萩の女陰を犯そうとしていた。

 小萩は悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 温かいものが身体に触れるのがわかった。

 小萩は眼を開いた。

 

 お寧……?

 

 大黒天の妻のひとりのお寧だ。

 彼女が仰向けになっている小萩の裸身を拭いている……?

 夢心地の中で、なんとなく、そんなことをぼんやりと思った。

 

 そして、はっとした。

 お寧だけではない。

 他の妻たちもいる。

 三人が横たわっている小萩の裸身を湯で拭いてくれているのだ。

 

「こ、これは──」

 

 小萩は驚愕し、慌てて起きあがろうとした。

 だが、完全に腰が抜けていて動けない。

 

「あ、あの……」

 

 小萩は、この言い訳をしようとしたが、なにを言うべきか思いつかなくて、言葉に詰まった。

 

「大丈夫よ。わかっているから……。指一本動かないんでしょう? もう、朝だけど、起きなくていいわよ。身体が回復するまで、今日は横になってるといいわ」

 

 お寧が優しい手つきで、小萩の股間に布を当てて押し拭くようにした。

 同性とはいえ、性器を拭かれるなど恥ずかしいのだが、本当に身体が動かなくて抵抗できない。

 

 それにしても、いま、もうすぐ朝と言ったか……?

 そう言えば、周囲が明るい。

 

 つまり、小萩は、ほぼひと晩、あんな暴力的な抱かれ方をしたということか……?

 そういえば、小萩は何度も失神し、そのたびに頬を叩かれて覚醒させられ、情交を続けさせられた。

 そのとき、なんとなく、だんだんと外の夜闇が白い朝の光に変わっていったような……。

 

「でも、若いって、凄いわねえ。あの旦那様のお相手をひとりでできるなんて……。わたしたちは、いつも三人がかりなのに……。これからは、少し楽になりそうよ……。よろしく、小萩ちゃん」

 

 確か、京葉(きょうば)という名の妻が笑った。もうひとりの妻の名は真麗(しんれい)だ。

 このふたりはお寧の反対側に腰をおろし、やはり、小萩の身体を布で拭いてくれている。

 

「本当……。ひとりで相手するなんて、想像したたけで怖いわ」

 

 真麗も笑った。

 なんだか、小萩を受け入れてくれている感じだが、どういうことになっているんだろう……?

 

「あのう……。大黒天様は……?」

 

 小萩はとりあえず訊ねた。

 

「満足してたわ……。いまは別の部屋で休まれている。わたしたちに、あなたの世話をして欲しいと頼んでからね」

 

 お寧が言った。

 

「とにかく、今日は小萩ちゃんはお休みよ。午後からでも明日からの分担について話し合いましょう。家事の分担とかね」

 

「家事の分担なんか、どうでもいいわ……。でも、小萩ちゃんが来てくれたから、これで夜の分担も少しは楽になるわね。だけど、正直なところ、もうちょっと妻の数を増やして欲しいわよねえ。さすがにあれでは、四人でもつらいわ」

 

「大丈夫よ。小萩ちゃんが増えたんだもの。若いんだから」

 

 京葉と真麗がそう言って笑い合った。

 

「あっ」

 

 そのとき、小萩はやっと思い出した。

 夕べというべきか、さっきというべきかわからないが、あの激しい情交の果てに、小萩は半ば意識のない状態の中で、大黒天に自分も妻のひとりに加えて欲しいと泣いて頼んでいた気がする。

 いや、なんとなく、その前に、許して欲しければ大黒天の妻になれとからかわれたような気も……。

 とにかく、覚えていない。

 

 しかし、確かに小萩は大黒天の裸身にしがみついて、妻にしてくれと泣いたと思う。

 そして、大黒天は、胡座にかいた脚の上に小萩を貫かせながら、承諾するというようなことを言ったような……。

 

「お、思い出しました──。わたし、皆様を差し置いて、勝手なことを……。わ、わたし、あの大黒天様の……」

 

 小萩は慌てて、力を身体を起こして、改めて三人に挨拶をしようとした。

 だが、お寧が押し留めた。

 

「全部、わかっているといったでしょう、小萩さん」

 

 お寧がにっこりと微笑んだ。

 

「そうよ、よろしく」

 

「歓迎するわ」

 

 京葉と真麗も言った。

 

「よ、よろしくお願いします、お姉様方」

 

 小萩は言った。

 愛人でも、妻でも、任務のとおりだから問題はなく、小萩の思惑通りなのだが、小萩は正直、もう任務などどうでもいいという気持ちだ。

 それよりも、あんな抱かれ方をしてしまったら、おそらく、もう小萩は他の男には抱かれることはできない。

 

 それを小萩は、はっきりと確信していた。



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613 監獄心理

「い、痛い──。あがああっ──」

 

 折檻部屋の方向から、けたたましい女の悲鳴が響いた。

 楊姫(ようき)は何事だろうと思って、そっちに向かってみた。

 このところ、芽衣(めい)という亜人の童女の調教にかかりきりで、ほとんど繁殖囚の世話をすることができなかった。

 しかし、芽衣もやっと一人前の男の男根に見立てた張形を飲み込むことができるようになり、ひと段落となったので、久しぶりに繁殖囚の状況を直接見にいくことにしたのだ。

 

 もっとも、繁殖囚の世話といっても、実体としては、割り当て希望でやってくる人間の男兵を午前と午後のそれぞれの種付け作業に三人ずつ割り当てて性交させるだけの作業なので、それほど面倒なことはない。

 だから、毎日の報告さえ受ければ、楊姫に割り当てられている三人の監督囚に任せ切りで十分なのだ。

 

 だが、折檻部屋から聞こえる悲鳴はただ事ではない気がする。

 楊姫はそっちに行ってみた。

 折檻部屋に近づくにつれ、女の絶叫はますます大きくなっていく。

 楊姫は解放されていた折檻部屋の入り口から部屋の中に入り、出入り口の横の壁に背をもたれさせて、中で行われていることを見物する態勢になった。

 

 どうやら、折檻部屋には、楊姫の管理している十人の繁殖囚の全員が集められているようだ。

 出産待ちの腹の大きい繁殖囚もいる。

 また、三人の監督囚もいる。

 

 全員の視線の先には、中央の太い柱に背を向け、両手と両足首を柱の反対側に回されて拘束されているひとりの小柄な女囚がいた。

 あの女囚は、この前、入れたばかりの新入りの女囚のはずだ。

 名は思い出せない。

 その新入りの女囚が、拘束された柱を背にして泣き叫んでいる。

 

 楊姫の管理している十人の繁殖囚のうち、半分はすでに懐妊しており出産待ちの状況だ。

 残り半分のうちふたりは妊娠の兆候があり、種付けを中断して一箇月の判定待ち期間に入っている。

 妊娠していることが判明すれば、そのまま出産まで専用の独房で待機の期間に入り、妊娠していなければ再び種付け作業に戻る。

 残り三人は、このあいだ繁殖囚にしたばかりの新入りだ。

 毎日のように種付けをしているから、もう妊娠している可能性も高いが、まだ、期間が短すぎて判断できない。

 妊娠の兆候が見つかるまでは、毎日の午前と午後の種付け作業を継続することになる。

 

 いまは、その午後の種付けが終わったくらいの時間だ。

 繁殖囚には、種付けの性交と出産のための安静以外にやることはないので、いまの時間は夕の点呼までの自由時間のはずだ。

 

「あっ、楊姫様──」

 

 折檻を受けている女囚の近くにいた三人の監督囚のうち、最古参となる年長の監督囚が入り口近くの壁を背にしている立っている楊姫に気がついて、直立不動の姿勢になった。

 残りふたりの監督囚と床に座っている繁殖囚も慌てたように、姿勢をただした。

 

「いいわ、続けなさい……。でも、なにをしているの?」

 

 楊姫は柱に向かい合う場所に急遽支度された椅子に案内されながら、古参監督囚に声をかけた。

 古参監督囚の女が椅子に腰掛けた楊姫の横に立ち、残りの監督囚に続けるように指示をする。

 折檻を与える役目の監督囚のうちのひとりが、手に白い器と筆を持っている。

 どういう懲罰なのだろう……?

 

「はい……。じゃあ、懲罰を継続するわよ、朱姫──。しっかりと反省の言葉を叫びなさい──」

 

 折檻を受けている女囚の名は、朱姫というようだ。

 それで楊姫は思い出した。

 朱姫というのは、あの亜人が一時期占拠した獅駝の城郭から移送されてきた一番新しい繁殖囚のひとりだ。

 この朱姫は、亜人を退去させた城郭の暫定司政官となった侯爵夫人から、直接の声がかりで入所してきた半妖だったと思う。

 なにがあっても、一生そこに監禁しておいて欲しいという侯爵夫人の依頼だった。

 言われなくても亜人は、一生監禁するのが決まりだ。

 

 そういえば、二、三日前に、その侯爵夫人から、今度は逆に朱姫を釈放して欲しいと頼んできたと、所長が言っていたのを思い出した。

 亜人収容所は、入所は簡単だが、出所はあり得ないと所長は断わったらしい。

 楊姫にも、所長から後でその話があり、貴族女の気紛れには付き合えんと、所長が笑っていたのを覚えている。

 

 報告では、この朱姫は、入所以来、なにかにつけ反抗的な態度が目につき、監督囚にしばしば悪態や命令不服従を繰り返しているとあったと思う。

 監督囚に服従しようが、服従しまいが、繁殖囚の役割は、要は懐妊して、商品用の奴隷亜人の赤ん坊を産めばいいのであり、楊姫は気にもしていなかったが……。

 

「はい、実は、あの朱姫が、ほかの繁殖囚に、監督囚への不服従を扇動していたということがありまして、それで見せしめとして罰を与えているところなのです」

 

 古参監督囚が説明した。

 

「扇動?」

 

 楊姫は古参監督囚に視線を向けた。

 

「はい──。けしからん女囚です。それを華耶(かや)が発見して、いま折檻しているところです。あわせて、他の女囚にも、朱姫に従ったら、どういうことになるかをこうやって見せつけているところです」

 

「華耶って……? ああ、わかったわ。いま朱姫に直接折檻している若い監督囚のことね」

 

 楊姫は、華耶というのは、三人いる監督囚のうちの新入りの監督囚であることを思い出した。

 その華耶は、朱姫を叱りながら、柱に拘束した朱姫の股間に筆でなにかを塗りつけている。

 そう言えば、その華耶もまた、獅駝の城郭で朱姫と一緒に送られてきた女囚だったと思うが……。

 

 だから、朱姫と摩耶は同郷の同期囚ということになる。

 しかし、見たところ、華耶は朱姫に対して威圧的で、同郷の情なようなものは皆無だ。

 あれが、監督囚全体を束ねている愛甲などが最近唱え出した“監獄心理”というものだろう……。

 

「それで、具体的には、なにを扇動したの?」

 

 楊姫は訊ねた。

 

「食事制限や洗浄制限に抗議しようと、ほかの女囚を焚き付けていたのです。同じ女囚の監督囚に対して言葉遣いや挨拶が悪かっただけで、食事などの罰を受けるのはおかしいから、みんなで抗議しようと言って回っていたのです。生意気な女です」

 

「ふうん……」

 

 楊姫は言った。

 古参監督囚も随分と憤慨しているようだ。

 食事や洗浄の制限の罰というのは、監督囚たちが繁殖囚を従わせるためにやっている懲罰の一種であり、なにか決まり事を守れなかったり、態度が悪かった者に対して、食事を減らしたり、用便をしたあとの股間の洗浄水を渡さなかったりする罰だったと思う。

 楊姫がさせているものではなく、ここを預けている監督囚たちが、いつの間にか始めたことだ。

 性奴隷調教で手がいっぱいの楊姫としては、ここの実質的な管理は、愛甲(あいこう)が回してくる監督囚に任せるしかないので、放っているのだが……。

 

 楊姫は摩耶と朱姫を見た。

 摩耶は手に持った容器に入っている液体のようなものを筆に浸け、それを朱姫の股間に繰り返し塗っているようだ。

 そんなことをすれば、朱姫はくすぐったさでよがりそうなものだが、朱姫の口からは吠えるような苦痛の悲鳴しか聞こえない。

 

「なにを塗っているの?」

 

 楊姫は訊ねた。

 朱姫は、脂汗でびっしょりになり、拘束された全身を暴れさせまくっている。

 涙を流しながら悲鳴をあげ続けているところをみると、あの股間に塗っている汁にその理由がありそうだ。

 

「あれは辛子汁です。しかも強烈な」

 

 古参監督囚が言った。

 

「辛子汁ですって?」

 

 楊姫は声をあげた。

 朱姫は両脚を柱の後ろに回されて、足首をそこで拘束されているので、自然に脚を開いて腰を突き出すような体勢になっている。

 そこに、強烈な辛子汁を敏感な女陰の粘膜や肉芽に塗りたくっているということのようだ。

 それであんなに発狂するような悲鳴をあげているらしい。

 

「なるほどねえ……。よくも、そんな残酷な罰を思いつくものね。わたしも性奴隷調教で使ってみようかしら」

 

 楊姫は苦笑した。

 正直にいえば、楊姫の管理している女囚のうち、性奴隷にする女たちについては、徹底的な服従を叩き込むために、ああいう懲罰も繰り返しやるが、繁殖奴隷については、多少の生意気な態度は問題ないと楊姫は思っている。

 繁殖囚とは、つまりは腹に赤ん坊を妊娠すればいいだけの役割なので、反抗的で監督囚に立てつこうが問題はないからだ。

 だが、楊姫のこれまでの経験では、監督囚になった女囚は、楊姫が強要しているわけではないのに、監督義務を与えられた女囚たちに、徹底的な服従の躾をする傾向にある。

 それが、最近、愛甲が主張している「監獄心理」というものらしい。

 

 本来は、監督囚もほかの女囚も同じ女囚であり、上下の関係はない。

 ただ、ここの収容所の人出不足を解消するために、やむなく同じ女囚の一部に相互監督をさせているというだけのことだ。

 監督囚制度は、実は女囚側だけであり、男囚側では行っていない。

 力のある男囚でそんなことをすると、監督囚が中心となり、大きな叛乱を起こす可能性もあるからだ。

 

 しかし、不思議なことなのだが、女囚で行っている監督囚は、与えられている自由裁量権と懲罰手段を活用し、ほかの女囚たちを集めて収容所を管理する兵に反抗するどころか、積極的に収容所の規則に女囚たちを服従させようとするのだ。

 この「監獄心理」については、観察研究も行われていて、試しに、男囚にも採用してはどうかと愛甲がいっている。

 そうすれば、かなりの人手不足の解消施策になり、男囚管理に回している収容所管理の兵を手薄気味の警戒などに回すことができる。

 

 愛甲によれば、監督囚には、特別な素養は必要ないのだそうだ。

 すなわち、監督囚に指名するのは、別段、最初から収容所に服従的な者や同じ女囚に対して冷酷な管理ができそうな者を選んで指名しているわけではない。

 そんなことは、入所したばかりではわからない。

 しかし、監督囚に指定された女囚は、決まってほかの女囚に、支配的で強圧的なやり方で、収容所にしっかりとした秩序を作り出してくれる。

 

 愛甲によれば、必要なのは、監督囚にする者は最初から監督囚にするということだけなのだそうだ。

 つまり、絶対に、ほかの女囚を経験した者を選ばない。

 そして、徹底的に監督される側の女囚とは別に優遇して管理し、ほかの女囚たちを管理して、罰則を与える権限と手段を与える。 

 これだけのことで、後は勝手に亜人同士で収容所を管理し合うようになるという……。

 

 本当だろうか……?

 

 いずれにしても、監督囚制度を採っている女囚側が、確かにそういう傾向にあるのは事実だ。

 監督囚に選ばれた女囚は、もともとの性格がどんなものであるかに関係なく、なぜか同じ女囚の者たちに対して命令口調になり、口頭による侮辱も多用するようになる。

 また、いまのように、収容所の規則も拡大解釈して、積極的に懲罰を与えるようにもなる。

 

 そもそも、収容所の規則では、兵に対する叛乱扇動は懲罰対象だが、同じ女兵の監督囚に対する不服従扇動は罰の対象ではない。

 それに、楊姫は、本当は繁殖囚に対する食事制限や身体の洗浄制限の罰は望ましくないと考えている。

 場合によっては、胎児出産の妨げになるからだ。

 ただ、監督囚の積極弟な囚人管理を邪魔したくないので、なんとなく黙認しているだけだ。

 

 しかし、いま、朱姫は、その監督囚の食事制限等の罰を当然という前提で、それにおかしいと抗議したことに対して懲罰を与えられているようだ。

 楊姫は、そのことを興味深く思った。

 

「ほら、反省の言葉は、朱姫──?」

 

 華耶が怒った表情で、もうひとりの監督囚に朱姫の肉芽の皮を剝き出しにさせて、そこに辛子汁を塗り足している。

 朱姫は苦痛に顔を歪めて絶叫している。

 

「ひっ、ひいっ──。ぐっ、ぐうっ……。だ、誰が……。あ、あたしは、食事制限はおかしいと言っただけじゃないのよ──。なんの権限でそんなことをやっているのよ──。馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿──」

 

 朱姫が噛みつかんばかりに叫んだ。

 あれだけの責めを受けても、なおもあれだけの反抗的な態度をとる朱姫に、楊姫は少しばかり感心した。

 余程に強い心を持っているのだろう……。

 

「こ、このうっ──。ね、ねえ、この朱姫の顔を押さえて上を向かせてもらえませんか」

 

 怒りで顔を真っ赤した華耶が、一緒に朱姫を責めているもうひとりの監督囚にいった。

 そして、手に持っていた器と筆を床に置く。

 なにをするのだろうと思っていると、もうひとりに朱姫の顔を上に向けさせて押さえさせ、柱の後ろ側に置いていた木桶を取り、朱姫の顔の上に持ってきた。

 

「な、なによ──?」

 

 朱姫が眼を剥いて驚愕している。

 

「薄める前の原液の辛子汁よ──。たっぷりと飲みなさい──」

 

 そして、朱姫の口に強引に、その木桶をあてがうと、嫌がる朱姫の口と鼻の穴に、だくだくと注ぎ始めた。

 だが、楊姫はびっくりした。

 そんなことをすれば、下手をすれば臓器が壊れてしまう。それは、繁殖囚としては致命的だ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい──」

 

 楊姫は、罰を中止させるために、慌てて立ちあがった。



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614 頭領と副頭領

 大黒天の女房のひとりである京葉(きょうば)が茶湯を運んできた。

 

小萩(こはぎ)殿はどうしていますか、京葉殿?」

 

 大黒天(だいこくてん)が相変わらずの馬鹿丁寧な物言いで訊ねた。

 

「昼すぎに、やっと身体を起こしました……。いまは、みんなで厨房の使い方などを教えているところです。ご料理もお上手なようですよ……。夕食には、小萩ちゃんの手料理も準備しますので、朱雀(しゅじゃく)様もご一緒してくださいね」

 

 京葉がくすくすと笑って、部屋を出ていった。

 それを確認して、朱雀はやっと口を開いた。

 

「やっぱり、小萩を抱いたのか?」

 

 朱雀は訊ねた。

 大黒天の屋敷にある書斎だ。

 屋敷を訪ねると、そこに通されたのだ。

 大黒山の砦や里の運営に関することは、「衆議館」と呼ばれる重鎮の会議場で話し合うのが常なのだが、こうやって、朱雀が大黒天とふたりきりで話し合って、なにかを決めることも多い。

 なんといっても、朱雀と大黒天は、この大黒山の砦を開いた五人組の一員だが、そのうちの三人は戦いの中で死んでいる。

 だから、これだけの亜人の賊徒の里を作った開祖は、もう朱雀と大黒天のふたりだけなのだ。

 本当に重要なことは、まずは、こうやってふたりで語り合うことだけは欠かさないようにしようとしている。

 

「抱きましたよ、朱雀──。頼まれたましたから」

 

 大黒手はにこにこと笑いながら言った。

 朱雀は苦笑した。

 

「それで、いつものように抱き潰したのか? 可哀そうに……」

 

 朱雀はからかった。

 

「俺の激しい性欲を受けとめてくれました。それで女房にすることにしました」

 

「ほう」

 

 この大黒天が異常な絶倫であることは、この砦でもかなり有名になっている。

 このぼくとつそうで親しみやすい頭領を慕って、それなりに女が言い寄るのは知っているが、大抵の女は一度抱かれると、激しすぎる情交に恐れをなして逃げてしまう。

 それに、大黒天自身も、抱いてくれと言い寄ってくる女は抱くが、あの三人以外の女を女房にしようとはしなかった。

 それがひと晩抱いただけで、妻に加えることを決めたのは、余程に、小萩が気に入ったのだろう。

 

「お前に抱かれて、よくも逃げ出さなかったものだ。まあ、よかったじゃないか。お祝いするよ」

 

「俺も嬉しいですよ。いままでの三人も尽くしてくれるのですが、性の相性ということであれば、小萩殿は一番、俺と合っているように思います」

 

「お前の抱き方に合う女というのは眉唾たが、とにかく、めでたいことだ。今度、改めてお祝いを持ってくるよ」

 

「それよりも、今夜は一緒に夕食を食べていってください、朱雀──。四人の女房も同席させます。家族の祝いに参加してくださいよ」

 

「いや、家族の祝いということであれば、遠慮をしておくよ。またにしよう」

 

「いや、朱雀にもお祝いをして欲しいのですよ。家族も同じですから……。五人組の生き残りじゃないですか……。三人女房は五人組の仲間のそれぞれの女房だったのですから、ある意味では彼女たちも、最初の仲間の生き残りです。それに、さっき京葉殿が是非夕食にと言っていたでしょう。もう、女房たちは、そのつもりだと思いますよ」

 

「まあ、そう言うんならな」

 

 朱雀は言った。

 それにしても、本当にこの男の結婚観は不思議だ。

 いままでの三人の妻だって、もともとこの男の妻ではなかった。

 死んだ三人の友の妻であり、ただ死んだ夫たちに後事を託されていただけだ。

 託した方も、妻たちの生活が成り立つようにしてくれという意味のつもりであり、歳若の大黒天に古女房を押しつける気ではなかったはずだ。

 だが、大黒天は、引き受けるとなれば、彼女たちのすべてを引き受けた。

 すなわち、三人の生活だけでなく、性愛も含めて全部を受け入れて、夫になったのだ。

 

 しかし、夫になったといっても、この男の丁寧な喋り方は変わらない……。

 死んだ夫たちは、大黒天の兄的存在だったので、あの妻たちにも、もともと丁寧な言葉遣いをしていた。

 それを夫となってからも、変えないでいるのだ。

 最初は女房たちも戸惑っていたようだが、いまはそれも個性として、受け入れているようだ。

 

 この男は、基本的には外面は穏やかであり、女房たちだけではなく、誰に対しても物言いは優しいのだ。

 だが、この男の芯にはしっかりとした頭領としての強靭さと、数千もの里の人間を率いていくだけの支配者としての資質が備わっている。

 それを朱雀は知っている。

 大黒天は変わった男だ……。

 改めてそう思う。

 

 ここを開いたのは、朱雀と大黒天も含めた五人の仲間だったが、そもそもの頭領は、大黒天ではなかった。

 大黒天は五人の中では、もっとも歳下であり、五人の中では弟分的な存在だった。

 そして、最初の大きな官軍の討伐があり、その攻撃は撃退したものの、頭領を含めて、五人のうちの三人が戦死した。

 それだけ壮絶な戦いだったのだ。

 

 だが、あの勝利がこの亜人の賊徒の里を運命をかたち作った。

 そう簡単には、この砦を陥せないと判断したこの国の宮廷は、力押しで責め陥すよりも静観して拡大を防ぐという方針に切り替えたのだ。

 あれから、小規模な討伐はあるが、里の滅亡がかかったような官軍の攻撃は行われていない。

 

 いずれにしても、そのとき死んだ前頭領が、瀕死の状態で次の頭領として指名したのが大黒天だったのだ。

 朱雀もそれが相応しいと思っていたが、このちっとも偉ぶらない男が、それを受かるかどうかを朱雀は心配した。

 しかし、大黒天はあの呑気そうな態度で、それをあっさりと受けた。

 

 そして、頭領になった大黒天は、朱雀の予想を遥かに凌ぐ逸材ぶりを示した。

 すなわち、この亜人の砦の基本方針を人間族との共存とし、竜飛国という人間族の国と戦うのではなく、ここに集まった者が自給自足できる新しい社会を作ることを目指すとしたのだ。

 そして、その方針のもとに、さまざまなものが整えられた。

 

 官軍との無駄な戦いを避けるために、略奪などは一切やめた。

 その代わり、田畠を起こして里を開き、家畜を増やし、たくさんの工房を立ちあげ、近傍との流通の道を作り、そうやって、この砦をしっかりとした自給自足の体制を整えたのだ。

 その結果が、いまの大黒山にある。

 

 穏やかな頭領の人格もあり、この国のあちこちで行き場を無くした逃亡亜人の受け入れ場所として、これほどの人数の集まる場所になった。

 人間族の宮廷としても、付近の農村に乱暴をせずに、邪魔な亜人を閉じ込めて、ひとつの場所に集めてくれるなら、それがいいとも思っているらしく、官軍による討伐は久しく行われていない。

 すべて、この冴えなさそうな頭領の大きな着想から始まったものだ。

 大した頭領ぶりだ。

 

 それでいて、この男は、朱雀に対する昔からの丁寧な喋り方をやめない。

 朱雀としては、もはや、そういう気遣いは心地が悪いのでやめて欲しいのだが、女房に対してまで丁寧な言葉遣いをするのだから、当人はその方が楽なのだろう。

 本当に変わった頭領だ。

 朱雀は苦笑した。

 

「……それにしても、だったら、俺の忠告は杞憂だったのだな。小萩は怪しいと思ったのだが、どうやら、国都からの間者なのではなかったのか……」

 

 朱雀は言った。

 昨日やってきた二十人のうち、最初にあの小萩という若い女は怪しいと睨んでいた。

 入所を希望する者に間者を紛れさせて、内側から工作をしようとするのは、官軍の最近の常套手段だ。

 外から力押しの代わりに、そういう内側からの陰に籠った工作は頻繁になっていた。

 だから、最近では、砦に入所を希望する者で、経緯が怪しいと判断した者は、無条件に入れることなく、よく見極めることにしている。

 小萩は明らかに怪しく、なんとなく官軍の間者の匂いがした。

 それで、朱雀自らが歩哨の位置から対応して、しばらく接したうえで、大黒天にも忠告していたのだが……。

 

「いや、間者なのは、間違いないと思います。彼女自身が招待場で話した彼女の出所によれば、彼女は国都には行ったことがないはずです。国都は亜人狩りが厳しいですし、道術師隊による取り締まりがあるので、亜人の彼女が簡単に入れる場所じゃありませんから。しかしながら、小萩殿は明らかに国都で暮らしたことがあるということを仄めかしていました……。里の酒を国都にもない味だと主張して……」

 

 大黒天はなんでもないような口調で言った。

 

「な、なんだって──」

 

 朱雀は思わず声をあげ、思い出して、慌てて声を低めた。

 

「お、お前、大黒天……。まさか、それを承知で小萩を女房にしようと思っているんじゃないだろうなあ?」

 

「しますよ……。そう約束したんですから……。いい身体でしたし、さっきもいいましたが、性の相性がいいんですよ……。それに、これを見てください、朱雀」

 

 大黒天が背後から、壺に入ったなにかの液体を取り出した。

 酒のようだ。

 

「なんだ、これは?」

 

「小萩殿が持参した土産の酒ですよ。なにか入っているようだったから、飲んだふりだけして、こっそりこの壺に溜めて捨てていたんです……。でも、後で調べたら笑いますよ。混ざっていたのは、ただの催淫剤、つまり、媚薬です。可愛いじゃないですか。俺に媚薬を飲ませて寝取ろうとしたんですよ……。ほらね。たちの悪い間者だったら、普通に毒を盛りますよ。でも、媚薬ですよ。それに、俺に抱かれる前、小萩は自らそれを二杯も飲んだんですよ」

 

 大黒天が声をあげて笑った。

 

「俺には、いまの話の可笑しさ所がわからねえな……。だから、なんなんだよ? 次は毒を盛るかもしれないだろう──。ああっ、そう言えば、今夜の夕食には、その小萩も料理を作るとか言ってなかったか? ふたりして毒を盛られるぞ」

 

 朱雀は言った。

 

「小萩はそんなことしませんよ。それに、大抵の毒は、朱雀は平気でしょう? 亜人の血が守ってくれて、劇薬を飲んだって、少し下痢するくらいで……」

 

 大黒天はきっぱりと言った。

 

「俺は下痢も嫌なんだよ──。だいたい、なんで、小萩が危険ではないとわかる? まさか、お前の珍棒で小萩の身体を征服したから、女間者はすっかりと従順になりましたとか、言っているんじゃないだろうなあ?」

 

「まあ、それは直接に肌を合わせた者だからわかる機微というものです。それに、彼女は間者としては小者ですよ。多分、実害はありません。熟練の間者にしては間が抜けすぎています。向こうも大した期待もなく、こんな潜入任務に送り出したんですよ。それに、この里には見られて困るものなんてありませんよ。なにか見ても、そのまま報告してもらえればいい。そうすれば、ここがしっかりしたものであり、攻めても無駄だということがわかるでしょう」

 

「しかしなあ……」

 

 朱雀は呆れてしまった。

 間者であることを知りながら、そのままにしておき、ましてや、女房にしようだなんて……。

 

「大丈夫ですよ。毒だって、あの女房たちがいるんですよ。彼女たちを差し置いて毒など入れられません」

 

 大黒天は微笑んだ。

 それには、朱雀も納得するしかない。

 大黒天の三人の妻たちは、あらゆる薬草、薬剤、毒薬などに精通していて、舌も嗅覚も敏感だ。

 その三人がいれば、毒を入れようとしても、大黒天の前に運ばれる前に、三人が気がつく。

 

「なら、寝屋で寝首をかかれるぞ」

 

「それも、あり得ませんね……。夜の行為の後でまともな状態でいられるわけありませんから」

 

 大黒天は笑った。

 なんだか、朱雀も心配するのが馬鹿らしくなってきた。

 

「まあいい……。そこまでいうなら、小萩のことはお前に任せるよ、大黒天……。ただし、砦に害を成すようであれば、容赦なく殺せよ。それだけは、約束してくれ」

 

「わかりました……。それはそれとして、小萩に紹介状を書いたあの商人……。それは調べましょう。出入りの商人のひとりですが、官軍の息がかかっているのかもしれません」

 

「わかった。それは、俺が手配する」

 

 朱雀は言った。

 だが、そのとき、ふと思った。

 考えてみれば、無害の間者とわかっているのであれば、下手に処分するよりも、そうやって、逆に小萩に接触する者を見極めて、ほかの間者や官軍の工作を炙り出すために使うことが得策かもしれない……。

 ならば、下手に使うよりも、女房でもなんでもいいから、手元に置くことがいいのかも……。

 常に監視できるし、必要なときに処断もしやすい。

 もしかしたら、大黒天はのほほんとしているようで、結構、熟慮の末に、小萩のことを決めたのかも……。

 

 そんなことを少し思ったが、すぐに朱雀は首を左右に振った。

 この男はそんなたまじゃない。

 こいつは、ただの女たらしであり、単純に、小萩が気に入って女房にしただけであり、ほかのことは後付けだ──。

 

「ところで、あの男から手紙が来たが、お前も受け取っているか? 俺たちのもうひとりの義兄弟だ。いまは、双六(すごろく)と名乗っているらしいな」

 

 朱雀は話題を変えた。

 

「来ましたね……。双六とは面白い名ですよね。軽い感じで大切なことを決めてしまうあいつに相応しいような気がします」

 

 大黒天は笑った。

 

「それでどうするんだ? 明後日には、その宝玄仙という人間族の女は、この大黒山にやって来るぞ」

 

 朱雀は言った。

 

「どうするかと、言われても……。とりあえず、話は聞きますよ。そうして欲しいというのが、双六の希望のようですから」

 

「それは、わかっている。俺が訊ねているのは、その宝玄仙という女が要求するであろう、あの亜人収容所を襲撃してくれという申し出に対するお前の肚だ」

 

「さてねえ……。俺も頼まれたことのすべてを引き受けるわけじゃないですから。あの収容所なんて襲えば、国都に宣戦布告するも同じです。折角、この亜人の砦は、人間族にとっては、人畜無害だという評判を築きかけているんですから……。いまさら、派手なことをして、ここを注目させたくはないですね」

 

 大黒天は肩を竦めた。

 

「わかっているならいい。間違っても、引き受けるなと忠告したかったんだ」

 

 朱雀は言った。



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615 馬車の中の道楽

「参ったなあ……。ねえ、沙那、次に呼ばれたら交替してよ……」

 

 孫空女が馭者台にやってきた。

 背後の荷台から聞こえる声は、一丈青(いちじょうせい)のつんざくような絶叫から、その代わりに呻くような呼吸に変化していた。

 また、休憩だという宝玄仙の声も聞こえていたから、一丈青は宝玄仙によって、これから強引に食事と水を飲まされて、道術による体力回復を受けるはずだ。

 その後、一丈青が引き続き苛酷な「肉芽調教」を受けることになるのか、それとも、少しばかりの睡眠を許されるのかは知らない。まったくの宝玄仙の気紛れにかかっている。

 

「いやよ」

 

 沙那は手綱を握って、前を見たままひと言で返した。

 

「な、なに言ってんだよ、沙那。あたしばっかり狡いじゃないか。馭者だったら、あたしでもできるよ。ちょっと、手綱貸しなよ」

 

「嫌だってば──。朱姫がいないんだから仕方ないじゃないのよ。だから、あんたがご主人様の調教の助手をやるしかないのよ」

 

「全然、理屈にもなっていないじゃないか、沙那──。朱姫がいなければ、なんであたしなんだよ。沙那だっていいじゃないか」

 

 孫空女が不平を言った。

 もちろん、沙那も孫空女も荷台にいる宝玄仙に聞こえないくらいの小声だ。

 竜飛国の街道を南に進む荷馬車の旅は順調に続いている。

 

 目的にしている大黒山(だいこくさん)という賊徒の砦は、もうわずかに迫っていた。

 おそらく、今日どこかで休み、明日の早朝に出立すれば、午前中のうちには砦に到着しそうだ。

 

 大黒山は、逃亡亜人を集めて里だ。

 そこを砦にして国軍の討伐を防いでいるという賊徒の頭領の大黒天(だいこくてん)に会う。

 そして、亜人収容所の襲撃の助力を頼む……。

 それが沙那の考えていることだ。

 

 逃亡亜人を匿って、彼らが暮らすことができる場所を作るくらいの頭領だから、その目と鼻の先といっていい距離にある「亜人収容所」の存在は、憤懣の対象に違いない。

 不当な理由で囚人にされた亜人や半妖が、監禁されて理不尽な虐待を受け続けているのだ。それを看過するようであれば、逃亡亜人の保護者としての大黒天の名折れだのはずだ。

 

 しかしながら、大黒天をよく知っている双六によれば、大黒天という頭領は、なかなかにしたたかな男のようだ。

 飄々としてとらえどころがなく、簡単に他人の言葉に載せられるような男ではないという。

 なによりも、戦が好きではないという。

 

 確かに、この二日ほどの旅で集めた情報によれば、大黒天という頭領は、自ら望んで戦をしたということは一度もないようだ。

 それどころか、近傍の農村や城郭などを略奪することも、旅人などを襲うこともない。

 もっぱら内政に力を入れて、自給自足によって砦の奥にある里に集まっている住民を養っている。

 

 そうやって、国軍にとって危険な存在ではないということを示すことで、国の敵意を逸らしているという感じだ。

 だから、そういう内にこもる性質の頭領をその気にさせて、亜人収容所の襲撃に協力させなければならない──。

 

 考えることは多い……。

 それを後ろでやっているくだらないことで思考を邪魔されたくない。

 

「……それにしても順調だよね。こういう荷馬車の旅というのも楽でいいよね……。ちゃんとした街道しか進めないという欠点はあるけど、歩かなくていいから楽でいいし、荷馬車で寝れるから、野宿の場所を探さなくていいしね」

 

 孫空女が沙那の隣に腰掛けたまま言った。

 

「馬鹿ねえ、孫女……。こんな荷馬車の旅なんて続けていられないわよ。わたしは、早晩、これをご主人様から手放ささせるわよ……。ここから先は、荷馬車では通れない道が多いとか、荷馬車だと関所や城門を通過するときに税がかかりすぎるとか、適当に言い訳してね……」

 

 沙那は、孫空女にしか聞こえないように注意しながらささやくように言った。

 

「なんでだよ? いいじゃないか……。長庚(ちょうこう)はこれを返してくれとは言っていないんだろう? 手放さなければならないときもあるかもしれないけど、さもなければ、この荷馬車は持っていこうよ──」

 

「だから、あんたは考えが浅いのよ、孫女──。獅駝(しだ)の城郭を出立してから、旅が順調でしょう? いつもだったら、この倍はかかっているわ。なんでかわかる?」

 

「なんでって……、なんでなんだい?」

 

「別に荷馬車の速度がそんなに速いわけじゃないのよ。ゆっくりと進んでいるんだから、荷馬車の進みなんて、徒歩の進みと変わらないのよ。それなのに、旅がはかどっているのよ」

 

「旅がはかどるのが問題のような言い方じゃないか、沙那──。まあ、荷馬車に乗っていれば、荷は持たなくていいし、馬に草と水を与える時間だけ停まれば、別にずっと動いているからねえ……。それに、朱姫を助けなければならいんだから、急ぐ必要もあるし……。荷馬車は便利だよ」

 

「そうよ。便利なのよ。それが問題なのよ」

 

「まったく、なにを言っているのかわからないね、沙那。なんで、荷馬車が問題なのさ?」

 

「本当にわかっていないのね、孫女……。いまは、一丈青という生贄がいるからいいわよ……。だけど、一丈青は、亜人収容所から朱姫を助け出したら、放り出すでしょう? そうしたら、馬車に乗って歩かなくていいご主人様の道楽の相手を誰がするのよ──?」

 

「相手って……」

 

「あんたには、想像できないの? 馭者なんてひとりでいいのよ──。どうせ、あの調子乗りの朱姫は、うまく立ち回って、ご主人様の助手のような立場に収まるでしょう? そうすれば、あたしかあんたが、あの一丈青の立場を務めなければならないということよ──。徒歩の旅だったら、ご主人様も、さすがにあまり手を出せないけど、荷馬車があれば、ご主人様は移動しながら、わたしたちの誰かを嗜虐できるのよ──。そして、何度も言うけど、それはわたしかあんたなの──」

 

「えっ?」

 

「えっ、じゃないわよ。そんな状況に、ご主人様を置くわけにはいかないわ。絶対に荷馬車は処分させる。徒歩の旅でも、ご主人様は、なんだかんだと、おかしなことをわたしたちにやって、旅に時間がかかったりしていたのよ──。これが荷馬車の旅なんかになったら、それこそ、四六時中、のべつ幕なしに、あの道楽を続けるわよ──。あのご主人様は──」

 

 沙那はまくしたてた。

 いままでだったら、夜だけでよかった宝玄仙の嗜虐を旅をしている移動中も受けさせられる……。

 それを想像しただけで、ぞっとする。

 

「あっ」

 

 孫空女が表情を変えた。

 やっと、孫空女も沙那の不安を理解してくれたようだ。

 

「おおい、どっちか、ちょっと来な──。こっちを手伝うんだよ──」

 

 その時、宝玄仙の声がした。

 沙那はぎくりとした。

 

「ね、ねえ、行って……。行ってたら、孫女──。わたし、本当に嫌なのよ。ずっと、あれに付き合っていると、なんか、わたしが責められている錯覚に陥って、落ち着かなくなるのよ──。あんた行ってよ──」

 

 沙那はぐいと肘で孫空女の身体を後ろに押した。

 

「あ、あたしは、さんざんに付き合ったじゃないか──。絶対に、次は沙那だよ。別に今回はご主人様の性の相手をするんじゃないんだ。ただ、横にいて、ご主人様の命令に従って、一丈青を嗜虐するだけだよ──」

 

「でも……」

 

「だいたい、追っ払おうと思えば、適当に追っ払えたのに、沙那が荷馬車に乗せて、連れていきたいと言ったんじゃないか。ご主人様に白象宮のことを忘れさせるためだとかいって……。責任とりなよ……」

 

「だって、あんな酷いことになるなんて……」

 

 沙那は時折垣間見ることがある一丈青の股間の凄まじさを思い出して、ぞっとした。

 そのとき、宝玄仙の少し苛立ったような声が再びした。

 

「こらっ、お前たち、聞こえないのかい──。今度は、沙那がおいで──」

 

 宝玄仙の怒鳴り声が馭者台にも響く。

 

「ほらっ、ご指名だよ」

 

 孫空女が嬉しそうに、沙那から手綱を取りあげた。

 沙那は、暗い気持ちで馭者台から荷台に移動した。

 本当に気が進まない……。

 

 そこには、宝玄仙の命令で特別に荷台の床に取りつけた金具に四肢を拡げて手首と足首を縛られて、仰向けにされている一丈青がいた。

 一丈青の股間には、いまや小指くらいの大きさにまで成長した肉芽がぴんと屹立していて、それが糸で繋がって、荷台の幌の枠につけた自在鉤で引っ張られている。

 

 一丈青が身に着けているのは、股間にしっかりと喰い込んでいる革の貞操帯だけだ。

 その貞操帯には女陰の部分と肉芽の部分に穴が開いていて、すっかりと肥大化した肉芽が貞操帯の穴から飛び出ている。

 貞操帯に覆われているので根元は見えないが、そこには、あの『女陰輪』が食い込んで、膨張した肉芽がほんの少しも小さくなるのを妨げるとともに、一丈青に絶え間のない肉芽の疼きを与えているはずだ。

 

 もちろん、貞操帯の下の一丈青の股間はつるつるに陰毛が剃りあげられていて一本の産毛すらない。

 宝玄仙の命令で、沙那と孫空女が剃毛し、毛穴を殺す薬剤を塗った。それから貞操帯を装着したのだ。

 

「そ、その金具……」

 

 そして、沙那は思わず声をあげた。

 今朝にはなかったものが、一丈青の肉芽にあったからだ。

 一丈青の小指ほどになった肉芽の先に、極細の金属の輪のようなものが食い込んでいる。

 糸はその輪に巻きついていて、それが真っ直ぐに天井方向に伸びていた。

 

「ああ、これかい? 毎回、毎回、糸を巻きつけるのも面倒だからね。かなり大きくなったことだし、糸を繋げるための金具を喰い込ませてやったんだよ……。それよりも、そこに刷毛があるだろう。しばらく擦ってやりな。刷毛にはちょっとした催淫剤が滲み出る仕掛けになっているからね……。塗られれば塗られるほど、気が狂うような疼きに襲われるというわけさ」

 

 宝玄仙が笑っており、身体を開いて仰向けになっている一丈青の横に胡坐になって座っている。

 そして、その宝玄仙が自分が手に持っていた刷毛で、糸で吊られた一丈青の肉芽をさわさわと擦った。

 

「いいいっ……があああああ……も、もうごろじて……おげがい……ごろじで……」

 

 その瞬間、一丈青ががくがくと身体を反応させて絶叫した。

 さらに、口から泡のようなものも吹き出した。

 一丈青の顔は涙も鼻水も涎も垂れ流しであり、凄まじいものだった。

 眼は完全に焦点が定まっておらず、まるでなにも見えていないかのようだ。

 

「自死できるものならしてみな。わたしの道術があっという間に、お前を回復させてしまうよ」

 

 宝玄仙が笑いながら、貞操帯から出ている大きな一丈青の肉芽を摘まんで揺すった。

 

「ほごおおおっ」

 

 

 一丈青が激しく絶叫して泣き始めた。

 凄い号泣だ。

 責められすぎて、もう感情の制御ができなくなっているのかもしれない。

 

 沙那は仕方なく、一丈青を挟んで宝玄仙に向かい合う態勢で床に座った。

 刷毛は一丈青の半裸の身体の横に無造作に置いてある。

 それを手に取る。

 大きくなった一丈青の肉芽の側面を刷毛ですっと擦る。

 

「あがあああっ──」

 

 一丈青が狂乱の声をあげた。

 股間を吊りあげているために、もともと大きく反っていた身体さらに反り返った。

 さらに、革紐を巻きつけている足首が紐を引き千切らんばかりに突っ張り、顔と髪が左右に激しく揺り動く。

 

「はがやああ──ごろじて──ごろぎて──」

 

 一丈青の喚く声はほとんど言葉になっておらず、ほとんど意味がわからないが、どうやら殺してくれと叫んでいるようだ。

 とにかく、言語を絶する宝玄仙の調教を受け続けたために、しっかりと狂ってしまったようになっているのは確かだ。

 沙那は怖くなってきた。

 

「ね、ねえ、ご主人様……」

 

 さすがにこれ以上の責めに躊躇い、沙那は思わず宝玄仙を見た。

 

「大丈夫だよ……。いくらでも責めてやりな──。このわたしが調教の途中で相手を発狂させてしまうような失敗をするわけないだろう……。ちゃんとぎりぎりのところで加減しているよ。ただ、発狂寸前のところを果てしなく彷徨せているだけだ。時間が経てば、正気に戻るよ──。頭だけはね……。但し、身体だけはどうにもならないようになっているだろうけどね」

 

 宝玄仙も反対側から刷毛責めを再開する。

 一丈青は半狂乱で暴れ回った。

 こんな状態では、わずかな身悶えさえも糸が肉芽を抉って、全身を貫くような激痛が走るはずなのだが、一丈青はまったく頓着くせずに、上気した身体をのたうたせている。

 

「もう、痛みも疼きもわからなくなっているのさ……。いまのこいつには、肉芽を引っ張られる苦痛でさえ、途方もない快感に違いないよ──。こうなったら、道術でも普通の状態には戻れないね。一生、この疼き続ける肉芽と一緒に生活するしかないだろうさ。まあ、元に戻してやるつもりもないけどね」

 

 宝玄仙の言葉を空恐ろしく聞きながら、沙那も宝玄仙の刷毛の動きに合わせるように、さわさわと反対側から一丈青の肉芽を擦っていく。

 

「ふぐうっ、ふううっ、ぐううっ、ひぎいいいっ──」

 

 やがて、一丈青がおかしな悲鳴をあげながら、全身をがくがくと震わせ出した。

 その眼がほとんど白眼になっている。

 

「ほらっ、見てな、沙那……。次が面白いからね……」

 

 宝玄仙が意味ありげに刷毛を動かしながら微笑んだ。

 沙那は手を動かしながら、首を傾げた。

 

「ひぐうううっ──いがいいいっ──」

 

 次の瞬間、一丈青が吠えるような悲鳴をあげた。

 達したというような声ではなかった。

 怖ろしい苦痛を与えられたような反応だ。

 なにが起こったのだろう……?

 沙那は、思わず刷毛でくすぐる手を休めて、目を丸くした。

 

「また、電撃を浴びたね、一丈青……? 達しそうになったら電撃が股間に走ると教えただろう。我慢しないから、そんなことになるのさ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 

「ど、どうしたのですか、一丈青は?」

 

 沙那はびっくりして訊ねた。一丈青の苦痛の悲鳴はただ事ではなかった。

 

「なあに、こいつの身体に道術で細工して、どんなに肉芽に刺激を受けても絶頂できないようにしているのさ。それも、ただ寸止めになるだけじゃなく、電撃の激痛が起きて、それを強制的に中断させられるんだよ……。なかなかの責めだろう、沙那」

 

 宝玄仙はまた、一丈青の股間に刷毛をあてながら笑い続

けている。

 沙那は自分の顔が鼻白むのをはっきりと感じた。

 しかし、宝玄仙は一丈青の肉芽に刺激を加えるのをやめようとはしない。

 一丈青は糸に構わず、激しく暴れ続ける。

 

「だけど、心配いらないよ、一丈青……。お前が処女を捨てたときに、道術は解放するようにしてあるからね。そのときには、最初の男を相手に、この数日分を一気に解放するといいよ。普通は、最初の性交で達したりすることはないけど、お前の場合はこの世の物とは思えないような快感が襲うはずだよ」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 一丈青が号泣し始めた。

 

「ね、ねえ、ご主人様──。いまのはどういう意味なのですか……?」

 

 沙那は言った。

 

「どうもこうもないさ。言葉の通りだよ。こいつには、わたしらに手を出した酬いとして、生娘のまま、どうしようもない色情狂になってもらうのさ……。こいつがはいている貞操帯をよく見てみな」

 

 宝玄仙が意味ありげに言った。

 沙那は一丈青の開いた股間を凝視した。

 

「あっ」

 

 このとき沙那は、初めて一丈青の股間に喰い込んでいる貞操帯がかすかにうねうねと動いていることにも気がついた。

 どうやら、一丈青は、肉芽を責められるわけではなく、貞操帯でも股間に刺激を与え続けられていたようだ。

 

「……ふふふ、気がついたかい、沙那……。この貞操帯には、内側に小さな触手がたくさん生えていて、こいつの性感帯という性感帯を開発しまくっているんだよ……。肉芽の調教は、肉芽だけでは都合が悪くてね……。まあ、だけど、生娘だけは掘ってないよ。ただし、それを除けば、こいつは、動き続ける触手の刺激に常に苛まれ続けているということさ」

 

「は、はあ……」

 

「そして、この肉芽への刺激……。さすがの生娘のこいつでも、本当はいきまくるくらいの刺激のはずなんだけど、達しようとするたびに、こいつの身体には電撃が流れて、それを中断させるように道術がかかるのさ……。心配しなくても、もう普通の生活はできないだろうね。完全に性感を壊しているしね。すでにこいつは、四六時中、発情するような色情狂さ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 ますます、一丈青の泣き声は大きくなる。

 沙那は、ただただ、ぞっとした。

 

「……ごねがい……おがじて……もう、解放じて……ゆるじて……」

 

 一丈青が引きつった啼泣を洩らした。

 

「電撃を浴びたくなければ、達しないように我慢すればいいのさ……。心配しなくても、この呪いはお前が最初に男と性交したときに消えてしまうようにしてあるから心配しなくてもいいよ。わたしも、お前の寸止めの呪いを一生かけておくほど残酷ではないからね」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は十分に残酷だと思ったが黙っていた。

 床に磔にされている一丈青の股間の下には、まるで大量の水でもこぼしたかと思うような染みがある。

 これが全部、貞操帯の穴からはみ出した一丈青の愛液だということは沙那はわかっていた。

 だが、それは、すべて一度も達することなく、果てしない寸止めのあいだに垂れ流れたものなのだ。

 沙那は心の底から怖くなった。

 

「じゃあ、続けるよ、沙那……。さあ、一丈青、調教の続きだ。電撃が嫌なら達しないように我慢するんだ。快感を解放してしまって、身体が絶頂しようとしたら、自動的に電撃が股間に飛ぶからね──。ほらっ、いくよ──」

 

 宝玄仙が刷毛で肉芽を刺激しながら、敏感な場所に媚薬を塗りこめていく。

 一丈青は狂ったような呻き声をあげ始めた。

 もはや、人間とは思えないような一丈青の狂乱に、沙那はたじろぎを感じてしまって手がとまっていた。

 

「沙那、なにをやっているんだい──。ちょっと、自在鉤を上にあげて、糸を引っ張りな──。発散できない快感が溜まりに溜まっているから、また肉芽が膨らんできたよ……。だから、もう少しは明日までに大きくできそうさ。考えてみれば、こいつはいい土産になりそうじゃないかい──」

 

「み、土産……ですか……?」

 

「ああ、そうさ……。国軍の道術師隊といえば、亜人を目の仇にして追い回している連中だそうだからね……。亜人の巣に奴隷として置いていくには、そこの女隊長というのはちょうどいいんじゃないかい? 収容所を襲うときに、こいつの知っていることを喋らせた後は、もう用済みなんだろう? だったら、子供の珍棒のようなものを股ぐらにぶら下げたこいつを頭領への土産に献上するさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は、一丈青の発狂するような悲鳴から耳を塞ぎたいのを我慢して、自在鉤を操作するために立ちあがった。

 

 

 

 

(第93話『半妖族の砦』終わり、第94話『半妖族の叛乱』に続く)



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 第94話  半妖族の叛乱【大黒天(だいこくてん)Ⅱ】
616 交渉開始


 山道は整備されていたが隘路になっている。

 また、両脇には切り立った崖が迫っていて、上から物を落とせば容易に道を塞いだり、山道を進む軍を押し潰すこともできそうだ。

 実際、かなりの罠が備えられている気配だ。

 沙那は馭者台で荷馬車を曳く馬を操りながら思った。

 

 攻めるには難しい地形だろう。

 見通しも悪く、ところどころに意図的に曲がりくねった角が作られているし、方々に岩も突き出ている。

 しかし、最初の歩哨がいた柵で、大黒天(だいこくてん)あての紹介状を持っていること告げると、事前に連絡がしてあったのか、あっさりと柵の中に入れてくれた。

 それからしばらく、急な坂になっている道を荷馬車で登り、幾つかの柵を抜けていった。

 柵の位置には、警戒の警戒の兵らしき者もいたが、今度は止められることはなかった。

 

 案内はない。

 幹道に沿って進むように指示をされており、整備されている道をただ進むだけだ。

 いまのところ、出迎えの者や警戒の兵がやってくる気配はない。

 なんとなく、進入は許すが、歓迎はしないという砦の意思表示を感じる。

 

 やがて、隘路が一気に開けた。

 すると、道の両側に棚田が拡がる。

 道も平坦になり、人家もちらほらと見え始めた。

 さらにしばらく進むと、田園は道の両側にも拡がりだし、眼の前が一面の田園の拡がる里になる。

 遠くには人家もあり、子供や女がそこで生活する風景も垣間見える。

 

「ご主人様──」

 

 沙那は馭者台から声をかけた。

 荷台から宝玄仙と孫空女が姿を見せる。

 

「へえ、のどかそうな里だねえ。これ本当に砦なのかい?」

 

 孫空女が感心したような声をあげた。

 

「そのようね──。でも、双六(すごろく)殿が教えてくれていたのとは雰囲気が違うわ。双六殿によれば、大黒山を進む街道から砦に向かう隘路をすぎれば、しばらくは、砦の厳重な守りがあるという話だったわ。それから、城門としか思えないような堅固な高い門があり、その向こうの里にこういう田園はあるということだったと思うけど……」

 

 沙那は思い出しながら言った。

 大黒山という場所がどういう場所であるかは、双六から詳しく聞いて細かいことまで頭に入れていた。

 大黒山の砦の城門を抜けずに、田園が拡がるというのは、沙那の頭にある知識と異なる。

 

「ほう、確かに、これは大したものさ……。わたしの故郷を思い出すねえ……」

 

 宝玄仙が微笑みながら言った。

 

「ご主人様の故郷もこういう田園だったの?」

 

 孫空女が宝玄仙に視線を向けた。

 

「田園じゃなくて、一面の麦畑だったけどね。こういう牧歌的な場所に、ぽつんと不釣り合いな二棟の屋敷があって、そこでわたしの母親はひとりで暮らしていたんだ。そのうちにわたしら姉妹が生まれたけどね」

 

「ひとりなのに、屋敷が二棟? 凄いねえ。お金持ちだったんだねえ」

 

「金持ちには違いはなかったようだけど、あの女にはどうしても、ひとりで二棟必要だったのさ、孫空女」

 

「なんで?」

 

「ひとつは女を集めて自分が嗜虐をするための屋敷。もうひとつは男を集めて、自分を責めさせるための屋敷さ。そのふたつを毎日のように行き来していたよ、あの女は……」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 あまり、宝玄仙の家族の話題には接したことはないが、さすがはこの宝玄仙の母親だと思った。

 

「いずれにしても、目の前の棚田の拡がる牧歌的な風景は偽物だよ……。見かけに騙されないことだね。ここら辺は、大きな幻想の道術がかかっているよ。あれは見た通りのものじゃない……」

 

 宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 

「どういうことですか、ご主人様?」

 

 沙那は驚いて訊ねた。

 

「見てな」

 

 宝玄仙が眼の前に向かって、なにかを発するような仕草をした。

 沙那には霊気は感じられないが、宝玄仙はなにかの道術を発したのだろうか。

 すると、いきなり眼の前の風景が揺れ始めた。

 

「なに、なに?」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那もびっくりした。

 荷馬車が進む前方の風景が霧でもかかったかのように白い靄に包まれたのだ。

 そして、その靄が晴れていく。

 すると、荷馬車の進む前方の場所に限って、緑の田園にしか見えなかった光景が一面の沼地に変わってしまった。

 

「な、なんですか、これ?」

 

 沙那はびっくりして声をあげた。

 いまは、眼の前にあるのは、黒い泥のようなものが一面に広がる沼地帯だ。

 そこに整備のされた道が通っている。

 さらに風景の周りは、さっきの白い靄のようなものな枠があり、その外は最初に見えた田園風景が拡がっている。

 

「凝った道術の欺騙(ぎへん)のようだね。いまは、わたしが霊気をかき乱したから、本来の姿が映ったのさ。眼の前に見える田園の里の風景は偽物だ。そういう幻が見える道術の霧をこの一帯にかけているのさ。一体全体、なんでこんなことをしているのかは知らないけどね……」

 

 宝玄仙が首を竦めた。

 

「いえ、わかりました。これも砦の堅固な防御の一部なんですよ、ご主人様。隘路を登りきって、こののどかな田園風景があれば、どんな人間の軍でも油断します。でも、うっかりと、この道から外れてしまえば、沼に脚を取られて、歩兵でも騎兵でも動きが止められてしまうということなんでしょう。これは、この砦の防御のためのからくりです」

 

 沙那は言った。

 

「なるほどねえ……。すると、さしずめ、棚田にしか見えないあの斜面も実際には、違うというわけかい。もしかしたら、あそこには防御のための陣のようなものがあって、伏兵を置けるようになっているかもしれないね。幻想の霧は、あの辺りまで拡がっているからね」

 

 宝玄仙は両脇の棚田に眼をやりながら言った。

 

「さすがは、道術でも防御された砦だということだね。じゃあ、あっちに見える家や子供とかの光景も幻ということ?」

 

 孫空女も感心したような声をあげた。

 

「まあ、そういうことさ、孫空女……。ここは一面の障害地帯だよ。見事に欺騙されたね。それよりも、念のためだ。この荷馬車の周りに、簡単な結界を作っておくよ。こんな幻影だらけの場所じゃあ、隠れて矢でも射られたら、お前たちでも避けることもできないだろう?」

 

 すると、また眼の前の情景が揺れ出した。

 宝玄仙の結界で霊気がまた動いたので、周囲に立ち込めている幻影の霊気の波がまた乱れたのだろう。

 

 しばらくすると、前から騎馬の近づく足音が聞こえ出した。

 前方から十騎ほどの騎馬がやってきたのだ。

 そして、その十騎は道を塞ぐようにしてとまった。

 中央のひとりの男を除いて全員が武具を身に着けている。中央の男は農夫のような身なりだ。

 

「俺は朱雀(しゅじゃく)というものだ。案内をするからついてきてくれ……。それにしても、ここに立ち込めている霧をあっさりと見破られたのは初めてだな。幻影を追いやられたのもな……。悪いが結界を解除をしてくれ。こちらに害意はない。結界を張られると、霧を元に戻せんのだ」

 

 真ん中の農夫の身なりの男が言った。

 朱雀というのは、この砦では大黒天に次ぐ第二位の地位の男のはずだ。

 宝玄仙が無言で手を横に振った。

 結界を解除したのだろう。

 

「ついてきてくれ……。大黒天はこの先の招待場で会う」

 

 朱雀はそれだけ言って、馬を反転させた。

 十騎の騎馬がさっと散り、荷馬車の前後につく。

 

「どういうことなんだろうね? 迎えに来るなら、さっさと来ればいいじゃないか」

 

 孫空女がぼそりと言った。

 

「どういう行動をとるのか、じっと見守っていたのだと思うわ……。ここは逃亡亜人の砦よ。それを忘れちゃいけないわ、孫女」

 

「つまり?」

 

「頭領あての招待状を持っていたといっても、わたしたちは人間族よ。万が一のことを考えて、おかしな動きをしないかどうかを見ていたのよ。不自然な行動をすれば、敵とみなすためにね」

 

 沙那は応じた。

 

「そうか……。だけど、ご主人様が、防御のための霧を払っちゃったから、監視するのをやめて、慌てて出て来たということか」

 

「つまりは、まだ、敵意のようなものを向こうは抱いているということね、孫女」

 

 沙那は言った。

 しばらく進むと、屋敷のようなものが並んでいる場所に到着した。

 木の垣根で囲まれていて、沙那はここが招待場という場所だと思った。

 これも、双六に聞いていたとおりだ。

 

 実のところ、ここはまだ砦の中ではない。

 そう見えるだけなのだ。

 ここからさらに奥に進むことで、大きな城門があり、そこから先が本当の大黒山の砦のはずだ。

 住民が住む里もその城門の向こうにある。

 つまりは、この招待場は、まだ、砦の外と呼ぶべき場所なのだ。

 

「ここが招待場だ。頭領の大黒天はすでに待っている。降りて来い──」

 

 垣根をすぎると、さっきの朱雀が馬から降りて、馭者台に集まっている三人に声をかけた。

 双六によれば、重鎮などが集まって物事を決定するのは、砦の中央付近にある「衆議館」という場所だといっていたから、頭領がここで会うというのは、あまり幸先のいい兆候ではないと思った。

 つまりは、会うことには会うが、できれば門前払いしたいということかもしれない。

 この「招待場」は、まだ、門前なのだ。

 

「さて、どうするかね、沙那? なにか策があるのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「特にありません。ただ、説得するだけです」

 

「だったら、わたしに策があるよ」

 

「なんですか、ご主人様?」

 

「双六によれば、頭領の大黒天というのは、大人しそうだけど、かなりの好き者らしいじゃないかい。だったら、わたしとお前たち……。それで、その男を色仕掛けで迫るんだ。そして、朱姫を助けるために、収容所を襲う勢力を提供してもらうのさ」

 

 沙那は呆れて、言い返そうとしたが、今回はこれといって策はない。

 双六によれば、大黒天は女には目がなく、むっつりしているがなかなかの女好きとは言っていたから、人物を観察してそれが有効そうなら、それもありかもしれない。

 とにかく、手段を選んではいられないのだ。

 

「場合によっては、その策でいきますか……」

 

 沙那は嘆息した。

 

「本当?」

 

 孫空女がびっくりしたような声をあげた。

 

 

 *

 

 

 沙那と宝玄仙と孫空女は、招待場と呼ばれる屋敷風の建物のひとつに案内された。

 最初に案内されたのは、出入り口に近い小さな部屋だ。

 そこでしばらく待ってから、案内の兵がやってきて、沙那たちを案内した。

 

 連れてこられた部屋は大広間のような場所だった。

 話し合いのための専用の場所というわけではなく、この会合のために準備されたようだ。

 部屋には五個の椅子があった。沙那たちが入ってきたこちら側の入り口に三脚、部屋の反対側に二脚だ。

 結構広めの部屋の両側の壁沿いにあるかたちなので、かなりの距離がある。

 卓のようなものはない。

 ただ椅子があるだけだ。

 

 沙那たち三人は、案内のふたりの兵に導かれて三脚ある方の椅子に座った。

 真ん中を宝玄仙にして、両脇に沙那と孫空女が座る。

 案内の兵は三人の両側にそのまま立った。

 

「沙那、中央に道術の壁の仕切りがある……。お互いを遮断する透明の遮断幕というところだね」

 

 宝玄仙が耳元でささやいた。

 それで、なぜ、こんなに両者の間隔が開いているかがわかった。

 宝玄仙がさっき、強い道術の一端を見せたので、慌てて、そんな道術の遮蔽を準備したのかもしれない。

 そういえば、さっき朱雀は、すでに大黒天は待っていると言っていたのに、沙那たちは少し入口の部屋で待たされた。

 もしかしたら、これを急遽準備したのかもしれない。

 

 すぐに、向こう側の入り口から、さっきの朱雀ともうひとり別の男が現われた。

 朱雀の隣の男が頭領の大黒天だろうか……?

 双六からは、ぱっとしない風貌と聞いていたが、確かにそんな感じの男だった。

 

 ふたりが向こう側の椅子に腰掛ける。

 同時に六人の護衛らしき兵たちもやってきた。

 こちら側に立っている兵も含めて全員が武装している。

 全員が手練れであるということは、沙那にはすぐにわかった。

 

 護衛たちは、左右に分かれて、こちら側にやや迫るように立った。

 武装については、部屋の反対側に座る朱雀もしている。

 唯一、大黒天と思われる男だけが丸腰だった。

 こちら側は見かけは誰も武装していない。

 沙那も剣は荷馬車に荷と一緒に置いてきた。

 孫空女の耳の中には『如意棒』があるが、その情報は向こうにはないだろう。

 いずれにしても、咎められることはなかった。

 

「大黒天です」

 

 ぱっとしない風采の平凡な男だった。

 やはり、この男が大黒天のようだ。

 

「わたしは沙那です……。こちらが女主人の宝玄仙。こっちは孫空女です。今回は、面談に応じて頂き感謝します」

 

 まず、沙那は言って頭を下げた。

 しかし、横の宝玄仙と孫空女のふたりは頭をさげなかったようだ。

 宝玄仙はなぜか大黒天を見つめてにこにこと笑っているし、孫空女は一瞬も気を抜かないように警戒しているのがわかる。

 

「あなた方が双六という名で知っている男は俺の旧友です。その双六が、是非あなた方に会って話を聞いて欲しいと手紙で頼まれました。だから、こうやって会っています。俺は、頼まれれば断われない性分でしてね……」

 

「双六殿とは、昵懇にさせて頂きました。その名が本名でないことだけは教えられました」

 

「彼に本名などありません。とにかく、その双六とは義兄弟なんですよ。俺が知っている人間族の中では数少ない信用のできる男です。そして、彼はいまのところ、砦の内側に入ったことのある唯一の人間族です。その彼の頼みなら断れません」

 

「人間族にも信用のできる者とできない者もいます。逆に言えば、亜人族も同じですね。わたしたちは、ついこのあいだまで、亜人族の魔王に不当に囚われていました」

 

「それは知っています……。でも、亜人族といっても、俺たちは北に住む亜人族とは無関係です。彼らの故郷が獅駝嶺(しだれい)の奥地であるように、俺たちにとっては、この竜飛(りゅうひ)国が故郷なんです……。不当な扱いを受けていますけどね」

 

 喋っているのは大黒天と沙那だけだ。

 ほかのものは、じっと聞いているだけのような感じになった。

 

「その不当な扱いを受ける亜人族のために、大黒天殿は、このような砦を築いたのですね?」

 

「俺がひとりでやったことではありません。俺は頼まれたから頭領を引き受けています。頼まれた以上、全力を尽くして、ここを人間族に虐待される亜人族の逃げ場所にする。それだけです」

 

「では、聞いてください。わたしたちには、もうひとり仲間がいます。半妖の娘です。それを助けたいのです。あの亜人収容所に囚われているのです。どうか、力を貸してください」

 

 沙那は言った。

 頼まれれば嫌とは言わない男──。

 

 それが、大黒天の二つ名だとは、双六からも聞いている。

 少し話しただけの印象だが、この大黒天という男は随分と人当たりがいいし、自分でも頼まれれば嫌とは言わないというようなことを口にしている。

 ならば……。

 

「お断りします──」

 

 だが、大黒天はきっぱりと言った。



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617 臆病者の砦

「な、なぜ……?」

 

 沙那はあまりもの完全な拒絶に呆気にとられる思いだった。

 大黒天(だいこくてん)の顔は、まだ、人を安心させるような微笑を湛えたままだ。

 それだけに、逆に拒絶の言葉は、まったく取り付く島を感じさせないものだった。

 

「あなた方に会って欲しいというのが、双六(すごろく)の願いだったので会いました。しかし、それ以上のことをしなければならない義理は、俺にはないと思っています。俺たちがあなた方に手を貸さない理由は自明でしょう」

 

「な、なぜです?」

 

「いや、なぜ、俺たちがあなたの仲間を助けるために、国を敵に回すような危険なことをしなければならないのです? そんなことはもちろんできませんよ。俺にはこの里で暮らす者たちを守る責任があるんですから」

 

「あの亜人収容所に捕らわれている亜人や半妖も、大黒天殿に保護されるべき同朋なのではないのですか──。それから、わたしは決して不確かな話を持ってきているのではないのです。策があります。ここでそれを説明するわけにはいきませんが、亜人収容所に囚われている囚人たちを確実に解放できます──」

 

「ですから……」

 

 嘆息とともに言葉を吐きかけた大黒天を沙那は遮って、口を開く。

 

「決して、わたしは、わたしの仲間だけが助かるような話を持ってきたのではありません。あの悪名高い亜人収容所は、ここからすぐのところなのですよ──。あれは存在すべきではない施設です。同じ知性ある種族が、異種族であるという理由だけで、監禁されて強制労働を強いられ、そして、殺される施設など……。あなたはなぜ、あれを放置するのですか? あそこに囚われているのは、あなた方と同じ亜人族なのに」

 

「忸怩たる思いはあります。糺すべきだとも思います」

 

「だったら……」

 

「しかし、亜人収容所はあまりにも国都に近い……。そこを襲撃すれば、間違いなく国軍ができてます。そして、それは、この砦と国軍の戦いに発展するでしょう。この砦は、ここで平和に暮らす亜人たちの里があるんです。砦が破れれば、里で暮らす亜人は、収容所で暮らす者たち以上に酷い目に遭うでしょう──。頭領として、その選択はできません」

 

「でも、これだけの砦でしょう……。国軍が攻めてきても打ち払えると思いますが? ここに来るまでに垣間見た道術の欺騙も見事でした。あの仕掛けだけでも、国軍は、この砦を攻めあぐねるに違いありません」

 

「戦はしたくないのですよ──。すれば誰かが死にます──。勝っても負けてもね……。俺の友も勝った戦で命を落としました。俺は戦は嫌なんです──」

 

 大黒天は微笑んではいたが、その表情の裏には頑なな決意が籠っている気がした。

 

「それは素晴らしいお考えだと思います……。でも、わたしの提案は、この砦を戦に巻きこもうというものではありません──。騎馬に乗れる有志の者を二百人、つまり、ここで騎兵二百騎を貸してください──。その二百は、この砦とは無関係を装います」

 

「いや、装いきれないでしょう」

 

「でも、この砦にも、わたしたちと同じように、家族や友が囚われている者がいるはずです。この砦にいる兵たちの中で志願する者を二百集めさせてください。そして、その者たちが使う武器と十日分の兵糧を──。それだけで、あの収容所から大勢の囚人を脱走させてみせます。この砦については、表向きは無関係でいいんです……。義勇者をここで募ることだけを許してください」

 

「義勇者?」

 

「個人的な志願者です。家族や仲間を救いたい者たちの……。わたしたちは、収容所からの亜人の解放戦に参加してくれると言ってくれた者たちとともに、道術で密かに砦を離れて収容所を襲います」

 

 沙那は言った。

 しかし、大黒天は首を横に振った。

 

「それでも、国軍は亜人収容所が襲われれば、俺たちとの関わりを疑うに違いありませんよ。第一、収容所から囚人が脱走すれば、その者たちはここに殺到するじゃないですか」

 

「それは当然でしょう。ここは逃亡亜人の逃げ込み場なのでしょう? 彼らを受け入れないのですか?」

 

 沙那は少し苛立ってきた。

 

「国軍に目を付けられたくないのですよ、沙那殿──。亜人が逃亡して、ここに集まってくれば、ここが目立ちます。それに、あの収容所には数千の亜人が監禁されているはずです」

 

「それがどうしたのですか? この里には、それを受け入れられる余地がないのですか?」

 

「それは問題ありません。でも、一度にそれだけ増えるということが問題なのです……。予想される数の収容所からの脱走者を受け入れれば、この砦の勢力は一気に拡大することになります」

 

「だから、なんなんです?」

 

「国都の宮廷は改めて、ここを危険視するかもしれません。そうなれば、折角、いままで大人しくして、ここが無害だと、この国の宮廷に思わせてきた努力が無駄になります」

 

「そ、そのくらいなんですか──? あそこには、なんの罪もないのに、監禁されて、殺されたりしているたくさんの亜人たちがいるんですよ──。それをここが目立たないようにしたいという、それだけの理由で助けないのですか──?」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「待ちなよ、沙那……。どうも、お前は頭がいいくせに、短気で交渉事には向かないねえ……」

 

 すると、横で宝玄仙が苦笑した。

 その言葉で沙那は少しだけ冷静になることができた。

 そして、冷静なったお陰で、大黒天の両脇に立っている衛兵が微妙な表情をしていることに気がついた。

 

 沙那ははっとした。

 しかし、宝玄仙はすっと立ちあがった。

 すると、横のふたりの兵が少しだけ緊張したのがわかった。

 さらに、兵たちが緊張したことで、孫空女もまた緊張を強めたのもわかった。

 孫空女は、一見無言で座っているだけのようだが、実際は事があれば瞬時に行動できるように、ずっと警戒をしてくれているのだ。

 

「ねえ、亜人の大将、悪いようにはしないよ……。噂によれば、あんたもそこそこ女好きだそうじゃないかい……。実は、荷馬車に置いてきているんだけど、道術師隊の女隊長を土産に連れてきているんだ。わたしらの申し出を受けてくれれば、それをやるよ。煮て食うなり、性奴隷にするなり好きにするといいよ」

 

 宝玄仙が立ったまま言った。

 

「道術師隊の女隊長を?」

 

 大黒天は意表を突かれたような顔をしている。

 

「……ふふふ、それに、引き受けてくれたら、このわたしがお礼をしてあげるよ。この身体でどうだい? なんだったら、この沙那や孫空女もつけるけどね……。極楽に連れていくよ……」

 

 宝玄仙が片足を横に開いて椅子の上に乗せた。

 そして、椅子の乗せた側の下袍をすっとたくしあげて、内腿を露わにして、下着がちらりと見えるくらいまであげる。

 

「ご、ご主人様──」

 

 沙那は呆れて、宝玄仙の下袍を掴んで元に戻す。

 しかし、ちらりと大黒天を見たら、満更でもない顔をして凝視していた。

 案外、こっちの方が効果があるのだろうかと思ってしまった。

 とりあえず、宝玄仙を座り直させる。

 宝玄仙が笑いながら腰をおろし、さらに口を開いた。

 

「……とにかく、大層に考えるんじゃないよ、亜人の大将──。別に国軍と戦争をしろと頼んでいるんじゃない──。二百ほど騎兵を貸してくれと頼んでいるだけじゃないかい──。その呼びかけもわたしらがする。お前らが臆病風に吹かれるならそれでいい。この砦に閉じこもって、自分たちは無関係でございますと叫びながら、せんずりでもかいてな──」

 

「せ、せんずり?」

 

 大黒天が面食らったような表情になる。

 

「戦うのはわたしらと、その有志たちだけだ。だけど、逃げ出した囚人の亜人は助けてやっておくれ──。それくらいの甲斐性はあるんだろう?」

 

 宝玄仙が大黒天を睨む。

 だが、大黒天は大きな息を吐いた。

 

「こちらからの回答はしましたよ……。お帰りください。若干ですが、路銀を土産として提供させてください。ほかに食糧なども有用があればお渡しできます。ただし、陽が落ちる前に、この山を降りてください」

 

 大黒天が言った。

 つまり、帰れということだろう。

 

「冗談じゃないよ、お前──。わたしらは、ここに物をたかりにきたんじゃないよ。これでも命を張ってるんだ。大抵にしな」

 

 さすがに、宝玄仙もむっとしたような声をあげた。

 

「話がそれだけなら、もうお帰りいただけますか」

 

 だが、大黒天はそれだけを言って、立ちあがりそうな気配を示した。

 

「ま、待って──。待ってよ──。その後ろにいるあんた──」

 

 沙那は大黒天の両脇にいる衛兵のうち、最右翼の兵を指差した。

 この男が、沙那の申し出を訊きながら、表情を変化させていたことにさっき気がついたからだ。

 

「お、俺……ですか?」

 

 いきなり沙那に声をかけられて、その兵が戸惑いの声を示した。

 

「そうよ──。あんたよ──。あなたにも、亜人収容所に監禁されている家族か友がいるんじゃないの?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「……い、いや……そ、それは……」

 

 その兵は困惑した声をあげた。

 

「そうなのか?」

 

 すると大黒天が顔をその兵に向けて声をかけた。

 

「あ、姉が……。姉がそこにいるはずです……。俺にとっては唯一の肉親です……」

 

 衛兵は言った。

 

「その隣──。あなたは──? あなたにも亜人収容所に監禁されている家族か誰かがいるんじゃないの──?」

 

 その衛兵もなにか言いたげな顔ををしていた。

 沙那は指差した。

 

「……俺がここに入山した後で、両親が亜人収容所に収容されたという噂を聞きました……」

 

 その衛兵も言った。

 

「あなた自身はどうなのですか、大黒天殿? 亜人収容所から救い出したい個人的な人間はいないの?」

 

 沙那は言った。

 

「俺は天涯孤独の身の上です。俺にとっては、この砦に集まる者が仲間であり、家族なのですよ」

 

「そうなんでしょうね──。でも、いまの言葉を聞いたでしょう。ここに集まっている者には、その大切な家族があの収容所に捕らわれたままの者が大勢いるのよ──。残念ながら、あなたの決断は、自分たちだけが安全であればそれでよく、同じ同朋が死のうが苦しもうが、一切関わりはないという考えにしか聞こえないわ──。臆病者の考えよ──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「仲間を助ける……。これに理由が必要なの? 少なくとも、わたしは、あの収容所に囚われている仲間を助けるために、なんの迷いもなく命をかけられるわ──。あなたたちは違うの? 助けを求めている同胞や家族がいて、それを躊躇うなど信じられないわ」

 

 沙那はさらに怒鳴った。

 だが、大黒天は押し黙ったままだ。

 沙那はその態度に苛ついた。

 さらに、なにかを喋ろうとしたが、宝玄仙がそれを手で制した。

 

「……もういいよ。諦めよう、沙那──。大黒山の頭領の大黒天は、とんだ腑抜けだったということさ……。亜人収容所には三人で斬り込むさ。ここは期待外れの臆病どもの砦だったみたいだ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は宝玄仙の顔を思わず見た。

 その表情には笑みが浮かんでいるが、いつになく宝玄仙は真剣のようだ。

 沙那は、宝玄仙の心に、すでに決死の覚悟があることを悟った。

 

「お前もいいね、孫空女──。亜人収容所とやらに、三人で殴り込みだよ」

 

「もちろんだよ、ご主人様。あたしには、複雑な話は要らないよ。ただ戦えと言ってくれればいい。相手がどんな相手でも火の玉になって飛び込むだけだ」

 

 孫空女はあっさりしたものだ。

 

「そうですね……。こんな自分勝手な頭領とは思いませんでした……。助けを求めている者がいて、その力を持っているのになにもしないだなんて……。わかりました。じゃあ、わたしたち三人だけでいきます。わたしたちは、斬り死にしてでも仲間を助けてみせます……。でも、あなたがたここの人たちは、この砦に閉じこもって無関心でいてください──。長生きできることを願っていますね」

 

 沙那は捨て台詞を吐いて立ちあがった。

 ついで、宝玄仙と孫空女が続く。

 

 これ以上の説得は無駄だろう。

 亜人収容所から朱姫を救い出すには、ほかの方法を考えるしかない。 

 実際のところ、朱姫を救い出す方法は幾つか考えついている。

 だが、それだと朱姫は救えても、ほかの囚人は助けられない。だから、この砦の力を借りようと思ったのだ。

 

「待ってください……」

 

 しかし、それを大黒天がとめた。

 沙那は視線を向けた。

 

「……考えが変わりました。女のあなた方が、そこまでの決心をしているのに、無関心というわけにはいきません……。それに、ここに集まっている者の中には、家族が亜人収容所に捕らわれている者も多いのかもしれません。俺にはそれについては考えが及びませんでした」

 

「えっ?」

 

「この砦にあなた方が入所するのを認めます。収容所への襲撃隊を募ることにも協力します。必要なもののすべても提供します──。ただし、砦としては無関係を装わせていただきます……。その代わり、収容所から逃亡してきた同胞たちで砦に入山を求める者は、責任を持って受け入れましょう」

 

 大黒天が言った。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 沙那は悦びの声をあげた。

 

「わかった──。ならば、その二百名は俺が指揮をしよう。俺には亜人収容所に囚われている家族はいないが、家族が囚われている里の者を代表するものとして、俺も参加する──」

 

 いままでずっと押し黙って、沙那と大黒天のやり取りを聞いていた朱雀が決心したように言った。

 

「朱雀……?」

 

 大黒天も驚いた顔をしている。

 しかし、すぐに苦笑して、視線をこっちに戻した。

 

「ところで、さっき、宝玄仙殿が言った提案は、まだ有効ですかね……?」

 

 大黒天が宝玄仙をじっと見て微笑んだ。

 

「ああ、これかい……?」

 

 宝玄仙が再び、すっと下袍の裾を腿までたくしあげた。

 

「……だったら、さっそく今夜でもどうだい? 忘れられないような思い出を作ってあげるよ……。まずは、さっき話した、女隊長を使って前菜だ。次は、この供の女戦士ふたりが相手──。そして、最後の主菜はわたしだ。今晩は寝かさないよ」

 

 宝玄仙は大きな声で笑った。

 

「望むところです」

 

 すると、大黒天がにんまりと微笑んだ。



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618 出撃前の性夜―蜂蜜と女戦士たち

一丈青(いちじょうせい)、しばらくお前はそうやって股ぐらを拡げたまま、わたしらの性交を見学だ。眼を逸らせたりすると、その首の糸が自動的に食い込むからね」

 

 宝玄仙は言った。

 大黒天(だいこくてん)の屋敷だ。

 出陣を明日に控え、この亜人の賊徒の頭領の大黒天と一夜を愉しむことになった。

 案内されたのは、大黒天が日常に使う寝室だった。

 

 寝台のようなものはなく、床に大きな厚地の敷布が敷いてある。

 大黒天は普段

 はこの寝台で女房たち全員と一緒に横になって休むのだそうだ。

 確かに敷布は広く、大勢が同時に横になれそうな広さがある。

 その真ん中に、宝玄仙は大黒天とともに裸身で並んで座っていた。

 

「んんっ、ふううっ、んんんっ……」

 

 椅子に拘束されている一丈青が呻き声のような声をあげた。

 一丈青には、丸い球体の猿ぐつわを咬ませてあって、敷布の外側で真っ直ぐにこちらに身体が向くようにを椅子に座らせている。

 両腕は縄で後手縛りに拘束し、胴体も背凭れにぴったりと革紐で密着させた。

 両脚も大きく開かせて、両方の手摺に脚をかけさせて拘束している。

 そして、身に着けているのは、いつもの革の貞操帯ひとつだ。

 

 その貞操帯が食い込んでいる股間からは、親指ほどになった真っ赤な肉芽が貞操帯に開けてある穴から飛び出していた。

 さらに貞操帯はうねうねと動き、一丈青に絶え間のない刺激を与え続けている。

 

 宝玄仙に捕らわれて以来、朝から晩まで、性的な刺激の耐えることのない連続調教を受け続けている一丈青は、もうまるでなにも考える力などないかのようだ。

 その視線は朦朧としていて鼻息は激しい。

 晒されている貞操帯の喰い込む股間から、もはや絶えることのなくなった淫汁の漏れを垂らしながら、真っ赤に高揚した全身を震わせている。

 

「一丈青、お前には後で訊ねてやる。最初は無理矢理にこの亜人の頭領にお前の処女を犯してもらうつもりだったけど、どうしても無理矢理は嫌だとこいつが言うんでね」

 

 宝玄仙は一丈青に話しかけた。

 

「んんんんっ」

 

 一丈青が苦しそうに身悶えしながらなにかを言った。

 喋れないようにしているので、なにを言っているかわからない。

 ただ、この一丈青には、この二日間、ずっと宝玄仙の道術により、絶頂しそうになると電撃を浴びて強制的に寸止めさせられるという責め苦を与えられ続けている。

 その苦しみは、破瓜をすれば終わると告げているので、一刻も早く処女を散らすことを望んでいるのか、それとも、いままで劣等人種として蔑んできた亜人などに犯されるのは、まだ死んでも嫌だと思っているのかどちらだろう。

 まあ、後のお愉しみというところだ。

 

 いずれにしても、一丈青には、もう少し苦しんでもらうことになる。

 実のところ、一丈青はこの乱交の一夜の前座にするつもりで、ここに連れて来たのだが、大黒天は思いのほか、情交については妙なこだわりがあるようであり、女を拘束して凌辱するような情交は嫌だと言ったのだ。

 それで、一丈青については、「見学」ということになった。

 

 もちろん、なにもせずに見学させてやるほど、宝玄仙は優しくもない。

 一丈青の股間には、いまだに内側で触手がうごめいている貞操帯を嵌めさせている。

 大きく開脚させている股間では、たった数日で親指程に肥大した肉芽が真っ赤になって勃起しているから、一丈青がいまだ性の疼きに苦しんでいることは確かだ。

 それでも、肉棒を膣に入れない限り、寸止め電撃の呪いは解けないので、一丈青はひたすらに我慢するしかない。

 

「俺は、どうも無理矢理に女を犯すというのは性に合わないのですよ……。せっかくのお土産ですがね」

 

 大黒天が苦笑している。

 

「大丈夫さ。こいつはきっとお願いだから犯してくれと言うと思うね……。ただし、縄は解くわけにはいかないよ。亜人収容所の襲撃が終わるまでに、もしも、逃げられれでもしたら、収容所襲撃の計画があることを報せに、国軍に駆け込むに決まっているからね」

 

「宝玄仙殿、これだけは言っておきますが、俺は一丈青が嫌だと言ったら抱くつもりはありませんよ……」

 

「……だそうだよ、一丈青……。ここに奴隷として、お前を置いていくつもりだったけど、ここの頭領は、奴隷は要らないそうだから、お前が進んで愛人にしてくれと言わないときは、また、わたしと旅を続けようや……。お前の飼い主が見つかるまで、わたしがずっと遊んでやるよ」

 

 宝玄仙は一丈青に言った。

 一丈青が悲痛な表情になる。

 

「随分と追い詰めるんですね……。口を挟むつもりはありませんが、少し酷くはありませんか……?」

 

「いいんだよ……。それに、おまえたち亜人もこいつには、酷い目に遭っているんだろう、大黒天?」

 

「王軍道術師隊には恨みはありますが、この一丈青個人にそれほどの恨みがあるわけではありませんよ。何人かいる隊長のひとりというだけです」

 

「まあいいさ……。それに、こいつには、朱姫も酷い目に遭っているようだから、朱姫にも仕返しをさせてやりたいからね。とにかく、こいつの責めを緩めるわけにはいかないんだ。亜人収容所の襲撃が終わるまでね……」

 

 朱姫には、しっかりと一丈青に仕返しをさせてやるつもりだ。

 悦んで、この生贄を玩具にして愉しむに違いない。

 それで、亜人収容所で受けた屈辱の溜飲もさがるだろう。

 

 それに、一丈青の調教を続けるのは、一丈青が能力の高い道術遣いだからというのもある。

 いまは、四六時中責めたてて、性のことしか考えられないように追いつめているから問題はないが、なにもしない状態にすると、なんとか道術を駆使して逃亡を図るだろう。

 だから、いまやっていることは継続しなければならない。

 

 亜人収容所の襲撃さえ終われば、あとは逃がそうが、殺そうが、大黒天に任せると言っている。

 王軍道術師隊は、長いあいだ、道術の遣える亜人を対象にして、亜人狩りを中心的にやっている組織らしい。

 亜人の賊徒である大黒天にとっては、王軍道術師隊は同朋の仇という存在であるはずだ。

 その女隊長である一丈青をどういう扱いにするつもりかはよくわからない。

 

「あ、あのう……。あたしたちは……?」

 

「そ、そうなんです……。明日からのことで、朱雀(しゅじゃく)殿と作戦のことで話し合いがあるんですけど……」

 

 そのとき、部屋の隅で正座をしている孫空女と沙那がおそるおそるという感じで、そう口にした。

 沙那も孫空女も、上半身は普通に服を着ているが下半身は完全な裸だ。

 ふたりの脱いだものはそれぞれの身体の横に畳んで置いてある。

 

「うるさいねえ……。すぐに解放してやるよ。だから、下半分だけで許してやっているだろう──。作戦準備を理由にして逃げようとしても承知しないよ。ちゃんと、お前らも参加するのだと申し渡してあったじゃないか──。とにかく、こっちにきな。そして、ふたりでこの頭領の肉棒を舐めるんだ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「仕方ない……。行こうか、沙那」

 

「う、うん……」

 

 ふたりが股間を手で隠して恥ずかしそうにしながら、こっちにやってきた。

 

「じゃあ、横になっておくれ、大黒天──。始めようじゃないか」

 

 宝玄仙は言った。

 

「愉しみです……」

 

 大黒天が笑いながら、敷布に仰向けになって脚を拡げる。

 沙那と孫空女が大黒天の横に位置して、横になっている大黒天を奉仕する態勢になった。

 

「こんな風に奉仕をされるのは、初めてですね……」

 

 大黒天が苦笑している。

 さっき聞いたのだが、大黒天は女を一方的に責めるような情交しかしたことがないらしい。

 商売女を相手にした経験もなく、口吻の経験はないと言っていた。

 四人も女房がいるらしいが、彼女たちにそれをさせようとは思わなかったようだ。

 

「気にいったら、お前の女房たちに技を伝授していくよ、大黒天……。こいつらだって、最初は、なんにもできなかったんだ。それをわたしが一から教えてやったのさ……。ほらっ、ぼうっとするんじゃない。始めるんだ──」

 

 宝玄仙は、沙那と孫空女に怒鳴った。

 

「は、はい──。じゃあ、よ、よろしくお願いします、大黒天殿……」

 

「う、うん……。舐めるね、大黒天……」

 

 沙那と孫空女がなにもはいていない尻を天井に突き出すような体勢になって、左右から大黒天の股間に屈みこむ。

 次いで、両側からまずは半勃ちの大黒天の一物に口づけをした。

「ひょう――。こ、これは……」

 

 大黒天はそれだけで少し興奮したような声を発した。

 確かに、上半身に服を身に着けている女戦士ふたりが、下半身裸体になって奉仕するというのは、男としては興奮する状況かもしれない。

 

 ふたりは、大黒天の男根の先端から幹、あるいは玉袋まで真剣になって接吻を繰り返している。

 ああいう性技の基本は、このふたりには嫌になるまで調教して叩き込んでやった。

 いまや、ふたりとも、こういうことは当然の行為として、ほとんど無感覚に奉仕できるまでになっているのだ。

 

「じゃあ、あたしからいくよ、沙那……」

 

 孫空女が沙那に言って、口を開けて大旋風の怒張の先端を咥えた。

 そして、ちょろちょろと舌で先っぽを柔らかく舐めだす。

 一方で沙那は身体をさらに屈めて、睾丸袋を口ですっぽりと覆うようにして、ちゅうちゅうと吸い始める。

 

「ふおっ、おおおっ……」

 

 大黒天はすっかりと感激したようになって、両手を伸ばしてふたりの頭を持った。

 孫空女と沙那は、大黒天に頭を擦られながら、髪を激しく揺さぶって、もはや、すっかりと硬くなった大黒天の一物を舌で奉仕をする。

 

 やがて、入れ替わって今度は沙那が先っぽを咥えた。

 変わって孫空女が幹や袋を愛撫しはじめる。

 だんだんと、大黒天の息遣いも荒くなってきた。

 女ふたりがかりの性奉仕に欲情も高まってきたようだ。

 

「なかなかにやるようになったじゃないか、お前たち……。じゃあ、ふたりとも、これを使いな」

 

 沙那と孫空女がだんだんと熱っぽく喘ぎだしたのを見て、宝玄仙は準備していた蜂蜜の瓶を開けて沙那に手渡した。

 

「は、はい、ご主人様……」

 

 沙那は一度口を離すと、受け取った蜂蜜を指ですくって、自分の舌の上にたっぷりと乗せた。

 そのまま、大黒天の怒張に垂らすようにしてから、今度はそれを舐めとるように舌を這わせだす。

 こうすることによって、唾液の出はよくなるし、大黒天自身も粘りのある感触を悦ぶものなのだ。

 ふたりには、こういうやり方も教え込んでいる。

 

「ほおっ──あ、ああっ……」

 

 大黒天が気持ちよさそうな声をあげた。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 今度は蜂蜜を大黒天の陰毛の部分から臍にかけて垂らす。

 

「孫空女、舐めとりな──」

 

 宝玄仙がそう言うと、孫空女が白い尻を動かしながら、顔を蜂蜜が垂れた場所に移動させる。

 陰毛にからんだ蜜を吸い取るようにきれいにしながら、その部分の肌に舌先で刺激を与えている。

 そして、陰毛が終わったら、さらに顔を動かして、ぺろぺろと舌で臍に向かって舐めあがっていく。

 

「孫空女、沙那、交替だ」

 

 すると孫空女と沙那が、欲情して上気したような顔をあげた。

 孫空女もそうだが、沙那にしても、こうやって宝玄仙に言われるままに男に奉仕するのは、自分たち自身が調教されているような気持ちになるのか、すっかりと欲情して酔ったような表情になっている。

 宝玄仙は沙那が口を離した大黒天の一物にたっぷりと蜂蜜を垂らした。

 すかさず、孫空女は口いっぱいにその男根を包んでしゃぶり出す。

 

「す、素晴らしい……、凄い……う、ううっ……」

 

 大黒天も顔をしかめて喘ぎ出す。

 孫空女は大きく口を開けて、一途に激しく顔を動かして抽送する。

 

「ほら、沙那、今度はこっちだ……」

 

 宝玄仙は大黒天の乳首に蜂蜜を落とした。

 沙那が大黒天の乳首を舐める。

 

「おおっ、ううっ……」

 

 大黒天も感窮まった声をあげた。

 孫空女はそんな大黒天を追い込むように、さらに深々と男根を口に咥えて勢いをつけて唇で擦るとともに、ちゅうちゅうと音をたてて吸い出した。

 また、沙那はその間、宝玄仙の蜂蜜の垂れるままに、反対の乳首、脇や腹といった場所を犬のように舌を這わせている。

 

「沙那、今度はこっちだ……。大黒天、ちょっと口を開いておくれ……」

 

「お、おおっ……。こ、これは素晴らしい……。しかし、亜人の俺に、人間族のあなた方が……こ、こんな奉仕を……」

 

 大黒天が感動したように呻いた。

 

「極楽に連れていくと言ったろう……」

 

 宝玄仙は大黒天が開いた口に中に蜂蜜を垂らした。

 

「……し、失礼します……」

 

 沙那が呟くように言ってから、大黒天の口の中に入った蜂蜜を追うように舌で追いかけはじめる。

 

「はあ、ああっ、ああっ……」

 

「んんっ、ああっ、んんあっ……」

 

 大黒天と沙那が獣のように舌と舌を絡ませ合い出したのを確認して、宝玄仙は今度は孫空女の後ろに回った。

 蜂蜜を孫空女の突きあげている尻の亀裂に沿って落とす。

 

「んんんっ──」

 

 孫空女が切羽詰まったような声をあげた。

 

「そのまま、奉仕するんだよ、孫空女……。命令だよ……」

 

 垂らした蜂蜜がとろりとろりと孫空女の尻の谷間を落ちていく。

 やがて、肛門の部分にまとわり始めた。

 宝玄仙は孫空女の尻たぶに顔をつけて、その蜂蜜を舐めあげる。

 

「ふぐうううっ──」

 

 孫空女が激しく腰を動かした。

 それでも、“命令”と言ってあるので、大黒天の奉仕はやめない。

 

「ま、待って、出る──」

 

 大黒天がいきなり、沙那の口を押し避けて、焦ったような声を出した。

 

「構わないよ、大黒天……。わたしの供たちは、一滴残らず男の精を飲むように躾けている……。それよりも、沙那、奉仕が足りないんじゃないかい……。大黒天に息をつかせるんじゃないよ……。一心不乱に舌で大黒天の口を舐め回すんだ」

 

「は、はい、ご主人様……。さ、さあ、大黒天殿……」

 

 沙那が再び大黒天の唇を口で塞いだ。

 沙那と大黒天、そして、さらに激しい孫空女の喘ぎ声が部屋の中に響き渡る。

 

「んおっ──」

 

 大黒天が短い呻き声を出して、身体を震わせた。

 精を発したようだ。

 孫空女は背後から宝玄仙の舌を尻の穴に受ける刺激に耐えながら、懸命に精を飲み込んでいる。

 

「さて、大黒天、そのまま寝たままでいいから、自慢の絶倫ぶりを見せておくれ──。孫空女、今度はお前の股で大黒天の一物を咥えるんだ」

 

 宝玄仙は孫空女の尻を舐めるのをやめて、孫空女に命令した。

 孫空女の女陰がすっかりと準備が整っているのはわかっている。

 

「だ、大黒天、い、いくね……」

 

 孫空女は口を離し、自分の舌で口の周りのものを綺麗にすると、身体を起こして、大黒天の股間に跨るように腰を落としだした。

 大黒天の一物は、たったいま放出したばかりだが、一瞬で完全に回復している。

 孫空女の股間がずぶずぶと天に伸びている大黒天の一物を包み出す。

 

「んんああっ……」

 

 すっかりと奥まで大黒天の物を咥えこんだ孫空女が顔を上にあげて喘いだ。

 おそらく、完全に子宮に当たるくらいまで飲み込んでしまったので、その刺激が孫空女を襲ったのだろう。

 

「さあ、始めるんだ──。お前が何度達してもいいから、大黒天をいかせな。それで勘弁してやる──」

 

 孫空女が大黒天の上で腰を動かし始める。

 そういう動きの中で、孫空女の膣は入り口、真ん中、奥のそれぞれで大黒天の一物を締めあげているはずだ。

 大黒天がまた荒い息をしはじめた。

 

「……沙那は、こっちにおいで……。孫空女が終わったら、お前だからね……。すぐに始められるように、こっちで準備だ」

 

 宝玄仙は沙那を呼び寄せた。

 そして、孫空女が騎乗位の態勢で大黒天に情交している横で胡坐になると、沙那を自分の股に跨るように宝玄仙の足の上に座らせた。

 

「ほら、沙那……」

 

「ああ……、ご主人……しゃま……」

 

 沙那の唇を吸う。

 あっという間に、沙那の身体は、宝玄仙の腕の中で力を失ったようにぐったりとなった。

 

「はあっ、ご、ごしゅりんしゃま……」

 

 宝玄仙の舌の愛撫で呆けたようになった沙那が、涎を垂らしながら言った。

 そうやって、沙那の口の中の性感帯を舌先で刺激してやりながら、手は開いている沙那の股間をまさぐっている。

 沙那の口の中は蜂蜜の味が残っていて甘かった。

 

「ひゃあ、ひゃあっ、ひゃっ、ああっ……」

 

 沙那が宝玄仙の身体にしがみつきながら、足の上で踊り始める。

 しばらくそうやっていると、すぐに沙那はがくがくと身体を震わせて気をやった。

 

「さっそく、達したのかい、沙那……? だけど、まだ、大黒天は空かないようだよ。もう少し、愉しもうじゃないか……」

 

 宝玄仙は沙那の上衣の前を外して前を開いた。

 胸当てに包まれた上半身は、すっかりと上気して汗びっしょりだ。

 宝玄仙は沙那の胸当てをずらして、乳首を吸ってやる。

 もちろん、片手は沙那の股間を弄り続けている。

 

「だ、だめっ、だめえっ、そ、そんなにしたら駄目です──はあああ──」

 

 そんなにしたらもなにも、片方の乳首を少しばかり吸っただけだ。

 だが、沙那は感じいってしまったらしく、あっという間に、二度目の絶頂をしてしまった。

 

 この女のあまりの感度のよさに宝玄仙は苦笑した。

 宝玄仙自身が調教してやったとはいえ、おそらく、これほど敏感な肌をした女はほかにいないかもしれない……。

 

「い、いくううっ──」

 

 ふと見ると、孫空女が赤い髪を振りながら大黒天の身体の上で気をやったところだった。

 

「こ、これは……し、締めつける──。ううっ──」

 

 すると、大黒天が声を昂ぶらせて呻いた。

 大黒天は、孫空女にやや遅れて達したようだ。

 

「ほら、出番だよ、沙那──」

 

 宝玄仙は立て続けに二度達して、呆けかけている沙那をおろすと、大黒天に身体を向けさせてから、ぴしゃりと尻を叩いた。

 

「きゃあ──」

 

 沙那はひと声あげてから、そのまま四つん這いで大黒天に這い進む。

 孫空女は大黒天の身体の上から降りて、沙那を促すような仕草をした。

 

「宝玄仙殿、今度は、俺も座って沙那殿を抱いていいかな?」

 

 すると、大黒天が身体を起こしながら言った。

 見ると、これで二度精を出したはずの大黒天の一物は、それを微塵も感じさせないくらいに、まだまだいきり勃っている。

 宝玄仙は少し驚いた。

 

 さすがに二度達すれば、回復するのに時間がかかるので、沙那に再び口奉仕をさせようと思っていたのだ。

 しかし、見たところ、それは必要ないようだ。

 大した絶倫ぶりだ。

 

「好きしてくれていいよ、大黒天──。ただし、こいつらは、いまから打ち合わせがあると言っていたから、適当なところで許してやっておくれよ。さっさと達してやっておくれ……。その分、わたしが奉仕するから……」

 

 宝玄仙は苦笑しながら言った。

 

「ならば……、来てくれ、沙那殿……」

 

「は、はい……」

 

 沙那は大黒天に引っ張られるように、さっき宝玄仙が沙那を抱いていたような座位の体勢で大黒天の腰の上に載せられた。

 

「はあっ、はっ、あっ、ああっ──」

 

 なにもしていないの沙那は、大黒天の怒張が自分の膣にめり込んでくる刺激だけで、早くも限界に達したような仕草を見せた。

 これには、大黒天も少し当惑した表情をしている。

 

「はああああっ、だ、駄目ですうう──」

 

 そして、沙那の女陰の最奥に大黒天の怒張が届いたと思った瞬間に、もう耐えられなくなったように、大黒天の裸身にしがみついて、身体を震わせて吠えた。

 

「これは随分、感じやすいのですね……」

 

 大黒天が沙那を抱きしめながら笑った。

 

「い、言わないで……。恥ずかしいから……。そ、それよりも、奉仕します……」

 

 沙那が健気にも自ら腰を動かしだす。

 だが、宝玄仙はそれを見て笑った。

 

「お前には無理だよ、沙那……。もう、大黒天に身を任せてな。大黒天が早く精を出すようにして、お前を解放してくれるから……。お前の技じゃあ、三度目の大黒天をいかせるまでに、お前は足腰立たなくなるよ」

 

 そして、大黒天に眼で合図をした。

 大黒天が腰を突きあげるように動き出した。

 

「沙那、とにかく、なにも考えずに、ただ股を締めておきな。あとは、大黒天がやってくれるから」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「は、はいっ──あああっ、はああっ、はっ、はっ、はあっ──」

 

 だが、すぐに沙那は官能の芯まで抉られたような声をあげて、ぶるぶると震えながら身体を仰け反らせた。

 

「えっ?」

 

 さすがに、大黒天も沙那の異常な反応に眼を丸くしている。

 また、達したのだ。

 これには、宝玄仙も苦笑するしかなかった。

 

「いいから、こいつのことは気にせずに、動いていいよ、大黒天」

 

 宝玄仙は笑って言った。

 大黒天が腰の動きを再開した。

 沙那は、大黒天に怒張を貫かれたまま、身体を上下に揺さぶり続けられる。

 

「んふあああっ」

 

「んおっ」

 

 やがて、沙那が四度目の気をやったときに、ようやく大黒天も精を発したような仕草をした。

 そして、大黒天が沙那を抱きおろす。

 

「はあ、はあ、はあ……あ、ありがとうございます……」

 

 沙那が両手を敷布について、身体を支えるようにしながらそう言った。

 

「いや、素晴らしい身体でした……。しかも、これほどに尽くしてくれるとは……」

 

 大黒天も感動したような口調で言った。

 

「じゃあ、お前たちは終わりだ。隣の部屋に身体を拭くものを準備してくれているらしいから、そこで身支度をして行っていい」

 

 宝玄仙がそう言うと、沙那はまだ半分呆けたような状態のまま、大黒天に向かって頭をさげた。

 

「で、では、よろしくお願いします、大黒天殿……。ご主人様のことも……襲撃のことも……」

 

 沙那がそう言って、大黒天の耳元になにかをささやいたように見えた。

 

「じゃあ、行こう、沙那……」

 

 ひと足早く終わって、少し回復をしている孫空女が沙那を抱えるようにして、部屋の隅に移動した。

 ふたりは、そこに置いていた下袴類を掴むと、それで身体の前を隠すようにして部屋を出ていく。

 

「健気な方々だ……。しかも、人間族でしょう……。俺は純粋ではありませんが亜人です。でも、その俺にあんなに奉仕してくれるのは感動でした」

 

 大黒天が言った。

 しかし、その言葉に宝玄仙は吹き出してしまった。

 

「お前もやっぱり、この国のしがらみの中にいるんだねえ。わたしらは、亜人だの人間などとは考えたことはないよ。もうひとりの供の朱姫も半妖だしね……。お前らのそういうこだわりが、しなくてもいい争いをさせているのさ」

 

「そうかもしれません……」

 

 大黒天が頬を綻ばせた。

 

「さてと、じゃあ、次は、このわたしを相手してもらおうと思っているけど、その前に、そこにいる生贄の希望を聞いてみるかい……?」

 

 宝玄仙は、股ぐらを開いて椅子に座らせて、いまの情交を見物させていた一丈青に歩み寄った。

 そして、猿ぐつわとしてた口に中の球体を外してやる。

 

「はあっ……はあっ……ああっ……」

 

 大量の唾液とともに、一丈青の口からが激しい息がこぼれ出した。

 

「さあ、選択させてやるよ、一丈青──。この亜人の頭領に処女を破ってもらうか、それとも、今夜はこのまま最後まで見学に徹するかだ──。好きな方を選びな──」

 

 すると、一丈青が大きく眼を見開いた。



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619 出撃前の性夜-追い詰められた女隊長

 宝玄仙に問い詰められて、一丈青(いちじょうせい)が涙をぼろぼろと流しながら口を開く。

 

「……おれがい……。もう、おがして……。も、もう、かんにん……して……」

 

 一丈青は、もうすでに息も絶え絶えだった。

 当然だろう……。

 

 一丈青を捕らえてから最初の数日間は徹底的に肉芽を責めて、いき狂いにしてやった。

 その快楽浸けの日々から、今度は二日間の寸止め責めだ。

 どんなに一丈青が気丈な性分であっても、女が耐えられる限界はとっくに過ぎている。

 

 宝玄仙は、一丈青を椅子に拘束していた革紐を外してやった。

 後手縛りの縄はそのままだが、股を拡げて座らされていた椅子からは離れられるようにした。

 だが、すでに身体の筋力が弛緩して動かないのか、一丈青は荒い息をして悶えるだけで、椅子から離れられないでいる。

 宝玄仙は手摺に引っ掛けていた一丈青の膝を外してやり、どんと背中を押した。

 一丈青は、敷布に胡坐をかく大黒天(だいこくてん)の前に前のめりに倒れるかたちになった。

 

「うわっ」

 

 大黒天の一物の前に押しやられたかたちになった一丈青が声をあげた。

 

「なにを怯えているんだい、一丈青──。お前の股ぐらに突っ込んでもらえる大切な肉棒様だよ。あれで破瓜を散らさなければ、お前はその淫乱な身体と永遠に付き合わなければならないんだ……。嫌なら椅子に座ってな。わたしらは、お前なんて無視して、愛し合うことにするよ。後が詰まっているんだ。やる気がないなら、さっさとどくんだ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「い、いえ……。さ、させ……て……。させて……くらさい……。どうかおれかいれすから、おかして……くらさい……。ちょっ、ちょっとびっくりしたらけれふ」

 

 一丈青が淫欲に溶けたような呆けた表情で言った。

 どうやら、頭も舌も完全には回ってないようだ。

 まあ、これも無理はないか……。

 

 一丈青の股間では、いまでも小さな触手群が股間の性感帯を抉り回っている。

 この状態で二日も経ったから、いくら道術で断続的にまともな思考の回復を図ってきたといっても、実際には、もうまともな思考などできないのかもしれない。

 だが、常軌を逸した状態で破瓜をさせても面白くない。

 とりあえず、宝玄仙は貞操帯を外してやった。

 道術で施錠の外れた貞操帯が重みで一丈青の股間から落ちる。

 

「ふぎゅううう──ぐうううう──」

 

 二度続けてけたたましく悲鳴をあげ、一丈青の身体が跳ねあがった。

 嵌めていた貞操帯には小さな穴があって、そこから肥大した一丈青の肉芽が飛び出させてあった。

 それが貞操帯が外れるときに締めていた穴の縁で刺激されてしまったようだ。

 最初の悲鳴はその刺激に対する純粋な嬌声であり、次の悲鳴は、それで達しかけたので、寸止めの電撃が全身に走ったのだ。

 

「これは……?」

 

 大黒天が目を丸くしている。

 

「なんでもないよ、大黒天……。そのままにしていておくれ……。ほらっ、一丈青、ぼけっとしているんじゃないよ──。この亜人の頭領に犯してもらわなければならないんだろう──? ちゃんと、挨拶しな──。『女淫輪』も外してやるよ──。道術で身体もいくらか回復させてやる──。少しすっきりするはずだから挨拶をするんだ……」

 

「へっ、ふえっ、へ?」

 

 しかし、一丈青はおかしな声で呆けている。

 宝玄仙は、どんと床を蹴った。

 一丈青がびくりと身体を動かした。

 

「だけど、この頭領がお前を抱きたくないと言ったら、それで終わりだよ。もう一度淫具を全部嵌め直して、今度こそ、頭が毀れるまで放っておいてやるよ──」

 

 宝玄仙はすっかりと肥大しきった一丈青の肉芽の根元から『女淫輪』を外すとともに、一丈青の身体全体に道術を注いで、体力と思考力を少し回復させた。

 ほとんど意識のない状態で情交させても面白くない。

 一丈青には、しっかりとした意識のもとで、亜人と性交をさせるつもりだ。

 

「はっ、はい──。はあ、はあ、はあ……。はあ、はあ、はあ……」

 

 一丈青が少しはまともな目つきに戻ってきた。

 それでもまだ苦しいのか、まだ、大黒天の股間の前に前のめりの身体を倒したままの姿勢で荒い息をしている。

 

「どうするんだい、一丈青? やめるのかい? それとも、犯してもらうのかい……? 早く決めな。亜人の頭領は、どっちでもいいそうだよ」

 

 宝玄仙は促した。

 

「ど、どうか……わ、わたしを犯してください……。お願いします……」

 

 一丈青ははっきりと口にした。

 

「眼の前にいるのは、お前たちが眼の仇にしてきた亜人の親玉だ。その珍棒にお前の処女を散らしてもらうのかい──? 性根を据えて返事しな、一丈青──」

 

 宝玄仙はなおも言った。

 

「あ、亜人の取り締まりは任務で……。い、いえ……わたしが悪うございました……。どうか、お情けを……」

 

 一丈青は頭をさげたまま言った。

 

「……ということだよ、大黒天……。さて、どうする?」

 

 宝玄仙は大黒天に視線を向けた。

 

「もう許してやったらどうなのです、宝玄仙殿? 可哀想ではないですか?」

 

 大黒天は宝玄仙の一丈青の扱いに苦笑している。

 

「もう許すさ……。こいつへのお仕置きはこれで最後の予定なんだ……。道術師隊の誇り高き女隊長に対する罰は、亜人の頭領に処女を捧げることで終わりにするよ。だけど、お前がその気でないなら、もう少し続けるつもりだ。別の仕置きを思いつくまでね」

 

「でも、ねえ……」

 

 大黒天は困惑したような表情だ。

 

「ほら、一丈青、お前がもっと頼まないから、亜人の頭領はその気でないようだよ」

 

「そ、そんな……」

 

 一丈青が宝玄仙の言葉に身体をぶるぶると震わせた。

 たったいままで上気していた顔が、一瞬にして白くなった。

 いまの一丈青にとっては、亜人と情交を結ぶことよりも、宝玄仙の嗜虐が続くことが、なによりも怖ろしいに違いない。

 

「ど、どうか、お願いします。わたしを犯してください、頭領様」

 

「だったら、おねだりするんだよ。大黒天の舌を吸って接吻しな。そうやって甘えるんだよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「は、はい……。し、失礼します、頭領様……」

 

 一丈青が後手縛りの裸身を大黒天の上体にのしかかるように摺り寄った。

 そして、大黒天の唇に自分の唇を押し当てて接触させる。

 

「なんだい、その熱のない接吻は──。わたしの供がやったことを見ていただろう──。なんのために、あいつらの情交を先に見せたと思っているんだい」

 

「も、申し訳ありません──」

 

 一丈青がびくりと身体を震わせ、今度は口を開いて舌先でぺろぺろと大黒天の唇の上下を舐め始めた。

 大黒天が口を開いてやると、自分から舌を大黒天の口の中に挿し入れ、口の中を懸命に舐め始める。

 

「どれ……。では、俺も一丈青殿の口の中を舐めさせてもらおうかな……」

 

 しばらく一丈青の舌を味わっていた大黒天は、両手を伸ばして一丈青の身体を抱きしめる、今度は大黒天の舌を一丈青の口の中に挿し入れた。

 

「ああっ……はあっ……あっ……」

 

 すぐに一丈青の喘ぎが始まった。

 大黒天は一丈青の身体を抱くすくめ、むさぼるような口吸いを始める。

 その大黒天の迫力と、一方で一丈青の狼狽えようは、まるで肉食の獣が餌となる小動物を喰らおうとしている様を連想させた。

 なすすべもないかのように、大黒天の舌で口の中を舐め回される一丈青は、見ていて面白いようにぐったりと力が抜けたようになっていく。

 それとともに、大黒天に口の中を蹂躙される一丈青の顔には、女の陶酔のようなものも現われ出した。

 

 気の強い女というものは、逆に屈辱的な性行為に弱かったりすることが多い。

 普段気を張っている反動が、男からの凌辱されるような性交にたじたじになってしまうのだ。

 一丈青もそうであるようだ。

 宝玄仙は女隊長としての気丈さに隠されていた被虐性を垣間見る思いだ。

 

 そういえば、沙那にしても、孫空女にしても、あんなに凄い女猛者のくせに被虐性が強い。

 朱姫を救出したら、あいつらの被虐度を検査でもしてみるか……。

 そんなことを思った。

 だが、考えてみれば、被虐癖ということであれば、宝玄仙自身にもそういう性質はある。

 そんなことを考えていたら思わず笑ってしまった。

 

 宝玄仙は一丈青と大黒天に意識を戻す。

 一丈青は大黒天に口の中を舌で愛撫され、相変わらず官能に酔ったように身体を悶えさせている。

 宝玄仙は歩み寄って、一丈青の乳房を背後から揉みだした。

 

「ああっ──」

 

 一丈青の嬌声がひと際大きくなった。

 大黒天の舌で口の中をこってりと舐めあげられながら、宝玄仙からも裸身をなぶられだした一丈青は、あっという間に激しくよがり出す。

 視線はとろんとして焦点を失い、開いたままの口からは大量の涎がこぼれて顎や胸に滴ってくる。

 

 やっと、大黒天が口を離した。

 それに合わせて、宝玄仙は乳房を揉むのをやめたが、一丈青はもう身体を維持できなくなったかのように、大黒天の胸に頭をもたれさせた。

 

「はあ、はえ、はう……。も、もう……ゆ、許して……。お、お願いです、頭領様……。もう、なにがなんだかわからない……。ああっ……」

 

 一丈青が朦朧とした表情のまま口走った。

 

「随分としおらしくなったじゃないかい、一丈青。だったら、いっそのこと、この亜人の頭領の花嫁にしてもらったらどうだい? さっき夕食のときに、こいつの女房たちと話したら、こいつの女房たちは、あと倍くらいは女房の数を増やして欲しがっていたよ……。亜人の女房たちと人間族のお前が仲良くできるか知らないけど、まあ、女同士でもそういう刺激があった方が、大黒天の寵を競って、女に磨きがかかり合うというものさ」

 

「そんなことを妻たちが言ったのですか?」

 

 大黒天が苦笑した。

 宝玄仙がここで夕食をご馳走になったときには、大黒天は、沙那や孫空女を連れて重鎮たちを集めて軍議を開いていたのでいなかった。

 本当は宝玄仙も軍議に参加を求められたが断ったのだ。

 面倒だからだ。

 

 沙那の考えでは、出陣は明日で、すぐに数名を変身霊具を使って収容所内に送り込む。収容所の襲撃そのものは、明後日以降ということだ。

 宝玄仙は戦闘の発生する可能性のある正面には出ずに、襲撃隊のさらに後方で必要により、道術で支援する……。

 それだけ聞けば十分だし、細かい各隊の動きを宝玄仙が知っても仕方がない。

 だから、軍議は沙那に託して、宝玄仙はここで夕食をとった。そのときに、宝玄仙は四人の妻と話をしたのだ。

 

「……だから、一丈青、妻にしてくれと、お願いしてみな。まあ、お前がわたしとの旅を続けたいというのなら話は別だけどね……」

 

「ひいっ──。そ、それは──。ああ、どうか、ここに置いてください、頭領様。妻でも、奴隷でもいいですから……。宝玄仙様に、わたしを返さないで──」

 

 一丈青が急に覚醒したように身体を反応させて、大きな声をあげた。

 その必死の様子に思わず宝玄仙は吹き出した。

 

「余程のことをしたようですね、宝玄仙殿……。本当に可哀そうに……」

 

 大黒天が笑いながら、一丈青をぐっと抱いて慰めるような仕草をした。

 

「だったら、旦那様にさっそく抱いてもらいな。だけど、そう簡単には、抱いてもらえはしないよ。ちゃんと奉仕をして、旦那様にいい思いをしてもらって、はじめてお情けをもらえるんだ──。だから、奉仕をしな。わたしの供たちがやっていたように、大黒天の一物を舌で奉仕するんだ」

 

 宝玄仙が言っても、一丈青は抵抗の素振りは見せなかった。

 もうすっかりと観念したのか、一丈青は素直に大黒天の股間に顔を埋める体勢になって、眼を閉じて口を開き、大黒天の怒張を飲み込んだ。



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620 出撃摩の性夜-生娘隊長の連続絶頂

「んはあああっ」

 

 一丈青(いちじょうせい)の全身は淫靡の毒が回ったようになり、身体は得体の知れない疼きに襲われ続けている。

 

 亜人の男に犯される……。

 

 怖くないということはないが、それよりも、この魔女の性の拷問をこれからも続けられるということが恐怖だった。

 この亜人の頭領が一丈青の身柄を引き取ってもらえれば、この宝玄仙から解放してもらえる……。

 もう頭にはそれしかない……。

 

 一丈青は言われるままに、大黒天(だいこくてん)の怒張を口に含んだ。

 しかし、どうしていいかわからない。

 すると、股間にすっと指が伸びた。

 宝玄仙の手だ──。

 一丈青の身体が恐怖で凍りつく。

 

「お前なにやってんだい? 舌先で強く吸いあげるんだよ。唾を吐きながら先っぽを唾液で覆って、舌の先で割れ目のところをくすぐるんだ──。お前も女隊長だったんだから、それなりの武術の腕はあるんだろう? だったら、肌で大黒天の反応はわかるはずだ。それを感じるんだよ。大黒天の反応が大きくなるように、舌先で刺激してみな──。ちゃんとやらないと、この肉芽を刺激するよ。まだ、性交はしてもらってないから、呪いはそのままだからね。ここを刺激されて気をやったらどうなるかわかっているんだろう?」

 

 宝玄仙が肉芽の根元を握って、徐々に力を入れるような仕草をした。

 一丈青は恐怖した。

 

 絶頂しそうになっては、強い電撃を帯びさせられて起きる快感の中断……。

 果てしない電撃寸止め……。

 それは怖ろしい性の拷問だった。

 電撃も怖ろしいが、絶頂できないというもどかしさも耐えられない。

 

 とにかく、あの苦しみから解放されたい。

 そのためなら、なんでもできると思った。

 もう、なにも考えない。

 

 一丈青は、無我の境地になって、宝玄仙に命じられるまま、大黒天の性器を吸いあげ、舌で舐め擦った。

 すると、もともと大きかった大黒天の性器が、さらに一丈青の口の中で大きくなった。

 一丈青は少し驚いた。

 

「ははは……どんな気分だい……? お前たちが蔑んでいる亜人の肉棒を口で奉仕するというのは?」

 

 宝玄仙がわざとらしく、一丈青を嘲笑するような物言いをする。

 しかし、もう一丈青には、大黒天が亜人だとかいうことはどうでもよくなっていた。

 それよりも、いまはこの男に救われなければ、宝玄仙による性の拷問を受け続けなければならない……。

 そればかりが頭をよぎる。

 

 この男に見捨てられたら、本当に自分は宝玄仙に責め抜かれて狂い死ぬ。

 その恐ろしさに追いたてられて、一丈青は一心不乱に大黒天の一物を舐め続けた。

 宝玄仙に対する恐怖が、一丈青の屈辱心や自尊心を麻痺させているのか、臭いの発する大黒天の怒張を口に咥えるという行為は、それほど嫌なこととは感じなかった。

 また、宝玄仙に言われた通りに、奉仕をしながら大黒天の身体の反応を測っていると、確かに、一丈青の舌先の動きで大黒天が少し身悶えたり、息を荒くしたりしているのがわかった。

 それがちょっと面白くもある……。

 

 一丈青は一心に舌による奉仕を続けた。

 そのあいだずっと、宝玄仙は、横で奉仕のやり方を一丈青に教えた。

 宝玄仙の言われるままに、舌で幹の部分をぺろぺろと舐めたり、あるいは睾丸を吸ったり、口をすぼめて口の肉や歯茎で軽く擦ったりする。

 だんたんと大黒天の反応が顕著になる。

 

 なんだか舌で奉仕をするという行為で、大黒天という亜人の頭領を追い詰めているのだという気分に浸っていく……。

 しかし、突然に口から肉棒が抜かれた。

 そして、いきなり身体が仰向けに倒された。

 

「あっ」

 

 一丈青は思わず声をあげた。

 身体の上に大黒天の裸身が覆い被さったのだ。

 両手でぐいを足を開かされる。

 もう一丈青は覚悟を決めている。

 抵抗はしなかった。

 

「……一丈青殿だけにそのような奉仕は申し訳ないですからね。俺も奉仕してあげましょう」

 

 大黒天がにやりと笑った。

 なにをするのかと思ったら、顔をさげて、一丈青の股間にすっと近づけた。

 一丈青は、大黒天がどこを口に咥えようとしているかを悟って恐怖した。

 そこを刺激されたら、あっという間にいってしまうと思う。

 だが、そうすると、あの恐ろしい電撃が……。

 

「だ、だめです──。さ、先に犯して──犯してください──」

 

 一丈青は慌てて絶叫した。

 大黒天が顔を股間に埋めかけた状態で、顔をあげてきょとんした表情を一丈青に向けた。

 

「大黒天、言われた通りにしてやりな──。頼まれたら断らない男なんだろう?」

 

 宝玄仙が横で笑った。

 

「ならば……」

 

 大黒天が体勢を変えて、再び覆い被さってきた。

 両腿を乳房に密着させられるようにあげさせられる。

 

 くる……。

 

 一丈青は歯を喰いしばった。

 すると一丈青の秘孔に、大黒天の怒張の先端が当たるのがわかった。

 

「ひっ──」

 

 一丈青は短い悲鳴をあげた。

 

「道術で痛みは弱めているけど、少しはあるからね。ゆっくりと息をしな。そうすれば、息を吐くのに合わせて大黒天が奥に挿してくれるから」

 

 宝玄仙が一丈青の上半身に覆いかぶさりながら言った。

 そして、舌で一丈青の乳首を刺激し始める。

 

「あはああっ──」

 

 胸から迸った快感に一丈青は身体を仰け反らせた。

 

「息だよ──息──」

 

 宝玄仙が一丈青の胸から一度口を離して怒鳴った。

 そして、また一丈青の乳首に刺激を加えはじめる。

 

「ああっ……はあ……はあ……あっ……はっ……ああ……」

 

 一丈青は懸命に言われた通りに呼吸をした。

 

 吸って──。

 吐く──。

 

 吸って──。

 吐く──。

 

 それだけを考えた。

 だが、胸が気持ちいい……。

 溶けるような快美感が全身を包む。

 

 吸って……。

 そのとき、吐く息に合わせるように、ぐりぐりと大黒天の怒張がめり込んでくる。

 

「ううううっ──」

 

 一丈青は眉をひそめて、襲ってきた苦痛に耐えた。

 股間が避ける──。

 

 股が破れる……。

 

「痛い──あぐうっ──」

 

 一丈青は声をあげた。

 

「……破瓜の痛みなんて一瞬だよ。ほら、楽になったろう……?」

 

 宝玄仙の舌の愛撫がとまって、その代わりに身体に宝玄仙の霊気が注ぎ込んできたのがわかった。

 襲っていた激痛がすっと消えていく……。

 それと同時に、得体の知れない疼きがざわざわと膣に沸き起こってくる。

 

「な、なに……? なんですか、これ……? ああっ……怖い……な、なに……あああ……」

 

 一丈青は痛みの消滅と同時に発生した肉体の変化に悲鳴をあげた。

 なにが起きているかわからない……。

 だが、いま犯されている女陰に霊気の暴流が席巻している。

 なにかが自分の身体で起こっている。

 

「心配しないでいいよ……。お前にかけていた呪いが消滅しているんだ。それと同時に、大黒天の怒張が新しい呪いとしてお前の股間に刻み込まれようしているのさ……。それよりも、痛みがなくなると快感が襲ってきただろう……。この感覚を覚えな──。これが女の快感だ──」

 

 宝玄仙の笑い声が聞こえる。

 一丈青の中で猛り狂った疼きが走り回る。

 

「な、なに、これ? 怖い──怖い──。いやああっ──はああっ──」

 

 一丈青は吠えた。

 破瓜には激痛が伴うものだと思っていた。

 しかし、いま一丈青に襲っているのは、この二日間で堰き止められていた快感のすべてが雪崩れ込むような官能の暴流だ。

 

「んはああああっ、あああああっ」

 

 一丈青は全身を跳ねあげた。

 その一丈青の身体を宝玄仙が再び上から押さえつける。

 大きく喘ぐ一丈青の口に、宝玄仙の舌が侵入してきた。

 大黒天の肉棒が小刻みな律動をしながら深く深く潜ってくる。

 

 膣の中で膜が破けた感覚があった。

 しかし、痛みは一瞬にしてまた消滅し、それを圧倒する快感がそれに変化する。

 一丈青は吠えた。

 そして、大黒天の一物が一丈青の女陰の最奥に到達したのがわかった。

 

「はああっ──ああああ──」

 

 頭の中でなにかが弾けた。

 真っ白いものが眼の前を襲う──。

 

「わたしの言葉に嘘はないだろう? 破瓜で快感を覚えることなんてないんだけど、わたしは女が快感のない性交なんていうのは嫌いなのさ。だから、お前の身体を特別な状態にしているんだ──。でも、これを覚えたら、もう、この快感なしでは生きていけないよ──。しっかりと感じまくりな──」

 

 舌を一丈青の口から抜いた宝玄仙がそう言うのが聞こえた。

 しかし、それもわからなくなるような圧倒的な快感が一丈青の理性を押し流して言った。

 圧倒的なものが一丈青の全身を貫いた。

 

 

 *

 

 

「はあっ、はあっ、はあ……も、もう許して──」

 

 一丈青はもうなにがどうなっているのかわからなかった。

 この快感が宝玄仙の道術による錯覚によるものなのか、それとも、作りかえられてしまった自分の身体が、実際に最初の男との情交からこれほどの快楽を引き出しているのかわからない……。

 

 一丈青は大黒天の股間に座らせられて、一物を膣に挿入されたまま、身体を揺すられて夢心地の状態にあった。

 最初に大黒天に股間を貫かれたときに、一丈青に起こったのは、おそらく、宝玄仙の道術による強制的な絶頂だと思う。

 しかも、もしかしたら、この二日間でとめられていた快感を一気に流されたのかもしれない。

 一丈青は、破瓜をしながら眼の前が真っ白くなるほどの衝撃に包まれ、気を失ってしまった。

 

 しかし、すぐに強制的な覚醒をさせられて意識を戻された。

 それから始まったのは、新しい性の拷問だ。

 

 大黒天から股間を貫かれ、その裸身を宝玄仙から愛撫される。それを繰り返された。

 いまは、向かい合うように座っている大黒天の身体に密着しながら、背後から伸びる宝玄仙の手によって、大きくなった肉芽を弄られている。

 これをされると、一丈青は簡単に数瞬で達してしまうのだ。

 もう何度もそれを続けられ、一丈青にはなにがどうなっているのか、知覚することも難しくなっていた。

 

 大黒天の股間に貫かれながらの絶頂に次ぐ絶頂──。

 一丈青は疲れ切り、息も絶え絶えだ。

 もう声もあげられない……。

 

「破瓜の痛みは消してやっているし、破瓜で傷ついた膣も『治療術』で治してやったんだ。だから、もっと腰を振って、大黒天を悦ばせな。大黒天が精を発するまで、解放してやらないからね──」

 

 宝玄仙が片手で乳首を捏ねる……。

 肥大している肉芽をくりくりと動かされる……。

 一方で大黒天は一丈青を膝の上に乗せて身体を上下させて、ずんずんという刺激で一丈青の子宮を肉棒の先で与えてくる……。

 さらに、大黒天の舌は一丈青の口の中に侵入し、口の中を舐め回す……。

 

「うはあああっ」、もうだめえええ

 

 もうなにも考えらない……。

 視線は一定せず、ぐるぐると周りの景色が回転する……。

 

「ほら、こっち向きな──」

 

 宝玄仙が肉芽への刺激を強めながらそう言った。

 

「はああああっ──」

 

 一丈青の全身ががくがくと震えて、また快感が全身を貫いた。

 悲鳴を迸らせている口に宝玄仙の舌が挿しこまれる……。

 歯茎や舌の裏を舐め回される……。

 全身の力が抜ける……。

 

「んんんん──」

 

 一丈青は、すうっと自分の身体からなにかが抜けていくような心地を味わった……。

 

 

 *

 

 

「おやおや、また失神したよ……。本当にどうしようもないねえ……。男を満足させずに、自分ばかりいい思いをして気を失うとはねえ……」

 

 宝玄仙は完全に力を失った一丈青を見て舌打ちした。

 

「……だが、反応が異常だった。道術でちょっかいを出していたのでしょう、宝玄仙殿? 初めての性交で快楽で失神するなんて、ありえませんからね」

 

 大黒天が一丈青の股間から男根を抜きながら言った。

 

「こいつの頭と身体に、お前との性交が気持ちいいということを強制的に刻んだのさ。一度覚えれば、もう忘れることは不可能だ。お前のいい性奴隷になるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「参りましたねえ……」

 

 大黒天が苦笑した。

 

「ところで、まだ満足には程遠いようだね、頭領?」

 

 宝玄仙は大黒天の股間に眼をやった。

 一丈青を相手に二度ほど精を発したはずだが、まるで一度も達していないかのように、大黒天の怒張はまだ逞しかった。

 

 大した絶倫だ。

 最初に沙那と孫空女を相手にしたときから数えれば、もうかなりの精を発しているはずなのに、まだまだ元気だ。

 さすがは亜人の力というものだろう……。

 宝玄仙は感嘆した。

 

「さて、こいつはどうしよう? 道術で覚醒させて続きをやるかい?」

 

「いや、今日は休ませましょう……。それに、俺はそろそろ、宝玄仙殿と愉しみたい……」

 

 大黒天が微笑んだ。

 

「そうだね……。覚醒させたところで、もうこれは、今夜は使い物にはならないだろうね。まあ、とりあえず、隣の部屋でにでも転がしておくさ」

 

 宝玄仙は道術を込めて、意識のない一丈青の裸身を宙に浮かせた。

 そのまま隣室との仕切りを開けて、誰もいない隣室に一丈青を身体を横たえる。

 そして、準備してあった縄を一丈青の後手縛りの縄に結びつけると、縄尻の反対側を大きな家具の脚に括りつけた。

 明日の朝までは、眼も覚まさないだろう。

 宝玄仙は、部屋にあった掛け布を一丈青の裸身に掛けてから、大黒天の待つ部屋に戻った。

 

「さて、じゃあ、わたしと勝負と行こうか、絶倫頭領? どちらかが、もう性交ができなくなるまでだ──。お前が負けたら、わたしの犬になりな──。首輪をつけて、この部屋を四つん這いで回るんだ」

 

 大黒天の前に戻ってきた宝玄仙は、そう言って笑った。

 

「面白いですね。だったら、俺が勝ったら、あなたが犬になって、俺の周りを回ってくれるんですか?」

 

 大黒天が笑い返した。

 

「わたしに勝つだって? 冗談だろう?」

 

「宝玄仙殿こそ、俺に最後まで付き合ってくれるんですか? いまだかつて、俺の性欲に最後まで付き合ってくれた女はいませんよ」

 

「だったら、とことん、やろうじゃないか──。四つん這いで這うのは、この部屋だけで勘弁してあげるよ。お前が犬になっただなんて、誰にも言わないから安心しな」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 すると、大黒天が敷布に胡坐をかいたまま、すっと手を伸ばす。

 宝玄仙は歩み寄って手を伸ばすと、大黒天の手をぎゅっと掴んだ。



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621 出撃前の性夜-絶倫首領と淫乱魔女

「じゃあ、愉しんでおくれよ……。その椅子に座ってくれるかい?」

 

 大黒天(だいこくてん)は、宝玄仙に手を掴まれて立ちあがらせられた。

 敷布の横にはさっきまで一丈青が拘束されていた椅子がある。

 宝玄仙がそばにあった布でさっと座面の部分を拭いた。

 大黒天をそこに導く。

 すると、宝玄仙が椅子に座った大黒天の前にひざまずいた。

 

「今度はなんですか……?」

 

 大黒天は、宝玄仙が椅子の背後に置いてあった荷の中から一本の瓶を取り出すのを見て訊ねた。

 

「お前のところの女房たちから借りた料理用の植物油だよ」

 

 宝玄仙が、その瓶から植物油を垂らして、たらりと大黒天の足の指にかけた。

 そして、なにをするのかと思っていたら、宝玄仙が大黒天の足を押しいただくように持ち、足指をすっぽりと口で包んで舐め始たのだ。

 これには驚いた。

 しかし、さらにびっくりしたのは、沸き起こった感覚だ。

 

「うおっ」

 

 思わず大黒天は声をあげた。

 いままで味わったことのないような不思議な疼きがそこから拡がったのだ。

 

「な、なにを……?」

 

 快感が全身を駆けあがる。大黒天は思わず手摺を離しそうになった。

 

「なにって、なにがだい?」

 

 宝玄仙が口を離して顔をあげた。

 

「あ、足指を舐めることですよ……? なぜ、そんな屈辱的ことをするのです? あなたのような人間族の女が?」

 

「あなたのようなって、どんな女のことだい?」

 

「自尊心の高い女主人のあなたがだ……。それが亜人男の指を舐めるなど……」

 

 大黒天は当惑して言った。

 宝玄仙が砦前の幻想の罠を簡単に破るほどの強い道術遣いであることは報告を受けているし、あの沙那や孫空女の女主人だ。

 非常に気位の高い人間族の女なのだろうと思っていた。

 それが、情交でいきなり相手の亜人男の足指を舐めるなど……。

 

 この情交が始まる前、大黒天はほかの重鎮たちとともに、沙那と孫空女から亜人収容所の襲撃についての策を説明された。

 説明したのは沙那だが、大した策略だと思った。

 しかも、収容所についてよく調べあげている。

 おそらく、成功するだろうと思った。

 

 問題は脱走した亜人の囚人たちが逃げおおせることができるかどうかだが、それについても二百騎の騎馬の活用についてよく練られていた。

 沙那は、この砦にやって来る前に、収容所周辺の地形をある程度確認してからこっちに来たようだ。

 この周辺には初めてやってきたはずの沙那が、よく地形を見知っているのには、朱雀(しゅじゃく)をはじめとする重鎮たちも驚いていた。

 

 そして、収容所を襲った後で予想される国軍の追撃に対する戦いにおいては、孫空女の武辺が策の重要な要素にもなっていた。

 孫空女の力は見てはいないが、話し半分だとしても、それなりの女傑なのだろう。

 大黒天にも、あのふたりがとてもじゃないが、他人に大人しく従うような女ではないことはわかる。

 

 しかし、そのふたりがこの宝玄仙に完全に言いなりなのだ。

 さっきも宝玄仙は、ふたりを性奴隷のように扱って、大黒天への奉仕を強要した。

 しかも、ふたりはまったく嫌がる素振りをせずに、宝玄仙の命に従うのが当然であるかのように従順に振る舞った。

 大黒天は、あのふたり以上に、その主人である宝玄仙に興味を覚えた。

 

 しかも、あの一丈青への態度……。

 一丈青といえば、大黒天も名前くらいは知っている。

 若いが有能な道術師隊の女隊長だ。

 宝玄仙たちを捕らえようとして、逆に捕らえて調教したのだと言っていたが、さっきの一丈青は、完全に宝玄仙に対する恐怖が染みついていた。

 大黒天に処女を捧げろと言われれば、躊躇なくそれをするほどに……。

 

 この宝玄仙は何者なのだろう……?

 そんな思いが頭を席巻していた。

 それなのに、その女主人の宝玄仙が、一転してまるで奴隷女のように大黒天の足を舐めだしたのだ。

 大黒天には驚きと困惑でしかない。

 

「本当にお前たちには、人間族とか亜人族の隔て意識が頭にこびりついているんだねえ……。わたしが人間族でお前が亜人族だから、なんだと言うんだい? それに、お前は性行為の経験も豊富そうなのに、女に足の指を舐めてもらったことはないのかい?」

 

「ありませんよ」

 

「本当かい? こんなものは前戯の基本じゃないかい……。女房たちを集めるのもいいけど、奉仕のやり方をもっと教えたらどうだい? とにかく、続きをするよ」

 

 宝玄仙は再び大黒天の足指を咥えた。

 舌が指と指のあいだを動く……。

 鋭い快感が全身をざわざわと昇ってくる。その官能の波が股間を突き抜け、胴体を席巻し、頭まで突き抜ける。

 

「ふう……」

 

 大黒天は大きく嘆息した。

 こんな場所に快感を覚えるとは知らなかった。

 信じられないような官能の波が全身を包む。

 

 宝玄仙は、一本が済めば、もう一本……。

 それが終われば、また隣……。

 一本ずつ指をしゃぶっていく。

 宝玄仙が新しい指を口で咥えるたびに、新しい快感が沸き起こる。

 

 大黒天の怒張は信じられなくらいに逞しく勃起していた。

 宝玄仙が足指と足指のあいだを舌で擦り、そして、吸いあげる。

 ずんずんという血の猛りが怒張に込みあがる。

 しかも、先端からじわじわと勇み汁まで滲み出る始末だ。

 

 こんなのは確かに初めてだ。

 やがて、十本の足指をしゃぶり終わった宝玄仙は、今度は植物油を大黒天の内腿に垂らした。

 それを手のひらで押し拡げていきながら、舌で舐めとっていく。

 性器そのものには触れないが、その周辺に宝玄仙の舌が這い回る。

 

「くう……」

 

 これ以上は耐えられない。

 大黒天は宝玄仙の身体を掴んで椅子の下に降りた。

 そのまま、敷布に押し倒した。

 

「なんだい、せっかちだねえ……。まだまだ、わたしの奉仕は続くんだよ……。口でその肉棒を咥えさせてもらってないし、植物油を乳房で全身に塗り拡げてあげるよ……」

 

 大黒天に押し倒された宝玄仙が笑った。

 だが、抵抗はしないようだ。

 大黒天が仰向けの宝玄仙に覆い被さると、宝玄仙は力を抜いて待ち構えるような体勢になった。

 

 大黒天は宝玄仙の白くて細い首に口づけをした。

 強い力で首を吸う。

 宝玄仙が小さな声をあげて身悶えた。

 舌でうなじから肩に向けて這い進む……。

 

「ああ……」

 

 宝玄仙は綺麗な眉間に皺を寄せて、首を仰け反らせる。

 宝玄仙の肌は、とてもいい香りがした。香水のようなものはつけていないようだが、肌の香りそのものが香木のような柔和な匂いを醸し出している。

 しかも、それが汗と混じると、なんともいえない酔いのようなものが大黒天に拡がる。

 大黒天は舌を肩から宝玄仙の乳房の膨らみに移行した。

 品のいい乳頭を大黒天は口で含んだ。

 

「うあっ──そこは──」

 

 いきなり宝玄仙が乱れた。

 なにかを求めるかのように、手を伸ばして大黒天の背中にしがみついた。

 どうやら乳首が弱いようだと思ったが、あまりにも強い反応に大黒天がたじろぐほどだ。

 そのまま乳首を舐めあげる。

 

「くあっ、ああっ、ふあああっ」

 

 宝玄仙の乱れがだんだんと激しいものになる。

 女の蜜の香りが股間から漂ってきた。

 素晴らしい身体と激しい女の反応……。

 

 大黒天は手を腹から移動させて、腹……。

 さらに、下腹部を撫でさすっていく。

 吸いつくような宝玄仙の肌はとても気持ちがよかった。

 

「はああ……あっ、あああっ……」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 大黒天は反対の乳首を口に含んだ。

 宝玄仙はさらに身体を震わせて、鼻にかかった甘い声をあげた。

 悶える宝玄仙の肉づきの太腿から、いつの間にかじっとりと濡れている股間の亀裂に指を動かす。宝玄仙の腰がくねくねと動く。

 その色っぽい姿に、大黒天の身体は頭の芯まで恍惚感で包まれる。

 この女を犯したい……。

 大黒天の獣の心が騒ぎ出す。

 

「……いいよ……。もう入れたいんだろう? 好きにしていい。肉人形だと思って、好きなようにこの宝玄仙を使っておくれ……。どうせ、前戯なんて柄でもない感じじゃないか……」

 

 まるで大黒天の心を読んでいるかのようだ。

 確かにもう精を出したいと思っていた。

 この人間族の女を抱き潰したい。

 その気持ちで大黒天の性欲が荒れ狂っていた。

 

「控えめな外見に隠れた強い芯……。それがお前の本質のようだね。性を結ぶと、女は男の本質が見えてくるものなのさ……。なにも気を使うことなんかないさ。わたしのことは、性欲を発散するための道具とでも思っておくれ……」

 

 宝玄仙が下から手を伸ばして、大黒天の身体を引っ張った。

 その顔は官能に包まれた柔和な微笑が浮かんでいた。

 大黒天は体勢を変えた。

 

「入れますよ」

 

 大黒天は宝玄仙の脚を掴んで、すでに限界までいきりたっている肉棒の先端を埋めた。

 

「うっ、んんっ……」

 

 宝玄仙が首を仰け反らせた。

 怒張が宝玄仙の体内に沈んでいく。

 

 それとともに、宝玄仙の身体から萌香がぱっと発散した。

 そのいい匂いに、大黒天は息がとまりかけた。

 大黒天は男根を埋めていきながら、改めて宝玄仙の身体を見た。

 

 美しい身体だ……。

 ただ綺麗なだけじゃない。

 優美で、それでいて、触れあうものを決して放っておかない濃密な官能と美がそこにある。

 これを好きなように蹂躙していい……。

 大黒天は改めて、その幸運に唾を飲んだ。

 

 怒張が最奥まで達した。

 すると膣の中でうねうねと肉棒が刺激されだした。

 

「うおおっ」

 

 大黒天は声をあげた。

 

「ふふふ……可愛い声を出すじゃないか……亜人の頭領……」

 

 宝玄仙が微笑んだ。

 

「では、あなたの声も聞かせてもらおう……」

 

 大黒天はそう言うと、股間の律動を開始した。

 怒張の先端で宝玄仙の子宮を打ちつけるように動かす。

 さらに両手で宝玄仙のふたつの胸の膨らみを掴んだ。

 そこに遠慮のない蹂躙を加える。

 

「ああ、あっ、はっ、ああっ──はあっ……」

 

 宝玄仙が余裕のない反応になった。

 しかし、一方で宝玄仙の女陰は腰全体を動かしながら、柔らかく、そして、吸いつくように大黒天の男根を内部で締めあげる。

 

 出る……。

 

 十数度目の律動のとき、大黒天の怒張の先端は爆発の予兆に包まれた。

 一気に精を出してもいいが、このまま精を放つ前のぎりぎりの感覚を愉しんでもいい……。

 そう思っていると、宝玄仙の膣が信じられないくらいの強さで締めあがった。

 

 根元……。

 

 幹……。

 

 先端……。

 

 順番に締めあげてくる……。

 まるで、これを待っていたかのようだ。

 

「ううっ、おおっ」

 

 気がつくと、大黒天は宝玄仙の中で精を発していた。

 意識して出したというよりは、無理矢理に搾り出さされた感じだ。

 驚くような女陰だ。

 

「一回目かい……。何発で出し尽くすんだい? 犬のように四つん這いで這わせてやるよ……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「あなたの犬だったら、なってもいいかな……」

 

 大黒天は言った。

 本心だった。

 

 この一瞬、この人間族の美女の下僕に成りさがってもいいかと思った。

 それほどに素敵な性の相手だ。

 

 なによりも、性交を心から愉しんでいる。

 それがいい……。

 

「素晴らしい性技だ……」

 

 思わず言った。

 

「そうだろう? 性にかけては百戦錬磨の宝玄仙様だよ……。なにをしてもいいよ。ただし、全部返り討ちにしてやるけどね……」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

「なるほど……。では……」

 

 大黒天は、くるりと宝玄仙の身体をひっくり返した。

 

「な、なに?」

 

 宝玄仙がびっくりしている。

 しかし、構わず大黒天は、宝玄仙の腰を後ろから抱えた。

 回復力の早い大黒天の怒張は、もうしっかりと元気になっている。

 さっき宝玄仙が使って、横に置いていた植物油を手に取る。

 こっちを向いている宝玄仙の尻の亀裂に植物油を垂らす。

 

「わっ、わっ、わっ──。なにするんだい?」

 

 主導権を握ったままだった宝玄仙が初めて見せた焦りだ。

 その態度にはとてもかわいらしいものを感じた。

 

「あなたのお尻を頂きます……。俺も初めてですが、ここを責めれば、あなたが悦ぶと教えられましたので……」

 

 大黒天はさらに植物油を自分の肉棒にもたっぷりとかけた。

 

「だ、誰が──?」

 

「あなたのお供ですよ。さっき、沙那殿がこの部屋を去るときに、そう耳打ちしてくれました」

 

「あ、あいつ、余計なことを……。ふわああっ──」

 

 大黒天が猛り勃ったものを宝玄仙の菊門に沈めていくと、宝玄仙は背中を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 

「ううっ」

 

 大黒天もまた声を洩らした。

 暴れる宝玄仙の尻の締めつけは、女陰以上に喰い締めるように肉棒を圧迫してくる。

 だが、植物油の力もあり、比較的楽に出し入れもできる。

 大黒天はゆっくりと前後に男根を動かした。

 

「うわああっ、いいよ……気持ちいい……こ、怖い……そんなにしたら怖い……はああっ──」

 

 宝玄仙は悲鳴をあげた。

 その取り乱しようは、さっきまでの宝玄仙とは別人のようだ。

 そして、驚くべきほどの短い時間で、宝玄仙は最初の絶頂を果たした。

 

 

 *

 

 

 どれくらいの時間が経ったのか、宝玄仙にはもうわからなくなったいた。

 前と後ろで交互に性交を繰り返し、お互いに果て合った。

 すでに、外が白み始めているのはわかっている。

 だが、宝玄仙と大黒天の情事は、まだまだ続いていた。

 

 いまは、連続で宝玄仙だけが達している時間が、随分続いているような気がする。

 宝玄仙は、敷布に仰向けに寝ている大黒天の上に跨ったかたちで上下に反復運動を続けていた。

 

 そうさせられていた……。

 

 仰臥している大黒天の怒張は、しっかりと宝玄仙の女陰に結合している。

 宝玄仙は火のように熱くなっている身体を女性上位の体勢でうねり回らせながら、朦朧としている頭で大黒天の絶倫と戦っていた。

 

 この男の絶倫はどこまで続くのか……。

 宝玄仙は激しく動きながら思った。

 

 普通の男ならとうの昔に果てて終わっている。

 もう、十回近くは精を絞ったのではないだろうか。だが、精を出しても出しても、この大黒天の肉棒は驚くべき回復力で宝玄仙に襲いかかってくる。

 まるで無限の精力を持っているかのようだ。

 

 一方で宝玄仙は、この男の荒々しい性交にたじたじとなっていた。

 最初に持っていた主導権も、肛姦を混ぜられるようになって失った。

 後ろを責められれば、必ず数回は達してしまう。

 達する回数が多くなれば達しにくくなる男の身体とは異なり、女の身体は数を繰り返すと、全身が敏感になりすぎて、いき狂いの状態になる。

 いまの宝玄仙がそういう状態だ。

 こんな絶倫男のような無限の精力と体力は宝玄仙はない。

 体力が尽きるとともに、宝玄仙はこの男と性の対決をする力を失ってしまった。

 

「ま、また、いきそうだよ……。そ、そんなにしないで……あああっ──」

 

 宝玄仙は大黒天の上で運動を続けながらよがった。

 上下運動をしている宝玄仙の下で、大黒天は片手で宝玄仙の腰を掴んで支えながら、もう片方を尻の下に入れて、指を挿入しているのだ。

 怒張を咥えて上下運動をするたびに、ずしんずしんという衝撃が宝玄仙のお尻に加わってくる。

 宝玄仙はその指に翻弄されながら、全身の肉が溶けていくような快美感に陥っていた。

 

「どうぞ、とことん頂上を極めてください、宝玄仙殿……」

 

 大黒天が言った。

 宝玄仙が息も絶え絶えの荒い息の中で叫んでいるのに対して、すでに大黒天は冷静な口調に近い。

 

「うううっ……はああっ……」

 

 大黒天の言葉が終わらぬうちに、宝玄仙は黒髪を振り乱してがっくりと上体を倒れさせていた。

 

 達した……。

 その身体を大黒天が支えた。

 

 そして、がっしりと掴み、結合を保持したまま、くるりと身体を回転させられて、また宝玄仙を下にした。

 脚を抱えられて、今度は大黒天の身体が上下に動く。

 

「もう、いいかげんに満足しておくれよ……」

 

 宝玄仙は激しい律動をされながら声をあげた。

 そして、全身に走った快感に身体を震わせた。

 

 もう、一回一回の絶頂の間隔が短い……。

 大黒天を責めるどころか、意識を保つので限界だ。

 宝玄仙は身体をがくがくと震わせた。

 

「あああっ──」

 

 うなじを仰け反らせて宝玄仙は声をあげた。

 再び性の悦びに達した宝玄仙は、すっと自分の視界が薄くなっていくのを感じた。

 

「一緒に……もう、いっぱい、いっぱい……だよ。だ、だから、最後に一緒に──」

 

 宝玄仙は絶息の中で呻くように言った。

 すると、大黒天の身体もぶるりと震えた。

 子宮の入り口に、大黒天の強い精の迸りが当たるのを感じる……。

 

「わ、わたしの負けで……いい……」

 

 宝玄仙はそれだけを呟いて、大黒天の裸身をしがみついた。

 眼の前からすべての景色がすっと消滅していった。

 

 

 *

 

 

 眼を開くと、大黒天が添い寝をして宝玄仙の顔をじっと見ていた。

 宝玄仙は裸身のまま身体を横たえていたが、大黒天は薄地の寝着を身体にかけていた。

 

「も、もう、勘弁しておくれ……。降参だよ……。降参……」

 

 宝玄仙は身体を起こした。

 全身がだるい。節々が軽く痛む。

 道術で回復を図ることはできるが、そんなことをするのがもったいないような充実感と疲労感だ。

 

「俺も満足しました。性の奥深さを教えてもらった気がしますよ」

 

 大黒天も身体を起こしながら笑った。

 

「わたしは長く寝ていたかい?」

 

「いいえ……。大した時間じゃありませんよ」

 

「そうかい……」

 

 この部屋には、天井付近に明かり取りの窓があった。

 そこから、朝の陽射しが入ってきている。

 

「こりゃあ、大変だ。わたしも後詰めで行くことになってるんだ。朝までお前と遊んでいたなんて、沙那に知られたら叱られてしまうよ」

 

 予定している作戦のために、沙那たち主力の二百騎は、今日の朝には出るのだが、宝玄仙も数台の荷馬車隊ともに、遅れてそれを追うことになっている。

 宝玄仙が一緒にいく荷馬車隊は、収容所の襲撃そのものは参加しないが、脱走させた囚人には徒歩で移動できない者もいるかもしれない。

 それを乗せるためだ。

 もちろん、宝玄仙は必要があれば、道術で襲撃を支援するという役割もある。

 宝玄仙は部屋の隅に畳んである服を着るために立ちあがった。

 しかし、その手を大黒天が掴んだ。

 

「んっ?」

 

 宝玄仙は振り返った。

 

「犬のくせに、二本足で歩いては駄目でしょう、宝玄仙殿」

 

 大黒天がからかうような口調で言った。

 宝玄仙はそれで、性交の最中に軽口をきき、性の対決で負けた側が相手の犬になると約束をしたのを思い出した。

 

「ああ、そうだったね」

 

 宝玄仙は破顔して、その場で四つん這いになった。

 

「嘘ですよ。さあ、支度してください」

 

 大黒天が笑った。

 

「いや、約束は約束だ。犬になって、お前の周りを歩くよ。隣室に縄と革紐があるから持ってきてくれないかい? それで首輪を作ってわたしにしておくれ」

 

 隣室には一丈青を拘束するのに使った余りの縄と革紐がある。

 

「いいですよ、そんなに本格的じゃなくても」

 

 大黒天が笑った。

 

「いや、約束だからね」

 

 宝玄仙が言うと、大黒天が微笑みながら、隣室に向かっていった。

 

「ほ、宝玄仙殿、ちょっと、これは──」

 

 すると、隣室に向かった大黒天の血相を変えた声がした。

 そのただならぬ様子に、宝玄仙は急いで隣室に行った。

 そこには、切断された縄の残骸があった。

 部屋にいるはずの一丈青(いちじょうせい)の姿はどこにもない。

 

「ええええ──? し、しまったあああ──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 そして、逃亡した一丈青の居場所を探るために、霊気を振り絞った。

 

 

 *

 

 

「に、逃げた……?」

 

 沙那は眼を大きく開いて、唖然とした顔を宝玄仙に向けた。

 ここは、大黒山の砦の中にある練兵場だ。

 沙那は、そこで孫空女や朱雀とともに、先に出撃する二百騎の出陣点検をしていたようだ。

 宝玄仙は大黒天に案内をしてもらって、一丈青逃亡の事実を沙那たちに伝えにきたのだ。

 

 すでに準備の終わった騎兵は、これから道術移動をするので、そのために馬とともに待機をしている。

 宝玄仙と大黒天は、そこから少し離れた場所に沙那に連れていき、一丈青に逃げられたことを伝えていた。

 孫空女と朱雀も集まってきている。

 

「に、逃げたというのは、この砦にからいなくなったということですか? い、一丈青が?」

 

 沙那は怒るというよりは驚愕している。

 

「すまん、沙那殿──。俺のせいです。遊びにかまけていて、一丈青になんの見張りもつけないまま、放っておいてしまった。すぐに、捜索をさせたが外柵の一部に逃亡の痕も見つかりました。いま、痕跡を追わせてはいますが……」

 

 大黒天が頭をさげた。

 

「いえ、ご主人様のせいに決まってます……。いえ、違うわ。わたしのせいです……。ああ、失敗したわ。大事なことをご主人様に任せきりにするなんて……」

 

 沙那は悔しそうな表情になった。

 

「な、なんだい、その言い方は……? まるでわたしが役立たずのような物言いじゃないかい」

 

 宝玄仙はむっとして言った。

 

「だって、現に逃げてるじゃないですか? 一丈青は亜人収容所の襲撃計画があることを知ってるんですよ。このまま逃がしたら、それを国軍に知らされてしまいます。襲撃前に、国軍に先に収容所を固められたら、もう収容所は襲撃できなくなるんですよ」

 

「わかっているよ──。だから、謝っているじゃないかい──」

 

「い、いつ、謝ったんですか? 謝ってなんかいませんよ」

 

 沙那が声をあげた。

 

「やめなよ、沙那──。そんなこと言ってる場合じゃないよ。それよりも、このまま、一丈青に逃げおおせられたらどうするかだよ」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「そ、そうね……。でも、ご主人様、一丈青はご主人様によって道術を封じられているんですよねえ?」

 

「いや、確かにそうだけど、簡易的な魔方陣で霊気をとめていただけだしねえ……。毎日、道術をかけ直さないと道術は復活するねえ……。少なくとも、今日の夕には道術は戻るはずさ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「どうする、沙那殿? この策は奇襲が前提だ。もしも、情報が洩れたなら、作戦そのものが成立しないぞ」

 

 朱雀(しゅじゃく)だ。

 沙那は眉間に皺を寄せて、少し考えるような仕草になった。

 

「いや、奇襲をしようとしたのは、表立っては、この砦が関与していないというのを作為するための工作の意味もあったはずです。もう、それはいい。全力で急襲しましょう──。それならば、国軍の展開が早くても打ち破れます」

 

 大黒天が言った。

 

「よいのか、大黒天?」

 

 朱雀が大黒天に視線を向けた。

 

「朱雀、俺はやっと腹が括れました。この砦は亜人収容所の解放のために戦うことを決めます──。どうせ、どんなに工作をしても、時間が経てばわかること……。ならば、むしろ堂々と行動すれば、策のやりようは拡がります」

 

「ほう……。昨日と今日とでその腹の据え方の違いは、もしかしたら、わたしらが寝屋で奉仕したご褒美かい?」

 

 宝玄仙はからかった。

 

「そうかもしれませんね」

 

 大黒天が破顔した。

 すると、沙那が顔をあげた。

 

「そこまで頭領殿が決心していただければ、いくらでも策があります──。ならば、むしろ、このまま作戦を実行します。たとえ情報が洩れても、敵に対応のいとまがなければ、奇襲の効果は同じです──。ただし、計画を修正して、内部で工作を進めてから始める予定だった襲撃を今日このまま行います」

 

 沙那が一度言葉を切り、周りに視線を向ける。

 宝玄仙を含めて、全員が大きく頷いた。

 

「……大黒山の名を出せば、事前の工作がなくても、囚人たちが立ちあがってくれると思います──。襲撃隊は、わたしが直接指揮をしますので、三十人をわたしにつけてください、朱雀殿。そして、朱雀殿は、孫空女とともに準備している残余を率いて、手筈の位置に向かってください──。そして、残りの砦主力はできれば、助力の態勢を──」

 

 沙那は言った。

 

「心得ました」

 

 大黒天がしっかりと頷いた。



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622 外作業の男囚

 外作業はつらい。

 黄新(おうしん)は汗だくになりながら、懸命に斧を操っている。

 囚人となっている亜人の中でも睨まれている者が駆り出されることが多かった。

 外作業には、建材や薪を作るために木材を狩り出す仕事、外にある農地における耕作作業、あるいは、糞尿を捨てるための穴掘り及び糞尿の運搬作業などがある。

 どの作業においても、割り当てがあり、それをこなさないと罰が与えられる。

 罰は鞭打ちだ。

 罰は見せしめの目的もあるから、その鞭打ちは苛酷だ。死ぬことも多い。

 

 だが、この外作業については、作業そのものが罰のようなものだ。

 早朝から日暮れまで働いて休憩と食事はない。

 半日に一度、柄杓にいっぱいずつの水が与えられるだけだ。

 それだけで一日中重労働をするのだから、それで倒れる者も少なくない。

 

 作業で倒れることは死だ。

 動けなくなれば、その場で殺されて、農地にある肥料を集めている穴に身体をばらされて放り込まれる。

 その作業をするのも囚人の亜人だ。

 

 黄新は今日で五日連続で、外作業を指名されている。

 外作業の分担は、普通は半月に一度くらいで済むので、五日連続というのは懲罰の意味がある。

 実は収容所内での作業のとき、さぼって隠れているのを監視の兵に見つかってしまったのだ。

 それで連続の外作業を命じられている。

 

 今日の作業は樹木の切り出しだ。

 午前中の作業で材を倒し、午後の作業で枝を払って解体してから収容所に運搬する。

 運搬するのは荷駄車だ。

 荷馬車の後ろの部分だけということだ。

 馬の代わりに囚人が押していくのだ。

 

 この日の作業には、五十人ほどの囚人が参加していた。

 全員が足に鎖のついた足枷をさせられいる。

 収容所への行き帰りは手枷が嵌められるが、作業場に到着すると足枷に変えられる。

 拡がって作業をしているところどころに、監視の兵が立っていた。武器となるものを使う作業なので、今日の監視は多い。

 囚人と同じくらいの人数の監視の兵がいる。

 いつもは見ることのない女囚側の女兵もちらほらと見える。

 

「集合──」

 

 笛のようなものが鳴り響き、あちこちにいる監視兵から、集まれという声がかかった。

 陽が中天に差し掛かっている。

 おそらく、午前中の作業が終わったのだろう。

 これから一杯の水が与えられて、すぐに午後の作業に入る。

 黄新も足の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、定められている場所に向かった。

 

 材の切り出し用の斧が回収されて、五十人の囚人が整列させられた。

 武器を持っている監視の兵もその周りに集まっている。

 全体の作業の長となる将校が囚人たちの前に立つ。

 今日の作業監督の将校は中年の女だった。

 おそらく、普段は女囚の監視をしているのだろう。

 収容所の中の作業を内作業と呼ぶが、内作業で女の監視兵や将校を見ることはない。

 ひとりの兵がその女将校に報告用紙を渡した。女将校はそれをしばらく眺めて、顔を囚人たちに向けた。

 

「お前、前に出なさい──」

 

 整列している囚人の中から指名されたのは、痩せた新入りの囚人だ。

 黄新は、その新入りの顔は知っているが名は知らない。

 その囚人が怯えた表情で全体の前に出た。

 

「割り当ての半分もこなしてないわね──。懲罰を与えるわ。服を脱ぎなさい──」

 

 女将校が言った。

 兵が寄ってきて、その新入りの囚人の足枷を外す。

 新入りの身体が恐怖で震え出すのがわかった。

 

「ま、待ってください──。お、斧の柄が作業の途中で折れたんです……。それで柄になるものを枝で作って代用して……。その作業をしていたので、それで割り当てができなかったんです……」

 

 前に出された囚人がおずおずと言った。

 

「聞こえないの──? 服を全部脱ぎなさいと言っているでしょう──。そして、そこの柱の前に立つのよ──」

 

 女将校が金切り声で叫んだ。

 柱というのは、いまいる集合場所に前に建てられている三本の直柱だ。

 それがどういう目的のものであるかは全囚人が知っている。

 新入りの囚人が泣きそうな顔で、身に着けていた囚人服を脱ぎ出す。

 

 服を脱がすのは、鞭打ちで囚人服が破けたりするからだ。

 囚人の代わりはいくらでもいるが、服はただではない。

 それがこの連中の言い分なのだ。

 新入りは上下の囚人服を脱いだ。

 身に着けているのは麻の下着一枚と靴だ。

 

「おや、その下着はまだ新品なのかしら? まだ使えそうね。それも脱ぎなさい」

 

 女将校がにやにやと笑いながら言った。

 

「へっ?」

 

 新入りがきょとんとした表情を見せた。

 すると、つかつかと女将校が新入りに近づいた。

 女将校は指揮棒代わりに乗馬鞭を持っていたが、それでいきなり、囚人の顔を打ちつけた。

 

「ひぎいいっ──」

 

 新入りの顔から血が吹き出し、その場に倒れる。

 

「立たせなさい──」

 

 女将校が言い、横にいた兵が新入りの髪を掴んで強引に立たせる。

 新入りの顔は頬と鼻が切れて、そこから血が流れていた。

 打たれた場所が真っ赤に腫れている。

 

「その下着は回収よ。懲罰が終わって、まだ生きていれば返すわ」

 

 女将校が冷酷に言った。

 新入りは涙を流しながら、下着を脱いで足首から抜いた。

 横から兵がそれをひったくるように奪う。

 

「棒の位置に連れていって縛って──。すぐに命令に従わなかった分も含めて数は百よ」

 

 鞭打ち百発……。

 黄新はそれを耳にして、おそらく、この新入りは死ぬだろうと思った。

 どう見ても百発の鞭打ちに耐えられるような身体ではない。

 横にいた兵に加えて、もうひとりの兵もやってきて、泣き声をあげる新入りを直柱の前に連れて行く。

 裸の兵を直柱を抱くように、ふたりの兵が押しつけた。

 

「待ちなさい。逆がいいわね。泣き叫ぶ顔を見ていたいわ」

 

 女将校が言った。

 ふたりの兵は新入りの囚人の身体をひっくり返して、柱を背にするようにして、囚人の足首と手首を柱に縛る。

 最後に首を柱に縄で結んだ。

 これで倒れることができなくなる。

 

「まあ、そんなに怖がっちゃって、可愛いわねえ──。それとも、それがあんたの普通の大きさ?」

 

 女将校が柱に縛られている新入りの前にやってきて、乗馬鞭の先で新入りの性器を軽く突いて笑った。

 新入りのすすり泣きが大きくなった。

 

 いきなりだった。

 

 ひゅんという音が鳴ったと思った。

 柱の横にいた兵がうめき声をあげて倒れた。

 その首に矢が刺さっている。

 

「なに?」

 

 女将校が呆気にとられている。

 

 また、音──。

 今度は別の場所にいた兵が倒れた。

 

「て、敵襲よ──」

 

 女将校が悲鳴をあげた。

 騒然となった。

 

「動くと殺すわ──兵は武器を捨てなさい──。三つ数えるうちに、まだ武器を持っている者は全身死ぬと思いなさい──。ひとつ──」

 

 遠くから女の声がした。

 誰の声なのかわからないが、近くの草の中からだと思う。

 黄新は見回したが、その女の姿は見えない。

 

「全周防御配備──」

 

 女将校が叫んだ。

 その肩に矢が刺さった。

 女将校が悲鳴をあげて倒れた。

 

 女将校だけではなく、その命令で咄嗟に動いた兵もまた、矢で射られて倒れた。

 矢は女の声がした場所とは、別の方向だった。

 何者かに包囲されている。

 黄新はほかの囚人たちと同様に、それを呆然と認識した。

 

「ふたつ──」

 

 さっきの見知らぬ女の声が響く。

 思ったよりも近い場所にいるのがわかった。

 だが、この場所を中心に背丈の半分ほどの草が取り巻いているので、姿を見ることはできない。

 しかし、何者かの集団がその草の中に隠れて包囲をしている……。

 兵たちの一部が武器を捨てた。

 すると、争うようにほかの兵たちも捨てだした。

 

「三つ──。武器を持っている者の全員を射殺──」

 

 女の声がした。

 まだ、武器を捨てていないのが十数人いた。

 その半分に一斉に矢が飛ぶ。

 悲鳴をあげて次々に監視兵たちが倒れていく。

 まだ武器を捨てていなかった残りの兵たちも、全員が武器を捨てて、その場に伏せてしまった。

 

 周りの草が動いた。

 三十人ほどの男たちが一斉に草の中から立ちあがった。

 全員が腰に剣を佩き、短い弓矢を構えていた。

 

「な、なに、お前たちは──?」

 

 肩を射られて倒れていた女将校が叫んだ。

 

大黒山(だいこくさん)よ」

 

 男の中に美貌の女がひとりいた。

 剣をすでに抜いている。

 さっき声を出していたのは、その女のようだ。

 

「だ、大黒山?」

 

 女将校が目を丸くした。

 

「あんたがこの現場の指揮官?」

 

 その女が女将校に近づいて言った。

 

「そ、そうよ──。大黒山って、あ、あの賊徒の……?」

 

 女将校が叫んだが、その美貌の女の持っていた剣が女将校の首に伸びた。

 威張っていた女将校は凍りついたように黙り込む。

 

 大黒山の賊徒?

 噂には聞いたことがある。

 ここからそう離れていないところに、亜人の里を作って虐げられている亜人を集めて、国軍と戦っているという話だった。

 しかし、大人しい賊徒団と言われていたし、それがどこかを襲撃したという話は聞いたことはない……。

 その賊徒がここに──?

 

「あんた、服を脱ぎなさい。その服はわたしがもらうわ」

 

 女が女将校に剣を向けたまま言った。女将校は顔色を変えた。

 その美貌の女は、すぐに視線をほかの賊徒の男たちに向ける。

 

「……まだ生きている兵たちを一箇所に集めてください。全員の武装解除と、それから軍装を脱がせてから、まずは、それに着替えて──。それと囚人たちの足枷を外させてください。生きている兵については、その枷でその辺の樹木にでも拘束してください。逆らう者がいれば、生かしておく必要はないわ。容赦なく殺して──」

 

 女が女将校に剣を突きつけながら、ほかの賊徒に指示をした。

 賊徒の男たちが女の指示に従って、兵たちを集めて服を脱がせだす。

 また、指名をされた兵が鍵束を持ってこさされて、囚人たちの足枷を外しだした。

 

「あなたたちは、この瞬間に大黒山の兵よ。亜人収容所から囚人を救い出すために一緒に戦ってもらうわ──。協力するわね──?」

 

 女が言った。

 やっと事態が飲み込めてきた。

 大黒山の亜人の仲間が、収容所から亜人の囚人を解放するために襲撃をしようとしているのだ。

 心の底からなにかが漲ってくるのを感じた。

 

「うおおおお──」

 

 黄新は込みあがるもののままに叫んでいた。

 ほかの囚人たちも一斉に雄叫びをあげていた。

 

「……あれっ? あんた、まだ服を着てたの? 脱ぎなさいって言ったでしょう……。まあいいか……。ちょっと、血がつくのが嫌だけど……」

 

 歓声の中で、あの女が女将校にそう言っているのが黄新の耳に入った。

 そして、女が剣で女将校の喉を無造作に切り裂いた。



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623 亜人牧場への襲撃

「賊徒だと──?」

 

 報告を受けた愛甲(あいこう)は立ちあがっていた。

 

「数名の囚人がたったいま先に逃げ帰って、そうありました。物見には外作業の囚人と兵がこちらに逃げてくるのも見えます──」

 

 兵が叫んだ。

 愛甲はとにかく、状況を掴むために物見台に駆けた。

 収容所の庭では多くの囚人が作業を実施している。

 愛甲は、報告をしてきた兵とともに、そのあいだを駆け抜けて、城壁にある物見台に向かった。

 

 階段を駆けあがった。

 物見台に到着する。

 確かに、数十人の囚人と兵がひと塊りになって逃げてくるのが見える。

 ずっと後方に騎馬らしき土煙も見えた。

 

「開門しろ。とにかく、逃亡してくる兵と囚人を中に入れるのだ──。そして、すぐに閉門だ──」

 

 愛甲は指示を発した。

 閉じていた収容所の城門が開かれる。

 やがて、雄叫びのようなものをあげながら、兵と囚人の集団が駆け抜けていった。

 

「閉門しろ──」

 

 愛甲は物見台から、すぐに命令を発した。

 伝令が走る。

 

 だが、様子がおかしい……。

 門を通過したばかりの逃げてきた兵がいきなり、城門にいた守備兵に斬りかかったのだ。

 あっという間に城門は、外からやってきた兵に制圧されている。

 

 また、雪崩込んだ囚人たちも、なにかを叫びながら暴れ出している。

 愛甲はその囚人たちまで、武器のようなものを持っていることに気がついた。

 外から逃げてきた囚人と兵が一団となって、口々になにかを叫びながら、まだ呆然としている守備兵に斬りかかったり、打ちかかったりいる。

 

「な、なんだ、あれは?」

 

 愛甲は叫んだ。

 制圧された城門に黒旗が掲げられたのだ。

 黒旗といえば、愛甲が思い出すのは、この近傍にある大黒山(だいこくさん)の賊徒だ。

 ただし、大人しい連中であり、この十年一度も外の襲撃などしなかったはずだが……。

 

「大黒山だ──」

 

「大黒山の賊徒──」

 

「亜人族の襲撃だ──」

 

 下の暴徒が口々に叫んでいるのが聞こえる。

 大黒山の賊徒が襲撃?

 愛甲は呆然としてしまった。

 

 営庭で外作業をしていた囚人たちも騒然としはじめた。

 だんだんと、外からの囚人たちに同調して暴れ出している。

 監督の兵が次々に襲われだす。

 兵たちは囚人を静かにさせる『禁錮具』という霊具を持っているが、それはひとりずつしか激痛を与えられない。

 ひとりをそれで押さえているうちに、その兵はほかの囚人に寄ってたかって殴られて倒されている。

 

 はっとした。

 やっと事態が飲み込めてきたのだ。

 眼を最初に見えた遠くの土煙があった方向に向けた。

 すでに土煙などない。

 

 やっぱり、賊徒が追いかけてくるなどということは嘘だ。

 さっき囚人とともに通過した兵こそが、賊徒だったに違いない。

 愛甲は蒼くなった。

 収容所を守る監視兵の数は、囚人数に比して少なすぎる……。

 囚人たちが一度暴れだしたら、抑えられない。

 

「ぼ、暴動だ──。信号だ──。信号を出せ──。国都に報告せよ──」

 

 愛甲は叫んだ。

 収容所では緊急事態を全域に知らせる合図である信号が決められている。

 それで全収容所に緊急事態態勢が伝わるとともに、道術通信で国都にも異常が報告される手筈になっている。

 国都そのものは二日ほどの距離があるが、郊外に駐屯している一部の数千の部隊がある。

 それが数刻以内には、駆けつけて来てくれるはずだ。

 

 物見台からは、すでに収容所全部に囚人の暴動が拡がっているのがわかる。

 眼下の囚人たちは、とにかくそばにあるものを武器にして、兵たちを襲っている。

 兵たちが倒れれば、兵が持っていた武器を奪って、それでほかの兵を襲う。

 

 やがて、囚人の暴徒が城壁を監視している詰所なども襲い出した。

 こっちの物見台にもやってくる。

 とにかく、囚人の数は多いのだ。

 

 限られた監視の兵だけでは、一度火のついた兵の暴動は治められない。

 ほかの物見台からも監視の兵が引きずり倒されている。

 あるいは、そのまま城壁の外に投げ捨てられたりもしている。

 制圧された場所には、次々に大黒山の黒旗が掲げられている。

 この物見台にも暴徒の囚人たちがやってきた。

 

「うわっ」

 

「ひいいっ──」

 

 愛甲の眼の前で、監視台にいる兵が囚人の持っている丸太棒で殴られて倒れた。

 その棒が愛甲の頭にも振り落ちてきた……。

 

「た、助けてくれえええ──」

 

 その愛甲の叫びが、最後の知覚になった。

 

 

 *

 

 

「これで、あなたたちが逃亡を図ろとしたのは三度目になるかしら? しかも、懲罰部屋は朱姫は五回目よね」

 

 華耶(かや)が呆れた声で言った。

 朱姫は、摩耶(まや)とともに、その言葉を憮然とした気持ちで聞いていた。

 周りは『禁錮具』を構えた監督囚に囲まれていて、朱姫と摩耶はそれぞれに柱を背にして手足を柱の後ろに回されて、手首と足首に短い鎖が繋がれた枷をされている。

 乳房を隠している短衣はそのままだが、股間を覆う短い下袍は取りあげられて、足元だ。

 ふたりで縄を編んでいたのをまたまた摩耶に見つかってしまい、そのまま、ここに連行されたのだ。

 

「ね、ねえ、華耶……。見逃してよ……。わたしたちは同じ囚人なのよ。どうして、こんな酷いことができるの?」

 

 摩耶が悲しそうな声をあげた。

 

「いつもいつも言っているじゃないの──。規則を守らないと、殺されるのはあんたたちなのよ。そんなことにならないように、わたしは、心を鬼にして、あんたたちに懲罰を与えているの──。とにかく、身体を傷つける罰は、この前、禁止されて、楊姫(ようき)様に叱られたから、これを股間にしてもらうわ──。明日の朝までよ」

 

 華耶は二本の黒い捩じり縄を取り出した。

 

「な、なによ、それ?」

 

 摩耶が訊ねた。

 しかし、朱姫はそれがどういうものかがわかった。

 宝玄仙にさんざんにやらされたこともあるのだ。

 朱姫自身もそれを沙那に使って遊んだこともある……。

 

 あれは「ずいき縄」と呼ばれるものだ。

 それを水に浸すと、時間が経てば強烈な痒み汁が滲み出る。

 

「あらっ? 朱姫はこれを知っているのね。これはずいき縄よ。これをあんたたちの股間に喰い込ませてあげるわ。そして、明日の朝まで放置よ──。今度こそ、懲罰の恐ろしさを身体に浸み込まさせてもらうわ」

 

 華耶は得意気な表情で手に持った縄を振った。

 しかも、そのずいき縄の中ほどに縄瘤も作ってある。

 

「さあ、これを急所に含ませましょう」

 

 華耶が言うと、華耶とともに、もうひとりの監督囚が、朱姫と華耶のそれぞれの前に縄を持って立ちはだかった。

 

「覚悟はいい、朱姫? あんたには、特別に瘤の部分にとろろ汁を塗ってあげるわ。わざわざ、あなたのために厨房から持ってきたのよ」

 

 華耶が冷酷そうに笑った。

 

「す、好きにすればいいじゃないの──」

 

 朱姫は強気の声で返したが、自分の顔が引きつるのがわかった。

 華耶はわざとらしく、持ってきた鉢に入れてあるとろろ汁に縄を浸けた。

 

「ただでさえ、怖ろしい痒みに襲われるずいき縄よ。それにとろろ汁まで塗っておけば、鬼に金棒ね──。今度こそ、あんたも観念すると思うわ」

 

「じょ、冗談でしょう──」

 

 朱姫は声をあげた。

 しかし、華耶はそれを冷笑で返すと、朱姫の腰の括れに縄をひと巻きして、後ろ側から前に縄がくるように朱姫の股間にぐいと喰い込ませた。

 

「あっ──」

 

 朱姫は敏感な場所に縄瘤が当たるのを知覚して、思わず声をあげた。

 

「その感じじゃあ、ちゃんと縄瘤が当たっているようね。じゃあ、括りつけるわね」

 

 華耶が前側で縄を引き絞ってから、先に腰に巻いていた縄に股間を通した縄を結びつける。

 

「終わったわ──」

 

 摩耶の股間に作業をしていた監督囚が華耶に声をかけた。

 

「こっちも終わりました──」

 

 華耶が朱姫の前から立ちあがって、わざとらしく縄をぐいぐいと動かした。

 

「はううっ」

 

 縄瘤で股間を抉られて朱姫は甲高い声をあげてしまった。

 

「生意気なさすがのお前も、これでどうしようもないわね。じゃあ、明日の朝までしっかりと反省しなさい──。間もなく、その股間を締めあげているずいき縄が効き目を発揮すると思うわ。その痒みをじっくりと朝まで味わいながら、決まりを破って縄を編もうとしたことを反省しなさい」

 

 華耶が言った。

 朝までというが、まだ昼間だ。つまりは、ほぼ一日、このずいき縄を食い込まされたまま、ほったらかしにされるということだ……。

 さすがに、朱姫もその苦痛を想像して、背筋が寒くなる。

 そして、三人の監督囚が懲罰部屋を出て行った。

 朱姫と摩耶は、誰もいなくなった部屋に拘束されたまま取り残された。

 

「しゅ、朱姫さん……」

 

 摩耶の心細そうな声がする。

 

「き、希望を捨てては駄目……。い、いつか助かる……。ぜ、絶対に……」

 

 朱姫は言った。

 そうやって、しばらく時間が過ぎた。

 だんだんと華耶の息が荒くなり、つらそうな声も聞こえてくる。

 朱姫の股間も熱い刃のような鋭さで痒みが襲いかかってきていた。

 腰から背骨にかけて、痛みのような痒みが込みあがる。

 

「ああ、か、痒い──。しゅ、朱姫さん……。こ、こんなの酷い……」

 

「が、頑張ろう──。こ、こんな嫌がらせに負けては駄目よ」

 

 朱姫は歯を喰いしばりながら言った。

 すると、扉が開き、華耶が部屋に入ってきた。

 

「そろそろ、効き目が出たころだと思って、様子を見にやってきたのよ」

 

 華耶が朱姫と摩耶の前に歩み寄ってくる。

 

「あ、ああ……あ、あたしたちが悪かったわ……。もう、あんなことをしないから許して……。い、いえ、許してください──」

 

 朱姫は叫んだ。

 謝るだけ、ただだ。

 これで許されるなら、とりあえず解放してもらおう……。そして、今度こそ、見つからないように脱獄の準備をするのだ。

 

「その手には乗らないわよ、朱姫──。お前だけは許さないわ。絶対に朝までそのままよ──」

 

 華耶が手を腰に当てて嘲笑した。

 そのとき、どこからか大きな喧騒のようなものが聞こえ出した。

 

「……なにかしら……?」

 

 華耶も首を傾げた。

 物音はだんだんと大きくなる。

 やがて、人の悲鳴のようなものも混じりだした。

 

「暴動よ──」

 

「男囚側で暴動──」

 

 部屋の外で口々にそういうのが聞こえた。

 

「ぼ、暴動? どういうこと?」

 

 華耶も驚いている。

 しばらくすると外の騒ぎがいよいよ大きくなった。

 

「暴徒がここまで──。急いで、囚人たちを房の中に──」

 

 女兵らしき悲鳴も聞こえた。

 そして、懲罰部屋の入り口から、ふたりの血だらけの女兵が倒れ込んできた。

 

「きゃああああ──」

 

「ひいいい──」

 

 まず、華耶が悲鳴をあげて、その場に座り込んだ。

 続いて、柱に拘束されている摩耶も血を見て叫んだ。

 しかし、朱姫はその女兵に続いて入ってきた人物を見て、悦びの声をあげた。

 

「さ、沙那姉さん──」

 

 女将校の軍装を身につけた紛れもない沙那がそこにいた。

 

「あらっ、朱姫? こんなところにいたの? 久しぶりね。迎えにきたわよ」

 

 血の滴る剣を持った沙那が白い歯を朱姫に向けた。



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624 亜人収容所の崩壊

「朱姫、こんなところにいたの? 久しぶりね。迎えにきたわよ」

 

 沙那は朱姫に微笑みかけた。

 

「沙那姉さん──」

 

 柱に拘束された朱姫が破顔して声をあげた。その眼からぼろぼろと涙がこぼれた。

 沙那はほっとした。

 男囚側で起こした暴動を女囚側に拡げながらやってきたのだが、朱姫を見つけるのは案外に難しかった。

 

 まず、暴徒となった男囚の先頭に立って、女囚側の地域にやってきた沙那が見たのは、営庭をはじめとするさまざなな施設で作業をしている女囚たちの姿だった。

 女囚たちは、腰と胸を覆うだけの短い服を身に着けていて、全員が腹に番号が書いてあった。

 それを同じ色だがきちんとした服をきた女たちが、その作業を監督しているのだ。

 

 明らかに女兵だとわかる者の数は少なかった。

 ほとんどの者が呆然として、事態の把握ができないようだった。

 しかし、沙那が建物に火をつけるように命じて、炎が拡がり始めると、あちこちが騒然となった。

 最初に逃亡し始めたのは、数の少ない女兵たちだった。

 建物の外で作業をしていた女囚を監督していた女兵は、男囚側の壁が崩されて暴徒となった男囚が武器を持って、こちらにやってくるのを目の当たりにすると、一目散に逃亡していった。

 

 沙那は、取り残されたかたちとなった女囚たちに、北に向かって逃げろと叫びまわった。

 北には、大黒山からやってきている一部の賊徒が、逃亡してきた亜人の囚人を逃げ延びさせるために集まっている。

 そこまで辿りつければ、あとは彼らが、囚人たちを安全な砦まで連れて行ってくれるはずだ。

 

 やっと女囚たちも収容所から逃亡をしはじめたが、それを阻止しようとしたのは、女囚たちの作業を監督していたと思われる女たちだ。

 彼女たちは、数字の刻まれている腹を剝き出しにした半裸に近い服装をしている作業囚に比べれば、腹を露わにしていないまともな服装であるものの、衣類の生地や色は作業囚と同じだった。

 沙那は、彼女たちは、監督をするのが役割であるももの、おそらく同じ女囚だろうと、すぐに思った。

 しかし、その監督役の女たちは、逃亡をする女囚たちを引き留め始めた。

 そのため、沙那は、その女たちが囚人なのか、それとも兵なのかわからず、その扱いに迷ってしまった。

 

 だが、そのうちに、作業囚の一部が監督をしていた女たちを襲いはじめたのだ。

 作業囚たちの集団に、彼女たちはひとりひとり捕まえられて、髪を引き抜かれ、服をびりびりに破かれたり、爪で引っ掛かかれ、あるいは棒で殴られていた。

 そのときの作業囚たちの叫び声で、やはり、彼女たちは監督囚という役割の女囚だとわかった。

 同時に、あの監督囚たちは、女兵以上に作業囚たちの怨嗟の対象であるということも知った。

 監督囚は、作業囚を厳しく管理して、作業をやらせるのが役割であり、普段から作業囚たちの目の仇にされていたようだ。

 とにかく、沙那はこちらでも暴れはじめた女囚たちの好きなようにさせた。

 

 そのうちに、あちこちの建物に火がつき、女囚たちも、我先に収容所の外に逃亡していった。

 しかし、その集団の中に朱姫はいなかった。

 沙那は、女囚たちが管理されていた長屋群を虱潰しに見ていったのだが、どこにも朱姫の姿はなく、途方に暮れかけた。

 そのうちに、女囚の一部は、外の長屋ではなくこの収容所を管理する役人や女兵のいる建物側にもいることを教えられた。

 それでもしやと思い、兵にやつしている大黒山の賊徒の一部を連れて、こっちにやってきたのだ。

 

 こちらの建物にも、すでに収容所全体の異変は伝わっていて、ほとんどの女兵や役人は逃亡を図っていた。

 沙那は、まだ逃亡をしていなかった女兵を適当に捕らえ、この建物側にいる女囚の居場所を訊きだして、その場所にやってきた。

 そして、そこで、たまたま出くわした女兵ふたりが沙那に斬りかかってきたので剣で倒したのだ。

 すると、その女兵が転がり倒れた部屋に朱姫がいた。

 

 柱に拘束されて、下半身を剝き出しにされて、股間に縄が食い込んでいるところを見ると、なにかの懲罰でもうけていたのかもしれない。

 沙那は、まず、さっき斬った女兵を見た。

 女兵ふたりは血を流して床に転がっているが、もう瀕死の状態であり、苦しそうに呻いていた。

 沙那はふたりに近づいて、とどめを刺してやった。

 女兵が動かなくなる。

 

「ひいいっ」

 

 腰が抜けたようになっている監督囚の若い女が悲鳴をあげた。

 

「あんた監督囚ね? 朱姫たちの拘束を解きなさい」

 

 沙那は剣をその監督囚に向けた。

 

「ひやっ、な、なんで──? こ、こんなことはだめよ──。い、いけないことなのよ──」

 

 監督囚が騒ぎ出した。

 沙那は嘆息した。

 外で作業囚を監督していた監督囚もそうだった。

 なぜか、彼女たちは女兵でもないくせに、沙那たち襲撃者に対して敵対する行動をとろうとするのだ。

 あるいは、逃亡を図ろうとする女兵を阻止しようとする。

 そのために、逃亡をしようとする作業囚たちに、逆に殺されたりした。

 沙那には、監督囚とはいえ女囚なのに、女兵でさえも一目散に逃亡した収容所から、逃げるどころか、ほかの女囚の逃亡を邪魔しようとするのかが理解できない。

 

「わかった。じゃあ、死ねば……」

 

 沙那は殺すつもりで剣を振りあげた。

 腰に鍵束がある。それが鍵であることは間違いない。

 

「いやああ──こ、殺さないで──。こ、このばか華耶(かや)──。あんた、なに考えているのよ──」

 

 その瞬間、朱姫と同じように柱に拘束されている娘が絶叫した。

 

「さ、沙那姉さん、その華耶は摩耶(まや)の姉妹なんです──」

 

 朱姫も慌てたように口を挟んだ。

 沙那は、それで初めて、監督囚の娘と朱姫と同じように拘束されている娘が同じ顔をしていることに気がついた。

 

「あっ、そう……」

 

 沙那はそのまま剣を振りおろした。

 

「きゃあああ──」

「ひゃああ──」

 

 監督囚の娘とその姉妹という女囚が同時に悲鳴をあげた。

 しかし、沙那の剣は監督囚の娘の腰帯を切断しただけだ。

 そこに鍵束があったのだ。

 

「ひっ、ひっ、ひっ……」

 

 監督囚の娘が引きつり、全身が恐怖で硬直したようになった。

 沙那は、床に落ちた鍵束を無造作に拾って、朱姫と隣の娘の拘束を解いた。

 

「か、か、痒い──」

 

 朱姫ともうひとりの娘は、悲鳴をあげながら、股間に喰い込んでいた股縄を自ら引き千切るように抜いた。

 ふたりが、まず最初にやったのは、その場にうずくまって股間を掻きむしることだった。

 

「こ、この……、同じ目に遭わせてやるわよ──。こいつ──。その下袍脱ぐのよ──」

 

 朱姫が監督囚の娘に飛びかかった。

 しかし、沙那はそれをとめた。

 

「ま、待ちなさい、朱姫──。そんなことをしている暇はないわよ──。もう少しすれば、国軍がここにやってくるわ。すでに、ここの収容所からは道術通信で異変が知らされているの──。逃げるわよ──」

 

 沙那は言った。

 朱姫は我に返ったようになった。

 

「そ、そうだ、沙那姉さん。ここには、ほかにも妊娠させられている女囚や、さらに奥には性奴隷として調教を受けているような女囚もいるんです」

 

 朱姫は足元に捨てられたようになっていた短い下袍をとりあえず身につけながら言った。

 

「いいわ。可能な限り連れていくわ──。案内して、朱姫──。あんたらも手伝うのよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「はい」

 

 すぐに返事をしたのは、朱姫と一緒に柱に拘束されていた女囚の方だ。

 もうひとりの監督囚はまだ呆然としている。

 

「このいい加減に目を覚ましなさい──」

 

 ものすごい音がした。

 監督囚の方の娘をもうひとりの娘が頬を引っぱたいたのだ。

 

「ひいいっ」

 

 監督囚だった娘が床にひっくり返るほどの平手打ちだ。

 

「これ以上、面倒をかけるなら、わたしがあんたを殺すわよ──。ほかの女囚たちを助けるのよ──。早く来るのよ、華耶──」

 

 その娘は監督囚の娘の襟首を掴んで、引き摺り起こした。

 

「う、うん……」

 

 監督囚の娘も、やっと憑きものが落ちたような表情になって頷く。

 そして、ふたりが部屋から出て行った。

 

「さ、沙那姉さん、こっちです──」

 

 朱姫が声をかけた。

 沙那は朱姫とともに走り出した。

 

「ところで、あんた、繁殖囚なの?」

 

 沙那は廊下を駆けながら、朱姫の腹に刻まれている文字を読んで笑った。

 

「ほ、放っておいてください──。いまは、それについて触れられたくありません」

 

 朱姫が不機嫌に答えた。

 

 

 *

 

 

「来たね……」

 

 孫空女が朱姫の横で呟いた。

 ほかの二百五十の騎馬は丘の稜線の後方に完全に隠れさせているが、朱雀(しゅじゃく)と孫空女だけは、稜線に近い岩の陰に隠れて、眼下の街道沿いに近づいてくる国軍の騎兵の土煙を見守っていた。

 手筈通りであれば、いま頃は、沙那が率いる襲撃隊が、収容所に囚われていた亜人たちを解放して、脱走囚の集団を北にある大黒山の砦に向かわせているはずだ。

 それを途中で回収するための軍も出ている。

 

 最初の予定では、囚人たちには自力で大黒山に向かわせる予定だったが、今朝になって大黒天がこの収容所からの囚人の解放は、大黒山の賊徒団をあげた仕事にすると決心したので、その収容のために、賊徒団の主力が出迎えと誘導に出動することになったのだ。

 

 だから、おそらく、眼下に見えるあの騎馬隊さえ蹴散らしてしまえば、あとはもう追いついてはこれないだろう。

 追いついてきたとしても、すぐに駆けつけられる勢力程度では、大黒山の主力を前にしては、追撃は断念するしかないはずだ。

 国都そのものにいる国軍の主力は、徒歩で二日の距離がある。

 収容所の襲撃に駆けつけられるのは、国都の外にある訓練場に常時駐屯している数千の隊だけのはずだ。

 

 そして、やはり、その訓練場にいたその隊が出動をした。

 国軍のその隊が動いたというのは、訓練場の軍営の近くに潜ませた者たちから報告があった。

 また、その訓練場から亜人収容所に向かう街道の要所に埋伏している物見からも、逐次に報告が入っていた。

 約五百の騎兵が先行し、一千の歩兵が続行しているようだ。

 とにかく、その騎兵の脚をとめてしまえばいい。

 それが朱雀たちに与えられている役割だ。

 

「あたしが先頭を行くよ……。朱雀たちは、あたしが抜けたところを突っ込んできてよ」

 

 孫空女がなんでもないことのように言って、ひとりだけで稜線の上に向かおうとする。

 

「ま、待て──。女のお前が? お前が抜けたところというのはどういうことだ。敵は五百だぞ──。ひとりで突っ込むのか?」

 

「まあ、見ててよ」

 

 孫空女は馬の乗ったまま振り向いて白い歯を向けると、そのまま悠々と稜線をあがっていく。

 朱雀は舌打ちした。

 ひとりで先頭を一騎駆けするなど無謀としかいいようがない。

 いくらなんでも死ににいくようなものだ。

 

 まあいい……。

 好きなようにやらせるようと思った。

 態勢は稜線の上からなら逆落としだ。

 ここに集めた騎兵たちなら十分に敵を突っ切れると思う。

 それは、孫空女がいても、いなくても同じだ。

 

 朱雀は斜面の下に待機している部下たちに合図を送った。

 部下の騎馬がこちら側の斜面で展開する。

 土煙はかなり近くなっている。

 

 朱雀は剣をあげた。

 横列に展開しているこちらの騎兵がゆっくりと稜線の頂上に進む。

 前を見ると、先の頂上には孫空女の騎馬が一騎だけ立っている。

 やがて、国軍の騎兵が真下に差し掛かった。

 頂上にいた孫空女の姿が稜線の向こうに消えた。

 

「いけえええ──」

 

 朱雀はもう一度剣をかざして、前に振った。

 

「おいおおお──」

 

「おりゃあああ──」

 

「うおおお──」

 

 馬の肚を蹴った。

 駆ける。

 

 稜線を越えた。

 敵の騎兵が丘陵の真下だ。

 国軍の騎兵は異変に気がついて、移動の態勢から迎撃態勢に陣形を展開をしようとしている。

 

 朱雀は部下とともに、眼下に向かって横隊の中央を駆けた。

 ひとりだけ先駆けしている孫空女は、もうすぐ接触する。

 孫空女の騎馬は飛ぶように駆けている。

 

 ぶつかった。

 朱雀は眼を疑った。

 

 敵の先頭の騎馬が、瞬時に孫空女の金色の棒で打ち落とされたのだ。

 孫空女はそのまま駆け抜けていく。

 彼女の進むところに、大きな間隙ができている。

 

「あそこに突っ込め──」

 

 朱雀は咄嗟に叫んだ。

 横列だったこちらの騎馬隊が駆けおりながら、縦に態勢を変えていった。

 朱雀は先頭になって敵の騎馬の先頭を駆け抜けた。

 孫空女はたったひとりで、敵の騎馬を最後尾まで突き崩している。

 

 朱雀も敵を突破した。ほとんど抵抗などない。

 孫空女がひとりで崩した間隙を剣を振り回しながら走り抜けただけだ。

 

 孫空女はそのまま敵の騎馬の後方で右に駆けた。大きく回り込んでいく。

 集団で孫空女を追う。

 

 孫空女が今度は横から突っ切った。

 朱雀以下の騎馬隊も孫空女の後ろから突進して、敵の騎兵の塊りに突っ込む。

 

 前を遮る敵などほとんどいない。

 ただ、孫空女が通り抜けたために、誰もいなくなった場所を全騎で駆け去るだけだ。

 敵を蹴散らしながら、孫空女の後ろを追いかける。

 孫空女がたった一騎でどんどんと進んでいくのが辛うじて見える。

 

 凄まじい勢いだ。

 あれは戦いであって、戦いではない。

 まるで別のものだ……。

 

 孫空女の進むところで、敵の騎兵が次々に吹っ飛ばされて、誰もいなくなるのだ。

 あれを遮ることのできる者などなにもない。

 

 抜けた──。

 敵は陣形を崩して、南に潰走を始めている。

 

「敵は逃げていくよ──。どうする?」

 

 横から駆け抜けたとき、そこで待っていた孫空女が朱雀に言った。

 この女、いったいどうなっているんだ……?

 あんな戦い方をしたというのに、息も切らしていない……。

 朱雀は苦笑した。

 

「少しだけ、追っておこう──。行くぞ──」

 

 朱雀は掛け声をあげた。

 南に散り散りになって逃げていく敵の後ろに追いすがって、二騎、三騎と馬から突き落としていく。

 だが、しばらく進んだところで、朱雀は追撃をやめさせた。

 兵に命じて、主のいなくなった敵の騎馬を集めさせながら戻る。

 全部で百五十頭いた。

 散り去った馬も多いし、徒歩になった敵兵はどこかに逃亡していった。

 ほとんどは南に去った。

 

 さっきの丘陵に戻った。

 あらかじめ準備してあった案山子(かかし)を集めた敵の馬に乗せていく。

 そして、街道側の丘陵に杭を打ち込んで街道に向けて馬を横に並べていく。

 これで遠くから見ただけだと、まだ、この丘陵に展開をしているように見えるだろう。

 収容所を襲う者を率いて別れた沙那という女の知恵だ。

 これで、時間を稼ぐということだ。

 

 まあ、あれだけ痛めつけておけば、簡単には近づいてこないだろう。

 ばれてもともとであり、一刻(約一時間)でも、二刻(約二時間)でも稼げれば、収容所から逃亡した囚人は、十分に安全な場所に逃亡させることができる。

 

「行こう、孫空女」

 

 支度が整うと、朱雀は部下に指示をするとともに、孫空女に声をかけた。

 国軍を監視するために埋伏していた部下からは、南に逃亡していった敵の騎兵は、後方からやってきている歩兵と合流して、いまは停止しているということだった。

 

「うん」

 

 孫空女は気持ちのいい返事をして、馬を北に向かって進め始めた。



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625 亜人族の砦・別れの宴

「ほら、こっちですよ」

 

 小萩(こはぎ)の首に巻いた紐を引いて四つん這いでやってきた大黒天が部屋に入ってくると、部屋にいる女たちが一斉に拍手で迎えた。

 素っ裸で犬のように四つん這いで歩いてくる小萩の首には、太い犬の首輪が装着されている。

 小萩はその首輪に紐を繋がれて、大黒天に引かれて部屋に入って来たのだ。

 彼女の顔は羞恥で真っ赤だ。

 

「ほら、罰の結果をお見せ、小萩」

 

 宝玄仙は声をかけた。

 

「さっき、教えたのをやってもらいますよ、小萩殿」

 

 大黒天が部屋の中央で小萩をとめさせて声をかけた。

 

「うう……。は、恥ずかしいです……」

 

 小萩はわずかな逡巡のようなものを示しかけたが、すぐに諦めたように四つん這いの姿勢から脚の膝を曲げたまま上体を起こすと、両方の拳を肩の横において、股を真横に拡げて身体をこっちに向けた。

 “ちんちんの格好”というわけだ。

 

「素敵な股になったじゃないかい……。剃りあげられ割れ目までばっちりと見える綺麗な股ぐらさ……。まあ、そんなに恥ずかしがるんじゃないよ。わたしらも一緒なんだからね」

 

 宝玄仙が声をあげて笑ったが、ほかの女たちはからかうというよりは、可愛いとか、綺麗に剃れているよとか言いながら拍手をした。

 小萩は、強要されている卑猥な姿勢のまま、ますます顔を真っ赤にした。

 もっとも、それほどの屈辱というわけでもないだろう。

 なにしろ、ここには八人の女がいるが、全員が素っ裸なのだ。

 小萩に首輪につけて紐を引っ張ってきた大黒天でさえも、素っ裸であり、股間には逞しいものが堂々と勃起している。

 

「では、小萩の罰はこれで終わりです。あなたたちも、遺恨のないようにしてくださいね。お願いしますよ」

 

 大黒天が小萩の首輪を外しながら、ほかの三人の妻たちに言った。

 お(ねい)京葉(きょうば)真麗(しんれい)の三人の妻たちが微笑みながら返事をした。もちろん、この妻たちも全裸だ。

 そして、宝玄仙に無理矢理に、今夜の「別れの宴」に参加するように申し渡された沙那、孫空女、朱姫の三人も全裸だ。

 小萩が大黒天に促されて、大黒天の妻たちの輪に加わる。

 やっと、大黒天のほか、八人の女が集まった。

 

 これからなにを始めるかは決まっている。

 宝玄仙たちの砦からの出立を明日に向かえての「別れの宴」だ。

 もちろん、大黒天と宝玄仙が話し合って決めた「別れの宴」の趣向は宴会ではない。

 大黒天の四人の妻と、宝玄仙の三人の供を加えた大乱交の性の宴だ。

 

 これから女が八人総がかりで、大黒天の相手をする。

 それが宝玄仙の決めた「別れの宴」のやり方だ。

 たったいま、小萩が恥毛を剃られてやってきたのは、この宴の余興のようなものだ。

 実はこの小萩は国軍の手の者であり、この砦の頭領の大黒天に近づいて、情報を集めるために潜入してきた間者だったというのだ。

 だが、この女は、この大黒天の性の技にすっかりとのぼせてしまい、自分が間者であることを告白して、そのまま、大黒天の妻として生きることにしたようだ。

 大黒天は、それをあっさりと許し、その代わりに剃毛をして、みんなの前でそれを晒すという罰を言い渡した。

 それでいま、毛を剃って、部屋に入って来たということだ。

 

「じゃあ、さっそく始めようかい……。お前たちも頼むよ。今夜は、この前、わたしが、大黒天に性の勝負で負けた分の支払いでもあるんだから、たっぷりと奉仕をしておくれよ。特に、沙那も朱姫はいいね──。お前らふたりは、明日まで、休むことなんて許さないよ」

 

 宝玄仙は宝玄仙の背後で、部屋中に敷き詰められた敷布に尻をつけて座っている三人の供に声をかけた。

 三人のうち、沙那と朱姫のふたりには、首輪と手錠をかけて、手錠の鎖を首輪の後ろの金具に繋いでやっている。

 だから、このふたりは、完全に両手が使えない状態だ。

 

「わ、わかっています。もう、覚悟は決めました……。存分に扱ってください」

 

「皆さんには、ご迷惑をおかけしました。どうもありがとうございました……」

 

 沙那と朱姫が両手を首の後ろにやったまま、頭をさげた。

 今日は大黒天の夫婦たちと乱交すると言い渡したとき、馬鹿馬鹿しいと強く嫌がったのは沙那だった。

 朱姫については、自分が亜人収容所に収容されたために、かなりの大袈裟な話になっているのを認識しているので、宝玄仙の命令には逆らう姿勢は見せなかった。

 しかし、沙那は、絶対に嫌だと駄々を捏ねた。

 だから、だったら、白象宮の罰の件を復活させるというと、蒼くなって今夜の乱交に参加することに承知した。

 沙那は、罰のことなど、すっかりと宝玄仙が忘れていると思っていたようだが、そうはいかない。

 しっかりと、朱姫とふたりで、ここで集中砲火を浴びてもらうつもりだ。

 

 いずれにしても、朱姫を救出する目的から始まった亜人収容所からの亜人の囚人たちの解放だが、作戦は完全にうまくいったみたいだ。

 収容所は、囚人の野外作業を襲った沙那たちが、賊徒に負われる監視兵と囚人を装って収容所内に雪崩れ込み、収容所に監禁されていた囚人たちを解放して暴動を起こさせ、女囚側も含めた全囚人を脱獄させることに成功した。

 脱走の最後には、沙那は収容所全体に火までつけてきたので、長く竜飛国で亜人に対する非道な扱いの象徴のような施設だった亜人収容所は、完全になくなった。

 予想された国軍の援軍についても、孫空女たちが途中で待ち受けて蹴散らし撤退させている。

 

 それで国軍は恐れをなしたようだろう。

 結局、逃亡した囚人たちが完全に砦内に逃げ込むまで、国軍の追撃はなく、こちらには、まったく損害のないまま、全部の策戦が終了した。

 脱走した亜人の囚人は、ほぼ全員がこの砦に収容された。

 一度、砦に入った囚人の大部分は、この砦の里で賊徒に参加することを決めたようだ。

 一部については、戻りたい故郷があるということで、今日、さっそくそれぞれの土地に旅立っていった。

 亜人や半妖という立場で、この竜飛国で暮らすというのは、かなりつらいことだと思うが、それは彼らの選ぶ道だ。

 彼らにとっても、やはり、生まれ育った故郷というものがある。

 

 大黒天は、砦を去る者には、それぞれの旅に必要なものを渡し、望みのとおりに旅立たせた。

 一方で、数千にもなる収容所の脱走囚は、ここで新たに賊徒としての役割をもらうことになるはずだ。

 まだ、大部分は招待場という砦の前の施設で、希望などの話をしているようだ。

 

 とにかく、これ以上この砦で時間をすごす理由はなくなった。

 宝玄仙は、明日出発と決めた。

 すると、大黒天が、ならば砦で別れの宴を開いてくれると言ったので、宴の代わりに、乱交がいいと宝玄仙がいい、そうなったのだ。

 

「そういえば、朱姫、お前と一緒にいた例の双子の娘は、どうなったんだい? 摩耶(まや)華耶(かや)といっていたかねえ? なんか、ひとりが、かなり洗脳されたようになっていて、随分と揉めていたような気配だけだったけど」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 朱姫と同じように、獅駝の城郭で捕らわれた双子の姉妹で、摩耶と華耶という娘たちがいて、収容所では、いろいろと朱姫とは交友も確執もあったようだ。

 

「ふたりは一度、獅駝(しだ)の城郭の方向に向かうことにして、今日旅立ちました。獅駝の城郭に近づくのは危険かもしれないけど、あそこにはお父さんがまだ生きているとかで……」

 

 朱姫は少し寂しそうに答えた。

 その摩耶と華耶もまた、朱姫と同じ半妖だったらしい。

 華耶が監督囚という役割の役職を収容所内で与えられたために、おかしなことになったが、朱姫はあの双子の姉妹のことを随分と気にかけていた感じだった。

 

「ふうん……。だけど、かなり険悪な雰囲気だったじゃないかい。どうなるんだろうねえ」

 

 なんとなく宝玄仙は訊ねた。

 話を聞く限りにおいて、あのふたりは半妖族の双子ということで、苦労もしたし、お互いに助け合って生きてきたらしい。

 だが、あの収容所で、監督役と囚人に分かれてしまったために、憎み合うような関係に変わってしまったみたいだ。

 亜人収容所の連中も残酷なことをするものだと思った。

 

「さあ……。摩耶は華耶を見捨てるつもりだったけど、華耶が土下座して謝って……。どうなるのか……」

 

 朱姫は言った。

 宝玄仙は頷いた。

 まあ、一緒に行ったと言っていたから、あとは時間が解決するだろう。

 ああいうことはよくあるのだ。

 特殊な閉鎖環境で疑似的に作られた監守の役割が、そのまま感情に投影してしまい、極端な残酷性を作りだしたりする。

 普段の生活に戻れば、我に返ったように元に戻るのだが、苛められた方はその仕打ちを忘れないだろう。

 その双子の関係が元に戻るのか、結局壊れたままになってしまうのかは、あいつらの問題だし、修復するとしても時間のみが解決をする。

 いずれにしても、朱姫は自分と同じ立場の半妖と出会ったのに、すぐに別れてしまうことが少し寂しそうだ。

 

「いなくなったといえば、あいつどうなったんだろうねえ? 一丈青(いちじょうせい)だよ。あれから行方不明だよね」

 

 すると、孫空女が思い出したように言った。

 さんざんに苛め抜いてやった一丈青だが、収容所襲撃の当日の朝に、この砦から逃亡をしてしまった。

 結局、それからどこにいったのかわからない。

 

「なあに、早晩、戻って来るよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「なぜ、戻ってくるのです?」

 

 大黒天が不思議そうに言った。

 

「実はあいつの身体には、まだ、道術の呪いがかかりっぱなしなのさ。最初に性交をした相手の男から離れられなくなるという道術をね。あいつは、大黒天とこの部屋で、先日、大黒天と情を結んだろう。それがわたしの道術で身体に刻まれて、定期的に大黒天から、破瓜のときと同じ肉棒で快感を受けなければ、身体の疼きが暴走してとまらなくなるんだよ。結局、ここに戻って来るしかないだろうねえ……」

 

「なんですか、それ?」

 

 沙那が呆れたような声を出した。

 

「一丈青も、その性の発作が始まれば、自分がなにを求めているのか、はっきりと知覚するはずだ──。だから、大黒天と性交をしたくて戻って来るよ。間違いなくね──。それで、どうする、大黒天? あれも、結構の道術遣いさ。危険ではあるが、飼いならせば、役に立つと思うけどね」

 

 宝玄仙は大黒天を見た。

 

「随分と可哀そうなことをするんですねえ……。まあ、戻ってきて、俺の嫁にでもなるつもりならば受け入れますよ。小萩殿と同じように……」

 

 大黒天は言った。

 

「つくづく、お前も面白い男だねえ……。もしかしたら、寝首を掻かれるかもしれない相手を嫁にするのかい……。まあ、そんなこともないだろうけどねえ。一丈青も、一度、発作を味わえば、その苦しみを癒せる大黒天をなにがなんでも、生き延びさせなければならないと思うだろうし……」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「いいさ……。じゃあ、さっそくやろうか……。でも、ただ遊んだだけじゃ面白くないしね。せっかく、これだけの人数の女が集まったんだ。この大黒天にちょっとした試験をしてもらおうじゃないか」

 

 宝玄仙は言った。

 そして、大黒天の周りに、八人の女を集めた。

 

「おやおや、試験ですか……? なにが始まるのです」

 

 大黒天が苦笑した。

 

「いいから、この目隠しをして、そこに仰向けになっておくれよ、大黒天」

 

「目隠しですか……? 怖いなあ……」

 

 大黒天がそう言いながら、目隠しをして仰向けに横になる。

 相変わらずの怒張が天井に向かって、元気にそびえている。

 

「じゃあ、いまから八人の女がお前の股間に跨るからね。それで、どの女の股か当てておくれ──。当たれば、お前の勝ちだ。その女と最後まで性交ができる。だけど、外れたら……。そうだね。みんなで百数えるあいだ、八人の女のくすぐり責めを受けるんだ」

 

 そういうと、特に四人の妻たちがきゃきゃと言って喜んだ。

 

「そ、そんなのは不公平ですよ。八人もいるんじゃあ、そんなに当たりっこないでしょう」

 

「なにいっているんだい。お前も男なら犯した女の股くらいは覚えておくもんだよ。それから、当てられてしまった女も、なにかしらの罰だよ。じゃあ、始めるよ──。夜は長いんだ。水も食べ物も準備してくれているからね。みんな、気合入れて、大黒天を女の性でやっつけるんだよ」

 

「仕方がないなあ……」

 

 大黒天が目隠しをしたまま笑った。

 宝玄仙は大黒天の怒張に上から潤滑油を垂らして手で伸ばす。

 

「さて、じゃあ、一番目だよ、大黒天……」

 

 宝玄仙はそう言って、無言で沙那を指さした。

 沙那は驚いた顔をしたが、大きく嘆息して、大黒天の腰の上に跨って跪いた。

 そして、ゆっくりと身体を沈めていく。

 やがて、すっぽりと沙那の股間に大黒天の怒張を飲み込んだ。

 大黒天の女たちは、みんな必死に口を手で押さえて、笑いをこらえている。

 沙那が腰を上下に動かしだした。

 すると、見ていてびっくりするくらいの沙那の身体が真っ赤に上気して、汗が吹き出しだす。

 

「あはあっ」

 

 沙那が堪えきれなくなったように声をあげた。

 

「お、お前、馬鹿かい──。声を出すんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は呆れて怒鳴った。

 

「沙那殿だ」

 

 大黒天も吹き出しながら言った。

 

「あ、はあ……だ、だって──」

 

 沙那が困ったように言った。

 

「なにが、だってだよ──。とにかく罰だよ。さて、なんにしようかねえ……?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「だ、だったら、沙那姉さんには目隠しをしてもらったらいいですよ。あたしの手枷を外してくださいよ、ご主人様──。あたしが、沙那姉さんに罰を与える役を引き受けて、沙那姉さんの胸を揉み揉みしますから」

 

 朱姫がすかさず言った。

 

「な、なんで、そうなるのよ、朱姫──。全然、関係ないじゃないのよ──」

 

 沙那が声を張りあげた。

 

「とまんじゃないよ、沙那──。まあいいか。そうするか。孫空女、朱姫の手錠を外してやりな」

 

「ま、待ってくださいよ、ご主人様──」

 

 沙那が狼狽えた声をあげた。

 

「いいから、お前は朱姫の誘導に従って、目隠しをして女上位で、わたしが許可をするま、そうやってるんだ」

 

 宝玄仙はそう言ってから、大黒天の四人の妻たちに視線を向けた。

 

「……それよりも、お前たちは蜂蜜を使った性交なんて知らないだろう? 教えてやるからね。お前たちの旦那様は、それがなかなか好きそうだったよ」

 

 宝玄仙は、大黒天の妻たちにそう言って、荷の中から蜂蜜の瓶を取り出すと、大黒天の仰向けの裸身の臍から胸にかけての場所に、たくさんの蜂蜜を落とした。

 

「う、うわっ」

 

 肌に蜂蜜を感じた大黒天が声をあげた。

 

「ほら、これを舌で舐めとるんだ。始め──」

 

 宝玄仙が言うと、女たちが愉しそうに左右に散って、大黒天の身体を舐め始めた。

「孫空女、お前はこっちにおいで。女同士でもやろうじゃないか。お前、わたしの身体に蜂蜜をかけたいかい? それとも、お前がかけられたいかい? お前には世話になったしね。選ばせてやるよ」

 

「えっ? ええっ?」

 

 孫空女は当惑した表情で顔を赤らめた。

 ふと見ると、朱姫に目隠しを装着させられた沙那が、朱姫に胸を揉まれながら、大黒天の腰の上で激しくよがっている。

 朱姫は本当に嬉しそうだ。

 

「どっちなんだよ、孫空女?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「じゃ、じゃあ、どっちも……」

 

 孫空女がそばまでやってきて。小さな声で恥ずかしそうに言った。

 

「いいねえ……。じゃあ、おいで……」

 

 宝玄仙は自分の乳房に蜂蜜を落とすと、孫空女を裏返しにして、乳房で蜂蜜を孫空女のお尻の辺りを擦り始めた。

 

 まだまだ夜は長い……。

 お愉しみはこれからだ。

 宝玄仙はくすくすと笑ってしまった。

 

 

 

 

(第94話『半妖族の叛乱』及び第10章「竜飛国(朱姫救出)篇」終わり)






 *

 次話から、第11章「東諸国(西方帝国への道)篇」となります。


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第11章【東諸国(西方帝国への道)篇】
626 国境沿いの賊徒


「連中は、黒松林(こくしょうりん)の賊徒団と呼ばれているのね、鎮元(ちんげん)?」

 

 地湧子(ちゆうし)は馬を駆けさせながら訊ねた。

 駆けさせるといっても、ほとんど歩いているような速度だ。

 だから、馬を進めながら普通に話はできる。

 また、地湧子は駆けながら跨っている馬を道術で操っていた。

 人間とは異なり、馬などの獣は『縛心術』では操り難いし、細かい調整が必要だ。

 だから面倒なのだが、十歳の童女の姿であり、また、乗馬の心得えのない地湧子には、道術を遣わなければ、馬など操ることはできない。

 地湧子の駆けさせる馬に並走して、鎮元仙士(ちんげんせんし)の乗る馬が駆けている。

 

「はい……。賊徒の頭領の名が黒松林(こくしょうりん)という男です。平然と民の命を奪い、貧しく弱い者たちから人や物を奪うとんでもない連中です。少し離れた陥空山(かんくうざん)を根城にしています」

 

「条件に合う連中かい?」

 

「はい。指示のあったとおりに、竜飛国と貧婆国を結ぶ街道にある陥空山を根城にする賊徒の中で道術を遣える者が頭領である賊徒を探しておきました。その黒松林の賊徒がそうです。規模は百人程度ですが、この界隈では一番に勢力になります。それにしても、連中をどうする気なのですか、地湧子様?」

 

 地湧子は鎮元仙士の質問には答えなかった。

 その代わりさらに質問をするために口を開いた。

 

「もう一度確認するけど、頭領の黒松林は確かに妖魔族なのね? いや、こっちでは亜人族というのだったわね……」

 

 妖魔というのは、人間族とは異なり、霊気を帯びて人間化した畜生のことであり、こっちでは亜人とか獣人とか呼ぶ。

 人間には霊気を帯びて道術を遣える存在は道術遣いと称されて珍重されるが、亜人は大なり小なり、必ず霊気を帯びる。

 ただ、祖先は畜生といっても、世代を重ねるにつれて、見た目は人間族とそっくり同じになり、外見では見分けはつかなくなる。

 

 最大の特徴は、頭に生えている角なのだが、それさえも、人間との血が混ざるとなくなることもある。

 そうなると、見た目で判断するのは、ほぼ困難になる。

 しかし、東方帝国では、彼らの存在は“妖魔”と呼び、その存在そのものを認めない。

 それに比べれば、こちらの西方帝国の近傍の社会では、“亜人”と呼んで、それなりに共存しているということを地湧子も今度の旅で知った。

 

「間違いなく黒松林は妖魔です。ただし、道術そのものは大したものではありません。しかし、獣に近いだけあって力が強く、この辺りでは無敵の強さを誇っています」

 

 鎮元仙士の口調には侮蔑の響きがある。

 この男は東方帝国の人間だ。

 地湧子もそうだが、どうしても妖魔、すなわち、こっちでいう亜人や半妖などという存在には構えるものがある。

 

「わかったわ。だったら問題ないわね……」

 

 相手が霊気を帯びた妖魔であれば、地湧子の道術が直接に通用するのだ。

 その方が手っ取り早いし確かだ。

 相手が霊気を帯びない人間の場合は、直接の道術は通用しないので、霊具などに頼らなければならないが、それだと霊具を武器で防がれたりする場合がある。

武芸の心得えのない地湧子には、武器で襲ってこられればどうしようもなく、また、霊具と武具の戦いになれば勝ち目はない。

だが、単純に道術と道術の戦いになれば、この辺鄙な田舎に巣食うような妖魔相手に引けを取ることはないはずだ。

 

「連中の主な獲物は、人間という話ね……」

 

「そうです。財も奪いますが、それは人をさらうついでのようなものです。そのために、近傍の農村から人をさらいます。街道沿いの旅人を襲うこともありますが、しっかりと警護している場合が多いので、最近では、もっぱら自警の緩い近傍の農村を襲うようです。その方が確かですから」

 

「女は?」

 

「女は特に見境がないという噂ですね……。特に若い女は奴隷商に高く売れるらしいです。だから、近傍の農村では、妙齢の女は外に出ることもできずに、難儀しているようです」

 

「奴隷商ねえ……。ここは竜飛(りゅうひ)国と貧婆国(ひんば)の国境に近いけど、どちらが奴隷制度のある国なの? それとも両方とも奴隷制度のある国なのかしら?」

 

 東方帝国にも奴隷制度はあるが、大貴族などに限られたものであり、奴隷になるのは戦争の捕虜か、あるいは犯罪者だ。

 借金が払えない場合なども罪人として奴隷にされる場合がある。

 ただ、懲罰の要素が強いものであり、さらわれて奴隷として売り飛ばされるということはない。

 しかし、こちら側の西方帝国に近いところでは、当たり前に奴隷制度があるというのは知っている。

 そもそも、西方帝国そのものが、別名“奴隷帝国”と呼ばれるほどの奴隷制度の先進国だ。

 

「貧婆国には奴隷制度はありません、地湧子様……。また、竜飛国で認められている奴隷は妖魔の血が混じる者だけです。しかし、祖先にひとりでも妖魔の血が混ざれば奴隷になる可能性があるので、かなり奴隷の数は多いですね。もっとも、黒松林が取り引きをする奴隷商は天神(てんじん)国です」

 

「天神国か……。確か、ここからさらに西方帝国の方角に近い国だったわね……?」

 

「そうです」

 

 いずれにしても、地湧子はなんの罪のない者が突然にさらわれて、しかも、見知らぬ国に奴隷として売り飛ばされるなど我慢できない。

 その黒松林という男が何者かは知らないが、とてもじゃないが平静ではいられない。

 

「そんな悪事をする賊徒をこの国の軍は放っておくの? 黒松林が道術を遣えるとしてもよ──。ちゃんとした防護術を遣えば、道術攻撃などそれほど怖くはないはずよ」

 

「ちゃんとした防御術を遣えばそうですが、それは討伐軍に道術遣いが加わるような大掛かりな討伐になります。竜飛国には道術師隊は国都にしかいないのですよ……。さすがに、国都の軍は、こんな国境に近い地方には簡単には出動しません」

 

「なるほど、だから好き放題やっているということなのね」

 

「手下そのものは百人ほどの勢力で、山の中に小さな砦を作っている程度なのですが、その連中の根城が隣国の貧婆国にあるんです。それが少し事情を複雑にしているところもあります。こっち側の竜飛国の軍では、貧婆国側にある砦には手を出せんのです」

 

「ならば、隣国の貧婆国の軍が討伐をすればいいじゃない」

 

「貧婆国にすれば、別に被害が出いているわけじゃないですからね。連中が悪事をするのは、もっぱら竜飛国側です。しかも、道術を遣える亜人がいるとあっては、討伐も尻込みせざるを得ません……。そこまでのことをする必要があるとは、貧婆国の国境軍の指揮官は考えていないでしょう」

 

「なるほど……。根城は貧婆国で、悪事は竜飛国か。国境をうまく利用して悪事を続けているということなのね」

 

「そうです」

 

 鎮元仙士は言った。

 

「その黒松林という賊徒の頭領は、わたしに興味を示すかしら、鎮元?」

 

 地湧子は軽口を言った。

 いまの自分の姿は十歳の童女だ。

 地湧子が捕らえられれば、その頭領は性的な興味を抱くのだろうか?

 もしも、連中の部下に捕らわれたとき、頭領が性的な興味を抱く場合は、地湧子が頭領に接触する機会はすぐにあるだろう。

 そのときに、道術をかけてしまえば、盗賊団を奪うことができる。

 だが、奴隷商品としての価値しかないということであれば、砦に連れて行かれたとしても、頭領に会うことなく、奴隷商に引き渡されるかもしれない。

 そもそも、檻などに閉じ込められた状態では、誰が頭領なのかわからないかもしれない。

 

「童女に興味があるという話は聞きません。しかし、可愛い童女は奴隷として高額で売れます。その意味で、黒松林は興味を示すでしょう」

 

 鎮元が笑いもせずに応じた。

 しばらく進むと、小さな村が見えた。

 街道からは少し外れた場所にある村だ。

 近づいただけで、異変が起きたということはわかる。

 村の入り口だと思われる場所に村人の屍体があった。

 

「この村が黒松林の盗賊団に襲われた村?」

 

「おそらく……」

 

「刃物で殺されているわね? 盗賊団に襲われて、逆らったのかしら?」

 

 地湧子は屍体を避けながら進みながら言った。

 屍体はどれも残酷に殺されてた。

 一刀のもとに斬り捨てられたような屍体はない。手や足を先に斬られてから、とどめを刺されていたり、あるいは、腹を裂かれて、はらわたが首に巻かれたような屍体もある。

 

「別に抵抗をしなくても殺しますよ。そういう連中なんです。死んでいる者たちのそばには、得物のようなものがないでしょう? おそらく、無抵抗だったけど、殺されたんですよ」

 

 鎮元仙士は言った。

 言われてみれば、死んでいる者たちのそばには武器のようなものはなかった。

 この村を黒松林の賊徒が襲うらしいというのは、鎮元仙士が雇っていた手の者がもたらした情報だ。

 それで急いで地湧子はやってきたのだ。

 それにしても、地湧子がこの鎮元仙士とこんな風に親しく話すことがくるとは、以前は夢にも思わなかった。

 この男が宝玄仙を目の仇にして追い回すのは密かに気に入らないと思っていたし、それに関わりたいとも考えてなかった。

 しかし、縁というものだろう……。

 

 地湧子が鎮元仙士を預かるようになったのは一年前からだ。

 それ以前は、この男は宝玄仙によって、意識のあるまま石に変えられ、数年間放置されていた。この鎮元仙士が哀れな姿で発見されたのが一年近く前のことなのだ。

 そして、最初の半年を治療のために費やした。

 次の半年は実際に任務を与えることにより、その効果を確かめてみた。

 

 その結果、すでに行方を探すことなど、不可能だと思われていた宝玄仙の居場所をついに探し当ててきた。

 そして、今回、その宝玄仙を捉えるために使う手頃な盗賊団を探すことを命じると、それもすぐに見つけた。

 やはり、この男はこういう調査や探索のような仕事には長けている。

 また、治療についても、十分に満足する結果を得たといってよいだろう。地湧子はそれに満足している。

 

 鎮元仙士を石に変えて放置したのは宝玄仙だ。

 そもそもの発端は、鎮元仙士が、天教本部の八仙中の八仙である帝仙の地位にあった曹国仙(そうこくせん)の命令で、金角と銀角という西域の雌妖をけしかけて宝玄仙を陥れようとしたことから始まる。

 そのときに、鎮元仙士は曹国仙の家宝である石化の霊具を金角に渡して宝玄仙を捕らえようとしたのだが、結局、その金角と宝玄仙が意気投合し、鎮元仙士は逆に返り討ちになり、石にされて放置された。

 

 しかも、曹国仙の霊具は、石化しながらも意識だけは保ち続けるというものであり、天教の手の者が石になった鎮元仙士を発見したときには、鎮元仙士の頭は完全に狂ってしまっていた。

 『縛心術』の得意な地湧子は、その発狂してしまった鎮元仙士を預かった。

 地湧子による『縛心術』を繰り返した治療により、なんとかまともになったのは半年前だ。

 それで、地湧子は鎮元仙士の能力を生かして、宝玄仙を探す仕事を任せてみた。

 いまさら、宝玄仙がどうなっていようと、あるいは死んでいようと、それは天教にとっては重要なことではない。

 見つからなくても支障はなく、鎮元仙士に探索を命じたのは、それがどうでもいい仕事だったからだ。

 

 だが、見つかった。

 

 すると、宝玄仙のことは、地湧子にとってどうでもいいことではなくなった。

 だから、地湧子は鎮元仙士の能力を遣って、その宝玄仙と接触するために、遥々とここまでやってきた。

 それにしても、よくも生きていたものだ……。

 

 天教の貴族巫女だった宝玄仙の四年の旅は苛酷なものだったはずだ。

 もともと、鎮元仙士が宝玄仙に関わるようになったのは、鎮元仙士が探索や調査を担当するような仕事だったからであり、どこにいるかわからぬ宝玄仙の行方を探すという任務にはうってつけだった。

 なによりも、鎮元仙士は、本来は転送先に結界が刻んでいなければ跳躍できないはずの『移動術』を、一度過去に行ったことのある場所なら、どこでも跳躍できるという特殊能力を持っていた。

 しかも、いま宝玄仙が旅をした経路とほぼ同じ経路の旅をしたことがあり、宝玄仙が行く先々を探しながら『移動術』で、あちこちを跳びまわるということができたのだ。

 

 それでも半年かかった。

 あるいは、わずか半年というべきなのかもしれない……。

 

 鎮元仙士にいわせれば、宝玄仙たちは、かなり派手な旅をしながら、少しずつ東方帝国では西域と呼んでいた場所に向かって旅を続けていたらしい。

 だが、それでも半年かかっている。

 世界は広いというべきだろう。

 

 もうすぐ、宝玄仙たちは、この竜飛国側から北の貧婆国に向かうために、国境を越える陥空山の峠道にやってくる。

 おそらく数日後のことだ。

 この周域では、「魔域」と呼んでいる「西域」に向かう「巡礼」の旅に出た宝玄仙だが、東方帝国を出立して四年……。

 

 本当に宝玄仙は、その西域に向かう旅を続けていたのだ。

 沙那、孫空女、朱姫という三人の若い女傑を供にして……。

 

 とにかく、宝玄仙の居場所がわかった地湧子が、次に鎮元仙士に与えた指示は、その国境越えの峠の周辺で、道術を遣える者が頭領になっているような盗賊団を探せということだ。

 道術遣いを選ばせたのは、霊気を帯びた存在であれば地湧子の霊気が通用するからだ。

 さらに村を進むと、どこからか笑い声が聞こえてきた。

 

「まだ、賊徒がいるわね」

 

「そ、そのようです、地湧子様、お気を付けください──。これは、やってくるのが早すぎたようです。一度、戻りましょう」

 

 鎮元仙士の声が引き締まったものになるとともに、馬の鞍に縛りつけてある剣を鞘ごと抜いて小脇に抱え込む。

 だが、鎮元仙士には、賊徒をどうするつもりなのか一切説明していない。

 道術遣いが頭領である賊徒を探させた理由が、連中に地湧子をさらわせるためだと知ったら、鎮元仙士は仰天するだろう。

 

「いや、ここでいいわ、鎮元。ご苦労だったわ……。とりあえず、これから先はわたしだけでいい。帰っていいわよ。じ後は関与しなくてもいいわ。わたしが昨日、『移動術』でお前と接触した竜飛国のあの宿町で待ちなさい。お前の情報が正しければ、宝玄仙はあと数日もすれば、この界隈を通りすぎるのでしょう? わたしは、この連中をけしかけて、宝玄仙と接触してみるわ」

 

 地湧子は言った。

 

「な、なりません──。なぜ、自ら、そんな危険なことをせねばならんのです。宝玄仙を捕らえるという仕事であれば、俺にお申し付けください。なんとしても、今度こそ、宝玄仙を捕らえて、帝国の天教本部に連れ帰ります」

 

「ですぎないことね、鎮元──。わたしが、いつそのよう任をお前に与えたかしら? お前に託したのは、その自在『移動術』の術と、こちら側の西方界隈に詳しい土地勘と探偵調査の手腕で、旅をし続ける宝玄仙の居場所を見つけることよ──。ここから先は、お前の任はないわ──。お前は、わたしが宝玄仙と接触する機会を提供すればそれでいいのよ。これから先はわたしの仕事よ」

 

「そんな、地湧子様──。まさか信じられません。あの危険な悪党の宝玄仙と地湧子様はおひとりで渡り合うなど……。俺にお申しつけください──。この命に変えましても、宝玄仙を捕らえてみせます」

 

「命をかけて、宝玄仙を捕らえようとして、酷い目に遭ったのでしょう、鎮元。いいから大人しく、わたしの言うことに従いなさい。悪いようにはしないわ。宝玄仙を帝国に連れ帰ることができれば、お前の天教における復位も考えてやるから……」

 

「そ、そんなことは、もう望んでおりません──。俺があの宝玄仙を捕らえます。俺が捕まえる──。絶対に捕まえてやる──。八つ裂きにする──。宝玄仙も、あの孫空女も朱姫も沙那も全員だ──やっつけてやる──。俺は──俺は──俺は──」

 

 鎮元仙士の目つきが不自然なものになり、口調が怪しくなった。声も喚き声に近いものになる。

 一度は狂った頭も地湧子の道術でかなり安定したものの、やはり宝玄仙絡みになると正常を保てないようだ。

 

「ちょっと、とまりなさい、鎮元──」

 

 地湧子は馬の歩みをとめた。

 鎮元が地湧子の馬に並ぶように馬をとめる。

 地湧子は鎮元仙士の顔の前で、ぱちんと指を鳴らした。

 たちまちに、鎮元仙士の顔が虚ろなものになる。

 

「鎮元、お前は、宝玄仙に関するすべてを忘れよ……。そして、今朝、出立した宿町の宿で、わたしの帰りを待ちなさい。お前がこれからやることは、わたしの帰りを待つことだ……。半月以内に戻らぬ場合は、記憶が復活する。そのときは、『移動術』で東方帝国に戻り、わたしの異変を天教本部に報せなさい……。さあ、なにをするのか口に出してみなさい、鎮元」

 

 地湧子は言った。

 

 そして、指をもう一度鳴らす。

 

「俺は、今朝出立した宿町で地湧子様を待ちます……。それで半月経って、地湧子様が戻らぬ場合は、『移動術』で東方帝国に戻り、地湧子様の異変を報せます……」

 

 鎮元仙士は虚ろな表情のまま言った。

 地湧子は霊気を調整して、鎮元仙士にかかっている『縛心術』の強さを調整した。

 この男には、常に『縛心術』がかかっている。

 術を解いてしまえば、あっという間に自我が崩壊して、完全な発狂状態に戻ってしまう。

 鎮元仙士の表情がまともなものに戻った。

 見た目だけのことだが……。

 

「宝玄仙のことは?」

 

「宝玄仙とは誰です?」

 

 鎮元仙士は首を傾げた。

 地湧子は満足した。

 

 これで鎮元仙士は、その宿町にある宿でずっと地湧子の帰りを待ち続けるはずだ。

 いまのこの男には、自発的な行動はできない。

 待つように指示をした宿町は、宝玄仙がやってくる街道とは違う街道にある宿町だ。

 万が一にも鎮元仙士と宝玄仙が出遭うことはないと思う。

 

「……今朝、出発した宿に帰れ、鎮元。そこで半月待ちなさい」

 

「わかりました……」

 

 鎮元仙士の口調も自然なものだ。

 もっとも、これは偽物の正常さだ。

 

「では、お気をつけて……」

 

 鎮元仙士が馬を返して戻っていく。

 地湧子の『縛心術』で記憶を消失させられた鎮元仙士からは、さっきまで見せていた激しい感情は垣間見えない。

 地湧子はその背中を静かに見送った。

 

 それにしても、宝玄仙も罪なことをするものだ。

 一年前に見つかった石化した状態で発見された鎮元仙士は、完全に発狂した状態だった。

 いまの鎮元仙士は、一見はまともに思えるが、実際のところ自我のない人形と同じだ。

 さっきのように剝き出しの感情を表に出せるのは、宝玄仙に関係することをやっているあいだだけだ。

 それ以外のことになると、まったく自分ではまったく感情を作ることができずに、道術で与えた感情した抱くことしかできない。

 自分でなにかを考えて行動するということもできないのだ。

 

 もともと有能なの男なので、命令をしたことはしっかりと実行できるが、できるのは明確に指示をした事項のみだ。

 地湧子は鎮元仙士の背中が完全に視界が消えるまで、その場にとどまっていた。

 万が一、この先に騒動が起こっても、鎮元仙士が巻き込まれることがないようにだ。

 

 地湧子は、鎮元仙士が見えなくなるのを待って馬から降りた。

 そのまましばらく、地湧子は歩いて村の中心に向かって進んだ。

 笑い声はだんだんと大きくなっていく。

 それとともに、女の泣き声も聞こえるようになった。

 

 村の道は酸鼻を極めていた。

 逃げ惑って殺された村人の死体は、ちょっと数えただけでも二十を超えていた。

 子供さえも突き殺されている。

 惨たらしく殺された若い女の死体もあった。

 彼女は抵抗したのだろうか?

 そばに剣が転がっていた。

 女の死体の下半身の衣服ははぎ取られていた。

 

 村の広場が近づいてきた。

 広場の木には、裸の女がぶら下がっていた。

 しかも片足だけ縛られ、大きく開いた急所からは血が流れ出している。

 すでに女が死んでいるのは見ただけでわかった。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ……ゆ、許して、許して……」

「はんっ、はっ、はっ──」

「ぐううっ、痛い……痛い……はあああ……」

 

 広場では、賊徒らしい一団が、この村でさらった女たちを犯しながら車座になって酒盛りをしていた。

 広場で酒盛りをしているのは、二十人ほどの賊徒だ。

 そばには二台の荷駄馬車があった。

 荷台とも幌はない。

 一台の荷駄馬車には、この村から奪ったのだと思われる荷が積んであった。

 もう一台の荷駄馬車にはなにも積まれていなかったが、十人ほどの裸の若い女がそばに縄で繋がれている。

 

 賊徒たちがやっているのは、その中の数名を車座の中心に連れて来て、交替で強姦しているようだ。

 真ん中では、全裸で四つん這いにされた女たちが、泣き叫びながら、後ろから賊徒に犯されている。

 犯されている女たちには、全身のあちこちに男の精と思われる白濁液がついており、すでに多くの賊徒たちに犯されたのだということがわかる。

 

「なんだ、子供?」

 

 賊徒たちの一部が賊徒の輪に近づいてこようとしている地湧子の存在に気がついた。

 この二十人の中の五人ほどが妖魔だ。

 地湧子にはすぐにわかった。

 これが東方帝国ならば、社会秩序の外にある賊徒でさえも、人間族と妖魔族が共存するということはないだろう。

 やはり、異邦の地なのだと思った。

 

 ただ、この中に黒松林はいない。

 それはすぐにわかった。

 攻撃道術が扱えるほどの高い霊気を帯びた存在はいない。

 この五人の妖魔程度の霊気であれば、実際には道術を扱えることはないだろう。

 多少の霊具が扱える程度であり、現実的には霊気のないただの人間族と同じだ。

 

「わたしも遊んでもらおうと思ったのよ……」

 

 地湧子は十歳の童女に相応しい口調で喋った。

 すると、意表を突かれた言葉だったのか、一瞬、賊徒たちが黙り込んだ。

 だが、すぐにどっと笑った。

 

「遊ぶって、いま俺たちがなにをしているかわからねえのかい──。本当に遊んで欲しいのかい、お嬢ちゃん?」

 

 ひとりが言った。

 

「まあ、頭がおかしいのだろうさ。まあいいや。どこに隠れていたのかわからないが、これは上玉だぜ。お頭も悦ぶに違いないさ──。連れて行こうぜ」

 

 もうひとりが言った。

 そして、何人かが地湧子を捕らえようとこっちにやってくる。

 あっという間に地湧子は周りを五、六名の賊徒に取り囲まれた。

 

「……ふふふ、なにをして遊ぶのかはわかっているつもりよ、おじちゃんたち……。おじちゃんたちが、わたしをいい気持ちにさせてくれるなら、ほんとうに遊んでもいいわ……」

 

 地湧子は、この辺りの十歳の娘が着るような着物を着ていたが、その裾を両手で持って、股間が露わになるようにまくりあげた。

 地湧子は下着を身に着けていない。

 着物の裾をたくしあげて左右に大きく開くことで、なにもない剝き出しの股間が男たちの前に露わになった。

 

「な、なに?」

 

 こっちにいる男たちの視線が、地湧子の股間に集中した。

 

「そうよ……。よく見なさい……。わたしの股を……」

 

 地湧子は笑った。

 囲んでいる男たちの顔から虚ろなものになる。

 地湧子の股は、単純な童女のそれではない。

 実際には、百を越えている地湧子は、ただ外見を人間の童女に見せかけているだけだ。

 しかし、股間だけは妙齢の女のもののようにしていた。

 だから、陰毛もあるし、童女の股間とは思えない熟れきった女の色香をそこに感じたはずだ。

 

 しかし、眼の前の男たちの表情がおかしなものになったのは、そのためではない。

 実は、地湧子の股間には特殊な渦巻きの紋様が刻まれているのだ。

 道術陣としての効果があるものであり、これを凝視してしまうと、妖魔はもちろん、霊気を持たない人間族でさえも、『縛心術』にかかったような虚ろな状態にさせることができる。

 

 ただ、操れるほどの『縛心術』がかけられるのは、やはり、霊気を帯びた者のみだ。

 霊気を帯びていない人間には、地湧子も『縛心術』はかけられない。

 地湧子は、懐に隠していた糸くずのような霊具を口で吹いた。

 それは風に漂って、最初に眼の前に囲んでいる男たちの首に巻きついた。

 

「どうした?」

 

 地湧子の方にやってきた男たちの様子に異変を感じたのか、女を犯す輪の中にいる残っている賊徒たちのひとりが声をかけてきた。

 それでほとんどの者がなにかしらの異変を感じたらしく、やっと全員がこっちに注目した。

 そのあいだにも、さっきの地湧子の糸くずは、ふわふわと風に乗って、女を犯している男たちに向かって飛んでいる。

 そして、ひとつ、ひとつと賊徒の男たちの首に巻きついていっている。

 あれは一度巻きつけば、地湧子の道術がなければ、外せないし、千切れない特別製ものものだ。

 

「このおじちゃんたちに、わたしもおかしてくれと、たのんだんだけど嫌だっていうのよ……。だから、そっちのおじちゃんたちがどう?」

 

 地湧子は股間を曝け出したまま言った。

 賊徒たちが呆気にとられた感じで、地湧子の道術陣のある股間に注目した。

 すぐに全員が虚ろな表情になった。

 

 そうしているうちに、やっと全員の首に糸が巻きついた。

 肌に密着したその糸は、すぐに透明になり肌に同化してしまってわからなくなる。

 だが、糸は厳然と存在し続ける。

 それを確認してから、地湧子はまずは、この中にいる五人の妖魔に『縛心術』を刻んで心を操り状態にした。

 そして、大きく手を叩いた。

 

 賊徒たちの顔が正気に戻る。

 ただの人間にも『縛心術』で心と身体が操れればそれが手っ取り早いのだが、残念ながら地湧子にはそんな能力はない。

 

「おっ、どうしたんだ? とにかく、その娘を縛ってしまえ。砦に一緒に連れていくぞ」

 

 賊徒の中の長らしき男がはっとしたような顔になって声をあげた。

 

「だめよ、おじさん……。砦につれていくのは、わたしだけよ。その女の人は置いていくのよ。そして、すぐにわたしを頭領のところにつれていくの……」

 

 地湧子は言った。

 

「はあ、なにを言っているんだ、おい、そいつを縛れと言っているだろう──」

 

 その男が怒鳴った。

 

「へ、へい」

 

「お、おう、縄を持って来い──」

 

 地湧子の周りにいる男たちが我に返ったようになった。

 

「わたしに触るとあぶないわよ」

 

 地湧子は周りにいる男たちの首に巻いてある糸に道術を込めた。

 糸が一気に縮んで、男たちの首が同時に切断された。

 地湧子の周りの男たちが同時に首のない屍体に変わって首が転がるとともに、胴体が地面に倒れる。

 騒然となった。

 

「ひいいい──」

「うわあああ──」

「な、なんだあ──」

「きゃあああ──」

「ば、化け物だ──」

 

 賊徒たちだけでなく、集められている女たちも一斉に悲鳴をあげた。

 

「こ、殺せ──。そいつを殺せ──」

 長らしき男が真っ蒼な顔で怒鳴った。

 地湧子は男に向かって指をさした。

 

「ばん──」

 

 地湧子は言った。

 声に合わせて、そいつの首の糸に霊気を注ぐ。

 男の首が落ちて、切断された部分から血が噴水のようにあがった。

 

「あとは面倒ね。あんたたち、殺してちょうだい」

 

 地湧子は、この中に混じっている五人の妖魔に術で命令を注いだ。

 この五人の妖魔は『縛心術』がかかっている。

 地湧子の術で自在に操ることができる。

 その五人が武器を抜いた。

 ほかの人間の賊徒に対して、その武器を遣いだした。

 

 あっという間だった。

 突然に暴れ出した仲間に抗することもできずに、次々に賊徒たちは殺されていく。

 抵抗しようとして武器を抜いても、地湧子が道術で首を捩じ切ってしまう。

 

 ほんの数瞬で、残るのは地湧子に操られている五人だけになった。

 その五人に女たちの拘束を解かせる。

 しかし、助かった女たちにも、地湧子に対する恐怖の色しかない。

 地湧子が女たちの方向に歩いていくと、女たちは悲鳴をあげてどこかに逃げていった。

 だが、地湧子はもう女たちに興味を失っていた。

 その五人に手伝わせて、ひとりで空いている荷駄馬車の荷台に乗った。

 

「さあ、砦に向かうわよ。出発しなさい──。ああ、そうだ。わたしに縄をかけるのを忘れないようにね」

 

 地湧子が声をかけると荷駄馬車が動き出す。荷台に乗るのは、馭者台に座るひとりを除く全員だ。

 残った荷駄馬車も馬も置き捨てられる。

 荷駄馬車は、首のないたくさんの屍体を踏みながら街道に戻る方向に進みだした。

 地湧子と一緒に乗り込んだ賊徒のひとりが、地湧子に縄掛けをするために近づいてきた。



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 第95話  盗賊団と童女【地湧子(ちゆうし)Ⅰ】~竜飛(りゅうひ)
627 足で描いた「厠」


 街道沿いの峠越えの一軒の料理屋だが、人里からかなり離れているというのに結構賑わっていた。

 六卓ほどある席はすべて埋まっていたし、店の外に並べられた長椅子で食事を食べている者もいる。

 食べている者は、すべて旅姿の男たちだ。

 女で食事をしているのは、沙那たち四人くらいのものだ。

 

「それにしても、随分と賑わってきたねえ。一気にどっと増えたという感じじゃないかい。だけど、こう言ってはなんだけど、それほど、うまいというわけじゃないのになんでこんなに賑わうんだろうねえ? 料理の品揃えだって、豚肉と野菜の煮物のひとつきりだろう。こんなに客が集まるような料理屋とは思えないけどねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「こ、声が大きいですよ、ご主人様」

 

 沙那は慌ててたしなめたが、沙那たち四人が座っている卓は、一番厨房に近い席だったので、店の主人である男に聞こえたらしく、ちょうど厨房で作った料理をほかの客に運ぶために出てきた四十すぎの主人はむっとした顔をしていた。

 しかし、宝玄仙は素知らぬ顔だ。

 一方で、孫空女と朱姫は、料理を食べるのに忙しくて、まったく気にしていないようだ。

 確かに、宝玄仙のいうとおり大して美味とは思えなかったが、こういう場所で食べるのであれば、料理が温かいだけで十分に贅沢というものだとは思う。

 

「……この先にはもう店がないらしいですよ、ご主人様。茶店一軒ないという話です。だから、おいしくても、そうでなくても、温かいものを峠を越える前に食べたければ、この店に立ち寄るしかないんです……。」

 

 沙那は小声で言った。

 

「へえ……。だからかこんなに不味い店でも客が多いというわけだね……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「だ、だから、声が大きいと言っているじゃないですか──」

 

 沙那は叱るような声をあげた。

 しかし、宝玄仙は悪びれる様子もなく笑うだけだ。

 沙那は嘆息した。

 

「そう言われてみれば、食事をせずに食べ物の材料を購っただけで過ぎていく客も多いよね。荷を運ぶ輸送隊も多いようだし、国境越えの貧婆(ひんば)国に向かう大きな街道だものね。それで山越えのあいだ、店もなんにもないんじゃあ、流行るだろうね……でも、あたしは美味しかったよ。温かかったしさ」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 ふと見ると、大皿が空になっていた。

 卓の上には料理のほかに購った水の入った瓶があるが、朱姫はその中の水を水筒に移し替えている。

 山越えだと、もしかしたら、うまく水もうまく手に入れられない可能性もある。

 水だって大事なものだ。

 

「ふん、お前のような庶民じゃあ、なんだってうまいだろうさ、孫空女。わたしのように育ちがいいと、代金をとって料理を食わしている限りは、それなりのものを出してももらわないと文句も言いたくなるんだよ」

 

 宝玄仙が孫空女をからかうような口調で言った。

 だが、孫空女はそれを聞いてぱっと破顔した。

 

「あたしの育ちじゃあ、庶民にも入らないよ。部落でまとめて家畜みたいに育てられた孤児だからね。あたしも庶民に生まれれば、子捨てされなくてすんだかもしれないよ」

 

 孫空女は笑いながら言った。孫空女は凶作になると育てられない子を捨てるという風習が当たり前の貧しい農家の村の出身だ。

 親は物心ついて死んだらしく、一応は部落の中で同じような境遇の子とまとめて育てられた。将来の不作のときに、奴隷として売るためである。

 つまりは、家畜扱いだ。

 それで売られそうになった孫空女は生きるために脱走したのだ。

 宝玄仙がちょっとだけ気まずいような顔になった。

 しかし、孫空女にはそんなつもりはなかったのだろう。

 あっけらかんと笑っている。

 

「ところで、もう店がないって言ったかい? じゃあ、もしかして、山越えが終わるまで、宿もないということだね……。なら、今夜は野宿になるのかい?」

 

 宝玄仙が話題を変えた。

 もともとは天教の高級巫女の宝玄仙は、故郷の東方帝国では大貴族と同じくらいの高貴な身分のはずなのだが、案外に野宿は苦にしない。

 野宿でもなんでも平気なものだ。

 

「とんでもありません。この先の陥空山(かんくうざん)では野宿は危険です。賊徒が出るんです。陥空山の賊徒集団といえば、この辺りではわりかし知られた危険な存在であり、野宿などしようものなら、襲ってくれと言っているようなものです」

 

「おや、なら野宿はなしなんだね? もしかして、夜歩きかい?」

 

「いえ、大した山越えじゃありませんし……。ここからでも、少し急げば、夕方には峠を越えた貧婆国側の麓の関所には到達できると思います。関所の前には、旅人目当ての宿町もあるので、今夜は宿に泊れまるはずです、ご主人様」

 

「相変わらず、しっかりと調べてあるねえ、沙那……。ところで、陥空山の賊徒集団というには、ひとつじゃないのかい?」

 

「全部で十数個の盗賊団が存在するみたいです。わたしが調べた限りでは、この周辺の賊徒で一番危険なのは、黒松林(こくしょうりん)の賊徒団と呼ばれる存在です。でも、彼らの縄張りは少し街道からは離れているので、この界隈まで来ることはないのかもしれません……」

 

「なら、問題ないだろう?」

 

「盗賊団はほかにもいるんです。大きくても十数人の盗賊だということですけど……。それがそれぞれに縄張りを作って、旅人などを襲うんです。この陥空山の山越えの街道沿いに、いくつかの盗賊団の巣があるので、この先の山道には、もう店も民家もないということなんです」

 

「つまりは、陥空山の賊徒集団というのは、その黒松林の賊徒団を含めた幾つかある盗賊の総称ということかい」

 

「そういうことのようですね、ご主人様。だから、わたしたちのような女旅の連れなんて、連中のいい標的です。野宿なんてすれば、すぐに寄ってきますよ」

 

「そんなの平気じゃないですか、沙那姉さん。沙那姉さんと孫姉さんのふたりがいれば、ちょっとした賊徒なんて簡単に追っ払えるじゃないですか」

 

 朱姫が口を挟んできた。

 

「そりゃあ、そうだけど、あたしらが強いなんて、見た目にはわからないからね、朱姫。女連れの旅で、しかも、金目のものを持って歩いていれば、盗賊なんていうのは、どうしても襲いたくなるのさ……。だから、危険なことは避けた方がいいと、沙那は言っているんだよ」

 

 孫空女だ。

 

「金目のものなんて、ありませんよ、孫姉さん」

 

「あるよ──。しかも、みんなぶらさげて歩いている。あたしらそのものさ。若い女なんていうのは、奴隷商には高く売れるのさ。さしずめ、朱姫なんて高く売れるよ。大人になるかならないかくらいの少女なんていうのは値段がいいんだ。少なくとも、朱姫は十五、六の娘にしか見えないしね」

 

 孫空女は笑った。

 

「す、好きでそうなんじゃありませんよ。あたしだって、もう少し大人の女の姿になりたいんです」

 

 朱姫が少し不機嫌な顔になった。朱姫に限らず、この宝玄仙の供の三人は、それぞれに宝玄仙の道術紋が刻まれたときに、見た目の成長が停止して外見が変化しなくなっている。

 少女にしか見えない朱姫も、本当は二十歳の女だ。

 ただ、四年前に道術紋が刻まれたときに成長が停止してしまい、まあ、とてもそうには見えない……。

 

「さすがは、蛇の道は蛇だね、孫空女。じゃあ、興味で訊ねるけど、奴隷として売り飛ばすとすれば、やっぱり、一番高いのは朱姫かい?」

 

「まあそうだね……。その次は、あたしや沙那のような戦闘のできる女奴隷さ。傭兵でも、警護でもいくらでも使い道があるしね。でもご主人様も高いと思うよ。綺麗だし」

 

「やっぱり、女というのは生娘の方が高いのかい? そんなことを耳にしたこともあるけどね」

 

「どうかなあ……。売り買いする奴隷商にもよるんじゃないかと思うけど、あたしの知る限り、生娘だから特別な値段がつくというのは知らないね。性奴隷として、特別な買い手に売るんならともかく、娼館に払い下げるんなら、性技を覚えさせなければならないから、店に出す前に生娘ではなくなるだろう? そんなものに特別な価値はないんじゃないかな……」

 

「お前、随分と詳しいねえ。その若さにしては、色々な人生経験があるのは知っているけど、もしかして、奴隷だったこともあるかい?」

 

「奴隷にされかけたことはあるよ……。そんなのあたしのような境遇なら、一度や二度はあるんじゃないの……。逃げ出したけどね。朱姫だってあるんじゃないのかい?」

 

「ありますね……。『獣人』の道術で八つ裂きにしてやりました」

 

 朱姫はあっさりと言った。

 

「それにしても、山越えの旅人目当ての盗賊なんて、昔の稼業を思い出すだろう、孫空女」

 

 宝玄仙が孫空女をからかった。

 

「やめてよ……。もう、四年近くも前のことじゃないか──」

 

 孫空女が顔を赤らめた。

 この孫空女は、もともとは東方帝国の西部にある五行山(ごぎょうさん)という峠越えの難所を縄張りにする盗賊団の女頭領だった。

 それが女連れの旅だった沙那と宝玄仙を襲い、宝玄仙に返り討ちになり、無理矢理に供にさせられた。

 いまとなっては懐かしい思い出だ。

 

「いずれにしても、峠越えをするには、あまりゆっくりはしていられません。おかしなことは禁止です。いいわね、特に、朱姫──。今日は、くだらない悪戯で旅の邪魔をするんじゃないのよ。山越えの途中で夜道になったら、危険なんだから」

 

 沙那は向かい側に座っているお調子者の半妖の娘を睨んだ。

 

「お、おかしなことってなんですか、沙那姉さん──。なんか、嫌な言い方ですよねえ……。あたしばっかりが、みんなの旅の邪魔をしているみたいじゃないですか」

 

 朱姫が不満気そうに言った。

 

「そう言っているのよ。あんたばっかりが、旅の邪魔をしているのよ。自覚ないの?」

 

「なに言ってんですか。そんなのご主人様も同じじゃないですか」

 

「わたしの名を出すんじゃないよ、朱姫」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「と、とにかく、旅に時間がかかるのは、沙那姉さんにだって原因がありますよ……。今朝だって、一番起きるのが遅かったのは沙那姉さんです。みんなが食事をして部屋に戻ってくる頃に、やっと眼を覚まして、起きあがったんじゃないですか。あの寝坊がなければ、今朝だって一刻(約一時間)は早く出立できましたね」

 

「あ、あれは、あんたらが昨夜、わたしばっかり集中的に責めるからよ──。わたしばっかり、あんなにいきまくれば──」

 

 沙那は思わず怒鳴ろうとしたが、周りの客の男たち存在を思い出して、慌てて口をつぐむ。

 だが、昨夜の夜の営みでは、例によって、この朱姫が沙那にまとわりつき、面白がった宝玄仙まで絡んできて、夜半過ぎまでひとりだけ集中的に絶頂責めにさせられたのだ。

 朝、普通に起きられなくて当然だ。

 

「……だって仕方がないじゃないですか……。あんなに面白い身体をしている沙那姉さんが悪いんです」

 

 朱姫が声を低めて、からかうような口調で言った。

 

「お、面白いってなによ──?」

 

「そんなに怒りんぼのくせに、ちょっと触っただけで、すぐに身体に火がついたようによがりだすんですから……。愉快な玩具みたいなものです。愉しくってやめられません……。もちろん、これからも悪戯はやめませんよ……。あっ、でも、沙那姉さんがあんまり感じなくなったら、悪戯はやめるかもしれませんよ。面白くないですから……。あたしの悪戯をやめさせるために、感じすぎないように訓練しますか?」

 

「ふざけるんじゃないわよ、朱姫──」

 

 今度は大声で怒鳴った。

 周りの客たちが何事だろうかと思って、こっちに注目しているのがわかる。

 だが、知ったことか──。

 

「落ち着きなよ、沙那……。そうやって、すぐに感情を剝き出しにするから、余計にからかわれるんだよ……。少し冷静になりな。朱姫はふざけて、沙那を怒らせようとしてるんだよ……。ところで、あたしは厠を借りて用足ししてから、外で待っているね」

 

 孫空女が立ちあがって、店の主人に声をかけてから店の外に出て行く。

 外に出てから、裏に回り込んだところに厠があるのだ。

 そこを借りにいったのだろう。

 

 孫空女にたしなめられることで、沙那もいつの間にか朱姫の調子に乗せられていたということに気がついた。

 冷静になれば、朱姫が意図的に沙那を怒らせるような物言いとしたのは明らかだ。

 からかわれたのだ。

 沙那は気分を落ち着けるために、大きく息をした。

 横では宝玄仙は呆れた表情で笑っている。

 宝玄仙も朱姫が沙那をわざと怒らせるためにからかっていることに気がついていたようだ。

 沙那は、朱姫の手玉に乗せられたような気分になり、自分の顔が赤らむのを感じた。

 

「沙那姉さん、やっと興奮してきたのに、落ち着いたりしたら駄目ですよ……。そうやって、怒ったり、興奮したりしたりしたときが、一番、『縛心術』がかけやすいんですから……。もっと怒ってください……。あとちょっとで、沙那姉さんの『縛心術』が深くまでかかるところなんです」

 

 朱姫が言った。

 

「お、お前、なにを言ってんの──?」

 

 沙那はびっくりした。

 しかし、いきなり、朱姫が沙那の顔の前でぱちんと手を叩いた。

 

「はい──。沙那姉さんは、少し前のことを忘れます──。孫姉さんが出ていく直前からの記憶は消えてしまいます」

 

 朱姫が言った。

 その瞬間、沙那はなにもわからなくなった。

 そして、たったいままで横にいたはずの孫空女がいないということに気がついた。

 いつの間に消えたんだろう──?

 

「あれ、孫女は?」

 

 沙那は朱姫を怒っていたことを忘れて、声をあげた。

 いま、朱姫に怒鳴ったときには、孫空女は確かに隣に座っていた。

 それが一瞬にして消えた。

 

「厠に行くといって、先に席を立ちましたよ……。そう言えば、沙那姉さんも厠に行ったらどうですか? 折角ですから……。急ぎの旅なんですよね。だったら、いまのうちにすませた方がいいですよ……」

 

「えっ、厠?」

 

「ええ……。歩いている途中で外で用便をしようとしたら、また、あたしが覗きにいって、からかいますよ。沙那姉さんって、おしっこをしているところを見られるのを本当に嫌いますよね」

 

「の、覗いたら承知しないわよ、朱姫──。そ、それに、ご主人様も笑っていないで、そろそろ治してくださいよ。ご主人様の『治療術』なら一発で治せるんでよねえ……。本当にお願いです」

 

 沙那は宝玄仙に哀願した。

 自分の尿道はしばらく前に、薬師の兄妹の尿道調教を受けて、尿をするたびに快感を覚えるようなおかしな身体にされてしまっている。

 沙那はそれをどうにかして欲しくて、宝玄仙に何十回となく頼むのだが、宝玄仙はいっこうにそれを治療してくれようとはしない。

 

「嫌だね……。そんな愉快な性癖を治すつもりはないね……。さっきの朱姫の言い草じゃないけど、わたしも朱姫も、お前がよがるのを見るのが愉しくて仕方がないのさ。その淫乱で感じやすい身体をもっと自分で制御できるようになれば、治療も考えてやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 沙那は歯噛みした。

 感じやすい身体といっても、これだって宝玄仙のせいなのだ。

 宝玄仙が沙那の身体をそれこそ、快楽責めに次ぐ快楽責めにして、全身が性感帯のようなおかしな体質に変えてしまったのだ。

 

「それよりも、厠に行ってくださいよ、沙那姉さん。おしっこしたいですよね? さっきから、おしっこがしたくて堪らないはずですよ。忘れたんですか?」

 

 朱姫が顔を近づけて耳元でささやくように言った。

 

「あっ」

 

 沙那は思わず股間に手をやって身体を震わせた。

 それでやっと、ずっと尿意という生理に襲われていることを思い出したのだ。

 

「か、厠に行ってきます、ご主人様」

 

 沙那は慌てて立ちあがろうとした。

 

「座ってください、沙那姉さん──」

 

 そのとき、朱姫の大声が突然に響いた。

 脚が金縛りに遭ったかのように動かなくなった。

 

「な、なに?」

 

「話の途中でどこかにいくなんてひどいですよ、沙那姉さん──。ちゃんとお話ししましょうよ」

 

 朱姫はにやにやしている。

 沙那ははっとした。

 いまの大声は朱姫の『縛心術』に違いない。

 

「な、なにするの、朱姫──。わ、わたしを厠に行かせないつもり?」

 

「いいえ、そんなことはありませんよ。話が終われば解放してあげます。でも、話が済むまでは、座っていてください。どうしても我慢できなくなったら、椅子に座ったまますればいいでしょう」

 

 朱姫が悪戯っぽい笑みを浮かぶた。

 沙那はこんなに限界に達している尿意に襲われながら、朱姫の『縛心術』で身体を動けなくされたということに恐怖した。

 しかも、この朱姫は沙那にこんなに苦しみに追い込んでおいて、悪辣ないたぶりを仕掛けたことに、してやったりの笑みを浮かべている。

 この娘がこんな表情をしたときは、頭が冷えるまで悪戯をやめることはない。

 朱姫とも長い付き合いだからよく知っている。

 そして、朱姫は、この手の嗜虐的な悪戯をやっている最中に頭が冷えることはない。

 沙那は助けを求めるように宝玄仙を見た。

 しかし、宝玄仙も面白そうににやにやしているだけだ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 それでも沙那はぐっと腿を押しつけるようにしながら喘ぐように言った。

 いよいよ耐えられなくなったのだ。

 

「そんな顔しても無駄だよ。お前と朱姫の話だろう? ふたりで解決しな」

 

 宝玄仙はあっさりと言った。

 

「どうするんです、沙那姉さん? そこでします? それとも、わたしに謝りますか? 我慢できますか……? また尿意が強くなりましたよね……」

 

 朱姫がにやりと笑った。

 

「くつ……」

 

 沙那は奥歯を噛みしめるとともに、激昂のまま怒鳴りあげようと思って、朱姫を睨んだ。

 いままでよりもさらに強い尿意が襲いかかってきたのだ。

 眩暈さえもするような尿意だ。

 これにはもう耐えられない。

 とにかく『縛心術』を解いてもらうか、それとも、ここでおもらしをするかだ。

 もうふたつにひとつの選択肢しかない。

 

「……わ、わたしが間違いっていたわ。あ、謝るわ、朱姫……」

 

 怒りを堪えて、沙那は頭をさげた。

 

「わかってもらえればいいんです、沙那姉さん……。さあ、厠に行きましょう? 荷物は持ってあげますね」

 

 沙那がいつも背負っている葛籠(つづら)は担ぎやすいように背負いに積んである。

 朱姫をそれを持って、店の外に沙那を促した。

 宝玄仙も店の主人に声をかけて外に出てくる。

 

「じゃ、じゃあ、厠に……」

 

 沙那は店の裏にある厠に向かおうとした。

 

「どこに行くんですか、沙那姉さん……。厠はここですよ」

 

 朱姫が背中から声をかけた。

 振り返ると、朱姫が道の真ん中に足の先で丸を描いている。

 沙那もそこが厠であることを思い出した。

 自分はどこに向かおうとしていたのだろう……?

 こんなに尿意が迫っているのに……。

 

「恥ずかしくないですよ……。誰でもそうしているんですから。道の真ん中に描いた丸の中でおしっこをしなければ、むしろ恥ずかしいことなんですよ」

 

 朱姫の声がした。

 なんで、そんな当たり前のことをわざわざ喋るのだろうかと思った。

 道の真ん中で尿を足すのは当然の話だ。

 一方で、なぜか宝玄仙が笑い転げている。

 嫌な感じだ……。

 店の中にいた客たちや、たまたま通りかかろうとしていた旅人たちが、脚をとめ始めた。

 

 しかし、沙那はなぜか急に不安な気持ちに襲われた。

 いずれにしても、尿意の限界なのだ。

 沙那は片手を股間で押さえた格好で前屈みになって、全身を震わせていた。

 しかし、なにかが沙那の行動を躊躇わせている。

 

「……沙那姉さん、なにをしているんです。そこで、おもらししたいんですか? しないなら、厠を消してしまいますよ。そうすると、おしっこできなくなりますよ」

 

 朱姫が沙那の足元にある丸を足で消すような仕草をした。

 

「ま、待って──。する──。するわ──」

 

 沙那は慌てて、足の下の丸に線を跨いだ。

 下袴の紐を外して下着ごと膝までおろす。

 急に周りが大騒ぎになったが、なにが起きたのかを確かめる余裕は沙那にはない。

 

 とにかく、おしっこを……。

 すぐにしゅっと激しい音をさせて、股間から放水が迸った。

 

「あ、ああっ……ふうっ……んんっ……」

 

 すると強い快感が沙那に襲いかかる。

 我慢しすぎたのだ。尿に勢いがありすぎると、尿道が強く刺激されて、それだけ尿道から受ける快感も強くなるのだ。

 

「うわあっ、さ、沙那、なにやってんのさ──」

 

 孫空女の絶叫が聞こえた。

 顔をあげると、すっかりと囲んでいる見知らぬ男たちの顔の隙間から、孫空女が真っ蒼な顔で沙那を見ていた。

 そのとき、どこからかぱちんと手を叩く音がした。

 

「い、いやあああ──」

 

 沙那は絶叫した。

 我に返ったのだ。

 

 朱姫の『縛心術』をどこかでかけられたということはすぐに覚った。

 だが、一度始めた放尿は、途中でとめることもできない。

 沙那は大勢の男たちに、しっかりと囲まれた状態で、しかも街道の真ん中で下袴と下着を自らさげて、排尿をしている。

 だが、いまはもうどうにもできない。

 女の尿は途中でとまることなんて不可能だ。

 羞恥とか屈辱とかいう感情も込みあがらない。

 

 完全なる混乱状態──。

 沙那はそれに陥っていた。

 

「ご主人様、あたし、しばらく、どこかで隠れてますから──」

 

 男たちの輪の外で朱姫がそう言った。 

 そして、遠くに駆け去る気配が辛うじて聞こえた。

 

「ひいっ、ひっ、ひっ──」

 

 だが、沙那は自分の悲惨な姿を嘲笑しながら見物する見知らぬ男たちの視線を浴びながら、頭が真っ白になる感覚を味わっていた。



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628 囚われの女騎士と令嬢

「ほら、ほら、早く脱がねえかい、女騎士殿。さもないと、大切な主家のお嬢ちゃんは、残念ながら木の枝に首を吊られてぶらさがっちまうことになるぜ。はばかりながら、この石文(せきぶん)がお前さんが服を脱ぐのを手伝ってやるぜ。女の服を脱がすのは得意だぜ」

 

 黒松林の部下の石文という太鼓持ちのような男がせせら笑いながら、背中から白女真(はくじょしん)の胸を服の上から掴んだ。

 

「な、なにすんるんだい──」

 

 いきなりのことでびっくりした白女真は、とっさに石文に肘鉄を喰らわせる。

 石文が悲鳴をあげて後ろにひっくり返る。

 

「こらっ、白女真とやら、お前というやつは、自分はなんでもするから、そこの愛麗|(あいれい)とかいう十二の貴族の娘っ子だけは助けてくれというわりには、俺の部下に、まだそんな抵抗するのか──」

 

「あっ、いえ、そ、そんなつもりは……」

 

 白女真は我に返った。

 

「おい、構わねえ。愛麗の首の縄をあげろ。ぶらんとぶらさげるんだ……。そうすりゃあ、この盃がなくなるまでには、ただの死骸に変わるさ。別段、その貴族娘の一匹くらい奴隷に売り損なってもかまいやしねえ。また、捕まえて来ればいいだけのことだからな」

 

 地面に座って、白女真を見あげるかたちの黒松林(こくしょうりん)が酒を呷りながら、部下に向かって手をあげた。

 愛麗と白女真の首にはしっかりと縄がかけられている。

 それが離れた樹木の上側の枝にそれぞれに掛けられて、縄尻が樹木の幹に結ばれているのだ。

 黒松林の言葉を受けた黒松林の部下が、愛麗の首にかかっている縄尻が結ばれている樹木の幹に向かう。

 そして、結び目を解いて、縄を上にあげはじめる。

 

「いやああ──た、助けてええ──」

 

 白女真の手は自由にされているが、愛麗の両手は背中側でしっかりと手首を縛られている。

 その愛麗の首にかかった縄がじわじわとあがりはじめた。

 このまま縄があがれば、愛麗は首を吊られて死ぬしかない。

 愛麗が悲鳴をあげて泣き喚いた。

 

「や、やめて──。脱ぐ──。脱ぎますからやめて──」

 

 白女真は絶叫した。

 

「おい、そこでやめろ。この女騎士がなにか言いたいことがあるらしい。いったんとまっていろ。その代わり、俺の合図でいつでも、縄があげられるように待っていろ」

 

 黒松林が言った。

 愛麗の縄は、愛麗の脚を爪先立ちにするくらいのところで停止している。

 黒松林が白女真に視線を戻した。

 

「さあ、少しだけ待ってやったぜ。じゃあ、美人の騎士さんよ、これがお前の性根の据えどころだ──。お前に選ばせてやる。そこであくまでも意地を張って、俺たちに逆らい続けるか。それとも、自分で服を脱いで、お願いだから自分を犯してくださいと頼むかだ」

 

「うう……」

 

「どっちでもいいが、それによって、お前の主家の娘の運命は変わる。お前が俺たちに逆らえば、その愛麗は木の枝にぶらさがって死骸になり、そのうちに鳥どもの餌になっちまう。お前が自分を犯してくれと言うんであれば、俺たちはその貴族娘を生かしておいて、奴隷商人に売り払ってやる。さあ、選びなせ」

 

 黒松林はせせら笑った。

 

「ふ、服を脱ぐわ……。だ、だから、お嬢様だけは……」

 

「裸を晒すだけで終わるかい──。ここには、俺を始め、主立つ幹部が十人も集まっているんだ。今夜、お前がその全員を相手にするなら、その娘っ子の命を助けてやると言っているんだ──。どうするんだ。犯されたいのか。それとも犯されたくないのか──。ほら、答えねえか──」

 

 黒松林が怒鳴った。

 

「わ、わたしを犯してください──。だ、だから、どうかお嬢様を許して……。なんでもしますから。奴隷に売るなんてことは……」

 

 白女真は呻くように言った。

 

「まあ、それはこれからの相談だな。とりあえず、そこで素っ裸になりな。焚火の火が小さくなってきたからな。その焚火の薪代わりに、お前の服を火に放り込んでやるぜ」

 

 黒松林が言うと、集まって酒盛りをしている賊徒たちがどっと笑った。

 

「と、とにかく、一度、お嬢様の縄を緩めて──。すぐに裸になるわ──」

 

「くだらないことをぐちぐちと喋り続けるよりも、さっさと全裸になりな。話はそれからだ──」

 

 黒松林が怒鳴った。

 しかし、白女真はまだ身体を動かせないでいた。

 いくらなんでも、こんな賊徒の夜宴なんかで、自ら裸体を晒すなんてことなどできない。

 その白女真の足下に、黒松林が苛ついたらように空の杯を投げつけた。

 

「いつまでもそうやってやがるんだ? もしかしたら、俺が本気でないと思っているのか──。よし、本当にあげてやろう──おい──」

 

 黒松林が手をあげた。

 

「へい」

 

 愛麗の縄のところにいたふたりほどいた部下が陽気に返事をして、今度は縄をぐいとあげた。

 

「ふぎいいっ──」

 

 愛麗の縄があがり、愛麗の爪先が一瞬宙に浮く。

 目が飛び出るように見開き、口から獣のような声が出た。

 

「お、お嬢様ああ──。やめてえええ──」

 

 白女真はびっくりした。 

 慌てて、上衣を引き千切るように脱ぎ捨てる。

 

「脱いでいる──。脱いでいるわ──。おろして──おろしてったら──」

 

 白女真は金切り声をあげながら、必死になって手を動かした。

 黒松林が笑って合図をして、やっと愛麗の縄がさげられた。

 浮かんだ足が、とりあえず愛麗の爪先が地面につくまでさがる。

 愛麗が咳込みながら、蒼白な顔で激しく息をする。

 

 白女真は剥ぎ取った上衣を足下に放る。

 すぐに下袴(かこ)も脱ぎ去っている。

 白女真の首にも縄はかかっているが、こっちの縄はまだ緩いので、身体を屈めて下袴を足首から抜くことはできる。

 胸当てと腰布だけの下着姿になった。

 だが、手が震えて、どうしてもそれ以上は手が動かない。

 こんな連中の前で生恥をかかなければならないという口惜しさに、全身が硬直してしまったのだ。覚悟しているとはいえ、賊徒たちの嬲りものになるというのは、自尊心の高い白女真には、めまいがする程の恥辱だった。

 

「どうしたんだい、女騎士さんよお……。手が動かないなら、手伝ってやってもいいんだぜ。その代わり、もう肘鉄は勘弁してくれよな」

 

 さっきの石文が脱ぎ捨てた白女真の足元の服を回収する。

 そして、そばの燃えている焚火に放り込んだ。

 自分の来ていたものが炎に包まれるのを白女真は恨めしく眺めた。

 

「ひいっ、ひっ……。ひいっ……ひっ……ひっ……」

 

 泣いている爪先立ちの愛麗がおかしな声を出し始めた。

 愛麗の足元に水たまりが拡がりだしている。

 

「おいおい、小便を洩らしちまったぜ。しょうがねえ。濡れているものをそのままというのも気の毒だ。その娘っ子は、下半分をすっぽんぽんにしてやれ」

 

 黒松林が言った。

 愛麗の首にかかった縄を保持していた男たちが再び縄をその位置で固定してから愛麗の身体に寄っていく。

 そして、その下袍に手がかかる。

 

「や、ひいっ──。いやあああっ──。あああっ──」

 

 愛麗がさらに大きな声で泣き出す。

 だが、首に縄をかけられて吊られ、爪先立ちになるほどに身体をあげられている愛麗には、身体を振って抵抗することもできない。

 

「お、お嬢様に手を出さないでって、言っているじゃないの──」

 

 白女真は絶叫した。

 

「お前はやることがあるだろうが──。まだ、二枚も残ってやがる。なにか頼みたいことがあるなら、それを脱いでから言うんだ。何度言えばわかるんだよ。このぼけなすが──」

 

 黒松林が隣の部下から新しい杯で酒を受けながら言った。

 白女真は覚悟した。

 愛麗を助けるために、この男たちの嬲り者になって死ぬ。それだけのことじゃないか……。

 そう思った。

 

 主家に仕える騎士の家に生まれて、女ながらも騎士の地位を与えられ、主家のために命を捧げると誓ったはずだ。

 

 眼を閉じる……。

 胸当てを外した。

 周りの男たちがかたちのいい乳房だとか、白い肌だとかいって囃し立てる。

 

「こらっ、しっかり眼を開けろ──。その綺麗な顔を俺たちに向けながら、媚びを売りながら裸になりな」

 

 黒松林から強い声が響く。

 歯噛みした。

 眼を閉じる自由さえも与えないのかと思った。

 

 眼を開けた。

 賊徒たちの卑猥な顔が嫌でも視界に入る。

 心を閉ざして、頭から賊徒たちを消す。

 腰の下着もおろした。

 それを足首から抜いて地面に置く。

 

 その瞬間に息もとまるような羞恥と屈辱の震えが白女真の全身を襲った。

 ここで白女真と愛麗を囲んで、酒盛りをしているのは十人の幹部たちのようだが、その周りにも、この夜宴で行われている「見世物」を見物している賊徒たちは大勢いる。そいつらが一斉に小白象の裸身を囃し立てた。

 小白象は必死になって両手で身体を隠した。

 

 ふと見ると、少し離れた木の枝に、白女真と向かい合うように首縄をかけられている愛麗は、下袍(かほう)と下着を剥ぎ取られていて、その羞恥にむせび泣いている。

 内腿から足首を伝った失禁の痕と足元にできている水たまりが哀れだ。

 白女真は心から自分の力不足を呪った。

 

 この賊徒に捕らえられたのは今日の午後のことだった。

 白女真は、貧婆国(ひんばこく)の地方貴族である愛麗の父親に仕える女騎士であり、十二歳の愛麗が国境を越えた竜飛国にいる叔母の病気見舞いの旅をするのに同行して護衛をしている途中だった。

 十八で騎士の地位を与えられた白女真のほとんど初めての任務だ。

 白女真は張り切っていた。

 

 もっとも、旅の護衛の任務といっても、朝早く貧婆国の東の端の地方にある屋敷を出立し、国境である陥空山(かんくうざん)を越え、夕方には竜飛国の愛麗の叔母の屋敷に着くという一日の行程だ。

 護衛役は白女真だけだが、ほかに愛麗の男女ふたりの従者が一緒の四人の移動だった。

 だが、その途中で陥空山を竜飛国に向かって進んでいる最中に、突然現れた黒松林の賊徒たちにさらわれてしまったのだ。

 不意に現れた賊徒は十人だった。本来であれば、相手が十人であろうと白女真が剣で引けをとることはない。

 

 しかし、白女真と愛麗は、同行していたその男女の従者によって、賊徒に売り渡されたのだ。

 いつの間にか水筒の水の中に痺れ薬を混ぜられ、道端で動けなくなったところに、十人の賊徒がやってきた。

 白女真は、身体が痺れて動けない状態のまま、男女の従者がその十人の賊徒のひとりからまとまった財を受け取って白女真と愛麗を引き渡すのを眼の前でなすすべなく見ていた。

 

 ふたりは財を受け取ると、貧婆国の方向に戻っていった。ふたりと賊徒が示し合わせていたのは確実だ。

 ふたりが主家の娘を賊徒に売り渡して、そのまま出奔するのか、それとも、適当な出任せを報告して、知らぬふりをして主家に仕え続けるつもりなのか知らない。

 とにかく、白女真と愛麗は、同じ主家に仕える愛麗の従者の裏切りで、賊徒に引き渡されてしまったのだ。

 白女真は、身体が痺れた状態のまま、やってきた十人に縄掛けをされて、愛麗とともに、賊徒の砦に運ばれた。なんの抵抗もできなかった。

 

 そして、動物の檻のような狭いところに身体を縮めて閉じ込められ、陽が落ちて夜になってから、この連中の夜宴に引っ張り出されたのだ。

 最初は、白女真も後手に縄をかけられていた。

 その状態で、この頭領以下の幹部が酒盛りをしている中心に連れて来られ、首に縄をかけられたのだ。

 その縄尻は頭上の大きな木の枝に引っ掛けられて、さらに木の幹に繋げて固定された。

 すぐに愛麗も連れてこられた。

 檻に入れられているときに、愛麗は近くにはいなかったから、どうしているのだろうかと心配していたが、とりあえず、そのときは無事だった。

 

 しかし、この連中は、後手に縛っている愛麗の首に白女真と同じように縄掛けをして、白女真に離れて向かい合う別の樹木の枝に首縄をかけると、白女真の腕の縄を解き、愛麗を眼の前で首吊りさせたくなければ、その場で自ら素っ裸になれと白女真に強要した。

 そして、この連中の愛麗の首の縄をかけての脅しに、ついに白女真は屈伏して、自ら服を脱いで生まれたまんまの恰好になったということだ。

 賊徒が集まる万座の中で素っ裸になった白女真は、両手で乳房と股間を押さえて、前屈みになって身体を隠していた。

 

「ひっ」

 

 その瞬間、不意に首が引っ張られた。

 白女真に掛けられている首縄が、いつの間にか縄尻の位置にやってきた男たちから引っ張られたのだ。

 白女真にかけられた首縄は、白女真がまっすぐに姿勢を伸ばさなければならない位置で固定される。

 

「あっ……。お、お嬢様をおろしてやって──。ぬ、脱ぎました──」

 

 じわじわと首を縄で圧迫される苦しさに耐えながら、白女真は声をあげた。

 

「慌てるなよ、白女真──。俺は十二の小娘には興味はねえんだ。興味があるのは、お前のような大人の美人だ。素直に言うことを聞けば、別にこの貴族娘は檻に戻してやる……。だが、そう必死になって身体を隠されると、まだお前も素直にはなってねえと思わなきゃならねえな。さあ、その股間を隠してる手を取らねえか。どんな茂みをしているのか見せてくれよ」

 

 黒松林が笑った。

 

「な、なんですって──」

 

 かっとなった。

 思わず叫んだ。

 

「ほら、可哀そうなあの貴族娘を酷い目に遭わせたくなければ、茂みを曝け出すんだよ」

 

 また石文がやってきて、落ちている下着類をまた焚火に放った。

 さらに、白女真が腿と腿をすりわせて、さらに手で隠している股間のあいだに手を差し込もうとする。

 

「なにすんだよ──」

 

 白女真は頭に血が昇り、胸を隠していた手を解くと、力いっぱい石文の頬を平手打ちした。

 

「痛ええ──」

 

 石文が打たれた頬に手をやってうずくまった。

 

「こらっ──。お前、まだ、抵抗しやがるのか──。よし、わかった。気が変わった。今夜は、お前よりも先に、その貴族娘で遊んでやるぜ。俺には十二の娘を抱く趣味はねえが、貴族娘だったら子供でもやりてえという男は、ここにはごろごろしてる。そいつらが、その貴族娘を犯すのを肴にして、酒を飲むことにするぜ。お前も、そこで主家の娘が賊徒の玩具になって壊されるのを見ていろ」

 

 黒松林は言った。

 

「ああ、ま、待って──。ご、ご免なさい。思わず、手が出てしまったのよ。もう、逆らわない。逆らわないから、そんな怖ろしいことはしないでください」

 

 白女真はそう言って、身体を隠している手を身体の横に垂らした。

 

「……それだけか?」

 

 黒松林がにやりと笑った。

 白女真は口惜しさに歯噛みする思いだったが、やっとのこと口を開く。

 

「……どうか、この白女真の身体を存分に犯してください……」

 

 白女真は血を吐くような思いでそう言った。

 

「いいだろう。望みどおりにしてやるぜ」

 

 黒松林が大笑いした。



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629 盗賊団乗っ取りー首斬りの糸

「……どうか、この白女真の身体を存分に犯してください……」

 

 白女真(はくじょしん)は、血を吐くような思いでそう言った。

 

「よし、よくわかった。望みどおりにしてやるぜ……。その前にちょっとした余興をしてくれたらな……。おう、この女騎士殿の縄を思い切り緩めてやれ……。ただし、暴れるんじゃんねえぞ、白女真──。縄が緩んだからといって暴れたら、今度こそ愛麗(あいれい)をぶらさげたままにするからな」

 

「もう、覚悟はしているのよ……。せめて、お嬢様の爪先立ちだけは勘忍してあげて……。後生です──」

 

 縄が緩んだので、白女真は、その場で思い切り身体を屈めて頭をさげた。

 

「そんなものじゃあ、頭をさげたことにはならねえよ、女騎士さんよ。お前さんたちは、これから奴隷商に売り飛ばされて、奴隷になるんだぜ。奴隷のお辞儀は土下座に決まっているぜ」

 

 白女真に頬を叩かれて、その部分をまだ赤くしている石文が冷ややかに言った。

 首の縄は、いまは完全にたるんでいる。

 土下座をしようと思えばできる。

 

「ほ、本当に土下座をして頼んだら、お嬢様を許してもらえますか?」

 

「それは、お前がやってから考えてやるぜ」

 

 黒松林が嘲笑とともに言った。

 白女真はその場に膝をつけて座り直すと、火の玉のような口惜しさを飲み込んで、地べたに手と頭をつけた。

 

「この通りです……。わたしはどうなっていて構いません。どうか、お嬢様だけは助けてください……」

 

 白女真は大きな声ではっきりとそう口にした。

 その途端、これまで気を張っていたものががらがらと崩れた気がした。

 激しい嗚咽が込みあがり、次第に泣き声が迸る。地面をぼたぼたと涙が濡らした。

 

「じゃあ、その場でくるくると廻れ。犬の鳴きまねをしながらな」

 

 黒松林が言った。

 周りの男たちがどっと笑った。

 頭をさげて泣いている白女真は、その言葉にすっと全身が凍る気がした。

 だが、こうなったら屈辱も口惜しさも捨てるしかない。

 

「わん、わん、わん……」

 

 白女真は犬の真似をしながら、くるくるとその場で全裸で回る。

 

「おい、もっと明かりを近づけてやれ。股ぐらがはっきりと見えるようにな。それと膝をつくな。膝で歩く犬がいるものかい」

 

 夜闇を明るくするために、そばには幾つかの行燈が置いてあった。

 それらが白女真のそばに置かれ直す。

 白女真は血を吐く思いで、四つん這いの膝をあげた。

 

「わん、わん……」

 

 股が見えたとか、肛門のかたちがどうとか、毛がどこまで伸びているとかという賊徒たちのからかいを浴びながら、白女真はいつ許されるのかわからぬ、屈辱の動作を続けた。

 

「じゃあ、最後に、片足をあげてその場で小便しな。それでとりあえず、愛麗の縄は緩めてやる。それだけじゃなく、奴隷商人に売り飛ばすまでは、手はつけねえでいてやる。何度も言うが、俺は子供には興味はねえんだ」

 

 黒松林の言葉に、賊徒たちが手を叩いて爆笑した。

 あまりの酷い命令に、白女真の頭からすっと血がさがる。

 全身が屈辱で震えた。

 

「早くしろよ、女──。どうせ、昼間に捕まえられてから、まだ小便はしてねえだろう。溜まっているはずだ。お前の主家の娘はさっき垂れたんだ。その護衛のお前が恥をかかないわけにはいかんだろう」

 

 黒松林が愉しげに酒を呷りながら声をあげた。

 だが、女の白女真に、四つん這いで片足をあげて小便をしろとは、あまりもの命令だ。

 さすがに、それだけはできないと思った。

 白女真はぶるぶると身体を震わせて動かないままでいた。

 

「おい、愛麗をぶらさげろ」

 

 黒松林の無慈悲な声がした。

 愛麗が悲鳴をあげた。

 

「ま、待って──。します──。やりますから──」

 

 白女真は声をあげた。

 愛麗の悲痛な悲鳴に、わずかに残っていた自尊心も吹き飛ばされた。

 

 白女真は片足をあげた。

 股間の力を抜く……。

 

「うう……」

 

 自分の股から一条の水流が迸る。

 すると、賊徒たちが一斉に白女真に近づいてきて、放尿を続けている白女真の股間を覗き込むようにした。

 

「いやっ、来ないで──」

 

 白女真は片足をあげて放尿を続けながら叫んだ。

 集まった賊徒たちがどっと笑った。

 白女真は気を失うほどの恥辱を味わいながら、やっとのこと排尿を終えた。

 

「よし、いいだろう。愛麗の縄を緩めてやれ……」

 

 黒松林が言った。

 白女真は少しほっとした。

 

「じゃあ、その場で股ぐらを愛撫して濡らせ。この酒を飲むあいだたけ待ってやる。この盃の酒がなくなったら、俺のところまで四つん這いで歩いて、俺の珍棒の上に座るんだ。お前の女陰を埋めるようにな」

 

「そ、そんな……」

 

 白女真は次々に与えられる屈辱的な黒松林の命令に、耐えられなくなって声をあげて泣き出してしまった。

 

「幾ら泣いてもいいが、盃がなくなれば、その股倉で俺の上に座ってもらうからな──。せっかく犬の真似をして小便までしたんだ。それを無駄にはしないことだ。拒否すれば、容赦なく愛麗をぶらさげる……。それに、少し時間を与えてやっているのは、俺の慈悲だぜ。渇いた股ぐらに珍棒を挿されるのはつらいぞ」

 

 黒松林は笑った。

 

「ああ……」

 

 白女真は涙を流しながら、自分の股間に手をやった。

 震える指を使う。

 

「もっと真面目にやらねえか──。小娘の首縄を引きあげるぞ」

 

 黒松林が怒鳴りあげた。

 

「ああ、く、口惜しいい──。み、見ないでええ──」

 

 白女真は死にも勝る羞恥を快楽に浸ることで逃れようと、捨て鉢になった気持ちで股間を愛撫する作業に没頭した。

 男たちが一斉に哄笑する。

 白女真は死んだ気になって、一生懸命に自慰を続けた。

 途中で乳房を揉めと言われたので、股間を刺激しながら左手で乳房を揉んだ。乳首を転がすように刺激する。

 肉芽も弾くように動かす。

 

「あ、ああ、ま、まだですか」

 

 眉間に皺を寄せて、呻くように言った。

 すでに股間からは淫靡な水音が聞こえだしている。

 

「せっかくだ。最後までやっておけ」

 

 黒松林が酒を飲みながら言った。

 そのときだった。

 離れた場所で、なにかのざわめきのような気配がしたと思った。

 顔をあげて視線を向けると、十歳くらいの縛られた童女が五名ほどの賊徒に縄尻を取られて、こっちに向かってきているところだった。

 

 少女は薄桃地の左右を合わせて腰帯で締める着物を着ていた。

 両腕は前手で縛られている。

 その縄尻をひとりの賊徒が持ち、それをさらにほかの四人が囲むようなかたちで、こっちにやってきていた。

 白女真は、この賊徒たちが、愛麗よりもさらに幼いこんな娘までいたぶろうとしているのかと思って鼻白んだ。

 

「頭領、竜飛国の麓の村からさらった娘です」

 

 黒松林のそばまでやってきてから、その中のひとりが言った。

 黒松林はそのときになって、初めてその男たちと童女の存在に気がついたようだ。

 

「な、なんだ? おっ? お前らか……。昼間、竜飛国の農村に人狩りに行かせた連中だな──。だが、随分と遅かったな? それになんでお前らが俺に報告にきたのだ? お前らの長はどうした? だいたい、なんでその子供だけを連れて来たんだ? ほかの獲物はどうした?」

 

 盃の酒を飲んでいた黒松林は不機嫌そうに、彼らに顔を向けた。

 

「あなたが頭領なのね?」

 

 童女が微笑みながら言った。

 その童女の醸し出す不思議な雰囲気に、白女真は股間を愛撫しようとしていた手をとめて見入ってしまった。

 

「ああ、そうだが……。なんだ、お前は?」

 

 黒松林気を悪くしたようだった。

 

「わたしは地湧子(ちゆうし)よ。たったいま、この砦はわたしがのったから」

 

 すると、突然、童女を縛っていた縄がぱらりと外れた。

 白女真はびっくりした。

 だが、もっと驚いたのは黒松林の反応だ。

 なんの反応もしないのだ。

 むしろ、ぼうっとしている。朦朧としているといっていい。

 

 そのとき、白女真は、いつの間にか、周囲に無数のふわふわと小さな糸くずのようなものが飛んでいることにとも気がついた。

 賊徒たちは気がつかないようだが、その糸くずは風に乗って拡散しながら、ひとつひとつと賊徒たちの首に巻きついている。

 

「おい、縄が解けたぞ──。だいたい、ただの兵のお前らが、なんで頭領のところに直接やってきたんだ──? そんな子供は戻して檻に入れておけ──」

 

 石文(せきぶん)が五人の男たちに怒鳴った。

 すると、その童女が石文を指さした。

 次の瞬間、石文の首が不意に切断されて、胴体と首が別々に地面に転がった。

 

「うわあっ」

 

 白女真は思わず悲鳴をあげた。

 ほかの賊徒たちも驚いて声をあげたり、ひっくり返って尻餅をついたりした。

 

「鎮まれ──。静かにしろ──、お前ら──。愛麗と白女真の首縄を外せ──。そして、全員をここに集めろ──。賊徒たちだけじゃねえ。監禁してある女たちも全部、檻から出してここに連れて来い──」

 

 黒松林が立ちあがった声をあげた。

 賊徒たちはいきなりの命令に戸惑っている。

 だが、大黒林がさらに声をあげると、命じられたことをするために、賊徒たちが散っていった。

 しかし、なんだか、黒松林の様子が不自然だ。

 白女真は呆気にとられた。

 

 そのうちに、白女真の首縄が外された。

 とにかく、白女真は愛麗に駆け寄る。

 愛麗はなにが起きたかわからぬ様子だが、拘束を解かれてその場に座り込んで泣きじゃくっている。

 白女真はその身体をしっかりと抱きしめた。

 

 抱きしめながら、白女真はさっき見た細い糸がまだどんどん飛び回っていることに気がついた。

 糸は賊徒の首に風に漂いながら、賊徒たちの首にあたるとすぐに巻き付き、溶けるように肌に同化していっている。

 

 霊具だ──。

 

 白女真はやっとわかった。

 あれは、あの童女が飛ばしている特殊な霊具に違いない。

 いまも童女の身体から、その不思議な糸がどんどんと発生して、風に乗って散らばり続けている。

 つまり、あの童女は道術遣いだ。

 しかも、ただ者ではない。

 

 その証拠に、なんの躊躇もなく、その霊具で石文の首を切断した。

 白女真は見ていたが、殺すにあたり、一瞬も表情を変えたりもしなかった。

 まるで草でも刈るように、石文の首を刈ったのだ。

 こういう殺人に余程に慣れている……。

 白女真はぞっとした。

 

 童女がさっきまで黒松林が座り込んでいた場所に、どっかりと座った。

 黒松林は、童女の横にまるで護衛でもあるかのように、突っ立って周りを見回し続けている。

 

「全身が集まったら、さらった女はすぐに解放しなさい、黒松林──。そして、部下が全員集まったら、ふたつの組に分けるのよ。ひとつは強いのから二十人ほどの組……。そいつらには特別な任務を与えるわ──。ほかの男たちはいらないわ……。集まったら全員の首を捩じ切るか、放り出すかするわ」

 

「わかりました、地湧子様……」

 

 黒松林は言った。

 やはり様子がおかしい。

 そして、これは『縛心術』だと思った。

 また、童女の物言いは、妙に大人びている。

 もしかしたら、子供なのは見た目だけで、実際はかなりの大人なのではないだろうか……。

 なんとなくそう感じた。

 

 そして、やはり、黒松林がこの童女に操られているというのもわかった。

 それは黒松林の様子から明らかだ。

 さらに、さっきからふわふわと飛んでいる糸もまた、この地湧子の霊具であり、それは地湧子の意思で糸が巻きついた相手の首を切断のできる霊具に違いない。

 すると、地湧子がじっと白女真を眺めていることに気がついた。

 

「あ、あのう……。ありがとうございます……」

 

 白女真はまだすすり泣いている愛麗をながめながら、とりあえず地湧子に礼を言った。

 地湧子が白女真に視線を向ける。

 思わず、身体がすくむのがわかった。

 地湧子が醸し出す風格は、とてもじゃないが年端もいかない童女のものではない。

 やはり、地湧子はかなりの年配の道術遣いだと思う。

 

 しかし、とにかく、この地湧子のお陰で助かったのだ。

 一方で、黒松林が集まってきた賊徒たちを集めるために離れていく。

 

 賊徒たちは、首を傾げつつ、ざわめきながら広場に集められている。

 それを黒松林が、さっき地湧子が指示をした二十人を抽出するために声をかけ、抽出した組とそのほかの組にわけている。

 また、檻に閉じ込められていた多くの女たちや何人かの男も連れて来られている。

 

「礼はいいわ……。それよりも、お前は亜人なのね。帯びている霊気が見えるわ」

 

 地湧子が言った。

 白女真はまたびっくりした。

 白女真は亜人ではないが、その身体に亜人の血が少し混じっている。

 だから、霊気を帯びているのだが、遣える道術はないし、白女真の霊気は弱いものなので、白女真が半妖であることに気がついた者はいままでいなかったのだ。

 

「……は、半妖です……」

 

 白女真は言った。

 

「……可愛い身体をしているわね。美味しそう……。わたしは男は大嫌いだけど、女は好きなのよ……。特に、お前のように気が強そうな女が好きよ……。黒松林たち二十人が、宝玄仙の供をここに連れてくるまで、ちょっと遊んでいましょう……。その娘は放っておけばいいわ。もう大丈夫だから……」

 

 地湧子はそう言って、まだ酒の入っていた黒松林の盃を手に取ると、ぐいと呷った。

 次の瞬間、白女真の中になにかの強い霊気が注がれるのがわかった。

 

「あ、ああ……」

 

 身体が熱くなる……。

 なにが起きたかよくわからないが、突然に眼の前の地湧子に抱きつきたい気持ちが沸き起こる。

 

「おいで……」

 

 地湧子が空になった盃を横に置いて、座ったまま両手を拡げた。

 

「は、はいっ」

 

 白女真は、その言葉になぜか嬉しくなり、裸のまま地湧子の胸に飛び込んでいった。



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630 盗賊団乗っ取り-愛しい者たち

 地湧子(ちゆうし)は、胸に飛び込んできた白女真(はくじょしん)という若い女騎士を小さな自分の膝の上に身体をうつ伏せに丸めさせて乗せた。

 猫を膝の上に乗せるようなかたちだ。

 ただ、小さな地湧子の膝には、とてもじゃないが大人の身体の白女真は乗りきれない。

 だから、膝の上に乗るというよりは、胡坐にかいた脚の上に白女真の裸体が覆い被さるような感じだ。

 地湧子は白女真の尻の亀裂を指を撫でて、菊門を探り当てると指でくいくいと押し揉んだ。

 

「あう……」

 

 地湧子の膝に乗っている白女真が喉を反らせた。

 『縛心術』で白女真が地湧子に対して、強い恋愛感情を抱くように操るとともに、全身の性感帯の感度をかなり上昇させている。

 いまの白女真は、身体全体を強烈な媚薬で犯された状態に近いだろう。

 そのうえに、頭を『縛心術』で混乱させている。

 たったいま見たばかりの童女に、いきなり尻の穴をまさぐられるようなことをされても、まったく抵抗のようなものは垣間見えない。

 

「だ、駄目です……あ、ああ……」

 

 白女真の全身はみるみるうちに上気して、脂汗のようなものが肌から浮き出はじめる。

 地湧子がまさぐっている尻穴のさらに奥の女陰からは、すでに蜜がにじみ出ているのが匂いでわかる。

 地湧子は肛門を愛撫していた指を白女真の花唇に移動させた。

 やはり、たっぷりと濡れている。

 地湧子はそのまま卑猥な指遣いで、蜜に濡れた白女真の女陰を掻き回した。

 

「ああ……あっ、あっ、そ、そんなことしたら……はああ……」

 

 白女真が身体を仰け反らせて震わせた。すでに快感に酔ったようになっている白女真は、淫らに全身をくねらせた。

 

「すっかりと濡れているじゃない、白女真? 約束通りに罰を受けるのよ……。わたしの前で自慰をしなさい……。わたしのことが好きなんでしょう? だったら、言うことをきくのよ。さあ、そこで跪いて自慰をするのよ」

 

「そ、そんな……は、恥ずかしいです……。ゆ、許して……」

 

 地湧子は白女真を膝から落ろして、地湧子の前にひざまずかせた。

 濡れたら罰というような約束など、もちろん存在しないが、『縛心術』で操られている白女真にはわからない。

 地湧子の理不尽な命令に、白女真は泣きそうな顔になっている。

 ここの賊徒の頭領の黒松林(こくしょうりん)にいたぶられているところを垣間見た限りにおいては、この白女真は自尊心の高い女騎士のようだ。

 その女騎士が、賊徒の巣で自慰をするなど恥辱だろう。

 

 地湧子が黒松林を操る直前には、黒松林も同じようなことをさせようとしていた。

 そのときは、屈辱に顔を歪めていたが、いまの白女真は違う。

 自慰をしろと言われて、顔を赤らめて、蕩けたような表情になっている。

 いまの白女真には、そうやって嗜虐されることが快感なのだ。

 そのように『縛心術』で心を操っている。

 口では哀願をしながらも、表情は口で責められる快感に酔い始めているのは明らかだ。

 

「早くしなさい。お前を捨てるわよ」

 

 地湧子は言った。

 その言葉に白女真はびくんと身体を震わせた。

 

「あ、ああ……捨てないで……。します……。しますから……」

 

 白女真は“捨てる”という言葉に恐怖を色を示した。股間と乳房に手をやって動かしだす。

 

「はあっ……はっ……はあ……」

 

 地湧子はさらに白女真の性感帯の感度をあげてやった。

 

「ふくうっ」

 

 白女真は引きつったような声をあげて、全身を仰け反らせる。

 

「……広場に集まっている賊徒に聞こえるような声を出すのよ。そうした方が感じるでしょう、白女真? お前は変態的なことをすると感じてしまう変態なのよ」

 

「ひい……ひっ……わ、わたしは……」

 

 内面から襲いかかる激しい快感に、白女真は淫らな反応をみせる。

 一方で、自分の自慰を賊徒たちに眺められているという事実を教えられて混乱を示しだした。

 本来の白女真の気高い気質が自慰の姿を他人に見られるということに、強い抵抗感を示し出したのだ。

 地湧子は『縛心術』を調整する。

 赤の他人に羞恥の姿を見られて快感を覚えるように変化させたのだ。

 

「わ、わたしは……、へ、変態です……。ああ……は、はしたないわたしを見られたい……。き、気持ちいい……ああっ、あはああっ──いくううっ──」

 

 突然に声が大きくなった。

 身体ががくがくと震わせて、絶頂の予兆を表し出す。

 

「本当に変態ね……。ほらっ、あそこで集まっている男たちが、お前のことをもの珍しそうな顔で眺めていたわよ」

 

「あ、ああ……言わないで……は、恥ずかしいです……」

 

 白女真が身体をくねらせた。

 そして、吠えるような声をあげて、全身を仰け反らせた。

 達したのだ。

 すると、我に返ったように、白女真は裸身を両手で隠して顔を伏せた。

 急に羞恥が込みあがったのだろう。

 

 その可愛らしい仕草に、地湧子は頬を綻ばせた。

 これはなかなかの素質かもしれない。

 この小綺麗な娘騎士をしばらく猫にして遊ぶのものいいかも面白い。

 これで、それなりの武勇があれば、地湧子の護衛として連れていきたい。

 

「おいで……」

 

 地湧子は言った。

 すると白女真が嬉しそうに破顔して、地湧子に抱きついてきた。

 

「いい子ね、白女真……。ちゃんと命令に従って偉いわ。これはご褒美よ」

 

 地湧子は白女真の顔を引き寄せて口を奪った。

 舌を白女真の口中に差し込んで白女真の口の中をしゃぶり回す。

 白女真が鼻声をあげて、すすり泣くような顔になった。

 そして、地湧子の舌の愛撫に耐えられなくなったように、濃厚に舌をからめ返してくる。

 

「……恋人はいるの?」

 

 地湧子は白女真から口を離して言った。

 

「い、いまは……いません……」

 

 白女真の言葉には躊躇いのようなものがあった。

 いまはいないということは、かつてはいたということだろう。

 もしかしたら、本当はいるのかもしれないが、地湧子に捨てられたくないという気持ちが、とっさに白女真にそう言わせたのかもしれない。

 

 まあ、どちらでもいい……。

 すでに完全に白女真は、地湧子の『縛心術』にかけられている。

 いまの白女真にとって、この地湧子の十歳の童女の姿は理想の恋人であり、憧れの存在そのものなのだ。

 

「お前、わたしに捨てられたくないかい……?」

 

「も、もちろんです──。捨てないでください──」

 

 白女真は目を丸くして驚くとともに、地湧子に捨てられるということに恐怖を示した。

 しかし、実際には、捨てるもなにも、地湧子は白女真にとって、なんの存在でもないのだ。

 ただ、さっき遭って、たまたま賊徒に犯されることから救われたかもしれないが、いまは地湧子の気紛れで同じようなことを強いられている。

 だが、『縛心術』で記憶も混乱させられている白女真には、地湧子のことを長年仕えた女主人のような感覚でいるのだろう。

 

 そのとき、こちらに黒松林が近づいている気配を感じた。

 顔をあげると、黒松林が地湧子の前にやってきて前に立った。

 その視線が地湧子に抱かれている白女真の裸身に向いているのがわかった。

 

「お前、わたしの猫を勝手に見るんじゃない──。指示をしたことは終わったの?」

 

 地湧子は強い口調で言った。

 黒松林が慌てて視線を逸らせる。

 

「お、終わりました、地湧子様……」

 

「わかったわ。お前の剣を白女真に渡しなさい」

 

 地湧子の命令により、黒松林は腰の剣を鞘ごと外して白女真に差し出す。

 白女真がそれを受け取った。

 

「ついてきなさい、白女真……」

 

 地湧子は立ちあがった。

 

「は、はい……。で、でも、このまま……?」

 

 白女真は全くの裸体だ。

 そのままどこかに向かうということに当惑している。

 

「そうよ……。お前がわたしの家来に相応しいことを示したら、わたしの旅に同行させるし、服も着させてあげるわ」

 

 地湧子は笑った。

 白女真が困惑した表情で剣だけを持って、身体を両手で隠すようにして立ちあがる。

 地湧子はそのとき初めて、まだ愛麗(あいれい)が泣きじゃくりながら、そばに座り込んだままでいることに気がついた。

 

「おや、お前、まだいたの? もう、大丈夫だから、どっかにお行き」

 

 地湧子は愛麗の前で立ちどまって声をかけた。

 しかし、下半身を剝き出しのまま愛麗は泣くばかりだ。

 愛麗が剥ぎ取られた下袍と下着はすぐそばに落ちている。

 せめて、それくらい身につければいいのだが、それもする様子はない。

 地湧子は嘆息した。

 

「おやっ?」

 

 そのとき、地湧子は初めて、愛麗の身体にも、白女真と同じように、妖魔の霊気がかすかに存在することに気がついた。

 

「お前も亜人なの……? つまり、身体に亜人の血が混じっているのかという意味だけど……」

 

 地湧子は言った。

 だが、愛麗は泣くばかりだ。

 地湧子は肩を竦めた。

 そして、そばで待っている黒松林に視線をやった。

 

「お前は先に行っていなさい……。それと、武術に長ける者を二十人選んだはずだけど、そこからふたりを選んでおきなさい」

 

「はい、地湧子様」

 

 黒松林は一礼をして去っていった。

 

「さて、どうなの、白女真? 愛麗にも亜人の血が流れているの?」

 

 今度は白女真に声をかけた。

 

「愛麗様の家は半妖の家系です。それでわたしのような半妖でも、仕えさせてもらえるのです」

 

 白女真は言った。

 

「なるほどね……」

 

 地湧子は頷いた。

 亜人というと、東方帝国では妖魔のことだ。

 愛麗は、騎士を部下に抱くような貴族の娘のはずだから、おそらく愛麗の父はどこかの領主くらいの地位はあるのだろう。

 妖魔の血が混じっていても、領主という地位が得られるほどの貴族になり得るということに、地湧子は改めて、ここが異邦だということを感じた。

 

「……じっとしておいで、愛麗……」

 

 地湧子は愛麗の霊気を伝って『縛心術』を刻みながら、愛麗の心に触れていった。

 どうやら、あまりの恐怖で頭の線が二本、三本と切れたようになってしまったようだ。

 地湧子は、それを道術で繋ぎ直しながら、『縛心術』を注ぎ込んでいった。

 やがて、愛麗の泣き声がとまり、地湧子に顔をじっと向けた。

 『縛心術』と『治療術』を併用して、毀れかけた愛麗の頭を修復してやっただけだが、やっと眼付きが正気を取り戻したようになった。

 

 まあいい……。

 この貴族娘もなにかの役には立つだろう。

 この辺りに滞在するあいだ、侍女代わりに使ってやるか……。

 

 地湧子は、さらに道術を注いで、白女真と同じように、愛麗が地湧子に強い恋愛感情を抱くようにしてやった。

 たちまちに、愛麗の頬がぽっと明らみ、地湧子を見る視線にうっとりとした恋慕の心が浮かぶだす。

 

「立ちなさい、愛麗」

 

「は、はい……」

 

 愛麗が慌てたように立ちあがった。

 地湧子はいきなり、愛麗のなにも身に着けていない股間を掴んだ。

 

「ひゃあ、な、なにを……」

 

 愛麗が真っ赤な顔で狼狽えた声をあげた。

 だが、手でそれを払い除けようとはしない。

 できないのだ。

 愛麗の心には、地湧子に対する絶対的な恋愛感情と服従心を注ぎ込んでいる。

 いまの愛麗には、どんなことをされても地湧子には逆らえない。

 

「わたしは地湧子という者よ。お前がわたしの侍女となって仕えるのであれば、そばに置いてやってもいいわよ」

 

 地湧子は指を動かして、愛麗の未発達の肉芽を探り当てた。

 道術でその部分の感度を急上昇させながら、指でゆっくりと刺激を与えていく。

 

「ひうんっ──うっ、ううっ……」

 

 愛麗は衝撃を受けたように腰をがくりと落としかけた。

 しかし、股間を下から地湧子に触られているので、濡れた股間を地湧子の手のひらに押しつけるようなかたちになっただけだ。

 

「白女真、後ろからこの娘の胸を揉みなさい。小さくても胸は胸だし、少しは快感もあるさ……」

 

「そ、そんな、わたしがお嬢様にそんなまねを……」

 

 白女真が驚いたように声をあげた。

 さすがに主家の娘に手を出すことには、操られているとはいえ、抵抗が強いのだろう。

 しかし、『縛心術』でその主家に対する服従心というものを小さくしてやると、白女真は愛麗に対する詫びのような言葉を口にしながら、愛麗の背後に回った。

 

「お、お嬢様、申し訳ありません……」

 

 白女真が服の上から愛麗の小さな胸の膨らみを揉み始める。

 すかさず、愛麗の胸の感度を上方させる。

 感度をあげられた胸を白女真に揉まれ、股間を地湧子に弄くられている愛麗は、たちまちに耳まで真っ赤にしてよがり始める。

 

「ふううっ、な、なんで……ああっ、ああっ、わらわは……ああっ……はあ……」

 

「お前、何歳なの、愛麗……?」

 

「じゅ、十二……」

 

「自慰はしたことあるわね……? どのくらいやるの……?」

 

「わ、わらわは、そんなこと……」

 

 快感に感極まった様子で愛麗が小さく首を振った。

 

「嘘をつくんじゃないわよ、愛麗──。お前を捨てていくわよ……。わたしは嘘つきは嫌いなのよ」

 

「そ、そんな……す、捨てないで……。ああっ、はっ、はっ……そ、そんなにされたら……」

 

 愛麗が幼い身体を悶えさせる。

 

「自慰はするんでしょう? どのくらいするの?」

 

「い、いままでに八回……い、いえ、十回くらいは……」

 

「気持ちよかった?」

 

「は、はい……」

 

 愛麗の息はすっかりとあがっている。

 ふと見ると、白女真の顔も酔ったように赤い。忠誠心を薄められたとはいえ、主家の娘をこうやってふたりがかりで責めるという行為に、白女真が倒錯の悦びを感じ始めているのは確かだ。

 

「わたしに仕えるかい、貴族娘? お嬢様じゃないわよ。侍女として仕えるのよ。わたしの服を洗い、食事の支度をし、わたしの性の相手もするの。それをするなら、お前も連れていってやるわ……」

 

 地湧子は愛麗の股間の刺激をさらに強めた。

 一番身体の小さい十歳の童女の姿の地湧子が、十二歳の愛麗をいたぶり、それを大人の女の白女真が背後から胸を揉むなどという行為は、はたから見れば滑稽かもしれない。

 なんとなく地湧子は愉快な気持ちになった。

 愛麗はもういきそうなようだ。

 荒い息をする小さな口から、つっとよだれが垂れた。

 

「わ、わらわは、地湧子様の侍女になります──。だ、だから、捨てないで──あぐうううっ──」

 

 愛麗が喉を突き出して頭を振った。

 そして、彼女の身体がぶるぶると震える。

 ついに気をやったようだ。

 地湧子は手を離した。

 愛麗の身体ががっくりと崩れたようになったので、白女真が慌てて、それを背後から支えた。

 

「お、お嬢様?」

 

 白女真が心配そうな声をあげた。

 

「後でもっと遊んでやるわ、愛麗──。そのまま、休んでていいわ。白女真はこっちに来るのよ」

 

 地湧子は歩き出した。

 

「は、はい──」

 

 白女真は、愛麗をその場に座らせると、慌てるように地湧子を追いかけてきた。

 少し離れた場所に、この砦にいた者たちが勢ぞろいしていた。

 全部で三つの塊りにわかれている。ひとつは黒松林が抽出した精鋭の二十人だ。

 もうひとつは残りの賊徒たちであり、さらにもうひとつはさらわれて監禁されていた者たちだ。

 さらわれていた者は大部分は若い女だ。

 子供もいる。数名は男もいるが女のように顔の綺麗な者ばかりだ。

 

「これで全部です、地湧子様……」

 

 地湧子の操り状態にある黒松林が地湧子に頭をさげた。

 

「一緒に、ついておいで」

 

 地湧子は黒松林を従えて、まずはさらわれていた者たちの前に進んだ。

 

「あんたたちは、これで自由よ──。いきなさい──」

 

 地湧子が言うと、事態を理解できないような表情ながらも、さらわれていた者たちが立ち去り始める。

 すぐにぞろぞろと砦の出口から消えていった。

 次に地湧子は、黒松林が選ばなかったその他大勢の賊徒の前に来た。

 

「前の列、一歩前に出なさい──」

 

 集団はなんとなく、列を作ったようになっていた。

 前の列の賊徒たちが進み出る。

 地湧子の指示に従うというよりは、地湧子の後ろにいる黒松林に従っているという感じだ。

 彼らは、なぜ頭領の黒松林が、こんな年端もいかない童女に従っているのか理解できないだろう。

 

 次の瞬間、最前列の十名ほどの首が飛んでその場に倒れた。

 すでにこの砦の賊徒全員の首に糸の霊具が巻き付いている。

 地湧子の好きなように、誰の首でも簡単に捩じ切れるようになっているのだ。

 

「うえあああ──」

 

「ひえええ──」

 

「ぎゃああ──」

 

 いきなり首を失って死んだ十人を目の当たりにして、残った者が騒ぎ出した。

 そのまま逃亡しようとする者も現われる。

 地湧子は逃亡する者は逃げるままにさせた。

 

「お前たちはそのままでいなさい。お前たちの中で逃亡を図ろうとした者がいれば、全員の首を切断するわ。お互いに見張っていなさい」

 

 地湧子はもうひとつの組の二十人に声をかけた。

 その二十人は、恐怖で凍りついたようになっている。

 再び、その他の賊徒に向き直る。

 

「ほらほら、走るのよ──。どんどん、逃げなさい──。そのまま、ひたすら走るのよ。明るくなるまでに、この砦から十里(約十キロ)以内の場所にいたら、日の出ともに首が取れるわよ」

 

 事実だ。

 すでにそういう道術を霊具に刻んでいる。

 この賊徒たちが生き残るためには、地湧子の霊気が届きようもない距離である十里(約十キロ)の外に出るしかない。

 それに、そう言っておけば、先に砦を出た女たちに再びちょっかいを出す者はいないだろう。

 

 地湧子は、何度もそう怒鳴りながら、逃亡をしない者については、適当に選んでどんどんと首を狩っていく。

 そのうちにやっと砦から人影がほとんどなくなり、静かになった。

 黒松林や白女真、そのほかの二十人の賊徒たちは、恐怖で震えている。

 広場に残っている首のない死骸は三十ほどであろうか……。

 

「さて、お前たちには、やってもらうことがあるわ──。黒松林、お前が指揮をして、この女たちを砦に連れてきなさい。もうすぐ、陥空山(かんくうざん)の山街道を貧婆国(ひんばこく)に向かって歩いてくるはずよ」

 

 地湧子はそう言って、懐から宝玄仙とその供三人の人相書きを黒松林に手渡した。

 黒松林はその人相書きに眼をやった。

 

「殺しては駄目よ。生きたまま連れてくるのよ。おそらく、この中の宝玄仙というのは、お前たちでは手が出せないと思うから、その供を狙いなさい。供のひとりでもさらうことができれば、宝玄仙はその供を助けにこの砦に勝手にやってくるから……。いい──。どんなことをしても、見つけ出して戻ってきなさい。任務を果たせば、お前たちは自由にしてやるわ──。だけど、任務を放棄して逃亡しようとしたら、こうなるわよ」

 

 地湧子は集まっている二十人の中から、一番背の低い男を指さした。

 

「ばん──」

 

 その男の首が胴体から離れて転がって崩れ落ちる。

 二十人が一斉に悲鳴をあげた。

 半分くらいは、腰を抜かしたように尻餅をつく。

 

「頼むわよ、黒松林」

 

「任せてください──。なんとしても、この四人のうちの少なくともひとりをさらってきます」

 

 黒松林は言った。

 この男は完全な操り状態だ。

 逃亡を図ろうとする者がいても、しっかりと見張るだろうし、これだけ脅せば賊徒たちも、必死になって宝玄仙の供をさらってくるに違いない。

 

「ところで、さっき指示した二名は選んでいる、黒松林?」

 

 地湧子は言った。

 

「おい──」

 

 黒松林が言った。

 ふたりの賊徒が恐怖に包まれた表情で前に出てきた。

 

「白女真、このふたりと剣で戦うのよ。お前が勝てば、わたしの護衛として連れていくわ。わたしに捨てられたくなければ戦いなさい──。それと、お前たちふたりは、白女真を倒すことができれば、それで許してやる。つまり、そのまま立ち去ることを許すわ」

 

 地湧子が言った。

 

「や、やります……」

 

 白女真が渡されていた剣から鞘を抜いて前に出てきた。

 ふたりの賊徒の表情も変わった。

 白女真を倒せば許してやるという言葉に生気を取り戻したようになっている。

 ふたりは白女真を挟むように、剣を抜いて進み出る。

 地湧子は白女真の武術の腕を見たかったのだ。

 騎士だというから、それなりに腕は立つのだろうが、もしも、それなりの猛者だとすれば拾い物だ。

 

「うおおお──」

「うっしゃああ──」

 

 賊徒二名が素っ裸で剣を持つ白女真に襲いかかった。

 白女真は避ける様子もない。

 ふたりの剣が白女真に斬りかかる。

 

「うわっ」

「ひっ」

 

 勝負は一瞬で終わった。

 気がつくと、白女真の前でふたりが手首を押さえて、うずくまっていた。

 ふたりの剣は遠くに飛んでいっている。

 なにが起こったのかもよくわからなかった。

 とにかく、倒すどころか、それすらも必要のないくらいの力量差だったのだ。

 地湧子は白女真の強さに思わず頬を綻ばせた。

 

「よくやったわ、白女真。とどめを刺しなさい──。そうすれば、お前はこの瞬間に、わたしの大切な猫よ……」

 

 地湧子が言った。

 白女真は剣を一閃させた。

 うずくまっていた賊徒ふたりが、喉から血を噴き出してその場に崩れる。

 ふたりは悲鳴をあげる暇もなかった。

 

「よくやったわ、白女真……。さあ、本格的に可愛がっていあげるわ。愛麗も連れて、建物の中に行くわよ……。黒松林は生き残った者を率いて、すぐに出立しなさい。五日以内には戻るのよ。五日以内に、その四人が街道を通過するのは間違いないのよ──。夢々、見逃すことがないようにね──。それから、出発前に転がっている死体は埋めておいてね。臭くなるのは嫌いなの」

 

 地湧子がいうと、黒松林は残りの十七名に声をかけて指示をしはじめる。

 だが、もう地湧子は黒松林に興味を失った。

 あとは、あの連中が宝玄仙の供のひとりでも捕らえてくるのを待つだけだ。

 

「地湧子様……」

 

 白い肌に返り血をつけた白女真が、愛おしそうに地湧子に駆けてきた。



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631 悪戯への懲罰

「気分はどう、朱姫? まあ、訊くまでもないか……ふふふ……」

 

 手首と足首をひとつにまとめられて縄で括られ、大きな樹の枝にぶらさげられている朱姫の肛門の上を羽根が上下に動き続ける。

 

「あ、ああ……ああ……。さ、沙那姉さん、も、もう許してください……。は、反省しています。反省しますから──」

 

 朱姫は泣き喚いた。

 昼間にやった悪戯の罰として、沙那から素っ裸にされて手足をまとめてぶらさげられた。

 いわゆる狸吊りだ。

 その態勢で半刻(約三十分)以上も経つ。

 そのあいだ、沙那はずっと朱姫の無防備なお尻の穴に媚薬を塗り足しては、さわさわと柔らかい羽根で刺激を与え続けている。

 

 朱姫は半狂乱だ。

 なにしろ、沙那はそうやって朱姫のお尻を責めたてるのに、一度もとどめは刺さず、感度が敏感になる媚薬を塗り足しては、その効果を確かめるようになにもせずに観察し続け、時折、いまのように忘れた頃に、羽根でくすぐったりするのだ。

 お尻の敏感な朱姫にはつらい責めだ。

 朱姫はもう耐えられずに、左右に首を激しく振りながら、引きつった声を口から迸らせた。

 

「まあ、慌てることはないのよ、朱姫。朝までたっぷりと時間はあるんだから。お前のお陰で、結局はこうやって、危険な山中で野宿をすることになったんだからね。わたしがしっかりと寝ずの番をしてあげるわ。あんたのお尻を責めながらね」

 

 沙那は冷酷な口調でせせら笑った。

 これはもう駄目だと朱姫は思った。

 いつもは分を外さず、宝玄仙や朱姫のやる変態的な嗜虐の性癖にも、一歩も二歩も引いたような態度の沙那だが、一度火がつくと、いくらでも残酷で冷酷になるのだ。

 

 いまがそうだ。

 昼間、『縛心術』で操って、大勢の通行人の前で放尿をさせたことを相当に腹を立てているに違いない。

 

「さ、沙那姉さん、も、もう許して──。だ、だったら、いっそのこと指で弄って──。後生ですから──ひぐうううっ──」

 

 朱姫は吊られている裸体を振り立てながら悲鳴をあげた。

 しかし、沙那はさらに意地悪く、羽根をお尻の穴を中心に上下に幾度も擦り続ける。

 お尻に羽根の先が当たる度に、全身が震えるような甘美感が襲ってくる。

 しかし、あまりにも些細であり、かつ、短い時間にすぎないその刺激は、朱姫に切ないもどかしさを与えるだけで、達するような刺激にはならない。

 身体の昂ぶりがいくらでもあがるのに、性的な発散をさせてもらえないのだ。

 朱姫はもう我慢できずに、すすり泣きのような声をあげてしまった。

 

「今夜という今夜は、もう許してやらないわよ。泣こうが喚こうが、徹底的にやってあげるわ。本当のわたしが、どれくらいしつこいか肌身で味わうといいわ。わたしは、ただ羽根でくすぐるけという責めをひと晩中でも続けられるわよ」

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫は激しく身悶えた。

 お尻に繰り返し塗られる妖しげな薬剤と、柔らかい羽根でくすぐられる疼き、そして、股間も尻の穴も曝け出したようなみっともない姿が絡み合い、朱姫はもうどうしていいかわからなくなった。

 

「お尻だけでもいいけど、時々、ほかのところも責められるのもつらいのよね……。こんな風にね……」

 

 沙那が羽根の先をすっと朱姫の股間側に移動させて、肉芽の中心を数回掃いた。

 

「はうううっ」

 

 朱姫は全身を貫く快感に吊られた身体を跳ねあげた。

 しかし、羽根はあっという間に離れていく。

 

「ああ、そんな風に焦らすなんてひどいです──。ご主人様、孫姉さん、助けてください──」

 

 朱姫は火のような全身の疼きに耐えきれなくなって叫んだ。

 

「お前、こんなときばっかり、助けを求めるんじゃないわよ。まだ、反省してないわね……。ほら、今度はご主人様に借りた香の媚薬よ。この煙を吸うと、全身が疼いて仕方がなくなるそうよ……」

 

 沙那が盃のようなものに入れた草を千切ったものに火をつけたのがわかった。

 それが朱姫が吊られている頭側の真下に置かれる。

 その草が燃える煙が朱姫の顔に当たり出す。

 その瞬間、全身に虫が一斉にたかるような気味の悪さが襲いかかった。

 しかも、そのざわざわ感がどんどん大きくなるのだ。

 

「ひいいっ、こ、これは──。こ、これはやめて──。さ、沙那姉さん──。これだけは、いやああ──た、助けて──。孫姉さん助けて──助けてえ──」

 

 朱姫は絶叫した。

 全身を無数の蟻がうごめいているような感覚だ。

 こんな媚薬を宝玄仙が持っているとは思わなかった。朱姫も初めて受ける感覚だ。

 

「ほう、新しく作った煙の責め具だけど。結構、効いているようじゃないかい……。朱姫、どんな感じなんだい? 実際に使うのは初めてだから、是非教えてもらいたいねえ」

 

 少し離れた場所にいる宝玄仙が笑いながら言った。

 

「ど、どんなって──。虫が──虫が動いているみたいなんです──。き、気持ち悪い──。そ、孫姉さん──。こ、これはきついんです──。沙那姉さんをとめて──」

 

 朱姫は悲鳴をあげ続けた。

 

「大きな声を出すんじゃないわよ──。ここは盗賊がうようよしている陥空山の山中なのよ。こんなところで焚火をして野宿するなんて、盗賊に襲ってくださいと言っているようなものなのよ。おまけに、そんな大声を出してどうするのよ」

 

 沙那が叱るような声をあげた。

 そして、香が焚いている器を持ちあげて、さらに朱姫の顔に煙が覆うように近づける。

「だ、だって、沙那姉さん──。こ、こんなの──耐えられません。沙那姉さんも嗅いでくださいよ──」

 

 朱姫の鼻に容赦なく煙を浴びせる沙那に朱姫は喚いた。

 見えない虫が朱姫の全身を走り回っている。

 しかも、それは股間からお尻にかけてや、乳房や足の指など、朱姫が感じる部分を縦横無尽に動き回る。

 しかも、その小さなひとつひとつ虫が途方もない快感の疼きなのだ。

 それが無尽蔵に連続でやってくる。

 しかも、この刺激は絶頂にはほど遠い刺激でしかないこともわかる。

 朱姫はこの苦しくて、もどかしい甘美感に心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。

 

「なんで、わたしがそんな実験台にならなきゃいけないのよ──。そんなに苦しいなら、朝まで香を絶やさないようにしてあげるわ、朱姫──。なにせ、誰かが寝ずの番をしなければならないんだからね──」

 

 沙那が怒った口調で言った。

 

「あ、あたしがやります──。起きてます──。だ、だから、もう堪忍して、沙那姉さん──はぐうううっ──」

 

 朱姫はあまりの苦しさに吊られた身体を狂気のように揺さぶった。

 

「ははは……沙那を怒らせたお前が悪いんだろう、朱姫──。まあ、沙那、心配しなくても、わたしらがいる一帯は、すっかりと結界で覆っている。声だって、結界の外には洩れないから心配ないよ。焚火の灯りはさすがにどうしようもないけどね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「それから、朱姫──。さっきから、あたしの名を気安く呼ばないでおくれよ──。あたしはもう寝るんだよ」

 

 孫空女だ。

 宝玄仙と孫空女は少し離れた樹木の下に準備されている寝床にいる。

 寝床といっても、毛布を敷いてその上に寝ているだけだが、孫空女はすでに横になっている。

 宝玄仙は一応上半身は起こしいて、こっちを見物しているが、宝玄仙にはこれっぽちも沙那の暴走を止めるつもりはないのは明らかだ。

 

 もうすっかりと夜が更けている。

 その夜闇に朱姫の悲鳴がいつまでの響き続けるようだった。

 朱姫もさすがに今回の悪戯は、ちょっとばかり羽目を外したという気持ちはある。

 恥ずかしがり屋の沙那に、『縛心術』で操って、人前で小便をさせるなんて、沙那が一番嫌がる責めだというのはわかっていた。

 だが、沙那の顔が羞恥と屈辱に歪みのを眺めるのは、本当に面白いのだ。

 

 しかし、悪戯の後で沙那が激怒するのはわかっていたから、すぐにどこに隠れた。

 それから、沙那の頭が冷えたと思う頃を見計らって出て行ったのだが、すでに陽が山に沈みかけていたと思う。

 しかし、思いのほか、沙那は怒ってはいなくて、反省しなさいと軽く言ってから、道中を再開するように促されただけだった。

 その静かさは気味の悪いほどだった。

 

 結局、やはり、すぐに夜になってしまい、この陥空山(かんくうざん)の山中で野宿をすることになった。

 そして、夕食を終え、すっかりと寝支度が整ったところで、突然に、沙那の首の後ろを指で突かれて動けなくなったのだ。

 沙那の経絡突きだ。

 

 全身が痺れたように動かなくなった朱姫から、沙那は容赦なく服を剥ぎ取って全裸にすると、いまのように手足をひとつにまとめられて縛ったのだ。

 そうやって抵抗できなくした朱姫を沙那は樹木の枝にぶらさげて、いまの責めを開始したということだ。

 その場で叱りつけるならともかく、そうやって何刻も怒りが持続できるというのは驚きだ。

 それだけ、沙那の怒りが心頭に達しているというのもやっとわかった。

 

「ああ、沙那姉さん──、だ、だったら、せめて生殺しだけは勘忍してください──」

 

 朱姫は顔を左右に振って喚いた。

 

「そんなに慌てないのよ、朱姫──。朝までって言ったでしょう」

 

 沙那はまた羽根でさわさわと朱姫のお尻を責めだした。

 だが、それはほんの少しの時間だけだ。

 すぐに羽根の刺激は遠のいてしまう。

 朱姫はもうどうしていいかわからなくなって、号泣してしまった。

 

 そのとき、沙那の指がぐっと肛門に当たった。

 揉み動くようにしながら沙那の指先が朱姫のお尻の穴に入ってくる。

 

「ぎひいいいいいっ」

 

 快感の槍が朱姫を貫いた。

 沙那の指ははっきりと朱姫に快感を与えるように動いていた。

 その気持ちよさに、朱姫は吠えような嬌声をあげた。

 

 沙那の指が朱姫のお尻を抉って、それにより火のように鋭い快美感が全身に拡がる。

 恍惚感に頭の先から爪先までが完全に包まれる。

 

「あ、ああっ、あああああ……」

 

 そして、朱姫は喉を突きあげるようにすると、悲鳴をあげて絶頂を極めた。

 全身が脱力する。

 頭がが真っ白になっていく……。

 

 すると、突然に荒い息をする朱姫の身体がするするとさがりだした。

 はっとした。

 見ると、沙那が朱姫を吊りあげた縄をおろしてくれているのだ。

 とにかく、朱姫の汗びっしょりの身体が地面におろされた。

 いつの間にか、朱姫の身体の下には毛布が敷かれていた。

 さっきまで、苦しめていたおかしな香の責め具もない。

 沙那が毛布を敷いたりした記憶がないので、もしかしたら、一瞬気を失ったのだろうか……?

 

「さあ、もう許してあげるわ。これに懲りたら、もう悪戯はやめるのよ」

 

 沙那が朱姫の手首と足首の縄を解きながら言った。

 どうやら、沙那は朱姫を許す気になったようだ。

 

 やっぱり、沙那は優しい……。

 朝まで責めるというようなことを言ったくせに、結局、そこまで冷酷にはなれなかったようだ。

 だから、沙那は素敵なのだ。

 朱姫に対して、最後に最後に甘えさせてくれるところも……。

 沙那が朱姫の顔をじっと睨んでいた。口元は厳しかったが、眼もとは笑っていた。

 

「嫌ですよ……。沙那姉さんも、仕返しの機会がないとうっぷんが溜まって大変でしょう。朱姫は、沙那姉さんの心の安定に協力してあげているんですよ。悪戯することで……」

 

 朱姫は思い切り舌を出した。

 

「あ、あんたって、まだ、懲りないの──。いい加減に……」

 

 沙那が声をあげた。

 

「散りぬべき……時知りてこそ……世の中の……花も花なれ……人も人なれ……」

 

 朱姫は朱姫は呟いた。

 その瞬間、沙那の身体が硬直したように静止した。

 沙那の身体にかけている『縛心術』が表に出たのだ。

 沙那は不意に眠ったようになった。

 鍵となる言葉を朱姫が沙那に聞かせたために、『縛心術』が呼び起こされたのだ。

 朱姫はぐったりと倒れてくる沙那の身体を朱姫は受けとめた。

 

「呆れたねえ……。お前、また、沙那の身体に『縛心術』を隠してかけていたのかい? まったく、懲りないねえ……」

 

 離れて見物していた宝玄仙が苦笑している。

 ふと見ると、その横の孫空女はすでに寝息を立てている。

 敵が近づけば、すぐに気配で跳び起きるのに、こんなことには絶対に目を覚まさない。

 眠りが浅いのか、深いのか不思議な体質だ。

 いずれにしても、孫空女はしばらくは目を覚まさないだろう。

 

「こればっかりはやめられませんよ、ご主人様……。沙那姉さんをからかうのは、あたしの愉しみなんです……。それに、あたしだって、ちゃんとお仕置きを受けたんですから、お互い様ですよ」

 

 朱姫は沙那の身体を毛布の上に横たえると、そばに置いてある朱姫の衣服を身に着け始めた。

 

「まあ、そんな鍵を沙那の身体に仕込んでいたのなら、沙那のお仕置きのあいだも、抵抗しようと思えば、抵抗できたというわけかい……。お前としては、ちゃんと誠意は示したといいたいのかい? ところで、お前、なにやってんだい、朱姫?」

 

 服を着込んだ朱姫が、朱姫が拘束されていた縄を回収するとともに、沙那の身体を肩に担いだのを見て、宝玄仙が驚いたような声をあげた。

 

「沙那姉さんに、ちょっとした悪戯をするんですよ、ご主人様。いままであたしを吊っていたのを同じような恰好で、今度は沙那姉さんを吊ったら面白いと思いませんか? それも、沙那姉さんが気がついたら、まったく別の場所でお尻丸出しで、樹木に吊られているんです……。しかも、周りに誰もいなくて……。沙那姉さん、きっと悲鳴をあげますよ」

 

 朱姫は言った。

 すると、宝玄仙が膝を叩いて笑い出した。

 

「それはいいよ──。吊り終わったら、わたしを呼びにおいで」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 朱姫は片方の肩に沙那の身体を乗せて、忍び笑いをしながら歩き出した。



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632 奇妙な果実

 黒松林(こくしょうりん)は呆気にとられていた。

 眼の前に奇妙なものがぶらさがっている。

 手足をひとつにまとめて縛られたひとりの女だ。

 黒松林は自分の眼を疑うとともに、この素晴らしい幸運に興奮を噛みしめていた。 

 

 地湧子に命じられた四人旅の女を見つけたのは一日前のことだ。

 その人相書きの女たちを見つける仕事は、大して面倒なことではなかった。

 なにしろ、この四人は陥空山(かんくうざん)に差し掛かる麓にある料理屋の前で、とんでもない騒動を起こしていて、周囲の旅人の注目を集めていたからだ。

 

 黒松林は二十名近くの手下を街道沿いのあちこちで見張らせていたが、料理屋の前には、黒松林自らが張っていた。

 すると、四人のうちのひとりであり、剣を持っている沙那という栗毛の女がいきなり、道の真ん中で小便をし始めたのだ。

 この辺りの田舎ではちょっと見ることもないような美女が、突然に周囲に大勢の人間がいるのにかかわらず、下袴(かこ)を下着をおろして放尿を始めたときには、隠れて見ていた黒松林も呆気にとられていた。

 

 だが、同時に、その四人のうちのひとりを捕まえて砦に戻れというのは、思っていたよりも、難しい仕事だということもすぐにわかった。

 手を出すと危険な相手と、単なる獲物を見分ける眼は盗賊に絶対に必要な眼力といっていい。

 うっかりと手を出してはならない相手を襲ってしまって、返り討ちになるというのは珍しい話ではない。

 

 その点、黒松林は相手の力量を見分ける自分の眼には絶対の自信を持っていた。

 地湧子に命じられた宝玄仙、沙那、孫空女、朱姫という四人の女は簡単な相手ではない。それはわかった。

 

 まずは、宝玄仙──。

 黒松林もそれほどの霊気は持っていないが、霊気を帯びる者の霊気の大きさくらいはわかる。

 あの宝玄仙には途方もない霊気があるのは明白だ。

 だから、絶対に宝玄仙には、手を出してはならない。

 

 そして、沙那という女と孫空女という女。

 このふたりがかなりの武術の遣い手だというのも、すぐにわかった。

 道術をたしなむ者は、発する気だけでお互いの力量がわかりあえるものだ。

 この女ふたりも、黒松林には手が追えないと思った。

 

 手が出せるかもしれないと思ったのは、辛うじて朱姫という若い少女だった。

 帯びている霊気も大したことはないし、武術をたしなむ気配はない。

 だから、なんとか朱姫をさらっていこうと考えた。

 

 だが、料理屋の前の騒動に接して、その考えは甘いということを悟った。

 じっと見ていると、朱姫はかなり、大きな霊気を必要とする道術を実に無造作に使っているのがわかった。

 沙那に座り小便をさせたのは、おそらく『縛心術』だろう。

 そして、その沙那が我に返って朱姫を捕まえようとしたときには、『移動術』を遣ってどこかに消えてしまった。

 どちらの道術も、小さな霊気の持ち主では遣えない技だ。

 しかし、朱姫の帯びている霊気はそれほど大したものとも思えない。

 つまりは、朱姫は普段は霊気を帯びているということを感じさせない道術遣いだということだ。

 そういう目に見えない能力の持ち主というのは、力の見えている者よりも却って危険だ。

 黒松林は、朱姫もまた手を出してはならない相手だと思った。

 

 陥空山には、黒松林のほかにも多くの盗賊がはびっこっている。

 やはり、そのどの一味も、あの四人には手を出そうとはしなかった。

 隠れて見張っている大黒山の眼には、あの料理屋の前で、何人かの盗賊らしき者も見たが、彼らも一様にあの女四人組のことは、諦めるべき対象とみなしたとような表情をしていた。

 あの女四人が危険というのは誰の目にも明らかなのだ。

 

 案の定、女四人が野宿を始めだしたというのに、誰も手を出そうとしない。

 さらに、驚いたが、あの女たちは百合の関係でもあるようだ。

 遠くから見張っていると、今度は沙那という女が、朱姫のことを裸にして羽根のようなものでなぶりだした。

 これこそ隙かもしれないと色めきだったが、霊気を研ぎ澄ませると、どうやら厚い結界の中に連中がいるというのがわかった。

 

 どうしたものか……。

 隠れている手下の顔も暗い。

 五日以内にあの女猛者のひとりでも捕まえて戻らなければ、全員の首が切断されてなくなるのだ。

 いまでも、あの恐ろしい童女がすぐそばで見張っているような気がする。

 

 そんなことを考えていると、朱姫という少女が沙那を担いできて、すぐそばの樹の枝にぶらさげたのだ。

 手首と足首をひとまとめに縄で縛って……。

 沙那は気を失っているようだった。

 そして、朱姫は、くすくすと笑いながら戻って行った。

 

 大黒林は眼を疑った。

 すぐ近くの樹木の枝にぶら下がった沙那は、困っている黒松林に神が与えてくれた贈り物の果実のように思えた。

 いかなる馬鹿げた考えで、あの朱姫が眼の前のようなことをしたのかわからないが、千載一遇の機会だ。

 それにしても、裸の女が樹木からぶらさがっているなど、これほどの奇妙な果実があるだろうか……。

 

「おい──」

 

 黒松林は部下たちに声をかけた。

 いずれにしても、これに失敗すれば、黒松林たちは死ぬしかない。

 黒松林は、沙那が吊られている縄を切断して、砦に連れ戻るために、部下とともに草の外に出た。

 

 

 *

 

 

「いいかい、朱姫。しばらくは、隠れて見ているんだよ……。すぐに声をかけちゃ駄目だよ。沙那の慌て振りと、狼狽ぶりをたっぷりと見物してから、出ていくんだからね」

 

「とりあえず、沙那姉さんのお尻を丸出しにしてから、術を解いて起こそうかと思ってます。さっきまで、みんなのそばにいたのに、気がついたら、誰もいなくて、しかも、下袴と下着だけを脱がされて、樹にぶらさげられているなんて、沙那姉さんもびっくりするでしょうね……。あたし、わくわくしちゃいます──」

 

 宝玄仙は朱姫とともに、沙那が朱姫に再びかけられた『縛心術』で樹木にぶらさがっているという現場に向かっていた。

 寝ている孫空女と荷が置いてある場所と、それほど離れていない場所であるが、沙那のいるところからは、直接にはそこが見えない場所を選んで、朱姫は沙那を樹木にぶらさげてきたようだ。

 

 まったく、さっきまでいたぶられていたのと、同じ格好で今度は沙那を嗜虐しようという朱姫の発想には驚かされる。

 これだから、こいつは面白いのだ。

 

 たったいままで懲らしめていた朱姫から、今度は逆に懲らしめられる。

 沙那は怒り狂うに違いない……。

 だが、その怒り狂う沙那をふたりがかりで嗜虐する……。

 そのことに、宝玄仙は興奮を覚えていた。

 

「だけど、孫姉さんは大丈夫ですかねえ。ご主人様が結界の外に出ちゃったから、孫姉さんと荷を覆っていた結界は消えちゃったんですよね。沙那姉さんが、ここは盗賊が多いって言っていたけど、心配ないですよねえ?」

 

「おやおや、仕掛け人のお前がそれを言うのかい──。まあ、孫空女に限って大丈夫だよ。あいつは、誰よりも気配に敏感なんだ。ぐっすり眠っていたけど、盗賊が近づけばすぐに起きあがるさ──。気の毒なのは、孫空女が寝ていると思って襲ってくる盗賊の方さ」

 

 宝玄仙は、朱姫と並んで歩きながら笑った。

 刻んだ結界は、ほとんど無敵の空間をそこに作り出すのだが、それは宝玄仙が結界の中にいるときだけなのだ。

 宝玄仙がこうやって、結界の外に出てしまえば、たちまちに結界は消滅してしまう。

 だから、さっきまでの場所を覆っていた結界は消滅してしまっている。

 そこに、眠っている孫空女と荷を置いたままで……。

 朱姫はそのことを言っているのだ。

 

「そうですよね……。孫姉さんは心配ないですよね」

 

 朱姫も笑った。

 しばらく歩いて、山道が少し屈曲している場所にきた。

 

「この先です……。とりあえず、ご主人様、こっちに結界をかけてくださいね。沙那姉さんを置いてけぼりにしたように見せかけて、あたしたちは離れて隠れるんですから、縛られている沙那姉さんに万が一のことがあったら、可哀そうです」

 

 朱姫がにこにこしながら先導する。

 

「わかっているよ……。だけど、明日の朝はお前も覚悟するんだね。沙那は怒り狂うよ」

 

「それこそ、わかっています。でも、そうしたら、そのうちに沙那姉さんに仕返しをするんです……。ちゃんと沙那姉さんのお仕置きは受けますよ。さっきだって受けたじゃないですか──。あたしと沙那姉さんは、そうやって、仕返しをしたり、受けたりすることを繰り返して、お互いの愛情を深めている間柄なんです。沙那姉さんだって、どんなに怒り狂っても、最後には許すんですから……。お互いに愛情があれば、意地悪をし合ってもいいんです」

 

 朱姫はきっぱりと言った。

 

「そうかねえ……。そう思っているのは、お前だけと思うけどねえ……」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「あれっ?」

 

 朱姫が急に立ちどまった。

 

「どうしたんだい?」

 

 なんだか様子がおかしい。ひどく当惑しているような気配だ。

 しかし、夜闇のために宝玄仙にはなにも見えない。

 朱姫は夜目が利くから、灯りなしで先導しても、すたすたと歩いていたが、宝玄仙は明かりがないと、ちょっと夜道を歩くのはつらいのだ。

 宝玄仙は持っていた灯りをひょいとかざした。

 そこには、明らかに刃物で途中を切断された思われる縄が枝からぶらさがっていた。

 

「朱姫、沙那はどこだい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。



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633 性奴隷たちの朝

 地湧子(ちゆうし)の朝は早い。

 まだ、夜が明けたばかりであるのはわかっているが、長年の習慣が地湧子に日の出まで寝たままでいることを許さないのだ。

 地湧子は朝食の支度を愛麗(あいれい)にさせて、その後ろ姿を眺めていた。

 砦にあるこの部屋には、簡単な厨房が居間とひと繋がりになっていて、食事を作らせながら居間の絨毯の上で座ってそれを眺めることができる。

 それで、この部屋が気に入ってずっと使っていた。

 

 朝食を作らせている愛麗は裸だ。

 ただ、油や湯が飛んだりするかもしれないので、胸から腿までを覆う前掛けだけは許していた。

 だが、後ろ姿は背中も尻も丸出しになっている。

 

 自分自身が十歳の童女の身体をしているが、本物の十二歳の白い尻というのもいいものだ。

 昨日の丸一日、愛麗に家事をやらせてみてわかったのは、思いのほか愛麗はなんでも家事がこなせるということだ。

 貧婆(ひんば)国の地方領主のお嬢様だというから、おそらく、なにもできないのかと思っていたのだが、家事一般は婦女子の嗜みとして教え込まれていたらしく、まだ十二歳のはずなのだが、愛麗は、食事の支度でも、洗濯でも、掃除でもなんでもこなした。

 むしろ、なにもできないのは、十八歳の女騎士の白女真(はくじょしん)であり、武術一般はそれなりのものなのだが、家事についてはまったく駄目だった。

 貴族の娘である愛麗が家事をこなすのに、その家来の白女真がなにもできないというのはおかしな感じだ。

 

 もっとも、騎士というのも、一応は貴族の端くれなので、白女真もまた貧婆国に戻れば、侍女などを使って家事をやらせるような身分なのだろう。

 むしろ、地方領主の娘である愛麗がなんでもできるのが不思議なのだ。

 どうやら、貴族の娘といえども、家事はできなければならないというのは、愛麗の母親の教育方針のようだ。

 

 朝食の支度にあたっては、愛麗には服を着させていない。

 食事の支度に限らず、昨日一日の家事はすべて全裸でやらせた。

 この砦は完全に地湧子が乗っ取っているし、黒松林(こくしょうりん)以下の十数名以外のすべては、地湧子が追い出すか、殺すかしている。

 それに、一昨日の夜に、宝玄仙の供を誰でもいいからさらってくるまで戻ってくるなと言って、全員をこの砦から出立させた。

 だから、この砦に、いまいるのは地湧子と白女真と愛麗の三人だけなのだ。

 裸ですごさせても、襲う者など誰もいないから自由なものだ。

 

 昨日、地湧子は、この三人しかない砦で、思う存分に白女真と愛麗のふたりを使って暇を潰した。

 ひとりは性を知らない無垢な十二歳の童女──。

 もうひとりは性経験は辛うじてあるものの、快楽を極めた性の奥義などまったく無関係の人生を送ってきたまだ十八の女騎士──。

 

 このふたりを調教して、どっぷりと地湧子の性の虜にするのに、それほどの苦労はなかった。

 たった一日だが、普通の女が一生かかって体験するくらいの回数の絶頂も与えてやった。

 すでにふたりともの十歳の童女の姿の地湧子の与える性の奴隷だ。

 『縛心術』を解いたとしても、これだけの快楽浸けにされてしまっては、おそらく地湧子から離れることはできないだろう。

 

「あっ……」

 

 包丁を取ろうとした愛麗が身体をよじる。

 そして、朝食の支度をしている手をとめて、棒立ちになった。

 実は、愛麗の前掛け隠れた股間の肉芽の部分に、『振動片』という淫具の霊具を装着させている。

 これは一寸(約三センチ)四方の小さな布切れであり、それを肌に当てると、その身体の部分を包み込むように密着し、道術で振動をさせることができるのだ。

 それで愛麗の肉芽を包み込み、好きなときに振動させては弄んでいるというわけだ。

 

「ただ食事を作るだけじゃ寂しいだろうからね……。これで我慢しておくれ、愛麗……」

 

「そ、そんなあ……」

 

 愛麗が恥ずかしそうに身体をくねらせた。

 地湧子は振動をとめてやった。

 背後からでも、十二歳の愛麗の股間が、たびたび繰り返される『振動片』の刺激でぐっしょりと濡れているのはよくわかる。

 地湧子はほくそ笑んだ。

 

「さて、ところでこっちの騎士さんはどうかしらねえ? そろそろ休憩は終わりだよ……。姿勢をとりなさい。わたしの護衛ともあろうものがいくらなんでも、快感に弱すぎるのよ。今度こそ声を我慢するのよ」

 

「ああ、もう、許してください……」

 

 白女真はそう言いながらも、抵抗しようとはしない。

 縄化粧された裸身を地湧子の前で跪かせて、両手を頭の後ろに置いた。

 それが白女真が地湧子に強要されている格好なのだ。

 

 白女真には、素裸に縄をひし形模様の縄掛けをされた裸身を晒させ、地湧子が筆で白女真の身体を好きなようにくすぐるのを声を出さないように我慢する練習をさせている。

 それが地湧子が白女真に与えた命令だ。

 剣技に優れていることを証明すれば、服を与えると言った地湧子が白女真に与えたのが、いま白女真がやっている縄掛けだ。

 服は服でも、縄の服というわけだ。

 

 すなわち、白女真の首には前側で結び目が作られて交差され、胸の谷間でもう一度結んで、左右に開いてふたつの乳房の根元をくびるように縄をかけている。

 さらに腹の前にひし形模様を作りながら股間結びに繋げた。

 手足は自由だが身体に蜘蛛の巣のような縄がかかっている状態だ。

 いわゆるひし形縛りというものだ。

 この可愛らしい女騎士には、縄の緊縛がよく似合う。

 

「腰を振りなさい、白女真……」

 

 地湧子は手で筆を弄びながら言った。

 いまの白女真には、地湧子の命令に逆らうという発想はない。

 緊張した表情をしながらも、白女真はつらそうな表情で前後左右に腰を動かしだした。

 

「んんんっ……くうっ……」

 

 歯を喰いしばった白女真の口から声が漏れ出た。

 白女真の身体は普通の状態の数倍の感度になっていて、その身体の股間には、大きな三個の縄瘤を作った股縄がしっかりと喰い込んでいる。

 道術で敏感にされた股間に食い込んだ縄瘤が激しい淫らな刺激を与えるのだ。

 声など我慢できるわけがない。

 

「ひぎいっ」

 

 白女真がびくりと身体を仰け反らせた。

 声をあげると、電撃が縄瘤から走る仕掛けにしているのだ。

 強度は小さくても、直接に股間浴びる電撃は強烈だろう。

 白女真は半泣きになっている。

 

「さあ、いくわよ。今度は大きな声をあげて気を失うんじゃないわよ。今度気を失ったら、うんとつらい罰を与えるわよ」

 

 縄瘤が与える電撃の刺激は、白女真の声に応じて強くなる仕掛けになっている。

 だから、あまりにも大きな声を出してしまうと、強い電撃を浴びすぎてしまい、失神することもあるということだ。

 それでさっきは、あえなく気を失ってしまったのだ。

 地湧子は、筆を縄掛けをしている乳首の上にそろそろと這わせた。

 

「んっ」

 

 びくりと白女真の身体が跳ねた。

 白女真の口はしっかりとつぶられているが、少しは声を洩らしたので電撃もきたかもしれない。

 だが、これくらいなら白女真は耐えられるだろう。

 

 しかし、さらに感度をあげたらどうだろうか……。

 地湧子は白女真の乳首の感度をさらにあげた。

 もちろん、白女真には身体の感度をいじくられているとは知らない。

 感じてしまうのは、自分の身体が昨日一日の調教によって、敏感になってしまったからに違いないと思っているはずだ。

 とにかく、いまの白女真には、風が吹いても感じてしまうくらいの感度だ。

 地湧子はさっきと同じように、筆を白女真の突き出た乳首に這わせた。

 

「んぐううっ──はああああっ──はぎゃあああ──」

 

 喰いしばった口から嬌声が迸り、次に電撃の痛みに絶叫して体勢を崩して引っくり返った。

 

「忙しいことだね」

 

 地湧子は笑った。

 

「しょ、食事の支度ができました」

 

 愛麗が声をかけてきた。

 白女真に対する拷問めいた嗜虐を目の当たりにして、怯えた様子だ。

 

「じゃあ、朝食前の調教は終わりだよ、白女真……。みんなで食事にしよう。白女真も運ぶのを手伝いなさい」

 

 白女真がほっとした顔をして立ちあがった。

 

「は、はい……、うっ、くっ」

 

 立ちあがるとき、縄瘤が股間を抉ったのか、顔を思い切りしかめた。

 だが、白女真は、必死で口をつぐんで声が漏れ出るのを耐えたようだ。

 その健気な態度が、地湧子の嗜虐心をぞくぞくと刺激する。

 

「その調子だよ、白女真……。普通に喋る分には問題はないけど、お前の縄瘤は、お前の嬌声には過敏に反応するからね。うっかりといやらしい声を出さないように気をつけるのよ。頑張ったら、あとでしっかりとご褒美をあげるわ」

 

 すると、白女真が顔を赤らめた。

 すぐに料理が並べられた。

 大皿に野菜と干し肉を煮込んだ汁と米を煮こんだ雑炊が卓に置かれる。

 大皿にしたのは地湧子の注文だ。

 料理の材料は、砦にふんだんに保管してあった。

 飲み物も置かれる。

 全部が終わると、地湧子はふたりを自分の右隣に来させた。

 そして、ふたりの両手に後ろ手に手枷を嵌めてしまう。

 

「雑炊からいこうかしら」

 

 地湧子は匙で雑炊をたっぷりとすくってから自分の口の中に入れた。

 そして、二、三回咀嚼してから、白女真の顎を掴んで寄せる。

 両手の利かない白女真は当惑の表情を示したが、地湧子の指でこじ開けられるような仕草を示されると、素直に口を開いた。

 地湧子は口の中の咀嚼物を白女真の口の中に流し込む。

 人の食べたものを口にして、それを食べるというのは気味の悪い経験だと思うが、地湧子に対する恋愛感情を抱かさせられているので、白女真は恥ずかしそうな表情をして顔を赤らめただけだ。

 

「次は愛麗よ……」

 

 地湧子は今度は愛麗をそばに寄せて、再び雑炊を口に含み、しばらく咀嚼してから愛麗にも口を開かせて食べさせた。

 

「次はお前たちふたりが食べたものをわたしに食べさせるのよ」

 

 地湧子は言った。

 最初に白女真の口の中に雑炊を含ませる。白女真が数回口の中で噛んだのを見て、唇を重ねた。

 白女真の唾液を帯びた雑炊が口の中に入ってくる。

 

「は、恥ずかしいです、地湧子様……」

 

 食べ物を地湧子の口に送り終わった白女真が顔を真っ赤にした。

 口に入れて租借したものを他人に味あわせるというのは、恥ずかしい行為なのだろうか。地湧子は思わず頬を綻ばせた。

 次に同じように愛麗にさせる。

 

「わ、わらわも恥ずかしいです……」

 

 愛麗も顔を赤らめた。

 

「今度は、白女真と愛麗が食べ物を口で交換し合うのだ」

 

 白女真も愛麗も抵抗はしなかった。

 地湧子が与えた雑炊を白女真から愛麗に、そして、愛麗から白女真に移し合う。

 

「今度は三人で送り合おうね。最初はわたし、次は白女真、最後は愛麗よ。一回ずつ順番を入れ替えるわよ」

 

 地湧子は自分の口に雑炊を口に入れてから、白女真の口に移した。

 これを食事が終わるまで、たっぷりと時間をかけて繰り返した。やらせている地湧子も、白女真と愛麗との距離がこの行為を通じて、ぐっと縮まった気がした。

 

 

 *

 

 

 黒松林(こくしょうりん)が戻ってきたのは、ちょうど長い時間をかけた朝食が終わったときだった。

 

「きゃあ」

「ひっ」

 

 部屋に入ってきた黒松林に対して、白女真(はくじょしん)愛麗(あいれい)も後手に縛られた身体を地湧子(ちゆうし)の陰に隠すように動かす。

 

「戻ってきたということは、役目は果たしたんでしょうね、黒松林?」

 

 黒松林が卑猥な視線を裸体に縄掛けをしている白女真に注いでいることに気ががついたが、地湧子はそれに気がつかないふりをしてやった。

 

「沙那という女を捕らえました。表に連れて来ています。眠っています……。どうしたらいいですか?」

 

 黒松林が誇らしげに言った。

 

「眠っている?」

 

「はい……。なぜかずっと眼を覚まさないんです」

 

「眼を覚まさない? とにかく、表にいるのなら連れてきなさい」

 

 地湧子は言った。

 

「おい──」

 

 黒松林が部屋の外に声をかけた。

 部下たちがさらに入ってきた。

 白女真と愛麗のふたりがさらに身体を小さくしたのがわかった。

 盗賊の部下たちは、四人がかりで網に包まれたひとりの女を運んできた。

 確かに、網の中で手足を縛られていて眠っているようだ。

 

「これが沙那ね……」

 

 会うのは初めてだったが、人相書きで顔は知っている。

 剣の達人で東方帝国の帝都に近い愛陽(あいよう)という城郭出身の女だ。

 もともとは、城郭軍で女ながらも千人隊長を任じていたほどの女傑だが、巡礼の旅を始めたばかりの宝玄仙が、可哀そうな仕打ちで供にしたというのも調べてわかっている。

 

「ほう……」

 

 どうやら『縛心術』にかけられているようだ。

 起こすのは簡単であり、気付け薬のようなものを嗅がせるだけで眼を覚ますだろう。

 しかし、地湧子は首を傾げた。

 沙那にはまるで霊気を感じない。

 つまりは、ただの人間だ。

 東方帝国でやった事前調査でも、沙那が道術遣いでもなんでもなく、ただの人間というのは明らかではある。

 

 だから、不思議に思ったのだ。

 一体全体、霊気のない沙那にどうやって『縛心術』をかけたのだろう……。

 宝玄仙の供のうち、素性がわかっているのは沙那だけだ。

 残りの供については、名が孫空女と朱姫であるということを鎮元(ちんげん)仙士の報告で知っているだけだ。

 宝玄仙がどこで、そのふたりと供にしたのかもわかっていない。

 

「とにかく、よくやったわ……」

 

 しかし、沙那が霊気を帯びない人間であるということは、少なくとも地湧子には、『縛心術』は効かない。

 霊気を帯びたものであれば、『縛心術』をかけてしまって、手っ取り早く記憶改竄をしてしまえばいいが、この沙那の場合はそうはいかないだろう。

 

「じゃあ、これから説明する手筈通りにしなさい」

 

 地湧子は命令を与えるために口を開いた。



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634 気がつくと檻の中

「いい加減にしなさい、朱姫──」

 

 沙那は怒鳴った。

 そして、はっとした。

 

 眼の前の光景が一変している。

 さっきまで、陥空山(かんくうざん)の山道で野宿をしていたはずだ。

 そして、またまた調子に乗って、昼間に沙那に悪戯をした朱姫に懲らしめをしていたのだ。

 

 それがまったく、風景が変わっている。

 野宿の最中どころか、眼の前にあるのは鉄格子だ。

 どこかの牢の中のようだ。

 どういうことだろう……?

 

「ああ、びっくりした……」

 

 すぐそばで声がした。

 振り返ると若い女がいた。

 知らない女だ。

 

 鉄格子があって、その向こうにその女がいる。

 年齢は二十にはなっていないだろう。

 鍛えられた女の身体をしている。装備はないが軍装を思わせる服を身に着けている。

 

「お姉さん、気がつきましたか?」

 

 別の声がした。

 その若い女よりも、さらに向こうだ。

 やはり、檻に入っていて、おそらく十二、三歳くらいだ。子供だ。

 

「こ、ここは……、どこ?」

 

 沙那は思わず呟いた。

 眼の前に拡がっているのは、大きな部屋いっぱいに拡がる檻の集まりだ。

 沙那は、その中のひとつの非常に幅の狭い檻の中に閉じ込められていた。

 高さと奥行きはそれぞれ七尺(約二メートル)はあると思うが、幅は二尺(約六十センチ)程度しかない。

 そういう檻が大きな広間にたくさん並んでいる。

 ただし、ほとんどが空だった。沙那のいる檻とその隣とさらに向こう、その三個には人がいるが、ほかには誰もいない。

 

 なんだろうこれ……?

 

「ここは黒松林の砦よ……。なにも覚えていないの? あんたは眠ったままここに連れてこられたのよ」

 

 隣の檻にいる女が言った。

 

「黒松林の砦?」

 

 沙那はびっくりした。

 まったくわからない。

 

 たったいままで、目の前に朱姫がいた……。

 宝玄仙の結界の中にいて朱姫がいたし、すぐ近くには、宝玄仙と孫空女が毛布に身体をくるんで横になっていた。

 そして、気がついたらここにいた。

 

 一体全体、なにが起きたのだろうか……。

 沙那は途方に暮れた。

 

 そして、改めて身に着けているものを探った。

 武器の類いはなにもない。

 ただ、服が乱れた感じもない。

 

「わたしは、白女真(はくじょしん)よ。この貧婆国(しんばこく)の地方騎士……。任務の途中で隊をはぐれて、道に迷っていたところを賊徒に襲われ、不覚にも捕えられてしまったの。向こうにいるのは、愛麗(あいれい)と、もうひとりの連れの地湧子(ちゆうし)と一緒にね……。あなたの名は? あなたも旅の途中でここの黒松林(こくしょうりん)の賊徒にさらわれたの?」

 

「さらわれた?」

 

 沙那は一生懸命に思い出そうとしたが、まったくなにも出てこない。

 なにかの理由で意識を失い、そのあいだに盗賊にさらわれてしまったということだろうか?

 

「……わ、わからない……。なにも思い出せないわ……。わたしは沙那という者。確かに旅の女よ……。でも、連れがいるの。ねえ、わたしは、どうやってここに連れてこられたかわかる? ほかに一緒にさらわれてきた女はいなかった?」

 

「さあ、わたしたちは、昨日からここに閉じ込められているけど、そのあいだに連れてこられたのはあなただけよ。あなたは、網のようなもので包まれて運ばれてきたわ。そのあいだ、揺られても網から出されても、あなたはまったく目を覚まさなかった。わたしは、あなたが怪我でもして起きあがれないのかと思っていた……」

 

「起きなかった?」

 

 どういうことだろう?

 

「でも、黒松林たちは、あなたがなにかの道術に掛けられて眠っているだけだと言っていたわ。時間が経てば、術が切れて目を覚ますとも言っていたけど……」

 

 白女真が言った。

 術に掛けられた……?

 

 それで連想するのは、朱姫の『縛心術』だ。

 もしかしたら、自分はあのとき、朱姫の『縛心術』に掛けられたのだろうか……?

 それで、なんらかの事件が起きて、賊徒にさらわれてしまった……。

 そう考えれば、辻褄はつかないことはないが……。

 

 朱姫の『縛心術』に掛けられて、気がついたら、素っ裸で見知らぬ城郭の真ん中に捨てられていたという経験は、二度や三度ではない。

 あのお調子乗りのやることだから、もしかして、同じことをしたのではないか……?

 

 それで、もしかして、なにかの手違いで、まだ、意識を回復しないままに盗賊にさらわれてしまったとか……。

 いずれにしても、手掛かりが少なすぎて、なにが起きたのかを判断することはできない。

 

「ここは賊徒の砦と言っていたかしら? もしも、わたしが誰かと一緒にさらわれたとしたら、わたしだけがここに監禁されて、ほかの者が別の場所に連れて行かれるということもあるかしら?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「さあ……。わたしの知る限り、奴隷商に売る女たちを監禁する場所は、ここだけのはずよ。もっとも、わたしも砦のとこを全部知っているわけじゃないけど。なにしろ、わたしだって、昨日さらわれて、すぐにここに入れられ、夜になって外に出されて賊徒たちに犯され、再びここに放り込まれたというだけだもの」

 

「あななたちも、盗賊団にさらわれてきたということ?」

 

 だんだんと頭が回ってきた。

 つまりは、なにかの手違いで、沙那は盗賊団に捕らえられて、いま監禁されている。

 そういうことなのだと思う。

 朱姫め……。

 沙那は舌打ちした。

 

「ええ……、そして、今日になって、あなたがひとりだけ連れてこられた……。知っているのはそれだけよ。わたしたちは奴隷商に売られるらしいわ」

 

 白女真が言った。

 

「奴隷商に売るの? わたしたちを?」

 

「それが連中の商売なのよ。女や子供をさらって、奴隷商に売り飛ばす……。でも、大丈夫よ。もう、策を仕込んであるから……」

 

 白女真が声を潜めた。

 

「どういうこと、白女真さん?」

 

 策とはどういう意味だろう……。

 

「向こうにいる愛麗が実は服の中に、強い痺れ薬を隠し持っていたのよ。連中は、わたしやあんたのことはそれなりに調べてから檻に入れたんだけど、愛麗のことは大して調べなくてね……。それを地湧子に渡したの……」

 

「地湧子?」

 

「ああ、ごめんなさい……。わたしたちは三人連れなのよ。つまり、隊とはぐれて、一度に捕まったのが三人という意味だけど……。それで、もうひとり一番、年齢の幼い十歳の地湧子という童女がいるんだけど、連中はその地湧子に、わたしたちの世話をすることを命じて、檻の外に出しているの」

 

「檻の外?」

 

「奴隷商がやってくるまで、わたしたちの食べ物や飲み物を運んだりしたりしなければならないでしょう。その地湧子に、愛麗が隠し持っていた痺れ薬を渡したのよ。地湧子は、隙を見て賊徒たちの料理にそれを混ぜるはずよ……。うまくいけば、今夜のうちにでも脱出できるわ」

 

「毒を盛るということ? 危険では?」

 

 十歳の童女にそんなことをさせるのか?

 もしも、ばれたら……。

 

「ここの連中は、昨夜は大鍋に料理を作って、それを食べながら酒盛りとして、そのあいだに、わたしを犯したのよ──。今夜も同じことをする気配だった。わたしは地湧子に、その鍋に痺れ薬を仕込めと指示をしているわ……」

 

 白女真が言った。

 よくわからないが、なにかの策が進行中のようだ。

 

「ここの賊徒は何人?」

 

 沙那は詳しいことを訊ねる前に聞いた。

 

「二十人くらいだと思う……」

 

「二十人か……」

 

 沙那はそっと自分の首にある飾り輪に触れた。

 それは宝玄仙が供の全員の首に装着したもので、供がどこか遠くに行っても、宝玄仙の道術でその居場所を追いかけられる機能がある。

 もしも、さらわれたのが沙那だけだとしたら、宝玄仙たちは、首輪から発する霊気を辿って、すでに沙那を探してやってきているはずだ……。

 

「……だったら、夜まで待つ必要はないかもしれないわ……。たった、二十人のことだったらね……」

 

 沙那は白女真に言った。

 

「どういうこと、沙那さん?」

 

 白女真は首を傾げた。

 そのとき、この広間の出入り口と思われる方向から大きな騒音がした。

 

「は、白女真姉さん──。大変です──」

 

 突然、その出入り口側からひとりの童女が走ってきた。薄桃色の着物を着ている。また、両手首に短い鎖のついた手錠を嵌めていた。

 もしかしたら、この子が白女真が話していた地湧子という童女だろうか?

 確かに、年齢は向こうにいる愛麗よりも下だろう。

 おそらく十歳くらいだと思う。

 なにか血相を変えた感じだ。

 

「まったく、手応えのない連中だよ──。呆気なく、全員逃げ散っちゃった。なんだったのかねえ、あれ?」

 

 孫空女の声がした。

 

「孫女──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「やあ、沙那、とんだ災難だったね──。今回のことは、朱姫とご主人様が悪いのさ。うんと文句を言うといいよ」

 

 『如意棒』を肩に担いだ孫空女が檻の外にやってきた。

 後ろから宝玄仙と朱姫も歩いてくる。

 

「……あ、あの沙那姉さん……。よ、よかったです。無事で……」

 

「お前には悪いと思っているよ、沙那。だから、怒らないでくれよね。『移動術』で追跡してきたら、おかしな副作用があるから気を使って、それを遣わなかっただろう。外の連中は、もういないよ。孫空女が蹴散らしちまったからね。さあ、こんなところ、出ようじゃないかい」

 

 朱姫と宝玄仙が悪びれた表情でそれぞれに言った。

 

「す、すごかったです。大勢の賊徒があっという間に……」

 

 最初にやってきた童女が興奮した様子で声をあげた。

 彼女が地湧子なのだろう。

 その地湧子は、無邪気そのものの様子で、手足尾ばたばたと振りながら、顔を破顔させた。



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635 童女とおばさん

「す、すごかったです。大勢の賊徒があっという間に……」

 

 地湧子(ちゆうし)は十歳の童女に相応しい口調になるように気をつけながら、白女真(はくじょしん)に向かって喋りかけた。

 十歳の童女の姿の地湧子が、十八歳の白女真に女主人のような口をきけば怪しまれてしまうだろう。

 だから、三人の中では、外向きには白女真が十二歳の愛麗と十歳の地湧子を連れているという体裁にしている。

 それについては、白女真と愛麗に言いきかせてもいる。

 

 それにしてもびっくりした。

 地湧子としては、とりあえず宝玄仙に取り入って旅に同行し、宝玄仙の隙を見て地湧子が得意とする『縛心術』にかける機会を探るつもりだった。

 そのため、宝玄仙の供を誘拐させて、その供とともにこの砦を脱出して宝玄仙に出遭うことで、西に向かう旅にしばらく宝玄仙と旅を同行する機会を得る……。

 それを狙っていたのだ。

 

 地湧子の道術が宝玄仙を上回るのであれば、こんな凝ったことをしなくても済むのだが、地湧子の道術では宝玄仙にかなわないことを知っている。

 唯一可能性があるのは、『縛心術』だが、おそらく、宝玄仙にはそれも簡単には通用しないだろう。

 

 だが、『縛心術』は、心の弱っているときや、体力と気力が低下しているときにかかりやすくなる。

 例えば、圧倒的な性の絶頂の連続で、身も心もぐったりとしているときのような……。

 しかし、そのような状態の宝玄仙を作るには、まずは、宝玄仙と夜の営みをするような間柄になる必要がある。

 

 そこが付け入ることのできる唯一の隙だと思っている……。

 宝玄仙は多淫の癖だ。

 性には解放的であり、きっかけさえあれば男でも女でも誰とでも寝る女だ。

 旅に同行することさえできれば、そういう状況にすぐに陥る。

 

 それには、白女真はうってつけだ。

 宝玄仙が、ああいう気丈な女を嗜虐していたぶるのが好きなのをよく覚えている。

 地湧子や愛麗(あいれいい)を相手にするような童女趣味はないはずだが、貧婆国の地方領主の女騎士の白女真には興味を示すはずだ。

 白女真に手を出せば、地湧子が裏で操って、宝玄仙を性的に追い詰める……。

 それもできると思う……。

 

 だから、ここの黒松林の頭領を操り、賊徒たちをけしかけて供を連れて来させた。

 白女真は最初から狙っていたわけじゃないが、たまため、砦にうってつけの女がいたから、そのまま宝玄仙を捕らえる餌として使うことにしたのだ。

 もしも、白女真がいなければ別の手を使っただろう。

 

 とにかく、宝玄仙の供である沙那を捕らえた後は、地湧子のことをただの人間の童女だと思わせたまま、賊徒たちの隙を見て脱出した風を作り、沙那を通して旅の同行に合意させるつもりだった。

 陥空山は賊徒の多い土地だ。

 一度は助かったが、陥空山を降りるまで、安全のために一緒に旅をしたいというのは、ごく自然な流れだ。

 

 だが、地湧子の目論見はすっかりとあてが外れてしまった。

 宝玄仙の供の孫空女という女があんなに強いとは思わなかった。

 大勢いた黒松林の賊徒を二十人くらいに減らしたのは、あまりにも多いと隙をみて脱走をしたというのが不自然になると思ったからだ。

 まさか、女ひとりに二十人の屈強な賊徒が圧倒されるとは思わなかった。

 

 だが、それは事実だ。

 表門から堂々とやってきた孫空女は、砦の門を金色の棒で壊して大穴を開け、侵入を拒もうとした黒松林たちを一瞬で制圧すると、追い回して砦から追い出してしまった。

 二十人近くいた賊徒がたったひとりの孫空女に逃げ惑って泣くのは、まるで滑稽物ものの演劇でも観るようだった。

 

 いずれにしても、黒松林たち賊徒はもうどこかに行ってしまった。

 まあいい……。

 

 予定とは違ったが、宝玄仙の旅に同行できればそれでいいのだ。

 あとは隙をみて、宝玄仙を性の技で圧倒して疲労困憊させ、『縛心術』をかけてしまう機会を作る……。

 それだけだ。

 

「ね、ねえ、ご主人様、わたしには、一体全体、なにが起きたのか……」

 

 檻の中の沙那が宝玄仙に言った。

 

「えっ? ああ、そうなんですか、沙那姉さん……? だ、だったら、いいですよね、ご主人様……。これで助かったんだから。よかったじゃないですか。うん、これでよかったです」

 

 わざとらしい陽気さを装っている少女は朱姫だろう。

 鎮元(ちんげん)仙士によれば、朱姫もまた、宝玄仙の猫であり、そして、半妖だということだった。

 それ以外はよくわからない。

 朱姫からはかすかな霊気を感じる。

 大した道術遣いではないと思うが一応は道術を使うようだ。

 ただ、半妖というのは霊気がわかり難い者が多い。

 朱姫もそうである可能性はある。

 

「なにがよかったよ、朱姫──。だいたいは察しはついているのよ。あんた、わたしに『縛心術』をかけたでしょう。それで、わたしの意識をなくさせて……。それで、あんたが馬鹿だから、わたしの身柄を賊徒に連れて行かれてしまったんじゃないの? あとでじっくりと訊かせてもらうからね」

 

「な、なんだ……。全部知っているんじゃないですか……。よくわからないなんて言うなんて狡いですよ……」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「な、なにが、狡いよ──。図星なのね──。承知しないいわよ。覚悟しなさい」

 

 沙那が叫んだ。

 横で宝玄仙が大笑いしている。

 宝玄仙は愉しそうだ。

 地湧子は呆気にとられた。

 

 あんなに心からの無邪気な笑いをする宝玄仙を初めて見るような気がしたからだ。

 八仙ほどの天教の最高位にあった者が、その故郷の東方帝国を追放も同様のかたちで出立させられたのだ。

 西域、つまり、魔域に向かう巡礼の旅などただの口実だ。

 事実上の国外追放処分でしかない。

 しかも、宝玄仙がどこかで野垂れ死ぬことを期待して、ろくに従者も情報も与えずに放り出したのだ。

 路銀の手当てだって教団本部はなにもしなかった。

 宝玄仙は途中までは、地方寺院などを回りながら、神儀を務める代わりに教団の地方寺院から路銀を得ながら旅をしたようだったが、そのうちに教団はそれさえも邪魔をした。

 地方寺院に宝玄仙への手配書を回し、影響力を利用して帝国の属国を動かして、宝玄仙を逮捕させようとしたのだ。

 

 宝玄仙はそれでも旅を続け、やがて、教団は宝玄仙の行方を把握できなくなった。

 彼女ほどの地位のある貴族巫女が、数年間も当て所のない旅をさせられてきたのだ。

 その旅が苛酷なものだったということは、想像してあまりある。

 だから、地湧子は、苦しい旅ですっかりと疲れているに違いない宝玄仙を想像していた。

 

 しかし、眼の前の宝玄仙からは、その旅のつらさなど微塵も垣間見えない。

 それどころか、人生を謳歌しているような気楽さまで滲んでいるように思えた。

 闘勝仙(とうしょうせん)に飼われていた時代の二年間の宝玄仙は、さすがに人生に絶望したような追いつめられた風もあったが、その前の時期だって、宝玄仙には人を寄せつけないような刺々しさがあり、なにかが張り詰めて尖っている感じがあった。

 まだほんの少し接しただけだからなんとも言えないが、いまの宝玄仙からは、仄かな穏やかさえ感じる気もする。

 

 地湧子は、もう少し、いまの宝玄仙を観察してみたいと思い始めてきた。

 宝玄仙が連れている三人の供との関係も、どんな感じだろうかと思ったが、地湧子が想像していたようなものとは違った。

 なんとなく仲がよさそうだ。

 三人の供も、あの宝玄仙に奴隷として虐げられているという雰囲気はない。

 

「あ、あの……わたしは、白女真という者です……。お願いです。助けてください」

 

 白女真が檻の中から、宝玄仙に向かって声をあげた。

 地湧子は、白女真になにがなんでも宝玄仙に取り入って、旅に同行をさせてもらうようにしろと言い含めている。

 予定では、それは沙那を連れて、砦の外の出てからになる予定だったが、白女真はしっかりと自分の役割を覚えいて、その務めと果たそうとしているようだ。

 

「ああ、助けるよ……。鍵はいま壊してやるよ。ここの賊徒どもはどこかに散らばって消えてしまったから、どこにでも行きな──。孫空女、沙那たちの檻の鍵を壊しちまいな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「うん、ご主人様」

 

 孫空女が肩に担いでいた金色の棒を構えなおして、檻に近づいていった。

 

「あっ、いえ、そうじゃなくて、山をおりるまで一緒に同行させてもらえませんか? 陥空山の賊徒は、この黒松林たちだけじゃありません。わたしも貧婆国の地方騎士の端くれですから多少の心得えはありますが、なにしろ、子供ふたりを抱えての旅は心細いのです。どうか、貧婆国にある故郷まで……。ほんの二日程度の距離です」

 

「わたしからもお願い。わたしも強いおばさんたちやお姉さんたちと一緒に行きたい。お願いよ──」

 

 地湧子も白女真に続いて言った。

 

「お、ば、さ、ん?」

 

 すると、宝玄仙が急に険しい顔を地湧子に向けた。

 地湧子はびっくりしした。

 

「おばさんだって──? ちょっと、孫空女、檻を開けるのは待ちな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「うわっ」

 

 いきなり暴風を思わせるような霊気の塊が襲って、地湧子は思わず声をあげた。

 宝玄仙の霊気だ……。

 そして、宝玄仙は怒っているようだ。

 地湧子は全身が金縛りになったかのように動けなくなった。

 注がれた宝玄仙の霊気は、地湧子に危害を加えるものではなく、地湧子を調べようとしただけのようだが、あまりの霊気の大きさに、地湧子は身体をすくんだようになってしまったのだ。

 

 宝玄仙の怒ったような表情にもどきりとしたが、もっと地湧子を凍りつかせたのは、いきなり注がれた圧倒的な霊気だ。

 やっぱり、宝玄仙は地湧子とは格段に霊気が違う。

 とてつもない霊気の量だ。

 実際に眼に見える現象として表われたわけではないが、霊気を感じることのできる地湧子には、宝玄仙の霊気はまるで突風に襲われたかのようだった。

 

「へえ、お前も道術遣いの端くれかい……」

 

 宝玄仙がにやりと笑った気がした。

 そして、もう一度、あの暴風のような霊気が襲いかかった。

 すぐに、本当に身体が動かなくなってしまっているのがわかった。

 

 道術──?

 

 しまったと思ったときには遅かった。

 まるで用心をしていなかったので、宝玄仙の道術をまともに受け入れてしまった。

 地湧子の身体は、完全に宝玄仙の道術に捕まえられていた。

 しかも、地湧子の身体にある霊気という霊気を宝玄仙から伸びている霊気の先に捉えられている。

 霊気が完全に固定された……。

 それは、身体が動かない以上に、地湧子の恐怖を与える。

 背に冷たい汗が流れた。

 

「お、おばさん……。や、やめて──」

 

 地湧子は思わず声をあげた。演技ではない心からの恐怖の叫びだ。

 

「へえ……。まさかとは思ったけど、本当にわたしのことをおばさんと言ったのかい……。わたしに面と向かって、そう言ったのは、いままでいなかったよ……。こう見えても見た目なんて、沙那や孫空女とそんなに変わりはしないと思っているからね……」

 

 宝玄仙が冷酷そうな笑みを浮かべてやってくる。

 地湧子は自分の顔が引きつるのがわかった。

 なんで宝玄仙が気分を害しているのが、やっとわかったからだ。

 

 言われてみれば、地湧子もそうだが、宝玄仙も見た目は若い。

 地湧子や宝玄仙くらいの道術遣いになると、外見の若さなど好きなように変えられるからだ。

 地湧子は、宝玄仙の本当の年齢を知っているから、思わずそう呼びかけてしまったのだ。

 

 だが、なにをするつもりだ……?

 まさか、十歳の子供からおばさんと呼ばれたくらいで、子供相手に手荒なことはしないと思うが……。

 とにかく、地湧子はいまは宝玄仙の道術に捕らえられて動くことができない。

 

「ご、ご主人様、なにしているの? 鍵を壊しちゃいけないのかい?」

 

 孫空女が沙那の檻の前で当惑した表情を向けている。

 

「そのままにしておきな。沙那を出すと小うるさいからね……。この童女へのお仕置きが終わってから、沙那の檻は開けることにするよ」

 

 そして、宝玄仙が地湧子の前までやってきた。

 地湧子が身に着けている帯の結び目を掴む。

 

「な、なに?」

 

 地湧子は顔を宝玄仙に向けた。

 その宝玄仙が今度はにやりと笑う。

 

「ご、ご主人様、なにをするつもりですか──。そんな子供に──」

 

 檻の中から沙那が叫んだ。

 

「なに、ちょっとした心の痛みをこの童女に植え付けてやるのさ……。わたしは、子供にだって、おばさん呼ばわりされるのは嫌いなんだよ。初めて遭った大人にはちゃんと礼儀をわきまえろと言うことをこいつに教えるのさ」

 

 宝玄仙が帯を解き始めるた。

 地湧子の服を脱がそうとしている?

 びっくりした。

 しかし、地湧子は指先だって動かせない……。

 帯が足元に捨てられた。

 

「う、うわっ──。や、やめてよ──」

 

 地湧子は声をあげた。

 着ている着物は左右の合わせ目を閉じて、それを腰の帯で縛っているだけだ。

 その下には下着さえも付けていない。

 地湧子の外側の着物と、その内側の薄物が支えを失くして真ん中で拡がる。

 

「どんな身体をしているか、お見せ──」

 

 宝玄仙が二枚の着物の肩の部分を掴んで、その場に落とした。

 地湧子の身体は呆気なく全裸に剥かれていしまった。

 

「や、やめてください、ほ、宝玄仙様──。わ、わっ、わっ──」

 

 さすがに地湧子は羞恥に声をあげた。

 

「ご、ご主人様、やめてください──。そんな子供に──。ね、ねえ、孫女、朱姫──。やめさせるのよ──は、早く──」

 

 沙那が絶叫している。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「そ、そうですよ……。ご主人様をとめるなんて……」

 

 孫空女と朱姫も困惑した様子だ。ただ、宝玄仙をとめるつもりは、これぽっちもないということはわかる。

 

「いいから黙って見てなよ、沙那……。別段、こんな童女の破瓜をこんなところで破ったりはしないさ……。おっ、その歳のわりには、毛深いじゃないかい……。まるで使い込んだ女の股のようだよ……。それに比べれば、胸はさすがにぺちゃんこだねえ……。どれ……」

 

 宝玄仙の指が地湧子の平らな胸に伸びてきた。

 

「うっ……」

 

 地湧子は歯を噛みしめた。

 小さな乳首を宝玄仙の指ですくいあげられて、そろそろと触られたのだ。

 その指先を通じて、電撃のような刺激が迸る。

 

 宝玄仙の性技は一流だというのは、宝玄仙の帝都時代には有名な話だった。

 その手管が身動きできない地湧子に襲いかかっててる。

 まるでなにかを塗っているようになめらから指先の肌触りと、性欲を起こさせる小刻みで巧みな指先の振動に、地湧子は耐えられなくなって、「ああ……」とひと声鳴いてしまった。

 

「この反応は、まったくの未経験じゃないね……。その歳でまさか経験者かい……?」

 

 宝玄仙が地湧子の耳元でささやいた。

 地湧子はぎくりとした。

 慌てて、宝玄仙の愛撫に耐えようと歯を食い縛る。

 

 確かに、性的に未発達のはずの十歳の童女が簡単に欲情してしまったら不自然だろう。

 だが、宝玄仙の技巧は半端なものじゃない。

 あっという間に、地湧子は全身の性感を呼び起こされた。

 性技に関しては地湧子も自信はあるが、この状況ではあまりにも分が悪すぎる。

 

「……股も濡れてきたね……。女の匂いがするよ。少なくとも自慰の経験はあるね……。まあ、わたしが自慰を覚えさせられたのは、五歳か六歳頃だったからね。十歳じゃあ普通か……。十歳で性経験があっても、わたしは驚かないけどね」

 

 宝玄仙が笑いながら地湧子の恥毛に包まれた股間の亀裂に手を伸ばしていた。

 

「ひっ」

 

 まさかとは思ったが、本当に股に指を挿し入れてくる。

 もっとも、触れているのは、亀裂の上側の肉芽に当たる部分だ。

 さすがに、十歳の童女の女陰を指で破ろうとまではしないようだ。

 しかし、その代わりに、その肉芽を中心に優しい手つきでゆっくりと揉み押してくる。

 見た目は十歳でも、実際の地湧子は性を知り尽くしている女の身体だ。

 この宝玄仙の愛撫にだんだんと甘美のうねりに溺れてしまいそうになってしまう。

 

「一生懸命に我慢している顔が可愛いじゃないかい……」

 

 宝玄仙は胸を弄っていた手を地湧子の腰に回して、身体を引き寄せられた。

 檻の中で沙那が喚き続けているが、それ以外のほかの四人は呆然としている感じだ。

 

 宝玄仙に唇を奪われた。

 股間を弄られながら、口の中を宝玄仙の舌で愛撫される。

 強烈な快感が全身に走る。

 

 突然になにも考えられなくなる。

 わけがわからなくなって、地湧子は全身を激しく揺らした。

 身動きできないことが、地湧子の身体の反応を助長してもいると思う……。 

 

「そんなに嬉しいかい、子供……? そこまでやるつもりはなかったけど、きっちりといかせてやるよ……」

 

 宝玄仙が唇を離す。

 そして、肉芽の部分に置いている宝玄仙の手のひらがだんだんと速い動きで動き出した。

 

「あ、ああっ、あああ……」

 

 もう、地湧子にはそれを拒む力は失っていた。

 すべてが気だるい陶酔の中にあった。

 時折、強い快感が走り抜ける。

 そして、その快感の矢の間隔が短いものになっていく……。

 

「ゆ、許して、宝玄仙……さ……ま……」

 

 地湧子は口走った。

 全身が強い震えに包まれる。

 

「ああっ……あくうううっ──」

 

 宝玄仙の手に股間を押しつけるようにして、地湧子は全身の弓なりの反らせた。

 がくんがくんと身体が大きく震えた。

 気がつくと全身を硬直させて昇天していた……。

 

「すごい、いきっぷりじゃないかい──」

 

 宝玄仙が手を離した。

 同時に、全身を硬直させていた道術の縛りもなくなる。

 地湧子はがっくりとその場に崩れ落ちるた。

 

「これに懲りたら、大人には言葉に気をつけることだね。特に、我が儘そうで、意地の悪い女を相手にするときはね……」

 

 宝玄仙の嘲笑が頭の上から注がれた。

 地湧子は荒い息をしながら、興奮を鎮めようとした。 

 そして、息が整ってくるにつれて、だんだんと怒りが込みあがってきた。

 地湧子の長い人生でも、これほどの一方的な恥辱はそうはない……。

 宝玄仙に対する強い怒りがふつふつと湧いてくる。

 

「……あ、あのお願いです……。どうか、わたしたちを旅に同行させてください」

 

 白女真の我に返ったような声が聞こえた。

 自分の役割を思い出したようだ。

 

 健気な女だ……。

 しかし、この状況ではどうだろうか……?

 

 地湧子はやっと顔をあげることができた。

 とにかく、床に落ちている着物を手を伸ばして手繰り寄せた。

 それで裸身を隠した。

 

「ご免だね──。じゃあ、行くよ、お前たち──」

 

 宝玄仙が高笑いしながら出口に向かって歩き出す。

 

「ま、待って、ご主人様──。朱姫、一緒に行きなさい──。孫女、早く、檻の鍵を──」

 

 沙那が檻の中で叫んだ。

 沙那の指示を受けた朱姫がすでに出口にいる宝玄仙を追いかけていく。

 

「う、うん。待って、沙那──」

 

 孫空女が慌てたように、沙那の檻の鍵を棒で壊した。

 次いで、白女真と愛麗の鍵を壊していく。

 

「ま、待ってください、ご主人様──」

 

 沙那が駆け出していく。

 三個の檻の鍵を壊した孫空女もそれを追っていった。

 地湧子は着物で裸身を隠したまま我に返った。

 

「だ、大丈夫ですか、地湧子様……」

 

 白女真と愛麗のふたりが、心配した表情で地湧子の横にしゃがみ込んだ。

 

「あ、あいつ、許さないよ、宝玄仙──」

 

 やっと激しい怒りに包まれた地湧子は、心の底からの叫びを口から迸らせた。

 

 

 

 

(第95話『童女と盗賊団』終わり、第96話『童女の紡ぐ操りの罠』に続く)



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 第96話  操りの罠【地湧子(ちゆうし)Ⅱ】~貧婆(ひんば)
636 宿屋の再会


 竜飛(りゅうひ)国から貧婆(ひんば)国に入る関門も問題なく通過し、沙那たち四人は国境を越えた最初の宿町に宿を取った。

 一階に食堂があり、二階に泊りのための部屋が並んでいるどこにでもある宿だ。

 荷を置いて下におりると、卓をひとつ占拠して豚の肉を四人分注文した。

 すでに夕方で、店はたくさんの客で賑わっている。

 一階の食堂は酒場を兼ねていて、酒をだけを飲むに来た客も大勢集まっていた。

 

 だが、料理が来るまで沙那は口を開かなかった。

 朱姫にも口を開くなと言ってある。

 一方で、宝玄仙と孫空女は事態を見守るような感じで黙っている。

 珍しく、不思議な沈黙が四人を流れていた。

 料理がやってきたところで、沙那はやっと口を開いた。

 

「じゃあ、喋りたいことがあるなら、喋りなさい、朱姫」

 

 沙那はむすっとしながら言った。

 

「ねえ、いい加減に機嫌を直してくださいよ、沙那姉さん……。あたしが悪かったともう何度も言ったじゃないですか。ごめんなさい、沙那姉さん」

 

 朱姫が言った。一応は反省しているような表情はしている。

 だが、この娘は、こんな悪びれたような顔をしながらも、次の瞬間にすぐに嗜虐の悪戯を思いついて実行に移したりするのだ。

 今度という今度は、簡単に許す気にはなれない。

 

「お前のごめんなさいは聞き飽きたわ。ごめんなさいが呆れるわよ。ごめんなさいと言いながら、次の瞬間に、わたしに『縛心術』をかけ直して悪戯するなんてどういう神経をしているのよ。『縛心術』の悪戯をやめないのなら、わたしにも考えがあるわよ」

 

「な、なんですか、考えって……」

 

 朱姫がおどおどした感じで言った。

 

「お前を嫌いになるわ」

 

 沙那は朱姫の顔に思い切り、顔を近づけて睨んだ。

 さすがに、朱姫もたじろいだ顔になる。

 

「かけてごらんなさいよ、ほらっ──。わたしは無防備よ。どうせ、お前の不思議な力には対抗できないわよ──。お前は道術遣いで、わたしはただの人間だものね」

 

「それは違いますよ、沙那姉さん……。ただの人間と道術遣いは、道術遣いの方が弱いんですよ。だって、霊気を持たない人間には道術は通用しないんですから」

 

「だったら、なんで、お前の道術がわたしにかけ放題なのよ──」

 

 沙那は卓をどんと叩いた。

 

「さ、沙那、問題がずれていないかい──。あっ、いや、ごめん、もう口挟まないよ。好きにやってて……。あたしは肉を食べているよ」

 

 孫空女が横からなにかを言ったが、沙那が睨むと慌てたように眼を逸らした。

 宝玄仙も苦笑をしながらもなにも言わない。

 孫空女とともに、自分の皿に肉を取って食べ始める。

 

「あ、あたしも食べていいですか、沙那姉さん……。お腹すいているし……」

 

 朱姫がおそるおそるという感じて沙那を見た。

 しかし、沙那が睨むと、口の中でごにょごにょと言って下を向いた。

 

「今日という今日は簡単なことじゃ許さないわよ、朱姫……。ちょっと、そこで待ってなさい──。ねえ、ご主人様、朱姫にわたしの命令に逆らわないようにはできないのですか? ご主人様の道術を遣ってですけど。この朱姫も一度、操られる怖さを味わえばいいと思うんですよね。そうすれば、それがどんなに理不尽なことかわかるというものです」

 

 沙那は宝玄仙に視線を向けた。

 

「んっ? そうだね。できるんじゃないかねえ。まあ、『縛心術』にかけては、さすがのわたしでも、朱姫には霊気の強さでかなわないんだけど、朱姫がすすんで、わたしの『縛心術』を受け入れれば、多分、沙那の言葉に逆らえなくなる暗示は与えられはずさ。道術をかけるのはわたしであり、お前の言葉が操りの暗示になるように擦り込めばいいだけだからね。霊気のないお前でも朱姫を操れるよ」

 

「本当ですか──。よおし──。だったら受け入れなさい、朱姫──。それで今回は許してやるわ」

 

「ほ、本当ですよ、沙那姉さん……。で、でも、あんまり変なことしないでくださいね……」

 

 朱姫が言った。

 沙那は朱姫の頬に手を伸ばして、その片方の頬を思い切り摘まんだ。

 

「い、痛い、痛い、痛いです──。や、やめて」

 

「あんまり変なことするなですって──? どの口がそんなことを言っているのよ? この口? この口がそれを喋っているの?」

 

 沙那はぐいぐいと頬を捩じりあげる。

 朱姫は悲鳴をあげた。

 沙那が頬を離すと、朱姫が片方の眼に涙を浮かべながら頬を押さえた。

 

「ほら、ご主人様の『縛心術』を受け入れなさい、朱姫」

 

「うう……。じゃあ、お願いします……。霊気を解放しました……」

 

 朱姫がまだ手で頬を押さえながら宝玄仙を見た。

 

「そらよ」

 

 宝玄仙が肉を食べる手を休めて、一瞬だけ朱姫を見る。

 そして、すぐに肉を食べ始める。

 

「もう、終わったんですか、ご主人様?」

 

 沙那は呆気なさに驚いた。

 

「まあね……。朱姫、お前は沙那の言葉には逆らえなくなるよ。明日の朝までね」

 

 宝玄仙が無造作に言った。

 その瞬間、一瞬だが朱姫の眼が虚ろになったのがわかった。

 その変化はすぐに元に戻って不自然さはなくなったが、沙那は本当に宝玄仙の暗示を朱姫が受け入れたのだと思った。

 

「へえ……。じゃあ、試してみようかな……。朱姫、ここで下着を脱ぎなさい。下袍(かほう)の中に手を入れて、股布の下着を卓の上に置くのよ……」

 

 沙那は朱姫の耳に顔を近づけて、ささやくように言った。

 途端に、朱姫の耳が真っ赤になった。

 

「えっ、ここで? ここで脱ぐんですか、沙那姉さん……? ああ、でも……」

 

「下着を脱ぐのよ……。い、ま、こ、こ、で、脱、ぎ、な、さ、い……」

 

 沙那はひと言ひと言、ゆっくりと朱姫の耳元で言ってやった。

 本当に沙那の言葉に逆らえなくなったのか知りたかったのだ。

 こんな人目のある場所で、下着を脱げなどという命令は、沙那は死んでも嫌だ。

 演技なんかで、そんなことはできない。

 

 朱姫が気の毒くらいに顔を真っ赤にして、周囲の視線を気にしながら腰を浮かせて、下袍の中に手を入れて、下着を足首までおろしていく。

 朱姫はそれを本当に卓の上に乗せた。

 さすがに沙那はそれをいつまでも卓には置かせずに、自分の懐に隠してやった。

 

「朱姫、犬のくせに、どうして椅子に座っているのよ。犬は四つん這いでしょう。人間と一緒に食べるんじゃないのよ。卓の下で手を使わずに食べるんでしょう?」

 

 沙那は意地悪く言った。

 

「あ、あたしが犬?」

 

 朱姫は困惑している。

 だが、本当に逆らうことはできないようだ。

 四つん這いになって、卓の下にうずくまった。

 周りの客たちも、さすがにここの様子がおかしいのに気がついて、ちらちらと視線を送る者が出始めた。だが、沙那は気にしなかった。

 

 それにしても、気分がいい……。

 あの朱姫が沙那の言葉に逆らえないのだ。

 昼間の溜飲一気に下がる気がした。

 

「沙那も結構意地悪だねえ。まあ、ある程度いたぶったら、もう許してあげなよ」

 

 孫空女が苦笑している。

 

「冗談じゃないわよ。明日の朝までたっぷりと仕返ししてあげるわ──。ねえ、ご主人様、今日のお勤めは勘弁してくれませんか? ねっ──。わたしと朱姫を同じ部屋にさせてください」

 

 沙那は言った。

 今夜取った部屋は二人部屋がふたつだ。

 だから、そういう部屋割りにしてしまえば、孫空女には悪いが、宝玄仙の相手をしなくてもすむし、朱姫にはたっぷりと仕返しもできるし一石二鳥だ。

 

「え、ええっ──。そ、そんな狡いよ──。公平に決めようよ──」

 

 孫空女が声をあげた。

 しかし、横で宝玄仙が大笑いした。

 

「うるさいねえ、孫空女──。なんか、わたしの相手をするのがそんなに嫌かい? まあいいよ。だったら、たっぷりと可愛がってやるから、お前がわたしの部屋に来るんだ」

 

「うう……。わ、わかったよ、ご主人様……」

 

 孫空女が肩をうな垂れた。

 心の中で孫空女に誤りつつ、一方でまったく気にしないようにするという、心の二枚舌を使いながら、沙那は孫空女の不満そうな顔を気にしないようにした。

 それができなければ、こんな変態女主人の供などできやしない。

 

「ほらっ、犬、食事よ、お食べ──」

 

 沙那は、いまは三人の座る卓の下に完全に隠れるようにしている朱姫の前に肉の切れ端を放り投げた。

 朱姫が床に落ちた肉を口で咥えて食べ始める。

 

 面白い──。

 沙那は興奮してきた自分を感じていた。

 

「お前も本当に面白い性格をしているよねえ……。いつもわたしらの悪戯には文句ばかり言うくせに、いざとなったら、かなり残酷なことを平気でやるよねえ」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「なに言っているんですか、ご主人様──。これはお仕置きなんです──。ご主人様たちの悪戯とは違います。一緒にしないでください」

 

 沙那は口をとがらせた。

 

「わかった、わかった」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「あ、あの隣で食事をさせてもらって、よろしいですか?」

 

 沙那は顔をあげた。

 驚いた。

 あの賊徒の砦で別れたきりの白女真(はくじょしん)がいた。愛麗(あいれい)地湧子(ちゆうし)のふたりの童女も連れている。

 

「ど、どうしたの、これ?」

 

 愛麗が卓の下で四つん這いになっている朱姫に目を丸くしている。

 

「あ、ああ、なんでもないのよ──。朱姫、椅子に戻りなさい。普通に食事をしていいわ」

 

 沙那は慌てて言った。

 

「あっ、は、はい──」

 

 朱姫が我に返ったような声をあげた。

 そして、何事もなかったかのように、潜り込んでいた卓の下から這い出て来て椅子に座り直す。

 白女真たちが驚いた顔をしている。

 

「どうやら、お前たちも無事に陥空山と国境を越えられたようじゃないかい。よかったよ──」

 

 宝玄仙が悪びれた様子もなく笑った。

 沙那は横の卓についた地湧子を見た。

 地湧子は腹を立てているようだけど、妙に宝玄仙を怖がったり、あるいは、心に妙な傷がついたという感じでもない。

 とりあえず、ほっとした。

 しかし、宝玄仙の傍若無人にもほどがある。

 こんな童女に性的な悪戯をするなど……。

 一体全体、この女主人の頭の構造はどうなっているのだろう……。

 

 とにかく、みんなで一緒に食事ということになった。

 まずはお互いに自己紹介をした。

 沙那は宝玄仙に無理矢理に謝罪をさせた。

 あっさりと地湧子も白女真も宝玄仙の謝罪を受け入れた。

 そして、その後は他愛のない話をした。

 

 この三人は貧婆国の西にもう少し進んだところの土地に向かうということもわかった。

 沙那たちはどこに向かう旅なのかと訊ねられたので、西方帝国を縦断して、魔域に向かう予定だというと、三人とも目を丸くしていた。

 白女真は孫空女を気に入ったようだった。

 しきりに、武術の話を孫空女に求め、それに対して、孫空女が武術について熱心にそれに応じていた。

 沙那は珍しいこともあるものだと思って、話に興じるふたりを見ていた。

 孫空女の武術は天下無双といっていいが、まったくの我流だからと、いつもは腕自慢のようなことは言わないのだ。

 その孫空女がいままでに相手をした敵のことについて一生懸命に説明したりしている。

 

 また、愛麗は無口の性質のようだが地湧子は多弁だった。

 沙那たちの旅のことを聞きたがり、沙那も宝玄仙に求めに応じて、旅の珍しい思い出などを話したりした。

 お互いの卓の上の皿が空になる頃には、お互いにかなり打ち解けた。

 食事も終わる頃に白女真が、明日の夕方には白女真たちの故郷にも到着するはずなので、どうか立ち寄って欲しいと誘ってきた。

 宝玄仙も今度は驚くほどに簡単にそれを受け入れた。

 つまり、明日はこの七人で一緒に旅をするということだ。

 そして、明日の夜は、白女真たちの故郷の家に泊ることにもなりそうだ。

 

「ねえ、宝玄仙様、孫空女とはもう少し夜話をしたいですわ。よければ、もう少し、孫空女さんをお貸し願いませんでしょうか? わたしたちは四人部屋を借りたんです。もしも、長くなるようだったら、そのまま寝てしまってもいいし……」

 

 そろそろ解散をしようという気配になったとき、突然、白女真がそう言った。

 沙那は、孫空女は宝玄仙の夜の相手をすることになっているから駄目だと口を出しそうになり、慌てて口をつぐんだ。

 

「そうだね……。あたしもそうしたよ……。いいでしょう、ご主人様」

 

 孫空女が言った。

 沙那はちょっとびっくりした。

 無頓着のようで孫空女はかなり、みんなの旅の安全には気を使ってくれている。

 いつもは、余程のことがなければ、みんなと別れて休もうとはしないのだ。

 

「珍しいことがあるものだね、孫空女。まあいいさ。許すよ──。その代わり、わたしの部屋には沙那がおいで──。命令だよ。朱姫のことについては、保留だ。今夜のわたしの相手はお前がするんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ええっ──?」

 

 沙那は大声をあげてしまった。

 

 

 *

 

 

 階段をあがって、部屋に入った。

 白女真は集団の一番後ろを孫空女とともに進んだ。部屋は最奥だ。

 まずは、朱姫が手前の部屋にひとりで入っていく。

 なぜか、朱姫は機嫌がよさそうだった。

 

 次の部屋には、宝玄仙と沙那が入った。

 沙那の落ち込みようは不思議なほどであって、なにかあったのだろうかと白女真は首を傾げた。

 沙那は宝玄仙に二の腕を掴まれて、引き摺られるように部屋に入っていった。

 三部屋ほどを挟んで、白女真たちが取った部屋だ。

 もちろん、宝玄仙たち四人がこの宿を取ったのを確認して、やや強引に部屋を取ったのだ。

 

「さあ、入るがいい、孫空女……」

 

 部屋の前に来ると、さっきまでの子供っぽい口調とはがらりと変わった地湧子が、扉を開いて孫空女を中に促した。

 孫空女は、食事の最中に地湧子に道術にかけられたのだと思う。

 なんの抵抗もなく、のこのことひとりで部屋にやってきたのはそのためだ。

 孫空女が地湧子の道術にかけられているのは、宝玄仙も朱姫も沙那もまったく気がつかなかったようだ。

 孫空女が部屋に入ると、白女真は部屋の鍵を内側からかけた。

 地湧子に操られている孫空女は、部屋に数歩進んだ場所でぼうっとしている。

 

「ちょっと待て──。どんなに騒いでも、声が外に漏れんように道術をかけるからな……。よし終わった──」

 

 地湧子が椅子を持ち出してきて、孫空女に向き合うようにちょこんと座った。

 

「さて、じゃあ、心の縛りは解いてやろう、孫空女……。心を操ったまま意地悪をしても面白くないからな……。だが、身体の縛りは解かんぞ。今夜はとことん、この三人で遊んでやる。そして、朝になったら、もう一度、『縛心術』にかかってもらう。心を操って、宝玄仙を捕らえる道具になってもらうためにな」

 

 地湧子がくくくと笑って、手をぽんと叩いた。

 

「えっ? あ、あれっ? あたし……?」

 

 やっと我に返った孫空女が目を丸くしている。

 

「さて……。別段、お前には恨みはないけどな……。まあ、主人の罪は供の罪でもあろう。わたしが味わった恥辱をお前で返してやる……。悪う思うな──。じゃあ、まずは、下袴と下着でも脱いでもらうか? そこで下半身はすっぽんぽんになれ」

 

 地湧子が言った。

 孫空女の顔がきっと険しくなった。

 

「お、お前──な、何者だよ──。ただの子供じゃないね──?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「それがどうした、孫空女──。それよりも下の服を脱げ──。いろいろと趣向があるぞ……。夜は長い……。愉しもうな、孫空女」

 

 地湧子が笑った。

 

「なに? あれっ? な、なに? て、手が勝手に……」

 

 孫空女が困惑している。

 その孫空女の両手がゆっくりと下袴の腰の紐を解き始めた。



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637 最初のひとり

「な、なに──。お、お前の仕業なのかい? あ、あたしの身体になにをしたんだい、子供──?」

 

 孫空女は声をあげた。

 身体がまったく自由にならない。

 それどころか、眼の前の地湧子(ちゆうし)という十歳の童女の言葉に従い、孫空女の両手は、勝手に下袴(かこ)と下着を身体から脱ぎおろしている。

 あっという間に、下半身はすっぽんぽんになってしまった。

 

 この十歳の童女が見た目のままの子供でないことは明らかだ。

 おそらく、この操り道術は『縛心術』だろう。

 孫空女は、いま自分が完全に地湧子の道術に捕らわれていることを自覚しないわけにはいかなかった。

 その証拠に、孫空女の身体は下半身だけが裸体であるというみっともない恰好で、また動けなくなっている。

 

 そして、はっとした。

 そう言えば、この地湧子は、明日には宝玄仙に手を出すようなことを口にしていた。

 自分はともかく、それだけは阻止せねば……。

 だが、どうしたら……。

 

「ふふふ……、孫空女、まずは、お前には、わたしの味わった恥辱を味わってもらうわよ。お前には恨みはないが、あんな変態を主人に持ったのがお前の不幸よ。さあ、お前の股を開け……。いいというまでね……。この手を見よ……。わたしから眼を離すな」

 

 椅子に座って孫空女に視線を向けている地湧子が言った。

 すると、孫空女の眼は地湧子から離せなくなった。

 

 『縛心術』を遣う多くの術師が視線を活用する……。

 だから、最初に眼を合わさなければ、『縛心術』は防げる……。

 

 それは朱姫が時折、言うことだ。

 しかし、孫空女はわかっていながら、視線を地湧子から外すことができないでいた。

 目の前の童女から大量の霊気が孫空女の身体に入り込んで来るのも感じる……。

 

「ほらほら、少しは抵抗しないと、なにもかもわたしの術に絡み取られてしまうわよ、孫空女……。『縛心術』というのは、心を壁がなくなるといくらでも深くかかってしまうものなのよ。そんなことで、宝玄仙の護衛が聞いて呆れるわねえ……」

 

「な、なにを……」

 

「ほらほら、魔域にはもっと強力な道術を遣う者もいるわよ……。気力よ、気力。かかったと思ってしまったら駄目さ。その気持ちを外に追い出して、自分を保つのよ……。そうすれば、相手に心を乗っ取られなくてすむわ……」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 孫空女は懸命に自分を保とうとした。しかし、もはや、霊気はすっかりと孫空女の心を羽交い締めにしているようだ……。

 どうしても、この金縛りから逃げ出せない……。

 

「ちっ、他愛ないねえ……」

 

 地湧子が舌打ちした。

 

「……じゃあ、遠慮なくやらせてもらうわよ……。この手をご覧……。この手に合わせて脚を開くのよ……」

 

 身体の前で両手を合わせた。孫空女の視線は地湧子が身体の前で合わせた手に吸い込まれる……。

 地湧子がその手を少しずつ開いていく。

 

「な、なに、や、やだよ──」

 

 孫空女のなにもはいていない下半身が、その手に応じるように少しずつ開き出す。

 肩幅に開き……。

 さらに、大きく……。

 

「ちょっと、やめてったら──」

 

 脚は開き続ける。

 孫空女はなんとか抵抗をしようと、もがくのだが地湧子に操られている腕はまったく自由にならない。

 両手はだらりと身体の横にぶらさがったままだ。

 両脚も勝手に動いている。

 

「この辺でいいか……」

 

 地湧子が手の開きを止めたのは、孫空女の脚がたっぷりと七尺(約二メートル)は拡がったときだ。

 限界近くまで開かされた内腿の筋肉がぷるぷると震える。

 しかも、不安定な姿勢がつらい。

 金縛りにされているのは、四肢の部分だけのようだ。

 だから、体勢を崩すと、そのまま倒れてしまい、顔を床に激突させそうだ。

 

「なかなかに身体は柔らかいのだな。それ、これも装着してやろう」

 

 地湧子が孫空女の立っている場所の天井に向かって、なにかを放り投げた。

 すると紐のようなものが孫空女の前に垂れ下がってきた。

 

「な、なんだよ?」

 

 孫空女はびっくりした。

 どうやら地湧子は、道術で投げた紐の片側を天井に密着させたらしい。

 そのため、その反対側の先端が孫空女の顔の前にぶらさがってきた。

 その紐の先端には小さな金具がついている。

 金具の先端は鉤状に曲がっていて、しかも、先っぽがふたつに分かれていた。

 どういう目途で使うものかすぐにわかってしまい、孫空女の身体はすくんだ。

 

白女真(はくじょしん)、その鼻鉤を孫空女の鼻の穴に入れてやれ。転んで顔面を打たないようにというわたしの慈悲よ」

 

 地湧子が意地の悪い口調で言った。

 白女真が孫空女に近づいてきて、無造作に金具の先を孫空女の両方の鼻の穴に入れる。

 

「や、やめっ」

 

 孫空女が悲鳴をあげるよりも速く、孫空女の鼻の穴を捉えた鼻鉤はぐいと上に持ちあがった。

 道術だろう。

 しかし、鼻の穴だけが無理矢理にあがるくらいに紐をあげられた孫空女はさすがに泣き声をあげた。

 

「ひ、ひいいっ──や、やめええ──」

 

「ほうほう、いい顔ねえ……。生意気な宝玄仙の供に相応しいわ。さあ、愛麗(あいれい)、わたしがいいというまで、孫空女の身体を舐めなさい。まずは尻穴よ──」

 

「んひいっ、い、いやだ──」」

 

「孫空女は、よがって体勢を崩さないようにね。その鼻鉤は外れないわよ。その状態で倒れようものなら、お前の鼻はもげてしまうかもしれないわ。まあ、鼻がもげても、宝玄仙が修復してくれるだろうから、大丈夫とは思うけどね」

 

 やっぱり、宝玄仙のことをよく知っているような口ぶりだ。

 それにしても、ただでさえ、不安定な体勢を強いられ、身体を倒れさせないようにするのが必死だったのだ。

 そのうえに、これでお尻を舐められたりしたら……。

 孫空女は戦慄した。

 

 しかし、さっきの白女真もそうだったが、愛麗も地湧子の命令にまったく躊躇の様子を見せない。

 背後に愛麗がひざまずいた。他人のお尻を舐めるなんていうのは、さすがに嫌だと思うのだが、愛麗はひと言の文句も言わずに、淡々と行動している。

 

 『縛心術』──?

 それが孫空女の頭をよぎった。

 もしかしたら、この地湧子は、白女真や愛麗までも道術で操っているのではないだろうか……?

 しかし、それ以上は孫空女にはなにも考えられなかった。

 愛麗の舌責めが開始されたのだ。

 

「あうっ……ああっ……そ、そんなの……くああっ……」

 

「あらあら、やっぱり、あの宝玄仙の供だけあって、随分と敏感ね。そんなに愛麗の舌が気持ちいいの?」

 

 愛麗の舌が孫空女の肛門を周囲を動き出す。

 全身に大きな疼きが断続的に襲い掛かり、孫空女はつい大きな声を洩らした。

 

「んぎいいっ」

 

 そして、鼻に激痛が走った。

 体勢を崩しそうになって、鼻にかけられた金具が鼻の穴を引っぱたのだ。

 

「もっと、よがらせてあげるのよ、愛麗──。どんどん孫空女の尻穴を舐めなさい」

 

「はい、地湧子様」

 

 愛麗の躊躇いのない返事が聞こえた。

 すると孫空女の尻たぶをぐいと愛麗の手が掴んだ。

 そして、尻穴を曝け出すように、左右に引っ張られた。

 

「そ、それは許して、あ、愛麗──。ねえ、ちょっと──」

 

 孫空女は絶叫したが、すぐに愛麗の息を感じるくらいにお尻に顔が近づけられる。

 次の瞬間、孫空女の肛門に愛麗の舌先が当たり、上下に動く。

 

「はあああっ」

 

 孫空女は全身をがくがくと震わせた。

 その震えと同じ速度で、断続的で激しい疼きが全身に襲いかかる。

 大きな淫情の津波が孫空女の全身を揺さぶる。

 立っているのもつらい快感だ。

 しかし、少しでも体勢を崩すと脳天を貫かれたような痛みが、鼻に突き刺さる。

 

「もっと、続けるのよ──。そうだ。白女真もやりなさい。お前は前からよ。孫空女の肉芽をたっぷりと舐めあげてあげなさい」

 

「はい、地湧子様……」

 

 孫空女は抗議したが、やっぱり白女真には一片の躊躇いもない。

 孫空女の大きく開脚している股間の前にひざまずいた白女真の舌が、今度は前から孫空女の股間を刺激する。

 

 後ろからは、肛門を刺激する愛麗の舌──。

 

 前からは、肉芽を舐める白女真の舌──。

 

 しかも、少しでも動くと鼻に激痛を与える鼻鉤──。

 

「んはああっ、んがああ──」

 

 その快感と苦痛が相まって凄まじい快美感が貫き、孫空女は身体を弓なりにして悲鳴をあげた。

 その絶頂で固まっている身体がぐらりと揺れたのだ。

 だが、鼻鉤のおかげで辛うじて転倒を免れたが、その代償としての鼻の痛みに涙がぽろぽろとこぼれた。

 

「おやおや、お前みたいな女傑でも泣くのねえ。これで少しでも溜飲がさがったわ。それにしても、まだ、ちょっとしか舐められていないのに、随分と淫乱な身体なのね、孫空女──。じゃあ、乳房は自分で揉みなさい。服を自分で開いて、乳首をこりこりと摘まむといいわ」

 

「も、もう許してよ──」

 

 この上にさらに快感を足されると知って孫空女は絶叫した。

 だが、孫空女の両手は、またもや勝手に動いて、上衣のぼたんをくつろげて左右に服を開いた。

 胸当てを覆ったふたつの乳房があらわになる。

 孫空女の手が、さらに胸当てを上にずりあげて、乳房を剝き出しにした。

 孫空女自身の指が左右の乳頭をこりこりとしごき出す。

 

「そ、そんな……ああああ……あふううう……」

 

 お尻の穴、肉芽、そして、乳頭に同時に与えられる刺激に、もう孫空女は拒絶や哀願の言葉さえも発することはできなくなった。

 口から迸るのは、ひたすらに大きな嬌声だけだ。

 

「いぐううううっ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 全身を反らせた。

 快感の奔流が孫空女の全身を駆け抜けたのだ。今度はなんとか倒れるのを免れた。

 

「も、もう許して──。本当に駄目だよ──」

 

 しかし、達したというのに、愛麗も白女真も舌の責めをやめないし、

 それどころか、孫空女自身の指さえも乳首を揉むのを中止しない。

 孫空女は涙声で身体をよじらせた。

 鼻に痛みが走る。

 

「うぐううっ」

 

 孫空女は呻いた。

 改めて、いまは激しく悶えることで快感を逃げさせることさえも許されていないのだと悟った。

 愛麗と白女真の舌責めが続く……。

 股間と肛門を舌で舐められる水音が部屋に響き続ける。

 

「い、いい……加減に……してよ──。な、なんのために……あ、ああ……こんなことをするんだよ──」

 

 孫空女は泣き喚いた。

 

「もちろん、お前の頭を空っぽにするためよ。なにも考えられなくなるほどに快感によがれば、お前はもう絶対にわたしの『縛心術』の支配から逃げられなくなるわ──。例えば、宝玄仙を殺せと命令を与えれば、お前は躊躇なく宝玄仙を殺すほどにね……。それが嫌なら、一生懸命に自我を保ちなさい……」

 

 十歳の童女の顔が歪んで、その口から老婆のような笑いが迸った。

 

「ご、ご主人様を殺すのかい──」

 

 孫空女は驚愕した。

 

「さあ、どうするかねえ……。お前が達しすぎれば、宝玄仙を罠に嵌める道具にされることもあるということを説明しただけよ──。まあ、お前はとにかく、ただ昇天し続ければいいわ。今夜のうちに、なにも考えることができない人形にしてあげるからね」

 

 すると、地湧子が今度は三人のいる方向になにかを投げた。

 はっとした。

 それはふたつの張形だった。

 霊気を帯びているのだろう。

 男根にそっくりのかたちをしたふたつの張形は最初からうねうねと先端をうごめかせている。

 

「今度は道具を使うのよ、白女真と愛麗……。孫空女は自分自身の乳首をさらに捏ねあげたままでいなさい」

 

 白女真が手を伸ばしてふたつの張形を受けとり、その一方を孫空女の股越しに愛麗に渡した。

 振動を続ける張形の先端が、股間と肛門の両方に同時に触れた。

 

「ひゃあああ──」

 

 孫空女はふたつの張形を感じると同時に、大きな悲鳴をあげた。

 鼻鉤は孫空女にぐんと激痛を与えたが、遥かに大きい快感が激痛を上回った。

 全身を走る三つの快感が交錯し、それが想像を絶する熱い痺れとなって孫空女の脳天を貫いた。

 

 頭が真っ白になる……。

 三度目の昇天をしたのだと気がついたのは、鼻にかかる鉤にほとんど顔をぶらさげるようなかたちでもたれさせていたときだ。

 孫空女の身体がふわりと浮いたようになり体勢が戻った。

 あるいは、それは地湧子の道術が関係したのかもしれない……。

 

 絶頂の余韻に浸りそうになった孫空女に、白女真と愛麗の操る張形が新しい快感を足した。

 さがりかけていた快感に、また快感が加わって、孫空女は飛翔した。

 四度目の絶頂だ……。

 

 重くのしかかるような快感に、いつの間にか孫空女は自分から腰を振って悶えていた。

 子宮が燃える。

 腰骨が砕けるような快感──。

 今度こそ、孫空女の身体は弛緩して全身を支える力を失った。

 

 そのとき、ぱちんと地湧子の指が鳴るのが聞こえた。

 鼻鉤が天井から外れるのがわかった。

 孫空女は白女真の身体に、大股開きのまま倒れ込んだ。

 

「きゃあ」

 

 びっくりした白女真が悲鳴をあげながらも、孫空女の身体をしっかりと支えた。

 床に身体が崩れ落ちるとともに、手足を拘束していたものがなくなったようになり、大きく開いた脚もやっと解放された。

 その代わり、今度は全身が完全に弛緩して動かなくなった。

 

「白女真、孫空女を寝台の上に乗せなさい。本格的にいくわよ。わたしも裸になるから、お前たちも全裸になりなさい。孫空女も裸にしてしまうのよ──」

 

「はい、地湧子様」

 

 白女真が孫空女の身体を抱きあげた。

 そして、寝台に乗せられる。

 白女真が孫空女の上半身に残っていた衣類を脱がせる。

 そのあいだに、地湧子と愛麗が裸になった。

 

 愛麗の裸身は少し大人になりかけた少女の裸体だ。

 一方で地湧子はほぼ完全な童女の裸体なのに、陰毛だけがふさふさと豊かだ。

 改めて眺めると、やはり、地湧子は本物の童女ではないというのがそれで伺える。

 

「もう、お前の身体はわたしの思うままよ、孫空女……。全身の感度を十倍にしてあげるわ」

 

 地湧子の言葉とともに、全身が熱くなり一斉に毛穴から汗が吹き出た。

 裸になったふたりの童女が寝台にあがってきた。

 ふたりは孫空女の裸身の両側に分かれると、孫空女を挟むようにして愛撫を始めた。

 金縛りになったように動かない孫空女の裸身は、左から愛麗に、右側は地湧子から胸と股間を刺激され始める。

 

「うはああっ」

 

 すぐに言葉も発することができないような凄まじい快感が襲う──。

 孫空女はもう半狂乱だ。

 さらに、裸になった白女真も寝台にあがってきた。

 白女真は孫空女の内腿から膝、あるいは股間から臍の付近を舌で這わせる。

 

「いくときはいくといいなさい、孫空女──。ただし、達したら、さらに感度がいまの倍よ」

 

 地湧子が孫空女の女陰の中で指を弾くように動かしながら言った。

 

「は、はい──」

 

 なにを言われたのか理解できない……。

 いくときは、いくという……。

 ただ、その言葉のみが頭に繰り返される。

 意識が朦朧とする。

 その頭の中に地湧子の言葉だけがあった。

 

「よし、いけ──」

 

 不意に地湧子が大声を放った。

 なにかが頭で弾けた。

 

「はぐうう──なに? なに? いくっ? いくうっ、いくよおお──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 全身が千切れる。

 なにが起きたのかわからなかった。

 孫空女は身動きできない身体を限界まで反り返らせた。

 

「ああああ──いぐううう──ぐうううう──」

 

 快感は続いていた。

 腰を激しく動かして、頂点に昇り詰める。

 しかし、昇り詰めても昇り詰めても、それが終わらない──。

 なにが起きているのか、さっぱりとわからない。

 孫空女は長い時間昇天し続け、吠えまくった。大粒の汗が飛び散り続ける。

 

「よし──」

 

 地湧子が叫んだ。

 あがり続けていた絶頂がやっと終わった。

 

「くはああっ、ああああ……」

 

 少しずつさがりだした快感に浸りながら、孫空女は激しい息をしていた。

 いまや孫空女の身体に触れている者はいない。

 白女真と愛麗がなぜか目を丸くしている。一方で地湧子がにやにやと孫空女を見下ろしている。

 なにが起きたのだろう……?

 

「途中から、孫空女さんは変でしたけど、いまのはなんでしょう、地湧子様?」

 

 やがて、白女真が言った。

 

「孫空女の身体に、本当にわたしの『縛心術』が刻み込まれたのよ──」

 

 地湧子がくくくと笑った。

 

「き、刻み込まれた?」

 

 孫空女は呆然とその声を聞いていた。

 

「そうよ。ただの『縛心術』じゃない……。もっと深い層の部分にまで術が入り込んだのよ。こうなった以上、お前は死んだも同じよ、孫空女……。お前の自意識を閉じ込めて、思うままの行動をさせることもできるわ」

 

「な、なに言ってんのさ──」

 

 孫空女は懸命に息を整えながら言った。

 

「ほう……。なかなかの回復力もあるのね。もう、元気になりかけているようじゃない……。じゃあ、試してみる?」

 

 地湧子が意味ありげに微笑んだ。

 孫空女はその笑みに恐怖を感じた。

 

「いけ──」

 

 地湧子が不意に叫んだ。

 

「はあああ──」

 

 孫空女は弓なりに身体を逸らせた。

 今度こそなにが起きたかわからない。

 なにもされているわけじゃない──。

 しかし、地湧子の言葉だけで絶頂の快感が襲ってきたのだ。

 

「いやああ──も、もういやああ──」

 

 孫空女は叫び続けた。

 股間からなにかが飛び出した。

 大きな水音がする。

 だが、快感の上昇が終わらない──。

 

 すでに絶頂している。

 それなのに、凄まじいほどの快感の昂ぶりが少しも止まらない……。

 

「こ、これはなんですか?」

 

 白女真の声だ。

 

「孫空女は、絶頂の真っただ中にいるのよ。もう、わたしの言葉に支配されてしまって、わたしが言葉でとめない限り、絶頂をし続けるわ。連続で絶頂するのではなく、一度の絶頂が終わらなくなるの──。どう、孫空女? 普通は一瞬で終わるはずの絶頂をいつまでも味わい続けるというのは──?」

 

 地湧子の笑い声が続いている。

 だが、もう孫空女にはなにも考えられない。

 股間から噴き出すなにかの水の音はまだ続いている。

 

「それにしても、派手に小便をしてくれるじゃないの、孫空女。罰よ。しばらく、絶頂状態を続けられる地獄を味わっていなさい」

 

 地湧子が呆れた声をあげた。

 股間から出ているのは、失禁による放尿なのかと思った。

 だが、羞恥を感じる余裕はもう孫空女にはない。

 

 頭が真っ白になる絶頂の感覚が続いている。

 息が──。

 

 もう、やめて──。

 助けて──。

 

 孫空女は喘いだ──。

 

 やっと、放尿が止まった気がする。

 しかし、絶頂状態はそのままだ。

 

「苦しいでしょう、孫空女──。苦しければ、無意識に入りなさい──。後のことはわたしに任せるのよ──」

 

 その言葉で終わりだった。

 いつまでも絶頂を続けている孫空女の身体を置き去りにして、孫空女の意識だけがどこか深いところに沈んでいった。

 

「うわあああああっ」

 

 孫空女の意識は消滅した。



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638 ふたり目の獲物

 宝玄仙に声をかけられて、朱姫が朝食に降りていくと、そこにいたのは、宝玄仙と孫空女、そして、昨日から旅に同行することになった地湧子たち三人の合わせて六人だった。

 

 沙那の姿はない。

 沙那は、昨日は朱姫に仕返しをするということで、最初は朱姫と同部屋になったのだが、孫空女が白女真と武術の話を続けたいというので、急遽、沙那が宝玄仙の相手をすることになり、宝玄仙の部屋に行ったのだ。

 その沙那が朝食に降りてこない。

 

「沙那姉さんは、どうしたのですか、ご主人様?」

 

 なにが起きたのか、朱姫にもおおよその検討はついたが、一応は宝玄仙に訊ねてみた。

 すると宝玄仙が喉の奥で笑った。

 

「まだ、寝ているよ──。おそらく、午前中は使い物にならないだろうね……。だから、もうひと晩、ここに泊まることにするよ、朱姫」

 

 宝玄仙が言った。

 朱姫は、沙那も可哀そうにと少しだけ思った。

 そして、宝玄仙が白女真に視線を向けた。

 

「……そういうわけだから、悪いけど、お前たちだけで先に行っておくれ、白女真──。今夜はお前のところに泊ると約束はしたものの、夕べはどうもやりすぎてねえ……。今日はもう進めそうにないから、もう一日、ここですごすよ。お前たちは、別に付き合う必要もないし、三人で先に行っておくれ、もう、貧婆国に入ったし、旅の危険も少ないんだろう?」

 

「だったら、わたしたちも、もう一泊します。実のところ、賊徒の砦は大変でしたし、一日くらいは旅を休んでから領地に帰りたいと思っていたのです。わたしたちも、もう一日泊まります」

 

「そうかい、好きにするさ」

 

 宝玄仙が言った。

 食事が来た。

 大皿に全員の分を持った肉と野菜を乗せて焼いた焼き菓子だ。

 朱姫は、最初に沙那に後で持っていってあげる分の料理を取り分けた。

 残りはみんなでそれぞれに摘まんで食べる。

 

「ところで、孫姉さんは昨夜は戻ってきませんでしたね」

 

 朱姫は焼き菓子を口にしながら、横の孫空女に言った。

 

「つい、遅くまで白女真と話し込んじゃってね……。そのまま、寝ちゃったんだよ」

 

 孫空女はあっけらかんと言った。

 

「ふうん……。そうですか……」

 

 朱姫は頷いた。

 

「今日の旅がないのなら、朱姫姉さんと孫姉さんと遊びたいな。おふたりとも、わたしのへやに来てくれませんか? 面白い遊戯があるんです。みんなでやりたい──」

 

 そのとき、不意に地湧子が言った。

 

「えっ?」

 

 そのとき、朱姫の中になにか熱いものが流れ込んだ気がした。

 次の瞬間、朱姫は理由もなく、地湧子の申し出に従って彼女たちの部屋に行きたくなった。

 

「いいですか、ご主人様?」

 

 朱姫は訊ねていた。

 一方で、朱姫の中のもうひとりの自分が、地湧子の部屋に行って一緒に遊びたいと思ってしまった朱姫自身に首を傾げていた。だが、その不審の気持ちは、すぐにしぼんで消えてしまった。

 

「まあ、好きにするさ──。わたしももう少し寝ることにするよ。沙那が起きられないということは、すなわち、わたし自身も寝不足ということだしね……」

 

 宝玄仙が悪びれた様子もなく声をあげて笑った。

 

 

 *

 

 

 少し、時間が経ってから来てくれと孫空女が言うので、朱姫は首を傾げながら言われたとおりに、時間を置いてから白女真たちが寝泊りをしている部屋にやってきた。

 

「あっ」

 

 朱姫は部屋に入るなり声をあげてしまった。

 部屋には寝台が四個あるが、そのうちのひとつに素っ裸の孫空女が乗っていたのだ。

 しかも、地湧子たち三人はちゃんと服を着ていて、寝台の回りに椅子を集めて、まるで寝台を見物するように取り囲んでいる。

 

「ど、どういうことなの──? そ、孫姉さんもなにをしているのです?」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「地湧子様が、あたしとあんたが愛し合うのを見物したいんだってさ。だから、協力してよ」

 

 寝台の上の裸の孫空女がにっこりと笑って、朱姫に両手を伸ばした。

 朱姫は呆気にとられた。

 

 すぐに、これは『縛心術』かなにかの操り術に違いないと思った。

 それにしても、孫空女はいま、“地湧子様”と呼んだか──?

 朱姫は思わず、部屋の奥にいて椅子に腰掛けている十歳の童女に視線を向けた。

 

「宝玄仙の供は全員が百合の関係というのは知っているよ。三人で見物するから、孫空女と同じように裸になって愛し合っておくれ。白女真と愛麗の見本になってよ」

 

 地湧子が笑った。

 かっとなった。

 いくらなんでも、そんな見世物のようなことをするのは我慢ならない。

 

「うん……。早く寝台においで、朱姫」

 

 孫空女が微笑んでいる。

 朱姫は地湧子を睨んだ。

 

 あれは、孫空女であって孫空女ではない。

 孫空女が宝玄仙の命令以外で、こんな破廉恥な行為を他人に見せようとするわけがないのだ。

 孫空女をあんな風に操るなんて許せない──。

 

「し、しっかりしてください、孫姉さん───。孫姉さんは操られているんですよ」

 

 朱姫は怒鳴りあげた。

 しかし、孫空女はきょとんとしている。

 朱姫の言葉が信じられないとかいう感じではなく、話す言葉そのものが理解できないという表情だ。

 ここにも『縛心術』の影を感じる。

 

「あんたの仕業ね、地湧子? 孫姉さんの術を解くのよ──」

 

 朱姫は大きな声をあげた。

 同時に、地湧子に『縛心術』をかけようと霊気を集める……。

 

「眼を閉じよ、朱姫──」

 

 不意に地湧子が叫んだ。

 

「あっ」

 

 朱姫は声をあげた。

 突然、視界が消滅したのだ。

 すぐに、それは自分が眼を閉じてしまったからだとわかった。

 だが、瞼を開くことができない。

 

 『縛心術』だ……。

 朱姫は当惑した。

 すでに、朱姫は地湧子の術にかかっている状態にあったのだ。

 やっと、それに思い当たった。

 

 考えてみれば、特に大きな理由もなく、のこのこと地湧子たちの部屋に遊びに来るなど不自然だ。

 おそらく、朝食の時点ではすでに『縛心術』にかかった状態にされていたのだ。

 

 しかし、『縛心術』といっても、その深さは万別だ。

 いまは、おそらく、まだ軽くかかっているという状況だろう。

 このまま、操り状態を持続されればさらに深くなり、すべてを支配された人形に成り下がってしまう。

 だから、いまのうちに術を解かなければ……。

 

 だが、実は朱姫の道術遣いとしての力の源は眼だ。

 眼を塞がれると、霊気を集められなくなるのだ。

 これはまずい……。

 朱姫の背に冷たい汗が流れた。

「ぐずぐずするんじゃないよ、朱姫。早く、服を脱がないかい……」

 

 地湧子の声がした。

 抵抗しなければ……とは思う。

 

 しかし、手が自由にならない。

 それどころか、朱姫の手は地湧子の言葉に従おうとして、上衣を脱ごうと服のぼたんを外そうとしていた。

 朱姫は気力を振り絞って、それを阻止しようとした。

 視界には映らないが、朱姫の両手は地湧子と朱姫自身の意思に挟まれて、朱姫の身体の前でどちらにも動かず震えている。

 

「ほう、さすがは術師でもあるだけあって、孫空女よりはましか……。だけと、抵抗できるのはその程度なのね。孫空女もそうだけど、その程度の能力じゃあ、宝玄仙を魔域で守れやしないでしょう? 魔域など諦めるのね……」

 

 閉ざされた視界の向こうで、地湧子の嘲笑うような声がした。

 

「そ、そんなこと、あんたに関係ないでしょう──」

 

 朱姫は吠えるような声で叫んだ。

 

「それもそうね……。じゃあ、、孫空女、朱姫が服を脱ぐのを手伝いなさい」

 

「はい、地湧子様」

 

 孫空女の明るい声がするとともに、寝台の上の孫空女が動く気配があった。

 その孫空女が朱姫の身体を掴む。

 

「や、やめて、孫姉さん──。正気に戻って──。お願いですから──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 だが、朱姫は、『縛心術』によって拘束されかけているうえに、眼が見えないのだ。抵抗などできるわけがない。

 結局、ほとんど抵抗できないまま、あっという間に生まれたままの姿になって、孫空女によって寝台にあげられた。 

 

「お前も孫空女と同じように、全身の感度をあげてあげるわ。肉欲の虜になってしまいなさい。そうしたら、改めて『縛心術』を深くまでかけてあげるから」

 

 地湧子が笑った。

 すぐに、全身が熱くなった……。

 これは本当にまずい……。

 このまま、なにも考えられないくらいに淫情に溺れたら、地湧子の言う通りに、深い操り状態にされてしまうだろう……。

 『縛心術』とはそういうものなのだ。

 

「朱姫……」

 

 孫空女の声だ。

 そして、孫空女の手が寝台に上に座っていた朱姫の両肩に触れた。

 

「あっ」

 

 朱姫は簡単に押し倒された。

 押しのけて、孫空女の身体の下から出ようともがいたが、とてもじゃないが孫空女の怪力からは逃げられそうにない。

 

「そ、孫姉さん、お願い……」

 

 どうやって、事態を打開したらいいのかと考えていたが、それを邪魔するかのように、孫空女の顔が朱姫の股間に埋まった。

 

「はああっ、だ、だめですっ──」

 

 孫空女の舌が朱姫の股間を舐め始めた。

 朱姫の太股の付け根に顔をつけている孫空女が舌の先で朱姫の肉の淵を舐めあげたり、肉芽をしゃぶったり、あるいは、舌を丸めて女陰の中に舌を侵入させたりしてくる。

 たちまちに、ただでさえ弛緩している朱姫の身体から、力が抜けていく……。

 

 しかも、舌で刺激している最中も孫空女の両手は朱姫の身体のあちらこちらを擦り動いている。

 どこをどうしたら朱姫が感じるかを知り抜いている孫空女の愛撫だ。

 それを朱姫は視界を封じられた状態で受けなければならないのだ。

 たちまちに朱姫の身体は快感に包まれ、全身をわなわなと震わせた。

 

 しかし、達してしまうわけにはいかない……。

 朱姫は固く思った。

 もしも、女の快感で昇天してしまえば、そのとき、どうしても心が無防備になって、『縛心術』が深く刻まれやすくなるのだ。

 それを防ぎたい……。

 

 とにかく、その一心で我慢しようと決意した。

 だが、孫空女の手がどこに移動するのか閉じている眼ではわからない。

 だから、孫空女が愛撫の場所を移すたびに、朱姫は悲鳴をあげて痺れたように動かない身体を狂おしく悶えさせた。

 

「ほう、すぐに達するかと思ったら、頑張るじゃないか、朱姫」

 

 地湧子の揶揄するような声がした。

 

「ああ、別に簡単だよ……。もしかして、朱姫をいかせればいいのかい?」

 

 朱姫の股間から口を離した孫空女がなんでもないような口調で言った。

 そして、仰向けだった朱姫の身体をくるりとひっくり返してうつ伏せにした。

 

「そ、孫姉さん、そこは許して──」

 

 朱姫は驚いて絶叫した。

 孫空女の狙いがどこにあるのかわかったからだ。

 しかし、孫空女の指はぐいと朱姫の肛門に挿入されてしまった。

 

「ひいいっ」

 

 ただでさえ弱いお尻を感度をあげられた状態で刺激されてしまっては、とてもじゃないが耐える自信は朱姫にはなかった。

 とにかく、朱姫は歯を食い縛った。

 だが、甘い官能の疼きが爆発したようになり、朱姫は甲高い声をあげて、全身の筋肉をぴんと突っ張った。

 

「あぐううっ」

 

 やっぱり、我慢など不可能だった。

 むしろ、懸命に我慢して分、普段よりもかなり深く達してしまったように思った。

 朱姫は最初の絶頂を晒してしまった。

 そのとき、地湧子の哄笑が聞こえた。

 

「あああっ──」

 

 朱姫は昇天しながら思わず絶望の声をあげた。

 まとまった量の霊気が朱姫の身体に注がれてしまったのがわかったからだ。

 朱姫自身の心がかなり深い意識に潜ったような感覚が襲う……。

 とにかく、これ以上は……。

 朱姫は昂った身体をなんとか鎮めようと、身体を鎮めることに努力した。

 

「なんだい、ちょっとは歯ごたえがあるのかと思ったら、お尻を責められた途端に一瞬とはねえ……」

 

 地湧子が笑い続けている。

 

「朱姫はお尻が弱いんだよ。いかせるにはお尻を責めればすぐだよ、地湧子様」

 

 孫空女が陽気な声をあげた。

「さすがは、変態女の宝玄仙の供ねえ……。供も変態揃いときたものだわ。だったら、もう少し連続絶頂させておくれ。多分、後一回か二回でかたもつきそうよ」

 

「わかったよ、地湧子様」

 

 孫空女がうつ伏せの朱姫の背中を押さえつけた。

 改めて、孫空女が朱姫のお尻の穴に指を入れた。

 すぐに、孫空女の指が朱姫の請うもんの内襞をまさぐりだす。

 

「あおっ」

 

 朱姫ははっきりとした快感の塊のようなものを感じて恐怖した。

 しかし、いかに防ごうとしても、朱姫の意思ではどうにもならない。

 官能の痺れはすぐに全身に拡散する。

 

「や、やめて、孫姉さん──。あっ、はあっ、ああ……。こ、こいつはあたしたちを操って……ご主人様や沙那姉さんになにかしようと……はうううっ……た、企んでいるに違いないんです──」

 

 朱姫は息も絶え絶えの声で呻くように言った。

 

「ふん、孫空女になにを言っても無駄だよ。もう、自分の意思なんて持ってないからね」

 

 地湧子が笑った。

 

「あっ、あっ、ああっ──」

 

 全身に痙攣のような震えが襲いかかった。

 快感の頂点がまたやってきたのだ。

 そして、遂に二度目の悦楽の頂上に到達した。

 

「はあああ……」

 

 朱姫は、稲妻に打たれたかのような肉の痺れを受けていた。

 そこに、地湧子の霊気がまた刻み込んできたのがわかる。

 まるで自分自身の心が押し潰されて消えていような感覚が朱姫に襲いかかった……。



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639 そして、三人目?

 朱姫が三度目の絶頂に達するのを、地湧子(ちゆうし)は静かに見守っていた。

 三度目にも、地湧子は『縛心術』を深く刻み直す作業を行ったが、それは念押しのようなものだ。

 すでに朱姫は二度目の刻み直しのときに詰んでいた。

 朱姫についても、完全に地湧子の支配下に置いた。

 なにをさせるのも、なにを考えさせるのも思いのままだ。

 地湧子は、孫空女に朱姫を責めさせるのをやめさせた。

 

「さあ、朱姫、わたしの質問に答えるのよ……。正直にね。それと、眼を開けていいわ」

 

 地湧子は言った。

 もう、朱姫の道術は怖くない。地湧子の意思なしに朱姫は道術を遣えない。

 

「はい、わかりました、地湧子様」

 

 朱姫が眼を開いた。

 いまはまだ虚ろな表情が残っているが、これも時間とともに自然になり、刻んでいる霊気も朱姫の中で安定してしまう。

 そうなってしまえば、いくら宝玄仙でも、朱姫の中に地湧子の霊気が入っていることはわからないだろう。

 事実、朝食のときは、宝玄仙は孫空女が操られていることに気がついた様子はなかった。

 

 とにかく、これで三人の供のうちふたりは片付いた。

 残りは沙那という人間の女ひとりのみ……。

 それが終われば、宝玄仙のみだ。

 

 それにしても、宝玄仙の供も他愛もないものだ。

 こんなに呆気なくやられてしまった供ばかり連れてあの魔域に行こうとは、宝玄仙のしようとしていることは無謀としかいえない。

 それを自覚すべきだろう……。

 

 いずれしても、次は沙那だ。

 それにしても、地湧子は、是非、朱姫に訊ねたいことがあった。

 

「ねえ、朱姫、お前は霊気のない沙那に『縛心術』をかけていたわよねえ……? あれはどうやっていたの?」

 

 地湧子は訊ねた。

 黒松林(こくしょうりん)の砦で沙那を見たとき、沙那は確実に『縛心術』にかかった状態にあった。

 しかし、地湧子の知識では、霊気のない人間には道術は効かない。

 道術をかけようにも、術を刻むために動かす霊気そのものが存在しないのだ。

 

 『縛心術』も道術だ。

 だから、『縛心術』は霊気のない沙那にはかからないはずだ。

 しかし、孫空女によれば、どうも朱姫は、沙那のような霊気のない人間にも道術がかけられるらしい。

 どうやったのだろう?

 

「どうやったかと言われても……。ただ『縛心術』をかけただけです」

 

「だから、どうしてお前は霊気のない相手に術をかけらるのよ?」

 

「ただ、かけられるからとしか説明できません。あたしは、昔からそれができるのです」

 

 朱姫は言った。

 地湧子は首を傾げた。

 だが、いまの朱姫が嘘を言ったり、なにかを隠している可能性はない。

 朱姫の言葉をそのまま、飲み込むしかないだろう。

 まあいい……。

 

「お前は沙那に、いまでも術をかけられるのね?」

 

「できます。いつも、簡単な鍵となる言葉で、瞬時に『縛心術』にかかった状態になるように、暗示をかけた状態にしているのです」

 

 朱姫が言った。

 すると、横の孫空女が、「やっぱり」とぶつぶつ言っている。操り状態ではあるが、思考力が欠けるわけではない。

 なにか朱姫の『縛心術』には、確執でもあるのかもしれない。

 まあ、とにかく、いまは関係ない。

 地湧子は手で合図をして、孫空女に黙るように示した。孫空女は口をつぐんだ。

 

「じゃあ、お前は沙那を『縛心術』にかけられるわね?」

 

「一瞬でできます」

 

 朱姫は断言した。

 その顔は自信に満ちている。

 おそらく、その通りなのだろう。

 『縛心術』にかかった状態では嘘は言えないし、別に術にかかっているからといって、判断力が低下するわけでもない。

 

「ならばかけなさい。そして、わたしの言葉に従うように暗示をかけるのよ。できるわね?」

 

「わかりました。簡単です」

 

 朱姫が頷いた。

 地湧子は孫空女に視線を移した。

 

「孫空女、服を着て、ここに沙那を呼んできなさい。理由は適当に言ってね……。とにかく、沙那だけを連れてくるのよ。もちろん、わたしたちの企みを隠したままでね……。そして、朱姫については、沙那がこの部屋に入ると同時に、『縛心術』をかけて意識を失わせなさい」

 

「わかりました」

 

 朱姫はまた頷いた。

 これでいい。

 

 三人の全員を操り状態にできたなら、宝玄仙を官能責めにするには、白女真を使うよりは供の三人を使えばいいだろう。

 そして、なにも考えられないくらいに絶頂責めにして、宝玄仙の心を空っぽにさせれば、地湧子が乗り込んで『縛心術』をかけてしまえる。

 三人が責めるあいだの状況は、三人に逐次に報せに来させればいい。

 それに、あの宝玄仙が意外にも、供からの嗜虐的な責めも悦んで受け入れるというのは、孫空女を訊問してわかっている。

 宝玄仙は、三人の供からの官能責めを抵抗することなく、受け入れるに違いない。

 

「じゃあ、連れてくるよ、地湧子様」

 

 服を着終わった孫空女が扉に向かって歩いていく。

 後は待つだけだ。

 孫空女が戻ってくるのは、若干の時間がかかった。

 そういえば、朝食の席で、宝玄仙が沙那は、夕べの交合の疲労で寝ているとか言っていたので、それで時間がかかっているのだろうかと思った。

 やがて、扉が外から叩かれた。

 

「あたしだよ……。孫空女だよ。沙那を連れてきたよ」

 

 地湧子は白女真に頷いた。

 

「どうぞ」

 

 白女真が言った。

 宝玄仙や沙那からすれば、こちらの三人の長は白女真だ。

 童女が主導権を取っているのを示すのはまずい。

 

 扉が開いた。

 沙那がいる。

 

 その沙那の腰には剣があった。

 それが少しだけ気になった。

 孫空女はその後ろだ。

 沙那がつかつかと部屋に入ってきた。

 

「散りぬべき……時知りてこそ……世の中の……花も花なれ……人も人なれ……。沙那姉さん、止まれ──」

 

 朱姫が早口で言った。

 しかし、沙那は止まらない。

 裸体の朱姫を一瞥しただけだ。

 地湧子はぎょっとした。

 

 速足で部屋を突っ切ってきた沙那が目の前だ。

 対応する暇もなかった。

 孫空女も白女真も呆気にとられていただけだ。

 その沙那の指が眉間を強く突いた。

 

「あがっ、がっ、があっ」

 

 その瞬間、急に視界が止まるとともに息が止まった。

 なにが起きたのかわからない。

 とにかく、沙那の指に眉間を突かれた瞬間に、眼が眩んで、呼吸もとまった。

 しかも、手足が痺れている。

 

 死ぬ……。

 そう思った。

 

「あんたが張本人だということはわかっているのよ、地湧子──。さあ、みんなの『縛心術』を解きなさい──。さもないと、このまま息が止まって死ぬわよ──」

 

 沙那が怒鳴ったのがわかった。

 だが、眼が眩んで見えないのだ。

 それに術を解けと言われても、この状態では霊気を集中できない……。

 とにかく、息が……。

 地湧子は急速に自分の意識が消滅していく恐怖を感じた。

 

「動くんじゃないのよ、白女真──。こいつの喉を掻き斬るわよ──」

 

 沙那が地湧子の喉に剣を当てるのを感じた。

 白女真は地湧子を助けようとして、動作を起こそうとしたのだろうか……?

 

「沙那、それじゃあ、息もできなくて死ぬじゃないか。経絡突きで呼吸だけは解放しておやり」

 

 はっとした。

 宝玄仙の声だ。

 扉の方向から声がする。

 消えかかる意識で辛うじてそれがわかった。

 

「聞こえないの? 術を解くのよ、地湧子──」

 

 沙那の怒鳴り声がまたした。

 

「ああ、そうか、耳栓しているから聞こえないのか……」

 

 宝玄仙が呟くように言った。

 その宝玄仙が、こっちにやって来る気配がして、なにかを沙那にしたような気配があった。

 とんと、もう一度、眉間を指が突いた。

 呼吸と視界が戻った。

 

「くはあっ、はあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ」

 

 地湧子は盛大に息をした。

 喉には沙那の剣が突きつけられたままだ。

 沙那の剣を持っていない手に耳栓が乗っている。

 どうやら、耳栓をしていたので朱姫の暗示の言葉が沙那を静止させなかったようだ。

 それにしても、なんでばれたのか……?

 

「もう少し、茶番に付き合ってやろうかと思ったけど、だんだん物騒な方向になりかけていたようだしね……。遊びは終わりだよ、地湧子……。それに、この沙那は、わたしが感づいていながら放っておいたと知ればうるさいからね。さっきお前が怪しいというのは教えてしまったよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「な、なんで……?」

 

 地湧子は剣を突きつけられながら、やっとのことそれだけを言った。

 

「なんでだって? それはわたしの言葉だよ、地湧子。いや、藍采仙(あいさいせん)……。お前、なんだって、こんな異郷くんだりにいるんだい? しかも、そんな童女に顔を変えたりして──。お前が童女の姿なのは昔からだけど、もしかして、わたしにばれないように近づくつもりだったのなら、童女以外に変身した方がよかったんじゃないのかい」

 

 宝玄仙が小馬鹿にしたように笑った。

 

 

 *

 

 

「じゃあ、朱姫はこっちの部屋で白女真と愛麗を見張っていて……。孫空女は、わたしと一緒に、ご主人様と地湧子の話に同席よ」

 

 沙那は言った。

 とりあえず、孫空女と朱姫にかかっていた地湧子の操り術は解かれた。

 沙那の経絡突きによる脅迫で、地湧子はあっさりとふたりの術を解いたのだ。

 ふたりの術が本当に解かれたかどうかは、道術の遣えない沙那には判断のしようがないが、宝玄仙が保証したのだから確かなのだろう。

 

 ただ、どうも宝玄仙は今回のことに関して、なにか隠している気配がある。

 いま少し信用できない気もするが……。

 だいたい、経絡突きで沙那が地湧子を追い詰めたとき、宝玄仙は地湧子のことを“あいさいせん”と呼んだ。

 あれは、どういう意味だろう……?

 

「まあ、お前たち、心配しなくてもいいわよ。こっちで待っていておくれ。少し話をしてくるわ」

 

 地湧子が白女真と愛麗に言った。

 その地湧子には、別段、緊張した様子も怖がる様子もない。

 おかしなことをしようと企てて、それを見破られ、これからそのことについて、沙那や孫空女や宝玄仙の三人に囲まれて訊問されようとしているとは思えないような気楽な様子だ。

 また、宝玄仙についても、地湧子に対して特に怒っているという感じはない。

 なんとなく、このふたりは顔馴染みの気配だ。

 

「はい」

 

「お気をつけて……」

 

 愛麗と白女真がそれぞれに言った。

 このふたりは、基本的に地湧子が指示しない限り、なにか行動を起こすということはないと思うが、まあ、朱姫に見張らせておけば問題はないだろう。

 

「朱姫、お前がやることは見張りよ。調子に乗ってちょっかい出すんじゃないのよ。わかってるんでしょうねえ?」

 

 沙那は念を押した。

 

「わ、わかってますよ、沙那姉さん。ひどいなあ……。あたしのこと、馬鹿だと思ってます?」

 

 朱姫が不満そうな顔をした。

 

「実際、馬鹿じゃないのよ──。何度もわたしに『縛心術』をかけて、わたしを陥れようとして──。それで、今回もそれで、つけこまれそうになったんでしょう。わたしがご主人様の警告を受けていなくて、耳栓してなかったら、お前の『縛心術』でわたしまで操り状態になったじゃないのよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「まあまあ、いまはそれはいいじゃないか、沙那。とにかく、場所を移そうよ。ご主人様の結界のある側の部屋に……」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 少し反省した表情になった朱姫に、地湧子の連れのふたりを見張らせて部屋を移動した。

 地湧子を沙那と孫空女で挟むように歩いたが、地湧子は、特に怪しい素振りをすることもなく、宝玄仙の泊まっている部屋に大人しく入っていく。

 

 地湧子をふたつある寝台のひとつの上に座らせ、その真向かいに位置した椅子に宝玄仙に腰かけてもらった。

 沙那と孫空女は、寝台の両端で地湧子を挟むように立った。

 

「そんなに、にらみつけなくても、もう、おかしなことはしないわよ、お姉ちゃんたち」

 

 地湧子は寝台の上で胡座をかいて肩を竦めた。

 

「そんな子供ぶっても無駄よ、地湧子。あんたが見た目のままの子供じゃないというのは、わかっているわ」

 

 沙那は言った。すると、地湧子がけらけらと笑った。

 とにかく、沙那はまずは宝玄仙に視線を向けた。

 

「ところで、ご主人様、この地湧子は誰ですか? どうやら、ご主人様の知人のようですけど……」

 

「こいつの本名は藍采仙(あいさいせん)だ──。わたしらのいたあの帝国の天教教団の最高幹部のひとりだよ。つまり、八仙のひとりだ。こんな見た目だけど、実際には百を超えたお婆ちゃまさ」

 

「は、八仙?」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那も驚愕した。



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640 名誉回復

「は、八仙?」

 

 声をあげたのは孫空女だ。

 もちろん、沙那もびっくりした。

 

地湧子(ちゆうし)だって本名よ。お前が天教から戒名をもらう前の名が宝玉だったように、わたしの元々の名は地湧子だったのよ──。それにしても、どこで、わたしだとわかったのよ、宝玄仙? わたしの霊気は外に出さないように気をつけていたと思ったけどねえ」

 

 地湧子、すなわち、藍采仙(あいさいせん)が言った。

 

「残念ながら、黒松林(こくしょうりん)の砦ですぐにわかったよ……。だって、お前、自分の身体を発する霊気だけ消したって無意味だろう? 黒松林たち賊徒にしかけていた霊具や道術にはお前の匂いがぷんぷんしたよ。まさかとは思ったけど、『縛心術』といえばお前の得意技だしね……」

 

「ええっ? そこから──?」

 

「とにかく、誰が操っているだろうと思ったら、白女真(はくじょしん)にも愛麗(あいれい)にも『縛心術』の匂いがある。ただひとりだけ術にかかっている気配のなかったのはお前だ──。それでその童女の股間を調べてみれば、そこだけは大人の女の股間だし、童女で『縛心術』の巧者といえば、わたしが最初に思いつくのは藍采仙だ。そういう目で見れば、お前が藍采仙だというのはわかったよ」

 

「ちっ、最初からばれていたのかい──。お前も人が悪いよ。わかったなら、わかったといえばいいじゃないかい──」

 

「なんか面白そうなことになりそうだったからね……。だけど、孫空女や朱姫に手を出し、今度は沙那を襲いそうな気配だったからね。泳がすのはやめたんだよ──」

 

「最初から遊ばれていたのは、わたしの方だったのね──。さすがはあんたよ──」

 

 地湧子はごろりと横になった。

 そして、寝台の頭側に両手を伸ばして、完全にくつろぐ態勢になった。

 その傍若無人ぶりに、沙那は呆れてしまった。

 

 帝国にいた時代には、天教の八仙というのは雲の上の存在だったが、宝玄仙といい、宝玄仙を二年間も調教したという闘勝仙という男といい、そして、この藍采仙といい、八仙のいうのは誰も彼も人格に問題がある者ばかりなのだろうか……。

 沙那は嘆息した。

 

「冗談じゃないですよ。そんな前におかしいと気がついたなら教えてくださいよ、ご主人様──。寸前で防げたからよかったものの、わたしまで『縛心術』に支配されていたら、ご主人様といえども危なかったですよ」

 

 沙那は宝玄仙に言った。

 

「まあ、そうだね。わたしの狙いもそこにあったんだからね。実のところ、わたしがここにやってきた目的は宝玄仙を帝国に連れ帰ることよ。そのためには、『縛心術』にかけてしまうのが一番手っ取り早いと思ったんだけどねえ……。お前のことだから、一緒に帰ろうと素直に言っても言うことをきかないだろう、宝玄仙?」

 

 寝台に寝転んで、なんだか落ち着きなく寝返りを打ったり、姿勢を変えたりしている地湧子が言った。

 沙那はびっくりした。

 

「ご、ご主人様を帝国に連れ帰る──?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「……そんなことよりも、藍采仙──。お前って、百合の趣味があったのかい? そんなことちっとも知らなかったよ。てっきり性嫌いの堅物とばかり思い込んでいたからねえ……。そうとわかっていたら、帝都時代にも、一度か二度は手合わせをしたかったねえ」

 

 宝玄仙がにやにやと笑いながら言った。

 

「な、なんで、そんなことよりもなんですか、ご主人様──。そんなこと、それこそ、どうでもいいじゃないですか──。ねえ、藍采仙殿、ご主人様を連れ帰るというのはどういう意味ですか──?」

 

 沙那は藍采仙に詰め寄った。

 

「宝玄仙に戻って欲しくてね。天教改革を進めようとしているわたしの片腕になって欲しいんだよ。性格には問題があるけど、なんだかんだで、宝玄仙ほど霊気の強い道術遣いはいないし……」

 

 藍采仙が言った。

 そして、地湧子はやっと上半身を起こして寝台に座り直した。

 

「ねえ、是非とも戻ってきておくれよ、宝玄仙」

 

「お前の片腕? なんだいそれ? それにしても、改革だかなんだか知らないけど、仕事嫌いのお前にしては前向きじゃないかい、藍采仙」

 

「仕方ないでしょう。帝仙になったんだから」

 

 藍采仙は胡坐にかいた身体で肩を竦めた。

 

「ご主人様、帝仙ってなんだい?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「帝仙というのは、八仙の中で一番格式の高い存在のことさ。つまりは、天教の第一人者ということだよ、孫空女──」

 

 宝玄仙が孫空女に応じた。

 そして、再び藍采仙に向き直る。

 

「だけど、帝仙は曹国仙(そうこくせん)だろう? あの闘勝仙をわたしが殺してから──」

 

「曹国仙は引退したわ……。いろいろあってね……。それだけじゃない。闘勝仙事件の後、お前が帝都に残ることに怯えて天教に圧力をかけて、お前を巡礼の旅に追いやった皇太子がいたでしょう?」

 

 藍采仙が言った。

 

「ああ、いたねえ……。あいつのお陰でわたしは、西方巡礼に向かうことになったんだ。まあ、いい隠れ蓑だったけどね。どうせ、早晩、わたしが闘勝仙を惨殺したことは知れたに違いないしね──。あの皇太子は、闘勝仙にすりよって、このわたしの身体を愉しんだりしてたのさ。それで、自分もわたしの復讐の対象だと思い込んだようだね」

 

「えっ、皇太子?」

 

 沙那はびっくりした。

 

「ああ、だけど、闘勝仙はわたしを娼婦のように扱って、いろいろな奴に抱かせたからねえ。そいつら全部に復讐していたら何人殺さなきゃならないか、わかりゃしない──。皇太子には手をつけるつもりはなかったけどね」

 

 しかし、宝玄仙はあっけらかんと続けた。

 つらい思い出を淡々と言ってのけるのは、宝玄仙の頼もしいところだ。

 沙那はそれについてだけは、宝玄仙を尊敬できる。

 

 それについてだけだが……。

 

「その皇太子も失脚したわ、宝玄仙」

 

「失脚──?」

 

「皇太子を廃されたのよ──。素行の悪さがいろいろと明るみに出てね……。それで現帝がついに皇太子を廃すことを決めたのよ。いまは、次男が皇太子になったわ」

 

「へえ、帝都も変わったんだねえ……。次男はいい青年だったからわたし好みだよ。こっちから一度お願いして食ってみたいと思うほどにね……。それにしても、お前が帝仙かい──? つくづく、時の流れを感じるよ──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「どうでもいいけど、さっきからお前、わたしのことを“お前”、“お前”って……。別に尊敬しろとはいわないけど、少し先輩八仙に敬意を示したらどうなんだい、宝玄仙? わたしはお前が産まれた頃から、八仙をやってるんだよ」

 

 藍采仙が言った。

 

「それがどうしたんだよ、お前」

 

 宝玄仙が白い歯を見せた。

 

「ちっ、まったく可愛げがないねえ……。だから、色々な者を敵に回すのよ」

 

「その点、お前は立ち回りはうまかったよねえ……。いつも、一番表には出ずに、三番手、四番手のいい位置を占めて、うまく世渡りをしていたよねえ」

 

 宝玄仙は笑った。

 横でふたりのやり取りを聞いていた沙那は嘆息した。

 

「だいたい、お前って、どうやってここまで来たんだい? わたしでさえ、ここまでやって来るのに四年かかったんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 それは沙那も不思議だった。

 

鎮元(ちんげん)仙士よ……。あいつの力よ。あいつは跳躍先の結界がなくても、記憶だけで『移動術』が遣えるという特殊技能があるからね。若い時代に西方帝国まで行ったことのある鎮元仙士には、帝都からここまで一気に跳躍することもできるのよ。ここから帝都に帰るときも、鎮元仙士の力を遣うことになるわね」

 

 藍采仙は言った。

 沙那はあの男が復活したのかと思った。

 鎮元仙士とは、かつて、天教の命で金角と銀角を沙那たちにけしかけさせる工作をした天教の幹部であり、そのときに返り討ちにして石化し、そのまま放置してきた。

 一年はそのままだろうと宝玄仙が言っていたが、ついに救出されたのだろう。

 

「誰だい、鎮元仙士というのは……? だけど、聞いたことがあるような……」

 

 宝玄仙が首を傾げた。

 忘れているということに沙那はびっくりしたが、あれは演技ではない。

 本気で一所懸命に思い出そうとしている……。

 沙那は呆れた。

 

「お、お前、せめて記憶くらいしてやっておくれよ。鎮元仙士はお前への恨みで頭がおかしくなってしまったほどなんだよ──。それを忘れるなんて──」

 

 藍采仙も声をあげた。

 沙那は鎮元仙士について説明した。

 宝玄仙はやっと思い出したようだ。

 

「そんな奴もいたねえ……。なにせ、敵が多くてね。いちいち覚えてもいないよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ねえ、宝玄仙、頼むよ──。帝都に戻っておくれ。お前を帝都から追い出した者はすべていなくなったわ。もう、戻ってきても誰もお前を阻害しないし、陰謀を企むような者はいない。天教も帝都も変わったのよ──。もう、こんなつらい旅を続ける必要はまったくなくなったのよ──」

 

 すると、藍采仙が急に姿勢を正して真顔になった。

 

「帝仙として宣言する。八仙たる宝玄仙の西方巡礼の任を解く──。天教本部への帰還を命令する──」

 

 藍采仙ははっきりと言った。

 そして、にっこりと微笑んだ。

 

「……そなたの旅は終わりだ……。これまでよく頑張ったな。宝玄仙の……お前の名誉はずでに回復されている。帝国に戻れ」

 

 

 *

 

 

「八仙たる宝玄仙の西方巡礼の任を解く──。天教本部への帰還を命令する──。宝玄仙の名誉のすべては、ここに回復された……。……そなたの旅は終わりだ……。これまでよく頑張ったな。宝玄仙の……お前の名誉はずでに回復されている。帝国に戻れ」

 

 藍采仙(あいさいせん)が言った。

 宝玄仙はしばらく口を開かなかった。

 その言葉の意味を考えていたのだ。

 

 言葉そのものの意味ではない……。

 それはわかる。

 

 どんな心境の変化があったのかわからないが、この八仙の中でもっとも年長でありながら、面倒がって帝仙になるのを拒み続けた藍采仙がついに帝仙になった。

 そして、その名において、宝玄仙が帝都を追い出されるきっかけになったすべてのことをご破算にしたということになるのだろう。

 

 天教として、宝玄仙を復権させるということのようだ。

 この四年のことのすべてをなかったことにして……。

 

 しかし、宝玄仙自身にとって、それはどういう意味があるのだろう。

 それなりに尽くしたつもりだった天教は、宝玄仙をなにも助けてくれなかった。

 闘勝仙の罠にかかり、惨めな思いをし続けていた自分を見て見ぬふりをした。

 やっと闘勝仙への復讐を果たして、自分の力で闘勝仙の支配からの解放を果たした宝玄仙に、教団は帝国からの追放も同じ西方巡礼を命じた。

 あのとき、教団は宝玄仙が旅の途中で殺されるか、行き倒れになることを予想してたはずだ。

 

 そうはならないと知ると、教団兵を送って暗殺しようとしたり、帝国の息のかかる諸王国に手を回して、宝玄仙を逮捕させようとした……。

 それをすべてなかったことにしようというのか……。

 

 まあ、それもいいだろう……。

 だが、もはや、それ自体になにかの意味があるのだろうか……。

 

 名誉を回復する──?

 教団に回復をしてもらう名誉などありはしない──。

 

 宝玄仙の名誉は宝玄仙ものだ。

 それは自分で回復した──。

 

「ねえ、宝玄仙……」

 

 藍采仙が声をかけてきた。随分、沈黙が長くなったからだろう。

 

「わたしは天教を破門されているはずだろう?」

 

 宝玄仙はそれだけを言った。

 

「そ、それはわたしが取り消した。いまでも、宝玄仙は八仙の一員よ。天教の最高幹部よ。お前の名誉も地位もすべて復活させたわ」

 

 藍采仙は言った。

 

「……それで、もしかして、お前はそれをわたしに言うために、こんなところまでやってきたのかい、藍采仙?」

 

 宝玄仙は口元を綻ばせた。

 笑いそうになった。

 ここは、辿り着くまでに四年もかかったほどの距離がある異郷なのだ。

 それをわざわざ、帝仙になったという藍采仙が追いかけてきたのか……。

 

「わたしは本気よ、宝玄仙──。お前に戻って来て欲しいのよ──。なんだかんだで、お前は頼りになる──。わたしは天教改革をする。それを手伝って欲しいのよ。もちろん、沙那も孫空女も朱姫も天教の幹部として迎え入れるわ。ねっ、いいでしょう──。戻ってきてよ──」

 

「沙那や孫空女はともかく、朱姫は半妖だよ──。半妖の朱姫を天教が迎えられるわけないだろう──」

 

「黙っていればいい。朱姫が半妖だなんて、誰にもわかりはしないわ。それにわたしの天教改革は、まさにそこにある。わたしは亜人や半妖を妖魔と称して排除してきた天教の禁忌をなくしたいの──。朱姫のような半妖の存在を連れ帰るのはその一歩にもなるわ。わたしは、わたしの代の帝仙時代に、天教に亜人や半妖を認めさせるつもりよ──」

 

「亜人や半妖を天教が受け入れる?」

 

「ええ、わたしは本気よ──。白女真も愛麗も連れ帰る。ふたりにも妖魔の血が混ざっているのよ。彼女たちは、もともとわたしがいなければ死んだも同じ存在だし、術とは関係なく、もうわたしを慕ってくれている。わたしは、半妖とともに、この地から帝国に帰還する──。まあ、最初はそれを隠すつもりだけどね……」

 

「ほう……」

 

「もちろん、半妖や亜人を認めさせるように人々の心を入れ替えていく作業は簡単ではないことはわかっているわ。早急に進めるつもりはないけど、それに関わる者は必要なのよ。それは天教の中からでは調達できない。外から入れなければ……。白女真や愛麗をまずは天教の重鎮に仕立てあげる……。朱姫のような存在もね。そして、あなたたちにも手伝ってもらいたいのよ」

 

 藍采仙は言った。

 宝玄仙はびっくりした。

 

「亜人や半妖……。つまりは天教……というよりは、帝国の中で妖魔を認めるようにするということかい──。大きく出たねえ──。だけど、そんなこと、すぐにできると思っているのかい、藍采仙?」

 

「どんなに長い時間がかかることでも、やり始めることはすぐにできるわ」

 

 藍采仙はきっぱりと言った。

 

「だけど、なんでそれをしようと思うんだい? お前にとって、妖魔や亜人がなにかあるのかい?」

 

 宝玄仙は驚いていた。

 宝玄仙にとっては母親の影響で、妖魔というのは幼いころから身近な存在だった。

 だが、多くの帝都の臣民にとっては、妖魔はおどろおそろしい災悪だ。

 その意識を変化させるというのは、天教といえども並大抵のことではないだろう。

 しかし、なぜ、藍采仙がそれをしようと思うのか?

 それが不思議だった。

 

「……これは誰にも言っていない秘密よ……。これを告げた以上、絶対にお前には、協力者になってもらうわ、宝玄仙……。それでも、理由を知りたい?」

 

 藍采仙が宝玄仙をじっと見ながら、そう前置きした。

 

「怖いねえ……。とりあえず、言ってみな、藍采仙」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わたしは半妖なの──。十六分の一だけど……。帝仙のような注目される存在から逃げ回っていたのは、その秘密を隠すためよ。だけど、もう、それを許されない立場になってしまった。なってしまった以上、わたしは、わたしの夢を実現したい。帝国や天教を亜人を妖魔だと呼んで差別しない場所にしたい。それがわたしの夢よ。そして、それに協力してくれる仲間がどうしても欲しいのよ」

 

 藍采仙が言った。

 さすがに宝玄仙は驚愕した。

 

「これを告白した以上は、もう帝都には戻らないという言葉は許さないわ、宝玄仙──。なにがなんでも、一緒に帝都に戻ってもらうわよ」

 

 藍采仙が宝玄仙を睨んだ。

 



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641 魔女たちの百合対決

「これを告白した以上は、もう帝都には戻らないという言葉は許さないわ、宝玄仙。なにがなんでも、一緒に帝都に戻ってもらうわよ」

 

 藍蔡仙(あいさいせん)が強い口調で言った。

 

「へえ、許さないのかい……」

 

 宝玄仙は藍蔡仙の両方の頬に両手をすっと伸ばした。

 すると、藍蔡仙がぎょっとした顔になる。

 構わず、宝玄仙はそのまま藍蔡仙の両方の頬をねじりあげた。

 

「い、痛い、痛い、痛い──。な、なにするのよ、宝玄仙──」

 

 藍蔡仙が喚いて、手で宝玄仙の両手を払い除けようとした。

 しかし、宝玄仙はそのまま、童女に変身している藍蔡仙の顔をねじりあげ続けた。

 

「そんな偉そうなことを喋れる立場だと思ってんのかい──? 許さないだと──。それはわたしの台詞だよ。この童女ばばあ──。わたしが闘勝仙の罠にかかって連中の奴隷にされていたとき、お前はなにしてたんだい──?」

 

「ちょ、ちょっと、ひゃめれええ――、いがいいい――」

 

「しかも、西方巡礼の行く先々に工作して、わたしを暗殺しようとした曹国仙に加担もしたんだろうが──。その片割れのお前が、わたしを許さないだと──。こうしてやる。こうしてやる──」

 

 宝玄仙は力一杯に藍蔡仙の頬をねじり続けてやった。

 

「ひい、痛い、痛がいってばあ、宝玄仙──」

 

 藍蔡仙が悲鳴をあげている。

 

「ご、ご主人様、もうやめましょうよ──。ねっ、気持ちはわかりますけど……」

 

 沙那が身体を入れて、宝玄仙と藍蔡仙に割って入った。

 宝玄仙は藍蔡仙の顔を離してやった。

 

「いまさら、天教に戻るなど、ご免だね。わたしが帰るわけないだろう。さっさと帝都に戻りな、藍蔡仙──。お前が天教改革をするのはいいことだ。やりな。だけど、天教と名がつくものは、二度とわたしに関らわせるんじゃないよ──」

 

「くうっ──。やっぱり、絶対にそう言うと思ったのよ──。だ、だから、『縛心術』で無理矢理に帝都に連れ戻そうとしたんだけど……。でも、わたしだって、闘勝仙に玩具にされてたんだよ」

 

「ああっ? お前もだと?」

 

「そ、そうだよ――。あいつ、どこから聞きつけたか知らないけど、わたしが半妖であることを世間に公表すると言って脅したんだよ。そして、連中に身体を要求されたんだ。裸踊りなんてさせられたりして……。これだって、誰にも言わなかったけど……」

 

「なにが裸踊りだい──。わたしがどんな目に遭ったか知ってるんだろう──。それに、だから、なんなんだい──。お前がわたしのために、なにかやってくれたのかい──? 黙って、闘勝仙や曹国仙のやることを知らぬふりをしていただけだろう──?」

 

「まあ……。闘勝仙の捩じれた欲望がお前に向かってくれたお陰で、わたしは助かったということは事実だけどね……。まあでも、それは水に流して……」

 

 藍蔡仙が言った。

 

「ああ、わかった──。水に流してやる。だから、帰れ──。二度と近づくんじゃない」

 

 宝玄仙ははっきりと言った。

 

「どうあっても、駄目かい、宝玄仙?」

 

「断る──」

 

 宝玄仙は言い放った。

 藍蔡仙は見るからに、意気消沈したような顔になった。

 

「まあ、無駄だと思うよ、藍蔡仙さん……。こんな風に頑なになったときは、あたしらの言うことだって聞いてくれないんだ。改革というのは、なんか立派そうだったけど、縁がなかったということでさあ……」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「そうですね……。それに、わたし個人としても、今更、天教のことを許す気分にはなれません。あなたがそれに関わっていないとしてもです。わたしは、天教の教えで育ったごく普通の市民でしたが、いまのわたしは天教には失望しています。悪しからず」

 

 沙那も言った。

 

「とにかく、この話は終わりだよ、藍蔡仙──。それよりも、服を脱ぎな」

 

 宝玄仙はそう言って、自分の服を脱ぎ始めた。

 沙那がびっくりしたような顔になって、それをとめた。

 

「服? なにするんだい、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それは、わたしも質問したいです。なにをするつもりですか、ご主人様?」

 

 沙那が不審そうに目を細めている。

 一方で、宝玄仙は上衣を脱いで、すでに上半身は胸当てだけの姿になっていたのだ。

 

「なにって、こいつと遊ぶんだよ。藍蔡仙とは長い付き合いだったけど、百合の趣味があるなんて知らなかった。ちょっと、手合わせしようじゃないか、藍蔡仙」

 

 宝玄仙は藍蔡仙に白い歯を見せた。

 

「な、なんでそうなるんですか……?」

 

 沙那が呆れた声をあげた。

 

「手あわせをしたら、さっきの話を考えてくれるかい、宝玄仙?」

 

 藍蔡仙もにやりと笑った。

 

「ああ、考えるだけなら考えてやるよ。考えるだけなら、ただだからね。考えた挙句に、結論は同じかもしれないけど……」

 

 宝玄仙は応じた。

 

「……無駄ですよ、藍蔡仙殿。ご主人様がこんな顔のときは、約束なんて簡単に反故にします。結局断ると思いますよ」

 

「余計なことを言うんじゃないよ、沙那──。藍蔡仙、迷惑料だ。わたしの相手をしてもらうよ……」

 

 宝玄仙は言った。

 

「まあいいさ……。損得抜きで抱き合うかい……。だったら、覚悟しなよ、宝玄仙……。息もできないくらいに、たじたじにしてやるからね」

 

 藍蔡仙も微笑ながら服を脱ぎ始めた。

 

「へえ、返り討ちにしてやるよ、藍蔡仙……」

 

「うわっ──。じゃ、じゃあ、わかりました──。では、おふたりの時間ということにさせてもらいます。わたしたちは出ていきますね。でも、物騒なことはしないと約束してください」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「ああいいよ、沙那とやら……。じゃあ、宝玄仙、道術契約といこうじゃないか。お互いにこの部屋を出ていくまでは、道術を遣わないこと。それでどうだい?」

 

 藍蔡仙が言った。

 

「まあ、それもそうだねえ……。じゃあ、契約しようか、藍蔡仙?」

 

 宝玄仙は応じた。

 

「なら、誓いの儀式だよ……。わたし、藍蔡仙はこの部屋を出るまで道術を遣わないことを誓う……」

 

「同じく、わたし、宝玄仙も誓う……」

 

 その瞬間、宝玄仙と藍蔡仙のあいだに道術契約がかわされたのがわかった。

 

「じゃあ、出ています。朱姫が昨夜寝た隣の部屋にいますから、なにか用事があれば壁を叩いてください」

 

 沙那が言った。

 そして、孫空女とともに部屋を出ていった。

 藍蔡仙とふたりきりになった。

 

 宝玄仙はにっこりと笑って、脱衣を再開する。

 すると、藍蔡仙も笑い返してきた。

 藍蔡仙も服を脱ぎ出す。

 生まれたままの姿になった宝玄仙は寝台にあがった。

 

「どうしても、帝都に戻るというのは駄目なのかい?」

 

 すでに服を脱ぎ終わっている藍蔡仙が言った。

 藍蔡仙は、十歳の童女に大人の陰毛があるという奇妙な裸体姿になっていた。

 

「ははは、本当にわたしを性で屈服させてくれたら考えてやるよ」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 もっとも、そうはいっても、藍蔡仙に性愛の勝負で負けるわけがない。

 なんだかんだで、帝都時代の藍蔡仙は浮いた話のひとつもなかった。

 闘勝仙に凌辱されたとか言っていたから、それが関わっているのかわからないが、藍蔡仙は性愛のようなことが嫌いで逃げ回っているという印象だった。

 どんな姿でもいられるくせいに、わざと性愛の営みの外である十歳くらいの童女姿でいるのはそのためだと思っている。

 百戦錬磨の宝玄仙が性の勝負で負けるわけがない。

 

「その言葉、忘れないでおくれよ……」

 

 藍蔡仙の小さな身体が宝玄仙を押し倒した。

 宝玄仙の両手が掴まれて、頭の上に伸ばされた。

 藍蔡仙の舌が宝玄仙の脇を舐め始める。

 

「くっ……。くすぐったいよ、藍蔡仙……」

 

「ふふふ、我慢、我慢……」

 

 藍蔡仙がくすくすと笑いながら舌を片側の脇から二の腕に這わせる。

 一方の手は、反対の宝玄仙の腕を撫でさすり、二の腕から肘、さらに手首に向かって指先を這わせるように動く……。

 

「じゃあ、わたしも責めさせてもらうよ、藍蔡仙……。今度はわたしの番だ……」

 

 宝玄仙は体勢を変えようとした。

 そのとき、不意に藍蔡仙が擦っていた宝玄仙の手首になにかが絡まるのを感じた。

 

「なんだい?」

 

 眼をやってびっくりした。

 手首に革紐が巻き付いている。

 手首に引っ掛けて、簡単に絞れるようにあらかじめ仕掛けてあったらしい。

 革紐の反対側は寝台の敷布団の下の寝台の柱に結ばれているようだ。

 動けない──。

 

「あっ、藍蔡仙──」

 

 宝玄仙は慌てて、手を解こうとした。

 

「もう、遅いよ──」

 

 藍蔡仙は宝玄仙のもう一方の手も両手で抑え込んだ。

 こっちにもあらかじめ準備してあったらしい革紐を手首に巻かれた。

 

「な、なにすんだい──?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 両手を寝台の上方に伸ばしたまま動けなくされた。

 

「お前の番なんてなしさ、宝玄仙……。一方的にお前はわたしにやられるのよ。わたしはそういうのが好きなのよ」

 

 藍蔡仙は笑いながら、自分の脱いだ服からさらに革紐を取りだした。

 それを使って足首も拘束しようとする。

 

「お、お前、狡いよ──。わ、わたしだって、実はそういうのが好きなんだ──。やらせてやってもいいけど、交替交替だよ」

 

 宝玄仙は抗議した。

 しかし、藍蔡仙は童女の姿のくせにやっぱり力は強い。

 宝玄仙の脚を片方ずつ押さえて足首を縛り、寝台の隅に結びつけていく。

 あっという間に、宝玄仙の四肢は寝台の四隅に結び付けられてしまった。

 

「こ、こらっ、藍蔡仙──。交替交替だよ──。わかったのかい──?」

 

 宝玄仙は四肢を拘束されたまま叫んだ。

 しかし、藍蔡仙は寝台をおりていく。

 なにをするかと思ったら、宝玄仙の荷の中から責め具の類いを物色しているようだ。

 

「ほう……。たくさんあるねえ……。これは愉しめそうだよ」

 

 藍蔡仙ががさごそと荷を漁りながら言った。

 

「藍蔡仙、聞いているのかかい──?」

 

 宝玄仙はもう一度言った。

「ああ、聞いているよ……。交替のことだろう? 考えるだけなら考えてやるよ。考えるだけなら、ただだからね──。考えた挙句に、結論は同じかもしれないけどね……」

 

 戻ってきた藍蔡仙がうそぶいた。

 宝玄仙はぎょっとした。

 痒み剤の入った小壺と刷毛を持っている。

 

「う、うわっ、そ、それを使うつもりかい──? そ、それの適量とかわかっているんだろうねえ──。ちょっとでいいんだよ……。い、いや、交替交替なのにそんなものを使うのはちょっと──」

 

「誰が交替に応じたのよ。勝手にお前が喚いているだけじゃないかい……。もちろん、適量なんて知らないわよ。だけど、匂いでなんに使うものかはわかるわ。たっぷりとひと瓶塗りたくってあげるわよ……。まずは、肉芽あたりかなあ……。それにしても毛がないから、目標を絞りやすいわね」

 

 藍蔡仙がくすくとと笑った。

 蓋が開かれたらしく、痒み剤特有の刺激臭が鼻を襲ってくる。

 

「だ、だいたい、こんな革紐なんて、いつ仕込んだんだい──?」

 

「さっき、話をしているときに、寝転んだり、ひっくり返ったりしているときよ。お前の性格だと、なんとなくこういうことをしたがるんじゃないかと思ったからね」

 

 薬剤を乗せた藍蔡仙の指が宝玄仙の無防備な股間に伸びて、肉芽に痒み剤をたっぷりと塗ったのがわかった。

 

「はあああっ──」

 

 宝玄仙は腰を浮きあがらせて声をあげた。

 

「可愛らしい声で泣くじゃないのさ、宝玄仙……。じゃあ、お掃除しましょうねえ……」

 

 藍蔡仙がおどけた口調でそう言いながら、股間を刷毛で掃き始めた。

 宝玄仙は悲鳴をあげながら、反射的に腰を左右に振って刷毛から逃げようとした。

 だが、藍蔡仙の刷毛は容赦なく宝玄仙の腰の動きに合わせてついてくる。

 宝玄仙はのたうった。

 

「そんなに気持ちいいの、宝お姉ちゃん?」

 

 藍蔡仙は鳥の羽根で肉芽の周辺を上に下に、右に左にと幾度もさすっていく。

 そして、からかうような口調で宝玄仙に声をかけてくる。

 

「ああっ、ああっ……」

 

 半開きになった宝玄仙の口からは、たちまちに悩ましい声が迸り出した。

 鳥の羽根で与えられる刺激はあまりにもささやかすぎて、宝玄仙を悶え苦しませた。

 あっという間に身体は昂ぶったが、あとはとろ火でじわじわと追い詰められていくような感じだ。

 五体がじんと痺れるような疼きが股間から全身に這い回っていく。

 

「……いい感じに身体が真っ赤になったじゃないの、宝お姉ちゃん? じゃあ、乳首にもお薬を塗りましょうねえ」

 

 藍蔡仙が今度は乳首に薬剤を塗りだした。

 

「はううううっ──」

 

 突然に乳首から快感が暴発するような刺激が吹き出して宝玄仙は仰け反った。

 道術を遣わないと契約してしまったことを忘れていた。

 普段はほとんど刺激を感じないくらいに道術で抑えているのだが、乳房は蝦蟇婆たちによって、徹底的に開発された場所だ。

 道術による快感の抑えがなければ、官能の暴走がとまらなくなる。

 

「そ、そこはやめてえ──」

 

 宝玄仙は滅茶苦茶に暴れて、乳房への薬剤の塗り込みを防ごうとした。

 

「凄い反応ねえ、宝玄仙? そんなに嫌なの? それに、反応が異常だけど、なにかあるの……?」

 

 藍蔡仙がさすがに手を引いた。

 

「はあ、はあ、はあ……。ち、乳房と……乳首はだめ……。それだけは頼むよ。洒落にならないんだよ……。そこは……はあ……はあ……」

 

 道術による抑えがなければ、これほどの凄まじいことになることをすっかりと忘れていた。

 宝玄仙は荒い息をしながら言った。

 

「ねえ、理由を教えてくれたら、責めに手加減をするのを考えてあげてもいいわよ」

 

「い、以前、亜人の王に……妖魔王に捕らえられたときに、そこを弄られたんだよ。徹底的に感度を毀されてしまって……。と、とにかく、乳房だけは……」

 

 宝玄仙は思わず弱音を吐いた。

 

「わかったわよ。じゃあ、思う存分、責めてあげるわね」

 

 藍蔡仙が爆笑して、薬剤の塗布を再開した。

 

「ふわあああっ──。こ、この嘘つき──」

 

 宝玄仙は全身を激しくくねらせながら絶叫した。

 薬剤を乗せた藍蔡仙の手の平が、宝玄仙の乳房を這い回る。

 宝玄仙は、凄まじい速度で悦楽の境地に昇らされていく。

 

「……ははは……、考えると言っただけよ。考えるとね──。考えたわ。こんな愉しいことをやめられないわよ」

 

 藍蔡仙が哄笑しながら乳房を撫ぜ擦っていく。

 そして、すぐに責め手を刷毛に変えた。

 また、乳房の上を掃くように刺激していく。

 

「ああっ」

 

 宝玄仙はうなじを大きく仰け反らせて、歯をかちかちと鳴らした。

 乳房の表面を刷毛が這い、乳首の上を柔らかい繊毛が通過するたびに、宝玄仙は悲鳴をあげて縛りつけられている裸身をうねり舞わせる。

 藍蔡仙は飽きることを知らないのか、かなりの長い時間乳房を刷毛だけで責め続けた。

 宝玄仙はたじたじとなった。

 

 刷毛の責めは微弱なので、ほとんど痒みを癒してくれないし、溜まり続けている快感を発散もさせてくれない。

 苦しい疼きを溜めこませるだけなのだ。

 しかも、責める場所が乳房に集中され始めると、股間に塗られた薬剤が本領をを発揮し始めて、宝玄仙に刃物で刺すような痒みを湧き起こす。

 

「も、もっと強く揉んでおくれよ──。そ、そして、ま、股もお願いだよ──」

 

 宝玄仙は胸が締めつけらるような苦しみに襲われて悲鳴をあげた。

 

「ああ、股? これでいいの?」

 

 藍蔡仙は刷毛の責めを肉芽に変える。

 

「ふぐううっ」

 

 宝玄仙は全身を仰け反らせてがくがくと震わせた。

 しかし、それは新しい苦しみを股間に持ってきただけだ。

 宝玄仙は泣き狂った。

 そして、すぐに刺激のなくなった乳房から痛みのような痒さが襲いかかる。

 

「はああ──。痒いいいいっ。た、助けて──助けて──」

 

 宝玄仙はわけがわからなくなって喚いた。

 

「そうそう、女陰にも薬剤を塗り込めないとねえ……」

 

 藍蔡仙は愉しそうに笑って刷毛を置いて、今度は宝玄仙の股間に二本の指で薬剤を塗り埋めていく」

 

「ひいいっ」

 

 宝玄仙は全身を引きつらせた。

 

「……でもよく考えたら、刷毛じゃあ、穴の中は刺激できないねえ……。仕方ない──。宝玄仙、その股間はそのままよ。思う存分、痒みに狂っていてよ──」

 

 藍蔡仙は刷毛を持つと、今度は痒み剤を塗った場所ではない脛や下肢、そして、太腿の周辺を徐々にくすぐりだした。

 そのため、却って痒みが暴走したようになる。

 

 宝玄仙はすすり泣きのような小さな悲鳴を繰り返すとともに、全身を懸命に動かして身悶えをした。

 だが、襲いかかる痒みは拡大するばかりだ。

 宝玄仙はついに、喉の奥から込みあがった嗚咽を洩らすようになってしまった。

 それくらいに苦しいのだ。

 

「さあ、宝玄仙、痒みをなんとかして欲しければ、帝都に一緒に戻ると、道術契約で誓うのよ──。わたしたちは道術は遣わないと誓っているけど、道術契約は道術を遣ううちには入らないから有効だしね──。さあ、誓わないと、いつまでもそのままよ──。真言の契いをするのよ──」

 

 藍蔡仙が言った。

 

「ふ、ふざけるな──。そんなことするわけないだろう──」

 

「あっ、そう……。じゃあ、もう少し、遊びましょうね、宝ちゃん」

 

 藍蔡仙がにっこりと笑って、宝玄仙の身体のあちこちを刷毛でくすぐりだした。

 ひいっと悲鳴をあげて、宝玄仙は全身を痙攣させるように震わせた。

 全身をばらばらにするような痒みはくすぐったさと相まって、限界を遥かに越えた苦しみとして宝玄仙に襲いかかる。

 あまりにもつらくて、痒みとくすぐったさが宝玄仙の思考力を消滅させてしまいそうだ。

 

「……真言の契いをするわね、宝玄仙?」

 

 藍蔡仙がささやくように言いながら、今度は再び乳首の上を刷毛で擽りだした。

 

「や、やめて──。気が……気が狂う──」

 

 宝玄仙は首を激しく振って叫んだ。

 

「道術契約よ──」

 

 藍蔡仙が耳元でまた言った。

 

「そ、それは……」

 

 刷毛が乳房を襲う。

 じわじわとせりあがっていた悦びの戦慄がついに一線を越えてくれた。

 乳首の微かな刺激で絶頂するだけの快感を溜めた宝玄仙の身体ががくがくと震え出す。

 

「おっと、そうはいかないわよ、宝玄仙──。お前が達することができるのは、道術契約の後だけよ──」

 

 藍蔡仙が笑いながら刷毛を引いた。

 ふつふつととろ火のまま残された宝玄仙は泣き声をあげた。

 

「か、痒い……痒い──」

 

 宝玄仙はのたうち回るしかなかった。

 

「契約をするのよ、宝玄仙──」

 

 今度は藍蔡仙が耳元で大きな声をあげた。

 

「そ、それは……」

 

 宝玄仙は全身を揺さぶりながら呻いた。

 

「契約するわね?」

 

 藍蔡仙がもう一度言った。

 

「し、しない……」

 

 宝玄仙は首を横に振った。

 だが、自分の声はあまりにも弱々しかった。

 もしかしたら、もう一度訊ねられたら、自分は応諾してしまうのではないか……。

 そんな恐怖も宝玄仙を襲う。

 

「だったら、いつまでも痒いままよ、宝玄仙──。道術契約に応じるわね──?」

 

 藍蔡仙が畳みかけるようにささやいて、刷毛をあやつった。



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642 魔女ふたり百合懲罰

「はい、そこまでよ、藍蔡仙(あいさいせん)──」

 

 沙那は、部屋に雪崩れ込んだ。

 四肢を拘束した宝玄仙をいたぶっていた藍蔡仙は、ぎょっとした顔をこちらに向けたが、沙那に次いで部屋に入った孫空女があっという間に、藍蔡仙の小さな身体を宝玄仙から引き離して床に放り投げた。

 

「痛いっ──。なにするのよ──」

 

 藍蔡仙が思い切り尻を床に打ち付けたようだ。

 

「なにするか、ですって?」

 

 沙那は、部屋の扉をしっかりと閉じてから、つかつかと藍蔡仙に向かって歩き、二本の指を藍蔡仙の額にぴたりとつけた。

 

「ここに経絡を打ち込めば、お前は一瞬で死ぬわ──。覚悟しなさい──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「お、お前、わ、わたしを……八仙のわたしを殺すつもりかい?」

 

 藍蔡仙は信じられないという顔をしている。

 

「いよいよ、平和惚けにできているのねえ──。わたしは、あんたらが気に入らないと言っているでしょう──。それに、わたしもさっき横で聞いていたけど、この部屋から出ないうちは、道術は遣えないのよね。つまりは、いまのあんたは、ただの童女だということよ……。さあ、覚悟はいいわね」

 

 沙那は手に殺気を込めた。

 すると、藍蔡仙の顔が真っ蒼になった。

 もちろん、別に殺すまでのことをするつもりはない。

 ただ、少しくらい脅しておかないと、この童女もどきはなにするかわからない。

 

「そ、孫空女、助けて──。はうううっ──助けてえ──」

 

 寝台に四肢を拘束されている宝玄仙が死ぬような声をあげた。

 藍蔡仙に痒み剤を塗られてしまいその苦しみにもがいているのだ。

 可哀そうに……。

 

 耳のいい孫空女が壁に聞き耳をしていなかったら危なかった。    

 危うく、宝玄仙は、この藍蔡仙の痒み責めに屈してしまって、道術契約を交わしてしまったかもしれない。

 その手が残っていたとは思わなかったが、警戒しておいてよかった。

 それにしても、どうしてこの人は、懲りずにわかりやすい罠に飛び込んでいくのか……。

 

「はいはい……。待っててね、ご主人様」

 

 ふと見ると、孫空女が淫具の入っている葛籠の中から、腰に装着する張形付きの革の下着を取り出してきている。

 沙那たちはあれを張形部分を内側にしてはかされることがよくあるが、張形を外側になるように裏返しにはけば、まるで男の性器のような張形を股間部分に作ることができる。

 孫空女はそれを下袴(かこ)の上から身に着けようとしている。

 

「そのままするの、あんた?」

 

 沙那は苦笑した。

 

「服のままご主人様を犯すっていいよね。まるでご主人様を征服したような気分になれるよ」

 

 孫空女が赤い顔をして笑った。

 また、孫空女の手には、愛撫用の手袋もある。

 快感が増幅するような肌触りになるように道術がかかっている霊具だ。

 沙那もされたことはあるが、あの手袋で愛撫をされるとたちまちによがり狂う。

 痒みに襲われている肌をあの手袋で擦られたら、宝玄仙はそれだけで昇天するのではないかと思った。

 

「ご主人様、いま痒みを癒してあげるね。その代わり、縛ったままでいいよね……。たまには、あたしもそんなのもやりたいよ」

 

 服のままの孫空女が、股間に張形を生やして、宝玄仙が縛られている寝台にあがった。

 そして、仰向けになっている宝玄仙に跨る。

 

「な、なんでもいいよ──。お、お願いだよ、孫空女──。痒いいっ──」

 

「はいはい……」

 

 孫空女が手袋をした手で宝玄仙の乳房を無造作に揉んだ。

 

「ほわああ──」

 

 宝玄仙が火でもあてられたような昂ぶった声をあげた。

 驚いたことに、宝玄仙は、いきなり、がくがくと身体を痙攣させて股間からまとまった体液のようなものを噴き出させた。

 

「うわっ」

 

 これには孫空女の方が驚いている。

 沙那も目を丸くした。

 乳房を揉んだだけで、潮を吹くなど沙那も初めてそんな光景に接した。

 

「ああっ、き、気持ちいい──。す、素敵だよ、孫空女──。犯して──もっと犯して──お願いだよ──」

 

 宝玄仙は狂気のような声をあげて、全身を暴れさせている。

 

「へへ……今日のご主人様は可愛いね……。じゃあ、こっちもいくね」

 

 孫空女が拘束されている宝玄仙の腰を下から抱くようにして、少しだけ浮きあがらせると、張形の先を宝玄仙の股間にあてて一気に突き挿した。

 

「あううっ──ぎもぢいい──ああああ──」

 

 宝玄仙が獣のような声をあげて全身を反りかえらせた。

 孫空女が装着している革の下着の表面には、大小の無数のいぼいぼがある。

 張形を内側にしてはいたら、その凹凸が女の股間を刺激して苦しめるのだが、いまの孫空女のように外側にしてはくと、責められる女側を犯しながら、膣だけではなく、股間全体を刺激することができるのだ。

 孫空女もそれがわかっているので、単に律動するだけではなく下着で宝玄仙の股間全体を揉むように腰を動かしている。

 宝玄仙は悲鳴のような嬌声をあげて半狂乱だ。

 

「ね、ねえ、沙那……。お、起きていいかい……?」

 

 沙那が押さえつけているかたちになっている藍蔡仙が怯えたような声を出した。

 藍蔡仙は股を開き、尻餅をついた状態で、沙那に眉間に指を抑えられたような体勢になっているのだ。

 

「動くんじゃないわよ──。いま、来るから」

 

「来る……?」

 

 藍蔡仙が首を傾げた。

 そのとき、扉が勢いよく開いた。

 

「ああ、もう、始まっているじゃないですか──。待ってくださいって言ったでしょう──」

 

 朱姫だ。

 手に袋を抱えている。いろいろと準備してきたようだ。

 

「まだ、始まっていないわ──。孫女がご主人様の痒みを癒してあげているだけよ……。ところで、白女真(はくじょしん)愛麗(あいれい)のふたりはどうしたの、朱姫?」

 

 沙那は声をかけた。

 

「あたしの『縛心術』で眠ってもらいました。大丈夫です。万が一にも邪魔しに来ることはありません──。さあ、藍蔡仙さん、あたしの眼を見るんです──」

 

 朱姫が藍蔡仙に近寄よって、顔を間近に迫らせた。

 沙那には、朱姫と藍蔡仙の眼が合ったのがわかった。

 

「うあっ」

 

 そして、藍蔡仙が声をあげた。

 おそらく、朱姫の『縛心術』を受け入れてしまったのだろう。

 

「ふふふ……。ご主人様以外の供なんて、大したことないと見くびっていたでしょう、藍蔡仙さん。あたしの『縛心術』が藍蔡仙さんに効果があるとは思っていなかったようですね……。でも、実は、あたしだって、それなりの術遣いなんですよ。『縛心術』だけは、ご主人様にも負けないんです」

 

「ひあっ、あっ、ああ……」

 

 藍蔡仙の顔が真っ蒼になる。

 

「さっきは、油断していてうっかりと道術をかけられてしまいましたけど、今度はあたしがかけましたからね──。さあ、これで、藍蔡仙さんは、完全にあたしの術の虜です──。藍蔡仙さんは、これでご主人様を陥れようとしたことを自白できません。いいですね──」

 

 朱姫が言った。

 

「あっ……あっ……あっ……」

 

 藍蔡仙が眼を白黒させている。

 もしかしたら、『縛心術』の遣い手の藍蔡仙は、逆にここまで完全に『縛心術』にかけられた経験がないのかもしれない。

 それにしても、いまの朱姫の暗示はどういう意味だろう?

 藍蔡仙に自白するなと言ったか──?

 自白……?

 

「いまの最後の言葉はどういうこと、朱姫?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「もちろん、これから藍蔡仙さんを訊問するんですよ。ご主人様を陥れようとしたことを自白させるんです──。いわば、裁判ですよ」

 

 朱姫がにこにこと笑った。

 沙那は首を傾げた。

 

「はあっ? そんなの明白じゃないのよ。わたしと孫女が隣の部屋で壁に耳を当てて、ご主人様とこの藍蔡仙の話を聞いていたのよ」

 

「またまた……。興を削ぐようなことを言わないでくださいよ、沙那姉さん。ちゃんと、拷問しましょうよ。自白させるんです」

 

「はあっ? なに言ってんのよ、あんた」

 

「まあまあ……。さあ、藍蔡仙さん、あなたはこの部屋でご主人様になにをしようとしたんです? 言いなさい──」

 

 朱姫が言った。

 藍蔡仙の眉間に皺が寄った。

 

「な、なにを言っているのか……。わ、わかっているんでしょう……? いま、沙那が言った通りよ」

 

「ちゃんと自分の口から言うんです。さもないと拷問しますよ……」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 

「だ、だから、わたしは……んんっ──んんん──?」

 

 その途端、藍蔡仙の口がいきなり閉じた。

 藍蔡仙は苦しそうに口を開こうとしている。

 

「こいつう──。白を切っちゃって──。じゃあ、拷問ですね──。腕を後ろで組みなさい──。藍蔡仙さんは、左右の手で反対の腕を背中側で掴んで離れなくなります」

 

 朱姫が言った。

 

「ひいっ」

 

 すると、藍蔡仙の両手がさっと背中に回った。

 やっと、沙那は朱姫がなにをしようとしているのかが理解できた。

 朱姫は、藍蔡仙の自白ができないように道術をかけた状態で、自白を強要して拷問にかけようとしているのだ。

 遊びのようなものだが、そう言えば、朱姫は以前に、白状する情報がない者から情報を白状させるために拷問するのが愉しいかもしれないと言っていたことがある。

 それをしたいのだろう。

 

 それにしても、相変わらずのえげつなさだ。

 沙那は呆れてしまった。

 まあいい……。

 いずれにせよ、藍蔡仙には二度と近づかないように恐怖心をここで植えつけておく必要がある。

 

「お、お前たち──なにを──」

 

 藍蔡仙が腕を後ろにしたまま、扉の方向に駆け出した。

 部屋から出たら、藍蔡仙の道術は復活する。

 いまは、宝玄仙と交わした道術契約の効果により、道術が封じられた状態だが、一歩部屋を出れば封印の条件が外れて、藍蔡仙の道術が遣い放題になるのだ。

 そうなれば、沙那たちには、また手が追えなくなる。

 

「あっ、待って──」

 

 朱姫が声をあげた。

 もちろん、逃がすわけがない。

 沙那は藍蔡仙の童女のからだを簡単に捕らえた。

 

「白状するまでは、逃がしませんよ──。確か、ご主人様が『自在鎖』を持っていたわね……」

 

 朱姫が独り言のようなことを口走りながら、宝玄仙の淫具入れの葛籠を覗きこみ、やがて二本の鎖を取り出してきた。

 鎖の先に足枷がついている。

 

「な、なにをするのよ──。やめて──」

 

 朱姫がその鎖を持って藍蔡仙に近づいてくると、藍蔡仙が逃げようともがいた。

 沙那はしっかりと藍蔡仙の身体を掴む。

 その藍蔡仙の両方の足首に、朱姫が足枷を嵌めた。

 さらに、その鎖の先を天井に投げる。

 二本の鎖の先が天井にやや離れて密着した。

 朱姫の道術のようだ。

 

「もう一度、訊きますよ──。藍蔡仙さんがなにをしようとしたんですか?」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 

「は、白状もなにも、わかっっているでしょう──。わっ、わっ、わっ──。白状する──。白状するから」

 

 藍蔡仙が悲鳴をあげた。

 朱姫の道術で藍蔡仙の足首に繋がった二本の鎖がだんだんと短くなっているのだ。

 必然的に、両手を背中で離せなくなった藍蔡仙の裸体は両脚を拡げて、逆さ吊りになることになる。

 

「だったら、さっさと白状するんです……」

 

 くすくすと笑う朱姫の眼の前で、藍蔡仙の十歳の童女の身体が逆さまに浮きあがった。

 朱姫は、童女の藍蔡仙の身体を開脚逆さ吊りにしようとしているようだ。

 沙那はそれを呆気にとられて眺めていた。

 

 天井に密着している鎖は結構離れているので、鎖が短くなり藍蔡仙の身体が浮きあがるにつれて、大きく股も開くことになる。

 大股開きで逆さ吊りになった藍蔡仙は、さすがに泣き声をあげた。

 また、しきりに、なにかを喋ろうとしているが、またしても朱姫の道術に阻まれている。

 本当に朱姫の考えることは、なかなかに残酷だ。

 

「いい恰好になりましたねえ……。じゃあ、向こうで準備してきた特別の浣腸をしてあげますね……。本当にしぶといですよねえ……。まだ、白状しないんですか?」

 

 藍蔡仙の股間は朱姫の胸の上くらいにある。

 朱姫は、この部屋にやってくるときに持っていた袋を手に取ると、中から浣腸器を取りだした。

 すでに薬剤が入っているようだ。

 

「な、なにをする気よ──」

 

 足の下側にある藍蔡仙の顔から悲鳴のような声が迸った。

 

「もちろん、拷問ですよ──。これは、藍蔡仙さんのために特別に精製してきた浣腸液ですから……。ただの薬剤じゃないですよ。道術のこもった強烈な痒み液が充満しています。こんなの注ぎ込まれたら、お尻の中が痒くて堪らなくなりますよ……。ふふふ……」

 

「な、な、な……」

 

「もちろん、指なんて届かない場所にだって猛烈な痒みが襲われます。そういう道術のこもった薬剤なんです──。そうしたら、お尻に張形のようなものを挿さないと、痒みは癒えませんからね……。藍蔡仙さんは、お尻にそういうものを挿したことはありますか?」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 

「そ、そんなのないわよ──。ちょ、ちょっと、冗談じゃないわよ。そんなことしたら、承知しないわよ──」

 

「どう承知しないんですか? いやなら白状したらどうですか? 白状したら、やめますよ」

 

 朱姫が笑いながら浣腸器の先端を藍蔡仙の菊座の中心に当てた。

 宝玄仙にいわせれば、藍蔡仙は、本当は百歳を越える老婆だと言っていたけど、肛姦の経験がないというのは本当だろうか……。

 

 ……というよりは、お尻でも性交をしてしまう自分たちは、もしかして異常なのだろうか……。

 そんなことを沙那は思った。

 

「ひいっ──あ、ああっ、だめえ──あぐう……んんん……んぐううっ……わ、わかった……謝る……謝るから……や、やめてえ──」

 

 しかし、容赦なく朱姫は、痒み液入りの浣腸液を注いでいく。

 

「謝らなくてもいいですよ……。自白さえしたら、いつでもやめさせてあげますからねえ……」

 

 朱姫が鼻歌を歌いながら浣腸器を押して、どんどんと薬剤を注いでいく。

 しばらくして、やっと浣腸液のすべてを注ぎ込むの成功したようだ。

 朱姫が藍蔡仙から浣腸器を離した。

 そして、いつの間にか、手に持っていた肛門栓を藍蔡仙のお尻に抉り入れた。

 痒み剤入りの浣腸液を注ぎ込んでおいて、簡単には排泄も許すつもりがないようだ。

 沙那には、ここまで追いつめることはできそうもないと思った。

 やっぱり、朱姫を呼んでよかった……。

 

「ぐうっ……お、お願い……。厠に……厠に連れて行って──」

 

「そんなのちゃんと自白してからに決まっているじゃないですか──。それよりも、早く自白した方がいいですよ。こんな薬剤をいつまでも入れておくと、大変なことになりますよ、藍蔡仙さん」

 

 朱姫がけらけらと笑った。

 

「ああっ──だっ、だったら、術を解きなさいよ──。あああっ──」

 

 藍蔡仙が逆さ吊りの腰を狂ったように振り始めた。

 

「ふうう──はあああ──はあああ──」

 

 そのとき、部屋の中に宝玄仙の絶叫が轟いた。

 何事なのかと思うほどの声をあげた宝玄仙は、孫空女に股間を突かれ続けて、完全に白目を剥いている、

 凄まじい勢いでがくがくと身体を震わせ、孫空女に犯されながら完全に脱力した。

 

「ご主人様が気を失っちゃったよ──」

 

 孫空女が宝玄仙から離れながら言った。その顔は満足気な悦びで満ちている。

 沙那は、その孫空女の無邪気そうな笑顔に、思わず微笑んでしまった。

 下袴をはいたまま宝玄仙を犯していた孫空女の股間は、まるで孫空女自身がおもらしをしたかのようにぐっしょりと濡れている。

 

「さあ、痒み液ですっかりと、お尻の中の肉が痒みで侵されるまで、もう少し時間がかかりますから、そのあいだに、剃毛をしましょうか……。それとも、電撃責めがいいですか……? 好きな方を選ばせてあげますよ、藍蔡仙さん。それが終わったら排泄をして、そして、肛門に張形を入れてあげますね──。その後は、最初に選ばなかった剃毛か電撃責めです」

 

 朱姫が愉しそうに笑った。

 藍蔡仙が泣き出してしまった。



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643 足で描いた「温泉」

「へえ……、そんなことがあったのかい……。そりゃあ、惜しいことをしたねえ……。わたしも、あの藍蔡仙(あいさいせん)が自分で張形を掴んで浅ましく尻で自慰をする床を見たかったねえ……。すっかりと気を失ってしまってしまったからね」

 

 宝玄仙は、朱姫と沙那の説明に上機嫌だった。

 

「藍蔡仙が出ていく前に、ご主人様を起こそうかと思ったんですけど、とにかく、本当に逃げるように宿を出て行ってしまったんです。申し訳ありません」

 

 沙那が頭をさげている。

 

「いや、いいよ──。いまさら、あいつに用事なんてないしね。別れの言葉も交わしたかったとも思ってないさ。いずれにしても、これで天教とも完全に縁切りだ。藍蔡仙も、それだけの目に遭えば、もうちょっかい出さないだろうさ」

 

「ああ、それは請け合います。藍蔡仙さんとは、あたしと道術契約を結んでもらいました。二度と、あたしたちには手を出さないと誓わせました」

 

「そうかい。よくやったよ……。今回は最後には、お前たちに助けられたね。礼をいうよ──」

 

 宝玄仙が寝台に腰掛けたまま頭をさげた。

 そろそろ夕方になる。

 沙那に言われて、藍蔡仙を懲らしめるという仕事を喜々として朱姫はした。

 

 八仙といえども、道術を遣えない相手は怖くはない。

 久しぶりに、沙那のお墨付きの嗜虐をやったのだ。朱姫の嗜虐癖は大いに満足している。

 逆さ吊りにして、痒み剤のたっぷり入った薬液を肛門に注ぎ込み、肛門栓をして痒み剤がしっかりと尻の中を侵すまでそのままにさせた。

 

 そのあいだに、ついでに藍蔡仙の陰毛をすっかりと剃りあげてもやった。

 そして、藍蔡仙の股間が、外見の姿のままに童女らしくなった頃には、藍蔡仙は痒みに苦しみもがいてしまうようになっていた。

 

 それから、とりあえず、藍蔡仙を逆さ吊りから解放して、木桶に排泄をさせてから、やっと手を自由にして張形を手渡してやった。

 肛門に物を入れたことはないと言っていたが、あの痒みに耐えられるわけもなく、脂汗を流しながら藍蔡仙は、渡された張形を必死になって肛門に自ら入れていた。

 あれはちょっとした面白い見世物だった。

 

 その後、やっと狂ったように張形で自分の尻を犯すのをやめた藍蔡仙は、完全に自我を喪失したようになってしまい、二度と自分たち四人に手を出さないということをと道術契約で誓えと迫ると、あっさりと、それを道術契約を朱姫と交わしたのだ。

 藍蔡仙は二度と宝玄仙たち四人に手を出さず、朱姫は藍蔡仙に手を出さない。

 道術契約は相互契約なので、その体裁が必要なのでそうなった。

 

 そして、解放された藍蔡仙は、あっという間に、白女真(はくじょしん)愛麗(あいれい)を連れて、宿を立ち去ってしまった。

 電撃責めをやり損ねたのは残念だったが、そろそろ解放しようと沙那が口を挟んだのだ。

 すると、藍蔡仙はもう夕方だというのに、宿を払って出て行ってしまったのだ。

 

 孫空女との交合に疲れて寝ていた宝玄仙を起こす間もないことだったので、いま、沙那が改めて宝玄仙を起こして、経緯を説明しているところだ。

 どんな責めをしたかを宝玄仙に披露した後は、もう朱姫は興味がなくなった。

 朱姫は、孫空女とともに、沙那が宝玄仙に語るのをぼんやりと聞いていた。

 

 沙那は、藍蔡仙を解放する前に、鎮元仙士がどうやって解放されたのかとか、いまの八仙がどういう人間がついているかとかを細かく藍蔡仙に喋らせたのだ。

 それを宝玄仙に説明している。

 

 そのうちに、だんだんと眠たくなっていた……。

 

 朱姫は眠気に任せて寝台に上半身を倒した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、そういうことでいいね、朱姫──」

 

 宝玄仙の大きな声がした。

 はっとした。

 朱姫は微睡から目を覚ました。

 

「あっ、すみません、眠っていました」

 

 朱姫は顔をあげた。

 

「今夜の部屋割りのことよ、朱姫──。あんたは、今夜はわたしと一緒よ──。だって、昨夜は、ご主人様の道術で、あんたに『縛心術』をかけてもらって、あんたに仕返しをしていいって話だったのに、藍蔡仙のお陰で流れちゃっじゃないの──。今夜は、続きをやるわよ──」

 

 沙那がにやにやと笑いながら言った。

 

「え、えええ──。あれ、続いているんですか──。だって、今回はあたしが殊勲賞じゃないですか──。あたしの道術で藍蔡仙さんを懲らしめたんだし、道術契約だって──」

 

「なにが、殊勲賞よ──。あんたがうっかりと藍蔡仙の道術にかかってしまって、その術で、わたしを『縛心術』にかけようとしていたのを忘れたの──? あれが成功していたら、三人揃って藍蔡仙の言いなりになり、ご主人様を三人がかりで襲っていたところよ──」

 

 沙那がむっとして声をあげた。

 

「だ、だって──」

 

 朱姫も口を尖らせる。

 

「まあまあ、朱姫──。その代わり、沙那がお前を温泉に連れて行ってくれるそうだよ。そこでみんなで入ろうということになっているのさ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「温泉ですか?」

 

 温泉というのは、地から湧き出た湯が溜めてある大きな湯桶のようなものだ。

 朱姫も好きだが、誰よりも宝玄仙が大好きだ。そんなものがこの宿町にあるとは知らなかった。

 

 その瞬間、なぜだか急に頭がぼうっとした気がした。

 すぐに戻ったが……。

 

「じゃあ、早速、わたしと一緒に行きましょうか、朱姫」

 

 沙那が立ちあがった。

 

「えっ、沙那姉さんと……?」

 

「そうよ。ふたりで先に行きましょう……。これ持って」

 

 沙那が一枚の布を放った。

 

「手拭い……ですか?」

 

 沙那が朱姫に渡したのは、胸から股間くらいまでの長さの薄い布一枚だ。

 身体を拭くための布ということだろう。

 

「せめてもの情けよ……」

 

 沙那がにやりと微笑んだ気がした。

 

「えっ?」

 

 朱姫は意味がわからずに問い返しそうになったが、なぜか言葉にする前に、その気持ちが消滅した。

 また、なぜ、四人で一緒に行かないのだろうと疑念が湧いたが、それはすぐに、沙那と先に温泉に行きたいという気持ちに置き換わった。

 

「どこにあるんですか? 町外れですか?」

 

 朱姫は立ちあがっていた。

 

「結構、宿町の真ん中よ。むしろ、中心部ね──」

 

 沙那が含んだような言い方をした。

 それから沙那と一緒に宿を出て、宿町を歩いていく。

 そろそろと陽が暮れかけている。

 宿町では一番賑やかな時間だ。

 ここは竜飛国との国境にある関所に一番近い宿町だ。

 山越えをして関を通過してきた旅人と、明日一番に竜飛国我側に入るために関を抜けるためにここで宿を取ろうとしている者でごった返している。

 

「着いたわ」

 

 宿町の広場にやってきた。

 旅人目当ての酒や食事を売る屋台が並んでいて、多くの人間がいた。

 だが、見たところ、温泉などはない。

 

「ねえ、沙那姉さん……?」

 

 不思議に思って、沙那に訊ねようとすると、なぜか沙那が足で地面に大きな丸を描いている。

 

「ここが温泉よ、朱姫」

 

 沙那が言った。

 確かに、そこに温泉があった。

 温かそうな湯もある。

 

「入りなさいよ。服を脱いでね……」

 

 沙那がにやりと笑った気がした。

 

「沙那姉さんは入らないのですか?」

 

 朱姫は服を脱ぎながら訊ねた。

 

「わたしはいいのよ……。あなたの服を宿まで運ばないとならないしね」

 

 沙那が意味ありげに笑った。

 朱姫は首を傾げた。

 

 周りがなぜか騒然となっている。

 朱姫はなにか違和感を覚えながら、とにかく服を脱ぐと丸い線の中に湧いている湯に浸かった。

 湯は気持ちよかった。

 

「いい湯でしょう、朱姫?」

 

 朱姫の服を抱えている沙那が言った。なぜか、大勢の人だかりが朱姫の周りにできている。

 しかし、朱姫には、それがどういう意味があるのか認識できないでいた。

 

「ここに砂時計を置いていくわね。砂が落ち切ったら正気になるのよ。それと、さっきの手ぬぐいをしっかりと持っていてね……。さっきも言ったけど、それはわたしの情けよ……」

 

 沙那がそう言って、人だかりの外に消えた。

 朱姫の周りは、大勢の見知らぬ男たちばかりになった。

 

 それにしても、いい湯だ……。

 どうして、沙那は入らずに、朱姫をそのまま置いていったのだろう……?

 そんなことを湯に浸かりながらぼんやりと考えていた。

 

 やがて、沙那が置いていった砂時計の砂がすべて落ち切った……。

 

「ひいいっ、な、なに──? なにこれ──?」

 

 その瞬間、朱姫は絶叫した。

 朱姫は大勢の人だかりの真ん中で、しかも、広場のど真ん中で全裸で座っている。

 

 やられた──。

 

 その瞬間、朱姫はなにが起きたのかわかった。

 宝玄仙の道術で、沙那の言葉の暗示にかかるように術をかけられてしまっていたのだ。

 それで、沙那にこのあいだの仕返しに、宿町のど真ん中で素っ裸にされて置き去りにされたのだ。

 朱姫は慌てて、持っていた手拭いで身体の前を隠した。

 

「ど、どいてええ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげて立ちあがると、小さな布一枚で身体の前を隠したまま、宿に向かって駆け始めた。

 

 

 

 

 

(第96話『童女の紡ぐ操りの罠』終わり)






 *


【西遊記:81~83回、地湧(ちゆう)夫人】

 貧婆(ひんば)国に近い陥空山(かんくうざん)という難所に、地湧(ちゆう)夫人という女妖魔がいます。彼女は、高名な玄奘三蔵が旅でここにやって来ると耳にして、一度、情を結んで、力を得たいと考えます。

 地湧夫人は、陥空山からさらに進んだ黒松林(こくしょうりん)という場所で自らを縛って樹にぶら下げ、玄奘たちが訪れるのを待ち受けます。
 すると、果たして、玄奘一行がやって来ます。

 地湧夫人は、盗賊にさらわれて、金品を奪われたあげく、こうやって縛られたと訴え、玄奘に助けを求めます。
 しかし、女が妖魔であることを見抜いた孫悟空は、女に妖魔の気配があり、構うなと忠告します。
 玄奘は、それを受け入れて、一行は地湧夫人をそのままして立ち去ります。
 地湧夫人は呆気にとられます。

 通りすぎた玄奘に対して、地湧夫人は術を使って、「ひとりの女を救えない者に、万人が救えるのか?」とささやきます。
 意思を翻した玄奘は、孫悟空にさっきの女を助けよと命じます。
 孫悟空はしぶしぶ女を連れてきます。玄奘は安全な場所まで、地湧夫人が同行することを許します。

 しばらくすると、大きな寺院があり、一行はそこに宿を得ます。しかし、玄奘の具合が悪くなり、しばらく逗留することになります。

 玄奘が倒れたのは、地湧夫人のしわざです。地湧夫人は、三人の供が玄奘から離れる隙を探りつつ、夜になると若い寺男を寝室に連れ込み、情を結んだ後で喰い殺すということを続けます。

 寺男が毎晩変死するという事件に際して、孫悟空が寺の者から相談を受けます。
 孫悟空が地湧夫人を問い詰めると、彼女はあっさりと自分がやったことだと認めて、孫悟空を寝屋に誘います。
 地湧夫人の誘いをはね除け、孫悟空は地湧夫人を捕らえようとします。

 戦いとなり、孫悟空の助っ人の沙悟浄と猪八戒も加わります。逃亡しようとした地湧夫人は、たまたまひとりでいる玄奘と出くわし、そのまま、無天洞という場所にさらってしまいます。

 地湧夫人は玄奘を無理矢理に犯そうとしますが、玄奘を連れ戻そうとした孫悟空たちと再び戦いになります。
 一進一退の末、地湧夫人は、玄奘を迷路のような洞府(隠れ家)に連れ込んで隠れてしまいます。

 洞府の捜索の途中で、孫悟空は、地湧夫人が、天界にいる「李天王(りてんおう)」と「哪吒太子(なたたいし)」を父と兄として祀っていることを知ります。

 孫悟空は天界に赴き、李天王に「お前の極悪の娘をなんとかしろ」と怒鳴ります。そんな娘などいないと李天王は怒り、孫悟空と喧嘩になりかけますが、後からやってきた哪吒太子は、かつて助けた雌妖から「これからは、李天王を父として、哪吒太子を兄として敬います」と告げられたことがあると言います。

 李天王と哪吒太子は、下界におります。
 ふたりの姿に接した地湧夫人は、玄奘を解放して、あっさりと降伏します。
 玄奘は助け出されて、再び旅が始まります。


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 第97話  波乱万丈の一夜【王小二(おうしょうじ)】~滅法(めっぽう)
644 道術嫌いの国


「あふうう──。も、もう堪忍してよ、ご主人様……。しゅ、朱姫、い、いい加減にしなよ──」

 

 孫空女は息も絶え絶えに抗議した。

 

「なに言ってんだい。お前の体力なら、こんなの一晩でも問題ないだろう」

 

「そうですよ。それに、とっても色っぽくて、素敵ですよ、孫姉さん」

 

 しかし、宝玄仙と朱姫のふたりは、野次のような、からかいの声をあげるだけだ。

 孫空女がやらされているのは、膝よりも少し高い位置で左右に揺れ動く縄を脚をあげては跳んで避けるという運動であり、つまりは縄跳びだ。

 

 跳ばされている縄は、隣り合った樹木の幹に結んで渡してあるものであり、宝玄仙の道術で勝手に動いている。

 いやらしいのは、その縄に少しでも触れると強い電撃が走るようになっていることである。

 だから、孫空女は左右に動いてくる縄が脚に接触して全身に電撃が走る恐怖に苛まれながら、延々と跳躍運動を継続しなければならないのだ。

 

 ただし、左右に動く縄の速度は比較的ゆっくりではある。

 だから、そんなに一生懸命に跳ばなくてもいいし、連続の縄跳び運動くらいなら、孫空女の体力ならどうということはない。

 これを開始されたのは、沙那が峠の下の滅法(めっぽつ)国の国都に偵察にいってすぐだから、もう三刻(約三時間)前にはなるが、確かに、ただ縄を跳び続けるだけだったら、孫空女の体力なら問題はないとは思う。

 ただ縄を跳び続けるだけだったらならばだ――。

 

 しかし、もちろん、ただ縄を跳び続けるだけだったらではない。

 孫空女の股間には、局部を苛む刺激物のある下着がしっかりと喰い込んでいる。

 

 それだけの時間、股に刺激を受け続けたのまま、ずっと強制的な縄跳び運動を続けさせられている孫空女は、さすがに疲労困憊だ。

 孫空女は全身に滝のように流れる汗をかいていた。

 

 この縄の上から逃げたくても、孫空女の両手は後手縛りに拘束され、その縄尻を頭上の木の枝に結ばれている。

 左右に動く縄の上以外に移動することはできない。

 また、孫空女の下半身は素肌だ。

 宝玄仙に無理矢理に脱がされた孫空女の下袴(かこ)はそばの木の枝に掛けられている。

 

「いい恰好ですよ、孫姉さん──。孫姉さんの股あげ踊りは、なかなかに色っぽいです」

 

 宝玄仙と一緒に見物している朱姫がまたもや、囃し立てる。

 

「お、お前、一緒になって……」

 

 孫空女は朱姫の意地の悪い言葉に顔が真っ赤になるのを感じたが、同時に自分がいかに滑稽な仕草で縄を跨いでいるかということを自覚しないわけにはいかなかった。

 孫空女は縄がやってくるたびに、片脚を腰よりも上の高さまであげ、縄が通過すると同時にすぐに脚をおろして反対の脚を高くあげるという激しい脚あげ動作をしていた。

 もちろん、それが、かなり恥ずかしい動作だということは知っている。

 このふたりによる、さらに意地の悪い仕掛けのせいだ。

 

 つまり、孫空女がはかされている下着には、股間の下から膝くらいまでの長さの尻尾のような触手が伸びていて、その触手に縄が触れても電撃が走るようになっているのだ。

 しかも、股間への直接の電撃だ。

 だから、孫空女は、その触手の先を揺れ動く縄に触れさせないように、必死になって、異常なくらいに高く脚をあげているというわけだ。

 

 もう何度も喰らったが、その恐怖には、とてもじゃないが慣れることはできない。

 それが孫空女に必要以上の大股開きの脚あげを強要している。

 

「ね、ねえ、も、もうだめだよ。脚があがんないんだ。ちょ、ちょっと休ませてよ」

 

 孫空女はさっきから懸命に哀願をしているが、このふたりの嗜虐者は知らん顔だ。

 それどころか、孫空女が音をあげて弱音を吐くたびに、嗜虐心を満足させたような顔になって囃し立てる。

 

 ここは、滅法国という小さな国の国都に入る手前の山中だ。

 いま三人がいる峠をおりてしまえば、すぐに滅法国の国都の城門になる。

 

 だが、その国都には奇妙な掟があるということを耳にして、沙那がひとりで事前に偵察に向かっているのだ。

 その沙那が戻ってくるまで、街道から外れたこの山中で待っているということになったのだが、このふたりは沙那がいなくなった途端に、退屈凌ぎだといって強引に孫空女から下半身の下袴と下着をはぎとり、奇妙な尻尾付きの下着を無理矢理に施し、いまの縄跳び運動をさせだしたのだ。

 

「なに言ってるんですか、孫姉さん。休憩しているじゃないですか。その股の触手は動いてないですよね。それが休憩ですよ……。じゃあ、そろそろ休憩も終わりでいいですね」

 

 宝玄仙とともに毛布を敷いた上に座って、孫空女の痴態を見物している朱姫が、さっと操作盤を出して孫空女に向けた。

 

「そ、それはもういい──。だ、だめだって──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 だが、朱姫は容赦なく操作盤を作動させて、信号を孫空女がはいている下着に送った。

 

「はうううっ──」

 

 孫空女は歯を喰いしばった。

 実は孫空女がはかされた下着には、外に垂れている長い触手だけじゃなく、内側にも短い繊毛のような触手がある。

 それが朱姫が送った信号で再びうようよと動き出したのだ。

 

 肉芽から女陰の外襞、そして、蟻の門渡りの部分から肛門の外側にかけて、一斉に触手の舐めるような刺激が再開された。

 

「ひいっ、ひいいっ、た、だめえええ」

 

 孫空女の脚ががくがくと震え出す。

 大した刺激ではないということはわかっている。

 

 触手の動きを激しいものにすると、刺激の弱い孫空女には立っていることも容易ではなくなるので、ちゃんと孫空女が耐えられるぎりぎりのところで刺激を調整しているようだ。

 それでも、孫空女には全身を打ち抜くような喜悦を感じていた。

 孫空女の身体がぐらりと揺れた。

 

「はぐううっ、はぎゃああああっ」

 

 脚に電撃を帯びた。

 孫空女は絶叫した。

 股間の刺激が再開されたことで、体勢を崩して縄に脚を触れさせてしまった……。

 

 しかし、その激痛や衝撃に身体を停めることは許されない。すぐに動かなければ、縄はすぐに戻ってくる。

 孫空女は懸命に体勢を整えて、脚あげ運動を続けた。

 だが、それを邪魔するように下着の触手が孫空女の股間を苛む。

 噛んでも口には力が入らず身体も脱力していく……。

 内腿の震えがとまらない。

 

「も、もうだめ……。本当にだめ──。ね、ねえ、ご主人様──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「それよりも、お前、もっと感じるのを我慢しないと、脚あげじゃあ外の触手を縄から避けられなくなるよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 宝玄仙が言及したのは、下着の股下からだらりと落ちている長い外側の触手のことだ。

 縄に当たることで電撃が流れるこの尻尾のような触手は、最初はこの触手の先端は最初は孫空女の膝よりもずっと上にあった。

 だが、これは孫空女が下着の内側の触手の刺激で女陰から蜜を沁みださせると、それに応じて成長して長くなるという仕掛けになっているらしい。

 だから、いまでは膝よりも下くらいまで成長している。

 その分、孫空女は高い脚あげをしなければならなくなっていた。

 

 宝玄仙がからかったとおり、これ以上長くなれば、孫空女がどうやっても、触手の先端が縄に当たるようになってしまい、一回ごと電撃の洗礼を股間に浴び続けなければならなくなる。

 孫空女は泣き声をあげた。

 

「な、な、な、なにやってんですか──」

 

 そのときだった。

 沙那の怒声が響き渡った。

 

「さ、沙那──。た、助けて──。ご、ご主人様たちが……

 孫空女は希望の声を聞いたような気がした。

 

「あらあら、戻ってきちゃったよ、沙那が……」

 

「じゃあ、終わりですね」

 

 宝玄仙と朱姫が悪びれた様子もなく笑った。

 その様子には、さすがに腹がたつ。

 とにかく、やっと、左右に動いていた縄が停止するとともに、股間の触手の動きも停止した。

 ほっとした孫空女は、後手縛りの縄に体重を預けてがっくりと脱力した。

 

「だ、大丈夫、孫女?」

 

 沙那が駆け寄ってきて、後手の縄を解いてくれた。

 

「あ、ありがとう、沙那……。お、思ったよりも、早く戻って来てくれてありがとう」

 

 腕が自由になった孫空女はほっとして、思わず沙那に抱きついた。

 

「可哀そうね、孫女……。本当に酷い人たちよねえ……」

 

 沙那がおどけた口調で孫空女の頭を撫でた。

 

「な、なんですか、沙那姉さん。あたしたち悪者みたいじゃないですか」

 

「そうだよ、沙那。これは、孫空女も同意の上の新しい霊具の試しだったんだよ」

 

 朱姫と宝玄仙が言った。

 

「な、なにが同意だよ──。同意もなにも、ご主人様が道術で脅して無理矢理にやらせたんじゃないか──」

 

 孫空女は抗議した。

 

「わかっているわよ。よしよし──」

 

 沙那が孫空女をなだめるように笑いながら、もう一度、孫空女をぎゅっと抱きしめてから手を離した。

 

「とにかく、孫空女はそれを脱いで下袴をはいて──。それから、ご主人様、これが新作の霊具かなんか知らないけど、それはここで処分します」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「処分?」

 

「そうです、ご主人様……。これだけじゃなくて、霊具の類いは持っていけません……。この国の国都が道術全面禁止というのは本当です。霊気を帯びたものは、人間でも道具でも、一切国都に浸入はできません──」

 

「全面禁止?」

 

 朱姫が驚きの声をあげた。

 

「荷は細かく城門で検められますし、人間も走査されます。霊気を帯びたものを探知されたら、たちまちに衛兵に捕まって牢に入れられます」

 

「牢だって? 穏やかじゃないねえ」

 

 宝玄仙がおどけたような口調で言った。

 

「牢じゃすみませんよ、ご主人様。道術遣いだとわかれば、次の日には処刑して首が晒されます。わたしも、実際に道術遣いの首が城郭の広場で晒されているのを見ました。城郭のあちこちに道術を探知する道具が張り巡らされているようです。霊気を帯びた者が国都をうろうろするのはまず難しいですね」

 

 沙那が言った。

 孫空女はべとべとに汚れた股間を樹の陰で拭きながら、沙那の話を聞いていた。

 

「道術遣いが御法度の国かい……。困ったものだねえ……。噂は本当だったんだね。だけど、ここを通過しないと、先には向かえないんだろう? どうするんだい、沙那? わたしと朱姫は道術遣いだよ。霊気を帯びた存在ということでは孫空女もそうだ。霊気をほとんど発しないようにはわたしは制御できるけど、朱姫はそういう道術は無理だろう……。孫空女に至っては、自分で霊気なんか制御できないしね」

 

 宝玄仙が言った。

 着替えの終わった孫空女も三人の輪の中に入った。

 

「道術遣いは、全面立ち入り禁止ということかい……? だったら、諦めて、貧婆国まで逆戻りして、船で海を進むしかないのかなあ?」

 

 孫空女は口を挟んだ。

 

「いやよ──。もう、わたしは船は絶対にいや──」

 

 沙那がきっぱりと言った。

 そういえば、かつて祭賽(さいさい)国から朱紫(しゅし)国に進むときに船旅をした。

 孫空女も船酔いに悩まされたけど、沙那の苦しみようは酷かった。

 

「じゃあ、どうするんだい、沙那? 国都を通過しないように迂回して先に進むのは無理なんだろう?」

 

 宝玄仙だ。

 この滅法国が、基本的には道術遣いは立ち入り禁止の国だというのは、貧婆国から滅法国に入る国境の関を越えて時点で承知をしていた。

 しかし、国境の付近では、それは名目的なものであり、宝玄仙のような道術遣いも咎められることなく関を通過できたし、地方の城郭では霊気を帯びた霊具が店先で扱われたりもしていた。

 だが、国王が直接支配する国都だけは、そうはいかないという専らの話だったので、ひとりだけまったく霊気とは無縁の沙那が偵察に行っていたのだ。

 

「手はあります。はい、これを飲んでいただきます」

 

 沙那が懐から紙包みを取り出した。

 中には黒い丸薬が十粒ほど入っている。

 

「これは?」

 

 宝玄仙が丸薬を摘まみながら言った。

 

「城郭郊外の闇屋で購ったものです。どんなに厳しい法でも、必ず抜け道はあるということですね……。なんだかんだと言っても、道術遣いだって、国都に入ったり、通り抜けたりすることは必要です。大抵は、この霊気を一時的に停止してしまう効果のある丸薬を飲んで凌ぐそうです」

 

「霊気を封じる丸薬だって?」

 

「はい。一粒飲めば翌朝までの霊気が停止するそうです。国都に滞在しているあいだ毎朝飲めば、道術遣いであることはばれなくて済みます。そのあいだは道術は遣えませんが、一日、二日だけのことですから……」

 

「そのあいだは、術が遣えなくなるのかい」

 

「そうでさ。でも、国都で次の国に向かう手続きをしなければ、国境抜けの関を通過できません。折角なので正規に手続きをしたいと思います。おそらく半日で終ると思います。それが終われば、夕方多少遅くなっても、反対側の城門から向こうに抜けたいと思います」

 

 沙那が説明した。

 

「ふうん……。飲めばいいんですか、沙那姉さん」

 

 朱姫も丸薬を手に取った。

 

「そうよ。悪いけど朱姫から飲んで……。そして、一刻(約一時間)ほど様子を見てから、ほかのふたりが飲むようにした方がいいと思うの。身体に異変があれば、ご主人様の『治療術』で治せるから」

 

「わかりました」

 

 朱姫が丸薬を口に含んだ。

 孫空女の眼には、朱姫の身体から薄っすらと放出されていた霊気がまったく消滅したのがわかった。

 

「話はわかったよ、沙那。それにしても、なんで国王は道術遣いが嫌いなんだい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「それは判然としませんが、昔からの国王家の掟のようですね。とにかく、滅法国では、国王家以外の道術遣いは御法度。特に、国都では絶対です。国都に入り込んだ道術遣いがいれば、見つけ次第に処刑だそうです。これは厳しく守られているようですね。いま国都に存在する道術遣いは唯一ひとりのみです」

 

「誰だい?」

 

「国王自身です。いまの国都では国王だけが霊気を帯びる存在のようです。少なくとも表向きは……。いずれにしても、霊気を帯びる者を探知する霊具を張り巡らせているのも国王の力らしいです」

 

「自分が道術遣いのくせに、道術遣いを目の敵にするのかい? 能力を独占したいということかねえ……。まあいいよ……。とにかく、そんな物騒な国は早く通り抜けるさ」

 

 宝玄仙が肩を竦めた。

 

「……ところで、沙那姉さん、さっき、霊具を全部処分すると言っていたような気がしましたけど……?」

 

 朱姫だ。

 

「ええ、すぐにかかるわ。霊具もまた道術探知に引っ掛かるみたいなの……。この丸薬を購った闇屋で厳しく注意されたわ……。というわけで、申し訳ありませんが、ここで全部の霊具は処分します、ご主人様」

 

「それは構わないよ、沙那。処分したものは、また作ればいいだけだしね」

 

 宝玄仙はあっけらかんと言った。

 

「ええっ? もったいないですよ。沙那姉さんや孫姉さんを苛める淫具がたくさんあるのに」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「はいはい……。全部、処分してもらうからね、朱姫」

 

 沙那が勝ち誇ったような顔を朱姫にした。

 

「だったら、あたしや孫姉さんが身体に異変を起こさないようにしている首輪はどうするんですか? それも外すんですか? 孫姉さんの『如意棒』はどうなんです?」

 

「ああ、そういう身体に身に着けているものは大丈夫よ。さっき、お前が飲んだ丸薬は、身体に装着している霊具くらいだったら、一緒に霊気の放出をとめてくれて、探知しないようにしてくれるらしいから」

 

「だったら、淫具類は孫姉さんが装着していけば持って入れますよ。沙那姉さんも、触手下着くらいをはいてもらって、丸薬を飲めば……」

 

「首絞めるわよ、朱姫──。全部、捨てるのよ──。特に、淫具は全部ね──」

 

 沙那が怒鳴った。



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645 沈黙のお礼

 城郭に入ったのは、かなり夕方の遅い時間だったが、無事に全員が城門の霊気検査を通過することができた。

 まず、探知機のようなもので身体を走査され、次に旅人ということで国都に入るための税を支払った。

 すでに入城税を一度支払っている沙那は、その証明書を示すことで免除にはなった。

 

 また、荷の中に道術を帯びた物がないかどうかの検査も受けた。

 想像以上の厳しいものであり、葛籠に入っていたものは一品一品探知された。

 霊具である沙那たちの首の首輪や、孫空女の手足にある『拘束環』も走査されたが、それは大丈夫だった。

 やっぱり、霊気を消す丸薬が効果を及ぼしているのだと思った。

 

 最後に“衛生薬”という名の飲み物も飲んだ。

 伝染病の浸入の防止だという担当の役人の説明だったが、とりあえず、沙那が一回目に飲んだときもなんともなかったので、大丈夫だろうと判断して、宝玄仙たちにもそのまま飲んでもらった。

 果たして、三人にも問題はなさそうだった。

 

 それで終わりだった。

 城郭への入城が許された。

 すでに陽が暮れていたので、もう部屋が空いていない宿屋が多かったが、やがて、宿屋街から外れた場所に一軒の小さな宿屋を見つけた。

 訊ねると、部屋は全部空いているということだった。

 宿を頼むと、主人は喜んで一階の食堂の卓に四人を導いた。

 

「四人部屋でも、ひとり部屋を四部屋でもどっちでもいいぜ。今夜は、もう客がいねえと諦めていたところだ。代金は同じだ。それにしても、別嬪さんたちだな。こんなに綺麗な女の人が泊ってくれるなど滅多にあることじゃねえ……」

 

「なら、部屋は、大丈夫ですか?」

 

 沙那はほっとした。

 

「いまから、食事の支度をするが、あんたらみたいな綺麗なお客さんに相応しいものを作ってみせるぜ」

 

 宿屋の主人が陽気に言った。

 

「嬉しいことを言ってくれるじゃないかい。だったら、食事がわたしの想像以上においしいものだったら、今夜の夜の営みにお前も混ぜてやるよ、主人」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 

「えっ?」

 

 宿屋の主人が目を丸くした。

 

「じょ、冗談です、冗談──。わたしたちの女主人は冗談が好きなんです」

 

 沙那は慌てて取り繕った。

 

「別に冗談でもないさ。もしも、宿屋代をただにしてくれたら、わたしたち四人が特別奉仕をしてやってもいいよ。どうだい?」

 

 宝玄仙が椅子に座ったまま、すっと下袍の裾を膝の上くらいまでたくしあげた。

 宿屋の主人が、宝玄仙の綺麗な脚に吸い込まれるような視線を向ける。

 

「ま、まあ、冗談ばかり言っちゃって……。嫌ですねえ、ご主人様」

 

 沙那は笑って誤魔化しながら、強引に宝玄仙の下袍を両手で戻した。

 宝玄仙が大笑いする。

 

「そ、そんなことよりも、とにかく、部屋のことですよね──。たまにはひとり、ひと部屋ずつなんてどうですか?」

 

 沙那は言ってみた。

 

「だめですよ、沙那姉さん」

 

 すかさず朱姫が口を挟んだ。

 

「そうだね。四人部屋にしておくれ」

 

 宝玄仙がそう言い、四人部屋ということになった。

 その時だった……。

 

 急に横でどんという大きな音がした。

 沙那は視線を向けた。

 ふと見ると、宝玄仙の身体が傾いている。

 

「ご主人様──。どうしたんです?」

 

 沙那はびっくりして宝玄仙の身体を支えた。

 

「わ、わからない……。きゅ、急に、力が抜けて……。な、なんだい、これ……?」

 

 宝玄仙が当惑した様子で言った。

 

「えっ、朱姫──?」

 

 孫空女の叫び声だ。

 顔を向けると、崩れ落ちそうな朱姫を孫空女が支えている。

 

「どうしたのさ、ふたりとも?」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那もなにが起きたのかわからなかった。

 突然に起こったこの事態に、沙那は途方に暮れた。

 

「あ、あんたら道術遣いか……?」

 

 主人が怖ろしいものを見たような口調で言った。

 

「ど、どういうこと……?」

 

 沙那は宝玄仙を支えながら、宿屋の主人に向かって声をあげた。

 この事態に心当たりがある気配だ。

 

「そ、それは間違いなく、城門検査で飲んだ衛生水の影響だ……。最近になって、霊気をとめる丸薬を飲んで侵入してくる道術遣いが後を絶たないということで、国王が外からやってくる余所者には、その魔女殺しの水を服用させるように義務付けたんだ。衛生水と偽ってな……。そんな風に、少ししてから突然に脱力するように倒れるのは、その兆候だ──。害のあるものじゃないらしいが、道術遣いが飲めば、そのふたりのように、身体から力が抜けた状態に陥るらしい……。すまんが通報させてもらうよ。そうしなければ、俺も捕まってしまうから……」

 

 主人がそう言って、席を離れようとした。

 

「ま、待って、そんなんじゃないの──。持病よ──。持病──。このふたりは、いつもこうなの──。城門で飲んだそんなおかしな液体のせいじゃないわ」

 

 沙那は声をあげた。

 あの衛生水とやらが、そんな役割だとは思わなかった。

 迂闊だった……。

 

「それでも、知らせなければならないんだ……。すまん……。衛兵が調べて、道術遣いでないと判断されたら、連れてはいかれないはずだ。走査もこの場で終わるよ」

 

 主人は申し訳なさそうに言った。

 そして、戸口に向かう。

 これはまずい……。

 沙那は慌てた。

 

「ま、待って──。そうだ。取引き──。取引きしましょう──」

 

 沙那は言っていた。

 とにかく、害のないものなら、明日の朝まで乗りきればいい。

 そうすれば、宝玄仙の道術は復活して、『治療術』で回復できる。

 それから、再びあの丸薬を飲み直せばいいだけのことだ。

 宿屋の主人の言った通りの効果だけなら、今夜だけ乗り切れば、もう面倒はない。

 

「取引き?」

 

 主人は少し興味のある表情を見せた。

 沙那はその顔に望みを感じた。

 いずれにしても、この状態で通報などをされたら、とてもじゃないが逃げられない。

 

「黙っていてくれれば、お金を払う──。このふたりは、部屋に連れていくわ。もしも、この発症が部屋に入ってからだったら、あなたは気がつかなかったはずよ。だから、気がつかないふりをしていればいい。もしも、明日の朝まで、この状態が続いていたら、そのとき初めて気がついたようなふりをして届ければいいじゃない──。とにかく、いまは見なかったことにして──」

 

「見なかったふり?」

 

「そ、そうよ。わたしたちは、すぐに部屋にあがってしまって、部屋でどうかなったかなんて、あなたは知らなかった……。そういうことにしてよ……。ねえ、届けをしたら、なにか賞金でももらえるの? だったら、その倍を支払うわ──。黙っているんじゃない。気がつかないでいてくれたらいいのよ──。ねっ? 損な取引きじゃないと思うわ──」

 

 沙那は一気に言った。

 

「……まあ、確かに、届けをしたところで一銭ももらえるわけじゃないが……」

 

 主人は困った顔になった。

 

「宿賃を三倍……。いいえ、五倍払う……。それで、忘れて──」

 

 沙那は言った。

 

「だったら……」

 

 すると、宿屋の主人がなにかを思いついたような顔になった。

 

「……だったら、金の代わりに、さっき、その女主人さんが言っていた特別奉仕というのはどうかな? それをしてくれたら見逃してもいいぜ……」

 

 主人がにやりと笑った。

 

 

 *

 

 

 沙那と孫空女というふたりの若い女が、連れの宝玄仙と朱姫の身体と食事を二階の部屋に運んでいってから、それなりの時間がすぎた。

 宿屋の主人である趙俊(ちょうしゅん)は、倒れてしまったふたりに食事をさせるので待ってくれという沙那の言葉に従い、一階の食堂で待っているところだ。

 それにしても、あのふたりが性奉仕をしてくれるというのは本当だろうか。

 趙俊は、なんだか怖ろしいような気持ちと、そして、不意にやってきた幸運に興奮する気持ちが入り混じった複雑な心地だ。

 

 もともと、なんの罪もない人間を役人に通報して捕まえさせるというのは気が進まないことだった。

 なにしろ、ただ捕らえられるだけじゃない。

 牢に入れられて、翌日のうちには広場で首を切断して処刑されてしまうのだ。

 それが趙俊の通報で行われるとしたら、まるで趙俊が処刑を決めたような感じであり、目覚めが悪いこと、このうえない。

 

 ましてや、基本的には四人とも善良そうな若い女たちだ。

 趙俊はできれば届けたくなかった。

 若い女の客を残酷な目に遭わせるのは、どうしても気が進まない。

 

 しかし、道術遣いが立ち入り禁止であることは、この国都の昔からの掟であるし、客が道術遣いであったことを知ったのに届けをしなければ、その者にも厳罰がある。

 特に、余所者と応対することが多い宿屋業の者には厳しく、「魔女殺し」の水に反応して倒れた客を通報しないで見過ごしたことがばれれば、趙俊も棒打ちの刑くらいを食らうことは間違いない。

 

 それで、お願いだから役人に届けないでくれと懇願する沙那に、趙俊に対して性奉仕をしてくれるならいいと言ってみた。

 四人は趙俊がこれまでに会ったこともないような美女揃いだったし、このうちの誰が相手をしてくれるとしても、おそらく、趙俊の人生であるかないかの幸運になるに違いない。

 その代償があれば、道術遣いを宿泊させたことを黙っていたことが後で発覚して、趙俊が罰を受けたとしても、十分に趙俊の心は慰められるではないかと思ったのだ。

 

 別にあの女たちを脅迫しようという気持ちはない。

 若い女だ。

 身体を抱かせろと要求すれば怒るかもしれないとは思った。

 だったら、ちょっと身体を触らしてくれるとか、口づけを許してくれるとかでもよかった。

 それでも納得できるし、逆に、それくらいはあの女たちもしてくれてもいいはずだと考えた。

 見逃すということは、それだけ趙俊だって危険があるのだ。

 

 しかし、あの沙那はあっさりと性奉仕を応諾した。

 これには、要求した趙俊の方がびっくりしたくらいだ。

 とにかく、倒れた仲間を二階に寝かせて、先に食事などをさせて、それから沙那たちが一階に戻って来るということになった。

 

 ふたりが宝玄仙と朱姫という倒れてしまった道術遣いを二階に運びにいってすぐに趙俊は四人の食事を作った。

 倒れたふたりの分については、横になったまま食べられるような柔らかいものだ。

 しばらくすると、孫空女という赤毛の女が食事を取りに来た。

 孫空女は、お願いだから役人には届けないでくれと、もう一度念を押してから、趙俊が準備した食事をまた二階に持ってあがった。

 それから趙俊としては待つしかなく、こうやって一階の食堂でぼうっとしている。

 今夜はほかには客はおらず、別にすることはないのだ。

 

 それにしても、ほかの泊り客がいない日でよかったと思った。

 ほかの客がいる前で倒れられてしまえば、趙俊としても、どうしても役人に届けないわけにはいかないからだ。

 やがて、沙那と孫空女が二階から降りてきた。

 

「お、お待たせしました……」

 

「よ、よろしく……」

 

 ふたりが趙俊の座っている椅子の前に立った。

 

「おう……」

 

 なんと言っていいかわからず、趙俊はそれだけ言った。

 ふたりとも本当に美しくてかわいらしい顔をしている。

 身体つきも素晴らしそうだ。

 いまから、このふたりのどちらかを抱ける。

 そう思うと、趙俊は自分の心臓が高鳴るのを感じた。

 

「あ、あの……。わたしたちが二階に行っているあいだも、こっそりと届けないでいてくれたんですね。ありがとうございます」

 

 沙那が少しはにかんだ表情で言った。

 

「そりゃあな……。あんたの言った通り役人に届けたところで俺に得することがあるわけじゃないしな……。だが、届けなかったことがわかれば、俺も捕えられてしまうんだ。わかって欲しいんだが……。俺としても、危険を冒す価値があるというだけの代償が欲しいんだ……」

 

「承知しています。約束のことはします。あ、あの……。だけど、こっちからもお願いがあるんです……。ふたりで話し合ったんですけど……そのう……、奉仕をすることには依存はないんですが、ただ、上のふたりが完全に倒れてしまっているので、完全にわたしたちふたりが、性奉仕に溺れるのは都合が悪いんです。わたしたちは、四人の中では護衛役も兼ねています。もしも、身動きできない状態になったら問題で……」

 

「身動きできない状態……?」

 

 趙俊はびっくりして思わず言った。

 沙那はどのくらいの性行為を想像しているのだろうと思った。

 

「そうなんだよ。だから、あたしたちが奉仕するから、その代わりにそっちはなにもしない──。そういうことでどうかな……? だったら、あたしたちも自分たちで調整しながら抱かれることができるしね……。正直にいうと、あんたがあたしたちを抱き潰してしまって、あたしたちふたりとも完全に倒れてしまうのは怖いんだよね」

 

「抱き潰す?」

 

 このふたりは、なにを言っているのだろうと思った。

 もしかしたら、自分のことを性豪かなにかと勘違いしているのではないかと考えた。

 趙俊には女を抱いて相手を抱き潰したという経験はもちろんない。

 そんなことを想像したこともない。

 

「だ、だから、その……変なことを言うようですけど、あなたの腕を軽く縛らせてくれませんか? 軽くです。布でちょっとだけ……。力を入れれば解けるくらいの軽くでいいんです。そうすれば、わたしたちもちょっと安心できるかな……。なんて……。だめですか? その代わりに一生懸命に奉仕しますから……」

 

 沙那は気まずそうな表情で趙俊を見た。

 

「し、縛る?」

 

 驚いたが、ちょっとだけ興味も湧いた。

 つまりは、沙那は完全に女側に主導権のある性行為を要求しているようだ。

 沙那がさっきから言い難そうに申し出ていたのは、趙俊に手を縛られて欲しいということのようであり、それはどうやら、性行為の最中に趙俊が沙那を積極的に抱くことで、沙那が身動きできないほどぐったりしてしまうことを回避したいようだ。

 

 やっぱり勘違いをしているようだと思った。

 趙俊には、女をそこまで抱き潰すような性技もないし、持続力もない。

 もしかしたら、こっちから性行為を要求したので、趙俊が途方もない女食いだと思われてしまったのだろうか?

 

 いずれにしても、こっちが縛られてするというのもいいかもしれない……。

 つまりは趙俊はなにもしなくていいのだ。ただ、受けていればいいということで楽でもあるし、こんないい女がそんな性行為をしてくれるというのは、本当に興味がある。

 

「まあ、いいさ……。どうすればいいんだい?」

 

 趙俊は言った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 沙那が破顔した。

 その屈託のない沙那の笑みに、思わず趙俊ももらい笑みをこぼした。

 

「じゃ、じゃあ、手を後ろにやって……」

 

 孫空女がどこかに隠し持っていたらしい手拭いを取りだした。

 

「こ、ここでかい?」

 

 趙俊は手を後ろに回しながらも、少しびっくりして言った。

 てっきり性行為については、一階にある趙俊の部屋でするものだと思っていたのだ。

 この食堂でするとは思わなかった。

 まあ、すでにしっかりと戸締りをしているので、これから客が入ってくる気遣いはないが……。

 

「だって、この店の入り口はここだろう? 誰か入ってきたら、すぐにあたしらがわかるじゃないか。二階に連れが横になっているからね……。ここでなら護衛の役も務まるとは思うんだよね」

 

 孫空女は趙俊の座っている椅子の後ろに座り、持っていた布で趙俊の手を縛った。本当に軽くといった感じだ。

 

「じゃあ、脱ぎますね……。なにか、脱ぎ方に注文があれば言ってください……」

 

 沙那が趙俊に半分背を向けるようにして服を脱ぎ出した。

 

「そう言えば、あたしらって、言われてなにかするだけで、こうやって、自分たちからなにかをするって、あまりないよねえ、沙那?」

 

 孫空女も沙那の隣に並んで服を脱ぎ出す。

 

「うん……。やっぱり、わたしたちって、とことん受け身の性になるように躾けられてしまったのかしら……?」

 

「あまりないって言えば、これ自体が初めてかなあ……? 長い付き合いなのに、あの嗜虐癖のふたりがいなくて、あたしと沙那だけで、ほかの誰かと性の営みをするなんてさあ……」

 

「そうかもね……」

 

 沙那がくすくすと笑う。

 そのあいだにもふたりは躊躇いなくどんどんと服を脱いでいく。

 趙俊は、美女ふたりが服を脱いでいく光景に、すっかりと興奮してしまった。

 股間が堅く勃起する。

 趙俊はごくりと唾液を呑み込んだ。



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646 お礼奉仕と逃亡中の盗賊

 

 目の前でふたりの美女が服を脱いでいく。

 趙俊(ちょうしゅん)は、すっかりと興奮して、それを眺めていた。

 

 それにしても、趙俊が思い違いをしていたことがもうひとつあったようだ。

 趙俊は最初に性行為を要求したとき、ふたりのうちのどちらかが相手をしてくれればいいというつもりで喋っていた。

 趙俊の常識では、性行為というものは男と女が一対一で行うものであり、女を複数相手にした経験はまったくない。

 

 もちろん、世の中にはそういう性行為もあることは知っているが、まさか、自分がそんなことができることがあるとは思わなかった。

 ましてやこんな美女ふたりに……。

 

 だが、このふたりはふたりががりで、趙俊への奉仕をしてくれるようだ。

 そんな特別なことをしてもらっていいのだろうかとためらったが、せっかくかのでやってもらうことにした。

 いまさら、どちらかひとりでいいという意味だったと発言して、興を削ぐとこはない。

 

 すでにふたりともやる気満々みたいだ。

 沙那と孫空女と名乗ったふたりの美女がそれぞれに腰の下着を脱ぎ、目の前に美しいふたりの裸身が現われる。

 鍛えあげられたしっかりと身体の締まったきれいな身体だと思った。

 

「じゃ、じゃあ、ご奉仕します……」

 

「とりあえず、なにかして欲しいことがあれば言ってね」

 

 裸身になった沙那と孫空女がやってきた。

 ふたりの身体が趙俊にふわりと被さって、趙俊の前に跪いた。

 

「で、どうするの、沙那?」

 

 孫空女が沙那を見た。

 

「ど、どうするって……? まずは服を脱いでもらうんじゃないの?」

 

 沙那が当惑した様子で言った。

 

「でも、よく考えたら、先に手を縛ったら、脱いでもらい難いよね。最初に脱いで貰ってから、縛らせてもらえればよかった? まあ、いいや……。とにかく、なにすればいいか指示してよ、沙那」

 

「わ、わたしに言わないでよ、孫女──。あ、あんたが指示してよ。わたしだって、こういうときにどうしたらいいかなんて知らないわよ」

 

「あ、あたしが──? む、無理だよ……。なんでもするから、いいから沙那が命令してってば──。いつも、沙那がなんでも指示しているじゃないか」

 

「変なこと言わないでよ。わたしがいつ性行為の最中に指示をしたっていうのよ?」

 

「性行為の最中じゃないけど、旅の指図は沙那の役目じゃないか──。ご主人様だって、沙那の言うことはきいているし」

 

「それとこれとは違うわよ──。とにかく、あんたが指示して──」

 

「いやだよ。困るよ……。沙那が命令してよ──」

 

「え、ええ? い、いや無理……。ああ、こんなときこそ、役に立ってくれればいいのに、あの嗜虐娘。ご主人様と一緒に倒れちゃって……」

 

 沙那が首を激しく横に振った。

 いきなり、趙俊の眼の前で言い争いを始めた沙那と孫空女の様子に、趙俊は吹き出してしまった。

 

「あっ、申し訳ありません──。勝手なこと話してしまって……」

 

「ご、ごめん……」

 

 沙那と孫空女は我に返ったように顔を赤らめた。

 趙俊はなんだか、愉しい気分になってきた。

 後ろ手に縛らせて自分たちに主導権をくれとか、女ふたりと男ひとりの性を当たり前のように始め出す態度とか、てっきり性に熟達した痴女のようなふたりなのかと受け止め始めていた。

 しかし、このふたりは、そういうものでもなさそうだ。

 性に対する抵抗そのものはないようだが、基本的には受け身の性しかやっことはないらしい。

 そんな様子も、少し初々しくていい……。

 

「孫空女は下袴と下着を脱がせるんだ。沙那は俺の上衣をはだけ──。そして、それぞれ、上と下にわかれて奉仕しろ」

 

 試しに言ってみた。

 趙俊の想像が当たっていれば、このふたりには、趙俊の方から強く命令してやった方が気が楽そうだ。

 

「は、はい……」

 

「うん」

 

 すぐにふたりが動き出した。

 しかも、ふたりともほっとしたような表情をしている。

 

 趙俊は自分の想像が正しいようだと思った。

 沙那は、趙俊の言葉に従い上衣のぼたんを外して、裸の胸を剝き出しにしていく。

 また、孫空女は下袴と下着を足首までおろして抜き取った。

 こうやって、美女ふたりに命令して自分の服を脱がさせるというのは、なんだか王様にでもなったような気分だ。

 

「沙那は口だ──。孫空女は俺の怒張に奉仕しろ」

 

 趙俊は言った。

 すると、沙那が趙俊の首に両手を回して、趙俊の唇に自分の唇を重ねてきた。

 趙俊は口の中に入り込んできた沙那の舌をむさぼる。

 すると、沙那が趙俊と口づけを交わしながら、すぐに切なそうな甘い息を始めた。

 男との口づけに興奮しているというよりは、単純に舌が敏感で刺激を受けると感じてしまうようだ。

 

 趙俊はさらに舌を動かして、趙俊の舌を沙那の口の中に侵入させ、上口や舌の下側など思うままに舐めてみた。

 

「あっ、んはっ、はああ……」

 

 沙那はあっという間に小さな喘ぎ声を出すとともに、自分の身体を趙俊の体重を少し預けるようにしてくる。

 沙那の胸の膨らみが趙俊の上半身に押しつけられる。

 

「な、舐めるね」

 

 一方、開いている趙俊の股のあいだに跪いている孫空女は、一度、すっかりと勃起している趙俊の男根の先端に口づけをした。

 当たり前のようにやった孫空女のその行為にびっくりした。

 孫空女は続いて、怒張に舌をねちっこく舌を絡ませてくる。

 ねっとりと絡みつくような孫空女の舌による奉仕は、絶品だった。

 趙俊はその舌の刺激に全身に電撃を帯びたような衝撃を受けた。

 

 沙那の口づけと、孫空女の趙俊の性器への奉仕は、本当に素晴らしく、まるで身体の芯から快感を吸い取られるようだ。

 性に不慣れなのか、慣熟しているのかわからないふたりだが、性技そのものは趙俊が知っているどの商売女よりも上手だし丁寧だ。

 趙俊は孫空女の下半身への奉仕を受けながら、沙那の口をむさぼった。

 沙那は口の中の性感が疼くのか、ときどき、「うう……」とか「ああ……」という声をあげて、やや顔を仰け反らせたような仕草をする。

 それがなんとも色っぽくて、趙俊は沙那の身体を思うままに愛撫しまくりたい衝動に襲われ始めていた。

 

 なんとなく、ふたりが最初に趙俊の両手を縛った理由がわかった気もした。

 もしも、手を縛られてなかったら、ふたりから施される愛撫などやめさせて、徹底的な愛撫による蹂躙を沙那や孫空女に加えただろう。

 それをされると、ふたりは本当に弱いのかもしれない。

 だから、手心が欲しくて、趙俊に縛られることを求めたに違いない。

 

「口はいい……。ふたりで下を奉仕しろ」

 

 趙俊は沙那の口を離して命じた。

 さらに股を開いて、孫空女の隣に沙那が並んで跪く空間を作った。

 孫空女と沙那が左右から趙俊の股間に舌を這わせて交互にしゃぶりだす。

 

「おお……」

 

 あまりの衝撃に趙俊は小さな声をあげた。

 趙俊の甲斐性では、ありつけないような美女ふたりだ。

 それが技巧を駆使した性技で趙俊への奉仕をしているのだ。

 たちまちに趙俊は追い込まれてきた。

 

「ま、待て、もういい……」

 

 趙俊は言った。

 このまま刺激を続けられたら、あっという間に放出しそうだ。

 ふたりが一瞬止まった。

 しかし、なぜか目を交わして、今度は沙那がすっぽりと怒張の先端を咥えて口全体で擦り出す。

 一方で孫空女ははだけた上半身に顔を移動させて、乳首の回りをぺろぺろと舐め始めた。

 

「うわっ、まずい……。出そうだ……。口に出してしまうぞ」

 

 趙俊は顔をしかめながら言った。いくらなんでも、口の中に放出してしまうのは申し訳ない。

 だが、離してもらわなければ、本当に出してしまうそうだ。

 

「遠慮しなくていいよ……。正直にいえば、あたしらもここで出してくれた方がいいんだ……。精を口で受けることは嫌じゃないし、そっちの方が本番も早く満足してくれると思うし……」

 

 孫空女が趙俊の胸に舌を動かしながら言った。

 いずれにしても、だんだんと淫らな表情になるこのふたりは、それに応じて、どんどんと綺麗に輝き出す気がした。

 趙俊は耐えるのをやめた。

 力を抜き、ふたりの成すままに任せる。

 沙那がさらに口腔の抽送を速めた。

 怒張が暴発を目前にして膨れあがるのがわかった。自分の腰がぶるりと震えた。

 

「で、出る──。顔を──」

 

 趙俊は警告したつもりだった。

 だが、意外にも沙那は、さらに顔を鎮めて、趙俊のものを深々と咥えこんだ。

 先端だけではなく、幹全体に沙那の口の肉の刺激を受けるかたちになった趙俊の怒張は、沙那の喉の奥めがけて精の塊りを迸らせた。

 

 

 *

 

 

「お前は気配を殺すことがうまい……。この宿屋の他の部屋の様子を見て来い──」

 

 王小二(おうしょうじ)は部下をひとり指名して、部屋の外に出した。

 

 たまたま逃げ込んだ宿屋の空き室だ。

 外の通りから見て、この宿屋の二階部分にはほとんど客がいないということはわかった。

 部屋があれば灯っているはずの明かりがほとんどなかったのだ。

 だから、衛兵に追われて逃げ場をなくしていた王小二は、とっさにほかの部下を連れて、大通りから直接二階に忍びこんで隠れた。

 

 そして、やはり、空き部屋だった。

 とにかく、王小二は、逃げ込むと同時にしっかりと部屋に自分の結界を刻んだ。

 これで部屋の外からは、王小二たちが忍び込んだことはわからないはずだ。

 

 王小二の周りには、いま報告をしてきた部下を含めて七人の部下がいる。

 傷を負っている者もいるが致命傷ではない。

 とにかく、王小二は、しばらく、ここで隠れることにすると全員に告げた。

 すると、怪我をしている者は互いに治療し合い、水筒を持っている者は回し飲みを始めた。

 

 ただし、王小二については、水は断わった。

 喉は乾いているが、霊気があるので、ある程度は大丈夫なのだ。

 それよりも、道術が遣えない部下が水を潤すべきだ。

 

「七人か……。ほかの五人はどうしたかな……? 誰か連中がどうなったか、見た者はいるか?」

 

 王小二は訊ねた。

 

「三人は死にました。衛兵に斬られました」

 

 ひとりが言った。その三人の名を告げる。

「小鉄の野郎も死にました。剣で腹を刺されて血しぶきの中に倒れるのをこの目で見ました」

 

 ほかのひとりが言った。

 これで死んだとわかったのは、五人のうちの四人だ。

 

「春坊は?」

 

 名が出なかったひとりの名を言った。

 そいつを見た者はいなかった。

 殺されるのはいい……。

 しかし、捕えられるのはまずい……。

 

 捕らえられれば、そいつは衛兵から拷問を受け、城郭の外にある隠れ処のことを喋らされるだろう。

 そうすれば、ほかにもいる部下が軍の討伐を受けるに違いない。

 まあ、いずれにしても、隠れ処の部下のことを気にするのは、王小二自身がなんとか生き残ってからだ。

 このままでは、王小二たちを探しているであろう衛兵に捕まって終わりだ。

 なんとかやり過ごして逃亡に成功しなければ……。

 王小二は、なにが起きたかを改めて考えるために腕組みをして眼を閉じた……。

 

 王小二は道術遣いであり、この道術禁止のお触れのある滅法国の国都を専門に荒らしている盗賊団の頭領だ。

 一味の中の道術遣いは王小二ひとりであるが、この国都は道術そのものが厳しく禁止されているから、あちこちに張り巡らされてある道術探知を出し抜く方法さえしっかりと整えておけば、却って仕事はやりやすい。

 道術を駆使した盗賊除けの警戒がないからだ。

 王小二は、それをいいことに、国都の城郭内の貴族や分限者の屋敷などにさんざんに入り込んで金品を強奪していた。

 

 だが、今夜に限っては失敗した。

 盗みのために潜入した屋敷に、なぜか衛兵が待ち構えていたのだ。

 そして、金品を盗む前に、待ち伏せをしていた衛兵に襲撃された。

 さっきの話によれば、そのときの襲撃で四人が死んだようだ。

 とにかく、なんとか逃亡して、七人だけはここに隠れることができたが……。

 

 しかし、王小二の盗賊団といえば、この城郭では最高の賞金がかけられている手配犯たちだ。

 衛兵たちは、まだ血眼になって王小二たちの行方を探しているだろう。

 

 だが。逃げ道はある……。

 あらかじめ『移動術』の結界を城壁の近くに刻んであるのだ。

 そこまで辿り着けば城壁の外に逃げられる。城壁の外にさえ逃げれば、あとはどうにでもなる。

 しかし……。

 

「春坊の行方を知っている者はいないんだな?」

 

 王小二はもう一度訊ねた。

 やはり、いない。

 そうなると、春坊が一味を裏切っていた可能性がある。

 あの待ち伏せは、どう考えても忍び込む屋敷についての情報が漏れていたとしか考えられない。

 そうだとすれば、全員に教えている『移動術』の結界は遣えない。

 おそらく、そこでも待ち伏せをしているはずだ。

 

「夜明けまで待て──。準備していた場所とは違う結界が出現するように細工をしている場所がある。そこから逃亡する」

 

 王小二は全員に言った。

 道術探知の厳しいこの城郭内では、長い時間、霊気を帯びた霊具を備付けたままにしておくことは難しい。

 だから、時限付きの仕掛けをして、ある特定の時間だけ、『移動術』の結界を産み出すようにしている場所を幾つか作っている。

 それは王小二しか知らないから、そこなら待ち伏せされている可能性はない。

 ただ、結界の発動する夜明けまで待たなければならない……。

 

「頭領……」

 

 そのとき、廊下の扉が音もなく開き、宿屋の様子を探りに行かせた部下が戻ってきた。

 

「ふたつ向こうの部屋に客がいます。ふたりの女です。二階にいる客はそのふたりだけです……。ただし、横になっていて動けないでいるようです。意識はあるようなんですがね……」

 

「動けない?」

 

「へえ……。もしかしたら、国王が新しく始めた“衛生水”を飲んだんじゃないでしょうか……。そんな感じなんで」

 

 部下が言った。

 衛生水というのは実は建前であり、道術遣いが飲めば昏倒しまうという本来は「魔女殺し」と称される薬液だ。

 魔女殺しというが、道術を遣える者が飲めば男でも女でも昏倒してしまう。

 

 道術嫌いの国王が、新しい仕掛けとして、城郭にやってくる余所者に必ず飲ませるようにしたものだ。

 それを飲めば、すっかりと出回っている霊気隠しの丸薬を飲んでも、道術遣いであることが発覚してしまう。

 それで取り入れられたようだ。

 

 ただ、まだ新しい取り組みであり、薬剤が効いて昏倒の状態になるまでに個人差があり、すぐには影響が出てこない道術遣いもいるらしい。

 だから、こういう宿屋には、突然、倒れてしまう客がいたら、必ず役人に報告するようにという触れも出されているはずだ。

 部下が報告してきた女というのは、その魔女殺しの影響で倒れてしまった道術遣いの可能性が高い。

 

「まずいな……」

 

 王小二は呟いた。

 道術遣いというのは、同じように霊気を帯びた存在を探知する。

 そのふたりが道術遣いだとすれば、いま結界を刻んでしまっている王小二の存在にすでに気がついている可能性が高いのだ。

 

 魔女殺しで昏倒していると言っても、まだ夜は長い。

 それまでに道術が復活することもあるだろう。

 自分たち自身が城郭では御法度の道術遣いだから、役人に知らされる可能性は低いが、用心深い王小二としては、手だけは打っておきたい。

 

「……それから、頭領、その女たちの連れと思われる女がもうふたりいます。そいつらなんですけどね……」

 

 すると、部下が突然にくすくすと笑った。

 

「なんだ?」

 

 王小二は呆気にとられた。

 

「一階で、この店の主人を相手に、ふたりがかりで行為の途中というわけで……。その五人でこの店にいるのは全部です」

 

 部下が笑いながら言った。

 

「行為?」

 

 王小二は声をあげた。

 

「男女の営みですよ。男ひとりと女ふたりでね……。なかなかに、いい女のようですよ。とても美味しそうだ……。それで、ちょっと耳を澄ませたら、どうやら、上のふたりのことを黙っている代わりに、この宿屋の主人に身体を提供しているようですぜ、頭領」

 

 部下がくすくすと笑った。

 

「なるほど……。だが、連れのふたりが倒れて、そいつらが元気だということは、そのふたりは道術遣いではないんだろうな……。まあ、いずれにしても、この店には朝まで隠れてないとならないんだ。いい退屈凌ぎになりそうだな」

 

 王小二が言うと、ほかの部下もくすくすと笑う。

 とにかく、二階には寝込んで動けない道術遣いがふたり……。

 

 一階には、店の主人がひとりと、その店の主人を相手に性行為に及んでいる連れの女がふたりということが……。

 つまりは、四人組みの女と、店の主人がひとり……。

 

「とにかく、一階の連中は後だな。二階の女から手をつけるか……」

 

 王小二は立ちあがった。

 

「ほかの者はこのまま待機だ──。お前は俺を案内しろ」

 

 王小二は、宿屋を探らせていた部下を促した。

 

「わかりましたが、どうするんで、頭領?」

 

 その部下が立ちあがった。

 

「可哀そうだが、横になっている女ふたりには毒を飲んでもらう。どうにも、道術遣いというのは面倒だからな」

 

 王小二は言った。



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647 一階で情事、二階から盗賊

「い、いくね……」

 

 孫空女が緊張した様子で椅子に座っている趙俊(ちょうしゅん)の脚を跨いだ。

 椅子には手すりはなく、孫空女の脚は趙俊の腰の左右に伸びている。

 趙俊の怒張はすっかりと勃起して天井を向いていたが、その怒張に向かって腰を沈めるように、孫空女の裸身がおりてくる。

 

「んんっ」

 

 趙俊の怒張の先端が孫空女の女陰に触れたのがわかった。

 すると、孫空女が全身を真っ赤にして身体をよじった。

 

「一気に沈めるんだ」

 

 趙俊が言うと、孫空女はぐっと歯を噛みしめるようにして、さらに身体をさげて趙俊の勃起した肉棒を一気に股間で咥え込んだ。

 いずれにしても、素晴らしい身体と美貌を備えたふたりの美女の扱いには、だんだんと慣れてきた。

 とにかく、強気で命令口調にすると、案外に素直に従ってくれる。

 しかも、性格はかなり可愛らしい。

 たったひと晩とはいえ、こんなふたりに奉仕してもらえるとは、趙瞬はこの国の王の作った悪法に感謝したくなった。

 

「はううっ」

 

 孫空女の股間の中心が完全に趙俊の怒張が貫くと、孫空女はそれだけで感極まったかのような声をあげた。

 随分と感じやすい性質なのか、孫空女の全身はみるみるうちに桃色に染まるとともに、表情が追い詰められたようなものになる。

 

「はあ、はあ、はあ……。ちょ、ちょっと、待ってね……。い、息を整えるから……」

 

 孫空女が趙俊の上半身に体重を預けるようにしてから、荒い息をしながら言った。

 それにしても、趙俊はまるで夢でもみているような気持だった。

 孫空女にしても、沙那にしても大変な美人だ。

 それが趙俊のような場末の宿屋の主人の珍棒を舐め、いまは怒張を股間に咥えて快感に身体を震わせている。

 趙俊は感動に包まれていた。

 

「……も、もう、だ、大丈夫……。う、動くね……」

 

 孫空女が自分自身に言い聞かせるような物言いでつぶやいた。

 そして、ぶるりと腰が動いて、孫空女が一度大きく息をした。

 

「う、うわっ」

 

 次の瞬間、趙俊はびっくりして声をあげた。

 趙俊を含んでいる孫空女の股間が突然にうねりだしたのだ。

 腰全体が上下に動くのではなく、膣の筋肉だけが律動している。

 それが下から上に揉みあげるように趙俊の肉棒を締めつけてくる。

 

「な、なんだこれは──?」

 

 趙俊は声を発していた。

 こんな性技なんて、玄人の商売女でもしてもらったことはない。

 

「な、なに? 痛い?」

 

 孫空女がびっくりしたような声を出して、股間の動きを停止した。

 

「い、いや、気持ちいい……。驚いただけだ」

 

「なら、よかった……。じゃあ、いいよね」

 

 孫空女が白い歯を見せた。

 そして、再び膣の運動が始まる。

 孫空女の膣の肉に揉まれる趙俊の怒張が一層熱くなり、大きさを増したのがわかった。

 それとともに、全身を包む快美感が激しくなる。

 すでに一回抜いていなければ、とっくの昔に破裂して精を発していただろう。

 だが、それでも趙俊は自分がもうすぐ精を出すということを悟った。

 それが、孫空女の女陰による揉みあげにゆる峻烈な快感がもたらしているというのは確かなのだが、それよりも、趙俊の肉棒を股間で咥えてよがっている孫空女の反応によるものも大きい。

 

 膣で肉棒を揉みあげるという行為は、趙俊に強い快感を与えもするのだが、孫空女自身も感じてしまうのか、孫空女は熱っぽい息を洩らして、全身を真っ赤に火照らせてもいる。

 そうやって趙俊の肉棒を咥えてよがる孫空女を肌を接して眺めていると、趙俊の興奮は否応なしに昂ってくる。

 

 孫空女の息がさらに荒くなってきた。

 趙俊の顔の前で上下に揺れる乳房から突き出る乳首が挑発的に趙俊を誘っている気がした。

 趙俊は後手で縛られている手の代わりに、顔を伸ばしてその乳首を口に含んで吸った。

 

「ふんんんっ──」

 

 孫空女が背中をのけぞらせて声をあげた。

 さらに舌を動かすと、ぶるぶると身体を震わせて、つらそうに眉間に皺を寄せる。

 こんな美人が趙俊のなんでもないような愛撫に反応して、全身で悦びを身体に訴えている……。

 それは衝撃だった。

 

「ううっ」

 

 趙俊は低く呻いた。

 孫空女がいよいよ悶絶するようによがったのだが、それに呼応するように膣の締めつけが一気に強くなったのだ。

 

 快感が一気にやってきた。

 趙俊は、怒張を濡れまみれた孫空女の粘膜に締めつけられ、まるで搾り取られるように孫空女の中に精を発してしまった。

 結局、ついに一度も律動を必要とせずに、灼熱の肉棒から孫空女の膣に精を注ぎ込んだのだ。

 

「はあ、はあっ、はあ……、き、気持ちよかった……?」

 

 孫空女が汗ばんだ顔を趙俊に向けた。

 

「ああ、気持ちよかったぜ……」

 

 趙俊は言った。

 

「よ、よかったあ……」

 

 孫空女がにっこりと笑った。

 そして、腰をあげる。

 孫空女が趙俊の一物から女陰を抜くと、その孫空女の股から精の塊がつっと流れた。

 

「そ、掃除しますね……」

 

 そばで見守っていた素っ裸の裸身がすぐに寄ってくる。

 そして、たったいま、孫空女の股間が抜け出た趙俊の股間を舌で舐めとりだした。

 つくづく、驚かされる女たちだ。

 趙俊は感心していた。

 

 本当に徹底して、奉仕的な性行為を躾けられているという感じだ。

 立ちあがった孫空女の股間もべっとりと濡れていた。

 孫空女はそばの卓の載せていた自分の服から布片を取り出して股間に挟むようにした。

 

「あんたのも舐めてあげようか、孫女?」

 

 沙那が悪戯っぽく笑った。

 

「やめてよ、沙那」

 

 孫空女が苦笑した。

 しかし、次の瞬間、その孫空女の顔から笑顔が消えた。

 

「どうしたの?」

 

 沙那も真顔になり、孫空女を見つめている。

 趙俊も、孫空女の表情から色惚けのようなものは消滅して険しい顔になったのがわかった。

 

「二階に誰かいるよ──。いま、話し声がしたと思う」

 

 孫空女がきっぱりと言った。

 

「ご主人様と朱姫じゃないの?」

 

「違う──。男の声だった──。い、いまもだ──。ご主人様のいる部屋だ──」

 

 孫空女が叫んだ。

 趙俊にはなにも聞こえなかったが、孫空女の表情は真剣なものだ。

 そして、意を決したように、脱兎のごとく駆けだした。

 素っ裸で……。

 

「待って──」

 

 沙那も卓にあった剣を鞘ごと掴むと、孫空女の後を追って走り出す。

 白い裸身を揺らしながら階段を駆けていくふたりのお尻を眺めながら、ひとり残された趙俊は呆気にとられた。

 

 

 *

 

 

 孫空女は素っ裸のまま駆けた。

 確かに、かすかに男の声を聴いたのだ。

 しかも、宝玄仙と朱姫が横になって休んでいる部屋だと思う。

 そこで、宝玄仙と朱姫の呻き声のようなものもしたと思った。

 あのふたりは、城門で飲まされた液薬の影響で完全に昏睡していて、侵入者に襲われてもまったく抵抗はできない──。

 

 いつもなら、宝玄仙は部屋を結界で包んでからでしか休まないが、今夜の宝玄仙は霊気を一時的に静止させた状態にある。

 部屋に誰かが忍び込んだとしたら……。

 聴力のいい孫空女だからこそ聴こえた声だが、宝玄仙と朱姫が寝ている部屋に誰かが入っている──。

 

 間違いない──。

 すでに孫空女は確信している。

 階段を駆けあがった。

 すると、いきなり、宝玄仙たちが寝ている部屋の手前の部屋の扉が開いた。

 現れたのは、手に刃物を持った男たちだ。

 

「おっ、下にいた女たちだな──。おおっ、素っ裸か──?」

 

 男のひとりが相好を崩した。

 

「どけえっ」

 

 孫空女は眼の前のそいつに向かって跳躍して、膝蹴りを食らわせた。

 鼻血を噴き出させながらそいつが倒れて、道が開く。

 

「沙那、任せたよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 沙那が後ろから追いかけて階段を駆けてきているのはわかっている。

 

「任せられたわ──」

 

 沙那が鞘から剣を抜くことなく振り回す気配がした。

 刃物と刃物がぶつかる音と沙那と男たちの呻き声も聞こえる。

 

 いずれにしても、これで二階に侵入者がいたことはわかった。

 服装からして盗賊のようだ。

 孫空女たちは一階にいたのだから、宿屋が面する通りから直接に二階に入り込んだのかもしれない。

 

「ご主人様──」

 

 孫空女は宝玄仙たちが横になっている扉を開けようとした。

 鍵が内側から閉まっている。

 

 部屋には鍵は閉まっていなかったはずだ──。

 孫空女は耳から『如意棒』を出した。

 

「伸びろ──」

 

 『如意棒』を伸ばす。

 扉をぶち破った。

 

 部屋の中にはふたりの男がいた。

 ひとりは窓際に立っていて、その左右には宝玄仙と朱姫が横になっている寝台がある。

 もうひとりは、宝玄仙の寝ている寝台にあがり込んで座っている。

 

「動くな、女──」

 

 窓際に立っていた男が叫んだ。

 なにかを手に持ってかざしている。

 そして、もうひとりの宝玄仙の寝ている寝台に座っている男が、刃物を宝玄仙の首にあてているのがわかった。

 刃物を宝玄仙に向けている男は、こちらに背中を見せていて、宝玄仙の顔を隠しているが、その刃先ははっきりと宝玄仙にあてられている。

 

「ご、ご主人様──」

 

 孫空女は叫んだ。

 なにが起きているのかうまく判断できない。

 一体全体、こいつらは何者であって、なんで宝玄仙に刃物を向けているのか……?

 

 一方、朱姫は男たちを挟んだ向かい側の寝台に寝ているが様子がおかしい。

 恐ろしく息が荒いし、顔色が真っ白のように見えるし、ぶるぶると震えている。

 孫空女たちがこの部屋を離れるときは、もっと静かな呼吸をしていた。

 いまの朱姫は、同じように昏睡しているものの、息がとても苦しそうだ。

 

「ちょっとでも動いてみろ。この解毒剤を床にばらまくぞ……」

 

 立っている男が言った。

 解毒剤……?

 どういう意味だろう……?

 

「動くと、仲間の命がなくなるということだ。刃物を突き刺しても仲間は死ぬし、俺がこの手を離して、小瓶の液体が床にこぼれても死ぬということだ」

 

 窓際の男がまた言った。

 とにかく、動けない──。

 

 態勢から考えて、どんなに孫空女が速く動いても、連中が宝玄仙の喉を切り裂く方が早いだろう。

 

「わ、わかった、動かないよ──。とにかく、刃物をご主人様から外してよ」

 

 孫空女は言った。

 すると、素っ裸の沙那が、鞘に入った剣を掴んだまま、部屋に飛び込んできた。

 

「孫女、どうしたの──? わっ、あんたら何者──?」

 

 どうやら、さっき別の部屋から飛び出してきた男たちは制圧してしまったようだ。

 

「少しでも動くと、この女を殺す……。お前らの連れなんだろう?」

 

 立っている側の男が言った。

 

「ど、どういうこと? あんたはなに?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「それは俺の台詞だな……。一階で宿屋の主人と乳繰り合っているから、娼婦もどきの痴女かと思えば、なんという女たちだ──。物音でわかったが、俺の部下たちがひとたまりもなくやられちまったようだな。どうやら、ただ者でもなさそうだ……。何者だ、お前らは?」

 

「ただの旅の女よ──。あんたらは盗賊?」

 

 沙那が言った。

 

「まあ、そういうことだ。俺の名は王小二(おうしょうじ)。この辺りでは、ちっとは名の売れた盗賊団の頭領だ──。今夜もひと仕事をしようと思って国都に忍び込んだんだが、ちょっとした予定外のことがあってな……。いまは、衛兵に追われている。それで、逃げ回っているうちに、たまたま、この宿屋に入り込んだというわけだ……。悪いが、朝までここですごさせてもらう」

 

「だ、だったら、そうしなさいよ。わたしたちに関係ないじゃないのよ──」

 

 沙那が言った。

 

「そうだな。関係はない。ただ、お前らは運が悪かった。それだけのことだ。お前らはたまたま、俺らが隠れた宿屋に、運悪く泊まっていた客ということだけのことだ……。関係はなかったが、いまは関係している。とにかく、俺たちのことを衛兵に知らされたら困るんだ。悪いが監禁させてもらうぜ」

 

 王小二が言った。

 

「か、監禁って……。知らせないわよ。わたしたちだって、衛兵に来られたら困るのよ。とにかく、勝手になさい。だけど、ご主人様から刃物をどけなさいよ」

 

「お前の名は?」

 

 王小二が言った。

 

「沙那よ……。こっちは孫空女」

 

 沙那が言った。

 

「沙那と孫空女か……。なかなかに、いい身体をしているな。おいしそうだ……」

 

 王小二の顔に卑猥なものが浮かんだ。

 そして、沙那と孫空女の身体をじろじろと値踏みするように見る。

 そのいやらしい視線に、孫空女は改めて自分たちが素っ裸という恥ずかしい姿であることを自覚してしまう。

 なんとなく、気恥ずかしくなり、両手で裸身を隠すようにした。沙那も同じような動きをした。

 

 そのときだ──。

 孫空女と沙那が身体を隠すように動いた一瞬の隙をつくように、宝玄仙に刃物を向けていた男の手がかすかに動いた。

 

 

「あっ── いま、なにかやったよ、沙那──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

 刃物を持っていた男が宝玄仙の口の中になにかを入れたのだ。

 背中で宝玄仙への視界を隠していたので判然としないが、昏睡している宝玄仙の口に中に液体のようなものを小瓶で注いだと思う。

 間違いない──。

 

「動くなと言っただろう──。それにもう遅い──。たったいま、毒を飲ませた。致死量だ。もうひとりの娘にも飲ませ終わっているんだ。どっちにしても、遅いぜ──」

 

 王小二が勝ち誇ったように笑った。

 こちらに背中を見せていた男が、刃物を持っていない側の手で空になった小さな小瓶をこっちにかざして、にやりと笑った横顔を向けた。

 

「うぐううっ──」

 

 そのとき、眠っていた宝玄仙が苦しそうな声を出した。

 

「ご主人様──?」

 

 孫空女は声をあげた。

 王小二の部下が寝台から降りた。

 

 苦しそうにもがく宝玄仙の姿が露わになった。

 孫空女の目の前でみるみるうちに顔色が悪くなる。

 そして、痙攣したように身体も震えだす。

 

 しまった……。

 孫空女は歯噛みした。

 毒というのは本当だろう……。

 目の前で、宝玄仙に毒を飲ませるのを許してしまった。

 なんという失態……。

 

 こうなったら……。

 孫空女は強引に王小二を捕えようと思った。

 しかし、その心を読んだかのように、王小二がさっきから持っている蓋を開いた小瓶を孫空女たちに向けて、こっちの動きを制するような動きをした。

 

「……大丈夫だ。安心しろ。致死量の毒には違いないが、俺が持っている解毒剤を飲めば、あっという間に回復する。ただし、明日の昼までこのまま放っておけば、毒が回り切り死んでしまうだろう──」

 

「なんだって──」

 

「だから、俺たちのことを誰にも知らせずに大人しくしていれば、俺たちが出ていくときに解毒剤をやる。だが、おかしな態度をすれば、解毒剤を捨てる──。そういうことだ……」

 

 王小二が笑った。

 その王小二は、まだ、手にふたの空いた小瓶を持ってかざしたままだ。

 それが解毒剤に違いない。

 一気に捕まえるで脅すという手もあるが、そうすれば解毒剤がこぼれるかもしれない。

 

「わかったわ……。従う……。だ、だけど、本当でしょうねえ──。本当にそれが解毒剤であり、そして、確かに、朝になったら、それを渡すと言うのね?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「俺を信用してもらうしかないが、まあ約束はするぜ──。俺としても、偶然に逃げ込んだ宿屋にいただけの旅の女たちを殺して、別に得するわけじゃねえしな……」

 

「い、いいわ……。大人しくするわ」

 

「なら、お前たちふたりの武器をこっちに投げろ」

 

 王小二が言った。

 沙那は鞘に入れたままの剣を床に置いて、王小二に向かって滑らせた。

 孫空女も一度『如意棒』を小さくしてから、同じように投げる。

 

「ほう……。こっちは霊気のこもった黄金の棒か……。これは貴重なものだな。ついでにもらっておくぜ。文句はねえな──」

 

 王小二がにやりと笑いながら、『如意棒』を拾いあげた。

 

「勝手にしな」

 

 孫空女としては、そう言うしかなかった。

 王小二が孫空女の『如意棒』を懐にしまった。

 沙那の武器は王小二の部下が回収する。

 

「と、頭領……」

 

「く、くそう……。こいつら……なんて女たちだ……」

 

「痛てて……」

 

 そのとき、後ろからさっき沙那が倒した王小二の部下たちがやってきた。

 孫空女は、ちらりと背後を見た。全部で五人か……?

 

 手や頭を押さえていて、ところどころを負傷しているようだが、とりあえず沙那は殺しはしなかたようだ。

 孫空女が鼻を膝蹴りした男も鼻血の出ている顔を手で押さえながら、ほかの男たちとともに怒った様子でやってきた。

 

「おい、お前らこの女たちの腕を後ろ手に縛ってしまえ──。それと、この店の主人がもうひとりいるはずだろう──。そいつも捕まえて来い。縄で縛って、この毒を飲ませた女たちと一緒に、この部屋に放り込んでおくんだ──」

 

 廊下にいた男たちの何人かが、一階に駆けおりていく気配があった。

 

「な、なによ──。縛る必要はないでしょう──。わたしたちは大人しくしているわよ──」

 

 沙那が怒鳴った。

 だが、王小二の部下たちは、孫空女と沙那の身体に群がってきた。強引に手を背中に回せられて、腕を水平に重ねるように曲げられる。

 その腕に縄がかかっていく。

 

 抵抗することはできない……。

 宝玄仙と朱姫に、毒薬を飲まされてしまったのだ。

 解毒剤をもらうまでは、言いなりになるしかない……。

 沙那もそうするしかないと認めているようだ。

 孫空女も大人しくすることに決めた。

 王小二は、沙那と孫空女が縛られたのを確認すると、ふたと開けていた解毒剤の入った小瓶にふたをして懐にしまった。

 

「いや、お前たちには、朝まで退屈凌ぎの相手をしてもらってな……。さっき、この店の主人を相手にいいことをしてたじゃねえか──。だったら、俺たちの相手もしな──。逆らえば、解毒剤を渡さねえぞ」

 

 王小二がげらげらと笑う。

 

「なんですって──」

 

 沙那が怒ったような声をあげる。

 そのとき、店の主人が盗賊ふたりに連れてこられてやってきた気配が廊下からした。

 猿轡でもされているのか、くぐもった店の主人の悲鳴をあげている。

 店の主人を連れてきた盗賊たちが、店の主人を孫空女と沙那が立っている横から部屋に放り込んだ。

 

「あっ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 店の主人は後ろ手に縛られて、やはり、口に布で猿轡をされていたが、孫空女が声を出してしまったのは、店の主人が下半身にはにもはいておらず、上半身は前のはだけた上衣を羽織っていただけで股間が剥き出しだったからだ。

 手首に孫空女が巻いた布がそのままになっている。

 二階から不自然な物音が聞こえたとき、行為の真っ最中だったので、店の主人の両手は孫空女が縛った布がそのままだった。

 軽く縛ったつもりだったが、店の主人は、ひとりでは後手の布を解けなかったようだ。

 それで、そのままの姿で一階で待っているうちに、おりてきた王小二の部下に捕えられてしまったのだろう。

 店の主人の顔は真っ青でぶるぶると恐怖で震えている。

 王小二は店の主人を床にしゃがませて、寝台の脚にしっかりと固定させた。

 

「さて、お前らは一階だ……。だが、その前に縄にひと細工してやる」

 

 王小二が後手縛りにされて男たちに取り囲まれている沙那と孫空女のそばまでやってきた。

 そして、部下から縄を受け取ると、まずは孫空女に背を向けさせた。

 王小二が、孫空女の腰の括れの部分に縄をふた巻きする。

 

「な、なんだよ……?」

 

 孫空女は、にやつきながら縄を操る王小二に振り返った。

 

「あっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 王小二が持っている縄尻に大きな縄こぶが三つ作られていることに気がついたのだ。

 それを孫空女の尻に亀裂に沿って垂らした。

 

「女の抵抗を封じるには、これが一番よ──」

 

 王小二は孫空女を反転させて、自分に正面を向けさせると、股間を通した縄をぐいと食い込ませた。

 

「ひうっ──。ちょ、ちょっと、こんなの……」

 

 孫空女は歯を食い縛って呻いた。

 縄がこれでもかというように股間に食い込むとともに、さっきの縄こぶが孫空女の局部の敏感な場所を強く抉ったのだ。

 

「孫女──」

 

 沙那が心配そうな声をあげた。

 

「お前にもすぐにしてやるよ」

 

 王小二が嘲笑いながら、通した縄を腰縄に一度通して、折り返してさらに引き絞り、もう一度お尻側に縄を向かわせて、もう一度ぐっと深く股間に食い込ませた。

 

「ひいっ、いやだっ──」

 

 縄こぶが完全に前後の穴に深く食い込んんだ。

 孫空女は強い疼きに、思わず腰を揺すってがくりと膝を折った。



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648 宿屋で凌辱、外に衛兵

「それっ、沙那という字はどう書くの──? まずは、こうきて、こう書くの──。そらっ、お次の字──。こうして、こうきて、こう書くの──」

 

 王小二をはじめとして、賊徒たち七人が歌をうたいながら、手拍子をしてはやしたてる。

 沙那は、はらわたが煮え返るような思いを我慢しながら、階段の下の部分を椅子代わりにして座っている賊徒たちにお尻を向けて、尻振り踊りを続けていた。

 横の孫空女も、激しい喘ぎ声を出しがら、男たちの歌に調子を合わせて乳房と腰を揺さぶっている。

 

 この宿屋に二階から侵入してきた王小二(おうしょうじ)という頭領が率いる賊徒たちに、素裸に縄を掛けられた沙那と孫空女は、さっきから王小二の命じるまま、股縄をされた身体でこうやって踊り続けているのだ。

 

 こんな賊徒たちなど、七人どころか、この三倍いても敵ではないのだが、うっかりと宝玄仙と朱姫を人質にとられてしまい、逆らうことができない。

 宝玄仙と朱姫は、この城郭に入るときに役人から飲まされた「魔女殺し」という薬液に反応して昏睡状態にあるが、そのふたりにこの王小二という盗賊の頭領は、卑劣にも毒薬を飲ませたのだ。

 毒薬は即効性のものではないので、明日までに解毒剤を飲めば命に別状はないが、その解毒剤は王小二の懐の中にあり、それを渡すのは王小二たちが、朝になってこの宿屋を出ていくときだといわれている。

 つまり、毒薬は、沙那と孫空女がこの宿屋に王小二たちが隠れているあいだに逆らわないようにするための脅迫の手段ということだ。

 

 そして、この王小二は、逆らえない孫空女と沙那を縄で後手に縛ってたうえに、朝になるのを待つあいだ自分たちの性の相手をしろと命じてきた。

 いまは、そのための準備を自らさせられているところだ。

 すなわち、孫空女と沙那の股間には股縄が施されており、その状態で男たちの歌に会わせて腰を激しく動かすのだ。

 

 そうすると、ふたりとも否応なしに感じてしまい、やがて、前戯なしに盗賊たちの性器を受け入れることができるようなるということだ。

 これほど女を馬鹿にしたような仕打ちはないと思うが、宝玄仙と朱姫の命を人質にされているので、従うしかない。

 

「はあ、ああ、はああ……」

 

 強要されている尻文字踊りをして腰を振るたびに、肉芽と女陰と肛門に食い込んでいる縄瘤がぐいぐいと沙那の股間を刺激するのだ。

 孫空女が横で喘ぎ声をあげている。

 沙那もすでに息も絶え絶えの状態だ。

 

 全身はすっかり上気して、もう汗びっしょりになっている。

 のぞきこまなくても、縄を掛けられた股間からぐっしょりと愛液が滴り漏れているのがわかる。

 

「ほら、もっと腰を振らんか、赤毛──」

 

「お前らもうたうんだよ──。こうして、こうして、こう書くのだ──」

 

「栗毛の方はすっかりとできあがったんじゃねえか。股間を見ろよ。縄じゃあ蜜が止められなくて、内腿がびっしょりだぜ」

 

「もうすぐ皆で抱いてやるからな──。しっかりと腰を振るんだぜ」

 

 七人の盗賊たちが好き勝手なことを言いながら、哄笑し続ける。

 沙那は屈んだ拍子にまた、敏感な股間を縄で擦ってしまい、うっと言ってうなじを浮きたたせて身体を震わせた。

 

「栗毛の方は、また軽くいったんじゃねえか? また、腰をぶるぶると震わせたぜ──」

 

 すかさず盗賊のひとりが野次を挟んだ。

 あまりの恥辱に火の玉のような口惜しさが込みあがる。

 

「よし、栗毛はそのまま続けろ──。赤毛は尻文字踊りはいい。ただ、歌に合わせて股間を上下に動かしながら腰を触れ。がに股になって尻だけを床すれすれに動かして腰を左右に振り、また、上にあげては腰振りだ──。お前ら、逆らうと、解毒剤は渡さんぞ。仲間の命を救うためだ。しっかりと恥をかき続けろ」

 

 王小二が笑った。

 文字を知らない孫空女は、尻文字踊りがうまくできずに、動きがぎこちないと王小二に叱られ続けていたのだ。

 

「わ、わかったよ──。こ、こうかい……? ぐうっ──、こ、これは──?」

 

 命令された動きをした孫空女が股間をぐっと低くしたときに、急に切羽詰った声をあげて全身を震わせた。

 おそらく、縄で股間を強く抉ったのだろう。

 

「そ、孫女……だ、大丈夫?」

 

 沙那は腰を振りながら声をかけた。

 

「歌をうたえと言っているだろう、お前ら──」

 

 すると王小二から怒鳴られた。

 仕方なく、ふたりで卑猥な尻文字を大声でうたうのだが、どうしても、途中で喘ぎ声や悶え声が混じってしまい、それが沙那たちの屈辱をさらにあおるのだった。

 

 そして、さらに男たちは歌の調子の速度をあげた。

 沙那と孫空女は、自らの身体を燃えあがらせるために、股縄をされた腰を振り続け、卑猥な歌を大声でうたい、そして、よがり狂った。

 王小二がやっと沙那と孫空女を尻振り踊りから解放したのは、それから、さらに半刻(約三十分間)がすぎてからだった。

 

 沙那と孫空女は、床の上にへたり込んでしまった。

 すると、王小二の命令で、盗賊たちがわっと沙那と孫空女に群がった。

 

 ぎょっとした。

 男たちは、新しい縄を持っている。

 沙那たちは男たちに仰向けにされると、左右のそれぞれの脚を曲げた状態で腿とふくらはぎをくくられた。

 しかも、股が閉じられないように腿に縄を掛けられて背中側にぐっと絞られる。

 

 沙那も孫空女も、蛙がひっくり返ったような格好で、仰向けにがに股に脚を開いた状態で動けなくなってしまった。

 その状態になって、やっと股縄を外してもらえた。

 

「じゃあ、栗毛については俺が最初にもらうぜ。赤毛はお前らの誰かが先でいいぞ。せっかくの夜だ。みんなで穴兄弟になろうぜ」

 

 王小二が言って沙那のところに寄ってきた。

 孫空女は、歓声をあげたほかの男たちに、少し離されて裸身に群がられている。

 

「すっかりとできあがっているようだな、沙那──。尻踊りで何回達したんだ?」

 

 下半身を剥き出しにして、沙那に覆いかぶさってきた王小二がせせら笑いながら言った。

 

「か、関係ないでしょう──。さ、さっさとやれば──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「そういう気の強い女は、俺好みだぜ」

 

 王小二がそそり立った怒張を沙那の股間に突きたてた。

 

「あ、あああっ、はああ──」

 

 宝玄仙たちを人質にとられて、玩具のように弄ばれるなどたまらない汚辱なのだが、すっかりと縄でどろどろになった股間に勃起した肉棒を挿されると、どうしても、沙那の身体は甘い快美感に包まれてしまう。

 快感が一気にせりあがった。

 淫情がものすごい速度で沙那の全身を駆け巡っていく。

 

「あはああっ」

 

 沙那は背中をのけぞらせて悲鳴のような嬌声をあげた。

 

「口惜しそうな表情をしているくせに、そんなに気持ちいいのかい──? まあ、俺も人形のような女を抱いても愉しくないが、そうやってよがり狂ってくれると抱きがいがあるぜ」

 

「ふ、ふざけないで──す、好きでよがっているわけじゃ……、あっ、そこだめえっ──」

 

 沙那は脂汗にまみれている全身を大きくのたうたせた。

 王小二がさらに深く怒張を沙那の中に突きたてながら、沙那の乳房に舌を這わせだしたのだ。

 王小二の肉棒の先端が沙那の膣の最奥に達した。

 ずんという衝撃とともに、子宮の入り口部分を擦られた沙那は、一瞬にして気を失うような快感に突きあげられた。

 気がつくと縄で拘束された裸身を限界までのけぞらせて達していた。

 

「あふうううう──」

 

 沙那は呻きのような嬌声をあげて果てた。

 しかし、王小二は嘲笑いのような声をあげてから、それから本格的な律動を開始した。

 

 王小二がやっと沙那の中に精を放って沙那を解放したのは、沙那が王小二の肉棒で女陰を擦られることで、さらに三度気をやってからだった。

 ふと見ると、孫空女はふたりの男に上下に挟まれるような格好で前後の穴を同時に犯されている。

 孫空女も半狂乱だ。

 王小二が離れると、すぐに沙那の身体に別の男が覆いかぶさってきた。

 

 

 *

 

 

「全員、やめろ──」

 

 不意に、血相を変えた王小二の声が部屋に響き渡った。

 どうしたのかわからないが、ただならぬことが起こったようだ。

 孫空女もぼんやりとした顔を王小二に向けた。

 王小二は、外から隠れるように窓の外をのぞきこんでいる。

 その形相には恐怖の色がある。

 孫空女を抱いていた男たちが名残惜しそうな表情をして離れていった。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 とにかく息を整えようと思った。

 孫空女は懸命に息を吸い続けた。

 離れた場所で犯されていた沙那も同じようにしている。後手縛りで脚を蛙のように縄で拘束されて開かされている沙那の胸も上下に揺れている。

 

 孫空女と沙那は、随分と長いあいだ、男たちの輪姦を受けていたが、三人目になるくらいから、ひとりの男に犯されながら、ほかの複数の男たちに筆や刷毛で乳首や肉芽をくすぐられるということをやられていた。

 孫空女と沙那が、あまりにも感じやすくて簡単によがるので、それを面白がった誰かがやりだし、すぐに全員が真似をしたのだ。

 さすがにそれはたまらなかった。

 孫空女も沙那も、よがり狂った。

 

 それはともかく、ただならぬ事態が起きているのか、真剣な表情の王小二がなにかを六人の部下たちに指示している。

 やはり、異変が起きたのは間違いないようだ。

 部下たちが二階と一階のあちこちに散っていった。

 まだ、朝には数刻あるはずだ。

 しかし、王小二たちは忙しそうにばたばたと動きまわっている。

 

 最初は一体全体どうしたのかわからなかったが、男が孫空女から離れて、だんだんと火照りきった全身が落ち着いてくると、孫空女にも王小二が感じた気配を感じることができた。

 宿屋の外に誰かいる。

 しかも、大勢だ……。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 呆けた要するの沙那が、男の精まみれになっている身体を揺すった。

 

「宿屋の外に誰かいる気配がするよ、沙那……。しかも、大勢だ……」

 

 孫空女は沙那に小声で伝えた。

 汗まみれの沙那の顔が真剣なものになった。

 王小二のもとに、部下たちが戻ってきた。

 

「頭領、宿屋がすっかりと包囲されています。衛兵です──おそらく、百人は……。もしかしたら、それ以上かも……」

 

 外の様子をうかがいに行くように指示されていた部下のひとりが血相変えて戻報告している。

 

「そうか。詳しく説明しろ……」

 

 王小二がつぶやくように言った。

 平然とした表情を装おうとしているようだが、王小二からははっきりとした動揺を感じることができた。

 指先がぶるぶると震えているし、部下の詳細な報告を聞き入るあいだ、ひっきりなしに唇を舐め続けている。

 

「つまり、いつの間にか包囲をされて、もうどうにもならないということだな。逃げ場もないということか……。だ、だが、なんでここがわかったんのだ……?」

 

 部下の報告を聞き終わった王小二がうなるように言った。

 

「……二階にいた宿屋の亭主がいません。逃げられたようです──」

 

 今度は、二階にあがっていった部下が戻ってきた。

 手に縄を持っている。どうやら、宿屋の主人を縛っていた縄のようだ。

 この王小二たちは、最初こそ交代で二階に閉じ込めている三人に見張りをつけていたのだが、孫空女と沙那に股縄させて踊りを強要させて遊び始めると、すぐにその見張りまでおりてきて、孫空女たちを凌辱する輪に加わったのだ。

 

 どうやら、その隙に宿屋の主人が縄抜けに成功し、宿屋に盗賊が侵入したということを軍営に知らせてしまったようだ。

 そして、盗賊たちが孫空女と沙那の身体を犯し続けているうちに、いつの間にか、すっかりと宿屋が包囲されていることがわかったようだ。

 

 まだ、衛兵たちが襲ってこないところをみると、まだ、包囲態勢は整いきってはいないのかもしれない。

 ただ、王小二たちの様子から考えると、すでに逃げ場はないようだ。

 宿屋に衛兵が雪崩れ込んでくるのは時間の問題だろう。

 

「ご、ご主人様と朱姫は……?」

 

 沙那がまだけだるそうな声で言った。

 孫空女も沙那も、まだ腕と脚に縄掛けをされたままだ。

 みじめな格好で床に転がったまま、王小二たちの話を聞いていたのだ。

 

 だが、王小二はそれには応じずに、宿屋から外を探りにいかせた部下たちの報告に次々に聞き入っていた。

 孫空女は床に転がされたまま黙ってそれに耳を傾けていたが、やはり、盗賊たちにとって状況は絶望的のようだ。

 ここにいるのはたった七人であり、すでにすっかりと軍に囲まれているということだ。

 全員が戻ってきた。

 王小二のもとに詰め寄るように集まった。

 

「と、頭領、ど、どうします──?」

 

「こ、こんなの逃げられませんよ」

 

「頭領──」

 

「と、頭領」

 

 部下たちが王小二に向かって次々に狼狽えた声を出し始めた。

 

「うるせい──。落ち着け──。確かにここは軍に包囲されてしまったようだが、とにかく、軍の連中は俺たちが気がついたことには気がついてねえんだ──。ぶつぶと言ってねえで、誰か逃げる方法を考えろ──」

 

 王小二が喚くように言った。

 しんと盗賊たちが静まり返った。

 

「だ、だけど、これだけの軍に囲まれちゃあ……」

 

 ひとりの部下が泣きそうな声で言った。 

 そして、また、ざわざわとお互いに喋りだした。

 

「……なに男が七人も揃って、泣きべそかいているのよ──。たった百人の軍なら蹴散らせばいいじゃないのよ──。それよりも、わたしの質問に答えなさい。ご主人様は無事なの──? さっきも訊ねたんだけど──?」

 

 床に転がされたままの沙那が、不貞腐れたように言った。

 

「ああっ? い、いま、なかにか言ったか?」

 

 王小二が、初めて沙那の存在に気がついたような様子で、苛ついた声をあげた。

 

「たった百人の軍に囲まれたくらいで男が揃いに揃って情けないって言ったのよ──。それと、ご主人様は無事なの?」

 

 沙那も怒鳴り返した。

 

「な、なにっ──? 生意気なことを言ってやがるんだ、女──? まあいい……。朝まで犯してやるつもりだったが取りやめだ。それどころじゃなくなったからな。そうやって、衛兵が来るまで転がっていろ。その精液まみれの素っ裸の身体を晒していれば、衛兵も驚くだろうさ」

 

 王小二が小馬鹿にした物言いをした。

 

「な、なんだよ──。そんなの約束が違うじゃないか──? 朝になったら、ご主人様たちに飲ませた解毒剤をくれるって言ったじゃないか」

 

 孫空女はその言葉に驚いて叫んだ。

 

「状況が変わったんだよ──。すぐにここを離脱しないとならなくなったんだ──」

 

 王小二が吐き捨てた。

 

「あんたらだけで逃げ出せるわけないでしょう。揃いも揃って、わたしと孫空女にひとたまりもなくやられたのよ──。包囲された軍なんて突破できるわけがないわ。あっという間に捕まって終わりよ──。そして、処刑されるんでしょうね。いい気味だわ──」

 

 沙那がまた挑発的な物言いをした。

 

「ああっ? さっきから、そんな情けない恰好で言ってくれるじゃねえか。こうなったら、お前らも道連れだ──。お前らも衛兵に捕えられて死ね。二階の連中の状況を見れば、あのふたりが『魔女殺し』の薬剤で昏睡していることは一目瞭然だ。この国都の掟じゃあ、道術使いの侵入は死刑だからな」

 

「なるほど、やっとわかったわ……。ご主人様たちは、まだ二階なのね」

 

 沙那がにやりと笑った。

 

「ちっ……。ああ、そうだよ。この店の主人は、ひとりで二階から逃げたんだ。おそらく衛兵に報せたのもそいつだ」

 

 王小二が不機嫌そうに言った。

 

「あんたが間抜けなせいでね──。見張りのひとりでもつけておけば、衛兵に知らせに行かれるのは防げたわよ。少なくとも、わたしたちは見張っていたわ……。わたしたちが宿屋の主人の相手をしていたのは、万が一にもご主人様たちのことを報せに行かれないように見張っている意味もあったのよ──。あんたが邪魔をしなければ、この店の主人は衛兵には知らせに行かなかったわ」

 

「ああ?」

 

「衛兵がここにやってきて困るのは、あんたらだけじゃないのよ。わたしたちもなの──。いいから、縄を解きなさいよ──。衛兵の包囲を突破したいんでしょう? それはわたしたちも一緒だと言っているのよ──。こうなったら、突破口を作ってあげるわ。そこから逃げなさい」

 

「いま、なんと言った?」

 

 王小二がやっと沙那の言葉に興味を抱くような顔になった。

 孫空女は、沙那が王小二たちを助けるようなことを発言したことが意外だったが、よく考えたら、いまはそれしか方法がない。

 

 王小二がここで捕えられては宝玄仙と朱姫に飲ませた毒の解毒剤をもらえないし、衛兵たちに宿屋に入り込まれて困るのは、確かに孫空女たちとしても同じなのだ。

 ここはとりあえず、全員で突破の道を探るしかないだろう。

 

「孫女、あんた、百人くらいの衛兵を突破することはできるわよね──?」

 

 不意に沙那が言った。

 

「そりゃあね──。全員と戦うのではなく、ただ突破するだけならね」

 

 孫空女は答えた。

 

「わかったかしら──? あんたらじゃ無理だけど、わたしらがいれば衛兵を突破できるわ。こうなったら、一蓮托生よ。助けてあげるわ。わたしらがいれば逃げられるのよ──。わかったら縄を解いて──。いずれにしても時間がないわ」

 

 沙那が声をあげた。

 

「……よし──。じゃあ、まずは脚の縄を解いてやれ──」

 

 王小二が言った。

 部下たちが孫空女と沙那の身体にやってきて、脚の縄を解いた。

 とにかく、やっとみっともない開脚姿から解放されて、孫空女は身体を起こして股を閉じた。

 沙那が孫空女の隣にすり寄ってきた。

 しかし、王小二はまだ腕の縄を外せとは指示しない。

 まだ迷っているようだ。

 

「……で、でも、ご主人様と朱姫はどうするのさ、沙那? 衛兵に囲まれているなら、連れてはいけないよ」

 

 孫空女は小声で言った。

 

「ふたりは置いていくしかないわ……。衛兵が宿屋を襲撃する前に全員で突破すれば、軍はこっちを追いかけてくるはずよ。どこかに隠していくしかないわね……。とにかく、朝になればご主人様たちの道術が戻るわ。それまでに捕えられずに、道術を封じる拘束具を装着されなければ、ご主人様だったら自力で魔女殺しの効果なんて打ち消すことができると思うわ。いずれにしても、解毒剤を手に入れないと……」

 

 沙那がささやいた。

 

「──早く腕もよ──。こうやって話し合う時間なんてないのよ──。じっとしてれば、衛兵はやってくるのよ──。全員で斬り込んで逃げるのよ」

 

 沙那は言った。

 

「だ、だが、腕を解けば、お前らは俺たちに仕返しをするだろう?」

 

 王小二が不安そうに言った。

 どうやら、王小二の懸念はそれらしい。

 

 どこまでも臆病な男だ……。

 孫空女も呆れてきた。

 

 臆病で、卑怯者で……しかも、間抜けで……。

 よくも、これで盗賊団の頭領などやっているものだ……。

 

「不安なら道術契約をしましょう……。解毒剤をすぐにくれれば、あんたらの逃亡が成功するまで協力すると誓うわ──。それでどう? わたしは道術使いではないから道術契約はできないけど、この孫空女ならそれが結べるわ──。察するとこと、あんただけは道術使いなんでしょう?」

 

 沙那は言った。

 すると、王小二がびっくりした表情になった。

 

「上のふたりだけでなく、その赤毛も道術使いなのか?」

 

 王小二が声をあげた。

 

「もう、しっかりしなさいよ──。孫女はあんたがとりあげた『如意棒』という霊具の武器を遣いこなしていたでしょう」

 

「なるほど……。そう言われてみれば、そうだな──。じゃあ、道術契約だ。俺たちの逃亡の手助けをしろ、赤毛。そして、この沙那が逆らわないように見張れ。それを条件に、俺たちが城壁を出るときに解毒剤を渡す──。これで道術契約だ」

 

 王小二が言った。

 

「だ、駄目よ──。ご主人様たちは、ここに置いていかなければならないのよ──。解毒剤は飲ませてから行くわ。道術契約を結べば十分でしょう──」

 

 沙那が叫んだ。

 

「交渉のできる立場だと思っているのか、沙那?」

 

「それはこっちの台詞よ──。解毒剤をすぐに渡しなさい──。逃げたくないの──?」

 

「ちっ」

 

 王小二が舌打ちした。

 そして、懐から解毒剤の入った小瓶を取り出して、孫空女と沙那の前に歩み寄った。

 

「そらよ──。俺たちの逃亡に協力すると誓え。その条件でこの解毒剤をすぐに渡す」

 

 王小二が小瓶を沙那の前に置いた。

 

「誓っていいわ、孫女」

 

「誓うよ──」

 

 孫空女は言った。

 身体に道術契約の縛りが刻まれるのがわかった。

 

「じゃあ、早く縄を……」

 

 沙那が焦った口調で言った。

 

「すぐに解く……。だが、その前にこれをふたりには飲んでもらおう」

 

 王小二が別の小瓶を取り出した。

 

「な、なによ?」

 

 沙那が叫んだ。

 

「別の毒薬だ。万が一にも逆らわないようにな。この毒薬は数刻してから効き目が表れる。この解毒剤と目の前の解毒剤は別のものだ──。逃亡の途中で逆らえば、お前たちに飲ませる解毒剤は渡さねえ……。おいっ──」

 

 王小二がにやりと笑って、顎で部下を呼んだ。

 部下たちが沙那と孫空女の身体を押さえる。

 

「口を開けろ──」

 

 孫空女の口に強引に毒薬の小瓶がねじ込まれて、苦い味の液体が喉の奥に注ぎ込まれていった。



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649 夜の大捕縛網

「夜明けまで、ひたすら駆けまわるわよ──。まずは孫女が先頭を進んで──。とにかく最初に包囲隊に混ざっている騎兵から馬を奪うわ。そして、奪った馬で包囲を蹴散らして逃げる。夜明けには、もう二刻(約二時間)もないはずよ。それまでは、馬で城郭中を走りまわるわよ。捕えられて死刑になりたくなければ、死ぬ気で馬を捕まえて駆けなさい、みんな──」

 

 沙那が王小二(おうしょうじ)をはじめとして七人の男に怒鳴るように言った。

 部下たちが無言でうなづいている。

 この部下たちは、王小二の部下であり、沙那などたったいままで股ぐらを開かせた格好で縄で拘束して全員で犯していただけの女だ。

 しかし、その女がいまはしっかりと服を着込み、全員に指図をしている。

 部下たちにしても、ここは沙那に従うしかないと考えているようだ。

 百人以上の衛兵に隠れていた宿屋をすっかりと包囲されてしまって、王小二もどうしていいかわからなかった。

 

 その王小二に代わって、逃亡の手段を提供したのが沙那という女だ。

 自分をいままで凌辱していた男たちを助けるための策を説明する沙那という女の感情はわからないが、余程に修羅場に慣れているのか、あるいは、心が相当に強いのか、沙那は随分前からこの部下たちの指揮官であったかのように、強い態度で逃亡の策を説明している。

 部下たちの顔も、この沙那を惨めに犯していたのだという驕った態度も、蔑むような表情も消え失せている。

 部下たちからすれば、自分たちの命が助かる頼みの綱が沙那なのだ。

 沙那の説明を真剣な表情で聞き入っている。

 

 部下たちは、完全に沙那に圧倒されているようだ。

 そして、王小二もまた、沙那という女に圧倒されている自分を感じていた。

 宿屋の一階だ。

 これから逃亡をする王小二たち七人と、沙那と孫空女の併せて九人が食堂になっている宿屋の一階に集まっていた。

 

 逃亡のためとはいえ、沙那と孫空女というふたりの女傑を自由にするのは怖かった。

 だから、道術契約だけでは不安なので、念のために遅効性の毒薬も飲ませた。

 もしも、おかしな動きをすれば、飲ませた毒の解毒剤を渡さないと言ったのだ。

 沙那も孫空女も、怒りの表情とともに、唾棄するような顔をしたが、言葉としての文句は言わなかった。

 

 縄を解いた後のふたりの行動は素早かった。

 沙那と孫空女はあっという間に服を着込み、まずは二階に言って、ふたりの仲間であり、いまは昏睡状態になっている女たちに、王小二が飲ませた毒の解毒剤を飲ませて、ふたりの身柄を寝台の下に隠した。

 手紙のようなものも添えたようだ。

 

 そして、一階に戻ってきて、沙那が全員に策を説明をし始めた。

 沙那が強調したのは、とにかく自分たちから離れるなという一点だ。

 捕えられて処刑されたくなければ、なにがなんでも沙那と孫空女が闘う場所にいろ。

 そう説明した。

 

 そうすれば助けるが、離れてしまった者をわざわざ助けにいくつもりはない。

 勝手に死ね。

 そう言った。

 

 部下たちは完全に気を飲まれている。

 王小二も、これがさっきまで全員で寄ってたかって犯して、それでよがり狂っていた女なのかと思うと驚いてしまう。

 

 とにかく、いまからやるのは沙那の指示に従うことでなんとか軍の包囲を突破して逃げ延びることだ。

 いまのことろ、沙那は本気で王小二たちを助けてくれるつもりのようだ。

 

 王小二が同じ立場なら、自分たちを輪姦した男たちなど、八つ裂きにこそすれ、その逃亡の手助けをするなど死んでもしない。

 だから、王小二も沙那のことを信頼しきることはできないが、いまは、沙那と孫空女の武勇に頼るしかない。

 

「もう一度確認だけど、日の出とともにさっき言われた城壁の一角に逃亡用の『移動術』の結界が出現するのね、あんた……? 追跡の軍なんとか振り切ってから、最終的にそこに行けばいいのね──?」

 

 沙那が王小二に振り返った。

 

「ああ、そうだ──。そこから城壁の外に出られる。そこから出ればお前たちに飲ませた毒の解毒剤を渡す──。万が一にも俺たちを出し抜いたり、だますような真似をすれば、お前たちが飲んだ毒が全身に回って死ぬだろう……。それを忘れるな」

 

 王小二は言った。

 沙那は返事をせずに舌打ちした。

 

「行くわよ──。じゃあ、わたしたちに武器を渡して」

 

 沙那が言った。

 王小二はいままで、沙那たちが服を着ることは許したが、武器を持つことは許さなかったのだ。

 しかし、いよいよ脱走ということになれば、ふたりに武器を渡さないわけにはいかない。

 王小二は渋々部下に合図をした。

 二本の剣が、沙那と孫空女に渡される。

 

「なにやってんのよ。孫女の得物は『如意棒』よ──。あんたが持っていった黄金の棒よ──。早く渡して」

 

 沙那が無造作に剣を一本だけ取ってから、王小二をにらんだ。

 しかし、王小二は渡したくなかった。

 孫空女が振り交わしていた『如意棒』という霊具の武器は正真正銘の黄金の棒だ。

 これだけでひと財産だというだけではなく、高度の道術が刻んである。本物の宝の武器だ。

 こんなものを手に入れる可能性は今後ない気もする。

 これだけは、どうしても欲しい……。

 

「早く──。生き延びたくないの──」

 

 沙那が苛々した口調で叫んだ。

 

「と、頭領……」

 

「頭領……」

 

 部下たちが王小二をなにかを言いたげに一斉に見た。

 王小二は、渋々『如意棒』を孫空女に渡した。

 夕べ孫空女が持って暴れたときは随分と長かったが、いまは刺繍針ほどの小さな大きさだ。

 

「伸びろ」

 

 孫空女が言った。

 すると、『如意棒』が伸びて孫空女の身長よりも長くなった。

 

「もう一度言うわよ──。離れないで」

 

 沙那が言った。

 

「行くよ──」

 

 孫空女がいきなり宿屋の外に飛び出した。

 間髪入れずに沙那が続く。

 王小二もあわてて、ほかの部下たちとともに後に続いた。

 

 外は闇だった。

 星の光もあったが、走るには十分とはいえなかった。

 しかし、孫空女はほぼ全力で走っているし、沙那も同じだ。

 

 遅れるな──。

 

 沙那が何度も言った意味がやっとわかった気がする。

 これはふたりについていくのがやっとだ。

 王小二もほかの部下たちと同じように走った。

 わらわらと隠れていた兵たちが前を阻んだのがわかった。

 

「うっしゃあ──」

 

 孫空女が奇声をあげた。

 前を阻んだ兵が次々に倒れだすのが見えた。

 再び前が開ける。

 

 しかし、どんどん兵が出てくる。

 周辺で叫び声のようなものが飛び交い始めた。

 明かりが灯される。

 

 道の両側から兵がいるのがやっと見えた。

 駆けているがまだ兵の包囲の中だ。

 それがわかる。

 

 横から梯子を持った兵たちがわっと飛び出した。

 沙那がさっと横に進み、剣を構えたまま、道の側方の集団に飛び込んだ。

 その場所から喚声があがり、梯子を持つ手が離れた。

 孫空女がまっすぐに進みながら、その梯子を破壊しながら進む。

 

 沙那の姿は見えない。

 ただ、激しい喧噪だけが横から聞こえてくる。

 

 不意に乗り手のいなくなった馬が三頭ほど道に飛び出した。

 孫空女があっという間にそのうちの一頭にまたがった。

 馬上のまま『如意棒』を縦横無尽に振っている。

 

 孫空女の近くに来れる者はいない。

 とにかく、『如意棒』に届く範囲にくれば、誰であろうと打倒されている。

 すさまじい戦いぶりだ。

 

 王小二は目の前にやってきた空馬をあわてて掴んだ。

 ほかの部下たちの何人かもそうした。

 孫空女は馬を駆けさせるというほどではない。馬上のまま悠然と棒を振っている。

 そういう感じだ。

 しかし、突然に孫空女がとまった。

 

「な、なんだ──?」

 

 王小二は叫んだが、目の前に馬車が二台、兵に押されて道を塞ぐように横から飛び出てきた。

 どうやら、応急的な馬止めのようだ。

 孫空女が停止したのはどうやらそれを嫌ったのだとわかった。

 とまると背後を阻まれた。

 再び完全に取り囲まれる格好になった。

 

「うわっ──」

「なんだ──?」

「ひいいっ」

 

 突然にその背後が大騒ぎになった。

 背後の集団が開く。

 

 孫空女が不意に反転した。

 あわてて、王小二も馬を反転させる。

 

 騎馬になった者も徒歩(かち)の者も一生懸命に孫空女を追いかける。

 孫空女が反転して、元の方向に馬を駆けさせだした。

 

 衛兵は見えるが、明らかに狼狽えている。そのあいだを突破するように、孫空女が進んでいる。

 すると、前側から空馬が一頭、二頭と進んでくる。

 まだ、馬を捕まえていない部下が懸命に手綱を掴んで馬に跨る。

 邪魔をしようとする衛兵もいるが、孫空女の『如意棒』がそれを妨害する。

 空馬がまた前からやってきた。

 全員が騎馬になることができた。

 

「こっちよ──」

 

 前から沙那が現れた。

 すでに馬に乗っている。

 

 身体には血飛沫で帯び、右手に持つ剣にも血糊がべっとりだ。

 その姿が闇に灯される明かりに照らされている。

 ぞっとするような迫力を覚えた。

 とにかく、九頭の馬が集まった。

 

「この後は、遅れることは死よ──。生き延びたければ、馬を駆けさせなさい──」

 

 沙那が大声をあげた。

 その沙那が進む──。

 

 孫空女が再度馬を反転させて、沙那を追い抜いた。

 道を駆け進む。

 

 さっき馬車が道を阻んだ場所にやってきた。

 今度は孫空女は止まらなかった。

 

「伸びろ──」

 

 全力疾走の馬上にいる孫空女の持つ『如意棒』がさらに伸びた。

 馬車と馬車が重なっていた部分が『如意棒』で破壊されて、馬一頭分の隙間が開いた。

 両側から衛兵たちの喧噪が聞こえた。

 孫空女、沙那、次いで、王小二の騎馬が悠然とそこを駆け抜けた。

 やっと、前を阻む者の気配が消滅し、すべての衛兵の叫び声が背中側に移動した。

 

 

 *

 

 

 駆けまわった。

 

 一度、騎馬で包囲を突破してしまえば、なかなか追いかけてこられるものじゃない。

 衛兵に捕えられないように、騎馬で城郭を逃げ回る行為は難しいことではなかった。

 

 沙那は、孫空女以下の八騎の騎馬を誘導しながら夜明けを待った。

 

 昨日、最初にひとりで城郭に入ったとき、かなり城郭を歩き回っている。

 逃げ道になりそうな小道や軍が追いかけてきそうな通り、あるいは、隠れられそうな建物の陰などは頭に入れている。

 城門や城壁、それと軍営の位置などは、城郭にはいってすぐに頭に叩き込んでいる。

 この旅が始まってからの沙那の習慣であり、どんなに安全な場所だと思ったところでも、常に逃げ道を見つけておくことを怠ったことはない。

 それが役にたった。

 角を曲がった。

 

「いたぞ──」

 

「矢を準備しろ──」

 

「馬止めを出せ──」

 

 前方に衛兵の集団を見た。

 沙那たち九騎が騎馬を奪って逃げていることはすでに知られているらしく、沙那たちに遭遇すると、城郭の衛兵はすぐに移動式の馬止めを出すようになっていた。

 また、近接すれば孫空女の棒の餌食になるのでなるべく馬止めの後ろから距離をとった状態で矢で射とめようともしてくる。

 

「こっちよ──」

 

 沙那はすぐに路地に入った。

 衛兵の声が消える。

 この路地を抜ければ、再び大通りに出るはずだ。

 

 最初に宿屋を囲んでいた衛兵は完全に突破した。

 いまは、突破した沙那たちを追い回す衛兵から逃げ回っている状態だ。

 最初にいた百名程度の衛兵に加えて、かなりの勢力が出動しているのは確かだろう。

 どんどんと城郭の辻を確保して、逃げ込んでくる沙那たちを待ち構えようと小さな陣を張る衛兵の集団は増えてきている。

 しかし、いまのところ、衛兵に捕捉されるまでには至っていない。

 

 大通りに出た。

 たまたま衛兵はいなかった。

 

 夜闇は明けようとしていた。夜に覆われていた城郭が白々としてきている。

 すでに道も見えるし、城郭の景色も視界に浮かびあがっている。

 

「沙那──。そろそろいい──。北に向かおう──」

 

 王小二が先頭を進む沙那と孫空女に並ぶように騎馬を寄せてきて言った。

 北の城門近くに、王小二の準備した脱出場所がある。夜明けとともに、そこに『移動術』の結界が出現して、そこから城壁の外に跳躍することができるのだ。

 

「わかったわ」

 

 沙那はまだ占拠されていない辻を曲がって、北の方向に進路を変えた。

 

「沙那、前から騎馬の集団が来るよ──」

 

 耳のいい孫空女が叫んだ。

 

「全員、右──」

 

 狭い道に入った。

 騎馬だと一列になるのが精一杯の道だ。

 この道の先は突き当りだが、左右に分かれる道につながる。

 そこを左に向かえば、王小二が言った場所にたどり着く。

 

「孫女、突き当りを左よ。今度は誰かいたら蹴散らして」

 

 沙那は孫空女の駆けさせる騎馬を追いながら叫んだ。

 

「あいよ」

 

 孫空女が突き当りを左に方向に馬首を巡らせた。

 すぐに再び通りに出た。前を阻む衛兵の姿はなかった。

 いずれにしても、これだけ走り回れば、ほとんどの衛兵はこっちにひきつけられているはずだ。

 逃げ回りながらも、かなり目立つように動いた。

 宿屋を包囲していた衛兵も、そして、新たに追加で出動した隊も全力で沙那たち騎馬を追っているに違いない。

 すでに誰もいないとわかっている宿屋に衛兵が入ることはないと思う。

 

 王小二たちには悪いが、沙那がこうやって駆けまわっている目的は、なんとか衛兵たちが囲んだ宿屋から連中の興味を外すことだ。

 こんな連中が捕えられようが殺されようがどうでもいいのだが、下手に捕まってしまえば、衛兵は王小二たちが隠れていた宿屋を調べのために入ろうとするだろう。

 しかし、逃げているうちは、捕えるのが最優先であるために宿屋には入らない。

 だから、沙那は完全には衛兵を巻いてしまわないようにも気をつけていた。

 要所で姿を見せては、城郭の中で逃げ回っているという姿を衛兵に示しているのだ。

 逃げ回るよりも、隠れている方がいいのだが、隠れきってしまえば、やはり、手がかりを求めて宿屋に戻るだろう。

 そうもいかないから、足の速い騎馬を奪って駆けまわっている。

 

 しかし、もうすぐ夜明けだ。

 この城郭に入るために、宝玄仙に飲ませた錠剤の効果が夜明けとともに切れるはずだ。

 それまで時間を稼げれば、宝玄仙の霊気は戻り、あとは、衛兵が入り込んでもなんとかするはずだ。

 

「城門が見えた。城門に沿って右だ──」

 

 王小二の声がした。

 孫空女が無言で右に進む。

 

「沙那──」

 

 孫空女が叫んで馬をとめた。

 不意に衛兵の集団が出現したのだ。

 

 騎馬が六騎──。

 ほかには歩兵が百はいる。

 かなりの集団だ。最初に宿屋を囲んでいた集団とは違うようだが、新たに出動していた隊だろう。

 そうでなければ、これほどのまとまった隊などありえない。

 ここで待ち構えたという感じではない。

 たまたま、進んでいたら出くわしたという感じだ。

 

「ちっ、沙那──?」

 

 孫空女が振り向いた。

 沙那も王小二を見た。

 ここは逃げるべきだ。

 待ち伏せではない以上、ここを離脱すれば済むだけのことだ。

 

「結界はこの先だ。そこじゃないと逃げられねえ……。だ、駄目だ──」

 

 王小二が泣きそうな顔をしている。ほかの男たちもだ。

 沙那は盛大にもう一度舌打ちした。

 

「仕方ない──。孫女、強引に蹴散らすわよ──」

 

 剣を抜く。

 孫空女が無言でうなずいた。

 

「見つけたぞ──。王小二の一味だ──」

 

 騎馬の中心にいる大きな男が声をあげた。

 具足がひとりだけ違う。

 かなりの地位にある上級将校であることは間違いない。

 大きな矛を持っている。

 こうやって面するだけで、びりびりとするほどの気を感じる。

 相当の手練れだ。

 その上級将校が矛を前に構えた。

 

「女、除け──。お前らには用はない──。後ろの王小二がわしの所望だ。除かんと残念だが怪我をさせるしかないぞ」

 

「やってみな──」

 

 孫空女が吠えた。

 そのまま上級将校に突っ込んでいく。

 沙那は並走して、その横の片方の騎馬に向かった。

 孫空女が向かった将校に次いで、その男が強いのは面しただけでわかる。

 ほかは木偶だ。

 大したことはない。

 

 沙那と孫空女の迫力に歩兵が怖気づくように道を開く。

 中央の三騎だけが残った。

 二騎対三騎というかたちになる。

 

 馳せ違う──。

 

 相手の剣は、馬の背で屈んだ沙那の上をすり抜けていった。

 沙那の剣はすれ違った騎馬の男の脚を斬っている。

 相手が馬から落ちた。

 

「こ、こいつ──」

 

 沙那がひとりを倒したのを見て、矛の大男が矛を沙那に向けた。

 

「お前の相手はあたしだよ──」

 

 しかし、孫空女の『如意棒』が矛を受けた。

 

「おう──。やるな、お前──」

 

 激しく金属音が鳴った。

 矛の大男を孫空女に任せて、沙那はもうひとりの騎馬に向かった。

 

 一合……。

 二合……。

 

 沙那の敵じゃない──。

 三合目には相手の剣を弾き飛ばして、そいつも落馬させた。

 

「道を開けるのよ──。死にたい者だけ来なさい──」

 

 沙那は隊の中心で叫んだ。

 瞬く間に二騎がやられたのに接して、歩兵やほかの騎馬が尻込みし始めた。

 

「いまよ──」

 

 沙那は剣で合図した。

 王小二たちが駆け抜ける──。

 突破した──。

 

「ま、待て──」

 

 孫空女とやりあっていた上級将校が雄たけびをあげた。

 

「お前の相手はあたしだと言っているだろう──」

 

 孫空女の『如意棒』が男の喉を突いた。

 男が地面に落ちていった。

 

「孫女──」

 

 沙那は叫んだ。

 死んではいないと思う……。

 

 しかし、殺す必要もない。

 ただ、突破すればいいだけだ。

 二騎で駆けた。

 

 すぐに王小二たちの集団に追いついた。

 『移動術』特有の歪みが空中に出現している。

 すでに結界も開いているようだ。

 馬に乗ったままでは結界が狭くて通り抜けられないようだ。

 馬をおりた王小二の部下たちが次々に結界に入り込んでいる。

 

 ふたり……。三人……。

 次々に結界の中に消えていく。

 

「待て──」

「逃がすな──」

 

 打ち破った隊が再び迫ってきた。

 

「あたしがくいとめる──。早く、沙那」

 

 孫空女が馬をおりて『如意棒』を道の真ん中で構えた。

 王小二たちが逃亡を図っている結界はすぐ後ろだ。

 

 沙那はふと後ろを見た。

 残りは王小二のほかふたりだだけだ。

 迫っていた隊が、孫空女が立ちはだかっているのを見て動きをとめた。

 遠巻きに見守るだけになった。

 さっき孫空女と沙那が隊の中心にいた三騎を打ち倒した。

 それで恐れをなしているようだ。

 

 これなら大丈夫だ。

 沙那はほっとした。

 

「世話になったな、姉ちゃんたち……。これで逃げられそうだ……」

 

 王小二が嬉しそうな声で言った。

 

「話はあとよ──。さあ、早く──。もういいわ、孫空女──。こっちに──」

 

 沙那は追っ手を足止めしていた孫空女を呼んだ。

 孫空女がこっちに駆けてくる。

 

「言っておくことがふたつある……。ひとつは悪いがここでお別れだということだ──。あんたらふたりのように強い女傑は初めてさ……。それに身体も最高だった──。素晴らしい一夜だったと思うよ。もうひとつは、お前たちに飲ませた毒薬は致死性のものじゃねえということだ……。ただ、俺が道術を唱えると簡単に身体が麻痺するだけのものだ。こんな風にな……。」

 

 王小二の声がした。

 だが、沙那は剣を抜いて、万が一にも孫空女の背後から衛兵が襲ってくるようだったら、出て行って闘おうと構えていた。

 だから、よく聞いていなかった。

 

「えっ、なにか言った──?」

 

 沙那は振り返った。

 次の瞬間、突然に腰が砕けたようになった。

 それだけじゃない。

 全身が弛緩している。沙那は気がつくと、地面に倒れ込んでいた。

 なにが起きたのか全くわからなかった……。

 

「さ、沙那──」

 

 少し離れた場所で孫空女も倒れている。

 

「……身体の弛緩はすぐに収まるさ……。別に解毒剤が必要なわけでもねえ──。だが、お前らふたりはここで捕えられてくれ。その方が俺には都合がいいし、衛兵がお前らを捕えているうちに、俺は完全に結界を消滅させることができる──。じゃあ、さよならだ──。ああ、ついでにあの不思議な黄金の棒はもらっていくぜ──。じゃあな、強い姉ちゃんたち」

 

 王小二が言った。

 そして、部下のふたりに命じて、孫空女が手放した『如意棒』を持ってこさせている。

 そのふたりが重そうな仕草で、『如意棒』を担いだまま結界の向こうに消えた。

 続いて王小二も消滅した。

 

「ま、待て──」

 

 沙那は追おうとした。

 だが、どうしても力が入らない。

 すぐに結界が消滅した。

 

「捕えよ──」

 

 遠巻きにしていただけだった衛兵たちの中から声があがった。

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女が懸命に立とうとしているが立てないでいる。

 沙那も同じだ。

 その孫空女に網のようなものが掛けられた。

 

 捕縛用の網だ。

 沙那の身体にも同じようなものが上から被せられた。



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650 とんでもない一夜

「まだ、白状する気にならんか──。王小二(おうしょうじ)の隠れ処はどこだ──?」

 

 高後手縛りに縄掛けされた沙那の背中に、竹の鞭が炸裂した。

 

「あぐううっ──」

 

 背中の皮が破れる感触がはっきりと伝わってきた。

 沙那は激痛に心からの悲鳴をあげながら全身をのたうたせた。

 しかし、激しい動きは、正座を強いられている脚の下にあるのこぎりの歯のようなぎざぎざの木の台からの激痛を生んでしまう。

 しかも、沙那の腿の上には大きな石の板が乗っている。

 それが沙那の脛に信じられないくらいに痛みを与え続ける。

 沙那は鞭で肌が破ける痛みと、脚にかかる重みで正座の脚に激痛が加わる苦しみに大きな呻き声をあげた。

 

「ま、待って……。し、知らないの───。ほ、本当よ……。わ、わたしたちは、脅されて戦わされていたのよ──。本当よ──」

 

 沙那は責めのあいだを縫って、荒い息とともにやっと叫んだ。

 しかし、それが拷問者の満足する返答でないことはわかっている。

 

「まだ、そんなことを言っているのか──」

 

 背中に二発、三発と竹鞭が振り下ろされる。

 

「ひぎいっ──あがああ──」

 

 沙那は泣き叫んだ。

 滅法(めっぽう)国の国都の軍営の中だった。

 脱走に成功するときに、追っ手の衛兵の前に、道術で身体を弛緩されて残された沙那と孫空女は、すぐにこの軍営の訊問部屋に連れ込まれて、拷問を受け始めた。

 王小二に飲まされた薬液と道術による全身の弛緩は、この軍営に連れ込まれるまでに回復したものの、すっかりと拘束されてしまった沙那と孫空女に、逃亡の手段は残されていなかった。

 

 そして、この大きな部屋に二人揃って連れ込まれた沙那と孫空女は、二十人くらいの衛兵に身体を押さえられて、よってたかって服をはぎ取られて全裸にされ、手足を拘束されて、それぞれに拷問をされ始めたのだ。

 

 沙那については、腕を背中に曲げられて高後手に縛られると、きざきざの刃のある木製の台に正座をさせられた。そして、腿の上に大きな石の板を乗せられた。

 腿に乗せられた石の板は想像以上の責め苦であり、沙那が泣き叫ぶには十分な苦痛だった。

 なによりも、正座している脚の下のきざぎざの刃が沙那の脛に深く食い込んで恐ろしい苦痛を与えてくる。

 そして、さらに始まったのが竹の鞭による鞭打ちだ。

 細くて硬い竹製の鞭は一閃するたびに確実に沙那の肌を引き裂いた。

 

 一方で、少し離れたところで行われている孫空女への責めは水責めだ。

 すなわち、孫空女は人の膝ほどの高さの台の上に仰向けに乗せられて、四肢を台の四隅に拡げて縄紐で縛られた。

 背中の下には大きな木製の枕のようなものがあり、大きく身体を弓なりにして拘束されているという格好だ。

 孫空女には、額と首にも革のベルトがかけられて、顔を動かすことができないようにもされた。

 その状態の孫空女に口に、大きな漏斗を入れられていて、その漏斗にさっきから大量の塩水を流され続けているのだ。

 

 孫空女の腹は、もう妊婦のように膨らんでいて、さすがの孫空女も、あまりの苦痛に泣き続けている。

 それでも衛兵たちは、孫空女や沙那から、王小二の隠れ処を白状させようと拷問を続けるのだ。

 

 だが、孫空女にしても、沙那にしても、白状したくても、連中の隠れ処なんて知りようもない。

 しかし、いくらそれを言っても、王小二たちと一緒に衛兵と戦った沙那と孫空女の言い分を信じる者は誰もいない。

 従って、沙那も孫空女も白状のしようもない訊問を延々と受け続けるしかないということなのだ。

 

「しぶといのう……。だが、なんとしても吐かせよ。責め殺すのもいかん──。このふたりの女はやっと掴んだ、王小二に結びつく手掛かりだ。だが、こうしているあいだにも、連中は隠れ処から逃亡を図る可能性もある……。とにかく、早く喋らせよ──」

 

 一段高くなった場所にある椅子に座り、訊問を監督している役人らしき男が無表情で言った。

 この男がこの場でのすべてを仕切っていて、沙那と孫空女それぞれへの拷問を受け持つ衛兵たちに指図をしている。

 

「くそっ、よし、もう一枚石の板を乗せろ──」

 

 沙那への拷問を仕切っている衛兵が、ほかの衛兵に命じた。

 

「や、やめて……。か、堪忍して……」

 

 沙那は涙を流しながら頭を横に振った。

 しかし、衛兵たちは四人掛かりで横の石の台を持ち、いま沙那の腿に乗っている石の台の上にそれを重ねた。

 

「あがああっ──」

 

 沙那は全力で歯を食いしばって耐えた。

 

「もう一枚だ。そろそろ、脛が砕けるだろうがな」

 

 さらに指揮をする衛兵が言った。

 すぐに三枚目の石の台が乗った。

 

「はがああっ」

 

 沙那は身体を海老のように曲げて絶叫した。

 脛が潰れたような感触が脚から伝わってきた。

 痛さを通り越して、意識が朦朧としてくる。

 もしかしたら、脛の骨が砕けたかもしれない。

 

「背中に辛子汁を塗ってやれ」

 

 指揮をする衛兵の指示であちこちが破けている沙那の背中になにかの液体がかけられた。

 

「ぎゃあああ──」

 

 その瞬間、沙那はなにもかも忘れて絶叫した。

 背中に火がつけられたかと思うような熱さが襲ったのだ。

 それが本当の火ではなく、辛子汁と思われる液体をかけられための激痛だとわかったのは、気の遠くなるような痛みによって、石の台に潰されている腿のあいだからじょろじょろと失禁を始めてからの話だった。

 

「お、お願い──。は、話を聞いて──。わたしたちは、本当になにも知らないのよ──」

 

 沙那は号泣しながら言った。

 孫空女に目をやると、もう十回目くらいの放尿をしている。

 それでも孫空女の口からは大量の塩水が次々に注がれ続けている。

 孫空女もまた、時折与えられる質問に対して、泣きながら首を横に振って懸命になにかを主張して続けているようだ。

 

「しぶといなあ──。王小二の居場所さえ白状すれば、お前らなど釈放してもよいと言っているではないか。そんなに、王小二が大事か?」

 

 拷問を指揮する衛兵が呆れたような声を出した。

 

「し、知っているなら、とっくに白状しているわよ──。あんな連中、庇うわけないでしょう──」

 

 沙那は泣き叫んだ。

 そのとき、檀上にいる役人のところに、伝令のような者がやってきて、なにかを耳打ちしたのが見えた。

 途端に役人が居ずまいを正した。

 

「待ちゃれ、皆の者──」

 

 すると、突然にこの訊問部屋に女の声が響き渡った。

 沙那は顔をそっちに向けた。

 身分の高そうな装束を身に着けた女性が、顔の下半分を布で隠した侍女をふたり連れて、部屋に入ってきたところだった。

 高貴そうな女の歳は四十くらいだろうか。恰幅があり、かなりの威厳がある。

 

「こ、これは、欽法(きんほう)殿下──。なぜ、このような場所に──?」

 

 役人がすぐに立ちあがって、腰を屈めて敬礼の動作をした。

 ほかの衛兵たちも、沙那と孫空女への拷問を一時中止して、それぞれに頭をさげている。

 それにしても、欽法殿下というのだから、王族に関わる女性なのだろうか……? 

 いずれにしても、この部屋にいる役人や衛兵の態度から考えて、相当の身分の女性のようだ。

 

「このふたりを解放せよ。わらわが預かって王宮に連行する。このまま、すぐに外に待たせている檻車に乗せよ──。このふたりは王宮で訊問することになる……。これが陛下からの命令書じゃ」

 

 欽法がなにかの紙を役人に手渡した。

 役人がそれを広げ見て、目を丸くしている。

 

「し、しかし、この者たちは、この一年、王都を騒がしている王小二の行方を知っておる重要人物なのです──。この女ふたりを締めあげれば、王小二を逮捕できるのです──」

 

 役人が困惑した表情で声をあげた。

 

「なんじゃと──?」

 

 欽法が不機嫌そうにじろりと役人を睨んだ。

 

「その陛下からの命令書で、まだ不服があるというか──。それに逆らうということが、いかなる意味のことであるかわかっておるのであろうのう──」

 

 欽法が怒鳴り声をあげた。

 

「そ、そのようなことは──。おい、そのふたりの拘束を解け──。表にある欽法殿下の馬車に運べ──」

 

 役人が大きな声で命じた。

 慌ただしく沙那の脚の上から石の板が除けられた。

 孫空女も同じように台上の拘束から解放されている。

 沙那にしても、孫空女にしても自力で歩くことができなかったので、板のようなものに載せられて、外に運びされた。

 

 軍営の庭に待っていたのは、木の壁に囲まれた檻車だ。

 その横にもう一台がある。それぞれに近衛兵らしき軍装の兵がいた。

 欽法とひとりの侍女だけが、そのもう一台の馬車に乗り込み、沙那と孫空女は、板の上から降ろされて、檻車の中に放り込まれた。

 ふたりとも素裸であり、足首と手首に枷が改めてつけられた。

 

 もっとも、枷などなくても、ふたりともいまは動けるような状態ではない。

 孫空女など、いまでも口と股の両方から大量の水を寸刻みで苦しそうに吐き出し続けている。

 檻車が閉じる寸前に、驚いたことに欽法につき従っていた侍女のひとりが檻車に一緒に乗り込んできた。

 沙那はびっくりした。

 檻車の戸が閉まり鍵がかけられた。

 

「しっかりおし──。このまま、朱姫が欽法を『縛心術』で操って、城門の外に出るからね。それまでは、道術を遣うと探知される怖れがあるから我慢しておくれ──。なに、ほんの少しのことさ」

 

 床に座り込んだ侍女が顔半分を隠す布とかつらを外した。

 そこに現れたのは、宝玄仙だった。

 

「ご主人様──」

 

 沙那は悦びの声をあげた。

 

「ご、ごしゅじん……さ……ま……?」

 

 続いて横になったままの孫空女も涙を流して破顔した。

 

「いろいろと迷惑をかけたみたいだね、お前たち……。とにかく、こんな禄でもない城郭は、早く脱走しようじゃないか……。もっと早く助けに来たかったけど、身分の高い者をうまく見つけるのに時間がかかってね……。やっと、見つけたのは、欽法といういまの国王の妹にあたる王族だったのさ……。さっきも言ったけど、城門さえ抜ければ、すぐに『治療術』で身体を治してやる。もう少しだよ」

 

 宝玄仙が優しそうな口調で言った。

 ふと見ると、檻車の隅にすでに沙那たちの旅の荷が詰め込まれている。

 どうやら、沙那と孫空女だけでなく、宝玄仙と朱姫も無事に助かったようだ。

 沙那は安堵の涙を流した。

 

 

 *

 

 

「とにかく、波乱万丈の一夜だったということじゃないかい、お前たち──。それをわたしと朱姫は寝てすごしてしまったんだねえ……。惜しいことをしたよ」

 

 山道を登りながら宝玄仙が大きな声で笑った。

 孫空女は沙那と並んで先頭を歩きながら、思わずふたりで呻いてしまった。

 波乱万丈なんて生易しいものじゃなかった。

 

 とんでもない一夜だった。

 

 「魔女殺し」で昏睡してしまった宝玄仙と朱姫を宿屋の部屋に運び、それを当局に届けない代償として宿屋の主人に性奉仕をし……。

 

 それから宿屋に侵入してきた王小二という卑怯者の盗賊たちに宝玄仙と朱姫を人質にされて輪姦され……。

 

 さらに、宿屋を包囲した衛兵の囲みを沙那と戦って突破して王小二たちを逃がし……。

 

 最後の最後に、その王小二に裏切られて衛兵に引き渡されてしまった。

 

 その衛兵に連れ込まれた軍営で言語も絶する拷問だ──。

 

 本当になんという一晩だったのだろう……。

 

「と、とにかく、わたしも孫女も助かりました。ありがとうございました」

 

 沙那が歩きながら言った。

 いつもは旅の荷を担いでいる沙那も、いまは腰に剣をさげただけの空身だ。

 剣は、欽法に従って馬車を操っていた近衛兵から取りあげたものだ。

 旅の荷は、最後尾を歩く朱姫が全部持っている。

 滅法国の国都に入る前に、道術を帯びた物はすべて処分した。

 それで、かなり荷が少なくなり、朱姫でもひとりで担げるくらいの量になっているのだ。

 

「……沙那姉さんと孫姉さんは、宿屋の主人にどんな奉仕をしたのですか? 奉仕の途中だったけど、生涯忘れられない思い出になったと、主人が感激していましたよ」

 

 その朱姫がからかうような声をあげた。

 

「うるさいわよ、朱姫──。ご主人様はともかく、お前まで倒れるから、大変だったじゃないのよ──。あんたに貸しひとつよ。忘れないでね」

 

 沙那が不機嫌そうに言った。

 

「はいはい、沙那姉さん──。だったら、今夜はうんと朱姫が沙那姉さんをいい気持ちにさせてあげますね。期待していてくださいね」

 

「あ、あんた、それしか考えられないの──?」

 

 沙那が声を荒げた。

 宝玄仙も後ろで笑っているが、孫空女も横で失笑してしまった。

 いつも冷静な沙那だが、朱姫が相手だといつもむきになって感情的になる。

 朱姫もそれがわかっているから、意図的に沙那をあおるような物言いをしているのだが、沙那はどうしても朱姫には冷静になれないようだ。

 

 いずれにしても、本当に助かった。

 相当の拷問にも耐える自信があったつもりだったが、際限のなく塩水を飲ませられる拷問は本当につらかった。

 しかし、それも、宝玄仙と朱姫が王族を『縛心術』で操って助けにきてくれたおかげで数刻で解放された。

 

 拷問を中止されて、檻車の中で宝玄仙が顔を見せたときは、あまりの嬉しさに孫空女は嬉し泣きが止まらなかった。

 「魔女殺し」で昏睡状態にあった宝玄仙と朱姫だが、夜が明けることで、国都に入るために飲んだ霊気を停止させる丸薬の効果が切れてふたりとも道術は戻ったそうだ。

 そして、まずは宝玄仙の自然治癒力で、宝玄仙の身体の中の「魔女殺し」の効果が消滅し、宝玄仙は『治療術』で朱姫を治癒した。

 

 そして、沙那の置手紙で大まかな事情を悟ったふたりは、宿屋に戻ってこない孫空女と沙那をすぐに探したようだ。

 その結果、孫空女と沙那が衛兵に捕らわれたというのは、あっという間にわかったらしい。

 なにしろ、深夜とはいえ、国都の衛兵という衛兵が次々に出動する大捕り物だったのだ。

 王小二という盗賊団が逃げおおせたことも、その仲間ということになっている孫空女と沙那だけが捕らわれたことも、城郭中の噂になっていたのだ。

 

 宝玄仙と朱姫は、軍営に連れ込まれた孫空女と沙那を助ける手段を探っていて、たまたま王宮に朝帰りしようとしてた欽法という女の王族を見つけたらしい。

 欽法は侍女ふたりだけを連れて、王宮にひそかに戻ろうと歩いていたところであり、物陰にいた宝玄仙たちは、欽法と侍女の会話で彼女が王族のひとりであることを知ったようだ。

 

 欽法を見つけることができたのは本当に偶然のことであり、それでふたりは、咄嗟に朱姫の道術で欽法を操ることを思いつき、まずは朱姫が『縛心術』を欽法にかけて、次に侍女を監禁してふたりで、従女と入れ替わったらしい。

 そして、欽法后の案内で国王のところに行き、今度は宝玄仙が道術で国王を操って、沙那と孫空女の解放命令に署名させた。

 

 その後、その命令書で檻車を近衛兵に準備させて、孫空女たちが監禁されている軍営に直行してきたのだ。

 

 それからすぐにそのまま城門を抜けた。

 抜けたところで、宝玄仙の『治療術』で、孫空女も沙那も完全復活して、欽法たちも解放した。

 ついでに手形にも署名させたから、西側の滅法国の国境を抜けるときも面倒はないだろう。

 

「さて、そろそろ、近くなってきたようだね──。もちろん、わたしらも手伝うけど、今日はお前たちが存分に仕返ししな」

 

 宝玄仙が笑った。

 いま、四人が向かっているのは、孫空女と沙那を見捨てて逃げた王小二の隠れ処だ。

 本来であれば、国軍でさえもわからない王小二の隠れ処などわかりようもないのだが、王小二が孫空女の『如意棒』を持っていっている。

 王小二は知らないだろうが、『如意棒』は、本来は宝玄仙の作った霊具だから、ある程度の距離の範囲内であれば、宝玄仙は霊気の流れで『如意棒』の存在地を道術で追うことができるのだ。

 『如意棒』のある場所に王小二がいるはずだ。

 それで、こうやって街道を外れた狭い山道を登り続けているということだ。

 

 さらにしばらく歩くと、この狭い山道さえも横に外れる狭い道が出現した。

 宝玄仙の誘導に従って、そこを進むと正面に崖の壁が出現して、その壁に洞窟が幾つかあるのがわかった。

 遠目だったが、孫空女には、その洞窟の入り口に見張りのような者が立っているのが見えた。

 

「あそこだよ、沙那──」

 

 孫空女はささやいた。

 

「見てなさいよ、あいつ──」

 

 すると沙那がいきなり駆けだした。

 

 

 *

 

 

「縮め──」

 

 王小二は言ってみた。

 しかし、『如意棒』という名の黄金の棒は小さくはならなかった。

 おそらく、掛かっている道術の刻みを解かなければならないのだろう。

 道術による探知でも、王小二の能力では刻まれている道術を覗き見することもできない。

 かなりの高度の道術使いがこの霊具に霊気を帯びさせたのだと思う。

 孫空女たちが守ろうとしたふたりの魔女のどちらかだろうか……。

 

 まあ、いずれにしても、時間はたっぷりある。

 そのうちに、なんとかこの不思議な霊具の棒に掛かった道術を解いてやろうと思った。

 それができなくても、この黄金の棒には大変な価値がある。

 これはただ黄金でできているというだけではなく、もっと大量の黄金が圧縮されて、この棒ができているのだ。

 だから、同じ大きさの純金の棒を比べても、この棒の方が価値が高い。

 

 王小二はほくそ笑んだ。

 そのとき、王小二は、なんとなく洞窟の入り口から喧噪が聞こえることに気がついた。

 ここは、最近、王小二たちが隠れ処に使っている昔の炭坑の跡だ。

 いまはすっかりと廃坑になっていて、ここに通じる道さえも草が覆い茂っているが、ずっと昔は栄えた鉱山だったようだ。

 いまでも中はしっかりしているし、多くの部下が住めるくらいの十分な広さがあった。

 王小二は、その最奥の一部を住居に使っていた。

 

「と、頭領、大変です──」

 

 突然に許しも請わずに、部下がひとり飛び込んできた。慌てふためいた様子で血相を変えている。

 

「どうした?」

 

 王小二はその部下の名を呼んだ。

 だが、その理由は、すぐにやってきたふたりの女の登場で悟った。

 男に続いて沙那と孫空女が並んでやってきたのだ。

 

 王小二はびっくりした。

 このふたりを衛兵の前で身体を弛緩させて、置き去りにしたのは今朝のことだ。

 あれから間違いなくふたりは、衛兵に捕らわれたはずだ。

 なぜ、このふたりがここにいるのだ──?

 

 ふたりとも憤怒の表情を王小二に向けている。

 王小二は金縛りに合ったように動けないでいた。王小二の背に冷たい汗がどっと流れた。

 

「と、頭領、このふたりがほかの者を全部……。うわっ──」

 

 腰を抜かしたように地面に座り込んでいた部下に、沙那が持っていた剣を突きつけた。

 

「あんたの顔を覚えているわよ──。わたしを犯した男のひとりよねえ……。まあ、だけど許してあげるわ──。ひとりひとり仕返しをするのは面倒だしね。ほかの者と同じように、いますぐにこいつを見捨てて逃げるなら、勝手に逃げていいわ──。ただし、こいつと一緒に残りたいのなら、それでもいい。一緒にわたしたちの仕返しを受けるといいわ」

 

 沙那が剣を突きつけたまま言った。

 

「と、頭領、いままでお世話になりました──。さいなら──」

 

 部下が地面を這うように逃げて行った。

 

「あっ、待て──」

 

 王小二は叫んだ。

 だが、あっという間に部下の姿は視界から消えた。

 

「さあ、王小二、覚悟はいいわね──」

 

「愉しく遊ぼうじゃないか、お前──。いくら温厚なあたしでも、怒るときは怒るからね」

 

 沙那と孫空女が険しい形相でゆっくりと近寄ってくる。

 

 まずい──。

 王小二は思った。

 

 女とはいえ、このふたりのどちらかひとりだって王小二の武辺ではかなわない。

 それがふたり揃っている……。

 いずれにしても、ここは王小二も逃げるしかない……。

 王小二は、『移動術』を心で唱えた。

 

「あれっ?」

 

 王小二は思わず声をあげた。

 道術が発動しないのだ。

 なにかで霊気が動くことが妨害されている。

 

 王小二はもう一度やってみた。

 やっぱり駄目だ──。

 『移動術』だけじゃない……。

 

 どうやら、あらゆる王小二の道術が封じられているようだ。

 

「無駄だよ──。お前の道術は封じてしまったよ。ついでに、すでにこの洞窟はわたしの結界で包んだ。国軍がやってきても、ここには誰も入れやしないよ」

 

 さらに後ろからやってきた黒髪の美女が笑いながら言った。

 夕べは、宿屋の二階で倒れていた沙那たちの連れの魔女だ。

 

 こいつは途方もない道術遣いだ──。

 すぐにわかった。

 

 夕べ、毒薬を飲ませて人質にしてやった魔女だが、昨日は霊気が停止状態にあったために、霊気の高さなどわかりようもなかった。

 いま、こうやって霊気が健在の状態で接すると、この黒髪の女の霊気の凄さがわかる。

 どうやら、このふたりの女傑といい、この黒髪の女といい、王小二は、敵にしてはならない相手を敵にしたということがわかってきた。

 

「皆さん、歩くの速いですよ──。あたし、荷物を持ってんですからね」

 

 また、女がやってきた。女というよりは小柄な娘だ。大きな荷を抱えている。

 その娘が荷をおろして、地面の上にさっと毛布を広げた。

 すぐに、毛布の上にさっきの黒髪の女が座り込んだ。

 

「なにか口にされますか、ご主人様? ちょっとした菓子でもいかがですか?」

 

「そうだね。じゃあ、欽法からとりあげた果実水入りの水筒があったろう。それをもらうよ」

 

 黒髪の女が言うと、娘がいそいそと荷を解いてなにかの支度を始めた。

 まるで、芝居でも見物するようなゆったりした雰囲気だ。

 

「どこを見ているのよ、わたしらから目を離すんじゃないわよ──」

 

「そうだよ──。ところで、これは返してもらうよ──」

 

 沙那に続いて、孫空女がそう言って、地面に置いたままだった『如意棒』を拾いあげた。

 孫空女の掛け声で小さくなり、『如意棒』は孫空女の耳の中に入れられた。

 

「さて、じゃあ、どうする、孫女?」

 

 沙那が王小二を睨みながら言った。

 

「さあてねえ……。まあ、とりあえず、素っ裸になってもらおうか──。そして、あたしらが許可するまでせんずりを続けるというのはどうかな……」

 

「それとも、全身の骨を砕かれてから、ちょっとずつ身体を短くするというのもいいかもね」

 

 すると、沙那が言った。

 

「いや、腹が破けるまで、際限なく塩水を飲むってもいいよ。あれは苦しかったし……。塩水はご主人様がいくらでも作ってくれるだろうしね」

 

「いっそのこと、全部、順番にやりましょうよ」

 

「そうしようか」

 

 孫空女がにやりと笑って、王小二に詰め寄ってきた。

 

 

 

 

(第97話『波乱万丈の一夜』終わり)






 *


【西遊記:84・85回、滅法国の騒動】

 玄奘一行は、滅法(めっぽう)国の国都に入るために山越えをしていました。
 すると、すれ違った女性が、僧侶姿の玄奘に驚き、この先の滅法国の国都は、僧侶の恰好では入れないと忠告します。滅法国の国王は、大の僧侶嫌いであり、剃髪姿の僧侶が国都に入るたびに、捕らえて処刑をしているということでした。
 驚いた一行は、とりあえず、先に進むのをやめて、孫悟空ひとりが偵察に向かいます。

 滅法国の国都に入った孫悟空は、女が伝えたことが事実であることを確認します。
 この国の王は、僧侶を一万人殺すと願掛けをしていて、僧侶を次々に処刑をしているのです。
 孫悟空は、身なりを隠す覆い付きの外套を手に入れ、玄奘たちのところに戻ります。

 一行は布で姿を隠して、滅法国の国都に入ります。
 そして、「王小二(おうしょうじ)の店」と看板のある宿屋に入ります。
 孫悟空は、剃髪の玄奘たちが見つからないように、宿屋の中に棺桶を持ち込み、その中で全員を休ませます。

 一方、王小二の店には、盗賊団の息のかかった者が働いていました。彼は、孫悟空が自分たちが商人であると告げたことを聞き、夜になって、宿屋が寝静まると、盗賊団を手引きして侵入させます。
 孫悟空たちが金を持った商人だと思い込んでいる盗賊団たちは、棺桶を縛り、そのまま外に運び出してしまいます。

 棺桶を外に運んだ盗賊団たちは、あっという間に、警備の軍に見つかってしまいます。
 盗賊団たちは棺桶を置いて逃亡します。
 そのときには、孫悟空たちは事情を承知していましたが、棺桶から出ると剃髪姿で僧侶であることが発覚するために、困ってしまいます。

 軍によって、棺桶のまま王城に運び込まれると、孫悟空が一計を企て、夜中にこっそりと棺桶から出ると、国王や后をはじめ、王城中の男女の髪の毛を道術で剃髪にしてしまいます。
 翌朝、剃髪姿になった国王たちは、自分たちに姿に仰天します。

 国王は、これまで僧侶を蔑ろにした天罰だと思い、改心すると誓います。
 孫悟空は、棺桶から玄奘たちを出して連れてきます。
 国王は、玄奘に帰依を誓って、丁重にもてなしました。

 無事に滅法国を出ることができることになった玄奘は、これを機に国の名を「欽法国」に変えてはどうかと提案します。
 国王は玄奘の進言を聞き入れ、これからは僧侶を大切にすることを宣言します。


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 第98話  偽者公主(こうしゅ)素蛾(そが)Ⅰ】~天神(てんじん)
651 酔って買った奴隷王女


「な、なんの意地悪なのよ、それは?」

 

 戻ってきた沙那は声を荒げた。

 天神(てんじん)国の南側にある布金(ふきん)という城郭の城門の外だ。

 

 この城郭に到着したときには、すでに城門が閉じていて城郭内に入ることができなかったので、沙那たちはとりあえず、この酒場に入ったのだ。

 酒場といっても、一応は二階に宿がある。

 ただし、本来は男の客が女を連れ込んで抱くための部屋であり、交渉して代金を支払って宿として貸してもらうことになった。

 今夜はここに泊ることになっている。

 

 宿泊用の部屋ではないので、狭い部屋に寝台が二個あるだけの部屋だ。

 だが、ふたり分の女をひと晩買うだけの値で、二部屋に泊まれることになっていたのだ。

 城郭の外には宿屋のような施設はほかにはなく、ここで泊らなければしばらく戻って山中で野宿でもするしかなかった。

 城郭内であろうと、城郭外の郊外であろうと、この城郭では野宿は禁止されているからだ。

 

 とにかく、そういう取り決めをして、女ふたり分の代金を宿屋の亭主に支払ってから、沙那はいつものように、この先の道中に関する情報を集めるために外に出ていたのだ。

 そして、夜も更けたので戻ってきた。

 

 すると、話が変わっていて、せっかく代金を支払ったのだから男娼をふたり買って遊ぶということになっていたのだ。

 どうやら、沙那抜きで夕食を食べているときに、宝玄仙が酒を飲み、ほろ酔いした宝玄仙が気紛れでそういうことにしたらしい。

 沙那はそれを一階の酒場で待っていた孫空女と朱姫に教えられた。

 

 当の宝玄仙はいない。

 今夜は客のいない夜らしく、十卓ほどある席には、沙那たち三人以外には誰もいない。

 また、沙那が出かけるときにはいた酒場の亭主もいない。

 厨房の前に中年の女がふたり、椅子に座って談笑しているだけだ。

 

 このふたりは普通の格好をしているが奴隷女だ。

 その証拠に首に目立つ真っ赤な首輪をしている。

 それには道術がかかっていて、見張るものはいなくても逃亡はできないようだ。

 実は道を挟んだ向かい側に奴隷商があり、そこでたくさんの奴隷が売られているのだ。

 この宿屋の亭主は、その奴隷商も商っていて、そこから客に二階で抱かせる性奴隷も連れてくるし、酒場での仕事もさせている。

 

 奴隷商と宿屋については、一階部分にはあいだに道が通っているが、二階については渡り廊下で繋がっている。

 沙那も二階に荷を運んだときに垣間見たが、奴隷商と宿屋の境の部分には、鉄格子の扉があった。

 二階で女を抱く客については、その鉄格子から直接に奴隷商側に行って、抱くための性奴隷を選ぶみたいだ。

 

 この天神国では、奴隷が路傍で売られる野菜と同じように売られる場所であり、かなり小さな町でも奴隷商が存在する。

 最初に天神国にやってきたときには驚いたものだったが、もうその光景にも風習にも慣れてしまった。

 

 奴隷といっても、この国の多くの奴隷はそれほど残酷な目には遭っていないように思える。

 奴隷を勝手に殺すことは、飼い主であっても犯罪であるし、虐待も禁止されている。

 ただ、奴隷は主人の命令には絶対服従しなければならず、逃亡も道術の刻まれた首輪によりできなくなっているらしい。

 

 いずれにしても、奴隷の所有者は、法に定められた奴隷の管理をしなければならない。

 結構、面倒なものでもあるようだ。

 

「とにかく、それが沙那姉さんの食事です。食べてくださいね」

 

 朱姫が言った。

 沙那の前に皿に乗った卵料理と干し肉がある。

 そのほかに杯がある。

 沙那はその匂いを嗅いで鼻をしかめた。

 

「お酒? 飲まないわよ、わたしは」

 

 沙那は驚いて言った。

 ふと見ると、孫空女と朱姫の前にも同じ杯がある。朱姫の杯は半分くらいになっているが、孫空女のものはおそらく一滴も減っていない。

 この三人とも酒は弱いのだが、沙那と孫空女は極めつけに弱い。

 それに比べれば、朱姫は多少は飲める。半分は飲んだのだろう。

 

「これもご主人様の言いつけだよ。そろそろ、酒を飲む練習をしろってね──。ご主人様が戻ってくるまでに、一杯ずつ絶対に飲めってさ」

 

 孫空女が不機嫌な表情で言った。

 

「そのご主人様はどこにいるのよ?」

 

 沙那は酒の存在を無視して、奴隷女に水を頼んだ。

 朱姫に言って代金を払わせる。

 女が水が入った瓶と別の空の杯を三個持ってきた。

 沙那はそのひとつに水を注いで自分の前に置いた。

 

「二階です。ふたり買うことになったひとり目と、いま二階で遊んでます」

 

 朱姫が応じた。

 そして、空の杯に水に注いで口をつける。

 

「男娼を連れてあがっているということ?」

 

 沙那は食事をしながら訊ねた。

 宝玄仙の多淫の癖と気紛れには慣れた。

 旅を始めた最初の頃など、宝玄仙が沙那を性調教するだけではなく、自分自身も見知らぬ男や女に抱かれたがるのに接して驚愕したものだが、いまは好ましいと思っている。

 宝玄仙が気紛れで三人の供以外に性の相手を求めるときには、宝玄仙に対する夜の務めがなくなるからだ。

 そんなときは心置きなくゆっくりと休むことができる。

 

「男娼じゃないんだけどね。まあ、代金を払うから、お前が相手をしろ──とか言ってね」

 

 孫空女が肩をすくめた。

 

「えっ? 誰に?」

 

「この酒場の主人です、沙那姉さん」

 

 朱姫が言ったので沙那は少なからず驚いた。

 隣の奴隷商の主人を兼ねたここの酒場の主人は、初老という年齢だったはずだ。

 

「とにかく、ご主人様が戻ってくるまでに、隣の奴隷商に三人で赴いて、あたしたちが買う男を見つけてくるように命じられているんです。どうしたらいいですか、沙那姉さん? それで、沙那姉さんと相談するために待っていたんです」

 

 朱姫が泣きそうな顔をして言った。

 こんなに沙那たちを相手に嗜虐趣味を発揮する朱姫だが、いまだに男に抱かれるのは嫌いのようだ。

 

「わたしたちが買う性奴隷は男限定なの?」

 

 沙那は皿のものを口にしながら訊ねた。

 

「まあ、ご主人様はそう言ったね。店の主人を連れて上にあがる前にね。ご主人様と一緒に二階にあがった亭主が、奴隷商には店番の女がいるから、それに言えばいいと言っていたよ」

 

 孫空女がそう言いながら、自分の杯に水を注いだ。

 

「ふうん……。だったら、あんたたちのふたりが選んで相手をしてよ。わたしのことは気にしないで。この酒場の隅にでも寝るから」

 

 沙那はふたりの顔を見ずに言った。

 

「そ、それは狡いじゃないですか、沙那姉さん──。三人で買えって、ご主人様は言ったんですよ」

 

「知らないわよ、朱姫──。ご主人様が直接に言いつけたのはふたりでしょう。それに応じたんだから、責任もって男を買いなさいよ」

 

「そんな、沙那──。ご主人様に逆らえるわけないじゃないか」

 

 孫空女も文句を言った。

 

「あのねえ……」

 

 沙那は顔をあげてふたりを睨みつけた。

 孫空女と朱姫が少したじろいだ表情になった。

 

「……ふたりとも、なんでもご主人様の言いなりになるのはやめなさいよ。嫌なことは嫌だということを覚えなさい──。ご主人様はあれでもわからず屋じゃないわ。言えばわかってくれることも多いわよ……。そりゃあ、多少は我が儘で聞き耳を持たないこともあるけど……」

 

「しっかりと我が儘だし、聞き耳なんて全然持っていないよ──。沙那にだけ一目置いているだけの話だけのことさ。あたしや朱姫の言うことなんて、なんにも受け入れやしないんだよ。いい加減に沙那もそれをわかってよ」

 

 孫空女が必死の口調で言った。

 沙那は嘆息した。

 

「まあいいわ……。男娼の話は置いておきましょう。それで、このお酒も飲めという言いつけ?」

 

 沙那は見ないようにしていた酒の入った杯に目をやっていった。

 皿の食事はほとんど空になっている。 

 

「そうだよ。さっきも言ったけど、ご主人様が戻ってくるまでに飲めという命令だよ。ご主人様がおりてくるまでに杯の酒がなくなってなければ、尻の穴から入れるって言っていたよ」

 

 孫空女がぶすっとした顔で言った。

 

「いつおりてくるのよ?」

 

 沙那は声をあげた。

 たった一杯だけでも、沙那が飲めばひっくり返ってしまうことは間違いない。

 どれだけ時間があっても足りないとは思うが、どのくらいの猶予があるのだろう。

 

「知らないよ……。終わったらおりてくるんじゃないの。精力の強そうな主人じゃなかったから、もうすぐ、おりてくるんじゃないのかな……。かれこれ、もう二刻(約二時間)にはなるしね」

 

「それにしては、あんた、ひと口も飲んでないじゃないの、孫女」

 

「仕方ないよ──。あたしは酒飲めないんだから──。尻から入れるなら入れればいいさ。ぶっ倒れれば、男娼の相手しなくて済むしね」

 

 孫空女は暗い顔で溜息をついた。

 

「そ、そんなのないですよ、孫姉さん。男娼の方も一緒に協力して乗り切りましょうよ……。そ、それに、ご主人様だって、お酒をお尻から入れるなんて冗談ですよ。いくらなんでも……」

 

「なに甘いこと言っているのよ、朱姫……。でも、あんたって、ご主人様にお酒をお尻から入れられたことないの?」

 

「ないのって……? 沙那姉さんはあるんですか?」

 

 朱姫が目を丸くしている。

 

「わたしも孫女もあるわ──。へべれけになって完全に酔っぱらって倒れたわね。あれって口から飲むよりも、浣腸で入れられると完全に泥酔するみたいなのよ。ご主人様も懲りたと思ったけど、まだ、わたしたちに酒を試させたいのかしら……。とにかく、あんた、三人の中では一番飲めるんだから、わたしたちの分も飲んでよ」

 

 沙那は朱姫に方に酒の入った杯を押しやった。

 

「い、嫌ですよ──。あたしだって、苦しいんです。これだけ飲んだだけでつらいんです」

 

「もう、半分も飲んでるじゃない。あんたもご主人様ほどじゃないけど『治療術』を遣えるようになったんでしょう? 『治療術』を自分にかけながら飲んでよ。わたしたちの分も……」

 

「できません──。それに、あたしの『治療術』では酔いは醒めませんし、醒めるとしても、あたし自身が酔ってしまったら、道術なんて遣えません。精神を集中できなければ、道術なんて無理なんです」

 

「そんなものなの? 困ったわねえ……。仕方ないわ……。孫女とふたりで倒れるか……。少なくとも男娼の相手はしなくていいしね……。わたしも酒浣腸にするわ……。じゃあ、倒れたあたしたちの介護をよろしくね、朱姫。多分、上からも下からも吐くと思うけど……」

 

 沙那は言った。

 

「じょ、冗談じゃないですよ──。と、とにかく、みんなでどうしたらいいか考えましょうよ──」

 

 朱姫が焦った声で言った。

 そのとき、厨房近くの壁にある鈴が鳴った。

 二階の各部屋につながっている呼び紐に繋がっていて、各部屋の伝声管から客からの注文に応じるのだ。

 

 奴隷女が伝声管に向かった。

 伝声管に耳をあてて聞いていたので、ここまで声はよく聞こえなかったが、声の相手は宝玄仙のような気がした。

 声の状態は、かなり酔っているような雰囲気だ。

 奴隷女がすぐに酒瓶を一本準備して、盆で運ぶ支度をした。

 しかも、火酒というこの店で一番強い酒だ。

 

「ちょっと待って、それをわたしたちの部屋に持っていくの?」

 

 沙那は盆を運ぶ途中の奴隷女を呼びとめて訊ねた。

 

「そうだよ。最初に持っていった酒を含めて、これで三本目だけどね。あんたのところの女主人は酒が強いねえ」

 

 奴隷女がにこやかに応じて、そのまま階段をのぼっていった。

 

「三本目?」

 

 沙那は孫空女と朱姫に視線を向けた。

 

「ああ、そういえばそうだね。最初に店の主人と一緒に酒瓶を持ってあがって、一刻(約一時間)前に二本目で、そして、いまが三本目だね」

 

「そんなにたくさん?」

 

 沙那は声をあげた。

 宝玄仙は酒は強いが、一気に火酒を三本も飲むほどではないはずだ。

 

「なるほどね……。対策がわかったわよ、みんな」

 

 沙那は言った。

 そして、卓の上にあった三人分の杯をまとめて、厨房に持っていった。

 

「これ、片づけてくれる」

 

 沙那はもうひとりの奴隷女にそれを渡してしまった。

 

「そんなことしていいんですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫が不安そうに言った。孫空女も当惑した表情をしている。

 

「大丈夫よ……。ご主人様の気紛れは筋金入りよ。大抵のことはすぐに忘れてしまうわ。しかも、それだけ酒を飲めば絶対よ。あんたたちになにを命じたかなんて覚えてやしないわ……。そういうわけで、なかったことしましょう。酒も男娼のことも……」

 

 沙那は座り直した。

 

「それもそうかな……。じゃあ、そういうことにしようか」

 

 孫空女もほっとした顔をしている。

 

「そうですね。それに、お酒を捨てちゃったのは、沙那姉さんですしね。ご主人様が怒ったら、そう言えばいいんだし」

 

 朱姫が笑った。

 

「あんたって、変なときに計算高いわねえ、朱姫」

 

 沙那は苦笑した。

 やがて、二階に火酒を運んでいった奴隷女が戻ってきた。

 空になった二本目の瓶を抱えている。

 宝玄仙と店の主人を様子を訊ねると、店の主人と話が弾んで、陽気そうだということだった。

 機嫌のいいときの宝玄仙は扱いやすいことについては、孫空女も朱姫も知っている。ふたりも安心したようだ。

 

 それから、しばらく四方山話になった。

 宝玄仙の性の相手は、案外年寄りが多いとか、あるいは孫空女の恋の話とか、沙那の男の好みはなんだというような話題だ。

 

 二階から店の主人が階段をおりてきたのは、さらに半刻(約三十分)ほどが経ってからだ。

 おりてきたのは店の主人ひとりであり、手に半分ほどになった火酒の瓶を持っている。

 また、布で包んだなにかの塊も抱えている。

 

「やあ、みなさん」

 

 店の主人が沙那たちを見つけて声をかけてきた。

 六十くらいの恰幅のいい太った初老という感じの男性だ。

 

「ご主人様はどうしたのさ?」

 

 孫空女が店の主人に訊ねた。

 

「寝てしまいましたな……。本当に愉しい方でしたよ、あなたがたの女主人殿は……。もちろん、素晴らしい身体でもありましたね。この歳であんなに素晴らしい身体をした女性に相手をしていただけるとは思っておりませんでしたよ」

 

 店の主人が優雅に笑った。

 

「ご主人様を抱きつぶしたの……?」

 

 孫空女がびっくりしたような声で言った。

 

「まさか……。私との性行為など、あっという間に終わりましたよ。それでずっと、宝玄仙殿と酒を飲んで話をしていただけです。私もこれまでの何十人もの性奴隷を調教したことがありますからね。宝玄仙殿は、そういう話題に随分と興味がおありのようで……。それで性奴隷の調教とはどんなことをするのかというようなことをずっと話しておりました。ほっほほ……」

 

 余計な知恵を宝玄仙につけないで欲しいと沙那は苦々しく思ったが、顔には出さないように気をつけた。

 

「ところで、沙那殿というのはどなたですか?」

 

 主人が言った。

 

「わたしですけど……」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、あなたですか……。では、書類については沙那殿に渡して欲しいということでしたので、一度、奴隷商側で作成してから持って参りますね。商品については、もう代金を受け取らせていただきましたので、すぐにお持ちします。このたびは、お買いあげありがとうございました」

 

 主人が頭をさげた。

 沙那はなんのことかわからず、孫空女と朱姫の顔を見た。

 しかし、ふたりとも呆気にとられた顔をして首を横に振った。

 そして、やっと主人が抱えてきた包みの中身が金板であることに気がついた。

 しかも、あれは沙那たちの持ち物だ。

 竜飛国の大黒天の砦で餞別としてもらったものであり、なにかのときのために役立たせるために荷に混ぜて抱えてきたのだ。

 全部で五枚あったはずであり、宝玄仙がいま休んでいる部屋にある荷の中に置いていた。

 包んでいる布の隙間から見える限りにおいて、どうやらその五枚の全部がそこにあるようだ。

 

「そ、それって、ご主人様があなたに渡したのですか?」

 

 沙那は当惑して訊ねた。

 

「はい、奴隷の代金として」

 

 主人がにっこりと微笑んだ。

 

「ど、奴隷──?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「えっ?」

 

「なんですか?」

 

 孫空女と朱姫もびっくりしている。

 

「一体全体、どういうことなのでしょうか? わたしたちのご主人様が奴隷を買ったということですか? その金板を代金として?」

 

 沙那はあまりのことに声を荒げた。

 

「その通りです。性奴隷の調教の話をしているあいだに、宝玄仙殿が純情無垢の美少女を一から育ててみたいと申されましてね……。それで丁度いい出物があったので見ていただいたのです……。性奴隷にするつもりでしたので、破瓜だけは終わっておりますが、それ以外の調教はしておりません。多少、頭がおかしいところがありますので、その分は値をさげさせて頂きましたが、性奴隷として奉仕させる分については、まあ、問題はないかと……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください──。それは取り消しです。わたしたちは奴隷なんて買いません──。ご主人様は酔っていたのだと思います」

 

 沙那は慌てて言った。

 おそらく間違いない。

 宝玄仙が奴隷なんて買うはずがないし、買うとしても沙那たちに相談しないわけがない。

 宝玄仙が二本以上も酒瓶を開けていることを考えると、酔っぱらった宝玄仙がわけのわからないことをやったのだろう。

 

「いやいや、それはできません。もう、道術契約の手続きは終わっております。お買いあげになった性奴隷は宝玄仙殿のものです。さっき、奴隷商で現物を確認していただいたときに、その奴隷の首輪に宝玄仙殿の名を刻ませていただきました。書類はこれから作成しますが、それ以外の手続きは完了しております。もう、受け取っていただかなければ困ります……。では、商品も持ってまいります」

 

 主人はきっぱりと言った。

 そして、この場から立ち去る気配を見せた。

 沙那はそれを慌てて留めた。

 

「ま、待って──。だったら、買い取りを──。持ってこなくてもいいですから、そのまま買い取ってください。わたしたちには必要ないものです」

 

 沙那は言った。

 

「……それは……。まあ、でも、それはご相談なさった方がいいのでは……? それに、申し訳ありませんが、あの性奴隷については、手前どものでは引き取りはできません……。少し頭がおかしいところがあるので……」

 

「だ、だって、それを奴隷として売っていたのでしょう?」

 

「それはそうですが、買い取りとなれば別です……。私どものような奴隷商の場合は、個人の飼育とは比べ物にならないくらいに厳しい管理が法で義務付けられておりまして……。いずれにしましても、あの性奴隷は、もう宝玄仙殿のものでございます──。とにかく、そういうことで……」

 

 主人は頭をさげて、そそくさと言ってしまった。

 沙那は呆然とした。

 

「ど、どういうことさ、奴隷って?」

 

 孫空女が言った。

 

「まったく意味がわからないわ……。とにかく、ご主人様のところに行ってくる──」

 

 沙那は階段を駆けあがって、宝玄仙のいる部屋に行った。

 奴隷商の口ぶりでは、なんとなく問題のある性奴隷を押しつけられたという感じだ。

 売りはするが、買い取りはできないなど不自然だ。

 とにかく、宝玄仙に話を聞かなければ……。

 

「ご主人様──。沙那です。開けてください──。ご主人様──」

 

 沙那は宝玄仙のいる部屋の戸を叩いた。

 しかし、扉は開かない。

 鍵が閉まっているというよりは、結界がかかっている。

 鍵があろうと、なかろうと、宝玄仙が結界を解かなければ、誰も入ることはできない。

 

 しばらく頑張ったが、扉が開く気配はない。

 酔いつぶれて寝てしまっているのだろう。

 沙那は舌打ちした。

 宝玄仙の場合は、たとえ寝ていても結界の強さに変化はない。部屋の中で肝心の宝玄仙が酔いつぶれたとすれば、おそらく、明日の朝まで部屋の戸を開ける方法はないだろう。

 仕方なく、一階に戻った。

 

 すると、孫空女と朱姫が待っている卓の前にひとりの少女がいた。

 青色の髪をした十二歳くらいの童女だ。

 性奴隷というから、もっと年齢が高い女を予想していたが、これでは性行為ができるかできないか微妙なところだろう。

 

 だが、店の主人は破瓜だけは終わったとか言っていたような……。

 まあ、美少女には違いないようだが……。

 

 少女は肌が薄っすらと見える薄い服だけを着ていて、短い下袍部分からも布越しに少女の肌がしっかりと見えていた。

 下着は身に着けていない。

 ……というよりも、この服そのものが下着のような感じだ。

 これが性奴隷の服ということだろう。

 

 少女の首には真っ赤な首輪がある。

 首輪には繋ぎ目などなく、これがこの国の奴隷である証なのだ。

 首輪の表面に確かに、宝玄仙の名が文字で刻まれている。

 

「どうだった、沙那?」

 

 孫空女が困惑した顔を向けた。

 

「駄目──。ご主人様は寝てしまっているわ。結界が刻んであるから、ご主人様が目を覚ますまで外から入る方法はないわね……。それでこの子は?」

 

「ご主人様が買ったという性奴隷らしいよ……。書類はこれ──。もう、売ったからと何度も念を押されたよ──。そして、店の主人は行っちゃった……。寝るってさ」

 

 孫空女が言った。

 

「そんなあ……」

 

 沙那も困ってしまった。

 やけに手続きが早いが、さっさと厄介払いをしたいという感じだ。

 そういえば、問題がある奴隷だと言っていた気がする。

 

 顔はかわいらしい。

 健康そうでもある。

 美少女といっていいくらいの顔立ちだから、奴隷商が手離したがるということは、やっぱり、なにか大きな問題があるのだろうか……?

 すると、その童女がにっこりと微笑んで、沙那に深々と頭をさげた。

 

素蛾(そが)と申します。性奴隷として奴隷商に渡される前は、この国の公主(こうしゅ)でございました。性奴隷と申しましても、なにも知りません──。新しいご主人様方、わたくしの調教をよろしくお願いします」

 

 素蛾が言った。

 沙那は驚いた。

 

「沙那姉さん、公主ってどういう意味ですか?」

 

 朱姫が低い声で沙那に訊ねた。

 

「この国の国王の娘ということね……。一応、訊ねてみるわ……」

 

 沙那は当惑しながら言った。

 そういえば、奴隷商の主人は、この娘は頭がおかしいと言っていた……。

 沙那はそのことを思い出していた。

 

「あ、あの……素蛾、公主というのはどういうこと? お前がこの国の王の娘ということ?」

 

「そうです……。もちろん、いまは性奴隷です。よくわかりませんが、そういうことになっているようでございますね。奴隷店の主人は、わたくしを売った者に大金をはたいたそうですし、あなた方もそうなのですよね……。わたくしが我が儘を言えば、ご迷惑になるというのは承知しております。ですから、これも定めと思い、精一杯、性奴隷としての務めは果たしたいと思います。よろしくお願いします」

 

 素蛾は微笑んだ。

 沙那は呆気にとられた。

 自分は国王の娘であるという主張は尋常ではないが、本当だとすれば、それを奴隷として売り買いするなど、重罪では終わらないだろう。

 

 だが、とてもじゃないが信じられない。

 奴隷商だって、もしも、この娘が国王の娘である可能性があるとすれば、奴隷として売りはしないだろう。

 一応は、正式の売買証明書も揃えてきている。

 

「事情を訊かせてくれる? あなたが本当に国王の娘、つまり、公主とすれば、どうして奴隷になんかなったの?」

 

「はい……。王宮にいたわたくしは、ある日のこと不思議な風にさらわれてしまい、気がつくと見知らぬ原野にひとりで取り残されてしまっていたのです。途方に暮れていると、見知らぬ男たちがわたくしを馬車に載せて、先ほどまでお世話になっていた奴隷商に、わたくしの身柄を売ったのです。それを今夜、皆様がお買いになられました。それ以上のことはわたくしにはわかりません」

 

 素蛾はきっぱりと言った。

 口調に不自然なものはないし、出鱈目を語っているという感じではない。

 なんとなく、これだけの美少女を呆気なく奴隷商が手放した理由がわかった気がした。

 この国の法では、さらわれた人間を奴隷として買い取るのは重罪だ。

 もしかしたら、あの奴隷商は買いはしたものの、なんとなく曰くのありそうなこの娘を扱うのが怖くなり、さっさと宝玄仙に売り払ったということではないだろうか。

 

「本当に素蛾は公主? だったら、さっきの奴隷商に王宮に連絡をとってもらうことをしなかったの? この城郭の役所にでも行けば、もしかしたら、連絡をしてくれたのではないのかしら? 公主のあんたが行方不明なんて、国都では今頃大騒ぎなんじゃないの?」

 

 なおも沙那は言った。そんな事情を素蛾が知っているかどうかはわからないが、明日の朝、奴隷商の主人を問い質すときに、なにかの参考になることをこの童女が知っているかもしれない。

 

「奴隷商の主人はそれをしてくれたようですね──。でも、王宮ではわたくしは行方不明にはなっていないということでした。国都には、素蛾という公主はいまでもちゃんと健在であるということのようです」

 

「えっ、どういうこと?」

 

 孫空女が口を挟んだ。

 

「それもわたくしにはさっぱりとわかりません──。でも、なんとなく、わたくしには、もう帰る場所はないという気もします。こうなれば、わたくしは一人前の性奴隷になるしかありません……。それに、性奴隷というのは面白そう……。調教というものもよくわかりませんがわくわくします。わたくしは非常にそれに興味があるのです」

 

 素蛾がにこにこと笑って言った。



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652 偽物、本物?

「とりあえず、明日の朝まで待つことにするわ。部屋はもう一室あるから、そこで四人で休みましょう」

 

 沙那が溜息をつきながら言った。

 結局のところ、この素蛾(そが)が何者かということはわからなかった。

 

 朱姫は、沙那が素蛾にあれこれと質問するのを孫空女とともに黙って聞いていただけだったが、朱姫の感想は、素蛾は決して頭がおかしな少女などではないということだ。

 性奴隷として売られた自分が本当はこの国の公主(こうしゅ)だという彼女の説明は、荒唐無稽だが説明の受け答えはしっかりしているし、それなりに矛盾はない。

 なによりも、よく周りのことを観察している。

 周辺の人間の会話などをよく耳を傾けていたようだ。

 それで、ある程度の事情を彼女なりに認識したようである。

 

 とにかく、本人の説明によれば、素蛾が不思議な風によって宮廷からさらわれてしまったのは、半月前のことだという。

 宮殿の自室に面する露台で、月をなにげなく眺めていると、風が吹くとともに、突然に腹がねじれるような感覚があり、気がつくと、この布金の城郭の西側の平原にひとりで立っていたのだという。

 わけもわからず徘徊しているうちに、その夜のうちに人さらいの集団にさらわれ、身ぐるみはがれて身ひとつで、向かいの奴隷商に売り飛ばされたのだという。

 

 さらった人間を奴隷商が買い取ることは、この国の法で禁止されている。

 しかし、人さらいたちは、素蛾のことを逃亡奴隷だと説明したらしい。

 奴隷の象徴である首輪もしてあったし奴隷商は信じたようだ。

 この酒場の主人であり、向かいの奴隷商の主人の男は、決して悪人でもなく、悪意を抱いて素蛾を購入したわけではないということは、素蛾自身がしきりにそう強調した。

 まあ、少なくとも、素蛾は、奴隷商にはよい印象を持っているようだ。

 

 その後、手続きが終わって、人さらいたちが代金を受け取って立ち去ってしまってから、やっと主人は素蛾自身に事情を訊ねたらしい。

 そのとき、もちろん素蛾は、自分は公主だと奴隷商に説明したようだ。

 奴隷商は肝を潰したらしい。

 

 そして、奴隷商が改めて調べ、そのとき素蛾がしていた首輪が、人さらいが装着した偽物であり、本物の「奴隷の首輪」ではなかったこともわかった。

 奴隷商の主人は、それらのことを隠すことなく、素蛾に説明したようだ。

 

 さらに、奴隷商の主人は、素蛾の説明や人となりに接し、半信半疑ながらも、素蛾の言っていることを本当であるという前提で行動を起こしてくれたらしい。

 すなわち、素蛾は、とりあえず奴隷扱いはされずに、奴隷商の一室にある客室のようなところで匿われ、一方で、主人は役所を通じて国都に報せをしてくれたのだということだ。

 

 しかし、十日ほどして国都から戻ってきたのは、公主は行方不明にはなっていないという返事だった。

 奴隷商の主人は、その娘はただ頭がおかしいだけの偽者の公主だと、この城郭の役人からも笑われもしたようだ。

 

 それを奴隷商に告げられたとき、素蛾もこれは一体全体どういうことなのかと強く奴隷商の主人に問い質されたという。

 しかし、素蛾にも説明のしようもなく、自分は公主だとしか言えなかったそうだ。

 

 とにかく、それで奴隷商は途方に暮れてしまったのだと、素蛾は説明した。

 奴隷商については、素蛾の言葉を信じないまでも可能な限りのことをやってくれたと素蛾は言った。

 素蛾は、奴隷商の主人には感謝をしているようだ。

 

 その奴隷商に、自分を奴隷として売っていいと告げたのは素蛾自身のようだ。

 その理由を沙那に訊ねられたとき、宮殿で素蛾を探していないということであれば、もう素蛾には行き場はないし、奴隷商が多額の代金を人さらいたちに払ったのを知っていたので、少しのあいだだが世話になった奴隷商に迷惑をかけたくないと思ったのだと答えた。

 

 奴隷になるなら性奴隷がいいと勧めたのは、奴隷商らしい。

 素蛾自身もそれには納得している。

 

 なんの能力もない十二歳の素蛾には、性奉仕くらいしかできることはないからだ。

 しかし、性奉仕であれば、女としての性器があれば最小限のことはできる。

 そして、性奴隷になるために奴隷商の本格的な調教を始めようとしていた矢先に、宝玄仙という女の買い手がついたということだ。

 話を聞き終わった沙那が嘆息するとともに、今夜はもう寝ようと言った。

 

「……とにかく、あなたも一緒に二階においで、素蛾……。朱姫、素蛾の世話を頼むわ

 

「わかりました、沙那姉さん……。じゃあ、おいで、素蛾」

 

 朱姫が言うとにこにこと笑いながら素蛾がついてきた。

 後ろから沙那と孫空女も階段をのぼってくる。

 

 それにしても、この少女はなんなのだろう……?

 公主だと自称しているが、性奴隷であることを受け入れている。

 また、不思議な風にさらわれて、人さらいに遭って奴隷商に売り飛ばされたと主張しているのだが、それなら、もう少し悲痛な雰囲気があってもよさそうなものだ。

 

 本当に頭がおかしいのか……?

 あるいは、なんらかの事情で本当にさらわれた国主だが、余程におめでたいのか……?

 

 朱姫にはいまひとつわからない。

 わからないのは、朱姫のは、素蛾の心に、なんの淀みがないことがわかるからだ。

 一体全体、これをどう考えればいいのだろう。

 

 部屋に着いた。

 部屋に入る前に、隣室でもう一度沙那が試したが、やっぱり宝玄仙は寝入ってしまっているようだ。

 

「ここが奴隷部屋ですか? それで、皆さまはどこで休まれるのですか?」

 

 部屋いっぱいに広がる二台の寝台を前にして素蛾が陽気に言った。

 もともとは宿泊用の部屋ではなくて、性奴隷が男客を相手にするためだけの部屋だ。

 だから、部屋には寝台以外のものはなにもない。

 

「なに言っているのよ、素蛾。ここで四人寝るのよ」

 

 朱姫は呆れて言った。

 

「そうよ。じゃあ、孫空女とわたしはこっち……。あんたたちふたりは、そっちの寝台を使ってね」

 

 後ろからやってきた沙那が言った。

 いつもは寝る前には、宝玄仙が道術で身体を洗うための湯を出すか、あるいは、宿屋から買ったりして、身体の手入れをしてから休むのだが、今夜はそうもいかない。

 だから、あとは寝るだけのことだ。

 

 沙那と孫空女は、基本的には寝るときに服を脱がない。

 護衛役でもあるので、なにかあったときに、すぐに対応できるようにのようだ。

 もっとも、いつもの百合の責めで気を失ってしまえば別だ。

 一方、朱姫は、貫頭衣が皺になるのが嫌なので下着姿で寝ることが多い。

 宝玄仙など宿屋のような場所で休むときはいつも全裸だ。

 朱姫はいつものように貫頭衣を脱いで寝台の足側の板にかけた。

 

「ああ……。そういうことなのですね。わたくし、初めてですのでわかりませんでした。不慣れですが、ご主人様方、よろしくお願いします」

 

 素蛾がいきなり着ていた薄物を脱いで全裸になった。

 

「うわっ、お前、なにしているのさ」

 

 すでに横になろうとしていた孫空女が、それを見て声をあげた。

 

「な、なにをって……。これから、わたしくしの調教をご主人様方がなさるのではないのですか? あっ、もしかしたら、勝手に脱いではいけませんでしたか? そういえば、奴隷商の主人にそんなことを言われたような気がします」

 

「奴隷商に言われたって……」

 

 沙那が呆れている。

 だが、素蛾はあっけらかんとしている。

 

「少しは覚えたのですが、なにぶんにも聞いたことも読んだこともないような言葉や行為が多くて、なにがなにやら……。性調教というのは、裸の方がよろしいのでしょうか……? それとも、服を着た方がよろしいですか……?」

 

「わたしたち、あなたを調教なんてしないわよ。ただ、寝るだけよ。明日の朝にはとりあえず、わたしたちのご主人様に事情を訊くわ……。それで、あなたの扱いを決めることになると思うの……。もしかしたら、奴隷商に返すことになるかもしれないわ……。とにかく、明日ね」

 

 沙那が嘆息した。

 すでに、沙那も孫空女も寝台の掛布の中に潜り込んでいる。

 

「で、でも、ご主人様方と性奴隷のわたしくしが一緒に休むということは、性調教のときだけだと、奴隷商の主人に事前に教授されたのですが……。それは違うのでしょうか……?」

 

 素蛾はきょとんとしている。

 

「あのねえ、この際、言っておくけど、わたしたち三人もお前と同じようなものよ。だから、わたしたちをご主人様と呼ぶのはやめて。あんたを買った女がいたでしょう。それがわたしたちのご主人様よ……。名は宝玄仙。そして、わたしは沙那、こっちが孫空女、あんたの隣にいるのが朱姫よ。わたしたちは、宝玄仙様を“ご主人様”と呼んでいるわ」

 

 沙那が言った。

 

「あの黒髪のお綺麗なお方ですね……。でも、そういうことは皆様も……」

 

「あたしらも性奴隷だよ。素蛾と一緒さ」

 

 孫空女が笑って応じた。

 

「せ、性奴隷じゃないわよ──。ど、奴隷扱いかもしれないけど、そんなんじゃないわよ」

 

 沙那は大きな声をあげた。

 

「わかった、わかった、沙那──。とにかく、寝るよ」

 

 孫空女が沙那をなだめるような物言いをしながら完全に寝る体勢になった。

 沙那はなにかを言いたげだったが、結局大きく息を吐いて、そのまま寝具に深く潜り込んでしまった。

 驚いたことに、沙那も孫空女も、あっという間に寝息をかきだした。

 

 朱姫は思わず微笑んでしまった。

 沙那は宝玄仙に嗜虐されることをいつも恐れているが、同じくらいに、朱姫にちょっかい出されるのを嫌がる。

 だから、そういう状況になる前に、すぐに寝るという習慣が身についているのだろう。

 素蛾の世話を朱姫に命じたのも、そうしておけば朱姫が沙那に手を出さないためだと思う。

 そういう計算高い部分が沙那にはある。

 まあ、そういうところも可愛いのだが……。

 

 孫空女は孫空女で、ものすごく寝つきがいい。

 それでいて、とても敏感でなにかの気配を感じたら飛び起きる。

 とにかく、ふたりとも素蛾を朱姫に押し付けるような感じで寝入ってしまった。

 

「あ、あの皆様も性奴隷ってどういうことなんですか……?」

 

 素蛾が朱姫を見あげて言った。

 

「いいから、服を着なさい、素蛾」

 

「は、はい……」

 

 素蛾は大人しく肌が透けて見える下着のような服を被り直した。

 そのとき、朱姫の心に素蛾の強い安堵の感情が流れ込んできた。

 朱姫には他人の強い感情を感じることができるという特殊能力がある。

 いや、その気になればどんな感情でも読み取ることができるのだが、他人の感情に触れ続けるというのは、朱姫の心に大きな負担になることなので、普段は意図的に自分のそういう能力を封鎖するようにしている。

 第一、他人の考えていることではなくて、感情が読めるだけではあまり実際には役に立たない。

 感情とは異なる行動をする人間は多いし、ちょっとした修行のようなことをすれば大抵の人間は感情を殺すことができるのだ。

 

 しかし、目の前の人間が特に強い感情を抱いた場合は、勝手にそれが朱姫の心に流れ込んでくることがある。

 いまがそうだ。

 目の前の十二歳の童女の心から、強い安堵感が流れ込んできた。

 無邪気さを装っていたが、性奴隷として売り飛ばされるなど余程の覚悟だったようだ。

 一度流れ込んでしまうと、朱姫はどうしても素蛾の抱いている感情を覗き込んでしまうことになる。

 

 安堵感に続いて、彼女の複雑な感情が一気に入ってきた。

 まず、素蛾の安堵感に続いて感じたのが、強い不安感だ。

 安堵感と不安感は表裏一体の同じ感情だ。

 それが入ってきた。

 

 つまりは、素蛾はいまは大変な緊張状態にあるのだと思う。

 それを表に少しも感じさせないのは、素蛾の天性の朗らかさのためだろう。

 

 沙那は素蛾が自分が国主の娘だと言ったことをあまり信じていないようだが、朱姫には少なくとも素蛾が嘘をついていないことはわかる。

 嘘をついている者の感情というのはわかりやすい。

 素蛾に朱姫たちを欺こうという感情はなかったことは明らかだ。

 

 また、彼女の心には純粋な好奇心についても大きなものが占めている。

 素蛾が、性調教という未知なものに強く興味を抱いているのも事実だし、一方でそれに怖れを感じていることも事実のようだ。

 

 いずれにしても、おかしな子だ。

 とにかく、朱姫としては素蛾の抱いている不安感だけは取り除いてやろうと思った。

 朱姫は、素蛾とともに寝台にあがった。

 

 朱姫は胸当てと股布だけの下着姿だし、素蛾は裸身が透けている薄物一枚の下着姿のようなものだ。

 そのふたりで寝台の上に足を延ばして座る。

 

「きっと、明日には沙那姉さんが、もっといろいろなことを訊ねると思うわ。そのときには正直に話すのよ。厳しい口調をすることもあるけど、沙那姉さんは優しい人だし、頭もいいわ……。素蛾が心から相談すれば、あなたが陥っている困難を解決しようとしてくれると思う……。あなたに事情があるのはなんとなくわかるし……」

 

「しゅ、朱姫姉さんは、わたくしのことを頭のおかしな娘だとは思っていないのですか?」

 

 素蛾がびっくりした顔を朱姫に向けた。

 

「しゅ、朱姫姉さん?」

 

 しかし、朱姫はその呼び方に対して声をあげてしまった。

 

「あっ、ごめんなさい。そんな呼び方をしてはいけなかったですか? 沙那……様が、“ご主人様”とは呼ぶなと言われたし、それじゃあ、なんと呼べばいいのかなと考えて……。孫空女……様がみんな同じ立場だというようなことを言われたので、そう呼べばいいのかと……」

 

「う、ううん──。それ、いいわね。もっと呼んで。そこで寝息をかいているふたりも、“沙那姉さん”と“孫姉さん”でいいと思うわよ。そう呼んでも、頭の皮を剥がれることはないわ」

 

 朱姫は笑った。

 

「頭の皮を剥ぐんですか──?」

 

 素蛾の顔に恐怖が浮かんだ。

 

「冗談よ──。そんなことするわけないでしょう」

 

 朱姫は慌てて言った。

 

「はあ、よかった……」

 

 素蛾がほっと息を吐いた。

 本当に愉快な娘だ。

 

「素蛾のことは、おかしな子だとは思っているわ……。だけど、頭がおかしいとは思わない……。ただ、性奴隷になりたいだなんて普通じゃないとは思っているわ……。だけど、頭はおかしくない。むしろ、とても頭がいいと思う」

 

 朱姫は微笑んだ。

 

「わたくしには、性奴隷くらいしかできることはないんです、朱姫姉さん……。わたくしには、もう帰るところはないんですから……。公主ではなくなったいま、性奴隷ができなければ、もう死ぬしかありません」

 

 素蛾は困ったように言った。

 その瞬間、朱姫には、この少女をどうにかしてあげたいという強い欲求が芽生えた。

 この童女が本物の公主であるかどうかはともかく、彼女が純情無垢であり、天真爛漫であり、とてつもなく善良な性質であるというのは、感情に触れることができる朱姫にはわかる。

 なによりも、素蛾に“朱姫姉さん”と呼ばれるとぞくぞくする。

 そういう風に頼られるなんて初めてだし、頼られるのであれば、守ってあげたい。

 本物の妹ではないが、なんだか突然に妹ができた気分だ。

 

「なに言ってんの、素蛾。帰れる場所がないくらいなによ。あたしたち四人は、全員がそんな立派なものはないわ……。まあ、あるとすれば、この四人の仲間そのものね。それが帰る場所ね──。どこにもいくところがなければ、あたしがみんなに、ここがお前の帰る場所になるように頼んであげるわよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 素蛾が朱姫をじっと見た。

 

「でも帰れる場所があったら戻りたい? つまり、宮殿に戻りたいかということよ……」

 

 朱姫は訊ねた。

 何気ない質問のつもりだった。しかし、いきなり素蛾の顔が歪んだ。

 そして、その両眼から涙がぼろぼろと流れ出したのだ。

 朱姫は思わず、素蛾を抱きしめた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 朱姫は言ったが、ものすごい勢いで素蛾の心の寂しさが朱姫の心に流れこんできた。

 それはどうやら、素蛾の心の奥深くにずっと閉じ込められていた感情のようだ。

 それが朱姫の言葉が引き金になって、一気に解放されてしまったのだ。

 素蛾はおこりが起こったように、朱姫の腕の中で慟哭し始めた。

 

「か、帰りたい……。帰りたい……。帰りたいです……。な、なんで陛下はわたくしのことを見捨ててしまったのでしょう……。后殿下はやっぱりわたくしのことがお気に入りにならないのでしょうか……。な、なんで、なんで……」

 

 陛下と后殿下というのは両親のことだろう。

 いままで素蛾の無邪気さで安定していた彼女の感情が、どんどんど負の感情で溢れていく。

 それがあまりにも勢いが強いので、朱姫は素蛾が壊れるのではないかと心配になった。

 朱姫は慌てて別の話題に変えようと思った。

 

「そ、それで、素蛾はいままでにどんな性調教を受けたの?」

 

 咄嗟に思いついた質問がそれだった。

 だが、素蛾の中の好奇心や興味深さの感情がその言葉でぱっと拡がった。

 素蛾が手で涙を払う仕草をした。

 たったいままで素蛾の心を覆いかけていたものが消えていく。

 再び陽気な感情で、心が占められていくのに接して、朱姫はほっとした。

 

 基本的には、素蛾は本当に心が丈夫にできているようだ。

 もう、素蛾の心は安定を取り戻しかけている。

 朱姫は安堵した。

 しかも、性調教のことを話題にした途端に、それに対する好奇心がどんどんと拡大していく。

 素蛾にとっては、性奴隷としての修業というのは、未知のものに対する興奮の対象のようだ。

 

「小さな張形で破瓜をしていただきました……。とりあえず、性交ができなければ話にならないと言われましたので……。でもそれだけです。奴隷商の主人にはあまり時間がなくて、それなのに、ほかのお方にわたくしの調教をお任せにはならなかったのです」

 

「それだけ?」

 

「はい。まだ、わたくしの身体が幼いので、わたくしの扱いは難しいのだそうです。それでほかの者には任せたくはなかったようです。でも、ご主人は……あっ、奴隷商の主人のことですけど、こちらの酒場の経営もされていて、お忙しいようで次の段階の張形に入っていません」

 

 素蛾はあっけらかんと言った。

 

「破瓜は痛かった?」

 

 朱姫は優しく言った。

 

「は、はい……。で、でも我慢できました。もっと、大きいものでも大丈夫と思います」

 

 素蛾はにっこりと微笑んだ。

 目の前の童女の心が怖いもの見たさの知的好奇心でいっぱいになった。

 ほんとうに面白い娘だ。

 

「だったら、快感にはほど遠いわね。性交を気持ちいいと感じた?」

 

「気持ちいいかですか……? い、いいえ……。いずれそうなるとは教えられましたが、とてもではありませんが、そうなるとは思えません……。もしかしたら、わたくしにはその域に達する力がないのかもしれません」

 

 素蛾は残念そうに首を横に振った。

 

「最初から気持ちよくないのは当たり前よ……。じゃあ、あたしの調教を受けてみる?」

 

 朱姫は試しに言ってみた。



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653 公主調教初め

「……じゃあ、あたしの調教を受けてみる?」

 

 朱姫は試しに言ってみた。

 

「は、はい。受けたいです──」

 

 素蛾(そが)が元気よく応じた。

 その口調には明らかに、好奇心による悦びの響きがあった。

 朱姫は思わず笑ってしまった。

 

「じゃあ、質問するけど、自慰の経験は?」

 

「じ、じい……ですか……? 申し訳ありません、朱姫姉さん。なんのことなのか……」

 

「沙那姉さんと一緒ね……。じゃあ、性的な快感は未経験なのね……。やってみる?」

 

 朱姫はくすくすと笑った。

 こういう無垢な少女をいたぶって愉しんでみたい……。

 それは、朱姫の性的欲望だ。

 それがむくむくと沸き起こる。

 

 この妹のような少女を思う存分に責めてみたい。

 そう考えると、どうしてもやってみたいて仕方がなくなった。

 そして、この素蛾はそれを拒否することはないと思う……。

 

「ちょ、調教ですか? はい──。わ、わたくし頑張ります──。どうか性奴隷の調教をお願いします──」

 

 素蛾がぱっと顔を赤らめて元気に首を縦に振った。

 

「じゃあ、横になって……。そして、手を頭の上にやるのよ……。そして、脚を広げるの……。そうそう、そんな感じ……」

 

 朱姫が命じると、すぐに素蛾は寝台の上に手足を伸ばして仰向けになる体勢になった。

 さっそく手を出そうと思ったが途中で見つかれば、沙那がうるさい気もする。

 朱姫は掛布を素蛾の身体に被せて、その端をくるくると丸めて素蛾の口に咥えさせた。

 

「……いい? これをしっかりと噛んで声を出しちゃだめよ。今日はそういう調教よ。そして、素蛾の手足は見えない革紐で拘束されていると思うのよ……。絶対に身体を動かしちゃ駄目だし、声をあげてもだめ……。そういう練習よ……。わかった?」

 

 素蛾が掛布をしっかりと噛んだまま、大きく首を縦に振った。

 その目が好奇心に満ち溢れている。

 朱姫は素蛾の足元から掛布の中に全身を潜り込ませると、素蛾の腰に被さっている薄物を掛布の中ではぐり、亀裂に沿って舌をぺろりと這わせた。

 

「んんんっ──」

 

 素蛾の身体がびくりと跳ねるとともに、素蛾が声をあげた。

 

「こらっ、身体を動かしちゃだめでしょう? それに声もだめよ?」

 

 朱姫は舌責めを再開する。

 舌が素蛾(そが)の肉芽に当たる。

 

「んくっ、んんんっ」

 

 すると、素蛾は掛布の中の裸身を狂ったように暴れさせた。

 

「こらっ、言いつけに背いたらだめでしょう、素蛾。お前は見えない拘束具で身体を動けなくされているのよ。じっとしてなさい。声も出さないのよ」

 

 朱姫はくすくすと笑いながら、素蛾の股間を舐めていた顔をあげた。

 

「も、申し訳ありません、朱姫姉さん……。が、我慢します……。あ、あんまりびっくりしてしまって……」

 

 素蛾の消え入るような舌足らずの声が掛布の外から聞こえてきた。

 そして、もう一度、素蛾が掛布を力一杯に噛む気配があった。

 朱姫は、再び肉芽を這わせる舌を素蛾の未発達の股間に向けた。

 また、素蛾の身体がぴんと張った。

 素蛾は、大きな声こそ出さなかったが、強い鼻息のような声を発した。

 

 朱姫は、構わず舌でぺろぺろと素蛾の股間を舐め続けた。

 性的快感を湧き起こすことを目的に、一度もこうやって股間を弄られたことはない素蛾にとっては、どちらかといえば、朱姫の与える舌の刺激は快感よりはくすぐったさが上回るだろう。

 だが、朱姫は素蛾の感情の動きを読み取りながら舌を動かしている。

 

 素蛾の心を探り、少しでも快感が生じる心の動きが発生すれば、その場所をその強さで繰り返し刺激をしてやるのだ。

 つまりは、素蛾の心の中にある快感の発生の感情を確認しながら、身体を責めるということだ。

 いままで、心を読みながらの朱姫の責めに耐えた者などいない。

 あっという間に、素蛾の心の中には大きな甘美感の感情でいっぱいになった。

 

「んっ、んんっ、んっ」

 

 素蛾の身悶えが激しくなる。

 それとともに噛み殺している口から洩れる声も大きくなるのだが、素蛾は必死になって声を殺そうともがいている。

 その仕草も声もとてもかわいらしかった。

 

 素蛾にとっては、本格的な愛撫など最初の最初のはずだ。

 本来はそういう童女を快楽責めにするのは簡単ではないのだが、それは感情を読めるという朱姫の能力を駆使することで対応できる。

 責める場所や力を加える程度、あるいは刺激の与え方を変化させながら、素蛾の弱いやり方と場所を探っていき、素蛾の心が快楽に反応する責め方を発見すれば、それを集中的に繰り返す。

 素蛾の心は、はたちまちに身体がどろどろに溶けたような混沌の状態になっていった。

 朱姫はさらに素蛾が耐えることができないように素蛾の心を探りながら、意地悪く責めを強くしていく。

 

「んふっ──」

 

 素蛾の身体が耐えきれなかったように跳ねた。

 そして、素蛾の股間からねっとりとした愛液が滲み出し始める。

 

 思ったよりもかなり早かった……。

 朱姫は素蛾の股間に舌を這わせながら思った。

 

 それとともに思ったのは、素蛾が随分と快楽を感じやすい体質であるということだ。

 もしかしたら、感度のよさは沙那に匹敵するかもしれない。

 おそらく、それは生まれつきのものだとは思うが、性奴隷としては天性の素質であるといえるだろう。

 朱姫は舌で肉芽だけではなく、花唇の中に舌を挿し入れるように刺激も加えた。

 素蛾の悶え方が激しくなる。

 

「んっ、んっ、んっ……んんっ……」

 

 素蛾の可愛らしい鼻息が連続的になり、また強くなっていく。

 そして、声がまるで泣くような異常に甲高い声に変化した。

 

 やがて、素蛾の心の中に鋭い火のような強い感情が突き起こった。

 これは快楽の頂点に達そうとしている印だ。

 ここまでくれば、あとは造作もない。

 この素蛾の心の強い衝撃を拡大するようにも、そのままの大きさに保つように焦らすこともできる。

 

 いまは快楽に未熟な十二歳の童女に徹底的な快感を身体に覚えさせることが目的だ。

 朱姫は素蛾に与えている快感を加速させることにした。

 

 朱姫は素蛾の肉芽の皮を手でそっと剥くと、そこを触れるか触れないかの力で舌で刺激し、一方で肉芽の周りの部分については、舌全体で強く押し揉むように刺激を与えていく。

 

「うぐううっ──」

 

 素蛾がまるで稲妻にでも打たれたかのように全身をのけぞらせた。

 自ら開いている両腿がぴんと張り、大きく四肢を伸ばしている全身をぶるぶると震わせた。

 花唇が開き、かなり量の多い愛液がどろりと流れ落ちる。

 朱姫は顔を素蛾の股間の上から、素蛾の顔の横まで移動した。

 

 素蛾の口から掛布を離させた。

 べっとりとした唾液が素蛾の小さな口から糸を引いた。

 

「い、いまの……、な……な、なんですか……、しゅ、朱姫……姉さん……? そ、素蛾はいま……?」

 

 素蛾はびっくりしたような顔をして呆けている。

 自分に沸き起こったものが理解できなかったようだ。

 

「お前は達したのよ、素蛾……」

 

 朱姫は小さく笑った。

 

「た、たっした……?」

 

 素蛾は荒い息をしながら朱姫をじっと見た。

 また、一方で素蛾の両手両脚は、まだ大きく伸ばされたままで、両腕についてはしっかりと寝台の淵を掴んでいる。

 朱姫が伸ばしたまま動かすなという命令を忠実に実行しているのだろう。

 その健気さが愛おしい……。

 

「いまの感覚が、“いく”ということよ……。どうだった、素蛾……?」

 

「わ、わかりませんけど……。き、気持ち……、気持ちよかったと思います、朱姫姉さん……」

 

 素蛾が唾を飲み込みながらにっこりと微笑んだ。

 

「……そうよ。いくのは気持ちいのよ……。まずは、これを覚えるのよ。ご主人様に愛撫されたら、たくさん気持ちよくなり、たくさんいくのよ。それが優秀な性奴隷よ」

 

 朱姫は言った。

 

「そ、素蛾は気持ちよかったです……。いい性奴隷になれますか?」

 

 素蛾がじっと朱姫を見た。

 

「この調子で頑張ればね……。さあ、次はお尻よ。うつ伏せになってお尻だけを高くあげなさい。今度も動いちゃだめだし、声をあげないのよ。声をあげそうになったら、また布を噛みなさい」

 

「お、お尻──?」

 

 素蛾が驚愕の声をあげた。

 

「口答えしない──。命令には従うのよ」

 

「は、はい──。ごめんなさい、朱姫姉さん」

 

 素蛾が慌てたように言われたとおりの姿勢になった。

 今度は敷布を自分で掴んで口の中に入れたようだ。

 朱姫は素蛾の裸身にまた掛布をかけて、ぺろりと薄物をめくった。

 そして、お尻の亀裂に舌を這わせていく。

 

「ふうっ──。うんんっ──」

 

 素蛾は激しくよがりだした。

 どうやら、肛門は素蛾にとっての強い性感帯のようだ。

 さっきに比べて、心の中の快感の広がり方が強くて速い。

 

 朱姫はさっきと同じように、素蛾の心の動きを探りながら、素蛾の快感を増幅するように舌を動かす。

 やがて、素蛾は進退窮まったかのように可愛い呻き声をあげると、再びがくがくと身体を震わせて達してしまった。

 素蛾の身体は、精魂尽きたかのようにばったりと横倒しになった。

 

「ま、また、い、いきました……、しゅ、朱姫姉さん……」

 

 短い時間で二度も続けて達してしまった素蛾は、半開きの口から涎を垂らしながら言った。

 両目からは涙が流れている。

 

「そのようね……。じゃあ、また上向きよ。最初のときのように、仰向けになって両手を伸ばすのよ、素蛾……。その前に、もうこの服は脱いじゃおうか……。汗びっしょりになっちゃうからね」

 

 素蛾の顔に初めて恐怖が浮かんだ。

 心の中にも、快楽の限界を極めてしまうことに対する恐怖心が芽生えだしている。

 しかし、朱姫は一気に素蛾の心を快楽漬けに作り替えてしまおうと思った。

 

 いずれにしても、朱姫の命令に、素蛾は逆らわなかった。

 明らかに怯えながらも、薄物を脱いで全裸になり、再び掛布を口に咥えて、朱姫の愛撫を受ける態勢になった。

 

 朱姫は舌責めを開始した。

 やがて、素蛾は三度目の絶頂をした。

 素蛾が気絶したのは、二度目にお尻で達したときだ。

 

「しゅ、朱姫姉さん、素蛾はまたああ──」

 

 素蛾が声を耐えるのを忘れて大きな声を張りあげたので、朱姫はそのときびっくりしてしまった。

 慌てて、沙那と孫空女が寝ている寝台を見たが、ふたりとも身じろぎをしただけで、起きあがることもなかった。

 朱姫はほっとした。

 

 また、一方で素蛾はこれまでで一番大きなよがりをして身体を脱力させた。

 完全に気を失った気配の素蛾の瞼が開くことはなさそうだ。

 最初から少しやりすぎたかなとは思ったが、素蛾の満足そうな横顔を見ていると、朱姫はとても充実した気持ちになった。

 とりあえず、素蛾の身体の手入れをするために寝台から降りて、荷から布を取りにいった。



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654 酔い醒めの後悔

「誰だい、この小娘は?」

 

 宝玄仙が寝ぼけ眼を擦りながら、寝台から上半身を起きあがらせた。

 

「誰だいじゃないですよ、ご主人様……。それは、わたしたちの質問です。夕べのことを覚えていますか?」

 

 沙那は宝玄仙に詰め寄った。

 宝玄仙が怪訝な顔をする。

 朝になり、沙那はやっと目を覚ました気配の宝玄仙を扉を叩いて起こして結界を消滅させると、すぐに隣室に戻って全員を連れてきた。

 なんとなく、朱姫と素蛾(そが)の醸し出す雰囲気に独特なものを感じ、またよからぬことをしたのではないかという疑念が走るがたが、とりあえず無視する。

 三人の供に素蛾を加えた四人で、宝玄仙が横になっていた寝台の前に整列するかたちになった。

 

「そ、素蛾です……。よろしくお願いします、ご主人様」

 

 素蛾が緊張した声で言った。

 

「ああっ? なんだって──?」

 

 宝玄仙が眉間に皺を寄せたが、やがて首を横に傾げた。

 そして、その表情が、不審から当惑に変化し、やがて、後悔したような顔に変わった。

 

「ああっ、お前は──」

 

 宝玄仙が素蛾を指さして大きな声をあげた。

 

「その感じは、少しは覚えているんですね……」

 

 沙那は嘆息した。

 

「まあ、辛うじて少しはね……。この店の主人に性の相手をさせたのはいいんだけど、あっという間にできなくなっちゃってねえ……。聞いてくれるかい、沙那……。あいつったら、わたしが口で出してやったら、もういいとか言い出しちまってね……。それでも、無理矢理に相手をさせたんだけど、それでも一回しかできなくって……」

 

「あの主人って、いい歳じゃないの……。二回もできたら頑張ったんじゃないのかい」

 

 孫空女が笑いながら、口を挟んだ。

 

「まあ、そうかもしれないけどね……。どうしても、もう勘弁してくれと言う親父に、だったら酒をただで飲ませろと言ったんだよ。あの親父、いくらでも飲めというものだから、ついつい、飲みすぎちまったよ」

 

 宝玄仙が悪びれもせずに笑った。

 

「その挙句に、この素蛾を買っちゃんたんですか? まあ、じゃあ、強引に押しつけられたわけでも、騙されたわけでもないんですね、ご主人様──。どうするんですか、この素蛾を?」

 

 沙那は呆れて言った。

 

「そういうんじゃないよ、沙那……。まあ、酔ったうえでの話だからね……。悪いが引き取ってもらうさ……。お前、素蛾というのかい? お前には悪いけど、わたしはお前を酔っぱらって買ってしまったんだよ……。これでも危険な場所に向かう旅の途中でね……。すまないが、お前を連れてはいけないんだ。お前は、この店の主人に返すよ。まあ、人のよさそうな親父だったし、文句は言わんだろうさ」

 

 宝玄仙は肩をすくめた。

 

「そんな甘いことを言っているからつけ込まれるんですよ、ご主人様──。人当たりはよくても、あの主人はちゃんとした商売人ですよ。しっかりと金板五枚を持っていきましたし、絶対に返品はできないと頑なです──。書類も渡されました。これがそうです……。実は、さっきも奴隷商の方に行ってきたんです。素蛾の受け取りには応じないそうです」

 

 沙那は、主人から渡された売買証明書を宝玄仙に見せた。

 

「はあ、なんでだい──? お前、ちゃんとその剣で脅したかい──? 四の五の言えば、その剣先で喉を突いてやればいいんだよ。とにかく、返品だよ。行ってきな、沙那」

 

「そんな強盗のような真似ができるわけないじゃないですか──。とにかく、向こうの主人が主張するには、さらわれたとわかっている娘を買い取ることはできないそうです。素蛾はさらわれた娘なんです。この国の法では、確かに人にさらわれた人間を奴隷商が買い取るのは禁止のようです」

 

 沙那は言った。

 

「えっ? お前、さらわれた娘なのかい……?」

 

 宝玄仙が素蛾に視線を向けた。

 

「は、はい……、わたくしは……」

 

 素蛾が語り始めたが、すぐに宝玄仙がそれを制した。

 

「ちょっと待ちな──。まあ、それはいいよ……。だけど、法で禁止とか言っておきながら、自分はしっかりとわたしに売ったじゃないかい」

 

 宝玄仙が沙那に視線を向けた。

 

「買い取るのは禁止なんですが、売るのは禁止じゃないんですよ。この国の法では──」

 

「なに言ってんだい――。そもそも、最初はあいつも、その人さらいから、こいつを買ったんだろうが――」

 

「そのときには、さらわれたのは知らなかったと言ってます。でも、その後で事情を聞いて知ってしまったから、もう買い取れないそうです」

 

「だけど、わたしに売ったじゃないかい」

 

「ですから、売るのは違法じゃないんです」

 

 沙那は言った。

 確かに、この国の法は、そういうことになっている。

 さらわれた人間と知らずに、奴隷の転売に関わった商人たちを無暗に犯罪者にしないための措置のようだが、それが法の隠れ蓑にもなっているようだが……。

 まあ、それはともかくとして、いずれにしても、奴隷商の主人は、素蛾の返品にも、買い取りも絶対にしないと拒否している。

 

「……お願いします、ご主人様──。わたくしを性奴隷として調教してください。一生懸命に務めますから」

 

 素蛾が必死の表情で言った。

 

「性奴隷といってもねえ……。お前の歳じゃあ、そういうことは早いんじゃないかい……? あと二、三年もすればねえ……」

 

 宝玄仙が困った顔で言った。

 

「そ、そんなことはありません──。ゆ、夕べだって、朱姫お姉さまの調教を受けました──。さ、最後には気を失ってしまいましたけど、きっと、次はちゃんとやってみせます」

 

 素蛾が声をあげた。

 

「調教?」

 

 沙那は朱姫を睨んだ。

 やっぱり、この嗜虐娘は、この年端もいかない少女に手を出したのだ。

 

「そ、それはいいじゃないですか、沙那姉さん──。とにかく、この素蛾は普通の娘じゃありませんよ。公主だと言っているんですから」

 

 朱姫が焦った口調で言った。

 

「公主?」

 

 宝玄仙が驚きの声をあげた。

 沙那は夕べ、素蛾から聞いたことを説明した。

 宝玄仙はびっくりしていた。

 沙那の説明に次いで、朱姫が素蛾の言葉に嘘はないと付け加えた。

 

「一体全体、それはどういうことになるんだろうねえ……」

 

 宝玄仙も困惑気味に言った。

 

「とにかく、もう、わたくしには行き場がありません。皆様がわたくしを性奴隷にしてくれなければ、行き場はないんです。お願いします。どうか、一緒に行かせてください──」

 

 素蛾が深々と頭をさげた。

 

「性奴隷の素質はありますよ、ご主人様……。とっても身体の感度がいいんですよ、素蛾は……」

 

 朱姫が悪戯っぽく言った。

 

「お前は、本当に簡単にちょっかい出したりして……。夕べはただ寝るだけだと言ったでしょう」

 

 沙那は朱姫を叱った。

 

「そうは言いませんでしたよ……。そもそも、調教をして欲しいと言ったのは素蛾からなんですよ。それに、沙那姉さんがあたしに、素蛾の面倒を看ろと言ったんです」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「そ、そうだった……?」

 

 そう言われると、明確になにも言わなかった気もするが……。

 沙那も当惑した。

 

「とにかく、店の主人にもう一度話を聞く前に、お前のことだよ、素蛾──。公主だというのは本当で、そして、国都ではお前が行方不明にはなっていないことになっているのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「わたくしには、そうだとしか言いようがありません──。でも、誰に言っても信用してもらえませんし……。わたくしも、もう宮殿のことは諦めています……」

 

 素蛾が悲しそうに顔を伏せた。

 

「ふうん……。それにしても、お前は随分と裸に近い恰好でいるねえ……」

 

 宝玄仙がじろじろと素蛾を見た。

 そして、口を開いた。

 

「……じゃあ、試験をしてやるよ。その薄い服を脱いで素っ裸になりな──。そして、向かいの奴隷商に主人がいるはずだから、ここの一階の酒場まで呼び出してくるんだ。主人が応じるかどうかはともかく、とにかく、行ってくるんだ。わたしらは、ここの一階で待っているからね──。二階の渡り廊下でなく、外から行くんだよ──。道を突っ切ってね……。それができたら考えてやる」

 

「はい」

 

 素蛾が嬉しそうに返事をして薄物を脱いで、素っ裸で部屋の外に向かった。

 沙那はびっくりして、それをとめた。

 

「ご主人様、素っ裸って──。外にですか?」

 

 沙那は宝玄仙に視線をやった。

 

「沙那、とめるんじゃないよ──。考えていることがあるんだ」

 

 いつになく厳しい口調の宝玄仙に沙那はたじろいだ。

 結局、素蛾は、素っ裸のまま扉の外に行ってしまった。

 

「ご主人様、いくらなんでも……」

 

 不平を言おうとした沙那を宝玄仙が押しとどめた。

 

「とにかく、下に行くよ──。孫空女、わたしに服を着せな。沙那と朱姫は先に一階に行くんだ」

 

 宝玄仙が寝台から立ちあがった。

 言われたとおりに、朱姫とともに一階の酒場に向かった。

 酒場なので、この時間では一階には客はいない。

 ただ、昨日もいた奴隷女が店番をしていた。

 窓から外を覗いたが、道については、さすがに外は誰もいないというわけにはいかないようだ。

 ちらほらと人影がある。

 

 しばらく待っていると、向こうの建物から素裸の素蛾がひとりで出てきた。

 通行人が奇異の目で立ち止まるのが窓から見えた。

 

「沙那様……、朱姫姉さん……。店の主人はもうすぐ来ます」

 

 建物に入ってきた素蛾が、にこやかに笑って言った。

 すると、二階から宝玄仙と孫空女が連れだっておりてきた。

 孫空女は朱姫の貫頭衣を持っている。

 

「朱姫、お前の能力で素蛾の感情を読みな。素蛾には羞恥の感情のようなものはあるかい?」

 

 一階にやってくるや否や、宝玄仙は朱姫に訊ねた。

 朱姫はすぐに首を振った。

 

「そういう感情はありません、ご主人様……。素蛾は嬉しそうです。きっと、言いつけをきちんとできたのが愉しいのだと思います」

 

 朱姫は即答した。

 

「やっぱりね……」

 

 宝玄仙がつぶやいた。

 沙那はそれを聞き逃さなかった。

 

「なにが、“やっぱり”なんですか、ご主人様?」

 

「まあ、待ちな、沙那……。とりあえず、素蛾のことだよ……」

 

 宝玄仙が裸身で立っている素蛾を見た。

 

「……素蛾、とりあえず、それを着てな。朱姫の服だけど、まさか素っ裸で旅をさせるわけにはいかないからね。城郭の門が開けば、適当な服を買ってやろう」

 

 宝玄仙が素蛾に言い、孫空女が素蛾に朱姫の服を手渡した。

 

「そ、それでは、旅に連れて行ってくださるんですね」

 

 素蛾が破顔した。

 

「まあ、これもなにかの縁だしね。とにかく、これから進む通り道だから、この国の国都に立ち寄るさ。それでなにかわかるだろう……。ところで、沙那、おそらく、間違いないと思うけど、この娘が公主だというのは本当かもしれないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ど、どういうことですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 そのとき、奴隷商の主人が店に入ってきた。

 宝玄仙がにやりと笑うと、主人は気後れしたような顔になった。

 

「……は、話というのはなんでしょう……? 言っておきますが、宝玄仙殿──。私も商売人ですから、人情の話と商売のことは別にしております。素蛾を引き取るわけには参りません──。これは絶対です──。つまり……」

 

 しかし、主人の言葉を宝玄仙が手で制した。

 

「お前がどう思っているか知らないけど、この素蛾は本物だよ──。わたしも、かつては貴人との付き合いというのはあったからね。だから、わかるんだよ。公主とかまでいくと、生まれてから着替えはおろか、身体の洗浄でも、糞尿だって、すべてを人前でしかやらないんだ。誰かしら世話をする者がつくからね。そういう育ち方をした貴人は、裸身を他人に見せるということに抵抗がないのさ──」

 

「ええ?」

 

 沙那はびっくりした。

 

「逆に言えば、この娘が偽者だったり、あるいは、頭がおかしいだけの娘だとしても、裸身を晒して羞恥を覚えないなんてことはないよ。つまりは、この素蛾が公主というのは本当だと思うね。少なくとも、こいつは裸身を隠したことがないような人生をずっと送ってきたのさ」

 

 宝玄仙が言った。

 そして、この店の主人をじろりと睨む。

 

「……さあて、どうする、主人──? 乗りかかった舟だから、今回の一件については、わたしらも関わって面倒を看てやることにはするよ──。どうなるかわからないが、素蛾を国都に連れて行くさ。そこにもうひとりの素蛾が存在するというのであれば、ちょっと行って、そいつの服を引っ剥がしてやる。おそらく、そいつは恥ずかしがると思うね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「つ、つまり、この素蛾は……?」

 

 沙那は改めて素蛾を見た。

 

「こっちが本物の公主だよ。わたしは、十中八九、国都にいるのが偽者公主だと思うがね。まあ、お前たちの話がすべて正しいとしての話だけど……」

 

 宝玄仙がきっぱりと断言した。

 すると、奴隷商の主人が震えだした。

 

「……さて、だけど、お前はどうするんだい、主人? わたしらは、この素蛾を国都に連れて行って、今回の一件がどういうことなのか始末をつけることにするよ。だけど、本当にこの素蛾が公主だったら、知りませんでしたじゃ済まないさ……。こんな売買証明書なんて作ったりして、ちょっと困るんじゃないかい……?」

 

 宝玄仙が主人を脅すような物言いをした。

 

「し、知らなかったことです。すべて、知らなかったんです──。私はできるだけのことを──」

 

「そんなことはいいんだよ──。この売買証明書を返して欲しいかどうかを訊ねているんだよ。金板六枚で売ってやるよ。嫌ならいいけどね。万事解決したときに、国王に素蛾の身柄と一緒に、お前の作った売買証明書も渡してやる──。そうすれば、国王の軍が大挙して、お前を捕まえにくるんじゃないのかい」

 

 宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 

「そ、そんな──。買います。買い取らせてください──」

 

 主人の顔に恐怖の色が広がった。

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那は嘆息した。

 素蛾の値は五枚だったはずだ。六枚というのは、さらに余分にぼったくろうということだ。

 

「よし──。これで話は決まった──。じゃあ、朱姫、国都までの道中のあいだ、素蛾の調教係はお前にするよ。国都までは半月というところだろう。しっかりと仕上げるんだ」

 

「は、はい、わかりました、ご主人様──。あ、あの、嬉しいです──」

 

 朱姫が言った。

 

「えっ? 素蛾が本物の公主だと信じておきながら、調教もするんですか? それに、まだ十二歳ですよ」

 

 沙那は声をあげた。

 

「十二歳がどうしたんだい。当たり前だよ──。せっかくの性奴隷だ。調教師としての朱姫の練習台にちょうどいいさ……。実をいうとね……。わたしが最初に手掛けた性奴隷も、いまの素蛾くらいの歳の童女だったよ──。蘭玉といって、わたしの妹だ。お前たちも世話になったあのお蘭だ」

 

 宝玄仙が哄笑した。

 

「わ、わたしく、頑張ります──。朱姫姉さん、よろしくお願いします──」

 

 素蛾が本当に嬉しそうに言った。

 当人の素蛾まで、それを望むのあれば、これ以上は沙那もなにも言えない。

 

「やれやれ、じゃあ、しばらくは五人の旅ということになるんだね」

 

 孫空女があっけらかんと言った。

 沙那はまたまた大きな嘆息をした。

 

 

 

 

(第98話『偽者公主』終わり、第99話『性奴隷候補生』に続く)






 *


【西遊記:93回、偽公主⓵】

 玄奘一行は、衛舎国にやってきました。
 そして、百足山という山に布金禅寺という寺があり、一行はそこに宿を求めます。

 玄奘が高僧であることを知った住職は、寺で預かっているひとりの娘について相談を受けます。
 住職によれば、娘は天竺国の公主、すなわち、国王の娘であると主張しているというのです。

 娘は、ある日、突然に大きな妖気とともに、この国にやって来たということでした。
 しかし、怪しい娘だとして、住民に殺されそうになり、住職が匿ったということでした。
 ところが、住職が手紙で天竺国に連絡をしたところ、天竺国の公主は健在であり、行方不明になどなってはいないという返信がきたというのです。
 だが、住職は、匿っている娘が、本物の公主であると信じており、これから天竺国に向かう玄奘に、事情を確認して欲しいと頼みます。

 玄奘はそれを引き受けます。(続く)


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 第99話  性奴隷候補生【素蛾(そが)Ⅱ】~天神国
655 公主歓迎儀式・三日目


「よし、ここら辺りがいいだろう。ここなら人里から離れているし、人通りも少ないからね……。いまから、素蛾が旅に参加したお祝いだよ。歓迎式だ。全員で半刻(約三十分)ほど、素っ裸で街道を歩くよ。荷物はここに置いていき、あとで道術で取り寄せる──。さあ、女五人で全裸行進だ」

 

 山道の途中の道端で、昼食の片づけが終わると、宝玄仙が突然にそう宣言した。

 沙那は一瞬硬直した。

 

 まず、なにを言われたのか理解できなかった。

 いや、言葉としても意味はわかるのだが、なぜ、それが素蛾の歓迎式と結びつくのか……?

 

 なぜ、全裸で歩かなければならないのか……?

 なぜ、いまなのか……?

 なぜ、こんな街道でそんなことをするのか……?

 

 さっぱりわからない。

 

 果たして本気なのか……?

 

 沙那は耳を疑ったが、当の宝玄仙は、自分の思いつきにすっかりと興奮した様子で、いそいそと服を脱ぎ始めている。

 沙那は呆気にとられた。

 

 宝玄仙のやることや命令には脈絡のないことが多いが、今回は極め付けだ。

 どういう思考過程でそういうことになったのか不明だが、これからこの山道を五人で全裸で歩くという。

 それが完全に本気である証拠に、すでに上衣と下衣も脱いで下着姿になった宝玄仙は、もう下着の脱衣にとりかかっている。

 孫空女、朱姫、素蛾の三人も呆然としている様子だ。

 

「服を脱いだら、ひとりずつ、わたしのところに持ってきな。一番、遅い者は罰を与えるからね」

 

 宝玄仙が笑った。

 それを聞いた沙那以外の三人は、猛然と服を脱ぎだした。

 だが、沙那はひとりだけ、手がとまっている。

 どうしても納得できないのだ。

 

 なぜ、全裸行進しなければならないのだ?

 三日前に、しばらく旅に同行することになった性奴隷志願の素蛾は、生まれ育った高貴さのために、人前で服を脱いだりすることが羞恥と感じない十二歳の童女だ。

 そのことが宝玄仙のなにかを刺激して、そんな連想になったのだろうか。

 

「だ、だって、ご主人様、人が来たらどうするんですか? 確かに、この一刻(約一時間)は人とすれ違いませんでしたけど、ここは国都に向かう主街道ですよ。絶対に人が来ますよ」

 

 沙那は抗議した。

 

「だから、なんなんだい、沙那──? 人が来たって、五人揃って裸で歩いていれば、そんなものだと思うだけだ。お前のように恥ずかしがっていると余計に目立つのさ。素蛾を見習いな。服を脱ぐどころか、人前で快感を刺激される羞恥調教だって、健気に朱姫の調教をこなしていたじゃないか──」

 

「いやいやいや、そ、そんな問題じゃ……」

 

「とにかく、わたしは、そんな素蛾の健気さと頑張りに打たれたのさ。だったら、先輩のわたしたちが頑張らなくて、どうするんだい──。それの証の全裸行進だよ。納得しな──」

 

「全く意味がわかりません──。と、とにかく、やめましょうよ。素蛾の歓迎はほかのことでしましょう、ご主人様……。あるいは、せめて、人のいないところでお願いします」

 

 沙那はそれこそ泣くような気持ちで言った。

 しかし、そんなことを話しているうちにも、宝玄仙はすでに裸になっているし、ほかの三人も同じだ。

 いよいよ、服をまだ着ているのが沙那だけになってきた。

 

「面倒だねえ。お前たち、構わないから、沙那の服を剥いてしまいな──。とにかく、全員の服と荷はこの道端に隠していくよ。半刻(約三十分間)歩いたら歓迎式は終わりだ。荷を回収して服を着てから、今夜泊る予定の宿町に進もうじゃないか」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ちょ、ちょっと、ご主人様……あっ──。そ、そんな……」

 

 沙那はなおも抗議しようとしたが、急に全身の力が抜けたようになり脚が動かなくなった。

 しかも腕が弛緩して身体の横にだらりと垂れさがる。

 それだけじゃなく、猛烈な尿意が襲い掛かってきた。

 いずれも宝玄仙の道術だ。

 

 そして、股間がどんどん熱くなる。

 股間全体に痺れるような大きな淫情を送られている。

 ただでさえ、沙那は尿意が高まると、大きな疼きを覚えてしまうという困った身体なのだ。

 そのうえに、さらに得体のしれない快感を与えられるというのは、それだけで全身の力が抜けそうになる。

 

「や、やめて……あっ……はあっ……」

 

 沙那はたちまちに悶えだしてしまった。

 

「馬鹿だねえ、沙那……。抵抗なんて無駄なのに、なんで抵抗するのさ。脱がすよ……」

 

「まったくですよ。でも、その恥ずかしがり屋さんなのが、沙那姉さんの可愛いところなんですけどね……」

 

 すでに素っ裸になっている孫空女と朱姫が寄ってきて、沙那の服を脱がし始める。

 

「沙那の服は股の下に置いてやりな。許可する前に洩らしたら、お前の服が小便まみれになるだけじゃないよ、沙那。宿町に着くまで、おまえひとりはずっと全裸で歩かせるからね。抵抗できるなら、抵抗してご覧──」

 

 宝玄仙が横から意地悪く言った。

 その直後、沙那の両脚は大きく膝を曲げた状態で開き、がに股の格好から動かなくなった。

 

「あらあら、ほら、意地悪を付け加えられちゃったよ。悪く思わないでよね、沙那」

 

 孫空女が言いながら、沙那から脱がせた服をがに股に開いた沙那の脚の下に置いていく。

 

「い、いやだったら……。いや、いやです、ご主人様……」

 

 沙那は必死で尿意に耐えながら宝玄仙に訴えた。

 だが、沙那の必死の哀訴も全部無視されて、どんどん衣類を脱がされていく。

 孫空女と朱姫が沙那から服を脱がせるときには身体は動くのに、手を離されるとすぐにがに股の格好に戻ってしまうのだ。

 あっという間に、沙那は、ほかの者と同じように素っ裸になった。

 しかも、がに股で両手を身体の横に垂らした状態でだ。

 

「ほらっ、なにをしているの、素蛾──。先輩性奴隷の沙那姉さんが調教されているのよ。性奴隷候補生のお前がぼさっとしてどうするのよ──。お前も沙那姉さんの隣で、がに股になりなさい。そして、自慰よ。沙那姉さんがおしっこ洩らす前に自慰で達するのよ。できなければ罰よ」

 

 素蛾の教育係を任じている朱姫が、突然始まった破廉恥な沙那の調教に、そばで唖然としていた素蛾に強い口調で言った。

 宝玄仙に、この公主の調教係を命じられた朱姫は、この三日、嬉々として、なにも知らないこの無邪気な童女の調教にいそしんでいる。

 この素蛾も天然的な正直者なのか、疑うことを知らないのか、あるいは、性奴隷というものにまったくの抵抗がないのか、朱姫の施す性調教に喜んで取り組んでいるようだ。

 

「は、はい、わかりました、朱姫姉さん……。沙那様、失礼します」

 

 素蛾が沙那が立っている隣にやってきて、沙那と同じように股を開いて膝を曲げると、股間を指で愛撫し始めた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 横からすぐに素蛾の可愛らしいよがり声と荒い息が聞こえてくる。

 素蛾は指で肉芽を摘まんで擦っているようだ。

 

 しかし、沙那はそれどころではない。

 切迫した尿意が襲いかかっている。

 

「ご主人様、お許しを──。歩きます。みんなと一緒に全裸で歩きますから許してください──。もう、逆らいません。は、排尿をさせてください」

 

 沙那は叫んだ。

 もう一刻の猶予もない。

 宝玄仙の道術で産みだされた尿意は、大きな快美感のうねりとなって沙那を襲っている。

 もう、身体の力が抜けてしゃがみ込みそうなのだが、宝玄仙の道術がそれを阻んでいるという状況だ。

 

「浅慮なく垂れ流したらいいじゃないか。服を濡らさないように前に飛ばせばいいだろう。立小便は何度も教えたじゃないか。しかし、服をちょっとでも汚したら、さっき言ったように、宿町までお前ひとり全裸行進の延長だからね」

 

 宝玄仙が意地悪く言った。

 

「そ、そんな……。ね、ねえ、もう駄目……。も、漏れる……。そ、孫女、足元の服をどけて……」

 

 沙那は必死で横の孫空女に言った。

 

「そ、そんなの無理だよ。ご主人様の許さないことなんてできないよ」

 

 孫空女が当惑したように言った。

 やはり、孫空女も助けてくれない。沙那はもう一度宝玄仙に哀訴した。

 

「だ、だったら片手だけでも自由にして……。お、お願い──します、ご主人様──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 確かに、立小便で尿を前に飛ばす練習はさせられたことはあるが、指で尿道を開くようにしなければ、どうしても尿は真下に落ちてしまうのだ。

 いまのように手が動かない状態ではできない。

 

「いく、いきます、朱姫姉さん、いきます──」

 

 横で素蛾が真っ赤な顔をして叫んだ。

 

「いっていわ」

 

 朱姫が言った。

 

「いくううっ──」

 

 素蛾は大きな声をあげてがに股の身体をのけぞらせた。

 “いく”と叫ぶのは、どうやらそういうものだと、朱姫に教えられている気配だ。

 この三日、素蛾が朱姫に命じられて、ほかの仲間の前で達するのを見ているが、判で押したように同じような仕草をする。

 とにかく、かなり速い時間で沙那の横で素蛾は自慰で達した。

 

「いい子ね。じゃあ、沙那姉さんの調教を見物よ、素蛾。姿勢を崩していいわ」

 

「は、はい……、朱姫姉さん……。はあ、はあ、はあ……」

 

「確かに、なかなかに淫乱な身体に仕上がっているじゃないか、素蛾──。随分と短い時間で達することができるようになったね。いい傾向さ」

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様」

 

 素蛾が朱姫と宝玄仙に褒められて嬉しそうな返事をした。

 だが、沙那はそれどころじゃなかった。

 

「て、手を動かして──」

 

 沙那は泣きそうな声で言った。

 このままではそのまま服の上に漏らしてしまう……。

 

「あら、だったら、沙那姉さんの尿道はあたしが指で開いてあげますよ……」

 

 朱姫が、道術で拘束されて動けない沙那のすぐ横に寄ってきて、くすくすと笑った。

 いやな予感がする……。

 

「……その前にお尻でいってください。そうしたら、指で開いてあげます」

 

 朱姫がささやいた。

 そして、いきなり沙那の尻の亀裂にすっと手を伸ばして、肛門に指を入れて中の粘膜をくすぐるように動かしだした。

 

「ひいいいっ」

 

 指を入れられた部分から、身体が溶け出すような気持ち良さが襲いかかった。

 それが五体に流れ渡る。

 しかし、いまの沙那にはそれは地獄のような快感だ。

 

「おしっこを漏らす前にお尻でいくんですよ、沙那姉さん。失敗したら、知りませんよ。ご主人様は本当に沙那姉さんを裸で宿町まで歩かせると思いますよ」

 

 朱姫が意地の悪い物言いをして沙那の肛門を激しく刺激を続ける。

 

「いや、あうっ、だ、駄目……。はうっ、あっ、あっ、ああっ──」

 

 沙那は声を引きつらせて甲高い声をあげた。

 股間の尿意はもうどうにもならないくらいに切迫している。沙那が尿意を溜めるということは、快感も溜まっているということだ。

 そっちを我慢して、お尻の快感だけを解放するなんてできるのだろうか……?

 だが、宝玄仙は朱姫の悪戯に興に乗ったように喜んでいる。

 

「あ、あたしは、誰か来ないか見張っているね」

 

 孫空女が逃げるように離れていった。

 

「そ、そんな風に、お、お尻に指を入れて達することができるんですか──?」

 

 横で素蛾が素っ頓狂な声をあげた。

 

「お尻も立派な快感よ、素蛾。お前にはまだ早いかもしれないから、本格的にはやっていないけど、沙那姉さんだけではなく、あたしも、孫姉さんも、ご主人様だって、しっかりと感じるお尻を持っているわよ。お前も調教すればちゃんとお尻で感じるようになるわ……。お前もあたしにお尻を舐められたらしっかりと達したでしょう。お尻は気持ちいいのよ」

 

 朱姫が素蛾を見ながら笑った。

 

「だ、だったら、わたくしにもお尻の調教をしてください。わたくし、朱姫姉さんの調教が好きです。とても気持ちいいですから」

 

 素蛾が必死の口調で言った。

 沙那は、やっぱりこの公主は変わり者すぎると思った。

 そのあいだも朱姫の指はしっかりと、沙那の感じるようにお尻の中で動き続けている。

 

「お前もやってみるといいよ、素蛾……。最初は指を入れすぎないんだよ。沙那のように、お尻の深くまで指を入れるのは、朱姫のいうとおりに調教が進んでからさ。徐々に張形を大きくして、太くて長いものをお尻で受け入れるようにするんだ」

 

 宝玄仙が横から言った。

 

「や、やってみます」

 

 素蛾はまた沙那の横に並んで同じ格好になり、今度はお尻に自分で指を入れようした。

 

「あたしがやってあげるわ……。達するまではいかないかもしれないけど、だんだんと感じる場所にしようね」

 

 朱姫がその手を払いのけて。素蛾のお尻に沙那を責めている反対の手の指を入れたようだ。

 

「ああっ、はあっ、はい──」

 

 朱姫に悪戯をされ出したらしい素蛾がよがり声を出し始めた。

 しかし、沙那はもう限界だった。

 沙那はお尻からじわじわと発散した淫情の塊に全身の隅々に犯されて、咆哮に似た声をあげて絶頂に昇り詰めた。

 その瞬間、失禁しそうになり、沙那は歯を食い縛って、それを耐えた。

 

「いい子ですね、沙那姉さん。じゃあ、ご褒美ですよ──。素蛾は短かったけど、これで終わりよ。今夜からは、お尻の調教もやろうね」

 

「は、はい……」

 

 素蛾が返事をした。

 その声には、心なしか途中で中止となった朱姫の肛門愛撫に残念がる響きがあった。

 朱姫が、沙那の背後からぐいと尿道口にあたる部分を左右から指で引っ張って開いた。

 

「もっと、上にも皮を引っ張って──」

 

 沙那は悲鳴のように叫んだ。

 次の瞬間、しゅっと音を立てるように沙那の股間から尿が飛び出した。

 沙那の尿はものの見事に、真下に置いてある衣類を避けて前に飛んでいる。

 

「す、すごい、すごい、すごいです──。わたくしにもそれを教えてください──」

 

 素蛾がびっくりしたような声をあげた。

 

「はぐうっ、はあっ、はあああっ──」

 

 沙那はそんな素蛾の賞賛の声を聞きながら、必死になって立ったまま尿を前に飛ばし続けた。

 そして、全身を震わせながら絶頂していた。

 

「わ、わたくしもやってみていいですか──」

 

 素蛾が興奮した口調で言っている。

 朱姫が笑って許可の言葉を告げると、見よう見真似で素蛾が立ったまま排尿をしだした。

 その尿は真下にじょろじょろと流れ出るだけだった……。

 

「お、終わりました……」

 

 沙那は言った。

 なんとか服を汚さずに終わってほっとした。

 二度続けての絶頂は完全に沙那の身体を脱力させてしまった。

 宝玄仙の道術は解かれたが、沙那は立っていられなくて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「うまくきませんでした……」

 

 横から意気消沈したような素蛾の声が聞こえた。

 

「最初からうまくはいないわ。おしっこについては、このまえ、あたしもやっと前に飛ばせるようになったのよ。お前にもコツを教えてあげるわね」

 

 朱姫がそう言うと、素蛾が嬉しそうに返事をした。

 

「さて、じゃあ、手間取ったけど、素蛾の歓迎式代わりの全員の全裸行進だよ──。準備しな──」

 

 宝玄仙が元気な声で叫んだ。

 沙那の周りでほかの者がばたばたと動き出した。



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656 我慢訓練・五日目

「気持ちいいねえ……。これがあれば、なにもいらないという感じだよ。いままで、あちこちで野宿をしたけど、ここは最高だよ。よくここに案内してくれたよ、沙那」

 

 真っ先に裸になって、温泉の湯に裸身を浸けた宝玄仙が嬉しそうに言った。

 天神(てんじん)国の国都に向かう途中の山中にあった天然の温泉だ。

 地元の住民からの聞き込みで、街道を外れた山奥に岩に湯が沸いている場所があるということを耳にした沙那が、旅の途中で寄り道をしてここまで連れてきてくれたのだ。

 街道を外れてからの道は、険しくて歩き難かったが、それだけの価値は確かにあったと朱姫も思った。

 すっかりと陽が暮れているから、この岩場でそのまま野宿をすることになると思うが、湯の沸いている岩湯の部分だけでなく、岩自体も地熱で温かいので、毛布もなにもいらない感じだ。

 

「一刻(約一時間)ほどで、夕食の支度ができると思います。それまで、湯の中でくつろいでいただいても結構ですよ、ご主人様。明かりと水筒をここに置いときますね」

 

 沙那が湯のそばにやってきて宝玄仙に言った。

 星明りしかなかった一帯が、沙那が照らした小さな燭台でほんわりとした明かりに包まれる。

 朱姫は、新入りであり、朱姫の新しい妹分であり、性奴隷候補生の素蛾(そが)とともに、宝玄仙が脱ぎ散らかしたものを畳んでいたが、沙那に声をかけられた。

 

「あなたたちふたりも、今夜はご主人様と一緒に食事までゆっくりしていいわ。今日の食事当番は、わたしと孫女だから」

 

「あっ、でも、わたくしは、新参者ですし、奴隷ですから働きます」

 

 素蛾が朱姫が畳んだ宝玄仙の衣類もまとめて、湯に濡れない岩の横に置いてそう言った。

 

「いいのよ、素蛾。こういう旅なんて慣れていないと思うから、今日は険しい山道で疲れたでしょう? それに、さっき温泉というのは初めてだと言っていたじゃないの。朱姫と一緒に入りなさい」

 

「でも、沙那様……」

 

 素蛾は困惑している。

 この天神国の南側で偶然に出会ったこの国の公主、つまり、国王の娘だと自称している素蛾と出会ったのは五日前だ。

 

 布金(ふきん)という城郭の郊外のあった小さな奴隷商で、酔った宝玄仙が購ったのだが、話を聞いてみれば、どうやら本当に公主だということもわかってきた。

 素蛾は半月ほど前に、宮殿で突然に怪しい風にさらわれて気がついたら、人さらいの横行するこのこの国の東側の平原に置き去られていたというのだ。

 それで、呆気なく奴隷狩りでさらわれて奴隷商に売られて、それを酔った宝玄仙が買ってしまったということなのだ。

 

 もちろん、素蛾は自分は公主だということを奴隷商に訴えたようだ。

 奴隷商も半信半疑ながらも、そのことを役人に届けたらしい。

 しかし、役人が国都に問い合わせて戻ってきたのは、公主の素蛾は行方不明にはなっていないという冷たい返事だったそうだ。

 

 だが、この素蛾はどこまでも心が善良にできているらしく、自分を助けようとしてくれた奴隷商に、自分を売ってもいいと言ったという。

 素蛾としては、宮殿に戻れないとなると、もう性奴隷くらいしかできないと考えたようだ。

 性奴隷といっても、素蛾はその経験も知識もほとんどない十二歳でしかないのだが、なにか勘違いしているらしく、素蛾は性奴隷になるというのをわくわくするような体験として捉えているようだ。

 

 とにかく、素蛾については、国都まで旅に同行させて、国都にいるであろう偽公主と決着をつけようということになった。

 ただし、旅のあいだは素蛾はこの一行の性奴隷扱いだ。

 宝玄仙の気紛れであるが、素蛾もそれを希望して、そうなった。

 

 その調教係には朱姫が指名された。

 素蛾は朱姫の施す性調教を心からの嬉しさとともに、積極的に取り組んでいる。

 朱姫にしても、素蛾に毎日接するのが愉しくて仕方がない。

 

「いいのよ。沙那姉さんがそう言ってくれるんだから、そうしようよ……。それにね……。沙那姉さんも、ただ、あたしや素蛾に気を遣ってそう言ってくれているだけじゃないのよ。沙那姉さんは、なんだかんだで、ご主人様の世話をあたしと素蛾に押しつけているんだから」

 

 朱姫は笑った。

 

「そ、そんなことないわよ……。とにかく、支度ができたら呼ぶからよろしくね……」

 

 図星を朱姫に突かれた沙那が顔を赤らめて、湯溜まりのある岩湯から少し離れた焚火の位置に戻っていった。

 すでにこの岩場一帯を宝玄仙が結界で包んでいる。

 盗賊にも獣にも襲われる心配もない気楽なものだ。

 

 朱姫は素蛾を促して裸になると、宝玄仙が浸かっている湯に一緒に入った。

 湯溜まりは大きいので、三人どころか五人で入っても全員が十分に手を伸ばせるくらいの広さがある。

 深さは腰くらいまでしかない。

 朱姫と素蛾は、宝玄仙がやっているように裸身を寝そべるような体勢で湯に全身を沈めた。

 湯はぬるめでちょうどいい温かさだった。これなら、いつまでも入っていられそうだ。

 

「どれ、改めて身体を見てやるよ……。その場に立ちな、奴隷」

 

 しばらく、他愛のない話をした後、宝玄仙が素蛾に言った。

 素蛾はさっとその場に立ちあがった。

 朱姫は宝玄仙ともに、素蛾の裸体に目をやった。

 

 素蛾の肌は、王族の娘らしく傷ひとつない白くて綺麗な肌だった。

 膝から出た裸身は湯に濡れ、燭台の光に照らされてぬめぬめと光沢を湛えて輝いていた。

 大人ではない素蛾の身体は、決して色っぽいとは言えなかったが、その分、童女らしい可愛さに溢れていて魅力的だと思った。

 わずかに膨らんだ乳房は、この五日の朱姫の調教で、ただくすぐったいだけの場所から、しっかりと快感を覚える性感帯に作り替えられている。

 

 また、腰の括れ、腰の張りは数年後の絶世の美女を約束されているかのように悩ましい曲線をちゃんと描いていて、その身体の線には、しっかりと「女」も感じさせる。

 だが一本の毛の生えていない股間はやはり年齢にふさわしい少女だ。

 しかし、もっとも童女然としているその亀裂は、もう大人の男と同じ太さの張形を受け入れるのだ。

 一方で肛門には、まだほとんど手を付けてはいない。

 だが、国都に着くころにはしっかりと快感を覚える場所にしてしまうつもりだ。 

 

「五日前に比べて、かなりいやらしそうな身体になってきたじゃないか、素蛾? 朱姫にたくさん絶頂させてもらったかい?」

 

「は、はい──。朱姫姉さんには、たくさん、たくさん、いかせてもらいました、ご主人様」

 

 素蛾は、身体をじろじろを見られながら照れたように微笑んだ。

 

 素蛾は朱姫のことを“朱姫姉さん”と呼ぶ。

 宝玄仙のことは、もちろんほかの者と同様に“ご主人様”であり、沙那や孫空女のことは“様”を付けて呼ぶのだが、朱姫だけそう呼び掛けるのは、最初に朱姫の真似をして、素蛾がそう呼んだとき、それが気に入った朱姫がそうさせているからだ。

 素蛾が“朱姫姉さん”と呼びかけることにも、朱姫はぞくぞくするような快感を覚えたりする。

 

「じゃあ、いま、達してみな──。朱姫、この王女様がいやらしく達するところを見せておくれよ」

 

 宝玄仙が微笑んだまま言った。

 

「ふふ……。じゃあ、いらっしゃい、素蛾。両手を頭の上に乗せるのよ」

 

 朱姫は岩湯の縁に腰かけて、宝玄仙に正面が向くように素蛾を湯の中に立たせた。

 そして、両手を頭の後ろに置かせる。

 朱姫がそうしろと言えば、素蛾はもう、手を頭から離すことは許されない。

 朱姫の言葉は、もう素蛾にとってはなによりの拘束具だ。

 この五日でそのように躾けている。

 朱姫は素蛾の未成熟な胸に、背中側から腕を伸ばして両手を添えた。

 

「あ……ああ……」

 

 朱姫の柔らかい手管に、素蛾の口からたちまちに甘い声が漏れた。

 素蛾が切なそうな仕草で身体を震わせ出す。

 

「感じやすい娘だねえ……。さすがは朱姫の調教だね」

 

 宝玄仙が素蛾を見ながら言った。

 

「いいえ、ご主人様……。もともとの素蛾の素質ですよ。この素蛾は、とっても感じやすいんです。公主なんかよりも、きっと性奴隷の方が向いてますね」

 

「わ、わたくしも……そ、そう……思い……ああ……ます……はあ……」

 

 素蛾の身体の震えがさらに大きくなる。

 それとともに、ふたつの乳首は完全に勃起した。

 朱姫は、その乳首を両方をくりくりと動かした。

 

「はああああっ──」

 

 素蛾が身体を弓なりにして、悲鳴をあげた。

 

「おやおや、達してみせよとは言ったけど、それじゃあ、あまり慎みがないねえ。あんまりいやらしくなってしまっては、公主に戻るのに苦労するかもしれないね……。だったら今度は我慢してみな。いいというまで達しないんだよ。朱姫の愛撫にもなるべく感じないようにするんだ」

 

 宝玄仙が意地の悪いことを言った。

 五日前のなにも知らない素蛾の身体ならともかく、この五日間、徹底的な快楽責めにしている素蛾には、快感を我慢しろというのは一番の苦しさだろう。

 だが、朱姫は、まだそういう責めを素蛾にはしていないことを思い出した。

 そう思うと、朱姫も一生懸命に快感を堪えている素蛾を見てみたくなった。

 

「わ、わたくしは公主よりも、皆様の奴隷であるのがいいです……。慎みなんかなくても困りません」

 

 すると、素蛾が抗議をするような口調で言った。

 

「嬉しいことを言うのね、素蛾。でも、ご主人様の命令には逆らったら駄目よ。じゃあ、我慢をする練習よ。思った通りにやってごらん」

 

 朱姫は言った。

 

「が、我慢ですか……。や、やってみます……」

 

 案の定、素蛾は当惑している様子だ。

 とりあえず、ぐっと唇を噛みしめるようにしてみたようだ。

 朱姫は指先で乳首を挟んで、くりくりとしごくように動かした。

 素蛾はこの動きに弱い。

 もう、素蛾の身体は隅から隅まで知っているつもりだ。

 

「んんっ」

 

 素蛾の身体がびくんと跳ねあがった。

 

「我慢するどころか、さらに反応が激しくなったんじゃないかい?」

 

 宝玄仙が嘲笑った。

 

「も、もうしわけありません……。で、でも、どうしていいのか……」

 

 素蛾が泣きそうな声になった。

 それでいて、身体と声は淫情に震えている。

 朱姫は責めの場所の一方を肉芽に移動させた。

 乳首とともに、今度は肉芽も責める。

 

「ああ、ひいいっ、あああああっ──」

 

 素蛾の口から大きな嬌声が迸り、膝ががくんと落ちた。

 

「ほらっ、我慢するんでしょう?」

 

 朱姫は素蛾の身体を責めながらからかった。

 

「は、はい……、ああっ、んんっ──。はっ、で、でも……ああん……」

 

 朱姫は、素蛾がもっとも弱い刺激の与え方で、素蛾の胸と肉芽を徹底的に愛撫し続けた。

 朱姫の指が素蛾の肉芽や乳首を移動するたびに、素蛾がいやらしい声をあげて、びくんびくんと身体を強く震わせる。

 

「んぐうっ、んあっ……だ、だめ……。しゅ、朱姫姉さん……、が、我慢の仕方……お、教えてください……。そ、素蛾はだめ……ああっ……」

 

 素蛾が身体を弓なりにして叫んだ。

 

「まだ、許可していないわよ、素蛾……。いっちゃだめよ」

 

「ああっ、で、でも……ふくううっ、ううううっ……ああああっ──」

 

 素蛾は一瞬だけ我慢しようとするような仕草を示したが、それは束の間だけだった。

 

「い、いっちゃいそうです、ごめんなさい、朱姫姉さん──あああっ──」

 

「駄目よ。我慢しなさい」

 

 朱姫は愛撫をさらに激しくしながら意地悪く言った。

 

「は、はいっ」

 

 素蛾がとっさに、頭の後ろの一方の指で反対の手の甲を思い切りつねったようだ。

 しかし、そんなものでは、朱姫の与える快感はとめられなかったらしい。

 すぐに絶息するような悲鳴をあげて、全身を震わせた。

 そして、大きな震えが二度、三度と続いたかと思うと、がっくりと力が抜けたようになった。

 

「あらあら、命令には従えなかったのね……。じゃあ、罰を与えましょうね、素蛾」

 

 朱姫は笑った。

 

「はあ、はあ、はあ……もう、申し訳ありません、朱姫姉さん……」

 

 素蛾はうなだれた。

 

「いいのよ。少しずつ覚えれば……。でも、罰は罰よ。今日の罰はきついわよ。明日の朝まで股間の疼きを我慢する調教よ。さあ、手を背中に回して」

 

 朱姫は言った。

 素蛾がすぐに手を頭の上から背中におろした。

 朱姫は、手を伸ばして自分の服の下から細い紐を取ると、素蛾の親指の付け根を重ねさせて縛った。

 

 指縛りだ。

 これで素蛾はもうほとんどの動きを封じられてしまう。

 

「明日の朝に解いてあげるわ。それまでは裸ですごすのよ」

 

「は、はい、朱姫姉さん」

 

 素蛾はまだけだるそうな口調で言った。

 朱姫はその素蛾の股間に手を伸ばし、さっき素蛾の親指を縛った紐とともに服の下から取り出した霊具を素蛾の女陰に入れた。

 『女淫玉(じょいんだま)』と呼ばれる大人の親指の先ほどの球体だ。

 これは女の局部に入れると、そこが狂うような疼きが発生するという効果がある。

 疼きの度合いは入れられた数による。

 

 朱姫はとりあえず三個を素蛾の女陰に押し込んだ。

 ふと、宝玄仙を見た。宝玄仙も朱姫がなにを素蛾の股間に入れたのか気がついている。

 だから、にこにこしている。

 霊気を帯びているこの霊具は、つるりつるりと素蛾の膣に潜っていく。

 あとは、朱姫が道術を解放しない限り、これが外に出ることはない。

 素蛾は、股間とお尻の疼きに、夜通し泣き叫ぶに違いない。

 

 朱姫はほくそ笑んだ。

 同じものを沙那にやったことがあるが、沙那は文字通りのたうちまわり、数刻で朱姫に泣きながら許しを乞うた。

 それくらいに強力な淫具なのだ。

 

 そのときの沙那と同じ三個だ。

 しかし、朱姫はさらに素蛾には追加することにした。

 くるりと素蛾の身体を反転させると、お尻の穴にも新たに三個詰め込んだのだ。

 まだ、六個を人に試したことはないので、どうなるかわからない。

 しかし、これでかなり根性のある素蛾だ。あるいは、我慢仕切ってしまうのではないかとも思った。

 

「な、なにを入れたのですか、朱姫姉さん? あ、あの……お、お股とお尻が熱いです……。な、なにか変です……。はあ……おかしい……おかしいです……ふうん……」

 

 素蛾が苦しそうに腰を振り始めた。

 早速、効き目が表れたのだろう。

 

「明日の朝まで我慢しなさい。それが罰よ──。さあ、おいで……。素蛾の好きな舌舐めをしてあげるから」

 

 朱姫がそう言うと、素蛾はつらそうに悶えながら口を開けた。

 朱姫は素蛾の舌をぺろぺろと舐める。

 素蛾の顔が淫情に酔ったような顔になる。

 

「どれ、わたしも参加しようかね……」

 

 宝玄仙がそう言って、素蛾の耳を舌で愛撫をし始めた。

 たちまちに、素蛾は大きな声で喘ぎながら、拘束された身体を激しく動かし始めた。

 宝玄仙もわかっているはずだ。

 朱姫の責めも、宝玄仙の責めも、素蛾が絶頂寸前になるまでは追い詰めるが、それでぴたりと責めが止まることになる。

 そして、素蛾の身体が少しでも冷めたら、また愛撫を再開する。

 それを延々と繰り返すのだ。

 

 『女淫玉』を六個も入れられたうえに、性技に長けた宝玄仙と朱姫のふたりがかりの焦らし責めだ。

 この王女は、どれだけ正気を保っていられるだろうか……。

 朱姫は、素蛾を責めながら、くすくすと笑ってしまった。



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657 公女犬・七日目⓵

 朱姫は裸で床に跪いている素蛾(そが)に向かって首輪を投げた。

 首輪には長めの鎖が繋がっている。

 その鎖の先は寝台の縁に腰かけている朱姫が握っていた。

 

「素蛾、首輪をしなさい。今夜は犬になる調教よ」

 

「は、はい、朱姫お姉さま。素蛾の調教をよろしくお願いします」

 

 素蛾が嬉しそうに頭を床につけた。

 この天神(てんじん)国の公主、すなわち、王女だという十二歳の少女を国都に連れて行くことになって、数日がすぎていた。

 その王女の調教を担任することになった朱姫の毎日は、本当に充実していた。

 

 可愛らしい十二歳のこの童女は、愛くるしくて、淫らで、そして素直だ。

 どうやって生きてきたら、こんなに疑うことを知らない善良な性質になるのだろうかと疑問に思うほどにいい子であり、しかも、朱姫たちから面倒を看てもらう限り、自分は朱姫たちの性奴隷にならなければならないと勘違いしている気配もある。

 

 とにかく、性奴隷志願者である素蛾をしばらく預けられることになった朱姫は、毎晩のように趣向を変えた嗜虐でいたぶって遊んでいた。

 一昨夜など、「女淫玉」という強烈な淫具をひと晩中、挿入して放置するという責め苦を与えたが、素蛾は必死になってそれに耐え続け、結局のところ、朝になるまで一度も弱音を吐かなかった。

 根性があるのだ。

 しかし、それによって、素蛾が使い物にならなくなり、旅の出立が遅れて、沙那に雷を落とされたが……。

 

 いずれにしても、朱姫は宝玄仙に命じられた素蛾の調教係だ。

 今夜も宿町で宿を取ると、朱姫は素蛾と二人部屋を与えられている。

 夕食をみんなで終わって、それぞれの部屋に分かれると、後は朱姫の時間だ。

 

 また、隣の部屋では宝玄仙の相手を沙那と孫空女がしているはずだ。今日の朱姫の趣向は、宝玄仙に伝えているので、実はあとで合流することになっているが、それについては、まだ、沙那も孫空女も教えられていない。

 

 まあ、それはいい。

 いまは、素蛾のことだ。

 

「立ちなさい」

 

 朱姫は素蛾の首輪をぐいと乱暴に引っ張った。

 

「ぐっ……。は、はい……」

 

 素蛾が苦しそうな声を漏らしたあと、慌てたような仕草で立ちあがる。

 朱姫は眼の前にやってきた素蛾の首輪に垂れた鎖を身体に沿って這わせた。

 鎖はまだ幼い膨らみでしかない胸の中心を割り、臍の前を通って、まだ無毛の股間に到達する。

 素蛾がかすかに声を洩らせた。

 

 声を洩らしたのは、ひんやりとした鎖が、快楽への期待に火照った身体に触れた刺激からだけではないだろう。

 鎖という拘束具が剥き出しの肌に触れたことで、この童女は早くも被虐の快感に酔いを示し始めたのだ。

 素蛾は、まだ性には未熟だが、実はこの素蛾はとても身体が敏感だ。

 快感にも弱く、身体の開発もそれほどでもないのにすごく感じやすい。

 それに、根っからの被虐癖だ。

 この童女が責められて感じる性癖であることは間違いない。

 

 本人がどれだけの自覚があるかわからないが、おそらく苦痛にも強いだろう。

 嗜虐癖の素蛾は、耐えられそうにない苦痛も、それを快楽に変えることができると思う。

 そして、この王女は羞恥とか慎みの概念が通常の「常識」とはまったく違う。

 だから、性的なものに対する羞恥心や嫌悪感が皆無だ。

 

 考えてみれば、本来、快楽というのは愉しいものだ。

 従って、性的な行為に対する拒否感のない素蛾は、それを愉しくて素晴らしいものだと純粋に感じているようだ。

 しかも、素蛾は嗜虐癖だ。

 そんな素蛾が直接的に性の快楽を求めれば、“性奴隷”になりたいということになるのだろう。

 

 朱姫は素蛾の童女の股の亀裂に鎖をわずかに食い込ませた。

 

「あんっ」

 

 素蛾が小さな溜息をついた。

 朱姫は素蛾の身体を反対に向かせた。

 鎖を双臀を割らせ背中に添わせ、首輪の後ろにある輪っかに鎖を通す。

 首輪には鋲のような飾りがたくさんあるが、それを持ちあげるようにすると、首輪の外周のどこでも小さな輪っかを出すようにすることができる。

 朱姫は素蛾の首輪の真後ろに輪っかを作って鎖を通した。

 そして、思い切り、素蛾の首輪の前側から、股間を通って首輪の後ろ側を通っている鎖を引き絞った。

 

「あぐっ──」

 

 素蛾が自分の柔らかな股間に硬い鎖が食い込んだ痛さに、爪先立ちになって小さな悲鳴をあげた。

 

「四つん這いになるのよ、子犬……。ふふ……今夜は犬になる調教だと言ったでしょう。最初の鎖の調教が終わったら、尻尾を付けてあげるわね。ほらこれよ」

 

 朱姫は四つん這いになった素蛾の首をこちらに向けさせて、寝台の縁に腰かけている自分の横に置いてあった調教用の尻尾の霊具を素蛾に見せた。

 犬の尾に模した房毛であり、その根元に尻穴に挿入する張形が繋がっている。

 張形の部分はうずらの卵大の球体が十個ほど繋がっていて、張形部分の長さは一尺(約三十センチ)ある。

 その張形部分の長さに、素蛾は眼を見開いてびっくりしたようだ。

 

「まだ、これ全部を飲み込むのはお前には無理ね。今日は玉ふたつよ。でも、今夜中に五個まで飲み込んでもらうからね。それまでは寝れないと思いなさい」

 

 朱姫は言った。

 

「は、はい──。頑張ります、朱姫姉さん」

 

 素蛾は沸き起こった淫情に顔を上気させながら、元気に返事をした。

 

「そうよ……。頑張るのよ。沙那姉さんや孫姉さんなんか、これ全部を平気で飲み込むのよ。早く、そんな風になろうね、素蛾」

 

「はい。朱姫姉さん、お願いします──。でも、朱姫姉さんもそれを全部入れることができますか?」

 

 素蛾が何気なく言った。

 

「あ、あたし?」

 

 朱姫はその質問に当惑してしまった。

 朱姫はお尻が弱い。

 最近こそ、こんな尻穴用の張形でまともに責めらていない気もするが、こんなに長い張形で尻を責められたら、たちまちに繰り返し昇天してしまうだろう。

 まともに、意識を保つ自信はない。

 

「ま、まあ、飲み込むだけならできるけど……」

 

 朱姫は誤魔化した。

 朱姫の場合は飲み込んだあとだ。暴走するような快感を制御できなくなり、わけがわからなくなるだろう。

 

「す、すごいです──。わ、わたくしも、早く、朱姫姉さんや沙那様や孫空女様のような素敵な性奴隷になりたいです」

 

「あっ、そう……。まあ、頑張ろうね」

 

 朱姫はとりあえず微笑んだ。

 

「とにかく、この尾は後よ……。最初は鎖の調教からね。椅子の上に乗馬鞭があるでしょう? 取っておいで。もちろん、四つん這いでね。お前は今夜は子犬なのよ」

 

 朱姫は持っている鎖の長さを道術で延長した。

 これで素蛾が部屋全体を歩いても鎖を繋いだままでいられる、十分な長さになった。

 素蛾が小さなお尻をこちらに向けて、四つん這いで這っていく。

 部屋の窓際に椅子があり、そこに乗馬鞭があるのだ。素蛾はそこに向かっていく。

 素蛾が手を伸ばして、椅子から乗馬鞭を取ろうとした。

 朱姫は鎖を力いっぱい引っ張って、手元に引き寄せた。

 

「きゃあっ」

 

 素蛾は首輪を引っ張られて、頭側から仰向けに床にひっくり返った。

 床に背中を叩きつけられた素蛾は手足を拡げた無様な姿で倒れて悲鳴をあげた。

 そんな哀れな素蛾の姿に、朱姫は、自分の心が嗜虐の悦びにふつふつと燃え立つのがわかった。

 可愛い素蛾が惨めにひっくり返ったのを見て、朱姫の股間がじゅんと濡れた気もする。

 

「い、痛いっ」

 

 仰向けにひっくり返った素蛾が両手で股間を押さえた。

 朱姫があまりにも思い切り鎖を引っ張ったので、鎖が幼い股間に食い込んだのだ。

 

「なにをやっているのよ──。お前は犬だと言ったでしょう──。犬らしくしなさい。手を使うんじゃないわよ──」

 

 朱姫は鎖をぐんと引っ張って、さらに素蛾の股間に鎖の刺激を与えた。

 

「んんっ」

 

 股間を手で押さえようとした素蛾の手が宙でぴたりと静止した。

 そして、すぐに起きあがって、また四つん這いになった。

 朱姫は鎖を揺らして、床を叩いて大きな音を鳴らした。

 

「行け」

 

「はいっ」

 

 素蛾が返事をした。

 朱姫はまた鎖を引っ張って、素蛾を後ろに引き倒した。

 

「ひぎいっ」

 

 再び、股間に鎖を食い込まされて、床に倒れた素蛾がまた悲鳴をあげた。

 

「犬はわんでしょう、素蛾──。人間の言葉を喋るんじゃないわよ──」

 

 朱姫は鎖を引っ張って、仰向けの素蛾を足元まで引き摺って戻す。

 

「わ、わん、わん──」

 

 素蛾が慌てたように、犬の声で叫んで、四つん這いに戻った。

 鎖に引き戻される怯えを身体に醸し出しながら、素蛾はよたよたと四つん這いで歩いて、やっと椅子のところまで行った。

 今度は手を使わずに、口だけで乗馬鞭の柄を咥えて戻ってくる。

 

「よくやったわ、素蛾。いい子ね」

 

 朱姫は鞭を受け取ると、素蛾の頭を撫ぜた。

 素蛾は嬉しそうにした。

 

「ご褒美よ。口を開けて舌を出しなさい」

 

 朱姫は言った。

 この素蛾を調教し始めて、まだ十日にもならないが、そのあいだ、特に念入りに開発しているのが、素蛾の口中の性感帯の開発だ。

 素蛾が舌を出した。

 朱姫は一度床に座って、素蛾と同じ高さになると、口から舌をべろりを出している素蛾の舌を舐め始める。

 一度、始めたら素蛾は許可なく舌を引っ込めてはならない決まりになっている。

 

 素蛾の顔はあっという間にとろんと溶けたような表情になり、荒い息とともに甘いよがり声を出し始めた。

 口を開けたままでいるので、涎がぽたぽたと床に落ちだす。

 

「犬らしくなってきたわね、素蛾。涎を垂らしながら舌を出している姿なんて、犬そっくりよ」

 

「あ……」

 

 朱姫の言葉で、素蛾が羞恥で身悶えのような仕草をした。

 素裸で外に出したり、人前で糞尿をさせても恥ずかしがらないくせに、だらしなく涎を流す姿をさらすのは、人一倍に恥ずかしがる。

 本当に、このお姫様の羞恥の感覚がどうなっているか不明だ。

 

 たっぷりと舌を舐め尽くしてから、やっと舌を引っ込めるのを許した。

 だが、まだ口を閉じるのはそのままだ。

 素蛾の身体を抱くようにしながら、口の中を刺激しまくってから口を離した。

 そのときには、すっかりと素蛾の顔は呆けてしまって、ぼうっとなっていた。

 口は開けっ放しで、おびただしい涎が顎と床を汚している。

 

「ちんちん」

 

 朱姫は不意に叫んだ。

 はっとした素蛾が両手を頭の横にして、膝を曲げたまま上半身をあげ、真っ直ぐにこちらに身体を向ける仕草になった。

 “ちんちん”の姿勢は先日、少し教えただけだったが、ちゃんと覚えていたようだ。

 

「あらあら、また許可なく股で欲情したのね。お前は少し感じすぎだから、性奴隷として我慢することを覚えないといけないと言ったでしょう?」

 

 朱姫は左右に開いている素蛾の股間に指を伸ばした。

 鎖が食い込んでいる素蛾の股間はたっぷりと愛液で濡れていた。

 それがたったいまの口への刺激によるものなのか、それとも、犬として躾けられていることによる被虐の欲情によるものなのかわからない。

 おそらく、その両方だろう。

 

「わ、わん、わん……」

 

 素蛾が悲しそうに吠えた。

 素蛾には、お前は快感に耐える能力が不足だから、もう少し、欲情を我慢することを覚えろと言っている。

 一方で、素蛾の身体は朱姫の能力を駆使して開発しまくっているので、すでに素蛾の肉体は、些細な刺激で快楽の波で溢れてしまうようになっている。

 

 我慢の能力が不足するなど出鱈目であり、快楽をしないように制御するなど素蛾にできるわけがないのだが、朱姫の言葉を素直に信じ込んで、許可なく愛液で股間を濡らしていることを指摘されると、素蛾はそれに恥じ入るような表情になる。

 その素蛾の健気さと可愛さは、朱姫にぞくぞくするような欲情を起こさせる。

 

「ほら、声をだすのを我慢してごらん、子犬。声を出したら鞭よ」

 

 朱姫は素蛾に“ちんちん”の姿勢を強要したまま、鎖が食い込む股間を指で刺激し始めた。

 同時に素蛾の感情に入り込み、素蛾の心のなかから欲情の感情を読み取る。

 それを確認しながら、素蛾の股間を刺激してやる。頭の中の感情を確認しながら、それが増幅するように刺激を加えていくのだ。感じさせるのは造作もない。

 やっぱり、いまは肉芽への刺激に一番弱いようだ。

 食い込んでいる鎖を押し揉むようにして、素蛾の肉芽を動かしてやった。

 

「んんんっ──」

 

 素蛾が必死になって口を閉ざして、身体を震わせた。

 一生懸命に素蛾が我慢しているのが、感情を読み取ることで伝わっている。

 しかし、そんなことをすれば、自分で自分を焦らし責めにするようなものであり、さらに快感の増幅が起きることを朱姫は知っている。

 逃れることが不可能な快感を必死になって耐えている素蛾は可愛い。

 

 朱姫は少しだけ手加減をして、耐える時間を長引かせてから、ちょっと強めに肉芽を刺激した。

 素蛾は、多少痛みを強くしたような、痛覚と快感が混ざったようなあいまいな刺激が一番感じるのだ。

 

「んふううっ、あはああっ──」

 

 素蛾が甲高い声をあげて、身体をくねらせて姿勢を崩した。

 

「こらあっ、声──」

 

「わ、わん」

 

 素蛾はすぐに姿勢を戻したが、朱姫はわざとらしく失望したような表情をした。

 素蛾は悲しそうな顔になった。

 

「言いつけを守れない馬鹿犬ね、お前は──。お尻をお見せ」

 

 朱姫は寝台の横に座り直しながら言った。

 そして、四つん這いでお尻をこっちに向けた素蛾の身体を乗馬鞭でぴしりと叩いた。

 

「ひうっ──、わ、わん──」

 

 素蛾は尻たぶに加わった鞭の痛みに悲鳴をあげ、すぐに犬の言葉に戻した。

 朱姫はもう一度叩き、今度は最初から犬の鳴き声になったのを確認して鞭打ちを許した。

 今度は寝台に準備していた普通の張形の霊具を持つと、ぽんと床に放った。

 

「とっておいで」

 

 朱姫は言った。

 鎖を股間に食い込ませた素蛾が四つん這いで駆けていく。

 もう少しで張形に口が届くというところで、朱姫はわざと鎖を後ろに引っ張ってやった。

 

「んんっ、わ、わん」

 

 予想をしていなかった素蛾はびっくりして声をあげた。

 

「お前は犬だからね……。犬ぞりを装着された犬は、そうやって物を引っ張るのよ。これも犬になる調教よ。そら、引っ張りなさい──」

 

 朱姫は笑いながら軽く鎖を引いたままでいた。そして、鞭で素蛾の尻をひっぱたいた。

 

「前に出ないと、もっと痛くするわよ」

 

 朱姫は笑いながら声をかけた。

 素蛾は一生懸命に手足を踏ん張って、歯を食いしばって懸命に股間に鎖を食い込まながら、やっとのこと床の張形を口に咥えた。

 そして、戻ってくる。

 

 戻ってたら朱姫は張形を受け取ってから、舌を出させてご褒美の刺激をたくさん与えてから、また張形を放る。

 そして、また、ぎりぎりのところで鎖を後ろに引っ張り、尻を叩きながら前に進ませる。

 

 しばらくそれを繰り返しているうちに、素蛾の全身はすっかりと汗みどろになった。息も荒くなり、犬のらしく、はあはあと息を吐いている。

 かなり疲労をしていると思うが、それでも許可なく床に這いつくばろうとはしない。

 朱姫はかなりの長い時間、それを繰り返させた。

 

 ふと見ると、素蛾の股間からもかなりの滴が鎖を伝って床に落ちているのがわかる。

 滴は汗もあるが、かなりの量の淫液が混じってもいる。

 股間を刺激されながら四つん這いで這いまわされているうちに、すっかりと素蛾の股間ができあがってしまったのだ。

 しかも、素蛾の感情に触れている朱姫には、単純な鎖の刺激だけではなく、尻たぶを鞭で打たれるたびに、素蛾の感情に快楽を示す感情が広がるのが見えていた。

 それはだんだんと顕著になっていく。

 こうやって、ずっと躾けていくうちに、素蛾は必ず鞭打ちで欲情する変態になるに違いない。

 朱姫はそれを改めて確信した。

 

 しかし、痛みを快感に感じるようになるまでに身体を調教するのは、半月やそこらでは無理だ。

 素蛾を調教できる期間は限られているのだ。

 だが、いまはそれは考えないようにした。

 朱姫は素蛾から鎖を外すと、今度は両手を頭の後ろにさせて立ちあがらせて、がに股に脚を開かせた。

 

「絶対に動かないのよ」

 

 朱姫は言った。

 動くなと命じれば、素蛾は動かない。

 朱姫の言葉は、素蛾にとっては絶対の拘束具だ。

 開いている素蛾の尻に、準備していた浣腸具を取り出して、かなりの量の浣腸液を尻の中に注ぎ込んだ。

 

「いいというまで、漏らししちゃだめよ」

 

 素蛾の小さな身体では量が多すぎる量の浣腸液を注がれ、下腹部が妊婦のように膨れている素蛾は、それだけで苦しそうに白眼を剥きかけていた。

 浣腸は次の責めの準備をするためであり、辱しめることは目的ではない。

 ただ、浣腸とは苦しいものだという記憶を素蛾の頭に植えつけないと今後の調教に支障がある。

 朱姫は腹の痛みと強烈な排泄感に苦悶する素蛾になかなか排泄を許さずに、脇や横腹をくすぐったり、股間をいじったりして苦しめた。

 

 やっと排泄を許すときも、そのままのがに股姿勢でさせた。

 排泄には快感が伴う。

 素蛾は快感に悶えた声のような声を出して、大量の液体と便を出した。

 一応、股の下に木桶を準備したが、ここは朱姫の結界内てあり、その力を利用して木桶に落ちる前に、素蛾の排泄物を消滅させている。排泄物はもちろん臭いが残ることもない。

 

 そのとき、部屋の外の廊下側から声がした。

 

「しゅ、朱姫、開けて。ご主人様たちも一緒よ。は、早く──」

 

 廊下の声は沙那だ。

 しかも、切羽詰まっている。

 

「どうしたんですか、沙那姉さん?」

 

 どういう状況なのかをあらかじめ宝玄仙から教えられている朱姫は意図的にゆっくりと返事をした。

 

「と、とにかく、開けて。頼むよ」

 

 孫空女の焦った声もした。

 朱姫はかすかに扉を開けた。

 宿の廊下に、全裸で尻穴に房毛の尾を生やして首輪をつけた沙那と孫空女が、犬のように宝玄仙に首の鎖を曳かれながら四つん這いで立っていた。

 

「い、入れて──」

 

 沙那と孫空女が焦ったような表情で、その隙間から部屋に入り込もうとした。

 

「勝手に入らないでくださいよ、沙那姉さん」

 

 朱姫は意地悪く、扉の隙間を身体で阻んでとうせんぼをした。

 

「な、なにやってんのよ、朱姫──。ひ、人が来るじゃないのよ──」

 

「順番があるんです。ご主人様、孫姉さん、そして、沙那姉さんの順ですよ」

 

「馬鹿なことを言わないで入れて」

 

 沙那が声をあげた。

 朱姫はその沙那の尻尾が大きく左右に揺れ始めたのに気がついた。



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658 人間犬の首輪・七日目⓶

「順番ですよ。まずは、ご主人様、そして、孫姉さん。最後が沙那姉さんです」

 

 部屋の扉を少しだけ開き、それを自分の身体で阻んでいる朱姫が、にやにやと嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

 沙那はかっとした。

 

 ただでさえ、尻の穴におかしな尻尾を挿され、こんな素っ裸で四つん這いで部屋の外に出ることを強いられたことで、羞恥で目まいがしそうなのだ。

 本当なら、拷問されても、素っ裸でなんかで部屋の外には出ない。

 しかし、宝玄仙が、隣にいる朱姫と素蛾のいる部屋に移動するだけだというので、仕方なく命令に応じたのだ。

 だが、なにを考えているのか、朱姫は沙那たちが裸で部屋の外にいるというのに、中に入れようとしない。

 

「ば、馬鹿なことを言わないで入れてよ──」

 

 沙那は怒鳴って、四つん這いの頭を強引に部屋の中に突っ込んで、部屋に入ろうとした。

 

「沙那、おすわり──」

 

 そのとき、宝玄仙の強い声がした。

 

「ひいっ」

 

 四つん這いの沙那の身体がその場に勝手にひれ伏した。

 さっき、部屋を出る前に宝玄仙に装着された『人間犬の首輪』という霊具の力だ。

 一種の操り霊具であり、これをされると、“おすわり”、“ちんちん”、“歩け”の三種類の命令に逆らえなくなる。

 ほかにも機能があり、とにかくこれは、人間を自分の意思に反して、犬のように振る舞わせてしまう操り霊具らしい。

 

 沙那は部屋の前に乳房と顎をしっかりと床に密着させて動けなくなった。

 両脚は四つん這いの姿勢から正座の姿勢になり、必然的に尻を高く掲げた格好だ。

 

「逆らった罰だよ、沙那。そのままでいな──」

 

 宝玄仙が足で強引に沙那の身体を廊下側に押しやって、扉の前の隙間を作った。

 

「孫空女は入ってな」

 

 宝玄仙が孫空女の首輪に繋がってる鎖を部屋の中に放った。

 孫空女が沙那に同情の視線を向けながら、尻に挿さった尾を振りながら部屋に入っていく。

 一方で、宝玄仙は沙那の首輪と繋がった鎖を部屋側の反対側の廊下の手摺に結んでしまった。

 

「お前は朱姫に従わなかった罰だよ。支度ができるまでそこにいな──。人間の言葉を喋るんじゃないよ。喋れば、道術が解けて恥ずかしい目に遭うよ」

 

 宝玄仙が意味ありげな言葉を沙那に告げ、朱姫のいる部屋に入ってしまった。

 扉が閉まる。

 沙那は呆気にとられた。

 

「そ、そんな──。い、入れて──。ひ、人が来ます。こ、こんなのあんまりです。ねえ、ご主人様──」

 

 沙那はびっくりして言った。

 ここは一階が食堂になっている二階の宿屋の部分だ。一階の食堂は吹き抜けになっていて、二階の宿屋はその吹き抜けの片面の外側部にあるのだ。

 いまは、沙那はうずくまっているが、立ちあがれば、一階からも沙那の姿は丸見えだ。

 一階からは大勢の酔客の声が聞こえる。

 沙那の首輪の鎖が結ばれたのは、一階を見おろす手摺の上部の部分だ。

 そんな場所に沙那は素っ裸のまま放置されたのだ。

 

「よし──」

 

 扉の向こう側から、宝玄仙の含み笑いの声がした。

 床に張りついていた沙那の身体が自由になった。

 しかし、それだけだ。

 

 この首輪をしていると、首輪にも首輪についた鎖にも触れることができない。

 しかも、四つん這い以外の姿勢にもなれない。

 四つん這いの姿勢を崩せば、全身に凄まじい電撃が走るようになっている。

 

 沙那もさっきまでいた部屋の中で、孫空女とふたりで無理矢理にその電撃を体験させられ、いまでは、四つん這いの姿勢を崩そうとしても、電撃の恐怖で身体が竦んでしまう。

 

「ね、ねえ、ご主人様、朱姫──。開けて──。謝ります──。言うことききますから入れてください──」

 

 沙那は扉越しに言った。

 

「口を開くなと言ってるだろう、沙那──。人間の言葉を喋ってしまうと、道術が解けてしまって恥ずかしい思いをすると言っただろう──。喋るんじゃない」

 

 宝玄仙の声だ。

 だが、そのとき、こつこつと一階から客らしき足音が聞こえてきた。

 沙那は恐怖で身体が硬直した。

 

「ご、ご主人様、ひ、人が来ます──。入れて、入れて──」

 

 沙那は必死で言った。

 

「喋るなと言っているのがわかんないのかい、沙那──。ちんちん──」

 

 宝玄仙の笑いをこらえたような声がする。

 沙那の身体は、宝玄仙の“ちんちん”の命令で、今度は上半身を上にあげて、両手を頭の横に置き、大きく股を開脚した姿勢になった。

 信じられないような羞恥の格好になった沙那のいる二階部分に、男の酔客と娼婦らしき女が腕を組んで歩いてきた。

 沙那はあまりのことに、卒倒しそうになった。

 

 見知らぬ男女がやってくる廊下を、沙那は股間を開き、乳房を露わにした全裸を晒しているのだ。

 もう口をきくどころか、息をすることもできなかった。

 沙那は、ぶるぶると身体を震わせながら、奇跡が起きて、そのふたりが沙那に気付くことなく通り過ぎてくれることだけを願った。

 

「あらっ、かわいいわんちゃん」

 

 しかし、女が沙那の前にやってきて、にっこりと笑って足を止めた。

 

「ほう、こんなところに、犬か……」

 

 男が言った。

 そして、大して驚くこともなしに、ふたりは奥の部屋まで歩き、そして、部屋の中に消えていった。

 そのふたりの反応に、沙那は少し驚いた。

 こんなところに、若い裸の女が局部を晒しているのだ。

 もう少し驚いてもよさそうなものだ。

 目の前の扉が開いた。

 

「ふふふ……、どうでした、沙那姉さん、緊張しましたか? でも、満更でもなかったんじゃないですか? あらあら、興奮で尻尾をそんなに振っちゃって。可愛いですね、沙那姉さん」

 

 朱姫が出てきた。

 手に鎖を持っていて、沙那とまったく同じ『人間犬の首輪』らしきものを首に嵌めた素裸の素蛾が四つん這いで続く。

 続いて、宝玄仙と孫空女だ。

 やはり、孫空女は沙那と同じ素裸で宝玄仙に首輪を引かれて出てきた。

 

「ご、ご主人様、さ、さっきの本当なんだよねえ……? ほ、本当にあたしらって、首輪の道術で本物の犬に見えるんだよね……?」

 

 孫空女がか細い声で言った。

 その顔は羞恥で真っ赤だ。顔だけではなく、全身を赤く染めて恥ずかしさに震えているようだ。

 孫空女のお尻の尻尾もまた、沙那と同じように左右に激しく振られている。

 だが、沙那は孫空女が口にした言葉が気になった。

 首輪の力で、本物の犬に見えるということはどういう意味なのか?

 

「人間の言葉を喋らなければね……。でも、いま喋ったから、お前は裸の人間の女に戻ったよ。まあ、数瞬すれば、欺騙の道術がかかり直して、赤の他人からは、ただの大型犬にしか認識されなくなるけどね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「い、いまのどういう意味です?」

 

 沙那は“ちんちん”の姿勢のまま言った。“よし”の号令がないので、身体が硬直したままなのだ。

 

「どういう意味ってなんですか、沙那姉さん? 皆さんのお尻に挿した尻尾は、皆さんが性的興奮をすると、元気よく振るんだそうですよ。沙那姉さんと孫姉さんは、やっぱり恥ずかしがり屋さんなんですね。そして、そういうのも好きなんでしょう? 尻尾が激しく振れてますよ」

 

 朱姫が笑った。

 

「あ、あんたには訊いてないのよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「……ご主人様、と、とにかく、解いて──」

 

 沙那は言った。

 

「よし」

 

 宝玄仙の言葉でやっと沙那の身体は自由になった。

 自由といっても、四つん這いで動けるようになっただけだが……。

 人間のように二歩足で歩くには、この『人間犬の首輪』を外してもらわなければ無理なのだ。

 

「……肝が冷えたかい、沙那? その霊具には、人間を犬のように強制的に振る舞わせるという効果だけではなく、第三者には、その姿を普通の犬と欺騙して認識させるという効果があるのさ。つまりは、お前たちが裸で歩いても、他人には、ただ犬が歩いているとしか、思えないということさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 そういうことなのかと少しだけほっとしたが、それでも恥ずかしいことには変わりない。沙那は自分の顔が強張るのを感じた。

 

「じゃあ、行きましょうか、ご主人様」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね。折角、新しく作った『人間犬の首輪』だしね」

 

 宝玄仙が笑って、沙那の首輪の鎖を手摺から外して握った。

 

「素蛾、お前も外では声を我慢するのよ。どんなに気持ちよくなっても、声を出すと人間に戻ってしまうのよ。だから、気をつけなさい」

 

 朱姫が四つん這いの姿勢に素蛾の股間に手を伸ばし、そこをくすぐるよう動かしながら言った。

 

「わ、わん……わん──」

 

 たちまちに素蛾の身体が真っ赤になり、歯を食いしばった素蛾の口から犬の鳴き真似が出た。

 おそらく、それしか喋るなと朱姫が強要しているのだろう。

 しかし、横の宝玄仙が笑った。

 

「素蛾、それも駄目さ。犬の鳴き真似だって、道術が解けて、人間の姿にしまうからね。さすがに大騒ぎになると思うから、とにかく、声は耐えるんだ──。お前たちもだよ、沙那、孫空女」

 

「そ、それって、どういうことですか、ご主人様?」

 

 沙那はびっくりして言った。

 まさかとは思うが、この格好のまま、外を散歩するつもりなのではないだろうか……?

 

「もちろん、みんなで散歩するんですよ、沙那姉さん。題して、“声を出したら、道術が解けて人間に戻りますよ散歩”です。愉しみましょう」

 

 朱姫も笑った。

 沙那は自分の顔が引きつるのを感じた。

 

「そ、そんなことできません。お願いです、ご主人様──」

 

 沙那は身体を竦ませた。

 

「大丈夫だよ、沙那。言葉を発しなきゃいいだけだからね。黙っていれば、本物の犬にしか他人には見えないんだ」

 

「そ、そんな、ご主人様……。な、なんでも言うことをききますから。それは許してください」

 

「言うことを聞くのは当然だろう──。『人間犬の首輪』はわたしの霊具だよ。逆らえるものなら逆らってみな。それよりも、先輩として性奴隷の貫禄を見せてやりな──。ほら、二匹とも“歩け”──」

 

 宝玄仙に“命令”をされてしまった。

 もう、沙那の手足は、沙那の意思を外れて、宝玄仙が鎖で首輪を引く方向に進んでしまう。

 沙那の身体は四つん這いで廊下を進み、ゆっくりと一階の人の喧噪に向かい始めた。

 孫空女も宝玄仙の反対側を沙那と同じように、裸身を四つん這いにして歩いている。孫空女も羞恥で身体を震わせているが、その口はしっかりと固く閉じられている。

 絶対に口をきかないようにと力を入れている気配だ。

 

 だが、沙那はそんな風に振る舞えない。

 一階の食堂は半分以上の席が埋まっていて、大勢の男の酔客と、男の客目当ての女の娼婦がたくさんいる。

 その中を素蛾を含めた三人の女が裸で犬のように進むのだ。

 宝玄仙の道術があるとはいえ、沙那は全身の血が沸騰して頭に集まってくるような衝撃を受けていた。

 

 食堂におりた。

 そこにいる全員の視線が沙那たちに集まるような錯覚を感じた。

 だが、実際には、確かに誰ひとりとして、奇異の視線を向ける者はいない。

 やはり、犬にしか見えないのだろう。

 沙那たちがどんな犬に見えているのかはわからないが、それなりに視線は向けてくる。

 そのたびに、裸体を観察されている気分になり、沙那は震えで身体がよろけそうになる。

 しかし、鎖を引かれている限り、沙那の手足は動き続ける。

 

 沙那は尻尾の挿さったお尻の穴と興奮で濡れている女陰を背後に晒しながら懸命に宝玄仙に従って歩き続けた。

 やがて、宝玄仙と朱姫は空いている卓に座った。

 沙那たち三人は、当然のように、ふたりの足元にしゃがませられた。

 

 宝玄仙と朱姫は、塩豚と葡萄水を注文をしていた。

 そのまま、しばらく、そのままでいさせられた。

 時間が経っても、やっぱり、沙那たちを見て騒ぐ者はいない。

 そうなると、やっと安堵の気持ちに湧いてくる。

 沙那はだんだんと落ち着いてくる感じがした。

 

 それからしばらくして、朱姫が席を立った。特段の気にも留めなかったが、少し時間が経ってから戻ってきた。

 そして、何事かを耳打ちで宝玄仙に報告している。

 なんか嫌な感じだ。

 

「二匹とも、ふせ──」

 

 不意に宝玄仙が言った。

 二匹というのは沙那と孫空女のことだ。

 沙那たちの身体は、床に上体を着けて尻をあげる姿になる。

 

「さあ、あたしとご主人様は、これから素蛾を連れて、ちょっと夜の宿町を散歩をしてきます。おふたりは、ここに置いていっていいと店の許可を得ましたから、ここに、しばらくはいてください。そのために、余分なお金も払ったので大丈夫ですよ」

 

 朱姫が言って、水がいっぱいに入っている大きな皿を沙那と孫空女の顔の前にそれぞれに置いた。 

 そして、意味ありげに微笑んだ。

 沙那は朱姫の言葉にびっくりした。

 

 ここに、このまま置いていかれる?

 思わず抗議しようとして、慌てて口をつぐんだ。言葉を喋れば、欺騙の道術が解けて、人間の姿になってしまう。

 

「ところで、お前たち、その皿の水は強力な利尿剤だ。それが空っぽになり、四半刻(約十五分)経てば、動けるようになる。そうしたら、好きなところに行っていい。つまり、外に出て、小便ができるところを探して出してもいいということさ。二階に戻っても鍵はかかっているし、四つん這いを崩せないんだ。外に出な。だが、全部飲んで、それだけの時間が経たなければ、小便をまき散らそうが、絶対に身体はその場所から動かないからね。覚悟しな」

 

 宝玄仙が言った。そして、立ちあがって、宿の外に出る方向に歩いていく。

 沙那は唖然とした。

 

 つまり、ここから立ち去るためには、目の前の利尿剤入りの水を犬のように飲んで、さらに四半刻(約十五分)も経たないと駄目なのだ。

 なんという嫌がらせだと思った。

 

「さあ、頑張ってくださいね、沙那姉さんも孫姉さんも──。さっきのあたしの言葉を覚えて言いますよね。声を出すと、道術が解けるんです。じゃあ、お元気で……。おしっこが終わったらお二人も夜の散歩を愉しんだらいいですよ」

 

 朱姫も立ちあがった。

 素蛾は連れて行かれるようだ。

 そのとき、朱姫の脚が一瞬止まり、とんと小さく片脚で床を鳴らしたをした。

 

「んんっ」

「ひっ」

 

 沙那と孫空女はふたりして、悲鳴をあげそうになり、辛うじて、それを抑えた。

 お尻に突き挿された尾の淫具が静かに振動を始めたのだ。

 沙那はふたりの魂胆がわかった。

 このまま、なにもしなければ、尻の振動で沙那たちは声をあげることになり、羞恥の人間の姿を晒すことになる。

 しかも、なんとなく、この尻の振動はだんだんと強くなる予感がする。

 

 お尻の弱い沙那たちには、それほどの長い時間は声を耐えられないだろう。

 声を出せば、素っ裸で床に“伏せ”の姿勢を強要されている姿を露わにしてしまう。

 それが嫌なら、尻の淫具に耐えられるうちに、水を飲み干して、尿意に耐えてから、どこかに逃げなければならないということだ。

 

 沙那は、卓の下で孫空女と顔を見合わせた。

 孫空女は恐怖を顔に浮かべている。

 おそらく、沙那も同じ表情をしているに違いない。

 そして、絶望的な思いで、沙那と孫空女は、目の前の水に舌を伸ばした。

 

 疼くような尻の振動に耐えながら……。



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659 「男」の勉強・九日目⓵

「今夜は男に奉仕する練習だ、素蛾(そが)──。性奴隷たるもの、本来は男に奉仕して、はじめてその存在を誇れるものだ。男に奉仕しできないような性奴隷は性奴隷とはいえない。いいね──。お前は、性奴隷になりたいと言ったんだ。だから、いざ、男と性交するときになって、怖気づいたりはしないだろうね? 今夜はこれから男に奉仕してもらう──。いいね──」

 

 宝玄仙が素蛾に言った。

 朱姫は素蛾の腕を後手にしっかりと緊縛しながら、それを聞いていた。

 天神(てんじん)国の国都に向かう主街道沿いにある宿町の宿屋だ。

 

 朱姫たち四人に素蛾を加えた五人で、その宿屋の離れの一室を借りた。

 離れは繋がった二部屋になっていて、宿屋のほかの部屋とは独立した造りになっている。

 つまりは、余分な金子を支払って、隣室などに気兼ねをしなくていい環境を手に入れたということだ。

 

 宝玄仙曰く、今回はここで素蛾を仕上げるということなので、少なくとも明日の丸一日はここに逗留するつもりだろうと朱姫は思った。

 二間になっているこっち側の部屋には、いまは朱姫と素蛾と宝玄仙がいて、隣の部屋では沙那と孫空女が待機させられている。

 

「は、はい……。お、怖気づきません。頑張ります」

 

 素蛾が裸身を真っ直ぐに宝玄仙に向けて、元気な声で言った。

 だが、感情の変化を読むことができる朱姫の心の中に、素蛾の抱いた恐怖と不安の感情がどっと流れ込んできた。

 

 健気なことを口にしているが、初めて男と性交するのが怖くはないわけがない。

 それでも、素蛾は、これから男に抱かせるという宝玄仙の理不尽な言葉に、ほんの少しの反抗の言葉も、躊躇の言葉も口にしない。

 

 どうやら、それは、性奴隷には向かないという烙印を押されたら、すぐさま自分は朱姫たちに捨てられると思っている気配だ。

 これまで、この天神国の本物のお姫様である素蛾という童女に接してわかったのは、この素蛾は心の底から、朱姫たち四人との旅を愉しんでいるという事実だ。

 自ら調教して欲しいというおかしなお姫様だが、なぜか、朱姫たちから、こうやって淫靡な仕打ちを受けるのはとても好きなようだ。

 

 素蛾を調教するときには、好奇心と期待感、そして、快感と愛情……。

 そういう感情でいっぱいになり、負の感情というのはまったく現れない。

 

 宝玄仙は変わり者の突き抜けた童女だと称するが、まさにその通りと朱姫も思う。

 ただ、これから男に抱かせると宝玄仙が言ったとき、この旅で初めて、素蛾に戸惑いとかすかな嫌悪感の感情が出現した。

 そして、すぐに、それが不安感と恐怖感に変化した。

 

 朱姫はこの素蛾の感情の変化について、おそらく、素蛾の不安や恐怖の大部分は、男と性交をするということそのものよりも、それを嫌がることで朱姫や宝玄仙に嫌われるのではないかという気持ちなのではないかと推測した。

 

「素蛾、あたしたちは、お前のことが好きよ……。嫌なら嫌がってもいいのよ……。でも、それでお前を捨てたりすることはないわ。それどころか、少しくらいは嫌がってくれる方が愉しいのよ」

 

 朱姫は、そんな素蛾の不安を取り除いであげようと考えて、背後から素蛾のちょっと膨らんでいるだけの胸に手を這わせながら、耳元でささやくように言った。

 

「あっ……、き、気持ちいいです、朱姫姉さん……。そ、それに、本当に素蛾のことを好きですか……? 朱姫姉さんは素蛾のこと捨てませんか……?」

 

「もちろん、好きよ」

 

 朱姫は言った。

 すると、素蛾の心がさっと明るい感情に変化した。

 その劇的な心の変化は、朱姫でさえ戸惑うほどだ。

 おそらく、そういう楽天的な性質は天性のものなのだろう。

 天神国の本物のお姫様として、この世の不幸や憎悪などからまったく隔離されて育つと、こんな性質の童女が育つのだろうか……?

 

「……捨てるわけないわよ……。ちゃんと、国都までお前のことは送り届けるわ。安心して」

 

 朱姫は言った。

 だが、素蛾を安心させようと思って口にした言葉で、朱姫はふと寂しさに襲われてしまった。

 この童女が天神国の本物のお姫様であることを発見して、国都まで連れて行くことになって十日近くがすぎた。

 おそらく、もう数日歩けば、国都に到着するだろう。

 この旅のあいだだけは、素蛾にこうやって淫らな性調教をしているが、国都で宮廷に引き渡せば、もう朱姫など話しかけることさえも許されないような高貴な立場に戻ってしまうだろう。

 素蛾ともお別れだ。

 

 それを考えると悲しい気持ちに襲われる。

 朱姫のことをを慕ってくれるこのお姫様との旅は愉しい。それも終わりに近づいていると思うと、とても寂しくなる。

 

「あれっ?」

 

 そのとき、朱姫は思わず声をあげてしまった。

 素蛾の心が急に悲しみで溢れたのだ。

 一瞬、その理由がわからなかったが、すぐに、素蛾もまた朱姫たちと別れることを寂しがってくれているのだと思った。

 それがわかったとき、朱姫は思わず後ろからぎゅっと素蛾を抱きしめた。

 

「しゅ、朱姫姉さん……」

 

 素蛾の心の悲しみが小さくなる。

 朱姫は手を素蛾の股間の亀裂に這わせた。

 そして、ゆっくりと亀裂に沿って指を上下に動かし始める。

 

「はあ……あっ、しゅ、朱姫姉さん……あ、ありがとうございます……。そ、それをしてもらえると、た、愉しい気分だけになることができます……。ああっ……ああ……」

 

 素蛾が背後から抱かれる朱姫の腕の中で身悶えを始めた。

 もう、素蛾の心には負の感情は皆無になった。

 朱姫は、正直で素直な素蛾の感情が愉しくて、思わずほくそ笑んでしまった。

 

「じゃあ、素蛾を抱く“男”を呼ぶよ──。お前たち、入っておいで」

 

 宝玄仙が隣室を繋ぐ扉を叩いた。

 すると、素っ裸の沙那と孫空女が裸身を両手で隠しながら、赤い顔をして入ってきた。

 そのびくびくした態度に朱姫も吹き出してしまった。

 素蛾は呆気に取られている。

 また、素蛾の心には、“男”といわれて現れた沙那と孫空女に対する戸惑いと安堵の感情が観察できた。

 

「こらっ──。お前たち、隠すんじゃないよ。堂々と股間にぶら下げているものを素蛾に見せてやるんだよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 ふたりは渋々という感じで、両手を体側に移動させ、隠していた股間を露わにした。

 

「わっ? そ、それはどうしたのですか、沙那様、孫空女様」

 

 素蛾はびっくりしている。

 素蛾が驚くのは無理もない。

 ふたりの股間には女の性器のほかに、男の男根がしっかりとぶら下がっているのだ。

 

 もちろん、宝玄仙の道術だ。

 ふたりの男根は、まだ小さい状態だがしっかりと本物そっくりのものが股間に垂れさがっている。

 しかも、丁寧なことに、男根のほかに睾丸まである。

 素蛾に勉強させるためだから、できるだけ本物の男の股間に似せたのだろう。

 それにしても、女の性器のほかに、完全な男の性器がついているというのは、かなり奇妙な感じだ。

 

「見知らぬ土地で後腐れの男ない男を調達するのは難しいからね。今夜については、お前が相手をする“男”はこいつらだ。そして、わたしに朱姫だ。とにかく、今日から明日にかけて、ここでじっくりと男との性交について調教をするよ。だから、覚悟しな、素蛾──。最低限の技は、ここで叩き込むからね。いいね──?」

 

「は、はい、ご主人様──。ありがとうございます──。皆様がお相手で嬉しいです」

 

 素蛾がほっとした顔で言った。

 

「よし、じゃあ、まずは、男の性器について勉強だ。孫空女、こっちに来な」

 

 宝玄仙がそう命じるとともに、孫空女の腕ががちゃんと鳴った。

 孫空女の四肢の手首と足首には、赤い輪の『拘束環』という霊具が装着されている。

 これは、宝玄仙の道術で好きなような組み合わせで密着させることができる。

 いま、孫空女は、両手首を背中側で密着させられた。

 

「う、うん……」

 

 孫空女が赤い顔をしたまま前に出た。

 すると、宝玄仙が孫空女の股間の一物をむんずと掴んだ。

 

「わっ、ちょ、ちょっと、いきなり……」

 

 孫空女が戸惑いの声をあげた。

 

「素蛾、これが男の性器だ。道術で一時的に作ったものだけど、本物と変わりはしないよ。男根とか、一物とか、あるいは大きくなれば怒張とかとも呼ぶ。それをこうやって近くで見たことはあるかい?」

 

 宝玄仙が孫空女の股間のものをしごきながら言った。

 

「わっ、わっ……な、なにするのさ、ご主人様……。は、恥ずかしいよ。ちょ、ちょっと──」

 

「黙ってな、孫空女──。お前はただ、突っ立てればいいんだよ……。それで、素蛾、どうなんだい?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「は、はい……。見たことはありません……。あっ、そ、そんなに大きくなるんですね?」

 

 宝玄仙に股間を刺激されている孫空女の股間がむくむくと頭をもたげてきた。

 すぐにすっかりと膨張して固くなる。素蛾がそれを見て言った。

 

「そうだよ──。孫空女、どうして、大きくなったか説明しな」

 

 宝玄仙がさらに、孫空女の怒張に激しさを加えて揉みながら言った。

 

「ひっ、ひいっ……。き、気持ちいいと、お、お、大きくなるんだよ……。ちょ、ちょっと、いい加減にしてよ、ご主人様……」

 

 孫空女はすっかりと狼狽して、後手に拘束された身体をしきりに左右にくねらせている。

 

「ほらっ、これくらい大きくなれば、お前にもすっかりと馴染みのある張形と同じくらいの大きさになったろう? だけど、まずは、こうやって大きくしなければ駄目なのさ。性奴隷というのは、最初は小さくて柔らかい男の性器を逞しく勃起させることから始めるんだ」

 

「ぼ、ぼっき……ですか……?」

 

「勃起だよ。勃起──。一物を大きくすることを勃起というのさ」

 

「はい。勃起ですね。覚えました──」

 

 素蛾が言った。

 

「そうだよ。それにしても、お前を買った奴隷商人の親父はお前を破瓜させたんだろう? せめて、そのときに性器を見なかったのかい?」

 

「あのご主人様は、張形で素蛾の破瓜をなさいました。ご自分ではされなかったのです」

 

「そうかい……。それにしても、破瓜は痛かったかい……。わたしが点検した限りにおいては、綺麗に処女膜はなくなっていたけどね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「奴隷商のご主人様は、痛みが少なくなる薬剤を使ってくれました。少しは痛かったですが、覚悟していたほどのものはありませんでした……。ちょっと気持ちよかったくらいで……」

 

 素蛾ははにかむように言った。

 

「ねえ、ご主人様、折角だから、素蛾に、ふたり同時の男の射精を見せてあげましょうよ。あたし、沙那姉さんを担当していいですか?」

 

 朱姫は、素蛾の身体を離して言った。

 

「お、お前、来るんじゃないわよ、朱姫──。いい気になると承知しないわよ──」

 

 沙那が怒った表情で言った。

 

「お前はそうやって、すぐにむきになって嫌がるから、朱姫にからかわれるんだよ、沙那──。わかった。沙那、前においで──。朱姫、沙那も縄掛けをしな──。孫空女と並んで射精させよう。沙那、逆らうんじゃないよ……。じゃあ、素蛾、こいつらで男の生理を見せてやるから、まずは観察してな」

 

 宝玄仙が孫空女の男根をしごく手をゆっくりにしながら言った。

 これから開始する沙那の射精に合わせるためだろ。

 素蛾が元気な返事をした。

 宝玄仙の命令に、沙那が口惜しそうな顔で顔をしかめる。

 

「さあ、そういうわけだがら、沙那姉さん、両手を背中に回してくださいね」

 

 朱姫は鼻歌交じりに、荷から縄を取り出すと、歯噛みしながら両腕を背中に回した沙那を後手縛りに拘束した。

 両手を背中でしっかりと結び、それを胸の上下に回した縄で胴体と密着させる。

 その状態で沙那を素蛾の前まで進ませて、朱姫が沙那の股間にぶら下がっている一物を擦り始めた。

 

「あっ……くっ……ちょ、ちょっと、朱姫……」

 

 沙那が苦痛に顔を歪めるような表情になった。

 しかし、沙那の股間の男根はあっという間に大きくなり逞しさを示しだす。

 

「く、苦しいのですか、沙那様……?」

 

 沙那が顔をしかめているので、素蛾が心配そうな声をあげた。

 

「沙那姉さんは苦しいんじゃないのよ、素蛾……。気持ちいいのよ。でも、こうやって、あたしに悪戯されると嫌がるのよ……。だけど、嫌がりながらよがる沙那姉さんも可愛いでしょう? それよりも、もういきそうじゃないですか、沙那姉さん?」

 

 朱姫は沙那をからかった。

 感じやすい沙那は、その男根も感じやすいらしく、早くも息が荒くなり、怒張が射精の兆しの汁を垂らしだした。

 

「あ、あんた、いつもいつも……わたしばかり……はあ……あっ、ああっ、だ、だめ……な、なんかおかしくなる。こ、この男の性器でしごかれるのと……はあ……あ、頭がおかしくなりそうになるの……う、うう……」

 

「遠慮しなくていいんですよ、沙那姉さん──。ねえ、ご主人様、沙那姉さんは、もうすぐいくと思いますよ」

 

「わかった──。こっちも仕上げるよ……。ほらっ、孫空女、もっといい気分になりな。沙那は準備万端らしいよ」

 

 宝玄仙が笑いながら孫空女に与える刺激を強める。

 

「ねえ、沙那姉さん、こうやった方がいいですか? それとも、こうですか?」

 

 朱姫は先端、中央、根元、そして、睾丸と巧みに刺激の場所を変化させながら、沙那に息つく暇も与えないほどに、刺激していく。

 

「ああっ、はあっ……あっ、あっ、あっ……」

 

 沙那が断続的な喘ぎ声を出し始めた。

 朱姫は宝玄仙に視線を送った。

 孫空女の怒張をしごいている宝玄仙も微笑んでうなずく。

 

「素蛾、数をかぞえなさい。一から十まで──。ご主人様、十でいきますよ」

 

「いいよ」

 

 宝玄仙がうなずいた。

 

「は、はい……。一……二……三……」

 

 素蛾が数を唱え出す。

 

「ま、待って──」

 

 沙那が切羽詰った声をあげた。

 

「なにを待つんですか、沙那姉さん。遠慮しなくていいですよ。素蛾に男の射精を見せてあげてください」

 

 朱姫は微笑みを浮かべながら、さらに激しく沙那の男根を擦った。

 沙那がいよいよ激しく震えてくる。

 

「……八……九……十──」

 

 素蛾が言った。

 

「あっ」

「はああっ」

 

 沙那と孫空女が同時に絶息するような声をあげた。

 ふたりの怒張の先端から、男の精液とそっくりの白濁液が飛び出す。

 宝玄仙の道術で作った男根は、男の快感もあるが、女の快感も引き出してしまう。

 ふたりは射精に続いて、がっくりと脱力したように腰を落とした。

 

「さあ、これが男の射精だよ、素蛾……。だけど、本当なら、こんな風に床にぶちまけさせないんだよ。ちゃんと、お前の身体で男の精を受け止めるんだ。女陰でも肛門でも、口でもね──。じゃあ、お前たち、床に飛んだものを舌で掃除しな。ただし、孫空女のものは沙那が……。沙那のものは孫空女がやるんだ」

 

 宝玄仙が言うと、ふたりは諦めたよに無言で床に這いつくばり、お互いの精を舐め始める。

 

「あっ、わたくしがします──。沙那様と孫空女様はお立ち下さい──」

 

 素蛾が慌てたようにしゃがもうとした。

 だが、それを朱姫が押しとどめた。

 

「いいのよ、素蛾……。それよりも、お前はやることがあるわ。次は、お前も男になって、男の性を勉強するのよ。男にどんな奉仕をすればいいか、今度は、お前自身が男になって学ぶのよ」

 

「わ、わたくしが男……ですか……?」

 

 素蛾が当惑している。

 

「そうよ。ふふふ……」

 

 朱姫は、緊縛した素蛾の身体を再び愛撫し始めた。

 素蛾はすぐに喘ぎ声を出してよがり始める。

 朱姫は素蛾の太腿に手を差し入れ、内腿から股間に付近をくすぐるように愛撫した。素蛾の心から快感に溺れている感覚が流れ込んでくる。それがあまりに強いので、朱姫までおかしな感覚になりそうだ。

 

「ああ、ああっ、しゅ、朱姫姉さん……」

 

 素蛾が声を出した。

 本当に感じやすい童女だ。

 身体にはまだ幼さが残るのに、性感だけは淫靡にできあがっている。

 もっとも、それは朱姫と宝玄仙がふたりがかりで、この十日ほどの旅で最大限に引き出してやったというのもあるが……。

 

 素蛾の股間はあっという間に淫靡な汁で溢れてきた。

 朱姫は指を女陰に入れてみた。

 素蛾はいよいよ感極まった声をあげたが、苦痛のようなものは示さなかった。

 

「ご主人様、いいみたいですよ」

 

 朱姫は宝玄仙を見た。

 一方で、沙那と孫空女は床の掃除も終わり、いまは寝台に腰かけて休むことを許されている。

 ふたりの勃起はまだ続いている状態だ。

 これが男の性器なら、射精の後はすぐに快感が去って小さくなり始めるのだが、女の快感はしばらくは続く。

 だから、勃起した男の性器もそんなに簡単には小さくならない。

 

「よし、素蛾、股をお開き」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい……」

 

 素蛾は慌てたように大きく股を開いた。

 宝玄仙が持ち出してきたのは、『模擬男根』という霊具の淫具だ。

 外観は両方に張形がある双頭の張形の淫具だが、外側となる部分はまだだらりと垂れさがっている。

 これを女陰に挿入すると、一時的に女陰に挿した部分は素蛾の肉に同化して、男の性器そのものになるらしい。

 素蛾は霊気を帯びてはいないし、沙那のように魔法陣も刻んではいない。

 そんな素蛾のために、宝玄仙がわざわざ作成した淫具の霊具だ。

 

「挿すよ……」

 

 素蛾の股間はそれほどの抵抗もなく、宝玄仙の淫具を受け入れた。

 

「あっ、ふうっ、くう……」

 

 素蛾がよがりだす。

 朱姫は肩を抱くように、素蛾をしっかりと掴んだ。

 

「終わったよ……」

 

 宝玄仙が素蛾から手を離した。

 すると、素蛾の股間に男性そのものの性器ができあがった。

 

「こ、これって……?」

 

 すると、明らかに素蛾が戸惑い始めた。

 

「……こ、こんなの恥ずかしいです……」

 

 全裸で外に出ても恥ずかしがらない本物のお姫様が、自分の股間に出現した男根に大きく戸惑い、そして、羞恥の感情を発散し始めた。



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660 「男」の生理・九日目⓶

 素蛾(そが)は自分の股間にできた男の性器に戸惑うとともに、よくわからない感情が芽生えてきた。

 そのみっともない身体を朱姫に見られるのが、堪らなくいたたまれない気持ちになったのだ。

 だが、隠そうにも素蛾の両手は朱姫によって縄で後手に縛られている。

 素蛾は片脚を曲げるようにして、朱姫の視線から自分の股を隠した。

 

「ちゃんと見せなさい、素蛾。あらっ、立派なものじゃないの? これはどう見ても本物にしか見えないわ……。すごいですね、ご主人様。完全に肌に同化していますよ」

 

 朱姫が素蛾の足元にしゃがんで、素蛾に作られた性器を眺めている。

 

「ふふふ……。さすがに、他人に裸を見られるのが当たり前の生活を送ってきたお姫様でも、男の性器を生やされるのは恥ずかしいようだね。どうだい、素蛾? ちゃんと自分のものに感じるだろう?」

 

 宝玄仙が素蛾の股間にぶら下がった性器をぎゅっと鷲づかみにした。

 

「ふううっ、あっ」

 

 素蛾はびっくりして、うなじを反らせた。

 宝玄仙が握った素蛾の「男根」は、宝玄仙の霊具の部分であり、本来はそこには素蛾の血は通っていないはずだ。

 たが、宝玄仙が触ったことで、しっかりと宝玄仙の肌の感触と温かさが伝わるとともに、得体の知れない情感のようなものが身体に込みあがった。

 

「ねえ、ご主人様、いま、素蛾の性感は男のものなんですか? それとも、女ですか? あるいは、いまの沙那姉さんと孫姉さんみたいに両方ですか?」

 

 朱姫が宝玄仙が掴んでいる素蛾の男根の先に指を触れながら言った。

 

「ひゃああ、ひゃ、ひゃあっ」

 

 素蛾は自分でも驚くほどの声を出してしまった。

 朱姫が指で素蛾の股間を撫ぜたとき、急に感情が昂ぶって自分の股間の男根がむくむくと大きくなったのだ。

 

「男そのものだよ。そうでないと勉強にならないからね……。素蛾、いまお前が感じているのは男の性感だよ。少しのあいだ、男が感じる快感というものを身体で味わって勉強しな。だけど、やっぱり感じやすいようだねえ。すぐに元気になったじゃないか」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「本当……。こんなに、大きくしちゃって……。可愛いわね、素蛾。ふふふ、舐めてあげようか?」

 

 朱姫がそう言いながら、舌をぺろりと出した。

 

「わっ、しゅ、朱姫姉さん──」

 

 素蛾は声をあげてしまった。朱姫が素蛾の股間の男根を舐める仕草をしたことで、ぞわぞわと全身がざわめき、異常な興奮を覚えたのだ。そして、股間の一物がさらに大きくなった。

 素蛾は、どうしていればいいのかわからなくなるほど混乱してきた。

 

「まあ、待ちな、朱姫。舐める練習はもう少し後だよ。まずは、男の生理を教えようじゃないか」

 

 宝玄仙は素蛾の股間から手を離すとともに、朱姫にも手を離させた。

 そして、寝台に腰かけていた孫空女に、こっちに来るように命じた。

 

「な、なにさ、ご主人様……?」

 

 孫空女が気が進まないような表情でやってくる。両手首がさっき宝玄仙の道術によって『拘束輪』で拘束されたままであり、股間には男そのものの性器が垂れ下がってもいた。

 ただ、さっきは膨らんでいた男根は、いまは小さくなっている。

 

「じゃあ、素蛾、こいつの男の性器を見てごらん。どうなっている?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「どうって……。さっきに比べて小さくなっています」

 

 素蛾は見たままを言った。

 孫空女はじろじろと性器を眺められることがとても恥ずかしそうだ。

 そして、ふと、自分の性器も小さくなりかけているのがわかった。

 朱姫に触られていたときには、急に膨張したようになり驚いたのだが、あっという間に萎んで力を失ったようになっている。

 

「そうだね。だけど、わたしが触ったときには大きくなっていたろう? そして、どうなった?」

 

「白い精が飛び出しました」

 

 素蛾は思い出しながら言った。

 

「そうだ。それが射精だ。男が膨張した男根の先から白濁液が出ることを射精というんだ。そして、男というものはそれをすると気持ちがいいんだ。さっきは手で擦ったけど、本当は、男が自分が気持ちよくなるために、女の股倉の内側に男根の先端や幹を擦りつけるんだ。しっかりとね……」

 

「は、はい」

 

「そうすると、男は女陰の奥で射精をする。逆にいえば、女は男を女陰で包んで擦らせて、男を気持ちよくさせて射精させるんだ。つまりは、それが男と女の性交だ。もちろん、そのときに気持ちいいのは男だけじゃない。女も気持ちいい。お前も、朱姫の調教を受けているから、股を擦られたときに、気持ちがよくなるようになったんだろう?」

 

「あれは気持ちいいです」

 

 素蛾は朱姫に受けた調教を思い出して、元気よく言った。

 すると、なぜか宝玄仙が笑った。

 

「とにかく、男の性器を擦ったりすることで刺激を与えれば気持ちよくなる。そして、射精する。単純化すれば、それが男の生理だ」

 

「は、はい……。射精はわかります。さっきはご主人様たちが手で女陰で与えるのと同じ刺激を与えたので、孫空女様たちは射精をなさったのですね?」

 

 素蛾は答えた。

 男と女の性交については、知識としては、先日、朱姫に教えてもらった。

 少しは理解をしているつもりだ。

 宝玄仙はにこにこと微笑んでいる。

 

「そういうことだ……。つまり、女の股で、さっきわたしが手でやったことをやるんだ。それが性奴隷だ」

 

「わかりました。張形をさまざまな姿勢で擦る訓練は、朱姫姉さんにさせていただいています。それはできると思います。もちろん、まだ、下手だとは思いますが……」

 

 素蛾は言った。

 張形の根元を床や壁に密着させられて、それを体位を変えながら股間やお尻で受け入れる訓練は、ほぼ毎日やっている。

 それについては、ある程度こなせるようにもなっている。

 朱姫には、身体が柔らかいと誉められてもいた。

 

「その成果はあとで見せてもらうよ……。だけど、いまはその前の段階だ……。お前がいつもやっているのは張形のように硬くて大きいものを受け入れる練習だけだろう? その状態になってもらわなければ、お前も相手のものを挿入させることはできないというのはわかるね?」

 

「は、はい、わかります」

 

「でも、そのためには、まずは男の性器を大きくしなければならない。大きくして硬くしなければ入らないからね。お前の膣はしっかりと閉まっているよ。だから、ねじ入れるようにしてもらわなければ入らないだろう?」

 

「は、はい。わたくしがやっているのは、硬いものを挿す練習だけです。あ、あの、もしかしたら、そのように柔らかいものも入れる練習をしなければならないのですか?」

 

 素蛾がそう言うと、朱姫が笑った。

 もしかしたら、自分は的外れなことを言ったのだろうか?

 

「柔らかいものを受け入れる練習は必要ない。硬くすればいいのさ。そうすれば入る」

 

 宝玄仙が優しく微笑んだ。

 

「あっ、そういうことなのですね。じゃあ、さっきのように、手で擦るのですね……」

 

 素蛾は言った。

 

「手だけじゃないわよ、素蛾……。この前、少し練習したわね……」

 

 朱姫が横から口を挟んだ。

 素蛾はその言葉で、この前、朱姫から張形を舐める練習をさせられたことを思い出した。

 股間に痒み剤を塗られて、痒みを癒してもらいたければ、朱姫が命じるとおりに、張形を口で舐めろと張形を口の前に突き出された。

 朱姫は、舌遣いが合格したら痒い場所を掻いてやると言い、素蛾は痒みの苦しさに泣きながらそれをやったのだが、それがこれに通じるのかと理解した。

 

「舌です。舌で奉仕します。性奴隷は舌でも奉仕するのです」

 

 素蛾は声をあげた。

 

「そうだね。舌は性奴隷にとって一番大切な技だ……。それに実は、女が男の性器を手で擦るというのは少し失礼な行為と思い、これをやると侮辱されたと感じる男も多い。だから、性奴隷はあまり手を使ってはならない。もちろん、お前のような童女だったら、手で触ってもらえるだけて興奮する男もいるかもしれないから必ずしもそうとは言えないがね。まあ、いずれにしても、前戯に口吻は付き物だ。性奴隷の必修の技だね……。ところで、前戯という言葉はわかるかい?」

 

「わかります。それも、朱姫姉さんに教わりました。女陰を濡らして、張形……つまり、男根を受け入れる準備をする行為のことです」

 

「そうだけど、前戯には男の一物を硬くする行為も含むよ。性奴隷は相手に奉仕するものだから、むしろ、自分のことよりも、相手を性器を硬くするための行為が大切だ」

 

「なるほど……。よくわかりました。舌技が上手なら、性奴隷は早く相手の股間を硬くできます。だから、性奴隷には舌技が必修なのですね。よくわかました──」

 

「そうだ……。だけど、直接的に相手の身体に触れないで大きくする方法もある……。いまから教えるのはそれだ──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「身体に触れない? 手や舌でもなく、そのほかの部位でも触らないということですか?」

 

 素蛾は首を傾げた。

 試しに、素蛾は自分の股間にぶら下がっている男根を「勃起」させてみようと思った。

 素蛾の股間のものは、もう力を失って小さくなっていたのだ。

 しかし、頭で勃起しろと股間に命じても、少しも大きくはならない。

 

「見ていな、素蛾……。ほらっ、孫空女、わたしから目を離すんじゃないよ。ほんのちょっとでも視線を離したら折檻だよ」

 

 宝玄仙はそう言うと、いきなり、孫空女の前で艶めかしく踊りだした。

 しかも、一枚一枚優雅に服を脱ぎだす。

 

「わっ、わっ、ご主人様──」

 

 孫空女の様子が急に落ち着きがなくなり、顔が真っ赤になった。

 しかも、薄っすらと額に汗のようなものもかきだしている。

 じっと見ていると、孫空女の股間の男根はだんだんと大きくなり、宝玄仙が下着姿になったときには、完全に硬くなってきた。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 孫空女は焦ったような表情になり、ひどく恥じらいだした。

 そんな孫空女は、素蛾の眼からもとても可愛いと思った。

 やがて、宝玄仙は踊りながら完全な素っ裸になり、最後の下着を沙那の座っている寝台に放り投げた。

 

「さあ、孫空女、その一物をわたしのここに入れたいかい? 入れたいなら見事に勃起してみな」

 

 宝玄仙が笑いながら、孫空女にお尻を向けた。

 そして、尻たぶを両手で握ってお尻を割り開く動作をした。

 さらに、孫空女の腰の前にお尻の穴を近づけて左右に振る。

 

「ご、ご主人様、意地悪はやめてよ──」

 

 孫空女は泣きそうな声をあげた。

 そのときには、孫空女の怒張は、さっき以上に膨れあがって見事に天井に向かってそそり勃っていた。

 

「見たかい、素蛾? というわけだよ……。触らなくても大きくなったろう? むしろ、男はこうやって、触らずに大きくしてもらった方が興奮するんだよ……。だが、触らなくて大きくするやり方は、相手によって違う」

 

「違うのですか?」

 

「ああ、女が裸を見せるだけで大きくするやつもいるし、一枚一枚焦らすように服を脱がないと興奮しない男もいる。嗜虐好きの男には、わざと羞恥で顔を歪めた演技をすることもあるし、口づけをかわすことで大きくする者もいる。まあ、どんな行為で大きくするかなんて、男ごとに違うから、これだという絶対の方法はないけどね」

 

「難しいのですね……」

 

 素蛾は正直に言った。

 さっきみたいに踊ることはできる。

 舞踊は王族の女の嗜みのひとつなので、踊りそのものについては素蛾は、おそらく宝玄仙以上のものもできるとは思った。

 

 だが、それがいやらしさに繋がるとはあまり思えない。

 それとも、素蛾が素っ裸で舞踊をみんなの前で舞えば、他人は淫靡さを感じてくれるだろうか?

 今度、朱姫に訊いてみようと思った。

 

 いずれにしても、相手に触らずに、男のものを勃起されろということが、素蛾にもできるようになるだろうか……?

 そんな不安を感じていると、不意に朱姫の手がすっと素蛾の胸に触れてきた。

 

「ひゃっ」

 

 素蛾はびっくりして声をあげた。

 

「……大丈夫よ、素蛾……。男なんて簡単よ。お前が男の性器を元気にするときには、いやらしいお前の姿を隠さずに見せればいいのよ。お前のような童女と、素敵なことができると思っただけで、大抵の男はこれからやることを想像して股間を大きくするわ」

 

 朱姫が素蛾の乳首を擦りながら言った。

 

「そ、想像ですか……?」

 

 素蛾は朱姫から与えられる快感の切なさに裸身を悶えさせながら言った。

 ふと、気がつくと素蛾の股間はまた勃起して大きくなった。

 しかし、朱姫はそれを確かめると、また素蛾に刺激を与えるのをやめてしまった。

 さっきから大きくされては小さくなるということを繰り替えされて、なんだか切ないような焦れったい気持ちになってきた。

 

「まあ、朱姫の言うとおりかもね……。男というのは、相手の女と、これからいやらしいことをするという想像で股間を大きくするのさ。裸を見せたり、淫情を誘うように艶めかしく動くというのも、女が男を受け入れるという信号のようなものでもあるかもね。その気のない相手に女はそんな恥態を見せないからね。だから、男は興奮して勃起するのかもしれないねえ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「では、孫空女様も、さっきのご主人様を見て、想像をされて勃起したのですか?」

 

 素蛾はなんとなく言った。

 

「まあ、そういうことね、素蛾……。孫姉さんはご主人様のお尻を犯すのが好きなのよ。だから、きっと股間を大きくしたのだと思うわ」

 

 朱姫が言った。

 

「しゅ、朱姫、くだらないことを言うんじゃないよ──」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして怒鳴った。

 その股間はまだ勃起したままだ。

 

「くだらないことじゃないですよ、孫姉さん。本当のことじゃないですか。ご主人様に責められるのも好きだけど、男になって、ご主人様のお尻を責めるのも好きですよね、孫姉さん」

 

 朱姫がからかうような口調で言った。

 しかし、素蛾はその内容にびっくりした。

 

「えっ、その男の股間で、孫空女様がご主人様を責めたことがあるのですか?」

 

 もちろん、男根でお尻を犯すことができるということは、素蛾も知っている。

 だから、素蛾も朱姫に調教を受けて、尻で男根を受け入れる練習を少しずつ続けているのだ。

 だが、孫空女が宝玄仙をお尻で犯したことがあるという話には驚いた。

 宝玄仙は女主人だ。孫空女は宝玄仙の性奴隷のような立場だと思っていた。

 だから、その孫空女が宝玄仙のお尻を犯すという話に素蛾は混乱した。

 

「そうよ、素蛾。ご主人様は厳しいだけじゃないのよ。お願いすれば、お尻だってあたしたちに貸してくださるわ。お優しいのよ」

 

 朱姫が言った。

 素蛾はさらに驚いた。



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661 「男」たちの錯乱・九日目③

「そうよ、素蛾。ご主人様は厳しいだけじゃないのよ。お願いすれば、お尻だってあたしたちに貸してくださるわ。お優しいのよ」

 

 朱姫が言った。

 

「こらっ、朱姫、くだらないことを言うんじゃないよ──」

 

 今度は宝玄仙が怒鳴った。

 だか、その顔が真っ赤であり、しかも、とても恥ずかしそうな表情だったので、素蛾(そが)は呆気にとられてしまった。

 

「いいじゃないですか、ご主人様。素蛾はまだ、なんにも知らないんですよ。それなのに、あと数日で性奴隷に仕上げないとならないんです。お尻で男根を受け入れる見本を見せてあげればいいじゃないですか。短い期間で仕上げるには、それが一番です」

 

 朱姫があっけらかんと言った。

 

「なにを言ってるんだい──。そもそも、いまは素蛾に男の生理を教えているんだ。肛姦の実習は今度だよ──」

 

「これも男の生理を勉強する実習ですよ。孫姉さんが想像だけで硬くした行為が、実際にはどんなものなのか見せないと、想像で大きくさせるというのがどういうものなのか、素蛾もよくわからないですよ」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね。朱姫のいう通りかもね……。じゃあ、恥ずかしいけど、あたしも素蛾のために頑張るよ。ご主人様のお尻を犯すところを素蛾に見せることにするよ」

 

 孫空女もにこにこしながら口を挟んだ。

 

「お、お前ら、わけのわからないこと言うんじゃないよ。お仕置きするよ──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「でも、素蛾も見たいでしょう? 孫姉さんがご主人様のお尻を犯すところを……?」

 

 朱姫が素蛾に振り向いた。

 

「み、見たいです──」

 

 素蛾は叫んでいた。

 

 見たい──。

 そう思った。

 

 実際に肛門で男の性器を受けるのを間近に見たことはないので、それが勉強になるというのもあるが、純粋に女主人の宝玄仙が孫空女にお尻を犯されるという光景に興味があった。

 見てみたい……。

 素蛾の好奇心は爆発しそうになった。

 

「見たいです──。見せてもらうわけにはいきませんか、ご主人様──?」

 

 素蛾はさらに叫んでいた。

 

「そ、素蛾、お前……」

 

 宝玄仙の眼が驚きで見開かれた気がした。しかし、すぐにその視線が朱姫に向く。

 

「しゅ、朱姫──。お、お前、なんてことを言い始めるんだい──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 そのとき、こっちの様子にまったく関わらないような態度でいた沙那が急に寝台から立ちあがってやってきた。

 

「健気な素蛾のお願いですよ、ご主人様……。それくらいはかなえてあげるべきじゃないですか? もともと、ご主人様は勝手に素蛾を性調教していますけど、素蛾も本来は、この国の本物のお姫様なんですからね。その素蛾のお願いです。これは是非ともかなえてあげないと……」

 

 沙那も嬉しそうに言った。

 そのとき、悪戯っぽく笑っている沙那の股間の男根が、むくりと頭をもたげていることに素蛾は気がついた。

 

「あれえ……? 沙那姉さん、勃起していますねえ……。沙那姉さんて、実はむっつり助平ですよね。沙那姉さんもご主人様を嗜虐するのが好きですか?」

 

 朱姫がそれをすかさず指摘して笑っている。

 

「えっ──? や、やだ? そ、そんなんじゃないのよ──。み、見ないでよ──」

 

 沙那もまた、孫空女と同様にまだ後手の拘束を解くことが許されずに後手縛りにされている。

 だから、股間を隠そうとしてもできない。

 恥ずかしがった沙那は反対を向いてしまった。

 

「さあ、ご主人様、とにかく覚悟したらどうです? 孫姉さんだけじゃなくて、沙那姉さんもやる気のようですよ」

 

 朱姫が笑った。

 

「わ、わかったよ──。わかった──。受けてやるよ……。よく、わからないけど、尻を孫空女に貸せばいいんだろう──」

 

 宝玄仙がやけくそのように言った。

 

「やっぱり、ご主人様ですね。ほら、素蛾もお礼を言いなさい。ご主人様がお前のために身体を張ってくださるのよ。だから、ちゃんと性奴隷の勉強しないと罰が当たるわよ」

 

 朱姫が言った。

 

「ありがとうございます、ご主人様。わたくし、一生懸命に性奴隷こと覚えますから」

 

 素蛾は叫んだ。

 しかし、宝玄仙は不満げに鼻を鳴らした。

 

「じゃあ、準備をさせてもらいます、ご主人様」

 

 朱姫がさっと動いて、宝玄仙の身体を部屋にある四つ脚の卓に上体を突っ伏させるようにさせた。

 もともと宝玄仙は素裸だ。

 上体を卓に倒した宝玄仙のお尻が、こちら側に突き出すように向く。

 

「じゃあ、縛りますね、ご主人様。両手を脚に伸ばしてください。胴体も縛りますよ」

 

 驚くことに、朱姫は縄を取り出して宝玄仙を卓に拘束し始めた。

 

「な、なにやってるんだい、朱姫? そんなのは必要ないだろう、?」

 

「だって性奴隷の見本ですよ。素蛾は被虐奴隷に仕上げるつもりなんですよね? だったら縛った状態でお尻を犯されるのを見せてあげないと……」

 

 朱姫は愉しそうに、強引に宝玄仙に縄をかけていく。

 結局、あっという間に、宝玄仙の胴体と両腕を卓に括りつけてしまった。

 それどころか、両脚についても閉じることができないように、大きく開いて卓の脚に足首と膝を縛った。

 

「ほら、ご主人様の見本よ。しっかりと見ておきなさい、素蛾」

 

 宝玄仙の拘束を終えた朱姫が素蛾に笑いかけた。

 

「はい、勉強します──。よろしくお願いします、ご主人様──」

 

 素蛾は小走りに近づいて 素蛾は宝玄仙のお尻の真横に立った。

 しかし、宝玄仙はまだ釈然としない様子でぶつぶつとなにかを呟いている。

 

「じゃあ、準備しますね、孫姉さん、ご主人様……」

 

 朱姫が二人に声をかけてから、素蛾に振り向く。

 

「素蛾、お尻は女陰のように女の蜜で濡れるということはないわ。だから、ここで男の性器を受け入れるには、油のようなものを塗らないとならないのよ……。だから、そのときには、お前の口で相手におねだりして塗ってもらうといいわ……」

 

「お、おねだりですか?」

 

 自分にできるだろうか……。

 素蛾は真剣に頷く。

 

「そうよ……。それだけで、相手の男は興奮して、股間を勃起するかもしれないし……。とにかく、男の性器を大きくするのは、相手に喜んでもらうのがこつよ」

 

 朱姫は小壺を取り出して、指先にたっぷりと油剤を掬い取り、宝玄仙の背後から肛門に巧みに塗り始めた。

 

「ううっ、くうっ……」

 

 たちまちに宝玄仙の食いしばった歯のあいだから呻き声が漏れ始める。

 朱姫の指が宝玄仙のお尻の中で執拗に動いているのがわかった。

 宝玄仙が、快感を我慢できなくなったかのように腰を振って悶えだしている。

 本当にその姿は色っぽい。

 素蛾は思わず唾を飲んだ。

 

「ほら、ご主人様が嬉しそうに興奮しているでしょう、素蛾? ところで、お尻は女にもあるけど、男にもあるからね。お尻を刺激すると気持ちいいと思う男の人は多いわ。それも覚えておくといいわ」

 

 素蛾が身悶えを続ける宝玄仙のお尻に油剤を塗り足しながら言った。

 

「ふっ、わかったようなことを言っているけど、そういうお前だって、男扱いの経験は少ないじゃないのよ、朱姫。いつも、男が相手だと逃げ回るくせに」

 

 沙那がからかうような口調で言った。

 

「そんな意地悪と言うと、こうですよ、沙那姉さん──」

 

 朱姫は油剤のついた手で沙那の股間にある男根をぬるりと触って油剤をたっぷりと塗り載せた。

 

「わっ、わっ、なんすんのよ、朱姫──。あれっ? お前、その壺をお見せ──。それ、ただの潤滑油じゃないじゃない──。痒み剤を使っているのね──?」

 

 沙那が声をあげた。

 

「ま、待ちな、朱姫──。お前、痒み剤をわたしの尻に塗ったのかい──?」

 

 宝玄仙も慌てたように、卓に拘束された身体を暴れさせた。

 

「大丈夫ですよ、ご主人様。すぐに、孫姉さんがご主人様のお尻を掘ると思いますから……。それから、簡単に縄抜けできないように、霊気のこもっていない普通の縄を使いましたからね……。ご主人様でも普通の縄に霊気を刻み直して、それから縄抜けするには時間と霊気を込めるための集中が必要ですものね──。」

 

 朱姫がけらけらと笑った。

 本当に楽しそうで、つられて素蛾まで嬉しくなる。

 

「お、お前ねえ……」

 

 宝玄仙が朱姫を睨むように言った。

 だが、心の底からの怒りではない。

 素蛾はそれがわかって、安堵した。

 

「さあ、孫姉さん、ご主人様が道術で脱出できないように、お尻を犯して、ご主人様が精神を集中するのを邪魔してあげてください」

 

 朱姫があっけらかんと続ける。

 

「お前、後で知らないからね……」

 

 孫空女が苦笑している。

 そして孫空女は、いまや完全に硬く勃起している股間の一物を宝玄仙のお尻にあてると、一気に押し破るように押し込んだ。

 

「んひいいいいっ、あっ、あああっ、いやああ」

 

 宝玄仙が背中をのけ反らせて、けたたましい悲鳴をあげた。

 素蛾はびっくりした。

 急に宝玄仙が女っぽい声をあげたのだ。

 

「ご主人様、可愛いね。いくよ」

 

 しかし、孫空女はそれに構わずに、ゆっくりと男根の律動を開始した。

 

「うっ、ううっ、ああ……、ああんっ、ひいいい」

 

 すると、苦しそうな宝玄仙の声はすぐに愉悦のこもったものに変化した。

 素蛾はあられもない声をあげてよがり狂っている宝玄仙の姿に目を奪われてしまった。

 孫空女の股間の律動がしばらく続く。

 それにつれて、だんだんと、宝玄仙の反応は信じられないくらいに激しくなっていく。

 宝玄仙は吠えるような声をあげて、拘束された身体を揺すりたてた。

 

 その悶え方は最初から激しいものだったが、孫空女の律動が数を重ねるにつれて、それは一層大きなものになっていった。

 

「あはああああっ」

 

 やがて、宝玄仙はがくがくと身体を震わせて、喜悦の声を放ちながら絶頂を極めてしまった。

 素蛾は呆然としてしまった。

 

「へへ、ご主人様を先にいかせちゃったよ」

 

 孫空女が満足気に男根を抜いた。

 

「次は、素蛾がしなさい。台を持ってきてあげるわ──。これは仲間になる儀式のようなものよ。ご主人様のお尻に男の性器を挿すのよ」

 

 朱姫が言った。

 

「しゅ、朱姫、お前、調子に乗ると、あとで酷いからね──。もう見本は終わったよ。縄を解きな──」

 

 宝玄仙が顔をこっちに向けて怒鳴った。

 あんなに怒っているのに大丈夫なのだろうかと思いながらも、仲間になる儀式だと言われて、素蛾はかなりの興奮も感じていた。

 仲間だと言われたことが、すごく嬉しかったのだ。

 

「まあまあ、ご主人様……。それよりも、もう少し、そうしていてくださいね。道術が刻めないようにこうしてあげますから」

 

 朱姫が孫空女の男根が抜けたばかりの宝玄仙のお尻の穴に指を挿入して動かしだした。

 

「ひぐう、や、やめええ、び、敏感になってるんだよ──。いやあああ」

 

 宝玄仙が、再びよがり声を出して腰を振り出す。

 

「孫姉さん、部屋の隅にある台を持ってきてあげてください。後ろ手でも持ってこれますよね?」

 

「あ、ああ、わかった……。だけど、お前、時々すごいよね……」

 

 孫空女が感嘆したような顔をして台を取りに行った。

 身体の小さい素蛾のために足元を高くしてくれるようだ。

 

「ね、ねえ、か、痒いのよ……。わ、わたしを先にさせてよ、朱姫……」

 

 すると、全身を真っ赤にして震わせている沙那が苦しそうな声をあげた。

 さっき、朱姫に男根の先に痒み剤を塗られてしまっている沙那は、痒みの苦痛に顔を真っ赤にしている。

 

「あれっ? 沙那姉さんもご主人様のお尻を犯すつもりですか? でも、順番ですよ。後、後──。さあ、素蛾──。お前のお尻を弄ってあげるわ。だから、男根を硬くしなさい」

 

 朱姫がいきなり素蛾の肛門に指を入れた。

 しかも、ぐるぐると抉るように動かしてくる。

 

「はっ、ああっ、朱姫……朱姫姉さん……気持ちいいです……」

 

 官能の芯を揺さぶられるような快感に素蛾は声をあげた。

 それをしばらくされた。

 素蛾の股間は完全に大きくなった。

 

「勃起したわね……。じゃあ、あとは入れるだけよ。ご主人様のお尻に突き挿しなさい──。これで、仲間よ。仲間に認めて欲しいでしょう?」

 

 朱姫が素蛾の股間の男根の先を宝玄仙の肛門にあてがった。

 

「は、はい──。認めて欲しいです。い、いきます──」

 

 素蛾は、さっき孫空女がやったように、腰を一気に前に出して宝玄仙の肛門に、股間のものを貫かせた。

 

「ふぐううっ──」

 

 宝玄仙が身体をのけ反らせる。

 素蛾は当惑したが、同時に興奮もした。

 股間に男根を生やして、それで女主人のお尻を犯すなど、性奴隷には許されない行為だというのは、さすがに素蛾でもわかる。

 だからこそ、仲間だけの秘密の行為に参加させてもらえたような気がした。

 

「ねえ、素蛾、仲間の印にこれもしな……」

 

 すると、孫空女が素蛾の耳元でささやいた。

 朱姫も耳を寄せてきた。

 素蛾はその内容にびっくりした。

 

「いいんですか、そんなことをして──?」

 

 素蛾は声をあげた。

 

「孫姉さん、聞いていましたよ……。でも、確かに、仲間として必要ね……」

 

 朱姫も顔を真っ赤にして言った。

 

「そ、それをすると、わたくしを本当の仲間だと認めていただけるのですか?」

 

 素蛾は言った。

 本当の仲間と認められたい。

 素蛾は心の底から思った。

 

「認める、認める──。さすがに、それは認めざるを得ないね」

 

 孫空女が笑った。

 朱姫も横でうなづいている。

 

「お前たち、なにを話しているんだい──。つまらないことを素蛾に吹き込むとすると承知しないよ」

 

 素蛾の男根を肛門で咥えたままの宝玄仙が喚いた。

 

「い、いきます──」

 

 しかし、素蛾はそれを無視し、孫空女に言われたことをするために力を入れた。

 

「ひゃああ、ひゃああ、ひゃああ──」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 素蛾に生やされた男根の先から尿を放出させたのだ。

 孫空女に言われたのは、宝玄仙のお尻の中で放尿をしろということだった。

 それが仲間の印だと……。

 だから、素蛾はそれをやった。

 

「ひいいい──。な、なにすんだい、素蛾──。こ、殺されたいのかい──? や、やめるんだよ──」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 素蛾はびっくりして男根を引き抜こうとした。

 だが、大笑いする孫空女と朱姫のふたりが、素蛾の腰を宝玄仙の臀部に押しつけるように力を入れてそれを阻止した。

 

「どうだい、素蛾──? ご主人様を厠にしている気分は? 仕返し覚悟でこれができれば、素蛾も立派なあたしらの仲間だよ」

 

 素蛾の腰を押さえている孫空女が笑いながら言った。朱姫も大喜びだ。

 

「ば、馬鹿、あんたたち、なにを素蛾にやらせてるのよ」

 

 痒みに顔をしかめていた沙那が、真っ赤な顔で、血相を変えて怒鳴った。

 とにかく、放尿がやっと終わった素蛾は、沙那に言われて慌てて宝玄仙の肛門から「男根」を抜く。

 

「お、お前ら、承知しないよ──。お、覚えてるんだねえ──。か、覚悟はいいんだろうねえ──」

 

 しかし、宝玄仙が怒鳴りまくっている。

 沙那が懸命にそれを諌めているが、宝玄仙の剣幕が激しい。

 朱姫と孫空女も少し、冷静になった感じになっている。

 ふたりは沙那に言われて、まずは沙那の拘束を解いた。

 宝玄仙はなんだか苦しそうでもあるが、すごく怒っているので素蛾はだんだんと怖くなってきた。

 

「ご、ご主人様、いまのは素蛾は悪くないですよ……。悪ふざけしたのは、朱姫と孫女ですからね。お仕置きの対象を間違えないでくださいね」

 

 縄の解けた沙那が、宝玄仙の拘束を解きながら言っている。

 

「な、なんだよ、沙那……。随分じゃないか」

 

「そうですよ、沙那姉さん……。ただの冗談じゃないですか」

 

 孫空女と朱姫が沙那の物言いに不満を口にした。

 

「わ、わかってるよ、沙那……。朱姫と孫空女、お前らも尻を出しな。素蛾の見本は私だけじゃ足りないさ……。もっと見せてやらないと、素蛾もわからないよ……。だから、朱姫は沙那に尻を掘られるんだ。孫空女はわたしが犯してやる……。もちろん、小便浣腸付きでね……。五つ数えるだけ待ってやるよ……。お前ら、尻を剥き出しにして、卓に突っ伏しな……。ひとおつ……」

 

 宝玄仙がすごい形相でふたりをにらんだ。

 朱姫と孫空女が蒼い顔になり、孫空女は一目散に卓に飛びつき、そして、朱姫も大慌てで服を脱ぎ出した。

 宝玄仙が五つを数え終わるときには、朱姫もやっとのこと全裸になって孫空女の隣で卓に上半身を突っ伏した。

 

「さあ、始めるよ、沙那──。お前たち、覚悟はいいね。今度は十数えるからね。そのあいだに、自分の尻の穴に薬剤を塗りたくりな。十数え終わったら、塗り終わっていようが、いまいが、お前たちの尻の穴に男根を突っ込むよ……。ひとつ……」

 

 顔に嗜虐の笑みを満面にたたえた宝玄仙が、孫空女の腰の後ろに立って言った。

 

「……じゃあ、これね」

 

 沙那がふたりが上半身を載せている卓の上にぽんと蓋の空いた潤滑油の小瓶を置いた。

 朱姫と孫空女が先を争うように、瓶に指を突っ込んでお尻の穴に入れ始める。

 その光景をじっと後ろから見守っていた素蛾は、いてもたってもいられない感情に突き動かされていた。

 

「ず、狡いです──」

 

 素蛾は思わず叫んでしまっていた。







 投稿忘れの「655話 公主歓迎儀式」も挿入しています。



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662 ふたなり祭り・九日目④

「ず、狡いです──」

 

 素蛾の大きな声がした。

 そのときには、沙那は、宝玄仙の道術で生やされた男性器を朱姫のお尻に貫かせていた。

 朱姫の悪戯で痒み剤を塗られて時間が経っている。とてもじゃないが、少しの時間も待つことができなかったのだ。

 振り返ると、素蛾は自分自身の声に驚いた表情をして、顔を赤らめていた。

 

「な、なんでもありません、皆様──。なんでもないんです」

 

 素蛾は慌てたように、赤くなった顔を激しく横に振った。

 すると、宝玄仙が笑い出した。

 

「心配しなくても、お前のお仕置きはこれからだよ、素蛾……。こいつらのお仕置きから片付けようとしているだけだ。とにかく、ちょっと待ってな──。このわたしの尻を厠にしたような奴隷は、それ相応のお仕置きをするからね」

 

 宝玄仙が自分の股間に作った男根で孫空女のお尻を責めながら言った。

 しかも、まるで杭でも打つかのように力強く孫空女の尻たぶに腰を打ちつけている。

 

「ひいい、ああっ、いいっ、そ、そんなにしたら、ああっ……ご、ご主人様……ああっ、ううう、い、いきそう……ああ……うう……」

 

 孫空女が背をたわめて、白目になりかけながら、獣じみた声を出し始めている。

 

「こらっ、なにを感じているんだい──。これは罰なんだよ──。よがってどうするんだい、孫空女──? ほらっ、これはなんだい──?」

 

 宝玄仙は孫空女の尻を激しく犯しながら、一方で孫空女の股間の下に手を伸ばして、孫空女の男根を握った。

 どうやら、孫空女の男性器は完全に勃起していたようだ。

 それを乱暴にしごいている。

 

「いい、いくっ、そ、そんなにしたら、いっちゃう──。そ、そんな──。お、お尻と──お、おちんちんと──だ、だめ──お、おかしくなる──そ、そんなにしたらだめ──ひいい──」

 

 孫空女がさらに喚いて快感を訴えだした。

 

「なにが、おちんちんだい──。素蛾、こっちに来な──。こいつの勃起した男根を舐めてやるんだ──」

 

「は、はい──」

 

 後手に拘束されたままの素蛾が慌てて駆けていく。

 そして、卓の下にしゃがみ込んで孫空女の股間を舐め始めた。

 

「はあっ、はっ、はっ、そ、そんな……」

 

 孫空女がさらによがりだす。

 

「お前、言っておくけど、勝手に射精するんじゃないよ、孫空女──。このわたしがお前の尻に小便する前に射精したら、その男根は三日間はなくしてやらないよ。しかも、三日間、勃起したまま射精できないようにしてやるからね。下袴(かこ)の前を膨らませながら、街道を歩くことになるよ。そんな恥をかきたくないなら、我慢しな」

 

「そ、そんな──だ、だったら、して──いい、いいっ──して、おしっこして──は、早く、はあっ……して──うあああ、あああっ──ああ……あっ──」

 

 孫空女が悲鳴をあげだした。

 

「沙那、こっちに見とれてないで、さっさと朱姫を責めないかい。そして、小便をしるんだ──。ほらっ──」

 

 宝玄仙がちらりとこっちを見た。

 次の瞬間、沙那の下腹部に急に尿意が発生した。

 

「ちょ、ちょっと、ご主人様、これやめて──」

 

 思わず、朱姫のお尻の両脇を持ったまま膝を崩しかけてしまう。

 沙那の身体は尿意とともに、強い疼きが尿道や尿袋に沸き起こってしまうようなっている。

 尿意が溜まるというのは、まるで下腹部の中に振動する淫具を入れられたような感じと同じなのだ。

 強い尿意が起こったことで、沙那の身体に全身が震えるような官能の波が襲い始めた。

 

「はっ、ああっ、はあっ……」

 

 沙那は朱姫の肛門に男根を埋めたまま、朱姫にもたれかかるようになってしまった。とにかく、なんとか身体を起こして体勢を戻す。

 とりあえず、男性器の先の痒みは、朱姫の肛門の内肉に先端を擦ることで我慢できるくらいになったと思う。

 塗られた量が少しだったというのもあるのだろう。

 沙那は朱姫を責めるための体勢を整えようとした。

 

「へ、へへ……、沙那姉さん、苦しそうですね……可愛い声出しちゃって……。あ、あたしを責めるんじゃないんですか?」

 

 沙那に後ろの穴を犯されている朱姫が、荒い息をしながらもこっちを振り返って白い歯を見せた。

 沙那は、その朱姫の余裕にかっとなった。

 

「お、お前、こんなになっているくせに生意気よ──。ちょっと、お前も道術で男根を出しなさいよ──。孫女みたいに擦ってあげるわ──」

 

 沙那は思わず怒鳴った。

 そして、すぐに我に返って、なんというはしたない言葉を叫んだのだろうと後悔した。

 

「それっ、出すよ──。わたしの小便は気持ちいいかい、孫空女──? ざまあみろ──」

 

 宝玄仙が陽気な声をあげて腰を上下に動かしている。

 どうやら、宝玄仙は孫空女の肛門に尿を注ぎ込んでいるようだ。

 一方で、前側の男根も素蛾にしゃぶられてもいる孫空女は、眼を白黒させて悲鳴をあげ続けている。

 すると、その宝玄仙がこっちを見た。

 

「ところで、沙那の言うのももっともだね。ほかの者が全員、股間に男性器をぶら下げているのに、確かにひとりだけなにもないのはおかしいさ。このわたしが朱姫の股にも男性器を生やしてやるよ」

 

 宝玄仙が最後に腰を数回振るような仕草をしてから、乱暴に男根を孫空女から抜いた。

 孫空女が背をのけ反らせてがっくりと脱力した。

 

「わあっ、ま、待ってください、ご主人様──。あ、あたしが自分でやります。自分の道術で生やしますから──」

 

 朱姫が慌てて叫んだ。

 

「お前の道術でやれば、お前の制御できる男根になってしまうじゃないか──。お前には特別性の男根を生やしてやるよ──。そらっ」

 

 宝玄仙がそう言い、朱姫が悲鳴をあげた。

 どうやら、朱姫の股間にも男根が生えた気配だ。

 沙那は、朱姫に生えた男根を手で擦りながら尿をお尻に注ぎ込んでやろうと思ったが、宝玄仙の命令で素蛾が朱姫の男根をしゃぶるように言われたのでやめた。

 

「しゅ、朱姫姉さん、失礼します……」

 

 卓の下で、孫空女の股間の前から移動した素蛾が、朱姫の男根を舐め始めた。

 

「ひいいっ、ひいっ、ひっ、だ、だめえっ、お尻が──そ、そんなお尻が──」

 

 いきなり、朱姫が絶叫して、沙那の男根が貫いたままの腰を大きく振り始めた。

 

「う、うわっ、そ、そんなに暴れないで──。ひいっ、ひいっ、ひいいっ──」

 

 これには沙那も堪らなかった。

 朱姫の肛門を貫かせたままの男根を前後左右に振られるかたちになり、沙那も悲鳴をあげた。

 

「はははは、その特別制の男根は効くだろう、朱姫──。その男根に刺激を与えると、お前の尻穴の中に連動した刺激が加わるようにしてやったのさ。素蛾がお前の男根を舐めるというのは、いまのお前にとっては尻穴の中を舐められるのと同じということさ」

 

 宝玄仙が大笑いしている。

 そして、宝玄仙は、卓に突っ伏したままだった孫空女の髪の毛を掴んで引き起こしてひざまずかせた。

 自分の股間の前に顔を向けさせる。

 

「ほら、休む暇はないよ、孫空女──。お前の尻穴で汚れた男根を舐めて掃除しな」

 

 髪の毛を掴まれた孫空女は、宝玄仙の股間の男根を舐めさせられ始めている。

 

「じゃ、じゃあ、いくわよ……。ちょっとじっとしててよ、朱姫──」

 

 沙那は下腹部の緊張を解いて、朱姫の肛門の中に尿を注ぎ込んだ。

 こうなったら、諦めの境地だ。

 馬鹿になるしかない。

 そのあいだも朱姫が暴れるので、沙那は力を入れて朱姫の腰を掴んでいなければならなかった。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

「ああっ、あっ、あっ、ああっ……」

 

 腸に沙那の尿を注がれる朱姫は苦悶の声を流し始めるが、朱姫の肛門に尿を注いでいる沙那も喘ぎ声をあげた。

 尿道が揺れて快感が全身に走るのだ。

 尿をしながらよがりくねる……。

 毎日、この情けなさを味わなければならないようになって随分と経つ。

 いい加減に治して欲しいと思うのだが、宝玄仙はいまのところその気はなさそうだ。

 沙那は全身に走る快感の疼きに耐えながら、やっと朱姫の肛門への排尿を終えた。

 

「そ、素蛾、もう、終わった──。終わったから、舐めるのやめて──。ひいいっ──」

 

 一方で、素蛾はさっきの宝玄仙の命令で朱姫の男根を舐め続けていている。

 それで朱姫が悲鳴をあげたのだ。

 肛門に尿を受ければ、だんだんと排便欲が襲ってくる。

 その肛門に刺激が連動している男根を舐められるのは、確かにつらいだろう。

 朱姫が苦悶の声をあげるのも無理はない。

 

「よし、素蛾もやめていい──。次はお前の番だ──。そもそも、わたしのお尻に尿を注ぎこんだのはお前だしね……。お前は全員の尿を受けるものとするよ──。しかも、卓なんて使わせてやらない。脚を真っ直ぐに伸ばして四つん這いになりな。四人の小便を尻穴で全部受けるまで、姿勢を崩すんじゃないよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あっ、は、はい──」

 

 素蛾が朱姫の股間から口を離して、卓の下から這い出てきた。

 しっかりと素蛾にもお仕置きはするのだと呆れたが、素蛾を庇い立てしても無駄だろうからやめた。

 それに、宝玄仙のいまの機嫌は悪くはない。

 この程度であれば、酷すぎることにはならないと思う。

 だいたい、もともと素蛾も好きこのんで、この一行についてきたのだから、多少の嗜虐は仕方ないだろう。

 

「待ちな──。まっすぐに立つんだ、素蛾。両手は手の横──」

 

 不意に宝玄仙が怒鳴った。

 素蛾はびっくりしたように身体を一度震わせ、その場に直立不動の姿勢になった。

 

「これはなんだい、素蛾──? さっき、孫空女や朱姫の股間を舐めているときは、そんなに大きくなかったようだけど、四人で尻穴を犯して小便をすると言われて、興奮して男根を勃起させるのかい──?」

 

 宝玄仙が素蛾の股間の一物を鷲づかみした。

 

「ひいっ、す、すみません──。よ、よくわかりません」

 

 素蛾の全身が朱に染まっている。

 確かに完全に勃起している。

 宝玄仙から動くことを許された孫空女と、朱姫も素蛾の股間の前に出てきて眺めている。

 

「ふふふ……。確かにそうね。素蛾、お前、やっぱり、苛められるのが本当に好きなのね──。でも、お尻におしっこされると言われて、興奮して勃起するなんて相当の変態よ──。だいたい、お前、まだ十二歳なのに、ちょっとはしたないわね……」

 

 朱姫がからかうように、宝玄仙から素蛾の男根を受け取って、指で弄りだした。

 

「ああっ、あっ、朱姫、朱姫姉さん……き、気持ちいいです……そ、素蛾は……へ、変態なんだと……ああっ、ああっ……思います……こ、こんなことが大好きなんです……。き、きっと悪い子なんです……ああっ、で、でも、気持ちいです──」

 

「変態が悪い子なもんかい──。だったら、ここにいる四人は天下の大悪党だよ──。まあいい。そんなにわたしらの尿を尻穴で受けるのが好きなら、国都に着くまでは、朝晩欠かさず、わたしたち四人の小便を注ぐことにするよ。国都に戻れば、お姫様かもしれないけど、それまではわたしたちの(かわや)娘だ──。いいね──」

 

 宝玄仙が笑いながら声をあげた。

 

「は、はい──。ありがとうございます──。素蛾は厠娘です──」

 

 素蛾も大声で言った。

 

「ふふふ、ご主人様、素蛾は厠娘が嬉しいようですよ。また、股間が硬くなりましたから」

 

 朱姫が素蛾の勃起した男根を弄りながら言った。

 当の素蛾は直立不動の姿勢を命じられているために、身体を真っ直ぐに保とうとしているが、男根を擦られながら姿勢を保つのは随分とつらそうだ。

 

 沙那は、その光景を唖然とする心地で見ていた。

 侮辱的に責められているはずの素蛾がちっともつらそうでなく、むしろ嬉しそうだったからだ。

 変態だと罵りながら、まだ成長途中の童女の裸身を愛撫し続ける行為は、端から見ていると子供の虐待にしか見えないのだが、素蛾はしっかりと快感を覚えているようだ。

 

 だから、いいのだろう。

 

 しかし、正直なところ、なぜ素蛾がこの一行との旅を喜んでいるかが、沙那にはまったく理解できない。

 だが、この素蛾は事あるごとに、ずっと一緒に旅がしたいと口にしていて、あと数日で国都に着くことを悲しんでいる気配だ。

 

「だったら、厠娘──。さっそく、厠になりな」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 朱姫が素蛾の股間から手を離した。

 

「は、はい──。厠になります」

 

 素蛾は両脚を開き、両手を前に出して前屈になり、両手両足を真っ直ぐに伸ばした四つん這いの姿勢になった。

 その素蛾のお尻に宝玄仙が潤滑油を塗り始めた。

 沙那は嘆息した。

 

 こうなると、だんだんと悪乗りするのが宝玄仙の悪癖だが、この素蛾はしっかりとその嗜虐についていっている。

 なんなのだろう……、このお姫様は……?

 

「厠娘、お前の尻に挿す全員のものを舐めて大きくしな。そうしたら、入れてやるよ」

 

 宝玄仙が素蛾の前にやってきて、やや腰を屈めるようにして男根を突き出した。

 素蛾が首を伸ばして舐め始める。

 自分の尻にこれから挿されて小便を注ぎ込まれるはずの男根を舐めて大きくするなど、沙那にはとても耐えられそうにない仕打ちだが、素蛾の開いた股間の男根はこれ以上ないほどにそそり勃っている。

 素蛾は淫情に酔っているのは明らかだ。

 宝玄仙の股間に奉仕をしている素蛾の顔は、うっとりと蕩け、とても十二歳とは思えないような淫らな表情をしていた。

 

「よし、もういい──。じゃあ、次は朱姫だ。素蛾に舐めてもらいな。そのあいだに、お前の尻に小便するよ、素蛾」

 

「は、はい……。お、お願いします、ご主人様、朱姫姉さん」

 

 素蛾が言った。

 朱姫が素蛾の顔に股間を突き出す。素蛾がそれを口に含んだ。

 男根を舐められると肛門に疼きが走る朱姫は、素蛾に男根を舐められて、顔を歪めて喘ぎ声を出した。

 一方で素蛾は嬉しさを隠せないようだ。淫らで嬉しそうな笑みを顔に浮かべている。

 

 そして、まずは宝玄仙が素蛾の肛門に尿を注いだ。

 

 次に朱姫──。

 

 次いで、沙那、孫空女の順で尿をさせられた。

 

 さっき、尿をしたばかりなのに、宝玄仙の道術で全員が尿意をもよさせられたのだ。

 素蛾への罰というよりは、沙那たちへの責めを受けているようなものだった。

 全員分の尿を受け終わり、下腹部が大きく膨らむほどになって、やっと素蛾は姿勢を崩すことを許された。

 さすがに、素蛾はつらそうに顔を歪めている。

 

「さあ、じゃあ、わたしと孫空女と朱姫は、そろそろ本当の厠に行ってくるよ。さすがにそろそろ限界だしね……。だけど、素蛾、お前はまだ駄目だ。縄を解いてやるから、お前の股間にできた男根で自慰をするんだ。わたしらが戻ってくるまでに、この小皿に精を出すことができたら、お前も厠に行く許可をやる──。沙那、お前は残って監督してな。お前だけは小便浣腸を受けていないんだからね」

 

 宝玄仙がそう言って、小皿を出して、朱姫に素蛾の縄を解くように命じた。

 

「そ、そんな、ご主人様、わたくしも厠に行きたいです。一緒に行っては行けませんか?」

 

 すでに脂汗を流し始めている素蛾が苦しそうに言った。

 

「わたしからの仕返し覚悟で、わたしの尻に小便をしたんだろう? お前もわたしらの仲間だと認めてやるよ──。その代わりに、お客さん扱いはなしだ。厠に行きたければ、小皿に精を出すんだ。それまでは我慢な」

 

 宝玄仙に強い口調で言われて、素蛾はうなだれながらも、さっそく手で自慰を開始した。

 だが、どうやってやっていいかもわからないようであり、おろおろしている。

 宝玄仙たちが部屋の外に出ていく気配になった。

 ここは宿屋でも、母屋とは離れた別棟だし、真夜中でもあるので三人は裸のまま、近くの厠に向かう気配だ。

 

「ねえ、あたしの手を外してよ、ご主人様……。これじゃあできないよ」

 

 いまだに『拘束環』で両手を後手にされている孫空女が、扉の前で文句を言った。

 

「大丈夫ですよ、孫姉さん。あたしがお尻を拭いてあげますから」

 

 朱姫が笑いながら孫空女の尻穴付近を指で触った。孫空女が悲鳴をあげる。

 そして、三人が出ていった。

 

 

 *

 

 

 沙那は、素蛾にしっかり教えておけと宝玄仙に言い残されたので、仕方なく、素蛾に男の自慰のやり方を教えて、素蛾に男根をしごかせた。

 男の生理など生まれて初めての体感の素蛾は、その未知の快感に困惑と動揺を隠せないようだったが、それでも一生懸命に自分の股間の男根を擦り続けた。

 だが、結局、素蛾は三人が戻るまでに自慰で達することができず、肛門栓をされて排便を禁止された。

 そして、便意の苦痛に耐えたまま、四人全員の男根に奉仕をさせられ、四人全員の精を飲まされた。

 それで、やっと朱姫と一緒に厠に行くことを許された。

 

 その後は、素蛾に対する男根責めが再開だ。

 

 男根の根元を縛って射精を封じての筆責め──。

 

 亀頭から細い電撃棒を挿されての連続の強制勃起と射精責め──。

 

 先端に痒み剤を塗られての放置責め──。

 

 さすがの被虐大好き王女も、繰り返される性の拷問に苦悶の悲鳴をあげ続けた。

 

 朝になると、宝玄仙の思いつきで「ふたなり相撲」という遊びをさせられた。

 手首を後手に縛られたふたりが勃起させた男根を向かい合わせ、亀頭の下の部分を紐で括り付けられて、お互いに擦り合わせるのだ。そして、早く射精をした方が負けという勝負だ。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい遊びだが、負ければ電撃棒を男根に挿されるという罰が待っている。

 全員が必死になった。

 

 もちろん、宝玄仙も参加したが、残念ながら宝玄仙は一度も負けずに、宝玄仙と対戦した者は例外なく男根の電撃責めに遭った。

 沙那も相当の電撃責めを受けたが、ただ、男根の感度を肛門の刺激に直結させられている朱姫がひとり負けの状況だったのは、沙那は少し小気味よかった。

 

 以外に強かったのは素蛾であり、素蛾は宝玄仙以外には負けなかった。

 

 そして、一度、食事のために中断して、それから、五人で乱交をやった。

 股間に生えている男根を女陰に挿し合うのだ。

 素蛾は女陰が男根の霊具で塞がっているので、肛門を使わせられた。

 

 それが延々と続き、終わったのは夕方だったと思う。

 最後の最後に、素蛾が「厠娘」を命じられて、再び全員の尿を受けさせられて、朱姫とともに厠に行った。

 それからは、五人で泥のように重なって眠っただけだ。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 かくして、誰彼となく、五人の中で、後に二日間の「ふたなり祭り」と称することになった一連の行為が終わった。



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663 悩み事相談と半裸夕食・十四日目

「沙那姉さん、こっちですよ。どうぞ、どうぞ」

 

 外から宿に戻ってきた沙那に、いきなり朱姫がひとりだけやってきた。

 天神(てんじん)国の国都に近い宿町だ。

 沙那たちが宿泊することにした宿は、一階が食堂で二階に宿泊のための部屋があるという典型的な宿屋である。

 

 朱姫が待っていたのは、その一階の食堂であり、ほかの三人がいないところを見ると、すでに夕食を済ませて部屋に入ったのだろう。

 食堂には、十個ほどの卓があったが、その半分くらいが埋まっていた。

 もう、陽が沈んでかなり経つ。

 卓にいるのは男も女もいるが、酒をかわしている者がほとんどだ。

 

「こっちです」

 

 朱姫はひとりでひとつの卓を占領していたようだが、沙那の姿を見つけると駆け寄ってきた。

 そして、沙那を自分が占拠していた卓につかせると、自分も座り、すぐにひとり分の夕食を注文した。

 

「いつもあたしたちのために、情報集めをしたりしてくれてありかとうございます」

 

「え、ええ……」

 

 とりあえず返事をしたが、なんなのだろう?

 沙那はこの旅の管理を任されているので、城郭などに入ると周辺の噂話や先の路程の状況などの聞き込みをして、なるべく先で災難に遇わないように情報集めをしている。

 そのため、ほかの者とともに宿に入ってから、すぐに出ていくのが常だが、この娘は、いまだかつて感謝の言葉など口にしたことはないはずだ。

 

「それで、素蛾(そが)のことについて、なにかわかりましたか?」

 

 朱姫は低い声で言った。

 素蛾は、この天神国の本物のお姫様であり、なぜか気がついたら国境近くの平原にひとりで立っていたという災難に遇った十二歳の童女だ。

 そして、あっという間に奴隷狩りに遇って奴隷商で売られていたのを、偶然に見つけた宝玄仙が保護することにしたのだ。

 

 しかし、調べてみても、国都からは素蛾という王女……この国では「公主」と称するのだが……は行方不明にはなってはいないということだった。

 それが、どういうことなのかわからないが、ともかく素蛾を国都まで連れてこようということになったのだ。

 

 それで半月ほど一緒に旅をしてきた。

 ここは、国都の手前の宿町だ。

 ここまで来れば国都までは半日もかからない。

 無理をすれば、今夜のうちに国都に入ることもできたと思うが、それは避けた。

 国都にいると思われる素蛾の偽者がどういう状況なのかも判然としない。

 いずれにしても、ここでいくらか情報を集めてからの方がいいと思ったのだ。

 

「いえ、さすがに有益な情報はなかったわね。わかったのは、公主のひとりが、一瞬でも行方不明となったというような話はないということね。明日には、国都に入ると思うから、そのときにもう一度、聞き込みをしてみるわ」

 

「そうですか……」

 

 朱姫が神妙な顔で頷く。

 

「素蛾のことが心配?」

 

 沙那は訊ねた。

 わざわざ待ち構えていたのは、やっぱり、素蛾のことを心配してのことだと思ったのだ。

 素蛾を伴っての旅のあいだ、素蛾は完全に朱姫の妹分だった。

 本物の王女を助けるために、国都に連れていくことにしたのはいいのだが、あの宝玄仙が、王女に戻るまでは、素蛾は宝玄仙が購った性奴隷であり、旅のあいだにきっちりと性調教すると言い出したのだ。

 その調教係を命じられたのが朱姫であり、朱姫は素蛾に対して連日、淫乱な調教を繰り返している。

 最初は沙那も驚いてやめさせようとしたのだが、当の素蛾がそれを悦んでおり、積極的に調教に勤しんでいる。

 だから、沙那もとめようもなく、いまに至っている。

 

 しかも、素蛾の朱姫への慕いようは尋常ではなく、愛情だけのことなら、まるで本物の姉妹であるかのようだ。

 だから、朱姫も、明日は国都という状況で素蛾が心配になり、わざわざ待っていたのかと思った。

 

「そりゃあ、心配ですよ……。ちゃんと、宮殿に戻してあげたいし……」

 

 朱姫は言ったが、その表情は複雑そうだ。

 素蛾が宮廷に戻るということは、素蛾との別れを意味する。

 別れが近づいていると思うと寂しいに違いない。

 

「とにかく、素蛾については、まだ顔を隠していた方がいいと思うわ。それで、これ……」

 

 沙那は宿町を歩いていて購ってきた頭巾付きの外套を朱姫に手渡した。

 

「なんですか、これ?」

 

「明日はこれを素蛾に着せなさい。国都に入れば、素蛾の顔を知っている者もいるかもしれないわ。状況が判然とする前に騒動を起こしたくないのよ。だから、素蛾にはこれを着せて」

 

「ふうん……。これを着せるんですね……。わかりました、沙那姉さん。沙那姉さんの命令だと言いますね」

 

 朱姫は、沙那の準備した袖なしの外套を広げながら意味ありげに微笑んだ。

 なんなのだろう?

 沙那は首を傾げた。

 そのとき、食事が運ばれてきた。

 

「どうぞ、沙那姉さん。あたしたちは先に頂きましたから」

 

 朱姫が言った。

 沙那は食事を始めた。

 すると、朱姫が食事とともに運ばれてきた水の瓶を手に取り、空の杯に注いで沙那の前に置いた。

 

「な、なによ?」

 

 沙那は思わず食事の手を止めて言った。そんな親切をこの娘がやるわけがない。

 やるとすれば、この瓶に得たいの知れない媚薬でも入っているときだ。

 

「な、なにって、なんですか?」

 

「それはわたしの言いたいことよ。食事はひとりでできるわ。部屋にあがりなさいよ。そう言えば、部屋割りはどうなっているの?」

 

「沙那姉さんは、ご主人様と孫姉さんと一緒です……。ああ、そう言えば、孫姉さんが、早く沙那姉さんに部屋に戻って欲しいと伝えてくれと言ってました。なにか、ご主人様に新しい霊具の実験台になれとか言われたみたいで……」

 

「あっ、そう……」

 

 沙那はうんざりしながら言った。

 そして、聞いておいてよかったと思った。

 あの気まぐれな女主人のことだから、熱情は二刻(約二時間)もあれば覚めるだろう。

 その頃には、かなり宝玄仙の責めも緩やかになっているはずだ。

 沙那は、あと二刻(約二時間)は、二階にあがらないと決めた。

 

「それじゃあ、あんたは素蛾と二人部屋?」

 

「そうです。ご主人様が最後の夜かもしれないからと……」

 

 朱姫が言った。

 宝玄仙も朱姫と素蛾がすごく仲がいいことはわかっている。

 だから、気を使ってあげたのだろう。

 

「じゃあ、素蛾はいま、部屋にひとりなの?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「そ、そうです」

 

「それで、あんた、なにしてるの?」

 

「な、なにって……」

 

「白状しなさいよ。だったら、あんたがこんなところで、油でも売るようにわたしの相手をするわけないでしょう。なんの悪戯しようとしているか言いなさい──」

 

 沙那はほかの客が注目しない程度の声で怒鳴った。

 朱姫の様子がおかしいのは明らかだ。

 今度はどんな性悪な悪戯を思いついたのか……?

 

「ひ、ひどいですよ、沙那姉さん……。そんなんじゃないです……。実は、相談があるんです……」

 

「相談?」

 

 沙那は眉間に皺を寄せたが、朱姫はなにかを企んでいるという感じではない。

 顔はどこまでも真剣だ。

 

 どうやら、この悪戯娘が珍しくもなにかを悩んでいるのだと思った。

 だが、なかなか言いにくかったのだろう。

 それで、ちよっとおかしな態度だったのだとわかった。

 沙那は嘆息した。

 

「聞くわ……。言いなさい、朱姫」

 

 沙那は言った。

 

「あたし……、素蛾に、あたしが半妖、つまり、人間と亜人の合の子であることを教えようと思ってるんです。もう、最後の夜かもしれないし……。だけど、いざとなると怖くて……。それで悩んでいたんです。どうなんでしょう、沙那姉さん──? あたし、素蛾にあたしが半妖であることを告白してもいいんでしょうか?」

 

 朱姫は一気にまくし立てるように言った。

 沙那は驚いた。

 

「な、なんでお前が半妖であることを素蛾に教えないとならないのよ? 黙っていればいいじゃない……。というか、それを教えてどうするのよ?」

 

 沙那は思わず言った。

 

「だ、だって、多分、素蛾はそれを受け入れてくれると思うんです。あたしにはわかるんですよ。素蛾はあたしがどんな存在なのかなんて、まったく関係なくあたしを受け入れてくれます。多分、間違いないです。だから、教えてもいいと思うんです」

 

 朱姫は必死の口調で言った。

 

「質問に答えてないわよ。わたしには意味があると思えないわ。あんたと素蛾は、傍目から見て、とてもいい関係だと思う。素蛾はあんたが半妖であることを気にしないかもしれないけど、半妖に偏見のある者は多いわ。わざわざ、そんなこと教えて、お互いに嫌な思いをすることないじゃないの。黙ってなさい」

 

「でも、素蛾はまったく気にしないと思います。そういう子なんです。とても素直で……。そして、あたしのこと好きだと言ってくれて……。それから……」

 

「いいから聞きなさい、朱姫──。だから、なんのために言うのよ? その告白で誰も得しないわ。素蛾が気にしなければ、あんたと素蛾の関係は変わらない。でも、万が一、気にしたら? あんたが半妖だと告げることで、急に冷たい視線であんたを眺めだしたらどうするの? あんたは耐えられるの?」

 

 沙那たちがいた東方の世界でもそうだったし、こちらの西方の世界でもそうだが、朱姫のように、人間と亜人、つまり、妖魔との合の子である半妖というのは偏見と差別の対象だ。

 

 理由などない。

 理屈もない。

 

 しかし、なぜか、中途半端な存在として、昔から嫌われ者とされている。

 朱姫は見た目が人間だから黙っていればわからないが、朱姫と普通に接していたのに、朱姫が半妖だとわかった瞬間に態度を覆す者は多かった。

 沙那も実際にそんな場面に少なからず接してきた。

 朱姫は性格も強いし、基本的に陽気だから、そんな扱いを受けても気にしたような態度は出さないが、内心ではやっぱり傷ついているということを沙那も知っている。

 

 朱姫の気持ちはわからなくもない。

 素蛾にそれを打ち明けたいというのは、逆に朱姫が半妖であることに劣等感を持っている証だし、素蛾への朱姫の愛情が本物であるということでもあるのだろう。

 朱姫は素蛾が朱姫を受け入れるということを信じたいのだ。

 

 だが、もしも、素蛾が受け入れなかったら……。

 そのときは、朱姫は本当にひどく傷つくだろう。

 沙那は朱姫が傷つくのを見たくない。

 傷つかせたくないのだ。

 

「いい、朱姫──? あの子は素直よ。王女であるということは通り越して、本当に人としていい子よ。でも、考えてみてよ。素直であるということは、生まれ育った環境の価値観にも素直ということよ。残念ながら、この天神国にも、半妖、つまり、合の子への偏見は根強いわ」

 

「で、でも……」

 

「いいから聞きなさい──。それは、あの子の罪でもないし、仕方がないことよ。そりゃあ、変わってるから、まったく気にもしないかもしれないけど、もしかしたら、びっくりして、あんたの調教を拒否したりするかも……」

 

「そ、そんなことないですよ。素蛾はそんな子じゃないです。あたしのこと好きって──」

 

 すると、朱姫がいまにも噛みつかんばかりの口調で怒鳴った。

 沙那は嘆息した。

 

「わかったわ……。だったら言いなさい……。ただ、その結果、素蛾の態度が変わっても怒らないであげて……」

 

 沙那は静かに言った。

 

「そ、そんなあ──。打ち明けて、素蛾があたしを嫌ったらどうしたらいいんですか?」

 

 朱姫は抗議の口調で言った。

 

「じゃあ、どうしたいのよ?」

 

 沙那は呆れて声をあげた。

 

「……それがわからないから、悩んでいるんです……」

 

 朱姫は俯いた。

 沙那は息を吐いた。

 

「わかったわ……。じゃあ、こうしなさい。『縛心術』を遣いなさい。自分と素蛾に……」

 

 沙那は言った。

 

「『縛心術』ですか?」

 

 朱姫はきょとんとしている。

 

「そうよ……。こんなときこそ遣いなさい。打ち明ける前に、素蛾と自分自身に暗示をかけておくのよ……。あなたの告白が望んだ通りの結果だったらなにもしない。だけど、もしも、望んだ結果じゃなかったら、ふたりの記憶からそれを消去するの。それなら、どっちの結末でも、ふたりとも傷つかないわ。あんたは自分自身にも術はかけられるし、霊気のない素蛾にも『縛心術』をかけられるのでしょう?」

 

 沙那は言った。

 

「で、でも、告白したことを忘れてしまえば、もう一度、同じことをしようとするかも……。いえ、多分すると思います。記憶を消すのは簡単ですが、やりたいことをやめるようにするのは難しいんです」

 

「それも自分自身に暗示をかけるといいわ。もしも、記憶消去をする結果になったら、なにかの記しを残しなさい。そして、告白しようと思ったら、必ず、前もってわたしに相談するようにも暗示するの……」

 

「暗示ですか……?」

 

「いまも相談しているくらいだから、素蛾に打ち明ける前に、わたしに話をするように暗示をかけるのは、あなたにとってかけやすい暗示のはずよ。わたしは、明日の朝、お前に記憶消去の記しがあるかどうかを確認して、もしも、残念な結果に終わっていれば、次に相談されたときには、全力で阻止するわ」

 

 朱姫はしばらくのあいだ、沙那の言ったことを考えていたようだったが、やがて、大きく頷いた。

 

「そうします……。あたし、これから上に行って、素蛾にあたしが半妖であることを言いますね。もしも、素蛾がそれを受け入れなかったら、あたし、明日の朝、下着を着けません。沙那姉さんは、それを明日、確認して下さい」

 

 なんで下着なのかと思ったが、それはもう言わなかった。

 

「わかったわ。いってらっしゃい……」

 

 沙那はにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとうございます。やっぱり、沙那姉さんに相談してよかったです」

 

 朱姫が立ちあがった。

 沙那は頷いてから、食事に戻った。

 

「本当に沙那姉さんは、花の美しさは死に絶えなくて、時とともに艶を失っても、子がその美しい面影を伝えますね」

 

 朱姫が言った。

 なんのことかわからなかったが、特に気にはならない。

 不思議に頭がぼんやりとするが、別段に問題もないだろう。

 沙那は黙って食事を続けた。

 

「服をお預かりしますね。下着姿になるといいですよ、沙那姉さん。服は部屋に置いておきます」

 

 朱姫が言った。

 

「そうね。お願いするわ……。でも、わたしのことは気にしないで。あなたのことに集中しなさい……。だけど、素蛾は多分、まったく気にしないと思うわ」

 

 沙那はいったん立ちあがって、上衣と下袴(かこ)を脱いで、朱姫に手渡した。

 急に周囲が騒然となったと思ったが、とりあえず無視した。

 

「じゃあ、いってきます。いずれにしても、今夜は素蛾とふたりですごします。あたしに話があっても、明日の朝でお願いします。食事が終わったら、正気になると思いますけど、あたしに会えるのは明日の朝です」

 

「ふうん」

 

 沙那は座り直した。

 相変わらず周囲がやかましい。

 今夜に限ってなんなのだろう?

 

 だが、沙那はだんだんと不愉快に感じてきた。

 なんだかじろじろと見られている気もする。

 

 いずれにしても、朱姫のことだ。

 素蛾への告白がうまくいくといい。明日の朝まで朱姫には、どんなことがあっても話はできないから、明日、朱姫の下袍(かほう)の下を確かめればいいということだ。

 沙那は食事を再開しながら思った。

 

「そうだ──。こうしましょう。正気になるのは食事の後ですけど、その場でおしっこをしている最中です。食事の終了と同時におしっこが出ますけど、気がつくのはそのときで、しかも、おしっこが最後まで終わるまで立てませんから」

 

「わかったから、行きなさい、朱姫」

 

 まだ不安なんだろうか?

 なかなか上にいかない朱姫に、苦笑しながら沙那は上にあがるように手で促した。

 すると、沙那の服を抱えた朱姫が、なんだか嬉しそうに二階に上がっていった。



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664 告白の行方・十四・十五日目

 素蛾と朱姫自身に暗示をかけ終わった。

 あとは、朱姫の秘密を告げるだけだが、もしも、記憶がなくなってしまっても、素蛾に今夜のうちに同じ告白をしないようにという暗示も自分にかけた。

 そのときは、なにもかも忘れて、素蛾と最後の調教かもしれない夜を愉しむ。

 そう決めた──。

 やっぱり、沙那に相談して正解だった。

 沙那は頼りになる。

 

「素蛾、今夜の調教は我慢の練習よ。性奴隷たるもの、ある程度の自分の感覚を制御できないといけないわ。だけど、お前は我慢するのが、まだ下手よね。昨夜の痒み責めもさんざんだったものね」

 

 朱姫はわざと言った。

 実際のところ、そんなのはでたらめだ。

 痒みを我慢する方法などないし、半月かけて、全身のあらゆる場所の淫乱化調教を施した素蛾が快感に我慢できないのは当然だ。

 つまり、これは素蛾への責めを終わらせないための調教だ。

 これから、与える課題に素蛾が耐えられないことはわかっている。

 だから、朱姫はいつまでも、それを口実に素蛾を責め続けられるということだ。

 

「は、はい──。た、確かに、素蛾はまだ、性奴隷として、我慢が苦手です。昨夜は途中で泣いてしまって、すみませんでした。こ、今夜は、どうか、素蛾が泣いてもやめないでください」

 

 寝台に全裸で革紐で四肢を拡げて拘束されている素蛾が気丈に言った。

 だが、素蛾の心には、これから始まることに対しての未知の恐怖への感情で溢れている。

 やはり、少し怖いのだと思った。

 だが、面白いのは、その怖さの感情と同じくらいに、愉しさの感情があることだ。

 

 そして、さらに大きな愛情の感情もある。

 心から溢れる感情を垣間見るだけで、素蛾が朱姫のことを好きでいてくれて、朱姫の調教を怖さ半分で愉しいと思っているのがわかる。

 

 いずれにしても、この童女は典型的な被虐癖だ。

 しかも、かなり、性に貪欲だし、好奇心も強い。

 朱姫はこの変わり者の小さな王女が大好きだ。

 

 素蛾の背中側からさっと一本の刷毛と糸の付いた三個の鈴を出す。

 素蛾は眼を見開いてそれを凝視した。

 

「この三個の鈴をどこにつけるかわかるわね、素蛾?」

 

 朱姫は素蛾を仰向けに拘束している寝台に座りながら言った。

 素蛾がごくりと唾を飲んだ。

 

「わ、わかると思います……。多分、そ、素蛾の二つの乳首と、に、肉芽……」

 

 素蛾がさっそく息を荒くしながら言った。

 怖がっているのではない。

 呼吸も荒れるほどに興奮し始めているのだ。

 本当に面白いくらいに被虐に前向きだ。

 朱姫はほくそ笑んだ。

 

「そうよ……」

 

 朱姫は鈴をそれぞれの場所に近づけた。

 鈴は霊具だ。

 それを寄せるだけで糸が結ばれる。

 あっという間に、素蛾の小さな乳首と股間の三箇所に鈴がぶら下がった。

 

 朱姫は道術をかけた。

 この部屋を朱姫の結界で包んでいる。

 だから、大抵のことはできる。

 朱姫がやったのは、大量の液体の塊を発生させて、宙に浮かせる術だ。

 ただの液体ではない。

 痒み液だ。

 それが、素蛾の身体と同じくらいに拡がって、素蛾の上の天井に浮かんでいる。

 素蛾がぎょっとしている。

 

「あれは痒み液よ。あれに濡れると、その部分がただれるように痒くなるわ……。あの痒み液の塊は、お前の身体につけた鈴に連動していて、鈴が鳴るたびに、液体がお前の身体に垂れてくるわ。こんな風にね」

 

 朱姫は素蛾の片方の乳首の鈴を指で弾いて、わざと音を鳴らした。

 ぽたぽたぽたと、素蛾の右の二の腕付近に液体が降った。

 素蛾の身体のどこに液体が落ちるかは朱姫にもわからない。

 そういう道術をかけている。

 

「か、痒いです。ひいっ──」

 

 素蛾がひきつった声をあげて、全身を跳ねあげかけた。

 

「じっとしなさい──。また、降ってくるわよ──」

 

 朱姫は大声で怒鳴った。

 

「は、はいいっ──」

 

 素蛾は慌てたように叫んで身体を硬直させた。

 なんとか、身体は静止して、鈴は鳴らなくて済んだ。

 だが、痒いのだろう。

 歯を食い縛った顔がみるみる赤くなる。

 

「仕掛けがわかったかしら、素蛾? これから、あたしはお前をくすぐり責めにするわ。それをお前は身動きしないように耐えるのよ。動いて鈴が鳴れば、痒み液が落ちてくるから、もっと我慢しにくくなるわ。とにかく、少なくとも、四半刻(約十五分)音がしなくなるまで続けるわよ。覚悟しなさい」

 

「は、はいっ」

 

 素蛾はすでに歯をがくがくと震わせている。

 だけど、顔は必死だ。

 心の感情を読んでも、朱姫の言葉を理不尽と感じている様子はない。

 それどころか、なんとか朱姫の期待に答えて、朱姫を悦ばせたいという感情でいっぱいだ。

 朱姫は素蛾がいとおしくて思わず抱き締めたくなった。

 だが、いまの素蛾の感情が、これから始める朱姫の告白でどう変わるか……。

 

「ところで、素蛾、聞いて……。大事な告白があるのよ……」

 

 朱姫は素蛾をじっと見た。

 そして、痒み剤が当たった部位に手をかざした。

 痒みの影響が消滅するはずだ。

 素蛾が大きく息を吐いた。

 顔に微笑みが浮かぶ。

 恐ろしい痒みから一時的に解放されて、ほっとしたのだ。

 

「あっ……。な、なんでしょうか、朱姫姉さん……?」

 

 素蛾が視線を朱姫に向けた。

 本当に朱姫に信頼を寄せている顔だ。

 表情だけでなく、心からもそれを感じる。

 この童女には裏表がない。

 それは本当に素晴らしいことだと思う。

 

 朱姫は眼を閉じた。

 そして、開ける……。

 

「あたし、実は半妖なの……。つまり、合の子ね──。人間と妖魔、つまり、こっちでいう亜人ね。半妖よ。人間じゃないのよ……」

 

 朱姫ははっきりと言った。

 そして、素蛾の表情に注目した。

 すぐに、素蛾の顔に驚きの色が浮かんだ。

 

 しかし、その顔がぱっと破顔して顔に満面の笑みが浮かんだ。

 それだけでなく、心に悦びの感情が迸っている。

 朱姫は混乱した。

 

 だが、すぐに気がついた。

 素蛾の心には、新しいことを聞いたという感情はない。

 もう、驚きの感情もない。

 つまり、素蛾は知っていたのだ……。

 

「お、お前、知ってたの? どうして──?」

 

 朱姫は声をあげた。

 

「ご、ご主人様に教えてもらっていました。皆様との旅が始まってすぐです。朱姫姉さんだけじゃなくて、皆様がどんな方々なのかは、全部教えられていました」

 

「ご主人様が……? そ、それで、知ってた? で、でも、なんで……?」

 

 宝玄仙が教えていたというのは驚きだ。

 そして、すでに知っていた……?

 

 つまりは、素蛾は、朱姫が半妖だということをとっくに知っていて、それで朱姫に愛情を寄せてくれていたのだ……。

 朱姫は全身が脱力する思いだ。

 

 だが、だったら……。

 

 だったら、なぜ、いままで、宝玄仙から朱姫のことを聞いたということを言わなかったのだ……?

 

「知っていたことを黙っていて、申し訳ありませんでした、朱姫姉さん。でも、ご主人様に口止めされていたんです」

 

「口止め?」

 

「は、はい──。も、もちろん、わたくしは朱姫姉さんがどんな生まれかに関係なく朱姫姉さんが大好きです。朱姫姉さんも、わたくしがどんな生まれかを気にせずに扱ってくださいますし……。でも、ご主人様は、半妖のことについては、朱姫姉さんが気にしていることだから、朱姫姉さんが自分で言い出すまで、知らないふりをしているようにと言われていました。だから、そうしていました。すみませんでした……」

 

「知っていたの……?」

 

 朱姫はほっとした。

 また、宝玄仙の心遣いにも驚愕した。

 そんな風に気の使える人とは思っていなかったのだ。

 

「あ、あのう……。そ、そのときに、ご主人様に言われたのは、もしも、朱姫姉さんが、自分から半妖のことをわたくしに告げたときは、朱姫姉さんが本当にわたしくを受け入れたときだろうという言葉でした。朱姫姉さんはわたくしを受け入れてくれたんですよね? ありがとうございます」

 

 素蛾が嬉しそうに言った。

 急に眼が霞んで見えなくなった。

 朱姫は素蛾に顔を見せないようにして涙を拭いた。

 

「も、もちろんよ──。お前はあたしの妹よ。その代わり、厳しくいくわよ。妹なんだから。さあ、くすぐりを始めるわよ──。我慢の練習よ──」

 

 朱姫は持っていた刷毛で素蛾の脇の下をさわさわと掃いた。

 

「ひゃ、ひゃあ──」

 

 素蛾の顔が苦しそうな笑い顔になり、鈴がちりんちりんと鳴った。

 童女の身体に痒み液が垂れ落ちていく……。

 

 

 *

 

 

「遅かったねえ、朱姫、素蛾……。お早う。昨夜ははしゃぎすぎたかい?」

 

 朝になり着替えを終えて、食堂に降りていくと、宝玄仙と孫空女と沙那はすでに朝食をとっていた。

 そして、なんだか、機嫌のよさそうな宝玄仙が声をかけてきた。

 すると、いきなり、沙那がすごい形相で立ちあがった。

 

「沙那、落ち着きな……。気持ちはわかるけど、ここは堪えな。後で仕返しの機会は作ってやるから」

 

 宝玄仙がくすくすと笑いながら、沙那をなだめるようなことを言った。

 朱姫は首を傾げかけたが、やっと、昨夜、最後に沙那に『縛心術』で悪戯をしたまま、放置したことを思い出した。

 

「さ、沙那姉さん、き、昨日はちょっとした悪ふざけですよ。そんなに怒らないでください。ほらっ、あたし、下着つけてますよ。うまくいったんです」

 

 朱姫は下袍の裾をちょっと捲って、下着をちらりと見せた。

 

「お前の下着なんて、知ったことじゃないわよ──。覚えてなさいね──」

 

 沙那が絶叫した。

 

「わっ」

 

 そのあまりの迫力にびっくりして声をあげたのは、朱姫の隣の素蛾だ。

 しかし、宝玄仙は爆笑した。

 孫空女は苦笑している。

 また、ほかの客などが何事だろうかと、一斉にこっちを見た。

 

「なに見てんのよ──。あんたら、あっち向きなさいよ──」

 

 沙那が今度は客に向かって怒鳴った。

 その剣幕に客たちもびっくりしている。

 これは相当のようだ。

 朱姫は首を竦めた。

 

「あ、あのう、沙那様……。言いつけの通りにしてきました。点検して頂けますか?」

 

 そのとき、素蛾が沙那の前に進み出た。

 素蛾には、沙那に昨夜渡された頭巾付きの袖なしの外套を身に付けさせている。

 そう言えば、沙那の命令だと説明して着させたのだった。

 朱姫は忘れていた。

 

「沙那、お前、なにか素蛾に命じたのかい?」

 

 宝玄仙が沙那を見た。

 

「は、はい……。あの外套で顔を隠せと……」

 

 沙那は宝玄仙に言った。そして、視線を素蛾に向ける。

 

「点検なんていいわよ、素蛾……。それよりも座りなさい。食事をするのよ。朱姫もよ。とにかく、食事が終わってから、話をつけましょう」

 

 沙那が朱姫を睨んだ。

 だが、素蛾は外套の前を懸命に押えている。

 外套には前をとめる紐やぼたんのようなものはない。

 朱姫は笑いを堪えながら、素蛾の正面に回り込んだ。

 

「どうでしょうか? 言いつけに従って。外套だけを着てきました……」

 

 素蛾ががばりと両手で外套の前を開いた。

 外套の下は素裸だ。

 

「う、うわっ、こ、こんなところで、開くんじゃないわよ──。と、というか、なんて恰好しているのよ──」

 

 沙那が驚愕して素蛾の外套を引っ掴んで閉じる。

 しかし、さっきからの騒ぎでかなりの者がこっちに注目していた。

 周囲が騒然となったのがわかった。

 かなり多くの者が素蛾の裸身を見てしまったと思う。

 朱姫は、沙那の慌てぶりに吹き出してしまった。

 

「お前、素蛾にそんな命令したのかい? こりゃいいよ──。宮殿まで、その格好で入れるといい。外套を脱いだときに国王と王妃がびっくりするさ」

 

 宝玄仙が手を叩いて笑った。

 

「わ、わたし、そんなこと命じません……。そ、素蛾──。なんで、そんな格好してんのよ──。わたしは外套を着てこいと言ったのよ。外套“だけ”を着ろなんて言ってないわよ」

 

「で、でも、朱姫姉さんが……」

 

 素蛾が困惑した表情で言った。

 朱姫は腹を抱えて笑った。

 そして、言った。

 

「素蛾、出発前に、もうひとつ仕掛けをするわよ。股縄よ。今日はそれをして歩くのよ。そして、感じないようにする練習をしていきなさい。夕べは結局、我慢することなんて、なんにも覚えられなかったんだから、最後の最後まで調教を続けるからね。とにかく、お前はいつまでも、あたしの妹よ。しっかり、調教するわ」

 

「は、はい──。頑張ります、朱姫姉さん」

 

 素蛾が嬉しそうに顔を赤くして元気な声をあげた。

 

「あ、あんた、いいかげんにしなさい──」

 

 沙那が大声で怒鳴った。

 

 

 

 

(第99話『性奴隷候補生』終わり、第100話『本物と偽者』に続く)



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 第100話 本物と偽者【玉兎(ぎょくと)】~天神国
665 偽物登場


素蛾(そが)、もじもじしないで進みなさい。目立つわよ」

 

 朱姫は、目の前に見えてきた国都の城門に向かいながら、横を歩く素蛾にささやいた。

 

「は、はい、朱姫姉さん……。で、でも……」

 

 顔を隠す頭巾付きの袖なし外套で身体全体を覆っている素蛾は、おぼつかない足取りで、一生懸命に前を歩く宝玄仙や孫空女について行こうとしている。

 しかし、覆いに隠れた素蛾の顔はすっかりと上気して、時折甘い溜息をしていており、時々足をよろめかせたりしている。

 なかなか速足ができないようだ。

 とてもつらそうだ。

 

 そんな健気な素蛾の様子を見ながら朱姫は思わず微笑んだ。

 公主だと主張する十二歳のこの童女は、いまや完全に朱姫の妹分である。

 そして、朱姫の性奴隷であり、玩具であり、小さな恋人なのだ。

 

 宝玄仙との旅は苦労もあるが愉しみもある。

 だが、とりわけ、素蛾の調教係をしながらのこの半月の旅は愉しかった。

 

 しかし、いよいよ、天神国の国都に着こうとしている。

 この天神国の国都では、ここにいるであろう素蛾の偽者を暴くことになるだろう。

 それがどういう結果に終わるのかわからないが、つまりは、素蛾が旅から抜けるということだ。

 朱姫はそれが寂しい。

 

 素蛾のためには、宮殿にいるのであろう素蛾の偽者を暴いてやりたいとは思うが、それは素蛾との別れを意味する。

 朱姫としては複雑な心境だ。

 

 いずれにしても、素蛾を襲って、国境近くの平原に身ひとつで放り投げるような仕打ちをして、素蛾を不幸な境遇に陥らせた者には、それなりの酬いをさせてやる。

 その腹は決まっている。

 

 沙那の考えで、国都に入るときには一応は素蛾の顔は隠した方がいいだろうということになった。

 だから、素蛾には顔を隠す覆い付きの外套を身につけさせている。

 もちろん、素蛾がさっきから切なそうな息をしながら、脚をよろけさせているのは、その外套の下に秘密がある。

 

「城門よ。みんな固まって。孫空女、少し、歩く速度を落として……。素蛾が遅れているわ」

 

 最後尾を歩いている沙那が声をかけた。

 最初のうちは、のべつ幕なしに素蛾の嗜虐調教を続ける朱姫に、沙那はたびたびたしなめてはいたが、素蛾が本当に嫌がってはいないし、さらに朱姫にすっかりと懐いているということを見て取ってか、いまはなにも言わなくなっている。

 素蛾を国都に連れていくための行程は、十日の予定だったが、それが数日延びて半月の旅になった。

 

 まあ、道中の悪戯のための旅が長くなるのは、この一行の特徴だから珍しいことではないが……。

 夜の百合の責めが激しすぎて、誰かしら翌日は動けなくなり、同じ宿に続けて泊るということは日常茶飯事だし、街道を歩きながら誰かが宝玄仙か朱姫の悪戯の犠牲になって、道中が遅れるということもいつものことなのだ。

 

 特に、今回の朱姫にとっては、国都への旅が延長するということは、素蛾との旅が長くなるということであり、それは好ましいことだった。

 素蛾もまた、内心は複雑そうだ。

 

 宮殿にいる両親には会いたいのだが、朱姫と一緒に旅も続けたいと、昨夜調教の途中で泣かれたときには、思わず抱きしめてしまった。

 もっとも、それで素蛾の調教に手を抜いたわけではないが……。

 

 孫空女がやや足を遅らせて、遅れ気味だった素蛾と朱姫と沙那が追いついた。

 朱姫はもう一度素蛾の顔の覆いを直して、顔をやや伏せさせて城門をくぐらせた。

 もしも、素蛾の偽者を宮殿に潜り込ませた人物がいるとしたら、本物の素蛾が国都に戻ってくるのを一番に警戒しているだろう。

 

 城門を通過した。

 ほかの旅人などと混ざるかたちになり、城門の兵にも咎められることなく城郭に入った。

 朱姫はとりあえずほっとした。

 

「とりあえず、宿を決める前に辺りを探ってきます、ご主人様。そのあいだ、どこか人目の少ない場所で待っていてくれませんか……。ねえ、素蛾、国都の中に、どこか目だたない場所はない? あまり人気のない場所。そこで待っていて欲しいの」

 

 城門をくぐって、人の群れの中に紛れ込むと沙那が言った。

 

「す、少し進んだところに、黒竜廟(こくりゅうびょう)という広場があります。誰かを祀っているわけでもなく、城郭に注いでいる黒竜河に棲む竜を鎮めるための廟です。そこなら、公園になっていて人もまばらです。休むような長椅子もたくさんあります」

 

 素蛾が上気した顔で言った。

 全員でそこに向かった。

 黒竜廟という場所は人がいないわけではなかったが、確かに、広いので人はまばらになっていた。

 そのひとつの長椅子を占領して、しばらく休むことになった。

 

 沙那が荷を置いて、さっそく情報集めのために出かけていく。

 陽は中天からやや西に傾いたというところだ。

 長椅子には宝玄仙と朱姫が両端に座り、素蛾が真ん中だ。

 孫空女は離れた場所で立ったまま、周囲に気を配って不審な者がいないか何気なく注意を払っているようだ。

 

「さあ、素蛾、立ってあたしの前に立ちなさい。外套を左右に開いて、お前がどんなにはしたない子か見せるのよ。言いつけを破って、いやらしい汁を股間から出したりしていたら罰よ」

 

 朱姫は意地悪く言った。

 素蛾は真っ赤な顔になった。

 

「で、でも、わたくし……一生懸命に我慢しようとしたんです……。だ、だけど、朱姫姉さんの言ったとおりに、感じないように我慢するなんてできません……」

 

 素蛾が小さな声で言った。

 

「いいから、見せるのよ」

 

 朱姫はわざと強い物言いをした。

 素蛾は溜息をつきながら、立ちあがって朱姫の前に立つと、左右の外套を開いた。

 外套にはもともと前紐があったが、朱姫が事前に取り去っている。素蛾が手を離せば、前をとめるものはなく、勝手に左右に開くのだ。

 

「は、はい……」

 

 素蛾が外套を左右に開く。

 宝玄仙は、朱姫と素蛾の様子ににこにこと笑っている。

 離れた場所に立っている孫空女は、まったくこっちのことは気にしていない。

 素蛾が開いた外套の下は完全な裸体だった。朱姫は素蛾に服を着せずに、外套一枚だけで朝から歩かせていたのだ。

 

 しかし、素蛾の上気した顔と荒い息は、それが原因ではない。

 その秘密は素蛾の股間にあった。

 素蛾の腰にはしっかり腰縄があり、そこから縦に伸びた縄がしっかりと素蛾の童女の股間に食い込んでいる。

 しかも、縦縄には大きな瘤が三つ作ってあり、それが素蛾の肉芽と女陰と菊門に完全に当たっている。

 敏感な場所を縄瘤で苛まれながら半日も歩かされたとあっては、素蛾がつらそうに歩いていたのは当たり前なのだ。

 

 その素蛾に、朱姫は今日は感じないように歩けと命じて、朝出発していた。

 健気な素蛾は、それをやろうとして、どんな風にすればいいかと訊ねたが、それは自分で考えろと突っぱねた。

 もとより、そんな方法はないのだが、素蛾は素蛾なりに歩き方を工夫したり、息をとめてみたり、あるいは、手で反対の手を抓るようにして歩いたりもしていた。

 その一生懸命の様子は見ていて、本当に可愛らしかった。

 

「あらあら、我慢するどころかびっしょりじゃないの、素蛾……。これは罰ね」

 

 朱姫は素蛾の股間を指さしながら言った。

 素蛾の股間に食い込んだ縄は、すっかりと素蛾の股間からにじみ出た愛液を吸い込んで真っ黒になっていた。

 

「ご、ごめんなさい、朱姫姉さん……。そ、素蛾は言いつけを守れませんでした。罰をください……」

 

 素蛾はうなだれて言った。

 この純真公女は、朱姫の理不尽な仕打ちに不平や不満のようなものは抱いてはいないみたいだ。

 そんな感情は素蛾からは感じない。

 素蛾から感じるのは、朱姫の命令に従えなくて、申し訳ないという感情だけだ。

 本当に素蛾は心が善良にできているのだろう。

 

「罰はお尻に痒み剤よ。前は閉じていいから、今度はこっちにお尻を向けて、後ろの外套の裾をあげなさい」

 

「あっ……。で、でも、朱姫姉さん、あ、あれはつらいです。と、特にお尻は……」

 

 素蛾が消え入るような声で言った。

 さすがの素蛾も、痒み剤を塗られての放置責めには泣き叫ぶ。

 この半月、素蛾にはあらゆる責めをやったが、素蛾が一番嫌がる責めがそれだ。

 

「わかっているわ。つらくないと罰にならないでしょう? さあ、お尻を出すのよ。性奴隷の決まりは覚えている、素蛾……? 言ってごらん」

 

「は、はい……。性奴隷は主人に絶対服従……。どんなに理不尽な命令でも逆らわない……。しゅ、朱姫姉さん、素蛾は逆らいません」

 

 素蛾は両手で外套の左右の合わせて抱くようにして閉じるとともに、朱姫にお尻を向けて突き出すようにした。

 素蛾が片手で外套の後ろ側をたくしあげる。

 彼女の白い尻が剥き出しになった。

 朱姫は腰に提げていた小さな袋から掻痒剤の入った小瓶を取り出す。

 

「どれ、じゃあ、わたしが塗ってやるよ、素蛾」

 

 宝玄仙が朱姫から小瓶を取りあげた。

 

「は、はい、ご主人様……。ご主人様に調教していただいて、ありがとうございます」

 

 素蛾が教えたとおりの言葉を告げて、お尻を朱姫から宝玄仙に向け直した。

 

「だけど、塗っているあいだ、声を出さないように我慢するんだ。もしも、声を出したら罰を与えようね」

 

 宝玄仙が手にたっぷりの塗剤をすくいながら言った。

 

「声──? そ、そんな……。あっ……。あ、あの……、手で口を押えていいですか、朱姫姉さん」

 

 素蛾が慌てたように言った。

 彼女の身体は、この半月ですっかりと快感に弱く作り替えてやっている。

 半月前ですら、素蛾はまだ未成熟だが快感には弱い方だった。それが、この半月でかなりの調教を受け、すっかりと素蛾の身体は快楽に弱くなっている。

 いまの素蛾では、宝玄仙の巧みな指の技に耐えられることはないだろう。

 

「いいわよ、素蛾。それで我慢できるならね……。」

 

 朱姫は言った。

 

「ありがとうございます」

 

 素蛾は手でしっかりと口を押さえた。

 そのため、まだ前を留めていない外套の前がはだけて、素蛾の裸身が見えているが、近くに人はいないから大丈夫だろう。

 宝玄仙は予告なしに素蛾のお尻の穴に薬剤を載せた指を無造作に挿した。

 

「んんっ──」

 

 素蛾の身体が一瞬伸びあがりかけるとともに、口から悲鳴がほとばしりそうになった。

 だが、素蛾はなんとか姿勢を保つとともに、手で必死に口を押さえて声が出るのを防いだようだ。

 

「おっ、なかなか、いいねえ……。それに、さすがは朱姫の調教だねえ。もうすっかりと指が奥まで入るじゃないか。張形も受け付けるのかい?」

 

 宝玄仙が意地悪く素蛾の肛門深くに指を入れてくるくると刺激を与えるように動かしまわっている。

 

 素蛾は必死だ。

 全身を快感に震わせてながらも、ただ声を出さないことだけを考えて、口を手で押さえ続けている。

 声の代わりに、荒い大きな鼻息はするが、確かに声は出していない。

 宝玄仙はにこにこしながら、どんどんと薬剤を塗り足していっている。

 

「ご主人様に褒められたわね。ご褒美をあげるわ。口を開けて舌を出しなさい」

 

 朱姫は立ちあがると、素蛾の前に回り込んで言った。

 真っ赤な顔をしている素蛾の目が大きく見開いた。

 舌を朱姫にぺろぺろと舐められる責めは、素蛾の一番好きな朱姫の責めだ。

 これをやられると、素蛾は簡単に身体が砕けたように脱力してしまう。

 確かに、これはご褒美なのだが、いまの素蛾には意地悪い仕打ちだろう。

 宝玄仙の尻責めを手で口を塞ぐことで辛うじて我慢しているのに、手を外すだけではなく、舌舐めの責めまでを受けては絶対に声は我慢できないからだ。

 

 しかし、素蛾は逆らわなかった。

 手を外すと、しっかりと口を開いて舌を出した。

 朱姫は宝玄仙が追加のために肛門に指を入れ直すのに合わせて、舌舐めを開始した。

 

「はあ……ああっ……ああっ──」

 

 たちまちに素蛾は身体を大きくよがらせて、あられもない声を出した。

 

「声を出すんじゃないと言ったろう、素蛾。ほら、お尻をしまいな」

 

 宝玄仙が笑って、軽く素蛾のお尻をぴしゃりと叩いた。

 朱姫もひとしきり舌舐めをしてから、やっと素蛾を解放した。

 

「ほら、罰だ。わたしたちの足を舐めな。靴を脱がせて、一本ずつ丁寧にね。わたしが終われば、朱姫の足だ──。全部、終われば、その結果によりお尻を慰めてやるよ。へたくそなら、宿まで痒みはそのままだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「は、はい……」

 

 素蛾がその場に座り込んで、宝玄仙の片脚の靴を脱がせた。

 

 そして、素蛾は頑張った。

 朱姫に教えられたとおりの舌技を駆使して、宝玄仙の足の指に奉仕した。

 途中からお尻にたっぷりと塗られた掻痒剤が効きだしたのか、激しく腰を振り出したが、奉仕の途中で泣き言は言わなかった。

 宝玄仙が満足しているような顔をしていた。

 宝玄仙の片脚が終わり、もう一方の足に素蛾が取り掛かった。

 

 宝玄仙の足の指が終わって、朱姫の番になるころには、素蛾は痒みの苦しみを完全に全身に表すようになっていた。

 腰は休みなく振り続けられているし、全身からは脂汗が流れて、それがぽたぽたと地面に落ちている。

 覆いに隠れているからわかりにくいが、その顔は上気して汗びっしょりだ。

 

 大したものだと思うのは、その状況でも素蛾は、奉仕の途中で「痒い」という言葉をひと言も発しないし、奉仕から手を抜いたりすることはないことだ。

 朱姫が教えたとおりのことなのだが、なかなかできるものじゃない。

 

 やっと朱姫は足の指舐めを許した。

 朱姫は素蛾にお尻を向けさせて、痒みに苦しんでいる素蛾のお尻を指で責めてやった。

 

「んふううううっ」

 

 あっという間に素蛾は気をやり、すぐに二度目の気もやった。

 三度目の絶頂をするときには吠えるような声も出した。

 そして、半分気を失うようにぐったりとその場に崩れ落ちた。

 朱姫は素蛾を抱き起こして股縄を外してやる。股縄は絞れば素蛾の愛液が滴るくらいにぐっしょりと濡れていた。

 

 長椅子に座り直させた。

 素蛾は疲れたように、朱姫の身体にもたれさせて、すぐに寝息をかきだした。

 そのころには、陽もかなり、西に傾きだしていた。

 

「そういえば、沙那姉さん、遅いですね」

 

 朱姫はつぶやいた。

 沙那が情報集めをするのはいつものことだが、いつもはもっと早い。

 みんなを宿に入れてから出かけ直すこともあるし、宿でほかの者を休ませる前に、そんなに待たせることはないのだ。

 

「沙那が来たよ」

 

 孫空女が声をかけてきた。

 顔をあげると、沙那がこっちに向かってくるところだった。

 

「沙那姉さん──」

 

 朱姫は手を振って名を呼んだ。

 

「ご主人様、大変です──。素蛾の……、偽者の素蛾の婚姻の儀が五日後に迫っています。急遽、西方帝国の皇子のひとりとの婚姻が決まったということで、それが行われるらしいです。その式典が行われるということで、国都はかなりの人出でした」

 

 沙那が言った。

 

「婚姻の儀──?」

 

「は、はい──。それで、聞きまわったんですが、婚姻の儀では、道術契約による『結婚の儀』も結ばれるらしいです。ご主人様が以前言われていましたけど、これは問題あるんじゃないですか?」

 

 沙那が焦った口調で言った。

 

「『結婚の儀』かい……? 確かにそれはまずいね……。偽者の狙いはそれなのかもしれないねえ……。『結婚の儀』は道術契約だ。魂と魂の結びつきなんだよだ。そんなものを西方帝国の皇子を相手に、間違って偽者の公主と結ばせたとあっては、この国の国王もただで済まないだろう。そうなってしまえば、あとで偽者だとわかっても、国王としては、そっちが本物だと言い張るしかないだろうね──。素蛾の帰る場所はなくなってしまうよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご主人様──」

 

 その瞬間、血相を変えた孫空女の声がした。

 孫空女は『如意棒』をすでに抜いている。

 

 朱姫にもわかった。

 なにかが『移動術』で出現しようとしている。

 

「素蛾、起きて──」

 

 朱姫は慌てて素蛾を起こした。

 

「……あと五日遅れてくれば、もう戻ってきても問題はないし、放っておいてやろうと思ったのにね……。まあ、いいさ。残りの五日はあたしが監禁しておいてやるよ。その公女をね──」

 

 目の前の空間にひとりの童女が現れた。

 

「そ、素蛾?」

 

 朱姫は叫んだ。

 その姿は横の素蛾にそっくりだった。

 

「な、なんですか……? あっ──」

 

 素蛾が目を開き、自分とそっくりの童女の出現に目を丸くしている。

 

「お前は人間じゃないね──。亜人だね──」

 

 宝玄仙の道術が飛んだのがわかった。

 しかし、そのもうひとりの素蛾の姿が消滅した。

 そして、長椅子のすぐそばに出現した。

 

「うわっ」

 

「なにっ──」

 

 宝玄仙と朱姫の身体を突き飛ばして、素蛾の身体を掴んだ。

 ものすごい力だ。

 

「きゃあああ──」

 

 素蛾が悲鳴をあげた。

 

「お前──」

 

 沙那が飛びかかった。

 しかし、その沙那が簡単に蹴飛ばされた。

 沙那が地面に腹を押さえて横たわる。

 

「お前らのことはずっと見守っていたさ。かつてのあたしと同じように、この公主を奴隷に落としてやったのに、生ぬるい調教しかしなくて苛ついていたんだ──。ちょうどいい。この公主はあたしがきっちりと五日間拷問してやるよ。本物の調教を体験させてやるさ」

 

 偽公主が叫んだ。

 片手で素蛾の身体を抱えたままだ。

 

「ま、待ちな──」

 

 孫空女が如意棒で殴りかかった。

 だが、素蛾を抱えたまま。ふわりとそれを避けてしまう。

 

「このあたしが昔に受けたようなね……。それが終われば、もう、帝国の皇子との「結婚の儀」が済んでいるから、今度は、ここの国王はあたしの方が本物だと主張するしかなくなる。用済みの素蛾は解放してやるよ──。いい気味だ。これで国王に恨みが返せるというものだ──。とにかく、関係のないお前たちは邪魔するんじゃないよ」

 

 

「待て、こいつ──」

 

 孫空女が再び『如意棒』で殴り掛かる。

 しかし、驚愕することに、その孫空女の『如意棒』を偽公主は片腕で受けとめた。

 そして、凄まじい蹴りを肚に食い込ませて孫空女を蹴り飛ばす。

 

「ぐあっ」

 

 孫空女が吹き飛ぶ。

 

「ま、待つんだよ──」

 

 態勢をとり直した宝玄仙が道術を飛ばした。

 

「待つのよ──」

 

 ほとんど同時に、朱姫も『影手』を飛ばしている。

 しかし、透明の道術の壁が出現して、ふたりの道術を弾き飛ばした。

 朱姫は呆然とした。

 

 信じられない……。

 沙那、孫空女の武術だけでなく、宝玄仙の道術まで歯が立たないのだ。

 

「別に殺しはしないよ。あたしが恨みがあるのは国王であって、この素蛾じゃないからね。ただ、ちょっとばかり、本物の調教というのを味あわせてやるだけだ……」

 

 道術の壁の向こうで偽公主がうそぶいた。

 

「た、助けて、朱姫姉さん──。朱姫姉さん、助けてください──」

 

 素蛾が叫んだ。

 

「素蛾──」

 

 朱姫は道術を飛ばした。

 しかし、また跳ね返される。

 

「ちっ」

 

「孫女、逃がしちゃだめよ──」

 

 起きあがった孫空女と沙那も飛びかかった。

 しかし、ふたりの身体も見えない壁に弾かれて飛ばされる。

 

「お前は誰だい……?」

 

 宝玄仙が真っ直ぐに偽公主に身体を向けたまま言った。

 

「あたしは、玉兎(ぎょくと)──。天神国の国王に恨みを持つ元亜人奴隷だよ」

 

 玉兎が言った。

 そして、素蛾を抱えたまま消滅した。

 

「な、なんなのよ──」

 

 朱姫がその場にひざまずいて声をあげた。

 その手にはついさっきまで素蛾の股間に食い込んでいた縄がある。

 まだ、素蛾の股間の温もりさえも感じる縄だ。

 素蛾の股間に食い込んでいた部分がぐしょりと濡れている。

 

 たったいままで、これで素蛾をお互いに愉しく「調教ごっこ」で愉しんでいたのに……。

 その素蛾が消えた。

 

 連れ去られたのだ。

 

 呆気なく……。

 なすすべもなく……。

 

「なんなのよ──」

 

 もう一度言った。

 

「朱姫、その縄を……」

 

 すると、まだ蹴られた場所が痛むのか、沙那が腹を押さえながら話しかけてきた。



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666 家畜になった本物公主

「きゃあああ──誰か──誰か──」

 

 素蛾は悲鳴をあげ続けていた。

 しかし、助けはやって来そうにない。

 素蛾は、手足を狂気のように振って、身体にまとわりつく無数の蛇を振り払っていた。

 

 だが、払っても払っても蛇は襲ってくる。

 足元にいる蛇は数百匹はいるだろう。

 それが、素っ裸でこの丸い壁に囲まれた小さな部屋にただひとりいる素蛾に次々に襲い掛かってくるのだ。

 

 蛇は噛みつくことはないが、その代わりに気味の悪いぬるぬるの身体の表面を素蛾の肌に絡みつけてくる。

 しかも、ちょっとでも隙を見せれば、素蛾の股間の二つの穴に頭を入れて潜り込もうとする。

 素蛾は片手で必死になって股間を守るとともに、もうひとつの手で全身に群がる無数の蛇を追い払っていた。

 

 しかし、どんなに払っても蛇の大群は、どんどん素蛾に群がってくる。

 素蛾はもう気が狂いそうだった。

 いまや、素蛾は首から下の身体のほとんどを蛇で覆われかけていた。

 

 素蛾はあまりの恐ろしさに気を失いそうだったが、もしも、意識を失ってしまったら、たくさんの蛇が股間や肛門に殺到するのは間違いない。

 いや、それだけでは済まず、口や耳など、ありとあらゆる穴に蛇が襲うかもしれない。

 その恐怖心で素蛾は懸命に意識を保っていた。

 

 素蛾がこの奇妙な場所に監禁されて、おそらく数刻はすぎている。

 朱姫たちとともに、やっと国都に戻ってきた素蛾は、黒龍廟(こくりゅうぼう)という人の少ない公園のような場所にいた。

 そこに突然やってきた素蛾そっくりの童女が、あの四人を呆気なく蹴散らして、素蛾を四人から奪ってどこかに連れて来てしまったのだ。

 

 おそらく道術のようなもので跳躍したのだと思うが、気がつくと素蛾は素っ裸でこの奇妙な部屋に入れられていた。

 最初はなにもない丸い壁の部屋だった。

 出入り口のようなものはなにもなく、壁にはどこにも継ぎ目のようなものはなかった。

 ただ、絶対に昇ることはできないような遥か上方に丸い穴があり、そこからは光が注いでいた。

 そして、突然にその穴からこの数百匹の蛇が降り注いできたのだ。

 

 それから、素蛾はこの蛇たちを格闘し続けている。

 素蛾はもう汗びっしょりで、疲労の極致だった。

 そのとき、なにかが肛門にぶつかるような強い感触があった。

 

「いやああっ──」

 

 素蛾は絶叫してその場にひっくり返った。

 油断して一匹の蛇にお尻の中に入られてしまった──。

 それがお尻の中でくねくねと頭を振って潜り込んでくる。

 

「いや、いや、いや、いや──」

 

 素蛾は全身を暴れさせて、蛇を抜こうとした。

 しかし、蛇は細長い身体をくねらせながら腸の奥底に進み入ってくる。

 

「だ、誰か──誰か──」

 

 素蛾は身体を悶えさせて泣き叫んだ。

 蛇の力に抵抗できない。

 いったん入り込んだ蛇の力が強くて、素蛾の力では蛇を引き出せないのだ。

 

「ぎゃあああ──」

 

 素蛾はまた絶叫した。

 肛門に気をとられているうちに、今度は前の穴にも蛇に入り込まれた。

 前の穴と後ろの穴で蛇がうねっている。

 

「ああああ──死んじゃううう──た、助けてええ──朱姫姉さん──助けて──いやああ──」

 

 素蛾は我も忘れて、ここにはいない朱姫に助けを求めていた。

 とにかく、手で必死で蛇を抜こうとするが、そうすると一層激しく素蛾の身体の中でのたうちまわる。

 そして、そのことが素蛾を別の衝撃に追い込んでいた。

 皮一枚の粘膜を隔てて、二匹の蛇がこれでもかと蠕動運動を続けることで、素蛾は狂うような快感の中に陥り始めたのだ。

 

 快感はいままでにたくさん朱姫に教えてもらった。半月前とは比べ物にならないくらいに、素蛾は淫らになった。

 それはわかっているが、朱姫たちによる調教は嫌なものではなかった。

 むしろ、わくわくするような悦びでもあった。

 

 しかし、こんなのはいやだ。

 死ぬほどの嫌悪感なのに快感はある。

 素蛾は本当におかしくなりそうだった。

 だが、朱姫に教えて込まれた女陰の喜悦がお尻に入り込んでいる蛇のうねりによってさらに大きな歓喜に変えられ、その愉悦が股間から肛門に、そして、全身を焼き尽くして、脳天を突き抜けていく……。

 倒れている素蛾の肌という肌にほかの蛇も群がり這いまわる感触も、気味の悪さとともに、素蛾の快感を増幅する。

 

「いく──、素蛾はいきます──」

 

 素蛾は口走っていた。

 そんなことを叫んでも無意味なのに、朱姫に躾けられた素蛾の口が無意識にそう叫んでいたのだ。

 素蛾は蛇に犯されながら、全身をぶるぶると震わせていた。

 

 そのとき、身体が傾いた。

 なにが起きたのかわからなかった。

 気がつくと、素蛾の身体は大きく転がって壁の一端に転がって身体を叩きつけられた。

 部屋全体が横倒しになってのだとわかったのはその直後だ。

 いままで側面だった壁が下になることで、素蛾の身体が床になった壁に落ちたのだ。

 

 さらに部屋が傾く……。

 上下の感覚がわからなくなったが、ふと見ると、頭上遠くに見えた天井の穴が斜め下側になっている。

 その穴めがけて、素蛾の身体はごろごろと転がっていった。

 

「奴隷素蛾……。いや、家畜の素蛾、立って気をつけしな──。両足を閉じて真っ直ぐに立つんだ。両手は身体の横──。顔は真っ直ぐ前──。それが家畜のお前の不動の姿勢だよ。あたしの許しもなく寝ころぶんじゃない──」

 

 そして、床を叩く鞭の音がした。

 はっとした。

 

 目の前に素蛾そっくりの童女がいる。右手に短めの革鞭を持っている。

 さらに彼女は公主としての装束を身に着けていた。

 頭には小さな冠もある。あれは公式の式典をするときに、公主が装着する冠だ。

 素蛾は自分が目の前にいるとしか思えなかった。

 それは、わずか一箇月前までの素蛾にとっての当たり前の姿だったのだ。

 しかし、いまの素蛾は首に奴隷の紋章のある赤い首輪をしているだけの素裸だ。

 

 素蛾はその自分そっくりの童女の足元で裸で横たわっていた。

 そして、素蛾は慌てて自分の股間に手をやった。

 さっきまで前後の穴に入って、素蛾を絶頂寸前に追い込んでいた蛇がいなくなっている。

 とにかく、そのことにほっとしながら、素蛾は周囲を見渡した。

 

 宮殿の最下層にある地下牢を思わせる石に囲まれたそれなりに広い場所だ。

 壁の四隅に燭台があって部屋を照らしている。

 だが、さっきまでいた丸い壁の部屋と同じように、どこにも出入り口にあたるものは見当たらない。

 四方は完全に継ぎ目のない壁だ。

 

「聞こえないのかい、家畜──」

 

 苛ついた怒鳴り声とともに、激しい打擲音と激痛が走った。

 

「ひぎいいっ」

 

 素蛾は悲鳴をあげていた。

 目の前の童女が素蛾に鞭をふるったのだ。

 

「あたしはなんと言った、家畜──? 二度は繰り返さないよ──」

 

 今度は胴体に鞭が走った。

 それが素蛾の身体に巻きつき、激痛を与えながら同時にくすぐるような気味の悪い感触を与えながら擦り離れていった。

 素蛾はあまりの気色悪さに、全身の毛が一瞬にして逆立つのがわかった。

 とにかく、慌てて言われたとおりの「不動の姿勢」になる。

 そして、足を閉じて真っ直ぐに立ち、両手を体側につけて伸ばす。

 

「もう少し、蛇と遊んでいるのを眺めていても面白かったけどね……。だけど、家畜の分際で、勝手に絶頂するのを許すわけにはいかなかったから中止させたんだ。それにしても、まさか、蛇に犯されて呆気なく達しそうになるとは思わなかったよ。さすがは、あの悪王の娘だよ──」

 

 目の前の素蛾そっくりの童女が怒ったような口調で言った。

 それで、素蛾は思い出した。

 確か朱姫たちから離される直前に、この童女は自分のことを“玉兎(ぎょくと)”と名乗ったはずだ。

 そして、なにか素蛾の父親である天神王に恨みがあるような物言いをしていた……。

 

 さらに、自分のことを亜人奴隷だと言っていたような……。

 亜人というのは、動物などが霊気を帯びて知性を得るようになった亜人間のことだ。

 すべての亜人が元々は動物というわけではないが、少なくとも祖先はそうであるはずだ。

 

「あ、あの玉兎さん……」

 

 素蛾は、とにかく、それらがどういう意味なのか確かめようと呼びかけた。

 

「誰に向かって口をきいているんだい──」

 

「ひぎいっ」

 

 だが、それは玉兎による凄まじい素蛾への平手打ちで返された。

 素蛾は横倒しに倒れた。

 

「すぐに立て──。不動の姿勢だよ、家畜──」

 

 また、鞭が飛んできた。

 素蛾は悲鳴をあげながら、すぐに立ちあがって、直立不動の姿勢に戻った。

 

「今日からたっぷりと、このあたしがお前を躾けてやるよ。立てと言われたら、すぐにその姿勢になるんだ。いいね──。命令に逆らえば懲罰を与える……。まあ、もっとも、命令に従っても懲罰だけどね。お前は懲罰奴隷という家畜だ。無駄口を叩くな──。質問も禁止だ。そんなことをすれば、死ぬような目に遭わされると思いな──。今度は幻の蛇じゃすまないよ。本物の蛇をガラス壺に入れるからね」

 

「幻の蛇……? ガラス壺って……?」

 

 素蛾はわけがわからなくて思わず問い返した。

 だが、その瞬間、たったいま質問をするなと言われたことを思い出した。

 

「ひびいいっ」

 

 激痛だけが頬に走った。

 玉兎が腕を動かしたのは全く見えなかった。

 気がつくと、さっき打たれた反対の頬が張られて、素蛾は再びひっくり返っていた。

 それだけだ。

 素蛾は今度はなにも言わる前に立ちあがって直立不動になった。

 

「ふん──。まあ、少しは家畜らしくなったじゃないか……。まあ、お前に恨みはないけどね……。だが、お前の父親には恨みがある。お前がこんな仕打ちをうけるのは、人でなしの父親を持った不幸だと思いな」

 

 玉兎が素蛾の顔を真っ赤な顔で睨んだ。

 そして、いきなり素蛾の顔に唾を吐きかけた。

 

 素蛾はびっくりしたが、そのままの姿勢でいた。

 それにしても、自分の顔で怒鳴られたり、睨まれたりするというのは奇妙な感覚だ。

 なにしろ、素蛾自身はそんな風に悪し様に人を罵ったり、誰かに腹を立てたりしたという記憶がないのだ。

 それなのに、自分の顔が怒りで歪むのを見るのはとても新鮮な気持ちだった。

 素蛾はじっと玉兎の怒り顔に見入っていた。

 

「なにをそんなに真剣にあたしの顔を見ているんだよ、この家畜め──?」

 

 玉兎が険しい顔をして声をあげた。

 

「も、申し訳ありません。驚いただけです」

 

 素蛾は仕方なく言った。

 

「驚く……? なにを驚いているんだい?」

 

 玉兎が首を傾げる仕草をした。

 

「わ、わたしの顔が怒っていることです」

 

 素蛾は言った。

 玉兎は、最初、素蛾の言ったことが理解できないような雰囲気だったが、

 すぐにちょっとだけ顔を綻ばせた。

 

「ふっ……。さすがは本物のお姫様だね。生まれてこの方、この世の悪意という悪意から無縁の人生を送ったら、お前みたいな天然惚けが育つのかねえ……」

 

 素蛾が頬にかすかな笑みを浮かべながら言った。

 そして、いきなり指の先をぴったりと閉じている素蛾の股の下に差し入れてきた。

 そして、素蛾の股間を愛撫し始めた。

 

「はっ……、あっ、ああ──」

 

 玉兎の指は性格に素蛾の肉芽の周辺をぐりぐりと揉み押すように動かしてきた。

 素蛾はあっという間に込みあがった淫情に、思わず全身が脱力しそうになり、慌てて身体に力を入れた。

 

「ほら、口惜しいだろう……? こんな自分の偽者なんかに股ぐらを自由に弄ばれるんだよ。だけど、ちょっとでも動けば鞭の嵐だからね……。身動きひとつするんじゃないよ……。口惜しければ口惜しいと言いな。どうだい──? 一国の公主がこんな風に股を弄られるなんて、口惜しいかい?」

 

 玉兎は笠に着たように、さらに愛撫の手を強めた。

 素蛾は姿勢を崩さないために、淫情を堪えて一所懸命に身体を保つ努力をしなければならなかった。

 

「い、いいえ……。く、口惜しくなどありませんが……。き、気持ちよくて……、し、姿勢が……」

 

 素蛾は荒い息とともに言った。

 肉芽を指でまさぐられて激しい淫情が込みあがるのだ。それをじっと耐えるのはつらい……。

 

「気持ちいい……? ああ、そうか……。確かに口惜しそうな顔ではないねえ……」

 

 玉兎は拍子抜けした声をあげた。

 そして、興を失ったように素蛾の股から手を引っ込めた。

 素蛾はほっとするとともに、さっきから快感を小出しに与えられているような感じで切ない気持ちになった。

 

「だったらやめだ。あたしは別にお前を悦ばせたいわけじゃないからね……。まあいいよ。それよりも質問を許そうか……。わけもわからず痛めつけられるよりは、その理由を知った方が少しは納得がいくかもしれないからね……。じゃあ、訊きたいことを質問しな。ただし、質問をするあいだもその姿勢を崩すんじゃないよ」

 

 玉兎がやや呆れたような口調で言った。

 素蛾はいきなり質問を許すと言われて戸惑ったが、とにかく頭に浮かんだことを口にした。

 

「さっきの蛇が幻というのはどういう意味でしょうか?」

 

 すると、玉兎が苦笑した。

 

「それが最初の質問かい……? まあいいよ……。ガラス壺というのは、お前がさっきまで入っていた場所だよ。お前はさっきまで、あたしの道術でその壺に入れられていたんだよ。蛇もあたしの道術で作った幻だ。それをあたしは透明の壺の表面を通じて見物していたのさ」

 

 玉兎が笑った。

 素蛾は、床の隅に一個のガラス壺が置いていることに気がついた。

 しかし、それは卓に置くような普通の壺だ。

 そこに入れていたというのは信じられないが、部屋全体が傾いて身体が転がりだされたときには、確かにそんな感じだった。

 さすがは道術を遣う亜人だと思った。

 

「す、すごいですね。そんなことができるのですね……」

 

 素蛾は思った通りのことを言った。

 

「なんだか調子が狂うねえ……。ほかに質問は……?」

 

「あ、あの陛下に……。いえ、父に恨みがあるというようなことを言っていたと思いますがどういうことでしょうか?」

 

 素蛾にも、この玉兎が相当に素蛾の父親である天神国王に恨みを抱いているようであるというのはなんとなくわかる。

 そして、今回のことは、玉兎がその恨みを晴らすために、素蛾をさらって奴隷に陥そうとしたのだということもわかってきた。

 そう玉兎自身も言っていた。

 

 恨みを晴らすために素蛾をさらい、奴隷狩りに遭うような場所に放逐し、そして、素蛾が捜索をされることがないように自分自身が素蛾の偽者にもなっているのだろう。

 さらに、よく聞いていなかったが、素蛾の帰る場所をなくすために、帝国の皇子と「結婚の儀」を結ぶと言っていたような気がする。

 

 いまの西方帝国を治める皇帝には多くの皇子がいたと思う。

 帝国と天神国では国力が全く違うから、皇位継承権に関係のない帝国の末皇子でも、この天神国の公主が婚姻により結びつくとあれば、天神国によってはありがたい話だ。

 それくらいは素蛾にもわかる。

 

 だが、万が一、素蛾の父である国王が、偽者の素蛾とその帝国の皇子とを「結婚の儀」で結ばせるようなことがあれば、取り返しのつかないことになるということも……。

 

 あのとき玉兎が口走っていた「結婚の儀」というのは、単純な儀式としてのそれではないはずだ。

 道術契約としての「結婚の儀」だろう。

 西方帝国の皇帝家はすべて道術遣いだ。

 逆に、多少でも霊気を帯びていなければ、嫡男であっても皇子とは認められないのだ。

 だから、相手は素蛾という霊気を帯びていない人間でも、「結婚の儀」という道術契約が結べる。

 素蛾は道術使いではないが、公主として基本的な道術学については学んでいる。

 道術契約である「結婚の儀」を結んだ男女は、霊気によりお互いの魂が溶け込んで、それぞれを伴侶として離れられなくなるのだ。

 

 それだけではない。

 「結婚の儀」は両者の魂がそれぞれに混ざることで、道術使いではない伴侶の側にも霊気を帯びさせて、道術を遣うことができるようにもなるはずだ。

 それほどのものを公主ではない、ましてや、亜人の女と皇子を道術契約で結ばせたとあっては、それを知った帝国が怒り狂うのは予想できる。

 下手をすれば戦争にもなりかねない。

 そうなれば、小国である天神国が帝国に勝てる望みはまったくない。

 それを避けるには、偽者と承知していても、この玉兎を本物だと主張することくらいしかないが、いずれにしても、素蛾の帰れる場所はなくなるということだ。

 

「お前の父親は、あたしがお前の歳のときに、あたしが暮らしていた亜人村を滅ぼしたのさ──。あたしは、その亜人村の長|(おさ)の家の娘だった。お前の父親は、あたしの母の美貌に目をつけ、あたしの父親を惨殺して、あたしの母を性奴隷にしたんだ。ついでに、このあたしもね──」

 

「えっ?」

 

 素蛾はびっくりした。

 

「その頃、あたしには大した道術は遣えなかったから、それに抵抗できなかった。母もだ──。母はあたしの眼の前でお前の父親に犯され、あたしは母の目の前でお前の父親に犯された。しかし、すぐに、あたしたちに飽きたお前の父は、あたしと母を半年で奴隷商に払い下げた。別々の場所にね──」

 

「そ、そんな……」

 

 唖然とした。

 なんという罪だろう。

 

「わかったか──。それから、あたしは数年して急に霊気が覚醒して大きな道術を遣えるようになった。だが、亜人奴隷というのは、首輪に道術を封じる霊具をするのだ。だから、奴隷の身分から脱出するのは容易ではなかった。でも、あたしはそれを成し遂げた。そして、復讐にやってきた──。お前の父親なんか、ただ殺すことじゃ飽き足らないよ──。お前の父親の娘をあたしと同じ目に遭わせることで、あたしはお前の父親に復讐を果たすんだ。そう誓ったのだよ──」

 

「復讐……」

 

 玉兎の言ったことは信じられることではなかったが、完全に否定はできない。

 娘には優しい王だが、そういう粗暴な一面があることは、実は素蛾も知っている。

 王が若いころに、領内やその周辺にあった亜人村を滅ぼして版図を拡げたというのは事実だ。

 素蛾はそれを歴史的な出来事としか捉えていなかったが、考えてみれば、そこにはたくさんの亜人たちが暮らしていたはずだ。

 

 その彼らが亜人村を滅ぼされて、どうなったかということは知らなかったし、心もそれには及ばなかった。

 だが、多くの亜人たちが玉兎のような酷い目に遭ったというのは事実かもしれない……。

 

 いずれにしても、それが事実だとすれば、目の前の玉兎は実際には童女には程遠い年齢だろう。

 素蛾の父である王がそういう残酷なことをやったのは、二十年以上も前のことであるはずだ。

 

「あ、あの……、あなたのお母様は──?」

 

 素蛾はなんと言っていいかわからずに、そう訊ねた。

 

「とっくに死んでいたわ……。最初に奴隷商に売られて一年もしないうちにね──。これで、お前が理不尽な目に遭う理由はわかっただろう。いずれにしても、お前を殺すつもりはないよ。ただ、奴隷にして国王から取りあげてやるだけだ──。とにかく、これから五日間、お前はあたしが徹底的に躾けてやる。しかも、奴隷じゃなくて家畜としてね──。ここがどこなのか、お前には検討も付かないだろう? 逃げ出したくても、その方法すら浮かばないはずだ。ここで、でお前を徹底的に調教をしてやるよ」

 

 さっきは少しは落ち着いたように見えた玉兎だったが、自分のことを話すことで、再び怒りが込みあがってきたようだ。

 再び、怒りで顔を真っ赤にして素蛾を睨んだ。

 

「次は、家畜の姿勢だ。お前は奴隷じゃなくて、家畜して仕上げてやるからね。いまみたいな奴隷としての不動の姿勢は言われたときだけだ。そうでない場合は家畜の姿勢でいろ──」

 

 玉兎がまた興奮した口調で怒鳴った。

 

「か、家畜の姿勢ですか……?」

 

 素蛾は当惑して言った。

 

「家畜の姿勢は四つん這いだ。四つん這いになれ──」

 

「は、はい」

 

 仕方なく素蛾はその場で膝をついて四つん這いになった。

 

「頭を床につけろ──」

 

 次の瞬間、玉兎の革靴が素蛾の後頭部を思い切り踏んだ。

 

「ぐっ──」

 

 ごつんと音がして眉間を思い切り床で打った。

 しかし、素蛾は懸命に悲鳴を堪えた。

 

「これが家畜の姿勢だ。家畜は許可なくご主人様の足以外を見るんじゃない──。わかったか──」

 

 玉兎が素蛾の頭を凄い力で踏みながら言った。



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667 本物公主の譲れない一線

「その四つん這いで地面に頭を擦りつける格好が、家畜の姿勢だよ──。覚えておきな。あたしが目の前にいるときは、ほかに命じられない限り、その姿勢だ。いいね──」

 

 玉兎(ぎょくと)の革靴の裏が容赦のない力で、素蛾(そが)の後頭部を踏みつけてくる。

 その一方で高くあげるかたちになった素蛾の素っ裸の尻に、玉兎の鞭が鳴り響いた。

 

「んんっ」

 素蛾は歯を食いしばって悲鳴に耐えた。

 

「ほう? すでに家畜らしく耐えることをは、躾けられているのかい──。それじゃあ、これはどうだい?」

 

 鞭が尻たぶの亀裂に沿って真上から叩きつけられた。

 

「ひぐううっ」

 

 さすがに焼けるような痛みに耐えられなくて、素蛾は絶叫して身体をのけぞらせた。

 それに玉兎の足に押さえつけられている顔が床から離れることができなくて息が苦しい。

 だが、素蛾は懸命に顔を床に突っ伏して我慢した。

 

 玉兎がかつて、素蛾の父親により性奴隷に落とされたという告白を聞いた。

 玉兎の母親と玉兎がお互いの目の前で素蛾の父に犯された挙句に奴隷商に売り飛ばされたという話も知った。

 それが真実かどうかはともかく、間違いないのは玉兎の怒りが本物であるということだ。

 だから、少なくとも、玉兎の告白は玉兎にとっては真実なのだろう。

 

 ならば、玉兎が恨みを素蛾に返したくなるのは当然だとも思った。玉兎が素蛾をこうやって打ち据えることを理不尽とは感じない。

 そうするだけの権利が玉兎にはあるような気もする。

 

「ほら、こうやって頭を踏まれると、どんな気持ちになるんだい? 正直に言ってごらん。嬉しいかい……? それとも、口惜しいかい? 答えるんだ──。正直にだよ──」

 

 玉兎がまだ興奮したような口調で言った。

 

「う、嬉しくはありません……」

 

 すると、玉兎が大笑いした。

 

「そうだろうね……。そうこなくっちゃ、あたしも苦労して、王宮に忍び込んで、王の娘を奴隷にしてやってかいがないというものさ……。そりゃあ、口惜しいだろうさ。ついこのあいだまで、たくさんの召使にかしずかれていたお前が、得体の知れない亜人のあたしに、頭を踏まれているんだからねえ──」

 

 玉兎は本当に嬉しそうに、さらにぐりぐりと素蛾の頭を靴の裏で押した。

 

「く、口惜しくもありません……」

 

 素蛾は靴で顔を床に押しつけられながら返事をした。

 

「く、口惜しくないだと──?」

 

 すると今度は、玉兎が声に怒りを露わにして怒鳴った。

 なにかが玉兎の気に障ったらしいが、正直に言えと言われたのだから仕方がない。

 

「なんでだい──? 公主のお前がこんなに惨めに奴隷扱いされているんだよ──。口惜しくないはずないだろう──。嘘を言うんじゃないよ──」

 

「だ、だって、お可哀想で……」

 

 素蛾は思った通りのことを言った。

 玉兎はこんなにも怒っている。

 それはそれだけの哀しみがあったからだと考えた。

 

「可哀想? 誰が──?」 

 

「玉兎様が……」

 

「なんだと──」

 

 すると、まるで玉兎は、素蛾が玉兎を侮辱でもしたかのように怒りだした。

 そんなつもりのなかった素蛾は困惑してしまった。

 

「殉教者でも気取るつもりかい──。お前の父親のやったことをお前のような童女が償いをするとでも言うのかい──」

 

「そ、そんなつもりは……」

 

 素蛾はあまりもの玉兎の権幕に狼狽えてしまった。

 

「だったら、もっと耐えられないような鞭打ちをしてやるよ──。頭を床に着けたまま、膝を真っ直ぐに伸ばせ。もっと、脚を拡げるんだ──」

 

 玉兎が素蛾の頭から足をどかした。

 言われたとおりに、脚を開いて膝を伸ばした。

 素蛾の身体は四つん這いのまま極端な前屈みの格好になり、お尻だけを大きくあげた体勢だ。

 

「惨めな恰好じゃないかい──。恥ずかしいだろう?」

 

「姿勢が苦しいです……。で、でも恥ずかしくは……」

 

 素蛾は答えた。

 しかし、玉兎は不満そうに鼻を鳴らした。

 素蛾にはやっとわかってきた。

 玉兎は、素蛾が苦しんだり、弱音を吐いたりすると悦び、逆に平然としていたら怒るのだ。

 だが、そのために演技のようなことをする能力は素蛾にはない。

 玉兎がどんと大きく一度足を床で踏んだ。

 

「きゃあ──」

 

 素蛾はびっくりして声をあげてしまった。

 不意に床から生えた太い触手のようなものが、床に着けていた素蛾の首と両方の手首、そして、両脚の足首に強く巻きついたのだ。

 素蛾の四肢と首は、頭を床に着けてお尻だけを高くあげた格好で動けなくなった。

 そして、からからと鎖の音が上からした。

 

「これを見な、家畜」

 

 玉兎が言った。

 首の触手が緩んで、少しだけ動かせるようになった。

 

「ひいっ」

 

 髪の毛がむんずと掴まれて、床に顎を着いたまま首をあげさせられた。

 玉兎は床すれすれの素蛾の視線に、手に持っていた物をかざした。

 

 玉兎が素蛾に見せたのは、もう一方の手で持っていた天井から伸びる鎖と繋がった大きな鉤だった。

 鉤の先は釣り針のようなかたちで先っぽが曲がっていて、なにかを引っ掛けるようになっている。その先端は、尖ってはおらず丸みを帯びていたが、かなり細くなっていた。

 

「これをお前のどこの穴に入れるかわかるかい?」

 

 玉兎が笑って、素蛾の髪を離した。

 わけがわからず、素蛾はただ黙ったままでした。

 鉤の繋がる鎖は、玉兎の道術で伸縮自在のようだ。

 がらがらと音がして鎖が縮むとともに、鉤そのものが素蛾の背後に移動していった。

 嫌な予感がした……。

 

「ひぐうううっ──」

 

 次の瞬間、肛門に加わった激痛に素蛾は絶叫した。

 さっきの鉤の先端がいきなり素蛾のお尻の穴に強引に捻じ込まれたのだ。

 

「い、痛い──痛いです──うぐうう──」

 

 先端が肛門の奥に入り込んだ鉤が天井の方向に引きあがった。

 鉤は素蛾の尻の穴を限界まで上にあげ、それでもとまらず、さらに上昇する。

 しかし、手首足首と首を固定している触手は素蛾を床に張り付けている。

 肛門を抉られた鉤で身体が吊られる……。

 あまりの激痛に素蛾は泣き声をあげた。

 

「そうだよ──。それだよ。それ──。そうこなくっちゃねえ……」

 

 玉兎が満足げに笑って、やっと鉤が停止した。

 素蛾の尻の穴は限界を超えて、四つん這いの素蛾を尻穴の鉤で天井に引きあげられた。

 素蛾は爪先を懸命に伸ばして、身体を支えている。

 

「ちょっとでも動いたら、尻の穴が破けるよ──。まあ、そのときは、すぐに治療して、また苦しめてやるけどね」

 

 背後に回った玉兎が鞭を尻たぶにふるった。

 お尻に熱い痛みが走る。

 素蛾は歯を食いしばって悲鳴を飲み込んだ。

 しかし、一発目の痛みが消えないうちに、寸分違わずに同じ場所に二発目が襲ってきた。

 

「ふぐううっ」

 

 今度は声を我慢できなかった。素蛾の口から呻き声が漏れ出た。

 

「これはどうだい──?」

 

 今度は真横から横尻を叩くように鞭の強い衝撃が加わった。

 

「ぎゃああああ」

 

 素蛾は泣き叫んだ。

 鞭そのものの痛さよりも、横からの打擲で体勢を崩したために、尻に食い込んでいる鉤で肛門に激痛が走ったのだ。

 

 今度は反対の尻を横から叩かれる。

 素蛾は悲鳴をあげながら、必死になって姿勢を保とうとした。

 玉兎は素蛾の泣き声を本当に心から愉しむかのように、笑いながら尻だけでなく、太ももや腰の括れなどに、無数の鞭を加えていった。

 

「あぐうううっ」

 

 素蛾の悲鳴はほとんど絶え間のないものに変わっていた。

 だが、激痛に尻を高くあげた状態を崩すことは、尻に食い込んだ鉤が許してくれない。

 素蛾は次第に力が入らなくなる下肢を懸命に踏ん張って、無残な高尻姿勢を続けた。

 

「いい悲鳴だよ──。お前は、これから五日間、あたしの家畜奴隷だ──。いいね──」

 

 玉兎が狂ったような甲高い笑い声をしながらさらに鞭打った。

 

「うぎいいっ──そ、それは……できません……。はがああっ──」

 

 素蛾は呻きながら言った。

 

「はっ? なんて言ったんだい?」

 

 玉兎が驚いたような声をあげて鞭打ちの手を休めた。

 

「そ、素蛾は……ど、奴隷です……。それは承知しています……。で、でも、もう、宝玄仙様や朱姫姉さんの……奴隷になることを……先に……承知してしまいました……。も、申しわけ……ありませんが、玉兎様の……奴隷に……なれません……」

 

 素蛾は息も絶え絶えに言った。

 少しでも気を抜くと、身体が崩れそうだった。

 目の前が朦朧として白くなりかけている。

 

 しかし、それだけは譲れないことだった……。

 もしも、誰かの奴隷であるとすれば、それは宝玄仙や朱姫たちの奴隷でありたい。

 そうしたいのだ。

 

「も、もう一度、言ってごらん……。いま、なんと言った?」

 

 玉兎の声は怒りに震えているように思えた。

 だが、素蛾のいまの姿勢では玉兎の顔を見ることはできない。

 

 とにかく、いまは玉兎は鞭打ちをやめている。

 素蛾にとってはありがたい時間だ。

 これでほんの少しでも身体を回復させて、可哀想な玉兎が素蛾に加える拷問を耐える体力を戻すことができる。

 

「あたしの拷問を受けるのが嫌だという意味だろうねえ……?」

 

 玉兎が言った。

 

「ご、拷問は受けます……。そ、それが望みなら……。父への……恨みを晴らしたいのなら……。わ、わたくしで……よいこと……なら……」

 

「その偽善者ぶった物言いは虫唾が走るよ──。だったら五日間、あたしの奴隷になると言いな──」

 

 玉兎が頭の上で怒鳴った。

 

「で、でも……わ、わたくしは……朱姫姉さんの……ど、奴隷……なんです……」

 

 素蛾は言った。

 

「へえ……。よくわからないけど、面白いねえ……」

 

 玉兎が笑った気がした。

 突然にお尻の穴を圧迫していたものがなくなった。

 尻穴に入れられていた鉤が消滅したのだとわかったのは、一瞬後だ。

 それだけでなく、手足を拘束していた触手も消滅している。

 素蛾はその場に崩れ落ちた。

 

「じゃあ、まずは、拷問の最初はそれにするよ……。宝玄仙でも、朱姫でもなく、この玉兎の奴隷になると誓ってもらおうか……」

 

 激しく息をしていた素蛾の首を玉兎が片手でむんずと掴んだ。

 そのまま宙に持ちあげられる。

 

「あっ、がっ……はがっ……」

 

 凄まじい怪力だ。

 その力で素蛾の喉を鷲づかみにして、玉兎は素蛾の身体を片手で持ちあげているのだ。

 

「ぐ、ぐるじい……です……」

 

 素蛾は手で素蛾の喉を掴んでいる玉兎の手首を掴んだ。

 しかし、まるで巨大な大木であるかのように、素蛾を姿がそっくりの玉兎の腕はびくともしない。

 

「さあ、言え、奴隷──。お前はあたしの奴隷だね?」

 

 玉兎が顔を真っ赤にした怒りの表情で睨んだ。

 

「ご、拷問は……う、受けます……。で、でも、わ、わたくしは……朱姫姉さんの……ふぐうっ──」

 

 素蛾は眼を剥いて声をあげた。

 玉兎が素蛾の喉を掴む手に力を加えたのだ。

 

「そんなことは聞いてはいないよ──。あたしは、“素蛾は玉兎の奴隷になる”という言葉を口にしろと言っているだけだよ……。さもないと、このまま首の骨を折ってしまうよ」

 

 さらに玉兎が力を入れた……。

 もう、ほとんど息をすることができない。

 

「そ、素蛾は……朱姫……姉さんの……ど、奴隷……」

 

 やっとのこと、素蛾は声を絞り出した。

 

 それだけは譲れない……。

 ほかのどんなことでも許容できるけど、それは譲れないのだ。

 素蛾は朱姫の奴隷でいたい……。

 

「強情だね。じゃあ、死にな──」

 

 玉兎の手が力一杯に握られるのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の喉の骨がぐしゃりと潰れるのを感じるとともに、素蛾の意識は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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668 偽者がもうひとり

「随分と待たせるじゃないか、文春(ぶんしゅん)。宰相とやらは、本当に来るんだろうねえ?」

 

 宝玄仙は隣の席に手を伸ばすと、文春という男の睾丸を下袴の上から鷲づかみにして静かに揉みあげてやった。

 

「うっ」

 

 文春が上気した顔をかすかに天井に向ける仕草をした。

 そして、溜息のような息を吐きながら小さな声をあげる。

 宝玄仙の手の中の文春の肉棒がたちまちに怒張になる。

 

「おやおや、さすがは、宮殿きっての色男じゃないか。また回復したのかい。だったら、宰相が来るまでまた一発遊んでやろうかい?」

 

 宝玄仙が文春の股間をさらに刺激しながら笑った。

 

「ご主人様、いい加減にしてください──。すでに約束の刻限はすぎているんですから、もう来ますよ──。それと、宰相じゃありません。副宰相です。ふたりいる副宰相のひとりで、蔡玄人(さいげんじん)という男です。やっと繋がった宮殿への伝手なんですから、余計なことをして混乱させないでくださいね」

 

 椅子に座っている宝玄仙と文春から少し離れた壁際で護衛然として立っている沙那が叱咤した。

 天神国の国都にある三階建ての料亭だ。

 その最上階にいる。

 貴人しか使えぬというこの席で、宝玄仙は文春という宮殿の文官とともに、その蔡玄人という男を待っているのだ。

 

 料理と酒はすでに卓に並んでいる。

 隣の部屋には、男と女が寝るための寝所まである。

 そんなことまでするかどうかは成り行き次第だが、交渉事がうまくいかないようなら、四人掛かりで色仕掛けでもなんでもする……。

 そういうことになっているのだ。

 

 副宰相だろうと、宰相だろうと、片っ端から朱姫に『縛心術』をかけさせてもいいのだが、ただの人間に対する『縛心術』については不安定だし、宰相や副宰相くらいになると、そういう操り術を避けるための霊具で防護していることが十分に考えられる。

 だから、できれば相手を「説得」したい。

 

 ここまでこぎつけるのに、丸二日かかった。

 素蛾を連れて行ったあの亜人が、宮殿で公主に化けていることは明らかだ。

 だから、そいつを捕まえて素蛾を取り戻すには宮殿に行けばいい。

 

 だが、そこ手段がない……。

 一介の旅人である宝玄仙たちでは、宮殿にあがるなど簡単ではないのだ。

 最初は、宮殿にいる公主は偽者だと真正面から役所に訴え出てみた。

 

 だが、駄目だった。

 門前払いされただけでなく、危うく兵を呼ばれて捕縛されそうにもなった。

 

 次に考えたのは、なんとか宝玄仙たち四人を宮殿にあげることができる権力者を捕まえることだ。

 道術でも脅迫でもなんでもいい。

 とにかく、宮殿にあがり偽公主と対面することができれば、化けの皮を晴らすとともに、素蛾を取り戻すこともできるだろう。

 宝玄仙の道術でも歯が立たなかった『防御術』は大したものだが、この際、別にあの亜人を倒してしまう必要はないのだ。

 偽者だということをもう三日後に迫っている婚姻の式典の前に暴露してしまえばいいのであり、それについてはいくらでもやりようがある。

 

 そして、沙那と孫空女があちこちに聞き込みをして、この文春というの文官の存在を見つけてきた。

 この男は宮殿に出入りしている文官の中で、宰相と直接話をするほどの上級の役人であり、しかも、かなりの色事師だということだった。

 毎夜のように贔屓にしている高級娼館に出入りして、女を抱いているということもわかった。

 

 そこまでわかれば、あとは面倒ではない。

 沙那と朱姫がその娼館に乗り込んで、娼館の主人に朱姫の『縛心術』をかけて、沙那と朱姫を昔からの娼婦のひとりとして誤認させ、この文春に抱かせる女として差し出させた。

 そして、文春を沙那と朱姫がふたりで相手をして、朱姫が『縛心術』をかけてしまったのだ。

 

 あとは朱姫の完全な操り状態だ。

 この文春に、宝玄仙たちを宮殿に入れることができるほどの権力を持っている相手を紹介しろと命じたところ、副宰相とやらの蔡玄人の名を出したのだ。

 ただ、いまはどの大臣級の役人も、公主と西方帝国の皇子の婚姻の儀式でひどく忙しいようだ。

 

 明日には、皇子がこの天神国の国都に道術で到着して、明後日には道術契約の『結婚の儀』を結ぶ儀式がある。

 正式の儀式は、さらに十日も続くらしいが、一連の婚姻行事の最初が、その『結婚の儀』なのだ。

 なんとかその前に、偽公主の陰謀を阻止しなければならない。

 

 そのとき、店の者が客がやってきたと報せてきた。

 副宰相の蔡玄人は、文春がしつこく念を押しているので、完全なお忍びでここにやってくるはずだ。

 文春と蔡玄人はふたりとも好色ということで馬が合い、それで個人的にも仲がいいと文春は言っていた。

 文春が立ちあがって蔡玄人を迎える態勢になった。

 宝玄仙も一緒に文春の横に並ぶ。

 沙那は部屋の端にある衝立の横に立ち、その衝立に後ろにいる孫空女と朱姫に声をかけている。

 

「文春か……。大事な話とはなんだ?」

 

 三人の護衛を伴った恰幅のいい禿げ男がやってきた。この男が蔡玄人だろう。

 

「わざわざ、ご足労頂いてありがとうございます。国の大事でございます」

 

 文春が頭を下げた。

 宝玄仙もそれに合わせて頭を下げる。

 文春が蔡玄人を準備してある上座に案内しようとした。

 しかし、蔡玄人は険しい顔をしたまま、部屋に一歩入ったところから動こうとしない。

 

「この女はなんだ?」

 

「宝玄仙と申します……。公主の素蛾様とは昵懇の仲の女でございます」

 

 宝玄仙はお辞儀をして顔を伏せたまま静かに言った。

 

「公主様の?」

 

 蔡玄人の顔が曇った。

 そして、部屋を見回して、衝立の横にいる沙那を見つけて、不審そうな視線を送った。

 

「……お館様、あの衝立に向こうに誰か潜んでおります」

 

 護衛が蔡玄人にささやくのが聞こえた。

 

「どういうことなのだ、文春? いささか胡散臭いな。俺に誰かを会わせたい者があるとしても、いきなり引き会わされてものう……」

 

 蔡玄人が文春を睨んだ。

 話を聞くことなく、いまにも帰りそうな気配だ。

 

「ご主人様、とにかく、先に顔を見て頂いた方が……」

 

 沙那が声をかけてきた。

 宝玄仙はうなずいた。

 

「どうぞ」

 

 沙那が芝居がかった口調で衝立の後ろに声をかけた。

 ふたりが出てきた。

 

「こ、公主様──。なぜここに──?」

 

 蔡玄人が目を見開いた。

 朱姫にかしずかれるかたちで衝立の横から姿を出したのは、素蛾の姿に変身させている孫空女だ。

 孫空女は随分と緊張しているようだ。

 ぎこちなく歩く素蛾の姿の孫空女に、宝玄仙は思わず吹き出しそうになった。

 

 

 *

 

 

「公主様? いや、まさか……? 公主様は宮殿におられるはずだ……。だが、確かに、公主様のようだ。なぜ、公主様がここに?」

 

 蔡玄人が呆気にとられている。

 沙那はその表情をじっと観察して、とりあえずほっとした。

 半信半疑ながらも副宰相の蔡玄人を話の土台に乗せることができたのだ。

 

 しかし、問題はこれからだ。

 これから、なんとか宮殿にいるのが偽公主であることを納得させなければならない。

 

「宮殿にいる公主様は偽者です。このお方こそ、まことの公主様の素蛾様でございます。あまりにもお辛いことがおありになりましたので、いまは口をきくことができません。しかし、いま宮殿にいる公主の姿をしている者は、真っ赤な偽者──。どうか、可愛そうな公主様を助けてあげてください」

 

 宝玄仙が静かに頭を下げた。

 こんなに物静かで礼儀正しい宝玄仙など、沙那は接するのは初めてだ。

 やろうと思えば、こんな演技もできるのだと沙那は感心してしまった。

 とにかく、今回の宝玄仙はいつになく真剣であり、素蛾の奪回に協力的だ。

 沙那がみんなに策を説明するときも、宝玄仙は真剣だった。

 

「こっちが本物の公主様で、宮殿の公主様が偽者だというのか──? 確かに眼の前におられるお方は公主様であることは俺にわかるが……。さて、しかし、公主様はいまは、明日やってくる西方帝国の皇子の出迎えの準備の真っ最中のはず……。こんなところにおられるのはなぜなのです?」

 

「だから、その公主は偽者……。ここにいる公主の素蛾様こそ本物ということです」

 

 宝玄仙が言った。

 

「まさか、そのような戯言……。公主様、いかなる理由でこの蔡玄人をおからかいなさるのですか?」

 

 蔡玄人が孫空女が変身している素蛾を見つめて言った。

 

「嘘ではありません。宮殿の公主様は偽者です──」

 

 沙那は横から口を挟んだ。

 

「あなたは?」

 

 蔡玄人が突然に沙那の割り込みに不機嫌そうな顔をした。

 沙那のことは護衛かなにかと考えているはずだ。

 それが突然に話に割り込んできたので不快に思ったのだろう。

 だが、そんな蔡玄人の感情に構ってはいられない。沙那はさらに話を続けた。

 

「この方は宝玄仙というお方です。わたしたちは、その供で沙那と朱姫と申します。わたしたちは旅の途中なのですが、偶然にもこの国の公主様である素蛾様と、ある事情で旅を同行することになったのです。それでお可哀想な素蛾様を助けて、この国都までやってきたのですが、こちらが本物の公主様だと言って連れて行っても、役所では門前払いをされるばかり……。それで偶然に知り合った文春様に頼り、いま、こうして、蔡玄人様に頼っているということです──。どうか、この話を真剣にお聞きください」

 

 沙那は言った。

 蔡玄人は驚愕した様子で、孫空女が変身している素蛾の顔を見つめている。

 見れば見るほどそっくりのはずだ。

 なにしろ、朱姫が作った『変化|(へんげ)の指輪』という霊具で孫空女が変身している素蛾は、本物の姿そのものなのだ。

 

 朱姫が作った『変化の指輪』は、宝玄仙が以前に作ったものを改良したものなので、その効果はほとんど同じだ。

 共通するのは、相手の体液を口に入れることで、その姿とまったく同じになるということだ。

 変わるのは外見だけでなく、毛髪の一本一本、内臓のすべてまで変わってしまう。声

 声もだ、

 そういう霊具なのだ。

 

 変身に使うための素蛾の体液は、この国都に入るときに、朱姫が素蛾にした悪戯で施した股縄にたっぷりと残っていた。

 沙那は素蛾が連れ去れた直後に、とっさに誰かが素蛾に変身して本物だと名乗り出ることで、宮殿にいる玉兎とかいう亜人が変身している素蛾こそ偽者だと訴えるということを思いついたのだ。

 それで、あの素蛾が玉兎と名乗る亜人にさらわれた直後に、朱姫の『変身の指輪』に素蛾の体液を刻ませた。

 とにかく、この霊具で変身すれば、およそ外見だけでは、絶対に本人とは見分けはつくことはない。

 

「確かに、こちらは公主の素蛾様に間違いはないが、しかし、宮殿におられる公主様が偽者というのは……。素蛾様、やはり、なにか俺に悪戯のようなことを仕替えておられますか?」

 

 蔡玄人が困惑した口調で言った。

 

「あ……」

 

 素蛾役の孫空女が口を開いた。

 しかし、ただ声を発しただけだ。

 喋ればぼろが出る。

 だから、精神的な衝撃で口がきけないという設定にしたのだ。

 

「さきほど、わたしの主人の宝玄仙が説明しましたが、素蛾様は随分とつらい経験をなさいました。それで口がきけなくなったのです」

 

 沙那は声を潜めて言った。

 

「口が……? 信じられんなあ……」

 

 蔡玄人がじっと素蛾に変身した孫空女の顔を覗き込みながら、つぶやくように言った。

 

「公主様は死ぬ思いで……、しかも、命の危険を何度も味わいながらここまでやっと、辿り着いたのです。その言葉は悲しゅうございますね」

 

 宝玄仙がたしなめるような口調で言った。

 

「こ、これは失礼を……」

 

 蔡玄人が一応は、孫空女に向かって頭をさげた。

 

「どうか、お座りを……、蔡玄人様」

 

 文春が言った。

 蔡玄人がじっと文春を見た。そして、しばらく文春の顔を見てから口を開いた。

 

「文春、それよりも話せ。この公主様とお前とはどういう繋がりなのだ。そして、なぜ、公主様がここにおられる?」

 

「わざわざ、ご足労頂いてありがとうございます。国の大事でございます」

 

 文春が言った。

 

「それはさっき聞いた──。質問に答えよ、文春」

 

「どうか、お座りを……、蔡玄人様」

 

 文春が真面目な顔をして言った。

 沙那ははっとした。

 そういえば、朱姫はこの男に、“国の大事でございます”と“どうか、お座りを”蔡玄人に言えと暗示をかけていた。

 もちろん、沙那が指示したのだが、それはその文意に従って、意味のある会話をしろという意味であって、物真似鳥のように同じ言葉しか話させるなという意味ではない。

 

 あれじゃあ、操られているのが丸わかりで怪しすぎる。

 沙那は孫空女の変身している素蛾の侍女のように横にいる朱姫を睨んだ。朱姫はしまったという顔をして、無言で沙那に謝る仕草をした。

 

「国の大事でございます」

 

 文春がまた言った。

 

「わかった。とにかく、座る──。おい、出入り口を閉めろ。ひとりを残してふたりは部屋の外に出て、近づく者がいたら追い払え」

 

 蔡玄人が三人の護衛に指示した。

 護衛はひとりが部屋に残って、ふたりが部屋の外に出た。

 全員で料理と酒が載っている横長の卓に向かう。

 

 とりあえず、上座に孫空女が座り、その隣に蔡玄人を誘導した。

 そして、孫空女の隣には朱姫が素蛾に付き添うようなかたちで座る。

 蔡玄人の向かい側に文春が座り、その両隣に宝玄仙と沙那が腰かけた。

 

「とにかく、事情は聞こう──。先ほどのことが真実とすれば、確かに、国の一大事だ。なにしろ、明日には帝国の皇子がこの天神国にやってきて、公主様との婚姻のための一連の行事が始まる。それがまやかしの公主などであったとしたら大問題だ」

 

 蔡玄人は言った。

 

「さきほど供が申しましたとおりに、わたしは宝玄仙と申す旅の女でございます。修行のために旅をしている道術遣いであり、このふたりはわたしの供です」

 

 すぐに宝玄仙が言った。

 

「道術遣いですと?」

 

 蔡玄人はそれを聞いて、宝玄仙に驚いた表情になった。

 どこの人間族の国でも道術使いは貴重な存在だ。

 この天神国では、ほかの国に比べれば、道術遣いが軽視される傾向があるが、ほかの国なら能力の高い道術遣いともなれば、大抵は高い報酬で雇ってくれる。

 

 それが面倒で、宝玄仙は旅の途中では滅多に自分が道術遣いであることを公開しないが、今回は仕方がない。

 そうでも言わないと、素性のしれない女を宮殿には入れてくれないだろう。

 天神国が道術遣いを重んじないといっても程度問題のことであり、やはり、道術を扱う存在は一目置かれる存在には違いないのだ。

 

「ええ、そうです。お見せしましょうか?」

 

 そう言うと、宝玄仙は指を振った。

 次の瞬間、宝玄仙の後ろの床で巨大な炎が燃えあがった。

 この部屋は、すでに宝玄仙の結界が刻んでいる。

 宝玄仙の意にままに大抵の道術は起こせる。

 

「うわあっ」

 

 蔡玄人がびっくりして立ちあがった。

 しかし、宝玄仙が手を振ると、すぐに炎は消滅した。

 

「いまのが道術か?」

 

 蔡玄人が目を見開いている。

 明らかに動揺を示したようだ。

 あまり、道術に慣れていないのかもしれない。

 

「ちょっとした悪戯程度ですが……。いまのような道術など、ものとのもしない強力な力を持った亜人が公主様に成りすまして宮殿に入っているのですよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ま、まさか……。ま、まあいい。とにかく事情を離してくれ」

 

「わかりました。では、詳しいことは沙那に説明させます。沙那──」

 

 宝玄仙が促した。

 

「わかりました。本題に入りましょう。その前に、ご主人様……」

 

 沙那は宝玄仙に合図をした。

 その合図で、宝玄仙は結界術を利用して蔡玄人のただひとり残っている護衛の顔の周りだけに眠りを与える風を充満させる手筈になっている。

 護衛がその場に眠って、ばたりと倒れた。

 

「やや──? これは?」

 

 蔡玄人が声をあげた。

 それとともに顔に恐怖の色を浮かべて立ちあがる。

 

「眠ってしまっただけです。ご安心を……。また、声をあげても無駄です、蔡玄人様──。この部屋にはもう誰にも入れませんし、大声を出しても、声は一切外には聞こえません」

 

 沙那は、立ちあがって落ち着かない様子の蔡玄人を制した。

 蔡玄人が硬直する。

 

「どうか、お座りを……、蔡玄人様」

 

 蔡玄人が立ちあがったので、朱姫の『縛心術』をかけられたままの文春が言った。

 ここで道術を見せたのは、蔡玄人の度肝を抜いて、交渉事を有利に進めるためでもある。

 それにも成功したようだ。

 蔡玄人は文春が大人しく座ったままでいるのをちらりと見て、とにかく座り直した。

 だが、蔡玄人の眼は大きく見開き、椅子の手摺に置いた手がかすかに震えていた。

 

「他意はありません。ただ、公主様がこの一箇月、どこでなにをしていたかという事実を知られたくなかったのです」

 

 沙那は言った。

 

「どういう意味だ?」

 

「公主様は、布金の城郭にある奴隷商によって、ある者に奴隷として売られていたのです。わたしたちは、偶然にも以前から公主様を見知っており、その奴隷として扱われている公主様を見て驚愕しました──。もちろん、奴隷商もその購入者も、それが公主様とは知らなかったことです」

 

 沙那は言った。

 

「公主様が奴隷だと? しかも、布金だと? 随分と東ではないか……」

 

 蔡玄人は眉をひそめた。

 

「しかも、性奴隷です……」

 

「せ、性奴隷?」

 

「公主様は性奴隷として調教を受けておいででした。それをわたしたちが買いとって、お助けしたのです。ただ、公主様は、そのときの精神的な痛手で口をきけなくなっておりました」

 

 精神的な痛手どころか、素蛾は嬉々として調教に取り組んでいたし、わずか十二歳の素蛾に性調教をしたのは、ほかならぬ宝玄仙と朱姫だ。

 まあ、そんなことはもちろん語るつもりはないが……。

 

「し、信じられんことだ……。ほ、本当であればな……」

 

 蔡玄人が言った。

 

「わたしどもは公主様を買い取って、どうして公主様がこんなところにおられるのかを知ろうとしました……。そし、心の痛手で口がきけなくなっている公主様を道術で治療して、事情を少しは聞き出すことに成功しました。また、国都にやってきて、あちこちを調べて事情を知ろうともしました──。その結果、宮殿で恐ろしい陰謀が行われていることがわかり、しかも、それに一刻の猶予のないことを知り、いま、こうして蔡玄人様に助けていただきたいと思ってやってきたのです──」

 

「いや……まさか……」

 

「繰り返しますが、この公女様は本物です。いま宮殿にいる素蛾様こそ偽者です。その偽者は、偽者の自分と西方帝国の皇子を『結婚の儀』を結ばせることで、この国を陥れようとしているのです」

 

 沙那は言った。

 

「だが……」

 

 蔡玄人も事の大きさにびっくりしてきた感じだ。

 

「信じられないかもしれませんが、宮殿にいる公主様は偽者です。事が終わってしまっては、取り返しのつかないことになりますよ」

 

「し、しかしだなあ、もしも、宮殿の公主様が亜人に変わられているなら、王軍道術長が気がつかぬはずがないないと思うが……」

 

 蔡玄人は困惑している。

 

「そんなの亜人に操られているに決まっているだろう。こんな小さな国の道術士程度だったら、わたしでも自由にできるよ」

 

 宝玄仙が横から口を挟んだ。

 

「えっ?」

 

 さっきとは一転して粗雑な物言いに蔡玄人は驚いている。

 沙那は咳払いで、蔡玄人の注意を自分に向け直した。

 

「宮殿で道術を遣う者は道術長くらいですよね? その道術長自体が操られている可能性はないですか? この一箇月に道術長に不自然な点はありませんでしたか?」

 

 沙那は言った。宮殿にいる道術遣いがその道術長くらいであることは、すでに事前調査で確認している。

 この天神国はこの辺の周辺国に比べれば、あまり道術の浸透していない国だ。

 だから、宮殿そのものの道術封じも貧弱なものだったのだろうと予想している。

 それが玉兎(ぎょくと)のような亜人の道術につけこまれたのだろう。

 

 沙那の調べたところ、それはいまの国王の代になってからのことのようだ。

 いまの国王は、若い時代にこの天神国の北側にあった多くの亜人村を征服して領域を拡大するということをしている。

 道術に頼る傾向の強い亜人村というのは、案外、霊気を帯びない兵の集団である人間族の軍に簡単にやられることが多いのだ。

 それはどんなに高い霊気を使用した道術でも、霊気を帯びていない人間族には直接には効果がないというところからきている。

 

 いずれにしても、いまの国王は道術に頼らない軍を作ることで、若いころに亜人領域だった地域の征服に成功している。

 現国王は、この経験から、宮殿や城郭のあちこちに霊気を帯びたものを近づけない傾向があるようだ。

 それで、霊気に関する防護に関することは、その宮殿道術長という存在だけが一手に引き受けているらしい。

 だから、最初に道術長という存在をなんとかしてしまえば、玉兎のような存在に宮殿は無防備になる。

 

「うむ……」

 

 蔡玄人は考え出した。

 なにか思い当ることがあるらしい。

 

「公主様にも変化があったはずです……。そもそも、帝国の皇子との婚姻話など、この一箇月以内に突然にやってきた話ですよね。そのことについて、公主様が妙に積極的だったりしませんでしたか? それは、それまでの公主様の性格から不自然なことではありませんでしたか?」

 

 沙那はさらに言った。

 素蛾が宮殿にいた頃には、少なくとも素蛾には結婚話などなかったらしい。

 そんな話が以前からあったのなら、素蛾自身が沙那たちに言っているはずだし、素蛾は宮殿のことについてはなんでも語ってくれている。

 そもそも、国と国との婚姻行事がわずか一箇月で性急に行われるというのは不自然なことだ。

 沙那はこの西方帝国の皇子そのものだって、操られている可能性があると考えている。

 

「……確かに降って沸いたような慶事には違いないが……。帝国からの申し出を最初に仲介したのは宮廷道術長だ……。それを誰よりも公主様自身が喜ばれた。それで一箇月以内に、『結婚の儀』とかいう道術契約だけでも交わそうという話になったのだが……」

 

 蔡玄人がぶつぶつと言った。

 そして、慌てて口をつぐんだ。

 そのような宮廷内の事情をここでうっかりと口にすべきではないと思ったのだろう。

 

「……ともかく、わたしたちは逃げも隠れも致しません。今夜からは、文春様の屋敷に匿っていただくことになっております。素蛾様も一緒です……。どうか力になってください。そして、どうか、宮殿にいる偽公主とわたしたちを対決させてください──。彼女は危険な存在です。わたしたちでなければ歯は立ちません」

 

 沙那は言った。

 

「しかし、そんな話を誰が信用するというのだ……。この俺でさえも、まだ信用できない話を……」

 

 蔡玄人が困ったように言った。

 

「朱姫、素蛾様の足を……」

 

 沙那は言った。

 

「はい」

 

 朱姫がさっと移動して、素蛾の姿の孫空女の足元に跪いた。

 そして、左足の靴を脱がせて素足にした。

 その素蛾の足の裏を蔡玄人に見せる。

 

「足の裏にほくろがあります。これを皇后様に伝えてはいかがでしょう。娘の変化には誰よりも皇后様が違和感を覚えでないかと思うのです。皇后様に、素蛾様の左足の裏にほくろがあるかどうかを訊ね、いま宮殿にいる素蛾様の足の裏にほくろがあるかどうかを確かめるように提案なさっては?」

 

 沙那は言った。

 素蛾の身体はありとあらゆる場所を知っている。

 それこそ、ほくろの位置までわかるくらいに、この半月、素蛾の裸身に接し続けてきた。

 孫空女の変身は、素蛾そのものと同じ姿だから、ほくろの位置まで一緒だ。

 だが、玉兎の変身はただ外見を似せているだけでほくろまでは一致させていない可能性が高い。

 

「ほくろは内腿の付け根にもあったね。三つのほくろが三角に並んだようなのがね。合わせて皇后に訊ねてみておくれ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「内腿の付け根?」

 

 蔡玄人がちょっと驚いていた。



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669 偽者公主の復讐

「まったく強情だねえ──。口だけでいいと言っているだろう。また、死んだ気分を味あわせてやろうか、この奴隷──」

 

 玉兎(ぎょくと)が凄まじい蹴りを素蛾(そが)の腹に叩き込んだ。

 身体が吹き飛び、蹴られた勢いで壁に全身を叩きつけられ、反動で跳ね返った素蛾は仰向けに倒れた。

 

 しかし、もう、素蛾には悲鳴をあげる力もなかった。

 後頭部にぬるりとした液体が流れるのを感じる。

 

 また、頭が割れたのかもしれない。

 それで血が流れ出したのだろう。

 

 だが、それも、もうしばらくすれば、負傷などなかったかのように、身体の損傷は元に戻るはずだ。

 

 この不思議な部屋に入れられてどのくらいの時間が経ったのだろう?

 素蛾にはまったくわからない。

 

 まるで、時間の感覚が停止しているような空間で、素蛾はひたすら拷問を受け続けいた。

 

 玉兎が要求するのはただひとつ──。

 素蛾が宝玄仙と朱姫の奴隷たちではなく、玉兎の奴隷だと言えということだ。

 

 だが、素蛾はそれを拒否し続けていた。

 嫌だったのだ。

 嘘でも嫌だ。

 

 素蛾は、朱姫の奴隷になり、宝玄仙の奴隷になった。沙那や孫空女にも仲間だと言ってもらえた。

 それ以外のなにものにもなりたくなかった。

 

 そんなことを思ったのは、生まれて初めてだったし、それだけは譲りたくなかった。

 

 素蛾があくまでも拒否すると、玉兎は怒り狂った。

 最初の日など、片手で素蛾の首を掴んで、そのまま首の骨をへし折ったのだ。

 素蛾はあのとき、自分は死んだのだと思った。

 

 だが、気絶から目を覚ましたとき、首の骨どころか、その直前まで鞭打たれていた痕さえも消滅していた。

 よくわからないが、そういう空間だと思うしかない。

 

 それから、果てしない玉兎による素蛾への拷問が始まった。

 鞭打ちなど生易しいくらいで、全身の骨を一本、一本砕かれるということもやられた。

 

 全身を拘束されて、局部に強い電撃を流して放置されることもやられた。

 気絶するまで平手と拳で顔を殴られ続けるということもされた。

 逆さ吊りされて、水に顔をつけて、何度も溺死させるということもされた。

 もちろん、偽物の死なのだが素蛾にとっては本物の死だ。

 

 ただ、どんな拷問を受けても、時間が経てば嘘のように素蛾の外見の負傷は消滅した。

 しかし、痛みも苦しさも本当だし、死の恐怖もしっかりと頭に刻まれている。

 それでも、素蛾は自分は朱姫たちの奴隷だと言い張った。

 どうして、そんなに拘るのか自分でもわからなかった。

 だが、素蛾はどんなに拷問を受けても、朱姫たちの奴隷であることを拒否するという、その一点だけは譲らなかった。

 

「本当にやわなくせに、強情だねえ──。まさか、最初の段階でこんなに手こずるとは思いもしなかったよ──」

 

 玉兎が素蛾の髪を掴んで、素蛾の身体を持ちあげた。

 そして、投げ飛ばした。

 

「んぎゃあっ」

 

 背中と腰に板のようなものがぶつかった。

 木の椅子に叩きつけられたのだとわかったのは、そのがっしりした椅子に座って手摺に腕を乗せられて、手、脚、胴、首とあらゆる関節に細い触手の拘束ががっしりと食い込んでからだ。

 

「今度の拷問はちょっときついよ──。さあ、素蛾は玉兎の奴隷だと言いな──」

 

 指の一本を掴まれた。

 はっとした。

 指の先に真っ赤に焼けた針の先が近づいている。

 それが爪の下に刺されようとしていた。

 

「い、いやあ──。それは、いやああ──。いやです──」

 

 素蛾は自分のどこにそんな力があるのかと驚きながら、大きな声で絶叫した。

 

「だったら、お前はあたしの奴隷だと認めるね──?」

 

 真っ赤になった針が玉兎が掴んでいる素蛾の右手の中指の手前で停止した。

 

「だ、だって、わたくしは、もう朱姫姉さんの奴隷なんです──」

 

 素蛾は叫んだ。

 玉兎の舌打ちがしたと思った。

 

「うぎゃああああ──」

 

 信じられない激痛が炸裂した。

 右手の一箇所に起こった凄まじい痛みが、脳天を貫き焼け焦がした。

 獣のような叫びが素蛾の口から迸っていた。

 素蛾は自分が失禁しているのがわかった。

 

「指はまだ九本あるのよ……。足の指を入れればもっとあるわよ。何本目でお前は屈伏するかしらね……。言っておくけど、この拷問が終わるまで、お前は気絶はできないよ──。今度はそういう道術をかけたからね──。さあ、もう一度訪ねるわよ。お前は誰の奴隷?」

 

 玉兎が素蛾を睨みながら、二本目の針を次の指に近づけてきた。

 

 

 *

 

 

「わ、わたくしは……朱姫……姉さんたちの……せ……い……ど……れ……い……」

 

 手足を付け根から引き千切られて、胴体と頭だけになった素蛾が、血の海の上で最期にそうつぶやいた。

 そして、息をして果てた。

 

 もちろん、本物の死ではない。

 素蛾の頭の中だけで起こっている幻だ。

 

 しかし、幻であっても、素蛾が感じている苦痛や死の体感は本物だ。

 だが、素蛾は折れない。

 頑固に、自分は朱姫の性奴隷だと主張し続ける。

 

 玉兎は唖然とする思いだった。

 これほどまで、手こずるとは思いもよらなかった。

 苦労知らずで育った世間知らずのまだ十二歳の王女だ。

 あの気の弱そうな素蛾のどこに、これほどまでの気力と頑迷さが備わっていたのだろう。

 

 そのとき、外の世界の素蛾の私室に誰かが近づく気配を感じた。

 おそらく、侍女たちだろう。

 昨日から、婚姻のための国のしきたりらしい全身への香油塗りとかいうやつを始めている。

 よくはわからないが、公主の婚姻の儀式の際の天神国の慣習だということで、昨日から婚姻の一連の儀式が終わるまでの期間、毎日、全身に香油を塗ることになったのだ。

 昨日は、皇后がやってきて、かつては自分も同じことをやったのだと玉兎に語りかけながら、素蛾の姿になっている玉兎を素裸にして、皇后の連れてきた侍女たちに、花の香りがする香油を塗らせた。

 毎夕やると言っていたが、そういえば、そろそろ夕方だ。

 

 玉兎は、素蛾の意識の世界の中から、自分の意識を現実の世界に戻した。

 素蛾の頭の中の世界で、たったいま素蛾を殺した玉兎は、素蛾の私室の椅子に静かに腰かけている玉兎の意識に復帰した。

 そして、卓の上に置いていた拳ほどの大きさの玉を急いで布の袋に包んで腰紐に結びつけた。

 

 この玉の中に、道術で小さくした素蛾を閉じ込めている。

 宝玄仙たちから素蛾を取りあげて四日──。

 

 素蛾はずっとこの玉の中で眠り続けているが、その素蛾の意識に働きかけて、玉兎は凄まじい拷問を施した。

 そして、玉兎に屈伏をさせようした。

 

 最初は拷問だけが目的だったが、玉兎の奴隷になるという言葉を発しようとしない素蛾に腹が立ち、無理矢理にそれを口にさせることにした。

 素蛾の意識の中でやった残虐行為は、素蛾が玉兎の性奴隷だと言わせるための拷問になった。

 だが、いまだに素蛾は、すでに約束したから素蛾は朱姫たちの性奴隷であるの一点張りで、玉兎の奴隷になるという言葉を発しない。

 

 あんな小娘、拷問どころか、鞭打ち一発で屈伏すると思っていたから、

 四日間の拷問でも堕ちない素蛾の心は、玉兎の想像を遥かに超えている強靭さだった。

 

 なんという小娘だろう……。

 玉兎が素蛾という公主を宮殿からさらったのは一箇月前だ。

 この天神国の国王には、三人の王子と四人の王女がいる。このうち、王女のことを「公主」と称する。

 

 天神国王への復讐の第一弾として、かつて玉兎自身がそうされたように、国王の娘を奴隷に落としてやることにしたのだが、玉兎が末王女の素蛾を選んだのは、素蛾が玉兎が奴隷にされたときと同じ十二歳だったからだ。

 

 それで忍び込んだ宮殿で、月でも眺めようとしたのか、部屋から繋がっている露台に出てきた素蛾を見つけさらい、『移動術』で国都からはるかに離れたこの国の東の果てに跳ばしてやった。

 

 国都の宮殿に入り込むのは難しくはなかった。

 この宮殿には、道術を封じるような霊具の警備装置などが皆無であり、ただ王宮道術長のみが、その部下とともに道術による侵入者を取り締まるという態勢だったのだ。

 

 余程、国都内の分限者の屋敷の方が忍び込み難いほどであり、玉兎は得意の道術で道術長の意識に入り込むと道術長を玉兎の操り状態にした。玉兎に操られた道術長は部下たちが玉兎の存在がわからないように細工をすると、玉兎を宮殿に侵入させたのだ。

 

 素蛾を身ひとつで放り投げたのは、奴隷狩りが横行しているこの国の東側にある宝華山という山裾の平原であり、案の定、その夜のうちに素蛾は、奴隷狩りに襲われて近くの奴隷商に売られてしまった。

 玉兎の思惑通りだった。

 

 一方で、素蛾が行方不明になったことを気づかせないように、玉兎は素蛾になり切って宮殿で生活をはじめたのだ。

 すぐに着手したのは、素蛾と西方帝国の末皇子との縁談だ。

 

 これが復讐の第二弾だ。

 偽公主になりきっている玉兎が、西方帝国の皇子と「結婚の儀」を結んでしまうのだ。

 それをしてしまえば、この国の王は、帝国の手前、玉兎が本物の素蛾だと言い張るしかなくなる。

 そのうえで、国王に本物の素蛾が性奴隷になったことを教えてやるつもりだ。

 

 しかも、玉兎の夫になった帝国の皇子の力も利用して、素蛾を助けることを許さないのだ。

 国王は、自分の娘が性奴隷として虐げられているにも関わらず、なすすべなく放置するしかないという事態になるだろう。

 

 末皇子との婚姻話を作りあげるのも難しくはなかった。

 西方帝国には八人の皇子がいるが、上から三人の皇子以外は、なんの権力もないし、現段階では皇位継承権もない日陰者だ。

 そのうちの末皇子を操り状態にして、向こうから素蛾との結婚話を持ちかけさせたのだ。

 こちらの王宮側の窓口は、玉兎が操っている道術長だ。

 

 婚姻の条件は、一箇月以内に「結婚の儀」という道術契約を結ぶことであり、天神国王はそれに応じた。

 それが終われば、自分は素蛾ではないということを天神国王に教えるつもりだ。

 復讐の第三弾だ。

 

 第四、第五の復讐も準備しており、長い年月をかけてじっくりと国王を苦しめてやろうと思っている。

 

 そのために、玉兎自身も帝国の末皇子と「結婚の儀」をしなければならないが、まあ、それはいいだろう。

 末皇子は玉兎の操り状態であるし、性質が善良であることを知っている。

 別に夫として嫌なわけではない。

 

 すべてが玉兎の思惑通りに進んでいたのだが、ただひとつの例外が、あの宝玄仙とかいう旅の道術使いの存在だ。

 布金(ふきん)の城郭の外にある奴隷商に売られた素蛾を性奴隷として買い取ったのが、旅の道術遣いだというのはひそかに確認していた。

 

 適当な好色者の分限者にでも売られるのだろうと思っていたので、旅の女、しかも、絶世の美女といっていい女が買ったのは意外だった。

 だが、少し観察していたら、素蛾は早速、性調教を受け始めていたので、満足して、あとは放置していた。

 

 それからしばらく、素蛾のことなど思考の外にしていたが、その素蛾を連れて、あの宝玄仙が国都にやってきたと知ったのは、沙那とかいう宝玄仙の供が、国都のあちこちで、素蛾について聞き込みをしているという情報に接してからだ。

 

 婚姻の儀式は、もう数日後だ。

 それで、道術を駆使して素蛾を探すと、素蛾を連れた宝玄仙一行は、国都にもう入っていることがわかった。

 ただ、到着したばかりであり、まだ、どこにも接触していないようだった。

 

 ここで本物の素蛾に登場されるのは、非常に都合が悪かった。

 玉兎は瞬時に行動し、黒龍廟(こくりゅうびょう)という王都広場にいた一行を襲って素蛾を奪った。

 一連の儀式が終わるまで、素蛾を監禁しておくためだ。

 

 どこに素蛾を隠そうかと迷ったが、小さくして玉に閉じ込めて、肌身離さずに持ち歩くことにした。

 下手に宮殿のどこかに隠すと、思わぬことで素蛾を発見されるかもしれない。

 その間、ただ、眠らせるよりはと、眠っている素蛾の意識の中に入り込んで、手酷い拷問もした。

 奴隷時代の玉兎が受けたことだ。

 この国王の娘も当然、同じ思いをするべきだと思った。

 

 小さくして眠らせた素蛾が、玉兎に屈伏しなかったのは、もうひとつの誤算だ。

 もはや、あの気の強い娘を屈伏させるのは無理だと思いかけてきたが、まだ、あと一日ある。

 今度は、さっき幻で味あわせた手足がなくなった状態から意識を再開させたらどうだろうか……。

 

 幻の中で何度ももう死んでいるから、どんな目に遭わせられても、次に意識を戻すときには五体満足で復活することには気がついているだろう。

 その逆を突いて、今度はさっきの残虐行為の続きから始めるのだ。

 

 案外、それで屈伏するのではないだろうか……?

 そんなことを思った。

 

 すると、私室の扉が叩かれた。



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670 偽者と偽者

 私室の扉が叩かれた。

 

「はいっ」

 

 返事をすると、やってきたのは侍女たちではなく、今回の婚姻に関する一連の行事を担任する大臣だった。

 

「なんでしょう、大臣様?」

 

 公女姿になっている玉兎は言った。

 素蛾という公主は、七人いる国王の子の中で、もっとも大人しくて、善良な性質である娘であるということは調べてわかっている。

 大臣はおろか、侍女にさえも丁寧な言葉遣いをするというのは有名な話だったので、玉兎も大臣や侍女たちに、丁寧な態度をとることを気をつけている。

 

「さきほど、西方帝国の皇子が道術で到着なさいました。それで、国王陛下へのご挨拶が終わったのですが、その際、素蛾様にひと目だけでもすぐに会いたいという申し出があったのです。急なことで申し訳ありませんが、応接室までご足労願いできますか?」

 

 大臣が丁寧に頭をさげた。

 皇子と素蛾との最初の面談は、「結婚の儀」を結ぶ明日の式典の前のはずだったから、予定とは違うものの、特に拒否する理由はない。

 素蛾は応じることにした。

 

 操りといっても、皇子の潜在意識に玉兎の言葉に従うように暗示を刷り込んているだけだ。

 特に道術をかけない限り、皇子も自由意思で動いている。

 皇子は自分の意思で、この縁談を進めてきたと思っているだろう。

 これから婚姻をしようとする相手を早く見たいというのは当然かもしれない。

 

「承知しいたしました」

 

 玉兎は立ちあがった。

 素蛾は、誰のいうことも素直に応じる扱いやすい公主として知られている。

 大臣に言われて、すぐに応じるのも自然な対応だ。

 

「……こちらへ……」

 

「はい」

 

 大臣に案内されて、第一応接室に着く。

 国賓級の者にしか使わせない部屋だ。

 玉兎は大臣に案内されて中に入った。

 

 中に入ってびっくりした。

 そこには、二十人以上の武装した近衛兵が部屋にひしめいていたのだ。

 

 国王夫妻はいない。その代りに末皇子だけが立っている。

 応接室にあるはずの卓や椅子、飾り物などもない。

 あるのは、壁際の衝立だけだ。

 ほかの調度品は運び去られていた。

 

 さらに、部屋に入った瞬間に異常な違和感が襲った。

 それが、ほかの道術遣いの結界だとわかったのは、背後で扉を閉めた大臣から霊気が迸るのを感じたときだ。

 

「ちっ」

 

 玉兎はとっさに、自分の周りに道術の防護壁を覆った。

 大臣の発したなにかの道術が玉兎の防護壁で跳ね返った。

 

 次の瞬間、大きな気を感じた。

 近衛兵のひとりが剣を抜いて猛然と突進している。

 

 霊気とは関係のない剣は、霊気の防護壁では防げない。

 玉兎は、自分の右腕を道術で鋼鉄化する。

 

「おっと」

 

 激しい金属音が鳴った。

 玉兎は近衛兵の剣を右手で受け止めた。

 近衛兵の目が驚きで見開いた。

 

 女……?

 

 兜から垣間見えた顔は確かに女だった。

 

「なに?」

 

 玉兎は、さらに右脚も道術で鋼鉄化すると、身体を捻って近衛兵の頭を回し蹴りする。

 まともに当たれば、その近衛兵の頭は兜ごとふたつに割れていたと思うが、眼の前の近衛兵がとっさに頭を引っ込めたために、かすっただけで終わった。

 それでも兜が吹っ飛び、ひっくり返った近衛兵の額が割れて血が迸った。

 近衛兵だと思ったのは、あの沙那だ。

 外れた兜から栗毛の長い髪が垂れ、顔に血が流れている。

 

「沙那──」

 

 皇子が叫んだ。

 その皇子から飛ばされた凄まじい道術の波動が襲っていていた。

 

 目の前だ……。

 あれは皇子ではない──。

 西方帝国の末皇子は道術遣いだが、こんな道術は持っていないはずだ。

 

 霊気の衝撃波は玉兎の防御壁を突破して、まともに玉兎の身体にぶつかった。

 

「あぐっ」

 

 玉兎の身体が壁に飛ばされる。

 玉兎は空中で身体を丸めて、叩きつけられるはずの壁を蹴った。

 そのまま、壁を駆けあがって天井まで走り、霊気波を飛ばした皇子に向かって飛びかかった。

 

「死ねええ──」

 

 今度は両手を鋼鉄に変えている。

 飛びついて身体をふたつに裂いてやろうと思った。

 皇子の顔が恐怖に包まれるのがわかった。

 

「ご主人様──」

 

 衝立が倒れて、そこから小さな身体が飛び出した。衝立は近衛兵の立っている背後に守られるようにあったのだが、飛び出した背の低い女が長い棒を構えている。

 

 素蛾──?

 飛び出したのは素蛾だ。

 

 その素蛾の投げた棒が玉兎の身体の中心に向かっている。

 身体を捻って避けようとしたが下袍が邪魔だった。

 下袍の中心を串刺しにした棒が天井に下袍ごと突き刺さり、玉兎の身体は天井から逆さ吊りになってしまった。

 

「邪魔くさいわねえ──」

 

 玉兎は下袍を腰から引き千切った。

 小さな下着だけの下半身になった身体で床に降り立つ。

 再び、身体を道術の防護壁で覆った。先ほど以上の重厚さで自分の身体を二重三重の道術壁で囲んだ。

 二度目の衝撃波が襲いかかったが、今度は跳ね返すことができた。

 

「お前ら、宝玄仙どもかい──?」

 

 構え直した玉兎は上着を脱ぐと、下着が剥き出しになっていた下半身を上着で包んだ。

 額から流れる血を袖を引きちぎって包帯代わりにした沙那、大臣、皇子、素蛾が、防護壁の内側の玉兎の周りを取り巻いた。

 

 大臣の姿が朱姫になり、皇子が宝玄仙になる。

 素蛾の姿の童女も、孫空女に姿を変えた。

 周りを道術壁で防護している玉兎の前に、宝玄仙たち四人。さらに、その後ろに近衛兵二十人が迫っているという態勢だ。

 

「もう、観念しな、玉兎ととやら──。素蛾を返すんだよ──。無事で返せば、命まではとらないよ。さもなければ、八つ裂きにするよ。ここはわたしの結界の中だ。それでもそれだけの動きができるのは立派だが、お前の本来の力は発揮できないだろう? 素蛾を置いて、どっかに消えな、雌妖──」

 

 宝玄仙が言った。

 その頭の上に、巨大な道術弾の塊がある。

 それをぶつけられれば、さすがに玉兎もただでは済まないかもしれない。

 確かに、宝玄仙の言うとおりに、ここでは、玉兎の道術は本来の半分も力を出せない。

 

 逃げるか……。

 玉兎は『移動術』で逃亡を図ろうとして、念を込めた。

 

「あれっ?」

 

 思わず声をあげた。

 部屋中に『移動術』を封じる霊具が張り巡らされていたのだ。

 『移動術』が無効にされてしまっている。

 道術嫌いのここの国王は、こんなものを宮殿には備え付けていなかったはずだ。

 宝玄仙たちの仕業だろう……。

 

「お前の悪事はすべて破綻したよ……。諦めな、玉兎。帝国の皇子は、朱姫がお前の操り術を解除して、帝国に帰したさ。さあ、素蛾を返しな」

 

 宝玄仙が怒りをあらわに怒鳴った。

 

「ま、待て、これはどういうことだ──?」

 

 近衛兵の後ろの壁が開いた。さらに、二十人くらいの武装した近衛兵が雪崩れ込んだ。

 最後に国王が現れる。

 

「偽者公主の正体を暴くために素蛾が必要だと言うから、偽者公主との対決に素蛾が同席することを許したが、そっちが偽公主だったのか、宝玄仙とやら? 公主が赤毛の女に変わったぞ。ならば、本物は、やっぱりそっちなのか? 王后はほくろが違うから、本物の素蛾は、宝玄仙が連れてきた方だと言っておったが、それは間違いだったか?」

 

 国王が叫んだ。

 よくわからないが、宝玄仙は、素蛾に変身させた孫空女を国王たちに会わせて、宮殿の玉兎は偽公主であると告発したのかもしれない。

 それなのに孫空女が変身を解いたので、当惑した国王が飛び出して来たのだろう。

 

「陛下、この人たちが、わたくしに酷いことします。助けてください」

 

 玉兎は国王に叫んだ。

 

「宝玄仙、余を謀ったな──? 公主への攻撃をやめよ。さもなければ、近衛にお前たちの処断を命じるぞ」

 

 国王が怒鳴った。

 

「やかましいよ。お前は引っ込んでな、国王──。沙那の剣を腕で受けたり、天井を走ったりするような公主がいるかい。こいつが素蛾なら、最初の沙那の一撃で死んでるよ──」

 

 宝玄仙が玉兎を睨んだまま言った。

 

「へっ、だったら、あたしに手を出さないことだね、宝玄仙。あたしを殺せば、あの強情なおっとり姫様は、二度と戻ってこないよ」

 

 玉兎は声をあげた。

 

「ほざくんじゃないよ、玉兎──、これでもくらいな──」

 

 宝玄仙が頭の上の道術弾をまともに玉兎に投げつけた。

 至近距離で大きな道術弾が襲う。

 

 玉兎は目を見張った。

 とても、避けきれない……。

 

「ひいいっ」

 

 玉兎の三重の道術壁を通過した道術弾が、玉兎の身体にぶつかった。

 風が通り抜けた。

 玉兎は思わず悲鳴をあげたが、道術弾は玉兎が予想したようなものではなかった。

 道術弾は、そよ風が通り抜けたような衝撃しか玉兎自身には与えなかったのだ。

 その代わり玉兎が身に付けていたものを一糸残さず奪い去った。

 靴さえもなくなり、玉兎は完全な裸になった。

 

 同時に変身の道術も解けた。

 玉兎は白銀の髪をした大人の女に戻った。

 人間の耳の代わりに、白銀の毛に覆われた長い耳と小さな一本の角が頭から突き出ている。

 ほとんど人間族と姿は一緒だが耳と角だけが違う。

 それが玉兎たち兎族の特徴だ。

 

「う、うわっ」

 

 玉兎は慌てて、両手で身体の前を隠した。

 

「裸にされて恥ずかしいかい、女妖? だけど、本物の素蛾は素っ裸で外を歩かせても、少しも恥ずかしそうにはしなかったよ。本物のお姫様は、わたしたち庶民とは羞恥の概念が違うのさ」

 

 宝玄仙が笑った。

 その宝玄仙の頭の上には次の道術弾が膨らみかけている。玉兎はぎょっとした。

 

「動くんじゃないよ、玉兎。両手を頭の後ろにやりな。次の道術弾は、お前の肌をすべて溶かしてしまうよ。今度は赤剥けの兎にしちまうからね」

 

「この格好で、手を頭の上にはやれないわよ、宝玄仙。わかってるんでしょう?」

 

 玉兎は乳房と股間をしっかりと手で隠してうそぶいた。

 

「ご主人様、捕まえました。もう、大丈夫です──」

 

 そのとき、突然、朱姫の勝ち誇った声が部屋に響いた。

 はっとした。

 気がつくと、全身に黒い手のかたちの影がたくさん張り付いていたのだ。

 

 しまった……。

 朱姫の道術のようだ。

 さっきの道術弾は、玉兎の服だけじゃなく、道術壁まで飛ばしていたようだ。

 裸にされた羞恥で気がとられて、道術の防護がおろそかになっていたのだ……。

 

「ひいっ、いやっ」

 

 いきなり、手首に張りついた黒い手に引っ張られるように、腕が頭の後ろにまわった。

 同時に乳房に浮きあがった黒い手が玉兎の乳房を揉みだした。

 玉兎は声をあげた。

 

「ひあっ、ふくうっ、あはあっ」

 

 愛撫が上手い……。

 あっという間に淫情が込みあがる……。

 

 黒い手は玉兎の眠っていた性感帯を掘り起こすように乳房を揉んでいる。

 思わず発した嬌声が部屋に響きわたってしまった。

 玉兎は慌てて、歯を食い縛った。

 

「本物の素蛾はどこにいるのだ──?」

 

 そのとき、国王が叫んだ。

 

「心配には及びません。本物の公主様は、もう確保しましたから」

 

 沙那が言った。

 玉兎はびっくりして天井を見た。

 

 しかし、素蛾を閉じ込めてある玉を包んだ小袋は、最初に下袍を天井に張りつけられたときに、その下袍の腰紐に結ばれたまま、まだ、天井から垂れ下がっている。

 沙那ははったりを言ったのだとわかった。

 

「いま、天井を見たわ。孫女、あそこにあるのを確保して──」

 

 沙那が天井を指差して絶叫した。



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671 本物公主の告白

「いま、天井を見たわ。孫女、あそこにあるのを確保して──」

 

 沙那が叫んだ。

 孫空女は沙那が指を差す方向を見た。

 さっきまで玉兎(ぎょくと)がはいていた下袍(かこ)が孫空女が投げた『如意棒』で突き刺さっている。

 さらに、下袍を留めていた腰紐に小さな袋がぶら下がっていることに気がついた。

 あれになにかの秘密があるに違いないと思った。

 

 副宰相の蔡玄人(さいげんじん)の仲介で、国王と王后が、孫悟空が変身している素蛾を本物と認めて宮殿に入ることができたのは昨日の夜だ。

 素蛾の母親である王后の覚えていた素蛾のほくろの位置と、孫空女が化けた素蛾のほくろの位置が一致し、一方で、玉兎が変身している素蛾のほくろの位置を確認したところ、王后が知っている素蛾のほくろの位置とは異なっていたからだ。

 

 そして、そのまま、王宮に巣食っている玉兎の捕縛を宝玄仙は引き受けた。

 国王はすぐに、偽公主の玉兎を捕えようとさせたが、実際には素蛾はまだ玉兎の手中にあることを知っている沙那たちは懸命にそれを諌めた。

 下手に捕縛しようとすれば玉兎が逃げるからだ。

 逃げてしまえば、素蛾を助け出す手がかりがなくなってしまう。

 

 孫空女の変身した素蛾が偽者であることを告げるわけにはいかなかったから、すぐに行動を起こさないことに、なかなか国王は納得しなかったが、結局は、玉兎の捕縛については、道術遣いである宝玄仙が一任されることになった。

 玉兎はしばらく泳がせた。

 そして、その時間を利用して、この部屋に待ち受けの罠を作って玉兎を引き入れたのだ。

 

 一方で、この部屋で玉兎を待ち受ける仕掛けを準備するあいだ、朱姫はこの王宮を屋根裏から地下牢までのすべてを一日かけて隅々まで探したらしい。

 しかし、どこにも素蛾が監禁されているような場所は見当たらなかったようだ。

 玉兎をここで追い詰める前に素蛾を助け出しておかなければ、偽者公主の玉兎をここで追い詰めたところで、素蛾を人質にされてしまう可能性が大きい。

 朱姫は意気消沈していた。

 

 また、孫空女と宝玄仙については、ひそかにずっと玉兎を観察し続けていた。

 玉兎は、素蛾を自ら調教するようなことを口走っていたし、そうであれば、そのときは、必ず私室を抜けて素蛾が監禁されている場所に向かうと思うので、それを追えば、素蛾が見つかるはずだった。

 だが、それも徒労に終わった。

 

 孫空女と宝玄仙がどんなに見張っていても、素蛾は式典の準備以外のことで私室を出ることがなかったのだ。

 このことから、素蛾は玉兎が終始いる私室の中に隠されていると思われたが、部屋の中に素蛾が隠されている場所はないこともわかっていた。

 

 その結果、宝玄仙が予想したのは、道術的な手段で素蛾を監禁している可能性だ。

 人間を小さくして、ちょっとした「物」の中に閉じ込めるというようなことは可能らしい。

 玉兎はそういう霊具で素蛾を小さくして閉じ込め、さらにそれを持っているかもしれないということだった。

 

 それで沙那は、かまをかけたのだろう。

 素蛾をもう見つけたと言い、玉兎がどんな反応をするか待ったのだ。

 実は、手筈によれば、この後でわざと玉兎は逃がすことになっていた。

 ただし、朱姫の『影手』をひとつだけ残してである。

 玉兎が素蛾を別の場所に監禁しているのであれば、玉兎はそれを確認するために、その監禁場所に向かうと考えていたのだ。

 

 しかし、玉兎がとっさに見たのは天井だった。

 そこには、下袍の腰紐に括り付けられた布の包みがある。

 あれに間違いない。

 孫空女は飛びあがった。

 

「渡すかよ──」

 

 玉兎が叫んだ。

 飛びあがった孫空女に向かって、たくさんの道術の刃が飛んできたのがわかった。

 空中にいた孫空女には刃を避けようがない。

 孫空女は身体が切り刻まれるのを覚悟した──。

 

「まだ、そんな霊気を隠していたのかい──?」

 

 宝玄仙が叫ぶとともに、宝玄仙の道術で孫空女の横に道術の壁が出現した。

 玉兎が飛ばした道術の刃がそれに阻まれる。

 孫空女は下袍を天井に突き刺している『如意棒』を掴んで回収とするとともに、布の袋をもぎ取った。

 

「それを返せ──」

 

 玉兎の身体にまた霊気が漲ったのがわかった。

 

「これでもくらいな──」

 

 しかし、大きな霊気の波動が宝玄仙から玉兎に放たれた。

 玉兎が悲鳴をあげた。

 さっきまで存在した霊気がすべて消滅している。

 宝玄仙が玉兎から霊気を奪ったのだと思う。

 玉兎がぐったりと両膝を床に着けた。

 

「くっ……、れ、霊気が……」

 

 玉兎は脱力したようになっている。

 

「どうやら霊気がなくなると、身体を支える筋力も低下するらしいね……。もう、観念しな」

 

 宝玄仙が言った。

 孫空女は宝玄仙にさっきの布の袋を渡した。

 袋から拳ほどの大きさの玉球が取り出された。

 

「ここだね……」

 

 宝玄仙がその玉の表面を覗きながら目を見開いた。

 

「朱姫、ここに素蛾が閉じ込められているよ──」

 

 宝玄仙が朱姫に言った。

 

「わかりました。さあ、じゃあ、素蛾を返してもらいますよ、玉兎──。でも、あんたの霊気はたったいま、ご主人様が消失させてしまったんで、あの玉球を操作する道術をあたしに譲渡してください。あたしも『操り術』が遣えますので、心の中で術をあたしに譲渡すると思い浮かべてもらうだけでいいです。それで、あの霊具を操作するための術があたしに移動します」

 

 朱姫が玉兎に言った。

 

「へっ、言うことをきくと思うのかい──? 素蛾は人質だよ。あたしを解放しな。さもないと素蛾は一生、あの玉球の中だよ……」

 

 両脚を床に着け、手を頭の後ろで組まされている玉兎が不敵な笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、道術契約をしましょうか……。素蛾を返してくれたら、あたしはあなたに危害を加えません。その代りに玉球を操作する術を譲渡してください」

 

「そんな手にはかからないよ。お前が危害を加えないと誓っても、その宝玄仙がいるし、その後ろには木偶の棒のような衛兵どももいるじゃないかい──。素蛾はあたしが安全な場所に到着したら返すよ。そういう道術契約なら結んでやるよ」

 

 玉兎が吐き捨てるように言った。

 

「調子に乗るな──。交渉できる立場だと思っているのか、玉兎──? 素蛾を返せ──」

 

 朱姫が急に声を荒げて怒鳴った。

 長い付き合いだが、朱姫があまり怒ったのを見たことはない。

 ましてや、いまのように、乱暴な口調で怒鳴るのには初めて接したかもしれない。

 孫空女は少し驚いた。

 

「うわっ」

 

 玉兎の身体が急に起きあがって、背中から壁に向かって宙を飛んだ。

 ふと見ると、朱姫の『影手』が、玉兎の身体を押すようなかたちで玉兎の裸身を浮びあがらせている。

 

「うがああっ」

 

 玉兎の身体が壁に叩きつけられる。その玉兎は両手と両脚を拡げて、朱姫の『影手』によって床に磔にされた。

 

「はい……。じゃあ、脚をあげて、“おしっこ、しいしい”の格好になりましょうね、玉兎──。全員によく見えるように大きくお股を拡げてくださいね」

 

 朱姫がさっきの憤怒の表情から一転して満面の笑みを浮かべた。

 すると、壁に張り付いていた玉兎の両脚が浮かびあがった。

 背中を壁に密着した状態で宙に浮かんだ玉兎の脚が、膝で曲がって徐々に股を開いていく。

 どうやら、朱姫の『影手』が操っているようだ。

 

「な、なに? なに? や、やめて──。いやあああっ──」

 

 玉兎が絶叫して羞恥に身悶えした。

 朱姫は玉兎をこちら向きに幼女が母親に脚を抱えられて尿をするような格好にしたのだ。

 大勢の近衛兵が見守る前で羞恥の源を曝け出さされた玉兎は、懸命に身体をもがかせて悲鳴をあげ続けている。

 

「さあ、何回目の絶頂であたしの『縛心術』を受け入れてしまうでしょうね、玉兎? 身体が快感で達すれば、心が無防備になります。その隙に付け入って、あたしは『縛心術』をあなたにかけてしまいます──。覚悟はいいですか? まあ、五回も達すれば、心が屈伏するかな」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 

「いや、そうは言っても、そこらの亜人よりは余程強力な霊気の持ち主なんだ。十回くらいまではもつんじゃないかい?」

 

 宝玄仙も笑った。

 玉兎の股間と乳房に合わせて十個ほどの黒い手の影が出現した。

 それが一斉に玉兎の身体をまさぐりだす。

 

「ひいいいっ、ああっ──」

 

 玉兎がすぐに全身を真っ赤にするとともに、影手で押さえつけられている身体をくねらせ始めた。

 なにしろ、朱姫の『影手』に愛撫されているということは、たくさんの性技巧者から同時に責められているということだ。

 玉兎の身体を責めている『影手』が十本だから、つまり、五人の人間に身体を同時に責められているのと同じことなのだ。

 これには、さすがに玉兎もすぐに追い詰められしかないだろう。

 

 案の定、大きく股ぐらを開いている玉兎は、あっという間に我を忘れたような仕草で激しくよがり始めた。

 

「ほら、お前たちも近くで見物しな。こんな風に正面から女が絶頂する瞬間なんて、見物することはないだろう。近くに寄って後学のために見ておきな」

 

 少し離れた場所から、茫然とこっちの様子を見守っていた近衛兵たちに、宝玄仙が声をかけた。

 最初は顔を見合わせた兵たちだったが、すぐに玉兎が悶えている壁に近づいてきて、玉兎の裸身を囲み包んだ。

 驚いたことに、好色そうな表情になった国王まで寄ってくる。

 

 男たちの視線が目の前にやってきたことで、さらに玉兎の顔が屈辱で歪んだ。

 しばらく必死になって玉兎は朱姫の『影手』の愛撫に耐えていたようだったが、それが時間の問題であることは明らかだった。

 

「んぐうううっ──」

 

 脚を開いていう玉兎の上半身が反り返った。

 左右に開いている玉兎の腿の筋肉がぶるぶると大きく痙攣して、絶息するような呻きとともに、ぴゅっと淫液の塊が股間から飛んだ。

 

「ああっ、ああっっ──」

 

 そして、全身がぶるぶると震えて、玉兎はがっくりと首を垂れた。

 

「一回目ですね……」

 

 朱姫が笑った。

 

 それから、玉兎は二回目、三回目と次々に万座の前で昇りつめていった。

 

 四回目くらいのときに、朱姫が宝玄仙に、もうかかったと耳打ちするのが聞こえた。

 

 だが、ふたりはひそひそと話して、さらに玉兎への責めを継続した。

 

 玉兎はさらに朱姫にいたぶられ続け、五回目で潮を吹き、七回目は完全な失禁をした。

 五回目以降は、ほとんど間隙なく玉兎は達し続けた。

 

 結局、玉兎が九回目の絶頂をしたときに、やっと朱姫は壁に背をつけて股ぐらをこちらに開いた格好から玉兎を解放した。

 脚をおろして、改めて壁に磔にされた玉兎に、もう一度朱姫は道術の譲渡を強要した。

 全身を汗まみれにして、おびただしい淫液で股間を汚した玉兎は、もう朱姫には逆らわなかった。

 

「ゆ、譲る……。も、もう許して……」

 

 首を完全に垂れた玉兎が小さく呻いた。

 玉兎から朱姫に大きな霊気が流れるのがわかった。

 

「ほらよ、朱姫」

 

 宝玄仙が朱姫に玉兎から取りあげた玉球を渡した。

 朱姫が玉を床に置いて、念を込めたのがわかった。

 玉が眩い白光に包まれた。

 そして、その光が消えたときには、横たわった素蛾がその場に現れていた。

 

 その素蛾が眼を開いた。

 まだ、状況が理解できないだろう。

 素蛾は、呆然として周りを見回している。

 

「……素蛾、大丈夫──?」

 

 朱姫が素蛾の身体を掴んで大きな声をあげた。

 

「しゅ、朱姫姉さん──」

 

 素蛾ががばりと起きあがって歓喜の声をあげた。

 朱姫と素蛾がしっかりと抱き合った。

 

「素蛾──。今度こそ、素蛾なのだな? 無事か?」

 

 そのとき、国王が声をかけた。

 

「へ、陛下」

 

 素蛾が朱姫に抱きついたまま、首だけを国王に向けた。

 

「そ、素蛾です……。長く不在にしました……。ご心配をおかけしました……」

 

 名残惜しそうに朱姫から手を離した素蛾が、裸身のまま床に膝をついて深く礼をした。

 

「だ、誰かすぐに素蛾になにか掛けるものを持って来い。素蛾の身体を隠せ──」

 

 国王が叫んだ。

 さらに悲鳴のような声がして、部屋に誰かが入ってくるのがわかった。

 王后だった。数名の侍女もいる。

 侍女が抱えていた布が素蛾の身体に肩から掛けられて、素蛾の裸身が隠された。

 

「無事なのね、素蛾? そなたは無事なのね?」

 

 素蛾の前に立った王后は、素蛾に対して叱るような声をあげた。

 

「無事です……。ここにおられる宝玄仙様や朱姫ねえ……。いえ、朱姫様にお世話になりました」

 

 素蛾が言った。

 

「とにかく、立ちなさい……。すぐに医師を呼んで、身体を看てもらいます」

 

「身体に異常はありません、王后殿下」

 

「口ごたえしないのです、素蛾──。行きますよ。立ちなさい」

 

「はい」

 

 素蛾が立ちあがった。

 久しぶりの母娘の対面のはずなのに、なんとなくふたりは余所余所しかった。

 王族とはこんなものだろうかと孫空女は思った。

 

 王后は素蛾を部屋の外に促した。

 しかし、王后が外に連れ出そうとした手を退けて、素蛾が玉兎に振り返った。

 玉兎は、朱姫の道術による拘束を解かれ、近衛兵に改めて捕えられようとしているところだった。

 近衛兵が準備していた道術を封じる手枷や足枷が手首と足首に掛けられている。

 

「あ、あのう……。この玉兎様はどうなるのでしょうか……?」

 

 素蛾がぽつりと言った。

 

「心配するな、素蛾──。お前をさらって酷い目に遭わせた亜人は残酷に処刑する。なにしろ、公主を誘拐した極悪人だからな──。およそ、生まれてきたことを後悔するような目に遭わせながら処刑してやるわ」

 

 国王が憎々しげに言った。

 

「そ、それはなりません、陛下──。この玉兎様は可哀想な方なのです──」

 

 すると、素蛾が大きな声で叫んだ。

 

「はっ、なにを言うか、素蛾──? こいつはお前を酷い目に遭わせた悪い亜人なのだぞ」

 

 国王が眉をひそめた。

 

「陛下、でも、玉兎様はかつて、陛下に因縁のあるお方のこと……。ここでは申せませんが、玉兎様がわたくしたちに恨みを持って当然と思うことがあるようなのです──。どうか、玉兎様を許してあげてはいただけませんか?」

 

「なんだと──?」

 

 国王が険しい顔になった。

 

「……お、お前、あたしを許してやってくれと言ったのかい……? あんなに酷い目に遭わせたあたしを……? こりゃあ、驚いたね……。なんてお姫様だい──? お人よしにもほどがあるんじゃないかい?」

 

 両手と両脚に枷を嵌められ、素裸のまま連行されようとしていた玉兎が、目を見開いて素蛾を見た。

 そして、突然笑い出した。

 

「ねえ、陛下、素蛾は別になんともありません──。それに愉しかったし、素敵な経験もできました。玉兎様に閉じ込められているときは苦しかったですが、朱姫姉さんやご主人様と一緒に旅をしたときは本当に幸せでした──。だから、玉兎様は許してあげてください。この方は可哀想な方なんです」

 

 素蛾は、玉兎には応じずに、国王にさらに言った。

 どうやら素蛾は真剣のようだ。

 

 素蛾は玉兎についてなにかを知っているのだろう。

 心根の優しい公主なので、それで玉兎を許したいと考えているのかもしれない。

 もしかしたら、素蛾が主張している“可哀想”なことというのは、沙那が王宮の書物庫で調べてきた「あの事」だろうか……?

 孫空女は思った。

 

 王宮に入ることができたあと、四人でやったのは、この部屋に玉兎の待ち受けの罠を作ることと、素蛾を探すことだ。

 だが、もうひとつ沙那が取り組んだことがある。

 玉兎について調べることだ。

 

 黒龍廟(こくりゅうびょう)で素蛾を玉兎がさらったとき、玉兎は名を名乗るとともに、国王に恨みがあるというようなことを仄めかした。

 それで、沙那が王宮の書物庫に入って、ひと晩かかって、いろいろと調べてきたのだ。

 

 沙那は、国王に恨みといえば、この国が二十年くらい前に行った亜人領の征服に繋がることではないかとあて推量していたようだ。

 それで調べて見ると、ある亜人部落を征服したときの捕虜の記録に“玉兎”という名があったらしい。

 年齢は十二歳。

 母親らしき雌妖の名と並んでいた。

 捕虜の記録には、備考欄に“妾扱い”とあり、それが二重線で消されて“性奴隷”と印が押されていたようだ。

 書物庫で探すことができたのはそれだけだったらしい。

 

 沙那は、宝玄仙と一緒に国王に面談を求め、直接、この記録について訊ねたようだ。

 しかし、国王は覚えていないと答えたとのことだ。

 だが、その否定の仕方は不自然であり、なんとなく白を切ってるような気配があったらしい

 それで当時のことを知っている道術長にも訊ねたのだ。

 

 いずれにしても、道術長には玉兎の操り術がかかっていたので、これを解く必要があった。

 朱姫が玉兎の道術の解除を道術長に施したのだが、そのついでに、『縛心術』で訊問したのだ。

 道術長は覚えていた。

 

 兎族(とぞく)という種族の亜人村を襲撃したことの話らしく、確かに二十年くらい前のことのようだ。

 その族長の娘が玉兎という名だったようだ。

 いまの国王は亜人村を占拠したあと、族長の妻とその娘の美貌が気に入り、その場で強姦したようだ。

 お互いの目の前で……。

 

 そして、妾として国都に連れて行った。

 側室ではなく、“妾”としたのは、亜人であるふたりを正式の側女にはできなかったからのようだ。

 だが、気紛れな国王は半年で飽きて、その亜人の母娘を性奴隷扱いで奴隷商に売り払ったのだ。

 ふたりは、それでばらばらに引き離された。

 そのときの母親から離された娘の血の出るほどの号泣を道術長はしっかりと覚えていた。

 

 その娘が玉兎だ。

 

 しかし、母親が売られた先の飼い主が酷い男であり、王から払い下げになった亜人の女を責め殺したらしい。

 道術長は、あまりにも後味の悪い話だったので、しっかりと記憶していたようだ。

 

 沙那はその玉兎こそが、素蛾をさらった玉兎なのではないかと予想している。

 玉兎のことをずっと憎むような様子だった朱姫と宝玄仙も、沙那からその話を聞いたときにはかなり複雑な表情をした。

 

 いずれにしても、素蛾が玉兎を助けたいと言ったことには、孫空女も呆気にとられた。

 玉兎はこの四日間、素蛾を手酷い拷問に遭わせたはずだ。

 黒龍廟で孫空女たちから素蛾を奪ったときにそう宣言していたし、たったいまも玉兎自身がそう言った。

 それでも、玉兎を許す気になれるのだ。

 玉兎の言い草ではないが、確かに、素蛾はどこまでお人よしにできているのだろう。

 

「なにを言うか、素蛾──。お前の出る幕ではないわ──。近衛兵、いいから、この公主誘拐犯を連れていけ」

 

 国王が声をあげた。

 

「待ちな──。この雌妖はわたしが捕えたんだ──。ちょっとだけ話をさせておくれよ、国王──」

 

 そのとき、素蛾を連れ出そうとしていた近衛兵を宝玄仙がとめた。

 そして、玉兎をじっと見た。

 

「素蛾はなんとか無事のようだね……。素蛾に万が一のことがあれば、お前なんか八つ裂きにしてやろうと思ったよ……。素蛾は大切な仲間だからね」

 

 宝玄仙が玉兎を睨んだまま言った。

 

「頑固なお姫様だったよ……。拷問をして、あたしの奴隷になると言わせようとしたんだけどね……。自分は朱姫の性奴隷であると一点張りだったよ──。まあ、ほんっとに頑固だったね──」

 

 玉兎が馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 宝玄仙がさらに玉兎に近づいた。

 ふたりは、ほとんど密着するような近さになった。

 

「わたしとも道術契約を結びな……。わたしからの条件も朱姫と同じだよ。ただし、二度とわたしらにも素蛾にも手を出すな。お前はそれを誓うんだ」

 

 宝玄仙がささやいた。

 玉兎の顔が驚きで包まれるのがわかった。しかし、すぐに小さくうなづいた。

 

「……誓うよ」

 

 孫空女の耳には捉えたが、玉兎の目の前にいた宝玄仙以外の者には聞こえなかっただろう。

 次の瞬間、宝玄仙が玉兎に霊気を戻した。

 大量の霊気がものすごい勢いで玉兎に流れ出したのだ。

 

「あとは勝手にしな……。こんな玩具のような道術封じの枷なんて、お前だったらどうということはないだろう?」

 

 宝玄仙が小さな声で玉兎にささやいた。

 玉兎は近衛兵に連行されて部屋を出て行った。

 

「素蛾、いまのはどういう意味なのです──?」

 

 玉兎が部屋から連れ出されると、不審顔の王后が素蛾に訊ねた。

 

「どういう意味とは、どういう意味でしょうか、王后殿下?」

 

 素蛾が首をかしげた。

 

「あの亜人がお前のことを性奴隷とかなんとか言いましたが、まさか、身体になにかをされていませんよね……?」

 

 王后の声は、ほとんど聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、素蛾には十分に聞こえたようだ。

 

 素蛾はにっこりと微笑んだ。

 

「もちろん、なにもされておりません、王后殿下──。ただ、性奴隷としての修行はさせていただきました。変わったことといえば、破瓜は最初の奴隷商でしましたのでもう処女ではありません──。そして、ここにおられる宝玄仙様や朱姫姉さんの調教を受けたのです。その結果、胸も女陰もお尻もしっかりと感じる場所になりました。とても調教は気持ちがいいです。それから、面白いおしっこの仕方も教えてもらいました。立って前にするのについては、かなり飛ぶようになりました。あと、片脚あげとか、噴水とか、ほかの技についても、少しだけできます。今度お見せしますね──。ともかく、わたくしについて変わったといえばそれくらいであり、特になにかをされたというほどのことはありません」

 

 素蛾があっけらかんと大きな声で言った。

 王后と国王の顔色が変わった。

 さらに、まだ、残っていた近衛兵たちが騒然となる。

 

 そのとき、さっき玉兎を連れて行った近衛兵の長が部屋に飛び込んできた。

 

「へ、陛下、さっきの雌妖が逃亡しました──。道術封じの枷を壊されて──。姿が消滅してしまいました──」

 

 血相変えた近衛兵の報告に、さらに部屋が大騒ぎになった。



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672 本物公主との別れ

 死刑となることも覚悟はしていたが、結局は国外追放処分ということになった。

 

 なにせ、一国の公主を性調教したことがばれたのだ。

 王族に危害を加えようとしていた亜人を追い出した功績を足し引きしても、罪側に余りがある。

 玉兎(ぎょくと)との対決があったのが昨日であり、その翌日には、さっさと出ていけと言わんばかりの処置だが、国外追放で終わってくれれば、寛大な処分に感謝しなければならないだろう。

 

 まあ、いずれにしても、この王宮の道術力では、宝玄仙や朱姫を封じることはできない。

 処刑ということになっても、逃亡することは難しくはなかったろう。

 旅立ちの準備は済んでいた。

 沙那は、宝玄仙と孫空女とともに、王宮の中庭の長椅子に座って待っていた。

 すると、朱姫が戻ってきた。

 

「お待たせしました、皆さん──。素蛾(そが)との別れは済ませました。もう大丈夫です……」

 

 朱姫が頭をさげた。

 

「案外早かったね……。もっと長引くかと思っていたよ。こんな道術長たちなんて気にせずに、思う存分に別れをすればよかったのさ……。こいつらなんて待たせておけばいいんだよ」

 

 宝玄仙が周囲を取り巻いている道術長とその四人の部下を眺めながら言った。

 この五人が天神国の道術五人衆ということになっていて、国で最高の道術遣いの五人らしい。

 しかしながら、宝玄仙に言わせれば、道術長が辛うじて中流程度の道術遣いくらいで、あとは低級の上くらいの実力らしい。

 だから、彼らの作った『道術封じ』の枷など、あっという間に玉兎に破られた。

 

 昨日、王宮を逃げていった玉兎がどうなったかは、もう沙那たちにはわからない。

 いまは王宮中が大きな騒動の真っ最中という感じだ。

 逃亡を図った玉兎を追跡する捜索隊が組織されたし、一箇月の不審者の侵入を許していた王宮の警備態勢も一新されるようだ。

 ただ、それについては、道術長たちは関わらず、近衛軍が一手に引き受けるらしい。

 道術を駆使する相手を道術なしにどうやって対抗するのか見当もつかないが、その辺りは王宮内の主導権争いがあったようだ。

 

 まあ、沙那の知ったことではないが……。

 いずれにしても、玉兎に操られていたことがわかった道術長たちは、玉兎追跡のことからは外されて、沙那たちを国外追放するというどうでもいい任務に回されたようだ。

 

「いいえ、十分に別れをすることはできましたから、ご主人様……」

 

 朱姫が言った。

 

「素蛾はどうしている?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「部屋で閉じこもっています……。侍女たちにもしばらくは部屋に入ってこないでくれと告げていました。きっと泣いている顔をあまり見せたくはないのだと思います」

 

「そう」

 

 沙那はうなずいた。

 感情的な朱姫のことだから、素蛾との別れに際しては、喚き散らしたり、泣き叫ぶかと思ったが、案外冷静のようだ。沙那はほっとした。

 考えてみれば、朱姫は今までの人生で、沙那とは比べものにならないくらいに、別れの経験をしているのだ。

 心は強い。

 道術長が咳払いした。

 

「では、いまから、私以下の五人で『移動術』により、この国の西の国境まで一気にお送りします。それで終わりです。二度とは、この国にお入りにならないことをお約束ください。もしも、戻った場合は、その際は重犯罪者として処断することになります──。私個人としては、皆様にお世話になりましたし、このようなかたちで追放しなければならないことを心苦しく思います」

 

 道術長が頭をさげながら言った。

 いよいよ、天神国の王宮を出立するのだ。

 慌ただしい出立となった。

 

 それにしても、玉兎から素蛾を取り戻して、素蛾を解放できたのはいいが、あの場で素蛾が、自分自身の性奴隷としての調教の成果を堂々と述べるとは思わなかった。

 素蛾に口止めをするのを忘れていたのは落ち度だったが、いきなり玉兎にさらわれてしまったのでその余裕はなかったし、なによりも、あんなに屈託なく性調教のことを暴露するとは思わなかった。

 さすがは、世間知らずのお姫様だ。

 沙那とは「常識」が異なる。

 

 おかげで沙那たちは、素蛾を救出した功労者の扱いから、素蛾に卑猥なことをした人非人(ひとでなし)に一気に格下げになった。

 国王と王后の怒りは凄まじく、宝玄仙たちはすぐに、近衛兵が監視する王宮内の一室に軟禁状態にされた。

 軟禁といっても、近衛兵が出入り口を監視するほかは、宝玄仙自身が準備した『移動術防止』の霊具による監禁だし、宝玄仙や朱姫の道術を封じることのできる道術遣いも、それをすることのできる霊具も、この王宮には存在しない。

 

 その場で逃亡することも可能だった。

 だが、朱姫が断固として嫌がった。

 王宮から逃げるにしても、素蛾と別れをしないままで去るなど、絶対にできないと言い張ったのだ。

 朱姫が本当に素蛾を可愛がっていたのは沙那も知っている。

 

 もっとも、朱姫の愛情の示し方は怖ろしく独特なので、他人から見れば、虐げているとしか思えないのだが、少なくとも朱姫は素蛾を気に入っていたし、素蛾もまた、朱姫を慕っていた。

 あのふたりは、決して他者からは理解できない愛情で結び合っていて、朱姫が素蛾とこのまま別れるのはできないと言い張るの気持ちはすごく理解できた。

 

 宝玄仙はそのまま天に任せると決めた。

 そして、ひと晩が経ち、朝になったところで、この道術長が突然に軟禁されていた部屋にやってきて、国外追放処分を申し渡されたのだ。

 条件は、道術長と宝玄仙が道術契約を結ぶことだった。

 その内容は、今回のことを絶対に他人に口外しないということを誓うというものだ。

 宝玄仙はあっさりと承諾した。

 

 礼金だという砂金の包みと、高価な宝石の包みを渡された。これは口止め料の意味もあるだろう。

 それだけだ──。

 

 そして、道術長がすぐに王宮から西の国境まで『移動術』で転送するので、支度をしろと言った。

 しかし、朱姫が怒った。

 素蛾と別れをさせなければ、絶対に王宮から出て行かないと道術長に食ってかかったのだ。

 宝玄仙も同調した。

 

 追い払いたければ出ていくが、それは素蛾と別れをさせることが条件だと言い張った。

 道術長は困惑した表情で、いったん引き下がった。

 

 そして、(ひる)になったところで、もう一度、道術長がやってきて、素蛾と別れをしていいということになったのだ。

 それで荷をこの中庭に運び、四人で素蛾の待つ部屋に赴いた。

 素蛾が待っていたのは第三応接室という場所だった。

 素蛾は夕べは夜通し、国王と王妃から詰問をされたらしい。あまり寝ていないと言っていた。

 

 素蛾は悲しそうであり、ずっと泣き続けていた。

 一緒に旅を続けたかったと、何度も同じことを言った。

 そして、三人だけで先に部屋を出て、朱姫と素蛾をふたりきりにしてきた。

 渋る道術長を宝玄仙と孫空女が脅し、こうして朱姫が素蛾と別れを済ますのを待っていたのだ。

 

「じゃあ、よろしいですか、皆さん?」

 

 道術長が言った。

 そして、沙那たち四人を道術長たち五人が囲むように配置した。

 宝玄仙や朱姫は、ひとりで『移動術』をいくらでもしてしまうが、この王宮の道術師たちは、五人掛かりでなければできないらしい。

 五人の霊気を集めて道術をかけ、一日かけて霊気を回復してから、翌日に国都に戻るとか言っていた。

 

「そういえば、道術長──。素蛾が言っていたけど、素蛾が今回のことで、遠い南の果てにある城主に預けられるようになるとか言っていいたけど本当かい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「陛下と后殿下がそのようなことを申しておられるのは知っています。しかし、私にはそれ以上のことは……」

 

 道術長が低い声で言った。

 

「まあ、どうでもいいことだけどね……。でも、ここの国王も王后もなんか冷たいよねえ。昨日だって素蛾が解放されて抱きしめることもなかったし、ちょっとばかり性調教を受けていたことがわかったら、素蛾は汚点扱いかい。素蛾が送られる場所というのは、人もほとんど住んでいないような辺境らしいじゃないかい──」

 

「ま、まあ……」

 

「わたしらをこうやって追い出すのは当然だけど、あの心の優しい素蛾まで、同じ目に遭わさなくてもいいんじゃないのかねえ……。しかも、まだ一日も経っていないんだよ。それなにの素蛾についても、お前たちが明日戻ったら、その翌日には僻地に送るんだろう?」

 

「私だけでなく家臣の者は、王族御一家の中で誰よりも素蛾公主様のことを好いております。それは間違いありません。私もそうです。だからこそ、この私が素蛾様を陥れるようなことをさせられたことが口惜しくてなりません……。それ以上のことは、私には申しあげる立場にはありません……」

 

 道術長が言った。

 

「……それもそうだね。わたしも余計なことを言ったよ……。お前に言っても仕方がない。本当は国王に面と向かって言いたいのさ。でも、国王も王后もわたしらに会うつもりはないだろうしね」

 

 宝玄仙が肩をすくめた。

 

「それと、今回のことで、私は王宮の道術長を辞任ということになるでしょう。その場合は、素蛾様が行かれることになっている辺境の城に一緒に向かうつもりです。今度こそ、素蛾様はこの私が一身にかけてお守りします」

 

「そうかい……。なら、頼むよ。短いあいだだったけど、あの娘はわたしたちの大事な仲間だったんだ。ちょっと抜けている……いや、かなり突き抜けているけど、それが愉しくてね……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ご主人様、お願いです……。早く行きましょう」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね……。じゃあ、頼むよ、道術長」

 

 宝玄仙が言った。

 『移動術』特有の身体がねじれるような感覚が襲った。

 風景が一変した。

 どこかの山の峠に立っていた。

 

「この峠を向こう側に下れば鳳仙(ほうせん)国です。では、お元気で……。私どもは、皆さんが国境に戻ってこないように、ここで見張っていることになっていますので、しばらくはここに留まります。さっきも言いましたが、決して天神国にはお戻りになりませんように……」

 

 道術長が言った。

 

「わかったよ。素蛾をよろしく」

 

 宝玄仙が言った。

 

「じゃあ、皆さん、出発しましょう──」

 

 朱姫が大きな声をあげた。

 そして、先頭をすたすたと歩きだした。

 それからしばらく山の北側の麓に向かって山街道を進んだ。これまでずっと西に西にと旅をしてきたが、これからは北に向かって、魔域と呼ばれる亜人族の生息域に行く。

 そこに金角と銀角が待っているはずなのだ。

 もっとも、その前に、大きな帝国の領土を通過することになる。

 東方帝国にいたときには、「西方帝国」と呼んでいた大国だ。

 沙那としては、いよいよ人界の果てにやってきたという感じである。

 

 いつも宝玄仙の横を歩く朱姫は今日は全員の前を歩いていた。

 しかも、随分と速足だ。

 

 沙那が声をかけると、素蛾との思い出がある天神国からは、早く離れたいのだと言った。

 沙那はそれ以上なにも言わなかった。

 

 朱姫は、一生懸命に速足で歩くことで素蛾との別れの哀しみを癒そうとしているに違いないと思ったからだ。

 しかし、やっと山を下り終わって、鳳仙国の東側の最初の宿町に辿り着いたとき、朱姫の態度がやっぱり不自然なことに沙那は気がついた。

 

 少し早いが、今夜はここで宿を取ろうと宝玄仙が言ったとき、朱姫が断固として反対したのだ。

 しかも、呼びとめても宿町の途中で歩きをやめようとしない。

 気がつくと、宿町を通り過ぎていた。

 

「なんで嫌なのさ、朱姫──? いいから、とまりなよ」

 

 孫空女が朱姫の肩に手をかけて強引にとまらせた。

 

「だ、だって、まだ先に進めるじゃないですか? 陽は高いですよ。もう少し、歩きましょうよ──。あっ、そうだ。東か西に行きませんか? 街道から外れましょうよ──。温泉──。街道を外れれば、もしかしたら、温泉があるかもしれません。あたし、温泉に入って哀しみを癒したいです」

 

 朱姫が早口でまくしたてた。

 

「なに言ってんのよ、朱姫──。闇雲に歩いて温泉なんて見つかるわけないでしょう」

 

 沙那は呆れて言った。

 

「だったら、もっと西に向かいましょう。途中で陽が落ちたら、さらに道を外れて野宿するんです──。そうすれば、見つかりっこないですし……」

 

 朱姫が言った。

 なにかおかしい……。

 沙那はじっと朱姫を見た。

 

 宝玄仙と孫空女も、さすがに朱姫の不自然さに気がついたようだ。三人で朱姫を囲むような態勢になった。

 道のど真ん中だが国境沿いだし人影はない。

 朱姫が三人に見つめられて、さっと視線を避けた。

 顔におかしな汗をかいている。

 随分と速足だったから、いつもよりは汗をかいているかもしれないが、それにしても異常な量の汗だ……。

 

「朱姫、あんたなにか隠しているわね……?」

 

 沙那は言った。

 随分と落ち着きがないが、この小娘は、王宮でなにかをやらかしてきたのではないだろうか?

 なにをやったのだろう……?

 

「な、なにを隠しているというんですか、沙那姉さん──?」

 

 朱姫が愛想笑いのような笑みを浮かべた。

 その瞬間、沙那は確信した。

 やっぱり、朱姫は、王宮でなにか悪戯でもやってきたのだと思った。

 

「確かに、なにか隠しているようだね……。朱姫。言いな──」

 

 宝玄仙も同じことを思ったようだ。朱姫に強い口調で言った。

 詰問調の宝玄仙の言葉に、朱姫の顔が硬直した。

 

「は、はい、ご主人様……。で、でも、言うにしたって、もう少し進んでからでいいですか……。取り返しがつかないくらいの場所になってから……」

 

 朱姫がぶつぶつと言った。

 

「取り返しのつかない場所……?」

 

 沙那は朱姫が発した言葉を聞き逃さなかった。

 朱姫にさらに詰め寄ったが、朱姫はなんだかんだと、言葉を濁して逃れようとする。

 だが、そのとき、沙那はなんとなく頭が浮かんだことがあった。

 朱姫が王宮に仕掛けそうな悪戯を考えていて、ふと、あることに思い当ったのだ……。

 

 しかし、もしも、沙那のその勘が当たっていたとしたら、それは大変なことだった。

 国外追放どころの話ではない。

 おそらく、天神国だけではなく、この周域のすべての軍から逃げ回らなければならないような事態に陥る。

 いくらなんでも考えなしに朱姫は、そんなことはやらないとは思うが、これまでの経験では、朱姫や宝玄仙のやることに対する沙那の勘は、いつも悪い方でよく当たる。

 

「朱姫──。あんた、玉兎から取りあげたあのおかしな玉球を預かったままよねえ……。まさかとは思うけど、あれを使ったりはしていないわね?」

 

 沙那は念のために訊ねた。

 とてつもなく嫌な予感がするのだ。

 

 まさかとは思う……。

 いくらなんでも、犬猫じゃあるまいし……。

 

 だが、あの素蛾だったら……。

 朱姫以上に、普通じゃない娘だ……。

 すべての常識を突き抜けているあの娘だし……。

 

 すると、朱姫の顔面がさっと強張った。

 沙那は自分の勘が当たってしまったことがわかった。

 

「お前という娘は──」

 

 沙那は天を仰いだ。

 

「朱姫、玉球をお見せ──」

 

 宝玄仙も怒鳴った。

 沙那と同じことを考えたのだろう。

 

「ど、どうしたの、ふたりとも?」

 

 ただひとり、孫空女だけが呆気にとられている。

 

「で、でも……」

 

「見せるんだよ──」

 

 宝玄仙がさらに大声をあげた。

 朱姫がおそるおそると言った感じで、下袍をまくって脚を出した。

 驚いたことに、朱姫は下袍の内側に玉球を入れた布の袋を隠していたのだ。

 

「はい……」

 

 朱姫が両手で玉球を持って宝玄仙に差し出した。

 宝玄仙が玉球の表面を見透かした。

 そして、大きくため息をついた。

 

「お、お前というやつは……。とにかく、素蛾を出すんだ──」

 

 宝玄仙が呆れかえった表情で、玉球を地面に置いた。

 沙那も自分の嫌な予感が、完全に当たったことがわかった。

 朱姫は、玉兎から玉球を扱う道術を譲渡されていて、この玉球に人を隠すという道術を遣えるようになっていたのだ。

 それを遣ったのだ──。

 

 宝玄仙に促された朱姫が道術を発した。

 すると、白い光が発生して、眼の前に一枚の外套を身に着けた素蛾が出現した。

 

「そ、素蛾──。なんで、ここに──?」

 

 孫空女だけが驚愕している。

 

「お、お前、なんてことしたのよ──。どうするつもりよ、朱姫──? 素蛾をさらってきたのね──? 天神国だけじゃなくて、周辺国のすべてから手配されるわよ。なにしろ、一国の王女を誘拐したことになるのよ──」

 

 沙那は朱姫を叱り飛ばした。

 

「だ、だって、素蛾はせっかく戻ってきたのに、あの国の辺境に捨てられるように送られるんですよ。そんなの酷いじゃないですか──。だったら、あたしたちと一緒に旅をしたっていいじゃないですか──」

 

 朱姫は素蛾を庇うように背中に隠しながら声をあげた。

 

「そ、それにしたって、一国の王女を誘拐するだなんて……。まさか、素蛾を騙して連れて来たんじゃないでしょうねえ──」

 

「騙しただなんて……。素蛾とはちゃんと話し合いました、沙那姉さん──」

 

「だったら、なんで、わたしたちとは、事前に話し合わないのよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「さ、沙那様──、怒らないでください──。わ、わたくしが朱姫姉さんにお願いしたんです──。わ、わたくし、皆さんと一緒に行きたいんです──」

 

 素蛾が朱姫の前に出てきた。

 そして、両手で外套の前をがばりと拡げた。

 

「うわっ」

 

 沙那はびっくりして声をあげてしまった。

 

「ほう……?」

 

「へえ……」

 

 沙那に続いて、宝玄仙と孫空女も声をあげた。

 素蛾は外套の下になにも身に着けていなかったのだ。

 まったくの素裸だ。

 その代りに股縄をしている。

 ただ、少し緩い気もするが……。

 

「や、約束だったはずです、ご主人様──。わたくしを一人前の性奴隷にしてくれるはずです──。でも、わたくし、まだ全然一人前じゃありません。お尻だって、まだまだ調教しなければならないって言っていましたよね……。鶏のように卵を産むという芸を今度教えてくださる約束でした……。なんでもします……。玉兎様のときは、鞭打ちにだって耐えたんです。もっとひどいことだって……。立派な皆様の性奴隷になれると思います。愛撫を我慢するのはまだできませんけど、いつか覚えます……。それから……それから……」

 

 そして、感極まったように素蛾が泣き出した。

 沙那は唖然とした。

 

「……お願いです。わたくしを置いていかないでください──。一緒に行きたいです──。もう、王宮にいられなくなったし……。それに、北の城に向かえば、知らない場所に一生閉じ込められるような生活をすることになるんです。お願いです──。やっぱり、わたくしは皆さんと一緒がいいんです──。とにかく、別れたくないんです──」

 

 素蛾がわんわん泣き出した。

 全身の力が抜ける気がした。

 

 まったく……。

 

「あんたたちは──」

 

 沙那はさらに叱ろうと思ったが、泣いて同行を訴える素蛾と、その横でうなだれている朱姫を見ると、言葉が出てこなかった。

 宝玄仙も呆れたような表情だったが、素蛾の裸身に視線をやって、ふっと頬を綻ばせた。

 

「その下手糞な股縄は自分でやったのかい、素蛾……?」

 

 宝玄仙は素蛾の股間の股縄を指さしている。

 

「は、はい……。わたくしがこの格好になって頼んだら、朱姫姉さんが承知してくれたんです。だから、朱姫姉さんは悪くないんです──。朱姫姉さんにわたくしが無理に頼んだのは本当なんです……。で、ですから……」

 

「お前がなんと言おうと、朱姫は罰だね──。そして、もちろん、お前も罰だよ、素蛾──。だいたい、そんな緩い股縄があるかい……。朱姫、お前も素蛾と一緒に股縄だよ──。そして、全裸歩きだ。これから追っ手を避けるために間道に逃げるけど、明日の朝まで服はなしだ。素蛾もだよ──。その外套は脱ぎな。そして、おいで──。股縄はわたしが締め直してやる──。それから、沙那、朱姫の股縄はお前がしてやりな──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 朱姫と素蛾の顔がぱっと破顔した。

 沙那も苦笑してしまった。

 

 仕方がない……。

 まあ、今ごろ王宮でも、素蛾がいないことはわかっているだろうが、『移動術』が遣える道術長たちはこっちだ。

 天神国の追撃隊がやってくるのは、明日王宮に戻る道術長たちが、再び『移動術』が遣えるようになる明後日以降になるに違いない。

 それまでに旅の痕跡をなくしてしまえば、まず、追手に捕まることはない。

 

 それを逃れても、天神国王が周辺友好国や西方帝国に素蛾の保護を依頼するかもしれないが、逆に他国に王女の身柄を抑えられることは、まずいと考えるかもしれない。

 天神国王が他国に沙那たちや素蛾の捕獲を依頼する可能性は五分五分だ。

 

 ただし、天神国王が依頼をしなくても、素蛾という王女がいなくなっていることが公になれば、天神国に恩を売るか、あるいは人質にでもする目的で各国は素蛾を確保しようとするかもしれない。

 手配書も回るだろうか……?

 

 いずれにしても、天神国からの特殊な手の者のような存在だけは、素蛾を追ってくるだろう。

 まあいい……。

 

 追われて逃亡する旅には慣れている……。

 宝玄仙は最終的には、魔域にある金角の勢力地まで行くのだと言っているし、そこまで逃げれば、どの国の軍も追ってはこないだろう。

 

「孫女、『魔縄』出して──。さあ、朱姫、服を脱ぎなさい──。うんときつい股縄をしてあげるからね──。そうだ。お尻に当たる瘤には痒み剤を塗ってあげるわ。先輩奴隷としの貫禄を見せて、素蛾よりも先に音をあげないようにね──。それにしても、ほんとに、なんで事前に相談しないのよ──」

 

 沙那は朱姫の前に仁王立ちになって言った。

 怒ったような顔をしようと思うのだが、どうしても頬が緩んでしまう。

 

「……ご、ごめんさない、沙那姉さん……。それに皆さんにも……。で、でも、沙那姉さん、お尻の瘤に痒み剤って……それ、酷くないですか……?」

 

 朱姫が服を脱ぎながら言った。

 

「黙りなさい──」

 

 沙那は大きな声をあげた。

 

「ほらよ、沙那──。それにしても、朱姫も素蛾も思い切ったことをやるねえ……。これも駆け落ちということになるのかなあ」

 

 孫空女が気楽そうに笑いながら、沙那に『魔縄』と痒み剤の入った壺を渡した。

 

「一応、王宮の方々に迷惑がかからないように、これは、わたくしの自発的な家出であるという置き手紙を残してきましたけど……」

 

 素蛾が言った

 

「強く生きるということは、多分に我が儘にならなければならないし、それは他人に迷惑をかけるということさ」

 

 宝玄仙がうそぶいた。

 だが、宝玄仙がそれを言うと皮肉のひとつも言いたくなる。

 いつも、宝玄仙や朱姫の我が儘と迷惑で振り回されるのは、沙那や孫空女たちなのだ。

 

「さあ、罰を受けるふたりは並ぶんだ。両手も縛るからね。手を後ろで組みな」

 

 宝玄仙が朱姫と素蛾を促した。

 十六歳の身体の朱姫と、十二歳の身体の素蛾の全裸が並ぶ。

 ふたりがおずおずと両手を背中にまわした。

 

 沙那と宝玄仙は、その裸身にお仕置きの縄掛けを食い込ませる作業を開始した。

 

 

 

 

(第100話『本物と偽物』終わり)






 *

【西遊記:93~95回、偽公主(玉兎(ぎょくと))】
(『654 酔い醒めの後悔』の後書きからの続きです。)

 衛舎国の山寺に匿われている天竺国の公女(王女)のことを託された玄奘たちは、天竺国の国都に到着します。
 そこでは、神意で公主の婿を探すという祭典の真っ最中でした。つまりは、輿に乗ってやって来た公主が鞠を投げて、それを受け取った男を公主の婿にするというのです。

 一方で、天竺国の公主には、玉兎(ぎょくと)という雌妖が化けています。
 玉兎は、高名が玄奘が天竺国にやって来ると耳にして、公主のまま玄奘とまぐ合いをして精を受け、妖魔としての能力を向上させようと企てているのです。
 公主は祭典の中で、偶然を装って、玄奘に向かって鞠を投げて、受け取らせることに成功します。
 玄奘は、公主の婿候補として、天竺国の役人によって王宮に連れていかれます。

 天竺国の国王は、玄奘が唐国の高僧と知り、公主の婿として気に入って、逃げられないように軟禁します。
 困惑する玄奘に、孫悟空が一度承諾してしまえと忠告をします。そうすれば、公主と会うことができるので、本物かどうかを確かめられるというのです。
 玄奘は、孫悟空に従います。

 そして、五日後の婚姻式の当日に、やっと玄奘や孫悟空たちは、「公主」に接することができました。
 孫悟空は、一発で公主が偽者と気がつき、宴席の場で偽公主に襲い掛かります。
 偽公主の玉兎は、公主の装束を脱ぎ捨てて、素っ裸で孫悟空と戦い始めます。
 宮殿の空中の戦いでは決着はつかず、玉兎は南の山に逃亡します。孫悟空はそれを追いかけていきます。

 雌妖の玉兎を棲み処に追い詰めた孫悟空の前に、月神である太陰星君が出現します。
 太陰星君は、雌妖は、もともとは「玉兎」という名の妖精であり、公主に恨みを抱いて、人間界におりてきたのだと説明します。
 孫悟空がさらに訊ねると、公主の前世は「素蛾(そが)」という月の仙女であり、人間界に憧れて公主に転生をしたのだと教えます。また、玉兎が抱く素蛾への恨みは、お互いが月の精霊だったとき、素蛾が玉兎に平手打ちを喰らわせたことがあるというものでした。
 太陰星君は、玉兎は月に連れ帰るので、討伐は待ってくれと、孫悟空に頼みます。
 そして、その言葉のとおり、太陰星君は、玉兎を捕らえると、月に連れ帰ります。

 孫悟空は、天竺国の国王に事情を説明します。
 国王は、自ら衛舎国の布巾寺に公主を迎えにいき、王妃とともに親子の再会を果たします。


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 第101話 奴隷品評会・予選【上官(じょうかん)太守】~鳳仙(ほうせん)
673 快楽我慢勝負


「くはっ……ああっ……」

 

 山間道を横で歩いていた素蛾(そが)ががくりと膝を落とした。

 

「あくうっ」

 

 しかし、ほとんど同時に沙那も声をあげて、その場にうずくまってしまった。

 股間に挿入されている張形付きの貞操帯が、沙那の前後の穴を突然振動で刺激し始めたのだ。

 

「また、引き分けですね、沙那姉さん……。それにしても、もうすぐ人出の多い町の中に入っちゃいますよ。下袴を返して欲しければ、せめて、素蛾に勝たないと、張形付きの貞操帯だけのその格好で町まで歩くことになりますよ」

 

「な、なに言ってんの──。ひいっ」

 

 沙那はかっとなって怒鳴りあげようとした。

 しかし、股間の刺激に邪魔をされて、言葉が出てこない。

 沙那はそのまま身体をのけぞらせた。

 すると、朱姫が悪戯っぽく笑う。

 

「ふふふ……。ほら、頑張ってくださいね……。それどころか、明日からしばらく、ひとりだけ恥ずかしい格好で旅をしなければならないんですからね……。でも、心配いりませんよ。沙那姉さんが負けたら、うんと恥ずかしい恰好を毎日考えてあげますから」

 

 さらに、朱姫はからかいを続けた。

 沙那は歯を喰いしばった。朱姫などどうでもいいが、沙那が暴れると、横で笑っている宝玄仙がなにをするかわからない。

 とりあえず、羞恥と恥辱に耐えた。

 すると、やっと、持っていた張形の操作具で張形の振動が切断された。

 沙那は素蛾とともに、荒い息をしながら後手に手錠をかけられた身体を立ちあがらせた。

 

 鳳仙(ほうせん)国の東側沿いの山間道だった。

 国都を通る主街道とは離れていて、行き交う旅人もまばらである。

 それをいいことに、沙那たちは、宝玄仙に命令によって、女陰と肛門に食い込む張形付きの貞操帯をはかせられ、いつやってくるかわからない振動に平静を装うという競争をやらされていた。

 

 いまは、沙那と素蛾の勝負だ。

 勝負のあいだは、ふたりとも下半身は貞操帯だけの格好にされ、下袴と下袍を脱がされている。

 

「あ、あのう……。わたくしが一番下っ端の奴隷ですから……。だ、だから、町の中を貞操帯だけで歩く罰はわたくしが……」

 

 素蛾がおずおずと言った。

 

「駄目だよ、素蛾──。わざと負けたりしたら承知しないよ。しっかりと、朱姫にお前の心を見張らせているからね。とにかく、四人の中で一番快感に弱い駄目奴隷は、今日からしばらくこの国の街道を羞恥歩きの罰だ──。そう決めたんだ。お前らふたり負け残っているんだから、しっかりとやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「いまのは勝負なしですね……。あたしには、どちらが早かったか、また判定できませんでした……。とにかく、またやり直しにしましょう──。そうですよね、孫姉さん?」

 

 朱姫が明るい口調で孫空女に訊ねた。

 

「ま、まあね……。で、でも、あたしにはもう聞かないでよ。みんな一緒になって遊んでいて、暴漢にでも襲われたら危険だから、あたしは警戒に専念するよ」

 

 孫空女はそう言って、我関せずと言わんばかりに少し距離をとった。

 さっきまで、孫空女もいまの沙那と同じように、背中で手錠をかけられて下袴を脱がされて歩いていたのだ。

 すでに孫空女も朱姫も普通の格好に戻っているが、沙那はそれを恨めしく見た。

 

「とにかく、やり直しだよ──。朱姫、ふたりの貞操帯から痒み剤をまた噴射させな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あっ……」

 

「そんな」

 

 素蛾と沙那は思わず声をあげた。

 すでに何度か股間とお尻の穴に向けた張形の先からの痒み剤の噴射を受けていて、沙那も素蛾も、股間とお尻の激しい掻痒感に苛まれていた。

 いつ始まるかわからない張形の振動に耐えることができないのも、すっかりと貞操帯の内側が痒みに襲われ、怖ろしいほどの焦燥感に苛まれているからだ。

 そして、腰をとめることのできないほど痒い場所で、いつ動かされるのかわからない振動を我慢しろというのだ。

 さすがに、沙那もそんなことをされたら平静を装うことなど不可能だ。

 

 だから、何回かの勝負でも、沙那も素蛾もすぐに反応してしまい、いまだに決着がついていない。

 そのために、まったく人気のない山道で開始した勝負も、なんとなく人里に近い雰囲気になってきた。

 だが、それに耐えなければ、本当に明日から破廉恥な姿で旅をさせられる羽目になるのだ。

 沙那は焦っていた。

 

「も、もう痒み剤は堪忍してくださいよ、ご主人様……。そ、それに、孫女と朱姫はそんなのはなかったじゃないですか」

 

 沙那は無駄とわかっている抗議をした。

 

「一回戦のときは、お前も痒み剤はなかっただだろう? 羞恥奴隷決定戦の決勝戦だからね。決勝進出のふたりに敬意を表して、痒み剤も足してやったのさ──。いずれにしても、もう試合は再開だ。ふたり並んで歩きな。ちんたら歩いていると宿のある町並みに入る前に陽が暮れてしまうじゃないか」

 

 宝玄仙が嘲笑った。

 沙那は歯噛みした。

 

「し、仕方がない……。歩こう、素蛾……」

 

「は、はい、沙那様」

 

 沙那と素蛾は声を掛け合って、また山街道を頼りない姿で歩きだした。

 素蛾の故郷である衛舎(えいしゃ)国から隣国の鳳仙国に入って半月ほどすぎていた。

 沙那たち五人は人の多い国都を通る街道を避けて、東側の山脚沿いの街道を北に向けて進んでいた。

 このまま鳳仙国を北進して、北の国境を越えれば西方帝国だ。

 もっとも、西方帝国というのは、沙那たちの故郷である帝国の物言いであり、この辺りでは単に“帝国”、あるいは、“人間帝国”と称するらしい。

 旅を始めてからそろそろ五年……。

 ここまでやって来たのだという実感がわく。

 

 そして、その西方帝国を縦断してもっと進むと、金角が待っている魔域の勢力地に入るはずだ。

 いまのところ、金角や銀角からの接触はない。

 ただ、金角と宝玄仙は、『主従の誓い』を結んだ「主人」と「部下」の関係だ。

 真言の誓いという道術契約で結ばれた主従の関係が絶対的に強固であることは、沙那は身を持って知っている。

 金角は、いつかやってくるという宝玄仙の約束を信じて、沙那たちの到着を待っているはずだ。

 

 予想をされた素蛾を奪回するための衛舎国の追手はいまのところなかった。

 沙那たちの行方を追うことができないのか、あるいは、あの国王が調教されて「汚された」と感じている素蛾を見捨てる気になったのかは不明だ。

 素蛾が「調教」されたと知ったとき、素蛾を厄介払いするように、北の辺境送りにしようとしていたくらいだから、もう素蛾などどうでもいいと思っているかもしれない。その辺りは確かめようもない。

 

 いずれにしても、鳳仙国でも宝玄仙や素蛾がなんらかの手段で手配されている気配はなく、いまのところ問題のない旅をしていた。

 だからこそ、街道を進みながら、羞恥奴隷決定戦などという呑気なことをやっていられるのだ。

 素蛾もすっかりと、一行に溶け込んで懐き、いまは愉しそうに旅をしている。

 沙那にしてみれば、こんな毎日のように卑猥な手段で苛められ続けるような旅のどこかいいのかわからないが、素蛾は充実しているようだ。

 

 それにしても、いま沙那と素蛾がやっている破廉恥な所業をさせられているのは、この鳳仙国の習慣に関係がある。

 沙那たちのいた東方帝国とは大陸の反対側になるこちら側では、奴隷制度の盛んな地域であり、この鳳仙国も日常的に奴隷を目の当たりにするのが当たり前の国になっていた。

 しかも、この鳳仙国の奴隷の姿は、いままでの奴隷と一線を画している。

 沙那も国境を越えて驚いたが、どうやらこの国の奴隷は、半裸ですごさせるというのが風習らしいのだ。

 沙那たちがこれまでの国で接した奴隷は首に目立つ首輪をしていた以外は、粗末な服装をしているというのはあったが、比較的まともな服装をしているのが多かった。

 だが、ここの奴隷は違う。

 

 ほとんど全裸に近いような姿でいたり、革の下着だけで歩いたりと露出度の多い非常に目立つ服装をしているのだ。

 特に、女奴隷の姿は惨めなものであり、下半身をすっぽんぽんで歩いたり、股の付け根までしかない短い下袍だったり、あるいは、一瞬だけ見ればまともそうに見えるのに、乳房と股間の前後に大きな穴が開いて性器などが剥き出しになっている服を着ていたりする。

 

 とにかく、この国の女奴隷は主人が趣向を凝らした破廉恥な姿で連れ歩くというのが流行らしく、国の東側の人口の少ない地域でも、そういう女奴隷をたびたび目撃した。

 それで、ついに気紛れが爆発した宝玄仙が、四人のうちのひとりに、この国の女奴隷と同じような破廉恥な姿で旅をさせると言い出したのだ。

 この手のくだらない思いつきは、一度言い始めれば、供たちの抗議は受け付けない宝玄仙だ。

 

 その結果、沙那たち四人がやらせられたのが、この一行で「最下層」の奴隷を決めるための勝負だ。

 最初は、素蛾が自ら、自分こそ最下層の奴隷だと言ったが、そんなことで宝玄仙が「愉しみ」を実行する機会を放棄するわけがない。

 沙那たち四人は、道端で下半身を裸にされ、四人揃って張形付きの貞操帯をはかされた。

 

 勝負の決まりは、この張形を股間で咥えて歩き、とにかく突然の振動に平静を装った方が勝ちということになった。

 負け残りであり、一番堪え性のない者が、最下層奴隷ということで、明日から羞恥の姿で旅をさせられる。

 そして、勝負が始まった。

 

 一回戦は、沙那対朱姫、孫空女対素蛾という組み合わせになった。

 そして、結局、沙那と素蛾がそれぞれに負け残った。

 

 勝った孫空女と朱姫は貞操帯を外されて、服も着ることを許された。

 負け残った沙那と素蛾は決勝戦をやっているのだが、決勝戦はなかなか決着がつかなかった。

 そのうちに、朱姫がいつの間にか責め側になって、操作盤で振動を与える役をやることにもなった。

 決勝戦が決着がつかないのは、宝玄仙が決勝戦については、ただ振動するだけじゃ面白くないので、痒み剤も追加するといって、股間に挿入されているふたつの張形の先端と側面から強力な痒み座を噴射させたことによる。

 強力な宝玄仙の痒み剤だ。

 我慢するなど不可能であり、沙那も素蛾も桁違いの痒みに襲われて、ふたりで悲鳴をあげてしまった。

 そして、勝負が始まった。

 

 意地の悪い朱姫は、なかなかに張形を動かさずに、すっかりと沙那と素蛾に痒みが浸透して、満足に歩けなくなるまで放置した。

 それで忘れたころに、不意に動かすのだ。

 沙那も素蛾もそれには、一瞬も我慢できずに、振動に反応してしまう……。

 勝負は長引き、繰り返された。

 今回も沙那と素蛾は同時にしゃがみ込んだ。

 

「じゃあ、再試合ですよ。今度も一刻(約一時間)くらいしてから動くと思いますからね。それまでは、そのまま歩いて下さいね」

 

 朱姫があっけらかんと言った。

 

「な、なに言ってんのよ、朱姫──。そんなに歩いたら、人里に入っちゃうわよ」

 

 沙那は文句を言った。

 

「あううっ、ぐううっ──」

 

 しかし、次の瞬間、沙那は再び呻き声とともに、その場にしゃがみ込んでしまった。

 突然に貞操帯の内側で、二本の張形ではなく肉芽に当たる部分にあった内側の大きな丸い鋲のようなものが強い振動を始めたのだ。

 沙那は、全身を真っ赤にして、震えながらしゃがみ込んだ。

 

「さ、沙那様?」

 

 横で素蛾が少し驚いている。

 勝負だからふたりの貞操帯は、必ず同じ振動をするはずだった。

 素蛾の様子から考えると、素蛾の貞操帯は動いていないのだろう。

 朱姫は沙那側だけの貞操帯を動かしたのだ。

 

「ごめんなさな、沙那姉さん……。間違えて沙那姉さんの肉芽の部分の振動をさせちゃいました」

 

 朱姫がわざとらしく謝罪の言葉を口にした。

 

「と、とにかく、と、とめてええ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 朱姫は謝りながらも、ずっと肉芽に与える振動をとめないでいるのだ。

 沙那の食い縛る口からは、沙那の苦悶の声が漏れ続ける。

 

「あら、すみません、沙那姉さん……。いま、とめますね……」 

 

 朱姫が笑いながら、やっと沙那の肉芽の振動をとめた。

 

「じゃあ、痒み剤を噴射です。それで勝負開始ですからね……。振動は忘れたころにやってくると思うけど、頑張ってくださいね」

 

 沙那がやっと立ちあがると、すぐに痒み剤がまた噴射されるのを股間とお尻に感じた。

 しかし、沙那はある予感がしていた。

 すぐに朱姫は振動を与えてくるだろうと思ったのだ。

 さっきのように、しばらくは痒みに苦しむ時間だと油断をさせ、意地悪くすぐに刺激をしてきたりするのは朱姫の常套手段だ。

 

「おうっ」

 

 沙那は声を飲み込んだ。

 やっぱりだ──。

 女陰と肛門の張形が急に激しく動いたのだ。

 さっき、間違えたとか言って沙那だけ刺激を与えたのは、朱姫の悪ふざけだけではない。

 朱姫は、明日からの羞恥奴隷役を素蛾ではなく沙那にしたいはずだ。

 だから、先に沙那だけ刺激しておいて、快感に反応しやすくしてから、すぐに張形を作動させたのだ。

 だが、沙那はそれを読んでいた。

 そうするだろうと思ったし、そうしなければ、時間が経ってしまい沙那だけ刺激を与えた効果がなくなる。

 だから、間髪入れずに作動すると絶対に思った。

 

「はふううっ」

 

 素蛾がその場にうずくまった。

 

「うっ、ううっ……」

 

 沙那はややしばらくしてから、腰を曲げだけで終わった。予想をしていた分だけ、沙那が長く耐えることができたのだ。

 沙那は気力が抜けてしまい、その場に脱力して座り込んでしまった。

 

「沙那の勝ちかい──。じゃあ、明日からの羞恥奴隷は素蛾に決まりだね。なんとか、先輩奴隷としての面目を守ったじゃないかい、沙那」

 

 宝玄仙が笑った。

 その瞬間、貞操帯と手錠ががちゃんと音を立てて外れた。

 

「ああっ」

 

 貞操帯が抜け落ちる刺激で沙那は甘い声をあげてしまったが、痒みはすっと消えていっている。宝玄仙が道術で癒してくれたのだ。

 とにかく、沙那はほっとした。

 

「だめじゃないの、素蛾──。折角、沙那姉さんだけ、先に刺激したのに……」

 

 素蛾の教育係を任じている朱姫が素蛾に歩み寄った。

 やっぱり、そのつもりだったのだと思ったが、沙那はなにも言わなかった。

 とにかく勝ったのだ。

 沙那は荷から布を出して、急いで股間を手入れすると取りあげられていた下袴(かこ)をはいた。

 

「ご、ごめんなさい、朱姫姉さん……あっ、ああっ、そ、そこ……き、気持ちいいです……はあっ……」

 

 十二歳の素蛾がその年齢としてはふさわしくないような甘い声をあげ出した。

 朱姫が痒み剤に苛まれている素蛾の股間に解毒剤をまぶしているのだ。

 ほかの者とは異なり、素蛾の身体には道術陣はない。

 だから、宝玄仙も素蛾の身体を道術で痒みを癒したりはできないのだ。

 それで朱姫が痒みをなくす薬を素蛾の股間やお尻の穴に直接指で塗っている。

 素蛾の股間からも貞操帯と手錠は外れていた。

 いまは、素蛾は上半身だけに服を着て、下半身はなにも身に着けていない状態だ。

 

「じゃあ、素蛾、この一行の羞恥奴隷の装束はこれだよ。朱姫、それをつけてやりな」

 

 宝玄仙が差し出したのは、真っ赤な小さな布切れだ。

 布切れといっても両方の手のひらを合わせたくらいの大きさしかない。

 その布の片側の端に二本の細い紐がついている。

 沙那は見ているだけで恥ずかしくなった。

 

 布切れで股間の前を隠して、紐を腰の後ろで結ぶのだろう。

 股間を隠すといっても、小さな布きれだけだし、後ろ側のお尻は剥き出しだ。

 その通りの姿に素蛾はなった。

 もしも、負けていたら、沙那があの恰好になったのだ。

 沙那はぞっとした。

 

「よく、似合っているわよ、素蛾……。風が吹いても隠してはだめよ。羞恥奴隷には身体を隠す権利はないのよ」

 

 素蛾にその恰好をさせた朱姫が適当なことを言い諭している。

 しかし、素直な素蛾はそれを真剣に頷いている。

 沙那は服装を直しながら、それを横から見ていた。

 

「は、はい、朱姫姉さん。素蛾は羞恥奴隷です……。でも、これも、奴隷っぽくて素敵ですね」

 

 素蛾は顔を赤らめて言った。

 あんな恥ずかしい恰好にされて、満更でもなさそうな素蛾の様子に沙那は半分呆れた。

 本当にあの元王女の感性は不明だ。

 

「でも、沙那姉さんに羞恥奴隷になって欲しかったな。いろいろと趣向を思いついていたのに……。素蛾がもっと頑張ればよかったのに」

 

「冗談じゃないわよ──」

 

 沙那は朱姫に文句を言った。

 

「ごめんなさい、朱姫姉さん……。期待に添えなくて……。次は頑張りますから……」

 

 素蛾が言った。

 

「次?」

 

 そのとき、宝玄仙が嬉しそうな声をあげた。

 沙那はぎくりとした。

 

「つ、次?」

 

 無関係を装って、少し離れた場所に立っていた孫空女も声をあげた。

 

「いいこと言うねえ、素蛾──。そうだね。次もやろうか……。数日したら次の奴隷競争をやるよ。また四人で競争だよ」

 

 宝玄仙が嬉しそうな声をあげた。

 沙那は、余計なひと言を口にした素蛾を恨めしく見た。

 

「じゃあ、次こそ、頑張ります、朱姫姉さん」

 

 素蛾は小さな真っ赤な布だけで股間を覆った姿で明るく言った。

 

「そ、そうね……」

 

 朱姫の顔も引きつっている。朱姫だって、次は勝つとは限らない。今度はなんとか朱姫を負かせたい。

 沙那は思った。

 

「次はお尻だけでやったらどうです、ご主人様?」

 

 沙那は言った。

 お尻が弱点の朱姫は尻穴の刺激勝負なら負けは確定だ。

 今回の一回戦だって、宝玄仙が両者にお尻の刺激をしていたら、沙那が朱姫に勝ったと思う。

 お尻なら朱姫に勝てる……。

 

「そ、そんなの狡いですよ──。だめです」

 

 朱姫が声をあげた。

 

「それはご主人様が決めることよ」

 

 沙那は一蹴した。

 

「じゃあ、それでいこうか。どうやって、お尻対決をするかは考えておくよ」

 

「そんなあ……」

 

 宝玄仙の言葉に朱姫が声をあげた。



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674 羞恥奴隷の街

 しばらく進むと、町並みになった。

 城壁のようなものはないが、大小の建物が密集しだして、城郭のような雰囲気だ。

 人通りも多い。

 

 さすがは、破廉恥な恰好を奴隷にさせるのが流行らしい鳳仙(ほうせん)国の町だ。

 その一環として、主人に連れられている首輪をつけている奴隷が多いし、その恰好は見ているこっちが恥ずかしくるほどだ。

 ひとりだけ下半身に小さな布一枚という破廉恥な恰好で歩いている素蛾だが、そんな格好でも違和感がないくらいに、すれ違う奴隷たちは羞恥の格好をしていた。

 

 怖ろしく短い下袍の女奴隷は当たり前で、上半身の上半分だけを隠すチョッキだけを身に着けている奴隷もいた。

 それどころか、素っ裸で宝石の装飾具だけの女奴隷もいる。

 股間を剥き出しにて一物を勃起させて歩いている顔の綺麗な男奴隷とすれ違っていた

 ときには、さすがに目を逸らせた。見ないようにしながらも、勃起し続けているのは、薬剤でも使わされているのだろかと、ちょっと気の毒になった。

 

「思ったよりも大きな町だねえ」

 

 通りを歩きながら、満足気な様子の宝玄仙が言った。

 この淫らで退廃的な雰囲気が宝玄仙は愉しいのだろう。

 さっきから、すごく上機嫌だ。

 

「そうですね。この辺りは東山(とうざん)郡と呼ばれている地域であり、ここはその郡都のはずです……。とにかく、宿を早く見つけましょう」

 

 沙那は気にしないようにして言った。

 そのまま町並みの大通りを進んでいくと、やがて大きな屋敷の前に差し掛かった。

 その屋敷の門の前に人だかりがある。

 屋敷の向かいには、行政府と思われる建物もあった。

 ここが郡都の中心部だと思う。

 

 宝玄仙が興味を持ったようなので、沙那は人だかりに近づいていった。

 そこには大きな立札があった。

 

 

 “奴隷品評会会場”──。

 

 

 そう大きく書いてある。

 人だかりは、その立札ではなく屋敷の門に集まっていたのだ。

 立札は門の横にある。

 

 札を詳しく読めば、どうやら、ここで奴隷品評会という奴隷比べの競技会のようなものがあるらしい。

 参加資格は女奴隷を保有する主人であり、一等には帝国金貨百枚とある。

 この辺りの物価で帝国金貨百枚といえばひと財産だ。

 

「奴隷品評会かい……」

 

 宝玄仙が興味を抱いたような表情になった。

 

「残念ですが、もう申込み期限は終わってますね。品評会は今日から開始のようです」

 

 沙那はすかさず言った。

 そう書いてあったのだ。

 集まっていた者たちは、おそらく、その品評会を見物するために集まっているのだと思う。

 立札によれば、品評会は今日の夕方から行われ、そのときには屋敷も解放されるようだ。それで民衆が集まっているのだろう。

 

「なんだい──。参加できないのかい」

 

 宝玄仙ががっかりした表情になった。

 沙那はほっとした。

 そのとき、後ろから馬車の音がした。

 屋敷側から私兵のような者が数名出てきて、閉じられている門を開けるとともに、集まっていた者を避けさせた。

 

 紋章のある豪華な馬車だ。

 その馬車は門に入っていったが、屋敷内に入ったところで突然に停止した。

 馬車から立派な服装をした五十くらいの男がおりてきた。護衛らしき男もふたりいる。

 さらに、その男の横に美しい顔をした女奴隷もいた。

 女奴隷とわかったのは、首にある首輪と服装だ。

 上半身は清楚で格式のありそうな女執事の服装なのに、下半身は腰の下着一枚なのだ。

 女奴隷も恥ずかしいのだろう。

 内腿をもじもじさせて赤い顔をうつむかせている。

 さらに、女奴隷の首輪に細い鎖があり、それを声をかけてきた男が手に持っている。

 

「失礼ですが、もしかしたら、品評会に出席希望の女主人の方ですかな……?」

 

 その男は宝玄仙に声をかけてきた。

 

「そういうわけでもないけど、旅の女でね……。ところで、お前は誰だい?」

 

「この郡都を預かる上官(じょうかん)というものです」

 

 男が言った。

 沙那は驚いた。

 

「太守様です……。この地域の支配者です」

 

 沙那は宝玄仙に慌てて耳打ちした。

 男が気さくそうで礼儀正しいのでそんな風には思えなかったが、上官といえば、この地域一帯の太守の名だということは、沙那は事前に調べて知っていた。

 太守はこの東山郡の絶対的な権力者であり、小さな王といったところだ。

 

「へえ、上官というのかい。変わった名だね」

 

 しかし、宝玄仙は沙那の耳打ちを気にする様子もない。

 まったく態度を改めずにそう言って笑った。

 

「よく言われますね。ところで、さっきもお伺いしましたが、奴隷品評会への参加希望ではないのですか?」

 

 上官太守が言った。

 上官太守は、さっきから素蛾をちらちらと見ている。

 どうやら、素蛾を奴隷だと思っているようだ。

 素蛾は沙那たちと同じような首飾りのような金属の輪を首に嵌めている。素蛾が一行に加わると決まったとき、宝玄仙が装着させたのだ。

 この国の奴隷がしている太い首輪とは異なるが、見方によっては首輪だ。

 なによりも、素蛾は宝玄仙によって、この国のほかの奴隷と同様の恥ずかしい姿になっている。

 上官太守は、素蛾を女奴隷だと判断するとともに、立札の前で宝玄仙が立っていたので、品評会への参加希望者だと考えたのかもしれない。

 

「まあ、興味はあるけどね。でも、もう締め切りは終わっているんだろう?」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那はどきりとした。

 なんとなく、嫌な方向に事態が進む予感がしたのだ。

 沙那は自分の予感が外れてくれればいいと願った。

 

「そうですが主催者は私ですからね。特別に参加を認めてもいいですよ。品評会は三日間です。品評会のあいだは、『誓いのサークレット』という霊具を一時的に額に巻いてもらい、一時的に女奴隷の支配権を私に譲ってもらいます。品評会は予選から始まり、最後には一対一の決勝まで続きます。途中で敗戦した奴隷は主人の方にお返ししますが、全競技会が終わるまで、奴隷を参加させた主人の方は、私の屋敷に滞在していただき、代わりの奴隷たちに接待をさせます……。いかがですか?」

 

 上官太守はにっこりと笑った。

 

「ご、ご主人様、くだらないことに参加するのはやめましょうよ……。そんな得体のしれないものに参加するなんて危険です……。素蛾のこともありますし……」

 

 沙那は宝玄仙に密着して急いで耳打ちした。

 しかし、宝玄仙はまるで聞こえていないように、沙那を無視して上官太守に笑いかけた。

 

「じゃあ、四人だ。わたしは、わたしの女奴隷を四人出場させるよ──。それと、わたしは宝玄仙だ。ここからは遠い東方帝国の貴族巫女だ。三日間、よろしく頼むよ、太守」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那はがっかりして大きく嘆息した。

 

 やっぱり、こんなことになったか……。

 全身から力が抜けた。

 ふと、後ろを見ると、孫空女と朱姫も目を丸くしている。

 ただひとり、素蛾だけが好奇心いっぱいの表情で微笑んでいる。

 

「おや、ほかの三人も女奴隷でしたか……。それはわかりませんでした。いいですよ。出場を認めしょう」

 

 上官太守が言った。

 

「……そういうことになったよ──。じゃあ、お前ら頑張りな」

 

 宝玄仙が初めて後ろを振り返って、沙那たちに白い歯を見せた。

 沙那はがっかりして声もない。

 孫空女と朱姫は唖然としている。

 

「はい、頑張ります、ご主人様──」

 

 ひとりだけ素蛾が元気な返事をした。

 

「ただし、条件があります」

 

 不意に上官太守が言った。

 

「条件?」

 

 宝玄仙がいぶかしむ声を出して、上官太守に視線を戻した。

 

「実はその少女奴隷ですが……」

 

 そして、上官太守が素蛾を指さした。

 沙那はどきりとした。

 もしかして、隣国の公女であることがばれた?

 沙那は、背中に冷たいものを感じた。



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675 破廉恥服装の趣向

「実はその少女奴隷の股間の布切れの衣装ですが、実に独創的です。私の奴隷にさせてもいいですか?」

 

 上官(じょうかん)太守は言った。

 朱姫は、上官太守が突然に素蛾(すが)を指差したことを警戒し、素蛾を守ろうと身体を寄らせていたが、意外な言葉に呆気にとられた。

 

 素蛾は四人でやらされた羞恥奴隷決定戦たるものに負けたため、この国の奴隷と同じような破廉恥な姿を命じられている。

 この鳳仙(ほうせん)国は、奴隷たちを主体とした退廃的な雰囲気が特徴の国であり、外を歩く奴隷たちが、誰も彼も趣向を凝らしたような羞恥の格好をしているのが特徴だ。

 

 また、沙那の情報によれば、この国では、奴隷を持つ主人が恥ずかしい恰好をさせた奴隷を連れ歩くのが流行っているらしく、奴隷を持つ主人は、奴隷に趣向を凝らした破廉恥な服を着せて、奴隷を辱める格好をさせて外に連れ出すのだそうだ。

 この郡都でも、全裸や半裸の女奴隷や男奴隷が惨めな姿で通りを歩かされているのをたくさん目撃した。

 

 素蛾は、そんな鳳仙国の習慣が気に入った宝玄仙の命令で、羞恥奴隷として下半身をすっぽんぽんにされて、手のひらよりも少し大きいくらいの真赤な布切れだけを装着させられているのだ。

 上半身はきちんと服を着ているのに、腰から下が裸であり、わずかに股間だけを小さな布で隠しているのは、なまじ裸でいるよりも卑猥だと思う。

 宝玄仙らしい意地の悪い思いつきだと朱姫も思ったが、どうやら上官太守は気に入ったようだ。

 

「ああ、これかい?」

 

 宝玄仙が素蛾の股間を隠している小さな布切れに手を伸ばして、ひらひらと動かした。

 素蛾は宝玄仙が布切れに手を伸ばすと、さっと身体を真っ直ぐにして両手を身体の横につけた。

 邪魔にならないようにという配慮だろう。

 

「ほう……。その頼りなさ。見えそうで見えず、見えなさそうで、すぐに見える……。それがいいですな。独創的な女奴隷の格好を考えさせるために、私は図案を考える者を数名雇っているくらいでして……。是非、私の奴隷にも、この衣装を使いたいのです。それを許してくれるなら、私の特権で奴隷品評会の出場を認めましょう」

 

 上官太守が宝玄仙が布を動かす素蛾の股間を凝視しながら言った。

 すると、宝玄仙が笑い出した。

 

「なんだ、そんなことかい。素蛾、それを外しな」

 

「はい」

 

 素蛾が両手を腰の後ろにまわして、紐を解いて布を宝玄仙に手渡した。

 

「ほらよ。とりあえず、これをやるよ。自由に使いな、太守」

 

 宝玄仙がその赤い布を太守に差し出す。

 

「よろしいのですか……? ありがとうございます。では、早速……」

 

 上官太守は首輪につないだ鎖を持っている女奴隷に振り向いた。

 

紫音(しおん)、これをつけなさい。その下着は寄越すのだ」

 

 上官太守が紫音という女奴隷に言った。

 すると、紫音が傍目から見ても面白いくらいに、動揺を示して顔を真っ赤にした。

 

「えっ、こ、これをですか? あ、あの、いまここで?」

 

 紫音が狼狽えたように言った。

 紫音は上半分は女執事としてのきちんとした服なのに、それが腰の括れのところで切断されたようになくなっていて、その下は小さな下着だけなのだ。

 それはそれで非常に淫ら姿なのだが、それでも、この場でその下着を脱いで宝玄仙が渡した布切れに交換するいうのは恥ずかしいようだ。

 紫音はほとんど無意識にだと思うが、手で下着を守るようにさっと手を腰の前に動かした。

 すると、その様子に宝玄仙が笑い出した。

 

「躾がなってないねえ、太守? 裸になれと言われたら裸になる。股を開けと言われたら開く。それが女奴隷兵の躾というものだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「ご、ご主人様、余所様の奴隷のことですから……。そんなことは言わない方が……」

 

 沙那が慌てたように宝玄仙をたしなめた。

 

「いや、宝玄仙殿のおっしゃる通りですな。この紫音はまだ、奴隷になった日が浅く、調教の真っ最中なのです。それで、まだまだ、恥ずかしがるのですよ……。ただ、女奴隷が羞恥の表情をするのも醍醐味のひとつ──。完全に恥ずかしがらなくなったら、それはそれで興もなくなるというものです──。こらっ、紫音、私に恥をかかせるつもりか? ここで着替えるのだ」

 

 上官太守は強い言葉で言った。

 

「も、申し訳ありません」

 

 紫音は慌てたように、下着を脱ぎだした。

 

「いや、お前の言うとおりだよ、太守。この素蛾なんて、わたしの調教が進みすぎて、恥ずかしがらなくなったからね。慎みがないのさ」

 

 そう言って、宝玄仙は剥き出しになっている素蛾の股間に手を伸ばした。

 そして、いきなり、軽く閉じていた素蛾の股間に指を入れて愛撫をし始めた。

 

「あんっ」

 

 素蛾が裸身を他人に示すことに羞恥を感じないのは、本物の王女という素蛾の出自に関係があり、宝玄仙の調教とは関係がないのだが、どうやら、宝玄仙は、この女奴隷を連れている太守に対して、自分の奴隷を自慢したい気持ちになったようだ。

 

「あ、ああっ……ご、ご主人様……き、気持ちいいです……あはっ、はあ……」

 

 素蛾は身体を真っ直ぐにしたまま、すぐによがり始めだ。

 この小さな変態童女がこの一行に加わって、なんだかんだでもう一箇月以上になる。

 素蛾は、もともと快感に弱い素地はあったが、その素蛾に朱姫と宝玄仙は霊具や薬物を併用したあらゆる手段で快楽責めにして、全身が性感帯であるほどに敏感な肉体に変えてやったのは、ほかならぬ朱姫の仕事と自負している。。

 いまは、感度の高さについては、一行の中では沙那と双璧だと思う。

 

「こ、これは、淫らな……」

 

 上官太守が十二歳の少女が性の快感に悶える姿に、ほうと嘆息した。

 与えられる快感を真っ直ぐに受けとめて、全身でそれを表現する素蛾は確かに官能的だ。

 

「お、終わりました……」

 

 そのとき、紫音の恥ずかしそうな声があった。

 見ると、さっきまで素蛾がしていた赤い布を腰に当てている。

 さっきまで身に着けていた下着は両手に前にかざしている。

 その顔は羞恥で真っ赤だ。

 

「じゃあ、折角だから、それをもらおうか」

 

 宝玄仙がそう言うと、上官太守が微笑みながら、紫音が持っていた下着を宝玄仙に手渡した。

 宝玄仙は素蛾をいたぶるのをやめて、下着を素蛾に渡した。

 

「さっきの代わりにそれを身に着けていな、素蛾……。それにしても、確かに、恥ずかしがらないのはいいことだが、性奴隷としては、羞恥の場所を晒して、まったく動じないのは、それはそれで確かに風情がないかもしれないね」

 

 宝玄仙が言った。

 だが、その言葉に素蛾はちょっと心に打撃を受けたようだ。

 周りで誰かが強い感情を抱いたときには、朱姫の心に勝手にそれが流れてくるのだが、素蛾の衝撃が伝わってきた。

 性奴隷志望の素蛾は、羞恥がないのは性奴隷として不十分だと言われて、大きく動揺したようだ。

 

「お前はお前でいいのよ、素蛾……。すごく淫らで、性的なことに真っ直ぐに向き合うお前は可愛くて素敵よ。素晴らしい性奴隷よ」

 

 すかさず朱姫は言った。

 すると、素蛾が嬉しそうに顔を赤くした。

 心にあった悲しみのような感情は、あっという間に四散した。

 素蛾が下着をはき終わる。

 

「す、少し大きいです、ご主人様……」

 

 素蛾が言った。

 確かに、腰回りの豊かな大人の女が身に着けていた紫音の下着は、小柄な十二歳の素蛾には大きすぎるようだ。

 ゆるゆるで、手で押さえていないと、いまにも脱げ落ちそうだ。

 

「いや、このような少女奴隷がぶかぶかの下着を手で押さえながら、はいているというのは、非常に卑猥です。それも、今度私の性奴隷にさせたい……。これもいい……。性奴隷にさせる卑猥な姿というのは、なんというか……、所有者同士の競い合いというようところがありましてね……」

 

「ほう」

 

 宝玄仙は興味を示したみたいだ。

 

「……たとえば、大きな宴などがあれば、ある階級以上のものは、必ず美貌の女奴隷の首輪に鎖をつないで連れていくのですが、その女奴隷の姿が、惨めで恥ずかしいものであるほど、賞賛を受けるのです。そのために、その衣装を考えるだけの図案家を幾人か召し抱えてもいるのだが、ぶかぶかの下着を押さえさせながら歩くというのは、いままでに思いつかなかなかったですね」

 

 上官太守が興奮したように続ける。

 朱姫はそのとき、ふと思いついたことがあった。

 

 いま、宝玄仙が調子に乗っていて、奴隷の羞恥姿の自慢合戦のようになっている状況を利用して、沙那を辱めてやろうと思ったのだ。

 この状況では、沙那も宝玄仙が恥ずかしい姿を命じても逆らえない。

 口答えをしたり、逆らったりすれば、奴隷の躾が不十分だということになり、宝玄仙に恥をかかせることになるからだ。

 

 朱姫は沙那をちらりと見た。

 沙那は下袴(かこ)をはいている。

 下袴と下着を膝までさげた状態で股間を剥き出しにして歩けば卑猥だと、宝玄仙にささやいてやろうと思った。

 朱姫は含み笑いを堪えながら、宝玄仙に近づいた。

 

「ご主人様、だったら下袍を手で押さえさせながら歩かせるというのはどうですか。もちろん、下着はなしです……。いえ、完全に脱がせるよりも、膝の上にでも引っ掛けておくのがいいかもませんね。すごく卑猥ですよ」

 

 いきなり、沙那が言った。

 朱姫はびっくりしてしまった。

 

「なるほど、それはいいねえ。朱姫、下袍の腰の留め具を外しな。そして、下着を膝までおろすんだ」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 いま、四人の供の中で下袍を身に着けているのは朱姫だけだ。

 沙那がああいう提案をすれば、当然そうなるだろう。

 

「わたしが手伝います」

 

 沙那がそう言って、朱姫に近づいてきた。

 沙那は、腰にさげた剣の横につけている小刀を抜いて、さっと朱姫の下袍の両端を留め具ごと半分くらいまで切り裂いた。

 

「わっ、わっ」

 

 朱姫は思わず下袍を両手で押さえて声をあげた。

 留め具どころか、両端を半分くらいまで切り込みを入れられてしまった下袍は、まったく下袍としての役目は果たさず、押さえていなければ垂れ落ちてしまう。

 しかも、後ろ側と前側の両方押さえなければ、どちらかだけでもべろりと布地が垂れ落ちてしまうのだ。

 朱姫は恥ずかしさに動転しながらも、必死で両手で下袍を押さえた。

 

「なにやってんのよ、朱姫……。下着を膝までおろしなさいよ。ご主人様が見ているわよ」

 

 沙那が勝ち誇った表情で言った。

 朱姫は泣きそうな気分になりながらも、後ろ側の手を外して下着を膝まで引き下ろした。

 当然、尻が剥き出しになる。

 とにかく、下着を膝までおろして、下袍を押さえ直す。

 

 とても恥ずかしい……。

 朱姫は恨めしく沙那を見た。

 すると、沙那が怒ったような顔で朱姫を睨んでいた。

 朱姫はぎくりとした。

 

「……あんた、さっき、わたしをなにか陥れようとしたでしょう。あんたが、悪戯を思いついたときの顔はわかるのよ……」

 

 沙那が朱姫の耳元でささやいた。

 朱姫は驚愕した。

 

 驚いた……。

 沙那は心が読める道術でも遣えるのか……?

 

 朱姫は沙那の読心術の凄さに度肝を抜かれた。

 どうやら、沙那は朱姫がなにか悪戯を仕掛けようとしたのを感じて、機先を制して、朱姫の破廉恥姿を宝玄仙に提案したようだ。

 

「それもいい……。独創的で素晴らしい。是非、それも使わせていただきたい──。さあ、とにかく、奴隷品評会へに参加する奴隷はさっそく、準備をしてもらわなければなりませんから急いでください……。宝玄仙殿もどうぞ。とりあえず、この紫音を接待につけます。お好きなように扱ってください……。品評会の席は是非とも、私の隣に準備させてください。あなたとはもっと打ち解けたい」

 

 上官太守が愉しそうに笑いながら、宝玄仙を含めた全員を馬車に導いた。



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676 予選の始まり

 沙那たち四人が宝玄仙と離されて入れられたのは、女奴隷が集まる大広間のような場所だった。

 全員が裸だ。

 もちろん、沙那もだ。

 

 肌の色の白い者、黒い者、中間の肌の色の者など千差万別だ。

 亜人までいる。亜人とわかるのは頭から突き出た角と房毛のある耳でだ。

 また、美人もいれば、そうでもないのものいる。

 

 全部で百人くらいいるのではないだろうか。

 百人の女の全裸というのも壮観だ。

 すべての女が髪をきちんと整え、化粧もしている。

 その匂いだけでもむせ返るほどである。

 

 かなり人でごった返していて、すぐには、孫空女たちのほかの三人がどこにいるのかわからない。

 この会場に入る前に、沙那たち四人はばらばらにされて、身体検査と建康確認のようなものを受けさせられた。

 そのとき、四人が離れ離れになり、ほかの三人がどうなったのかわからなくなったのだ。

 

 そして、身に着けているものは履物を含めて、すべて取りあげられた。

 ただ、奴隷としての支配具にあたる装飾具は取りあげられないので、宝玄仙に装着されている首の輪はそのままだ。

 もっとも、これは外そうとしても外せない。

 

 これまで何度も拉致されたことがあるが、その際、この首輪を外させようと試みた者もいた。

 だが、どんなに霊気の高い者でもそれはできなかった。

 それだけ、宝玄仙の霊具が強力なのだ。

 

「沙那──」

 

 声がした。

 孫空女だ。

 沙那を見つけて、声をかけてきてくれたのだ。

 

「凄いねえ……。こんなにいるとは思わなかったよ」

 

 素裸の孫空女が寄ってきて言った。

 

「ああ、孫女、無事ね?」

 

 沙那は笑った。

 孫空女は額に青色の金属で編まれたサークレットを巻いている。

 沙那も同じである。

 この大広間に入る直前に、道術遣いのような者に装着されたのだ。

 装着された瞬間、急にぼんやりとした心地になった。

 しかし、それはすぐに回復した。

 

 とにかく、このサークレットはなにかの効果のある霊具のようだ。

 ためしに外そうと試みようとしたが、外すことができない。

 そういえば、上官(じょうかん)太守は、このサークレットのことを『誓いのサークレット』と称し、奴隷の支配権を一時的に、奴隷品評会の主催者である上官太守に譲渡するためのものだと言っていたことを思い出した。

 

「みんなの話を聞いている限り、これから始まるのは予選らしいよ。これが終われば、やっと本戦の各試合が始まるんだって。予選で勝ち残れるのは二十人だとみんな口にしているね」

 

 孫空女が言った。

 

「二十人? だったら、さっさと負けて、この禄でもない品評会を抜けたいわね。どうやったら負けることができるのかしら?」

 

 沙那は言った。

 とにかく、早く負けたい……。

 できれば参加などしたくなかったが、あの状況では許されないだろう。

 しかし、参加した結果、あえなく負けたとあれば、宝玄仙も文句はないはずだ。

 

「どうやって負けることができるかは知らないけど、みんな、主人の名誉のために必死のようだね。一生懸命に勝とうとしているようだよ。だから、一生懸命に負けようとすれば、すぐに抜けられるんじゃないかなあ」

 

 孫空女が白い歯を見せた。

 沙那もそれにつられて笑ってしまった。

 

「それにしても、この奴隷品評会って、定期的にやっているような行事ではないんだね。突然、ここの上官太守が言いだしたんだって。とにかく、金貨百枚の賞金なんて破格だから、この辺りで女奴隷を持っているような主人は、ほぼ全員が奴隷を参加させているらしいよ」

 

 孫空女は耳がいい。

 だから、その優れた耳で、奴隷たちが話すひそひそ話をいろいろと仕入れたのだろう。

 

「ふうん……。ということは上官太守も奴隷を出しているの?」

 

 なんとなく沙那は訊ねた。

 

「ああ、あれだね……。ほら、あそこに五人固まって、周りが少し離れている空間があるだろう? あの五人がそうだよ。真っ赤な首輪。あれが上官太守の奴隷たちだよ」

 

 孫空女がささやいた。

 

「へえ……」

 

 沙那も見た。

 五人とも大変な美人だ。

 年齢も二十歳前後というところだろう。

 肌もみずみずしそうで若い。

 全員がほかの女たちと一線を画すくらいに色っぽい。

 しかも、五人が五人とも性質の異なる感じの美女だ。

 この中で美女の品評会をするなら、間違いなく、あの五人が勝つと沙那は思った。

 

「沙那姉さん、孫姉さん──」

 

「沙那様、孫様──」

 

 すると、朱姫と素蛾の声がした。

 ふたりが連れだってやってきた。

 

「朱姫、素蛾、こっちよ」

 

 沙那は手を振った。

 

「ねえ、沙那姉さん、気がついているでしょうけど、このサークレットは霊具ですよ……」

 

 朱姫がやってくると、すぐに沙那の耳元で朱姫はささやいた。

 

「ああ、そのようね……。でも、どんな霊具なの?」

 

 沙那はとりあえず言った。

 

「一種の操り具です。おそらく、上官太守やその身内の言葉に逆らえなくなるような性能があるのだと思います。ご主人様の『服従の首輪』と同じような支配霊具です」

 

 朱姫が声をひそめたまま言った。

 

「支配霊具?」

 

 沙那は、大きな声をあげそうになり、慌てて口をつぐんだ。

 だが、支配霊具か……。

 なんとなく、そうとは考えていたが、いやな感じだ。

 宝玄仙の『服従の首輪』には随分と苦労させられたし、意に沿わぬことを命令ひとつでなんでもさせられるのだ。

 あんな思いは、もう十分だ。

 すると、朱姫がくすくすと笑った。

 

「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ、沙那姉さん……。あまり性能の高いものではないですから……。あたしが能力を無効にしてあげます。こんなちゃっちい霊具なんて、簡単に性能を壊せますから」

 

 朱姫がにっこりと微笑んだ。

 これには沙那も苦笑してしまった。

 

「郡都を治める太守が抱えている道術遣いの準備した霊具は、あんたにとっては“ちゃっちい”の?」

 

 沙那は言った。

 

「ちゃっちいですね。どうということはないです。すでに、あたしと素蛾のサークレットは能力を能力は消してあります。沙那姉さんと孫姉さんも寄ってください」

 

 朱姫は言った。

 それにしても、沙那はなんとなくおかしかった。

 最初に出会ったときの朱姫は、いくつかの大きな道術は遣えたが、道術遣いとしては能力が低い方だと、宝玄仙も言っていたし、本人もそう言っていた。

 だが、いまや、道術には縁のない沙那から見ても、朱姫は一流の道術遣いだ。

 成長といえばそれまでだが、その変わりようには感嘆する。

 

「はい、おふたりの霊具は、これで道術の力はありません。ただの飾りです。でも、だからと言って、主催の方々に逆らわないでくださいね。霊具を無効にしたのがばれてしまいますから」

 

 朱姫が笑った。

 そのとき、大広間に響き渡るような大きな声があった。

 

「それでは、只今より予選を開始する。予選の課題は性器の美しさを競うことになる。身体を前屈にして、大勢の観客の前を歩いてもらう。全員が一列に並び、係の者から枷の装着を受けよ」

 

 声の主は、大広間から外に広場に通じる大きな門のような扉に立つ進行係のような者によるものだった。

 性器を競うという得体のしれない響きに首を傾げながらも、沙那たちはほかの参加奴隷たちとともに、大広間にとぐろを巻くように一列になった。

 

「な、なに、あれ?」

 

 しばらくして、前側から準備をし始めた光景に沙那は声をあげた。

 並んでいる奴隷たちは、全員が足首に革枷を嵌められて、それに手首を繋げられている。

 しかも、右足首の内側に右手首、左足首の内側に左手首が密着するように枷をつけられているのだ。

 あれでは極端な前屈みになり、しかも脚を拡げたまま性器を丸出しにして歩くしかない。

 

 動揺を落ち着ける暇もなく、前から次々にその恰好にさせられていく。

 後ろで待っている沙那には、枷を嵌められた女奴隷たちにたくさんの剥き出しの性器がこちらから丸見えだ。

 そして、枷の装着が終わった者から順に、どんどん扉の外に送られている。

 

 よくは見えないが、その恰好で大勢の観客の集まる広場をひとひとり練り歩きをさせられているようだ。

 沙那たち四人は沙那を先頭に、全部の列の中間付近に並んでいた。

 係の者らしき男たちが寄ってきて、手首足首に無造作に枷を装着すると、沙那たちを恥ずかしい前屈みの状態にした。

 仕方なく、沙那たちは枷を着けられたよちよち歩きで、少しずつ前に進んでいった。

 そして、沙那の番がきた。

 

「ひゃん」

 

 いきなり、背後から水のような液体を性器に向かって柄杓でかけられた。

 そして、鼻になにかをかちゃんと嵌められる。

 装着式の小さな鼻輪だとわかったのは、外に向かって通じる紐に鼻輪から伸びる紐に繋がった金具を装着されたときだ。

 

「ふぎっ」

 

 いきなり鼻輪が引っ張られた。

 沙那の鼻輪に繋がった紐が前に進み始めたのだ。

 どうやら、外に通じる紐は前に向かって動いていて、そこに金具が付けられている鼻輪が沙那の身体を引っ張るのだ。

 

 夕暮れの闇を篝火で明るくされた外の通路に沙那は引き出された。

 女奴隷が前屈みで歩く通路には左右に縄が張られていて、そこに入ってこれないようになはなっている。

 そのあいだを奴隷たちが素っ裸の前屈姿で歩かさていく。

 

 その左右に大勢の観客が群がって、大声で野次を飛ばしていた。

 広場が揺れるほどの歓声の中を沙那は一歩一歩と前屈みで性器を晒しながら前に進んでいった。



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677 全裸行進と性器比べ

「う、うう……」

 

 思わず洩らした呻き声を慌てて飲み込んだ。

 孫空女は、鼻に引っ掛けられた金具で家畜のように鼻を引っ張られ、屋敷の庭に張られた紐沿いに右足と左足を交互に出しながら前に進んでいた。

 しかも、左右の手首はそれぞれの左右の足首と密着されている。

 だから、孫空女は全裸で前屈の開脚歩きというみっともない恰好で進むしかない。

 その恥辱的な恰好で、いま孫空女は、ほかの女奴隷たちと同じように、大勢の観客のいる屋敷の庭を延々と歩いていた。

 これが、品評会の予選らしい。

 

 孫空女だけではなく、百人もの奴隷品評会の参加者がそうやって、屈辱の練り歩きをさせられているのだ。

 前屈みの身体の後ろには、隠すことのできない尻の穴と女陰が露わになっているはずだ。

 鼻輪の装着されている顔をあげれば、ひとり前の沙那の股間が丸見えだし、逆に孫空女の後ろを歩く朱姫、素蛾には、孫空女の性器がはっきりと見えると思う。

 

 もちろん、女奴隷たちの羞恥行進を見物している観客たちには、羞恥の場所を隠しようもない。

 こんな格好で歩き始めて、結構な時間が経つ。

 恥ずかしいだけではなくて、姿勢が窮屈でかなりの疲労もある。

 

 しかし、前に進まないことは許されない。

 鼻に装着された鼻輪が、屋敷の庭に張り巡らされている紐沿いに鼻を引っ張るので、いやでも前に進むしかないのだ。

 品評会の予選は性器の美しさを競う競技だということらしい。

 

 それをどうやって決めるのかは知らないが、とにかく、こんなの恥ずかしい。

 大勢の野次が孫空女の羞恥を刺激する。

 そのすべてが孫空女に向いているわけではないが、そんな気持ちになるのだ。

 

「いいぞ。尻の穴まで丸見えだぞ」

 

「女奴隷のひよこ歩きだ」

 

「これだけの性器が揃うと壮観だぜ──」

 

「だが、こうやって見ると、ひとつとして同じ性器というのはないんだな」

 

 観客の野次が飛び交う。

 数百人はいるだろうか──。

 

 孫空女たちの鼻輪を引っ張っている庭を縦横に横切っている紐が道術で浮かんでいるのは確実だ。

 なにしろ、紐はその支えもなく宙に浮いているのだ。

 その浮かんでいる細紐が前に動いて、鼻輪に繋がっている紐を前に出し、鼻輪を装着されている孫空女たち性奴隷の鼻を引っ張る。

 

 また、女奴隷が進む道沿いには縄が張られていて、その縄沿いにびっしりと観客が見物をしていた。

 その観客たちに股間を晒しながら進んでいるのだが、その観客たちの揶揄の声がずっとつきまとう。

 孫空女はそういうのが苦手だ。

 なんだか息が苦しくなり、身体が熱くなる。

 

「おう、こっちの四人は毛が剃ってあるぞ。見えやすくていいな」

 

 どきりとした。

 孫空女たちのことを言われているのがわかったからだ。

 いやな緊張が孫空女を襲う。

 

「おっ、あの赤毛、早くも股間を青くしているぞ。どうやら、露出狂らしいな……」

 

 誰かが孫空女の股間を指さして背後から笑ったのがわかった。

 すると周りの観客たちもどっと笑った。

 

 股間が青色?

 なんのことかと思ったが、ふと前を見ると、先を歩く沙那の股間がうっすらと青い。

 孫空女は少し驚いた。

 そういえば、この前屈歩きが始まる前に、股間に冷たい水のようなものをかけられた。

 それが青くなったのだろうか。

 だが、かけたばかりのころは、沙那の股間には青くはなっておらず、透明の液体だった気がするが……。

 

「孫姉さん、股間が真っ青ですよ……」

 

 後ろを歩く朱姫がびっくりしたような声を発した。

 

「真っ青? な、なんで?」

 

 孫空女は思わず声をあげた。

 しかし、その理由はすぐにわかった。

 観客のざわめきの中から、孫空女の耳は、女奴隷の股間が青くなっている理由を聞き取ってしまった。

 つまりは、女奴隷の股間に淫液が滲むと、それが女奴隷たちが股間にかけられた液体に反応して青く変色するということらしいのだ。

 見物する観客たちが、羞恥に感じている女奴隷の存在がわかるように、そういういやらしい仕掛けをしているらしい。

 

 しかし、そのことは孫空女は激しく動揺させた。

 そうであれば、孫空女はただ性器を大勢の観客に見物されているというだけで、感じているということになる。

 

「はあ……ああ……」

 

 意識するまいと思うと、また呼吸が苦しくなる。

 おかしな汗が身体からぽたぽたと落ちてもきた。

 

「あの赤毛、見られて感じているぜ……。あんなに股ぐらが青いぜ」

 

 しばらく進んで、また同じような野次を飛ばされた。

 その声に釣られるように、左右の観客の男たちの淫らな視線が集まる気がする。

 孫空女はもうどうしようないほど身体が熱くなってきていた。

 

 気にすまいと思うのだが、なぜか身体が反応を示してしまう。

 とにかく、周りの声を聴くまい……。

 

 そして、なにも見まいと思って下を向いた。

 

 

 *

 

 

 一体全体、どれくらい歩かなければならないのか……。

 朱姫は歩きながら恨めしく思った。

 

 庭はかなり広い。

 そこを行列を作りながら、百人を超える女奴隷が羞恥の姿でゆっくりと行進をしているのだが、極端な前屈みになっているので、全体を見渡すことができないのだ。

 

 いずれにしても、しばらく立ち見の観客たちが両脇から集まっている場所を抜けて庭に多くの卓がある場所になった。

 これまで比較的一直線に進んでいた女奴隷たちは、今度は各卓を回るように、それぞれの卓をくねくねと進まされはじめる。

 相変わらず導きの紐は、道術によって宙に浮かんでいる。

 卓には数名ずつの着飾った男女が座っていて、女奴隷たちの裸身を批評しながら歓談をしていた。

 そのそばを見世物のように進まなければならないのは、さすがの朱姫も屈辱だ。

 やがて、前の方から悲鳴と笑い声が聞こえだした。

 

 なんだろうと思ったがわからない。

 さらに進むと、少し卓が途切れて、再び卓が集まった場所になった。

 

 さっきの卓には召使のようなものがいなかったが、今度はひとつひとつの卓に奴隷と思われる男女の給仕がひと組ずつついている。奴隷だとわかるのはその破廉恥な格好だ。

 男女とも上半身はきちんとした給仕の姿なのに、それは臍までで切断されていて、男女とも股間の部分に、動物の顔を模した面を装着していて、その格好で給仕をしているのだ。

 卓は全部で三十卓はありそうだ。

 それぞれに四人ずつくらい座っているから、この場所だけでも百人以上の観客がいる。

 さっきの給仕のいない卓にいた男女に比べれば、ここに座っている観客は衣装が鮮やかで高貴が感じがする。

 

 それにしても、この場所に限り、行進経路はぐるぐると同じ場所を進む気がした。

 あまり前も周りも見ていないのだが、同じ卓の横を二度ほど見た気がする。

 そうやって歩くうちに、また雰囲気の異なる場所にやってきた。

 いままでは丸い卓がたくさんある場所を縫うように歩いていたのだが、横長に長い卓の前を進むように進んできたのだ。

 横長の卓には一方の面にしか観客は座っておらず、女奴隷を見物する視界を妨げないようになっている。

 

「おう、今度の組はお前たちかい? まあ、頑張りな。この付近にいるのが、奴隷を出している主人たちと審査員が集まる場所らしいさ。腰を振って自慢の性器を見せびらかしな」

 

「ご主人様──」

「ご主人様」

「ご主人様?」

「ご主人様」

 

 朱姫を始めとして四人が一斉に声をあげた。

 しばらく進んだところで、不意に頭の上から宝玄仙の陽気な声がしたのだ。

 顔をあげると、ほかよりもひと際大きな卓に宝玄仙がいた。

 隣には上官太守がいて、上官太守の横は夫人と思われる女もいた。

 また、ほかの卓には四名ずつなのに、その卓だけ倍の人数がいる。

 

 とにかく、この卓だけ、随分と給仕の奴隷の数が多い。

 この卓だけ十人ほどの給仕役の性奴隷が集められている。

 あの紫音(しおん)とかいう女奴隷も宝玄仙の後ろに立っていた。

 どうやらそこは、主賓席のようだ。

 

「おっ、孫空女、お前、なにもしていないのに感じすぎだろう。なんで、お前だけそんなに股ぐらが青いんだよ」

 

 宝玄仙が孫空女の股を見て、突然にげらげらと笑った。

 確かに、孫空女の股だけ以上に青い。

 孫空女は実は羞恥に弱いということを朱姫は知っている。

 

「そ、そんなことを言わないでよ、ご主人様」

 

 前を歩く孫空女が泣きそうな声で言った。

 すると、また孫空女の股ぐらが青さを増した。

 そのとき、突然に前がとまった。

 

 どうしたのだろうかと思ったが、行進経路になっている紐に鼻輪が繋げられているので、それがとまれば、朱姫もとまるしかない。

 朱姫の縄は前を歩く孫空女の股に顔をくっつけるほどの距離まで近づけられて停止した。

 朱姫の後ろの素蛾も同じように朱姫の股間に密着している。

 

 なんとか前を覗いたが、どうやら朱姫たちを含めた十人くらいが、主賓席の前にやってきたところで、まとまって停止させられたようだ。

 十人目は素蛾だったようであり、素蛾までの十人が、前後の行進と切り離されて主賓席の前に停止させられている。

 

 素蛾から後ろは横に逸れて別の経路に進んでいった。

 どうやらこれは、朱姫たちばかりが特別なことをされているのではなく、最初から、十人ずつ主賓席の前に停止させられる動きになっていたようだ。

 そうやって、前の組が終わるまでのあいだ、後ろ側は同じ場所をぐすぐすると回らされているみたいである。

 その証拠に、素蛾のひとり後ろからは、さっき朱姫たちがすでに進んでいた場所と同じ経路を進んでいった。

 とにかく、十人の品評会に出席している性奴隷は、ほとんど密着した状態で主賓席に並ぶ態勢になった。

 

 そのとき、強い霊気の気を感じた。

 おそらく、強い霊気の壁のようなものに十人がすっぽりと包まれたと思う。

 『結界術』とは違うが、霊気の檻のようなもので覆われたようだ。

 

「今度の余興はなにをさせるのかしら、あなた? また、片脚あげ放尿もいいわね」

 

 愉しそうな声をあげたのは、上官夫人の横の夫人だ。

 

「次の札は、宝玄仙殿が引くの番でしたな。宝玄仙殿に箱を──」

 

 上官太守が声をあげた。

 横目で見ていると、宝玄仙の席に小さな獅子の面を股間に装着した男の召使が、装飾のある箱を持っていった。

 宝玄仙が無造作に箱の上から手を入れて一枚の札を出した。

 

「次の出し物は放屁だよ」

 

 宝玄仙が愉しそうに札を頭上にかざした。

 主賓席に座っている男女が一斉に喜んで拍手をした。

 

「放屁の組は初めてでしたな」

 

「でも、匂いが漂うのはいやですわ」

 

 女の観客が声を発したのが聞こえた。

 

「いや、心配いりません。道術で風の壁が作られてありますので、匂いはやってきません。最初の組は下痢便歩きでしたけど、いまは、匂いも痕跡もなにもないでしょう? 女奴隷がいる空間は、いわば閉鎖された場所なのですよ」

 

 上官太守が言った。

 すると、目の前に突然にたくさんの透明の球体のようなものが出現した。

 それがふわふわと宙を漂い女奴隷たちの股に近づいてくる。

 朱姫もひとり前の孫空女の肛門に球体が吸い込まれるように入っていくのを見たし、自分のお尻に空気の塊のようなものが入り込むのを感じた。

 

「ひっ」

 

 朱姫は思わず悲鳴をあげた。

 

「わっ」

 

「しゅ、朱姫姉さん……、いやあっ──」

 

「きゃああ」

 

 朱姫の前後の孫空女と素蛾をはじめとして、ほかの女奴隷たちも一斉に声をあげた。

 急に猛烈な放屁の感覚が襲ってきたのだ。

 それがあまりのも強烈で、とてもじゃないが我慢できない。

 前の方でここまで聞こえるような大きなおならの音と複数の女の悲鳴が聞こえた。

 

「一発目だ」

 

 観客がお祭り騒ぎに喝采する。

 それを合図のように、どんどんをおならの音が聞こえだす。

 また、悲鳴も聞こえる。

 悲鳴は放屁をした女奴隷の声もあるが、顔の前で前の女の放屁を浴びせられる女奴隷の悲鳴が大きいようだ。

 

「いやあああ──」

 

 素蛾の泣くような声がした。それとともに、素蛾の大きなおならの音もした。素蛾は、裸を見られたりよがる姿を他人に晒すのは平気のくせに、口の中を見られたり、涎を垂れ流す姿を晒されるのは凄く恥ずかしがる。

 おならも嫌なようだ。

 素蛾の悲鳴は悲痛なものがあった。

 

「そ、素蛾、ご免──」

 

 いずれにしても、朱姫も限界だ。

 朱姫のお尻のすぐ後ろには素蛾がいる。

 しかも、鼻息を股間に感じるくらいに密着させられている。

 だが、朱姫の意思にかかわりなく、肛門の中で放屁の勢いが拡大し、猛烈な力で外に出ようとする。

 

 ぶうううっ──。

 

 大きな音が鳴り響いた。

 

「ひっ」

 

 素蛾が困惑した声をあげた。



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678 放屁余興と予選の結果

 ぶうううっ──。

 

 大きな音が鳴り響いた。

 

「ひっ」

 

 素蛾が困惑した声をあげた。

 

「恥ずかしい音がしたぞ」

 

「こっちもだ──」

 

 主賓席の観客たちは大騒ぎだ。

 

「いやです。もういやああ──」

 

 素蛾が泣くような声をあげた。

 そして、また素蛾は大きな音の放屁をした。

 朱姫のお尻も一発出したばかりだというのに、もう次の放屁の欲求が襲いかかっている。

 

「朱姫、あ、あたし、だめ──」

 

 孫空女の弱々しい声がした。

 それと真逆の大きな放屁音が朱姫の顔の前で炸裂して臭気が襲った。

 あちこちで絶え間のないおならの音と、女奴隷たちの羞恥の悲鳴が響き渡った。

 そのたびに喚声があがり、朱姫は恥ずかしさで胸が締めつけられるようになる。

 

 しばらく、女奴隷たちの放屁の合唱が続いてから、またもや突然に鼻輪が前に引っ張られた。

 どうやら、主賓席前における見世物が終わったようだ。

 朱姫は再び前を歩く孫空女たちに次いで、前に進みだした。

 

 

 *

 

 

 羞恥の行進が終わった。

 

 再び、最初の大広間に戻ってきた沙那は、拘束を解かれて、なんだか激しい運動をした後のように疲労で座り込んでしまった。

 

 孫空女と朱姫と素蛾も寄ってきた。

 彼女たちもなにも喋らない。

 四人でなんとなく床に座り込んでいた。

 

 ほかの女奴隷たちも同じように座り込んでいる者が多かった。

 しかし、半分以上は、大広間の一角に集まっていった。

 ふと見ると、そのにちょっとした軽食や菓子、あるいは飲み物を受け取れる場所があるようだ。

 沙那たちは、ほとんど時間なく、この場所に入れられたために詳しい説明を受けていなかったが、どうやら品評会に出場する奴隷たちは、自由にそこからものをとって食べたり、飲んだりできるようだ。

 布の幕に隔てられた厠のような場所もある。

 

「わたくし、なにか持ってきます」

 

 素蛾もそれに気がついたようだ。

 立ちあがって向かっていく。

 

「あたしも行くよ」

 

 孫空女がそれを追った。

 沙那と朱姫が残るかたちになった。

 

「ねえ、朱姫……?」

 

 なんとなく沙那は朱姫に話しかけた。

 

「なんですか?」

 

「あんたの道術で操作して、わたしを予選落ちにして……。どうやら、この品評会はかなりの部分を道術で運営しているようじゃないの。だったら、『縛心術』遣ってよ……。わたし、真剣にもういやよ……。負けたい……」

 

 沙那は小さな声で言った。

 

「無理言わないくださいよ、沙那姉さん。一体全体、誰を操作しろって言うんですか?」

 

 朱姫も言った。

 もちろん、沙那も本気ではないので、ただ肩をすくめただけだ。

 

 やがて、孫空女と朱姫が紅茶と菓子を盆に乗せて運んできた。

 四人で床に座って食事となった。

 そうやって、一刻(約一時間)ほどすぎた。

 

「全員、番号の順に整列しろ──」

 

 進行係のような者の声がした。

 

「番号?」

 

 なんのことかわからずに、沙那は首をかしげたが、沙那たち以外の女奴隷たちは、すぐに食器などを片づけて、さっきの前屈歩きの直前のように、大広間を縫うように一列に並びだした。

 

「それじゃないですか、沙那様? サークレットの前面に番号が薄っすらとあるみたいですけど」

 

 素蛾が言った。

 

「あら、本当ね」

 

 自分の額についているサークレットの番号は見えないが、孫空女が“五十八”、朱姫が“五十九”、素蛾が“六十”という数字がサークレットの正面に浮き出ている。

 すると、沙那は“五十七”なのだろう。

 

 沙那たちも急いで、自分たちの番号に割り込んで列に加わった。

 するとすぐに列が進みだした。

 よくわからないが、再び外に出るようだ。

 しかし、今度はさっきのような拘束はされない。

 沙那は両手で乳房と股間を隠しながら、前に続いて大広間の外に進んだ。

 外に出ると、再び篝火で煌々と照らされた通路を歩かされた。

 

 やがて、宝玄仙たち主賓が座っている大きな卓の正面の近くにやってきた。

 さっきは存在しなかった大きな舞台が作られている。

 前を見ていると、ほとんどの女奴隷は舞台にあげられることなく、その前を素通りして進まされている。

 その中でも何人かだけが、台にあがらされていた。

 沙那が舞台の前にやってきたときには、台にあがっているのは十名ほどだった。

 

 どうやら、台にあがるのは、予選を通過した奴隷のようだ。

 座ったまま拍手を送っている主賓席の後ろには、かなりの立ち見の見物人も集まっていて、台にあがるように指名される女奴隷に、歓声とも、野次ともとれない声をかけている。

 

「四十七番、台にあがれ」

 

 舞台の直前で、沙那は舞台にあがるように言われた。

 沙那はがっかりした。

 

 台にあがる直前でちょっとした布で観客席から視界が阻まれる場所が作ってあり、沙那はそこに導かれた。

 そして、そこに明らかに道術遣いだと思われる者がいて、沙那を一瞥して眉をひそめた。

 

「この組か……」

 

 その道術遣いが不機嫌そうにつぶやいたと思った。

 そして、さっと額の『誓いのサークレット』が外されて、別のサークレットと交換された。

 沙那はちょっとだけ驚いた。

 

 朱姫がサークレットの霊具の効果をなくしてしまったのがばれたのか、それとも、予選を通過した奴隷の全員がサークレットを交換するようになっていたのかわからない。

 一瞬だけ後ろを振り向くと、孫空女も沙那に続いて舞台にあがるように指示されたらしく、沙那と同じようにサークレットを交換されていた。

 とにかく、新しいサークレットを装着した瞬間に、最初のサークレットのときと同じように一瞬ぼんやりとした。

 

「両手を頭の後ろにまわして進め。台の上では手をおろすな」

 

 指示があった。沙那の両手はほとんど自覚することなく、頭の後ろに回った。

 台にあがると、わっという歓声があがった。

 大勢の観客の視線が沙那に向けられるのを感じて、裸身を晒す羞恥が襲いかかったが、なぜか手は動かない。

 これは『誓いのサークレット』の力だろうか。

 沙那は、自分よりも前の女たちに並ぶように手を後ろに組んだまま観客に向けて立った。

 すぐに孫空女がやってきた。

 

「あれっ? 朱姫は?」

 

 沙那は孫空女に続いて素蛾がやってきたのを見てびっくりした。

 ふと見ると、朱姫が予選落ちの列にいて歩き、こっちに複雑そうな表情を向けている。

 

 狡い──。

 

 思わず絶叫しそうになったが、なんとか自重した。

 

「朱姫姉さんだけ、予選落ち……?」

 

 素蛾が困惑したようにつぶやいた。

 なにを基準に選んだのかわからないが、朱姫だけひと足早く、このくだらない品評会から解放されたようだ。

 口惜しさに沙那は苛立った。

 

 正面には予選落ちした女奴隷の行進が続いている。

 その向こうが主賓席だ。

 宝玄仙は紫音を相手に遊んでいた。

 紫音に卓の上にある食べ物や飲み物を口にさせ、それを口移しに宝玄仙に運ばせている。

 宝玄仙はあまりこっちを見ていないようだ。

 四人の中で朱姫だけが予選落ちしたのも、いまのところ気がついていないかもしれない。

 

 やがて、二十人が揃った。

 ふと顔を見たが、百人の女たちから選ばれるだけあって、全員が容姿端麗だと思った。

 

「……この二十人で明日からの品評会の本戦を戦います。明日の一回戦は、“我慢勝負”──。開始時刻は……」

 

 司会が口上を述べている。

 我慢勝負というのが、どんな競技かわからないが、言葉の響きから禄でもない勝負というのだけはわかる。

 だが、観客は大喜びだ。

 

 宝玄仙が初めて、本選に朱姫が選ばれなかったことに気がついたらしく、舞台の二十人をきょろきょと見渡していた。

 沙那は、そのとき初めて上官太守の女奴隷の誰も予選を突破していないことにも気がついた。

 

 どうでもいいけど、二十人に選ばれてしまったのだ。

 沙那は心の底からがっかりした。

 

 

 

 

(第101話『奴隷品評会・予選』終わり、第102話『奴隷品評会・一回戦』に続く)



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 第102話 奴隷品評会・一回戦【上官太守Ⅱ】
679 迫りくる尿意


「ご主人様、もう許じて……。もうだめえ……」

 

 上官(じょうかん)太守の屋敷の庭を歩いていた朱姫が、息も絶え絶えにがっくりと膝をついた。

 

「ちょ、ちょっと朱姫さん……。ま、また、叱られますよ……」

 

 朱姫の首輪に繋がった鎖を引かせていた紫音(しおん)が困惑したように言った。

 紫音はこの奴隷品評会を主催している上官太守の性奴隷だが、この品評会のあいだは、宝玄仙専属の性奴隷としてあてがわれている。

 

 今日の紫音の服装は、昨日股間に装着させていた動物の面の代わりに、首に結んだリボンを股間の下まで垂らすというものだ。

 そうすると、じっと立っているあいだはリボンは股間を辛うじて隠すのだが、風が吹けば紫音の恥毛の生えた股間は露わになることになる。

 なかなかに扇情的であり、宝玄仙は気に入っている。

 そんな格好の紫音に、素っ裸の朱姫を引きずらせてきたのだ。

 

 ただの裸ではない。

 夕べの夜半過ぎから、肛門を責める張形の霊具を入れっぱなしにしている。

 そのため、朱姫は意識朦朧の状態だ。

 

 さすがに尻穴の弱い朱姫の尻穴に張形を挿し入れて最高振動のままにしておいては半刻(約三十分)で白目を剥いて気を失ってしまうと思ったので、微弱な振動のままで入れっぱなしにしている。

 だが、これだけ長時間ともなれば、朱姫はすでに限界を越えているらしく白目を剥きかけている。

 微弱な振動でも朱姫には十分な刺激のようであり、朱姫はこの半夜のあいだに限りない絶頂を繰り返し続け、いまもそれは続いている。

 

 寝台に拘束した朱姫の横で休ませていた紫音によれば、朱姫が達した回数は少なくとも五十回を超えるはずだという。

 それだけ達し続ければ、普通の女なら歩くことはおろか、意識を保つことさえできないと思うが、さすがは血の半分は丈夫な純粋亜人の血が流れている朱姫だ。

 朱姫に嵌めた首輪の後ろに両手首を拘束した手錠を繋げて連れてきたが、何度も何度もうずくまりながらであるが、なんとか朱姫は品評会の会場まで自分の足で歩いてきた。

 

 しかし、もう、一歩も進めないのか、主賓席の前で頭を地面につけ、尻だけをあげた状態でうつ伏せに倒れ、それから動かなくなってしまった。

 

「なにやってんだい、朱姫──。わたしの供ともあろうものが、呆気なく予選落ちした罰だよ。情けないと思わないのかい──。今日は、沙那たちが頑張っているあいだ、大勢の見物人の前で公開輪姦だよ。そのための男衆は、太守に集めてもらっているんだ。お前の嫌いな男との性交だ。罰としてはちょうどいいさ」

 

「ご、ごしゅひんさま……ゆるひて……」

 

 朱姫が地面に押しつけた顔から泡のようなものを吐き出しながら言った。

 尻穴が極端に弱い朱姫はもう限界なのだろう。

 

 とりあえず、朱姫の尻穴に挿さっている張形を静止した。

 朱姫が身体を横倒しにする。

 意識を手放そうとしているようだ。

 宝玄仙はそうはさせまいと、朱姫の尻に挿さっている張形から電撃を加えた。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 朱姫が絶叫してのたうちまわった。

 

「なに、許可なく寝ころんでいるんだい、朱姫──。罰だと言ったろう──。立つんだよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげながら電撃をとめてやった。

 朱姫は両手を首の後ろにつなげられた不自由な恰好で、ふらふらと頼りない足取りで立ちあがった。

 倒れたために全身にかいた汗やまるで小便でも洩らしたようになっている股間に砂がまとわりついている。

 紫音が布を持って朱姫の身体からその砂を拭き落としている。

 

「おはようございます、宝玄仙殿……」

 

「やあ、太守」

 

 主賓席にはちらほらと客が集まりだしていた。

 夕べの予選に引き続いて、今日から本選が始まるのだ。

 すでに主賓席の周辺には、見物の客がひしめいているが、主賓席そのものは、まだ半分というところだ。

 だが、上官太守はすでにやってきていて、宝玄仙の姿を見つけると、微笑んで駆け寄ってきた。

 

「おお、紫音──。なかなかの恰好じゃないか──。正装の上衣から垂れたリボンで股間を隠す……。ううん……。これもなかなか卑猥でいい……。今度使わせてもらいますよ、宝玄仙殿」

 

 上官太守が、紫音の服装を眺めながら嬉しそうに言った。

 じろじろと太守に恥ずかしい姿を見られる紫音が顔を赤くした。

 

「それよりも、太守。夕べ頼んだものは準備してくれたかい? こっちの準備は十分だよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 この気のいい太守とはすっかりと打ち解けたが、太守に依頼してあったのは、粋のいい男の性奴隷十人の準備だ。

 それに朱姫を輪姦させるのだ。

 それも奴隷品評会本戦とは別に会場を作ってもらい、そこで公開輪姦をするつもりだ。

 この奴隷品評会には、大勢の観客が集まっているので、そういう別の催しも喜ばれるだろう。

 朱姫への罰だ。

 宝玄仙の供ともあろう者が予選落ちなど許されるわけがない。

 

 もちろん、ただ犯されるだけじゃない。

 朱姫の肛門に挿している張形は作動させっぱなしにする。

 尻の弱い朱姫が、尻を霊具で犯されながら、さらに女陰を男奴隷に輪姦されるのだ。

 おそらくまともに意識を保つことさえできないだろう。

 

 だが、気絶も許すつもりもない。

 宝玄仙の肛門の霊具は、朱姫が意識を失おうとすれば、電撃で自動的に覚醒させることになっている。

 朱姫が瀕死の状態まで追い詰められるのは間違いない……。

 

 少女の姿の朱姫が、死にかけたような状態でひたすら男たちに犯され続けるのだ。

 まあ、いい見世物になるだろう。

 

「もちろん、できていますよ……だけど、宝玄仙殿も奴隷扱いが酷いですねえ。予選落ちしたくらいで十人の男奴隷からの公開輪姦の折檻ですか?」

 

 上官太守が苦笑した。

 

「当然だよ……。あれっ? そういえば、お前のところの性奴隷も全員予選落ちじゃなかったかい?」

 

 宝玄仙は思い出して言った。

 上官太守も五人ほどの性奴隷を予選に参加させていた。

 だが、その全員が本選に選ばれた二十人には入っていなかった。

 

「私の奴隷たちは、まあ、主催者としての面目として参加させたようなものでしてね……。ここだけの話ですが、もともと本戦には選ばれない手筈だったのですよ」

 

「おや、そうなのかい」

 

「ええ。女奴隷の参加を呼び掛けておきながら主催者の私が女奴隷を参加させないというわけにはいかなかったのでね。でも、彼女たちは貴重な道術遣いですから、今回の品評会では、すでに様々な正面で黒子として働いてもらっています」

 

「おや、お前のところの奴隷は、全員が道術遣いなのかい?」

 

 宝玄仙は少しだけ驚いた。

 人間族では、道術遣いというのは貴重な存在だ。

 それを何人もの道術遣いを奴隷として保有しているなど、それだけでも上官太守がかなりの権勢家であることがわかる。

 

「そういうわけです……。ところで、宝玄仙殿に言われて準備した会場に案内しますね」

 

 上官太守が案内をするような仕草をした。

 

「頼むよ……。さあ、いくよ、朱姫──。覚悟はいいだろうね──。紫音、連れておいで」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「ゆ、ゆる……じ、で……」

 

 朱姫が情けない声をあげて、ふらつく足取りで紫音の引っ張る鎖に引かれて歩き始めた。

 

 

 *

 

 

 沙那たち二十人の女奴隷は、あの大広間に隣接された建物でひと晩をすごして朝を迎えた。

 奴隷の待遇としては、十分な扱いといえただろう。

 全員に個室が与えられ、食事や飲み物も集会場のような場所から自由に持っていけるようになっていた。

 身体を洗う湯のある場所もあり、そこも自由に使えた。

 沙那は久しぶりに快適なひと晩を過ごすことができた。

 ただし、身に着けるものは与えられなかった。

 二十人の奴隷は、その施設の中で朝まで素裸ですごしたのだ。

 

 そして、朝食が済むと、再び、昨日予選をする前に集められた大広間に集合させられた。

 奴隷の宿泊施設と大広間は渡り廊下でつながっていて、野外に出ることなく移動することができる。

 そこに集まると、全員が手首と足首に真っ赤な革の帯を巻かれ、横隊に整列させられた。

 

「また、禄でもない競技が始まるのね……」

 

 沙那は溜息をついた。

 

「まあ、そんなことを言わずに、こうなったら頑張ろうよ、沙那」

 

「わたくし、朱姫姉さんの分も頑張ります」

 

 沙那の横にいる孫空女と素蛾が言った。

 横隊に並んだ沙那たちは、係のものから一杯ずつの水のような透明の液体を渡され、合図とともに飲めと言われた。

 ただの水でないことは明らかだが、

 

 拒否することは許されないのだろう。

 それに、額に巻いている『誓いのサークレット』の影響なのか、誤魔化して飲むのをやめようという気は起きない。

 沙那は、ほかの奴隷と同じように水を飲んだ。

 それがなんの液体だったのかはすぐにわかった。

 

「くっ……」

 

 水を一気に飲み干して、杯を回収される頃には、もう効果が表れ始めたからだ。

 猛烈な尿意が襲ったのだ。

 沙那は思わず股間を押さえた。

 こんな効き目の早い薬液は、道術のこもったものに間違いない。

 あっという間に腿が震えるほどの尿意が込みあがっている。

 

「ああっ」

 

「はあ……」

 

「いやあ……」

 

 あちこちから女奴隷たちの苦しそうな吐息が聞こえだす。

 横の孫空女と素蛾も両手で股間を押さえて腰を曲げている。

 それくらい強い尿意なのだ。

 

「いくらでも垂れ流してよいぞ、お前たち……。ただし、その場でな」

 

 すると、水を配った進行係の男のひとりが意外なことを言った。

 わざわざ利尿剤を飲ませたのは、大勢の観客の前で尿をさせて、辱めるためだと思ったのだ。

 だが、その場でせよといわれても、ここはただの床だ。

 尿意は強いが、それには躊躇いがある。

 

 だが、我慢をしていても、もうすぐ外に連れ出される気配だ。  

 このまま外に出れば、今度はたくさんの見物人の前で放尿をすることになるだろう。

 それに沙那は尿意とともに、もうひとつの刺激に悩まされていた。

 沙那の身体は、尿意を覚えると尿道が快感となって疼くというおかしな身体になっている。さっきから尿意とともに始まった強い下腹部の快美感にも襲われていた。

 

「あ、あたし、するよ」

 

 すぐに孫空女がしゃがんだ。

 

「わたくしも……」

 

 続いて素蛾も座り込む。

 沙那も躊躇うのをやめた。

 二十人の女の全員がその場に座り込んだ。

 

「きゃああ」

「なに?」

「ひいっ?」

「いやああ──」

 

 だが、すぐに全員の悲鳴が大広間にこだました。

 進行係の男たちは十人ほどだったが、その全員が女奴隷の姿に大笑いした。

 

「よし、大丈夫なようだな──。さっきの薬液は強い尿意を与えるが、排尿そのものは道術で解放しなければすることはできんのだ。停止させられている放尿は競技が開始すれば解放される。女奴隷の放尿姿は最初の競技の演出のひとつだ。そのときに、せいぜい派手に垂れ流して、観客たちを愉しませてやってくれ」

 

 進行係が笑いながら言った。

 そして、二十人の女奴隷は強い尿意のまま外に連れ出された。

 なんという意地の悪いやり方だろう。

 沙那は鼻白んでしまった。

 

 外は、すでに見物人でいっぱいだった。

 女奴隷の進む通路の両端には縄が張ってあるのだが、その縄沿いに隙間なくびっしりと客が集まっている。

 

 沙那は両手で身体を隠しながら、歓声とも野次ともつかない見物人の掛け声の中を通り抜けていった。

 排尿はできないとわかっても尿意はある。

 どうしても、脚がよろめき腰を引いた格好になってしまう。

 沙那をはじめとした女奴隷たちは、例外なく。裸身を前に折り曲げるように通路を歩いた。

 

 それに、尿意があるのに、排尿ができないというのは、肉体的にもかなりつらい。

 沙那もほかの奴隷と同じように、みっともなく腰を屈め、震える股間を押さえながら歩いた。

 

 それにしても広い庭だ。

 昨日は夜だったので気がつかなかったが、ここからでは庭の端は見えない。

 それくらい広いのだ。

 庭全体が庭園となっていて、ここから見える限りでも樹木や花などが延々と整備されている。

 その広大で美しい庭園全体に人が溢れており、とにかく大変な賑わいだ。

 貴賤と問わずに本当にたくさんの見物人が集まっている。

 

 また、女奴隷の破廉恥な品評会だけでなく、あちこちでさまざまな催しものをやっているようだ。

 大道芸人の姿もちらほらと見えるし、珍しい動物を集めている場所や遊戯施設のようものもあるようだ。

 

 そして、子供も多い。

 こんな性奴隷の痴態を見物するような催しを子供に見せるというのは、沙那の倫理観では許されないが、この退廃的な国ではどうということはないのだろう。

 実際、主演目である女奴隷の品評会側にも、大人たちと混じって女奴隷の裸を見物している子供も大勢いる。

 

 女奴隷の行進経路は、一直線に主会場に向かうことはなく、意図的にくねくねと長い道のりに作ってあるようだ。

 かなり長く沙那たちは歩かされた。

 

 そして、それは沙那をいよいよ苦しめていた。

 尿意だけのことではない。

 

 下腹部に尿がたまると、尿袋が尿で揺れ、それがまるで淫具で責められているような疼きに変化してしまう。

 沙那はどうしても歩きながら甘い吐息をかいてしまうし、女の亀裂は恥ずかしい蜜をどんどんと滲み出していく。

 しっかりと股間を押さえている沙那の指にねっとりとした蜜が絡みだした。

 

「はああ……」

 

 沙那はついに耐えられずに、立ち止まってぶるぶると太腿を震わせるような仕草をしてしまった。

 

「さ、沙那、大丈夫かい……?」

 

 後ろを歩く孫空女が心配そうな声をかけてきた。

 

「う、うん……。で、でも──」

 

 しかし、股間の疼きはかなり強いものになっていて、とにかく、沙那は息を整えようとした。

 

「こらっ、そこ、とまるな──」

 

 すると血相を変えた案内係の男の声が浴びせられた。

 沙那は慌てて、脚を前に出した。

 

 やがて、やっと主会場が見えた。

 昨夜と同じように正面に主賓席があり、上官太守をはじめとして貴人らしき者たちがそこに座っている。

 宝玄仙の姿はなぜか見えず、上官太守の左隣の席は空席になってた。

 

 また、その主賓席を囲むようにかなりの立ち見の見物人もいる。

 そのとき、どこからか、大きな歓声があった。この主会場から少し先の方向だった。

 そっちに視線をやると、そこでもほかの催しをやっているようだ。

 見物人が取り囲んでいるのでよくは見えなかったが、見物人の輪の中には、裸の男の尻が幾つか見えた。

 さらにその隙間からは、女が男に組し抱かれているような光景が見えた気がした。

 よくはわからないが、大変な騒ぎだ。

 

 主会場の舞台の前に到着すると、前から順に女奴隷たちは舞台にあげさせられた。

 だが、沙那から後ろは舞台の袖でとめられて待たされた。

 

 どうやら、十人ずつあがるようだ。

 だが、尿意に迫られている沙那たちにとっては、ただ待つというのも拷問だ。

 待たされることになった沙那たち十人の女奴隷たちからは一斉に苦しそうな吐息が出た。

 

 一方、舞台にあがった先頭十人については、それぞれに身体を押さえながらもじもじと立っている。

 

「さて、一回戦は我慢競技です。競技は、女奴隷の忍耐度だけではなく、その耐える姿の美しさについても加点の対象となります。従ってもっとも我慢した者が一位とは限りません──。いずれにしても、今日の一日で三種目が行われ、その三種目が終わったのち、明日の決勝に残る四名が発表されます」

 

 進行係が口上を言うと、観客たちが一斉に拍手と歓声をあげた。

 沙那は、少なくとも、残り三種目はくだらない競技をしなければならないのだと思ってげんなりした。

 

 すると、舞台が突然に白い煙に包まれた。

 どよめきが起きる。

 

 煙はすぐに風に流されて消滅したが、煙がなくなるとそこに十本の柱が出現していた。

 柱の太さは小さな子供の胴体のほどだ。

 高さは人間の背丈の倍はある。

 

 だが、沙那を唖然とさせたのは、その悪趣味な形だ。

 真っ白に塗られた柱には裸の男の裸身が彫ってある。

 しかも、柱の彫刻の男の腰には、本物そっくりの勃起した怒張がある。

 また、さらに十本の柱の前には膝下くらいの高さの大きな砂時計もある。

 女奴隷たちはその柱に背を当てて、両脚で柱を挟むように立つように要求されていた。

 そして、両手は頭上に高くあげさせられていた。

 

「きゃああ──」

「ひゃっ」

「きゃっ」

 

 十人の女奴隷たちから悲鳴が起こった。

 女たちが手足と足首と触れさせた場所の柱の部分から真っ白い手が四本出て、女たちの手首と足首を掴んだのだ。

 沙那もただの彫刻がある木の柱だとしか思っていなかったのでびっくりした。

 

「さあ、お前たちは裏で待機だ。そのあいだ、水は飲み放題だぞ」

 

 係の男が意地の悪そうな言葉をかけて、沙那たち後ろの十人と舞台の後ろに促した。

 そこは、大きな幕に囲まれていて周囲から隔離されていた。

 確かに台に水差しと杯が置いてあったが、手を出す者はいない。

 何人かの女奴隷はしゃがみ込んで排尿をするような格好になったが、やっぱり出ないのだろう。

 苦しそうに顔をしかめている。

 そのとき、裏側になる舞台から、けたたましい女奴隷たちの悲鳴が始まった。

 同時に揺れるような歓声も起こる。

 

「な、なに?」

 

「なにをやってんでしょうか?」

 

 沙那のそばに立っている孫空女と素蛾が不安そうな声をあげた。



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680 寸止め放尿と童女踊り

 阿鼻叫喚――。

 

 大歓声と喝采――。

 

 悲鳴と絶叫――。

 

 無数の笑い声――。

 

 そんな感じだった。

 沙那は尿意に苦悶しながら、幕の中に聞こえてくる舞台からの音や声を聞いていた。

 

 かなりの長い時間だった。

 おそらく、半刻(約三十分)はかかったのではないだろうか。

 そのあいだ、排尿を道術でとめられた強烈な尿意に苦しむのはつらかった。

 十人の奴隷の中には股間を押さえて泣き出してしまうものも現れた。

 

 しかし、だんだんと裏の舞台の悲鳴の数が少なくなってきた。

 女奴隷の悲鳴と思われる声は完全にはなくなることはなかったが、なんとなく、観客が落ち着いてくる気配が感じられてきたのだ。

 やがて、大きな拍手があり、さらに大勢の人間が舞台から移動していく音と物が動かされる音が聞こえてきて、女の悲鳴をかき消した。

 

「お前たち、時間だ――。出ろ――。順番に並べ」

 

 幕に進行係が入ってきて言った。

 先頭は沙那だ。

 沙那は股間と胸を隠しながら幕の外に出る出入り口に立った。

 道術で排尿を停止させらているといっても、尿意を自分で耐えているのと同じ苦しさが存在する。

 沙那の全身は脂汗にまみれ、俯いた額からはかなりの汗がぽたぽたと流れ落ちた。

 

「く、苦しいです……、孫様……」

 

「が、頑張って、素蛾……。た、多分、もうすぐ、おしっこは出せるよ……」

 

 孫空女と素蛾の励まし合う声がした。

 ほかにも呻き声をあげ続ける女奴隷の声や、あまりの苦しさに完全に泣きじゃくっている声も聞こえる。

 

「歩け、奴隷ども――」

 

 進行係が怒鳴った。

 沙那は係の男について歩き出した。

 

 舞台にあがると、台上を五人ほどの女奴隷が掃除をしている。

 床の上は尿の跡なのか水びだしだったが、奴隷女たちがそれを雑巾で拭きとっている。

 奴隷女たちは裸身に前掛けだけをつけている半裸の格好だった。

 

 だから、雑巾がけのために腰をあげると尻が丸見えだ。

 その尻に、なぜか風車が差し込んである。

 その風車が、奴隷女たちが雑巾がけで動くと、くるくると回るのだ。

 観客たちはその光景に喜んで笑っていた。

 特に、小さな子供たちが大喜びであり、立ち見の観客の前には結構な数の子供が前に出てきている。

 

 沙那たちがあがっていくと、見物人の観客たちがわっと拍手をした。

 主賓席をちらりと見る。

 相変わらず宝玄仙の姿はないようだった。

 卑猥な出し物は、この主会場だけではないようなので、どこか別の場所で愉しんでいるのだろうか。

 

 沙那たち十人は、最初の組がされたように、男の裸身の彫刻のある白い柱を背に立たされた。

 柱を脚で挟むように立って両手を高く掲げると、柱から四本の手が出現して手首と足首を持った。

 

「ひゃあっ」

「きゃああ」

「ひいいっ」

 

 十人の女奴隷たちから一斉に悲鳴があがる。

 沙那も同じだ。

 手首と足首を支える手が出現した直後に、柱の彫刻の腰を密着させている部分がもそもそと動いたのだ。

 まるで勃起した男根が、頭をもたげて背後から犯そうとするかのような動きだった。

 突き挿されはしなかったが、怒張の先端のようなものがしっかりと沙那のお尻の穴に当たる。

 

「前段の組は女陰でしたが、後段の組に対する彫刻の怒張は女奴隷たちの尻の穴に向かうようにしております。後ろ側なだけに接合の部分が皆様から見えないのは残念ですが、その代わり競技の最中の女奴隷の表情の変化で、だんだんと彫刻の怒張が女奴隷たちの尻穴を抉っていくのをお察しください」

 

 司会役らしい男が言った。

 

「お、お尻?」

 

 横の孫空女がびっくりした声をあげた。

 沙那も驚いた。

 よくはわからないが、お尻に当たっているのはやっぱり彫刻の男根であり、それは競技とともに入ってくるらしい。

 

「いやああ、お尻なんていやああ――。そんなの無理です――」

 

 向こうの方から女奴隷の悲痛な絶叫もした。

 沙那たちはしっかりとお尻でも男を受け入れられるように調教されてしまっているが、その女奴隷はお尻になにかを入れるということをやったことがないのかもしれない。

 その悲痛な声に沙那は気の毒になった。

 

 それにしても、もう尿意はのっぴきならない状態だ。

 あまりの苦しさに全身の震えはとまらないし、息も荒い。

 しかも、ほかの者は、それは尿意の苦しさだけによるものだが沙那は違う。

 溜まって破裂しそうな尿袋から強い快美感が襲い続けているのだ。

 それが、甘い疼きになって沙那をさらに苦しめる。

 沙那は懸命に口をつぐんでいた。

 

 口を開けば、おかしな嬌声が洩れ出てきそうなのだ。

 女奴隷たちが一生懸命に苦しんでいる横で、不自然な甘い声を出すのは変だ。

 しかし、沙那をよく見れば、沙那が尿意だけではなく、欲情していることは明らかだろ。

 身体が異常なほどに火照って真っ赤だし、開いた股間からはすでに蜜が溢れて内腿を汚している。

 

 宝玄仙や朱姫が見物席に混じってなくてよかったと思った。

 あのふたりがいれば、絶対にめざとく沙那の醜態を見つけて、大声で囃し立てたに違いない。

 そういえば、ひと足先に、このろくでもない競技を抜けていった朱姫はどうしただろう?

 

 宝玄仙のことだから、予選で敗退した朱姫にはこっぴどくお仕置きでもやりそうだが……。

 どうでもいいが、競技はまだか。

 

 沙那は懸命に尿意と疼きに耐えた。

 もう、沙那はこの大勢の見物人の前で放尿する恥を晒すことを戸惑う気持ちよりも、一刻も早く排尿したいという気持ちが完全に強かった。

 排尿を許された瞬間に排尿するつもりだ。

 女奴隷たちは悲鳴をあげるだろうから、それに快感の声を誤魔化そうとも思った。

 

「さて、では、もう少し掃除には、時間ががかかりますから、子供たちの踊りをそれまでお愉しみください――」

 

 司会が声をあげるとともに、音楽が鳴り響きだした。

 舞台の下の主賓席と舞台のあいだの地面に、さっと桃色の舞踏衣装を身に着けた五歳から十歳くらいの童女が十人ほど出てきた。

 そして、その子たちが音楽に合わせて華やかに踊りだしたのだ。

 その微笑ましい光景に拍手が起こった。

 

 もっとも、そんなもので時間を延ばされる沙那たちには、堪らない拷問のようにも感じた。

 女奴隷たちも一斉に失望の吐息をついた。

 

 舞台の上では、柱に拘束された競技者である女奴隷の素っ裸の苦悶の姿――。

 

 尻に風車を挿して、床を拭き回る半裸の女奴隷たち――。

 

 舞台の下では可愛げな童女の踊り――。

 

 それが同時に繰り広げられるという異様な光景が目の前に出現している。

 そのとき沙那は、舞台の下にある小さな黒い箱に気がついた。

 縦長の人が入るほどの高さの箱だ。

 第一組が舞台にあがるときには、間違いなくあんなのはなかったと思う。

 あれば気がつくくらいの大きなものだ。

 

 童女たちの踊りは、その箱の横側で繰り広げられていた。

 踊りは舞いのようなものではなく、手足を曲げたり、腰を大きく振ったりする激しい踊りだ。

 音楽の調子は速くて、童女たちが目まぐるしく動きまわる。

 やがて、音楽が最初の出だしの部分に戻った。

 すると、十人の童女がさっとふたりずつの組になり、お互いの下袍に手をかけた。

 

「いいぞ――」

 

「ほおお――」

 

「最高だ――」

 

 喝采が起きた。

 童女たちがお互いの下袍を強く引っ張ると、下袍部分が外れて、童女たちの剥き出しの股間が現れたのだ。

 そういう仕掛けになっていたようだ。

 

 今度は最初と同じ踊りを下半身が裸身の状態で踊り出す。

 さっきまでの微笑ましい踊りが、あっという間に淫靡で退廃的なものに変化する。

 下半身を剥き出しにした童女が足を開き、腰を振り、観客に尻を突き出して性器を露出する姿は本当に卑猥だ。

 沙那は苦しさも忘れて目を丸くした。

 そして、あんな童女まで性的なことをさせるこの国の風習に改めて驚いた。

 

 下半身だけが裸体になった状態での一連の音楽と踊りが終わると、また童女たちがお互いの服に手をかけた。

 今度は童女たちは全裸になった。

 

 ただし、童女たちの平ぺったい胸の部分には、手のひらほどの花がついている。

 全裸の童女たちが、胸にふたつの花をつけただけの全裸で、また同じ踊りを繰り返しだす。

 上衣を着ているときには襟でわからなかったが、全員が奴隷の首輪をしている。

 

 この十人の童女は全員が奴隷少女のようだ。

 童女たちの全裸踊りが続く。

 もう観客は大喜びだ。

 

 童女たちが観客の方に尻を突き出したり、開いた股間を晒したりするたびに、大きな拍手が起きた。

 

 音楽が佳境に入りだした。

 童女たちが集まりだす。

 

 一番小さい五歳くらいの童女ふたりが抱えられて、十歳くらいの四人の童女の肩に乗った。

 ひとりの童女の肩に乗るのではなく、ふたりの童女の肩に大きく左右の脚を開いて乗るのだ。

 柔らかいその女の子ふたりの股はほとんど水平に開いている。

 肩に童女が乗っている少女四人が、小さな童女を乗せたまま、がに股になって腰を突き出すようにする。

 ほかの四人は、観客側に股間を向けるようにして、身体を反り返らせて手を地面につける。

 

 音楽が終わった。

 それと同時に、十人の童女が一斉に放尿し始めた。

 割れんばかりの拍手が起き、地面が揺れるような歓声がした。

 

「ああ……」

 

「はあ……」

 

「あっ……」

 

 一方で舞台で待たされ続ける女奴隷から、元気な放尿を続ける童女たちをうらやましがるような声があがった。

 そして、いつの間にか、床を拭いていた奴隷女たちがいなくなっている。

 童女たちの裸躍りに気を取られているうちに、床の掃除も終わったようだ。

 放尿の終わった童女たちも、脱ぎ捨てた服を抱えて舞台の袖に駆け去っていく。

 

「さあ、お待たせしました――。やっと、準備が整ったようです。それでは、女奴隷品評会、第一競技のくすぐり地獄の第二組です――。女奴隷の我慢強さと耐える姿の美しさと淫靡さが採点されます。また、一組目のときに説明しましたように、この競技では各組ひとりずつ。合わせて二名の脱落者が出ます」

 

 司会が陽気で大きな声をあげた。

 

 くすぐり――?

 

 沙那たち女奴隷から動揺の声が一斉にあがった。

 

「きゃあああ――」

「いやあああ――」

「ひいいい――」

 

 女たちの全員が悲鳴をあげた。

 背にしている白い柱の側面からたくさんの白い手が発生して、裸身をくすぐる態勢になったのだ。

 その手は全部で三十本はあるだろう。

 その指が肌の直前でとまっている。

 その柱から飛び出した無数の手は二の腕から脇、横腹、乳房、臍の周り、腰には左右と前後から開いた腿の両側に伸びている。

 

「いやああ――」

「助けて――」

 

 さらに悲鳴があがった。

 沙那は呻き声をあげただけで悲鳴まではあげなかったが、立たされている脚のうち、片脚だけが横開き気味で腰近くまで上げられたのだ。

 あがった足の裏にも新たに出現した手がくすぐりの態勢を作った。

 そのあまりものたくさんのくすぐりの手に、沙那は全身に怖気が走った。

 

「くすぐりは、それぞれの女奴隷たちが排尿を始めると同時に始まります。従って、目の前の砂時計が落ち終わる五分()のあいだ尿を耐えれば、くすぐりは始まりません。最初の組は五分を耐えた奴隷はおりませんでしたが、今度はどうでしょうか――?」

 

 司会が朗らかに言った。

 だが、この状況で五分も尿を我慢できるわけがないと思った。

 とにかく、五分くすぐりを耐えればいいのだ。

 沙那は、もう排尿を耐える努力はしないと決めた。

 

「そして、最初の組と同様に、もっとも最初に排尿をした女奴隷は今回で競技は終わりです。ただし、本日の夕刻までくすぐり地獄を味わってもらいます――。さあ、ひと組目の罰奴隷の状況はどうなったでしょうか? では、見てみましょう。結界で封鎖していた音を解放します」

 

 最初のひとりは脱落――?

 

 そういえば、さっき、この組から一名の脱落者を出すと言っていた。

 それはいいいのだが、夕方までくすぐり――?

 沙那は耳を疑った。

 

「沙那、あの箱、道術が立ち込めているよ」

 

 横で拘束されている孫空女がささやいた。

 

「いやあああはははは……だ……ず……いやはははは……け……で……も、もうだめ……ひひひひひひひ……そ、そこはいやああああ……ひゃははははは――いやあああ――あははははは――おねがい――や……やめて――ひゃはははははは――」

 

 次の瞬間、女のものすごい悲鳴が箱の中から聞こえてきた。どうやら、声や音を遮断していたようだ。

 箱の壁が取り払われる。

 

 女奴隷が二本の柱に両手両脚を拡げて立っていた。

 縛られているのではなく、手首と足首の先が離れた二本の白い柱の側面に埋まっているのだ。

 そして、両側の柱からおそらく五十本が超える小さな手が出現して、女の裸身のあちこちをくすぐり続けている。

 

 ぞっとした。

 こんなのを夕方まで――。

 

 くすぐり続けられている女は発狂したかのように暴れ回っている。

 ここからは正面の顔はよく見えないが、顔も鼻水と涎ですごい状態のようだ。

 脚の下には尿なのか、あるいは汗なのか、まるで水でも浴びたような大きな水たまりができている。

 

 あんなのは絶対に嫌だ――。

 沙那は身震いした。

 ほかの女たちからも息をのむ声が聞こえだす。

 

「くすぐり刑の奴隷は、長時間のくすぐりでも身体に耐性ができないように道術がかけ続けられています。発狂のおそれもありますが、その場合は、主催者の上官太守が相場で買いあげることが決まっております。持ち主の主人様たちと太守との話し合いで、この罰が成立しました。大切な女奴隷を品評会の盛りあげのために、この罰を容認して頂いた主人の方に拍手をお送り下さい」

 

 すると、主賓席ではない横の卓にいた老婦人が微笑みながら立ちあがって手を振った。

 あの婦人が一組目で負けて、舞台の下でくすぐり責めを受けている哀れな女奴隷の主人なのだろう。

 観客からその婦人に対する拍手が起きた。

 

 沙那は恐怖した。

 この流れの中では、絶対に宝玄仙は供を守らない。

 先に排尿してしまえば、同じように夕方までのくすぐり責めを受けることになるだろう。

 

「そ、孫女、素蛾、絶対に負けちゃだめよ」

 

 沙那は横を向いて叫んだ。

 孫空女と素蛾は、蒼い顔をしてうなずいた。

 

「では、舞台の女奴隷たちの停止させていた排尿を解放します――。競技開始です――」

 

 司会が絶叫した。

 

「ふくうううっ――」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 沙那の悲鳴は、とめられていた排尿が解放されたことで、尿道がぶるぶると刺激した感じがしたことによるものだ。

 その大きな疼きで、沙那は悲鳴の第一声をあげてしまった。

 

「いやああ――」

「たすけて――」

「で、でちゃううう――」

 

 女奴隷たちが悲鳴をあげだした。

 一方で眼の前の大きな砂時計が砂を落としだす。

 また、身体に迫っているたくさんの手の指は、女奴隷を威嚇するように宙をくすぐるように動き出す。

 そのおぞましさに、全身の毛穴から冷や汗が吹き出る。

 

「ああ――」

 

 沙那は断末魔のような声をあげてしまった。

 あまりの苦しさに、沙那は神経が焼き切れるようだった。

 ほかの女たちも苦しそうな声を出している。

 

「ひぎいいっ」

「ぐううっ」

 

 女たちが声をあげた。

 

「はああっ」

 

 沙那も声をあげた。

 肛門を抉りかけていた彫刻の怒張がぶるぶると震えだしたのだ。

 しかも、ゆっくりと肛門の中に入り込もうとしている。

 限界の尿意を耐えて両腿をうねらせていた沙那たちに、さらに肛門への刺激を加えるのはあまりにも酷い仕打ちだ。

 

 出る――。

 

 沙那は懸命に歯を食い縛った。

 絶対に最初の排尿をするわけにはいかない。

 舞台の下では、一組目の犠牲者がいまだに狂ったような悲鳴をあげて笑い続けている。

 

「ああっ……」

 

 しかし、尿意だけではなく、快感にも耐えなければならない沙那には、もう我慢することはできなかった。

 くらくらとした目まいに襲われ、骨が砕かれるような戦慄が身体に走った。

 沙那は無意識に全身をのけ反らすように動かしていた。

 

「いやああああ――」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 排尿よりも先に絶頂が来た。

 我慢しすぎた尿袋が溜まった尿で激しく刺激されて強い快感が迸ったのだ。

 

「んくうううっ――」

 

 沙那はがくがくと無意識に腰を振っていた。

 これだけの観衆の前で、よりにもよって沙那は膀胱に尿が溜まって沙那は絶頂してしまったのだ。

 激しい羞恥に包まれる。

 

 会場を揺らすような歓声が起きた。

 そして、もう我慢するなど不可能だった。

 次の瞬間、沙那は激しく音をたてて床に尿を叩きつけていた。

 

「二組目の罰奴隷の決定です――」

 

 司会が叫んだ。

 沙那は絶望に包まれた。



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681 地獄の無限くすぐり

「二組目の罰奴隷の決定です――」

 

 司会が叫んだのが聞こえた。

 罰奴隷――。

 

 あのひと組目の罰奴隷の怖ろしい姿が沙那の頭によみがえる。

 だが、司会が罰奴隷と指を差したのは沙那ではなかった。

 さっき、肛門に張形が挿すと説明があったとき、ひとりだけ悲痛な声をあげた奴隷だ。

 どうやら、沙那よりもその女奴隷の方が間一髪だが、放尿が早かったようだ。

 沙那はほっとした。

 

 また、ほとんどの奴隷が一斉に我慢していた放尿を出したのもわかった。

 沙那の身体をたくさんの手が一斉にくすぐりだした。

 

「いやああああ――はははははは――た、たすけてええ――あははははは――」

 

 沙那は全身を揺さぶって笑い悶えた。

 二の腕から無謀な脇、横腹から腰、乳房や乳首にも手が動き回る。

 股間には愛撫ともくすぐりともつかない刺激が襲いかかる。

 開いた内腿や片脚をあげさせられている足の裏にも指が這う。

 耳の中まで指がくすぐる。

 とにかく、考えられるあらゆる場所を同時にくすぐられるのだ。

 沙那は笑い狂った。

 

 そのとき、頭上で沙那の両手を押さえていた「手」がなくなった。

 沙那はほとんど無意識に、手をおろして脇や身体をくすぐりから守った。

 すると、目の前の砂時計の上側の砂が目に見えて増えた。

 沙那はびっくりした。

 

「さあ、そろそろ始まりました――。地獄の無限くすぐり地獄――。さあ、今回の一抜けは、どの奴隷でしょうか? 奴隷の手首を押さえている拘束は、一定時間をすぎると解除されます。しかし、それで手を動かしてしまうと、砂時計の時間が追加されることになってしまいます。つまりは、耐えられなくて身体を動かせば動かすほど、くすぐられる時間が増加することになります。一組目は半刻(約三十分)続けた奴隷がおりましたが、今回はどうでしょうか――?」

 

 司会が陽気な声をあげた。

 沙那は耳を疑った。

 ただ、五分を耐えるわけじゃないのだ。

 こんなにくすぐったいのに、自ら身動きせずに耐えなければならないのだ。

 なんという陰湿な仕掛けだろう――。

 沙那に絶望が襲いかかる。

 そして、一度おろしていた沙那の手を背後の柱から伸びた手が掴んだ。

 再び頭上に掲げる体勢に戻され、全身のくすぐりに加えて、腋の下のくすぐりも再開される。

 

「いやあああ――ひ、ひいいいい――そ、そこはだめええ――」

 

 沙那は再びくすぐりの苦しさにのたうった。

 

「さあ、各奴隷たちに、砂時計の砂が加算されていきます――。おおっ? この赤毛の奴隷はまだ、くすぐりが始まってないようです」

 

 司会が絶叫した。

 孫空女のことだと思った。

 しかし、それ以上は孫空女のことも、素蛾のことも考えることはできなかった。

 そして、襲ってくる無数の手から与えられるくすぐりの苦しみに、ひたすら激しく悶えて絶叫することしかできない。

 

 やがて、再び手首の圧迫感がなくなった。

 苦しいのはこれからだ。

 自分の意思だけで、くすぐりを我慢して、身体を静止しなければはらないのだ。

 

「いやあああ――。いひひひひっ、あははははっ――く、くるしいいっ」

 

 沙那は顔を左右に振って叫びながらも、腕だけは動かさないようにと思った。

 しかし、無数の手は、沙那の気力を根底から奪い去っていくように全身を苛む。

 それでも、なんとか砂時計の砂は三分の一にまでなった。

 

 沙那が考えたのは、ここで動いたら終わりだということだ。とにかく、腕だけは下ろさないこと……。

 それだけを思った。

 そのとき、指のかたちだった柱の「手」のすべてが変形した気がした。

 

「いやああっ」

 

 沙那は絶叫して身体を竦めた。

 全身に襲いかかっていた指が、一斉に柔らかな穂先の筆に変化したのだ。

 しかも、くすぐりから一転して、股間や乳首などの敏感な場所を下に上にと淫靡に擦ってきた。

 沙那は堪らずに、全身を痙攣させてひきつったような声で泣き喚いた。

 

「あっ」

 

 沙那は叫んだ。

 いつの間にか沙那の腕は軽く下がっていたのだ。

 目の前の砂時計が最初のときよりもずっと多い量まで上の砂を増した。

 

 そして、またもや、「腕」が伸びて、沙那の手首を掴んで、強引に両手を上にあげさせられる。

 すぐに、無数の手が襲いかかってくる。

 

「もういやあああっ、んくううう、あはははははは、ひいいいいっ、くははひっ、はほははは、ひゃはははは」

 

 無理矢理に笑わされる。

 苦しい――。

 息ができない。

 助けて――。

 沙那は、なにも考えられずに、ひたすらに笑い続けた。

 

 

 *

 

 

「さあ、各奴隷たちに、砂時計の砂が加算されていきます――。おおっ? この赤毛の奴隷はまだ、くすぐりが始まってないようです」

 

 司会が絶叫した。

 それが自分のことだというのは、孫空女にはわかった。

 道術でとめられていた排尿を解放されても、すぐには尿を出さずに耐えていたからだ。

 司会が排尿と同時に全身に迫っている柱の「手」が全身をくすぐると言っていたので、司会が言っていた五分を耐えれば、それだけで解放されるとも思った。

 この状況でさらに尿意を耐えるのは簡単ではなかったが、つまりは股間の筋肉を締めつければいいのだ。

 

「あはあっ」

 

 孫空女は叫んだ。

 尻に挿さっていた柱の男根が、いよいよ孫空女の尻穴を抉りだしたのだ。

 尿意の苦しみに全身が芯まで痺れきっている孫空女には張形による本格的な尻責めは堪えた。

 思わず尿を出しそうになり、慌てて股間を締め直す。

 なんとか尿は出さずに済んだ。

 孫空女はほっとした。

 

 周囲の女奴隷たちの砂時計の砂がどんどんと加算されているのもわかった。

 くすぐりをしている女の腕を離して、動かしたら時間を増やすというのはなんといういやらしい仕掛けだろうと思った。

 横目で見ていると、沙那などすぐに腕も下ろしてしまって、何度も砂時計の砂を加算されている。

 しかも、加算されるときには、下に落ちていた砂が上に戻ってやり直しになるだけでなく、確実に砂の量が増えている。

 

 つまり、何度もやり直しにをすると、それだけ静止していなければならない時間が増えるということだ。

 だが、まだくすぐりの始まっていない孫空女はまだ、手首は拘束されてままであり、腕をおろすことで時間を加算されることはない。

 

 このままいけば……。

 孫空女の前の砂時計は目に見えて残り少なくなっている。

 

「おお? あちこちの女奴隷が苦労している中、これは奮闘です。この赤毛の奴隷は尿を五分間耐えそうです。しかし、ここからが正念場です。最後まで耐えられなければ、そこからくすぐり時間が再計測になりますからね……。ともかく、最後の一分になった奴隷が登場しましたので、“お邪魔ちゃん”を登場させます」

 

 司会が孫空女の前に寄ってきて叫んだ。

 お邪魔ちゃん?

 

 それがなにかわからなかったが、観客たちはが、一斉に拍手をして歓声をあげた。

 そして、頑張れとか、負けるなとか叫びだす。

 観客はなにが始まるのかわかっているようだ。

 すると、舞台の横から誰かが走ってきた。

 

 子供だ――。

 

 しかも、男の子と女の子のふたりであり、年齢は五歳くらいだろう。

 ほとんど裸だったが、首に奴隷の象徴の首輪があり、蝶を思わせる大きな羽根のついた衣装をつけていた。

 ただ、ふたりとも股間は剥き出しだ。

 孫空女の前にやってきたふたりの童子が観客に手を振った。

 

「おじゃま一ごう――」

 

「おじゃま二ごう――。どれいのがまんをじゃまするぞう――」

 

 童子たちが叫んだ。

 

「さあ、最後の一分は、奴隷調教師として育成されている奴隷童子ふたりとも戦ってもらいます。この赤毛奴隷がお邪魔ちゃんとの戦いに入ります――?」

 

 司会が声をあげる。

 すると、女の子が羽根のところからなにかを出した。

 

 筆だ。

 孫空女はぎょっとした。

 男でもない道具だが、いまの孫空女には恐ろしい凶器だ。

 

「これでくらえ」

 

 女の子が筆の先で孫空女の肉芽を触れさせた。

 

「あ、ああ、そ、そんなの酷いよ――」

 

 孫空女は絶叫した。

 尿意の限界にあるところに直接の筆による刺激だ。

 孫空女は神経が錯乱しそうになり左右に身体を振った。

 童女の操る筆が敏感な股間の突起を微妙に撫で擦ると、腰が砕けるような疼きが全身に走った。

 その筆が肉芽に加えて、尿の出口に部分を擦りまくる。

 しかも、後ろの穴は完全に張形が入って振動さえ始めている。

 

 孫空女は狂乱した。

 この状況でこれはつらい……。

 それでも孫空女は最後の力を振り絞って股間に力を入れた。

 

「お邪魔ちゃんたちは、残り一分になった奴隷が最後まで耐えるのをあの手この手で阻止します。この赤毛の奴隷のお邪魔ちゃんへの最初の挑戦は成功するでしょうか?」

 

 司会が元気に叫ぶ。

 冗談じゃない。

 ここまで我慢したのに、出してたまるものか……。

 孫空女は必死で女の子の筆責めを耐えた。

 

「しぶといなあ。これでもか――」

 

 女の子が筆を離して、今度は手で尿道を思い切り押し開くように動かした。

 

「ひぎいいっ――」

 

 孫空女は叫んだ。懸命に尿道口を筋肉で締め返す。

 

「どいて――。まだ、がまんするのか? これでもくらえ」

 

 すると、今度は男の子が女の子を押し退けて、肉芽に噛みついてきた。

 

「いぎいいいっ」

 

 そんなに強い力ではなかったが、予想もしない痛みに動転した孫空女は悲鳴をあげて男の子の顔を腰で跳ね飛ばしていた。

 気がついたときには遅かった。

 

「わっ、しまった」

 

 一瞬だけ、完全に股から力を抜いていた……。

 音を立てて、尿が股ぐらから飛び出す。

 迸り始めた激しい放尿が股間に噛みついていた男の子の顔にまともに当たりだす。

 

「ぶあっ、汚いなあ――」

 

 男の子はわざとらしく、孫空女の顔に尿を浴びながら悲鳴をあげたが顔は笑っていた。

 

「おじゃま、せいこう」

 

「せいこう――」

 

 童子たちが拍手を浴びながら舞台をおりていく。

 

「う、うわあっ――。や、やめてえっ――─ひいいいいっ」

 

 孫空女は排尿を続けながら絶叫した。

 裸身の寸前でとまっていた無数の手が孫空女の肌をくすぐり出したのだ。

 

「残念でした――。もう少しでした。赤毛の奴隷は“我慢”のやり直しです。赤毛奴隷に賭けていた皆さんは残念でした――。さあ、次にお邪魔ちゃんの挑戦権を獲得するのは誰でしょうか? この中で最も我慢強い奴隷は誰か――?」

 

 司会が言った。

 ふと見ると、孫空女の砂がすっかりと上に戻っている。 

 孫空女はくすぐったさにのたうちながら、それを恨めしく眺めた。



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682 くすぐり競技・決着

「ひゃああっ、ひいいいっ、ひひゃああ――」

 

 素蛾は耐えた。

 お尻に太い張形を挿され、それが素蛾の小さな身体を壊さんばかりに動いている。

 また、全身をくすぐるたくさんの手の刺激も、狂ってしまうかと思うようなくすぐったさだ。

 だが、顔を激しく振り乱して悲鳴をあげ続けたが、腕だけは動かさなかった。

 これは試練だと思った。

 仲間になるために試されているのだと……。

 

 こんなにも苦しい。

 全身がただれるようなくすぐったさ……。

 

 足の裏……。

 

 太股……。

 

 下腹部……。

 

 脇……。

 

 耳……。

 

 横腹……。

 

 脇……。

 

 胸から脳天にかけて焼いていくような熱い襲撃……。

 しかし、絶対に耐えてみせる……。

 

 苦しさが増し、意識さえ朦朧となるようなくすぐりの苦しみが深まると、素蛾のその思いは強くなった。

 なんとしても一番になりたい。

 素蛾はその一心だった。

 

 生きるべき居場所を失いかけていた素蛾を朱姫や宝玄仙、そして、沙那や孫空女は仲間として受け入れてくれた。

 

 なんの取り柄もない……。

 なにもできない……。

 

 まだまともに男と性交したことさえない素蛾を四人は大事な仲間だと言ってくれた……。

 素蛾が王女だからとか、仲間にすることでなにかの得することがあるとかではなく、ただひとりの人間として、単純に素蛾を四人は受け入れてくれたのだ。

 

 嬉しかった……。

 本当に嬉しかった……。

 

 居場所ができたのが嬉しかった。

 理由なく一緒にいたいと思う人たちができて嬉しかった。

 一緒にいたい人たちと一緒にいれて、なによりも幸せだった。

 

 だから、この性奴隷勝負に勝ちたい――。

 

 その幸せを感じれば感じるほど、素蛾は不安になっていったのだ。

 旅に同行するようになって知ったが、この四人は凄い人たちだった。

 孫空女はほとんど無敵の強さであり、王女だった素蛾でも、あれほど強い人間は男でも知らない。

 力は並の男の数人分はあり、体力も凄い。

 なんど連続で絶頂しても意識を保っていられるし、大きな卵だってお尻で自在に出すことができる。

 金の棒を持てば天下一だろうし、それでとても優しいのだ。

 素蛾は孫空女になにひとつ及ばない。

 

 沙那はいつも冷静で、皆がどうすべきかいつも考えていてくれていて、剣の達人でもある。

 それでとても感じやすい身体をしていて、みんなに好かれているし、おしっこを飛ばすのがとてもうまいのだ。

 素蛾は沙那に及ばない。

 

 朱姫はとても性技が巧みで、ご主人様の宝玄仙をいつも手伝っている。

 素蛾にはああいう風に宝玄仙の嗜虐を手伝えないし、あんな責め技もない。

 朱姫は道術も遣えて、霊具も作れる。

 あんな風にみんなの役に立っている朱姫が素蛾は羨ましい。

 素蛾は朱姫に及ばない。

 

 もちろん、宝玄仙にもなにひとつ及ぶものはない。

 

 素蛾にはわかっていた……。

 自分は、どう考えてもこの仲間の役にたたないということを……。

 だから、せめて性奴隷として尽くしたいが、それすらも、まだまだ未熟だ。

 素蛾はこの四人にかなうなにかが欲しかった。

 お情けで一緒にいさせてもらうのではなく、素蛾がいて四人が価値があると思うなにかが欲しかった。

 

 どんな小さなことでもいい。

 四人が素蛾のことを自慢したくなるような“なにか”が欲しかった。

 素蛾の存在を喜んでくれるなにかを……。

 

 そう思っていた矢先に参加することになった奴隷品評会だ。

 素蛾は決意した。

 この品評会で、優勝は無理でも朱姫たちが喜ぶような結果を絶対に残すのだということを――。

 四人の自慢になるような成績を修めるのだ。

 

 そうすれば、素蛾は初めて、自分が四人の仲間であるということを大きな声で言える。

 なによりも、朱姫や宝玄仙たちが喜んでくれると思う……。

 

 でも、おしっこを耐えることはできなかった……。

 しかし、くすぐりには耐えようと思った。

 なんの取り柄のない素蛾が耐えることさえできないのなら、それは素蛾にはなんの価値もないということではないか……。

 

「いやあああ、はははは、ふぐううう、あはははは――」

 

 全身を「手」が動き回る。

 しかし、苦しければ苦しいほど素蛾はさらなる苦しみを求めていた。

 もっと苦しめて欲しい……。

 苦しさが大きいほど、勝ち取るものが大きいと思った。

 四人の本当の仲間になるための試練だ。

 苦しくないと試練とは言えない……。

 

「あはははは――ひいっ、ひいっ、ひいっ、ふふふふふ、ははははは――」

 

 苦しい……。

 笑いすぎて苦しい……。

 

 笑うことがこんなに苦しいとは思わなかった……。

 もう、素蛾にはなにもわからない。

 眼は涙と汗で見えなくなった。

 歓声も司会の声も、どこか遠くの世界のもののように感じる。

 いつの間にかくすぐりの手が筆になって、快感なのか、苦痛なのかわからなくなった。

 意識が朦朧とする。

 宝玄仙にお尻を締めたら性奴隷は力が入ると言われたことを思い出した。

 思い切りお尻を締めつける。

 

「ひいいい――」

 

 素蛾はあまりの快感に意識が飛びそうになった。

 お尻を全力で締めつけたら、お尻の張形が感じすぎてわけがわからなくなったのだ。

 どうやら軽くいったのだと思ったのは、全身を弓なりにして絶頂に吠えている自分を発見してからだ。

 

 手――?

 

 素蛾は慌てて腕に意識を戻す。

 なんとか両手はぴったりと柱にくっつけたままで、下ろしてなかった。

 素蛾は安堵した。

 

 そのうち、目の前に司会がやってきて、なにかを喋りだした。

 しかし、もう素蛾の耳はそれを意味あるものとして理解することができなかった。

 そして、よくわからないが目の前に子供がふたりやってきて、素蛾の股間をペロペロと舐めだすとともに、全身のあちこちをつねり出した。

 最後には肉芽を思いきりつねられた。

 

 素蛾は金切り声をあげたが、同時に途方もない快感も覚えた。

 とてつもない痛みに素蛾は、急速に迸る強い快楽を感じたのだ。

 そのとき、突然、すべての拘束が解けて素蛾は前に投げ出された。

 

「驚きました――。二組目の一抜けは、なんと最年少の奴隷少女です。これは最高倍率でしょう。大穴が出ました――」

 

 司会が叫んだ。

 わっという歓声が素蛾の耳にやっと聞こえてきた。

 勝った――。

 素蛾の身体に歓喜の渦が巻き起こった。

 

「素蛾、よくやったよ――」

 

 さっきまでいなかった宝玄仙が主賓席に座っていて素蛾に手を振った。

 素蛾はあんまり嬉しくて、その場で泣き出してしまった。

 

 

 *

 

 

「お、お前ら、いい加減に……」

 

 二度目の「お邪魔ちゃん」への挑戦は、ある程度の予想がしていた。

 おそらくこの子供たちは滅茶苦茶するに違いないという予感はあった。

 しかし、子供たちが隠し持っていた水鉄砲で、いきなり両方の鼻の穴に塩水を入れられたときには、さすがに腕をおろしそうになった。

 それでも腕をあげたままでいたら、男の子が孫空女の股間に噛みついた。

 悲鳴をあげたがなんとか耐えた。

 

 それで終わりだった。

 孫空女は柱から解放されて前に投げ出された。

 

 終わったのか?

 

 それに気がついたのは、くすぐりの手を一切感じなくなったからだ。

 がっくりと脱力するとともに、辺りを見渡した。

 

 孫空女よりも先に終わったのは素蛾だけのようだ。

 ほかの者はまだまだくすぐり責めに苦しんでいた。

 沙那などぎょっとするくらい大量の砂が上側にある。

 ふと見ると、横の素蛾がなぜかむせび泣いていた。

 

「ど、どうしたのさ、素蛾?」

 

 孫空女は驚いて訊ねた。

 

「わ、わたくし、一番だったんです……。う、嬉しくて……」

 

 こんなくだらない競技に勝って、嬉し泣きができるということに少しだけ呆れたが、でも、勝ったことでこんなに喜んでいる素蛾がなんだか愛おしいしくなった。

 

「お前らよくやったよ――。こらっ、沙那、しっかりしないか――。あんまり不甲斐ないと折檻だよ――」

 

 宝玄仙だ。

 いつの間にか、主賓先に座っている。

 朱姫の姿はないようだ。

 しかし、とりあえず、朱姫のことも、隣でまだ発狂したかのように苦しんでいる沙那のことも考えるのはやめた。

 とりあえず、ちょっとでいいから休みたい。

 

 考えたのはそれたけだった。

 

 

 *

 

 

「い、いううううっ」

 

 沙那は叫んだ。

 もうなんがなんだかわかりなかった。

 なんでくすぐられ続けているのかわからない。

 しかし、いまは長いくすぐりのために身体が敏感になりすぎて、脇の下さえもくすぐったさよりも快感がまさって、それでいきそうになる。

 

 そして、事実、達した。

 沙那は身体をがくがくと震わせえて絶頂をしてた。

 こんなの耐えられない――。

 

 全身のどこをどう触られても絶頂の快感に繋がっていく。

 それが無数に襲いかかる。

 どうやって防いでいいのか見当もつかない……。

 

 ただ、翻弄されるだけ……。

 そして、達する……。

 

「ま、またいくく――」

 

 沙那は叫んだ。

 もう、なにも考えられない。

 唯一の思考は、腕はおろしてはいけないということだ――。

 それだけは心にある。

 

 しかし、ほかのことは頭に入ってこない……。

 手をおろしてはならない理由もわからない……。

 ただ、そうしなければならないという思いがあるだけだ……。

 

 目の前に小さな子供がいた。

 なんだろう、これ――?

 どうして子供がいるのだという疑問は、その子供が沙那の股間に舌を這わせ出してぶっ飛んだ。

 

「ひぎいいいっ」

 

 沙那は舌で股間を舐められる刺激で、あっという間に絶頂した。

 ただ、達しただけじゃない。

 あまりに速い勢いで達しために、沙那は潮を股間から吹き出して、子供たちの顔にぶっかけたのだ。

 子供たちが前が見えないと騒いでいる。

 すると、ぽんと前に身体を放り出された。

 

「さ、沙那、大丈夫?」

 

「沙那様」

 

 孫空女と素蛾が駆け寄ってきて抱き締めた。

 朦朧とする顔をあげた。

 終わった……?

 

 数瞬のあいだはなにがなんだかわからなかったが、やっと奴隷品評会の第一競技とかいう“くすぐり勝負”を受けさせられていたことを思い出した。

 

 沙那は最後から二番目だった。

 もう、ほとんどの女奴隷のくすぐりは終わっている。

 沙那は、まだくすぐられ続けているのか女奴隷を見て、彼女は最初に放尿したために、夕方までくすぐられると決まった女であることを思い出した。

 つまりは、沙那は事実上の最下位のようだ。

 

「これにて、午前中の競技は終わりです。午後は定時に開始です――」

 

 司会が大きな声で言った。

 

「お前たちも一時解散して、会場を自由に散策していい――。ただし、係から受け取った下着を装着してからな――。第二競技については、特に集合場所はない。競技開始時間に、お前たちが存在した場所から競技が始まることになる――。さあ、係から下着を受け取って、そこではけ。はいたら解散だ――。その下着が目印になって、会場内のどの屋台の飲食物も無料でもらえるぞ。祭りを愉しんで来い――。すでにひと組目の連中も解散している」

 

 いつの間にか進行係が舞台にあがってきていて、沙那たち全員にそう告げた。



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683 競技幕間・競技者の条件

「第二競技については、特に集合場所はない。競技開始時間に、お前たちが存在した場所から競技が始まることになる――。さあ、係から下着を受け取って、そこではけ。はいたら解散だ――。その下着が目印になって、会場内のどの飲食物も無料でもらえるぞ。祭りを愉しんで来い――。すでにひと組目の連中も解散している」

 

 配られた下着は、ごく普通の白い布の下着のようだった。

 とりあえず、沙那は渡された下着をはいた。

 

「わっ」

 

 沙那は思わず声をあげてしまった。

 股間に下着を身に着けさせた途端、下着が肌に吸いつくように密着したのだ。

 それだけではなく、真っ白い生地がだんだんと透明になり、ほとんどなにもはいていないかのように透けてしまった。

 これではまったくの裸身であるのと同じだ。

 飲食物を庭園内のどの屋台や施設無料でもらえるとか言っていたので、これで、どうやって、選手とそうでない者の見分けがつくのかと思っていたら、乳房の上に赤い文字が浮びあがった。

 

 

 “品評会選手”――。

 

 

 そう書いてある。

 どうやら、透明になった下着の影響のようだ。

 これも霊具なのだろう。

 

 とにかく、いつまでも身体を晒したままでいるのは恥ずかしいので、手で胸と股間を隠そうとした。

 舞台の下の観客は、第一競技が終わったということで、ちらほらと離れていっていたが、まだまだ大勢の人間が沙那たち性奴隷品評会の様子を見物している。

 

「ひゃあああ――」

 

 沙那は再び声をあげた。

 手で乳房と股間を隠した瞬間に、胸と股間に強い振動のような刺激を感じて、身体を焼くような熱い快感が襲ったのだ。

 沙那は慌てて手を離した。

 

「ひいいっ――、胸が――」

 

 横で甲高い声があがった。

 孫空女の声だ。

 孫空女もまた、胸を手で隠そうとして、性の疼きを感じたのだろう。

 

「どうしたのですか、沙那様、孫様?」

 

 素蛾が目を丸くしている。

 

「どうしたも、こうしたも……」

 

 沙那は素蛾に生返事をしながら周囲を見渡した。

 舞台の上では、ほかの奴隷たちが裸身を手で覆おうとしてあちこちで悲鳴をあげている。

 また、いまや、股間にはいた下着は完全に透明になっていた。

 よく見ればうっすらと布が覆っているのがわかるものの、ひと目見ただけでは下着なしでいるとしか思えないだろう。

 股の亀裂どころか、肌の皺一本一本まで鮮やかに浮き出ている。

 そして、どうやら、仕組みがわかってきた。

 沙那はもう一度、股間を覆うように手で近づけてみた。

 

「ふぐうっ」

 

 沙那は全身を弓なりにしてのけ反った。

 手を覆おうとした股間に、まるで股間に振動する淫具を当てられたような刺激が襲ったのだ。

 慌てて手を離しながら、沙那は仕掛けられた仕打ちに歯噛みした。

 つまりは、この下着をはくと、身体を隠そうとすれば強い淫情がその部分に走るようになっているのだ。

 だから、ほぼ全裸の身体を晒して歩くか、あるいは、強い淫情に襲われるのを承知して、身体を隠すかのどちらかしか選べないということだ。

 

 これも性奴隷品評会の出場者を辱めるための仕掛けだろう。

 せめて、進行係を睨みつけてやろうと思ったが、いつの間にか進行係はいなくなっている。

 それだけじゃなく、司会もいないし、たったいままで、けたたましい悲鳴をあげ続けていた舞台の上下のふたりの脱落者もいない。

 夕方までくすぐり継続の罰を与えられるとかいっていたふたりは、どこかに運び去られたようだ。

 

「さ、沙那、これって……」

 

 孫空女が赤い顔をして沙那を見た。

 

「そ、そのようね……。わたしたちが自分の身体を隠そうとすると、身体が反応して快感が迸るようになっているようね。なんて、いやらしい仕掛けなのかしら……」

 

 沙那は嘆息した。

 

「ああ、つまり、性奴隷は裸身を隠してはならないという調教でもあるのですね。素晴らしいです」

 

 素蛾が感心するような声を出した。

 なにが素晴らしいと思うのかわからないが、どうもこの娘と話すと調子が狂う。

 

「お前たち、頑張ったねえ――。わたしの性奴隷が一抜けと二抜けとはすごいじゃないかい。沙那は辛うじて残ったという感じだったけどね……」

 

 宝玄仙の声がした。

 顔をあげた。

 舞台のすぐ下に宝玄仙が上機嫌で立っている。

 

 また、横に朱姫がいた。

 朱姫は、両膝を地面につけていて、肩で荒い息をしている。

 なぜか髪はぐしゃぐしゃだ。

 薄桃色の小奇麗な上衣と下袍を身に着けていたが、びりびりに破かれてふたつの乳房も股間も剥き出しだった。

 さらに、宝玄仙は手に鎖を持っていて、それは朱姫の股間に伸びている。

 沙那はその鎖が朱姫のどこに繋がっているのか考えないようにした。

 

「朱姫姉さん、どうしたのですか?」

 

 素蛾がぱっと舞台を降りて、朱姫に駆け寄った。

 そして、朱姫の髪を手で整え始めた。

 だが、手でやるだけではうまくいかないのだろう。

 すぐにきょろきょろしはじめ、主賓席に残っていた水差しを見つけて運んできた。

 それで自分の手を水で濡らして、朱姫の髪を手で整え始める。

 

「あ、ありがとう、素蛾……」

 

 朱姫が言った。

 その朱姫の声は枯れていた。

 それで、なんとなく、朱姫の様子の状態の原因の察しがついた。

 おそらく、朱姫の声が枯れているのは、悲鳴のあげすぎだろう。

 沙那もそういう状態になることがあるからわかるのだ。

 それだけで、朱姫が尋常ではない仕打ちに遭ったということがわかる。

 

「朱姫姉さん、あ、あのいっぱい汚れが……。水と手でお拭きしていいですか……?」

 

 朱姫の髪を整えている素蛾が困惑したように言った。

 その素蛾の言葉で沙那も気がついたが、ぼろぼろに破けた服から露出している朱姫の肌には、たくさんの男の精がこびりついている。

 

「お、お願いするわ……」

 

 疲労困憊の様子の朱姫が言った。

 すると、素蛾が嬉しそうに、自分の手を布代わりにして、朱姫の身体を洗いだす。

 それにしても、本当に素蛾は朱姫に懐いている。

 朱姫に構うのも、構われるのも嬉しくて仕方ないようだ。

 いまも、嬉々として朱姫の肌を甲斐甲斐しく洗っている。

 

「ご主人様、朱姫はどうしたのさ?」

 

 孫空女が言った。

 沙那も孫空女も、まだ、くすぐり責めの余韻から完全には醒めなくて、舞台に尻をつけて座ったままでいた。

 

「なあに、本戦に残ったお前たちに比べれば、朱姫があまりにも不甲斐ないからね。ちょっとばかりお仕置きをしてやったのさ。尻に張形を入れっぱなしにして、十人の男の性奴隷との公開輪姦だよ」

 

 宝玄仙は愉しそうに言った。

 つまりは二本挿しの強姦というわけだ。

 しかも、十人……。

 沙那は聞いてるだけで鼻白んできた。

 一方で朱姫は、素蛾の世話を受けながら、まだ、激しく息をしている。

 げんなりしていて精根尽きてしまったという感じだ。

 

「ところで、その服ってなんで、そんなにぼろぼろなのさ? 性奴隷の連中が破ったのかい?」

 

「まあ、そうなんだけどね。これも演出のひとつさ、孫空女――。朱姫の見た目は十六歳の少女だろう? そんなのが服をびりびりと破かれながら大勢の大男に寄ってたかって輪姦されるのは壮絶な光景だからね。見物人もそういうのを喜ぶんだよ――。この純情そうな少女の出で立ちの衣装も太守に準備してもらったのさ――」

 

「あっ、そう……」

 

 孫空女は生返事だ。

 沙那など、声を挟む気にもなれない。

 まあ、朱姫には気の毒とは思うが……。

 

「ところで、いつまで呆けているんだい、朱姫。さっさと立ちな。『治療術』で体力は回復してやっただろう――。いつまでも座ってないで、しゃきっとしな――」

 

 

 宝玄仙がぐいと朱姫の股間に繋がっている股間を引いた。

 

「ひぎゃあああ――。ご、ご主人様、引っ張らないで――」

 

 朱姫が身体を拭かせていた素蛾を突き飛ばするように絶叫して立ちあがった。

 

 やっぱり……。

 

 沙那は宝玄仙が強く引っ張った細い鎖の先が朱姫の肉芽に繋がっているのをはっきりと見た。

 朱姫の肉芽には金属の指輪のようなものが食い込んでいて、それが宝玄仙が手に持つ鎖に繋がっている。

 宝玄仙は面白がって、その鎖を手繰り寄せるようにして、上に引きあげるように動かしている。

 

 朱姫は泣き叫びながら、つま先立ちで少しでも肉芽を引っ張られる痛みを防ごうとしている。

 沙那は、そのとき初めて朱姫の両手に後ろ手錠が嵌められていることに気がついた。

 

「い、痛い――ひいっ――痛いです――ご、ご主人様――も、もう、許して――」

 

 朱姫が泣き喚いた。

 

「なに言ってんだい、朱姫――。呆気なく予選で負けてしまって、こんなんじゃあ足りないくらいだよ。ほかの三人は一回戦が終わり、休憩を挟んで二回戦もあるし、三回戦もやるんだ。そして、きっと明日の決勝に残る四人にも選ばれるに違いないよ。それ比べれば、お前なんか予選落ちじゃないか――。これくらいの折檻じゃあ、生ぬるいくらいさ――」

 

 宝玄仙はそう言って、さらに鎖を上方にぐいぐいとあげている。

 こういうときの宝玄仙には本当に容赦がないことを沙那も知っている。

 多少、身体を傷つけても、あっという間に治してしまえる道術があるから、本当に滅茶苦茶に他人の身体を扱うのだ。

 

 朱姫の無毛の股間には、肉芽の根元を締めあげる金具に引っ張られ、強引に屹立された朱姫の芯が無残な姿になっていた。

 苦しさに喘ぐ朱姫はすっかりと悶え泣いている。

 しかし、両手を後手に拘束されている朱姫には、限界まで爪先立ちになってしまうと、それ以上痛みを和らげる方法などあるわけもなく、ただ、宝玄仙の乱暴な仕打ちに耐えることしかできないだろう。

 

 また、朱姫の後ろでは素蛾が蒼い顔をしておろおろしている。

 察するところ、昨日の夕方から朱姫はずっとこの調子で宝玄仙の虐待をひとりで受け続けていたに違いない。

 いつも調子の乗って沙那を苛める小娘だが、ちょっと哀れになってきた。

 

「でも、ご主人様……。おそらく、朱姫が予選落ちしたのは仕方がないことかもしれませんよ。昨夜、女奴隷たちが集まる宿舎で耳にしたんですが、太守の性奴隷の五人も予選落ちしましたが、彼女たちは道術遣いだったのですよ。大きな道術は遣えないけど道術遣いなんです」

 

「それがどうかしたのかい、沙那? 確かに、あの五人は道術遣いだそうだね。それはわたしも聞いたよ」

 

 宝玄仙が朱姫の肉芽に繋がった鎖を緩めて言った。

 とりあえず、宝玄仙の無残な仕打ちから解放された朱姫は、ほっとした表情になった。

 

「わたしの勘ですけど、道術遣いは最初から予選落ちすると決まっていたと思いますよ。競技そのものが道術に依存したものが多いですからね。朱姫などを本戦に参加させたら、引っ掻き回されてしまいますよ。競技を成立させるために、最初から本戦には道術遣いを参加させるつもりはなかったんですよ」

 

 本戦に進むことの条件のひとつが、道術が遣えないことではないかと思ったのは、たまたま、ほかの女奴隷から、上官太守の女奴隷はほとんどが道術遣いだということを耳にしたときだ。

 太守の性奴隷には道術遣いが多いということは、この周辺では有名な話だったようだ。

 なにしろ、道術遣いが奴隷になるなど滅多にないことなのだ。

 そして、上官太守の性奴隷の五人は、あの予選会の会場場所で目立って美しかった。

 だが、彼女たちは予選で落ちた。

 

 沙那は、あの美しい性奴隷だった五人が予選落ちしたことが不思議で堪らなかったが、実際に始まった本戦の競技を考えると、なんとなく納得がいったのだ。

 競技では霊具を駆使して、性奴隷の競技者を追い詰めて競争をさせていたが、もしも、道術が遣える者がいたら、道術で抵抗して競技を成立させなくするだろう。

 現に、朱姫は予選会のときでも『誓いのサークレット』の効果を無効にする道術を遣っていた。

 

 そう考えると辻褄がある。

 朱姫があっさりと予選落ちしたことについてもだ。

 性器のかたちで審査などというふざけた理由ではなく、おそらく、道術遣いを落としたのだ。

 それを除けば、本戦出場者は、単純に容姿で選んだのだと思う。

 残った二十人は確かにそれなりの美女や美少女だった。

 そして、沙那の観察する限り、全員が道術遣いではない。

 

 また、予選には数名の亜人もいたが、彼女たちも本戦には進んでいない。

 亜人は例外なく霊気を帯びており、ほとんどが道術を遣えるからだろう。

 

 ほかにも選考基準はあったのかもしれないが、少なくとも道術遣いでないことが、本戦の出場資格だったに違いない。

 そういう意味では、孫空女も全身に霊気を帯びた存在であり一種の道術遣いなのだが、孫空女の霊気の帯び方は特殊なので問題視はされなかったのだと思う。

 沙那はそう宝玄仙に説明した。

 あるいは、まったく的外れなことを説明したのかもしれないが、それはどうでもいい。

 要は宝玄仙がなんらかの納得をすればいいのだ。

 

「なるほどねえ……。そういえば、太守も似たようなことを言っていたかねえ。自分のところの性奴隷は、当初から予選を突破する望みはなかったとかいうようなことをね……。わかったよ――。じゃあ、朱姫、とりあえず、折檻は勘弁してやる」

 

 宝玄仙は手に持っていた鎖を地面に放り投げた。

 同時に朱姫の股間に密着していた金具も地面に落ちた。

 また、朱姫が後手にかけられていた手錠も外れた。

 朱姫は心の底からほっとした表情になった。

 

「あ、ありがとうございます、沙那姉さん……。あ、あたし、ずっと夕べから、お仕置き受け続けていたんですよ……。助かりました……」

 

 朱姫がぐったりした表情で言った。

 

「ひとつ、貸しよ」

 

 沙那は苦笑した。

 

「まあいいさ……。とにかく、お前たちも、しばらくは休憩だろう。ちょっとばかり、この奴隷品評会の会場を回ろうじゃないか。わたしも少しは見たんだけどね。ここでは広い庭園のあちこちで、いろいろな催しをやっているのさ。お前たちの品評会は、その中心の催し物なんだけど、端々でやっている出し物も結構愉しいよ。おいで――」

 

 宝玄仙が歩き出した。

 

「は、はい……。待ってください――」

 

 沙那は急いで立ち上がると、宝玄仙を慌てて追いかけた。

 この女主人はひとりで行動させると、どんな災難を呼び起こしてくれるのかわからない。

 しかし、沙那はそのとき、思わず手で股間を無意識に隠すように動かしたらしい。

 次の瞬間、まるで股間に淫具で振動を当てられたような衝撃が走った。

 

「ふくううっ」

 

 沙那は素裸の素足をがくりと折り曲げていた。

 さすがに、宝玄仙と朱姫が奇異の目で見た。

 

「なんだい?」

 

 宝玄仙はきょとんとしている。

 沙那は仕方なく事情を説明した。

 宝玄仙は大笑いした。

 

「なるほど、それでお前たちは、素っ裸で歩きながら、手で裸体を隠すこともできないというわけかい」

 

 宝玄仙は意地悪く笑い続ける。

 

「へえ……。でも、手で隠すことができなくても、布で覆うのはどうなんですか?」

 

 朱姫がそういいながら、もう誰もいなくなった卓に掛けられていた大きな布を道術でさっと取り寄せた。

 そして、沙那の身体にがばりと巻きつけると、両側に伸ばしていた腕ごと布の両端で沙那の身体を素早く縛ってしまった。

 

「ひいいいっ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 乳房と股間を中心に、すっぽりと布で覆われた肉体の部分から急激に淫らな刺激が湧き起きたのだ。

 

「いやあ、だ、だめえっ――」

 

 全身を硬直させながら、沙那は両膝を完全に折って内股を擦り合わせるようにしゃがみ込んでいた。

 あまりもの峻烈で甘美な衝撃に沙那は吠えるような声をあげた。

 その声で周囲の通行人が驚いてこっちに視線を向けるのがわかったが、我慢できるような刺激ではない。

 

 慌てて布を取り去ろうと思ったが、朱姫が早業で布を腕ごと上から縛ってしまったので簡単に取れないのだ。

 沙那はのたうちまわりそうになった。

 

「と、取って――。布を取って――ひぐうううっ」

 

 沙那は身体の内面から発生する淫靡な刺激と戦いながら懸命に布を取り去った。

 やっとのこと布を身体から払い去り、振動のような衝撃が停止したときには、すっかりと内腿が濡れて、それが膝まで垂れているのを自覚しないわけにはいかなかった。

 

「しゅ、朱姫――」

 

 沙那は布を朱姫に投げつけて怒鳴った。

 

「身体を隠すんじゃなくて、一生懸命に裸になろうとするなんて、沙那姉さんの姿、面白かったですよ――」

 

 朱姫は悪びれた表情もなく、布を受け止めると、けらけらと笑った。

 ついさっきまで宝玄仙のお仕置きで悲惨な表情をしていたくせに、朱姫はもう大喜びで笑っている。

 それにたったいま沙那に助け舟を出してもらったのは、もう覚えていないのか、自分の悪戯が沙那に功を及ぼしたことに満足な表情もしていた。

 やっぱり、こんな小娘、もうしばらく宝玄仙の罰を受けさせておけばよかった……。

 沙那は歯噛みした。

 

「さ、沙那、大丈夫かい……?」

 

 孫空女が心配そうにしゃがんだままの沙那を助け起こした。

 

「沙那様、素敵です……。わたくし、早く沙那様みたいな、色っぽい大人になりたいです」

 

 なにが感動させたのかわからないが、素蛾がきらきらとした視線を沙那に向けた。

 

「でも、この道術ならあたしにもできそうですよ。こんど悪戯して、旅で街道を歩くときに、沙那姉さんや孫姉さんにかけちゃおうかなあ……。そうしたら、沙那姉さんや孫姉さんは、道の真ん中で服を脱いじゃいうかもしれませんね」

 

 朱姫があっけらかんと言った。

 沙那はびっくりした。

 

「あ、あんた、そんなことしたら承知しないわよ――。だいだい、わたしの身体からは霊気がなくなったんだから、道術はかけられないでしょう――。せいぜい『縛心術』くらいで――」

 

 沙那は言った。

 

「かけられますよ――。沙那姉さんの身体には、ご主人様の『道術陣』があるじゃないですか。その霊気の正確な波動をこの前、教えてもらったんです。だから、いまでは、あたしは、沙那姉さんや孫姉さんの身体をご主人様みたいにいじれますよ」

 

 朱姫がそういったので、沙那は本当に驚いてしまった。

 

「あ、あたしの身体にも朱姫が道術をかけられるって? な、なんで、そんなの教えたのさ、ご主人様――?」

 

 孫空女は宝玄仙に文句を言っている。

 

「訊かれ方から教えただけだよ。文句があるのかい、孫空女――。それよりも、行くよ――」

 

 宝玄仙がにこにこしながら歩き出した。

 沙那は仕方なく、今度は身体を隠さないように注意しながら、なるべく宝玄仙の陰に隠れるように歩いた。

 その後ろをやはり、素っ裸の孫空女と素蛾が、身体を隠すこともできずについてくる。

 朱姫は服を着ているといっても、ずたずたの布を身にまとっているだけであり、やはり裸のようなものだ。

 

 そんな破廉恥な恰好で歩いているのだが、大勢の観客で賑わうこの上官太守の庭園では、そんな姿がほとんど目立たない。

 なにしろ、羞恥の姿でうろついている奴隷がたくさんいるし、屋台で売り子のようなことをしている女奴隷は、ほとんど半裸か全裸だ。

 ちらほらと品評会の参加奴隷も全裸で歩いているし、昨夜の予選で落ちた性奴隷たちも、それぞれの主人の趣向を凝らした淫靡な衣装を身に着けている。

 おかげで、ただ裸でいるだけであれば、誰も沙那たちをじろじろと眺める者もいないことには助かった。

 

「宝玄仙様――」

 

 そのとき、どこからか大きな声がかかった。

 声の方向にいたのは上官太守から宝玄仙の世話をするようにあてがわれていた女奴隷の紫音(しおん)だった。

 相変わらず羞恥の格好をしており、臍から上は清楚な女執事の服装なのに、股間には襟から垂らした長いリボンで股間が隠れるだけの格好だ。

 駆けてくる身体の揺れで、リボンからはみ出た恥毛がちらちらと見え隠れしている。

 

 そして、紫音は、もうひとりの奴隷女と一緒だった。

 その女奴隷も紫音と同じ首輪をしている。

 そして、その女奴隷の格好も奇妙だ。

 

 その奴隷女は、肩から手首までと内腿と足首までを橙色の布で覆っていたが、胴体の部分にはなにも身につけておらず、乳房も股間も剥き出しだったのだ。その代わりに腹に人参の絵が描かれている。

 

「宝玄仙様が興味を抱かれた“人参娘”を連れて参りましたよ……。でも、やっと捕まえて連れてきたら、さっきの場所から、いつの間にかいなくなっておられて……。随分と探したんですよ」

 

 紫音が恨めしそうに言った。

 

「ああ、そうだったねえ……。悪かったよ。うろうろしようと思ってね――。ところで、こいつが“人参娘”かい」

 

 宝玄仙が陽気に言った。

 

「はい、あたしが人参娘です――。ちょっと塩辛い人参汁は、いかがですか?」

 

 人参娘だと名乗った女が、いきなり、足を開いてがに股になった。



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684 競技幕間・放尿芸

「へえ、こいつが人参娘かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 人参娘と名乗る奴隷女は、宝玄仙たちの眼の前で、脚を開いてがに股になっている。

 

「いかがですか、皆さん?」

 

 紫音(しおん)が手提げ鞄から取っ手付きの木の杯を出す。

 そして、その杯を人参娘の股間の下にかざした。

 すると、人参娘の股間からいきなり赤い人参汁が迸って杯を満たし始めた。

 

「わっ」

 

「ええ?」

 

「へえ……」

 

「うわあ……」

 

 四人の供がそれぞれに感嘆の声をあげた。

 なにしろ、奴隷女が尿道から赤い汁を流し始めたのだ。

 四人はびっくりしているようだ。

 

 注がれた人参汁を紫音が宝玄仙ににこにこしながら渡す。

 宝玄仙はそれを口にした。

 少し塩辛い味付けがしていあるが、確かに、人参を絞った汁だ。

 

「の、飲んだ?」

 

 信じられないという口調で小さな声を出したのは沙那だ。

 それを耳にした宝玄仙は、人参汁の入った杯を沙那に渡した。

 沙那が恨めしそうにそれを受けて、その杯から数口飲む。

 

「あらっ? 本当の人参汁ですね、ご主人様」

 

 沙那がほっとした表情で、杯を孫空女に渡した。

 

「なに言っているんだよ。本物の人参汁だよ。ただ、この奴隷女の尿袋に道術で転送されているだけだ。そうだろう?」

 

 宝玄仙には、この人参娘の下腹部に霊気が集中しているのがわかった。

 おそらく、なんらかの霊具が体内に埋め込まれている。『移動術』の道術陣のようなものが刻まれている極小の石のようなものではないかと思う。

 それが媒体となって、この屋敷のどこかに集めてある容器から液体を尿袋に転送させているに違いない。

 

「そのとおりです。さすがは宝玄仙様ですね……。でも、人参娘が汁を出せるのは、股からだけじゃないのですよ」

 

 紫音がにっこりと笑って言った。

 

「じゃあ、どこから出すんだい? 母乳のように乳首から出せるとでもいうのかい?」

 

 宝玄仙は半分冗談で言った。

 

「どうぞ……」

 

 すると、人参娘が宝玄仙に向かって乳房を突き出した。

 宝玄仙は驚いた。

 そして、宝玄仙が娘の乳首を口に含んで吸い始めると、果たして乳首からも人参汁が迸った。

 しかも、こっちは甘い。

 

「辛口のお好きなお客様はお股から……。甘口のお好きなお客様は胸のものを味わっていただきます」

 

 人参娘がにこにこしながら言った。

 

「へえ……。よくできているねえ」

 

 宝玄仙は心の底から感心した。

 

「わあ、人参娘だ──」

 

「ねえ、人参汁ちょうだい──」

 

「僕にも──」

 

 すると、七、八人の子どもが集まってきて、人参娘にねだり始めた。

 

「はい、はい……。じゃあ、順番に二列に並んでね……」

 

 人参娘が微笑みながら、子供たちを並ばせてから跪いた。

 さっそく、子供たちが人参娘の乳房にかぶりついて、人参汁を飲み始めている。

 

「ご主人様、ありがとうございました。おいしかったです」

 

 素蛾が空になった杯を持ってきた。

 渡した人参汁を四人で回し飲みしたようだ。

 空の杯を受け取る。

 

「じゃあ、お前ら、ちょっと面白いものを見せようか。ここにいる大きな姉さんふたりによるおしっこの見世物だ。見たいかい──?」

 

 宝玄仙は集まった子供たちに言った。

 その発言に特段の意味はない。

 ただの気紛れだ。

 なんとなく人参娘が尿袋を使って杯に人参汁を注ぐ芸を見せた奴隷女に接して、沙那と孫空女のふたりにも、それをさせたくなったのだ。

 人参娘の乳房が開くのを待っていた子供たちが、さっとこっちに視線を寄せた。

 

「ご、ご主人様、な、なんてことを──」

 

 沙那の悲鳴のような抗議の声が聞こえた。

 宝玄仙は無視した。

 返事の代わりに、道術を遣って沙那の尿袋を尿で満たしてやる。

 

「ふくっ……。ぐうっ……。な、なんてことを……」

 

 真っ赤な顔になった沙那が、腰を曲げて股間を押さえるような仕草をした。

 だが、その寸前ではっとしたように手を腰の前から除けた。

 いまの沙那には、奴隷品評会全員に掛かっている道術で、身体を手で隠すようにできないのだ。

 

「その場で股を開きな、沙那──。逆らえば、品評会なんて関係ない。この宝玄仙の地獄責めを開始するよ。朱姫、杯を持って沙那の前に少し離れて座るんだ」

 

 宝玄仙は朱姫にさっきの杯を渡した。

 朱姫はなにをどうしていいのかわからないようだったが、その朱姫に、宝玄仙は、沙那から三尺(約一メートル)くらい離れてしゃがませた。

 そして、木の杯を両手でかざして固定させる。

 

「ほら、沙那、始めな──。朱姫の持っている杯に見事に命中させるんだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ええ──?」

 

「そ、そんな……」

 

 朱姫と沙那が同時に驚きの悲鳴をあげた。

 

「なに言ってんだよ、沙那──。できないとは言わさないよ──。お前ら本戦の選手が掛けられている道術は一時的に解いてやる。それと、その透明の下着は、ちゃんと尿を通過させるから大丈夫だ。そういうものらしいからね──。それよりも、やりな──。股間に触れるようにしてやったよ」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「う、うう……」

 

 沙那が呻き声のようなものをあげた。

 そのころには、子供たちだけではなく、近くにいた大人の見物人も何事なのかと大勢集まってきた。

 

「ご主人様……。こ、こんなところでは勘弁してください……」

 

 沙那は真っ赤な顔で股間を押さえながら言った。

 さっき透明の下着の効果を一時的に無効にしてあるので、股間を隠しても大丈夫なのだ。

 

「なにか言ったかい、沙那……。三つ数えるよ……。そのあいだに始めな。一……」

 

 宝玄仙が言うと、もう沙那は観念したような顔になった。

 そして、さっと股を拡げて、大きく上半身を後ろに倒すと、指で尿道口を開くような体勢になった。

 

「ふうっ……はああ──」

 

 沙那の股間から前に向かって尿が飛び出した。

 

「はううっ、あっ、ああっ、ああっ──」

 

 尿を出しながら沙那がよがりだす。

 いつも見ても愉しい姿だ。

 

 沙那の股間から飛び出した尿は、最初はただ沙那の少し前の脚元に落ちているだけだったが、いきなり距離が延びると、見事に朱姫の持っている木の杯に命中して、その中に尿を注ぎだした。

 

「うわああっ──すごい──。すごいです、沙那様──。素晴らしいです──」

 

 大きな声で歓喜の叫びをしたのは素蛾だ。

 素っ裸の素蛾が拍手をし始めた。

 いつの間にか三十人ほどの見物人が周囲を取り巻いていたが、沙那の小便芸に拍手喝采した。

 沙那の尿は杯の半分くらいまで尿で満たすと、また力を抜いて足元に流れるように戻した。

 まるで淫具にでも当てられているように悶えながら沙那は尿をしていたが、やっと終わった。

 

 沙那がすぐにさっと股を閉じて俯き、羞恥に震える仕草になる。

 いつまでも慎みを失わないその仕草は可愛いものだ。

 宝玄仙は中断していた沙那の透明に下着の効果を復活させた。

 拍手はまだ続いている。

 やがて、硬貨のようなものが投げ込まれ出した。

 どうやら、この性の祭典で行われているなにかの大道芸かなにかだと思われたようだ。

 

「朱姫、その尿を飲み干して、客を回ってきな」

 

 宝玄仙が言うと、一瞬だけ朱姫はぎょっとした顔になったが、すぐにその杯にある沙那の尿を飲み干した。

 そして、宝玄仙に言われたとおりに、客の中を回りだす。

 杯があっという間に見物人の入れる硬貨や紙幣で満たされている。

 戻ってきた朱姫から杯を受け取ると、その中の金を紫音に渡し、今度は空の杯を素蛾に渡した。

 

「素蛾、お前はその杯を頭の上だ。そのまま立ったままでいい──。孫空女、お前の番だよ。お前は素蛾の頭の上の杯に尿を入れな──。あんまり、素蛾の顔にかけんじゃないよ」

 

 孫空女が顔を蒼くしたが、宝玄仙は沙那と同じように孫空女の尿袋を尿で満たしてやってから、一時的に透明下着の効果を消した。

 

「そ、素蛾、かかったらごめんね……」

 

 孫空女は大きく嘆息すると、すべてを悟りきったような顔になり、さっきの沙那と同じように、脚を開いて身体を反らせた。

 

「だ、大丈夫です、孫様……。わ、わたくし、勉強させてもらいます」

 

 素蛾が興奮した表情で言った。

 どうやら、素蛾はさっきの沙那の芸の感動の余韻にいるようだ。

 そんな表情をしている。

 

 周囲を取り囲んだ見物人がしんとなった。

 孫空女が小便を開始する。

 

 さっきの沙那のように前に迸っている。

 だた、その尿の方向は素蛾の方を向いてはいない。ややずれていた。

 すると、孫空女が足を動かして、さっと尿の方向を素蛾に向けた。

 同時にほとんど反り返って頭が地面に着くかのように、上半身が海老反りになった。

 

「うおおおおお──」

 

 見物人が雄叫びをあげた。

 いきなり、孫空女のしている尿が人間の背丈以上まで上にあがったのだ。

 その噴水のように上昇した尿が素蛾の頭の上にある木の杯にぼちゃぼちゃと入った。

 もちろん、その迸りが素蛾の顔に落ちているが、ちゃんと尿が素蛾の頭の上の杯に入っている。

 

 周囲が大歓声に包まれた。

 孫空女がさっと脚を動かして尿を素蛾の上から注ぐのをやめた。

 そのまま、体勢を取り直して、しゃがみ込んで残りの尿をし始める。

 

 周りは大喜びだ。

 素蛾も大興奮で杯の尿を飲み干すと、観客と一緒になって拍手をし始めた。

 やらせた宝玄仙自身も驚いた。

 まさか、ふたりともこんなに見事に成功させるとは思わなかったのだ。

 

「お、お願いです、ご主人様──。ここから逃げさせてください」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙が笑いながらうなづくと、沙那と孫空女は逃げるように、観客を押し避けて駆け出した。

 宝玄仙は後を追い、観客が投げていた金を集めていた朱姫と素蛾と紫音が慌てたように追いかけてきた。



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685 競技幕間・中間順位

 恥ずかしい小便芸によって集まってしまった群衆の中からやっとのこと脱出した。

 沙那が逃げるように駆けていくと、大きな看板が掲示してある場所があった。

 

 そこに、人だかりがある。

 大きな白い幕が空中に浮かんでいて文字がそこにあるのだ。

 よく見ると、沙那や孫空女の名があった。

 その横に数字が書かれていた。

 

「まあ、孫空女、あれは、奴隷品評会の本戦に出場している女奴隷たちの名が書いてあるわ。なにかの得点のようよ」

 

 沙那は横についてきていた孫空女を振り返って言った。

 すぐに、宝玄仙たちも追いついてきた。

 

「あれは一回戦の得点表ですね。行ってみましょう

 

 紫音が言った。

 みんなで文字が確認できるところまで進んだ。

 

 近づくと狂ったような女の声が聞こえてきた。

 一回戦で罰を受けることになったふたりの女奴隷が一本の柱を背にして、手首と足首の先を埋められて立っていた。

 その柱から無数の手が出て、ふたりの女奴隷をくすぐり続けている。

 ふたりの女の足元にはおびただしい汗た尿らしきものが迸っていて、ふたりは発狂したように笑い声と悲鳴をあげていた。

 さらに、それぞれの女たちの周りには、たくさんの子供たちが集まって、女奴隷の性器や乳房などを興味本位に触ったりもしている。

 そのあまりもの哀れな光景に沙那は鼻白んだが、とにかく、そっちを意識しないようにした。

 沙那は意識を空中の掲示板に集中した。

 

「……得点によれば、いまのところ、孫空女さんが暫定一位ですね。三位が素蛾さん。沙那さんもいいところに着けていますよ。十八人中十位ですから……」

 

 紫音が宙を見ながら言った。

 

「あたしが一位? だって、素蛾の方が一抜けだったのに?」

 

 字が読めない孫空女が不思議そうな顔をした。

 

「順位はおそらく“基礎点”というのに反映されたんでしょうね。ほかにも“技術点”というのと、“芸術点”というのがあるのよ。あなたは、その技術点が飛び抜けているわ」

 

 沙那は言った。

 そして、孫空女に三人の得点を得点の内訳を教えてやった。

 すなわち──。

 

 

 

    基礎 技術 芸術  計 順位

孫空女  9 12  8 29  1  ……

……

素 蛾 10  8  7 25  3  ……

……

……

沙 那  2  5 10 17 10  ……

……

……

 

 

 

「へえ……。でも、基礎点が順位なら、技術点と芸術点というのはなにさ?」

 

 得点の内訳を聞いた孫空女が言った。

 

「わたしもよくは知らされてはおりませんが、技術点というのは性技や性器の出来のよさだと言われています。芸術点は女としてよがるときのその美しさですね」

 

 紫音が言った。

 

「あたし、三位なんですね──。う、嬉しいです。次も頑張ります──」

 

 素蛾が悲鳴のような歓声をあげた。

 見ると、眼に嬉し涙のようなものを浮かべている。

 沙那は嘆息した。

 

「競技そのものが不甲斐ないわりには、沙那もいいところに着けているじゃないか。きっと小便しながらよがりまくる姿に審査員がいい得点をつけたのさ」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「ほっといてください……」

 

 沙那は言った。

 だが、心の中ではほっとしていた。

 このままいけば、うまい具合に適当なところで、決勝に行かないで済む。

 あと二種目だけ我慢すればいい。

 そう思って、孫空女を見ると複雑な表情をしていた。

 少なくとも、一位で嬉しそうな表情ではない。

 

「あれ? 順位の横にも数字が書いてありますよ」

 

 朱姫が言った。

 

「あっ、ほんとだわ」

 

 沙那も言った。

 文字の色が少し薄くなっていたのでわからなかったが、各性奴隷の順位の横に、さらに数字が続いている。

 その数字の欄には、“乳房”、“肉芽”、“女陰”、“肛門”と文字があり、その文字の下に、各選手の数字が書いてある。

 沙那はその数字に目を凝らした。

 

 沙那は、宙に浮かぶ看板に並ぶ文字と数字を孫空女のために口に出して読んでやった。

 

 

 

      乳房  肉芽  女陰  肛門 

孫空女  400 710 530 650 

……

素 蛾  180 500 120 300

……

沙 那  510 950 600 800

……

 

 

 

「でも、なに、これ?」

 

 沙那は思わず声をあげた。

 

「ああ、あれは、各奴隷の性感帯の敏感さを数値で表したもののはずです。一回戦のときに計測されていたのです。快感に敏感であることは優れた性奴隷の目安でもありますので、ああやって掲示されているのですのよ。皆さんはいい数字ですよ。特に、沙那さんは素晴らしいですね」

 

 紫音が言った。

 

「あ、あれは、わたしたちの性感帯の数字? じょ、冗談じゃないわよ。あ、あんなの恥ずかしいわ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「さすがに沙那だね。掲示されている奴隷女十八人の中で、どの数字も図抜けているじゃないかい。さすがはわたしの一番供だよ。孫空女もそこそこだね。鼻が高いよ。いいことさ。素蛾はふたりに比べれば、遥かに劣るけど、ほかの女奴隷に比べれば遜色ないし、ついこのあいだから性調教を受け始めたばかりであることを考えれば、いい数字さ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「でも、まだまだ、おふたりにはかなわないのですね……。改めて数字で見せられると、沙那様や孫様の素晴らしさがわかります。わたくしが頑張らなければならないところも……。やっぱり胸がまだまだなのですね。もっと感じる胸にしたいのですが、これでは……」

 

 素蛾がちょっと盛りあがっているだけの自分の胸を見て悲しそうな声をあげた。

 

「素蛾、おっぱいは他人に揉んでもらえば、揉んでもらうほど大きくなるらしいわよ。でも、あたしよりも大きくなっちゃだめよ……」

 

 すると、朱姫が素蛾の背後から素蛾の胸をがばりと掴んで揉み始めた。

 

「ひゃあっ、ひゃっ──。しゅ、朱姫姉さん、そ、そんな……。あ、ありがとうございます。で、でも、あはあっ……」

 

 素蛾が悲鳴をあげて、小さな身体をうねり舞いさせだした。

 朱姫の手管だけでなく、胸をなにかで覆うようなことをすると、身体を包んでいる霊気で淫靡な振動を感じるようになっているのだ。

 二重の責めを受けることになった素蛾は、あっという間に脂汗さえ滲ませて、歯を噛み鳴らしだした。

 

「しゅ、朱姫、やめるのよ。素蛾もわたしたちも、まだ競技が残ってるのよ。さっさと終わったあんたは大人しくしてなさいよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 朱姫の気楽さが、まだくだらない競技をしなければならない自分の気の重さと重なり、忌々しくなったのだ。

 すると、朱姫が少しだけ気を悪くしたように、頬を膨らませながら、素蛾から手を離した。

 

「はあ、はあ、はあ……。しゅ、朱姫姉さん、き、気を遣って頂いてありがとうございます。か、感じる胸になるために、また調教をお願いします……。そ、それと、沙那様、朱姫姉さんは、わたくしのことを思って胸を揉んでくれたのです。そ、そんなに怒らないでください」

 

 素蛾が快感の余韻が残っている様子で言った。

 

「なに言ってんのよ、素蛾。この朱姫はなんにも考えてないわよ。ただ面白がっているだけよ」

 

 沙那は言った。

 

「ひ、酷いですよ、沙那姉さん……。あたしだって、いろいろと考えてますよ」

 

「嘘おっしゃい」

 

 沙那はぴしゃりと言った。

 

「それから、あの数字は実は二回戦にも関係があるという話です……。あまり詳しいことは知らないのですが、第二競技は身体が敏感だと不利になる競技と聞いています。それで、あの性感帯の値数が高いと、それに応じて点が最初から加算されるはずです。つまり“優遇処置”ですね。沙那さんと孫空女さんはその分は有利ですよ」

 

 紫音が口を挟んだ。

 

「なるほどねえ……。じゃあ、淫乱女の沙那の挽回の機会ということかい。だけど、感じやすいと不利ということであれば、多少の優遇処置じゃ足りないだろうね。なにせ、こいつの淫乱さは群は群を抜けているからね。あの数字が証拠だよ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 

「な、なに言ってるんですか、ご主人様──。だいたい、あ、あんなの違ってます──。わたしが孫女に比べてずっと敏感だなんて……。それにほかの女たちともあんなに差があるはずなど……。あ、あんなの絶対に間違いです──」

 

 沙那は赤面して言った。

 並んでいる十八人の中でどこかの性感帯の数字が五百を超えているのは、沙那と孫空女だけだ。

 ほかの女は、どんなに高くてもだいたい肉芽の数字が五百に近いくらいだ。

 それなのに、沙那など五百以下の数字が存在しないのだ。

 いくらなんでも、あんなに数字が違うということはないはずだ。

 

 それは確かに、沙那はほかの女に比べれば、少しは敏感かもしれないが……。

 だが、それは少しの違いだけのはずだ。

 あれでは、まるで沙那が希代の淫乱女ではないか……。

 沙那は内心で憤慨した。

 

「だ、だいたい、数字の根拠はなんですか──? なんに対して、五百だったり、三百だったりするというんですか──? あんなの出鱈目です」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「一応は最大を九百九十九として、過去に存在した性奴隷との感度の比較で数字が作ってあるはずですよ」

 

 紫音が言った。

 

「だ、だって、あんなにほかの人と数字が違うわけないじゃないですか。ほかの人とは倍くらい違うんですよ。わたしはあんなに淫乱じゃありません」

 

 沙那は声をあげた。

 

「お前、いまだに自覚がないのかい? お前は珍しいくらいに淫乱な身体をしているよ」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「そうですよ、沙那姉さん。沙那姉さんくらい面白い玩具はありませんよ」

 

 朱姫が笑いながら、ぱちりと指を鳴らした。

 ぎょとしたが、なにをしたのかすぐにわかった。

 沙那の股間に、いきなり朱姫の『影手』の黒い影が次々に浮かびだしたのだ。

 すると、股間を隠したということになり、沙那の股から激しい淫情が迸りだした。

 

「いやあ──」

 

 沙那は悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 悦楽が身体を支配していく。

 しかし、影手は手で払いのけることはできない。

 なにしろ、影なのだ。

 

「いや、いや、いや、はあ、や、やめえっ、あああっ」

 

 沙那は力が抜けてしまった身体を悶えさせるばかりだった。

 

「へえ? 朱姫、凄いじゃないかい。沙那の道術陣をそこまで操れるのかい? 霊気を帯びていなくて、本来は道術をかけられない沙那なのに、そんなのまるで関係なく霊気を沙那に注ぎ込めているじゃないか」

 

 宝玄仙が感嘆の声をあげた。

 

「ご主人様があたしに沙那姉さんたちの道術陣の波を教えてくれたおかげです」

 

 朱姫が嬉しそうに言った。

 

 しかし、そのあいだにも沙那に襲いかかる道術の刺激は継続している。

 沙那の身体は内側から沸き起こる刺激に、切れ切れの喘ぎ声をあげて身体を震わせるほどになっていた。

 

「ひいっ、ひいっ、も、もうやめなさい、朱姫──。はひいっ、だ、誰か助けて──」

 

 沙那は絶叫した。

 だんだんと周りに見物人が集まるのを感じたが、朱姫はいたずらをやめる様子がない。

 それどころか、ただ影を作っていただけの影手がもそもそと動き出した。

 しかも、しゃがんでいる後ろ側の双臀にまで影手が張りついた感触があった。

 沙那は回りに大勢の人が見ていることはわかっていたが、影手の指が二本、三本と肛門に入り込んできて、肛門の内側と外側を同時にくすぐられる状態になるに及んで、昂る声を力の限り張りあげてしまった。

 

「さ、沙那、こ、声が大きいよ……」

 

 横に立っている孫空女のたしなめる声がした。

 だが、いくらそう言われても、自分ではどうにもならないのだ。

 

「くはああっ、あふううっ」

 

 もう、力が抜け切って腰もあげられず、ただ朱姫の道術に翻弄されるままだった。

 

「ああああっ」

 

 やがて、悦びの戦慄が襲いかかり、沙那は全身を引きつらせて、声をあげながら、がくがくと身体を震わせた。

 達したのだ。

 沙那は両手を地面につけて息を整えた。

 すると、絶頂すると同時に、沙那の身体から影手の感触が消滅した。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 くそう……。

 朱姫め……。

 沙那は朱姫を睨みつけた。

 だが、朱姫は素知らぬ顔だ。

 その表情に、かっと血がのぼる。

 しかし、なぜか、囲んでいた見物人が拍手を始めた。

 

 一方で、宝玄仙はけらけらと笑い続けている。

 ますます、腹が煮え返る。

 

「しゅ、朱姫いい──」

 

 沙那は、まだ力の入らない身体を無理矢理に立ちあがらせると、朱姫に詰め寄った。

 頬の一発でも張ってやろうと思った。

 股間からはべっとりと淫液の迸りが内腿を汚していて、しかも、身体を隠せない沙那には、それを周りの視界から阻むことはできない。

 だが、この瞬間は、そういう羞恥よりも朱姫への怒りが勝った。

 

「お、お前は……」

 

 沙那は朱姫に掴みかかろうとした。

 とにかく、一発でも喰らわさないと気が済まない。

 

「待って、沙那姉さん──」

 

 朱姫が沙那の腹を指差して怒鳴った。

 

「あっ?」

 

 沙那は声をあげて、動くのをやめた。

 自分の腹に影手がひとつ張りついているのだ。

 しかも、ゆっくりと下腹部に移動している。

 

「あたしになにかしたら、影手を下腹部に移動させてしまいますよ、沙那姉さん……。いいんですか……?」

 

 朱姫がいやらしい笑い方をした。

 

「ひ、卑怯よ、あんた──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ず、狡いです、朱姫姉さん。沙那姉さんばっかり──。わたくしにも調教をやってください」

 

 素蛾が言った。

 

「わたしは朱姫なんかの調教を受けるつもりはないわよ──」

 

 沙那は思わず、素蛾に怒鳴った。

 素蛾が、沙那の大声にびっくりしたようにひいっと息を飲む。

 すると、宝玄仙がなだめるように、笑いながら沙那と朱姫のあいだに入ってきた。

 

「まあまあ、あんまり怒るんじゃないよ、沙那……。でも、確かにいまのは、沙那が可哀想だね……。代わりにわたしが朱姫を凝らしめてやるさ……。紫音、朝渡した小さな鈴があったろう。出しな」

 

 宝玄仙が言うと、朱姫がぎょっとした顔になった。

 紫音が宝玄仙にいくつかの鈴を渡した。

 沙那は宝玄仙の手の中を見た。

 そこに鈴が三個あったが、そのすべてに短い糸がついている。

 そして、沙那の見ている前でその三個が消えた。

 

 チロリン……。

 

 すると、どこからか鈴の音が鳴った。

 

「きゃああっ──。お尻が──」

 

 朱姫が悲鳴をあげた、

 また、チロリンと鈴が鳴る。さらに大きな朱姫の悲鳴があがった。

 沙那は朱姫を見た。

 朱姫のぼろぼろの衣類の下の二つの乳首と肉芽に一個ずつ鈴がぶら下がっている。

 どうやら、宝玄仙の道術のようだが、朱姫は、鈴が鳴る度にお尻に刺激を感じるように道術をかけられたようだ。

 

「ほら、朱姫、ついでに沙那たちと同じ道術をかけてやったよ。身体を隠していると、身体に気味の悪い虫酸が走るよ。身体を隠したりしようとすると、刺激が増大するからね。いつまでもそのぼろをまとっていると、大変なことになるよ、朱姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ひいっ、な、なんですか、これ?── ご主人様、許して──」

 

 朱姫はたちまちに泣きべそをかきながら服を身体から取ろうとした。

 だが、鈴を鳴らさずに服を取るのは不可能なので、動く度にお尻に淫情を覚えてのたうっている。

 沙那はその様子にすっかりと溜飲が下がってしまって、何度か朱姫の身体を押したりして、わざと鈴を鳴らして意地悪をした。

 そのたびに、朱姫は与えられる快感にのたうち回った。

 

 とりあえずの溜飲がさがったところで、沙那は朱姫を許してやることにした。

 朱姫の身体から衣類の切れ端を取るのを手伝ってやる。

 沙那が朱姫の脱衣を手伝い始めると、おろおろしていた素蛾もぱっと寄ってきて、朱姫から服を取り去るのを手伝いだした。

 そのあいだも、鈴が鳴り続け、その都度、朱姫はあられもない姿でよがり続けた。

 

「大人しくしなさいよ、朱姫」

 

「だ、だって……んふううっ」

 

 おかげでなかなか服を脱がせられない。

 やっと素っ裸にさせることに成功したときには、朱姫はついに座り込んでしまった。

 

「ひいいっ」

 

 だが、座るとさっきのおかしな気味の悪さが襲うのか、慌てて立ちあがった。

 しかし、その動きで、また鈴が鳴って朱姫は腰を砕けさせた。

 そのときは、辛うじて踏みとどまり、なんとか腰を落とすのは防いだ。

 

「こ、こんなの酷いですよ、ご主人様……」

 

 朱姫が中腰のまま、苦しそうな声で言った。

 どんな感触なのかわかりないが、余程、気持ちの悪い感触なのだろう。

 すっかりと、朱姫は追い詰められた表情になった。

 

「お前はその状態で三人を応援だよ、朱姫。日没と同時にすべての道術が消えるから、それまで頑張るんだ」

 

 宝玄仙が意地悪そうに笑った。



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686 競技幕間・ちょっとした騒動

 しばらく、庭園を歩いた。

 

 まともに服を着ているのは宝玄仙だけで、その横を裸身の下半身に一本のリボンを垂らしているだけの紫音(しおん)が場内を説明しながら歩き、その後ろを素裸の四人が続いている。

 その中でも、宝玄仙に道術をかけられた朱姫は苦しそうだ。

 鈴が鳴る度に、尻から拡がる欲情に全身を震わせて立ち竦んでいる。

 

 屋台では、「ちんこ焼き」というものと、「まんこ焼き」という食べ物をもらった。

 沙那たち品評会の選手は腹に浮かんだ文字によってただだし、宝玄仙たちも上官太守の招待客という扱いで無料だった。

 

 「ちんこ焼き」と「まんこ焼き」いう下品な名称の食べ物は、宝玄仙が面白がって、全員が一個ずつ食べることになったものだ。

 「ちんこ焼き」というのは牛肉を男性器そっくりに加工したものを炙り焼きした串焼きだ。

 「まんこ焼き」は焼きあわびだ。

 とにかく、形状が不気味なくらいに本物そっくりに作ってあった。

 味は悪くはなかったものの、「ちんこ焼き」を人混みの中で、許可が出るまで、舌だけで舐めさせられたのは、恥ずかしくて堪らなかった。

 

 手は出さなかったが、各種の食べ物の女体盛りもあったし、男体盛りもあった。

 逞しい美男子の性奴隷の勃起した男根を道具代わりにして、麺を啜る屋台にはたくさんの中年の女たちが列を作っていた。

 

 大道芸も充実していて、あちらこちらで各芸人たちが芸を披露していた。

 一番人気があったのは、第一競技のときに、裸躍りと放尿芸を見せた子供たちの見世物だった。

 あのときに激しい躍りを見せた子供たちが、今度は全身にぬるぬるの潤滑油を塗りたくって、まるで百合の性行為そのもののように艶かしく身体を音楽に合わせて擦り合わせるというものをやっていた。

 これには見物人は大喜びであり、しかも、興奮した主人たちが、連れてきた女奴隷を犯しながら見世物に夢中になっていた。

 

 とにかく、ちょっと形容のできない退廃的な情景がそこに広がっていた。

 ほかにも、尻や女陰で卵を出し入れしたり、長細い果物を切断するという芸をしているのもあった。

 それを見ていたとき、下手だと舌打ちした宝玄仙が、沙那たちを参加させようとした。なんとか断念させたのだが、それも大変だった。

 

 参加型の催しもあり、あちこちで公然と老若男女の性行為が行われもしていた。

 宝玄仙はどこでなにをしてもずっと上機嫌だった。

 

 この国に住み着いてもいいと、何度も笑いながら嬉しそうに繰り返していたが、それが満更冗談でもないことを沙那は気がついていた。

 宝玄仙にかつて少しだけ、実母と暮らした年少期のことを教えてもらったことがある。

 その話の限りにおいて、この国のやこの祭典の雰囲気は、宝玄仙の幼少時代の生活の雰囲気に似ているはずだ。

 宝玄仙が意識しているのか、していないのかはわからないが、おそらく、宝玄仙はいま、まるで子供時代に戻ったような錯覚に陥っているのかもしれない。

 

 そのときだった。

 小さな喧噪が起きた気配があり、視線を向けると、そこには小さめの馬車が祭典の係員のような男たちに阻まれて、とめられている状況だった。

 しばらく観察していると、どうやら強引に馬車で式典内に乗り入れようとして、ここでとめられたみたいだ。

 馬車の中にいるらしい女の金切り声と、馬車の外の係員の淡々とした受け答えが繰り返されている。

 

「あれは、なんだい?」

 

 宝玄仙が同行している紫音に訊ねた。

 すると、紫音が困ったような表情で口を開く。

 

虞美(ぐび)夫人ですね。また、騒動を……。つまりは、この祭典の敷地内は、どんなにお高貴なお方であろうと、乗り物による移動は禁止されているのです。どうやら、あのお方は、それを無視して、ご自分の馬車で入って来てしまったみたいのようです」

 

 紫音が説明した。

 そう言われてみれば、馬車そのもののは、二人乗り程の小さなものだが、馬車の誂えも装飾もかなりの財がかかっているというのはわかる。

 ある程度の資産家であり、それなりの身分の者なのだろうと推測できた。

 

「なんだい、虞美というのは? 偉いのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「太守様の伯母様です。それに道術については第一人者で、実力は国内随一ともいわれています。だから、誰にも夫人の我儘をとめられないでいて……」

 

 紫音が困ったように言った。

 すると、やっと観念したのか、馬車の扉が開いて、中から人が出てくる気配があった。

 見ていると、最初に飛び出したのは、ひとりの若い男だ。

 しかし、首に首輪をしているほかは、ほぼ全裸であり、股間の男根の根元に真っ赤色のリボンを蝶結びでつけている。

 顔は大変な美男子なのだが、この国の奴隷の(さが)とはいえ、男奴隷の残念な姿に沙那も息を吐いた。

 

 男奴隷は躊躇なく、馬車の下にうずくまる。

 すると、男奴隷の背中を台にして足を載せ、ひとりの貴族女が出てきた。

 年齢は四十過ぎだろうが、かなりの美貌である。

 だが、はいている下袍の丈が怖ろしく短い。ほとんど、股間の付け根くらいしかなく、男奴隷の奴隷を踏んでおりてくるときには、ちょうどこっちが正面なのもあり、はっきりと股間の中が見えてしまった。

 どうやら、下着のようなものは身に着けてないみたいだ。

 沙那の視線には、女の股間の陰毛まで見えてしまった。

 

「随分と女主人も、色っぽいじゃないかい。まるで、あれ自身が奴隷女みたいに破廉恥な格好さ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 

「聞こえますよ」

 

 沙那は慌ててたしなめたが、そのときには、当人の虞美夫人という女性がこっちを睨んでつかつかと歩いてきていた。

 沙那は嘆息した。

 なんとなく、騒動の気配を感じてしまったからだ。

 

「あたしのことを女奴隷だと言ったのが聞こえたんだけどね、あんたは?」

 

 虞美夫人がやって来て、宝玄仙の前に立って言った。

 両手を左右の脇腹に置き、脚を肩幅に開いて、鋭い顔で宝玄仙を睨んでいる。気の強さが服を着ているような女だと思った。

 完全に腹を立てている雰囲気に、仕方なく沙那は宝玄仙を守れるように、右斜め前に一歩に出る。

 反対側では、孫空女が同じような位置に進み出た。

 

「ああ、気に障ったら悪かったね。宝玄仙さ。ここの上官に招待された客でね。旅の女さ」

 

「旅の女? ふん、上官も、上級貴族としての心得がまだまだ不足さ。こんな下品な女を客人として連れ込むなんてねえ」

 

「下品? わたしに言ったのかい? 肌だけじゃなくて、目も耄碌し始めているのかい? ちゃんと手を抜かないで化粧しないと、皺が隠れてないじゃないかい。これからは、そんな化粧もしないような顔で人前に出んじゃないよ。年寄りは年寄りらしく、屋敷にでも引っ込んでな」

 

「なんだって──」

 

 虞美夫人が怒りに血が昇ったみたいな顔になるとともに、彼女の左手が青白く光るのがわかった。

 霊気の暴発の傾向だ。

 沙那ははっとした。

 霊気を感じることのできない沙那でさえわかるくらいに霊気が身体からあふれ出ているのだ。

 

「孫女──」

 

 沙那は小さく言った。

 孫空女が頷いて、宝玄仙を守るように完全に前に出た。

 

「どいてな、孫空女。こんなちんけな道術遣いの暴発にどうかなるような宝玄仙様じゃないさ。とにかく、もうどっかに行きな。見ての通り、忙しいんだ」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 沙那はすかさず、宝玄仙を引っ張った。

 

「そうですね。もう行きましょう、ご主人様。もっと面白い催しがあるかもしれません。さあ……」

 

 無理矢理に宝玄仙を虞美夫人から引き離す。

 宝玄仙が笑って、その場を離れて歩き出す。

 沙那はほっとした。

 おろおろと見守っていた紫音も明らかにほっとした様子になっている。

 

「ご主人様──」

 

 そのときだった。

 孫空女の叫び声がして、振り返ると、大きな火の玉が迫ってきていた。

 沙那は驚愕した。

 周囲に絶叫がとどろく。

 

「ふっ」

 

 しかし、宝玄仙がさっと沙那たちを庇うように、振り返って両手を拡げた。

 火の玉が突如として宙に静止する。

 そして、さっきの虞美夫人の周りで氷の槍が一斉に地面から発生した。そのまま、檻のように彼女に向かって尖った先端を伸ばす。

 

「ひいっ」

 

 氷の槍に全身を貫かせそうになった虞美夫人が恐怖を顔に浮かべて悲鳴をあげる。

 しかし、氷の槍は彼女を貫くことなく、ぎりぎりでとまった。

 虞美夫人が顔を真っ蒼にして、全身を硬直させている。

 

「ちんけな道術でわたしをどうにかできると思ったかい──。能力の違いもわからないなら、二度と道術遣いなんか名乗るんじゃないよ」

 

 宝玄仙が火の玉を消滅させるとともに、虞美夫人に向かって、手を伸ばした。

 大きな突風のようなものが彼女を貫き、一瞬後、彼女の身体から気の塊のようなものがなくなっていることに気がついた。

 

「朱姫?」

 

 沙那は朱姫に訊ねた。

 

「あの女の人から霊気が消滅しました。ご主人様が霊気を消滅させて、さらに、道術を封印したのだと思います」

 

 朱姫が言った。

 沙那は頷いた。

 すると、騒ぎを聞きつけたのか、衛兵のような集団が駆けてきた。二十人ほどであり、武具を身につけて剣を持っている。また、その中に上官もいた。

 

「これは、どういうことです? おや、伯母上殿──。伯母上は先日のことで、謹慎を申し渡していたはずですよ。なぜ、ここにいるのです?」

 

 上官が氷の檻に閉じ込められている虞美夫人を見て、険しい表情になった。

 よくわからないが、同じような騒ぎを前にも起こしたのだろう。それで、もしかしたら、太守であり、甥の上官を怒らせて、出入り禁止でも喰らっていたのかもしれない。

 

「し、知らないよ──。このわたしを謹慎処分なんて、そんなことを許されるものかい──。そ、それよりも、この失礼な女を捕縛するんだよ。牢にお入れ。このわたしが直々に拷問してやる──」

 

 虞美夫人が真っ赤な顔で怒鳴った。

 しかし、紫音が上官に近づいて、事態の説明をする。

 話を聞き終わった上官は、大きく嘆息して、宝玄仙に向かって頭をさげた。

 

「身内が失礼をいたしました。伯母については、こちらで責任をもって罰を与えます。申し訳ありませんでした」

 

 上官が言った。

 

「ば、罰だって──。お前ごときがなにを……」

 

 すると、虞美夫人が真っ赤になって、道術を発生させるような仕草になった。

 だが、すぐに怪訝な表情になる。

 

「ふん、道術が遣えなくなったかい。すでに、お前の道術はわたしが封印したよ。お前は、わたしが封印を解除しない限り、もう道術は遣えない。そして、わたしは封印を解除するつもりはない。わかったかい──」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 すると、やっと、道術を封印されてしまったことを理解したのか、虞美夫人が「ひっ」と顔をひきつらせた。

 

「伯母上の術を封印? いまの一瞬で?」

 

 上官がびっくりしている。

 

「さあて、それで、上官、どう落とし前をつけるんだい? こいつはわたしを殺そうとしたんだ。だったら、殺しても構わないかい?」

 

 宝玄仙がちょっと意地悪げに頬を歪ませた。

 次の瞬間、虞美夫人が閉じ込められている地面の真下から氷の槍が飛び出す。

 

「きゃあああ」

 

 虞美夫人の脚のあいだから飛び出した氷の槍は、彼女の短い下袍の裾を下から貫き、そのまま顎に向かって伸びて、またもやぎりぎりで静止した。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ、ゆ、許して……」

 

 虞美夫人が泣き声をあげた。

 

「こ、殺すのは……。それは勘弁を……」

 

 上官が困ったように言った。

 沙那はあいだに入った。

 

「もう、いいじゃないですか……。殺すなんて、物騒ですよ」

 

 とりあえず言った。

 宝玄仙が鼻を鳴らす。

 

「まあ、それもそうか。だったら、この場で謝りな。それで許してやるよ。上官、こいつに、わたしに謝らせな。そうすれば、命は取らないでいるよ。別にほかに詫びも不要だ。その代わり、わたしが満足するまで、ちゃんと謝らせるからね」

 

「それくらいなら……。伯母上、よいですね」

 

 上官が氷に檻の中の虞美夫人に視線を向ける。

 すでに、牙を抜かれたみたいになっている虞美夫人が真っ蒼な顔色のまま、数度頷いた。

 すると、虞美夫人の周りから氷が一斉に消滅した。

 虞美夫人がへなへなとその場に崩れ落ちて、両膝を地面につけた。

 

「おう、わかってんじゃないかい。そうだよ。ちゃんとした謝罪というのは、昔から土下座と決まってるんだ。わきまえているのは、まあ評価だね」

 

「ふえ? 土下座?」

 

 虞美夫人はきょとんとしている。

 すると、宝玄仙がすっと右腕を伸ばした。

 宝玄仙の右手に、電撃の鞭のような長い光線状のものが出現して、それがばちばちと音を立てる。どうやら、道術で霊気を固まらせて鞭状に固形化したようだ。

 相変わらず、道術にかけては桁外れの能力を発揮する人だと思った。

 宝玄仙が手を虞美夫人に向かって、ひと振りすると、破れた下袍の裾から出ている虞美夫人の太腿を容赦なく打った。

 

「あうううっ」

 

 腰を捩って、後ろにひっくり返りそうになった虞美夫人が尻もちをつく。

 

「さっさとしな、出来損ない──。土下座で謝罪だよ。逃げようとしたら、この電撃帯を巻きつかせてほったらかしにするよ」

 

 さらに、二発、三発と、電撃の鞭を虞美夫人に打ちつける。

 彼女の腿の肉が震えるほどの連打だ。

 

「ご主人様──」

 

 さすがに、沙那は慌てたが、今度は上官が沙那をとめた。

 

「このくらいで済めば問題ありません。存分に扱いください。太守として認めます」

 

 上官が言った。

 それが聞こえたのか、虞美夫人が「ひいっ」と声をあげた。

 

「ほら、聞いた通りだ──。このわたしを火炎で殺そうとした落とし前をただの謝罪だけで許そうとしてるんだ。さっさと謝らないかい──」

 

 宝玄仙が笑いながら、電撃の鞭を次々に虞美夫人に浴びせている。

 それで気がついたが、いつの間にか、大きな人の集団ができている。ただ、こういうのも、この祭典の催しのひとつなのかと思っているのか、騒ぐ様子はない。

 ただ、哀れに鞭打たれては悲鳴をあげている虞美夫人をからかうような野次を飛ばしたりしている。

 中には、「虞美夫人」だと驚いている声をも聞こえたりしているが、それは少数派だ。

 集まっている多くが庶民層なので、太守でもない貴族夫人の顔までは、あまり知らないのだろう。

 

「も、もう、や、やめてええ──。申し訳ありませんでした──」

 

 ついに虞美夫人が両膝と両手を地面につけて謝罪の言葉を発した。

 

「どこで謝ってんだい──。土下座の場所は、わたしの足元だよ。

 

 宝玄仙が笑いながら、電撃鞭ではなく、電撃の玉を飛ばした。

 

「ひぎゃああああ」

 

 獣のような声を出して、虞美夫人がひっくり返る。

 だが、今度は再び電撃鞭の嵐だ。

 沙那は嘆息した。

 すでに、宝玄仙が完全に遊んでいるのがわかったからだ。こうなったら、ある程度のことをやらせないと、宝玄仙はとまらない。

 ふと見ると、朱姫や素蛾はもちろん、孫空女も静観の態勢だ。沙那もそれに倣うことにした。

 

「ひっ、ひっ、ひっ」

 

 虞美夫人がすっかりと恐怖に顔を引きつらせて、やっとのこと宝玄仙の足元に辿りつく。

 

「遅すぎるんだよ、お前──」

 

 宝玄仙が虞美夫人の髪を掴んで顔をあげさせて、火のような平手を頬に放った。

 

「んびいっ」

 

 おかしな声をあげて虞美夫人が横倒しに倒れる。

 

「謝る前に勝手に寝るんじゃないよ」

 

 すると、宝玄仙が虞美夫人に電撃を浴びせる。

 どうやら、謝らせることよりも、気の強かった虞美夫人を完全に屈服させる遊びに愉しくなった気配だ。

 一方で、あまりもの暴力の連打に、虞美夫人もすっかりと衝撃を受けており、いまや、最初の気迫は皆無になっている。

 ただただ怯える女がそこにいるだけだ。

 

「申し訳ありませんでした……」

 

 虞美夫人が再び土下座をする。

 だが、その後頭部を宝玄仙が上から足で踏みつけた。

 

「んぐっ」

 

 踏む力が強かったのか、虞美夫人が地面に顔をつけたまま、おかしな声を出す。

 

「謝るときには、頭は相手の足よりも下だよ。そのくらいのこと知らないのかい、能無し──」

 

 宝玄仙は愉しそうに笑っている。

 わが主人ながらも、どこまでも調子に乗るのは悪い癖だ。だが、こういう残酷そうな光景も、周囲の野次馬は喜んでいる。

 宝玄仙が暴発して、虞美夫人が泣き声をあげるたびに拍手喝采だ。それもあり、宝玄仙はだんだんと調子に乗っている感じもある。

 

「もう一度、ちゃんと謝りな」

 

「は、はいっ、申しわけ」

 

 やっと宝玄仙の足がどけられて、虞美夫人が頭を地面に擦りつけるように言った。

 その肩を宝玄仙が蹴り飛ばした。

 

「横着すんじゃないよ──。立った状態からやり直しだよ」

 

「はいっ」

 

 虞美夫人はすっかりと泣きべそをかいている。

 よろよろと立ちあがる。

 何度も強力な電撃を帯びて、髪も乱れ、服もぼろぼろだ。

 真っ直ぐに立ちあがったところで、再び宝玄仙の平手が虞美夫人の頬に炸裂する。

 

「遅いんだよ。ほら、やり直しだよ」

 

 股を拡げてひっくり返った虞美夫人に容赦なく、宝玄仙が虞美夫人に電撃を浴びせた。

 虞美夫人が大きな声で泣きじゃくりだした。

 なぜか、周囲が大喚声をあげる。

 

 結局、宝玄仙が虞美夫人を許したのは、三度目の土下座のときだった。

 後頭部を力一杯に踏みつけながら、宝玄仙が高笑いする。

 

「これに懲りたら、乱暴するときは、人を見てやりな。ほら、お前を踏んで靴が汚れたよ。舐めてきれいにしな」

 

 宝玄仙が当然という感じで命じる。

 さすがに怒るのではないかと思ったが、すでに精魂つきているのだろう。虞美夫人は特に、抵抗する素振りをすることなく、突き出された宝玄仙の靴を両手捧げ持つようにして、底に舌を這わせ始める。

 

 沙那は、そろそろ止め時だと判断して、宝玄仙に声をかける。

 今度は、宝玄仙は満足したように歩き出した。

 

 一方で、虞美夫人については、上官の指示で衛兵に連れていかれた。

 集まった野次馬が宝玄仙に拍手をする。

 宝玄仙が満足したように、彼らに片手を振った。 

 

 

 *

 

 

 性の祭典を愉しんで、どのくらいの時間が経った頃だろうか……。

 突然に上空に花火があがった。

 そして、突然に空に白い煙が立ち込めて空を覆う。

 

 次の瞬間、沙那はぎょっとした。

 その白い空が十八分割され、そこに沙那たち十八人の女たちの映像が映し出されたのだ。

 もちろん、沙那のほかに、孫空女もいれば、素蛾もいる。

 全員が品評会に出場している選手たちだ。

 空の映像の女たちは、会場のそれぞれの場所で当惑した表情をしていた。

 全員が一糸まとわぬ素っ裸だ。

 実際には一枚の下着を着ているのだが、まったくの透明なので、裸にしか見えないのだ。

 

 すると、十八分割の映像のそれぞれの裸身が女奴隷の顔になり、それが小さくなって、今度は股間が大写しになった。

 沙那は、自分の股間が写し出されたとき、はっきりと朱姫との淫情の名残りが無毛の股間にあるのがわかった。

 さっき達してから、拭うこともできなくて、淫液の滴りがまだ乾ききらずに、そのままになっている。

 十八人の女の中でそんなはしたない股は、沙那の顔が横にある股ぐらだけだ。

 

「ひっ」

 

 思わず股間を隠そうとして、それはできないことを沙那は思い出した。

 せめて、ぎゅっと股間を閉めたが、すると空にある沙那の股もぎゅっと閉じた。

 

「さあ、では第二競技の時間がやって参りました。第二競技では、各奴隷に全部で五個の関門に挑戦してもらいます。最後の関門を除き、どの関門から始めても構いません。それぞれの関門には、ひとつずつの課題があり、その課題を満たせば、次の関門の課題に進めます。五個の関門の課題を早く終わらせた奴隷から得点が与えられます。今回は単純に速さの戦いです。ただし、競技は性感帯が発達していると不利になるものもありますので、それは芸術点などの得点で是正されます」

 

 空に司会の声が響き渡った。

 道術の力で会場全体に声を流しているようだ。

 

「あふうっ」

 

 そのとき、突然に沙那の股間が小さく振動し始めた。

 

「はあっ、お尻が──」

 

「あ、ああん──」

 

 一方で沙那と向かい合わせに立っていた孫空女と素蛾は、お尻に刺激を感じたようだ。

 三人で前のめりになるかたちになって甘い声を出し合った。

 

「終わっていない関門のうち、もっとも近い関門の位置は、奴隷には股間の疼きで伝えられます。関門は近くまで行けば、すぐにわかります」

 

 どうやら、前の股間に振動が伝われば前側、肛門なら後ろ側に関門があるということなのだろう。

 いまは三人に一番近い関門は、沙那が向いている方向にあるということだ。

 沙那は股間の刺激に耐えながら思った。

 

 ふと、思い出して空を見る。

 大写しになった沙那の股間からは、隠しようのない淫液がはっきりと見えている。

 沙那は恥ずかしさで消え入りたくなった。

 

「そして、もうひとつ大切なことがあります。関門で受けた課題をこなす以外に奴隷は絶対に達してはなりません。なにがなんでも、耐えてもらいます。間違って達しようものなら……」

 

 不意に声が意味ありげな口調のものに代わり、空の映像が股間の大写しから、再び身体全体に変化したと思った。

 

「ひぎゃうあああ───」

 

「ぐあああっ」

 

「いぎいいい──」

 

 すると、股間全体に恐ろしいほどの電撃が迸った。

 沙那は絶叫してひっくり返った。孫空女と素蛾も同じように倒れた。

 局部にとてつもない電撃が突然に走ったのだ。

 いくら沙那でも我慢の限界は越えていた。

 

 電撃はすぐに収まったが恐怖は残った。

 全身に冷や汗がどっと出た。

 見上げる空の十八人の女奴隷たちはすべてひっくり返って、顔に恐怖の色を浮かべている。

 

「また、達しなくても一定時間内に次の関門を見つけられないときも、電撃が走ります。その場合は、電撃の時間は三分となります。そして、それは断続的に繰り返されます。それぞれの課題が制限時間内にできない場合もそれぞれに罰があります」

 

 冗談じゃないと思った。

 あんな恐ろしい電撃を三分も股間に受け続けられるわけがない……。

 

「では、検討を祈る、性奴隷たち──。さあ、競え──」

 

 声が終わると同時に、競技の開始を告げる花火がもう一度空に轟いた。

 

 

 

 

(第101話『奴隷品評会・一回戦』終わり、第102話『奴隷品評会・二回戦』に続く)



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 第103話 奴隷品評会・二回戦【上官太守Ⅲ】
687 関門一(第一障害)・触手(みち)


「さ、先に行って……」

 

 沙那が膝をくねらせて立ち止まってしまった。

 

「沙那様──」

 

 素蛾が声をあげた。

 小走りに駆けていた孫空女は、走るのをやめて振り返った。

 

「だ、大丈夫……。ということないけど……。お、遅れていく……。いいから、行って……」

 

 沙那は荒い息をしながら言った。

 孫空女の股間でもぶるぶると振動が続いて、いやらしいほどに肉芽を苛んでいる。

 快感に特に弱い沙那にはつらいのだろう。

 

 第二競技の課題は、全部で五個の関門で示される課題をすべて終わらせることらしい。

 そして、その関門の位置は、股間にはいている透明の下着が示すようだ。

 すなわち、肉芽の部分が振動すれば前側、肛門が振動すれば後ろ側という感じだ。左右の判断は振動ではわからないので、それは眼で探すしかない。

 とにかく、その刺激を頼りに関門の位置を探ることになる。

 関門は、その近くまで行けばわかるということだ。

 

 しかし、股間の振動によって達してしまえば、恐ろしい電撃が直接女陰に叩き込まれる。

 だから、沙那は立ちどまって、息を整える時間を求めたのだろう。

 しかし、関門に向かうのにも制限時間があり、時間内に到達できなければ、その電撃は三分も続くらしい。

 競技の前に全競技参加者の性奴隷が電撃の洗礼を浴びせられたが、とてもじゃないが三分も耐えれるとは思わなかった。

 股間に浴びる電撃など、慣れることなどできない。

 あの恐怖を思い出すだけで、さすがの孫空女でも冷や汗が出てくる。

 

 だから、早く行きたい。

 奴隷たちには、一体どのくらいで関門に到達しなければ電撃がやってくるのか教えられていない。

 それはこの瞬間かもしれないのだ。

 

「い、行って……」

 

 もう一度、沙那が言った。

 沙那は数歩進んだが、全身を真っ赤にして、また立ち竦んだようになって身体を震わせた。

 いまは、完全にとまっている。

 可哀想だが、あれでは制限時間に間に合わないかもしれない。

 

「素蛾、行くよ」

 

 孫空女はそれだけ言って、歩みを再開した。

 

「は、はい」

 

 素蛾も続く。

 

 やがて、関門らしき場所についた。

 なにか文字らしき模様が書いてある看板があり、その横に男が木の椅子に座っていた。

 その向こうに人の背丈ほどの壁があり、壁の前には小さな白線の円が描かれている。

 また、その横には池のような丸い場所があり、そこに膝ほどの高さの触手の束が粘性の分泌液を発散しながらうごめいていた。

 

 孫空女はぎょっとした。

 また、そこに到着するとともに、いままで、ずっと動いていた股間の振動もとまった。

 それで、はっきりとここが関門であることがわかった。

 それまでは、前を向いても後ろを向いても、絶対に振動がとまらなかったのだ。

 

「一番は孫空女だな。次は素蛾だ。白線の円に入り、手首を背中で合わせろ。そうすれば台の上に行ける」

 

 看板の横の男が記録のようなものを眺めながら言った。

 それに選手の名が書いてあるのだろう。

 

「この関門では、この壁を登ったところに障害物のある路がある。障害は三個だ。それらを通過して、その向こうにある旗に触る。それだけだ。ただし、路の途中で達してしまうと、道術でそこに戻される。無論、電撃もある……。まあ、頑張るんだな。ここは順番に進んでもらう。素蛾は俺が合図をしたら進んでいい」

 

 関門の男が言った“そこ”というのは、横の触手の池のようだ。

 孫空女は鼻白んだ。

 

 あんなところに戻されたら堪らない。

 下手したら、触手に捕らわれて出てこれなくなるかもしれない……。

 まあいい……。

 つまりは、達しなければいいのだ。

 

「わかりました」

 

 素蛾がうなずいている。

 

「じゃあ、先に行くね、素蛾」

 

 孫空女は壁の前の白い円に入って、手を後ろに回した。

 

「うわっ」

 

 ぬるりという気味の悪い感触と圧迫感が手首を襲った。

 思わず振り返ると、地面から触手が伸びて、孫空女の両手首を縄のように縛っている。

 触手は地面から切断されて、そのまま孫空女の拘束具となった。

 

 そして、腹が捻れる感触があった。

 わっという歓声があった。

 気がつくと、孫空女は壁の上にいた。

 

 壁の上は台になっていて、三間(約三十メートル)ほど先に同じような台があり、そこまで肩幅の倍ほどの二本の板が置いてある。

 観客席は台の下側にあり、そこからたくさんの観客が見上げているのだ。

 つまり、観客の座っている席は板のあるところよりも外側にあり、座っている観客の視線は股の下だ。

 なんといういやらしい作りだと思った。

 

 また、反対側の壁の向こう側は白い煙が立ち込めていて、先は見えなくなっている。

 旗は三個の障害の向こうと言っていたので、煙のずっと先にあるのだろう。

 孫空女はふと沙那はどうなったのだろうと考えて、上空を見上げた。

 

「あれっ?」

 

 思わず声をあげた。

 競技が開始する前は、十八人全員の姿が分割で映っていたのに、いま、孫空女に見えるのは、下から覗かれる自分の姿だけだった。

 ほかは、ぼんやりとして白い煙にしか見えない。

 

 まあいい……。

 孫空女は板を渡って向こう側の台に進もうとして、一方の台を選んで進もうとした。

 

「わっ」

 

 思わず声をあげた。

 孫空女が両足を板に踏み入れようとした途端、その板が消滅したのだ。孫空女は危うく落ちるところだった。

 しかし、孫空女が足を引っ込めると、消滅した板が出現した。

 

 首を傾げながらゆっくりと同じように足を出す。

 やはり、板が消滅する。

 慌てて、反対側の板に向かった。

 結果は同じだった。

 

「そういうことかい……」

 

 孫空女はなんとなく、この板のからくりがわかってきた。

 今度は、孫空女は二本の板のある両方に脚を乗せて一歩ずつ進むことにした。

 

 板は消えなかった。

 だが、下にいる観客たちにまともに股ぐらを晒すことになる。

 観客たちの卑猥な視線と揶揄が突き刺さる気がした。

 かっと熱いものが孫空女の内面から込みあがる。

 

「くっ……」

 

 孫空女は唇を噛んで、自分自身のおかしな感覚を振りきろうとした。

 とにかく、両方の板に脚を乗せたまま数歩ほど進んだ。

 両手が背中で拘束されているので、うまく進まないと踏み外しそうだった。

 孫空女は、そろそろと注意深く進んだ。

 そのとき、ふたつの板の下からなにかが一斉に出てきたと思った。

 

「うわっ? な、なにさ──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 下から現れたのは、なんと触手だった。

 その数は十本はある。

 それが、両方の板に脚をかけているために脚を閉じられない孫空女の股に襲いかかってきた。

 巨大な蛇のような触手がぬるぬるの液体を表面から出しながら、内腿から股間めがけて進んでくる。

 

「う、うわっ、や、やだよう──」

 

 孫空女は触手を避けようと、思わず腰を捻った。

 触手といえば、ずっと以前、女人国というところで、如意仙女という女神に触手責めにされたことがある。

 そのときの恐ろしい記憶がいきなり走馬灯のように甦った。

 

「あっ」

 

 気がついたときには、もう遅かった。

 孫空女は片足を板から踏み外して下に落下していた。

 大歓声とともに、自分の身体が『移動術』で転送される感触がやって来た……。

 

 

 *

 

 

「ああっ」

 

 沙那は立ち竦んで、力一杯唇を噛んだ。

 肉芽に伝わり続ける振動に耐えられず、快感が限界を超えそうになって、愉悦の頂点を極めそうになったのだ。

 慌てて、身体を反転させる。

 すると、股間を苛んでいた振動が止まって、振動の場所が肛門に変化する。

 なんとか、絶頂は回避できて、ほっとするとともに、少しでも進もうと、後ろ足で進んでいく。

 しかし、今度は、お尻から伝わる振動で泣きたくなるような快感が拡がってしまう。

 

「うつ、ううっ、はあっ」

 

 歯を食い縛っても苦悶の声ははっきりと漏れる。すっかりと上気している顔をしかめて、沙那はまた、身体を反転させた。

 これで振動の場所が前に戻る。

 なんとか数歩を進み、また、耐えられなくなり、身体を反転させた。

 

 身体を回転させることで、肉芽と肛門に刺激を分散させてはいるものの、結局は常に刺激は受け続けているのだ。

 前後の性感に交互に刺激を受け続けているという事実には変わりなく、沙那の身体はどこまでも敏感になっていくかのようだった。

 沙那はもう関門に向かう途中で、進退窮まった状態になりかけていた。

 

 観客たちは全部で五個あるはずのそれぞれの関門に散らばっているのか、関門に向かう道筋ではまばらだったが、それでも途切れることはないくらいに見物人はいる。

 甘い痺れに身体が砕けそうになっている沙那の痴態を指さして、揶揄する者も後を絶たない。

 

 だが、このまま亀のような歩みで向かうわけにはいかないのだ。制限時間がどれだけなのかわからないが、それが過ぎてしまえば、あの恐ろしい電撃を股間に三分も受けることになる。

 

 すでに孫空女と素蛾は関門についただろうか……?

 沙那は空を見た。

 空には、競技に参加している十八人の映像が分割して浮びあがっているはずだ。

 

「あれ?」

 

 しかし、映っていたのは、沙那の姿だけだった。

 脂汗びっしょりになり、全身を真っ赤にして、小刻みに腰を震わせながら這うような速度で歩く沙那の姿は、我ながら情けなく、そして、淫靡だった。

 なんで自分はこんなに感じやすいのだろう。

 情けなさで涙が出そうになる。

 

 それにしても、なぜ、上空に映っているのが沙那だけになったのだろう。

 疑問に思って、沙那は観客たちの様子を観察した。

 だが、観客たちの中には、沙那に眼には映っていない空の部分を指さして、笑ったり、応援したりしている者もいる。

 その状況から、沙那は、どうやら本当は空には全選手の映像があるのだが、参加している選手自身には、自分の姿しか見えないように、道術がかけられているのだろうと予想した。

 

 考えてみれば、そうしておかなければ、空を覗いて、ほかの選手の状況を観察することで、これからどんな課題がさせられることになるかだとか、あるいは、それぞれの関門の位置が事前にわかってしまうことになる。

 そう考えていて、沙那は横に進んではどうかと思った。

 

 関門の方向に向かって、必ず前か後ろが振動するようになっている。

 それを探知機の代わりにして、近くにある関門を探すのだが、関門に対して真横になるように位置すれば、うまい具合に振動が止まるのではないか。

 少しでも止まってくれさえすれば、身体を少し落ち着けることもできる。

 沙那は注意深く、身体を回転させた……。

 

「ひゃああ──」

 

 いきなりだった。

 ずっと前側だった振動が後ろになったかと思うと、前後が同時に激しく反応して沙那に刺激を与えてきたのだ。

 どうやら、完全に前後中間の位置では、前後同時に最大限度で振動するようだ。

 そう思ったときは遅かった。

 沙那は一気に昂ぶった前後の刺激に身体の芯まで燃えあがらせてしまい、一気に絶頂に向かって快感を飛翔させた。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 だが、それは突然の電撃によって中断された。

 股間から迸った電撃に沙那の視界は回転した。

 気がつくと、沙那は地面に大股を拡げてひっくり返っていた。

 

「いやあああっ」

 

 沙那は慌てて股を閉じた。

 そして、懸命に起きあがって駆け出す。

 電撃の激痛より、沸騰しかけていた快感がなんとか収まったのだ。

 

 そして、少し進んだところで、白い壁があり、その手前に“関門一”と書かれた看板と椅子に座っている男がいた。

 さっきの競技説明によれば、第一関門から第四関門までは、どの順番でもよく、競技参加の十八名は、一番近い関門に向かっているはずだ。

 第五関門だけは最後に行うものと決まっているらしい。

 

 ふと見ると、壁の前にはふたりいて、ひとりは素蛾だった。もうひとりはほかの競技者だ。

 孫空女の姿はない。

 素蛾が沙那に気がついて、壁の前から手を振った。

 

 その瞬間だった……。

 前側で動いていた振動がぴたりと停止した。

 だが、後ろの振動が始まるわけでもない。

 沙那は嫌な予感がした。

 

「いぎゃああああ──」

 

 沙那は絶叫していた。

 電撃が始まったのだ。

 沙那はひっくり返った。

 しかし、電撃は止まらない……。

 

 死ぬ──。

 沙那は地面にひっくり返ったまま金切声で悲鳴をあげ続けた。

 

 

 *

 

 

 孫空女が壁の上に転送されて少し経った頃だった……。

 素蛾はぎこちない歩みながらも、こっちにやってきている沙那を見つけた。

 

 思わず、手を振った。

 しかし、その沙那が急に倒れたのだ。

 そして、絶叫して、のたうちまわっている。

 

 素蛾は、沙那に許された関門到着までの制限時間が終わって、三分の懲罰電撃が始まったのだということを悟った。

 だが、さっき素蛾も味わったあの電撃を三分間も浴びるなどということは想像できない。

 尋常な苦しみではないだろう。

 現に、関門の手前で沙那はこの世の終わりのような悲鳴をあげて苦しみ続けている。

 

 素蛾は駆け出した。

 沙那を引っ張って連れてこようと思ったのだ。

 関門に制限時間までに到着できなければ、受けるという罰の電撃だ。

 だったら、関門に着いてしまえば、止まるはずだ。

 

「沙那様──」

 

 素蛾は地面にのたうっている沙那を掴んだ。

 全力をあげて起きあがらせる。

 悲鳴をあげて暴れる沙那を素蛾の肩を借して、関門受付の男の前まで連れてくる。

 すると、沙那の悲鳴がとまった。

 がっくりと脱力しているが、やっぱり関門受付にやってきたことで、電撃がとまったようだ。

 

 

「はあ、はあ、はあ、お、恩にきるわ、素蛾……」

 

 沙那が息も絶え絶えに言った。

 

「よし、沙那の受け付けを確認した。前の競技者と同じように、俺が指示をしたら円の中に入って、手首を背中で組め──。それと、素蛾、お前は列から離れたから、順番が入れ替わったぞ。沙那の前だ」

 

 受付の男が言った。

 

「わかりました……」

 

 素蛾は返事をした。

 早く進みたかったが仕方がない。

 沙那を放っておくわけにはいかなかったのだ。

 

 そのとき、孫空女の悲鳴が聞こえた。

 壁の横の触手の池に孫空女が転送されてきたのだ。

 触手の束の中で、孫空女がもがいている。

 孫空女は首から下のすべてに触手にまとわりつかれて悲鳴をあげていた。

 懸命に外に出ようとしているが、後ろ手に拘束されたままらしく、うまく脱出できないようだ。

 そして、凄まじい悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 板から足を踏み外し直後、孫空女は自分の身体が転送されるのを感じた。

 そして、気がつくと触手の林の真ん中にいた。

 

「ああ、あああっ──」

 

 無数の触手に一斉に裸身を絡みつかれた。

 肉芽、肛門、女陰、乳房、とにかく、あらゆる部分を同時に触手の表面が擦りまくる。

 孫空女は触手の海の中で踊り狂った。

 だが絡みつく触手をどかすことができない。

 両手はしっかりと拘束されたままなのだ。

 乳房が擦られ、背中に刺激を受け、股間に触手に群がられる。

 

「ひいいっ、た、助けて──」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 全身同時の愛撫に孫空女の意識が飛びかける。

 逃げようにも、腰に力が入らない……。

 

「ふああああっ」

 

 触手のひとつが肛門にいきなり深く入ってきたのだ。

 しかも、肉芽に五、六本の触手が集まって挟まれるかたちで代わる代わるに擦りだす。

 

「あはああっ、いくううっ──」

 

 孫空女の頭は真っ白になった。

 背中が反り返る。

 達した……。

 そう思った瞬間、女陰に電撃が走った。

 

「ぐあああっ──」

 

 それで我に返ったが、触手から脱出できるわけではない。

 孫空女はもがき続けた。

 

 次の瞬間、なにかが孫空女の髪を掴んだ。

 ぐいと引っ張られる。

 

 そして、腕を掴まれた。

 

「孫様──」

 

「孫空女──」

 

 どすんという音とともに、孫空女はやっと触手の池から引きずり出されていた。

 どうやら、素蛾と沙那が助けてくれたようだ。

 

「きゃあああ──」

 

 すると、たったいま孫空女が襲われていた触手の池に、奴隷女がまた転送されてきた。

 

「次だ──。素蛾──」

 

 関門の男の声がした。

 

「はいっ」

 

 孫空女を助け起こそうとしていた素蛾が弾けるように立ちあがった。



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688 女奴隷たちの困惑

「ふううっ──」

 

 素蛾は思わず二本の板に乗って立ちすくんだ。

 板の下から這い出してきた十本以上の触手が素蛾の内腿を這い、粘性の液体をなすりつけながら股間に迫る。

 そして、素蛾の感じる場所に絡みつき、気持ちのいい快感を与えてくる。

 

「ああっ……」

 

 素蛾は局部が擦られることで拡がる妖しい感覚に首をのけ反らせた。

 ぬるぬるの油のようなものを塗られながら局部を刺激される感触は気持ちよかった。

 しかし、少しでもよがって脚を動かせば、たちまちに板から落ちてしまう。

 だから、脚を拡げたまま触手の責めを受け入れるしかない。

 そのため、無防備な股間を触手になぶられることになり、どんどんと身体の力が抜けていくようになる。

 

 でも、その拘束感がいい……。

 どうしようもなく無抵抗になって与えられる快感は大きな愉悦だ。

 

 気持ちがいい。

 

 これは、朱姫や宝玄仙に教えてもらった快感なのだ……。

 だから、どんどんとあがっていく快感に身を委ねていたい……。

 そんな気持ちにもなる。

 

 だが、これは競技なのだ。

 性奴隷として認められるための試練なのだ。

 素蛾は快感に耐え、触手に股間をいじられながら一歩一歩と前に出た。

 触手は前に出る歩みそのものは邪魔しなかった。

 ただ、淫靡に股間を刺激するだけだ。

 

 半分ほど進んだところで、触手がつるりと股間とお尻に挿入してきた。

 素蛾はその衝撃でまた板の上でとまってしまった。

 しかも、あやうく、その場でしゃがみ込んで脚を踏み外しそうにもなった。

 

 でも、なんとか持ち堪えた……。

 少しでも頑張って、宝玄仙や朱姫に誉められたい……。

 素蛾はその一心で、触手の責めに耐えながら、少しずつ歩みを進めた。

 

 やがて、やっとのこと反対側の台に到着した。

 大歓声が起こるとともに、腹が捻れるような感覚が素蛾を襲った。

 

 

 *

 

 

 素蛾は地面の上に立っていた。

 周りを灰色の壁に包まれていて、部屋は長細い通路のようなかたちだった。

 

「わっ」

 

 素蛾は思わず声をあげた。

 背中側で手首を縛っているだけだった縄代わりの触手がうごめいて、素蛾の両手を背中で曲げさせて高手縛りに変えたのだ。

 素蛾は両手を背中で組むようなかたちに拘束され直した。

 胸の前後にも触手の縄が食い込んで、両手は背中に密着された。

 

「おお、この関門の最初の障害を一番で抜けたのは最年少のお嬢ちゃんかい? 頑張れよ。応援しているからな」

 

 そこにいた進行係の男が言った。

 

「は、はい、頑張ります」

 

 素蛾は応援してもらったのが嬉しくて、自分でも驚くくらいの大声をあげていた。

 男がたじろいだ顔をしたが、すぐにくすりと笑って手を軽くあげた。

 

 不意にわっという歓声が起きた。

 灰色だった壁が一転して透明になり、壁の周りに大勢の見物客がいたのだ。しかも、密着するように群がっている。

 その中で特に見物人が集中しているのは、長い部屋の奥側の壁だ。

 そこには、透明の壁に小さな円の線が並んでいた。上下に二列あり、上の列は赤い丸、下の列は青い丸だ。

 

 そして、背後に振動音が聞こえた。

 振り返ると、背後の足元には二列になって植物のように生えた短い触手が二十本並んでいる。

 触手の色はほぼ透明であり、まるで水が張形の形に固まっているかのようだ。

 触手の長さはまちまちだが、長くても三分の二尺(約二十センチ)を超えるものはなく、また、三分の一尺(約十センチ)よりも短いものはない。

 ただし、素蛾側から見て前の列の触手の根元には青線が、手前の触手の根元は赤線で囲んである。

 

「青い線の触手は女の股に入れて、向こう側の青線の丸に一本ずつ入れる。赤い線の触手は同じように尻に入れて、やはり、向こう側の赤い丸に入れる。全部入れ終わればこの障害は終わりだ。ただし、触手の張形はそれぞれ根元まで食い込ませなければだめだ。根元まで食い込めば、子宮と腸の奥でそれぞれに白濁液が出るようになる。それを穴の中で自分で搾り取るんだ。そうすれば、触手張形は外に出せるようになる。その後、向こうの壁に股や尻を張りつけて踏ん張るんだ──。簡単だろう? もう一度、説明するか?」

 

 男が片方だけの頬をあげて笑った。

 

「いえ、わかりました──。教えて頂いて、ありがとうございます」

 

 素蛾は拘束された身体を大きく曲げて、男に心を込めたお礼を言った。

 顔をあげると、男は意表を突かれたような表情をしていた。

 とにかく、女の股やお尻に入れた張形を外に出す練習は、このあいだから始めたところだ。

 三人の先輩たちのようにうまくはできないが少しはできる。

 練習させてもらえてよかったし、その成果を試すときだと思った。

 素蛾は気合を入れた。

 

「あ、ああ……。まあ、頑張りな……。それから、白濁液は強いものじゃないが媚薬効果がある。作業が進めば進むほどいきやすくなるぞ。達してしまえば、最初の関門の手前まで戻される……。それも、気をつけな」

 

 また、男が笑った。

 

「ああ、なるほど、そういう仕掛けになっているのですね。重ね重ね、教えて頂いてありがとうございます」

 

 素蛾はまた頭を下げた。

 やっぱり、簡単には触手張形を運べないということだろう。

 うまくできた仕掛けだと思った。

 

「……なんだか調子狂うなあ……。俺は意地悪を言ったつもりなんだけどな……」

 

 すると、男が苦笑した。

 

「い、意地悪なんて、そんな……。とにかく、頑張ります……」

 

 素蛾はとりあえず、青い触手から取り掛かることにした。

 青い触手は女陰だ。

 赤い触手から始めなかったのは、まだ、衛舎(えいしゃ)国の国都に向かって旅をしているときに、宝玄仙たちが道術で生やした男根から出すおしっこをお尻で受ける調教されたことがあったからだ。

 そのとき、強い便意を感じた。

 だから、そっちを後にした方がいいと思ったのだ。

 便意を堪えて女陰で張形を絞るのは、おそらく、素蛾にはまだできないと思う。

 素蛾は厠で粗相をする要領で大きく股を割って腰を下げ始めた。

 

「……待て。随分といい子のようだから、とっておきの秘密を教えてやろう。本当はこれは、何度も失敗する奴隷にしか教えないことになっているんだが、実は白濁液は口で先に搾ってもいいんだ。口に咥えられる長さの触手張形なら、それは股や尻に食い込ませるよりも前に口で包んで白濁液を搾れる。白濁液の媚薬は股間などで受けるよりも飲んでしまった方が楽だ。だから、そうやれば、比較的楽に作業を終えられる」

 

 男が小さな声で言った。

 素蛾は破顔した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 素蛾は言った。

 なんて、いい人なんだろうと思った。

 素蛾は地面に這いつくばり、まずは口で触手張形から白濁液を吸い取る作業に着手した。

 

 

 *

 

 

 孫空女は三度目の板渡りに挑戦していた。

 とにかく慎重に進む……。

 

 触手を怖がるな。

 自分に言いきかせる。

 

 ゆっくりと進めば、こんな橋を渡るなどなんでもないはずだ……。

 触手は歩みそのものは邪魔はしない。

 ただ、快感を与えてくるだけだ……。

 それは、いままでの試みでわかってきた。

 孫空女は進みだした。

 

「ひいっ──」

 

 しかし、少し進んだところで、さっそく板の下から触手が這い出してきた。

 孫空女の身体に恐怖が走る。

 触手が孫空女の無防備な股間を舐めるように動き出してきた。

 

「くっ」

 

 思わず竦みそうになった身体に力を入れて、孫空女はその場所で踏ん張った。

 しかし、触手に股間を縦横無尽に這いまわられると、全身の力が抜けていくようだ。

 気持ち悪さで全身が粟立つ。

 

 どうも、触手は苦手だ。

 いや、苦手というか、怖いのだ……。

 

 もしかしたら、あの女人国の如意仙女のときの恐怖が心に焼きついてしまったのかもしれない。

 触手が身体に近づいただけで、心の底からのおぞましさが沸き立ってくる。

 全身が竦み、身体の震えがとまらなくなる。

 こんな経験はいままでになかったから、孫空女は自分の反応に戸惑っていた。

 喩えるなら、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。

 蛙にはなったことはないが、蛙になって蛇に睨まれれば、いまの孫空女のような気分になるのではないだろうか。

 蛇は怖くないが、触手は怖い……。

 

「うはあっ……はああっ……」

 

 さっそく、触手が肉芽や肛門や秘肉に触手の先が刺激を送り込んできたのだ。

 だが、甘い痺れよりも気持ち悪さが先立つ。

 孫空女は自分を叱咤するようにして、それでも一歩ずつ前に出る。

 

 しかし、半分を超えたときだ……。

 これまで舐めるようにしか動いていなかった触手が、急に女陰と肛門の中に入り込み始めた。

 

「うわああ──。そ、それはだめだよ──」

 

 思わず叫んで、孫空女は身体をほとんど無意識に捻った。

 我に返ったときには遅かった。

 孫空女は足を踏み外して、再び板の下に落下しようとしていた。

 身体が道術に包まれた──。

 

「うわああっ──ひいい──」

 

 気がつくと、全身を触手にまとわりつかれていた。

 無数の触手が孫空女の裸身に絡みつく。

 また、出発点の触手の池に戻ったのだ。急いで出ようと思うのだが、腰の力が抜けて出れない。

 触手の池に戻ってしばらくすると、拘束されていた両手も自由になるのだが、孫空女は触手に絡まれると力が全く入らなくなり、どうしても逃げられないのだ。

 孫空女は悲鳴をあげた。

 

 その身体をぐいを引っ張られた。

 沙那だ。

 

「しっかりして──。大丈夫、孫女?」

 

 疲れた様子の沙那が触手の池から身体を脱出させた孫空女に声をかけてきた。

 

「は、半分行ったら中に入ってくるんだよ──。ひ、ひどいよ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「そんな泣きそうな顔をしないでよ……。とにかく、終わらせないと、前には進めないらしいわ……。それと、さっき関門の男が教えてくれたんだけど、十回続けて失敗すれば、もうその競技者については、触手は邪魔しないらしいわ。希望を持ちましょう……」

 

「じょ、冗談じゃないよ。十回も耐えられないよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 

 

 *

 

 

「ううっ……」

 

 素蛾は地面に雪隠の要領で踏ん張り、お尻の中で白濁液を搾り取ろうとしていた。

 とりあえず、青い線で囲まれた触手張形を前の壁に入れるのは終わった。

 いまは、お尻を使って、赤い線で囲まれた張形を運ぼうとしているところだ。

 

 お尻で運ぶべき触手張形は全部で十本だが、いまは九本目だ。

 親切な進行係の男の助言に従って、まずは口で液を搾って、それからお尻で運ぶことにしたのだが、最後の二本は長すぎて素蛾の口では根元まで飲み込めなかったのだ。

 

 いずれにしても、進行係の助言は素晴らしい助けになった。

 素蛾の性感を掻き立てるように振動を続ける触手張形を女陰はお尻で根元まで飲み込んで快感を耐えるのはつらい作業だ。

 だが、先に張形から液を搾ってしまえば、女陰や肛門に挿入する時間が短くて済むのだ。

 それは素蛾にはありがたかった。

 

「はああっ」

 

 素蛾は思わず、股を開いてしゃがみ込んだ姿勢でのけ反った。



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689 第二障害・張形運搬、第三障害・肉芽文字

「はああっ」

 

 素蛾は思わず、股を開いてしゃがみ込んだ姿勢でのけ反った。

 うねうねと動く張形の肉の蕾の部分だけが急に強く振動をし始めたのだ。

 この触手張形は、どれも振動も煽動も一定していない。

 不規則で予測のできない動きで女陰や肛門を責めてくるようになっているようだ。

 いまは、お尻の入り口のところに、ぶるぶると振動を与えられて、素蛾は一気に快感の高まりを覚えた。

 急いで作業を終わらせようと、素蛾はぎゅっとお尻に力を入れた。

 

 だが、締め方が不足しているのか、なにかが張形の先端から出た感じはしない。

 あまり長いと、それだけでさすがにいきそうになるのだが、とにかく素蛾は力を入れた。

 

「うううんん──はああっ──や、やった……」

 

 素蛾は声をあげた。

 お尻の中でなにかが吹き出すのを感じたのだ。

 白濁液が腸に注ぎ込まれたと思う。

 素蛾は立ちあがった。

 張形は入れてしまえば、むしろ簡単には抜けずに、内部に留まって暴れ続ける。

 だから、油断して外に出る心配はない。

 

 大勢の観客が張り付くように見物している透明の奥の壁まで進み、そこにお尻をぴったりと密着させた。

 そこに丸があり、その丸にお尻の穴を張り付けて、あとは大便をするときの要領で踏ん張るだけだ。

 お尻については、この作業は比較的楽だ。

 女陰については両方の腿をほとんど水平に広げるように壁に密着させないとならなかったし、踏ん張って外に出すのも難しかった。

 それに比べれば、お尻は出しやすい。

 

 素蛾が透明の壁にお尻をつけると、わっと歓声があがった。

 声は聞こえるのでなんと叫んでいるのかわかる。

 どうやら、見物人たちは、素蛾の女陰の奥や肛門の奥が見えるのが愉しいようだ。

 壁も透明だし、触手張形も透明なので、こうやって壁の穴に出そうとすると、中の肉の壁が収縮して、張形を外にひねり出そうとするのがはっきりと見えるのだそうだ。

 

「んんんっ」

 

 素蛾は踏ん張って張形を壁の穴に出した。

 

 残り一本……。

 素蛾は急いで最後の一本に取り掛かった。

 

 そして、その一本もなんとか終えた。

 

「よくやったな。終わりだ。次のは、この関門の最後の障害だ──。それも頑張りな」

 

 進行係の男が拍手した。

 お礼の言葉を言おうと思ったのだが、その前に素蛾は自分の身体がどこかに転送される感触を味わった。

 

 

 *

 

 

 進まなきゃ……。

 沙那は大きく股を拡げて前に進んだ。

 触手が襲ってきた。

 

「ああ、そこは……、だ、だめっ、ああ、ひあああっ──」

 

 股間を舐めるように動かされると、あっという間に沙那の身体は、頭の上から足の指先まで痺れたような感覚が襲った。

 

 肉芽に……。

 

 女陰に……。

 

 お尻に……。

 

 触手が這いまわる。

 動くたびに稲妻のような衝撃が全身を襲う。

 

 いかなきゃ……。

 

 そう思うのだが、力が入らない……。

 沙那は自分でも艶めかしいと思うような声をあげていた。

 耐えようと思うが、耐えられない。

 沙那は二本の板の真ん中でまったく動けなくなってしまった。

 

「ひああああっ──」

 

 そして、沙那は声をあげた。

 肉芽を挟んでいる三本の触手の先が回し擦るように激しく動いたのだ。

 

「ひぐうううっ」

 

 沙那は全身をのけ反っていた。

 

「ぎゃあああ──」

 

 その瞬間、ものすごい電撃が沙那を襲った。

 気がつくと、沙那は触手の池の中に全身を沈めていた。

 

 

 *

 

 

「こ、これを股とお尻で運ぶのかい……?」

 

 孫空女はうんざりした気持ちを隠すことなく、説明をした男に言った。

 

「おう、そうだ──。それを向こうの壁に股や尻を押しつけるようにして踏ん張ればいい。二十本やれば終わりだ。ただし、身体の中で白濁液を搾り取らないと、どんなん踏ん張っても外には出ない仕掛けになっている……。さらに言えば、白濁液は媚薬だ。まあ、頑張りな──。途中で達すれば、二本柱の手前まで戻ってやり直しだ」

 

 男が意地悪そうな笑いをした。

 孫空女は嫌な気持ちになった。

 それにしても、なんという淫靡な仕掛けだろう。

 つまりは、女陰や肛門に媚薬を受け続けながら、触手張形の振動や蠕動に耐えて白濁液を搾りとり、透明の板の向こうに群がっている見物人に見えるように、股ぐらや尻を押しつけて、張形を外に追いやるのだ。

 仕方なく、孫空女はまずは女陰で触手張形を運ぶ作業にとりかかった。

 

 

 *

 

 

「三個目の障害は簡単だ。そして、達しても戻されないぞ」

 

 最初の関門の三個目の障害にいる進行係の男が言った。

 素蛾はほっとした。

 二十本の触手張形を運ぶ作業を終わって跳ばされた場所は、またもや、透明の壁に四方を囲まれた場所だった。

 向こう側の壁に閉じている扉がある。

 その扉の向こう側に一本の通路があり、その先に旗が立っていた。

 その壁の位置まで行けば、この関門は終わりのようだ。

 

 ただ、閉じている扉のある壁の上には、階段であがれる場所があり、ほとんどの観客は、その下で上を見上げるようにしているようだ。

 どうやら、壁の扉を開くには、階段で壁の上の屋根部分にあがり、なにかをしなければならないみたいだ。

 また、壁の手前には一本の長い触手が生えていて、その先端が筆のようになっている。

 また、素蛾の両腕はさっきの障害のときに、高手後手で縛られたままだ。

 

「競技の内容を説明するぞ──。とりあえず、まずは、その一本の触手の上に股を拡げて立て。すると、触手がお前の陰核に赤色の墨を塗ってくれる……。ああ、それから、達してもいいと言ったが、陰核に筆を塗るときには達するなよ。そこで達すると戻されるからな。まあ、ちょっとの時間だから、そこでいく性奴隷はいくらなんでもいないと思うがな」

 

 進行係の男が言った。

 素蛾は言われたとおりにした。

 

「ひゃあ──」

 

 素蛾は思わず声をあげた。

 触手の筆先で肉芽をくすぐられて、強い疼きが走ったのだ。

 だが、進行係の言うとおり、筆を塗る作業はあっという間に終わった。

 だが、次の瞬間、素蛾は愕然とした。

 

「か、痒い──」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 凄まじい痒みが素蛾を襲ったのだ。

 

「ははは……。痒いだろう──。その墨は道術のこもった即効性の掻痒剤だからな──。じゃあ、次は、階段をのぼって壁の上の二階部分に行け。そして、透明の床にお題の文字を書くんだ──。それだけだ──」

 

「も、文字ですか?」

 

「ああ、それから、さっき達してもいいと言ったが、ここは達しやすい奴隷の救済処置の場所でもある。陰核を擦りつけながら達したら、その文字の部分は金色に変色する。金色の線が多ければ芸術点が加算されるぞ──。せいぜい、痒い陰核を床に擦りつけな。わかったか?」」

 

「わかりました」

 

「じゃあ、文字のお題は、“おまんこ気持ちいい。けつまんこ最高”だ──。文字は間違うな。間違ったら、痒みがそのままで、この関門一の手前にまた戻される仕掛けになっている」

 

 進行係が大笑いした。

 

「お、おまんこきもちいい。けつまんこさいこう……ですか……?」

 

 聞いたことのない難しい言葉だ。

 間違ったら大変だから、進行係にもう一度確認した。

 すると、なぜか男が大笑いした。

 

「そうだ──。確かに、間違ったら大変だからな。三回ぐらい大きな声で叫んでみな。そうすれば、覚えられるぜ」

 

 男がさらに笑いながら言った。

 

「そ、そうですね。助言ありがとうございます──」

 

 素蛾はお辞儀をして、その場でその言葉を三回叫んだ。

 外の観客たちの歓声が高くなった気がした。

 しかし、そのあいだにも痒みは強くなる。

 

 素蛾はしっかりと文字を覚えたのを確認すると、急いで階段をのぼった。

 二階の部分にあがると、よく見れば床の部分には丸いでっぱりがいっぱいに広がっていた。

 また床そのものが軟らかい素材でできているようだ。

 

 素蛾は両手を拘束された裸身を腹這いにした。

 そして、両脚を蛙のように拡げて腰を床に押しつける。

 陰核で文字を書くためには、そんな格好をするしかない。

 

「きゃん──」

 

 次の瞬間、素蛾は悲鳴をあげた。

 身体を押しつけた瞬間、床そのものが振動を始めたのだ。

 だが、床の素材が軟らかいので、股間に体重をかけて押しつければ、なんとか陰核が床に届く。

 

「お……ひううっ……ま、あ、ああっ……ん……こ……」

 

 素蛾はひとつひとつ文字を思い出しながら、股を床に擦りつけていった。

 凄まじい快感が走る。

 これまでの競技でさんざんに刺激を受けながらも、一度も達していなかったことによる身体の熱い疼きと、そして、猛烈に痒い肉芽を擦りつけることで痒みが癒される気持ち良さが重なって、それが素蛾に最高の愉悦を与えてくれたのだ。

 

「ふうううっ──。き、気持ちいい──」

 

 五文字目で素蛾は達した。

 達しながら、いきながら書いた文字は点数が加算されるという言葉を思い出して懸命に腰を動かした。

 真下で大勢の観客が大笑いしながら素蛾の姿を見えあげていた。

 観客の歓声に応えるためにも、素蛾は一生懸命に頑張ろうと思った。

 

 

 *

 

 

「くうう、だ、だめえ──」

 

 孫空女は身体をのけ反らせた。

 張形を女陰で搾り取って、壁の向こうに追いやる作業をしていたのだが、だんだんと敏感になる股間の疼きで、ついに九本目で気をやってしまった。

 

「ぎゃああ──」

 

 股間に衝撃が走り、全身が触手に包まれるのがわかった。

 身体が引っ張られて、沙那が引きあげてくれた。

 

「しっかりして……」

 

 沙那はうんざりして疲れ切ったような顔をしていた。

 ふと見ると、さっきは四人ほど並んでいた女が、沙那のほかにはひとりだけになっている。

 二つ目の障害の場所で、後からやってきた女と出会うことはなかったので、ふたつ目の障害がある場所は幾つか準備されているのかもしれない。

 

「沙那、行っていいぞ──。だが、お前もそろそろ最初の障害くらい突破しろよ。戻るにしても、せめて、次の障害に行ってからにしな」

 

 進行係の男がからかうような声をあげた。

 

「放っておいてよ──」

 

 すると、沙那が怒りも露わに怒鳴った。

 

 

 *

 

 

「ま、また、いくうう──」

 

 素蛾は壁に張りついた状態でぶるぶると身体を震わせた。

 最後の文字を書き終わると同時に、三度目の昇天を素蛾はしていた。

 その瞬間、猛烈な痒みが不意に収まった。また、腕の拘束も消滅した。

 音楽のようなものが沸き起こり、下側でどんという振動を感じた。

 

「ご苦労さん──。この関門一は終わりだ──。次の関門に行け、素蛾──」

 

 進行係が叫んだ。

 素蛾はまだ絶頂の余韻の残る身体を急いで起こして階段をおり、そして、開いている扉から旗に向かって駆けた。



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690 関門二・口奉仕十人抜き



[第二競技の内容]
〇関門一から四までを終了し、最終関門を突破する。
  
〇関門は五個(女奴隷たちは、一~四のどの関門から開始してもよい)
 ■関門一:三個障害の突破
 ■関門二・?
 ■関門三・?
 ■関門四・?
 ■最終関門:最終関門のみは、四個関門を終了した者のみ

〇前話(689話)終了時の第二競技の途中経過……。

 ■素 蛾:最初の関門(三個障害)を終了し、次の関門に移動
 ■沙 那:最初の関門の最初の障害に挑戦中
 ■孫空女:最初の関門の第二の障害に挑戦するも戻される。

 *




「ふたつ目の関門だな、お嬢ちゃん……。ここは関門の二だ。この関門の課題は、口奉仕で十人抜きだ。観客の中からお嬢ちゃんが選んだ男十人から口だけで精を抜くんだ。ただし、一度、奉仕を始めたら途中で男を交代できない。じゃあ、腕を背中に回せ」

 

 「関門二」と書かれてある看板のところにいた進行係が素蛾に言った。

 素蛾は両手を背中に回して男に背を向けた。

 両手に手錠がかけられる。

 

「十人から精を口で抜けば、自動的に手錠が消滅する。それが終了の合図だ──。手錠がなくなれば、次の関門に進める。よし、行け──」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 素派が大きな声で後手のまま頭を深々と下げた。

 進行係は当惑した表情をしたが、すぐににっこりと笑って手を振った。

 素蛾は関門の周りに集まっていた観客たちに向かった。

 すぐにわっと男たちが素蛾の周りに群がってくる。

 

「あ、あのう……」

 

 素蛾は性器に奉仕をさせて欲しいと頼もうとした。

 

「わかってるぜ……。十人抜きの課題なんだろう? 最初は俺だ。俺を舐めな。まずは、俺がひとり目だ」

 

 山のように大きな毛深い男がほかの男を押しのけるように素蛾の眼の前にやってきた。

 その男が下袴(かこ)をさげて性器を露出する。

 ぶらりと垂れた男根は、素蛾の腕ほどの太さだった。

 こんな大きな男の性器を目の当たりにしたことはなかったので、素蛾は一瞬だけたじろいだ。

 

「どうした? 舐めるんだろうが、女奴隷──」

 

 男が威嚇するように、素蛾の顔を軽くその肉棒で叩いた。

 ずっしりとした肉の塊で頬を打たれて、素蛾は我に返った。

 

「あっ、申し訳ありません。大きくて、びっくりしたものですから──。で、では、お願いします」

 

 素蛾はそれを口で咥えようとした。

 だが、素蛾の小さな口では、その大きな一物を咥えるだけでも大変そうだった。

 とにかくできるだけ大きく口を開けようと思った。

 

「だめえっ──」

 

 そのとき、いきなり目の前に誰かに割り込まれた。

 顔をあげると、素蛾と同じくらいの年齢だと思う少年たちだった。

 年齢は十歳から十四歳くらいまでと思う。

 それが十人以上はいる。

 彼らが素蛾と男の前に立ちはだかって壁を作ったのだ。

 

「な、なんじゃ、お前ら──。邪魔すんな。これは大人の遊びじゃぞ──」

 

 大男が怒鳴った。

 

「なに言ってんだい、おっさん──。子供も大人もあるかい──。それに、さっきから見てたんだぞ。おっさんは選手の性奴隷にしゃぶらせて、わざと射精しないで意地悪していただろう──」

 

 少年の一団のひとりが声をあげた。

 十人くらいの少年たちが一斉に男を威嚇するように罵り始めた。

 すると、大男は舌打ちしながら、素蛾の前から去ってしまった。

 ほかの競技者の性奴隷が第二関門にやってきたのだ。そっちに向かっていく。

 

「素蛾ちゃん、僕たちがやってあげるよ──。大丈夫だよ。すぐに出してあげるから。僕たちは素蛾ちゃんのこと応援しているよ」

 

「そ、素蛾ちゃん? ど、どうして、わたくしの名を知っているんですか?」

 

 素蛾はびっくりした。

 

「だって、僕たちと同じくらいなのに、大人の中にひとりだけ混じって頑張っているんだもの。すぐに名前は覚えたよ。僕たちは、素蛾ちゃんが大好きになって、それで、みんなで応援しようと思って集まったんだよ。頑張ってね。応援しているよ」

 

 少年のひとりが言った。

 そして、ほかの少年たちも次々に応援の言葉を口にした。

 

「あ、ありがとうございます──」

 

 素蛾は嬉しくなって、声をあげた。

 感動して涙があふれるのがわかった。

 

「それよりも、早く、素蛾ちゃん。できるだけすぐに出すように僕たちも頑張るよ」

 

 ひとり目の少年が素蛾の前に性器を出した。

 

「は、はい──。よろしくお願いします」

 

 素蛾は、まずその場で正座をしてお辞儀をした。

 そうやるものだと宝玄仙に躾けられたし、たとえ早さを競っているとはいえ、奉仕から手を抜いてはいけないと思った。

 それに素蛾を応援するために集まってくれた少年たちには、一生懸命に尽くしたい。

 素蛾はまずは少年の性器の先端に口づけをした。

 それが正しい作法のはずだ。

 宝玄仙がそう教えてくれたのだ。

 

「わっ」

 

 すると、少年が恥ずかしそうに小さな声を出し、まだ皮をかぶったままの性器がむくむくと大きくなった。

 素蛾は一生懸命に教えてもらったことを思い出しながら、それを咥えて舌を使い始めた。

 

 

 *

 

 

 劉和(りゅうわ)は、眼の前に広がっている十八枚の映像に見入っていた。

 股間の女の頭が上下に動いているが、そのことも忘れてしまうほどの愉快で素晴らしい品評会だ。

 ここは、その会場の眼と鼻の先の上官の屋敷の中の一室だが、劉和は上官に指示して、会場ではなくここから品評会を愉しむことにしたのだ。

 

 できれば劉和自身も上官の治める地方市民と混じって、この退廃的な催しを愉しみたいのだが、王太子の劉和が外に出れば、それだけで混乱が起きるのは間違いないし、警備の問題もある。

 東山郡における奴隷品評会の開催という噂を耳にし、急きょ忍びで見物させて欲しいという劉和の我が儘に快く応じてくれ、その劉和の訪問に合わせて、品評会の日程まで修正した上官に迷惑もかけたくない。

 それに、劉和は十分にここから品評会を観戦することに満足していた。

 

 いずれにしても、これだけの催し物を主催できる者は国都でも少ないだろう。

 それを上官は、市民のためにやっているのだ。

 上官の施政者としての力量はこれだけで評価できる。

 市民に豊かで安全な暮らしを保障するのは地方太守の重要な役割だが、この鳳仙(ほうせん)国の太守はそれだけでは務まらない。

 

 悪徳と退廃が鳳仙国の国是だ。

 市民に退屈をさせない淫行の娯楽を提供するのも太守の役割だ。

 鳳仙国の市民は、淫風で破廉恥な娯楽を提供できる施政者を最高の施政者と選ぶ慣習がある。

 そういう意味で、この東山郡の太守である上官は、おそらく地方施政者の中では、もっとも安定した治政をしている施政者だ。

 劉和はそれが確信できただけでも、王太子の立場を隠して忍びでやってきたかいがあったと思った。

 

 なによりも、この品評会は見ていて飽きないし愉しい。

 性奴隷たちの淫乱な戦いだけでなく、庭園のあちこちにあるちょっとした見世物や屋台や施設も、実に創意に富んだ淫靡な工夫がしてある。

 行き交う女奴隷たちの格好も実にいやらしくて素晴らしい。

 

 劉和の目の前にある道術の画面は、劉和の望むままに、この性の祭典の光景のどの場所でも観ることができる。

 いま、道術による映像に映っているのは、この上官の屋敷の庭園で行われている上官主催の奴隷品評会に出場中の十八人の性奴隷たちだ。

 それぞれが与えられた卑猥な課題をこなそうと、必死になって破廉恥な行動をしている。また、大勢の観客がそんな奴隷たちの淫乱で羞恥の格好に興奮した歓声をあげている。

 

 実によい……。

 

「んん……」

 

 股間で奉仕を続けていた女が苦しそうに鼻息を漏らした。

 そういえば、こうやって奉仕を始めさせてから、もう一刻(約一時間)になるはずだ。

 さすがに顎が痺れて苦しいのだろう。

 ただ、やはり、上官のところで飼っている性奴隷だけはある。

 素晴らしい舌技であり、油断するとうっかりと精を抜かれそうだった。

 もしも、十年前であれば、劉和はあっという間に女の口に精を放っていたかもしれない。

 

 だが、劉和も齢は三十五になり、鳳仙国の王太子として相応しい性の技には熟達している。

 自己の快感を統制して射精をとめることは造作もない。

 劉和は最高の快感を維持するために、射精が出る直前のところで快感を停止させて、ずっとその状態を保持していたのだが、それは性奴隷にはかなりの負担となる行為であったようだ。

 股間で奉仕を続けていた上官の性奴隷は、女はすでに汗まみれであり、荒い鼻息をしていた。

 

「よし、交代していいぞ」

 

 劉和は言った。

 顎が壊れるまで奉仕を続けさせてもいいが、あの実直な上官が大切している性奴隷だ。

 壊してしまうわけにはいかないだろう。

 

「奉仕させていただき、ありがとうございました」

 

 口を離してその女が、床に手をついて一礼した。

 

「わたくしが務めます」

 

 横に待機していた別の性奴隷が、すかさず劉和の股のあいだに跪いた。

 前の女の唾まみれになった劉和の一物をその女が舐め始める。

 

 劉和は、上官の計らいにより五人の性奴隷に囲まれていたが、そのうちのふたりが劉和の股間に奉仕する仕事をし、両脇のふたりが飲み物と食べ物を持って待機し、残りのひとりが傍に立って、劉和の言付けをあちこちに伝言する役目をしていた。

 別に劉和が命じたわけではない。

 

 劉和は、今朝からこうやって上官の屋敷の一室から庭園で行われている奴隷品評会の様子を道術で送られてくる映像で眺めているのだが、その劉和の世話をするものとしてこの五人があてがわれ、すぐにそれぞれの判断でこういう役割分断にしたのだ。

 もちろん、特別に命じれば、この女たちはどんなことでも応じるのだが、なにも指示しなくても、自分たちで考えて、こうやって劉和が気に入る最高のもてなしをしようともする。

 実によく訓練されている女奴隷たちだ。

 

 奴隷たちがこういう気配りができるというのは、やはり主人である上官が評判通りに実直で誠実な人間だからだろう。

 主人が素晴らしいとその奴隷も素晴らしいというが、まさにその通りだ。

 また、これほど訓練の行き届いた性奴隷を五人揃って劉和にあてがってくれたということにも、上官の心遣いを感じた。

 

 上官の性奴隷といえば、近隣でも有名な性奴隷たちであり、上官も最初は品評会の本選に何人かを参加させて、祭典の盛り上げ役として使う気だったようだ。

 だが、本来、道術遣いである彼女たちを本選に残すのは都合が悪かったということと、なによりも、美貌の性奴隷が直前に参加をしてくれたので、それで十分に盛りあがりそうだったので、全員を予選で敗退させて、今朝早くに道術で到着した劉和の奉仕役にあてがってくれたのだ。

 

「んふ……」

 

 奉仕を交代した女が鼻息をたてて、口の中で舌を使いだした。

 

「ほう……」

 

 劉和は声をあげた。

 女の舌技に驚いたのだ。

 口の中で、女の舌が劉和の一物を四方向から同時に舐め出したのだ。

 もちろん、なにかの道術なのであろうが面白い技だと思った。

 さすがは道術を操る上官自慢の性奴隷たちだ。

 劉和は感嘆した。

 

「果物のお替りはいかがですか、殿下?」

 

 左側の性奴隷が訊ねた。

 左の女の担当は劉和に食べ物を提供することだ。

 右の女は飲み物だ。

 それぞれに横に小さな卓があり、そこに食べ物や飲み物を置いている。

 いまは、数種類の果実と水で割った蒸留酒が準備されている。

 もちろん、ほかの物が欲しいと思えば、女たちは嬉々としてそれを運んでくるだろう。

 

「もらおうか」

 

 劉和は言って口を開いた。

 左の女が桃を自分の口に入れて咀嚼した。

 そして、劉和の口に唇を重ねて口の中のものを唾液とともに送り込んでくる。

 

「どうぞ、こちらも……」

 

 今度は右の女が酒を口移しで送り込んできた。

 劉和は酒を飲むついでに、その女奴隷の口の中を舌で愛撫した。

 舌を受けた女奴隷は、すぐに脱力したようになって腰をくねらせた。

 そのため、中腰の姿勢だった女奴隷の股間にぶら下がっていた小さな赤い布が揺れた。

 

 所有する性奴隷に創意を凝らした卑猥な服装をさせるのが最近の流行だったが、劉和に奉仕をしている五人の奴隷女の格好は、なかなかに面白い恰好だった。

 この五人は、上半身については、きちんとした召使女の格好であるのに、下半身については小さな赤い布一枚という珍妙な姿なのだ。

 この上衣はきちんとしているのに、股間を覆うのが布一枚というのはなかなかにそそる姿だ。

 いまも女奴隷が身体をくねらせて身体を揺らすことで、布の下の動いて陰毛がちらりと見えた。

 劉和はそれを眺めて、つい、ほくそ笑んでしまった。

 

 あからさまに曝け出しているのもいいが、こうやって見えそうで見えず、そして、見えなさそうで見えるという不安定さがいい。

 劉和は国都に戻ったら、王太子に仕える女官たちに同じような服装をさせてみようかと考えていた。

 女官は性奴隷ではないので、四六時中ああいう格好をさせるわけにはいかないが、なにか粗相としたときには、罰と称して一日とか、二日とかを性奴隷の格好にさせることはできる。

 そのときに使おうと思った。

 

「殿下、お館様が戻りました」

 

 女奴隷が言った。

 “お館様”と女奴隷が呼ぶのは、もちろん上官のことだ。

 

「おう、入らせよ」

 

 劉和は言った。

 上官はこの催し物の主催者であるため、たびたび中座して必要な指示をしたりしているが、そうでないときは品評会全体の仕切りをここからやりながら、劉和の接待をしている。

 劉話のことなど気にせずに、品評会の主催に専念せよと言うのだが、王太子の劉和が、忍びとはいえ、わざわざ訪問してくれたのだから、そうはいかないと言って、可能な限り劉和のそばにいようとする。

 相変わらず、真面目で律儀な男だ。

 

 女奴隷たちが動き出した。

 股間に奉仕を続けていた女奴隷はそのままだが、ほかの性奴隷たちが、さっと動いて劉和の隣に上官の席を整え直す。

 上官がやって来た。

 

「盛況のようだな、上官──。ここから道術で送られる映像を見るだけでも、市民たちの熱狂が伝わってくる。実に愉しい催しだ──。国都に戻って、国王陛下にこの品評会のことを話したら、陛下自身が見られなかったことを本当に口惜しがると思う。まだ途中ではあるが、この祭典は、おそらく、後々まで語り草になるほどの噂になると思うぞ」

 

 劉和は笑った。

 

「恐れ入ります」

 

 上官が頭を下げた。

 そして、上官は準備された椅子に座り、劉和とともに映像を観る態勢になった。

 すぐに五人の女奴隷のひとりが上官に飲み物を準備する。

 酒ではなく、果実水を氷で冷やしたものだ。上官はそれを杯で受け取った。

 

 普段であれば、この五人の女奴隷は上官に仕えるのだから、劉和が受けているような口移しの供応は上官自身が受けているはずだ。

 だが、上官は、その女奴隷たちには、いまは劉和の接待をさせているので、自分には奉仕はさせないようにしているようだ。

 その辺りの細かい気配りも、すべてに行き届く性格の上官らしい。

 劉和は微笑んだ。

 

「第二競技も佳境になってきたな。そろそろ、五個のうちの四個目の関門に辿り着く者が出てくるのではないか?」

 

 劉和は言った。

 十八枚の映像では品評会の競技参加者の性奴隷が与えられる課題に奮闘しているが、そろそろ、二つ目、三つ目の課題にかかる奴隷が現れ出した。

 

 この第二競技は、庭園のあちこちに設置された五個の関門を探し、そこで示される課題を終わらせて、その時間を競うというものだ。

 

 奴隷たちには、第一関門から第四関門まではどれからやってもいいとし、第五関門だけは最後に行わなければならないと告げているが、実際には、ひとつの場所に偏ったりしないように、厳密に奴隷者ごとに着手する関門の順番が定まっているらしい。

 それを奴隷たちの股間にはかせている透明の下着が、向かうべき奴隷たちを誘導しているのだ。

 また、奴隷たちの額にさせている霊具のサークレットが、女奴隷たちの視界を制限し、向かうべき関門の場所以外は眼の前にあっても気がつかないようにもなっているようだ。

 

 一方で、上官は会場内の上空にも、十八人の姿をいつでも観客が見れるように、各競技者の姿を道術で投影している。

 しかし、参加している性奴隷たちには、上空にある映像についても、自分の姿以外は見ることができないように、サークレットの霊具が細工をしているらしい。

 なぜ、そんなことをしているかといえば、この第二競技は、関門の課題を終わらせていく順番によって勝敗が左右されるからだそうだ。

 それで、望む奴隷に点数を獲得させるとともに、この第二競技で脱落させようと考えている奴隷を不利な順番でさせているのだ。

 

 どれから行ってもいい四個の関門のうち、最初のうちに「関門一」の課題の三個の障害を踏破する課題をするのが比較的有利らしい。

 関門一の三個障害の課題は、性の体力も持久力も使うので、それを元気なうちに終わらせおくのが、最終的には優位になるようだ。

 そうやって、奴隷たちが公平な条件で競技をしているように見せかけておいて、実際には、品評会が盛りあがるように巧みに勝敗を演出しているというわけだ。

 実に上官らしい気配りのあるやり方だ。

 

 競技に有利な順番により、最初に関門一に行かされたのは、いままでの品評会の中で注目を集めている奴隷たちのようだ。

 人気のある選手を決勝に残せば、それだけ決勝も盛りあがる。

 それを考えての演出だろう。

 関門一の障害踏破の課題には、十八名中の七名が最初に着手した。

 そして、もっとの不利になる順番は、関門四の課題を最初にやることだ。

 

「可哀想に、関門四に最初に向かわされたふたりの奴隷は、もう限界のようだぞ」

 

 劉和は映像を眺めながら笑った。

 関門四に行かされたのはふたりだった。

 その関門の課題は大量浣腸を受けて、それを五個目の最後関門まで耐えるというものだ。

 関門の課題自体は、ただ大量の洗浄液を腸に注がれるだけなので、もっとも早く終わるが、排便を最後に行う最終関門までさせてもらえないので、これが最初だと競技者にとっては苛酷な条件となる。

 

 しかも、ほかの課題をやっているあいだは、道術のこもった肛門栓をしてもらえるのだが、関門から関門に移動しているときには、肛門栓は外されてしまうので、それは自力で我慢しなければならない。

 そして、最終関門に到着する前に途中で排便を洩らせば、その奴隷は失格ということになっている。

 いまのところ、そのふたりの競技者は、なんとか二つ目の関門までは向かったが、大量の浣腸を受けている状態では、それぞれの次の課題を満足にこなすことができないだろう。

 

 すでにかなりの時間が経っており、その課題が終わると同時に霊具の肛門栓が一時的に消滅するので、三個目の関門まで辿り着くことはできないはずだ。

 つまり、関門四に最初に行かされた性奴隷は、最初から失格させるつもりで、そこに誘導されたのだ。

 

「実は、あの奴隷たちは最初から途中で脱落させると決まっていたのですよ。それが主人たちの希望でして……。それぞれの理由から出場させた女奴隷を競技途中で失格というかたちで脱落させてくれとお願いされているのです。第一競技で脱力した二名も同じです……」

 

「ほう、そういう裏取引が?」

 

「まあ、それを調教の一環にするのでしょうね。いずれにしても第三競技は十六名と決まっています。あの二名が脱力するので、日が暮れてからの第三競技は十六名で実施です。その十六名で決勝の四名を選ぶのです」

 

 上官が言った。

 

「約束競技ということか。第一競技の失格者は夕方までのくすぐり放置だったな。第二競技の失格者はどうなるのだ?」

 

「さかりのついた犬の檻に股を開いて拘束し、明日の昼まで放置されます。人間の女を犯すように調教されている犬たちですから、こちらで犬を静止させるまで、犬は交代で女奴隷を犯し続けます──。これも、この性の祭典の余興のひとつです」

 

「ほぼ丸一日の獣姦か──。確かに、それは素晴らしい催しだが、下手をすれば、その性奴隷は発狂するだろうな。よくも奴隷の主人たちが合意したな」

 

「いえ、そのようなことはありません。出場する性奴隷たちに嵌めさせている『誓いのサークレット』という霊具にはさまざまな効果があるのですが、奴隷を発狂させないように守るのも、あの霊具の能力です。女奴隷たちの心には、深い精神的な痛手は残りますが発狂はしません。それを知っているから、女奴隷たちの主人も、彼女たちを罰奴隷にすることを認めましたし、むしろ、希望したのです」

 

「なるほどのう……。だが、罰を受ける女奴隷にとっては、どちらが残酷なのだろうな。大きな犬から一日も輪姦されるなど、むしろ発狂した方が楽かもしれんぞ」

 

 劉和は笑った。

 上官も愛想笑いのような笑みを顔に浮かべた。

 

「ところで負けさせる性奴隷が決まっておるなら、決勝に残る四名は決めておるのか?」

 

 劉和は訊ねた。

 そのとき、わっという大きな歓声が映像から聞こえた。上官は大歓声のあった競技者の画面に目をやった。

 最年少の童女の競技者の画面だ。

 どうやら、口奉仕で十人抜きの課題が終わったようだ。

 この童女にとっては、二つ目の課題のはずだ。

 道術で送られる映像が、その少女の誇らしげな顔を大写しにした。

 本当に無邪気な笑顔だ。

 劉和は思わず微笑んだ。

 しかし、その顔になにか引っ掛かるものがあった。

 

「この童女、どこかで……?」

 

 そして、劉和は呟いた。






 *


[二競技の内容]

・関門一:三個障害の突破
・関門二:口奉仕十人抜き
・関門三:?
・関門四:大量浣腸
・最終関門:?


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691 他人の空似



[現在の第二競技の途中経過]

■関門一
・第一障害(触手径)←沙那
・第二障害(張形運搬)
・第三障害(肉芽文字)←孫空女
■関門二
・口奉仕十人抜き
■関門三
・? ←素蛾
■関門四
・?
■最終関門
・?


 *




「はあ、はあ、はあ……」

 

 沙那は群がる触手を蹴り散らしながら、触手の池から這い出した。

 

「おう──。また、途中で達したのか、沙那? もう、九回目だな。いい加減に、触手が股ぐらを刺激する感触に慣れろよ。板を渡りきるまで、ちょっとだけ快感を我慢するだけじゃねえか。なんで、それができねえんだよ?」

 

 「関門一」と書いてある看板の横に座っている進行係が嘲笑した。

 

「ほ、放っておいてよ……」

 

 沙那はもう立っていられなくて、四つん這いになったまま、懸命に息を整えようとしていた。

 しかし、もう、沙那は疲労困憊だった。

 なにしろ、股を開いて、下から触手で悪戯されながら谷を渡るという障害で続けざまに九回も達したのだ。

 全身が脱力して、もう立っていられない。

 

「いまは誰も並んでいる者はいないからな。好きなときに進んでいいぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 沙那は言った。

 正直、もう立ちたくない……。

 立って挑戦しても、また、恥をかかされるだけだ。

 刺激を受けると、あっという間に達してしまう沙那のことを大勢の観客が笑い者にしていることは知っている。

 

 もう、嫌だ……。

 

 それに、これが終わっても、第二、第三の障害が残っている。

 さらに、四個の関門の課題がある。

 あまりにも先が長すぎる。

 

「とにかく頑張れよ。十回失敗すれば、もう触手の邪魔は出てこない。ここでの失敗は、最悪でも残り一回で終わりだ」

 

 進行係が言った。

 

「え、ええ。そ、そうね……」

 

 沙那はとりあえず起きあがった。

 十回失敗すれば、もう触手の邪魔は出てこない……。

 それはわかっていた。

 さっき、教えてもらったのだ。

 だったら、事がここに及んでしまえば、無理に渡ろうとせずに、故意に板から落ちた方がましだということはわかっている。

 だが、なぜか、競技から手を抜こうとすることができない。

 もしかしたら、それも額のサークレットの影響なのかもしれない。

 

「ひぎゃああ」

 

 そのとき、触手の池に誰かが飛ばされて来た。

 

「孫女? あんたも、また?」

 

 それは孫空女に間違いないなかった。

 例によって触手の池からなかなか出られない孫空女の腕をとって、沙那は孫空女を池の外に出した。

 

「ひぎいいい。か、痒いよう──。手、手が取れないじゃないかあ──」

 

 孫空女が暴れまわっている。

 どうやら、背中が後手縛りになったままであることに文句を言っているようだ。

 その場にしゃがみ込んで、内腿を激しく擦り合わせるようにしている。

 

「ど、どうしたの、孫女?」

 

 沙那は言った。

 

「あっ、沙那。まだ、いたんだね。よかった」

 

「放っておいてよ。あんたはどこまで行ったのよ?」

 

「み、三つ目だよ──。そ、それより、おまんこ気持ちいい、けつまんこ最高って、どう書くのさ。お、教えてよう──。だいたい、字を書けなんて酷いよ。そんなのないよ──」

 

 孫空女が悲痛な声をあげた。

 

「な、なに言ってんのよ? この先、そんな課題があるの?」

 

「あ、あるんだよ──。と、とにかく、教えてよ。おまんこ気持ちいい、けつまんこ最高だよ」

 

 孫空女が馬鹿でかい声で叫ぶので、周囲の観客たちが大笑いしている。しかし、孫空女は、もうどうでもいいようだ。

 

「そんなこと言われても……。教えるって、どうやって覚える気なのよ」

 

 沙那は当惑した。

 

「おう、お前は、字が書けなくて、三個目の障害から送り返された奴隷だな? 本部から新しい指示が来てるぞ。お前には特別に手本の紙を渡すってよ。それを見ながら書けばいいそうだ……。ただし、辿り着くまでに、また谷渡りは残っているけどな。お前はまだ十回は落ちてないから、渡るときには、また触手が出てくるぞ。気をつけな」

 

 進行係が口を出した。

 

「ひ、卑怯だよ。こ、こんなに痒いのに、触手に責められながら渡れないよ──。い、いや、こうなったら……。と、とにかく、行く。は、早く、進ませて──」

 

 孫空女が切羽詰まった様子で喚いた。

 

「じゃあ、先に行きなよ、孫女」

 

 沙那は場所を開けた。

 

「じゃ、じゃあ、お先に」

 

 孫空女は凄い剣幕で、障害に跳躍する円に向かった。

 

 

 *

 

 

「この童女、どこかで……?」

 

 上官(じょうかん)の特別の客である王太子の劉和(りゅうわ)は呟いた。

 

「なにか申されましたか、殿下?」

 

 上官がいぶかしげな表情をしていた。

 

「なんでもない……」

 

 劉和は浮かびかけていた思念を消した。

 

「そうですか……。ところで、決勝に残す予定の性奴隷が決まっているかというご質問でしたな……。実は、まだです……。いまは迷っているところですね。最終的には、応援する者の多い性奴隷を残そうと考えているのですが、いまのところ、人気のある上位三名がひとりの女主人の性奴隷に固まっているのですよ……。その三人の人気のある性奴隷を残すと、今度は主人同士の競争の部分に面白味がなくなりますからね」

 

「主催者としては悩み所というところか」

 

 劉和は笑った。

 

「そういうことです。まあ、純粋な勝ち点の差で決めてもいいですしね。いずれにしても、第三競技の終了までに、決勝で盛りあがりそうな組み合わせを絞り込みたいと思います」

 

 上官は言った。

 

「余も押している競技者はおるぞ」

 

「ほう、どれですか? 教えてください。それは決勝に残るように処置しましょう」

 

 すると、上官が身を乗り出した。

 

「そんなことを言われると、口には出し難いな」

 

 劉和は苦笑した。

 

「よいではないですか。是非、参考にさせてください、殿下」

 

「まあいいだろう。おそらく、余が押している性奴隷と、上官が言及した人気のある三人の性奴隷というのは重なっている気がするからな。余の一押しは、こいつだ」

 

 劉和は、いまだに関門一の障害で苦労している栗毛の女を指さした。

 

「おお、その女ですか。確かに、観客の反応をひそかに調べる係の者によれば、その女は現段階では一番人気です。いき顔が可愛いと大評判になってます。なによりも、この女は凄く身体が敏感らしく、すぐに達してしまうのですよ。そのくせ、そのたびに恥ずかしそうに顔を赤らめて羞恥に身体を震わせるのです……。もう、大人気ですよ」

 

 上官が笑った。

 

「やっぱり、ほかの見物客も注目しておるか。名はなんというのだ?」

 

「沙那です。主人は女性で宝玄仙という方です」

 

「そうか……。とにかく、この女は愉快だな。股を開いて、触手に責められながら谷を渡るという課題では、続けて十回も達したのだぞ。観客も驚いていたが、余も驚いた」

 

 劉和は思い出して笑った、

 確かに股を開いて触手に股間を下から責められながら谷を渡るのは、どの奴隷も苦労はしているが、結局は、触手は股間を責めはするが、谷渡りそのものは邪魔をしないので、おぞましさに耐えれば、それほど苦労せずに渡り終えることができるはずなのだ。

 しかし、あの沙那という女は余程に身体が敏感なのか、触手に責められると、すぐにほどなく達してしまい、電撃を浴びて出発点に戻されるということを延々と繰り返した。

 

 しかも、十回もだ。

 劉和でなくても笑うだろう。

 

 映像を観ると、その沙那は、いまはやっと次の障害の触手張形の運搬をしているところだ。

 例によって、沙那はいきやすい身体を持て余しながら張形を受け入れるたびに全身をのけぞらせて、達しそうな仕草をする。

 ただ、股間で張形を搾るのは凄い。

 あっという間に白濁液を振り絞りとっている。

 

「おや、沙那がまた戻されたぞ……」

 

 劉和は大笑いした。

 道術によって送られてくる映像の中の沙那が移動術で関門の前に戻ったのだ。

 頑張って耐えていたが結局は絶頂をしてしまったようだ。

 

「まあ、すでに触手はもう出さないように指示をしていますし、張形運びは最初からやり直すのではなく、すでに運んだ分は、やり直しのときには免じるようにも言っております。一本ずつでも運べば、あの沙那でもいずれは終わるでしょう。三個目の障害は、達してもいいから、ただ文字を陰核で書くだけですし……。達するのは、むしろ高得点の機会です」

 

 上官も苦笑しながら言った。

 いずれにしても、確かに沙那は観客の注目がもっとも大きくなっているようだ。

 沙那に集まる観客が明らかに増えてきている。

 

「しかし、あれでは勝ち残させるのも大変ではないのか? いまのところ、一番時間がかかっているのは間違いないぞ」

 

「しかし、あれだけ敏感なら第三関門は一番早いと思いますよ。そこで追いつくのではないですかねえ……。それに芸術点で加算するという手段もありますし……」

 

 上官が言った。

 第二競技の五個の関門のうち、最後に指定されている第五関門を除く各関門の課題は、関門一が三個障害の突破、関門二は、口奉仕による十人抜き、関門三が自慰による愛液を一定量貯めるという課題、そして、関門四が洗浄液大量完浣腸だ。

 だから、沙那がいまの障害の課題を終えれば、実質的は残りは、十人抜きの課題と自慰の課題だ。

 なんとなく、それはほかの者よりも早抜けしそうな予感はある。

 沙那にも挽回の機会はあるということだ。

 それに、上官のいうとおり、あれだけいきやすければ、第三関門の愛液溜めなどすぐに終わりそうでもある。

 

「……ほかに、余が注目しているのはこの赤毛かな……。なんか面白いしな」

 

 劉和は沙那の隣の画面に映っている赤毛の美女を指さした。

 この女奴隷も、関門一の三個の障害で苦労していたが、いまは、その関門の三個目の障害にとりかかっている。

 

 しかし、どうやら文字が書けないらしく、さっき陰核に痒み剤を塗られたまま、出発点に送り返されて、怒りながら泣き叫んでいた。

 その姿は実に滑稽だった。

 

 いまは、やっと三個目の障害まで戻ってきたようだが、今度は課題の文字を記した紙を渡されて、懸命に蛙のように腹這いになり、手本の紙を懸命に見ては、陰核習字を続けている。

 

 しかし、その赤毛はやり直しのときに、なんと、最初の障害の谷渡りを跳躍で飛び越えたのだ。

 およそ人間が跳躍可能な距離よりずっと長いと思うのだが、それをひと越えするというのは劉和もびっくりした。

 

 雰囲気からして、赤毛女は触手が怖いらしいが、あれを跳躍で飛ぶとは、その発想にも身体能力にも驚かされる。

 とにかく、そのふたりが劉和はお気に入りだ。

 

「それも、宝玄仙殿のところの性奴隷ですね。その赤毛の女奴隷は孫空女というのですよ。それも沙那ほどではないが人気です。三番人気という位置です。とにかく、宝玄仙という道術遣いの旅の女性が、昨日急遽、自分の扱っている性奴隷の四人をこの品評会に参加させたのですが、そのうちの三人が本選に残ることになり、いまは三人が観客の人気を三分しています」

 

「ほう、人気の性奴隷競技者がいずれも、その旅の女の持ち物ということか」

 

「ええ、とても、愉快な女主人の方ですよ。その宝玄仙殿自身も、とても若そうでお綺麗なのですが、卑猥なことにかけては素晴らしい発想をお持ちの方です。いま奉仕をしている私の女奴隷たちの装束も、実は宝玄仙殿の発想をお借りしたのです」

 

「ほう……? これがか? これも旅の女性の発想か……」

 

 劉和はもう一度、上官の性奴隷たちを見た。

 腰に小さな布一枚というのは、とても面白い発想だと思っていたのだ。

 どうやら、それは、その旅の女の考えたことらしい。

 破廉恥なことや淫靡なことを考えたり、実行したりするのは、この国では尊敬と敬意の対象である。劉和はその女性に興味を抱いた。

 

「いやいや、それは是非、話をしてみたい。品評会の最中は不都合だろうから、終わったら、是非、会わせてはもらえんかな、上官」

 

「それはもちろん。きっと王太子殿下にも気に入ってもらえると思いますよ。ほかにもたくさんの発想をお持ちでした。常に押さえておかなければ足首に落ちてしまう下袍だとか……。また、淫具の霊具もお作りになられるということで、私も幾つか見せて頂きました……。それと、あの困り者の私の伯母のことも解決していただきました」

 

「伯母? ああ、あれか」

 

 上官の伯母といえば、無礼と高慢が服を着て歩いているような女で、上官も手を焼いているとは耳にしている。名前は虞美だっと思う。

 しかし、思い切った手を打とうとしても、道術力だけは高くて、簡単にはいかないようだ。

 

「実は……」

 

 すると、上官がこの品評会の会場で、偶然にその伯母が旅の女の宝玄仙と諍いを起こした件を報告してきた。

 驚いたことに、その宝玄仙という女性は、あの上官の伯母を道術で圧倒したのだという。その伯母はいまは、道術を封印されて、営牢の中だそうだ。

 しかし、あの伯母は、性格はともかく、道術能力だけなら、国内で五本の指には入るほどの実力者だったはずだが……。

 

「それほどに?」

 

 劉和は感嘆した。

 

とにかく愉快な女性です。私からもお願いします。是非、宝玄仙殿を紹介させてください」

 

「愉しみにしておるぞ。それにしても、品評会で早くも人気を集めている性奴隷が、ことごとく、その宝玄仙殿の性奴隷か。それも凄いな。そういえば、人気は三分と言ったな。もうひとりは誰だ?」

 

 劉和は訊ねた。

 

「この童女です。おそらく、沙那に次ぐ、二番人気……。もしかしたら、こっちが一番人気かもしれません。これも宝玄仙殿の性奴隷でして、素蛾(そが)という最年少の参加です。年齢は十二とのことです」

 

 上官は嬉しそうに言った。

 

「素蛾? ああ、あの小さくて、健気で可愛い少女か。そうか、この童女は素蛾というのか……」

 

 劉和はもう一度、映像の画面を見た。

 そして、劉和は、それがさっき違和感を覚えた童女であることを思い出した。。

 やはり、あの少女は見知っている気がする……。

 

 劉和は懸命にそれを思い出そうとした。

 だが、どう考えても、性奴隷の童女に知り人などいるわけがない。

 劉和は諦めた。

 その横で、上官が言葉を続けた。

 

「……小さな性奴隷の少女が奮闘しているということで、こっちもかなりの人気です。なにしろ、もう応援団のようなものまでできているようなのです」

 

 上官が笑って言った。

 

「おう、そういえば、二個目の関門のときには少年たちが集まって、率先して精を提供していたな……。早くも三個目の関門だな。いまやっているのは、自慰で愛液を集める課題か……」

 

 映像の中の素蛾は、三個目の関門の課題に着手したところだ。

 さっきまでは健気に頑張っていたが、意外にも自慰の課題では苦労している気配だ。

 与えられた容器に溜まっている愛液はまだほとんどない。

 

「いずれにしても、とてもいい子らしいですよ。接した者はみんな好きになるようで、観客だけではなく、私の部下たちにも評判です。会った者のすべてに愛されるいい子のようです」

 

 上官が笑った。

 

“会った者のすべてに愛されるいい子……。

 

 しかし、その言葉が引っ掛かった。

 

 そして、なぜ、それが引っ掛かったのかもわかった。

 劉和がこれまでに接したことがある人間で、その評価が相応しいかった者のことを思い出したからだ。

 

 鳳仙(ほうせん)国の人間ではない。

 隣国であり、鳳仙国の友好国である天神(てんじん)国の人間だ。

 王太子である劉和は、友好国である衛舎国の行事などに招待されて訪問することが多々ある。

 そのときに、“会った者のすべてに愛されるいい子”という評判の王女を知った。

 

 しかも、その評判は、貴族や家臣団ではなく、従女や家来たちの評判だというのだ。

 下の者にそういう愛され方をするというのは、本当に性質がいいのだと思った。

 最後に天神国を訪問した半年前のとき、十二歳だというその王女に劉和は興味を抱き、見てみることにした。

 

 その天神国の末の王女──天神国では、公主と呼ばれているのだが、その末の公主が、毎日、天神国の宮殿の庭園を散歩をしているということを耳にして、時を見計らって、わざわざ庭園に立ち寄ったのだ。

 その記憶が蘇ってきた。

 小柄で、ころころとよく笑う少女だった。

 

 劉和が、あてがわれていた客室を抜け、その評判の王女がいないものかと庭園を探していると、従女とはぐれたらしいその王女が、突然にひとりで横から現れたのだ。

 王女は劉和を見つけて、にっこりと微笑んで挨拶をした。

 とても、愛らしい笑みだった。

 だが、急にその場にしゃがみこんで放尿を始めた。

 距離はあったが、顔と身体はしっかりと劉和を向いていた。

 あれには驚いた。

 

 なんで、こんなところで尿をたすのだと訊ねると、その王女は、花に囲まれておしっこをすると、とても素敵な気分になるからだと、笑って答えた。

 はじめは知恵足らずなのかと考えたが、話をしてみると、むしろ頭はいいと思った。

 だだ、羞恥心がないだけなのだ。

 また、好奇心がとても旺盛だということもわかった。

 綺麗な花に囲まれて尿を足せばきっと気持ちがいいと思ってやってみたら病みつきになり、それ以来、ずっと隠れて続けていると屈託のない微笑みで言われた。

 しかし、子供とはいえ、堂々と見知らぬ男に性器を見せて排尿する少女の姿には、気後れする心地だったのを覚えている。

 なにしろ、一国の王女の性器だ。

 

 確か、あの王女の名は……。

 

「待て──。この性奴隷の名が素蛾だと言ったか?」

 

 劉和は大きな声をあげてしまっていた。

 

「そうですが……?」

 

 上官は、劉和が急に血相を変えた態度になったことに首を傾げている。

 しかし、その王女の名は素蛾公主だった。

 そして、あの童女も素蛾だ。

 性奴隷品評会で頑張っているその素蛾という奴隷をどこで見たと思ったのかもわかった。

 

 その素蛾公主だ。

 

 雰囲気も変わっているし、なによりも、王女と性奴隷では立場が違いすぎるのでわからなかったが、あのときの素蛾公主に顔が似ている気がする。

 そして、それは、他人の空似というには不自然なほどに似ている……。

 

 だが、そう考えて、劉和は苦笑してしまった。

 いくらなんでも、あの天神国の王女が、いまここで行われている奴隷品評会に出場しているなど、あまりにも荒唐無稽だ。

 それに、劉和は、あの王女を少しだけ垣間見ただけだ。

 勘違いということもある。

 

 なにしろ、顔よりも、目の前で放尿する十二歳の王女の性器が強く印象に残っているくらいだ。顔などよく覚えていない……。

 しかし、そう言えば、あのときの素蛾公主には内腿の付け根に、特徴的な三角形を形作る三つの黒子があった。

 

「どうかしましたか、殿下?」

 

 上官が不審な表情で劉和を見ていた。

 

「確か、第二競技の最終関門の内容は、競技者の性奴隷に目隠しをさせて、三人の男の性奴隷が女奴隷の膣と肛門と口を犯し、後で正確にどの男根がどこを犯したのか、眼で見て当てるというものだったな?」

 

「そうです。そして、正確な組み合わせをいかに速く当てるかという競争の予定です。組み合わせが完全に一致するまで、それを続けるのです」

 

 上官は言った。

 

「だったら、あの素蛾のときに、膣を犯す役を余にやらせてはもらえんか? 男は全員が動物の面を被ればよかろう」

 

「わ、わかりましたが、殿下自らが?」

 

「うむ、ちょっと、確かめたいことがあるのだ……。それと、これは、あくまでも、万が一の場合なのだが、状況によっては、お前のところの軍を借りることがあるかもしれん。そのときは助力を願いたい」

 

 劉和が言うと、上官はびっくりした表情になった。






[現在の状況、孫空女たち三人は、一から四の順で進んでいる。]

■関門一
・第一障害(触手径) ←沙那(二障害途中で戻る)
・第二障害(張形運搬)
・第三障害(肉芽文字) ←孫空女
■関門二
・口奉仕十人抜き
■関門三
・まん汁溜め ←素蛾
■関門四
・大量浣腸
■最終関門
三穴(みつあな)男根当て


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692 関門三・まん汁溜め

「やっと、来たか……。お前、もう少し頑張らないと、いまのところ最下位だぞ」

 

 ふらつく足を懸命に進めながら三番目の障害にやってきた沙那に、進行係の男がにやついた笑いを浮かべながら言った。

 

「ああ、そう……」

 

 沙那は生返事をした。

 そんなことは、どうでもいい……。

 

 勝ちたいわけじゃない。

 むしろ、うまく負ければ、それが一番いいのだ。

 下手に決勝になんかに残って、明日もこんな破廉恥な競技を続けさせられて、生恥をかかされるのは堪らない。

 うまい具合に最下位なのであれば、このまま進めばいいと思った。

 

 沙那は進行係の指示に従い、一本の触手が生えている場所に向かい股を開いた。

 両腕は第二障害のときに背中に後手縛りでしっかりと緊縛されたままだった。

 すると、触手の先についている筆のようなものが、沙那の肉芽に向かってきた。

 

「ひ、ひいっ」

 

 沙那は竦みあがった。

 いつもだったら、これほど動揺はしないが、馬鹿みたいにいきすぎて、全身が怖ろしく鋭敏になっている。

 

「……それでいくんじゃねえぞ。その後はいくら達してもいいが、陰核に赤墨を塗るあいだに達すると、この関門に出発点まで戻されるからな……。まあ、もっとも、ちょっとのあいだだから、それで達するようなはしたない女はあり得ねえけどな」

 

 進行係の笑い声がした。

 だが、沙那はそれどころじゃなかった。

 触手の先の筆の部分で肉芽をくすぐられ、たちまちに火で抉られたかのような鋭い熱さを感じた。

 

「ひっ、ひっ、ひいいっ、も、もういやあ……」

 

 沙那は意識に反して込みあがった快感に耐えられなくて、膝が完全に脱力してしゃがみ込んでしまった。

 軽く達してしまったのだ。

 その瞬間、沙那に身体が捻じれるような感覚と電撃が襲った。

 

「えええええ?」

 

 最後に聞いたのは、進行係の驚愕の声だった。

 

 

 *

 

 

「おい、赤毛。俺のを舐めな」

 

 十人の珍棒から精を口で抜くという課題を言い渡されて、関門から離れた途端に、孫空女の周りに大勢の男が群がってきた。

 その中から、ほかの男たちを蹴散らすように出てきて、大きな男が前に立ちはだかったのだ。

 

「ほら、奴隷女、舐めるんだよ」

 

 その男は、すでに下袴を下げている。

 仕方なく孫空女はその場に跪いた。

 

 なんでもいい……。

 

 十本抜けば終わりだし、誰の精でも一緒だ。

 性器を舐めさせてくれと、見物人に頼み回るような恥をかかなくていいから、寄ってきた男たちから抜くのがいい。

 

「ほら、ぼやぼやするな」

 

 巨根が孫空女の横面をはたこうとした。

 おそらく、そうやって、自分の大きな性器を誇示するのが趣味なのだろう。

 孫空女はうまく顔を避けて、それを口で受け止めた。

 

「おっ?」

 

 男が戸惑ったような声をあげた。

 孫空女は自分の舌技を駆使して、一心不乱に舐め始めた。

 

「お、お前、うまいな……。お、おおっ?」

 

 性器に精の強い匂いがする。

 きっと、すでにもう何度も出しているに違いない。

 それをさっさと精を出させるのはちょっと面倒だ。

 だが、確か睾丸を刺激すれば、出したばかりでも、次の精を出しやすくなるはずだ。

 孫空女は、一度刺激を続けていた棹の部分から、睾丸の部分に責めの場所を替えた。

 

「おお、おお、おお……」

 

 目の前の男が馬鹿みたいな声を出して、腰を震わせ始めた。

 

 

 *

 

 

「沙那、お前の感じやすさは半端なものじゃないな……。天下一品だよ……。からかっているわけじゃねえぞ。本心だ。お前みたいな女とやれたらいいだろうなあ……。俺だけじゃねえ。見物人はみんなそう思っているぜ」

 

 三個目の障害の位置に、やっと沙那が戻ってきたとき、進行係の男が言った。

 

「はあ、はあ、はあ……。そ、それよりも課題を……。か、痒いのよ」

 

 沙那は声をあげた。

 もう、なにも考えられない。

 

 さっき墨を塗られている最中に達して、また、出発位置に引き戻された。

 愕然とする思いだったが、ここに戻っている障害路にあった谷渡りの触手は出てこなかったし、ふたつめの張形運びも、すでに終わったということで免除された。

 おかげでただ歩いてきただけだ。それはほっとした。

 

 そして到着すると、なぜか大勢の見物人の拍手喝采で出迎えられた。

 野次の声も、最初の頃とは比べものにならないくらいに大きくなっている。

 また、激励の声援もある。

 とにかく、なんでこんなに多いのだろうと思うほど、周囲の透明の壁を見物人が取り巻いている。

 

「……じゃあ、最後の障害を突破する条件を説明するぞ……」

 

 進行係が説明し始めた。

 

「え、ええ……。で、でも早く……」

 

 だが、ほんの少しもじっとできないような猛烈な痒みだ。

 沙那は内腿を擦り合わせながら説明を聞いた。

 

 そして、聞いているうちに、あまりにも破廉恥な競技の内容に沙那は鼻白んだ。

 三個目の障害突破の条件は、目の前の階段をのぼり、透明の屋根の上で腹這いになり、陰核習字をするというものだった。

 そういえば、孫空女がそんなことを言っていたっけ……。

 とにかく、それで見物人の大半が、透明の屋根の下に集まっているのだと思った。

 

 沙那は、説明終了と同時に沙那は階段を駆けあがり、透明の屋根に腹這いになった。

 陰核習字をする屋根の上はぶよぶよの柔らかい素材であり、腰を押しつけるように密着すれば、なんとか肉芽が床の表面に届く。

 だが、股を拡げて、ぐいと押しつけなければ無理だ。

 考えられなくらいにみっともない恰好だ。

 

 しかも、嫌でも真下にいる大勢の男たちの卑猥な視線が目に入ってくる。

 沙那はたじろいだ。

 そのとき、進行係の声が下から追ってきた。

 

「……そうだ。さっき言いかけたが、この競技全体で最下位から数名は、罰奴隷で失格になるらしいぞ。やる気が出るように教えておいてやるぜ。罰奴隷は、明日の昼まで犬に輪姦だ。俺もその準備を手伝ったからな。間違いないぜ」

 

 進行係が言った。

 沙那はびっくりした。

 

「そ、そんな」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 冗談じゃなかった。

 それだけは嫌だ。

 

 だが、確か進行係は、沙那が現在の最下位だと言っていたはずだ。

 急がなければ。

 もう、恥ずかしいなどと言っていられない。

 どっちにしても、恥も吹き飛ぶような、恐ろしい痒みに襲われている。

 

 沙那は羞恥に耐えて、床に蛙のように張りついた。

 大歓声があがる。

 恥ずかしさに全身がかっと熱くなる。

 それでもやるしかない。

 沙那は腰を動かし始めた。

 

「ふうううっ」

 

 痒みが消滅する快美感はあまりにも気持ちよかった。

 沙那は我慢できなくて、さらに腰に力を入れて強く擦った。

 すると、一文字も書かないうちにすぐに軽い絶頂感がやってきて、沙那はがくがくと身体を震わせながら気をやった。

 

 だが、それでも文字を書くのはやめなかった。

 達しながら書いた文字は、芸術点に加算されると言われたからだ。

 せめてその点だけでも稼がなければ……。

 さもなければ、犬を相手の獣姦の晒し者だ。

 

「あ、ああっ……」

 

 だが、達している肉芽をさらに擦りつけることで、さらに快感が深まってしまい、沙那は再び発作のような絶頂に襲われた。

 真下では、観客たちがどっと哄笑している。

 だが、そんなことに構っていられない。

 

 沙那は達しながらさらに腰を動かした。

 それにしても、なんという馬鹿馬鹿しい文字を書かせるのだろう。

 

 “おまんこ気持ちいい、けつまんこ最高”。

 

 考えた人間の発想の貧困さが知れる……。

 そんなことを思いながら、懸命に腰を動かした。

 

 しかし、沙那の身体は悲しいくらいに、その動作から凄まじい快感を拾ってしまう。

 それでも休んではならないと自分を戒めて、懸命に肉芽を擦り動かす。絶頂と絶頂の間隔がわからなくなり、沙那はほとんどずっと絶頂状態のまま文字を書くような状況になった。

 下で綺麗な金文字だと馬鹿にするような歓声があがっている。

 なにが嬉しいのだと思った。

 

「はあっ、はあっ、はぎいいい」

 

 そのとき、まるで堰を切ったような快感の塊が襲いかかった。

 これまでは軽い絶頂が続いていただけだったのだが、それを連続するうちに、沙那の身体の感覚が異常な状態になったのかもしれない。

 

「くはああああっ、いやあああ」

 

 津波のような快感の大きな波が襲いかかった。

 今度は動けなかった。

 沙那は床にがに股で張りついたまま咆哮をしていた。

 

「はああっ、あっ、いや、いやああ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 まだ昇天の途中であり、全身が痙攣のように震えていたが、沙那が悲鳴をあげたのは、股間からじょろじょろと尿が流れ始めたからだ。

 あまりにもいきすぎて、完全に身体が緩んでしまったようだ。

 

 沙那は身体に尿がつくのを避けようと、慌てて腹這いの身体を起こした。

 しかし、一度始まった尿は止めることもできず、沙那の敏感な尿道を刺激しながら透明の床を濡らしていった。

 真下では、観客たちの発狂したような歓声があがっていたが、沙那はたったいま書いたばかりの陰核習字の字が沙那の尿で流れてしまうのを見て茫然とした。

 進行係が何事かとあがってきて、状況を確認して爆笑した。

 

「こ、これじゃあ、続きができねえじゃねえか。達しながら小便を垂れるとは、こんなのは想定していなかったぞ。まあいい。終わったことにしてやるよ。次の関門に向かいな」

 

 進行係が腹を抱えて笑いながら言った。

 沙那の両手を縛っていた触手の縄が消滅した。

 

 

 *

 

 

「素蛾──」

 

 孫空女は声をかけた。

 

「孫様」

 

 すると、素蛾が泣きそうな顔をあげた。

 跪いている素蛾の股間の下には小さな皿があった。

 そこには素蛾のものらしい淫液が溜まっている。

 また、素蛾のほかに十人くらいの女奴隷が跪いて自慰に耽っている。

 なかなかに凄まじい光景だ。

 

 競技者の女奴隷がいるのは、演台のような場所であり、その周囲を観客が取り囲んでいた。

 孫空女はその台上にあがらされた。

 

「赤毛女か。関門三の課題はまん汁溜めだ。その皿にまん汁が全部たまって、一滴でもあふれて、こぼれれば終わりだ。次の関門に行っていい」

 

 進行係が孫空女に皿を渡した。

 なるほど、そういう競技なのかと思った。

 

 ふと見ると、ほとんど溜まっている者、半部くらいの者、始めたばかりの者。まちまちだ。

 とにかく、十人くらいの女奴隷が素っ裸で全身汗まみれになり、自慰に狂っているのだ。

 それは壮絶な景色であるだけでなく、臭いもすごい。

 

「わ、わたくし、うまくできなくて……。自慰って、どうすればいんですか……?」

 

 素蛾が半泣きで言った。

 こいつが最初の障害関門を突破したのは、かなり前のはずだ。

 それなのに、孫空女が追いついたということは、素蛾はこの自慰の課題でかなり苦労しているのだろう。

 考えてみれば、素蛾は性奴隷志願者であり、性的なことに興味津々のおかしなお姫様だったが、性的経験そのものは皆無だった。

 宮殿時代は自慰なんかやったこともない気配だったし、素蛾の調教係を任じている朱姫も、自慰そのものについては、あまり教えていなかったと思う。

 

「あたしの言うとおりにしな、素蛾。まずは、恥ずかしさを忘れること。そして、一番、感じる場所を弄るんだ。あたしはお尻に指を入れて前を擦る。お尻と肉芽だ」

 

 孫空女は素蛾の横に跪き、両手を腰の前後に持ってきた。

 観客たちがさら興奮した声をあげるが、それは無視する。

 

「は、恥ずかしくありません。ちょ、ちょっと興奮しますけど……。」

 

 素蛾は孫空女の真似をして、手を腰の前後に持ってきた。

 そして、それまでは、周りの女たちの真似をして、手をあっちにやったり、こっちにやったりしていたと、素蛾は孫空女に言った。

 

「……これが正式のやり方なのですね。わかりました」

 

 素蛾が無邪気な声をあげた。

 孫空女は苦笑した。

 

「正式なやり方なんてないさ……。一番感じる場所を触ればいいんだよ。それは人それぞれだからね」

 

「は、はい。教えて頂いてありがとうございます」

 

 素蛾が大きな声で言った。

 すると、どっと周りで笑い声があがった。

 素蛾と孫空女の前にたくさんの見物人が集中しているのだ。

 その笑い声は悪意のこもったようなものではないようだ。

 また、観客たちの中には、かなりの数の子供もいる。

 そういえば、その少年たちが、さっきから懸命に素蛾を応援するような言葉を叫んでいるような気もする。

 

「そして、眼をつぶって……」

 

 孫空女は言った。

 

「眼をつぶるんですね……。はい……」

 

 素蛾は眼をつぶったようだ。

 

「そしたら擦る……。それから、自分でやっていると思わないんだ。一番触って欲しい人に苛められていると考えるんだ。それか、興奮する相手に襲われていると想像するんだ」

 

 孫空女は素蛾に言った。

 孫空女の心に浮かんだのは、まずは宝玄仙だ。

 身体を拘束されて、宝玄仙が孫空女の身体を小馬鹿にしながら触っている……。

 そう想像しながら、腰にやった前後の手を動か始めた。

 かっと全身が熱くなった。

 すると、いつの間にか、責めているのが沙那に変わっていた。沙那が恥ずかしそうに、孫空女に口づけを求め……。股間を擦り合わせてきて……。

 

 

「はあ、はあ、はあっ……朱姫姉さん……はあ、はああっ……」

 

 そのとき、横で素蛾の感極まった声が聞こえてきた。

 孫空女は思わずほくそ笑んでしまった。






[現在の状況、孫空女たち三人は、一から四の順で進んでいる。]

■関門一
・第一障害(触手径)
・第二障害(張形運搬)
・第三障害(肉芽文字)
■関門二
・口奉仕十人抜き ←沙那(到着直後)
■関門三
・まん汁溜め ←素蛾、孫空女
■関門四
・大量浣腸
■最終関門
三穴(みつあな)男根当て


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693 そして、最終関門……

「お、お願い。こいつじゃなくて、あんたらが、あたしの口を犯してよ──。早く──」

 

 沙那は自分のを舐めろと寄ってきた大男を一蹴して拒否すると、集まってきた男たちに叫んだ。

 その大男は何度も精を放った気配がある。そんなのに関わっていたら効率が悪い。

 沙那に拒否された大男は、沙那に罵声を浴びせてきたが、ほかの男たちに怒鳴られて追い払われた。

 とにかく、やたらに男が沙那に集まってくる。

 そして、我も我もと寄ってくる。

 

 この中から的確に相手を選んで、少しでも前に追いつかなければ……。

 考えていたのはそれだけだ。

 

 わざとゆっくりやろうかと思っていたが、そんなことをしたら大変なことになることがわかった。

 

 最下位から数名は獣姦の晒し者……。

 その恐怖が沙那を襲う。

 

「ま、まずは、あんたのをしゃぶらせて」

 

 沙那は集まっている男たちの中から、すでに股間が膨らんでいて、何度も精を放った気配のない男を選んで声をかけた。

 精を早く出してくれそうな男をいかに見抜くか……。

 

 それができれば、追いあげることは難しくないはずだ。

 

 

 *

 

 

「しゅ、朱姫姉さん、気持ちいいです」

 

 孫空女の隣で、滝のように汗をかいている素蛾が絶叫した。

 一番感じる相手を想像しろとは教えたが、あからさまに朱姫の名を大声で呼びながら、達し続ける素蛾にはびっくりした。

 観客たちもその素蛾に好意的な拍手をしながらも、朱姫とは誰だとざわめいている。

 

「よし、素蛾、いっていいぞ。関門終わりだ」

 

 進行係が寄ってきて、声をあげた。

 ふと見ると、素蛾の皿はいつの間にかいっぱいになっている。

 孫空女の皿は八分目というところだ。

 

「は、はい。ありがとうざいます。孫様にも感謝します。次に行ってきます」

 

 素蛾が何度も何度もお辞儀をして小走りに駆けていった。

 激しく自慰を続けた身体に、股間の振動の誘導はつらそうだったが、それでも嬉しそうだ。

 次の関門を探して去っていく。

 

「そ、孫女……」

 

 声がした。

 顔をあげると、げっそりとした顔をした沙那だった。

 

「すごいね……。追いついてきたんだね?」

 

 孫空女は感嘆して言った。

 沙那に進行係が寄ってきて、課題の説明をして皿を渡した。

 沙那は、たったいままで素蛾がいた孫空女の隣の空間に跪いた。

 

「沙那、ここで挽回するんだよ。お前の取柄はその達しやすい身体だけなんだからね」

 

 宝玄仙の声だ。

 観客席からだ。

 

 いままで見かけないと思ったが、あちこちをうろうろとしていたのだろう。

 その横には朱姫がいる。

 朱姫は孫空女や沙那たちと同じように素っ裸であり、なぜか犬のように四つん這いになっていた。

 また、宝玄仙が朱姫に鎖を繋いで鎖を持っているのだが、朱姫は鼻輪をつけられて、その鼻輪に鎖の先が接続してあった。

 さらに、競技開始前に、朱姫は鈴が鳴ると肛門が刺激される霊具を乳首と股間に装着されていたが、それと同じものが首にもリボンをつけてかけられてる。

 

「ほら、朱姫も応援しないかい」

 

 宝玄仙が笑いながら、朱姫の鼻輪に繋がっている鎖を力強く引っ張った。

 

「ぎいいいっ。ブヒッ、ブヒッイイ、ブヒイイイ」

 

 激痛に涙をこぼした朱姫が、豚の鳴き真似を絶叫した。

 また、なにかをやらされているのだろうと思ったが、もう考えないようにした。

 ふと見ると、沙那も呆気にとられたような顔をしていた。

 だが、その沙那もすぐに視線を外す。

 

「お前ら、いま聞いたんだけど、最下位のふたりはここで脱落するらしいからね。頑張りな。脱落奴隷は、獣姦一日だよ」

 

 宝玄仙が観客に混じって叫んだ。

 孫空女はびっくりした。

 

「そ、それ本当よ……。わ、わたしも聞いた。ぐううっ」

 

 沙那が全身を震わせて身体をのけ反らせた。

 ふと見ると、沙那の身体はびっくりするくらいに真っ赤だ。

 

「ええっ?」

 

 そして、孫空女はさらにびっくりした。

 沙那の皿にもうかなりの量の淫液が溜まっていたのだ。

 なんでこんなに短時間でと思ったが、沙那の股間はもうなにもしなくても、ぽたぽたと淫液が滴り落ちているような状態のようだ。

 それでどんどんと溜まっているのだ。

 

 孫空女は慌てて、自慰に心を集中した。

 

 

 *

 

 

「か、浣腸、ありが……と、う、ござい、ま、す……」

 

 素蛾は懸命にお辞儀をしようとしたが、まるで妊婦のように膨らんだ腹では、身体を屈めることはままならなかった。

 それに、ちょっとでも刺激を与えられれば、いまにもお尻から大量に注がれた浣腸液がこぼれそうだ。

 

「お、お辞儀なんていい。それよりも行け──。最終関門はすぐだ。そこに行けば出せる。それに手で押さえることは禁止じゃねえ。手で押さえていけ。途中で洩らしたら、それで競技失格になるぞ」

 

 すると、進行係が心配そうな声をあげた。

 

「は、はい、そうし……ま、す……」

 

 素蛾は片手でしっかりと肛門に蓋をした。

 苦しい……。

 

 いまにも漏れる……。

 

 素蛾は歯を食いしばった。

 四個目の関門の課題は浣腸を受けて、最終関門まで洩らさずに進むというものだった。

 素蛾は歩き出した。

 

「待て」

 

 すると、大声で進行係に呼び止められた。

 

「は、はい……」

 

「実は最終関門はこっちだ。ここから離れた瞬間に、股間の前後が動き始めて、お前を誘導するが、お尻が振動されるとつらいだろう。こっちを真っ直ぐに向けて進め。そうすれば、後ろは反応しない」

 

 進行係が小さな声でささやきながら、素蛾の身体をある方向に向けた。

 

「あ、あり……がと……う、ご、ござ……」

 

「いいから、もう喋るな。それだけでつらいんだろう? まあ、その小さな身体で、ほかの競技者と同じ量の洗浄液を浣腸されるんだ。それくらいの上乗せはないとな」

 

 進行係が笑って片目をつぶった。

 

 

 *

 

 

「よし、孫空女は終わりだ。沙那も終わりだな。ふたりともまん汁溜めの課題は終了だ。行っていい」

 

 進行係が言った。

 

「沙那、すごいじゃないか。この競技だけは早く終わると思っていたよ」

 

 観客席にいる宝玄仙が笑いながら叫んでいる。

 しかし、沙那は疲れてしまって、もう返事をしなかった。

 声を出すのもだるいのだ。

 

「ほ、ほんと、すごいよ、沙那。追いつかれるとは思わなかったよ」

 

 孫空女も感心したような声をあげた。

 

「そ、そんなの褒められても嬉しくないわよ。とにかく、次に行きましょう」

 

 沙那は言った。

 まだ、自慰を続けているのは五人くらいいた。

 沙那が始めてから増えた女はいなかったので、もしかしたらいまここにいる女たちで最後なのかもしれない。

 ここにいる女たちが次の課題がまだなのであれば、少なくとも五人は抜いたことになる。

 そうであればいいと思った。

 

 とにかく、残りふたつ。

 

「ひいいいいっ」

 

 すると、股間の振動が始まり、沙那は思わず膝を落とした。

 その途端、周りの観客がどっと笑った。

 

 

 *

 

 

「く、口で奉仕させて頂いたのは、左のお方です……。ま、前を苛めてくださったのは真ん中の方……。お尻を苛めてくださったのは右の方です……」

 

 素蛾は荒い息をしながら言った。

 目の前に下半身を剥き出しにした三人の男の人がいる。

 顔には全員が動物の面を被っている。

 素蛾がこの最後の課題で命じられたのは、目隠しをして女陰と肛門と口の三箇所に肉棒を受け、そして、目隠しを外して、目の前に並べられた性器を観察して、それぞれがどこを犯したかを当てるという課題だ。

 犯される時間は長いものではない。

 せいぜい三分というところだろう。

 だが、外れれば、同じことを繰り返すのだ。

 三個の組み合わせを正確に当てないと、再び目隠しをして三箇所を犯される。

 

 ここが最後の関門であり、すでに全関門を終わらせた女奴隷はふたりだった。

 また、素蛾と同じように三人の男に犯される課題を実施中の女が六人いる。

 そのひとりずつに、仮面を被って股間を剥き出しにした三人の男がついている。

 全部が一度に正解しないとだめなので、見ていると全部正解できる女は少なく、やり直しが繰り返されている。

 

 また、この会場の前には大勢の観客が集まっているが、最前列に主賓席があり、上官太守をはじめとする貴賓客が席にいた。

 上官太守の横には宝玄仙が座っている。

 また、宝玄仙の傍には全裸で四つん這いの朱姫も地面に座ってもいた。

 ただ、貴賓たちの足元なのでその姿がよく見えないのが残念だ。

 

「全部正解です。三抜けは、最年少の素蛾です。しかも、一発で正解しました」

 

 司会が叫んだ。

 観客が歓声とともに拍手をしてくれた。

 

 素蛾はほっとした。

 口で奉仕した肉棒は肌の匂いですぐにわかった。

 残りの肉棒は、どちらが前で、どちらが後ろかは、犯された感触だけではわからなかったが、素蛾の膣を犯した男が執拗に素蛾の内腿に手を触れていて、そのとき指輪が肌に当たる感触があったのだ。

 三人の中で指輪をしている男はひとりだけだった。

 その男が前で、もうひとりが後ろだと考えた。

 

 果たして正解だった。

 よかった……。

 

 素蛾はほかの競技修了者の位置に向かい立たされた。

 なにかの道術がかかった気がして、腰の周りのなにかが蒸発したような感触があった。

 おそらく、最初にはいた透明の下着がなくなったのだと思ったが、

 もともと素っ裸と同じだったので、なにかが変化したような感じはない。

 

 しばらくすると、孫空女がやってきた。

 少し遅れて沙那も来た。

 

 ふたりとも下腹部が膨らんでいて苦しそうだ。

 そして、孫空女と沙那のふたりは、この演台に向かう前に、その横に設置されている透明の壁の小部屋の中に誘導されていた。

 そこには、地面に掘った穴があり、そこで周りの観客に見られながら排便をするのだ。

 素蛾もそうだった。

 ただ、透明の壁が匂いを逃がさないようになっていて、臭気は外には漏れないようだ。

 

 また、素蛾も説明を受けたのだが、施された浣腸液は霊気のこもった腸の洗浄液であり、それを排便することで一回で腸をきれいにすることができるのだそうだ。

 やってきた孫空女と沙那は、一緒にその透明の部屋に閉じ込められた。

 ふたりが恥ずかしそうな仕草で穴にお尻を向けてしゃがみ込んだ。

 

 

 *

 

 

「孫空女、正解──。七番目です」

 

 司会が言った。

 孫空女はほっとするとともに脱力した。

 

 終わった……。

 とにかく、終わったのだ……。

 

 孫空女は司会の誘導により、素蛾たちが並んでいる列の七番目に立った。

 ほかの女たちも疲れている。

 立っているのもつらそうな者ばかりだが、さすがに座り込む者はいまのところいない。

 

「沙那、正解──。彼女も一発正解です。すごい追いあげでした。八番目です──」

 

 司会が叫んだのが聞こえた。

 

「おめでとう、沙那……」

 

 孫空女は声かけた。

 

「あ、ありがとう、まあ、最後でなくてよかったわ。上過ぎず、そして、下過ぎず、なかなかいい位置じゃない」

 

 沙那がにやりと笑った。

 孫空女は苦笑した。

 

「……ところで、どうやって当てたのさ。あたしは肌のかすかな匂いで全部区別がついたけどね。本当に肉棒のかたちで当てた?」

 

「そんな芸当ないわよ。醸し出す気でなんとなくわかるのよ。最初に精神を研ぎ澄ますと、三人の男の気の違いがわかるわ。わたしはそれを当てただけよ」

 

 沙那は言った。

 

 

 *

 

 

「さあ、第二競技の全種目が終わりました。排便を途中で洩らした女奴隷ふたりが失格です。後ろをご覧ください」

 

 司会が言った。

 沙那は演台から観客席の後ろに視線をやった。

 ここにいる全員の視線もそっちに向かう。

 

 ふたつの大きな檻ができていて、そこには、それぞれ十匹ほどの大型の犬が集められていた。

 そこに泣き叫んでいる女奴隷ふたりが入れられようとしていた。

 道術で拘束されているのか、身体は大きく股を拡げた状態から動かせないようだ。

 

 女たちが檻に入れられると、犬が一斉に女奴隷に襲いかかった。

 沙那は自分の顔が蒼くなるのがわかったが、女奴隷ふたりの姿は、檻を取り巻いた観客たちによって阻まれた。

 ただ、女たちの悲痛な叫びが周囲に響き渡り続けている。

 

「……さあ、ところで第二競技の得点の結果と、夜に行われる第三競技の内容の発表です。まずは得点です。皆さん、上空に注目ください」

 

 司会が叫んだ。

 沙那は空を見た。

 そこに文字と数字が浮かんだ。

 わっと会場が歓声で揺れた。

 

「え、ええ──?」

 

 沙那は浮びあがった第二競技の得点結果を見て、思わず声をあげた。



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694 中間順位と三回戦の準備

 沙那は、空中に表示された第二競技の成績を見て、声をあげてしまった。

 

 

 

 第二競技の結果

 

 順位 奴隷名 得点(基礎 技術 芸術)

 

 1位 孫空女 53(18 20 15)

 2位 沙 那 52(16 16 20)

 3位 杏 奈 50(30 10 10)

 4位 香 凛 46(28  8 10)

 5位 小耽耽 45(22 15  8)

 6位 麻 魔 43(24 12  7)

 7位 素 蛾 42(26  5 11)

 8位 白 蘭 37(20 13  4)

 9位 夜夜女 34(14  9 11)

10位 小 芳 33(12 11 10)

11位 和 玉 30( 8 14  8)

12位 神 美 21( 4 11  6)

13位 瑞 恋 21(10  5  6)

14位 瑞 蘭 20( 6  9  5)

15位 奈美女 16( 2  2 12)

16位 蔡 女 11( 1  2  8)

 

 

 

「なんで? どういう基準で点数をつけているの? だいたい、技術点とか芸術点って、どうやって採点してるのよ?」

 

 沙那は思わず声をあげていた。

 平凡な順位だった孫空女と沙那が得点の上位に入り、全体の三位だった素蛾は七位だ。

 

 ふと、素蛾を見た。

 やっぱり、がっかりと意気消沈していた。しかも、涙目まで溜めている。

 こんな禄でもない競技だが、あの素蛾はこれに大きな意気込みで臨んでいるのだ。

 自分たちのように、まったくやる気のない者よりも、素蛾のような娘こそ上位にいくべきだと思った。

 

「どういうことになっているのさ、沙那……?」

 

 文字の読めない孫空女が小さな声で訊ねてきた。

 沙那は空中に浮かんでいる第二競技の結果を教えてやった。

 孫空女も自分の一位のことは無視して、素蛾の成績が低いことに首を傾げた。

 

「なんでかなあ? 素蛾って、競技のあいだ、すごい人気だったよ。応援団みたいなのだってついていたんだ……。まあ、沙那の人気にはかなわなかったけど……」

 

「な、なんで、わたしの名が出るのよ?」

 

 沙那は言った。

 

「なんでって……。自分でわかんなかったの? 沙那の行くところは全部、すごい観客が集まっていたろう?」

 

 孫空女がそう言うので、そう言われれば、そうだったかもしれないと思った。

 確かに、最初の関門で障害の踏破の苦労しているうちに、大勢の見物人に囲まれるようになった。

 全員がそうなのだろうと思っていたが、そうではなかったのだろうか……?

 

 まあいい。

 沙那は見物人の声に耳を傾けた。

 

 声の中にざわめきがある。

 やはり、素蛾のことをささやいている気配だ。

 奴隷品評会の中で最年少で健気に頑張っていた素蛾は、やはり強い関心を浴びていたようだ。

 

「……では、続いて、第一競技と第二競技の合計と現段階の総合順位が発表されます──」

 

 司会が大きな声で言った。

 再び、沙那は上空の文字に注目した。

 

 

 

 総合順位(第二競技終了時点)

 

 順位 奴隷名 総得点 第1 第2

 1位 孫空女  82 29 53

 2位 杏 奈  76 26 50

 3位 沙 那  69 17 52

    香 凛  69 23 46 

 5位 素 蛾  67 25 42

 6位 麻 魔  63 20 43

 7位 夜夜女  58 24 34

 8位 小耽耽  57 12 45

 9位 小 芳  54 21 33

10位 和 玉  49 19 30

11位 白 蘭  46  9 37

12位 瑞 蘭  42 22 20

13位 神 美  37 16 21

14位 瑞 恋  31 10 21

15位 奈美女  30 14 16

16位 蔡 女  24 13 11

 

 

 

「あんたが一位で、わたしが三位……。杏奈と香凛という女が上位四人ね」

 

 沙那は孫空女に説明した。

 

「なんで、あたしらが上位なのさ?」

 

「知らないわよ──」

 

 沙那は舌打ちする思いだ。

 獣姦がいやで、必死で追いあげたが、まさか第二競技が二位で、総合で全体の三位に食い込むとは思わなかった。

 そして、そういえば、身体が感じやすい奴隷は芸術点が底上げされると言っていたことを思い出した。

 第二競技の芸術点が沙那と孫空女だけ特出しているのはそれが理由だろう。

 

「それで、素蛾はどうなの?」

 

 孫空女が訊ねた。

 

「総合は全体の五位ね」

 

 沙那は言った。

 微妙な位置だ。

 頑張れば上位四人には入れるというところだが、問題はその内容だ。

 そう考えて、沙那は、つまりは、沙那が負ければいいのだと思い至った。

 それで沙那は決勝には残らず、素蛾は上位の四人に入る。

 上位の四人が明日の決勝進出のはずだ。

 

「それでは、第三競技の内容の発表に入ります。第三競技の一回戦試合の組み合わせは、ご覧のとおりです」

 

 

 

 第三競技・一回戦

 

第1試合 孫空女-杏 奈

第2試合 蔡 女-奈美女

第3試合 瑞 蘭-神 美

第4試合 夜夜女-和 玉

第5試合 素 蛾-瑞 蘭

第6試合 麻 魔-白 蘭

第7試合 小耽耽-小 芳

第8試合 沙 那-香 凛

 

 

 

 上空に出現したのは、一回戦と書かれた組み合わせと、勝ちあがりであることを示す“トーナメント表”だ。

 

「一回戦? そして、試合……? よくわからないけど、とりあえず、一対一の試合をするようね。第一回戦で勝ったら、勝った者同士で戦って、また勝ち残る。そして、最後の勝者を競う戦いのようよ。一回戦については、あんたは第一試合よ。わたしが第八試合で、素蛾は第五試合ね」

 

 沙那は孫空女に上空に書いてあることを説明した。

 

「……第三回戦は特別に作られたぬるぬるの潤滑油の中で、女同士の格闘の試合をしてもらいます。試合は三本勝負であり、どんな方法でもいいから相手を絶頂させることができれば一本となります。つまり、早く相手を二回いかせた側が勝ちになるという競技です」

 

 司会の説明に、観客たちがわっと盛りあがった。

 沙那は鼻白んだ。

 

 女が全裸で組み合って戦うところを見世物にする競技なのだ。

 もっとも、沙那の実力なら格闘の試合であれば、この競技者の中で沙那の相手になるのは、孫空女くらいだ。

 だから、大きな恥はかかなくて済みそうだ。

 それは安心した。

 

「なお、決勝進出四名の選出の要領について説明します。明日の決勝は、準決勝と決勝戦の二回戦となります。準決勝には、総合得点の上位三名が進出します。そして、その競技の上位ひとりが、決勝戦に出場します。また、この第三競技の優勝者は、自動的に決勝戦の出場が決まります。すなわち、最終の決勝戦の出場者の二名は、第三競技の格闘試合の優勝者と、第三競技後に行われる準決勝の三名による勝者ということです。なお、格闘優勝者と総合得点勝者が重なる場合は、総合四位が繰り上がりとなります」

 

 司会が言った。

 つまりは、次の競技である全裸格闘で優勝すれば、次の破廉恥競技は免除されて、最終決勝だけ戦えばいいということだ。

 まあ、それも魅力的だが、やはり、ここで負けるのが一番の選択であることは間違いない。

 

「……なお、決勝進出を果たせなかった奴隷については、明日に行われる本祭典の閉幕式まで、道術で石像化して会場のあちこちに“生きた人形”として飾られます。そちらの方も、みなさん愉しみにしてください。ここにいる女奴隷たちが触り放題となりますよ」

 

 場内がわっとなった。

 沙那は呆気にとられた。

 

 “生き人形”とはなんだ?

 道術で石像化?

 沙那は当惑した。

 

「それでは、女奴隷たちに第三競技の準備をさせます」

 

 司会が言うと、演台に横向きに整列している沙那たちの前に、ひとりずつ男が現れた。手に黒い縄を持っている。

 沙那は嫌な予感がした。

 

「さ、沙那、あれ……」

 

 孫空女が息を飲んだ音が聞こえた。

 沙那もその黒い縄がなんであるのかわかった。

 おそらく、間違いないと思う。

 宝玄仙に何度も使われたことがあるから知っているのだ。

 

「いま、女奴隷たちに施しているのは、痒み縄です。痒み縄には三つの縄瘤があり、それは試合開始まで女奴隷たちの股間に強い疼きと掻痒感を与え続けます。もちろん、魔縄でもありますので、これを締められれば女奴隷には外すことはもちろん、緩めることもできません」

 

 司会が得意気に言った。

 場内は大歓声だ。

 だが、沙那は歯噛みした。

 横で孫空女も顔色を変えている。

 あの痒み縄の恐ろしさは骨身に染みて知り尽くしている。

 あれを締められれば、痒みが局部に襲いかかり、腰を悶えさせれば縄の汁がさらに沁みこみ、その結果、さらに大きな痒みに襲われるという悪循環に陥るのだ。

 

 あれで何度泣いただろう……。

 その沙那のところに係の男がやってきて、痒み縄を股に締めさせ始める。

 回避する知恵も特にない。

 沙那は、脚を開いて男に縄をかけさせた。

 男は沙那の臍の上下に黒い縄を巻いて固く結び、結び縄のついた縄をぐっと沙那の股間に通した。

 ふと、横を見ると、孫空女も赤い顔をして、男から股縄を締められている。

 

「ああっ」

 

 唇を噛み締めていたのだが、つい声が洩れてしまった。

 沙那は顔を赤面してしまった。目の前の男が股間の亀裂に通した結び玉を肛門に喰い込ませようと操作し始め、それで、甘い疼きを感じてしまい、思わず声を出したのだ。

 

「ふっ、出場者の中で一番に感じやすいお前だ。大変だろうが、このまま勝ち残って、準決勝に残れるように頑張りな。さもないと、大変なことになるからな」

 

 男がそう言いながら、沙那の双臀に縄を深く喰い込ませて、縄をたくしあげる。

 そして、沙那の腰の後ろ側の腰縄に繋ぎとめた。

 確かめるまでもなく、指一本入らないほど喰い込まされたのがわかる。

 

「た、大変なことってなによ?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「さっき、司会が決勝に進めなかった奴隷は、身体を石化して人形にして会場のあちこちに置くと言ったろう? それは、この痒み縄をしたままされるのさ。石化すれば、そのあいだは瞬きひとつできないんだが、触感はそのままだ。だから、のたうつような痒みが襲い続ける。しかし、ぴくりとも動けないんだ。それはつらいぞ」

 

 男は笑ってそう言うと、沙那の股間への縄の食い込みを確めてから去っていった。

 

「そ、孫女……?」

 

「き、聞いた……。素蛾には悪いけど、あたしは決勝に残るように頑張るよ」

 

 孫空女は顔を引きつらせながら言った。

 沙那も同じ思いだ。

 

 しかし、素蛾をどうしよう……。

 競技が格闘なら素蛾に勝目はまずない。

 あれだけ張り切っていたから、この途中順位と次の競技内容は素蛾には打撃を与えただろう。

 そして、日没まで競技者も解散となった。

 集合場所や集合時間は示されなかった。この庭園のどこにいても、道術が各競技者を探知して、道術で試合場に強制移動すると伝えられた。

 

「みんな──」

 

 解散になると、主賓席を離れて宝玄仙と朱姫がやってきた。

 素っ裸の朱姫が手を振っている。

 

「ご、ご主人……さ……ま……くっ、うう……」

 

 沙那は軽く手をあげ、そっちに向かおうとした。

 だが、股間に喰い込む縄瘤が局部のあちこちをぐいと締めあげる。

 沙那は小さく呻いて膝を折ってしまった。

 

「さ、沙那?」

 

「沙那様?」

 

 孫空女と素蛾も赤い顔をしているが、立ち止まって沙那を心配そうに見る。

 

「だ、大丈夫よ……」

 

 沙那は歯を喰い縛って疼きを堪えた。

 そして、身体を起こすとともに、これからのことを考えた。

 とにかく、可能な限り動かない方がいい……。

 

 動けば痒みの汁が局部に染み込み、それだけ苦しくなる。

 何度も宝玄仙にこれで苛められているから、それはわかっている。

 沙那はできるだけ静かに前に進んだ。

 孫空女もへっぴり腰で歩いている。

 確かに、そっちの方が負担は少ないのだが、ちょっとみっともなくて、沙那は真似する気にはならない。

 一方で、なぜか、素蛾は比較的まともそうだ。

 

「お前ら、よくやったよ。総合の一位と二位かい。そういえば、沙那は、陰核習字で小便を撒き散らしたそうじゃないかい? 見逃して残念だったよ。まあ、でも、それがよかったんだろうね。芸術点とやらは淫乱であるほど、点数が高いらしいからね」

 

 宝玄仙と朱姫のところに辿り着くと、上機嫌の宝玄仙が声をかけてきた。

 

「えっ、そんなことしたの、沙那?」

 

 孫空女が驚いたような声を発した。

 

「わ、悪いけど、あれは思い出したくないわ……」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙は大笑いだ。

 とにかく、宝玄仙は上機嫌のようだ。

 

「ご主人様、朱姫姉さん」

 

 素蛾もやってきた。

 沙那は素蛾に視線を送った。気落ちしていないかどうか、心配だったのだ。

 

「あれっ?」

 

 しかし、その素蛾に目をやって、素蛾の様子よりも股間の股縄に視線がいってしまい、声をあげてしまった。

 素蛾自身が気がついているかどうかわからないが、明らかに股縄が緩いのだ。

 股縄の縄が見えないほど喰い込んでいる沙那と孫空女に比べれば、素蛾の股縄は少し喰い込んでいる程度であり、はっきりいって指くらい入りそうだ。

 しかも、沙那と孫空女にはある縄瘤がない気がする。

 なぜだろうかと思ったが、その思念は宝玄仙の言葉で遮られた。

 

「……素蛾も五位だね。競争じゃあ頑張ったけど、流石に姉さんたちの色気にはかなわなかったようだね」

 

 宝玄仙が微笑みを浮かべながら言った。

 

「なんとか頑張って準決勝に残りたいです。でも、どうやって戦ったらいいか……」

 

 素蛾が言った。

 

「そうだねえ……。でも、とにかく、たまたま素蛾の上位にいるふたりは、沙那と孫空女の一回戦の相手なんだ。それは姉さんたちがやっつけてくれるよ。だから、せめて一回戦は勝つんだ。それで残る芽も出てくる」

 

 宝玄仙が言った。

 

「えっ、そうなの?」

 

 沙那は上空に掲示されたままの試合の組み合わせに目をやった。

 言われてみれば、その通りだ。

 沙那と孫空女が勝てば、その二人の点は延びないから、素蛾の逆転が見えてくる。

 

「お願いです、孫様、沙那様。わたくしに格闘を教えていただけないでしょうか? わたくし、頑張りたいんです」

 

 素蛾が言った。

 沙那は素蛾の前向きな心根に感心するとともに、正直呆れた。

 沙那にはこの品評会に頑張りたい気持ちが、ほんのひと欠片も出てこない。

 

「そうだね。じゃあ、孫空女が素蛾になにか教えてやりな。とにかく、格闘ならお前が一番強いだろう。素蛾でも勝てる必殺技を伝授しな」

 

 宝玄仙が孫空女に言った。

 

「えっ? あ、あたしが? 必殺技とか言われても……」

 

「つべこべ、言うんじゃないよ。さっさと、素蛾に教えるんだよ。さもないと、お前を折檻するよ」

 

「さ、そんなあ……」

 

 孫空女は困惑しているようだ。

 

「どうかよろしくお願いします、孫様」

 

 素蛾が深々と頭を下げた。

 

「はあ……。教えると言われても……。とにかく、あたしの場合は、ぱっと相手が来たら、さっとかわして……」

 

 孫空女が無理矢理に素蛾に格闘術を教授しろと言われて、仕方なくなにかを説明し始めている。

 素蛾は爛々と目を輝かせている。やる気は満々だ。

 

「……さ、沙那姉さん……」

 

 そのとき、朱姫が沙那に近寄ってきた。

 

「ありがとうございます。助かりました……」

 

 朱姫がささやいた。

 

「なにがありがとうなの? ああ、そういえば、あんた、どうしたのよ……。豚の真似は終わったの?」

 

 沙那も小さな声で言った。

 競技のあいだ、朱姫が宝玄仙に鼻輪を付けられて、四つん這いで豚の鳴き真似を強要されていたのを沙那は見たのだ。

 だが、いまはそれは許されているようだ。

 

「感謝は、まさにそのことです……。皆さんがよい成績をとったので、ご主人様の機嫌がよくなって許されたんです。本当に感謝しています」

 

 朱姫が言った。

 沙那は苦笑した。

 

「……なに言ってんだよ、孫空女。ちゃんと教えてやりな、お前。そんなんで素蛾がわかるわけないだろう。わたしも、ちんぷんかんぷんだよ。そのぱっとか、さっとか、ぐいとか言われてもわかるかい。素蛾の顔を見な。困ってるじゃないかい」

 

 すると、宝玄仙が横で孫空女に怒鳴ったのが聞こえた。

 

「い、いえ、孫様は別に……。わ、わたくしがとろいのです」

 

 素蛾が慌てて口を挟んでいる。

 沙那は吹き出した。

 孫空女は身体能力が高く、技ではなく本能で動く部類の戦士だ。

 それを他人に教えろと言われてもうまくできないのだろう。

 

「素蛾、わたしが簡単な間接技を教えるわ」

 

 沙那は横から言った。

 

「ああ、そうだね。考えてみれば、沙那はかつて、千人隊長として、兵に武術を教えていたんだったよね。よく考えれば、お前が適任だ。沙那が教えてやりな。孫空女、お前は失格だ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「よ、よかったよ……。じゃあ、沙那、頼むよ。あたしじゃ、なにを教えていいかわからないよ」

 

 孫空女がほっとした表情で肩を竦めた。

 

「い、いえ、わたくしがあまりにも素養がないからです。すみませんでした、孫様……。それから、沙那様、よろしくお願いします。わたくし、なんとかして勝ちたくて」

 

 素蛾が深々とお辞儀をした。

 その表情は真剣だ。

 

 だが、なんとなく沙那は不思議に思った。

 素蛾の態度が自然だからだ。

 

 ……というのは、そろそろ股間の縄が本領を発揮し始め、沙那はさっきから内腿を擦るようにもじつかせているのだ。

 沙那の股間に喰い込んだ縄は、早くも沙那に苦悶を与え出している。

 孫空女も我慢しているようだが、身体を小刻みに震わせて、脂汗をかきだしている。

 もちろん、沙那もだ。

 

 だが、素蛾はそんな様子はない。

 素蛾は痒くないのだろうか?

 素蛾は恐ろしく我慢強いが、痒みには弱いはずなのだ。

 

「ところで、素蛾、あんた、痒くないの?」

 

 沙那は思わず訊ねた。

 

「えっ? か、痒み……ですか? ちょっと、縄が喰い込んで気になりますけど、痒いというほどでは……」

 

 素蛾が言った。

 

「えっ?」

 

 孫空女も驚いた声を発した。

 

「そんなこと、どうでもいいだろう、沙那。時間もないんだ。早くしな」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「あっ、はい……。で、でも、ご主人様、わたしには縄瘤をしたまま素蛾に格闘術を教えるのはつらいです。教授のあいだだけでも、ご主人様の道術で股縄の疼きと痒みを消すことはできませんか?」

 

 沙那はふと思いついて言ってみた。

 

「仕方ないねえ……。あまり、狡いことはしたくないんだけどねえ……」

 

 宝玄仙が道術をかける仕草をした。

 沙那はほくそ笑んだ。

 

「あっ、沙那だけ、狡いよ」

 

 すると、孫空女が叫んだ。

 

 

 *

 

 

「ご指示のように手配をしました、殿下。素蛾殿の現段階の順位は五位です。準決勝にあがる枠からは、ぎりぎり外れているという位置です」

 

 上官は劉和に報告した。

 劉和(りゅうわ)につけていた五人の性奴隷は外させている。

 あの五人が秘密をばらすことはないが、どういう手段で情報が漏れるかわからない。

 

「わかった。とりあえず、それでいい。とにかく、理由をつけて、準決勝の要員からは外せ。かといって、ほかの敗退奴隷とともに、石化して晒すということもできんぞ。なにしろ、隣国とはいえ、一国の王女なのだからな」

 

 劉和が言った。

 

「その辺りはうまくやります。お任せください、殿下。しかし、私にはまだ信じられません。私の主催している奴隷品評会に出場している性奴隷が、実は天神国の王女などとは……」

 

 上官が王太子の劉和から、品評会に参加している素蛾という最年少奴隷は、隣国の王女だと教えられたのは、第二競技の終了直前のことだった。

 それで、本当は全体の二位の点数を取っていた素蛾をとりあえず五位まで落としたのだ。

 素蛾の扱いをどうするかは決まっていないが、その位置であれば、勝ち残すことも、負けて敗退させることもできる。

 国都から劉和が呼び寄せている魔道師軍の状況に応じて、これから臨機の対応をとることになるだろう。

 

「余も信じられんよ、上官……。しかし、確かだ。道術通信で天神国に問い合わせた……。その回答によれば、素蛾公主は少し前に、旅の女の道術遣いに誘拐されて行方不明なのだそうだ。王女の安全を考えて、極秘にしていたらしいが、天神国の特別任務隊が捜索を続けていたようだ。報せを受けて、その任務隊はこっちに向かっているが、到着できるのは少し後のことになる。だから、その前に、我らが王女の身柄と誘拐犯である宝玄仙を押さえねばならん」

 

 劉和は深刻な顔で言った。

 

「そのことなのですが……。でしたら、すぐにでも、身柄を押さえてはどうでしょうか? 私の軍は、すでにひそかに、この庭園の全周を包囲しております。指示さえあればすぐにでも動けます」

 

「いや、それはいかん。まだ、動くな。それだけではなく、絶対に宝玄仙に悟られてはならん。天神国からの情報によれば、素蛾公主をさらって奴隷扱いしている連中は、一筋縄ではいかん連中らしい。特に、女主人の宝玄仙の道術はすさまじいそうだ」

 

「確かに……。伯母の虞美を相手にもさせないような道術の遣い手でした」

 

 上官は思い出していった。

 

「おそらく、国都から呼んでいる魔道師隊の力がなければ、簡単に逃げてしまうだろう。とにかく、明日中には魔道隊が来る。そうすれば、宝玄仙の道術を無効にする態勢が取れるのだ。それまでは、素知らぬ顔で、そのままにさせておく……。素蛾公主の扱いについても、あくまでも、競技者として競技に出させておけ。それが一番いい。そして、魔道師隊が到着次第、一網打尽に連中を捕らえるのだ」

 

 劉和が真剣な表情で言った。

 

「わかりました。ご沙汰をお待ちします」

 

 上官は頭を下げた。

 それにしても、まさか奴隷品評会に隣国の王女が性奴隷として加わっていたなど、いまでも信じられない。

 誘拐犯だという宝玄仙にしても、愉しくて、素晴らしい友人のように感じ始めていただけに、裏切られたような気持ちだ。

 

 いずれにしても、可哀想な素蛾王女をなんとしても保護してあげようと上官は思った。

 そして、一国の王女を誘拐し、あまつさえ、性奴隷扱いして辱しめている連中など、それ相応の酬いを与えてやろうと決心した。

 上官は、自分の心に宝玄仙に対する怒りがふつふつと沸き起こるのを感じていた。

 

 

 

 

(第103話『奴隷品評会・第二回戦』、第104話『奴隷品評会・第三回戦』に続く)



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 第104話 奴隷品評会・三回戦【上官太守Ⅳ】
695 ぬるぬる百合格闘


「それでは、観客の皆様、お待たせしました。第三競技の全裸格闘競技を始めます。勝負は三本勝負で行われ、どちらか早く相手を二回絶頂させた側が勝者となります。一回戦に勝てば十点、二回戦に勝てば二十点、競技優勝決定戦の進出者には各三十点がその都度、加点され、優勝者は明日の準決勝は免除されて、本品評会の決勝進出が決定します」

 

 上方にある試合場の縁に立っている司会が声をあげた。

 観客たちが割れんばかりの歓声をあげる。

 孫空女が立っているのは、巨大なすり鉢の底のような場所であり、足元にはくるぶしまでぬるぬるの油が溜まっていた。

 観客席や選手たちがいる試合場の縁は、ぬるぬるの壁のずっと上になる。

 

 これからここで、大勢の観客に見物されながら全裸格闘の試合を行うのだ。

 第三会場の試合場は、地面よりもずっと深い場所に作られており、それを地上に作られた観客席から見下ろされるようなかたちになっていた。

 観客席は隙間なくびっしりと人で埋まっている。

 

 試合場のかたちは円形で上方の地面部分までの壁はすり鉢状にあがっていた。

 油は床部分だけではなく、側面からも垂れ落ちていて取っ掛かりもなく、高さも人の背丈の三倍はあるので、駆けあがることは不可能だ。

 

 そういう場所に孫空女と試合の相手だけが向かい合って立っていた。

 上方の試合場の縁には、競技を盛りあげるための司会のほかに、ほかの性奴隷の選手たちが座り、ぐるり試合場を囲んでいる。

 また、上空には、大きな道術による光球が浮かんでいて、夜だというのに昼間のように明るい。

 

「なお、選手の絶頂判定は審判により行われます。三人の審判が持っております旗が二本あがれば、絶頂ということになり、相手に一本が入ります」

 

 司会が声を陽気な声をあげた。

 審判は全裸の選手たちのあいだに入り、三方向で椅子に座っている。

 三人が司会の声に合わせるように、赤白の二本の旗をあげた。

 観客たちが一斉に拍手する。

 

 どうでもいいけど、早く競技を開始して欲しい。

 股間に喰い込んでいる『痒み縄』は孫空女の股間を蝕み、いまは掻痒感が全身をたださせている。とてもじゃないがじっとしてはいられない。

 しかし、そうかといっても、試合が始まって手で股間を慰められるわけじゃないのだが……。

 

 ここには大勢の観客が集まって孫空女たちの一挙手一投足を見守っており、そんな状況で股間を掻きむしれるわけはないし、それに自分の股間を擦ったりして、しかもあられもない声をあげたりしたら、それだけで絶頂判定を受けるかもしれない。

 孫空女だけでなく、相手の女も全身を真っ赤にして、股縄を食い込まされた股間を内腿で擦り合わせている。

 

「それでは第一試合です。第一試合は、孫空女と杏奈です。それぞれの股縄が二本の手に変わります」

 

 司会が言った。

 一瞬、なにを言われたわからなかったが、突然に股間を締めつけている股縄に霊気が集まるのを感じた。

 

「う、うわあっ」

 

 孫空女は声をあげた。

 股間に喰い込んでいた縄が、細長い蛇のような生き物に変化したのだ。

 さらに、蛇だと思った生き物は、股間で組んでいる二本の手になり、それが手を離して分かれた。

 つまり、二本の手が腰縄の前後から生えた状況になり、それぞれが孫空女の股間の前後で、指を宙で掻くような動作をしながら、くねくねと動き始めたのだ。

 

「きゃあああ」

 

 相手の女も悲鳴をあげた。

 上方に座っているほかの奴隷たちも驚愕の声をあげている。

 孫空女の腰の前後にある二つの手のひらの大きさは、人間の赤ん坊の手くらいの大きさだ。

 いまは股間から離れて動いているが、なんとなくそのまま股間を前後から責めてきそうな気配だ。

 また、孫空女の腰にある二本の手は真っ赤な肌であり、相手は白だ。

 どうやら、それが絶頂判定の旗の色に対応するのだろう。

 

「この全裸格闘の競技は、敵は相手の女だけではありません。腰縄から生えている二本の小さな手も敵です。二本の手はいつ、どのように責めるかはわかりません。この競技は単に相手と格闘で戦うだけではなく、股間の前後の二本の手とも戦わなければならないということなのです。それでは試合開始です」

 

 司会が叫ぶと、割れんばかりの拍手と歓声があがった。

 そして、大きな鐘の音が試合場に響きわたった。

 

 とにかく、孫空女は相手の女に視線を移した。

 相手の女は杏奈という名だ。

 ぬるぬるの液体の中で踏ん張りが効かないのだろう。

 ゆっくりとおっかなびっくりでこちらに進もうとしている。

 しかも、腰縄から伸びている二本の小さな手が気になるのか、両手で股間を覆うようにやってくる。

 

 彼女には恨みはないが、一気に片づけてやる……。

 どんな動きを“手”がしてくるのか見当もつかないが、さっさと終われば問題はないはずだ。

 孫空女と同じように、杏奈も股間の痒みと疼きに悩まされているだろう。

 そこを責めればどんな女でも耐えられるわけがない。

 

 孫空女は液体の中に、脚を身体を倒して前側に飛び込んだ。

 そのまま臀部を下にして杏奈のところまで滑り込む。

 

「きゃあああ」

 

 杏奈が悲鳴をあげた。

 孫空女の両脚は杏奈の脚に絡みつき、そのまま倒してしまう。

 簡単に杏奈の身体の上に、身体を乗せて押さえつけた。

 

「悪いけど、決めさせてもらうよ……」

 

 孫空女はにやりと笑って、横から自分の乳房を腹に乗せるようにして、杏奈の上に乗った。

 杏奈は潤滑油を利用して逃げようとしているが、身体の要所を決めてしまえば逃げることなど不可能だ。

 孫空女は相手の股間に手をやって擦り始める。

 

「いやあ、いや、いやああ」

 

 杏奈はすぐによがり始めた。

 左右に首を激しく振り、顔を真っ赤にしている。

 

 これならいける……。

 孫空女は顔の前にある杏奈の乳房に口を移動して、さらに乳首をちゅぱちゅぱと吸い始める。

 股間の痒み縄に長時間苛まれていただけに、すでに杏奈の乳頭は勃起していた。

 孫空女は舌を絡ませて乳首を刺激し、一方で杏奈の股間を親指で肉芽を刺激しながら、潤滑油にまみれた女陰に二本の指を出し入れした。

 

「だ、だめええ」

 

 杏奈が背をのけ反らせた。

 

「んんんんっ」

 

 一瞬だけ我慢するような仕草を見せたが、杏奈はそのまま全身をぶるぶると震わせた。

 

「おっ、早くも杏奈に絶頂判定が下りました。旗が白三本。孫空女、一本先取です」

 

 司会の声が場内に響き渡り、大きな歓声があがった。

 あっという間に片がつきそうだ……。

 孫空女は思った。

 

 すでに押さえ込んでいるし、杏奈が孫空女の身体の下から逃げられるわけがない。しかも、杏奈は速い絶頂で身体が脱力した状態だ……。

 二回目の絶頂を与えるのに雑作はないだろう。

 

「な、なに?」

 

 そのとき、肛門に違和感があった。

 ふと首を曲げた。

 

 “手”だ。

 

 二本の小さな手が、孫空女のふたつの尻たぶの亀裂に手をやって、左右に押し開くようにしているようだ。

 

「な、なに、なに、なに?」

 

 孫空女は狼狽えた。とにかく、片手で手を払おうとした。

 しかし、その手を小さな手が掴んだ。

 

「うわっ」

 

 びっくりするほど力が強い。

 孫空女の片手は押さえられてしまった。

 そのとき、杏奈が孫空女の身体の下から抜け出た。

 そして、逆にうつ伏せになっているかたちになっている孫空女の身体にのしかかってきた。

 

「おっと、孫空女、二本の手に翻弄されて、押さえ込みの態勢が外れてしまいました。しかも、一転して不利な体勢です。しかも、もう一方の手は、孫空女の尻の亀裂を押し開くような責めをしています。おおっと、孫空女の尻穴が丸見えになりました。皆様、空にもご注目ください。孫空女の尻の穴の拡大映像を上空に投影します」

 

 司会が叫んだ。

 

 なに?

 

 孫空女は驚いたが、ふたりが闘っているすぐそばに、羽の生えた小さな球体が近づいてきた。

 それが孫空女の臀部に近づいてくる。

 

「おおおおおっ」

 

 場内からどよめきが起きた。

 

「ひっ」

 

 孫空女も首を曲げて空を見て、思わず声をあげた。

 巨大な肛門が空に浮びあがっている。

 あれは自分のお尻の穴なのか。

 羞恥で全身が真っ赤になったのがわかった。

 

 とにかく、身体をねじってお尻を隠そうとした。

 だが、片手を掴んでいる“手”が、孫空女が身体を捩じろうとする逆側に力を加えて、それを巧みに阻む。

 

「ちょっと、卑怯だよ。手を離しなよ」

 

 孫空女は強引に手を解こうとした。

 しかし、そのとき、杏奈の指が孫空女の無防備なお尻に挿入してきた。

 

「うわっひ、ひいっ」

 

 杏奈が孫空女のお尻の穴に指を入れて、内部を愛撫してきたのだ。

 杏奈も性奴隷して鍛えらている女なのだろう。

 その指使いは巧みだった。

 しかも、もう一方の手が杏奈の愛撫に応じるように、うつ伏せの孫空女の股間の下に潤滑油の力を使って滑り入ってきた。

 そして、孫空女の痒みの頂点でもある肉芽を刺激する。

 

「はあっ、はっ、はああはううっ」

 

 孫空女が達しのは、あっという間だった。

 観客の大歓声があがった。

 

「一転して、孫空女に絶頂判定が出ました。さあ、勝つのはどっちだ?」

 

 司会の陽気な声が響き渡る。

 

「く、くそ。あ、あたしばっかり狡いよ」

 

 孫空女は大声をあげた。

 ふと見ると、杏奈の腰縄から生えている二本の手は杏奈を責めている気配がない。

 動いているのは孫空女側だけだ。

 孫空女は強引に片方の手首を掴んでいる手を振りほどこうとした。

 手首を掴む力はもの凄かったが、そのまま全身全霊の力をかけて跳ね返す。

 すると、いきなり抵抗感が消滅した。

 見ると、孫空女の片手の手首を掴んだまま“手”が腰縄から引き千切れてしまった。

 

「なんだい。これ、取れるのかい?」

 

 孫空女は杏奈を身体の下から、杏奈の身体を押しどけながら立ちあがり、手首を掴んだだまの根元から取れた手を掴んで捨てた。

 前側の手も掴んで強引に引き千切る。

 

「な、な、なんという怪力? 信じられません。あれは、並の男が五人いても切れることなどできないはずなのです。なんということ。なんということ」

 

 司会が絶叫している。

 腰縄からは新しい手は再び生えてきそうな感触があるが、まだ小さく盛りあがっている程度だ。

 いずれは、再び完全に生えてきそうだが、いまのうちに……。

 

 孫空女は杏奈に視線を向けた。

 杏奈は孫空女に恐怖の視線を向けるとともに、孫空女が二本の“手”を引き千切ったのを見て、自分も外そうとしている。

 だが、両手で掴んでも、一本の手に力負けしている気配だ。

 

「悪いけど、最初の続きだよ」

 

 孫空女は杏奈に飛びかかった。

 

「きゃああ」

 

 杏奈は悲鳴をあげた。

 孫空女に押し倒された杏奈にはもう勝ち目はなかった。

 杏奈に二回目の絶頂判定が出たのは、二分ほどの時間が経ってからだ。

 

「第一試合は孫空女の勝利です」

 

 司会が大きな声をあげ、場内が拍手喝采をした。

 そのときには、二本の手は再び元の長さに戻っていたが、孫空女の股間の真下で握手をするようにお互いの手を握り、再び股間を締めつける股縄に戻った。

 

「孫空女、杏奈、あげ縄を下ろす。縄の先端に輪っかがあるから、それに両手首を入れて縄を掴め」

 

 上から進行係の声がするとともに、左右から二本の縄が側面を伝って落ちてきた。

 側面についても、潤滑油が流れ続けている。

 だから、助けがないと下から自力であがるのは不可能なのだ。

 

 孫空女は、指示のあったとおりに、落ちてきた縄の輪に両手を通して縄を両手で掴んだ。

 すると、手首の輪っかがきゅっと締まり、孫空女の身体を試合場の上にあげ始めた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、第一試合は孫空女、第二試合は奈美女、第三試合は神美、第四試合は和玉と勝ち残りました。第五試合は、注目度一番の最年少の素蛾と瑞姉妹の姉の瑞蘭との一戦です。どういう決着になりますか」

 

 司会が場内を盛りあげるように叫ぶあいだに、素蛾は手首を締められた縄でゆっくりと、眼下の試合場に滑り落とされていった。

 とにかく、この試合だけでも……。

 

 孫空女はおかしな手の妨害に屈することなく、現段階で総合二位の競技者に勝ってくれた。

 そして、三位同士の戦いとなった沙那も、きっと相手に勝ってくれるに違いない。

 

 素蛾よりも上位のふたりが一回戦で負ければ、素蛾が勝ち残ることによって、もしかしたら、明日の準決勝に残る人間の中に入れるかもしれない。

 

 勝ちたい……。

 ただ、勝ちたい……。

 

 優秀な性奴隷だと評価を受けて、朱姫や宝玄仙を喜ばせたい。

 

 下に着いた。

 相手の女は瑞蘭といい、とても綺麗だが、かなりの大柄だった。

 勝てるだろうか……。

 素蛾は息をのんだ。

 

「さあ、試合開始です」

 

 司会の声と鐘の音がして、わっと歓声があがった。

 素蛾の股縄が外れて、二本の手に変化する。

 相手のもそうだ。

 

「可愛いわね……。あまり、恥をかかせないうちに、すぐに終わってあげるわね」

 

 瑞蘭がにやりと笑って近づいてきた。

 素蛾はじっとしていた。

 それは沙那に言われたのだ。

 ぬるぬるの床では動く方が不利になる。

 だから、相手を余計に動かすようにしろと……。

 

 素蛾は沙那に言われたことを思い出して、ほんの少しずつ横に動いた。

 横への動きは一番滑りやすい動きだ。

 だから足の裏の半分ずつくらいしか動かさない。

 それでも、少しずつ横に向かう。

 

「どこにいくの……?」

 

 瑞蘭がすっかり素蛾を舐めきった様子で、素蛾を追いかけるように横に大股に脚を動かした。

 

「きゃああ」

 

 瑞蘭が滑った。

 その場に尻もちをつく。

 

「素蛾、いまよ」

 

 ずっと上の試合場の縁から沙那の声がした。

 応援してもらえている。

 素蛾は力が何倍にも増す気がした。

 

「やああ」

 

 素蛾は両膝をついて、四つん這いで滑り進んだ。

 移動は、二本よりも四つん這いがいい……。

 格好は悪いが、その方が安定すると沙那に言われた……。

 

「うわっ」

 

 瑞蘭が声をあげたときには、素蛾は瑞蘭に掴みかかっていた。

 親指一本だけを両手で掴む。

 どんなに力の強い相手でも、指を一本だけ掴めば簡単に倒れると沙那は言っていた。

 教わったことを思い出して体重をかけると、瑞蘭は簡単に仰向けに倒れた。

 素蛾は瑞蘭の身体に反対向きに馬乗りになった。

 瑞蘭の手首を両手で持ち、腕ごと瑞蘭の胴体を両脚で締めつける。

 

「くうっ」

 

 瑞蘭はもがいているが、完全に身体を上に向け、さらに両手首を素蛾の腕に捕まれ、腕を足で固められているのだ。

 腕の力よりも脚の力は強い。

 十二歳の素蛾でも瑞蘭を押さえることができそうだ。

 その態勢のまま、素蛾は上半身を倒した。

 顔の下に瑞蘭の股間がある。

 素蛾は瑞蘭の股間を舐めだした。

 

「ひいっ、ひいっ、ひいっ」

 

 朱姫に指導された舌技だ。

 瑞蘭はたちまちによがり始めた。

 

「ずごい、すごい、すごい。小さな素蛾が大人の瑞蘭を完全に押さえ込んでいます。これは絶頂判定が瑞蘭に出そうです」

 

 やがて、瑞蘭が身体を震わせて身体を逸らせた。

 

「旗が揚がりました。素蛾に一本です。さあ、二本目はどっちか?」

 

 司会が言った。

 素蛾は身体を身構えた。

 これまでの試合を見ている限りにおいては、一本をとると、二本目は、勝った選手に腰縄に生えている手が責めを加えてくる傾向がある。

 多分、それは試合を盛りあげるための演出でもあるのだろう。

 そうであれば、二本目のいまは、素蛾の腰縄の“手”は素蛾を責めるはずだ。

 でも、この態勢は絶対に外さない……。

 一度、離してしまって逆に押さえられたら、もう素蛾に勝ち目はないのだ。

 

「はあ、はあっ、はああっ」

 

 だが、瑞蘭の腰の手はいきなり、瑞蘭の股間を責め始めた。

 潤滑油の下側であり、素蛾の身体の下になるので上からはわからないだろうが、手は素蛾ではなく、瑞蘭を責めている。

 とにかく、素蛾はそこに舌の責めを加えた。

 瑞蘭に二本目の絶頂判定が下されたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 *

 

 

「……さあ、一回戦最後の試合です。注目選手の沙那の登場です。今回はどんなよがり方を見せてくれるのか。期待しましょう」

 

 司会の声に歓声とともに、笑い声がした。

 沙那はむっとした。

 どうやら、この奴隷品評会では、沙那は感じやすい淫乱女という看板がついているようだ。

 

「試合開始です」

 

 股縄の圧迫感がなくなり、腰の前後でうごめく二本の小さな手に変わる。

 この手は危険だ。

 偶然に動くのではなく、なんらかの意思を持って動く気配だ。

 とにかく、孫空女のように引っこ抜くことができればそれが一番だが、そうでなければ、手の介入を受ける前に終わらせるのが最善だろう。

 沙那は一気に相手との間合いを詰めた。

 

「きゃああ」

 

 相手の香凛という女が驚きの声をあげたときには、沙那の指は香凛の秘孔をついていた。

 

「いっ」

 

 なにが起きたかわからない香凛がその場にがっくりと膝をついた。

 身体が脱力した香凛が恐怖を顔に浮かばせた。

 沙那は、抵抗のできなくなった香凛の乳房のあいだと下腹部を指で突く。

 今度は、香凛の性感を暴発させる秘孔だ。

 

「ぐはっ、ああっ」

 

 香凛の全身が真っ赤になり、汗が吹き出し出し始めた。

 場内がざわめいている。

 観客もなにが起きたかわからないのだ。

 沙那は自分の股間で動いている二本の手をがっしりと両手で掴んだ。

 

「ごめんね。悪気はないんだけど……」

 

 沙那は跪いている香凛の股に足を延ばすと、足の指で香凛の股を擦りだした。

 いまの香凛には大した刺激は必要ない。

 ほんのちょっとの刺激で快楽が爆発して、絶頂が止まらなくなる。

 

 果たして、香凛は立て続けに絶頂を二度繰り返して、沙那の勝ちが決まった。

 大きなざわめきとともに拍手も起きた。

 沙那は香凛の秘孔をついて、身体を戻してやった。

 

「最後の試合は、不思議な技による沙那の勝ちに決まりました。では、引き続き第二試合が行われますが、その前に第一試合終了時点での得点を発表します。第一試合の勝者には十点が追加されます。では、現在までの集計結果が上空に出ますのでご注目ください」

 

 

 

 第三競技(第一回戦終了時点)

 ※は敗退により最終得点確定

 

 順位 奴隷名 得点 次戦相手

 1位 孫空女 92 奈美女

 2位 沙 那 79 小芳

 3位 素 蛾 77 麻魔

 4位 杏 奈 76 ※

 5位 麻 魔 73 素蛾

 6位 香 凛 69 ※

 7位 小 芳 64 沙那

 8位 和 玉 59 神美

 9位 夜夜女 58 ※

10位 小耽耽 57 ※

11位 神 美 47 和玉

12位 白 蘭 46 ※

13位 瑞 蘭 42 ※

14位 奈美女 40 孫空女

15位 瑞 恋 31 ※

16位 蔡 女 24 ※

 

 

 

「上空に掲示版にある印のある選手のうち、四位の杏奈を除く全員が、決勝進出ができないことが確定しました。この時点における敗北決定奴隷については、このまま明日の祭典終了までの人形化の罰があたえられます。では、七名の選手に対する人形化の処置が開始です」

 

 試合場の上に縄で引きあげられながら、司会がそう言うのが聞こえた。

 場内がものすごい歓声に包まれた。



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696 罰奴隷の生き人形

「では、七名の奴隷に対して、生き人形化の罰が与えられます。まずは、瑞姉妹のふたりの瑞蘭と瑞恋です」

 

 品評会に出場している性奴隷十六名は、真下にある試合場を見おろす縁を囲んで座らせられていたが、その中から、すでに決勝進出の可能性がなくなった七名がこちら側に追い立てられてきた。

 

 朱姫は、木杭に裸身を寄せるようにして地面にしゃがんだまま、係の男たちが全裸の性奴隷たちを連行するように集めてくる様子を静かに見守っていた。

 その素裸の女奴隷七人が、係の男たちに追い立てられるように立たされたのは、主賓席のある大きな卓の前に設置された台の横だ。

 女たちは裸身の身体を両手で隠しながら、全員が同じように内腿を擦り合せて腰を動かしていた。

 

 沙那たちもそうだったが、品評会の第三競技に出場した性奴隷たちは、痒み縄と呼ばれる縄をずっと股間に喰い込まされている。

 いま前に出されてきた女奴隷たちは、すでにその痒み縄の股縄は外されているが、痒みの汁が股間に沁み込んでいるので痒いのだろう。

 それで身体をつらそうにくねらせているに違いない。

 

 その中から、まずはその中からふたりの女が引き出されてくる。

 このふたりが瑞蘭と瑞恋という姉妹性奴隷なのだろう。

 

 一方で、主賓席の中央に座っている宝玄仙は上機嫌だった。

 それについては、朱姫はほっとしていた。

 宝玄仙が座っているのは主催の上官太守の隣席であり、一番の上席だ。

 突然にやってきた異邦の客に対するものとしては異例の待遇だろう。

 それだけ、宝玄仙は上官太守に気に入られたということに違いない。

 もっとも、その上官太守は、第三競技が開始になってから、まだ姿を会場には現してはいない。

 まあ、主催者としていろいろと忙しいのだろう。

 

 いずれにしても、宝玄仙は本当に愉しそうだ。子供のようにいつも無邪気な女主人だが、今回はそれに輪をかけて陽気だ。

 朱姫は、そんな宝玄仙のいる主賓席の真横の場所に杭を打たれて、そこに犬のように繋がれていた。

 もちろん素っ裸だ。

 しかも、繋げられているのは首輪ではなく、宝玄仙が気紛れで朱姫に施した大きな鼻輪だった。

 主賓席は、ほかの観客席の並びからは前に出た場所であり、その横ということは朱姫が繋げられている場所は観客席の目前の目立つ場所だということだ。

 そんな場所に、わざわざ素裸の朱姫を繋げるのは、宝玄仙の嫌がらせ以外のなにものでもない。

 

 だが、沙那と孫空女と素蛾の三人が勝ってくれてよかった。

 おかげで、朱姫もこうやって、目立つ場所に杭に繋げられる以上のことはされなくて済んでいる。

 宝玄仙は目の前の女奴隷同士の全裸格闘に夢中のようだ。

 なにしろ、第三競技の一回戦が終わった時点では、孫空女、沙那、素蛾の三人が一位から三位まで位置を占めている。

 おかげで宝玄仙はご機嫌だし、宝玄仙の機嫌が良ければ、朱姫は宝玄仙に酷い目に遭わなくて済むのだ。

 

 夕べは振動する張形をお尻に入れっぱなしにされて、夜のあいだずっと放置された。

 そして、朝になり、身体を休むことも許されずに、大勢の見物人のいる前で、お尻にその張形を入れっぱなしにされたままで、数刻も輪姦されたのだ。

 宝玄仙にしてみれば、ただの気紛れの遊びなのだが、やられる側は堪ったものじゃない。

 だが、とにかく終わった。

 

 今日の品評会の本戦では、三人が頑張ってくれたおかげで、午後くらいからは、なにもされずに済んだ。

 鈴が鳴るたびにお尻に淫靡な刺激が走る鈴を両乳首と股間に装着されていたのだが、それも、第二競技の後段には外すことができた。

 

 沙那たち三人ともが上位に食い込みそうなのがはっきりして、宝玄仙がそっちに夢中になったのだ。

 それで朱姫はその鈴を自分の道術で外してしまった。

 

 普段だったら、そんな勝手なことをすれば、烈火のごとく怒ってなにをされるかわからないが、今日は絶対になにも言われない自信があった。

 案の定、宝玄仙は、朱姫に鈴を装着したことさえ忘れている気配だ。

 

「さあ、瑞姉妹には、姉妹ということで特別の趣向を準備しております。尻出し人形と股出し人形です」

 

 司会が陽気な声で言った。

 朱姫は視線を正面の台に戻した。

 姉妹だというだけあり、瑞蘭と瑞恋は顔がよく似ていた。

 姉の瑞蘭は背が高く、孫空女と変わらない感じだ。

 それに比べて妹の瑞恋は華奢な雰囲気だ。

 怯えた様子のふたりだったが、まずは姉の瑞蘭がこちらに背を向けさせられ、主賓席にお尻を向けるように腰を曲げさせられた。

 しかも、自ら尻の穴を両手で左右から引っ張って、肛門を剥き出しにして拡げることを強要されている。

 すると、突然、瑞蘭の真下から白い煙の風が吹きあがった。

 

「きゃあああ」

 

 悲鳴は瑞蘭ではなく、その横の妹の瑞恋だ。

 瑞蘭が、お尻を突き出して両手で自ら尻穴を開かされた格好のまま、真っ白い石像のように固まってしまったのだ。

 見物人たちは大きな歓声をあげているが、朱姫はその気の毒な光景に息をのんだ。

 

「見事な尻出し人形が完成しました。さあ、次は妹の瑞恋です。瑞恋には、姉の瑞蘭とは逆に、身体をのけ反って股間を前に曝け出す格好になり、女陰を自分の手で開いてもらいます。つまり、股出し人形です」

 

 瑞恋は、司会の男の言葉に一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに観念した様子で、強要された羞恥の格好をした。

 白い煙が吹きあがり、瑞恋はその格好で白い石像のようになった。

 後ろで待機していた進行係の男たちがさっと出てきて、ふたりの首輪を鎖でつ繋いだ。

 片側はお尻を突き出して自ら尻穴を開き、もう一方は股間を前に突き出して、やはり股間を自ら開いた対の羞恥人形の完成である。

 

「この姉妹人形は祭典の入り口付近に飾られる予定です。ほかの生き人形たちについても、これから会場の各場所に展示されますので、実際に手に触れてお愉しみになっていただきたいと思います。この生き人形の特徴は……」

 

 司会が正面を向いている瑞恋の股間を無造作に手をやって、肉芽を乱暴に擦るような仕草をした。

 

「は……ひゃ……ひ……ひゅ……」

 

 すると表情の固まっている真っ白な顔の瑞恋の口から息が漏れるような音がした。

 司会は瑞恋の真っ白な裸身の股間を弄り続けている。

 それにつれて、瑞恋の口から洩れる息は強くなる気もする。

 ただ、かすかな反応だ。瑞恋の身体は、やはり真っ白な彫像のようにぴくりとも動かない。

 それは表情も同じだ。

 ただ、甘い吐息のようなものだけが静かに漏れ続けるのだ。

 

「見た目は石膏の像のようですが固くはありません。肌触りは人間の肌と似ています。人形にされている女体は身体をぴくりとも動かせませんが、しっかりと触れられることによって感じる刺激は受け続けています。その証拠として、かすかに息が漏れるように術を施しております。ただし、道術の白い膜が女体を守っておりますので、傷つけることも、痛みを感じさせることはできません。人形にされた女が感じることができるのは快楽のみです。その分は、安心していじりまわしていただいて結構です」

 

 司会が明るく言うと場内に笑いが込みあがった。

 しかし、ふと見ると、これから同じ処置を施されるために待っている残りの五人の女奴隷たちの顔は真っ青だ。

 

 一方で、これから試合が残されている沙那たちを含めた奴隷女たちもつらそうな表情をしている。

 負けた女たちからは、痒みの走る股縄は外されているが、これから試合の残る女たちは、痒み縄の股縄をされたままなのだ。

 それが苦しいのだろう。

 

「それから注意事項です。この生き人形の外に放置するような演出の場合は、必ず、無理矢理に性器を突っ込もうとする男がいつも現れるのです。でも、それは不可能です。女の性器についても、この状態で固まっておりますので、強引に挿入しようとしても、怪我をするのは男側の性器の方です。皆さんの性器が折れてしまっては大変ですから挿入は諦めてください。ただし──」

 

 冗談で笑いをとってから、司会は後ろの男たちから受け取った真っ白い張形を上にかざした。

 そして、その張形に、やはり後ろの男から受け取った溶剤をたっぷりと表面につけ、今度はこちらにお尻の穴を向けている瑞蘭の尻に挿した。

 塗っている潤滑油のような薬剤の影響なのか、司会が瑞蘭の尻に挿した張形は特に抵抗の様子もなく、あっさりと根元まで生き人形になった瑞蘭の肛門に突き挿さった。

 しかも、朱姫の位置からもはっきりと消えるくらいの激しい振動音をさせだした。

 

「……ひ……ひゃ……ふ……は……」

 

 途端に、後ろを向いている瑞蘭の口から強く息を吐く音が響きだす。

 

「……この道術のかかった張形のみは、生き人形の股間に挿すことができます。生き人形のそばに設置します各屋台で購入することができますので、どうしても使いたい方は購入していただきたいと思います……。それと、いま張形に塗りました薬剤は強烈な掻痒剤でもあります。これを身動きできない生き人形たちに塗って、その苦しみを想像して愉しむという遊びもあります。よければこちらもお試しください」

 

 説明の終わった司会が手を振った。

 瑞蘭と瑞恋の一対の生き人形が消滅した。

 

 おそらく、『移動術』で展示の位置に跳躍されたのだろう。

 そうやって、次々に女奴隷たちが引き出されて、ひとりずつ卑猥な姿勢を取らされてから、真っ白い人形化の道術を受けて、どこかに道術で飛ばされた。

 

 瑞蘭と瑞恋の次は、香凛という女だった。

 沙那に経絡突きの術で負けた女であり、第二競技終了の時点では、素蛾よりも点数は上だった。

 香凛は仰向けにされてから、両脚を腕の方向に持ってこられて股間を空の方向にあげるようにされた。

 いわゆる“まんぐり返し”の格好だ。

 そして、お尻の穴に金属の輪のようなものを嵌められてから、花一輪をそこに差された。

 

 次の女は夜夜女という名の奴隷だ。

 夜夜女は、ふたつの台を跨ぐようにして膝を曲げてしゃがませられ、まるで大便をするときの格好になり、さらに両膝を水平に開かされて台ごと固められた。

 さらに、夜夜女には水分を際限なく尿袋に転送される道術が施され、ほどなく夜夜女の股間からは尿がじょろじょろと流れ出した。

 夜夜女は尿をしたまま、どこかに転送された。

 

 小耽耽という女は、香凛が尻に嵌められた金属の筒を女陰に嵌められ、がに股にされて固められた。

 そのとき、大きく口を開いて固められたので、口の中も好きなように触れる人形になった。

 

 白蘭という女は、大股に脚を開いた姿勢になり、勃起された肉芽と乳首に弦で結ばれた。

 弦を弾くたびに弦が弾けて音が鳴ったが、同時に白蘭が激しく息をするので、彼女がつらい状態であることが伺い知れた。

 

 最後の蔡女は、両手を背中側で支えて、開いた股間を高く晒した状態にされた。

 彼女だけは主人の好意ということで、肉芽を含む女陰については、生身のまま残された。

 ほかの全身を石化された彼女の股間だけを生身で残すので、明日の祭典終了まで、犯し放題という説明だった。

 

 そうやって、七人の女奴隷たちが、それぞれに羞恥の格好にさせられて、転送された。

 七人目の女奴隷が主賓席の前の台からいなくなると、生き人形の処置に興奮した観客たちに対して第二回戦の組み合わせが空中に表示された。

 

 

 

 孫空女 - 奈美女

 和 玉 - 神 美

 素 蛾 - 麻 魔

 沙 那 - 小 芳

 

 

 

 *

 

 

 そして、すぐに第二回戦が始まった。

 真下の試合場に縄で下された孫空女と奈美女が戦い始めたが、試合の開始直後に、孫空女が両方の股間の“手”を引き千切り、あっさりと奈美女の脚を固めて拘束した。

 結局、二度達するまで奈美女は、孫空女に固められた脚を解くことができずに孫空女の勝利が決まった。

 

 

 *

 

 

「孫空女の勝利ですな」

 

 上官は苦虫を噛み殺したような表情だ。

 道術で投影されている正面の画面には、孫空女が戦いを妨害する手をいの一番に引き千切ってから相手の奈美女に飛びかかり、あっさりと勝利を掴む光景が映っていた。

 劉和(りゅうわ)はそれを上官とともに見守っていた。

 

 宝玄仙の奴隷女のふたりを故意に負けさせて、まずは生き人形にして、明日の祭典終了まで無力化するという思惑は残念ながら外れた。

 強引に身体を固めてしまうことはできるが、それでは自分の女奴隷の活躍を愉しそうに観戦している宝玄仙が競技の不自然さに気がついてしまうだろう。

 そうすれば、宝玄仙は、持ち前の道術を遣って、あっさりと逃亡をしてしまうに違いない。

 それをされてはどうにもならないのだ。

 もしかしたら、保護をしようと思っている素蛾王女さえも連れていかれるかもしれない。

 

 なにしろ、友好国である天神国からは、素蛾王女を誘拐した宝玄仙は希代の道術遣いであるという情報がきていた。

 宝玄仙が衛舎国からの情報通りの道術遣いだとすれば、宝玄仙を捕えるには、この鳳仙国の国都にいる魔道師隊の力が必要だ。

 

 その魔道師隊は、国都からこちらに向かっているはずだが、まだ到着していない。

 彼らの到着を待たないことには、大きな力を持っていると思われる宝玄仙を捕える手段はない。

 それまでは自然の感じで品評会を続けるしかない。

 そうやって油断させておいて、魔道師隊が到着次第、宝玄仙を包囲して捕えてしまう。

 それしかない。

 

 一方で、国都からやってくる魔道師隊の到着前に、上官が処置をしておこうと考えたのは、宝玄仙の奴隷であり、品評会にも出ている孫空女と沙那を無力化してしまうことだ。

 このふたりが宝玄仙の護衛役という情報も天神国からは入っていた。

 まあ、そうは言っても奴隷女のことであるし、所詮はたかが女だ。

 大した連中ではないだろうと思っていたらしいが、第三競技の戦いで示したふたりの強さは別格的な強さだった。

 

 予定では、腰縄から生えている二本の“手”が、孫空女と沙那の股間を責め、ふたりはぎりぎりのところで一回戦で敗退させる予定だったのだ。

 そうやって、一回戦終了の時点でほかの選手に逆転させて、生き人形として無力化するつもりだったのだ。

 そのために品評会としての盛りあがりのことも考え、上官は、第二競技の終了時点で、孫空女と沙那を上位に位置させたようだ。

 

 だが、孫空女と沙那という宝玄仙のふたりの女奴隷が全裸格闘の第一回戦で示したのは、たかが女奴隷と侮ることのできない圧倒的な強さだった。

 孫空女が引き千切った二本の“手”は、大の男が数名がかりで引っ張っても切れないはずのものだ。

 だが、あの細い身体のどこにそんな力があるのか、孫空女は何度もあの腰縄の手を片手で引き千切ってみせている。

 

 また、沙那の遣った不思議な指の技……。

 

 いずれにしても、あのふたりは一筋縄でいかない女たちということがわかった。

 宝玄仙の捕縛のときには、宝玄仙の高い道術のみを警戒していて、劉和自身は孫空女や沙那という女奴隷のことは頭に入れていなかった。

 上官がふたりを無力化しておこうと考えたのも、あくまでも念のためであって、深い考えのことではなかったはずだ。

 

 つまりは、道術師隊が到着して宝玄仙の捕縛の際に、奴隷たちを邪魔にならない状態にしておくことができればもうけものだし、そうでなくても、すでに庭園に忍び込ませてある上官の軍を突入させればよいことであり、本当に警戒をして処置しておこうと思っていたのは、宝玄仙の霊気だけだったのだ。

 

 だが、これで計算をし直す必要も出てきた。

 あのふたりは危険だ。

 宝玄仙の霊気を封じても、あるいは、あのふたりに包囲の突破を許すかもしれない。

 

「上官、なんとしても、宝玄仙を捕縛するときには、あの危険な女奴隷ふたりは、処置しておかなければならんぞ」

 

 劉和は言った。

 

「なんとか、その方法を考えます……。準決勝は壁尻の予定でしたから、埋め込んでしまえばいいのですが、いまやっている第三競技の優勝者には準決勝免除を発表してしまいました。だから、そのひとりについては、別の策を考えねばなりません」

 

 上官は言った。

 準決勝の競技は、決勝進出をするひとりを選ぶ競技であり、第三競技の優勝者を除く上位三名を壁尻にして、下半身だけを壁の外に出して場内の三箇所に設置する予定のようだ。

 そして、観客に三体の壁尻を犯させ、たくさんの精を身体に入れられた者が決勝進出という競技だ。

 

 また、決勝はひとりの男を相手に性交させ、大勢の見物人の前で、その性の技を判定して競うというもののようだ。

 実は、その決勝戦で性奴隷の相手を劉和が仮面をつけて行うということになっており、競技終了時点で、劉和が仮面を観客の前で外すことにより観衆を驚かせ、その場で優勝の性奴隷を表彰するという趣向なのだ。

 

 いずれにしても、性奴隷を拘束できるような競技は、明日の準決勝の壁尻だけであるのだが、いまのところ、孫空女か沙那が第三競技で優勝するのは間違いなさそうだ。

 それで上官が困っているようだ。

 

 不意に、劉和の耳に風の唸りのような音が聞こえた。

 しかし、ここは上官の屋敷の奥にある部屋だ。風の音などするはずがない。

 

「……殿下……」

 

 気がつくと、背後に、黄天楼(おうてんろう)が立っていた。

 国都で魔道師隊を率いる老人だ。

 劉和は、“老子”と呼んでいた。

 

「ろ、老子。到着は明日ではなかったのか?」

 

 劉和は声をあげた。

 どうやって入ってきたのかまったくわからなかった。

 風の音がしたと思ったら、いつの間にか劉和と上官しかいないはずのこの部屋に黄天楼が立っていたのだ。

 

「急いで来いという命令でございましたので、急いで参りました……。明日と申したのは、なにかの突発事項があった場合の“もしも”のことを含んでおりました。もしもはなにもございませんでした。国軍魔道師隊一個小隊。到着でございます、殿下」

 

 黄天楼が表情を変えずに言った。

 

「そ、そうか。とにかく、急な命令に大儀であった、老子。お前たちにやってもらいたいのは……」

 

 劉和は宝玄仙のことを説明しようとした。

 しかし、それを黄天楼が遮った。

 

「宝玄仙という旅の魔女……。それを捕縛すること……。それでございましょう? 隣国の衛舎国の王女をさらって性奴隷にしている悪い魔女の道術を封じて拘束すること……。それでよろしいですか、殿下?」

 

「なぜ、それを?」

 

 劉和はびっくりして言った。

 任務は道術通信によって、大まかなことは伝えてはいたが、細かい任務は言ってはいない。

 ましてや、この仕事が衛舎国の素蛾王女に関わる内容であることなどは伝えてはいなかったのだ。

 

「……殿下のご命令を待つようでは、魔道師隊の隊長は務まりませぬ……。大きなことを伝えて頂ければ、私にも耳もあり目もあります。任務の背景については移動しながら把握して参りました……。ところで、その宝玄仙という魔女は、すでに捕捉しております。この祭典のあちこちに埋めた手の者が、ひそかにその宝玄仙を包囲しました。後は命令ひとつ。この瞬間にも、道術を封じた状態で捕縛が可能です……」

 

「おお、そうか──」

 

 劉和は声をあげた。

 すると、黄天楼が皺だらけの頬を歪める。

 

「ところで、どのような捕縛がお好みでしょうか、殿下……? ほかの観客に気づかれぬように静かに捕えますか? それとも派手に? あるいは、道術を遣えなくした魔女をなぶるようにして、一枚一枚服を剥がして辱めながら拘束するという方法もありますぞ……」

 

 無表情だった黄天楼が、初めてにやりと劉和に笑いかけた。

 劉和も思わず、笑い返してしまった。

 

 そのとき、競技の様子を投影している画面から観客たちの大歓声が響いた。

 第二回戦の第二試合で、和玉という女が神美という女奴隷に勝ったのだ。

 次戦は、素蛾王女と麻魔という女奴隷の試合だ。

 

「上官、とりあえず、次の素蛾王女の試合の前に間を置け。なんでもいい。少し時間を取れ」

 

「わかりました、殿下」

 

 上官が会場にいる部下に指示を送るために、通信をする霊具に駆け寄った。






 *


[第三競技途中経過]
(第二回戦第二試合終了時点)

 ※は敗戦により最終得点が決定、×は五位以下が確定

 順位 奴隷名  得点 
 1位 孫空女 112
 2位 沙 那  79
    和 玉  79
 4位 素 蛾  77
 5位 杏 奈  76※×
 6位 麻 魔  73
 7位 小 芳  64 
 8位 神 美  47※×
 9位 奈美女  40※×


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697 本気の戦い

 会場内に“声”が響き渡り、しばらくのあいだ、競技を中断することになった。

 素蛾の試合に先立ち、第二回戦で負けた奈美女、神美のふたりと、一回戦で負けたものの点数が高いために、人形化の道術は免れた杏奈に追加の罰奴隷処置が施されることになったのだ。

 それで、素蛾は試合相手の麻魔とともに、すでにぬるぬるの床の試合場に縄でおろされていたが、その時間待たされることになった。

 

 素蛾はすでに地上よりも深い試合場にいたので直接には見てはいないが、空に映る映像を通じて、ぼんやりとそれを見ていた。

 三人は素裸で台に並ばされ、道術で男根を生やされて、その男根を自分で擦って男のように自慰をするという競争をやらされていた。

 自慰競争を開始する前に、司会が一番最後まで精を出すのに時間がかかった性奴隷はその道術で生やした性器に電撃棒を挿されると説明していた。

 すると、場内に大きな歓声が沸き起こった。

 そのとき、三人の性奴隷たちがその言葉に青くなって震える様子も、上空の空にはっきりと映っていた。

 

 自慰競争が始まった。

 見物人たちの野次と笑い声の中、三人は自分の股間に生えた慣れない性器を擦り、結局、奈美女という女性が負けて、肉棒に釘のような金属の細い棒を打たれた。

 それからしばらくのあいだ、股間に電撃棒を流されてのたうちまわる奈美女の姿が上空にずっと映り、やがて、その股間が大写しになって金属が引き抜かれた。

 そして、大量の精が噴水のように噴射した。

 見物人は大喜びの大喝采だ。

 

 その後、三人はどこかに連れて行かれた。

 三人が生き人形になって飾られるのは、明日の朝ということで、それは一回戦で負けた女たちとは扱いが違うようだ。

 

 やっと、会場の注目が素蛾と麻魔に戻り、司会による選手紹介が終わった。

 次いで、試合開始を告げる鐘の音が鳴り響く。

 股縄の股間の締めつけが解けて、腰縄から生える二本の“手”に変化した。

 

「さあ、試合開始です。この試合に勝った方が、上位四名に勝ち残る可能性が高くなります。先ほど、小さな身体で見事に一回戦を勝ち残った素蛾。今回はどんな戦いぶりを見せてくれますか」

 

 司会が試合を盛りあげるための言葉が聞こえた。

 この試合に勝てば、ほぼ間違いなく素蛾は勝ち残れる。

 それは素蛾もわかっていた。

 

 さっき、三名が連れて行かれ、まだ試合場に残っているのは六人だ。

 そのうち、すでに試合が終わっている孫空女と、和玉は上位四名に残るのは決定している。

 また、この次の試合で戦う沙那は、まず間違いなく勝ち残るだろう。

 そうなると、沙那が四位以内に入り、沙那の対戦相手の小芳という選手もここで消える。

 残るひとつの枠が、素蛾と目の前にいる麻魔のふたりの争いなのは確かだ。

 

 勝ちたい。

 なんとしても……。

 

 素蛾は腰を屈めて、じわじわと半歩ずつ横ににじり寄った。

 沙那に教わった戦法であり、相手を動かすことで体勢を崩させて、そこを飛びかかるのだ。

 だが、麻魔はすっとその場に四つん這いになった。

 素蛾はびっくりした。

 

 一回戦のときは、先に転んだ相手に飛びかかるために、素蛾は相手よりも先に四つん這いになったのだ。

 滑る油の床の上では、二歩足よりも四つん這いの方が遥かに安定する。

 沙那に教えてもらった戦法だが、先に相手にやられてしまった。

 そして、気がついたときには、四肢を床に着けたまま這い進んできた麻魔に身体を捕まえられてしまった。

 

「いやあっ」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 しかし、素蛾は脚を麻魔に掴まれて倒され、潤滑油まみれの身体を腹に乗っかられた。

 体重差と体格差のある相手に身体を乗られたら終わりだ。

 素蛾は必死で逃げることを考えた。

 幸いにも、まだ完全には押さえられてはいない。

 素蛾は潤滑油の滑りを利用して横に転がろうとした。

 だが、その瞬間、素蛾の腰縄に伸びている手がすっと素蛾の肉芽を押したのだ。

 

「ひううっ」

 

 思わぬところからの責めに素蛾は身体をぶるりと震わせた。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん?」

 

 麻魔は、その隙を見逃さなかった。

 素蛾は完全に麻魔に馬乗りにされてしまった。

 

「ああっ、だめっ」

 

 素蛾は必死で下から麻魔の乳房に手を伸ばした。

 胸を揉んで、それで麻魔をよがらせようと思ったのだ。

 しかし、その手を麻魔ががっしりと掴んで床に押しつけた。

 

「ふふふ……。こうなったら、もう終わりよ。観念してね」

 

 麻魔は頬に笑みを浮かべると、身体を倒して素蛾のまだ平らな胸に舌を這わせてきた。

 舌で素蛾の乳首を転がしたり、吸いあげたりとしてくる。

 素蛾も必死で身体をくねらせるのだが、麻魔は両手で素蛾の腕を押さえるとともに、身体を素蛾の胴体に密着させて、素蛾の身体を逃がさない。

 

「あっ、い、いやあっ」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 麻魔の舌の責めに合わせるように、素蛾の腰縄二本の“手”が素蛾の股間を責め始めたのだ。

 しかも、肛門と股間の両方をだ。

 手の指にお尻の穴に指を突っ込まれるとともに、女陰も責められている素蛾は、どんどんと力が失われていくのを感じた。

 もがいて麻魔の身体の下から逃げようとする抵抗心がなくなる。

 

「はあっ、はっ、はあ、い、いやあっはあ」

 

 素蛾はまた声をあげた。

 さらに股間を責める“手”が増え、三本目の手が素蛾の股間を責め始めた。

 しかも、股間と女陰のほかに、敏感な突起を三本目の手が刺激を加えだす。

 素蛾の腰縄から生えているのは二本のみだから、三本目ということは麻魔の腰縄から生えている手も素蛾を責めているということだ。

 

 どうして、素蛾ばかりを集中攻撃するのかわからなかったが、それによって素蛾は完全に脱力した。

 もう、どうしていいかわからなかった。

 やがて、素蛾の股間を責める手は四本に増えた。

 肉芽に一本、女陰に一本、肛門に二本。そして、胸を麻魔の舌だ。

 下腹部の痺れはどんどんと大きくなり、ついには尿道まで痺れ始める。

 それが胸に広がり、ついに全身を包んだ。

 

「だ、だめえっ。い、いきたくないです。い、いきたくない」

 

 素蛾は津波のような快感の波に、ついに背中を弓なりにしてがくがくと身体を痙攣させた。

 

「おおっと。ついに、最年少性奴隷の素蛾に絶頂判定が出ました。後一本です」

 

 司会が大きな声をあげたのが聞こえた。

 たくさんの歓声もあがっている。

 

「えっ?」

 

 しかし、麻魔が声をあげた。

 やっと、素蛾の股間をたくさんの“手”が責めていたことに気がついたようだ。

 おそらく、まだ胸責めだけのつもりだったので、素蛾が達してしまうとは思っていなかったに違いない。

 麻魔が驚いたように手の力を緩めて身体をあげた。

 素蛾は最後の力を振り絞って、麻魔の身体の下から這い出ようとした。

 

「いぎいっ」

 

 しかし、突然に激痛が肛門から走った。

 なにが起きたのかわからなかったが、お尻を責めていた麻魔の腰の“手”が、素蛾の肛門に指を挿し込んで、素蛾のお尻の中で鉤状に曲げたのだとわかった。

 それで指がお尻に引っ掛かって、素蛾が麻魔の身体の下から逃亡することを邪魔したのだ。

 転がり損ねた素蛾は、麻魔が身体を捻り直すだけで、また馬乗りに乗られてしまった。

 しかも、両手ごと麻魔の両脚に胴体に乗られ、さっきよりも完全に上に乗られた。

 

「よくわからないけど、“手”があんたを責めていたのね……。じゃあ、二回目はあたしが責めてあげるわ。あたしもあんたの頃から性奴隷をやっていたのよ……。もう、十年以上も前だと思うけどね。しっかりと引導を渡してあげるわ……。あなたを見ていると、まだ、純粋だった頃のあたしを思い出すかな……」

 

 麻魔が素蛾の股間の亀裂に指を入れた。

 一度達したことですっかりと濡れていた素蛾の股間はあっさりと麻魔の指を二本受け入れた。

 

「はあ、あっ、ああっ……」

 

 素蛾は身体をよじらせた。

 だが、もう完全に麻魔の両脚は素蛾の身体を押さえている。

 その麻魔は後ろに手を伸ばすようにして、素蛾の股間を責めている。

 

「素敵ねえ……。こんなに身体はまだ小さいのに、しっかりと快感を得られる身体に調教されているのね。ここはどう?」

 

 麻魔が素蛾の股間の入り口に近い部分を強く擦るように動かした。

 

「あああっ、だ、だめええ」

 

 麻魔の指の動きに合わせて、素蛾の腰が勝手に動く。

 その腰は砕けそうだ。

 素蛾の全身はあっという間に熱くなり、視界まで霞んできた。

 

 それでも我慢しようと思った……。

 残りたい……。

 

 朱姫や宝玄仙に誉められたい……。

 沙那と孫空女と一緒に戦いたい……。

 

 しかし、その思いを蹴散らすように、素蛾の股間を責める手に腰縄の“手”が加わった。

 

「あああ、いぐううう」

 

 素蛾は絶頂の言葉を口にして、ついに二度目の頂点に昇り詰めた。

 身体がすっと軽くなった。

 麻魔が素蛾の身体からどいたのだ。

 

「残念。素蛾、二度目の絶頂判定。人気の最年少性奴隷の第三競技における敗退が決定しました」

 

 司会の大きな声を耳にしながら、素蛾は自分の眼から悔し涙がひとつ、ふたつと流れるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「……第二試合の第四回戦は、またもや、沙那の不思議な技が出ました。相手に抵抗の余裕も与えない圧倒的な勝利です。これで上位四選手が出揃ったようです。上空の掲示をご覧ください」

 沙那の勝利のあと、すぐに司会が大きな声を発した。

 

 朱姫はそれよりも素蛾を見ていた。

 第三競技の第二試合で敗北し、ついに準決勝進出が果たせないことが決定し、素蛾は意気消沈しているように見える。

 試合場の縁に正座をして座り、下を俯いたまま肩を揺すっている様子の素蛾が、朱姫はとても心配だった。

 

 会場がわっと盛りあがった。

 朱姫は上空に視線を向けた。

 

 

 

第三競技途中経過(第二回戦終了時点)

 ※は最終得点が決定

 

 順位 奴隷名  得点  次戦相手 

 1位 孫空女 112  和 玉

 2位 沙 那  99  麻 魔

 3位 麻 魔  93  沙 那

 4位 和 玉  79  孫空女

 5位 素 蛾  77※

 6位 杏 奈  76※

 7位 小 芳  64※

 

 

 

 上空に掲示している奴隷の上位四選手が現在の勝ち残りであり、また、第三競技までの合計得点の上位者四名になる。

 この中から、いま行っている全裸格闘の優勝者が決定し、その優勝者は、明日の午後に予定されている奴隷品評会の決勝に、そのまま出場することになる。

 残りの三選手が準決勝に参加して、今夜の格闘競技の優勝者と本品評会の総合優勝を競うことになる。

 

 いずれにしても、上位の四選手はもう明日の競技にも残るのだ。

 しかし、それに素蛾は入れなかった。

 とても張り切っていたから、がっかりとしているに違いない。

 朱姫は、素蛾のところに行ってやりたかった。

 

 ちらりと朱姫は宝玄仙を見る。

 杭に鎖を繋げている朱姫を解放してくれないかと思ったのだ。

 だが、宝玄仙はすぐに始まった孫空女と和玉の戦いに気を配られているようだ。

 懸命に孫空女に応援の声をかけていて、敗北した素蛾を気にかけている気配はない。

 次戦に出場する孫空女と和玉が縄で下におろされていく傍ら、敗北が決定した素蛾と小芳に進行係の男が寄ってきた。

 ふたりはどこかに連れて行かれるようだ。

 

 観客のほとんどの視線がこれから始まる孫空女と和玉に集中している一方で、素蛾は小芳という女奴隷とともに、ひっそりと退場しようとしている。

 第一回戦の終了時点で敗北決定した女たちは、この場で生き人形化の処置を受けて、そのまま会場内に飾られたが、第二回戦の時点で負けが決定した奴隷が晒されるのは明日の朝以降ということだから、それまではどこかに監禁されるのだろう。

 とにかく、朱姫は、いますぐに素蛾のそばに行ってやりたい気持ちでいっぱいになった。

 

 相変わらず、宝玄仙は眼下の試合場の孫空女しか見ていない。朱姫は大声で宝玄仙に叫ぼうと思った。

 そのとき、顔の前で不意に金属音が鳴った。

 

 驚いた。

 思わず、宝玄仙を見ると、一瞬だけこっちを見て、顔をかすかに曲げた。

 

「ご主人様……」

 

 素蛾のところに行けということだろう。

 朱姫は『影手』の道術で、ほんの小さな手を一個だけ作ると、素蛾が頭にしているサークレットに走らせた。

 誰ひとりとして注目していない中、朱姫は杭から離れて、後方の観客席の反対側に向かって駆けた。

 

 

 *

 

 

 大歓声になった。

 

「さあ、孫空女と優勝を争うことになったのは、競技開始前には、この競技はもっとも不利と思われていた沙那ということが決定しました。不思議な指の技で、一回戦、二回戦、そして、三回戦も相手を圧倒しました。いよいよ決勝です。果たして、どういう結果となるでしょうか?」

 

 司会が絶叫する中、沙那に快楽の経絡を突かれて、二度続けての絶頂を暴発させた麻魔が、信じられないという表情でおりてきた縄に捕まった。

 沙那を上にあげる縄はおりてこなかった。

 その代わり、縄で両手を縛られた孫空女が潤滑油の塗られた壁を静かにおりてくる。

 

「やっぱり、決勝は沙那と争うことになったね……? まあ、遠慮はしないよ。正々堂々と行こうよ。沙那とだったら戦い甲斐もあるというものさ。一度本気で戦ってみたいと思っていたんだよね」

 

 試合場の床におりてきた孫空女が笑いながら言った。

 孫空女は持ち前の怪力で、これまでの三試合のすべてで、股間を責める縄の手を引き千切って勝ってきた。

 もうすでに、縄が股間から離れて二本の手に変化すると同時に引き抜こうとする気配だ。

 沙那は息を吐いた。

 

 孫空女は、これまでの三人の相手のように簡単には経絡を突かせてくれないに違いない。

 そうなると、沙那は孫空女だけではなく、股間に迫る二本の“手”とも戦わなければならない。

 それはあまりにも不利だ。

 

「そうね。正々堂々といこうか、孫女……。ねえ、だったら、邪魔物なしにやりたいわね。あんた、その気になれば、その馬鹿力で腰縄だって引き千切れるんじゃないの? だったら、わたしたちの縄を取り去ってしまいましょうよ。あんたとは、本気でやりたいのよ。こんな手の偶然性で勝負が決まるのは嫌だわ」

 

 沙那は言った。

 

「えっ?」

 

 孫空女はきょとんとした表情をした。

 しかし、すぐに白い歯を沙那に見せた。

 

「沙那から、そんなことを言うなんて思わなかったよ。面白いね。いいよ。あたしがこの縄を引き千切って、沙那の腰縄を引き千切ればいいんでしょう。やってあげるよ」

 

 孫空女が応じた。

 沙那はほくそ笑んだ。

 孫空女の潔さに感心したのではない。

 その人の好さを笑ったのだ。

 

 本気で勝とうと思えば、沙那は勝つための努力をする。

 そういう女だ。

 こんな禄でもない競技会だが、さっき小さな嗚咽をあげながら連れて行かれた素蛾の姿を見て気が変わった。

 こうなったら優勝してやろうと思った。

 

 なぜ、そんな気持ちになったのか自分の心を整理はできないが、素蛾があんなに勝ちたかったこの品評会に、沙那も遅ればせながら挑戦したくなったのだ。

 そのためには、まずは目の前の孫空女だ。

 沙那は勝ちに行くつもりだ。

 

 だが、孫空女自身よりも股間を責めようとする二本の“手”が邪魔だ。

 孫空女は持ち前の怪力で、これを無効化できるが沙那にはできない。

 それではあまりにも不利なので、孫空女にうまく取り入って、沙那のものも引き千切らせることにしたのだ。

 孫空女は根が正直だから、沙那があんな言い方をすれば、絶対に沙那のものも切断してくれると思っていた。

 

「さあ、優勝決定戦です。孫空女と沙那。どちらに軍配があがりますか?」

 

 上にいる司会が陽気な声で会場を盛りあげ、会場が大歓声に包まれた。

 

 そして、鐘が鳴る。

 

「くっ……」

 

 沙那の股間から股縄が抜かれて、二本の手になった。

 

「孫女、さあ、腰縄を切断してよ」

 

 沙那はうごめく二本の手を両手でさっと掴んで言った。

 

「う、うん……」

 

 まずは自分のを切断しようとした孫空女は、沙那の強い口調に押されるようにして、こっちにやってきた。

 孫空女が沙那の腰縄に手をかける。

 孫空女の顔が赤らんだ。

 やがて、音を立てるようにして縄が切断して外れた。

 

「す、すごいわねえ……。さすがは孫女よ」

 

 沙那は微笑んだ。

 腰縄まで手で引き千切れるとは思わなかったけど、本当に孫空女は縄を力で切断して股縄を外してみせた。

 

「ま、待って、沙那……。あたしのも外すから……」

 

 孫空女は自分の腰縄に手をかけた。

 

「必要ないわ」

 

 沙那は身体を沈めると、孫空女の脚を払った。

 

「あっ」

 

 油断をしていた孫空女が体勢を崩して、その場に尻もちを突く。

 沙那は孫空女の下腹部に指を伸ばした。

 必殺の経絡突きだ。

 これを食らえば、孫空女の快楽は暴発する……。

 

「えええい──」

 

 孫空女の雄叫びがした。

 次の瞬間、沙那の身体が浮いた。

 なにが起きたかわからなかったが、孫空女の足が沙那の片脚の腿に当たり、振りあげられたのだとわかった。

 それで、沙那の身体は宙に浮いて飛ばされたのだ。

 

 沙那は床に落ちながら必死で身体を捻って受け身を取ったが、床の潤滑油のために滑ってつっと身体が流れた。

 孫空女の身体が降りかかってくるのを覚悟したが、孫空女は追ってこなかった。

 それよりも、まだ腰に巻いたままだった、自分の腰縄を引き千切って捨てた。

 

「ひ、卑怯だよ、沙那」

 

 孫空女が構え直した。

 

「なんとでも言って、孫女。これで、わたしも本気であることがわかったでしょう?」

 

 沙那は立ちあがって、うそぶいた。

 だが、さっきの一発で決められなかったのは痛かった。力でも速さでも沙那は孫空女にはかなわない。

 武術の技なら互角だが、その差は大きい。

 また、身体の敏感さでも沙那が不利だ……。

 

 さて、どうやって勝つか……。

 まともにやって孫空女を沙那が押さえ込めるわけもないから、沙那が勝つには、経絡突きを成功させるしかないが、それは孫空女も読んでいるだろう。

 だったら、意表を突く手を……。

 

 沙那は少しずつ孫空女との距離を詰めながら、足の甲に力を入れた。

 

「面白いね……。じゃあ、こっちも本気だよ──」

 

 孫空女が突っ込んでくる。

 足の上の潤滑油を蹴り飛ばして、孫空女の顔に飛ばす。

 そして、孫空女がひるんだところで、もう一度経絡突きを……。

 

「ふんっ」

 

 だが、孫空女はひるむことなく、そのまま真っ直ぐに来た。

 沙那は身体を低くした。

 孫空女の腕が伸びる。

 かわして、足を払う。

 だが、腕をとられた。

 すかさず、経絡突きを脇腹に送る。

 孫空女に身体を入れ替えられてかわされる。

 沙那もその動きを利用して、掴まれている孫空女の腕を外した。

 

 孫空女が周り蹴りをしてきた。

 速い──。

 避けるのが精一杯だ──。

 間一髪で避けたが、その勢いは肌に粟が立つほどだ。

 懸命に後ろにさがった。

 ただし、これは誘いだ。

 追いかけてきたら、逆に距離を詰めて経絡突きを仕掛けようと思った。

 だが、孫空女がなにかを感じたのか、躊躇するように足をとめる。

 

 孫空女と距離ができた。

 沙那は肩で息をしながら、腰を沈めて構える。

 隙が見いだせない。

 孫空女も少し息があがっている。

 だが、ほんの少し立ちあっただけなのに、すでに沙那はかなりの汗をかいていた。

 それだけ気を発しているのだ。

 

「ふふふ、やっぱり沙那だねえ……。簡単にはいかないねえ……」

 

「ちょ、ちょっとは手加減してよ。いまの蹴りが当たってたら、死んでたわよ」

 

「よく言うよ。そうやって、口で騙して、また変なことをするんだろう?」

 

「騙してなんかないわ……」

 

 沙那は踏み込んだ。

 孫空女も飛び出す。

 しかし、すぐに一歩下がる。

 孫空女の殴打が伸びるが、寸前で届かない。

 その腕を下から叩きあげて、孫空女の状態を浮かせる。

 だが、一瞬にして目の前から孫空女の姿が消えた。

 

「くっ」

 

 気がつくと、孫空女に胴体を掴まれていた。

 まずい──。

 粘性の液体の中に倒される。

 沙那は抵抗することなく、宙で押し倒されながら、孫空女の下腹部に指を置いていた。

 

 絶好の勝機──。

 性感暴発の経絡を──。

 これで終わりだ──。

 

「うわああっ」

 

 だが、孫空女が一瞬にして沙那を離して、前に飛んだ。

 沙那は倒されたが、孫空女も距離をとって逃げて、その場で体勢を取り直す。

 

「ふう、危なかったよ」

 

「そう?」

 

 沙那も立つ。

 だが、すでに息があがっている。

 一方で、孫空女はまったくの平静だ。

 やはり、体力にはかなりの差がある。

 息を吸う。

 しかし、いくら息をしても足りない気がした。

 口から肺腑が飛び出しそうだ。

 

 しかし、そのときだった。

 ここを見下ろしている観客席に異変を感じたのだ。

 どことなく騒然としている。

 

「ちょ、ちょっと待って、孫女──。変よ」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「その手には、もう乗らないよ──」

 

 孫空女は油断なく構えたままだ。

 だが、確かにおかしい。

 

「いや、本当よ。ねえ、あれは、なに? みんな別の方を見ているわ」

 

 大きなどよめきのような声が上方の観客席から起こった気がして、沙那はそっとに意識を向けた。

 

「えっ?」

 

 やっと、孫空女も違和感を覚えたのか、意識を会場に向けた。

 それは、沙那と孫空女に向けられていた歓声とは、明らかに別のものに驚いているような声に違いなかった。

 

 

 *

 

 

 孫空女と沙那のあいだで、なにかの話し合いが行われたのは、上から見ていてわかった。

 そして、試合開始の鐘が鳴るなり、孫空女が戦う様子もなく、沙那に近寄り、沙那の腰縄を引き千切ったので、どうやら、その話し合いは、あの戦いを妨害する手の腰縄を外してしまおうという提案だったのだろうとわかった。

 だが、孫空女が沙那の縄を取り去ったあと、沙那が孫空女自身の腰縄を千切るのを許すことなく、孫空女の脚を払ったのを見たときは、思わず笑ってしまった。

 

 ほかの見物人は、孫空女の怪力に驚愕していたようだが、宝玄仙は、沙那のとった行動に笑いながらも興奮していた。

 卑怯といえばそれまでだが、力と速さと身体の敏感さのすべてで不利な沙那が、勝とうと思えば、孫空女の意表を突いて油断を誘うしかない。

 沙那があんな態度を取ったということは、沙那がこの試合に本気の戦いで臨んでいるということに間違いない。

 あのふたりが、本気で戦えば、どういう結果になるか……?

 

 宝玄仙はそれに興味があった。

 だが、不意に目の前に影が差して、宝玄仙の視界を遮った。

 

「な、なんだい、お前? どかないかい」

 

 宝玄仙は目の前に立った老人に悪態をついた。

 

「失礼」

 

 しかし、その老人はにやりと笑うと、いきなり宝玄仙の服の襟首を掴んだ。

 気がついたときには、宝玄仙の身体は宙に浮いていた。

 そして、そのまま地面に背中から叩きつけられた。

 

「あぐううっ」

 

 思い切り背中を打ちつけた宝玄仙は、息がとまってしまい呻き声を吐いた。

 その宝玄仙の足首に、さっきの老人がなにか輪っかのようなものを装着しようとしているのがわかった。

 宝玄仙は、その老人が道術遣いであることはすでにわかっていた。

 老人めがけて、『魔弾』を放とうとした。

 

「あれっ?」

 

 宝玄仙は驚いて声をあげた。

 なぜか霊気が出せない。

 それだけじゃなく、身体から霊気がどんどんと抜けようとしている。

 

「無駄だ、宝玄仙。お前の周囲を鳳仙(ほうせん)国の道術師隊の一個小隊が完全包囲して道術封じの結界をかけておる。道術など発生できん。そして、これで完成だ。お前の霊気は封じた。逮捕するぞ、宝玄仙」

 

 老人がなにかを宝玄仙の頭に投げた。

 金色の輪のようなものだった。

 それは宝玄仙の頭に当たると思った瞬間に、宝玄仙の頭にしっかりと嵌まりこんでしまった。

 

「な、なにが、結界だい。お前らのような三流道術遣いが何人揃おうとも、このわたしの道術を封じることができると思うのかい」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 結界にかけられたら、それを上回る霊気で強引にその結界に穴を開けるしかない。

 宝玄仙は最大限の霊気を全身に漲らせようとした。

 

「ひぎゃああああ」

 

 次の瞬間、宝玄仙の全身を気絶するほどの激痛が貫いた。

 霊気が封じられた。

 とっさに、その原因がさっき頭に嵌められたおかしな金属の輪であることは明らかだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙は愕然とした。

 なぜ、こんなことになったかわからないが、道術が遣えないとなると、逃げられない。

 

「さて、皆さん。第三競技の決勝の最中ですが、予定を変更して特別の見世物を皆さんに公開したいと思います。我が国の友好国である天神(てんじん)国に手配されている極悪人の宝玄仙の公開凌辱の見世物です」

 

 いつの間にか少し離れた司会の位置に立っている上官が叫び、その声が霊具によって会場中に響き渡った。

 すると、いつの間にか右足首に嵌まっていた金属の輪が、ゆっくりと宝玄仙の片脚だけを持ちあげ始めた。



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698 臨時演目・魔女冒涜

「さて、皆さん──。第三競技の決勝の最中ですが、予定を変更して特別の見世物を皆さんに公開したいと思います──。我が国の友好国である天神国に手配されている極悪人の宝玄仙の公開凌辱の見世物です──」

 

 地上側から上官の声がした。

 同時に沙那たちがいる試合場を見おろす縁に、ずらりと弓隊が並んだ。

 全員が弦を引いて、こちらに矢を向けている。

 

「な、なにさ、これ? なにがあったの?」

 

 素裸の孫空女が茫然としている。

 

「天神国がどうのこうのと言っているから、多分、素蛾のことがばれたんだと思うわ」

 

 沙那は舌打ちした。

 だから、こんな祭典に参加することなど反対だったのだ。

 まあ、いまさらそんなことを言っても仕方はないが……。

 

 どの時点かわからないが、素蛾の素性が発覚したのだろう。

 それで、上官が態度を翻し、素蛾の保護とともに、隣国の王女誘拐の「犯人」である宝玄仙を捕縛することになったということに間違いない。

 上側でなにが起きているかわからないが、宝玄仙が即座に反撃しないところを見ると、捕縛隊の中には道術を封じる一隊もいるのかもしれない。

 とにかく、あがらなくては……。

 

 しかし、とてもじゃないが、このつるつるの壁はなにもなしにあがっていくことはできない。

 それに、少しでも抵抗の素振りを見せれば、逃げ場のない競技場に無数の矢が降り注ぐだろう。

 

「孫女、『如意棒』は……?」

 

 沙那はささやいた。

 

「あるよ……。すでに手の中だよ。伸ばせば、なんとか縁までは辿り着けるとは思うけどね……」

 

「わかった。でも、まだいいわ」

 

 沙那は孫空女のところに寄っていって、背中合わせになって裸の背中とお尻を密着させた。

 この潤滑油の流れる深い壁は駆けあがるのは無理だが、孫空女の『如意棒』を使えばあげることはできると思う。

 しかし、この状況では、縁に辿り着くまでに沙那と孫空女が矢で串刺しになってしまうのは間違いない。

 飛んでくる矢をかわすために、なにひとつ持っていない素っ裸だ。

 孫空女の『如意棒』で縁まであがるあいだ、まったくの無防備になる。

 

 おそらく、上官は、沙那と孫空女がふたり揃って、この深い競技場に入ることになる決勝戦を待っていたのだと思う。

 そして、決勝になり、沙那たちが宝玄仙を助けられない状態になったので、宝玄仙の捕縛に着手したのだろう。

 

「……素蛾はあたしらの決勝が始まる直前に、どこかに連れて行かれたよ……。朱姫がこっそり追いかけていくのが見えた」

 

 孫空女が小さな声で言った。

 沙那は準決勝に引き続き、決勝を戦うことになったので、準決勝後の上の状況は見ていない。

 どうやら、やはり、素蛾についても、上官は保護し終わったようだ。

 沙那は小さく了解の返事をした。

 とにかく、反撃の機会を待つしかない。いまはなにもできない。

 

 宝玄仙を公開輪姦するとか言っていたので、即座に殺されることだけはないはずだ。

 とにかく、今回は宝玄仙の用心の無さが招いた危機だ。多少は痛い目に遭ってもらうのもいい。

 孫空女の言葉の通りなら、朱姫は自由に動いているようだ。

 あの娘がなんとかするだろう。

 

「……このまま様子を見ましょう」

 

 沙那は言った。

 

「わかったよ、沙那……。だけど、『如意棒』を伸ばすときには合図して……。いつでもいけるから……」

 

 沙那は孫空女の言葉にうなずいた。

 そのとき、上からふたつの短い鎖のついた枷が投げ落とされた。

 

「拾え、女奴隷──。いまのように、背中合わせに向き合ったままお互いの足首を枷で繋げ。もうひとつは手首だ。それぞれの右手首を繋ぐんだ。抵抗するな──。抵抗すれば、この場で刺殺する──」

 

 縁から弓隊の隊長らしき男が怒鳴った。

 沙那は、いったん孫空女から離れて、床まで落ちた枷を潤滑油の池から拾った。

 

「抵抗しないわ──。あの女主人はひどい女なのよ。わたしたちを捕らえて無理矢理に奴隷にしたのよ。そして、強引に性奴隷にされているの。あの女を捕らえたら、わたしたちを解放してよ──」

 

 沙那は縁に向かって怒鳴った。

 

「わかった──。悪いようにはせん──。とにかく、言われたとおりにしろ」

 

 隊長が怒鳴り返してきた。

 沙那は孫空女とまた背中合わせになると、まずは沙那の右足首と孫空女の右足首を繋ぎ、もうひとつの枷で指示のとおりに、それぞれの右手首を繋いだ。

 

「ねえ、いまの話さあ……」

 

 孫空女が笑いを堪えるような物言いでささやいた。

 

「なに、孫女?」

 

「本当に、言葉の通りなんだから、面白いよね。あたしら、みんな無理矢理に供にされたんだよね」

 

 沙那と片足と片手を繋いだ孫空女が、おかしそうに言った。

 

「確かにそうね……。そういう意味では、素蛾は本当に貴重な存在ね。ご主人様の供になればとうなるのか十分にわかっていて、それで強引に志願したんだものね。変わっているということでは、突き抜けているわよね」

 

 沙那も思わず、笑ってしまった。

 

 

 *

 

 

「うわっ」

 

 宝玄仙が事態を把握しようと考えているうちに、右足首がゆっくりと上昇し始めた。

 あっという間に頭まで右足首があがり、宝玄仙はひっくり返った身体を支えるために、両手を地面につけなければならなかった。

 

「い、いやっ──。や、やめないか──」

 

 さらに右脚があがり、宝玄仙は本能的に片手でまくれてくる下袍を押さえた。

 だが、完全に身体が逆さまになってくるに従って、二本の脚の膝、内腿と露わになっていく。

 さらに右脚があがり、宝玄仙の身体が宙に浮く。宝玄仙は落ちてくる下袍を支えるために、手を完全に地面から離して、膝のところで両手で押さえた。

 宝玄仙が両手を地面から離して、逆さ吊りの状態になると、やっと右脚の上昇がとまった。

 

 宝玄仙は左脚を右脚にぴったりつけ、両手はしっかりと下袍の裾を押さえるために、やや状態を折り曲げた態勢になった。

 両手を下におろせば、なんとか身体を支えられるくらいの高さだが、そんなことをすれば下袍が完全にめくれてしまう。

 とりあえず、宝玄仙はしっかりと膝で下袍の裾を集めて、両手で押さえたままでいた。

 

「くっ」

 

 だが、途端に腹筋と股関節が痛くなってくる。

 力のない宝玄仙にこの姿勢で長く耐えるのは無理だ。

 道術で身体を引きあげている右足首の輪っかを破壊しようと思う欲求が起きるが、そんなことをしてもあの恐ろしい電撃が全身に注ぎ込むだけだろう。

 しかし、このままでは、力尽きて醜態を晒すことになる。

 

 とにかく宝玄仙は、懸命に苦痛に逆らって、つらい体勢を保ち続けろうと努力した。

 宝玄仙が耐えているのは、大勢の観客の前で上官に屈服した姿を見せたくないという一心だ。

 しかし、それも長くは続かない。

 まず、上体をだらりと下げた。

 そのために、下袍を膝でかき合わせていた両手が緩んで、下袍を股間で押さえるだけになる。

 

「おおお──」

 

 宝玄仙の醜態を見ている観客たちの愉しそうな声があがった。

 さっきまで真下の競技場を捕えていた大きな光球は、いまでは場所を移動して宝玄仙を明るく照らしている。

 また、上方の空には逆さまになっている宝玄仙の下着に包まれた股が背中側から大写しになったものが投影されていた。

 宝玄仙は自分の後ろに、虫のように羽根のついた球体が宙に浮かんでいることに気がついた。

 それが宝玄仙の痴部を映そうとしているようだ。

 

「い、いい加減にしないか、上官──。こ、こんなことして、ただでおかないよ──」

 

 宝玄仙は喚いた。

 しかし、それは宝玄仙にとっては、最後の力のようなものだった。

 大声を出すのはかなりつらかった。

 なにしろ、いまの態勢を維持することさえ、歯を食いしばって力を込めなければならないのだ。

 苦痛に身体が痙攣のような震えを示しだす。

 

「どう許さんのだ、宝玄仙? お前はわしの霊具で道術を封じられ、道術師隊の一個小隊に捕捉されておるのだぞ?」

 

 そのとき、真っ黒い軍装をした老人が宝玄仙に近づいてきた。

 ぎょっとした。

 老人は小さな刃物を持っていたからだ。

 それを宝玄仙の身体に近づけた。

 

「い、いやあ──やめて──」

 

 宝玄仙は身体をすくめて、悲鳴をあげた。

 だが、刃物は宝玄仙の腰の下着の裾の端を切断しただけだった。

 しっかりと閉じ合せた宝玄仙の股間から下着の切れ端が抜き取られる。

 見物人が一斉に野次と拍手を飛ばす。

 

「ほら、宝玄仙、尻を隠さんのか? 尻を隠さんと、見物人に尻穴を見られるぞ──。虫よ、これじゃ。この尻穴を大写しにしろ。尻の皺が数えられるくらいまで大写しにするのだ」

 

 その老人が宝玄仙の尻たぶに手を伸ばしてぐいと拡げた。

 

「いいぞ──おおおお──」

 

 観客たちが大喜びになった。

 老人が“虫”呼んだ羽根の生えた霊具が、宝玄仙の剥き出しになった尻穴を空に大写しにしたのだ。

 

「いやっ」

 

 宝玄仙は慌てて、片手を後ろに回して、老人の手を払いのけて肛門を隠すような動きをした。

 そのために、再び身体を少し起こさなければならず、宝玄仙の腹筋に痛みが走った。

 

「ほう、頑張るではないか? だが、いつまで持つかのう? まあ、せいぜい、頑張ることだな。みっともなく股を開けば、そのときには、恐ろしい凌辱が待っておるぞ」

 

 老人が手を振った。

 すると、宝玄仙が顔を向けている側に大きな檻が出現した。

 

「ゴルルルルル──」

「ガグググググ──」

「フガアアアア──」

 

 宝玄仙はびっくりした。

 檻の中に入っているのは、雄の大猿だ。

 身の丈は通常の人間の二倍はあり、身体は黒い毛で覆われている。

 獣というよりは怪物だ。

 知性の欠片もない三匹の雄の怪物が、宝玄仙を見て、狂ったように吠えて檻の中で暴れ始めた。

 しかも、その股間には、宝玄仙の太股のような太さの怒張がそそり立っている。

 宝玄仙はその醜悪な姿に接して、恐怖に包まれた。

 

「さあ、観客の皆さん──。この生き物は、人間族の女を犯すために、特別に調教させた怪物です。宝玄仙の股が力を失ったら、檻を開けて、この三匹をけしかけたいと思います。あの宝玄仙という手配犯の美女が、醜悪な大猿に犯されて壊されるのをこれからお愉しみ頂きたいと思います。これが今夜の特別演目です」

 

 上官の言葉が、霊具で拡声されて、全観客たちに伝えられた。

 見物人が大歓声をあげる。

 しかし、宝玄仙は震えあがった。

 あんな巨根に犯されれば、さすがの宝玄仙の身体も壊れてしまうだろう。

 だが、あの怪物たちは、どうやら、知性を破壊されたうえに、極端に性欲を増大させている気配だ。

 あれをけしかけたら、あの三匹は、おそらく宝玄仙の息がとまっても、狂ったように宝玄仙を犯し続けるだろう。

 そういう風に躾けられた生物なのだと思う。

 

「さあ、すっかりと舞台はできあがったぞ、宝玄仙──。後は、お前が力尽きて、股ぐらを晒すのを待つだけだ」

 

 老人が喉の奥で笑った。

 

「お、お前……、お前の名は……名はなんだい……?」

 

 宝玄仙は呻くように言った。

 このままでは、宝玄仙は片脚だけにかかる体重の苦しさに耐えかねて、両手を離さなければならない。

 もうすでに宝玄仙の力は限界に達しようとしていた。

 せめて、こうやって宝玄仙を辱しめている者の名を心に刻んでおこうと思った。

 

「おう、わしか? わしは黄天楼(おうてんろう)だ。この国の道術師隊の隊長だ」

 

 黄天楼が嘲笑いながら言った。

 

「お、覚えておくからね──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 そして、両手を下袍から離して地面につけた。

 それにより、少しでも左足にかかる痛みをやわらげるしかなかったのだ。

 宝玄仙は逆立ちの態勢になった。

 同時に下着をつけていない股間から下袍が垂れ落ちて、胸元に垂れた。

 

「ほう、陰毛を全部剃っておるのか? それとも、生まれつきか?」

 

 黄天楼が宝玄仙の股間の前側に回り込みながら、亀裂に軽く指を這わしながら笑った。

 “虫”も移動してきて、宝玄仙の無毛の股間を上に大写しにする。

 

「や、やめないか……。ち、畜生……。こ、こんなの許さないよ──」

 

 宝玄仙は引きつった声で叫んだ。

 もう限界だ……。

 

 宝玄仙の意思とは関係なく、ついに引きあげられている片足に密着させていた左脚がさがりだした。

 

「おうおう、ついに股ぐらを開くか? だが、いいのか? 股を開けば、あの三匹の檻を開けるぞ」

 

 黄天楼が笑った。

 はっとした宝玄仙は、歯を食いしばって、さがりかけていた左脚を戻した。

 すでに筋肉の限界は超えている。

 それを支えているのは、宝玄仙の高い自尊心と激しい怒りだ。

 

「そうそう。そうでなければ、面白くないからな。では、宝玄仙、退屈しのぎに、排尿の指令をお前の身体に送りこんでやろう。耐えられずに排尿をしてしまえば、自動的に今度は、排便の指令が身体に加わる。そして、お前の全身が糞まみれになれば凌辱開始だ。それが嫌ならできるだけ我慢するんだな」

 

 黄天楼の言葉が会場中に伝えられた。

 すると、見物人が一斉に笑った。

 

「お、黄天楼──。き、貴様──」

 

 宝玄仙は歯噛みして、黄天楼を下から睨んだ。

 それと同時に、再び宝玄仙の左脚がさがりだした。

 ついに、宝玄仙の左脚は垂れさがり、完全に宝玄仙の股は大きく開脚した上体になった。

 もう、どんなに気力を振り絞っても、宝玄仙の左脚はあがることはなかった。

 そして、身体に黄天楼の霊気が注ぎ込まれるのがわかった。

 猛烈な尿意が宝玄仙に襲いかかってきた。

 

 

 *

 

 

「あ、あの……。どういうことなのでしょうか……? これも、罰の一環なのですか?」

 

 素蛾は何度目かの同じ質問を女奴隷たちにした。

 だが、五人の奴隷はそれを無言の微笑みで返してきた。

 何度か繰り返したやり取りだ。

 

 第三競技で敗退した素蛾が連れてこられたのは、上官太守の屋敷の中の客間の一室のようだった。

 そして、裸でこの部屋に入れられた素蛾のところに、すぐにこの五人の女奴隷がやってきて、素蛾の身体の手入れを始めたのだ。

 素蛾はその女奴隷に見覚えがあった。

 品評会の予選のときにいた美しい女奴隷だ。

 誰かが、彼女たちは上官太守の奴隷だと話していたのを思い出した。

 この五人は予選で敗退したが、美しさでは群を抜いていた。

 だから、素蛾も覚えていた。

 

 その女たちが、まるで素蛾が女主人であるかのように、かしずいて身体の手入れをし、そして、素蛾に服を身に着けさせていく。

 素蛾はされるがままになりつつも、当惑して何度も、どうしてこんなことをするのかと女奴隷たちに質問した。

 しかし、この女奴隷たちは、素蛾と話をするのを禁止されているのか、にこにこと笑うだけで素蛾に口を開こうとしない。

 

 そのうちに、素蛾はすっかりと服装を整えさせられた。

 女たちが素蛾に深々と一礼をして、部屋を出て行く。

 素蛾は呆気にとられた。

 

 女たちと入れ替わるように、扉を叩く音がした。

 素蛾が返事をすると、身なりのいい男性が入ってきた。

 

「久しぶりだね、素蛾公主」

 

 男がにこやかに笑った。

 一瞬、男が誰なのかわからなかったが、すぐにこの鳳仙(ほうせん)国の王太子である劉和(りゅうわ)だということを思い出した。

 数箇月前、まだ、素蛾が天神国の王室にいたとき、素蛾は天神国の宮殿の庭園で、式典参加のために訪問していた劉和に出会ったことがある。

 

「こ、これは、ご機嫌麗しゅうございます、殿下」

 

 素蛾は慌てて腰を屈め、淑女の礼をした。

 

「素蛾殿も……と言いたいが、あなたも大変でしたね……。とにかく、詳しい話はのちほどさせていただきたいと思います。まだ、あなたをさらった凶悪犯を仕置きをしている最中ですからね。とにかく、もう、大丈夫だということを伝えに来たのですよ」

 

「えっ、凶悪犯?」

 

「ええ。すでに、天神国にはあなたを発見したことを伝えてあります。数日もすれば、迎えの一隊が到着するはずです」

 

「迎えの隊ですか?」

 

 素蛾はびっくりしてしまった。

 

「もう心配することは、なにもありません、公主。それにしても、私が偶然にもここに来ていたからよかったが、上官ではあなたの顔はわからなかったのですよ。あなたも言わなかったし、いくら脅迫されていたとはいえ、黙っておられては、あなたが素蛾公主であることに気がつかなかったのは当然です。あなたを間違って奴隷品評会に出場させてしまったのは、我が国の落ち度ではありませんからね」

 

 劉和は言った。

 素派がなにを言われたのかさっぱりと理解できなかった。

 

 そもそも、どうして眼の前にこの国の王太子が──?

 一体全体、なにが起きているのだろう?

 

「あ、あの、これはどういうことでしょうか……? わ、わたくしは、奴隷品評会に優勝したくて戦っていたのです。そ、それに、わたくしは、もう、天神国の公主ではありません。宝玄仙というお方の性奴隷になったのです」

 

 素蛾はきっぱりと言った。

 すると、劉和が顔を曇らせた。

 

「可哀想に……。調教されて、すっかりと洗脳を受けたのですね。それも、心配はありません。天神国には道術師は少ないですが、逆に鳳仙国は道術の国とも称されています。あなたがかけられた洗脳の道術はきっと打ち払ってさしあげますから」

 

 劉和が言った。

 素蛾は戸惑った。

 どういう事態になったのかわからないが、劉和になにか大きな勘違いをされているということはわかってきたからだ。

 

 そして、はっとした。

 そういえば、凶悪犯がどうのと言ってはいなかっただろうか……?

 まさかとは思うが、それは宝玄仙のことを話しているということではないのか?

 

「あ、あの、ご主人様は……、いえ、宝玄仙様はどうしたのでしょうか? とにかく、会わせてもらえませんか? わたくしのご主人様なんです」

 

 素蛾は言った。

 だが、劉和は険しい顔になった。

 

「宝玄仙は、我が国の道術師隊が捕縛をしました。いまは、上官に預けて、祭典の余興として仕置きをさせています。だが、いずれは、天神国の公主を誘拐するなどという罪に相応しい罰を受けることになるでしょう」

 

「お、お待ちください──。わたくしは誘拐などされておりません──」

 

「わかりました。とにかく、天神国で処断をするのか、それとも、我が国で処断するかは、これから協議して決めると思います。いずれにしても、もう、あなたが気にすることではない。もう、宝玄仙たちと二度と遭うこともありません。あなたは解放されたのですよ」

 

 素蛾は驚愕した。

 

「宝玄仙様はわたくしのご主人様なのです。も、もしかして、酷いことをしようとしているなら、やめさせてください──。わ、わたくしの大切な方なのです」

 

 素蛾は声をあげた。

 しかし、劉和は悲しそうに首をすくめただけだった。

 まるで、話を聞く様子がない。

 そして、無言で部屋を出て行こうとした。

 

「ま、待って、殿下──。話せばわかります──。殿下の勘違いなのです」

 

 素蛾は劉和に駆け寄ろうと追いかけた。

 だが、外に待機をしていたらしい衛兵が数名さっと入ってきて、素蛾の身体を引きとめた。

 

「隣国の王女だ。扱いは丁重にな──。それと、王女は、まだ、道術による洗脳状態だ。逃亡しようとされるかもしれん。決して部屋から出すな」

 

 劉和が衛兵に言った。

 

「で、殿下、わたくしは洗脳などはされておりません──。それよりも、ご主人様に手を出さないでください──。わ、わたくし……わたくし……怒りますよ──」

 

 素蛾は叫んだ。

 怒るということをしたことがないので、どういう態度をとればいいのかよくわからないのだが、このままでは大変なことになる。それだけはわかる。

 そのとき、部屋の外から大きな喧噪が聞こえてきた。

 素蛾はそっちに意識を移した。

 劉和もいぶかしげな視線を廊下に向けた。

 すると、ひとりの衛兵が転がるように入ってきた。

 

「何事だ?」

 

 劉和が怒鳴った。

 

「は、裸の少女が──」

 

 衛兵は切羽詰った表情で叫んだが、次の瞬間、その衛兵の首の襟に黒い手の影がふたつ浮かんだ。

 

「ぐえっ──」

 

 その衛兵が苦しそうな顔をして倒れ、廊下側に不思議な力で引き摺り出された。

 入れ替わるようにして入ってきたのは、素っ裸の朱姫だった。

 背中に六個の葛籠を背負子で担いでいる。

 

「お前は誰だ──?」

 

 劉和が怒鳴った。

 しかし、朱姫はそれを無視して、素蛾を一瞥して眼を細めた。

 

「素蛾、調教中の奴隷のくせに、許可なく服を着るなんていい度胸ね。あとで折檻よ」

 

 朱姫が悪戯っぽく微笑んだ。



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699 半妖奴隷の無双

「素蛾、調教中の奴隷のくせに、許可なく服を着るなんていい度胸ね。あとで折檻よ」

 

 朱姫は言った。

 

「は、はい──。申し訳ありません、朱姫姉さん」

 

 素蛾が弾かれるように、慌てて服を脱ぎ始めた。

 嬉しそうにどんどんを服を脱いでいく素蛾を微笑ましい気持ちで朱姫は見ていた。

 そのまま、つかつかと素蛾に寄っていく。

 

「ひ、姫、なにをしているのだ。やめよ──。衛兵、とめよ──。い、いや、それよりも、この奴隷娘を捕えよ──。なにをしておる──」

 

 素蛾と一緒にいた男が怒鳴った。素蛾が“殿下”と呼んだ男だ。

 身なりもいいし、それなりの人物なのだろう。

 ふたりの衛兵が飛びかかってきた。朱姫は『影手』を衛兵の軍装にとばした。

 

 ここの兵たちが身につけている軍装や具足には、大なり小なり全部に霊気が込められている。

 だから、道術を意図も容易くかけることができる。

 これが霊気とは関係のない兵だったら、そうは簡単にはいかない。

 まずは、厚い結界を形成して、霊気の吹き溜まりを作らなければ、霊気を帯びないただの人間には道術はかけられないのだ。

 

「うわっ」

「がっ」

 

 朱姫の影手に足首を掴まれた衛兵が床にひっくり返った。朱姫は、そのまま、道術で足首を引きずって、衛兵を部屋の外に出す。

 さらに、この部屋を結界で覆ってしまった。

 これで、部屋には誰も入れない。

 

「お、お前も道術遣いなのか? 宝玄仙の奴隷ではなかったのか?」

 

 ただひとり残った男が目を丸くしている。

 朱姫が道術遣いであることは、上官には知られていたはずだが、この男は知らなかったようだ。

 

 一方で、外の庭園の騒動はすでに朱姫は把握していた。

 素蛾を追って、この屋敷にやってきたら、大きな騒ぎが聞こえてきて、上空に捕らわれた宝玄仙の姿が映し出されてびっくりしたのだ。

 だから、一度忍び込みかけていた屋敷から庭園に戻った。

 そして、宝玄仙の状況を確認するとともに、沙那と孫空女も、地上から見下ろす競技場から身動きできない状態であることを知った。

 また、宝玄仙を捕えた理由が、素蛾の正体が発覚したためというのも、すぐにわかった。

 だから、まずは素蛾の身柄を確保することを考えた。

 

 とりあえず、魔道師隊の指揮をしていた老いた指揮官が宝玄仙への「公開輪姦」を始めたので、時間が稼げる状況だと思ったのだ。

 それよりも、素蛾については、ぼやぼやしていると、どこかに連れていかれる可能性もある。

 なにしろ、素蛾の身柄を確保するのが、この連中の目的なのだ。

 

 それに、沙那と孫空女もまた、少しは大丈夫そうだった。

 ふたりとも地の底の競技場で動けなくなっていたが、殺すつもりまではないようだ。

 殺すつもりなら、すぐに殺しただろう。

 殺すまでは及ばないと考えたから、競技をしていた沙那と孫空女が、全裸格闘の競技のために油の溜まった地の底のような競技場におりるのを待ったのだ。

 だが、朱姫のことを眼中に入れなかったのは、こいつらの失敗だ。

 

 もっとも、競技のあいだ、朱姫は宝玄仙によって、男たちに輪姦されたり、裸で連れまわされたり、鼻輪で杭に繋げられたりしていた。

 だから、能力の高い道術遣いだとは少しも考えなかったに違いない。

 

 この国では、奴隷の地位はおそろしく低い。

 こんな遊びの駒として、性奴隷を使うくらいだ。

 だからこそ、一度、奴隷と見定められた者はあまり意識に留めない。

 沙那と孫空女が警戒されたのは、競技の中でふたりが高い戦闘能力を見せてしまったからに違いなく、そうでなければ、朱姫のように無視されたのではないかと思う。

 とにかく、朱姫はすぐに動いた。

 素蛾と、ついでに荷物を回収するために、屋敷に再び戻ったのだ。

 

「奴隷はこの素蛾よ。あたしの可愛い妹であり、性奴隷よ」

 

 朱姫はうそぶいた。

 そして、素蛾を見た。

 素蛾は、もう最後の下着一枚を脱いだところだ。履物だけを足に履いた素っ裸になった。

 

 朱姫は素蛾の額のサークレットを道術で外した。

 このサークレットは、効果は低いが縛心効果がある。

 上官太守やその部下に言葉に従うように心を操るのだ。

 

「朱姫姉さん、妹と言ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」

 

 素っ裸の素蛾が感激したように声をあげた。

 ふと見ると、眼に涙まで浮かべている。

 朱姫は思わず笑みが込みあがった。

 

「服を葛籠に入れなさい、素蛾……。それにしても、それは上等の服ねえ……。あたしが直して着ようかなあ……」

 

 朱姫は荷を背からおろして言った。

 小柄な朱姫でも素蛾の服は小さすぎるが、直せば着れないことはない。

 

「いい加減にせんか──? 性奴隷ふぜいが隣国の王女に馴れ馴れしく話しかけるでないわ──」

 

 男がまた怒鳴った。

 そして、道術をかける仕草をした。

 だが、朱姫は警戒していたし、すでに手を打っていた。

 この男が能力の高い道術遣いであることは、朱姫にはすぐにわかった。

 だが、道術の腕なら朱姫がまさる。

 それもわかっていた。

 朱姫のことを道術遣いだと見抜けなかったのが、ふたりの実力の違いの証拠だ。

 

 男が悲鳴をあげてその場に直立不動の姿勢になった。

 朱姫はこの男の周りに道術を跳ね返す霊気の壁で覆っていたのだ。

 しかし、男は、それに気がつかずに朱姫に攻撃道術を発してしまった。

 つまり、男は自分の放った攻撃道術で自分自身を拘束してしまったということなのだ。

 

「これでも喰らって」

 

 朱姫はその霊気を定着させる道術を放る。

 同時に、男の霊気を身体から一気に発散させた。

 男の顔が恐怖に包まれた。

 

「お、お前、何者だ……?」

 

 男が茫然とした。

 性奴隷としか思っていなかった女に道術で拘束され、簡単に道術を封じられたのが信じられないのだろう。

 

「あんたこそ、何者よ?」

 

 朱姫は言った。

 

「こ、この方は、鳳仙(ほうせん)国の劉和(りゅうわ)王太子殿下です」

 

 葛籠に服をしまった素蛾がすかさず言った。

 

「へえ、王太子? こりゃあ、大物ねえ……。だったら、ちょうどいいわ。人質として、庭園に連れて行くわ。ご主人様と沙那姉さんたちを解放するように命令してもらいましょう」

 

 朱姫は言った。

 

「そ、そんなことはせんぞ──。お前たちは、天神国の素蛾王女を誘拐し、あまつさえ、洗脳の道術をかけて操っている極悪人だ──。そんなことが許されると思うのか──。天罰が下るぞ──」

 

 劉和という王太子が真っ赤な顔をして喚いた。

 こんな状態になっても、気位は高い男のようだ。

 朱姫はからかいたくなって、劉和の下袴に手を伸ばして、下着ごと足首まで一気におろしてやった。

 いつもなら男に接するのは虫酸が走るが、いまは劉和という王太子を凝らしめてやりたいという気持ちがまさった。

 こんな男に朱姫と素蛾の絆のなにがわかるというのだ?

 そう思うと、腹がたった。

 

「う、うわっ──。な、なにをするか──」

 

 劉和が喚いた。

 しかし、直立不動の状態で手も足もまったく動かない状態なのだ。

 顔をますます真っ赤にして暴れているが、股間に剥き出しにされた男根を隠せないでいる。

 朱姫はその滑稽な姿にけらけらと笑った。

 

「で、殿下──?」

 

「だ、大丈夫ですか、殿下──」

 

「殿下──」

 

 そのとき、部屋に衛兵たちが殺到してきた。

 この部屋に辿り着くまでに、朱姫が『影手』の道術で拘束していた衛兵たちだ。

 やっと道術が消えて動けるようになったのだろう。

 全部で三十人はいるし、まだ、増えそうな気配だ。

 だが、部屋の入口に朱姫が張っている結界に阻まれ、部屋には入って来れないでいる。

 

「しゅ、朱姫姉さん……。こ、この人は、この国の王太子様ですよ……。こ、こんなことをして大丈夫でしょうか……?」

 

 素蛾がおそるおそるという感じで口を挟んできた。

 

「構いはしないわよ。どうせ、この国ではお尋ね者よ──。どうやら、こいつがご主人様を捕えさせようとした張本人らしいしね……。それよりも、こっちにいらっしゃい、素蛾──。お前は頑張ったものね。ご褒美をあげるわ」

 

 朱姫は裸の素蛾を劉和の目の前に脚を拡げて立たせた。

 そして、素蛾の後ろから、素蛾の股間と胸に手を伸ばした。

 素蛾が短い声をあげた。

 

「はっ……しゅ、朱姫姉さん……ああっ……き、気持ちいいです……で、でも……ああ」

 

 朱姫が素蛾の股間を愛撫し始めると、すぐに素蛾はよがりだした。

 そして、うっとりとした表情になり、あっという間に股間を蜜で濡らしだす。

 

「ああ、朱姫姉さん……」

 

 素蛾の身体から力が抜けていくのがわかった。

 まだ、子供の身体だが、素蛾の性感はすっかりと開発されていて、その反応は大人の反応だ。

 素蛾が身体を震わせて、鼻から喘ぎ声を出す仕草は、それなりのいやらしさだと思う。

 その証拠に、素蛾が裸で悶える姿を目の前に魅せられている劉和は、股間の男根をむくむくと勃起させた。

 

「ほら、素蛾? 王太子殿下が、お前の欲情した姿を見て、こんなに前を大きくしたわよ。よかったわね。性奴隷らしく、お前がいやらしくなった証拠よ、素蛾」

 

 朱姫は指で素蛾の肉芽や女陰を刺激しながら言った。

 

「や、やめろと言っておるだろうが、奴隷──。素蛾殿に触れるな」

 

 劉和が怒っている。

 しかし、口でそう言いながらも、しっかりと自分も素蛾が感じている姿に欲情はしているのだ。

 それに、下半身を剥き出しにして性器を勃起して怒っても、その姿は滑稽で哀れなだけだ。

 

「そう言いながらも、下半身は感じてるじゃないの、王太子? もしかして、あんたは童女好き?」

 

 朱姫はからかった。

 

「ふ、ふざけるな──。とにかく、やめんか。彼女は隣国の王女だぞ──。わかっておるのか──。お前たちのような身分の者は、口をきいてはならんような高貴な身分なのだぞ?」

 

「ふん、なによ──。わかっていないのは、あんたらよ──。あんたも、道術遣いだったら、素蛾の心が道術で縛っているかどうかわかるでしょう? 素蛾は心からこういうことが好きなのよ。あたしたちと一緒にいて嬉しいのよ──。だから、素蛾は、宮廷の暮らしなんて、つまらないものを捨てて、あたしらと旅をすることを選んだのよ。そもそも、素蛾には霊気はないわ。その素蛾にどうやって洗脳の道術をかけるのよ?」

 

 朱姫は怒鳴った。

 劉和の顔が怪訝な顔になった。

 朱姫に言われたことで、素蛾の心に洗脳の道術などかかっていないことがわかったのだろう。

 霊気のない存在に道術はかけられない。

 道術学の第一原則だ。

 ただ、朱姫は実際には、ある程度ならば『縛心術』をただの人間族にもかけられる。

 しかし、それは黙っておく。

 

「し、しかし、まさか……?」

 

 劉和は混乱してきたようだ。

 

「あ、ああ……はあっ、しゅ、朱姫姉さん……」

 

 そのあいだも朱姫の手は素蛾の股間で動きつづけていた。

 素蛾の喘ぎ声がいよいよ短くて激しいものになった。

 身体の震えも大きくなる。

 

「もうすぐ、いくのね、素蛾……? そのままいくといいわ。この男に素蛾のいやらしいところを最後まで見てもらいましょうよ」

 

 朱姫はくすくすと笑って、さらに素蛾の愛撫の手を速めた。

 

「はああ……しゅ、朱姫姉さん、嬉しい……嬉しいですけど……あ、ああっ……こ、こんなことをして……いいのですか……? そ、外でご主人様たちが……あああっ──」

 

 素蛾が切羽詰った口調で叫んだ。

 朱姫はっとして、素蛾を責める手を離した。

 宝玄仙たちのことをすっかりと忘れていた。

 素蛾の言うとおり、こんなことをしている場合ではない。

 

「そうだったわ。ごめんね、素蛾……。もうすぐ、いくところだったでしょう? 続きは後でね」

 

 朱姫はとりあえず、荷を道術でこっちに寄せた。

 

「はあ、はあ、はあ……。は、はい……。た、愉しみにしてます、朱姫姉さん……。だ、だから、きっとですよ……。きっと、素蛾と遊んでくださいね」

 

 素蛾がまだ荒い息をしながら言った。

 朱姫はそんな素蛾を引き寄せ、荷と劉和とともに『移動術』で屋敷の庭園に跳躍した。



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700 破廉恥催事の顛末

「出たぞ──」

 

「やったあ──」

 

「始まった──」

 

 大きな歓声があがった。

 宝玄仙の股間からは、噴水のように尿があがり、それがじょろじょろと垂れて、宝玄仙の身体を濡らした。

 懸命に耐えていたが、ついに我慢の限界を越えて、宝玄仙は逆さ吊りの格好のまま、放尿をしてしまったのだ。

 雨のように降り注ぐ、宝玄仙自身の尿が逆さまになっている宝玄仙の顎に滴り落ちてくる。

 

「尿意の次は、便意だぞ──。時間はいくらでもある。頑張って耐えた分だけ、お前が生き残れる時間が長くなるということだ。お前がその状態で糞まみれになったら、大猿どもの檻を解放する。お前が大便まみれであろうと、連中はちっとも気にせずに、お前の前の穴も後ろの穴も犯すだろうから心配するな。お前がすっかりと壊れてしまったら、逮捕のために連行してやる。それまでは、こいつらとの性交を愉しむがよいわ」

 

 黄天楼(おうてんろう)がせせら笑った。

 

「うくうっ──」

 

 その黄天楼の言葉のとおりに、尿がとまるとともに、強い便意が襲いかかってきた。

 

「お、お前、許さないよ……」

 

 宝玄仙は歯を食いしばりながら言った。

 道術の力で一気に暴発するようにされた便意だ。

 恐ろしい強さで、肛門から大便が出ようとする。宝玄仙は必死の思いで、お尻を引き締めた。

 

「ああっ、くううっ……」

 

 あまりの苦痛に宝玄仙の口から悲鳴がこぼれ出る。

 すると、黄天楼が笑いながら宝玄仙に近づいてきた。

 宝玄仙は黄天楼が持っている物を見てはっとした。

 

「お、お前、なにするんだい──? や、やめないか──」

 

 黄天楼は鳥の羽根を手に持っていたのだ。それを宝玄仙の肛門に触れさせる。

 

「あがあっ、や、やめてえ──。こんなのないよ──」

 

 宝玄仙は泣き叫んだ。

 黄天楼はその姿を愉しむように、羽根でこちょこちょと宝玄仙のお尻の亀裂をくすぐってくる。

 しかも、その様子が空に大きく映し出されているのだ。

 宝玄仙の視線にも、押し寄せてくる排出物を宝玄仙の桃色の粘膜が懸命に耐えている姿が大写しで見えている。

 

「うう、お願い、やめて── も、もう厠ヘ行かせておくれ……」

 

 ただでさえ、いまにも吹き出しそうになっているのに、さらに神経の頂点を刺激されて、宝玄仙は半狂乱だ。

 もう、どうなるかわからない。

 宝玄仙は歯を喰い縛り、身体全体を震わせながら、必死で肛門の筋肉を締めつけ続けた。

 

「早く、大便を出さんか、宝玄仙──。客が待っておるぞ」

 

 黄天楼が笑いながら、さらに肛門を刺激する手を強めた。

 そのとき、すぐ近くに道術でなにかが出現する気配を宝玄仙は感じた。

 

 

 *

 

 

「ちょっと、まずいんじゃないかなあ、沙那?」

 

 背中の孫空女が言った。

 

「そうねえ……」

 

 沙那は上空に大写しにされている宝玄仙の肛門を見ながら言った。

 宝玄仙のいたぶられている姿もその悲鳴も、余すことなく会場中に映像と音声で流れている。

 尿意に続いて、便意を道術で与えられた宝玄仙は苦痛の限界にいるようだ。

 このままでは、もういくらも持たないだろう。

 宝玄仙が大便をしてしまえば、今度は、さっき映った狂った大猿が宝玄仙を犯すようだ。

 沙那も困ってしまった。

 

 だが、沙那にもどうしようもない。

 強引に上にあがろうとしても、弓隊の矢で全身が針鼠にようにされると思うし、あがったとしても沙那と孫空女は右手と右手、そして、左足首と右足首を枷で拘束し合っている。

 この状態では戦うことはできない。

 

 だが、そのとき、大きな喧噪がして、上空の映像が途絶えた。

 そして、凄まじい悲鳴があがった。

 獣の雄叫びまで聞こえてくる。

 さらに、逃げ惑う人間の悲鳴と気配──。

 

「どうしたのかなあ?」

 

 背中の孫空女が当惑して言った。

 だが、弓隊の連中が明らかに、沙那たちではなく、地上のほかのものに注目している感じになった。

 こっちを見ていないし、隊も射線の方向も大きく乱れている。

 

「放て──。射殺せ──」

 

 弓隊の隊長の声がした。

 しかし、その隊長が突然に悲鳴をあげて、競技場の中に落ちてきた。

 隊長だけではなく、次々に弓隊の連中が誰かに身体を押されるようにして落ちてくる。

 

「こ、今度はなに?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「沙那様、孫様、その隊長が鍵を持っています──」

 

 競技場の縁から素裸の素蛾が顔を出して叫んだ。

 

「素蛾──、無事なのね──?」

 

 素蛾がいるということは朱姫もいるのだろう。

 つまりは、この騒ぎは朱姫がなにかをしているのに違いないと沙那は思った。

 

 いずれにしても、地上では大変な騒ぎだ。

 そして、いまも次々に弓兵が沙那たちのいる潤滑油の池の競技場に向かって落ちてくる。

 とにかく、沙那と孫空女は不自由な状態のまま、最初に落ちてきた隊長に駆け寄った。

 

 隊長は競技場に落ちたときに頭でも打ったのか、気絶していて意識がなかった。

 死んではいないようだが起きあがりそうにない。

 ふと見ると、朱姫の『影手』が背中に載っている。

 つまりは、朱姫の道術で縁から突き落とされたのだろう。

 ほかに落ち続けている弓兵も同じように落とされたに違いない。

 沙那は隊長の腰にあった鍵束を取って、孫空女と繋がっていた枷を外した。

 

「孫女、いいわよ──」

 

 沙那は孫空女の裸身にしがみついた。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女が叫んだ。

 『如意棒』がぐんぐんと伸びて、孫空女と沙那の身体を地上まで押しあげた。

 

 地上に着く。

 そこは大騒動になっていた。

 

 宝玄仙にけしかけるために集めてあった三匹の大猿の檻が解放されている。

 しかも、その三匹がそばの男たちに襲いかかり、男の尻に巨根を押し込んでいるのだ。

 あちこちに、大猿に尻を犯されたらしい男たちの身体が転がっている。

 どの男たちも、下半身が裸でうつ伏せになり、汚物と血を尻から垂れ流している。

 三匹の猿は、いまは少し離れた場所で暴れていて、魔道師兵らしき者を犯しているところだ。

 弓隊がそれを阻止しようとすると、大猿が怒って、その兵に襲いかかってもいる。

 とても道術弓矢などでは制御できない状態であり、観客たちも悲鳴をあげて逃げ惑っている。

 

「沙那姉さん、孫姉さん──」

 

 朱姫の声がした。

 宝玄仙と素蛾もいる。

 宝玄仙は逆さ吊りからは解放されたようだ。

 横には荷もあった。

 

「この騒ぎはあんたの仕業、朱姫?」

 

 沙那は朱姫のところまで行くと訊ねた。

 すると、額についていたおかしな霊具も外れた。

 朱姫の道術だろう。

 

 衛兵も魔道師兵も逃げ惑っていて、いまは、沙那たちに関わっている余裕はなさそうだ。

 三匹の大猿は、男の兵だけを狙い、その尻を犯そうと狂ったように追いかけまわっているように思える。

 

「ちょっと大猿たちに道術をかけて、男の兵を次々に襲うように操ってから檻を解放したんです。そしたら、思った以上の騒ぎになっちゃって……」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 なるほど、それでこの騒ぎということなのかと思った。

 沙那は思わず笑った。

 

「とにかく、逃げないとね……。あれっ?」

 

 沙那はすぐ近くで、棒立ちになっているふたりの男に気がついた。

 ひとりは上官だ。

 もうひとりは知らない。

 ただ、もうひとりの男は下半身になにも身に着けておらず、股間を剥き出しにしている。

 なんとなく、朱姫の仕業のような気がした。

 ふたりとも意識はあるが、茫然と突っ立たままであり、『縛心術』にでもかけられている気配だ。

 

「もうひとりは、劉和という王太子です──。上官太守とともに、『縛心術』であたしたちのことは、追っ手をかけないように強い暗示をかけました。もっとも、この屋敷にいる全員を操るわけにもいかないので、そんなには時間は稼げないとは思いますが、とにかく、少しは大丈夫と思います。あたしたちを追撃しようにも、このふたりが邪魔をするはずです……。当面だけのことですけど」

 

 朱姫が言った。

 

「十分よ、朱姫──。よくやったわね。じゃあ、話はあとよ──。とにかく逃げましょう」

 

 沙那は声をかけた。

 そして、とりあえず、服を身に着けるために葛籠に寄っていった。

 朱姫はすでに服を着込んでいる。

 

「どうしたのさ、素蛾? 早く、服を着なよ」

 

 孫空女が言った。

 沙那は顔をあげた。

 沙那も孫空女も、服を着るために葛籠に駆け寄ったのだが、素蛾が暗い顔をしたまま、突っ立っていたままだったのだ。

 

「わ、わたくし……やはり、皆様とは一緒にいない方がいいのでしょうか……。わたくしのせいで、皆様を危うい目に遭わせました。大好きな皆様に迷惑をかけるなんて……、わたくし……わたくし……」

 

 すると、素蛾がしくしくと泣きだしたのだ

 沙那は嘆息した。

 なにか声をかけようと思ったが、その前に陽気な表情で孫空女が口を開いた。

 

「いいねえ……。その仲間に迷惑をかけたと思ったときの素直な謝りの言葉……。なんか心が洗われるよ。いつもいつも、迷惑をかけながら、謝罪の気持ちすらない者もいるしね」

 

 孫空女が笑いながら朱姫に視線を向けた。

 

「な、なに言ってんですか、孫姉さん──。迷惑って……。そ、そんなことしないですよ──。それに、今回はあたしのおかげで助かったのに──」

 

 朱姫は頬を膨らませた。

 

「確かにね──。それに、今回の一番の迷惑女は素蛾じゃないわ。わたしがとめるのをするのを無視して、こんな目立つ祭典に、わたしらの参加を強要したご主人様ね」

 

 沙那も笑って、宝玄仙を見た。

 だが、そのとき、やっと、宝玄仙の様子がおかしいことに気がついた。

 さっきから、ひと言も口を開かないし、身体を苦しそうに震わせたままだ。

 

「お、お前たち、ちょっと、周りを隠しておくれ──」

 

 宝玄仙が悲鳴のような声をあげたかと思うと、その場にしゃがみ込んだ。

 そして、驚いたことに、その場でいきなり大便を始めてしまった。

 

 

 *

 

 

 夜はすっかりと更けていた。

 

 今夜は野宿ということになりそうだが、朱姫の道術で周辺に道術を張り巡らして、周りに余人が近づけないようにしている。

 沙那たち五人は、偶然に見つけた山小屋で休んでいた。

 

「お、お前たち、もういいだろう──。十分に懲らしめをしたじゃないか? いい加減にわたしの服を寄越しな──。そして、縄を解くんだよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 すでに夕食は終わっている。

 片づけも寝床の準備も終わったのだが、その中でただひとり、宝玄仙だけは素裸だった。

 しかも、両手を後手に縛られていて、さらに、上官の屋敷で頭に装着された道術封じの輪を頭にしたままだ。

 朱姫は、逆さ吊りだった宝玄仙の拘束は解いたが、道術を封じた輪っかだけは外さなかったのだ。

 

 宝玄仙は当然文句を言ったが、今回のことはすべては宝玄仙に責任があると、沙那をはじめとして三人が主張すると、それで諦めたようになった。

 そして、この山小屋に着くとともに、沙那たち三人に寄ってたかって裸にされて縄で縛られたのだ。

 

 素蛾は、女主人の宝玄仙に三人が嗜虐をする光景に驚愕して、口もきけないような状況だったが、これもこの一行の仕来りだと説明すると、それなりに納得したようだった。

 

「なにを言ってるんですか、ご主人様──。明日の朝までは続きますからね。今度は素蛾の番ですよ。とにかく、今回の競技会で素蛾は頑張りましたから、素蛾に嗜虐されてください。そのご褒美も兼ねてます」

 

 沙那が言うと、宝玄仙が舌打ちした。

 

「わ、わかったよ──。もう、好きにしな──。と、とにかく、これでお互いに水に流そうじゃないか。今夜は大人しく嗜虐されてやるけど、明日に朝には、遺恨はなにも残さないんだよ──」

 

「わかっていますよ、ご主人様──。ご主人様こそ、明日の朝になにも残さないでくださいよ。これはあくまでも、ご主人様の引き起こしたことに対する罰なんですからね」

 

「わかったと言っているんだろう、沙那」

 

 宝玄仙がふてくれされたように言った。

 沙那は満足した。

 

「あ、あのう、沙那様、いま、わたくしがご主人様になにかをするということを言われましたか?」

 

 素蛾が当惑している。

 

「言ったわ、素蛾……。お前は、今回は頑張った……。お前の頑張りには、わたしも目を見張ったし、感動もした。お前は正真正銘、わたしたちの仲間よ……。ううん、ずっと前からそうだったけど、これで完全にそうよ。わたしたちはねえ、ただ、ご主人様に嗜虐されるわけじゃないの。こうやって、時々は、逆にご主人様を嗜虐もしてあげるのよ。それが決まりなのよ」

 

「なっ」

 

 沙那の物言いに宝玄仙が絶句している。

 しかし、沙那は無視して続ける。

 

「一度、始まったら、絶対に手加減をしたらいけないのよ。徹底的にやってあげるの。いい? もちろん、ご主人様は途中で、もうやめてくれと言うと思うけど、それは演技よ……。だって、お前だって、嗜虐されるのは好きでしょう。ご主人様も好きなのよ。だから、思う存分に徹底的にやってあげなさい」

 

 素蛾に言い聞かせる。

 

「お、お前、なにを言っているんだよ、沙那──。いい加減に──」

 

 宝玄仙がやっと抗議をしたが、沙那の目配せで、朱姫が宝玄仙の言葉を道術で封じてしまう。

 これで、宝玄仙は“もうやめて”とも言えないはずだ。

 

「んんんっ」

 

 宝玄仙がもがいている。

 

「はい、沙那様、わたくしは皆様に苛められるのが好きです。頭がぼうっとして、とてもいい気持ちになります。ご主人様もそうなのですか?」

 

 素蛾が目を輝かせている。

 

「そうよ。その証拠に、前に皆でご主人様のお尻に悪戯したときも、そんなに怒らなかったでしょう? だから、好きなようにしてあげて……。徹底的に苛めて、ご主人様を悦ばせてあげるのよ」

 

 沙那は言った。

 

「素蛾、ご主人様の脚はお前の言葉に操り状態にしたからね。好きなように遊ぶといいよ。ご主人様を悦ばすのよ。もしも、手を抜くと、明日の朝、ご主人様に怒られるわよ」

 

 朱姫だ。

 その横で、孫空女は苦笑している。

 今日の宝玄仙へのお仕置きを素蛾にやらせようというのは、ここまで逃げながら、三人で話し合って決めた。

 

 宝玄仙に嗜虐されるだけではなく、時折は沙那たち三人も宝玄仙を嗜虐する。

 そうやって、やったりやられたりというのが、四人の性愛の本質だった。

 仲間になった素蛾にも、それをさせてやろうというのが沙那たちの考えだった。

 

「わかりました──。わたくし、ご主人様にいっぱい悦んでもらえるように、精一杯頑張ります──」

 

 張り切った口調で素蛾が言った。

 沙那たち三人は、にっこりとうなずいた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、夜明け頃──。

 完全に白目を剥き、口から泡を吹いた宝玄仙がそこにいた。

 

 ひと晩にわたり行われた素蛾による宝玄仙への嗜虐はまだ続いている。

 また、宝玄仙の周りには、素蛾が嗜虐に使った様々な薬剤や淫具が所狭しと並んでいた。

 

「さあ、ご主人様、また、最初からですよ……。いっぱい、いっぱい、愉しみましょうね……」

 

 無邪気に微笑む素蛾が宝玄仙にまた迫っている。

 

「んんん……」

 

 言葉を封じられている宝玄仙が呻いた。そして、心からの恐怖を顔に浮かべた。

 

「さ、沙那、あたしにだけは、素蛾をけしかけないでよね……」

 

 少し離れた場所から、素蛾と宝玄仙を見守っていた孫空女が沙那にささやいた。

 

「あ、あたしもです……」

 

 朱姫も言った。

 残酷で冷酷で、そして、飽きることなく淡々と責めを続けるという嗜虐者としての素蛾の別の一面を垣間見て、沙那もぞっとした気持ちでふたりを見守っていた。

 

 

 

 

(第104話『奴隷品評会・第三会戦』及び第11章「東諸国(西方帝国への道)篇」終わり)






 *

 次話より、第12章「西方帝国篇」となります。

 *


【西遊記:87回、上官(じょうかん)太守】

 天竺国の東の国境沿いの鳳仙(ほうせん)郡です。
 玄奘たち一行は、この郡を治める上官(じょうかん)太守の名で書かれた立札を立てようとしている役人を目にします。
 その役人に問うと、この土地では三年も雨が降っておらず、そのために、雨乞いのできる法師を探しているということでした。
 それを聞いていた孫悟空は、雨くらい簡単に降らせられると口走ります。
 役人は驚き、一行を上官太守のところに連れていきます。

 上官太守に懇願された孫悟空は、早速、空に昇って雨雲を仕切っている竜神たちを呼び出しました。
 孫悟空は、雨をこの土地に降らせろと、竜神たちを脅しますが、竜神たちによれば、雨を降らせることを、天界の玉帝に禁じられるということでした。
 孫悟空はやむなく、空を駆けて、玉帝のところに向かいます。

 玉帝と面会をすると、上官太守の土地に三年間も雨が降っていないのは、三年前に仏に対する信心を蔑ろにした罰だと教えられます。
 しかし、上官が心からの改心を表せば、罰は解いてもいいと言います。

 地上に戻った孫悟空は、上官太守に事情を説明します。
 上官太守は、慌てて仏を讃える祭事を主催します。

 大掛かりな祭事を目にした孫悟空は、再び玉帝にところに赴きます。
 天界では、すでに上官太守を許すことが決定しており、竜神たちにも、玉帝が許可を出しました。
 孫悟空は、竜神たちに雨を降らせ、上官太守とともに民衆が大喜びします。
 上官太守は、玄奘たちを大いにもてなします。


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第12章【西方帝国(闘奴隷)篇】
701 風変わりな招待


「それ、釣れたよ。生きのいい人魚だよ」

 

 宝玄仙が笑いながら、持っている竿を持ちあげたのがわかった。

 股間に激痛が走ったのだ。

 

「ひぎいい──」

 

 沙那は股に喰い込む釣り糸の痛みに、持っていた棹を手放して落としそうになった。

 

「ご、ご主人様、悪戯はやめてください──」

 

 沙那は痛みをやわらげようと、立ちあがって背後の岩に背をつけて爪先立ちをするように身体を伸ばした。

 だが、その岩よりも高い岩に座っている宝玄仙は、沙那が悲鳴をあげるのが愉しいのか、ぐいぐいと容赦なく釣り糸を持ちあげる。

 沙那は悲鳴をあげ続けた。

 

 西方帝国の南にある地霊(じれい)市という小さな町だ。

 ついに、鳳仙国と帝国との国境を越え、ついに沙那たちは西方帝国にやってきていた。

 もっとも、“西方帝国”というのは、沙那たちの故郷のいい方であり、この辺りでは単に“帝国”だ。この辺りでは群を抜いた大国であり、北においては摩域と呼ばれる亜人たちの世界と接している。

 故郷だった愛陽の城郭で暮らしていた時代から考えれば、まるで異世界までやって来た印象だ。あの当時の沙那からすれば、自分が遥かな西方帝国にやってきているなど、信じられない感がある。

 

「痛いいっ、痛いですうう、じょ、冗談はやめめてください、ひいいいっ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 それにしても、この宝玄仙の能天気さだけは、どこにいっても同じだ。

 

 西方帝国の外れといえる地霊なのだが、その町外れに岩の崖に面した川があり、そこで野宿をすることになった。

 まあ、ここに来るまでに、西方帝国の属国といえる諸王国ではいろいろやらかした。

 まともに、宿屋に泊まるのも難しく、このところ、こうやってもっぱら野宿だ。国境越えだって、実は関所破りをして、山越えをしてやって来たのだ。

 

 そして、山道にあがりかける街道の下側の岩の崖下に河原があり、今夜はそこで休むことにした。

 だが、まだ陽は高かったので、一度町に戻って金子を支払って釣り糸を五本借り、魚を釣ろうという話になった。

 

 だが、釣りというものは、根気もいるし、こつもある。

 そもそも、宝玄仙のように気の短い人間には釣りは向かない。案の定、すぐに飽きて釣りをやめてしまって、釣りは四人に任せると言い出した。

 

 だったら、そこら辺で休んでいればいいものを、宝玄仙は釣り糸から針だけを外して、沙那を呼び、嫌がる沙那の下袴を脱がせて、強引に重りをお尻に捻じ込んだのだ。

 糸を沙那の股間に通してから下袴をはき直させた。

 沙那たちがいる場所よりも、高い場所に移動して、いまのように遊び始めたのだ。

 本当に迷惑な女主人だ。

 

 とにかく、沙那たち四人は足元の川に普通に釣竿で糸を垂れて魚を釣っているのだが、すっかりと釣りに飽きた宝玄仙が沙那の肛門深くに喰い込ませた重りに繋がった釣り糸は、沙那の股間を通り下袴の前側から外に出ていて、それが一段高い岩に座っている宝玄仙が持っている釣り棹に繋がっている。

 だから、宝玄仙が糸をあげれば、沙那の股間に激痛が走るという仕組みだ。

 

「お、お願いです、ご、ご主人様──。い、痛い、痛い──」

 

 沙那は泣き喚いた。

 一緒に川に糸を垂れている孫空女、朱姫、素蛾は、そんな沙那の様子にも関わらず、無視するように釣りを続けている。

 宝玄仙の気紛れな嗜虐に、いちいちお互いに干渉しないというのは、みんなの約束事のようなものだ。

 ただ、三人の反応はそれぞれだ。

 孫空女は横に沙那などいないかのように、まったく無視して、釣りに没頭している「ふり」をしている。

 だが、実際にはちらちらとこっちを気にするように見ているのを知っている。

 

 また、朱姫は宝玄仙に苛められる沙那をにやにやと笑っている。

 

 素蛾は心配そうな顔だ。

 しかし、三人に共通するのは、誰も沙那を助けようとはしないことだ。

 そんなことをすれば、宝玄仙の気紛れが自分たちに向かってくることはわかっている。

 沙那だって同じ立場なら、なるべく余計な口出しはしないだろう。

 

「だったら、三人のうちの誰でもいいからひとりを選んで、服の上から愛撫して絶頂させな、沙那。それができたらやめてやるよ。だけど、手を抜くようなら、こうだ──」

 

 一度糸を緩めた宝玄仙が、またすぐに笑いながら糸をぐいとあげた。

 

「ひぐうう──。やる──。やりますから、引っ張らないで──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「ほらほら、早く選ぶんだよ。また糸を引かれたくなかったらね……。ところで、沙那に選ばれて達してしまった者は、肛門に重りを入れる役を沙那と交代だよ。だから、頑張って耐えるんだ。それと、誰を沙那が選んでも抵抗はするんじゃないよ」

 

 宝玄仙が上で笑っている。

 沙那はとりあえず、自分が持っていた棹を置いて、三人を見た。

 すると、素蛾以外のふたりは、さっと視線を逸らせて川に向けた。

 

「さ、沙那様、わたくしが交代してもいいですよ……。ど、どうぞ。なるべく、すぐにいくように頑張りますから……」

 

 素蛾が気の毒そうな顔を沙那に向けた。

 素蛾は、衛舎(せいしゃ)国という国から同行することになった心優しい十二歳の正真正銘のお姫様だ。

 だが、性的な好奇心が異常に強く、しかも、被虐癖だ。

 隣国の鳳仙国では、衛舎国の姫であることがばれて、しばらく、追っ手をかけられたが、帝国との国境近くになったころには、追っ手のの気配もなくなり、なんとか、のんびりとした旅に戻った感じだった。

 国境の関所を避けたのは念のためだが、まあ、あれから時間も経っているし、沙那たちの行き先を誤魔化すような進み方もした。

 とりあえず、諦めたというところかもしれない。

 まあ、この帝国ではどうなるかわからないが、今度こそ、ゆっくりと旅がしたいものだと思っている。

 

 いずれにしても、この素蛾と一緒になっていから、数箇月がすぎている。

 いまではすっかりと素蛾も一行に打ち解けて、完全に旅の仲間だ。

 

「……大丈夫よ、素蛾。お前は選ばないわ。これって、結構痛いのよ。お前じゃあ、可哀想よ。それに、お前がご主人様の相手をすることになっても、あのご主人様は容赦ないと思うしね」

 

「だ、大丈夫です。わたくしは痛いのも我慢できます」

 

「それも知っているけど、いまは釣りに専念していて……。それにしても、案外釣りが上手なのね」

 

 沙那は言った。

 四人で釣りあげた魚は、網に入れて川に浸けてあるが、素蛾はすでにひとりで三匹釣っている。

 残りは孫空女と朱姫が一匹ずつだ。宝玄仙に悪戯をされ続けていた沙那は、まだ釣ってない。

 

「で、でも……」

 

 素蛾は心配そうな顔だ。

 

「いいのよ……。それに、わたし、誰にするかもう決めているの」

 

 沙那は朱姫に寄っていくと、後ろから乳房を鷲づかみにした。

 

「わっ、わっ、や、やっぱり、あたしですか、沙那姉さん──。素蛾が自分でいいって言ってるんだから、素蛾にすればいいじゃないですか──」

 

「つべこべ言うんじゃないわよ、朱姫。まずは胸を揉むわ。それから、下袍の下に手を入れて、お尻をくすぐってあげるわね」

 

 いつも宝玄仙の陰に隠れて、沙那を目の敵のようにして悪戯を仕掛けてくる朱姫に、ここぞとばかりにねっとりと胸を揉んでやった。

 この朱姫とも長い付き合いだ。

 どんな愛撫が弱いかなど知りきっている。

 朱姫の胸を揉みながら、背後から耳に息を吹きかけながら舌で舐めあげていく。

 

「ひゃっ、ひゃっ、く、くすぐったい……」

 

 朱姫はたちまちに甘い声をあげはじめた。

 沙那はさらに舌を耳からうなじに移動させた。

 そうやって、しばらく胸と首に刺激を与えることを続けていると、さすがの朱姫も声にも身体にも力が抜けたようになってきた。

 その隙を狙って、朱姫の身体をほんの少し押すように前に倒した。

 

「きゃっ」

 

 朱姫が驚いて悲鳴をあげた。

 だが、押したのはちょっとなので、すぐに朱姫の身体は後ろに体重を戻してくる。

 

「ぎいっ──」

 

 次の瞬間、朱姫の身体がぴんと伸びて身体を逸らせた。沙那の指が朱姫の下袍の下に入り込んで、下着の上からお尻の穴に当たったのだ。

 沙那の指の上に座り込んだかたちになった朱姫は、沙那が指を動かすと、すぐに激しく息をあげた。

 

「あっ、あっ、も、もう、許して、沙那姉さん……」

 

 朱姫が哀願のような声を出す。

 

「なにを許すのよ。だったら、さっさと達するのね。そうすれば、交代できるわ」

 

 沙那は嬌態を示しだした朱姫に満足しながら言った。

 こうなってしまえば、もう雑作もない。

 沙那は日頃の恨みつらみを一気に晴らすかのように、指先を生き物のように動かし、下着越しに執拗な愛撫を朱姫のお尻に繰り返す。

 朱姫の息の乱れが、いよいよ激しくなる。

 

「だ、だめ……だ、だめえ……はっ、はっ、はっ……」

 

 沙那の愛撫に朱姫の股間がすっかりと濡れているのがわかる。

 その証拠に、ここまで淫靡な香りが漂ってきた。

 沙那は片手で朱姫の胸をまさぐるようにしながら、肛門に与える刺激をさらに強くした。

 

「ああっ──も、もう、だめ──さ、沙那姉さん──あああっ──」

 

 朱姫が突然にがくがくと震えだした。

 そして、絶息するような声を出して、朱姫は座ったままの身体をのけ反らせた。

 

「呆気ないねえ、朱姫──。じゃあ、沙那と交代だ。沙那、下袴を脱いで、尻の穴から重りを取り出していいよ。そして、今度は朱姫の下着をめくって、重りをお尻の穴に押し込みな」

 

 宝玄仙が上から大きな声で笑いながら言った。

 

「さあ、そういうわけだから、立ちなさい、朱姫……。交代ね」

 

 沙那は脱力している朱姫から手を離した。

 そして、下袴と下着を膝まで下げて、まずは重りを肛門から出し、糸を股間から抜く。

 そして、服装を整える。

 

「さあ、覚悟しなさい」

 

 次に、沙那は項垂れる朱姫を立たせて、重りを服の下に入れた。

 朱姫は貫頭衣を着ているので、重りは胸元からだ。

 そして、下袍の下まで通した。

 

「下着をおろしなさい」

 

 沙那は言った。

 

「うう……」

 

 朱姫は抵抗することなく、膝まで下着をおろした。

 沙那は、朱姫の身体を前屈みにさせてから下袍をめくり、白い尻を露出させる。

 下着の中はむっとするくらいの女の香りが充満しているし、べっとりと下着が濡れてもいる。

 

「沙那さん、孫空女さん──。こんなところにおられたのですか──。逃げるなんてひどいですよ──」

 

 そのとき、宝玄仙のいる岩場のさらに上の崖上の道から、誰かの大きな声がした。

 沙那はびっくりして飛びあがりかけた。

 

「わっ」

 

 だか、朱姫の慌てようはそれ以上だ。

 なにしろ、下袍をめくって、下着を膝までさげていたのだ。

 朱姫はとっさにしゃがみ込み、膝にかかっていた下着を隠した。

 

 沙那は声のした方向を見上げた。

 頭上の街道沿いに若い男女がいる。

 身なりはいい。

 後ろに家人のような男をふたり従えている。男女の年齢は十七、八というところだろうか。

 どこかの分限者の子弟に見える。

 顔立ちが似ているので兄妹かもしれないと思った。

 ただ、沙那たちの名を呼んだが、沙那には覚えはない。

 

「……さあ、沙那さん、孫空女さん。父がおふたりが逃げたのではないかと疑っていますよ。とにかく、一度、屋敷に戻っていただけませんか? 父の申し出もどうかと思うのですが、黙っていなくなることだけは勘弁してください。どうしても拒否なさるのであれば、それでいいのです。でも、それはおふたりの口から言っていただけませんか?」

 

 こっちに向かって叫んでいるのは、若い男女のうちの男の方だ。

 

「お前たちは誰だい?」

 

 上の岩にいる宝玄仙が声をかけた。

 

「私は、寇棟(こうとう)という者です。この近くに住む寇員外(こういんがい)という者の息子で、こっちは、妹の寇女(こうじょ)です。失礼ですが、沙那さんと孫空女さんのお連れの方ですか?」

 

 寇棟が言った。

 

「お前らは、沙那と孫空女を知っているのかい?」

 

「はい──。おふたりは、昨夜、わたしたちの屋敷に泊っていただきました。あと数日泊っていただく約束だったのですが、不意にいなくなってしまって……。それで、父の命で探しにきたところでした」

 

 寇棟という青年はそう言ったが、なんのことだかよくわからない。

 そもそも、この町には数刻前に到着したばかりだ。

 宝玄仙がこっちを見たので、沙那は首を横に振ってわからないという表情をした。

 孫空女も首を傾げている。

 とにかく、話を聞こうということになり、五人揃って岩を登り、道まであがった。

 

「いずれにしても、一緒に屋敷に戻ってもらいますよ、沙那さん、孫空女さん。そして、お連れのお方も一緒にどうぞ」

 

 寇棟はその一点張りだった。

 

「ねえ、お兄様、五人だわ。全部で五人いるわ」

 

 すると寇女がはっとしたように言った。

 

「五人……。そういえば、確かに……。なるほど、五人だ……。でも、この方は……」

 

 寇棟が素蛾を見ながら言った。

 

「五人がどうかしたのかい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「それは私たちの口からは……。いずれにしても、一度、父のところに戻ってもらえませんか。父の言葉で説明すると思います。でも、何度も言いますが、その父の申し出に対して、嫌だと思ったなら、ただそう言っていただければいいのです。それでも、父はご馳走をしたことを遺恨にしませんし、快く送り出してくれると思います。いままでもそうでしたから……。でも、ただ、黙っていなくなるということだけはやめてください」

 

 寇棟だ。

 

「さっきから言っているけど、わたしも孫空女も、あんたらなんか知らないわ。なんで、わたしたちを知っているのよ?」

 

 沙那は苛ついて言った。

 

「まあいいじゃないか、沙那……。よくはわからないが、こいつらの父親の屋敷でご馳走もしてくれるし、泊めてもくれる気配じゃないか。行ってみようよ」

 

 宝玄仙は行く気満々のようだ。

 しかし、冗談じゃない。

 前の国の鳳仙国では、素蛾の身の上がばれて、しばらくのあいだ、軍に追いかけ回されたことをすっかりと忘れたのだろうか。

 国境を越えているとはいえ、まったく見知らぬ者から、名前を呼ばれて屋敷に誘われるなど、危険すぎるだろう。

 

 それにしても、沙那と孫空女を知っているという兄妹──。

 一度屋敷にいき、寇員外という父親の話相手になれば、宿を提供したうえに、ご馳走するという──。

 どうにも、胡散臭い……。

 なんなんだ、こいつら?

 

「……だけど、悪意はなさそうだよ。なんか変だけどね」

 

 近づいてささやいてきたのは孫空女だ。

 それには、沙那も賛同する。

 

「ほら、いくよ、お前ら──。沙那、みんなに支持しないかい。それとも、折檻されたいのかい」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 沙那は嘆息した。

 こうなったら、宝玄仙はどうにもならない。すっかりとこの変な兄妹に従う気だ。

 

「仕方ないわね……。とりあえず、行きましょう、みんな」

 

 沙那は決心した。

 とりあえず釣った魚を土産に、その寇員外という男の屋敷に行ってみることにしたのだ。



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 第105話 千人切りの願掛け【寇員外(こういんがい)
702 街道外れの屋敷


「千人切りの願掛けだって?」

 

 宝玄仙は笑った。

 寇員外(ていいんがい)という男の屋敷だ。

 寇棟(ていとう)寇女(ていじょ)という兄妹に連れてこられたのは、街道からは、少し奥まって外れた場所にある大きな屋敷だった。

 こんな小さな町には似つかわしくないような豪華な造りの家であり、訊けば、この一帯では、寇員外といえば、知らぬ者のない分限者らしい。

 

 若い時分から国都で手広く商売をしており、有り余る財を作ったらしい。

 だが、七年前に妻に先立たれたことを契機に、商売を引退して、この田舎に越してきたそうだ。

 寇員外の歳は六十という。

 だが身体はもっと若そうだ。

 

 また、並べられたご馳走もすごかった。

 とてもじゃないが食べきれない量と種類の食べ物がずらりと並んだ。

 それで、主人の寇員外とともに六人で食事をした。

 寇棟と寇女の兄妹はこの屋敷に連れてきたことで、役割が終わったらしく屋敷の奥に引っ込んだ。

 そして、食事もやっと終わり、少し落ち着いたところで、寇員外がここに招待した理由を語りだしたのだ。

 それが、千人切りの願掛けの話だ。

 

 つまり、寇員外は、最初にこの屋敷で寝たときに夢を見たらしい。

 その夢の中で、寇員外は女千人切りの願掛けをするようにと、夢に出てきた「淫乱の女神」とやらに言われたらしい。

 それでこの男は、この屋敷に泊った女千人と性交をすると夢の中で約束したのだそうだ。

 女神は、千人切りの満願成就の暁には、さらなる長寿を約束して消えたらしい。

 

 この男の夢の中の話なので、どこまで本当か知らないが、この男の千人切りの願掛けは有名な話のようであり、ここにやってくる途中で釣り棹を返すときに、その家の者に訊ねると、あんたらなら喜んで屋敷でたらふく食わしてくれるはずだと笑って言っていた。

 その家の者も、食事の後で寇員外に頼まれることに、宝玄仙たちが気を悪くするかもしれないが、そのときはただ断ればいいだけであり、それで寇員外が悪く思ったりすることはないはずだとも言っていた。

 それは寇棟と寇女の兄妹の言っていることと同じような内容だった。

 しかし、その頼まれ事とはなにかと訊ねたが、それは笑うばかりでなにも言わなかった。

 寇員外は、この一帯の者に千人切りの願掛けのことを勝手に広めることについて、口止めをしていたようだ。

 

「千人切りは結構だけど、そんなものはお前のような分限者なら、七年もかからないだろう。金を出して、娼婦を呼び寄せれば、毎日ひとりずつでも、三年も経たずに終わるはずさ。それとも、毎日やるほどの精力はないのかい?」

 

 宝玄仙は食後酒を軽く口にしながら笑った。

 

「ご、ご主人様、そんなこと言っては……」

 

 沙那が呆れたような口調で口を挟んだが、宝玄仙は無視した。

 

「冗談ではないですぞ。この寇員外の家系は、代々ふぐりに三個の玉を持つという家系でしてな。精力には問題はありません。毎日どころか、ひと晩で十人を相手にすることもできます。ただ、それでは願掛けにはならんのですよ」

 

 寇員外がにこにこと微笑みながら言った。

 大らかで人のよさそうな恰幅のいい男だった。

 ただ、宝玄仙たちに申し出たことが突飛だ。

 つまりは、食事の後で寇員外と性交をしろと言うのだ。

 申し出を聞いてくれれば、それなりの礼金も払うということだった。

 もちろん、断っても構わないと念も押された。

 

「千人切りの願掛けは商売女を含んではならんのです。しかも、遠くから、わざわざ呼び寄せてもならんということなのです。偶然にこの町にやってきた女──。それを屋敷に招待して、こうやって頼み、承知してくれた女とだけ性交をする。そういう願掛けなのです」

 

「なるほどねえ、それなら、時間はかかりそうだ。旅の女を屋敷に招いて頼んで、いきなり一発やらせろと言っても、そうは承知しないだろうしね」

 

「まあ、断られるのは五分五分というところです。商売女ではないのだと、怒鳴られることも何度もありました……。ところで、皆様は商売女ではないですよね?」

 

 寇員外はおそるおそるという口調で言った。

 

「まあ、代金を取って男と寝たことはないね。お前たちもないだろう? あれっ? そういえば、孫空女は少女時代にそんなことをしていたと言っていたかい?」

 

 宝玄仙は孫空女を見た。

 

「な、ないよ、ご主人様──。旅芸人は娼婦とは違うよ」

 

「似たようなものだろう?」

 

「ど、どこがだよ──。酷いよ」

 

 孫空女が真っ赤な顔をして言った。

 からかうと面白い女だ。宝玄仙は笑った。

 

「ところで、お前はいままで何人まで、その千人切りが終わったんだい、寇員外?」

 

 宝玄仙は寇員外に視線を戻した。

 

「九百九十五人です。あと五人で満願成就なのです。皆様方のひとりでもかまいません。どうか、この通りです──。この寇員外の願掛けに協力して頂きたい」

 

 寇員外が卓に両手を置いて頭をさげた。

 

「あと五人だって──?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「……だったら、ここには五人の女がいる。それで満願じゃないかい」

 

「えっ、だったら、協力して頂けるのですか……。し、失礼ですが、その小さなお方も?」

 

 寇員外が素蛾をちらりと見た。

 

「素蛾だって、立派にお勤めをするよ。経験豊富な性奴隷さ──。じゃあ、お前たちいいね。この寇員外の願掛けに協力だよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「おう、これはありがたい──。これで満願成就だ──」

 

 寇員外が歓びの声を発した。

 

「でも、ご主人様、素蛾はまだ、実は本物の男性との経験はないですよ……」

 

 朱姫が元気のない声で言った。

 素蛾のことを言っているが実際のところ、朱姫自身が意気消沈しているのはわかっている。

 この娘は女を相手にするときには張り切るくせに、男を相手にさせるときには元気がなくなる。

 

「そうだったかねえ?」

 

 宝玄仙は首をかしげた。素蛾は仲間になったばかりだが、まだ、男との経験はさせてなかっただろうか……?

 

「そうですよ。相手をしたのはあたしたちだけです。男のものをご主人様の道術で生やして……」

 

 朱姫がさらに言った。

 

「あっ、で、でも、わたくし、大丈夫です……。ご命令なら従います……。いつかは、それも乗り越えなければならない壁だと思っておりましたので……。で、でも、最初はひとりだけでは怖いです……。できれば誰かと一緒がいいです──。それが我が儘なら我慢しますけど……」

 

「我が儘じゃないさ──。じゃあ、素蛾は朱姫と一緒だ。それでもいいかい、寇員外?」

 

「そ、それはもちろん──。しかし、本当に五人揃って、私の相手をしてもらえるのですね? これは嬉しい」

 

 寇員外は満面の笑みだ。本当に嬉しそうだ。

 

「……でも、五人を一度に終わらすというのも、まるで作業のようになって色がないよね。じゃあ、今夜は、沙那と孫空女がふたりでお勤めをしな──。素蛾はそれを研修だ──。姉さんふたりが見本を見せるから、それを勉強するんだ。そして、明日は朱姫と素蛾だ。三晩目はこのわたしが務めるよ。それで、千人切り満願だ」

 

 宝玄仙は笑った。

 寇員外も大喜びだ。

 

「は、はい、わかりました。嬉しいです。よろしくお願いします。皆様──」

 

 素蛾が元気な声を出した。

 

「で、でも、わたしと孫女がこの屋敷に、昨夜泊ったという話はまだ解決していませんよ……。一体全体どういうことなのか……」

 

 沙那が口を挟む。

 

「そんなこと、どうでもいいじゃないかい、沙那?」

 

 宝玄仙は言った。

 あの岩場で釣りをしていたとき、この寇員外の子供の兄妹が奇妙なことを言ったのだ。つまりは、この屋敷に沙那と孫空女が宿泊し、寇員外と性の相手をするというのを仄めかしたまま、一晩を泊まってから、不意にいなくなってしまったというのだ。

 この屋敷に着いてから寇員外に問いただしたが、あの兄妹と同じ認識であり、沙那と孫空女には「お帰りなさい」という言葉をかけていた。

 まったく意味がわからない。

 しかし、まあいいだろう。

 それよりも、面白そうな話になってきたものだ。

 

「そうですよ──。そんなことどうでもいいじゃないですか──」

 

 寇員外も言った。

 

「で、でも……」

 

 沙那はまだ釈然としない様子だったが、結局、諦めたように嘆息した。

 宝玄仙は、その様子に満足した。

 沙那さえ納得すれば、あとは面倒はない。

 孫空女も朱姫も、宝玄仙にたてつくことはないからだ。

 

「それよりも、そうと決まったら、さっそく、三日のあいだ泊りいただく皆様の部屋を準備させましょう。湯船もあります。この屋敷内には温泉が出ましてね。広い浴場が露天にあるのですよ。どうぞ、それをお愉しみください」

 

「えっ? ここには温泉があるのかい、寇員外?」

 

 今度は、宝玄仙が喜ぶ番だ。

 旅で覚えた最大の愉しみが、大きな湯に浸かるという習慣だ。

 宝玄仙の出身の東方帝国には湯舟の習慣はなかったが、あれは素晴らしい快楽だ。

 

「あります。まあ、ここを終の地としたのは、それが気に入ったからでしてね」

 

 寇員外が言った。

 

「じゃあ、その露天の温泉というのは、それなりに広いかい、寇員外?」

 

「まあ、十人は楽に入れますよ。皆様、五人くらいなら楽々です」

 

「……だったら、沙那と孫空女は、そこで寇員外とやりな。これから、六人で一緒に入ろうじゃないかい。そこで、さっそくやるよ」

 

「えっ──? これは望外の喜びです。この寇員外と皆様が一緒に湯に一緒に入っていただけるので?」

 

「それだけじゃないよ。この沙那と孫空女がお前の相手をするよ。その代わり、お前の三つあるという玉を見せておくれよ。さっき、ちらりと話に出て、ちょっと気になっていたのさ」

 

 宝玄仙は笑った。

 実のところ、この寇員外には、睾丸が三個あるという。

 宝玄仙は、それを見るのが愉しみで仕方がない。

 

「こんなものでよければ、いくらでも」

 

 寇員外が、からからと大きな声で笑い声をあげた。



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703 三個目の睾丸

 沙那たちがやってきたのは、寇員外(ていいんがい)の屋敷内に作られた露天の温泉だった。周りを岩に囲まれている大きな湯があり、さらにその周りを衝立で囲んでいた。

 

 夜だったが月明かりで明るい。

 沙那たち五人は、温泉に設置された脱衣所で素裸になり、寇員外とともに湯に浸かった。

 さすがに寇員外も、五人もの裸女に囲まれて裸になるのは気後れした感じのようだったが、機嫌のいい宝玄仙に、取りあげられるように下帯を剥がされ、恥ずかしそうにしているのが少し面白かった。

 

「最高だよ、寇員外。これは気持ちいいよ」

 

 湯の中の宝玄仙が本当に満足したような表情で言った。

 確かに気持ちいい湯だ。

 湯は適度に温かく白く濁っている。

 おそらく、薬用の成分もあるのだと思う。

 湯が肌に絡みつくようで快適だ。

 そのなめらかな湯の感触が、旅の疲れをなんともいえない優しい心地で癒してくれる。

 

 これから、孫空女とふたりで目の前の寇員外に性奉仕する……。

 それが宝玄仙の命令なのだが、沙那はもう諦めているし、覚悟もしている。

 よく考えると、出会ったばかりの男に身体を提供しろという宝玄仙の命令は、ひどく理不尽なような気もするが、まあ、いまさら守らなければならない貞操があるわけでもない。

 

 それに、この寇員外はとても善良そうな感じだ。

 寇員外とここで性行為をすることに、別段の不満は沙那にはない。

 そういう風に感じるようになってしまったというのは、すっかりと宝玄仙に染まってしまったのだと思わなくもないが……。

 

「さあ、約束だよ、寇員外──。お前の三つ目の玉を見せておくれ」

 

 しばらく温まったところで、宝玄仙がそう言って、寇員外を湯の縁の岩に座らせた。

 食事のときに、この寇員外が自分には睾丸が三個あるから精力が強いと話し、宝玄仙がそれは珍しいのでよく見せろと求めたのだ。

 

「なんか照れますなあ」

 

 膝から下だけを湯に浸からせて湯舟の縁に座った寇員外が、苦笑して大きく股を開いた。

 五人で湯の側から寇員外の脚のあいだに集まるようにして、寇員外の性器を見物する。

 確かに、普通はふたつしかない睾丸が三つあるように思える。

 

 しかし、沙那はそれよりも、玉袋の大きさにびっくりした。

 男根の大きさは普通だと思うが袋は異常に大きい。

 なんだか圧倒されている気分になり、少しのあいだ茫然としていたが、すぐに我に返った。

 いったい自分はなにをしているのだろう。

 他人の性器をしげしげと眺めるなど、そんな恥ずかしいことをどうして堂々と……。

 とりあえず、沙那は視線を外した。

 

「お、お前、これって……。お前は道術遣いかい──?」

 

 だが、寇員外の股のあいだの正面にいる宝玄仙がびっくりした声をあげた。

 

「どうしたのさ、ご主人様?」

 

 宝玄仙の横にいる孫空女が宝玄仙に顔を向けている。

 沙那も宝玄仙の驚きようが大きいので不思議に思った。

 

「ご主人様、もしかしたら、これって……」

 

 朱姫も目を丸くしているようだ。

 

「そうだよ。まったく、気がつかなかったけど、これは『魂の欠片』だよ。こいつの真ん中の玉は間違いなく魂の欠片だ……。これは驚いたねえ……。お前は、自分の魂の欠片をふぐりの中に入れているのかい、寇員外?」

 

 宝玄仙が寇員外の睾丸を凝視しながら言った。

 

「た、魂の欠片ですと……? なんですか、それは?」

 

 しかし、寇員外は不思議そうな顔をしている。

 

「ご主人様、魂の欠片とはなんでしょうか?」

 

 好奇心の強い素蛾が訊ねた。

 

「魂の欠片というのは、道術遣いが自分の魂の一部を分離したものよ。そうすると、本来の魂が失われて死んでも、その欠片から魂を復活できるのよ。でも、復活の術そのものは、誰でもできるような施術ではないわ。ご主人様のような力のある道術遣いでないと……」

 

 朱姫が素蛾に言った。

 

「私の睾丸が、その魂の欠片という大それたものだというのですか? まさか……」

 

 寇員外は笑い出した。

 

「笑い事じゃないさ。本当のことだよ。だけど、確かに妙だねえ。魂の欠片というのは、道術遣い特有のものであり、霊気を帯びない人間には、そもそも魂の分離するという施術そのものができないはずなんだがねえ……。寇員外からはなんの霊気も感じないね……。朱姫、お前の半妖の目でなにかを感じるかい?」

 

「なにも感じません、ご主人様。この人は道術遣いではないと思います。でも、あたしにも、寇員外さんの真ん中の睾丸が魂の欠片であることはわかります。こんなことってあるんでしょうか……?」

 

 朱姫も首を傾げている。

 

「私は道術遣いでもないし、それにさっきから、なにかの施術と言っていますが、これは生まれつきのものですぞ。寇家の嫡男は全員が睾丸が三個あるのです。実は、私の息子の寇棟も三個の睾丸を持っておりますな……。ところで、もう、浸かってよいですかな」

 

 寇員外は湯の中に戻った。

 

「生まれつきかい……。そんなこともあるのかねえ……? もしかしたら、先祖に大きな力を持った道術遣いがいて、自分の子供にそうなるように道術をかけて血に残したのかねえ……」

 

 宝玄仙が首を傾げながら、独り言のように言った。

 

「ああ、それは耳にしたことはあります。寇家の祖先は、この国の歴史にも出てくるほどに有名な道術遣いです。でも、一代限りですね。代々の(てい)家の者が道術遣いとは聞きません。少なくとも、私の父も祖父も道術遣いではなかったですな。もちろん、わたしもですがね」

 

 寇員外が言った。

 

「でも、その血には道術遣いの血がしっかりと受け継がれてはいるということかねえ……。だけど、魂の欠片の隠し場所を自分の身体にするなんて無意味だろう。魂の欠片というものは、確かに、命のあるものの中に保管しなければならないのだけれど、包んでいる容器の生命が滅びれば、すぐに欠片も死んでしまうよ。自分の身体そのものに包んでしまったら、肉体の死と本体の魂と魂の欠片が同時に滅んでしまって、なんにもならないじゃないか」

 

「だから、そんな大層なものじゃありませんよ。ただの玉です。私の精力を無尽蔵に高めてくれる意外に役は立ちません」

 

 寇員外が笑った。

 

「まあいいか……。じゃあ、沙那、孫空女……。寇員外の前に行きな。じゃあ、さっそく始めるんだ」

 

 宝玄仙に促されて、沙那は孫空女と一度目を見合わせてから、湯の中を寇員外に向かって進んだ。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「よろしくね……」

 

 沙那と孫空女は頭を下げた。

 

「おお、これは、こちらこそ……」

 

 寇員外は笑った。

 

「沙那様、孫様、勉強させていただきます」

 

 素蛾が正面に移動してきて、大きな声で言った。

 いつも健気でまじめな童女だがこんなときは迷惑だ。

 あんな風にしげしげと凝視される態勢だと少しやりにくい。

 そもそも、よく考えれば、こんなこと人前でするものじゃないはずだ。

 

「素蛾、沙那姉さんや孫姉さんじゃあ、性奉仕の勉強にはならないわよ。おふたりはそんなことはできないわ。ただ、感じやすくてよがりまくるだけよ」

 

 朱姫が茶化すように口を挟んだ。

 

「う、うるさいわねえ」

 

 沙那は怒鳴った。

 しかし、宝玄仙が横で笑いながら、口を挟んだ。

 

「確かに、そうだね。ねえ、寇員外、悪いがこいつらふたりは、積極的に奉仕をするのは苦手なんだ。だから、お前の方から導いておくれ。その代わり、なんでも応じると思うから……。こいつらふたりは、これでもふたりいれば、百人でも二百人でも相手にできる女戦士なんだ。それでいて、とても淫乱な身体をしているのさ。とにかく、たっぷりと愉しんでやっておくれ」

 

「これは、これは……。でも、確かに鍛えられた逞しい身体をしておりますね。それでいて、とても女らしい丸い線もしている……。素晴らしい身体ですよ……。では失礼して……」

 

 寇員外が沙那の身体の顔を寄せて、唇で乳房を吸い始めた。

 

「あはあっ──」

 

 沙那は上体を逸らせて、悲鳴に近い声をあげていた。

 

「ふふふ……。ほらね、素蛾……。沙那姉さんって、感じやすいでしょう? だって、ただ、乳首をちょっと吸われただけで、あんなに声をあげたりして……」

 

 横で朱姫がからかいの言葉を口にした。

 沙那は一瞬だけ我に返り、朱姫に向かって声をあげた。

 

「……お、お前だって、お尻が弱いくせに──。ちょっと、お尻に刺激をもらうだけで、あっという間に達するじゃないのよ──」

 

「そ、そんなこと、いま関係ないじゃないですか──」

 

 朱姫が真っ赤な顔になった。

 

「ほら、朱姫、口を挟むんじゃないよ、沙那の気が散るだろう──。すまないねえ、寇員外。もう一度やっておくれ」

 

 宝玄仙だ。

 寇員外は沙那が朱姫に声を荒げたときに、乳首を咥えた唇を一度離していたのだ。

 

「いえ……。皆様、仲がよさそうだ。きっと、よいお仲間なのでしょうね……。ところで、沙那殿は少し被虐の癖があるようですね。沙那殿と……もしかしたら、孫空女殿もそうなのですかな? 積極的に奉仕するのが苦手というのは、そういう意味なのですね」

 

 寇員外が笑った。

 沙那はびっくりした。

 

「これは、驚いたねえ……。ちょっと、肌に触れて、ほんの少し反応を見ただけで、もう沙那の性癖を見抜いたのかい。確かに、こいつは強い被虐癖だよ──。特に、縛られたりすると、異常なくらいに興奮するよ。このわたしがそう仕込んだからねえ」

 

 宝玄仙が驚嘆の声をあげた。

 

「な、なに言ってるんです、ご主人様──。わ、わたし、そんなんじゃないですよ──」

 

 沙那は抗議した。

 

「沙那姉さんこそ、なにを言っているんです。自覚ないんですか……?」

 

 朱姫が横で笑った。

 

「では、こうしましょう。沙那殿、後ろに両手首を回してください……。まあ、戯れ事ですよ。遊びです。性行為など男女の戯れ事ですからな。お互いの性癖を曝け出し合って愉しまねば──」

 

 寇員外は岩に置いてあった手拭いの束から一本を取り出して紐のようにした。

 

「わ、わたし、被虐癖なんかじゃあ……」

 

 沙那はぶつぶつとまだ文句を言ったが、宝玄仙や朱姫だけじゃなく、寇員外にまでせせら笑われた。

 仕方なく、沙那は両手は背中に回す。

 寇員外はその手首を軽く手拭いで縛った。

 

「さあ、孫空女殿も……」

 

「うん……」

 

 横の孫空女も沙那と同じように手拭いで両手首を背中で縛られている。

 

「さて、じゃあ、おふたりには、これもしましょう」

 

 寇員外は、さらに手拭いを取り出すと、さっと沙那に目隠しをする。

 

「あっ」

 

 沙那は悲鳴のような声をあげてしまった。



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704 女戦士丼・一夜目

 寇員外は手拭いで沙那に目隠しをする。

 

「あっ」

 

 沙那は悲鳴のような声をあげてしまった。

 軽くではあるが、腕を後手に縛られ、さらに視界を奪われたことで、急に不安な気持ちに襲われたのだ。

 

「わっ」

 

 孫空女の当惑の声もするから、孫空女も目隠しをされたに違いない。

 

「くうっ、ううっ、ああっ」

 

 そして、すぐに孫空女の大きな嬌声が響きだした。

 

「な、なに? なにをされているの、孫女?」

 

 沙那の不安感が膨れあがり、思わず沙那は声をあげた。

 

「なにをやっていてもいいだろう、沙那──。まずは、孫空女の番らしいよ。お前はそうやって、そこで待っていな──」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「あはあ──」

 

 孫空女の声が周囲に響きわたっている。

 寇員外と孫空女が抱き合っているのは、沙那のそばだ。

 肌と肌が擦れ合う音とふたりの身体で湯が弾ける音が、すぐ近くから聞こえてくる。

 

 そして、孫空女の息は、すでに荒い。

 あれは、短い時間で一気に快楽を呼び起こされてしまったときの反応だと思う。

 なにをされているのかわからないが、もしかしたら、寇員外はとても愛撫上手なのかもしれない。

 

「孫空女殿も、とても感じやすいようですね……。しかも、少し露出癖もあるかもしれませんね。見られながらするのは興奮しますか……? ふふふ……」

 

 寇員外がそんなことを言っている。

 宝玄仙がそんなことまでわかるのかと感嘆している。

 沙那も少し驚いた。

 確かに、孫空女はそういう部分はある。

 だが、寇員外はただ、孫空女を普通に抱いているだけのはずだ。

 なぜ、そこまでわかるのだろう……?

 

「そ、そんなこと言わないでよ……。あっ、ああっ──」

 

 孫空女があられもない声をあげた。

 それにしても、孫空女の乱れぶりは尋常ではない。

 

「これは大した前戯も必要ありませんね……。では……。孫空女殿は、こうやって、皆さんに見えるように抱いてあげましょう。後ろを向いてください……。前に屈んで……」

 

 寇員外がそう言って、孫空女と立たせたようだ。

 言葉から判断して、寇員外は孫空女をほかの者に身体を向けるようにさせて、立位で後ろから犯すようにしているのではないかと思う。

 ただ、目隠しをされている沙那には、それはわからない。

 

 とにかく、目隠しをされてなにも見えないのに、すぐ横で孫空女が犯されている。

 そう思うと、沙那は異常なほどに自分が動揺しているのがわかった。

 そのとき、乳首を誰かがひょいと触った。

 

「ひゃああ──」

 

 不意のことだし、予想もしていないかった。

 沙那は悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。

 

「だ、誰よ──?」

 

 沙那は声をあげた。

 だが、返事の代わりに、今度は脇腹をつるりと撫ぜられた。

 

「はううっ」

 

 さざ波のような疼きが全身に走り、沙那は身体を打ち震わせた。

 

「……ふふふ、私ですよ、沙那殿……。放っておいては可哀想だと思いましてね……。でも、予想もしない刺激は効くでしょう?」

 

「こ、寇員外殿?」

 

 びっくりした。

 寇員外は孫空女を抱いているものと思っていたので、まさか、沙那に触れてくるとは思わなかった。

 

「……でも、しばらく待っていてください」

 

 寇員外がそう言った。

 

「そ、そんな、ど、どこに行くのさ……。こ、怖いよ……。あ、ああっ」

 

 今度は孫空女が声をあげた。

 

「どこにも行きませんよ、孫空女殿。ただ、沙那殿の横に来ただけです。さあ、始めますよ」

 

 寇員外が沙那のすぐ隣に来たようだ。

 

「はあう、はあっ──」

 

 孫空女が激しい喘ぎ声をあげだした。沙那のすぐ横だ。

 寇員外は意図的なのか、かなり荒々しく孫空女を犯しているようだ。

 寇員外が腰を孫空女の腰に当てる音がぺしぺしと聞こえる。

 その音に合わせるように孫空女は吠えるような声をあげている。

 官能の悦びに浸っている孫空女の性行為の声と音を、目隠しをしたまま聞かされるのは、とても異様な気持ちだ。

 

 目が見えなくて感覚が研ぎ澄まされている分、音が異常に五体に影響を与える気がする。

 すぐ横で孫空女の悶え声を聞かされて、沙那はそれだけで全身が痺れたようになってきた。

 

「い、いくうっ、いくうう──」

 

 やがて、孫空女がひと際高く叫んだ。

 孫空女が達したのはそれからすぐだった。

 

「……これは素敵だ。感じやすい素晴らしい身体ですね……」

 

 寇員外が笑ったのがわかった。

 孫空女は達したようだが、それで許されるわけではなかった。

 寇員外はさらに責めたてて、孫空女を二度、三度と達しさせてから、やっと、孫空女に精を放ったようだ。

 

「……最高でした、孫空女殿……。唇を奪ってもよろしいですかな……」

 

「う、うん……」

 

 孫空女の苦しそうな声がして、ふたりが沙那の横で口づけをかわしだす。

 ねちゃねちゃと唾液と舌が混じり合い、擦れ合う音がする。

 やがて、どぼんと大きな湯の音がした。

 

「あっ──」

 

 いきなり、身体が前から抱きすくめられた。

 それが寇員外というのはわかった。

 股間に寇員外の手が当たっている。

 沙那は寇員外によって、湯の中に引き入れられて、寇員外の前にしゃがむようにされたと思う。

 しゃがんで開いている脚の付け根に、寇員外の指が刺激を加えだした。

 

「あはああ──」

 

 よくわからないが、まるで溜まっていたものが一気に解放させられたような気がした。

 横で孫空女が抱かれるのを眼隠しをして接していて、すっかりと気が昂っておかしくなっていたのだと思う。

 沙那は自分でもどうすることもできない淫情のうねりに巻き込まれ、途方もない快感に包まれた。

 

 そして、拡がっていく感覚に沙那は当惑していた。

 自分でも信じられないくらいに、すでに身体が欲情している。

 圧倒的な勢いで押し寄せる愉悦に、もう沙那はわけがわからなくなりかけていた。

 迸りかけている歓喜の予兆に、沙那は身体を震わせた。

 

 寇員外は巧みだった。

 股間を責めていたかと思うと、不意に乳房を責められたり、そうかと思えば、脇や横腹や臍、あるいは、内腿など予想もしない場所をちょこちょこと責める。

 目隠しをしている沙那を翻弄しておいて、沙那の備えがなくなったところを見計らって、股間を本格的に愛撫したりする。

 

 とにかく、ひたすらに、沙那は翻弄された。

 おそらく、孫空女もこれをやられて、あっという間に感極まったのだと思う。

 そして、いまも、しばらく上半身をねっとりと責められて、胸だけで達しかけていた沙那に、寇員外は不意打ちのように、手を沙那の後ろにやって菊座を責めてきた。

 

「ふううっ」

 

 沙那は全身をのけ反らせた。

 

「あんっ──」

 

 次の瞬間、沙那はびっくりして甘い声をあげた。

 指で後ろから沙那のお尻の愛撫を続けていたと思った寇員外が、ぐいと沙那の身体を引き寄せて、不意に寇員外の怒張を沙那の女陰に割り込ませてきたのだ。

 さっき孫空女の中に放ったばかりのはずの寇員外の一物は逞しかった。

 寇員外の一物の先端は、驚くくらいの舐めらかさで、沙那の子宮近くに到達した。

 

「あ、ああっ、ああ……」

 

 沙那は大きな呻き声を発した。挿入されただけで、腰が砕けそうになった。それをしっかりと寇員外が支えてくれた。

 

「はんっ、はん、はんっ」

 

 律動が開始された。

 沙那は声をあげた。

 

 甘美感が弾ける。

 二度、三度と寇員外の怒張が沙那の膣の内側を擦る……。

 

 さらに四度目……。

 五度目……。

 

 沙那の女陰の入り口部分から膣の最奥までが強く擦りまくられる。

 それだけで、沙那はなにも考えられなくなる。

 

 律動の数が増すにつれて、快美感がどうしようもなく昂ぶる。

 

「んはあああっ、はうううう」

 

 沙那はついに悶絶してしまった。

 脳を溶かすような衝撃で快感が爆発していく。

 

「本当に素敵な身体だ、沙那殿……。いつまでもこうやって味わい続けたいものですね」

 

「だ、だめえ、い、いっているの──。いっているのよ──」

 

 沙那の身体は絶頂に達していた。

 しかし、寇員外の腰はまったく変わらない速度で動き続けている。

 まるで、まだまだ、かなりの時間をこうやって続けるつもりだと言わんばかりだ。

 それが沙那に恐怖を与える。

 このまま続けられたら、沙那の身体はどうなるのか……? 

 その恐怖だ。

 

 一度、随喜の頂点に達した沙那だったが、寇員外の男根の刺激によって、再び快感の頂点まで引きあげられた。

 

 

「いぐううううっ」

 

 そして、また達する。

 

 だが、寇員外の責めは終わらない。

 沙那が達することなど関係ないとばかりに、淡々と責め続けてくる。

 達するが、巧みな責めで沙那の身体の昂りはどこまでも上昇してしまう。

 目隠しをされて神経が研ぎ澄まされるせいか、沙那の身体に桁違いの快感が襲う。

 異常なまでの身体の感度に恐怖さえ覚える。

 

「いやああああっ、ああああっ」

 

 絶頂が四回目になったとき、あまりの凄まじい興奮に沙那は泣き出してしまった。

 

 しかし、五回目の絶頂のときに、膣の中で寇員外の一物がぶるぶると震えた。

 沙那の絶頂に合わせるように、寇員外が熱い迸りを子宮に放ってくれたのだ。

 

「くはあああっ、んふうううっ」

 

 沙那は途方もない快楽の陶酔に酔いながら、ほっと身体を脱力させた。

 

「素晴らしい身体でしたよ、沙那殿……。さあ、目隠しを外しましょう」

 

 寇員外は怒張を沙那から抜き、沙那から目隠しを取った。

 そして、寇員外が沙那の唇を寄せる。

 沙那はもう呆けたようになっていて、なにも考えられずに口の中を寇員外に蹂躙されるに任せた。

 やがて、唇を離されたときには、寇員外の身体にもたれかかるよに抱きついてしまった。

 

「大したものだよ、寇員外──。感じやすいこいつらとはいえ、たった一度の性交でここまで飼い馴らすんだからね」

 

 そのとき、宝玄仙が不意に言った。

 やっと、周りが見えるようになってきた。

 あまりにも寇員外に圧倒されてしまい、少しのあいたみんなと一緒だということさえ忘れていた気がする。

 そう思うと急に羞恥が込みあがってきた。

 

「す、素敵でした、沙那様、孫様……。わたくしも、いつかおふたりのように素敵な大人になれるでしょうか……?」

 

 素蛾が賞賛の言葉を発した。

 でも、よがり狂っているのを見られて、それが素敵だと称されても嬉しくない。

 

「でも、参考にはならなかったでしょう、素蛾? ふたりとも、なんにも寇員外様にはしなかったものね」

 

 朱姫が素蛾に言った。

 

「ほ、放っておいてよ……」

 

 沙那は荒い息をしながら言った。

 

「それにしても、まだまだ足りない雰囲気じゃないのかい、寇員外? 遠慮なく抱きつぶしていいんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那はふと寇員外の一物を見た。

 確かに、まだ逞しさはなくなっていない。

 すでに、孫空女と沙那に一回ずつ射精しているはずだ。

 寇員外の年齢であったら、もう限界ではないかと思うのだが……。

 

「いやいや、すっかりと満足しました、宝玄仙殿。孫空女殿も沙那殿も素晴らしい身体でした。これまでの女性たちの中でも、最高級の女性です……。それに、食事ときにも言いましたが、私は少し精力が強すぎるのです。私が最後までやってしまえば、女の方を壊してしまいます」

 

 寇員外が苦笑して言った。

 

「それは問題ないさ。こいつらは大した性の技はないけど、身体が丈夫なのだけは取柄でね……、遠慮なく抱きつぶしな」

 

 宝玄仙だ。

 

「なにをおっしゃっているのです。おふたりとも、素晴らしい性技でしたよ。女陰の二段締め、三段締めの強さなど、この私でさえも、思わずあっという間に、精を出しそうになりましたからね」

 

 寇員外が笑った。

 

 二段締めに三段締め……?

 そんなことしたのだろうか……?

 

 沙那はぼんやりと聞いていた。

 

「いいから、いいから──。とにかく、お前自身が本当に満足するまで、こいつらを抱きな──。いいね、お前ら──」

 

 宝玄仙が沙那と孫空女を睨んだ。

 

「は、はい……」

 

「う、うん……」

 

 仕方なく沙那はうなずく。

 孫空女も渋々という感じで返事をした。

 実際のところ、沙那はもう疲労困憊だ。孫空女も同じような感じだ。

 

「なるほど……。では、次は、このわたしが(うぐいす)の谷渡りという技を見せましょうか……。今度はおふたりを同時にいかせてみせますよ──。さあ、じゃあ、おふたりは今度は上半身を岩の縁に倒して、こっちにお尻を向けるように並んでください……。そうそう、そんな感じです……」

 

 沙那と孫空女は、湯の縁に並んで身体をうつ伏せに倒された。

 ふたりとも手首の拘束はまだ解かれていない。

 その状態で尻を並べて、脚を開いて、寇員外を待ち受ける態勢になる。

 

「では、始めますよ……。鶯の谷渡りです」

 

 寇員外が陽気な声をあげて、いきなり沙那の股間に怒張を突きたてた。

 

「ひっ、ひいっ、あ、ああっ、あっ」

 

 不意に始まった律動に沙那は声をあげた。

 静かになりかけていた快感が一気にせりあがる。

 しかし、数回律動しただけで、すぐに寇員外は離れた。

 そして、隣の孫空女の股間を犯しだす。

 

「はうっ、はっ、はっ──」

 

 孫空女も喘ぎだした。

 だが、やはり数回で終わり、また沙那に戻ってきた。

 

「ああっ、あっ……」

 

 沙那はまた声をあげた。

 

「なるほど、鶯のように鳴き声をあげさせながら、女の股の谷を渡るというわけかい……」

 

 宝玄仙が愉しそうな声をあげた。

 そして、寇員外の怒張が沙那からまた孫空女に移動する。

 いや、寇員外の怒張が抜けると見せかけて、寇員外が一気に勢いよく深いところまで沙那の股間を強く抉った。

 

「あひいっ、んはああ」

 

 沙那は突きあげられた寇員外の怒張に合わせるように腰を突きあげ、がくがくと総身を震わせて、断末魔のような声をあげてしまった。



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705 少女姦と童女姦・二夜目

 寝室に入ってきたのは、朱姫と素蛾のふたりだけだった。

 昨夜抱いた沙那と孫空女のふたりはともかく、少なくとも宝玄仙という女主人は一緒にやってきて、寇員外(ていいんがい)がふたりの少女を抱くのを見届けるのだろうと思っていただけに、それは意外だった。

 

「おふたりだけですか、朱姫殿?」

 

 寇員外は訊ねた。

 ふたりは寝室に入った扉の前で手を繋いで立っている。

 色違いの揃いの貫頭衣を着ており、ふたりが身に着けている貫頭衣の袖はなく、下袍の丈は腿の半分くらいだ。また、年長で性にはませた雰囲気の朱姫が真っ白の生地で、幼さと無邪気さが溢れる童女の素蛾は桃色の生地である。

 

「ふたりだけです……。ご主人様から、ふたりで寇員外さんに奉仕し、そして、終わったら戻るように命じられています」

 

 朱姫は素蛾の手を握ったまま言った。

 ほとんど無意識のことだろうが、朱姫は“終わったら”という言葉に少し力が入っていた。

 それはいまの朱姫の正直な心境を示していると思う。

 

「そうですか……。それではこちらにどうぞ……。おふたりにも感謝します。千人切りなどという馬鹿気な願掛けに協力していただいて」

 

 朱姫たちに対して、部屋の真ん中にある天蓋付きの寝台を示した。

 寇員外はその寝台の横にある椅子に腰掛けており、裸身の上に一枚だけの浴衣を巻いて紐帯で締めただけの格好だ。

 

「ま、まあ、ご主人様の命令ですから……」

 

 朱姫は無表情でそう答えると、素蛾の手を引くように寝台にやってきた。

 寇員外が寝台の上に完全にあがるように言うと、朱姫と素蛾は一緒に寝台の上にあがった。

 寝台は特別に作らせた大きな寝台だ。

 おそらく、大人の女が五人寝ても余裕はあるだろう。

 その中心に、朱姫と素蛾というふたりの美少女が膝を折って座る。

 

「……よろしくお願いします……。さあ、素蛾……」

 

 朱姫が寝台の上で軽く頭を下げた。

 その表情は硬い。

 かなりの緊張を朱姫からは感じる。

 

「は、はい、朱姫姉さん……。寇員外様、よろしくお願いします。性奴隷の素蛾です。しっかりとお務めをします。でも、もしも、至らぬ点があれば教えてください。ご主人様にも勉強して来いと命じられています」

 

 素蛾も頭を下げた。

 寇員外は意外に思った。

 顔をあげた素蛾はにこにことしていて、多少の緊張は感じるものの、それを上回る強い好奇心が表情に溢れている。

 それに比べれば、歳上として素蛾を導いている様子の朱姫からは、かなりの固さが垣間見えていた。

 

 とにかく、性経験の多い寇員外にとっても、素蛾ほどの年齢の童女と性交するのは初めてのことだ。

 寇員外の願掛けである千人切りに、供とともに協力してくれるという宝玄仙の申し出はありがたかったのだが、この素蛾を相手にするのは躊躇った。

 

 同じ少女でも、朱姫はすでに大人の男を受け入れるだけの外見があるが、素蛾はまったくの子供体型だ。

 本当に、大人の男を受け入れることができるのだろうかとも心配になったが、宝玄仙によれば、実際の人間の男と関係はしたことはないが、股間は完全に調教が終わっていて、しっかりと男の相手もできるということだった。

 

 まあ、当の素蛾にも、お姉さん格の朱姫と一緒であれば、寇員外と性を結ぶことに不満はないということであったので、遠慮なく抱くことにした。

 だが、その素蛾よりも、朱姫の方がむしろ緊張で身体を固くしている感じであるのは奇妙な感じだ。

 

 いずれにしても、ふたりの心をほぐしてやる必要があるだろう。

 

 特に、朱姫だ……。

 

 このまま性交を行っても、朱姫は緊張のまま行為をすることになり、本当の快感を味わう気にはなりきれないだろう。

 これまでの千人切りで、寇員外は実にさまざまな女性と関係したが、最終的に満足させることのできなかった相手はいない。

 

 寇員外の馬鹿げた願掛けに協力してくれると申し出てくれた以上、誠意を尽くして、相手に性的な満足を与える──。

 それは寇員外のせめてもの感謝の気持ちだと思っている。

 

「まずは、舌で奉仕した方がよいのですよね、朱姫姉さん……?」

 

 素蛾が朱姫の顔をちらりと見た。

 

「そ、そうね……。じゃあ、ふたりでやろうか」

 

 朱姫が素蛾に言った。

 寇員外はまだ寝台にはあがらずに、寝台に向き合うように傍の椅子の腰かけたままだ。

 その寇員外に向かって朱姫と素蛾がやってこようとした。

 

「いや、そのまま……。そのままですよ、おふたりとも……」

 

 寇員外は微笑みながら、“とまれ”という仕草で片手を前に出した。

 ふたりが当惑して静止する。

 

「私は性急な若者ではありません。まずは、おふたりの若い裸の身体を見たいですね」

 

「は、裸ですか……?」

 

「そうです、朱姫殿。裸です……。ふたりでその場で服を脱いで、裸体を見せてください。その方が舌で奉仕してもらうよりも、ずっと私は興奮します」

 

 寇員外は言った。

 宝玄仙に昼間のうちに確かめた限りにおいては、素蛾は性奴隷志願だが、本当の性奴隷ではないらしい。

 また、朱姫は素蛾の調教役ということであり、性技にも長けているのだが、男の相手は好きではないようだ。

 だから、その朱姫の緊張を解いて性的な興奮に導くには、まずは、寇員外には肌を接しない方がいいと思った。

 そして、素蛾の師匠だという立場を利用して、ふたりで愛を交わしあう行為の延長に寇員外との性行為を持ってきた方がよいだろう。

 

「ふたりとも服を脱いでください。そして、膝を立てて脚を開いてもらいましょう……。さあ、どうぞ……。素蛾殿は私に奉仕する性奴隷の勉強に来たのでしょう? だったらできますよね。そして、朱姫殿は素蛾殿に見本を示すのでしょう?」

 

 寇員外は少し強制的な口調がこもるように言ってみた。

 その方がふたりの躊躇いを消して、ふたりの行動を後押しするはずだ。

 案の定、寇員外が語尾に強い命令口調をこめると、素蛾ははっとしたように貫頭衣をすぐに脱ぎ始めた。

 朱姫もそれに遅れて服を脱ぐ。

 ふたりとも、貫頭衣の下は下着一枚ない完全な素裸だった。

 

「さあ、素蛾、脚を開くのよ……」

 

 朱姫が素蛾を促すように言ったが、実際には素蛾はすでに大きく脚を開いている。

 どちらかといえば、朱姫は開きが狭くて、心持ち膝を折って恥ずかしそうにしている。

 寇員外は寝台の上側にあった燭台を卓の上に移動させた。

 明るい光源に照らされて、朱姫と素蛾の股間が露わになる。

 

「うわっ……」

 

 股間が照明に照らされたことで当惑した表情をしめしたのは、やはり朱姫だった。

 朱姫は一瞬だけ脚を閉じかけてから、すぐに思い直したように脚をまた拡げた。

 それに比べれば、素蛾はまったく微動だにしなかった。

 だが、興奮の度合いは素蛾がまさるようだ。

 素蛾の顔はほんのりと上気し、鼻息も少し荒い。

 

 また、ふたりの股間は少女らしいきれいな桃色だった。

 確かに朱姫だけでなく、素蛾もまた、男を受け入れることはできそうな感じだ。

 

「ふたりとも陰部を指で開いてください……」

 

 寇員外の言葉に朱姫が小さな声をあげた気がした。

 しかし、並んでいるふたりは、すぐにそれぞれに自分の手で股間に手をやって花弁を拡げる。

 そのとき、朱姫が恥ずかしそうに顔を伏せたが、素蛾はにこにこと微笑んでこっちを真っ直ぐに見ている。

 ふたりの反応は本当に興味深い。

 

「じゃあ、そのまま、お互いの手で、相手の股間の自慰をしてもらいましょうか……。いや、相手の股間を弄るのですから自慰とは言いませんね。ふたりで相手の股を弄ってください。そして、声を掛け合って同時に達してもらいます。それくらいは、性奴隷としては簡単なことですよね」

 

 寇員外は笑った。

 

「そ、そんなあ」

 

 抗議の声をあげたのは朱姫だった。

 あまりの命令に、顔に屈辱感がありありと浮かんでいる。

 

「あっ、だ、大丈夫です、朱姫姉さん……。わたくし、できますから……。朱姫姉さんとだったら、むしろ嬉しいくらいです」

 

 素蛾はすかさず言った。

 おそらく素蛾は、朱姫が抗議したのは素蛾のためだと思ったのだろう。

 だが、寇員外は、朱姫が拒否の声をあげたのは、純粋に命じられたことに対する激しい羞恥の反応だとはわかっている。

 

「そ、そうなのね、素蛾……。わ、わかったわ……。じゃあ、やりましょう……」

 

 朱姫が赤い顔をしたまま素蛾の股間に手をやる。

 素蛾はもうそれだけでうっとりと酔ったような表情になってしまった。そして、素蛾もまた朱姫の股間に手をやって股を愛撫し始める。

 

「ああ、ああっ……き、気持ちいいです、朱姫姉さん……」

 

 素蛾の口からすぐに生々しい情感の声が聞こえてきた。

 みるみるうちに素蛾の股間は蜜が滴るように溢れかえったようになった。

 ふたりの愛撫が続く。

 

 朱姫はなかなか濡れることもなかったし、声も控えめだった。

 だが、しばらく経つと、ついに、その朱姫も羞恥の声を漏らし始めた。

 気がつくと、いつの間にか股間はたっぷりと濡れて、粘性のある糸が朱姫の股間を動く素蛾の指にまとわりついている。

 

「ちゃんと声を掛け合って同時に達するんですよ。それが性奴隷というものです……」

 

 寇員外は声をかけた。

 

「そ、素蛾……い、いきそうになったら……はあ……はっ……こ、声をかけて……あ、ああっ……」

 

「は、はい……朱姫……姉さん……で、でも、もう、いきそうです……。も、もっと、ゆっくり……はあああ」

 

 素蛾が大きな声をあげて身体を大きくくねらせた。

 この童女はかなり感じやすい性質のようだ。

 

「ま、待って……」

 

 朱姫が、素蛾の股間に這わす指の場所を移動させて内腿あたりに変えた。

 それで、素蛾の快感を逸らせて、絶頂の時間を合わせるつもりなのだろう。

 だが、朱姫に愛撫されている素蛾の乱れ方は激しい。

 あれでは、どこをどう触られても、すぐに達する気がした。

 

 寇員外は自分が指示をしたこととはいえ、年端もいかない少女と童女がお互いの股間を愛撫し合うという光景に想像以上の興奮を覚えた。

 寇員外の股間は浴衣の下でこれ以上ないというくらいにいきり勃っている。

 一方で、ふたりの少女の股間でお互いの指が蜜にまみれて踊っている。

 

「……だ、だめ……いく……いきます……しゅ、朱姫姉さん……そ、素蛾は……」

 

「ま、待って……あ、あたしもいくから……ちょっとだけ我慢して……もう少しだから……。それと、もっと肉芽を激しくして……ああっ、そこ、そこよ……はああっ……」

 

 朱姫もがくがくと激しく身体を震わせ始めた。

 

「いく、いく、いくううう──」

 

 素蛾も大きな声をあげる。

 もはやふたりとも完全にふたりだけの世界に没頭している。

 

「いくうっ──」

 

「しゅ、朱姫姉さん、好きです──」

 

 朱姫と素蛾がほぼ同時に達した。

 

 寇員外は立ちあがった。

 そして、浴衣を脱いで素裸になると寇員外も寝台にあがる。

 もう自制は限界だったし、朱姫も素蛾も身体も心もすっかりとできあがっているのはわかっている。

 寇員外はまずは朱姫の身体に手を伸ばした。

 

「ひっ」

 

 達したばかりの余韻で呆けていて、朱姫も素蛾も寇員外が傍にやってきたことに気がつかなかったようだ。

 朱姫が声をあげた。

 その朱姫の身体をひっくり返して、勃起の先を朱姫の女陰を撫であげてやる。

 

 朱姫の股間は、すっかりと準備は整っていた。

 それを確かめてから朱姫の蜜で濡れた女陰に亀頭を押し当てた。

 そして、ゆっくりと腰を進めて怒張を沈めていく。

 

「ううっ、ああっ……」

 

 朱姫は歯を喰い縛って衝撃に耐える仕草をした。

 素蛾との股間の擦れ合いで緩んでいた朱姫の身体に、一気に緊張が戻るのがわかった。

 このまま一気に沈めてもいいのだが、それでは朱姫の身体に大きな痛みが加ってしまうだろう。

 寇員外は侵入を拒む朱姫の肉襞を突き破って、快感を得たいと思う衝動を我慢して、浅瀬までの挿入でいったん静止した。

 

「素蛾殿、舐めるのだ。朱姫殿と私が繋がっている部分を舐めよ──。朱姫殿の股間を刺激してやれ」

 

 寇員外は声をあげた。

 

「は、はい」

 

 素蛾が元気な声をあげた。

 男と女が繋がっている部分に舌を這わせるなど、いくら性奴隷でも恥辱なのではないかと思うのだが素蛾の返事は陽気だった。

 どうやら、この童女は倒錯的性交に少しの反感もないらしい。

 むしろ、愉しそうだ。

 

「な、舐めますね……」

 

 素蛾の身体が這いつくばり、寇員外と朱姫が繋がっている場所を舐め始める。

 

「はうううっ──そ、素蛾……き、気持ちいい──」

 

 素蛾の舌が結合部で動き出すと朱姫が大きな声で吠えて背中を反らせた。

 朱姫の股間の抵抗がなくなったのがわかった。

 寇員外は力のなくなった朱姫の股間に怒張を最後まで押して、根元まで貫かせる。

 

「はあああっ」

 

 朱姫がぶるぶると身体を震わせた。

 改めて、律動を開始する。

 そして、朱姫の反応のひとつひとつを確かめながら、朱姫が快感を覚える場所を探して、肉棒でそこを集中的に擦っていく。

 

 しばらくすると、やっと朱姫が肉棒で股間を刺激される快感に充溢してきたようだ。

 寇員外は畳みかけるように朱姫に快感を与えようと思った。

 結合したまま、寇員外の身体を下にして朱姫を上にする。

 下から朱姫の腰を持ち、少し上にあげてから一気に下げて強烈な一撃を与えた。

 

「ふうう──」

 

 朱姫が苦痛とも快感とも取れない声をあげた。

 

「素蛾殿、朱姫殿の後ろからお尻を舐めるのだ。ふたりで朱姫殿を昇天させよう」

 

「は、はい。朱姫姉さん、ご奉仕します」

 

 素蛾が嬉しそうに声をあげて、寇員外の上にいる朱姫の背後に舌を這わせる体勢になる。

 この童女がいると、こんな少女たちのとの性交でも、少しも悲惨な感じにならず、むしろ、性交とは愉しいものだという雰囲気になるから面白い。

 

「ああっ、ああっ、ああっ」

 

 寇員外は、自分の股間の上で朱姫の腰を掴んで激しく上下に動かす。

 その状態に素蛾がその朱姫のお尻に舌を動かしだす。

 朱姫は一層乱れてきた。

 

「あうううう──」

 

 やがて、ついに朱姫が喉を突きあげて絶頂した。

 寇員外はそれを確認してから、朱姫の女陰の中に精を放った。

 

 朱姫ががっくりと脱力したようになる。

 寇員外はその朱姫を身体からおろすと、静かに寝台に横たえた。

 

「さあ、次は君だ、素蛾殿……」

 

 寇員外は、素蛾を抱き寄せて朱姫から離した。

 素蛾については、普通に抱くつもりだった。

 この童女は経験は少ないが、性交について好意的な価値観を抱いているようだ。

 その素蛾には、本格的なやり方で、気持ちのいい性交を教えてあげようと思った。

 

「は、はい」

 

 だが、寇員外が素蛾を引き寄せると、素蛾の顔が一瞬にして硬直した。

 たったいままで、愉しそうにしていた様子は完全に消滅した。

 さっきの朱姫以上の緊張が素蛾の身体から伝わってくる。

 寇員外は首を傾げた。

 

 だが、すぐにその理由がわかった。

 どうやら、素蛾が性行為を愉しいと感じるのは、朱姫がそばにいるという状態に限るようだ。

 寇員外は微笑んだ。

 そして、素蛾を朱姫のいる場所に戻し、まだ、脱力して仰向けになっている朱姫の上になるように素蛾の裸身を導いた。

 

「な、なに……?」

 

 朱姫がそれに気がついた。

 だが、寇員外は、朱姫にそのままでいてくれという仕草をした。

 

「さあ、素蛾殿、朱姫殿の身体を舌で掃除しておあげ……。許可をするまで朱姫殿の身体を上から下まで舐めるんだよ……。そうだね……。朱姫殿の名を呼びながら舌を動かすこととしよう……。その代わり、私のすることに抵抗してはならない。いいね……。私のしていることは朱姫殿にされていると思うんだ」

 

 寇員外が言った。

 

「朱姫姉さんに?」

 

 素蛾は不思議そうな表情になった。

 

「いいから……。言われたとおりにね……」

 

 寇員外は素蛾の顔をそっと朱姫の唇に近づけさせた。

 朱姫も寇員外が意図していることがわかったようだ。

 かすかにうなづいた。

 

「さあ、おいで、素蛾……。あたしと口づけをしようよ……。あたしだけを見るのよ……」

 

 朱姫が優しく素蛾に話しかけながら、素蛾と口づけをかわした。

 

「あ、ああ……しゅ……んん……朱姫……姉……さん……んん……」

 

 ふたりが舌を舌を絡め合いだした。

 素蛾が口づけと口づけの合間を縫うように朱姫の名を呼び始める。

 そして、少し放っておくと、すぐに素蛾と朱姫は再びふたりだけの世界に没頭し始めた。

 寇員外はそれを確認してから、朱姫の上になって腰をあげている素蛾の股間を後ろから指で愛撫し始めた。

 

「あはあ……しゅ、朱姫姉さん……はああ……」

 

 素蛾が顔をのけ反らせた。

 

「そうだ……。朱姫殿の名を呼び続けるのだぞ……」

 

 寇員外はそう言って、さらに指で刺激を送っていく。

 愛撫しているのは寇員外でも、朱姫の身体に触れ、朱姫の名を呼ぶことで、素蛾はまるで朱姫に愛撫されているような錯覚に陥るだろう。

 そうやって童女が愛おしと思っているらしい朱姫のことだけを感じさせながら、この童女を犯してあげようと考えた。

 

「素蛾、胸を舐めて……。もっとよ……あああ、気持ちいいわ……はあ」

 

 朱姫が素蛾の身体を下から軽く抱くように動かした。

 素蛾は一心不乱に朱姫の胸に舌を這わせ、そして、朱姫の名を呼んでいる。

 その一方で、寇員外はこの童女の股間を執拗に愛撫している。

 あっという間に素蛾の股間には蜜が溢れ、しかも滴り落ちだした。

 しかも、まるで寇員外を誘うようにさらに脚を拡げて、腰を淫らに動かしだす。

 

「しゅ、朱姫姉さん……ああ、気持ちいいです……気持ちいいです……」

 

 朱姫の肌を舐め、朱姫の名を呼び、そして、腰の後ろから寇員外に淫らな刺激を与えられることで、素蛾はすっかりと混乱し始めたようだ。

 寇員外はさらに体勢を動かして、素蛾の股間を背後から貫く姿勢になる。

 そして、ゆっくりと突いていく。

 

「はあああ──はああああ──朱姫姉さん──いいいいい」

 

 小さな女陰だが素蛾の股間は滑らかに寇員外の一物を受け入れてくれた。

 素蛾は朱姫の名を連呼しながら、朱姫にしがみつき、それでいて、顔だけは命じられた行為を続けようと朱姫の肌に舌を這わせている。

 

「朱姫姉さん──」

 

 素蛾が吠えるような声をあげた。

 

「素蛾、大好きよ──。素蛾──。頑張って──」

 

 寇員外は、それを微笑ましく思いながら、少しでも早く精を放って素蛾を楽にさせようと、できるだけ快感が得られるようなやり方で素蛾の狭い膣道に猛った怒張を擦りつけていった。



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706 女道術師の性癖・三夜目(1)

 宝玄仙が両手で敷布を握りしめて、しなやかな肢体を弓なりに反らせた。

 背中は完全に浮き、頭で身体を支える状態になっている。

 寇員外(こういんがい)はその宝玄仙の括れた腰を掴んで、さらに激しく股間を突きあげた。

 

「ああっ、はううっ」

 

 宝玄仙が美顔をしかめて大声で喘きながら、身体をぶるぶると激しく震わせる。

 やっと官能の頂点に達したようだ。

 

 寇員外はそれを確かめてから、おもむろに宝玄仙の膣の中に精を放った。

 射精の快感が寇員外をじんわりと包み込む。

 すると、宝玄仙が寇員外の身体の下から両手を伸ばして、寇員外の裸の背中を強い力で抱きしめてきた。

 寇員外もまた、宝玄仙の裸身を抱き返す。

 

 そのあいだも寇員外の射精は続いている。

 宝玄仙の膣に締めつけられながら、寇員外は迸る精をさらに宝玄仙の膣の奥に注ぎ込んだ。

 

「あ、ああっ、す、すごいよ……あ、ああっ……」

 

 やがて、寇員外は最後の一滴まで宝玄仙の股間に精を注ぎ込んだ。

 

「ふう……。堪能しました。素晴らしい身体でした、宝玄仙殿」

 

 寇員外は大きく息を吐くと、宝玄仙の裸身から手を離した。

 宝玄仙も寇員外の身体に回していた腕をほどく。

 寇員外は萎え始めた幹を抜き、宝玄仙の隣にごろりと仰向けになった。

 

「こ、これで、千人切り達成です……。ありがとうございました、宝玄仙殿。やっと、満願成就がかないました」

 

 寇員外は寝台の天蓋を見ながら言った。

 

「……女千人切りを果たせば、長寿が約束されるんだったっけ?」

 

 汗まみれで横になっている宝玄仙が、寇員外の横で笑った。

 

「そういうことになっています。どのようなかたちでそれが実現するかわかりませんけどね……。また、あの女神が夢の中にでも出てきてくれて、長寿の秘訣でも教えてくれるのでしょうか?」

 

「さあね……。女というのは気紛れなものだしね。特に、女神というのは、昔から移り気で自分勝手と相場も決まっている。その女神もお前に千人切りを命じたことなんて、すっかりと忘れて、今頃は、別の男の夢の中に入っているかもしれないさ」

 

「そうかもしれませんね。まあ、おかげで、千人もの女性たちを抱いたのですから、女神には感謝しませんと……。たとえ、長寿が与えられなくても、私は素晴らしい時間をすごしましたから」

 

 寇員外は言った。

 

「七年間で女千人かい……。そういえば、それはお前の奥さんが亡くなって、こっちに移ったのが、そのきっかけだったね……。お前のような女泣かせの嫁というのも大変だったと思うが、奥さんが存命の頃から数えると、どのくらいの女と関係したんだい?」

 

 宝玄仙が何気ない口調で訊ねた。

 

「あいつが生きている頃に、別の女を抱いたことなどありませんよ」

 

「嘘を言うんじゃないよ。お前のように性欲が強い男が嫁ひとりで足りるわけないだろう」

 

 宝玄仙が大きな声で笑い出した。

 

「本当です……。私はずっと嫁ひとりでしたよ──。あいつが死ぬまではね」

 

「まあいいよ……。そういうことにしておいてやるよ。いずれにしても、明後日には出立しようと思うけど、その前にお前の死んだ嫁さんのために、祈りの祭事をしてやるよ。これでも、故郷の東方帝国では神官だったのさ。結構、名のある巫女でね」

 

「それはありがたい。是非、お願いします……。それにしても、あなたが神官だというのは意外ですね……。おっと、これは失言でした。申し訳ありません」

 

「いいさ。確かに、このわたしが巫女だったというのは意外だと、わたし自身も思うしね。あれは、実に純潔さと清廉さが求められる職業でね」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、だけど、わたしに言わせれば、お前が嫁が存命のときには、その性欲を嫁ひとりで満たしていたという方が意外だよ。一体全体、どうやって耐えていたんだい? 嫁を抱いた後、足りない分は自慰でもして発散したかい?」

 

 

「それは秘密です」

 

 寇員外は苦笑した。

 だが、まさに宝玄仙の言うとおりだった。

 新婚時代は、あの妻も激しい寇員外の性欲に応じてくれていたものの、やがて、妻に泣きながら、どうか性欲を発散するための妾を作ってくれと頼まれたことがあった。

 もちろん、寇員外は妻を愛していたし、ほかの女を抱くつもりはなかったので、妾は作らなかった。

 だが、ただ、それ以降は、妻との性交では一回の回数を抑えることにした。

 

 抱くときはひと晩に精を一回。

 そして、その一回で妻を満足させる──。

 そして、それでやめる。

 

 自分が満足するのではなく、妻が満足することを第一とする。

 一度で満足できない場合は、隠れて自慰で性欲を発散してでも、妻の身体に負担をかけないようにする……。

 その代わり、妻のことは毎晩抱かせてもらう……。

 もちろん、妻の体調が悪いときなどは除いてだ。

 

 それが、当時に決めた寇員外の性の掟だった。

 寇員外はそれを妻が死ぬまで守り通した。

 まあ、それで妻との関係はうまくいった。

 人並み以上に仲のいい夫婦だとも称されたし、妻も病気で死ぬ前には、寇員外のおかげでいい人生を送れたと笑って逝ってくれた。

 妻以外の女を抱いて、女千人切りなどを始めたのは、妻が死んでからだ。

 

 従って、寇員外がこれまでの生涯で抱いた女の数というのは、一千一人ということになる。

 無論、最初のひとり目は妻だ。

 

「まあいいさ……。それに、長寿はともかく、お前は“若さ”というのは手に入れているよ」

 

 思念に耽っていると横の宝玄仙が声をかけてきた。

 

「若さですか?」

 

 寇員外は顔を曲げて宝玄仙に顔を向けた。

 

「ああ、そうだよ」

 

 すると、宝玄仙がまだ剥き出しだった寇員外の一物をぎゅっと握った。

 

「おっ」

 

 思わず声が出た。

 痛いわけではない。

 独特の握り方で股間を圧迫されて、疼きのような快感が股間に走ったのだ。

 宝玄仙の手の中で、寇員外の一物が再び硬度を保ったのがわかった。

 

「こんなに若いじゃないか。だって、お前はもう六十だろう。その年齢でこんなに股間が元気なら若すぎるくらいだよ。淫乱の女神なんかの助けなんかなくても、しっかりと長生きはするよ。この宝玄仙が保証するよ……」

 

 

「なるほど、そういうものかもしれませんね」

 

 寇員外は笑った。

 宝玄仙が寇員外の男根から手を離した。

 

「ああ、そういうものさ……。だけど、さすがに、若者のような身勝手な性交はしないね……。それは感心するよ。さっきだって、ちゃんとわたしが達するのを確認してから精を放っていたじゃないか。まずは、女を満足させようという優しい性交だ……。それについては、逆に年齢を重ねた老練さと技巧を感じるよ」

 

「私は女体を抱かせてもらっています。だから、相手を満足させる努力をするのは当然ですよ」

 

 本心だった。

 

 女性を満足させないと、寇員外は性交を行ったという気分になれないのだ。

 逆に言えば、女が満足さえしてくれれば寇員外は十分に嬉しい。

 自分の性欲の発散はその延長上にあるが、それは寇員外にとって必ずしも必要なことではない。

 

「いやいや、なかなかできるものじゃないね。さすがにわたしは千人もの経験はないけど、おそらく、お前のように優しい性交をする男はほとんどいないと思うよ。大抵の男は自分が満足すればそれで終わりだからね。女の快感など気にしている男なんていないさ」

 

「そうでしょうか?」

 

 ほかの男の基準など知らない。

 ただ、千人の女を相手にするうちに、その女たちが寇員外との性交を素晴らしいものだったと口込みで広めてくれたというのは確かだ。

 だから、千人の半分を相手するのに七年のうちの五年がかかったが、残りの半分は二年だ。

 そのうちにわざわざ、この地霊の町までやってきて、寇員外に抱かれることを求める女まで現れるようになったのだ。

 もちろん、そういう女性たちにも、寇員外は誠心誠意に尽くした。

 

「ああ、そうさ──。第一、女扱いがうまいよねえ……。最初の夜、沙那と孫空女を目隠しをして抱いたね。あれも感心したさ。あいつらはなんだかんだといって、被虐癖が強いからね……。あんな風に抱かれると蕩けてしまうのさ」

 

「そうなのですか?」

 

「まあね。その後の抱き方もよかったよ。少し乱暴で侮辱的な抱き方だ。あれはあいつらが一番弱い抱き方さ……。しかも、激しい抱き方のようでありながら、しっかりと自制された抱き方だった。ちゃんと快感が苦痛に感じ始める前にきちんとやめたしね……。まあ、よく女を見ながら抱いているなと思ったよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「たくさんの女を相手にしましたからね。なんとなく、相手の女性の好みの抱かれ方というのが、わかるようになったのです」

 

「そうなんだろうねえ……。夕べの朱姫と素蛾についても、一転して優しく抱くてくれたらしいじゃないかい」

 

「優しくなどありませんよ。ふたりには酷で侮辱的な行為も強要しましたよ」

 

 寇員外は苦笑した。

 優しくどころか、まだ少女のふたりに股を拡げて、お互いの股間を愛撫するのを見せるのを強要したり、結合している男女の部分を舐めさせたり、犯しながらもうひとりの少女の身体を舐めさせたりしたのだ。

 寇員外の価値観では、随分と侮辱的な行為に思えるのだが……。

 

「いや、それは、あのふたりの欲望を見極めての命令だろう? あいつらは仲がいいからね。それを利用して、ふたりの緊張を削ぐようにしたんだろう」

 

「まえ、それは確かですね」

 

 寇員外は笑った。

 横の宝玄仙もにんまりと微笑んだ。

 

「いずれにしても、昨夜であのふたりの絆はさら強くなったさ。それにも感謝するよ。あのふたりも、お前には、すごくよい印象を持ったようだ」

 

「それは、どうも」

 

 それにしても、宝玄仙は昨夜のことをよく知っていると感心した。

 昨夜の時点では、宝玄仙はいなかったのだから、あのあと、朱姫と素蛾から根掘り葉掘りと聞き出したのだろう。

 

「……しかも、一回ずつで返してくれたようだね。あれは、あいつらが、それ以上の性交を求めた感じじゃなかったからだろう? だけど、お前自身は満足には程遠かったはずさ。遠慮なく抱いてもよかったんだよ。あいつらにはそう命じてあったんだ。ちゃんと、お前が満足するまで相手をしてこいとね」

 

「でも、朱姫殿はどうやら男との性交は苦手のようでしたから……。素蛾殿は性に積極的なように見えますが、あれは皆さまと一緒のときに限るようです。それにしても、素蛾殿は本当に健気でいい子ですね。皆様を本当に好いておられるようだ。私がいうようなことではありませんが、どうか大切にしてあげてください」

 

 寇員外は言った。

 

「お前のそういうところが、千人もの女を引きつけたのさ……。まあいいさ。たけど、わたしも、あいつらの主人だという自負心があるからね。お前を参ったと言わせるまでやらないと気が済まないよ……。さて、じゃあ、もう一回戦だ。行くよ──」

 

 宝玄仙が身体を起こして寇員外の身体に被さってきた。寇員外の腹に馬乗りになる。

 愉しそうに笑っている。

 本当に愉快な人だ。

 

 抜群の肢体に驚くような美貌──。

 

 気丈な性格と天真爛漫の無邪気さ──。

 

 解放的な性──。

 

 すべてが魅力的だ。

 寇員外は、この素晴らしい女性に心の底から満足させる性交をしてあげたいと思った。

 

「わかりました。では、もう一回戦といきましょう。でも、体位を変えましょうか……。どうか、こちらに……」

 

 寇員外は、一度宝玄仙を身体からおろした。

 そして、さらに寝台からもおろし、部屋の壁まで誘導する。

 宝玄仙に壁に両手をあてて、こちらに尻を突き出すように立たせる。

 

「おっ、な、なんだい……。これじゃあ、わたしがお前に奉仕できないじゃないかい? 今度こそ、わたしがお前をいい思いをさせてあげるよ。供たちを満足させてくれたお礼もあるしね」

 

 宝玄仙が後ろに顔を向ける。

 

「あなたの満足が私の満足ですよ……」

 

 寇員外は宝玄仙の尻の前に跪いた。

 宝玄仙の両脚を開いている。

 そのため、宝玄仙の股間では秘めやかな割れ目がはっきりと見えている。

 とても綺麗な秘唇だ。

 性経験は多いと称していたが、桃色を帯びた女陰の外襞からはとてもそんな風には思えない。

 

 その股間からは、すでに溢れるばかりの蜜が光っている。

 呼吸を忘れるほどの淫靡な光景だ。

 寇員外は、舌を宝玄仙の尻に這わせた。

 

「ああっ、あっ」

 

 すると、宝玄仙が驚くくらいに狼狽えた声を出して身体を震わせ出した。

 やはり、後ろが弱いようだ。

 一回目の交合のときに、宝玄仙が臀部への愛撫に異常に反応することがわかった。

 宝玄仙が肛門への愛撫に強い淫情を示すということは明らかだった。

 しかし、同時に肛門への愛撫に対する宝玄仙の強い嫌悪も感じる。

 おそらく、なにかの心の傷のようなものが関係しているのではないかと思った。

 

 だから、あまり一回目のときには、そこは意図的に責めたてなかったのだ。

 一方で、肛門に宝玄仙の強い快感の窓があるのは間違いない。

 だから、寇員外は、今度は奉仕というかたちを取ることで、その宝玄仙の源を責めることにした。

 男が奉仕するという態勢であれば、少しは宝玄仙の嫌悪感も削がれるだろう。

 それで宝玄仙の肛門への責めについての心理的な抵抗を小さくしてあげたいと思った。

 せっかくの快感の源泉なのだ。もっと愉しめばいいのだ。

 

「お、お前、そこは……」

 

 宝玄仙が強く腰を震わせた。

 

「いえ、奉仕させてください……。あなたのお尻を見ていると無性にむしゃぶりつきたくなるのです」

 

 寇員外は尻の割れ目を中心に舌を這わせ、何度も繰り返し菊門の周りを舐めた。

 宝玄仙の身体の震えが激しくなる。

 そして、舌先を肛門そのものに触れさせた。

 

「うふううっ──」

 

 宝玄仙が強く鼻を鳴らして、お尻全体を寇員外に押し付けるように突き出した。

 寇員外は尻たぶを掴み、左右に押し広げると後ろの穴に舌をこじ入れるような刺激を与えた。

 

「あああっ──そ、そこは、だめええ──」

 

 宝玄仙が泣くような声をあげて脚を震わせた。

 開いている女陰からは大量の蜜が滴り落ちてくる。

 寇員外は尻を責めていた舌を伸ばして、今度は、すっかりと勃起した肉芽をすくい出すように責めた。

 さらに女陰そのものにも舌を動かす。

 

「はああっ、はあっ、はっ、はっ、ああっ」

 

 宝玄仙は短くて激しい息を出し始める。

 強い快感が襲っているのは確かだ。

 やはり、この女性はお尻を混ぜた責めを与えると異常に反応する。

 寇員外は再び舌を動かす場所を肛門に戻して、今度は舌をすぼめて肛門の内部に突き入れるようにして内側をかき回す。

 

「あはああっ」

 

 宝玄仙が可愛らしい声をあげて、がっくりと膝を折りかけた。

 慌てて寇員外は両手を腰の括れに動かして、しっかりと身体を支え直した。

 しかし、宝玄仙の震えは止まらず、急に力を失ったようになり、その場に崩れてしまった。

 

「ほ、宝玄仙殿?」

 

 寇員外は想像以上の反応に少し狼狽えた。

 その宝玄仙が寇員外に笑みを向けた。

 

「ふふふ……。また、いったよ……。やっぱり、お前は女扱いが上手だよ。このわたしを立て続けにいかせるんだからね……。じゃあ、今度はお前自身がきておくれ。前でも、後ろでもいいよ……。好きな方を犯しておくれ」

 

 汗で黒髪を額に張りつかせた宝玄仙は、すっと立ちあがると、また、さっきと同じ姿勢になって、壁に手をついて、こっちにお尻を向けた。

 そして、挑発するように腰を振った。

 

「ならば、遠慮なく……」

 

 前と後ろのどちらを犯すかは決めている。

 宝玄仙の本当の心が求める方だ。

 

 寇員外は壁の横の戸棚から潤滑油入りの小瓶を取り出して、すばやく怒張に塗った。

 潤滑油でもあるが、薄い膜を作って、宝玄仙の肛門と寇員外の性器を清潔に保つ効果もある。

 つまりは、安全に肛姦を交わすための特別な油剤だ。

 

 寇員外は、その油剤を男根の先に塗って準備を整えると、宝玄仙の白い尻に男根の先端を突き立てて一気に滑り込ませた。

 

「ふああああっ」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 寇員外の男根を宝玄仙の尻が締めつける……。

 

 熱い……。

 

 強い圧迫感……。

 

 適度な湿り気……。

 

 一物に襲いかかる素晴らしい尻の感触に寇員外は酔った。

 

「はあっ、はっ、はっ、はっ」

 

 律動を開始すると、宝玄仙は耐えてきたものが噴き出すように絶息していた息を吐いた。

 そして、激しい声を出し始める。

 

 寇員外は宝玄仙の尻の感触を愉しみながら、背後から宝玄仙の腰を抱いて肛門を抜き挿ししていく。

 宝玄仙の腰が揺れ、ぽたぽたぽたと股間から蜜が床に迸る。

 彼女が強い快感に襲われていることは明らかだ。

 

「ああ、いいいっ──」

 

 宝玄仙は引きつったような声をあげて、また身体を震わせた。

 

「まだまだ、私は満足しませんよ」

 

 寇員外はそういって、さらに尻に男根を突き立てる。

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 今度は角度を変化させて、肛門を犯す──。

 

「はあああ」

 

 しばらくすると、またもや宝玄仙が絶頂した。

 それでも、寇員外は肛姦を続けた。

 

 宝玄仙が激しく乱れ、今度は泣きじゃくりだした。

 これには少し寇員外も驚いた。

 

 快感が激しすぎて、気の強そうな宝玄仙も、自分の感情を制御できなくなってきたようだ。

 だが、寇員外にはまだ宝玄仙をしっかりと観察する余裕もある。

 寇員外はさらに宝玄仙に快感を与えるためにわざと荒々しく尻を犯した。

 

 すると、宝玄仙の反応がさらに強くなった。

 黒髪を振り乱して、腰を動かしてくる。

 

 その動きが頂点に達する。

 

「あぐうううう、死ぬうううう──」

 

 宝玄仙が壁に手を突いたまま咆哮した。

 その身体が弓なりになり、束の間、硬直した。

 そして、その場に完全に崩れ落ちる。

 寇員外の怒張は、そのまま抜けていった。

 

「大丈夫ですか、宝玄仙殿?」

 

 荒い息をしたまま跪いている宝玄仙に寇員外は声をかけた。

 

「だ、大丈夫……と言いたいけど……、お前にはかなわないね……。このわたしをこれだけ、たじたじにさせるんだからね。そんな男はそうはいなかったよ」

 

 宝玄仙は身体を反転させて、腰を床につけたまま身体を寇員外に向けた。

 そして、半開きの唇を近づけてきた。

 びっくりするほどの妖艶さだ。

 

 寇員外も、その瞬間、我を忘れた。

 気がつくと、夢中になって宝玄仙と唇を重ねていた。

 お互いの舌を絡ませ合い、そして、唾液をすすり合った。

 

 唇を離す。

 

「ところで、私はまだ達してはいませんよ……」

 

 寇員外はにっこりと笑った。

 

「そうだったね……。まだ、大丈夫だよ、寇員外……。今度こそ、お前に奉仕を……」

 

 宝玄仙はかなりつらそうな気配だったが、それでも気丈に微笑みを返してくる。

 寇員外は宝玄仙を抱き抱えるように、再び寝台に連れていった。宝玄仙を仰向けに横たえる。

 そして、まだ呆けている感じの宝玄仙の両手を頭方向に伸ばさせて、寝台に備え付けてある枷を宝玄仙の両手首に嵌めた。

 

 この寝台には、女たちとさまざまな性遊戯をする準備が予め整えてある。

 こういう拘束具もそれらのひとつだ。

 宝玄仙の手首に嵌めた枷は鎖が寝台の頭側に繋がっている。

 これで宝玄仙は動けなくなったということだ。

 

「な、なんだい? 今度こそ、わたしが奉仕するよ。これを外しておくれ」

 

 宝玄仙が焦ったように言った。

 

「あなたの快感こそが、私への奉仕ですよ……」

 

 寇員外はこの気の強い女性の心に潜む、真実の性癖に気がついていた。

 この女性はおそらく強い被虐癖だ。

 確信はないがそんな気がする。

 

 だから、この宝玄仙を心の底から満足する性を与えるには、そんな性交でなけらばならないと思う。

 寇員外は今度は寝台の下側に鎖で繋がった枷を引っ張り出し、宝玄仙の両脚を開かせて、その足首に嵌めた。

 

「わっ、うわっ、わっ」

 

 すると、宝玄仙がまるで少女のように狼狽えた声を出した。



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707 女を悦ばせる男・三夜目(2)

「あなたを思い切り愉しませてみせます。あなたは千人切りの最後のひとりなのですから。それくらいをしなければ、私の気持ちが収まらないのです」

 

 寇員外(こういんがい)がそう宝玄仙に告げ、素裸のまま寝台にあがって、四肢を拡げて拘束された宝玄仙の足元にしゃがみ込んだ。

 

「もう、すっかりと愉しんだよ、寇員外……。だから、拘束を解きな。それよりも、わたしが娼婦にでもなったつもりで、お前に尽くしてやるよ」

 

 宝玄仙は手首と足首に繋がった鎖を揺すりながら言った。

 しかし、鎖の張りは緩いが、しっかりと寝台の前後に繋がっている。簡単には外れそうにない。

 

「いえいえ、それには及びませんよ、宝玄仙殿。それに、私はあなたの美しい身体をとことん味わいたいのですよ。あなたはなにもしなくていいのです。そうやって、手足を拡げていてください。あとは私がやりますから」

 

「わかったよ……。命令に従うよ、ご主人様」

 

 宝玄仙は苦笑しながら言った。

 もっとも、時間をかけて無理をすれば、枷を霊具にする霊気を刻むことで外すことはできると思う。

 霊具作りは宝玄仙のもっとも得意な術だ。

 

 だが、もう宝玄仙は寇員外に従う気持ちになっている。

 寇員外の責めを受けるつもりだ。

 

 それに、寇員外の言う通りかもしれない。

 拘束されてなにもできない状態になると、確かに、宝玄仙は全身に妖しい疼きに包まれる。

 どうしようもない絶望感が宝玄仙の身体を恐ろしく敏感にするのだ。

 

 そういえば、幼いころ、まったくいまと同じ状態に拘束されて、母親の調教を受け続けた。

 あの母親は、まだ幼かった宝玄仙に性愛の愉しさを教え込もうとして、嫌がる宝玄仙の手足をこうやって寝台に拘束し、局部を弄ったり、妖しい媚薬を塗ったりしたのだ。

 なぜかその記憶がふと蘇った。

 

「ご主人様はあなたですよ、宝玄仙殿……。私はあなたの下僕です」

 

 寇員外がそういうと、顔を宝玄仙の足に寄せて、足の指を舐め始めた。

 

「うっ」

 

 宝玄仙は思わず呻いた。

 さざ波のような官能の波が足の指から全身に広がったのだ。

 寇員外は宝玄仙の身悶えを愉しむかのように、足の指から足の裏にかけての部位に丁寧な舌の愛撫を加えてくる。

 

「んんっ、ははあっ……。く、くすぐったいよ……」

 

 宝玄仙は訴えたが、寇員外は執拗だった。

 

「そんなはずはありませんね……。あなたの肌からは、しっかりと欲情を感じますよ」

 

 寇員外が宝玄仙の足を舐めながら言った。

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は歯を喰い縛った。

 寇員外は、一本の足の指に時間をかけて、ねっとりとしゃぶりつくしてくる。

 たかが足の指だとは思うが、こんなに感じる場所だったのかと宝玄仙自身も驚くほどに、寇員外の舌で快感が掘り起こされていく。

 

 十本の足の指が終わったころには、宝玄仙の全身はすっかりと欲情を取り戻して、強い淫情に覆われてしまっていた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 しかし、寇員外はなかなか局部まであがっては来ない。

 足の指を舐め終わったら、次は片側の脚のふくらはぎから膝にかけての部分に舌を這わせてきた。

 そして、寇員外が膝小僧の周りを舐め回し、皿のところを急に強く唇で強く吸いあげた。

 

「はああっ」

 

 宝玄仙は身体をびくりと震わせてしまった。

 そして、驚いてしまった。

 膝を少しばかり口で吸われただけで、こんなに感じるとは思わなかったのだ。

 

 それにしても、唖然とするような舌の技だ。

 宝玄仙は、男でこれほどの舌遣いの上手な相手はこれが初めてだった。

 

「素晴らしい脚ですね……。本当に敏感な性感帯の宝庫ですよ。一晩中こうやって、舌で奉仕しても飽きない脚です。ところで、こんなところも感じるのではないですか?」

 

 寇員外が太腿の裏あたりを口で強く吸いあげた。

 

「ひううっ」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 唐突な快感が走り、それが大波となって全身に強い疼きが迸ったのだ。

 寇員外がさらに付け根の部分に舌を近づけ、舌や歯や唇で刺激を繰り返していく。

 

「い、いい……、き、気持ちいいよ、寇員外……ああっ……はっ……はっ……」

 

 堪らない刺激に、宝玄仙は拘束された身体を弓なりにさせた。

 足の先から頭のてっぺんまで快感のうねりが押し寄せる。

 このまま脚を舐められるだけで達してしまいそうだ。

 宝玄仙もさすがにこんな経験は初めてだった。

 

 だが、寇員外は舌が局部に近づいたところで、さっと身体を起こした。

 今度は宝玄仙の頭側に移動して、宝玄仙の頭の先に胡坐になった。

 そして、両手を伸ばして、宝玄仙の乳房を揉みだす。

 

「ところで、あなたの乳房は異常なほどの感度なのですね? あなたを抱いていてそれに気がついたのですが、なにか特殊なことをされたのですか?」

 

 寇員外が軟らかい手つきで全体を捏ねるようになぞりまわしてから、ゆっくりと宝玄仙の乳房を揉み始めた。

 

「はああっ」

 

 宝玄仙は身体を跳ねあげた。

 以前、乳房の感度をあげる施術を何度か強制されたことがある。

 一時期は乳房自体が肉芽並の感度があったときもあった。

 それを長い時間をかけて、少しずつ道術で正常な状態に戻してきたのだが、こうやって一度火が付くと、それが戻ってくる。

 寇員外の手はあっという間に、宝玄仙の乳房の感度を怖ろしい状態の感度に戻してしまった。

 

「だ、だめえ、そこはだめ、いく、いく、いくよ──」

 

 宝玄仙は全身を震わせて悲鳴をあげた。

 乳房だけでいくなど、宝玄仙としたことが恥もいいところだが、もう、これは我慢できない。

 

「いぐうう──」

 

 手のひらに力を込めて揉みほぐす寇員外の手管に宝玄仙はついに追い詰められた。

 全身を溶かすような快感が襲ってきたのだ。宝玄仙は絶叫した。

 

「大丈夫ですよ。まだまだ、いかせませんから……。胸だけで昇天させるような失礼はいたしません。どうぞ、私と一緒に達してくださいね」

 

 しかし、絶妙の瞬間に、寇員外はさっと手を乳房から離してしまった。

 

「はうう……」

 

 宝玄仙は脱力しながら息を吐いた。

 絶頂寸前の状態から快感を戻されて、身体にただれるようなもどかしさが襲う。

 しかし、寇員外は

すぐに乳房への愛撫を再開した。

 勃起した乳首を指で挟み、また乳房を揉みあげてくる。

 そして、快感の広がりに宝玄仙が耐えられなくなり、絶頂の兆しを示すと、さっとぎりぎりで離してしまう。

 

 それは、まるで道術のようだった。

 どうして、昇天する直前がわかるのだろうと思うくらいに、巧みに刺激を中断してしまう。

 だが、それを繰り返されることで、宝玄仙の身体は焦らし抜かれて極限の状態になってしまった。

 

「も、もう、堪忍しておくれよ──。欲しいんだよ。来ておくれよ」

 

 ついに宝玄仙は哀訴した。

 

「つらいのはわかりました……。でも、まだまだ、これからですよ。その代わり、最後には最高の快楽をお約束しますから……」

 

 寇員外は笑いながら、再び自分の身体を宝玄仙の股のあいだに移動させた。

 そして、顔を宝玄仙の身体に伸ばすと、今度は脇腹から腰の横にかけての部分に舌を這わせてきた。

 

「はああっ」

 

 喉の底から声が出た。

 寇員外の精錬された巧妙な舌技だ。

 ただ舐めているだけじゃなく、宝玄仙の反応に合わせて、舌で擦る力を加減している。

 

 はじめはくすぐったいくらいに軽いのだが、宝玄仙がくすぐったさに身を捩ると少し強めに舌を押すのた。

 それでくすぐったさが快感に変化する。

 すると、そこを唇で押し、さらに指でなぞってくる。

 同じ場所を繰り返して異なる感触が襲われる。それが身体のあちこちで繰り返される。

 宝玄仙は激しく身悶えた。

 

 鮮烈な快感が宝玄仙を襲っている。

 せりあがった甘美感は限度を失ってあがり続ける。

 身体には絶頂するのに十分な快感が充満していた。

 しかし、最後のひと押しだけが与えられないので、溜まった快楽は行き場のないまま全身を渦巻く。

 そして、そこにまた、発散しない快感が加えられていく。

 

 寇員外はなかなか股間を責めてはくれない。

 腰の横をしばらく舐めていたかと思うと、再び舌を上に移動させて、脇腹から脇にかけてを刺激し始める。

 そして、二の腕まで舐めあげると、再び腰の横まで舐め戻ってくる。

 それが執拗に繰り返された。

 

 ゆっくり、ゆっくりと……。

 

 焦らし抜かれて、宝玄仙はもう狂ってしまいそうだ。

 宝玄仙は、もうこれ以上快感を溜められたくなくて、身体を捻って、寇員外の愛撫から逃げようとした。

 しかし、寇員外はそんな宝玄仙の動きも計算に入れるように舌を這わせてくる。

 宝玄仙が身体を捩ると、そこに舌が置かれて、急にくすぐったい感触が襲いかかるのだ。

 

 身をよじればくすぐり──。

 

 そのままじっとしていれば耐えられないような快感──。

 

 宝玄仙はすっかりと寇員外に翻弄されてしまった。

 寇員外がやっと股間に舌を動かしたのは、拘束されて愛撫を受け始めてからかなりの時間が経ってからだった。

 おそらく、二刻(約二時間)は経っている。

 

 宝玄仙は、男との性愛で、これだけの長時間にわたって前戯を続けられた経験はない。

 よくも自制できるものだと思う。

 

 女を愛撫しているあいだは、寇員外も欲情しっぱなしの状態のはずだ。

 それを二刻(約二時間)も我慢して、女を愛撫し続けられるというのは凄いと思う。

 寇員外の舌が宝玄仙の股間を動き出した。

 

「うわあっ、あああっ──」

 

 焦らし抜かれた局部への舌の愛撫は強烈すぎた。

 峻烈な快感に宝玄仙は絶叫した。

 

「ふふふ……。素晴らしい反応ですね。美しいですよ、宝玄仙殿」

 

 寇員外はくすくすと笑って身体を移動させた。

 また、股間から離れて、膝の裏付近を舐め始める。

 

「あっ」

 

 宝玄仙はびっくりした。

 この期に及んで、局部から愛撫が離れるとは思わなかったし、たった一度だけ、刺激を与えられるだけで放っておかれるというのは、この状況では残酷ともいえる仕打ちだ。

 

 宝玄仙は切なさに身体を悶えさせた。

 だが、寇員外の唇が膝周辺を舐め始めると、身体に電撃が加わったような錯覚になり、大きな震えが全身に走った。

 

 寇員外は、再び、徐々に舌を足首側に移動させていきながら、巧みで変化に富んだ舌と唇の刺激を脚に加えていった。

 そして、また足の指を舐め始める。

 

 最初のときとは比べものにならないくらいの快感がそこから起こった。

 これほどまでに足の指が敏感だったのかと思うほどに、宝玄仙は一本一本の指に舌が這うたびに全身を跳ねて咆哮した。

 

 さらに足の裏までしっかりと舐めあげられた。

 

 片方が終わると、もう一本の足の指──。

 

 反対の脚の足首からふくらはぎ──。

 

 また、這いあがる舌──。

 

 やっと、太腿に舌が近づく──。

 

「はがあああ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 寇員外の舌が股間をぺろぺろと舐め始めたのだ。

 

「はぐっ、はがっ、はああ──」

 

 身体が弓なりになった。

 溜まりに溜まった快感が全身に迸る……。

 

 しかし、やはり、寇員外はどこまでも執拗だった。

 またもや、ぎりぎりのところで宝玄仙の股間から舌を離して、反対の脚の太腿に逃げていく。

 

 宝玄仙はついに泣きじゃくってしまった。

 だが、寇員外はそれで許すことなく、またもや脚に舌を滑らせながら脚を舐めていく。

 

 どこまで続くのか──?

 

 宝玄仙は哀願を繰り返しながら、ひたすら泣き声をあげた。

 

 そして、片側の脚が舐められ、足の指と足の裏を余すことなくしゃぶられてから、やっともう一方の脚になる。

 

 それが繰り返される。

 

 今度は太腿の付け根までいくと舌が腰の横に移動した。

 腰から脇にかけて丹念に舐め、乳房を唇で吸い始める。

 

 だが、絶対に絶頂まではさせない。

 必ず、寸前で刺激をとめるのだ。

 

 宝玄仙は悶え狂った。

 

 片側の乳房が終わると、もう一方──。

 

 逆側の脇から腰──。

 

 あまりもの執拗で長い舌責めに宝玄仙は、もう自分がどうなっているかもわからなかった。

 頭も朦朧として、視界も霞んでいる。

 

 すると、不意に腰が持ちあげられた。

 なにが起きているかわからなかったが、いつの間にか寇員外の怒張が宝玄仙の股間に突きつけられていた。

 寇員外は怒張の先を宝玄仙の股間になすりつけるように動かすと、先端を女陰に喰い込ませてきた。

 

「はあああ──」

 

 宝玄仙は呼吸もできなかった。 

 寇員外の怒張が一気に最深部まで到達した。

 これだけの長時間にわたって焦らし抜かれた身体に、やっと押し入ってきた寇員外の男根は途方もなく峻烈で甘美だ。

 そして、律動が始まった。

 

「うはああ──」

 

 宝玄仙は身体をがくがくと震わせて快感を弾けさせた。

 あっという間に達してしまうと思った。

 

「おっと……」

 

 すると、寇員外がぴたりと静止した。

 絶頂が寸前で逃げていく。

 

 宝玄仙は歯噛みした。

 寇員外が律動を再開したときには、絶頂の感覚は逃げていっていたが、激しい突きあげを受ければすぐにでも達してしまいそうだった。

 

 だが、寇員外は性急ではなかった。

 ゆっくりと腰を引いた寇員外は、浅いところで十回くらい緩い律動を行い、そして、遅い速度で幹を進めてきた。

 それはあまりにもゆっくりだった。

 まるで、貴重品でも扱っているかのような慎重さだ。

 

 でも、もう宝玄仙には耐えられなかった。

 自分から腰を振って寇員外の男根を擦ろうと思った。

 だが、宝玄仙がそれをしようとすると、寇員外の男根が逃げて行ってしまった。

 

「駄目ですよ、宝玄仙殿……。なにもせずに、横になっていてください。この寇員外がとことんあなたに尽くしますから……」

 

 寇員外がにこにこと微笑んだ。

 

「だ、だって、も、もう、限界だよ──」

 

 宝玄仙は声をあげたが、寇員外は取り合わなかった。

 そして、宝玄仙が少し落ち着くのを待って、律動を再開する。

 

 浅い部分を十回──。

 

 ゆっくりと奥まで一回──。

 

 また、これが繰り返す……。

 

「も、もう、いやあ──。お願い──」

 

 やがて、宝玄仙は泣きながら哀願していた。

 もう恥も外聞もどうでもいい──。

 これ以上、耐えられない──。

 

「そ、そうですね──。さすがに私も自制の限界です」

 

 寇員外も苦しそうに言った。

 乳房がぎゅっと握りしめられ、強い力で揉みしだかれだした。

 

「はううっ」

 

 すべての感覚が股間に集中していて、胸はまったくの無防備だった。

 乳房から肉を溶かすような愉悦が迸る。

 そして、股間の律動も激しくなった。

 今度は激しい突きあげで膣の最奥を叩いてくる。

 

「ほおおお──」

 

 宝玄仙は咆哮した。

 達したのだ。

 この世にこれほどの悦びがあったのかと思うような強烈な快感だった。

 

「はあ、ああっ、ああっ、ああっ──」

 

 しかし、快感は終わらない。

 寇員外の律動が続いている。

 すぐに次の絶頂が襲う。

 

 ずん、ずんと身体の奥を突かれて、全身に響き渡るような法悦が全身をうねる。

 そのあいだも敏感な乳房を揉まれ続けている。

 

「うぐうううう──」

 

 二度目の絶頂がやってきた。

 これほどの短い間隔の絶頂は初めてだ。

 

 そして、すぐに、三度目がやってくる。

 

「うううっ」

 

 寇員外が呻いたのがわかった。

 膣の奥に寇員外の精が迸るのを感じた。

 

「はあああ──」

 

 それは、宝玄仙が三度目の絶頂に陥ったのとほぼ同時だった。



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708 酒と(さかな)と男と女たち・四夜目

「どこに連れて行くというのですか?」

 

 寇員外(こういんがい)は笑いながら、両手を沙那と孫空女のふたりに委ねて足を進めた。

 顔に布で目隠しをされている。

 寇員外は浴衣一枚という格好だったが、目隠しをされたまま、沙那と孫空女のふたりに抱えられて屋敷を歩かされていた。

 

 宝玄仙たち五人は、明日の朝に出立ということになったのだが、その前夜である今夜、最後に贈り物をしたいと、彼女たちが言ってきたのだ。

 

 それで自室で待っていると、沙那と孫空女がやってきた。

 そして、寛いだ服に着替えさせられてから、こうやって目隠しされて部屋を出された。

 やがて、屋敷の外に出た。

 寇員外はどこに連れて行かれるのかがわかってきた。

 

「さあ、着きました。服をお脱がせしますね」

 

 沙那の声がした。

 まだ目隠しをされたままだ。

 だが、ここがどこかはわかった。

 寇員外の屋敷の敷地内にある温泉だ。

 その脱衣所にいるに違いない。

 寇員外の身体から帯が緩められて、浴衣が取り去られた。

 

「こっちも脱がすよ」

 

 孫空女だ。

 目の前でしゃがんでいるようだ。

 寇員外は下着を身に着けていたが、それを孫空女にとられて足首から抜かれる。

 

「ちょっと、待ってね」

 

 孫空女が言い、続いて、ふたりから衣擦れの音がし始めた。

 沙那と孫空女も服を脱いでいるのだろう。

 

「さあ……。滑るかもしれないから気をつけてくださいね」

 

 今度は、ふたりは両脇からしっかりと腕を組んだ。

 温泉の岩場で足を滑らせないようにという配慮だと思うが、それにより、ふたりの豊かな乳房の感触が寇員外の腕に伝わってくる。

 

「湯だよ。かけるよ……」

 

 孫空女が声をかけた。

 裸身に温かい湯がかけられる。

 さらに進まされて湯舟の中に入っていく。

 湯舟の中は深い部分と浅い部分が作ってあるが、進んでいるのは膝下ほどの浅い部分だ。

 

 やがて、椅子に座らせられる。

 こんなところに椅子はなかったから、宝玄仙たちが運んできたのだろう。

 座ったところで、また湯が木桶のようなものでかけられた。

 

 目隠しを取られる。

 

「おお……」

 

 寇員外は驚きと感嘆の声をあげてしまった。

 目の前にあったのは、腰ほどの高さの台に寝そべった素蛾の裸身だった。

 しかも、その身体の上に、肉や果物やそのほかの料理が並べられている。

 いわゆる「女体盛り」だ。

 

「ど、どうぞ、召し上がりください……。よければ、わたくしを食べても大丈夫です……」

 

 素蛾がなんとなく教えられた言葉を思い出しながら喋るような口調で言った。

 その顔は少し恥ずかしそうだが、にこにこと笑っている。

 

「今日こそ、なにもしなくてもいいからね、寇員外……。わたしたちは明日の朝に発つけど、これは世話になったお礼だよ……。それから、この一帯はわたしの結界で包んでいるから一晩中裸でいても寒くはないはずさ。それに温泉だしね」

 

 宝玄仙が微笑みながら言った。

 しかし、寇員外はその宝玄仙の姿にもびっくりした。

 湯舟だから素裸なのは当然なのだが、その裸の股間に赤い布を締めている。

 

「どうしたのですか、その恰好は?」

 

 よく見れば、宝玄仙だけでなく、沙那と孫空女も同じように赤い布を股間に喰い込ませている。

 なまじ素裸でいるよりも、真っ赤な布を股間に喰い込ませているだけの姿は余計に扇情的た。

 

 一方で、もうひとりの朱姫は素裸だ。

 素蛾が寝ている横に、人が座れるほどの台を持って立っていた。

 

「これは“(ふんどし)”という服装でね。東方帝国のさらに東にある国のれっきとした正規の装束さ」

 

 寇員外の正面に立った宝玄仙が笑って言った。

 

「ご主人様、正規の装束ということはありませんよ。これは、あの国の下着のような習慣のひとつです」

 

 沙那が横から口を挟む。

 

「なんでもいいさ……。とにかく、これがわたしたちの接待ということだよ、寇員外……。さあ、お前たち、しっかりと命じたとおりにお世話するんだよ。手を抜くと承知しないからね」

 

 宝玄仙が供たちに怒鳴ってから、自分は寇員外の座っている椅子の前に膝をついた。

 そして、寇員外の男根に口を伸ばして咥え込んだ。

 

「こ、これは……」

 

 寇員外は思わずうなった。

 すぐに射精をさせるような性急な刺激ではない。

 しかし、宝玄仙の口吻が気持ちがよかった。

 あっという間に性器が怒張に変わる。

 

「素蛾の身体に載っている食べ物はどう? 自分で取ってもいいし、あたしが取ってもいいよ。どうしたい?」

 

 孫空女が声をかけてきた。その孫空女は(はし)を持っている。

 

「じゃあ、食べさえてもらおうか、まずは、肉を……」

 

 寇員外は笑って言った。

 孫空女が素蛾の腹に乗っている薄く切った干し肉を箸で取って、素蛾の股間にぐいぐいと押しつけた。

 気がつかなかったが、そこにたれを置いているようだ。

 

「ああん、気持ちいいです、孫様……」

 

 素蛾が甘い声を出した。

 

「皿が喋るんじゃないわよ、素蛾」

 

 朱姫が素蛾に笑いながら言った。

 そして、その朱姫は、寇員外の椅子の真横に持っていた台をぴったりと密着させて、その上に正座する。

 ちょうど首を曲げれば、股間に届くくらいの高さと距離だ。

 すると、沙那が、正座をした朱姫の股間のくぼみに葡萄酒を瓶から注ぎ込んだ。

 

「どうぞ、お飲みください」

 

 沙那が優しい口調で言った。

 

「調べたら、本当は股間の毛を揺らすのが正規らしいけどね。わたしらは全員剃ってしまっているから、無毛の肉杯で我慢しておくれ」

 

 寇員外の股間から口を離した宝玄仙が笑って言った。

 

「ご主人様、さぼっちゃ駄目だよ。ご主人様が言い出しっぺなんだから、ちゃんとやらなきゃ……。しばらくしたら、交代するかるさあ」

 

 孫空女が笑って言った。

 

「はい、はい……」

 

 宝玄仙が苦笑混じりに寇員外の股間に口を戻した。

 再び、さざ波のような快感が股間から全身に流れ出す。

 孫空女が口の中にたれのついた肉を入れた。

 肉にはほんのりと素蛾の蜜の味がするような気がした。

 いずれにしても美味だった。

 

「嫌じゃなければ、口移しで食べさせるよ」

 

 孫空女が言った。

 

「嫌じゃないね。君たちの唾液も大好きだ」

 

 寇員外は笑った。

 すると、孫空女は素蛾の胸付近の果物を口で取った。

 そのとき、素蛾が軽く悶えるような仕草をしたので、孫空女の舌が素蛾の乳首辺りに触れたのかもしれない。

 そのあいだに、寇員外は首を曲げて朱姫の股間の葡萄酒をすすった。

 

「おっ?」

 

 寇員外は驚きで声をあげた。

 てっきり人肌で温かいと思っていたのに、朱姫の股間の葡萄酒はよく冷えていたのだ。

 

「朱姫は道術遣いですから……。道術でお好きなように温かいのも、冷たいのも作れます。どうぞ、注文してくださいね」

 

 沙那が言った。

 寇員外はあまりの至れり尽くせりに笑ってしまった。

 

「これは最高の贅沢というやつですな。美しい女性と少女に、これほどのもてなしを受けた男は王候貴族にもいないと思いますぞ」

 

 寇員外は言った。

 その口に孫空女の唇が重なって、唾液とともに孫空女の口で咀嚼された果物が送り込まれる。

 

 また、股間では宝玄仙の頭が動き続ける。

 快感を与えすぎないようにした適度な舌と口の刺激だ。

 寇員外はだんだんと夢心地になってきた。

 

 口の中のものを飲み込むと、朱姫の股間に再び口を伸ばす。

 だが、ふと思いついたことがあって、顔をとめ、その代わりに手を朱姫の腰の後ろ側に伸ばした。

 

「知ってますかな? これは“わかめ酒”というんですよ。陰毛がわかめのように揺れるからと言われてますが、ほかにもこんな愉しみ方もあります」

 

 寇員外は朱姫の尻の割れ目に沿って指を菊座に触れさせた。

 

「あっ、そ、そんな、だめです……くううっ……」

 

 朱姫が腰を揺らしだす。

 

「ははは……。溢さないように頑張ってください、朱姫殿」

 

 寇員外は股間の葡萄酒をすすった。

 今度は朱姫の蜜の味がした。

 お尻の弱いこの少女は、ちょっと尻に刺激を与えれば、たちまちに愛液を滴らせることを知っている。

 

「蜜入りのお酒がお好みですか? だったら、わたしが……」

 

 沙那が朱姫の股間に葡萄酒を足してから、朱姫の乳首を舐め始める。

 

「さ、沙那姉さん……あっ、あっ、あっ……」

 

 朱姫がさらに悶えだした。

 寇員外は朱姫の尻から手を離した。

 

「素蛾、寇員外さんは、女の愛液が混ざった味が好きだってさ」

 

 一方で孫空女は、わざと素蛾の股間を肉で擦るようにして、素蛾の股に蜜を絞り出している。

 

「あっ、は、はいっ……あ、ああっ……」

 

 素蛾が甘い声をあげた。

 朱姫と素蛾の喘ぎ声の二重奏を愉しみながら、寇員外はまた朱姫の股間から酒をすすった。

 

「そのうちに股から酒が染みて、身体が熱くなってくると思いますぞ、朱姫殿。まあ、その肌の色の変化を愉しむのも“わかめ酒”の醍醐味です」

 

 顔をあげてから寇員外は言った。

 

「お、お酒が染みて来るんですか……? き、聞いてませんよ」

 

 沙那の刺激を受けている朱姫が慌てたように言った。

 その当惑ぶりが面白くて寇員外は笑った。

 

「どうぞ」

 

 孫空女が干し肉を寇員外の口に送り込んできた。

 素蛾の股間の蜜の香りがなくならないように、咀嚼をせずに肉の端を加えて口から口に渡してきた。

 それを口で受け取った寇員外の口の中に、素蛾の体液の香りが広がった気がした。

 

 すると、沙那が唇を重ねてきた。

 一度寇員外の口に入った肉を舌で引き戻し、自分の口で軽く咀嚼をしてから、もう一度、寇員外の口に送り込んできた。

 

 最高の経験だ……。

 

 寇員外は五人の奉仕を受けながら思った。

 

 

 

 

(第105話『千人切りの願掛け』終わり、第106話『ある夜の出来事』に続く)




《small》

【西遊記:96回、寇員外(こういんがい)①】

 天竺国を西に進む玄奘たち一行は、地霊(じれい)という土地にやってきます。
 そこには、寇員外(こういんがい)(寇員外は本来は役職の名前です。)という分限者がいて、一万人の僧侶を屋敷で歓待するという願掛けをしていました。

 偶然に、寇員外と出逢った玄奘たち四人は、彼の歓待を受けることになります。
 しかも、寇員外の願掛けは、ちょうど玄奘たち四人により、一万人の満願成就となりました。
 大喜びの寇員外は、玄奘たち四人を幾日もご馳走責めにします。

 弟子たち三人は喜びましたが、早く先に進みたい玄奘は、閉口します。
 そして、供たちを強引に連れ出すことにします。
 寇員外は引き留めましたが、玄奘の意思が固く、仕方なく盛大な見送りをして、彼らを送り出します。(②に続く。)


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 第106話 ある夜の出来事【阿難(あなん)迦葉(かしょう)
709 客人去って


「結局、千人切りというのはなんだったのですか、お父さん?」

 

 寇棟(こうとう)が笑いながら訊ねた。

 久しぶりに親子三人だけの食事だ。

 

 主席に寇員外(こういんがい)が座り、向かい合う場所に息子の寇棟と娘の寇女(こうじょ)が座っている。

 給仕はいない。

 

 この四日間、宝玄仙一行の接待などで家人たちには忙しく働いてもらった。

 それに、寇員外の千人切りなどというくだらない願かけについては、長年にわたって迷惑をかけたとも思う。

 それで満願成就の区切りを期に家人には賞与を与えるとともに、十日の暇を与えた。

 屋敷はほとんどが空になるが、満願成就の祝いは寇員外自身だけではなく、みんなで祝いたいのだ。

 

 まあ、十日くらいのことは不便ではあるが問題はない。

 寇棟もいるし、寇女もいる。寇員外だって多少のことはできる。

 今夜の食事だって、寇棟と寇女だけに任せずに、寇員外も多少は手伝った。

 自分たちで作って、自分たちで給仕して、自分たちで食べる。

 

 まだ、いまのように商売で大成功する前までは、それが当たり前だったのだ。

 妻と最初の食事は、こうやってふたりきりだった。

 あの妻と夫婦になってすぐに商売に成功して、家人を養える身分になったが、最初の食事のときに、亡き妻が作ってくれた汁の味はいまでもはっきり思い出すことができる。

 

「なんだったのかのう? 千人切りという目標を追っているあいだは愉しかったなあ。だが、終わってみればなに程のことはない。阿呆げた願をかけて、年甲斐もなく、女に夢中になった。それだけのことだったのかのう……」

 

 寇員外は言った。

 妻が死に、まるでそれを待っていたかのように、大勢の女を抱くようになった父親のことをこの息子と娘が本当はどう思っているかは知らない。

 だが、夢中になっているあいだは愉しかったし、充実をしていた。

 そういえば、千人切りの最後の女になった宝玄仙が、女を追いかけているうちが、若さだという趣旨のことを言った気がする。

 そういうものかもしれない。

 

「お父さん、あえて申し上げますが、どうか千人切りはやめないでください。余人に迷惑をかけるわけでもなし、よいことではないですか。いっそこのこと、万人切りを目指されてはいかがなのです?」

 

 寇棟が言った。

 寇員外は驚いてしまった。

 

「なぜ、そんなことを言う? 女千切りなど、お前たちも呆れて見ておったのではないか? お前たちの母親が亡くなった途端に、お前たちの父親の私が、とんでもない色惚け男になったのだ」

 

「いえ……」

 

 寇棟がなにかを言いかけたが、寇員外はそれを制した。

 

「まあ聞け。、これからは、少しは大人しくしようと思うよ。千人の女と媾合ったが、私にとっては、お前たちの母は故郷のようなものだ。千人の女を抱くという長い旅をして、故郷に戻ってきた。千人切りとはそんなものだったよ。これからは、お前たちの母を弔いながら静かに暮らすとしようと思う」

 

「お父様、それには、わたしも反対です」

 

 すると寇女が言った。

 

「反対?」

 

 これには寇員外もびっくりした。

 

「お兄様のいうとおり、誰にも迷惑をかけていないからいいではないのでしょうか? わたしも正直にいえば、最初は女性の千人切りというのは、なんだか女を小馬鹿にしたような感じで、快く思っておりませんでした。でも、いまではそうは思っておりません」

 

「寇女?」

 

 寇員外は、寇女の物言いに唖然としてしまった。

 

「お父様と夜を一緒にすごされた女性の方は、皆様とも満足しておられましたし、感謝さえしておられました。わたしが、お兄様の意見と同じなのは、なによりも、お父様のことを考えてのことです……」

 

「私のこと?」

 

「はい。わたしはまだ童女でしたが、お母様が亡くなったとき、すっかりと狼狽えて、そして、呆けてしまったお父様のことをよく覚えています。わたしたちは、お父様がまた、あんな風にならないか心配なのです」

 

「そうか……」

 

 寇員外は呆然と寇女を見た。

 すると、寇棟も口を開いた。

 

「そうですよ、お父さん──。老いて静かに暮らすのはまだ早いですよ。もっともっと無邪気にすごすべきです。それに、俺は思うのですが、七年前にお父さんの夢に出てきた女神というのは、姿を変えたお母さんだったのではないでしょうか?」

 

「お前たちの母だと?」

 

 寇員外はびっくりした。

 

「そうです。お母さんはそうやって、お父さんに、お母さんがいなくなってからも、愉しい時間をすごして欲しかったのですよ。それに、俺もお母さんが病で死に、腑抜けのようになってこの土地にやってきたときの落ち込んだお父さんのことは覚えています。それが、あの夢のおかげで、びっくりするくらいに生き生きと毎日をすごしてくれるようになりました。きっと、お母さんは、お父さんにはそれが必要だと思ったのですよ……」

 

「あいつがか?」

 

 寇員外は都合のよすぎる寇棟の言葉に笑ってしまう。

 

「それに、これが無理矢理に女性を抱くような千人切りなら反対ですが、お父さんが抱かれる女性は、みな相手が望んだ方ばかり……。それなら、やめる必要はありません。お父さんが大人しくなり、老け込むのをお母さんは望んではいないはずです……」

 

「わたしからもお願いです、お父さん」

 

 寇女だ。

 

「お前たち……」

 

 さすがに、寇員外も苦笑してしまう。

 

「お父さん、もう一度、申しあげます。千人切りとはいわず、二千人、三千人……、いっそ、万人切りを目指してはいかがです。老け込むのはそれからでも十分です

 寇棟が言った。

 

「万人切りか……。確かに、それは途方もない大願だな。きっと、百まで生きても終わらぬ」

 

 寇員外は苦笑した。

 

「だったら、百五十まで生きたらいいでしょう。まだまだですよ、お父さん」

 

 寇棟が笑った。

 

「だが、都合がよすぎはせんかな……。亡き妻が女神となって、自分が死んだあと、たくさんの女を抱けと言ったなどとは……」

 

「いいじゃないですか、お父様。また、忙しくなりますね」

 

 寇女も笑った。

 そのとき、なぜか、屋敷の中を誰かが走る気配があった。

 

「なんだ?」

 

 訝しむ声をあげて立ちあがったのは寇棟だ。

 それからすぐに、なにかを壊したり、ひっくり返したりする気配がした。

 

「ちょっと、見てきます」

 

 寇棟は部屋の外に向かった。

 普段だったらもっと家人がいるが、たまたま、今夜はほとんどが出払っている。

 残っているのは、休暇をもらっても行き場のない老いた庭師や温泉の湯番の老婆くらいだ。

 

「気をつけろ、寇棟」

 

 寇員外はそれだけを言った。

 寇棟が出ていく。

 それからも、喧噪は続いた。

 すると、いきなり、十五、六人の男が部屋に乱入してきた。

 

「きゃああ──」

 

 寇女が悲鳴をあげた。

 

「おお、若い娘がいるぞ──。阿難(あなん)様と迦葉(かしょう)様に報告だ」

 

 男たちが寇女を引っ掴んだ。

 寇女がびっくりして泣き叫んでいる。

 

「な、なんだ、お前たちは──?」

 

 寇員外は叫んだ。

 

「見ての通りだ」

 

 男たちが寇員外と寇女をすっかりと取り囲んだ。

 しかも、寇女はふたりくらいの男に身体を掴まえられている。

 

「賊か?」

 

 寇員外は言った。

 

「ご名答」

 

 男たちのひとりが笑った。

 さらに数名の賊が部屋に入ってきた。

 寇員外はその賊の姿を見て驚愕した。

 

「孫空女殿、沙那殿──?」

 

 五人ほどの賊徒の男をひきつれて部屋に入ってきたのは、紛れもなく孫空女と沙那のふたりだった。

 今朝出て行ったときとは服装も違って、着流しの着物のようなものを赤い帯で締めた姿であり、髪もかなりくしゃくしゃだ。

 だが、孫空女と沙那のふたりに間違いない。

 

 なぜ、ここに──?

 というよりは、どうして賊を──?

 寇員外は唖然とした。

 

「おお、数日前に世話になった親父じゃないか。俺たちのことを覚えているかい? 孫空女と沙那だぜ──。この屋敷にいけば、見知らぬ女を不用心に屋敷に招き入れる助平親父がいると聞いて二日ほど世話になり、すっかりと金目の物がある場所を覚えたんで、ちょっと外出して、今度は子分を引き連れて来てやったということだ」

 

 孫空女がせせら笑いながら言った。

 言葉使いは、まるで男だ。

 寇員外はびっくりした。

 

「まあ、これからは用心して、知らねえ女を下手に屋敷にあげるのは自重するんだな。とにかく、教育料ということで金目のものはもらっていくぜ。それにしても、人の少ない屋敷だなあ。お前のところは、もっと大勢の家人がいたじゃないか? それが、今夜に限って空っぽだ。おかげで楽でよかったが、どうしたんだ?」

 

 今度は沙那が言った。

 やはり、沙那も今朝まで一緒だった沙那とは全く違う言葉遣いだ。

 

「か、家人は沙那さんたちのおかげで千人切りの満願成就が達成できたので、お父様が家人にもお礼の休暇を与えたのです。それにしても、どうして、こんなことをするのですか、沙那さん──? 今朝まではあんなにお優しかったのに……。ひどいですよ──」

 

 寇女が叫んだ。

 

「今朝まで……?」

 

 しかし、沙那が眉間に皺を寄せた。

 

「どういう意味だ、娘? 俺たちが屋敷を出ていって数日経つと思うが、今朝まで俺たちがいたのか?」

 

 孫空女も腑に落ちないという口調で言った。

 だが、なんとなく、寇員外にはどういうことかわかってきた。

 

 確かに、このふたりの女をこの屋敷に泊めた。

 五日ほど前のことだ。

 

 そのときは、もっと大人しく振る舞っていたが、醸し出す粗野な雰囲気が全く同じだ。

 このふたりは!孫空女と沙那と名乗り、一日だけ泊めた。

 そして、千人切りの話を持ち出したら、屋敷が見たいというのであちこち案内した。

 しかし、しばらくしたら、なにも言わずにいなくなってしまった。

 

 屋敷の外に出かけたのかと思い、寇棟と寇女に探しに行かせたら、宝玄仙という女主人とともに戻ってきた。

 朱姫や素蛾という仲間と一緒にだ。

 

 だが、そのときには、深くは考えなかったが、最初に泊めた孫空女と沙那と、あとで宝玄仙と一緒にやってきた孫空女と沙那は別人なのではないだろうか?

 他人の空似としては、名前まで一緒だし、それにあまりにも似すぎているが、最初にいたふたりが、目の前のふたりであることは間違いない。

 

 とにかく、彼女たちと、宝玄仙と一緒にいた孫空女と沙那が別人であることは明らかだ。

 醸し出す雰囲気もまるで違うし、話し方や態度はまったくの別人だ。

 一緒なのは外見の姿と声だけだ。

 

「なに言ってんですか、今朝まで宝玄仙様とご一緒だったじゃないですか? 皆さんが賊徒だったなんて信じられません。宝玄仙様や朱姫さんや素蛾さんはどうしたのです?」

 

 賊徒に身体を掴まれている寇女が声をあげた。

 

「宝玄仙だと──? おい、名月……、い、いや、阿難」

 

「ああ、迦葉……。懐かしい名だぜ。朱姫も一緒か……。素蛾というのは知らねえなあ。とにかく、面白いことになってきやがったぜ。張須陀(ちょうすだ)にも知らせてやろうぜ。あいつも宝玄仙たちには恨みを持っているから悦ぶと思うぜ。おい、その宝玄仙たちは、本当に今朝までここにいて、そして、出ていったんだな?」

 

 沙那……いや、沙那の顔をした誰かが寇女に詰め寄った。

 このふたりは、沙那の顔した者を迦葉(かしょう)と呼び、孫空女の顔をした者と阿難(あなん)と呼んだ。

 やはり、別人なのだ。

 

 ふたりに詰問された寇女はうなずいたが、あまりにも今朝までとは異なる孫空女たちの様子に茫然としている。

 

「まったく、こんな偶然もあるんだな……。くくく……。こりゃあいい……。あいつら、こんなところまでやって来たのかよ……。しかも、広い西方帝国で、たまたま同じ屋敷に……。ははは……。こりゃあ、いいや」

 

 沙那の顔の女──すなわち迦葉も笑い出した。

 

「ど、どうしたのです、沙那さん、孫空女さん?」

 

 寇女が当惑した様子で言った。

 

「ち、違うぞ、寇女──。そのふたりは……」

 

 寇員外は、その沙那と孫空女は偽者だと教えようとした。

 

「おい、待て──。この娘は連れ出して、さっきの若い男と一緒に縛っておけ。ひと仕事終わったら、最後に味見をすることにする」

 

 孫空女の顔をした阿難が言った。

 寇女が部屋から連れ出される。

 

「お、お前たちは、孫空女殿と沙那殿ではないのだな──。その姿は偽者だ。本当の名は阿難と迦葉──。そうなのだな?」

 

 寇員外は言った。

 阿難と迦葉という名であれば、噂くらいは知っている。

 この王華国一帯を荒らしている盗賊団だ。

 だが、首領の阿難と迦葉は髪のない男ふたりはずだ。

 女などではない。

 このふたりが、その阿難と迦葉であるのならば、おそらく、何らかの手段で、孫空女と沙那に変身をしているのだと思う。

 

「おっ、察しがいいな。確かに、俺たちは阿難と迦葉と名乗ってるな。だが、ちょっと面白いことになったから、今回の悪事は俺たちじゃなくて、孫空女と沙那の仕業だということにさせてもらうぜ。あいつらへのせめてもの仕返しだ」

 

「まったくだぜ──。おい、この男を椅子に縛れ」

 

 沙那、つまり、迦葉が言った。

 部下の賊徒たちが寇員外の身体を椅子に押しつけて、腕と脚と胴体を椅子に縛りつけた。

 

「よし、お前たちも行け──。手筈に従って金目の物を運び出してしまえ。ただし、ふたりだけ残って、さっきの若い男と娘を見張っていろ」

 

 阿難の命令でほかの男たちも出ていく。

 部屋には、縛られた寇員外、孫空女の姿をした阿難、そして、沙那の姿の迦葉の三人だけが残った。

 

 阿難と迦葉が指にしていた赤い指輪を外す。

 すると、美女ふたりの姿が消えて、髪のない男ふたりが出現した。

 どうやら、あの赤い指輪が変身の道具だったようだ。

 霊気を帯びた道具、つまり、霊具なのだろう。

 

「どうするつもりだ、お前たち? その指輪は霊具だな? それで沙那殿と孫空女殿に変身していたのか──」

 

 寇員外は言った。

 

「そういうことだ……。別にあのふたりに変身していたのは深い意味はねえ。女と見れば、不用心に屋敷に泊める分限者が地霊という田舎にいると耳にして、たまたま、女になれる霊具があったから使っただけだ。だが、本物のあいつらが、こっちに来ているというなら話は違う──。この仕事は、阿難と迦葉の仕事じゃねえ。孫空女と沙那の仕事ということにさせてもらう」

 

 阿難が寇員外の前に立って喉の奥で笑った。

 

「まあ、そういうことだ。実を言うと、俺たちはあの孫空女と沙那には恨みがあってな。宝玄仙という女と朱姫にもな。だから、恨みを返す機会を逃したくないのさ。従って、この屋敷に入り込んだ賊は、孫空女と沙那が連れてきたということにする」

 

 迦葉も笑った。

 

「そ、そんなことにはならんぞ。お前たちの悪事は私が知っている。なにを考えておるは知らんが、くだらぬことはやめよ。沙那殿も孫空女殿も心の優しい女性だ。それを陥れるようなことはやめるのだ」

 

 すると、阿難と迦葉がいきなり爆笑した。

 ふたりは、そうやってしばらくのあいだ笑い続けた。

 寇員外は茫然としてしまった。

 

「お前はやはり、のんびりとした性格なのだな。なんで、俺たちがお前の前で、変身を解いたり、べらべらといろいろなことを喋っているかわからないのか?」

 

 やがて、笑いの発作が止まった阿難がそう言った。

 

「これは、俺たちの慈悲なんだぜ。自分がなんで死ぬのかをわからずに死ぬのは、あまりにも気の毒と思ってな」

 

 迦葉は懐から小刀を抜いた。

 ぎょっとした。

 次の瞬間、その小刀は寇員外の胸に深々と突き刺さっていた。

 

「寇員外という分限者を殺して、屋敷からものを盗んだのは、孫空女と沙那。お前の息子と娘がそう証言してくれるさ。お前は俺たちが恨みを抱いている孫空女と沙那という女に濡れ衣を着せるために死ぬのだ。お前がなぜ死ぬのかわかったか──」

 

 そして、寇員外の胸から刃物が抜かれた。

 自分の胸から血が噴き出すのがわかった。

 いきなり視界が暗くなった。

 ただ、胸から血が流れるのを感じる。

 

 寇棟──。

 寇女──。

 

 叫ぼうと思ったが声が出ない。

 そのとき、闇の中にぼんやりと女の姿が浮かんだ。

 

 供女(きょうじょ)──。

 

 妻だった。

 その供女が悲しそうに首を振った。

 まるで、まだその時ではないと寇員外に告げているようだった。

 

 ふと見ると、針仕事をしていたようだ。

 そういえば、針仕事が趣味だった。

 多くの家人を使うようになっても、針仕事だけはやめなかった。

 

 穿針女(せんしんじょ)──。

 針仕事が上手な女──。

 

 それが妻のあだ名だった。

 急に視界が戻った。

 

 阿難と迦葉がいた。

 目の前で談笑している。

 あの赤い指輪をつけ直している。

 

 すると、ふたりが孫空女と沙那の姿に戻った。

 そして、また、視界が暗くなった。

 

 自分の意識が暗い闇に吸い込まれるのを寇員外は感じた。






 *


 沙那と孫空女に変身できる者の正体……。
 思い出したい方は、第14話『魔域からの軍団』の最後側を読み直しください。
 清風と名月という男たちがいましたが……。

 張須陀については、第58話『ぶち切れた堪忍袋』をどうぞ……。


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710 悪行無道

「待たせたな、お前ら──。金目のものはあらかた運び出した。だが、ここは、近くの人家からちょっとばかり離れた一軒家の屋敷で、しかも、今日に限っては家人のほとんどを休みにしているらしいじゃないか。だったら、お前ら兄妹がいくら泣き叫んでも、誰も助けにやってくる心配もねえ。駄賃代わりに、ちょっとばかりお前らをいたぶらせてもらうぜ」

 

 阿難(あなん)は言った。

 隣には沙那に変身をしている迦葉(かしょう)がいる。

 ほかにこの部屋にいるのは、寇棟(こうとう)寇女(こうじょ)という兄妹を見張らせていた部下三人だ。

 ほかの部下については、盗んだ財物とともにすでに隠れ処に戻らせた。

 

 もちろん、寇棟と寇女もいる。

 下着姿にして、部屋の両側に向かい合うように立たせて拘束していた。

 

 この屋敷には、十日はほとんどの家人が戻ってこないというのは、庭番の年寄りが白状した。

 ほかに湯船を管理するのが仕事だという婆もいたが、やはり、同じようなことを言っていた。

 その残っていた家人は縛ってそれぞれの小屋に転がしている。

 

 そして、屋敷の主人の寇員外(こういんがい)は死んだ。

 残っているのは、この寇棟という青年と寇女という少女だけだ。

 

 阿難と迦葉は、これからたっぷりとこの青年と娘を味わってから戻るつもりだ。

 本当ならば、『変化の指輪』という霊具を外して、阿難と迦葉という盗人の頭領の格好に戻ってもいいのだが、この寇員外の子のふたりには、屋敷に忍び込んだのは、孫空女と沙那だという印象を持ってもらわないと困る。

 だから、まずは、迦葉が沙那の姿に変身しているのだ。

 

「お、お前たち、なにをするつもりだ。盗人ならなんでも勝手に持っていくがいい。それよりも、父は無事なのか?」

 

 寇棟という青年が言った。

 歳は十七か十八というところだろうか。

 なかなかの美青年だ。

 腰布一枚の姿にして縄で後手縛りにしたうえに、部屋の梁に縄を掛けて立たせている。

 足首にはこの家にあった箒の柄の両端にしっかりと結わえていて、股が閉じられないようにもしていた。

 そんな格好をさせているのに、なかなかに勇ましいことだ。

 

「お、お願いです。もう、許してください……」

 

 今度は寇女がすすり泣きとともに哀願の声をあげた。

 寇女もまた、胸と腰の下着だけにさせて、寇棟と同じように後手縛りにして、縄で天井の梁に結んでいる。

 寇女については脚にはまだ縄はかけさせてはいない。

 こっちもなかなかの美少女だ。

 歳は寇棟よりもひとつくらい下くらいだろう。

 

「もちろん、仕事は終わったわ……。だけど、まだ引きあげるのには早いので、ちょっとばかり、あんたたちで愉しませてもらおうと思ってね。寇員外(こういんがい)については、別のところで孫空女が遊んでいるわ。終わったら、わたしと交代するつもりだけど、そのあいだ、あんたたちは、この阿難ともうひとりの迦葉の接待をしてくれないかしら」

 

 沙那の姿の迦葉が笑いながら言った。

 寇員外がまだ生きていると思わせるようなことを言ったのは、阿難と迦葉が話し合ってのことだ。

 すでに父親が死んでいることを教えて、激しく慟哭でもされたら興醒めだ。

 

「さ、沙那さん、あなたたちを見損ないました。お父様に優しくしてくれて、とてもいい人たちだったと思っていたのに、全部、後で屋敷に盗賊を引き連れて襲うための下調べだったのですね?」

 

 寇女が涙を浮かべた眼で、沙那の姿の迦葉を睨んだ。

 さっきから泣いてばかりいたので、気の弱い性格なのかと思ったが、やはり、兄と同じように、それなりに気は強いのだろう。

 

 阿難も嬉しくなった。

 少しくらい気の強い女が好みだからだ。

 そういう女を拘束して犯すと、異常な性的興奮をする。

 まあ、性格は必ずしも必要ではないが、女を縛らなければならないというのは阿難にとっては絶対だ。

 阿難は女を拘束して無抵抗の状態にしないと一物が勃起しないのだ。

 しかも、娼婦のような玄人じゃだめだ。

 目の前の寇女のように、素人の女を拘束して犯すのだ。

 そうでなければ、性の欲情を発散できない。

 

 おそらく、かつて、宝玄仙たちに性的な拷問を受けた後遺症なのだと思う。

 宝玄仙たちは美女だ。

 その美女に囲まれてよってたかっていたぶられた。

 拘束されて、性器をいじされて射精させられ、髪の毛だけでなく下の毛まで自分でむしらされた。

 

 かつて、名月(めいげつ)と名乗っていた時代であり、いまは迦葉と名乗っている清風(せいふう)とともに、まだ、東方帝国の天教の教団兵の将校だった頃だ。

 当時、名月と清風は、鎮元(ちんげん)仙士という教団の幹部に指揮されて、部下とともに宝玄仙を捕縛する任務を受けていた。

 

 しかし、結局、捕縛作戦は失敗し、鎮元仙士は追い払われた。

 だが、名月と清風は宝玄仙に捕えられて拷問を受けたうえに、素っ裸で山に放逐されたのだ。

 もう、何年も昔のことになる。

 そのときの後遺症だ。

 

 性欲はあるし、女を見れば、それなりに感じる。

 だが、勃起するのは、素人女を拘束して、相手が泣き叫んでいる場合だけなのだ。

 性欲があるのに、発散できないというのはつらい。

 こんな体質にしたあいつらが憎くて仕方がない。

 

 そして、宝玄仙たちとの縁がそれだけではなかった。

 裸で山に放逐された名月と清風は、死にそうな目に遭いながら山を彷徨い、やがて妖魔に捕えられて、道術で西域に送られた。結局は逃亡したが、また、別の妖魔に捕らわれた。

 こっちの西方世界では、妖魔は「亜人」と呼び、西域は「魔域」だ。

 

 ともかく、名月と清風は、亜人に捕らわれて、魔域に連れてこられたのだ。

 魔域における亜人の世界は、力のある亜人の王たちが、お互いの勢力範囲を作って縄張り争いをしている。

 戦いに明け暮れる群雄割拠というのが亜人世界だ。

 

 名月と清風が、最終的に捕らわれたのは、金角と銀角という雌妖ふたりが率いる亜人軍団だった。

 そこで、妖魔兵の性処理をする奴隷を管理する仕事をさせられることになった。

 

 そして、それが宝玄仙たちとの二度目の邂逅を生むことになった。

 金角と銀角は、一度は東方帝国の教団本部に戻った鎮元仙士にそそのかされて、宝玄仙一味を捕えるという仕事を請け負い、東方世界にやってきたのだ。

 そのときに、名月と清風も同行させられた。

 

 宝玄仙一行は、平頂山という場所で、金角と銀角の準備した罠に嵌まり捕らわれた。

 そのときに、亜人兵用の性奴隷として沙那と孫空女が送られてきた。

 短いあいだだったが、かつての仕返しとばかりに徹底的にそのふたりを拷問してやった。

 

 しかし、それも束の間だった。

 なぜか、金角たちと宝玄仙は和解して、金角は、宝玄仙を主人とする『主従の誓い』の道術契約を宝玄仙と結んだのだ。

 その結果、孫空女たちを嗜虐していた名月と清風は、拷問をしていた沙那と孫空女の復讐を受け、彼女たちを管理する役目から性奴隷そのものに落とされた。

 

 『変化の指輪』という宝玄仙の霊具で、孫空女と沙那の姿に変身させられて、毎日、妖魔たちに女陰を犯されるという生活を強いられることになった。

 そして、魔域の果てに戻された。

 

 その魔域を脱走できたのは一年後だった。

 金角軍と牛魔王軍の長い戦争が勃発し、そのために名月たちの監視が緩んだのだ。

 名月と清風は、金角軍に捕らわれた性奴隷の檻から脱走した。

 

 そのときに、唯一持って出たのが、孫空女と沙那の姿が刻まれた『変化の指輪』だ。

 これがあれば、新たな変身の対象を刻み直さない限り、繰り返し、その姿に変身できるのだ。

 

 これを盗んで逃げたというわけではなく、これをずっと装着されっぱなしで、孫空女と沙那の姿でいることが、名月と清風の日常だったのだ。

 魔域の中でも金角の勢力地帯は、南海大王という金角に親しい魔王に次いで西方帝国という人間世界に近い場所にある。

 

 名月と清風は、南下して西方帝国に入り、そこでさまざまな悪事を繰り返しながら放浪した。

 そして、名を阿難と迦葉と改めて盗賊団を作った。

 

 しかし、運命というのは本当に恐ろしい。

 

 この地霊(じれい)という西方帝国の田舎町に、女に目がない分限者がいると耳にして、あのとき持ち出した『変化の指輪』を使って孫空女と沙那の姿になり、この分限者に宿を求めたのだが、再び、こんな機会がやってくるとは……。

 

 とにかく、いとも簡単に宿を提供され、屋敷の案内もしてもらって、すっかりと侵入口や金目の物の隠し場所を覚えた。

 その後、この屋敷の主人の寇員外から、千人切りの相手をしろなどとわけのわからないことを言われたので、少し考えさせてくれと言ってやり過ごして逃げた。

 

 それからすぐに子分を率いて押し入るつもりだったが、子分を集めるのに数日かかり、今日になった。

 ところが、そのあいだに、本物の孫空女や沙那が女主人の宝玄仙とともに、滞在していたと知ったのだ。

 なんという偶然だろうか。

 これは復讐の機会を神が与えてくれたに違いない。

 この機会を逃してはならないと思った。

 

 宝玄仙たちとはいろいろとあったが、なによりも恨んでいるのは、素人女を縛らないと性の発散ができないというおかしな心の壊し方をされたことだ。

 いくらなんでも、それではなかなか性の相手を見つけることができず、いつも悶々として苦しい思いをしていなければならない。

 

 また、もっと大きな毀れ方をしたのが清風だ。

 清風、すなわち、迦葉は女が相手では勃起しなくなったのだ。

 いまも、沙那の姿で舌なめずりするように、うっとりと寇棟を見つめている。

 あんな美青年が、いまの迦葉の大好物だ。

 

「じゃあ、さっそく、頂くとするかな。じゃあ、俺はこの寇女を頂きますね、沙那殿」

 

 迦葉に声をかけた。

 沙那や孫空女が首謀者であることを印象つけるための演技だ。

 

「存分にやってちょうだい、阿難」

 

 迦葉がくすくすと笑った。

 そして、迦葉についても、沙那に変身している姿で、寇棟の肌にすり寄ったり、下着の上から性器を擦ったりし始めた。

 寇棟が大声で悪態をつきながら暴れ出した。

 

「本当においしそうだな」

 

 阿難は寇女の前に立った。

 すべすべとした滑らかそうな肌、可憐な縦長の臍、まだ、若いので身体の線は少し華奢だが、乳房は思ったよりも大きい。

 また、腹部から太腿にかけては十分に肉がついて、漂うような色気も醸し出している。

 

「じゃあ、まずはおっぱいを見せてもらうかな」

 

 阿難は寇女の胸当てをむしり取った。

 

「いやああ」

 

 寇女が悲鳴をあげて身体をよじった。

 桃色の小さな乳頭だ。

 触れれば溶けるような乳房だと思った。

 

「く、くそおっ、やめろ、やめんか──。寇女に手を出すなあ」

 

 すると、寇棟が切羽詰った声で絶叫した。

 

「こらっ、目の前は気にしなくていいのよ、寇棟……。あんたの相手はわたしよ」

 

 沙那が寇棟の大きく開いた股間の下に手をやりながら言った。

 その口惜しそうな顔が面白くて阿難は噴き出してしまった。

 

「おいおい、随分と元気のいいお兄ちゃんだなあ。もしかしたら、妬いているのか? こんなに可愛い妹だものなあ。他人に触れられるのは嫌か?」

 

 阿難は寇女の背後に移動すると、背中側から手を伸ばして、わざとらしく寇棟に見せつけるように乳房を揉んだ。

 

「ひいっ、た、助けて──。お兄様、助けて──いやああっ──」

 

「寇女──寇女──」

 

 ふたりの兄妹がそれぞれに叫びだした。

 

「迦葉……じゃねえ、沙那殿、ちょっと、その美青年の下帯を剥いてみてくれないか? もしかしたら、こいつは妹の身体で欲情しているんじゃねえかと思うんだ。なにしろ、口惜しがりようが半端じゃないからな」

 

 阿難は言った。

 ちょっとした思いつきだった。

 こうやって、少しばかり観察しただけでも、仲のいい兄妹というのはよくわかる。

 だが、ふたりとも、そろそろ性の興味にすっかりと嵌まり出す年頃だ。

 そんな年齢の兄妹というのは、お互いの裸に欲情するものなのだろうか?

 

 すると、迦葉も喜んで、妹の痴態を眺めさせて、勃起しないかどうか確かめてやとうと言い始めた。

 見張り役として、この部屋に残していた三人の部下も、その面白い余興に喜んでいる。

 

「ち、畜生、やめろ、やめないか──」

 

「やめて、やめて、やめて──ああっ」

 

 阿難は、最後に残っている寇女の下着を脱がせて足首から抜き取って、寇女の股間を剥き出しにした。

 寇女の股間はすっかりと大人の女だった。

 恥毛は薄めで、その下に桃色の亀裂の膨らみがはっきりと見える。

 一方で、迦葉は、寇棟の腰にはいている下着を小刀で切り取って、性器を露出させている。

 ふたりが羞恥に悲鳴をあげた。

 阿難は、小刀を取り出して寇女の顔の前に突きつけた。

 

「ひいっ」

 

 素裸にされた寇女が恐怖に身体を竦ませた。

 

「や、やめろ──。殺すなら、俺を殺せ──」

 

 寇棟がびっくりして叫んだ。

 

「別に殺しはしねえよ……。ただの忠告だ。これからお前の妹の寇女をいたぶるが、お前はそれをじっと見ているんだ。もしも、お前が目を閉じたり、顔をそむけたりすれば、そのたびに、お前の妹の顔に傷を入れる。この可愛い顔を傷だらけにしたくなければ、瞬きもせずに、妹が俺に可愛がられるのを見るんだ──。いいな」

 

 阿難は寇女の顔すれすれに刃物を近づけて、刃で顔を切り刻む仕草をした。

 

「ひいいっ、いやああ──」

 

 寇女が叫んだ。

 

「わ、わかった──。やめろ、やめてくれ──」

 

 寇棟が泣きそうな声をあげた。

 阿難はにやりと笑った。

 

「じゃあ、お坊ちゃんには、その肉棒の先に鈴を結んであげるわね。勃起すれば、すぐに音でわかると思うわ」

 

 迦葉が荷から取り出した小さな鈴を取り出して、嫌がる寇棟の前にしゃがんで、その垂れた一物の亀頭の根元付近に軽く糸で鈴を結んだ。

 この屋敷にこの兄妹がいるのは最初からわかっていたので、仕事の終わりにふたりとも犯すつもりで、そのための責め具は持ってきていた。

 その荷が入っている入れ物から出したのだ。

 一方で、阿難はその荷から小さな小瓶を取り出した。

 

「わかるかい、お嬢ちゃん? これは泣き油といってな、俺が女をいたぶるときにいつも使っている秘伝の媚薬だ。これをちょっぴりでも、お前さんの股間の亀裂や肉芽に塗れば、身体が疼き出して、誰でもいいから股間をほじってもらいたくなるというものだ」

 

 阿難の説明に、迦葉や部下たちはどっと笑ったが、寇女は顔を真っ赤にして身体を石のように硬くした。

 

「なにしろ、ここには男が四人いる。こんなものでも塗っておかなければ、お前の股倉が擦り剝けてしまうさ……。いや、五人だな。寇棟がいるか。どうだ、寇棟、お前も寇女を犯したいか? 特別にさせてやってもいいぜ」

 

 阿難は指先にたっぷりと油剤をすくって、寇女の股に近づける。

 

「いやあ、そんなもの塗らないで──」

 

 寇女は絶叫して、脚を動かして阿難の指を蹴るような仕草をした。

 

「おっ、こりゃあ、思ったよりもお転婆だなあ──。ちょっと、お前たち、この寇女の脚も棒で括り付けてくれ」

 

 阿難は部下たちに言った。

 部下たちが喜んだ表情で一斉に立ちあがって、寇女の華奢な脚を持って無理矢理に開脚させて、準備してあった棒と縄で縛ってしまう。

 寇棟が大きく叫び、寇女は悲鳴をあげた。

 しかし、あっという間に寇女は、脚が閉じられないように拘束されてしまう。

 

「これでもう抵抗はできねえな」

 

 阿難は指先についた媚薬を寇女の股にすり込みはじめた。

 

「ねえ、こっちにも貸してよ。このお坊ちゃんのお尻にもその泣き油を塗りたいわ」

 

 すると、沙那になりすましている迦葉が言った。

 

「なるほど、それも面白いかな。確かに、妹の方も、兄の寇棟が尻の痒みで身悶えするのを眺めていれば、少しは気分でも出るだろうしな」

 

 阿難は寇女にも小瓶を手渡した。

 そして、ふたりで小瓶をやりとりしながら、寇女の股間と寇棟の尻に油剤を塗り込んでいく。

 尻に指を入れられている寇棟がけたたましい悲鳴をあげて、身体を狂気したようにのたうたせた。

 また、目の前の寇女も、屈辱感と恐怖心で顔を真っ赤にして激しく振り、やはり、阿難に股間をいたぶられる羞恥に身体を激しく悶えさせる。

 

「そ、そんな淫らなことはやめてください」

 

 寇女が絶叫した。

 そして、拘束された身体をよじって、懸命に指を避けようとする。

 阿難はその抵抗を愉しむように、逃げる股間を指で追いかけて、繰り返し繰り返し、油剤を寇女の股に掏りこんでいった。

 やがて、ついに寇女が激しく泣き出した。

 

「いまは泣いているが、すぐに薬剤の効き目が表れる。そのときには、泣いてなんかいられないことになるぜ」

 

 作業の終わった阿難は、その場に立ちあがりながら笑った。

 

「ところで、阿難、さっきのあんたの思い付きって、ちょっと愉しそうなんだけど……」

 

 すると、沙那の姿の迦葉が言った。

 迦葉も寇棟の尻に泣き油を塗る作業をやめて、立ちあがっていた。

 

「さっきの思いつき?」

 

 阿難にはなんのことかわからなかった。

 

「さっき、その寇女をこっちの寇棟に犯させるといったじゃないの? このお坊ちゃんが、寇女の痴態にすっかりと欲情して、股間を逞しくしたら、まずは最初に、この兄妹を媾合せるというのはどうかしら? あんたが寇女を最初に犯したいというなら話は別だけど……」

 

 迦葉が言った。

 しかし、阿難はその提案が気に入ってしまった。

 そして、手を叩いて笑った。

 

「そりゃあいい──。そうだな。折角の美青年と美少女の兄妹なんだ。まずは、けだもののように、ふたりで媾合いをしてもらうか。別に俺はその後で構いやしねえ。お前たちもそうだろう──?」

 

 阿難は部下三人に言った。

 三人の部下も大喜びした。



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711 兄妹なぶり

「も、もう許してください、ああっ、あっ」

 

「ち、畜生、ううっ……」

 

 しばらくすると、寇女(こうじょ)寇棟(こうとう)のふたりの兄妹は、ふたり揃って裸体を切なげによじらせながら、激しい喘ぎ声を出すようになった。

 

「じゃあ、わたしはあんたのお父さんを孫空女と一緒に愉しんでくることにするわ。あんたたちふたりは、阿難(あなん)迦葉(かしょう)の世話を頼むわね」

 

 沙那に変身している迦葉が言った。

 外で変身を解いて、迦葉になって戻ってくるつもりだろう。

 

「お、おのれ──。この仕打ちは忘れんぞ、沙那──」

 

「恨みます、沙那さん──」

 

 兄妹が歯ぎしりをして沙那の姿の迦葉を睨みつけた。

 

「はいはい、いくらでも恨んでちょうだい」

 

 迦葉がせせら笑いながら、沙那の姿で部屋を出ていく。

 そのとき、寇棟の肉棒の先に結び付けていた鈴がちりんちりんと音を立てた。

 どうやら尻穴に塗られた薬剤の痒みの苦しみが、寇棟の身体に妖しい戦慄をかきたててしまったようだ。

 寇棟の股間に一物は逞しい勃起を示している。

 

「もう、お勃ってやがったかい──。尻穴を弄られたのが気持ちよかったのか? それとも、妹があさましく腰を振るのに欲情しちまったのかい? じゃあ、約束したとおり、寇女を最初に犯す役はお前に譲ってやる。遠慮なく、その肉棒で突くといいぞ」

 

 阿難は笑いながら、寇女の身体を天井の梁に繋げている縄を一度解き、子分たちに命じて、寇棟の裸身にほとんど密着するような位置に結び直させた。

 痒みの苦しみに脂汗をかいているふたりの兄妹がぴたりと肌と肌とを接触した状態になる。

 

「な、なにをするんだ──?」

 

「そ、そんな、はあ……はあ……」

 

 ふたりが完全に狼狽の姿を示しだした。

 

「なにをするんだじゃねえよ。特別な計らいで、ふたりを愉しませてやろうといっているんじゃねえか。じゃあ、遠慮なくそこで乳繰り合いな。それだけ近ければ口を吸うのも、乳を擦り合うのも、兄の一物を妹の女陰に挿入するも自由だろう」

 

 阿難は子分たちとともに、裸で密着させられたふたりが恥らう姿に大笑いした。

 そして、ふたりの脚を開脚させていた縄を解いた。

 

「か、痒い」

 

 寇女はたちまちに、内腿を激しく擦り合わせ始めた。

 だが、その動きが勃起している寇棟の一物の先に当たり、ちりんちりんと寇棟の一物の先の鈴を鳴らす。

 

「ふくうっ」

 

 寇棟が慌てたように腰を引いて悲鳴のような声をあげた。

 

「あっ、お兄様、ごめんなさい」

 

 寇女が泣きそうな声をあげた。

 

「おいおい、あんまり腰を振ると、感じやすいお兄ちゃんの先っぽに当たって汁を出させちまうぞ。もしも、外に精を出しちまったら、兄妹で最初に媾合いをさせてやると言ったのはなしだからな。俺たちが遠慮なく輪姦してやるからそう思え」

 

 阿難は寇棟の尻穴に指を這わせて、腰を前に出すように促せた。

 

「や、やめろ、やめんか──」

 

 阿難の指を嫌がった寇棟の腰が思わず勢いよく前に出た。

 その結果、寇棟の怒張が寇女の裸身にぴったりと密着した。

 

「あっ」

 

 今度は、寇棟の怒張を下腹部に押しつけられた寇女が恥じらいの声をあげた。

 

「早く、始めねえか、お前ら──。こらっ、寇女、お前、どうせ、まだ男遊びの経験はないんだろう──。だっから、俺たちのような強盗に処女を奪われるくらいなら、最初にお兄ちゃんにやってもらった方がいいんじゃねえのか? 痒みを癒してくれる肉棒はすぐ目の前だ。それに股ぐらを挿し入れてもらえ。お前から、お兄ちゃんに頼みな」

 

 阿難は笑いながら言った。

 しかし、寇女はなにも答えない。

 ただ、痒い、痒いと呻き声をあげて、激しく身体を振るばかりだ。

 そして、ついに泣きじゃくりだした。

 

「こ、寇女──。しっかりしろ、寇女──」

 

 寇棟が声をあげた。

 その寇棟も苦しそうだ。

 

 苦しいのは痒みだけではないだろう。

 いまや、ちりんちりんと鳴り続けている怒張の先端に結んだ糸が肉にしっかりと食い込んでしまっている。

 ぱんぱんに膨れた肉棒に、最初に結んだ鈴の糸があんなに食い込んでは痛いはずだ。

 

「やっているな?」

 

 迦葉が戻ってきた。

 裸で密着して立たされている寇棟と寇女の姿を見て、迦葉が大笑いした。

 そして、寇棟の勃起している一物にいきなり手を伸ばした。

 

「な、なにをするか、離せ、離せ──」

 

 怒張を迦葉に握られた寇棟は凄まじい狼狽を示しだした。

 

「なにと言われてもなあ……。妹と畜生遊びをするには、その鈴が邪魔だろうと思って、取ってやろうというのだ。ついでに、精を出せてやってもいいぞ。心配しなくても一度出したくらいだったら、尻穴に指を突っ込んで、あっという間に勃起させてやる。なあに、妹を犯すのに支障はないさ」

 

 迦葉がさっと糸の紐を解いて鈴を取り払うと、背後から寇棟の一物を擦りだした。

 寇棟はいまは自由になっている脚で抵抗しようとしたが、迦葉にそれが通用するわけはなく、それよりも刺激されている怒張を寇女の腹に押しつけるようにされて、火照った顔を左右に強く揺さぶった。

 迦葉はその寇棟の抵抗を愉しむように、怒張の先端をさらに寇女の肌に擦りつけるようにする。

 

「ううっ、は、なにを……」

 

 寇棟が眉をしかめて、獣のような呻きを出しはじめる。

 

「いや、迦葉、実はこのお坊っちゃんが、うっかりと精を外に出すような粗相をしてしまったら、妹の初めてをもらう権利は取りあげて、俺たちが、妹を最初から輪姦しちまうぞと脅しているところなんだ。だが、なかなか妹におっ挿そうとはしなくてな」

 

「おう、そうか。だったら、一生懸命に我慢するんだな。こんなのも気持ちいいだろう?」

 

 迦葉が笑いながら、寇棟の睾丸の下に手をあてがって、ゆっくりと動かしだした。

 寇棟は泣くような声をあげて、腰を動かして避けようとしているようだが、睾丸を握られてしまっては、そうもいかず、ただ迦葉の手管にされるままにされている。

 さらに、痒みに苦しんでいる尻の穴を指でくすぐられたりしては、すすり泣くような声も出し始めた。

 

「お前には、もう少し痒み剤を足してやるぞ、寇女。観念して、寇棟と媾合いする気になるようにな」

 

 阿難は寇女の股間に痒み剤を追加するとともに、すっかりと勃起している乳首にたっぷりと塗ってやった。

 

「ひいっ、ひいっ、ひっ──」

 

 阿難の指を感じた寇女は、おそろしい衝撃でも受けたかのように、がくがくと身体を震わせた。

 

「どうなんだ、寇棟──? このまま、精を寇女の腹にぶちまけてもいいのか? それとも、寇女の膣に注ぐのか? どっちでもいいぞ」

 

 小刻みなしごきで寇棟の股間に刺激を与え続けている迦葉がぴったりと寇棟に身体に密着して耳元でささやいている。

 寇棟はかちかちを歯を噛み鳴らしながら、引きつった声をあげて、口惜し泣きの声を大きくした。

 

「妹の前で、こんなふうに股間を弄られるのは口惜しいだろうなあ。心中を察するよ」

 

 迦葉がげらげらと笑いながら言った。

 

「口惜しかったら、股間の勃起を鎮めてみたらいいだろう。もしも、勃起を萎えさせることができたら、俺たちはこれ以上、なにもせずに引きあげてやるぞ」

 

 阿難は寇棟に声をかけた。

 周りを取り囲んでいる三人の部下たちも嘲笑の声を一斉にあげた。

 

「ち、畜生──。お前たちは、それでも人間か──」

 

 寇棟が噛みつくような声をあげた。

 

「なにを言いやがる──」

 

 寇棟の股間から手を離した迦葉が笑いながら、ふたりの股間に塗った泣き油という痒み剤を手に取った。

 

「人間でなくなり、兄妹同士で乳繰り合う畜生道に陥るのはお前たちだ──。ええい──。嫌なら嫌でもいい──。もういい、お前ら──。好きなだけ、そこで腰でも振っていろ、寇棟──。お前の妹は俺たちで犯し抜いておく。お前はそこで、股間を振り回しながら、じっとそれを見ているがいい」

 

 迦葉は今度は泣き油を寇棟の怒張の先に塗りたくった。

 そして、部下たちにふたりを離せと命じた。

 

「ま、待ってください──」

 

 いきなり、寇女が必死の表情で叫んだ。

 そして、突然に、自分の乳房を寇棟の胸に擦りだす。

 

「こ、寇女──?」

 

 寇棟がびっくりした声をあげた。

 

「ああっ、あっ、ああっ、き、気持ちいい──。お、お兄様、こ、寇女はもう痒みに耐えられません──。そ、それに、どうせこのまま暴漢たちに身を汚されるのです。それならば、どうか、最初にお兄様が犯してください。どうか、どうか──」

 

 寇女が寇棟の裸身に肌を強く擦りつけながら泣きじゃくった。

 

「ああ、寇女──」

 

 すると、寇棟も泣いて寇女の身体に自分から身体を押しつけた。

 

「めそめそするのはやめな──。気分が滅入るぜ」

 

 阿難は言った。

 

「お、お兄様、寇女と地獄に落ちてください。寇女は耐えられません──」

 

 寇女が引きつったように叫んだ。

 

「こ、寇女、す、すまん──。お前を守れなくて、すまん──」

 

 寇棟も激情が昂ぶったかのように、顔と顔を摺り寄せ、胸と胸を密着し、股間を接触し合った。

 そして、お互いの身体を擦り合わせる。

 

「お前ら、そうやってくっつき合うばかりが能がねえぞ。まずは、気分を出すために口づけでもやってみろ。舌を舐め合うんだ」

 

 阿難は叫んだ。

 

「こ、寇女」

 

「お兄様──」

 

 ふたりともすっかりと覚悟を決めてしまったのか、阿難の言葉に操られるかのように、お互いの口を吸い合い始める。

 

「お、お兄様、こうなったら、もうどうなってもいいです。寇女を犯してください。痒くて死にそうです。そ、それに……」

 

「言うな、寇女。俺は寇女が好きだ。俺は人間を捨てる。お前をこいつらに犯させるくらいなら、俺が最初に犯す──」

 

「お、お兄様──」

 

 寇女が叫んだ。

 そして、しばらくのあいだ、まるで阿難たちの揶揄など耳に入らないかのようにふたりで拘束された身体を擦り合った。

 やがて、寇女はいよいよ、股間が痒いと喚き出した。

 寇棟が焦ったように、腰を後手縛りの縄の許す範囲で腰を沈めて、寇女の股間に下に怒張の先をあてがうように動かした。

 

「あっ、ああ、お兄様、ああっ」

 

 それに気がついた寇女が、まるで身体に火がつけられたかのような声をあげて悶えだす。

 

「手伝ってやろう、ここだ──」

 

 阿難はせせら笑いながら、寇棟の一物の先を寇女の股間に誘導する。

 

「いいぞ、そのまま突きあげろ、寇棟──」

 

 阿難が大きな声をあげると、寇棟はぐいと腰を押しあげた。

 

「ひいっ、痛い──」

 

 寇女が絶叫して身体を突っ張らせる。

 

「寇棟──。お前の妹は生娘だったんだろうが──。いくら痒みでただれたようになっているとはいえ、そんな風に一気に突っ込んだら可哀想だろう」

 

 阿難はげらげらと大笑いした。

 なにしろ、寇棟は全身全霊の力を込めるかのように、寇女の股間に一物を突っ込んだのだ。

 

「だ、大丈夫です──。た、耐えられます。お、お兄様を感じます。も、もっと乱暴でも大丈夫です──」

 

 寇女が叫んだ。

 それを聞いて、阿難だけではなく、迦葉や三人の部下も、これはなかなかの被虐癖のある娘のようだと大笑いした。

 寇女の股間からは生娘だった証拠の血がうっすらと伝っていた。

 

「とにかく、うまく結合したようだな。だが、いきなり最初の性交で、立ったまま精を出せといってもうまくいかねえだろう──。俺が手伝ってやるぜ」

 

 迦葉が寇棟の後ろで下袴と下着をおろして下半身を露出させた。

 すでに迦葉の股間はすっかりと勃起している。

 阿難は、自分の怒張に泣き油とは別の小壺を取り出して、自分の怒張に塗りだした。

 

 迦葉が自分の一物に塗っているのは、ただの潤滑油だ。

 なにをしようとしているのかを悟った阿難も下半身を剥き出しにて、同じ潤滑油を指にとって自分の股間に塗っていった。

 阿難自身の怒張も完全に勃起している。

 久しぶりに精を出せる悦びに、阿難の全身は武者震いさえするようだ。

 

「こ、寇女──」

 

「お兄様──」

 

 しかし、寇棟も寇女ももはや、まわりの状況は視界に入らないのか、結合したままの股間をもじもじと揺らし合って、身体を密着して擦り合っている。

 まるで阿難たちなど、ここにはいないかのようにふたりの世界に没頭している。

 

「さてと……」

 

 そんな寇棟の背後にぴったりと迦葉が立ち、寇棟の腰を両手で持つ。

 一方で、阿難も寇女の後ろに回って、肉棒の先端を寇女の尻穴にあてた。

 

「な、なにをするんですか──」

 

「や、やめろおお──」

 

 やっと寇女と寇棟が、阿難と迦葉の意図に気がついたようだ。

 

「心配するな──。この道でも俺たちは玄人だ。十日ばかりは、尻が痛くて歩けんかもしれんが、直に治る。心配することはないぞ」

 

「うぐううっ、くうっ、があああっ──」

 

 寇棟が大きく首筋をのけ反らせた。

 歯を食いしばって悲痛な声をあげている。

 迦葉の怒張が強引に寇棟の尻穴を割って、内部に侵入しようとしているのだろう。

 

「さあ、こっちもいくぞ、寇女──。最初の性交が男ふたりの田楽刺しというのは、並の経験ではできぬことだと思うぞ」

 

 阿難もゆっくりと寇女の尻に腰を貫かせていった。

 潤滑油のおかげで、それほどの窮屈さはない。

 むしろ、心地いいくらいの締め付けだ。

 

「な、なかなかの味だ、寇女──。これなら、すぐに尻穴でも愉しめるようになるはずだ。よければ、これからも通って尻を調教してやってもいいぞ……。いや、それよりも、愛しいお兄様に毎日、掘ってもらうのがいいな。俺たちが去っても、仲良くやりな」

 

 阿難はうそぶいた。

 

「うぐうう、お兄様──」

 

 寇女が吠えるような声をあげて、首をのけ反らせた。

 

「こ、寇女──」

 

 寇棟も悲痛な声をあげる。

 

「ここをこうやって擦れば、男はたちまちに精を出す……。それっ、妹の腹の中に精を注ぎ込め──」

 

 すると、迦葉が寇棟に沈めていた怒張を少し抜いて、入り口近くのところを自分の怒張の先で刺激するような動きをした。

 

「うあっ」

 

 寇棟がいきなり声をあげた。

 どうやら、寇女の股間に沈めている怒張から一気に精を放出させたようだ。

 

「はああ、お兄様──」

 

 自分の体内でそれを感じた寇女が声をあげる。

 

「ついにやりやがったか──?」

 

「これで、お前らは人間じゃねえ、畜生だ──。どうだ、寇棟、妹の股間で精を放った気分は──?」

 

 寇棟の尻穴を怒張の貫かせたままの迦葉が笑った。

 阿難もまた、寇女の尻を犯しながら釣られるように大笑いをした。

 

「じゃあ、いよいよ、遊びの時間だ。寇女を寇棟から引き離せ──。朝まで輪してやろうぜ」

 

 阿難は寇女の尻から怒張を抜いて言った。

 

「俺はこいつでいいぜ。朝までに十発は抜いてやる。寇女を犯すのは、こいつの足元でやってくれよ。十発全部、妹の顔にぶっかけてやるんだ」

 

 阿難はそれはいいと笑いながら、寇女を天井に繋いでいた縄を解き、寇女の身体を寇棟から離すと、その足元に仰向けに引き倒した。

 

 

 

 

(第106話『ある夜の出来事』終わり、第107話『恋の妙薬』に続く)






【西遊記:97回、寇員外(こういんがい)②】
(「708 酒と肴と男と女たち」の後書きの続きになります。)

 寇員外の住んでいた地霊には、徒党を組んで盗賊をする一団がいました。
 盗賊たちは、寇員外が玄奘たちを盛大に見送りしたのに接し、彼が大金持ちであるとともに、今夜は見送りの後なので、気が抜けているだろうと目星をつけて、屋敷を襲うことを決めます。

 その日の夜、屋敷を襲撃した盗賊たちは、財を盗むともに、寇員外を蹴り殺してしまします。

 盗賊たちが去ってから、寇員外の妻は殺されている寇員外を見つけます。

 そこに、異変を聞いて、息子の寇棟(こうとう)がやってきます。
 寇員外の妻は、泣きじゃくりながら、こんなとこになったのは、玄奘たちが寇員外がとめるのを振り切って出ていってしまったからだと、逆恨みのようなことを口走ります。さらに、思わず、寇員外を殺したのは、盗賊になって戻ってきた玄奘たちだと嘘を言ってしまいます。

 驚いた息子の寇棟は、玄奘たちを訴える訴状を役職に届けます。(③に続く。)


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 第107話 恋の妙薬【張須駝(ちょうすだ)Ⅱ】
712 雨の日に恋をして


 急に雨が降ってきた。

 宝玄仙の使いで、ひとりで宿町の外れにあった薬屋に掻痒剤の材料を買いに行くことになり、その帰りだった。

 孫空女は慌てて近くの軒先に逃れた。

 

 おそらく、夕立だろう。

 一刻(約一時間)もすれば雨はあがるはずだ。

 孫空女はぼんやりと雨空を見て思った。

 

 しかし、考えてみれば、馬鹿にした話だと思う。

 金子を渡された孫空女が買いに行かされた掻痒剤は、これから宝玄仙と朱姫から、孫空女たちが嗜虐されるために使われるのだ。

 自分を苦しめることがわかっている薬剤をわざわざ自分で購ってくる──。

 本当に意地の悪い仕打ちだと思うが、逆らうわけにもいかない。

 孫空女は嘆息した。

 

 痒み責めは、嗜虐の責めの中で一番苦しい責めだと思う。

 身体を拘束されて、局部や乳首に痒みに狂う薬剤を塗られて放置されるのだ。

 あるいは、さらに痒みが助長するように筆や刷毛でくすぐられるかだ。

 

 いすれにしても、女の自尊心も尊厳もなにもかも捨てて、痒みを癒してもらうために泣き喚くことになる。

 今夜はその責めが待っている。

 そのための責めの材料は、いま孫空女が代金の釣りとともに、包みにして胸に持っている。

 それを確かめて、孫空女はまた暗い気持ちになり嘆息した。

 

 やって来た西方帝国の東沿いにある華光(かこう)という名の大きな宿町だ。

 寇員外(ていいんがい)という分限者の屋敷を出発してから二日が経っている。

 あの地霊(じれい)の町から二日かけて山街道を越え、主街道にぶつかり、そこに、この華光の宿町があった。

 今日はここで宿を取ることになった。

 

 いつものように、沙那はこれから越えようとしている先の地域に関する情報を集めるために宿から出て行った。

 西方帝国は基本的に移動は自由だというが、主街道に関が幾つかあるらしい。

 だから、どんなことを調べたりするのかを聞き込みに行ったのだ。

 

 沙那がいなくなると、すぐに宝玄仙と朱姫が、孫空女と素蛾に悪戯をしようとした。

 だが、責め具に使う痒み剤がなくなっていることに気がついた宝玄仙が、確か町外れに薬屋があるから、孫空女に買いに行けと命令したのだ。

 使いなら自分が行くと素蛾が申し出たのだが、宝玄仙は笑って、媚薬だから素蛾には売らないだろうと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 自分を責める薬剤を自分で買いに行くというのは腹もたつが、抵抗は無意味だということを孫空女も知っている。

 だから、大人しく外に出てきた。

 そして、言われたものを購って宿に戻るところだった。

 もちろん、そこは平凡なの薬屋なので、掻痒剤というかたちで薬剤が売っているわけではない。

 しかし、宝玄仙が、孫空女が購ったものを混ぜながら霊気を注ぎ込むと、調合されたものが強力な掻痒剤になるのだ。

 

 だが、その帰りに雨に降られた。

 ずぶ濡れになるのを我慢すれば、宿に辿り着けないことはないが、そこまで一生懸命に早く戻る必要はないだろう。

 孫空女は、雨があがるまでここにいることを決めた。

 

「うわあ、大変──」

 

 すると、そこに八歳くらいの女の子を伴った若い母親が、孫空女が立っている軒先に走ってきた。

 

「ちょっと、ここでしばらく待っていようね、(まゆ)

 

 母親が女の子にそう話しかけ、そして、孫空女に軽く会釈をした。

 孫空女も小さくお辞儀を返す。

 

 しばらくそうしていたが、雨足はなかなか弱くはならず、孫空女は、その母子とともに黙って雨の降る通りを見ていた。

 

「旅の方ですか? この辺りではお見かけしない方ですね」

 

 なんとなくという感じで母親が話しかけてきた。

 

「うん、北に向かって帝都の方に向かおうと思って」

 

 実際には、目的地は、その帝都を通り抜け、さらに北にある魔域との境界を越えた向こうなのだが、まあ、そんなことはいいだろう。

 

「そうですか……。いいですね、旅というのは……。あたしなんて、この町で生まれて、十里(十キロ)も離れたことはありません。せいぜい隣町の生母のところに遊びに行くくらいで……。今日も、その帰りなんですよ……。ご出身はどちらなんですか?」

 

 人懐っこそうな笑みだった。

 笑うとすごく美人になる。

 繭という名らしい童女がにこにこと孫空女を見ている。

 その童女も可愛らしい顔立ちをしていた。

 

「いや、ずっと遠い場所にある別の国から来たんだ。まあ、どこに向かうのかわからないような旅でね。仲間と一緒なんだよ」

 

 孫空女は言った。

 

「別の国ですか?」

 

「ずっと、ずっと遠い東の果てなんだ。東方帝国だよ」

 

「まあ──」

 

 孫空女が東方帝国の名を出すと、若い母親が驚いた表情になった。

 

「わあ、お姉ちゃん、そんな遠くから来たの? すごい──」

 

 すると、女の子が目を丸くして声をあげた。

 田舎育ちのようだが、東方帝国の存在は知っていたようだ。

 そうやってしばらく他愛のない話した。

 

「ねえ、お母さん、お婆ちゃんからもらったお菓子食べたいな」

 

 やがて、女の子がそう言った。

 

「そうね。ちょっとだけ、摘まもうか?」

 

 母親はにっこりと笑うと、荷から布で包んだ菓子を取り出して、女の子に渡した。

 赤ん坊の拳ほどの丸い蒸し菓子だ。

 女の子はすぐにそれを口に入れ始めた。

 母親は自分も袋から一個取り出すと、さらに孫空女にひとつ差し出した。

 

「……母の手作りなんですけど、よろしければ……」

 

「あ、ありがとう……」

 

 断るのも悪いと思い、孫空女はそれを受け取った。

 

「おばあちゃんのお菓子は、とってもおいしいのよ、お姉ちゃん。食べてみて」

 

 女の子が口いっぱいに菓子を頬張りながら、天真爛漫としかいいようのない笑みを浮かべてそう言った。

 

「うん」

 

 孫空女は菓子を口に入れた。

 菓子はすごく甘かった。

 

「おいしいでしょう?」

 

 女の子はそう訊ねたが、正直にいえば、顔をしかめるくらいに甘かった。

 だが、そう答えれば、女の子が悲しい顔をする気がして、孫空女はとりあえず、おいしいと返事をした。

 

 しかし、その甘味に隠されているかすかな苦みに気がついたのは、菓子の欠片を喉に飲み込んでしまってからだった。

 毒の苦味だ。

 孫空女は確信したが、すでに菓子は腹の中だ。

 

「ちょ、ちょっと待って、これ──?」

 

 孫空女は驚いて声をあげた

 強い甘味で、味を見分け難くされていたため、舌が特別敏感な孫空女でも口の中にあるときにわからなかったが、この菓子には毒のようなものが混ざっている……。

 

 なぜ──?

 

 孫空女は母親に問い質そうと思ったが、母親が急に顔色を変えて、女の子の手を掴むと、孫空女から離れて雨の通りに飛び出した。

 

「ま、待って、あんたら──」

 

 わけがわからず、孫空女は引きとめようとしたが、脚の力が急になくなり、孫空女はその場に跪いてしまった。

 そのあいだに、あの母子は消えていなくなった。

 

 昏睡剤……?

 

 さっきの菓子に毒が混ざっていたのは間違いないが、この身体の異変からすれば、死ぬような毒ではなくて、一時的に気を失わせるような薬物と思う。

 

 それにしても、なんであんな母子が……?

 

 いつもだったら、もらった食べ物をいきなり飲み込んだりはしないのだが、あの母子がなにかを企んでいるとは夢にも考えなかったので、うっかり食べてしまった。

 しかも、余程強力な昏睡剤なのだろう。

 いまや、脚だけではなく、身体全体から力が抜けようとしている。

 

 そして、だんだんと意識も遠くなる……。

 孫空女は両膝をついたまま、がっくりと身体を脱力させていた。

 

「やな、雨だな、孫空女」

 

 軒先の前に誰かがやってきたのがわかった。

 しかし、もう頭がぼんやりとしてよくわからない。

 

「だ、誰……?」

 

 孫空女は懸命に顔をあげた。

 そこにいたのは、さっきの母子だった。

 

 そして、もうひとりいた。

 母子はいつの間にか傘を持っていて、女の子は傘をひとりで持っていたが、母親はもうひとつの傘を男にかざしていた。

 孫空女に声をかけたのは、その男だった。

 

「俺のことを忘れたか、孫空女? 命を助けてくれた恩は忘れてねえぞ……。あのときのお礼に、お前と沙那をさらってやろうと思ってな」

 

 男が喉の奥で笑うような声をあげた。

 

張須陀(ちょうすだ)……?」

 

 その名が浮かんだ。

 しかし、孫空女の意識は真っ暗な闇の中に、急速に包み込まれていった。

 

 

 *

 

 

「起きて、孫空女さん……」

 

 鼻につんと刺激臭を感じた。

 孫空女は眼を覚ました。

 

「久しぶりだな、孫空女……。お前たちがこの西方帝国にやってきていると、教えてくれた者がいてな……。それで、取るものも取らずに駆けつけて来たんだ……」

 

「な、なに……?」

 

 男の声がした。

 しかし、まだ頭がぼんやりとして、言葉が入ってこない。

 とにかく、孫空女は声の方向に顔を向けた。

 

「……だが、案外にすぐに見つけることができた。地霊の町から北に進めば、必ず、この華光の宿町に辿り着く。ここで網を張っていたら、目立つ美女の一行がやってきたというわけだ。それにしても、いつの間にか、知らねえ少女も連れにしたんだな。やっぱり、あの少女も宝玄仙の性奴隷か?」

 

 向かい合うように座っている男が笑いながら言った。

 はっとした。

 

 孫空女は椅子に縛られていた。

 両手を手摺に縛られ、両脚も椅子の脚に繋がれていた。

 また、さらに胴体にも縄で椅子の背もたれにしっかりと拘束されている。

 

 服は脱がされていない。

 どこかの廃屋のようだと思った。

 

 窓の外には、まだ雨の音が聞こえる。

 意識を失ってからそれほどは時間が経っていないと思った。

 おそらく、毒で気絶した孫空女を近くの廃屋に連れ込んで、こうやって椅子に縛りつけたに違いない。

 孫空女は椅子ごと暴れようかと思ったが、椅子はなにかの手段で床に接続してあって、孫空女の力でもびくともしなかった。

 

「ちょ、張須陀か……?」

 

 孫空女の頭にその名が浮かびあがった。

 

 張須陀──。

 

 沙那に縁のある男であり、確か、まだ沙那が東方帝国の故郷の町にいたころに、沙那にちょっかいを出そうとして、逆に酷い目に遭った男のはずだ。

 沙那に言わせても、どうしようもない卑劣男だということであり、その男と、以前に旅の途中で、遠い外縁地帯でばったり出会った。

 ところが、こいつはかつて沙那にやられたことを逆恨みしていて、偶然に再会した沙那をさらって監禁したのだ。

 結局、沙那は十日ほどで、この張須陀から自力で脱走したのだが、とにかくとんでもない男だった。

 

 そのとき、孫空女は、すでに沙那が逃亡した後だった監禁場所で、沙那に両手首を切断されて死にそうになっている張須陀を見つけた。

 孫空女はそのまま野垂れ死にさせるつもりだったが、宝玄仙は気紛れの慈悲を示して、張須陀の治療をして追い払ったのだ。

 

 その張須陀がそこにいる。

 しかし、あのとき切断された手はちゃんとあった。

 だが、よく見れば、霊気のこめられた義手のようだ。

 その張須陀は、孫空女に向かい合う椅子に座った脚を大きく開いていて、その股間で小さな女の子の頭が動いていた。

 それは、さっき孫空女に毒入りの菓子を食べさせた女の子に間違いない。

 

 そして、ぎょっとした。

 その年端もいかない女の子がなにをしているのかわかったからだ。

 その女の子は一心不乱に張須陀の股間に奉仕をしていたのだ。

 

「お、お前、こんなところで、その子になにをさせてるんだよ──。そ、それに、あたしをどうするつもりだい──?」

 

 孫空女は怒鳴った。

 だが、張須陀は余裕たっぷりにせせら笑った。

 

「よし、もういいぞ、繭……。だいぶうまくなったな。でも、この続きは、あのお姉ちゃんにやってもらうつもりなんだ。だから、繭は後でな。じゃあ、お母さんと一緒に隣の部屋で待っていてくれ? お父さんは、いまからあのお姉ちゃんを犯さなければならないんだ」

 

 張須陀がそう言うと、繭と呼ばれた女の子が顔をあげた。

 

「だったら、また、ご褒美に繭のことを犯してくれる、お父さん? 繭は言われた通りに、このお姉ちゃんを捕まえるために頑張ったよ」

 

「ああ、もちろんやってあげるよ。お母さんと一緒がいいか? それとも、ひとりで抱いて欲しいか?」

 

 張須陀が言った。

 

「ううん……。ひとりがいいかな? あと、繭はお尻がいいかも。お股はまだ少し痛いの……。でも、お尻は気持ちいいから。だから、またお尻を犯して、お父さん」

 

「わかったよ……。だったら、ちゃんとお尻をきれいにしておくんだよ。お母さんに浣腸のやり方をちゃんと習うんだ。いいね」

「うん、わかった」

 

 繭は元気に返事をした。

 孫空女は唖然としてそれを見守っていた。

 

「でも、今日は、このお姉ちゃんと用事があるから、あさってにもな」

 

「うん」

 

 繭が嬉しそうに立ちあがった。

 

「こら、繭──。お父さんの股のものが出たままよ」

 

 苦笑混じりの口を開いたのは、孫空女の背後に立っている女だ。

 さっきの若い母親だ。

 どうやら、この母子は張須陀とぐるだったようだ。

 張須陀に命じられて、孫空女に近づき、昏睡剤のたっぷりと入った菓子を食べさせたのだと思う。

 

 孫空女は自分の迂闊さに歯噛みした。

 それにしても、この三人は親子なのか?

 そして、張須陀は自分の娘に性奉仕をさせているのか?

 孫空女は混乱した。

 

「いや、いいんだ、歌艶(かえん)……。いまから、この孫空女にこの股を奉仕させようと思っている……。それよりも、繭を連れて、隣の部屋で待っていてくれ」

 

 張須陀が言った。

 

「わかりました、あなた……。繭、おいで……。お父さんはお仕事よ」

 

 歌艶という母親と繭が部屋を出て行った。

 

「さて、孫空女、待たせたな……」

 

 張須陀が笑いながら、椅子を持ちあげて、孫空女が縛られている椅子の目の前に移動してきた。

 下袴の前から、まだ勃起したままの張須陀の一物がぶらぶらと揺れている。

 

「そ、そんなものしまいなよ──。ふざけるなよ、お前──」

 

 孫空女の前に、股間の一物を出したまま座った張須陀に孫空女は吠えた。

 もう一度、拘束が解けないかともがいたが、やっぱりしっかりと縄で結んである。椅子もびくともしない。

 

「無駄だ、孫空女……。お前の縄も椅子も道術の力で拘束している。ついでに、この廃屋全体も結界で包んでいる。逃げられはせんぞ」

 

 張須陀が言った。

 孫空女は驚いた。

 そして、言われてみれば、この部屋全体に霊気が立ち込めていることに気がついた。

 

「結界の道術? な、なんで?」

 

 孫空女の記憶では、確か張須陀は道術遣いだったとは思うが、せいぜい霊具を操ることができるくらいで、大した道術は遣えなかったはずだ。

 結界を作るような道術力はなかったはずだ。

 

「さっきの女だよ。一応は俺の妻ということになっている。結婚してくれというから、夫になることを承知してやっただけだがな……。歌艶だけじゃなくて、子の繭も道術遣いだぞ。それも一流のな。あの母子は俺の奴隷だ。表向きは妻と子ということにはなっているし、あいつらはそのつもりだとは思うが、内心では俺は奴隷と見なしている」

 

 張須陀は低い声で笑った。

 

「じゃあ、さっきの繭もお前の子じゃないのかい?」

 

「歌艶の連れ子だよ。別に童女趣味はねえんだが、歌艶に子供を抱かせないと別れると脅したら、娘を俺に提供したよ。いまでは、あの繭もすっかりと俺のとりこだ。しかも、尻姦がお気に入りでな。さっきも、そう言ってただろう」

 

 張須陀が笑った。

 

「お、お前……」

 

「しかも、あの歳でしっかりと、母親に嫉妬心があるんだぜ。最初は母親と一緒に抱いていたんだが、いまじゃあ、ふたりきりで抱かれるのを望むんだ。面白いだろう?」

 

「お、お前、ふざけるなよ──。あんな小さな子供を……。しかも、母子を一緒にだって? なんてことしてるんだい──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「おいおい、そんなこと、お前の知ったことじゃねえだろう。あの母子は俺に進んで尻を振って言い寄っているんだ──。あの母親の歌艶も、娘の繭もだ──。まあ、もちろん、仕掛けはあるがな」

 

「仕掛け?」

 

「いずれにしても、あのふたりは女として、俺にぞっこんということだ。命令に逆らえば、容赦なく捨てられるとわかっているから、どんなことでも言うこともきくし、母子で俺の寵を競い合ってくる。可愛いものさ。母親の歌艶なんて、あれでも少し前までは、西方帝国の宮廷魔道師だぞ。夫もいた。だが、俺と一緒になるために、母子で夫を捨てて俺についてきた。俺に惚れたためにな」

 

 張須陀は笑った。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「さて、時間もねえしな。おしゃべりは終わりだ……。お前にも、俺に惚れてもらうぞ、孫空女……。あの歌艶と同じようにな」

 

 張須陀は懐から小さな瓶を出した。

 孫空女はぎょっとした。

 

「な、なんだい、それ──?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「苦労して手に入れた惚れ薬という仙薬だ──。これを手に入れたとき、お前たちのせいの俺の惨めな放浪は終わった……。とにかく、効き目はあるぞ。なにせ、宮廷魔道師の歌艶が、自ら道を誤らせるくらいに、ただの行きずりの男の俺にのぼせあがるんだからな」

 

「ほ、惚れ薬――?」

 

 孫空女は仰天した。

 

「そうだ。惚れ薬のためだと理性じゃわかっていても、惚れてしまえば、もう、その心には抵抗できなくなる。あんな小さな子供の繭にも効果があった。お前にも間違いなく効くだろう。さあ、孫空女、お前も俺に惚れてしまえ──。俺の復讐の第一弾だ──」

 

「ひっ、や、やめろうう」

 

 張須陀が小瓶を持って迫ってきた。

 孫空女はぞっとした。

 

「これを飲めば、最初に見た異性にどうしようもなく惚れてしまうという究極の惚れ薬だ」

 

 張須陀が孫空女の鼻を掴んで、強引に口を開かせる。

 

「な、なん──があ──ぐう──や、やめ──あ、あがあ──」

 

 孫空女は必死で抵抗したが、小瓶を口の中に捻じ込まれた。

 そして、中の液体をすべて無理矢理に飲まされる。

 

「げほっ、えほっ、ごほっ……な、なんてことを……」

 

 孫空女は咳き込んだ。

 そして、張須陀を睨んだ。

 

「あ、あれっ……?」

 

 しかし、なんか張須陀を見ていると、急に怒りが消滅した。

 それだけではなく、身体が熱くなり心臓が激しい鼓動を始める。

 こんなこと初めてだった。

 まるで、なにかに操られているようだった。

 

 張須陀が愛おしくて仕方がなくなったのだ。

 いや、これは確かに操りだ。

 惚れ薬の影響に間違いないのだ。

 

 それは、わかっているのだが、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、ものすごく張須陀が恋しい……。

 

 そばにいるというだけで、すごく恥ずかしいような気持ちになる。

 だけど、離れたくない。

 

 張須陀が好きで好きで堪らない……。

 そばにいたくて狂いそうだ。

 

「どうだ、孫空女? これを舐めたくなったか?」

 

 張須陀が笑いながら、腰の前の一物をぶるぶると振った。

 悲鳴をあげそうになった。

 あまりにも強い動悸が孫空女に襲ったのだ。

 

「な、舐めていいのかい?」

 

 孫空女は、張須陀の性器をうっとりと見ながら、おずおずと言った。



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713 恋の罠

「な、舐めていいのかい……?」

 

 孫空女がうっとりとした表情で言った。

 張須陀(ちょうすだ)はほくそ笑んだ。

 

 孫空女は、惚れ薬の影響で完全に陶酔状態にある。

 これで、少なくとも丸一日は、孫空女は張須陀にべた惚れの状態のはずだ。

 一種の縛心状態である。

 

 これを十日間、惚れ薬の効果を寸断させないように続ければ、惚れ薬の影響が完全に身体から抜けなくなり、歌艶や繭の母娘と同じように、もう薬剤なしに張須陀にぞっこんの状態になる。

 だが、張須陀はそこまでするつもりはない。

 高価な薬なのだ。

 

 それに、張須陀の目的は沙那であり、しかも、復讐である。

 身体ではない。

 

 沙那や孫空女の身体を愉しむのは、復讐の駄賃のようなものだ。

 第一、深入りすると、また、あのときのように大きなしっぺ返しを食うような気もする。

 多少の溜飲が下がったくらいで復讐は十分だ。

 

「これを舐めたいか、孫空女?」

 

 張須陀は笑いながら、孫空女の顔の目の前に勃起した男根を突きつけた。

 孫空女が顔を真っ赤にするとともに、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「な、舐めろって、命令してよ……」

 

 すると、孫空女が恥ずかしそうな表情で小さな声を出した。

 張須陀は少し驚き、そして、思わず笑みをこぼした。

 どうやら、この孫空女は強い被虐癖があるようだ。

 この惚れ薬には、服用して最初に見た異性を猛烈に好きになってしまうという効果があるのだが、副作用として、当人の性的欲望を剥き出しにもしてしまうという効果もある。

 つまり、自分の一番欲情する性癖を相手にどうしてもねだりたくなるのだ。

 

 この孫空女は破廉恥な行為を強要されるような性交がお気に入りのようだ。

 孫空女の剛腕と武芸を以前に目の当たりにしているだけに、張須陀には意外な感じがした。

 だが、考えてみれば、あの宝玄仙の供にして性奴隷でもあるのだ。

 被虐癖が強いのは当たり前なのかもしれない。

 

 沙那を洞窟に十日間も監禁したときにも、沙那は雌犬の振る舞いを強要されることで性的な欲情をしていた。

 もっとも、あれは演技であり、それで油断を突かれて沙那の脱走を許してしまったのだが、演技でない部分もあった。

 だからこそ、すっかりと沙那が調教されてしまったと騙されてしまったのだと思う。

 

「命令されるのが好きなのか……? じゃあ、まずは口づけだ。俺への愛情を示してみろ」

 

 張須陀は椅子の手摺と脚に両手と両脚を拘束されて動けない孫空女の唇に自分の唇を重ねた。

 

「ああ、んああ、んんっ」

 

 孫空女が当たり前のように張須陀の口を吸い始める。

 しかも、すぐに舌を挿しいれてきて、張須陀の舌を舐め回してきた。

 それだけではなく、口の裏や歯茎の裏などまで舌を這いまわせてくる。

 張須陀はたじろいだ。

 孫空女の舌で痺れるような快感が張須陀に襲ったのだ。

 

「んん……」

 

 孫空女は、興奮したように鼻息を荒くしながら一心不乱に張須陀の口中に舌を這いまわらせる。

 そして、少しでも張須陀が反応した場所があれば、そこを集中的に刺激を繰り返してくる。

 これは口づけというよりは、まさに舌による口への奉仕だ。

 こんな情熱的な口づけなど、これまでどんな女にでもされたことはない。

 張須陀はすっかりと飲まれてしまった。

 

 これが孫空女の本気の口づけということだろう。

 いずれにしても、孫空女は、もう完全に惚れ薬の影響下にあるようだ。

 これなら、もう大丈夫だ。

 

「なかなかよかったぜ、孫空女……。さすがの俺も、すっかりと興奮しちまった……。さあ、縄を解いてやろう。今度は股間に奉仕してくれ……。いや、奉仕しろ」

 

 張須陀は孫空女から口を離しながら言った。

 

「う、うん……」

 

 孫空女がじっと張須陀の顔を見ながらうなづいた。

 本当に片時も目を離さないように張須陀を凝視してくる。

 こっちが気恥ずかしくなるほどだ。

 

 そのくせ、ちらりちらりと、張須陀の勃起した一物にも視線を送ってくる。

 その仕草が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

 張須陀が孫空女の手足の縄を解くと、すぐに孫空女は椅子からおりて、立っている張須陀の前に跪いた。

 

「ほ、奉仕するね……」

 

 孫空女は上気した顔のまま、下袴の前から出ている張須陀の肉竿に舌を這わせだした。

 張須陀の無骨な肉棒に、孫空女の美貌の顔から伸ばされた舌が動き回る。

 張須陀の怒張はあっという間に孫空女のたっぷりの唾液で覆われた。

 

「舐めながら、服を脱ぐんだ、孫空女……」

 

 張須陀は言った。

 

「んんっ」

 

 孫空女は甘い鼻息を出しながら服を脱ぎ始めた。

 まずは、上衣を脱ぎ、次いで、胸当てを外した。

 孫空女の上半身はすっかりと欲情で火照りきり、随分と汗ばんでいた。

 乳首は完全に興奮で勃起している。

 張須陀はすっと右手を伸ばして、その孫空女の乳首を下からなぞった。

 

「ふうんっ」

 

 孫空女がまるで電撃でもあてられたかのように身体をびくりと後ろに反らせた。

 その動きで張須陀の怒張は孫空女の口からこぼれ出たほどだ。

 孫空女の裸身に触れるのは初めてだが、随分と感じやすい身体をしているようだ。

 

 そういえば、沙那も触れればすぐに蕩けそうな感じやすい身体だったか……。

 張須陀は孫空女の乳首を思い切りつねった。

 

「ひぐっ」

 

 孫空女が悲鳴をあげる。

 

「誰がやめていいと言った。続けろ」

 

「ご、ごめん……」

 

 孫空女が怒張を咥え直した。

 だが、その表情にはかすみがかかったようになっていて、目元が悩ましく上気している。

 やはり、被虐性が強いのだ。

 乱暴に扱われることで、孫空女の欲情は余計に昂ぶったようだ。

 

 孫空女は首元を伸ばして、棹の裏の縫い目から亀頭のくびれにたっぷりの唾液をまぶして、音を立てるように舌腹をぶつけるように粘っこくする。

 そうかと思えば、先端の部分だけを口に含ませて優しく揉み含むように口で包んだりもしてくる。

 大した技巧だ。

 口づけも上手だったが、性器への口奉仕はさらに上手だ。

 そのあいだに、身体を窮屈そうに動かして脚から下袴と下着を脱いでいく。

 やがて、やっと孫空女は素裸になった。

 すると、本格的な奉仕が始まった。

 

「こりゃあ、堪らないな……。すごくいいぞ、孫空女……」

 

 張須陀は呻くように言った。

 孫空女が嬉しそうに目元を緩ませた。

 惚れ薬の影響により、孫空女には張須陀が愛しい恋人としか思えなくなっている。

 その男の股間を舐め、それを男が喜ぶことでさらに欲情を増進させているに違いない。

 

「んふう……あぬん……んん……」

 

 孫空女が鼻を鳴らしながら情熱的に口を動かす。

 張須陀の怒張もさらに逞しくなり、先端から汁が滲んできているのを感じる。

 

「そ、それくらいにしてもらおうか……。ははは……。さもないと、口で出しちゃうぜ」

 

 張須陀は孫空女の口から怒張を抜きながら言った。

 

「だ、出してもいいのに……」

 

 孫空女が少しだけ不満そうな顔になった。

 

「そうはいかんよ。だったら、なんのために裸になったんだ? 俺の肉棒で股間を抉ってもらいたいんじゃないのか? 精をお前の子宮にぶちまけて欲しいんじゃないのか?」

 

 張須陀がそう言うと、孫空女ははにかみような表情になった。

 

「えへ……。そ、そりゃあ……」

 

 その表情も可愛らしい。顔も真っ赤だ。

 そして、驚いてもいた。

 こんなにも、孫空女というのは可愛い女だったのかという新鮮な驚きだ。

 張須陀は、床に落ちていた縄を手に取った。

 

「縛って抱いて欲しいか? それとも、縛られずに抱かれたいか?」

 

 張須陀は孫空女の目の前に縄を突きつけた。

 十中八九、孫空女は拘束されるのを望むという確信があった。

 惚れ薬の副作用があるのだ。

 孫空女は自分が欲望を剥き出しにした性行為を望む。

 

「し、縛ってよ……」

 

 孫空女が後ろに両腕をまわして、こちらに背を向けた。

 張須陀は手慣れた手つきで、上下に組まれた孫空女の両腕に縄をかけ、さらに縄を足して乳房の上下にも巻きつけた。

 そして、首から回した縄でさらに乳房を絞り出すようにする。

 

「んふうっ」

 

 縄を強めに締めつけると、孫空女が圧迫された胸から息を吐き出した。

 孫空女の不安と緊張、そして、欲情が縄を通して伝わってくる。

 張須陀は板敷の床に胡坐に座った。

 その胡坐の上に、素裸の孫空女を座らせる。

 ちょうど父親が小さな子供を座らせるような体勢だ。

 まずは両手で縄で引き出された乳房を揉むしごく。

 

「はああっ」

 

 孫空女が大きく息を吐きながら身悶えた。

 張須陀の怒張は孫空女の引き締まった尻の下にある。

 孫空女が動けば、自然と張須陀の勃起した肉棒が孫空女の尻で擦られることになる。

 

「ふうっ、ふうっ、はあっ、はあっ」

 

 乳房を揉みながら乳首を指でしごくようにすると、孫空女の身体の震えがとまらなくなった。

 孫空女の身体からみるみる汗が吹き出してくる。

 

「本当に揉みごたえのある胸だな、孫空女」

 

「う、うん、き、気持ちいい……。はあ、あっ、ああっ、ああっ」

 

 孫空女の赤い髪がはらりはらりと落ちて、汗でうなじや頬に垂れ落ちて張りつく。

 

「そろそろ、欲しいだろう?」

 

 張須陀は孫空女の顔を覗き込むようにした。

 孫空女の顔は火照りきり、美貌はすっかりと欲情で上気している。

 ぞっとするほどの美しさだ。

 

「う、うん。ほ、欲しい……。ね、ねえ、して……。もう、して……」

 

 孫空女は喘ぎながらねだるような声をあげた。

 張須陀は惚れ薬の効果に改めて悦びを感じながら、孫空女の尻を持ちあげて、身体を前にどんと倒した。

 

「あっ」

 

 身体を前方に倒されるかたちになった孫空女は身体を捻って、肩で受け身をした。

 孫空女が痛みに顔を歪めて小さな声をあげる。

 

「ああっ、ああっ」

 

 だが、張須陀が背後から孫空女のねらねらと光る潤みの中心を怒張の先端で小突き回すと、たちまちに甲高い声をあげだす。

 

「こ、こんな、恰好、ああ、はああ……はっ、ああっ……」

 

 背後から男根を捻じ込まれようとしている孫空女は、その羞恥と興奮にすっかりと酔ったようになった。

 

「もっと脚を開け。淫売女が」

 

 張須陀は一度腰を引いて、わざと思い切り孫空女の尻たぶを平手で叩いた。

 

「ふぐっ。わ、わかったよっ」

 

 孫空女はますます顔を真っ赤にして、跪いて尻を掲げている両脚を開くように動かした。

 しかも、叩かれた瞬間に孫空女の女陰から淫汁が溢れるように出たのがわかった。

 惚れ薬の影響で欲情の正直になっているのは心だけではなく身体もだ。

 孫空女は乱暴に叩かれて、激しい欲情に襲われたのだろう。

 張須陀は肉棒を孫空女の女陰に突き入れた。

 

「はああっ」

 

 角度をつけて孫空女の膣の襞を肉棒の先で裂くように抉り擦る。同時に縄に弾き出されている乳房を力を込めて激しく揉んだ。

 

「うああっ、はあっ、ああっ」

 

「気持ちいいか、孫空女」

 

「い、いい。き、気持ちいい」

 

 張須陀の肉棒で股間を突かれるたびに孫空女の身体ががくがくと震える。

 孫空女の激しい孫空女の快感が伝わってくる。

 

「くうっ」

 

 張須陀は顔をしかめた。

 無意識の動作だろうが、孫空女が訴えかけるように腰を振ってくる。

 それはいいのだが、膣の締めつけが半端ではないのだ。

 

「た、たまらないよう」

 

 孫空女が切なそうな声をあげて腰を振った。

 すると、怒張を締めつける力がさらに増した。

 張須陀はあっという間に、快感の頂点に一緒に引きずり込まれそうになる。張須陀は懸命に耐えた。

 

「いぐうう」

 

 孫空女が突然に断末魔のような悲鳴をあげた。

 そして、全身を振り立てて、全身を揺らした。

 どうやら、頂点に達したようだ。

 

 張須陀は、慌てて怒張を抜いた。

 まだ、早い。

 惚れ薬が効いているとはいえ、とことん、堕とさなければ孫空女は張須陀の操りに人形にはならない。

 張須陀は後ろから突いていた孫空女の身体を起こして、今度は対面に孫空女を座らせた。

 達したばかりの孫空女の女陰に、張須陀の怒張がずぶずぶと入っていく。

 

「ああっま、またまた、入っていくうっ」

 

 孫空女が軽く呻きながら身体を反らせた。孫空女の粘膜が張須陀の一物を淫液で包んでいく。

 

 締めつける……。

 吸い込んでもくる……。

 素晴らしい結合感だ。

 

「ま、まだ、遊べるだろう? いくぞ」

 

 孫空女の拘束されている背中に手をまわして支えながら、腰を持つ手を孫空女の尻たぶの真下に持っていく。

 そして、指を深く肛門に挿し込んだ。

 その指をぐるぐると尻穴の中で抉りまわす。

 

「あぐうう──、それはだめえええ」

 

 さっき絶頂したばかりだというのに、孫空女が再び絶頂の仕草を示した。

 そして、大きなよがり声をとともにのけ反り、さらに股間を締めつける。

 

「また、いぐうう」

 

 孫空女が吠えるように叫んだ。

 彼女の身体ががくがくと揺れる。

 また、達したのだ。

 

 張須陀は再び怒張を抜く。

 そして、再び後背位の体位にさせた。

 

 続けざまに孫空女の股間に怒張を挿す。

 孫空女は半狂乱になった。

 

 さらに二度昇天させた。

 

 最後は汗まみれの孫空女を仰向けに床に倒した。

 正常位だ。

 

「そ、孫空女」

 

 張須陀は激しく孫空女の女陰に抽送をしながら叫んだ。

 さすがにもう限界だ。

 これ以上は我慢できない。

 

「あ、あんたが好きあんたがいればなんにもいらないだ、だから、もうちょうだい。あんたの精をちょうだい」

 

 孫空女も狂ったように叫んだ。

 そして、また、孫空女が欲望を弾けさせた。

 

「俺の女になると誓うんだ、孫空女」

 

 張須陀は言った。

 

「なるよおおお──。あんたの女になるうう──」

 

 孫空女が必死の声をあげて腰を振った。

 張須陀はそれを確認しながら、熱い精を孫空女の股間にたっぷりと注ぎ込んだ。

 孫空女の身体が痙攣したように震えた。

 そして、完全に脱力する。

 

「ふうっ」

 

 張須陀は、孫空女の身体を離すと、射精したばかりの一物を抜く。

 どうやら、立て続けの絶頂で孫空女は失神してしまったようだ。

 寝息のような音をたてて動かなくなってしまった。

 

「……お疲れ様、あなた……」

 

「このお姉ちゃんも堕ちたの?」

 

 歌艶(えんか)(まゆ)だ。

 孫空女との行為が終わったので、部屋に戻ってきたようだ。

 

「そうだな……」

 

 張須陀は苦笑した。

 

「お父さん、お掃除するね……」

 

 繭がすぐに張須陀の性器を舌で掃除し始める。

 一方で歌艶は、仰向けに横たわっている孫空女の前にしゃがみ込むと、孫空女の赤い首の輪をじっと見つめだした。

 

「どうかしたか、歌艶?」

 

 張須陀は繭の舌による掃除を受けながら訊ねた。

 

「あなた、この首輪、おそらく、どこかに霊気を送り続けているわ。微弱だけど、この女の居場所が霊気で追えるようにしているのだと思うわ」

 

 歌艶が孫空女の首輪に手で触れながら言った。

 

「なんだって?」

 

 張須陀は声をあげた。

 そんな仕掛けになっているとは思わなかった。

 だったら、いまこうしているあいだにも、あの宝玄仙とかいう魔女が孫空女の首輪の霊気を辿って、ここにやってくる可能性があるではないか。

 惚れ薬の霊気など、大きな力を持った道術遣いにかかれば、すぐに無効にされてしまう。

 歌艶が自分で惚れ薬の霊気を消してしまわないのは、完全に張須陀に堕ちた状態にあるからであって、歌艶でもその気になれば、惚れ薬の効果を消滅させられる。

 張須陀は焦った。

 

「その追跡機能くらいだったら、わたしの道術でも遮断できるわよ、あなた。そうしてしまう?」

 

 歌艶がなんでもないことのように言った。

 

 

 *

 

 

 雨があがったので、宝玄仙たちが待っている宿に向かっていた。

 すると、その途中の軒先で孫空女が待っていた。

 

「沙那……」

 

 宿の近くで待っていた孫空女は、どことなく様子がおかしかった。

 顔は赤いし、なんとなく淫情に酔った感じがある。

 

 どうしたのだろう……。

 

 だが、孫空女のあの感じは、おそらく宝玄仙が関係していると思った。

 沙那は嘆息した。

 

「どうしたの、孫女? なにか、ご主人様にされているの?」

 

 駆け寄ってきた孫空女に沙那は訊ねた。

 孫空女はなにも言わなかった。

 しかし、いきなり沙那の手を掴んで、路地に引っ張り込んだ。

 路地に入ったところで、横の壁に押しつけられる。

 

「なっ?」

 

 なにをするのだとさらに言おうとしたが、その口が孫空女の唇で塞がれた。

 しかも、孫空女の口からなにかの液体が沙那の口の中に流れ込んでくる。

 

「んんっ……」

 

 抵抗しようとしても、孫空女も本気の力を出している。

 さすがに孫空女の馬鹿力で路地の壁に身体を押しつけられては沙那は身動きもできない。

 無理矢理に口の中に入れられた液体を全部飲まされた。

 孫空女が沙那の身体から手を離した。

 

「な、なにするのよ?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「ご、ごめん……。だ、だって、こうしないと捨てると言われて……。ごめんね、沙那……。あたし、あの人に捨てられたくなくて……」

 

 孫空女が申し訳なさそうな表情で言った。

 

「捨てる?」

 

 なんのことを言っているのだろう。

 だが、沙那の思念は誰かが路地にやってくる気配で中断された。

 

「誰?」

 

 殺気ではないが、なにか害意のような気配を感じる。

 沙那は、様子のおかしい孫空女を背後に庇うようにして、やってきた人物に身体を向けた。

 

「惚れ薬は、最初に会った異性にのみ反応する。そういうことになっている……」

 

 沙那はびっくりした。

 おかしな言葉をつぶやきながらやってきたのは張須陀だった。

 あのときの張須陀がなんでここに?

 

 沙那は十日間も洞窟に閉じ込められて、この張須陀に雌犬調教を受けた恥辱を思い出した。

 こいつ、生きていたのか?

 

 だが、そのとき、沙那の中のなにかが変わった。

 よくわからないが、張須陀の顔を見ているとぼうっとなってくる。

 

 当惑した……。

 なにが起きたのだろう……?

 

 張須陀から視線を外せなくなる。

 それだけではなく、心臓がどきどきする。

 憎い相手のはずなのに、愛おしいという気持ちでいっぱいになる。

 

「ど、どうしたの、わたし……? な、なんで……?」

 

 沙那は自分になにが起きたのか、さっぱりと理解できなかった。

 さっきまで、この男をこの場で殺してしまうかどうか迷っていたのだ。

 それがいまでは殺すどころか、近づきたくて仕方がない。

 

「な、なんか変よ……。おかしいわ……。こ、こんなの初めて……。わ、わたし、あ、あなたが……」

 

 沙那は言った。

 自分でもなにを喋っているかわからない。

 とにかく、なにか気の利いたことを喋って張須陀に気に入ってもらわなければ……。

 そればかり考えていた。

 

「こんなの初めてか……? そうだろうな……。歌艶、こいつの首輪にも、おかしな追跡の道術がかかっているのか?」

 

 張須陀が声をあげた。

 背後にいる誰かに声をかけたようだ。

 気が動転してわからなかったが、後ろに孫空女以外の人の気配がある。

 沙那は振り返ろうとしたが、張須陀に両手で抱きすくめられて、それはできなかった。

 

「あっ」

 

 緊張で身体が硬直する。

 張須陀にしっかりと抱かれて全身に震えが走る。

 

「どうしたんだ、沙那? 俺に抱かれたそうな顔をしているぞ?」

 

 張須陀が笑いながら、片手を下袴越しに沙那の股間に動かしてきた。

 

「はうっ」

 

 沙那は張須陀の腕の中で身体を思い切り跳ねさせた。

 こんなところで。

 人気のない路地とはいえ、まだ夕方の外だ。

 沙那は羞恥で身体がかっと燃えあがったが抵抗はできなかった。

 張須陀の手が沙那の感じる部分を強く布越しに擦る。

 

「はあっ、はっ、ああっ」

 

 快感が走る。

 口をつぐもうと思っても、どうしても執拗な愛撫に声をあげてしまう。

 そのあいだに、背後の誰かが沙那の首輪に触れている。

 女の気配だ。

 

「終わったわ、あなた」

 

 その女が言った。

 後ろの女は三十がらみの美女だ。

 八歳くらいの女の子もいる。

 

 いつの間にか、沙那の周りを張須陀のほかに、孫空女とそのふたりを含めた四人の人間が囲んでいた。

 

「よし、このまま宿町の外に出るぞ、沙那。孫空女も一緒だ。だが、沙那、もう濡れ濡れだろう。これをやろう。ここで隠れて、股間に捻じ込むんだ。わかったな。ちょっと、下袴と下着をさげれば、すぐにできるだろう。直ちにやれ。お前の仲間の孫空女の股ぐらにはすでに挿入してやっている。淫乱なお前らにはちょうどいい」

 

 張須陀が渡したのは一個の張形だ。

 これを股間に挿入して、着いて来いということらしい。

 だが、逆らえない。

 逆らう気分にならないのだ。

 

「ほらっ、早くしろ。さもないと、置いていくぞ」

 

 張須陀が怒鳴った。

 

「ま、待って、すぐするわ。すぐにやるから」

 

 沙那は泣きそうな気持ちになりながらも、張須陀や周りにいる者に背を向けるようにして、下袴と下着を膝にさげた。

 股間を開いて、さっきの張形を女陰にあてがう。

 

「んんっ」

 

 沙那は歯を食いしばって、その張形を股間に埋め込んでいった。



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714 好きになった人~羞恥散歩

 張須陀(ちょうすだ)の目の前を沙那と孫空女のふたりが頼りない足取りで歩いている。

 

 それはそうだろう……。

 ふたりがはいている下袴の内側の股間には、女陰と肉芽を当時に刺激できる張形が深々と埋まっている。

 そんなものを挿入されて、宿町でも人通りの多い道を歩かされるのはつらいはずだ。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「さ、沙那……だ、大丈夫……」

 

「う、うん……」

 

 沙那が時折つらそうに脚をよろけさせるたびに、横の孫空女が心配そうに声をかけている。

 その孫空女もつらそうだが、沙那はとりわけ刺激には弱いようだ。

 荒い息はほとんど嬌声にまがうほどだ。

 そして、すっかりと上気した表情で、しかも艶めかしい仕草をしながら甘い声をあげながら歩く姿は、そばを歩いている張須陀まで気恥ずかしくなるほどである。

 

 三人で向かっているのはこの華光(かこう)の宿町の外にある一軒家だ。

 そこには、もともと誰も住んでおらず、今回の工作のために借賃を払って持ち主から借りていた。

 そこまで行けば、このふたりの女主人の宝玄仙も、いなくなった沙那と孫空女の居場所を簡単には探し当てることはできないはずだ。

 歌媛(かえん)によれば、ふたりの首輪には、女主人の宝玄仙が道術で居場所を探知する追跡機能があったらしいが、それは歌媛に無効にさせた。

 だから、宝玄仙は沙那たちを追ってはこれないはずだ。

 

 いずれにしても、沙那も孫空女も、惚れ薬の影響で、なんで張須陀の言葉に逆らえないのか、よくわからない状態のはずだ。

 しかし、張須陀に淫靡な行為を命じられれば、どうしても逆らうことができなくなってしまう。

 相手に完全に欲情し、性的興奮が異常活性して、惚れ薬で刻まれた相手の性的命令に逆らえなくなる……。

 それが惚れ薬の効果だ。

 

 この惚れ薬の効果は、一度の服用で明日の昼くらいまで続く。

 それまでにはすっかりと片がついているはずだ。

 手筈はすでに整っているのだ。

 ふたりを宿町の外に連れ出すのは、この宝玄仙一行が近くまでやってきていると情報を教えくれた名月(めいげつ)清風(せいふう)との話し合いによるものだ。

 いまは、阿難(あなん)迦葉(かしょう)と名乗っている盗賊団の頭領であるふたりも、宝玄仙に対する強い復讐心を抱いていて、それで三人で協同して宝玄仙たちに復讐をすることにしたのだ。

 

 張須陀が、孫空女と沙那という女戦士を捕えれば、残りの人間をあの二人の工作で捕えることになっている。

 阿難と迦葉のふたりは、一行の中でとりわけ宝玄仙に恨みを抱くとともに、沙那と孫空女の武辺を怖れている。

 だから、宝玄仙に罠を仕掛ける前に、ふたりの女戦士を張須陀によって、引き離してもらいたがったのだ。

 

 逆に張須陀は、宝玄仙には恨みなどないが、両手を切断して死ぬ目に遭わせた沙那には一応の恨みがある。

 とにかく、張須陀がふたりを宿町から連れ出すのは、宝玄仙たちが宿泊している宿を阿難たちが襲撃したときに、万が一にも孫空女と沙那が邪魔をしないためだ。

 

 もっとも、張須陀が今回、これをするのは、阿難と迦葉のふたりに、沙那と孫空女に対する事前工作を頼まれたからというのが一番だ。

 阿難と迦葉には恩義もあるし、沙那たちに仕返しをすることで、その恩を返せるなら、それに不満があるわけがない。

 名月と清風、すなわち、阿難と迦葉は余程に、宝玄仙たち一行に恨み真髄でいるらしく、盗賊のくせに、この国の兵を動かして一行を捕縛させて、そのまま処刑させようと目論んでいる気配だ。

 しかし、張須陀はそれらの工作には深くは関わってはいない。

 張須陀が請け負ったのは、このふたりをひと晩、宝玄仙から引き離すことであり、それ以上は関与しないつもりだ。

 

 惚れ薬を使って、前を歩いているふたりをいたぶるのも、今夜ひと晩のことであり、明日には親子三人でまた逃げるつもりだ。

 ひと晩もいたぶれば、張須陀の溜飲もさがるし、それ以上の関わりは絶対に危ない。

 阿難と迦葉がどうなろうと知ったことではないから、あのふたりが宝玄仙そのものに手を出すのを止める気はないのだが、張須陀たちが巻き込まれることはないようにしようと思っている。

 だから、張須陀は、やるだけの嫌がらせをしたら、明日の朝には逃亡を決め込むつもりだ。

 

 名月と清風と知り合ったのは偶然のことだ。

 そのときは、ふたりはすでに阿難と迦葉という盗賊団の頭領であり、たまたま酒場に主立った子分とともに酒を飲みに来ていたのだ。

 その酒場で偶然にひとりで放浪していた張須陀は彼らと会った。

 そのとき、張須陀の腕はまだ義手はなかったが、そのおかげか、幾らか霊気があがり、身の回りのことくらいは霊気で不自由なくやれるくらいになっていた。

 その道術に目をつけたふたりが、張須陀を次の悪事に誘ったのが縁だ。

 三人とも宝玄仙たちに酷い目に遭ったことがあるという共通の経験があることを知ったのは、その後のことだ。

 

 それからしばらく盗賊団の仕事を手伝い、張須陀はまとまった礼金をもらって盗賊団とは別れた。

 ただ、いつでも連絡が取り合えるような霊具の通信具は交換していた。

 その後は、張須陀は順風満帆だった。

 

 礼金によって、本物の手と同じように動く霊具の義手も手に入れ、さらに、この帝国の古い占い屋の婆から、偶然にも『惚れ薬』の調合法の書かれた古文書を手に入れた。占い屋の婆は、その価値がわからなくて、二束三文でそれを張須陀に渡したのだ。

 張須陀はそれに書かれていた調合法で『惚れ薬』を作った。

 

 調合法そのものは簡単だったが、その材料は高価なものが多く、それを手に入れるのが大変だった。

 そうやってできた惚れ薬を試しに帝国の女道術師のひとりだった歌艶に試してみたのだ。

 能力のある美人道術師と名高かった歌艶だが、歌艶を選んだのは身分の高い道術師である歌艶が、かなり庶民的であり、帝都の住民が普通に行くような食堂によくやってきていて、惚れ薬を仕込みやすかったからだ。

 惚れ薬を飲ませた後は、最初に顔を見せる異性でなければならない。

 だから、一緒に食事をしたり、なにかを飲んだりできるような場所と状況が必要だったのだ。

 

 昼食を食べにやってきた歌艶とうまく食堂で同席になることができた張須陀は、歌艶の食事にこっそりと惚れ薬の液剤を混ぜた。

 それを口にして、張須陀の顔を見てしまった歌艶は、初対面の張須陀のとりこになってしまった。

 張須陀は、その日のうちに歌艶を抱き、薬剤の効果が切れる前に次の薬を飲ませ続けた。

 そうやって、十日間で完全に歌艶をものにしたのだ。

 

 その後、歌艶を使って、帝都で荒稼ぎした挙げ句に、歌媛には家族を捨てて張須陀の旅に着いてくるように命じた。

 だが、歌艶は最初は拒否した。

 夫を捨てることは問題はないが、娘の(まゆ)とは別れたくはないというのだ。

 

 惚れ薬は操り術とは少し異なる。

 あくまでも相手に惚れることで言いなりになるのであり、命令に従う人形になるわけではない。

 張須陀は、娘に惚れ薬を飲ませることを条件に娘の同行を許した。

 今度は、歌媛は拒否しなかった。

 むしろ、娘の繭とともに、張須陀と旅ができることに大いに悦んだ。

 そうやって、三人の旅が始まった。

 

 張須陀が、わずか八歳の繭に、歌媛と同じように十日間惚れ薬を飲ませて張須陀の心に刻ませたのは、張須陀に馴れない繭を手っ取り早く手懐けたかったためだが、ついでに気紛れで性奴隷に仕立てたのは思いのほか愉快な体験だった。

 歌艶も娘が性調教を受けることそのものは文句は言わなかった。

 彼女がこだわったのは繭と離れないことであり、それ以外のことは大抵のことは受け入れた。

 もちろん、薬剤の影響で張須陀と別れられない歌艶にとっては、張須陀に嫌われないために、娘の身くらい差し出すのは当然のことだったのかもしれない。

 

 安定してしまった惚れ薬の効果は完全なものだ。

 風のうわさに、歌艶の夫が家族の失踪を嘆き悲しんでいるということを聞いたので、ふたりに教えたがなんの心も動かした形跡はなかった。

 

 そして、いま。

 同じ惚れ薬で孫空女と沙那をとりこにした。

 まだ、一日目だから、これは明日の昼くらいまで効果が継続するが、それがすぎれば、いまの状態が嘘のようにふたりはまともに戻る。

 このまま飲ませ続けて、完全に惚れ薬の影響を安定させてしまうのも面白いとは思うが、この女たちに関わり続けるというのは危険だということはわかっている。

 阿難と迦葉は、宝玄仙そのものへの復讐を企てているが、正直、張須陀は、あの能力の高い魔女の宝玄仙が怖い。

 張須陀の復讐はひと晩で終わらせるつもりだ。

 

「手を繋いで歩けよ、沙那、孫空女。女同士の恋人らしくな」

 

 張須陀はふたりに後ろから声をかけた。

 ふたりがお互いの手を握った。

 それを確かめると、張須陀はふたりの股間に挿入してある霊具の淫具を振動させた。

 

「あっ……」

 

「ふくうっ」

 

 同時に声をあげたふたりだが、がっくりと座り込んでしまったのは沙那だ。

 沙那がすがるような視線を張須陀に向けてきた。

 張須陀はにやにやと笑いながら、いったん張形の振動を止めてから沙那を立たせた。

 

「どうしたんだ、お前? 胸が苦しいのか? だったら、ちょっと胸を解放しろよ。そんなに締めつけているから苦しいんだろう」

 

 そして、張須陀はわざとらしく大きな声で言いながら近づくと、沙那の上衣の留め具を上から外しだした。

 

「ちょ、ちょっと、待って」

 

 沙那がびっくりして声をあげた。

 夕方で薄暗いとはいえ、街道そのものである宿町の大通りは、かなりの人間でにぎわっている。

 沙那たちがいるのは、その真ん中であり、沙那はそこで胸を露わにされそうになっているのだ。

 だが、まだ片手を孫空女と繋いだままだ。

 

「……こういう場所で恥ずかしいことをされるのが好きだろう、沙那……。逆らうんじゃない。逆らうと、ここで捨てるぞ。それでもいいのか?」

 

「そ、そんな……」

 

 捨てるという言葉を使うと、急に沙那の抵抗が弱くなり、張須陀のやることに逆らわなくなった。

 それをいいことに、張須陀は道のど真ん中で沙那の上衣の留め具を下ひとつを残して全部外してしまった。

 しかも、服の中に小刀を差し入れて、胸当てを切断して取り去る。

 取り去った胸当てをわざとらしく足元に捨てる。

 沙那が、張須陀に慈悲を訴えるような視線を向けてきた。

 あの気丈な沙那にこんな顔をさせることができただけでも、張須陀は満足した気持ちになった。

 

「だ、駄目よ、張須陀様……。み、見られる……。見られます……」

 

 沙那が真っ赤な顔で小さな声をあげた。

 

「見られてもいいさ。沙那は俺のものなんだろう……? だったら、命令には逆らえないはずさ」

 

 張須陀は胸当てのなくなった上衣を開いて、乳首のぎりぎりのところまで開襟させてしまう。

 

「こ、ここでは、いやです……。ど、どこか、誰もいないところで……。お願いします……」

 

 沙那は下を俯いて消え入るような声で言った。

 

「もちろん、どこかでお前たちを抱く。だが、恥ずかしいことが大好きなお前らにとっては、これは前戯のようなものだろう? 恥ずかしいと濡れる変態女のくせに、一人前のことを言うんじゃねえよ」

 

 張須陀は周りに聞こえるように大きな声で言った。

 周囲には突然に始まった美女の痴態に足を止めて見物を決め込む男まで出てきた。

 

「沙那、もしも、勝手に服を直したら、お前はもう用無しだ。ここで捨てていくからそう思え」

 

 張須陀が強く言うと、沙那の「そんな」という呟きが聞こえた。

 

「……ついでに、お前もだ。抵抗するな」

 

 張須陀は孫空女の上衣も寛がせた。

 

「あ、あたしも?」

 

 じっと黙って横で見ていた孫空女が当惑して声をあげた。

 それでも抵抗はしない。

 孫空女の胸当ても地面に捨てる。

 美女ふたりが、乳首ぎりぎりまで乳房を露出しているという破廉恥姿ができあがった。

 

「よし、歩くぞ。ただし、また、立ち止まったら、だんだんと服を脱がせていくぞ……。そうだな、次に立ち止まったら、小刀でお前らの下袴の横を全部切断する。もちろん、下着も取り去ってしまうからな。それが嫌なら、立ち止まらずに歩くんだ」

 

 張須陀はせせら笑った。

 そして、手を繋いでいるふたりの手首を準備していた手錠で繋げた。

 さらに、ふたりの外側の手首にも細い紐を巻いて、それを側面の腰紐に結びつけてやった。これで、ふたりとも身体を隠すこともできなくなるということだ。

 

 もっとも、惚れ薬の影響を受けているふたりには、張須陀の性的な命令には逆らうことはできない。

 どんなに慎み深い女でも、破廉恥な命令に逆らえないのだ。

 それは歌艶で実験済みだ。

 

 歌艶は貞節な妻として、帝都でも有名だった。

 それを帝都の酒場の卓で大勢の酔客の前で犯してやったこともある。

 歌艶は口では抗ったが、結局は抵抗しなかった。

 繭を連れて帝都から出奔する前夜のことであり、それまで秘密にしていた歌艶と張須陀のことを公にした夜でもあった。

 あのことで、歌艶がさらわれたのでもなく、脅されているわけでもなく、自分の意思で間男と駆け落ちをしたのだという結論が帝都で後で定着したのだ。

 そのことでも、歌艶の夫は打ちのめされたはずだ。

 

 孫空女と沙那が歩き出した。

 ふたりがびくびくとしているのが後ろからでもわかる。

 股間の張形をいつ動かされるのかと怖がっているのだ。

 張須陀は期待に応えて、ふたりの張形をいきなり最大限で動かしてやった。

 

「うぐうっ」

「あはあ」

 

 まったく同時にふたりがその場にしゃがみ込んだ。

 

「いやあああっ、ああっ、ああっ、はあ……」

「ぐうっ、ふうっ、はあっ、はあっ」

 

 しゃがんでしまったふたりが寄り添うようにしながら、太腿を激しく擦っている。

 ふたりとも歯を食いしばっているが、耐えることのできない嬌声がふたりの口から漏れ続ける。

 張須陀は笑いながら振動をとめた。

 

「また、とまったな。さあ、罰だぞ。立つんだ」

 

 張須陀は強い命令でふたりを立たせる。

 ふたりが腰をよろけさせながら立ちあがった。

 

「あっ、む、胸が……」

 

 すると沙那が小さな悲鳴をあげた。

 勢いよくしゃがんだために、ぎりぎり乳首に引っ掛かっただけの片側の上衣から乳房がこぼれ出ている。

 しかし、手を拘束されている沙那にはそれを直すことができないのだ。

 

「そのままで歩くんだな。もっと恥ずかしい恰好をしたくなければ我慢することだ」

 

 張須陀はせせら笑った。

 そして、ふたりの下袴の裾の左右を足首から腰まで真っ直ぐに切断して、小刀を差し入れてふたりから下着をはぎ取った。

 切り取って脱がせた下着は、やはりその場に捨てる。

 ふたりは下袴をはくというよりは、腰から下の前後に縦長の二枚ずつの布を垂らしているだけの姿になった。

 しかも、ふたりが下着を身に着けていないのは、横からはっきりと肌が覗き見えているので丸わかりだ。

 

 ふたりが羞恥に身も世もないように悶えている。

 だが一方で、ふたりが路上での羞恥責めに、かなりの欲情を示し始めたのもわかる。

 ふたりの上気した表情や身悶えの仕草でそれがわかるのだ。

 

 この女傑ふたりが恥辱的な羞恥に弱いというのは愉しい発見だ。

 この頃には、かなり見物人が集まっていることはわかっていた。

 ふたりが羞恥に身体を震わせている。

 

「さあ、歩け。目的地は遠いぞ。今度からは、連帯責任はやめだ。立ち止まった側の服を少しずつ切断するからな」

 

 張須陀は大笑いした。

 そして、次第に増える見物人を引き連れてしばらく歩いたところで、一方の張形を静かに振動させた。

 

 

 *

 

 

「くああっ、そ、そんなああ」

 

 股間から駆けあがった峻烈な快感に耐えられずに、沙那はその場にがっくりと膝を折ってしまった。

 はっとしたがもう遅かった。

 立ち止まったら少しずつ服を切断するという言いつけだったが、沙那は突然にやってきた股間からの峻烈な刺激に耐えられずに、思わず両脚をとめてしまったのだ。

 股間の張形の振動が止められて、張須陀がにやにやしながら近づいてきた。

 

「じゃあ、まずは、その垂れている下袴の残骸を切断してやろう。恥ずかしいことをされるのが大好きな沙那には堪らないだろう?」

 

 張須陀(ちょうすだ)がわざとらしく大声で言った。

 そして、横を切断した下袴の前後を太腿の半分くらいの位置で真横に切断していく。

 もはや、下袴とか、下袍とかいうものではなく、ただの布切れだ。

 それが股間の前を覆っているだけだ。

 沙那はすがるような視線を向けたが、張須陀は容赦なく、さらに後ろ側も同じように切断してしまった。

 

 すでに多くの通行人の視線が沙那や孫空女に集まっていることには気がついている。

 ほとんどが男であり、彼らの奇異の視線が集まる。

 沙那はあまりの羞恥に手足が痺れるような戦慄に見舞われた。

 

 見ないで……。

 そう願うのだが、ここは羞恥の姿を隠しようもない道のど真ん中だ。

 しかも、右手は孫空女の左手首を手錠で繋がれ、左手は細紐で腰の腰紐にしっかりと結びつけられている。

 隠したくても手は使えない。

 いや、強引に引き千切れば腰紐に結わえている細紐くらいは外せるとは思うが、そんなことをすれば、張須陀は怒って沙那を捨てるだろう。

 それには耐えられない。

 

「さあ、行くぞ。次はどこを切ってしまうかな……」

 

 張須陀が笑いながら、また後ろにさがっていった。

 

「い、行こうよ、沙那……」

 

 孫空女の心配するような声がした。

 

「う、うん……」

 

 沙那はうなづいたが、あまりの恥ずかしさで気が狂いそうだった。

 多くの通行人の歩く街道で、乳房の片側を出し、下着を身に着けていない下半身の前後を小さな布で覆っただけの格好にされているのだ。

 しかも、女陰には深々と張形が貫いており、歩くたびに膣の中を刺激するだけではなく、小さな小枝のような突起が肉芽を抉り動く。

 泣きそうな気分だ。

 

 隠すことのできない愛液が気持ちの悪いくらいに内腿を伝い落ちている。

 とてもじゃないが顔をあげていられなくて、懸命に沙那は顔を俯かせた。

 その目まいさえするような羞恥に、沙那の肌は普通以上の敏感さを感じていた。

 沙那の研ぎ澄まされた感覚は、周りの見知らぬたくさんの男たちの視線の気配をしっかりと感じている。

 こんなときは、沙那は自分の鋭敏な感覚が恨めしく思った。

 そのとき、また股間の張形が激しく振動をした。

 

「はううっ、そんなわたしばっかり」

 

 沙那は甘い声をあげて、再び両膝をがくりと曲げた。

 

「まったく、どうしようもない淫乱女だなあ。こんなんじゃあ、俺の女である資格はないな。ここで解放してやるよ。どっかに行っちまいな」

 

 張須陀が呆れたような声をあげた。

 

「そ、そんな。す、捨てないでください。なんでもしますから」

 

 沙那はびっくりして声をあげた。

 すると、張須陀が嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「これを見ろ、沙那……。義手だ。高価な霊具の義手で大抵のことはできるようになったが、元はと言えば、お前が切断した両手だ。このことを忘れてはいないか? 生半可なことじゃあ、お前を許す気にならないとは思わないか? お前など、ここで弄んだ挙句にお払い箱だ」

 

「あ、謝ります……。さ、最初に謝ったじゃないですか」

 

 沙那は声をあげた。

 以前、張須陀と対立して張須陀に剣をふるったことは記憶している。

 いまにして思えば、なんであんなことをしたのかわからないが、久しぶりに再会したとき、張形を股間に挿入して着いてくるように命じられ、そのとき、最初に謝罪したのだ。

 

「普通のことじゃあ許す気にならないと言っているんだ。死ぬような恥ずかしいことをしろ。そうしなければ、許す気にはなれんのだ。よし。じゃあ、手を自由にしてやる。その代わり、胸を剥き出しにして、自分でもみながら着いてこい」

 

「い、いやです……。み、見られます」

 

 沙那は驚愕した。

 大勢の人の目をはっきりと感じるのだ。

 そんな場所で自分の胸を揉むなどという、はしたないことができるわけがない。

 

「だったら、ここでお別れだ。じゃあな、沙那」

 

 張須陀は沙那と孫空女の手首を縛っていた紐を解き、ふたりの手首を繋いでいた手錠を外した。

 

「さあ、孫空女、腕を組んで歩いてやろう。その代わり、沙那と同じような恰好になるんだ」

 

 張須陀が孫空女の下袴の切れ端を腿の位置で切断し始めた。

 あっという間に、沙那と同じように腰の前後に短い布をつけただけのような格好になる。

 後ろから見ると、しっかりと張形を咥え込んだ股倉がかすかに覗き見れる。

 自分もあんな恰好をしているのかと思うと、改めて恥ずかしさが襲ってきた。

 

「いくぞ、孫空女」

 

 張須陀が孫空女の肘をとって腕を組んだ。

 そして、ぐいと引き寄せるようにした。

 

「あ、ありがとう……。う、嬉しい……」

 

 孫空女がはにかむような声でうっとりと張須陀を見た。

 そして、ぴったりと身体を寄せるようにしている。

 沙那の身体にかっと嫉妬の火がついた。

 沙那だって、張須陀が好きなのだ。

 

 それなのに……。

 

 ふたりが歩き出した。

 張須陀は、もう沙那に声すらかけなかった。

 沙那は決心した。

 その場でほとんど乳房が露出している上衣を脱ぎ捨てた。

 完全に上半身が素裸になる。

 

「い、言われたとおりにします……。しますから……」

 

 沙那は声をあげてから追いかけた。

 さらに、乳房をしっかりとつかんで自分で揉み始めた。

 すると、ほんの微妙な振動を股間の張形が加えだした。

 

「あっ」

 

 沙那は悲鳴をあげたが、嬉しかった。

 張形を刺激されたのは、張須陀がまだ沙那を捨てないという意思表示だろう。

 周囲の視線が奇異と驚きから、軽蔑と嘲笑に変化しているのはわかっていたが、いまはどんなに蔑まれてもいい。

 笑われてもいいから、張須陀に捨てられたくない。

 

「う、うう……」

 

 ふと顔をあげると、孫空女の股間の張形も振動をさせられたのだろう。

 艶めかしく腰を揺らしながら、孫空女は張須陀の腕にしがみつくようにして歩いている。

 

「ね、ねえ……。め、命令したようにしています」

 

 沙那は当て付けのような張須陀の無視に耐えられなくなって、張須陀に声をかけた。

 

「おっ、まだ、いたのか、お前? もう、行っていいと言っただろう」

 

 振り返った張須陀が意地悪く沙那に言った。

 

「そ、そんな……。だ、だって……」

 

 沙那は胸を揉みながら、すがりような気持ちで張須陀を見た。

 火の出るような羞恥に耐えて命令に従っているのだ。

 張須陀に捨てられたくない一心で……。

 それをわかって欲しい……。

 

「じゃあ、お前の本気がどの程度か試験をしてやろう。そこで立ったまま自慰をしろ。自分で股間の張形をまさぐって絶頂するんだ。そうしたら、お前の服従心が本物であることを認めてやる」

 

 孫空女と腕を組んだ張須陀が立ち止まって、沙那に正面を向けて言った。

 沙那は自分の耳を疑った。

 

「そ、そんなこと……」

 

 そんなことできるわけがない。

 いまは、かなりの男たちが三人の周囲を取り囲むようにまでなってきた。

 夕刻における卑猥な露出女の出現に、あきらかに性的な興奮を示している者もいる。

 

「できないのか? そうだろうな。俺の手を切断したくらいに、俺が嫌いなお前だしな。じゃあ、達者でな。俺は孫空女といい思いをしてくるよ……」

 

 張須陀が歩き出す気配を示した。

 

「ま、待って。します」

 

 沙那は決心した。

 もう、なにも考えない。

 沙那は股間に手を伸ばした。

 張形は沙那の股間がしっかりと締め支えていたが、それを緩めて少し外に出す。

 根元を掴んだ。

 股間を開いて抽送を開始した。

 

「み、見てください──」

 

 沙那は張須陀に言った。

 そして、張形の抽送を開始した。

 

「おお」

 

 周りの男たちからどよめきが起きた。

 いまや、沙那たちの周りは完全な人の輪になっていた。

 おそらく、三十人くらいはいるだろう。

 沙那はその男たちの視線にさらされながら張形を動かした。

 

「はああっ」

 

 強い歓喜が襲ってきた。

 こんなにも感じるものかと自分でも呆れるくらいの快感だ。

 他人に羞恥の姿をさらしながら快感をむさぼるのは、興奮も歓喜も欲情も桁違いだ。

 羞恥など吹き飛ばすような随喜の欲情が沙那を包む。

 

「うう、あうっ、ああっ」

 

 沙那は耐えられずに大きな声をあげた。

 

「もう、そんな布切れもいらんだろう。捨ててしまえ」

 

 張須陀の嘲笑の声がした。張須陀の声はまるで縛心術のようだった。

 沙那は空いている片手で、もはや布切れにすぎない股間の前後の布を足元に落とした。

 周りから悲鳴のような歓声が起きた。

 その声がさらに沙那の欲情を拡大させた。

 

 手足の先の先まで快感に震える。

 身体中の性感が灼き尽くされていくかのようだ。

 沙那の理性は完全に狂い、もうなにも考えられない。

 そして、絶頂に通じる快感がやってきた。

 

「ふうう──。い、、いきます──。いきます──」

 

 気の狂うような羞恥の中、沙那は凄まじい快感に襲われて叫んだ。

 体内に溜まっていたものが一気に喜悦の雪崩になって拡がる。

 

「あはああっ」

 

 沙那は立ったまま裸身をのけ反らせた。

 がくがくと身体を震わせて、ついに快感の頂点を極めた。

 野次のような歓声が浴びせかけられる。

 

「……よし、張形をその場に捨てろ。がに股になって、小便をしろ。これだけの見物人に珍しいものを見せてやりな。美女のがに股小便姿だ」

 

 張須陀に言われたことを頭で考えることはできなかった。

 それよりも身体が反応していた。

 沙那は絶頂の快感に貫かれながら、張形を抜き捨て、その場で中腰になりさらに脚を開いた。

 

「うわああ」

 

「おおぅ」

 

「すげえ、この女、本当に小便をしたぞ」

 

 周囲の男たちが声をあげた。

 沙那の股間からはじょろじょろと尿が流れている。

 尿道を刺激することで、さらに快感が追加され、沙那はますます身体を震わせた。

 

「はあ、はあ、はあ……。や、やりました……。で、ですから……」

 

 尿がやっと止まった。

 沙那はすがるような視線を張須陀に向けた。

 これだけの恥を晒したのだ。

 これで満足してくれただろか……?

 

「ああ、約束だ。抱いてやろう。だが、ちょっとばかり、大きな騒ぎになちまったな。ここから先は道術で移動だ」

 

 張須陀が懐から『道術紙』を出した。

 『道術紙』というのは、霊気はあるが道術を遣えない道術遣いが、特定の道術を一時的に遣うための霊具だ。

 あらかじめ定められた道術の術式が刻んであり、それを使って本来は遣えない道術を遣うのだ。『道術紙』は基本的には使い捨てだ。

 

「こっちに来い、沙那」

 

 張須陀が言った。

 孫空女と組んでいない側の腕を差し出している。

 沙那は心からの悦びとともに、素っ裸でその腕にしがみついた。

 次の瞬間、『移動術』特有の身体がねじれる感覚が襲ってきた。



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715 足るを知る

「相変わらず、いい股の締まりだ。気持ちいいぞ、沙那」

 

 張須陀(ちょうすだ)は床に敷いた毛布の上でごろりと横になっていた。

 沙那はその張須陀に股がって、喘ぎ声をあげながら身体を振っている。

 騎乗位で張須陀の怒張を股倉で咥え、身体を躍らせているのだ。

 

「ああっ、あっ、ううっ……、う、嬉しい……嬉しい……ああっ、ああっ」

 

 沙那が白い喉をのけ反らせながら歓喜の声をあげた。

 そして、感極まりかけたのか、がくがくと汗まみれの身体を震わせる。

 

 ここは、華光(かこう)の宿町から少し離れた場所にある一軒家だ。

 もともと、誰も住んでいない家なのだが、今回の工作のために数日間のみ、余分な借賃を支払って借りている。

 たったひと晩だけのことなのだから、黙って使ってもいいのだが、歌艶(かえん)と夫婦のように一緒になったおかげで、路銀には事欠かなくなった。

 歌艶が高い道術を生かして小金を十分に稼いでくれるのだ。

 金子がいつでも手に入るのであれば、なにも悪事を働く必要はない。

 また、懐が充実すれば、心に余裕もできるから、不思議なものだ。

 

 この一軒家に沙那と孫空女を連れ込んで三人で性交に耽っていた。

 正常位、後背位、立位、座位……。

 さまざまな体位で、沙那と孫空女のふたりを代わる代わる抱いている。

 いまは騎乗位だ。

 

 もう、かなりの時間がすぎているが、さすがに沙那も孫空女も体力がある。

 昇天しているのはふたりばかりであり、張須陀はふたりに一度ずつ射精をしただけなのだが、もう限界に近い。

 それに比べれば、沙那も孫空女も、疲れ知らずのように、ますます淫らによがり続ける。

 そろろそ、夜半すぎだ。

 

「ああん、あん、あん、あん」

 

 沙那が甘い声をあげながら、張須陀の股間を締めつけて踊り狂っている。

 そして、またもや絶頂の兆候を示し始めた。

 

「いぐううう」

 

 そして、達した。

 呆気ないものだ。

 張須陀は笑ってしまった。

 

 あんなに憎かった沙那のはずだったが、これほどまでに張須陀の肉棒に酔いしれてよがり狂われると可愛らしくなる。

 しかも、あっという間に果ててしまうのだ。

 男しては堪らない嬉しさだ。

 

「よし、交代だ」

 

 張須陀は沙那の尻たぶに軽くぱちんと平手を与えた。

 

「あんっ。あ、ありがとうございました……」

 

 沙那が溜息をつきながら、股間から張須陀の怒張を抜いた。

 

「じゃ、じゃあ、あたしね……」

 

 待ちかねたように、すかさず孫空女が寄ってくる。

 沙那の股間から出たばかりの張須陀の怒張を中腰になった股で咥え始めた。

 

「ああ、いいっ」

 

 すぐに、孫空女が腰を上下させて抽送を開始した。

 孫空女の全身が真っ赤になり、喘ぎ声を発しだす。

 

「ひいっ、ひっ、ひいっ」

 

 孫空女が声をあげだした。

 もう、孫空女は何度も絶頂している。

 孫空女だけでなく、沙那も何度も絶頂を繰り返しており、これ以上ないというほどに全身の感度があがりきっているようだ。

 また、疲労困憊でもある。

 

「いぐううう」

 

 しばらくすると、孫空女もまた、張須陀の腰の上で果てた。

 

「じゃ、じゃあ、わたしですね」

 

 また、沙那があがってくる。

 これは、まさに桃源郷だろう。

 美女ふたりが争うように、張須陀の身体にむさぼってくるのだ。

 しかも、かつては自分を殺しかけた女たちがだ。

 張須陀の溜飲は完全にさがっていた。

 

「よし、上になるのはいい。沙那が下になるんだ。俺の精を注いでやろう。俺の精が欲しいか、沙那?」

 

「ほ、欲しいです。く、ください」

 

 沙那が目を大きく開いて嬉しさを表した。

 張須陀は笑いそうになった。

 明日の昼に、惚れ薬の影響がなくなって我に返ったときの反応が見ものというものだ。

 自分のやったことを思い出して、嫌悪感にもだえ苦しむことだろう。

 

 いずれにしても、これで復讐は終わりにしよう。

 それ以上の関わりは身の破滅だ。

 張須陀はそう決めた。

 

 “足るを知る”──。

 

 昔、まだ張須陀が真面目に武術を極めようとしていた頃に、師匠に教わった言葉だが、あのときにはなにも思わなかったが、いまこそ、この言葉の通りにすべきだと思った。

 

 沙那の身体を横たえて沙那の脚を抱えると、張須陀は沙那の股間に深々と怒張を突き挿した。

 

「ああ、ああっ、あああっ、あああ──」

 

 抽送を開始すると、沙那の股間が淫らな水音をたてはじめる。

 さらに激しく肉棒を律動させる。

 だが、張須陀の怒張もかなりの時間、沙那と孫空女から交代で刺激され続けている。

 あまり長くもちそうにない。

 

「孫空女、俺の尻を舐めろ」

 

 張須陀は沙那を犯しながら言った。

 

「う、うん」

 

 横の孫空女が嬉しそうな声を出して、張須陀の背後にやってきた。

 すぐに尻穴に孫空女の舌の刺激を感じた。

 凄まじい快感が襲ってきた。

 

「ううっ、で、出るぞ。沙那、俺の精だ。これが俺の復讐の精だ」

 

「ああ、もう、言わないで。す、すごい……素敵素敵ですああ、沙那もまたいきますいぐう」

 

 さっき達したばかりだというのに、沙那はまた感極まった声をあげて、身体を震わせた。

 

「くらえ──、くらえ──。孕んでしまえ──」

 

 張須陀は吠えた。

 そして、ありったけの精を沙那の膣に注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

「準備は終わった。行くぞ」

 

 張須陀はやってきた歌艶(かえん)(まゆ)に声をかけた。

 夜明け前に、ここにやってくるようにふたりには指示していた。

 もうすぐ夜明けだ。

 窓の外の闇が薄っすらと白みだしている。

 

「お父さん、お仕事終わり?」

 

 繭が張須陀にしがみついてくる。

 

「ああ……。終わりだ、繭……」

 

 他人の子だが、これだけ親しんでくれれば嬉しい。

 張須陀は思わず笑みを漏らした。

 

「あなた、いつでも『移動術』で出発できます。とりあえず、南の国境までは一気に跳躍できます。合図をしてくれればいつでも……。でも、そのふたりはいいのですか? よければ、道術で完全に拘束してしまってもいいですよ」

 

 歌艶が部屋の真ん中で眠っている沙那と孫空女のふたりに視線を向けながら言った。

 沙那と孫空女のふたりは、素裸で後ろ手に手錠をかけて、その手錠を鎖で柱に繋げている。

 度重なる絶頂の末に疲労で寝てしまったふたりを張須陀がそうやって拘束したのだ。

 

「いや、いい。お前の道術が残ると、それを辿って宝玄仙という魔女が追ってくる可能性がある。ここには道術の痕跡は残すな。そのために、こいつらの脱出を許すことになっても、それでいい。俺の復讐は終わりだ。あとは三人で逃げることを考えよう」

 

 張須陀は言った。

 

「じゃあ、よろしいですね。『移動術』で跳躍します、あなた」

 

「ああ。どこか、遠いところに行こう。こいつらが正気になれば、俺は間違いなく殺されるだろうな。だから、できるだけ遠くに行きたい……。そうだな……。もう帝国も脱してしまおう。できれば東諸王国群よりも遠くがいい。どこか、三人で落ち着けるところを探すか」

 

 張須陀は苦笑しながら言った。

 

「嬉しいですわ、あなた……。それと、あなたを誰にも殺させはしません。安心してください」

 

 歌艶がにっこりと笑って、張須陀の腕をとった。

 すぐに、『移動術』の跳躍を感じた。

 

 

 *

 

 

「孫女、孫女」

 

 沙那の声がした。

 孫空女は目が覚めた。

 

「さ、沙那……?」

 

 泣きそうな顔の沙那が孫空女を覗き込んでいる。

 はっとした。

 両手に後手で手錠をかけられて、それが鎖で家の柱に繋げられている。沙那も同じだ。

 しかも、素っ裸だ。

 そして、孫空女は昨日の痴態を思い出した。

 

「あれっ? うわあああああっ」

 

 そして、孫空女は絶叫した。

 張須陀に惚れ薬というおかしな薬剤を飲まされて、ずっとおかしくなっていたことがわかったのだ。

 どうやら、やっと薬の影響がなくなったようだ。

 昨日のことを思い出して、張須陀にいいように操られたことに対する怒りが噴きあがる。

 

「ど、どうしよう、孫女……。張須陀さんがいないわ……」

 

 拘束されている沙那が狼狽えた声をあげた。

 しかし、まだ、沙那は惚れ薬の影響から抜けていないようだ。

 

「しっかりしなよ、沙那。あたしらは、張須陀に操られたんだよ。惚れ薬を飲まされたんだよ」

 

 孫空女は言ったが、沙那は張須陀がいないということに悲しそうな顔をしている。

 確かに、張須陀はいない。

 置いてきぼりにされたのだろう。

 孫空女の薬の影響がなくなったということは、あの惚れ薬の影響は時間とともに消えるという性質のものだったのだろうか。

 沙那が惚れ薬を飲んだのは、孫空女よりもかなり後だ。

 だから、まだ、影響が消えないのかもしれない。

 

「ねえ、張須陀さんが……。ねえ、追いかけようよ、孫女……」

 

 沙那はまだおろおろと言っている。

 

「冗談じゃないよ、沙那。張須陀なんか、もうどうでもいいさ。それよりも、ご主人様だよ。あたしら、ひと晩も無断で離れちゃったんだよ。きっと、怒っているよ」

 

「ご、ご主人様もそうだけど……。でも、張須陀さんが……」

 

 沙那はまだ言っている。

 これは、薬の影響が消えるまで、なにを言っても無駄だろう。

 孫空女は嘆息した。

 そのとき、大勢の人の気配を感じた。

 

「あれっ?」

 

 沙那も気がついたようだ。急に険しい表情に変わり、外に意識を向ける仕草をした。

 そのとき、勢いよく、家の扉が開いた。

 この国の兵が、大勢雪崩れ込んできた。

 あっという間に十数人の武器を持った兵に取り囲まれた。

 しかも、まだ、外に兵がいる気配もある。

 

「沙那、孫空女。寇員外殺しで捕縛する。大人しくしろ」

 

 指揮官らしき将校が、沙那と孫空女に怒鳴った。

 

 

 *

 

 

「沙那、あたしの耳から『如意棒』出して……」

 

 孫空女はささやいた。

 部屋の中には武装兵が二十人というところだ。

 外にはもっといると思うが、蹴散らすしかない。

 

 孫空女の得物は耳の中に隠している。

 だが、後ろ手の状態では届かない。

 しかし、後手の手錠は余裕のある鎖で柱に繋げられているだけだ。

 沙那なら届く。

 

 沙那の行動も素早かった。

 孫空女の言葉が終わると同時に、後手の腕を曲げて、孫空女の耳からまだ小さい『如意棒』を落とした。

 惚れ薬の影響が残っているとはいえ、それ以外の感覚に問題はない。

 沙那もすでに戦士の表情になっている。

 

 孫空女は、耳から落ちてくる『如意棒』を後手で受け取った。

 手錠と手錠の小さな鎖のあいだに、まだ刺繍針程度の『如意棒』を射し込んで噛ませる。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女が叫ぶと、『如意棒』が大きくなる。

 手錠のあいだの鎖の小さな輪に入れたまま拡大したので、うまい具合に太さと長さが増した『如意棒』が手錠の鎖を引き千切った。

 

「こいつ──。抵抗するぞ、押さえよ──」

 

 隊長らしき者が悲鳴のような命令を与えた。

 後手に拘束されている素裸の女が抵抗するとは、夢にも考えていなかったようだ。

 正面の五、六人の兵が殺到した。

 彼らは捕物用の棒を持っている。

 それが襲いかかる。

 

「邪魔すんじゃないわよ──」

 

 すかさず、沙那が棒を足で蹴飛ばす。

 さらに、ひとりの兵の脚を払って、倒れ込んできたその兵を両脚で抱えて盾代わりにした。

 

「うわっ」

 

 沙那の脚に胴体を挟まれた兵が声をあげる。

 

「な、なんだ?」

 

「こいつら──」

 

 兵たちが当惑の声をあげた。

 そのときには、孫空女の両手は、手錠からも柱に繋がっていた鎖からも自由になっている。

 

「沙那、腕出して──」

 

 孫空女はそう叫びながら、まずは『如意棒』を一閃させて、部屋の中にいた兵のひと塊を叩きのめす

 少し兵たちと距離が開いた。

 

 沙那が脚に挟んでいた兵を前に蹴飛ばして立ちあがる。

 広くはない部屋だ。

 沙那に蹴り倒された兵が、ほかの兵が襲いかかってくるのを阻む。

 

 沙那が身体を屈めて、後手の手錠を上にあげた。

 孫空女は『如意棒』を振り下ろす。

 沙那の両手も自由になった。

 

 孫空女はなにかを叫ぼうとした将校らしき男の喉を『如意棒』で突く。

 その将校が動かなくなる。

 

 さらに『如意棒』を二閃、三閃させた。

 それで、部屋の中で動いている兵はいなくなった。

 ほんの一瞬のことにすぎない。

 

「沙那、出るよ──。宿町に戻ろう。ご主人様のところに行こう──」

 

 孫空女は扉に張りついた。

 外にはまだ数十人の兵がいた。

 家の前庭のような場所に大勢の兵がいる。

 その向こうに街道があるのだが、街道に辿り着くためには、その兵のすべてを蹴散らさなければならないだろう。

 しかし、まだ、部屋の中の異変には気がついていないようだ。

 これなら蹴散らせる──。

 

「……ちょっと、待って──」

 

 沙那は気絶している兵から上着を剥がして身に着けようとしていた。

 すでに剣は奪っている。

 

「そ、そんな暇はないよ、沙那──」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「あんたみたいに、心臓は強くないのよ。素っ裸じゃあ、外に出れないの──」

 

 沙那は裸身に兵の上衣だけを身に着けて立った。

 兵たちが着ていたのぼたんで前を留める白色の上衣だ。辛うじて股間が隠れる程度だ。

 ただ、動けば尻も股も露わになるだろう。

 しかし、確かに素裸よりもましかもしれない。

 沙那がもう一枚の上衣を投げた。

 孫空女も外に気を配りながら、それを着込んだ。

 

「とにかく、外に出て張須陀さんを追いましょう。きっと、街道を南に戻ったのだと思うわ」

 

「まだ、そんなことを言っているのかい──。張須陀なんてどうでもいいと言っているじゃないか──」

 

「でも……」

 

 沙那が泣きそうな顔になった。

 孫空女は嘆息した。

 

「多分、その張須陀もご主人様のところだよ……。あたしらをここに拘束して、恨みを晴らすために、ご主人様を襲いに行ったに違いないよ……」

 

 孫空女は言った。

 

「そ、それもそうね……。じゃあ、ご主人様のところに……」

 

 すると沙那も納得したようにうなずいた。

 とりあえず、孫空女はほっとした。

 惚れ薬で操られている沙那を引きずって、宝玄仙のいる宿屋まで戻るのは骨の折れそうな仕事だと思っていたからだ。

 ただ、孫空女には、張須陀が宝玄仙のところに向かったとは、なんとなく思えなかった。

 張須陀が恨みを抱いていたのは沙那だ。

 沙那はその辺りの詳しい事情は、あの場にいなかったので気に留めていないかもしれないが、張須陀の恨みの対象は沙那だけのはずであり、宝玄仙への恨みなどないはずだ。

 あのとき、張須陀の両手を切断したのは沙那であり、宝玄仙はそれで瀕死の状態にある張須陀を助けたほどだった。

 

「おい、お前──。まだ、手こずっているのか──?」

 

 外から大きな声がした。

 扉の隙間から外をうかがっている孫空女には、丈も幅も常人の二倍はありそうな巨漢をそこに認めた。

 同じような体格の大男が隣にもいる。

 服装からして、その男ふたりが、この一隊の全体の指揮をしているのは間違いない。

 部屋で倒れている将兵たちは、あの大男に指示されて、孫空女たちを捕らえにきたのだろう。

 

 それにしても、この帝国の地方軍の一隊は、なんで、孫空女たちを捕えにきたのだろうか?

 部屋の中にいた将校らしき男は、「寇員外殺し」とか言っていたが……。

 どういうことだろう……?

 

 沙那はまだ頭が回っていないようであり、それを気にしている様子はない。

 まあいい──。

 とにかく、この場を脱出することだ。

 宝玄仙のところに連れて行きさえすれば、沙那も正気に戻るに違いない。

 

「出るよ、沙那──」

 

 孫空女は扉を飛び出した。

 沙那が後ろを追っているのはわかっている。

 

「お、女が出てきたぞ──」

 

「武器を持っている──」

 

「家に入った連中はどうした──?」

 

 兵たちが騒然としている。

 棒は持っていたが、彼らは構えもしていなかった。

 慌てて棒を構えたり、あるいは腰の剣を抜いたりしている。

 

 その兵の集団に向かって、孫空女は跳躍した。

 兵たちの頭を越える。

 周りの兵が呆気にとられている。

 

 おり立ったときには五名くらいが『如意棒』に打たれて悶絶している。

 

 さらに一閃──。

 

 それでかなりの数の兵がいなくなる。

 少し後ろでも、大きな喧噪が起きている。

 

 沙那だろう。

 

 二閃──。

 

 三閃──。

 

 『如意棒』を振り回すたびに、まとまった兵が吹っ飛んでいった。

 だんだんと立っている兵の数が減っていく──。

 数を恃んでいた周辺の兵がひるみ始めた。

 

「お前ら、除け──」

 

 すると、正面からさっきの巨漢のふたりがにやにやと笑いながら歩いてきた。

 周囲にいた兵が波が引くように左右に散った。

 

「お前ら、女のくせに強いな……。女ふたりを捕えるなど、面白くもない仕事だと思っていたが、これは面白そうだ。ちょっとばかり遊んでやるよ。一騎討ちといくか、女──」

 

 向かって左の大男が言った。その男が腰に提げていた剣帯を剣ごと外す。

 孫空女の正面に立ちはだかったのがその男だ。

 右側のもうひとりの巨漢は、沙那の前にいる。

 そいつはまるで丸太のような大きな棒を持っている。

 剣は最初から持っていない。

 

「へえ、遊んでくれるのかい? だったら、その一騎討ちとやらで、あたしらが勝ったら、あたしらを逃がしな」

 

 孫空女は、注意深く身構えながら、『如意棒』を小さくして耳に戻した。

 すると、周囲から一斉に笑い声があがった。

 

「おいおい、あの赤毛の女、阿形(あぎょう)様を相手に素手で戦う気のようだぞ──? しかも、勝つとか言っているぜ」

 

 周囲の兵がどっと笑った。






【作者注】

 張須陀は、このエピソードを境に再登場の予定はありません。
 本作品では珍しくも、逃げおおせた悪人となっています。
 まさに、「足るを知る」です。


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716 冤罪捕縛

「へえ、遊んでくれるのかい──? だったら、その一騎討ちとやらで、あたしらが勝ったら、あたしらを逃がしな」

 

 孫空女は、注意深く身構えながら、『如意棒』を小さくして耳に戻した。

 すると、周囲から一斉に笑い声があがった。

 

「おいおい、あの赤毛の女、阿形(あぎょう)様を相手に素手で戦う気のようだぞ。しかも、勝つとか言っているぜ」

 

「向こうの栗毛の美人もやる気満々のようだな」

 

 兵たちが口々に言って笑っている。

 しかし、孫空女はもう気にしていない。

 この男は強い――。

 肌がぴりぴりするような気を感じる。

 こんな気を発する相手に向かい合うのは初めてだ。

 

 阿形とかいう巨漢はただ、身体が大きいだけじゃなそうだ。

 それは、沙那に相対している巨漢も同じだ。

 それにしても、顔がよく似ている。

 もしかしたら、ふたりは兄弟かもしれない。

 

「なあ、兄貴、一騎討ちってなんだい? もしかして、俺ももうひとりの女と戦うということかい? 女二人くらい、阿形兄貴ひとりでいいだろう?」

 

 すると、もうひとりの男が面倒くさそうな表情で言った。

 

「そういうな、吽行(うんぎょう)――。こいつらは強いぞ。女だといって、侮るな」

 

 阿形という名らしい孫空女の正面の男が言った。

 

「……やれやれ、だったら、勝負の決め方は、俺たちの肉棒がお前らの股ぐらに挿さったらにしようぜ。それだったら、俺もやる気が出るしな」

 

 吽形があくびをしながら言った。

 

「わたしたちが負けたら好きにするといいわ……。だったら、あんたらも名誉にかけて誓いなさいよ。わたしらが勝ったら、ここから引きあげなさい。わたしらをなんで捕えようとしているか知らないけどね」

 

 沙那が言った。

 

「よし、話は決まった――。それでいいな、金頂観(きんちょうかん)――」

 

 吽形が声をあげた。

 それで、孫空女は初めて、隊の最後方に黒づくめの服装をした背の低い女がいることに気がついた。

 

 あの女は、道術遣いだ――。

 孫空女は一瞬で思った。

 女の身体に霊気が充満している。

 それでわかったのだ。

 だが、なんで道術遣いまで……?

 

「聞こえないわね、吽形――。そんな勝手なことをして、後で奉行様に叱られても知らないわよ」

 

 その金頂観が首をすくめながら言った。

 

「……女の手配人を捕えて、そのついでに犯す――。それだけのことじゃねえか――。お前、俺が女を犯したと言いつけやがったら承知しねえぞ、金頂観」

 

 すると、いきなり吽形が丸太を沙那に振り下ろした。

 凄まじい衝撃が地面から伝わる。

 

「うわっ」

 

 沙那は辛うじて避けたようだが、すぐに吽形の二発目が沙那を襲っている。

 巨漢とは思えない素早い身のこなしだ。

 

「沙那――」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「お前の相手はこっちだぞ」

 

 風のようなものが孫空女に向かったのがわかった。

 孫空女と阿形の身体はすれ違っていた。

 自分が動いたという意識もなかったが、孫空女の身体には痺れるような衝撃が残った。

 

「くはっ」

 

 阿形の蹴り――。

 考えるよりも速く、孫空女は跳躍していた。

 

 避けるのが精一杯だ――。

 そこに唸りをあげた阿形の腕が降ってきた。

 

 後ろに引きながら、両腕を交差してそれを受ける。

 孫空女の身体は、白い尻を剥き出したまま二度三度と地面に転がった。

 阿形が無造作に踏み込んでくる。

 

 息をつく暇もない――。

 実際、阿形は息をしていないだろう。

 だから、動きが読めないのだ。

 

 拳――。

 

 蹴り――。

 

 拳――。

 

 立ちあがった孫空女に襲いかかる。

 孫空女はすべてを避ける。

 

 隙を見つけて、蹴りを脛に叩き込む。

 一瞬、阿形がぐらついた。

 

 さらに脇腹に蹴りを叩き込む。

 しかし、その脚を腕で抱えられた。

 

「うわあっ」

 

 阿形が孫空女の片脚を抱えたまま押し潰してくる。

 孫空女は身体を回転させて、後方に蜻蛉(とんぼ)返りした。

 なんとか脚を抜くことができた。

 

 全身に冷や汗がどっと流れる。

 押さえ込まれたら終わりだった……。

 本当に身動きできなくされて、犯されてしまったかもしれない。

 

「やるなあ……。お前、女にしとくのは惜しいな……」

 

 阿形が笑っている。

 だが、その阿形もたっぷりと汗をかいている。

 口調ほどの余裕はないようだ。

 さっきの孫空女の蹴りも効いているに違いない。

 

 今度は、孫空女から飛び込む――。

 拳が来た。

 まともに打たれれば、それだけで内臓が破壊されるような打撃だ。

 

 しかし、寸前でかわした。

 かわす寸前で、三発の拳を孫空女は阿形に打ち込んでいた。

 

 身体がまた入れ替わる。

 阿形の表情から笑みが消えた。

 そして、憤怒が浮かんでいる。

 信じられないという顔もしている。

 生まれてから一度も負けたことがないというような表情だ。

 

 周りが騒然となった。

 阿形は膝を折りそうになっているのだ。

 しかし、孫空女は飛び込まなかった。

 飛び込んだ瞬間に、よろめいている脚で蹴りが来そうな気がした。

 その代わりに、わざと誘うように隙を見せた。

 

 阿形が雄叫びとともに、突進してきた。

 それには、最初のような速さはなかった。

 腕を取り、阿形の体重を利用して転がる。

 転がりながら腕を捻った。

 はっきりと阿形の太い腕が折れる感触が伝わった。

 

「うがああ――」

 

 阿形が腕を押さえて地面を転がった。

 倒れている阿形の眉間に拳を叩きつければ、即死させられる――。

 しかし、孫空女はそうしなかった。

 すでに、戦闘不能だ。

 

「うおおお――」

 

「阿形がやられやがった――」

 

「吽行もだあ」

 

 兵たちから恐怖に近い声があがった。

 ふと、横を見ると、沙那と戦っていた吽形が立ったまま静止している。

 おそらく、沙那に経絡を突かれたのだろう。

 完全に気絶している。

 

「な、なにい――?」

 

 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 地面から無数の手が伸びて、孫空女の裸身を掴み始めたのだ。

 

「い、いやあ――いやあ――な、なんだい、これ――? うわああ――」

 

 手が孫空女の手足を掴み、股間や上着の下の乳房に向かってくる。

 数が多い――。

 抵抗できない――。

 

 気がつくと、股間に迫っている腕の先が男根になっている。

 両脚を掴んでいるたくさんの手が孫空女の脚を限界まで開いて、露わになった股倉を肉棒が貫く――。

 

「あぐうう」

 

 孫空女は吠えた。

 あっという間に快感が襲ってきた。

 

 快感がおかしい――。

 こんなの異常だ――。

 

「そ、孫女――、これは道術による幻術よ――。あ、あああっ――げ、幻術のはずよ――はああ――」

 

 沙那の声だ。

 沙那もまた、地面から生えた無数の手に捕まえられて、触手のようなものに股間を貫かれている。

 

「な、なに――? き、金頂観――。やめよ――。俺たちは一騎討ちで負けた――。逃がしてやれ――」

 

 阿形が腕を押さえたまま声をあげている。

 

「そうはいかないわよ――。こいつらは、県都に連れ帰るわ。拷問して、寇員外(こういんがい)殺しを自白させるのよ――。さあ、檻車を持ってきなさい――。このまま、幻と遊ばせながら運ぶわ。そうすれば抵抗できないから――」

 

 あの背の低い道術遣いが言った。

 そのとき、孫空女は自分の周りに、金色の粉のようなものが舞っていることに気がついた。

 これは霊気のこもった魔薬だ。

 これが孫空女と沙那におかしな幻を見せているのかもしれない。

 

 しかし、それがわかったところでどうしようもない。

 すぐに、檻車ががらがらと近づいてくる気配がした。

 そのあいだも、膣を男根が入り乳房が揉まれる。

 幻だと言い聞かせても、襲いかかる感触は本物だ。

 孫空女は子宮口を膣の中の怒張で拡げられて、なにも考えられなくなった。全身に戦慄が走る。

 そして、乳房が揉まれて、それが子宮の疼きと重なる。

 

「んんん――ああああ――」

 

「はああ、はあ、はあ、はっ――」

 

 孫空女は耐えられなくなって声をあげた。

 沙那も隣で大きなよがり声をあげている。

 膣に挿入している男根が抜き挿しを開始したのだ。

 

 子宮をずんと肉棒で押しあげられる。

 凄まじい戦慄が走る。

 絶頂の感覚が襲った。

 

「はああ――」

 

 別の手が肉芽を潰すように掴んだ。

 激痛もあったが、孫空女の身体はその苦痛を快感に置き換えて、腰が痺れるような快感をもたらしていた。

 

「いぐううう――」

 

 孫空女は身体をのけ反らせて吠えた。

 達したのだ……。

 

 さらに肉棒が脈動した。

 二度、三度を精が注ぎ込まれる。

 本当に幻か――?

 

 孫空女は悲鳴をあげ続けた。

 そして、身体が宙に浮きあがる感覚が襲った。

 

 いや、本当に宙に浮いている。

 身体が複数の兵に持ちあげられているのだ。

 

 目の前に、鉄格子で囲まれた檻車がある。

 扉が開いて、その中に放り投げられた。

 一瞬、無数の手も肉棒も消滅したが、すぐに檻車の中で復活した。

 続いて、沙那も投げるように放り込まれた。

 

「県都までは距離があるわ。そのあいだ、ずっと幻と遊んでてね、孫空女と沙那。阿形と吽形を倒してしまうような女傑なんて、怖ろしくて放っておけないから、それまでその幻術はずっとかけっぱなしてしてあげるわ。道行く人に醜態をさらしながら行くといいわ」

 

 鉄格子越しに檻車の外から、金頂観が意地の悪い口調で声をかけた。

 

 

 *

 

 

「そうそう、うまくなったじゃないか、素蛾……。だけど、もっと、舌を隅々まで動かすんだ。歯だけじゃなくて、舌の裏も頼むよ。もちろん、わたしの口から唾液が垂れないように、それも全部舐めとるんだよ」

 

 宝玄仙が素蛾の口を一度離してからそう言った。

 素蛾は全身の疼きに気だるさを覚えながら息を吐いた。

 

「は、はい、ご主人様……。で、でも、すごく感じるんです……。ご主人様の口を奉仕しているのは、わたくしなのに、すごくお股が疼くんです……」

 

 素蛾は内腿をもじもじと摺り寄せながら言った。

 すでに、股間からはべっとりと淫液が滲み垂れている。

 だが、寝台に横たわっている宝玄仙の身体を汚しては申し訳ないから、蜜が垂れないようにしっかりと股を脚で押さえているのだ。

 

 華光(かこう)という名の宿町だった。

 その宿屋の一室に、素蛾は宝玄仙とともにいる。

 

 いまやっているのは、まだ寝台にいる宝玄仙の口の中を舌で掃除をするという奉仕であり、性奴隷としては当たり前の行為なのだ。

 しかし、その奉仕は、ずっと沙那か孫空女が交代でやっていて、素蛾がやることはなかった。

 

 しかし、昨日の夜、結局、沙那も孫空女も戻ってこなかった。

 ふたりが戻ってこないということはありえないので、素蛾はなにか起きたのだろうかと心配しているのだが、宝玄仙はそれほどでもないようだ。

 なにかあったとは思っているようだが、あのふたりに限って滅多なことはないに違いないし、戻ってきたら、うんときついお仕置きをしようとか言っている。

 

 とりあえず、夜が明けても戻ってくる気配がないふたりを朱姫が探しに行った。

 そのあいだ、朝の奉仕を素蛾が宝玄仙の相手をすることになった。

 それで、いつもは沙那か孫空女の役割である口中掃除を素蛾がやっているのだ。

 

 しかし、奉仕しているはずの素蛾は、宝玄仙の舌で舌を擦ると、それだけで感じてしまい、まるで自分が刺激を受けているような錯覚さえ生じる。

 それで困っていたのだ。

 

「それは、お前がすっかりと性奴隷らしく淫乱になった証拠さ――。ほら、悶えてもいいから、しっかりと掃除しな――」

 

 宝玄仙が笑いながら口を開いた。

 素蛾はまだ寝間着姿の宝玄仙に跨り、身体を宝玄仙に覆いかぶさるようにさせて、舌で宝玄仙の口の中を這わせる作業を再開した。

 

 素蛾はまだ素裸だ。

 夜に寝るときには素蛾は服を着ない。

 それは朱姫から命じられている。

 だから、まだ、素蛾は素っ裸だ。

 

「はああっ……ああっ……」

 

 素蛾は声をあげてしまった。

 宝玄仙の舌の上下に舌を動かしていると、宝玄仙が素蛾の舌を擦りあげてきた。素蛾は全身を痺れさせる欲情のままに宝玄仙の舌を夢中になって擦った。

 

 快感のうねりが沸き起こる。

 素蛾の口の中の性感は、人一倍鋭いと何度も朱姫に言われている。そうなのかもしれない……。

 とにかく、口づけのようなことをすると、それだけで達しそうになる。

 いまも、すでに素蛾は朦朧とする気分を味わっていた。

 

「ちょっと待ちな」

 

 だが、不意に宝玄仙が素蛾の身体を離して、真剣な表情になった。

 その顔がいつになく険しかったなので、素蛾は急に我に返った。

 

「ど、どうかしましたか、ご主人様……?」

 

 素蛾は言った。

 

「お前、窓の外を見てごらん――。そうっとだよ……。おかしな霊気の動きを感じるんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 素蛾は言われたとおりに、窓の外をそっと眺めた。

 

「あっ」

 

 思わず、大きな声をあげそうになり、素蛾は慌てて口を押えた。

 この宿は二階建てであり、素蛾たちはその二階の一室に宿泊していたのだが、外の通りをびっしりと兵が取り囲んでいたのだ。

 この宿屋を包囲していることは明らかだ。

 

「ご主人様、兵が――。外には兵がいっぱいです」

 

 素蛾は言った。

 

「そうかい……。わかった……。お前は服を着な。ちょっと、一階の様子を見るよ」

 

 宝玄仙は廊下に出る扉に立つと、ほんの少しだけ扉を開き、なにかを投げる仕草をした。

 なにを投げたのかはわからない。

 そして、すぐに扉を閉める。

 しばらく、宝玄仙はじっとなにかに集中をしている様子だったが、やがて、大きな息を吐いた。

 

「駄目だね……。一階にも兵が入ってきている……。あれが、わたしらを捕えるためだとすれば、とても逃げられないね……。しまったよ。『移動術』の出口をどこにも作っていない。襲ってきたら、遮二無二突破するしかないけど、沙那も孫空女も、朱姫さえもいないんじゃあ……」

 

 宝玄仙が呟いたのが聞こえた。

 素蛾は道術遣いではないが、王家の出身なので、基本的な道術学は学んでいる。

 宝玄仙がいま言及した『移動術』というのは、一瞬にして別の場所に身体を跳躍させる道術だが、それにはあらかじめ、出口となる結界を向こう側に作っておく必要がある。

 宝玄仙は、それを作っていなかったので、ここでは『移動術』で逃げられないと言っているのだ。

 そのとき、一階から物々しい騒音とともに、兵の集団があがってくる気配がした。

 

「とりあえず、結界を強めるよ――。素蛾、ほかの物はいい――。路銀の入った袋だけ、身体に結びつけな――」

 

 宝玄仙が扉の前で言った。

 素蛾は慌てて、荷に取りついた。

 

「ここを開けろ、宝玄仙――。寇員外殺しで捕縛する――」

 

 扉の外で叫びが起きた。

 

寇員外(こういんがい)殺し? なんのことだい? そもそも、あいつ死んだのかい?」

 

 宝玄仙がその言葉に首を傾げた。

 

 

 

 

(第107話『恋の妙薬』終わり、第108話『遅かった救出』に続く)






【西遊記:98回、阿難(あなん)迦葉(かしょう)阿形(あぎょう)吽形(うぎょう)、金頂大仙など(天界入り)】

 第98回になぞらえたエピソードはうまく作れなかったので、名前だけ登場させています。

 長い旅を終え、玄奘一行は、天竺国の雷音寺(らいおんじ)に到着します。
 雷音寺には、天界に進み道があり、そこから天界に向かうのです。
 天界に進む場所は、雷音寺内の「玉真観(ぎょくしんかん)」というところであり、そこで「金頂大仙」という女仙の出迎えを受けます。

 その玉真観で身を清め、いよいよ「凌雲(りょううん)の渡し」という激しい河を渡ります。
 河の途中で玄奘は、河を流れていく自分自身の死体を見ます。
 孫悟空と船頭は、それは玄奘の煩悩が流れ去っていったのだと説明します。

 河の対岸は天界になります。
 天界の入り口では、阿形(あぎょう)吽形(うぎょう)(日本でいう仁王)たちが玄奘を出迎えます。

 天界で仏天の歓待をうけた玄奘一行は、釈迦如来とも対面して、経文を授けられることになりました。

 その経文を守っているのが、阿難(あなん)迦葉(かしょう)の二天です。
 二天は、経文を渡す代わりに「進物」を要求しますが、玄奘たちがなにも持っていなかったために、意地悪をして白紙の経文を渡します。
 それを知った定光如来(釈迦如来がまだ人間だったときに、奉侍(ほうじ)した仏)が、慌てて玄奘たちを引き戻すことになります。

 そして、改めて経文を受け取った玄奘は、受け取った経文、すなわち、大乗仏教を大衆に拡めることを約束して、唐に戻る帰路につきます。
 しかし、玄奘が天界を去ってから、如来は渡した経文と旅に要した日数が合わず、残り八日の旅が必要であること、さらに、八十一難であるべき旅の災難がまだ八十難であり、残り一難不足することに気がつきます。

 観世音菩薩は、玄奘一行を追いかけ、西天取経を成就させるために、残り八日以内にもう一度玄奘たちを雷音寺まで連れ戻すことと、さらに一難を与えるために帰路についた玄奘たちを追いかけることになります。



 なお、本エピソードは、本作「嗜虐西遊記」においても、西域(魔域)に続く一連のエピソードの最初となり、それにかけて、ここで西遊記の天界へ入るエピソードにまつわる人物の名を合わせました。


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 第108話 遅かった救出【寇員外(こういんがい)Ⅱ】
717 炎からの脱出


 朱姫は驚いた。

 宝玄仙たちが待っている宿屋がすっかりと帝国の地方兵が囲んでいるのを多くの野次馬とともに、その包囲の外から宿屋を眺めていると、いきなり宿屋から火の手があがったのだ。

 一箇所ではない。

 数箇所から同時に炎があがった。

 

 宝玄仙と素蛾が囲まれている宿屋が、すっかりと軍兵に包まれてから、すでに半刻(約三十分)以上が過ぎた頃だった。

 たまたま、外にいた朱姫だったが、それを見たときには驚愕するとともに、どうしていいかわからなかった。

 だが、さすがは宝玄仙だ。

 ここからではわからないが、おそらく、宝玄仙は結界を作って閉じこもったのだろうと思う。

 宿屋を囲んだ捕縛の隊は、その結界に阻まれてどうしようもない感じになっていた。

 叫び声や喧噪のような音が宿屋の中から聞こえてくるが、宝玄仙と素蛾が宿屋から連れ出される気配はなかった。

 だから、しばらく様子を見ることにした。

 

 朱姫があの囲みの外にいるのは、昨夜ひと晩戻ってこなかった沙那と孫空女を探すために、夜明けすぎから宿屋を出ていたからだ。

 沙那と孫空女は、結局見つけることはできなかったが、とりあえず宿屋に戻ってきた。

 すると、すっかりと、宿屋が百人以上の軍の一隊に包囲されてしまっていて、近づくこともできなくなっていたのだ。

 

 しかも、完全に宿屋の周囲を包囲しているだけではなく、宿屋の中にまで捕縛の隊が入り込んでいる気配だった。

 すでに、宿屋の者たちもほかの客も外に出ているらしい。

 いま、宿屋の中にいるのは、宝玄仙と素蛾のほかには、ふたりを捕えるために出動してきた軍だけみたいだった。

 

 とりあえず、朱姫は、宿屋を包囲している軍のさらに外側を囲んでいる野次馬に紛れた。

 なんとかしたいが、いまはどうしようもないとしか判断できなかった。

 しばらく、様子を見守るしかないと考えた。

 

 一方で、宝玄仙については、結界を作って、部屋に誰も入れないようにして抵抗しているのだろう。宿屋の中で膠着をしている雰囲気がずっと続いていた。

 

 そこに、いきなり炎があがったのだ。

 朱姫は驚愕した。

 

 建物が並んでいる一帯だ。

 燃え拡がれば宿町全体が炎に包まれる可能性もある。

 そこまでやるとは思わなかった。

 

 だが、結界に閉じこもっている宝玄仙と素蛾を炙りだすには、有効な手段だろう。

 炎や煙でも、宝玄仙の結界はかなりの軽減ができるが完全ではない。

 建物全体が火だるまになれば、炎そのものから逃れられても、呼吸ができなくなるか、あるいは、熱で身体が干あがる。

 その前に脱出するしかなくなる……。

 

 朱姫は歯噛みした。

 どうするか……?

 朱姫は迷った。

 

 宝玄仙の命令で沙那と孫空女を探しに行ったのは夜明け前だった。

 あのふたりもまた、昨日ひと晩戻ってきていない。

 沙那はもうすぐ越える西方帝国内の関所に関する情報を集めるため……。

 孫空女は嗜虐の材料に使う掻痒剤の材料を薬屋に購いに行くために、それぞれに外出していた。

 あのふたりに限って、黙って戻ってこないということはありえないから、なにかあったのだと思う。

 

 口では大して気にしていない素振りをしている宝玄仙が、実はひそかに死ぬほど心配しているのは朱姫にはわかっている。

 素蛾を相手に、嗜虐の夜をすごし始めたものの、すぐにやめてしまったのだ。

 

 それからは、眠った様子でいながら、しきりに道術でふたりを探しているのがわかった。

 朱姫の首輪もそうなのだが、沙那の首輪も孫空女の首輪も、宝玄仙の道術で居場所を探知できるようになっている。

 宝玄仙はそれで、懸命に夜のあいだ、探し続けていたようだ。

 だが、わからなかったに違いない。

 

 つまりそれは、なんらかの手段で、宝玄仙が首輪に仕込んだ居場所探知の仕掛けが無効にされているということを意味する。

 それだけでも、ふたりにただ事でないことが発生したということはわかる。

 だから、宝玄仙は、夜明けとともに朱姫にふたりを探して来いと命じたのだ。

 

 しかし、昨日いなくなったふたりの行方を追うのは難しいことではなかった。

 裸同然の破廉恥な姿で、宿町を歩く沙那と孫空女らしきふたりの姿は、たくさんの人間に目撃されていた。

 沙那と孫空女のほかにもうひとりの男がいて、道端でふたりの下着を切断したり、服を切り裂いたりしながら、宿町の南方向に歩いて行ったそうだ。

 そのとき、栗毛の美女が道端で乳を揉んだり、張形で自慰をやったりしたとも言っていた。

 

 栗毛の美女といえば、沙那だと思うが、恥ずかしがり屋の沙那が、人前で自ら胸を揉んだり、自慰をするというのは信じられない。

 男とふたりの女は仲がよさそうだったということだったので、誰かに操られていたのだろうか?

 とにかく、その謎の男を含めた三人は、道術で突然に消えたということだったので、朱姫はさらに南に向かってみた。

 

 そこにあったのは、大規模な捕物があったと思われる痕跡だった。

 誰も住んでいない一軒家があり、そこに数十人の軍がいた痕跡があった。

 目撃者もいた。

 赤毛の女と栗毛の女が、全裸に上着だけを身に着けた羞恥の姿で、大勢の官軍と戦い、やがて、捕らわれて檻車で連れて行かれたのだという。

 連れて行かれた先は、朱姫たちが先日までいた地霊(じらい)の方向のようだった。

 県都に向かうと、捕縛隊の兵が口にしていたという。

 

 この辺りの県都といえば、寇員外の屋敷のあった地霊の町からさらに戻ったところのはずだ。

 とにかく、すでに檻車は立ち去ってから数刻がすぎているようであり、得ることのできた情報を持って、宝玄仙のところに戻るところだった。

 すると、宿屋を囲んでいる官軍に、ここでも出くわした。

 

 官軍の捕縛隊の目的が、宝玄仙たちを捕えることであることもわかった。

 最初に考えたのは、『移動術』で、包囲されている宿屋の中から、包囲の外にふたりを跳躍させることだ。

 しかし、『移動術』とは、跳躍のための結界と結界を霊気で結ぶという道術だ。

 結界は同じ術者のものでなければならない。

 そうでなければ、『移動術』は繋がらない。

 だから、入口と出口の両方に『移動術』のための結界を作る必要がある。

 しかし、ここで兵に囲まれるということは想定していなかったので、朱姫は宿屋側に結界を作って出てこなかった。

 おそらく、宝玄仙もそうだろう。

 宿屋の外のどこかに『移動術』の結界は作っていないはずだ。

 

 ともかく、一度野次馬から離れて、路地裏の人影のない場所に結界を作ったが、それから先は、なんとか朱姫自身が包囲の中心に進んで、宝玄仙のいる場所で結界を作らなければならない。

 だが、あの重包囲だ──。

 それ以上は、朱姫はどうしていいかわからなくなり、ここで野次馬とともに佇んでいた。

 

 そして、いま、宿屋が炎と煙に包まれ始めた。

 もはや、猶予もない状況に追い込まれた──。

 朱姫は困惑してしまった。

 

「火を消せ──」

 

「それぞれの持ち場を離れるな──。とにかく、火を消せ──」

 

 宿屋を包囲した軍から叫び声があがっている。

 その慌てぶりから考えると、火をつけたのは包囲している軍ではないのか……?

 少なくとも、捕縛隊も予期していなかった出火に混乱している様子だ。

 

 朱姫はそれを意外に思った。

 いずれにしても、宿屋から激しい炎があがっている。

 

 飛び込んで、助けるしかない──。

 朱姫は決心した。

 

「『獣人』──」

 

 朱姫は霊気を集中した。

 自分の全霊気を使って、大きな亜人に変身するという道術だ。

 朱姫の渾身の道術だが、

 それだけに長い時間持続できないばかりでなく、一度使うと二日はほかの道術が遣えなくなる。

 だから、滅多に遣えないのだが、いまはそれは言っていられない。

 朱姫には、目の前の包囲を突破する手段をほかには思いつかなかった。

 

「きゃあああ──」

 

「うわあああ──」

 

「亜人だ──。獣の亜人だ──」

 

 周囲が騒然となった。

 朱姫は構わなかった。

 獣人のまま、包囲をしている官軍に突進した。

 

「待て、後ろだ──」

 

「亜人だ──。構えろ──」

 

「防げ──」

 

 気がついた数名が最初に剣を構えた。

 続いて、ほかの者も剣や棒を構えて態勢をとった。

 

 突進し、腕を振って、行く手を阻む兵を弾き飛ばした。

 強引に兵を倒しながら進んでいく──。

 腹や背が斬りつけられたが無視した。

 

 獣人でいられる時間は長くない──。

 前を阻まない限り、放っておくしかない──。

 相手をしたら、その時間のうちに元の姿に戻ってしまう。

 

 建物の中は、炎と煙でいっぱいだった。

 その代りに、兵は一度退がったようであり、建物の中そのものにはいなかった。

 朱姫は肌や毛が焼けるのを感じながら前に出た。

 

 階段を駆けあがる。

 吠えた──。

 

 火に包まれた天井が降ってきた。

 腕をあげて避けたが、全部は避けきれなかった。

 頭に衝撃が走った。

 

 気がつくと、朱姫は残骸の下敷きになっていた。

 払いのけて、さらに駆けあがる。

 

 だんだんと道術が解けはじめている。

 身体が小さくなるのを感じる──。

 

「ご主人様──」

 

 朱姫は炎の中で叫んだ。

 目の前は煙でなにも見えない──。

 

 突然、扉が開いた。

 突風のようなものが吹き、一瞬、視界が開ける。

 そして、誰かの手が朱姫を掴み、部屋の中に引き摺りこまれた──。

 

 

 *

 

 

「ちっ──。どうやら、宿屋に火をつけやがったよ。やっていいことと、駄目なことの区別がつかないのかい──。わたしらを捕えるために、この宿町一帯を火の海にするつもりかい──」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 捕縛の軍が宿屋をすっかりと包囲して半刻(約三十分)にはなる。

 宝玄仙は、この部屋全体を結界で包み、しっかりと霊気の防護を作っている。

 だから、この部屋をどんなに大勢で襲いかかろうとも、宝玄仙の霊気が衰えない限り、突破される恐れはないと思ったのだが、どうやら外の連中は宿屋に火をつけたようだ。

 炎そのものが結界の中に入ることはないが、結界の周りが煙で包まれれば、新鮮な風は入ってこないし、猛火に包まれれば結界の中で蒸し焼きになってしまう可能性もある。

 その前に脱出するしかないが、周りは宝玄仙たちを捕えようという兵でいっぱいだ。

 

「素蛾、やばいことになったよ。こうなったら、強引に脱出するしかないね」

 

 宝玄仙は寝台にちょこんと腰かけている素蛾に振り向いた。

 

「わかりました──。なにをしたらいいか言ってください、ご主人様。でも、もしも足手まといになったら、絶対にわたくしを見捨ててください。覚悟はしています」

 

 素蛾が真剣な表情で言った。

 動じてもいないし、不安がってもない。

 さすがは、元お姫様だ──。

 いざというときの覚悟は、幼いころから叩き込まれているのだろう。

 

「見捨てはしないけどね……。とにかく、わたしから離れるんじゃないよ。わたしは、攻撃道術というのは、それほどは得意じゃなくてね──。まあ、どこまでやれるかわからないけど、わたしの腰帯をしっかりと握って、絶対に離れないんだ。そうすれば、なんとかなると思うよ」

 

 宝玄仙は苦笑しながら言った。

 とにかく、こんなときに冷静でいてくれるのはありがたい。

 そのとき、なにかの気配を外に感じた。

 大きな霊気の塊が近づく気配だ……。

 

「なんだい?」

 

 思わず言った。

 がらがらとなにかが崩れる音もした。

 いよいよ、この宿屋が危なくなっているようだ。

 そろそろ脱出しないと、強引に外に出ることもできなくなる。

 炎に焼かれた屋根や壁に結界ごと押しつぶされるかもしれない。

 

「ご主人様──」

 

 部屋の外から朱姫の声がした。

 

「朱姫姉さん──」

 

 素蛾が叫んで扉に取りつきかけた。

 

「どきな──」

 

 宝玄仙は素蛾を横にやって、道術で大きな風を起こしながら扉を開いた。

 結界で強化している扉を開いた瞬間に、外の灼熱の風が入り込む可能性がある。

 それを阻止するためだ。

 

「朱姫──」

 

「朱姫姉さん──」

 

 外にいたのは火だるまになりかけている朱姫だ。

 服がびりびりに破れて、ほとんど半裸だ。

 全身に火傷がある。

 しかも、腹や頭から血を流している。

 残った服の一部や髪が燃えてもいる──。

 宝玄仙はあまりの状態に息をのんだ。

 

「ご、ご主人様……」

 

 朱姫が倒れ込んだ。

 

「朱姫姉さん──。こっちに──」

 

 素蛾が必死の形相で宝玄仙を押し避けて、朱姫を掴んで引っ張り込む。

 自分も熱にやられたり、燃えている朱姫から素蛾に火が燃え移ることなど、まったく気にしていないようだ。

 とにかく、宝玄仙は扉を閉めて炎の侵入を防いだ。

 素蛾は毛布で懸命に、朱姫の身体に残っている火を消している。

 

「朱姫、お前、無茶をするんじゃないよ──」

 

 火傷だけじゃなくて、全身に切り傷や刺し傷もある。

 包囲網を『獣人』の道術で突進してきたのだろう。

 宝玄仙は朱姫の身体に霊気を注ぎ込んだ。

 焼け焦げの身体が綺麗な肌を取り戻す。

 切り傷も塞がっていく……。

 燃えていた髪などは素蛾が毛布で消しとめたが、その髪も普段の状態に治っていく。

 

「朱姫姉さん──。しっかりしてください──」

 

 素蛾が朱姫を抱きしめている。

 

「だ、大丈夫よ、素蛾……。……そ、それよりも、ご主人様……。『獣人』を遣ったので、霊気が消し飛んでしまいました……。だ、だから、あたしに霊気を注ぎ込んでください……。外に『移動術』の結界が刻んであります……。だから、ここであたしが『移動術』の結界を刻めば、ふたつの結界が繋がります……」

 

 朱姫が苦しそうな息をしながら、懸命の口調で言った。

 宝玄仙には、朱姫がなにを提案しているのかわかった。

 

 朱姫は、おそらく、すでにこの包囲網の外に『移動術』の結界を作ってきたのだ。

 だから、ここで『移動術』の結界を新たに作って、そこと繋げば脱出できる。

 しかし、『移動術』の結界は、原則として両方が同じ術者でなければ、結界を繋げることはできない。

 ここで、もう一度、『移動術』の結界を作るのは朱姫でなければならない。

 しかし、いま、朱姫はすべての霊気を放出する『獣人』の道術を遣ってきた。

 だから、宝玄仙の力で強引に朱姫に霊気を注げと言っているのだ。

 

「ば、馬鹿なことを言うんじゃないよ、朱姫──。そんなことをすれば、お前の身体に無理が生じるのはわかっているんだろう──。お前の『獣人』の道術は、お前の身体に比して大きな霊気を遣いすぎるんだ。だから、お前に無理がかからないように、お前自身の防護機能が、数日間はお前の道術を遣えないようにしているんだ。それを強引に、新たな霊気を注ぎ込んで、しかも、『移動術』のような大きな霊気を必要とする道術を遣ったりしたら、身体がただじゃおかないかもしれないよ──。下手をすれば死ぬよ──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「だ、大丈夫ですよ……。そのときは、ご主人様……が助けてくれるんでしょう……。で、でも、すぐに逃げないと……ここで三人死にますよ……」

 

 素蛾の膝に抱かれている朱姫が、つらそうな表情で言った。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「わたしを買い被るんじゃないよ──。まあいい──。だったら、身体の半分に流れている亜人の血の根性を見せてみな──。霊気を注ぐよ──。気持ちをしっかりと持ちな──」

 

 宝玄仙は朱姫の身体に強引に霊気を注入した。

 いま、朱姫の身体からは、霊気がどんどんと放出するような状態だった。

 それは、大きな霊気を遣ってしまった朱姫の身体を守るための、朱姫自身の防護機能なのだ。

 そうやって、数日間、朱姫の霊気に関わる器官を休ませるのだ。

 その朱姫に向かって、霊気を逆流させる。

 相当の無理をさせることになるだろう。

 

「くうっ」

 

 朱姫が苦しそうに顔を歪めた。

 

「朱姫姉さん──」

 

 素蛾が心配そうに朱姫の身体を掴んだ。

 

「だ、大丈夫よ、素蛾……。で、でも、そうやって、身体を抱いていて……。そうすれば、力が出る……。踏ん張れる……」

 

 脂汗を流し始めた朱姫がかすかに微笑んだ。

 結界が形成し始める。

 朱姫と素蛾がいる場所と、どこかの場所が『移動術』で繋がったのがわかった。

 

 宝玄仙は素蛾と朱姫を抱くように腰を屈める。

 『移動術』で身体が跳躍するのを感じた。

 

 

 *

 

 

 どこかの路地のような場所に着いた。

 宿屋の喧噪からは、少し離れた場所にある。

 宝玄仙は、路地から顔を出してみた。

 炎に包まれている宿屋があり、大勢の兵が火を消そうと躍起になっているのが見える。

 その周りをさらに住民らしき者が囲んでいて、やはり火を消そうとしている。

 こっちに気を留める心配はなさそうだ。

 

「朱姫姉さん、しっかり──」

 

 素蛾が声をあげている。

 宝玄仙は身体を屈めて朱姫に手を当てた。

 朱姫は完全に意識がない状態だ。

 昏睡していると言っていいだろう。

 

 この状態になると、『治療術』で回復させるのも却って危険だ。

 しばらく待って、朱姫の身体が霊気を受けられる状態になってからでなければ、さらに霊気を注ぎ込んでしまうことで、朱姫の身体に無理をさせてしまうことになるからだ。

 だが、すでに朱姫は急速な回復状態にある。

 これから数刻もすれば、意識を取り戻すだろう。

 宝玄仙はほっとした。

 

「大丈夫だよ、素蛾……。朱姫は数刻は起きないと思うけど、それほどの負担はかかっていない。耐えきったようさ……。もう、大丈夫だよ」

 

「よ、よかったです」

 

 素蛾が嬉しそうに、気を失っている朱姫を抱きしめた。

 そのとき、路地に誰かが近づく気配がした。

 宝玄仙は身構えた。

 

「……ご主人様──。申し訳ありません」

 

「だ、大丈夫──?」

 

 やってきたのは、沙那と孫空女だった。

 宝玄仙はかっとなった。

 

「お、お前ら、これまでどこに行ってたんだい──。ふざけるんじゃないよ──。お前たちがいないせいで……」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげようと思ったが、いまはぐっと堪えることにした。

 その代わりに、大きな舌打ちをした。 

 

「まあいい──。話は後だよ……。お前、朱姫を背負いな、孫空女──。とにかく、逃げなきゃならないんだ──。どうやら、この官軍の襲撃は、寇員外が関係しているようなんだ。なにがなんだか、さっぱりとわからないけど、とにかく、寇員外(こういんがい)の屋敷に戻るさ……。そうなれば、すべてわかるだろうよ」

 

 宝玄仙は、孫空女の身体を引っ張ると、素蛾が膝の上に頭を乗せている朱姫の身体をその背に乗せた。

 そのとき、孫空女の身体から強い油の匂いがした。

 激しい煤もついている。

 まさかとは思ったが、ふと思って訊ねてみることにした。

 

「孫空女、もしかして、宿屋に火をつけたのはお前たちかい? なんで、こんなに油まみれなんだい?」

 

 あの宿屋の炎の速さは、油を撒かれて燃やされたのだと思う。

 この孫空女の匂いは、その油をたったいままで扱っていたのに間違いないだろう。

 

「危ない、ご主人様──」

 

 素蛾の絶叫がした。

 どんと衝撃が起きた。

 なにが起きたのか理解できなかったが、宝玄仙の身体に素蛾が当たって地面に倒れた。

 その素蛾の背中が大きく避けて血が流れている。

 沙那の持つ短剣にべっとりと血がついていた。

 

「お、お前、どういうつもりだい──?」

 

 宝玄仙は叫んだが、やっと、目の前の沙那と孫空女が、本物でないことに気がついた。

 このふたりには、宝玄仙の道術陣を身体に刻んでいる。

 だが、目の前のふたりにはそれがない。

 ふと見ると、指に赤い指輪をしている。

 あれは、『変化の指輪』──。

 指輪に刻んだ人物に変身するという宝玄仙自身の霊具だ。

 

「う、うう……」

 

 素蛾が苦しそうに呻いた。

 顔が真っ白だ。

 これは出血のせいだけじゃない……。

 

 毒だ──。

 とっさに思った。

 あれは毒のついた短剣だ。

 しかも、致死性のある毒に違いない。

 

「ちっ──。この童女、邪魔しやがって──」

 

 沙那の姿をした誰かが、倒れている素蛾に唾を吐いた。

 

「今度こそ仕留めてやるぜ、宝玄仙──」

 

 そして、孫空女の姿をした者も腰の剣を抜いた。



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718 怒りの魔女と冤罪拷問

「お、お前ら──」

 

 素蛾が宝玄仙を庇って、毒が塗ってある剣で大きく背中を斬られた。

 素蛾は虫の息だ。

 それを見て、宝玄仙は怒りで血が沸騰する感覚を味わった。

 

「ちっ、邪魔しやがって──」

 

 沙那の姿をした者が素蛾の血のついた剣をさらに振りかぶる。

 宝玄仙はとっさに退がった。

 剣が振りかかってきたが、そいつは倒れている素蛾の身体につまずいてしまって体勢を崩した。

 

「くそったれがあ──」

 

 すると、そいつが舌打ちしながら、素蛾の顔を思い切り蹴りとばした。

 素蛾の顔がおかしな方向に曲がった。

 

 だが、素蛾は声も出さなかった。

 まるで人形の首が折れるように、がくりと首を横向きにさせただけだ。

 さっき宝玄仙は、自分が怒っていると思った。

 しかし、それは違った。

 いまこそ、怒っている。

 あまりもの怒りに、なにもかも忘れた。

 

 なにも考えられない──。

 頭の中でなにかが破裂した。

 

 なにかが満ち──。

 

 弾け──。

 

 そして、炸裂した──。

 

 目の前が真っ暗になる。

 あまりの憤怒に血が頭に昇りすぎたのだ。

 

「う、うう……」

 

「あが、がっ、がっ……」

 

 なにかをしたという自覚はなかった。

 ただ、気がつくと、ふたりの男が倒れていた。

 ふたりの男が全身がずたずたに切り刻まれて、頭から足先まで血まみれになっている。

 どうやら、宝玄仙の道術による霊気の刃が目の前のふたりを襲ったようだ。

 服も肌もその刃で切り裂かれていて、宝玄仙の霊具である『変化の指輪』も破片になっていた。

 指にしていたと思うが、ふたりとも指が全部切断されていて、その指輪にも道術が当たったのだろう。

 

 変身が解けて出現したのは、髪のないふたりの男だった。

 そのふたりに見覚えがある気がしたが、すぐには記憶は出てこなかった。

 やがて、清風(せいふう)名月(めいげつ)という名の男たちだということを思い出した。

 

 かつては、天教の教団兵の隊長だった男たちであり、宝玄仙を暗殺しようとしたので、報復として酷い目に遭わせて放逐した。

 すると、いつの間にか、金角の使う奴隷の看守になっていて、一時的に宝玄仙たちが金角の虜囚になったときに、前の仕返しに沙那と孫空女を虐待したのだ。

 宝玄仙と金角が和解したとき、このふたりに対する二度目の報復として、ふたりを女に変身させて、亜人兵の性奴隷になることを強要した。

 ふたりが沙那と孫空女に化けるために使用していたのは、そのときにふたりを変身させるために遣った『変化の指輪』だろう。

 つまりは、清風と名月のふたりは、この指輪を持って、金角の囚われから脱走したということだったのだろう。

 

「あがっ、がっ……」

 

 素蛾だ。

 宝玄仙は我に返った。

 素蛾が口から黒っぽい血を噴き出した。

 

「素蛾──。しっかりするんだよ──。死ぬんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は素蛾に取りついた。

 かなりの出血だ。

 しかも、致死性の毒が回っていて、驚くくらいに顔が真っ白だ。

 宝玄仙は素蛾の身体を掴んだ。

 びっくりするくらいに冷たかった。

 

「し、しっかりしないか──。死んだら駄目だ──。死ぬんじゃない──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 しかし、素蛾はすでに呼吸をほとんどとめている。

 

 このままでは死ぬ……。

 いや、もうほとんど死んでいる状態だ。

 

 こうなったら道術で死を留めるしかない──。

 瀕死の素蛾が耐えられるかわからないが、素蛾の身体に道術陣を刻みこみ、そこに『治療術』の霊気を注ぎ込むのだ。

 それしかない──。

 

 ただの人間であるいまの素蛾には、宝玄仙の霊気は受け付けない。

 だが、道術陣を刻んでしまえば、宝玄仙の道術を受け入れられる身体になる。

 もっとも、それは、歳を取ることができなくなるとか、あるいは、子を宿せない身体になるというような副作用もある。

 素蛾のような成長しきっていない子供に施すのは、やはり躊躇する。

 しかし、いまは、それ以外に素蛾を助ける方法がない。

 むしろ、問題は、素蛾の身体が道術陣を受け入れるまで、素蛾自身が生命を保つことができるかどうかだ……。

 

「素蛾、気持ちをしっかりと持ちな──」

 

 宝玄仙は素蛾の身体に道術紋を刻むために霊気を注いだ。

 素蛾の身体が真っ赤になる。

 熱を放ち始めた。

 

 本来であれば、この状況では身体が焼かれるような激痛を味わう。

 しかし、いまの素蛾には、その痛みも感じることができないのだろう。

 ただ、生気の感じない静かな呼吸をするだけだ。

 

「素蛾、もう少しだよ。耐えな──。命令だよ──」

 

 宝玄仙はありったけの声で叫んだ。

 そして、ついに道術陣を刻み終えた。

 

 素蛾はまだ生きている──。

 それを確認して、安心した。

 

 素蛾は耐え抜いた。

 もう大丈夫だ……。

 

 一気に霊気を注ぎ込む。

 宝玄仙の『治療術』が素蛾の背中の傷を塞ぎ、生命を奪おうとしていた毒を排除していく。

 

「あ……ふう……はあ……はあ、はあ……」

 

 素蛾が盛大に息を始めた。

 宝玄仙はほっとした。

 

「ご、ご主人様、だ、大丈夫ですか……? わ、わたくし、どうしたのでしょう……」

 

 素蛾が笑みを浮かべた。

 ほっとした。

 どうやら、素蛾を死の縁から助けることができた。

 瀕死から救われのに、自分よりも宝玄仙の心配をするのは素蛾らしいが……。

 宝玄仙は苦笑した。

 

 だが、素蛾を死から救う代償として、素蛾の身体に道術陣を刻み込んでしまった。

 一度、刻んだ道術陣はもう消すことはできない。

 ただ、ほとんど見立たなくなるほどに肌に同化するだけだ。

 そして、道術陣は、素蛾の外観上の成長を阻害し、素蛾の身体を極めて妊娠しにくい身体に変える。

 このことをなんと説明すべきか……。

 宝玄仙は微笑みながら嘆息した。

 

「ご主人様、後ろ──」

 

 突然、素蛾が悲鳴をあげた。

 宝玄仙は後ろを振り返った。

 全身を血まみれにした名月がそばにある剣を掴もうとしていた。

 宝玄仙は立ちあがって、その剣を届かない場所まで蹴飛ばした。

 

「とことん、しつこい男たちだねえ……。生かしておけば、また、わたしか、わたしの供たちの命を狙おうとするんだろうねえ……?」

 

 宝玄仙は血まみれの名月と清風を見おろしながら言った。

 名月は不敵な笑みを浮かべて宝玄仙を睨んでいる。

 その唇が動いた。

 だが、その口が言葉を発することはなかった。

 宝玄仙の霊気の刃がふたりの身体の下から心臓を貫いたのだ。

 

 うつ伏せのふたりの背中に大きな穴が開いた。

 ふたりの目から完全に生気が消滅したのを宝玄仙ははっきりと確認した。

 

 

 *

 

 

 孫空女は、取り調べのために牢を出された。

 ひと足先に出された沙那が、今日はどういう訊問を受けさせられているのかはわからない。

 

 孫空女と沙那がこの県都の軍営に連れてこられたのは、昨日の午後のことだ。

 すぐに素裸に剥かれて、鉄の手枷と足枷を手足につけられた。

 そして、孫空女と沙那はばらばらにされて、訊問をするための部屋に連れていかれたのだ。

 

 孫空女が連れて行かれたのは、十人ほどの兵がいる部屋だった。

 そこで、両手首に嵌まった手枷を天井から伸ばした鎖に繋げられた。

 正面に役人のような男が、机越しに椅子に座ったまま孫空女を見つめ、寇員外(こういんがい)を殺したことを自白しろと言われた。

 寇員外が死んだということは、捕縛の兵の襲撃を受けたときにも仄めかされたが、もちろん、まったく覚えがない。

 

 寇員外の屋敷には、四日間滞在し、宝玄仙の命令で千人切りとやらの相手をさせられた。

 最後の夜はみんなで乱交まがいのこともした。

 そして、翌朝、屋敷の外まで、寇員外、そして、息子の寇棟(こうとう)と娘の寇女(こうじょ)が見送ってくれた。

 それだけだ──。

 ほかに説明することなどない。

 

 寇員外を殺していないし、そもそも、死んだということが信じられない。

 そう言った。

 

 すると、拷問が開始した。

 手枷に繋がった鎖が引きあげられ、孫空女は天井から宙吊りにされた。

 すぐに、鞭打ちが始まった。

 前後にふたりの兵が立ち、身体の前後から代わる代わる鞭打ちをするのだ。

 全身のあらゆる場所を鞭打たれた、

 

 最初こそ、背中や腹などを狙っていたのだが、だんだんと乳房や局部にも鞭を当てるようになった。

 鞭を打たれているあいだ、役人が寇員外殺しを自白しろと何度も言った。

 

 孫空女は拒否した。

 さらに、鞭打たれた。

 

 兵が疲れれば交代して新たな拷問者に交代する。

 鞭打たれる孫空女は、無論ひとりだ。

 そうやって、延々と鞭打ちを続けさせながら、役人は何度も自白を促した。

 

 しかし、孫空女も同じことを答えるしかない。

 拷問は深夜まで続き、やがて、水も与えられることなく、そのまま牢に放り入れられた。

 半死半生の沙那もすぐにやってきて、手枷と足枷をつけられたまま孫空女のいる牢に投げ捨てられた。

 沙那も寇員外殺しの自白を迫られたようだ。

 ほとんど話すこともできなかった。

 孫空女も沙那も、その力が残っていなかったのだ。

 

 とにかく、昨日の夜はそのまま休んだ。

 そして、明るく朝になるとすぐに、まずは沙那が連れて行かれた。

 しばらくすると、孫空女も左右の腕を取られて歩かされた。

 前後にも武器を持った兵が数名ずつつく。逃亡は不可能だ。

 

 また、鞭打たれるのかと思ったが、進まされている場所は昨日とは違う場所のようだ。

 昨日は通らなかった地下に降りる階段も通った。

 多くの営兵がいたが、歩くあいだ素裸を晒している孫空女は、そんな兵たちの好奇の視線を浴びなければならなかった。

 

「どこに行くんだよ……?」

 

 孫空女は連行の兵たちに訊ねた。

 

「行けばわかるさ」

 

 兵はそう言って笑っただけだった。

 やがて、孫空女は一個の扉の前に辿り着いた。

 

「おや、やってきたね。随分としぶといという話じゃないかい、孫空女。おかげで、このあたしも訊問に駆り出されることになったよ」

 

 扉の前で待っていたのは、金頂観(きんちょうかん)という小柄な道術遣いだ。

 孫空女と沙那を幻術の粉で捕えて、ここまで護送してきた女だ。

 

「あ、あたしらは、なにもしていないよ……。なんど訊ねられても同じさ……」

 

 孫空女は、金頂観に言った。

 

「くくく……。まあ、白を切るのも終わりだよ──。ふいごで熾しておいたしね。真っ赤に燃えあがって、すっかりと準備ができているよ。まあ、あたしとしては、あんたが少しは頑張ってくれれば、愉しむ時間が長引いて、嬉しいかもしれないね」

 

 金頂観が喉で笑いながら扉を開けた。

 

 ふいごで熾す?

 真っ赤に燃えあがる?

 

 孫空女は嫌な予感がした。

 扉が開いた。

 孫空女は後ろから肩を押されて、部屋に入らされた。

 

 一歩部屋に踏み入れただけで、むっとする熱気に全身を襲われた。

 目の前にあったのは、真っ赤に焼けた炭火の通路だった。

 部屋の中央部分に、こちら側の壁から向こう側の壁までに細長い溝が作ってあり、その溝のすべてに、明々と燃えた炭火の「川」が作ってある。

 溝の幅は壁に近い部分は肩幅ほどだが、部屋の真ん中に進むにつれて、だんだっと広がっていて、中央付近はほとんど人間の身長ほどの広さの幅になっている。

 炭火の「川」の手前に立たされた孫空女の手の枷が、天井から伸ばした鎖に繋がれた。

 見上げると、その天井には溝があり、滑車が前に動くようになっていて、その滑車に孫空女がたったいま手枷に繋げられた鎖が繋がっていた。

 孫空女はぎょっとした。

 

「ちょ、ちょっと、待ってよ──。こ、こんなの──」

 

 なにをされるのか見当がついた孫空女は悲鳴をあげた。

 

「おや? もう自白する気になったのかい、孫空女? この拷問をすれば、大抵はすぐに自白するけど、いくらなんでも味わう前に自白するのは、早すぎないかい? すこしくらい、炭火に股を炙らせてから自白しなよ」

 

 金頂観が嘲笑った。

 

「や、やってないものはやっていないとしか言えないよ──。だ、だけど、こんなのないよ──」

 

 孫空女は必死で言った。

 

「なんだい──。まだ、自白する気じゃなかったのかい──。安心したよ。じゃあ、愉しんできな」

 

 手枷に繋がった鎖が前に進みだした。

 自然に孫空女の身体も前に進まなければならなかった。

 

「ひいっ、ひいっ、熱いいい──」

 

 孫空女は絶叫した。

 溝に敷き詰めた炭火が強烈な熱気を立ち昇らせ、遮るもののない孫空女の股間に直接に熱気を浴びせるのだ。

 しかも、溝の幅はだんだんと広くなる。

 従って、中心に進むにつれて、孫空女は大股開きを拡げざるを得ず、しかも、そのために、熱源と股間の距離がだんだんと近くなるのだ。

 

「ひいいっ、ひいいっ、ひい──」

 

 燃え盛っている炭火に股間を炙られる苦しみは、孫空女の想像を越えたものだった。

 うず高く積まれて真っ赤に焼けている炭火が孫空女の股を直撃して、孫空女に大きな悲鳴をあげらせる。

 鎖は、孫空女の身体を溝の四分の一ほどの位置で停止させた。

 

「や、灼けるうう──。ま、股が──股が熱い──」

 

 孫空女は身体を伸ばして、少しでも身体を上に伸ばそうと必死になった。

 溝の両端から脚を離して、空中で脚を曲げた状態に浮かばせることも考えたが、そんなことをして、再び、両端に足を戻せる自信はない。

 そうしているあいだにも、剥き出しの股間を容赦なく炭火が炙り続ける。

 

「ひいいっ、も、もう、堪忍して──。股が灼けるよお──」

 

 孫空女は泣き叫んだ。

 

「ふふふ、火の勢いが弱まっているようね……。じゃあ、少し、ちょっと強めてあげようかしら……」

 

 金頂観が孫空女が跨いでいる炭火の溝に道術をかける仕草をした。

 

「あがあああ──」

 

 孫空女が抗議する暇もなく、股間の下の炭火がいままでの倍の強さで燃え始めた。孫空女の真下の炭火は、真っ赤に色づくだけではなく、小さな炎さえもあげだした。

 その熱気が孫空女の股を焼き焦がす──。

 

「さっさと自白しな、孫空女──。あんまり、意地を張ると股ぐらが火傷の蚯蚓腫れで酷いことになるよ──。それとも、もう少し脚を開いて、さらに股ぐらを火に近づけるかい?」

 

 金頂観が意地悪く言った。

 すると、天井の鎖がさらに前に進み、孫空女が股間をもっと拡げなければならない位置まで誘導した。

 自然と股間と炭火との距離が縮まった孫空女は心の底から悲鳴をあげた。

 

「早く、自白するんだよ──。ぼらぼやしていると、今度は炎を股ぐらのすぐ下まで噴きあげさせるよ──。いや、そうしようか……。人殺しの女の股が少しくらい燃えても、いい気味としか思わないしね……。あんな素晴らしい人を金子目当てに殺すなんて恥を知りな──。もっと苦しむがいいよ──」

 

 

 金頂観が吐き捨てるように言い、また霊気を込める仕草をした。

 孫空女の股の下の炭火がさらに大きな炎に変わった。

 

 

 *

 

 

「な、なによ……。そ、そんなところ、触らわないでよ……」

 

 沙那は尻を振って指を避けようとした。

 だが、沙那を四つん這いの姿勢に、しっかりと拘束された手足はびくともしない。

 その沙那の肛門を怪しげな液剤で固めているのは、三人ほどの女だ。

 この県都の軍に所属する女兵であり、今日初めて見る顔だ。

 

 昨日鞭打たれた拷問部屋に連れてこられた沙那は、また、今日も一日、鞭打たれるのかと思っていた。

 しかし、部屋にはふたつの台が置かれていて、沙那はそのふたつの台に、左右のそれぞれの手足を載せられて四つん這いの姿勢にさせられた。

 そして、腕と脚に幾つもの革紐を巻かれて、その台に拘束されたのだ。

 

 そこに現れたのが、この三人の女たちだ。

 昨日、沙那に訊問に当たった役人らしき男は、離れた場所の机に位置して、女たちの沙那への拷問を見守る態勢になった。

 

「昨日のお前たちへの拷問が、手緩すぎるという女兵たちからの評判でな──。今日からの拷問は、男の代わりに女たちが変わるということになったのだ。寇員外というのは、随分と女に人気のあった男だったのだな。彼を殺したお前たちは、どうやら、県都中の女に憎まれているようだぞ」

 

 役人が苦笑しながら言った。

 

「し、知らないと言っているじゃないのよ──。そ、それよりも、さっきからなにを塗っているのよ──。や、やめてったら──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 三人の女が沙那の背後に回り、三人でお尻の穴に指を伸ばして、尻たぶを拡げるようにして、強引に沙那のお尻の穴を拡げさせているのだ。

 そこに液剤を指で塗り拡げられている。

 さっきからお尻の穴の周りが突っ張るような力が加わっている。

 そして、お尻の奥にも身体の外からの風が当たる感触が襲っていた。

 沙那は懸命に腰を振って、指を避けようともがいた。

 

「抵抗するんじゃないわよ、この悪党女──。あたしらは、みんな寇員外様のお世話になったのよ。あのお優しい方を盗み目当てに殺すなんて信じられないわ。たっぷりと苦しむがいいのよ──。いま、塗っているのは、お尻の穴の周りの肌が引っ張られて、尻の穴がおっぴろげになる薬剤よ。これから三人で代わる代わる、尻の奥に痒み剤を塗ってあげるわ。しかも、塗れば塗るほど、痒みが増大する薬剤よ──」

 

「言っておくけど、あたしらの目的は、あんたを苦しめることだからね、この悪党女──。だから、自白なんてする必要はないわよ。死ぬような痒みで尻を振り続けるがいいわ」

 

「じゃあ、あたしからいくわ──」

 

 三人の女が口々に沙那を罵りながら、拡がった沙那の肛門に奥に小さな麺棒のようなものを挿し入れたのがわかった。

 沙那は尻穴の奥に痒み剤を塗られるのだと聞いて、悲鳴をあげた。

 

「……ははは……。女は容赦ないらしいからなあ──。早く自白した方がいいぞ。いったん、痒み剤を塗られれば、あとは、処刑の日まで、痒みを癒す薬剤は与えてはやらんぞ。何日も痒みに悶えながら死ぬしかないかもしれんなあ」

 

 役人が笑った。

 

「ああ、ああああああ、痒いいいいいい──」

 

 沙那はさっそく襲ってきた痒みに泣き叫んだ。



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719 突然の死刑執行

 姜坤三(きょうこんざん)のところにやってきたのは、美しい黒髪をした見目麗しい女官だった。

 西方帝国の第二皇子である釘鈀(ていは)皇子の使者であり、目的は姜坤三の部下である阿形(あぎょう)吽形(うんぎょう)のふたりを連れて行くことだ。

 

 近く西方帝国では皇帝主催の天下一闘技会が行われることになり、その闘技会には、帝国の皇子のうち皇位継承権を持つ上の三人の皇子も剣闘士を参加させることになったらしい。

 ただ、武術好きの第一皇子と第三皇子に比べて、第二皇子の釘鈀には、皇子自身にも、皇子の部下にも、帝国中の猛者が集まる闘技会に参加させられるほどの武術の腕を持った者はいない。

 それで方々を探して白羽の矢を立てたのが、西方帝国の南域において、最高の戦士と称されていた阿形と吽形のふたりだ。

 

 ただし、第二皇子としては、あくまでも自分の部下という体裁にしたいらしく、皇帝家としての正式の申し出ではなく、釘鈀個人のお願いというかたちで、この話はふたりの直接の上司である姜坤三のところにやってきた。

 姜坤三としては断る理由もなく、阿形と吽形のふたりも大いに喜んだ。

 

 この話は、もちろん、県都の知事にも話はつけており、阿形と吽形のふたりを闘技会のあいだ、第二皇子に貸すということになり、今日、さっそく、この女官が釘鈀皇子の使者として迎えにやってきたということだ。

 

 応接の間にやってくると、待っていた女官が立ちあがって拝礼した。

 

陳嬌(ちんきょう)と申します。このたびは、我が主の釘鈀皇子の話を聞きいれてくださって感謝します」

 

 陳嬌が深々と頭を下げた。

 西方帝国を支配している現在の皇帝家は武門の家であり、現在の皇帝にしても、第一皇子の金箍(きんか)皇子にしても粗暴の印象が強い。

 それに比べれば、第二皇子の釘鈀は、淫乱の気はあるが、礼儀正しく善良だという噂だ。

 いま、こうやって使者の女官と対面していみると、それが噂通りであるということを実感する。

 部下の性質がいいのは主人の質がいいからだ。

 つまり、使者に傲慢さがないのは、釘鈀自身が評判の通りの皇子だからだろう。

 

「ほかならぬ釘鈀殿下のお願いということであれば、きかないわけにはいきませんよ」

 

 姜坤三は笑った。

 そして、下席についていた陳嬌に上席を勧めた。

 皇帝家からの使者ともなれば、使者の扱いは当然、釘鈀自身に準じるということになる。

 一介の奉行にすぎない姜坤三とは格が違う。

 だが、陳嬌は、今日は単なる私的な訪問の扱いだからと固辞した。

 なおも勧めたが陳嬌がどうしても聞き入れないので、やむなく姜坤三が上席になった。

 そのあたりの部下への躾も行き届いているのだと感心した。

 

 時候の挨拶や土産などを受け取り、いよいよ本題ということになった。

 すると、陳嬌の顔から笑みが消えて、困ったような表情になった。

 

「ところで、阿形殿はいま、負傷をされて養生中ということなのですね。ここにやって来てからそれを伺い、驚いているところです」

 

 陳嬌は言った。

 姜坤三は内心で舌打ちをした。

 

 確かに、阿形は数日前に腕の骨を折るという負傷を負ったばかりだった。

 孫空女と沙那を捕縛するときに、手配人の女である孫空女に、一騎討ちで骨を折られたということだ。

 それで療養をさせている。

 別に箝口令を布いたわけではないので、陳嬌もそれを耳にしたのだろう。

 

「負傷については道術の薬もありますし、治療霊具もあります。明日には完全に回復すると思いますよ。心配には及びません」

 

 姜坤三は言った。

 

「負傷そのものについては心配しておりません。帝国にも治療の手段は整っております。大抵の負傷であれば、負傷の前よりも健康な状態に快復することも可能です。でも、わたしが気になっておりますのは負傷をした経緯です……。耳にしたところによれば、罪人との一騎討ちで骨を折られたとか……?」

 

 陳嬌が微笑んだ。

 

「何分にも手配中の罪人を追っていった現地のことでありまして、私も細部は承知しておりません。確かに阿形が骨を折った……。それは事実です」

 

 姜坤三は仕方なく言った。

 

「阿形殿だけではなく、吽形殿もそのとき一騎討ちで敗れたとか……。しかも、女の罪人であるそうですね」

 

「まあ、そうですね……」

 

 姜坤三は苦虫を噛み潰したような思いになった。姜坤三の部下が皇帝家の第二皇子に乞われて、皇帝主催の闘技会に参加するなど名誉なことだったのだ。

 それなのに、女を相手に一騎討ちで負けたとあっては、その評判は地に落ちたといっても言い過ぎではない。

 

 どうやら、陳嬌は、阿形と吽形のふたりを連れて行くつもりでやってきたが、そのふたりが一騎討ちで呆気なく負けたということを耳にして、それを取りやめるつもりだろう。

 姜坤三は嘆息した。

 つまりは、帝都の第二皇子に貸しを作る機会を失ったということだ。

 姜坤三は失望した。阿形と吽形も無念だろう。

 

「ねえ、姜坤三殿……。その女ふたりに会わせてもらえませんか? 我が主の釘鈀は闘技会の参加させる強い者を探しているのです。阿形殿と吽形殿よりも強い者がここにいるのであれば、それを連れ帰りたいです。それがわたしの任なのです」

 

 陳嬌は言った。

 姜坤三はびっくりした。

 

「あのふたりは取り調べ中です。しかも、罪人であり、殺人者です。おそらく、処刑ということになるでしょう。それはできかねます」

 

「そこをなんとか……」

 

 陳嬌は畳みかけてきた。

 

「そ、それはさすがに……。殺人を犯した者を県知事の権限で釈放するということはありません。皇帝陛下の裁可が必要でしょう。皇帝家は、ふたりに恩赦を与えるおつもるですか?」

 

「それはしません。この県都から人を借り受けるのは、あくまでも釘鈀殿下の個人的な話に収めたいのです。皇帝家も帝国宮殿も動かしません。闘技会に参加させるときには、釘鈀の部下というかたちになりますので……。恩赦を正式に発するのは、都合が悪いのです」

 

「だが、殺人の罪人を解放するというのは……。それを県の独断というかたちでせよと?」

 

 それは奉行である姜坤三の権限を逸脱した行為だ。

 内々でするとしても、知事を巻き込む必要がある。だが、あの女知事は堅物だ。

 阿形、吽形を貸し出すという話には乗ったが、今度は罪人を個人的に第二皇子の引き渡すという話になる。

 いくら、相手が第二皇子でも、それは絶対に承知しない気がする。

 

「知事が承知しないでしょう。申し訳ありませんが……。正式に手続きをしてください。お願いします」

 

 姜坤三は首を横に振った。

 

「わたし自身が知事にお願いしてもいいのですが」

 

「知事はお堅い方ですよ……。それに、実は殺された寇員外(こういんがい)という分限者は非常に女に評判のいい男でありまして……。その寇員外を殺した沙那と孫空女に対しては、知事自身が激昂しているのです。私自身も厳正な処置を命じられています。知事があのふたりを許して釈放するわけがありません。まあ、知事との面談の機会は、すぐにお作りします」

 

「その女ふたりは、沙那と孫空女というのですね。そこをなんとかお願いしますよ……。大袈裟にはしたくないのですよ。できるだけ隠密に……。こっそりとしたいのです。あの女知事が融通が利かない堅物というのは知っています。でも、あなたは話のわかるお方だと思っているんですけどね」

 

 すると陳嬌は、懐から拳ほどの大きさの小袋を取り出した。

 中身を卓にこぼす。

 入っていたのはたくさんの宝石だ。

 それが小袋いっぱいに入っている。

 ひと財産だ──。

 姜坤三は息を飲んだ。

 

「これを姜坤三殿個人にお渡しできます」

 

「わ、私を買収するもつもりですか?」

 

 姜坤三は驚いた。

 

「いいえ──。お互いに幸せになる方法を考えたいだけです」

 

「知事は許可しませんよ。寇員外を殺したあのふたりを憎んでいるのです。何分にも、寇員外という被害者には、個人的にも世話になったことがあるとかで……。先ほどのとおり、県知事との面談の時間がすぐに準備します。知事も第二皇子の名を出されては、法を緩めることもあるでしょう。しかし、私にはその権限がないのです」

 

「わかりました。では、その沙那と孫空女は処刑されなければならない──。そこから始めましょう……」

 

「そこから?」

 

「姜坤三殿……。わたしは、あなたに交渉しようとしているのですよ。県知事ではなく……。わたしは時間をかけたくない……。あの堅物女と話して、この話をこじらせたくないし、系統を通じて、あの知事が帝都と直接交渉をされても困る。だから、話し合いを持ちかけているんです」

 

「答えは同じです。私には処刑を取りやめる権限がありません。しかし、あなた方は、その権限をお持ちだ。それを行使すべきでしょう」

 

 姜坤三はきっぱりと言った。

 

「いえ、わたしも、あなたの権限内のことしか申すつもりはありません。県の奉行は裁判と刑罰を担任する。その通りですよね。もっといえば、処刑執行の実処理は、あなたの管轄です」

 

「まあ、間違いありませんか……」

 

 姜坤三は困惑した。

 

「つまり、わたしは、そのふたりの屍体を持って帰る。あなたは、この宝石を受け取る。そんな方法を考えてみませんか」

 

 陳嬌は意味ありげに微笑んだ。

 

 

 *

 

 

「ひぎいい──。わ、わかった──。や、やった──。わたしがやったわ──。だ、だから、もう塗らないでええ──」

 

 沙那は絶叫した。

 もう、自白の結果、どうなるかなんて考えられなかった。

 肛門の周りの肉を固められて剥き出しにされた尻穴の奥に、次々に掻痒剤の液体を塗られるのだ。

 もう、それを数刻続けられている。

 しかも、ただの一度も痒さを癒されることなく、ひたすら痒みを時間とともに増大されるのだ。

 あまりの痒さに、すでに沙那はなにも考えられることができなくなっていた。

 全身の骨を砕けさせるような猛烈な痒さだ。

 こんなものに、これ以上耐えられるわけがない──。

 

「おっ、いま、なんと言ったか?」

 

 女たちの沙那への嗜虐を見守っていた役人が身を乗り出したのがわかった。

 だが、泣き叫ぶ沙那に、女たちがいきなり布を突っ込んだ。

 さらにその布が口からでないように猿轡もされる。

 

「聞こえませんでしたね。この沙那はまだ、自白はしておりません」

 

 女たちは意地の悪い口調でそう言って、薬を塗り足し続ける。

 沙那は狂乱した。

 この女たちは、沙那に自白も許さずに、とことん痒み剤でなぶるつもりなのだ。

 

「んんん──」

 

 沙那は吠えた。

 これ以上の痒み剤の追加には耐えられない。

 おそらく、この女たちは沙那の痒みを癒すつもりは金輪際ないだろう。

 寇員外を沙那たちが殺したのだと信じ切っていて、できるだけ残酷な仕返しを沙那にやりたいようなのだ。

 だから、痒みで沙那が発狂でもすれば、それはそれで、彼女たちの目的は達成するのだ。

 しかし、解放される見込みのない痒みに襲われる沙那にとっては、そのことは絶望的なことだった。

 

 痒い──。

 痒い──。

 

 もうなにも考えられない──。

 沙那は懸命に尻を振った。

 

「ほほほ、苦しそうね、沙那──。早く発狂しなさいよ。まあ、発狂してもやめないけどね。でも、少なくとも、苦しみはなくなるかもしれないわ。発狂できればね……」

 

 三人の女が代わる代わる小さな棒で痒み剤を尻穴の奥に足していく。

 沙那は涙をぼろぼろとこぼしながら、懸命に尻を振りたてた。

 だが、どんなに腰を振っても、臀部に当たるものはなにもない。

 

「んんん──」

 

 沙那はひたすら泣き叫んだ。

 

 

 *

 

 

「や、やった──。あたしたやったよ──。た、助けて──」

 

 孫空女は狂ったように叫んだ。

 炭火の一番広いところにいる孫空女は、いまや限界まで脚を拡げていた。

 そのために、股間は炭火の熱気に一番近い状態になっている。

 その孫空女に対し、金頂観は炭火を炎ができるくらいにさらに活性化させたのだ。

 もう、ほとんど孫空女の股間に炎が届くばかりに火の端が揺らめている。

 とにかく、この場は自白でもなんでもして乗り切ろうと思った。

 

「聞こえないわねえ……。それよりも、さっきみたいにおしっこしてみれば? 少しは炎も小さくなるかもよ」

 

 離れた場所に立っている金頂観が笑った。

 孫空女は少し前に、あまりの熱さに恥も捨てて、少しでも熱をなくそうと小便をしてみたのだ。

 もちろん、そんなもので熱が小さくなるわけでもなく、かえって尿の蒸発する勢いで熱い湯気が股間にあたり、苦しい思いをしなければならなかった。

 

「も、もう、堪忍して──。あたしがひとりでやったよ。あたしだけがやった──。もう許して──」

 

 孫空女は悲鳴をあげ続けた。

 

 

 *

 

 

 孫空女が兵に両脇を引きずられるように戻ってきたとき、沙那は胡坐縛りにされて床に座らさせられ、丸い大きな板を首に嵌められて、顔を上に向くようにして固定されていた。

 首枷が壁に繋げられていて動かないようにもなっていた。

 

「だ、だれか……だずけて……。か、かゆいのよ……。か、かゆい……かゆい……かゆい……かゆいよおお……かゆいよおお……」

 

 沙那は常軌を逸した表情をして、痒い痒いと泣き叫びながら、懸命に床を尻に擦りつけている。

 口調がおかしい。

 まるで沙那ではないようだった。

 孫空女が入ってきても、反応すらしない。

 

「さ、沙那……ご、ごめん……あ、あたし……」

 

 とにかく、孫空女は、拷問に負けて自白をしてしまったことを沙那に説明しようとした。

 だが、やはり、沙那は孫空女がやってきたことすら、わからないようだ。

 涙と涎と鼻水を垂れ流し、さらに口から泡のようなものを吹いて、ただ懸命に痒いと叫んでいる。

 その様子は異常だ。

 孫空女はびっくりした。

 

「かゆい……かゆいのおお……。おしりのあながかゆいいいい……。かゆい……、かゆい……かゆい……、かゆい……、かゆい……、かゆい、かゆい──。かゆいいい……」

 

 沙那がひたすらに同じことばかり言っている。

 孫空女はぞっとした。

 その口調は明らかに正気ではない。

 知性が失われた者のような不自然な発音だ。

 孫空女は沙那が壊れたに違いないと思った。

 

「さ、沙那──? し、しっかりしてよおお──。沙那ああああ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 とにかく、あんなに追い詰められた沙那は初めてだ。

 一体全体、どんな拷問を受けたのだろう。

 

 しかし、それ以上考えることはできなかった。

 孫空女を連れてきた兵たちが、孫空女を縛りあげ、沙那と同じように胡坐縛りにして、沙那の隣に座らせると、運んできた首枷を孫空女にも嵌めて、顔を上に向かせたのだ。

 すると、数名の集団が牢に入ってくる気配がした。

 

 だが、孫空女は上を向かされているので、誰が入ってきたのかよくわからない。

 かすかに見える視線で、それが身なりのいい役人のような人物であることだけは辛うじてわかった。

 その人物が拘束されている孫空女と沙那の前に立った。

 

 なにかを読みあげ始めた。

 しかし、沙那が痒いという声をすぐ隣で言い続けていて、なかなかうまく聞き取れない。

 どうやら、なにかの文章を読みあげているようだ。

 

「……以下の罪により、沙那及び孫空女のふたりを死罪とする。処刑は格別の慈悲をもって毒薬により行う。それでは、姜坤三の名において刑を執行する──」

 

 数名の兵が孫空女と沙那の首枷の両側についた。天井を向いている口に漏斗が差し込まれる。

 孫空女は驚愕した。

 自白はしたが、その日のうちに刑が執行されるとは思わなかったのだ。

 どうせ、処刑までに数日間はあると思うし、そのあいだに宝玄仙がきっと助けに来てくれると信じていた。

 それがいきなりここで毒による処刑とは──。

 

「んんん──」

 

 孫空女は抗議の声をあげようとした。

 しかし、口に入れられた漏斗のために、それは声にはならない。

 その漏斗の中に液体が注がれていく。

 

 そんな──。

 ここで死ぬなんて──。

 

 沙那──。

 孫空女は力の限り暴れようとしたが、その孫空女の首枷や身体をしっかりと数名の兵が掴んで固めた。

 

 動けない。

 漏斗の中に液体が注ぎ込まれる。

 

 鼻を摘ままれた。

 息が苦しくなる。

 

 孫空女の身体は息を求めて、無意識に口の中のものを飲もうとする。

 だんだんと液体が口の中に入っていく。

 

 さらに、どんどんと漏斗に液体が足されていく。

 

 次第に意識がなくなる。

 ふと、横を見た。

 

 すでに沙那は意識がないようだ。

 その沙那の身体に、さらに液体が漏斗で送り込まれ続けている。

 

 目の前が暗くなった。

 虚無に包まれていく……。

 

 死ぬのか……?

 これが死か?

 

 死ぬ?

 

 ご主人様……。

 

 宝玄仙を心の中で叫んだ。

 

 気が遠くなっていく……。

 

 これ以上、意識を保てない……。

 

 ご主人様……。

 もう一度、呼んだ。

 

 

 

 

 そして、孫空女の意識は完全な闇に吸い込まれた。



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720 生き返った分限者

 寇棟(こうとう)は、机に上半身を突っ伏させた妹の寇女(こうじょ)の背後に回り、下袍をまくりあげて下着をとりあげた。

 長い愛撫ではなかったが、寇女の股間はすっかりと濡れていた。

 

「お、お兄様、来て、来てください……。こ、寇女はもう我慢できません……」

 

 寇女がすっかりと欲情した震え声で言った。

 

「はしたない、淫女だな……。俺が罰を与えてやる。葬儀にはたっぷりと俺の精を膣に入れたまま出るんだぞ。下着なしでな。それがお前の罰だ」

 

「ああ、寇女に罰を与えてください、ご主人様……」

 

 寇女はすっかりと被虐に酔っているようだ。

 おそらく、寇女の頭の中では、実の兄である寇棟に淫乱な調教をされて、近親相姦の関係に無理矢理に堕とされてしまった自分という図式ができあがっているに違いない。

 だから、ふたりきりのときには、まるで性奴隷のような言葉を寇棟に使いたがる。

 

「いくぞ……。声を出すなよ──。部屋の外には葬儀にやってきてくれた親類も大勢いるのだ。声を出せば、聞かれるぞ」

 

 寇棟は寇女の耳元でささやいてから、硬直している自分の怒張を、寇女の太腿の付け根の尻たぶのはざまに押し当てた。

 そのまま背後から寇女の女陰に一気に突き立てる。

 

「ふううっ──」

 

 声を出すなと言ったのに、寇女は寇棟の怒張が入る甘美感に堪えられなかったのか、上体を反りあげて小さな悲鳴を漏らした。

 寇女が慌てたように、手のひらで自分の口を覆う。

 宼棟は律動を開始した。

 

「んんっ、んんっ、んっ……」

 

 深々と膣を貫いている怒張は、寇女の淫蜜と絡まり、ねっとりを糸を引いている。

 それをゆっくりと抜き挿しする。

 寇女が快感に太腿と膝をがくがくと震わせ始めた。

 数日前に強姦されて処女を失ったばかりの寇女だが、翌日くらいからしっかりと快感を覚えるようになった。

 いまは、もうすっかりと寇棟の与える肉欲の虜になってしまったようだ。

 

「奴隷、感じているのか……。兄に犯されてこんなに欲情して恥知らずめ。お前のような破廉恥な妹はどこにも嫁にはやらん、俺のそばで一生奉仕させてやる。お前は、俺の性奴隷として人生を終えるのだ。表向きは妹として扱ってやるが、裏では俺の奴隷として飼い殺しだ」

 

 寇棟は寇女の股間を背後から突きながら言った。

 すると、寇女の腰がぶるぶると嬉しそうに震え、狭い膣の中がさらに大量の愛液で溢れたのがわかった。

 

 悦んでいるのだ……。

 兄に調教され、すっかりと堕ちたと思い込んでいる寇女……。

 

 可哀想に……。

 寇棟は、早くも絶頂の兆しを示し始めた寇女の股間を突きながら思った。

 数日前、父親の寇員外が沙那と孫空女が引き連れてきた賊徒に殺され、寇棟と寇女もまた賊徒の性的凌辱を受けた。

 寇棟は、迦葉(かしょう)とかいう賊徒のひとりにひたすら尻を犯され、寇女はその他の男の賊徒たちによってたかって朝まで輪姦されたのだ。

 その結果、寇女は精神に異常をきたしてしまった。

 

 言葉がしゃべれなくなり、なにかに怯えたような震えが止まらなくなった。

 時折、奇声をあげ、激しく暴れもした。

 寇棟は、どうしていいかわからず、寇女を部屋に閉じ込めるしかなかった。

 放っておくと発作的に自殺までしようとするので、寇棟がそばにいれないときには、寝台に縛りつけておくしかなくなった。

 寇棟自身も心の痛手はあったし、父親の死は衝撃だった。

 だが、なによりも、寇棟を打ちのめしたのは、妹の寇女が狂ってしまったという事実だ。

 

 とりあえず、宝玄仙という道術遣いの女主人とともにやってきた沙那と孫空女という旅の女が率いる賊徒に、寇員外が殺されたと県都の役所に届け、休みを与えて散らせていた家人たちを呼び寄せて、寇員外の葬儀の段取りを進めた。

 そして、寇女をどうしようかと寇棟は途方に暮れた。

 

 犯されて心を壊してしまった寇女のことを思うと、哀しみに打ちひしがれた。

 やっと、家人たちは戻ってきて、なんとか家のことが回りだすと、寇棟は寇女の部屋に向かった。

 家人たちにも、まだ寇女のことは教えていなかった。

 ただ、悲しみで部屋に閉じこもっていると教えただけだ。

 実際には、自殺を防ぐために、部屋に縛って閉じ込めていたのだ。

 

 しかし、寇女のところにいって拘束を解くと、その寇女が寇棟に急に身体を求め出したのだ。

 その様子があまりにも切羽詰ったものだったので、寇棟は寇女を抱いてしまった。

 

 賊徒に襲われたときには、彼らの見世物として、無理矢理に兄妹で媾合された。

 今度は、寇棟の意思で寇女を抱いたのだ。

 

 その結果、常軌を逸していた寇女の言動がすっかりと落ち着きを取り戻したのだ。

 言葉も喋れるようになり、とまらなかった痙攣も完全に消滅した。

 そして、なぜか寇女の頭の中で、あの夜のことは、寇棟の調教の一環であり、寇棟が寇女を自分のものにするための芝居なのだということになっていた。

 その結果、寇女は寇棟に調教される立場になったのであり、なにもかもが、あれは寇棟が陰で仕組んだことと思い込んでいたのだ。

 寇棟はそれを受け入れることにした。

 

 その日から、妹の寇女は、実の兄の寇棟の性奴隷ということになった。

 寇女を抱き、ときには拘束して嗜虐的な調教もした。

 その結果、自分が寇棟の性奴隷であるという強い思い込み以外を除き、寇女は完全に正気を取り戻した。

 

 いまでは、普段の行動はまったく正常だし、狂気の様子を示すこともない。

 ただ、あの輪姦は寇棟の寇女に対する調教の一環であると思い込んでいることと、寇棟以外の男に怯えた様子を示すようになったことが変化くらいだ。

 

 このことに、寇棟は異存はない。

 寇女は寇棟の性奴隷として、一生面倒を看るつもりだ。

 

 いずれは、正式に妻ということにしてもいいと思っている。

 この帝国の法では、兄妹の結婚は罪ではない。

 もちろん、道徳的には禁忌なのだが、それを阻む父親の寇員外はもういない。

 それに、生きていても、性のことに関しては大らかな父だったから、事情を説明すれば、呆気なく許すのではないだろうか。

 

 とにかく、もう寇棟は寇女を手放すつもりはない。

 寇女を一生守る──。

 その覚悟をしている。

 そのためなら、生涯にわたって、寇女の冷酷な主人の役目でもしてみせる。

 

「んん、んあああっ」

 

 寇棟は本格的な律動に入ると、寇女が必死に手で押さえている口からも淫らな声が漏れ出す。

 

「ああっ、お兄様あああ」

 

 寇女が耐えられずに、自分の手の下から悲鳴を発した。

 寇女の全身に欲情がうねり回っているのがわかる。

 寇棟の怒張が強く打ち込まれるたびに、ますます加速する情欲の大波に全身を震わせる。

 

 寇棟もまた欲情していた。

 

 愛する寇女──。

 可憐な寇女──。

 

 それを自分のものにする……。

 一生、性奴隷として飼う──。

 それを考えると自制することのできない欲望が沸き起こる。

 

「んぐうう──」

 

 全身から官能の弾ける歓喜を表しながら寇女が絶頂した。

 寇棟は上体を机に乗せている寇女を背後から抱くようにして上体を重ねた。

 寇女が顔を曲げて後ろに向ける。

 その口に寇棟は自分の唇を重ねた。

 寇女が寇棟の口をむさぼってくる。

 寇棟は、窮まった欲望の迸りを寇女の子宮に注ぎ込んだ。

 

「俺の子を孕め、寇女──。孕むんだ──。それがお前の罰だ──」

 

 寇棟は精を放ちながら言った。

 

「ああ、こ、寇女は、お兄様の子を産みます──。ああっ──」

 

 すると、達したばかりの寇女の身体がさらに高みに昇ったようになり、寇棟の怒張を締めあげて、全身を歓喜に包ませた。

 そのとき、部屋に誰かが近づく気配がした。

 寇棟は慌てて寇女を離して、服装を整えた。

 

「お坊ちゃま、大変でございます──。よろしいでしょうか──?」

 

 執事の声だ。

 葬儀の段取りをすべて任せているのだが、なにか突発事案でもあったのだろうか?

 

「な、なんだい? ちょっと開けないでくれ。いいから、そのまま、話せ」

 

 寇棟は慌てて言った。

 寇女も下袍を直して、何事もなかったかのように椅子に座った。

 寇棟は床に落ちている寇女の下着を寇女に放った。

 寇女はそれを受け取ると、恥ずかしそうに顔を赤らめて、それを畳んで隠した。

 そういえば、葬儀には下着をつけずに出席するように言ったということを寇棟は思い出した。

 

「ほ、宝玄仙がやってきましたよ。連れの少女のふたりも一緒です」

 

 執事が血相を変えた声で言った。

 

「なんだって──?」

 

 寇棟は叫んだ。

 

「寇女は危ないからここにいろ──」

 

 寇棟は部屋を飛び出した。

 あれから片時も離したことのない剣も掴む。

 宝玄仙については、寇員外を殺した犯人のひとりとして、県庁に告発をしている。

 その供である沙那と孫空女は、すでに捕えたという奉行からの伝言も受け取っていた。

 ただ、女主人の宝玄仙については、まだ逃亡中という話だった。

 その宝玄仙がなんでここに──?

 

 葬儀の会場とする予定の大広間に宝玄仙がいた。

 朱姫、素蛾というふたりの少女も一緒だ。

 三人がいるのは、寇員外の遺骸を納めている棺桶の横だ。

 本葬にはまだ時間があるので、集まっていたのは、まだ本当に親しい親類と家人だけだ。

 それが宝玄仙たち三人のいる場所の周りに集まっている。

 だが、見えない壁でもあるのか、距離を置いた位置から先には近づけないでいるようだ。

 部屋は騒然としている。

 

「ほ、宝玄仙──。よくも、戻ってこれたものだ──。この恩知らずの、恥知らず──。そして、今度は父の遺骸になにをするつもりだ──。父から離れよ──」

 

 寇棟は剣を抜いた。

 だが、やはり、見えない壁があった。

 そこから先に近づけない。

 

「おやおや、寇員外のところの息子じゃないかい──。耳にしたところによれば、お前が県庁の奉行に、わたしらがこの屋敷に盗みに入って、寇員外を殺したと告発したらしいじゃないかい──。そんな嘘の告発のおかげで、沙那と孫空女は捕らわれてしまったじゃないかい──。どうしてくれるんだい」

 

 宝玄仙が言った。

 

「な、なにを言うか──。俺はあんたの供の沙那と孫空女が賊徒とともにやってきたときにその場にいたんだ。そして、酷い目に遭った──。父は殺され、寇女は……」

 

 思わず、寇女のことを喋りかけて慌てて口をつぐんだ。こんな大勢の者がいる場所で、寇女が狂ったと話すわけにはいかない。

 

「お前は、沙那と孫空女が賊徒としてやってきたのを見たんだね? だけど、このわたしは、王華(おうか)の宿町で、その沙那と孫空女のふたりに化けていた男ふたりを殺してきたよ。襲われたんでね……。つまりは、偽者だよ」

 

「偽者?」

 

 寇棟は驚いた。

 

「その男たちは、清風(せいふう)名月(めいげつ)という男だ。頭に毛のないつるつるした顔の男たちだ。頭だけじゃなくて、陰毛もつるつるだけどね。ちょっと、以前に関わりがあった男たちで、頭の毛も陰毛も全部わたしが抜いてやったんだ。お前が見たのは、そいつらが変身した姿じゃないのかい?」

 

 寇棟は、宝玄仙が言及したふたりの男が、沙那たちと一緒にいた阿難と迦葉のことだというのは、すぐにわかった。

 あのふたりには、陰毛が一本もなかった。珍しいからよく覚えていたのだ。

 

「に、偽者などと……? そんな馬鹿な……」

 

 寇棟は言ったが、そう言われてみれば、あのとき、阿難と迦葉、そして、沙那と孫空女の四人は入れ替わるようにしか、寇棟の前に姿を見せなかったことを思い出した。

 完全に凌辱して去るときには、沙那の姿も孫空女の姿もなく、賊徒と戻っていったのは、阿難と迦葉だけだった。

 どうして、沙那と孫空女はいなくなったのだろうと、ちょっとだけ引っかかっていた。

 なによりも、あのときの沙那と孫空女は、それまでに滞在していたときのふたりとはまるで違っていて、別人そのものだった。

 だから、本当に別人だとすれば、辻褄は合う。

 

「ま、まさか……」

 

 寇棟は呻いた。

 だが、それがあり得ることだということはわかる。

 道術には詳しくないが、変身の霊具というのは珍しいものではないはずだ。

 すると、宝玄仙がにやりと笑った。

 

「……さすがは、寇員外の息子だけあって善人だね。すぐに信用してくれる。まあいいさ。お前の父親に訊ねればわかるかもしれない。ちょっと、生き返らせてみるよ」

 

 宝玄仙はそう言って、棺桶の中の寇員外の身体から服を剥がす仕草をした。

 すでに棺桶の蓋は開いている。

 

「生き返らせる──? な、なにを言っているのです?」

 

「お前の父親からまだ教えてもらっていないのかい、寇棟? お前の股にも三個の睾丸があるらしいけど、それは寇家の嫡男の特異体質のようだよ。お前らには、偉大な道術遣いだった先祖の血が残っているんだよ。三個目の睾丸は、実は睾丸じゃない。本当は『魂の欠片』という道術遣い特有の命の予備だ」

 

「魂の欠片……? なんことです?」

 

「まあいい、話は後だよ。術式を進めるよ。おやおや、どうやら、間に合ったようだね……。『魂の欠片』は保管が難しんだ。命のある容器に入れないと、すぐに劣化するからね。お前の父親の命はもうないから、放っておけば『魂の欠片』も消失するところだったけど、ぎりぎり間に合ったさ」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、棺桶に横になっていた寇員外がむくりと起きあがった。

 

「うわあっ」

 

「ひいい──」

 

「なんだ──」

 

 周囲が悲鳴をあげた。

 

「お、お父さん──?」

 

 寇棟もまた大きな声をあげた。

 

「こ、これは、どうしたことですかな……? おや、宝玄仙殿──? 朱姫殿も素蛾殿も……」

 

 寇員外がにっこりと笑った。

 寇棟は口を開いたまま茫然としていた。

 

「どうしたもこうしたもないよ──。これはお前の葬式の最中だよ。それよりも、お前の息子が、わたしらがお前を殺したと告発して、沙那と孫空女は県の捕縛隊に捕らわれてしまったんだ──。お前が知っていることを話しておくれ、寇員外」

 

 宝玄仙がそう言うと、寇員外は顔を曇らせた。

 そして、しばらく考えていたようだったが、すぐにはっとしたように、眼を大きく見開いた。

 

「寇棟、いまのは本当か──? この方々を告発してしまったのか──? 私を殺したのは、阿難と迦葉という男たちだ。沙那殿と孫空女殿に変身できる霊具を持っていて、その姿で押し入ったのだ──」

 

 寇員外がはっきりと言った。

 

 

 *

 

 

 女知事が目を丸くしている。

 姜坤三(きょうこんざん)も驚いていた。

 

 なにしろ、死んだはずの寇員外が目の前にいて、さらに、息子の寇棟、手配中のはずの宝玄仙と朱姫と素蛾もいて、それが顔を並べて、告発を取りさげることを申し出たのだ。

 告発の取りさげもなにも、殺されたはずの寇員外自身が目の前にいるのだ。

 説明によれば、この宝玄仙という道術使いが道術で生き返らせたのだという。

 俄かには信じられない話だが、調べにあたった部下からの報告でも、寇員外の死は確認されているし、その寇員外自身がそういうのだから、生き返ったというのは確かなのだろう。

 そんな道術など耳にしたことはなかった姜坤三も、ただただ驚愕するしかない。

 

 そして、そんな力を持った道術使いが目の前にいるという事実に恐怖を感じてきた。

 この五人が連れだって、馬車で知事を訪ねてやってきたのは、たったいまのことらしい。

 もともと、寇員外はこの女知事とは昵懇の仲であり、寇員外は知事とは約束なしに面談ができるほどの仲だったのだ。

 

 だが、その寇員外は死んだはずの男だ。

 とにかく、知事は当惑しながらも、寇員外に面談し、告発の取りさげと、真相が阿難と迦葉という王華国を最近荒らしまわっていた盗賊団の仕業だという説明を受け、ここに急遽、姜坤三を呼び出したのだ。

 姜坤三もたったいま、その説明を受けたところだ。

 

「……御託はいいんだよ──。話はわかったのかい、知事──? わかったら、さっさと、沙那と孫空女をここに連れてきな。ちゃんと、ふたりを返せば、ここで暴れるのは勘弁してやるよ。だけど、まだ、面倒を言うんなら、この県都全部を火の海にするからね──。この宝玄仙に二言があると思わないことだね」

 

 宝玄仙が苛ついた口調で言った。

 姜坤三はぞっとした。

 

「そ、それが……」

 

 知事が困ったような口調でちらりと姜坤三を見た。

 沙那と孫空女の処刑が終わったという報告は、すでに知事にしている。遺骸も処分したと告げている。

 執行は昨日の夕方だ。

 

「そ、それが……」

 

 姜坤三は布で額の汗を拭きながら口を開いた。

 

「……そ、率直に言って、あのふたりの刑の執行は、昨夕終わってしまったのです。自供をしたのです。それで執行をしました。そ、それが本当のところなのです……。いまは、申し訳ないとしか……。ただ、自供をしたのですよ。自供さえしなければ、処刑は行わなかったのですが……」

 

 姜坤三は、宝玄仙の顔をじっと見ながら言った。

 ここは白を切り通すしかない。

 第二皇子の使者に賄賂をもらって、ふたりの身柄を横流ししたなどと知事に知られたら、姜坤三の立場が悪くなる。

 それにしても、無実の罪だったとは……。

 

「しょ、処刑した──。う、嘘よ──」

 

 朱姫という少女が絶叫して立ちあがった。その眼には涙が溜まっている。

 

「……待ちな、朱姫──。処刑が執行されたというのは本当かい、お前? ちゃんと、答えるんだよ。もしも、本当なら、わたしはこの県令を火の海にしなくちゃならないんだ。無駄に人殺しなんてしなくないんだけどねえ」

 

 宝玄仙が姜坤三を睨んだ。

 ものすごい険しい表情をしている。

 ぞっとずるような恐怖が姜坤三の身体を貫いた。

 

「お、お待ちください──。しょ、処刑が執行されたということが、本当かということであれば、間違いなく執行されました。ざ、残念ながら本当です。じ、実のところ、遺骸も残っておりません。罪人の屍体は灰にして、河に流すのが我が帝国の法です」

 

 姜坤三は説明した。

 説明するあいだ、姜坤三は宝玄仙の眼をじっと見たままでいた。

 眼を逸らせば、嘘をついていることがばれると思ったからだ。

 とにかく、知事の前だけでも、それで押し通す。

 

 宝玄仙たちには、後で説明すればいい。

 ふたりの身柄はこっそりと、あの帝都の第二皇子の釘鈀(ていは)の使者の陳嬌(ちんきょう)に引き渡した。

 陳嬌はふたりの身体に奴隷の刻印をして連れて行った。

 それが真相だ。

 

 しかし、知事にそれを知られるのはまずい。

 まあ、あとで、宝玄仙には説明すれば納得してくれるだろう。

 ふたりは死んではいないのだ。

 闘奴隷として連れていかれたので、取り戻すのは難しいだろうが、とにかく死んではいないのだ。

 それでいいはずだ……。

 

「こんなことになるとは信じられません。知事としてお詫びします……」

 

 女知事が頭をさげた。

 

「そ、そんな……。私らのせいで、沙那殿と、孫空女殿が……」

 

 寇員外が衝撃でぶるぶると震えだした。寇棟も打ちひしがれてがっくりとしている。

 朱姫という娘が椅子に腰を落として激しく泣き出した。

 宝玄仙はなにかの感情に耐えるように、押し黙っている。

 ただひとり、素蛾という童女だけが、じっと姜坤三を見ていた。

 さっきから、瞬きもしないような勢いで、姜坤三を見つめ続けている。

 その視線が気になった。

 

「なにか嘘をついていますね、奉行殿?」

 

 その素蛾が突然言った。

 姜坤三はびっくりした。

 

「わ、私が嘘をついているというのか?」

 

 姜坤三は思わず、素蛾の言葉を繰り返した。

 

「そう言いましたよ。なぜ、わたくしの言葉を繰り返すのですか?」

 

「わ、私がなにを繰り返していると……」

 

「それです。それは嘘をいう者の特徴です。そう習いました」

 

 素蛾がきっぱりと言った。

 

「嘘だって?」

 

 宝玄仙が驚いた口調で言った。

 

「はい。この人の喋りは、嘘をつく者の特徴です。『率直に言って』、『本当のことを言うと』、『実のところ』……。これに類する固い言葉は、嘘をいう者が知らず口にする言葉です。それから、単純な質問の繰り返し……。ほかにも、必要以上にご主人様を見続けますし、上半身がさっきからほとんど動いておりません。そういう者は嘘を言っていると教えられたことがあります」

 

 素蛾が言った。

 

「へえ……。帝王学というやつだね。さすがは、公主として躾けられただけあるね」

 

 素蛾のことを公主だと言ったのが少し気になったが、姜坤三の思考は遮られた。

 今度は朱姫という娘が、姜坤三の顔の前に乗り出すように出てきたのだ。

 

「……そういうことなら手っ取り早くいきますか……。さあ、お前、あたしの目を見るのよ。あたしと呼吸を一致させなさい……。いいから、息を合わせるのよ。ほかのことは考えない……。ただ、息を合わせるのよ……」

 

 朱姫が言い始めた。

 

「な、なんで……」

 

 姜坤三はつぶやいたが、気がつくと、朱姫の呼吸に合わせるように息をしている自分を発見した。

 

「……そうそう、なにも考えないのよ……。ただ、あたしと息を合わせることだけを考える──。はい、吐いて……。吸って……。吐いて……」

 

 姜坤三はなにも考えられなくなり、ただ、ひたすら朱姫の言葉のままに、息を続けた。

 

 やがて、朱姫がなにかの質問を始めた。

 姜坤三は、ほとんどなにも考えられないまま、知っていることに答え始めた。

 

 

 

 

(第108話『遅かった救出』終わり、第109話『闘奴勧誘』に続く)







【西遊記:97回、寇員外(こういんがい)③】
(「711 兄妹なぶり」の後書き②の続きになります。)

 寇員外が盗賊たちに殺され、寇員外の妻が玄奘たちが盗賊だったと偽証したことで、玄奘たちは手配されてしまいます。

 一方、寇員外の屋敷から強引に出立した玄奘一行は、雨に遭ってしまい、偶然に見つけた「華光竹院」という廃寺で雨宿りをすることにします。
 そこに寇員外の屋敷を襲った盗賊たちが偶然にやってきます。
 盗賊たちは、玄奘たちからも身ぐるみを剥いでやろうと襲いかかりますが、孫悟空に蹴散らされます。
 そのとき、玄奘たちは、彼らが持っていった盗品が、寇員外の屋敷にあった物であることに気がつきます。

 玄奘は、盗品を返してやろうと考え、荷物を抱えて寇員外の屋敷に戻るように指示します。
 その移動の途中で、玄奘たちを捕らえるために街道を追いかけてきた軍に出くわし、玄奘一行は捕縛されてしまいます。

 玄奘たちを取り調べしたのは、「姜坤三(きょうこんさん)」という知事です。
 知事は、盗品を運んでいたという証拠があるのに、自白をしない玄奘に怒り、拷問による自白をさせよと命令をします。
 孫悟空は、仕方なく自分こそ犯人だと言い、玄奘の代わりに拷問をひとりで受けます。

 そのとき、国都から「陳少将」という使者がやってきます。
 知事は、その日の拷問を中止して、使者を出迎える準備をします。
 玄奘たちは、牢に戻されます。

 その日の夜、孫悟空は、羽虫に変身して牢を抜けだし、寇員外の屋敷に行きました。
 そこでは、寇員外の通夜の最中でした。
 孫悟空は、羽虫のまま、死んでいる寇員外の声で、「無実の者を訴えるとは、お前たちには一箇月以内に災難を与える」と寇員外の妻や息子たちを叱ります。
 びっくりした寇員外の家族たちは、玄奘の告発を取り消すことを約束します。

 次いで、孫悟空は、知事の姜坤三のところに向かい、祖先の霊に化けて「無実の罪の者を拷問するとはけしからん」と叱り、さらに、牢番の詰め所にも行き、「高僧を拷問するお前たちには仏罰を与える」と天界の使いのふりをして脅迫します。

 翌朝、寇員外の息子たちが告訴を取り下げたこともあり、知事は玄奘たちを釈放します。
 そのとき、孫悟空は、一行の荷物や白馬を獄卒たちが盗んだと怒ります。知事たちは平謝りをして、取りあげた一行の荷を集めて返すとともに、この一件は、寇家がすべて悪いのだと言い逃れをします。
 玄奘たちは、寇家に戻って真相を確かめることにします。

 全員で寇家に戻ったところで、孫悟空は、寇員外に話を訊ねることがてっとり早いと言い、閻魔大王のところに向かって、強引に寇員外の寿命を延長させます。
 生き返った寇員外は、賊徒に殺されたことを説明し、嘘をついた自分の妻(穿針女(妻の幼名))を大喝します。

 寇員外の妻は、玄奘に謝罪します。
 知事は特別のはからいにより、寇員外の妻の罪は問わないことにします。

 寇員外と家人は、知事や役人にお詫びの宴席を準備しようとしますが、知事も役人も帰ってしまいます。
 玄奘にも、屋敷に滞在をして、改めてもてなしを受けて欲しいと願いますが、玄奘は断ります。
 寇員外はせめてもと考えて、派手な旗や鳴り物を準備して、玄奘たち見送ります。


 *


 次話から、『西遊記』の88~90話の「三人王子」や「九霊元聖」をモチーフにした「天下一武闘会」編となります。

 また、この後の西方帝国の帝都におけるエピソードについては、このほか、85・86話の「南山大王」、91・92話の「避寒・避暑・避塵大王」からの登場人物を(なぞら)えた登場人物も詰め込んでいます。


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 第109話 闘奴勧誘【第二皇子・釘鈀(ていは)
721 隷属の刻印と寸止め拷問


 監禁された部屋で思念に耽っていた沙那の思考を妨げたのは、股間で動き出した貞操帯の振動だった。

 

「く、くううっ、はあっ、はんっ、あああっ」

 

 沙那は寝椅子に拘束された裸身を思い切り暴れさせた。

 今度は股間に股間に挿入さえている張形がいきなり強い振動を始めたのだ。

 この一日、ずっと沙那はこの貞操帯に翻弄されているが、肉芽、女陰、肛門の三箇所に喰い込んでいる張形の突起は、あらゆる組み合わせと振動、そして、不規則な間隔で沙那を追い込み続ける。

 今回は女陰単独のようだ。

 

 しかも、回転とうねりと蠕動の複雑な動きで沙那の膣で暴れ回る。

 沙那は拘束された身体を限界まで悶えさせた。

 だが、全身のあちこちをしっかりと椅子に緊縛させている革紐は、大きな身じろぎを沙那に許さない。

 

 拘束されているのは、背もたれが斜めに傾いた重厚な木製の寝椅子だ。

 沙那はその椅子に完全に拘束されている。縛られている箇所は、手首と足首のほかに、肘の上下、肩、胸の上下と腹部、腿にはそれぞれ二箇所、膝の下もだ。

 すべてにしっかりと革紐が締めつけられている。

 もがくが拘束が外れる気配もない。

 まさに雁字搦めだ。

 また、沙那が身に着けているのは股間を包んでいる貞操帯だけだ。

 

 沙那がこの部屋に連れ込まれてから、少なくとも丸一日は経っていると思う。

 閉じ込められているのは、拘束椅子以外にはなにもない殺風景な部屋だ。

 窓もなければ扉さえもない。

 だから、正確な時間はわからないのだが、数刻置きに『移動術』で数名の侍女が食べ物を運び、沙那の身体を拭いていく。

 それが四回あった。

 それが通常の食事の時間とすれば、ここに連れ込まれたのは真夜中だったから、いまは二日目の朝のはずだ。

 

 ただ、その侍女たちは、沙那がどんなに話かけても口を開くことはない。

 無造作に食べ物と飲み物を沙那の口に運び、黙々と身体を拭くだけだ。

 そして、最後に沙那の貞操帯を外して、拘束されている椅子の股間部分の下を開いて壺を置く……。

 

 貞操帯を着脱するときには、着脱の邪魔にならないように張形が消失するようになっているのだ。

 また、沙那が座らされている椅子にも下部に特別な仕掛けがあり、沙那を拘束したまま貞操帯を外したり装着させたりできるようだ。

 貞操帯が外されるのは、そのあいだに、排尿や排便をしろという意味だろう。

 

 一定時間、そのままにされ、便をしてもしなくても、侍女たちは再び沙那に貞操帯を装着して、股間を塞いでしまう。

 貞操帯を装着されると、消失していた貞操帯の内側の突起が出現して、沙那の肉芽と女陰と肛門を圧迫する。

 すべてが終われば、侍女たちは去っていく。

 それだけだ。

 

 彼女たちは、ずっと無言のままだ。

 その後は、霊気の刻まれた淫具である貞操帯の責めに苛まれる時間が再開する。

 それがまったく同じように四回繰り返されていた。

 

「くううっ、はああっ、ああっ、あっ」

 

 そして、いまのように、なんの前触れもなく女陰と肛門と肉芽の三箇所を不規則に刺激する。

 それもまったく出鱈目な間隔でだ。

 責めの間隔と組み合わせは、沙那に予想を許さない。

 

 短い間隔で断続的に数刻刺激することもあれば、ゆっくりと長く沙那の股間を苛み続けることもある。

 三箇所のうち、一箇所ずつのときもあるし、同時のときもある。

 

 この貞操帯を装着されて、ずっとこの部屋で独りぼっちにされて敏感な脾肉をいたぶらているのだが、そのあいだ、ひたすらこの貞操帯の振動に翻弄され続けてきた。

 

「ああっ、んああっ、くはああっ」

 

 振動が突然に静止した。

 またもや、絶頂の寸前だ。

 

 沙那は昂ぶるだけ昂ぶった身体の火照りが苦しくて、大きな嘆息をした。

 最初こそ、この貞操帯は激しい快感を沙那に与え続けて、度重なる絶頂を沙那に強要したが、半日くらい経った頃から貞操帯の責め方に変化があった。

 沙那が受ける快感をかわすようになり、絶頂寸前で刺激が停止するようになったのだ。

 焦らし責めだとは思ったが、沙那にはどうしようもない。

 

 絶頂寸前までしか責めてもらえないもどかしさに苦しむだけの時間が続いた。

 それでいて、この貞操帯は沙那が快楽の断ち切られることがないように、どんなに長くなっても、必ず沙那の身体が冷めないうちに振動を再開する。

 だから、沙那はいつまで経っても、淫らな快感から逃げることができなくて苦しんでいる。

 

 これは拷問だ──。

 まさに、性の拷問──。

 

 鞭で打たれたり、棒で突かれたりする方がどんなに楽なのだろうかと思う。

 女の生理を弄ぶような悪魔の責めだ。

 寸止め責めいうのも何度も宝玄仙や朱姫からさせられたことがあるが、本当につらいのだ。

 もしも、これが初めて受ける寸止め責めだったら、沙那はとっくに屈伏していたかもしれない。

 

 だが、屈伏はしない──。

 してはならないのだ……。

 

「くああっ──はああ──」

 

 沙那は身体をびくりと硬直させた。

 また、始まったのだ。

 今度は三箇所全部だ──。

 

 敏感な股間の三箇所が一斉に強い振動で苛まれる。

 あまりにも激しい愛液のために、沙那の股間からは水でも弾いているような音がしている。

 沙那は身体を貫く快感の槍に、思い切り淫らな声をあげた。

 

 疼きがだんだんと稲妻をうけたような衝撃に変化する……。

 沙那は身体をよじらせた。

 喉を限界までのけぞらせた……。

 

「くうううっ、はあっ」

 

 しかし、やっぱり、絶頂の寸前で張形は静止した。

 沙那はがくりと脱力した。

 そして、快感の疼きの火だけが残る。

 

 激しいもどかしさ……。

 ぎりぎりで快感を取りあげられる切なさ……。

 沙那は歯ぎしりした。

 

「つらそうね、沙那──? そろそろ、隷属の刻印を受け入れる気持ちになったかしら?」

 

 目の前の空間が歪んで、折り畳み椅子を手にした陳嬌(ちんきょう)が出現した。

 嫌味のように、顔に満面の笑みを浮かべている。

 

「じょ、冗談、言うんじゃないわよ……。か、勝手なことを──」

 

 沙那は陳嬌を睨みつけた。

 陳嬌は、そんな沙那の強気の言葉を愉しむかのように、沙那の正面に椅子を拡げて、少し距離を離して座った。

 

「だけど、苦しいでしょう……? もう、すっかりと貞操帯があんたの脳が感じる絶頂感覚を計数的に記憶してしまったから、その貞操帯を身に着けている限り、絶頂することは絶対にないわよ……。あんたの快楽の度合い……、反応……、肌や汗、息づかい……。そういうものをすべて解析して、ぎりぎりで刺激を静止するように命令が刻まれているの……」

 

「う、う、うるさい──」

 

「ふふふ……。わたしも女だからわかるわ。女である以上、これに屈服しないわけはない。いいから、屈伏しなさい。“隷属の刻印”を受け入れる……。それだけのことじゃないのよ。すべてが終われば解放してあげるわ。あんたたちは、殺人の罪で処刑になるところだったのよ。それを助けてあげたんだから、隷属の刻印くらい受け入れてもいいじゃないのよ。悪い条件じゃないと思うのに、なぜ、そんなに頑なに拒否するのかわからないわ」

 

 陳嬌が肩をすくめた。

 

「はあああっ」

 

 そのとき、突然振動が始まった。

 肛門に喰い込んでいる突起がうねうねと動いている。

 これは堪らない──。

 

「ああっ、はうううっ、はあっ、はっ、はっ──」

 

 快感がせりあがる。

 それを陳嬌が余裕たっぷりの視線で見ているのがわかる。

 それが口惜しい。

 

 沙那は戦った。

 そして、全身をがくがくと震わせて、絶頂間近の快感の衝撃に悲鳴をあげた。

 

「ふくううう──」

 

 沙那は拘束された両手で手摺を力一杯握りしめた。

 顔を上に向ける──。

 今度こそ、いきそう……。 

 だが、張形は、またしても、ぎりぎりのところまで沙那をで追いつめた挙句にぴたりと停止した。

 沙那は荒い息をしながら、いきたくてもいけない身体の疼きの苦しみに耐えた。

 

 それにしても、なんという陰湿な責めだろう。

 沙那の身体は、快感に満たされたいという欲求が渦巻いている。女の性を弄ばされて、狂いそうな身体の猛りが煮え続けている。

 この状態をずっと維持させられるのはつらすぎる。

 

「とても、いやらしい顔をするのね、沙那……? 寸止めを延々に続けられるというのはどんな気持ちなの? 身体が熱いでしょう? いい加減に屈伏してよ。なんでそんなに意地を張るの?」 

 

 陳嬌は呆れた口調で言った。

 

「な、なにが屈服しろよ──。こんなことをいくら続けても無駄よ──。わたしらに勝手に、『隷属の刻印』とやらを刻んだあんたじゃないのよ──。だったら、さっさと赤でも黒でも色を変えたらいいじゃないのよ」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「だから、何度も説明したじゃないのよ。その刻印を完全に支配道術として完成させるには、あんた自身の屈伏の言葉が必要なのよ──」

 

 陳嬌は言った。

 沙那の腹には、黒い線でなにかの紋章のようなものが刻まれている。

 処刑されたと思った牢内で意識を失った後、眼が覚めたときには、沙那も孫空女も、腹にこの紋章が刻まれていたのだ。

 これが、『隷属の刻印』と呼ばれる、一種の支配道術によるものであり、これを刻まれた者の意思を制御して、逃亡を防ぐものだと教えられたのは、孫空女とふたりで西方帝国の帝都に移動する檻車の中でのことだ。

 

 どういう経緯でそうなったのかわからないが、沙那と孫空女は、帝国の南にある華光(かこう)という地方都市で、地方軍の捕縛隊に包囲されて、寇員外(こういんがい)殺しの罪で捕えられてしまった。

 そして、すぐに県都の軍営に連れて行かれて、殺人を自供しろと拷問を受けた。

 おそらく、沙那はその拷問に負けて、やっていない殺人を自供したのだと思う。

 実は、拷問の途中から沙那の記憶は吹っ飛んでいて、まるで記憶がないのだ。

 

 屈服したのは孫空女も同じのようだ。あまりにも苛酷な拷問に、沙那も孫空女も耐えられなかったのだ

 すると、その日の夕方に、突然役人がやってきて、牢内で処刑を執行したのだという。

 毒薬だったいうことだ。

 それについては、沙那はほとんど記憶がないが、檻車の中で孫空女からそれを教えられた。

 

 だが、沙那も孫空女も死んではいなかった。

 処刑の終わった罪人の死骸として営牢を出されたのだが、実際には致死性のない毒薬で一時的な仮死状態になっていただけであり、その後、ふたりの身体をこの陳嬌が回収したのだ。

 陳嬌は、この西方帝国の第二皇子の釘鈀(ていは)という男の女部下であり、この帝都で近く天下一闘技会が開催されるとかで、釘鈀の闘奴隷として参加させる逸材を連れに、わざわざ王華国の田舎までやってきていたのだ。

 

 陳嬌は、もともとは、阿形(あぎょう)吽形(うんぎょう)という別の屈強な男たちを連れ帰るつもりだったが、沙那と孫空女が、そのふたりを一騎討ちで倒したと耳にして、連れ帰る対象を沙那と孫空女に変更したらしい。

 

 しかし、罪人である沙那と孫空女の身柄は、いくら西方帝国の第二皇子の使者とはいえ、簡単に引き渡すわけにはいかない。

 それで、陳嬌と華光の上級役人が取引をして、沙那たちを慌ただしく処刑したことにして、ふたりを引き渡したということのようだ。

 

 もちろん、そんな詳しい話のすべてを陳嬌から教えてもらったわけではない。

 だが、孫空女や沙那の知っていることと、陳嬌が仄めかしたことを総合すれば、そういうことになるのだ。

 まあ、完全に当たってはいないかもしれないが、大きくは外れてもないと思う。

 

 とにかく、そうやって、沙那と孫空女は外からは隠された檻車に乗せられて、遥々この西方帝国の帝都まで連れて来られた。

 そのあいだ、沙那も孫空女も檻車から逃亡を図ることはなかった。

 ふたりの裸身に刻まれていた刻印は、刻まれた者が主人から逃亡するのを防ぐためのものであり、その意思を失わせる効果があるのだ。

 沙那も孫空女も檻車で揺られながら、ただの一度も逃げようとする行動を起こすことはなかった。

 

 そして、ここに到着した。

 どこか大きな屋敷の前庭のような場所に着いたということは覚えている。

 明り取りの天井から、建物が見えたのだ。

 時刻は真夜中だった。

 

 それから先は記憶は中断している。

 閉じ込められていた檻車の中に白い煙のようなものが漂い始めた。

 その煙を吸うと、急に眠くなり、気がつくといまの状態に寝椅子に拘束されていたのだ。

 

 股間には貞操帯だ。

 孫空女がどうなったかもわからない。

 別々に監禁されたのだということだけはわかる。

 少しのあいだ、そのまま放置され、しばらくして姿を見せたのが目の前の陳嬌だ。

 

 陳嬌は、沙那に天下一闘技会という皇帝主催の闘技会が開催されることを説明し、それに出動させるには沙那たちに隷属の刻印を刻む必要があるので、それを受け入れろと言ってきた。

 すでに刻印は刻まれており、やるなら勝手にしろとうそぶくと、陳嬌は、いま沙那たちに刻まれている刻印は、まだ中途半端な状態であり、単に逃亡を防ぐ効果でしかないのだという。

 

 隷属の刻印を完成させるには、沙那と孫空女が、刻印を受け入れるということを口にする必要があり、それで初めて刻印が完成し、その証拠として、刻印が黒から赤くなるのだと教えられた。

 陳嬌は死刑になるのを救ってやったのだから、闘技会に出場しているあいだ、刻印を受け入れろと迫った。

 

 驚いた──。

 陳嬌の説明によれば、隷属の刻印が完成されれば、主人に絶対服従の道術が身体にかけられてしまうのだそうだ。

 なにからなにまで、宝玄仙の『服従の首輪』と同じではないか──。

 

 首輪が刻印に変わっただけで、「受け入れる」という言葉が支配を完成させるという点まで同じだ。

 それを一度受け入れてしまえばどういうことになるかは、誰よりも沙那がよく知っている。主人の言葉に逆らえない生きた人形に成り下がるのだ。

 沙那は絶対に嫌だと拒否した。

 すると、この寸止め拷問が始まったのだ。

 

 そして、丸一日……。

 沙那は心の折れかけている自分を発見していた。

 

「とにかく、闘技会には、釘鈀皇子も皇太子として、隷属の刻印を刻んである自分の闘奴隷を出場させないとならないし、それにはあんたの屈伏が必要なのよ。なんでもないことじゃないのよ……。おかしな使い方をしないと約束するわよ。釘鈀皇子は善良な方よ……。皇子の奴隷になれるなら、むしろ幸運よ」

 

 陳嬌が諭すような口調で沙那に語りかける。

 だが、沙那はそんな馬鹿馬鹿しい言葉に引っ掛かるほど馬鹿じゃない。

 なんとしても、拒否続けるしかない。

 

 折れたら終わりだ──。

 絶対に駄目だ。

 沙那は自分を戒めた。

 

「はううっ」

 

 沙那は身体を暴させた。

 またもや股間の振動が始まったのだ。

 

 今度は肉芽と女陰……。

 沙那は椅子に縛られたまま叫んだ。

 叫んでいないと、この強烈な快感責めは我慢できない。

 

「屈伏しなさい……。絶頂させてあげるわ……。それに、その身体で我慢は不可能よ。気がついていたと思うけど、あんたがここで飲み食いした食べ物にも、飲み物にも、強い催淫剤がたっぷりと入っていたのよ。それを食事ごとに、たっぷりと口にして、なおかつ、この寸止めよ。耐えられないのよ。もう、つらいでしょう? もう、終わりにしましょうよ。あんたの頑固さはわかったわ……。でも、強力な媚薬漬けにされたんだから、仕方ないじゃないのよ」

 

 陳嬌が甘い声で口説くような口調で言う。

 やっぱりと思った。

 沙那が拒否しても、あの喋らない侍女たちは、無理矢理に食べ物や飲み物を沙那の口に押し込んだ。

 だから、なにかあるとも思ったのだ。

 

「んぐうう」

 

 沙那は歯を食いしばった。

 それにしても、凄まじい快感だ。

 

 いきそうになる。

 身体が反応する。

 

「あはあああ──」

 

 沙那はのけぞった。

 今度こそ絶頂すると思った。

 しかし、貞操帯はぴたりと振動を停止した。

 

「あああ、またあああ──」

 

 突っ張っていた身体から力が抜けた沙那は、思わず、泣きそうな声を出してしまった。

 はっとした。

 陳嬌を見ると、沙那の醜態を微笑みながら見ている。

 屈辱が全身を覆った。

 

「そんなに頑張らなくていいじゃない……。あんたの連れは、さっき屈服したわよ」

 

 すると、陳嬌が言った。

 孫空女のことだろう。

 

「そ、そんな馬鹿なことを言うもんじゃないわよ──。孫女が屈伏するわけがないわ」

 

 沙那は叫んだ。

 

「だけど、事実よ……。じゃあ、これを見なさい──」

 

 陳嬌が手を振った。目の前に道術による映像が出てきた。

 孫空女がいた。

 拘束はされていなかった。

 沙那と同じような部屋にひとりでいるようであり、跪いて股間に手を当てて動かしている。

 なにをしているか一目瞭然だった。

 映像の孫空女は自慰をしていた。

 

「刻印を受け入れれば、あんな風に気持ちのいいことが最後までできるのよ。見てごらんなさい。お腹の刻印の色を……」

 

 陳嬌が言った。

 孫空女の腹の刻印は赤い線だった。

 刻印を受け入れた証拠だ。

 沙那は眼を疑った。

 あの頑固な孫空女が宝玄仙以外の支配を受け入れるわけがないはずだ──。

 

「絶対に信じられないわ──」

 

 沙那は声をあげた。

 そのとき、映像の中の孫空女ががくがくと身体を震わせて身体をのけ反らせた。

 映像だけで声は聞こえないが孫空女が絶頂したのは明らかだ。

 沙那が飢えるように欲している快感を孫空女は手に入れている……。

 そう思うと、孫空女に対する複雑な感情が沸き起こる。

 そういう風に考えること自体、すでに陳嬌の手に乗っているだとは思う。

 しかし、もう沙那の身体も頭もどうしようなく追い詰められている。

 たった一回の絶頂を求めて発狂しそうだ──。

 

「刻印を受け入れてよ、沙那……。孫空女のように気持ちよくなりたいでしょう? 孫空女は受け入れて快感を手に入れたのに、あんたはあくまでも意地を張って、ずっと寸止めの苦しみを受け続けるの? それは不公平でしょう? いいから受け入れなさい……。ひどいことにはならないと、本当に約束するから」

 

 陳嬌が言った。

 

「い、嫌だと言っているでしょう──。何度も同じことを言わせるんじゃないわよ──。この糞女──」

 

 沙那は吠えた。

 陳嬌が気分を害したのか、ずっと浮かべていた微笑みが消滅して、険しい表情になった。

 

「……あくまでも拒否するのね……。でも、わたしもどうしても屈伏してもらわないと困るのよ……。じゃあ、映像の孫空女を見ていなさい……。あくまでも拒否するなら、孫空女を殺すわよ……。それでも拒否するの?」

 

「はったりを使わないことね。あんたたちは、なんとかという闘技会にわたしたちを出場させたいんでしょう? 皇帝の命令とやらで。わたしたちを殺すわけがないわ。殺したら元も子もないからね」

 

「はったりかどうか、見ているのね」

 

 陳嬌が不敵な笑みを浮かべた。

 すると、映像の中の孫空女に突然に糸が四方から放たれた。

 孫空女の両手首と首に糸が伸びて、まずは孫空女の両手を後手に縛った。

 当惑する様子の孫空女の首に絡んだ糸がゆっくりとあがり始める。

 

「そ、孫女──」

 

 こっちの声は聞こえていないのを承知で、沙那は叫んでしまった。

 首に強く絡んだ糸を引きあげられて、孫空女は苦しそうだ。

 

「沙那、刻印を受け入れなさい──」

 

 陳嬌が叫んだ。

 

「孫女──」

 

 沙那は陳嬌を無視して叫んだ。

 

「受け入れるのよ、早く──。お前が受け入れると言えば、あの糸はとまるわ。そういう風に設定しているのよ。もう、それ以外に、糸の上昇を中止させる手段はないわよ」

 

 陳嬌が大きな声をあげた。

 沙那は映像の孫空女を凝視した。

 すでに孫空女は爪先立ちになっている。

 顔が真っ蒼だ。

 とても苦しそうだ。

 

「沙那、刻印を受け入れるよ言うのよ──。さっきも言ったでしょう──。誰にも止められないように設定しているんだってばあ──。あんたが刻印を受け入れない限り、糸は上がり続けるのよ──」

 

 沙那は黙っていた。

 なんと言われようとも、刻印を受け入れるわけにはいかないのだ。

 そして、映像の中の孫空女のつま先が床から離れて、首を吊られた孫空女の身体が完全に宙に浮いた。

 

「沙那あああああ──」

 

 陳嬌が絶叫した。



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722 第二皇子の訪問

「沙那あああ──」

 

 陳嬌(ちんきょう)は絶叫した。

 相棒の女が首を吊られて死にかけているのに、それでも意地を張って隷属の刻印を受け入れないというのは予想外だった。

 しかし、沙那は蒼い顔をしているものの、道術で映した映像をじっと凝視するだけで、刻印を受け入れるとは言わない。

 目の前の宙に映る孫空女は、首を吊られて、しばらく宙でもがいていたが、やがて動かなくなった。

 

「な、なんて女……。孫空女はあんたの仲間じゃないの? それを見捨てるなんて……」

 

 陳嬌は言った。

 

「茶番はやめてよ」

 

 すると、沙那が陳嬌を睨みつけた。

 

「茶番?」

 

「細工をしても、孫空女の筋肉のかすかな動きから本物の動きか、偽者の動きかわかるのよ。孫空女はあの細い身体で大の男十人分の怪力なのよ。だから、特別な筋肉の動き方をするの……。目の前にぶら下がっている孫空女は偽者よ」

 

 沙那はにやりと笑った。

 陳嬌は驚いた。

 まさか、見破られるとは思わなかったのだ。

 

 確かにあれは偽の映像だ。

 首で宙吊りになった孫空女は、陳嬌自身が『変身術』で孫空女に化けて、あらかじめ作っておいた映像であり、途中からそれに入れ替えたのだ。

 

 陳嬌は手を振った。

 入れ替えた偽の映像から、実際の孫空女の画像に戻った。

 もう落ち着いたのだろう。

 さっきまで自慰をしていた孫空女は、素裸のまま立ちあがって、壁のあちこちを叩いたりして出口を探そうとしている。

 だが、無駄なことだ。

 孫空女がいる部屋も、沙那がいるこの部屋も、この釘鈀(ていは)の屋敷にある特別な牢なのだ。

 道術以外に外に出る方法は存在しない。

 

「だったら、いまの映っている孫空女が本物かどうかはわかる?」

 

 陳嬌は訊ねてみた。

 

「……本物よ……」

 

 沙那は険しい顔をして言った。

 どうやら、はったりではなく本当にわかるようだ。

 いま目の前に流している映像は正真正銘の本物だ。

 そして、沙那は孫空女の腹に描かれている赤い色の刻印に注目しているようだ。

 赤い刻印だということは、隷属の刻印を孫空女が受け入れたということだからだろう。

 

「そうよ……。孫空女は刻印を受け入れたわ。だから、あなたも受け入れてよ。いつまでも、苦しいことを続けることはないでしょう」

 

 陳嬌は言った。

 孫空女には、さっきの沙那と同じように、首を宙吊りにされる沙那の偽の映像を見せた。

 仰天した様子だった孫空女は、沙那を助けるために、あっさりと隷属の刻印を受け入れた。

 だが、沙那は孫空女よりも、思慮深くて慎重な性質のようだ。

 同じ手は通用しないらしい。

 

「ふくうっ、はああ、はっ、はあ、あはあ──」

 

 寝椅子に拘束されている沙那の裸身がいきなり跳ねた。

 貞操帯が振動を始めたのだ。

 沙那が激しく首を振っている。

 

 急激に快楽をせりあげられて、強すぎる快感に対応できないでいるのがわかる。

 この霊具の貞操帯には記憶機能があり、装着している女体の性感の動きを完全に覚え込み、時間が経てば経つほど、だんだんと女体が一番気持ちいいと感じる方法で的確に責めたてるようになる。

 しかも、女体が予測して備えられないように、振動の方法も箇所も間隔も不規則に変化させる。

 それも覚えるのだ。

 そして、女体がもっとも心を苛まれる寸止めのやり方を探して、それをひたすら継続する。

 こんなものを長時間身につけさせられたら、どんな気の強い女でも屈服するしかないはずだ。

 

「淫乱な雌の顔をしているわよ、沙那? 最後までいきたいでしょう? いきたいって言ってよ」

 

 陳嬌は拘束された身体を沙那をじっと見ながら言った。

 もう沙那は限界なのだと思う。

 しかし、堕ちそうで、なかなか堕ちない。

 その状態で沙那は留まっている。

 

 なかなかしぶとい。

 陳嬌は舌打ちしたくなる。

 

「う、うるさい……。はあ、はっ、はあっ、ああ……」

 

 沙那が激しく悶えている。

 その身体は汗びっしょりだし、全身が真っ赤に染まっている。

 それだけ、沙那の快感が強いことを物語っている。

 

 やはり、沙那を堕とすのは快楽責めしかないかもしれない。

 沙那が孫空女よりも、快感に弱いのはすぐにわかった。

 彼女の強気の言葉が、追い詰められていることの裏返しということもわかるのだ。

 もしも、このまま十日や二十日も続ければ、沙那を堕とせるという自信はある。

 

 だが、釘鈀が闘奴隷を出場させなければならない天下一闘技会は、もう二日後だ。

 それまでに沙那に隷属の刻印を受け入れらさせなければ、釘鈀が皇子として困った立場になってしまう。

 陳嬌は正直焦っていた。

 

「ふうう──」

 

 沙那ががくりと脱力した。

 絶頂寸前のぎりぎりで貞操帯の突起の振動がとまったのだろう。

 基本的には貞操帯の振動は、始めるのも終わるのも自動的なのだが、振動をさせるときは、意図的にも動かせる。

 だが、静止するときは沙那の身体に接している貞操帯が自ら判断して責めをやめる。

 だから、どんなに勝手に動かしても、絶対に沙那を達しさせてしまうことはない。

 陳嬌は指を動かした。貞操帯の振動を間髪入れずに再開させたのだ。

 

「くううっ」

 

 沙那が手摺を握りしめて、強く身体を震わせた。

 いったん静止した貞操帯の突起をすぐに振動させたから、沙那は予期できなかったのだろう。

 淫情に顔を歪めながらも驚いた表情をしている。

 同時に、そうやっていたぶられるのが本当に口惜しそうだ。

 

 だが、沙那に与えたのは、ほとんど振動するかしないかの微妙な動きだ。

 この振動でもいまの沙那は、絶頂寸前の追い詰められた快感から逃げられないだろう。

 ……かといって達することもできない。

 そんな中途半端な刺激のはずだ。

 いまの沙那には一番堪えるに違いない。

 

「い、いい加減にして……は、あっ、くっ……、こんなことしても無駄よ……。う、うう……」

 

 髪の毛を汗で額に張り付かせた沙那が陳嬌を睨んだ。

 

「その割には、追い詰められた顔をしているじゃないの? いきたいならいきたいと大声で叫んでちょうだい。もちろん、刻印を受け入れるのが条件だけど」

 

「い、嫌だって、言っているでしょう──」

 

 沙那が絶叫した。

 陳嬌は嘆息して立ちあがった。

 少くとも、まだ、沙那の心が折れるには時間がかかりそうだ。

 

 陳嬌は道術で部屋の外に出た。

 『移動術』で跳躍した先は、沙那と孫空女を閉じ込めている部屋の壁ひとつ向こう側だ。

 そこは大きな広間になっていて、陳嬌のほかの数名の部下の詰所になっていた。

 向こうからはただの壁にしかみえないが、こちらからは沙那と孫空女のいる部屋は完全な透明になっている。

 無論、音は完全に遮断されてる。

 

 沙那と孫空女をそれぞれの部屋に監禁して以来、ここでずっとふたりを観察していた。

 なんとしても明日までに隷属の刻印を受け入れさせる──。

 それが陳嬌の役割だ。

 

 だが、なんという沙那の気の強さだろう。

 陳嬌は、寝椅子に拘束された状態で淫らに身悶えている沙那を観察しながら思った。

 あんなに追い詰められているのに、なんで、まだ意地を張るのか──。

 

 沙那の精神力はどこから来るのか……?

 たかが、犯罪者ふぜいのくせに……。

 そのとき、詰所の出入り口の扉が開いた。

 

「あっ──殿下──。こんなところに──」

 

 入ってきたのは第二皇子の釘鈀だった。

 ここは釘鈀自身の屋敷なので服装は生活着であり、連れもおらずたったひとりだ。

 陳嬌は驚いて直立不動の姿勢をとった。

 詰所には、いまは陳嬌のほかに三名ほどの部下がいたが、それも陳嬌にならう。

 

 釘鈀が手で座るように合図をした。

 部下がすぐに釘鈀の座る椅子を陳嬌が座っている場所の隣に準備した。

 釘鈀がそれに腰かける。

 

「孫空女には、服と身の回りを整えるものを与えてください。刻印を受け入れたのだから、もういいでしょう」

 

 釘鈀がまず孫空女の部屋を一瞥して言った。

 孫空女は相変わらず素裸のまま、壁のひとつひとつを叩いて回っていた。

 いまは、こちら側の壁にとりかかってるようだ。

 少しでも弱い場所があれば、それを見つけようとしているのだろう。

 だが、こちら側からは丸見えなので、さっき自慰で達した股間をぬぐうこともせずに曝け出している姿は滑稽だ。

 釘鈀の指示に、すぐに部下が動いた。

 着させる服などはあらかじめ準備してあったので、それを『移動術』で転送するだけだ。

 

 物が送られた、

 部屋の中の孫空女が驚いている。

 そして、転送されたものに近づいて観察し始めた。

 

「……沙那はまだ時間がかかりそうですか、陳嬌?」

 

「も、申し訳ありません。でも、必ず、今日中……、いえ、明日には……」

 

 陳嬌はうなだれた。

 

「少し、私が話をしてみますか」

 

 釘鈀が沙那の部屋を観察しながら言った。

 

「話……ですか、殿下?」

 

「ええ、真摯にお願いしてみましょう。説得に応じるとは思えませんが、事態に変化があるのかもしれない。食事でもしながら寛いで話をしてみましょう。準備をしてください。午後は皇帝陛下に呼ばれているので、準備ができ次第に話をすることにします」

 

「殿下自らが、あんな奴隷とですか? 沙那は寇員外という善人を殺してきたような殺人者ですよ」

 

「わかっていますよ。だからこそ、こちらも容赦なく闘奴隷に落とす決心もできるのです。しかし、盗人にも五分の魂というじゃありませんか。もしかしたら、お願いすれば、素直に応じるかもしれない」

 

「応じませんよ──。あれは、とんでもない頑固者です──。ねえ、殿下──。どうしても、堕ちないときには、暴力を使うことを許していただけませんか? こんな手緩いやり方では……」

 

「手緩いですか? 随分と苦しそうですよ、沙那は……。いずれにしても、暴力は好きではないですね」

 

 釘鈀は優雅に笑った。

 

 

 *

 

 

 突然に侍女たちが大勢やってきて、拘束が外され、身体を拭く布と服が与えられた。

 沙那は呆気にとられた。

 そのうちに、侍女たちは部屋に大き目の卓や椅子などを運びこんできて、さらに食器や食事をなどを並べだした。

 

 一瞬、沙那はこの侍女のひとりを人質にすることも考えたが思い直した。

 侍女が人質として通用するとは思えない。

 それよりも、これからなにが始まるのか見極めた方が得策のような気もした。

 侍女たちが支度をしている食事は三人分のようだ。

 

 とにかく、沙那は服が入っている籠に手を伸ばした。

 まずは、汗びっしょりの身体を布で拭く。

 股間にはまだ貞操帯を装着させられたままであり、秘裂からくちゅくちゅと音が鳴るくらいに陰部の内側が濡れているのがわかる。

 喰い込んだ貞操帯の革の隙間から垂れ出た愛液が、内腿どころか足の指まで垂れている。

 まるで尿でも洩らしたような大量の愛液の激しさに、自分でも情けなくなる。

 

「ああ、な、なんで──?」

 

 次の瞬間、沙那は激しく狼狽した。

 貞操帯の突起が三箇所で一斉に動き出したのだ。もう解放されたのではないかと思っていただけに、それは衝撃だった。

 

「はあ、ああ、あああっ」

 

 沙那は股間を押さえたまま、その場にしゃがみ込んだ。

 だが、侍女たちは、沙那の狂態などないかのように、淡々と周囲を動き回って食事の席の支度をしている。

 

 惨めだった。

 沙那は、せりあがる快感に耐えながら、強引に外れないかと試してみた。

 しかし、貞操帯はしっかりと喰い込んでいて、まるで身体の一部であるかのようだ。

 手が自由になったところで外せるようなものでもない。

 

 結局、沙那には、だた、両手を押さえて身体を震わせるだけのことしかできない。

 沙那の喰い縛った口から嬌声が漏れ続ける。

 

 だが、しばらくしたら、またしても貞操帯の振動がぴたりと止まった。

 やはり、絶頂の直前だ。

 沙那は歯噛みした。

 

 さっき拭ったばかりの股間を見た。

 情けないほど愛液が垂れている。沙那は自己嫌悪に陥るのを感じながら、もう一度内腿に洩れた自分の愛液を拭いた。

 身体が熱くて苦しい。絶頂の快感を求めて、沙那の中で淫情の疼きが荒れ狂っている。

 

 とにかく、与えられた服を着ることにした。

 籠の中に入っていたのは、袖のない上衣と下袍だった。

 色は真っ白であり、上衣を身に着けてみると、上衣の丈が臍の上までしかなく、腹の刻印がはっきりと見える仕様になっていた。

 下袍の丈は膝下までの普通のものだ。

 そのほかに内着や下着のようなものはない。

 履物もないので素足だ。

 さらに、服の下に一本のくしがあった。

 沙那がそれを手に取ると、空中に道術の姿見が出現した。姿見に映った自分の顔がすっかりと淫情に呆けたような表情をしていた。

 沙那は自分自身に気合いを入れるために、歯を食いしばった。

 

「支度ができたようね?」

 

 沙那が身支度をするのを見計らったように、部屋の反対側に陳嬌が出現した。

 陳嬌はさっきまでの簡易な下袴と上衣ではなくて、礼装に近いきちんとした女性の服装をしている。

 隣にもうひとり、身なりのいい男がいる。

 にこにこと微笑んでいて、年齢は三十くらいだろうか。

 

 沙那は自分の心臓が高鳴るのがわかった。

 もしかしたら、釘鈀皇子ではないかと思ったのだ。

 ただ微笑んで立っているだけだが、その男からは、彼が高貴な人物である雰囲気が、そこはかとなく醸し出ている。

 

 男もあた、微笑ながら油断なく沙那を観察してもいたが、その目付きは隙がないというよりは、好奇心の強さを感じる。

 微笑んでいる表情からの印象は、大らかさと育ちのよさというところだ。

 ある程度の武術はできるようだが強くはない。

 それもわかる。

 しかし、肝は座っているという感じだ。

 

 一方で隣の陳嬌ははっきりとした遣い手だ。

 道術も使えるようだが、武器もそれなりに遣える。

 だが、いまはその陳嬌はもちろん、男も得物は持っていない。

 

 人質にできるか……?

 沙那が考えたのはそれだけだ。

 

「座ってください、沙那」

 

 男が言って、卓に面した椅子のひとつに座った。

 長広の卓に向かう合うように三個の席が準備されており、沙那側にひとつ、男側にふたつ椅子がある。

 沙那はこちら側のひとつに腰かけた。

 陳嬌が沙那を見張るように視線を送りながら、男の隣に腰かけた。

 

「さあ、食べましょうか」

 

 男が言った。

 卓の上にはすでに食事が載っている。

 ひち口大に切ったみずみずしい果物、焼いた野菜に生野菜、肉や魚──。

 そのほかにもさまざまな食材が大皿に載って、三人の中心に置かれている。

 また、それぞれの前には、大きな野菜の葉が十数枚ある。

 男は葉を一枚取り、大皿から薄い肉と焼いた野菜のひとつを手で取って葉の上においた。

 それをくるくると丸めて手掴みのまま口にした。

 そうやって食べるもののようだ。

 陳嬌も同じようにしている。

 沙那も応じた。

 

「申し遅れましたが、釘鈀です──。この屋敷の主ですよ」

 

 男が言った。

 やっぱりかと思った。

 文句のひとつでも言おうと思ったら、不意に股間が動き出した。

 

「くううっ、ふうっ、んん──」

 

 沙那は身体をぐっと前に倒して、沸き起こった淫情に口を懸命に閉ざした。

 口の中にはまだ食べ物が入っている。

 食事をしながら悶えさせて、その醜態を愉しむつもりなのだろう。

 陰湿さに腹が煮えくり返る。

 

 沙那は釘鈀を見た。

 目の前で悶える沙那を見ても、まったく表情を変化させない。

 まるで、何事も起こっていなっかのように、平然と食事を続けている。

 沙那は沸騰するような怒りを覚えた。

 

「このうっ──」

 

 飛びかかった──。

 股間の貞操帯はまだ沙那を責め続けたままだが、だからこそ、いまこの瞬間に沙那が飛びかかってくるとは思わないだろう。

 しかし、見えない壁に阻まれた。

 大皿の中心を横切るように、透明の膜があったのだ。

 釘鈀を掴もうとしてた沙那の両手はそれで遮られた。

 

「こいつ──。皿の上側に結界を敷いていてよかったわ──。まさかとは思ったけど、こういうやつなんですよ、殿下──。話し合いなんか無駄です──」

 

 陳嬌が怒りで顔を真っ赤にして立ちあがった。

 次の瞬間、貞操帯の刺激が一斉に最大振動になった。

 

「ふくううっ──」

 

 沙那はそのまま腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。

 

「あはあっ、ああっ、ああ、ああっ……」

 

 沙那は股間を押さえて全身を震わせた。

 そして、貞操帯は沙那の股間をしばらく苛んだ挙げ句にぴたりと停止した。

 またしても、絶頂直前の強いもどかしさを残して放置された。

 沙那は股間を押さえたまま、息を整えるために、しばらくじっとしていた。

 

「座ってください、沙那」

 

 釘鈀が言った。

 沙那は釘鈀を睨んだ。

 その平然とした表情が気に入らない。

 

「さもないと動かしますよ。観察記録によれば、お尻が弱いと聞いています。こんなのはどうです──?」

 

「んんん──」

 

 沙那は両手を後ろに回して、しゃがんだまま身体を伸びあがらせた。

 肛門に喰い込んでいる突起がぐるぐると激しく回転して動き出したのだ。

 

「いやや、やめて、そ、そこはいやああ──」

 

 叫んだために口の中のものが外に飛び出した。

 それでも止まらない──。

 しかも、これは激しすぎる──。

 

 沙那は身体を横倒しにしてしまった。

 

 今度こそいく──。

 そう思った。

 

 だが、絶頂の直前で静止する。

 沙那は手をお尻に当てたまま脱力した。

 

「寸止め責めを継続するのは、沙那と俺が話をすることを許す陳嬌の条件でしてね──。まあ、許してください。でも、話はできるでしょう? さあ、座ってください。どうして俺があなたたちに隷属の刻印を刻んでもらうのが必要なのかを説明しますから」

 

 釘鈀が言った。

 肚が煮え返る思いだが、拒否しても得はない。

 沙那は、力の入らない身体を無理矢理に起こして立ちあがった。

 そして、座り直す。

 

「は、話ってなによ?」

 

 沙那は釘鈀を睨んだ。

 

「お、お前、なんて言葉遣いを──」

 

 陳嬌が真っ赤な顔をして怒鳴ろうとしたぎ、釘鈀はそれを手で制した。

 

「……まあ、沙那の怒りももっともでしょう。ここは許しましょう、陳嬌。こんなふうにいたぶられれば、誰だって腹が立つはずです……。でも、俺としても必死なのですよ。こんなことは本意ではないのです。しかし、どうしても、あなたに隷属の刻印を受け入れてもらう必要があるのです」

 

 釘鈀が言った。

 

「一応聞くわ……。だけど、話のあいだは股間を責められたくないわね」

 

 沙那は言った。

 

「わかりました……。約束しましょう。その代わりに貞操帯から媚薬を噴出させます。強い刺激のものではありませんから、会話の妨げにはならないはずです」

 

 釘鈀の言葉が終わるや否や、貞操帯のあちこちから液体が噴出して、沙那の股間を濡らせたのがわかった。

 すぐに無数の虫が這うような気持ち悪さが襲ってきた。

 

 沙那ははっとした。

 これは痒みの苦しさだ。

 確かに強いものではないが、じわじわと掻痒感が襲ってくる。

 焦らし責めのもどかしさに苦しんでいる状態に追加される痒みのつらさは流石に堪える。

 沙那は拳を握りしめて、歯を食い縛った。

 

「つまり、天下一闘技会というのがあるんですよ。陳嬌から聞いていると思いますけどね……。どうしても、それに俺も子飼いの闘奴隷を出場させなければならなくなったんですよ……」

 

 釘鈀は微笑みながら、平然と語り始めた。

 

「聞いてるの、沙那? 股に手を置いてもじもじしちゃて、自慰でもしてるんじゃないでしょうね。無駄よ。その貞操帯は外側からの直接の刺激は大部分を遮断するようになってんのよ。擦っても無駄よ」

 

 陳嬌が怒鳴った。

 

「う、うるさいわねえ──。き、聞いているわよ──」

 

 沙那は怒鳴り返した。

 しかし、そんなつもりはなかったが、いつの間にか沙那は、股間に手を当てて、股を揉むような動きをしていたようだ。

 沙那は自分の顔が赤らむのを感じた。

 

「……実は、この帝国は武の国とも称されています。武に秀でているというのは、この帝国では尊敬の印なのですよ。それは高貴な家の者であっても同じです。帝都で行われる闘技会は日常のことであり、なにかしらの闘技会がいつも行われています。それには、闘奴隷、闘士、あるいは、平民、貴族の隔てなく参加します。皇族も例外ではありません」

 

「そ、そう……」

 

「兄の第一皇子の金箍(きんか)など、数々の大会で優勝している帝都一の闘士でもあります。第三皇子の降妖君(こんようくん)は、帝都でも有名な闘奴隷を何人も抱えている帝都随一の闘士団の団長でもあります……。そうやって、自らも武に秀でているのを示さなければならないというのが、いまの皇帝陛下、つまりは俺の父の信念と言うわけでしてね……」

 

 釘鈀は語り続けた。

 

「はあ……」

 

 沙那は生返事をした。

 それにしても、闘奴隷にしようと思っている一介の女に対して、随分と気さくな話し方をする皇子だと思った。

 それだけでも、この釘鈀が変わり者というのがわかる。

 

「……それに比べて、この俺は自分で戦うなどもってのほかで、持ち前の闘奴隷も持っていません……。まあ、そういう野蛮なのが好きではなくて逃げ回っていたんですが、それでついに、陛下に叱られましてね……。今度、開催される天下一闘技会に、自ら参加するか、あるいは自前の闘奴隷を参加させないと、皇子の地位を取りあげると言われたのですよ。それで困っているのですよ」

 

 釘鈀が肩をすくめた。






【作者より】

 本エピソードは、『西遊記』の88回に出てくる「三王子」に、孫悟空たちが武術指導をする話をモチーフにしています。

 三王子の名は、『西遊記』には出てきません。
 第一王子、第二王子、第三王子と記述されているだけです。
 そのため『嗜虐西遊記』では、それぞれの王子が師匠として選んだ三供の武具にちなんだ名にしました。

 即ち、第一皇子は、孫悟空の棒術を学ぶことになったので、孫悟空の得物である「如意金箍棒(にょいきんかぼう)」から金箍(きんか)皇子……。

 第二皇子は、八戒の釘鈀(ていは)から、釘鈀皇子……。(釘鈀は、「まぐわ」または「九歯馬鍬(まぐわ)」と表現されていることもあります。)

 第三皇子は、沙悟浄の得物の「降妖宝杖(こんようほうじょう)」から降妖君(こんようくん)(君は、昔の中国における王族等の称号)としました。


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723 交渉決裂と寸止め継続

「それで、困りましてね。俺の父……、つまり、いまの溥儀雷(ふぎらい)帝には、七人の皇子がいるのですが、正式に皇子の扱いを受けているのは、第一皇子の金箍(きんか)皇子と第二皇子の俺だけなのです。ほかの五人は臣下の扱いを受けいています。まあ、それを第三皇子である降妖君(こんようくん)と入れ替えると言うのですよ……。俺とは違って、降妖君は武芸好きでして……。金箍と同じように、自らも闘士であるばかりでなく、大勢の闘奴隷も養っています。今度の天下一闘技会も皇帝主催ということになっていますが、実際には、その第三皇子の降妖君の主催です。まあ、俺としても、この地位を失いなくはないですからね」

 

 釘鈀(ていは)がにこやかに語り始める。

 どういう心境で、こんなに朗らかに沙那に語りかけているのかわからないが、焦らし責めを続けられた挙句に、股間に痒みの媚薬まで塗布された沙那には、それがなにかの拷問のようにも感じる。

 身体が火照りきり、釘鈀の語る言葉の半分も入ってこない。

 いや、その長話こそ、嫌がらせのような気もする……。

 

「だから、俺も子飼いの闘奴隷を出すことになったんですよ。しかも、誰でもいいというわけにはいきません。少なくとも、自身で出場する金箍皇子ほどとはいかなくても、降妖君が養っている闘奴隷に匹敵する戦士でなければなりません。さもなければ、陛下は俺を武に劣る者として、やはり、廃皇子するでしょうからね……。だから、とにかく強い戦士。しかも、ちゃんと俺の奴隷の刻印を打っている闘奴隷が急遽必要になったということです。わかっていただけましたか?」

 

 釘鈀は言った。

 沙那は欲情の疼きの苦しさに、ぐっと椅子の手すりを握りしめたままでいた。

 

「遠慮なく、廃皇子されたらいいじゃないのよ……。武に劣るというのはその通りなんでしょう──」

 

 沙那は吐き捨てた。

 

「なんですって、この奴隷女──」

 

 怒りを露わにした陳嬌(ちんきょう)が立ちあがった。

 しかし、釘鈀がそれを笑って制した。

 

「どうですか、沙那? 悪い取り引きではないと思いますがね。俺の闘奴隷として、俺の奴隷の刻印を受けて天下一闘技会に出場してくれれば、勝っても負けても、闘技会が終われば、刻印は消して解放します。闘技会に勝利すれば、多額の賞金と栄誉が与えられますが、賞金はもちろん渡すし、俺が個人的にも礼金を払いますよ……。いずれにしても、俺としては闘奴隷をずっと養う気もないのです。死刑囚だったあなたたちとしては、これ以上ない条件と思いますが? さらに、もうひとつ言っておきますが、闘技会には基本的には命のやり取りはありません。皇子の金箍も出るくらいですからね。まあ、多少の負傷は当然ですけど」

 

「ど、奴隷の刻印なしなら、出場してもいいわ……」

 

 沙那は息を吐きながら言った。身体だけでなく息まで熱い気がする。

 

「それは駄目です。俺の刻印があるから、俺の闘奴隷であると皇帝が認めるのです。なにもなしに出場させても、俺が養った闘奴隷とは認めないでしょう。それに、今回の闘技会は、皇子以外の出場者は、全員が誰かしらの主人の奴隷の刻印を刻まれなければならないことになっています。同じ条件で出場する金箍を守るための処置です。それで勝敗が決したのちに、“とどめ”をしないように、闘奴隷に命令するのです」

 

「とにかく、ご免よ。奴隷の刻印なんてまっぴら……。一時期のことだとしても、あんたなんかに支配される人形になんてなるつもりはないわ」

 

「そうですか……。残念ですね……。だったら、拷問を続けるしかありません……。いいのですか? 随分つらそうですけどね」

 

 釘鈀は肩をすくめた。

 身体の火照りも、股間のむず痒さも、もう耐えられないものになりつつある。

 いまこうやって、話をするだけでも大変な苦痛だ。

 本当は沙那も、これ以上自分の快楽を弄ばれるような責めに耐える自信はない。

 

「ご、拷問でもなんでもやりなさいよ──」

 

 しかし、沙那は怒鳴った。

 こうなったら、意地のようなものだ。

 

「そうですか……。じゃあ、陳嬌、頼みますよ。なんとか、責め堕としてください。寸止め責めの段階をあげることを許可します」

 

 釘鈀が手を振った。

 すると、不意に顔の周りに白い霧のようなものがたち込めた。

 気がついたときには遅かった。沙那はその霧を身体に入れてしまっていた。

 途端に、身体が痺れたように動かなくなったのがわかった。

 身体の動きを弛緩させる霧のようだ。

 沙那は歯噛みした。

 

「それじゃあ、許可が出たから寸止め責めの段階をあげてあげるわね、沙那──。のたうちまわらせてあげるわ。言っておくけど、発狂の恐れもある厳しいものよ。これを受ければ、さすがのあんたも意地は張れないはずよ」

 

 陳嬌が嗜虐的な笑みを浮かべて、こっちにやってきた。

 さっきまであったはずの見えない壁は消失させたようだ。

 今度はなにをするつもりだろう……?

 沙那の背に冷たい汗が大量に流れるのを感じた。

 

 すると、釘鈀が立ちあがって消滅した。

 『移動術』で立ち去ったようだ。

 入れ替わるようにして、五名ほどの侍女が出現した。

 彼女たちがわらわらと沙那の周りに集まる。

 

「な、なにすんのよ──。は、離せ──」

 

 侍女たちは、陳嬌の指示で、さっき身に着けたばかりの衣服を沙那から剥がしだした。

 そして、動かない沙那の身体を担ぎあげて、また寝椅子に拘束をする。

 

「な、なにをやっても無駄だと言っているでしょう、陳嬌──。い、いい加減に諦めなさい──。奴隷の刻印なしなら出場してもいいと言っているじゃない──。あの皇子にもう一度伝えなさいよ──」

 

 沙那は声を張りあげた。

 だが、陳嬌は酷薄な笑みを浮かべるだけだ。

 やがて、沙那は再び寝椅子に雁字搦めに拘束された。

 陳嬌が手を振った。

 

 また顔の周りを霧が覆った。

 手足の力が戻った。

 しかし、それだけだ。

 

 すでに、全身をたくさんの革紐で縛られてしまっている。

 その沙那の頭に陳嬌が革帯のようなものを巻いた。

 

「くっ……。な、なによ、これは?」

 

 頭にそれを巻かれると、わずかだがちくりという痛みを感じた。

 痛みはすぐになくなったが、まるで頭に密着したように革が頭に吸いついた。

 いやな予感がする。

 

「段階をあげると言ったでしょう? ほら、欲しがっていたものをあげるわ。絶頂しなさい」

 

 次の瞬間、貞操帯が激しく振動をし始めた。

 

「ふううう──くうううう──はあああ──や、やめて──ああああ──」

 

 沙那は全身をのけ反らせて絶叫した。

 いきなりの三箇所全部の最大振動だ。

 それがむず痒さと熱い火照りに覆われていた股間に襲いかかる。

 沙那は一気に絶頂の快感を駆けあがらせた。

 

「いふうっ──くううう──」

 

 沙那は全身を痙攣のように激しく震わせた。

 凄まじい快感が襲う。

 

 もうすぐ、達する──。

 沙那は身体を狂おしく暴れさせながら思った。

 

 さっきまではここで何度も寸止めされた。

 それを果てしなく繰り返されたのだ。

 また、同じことを続けるのだろうというのは予想がついている。

 

 やるなら、やれと思った。

 だが、なんとなく陳嬌の様子が違う。

 

 しかも、今度は振動が終わる気配がない。

 期待が沙那の中では大きくなる。

 いつの間にか、従女たちも消えて、陳嬌とふたりだけになっていた。

 

「……ふふふ、今度は貞操帯をずっと動かし続けてあげるからね……。感謝しなさい、沙那」

 

 陳嬌が言ったのが聞こえた。

 そんなことを告げておいて、やはり寸止めをして絶望に追い込む……。

 さしづめ、そんなところだろう……。

 その手に乗るなと自分自身に言いきかせる……。

 

 しかし、寸止めを繰り返されて、絶頂を渇望する沙那の心は、もしかしたらという希望を捨てきれない。

 

 来る──。

 大きな波が──。

 

 待ちに待っていた快感の頂点が──。

 本当に振動は止まらない。

 

 来た──。

 

「いぐううううう──」

 

 沙那は歓喜のあまり泣き叫んだ。

 やっと、待ちに待っていたものが与えられたのだ。

 

 絶頂した……。

 

「あ、あれっ? そ、そんな──? な、なんで──。なんで──?」

 

 沙那は動揺した。

 いま確かに絶頂したはずだ。

 その感覚はあったのだ。

 しかし、絶頂とともに訪れるはずの快感の迸りが存在しない。

 それは突然に消失してしまった。

 

 そして、絶頂直前のもどかしさだけが残っている。

 いや、むしろ、絶頂の直前で一生懸命に沙那自身の身体が踏み留まっている……。

 そんな感じだ。

 

「わかった、沙那? 今度の寸止めは、一段階あげたと言ったでしょう? まさに、究極の寸止め責めよ。お前の身体は間違いなく絶頂しているわ。でも、お前の頭に巻いた霊具が、その絶頂したという感覚を取り去ってしまうのよ。そのために、お前は身体は絶頂しているのに、頭では絶頂を感じなくて、ぎりぎりのところで踏みとどまっているような感覚を味わうということよ」

 

「な、な、な……」

 

 あまりのことに、沙那は言葉を発せなかった。

 あまりの悔しさに、目の前の陳嬌に対して、はらわたが煮えかえる。

 

「まるで、自分自身で絶頂を我慢している気分でしょう? これを味わい続けると、頭がおかしくなってしまうわよ。そうならないうちに、屈服しなさい──」

 

 陳嬌が嘲笑った。

 だが、沙那はもう陳嬌の言葉など理解できない。

 ただただ、腹が立つ──。

 沙那を支配している感情は、圧倒的な怒りだ。

 

 貞操帯は相変わらず激しく動いている。

 どんどんと快感が与えられる。

 それなのに、絶頂の感覚だけが与えられない。

 全身が沸騰するような快感が弾けとんでいるのに、まさに最後の昇天がないのだ。

 そのため、沙那の身体には神経を抉るような寸止めのもどかしさが溢れかえる。

 しかも、それが数瞬ごとに拡大していく。

 

 沙那はあまりのことに、泣き声をあげた。

 こんなの耐えられるわけがない──。

 

「いやあああ──いや、いやい、いやああ──い、いぐうう──いけない──こんなのいやああ──」

 

 沙那は悲鳴をあげ続けた。

 その沙那に屈服しろという陳嬌の声が耳元で繰り返された。



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724 皇帝家の会合

 溥儀雷(ふぎらい)帝からの呼び出しに応じて参内すると、釘鈀(ていは)はすぐに内宮(ないぐう)に向かうようにという指示を受けた。

 「内宮」というのは、宮殿の中でも皇帝の私的な空間であり、生活の場だ。

 一応の謁見室もあるが、政治の場である「皇宮」とは異なり簡素なものになる。

 内宮に入れるのは、家族及び家族同様の限られた者に限られる。

 釘鈀が案内されたのは、内宮の中でも応接室にあたる部屋だ。

 

「呼び立てにより、参内いたしました、陛下」

 

 釘鈀は部屋に入って片膝をついて頭を下げた。部屋は奥行きのある構造になっていて、こちら側半分にはなにもなく、奥半分に簡易な玉座とそれを挟む長椅子が両側にある。

 その奥の玉座に溥儀雷帝がおり、右の長椅子には第一皇子の金箍(きんか)が腰かけていた。

 金箍はこちらに横を向けている体勢だ。

 また、奥側の壁には男女の従者と従女が二名ずつ立っている。

 さらに、こちら側には跪いている先客がいた。

 第三皇子の降妖君(こんようくん)だ。

 釘鈀は降妖君の隣に跪くかたちになった。

 

「釘鈀か……。いま降妖から、明後日からの天下一闘技会の報告を受けていたところだ。国中から選りすぐりの猛者を集めたそうだ。盛りあがる大会になるであろうな。金箍のほかに降妖自身も出場することになったぞ」

 

 溥儀雷帝が陽気な声で言った。

 我が父親ながら気紛れで気難しい男だが、今日は機嫌がいいようだ。

 

「武の国とも称される西方帝国を統べる皇帝家の戦士の血が流れる者として当然の義務かと……。これでも、皇帝家の者であるということに胡座をかくことなく、一介の闘士としても一流であろうと鍛練をして参りました。兄者の金箍皇子にも負けないつもりです」

 

 降妖君がちらりと横目で釘鈀を見た。

 いまのは、自身は出場しない釘鈀への当て擦りだろう。釘鈀は知らぬ顔をしていた。

 

 いずれにしても、皇帝主催の闘技会とされているが、実際にはこの降妖君がすべてを取り仕切っている。

 この帝国では、大きな闘技会を主催できるのも、優れた統治者の資質のひとつとされている。

 溥儀雷帝の七人の皇子のうち、皇子扱いされているのは、第一皇子の金箍と第二皇子の釘鈀だけであり、第三皇子以下は格下の臣下の扱いだ。

 降妖君としては、溥儀雷帝に自分の裏の力を喧伝することで地位の向上を目論んでいるのだと思う。

 

「ほう、よう言ったな、降妖。返り討ちにしてやるぞ。命までは取らないのが慣例の闘技会だから、殺しはせんが、腕や脚の骨ぐらいは砕くかもしれん。闘技会のときには、『治療術』の遣える道術師や治療霊具を待機しておけ」

 

 金箍が豪快に笑った。

 帝都一の闘士とも称される第一皇子の金箍は巨漢だ。

 豪快で力任せの剣技が持ち味である。

 一方で降妖君は目にもとまらないような素早い剣を遣う。

 ふたりとも帝都で行われる闘技会の常連だが、同じ大会に同時に出場するのはこれが初めてのはずだ。

 ふたりの闘いが実現すれば、それは面白い勝負になるだろうと思った。

 

 そのとき、釘鈀は、金箍の脚のあいだでなにかが動いていることに気がついた。

 金箍の大きな脚で隠れていて見えないが、白いものが金箍の股間で動いている気がする。

 

 女──?

 釘鈀は首を傾げた。

 

「釘鈀兄者もどうですか? まだ、枠はありますよ。命を失う心配はありません。皇帝家の者を除く全員が奴隷の刻印を受けます。それが決まりです。その闘奴隷には“相手の命は奪うな”と命じるのですから、心配はいりません」

 

 降妖君がわざとらしく言った。

 そうやって皇帝の前で、武闘に興味のない釘鈀をあげつらうことで、少しでも点数を稼ぎたいのだろう。

 しかし、釘鈀は笑って応じた。

 

「いや、俺が出場したところで、一瞬で負けるだけであり、少しも盛りあがらんよ。その代わり、俺の子飼いのとっておきの女戦士を二名出場させる。その方が観客は喜ぶだろう」

 

 釘鈀は降妖君に言った。

 

「釘鈀が皇子後宮に隠していたという美貌の闘奴隷だったな。どんな戦いぶりを見せるのか、それも愉しみだな」

 

 溥儀雷帝が口を挟んだ。

 釘鈀は皇帝家の中では、女たらしということになっていて、「皇子後宮」と称している性奴隷を集めた奴隷宮を持っている。

 出場させる予定の沙那と孫空女を子飼いの闘奴隷と皇帝に説明するにあたり、ふたりがたまたま美女と聞いたことから、その皇子後宮にいた女たちだと釘鈀は説明していた。

 

「なにっ? 美貌の女戦士だと? 釘鈀、それは本当か?」

 

 すると、金箍が声をあげた。

 

「ええ、いかにも」

 

 釘鈀は金箍に言った。

 やはり、女が股間で動いている。

 金箍は自分の性器を女に奉仕させているようだ。

 これには驚いた。

 

「だったら、降妖、戦いの際、相手を殺さぬ限り、なにをやっても自由ということにしろ。負けた女戦士は相手に犯されるのだ。余興としては、そっちが面白い」

 

 金箍が言った。

 それを聞いて、溥儀雷帝が嬉しそうに笑った。

 

「なるほど、それも面白い。余もそれに賛成だ」

 

 溥儀雷帝が膝を叩きながら言った。

 

「ならば、そのような規定にいたしましょう」

 

 降妖君は言った。

 

「よかろう……。ところで、報告は以上か、降妖?」

 

「はい、陛下……。最初に申し上げましたが、闘技会は二日にかけて行われます。第一日目は予選であり、決勝の十六人を選ぶ試合です。二日目の決勝においては、是非とも陛下のご臨席を仰ぎ、できますれば戦いの前に、決勝を戦う闘士十六人に声をかけていただきたく思います」

 

「わかった、降妖……。そうしよう……。ならば、もうさがれ──。これから先は身内の話となる。お前は退出せよ……。釘鈀はこっちに来い」

 

 溥儀雷帝がそう告げると、降妖君は隣からでもわかるくらいに、顔色を蒼くした。

 

「お、俺も皇帝家の身内です。身内の話であるのであれば、残るわけにはいきませんか、陛下?」

 

 降妖君の声は少し震えていた。

 これだけの大きな闘技会を皇帝の名で主催するのだ。

 降妖君としては、自分の扱いが少しはあがるはずだという思惑もあっだろう。

 だから、溥儀雷帝から身内のうちには入らないと告げられたことに衝撃を受けたようだ。

 

「増長するな、降妖──」

 

 すると、いままで和やかに会話していた溥儀雷帝の表情が一変した。

 憤怒の混じった声が部屋に響き渡る。

 

「し、失礼しました……」

 

 降妖君が屈辱を顔に表しながら退出した。

 それを見届けると、釘鈀は前に進み出て、金箍に向かい合うもうひとつの長椅子に腰かけた。

 

「あっ、これは──」

 

 釘鈀はやっと、金箍の股間に顔を埋めている女の後ろ姿が見え、その正体がわかって、驚愕の声をあげた。

 金箍の股間にいる女体は素裸だ。

 そして、腕と脚がなかった。

 切断されているのだ。

 腕は肩からなくて、腕の部分はただの肉の盛りあがりになっている。

 両脚も付け根からない。

 つまりは、胴体と腰と首だけなのだ。

 そんな姿の女が金箍の股間を奉仕させられていた。

 

 しかも、その女は──。

 

「皇后陛下──。な、なんで?」

 

 釘鈀は思わず叫んだ。



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725 元皇妃の肉塊

「皇后陛下──。な、なんで?」

 

 釘鈀(ていは)は思わず声をあげてしまった。

 第一皇子の金箍(きんか)が股間を舐めさせていた白い身体は、皇后の劉姫(りゅうき)だ。

 溥儀雷(ふぎらい)帝が二年前に后にした女であり、つまりは、金箍や釘鈀の義理の母にあたる女にあたる。

 それが手足を切断された憐れな身体になり、金箍の性器をしゃぶらされているのだ。

 

 もっとも、義理の母といっても金箍や釘鈀よりも遥かに歳は若く、まだ二十二である。

 溥儀雷帝の五番目の后であり、まだ、子は産んではいない。

 金箍の股のあいだに白い肌のなにかが見え隠れしていると思ったが、それは劉姫が手足のない身体にされてしまったので、小さくて金箍の脚に隠れてしまっていたようだ。

 

「ふふふ……。この女は不義密通をしたのだ。これはその処罰だ。いずれ、正式に発表して廃させる。まあ、お前たちには、その前に報せておこうと思ってな。今日は、そのために来てもらったのだ」

 

 溥儀雷帝が酷薄な笑みを浮かべて言った。

 

「あ、ああ、ああ……」

 

 すると、劉姫が泣くような声をあげて首を横に振った。

 ただ、その声が不自然だ。

 なにかを訴えようとしているようだが、なぜか声になっていない。

 

「こらっ。途中でやめる出ないわ──。さっさと、俺の精を搾りださんか。さもないと陛下の手を煩わすまでもない。俺が首をくびり殺すぞ。もう、正妃ではないのという自覚をせんか──。その口の肉を使って性器を擦るのだ。そうすれば、舌が無くても俺の珍棒を刺激できるであろうが──」

 

 金箍が劉姫の髪を掴んで自分の股間を咥えさせ直し、荒々しく劉姫の顔を前後させた。

 劉姫は美しい顔から涙を流しながら、性器を擦る道具かなにかのように金箍の性器を口で擦らされている。

 

「舌がない?」

 

 釘鈀は言った。

 それでおかしな声を出していたのがわかった。

 だが、不義密通というのが解せない。

 誰が溥儀雷帝の妻である劉姫を寝取るというのだ。

 しかも、さっき一瞬だが劉姫は一生懸命に否定するような仕草をした。

 

「陛下、この劉姫皇后……、いえ、劉姫は誰と不義をしたのです?」

 

 釘鈀は訊ねた。

 

「侍女とだ。余自身が証人だ。この劉姫と侍女のひとりが艶めかしくも寝台で乳繰り合っておったわ」

 

「侍女とですか……? それで、その侍女は?」

 

「すでに毒を飲ませて死なせた。だが、余を裏切った劉姫は、そう簡単には死なせん。相応の罰を与えてやろうと思ってな」

 

 溥儀雷帝は豪快に笑った。

 釘鈀は鼻白んだ。

 溥儀雷帝の嘘がわかり、真相の予想がついたのだ。

 

 おそらく、后の劉姫が侍女と百合の不義をしたというのは、まったくの出鱈目だと思う。

 そんなことをしていれば、釘鈀にも噂が聞こえてくるはずであるし、そもそも劉姫にそんな趣味があったなど耳にしたことはない。

 つまり、劉姫が后になったときと、同じことをしたに違いない。

 劉姫は、いまの近衛団長の劉旺(りゅうおう)の妹であり、その美貌に身をつけた溥儀雷帝が、すでに劉姫が婚約をしていたにも関わらずに、婚約者と別れさせて強引に自分の后にしたのだ。

 その劉姫を后にする際には、前の皇后が廃されている。

 やはり、不義密通をしたという罪により、后を廃して奴隷身分にされたのだ。

 そして、劉姫を新たな后にした。

 

 兄の劉旺はただの近衛団の将校だったが、それにより、一気に団長に昇格した。

 それが二年前であり、今回についても、前回同様に、単に溥儀雷帝が劉姫に飽きてしまったというのが真相に決まっている。

 それで、勝手な理由をつけて、廃后にしたのであろう。

 

 飽きるくらいなら、最初から后にはせずに愛妾扱いしておけば、それなりの年金でも支払って追い出せばいいのだが、夢中になっているときには飽きるとは思っていないから、一気に后にまでしてしまうのだ。

 だが、この国の法では、愛妾など何人でもいいが、皇后ともなると、ひとりしか認めておらず、ほかの女を后にしたければ、いまの后は廃するしかない。

 だから、不義密通などという無実の罪をでっちあげて廃してしまわなければならなくなる。

 考えてみれば、この劉姫を含めて、これまでの五人の后はすべて不義密通で廃された。

 最初の三人は処刑もされた。

 

 我が父親ながら、その節操のなさと気紛れには呆れてしまう。

 まあ、女に対する節操のなさについては、釘鈀も他人のことは言えないが……。

 

 手足を切断して舌を切ったのも、処罰のためというよりは、それにより、罪を否定することを防いだのだろう。

 舌を切断してしまえばしゃべることもできず、手足もないから字も書けない。

 劉姫には、自分の無実を訴える手段はない。

 

「陛下、お願いがあります。この劉姫を俺に下げ渡してはくれませんか? この奴隷を俺の奴隷後宮で飼いたいと思うのです」

 

 釘鈀は言った。

 

「奴隷としてか?」

 

 溥儀雷帝が興味を抱いた表情になった。

 

「はい。義理の息子である俺の奴隷にされて、ほかの女とともに、いえ、ほかの女よりも遙かに下級の奴隷扱いをされて飼われるのです。陛下を裏切った女に対する酬いとしては、それが一番の屈辱かと……」

 

 釘鈀がそういうと、溥儀雷帝はそれはいいと膝を叩いた。

 溥儀雷帝も、劉姫を飽きて廃后にするが、殺すまではしたくないに違いない。

 さすがに無実の罪の劉姫を処刑するのは気が咎めていたと思う。

 殺すつもりはないから、手足と舌を切断して抗弁ができない身体にしたのだ。

 

「よかろう、釘鈀──。金箍、その劉姫を釘鈀に渡せ──。ただし、釘鈀、余興として劉姫をこの場で抱いていけ。それができれば、お前に下げ渡そう」

 

 溥儀雷帝が言った。

 金箍が劉姫の身体を床の真ん中に突き飛ばした。

 

「あ、ああ……」

 

 手足のない巨大な白い芋虫のような劉姫が、床に転がってすがるような表情を釘鈀に向けた。

 

「劉姫、今日から俺の奴隷だ。残りの生涯を俺の後宮で奴隷として暮らしてもらうぞ。もちろん、奴隷の中でも最下層の扱いだがな」

 

 釘鈀は手足のない劉姫の身体を抱くと、その股間に指先を這わせだした。

 

「あ、ああ……」

 

 劉姫はすぐに反応した。

 しばらく花弁をなぶった。

 すると、みるみる蜜が溢れ出して、釘鈀の指先にその蜜が絡みついてきた。

 釘鈀は下半身から下袴を下着を脱いで長椅子に放った。

 そして、すでに勃起している怒張を劉姫の身体に埋め込んでいく。

 

「あうううっ」

 

 胴体と首だけの劉姫を下にして、釘鈀は腰を使い始めた。劉姫の悲鳴が甲高いものになっていく。

 

「ああ、あっ、ああ──」

 

 劉姫の身体が真っ赤になり、喜悦の声が激しくなった。

 釘鈀は劉姫の股間を犯しながら、霊気を注ぎ込んで、劉姫の快感の度合いをあげた。

 劉姫は道術が遣えるというほどではないが、身体に霊気を帯びている。

 后になるのを許されるくらいだから、多少でも道術が流れてなければならない。

 それもこの国の法なのだ。

 釘鈀の直接の愛撫だけではなく、道術の力でも感度を上昇させられた劉姫が絶叫した。

 

「俺の精を喰らうとよい」

 

 釘鈀は腰の動きをさらに速くした。

 すると、劉姫の胴体だけの身体ががくがくと揺れ出す。

 

「あふう──あぐうう──」

 

 さっそく、劉姫は絶頂に達したようだ。

 釘鈀はそれを確認して、精を劉姫の膣の中に放った。

 

「さあ、後始末してもらおうか、皇后陛下──」

 

 釘鈀は肉棒を劉姫の股間から抜くと、わざと屈辱的な物言いをして蜜のついた性器を劉姫の顔の前に示した。

 

「あ、ああ……」

 

 まだ劉姫は釘鈀の道術により、感度を上昇させられたままだ。

 火照りきった真っ赤な身体をしている劉姫は半ば呆けながらも、釘鈀の性器にすり寄って、舌のない口で掃除を始めた。

 

「さすがは女たらしで名高い釘鈀だけあるわ──。もう、劉姫を手懐けおった──」

 

 溥儀雷帝が大笑いした。

 

「では、約束ですから、この奴隷は俺がもらい受けます」

 

 釘鈀は言った。

 

 

 *

 

 

 胴体のない劉姫を布で包ませて、籠で隠して、従者とともに先に道術で屋敷まで運ばせた。

 釘鈀自身は、さらに溥儀雷帝と金箍と話し、いくらか時間が経ってから帰宅することになった。

 溥儀雷帝と面談をしていた部屋を出ると、内宮内の控えの間にまだ降妖君(こんようくん)がいた。

 

「廃された劉姫をもらい受けたのですね、釘鈀兄者?」

 

 降妖君が釘鈀にすり寄ってきてささやいた。

 

「まあな……。義理の母とはいえ、帝都でも一番と称された美貌の女だ。実は、前から狙っていたのだよ」

 

 釘鈀はうそぶいた。

 

「……ふふふ……。悪ぶったりしても、俺はお見通しですよ。そうやって、劉姫を庇ったのでしょう? そう言えば、二年前に廃された皇后も、釘鈀兄者は連れて行きましたよね? 噂によれば、ひそかに家族に戻してやったとか」

 

 降妖君がにやりと笑った。

 

「買い被りすぎだよ。俺はただ好色なだけだ」

 

 釘鈀はそれだけを言って、肩をすくめた。



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726 通りすがりの道術遣い



【お断り】 
 今夕の投稿については、二話に分割投稿しています。ご注意ください。(昨夜の投稿分も同様です。)


 *




 陳嬌(ちんきょう)は、屋敷に戻ってきた釘鈀(ていは)を出迎えた。

 

「事情は飲み込んでおります。劉姫(りゅうき)様は、すでに奴隷宮に運んでおります。とりあえずの手当をさせていますが、特に身体に問題はないかと……。ただ、手足や舌は宮廷の道術師の術によって切断の処置をされておりますので、そう簡単には……」

 

 陳嬌は言った。

 道術で失われた手足や舌を『治療術』で復活させるには、それを上回る霊気を注がなければならない。

 だが、皇帝付の道術師は、この国で一番の道術遣いだ。

 それを上回る霊気というのは簡単ではない。

 

 また、廃后になった劉姫を本当に奴隷後宮に入れるつもりで、釘鈀が連れてきたわけではないことはわかっている。

 あれは、釘鈀の方便だ。

 そうやって、惨めな目に遭わされるところだった劉姫を救ったのだ。

 同じ方法で、二年前にも廃后にされた皇后を救い、いまではその身柄をひそかに家族に引き渡している。

 

「わかっていますよ、陳嬌。それは後で考えます。とにかく、近衛団長の劉旺(りゅうおう)殿と話したいですね。誰にもわからないように、屋敷に呼んでもらえませんか?」

 

「それもすでに処置しております。半刻(約三十分)ほどの後、劉旺殿が『移動術』で地下奴隷宮の応接室に到着するような手筈になっています」

 

「さすがに仕事が早いですね。では、地下の奴隷宮に向かいます。劉旺殿を待つことにしますよ。地下といえば、沙那はどうなりました? そろそろ、堕ちましたか?」

 

「も、申し訳ありません……。まだです……。いまは、侍女たちに筆責めにさせています。あのいけない身体で筆責めは堪えるはずです。必ず、明日中には……」

 

 陳嬌は暗い気持ちで言った。

 絶頂感覚を取りあげる霊具で、究極の焦らし責めを続けさせている沙那だったが、思いのほかしぶとく、まだ、奴隷の刻印を受け入れるという言葉は発していない

 

「とにかく、責めたててください。すでに、陛下の前でふたりの闘奴隷を出場させると明言してしまいましたからね。なんとしても、孫空女はもちろん、沙那も闘技会には出場してもらわないと困るのです」

 

「必ずや──」

 

 陳嬌は頭を下げた。

 すると、釘鈀が『移動術』で跳躍しようとした。

 陳嬌は慌てて、それを止めた。

 

「お待ちください、殿下。実は、ほんの少し前から、細蔡君(さいさいくん)様がお待ちなのです。是非とも私的な用事で面会したいと言われて……。いかが取り計らいましょうか?」

 

 陳嬌は言った。

 細蔡君というのは、現帝である溥儀雷帝の七番目の皇子だ。

 釘鈀とは母が違い、義理の弟にあたる。

 ただ、年齢は十八であり、当時の正后が産んだのではなく、愛妾が産んだ子だ。

 皇子のひとりとはされているが、ほとんど庶子の扱いであり、地位も遥かに低い。

 第二皇子の釘鈀とはまったく身分に差がある。

 私的な訪問といっても、細蔡君が釘鈀を訪ねてくるなど、いままで皆無だった。

 

「細蔡君が? 珍しいですね。ひとりですか?」

 

「いえ、侍女だと言っている三人の女性を連れています。でも、少し様子もおかしくて……。少なくとも、ひとりは侍女らしくはありません」

 

「いま、どうしているのですか?」

 

「とりあえず、応接室で待ってもらっております」

 

 陳嬌は言った。

 釘鈀は少し考えるように押し黙ってから、再び口を開いた。

 

「……後にしましょう。私的な用事というのであれば、急ぐわけではないのでしょうね。劉旺殿との面談を先にします。それまで、細蔡君については、陳嬌が対応してください」

 

 釘鈀が言った。

 

「承知しました」

 

 陳嬌がそう言うと、釘鈀が消えた。

 『移動術』で地下の奴隷宮で跳躍したのだ。

 陳嬌は、部下を呼んで、劉旺のことと、沙那について、それぞれに必要な指示を与えてから応接室に向かった。

 

「お待たせしました、細蔡君様……。執事の陳嬌です。釘鈀殿下は、少し手が離せませんので、とりあえず、わたしが用向きをお伺いすることになりました」

 

 部屋に入った陳嬌は、細蔡君の座る長椅子に向かい合うように腰かけてから頭をさげた。

 しかし、驚いた。

 最初に対応した者によれば、三人の女は侍女だという説明だった。

 ところが、侍女のうちふたりは、後ろに立っているが、年長の黒髪のひとりは、細蔡君の隣に堂々と座っている。

 侍女のくせに、主人と席を同じくするなど常識に反する。

 なんなのだろう?

 

「俺の……用向きは……ですねえ……」

 

 細蔡君は困ったように隣の女に視線を送った。

 

「いいから、釘鈀という皇子を呼んできな、お前──。どうせ、執事ごときじゃ話にならないよ」

 

 突然、女がそう言った。

 陳嬌はびっくりした。

 

「ほ、宝玄仙殿……。お、お願いですから……」

 

「いいんだよ、細蔡君──。わたしは本当は怒っているんだよ。ただ、お前が頼むから、大人しくしてやってるんだ。本当なら、とっくの昔に暴れ出してもいいくらいなんだ」

 

 女が吐き捨てるように言った。

 

「なっ──。なんだい、お前は──? 細蔡君様、この女はなんなんですか──?」

 

 陳嬌は立ちあがって怒鳴った。

 いくらなんでも、無礼すぎる。

 

「いえ、その……。こ、この方々は少し前に世話になった方々なんです。そのう……。俺に少し前に、衛舎国の姫と婚儀の話があったと思いますが、そのときに危うく、亜人の女と騙されて結婚の儀をするところを助けてもらったわけでして……。それで、恩を返せと、押しかけられまして……」

 

 細蔡君がしどろもどろの口調で言った。

 

「細蔡君様?」

 

 しかし、そのとき陳嬌は、細蔡君に軽い操り術の影響があるのを感じた。

 かすかであるが、後ろの少女からの薄っすらとした霊気の流れがある。

 

「お前たちはなんだ──? 細蔡君様を操って、この屋敷に乗り込んできたのか──?」

 

 陳嬌は怒鳴った。

 それとともに、この得体の知れない女を道術で拘束しようとした。

 

「きゃああ──」

 

 だが、次の瞬間、悲鳴が自分の口から迸った。

 なにが起きたのかわからなかった。

 陳嬌は道術で女を拘束しようとしたはずだ。

 しかし、逆に霊気の暴風が陳嬌を襲った。

 気がつくと、陳嬌は両手と両脚を広げて宙に浮かんでいたのだ。

 

「わっ、わっ、わっ」

 

 細蔡君が驚愕している。

 しかし、女はそれを無視して、宙に浮かんでいる陳嬌をすっと椅子の前から動かして、広い場所に移動させた。

 

「お、お前、何者なんだい?」

 

 陳嬌は叫んだ。

 陳嬌はこれでも、この帝都で指折りの道術遣いのひとりだ。

 その陳嬌がまるで霊気で歯が立たない。

 凄まじいまでの霊気だ。

 確か、さっき細蔡君が宝玄仙と呼んだような……。

 

「通りすがりの道術遣いだよ。お前らには用事はないはずだったんだけど、お前ら、わたしの供を連れて行っただろう。取り返しに来たんだよ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「供だって──?」

 

 陳嬌は問い返しながらも、懸命に霊気の呪縛から逃げようとした。

 しかし、宙に浮かんで手足を拡げている陳嬌の身体はまったく動かない。

 

「沙那と孫空女だよ──。ここにいることはわかっているんだよ──。まあいい、お前を操って、釘鈀とかいう皇子に遭うだけだ。ただ、取り戻すだけじゃあ済まないからね。この宝玄仙を虚仮にしたような真似をしたんだから、それ相応の酬いをくれてやるよ──。朱姫、素蛾──。暇つぶしにこの女と遊んでやりな」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、後ろで見守っていただけの少女ふたりが前に出てきた。

 十六くらいの少女が朱姫で、十二くらいの童女が素蛾のようだ。

 ふたりともはっとするくらいの美少女だ。

 

「お、お前たちは、沙那と孫空女の連れなのか──? あの死刑囚の──?」

 

 死刑囚の連れだという限りにおいては、この女たちも残忍な殺人者の一員ということだろう。

 しかも、釘鈀に危害を加えるというようなことを仄めかした──。

 そんなことをさせるわけにはいかない──。

 

「釘鈀殿下になにをするつもりなのだ──? お前たち──?」

 

 陳嬌は叫びながらも、異変を報せるために霊気通信を飛ばそうとした。

 だが、いつの間にか陳嬌の身体から霊気が消失させられている。

 いまは、あらゆる道術が遣えない状態になっている。

 陳嬌は焦った。

 

「釘鈀という皇子様のことよりも、ご自分のことを心配したらですか、陳嬌さん」

 

 朱姫という少女が、くすくすと笑いながら陳嬌の身体を持って、くるりとひっくり返した。

 

「わっ、な、なにすんのよ──」

 

 陳嬌は叫んだ。

 身体が逆さまになったので、陳嬌のはいていた下袍がぱらりと下に落ちて、下着が露わになったのだ。

 

「さあ、素蛾、道術陣でご主人様の霊気を帯びたおかげで、遣えるようになった舌の道術で、この女の内腿を舐めてあげなさいよ」

 

 朱姫が笑って、横の素蛾に言った。

 

「はい、朱姫姉さん」

 

 素蛾という少女が陳嬌の内腿にぺろりと舌を這わせた。

 

「ひいいい」

 

 その瞬間、得体の知れない衝撃が身体に走って、陳嬌はあられもない悲鳴をあげてしまった。



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727 復活童女の舌遣い

 身体を逆さまにされて完全に下袍がはだけてしまった内腿を、素蛾という童女の舌が舐めた。

 

「ひゃあああ──」

 

 またもや襲った得体の知れない感触に、陳嬌(ちんきょう)は悲鳴をあげてしまった。

 身体の奥から痺れるような甘美感と汗が一斉に噴き出す。

 陳嬌は激しく狼狽して、その奇妙な感覚を追っ払おうと身体をもがかせた。

 しかし、宝玄仙とかいう道術遣いの霊気の拘束はまったく解けない。

 

 それにしても、こんなにも一方的に霊気で負けるということは生まれて初めてだ。

 しかも、人前で複数の人間に裸身を囲まれて、身体を欲情させられるなどということは、本当に陳嬌の身に現実に起きていることなのだろうか──?

 

「やっぱりすごいわ、素蛾……。その舌は、本当に完全に道術遣いの道術そのものねえ……。その証拠に、この女なんか感じまくっているわよ。もっと、舐めてあげなさいよ。乳首なんていいんじゃないの? ちょっと待ってね。裸に剥くわ……」

 

 朱姫が宙に浮いている陳嬌の身体に手を伸ばした。

 服が脱がされ始める。

 

「や、やめないかあああ」

 

 陳嬌はいよいよ悲鳴をあげて、必死に抵抗をしようともがいた。

 だが、陳嬌の手足は、朱姫が触れれば簡単に伸びたり曲げたりできるのに、どんなに自分で動かそうとしても、陳嬌の意思では身体を動かせない。

 結局、あっという間に陳嬌は上衣も内衣も剥がされて下着姿にされた。さらに胸当てまで外されて乳房を剥き出しにされる。

 

「くうっ──。お、お前たち、こ、こんなことしてただで済むと思っているの──?」

 

 陳嬌は怒鳴った。

 朱姫は、その陳嬌の身体をすっと下にさげ、次いで、素蛾をしゃがませると、陳嬌の乳房を素蛾の口の位置に合わせた。

 

「すみませんが陳嬌様、舐めますね。ご主人様たちの言いつけですから……」

 

 素蛾が陳嬌の片側の乳房にそっと手を添えた。

 そして、優しげな手で包み持つように持って、陳嬌の乳房の先端の突起を口に含む。

 

「ふくううっ」

 

 陳嬌は空中で身体をのけ反らせた。

 この素蛾の唾液が陳嬌の乳首を覆った途端に全身が強い喜悦に包まれたのだ。 

 本当になんだろう、これは──?

 陳嬌は混乱した。

 これまでに感じたことのないような舌遣いだ。

 湧き起った灼けるような淫情に陳嬌は全身を震わせた。

 

「やっぱり、お前、すごいわ、素蛾──。この気の強そうな女が、もうたじたじだもの。見てみなさい。このみっともない下着の染みを──。ちょっとお前に舐められただけで、こんなに大きな丸い染みを作っているわよ」

 

 朱姫が言った。

 目の前の素蛾が嬉しそうに笑ったのがわかった。

 しかし、素蛾は陳嬌の乳房を咥えたまま、さらに舌を動かす。

 陳嬌はさらに悲鳴をあげた。

 

「じゃあ、あたしも、そろそ参加しようかな……。これなんか、どうですか、陳嬌さん」

 

 朱姫も天井を向いている股間を下着の上から指で撫ぜるように動かした。

 

「ふううんん──」

 

 陳嬌は思わず声をあげてしまった。

 無防備な陳嬌の女芯が朱姫の指になぞりあげられ、女陰の縁が下着の上から丸く繊細な指遣いで刺激されたのだ。

 それにより、陳嬌の身体はあっという間に欲情と喜悦を引き出してしまった。

 そして、その自分の身体の崩壊の速さに恐れおののいた。

 

「んぐうう──」

 

 さらに、また素蛾の舌だ──。

 陳嬌は身体の中のなにかが快感で引き裂かれるような峻烈な感覚に悲鳴をあげた。

 素蛾が舌を横に動かして、乳房の裾を舐めながら反対の乳首に口を移動させたのだ。

 その唾液の接触した部分から桁違いの快感が込みあがる。

 だが、やっと陳嬌にも、なぜ、こんなにも呆気なく自分の身体が崩壊しようといるのかがわかった。

 

 この素蛾の舌だ──。

 いや、舌というよりは唾液だ。

 

 これが強い媚薬のような影響を陳嬌に与えているようだ。

 だから、陳嬌の全身がただれたような強い欲情に襲われてしまっているのだ。

 

「な、なによ、この娘の唾液は──?」

 

 陳嬌は思わず叫んだ。

 

「よし、やっと、素蛾の不思議な唾液の力がわかったようだね……。まあいいさ。じゃあ、お前らちょっとやめてみな。少し、この女に話をさせるから」

 

 すると、椅子に座って、ふたりの少女が陳嬌を責めたてるのをにこにこと眺めていた宝玄仙が声をかけた。

 一方で、その横で細蔡君が真っ赤な顔で陳嬌の痴態を眺めている。

 陳嬌は、宝玄仙たち三人の見知らぬ女や少女になぶられるということよりも、冷徹さな氷の女という評判で通している陳嬌をよく知っている細蔡君に、こんな姿を見られるていることに強い羞恥を感じた。

 宝玄仙の指示で、朱姫と素蛾が陳嬌の身体から手と口を離す。

 

「すごいだろう、陳嬌? わたしたちも、素蛾がこんなことになって驚いているところさ……。実は、理由があって、この素蛾にどうしても道術をかけなければならない事態があってね……。それで仕方なく、素蛾にわたしの道術陣を刻み込んだんだけど、それによって、こいつは霊気が身体に充満するような身体になっただんだ……。それはいいんだが、そのことにより、本来は道術など無縁の素蛾が、急に特別な力が身についてしまったということなんだよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「道術陣を身体に刻んだ──?」

 

 陳嬌はびっくりした。

 道術陣というのは、霊気の出入り口を意図的に作るという道術であるが、それを生身の身体に刻むというのは聞いたこともない。

 それが可能ということも知らなかった。

 だが、それができれば、霊気を帯びていない人間にも、霊気が注ぎ込めて、道術が効くようになるのかもしれない。

 

 本来は、道術というのは霊気を帯びていない人間族には効果はない。

 だから、霊具を使う。

 霊具は道具に道術陣を刻んで霊気を帯びさせたものであり、それであれば、ただの人間にも道術の効果を及ぼせるのだ。

 しかし、確かに言われてみれば、理論的には、道術陣を人間の身体に刻めば、直接に霊気を注げるので、霊具よりも効果的だ。

 だが、そんなことが可能なのだろうか?

 

 もしかしたら、道術研究が相当に進んでいるという伝説がある遠い東方帝国だったら、そんなこともできるかもしれないが、さもなければ、やはり、人間に道術陣を刻んだなどというのは戯れ事だろう。

 東方帝国には、天教という特別な道術研究組織があると耳にしたことはあるが……。

 

 いずれにしても、それは非常に繊細で高等の道術力が必要となるだろう。

 この宝玄仙がなにかのはったりを言っているのでなければ、あるいは、この女はこの帝都でもかなう者のいない力を持つ魔女なのかもしれない。

 陳嬌は目を丸くした。

 

「ああ、そうだよ。素蛾の身体に道術陣を刻んだんだ。だけど、不思議だねえ。そうすると、なぜか、復活したこいつの身体の一部が霊気で活性化してしまったんだよ。それで、唾液におかしな力がついてしまってねえ──。強い癒しの効果が生まれてしまったようなのさ」

 

 宝玄仙が愉快そうに笑った。

 陳嬌は素蛾を見た。

 素蛾は照れたように顔を赤くしている。

 宝玄仙はともかく、素蛾には純朴という雰囲気しかなく、なにか嘘をついているという感じはない。

 本当に道術陣を身体に刻んで、身体の一部が霊気で活性化されたのか……?

 そんなことがあるのか?

 

「……とにかく、負傷や病気の者がこいつに唾液に触れられれば、たちまちに治ってしまう。そして、健康な者が舐められれば、いまのお前のような反応さ。刺激が強すぎて、まるで媚薬を塗られたように、その部分が淫情で火照るようになるのさ……。わたしらも最初はびっくりしたのさ」

 

「舌で治療? 媚薬?」

 

 本当か?

 

「まあ、祖先に大勢の道術遣いの血が何人も混ざるような特別な家系だから、こんなことが起きたのに違いないさ。同じように道術陣を刻んでいるのに、沙那の場合は、いまじゃ自分では霊具さえも扱えないのにねえ」

 

 宝玄仙が笑った。

 陳嬌は唖然として、それを聞いていた。

 

「……さあ、ところで、そろそろ沙那と孫空女の居場所を喋ってもらおうかね、陳嬌──。わたしの供をどこに隠しているんだい──? さっさと、ふたりの居場所を吐いて、それから、釘鈀(ていは)というくそったれ皇子のところに、わたしらを連れて行きな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そ、そんなこと喋るわけない──。そ、それに、釘鈀殿下のところにお前らのような悪党を連れて行くわけないだろう──」

 

 陳嬌は声を張りあげた。

 

「悪党はどっちだい? まあいいよ……。じゃあ、再開だ。朱姫、素蛾、ちょっとかわいがってやりな。気を一回か二回もやらせれば、観念して大人しくなるんじゃないかねえ」

 

 宝玄仙の言葉が終わると同時に、朱姫と素蛾がまた陳嬌の半裸の身体に取りついた。

 

「ふふふ、じゃあ、こんなものは要らないわね」

 

 朱姫が陳嬌の身体を再び反転させて、頭を上にするとともに、陳嬌から腰布の下着を脱がしてしまった。

 

「あらあら、すごい状態……? 陳嬌さん、こんなに欲情していたんですね……。じゃあ、素蛾、今度はお前が股間をお願い。あたしは、胸を責めるわ」

 

「はい、朱姫姉さん」

 

 朱姫の言葉で、素蛾の舌を股間を這い、朱姫は乳房を舐めだす。

 

「ふうう、ひいい、な、なによ──い、いやああ、んんんっ、はああ──」

 

 素蛾の生温かい舌の唾液の感触に陳嬌は裸身を震わせた。

 これまでに感じたことがないような性感が弾ける。

 一方で、朱姫の舌が陳嬌の乳首を転がすように這い出した。

 そっちもすごい──。

 味わったことがないような舌技だ。

 

 身体が溶ける──。

 全身の性感という性感が呼び起こされるような感触に陳嬌はあられもない声をあげた。

 いくら歯を食い縛っても、このふたりの少女から与えられる刺激は、陳嬌から無理矢理に悲鳴を迸らせた。

 だんだんと、陳嬌は苦悶と悦びの嗚咽から逃げられなくなる。

 なにかが込みあがる──。

 こんな年端もいかないような少女たちの手で簡単に──。

 

「だ、駄目ええ──」

 

 ついに崩壊した──。

 のっぴきならない鋭い刃のような快感が、陳嬌の腰から全身に突きあがった。

 

「んふうう」

 

 陳嬌は稲妻に打たれたかのような衝撃とともに背中をのけ反らせた。

 宙に伸ばした四肢がぴんと張り、身体ががくがくと震えた。陳嬌の股間からは尿を漏らしたかのような愛液が迸る。

 

 頭が真っ白になる──。

 そこに強烈ななにかが流れ込んできた。

 それが目の前の朱姫の霊気だと悟ったときにはもう遅かった。

 陳嬌の心は朱姫の大きな霊気の鉤のようなものに、しっかりと鷲づかみされてしまっていた。

 

「ご主人様、『縛心術』で捕まえ終わりました」

 

 朱姫が陳嬌の乳房から口を離して朗らかな声をあげた。素蛾も股間を舐めるのをやめた。

 

「ば、縛心術──?」

 

 陳嬌は声をあげた。

 心を操る道術だ。

 そんなものをかけられてしまっては、操られてしまってこの女たちを釘鈀のところまで連れて行ってしまう……。

 

 陳嬌の心に絶望が走った。

 とっさに毒を仰いで死のうと思った。

 釘鈀を守るためにはそれしかない。

 陳嬌の奥歯には、いつでも食い破れば致死量の毒薬が喉に流れ込む仕掛けが隠してある。

 それを飲もうとした──。

 

「なにやってんの──。口をお開け、陳嬌──。お前の口はそれで閉じられなくなる──」

 

 そのとき、朱姫が切羽詰った声で絶叫した。

 陳嬌の口はそれで奥歯を噛みしめられなくなった。

 

「どうしたんだい、朱姫?」

 

 長椅子に腰かけたままの宝玄仙が不思議そうに言った。

 

「こ、こいつ、いま死のうとしました。そういう感情が突然に流れ込んできました。多分、口だと思います」

 

 朱姫が焦ったように言った。

 今度こそ驚いた。

 この朱姫は、陳嬌の感情まで読めるようだ。

 一体全体、この女たちは何者だろう──?

 いままで感じていた怒りや口惜しさが恐怖に変わった。動けない身体の背に汗が流れる。

 

「どれ?」

 

 立ちあがった宝玄仙が身を乗り出して、閉じられない陳嬌の口を覗き込んだ。

 

「ああ、これだね? 確かに霊気を帯びた薬剤を奥歯に隠しているね。とりあえず、取り去っておこうか」

 

 宝玄仙が言った。

 奥歯の中に隠してある薬剤が口の中から消失させられたのがわかった。

 

「物騒な女だねえ……。なにも死ぬことはないじゃないかい。こんなんで自殺なんてされちゃ目覚めが悪いよ。わたしらは、お前たちが連れて行った沙那と孫空女を取り返しに来ただけじゃないかい」

 

 宝玄仙が呆れた口調で言った。

 そして、陳嬌の身体を霊気で探るような仕草をした。

 

「もう、なにも隠していないようだよ……。まあ、霊気を帯びないものを隠されていたら別だけどね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「じゃあ、口を閉じてもいいわよ」

 

 朱姫が言った。

 やっと陳嬌の口が自由になった。

 

「だけど、なにをするかわからない女だねえ……。死のうとするような強い感情までは『縛心術』じゃあ操れないだろう、朱姫?」

 

「そうですねえ……。だったら、作戦を変更して、この女に化けて、釘鈀とかいう皇子のところに行きますか、ご主人様? それにしても、沙那姉さんたちがどこにいるかですね」

 

 宝玄仙と朱姫が陳嬌の前で話し始めた。

 

「お、お前ら、いい加減にしろ──。こ、ここをどこだと思っているんだ──。こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか──」

 

 陳嬌は声をあげた。

 

「まあ、可愛い──。ご主人様、こいつ、さっきまではすごい怒りの感情に溢れていたけど、いまじゃあ、あたしたちのこととても怖がっていますよ」

 

 朱姫がくすくすと笑った。

 やっぱり、この朱姫は感情を読めるのだ。

 陳嬌はぞっとした。

 

 宝玄仙といい、朱姫といい、この帝国の一流の道術遣いでも想像がつかないような能力を持っている。

 陳嬌の心にさらに恐怖が襲ってきた。

 

「だったら、この悪態は精一杯の空威張りというやつだね……。まあいいよ。とりあえず、こいつを操って、釘鈀のところに案内させるのはやめだ。あまり追い詰めたら、また死のうとするかもしれないしね。だけど、せめて居場所は吐かせないとね……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あのう……。おそらく地下かと……。釘鈀殿下の奴隷宮は、この屋敷の地下にあるんです。それはわりと有名な話で……。だけど、『移動術』のできる者でなければ、出入りはできないはずです。逆に『移動術』さえできれば、屋敷のあちこちに、道術経路が作ってあるので、そこから行けるはずですが……」

 

 そのとき、いままで赤い顔をして陳嬌の痴態を見ていただけだった細蔡君(さいさいくん)が突然に口を開いた。

 

「さ、細蔡君様、なんで──?」

 

 陳嬌は怒鳴ってしまった。

 

「なるほど、言われてみれば、この部屋にはないようだけど、この近くにもどこかに跳躍するための結界が作ってあるね。じゃあ、面倒はもうないようだ。素蛾、この前、お前にやった『変身の指輪』を使って、練習代わりに、この陳嬌に変身してみな」

 

「は、はい、ご主人様」

 

 素蛾が陳嬌の前に出てきて、陳嬌の股間の前にしゃがんだ。

 

「ひゃああ」

 

 陳嬌は悲鳴をあげた。

 また、あの不思議な舌が陳嬌の股を舐めておかしな感触が迸ったのだ。

 陳嬌は呻きを発した。

 だが、素蛾が陳嬌の股間を舐めたのはただの一回だけだ。

 素蛾が立ちあがる。

 

「あっ──」

 

 しかし、立ちあがった素蛾を見て陳嬌は声をあげた。

 素蛾の姿ではなく、陳嬌の姿になっていたのだ。

 

「ううん……。見事なものだねえ。完全に霊具を使いこなすものさ……。ついこのあいだまで、霊気を帯びない人間だったなんて信じられないよ」

 

 宝玄仙が感心したような声をあげた。

 

「あ、ありがとうございます、ご主人様。わたくしも、皆様の一員として、少しはお役に立っていますか?」

 

 陳嬌の姿に変化した素蛾が嬉しそうに言った。

 だが、その声もまさに陳嬌そのものだ。

 こんな完璧な『変身術』に触れたのも陳嬌は初めてだ。

 どうやら、素蛾が指に嵌めている赤い指輪が関係ありそうだが、目の前の素蛾は知らない者が見れば、陳嬌そのものだと信じるだろう。

 

「役に立つとか、立たないとかどうでもいいのよ、素蛾。あんたも、すっかりとあたしたちの仲間なんだから……。それよりも、こいつの服を着なさい。そしたら、沙那姉さんたちを探しに地下に行くわよ」

 

 朱姫が陳嬌の姿になった素蛾に声をかけた。

 素蛾は、さっき陳嬌から取りあげた服を着始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、あんたたち──。殿下になにをするつもりよ──。わ、わかった──。話し合いましょうよ──。と、とにかく、話し合いを──。殿下に酷いことをするのはやめて──。お願いだから──」

 

 陳嬌は悲鳴をあげた。

 このままでは、この女たちが釘鈀の前に向かってしまう。

 なにをするかわからない──。

 

「話し合いかい……。ふん、もともとはわたしらもそのつもりだったんだけどね──。お前がいきなり、喧嘩腰でかかってきたんじゃないかい。何様のつもりか知らないけど、他人の連れを黙って誘拐して、それで済むと思っているのかい──。沙那と孫空女が無事であれば、命だけは許してやるよ。ただし、万が一、手を出したりしてれば、お前の主人が五体満足で生き残れると思わないことだね──」

 

 宝玄仙が鼻を鳴らした。

 どうやら、逆らってはならない相手を敵に回しかけている……。

 そんな気持ちが沸き起こった。

 

「ま、待って……」

 

 だが、それでも、釘鈀は守らないと……。

 

「ま、待ってください──。釘鈀殿下には、危害は加えいないと約束したじゃないですか。だ、だから、あなた方をここに連れてくることに同意したんです──」

 

 そのとき、細蔡君が立ちあがった。

 宝玄仙たちを引きとめるように、部屋を出て行こうとする彼女たちの前に立ちはだかる。

 

「うるさいよ、坊主──。この屋敷の皇子が無事かどうかは、こいつら次第さ──。それよりも、折角、欲情した裸の女がいるんだ。用事が済むまでちょっと遊んでいな」

 

 宝玄仙が手を振った。

 すると、浮かんでいた陳嬌の身体が宙を動いて細蔡君にぶつかった。

 

「うわっ、ち、陳嬌殿」

 

「そ、そんな、細蔡君様──」

 

 陳嬌も焦った。

 身動きできないまま、全裸のまま細蔡君の身体に覆いかぶさるようになってしまったのだ。

 細蔡君の身体は、そのまま陳嬌の身体に押しつぶされたかたちになり、床に倒れた。

 

「か、勘弁してくださいよ、宝玄仙殿」

 

 細蔡君が声をあげた。

 

「お前、それでも一人前の男かい──。こんな素っ裸の女に上から覆いかぶされて、欲情しないのかい──。なにを焦ってるんだい──?」

 

 宝玄仙が罵倒したように叫んだ。

 

「ふふふ、大丈夫ですよ、ご主人様……。この皇子様はあたしの術に軽くかかっているんですから……。ちょっとばかり、欲情のたがを外してしまいますね……。ほら、細蔡君さん……。あたしの顔を見てください……。ついでに、陳嬌さん、細蔡君さんに触られると、その部分が身体が熱くなりますよ……。どこをどう触られても、感じまくってしまって動けなくなります……。はい──。じゃあ、お二人とも仲良くしてくださいね」

 

 朱姫が寄ってきた。

 その朱姫が、笑いながら『縛心術』の霊気を注ぎ込んだのがわかった。

 すると、焦ったような表情だった細蔡君の目が急に座ったようになった。

 欲情した男の目だ。

 陳嬌は焦った。

 

「さ、細蔡君様──?」

 

 陳嬌は声をあげた。

 その細蔡君ががっしりと下から陳嬌の腰のあたりをを掴んだ。

 

「ひいいいっ」

 

 その瞬間、そわぞわとした強い甘美感が陳嬌の腰を包んだ。

 ちょうど、細蔡君が手で触れた部分だ。

 

「ちょ、ちょっと許してください、細蔡君様──。お、お気を確かに──んぐうううっ」

 

 陳嬌は絶叫した。

 細蔡君の手が下から陳嬌の裸身を擦った。

 陳嬌はそれだけで身体を激しく悶えさせた。

 

 快感が強すぎる──。

 触られただけで、頭が真っ白になりそうだ。

 

「へへへ、そんなにがたがたと怯えることはないでしょう、陳嬌さん……。俺のことが嫌いですか……? まあ、それでもいいですけどね」

 

 細蔡君が人が変わったような笑い声をあげた。

 そして、手で全身を触りまくる。

 その場所がたちまちに淫情に襲われまくって、陳嬌は狂気のように身体を暴れさせた

 

「さ、細蔡君様、やめてください──。しょ、正気に戻って──」

 

 陳嬌は絶叫した。

 だが、宝玄仙たちがいよいよ部屋を出て行ってしまった。

 しばらくすると、陳嬌を縛っていた宝玄仙というの霊気の源が遠くなったせいか、陳嬌の身体からだんだんと金縛りが取れていく感じになった。

 しかし、一方で、自分を襲っている細蔡君の手が与える刺激が陳嬌から力を奪い去る。

 いつの間にか、陳嬌と細蔡君の身体は上下が入れ替わり、陳嬌は細蔡君に組み伏せられる状態になっていた。

 下袴を下着ごと脱ぎ捨てた細蔡君の肉棒が陳嬌の股間を襲う。

 懸命に逃げようと思うのだが、陳嬌の手が掴んでいる太腿が痺れたようになって、まったく抵抗できない。

 

「ぐううう──」

 

 陳嬌は吠えた。

 細蔡君の怒張がついに陳嬌の股間を貫いたのだ。

 朱姫に与えられた細蔡君の身体に触れれば淫情が迸るという暗示は、肉棒でも有効のようだ。

 いや、むしろ、手のひらとは比べものにはならない快感が膣に触れている細蔡君の怒張から走る。

 

「はぐう──いぐうううう──」

 

 陳嬌は耐えられずに気をやった。

 だが、それで終わりではない。

 

 細蔡君が律動を開始する。

 肉棒が陳嬌の股間を出入りするたびに、眼の中で火花が飛び散る快感が走る。

 陳嬌は泣くような悲鳴をひたすらあげ続けた。

 なにも考えられない──。

 

「だめえええ──」

 

 陳嬌はまた気をやってしまった……。



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728 捕らわれた皇子と射精勝負

陳嬌(ちんきょう)──。どうしたのです?」

 釘鈀(ていは)はびっくりした。

 なにしろ、劉旺(りゅうおう)と内々の話をしている場所に、断りもなく陳嬌が乗り込んできたのだ。

 だが、理由もなく陳嬌がそんな無礼をすることはないから、余程のことがあったのだろうと推測した。

 

「……殿下、お人払いを……」

 

 陳嬌が短く言った。

 とにかく、ほかならない陳嬌の言葉だ。

 それなりの重大事なのだと判断した。

 釘鈀は、向かい合って座っていた近衛団長の劉旺に視線を向ける。

 

「申し訳ありませんが、ちょっと立て込んできたようです。とりあえず、劉姫(りゅうき)様のことはお任せください。悪いようにはしませんので……」

 

 劉旺に言った。

 

「この恩は忘れませぬ……。どうか、お頼み申しあげます」

 

 劉旺が頭をさげた。

 そして、横の籠の中で布に包まれて眠っている劉姫に声をかけてから、『移動術』で消滅した。

 釘鈀は、劉旺が去ったのを確かめてから、さらに劉姫についても、別室に『移動術』で移動させた。

 そこには、劉姫の面倒を看るように指示している侍女たちを待機させている。

 

「さあ、これでいいですか、陳嬌? それに、その後ろの女性の方々は何者です?」 

 

「こ、この方々たちは……そのう……、沙那様と孫様の連れの方です、殿下」

 

 すると、陳嬌が言った。

 

「沙那様と孫様……?」

 

 陳嬌があのふたりを“様”付けで呼ぶなど、おかしな呼び掛けの言葉に釘鈀は首を傾げた。

 そして、陳嬌の様子がおかしいということにやっと気がついた。

 姿と声は陳嬌に違いないのだが、それ以外の挙動は陳嬌であって陳嬌ではない。

 

「あっ」

 

 あれは別人だ。

 それがわかった。

 そういえば、陳嬌には、突然に訪問してきた細蔡君の相手を頼んでいたはずだ。

 確か、その細蔡君(さいさいくん)は侍女を三人連れてきたという説明だったと思う。

 やって来たのは陳嬌を含めて三人の女性だ。

 つまり、上で異変があったのだろう。

 

「ちっ」

 

 慌てて、道術通信で不審者を報せる伝言を発信しようとした。

 だが、いつの間にか道術の結界がかかって遮断されている。

 それだけではなくて、たったいままで自由に遣えた『移動術』の道術が封鎖されている。

 釘鈀自身も逃亡できなくなってしまったということだ。

 釘鈀は嘆息した。

 

「……どうやら、俺はあなた方に閉じ込められたようですね……」

 

 釘鈀はそれだけを言った。

 この部屋には最初から家臣を人払いさせていたので、釘鈀はやってきた三人の女と、ひとりだけで対面するかたちになってしまった。

 

「この部屋は完全に封鎖したよ。観念しな。ついでに教えておいてやるよ。この部屋の外には、お前の部下が殺到しているよ。お前を助けようとしてね。だけど、話の邪魔なんで、このわたしがこの部屋全体を結界に包んで固めている。ここを出入りできるのは、わたしが認めた者だけということだ」

 

 黒髪の女が進み出てきた。

 びっくりするような美女だが、釘鈀はこの女がとてつもない量の霊気を発散していることがわかった。

 この部屋を密室状態にしているのは、どうやらこの女のようだ。

 

「どちら様ですか? 俺はこの国の第二皇子の釘鈀です。この屋敷を案内もなしに歩くなど、それだけで大罪というのはご存知ですか?  陳嬌と細蔡君はどうしたのです?」

 

 釘鈀は言った。

 

「へえ、いい度胸じゃないかい、悪党のくせに……。陳嬌とかいう小生意気な女と、細蔡君の坊やは上で乳繰り合っているよ──。沙那と孫空女を返しな。ふたりは無事でいるんだろうねえ?」

 

 その黒髪の女が言った。

 三人は椅子に腰かけている釘鈀の前に立ちはだかるような位置に移動してきた。

 

「もういいよ、素蛾……。どうやら、この皇子はお前が偽者であることはわかったようだよ。まあ、ここまでやって来れれば十分さ。後はこの皇子を拷問して、沙那と孫空女の居場所を吐かせるだけだからね」

 

 黒髪の女が言った。

 左側にいた陳嬌の姿が可愛らしい童女の姿に変化する。

 

「わたしは宝玄仙という通りすがりの道術遣いだよ。こっちは朱姫、わたしの霊具で陳嬌に変身していたのが素蛾だ。このふたりはわたしの旅の供だけど、お前が誘拐した沙那と孫空女もわたしの供さ……。そのお前の糞度胸に免じて、ふたりを戻せば、命だけは取らないでやるよ。ふたりを戻しな、悪党──。ふたりは無事かい?」

 

 宝玄仙と名乗った黒髪の女が言った。

 

「悪党とは心外ですね。あのふたりは死刑囚だったのでしょう? それを陳嬌が助けてあげたのですよ。だったら、少しはその恩を返してもらってもいいでしょう? あのふたりは俺の闘奴隷として、明後日からこの帝都で開催される天下一闘技会に出場してもらわなければなりません」

 

「天下一闘技会?」

 

 宝玄仙が怪訝な表情になる。

 釘鈀は大きく頷いた。

 

「ええ、命のやり取りなどない健全な闘技会ですよ。あなたたちが、ふたりの連れなのであれば、沙那を説得してくれませんか? どうにも頑固でしてね……。どうしても俺の闘奴隷として、奴隷の刻印をするのを嫌がるのですよ。闘技会が終われば、礼金とともに解放すると言っているのに……」

 

 釘鈀は語りだした。

 だが、宝玄仙がそれを手で制する。

 

「もういい──。それ以上、べらべらと訊ねないことを喋るんじゃないよ、皇子──。わたしが訊ねているのは、沙那と孫空女が無事かどうかだよ」

 

 宝玄仙がさっきまで劉旺が腰かけていた長椅子に座った。

 朱姫と素蛾のふたりがその後ろに立つ。

 

「孫空女は元気ですよ。奴隷の刻印を受け入れたのでね。ただ、沙那は弱っています。拷問をしています。奴隷の刻印を受け入れろと迫っているところです。まあ、大した精神力ですが、さすがにそろそろ堕ちるでしょうね。なにせ、昨日からずっと寸止め責めを続けていますから」

 

「寸止め責め?」

 

 宝玄仙が目を丸くした。

 そして、噴き出した。

 

「拷問というのは寸止め責めかい──? お前、なかなか、面白いじゃないかい。そりゃあ、沙那も可哀想に──」

 

 すると、宝玄仙が笑い出した。

 その無邪気そうな笑いに、釘鈀は思わず釣り込まれて笑みを漏らした。

 この女性は悪人ではない。

 そう釘鈀の勘が告げていた。

 これでも、人を見る目だけはあるつもりだ。

 

 それがなければ、あの難しい溥儀雷(ふぎらい)帝のもとで、危ない橋を渡りながら、いろいろな宮廷工作など行えない。

 溥儀雷帝が不義密通だとして廃后した劉姫を匿って、兄の劉旺に引き渡すなど、それだけで処断は免れない皇帝への裏切りだ。

 だが、釘鈀はそれと同じようなことをもう幾度もやっている。

 あの皇帝は気紛れ屋だ。その気ままの犠牲になって処刑されそうになった女や男をこの奴隷宮という隠れ蓑に連れ込んで、こっそりと救ってやった数は二十や三十じゃあ終わらない。

 

「しかし、不思議だねえ……。お前は、なんでもっと怖がらないんだい? わたしがお前に危害を加えないと思っているんじゃないだろうねえ、皇子?」

 

「そんなことは考えていませんけどね……。まあ、慌てふためいても、事態には変化はないということはわかっていますのでね」

 

 もしかしたら、さっき宝玄仙が言った通りに、警備兵もこの部屋の外の廊下にすでに来ているのかもしれない。

 そうであれば、彼らは、懸命に扉をぶち破ってでも、なんとか部屋に押し入ろうともしているはずだ。

 だが、こちらには、その騒音でさえも聞こえてこない。

 完璧な結界だ。

 突然に、道術の暴風が釘鈀の身体を突き抜けた。

 

「おっ?」

 

 釘鈀は椅子に縫いつけられたように動けなくなった。

 驚いた──。

 

 凄まじい霊気だ。

 宝玄仙の霊気のようだ。

 釘鈀も長くこの帝都で多くの道術師と接したが、この宝玄仙ほどの力のある道術師と遭ったことはない。

 これでは陳嬌もひとたまりもなかっただろう。

 

「その糞生意気な態度が気に入らないね──。素蛾、こいつの肉棒をしゃぶってやりな。続けざまに三発ほど抜いてやるんだ。そうしたら、いまみたいな生意気な態度は取れなくなるだろうさ」

 

 宝玄仙が釘鈀を睨みながら言った。

 素蛾という童女が近寄ってきた。

 

「すみません、殿下……。ご主人様の言いつけなので、三発分の精を抜かせていただきます」

 

 素蛾が金縛りで動けなくなった釘鈀の股のあいだにしゃがみ込んだ。

 

「この俺を相手に、この童女が精を抜くんですか? これでも帝都一の女たらしと有名でしてね……。申し訳ありませんが、こんな童女の舌技に屈するようなことはありません。まあ、こういう幼さの残る童女に奉仕されるというのは悪い気はないから、一発くらいは抜いてもらってもいいですけどね」

 

 釘鈀は笑った。

 

「その大口は素蛾の唾液を味わってからしな。お前が本当に、わたしの性奴隷の素蛾の舌を味わっても、精を出さなかったら、沙那と孫空女を闘技会に参加させることを考えてやるよ」

 

 宝玄仙が不敵に笑った。

 

「その言葉に嘘はないですね、宝玄仙殿」

 

 釘鈀はにやりと笑い返す。

 

「ああ……。その代わりに、呆気なく三発抜かれたら、沙那と孫空女を無条件に返すんだ」

 

「いいですよ。その賭けに乗りましょう」

 

 釘鈀は言った。

 

「じゃあ、失礼します」

 

 素蛾が釘鈀の下袴の前の部分の留め具を外して、さらに中で下着をめくって釘鈀の肉棒を外に出した。

 一応はもがいてみたが、釘鈀の身体は椅子に張り付いたように動かない。

 釘鈀は無駄な足掻きは諦めた。

 素蛾が下袴の前から露出させた釘鈀の一物を両手で捧げ持つような仕草をした。

 まだ、釘鈀の一物は軟らかいままだ。

 

「せめて勃起くらいはしてあげてもよかったけど、いま聞いた通り、お前の主人と賭けをしたんだ……。悪いが精はあげられない。だけど、お前が魅力的じゃないということは言っておくよ。君は本当に可愛らしい性奴隷だよ」

 

 釘鈀は目の前の幼い性奴隷に声をかけた。

 宝玄仙があれだけ言うのだから、多少は性奴隷として舌技も鍛えらていると思うが、釘鈀はいくらでも精を出したり、耐えたりということを自分で統制できる。

 こんな少女の手管に負けて、呆気なく精を出すということなどあり得ない。

 

「失礼します」

 

 素蛾が釘鈀の肉棒を咥えた。

 

「うわあっ」

 

 次の瞬間、釘鈀は思わず声をあげた。

 肉棒が素蛾の唾液に包まれた途端に、妖しげな感覚が込みあがったのだ。

 その凄まじさは、耐えられるというような限界を越えていた。

 快感が無理矢理に引き出される。

 釘鈀は唸り声をあげた。

 

「どうしたい、色男……? さっきまでの余裕はどうしたんだい?」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 しかし、釘鈀はすでに自失寸前の状態だ。

 肉棒は、あっという間に硬く勃起しただけでなく、さっそく最後の状態にまで追い込まれている。

 

 こんなことはありえない──。

 釘鈀は焦った。

 

「くああっ」

 

 背筋に戦慄するような快感が駆けのぼった。

 釘鈀は大きく息を洩らすと、素蛾の小さな口の中に精をぶちまけてしまった。

 

「さっそく一発かい──。じゃあ、二発目も搾り出しな、素蛾」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 釘鈀の出した精を懸命に喉に押し込んだ素蛾が釘鈀の一物を咥え直した。精を放つことで力を失った男根が、すぐに勃起を取り戻す。

 

「ふううっ」

 

 全身が震えるような快感が走る。

 そして、結局、大して時間もかけずに二発目も射精させられた。

 

「よし、素蛾、三発目は尻だ──。そのすまし顔をぐうの音の出ないほどに潰してやりな。お前の唾液でこいつの尻穴を舐めまくるんだ」

 

「はい、ご主人様……」

 

 宝玄仙の笑いながら命令に、素蛾は嫌がる素振りも見せずに返事をした。

 朱姫もやってきて、釘鈀の身体を椅子からおろして反転させ、上半身を椅子にもたれさせるようにした。

 宝玄仙の道術で金縛りになった身体はまったく自分の力では動かない。

 もう釘鈀はなるように任せた。

 

「さあ、素蛾やってあげて……」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら、椅子に向かって膝立ちをしている釘鈀の下袴を膝まで下着ごとおろした。

 

「では、また失礼します、殿下」

 

 素蛾の舌が釘鈀の尻穴を這いだした。

 

「うおおお──こ、これはなんだ──?」

 

 釘鈀は激しく狼狽して叫んだ。

 たまらない情感が素蛾が舐める尻穴に込みあがる。

 釘鈀はつんざくような悲鳴をあげて腰を震わせた。

 股間の一物は、短い時間で二度も精を出したというのに、新しく加えられる未知の刺激に、またもや逞しく勃起している。

 釘鈀は自分の身体に起きていることが信じられなかった。

 

 またもや、精の迸りがやってきた。

 素蛾の舌が尻穴を抉るように喰い込んでくる。

 釘鈀は全身を震わせた。

 

「ううっ」

 

 釘鈀は声をあげた。

 そして、呆気なく、三度目の精も床にぶちまけてしまった。



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729 闘奴受諾の条件

「はあ、はあ、はあ……、な、なんということだ……」

 

 釘鈀は呆然としてしまった。

 後ろでは宝玄仙と朱姫が大笑いしている。

 釘鈀は急に羞恥と屈辱が込みあがってきた。

 

「あ、あのう……。これもお掃除します……」

 

 そのとき、釘鈀と椅子のあいだに、四つん這いになった素蛾が割り込んできた。

 釘鈀は驚愕した。

 なんと、この素蛾は釘鈀が床にぶちまけた精まで舌で舐めとろうとしているのだ。

 そのあまりの健気な態度にある種の感動が釘鈀を包んだ。

 

「さすがに、これじゃあ小生意気な態度もできないだろう──。金縛りを解いてやるよ。服装を整えな、皇子」

 

 宝玄仙が言った。

 身体が軽くなって霊気の拘束が解けた。

 釘鈀はとりあえず立ちあがって、下袴をはき直す。

 一方で、素蛾は一心不乱という感じで、飛び散った釘鈀の精を舌で舐めとり続けている。

 なんというか……。底抜けに素直な子供だ……。

 こんなに屈辱的な目に遭ったというのに、この素蛾のおかげで、まるで篤い奉仕でも受けたような心地になる。

 

「奉仕させていただいて、ありがとうございました」

 

 やがて、作業が終わったのか、素蛾が四つん這いのまま顔をあげて、にっこりと釘鈀に笑いかけた。

 かっと熱くなるものを釘鈀は感じた。

 この世に正真正銘の天使を見たような気分になったのだ。

 滑稽なこととは思うが、釘鈀は目の前の素蛾という童女に心を奪われたような気持ちになった。

 なんという健気な性奴隷なのだろう──?

 

「おいで、素蛾……。ご褒美よ。汚れた口を綺麗にしてあげるわ……」

 

 朱姫が素蛾を呼び寄せた。

 

「あっ……で、でも、汚れてます、朱姫姉さん……。床だって舐めたし……」

 

 朱姫に抱き寄せられた素蛾が当惑した声をあげた。

 

「いいから、いいから……。素蛾の口が汚いわけないでしょう……」

 

 朱姫がにこにこと笑いながら、素蛾の口を舐め始める。

 

「んんっ、んんっ、はあ……朱姫……姉さん……き、気持ちいいです……あああ……んんふうう……ふあ……」

 

 素蛾が蕩けるような表情になって、朱姫に身体を持たれかけさせている。

 完全に欲情した雌の表情だ。

 

「だ、だめ……あたしも……こ、この唾液は危険……。ふうう……力が……」

 

 しかし、朱姫もまたうっとりとした表情になった。

 どうやら、素蛾の唾液に媚薬のような効果があるとわかった。

 それで釘鈀もあっという間に達してしまったのだ。

 釘鈀は朱姫と素蛾のあまりにも艶めかしい口の吸い合いを茫然と見入っていた。

 

「どうだい、皇子。わたしの供はやるだろう? じゃあ、約束だ。沙那と孫空女を連れてきな」

 

 宝玄仙が言った。

 釘鈀は椅子に座り直した。

 霊気で探ると、いつの間にか霊気で部屋の外と通信が可能なようになっている。

 釘鈀は、とりあえず、無事であることを告げるとともに、沙那と孫空女に服を着せて連れてくるように道術通信で指示を送った。

 

「……指示はしました。準備でき次第、ふたりはここにやってきます──」

 

 釘鈀は肩をすくめた。

 これで闘奴隷がいなくなったので、闘技会には釘鈀は誰も参加させられなくなった。

 溥儀雷帝が怒るだろうが仕方がない……。

 賭けに負けたのだ。

 

「……お前、面白い皇子だね……。もっと、手こずるかと思っていたよ……。ところで、お前たち、いつまでやってんだよ。いい加減にやめないか──」

 

 宝玄仙が言った。

 そばでは、朱姫と素蛾が口を舐め合って、ずっと甘い声を出し続けていたのだが、宝玄仙の一括でふたりが我に返ったように口を離した。

 ふたりが照れたような顔をして、揃って宝玄仙の後ろに立ち直す。

 釘鈀も、その無邪気な光景に思わず微笑んでしまった。

 

「……まあ、仕方ないですね──。でも、これだけは言わせていただきますよ。俺はあなたに、文句を言われることをした覚えはありません。あのふたりは、王華(おうか)で死刑になるところでした。それを助けたのです。その代償として、闘技会の出場を求めるくらいは、当然だと思いますがね」

 

「ところが、そうじゃないんだよ──。あのふたりは無実だ。お前の部下が連れて行った直後に、それが判明して、沙那も孫空女も釈放される手筈だったんだ。ほら、これ証拠だ。あそこの知事の手紙だよ」

 

 宝玄仙が朱姫から出させた手紙を釘鈀の前に放った。

 釘鈀はそれに目を通した。

 びっくりして声をあげた。

 宝玄仙の言う通りだ──。

 

「こ、これは大変なことをしたようです。いまのいままで、俺は、あのふたりが殺人を犯した死刑囚だったと思い込んでいました。だから、なにをしても許されると思っていたんです──。申し訳ありません──」

 

 釘鈀はその場で深々と頭をさげた。

 

「お前、本当に気さくで愉快な皇子だねえ……。まあ、いいさ……。沙那と孫空女が無事なら、それでいいのさ」

 

 宝玄仙はすっかりと上機嫌になった。

 釘鈀は安心した。

 そして、外の様子を探知して、沙那と孫空女の転送の準備ができたことがわかった。

 

「ふたりの準備ができたようです」

 

 釘鈀が言うと、宝玄仙がうなずいた。

 すると、結界の強さが少し緩まる感触が伝わった。

 『移動術』の道術を飛ばす──。

 外から人間が転送されてくる気配がわかった。

 沙那と孫空女が現れた。

 ふたりは腹が露出した上衣と下袍が分かれた服を着ていた。

 ふたりの腹には奴隷の刻印がある。すでに刻印を受け入れた孫空女の腹は赤い刻印であり、沙那はまだ黒い刻印のままだ。

 

「ご主人様──」

「ご主人様──」

 

 ふたりが同時に声をあげた。

 そして、ふたりが宝玄仙たちに駆け寄った。

 

「き、来てくれたんですね──。嬉しいです──。嬉しいです──。ありがとうございます──ありがとうございます、ご主人様──」

 

 驚いたことに、あの冷静そうだった沙那が号泣しながら宝玄仙にしがみついたのだ。

 余程に苦しかったに違いない。

 本当に申し訳ないことをしたという気持ちが釘鈀の心の中に拡がった。

 

「寸止め責めに遭っていたそうじゃないかい、沙那……。じゃあ、今夜はみんなで心いくまで昇天させてやるよ。だから、もう泣くんじゃないよ」

 

 宝玄仙が膝にしがみついて泣く沙那の頭にそっと手を添えた。

 釘鈀は孫空女と沙那に謝罪しようとした。

 しかし、そのとき、さらに『移動術』で誰かが入ろうとしていることに気がついた。

 躊躇したが侵入を許可した。

 

 やってきたのは陳嬌だった。

 釘鈀は目を丸くした。

 陳嬌はほとんど裸だった。

 ただ、切り裂いたカ布を身体にひと巻きしている。

 全身は汗にまみれていて、髪は乱れていて額にも張りついている。

 そして、鞘から抜かれた剣を持っている。

 すごい形相だ──。

 

「で、殿下──、ここはわたしがなんとか防ぎます──。で、ですから、お逃げください──」

 

 陳嬌が怒鳴った。

 釘鈀には、陳嬌が宝玄仙に飛びかかろうとしているのがわかった。

 孫空女が前に出た。

 沙那はまだしゃがんだままだったが、身体だけを反転させて、宝玄仙の前に盾になるように手を拡げた。

 

「ま、待て、待て、陳嬌──。待ってください──。話は終わりました。沙那と孫空女は、宝玄仙殿に返します。このふたりは無実の罪だったのです──。そうであれば、彼女たちを拘束しているのは、俺の不当な行いということになります。残念ですか、このふたりを闘奴隷にすることは諦めます。俺は陛下の処分を受け入れることに決めました」

 

 釘鈀はなだめるように、陳嬌の肩に手をかけて言った。

 陳嬌が驚いている。

 しかし、釘鈀も少し驚いた。

 陳嬌の身体からは、強い精の匂いがする。

 まるでたったいままで、激しい情交をしていたような感じだ。

 

「そ、そんな──。そんなことはできません。廃皇子されるのですよ──。それだけでなく、あの気紛れな陛下のことです──。殿下にどんなお咎めがあるか……」

 

 陳嬌が当惑した声を発した。

 

「いいのです。それは俺の事情であって、この方々の事情ではありません」

 

 釘鈀は沙那と孫空女に道術を飛ばした。

 ふたりの腹から奴隷の刻印が消滅する。

 

「わっ?」

 

「あれっ?」

 

 孫空女と沙那のふたりが腹を押さえて声をあげた。

 そして、ふたりともほっとした顔になった。

 

「そ、そんなあ──。ね、ねえ──お願いです──。だったら、皇子を助けてください、あなた方──。沙那と孫空女を……、いえ、沙那殿と孫空女殿をどうか貸してください。二日だけのことです──。釘鈀殿下の闘奴隷として闘技会に出場してくれれば、どんなお礼もしますから──」

 

 今度は陳嬌は、訴えるような口調で宝玄仙に叫んだ。

 

「お、お前──、どの口でそんなことを言ってんのよ──。ふざけるんじゃないわよ──」

 

 すると、沙那が怒鳴った。

 

「あ、謝るから──。ねっ? 謝るわよ、沙那──。でも、お願いだから、闘技会に出場してよ。あんたたち強いんでしょう? ちょっと出るだけじゃないの──。あなたたちに去られると、本当に殿下が困った立場になるのよ──。お願いだから──。この通りよ──」

 

 釘鈀は驚愕した。

 陳嬌がその場に土下座をしたのだ。

 釘鈀のために、陳嬌がこんなことまでしてくれるとは思わなかったから、釘鈀も横で目を丸くした。

 

「……それにしても、お前、どうやって逃げてきたんだい? あの細蔡君の坊やはどうしたんだい?」

 

 宝玄仙が陳嬌を眺めながら言った。

 

「か、身体がなんとか自由になったから、とっさに睾丸を捻って気を失わせました……」

 

 陳嬌が言った。

 すると、宝玄仙が大笑いした。

 

「ふっ──。まあ、二日ぐらいのことだしね……。まあいいだろう。じゃあ、沙那と孫空女、よくわからないけど、その天下一なんとかというのに、出場してきな」

 

 やがて、笑いの発作が終わった宝玄仙が言った。

 

「ほ、本当ですか──。あ、ありがとうございます──」

 

 陳嬌が土下座をしたまま声をあげた。

 

「じょ、冗談じゃありませんよ、ご主人様──。それに出場するには、奴隷の刻印というのを受け入れないといけないんですよ。絶対に言葉に逆らえなくなる支配道術です──。わたしは断固として受け入れません」

 

 沙那が言った。

 

「いいじゃないかい──。この皇子はなんとなく人がよさそうで、信用もできそうだよ、沙那」

 

「嫌だったら、嫌です──」

 

 沙那は強く言った。

 

「ねえ、いいじゃないの、沙那……。あんたのご主人様もそう言ってくれているんだし……」

 

 陳嬌が床にひれ伏したまま顔だけをあげて、沙那をなだめるような声を出した。

 

「お、お前は喋んじゃないわよ、陳嬌──」

 

 沙那が怒声をあげた。

 

「その奴隷の刻印というのは絶対の条件なのかい? それがなければ出場できないのかい?」

 

 宝玄仙が釘鈀に顔を向けた。

 

「奴隷の刻印なしに闘技会に出場できません」

 

 釘鈀も言った。

 そして、宝玄仙たちに簡単に闘技会のことについて説明した。

 宝玄仙はとりあえず納得したようだ。

 

 一方で、孫空女については、宝玄仙の命令ならば出場してもいいと応じたし、刻印も受け入れると言った。

 だが、沙那は、絶対に嫌だと頑なに拒否した。

 どうやら、沙那は奴隷の刻印を受け入れて言葉に逆らえなくなるのが、心の底から嫌なようだ。

 

「……だったら、わたしの刻印を刻むというのはどうだい? 多分、その道術はわたしにも使えるよ。ただ、かたちは皇子の刻印に似せるけど、中身はわたしだ。わたしの命令に逆らえなくなるだけだ。それならいいだろう……」

 

 宝玄仙が沙那に言った。

 同時に、宝玄仙がちらりと釘鈀を見た。

 釘鈀は大きくうなずいた。

 それくらいの誤魔化しなら問題はない。

 そもそも、本物の奴隷の刻印を刻んでいるかどうかはすぐにわかるが、誰の刻印を刻んでいるかなど、他人にはわかりようもない。

 

「もっと嫌です──。今度、ご主人様の刻印とか、首輪を受け入れたら、なにをされるかわかりません──。ご主人様に忠誠は誓いますが、道術支配は受け入れません」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 宝玄仙も、これ以上はどうしようもないというように、両手を広げて釘鈀を見た。

 釘鈀は大きく息を吐いた。

 

「だったら、この素蛾殿の刻印を受け入れるというのはどうですか? 素蛾殿の刻印を刻むのです。誰でもなく、素蛾殿の命令に逆らえなくなるだけです──。それでどうですか、沙那殿?」

 

 釘鈀は言ってみた。

 この五人の力関係はもうわかっている。

 少なくとも素蛾はこの五人では一番低い立場のようだ。

 素蛾は善良そうだし、もしかしたら、沙那もそれを受け入れるじゃないかと思ったのだ。

 

「素蛾に? 素蛾は道術遣いではないでしょう。そんなことはできないのではないですか」

 

 沙那がきょとんとした表情になった。

 すかさず、宝玄仙が口を挟んだ。

 

「あとで事情は説明するけど、素蛾はいまや道術遣いと同じだよ。霊具も遣えるし、限定的だけど遣える道術もある。確かに、素蛾を主人とする奴隷の刻印は刻めるねえ。いくらなんでも、素蛾なら文句はないだろう、沙那? それ以上、我が儘言うと、折檻するよ」

 

 宝玄仙が強く言った。

 

「わ、わたくしが主人である奴隷の刻印を沙那様に刻むのですか?」

 

 横でただ聞いていただけだった素蛾が驚きの声をあげた。

 

「素蛾が道術?」

 

 沙那はそのことに驚いているようだが、素蛾を主人とする刻印なら受け入れる気配だ。

 釘鈀もほっとした。

 

「じゃあ、話も収まりそうじゃないかい……。だったら、こうしようじゃないかい、皇子。このふたりをお前に貸す代わりに、この陳嬌を性奴隷として三日間貸しな。こいつに、わたしの奴隷の刻印を打ちこむんだ。それを受け入れれば、このふたりをお前の闘奴隷ということにして出場することを認めるさ。ただし、実際にはそして、沙那、陳嬌に奴隷の刻印を刻んだら、今度はお前の命令に逆らうなと命令してやるよ。そうしたら、この女は三日間、お前の玩具だよ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「へええ……。こいつがご主人様の奴隷の刻印を? だったら、いいわ……。受け入れます。素蛾が主人である奴隷の刻印を刻んでください。それは、もう喜んで……」

 

 沙那が陳嬌に視線を向けながら、酷薄そうな口調で言った。

 陳嬌は話のあいだ、床に正座をしたまま上半身をあげた状態だったのだが、話の流れに絶句している。

 顔が引きつっているようだ。

 そんなことを申し出られるとは思わなかったのだろう。

 しかし、ここは受け入れてもらわないと困る。

 

「わかりました……。陳嬌さえよければ、俺は同意します……」

 

 釘鈀も言った。

 陳嬌がいよいよ顔を真っ蒼にした。

 

「じゃあ、話ははまとまった。それでいいね、沙那」

 

 宝玄仙がからからと笑った。

 

「同意します」

 

 すると、沙那が陳嬌に近づいて、土下座をしている陳嬌の後頭部に、いきなり足で踏みつけた。

 

「ふぐうっ」

 

 陳嬌が呻き声をあげる。

 

「わかってるんでしょうねえ、陳嬌──。同じ目に遭ってもらうからね……。いえ、それ以上よ……」

 

 沙那がぐりぐりと陳嬌の頭を踏みつけながら言った。

 

「わ、わかった……。いえ、わかりました……」

 

 額を床に擦りつけられながら陳嬌が言った。

 

 すまない、陳嬌……

 

 釘鈀は、心の中で陳嬌に手を合わせた。

 

 

 

 

(第109話『闘奴勧誘』終わり、第110話に続く)







【西遊記:88回、王華県の三王子】

 天竺国の王華県に一行はやってきます。
 その土地は、天竺国の皇帝の一族のひとりである王華王が治めています。
 玄奘たちは、手形に印をもらうために王宮を訪問します。王華王は遠い唐の国から高僧がやってきたと喜び、玄奘たちを食事に招きます。
 しかし、玄奘の供である孫悟空たちが姿を見せると、その恐ろしい姿に王華王は奥に引っ込んでしまいました。

 代わりに現れたのが、王華王の三人の王子です。
 三王子には武芸の心得があり、孫悟空たちに挑みかかります。しかし、孫悟空、猪八戒、沙悟浄は食事をしながら、簡単に三王子をあしらってしまいます。
 その強さに驚いた三王子は、自分たちに武芸を伝授して欲しいと、孫悟空たちに頼み込みます。
 玄奘はそれを許し、一行は王華県の王宮に逗留することになります。

 孫悟空たちは、三王子の気を活性化させて、自分たちの得物を貸して武芸を教えます。(孫悟空の得物は「如意金箍棒」、猪八戒は「鉄把」、沙悟浄は「降妖宝杖」)
 三王子は、わずか一日で驚くべき上達をします。
 稽古の終わった三王子は、遣わせてもらった武器を模造したいので、数日貸して欲しいと頼みます。孫悟空たちは自分たちの武器を渡します。

 三王子は、早速、子飼いの鍛冶師に借りた武器を渡しますが、それを千里眼で覗いていた妖魔が、孫悟空たちの得物を盗んでしまいます。

(この『西遊記』のエピソードは、本来は89回の「九霊元聖」のエピソードに続きますが、本作品については、91・92回の「避寒・避暑・避塵大王」のエピソードを(なぞら)えた小話に繋がります。)


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 第110話 武闘会の奉仕女【避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)
730 闘技場の女たち


 孫空女は、みんなとともに闘技場の外の出入口から闘技場の地下に通じる階段を降りていった。

 少し階段を進むと、先に頑丈な鉄格子があった。鉄格子には十名ほどの兵がいる。

 鉄格子の先には、さらに地下に潜る階段があった。

 

「関係者以外の見送りはここまでらしいから、ここでお別れだよ、沙那に孫空女。まあ、お前らに限って、不覚を取ることはないだろうが気をつけな。わたしと朱姫は観客席から見物しているからね」

 

 宝玄仙が言った。

 一緒にやってきたのは宝玄仙と朱姫と陳嬌(ちんきょう)だ。

 闘技会に闘士として参加する孫空女と沙那を送ってきたのである。

 そして、今日は二日にかけて行われる天下一闘技会と呼ばれる闘技会の第一日目だった。

 

 ここまで一台の馬車に乗ってやって来たが、さすがは武の国と称される帝国の都だけあって、道行く場所のあちこちに大小の闘技場が見えた。

 その中でも、この闘技場はもっとも大きなものであり、反対側の一般見物客用の出入口には、道が見えないくらい大勢の人間が闘技場に入ろうと列をなしていた。

 一方で、裏側にあたるこちら側には、孫空女のような闘士や関係者、あるいは貴賓者用の入り口しかないので、正門側に比べれはひっそりとしているという印象だ。

 

 この闘技会に参加する闘士は約六十人ほどであり、各地区の予選会で勝ち抜いた闘士と、三皇子推薦の闘士が今日から二日の闘技会に参加する。

 明日の本選に残れるのは十六人だけであり、勝ち残りで今日二試合ほど戦って、両方に勝った者のみが明日戦えるのだ。

 また、予選免除で参加することになっている闘士は、釘鈀(ていは)皇子推薦ということになっている孫空女と沙那、第一皇子の金箍(きんか)皇子自身、第三皇子の降妖君(こうようくん)とその推薦の数名ということになっているようだ。

 

「頑張ってください、沙那姉さん、孫姉さん。明日は素蛾も来れると思いますから、今日で負けて終わるなんて寂しいことにならないでくださいね」

 

 朱姫がにこにこしながら言った。

 

「まったくだよ。あの釘鈀も、仮にも自分の闘奴隷ということになっているんだから、第一日目からちゃんと見物しに来いと言いたいねえ。やってくるのは皇帝天覧の二日目だけというんだから、冷たいよね」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 

「で、殿下は闘技会のような血生臭いのが、お、お好きではないのです……。そ、それに、劉姫様のことがありますから……。そ、そっちの治療が……ふう……」

 

 陳嬌が腰をもじもじと動かしながら言った。顔は赤く、すでに汗びっしょりだ。

 無理もない。

 ここまで乗ってくる馬車の中で、陳嬌はさっそく宝玄仙の洗礼を浴びたのだ。

 すなわち、陳嬌は、馬車の中で下着を取りあげられ、膝までの下袍に包まれた股間に、縦に割る縄の結び目を喰い込まされていた。

 しかも、宝玄仙は、その縄瘤に強い掻痒剤を塗ってもいた。

 

 時間とともに効果を発揮する宝玄仙の掻痒剤は、いよいよ陳嬌を苦しませているらしく、陳嬌は握った拳を開いたり、閉じたりしながら、内腿をお互いに強く擦りつけるようにしている。

 あの気位の高い陳嬌が、人前であるのに関わらず、あんなにはっきりと悶えるような仕草をするくらいだから、余程に痒いに違いない。

 

 陳嬌の顔を見ていると、許されれば、いまにも股間を掻きむしるのではないかと思うほどに追いつめられている雰囲気だ。

 だが、陳嬌にはそれはできない。

 なにしろ陳嬌は、孫空女と沙那が釘鈀の闘奴隷として闘技会に参加する代わりに、その期間、宝玄仙の性奴隷として、『奴隷の刻印』を受け入れることになり、すでに、服の下の腹には宝玄仙の刻印が描かれている。

 

 すると、宝玄仙は、陳嬌に抵抗することを封じる命令を与えたうえに、強烈な掻痒剤をたっぷりと股間に塗って股縄をして、股間には自分では触れてはならないと命令を与えているのだ。

 だから、どんなに痒くても股間を掻けない陳嬌は、いまにもその場にしゃがみそうな気配だ。

 

「なにが、あの胴体女の治療だい。一生懸命に治療しているのは、うちの素蛾じゃないか。あいつは関係ないだろう」

 

 宝玄仙はそういうと、陳嬌の下袍の後ろから手を入れて、股縄を揺すり動かすような動作をした。

 

「はううっ──。み、見てます……。へ、兵が見ていますから……」

 

 陳嬌が必死になって訴えた。

 だが、縄が擦れて痒みが癒えていく快感で気持ちよさそうである。

 また、確かに、ここからは鉄格子の位置は離れているが、女が五人集まって話をしているのを兵が視線を向けていて、さらに陳嬌があられもない悲鳴をあげて悶えるのに奇異の目を向けている。

 

「ご、ご主人様……、本当に見てますよ……。やめてあげた方が……」

 

 沙那が慌てたように、兵の視線から陳嬌を隠すように立って、ささやいた。

 

「なに言ってんだい、沙那。お前もこいつには酷い目に遭わされたんだろう。たっぷりと仕返してやればいいんだよ。それに、こいつはいまから、このまま観客席の貴賓席にわたしたちを連れて行くんだよ。人前で痒みを癒してやらなければ、どこで痒みを癒すんだい」

 

 宝玄仙が陳嬌の下袍から手を抜いて、けらけらと笑った。

 

「わ、わたし、このまま観客席に行くんですか……?」

 

 陳嬌が驚いている。

 

「当たり前だよ──。なんのために、痒み剤を塗りたくってやったと思っているんだい。この宝玄仙の調教は優しくはないよ。今日の調教は、大勢の人間のいる場所で、こっそりと気をやる練習だ。その痒みは人の集まる観客席で癒させてやる。観客席に着いたら、自分で縄を擦って自慰をすることを許可する命令を与えてやるよ。なあに、心配ないさ。観客席は巨大な席が埋まるほど人でいっぱいになるらしいが、みんな闘技に夢中で股間をむさぼっているお前なんか見る者なんていないよ」

 

「そ、そんなあ」

 

 陳嬌が顔色を変えた。

 

「人前で隠れて自慰をするのが嫌なら、我慢して腰を振っているんだね。その痒みに一日耐えられるものなら耐えてみな。言っておくけど、この宝玄仙が調合した特別制の掻痒剤だからね。まだまだ、痒みなんて序の口だよ。もう少し時間が経てば、もっと痒くなるからね」

 

 宝玄仙がまた高笑いした。

 

「くうっ……」

 

 陳嬌が絶望的な表情をしている。

 自分や沙那に寸止め拷問をして奴隷の刻印を強要した陳嬌だが、孫空女も少しだけ同情する気分になった。

 よりにもよって、大変な相手の刻印を受け入れる羽目になったものだ。

 しかも、今日は沙那も孫空女もそばにはおらず、宝玄仙と一緒にいるのは、宝玄仙よりもさらに調子乗りの朱姫だ。

 

 陳嬌が宝玄仙の奴隷の刻印を受け入れたのは一昨日であり、昨日一日はみんなで陳嬌を玩具にして遊んだものの、あまりにも過激になりすぎるときには、沙那と孫空女が静止をかけていた。

 しかし、今日はその沙那と孫空女はいない。

 宝玄仙と朱姫のふたりに挟まれて、奴隷の刻印で逆らえない陳嬌が観客席でどんな目に遭うのか、想像して余りある。

 孫空女も他人事ながら本当に心配だ。

 

「それにしても、素蛾が来れないなんて、本当に残念です」

 

 朱姫がまた言った。

 素蛾は釘鈀とともに、劉姫という手足と舌を切断された女の看病をしていて、こっちには来られなかったのだ。

 なにしろ、最初は切断された手足を宝玄仙の道術で復活しようとしたのだが、思いのほか、女が手足などを消失させられたときにかけられた「呪い」が強力であり、宝玄仙の道術でも単純に復活できなかったのだ。

 宝玄仙の『治療術』は、物理的に切断されたりしたものなら簡単に復活できるのだが、道術で失われたものは、難しい術式が必要ならしかった。

 それでも時間をかければできるとは言っていたが、素蛾のあの不思議な舌で舐めると、なぜか簡単に舌が復活したのだ。

 

 素蛾が宝玄仙の道術陣を受け入れることで得た舌の「癒しの治癒」の能力は、「呪い」のようなものに対しても有効らしい。

 昨日一日で素蛾は、あの女の舌と両手の復活を終え、今日は両脚に取り掛かっている。

 だから、一緒には来られなかったのだ。

 

「……と、とにかく、手続きをしてきます……。さ、沙那さんと、孫空女さんは一緒に……」

 

 痒みで苦しそうな陳嬌が、孫空女たちを連れて鉄格子の門の前までやってきた。

 陳嬌が兵とやり取りをして、やがて鉄格子が開かれた。

 

「で、では、よろしくお願いします……」

 

 陳嬌が鉄格子越しにそう言った。

 孫空女と沙那は、鉄格子の内側に入ったが、陳嬌は向こう側に残っている。

 本来は、陳嬌も釘鈀の闘奴隷である孫空女と沙那を管理するという役割があるので、鉄格子のこちら側に入れる「関係者」なのだが、陳嬌は宝玄仙の相手をしなければならないので一緒には来ない。

 

「行こうか、孫女」

 

 沙那が声をかけてきた。

 孫空女は沙那とともに、さらに地下に潜る階段を降りていった。

 やがて、大きな広間のような場所に着いた。

 

 むっとするような汗の匂いと、同時に男女の交合特有の性の匂いが立ち込めていた。

 そこには、数十人の筋肉隆々の闘士が集まっていて、それぞれに武器の手入れや身体に油を塗ったりして戦いの準備をしている。

 沙那と孫空女が広間に降り立つと、その闘士たちが一斉にこっちに目を向けた。

 そして、ざわめきが起きた。

 

「新しい奉仕女か──? なんという別嬪だ──」

 

「おい、こっちを抜いてくれ──」

 

「いや、俺が先だ、女──」

 

 いきなり、十人ほどの闘士がやってきた。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「な、なによ、近寄るんじゃないわよ──。やるの、あんたら──?」

 

 剣を持っていた沙那が剣を抜いて、男たちに刃を向けた。

 孫空女の得物の『如意棒』は耳に隠している。

 とりあえず、孫空女は、沙那の背後に立って静観する態勢をとった。

 こっちに向かってきた闘士たちは、眼が血走っているものの、喧嘩でも売ろうという雰囲気ではない。

 危険な雰囲気はあるが、それは血生臭いこととは別のものの気がする。

 

「な、なんだ? 剣を持ってるぞ──。だったら、こっちの栗毛は闘士なのか?」

 

「じゃあ、こっちの赤毛が奉仕女だな」

 

 集まった男たちがざわめいている。

 

 奉仕女──?

 

 なんのことだろう。

 

「わたしたちはふたりとも闘士よ。戦う場は闘技場の上でしょう? それとも、いきなり、ここで戦うの──?」

 

 沙那が大きな声をあげた。

 闘士たちが当惑した表情をした。

 そのとき、集まった輪を掻き分けるように誰かがやってきた。

 闘士たちが左右に分かれ、群がっていた闘士たちの真ん中に道が作られる。。

 

 やってきたのは豪華な装飾のある具足をつけた男だ。

 闘士のひとりのようだが、明らかにほかの者とは雰囲気も具足の豪華さも異なる。

 しかも、付き人のような者を十名ほど従えている。

 

降妖君(こんようくん)様──」

 

 闘士たちが軽く頭をさげた。

 降妖君──?

 確か、第三皇子がその名のはずだ。

 

 釘鈀からは、闘技場の控え室である地下では、出場選手のひとりでもある降妖君に孫空女と沙那の面倒を頼んでいると教えられていた。

 その降妖君が目の前にやってきた。

 

「離れろ、お前ら──。こいつらは出場選手だ。奉仕女が欲しければ、向こうの幕の奥だ。そこに行け──。それに、こんなところの奉仕女に、こんな美女が来るわけないだろう。お前らの精を抜いてくれる女は、幕の奥だ──。だが、股ぐらは使うな。性病になっても知らんぞ。口で抜いてもらえ」

 

 降妖君が声をあげると、闘士たちはがっかりした声をあげながら散っていった。

 

「お前らが釘鈀皇子の闘奴隷の孫空女と沙那か──?」

 

 降妖君が値踏みをするような視線を向けてきた。

 

「沙那と孫空女です、殿下」

 

 沙那が武器を収めて、両膝を着いて頭を下げた。

 それを見て、慌てて孫空女も両膝を床につけて頭を下げる。

 しかし、降妖君はそれを見て、面喰ったような表情をした。

 だが、すぐに顔を綻ばせた。

 

「ここでは儀礼は無用だ。俺はお前たちとも戦うことになるかもしれない出場闘士のひとりだしな。皇族も貴族も闘奴隷の隔ても、ここにはない。ついでに言えば、俺は“殿下”ではない。この国では、殿下と呼ばれるのは、第一皇子の金箍(きんか)皇子と第二皇子の釘鈀皇子だけなのだ。だが、殿下も悪くないな」

 

 降妖君は笑って、孫空女たちに立つように言った。

 孫空女と沙那は立ちあがった。

 

「……だが、そんな格好をしているから奉仕女に間違われるのだ。今回の闘技会には、ほかにも黄獅姫(おうしき)という名の女闘士も参加しているが、奉仕女に間違われる騒動はなかったぞ。なんで、そんな軽装でやってきたのだ。具足はどうした? ましてや、お前なんか武器も持っておらんのか?」

 

 降妖君が不審な顔をした。

 孫空女と沙那は臍上までの長袖の上衣と下袴といういでたちだった。

 足には革靴を履いている。つまりは平服だ。

 しかも、臍の部分は刻印が描かれているので肌を露出している。

 奴隷の刻印は、露出するのが決まりなので、ほかの男の闘士も刻印のある腹については剥き出しだったが、確かに、さっきの男たちも目の前の降妖君もしっかりと革の具足を身に付けていた。

 

「具足はここにあるものを遣えると聞きましたので、とりあえず、武器だけ持ってきたのです。彼女もです」

 

 沙那が孫空女を促したので、孫空女は耳から『如意棒』を出して伸ばした。

 

「ほう……。霊具の武器か──。まあいいだろう。それにしても、武器だけじゃなく、具足も普通は持参するぞ。こんなこところにある共用の具足など二束三文の安物だ。そんなことも、釘鈀殿下は教えてくれなかったのか?」

 

 降妖君が呆れた声をあげた。

 

「は、はあ……」

 

「まあいい──。お前らの控室はあそこだ──。本当は闘奴隷でも、個室の控室は、名のある一流闘士しか与えられないのだが、お前らの場合は釘鈀殿下に特別に頼まれているからな」

 

 降妖君は壁際に並んでいる扉の番号のひとつを言った。

 それは孫空女と沙那が自由に使える部屋らしい。

 

「おい、恵圭(えけい)、ちょっと来い──」

 

 降妖君が、遠くに向かって大きな声をあげた。

 さっき奉仕女がどうのこうのと言っていた幕の方向だ。

 そこから、口の上までを布で覆っている女がやってきた。

 目の部分は布が薄くなっているようだが、顔は袋状の布で包まれて、鼻までがすっぽりと布で隠されている。

 そして、背が曲がっていて、片脚を引きずっている。

 全身を覆う袋のような服を着ているうえに、顔を覆っているために年齢はわからないが、仕草は老女を思わせる。

 

「恵圭、お前はどうせ、奉仕女のお呼びもないし、暇だろう。このふたりに、この闘士控室のことを教えてやれ。釘鈀皇子のところの闘奴隷だ。だから、闘奴隷といっても礼はわきまえろ。失礼はするな」

 

「はい、わかりました」

 

 恵圭と呼ばれた女が軽く頭を下げた。

 意外に声は若かった。

 もしかしたら、老女ではないのかもしれない。

 

 そのとき、大きなどよめきが起きた。

 さっき、孫空女たちがやってきた階段から、ふたりの美女がおりてきたのだ。

 股間の付け根までしか隠してない短い下袍と肌も露わな薄物を着ていて、しかも、ふたりとも大きくて丸い乳房が完全に露出している。

 乳首には青と赤の宝石の装飾具があり、ふたりが艶かしく歩くたびに、乳房が揺れて乳首の宝石についている鈴がちりんちりんと音を立てている。

 

「こ、降妖君様、こいつらは奉仕女ですよね──?」

 

 一度は散っていった闘士たちが血相変えてまたやってきた。

 

「馬鹿たれ──。お前ら用の女じゃない──。金箍皇子専用の奉仕女だ。見てもいいが触るんじゃねえ──。おい、避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)、こっちだ。着いて来い──」

 

 降妖君がさっきのふたりの美女を連れて去っていった。

 ずっと遠くにある個室の扉の中でも一番広そうな部屋に向かっていく。

 そこが、第一皇子で今回の出場闘士のひとりである金箍の控室なのだろう。

 

 ふたりの美女が、周りの闘士たちに媚を売るように微笑みかけながら歩き去っていく。

 闘士たちもまるで、魂でも吸い込まれたような表情で、その肌も露わなふたりの美女たちに着いていく。

 孫空女と沙那は恵圭という布で顔を隠した女とともに、とり残された感じになった。

 

「恵圭よ。よろしくね……」

 

 周囲からほかの闘士たちがいなくなると女が頭をさげた。

 

「釘鈀皇子のところの女闘士が来るというのは耳にしていたわ。あんたたちだったのね。闘士というよりは、本当に娼婦でも似合いそう……。あっ、気を悪くしたらごめんね。身体の線は細いし、別嬪だからね。あんたたちみたいな闘士は初めて見るのよ」

 

 恵圭は口元を綻ばせながら言った。

 声も口調も若そうだ。

 曲がった背で老女を感じさせただけだったようだ。

 

「あなたも細いじゃないか。恵圭も闘士かい?」

 

 孫空女は言った。

 

「あたしは奉仕女よ。降妖君様がそう言っていたでしょう?」

 

 恵圭が笑った。

 

「奉仕女というのはなにさ、恵圭?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「説明よりも、見る方が早いわね……。まあ、いらっしゃい……。ところで、どっちが孫空女で、どっちが沙那なの?」

 

 恵圭がそう訊ねてから歩き始めた。

 孫空女と沙那も一緒に歩く。

 沙那が、自分が沙那で、こっちが孫空女だと応じた。

 

「ふうん……。ところで、あんたたち、もしかしたら、東方の出身?」

 

 恵圭が言った。

 

「東方? ああ、そうね。ここからだと東方に当たるわ。どうして?」

 

 沙那が答えた。

 

「さっき、両脚を床に付けた儀礼よ。あれは東方側の作法よ。女は両足、男は片膝をつくのよね。でも、こっちでは闘士や戦士は、女であってもそれをしないの。女闘士のあんたらが、躊躇なく両膝をついたから、もしかしてと思ってね。あたしも、東方の出身だから……。どこの国?」

 

「東方帝国よ」

 

 沙那が何気ない口調で言った。

 

「東方帝国?」

 

 すると、恵圭が立ち止まって声をあげた。

 

「あ、あたしも東方帝国の出身なの──。懐かしいわあ──。こんなところで、同郷の者に遭えるなんて……。あたしは帝都で暮らしていたの。その前は、もう少し北の地方都市なんだけど……」

 

 恵圭が嬉しそうな声をあげた。

 沙那が愛陽の出身だと告げ、孫空女も故郷の田舎村の名をあげた。

 恵圭も産まれ故郷の町の名前を告げて、本当に懐かしそうに微笑んだ。

 

「……でも、東方帝国のあんたらが、なぜ、こんなところに?」

 

 恵圭が訊ねた。

 

「ある人の供をしているんだ。まあ、さらに北に向かうんだけど」

 

 孫空女は言った。

 

「北って……。ここから北にはなにもないわよ、孫空女。魔域があるだけで……。まあ、いいわ。でも、嬉しいわね。もう、東方帝国には戻れないだろうけど、そこからやってきた人に遭えるなんて、こんなに嬉しいことは久しぶりよ……。ああ、なんていい日なんだろう」

 

 恵圭が感極まったような声をあげた。

 孫空女は、この恵圭が随分と若い女に違いないということを確信していた。

 しかし、なぜ、顔を隠しているのだろう?

 孫空女は訊ねてみることにした。

 

「なんで顔を隠してるのさ?」

 

 すると、恵圭が微笑みながら、布をはぐった。

 

「ご、ごめん……」

 

「あっ」

 

 孫空女と沙那はほぼ同時に声をあげた。

 布をはぐった顔は、確かに老女ではなかった。

 しかし、見事なくらいに顔が崩れている。

 眼の周りにはどす黒い痣があり、鼻はもげたようであり存在せず、小さな穴が顔の真ん中にあるだけだった。

 そして、さらに赤い吹き出ものの痕ようなものが肌にたくさん浮いている。

 

「少し前まで、ここから北の魔域にいたのよ……。そこで亜人相手の娼婦をしていたの。でも、病気になって死にかけて捨てられて……。それで、人間族の社会に流れてきたんだけど、まあ、こっちで助けてくれた人がいてね……。なんとか命だけは大丈夫だったんだけど、顔は病の影響でこのとおりよ……。でも、闘士相手の奉仕女だったら、口だけあれば仕事になるしね……」

 

 恵圭は布を戻して自嘲気味に笑った。

 

「ご、ごめんよ」

 

 孫空女は言った。

 

「いいのよ……。これは罰なんだから。裏切ってはならない人を裏切ったね……」

 

 恵圭は独り言のような口調で呟いた。

 

「それよりも、おいで、奉仕女の仕事を見せるわ」

 

 恵圭は幕に覆われた場所の前にやってきて言った。 

 

「このくそ女──。殺してやるぞ──」

 

 そのとき、幕の向こうから雄叫びのような怒声が聞こえてきた。






【注釈】

 恵圭(えけい)……再登場です。「70 裏切りの日」及び「71 十日置きの解毒剤」のエピソードを参照ください。


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731 奉仕女の仕事

「このくそ女──。殺してやるぞ──」

 

 幕の向こうから怒声が聞こえた。

 その声があまりにも興奮した声だったので沙那は驚いて身構えた。

 しかし、恵圭(えけい)がさっと前に出て、幕の向こう側に進んでいく。

 

 すると、中でひとりの闘士が暴れていた。

 その足元で背の低い女が髪を掴まれて倒れている。

 女は悲鳴をあげて泣いていた。

 なんと、男は下半身は裸身であり性器を露出している。

 ほかにも数名の闘士と何人かの女がいたが、闘士は騒動に笑っているだけだし、女たちはおろおろと暴れている闘士と女を囲んでいるだけという感じだ。

 

「ちょっと、何事なんですか?」

 

 恵圭が暴れている男をなだめるように歩み寄っていく。

 沙那には、この部屋がどんな目的の部屋なのかがすぐにわかった。

 幕に仕切られた向こう側は壁に面する突き当りになっているのだが、そこが衝立により十部屋ほどに分かれている。

 それぞれの小部屋には背もたれのない台のような木の椅子があり、何人かの闘士は騒動にもかかわらず、その椅子に腰かけて、女に性器を舐めさせている。

 奉仕女というのは、文字通り、闘士たちに性奉仕をする女のことだったようだ。

 

「ちょっと、興奮しないでください、闘士様。この女がどうかしましたか?」

 

 恵圭が暴れている男と女のあいだに割り込むように身体を入れた。

 

「どけよ、化け物女──。この女があまりにも気のねえ口吸いしかしねえもんだから、時間ばかりかかるだけで、ちっとも精が出ねえのよ。ふざけるんじゃねえよ。こっちも醜女しかいねえのを我慢してやってんだ。せめて少しは熱を入れて舐めやがれってことよ──。もうすぐ、試合だから速く精を出して、頭の熱を冷まさないとならねえのに、これじゃあ、逆に熱くなるだけじゃねえか」

 

 男は怒鳴った。

 恵圭は男の前に立ちはだかって、なだめるような仕草をしながら、床で泣いている女に向こうにいくように、ひそかに手で合図した。

 女が逃げるように駆け去っていく。

 

「あっ、待ちやがれ──」

 

 男が叫んで女を掴まえようとするのを恵圭が押しとどめた。

 

「待ってくださいよ、旦那さん。あたしが奉仕しますから。布を被ってますから、美女が奉仕していると想像してくださいよ。ねっ? いいでしょう」

 

 恵圭はそういうと、男の返事も聞かずにその場にうずくまった。

 そして、男の性器を口に含む。

 

「おっ?」

 

 すると猛々しかった男の様子が落ち着いたものに変わった。

 恵圭の舌の技巧が巧みなのだということは沙那にもわかった。

 その証拠に恵圭が男の肉棒を口にすると、明らかに男が欲情を示して鼻息を荒くしたのだ。

 恵圭は、沙那が見ていて信じられないように熱心に奉仕を続けた。

 やがて、男だけでなく、恵圭も興奮してきた様子を示しだした。

 

「んっ、んんっ……」

 

 やがて、恵圭は、耐えられなくなったように、口を遣いながら大きな鼻声をあげた。

 さらに、恵圭はしゃがんだ状態で両膝を立て、下袍を腰までまくり上げて正面の男に性器が見えるようにした。

 沙那と孫空女は奉仕部屋の入り口のところで、恵圭が男に奉仕するのを茫然と眺めていた。

 さっきの喧噪はもう消滅している。

 仕切りに阻まれた小部屋のあちこちでは、奉仕女に性器を吸わせる闘士たちの光景が再開されている。

 

「へへへ、お前、欲情してやがんのかよ。俺の珍棒はそんなにうめえか? 股倉でそんなに涎を垂らしやがって……。さしずめ、お前を相手にするような男もいねえから、股も干あがってるんだろうなあ」

 

 男が嘲笑した。

 それでいながら、もう男にもそれほどの余裕はないことは沙那にもわかる。

 

「ううっ」

 

 男が小さな声をあげた。

 恵圭の口の中に精を発したようだ。恵圭はそれをおいしそうな表情で飲み込み、さらに肉棒に垂れている精を舌で丁寧に拭き取った。

 

「おいしゅうございました。ありがとうございます」

 

 恵圭が床に正座をして頭をさげた。

 

「おう、お前、なかなか、口吸いが上手なんだな。顔が化け物だから遠慮していたが、それだけの舌があるんなら、次はお前を指名するぜ。とにかく、早く出したいからよ」

 

「お待ちしています」

 

 恵圭はまた頭を下げた。

 その闘士は満足そうに、沙那と孫空女の前を通り過ぎていった。

 

「……待たせたわね……。奉仕女とはこういうものよ。この場所は、これから闘う闘士たちの性器を吸って精を出させて、心を落ち着けさせるための場所で、あたしら奉仕女は、その道具ということね」

 

 恵圭が沙那たちの前に戻ってきた。

 さっきまで男の性器を舐めながら性的興奮を示していた様子は微塵も残っていない。

 

「ここは、戦う前に精を出す場所ということ?」

 

 孫空女が当惑した声をあげた。

 

「闘士の試合の直前に精を出すというのが最近の流行らしくてね……。最近じゃあ、どこの闘技場でも、奉仕女が待機しているわ。そのために、あたしらのような女が雇われているのよ。普通の娼家じゃあ、あたしのように顔の崩れた女じゃあ商売にもならないけど、ここなら女の顔なんかは関係なく、とにかく速く精を出したい男しかいないしね。技術があれば仕事になるのよ……」

 

「はあ……」

 

 沙那は生返事をしてしまった。

 

「でも、給金は安いわ。だから、まともな娼婦はここには来ないわ。まあ、ここに集められるような女は、娼婦も務まらないような二束三文の安物ということよ」

 

 恵圭が自嘲気味に笑う。

 

「でも、試合前に精なんか抜いて、気が抜けたりしないのかなあ……?」

 

 孫空女が言った。

 そんなことはどうでもいいだろうと沙那は思ったが、生粋の戦士の孫空女は、それを奇異に感じたのだろう。

 

「闘いの前に精を出すことで、頭が冷静な試合をすることができて有利なのか、それとも気が抜けて不利になるのかは知らないわね。まあ、金箍(きんか)殿下が闘士をされるようになってから、闘いの直前に精を抜く闘士が多くなったのは確かね……。帝都で最強の闘士でもある金箍殿下は、試合前に必ず精を抜くのよ」

 

「へえ」

 

 孫空女が頷いた。

 

「しかも、一日に一回じゃなくて試合ごとにね。ただ、精を抜くだけじゃないのよ。本当に試合ごとに女を抱くの。わりと有名な話で強い闘士でもある金箍殿下にあやかろうと、真似をする闘士が多くなったのよ」

 

 恵圭が笑いながら言った。

 

「……あんたたちもどう? 必要なら抜いてあげるわよ。これでも、昔は女を相手にする百合の性だって経験済よ」

 

 恵圭が冗談っぽく言った。

 彼女が軽口を使ったということは沙那にはすぐにわかったので、沙那はにっこりと微笑んだ。

 もともと、陽気で明るい性格なのかもしれない。

 さっきも怒っている闘士を相手に、見事に立ちまわっていたし、本来は人当たりがいい性質なのだろう。

 

「じょ、冗談じゃないよ──。試合前にそんなことしたら、動けなくなるよ」

 

 孫空女が真顔で言った。

 恵圭は一瞬、面喰った表情になったが、すぐに噴き出した。

 

「あなたって、愉快な人ね、孫空女」

 

 恵圭が明るく笑った。

 孫空女はきょとんとしていた。

 

 すると、そのとき、さっき男に痛めつけられそうになり、恵圭が庇った女がやってきた。

 どこかに隠れていたようだ。

 

「あ、あの、恵圭さん……。いつも、ありがとうございます。助かりました……」

 

 女が頭をさげた。

 “いつも”──というのは、恵圭がこういう厄介事があれば、いつもあいだに入って庇ったりしているということであろうか?

 いずれにしても、女が恵圭に寄せる視線には、恵圭に対する深い信頼が込められている気がする。

 

「構わないわよ。こんなあたしにできることなら……。でも、気をつけてね。闘いの前の闘士たちは気が立っているから、気が進まなくても、そんな素振りを見抜かれると、さっきのようになるから……。さっき、あたしがやるのを見ていたでしょう。あんな風にこっちも感じているような演技をしてやれば、向こうも喜んで大人しくなるわ」

 

 恵圭が言った。

 やっぱり演技だったのかと沙那は思った。そんな感じだった。

 

 それから、恵圭の案内で闘技場の控室である地下をぐるりと回った。

 軽食や飲み物を自由に口のできる場所も教えてもらった。

 今回は使わないということだったが、猛獣を入れている檻もある。

 

 やがて、再び個室の並ぶ控室の前に戻ってきた。

 恵圭とは、沙那と孫空女用にと宛がわれている部屋の前で別れた。

 なにかあれば、すぐに言ってくれと恵圭は言った。

 

 孫空女とともに、あてがわれている個室に入る。

 広くはなかったが、中にはほとんどなにもないので十分に広く感じた。

 調度品はなにもなく、壁の両側に木製の長椅子があるだけだ。

 

「さてと……。じゃあ、今日はここで二試合すればいいんだよね。午前中に一回、午後に一回だったね。まあ、勝ち残りだから負ければ終わりだけど、そのときは、ご主人様のきついお仕置きが待っているんだろうね」

 

 孫空女が苦笑しながら、首にかけていた水筒をおろして、長椅子のひとつに座った。

 沙那も反対側の長椅子に同じようにして座る。

 持ってきたのはお互いに武器のほかには水筒を一本だけだ。

 

「ところで、どうする、孫女? さっきの食べ物がある場所に行って、なにか口にしておく? あんたの試合の方が最初だったわよね。なにか持ってこようか?」

 

 沙那は訊ねた。

 陳嬌(ちんきょう)の説明によれば、二日にかけて行われる天下一闘技会の第一日目である今日で、約六十余名の闘士が十六名に絞られるらしい。

 午前中の試合で、まずは半分になり、午前中の試合で勝った者同士が午後に戦って、さらに半分になる。

 それで十六名だ。

 

 試合は、基本的に今日も明日も一対一であるが、今日は試合数が多いので、闘技場が四分割されて、同時に四試合が行われると言っていた。

 また、今日の試合の組み合わせはあらかじめ決まっていて、例えば、同じ釘鈀皇子推薦で出場している沙那と孫空女が戦うことがないというような処置がされている。

 ただ、明日の決勝の組み合わせは、皇帝による闘士謁見の直後に抽選で決まる。

 だから、今日勝ち残れば、明日はいきなり沙那と孫空女が戦うという可能性もあるかもしれない。

 

 まあ、命のやり取りはないことにはなっているということだが、使う武器は本物なので、腕や脚を斬り落とされるということくらいは普通らしい。

 しかし、道術による治療処置がなされるので、命さえ失わなければ、五体は復活するというだけの話だ。

 試合には審判がつき、どちらかが試合続行不可能と判断されれば、試合がとめられると言っていた。

 沙那はそういえば、試合中に相手の選手を犯すのは自由という、わけのわからない規定も追加されたということを思い出した。

 

「失礼します」

 

 扉が外から叩かれた。

 

「もう、試合かな? やけに早いね」

 

 孫空女が立ちあがって扉を開いた。

 外には籠を抱えた係員らしき若い男が立っていた。大き目の籠を両手で抱えている。

 

「武具をお持ちしました」

 

 係員らしきその男が部屋に入ってきて、持っていた籠を床に置いた。

 籠の中には革製の武具らしきものが積み重ねられて入っていた。

 

「武具? 頼んでないわよ」

 

 沙那は言った。

 共用の武具があると聞いていはいたが、さっき降妖君(こんようくん)が二束三文の安物だと言っていたし、それで動きが取られるくらいなら、このまま平服で戦おうと考えていたのだ。

 

「いえ、おふたりの主人様からお預かりしました。これを身に着けるようにということです。この武具は、肌に直接身に着けるものなので、そのように装着してください」

 

 その男はそれだけを告げると、部屋を出ていってしまった。

 沙那と孫空女は呆気にとられて、お互いを見つめてしまった。

 

「あたしらの主人って、ご主人様のことかなあ……? でも、武具を指定するなんて言ってなかったよねえ」

 

 孫空女が籠に入った武具に手を伸ばしながら言った。

 

「まあ、気紛れな人だから……」

 

 沙那も手に取ってみた。

 

「な、なによこれ──?」

 

 沙那は叫んだ。

 孫空女もひっと短い悲鳴をあげた。

 入っていたのは武具というよりは、ただの革製の胸当てと半下袴だ。半下袴もほとんど脚の付け根までの丈しかなく、それが二組あり、ほかにはなにもない。

 

「は、肌に直接身に付けろって言っていたよねえ」

 

 孫空女が泣きそうな顔をしている。

 沙那も赤面しそうだ。

 こんなものだけを肌につけるというのは、ほとんどの肌を露出して、下着で戦うのも同じだ。

 

「ご主人様ったら──」

 

 沙那は声をあげてしまった。



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732 妖女ふたり

 降妖君(こんようくん)が、金箍(きんか)の控室に置いていったのは、肌もあらわなふたりの美女だった。

 

「ほう、避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)か──。なかなかの美女だな。降妖君も粋なことをする」

 

 金箍はほくそ笑んだ。

 闘士として戦うときには、頭の血が沸騰するようにたぎる。

 血が昇りすぎて相手が見えなくなるほどにもなるのだ。

 だから、それを鎮めるために、金箍は闘いの直前に精を抜くことを習慣としていた。

 

 だが、試合前にゆっくり女を抱くわけにもいかないので、とにかく速く精を出してしまう必要がある。

 だから女ならどれでもいいというわけにもいかず、それなりの女を事前に準備して連れてくることが多かった。

 しかし、今回の天下一闘技会では、主催している降妖君が金箍のために特別な女を準備するということだった。

 それが、この避寒子と避暑子のようだ。

 

 確かに特別な女だ。

 これほどの美貌と妖艶さと併せ持つ女は、高級娼婦にもないだろう。

 ふたりを部屋まで連れてきた降妖君は、金箍の試合はまだ先だからゆっくりしていいと、意味ありげに言って去っていった。

 

 金箍の控室はほかの者の三倍はある。

 寛ぐための椅子があり、卓があり、複数の女を同時に抱くための大き目の寝台もある。

 部屋奥には、道術で湧き出している湯舟もあるのだ。

 金箍はその広い控室に、ふたりの美女のとの三人だけで残されたということだ。

 

「よろしくおねがいします、殿下」

 

 ふたりが頭をさげた。

 顔が似ている。

 

「お前たちは姉妹か?」

 

 金箍が訊ねた。

 

「わたしが姉の避寒子です」

 

「わたしは妹の避暑子です」

 

 それぞれが言ったが、双子かと思うほどによく似ている。乳首に宝石の装飾具と鈴をつけており、避寒子と名乗った方は赤い宝石で、避暑子は青い宝石だ。

 それで見分けるしかなさそうだ。

 

「下を脱げ。上はそのままでいい」

 

 金箍は言った。

 ふたりは下は腿の半分ほどの丈の短い下袍で、上は乳房を剥き出しにした薄物だった。

 ふたりが下袍を脱ぎ、横の椅子の背にかけた。

 驚いたことに、髪はふたりとも黒のくせに、陰毛はそれぞれ宝石と同じ赤色と青色だった。

 

「まずは技巧を見せよ。寝台にあがれ」

 

 金箍は柔らかい寛ぎ用の椅子に背もたれたまま言った。

 まだ、精を出すのは早い。

 午前中の最初の試合も始まっておらず、金箍の試合までは、二刻(約二時間)ほどあるはずだ。

 ふたりはすぐに寝台にあがったが、寝台にあがってこようとしない金箍に当惑の表情を見せだした。

 

「どうした? 早く技巧を見せんか──。これは試験だと思え。夜の愉しみのための女ならいざ知らず、闘士が闘技場で抱く女は、男の精を速く抜く技巧を持っておらねばならんわ。ただ、見た目がいいだけでは務まらんぞ。早く性の技を見せよ」

 

 金箍は座ったまま言った。

 

「は、はい……」

 

「で、でも……」

 

 ふたりが顔を見合わせている。

 技巧を見せよと言われても、金箍が寝台にあがってこないからだろう。

 しかし、すぐに、寝台をおりる素振りを示した。

 

「勝手におりるな──。性の技を見せよと言っているのだ」

 

 金箍は怒鳴った。

 ふたりがびくりと身体を竦ませたが、困惑もしている。

 

「あ、あのう……。旦那様はこっちにやってきては頂けないのですか?」

 

 避寒子が言った。

 

「技巧を見せて、俺が合格だと判断しなければ抱かんと申しておるだろうが──。世話のかかる女たちだ。そのままではできんのか? ならば、待て──」

 

 金箍は道術で手元に淫具を取り寄せた。

 双頭の張形という淫具だ。張形の両端が男根を模したかたちになっていて、女同士で愉しむための性具だ。

 ふたりの女が同時に挿入感を味わえる仕掛けになっている。

 金箍はふたりの真ん中にその淫具を放った。

 

「わ、わたしたちに媾合(まぐわ)えというのですか? わたしたちは姉妹だと申しましたが……」

 

 避寒子が目を丸くした。

 避暑子もびっくりしている。

 

「姉妹なのがどうした? さっさとやらんと酷い目に遭わせるぞ──」

 

 金箍が大きな声をあげると、ふたりが諦めたように顔を見合わせた。

 

「股をこっちに向けろ。膝を曲げて股を左右に開くんだ。そして、お互いの股に手を持っていけ。それぞれに相手の股を弄ってやれ」

 

「ああ、そんな……。姉妹なのに……」

 

「避寒お姉さん……」

 

 それでもふたりは大きく開いている相手の股に手を伸ばすと指を使い始めた。

 

「ああ、こんな……」

 

「変な気持ち……。はああ……」

 

 しかし、すぐに避寒子と避暑子が甘い声をあげ始めた。そして、すぐに陶酔したような官能の表情を見せる。

 

 ふたりが甘い声を出しながら悶えはじめる。

 だが、妖艶なふたりの姉妹が抱き合う姿は、金箍もぞっとするほどの美しさだった。

 やらせた金箍も、思わず生唾を飲んでしまった。

 やがて、避寒子と避暑子は、すっかりと快感に包まれたようになり、ふたりの股の淫液が相手の指にまとわりつき始めた。

 

「いいだろう……。妹が張形をつけろ。姉の股に挿して犯せ」

 

 金箍は面白い見世物でも眺める気持ちになって言った。

 確かに、それは愉快な余興だった。

 なにしろ絶世の美女姉妹が、双頭の張形を挟んでお互いに媾合いをするのだ。

 もうふたりは逆らう様子は見せなかった。

 避暑子はすでに濡れている自分の女陰に張形の半分を挿入すると、姉の避寒子を寝台に横たえて脚を開かせた。

 

 姉妹で媾合いをさせられるのは屈辱であるようなことを仄めかしながらも、一方でちゃんと結合部分が金箍に見えるように計算して身体を置いている。

 もしかしたら、さっきの嫌がる素振りそのものが、金箍の嗜虐心を刺激するための演技なのかもしれない。

 そうであるとすれば大したものだ。

 

「お姉さん……」

 

 股に双頭の張形を挿した避暑子が避寒子の身体に覆いかぶさった。

 避寒子はかなり大き目に股を開いている。

 やはり、金箍に見せつけるためだろう。

 

「ふううっ、はああ……」

「はああ……」

 

 ふたりが同時に息を吐いた。

 避暑子の張形は見事に避寒子の膣を根元まで貫いたのだ。

 ふたりの腰が艶めかしく動き出した。どちらが責めているとか、責められているとかいうものはない。

 ふたりが上下から上体を反らして相手の膣にできるだけ深く張形を潜り込ませようと抉り動いている。

 金箍はその淫靡さと、淫靡の中の美しさに息を飲んだ。

 

「ああ、いいわ、避暑……はああ……」

 

「素敵よ、避寒お姉さん……ああ……」

 

 ふたりが淫らな声をあげながらむさぼるように股を擦り合う。

 また、ふたりの乳房も接し合って、乳首と乳首を軽く擦るように動かしている。

 ふたりの乳首についている小さな鈴がちりんちりんと音を立て、それが腰の揺れと重なり、まるでなにかの音楽のようだ。

 金箍はだんだんとふたりに惹き込まれている自分を感じていた。

 しばらくすると、ふたりが激しい女の反応を示して、大きな声をあげた。

 

「ああ、いくうううっ」

 

「わ、わたしもいくううう──」

 

 そして、互いの裸身を抱き合い、ぶるぶると身体を震わせると見事に同時に昇天した。

 ふたりの美人姉妹がもつれ合うあまりもの淫靡な光景に、金箍は最初の予定を忘れた。

 気がつくと、興奮で金箍自身も寝台にあがっていた。

 

「だ、旦那様……嬉しゅうございます。やっぱり、旦那様の精が欲しいです」

 

「わたしも……」

 

 ふたりがあっという間に相当の張形を外し、金箍の身体を奪い合うように抱きついてきた。

 女たちから両側から奪われるように、金箍は服が脱がされた。

 全裸になった金箍の一物はすでにそそり勃っていた。

 

「わたしを先に……」

 

「いえ、わたくしこそ……」

 

 すっかりと欲情したふたりが両側から金箍に抱きついてきた。

 いつの間にか金箍はふたりの美女に押し倒されていた。

 先に上に乗ってきたのは姉の避寒子だった。

 避寒子が騎乗位の姿勢で金箍の怒張を深々と股で咥えた。

 

「ううっ」

 

 金箍は呻いた。

 膣がまるで生き物のように下から金箍の一物を揉みあげるのだ。すぐに金箍は精を出す寸前に追い込まれた。

 

「ああ、旦那様……」

 

 一方で妹の避暑子がうっとりとした表情で金箍の胸に舌を這わせ出した。

 

「ほおおっ」

 

 金箍は精を放っていた。

 こんなにもあっさりと精を放ったのは、これが初めてではなかったか。

 快感に包まれながら金箍は思った。

 

「次はわたしにも精をください。お姉さんだけというのは狡いです」

 

 避暑子が拗ねたような口調で言った。

 避寒子が金箍の身体からどき、間髪いれずに、避暑子がまだ硬度を保っている金箍の性器を股で咥えてきた。

 

「こ、これはなんだ──?」

 

 またもや金箍は声をあげた。

 避暑子の股の中は、まるでたくさんの触手でも生えているかのようだった。

 それらがうねうねと動き、金箍の一物を無数の小さな触手の先端のようなもので揉み始めたのだ。

 避暑子の中で逞しさをすぐに取り戻した金箍の一物は、早くも二発目の精の迸りに襲われた。

 

「ううっ」

 

 そして、金箍は果てた。

 快感という生易しいものではなかった。男根が避暑子の股に溶けていくような感覚だ。金箍はすでに夢心地だった。

 

「さあ、次はわたしでございます。もう一度、わたしに精を……」

 

 すかさず、避暑子が金箍からおりて、避寒子が再び、金箍の性器を咥え直した。

 信じられないことだが、金箍の性器はあっという間に元気になり、またもや絶頂の予兆に包まれ始めていた。

 

「うおおおおお」

 

 あまりの快感に、金箍は吠えるような声をあげた。

 

 

 

 

(第110話『闘技場の奉仕女』終わり、第111話に続く)







【西遊記:91・92回、避寒・避暑・避塵大王】

 玄奘一行は、天竺国の金平府という城郭にやってきます。
 そこでは、三日間続く祭りの真っ最中でした。玄奘も祭りの灯火を見物をして愉しみます。
 そして、祭りの最後には、仏が降臨して献上をした油を持っていくのだと説明を受けて興味を抱きます。
 やがて、祭りも佳境を迎えます。
 灯火が消滅して、何者かがやってくる気配が近づきます。

 一方で、人々が祭典を訪れる仏だと思い込んでいたのは、実は、避寒(ひかん)避暑(ひしょ)避塵(ひじん)という三人の妖魔の大王でした。
 彼らは、仏のふりをして、自分たちが大好きな油を献上させていたのです。
 三人は、祭りの見物人の中から玄奘を見つけて、玄奘ひとりを油とともにさらってしまいます。

 洞府(隠れ処)に玄奘を連れ帰った三人は、彼を裸にして、何者なのかと訊問をします。
 玄奘は震えながら、自分が唐からやってきた高僧であり、孫悟空、猪八戒、沙悟浄という供を連れていることを言います。
 三人の大王は、かつて天界にいた頃の孫悟空の暴れぶりを知っていて、その名にびっくりしてしまいます。

 そこに玄奘を追いかけてきた孫悟空が単身でやってきます。
 三人の大王と孫悟空の対決となりました。
 しかし、なかなか決着がつかず、さらに三大王の部下の総掛かりの攻撃を受けて、孫悟空はやむなく、玄奘を残したまま一時退却します。

 孫悟空は、今度は、猪八戒と沙悟浄を連れてきますが、そのふたりは大王たちに逆に捕らわれてしまいます。

 三大王の意外な強さに驚いた孫悟空は、天界に援軍を仰ぎます。
 天界の四将(角木蛟(かくもくこう)斗木獬(ともくかい)奎木狼(けいもくろう)井木犴(せいもくかん))の軍とともに戻った孫悟空は、今度こそ三大王の軍を打ち破ります。

 三大王は、部下を置いて、西海まで逃亡します。
 孫悟空は、さらに追撃をして、西海を守っていた二将軍(探海夜叉(たんかいやしゃ)巡回介士(じゅんかいかいし))も加勢して、ついに三大王を捕らえます。
 そのとき、避寒大王については、天界の一将に噛み殺されてしまいます。
 孫悟空は、捕らえた避暑・避塵大王を連れ帰りますが、そのふたりについても、猪八戒が首を斬ってしまいます。

 孫悟空は、府の役人たちに、長年にわたって油を献上していた相手は、妖魔だったことを説明し、今後は油を献上する必要はないことを伝えます。
 府の役人とともに、毎年、油を納めていた者たちは大喜びします。
 一行は、大勢の分限者のお礼の宴に毎日呼ばれることになりましたが、一箇月がすぎたところで、玄奘がぶち切れて、旅を再開することになります。


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 第111話 天下一武闘会の姦計
733 破廉恥具足の罠


 観客がわっと総立ちになって歓声をあげた。

 眼下の闘技場では、大きな闘技場が四区分されて、それぞれで闘士たちが戦っていたのだが、その中のひとつで、黄獅姫(おうしき)という女闘士が自分よりもひと回りも大きな男の闘士の両手を剣で切断して戦闘不能に追い込んだのだ。

 それに対する歓声だ。

 

「ほう、あの女闘士は強いねえ。孫空女や沙那とも、いい勝負になりそうじゃないかい」

 

 宝玄仙も周囲の観客たちに合せるように立ちあがって拍手を送った。

 

「まさか。孫姉さんや沙那姉さんたちの方がきっと強いですよ」

 

 朱姫も立ちあがって手を叩きながら言った。

 

「こらっ、陳嬌(ちんきょう)──。なにを座ったままでいるんだい。お前、見ていたのかい?」

 

 宝玄仙は、宝玄仙と朱姫のあいだに座らされて、歯を食いしばって小刻みに身体を震わせている陳嬌にからかいの言葉をかけた。

 

「あっ……? は、はい……」

 

 陳嬌は慌てたように立ちあがって拍手をした。

 もっとも、眼下の闘技なんか、いまの陳嬌の視界には入らないだろう。

 なにせ、陳嬌の股間にはたっぷりと強力な掻痒剤を塗っている。

 さっきまでは股縄までしていたのだが、それだけは外してやった。

 だが、宝玄仙を主人とする『奴隷の刻印』を腹に刻まされた陳嬌に、宝玄仙はまだ自分の股間には触れてはならないという命令を与えたままだ。

 だから、痒みが脳天まで達して、もうなにも考えられないし、見えないという状態だろう。

 全身は汗びっしょりで顔は真っ赤だ。

「そろそろ、自慰をしたくなったんじゃないですか、陳嬌さん? だから、ここに座ったときに、すぐに許可を受ければよかったんですよ。恥ずかしがってやらないから、また触るのを禁止されちゃたんですよ。どうします? 自慰をするんですか? それともまだ我慢するんですか?」

 

 朱姫がそう言いながら、立ちあがった陳嬌の下袍の中に後ろから手を入れたのが見えた。

 

「あっ、な、なにを──?」

 

 陳嬌がそれに気がついて、慌てて朱姫の手を阻もうと、朱姫の手首を掴んだ。

 

「おっと、忘れていたよ……。命令だ。わたしだけじゃなくて、朱姫のやることにも逆らわないんだよ、陳嬌。もちろん、朱姫の命令にもね。わたしの命令や行動と同じように、無抵抗で服従するんだ。いいね──」

 

 宝玄仙はにやにやしながら言った。

 

「そ、そんな……」

 

 宝玄仙だけではなく、朱姫からも逃れることができなくなった憐れな生贄が、絶望的な表情をして朱姫の手首から手を離した。

 

「うっ、な、なにを……?」

 

 陳嬌が顔をしかめた。

 朱姫の手は陳嬌の下袍の中でもぞもぞと動いている。

 どうやら、指で肛門を触っているようだ。

 肛門をいたぶっているというよりも、なにかを塗っているような感じだである。

 宝玄仙はほくそ笑んだ。

 

 ここは、たくさんある観客先の中でも十個ほどある特別な貴賓席である。

 屋根のほかに左右と背後には壁があって、ほかの席とは隔離されていた。

 だから、多少のことをしても、周囲からはわからない。

 

 宝玄仙たちがここにいるのは、本来は釘鈀(ていは)皇子用の貴賓席を使って見物しているからだ。

 釘鈀皇子の隣は、金箍(きんか)皇子用の貴賓席らしいが、本人が闘技会に出場しているために使用しておらず、その横の皇帝用の大きな席も今日は空になっている。

 ただし、ほかの貴賓席は貴族らしき男女とその護衛や家臣で埋まっていた。

 

 いずれにしても、隣の席とは壁があり、朱姫が陳嬌の下袍をまくって悪戯をしたところで、それを見ている者など間違いなく皆無だろう。

 足の下側には一般観客の席があり、びっしりと老若男女の観客が集まっているが、眼下の闘技に夢中で、わざわざ振り返る者などいない。

 しかし、白昼の闘技場で下袍の中に手を入れられて尻をいたぶられる陳嬌は、恥辱と羞恥で取り乱したように身体をもじつかせている。

 

「お尻の穴にも痒み剤をさらに塗り足してあげましたからね、陳嬌さん。もうすぐ、もっともっと痒くなりますよ。まだ、自慰をする気になりませんか?」

 

「う、うう……」

 

 陳嬌は声を震わせた。

 実はこの席に座ったとき、すぐに宝玄仙は自慰をしろといって、股間を触る許可を陳嬌に与えたのだが、陳嬌が躊躇したので、また手で触れるのを禁止だという命令を与えたのだ。

 それから一刻(約一時間)近くが経過している。

 もはや、あまりの痒みで頭まで朦朧としている気配だが、それでも暴れ出さないのは、陳嬌の精神力がそれだけ強いからだろう。

 だが、それも限界に違いない。

 

 一方で、眼下の会場では、黄獅姫という女闘士が引っ込み、腕を切断された闘士の応急処置も終わってその一角は次の試合の準備が始まったようだ。

 ほかの一角ではまだ戦いが続いているが、宝玄仙たちはほかの観客席と同じように椅子に座り直した。

 

「お、お願いです。自慰をする命令を与えてください……。もう、我慢できません……」

 

 座るとすぐに陳嬌が顔を俯かせたまま小さく言った。

 だが、宝玄仙はせせら笑った。

 

「自慰をする命令なんて与えないよ。わたしが与えるのは、股間を触ってはならないという命令の解除だけだ……。だけど、わかったよ。解除してやる。自由にしな。だから、自分の意思で自慰をするんだ」

 

 宝玄仙は笑いながら言った。

 

「くっ、くうう……」

 

 陳嬌が泣き声のような呻きをあげた。

 こいつも刻印の力により、無理矢理に自慰をさせられるのだったら、まだ気が楽なのはわかっている。

 だが、自分の意思で、こんな人の多い場所で恥知らずの行為をするのは、自尊心が耐えられないに違いない。

 しかし、それをねちねちといたぶるのが愉しいのだ。

 観念したような表情になった陳嬌の手がついに下袍の下に入った。

 

「もっと、まくったらいいですよ」

 

 朱姫が陳嬌の下袍に手を伸ばして、股間があらわになるように付け根までまくりあげた。

 

「ちょ、ちょっと──」

 

 陳嬌がいやがる素振りをしたが、さっきの宝玄仙の命令のためのそれ以上の抵抗ができないでいる。

 だが、一方で股間に伸びている陳嬌の指はとまらなかった。

 陳嬌の指は少しだけ開いた股間に差し込まれ、陰毛をかきわけてさらに奥に伸びる。

 そして、ぴちゃぴちゃと音を立てだした。

 あの掻痒剤はただ痒いだけでなく、強い媚薬の効果もある。陳嬌の身体は疼ききっていたに違いない。

 すぐに、もう一方の手も乳首の付近の乳房を揉みだした。

 両方の乳首にもたっぷりと掻痒剤を塗っているのだ。

 

「んんっ……んふう……」

 

 陳嬌の鼻息が荒くなった。

 宝玄仙はその淫靡な光景をぞくぞくするような高揚感で眺めていた。この女が気が強く、驚くほどに自尊心が高い冷徹な釘鈀の女執事ということはわかっている。

 それがこんな白昼の闘技場の席で、下袍をまくりあげられて自慰をするというのは、信じられないような屈辱と羞恥の極致だろう。

 そう思うと、宝玄仙の嗜虐心は大きな満足を覚えていた。

 だが、もう、陳嬌はそれも感じないのかもしれない。

 いまの陳嬌に襲いかかっているのは、怖ろしいほどの痒みと身体の疼きのはずだ。

 それだけが頭を占めて、ほかのことなど吹き飛んでしまっているのだろうか。

 その証拠に、一度自慰を開始した陳嬌は、もう周りなどなにも目に入らないかのように、一心に自慰に耽っている。

 

「ううっ、はっ……はっ……」

 

 陳嬌の反応が激しくなった。股間をまさぐる指と服の上から乳房を揉む手に力が入ってきたのがわかった。

 

 そろそろのようだ。

 

「……いくら自慰はしてもいいけど、達するのは駄目ですよ。命令ですからね──」

 

 すかさず朱姫が横から口を挟んで命令した。

 陳嬌がびくりと両手を停止した。

 

 まさに、自慰で昇天する直前だったのは、宝玄仙にもわかっていた。

 だが、そこに、いくら自慰をしても達してはならないという命令を与えることは思いつかなかった。

 

「そ、そんな……」

 

 陳嬌が呆然としている。

 宝玄仙は、朱姫の残酷な悪戯に大笑いしてしまった。

 陳嬌は、信じられないというような顔で朱姫を見ていたが、すぐにすがるような視線を宝玄仙に向けた。

 しかし、宝玄仙も笑いながら首を横に振った。

 

「それは面白いよ、朱姫。流石にお前だよ──。そうだね。いくらでも自慰はしな、陳嬌。遠慮なくね。ただし、絶頂は駄目だ。ぎりぎりでやめるんだ。絶頂できるのは今夜、沙那と孫空女が戻ってきてからにしよう。あいつらが許可をしたら、絶頂させてやるよ。お前があのふたりにやったことだろう? 同じ苦しみを味わいな」

 

 宝玄仙は笑いながら言った。

 

「そ、そんな……」

 

 陳嬌は愕然としている。

 いま、陳嬌の身体はおそろしいほどの性の疼きに苛まれているはずだ。

 それを発散直前で取りあげられたのはつらいというのはわかる。

 

「朱姫、薬剤を足してやんな。今度は淫乱剤だ。この女が暴れ出すくらいの強い媚薬を股間に足すんだ」

 

「わかりました、ご主人様……。じゃあ、作業が終わるまでお尻の自慰をしましょうねえ、陳嬌さん……。お尻は命令を与えてあげますよ。お尻に指を入れて自慰をしなさい。命令です。ただし、絶頂寸前でとめるんです」

 

 朱姫が言った。

 陳嬌はあっという小さな悲鳴をあげた。

 しかし、陳嬌の腰が半分浮き、そこから手首が入れられ、自分の下袍の下に指を入れたのがわかった。

 

「はあ、ああ……んんっ……」

 

 すぐに腰が動き始め、陳嬌の歯から嬌声が漏れ出す。

 

「さあ、塗りましょうね。この媚薬はきついですよ。すぐに自慰を始めないと狂ってしまいますからね」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら、まくれたままの陳嬌の股間に液剤を垂らし伸ばしていく。

 そのとき、わっという大歓声が起きた。

 ふと見ると、さっき女闘士の黄獅姫が戦った場所に、孫空女ともうひとりの男闘士が『移動術』で登場したのだ。

 

「まあ、孫姉さん、あの恰好どうしたんでしょう?」

 

 朱姫が愉しそうに声をあげた。

 

「さあ、なにをとち狂っちまったんだろう。突然、露出狂にでもなったのかね、あいつ」

 

 宝玄仙はほかの熱狂的な観客に合せて、立ちあがって拍手をしながら笑った。

 孫空女は足にサンダルを履いているほかは、まるで下着のような革の胸当てと腰布をしているだけの姿だったのだ。

 露出の多い孫空女の姿に、客たちは喜んでいる。

 相手の男は孫空女と同じで棒を持っている。身体の大きい豚のような男だ。

 ふたりが構えたのがわかった。

 だが、その孫空女の身体が突然にがくりと沈んだのがわかった。

 

 

 *

 

 

 地下の控室から地上の闘技場までは『移動術』で向かうということだった。

 試合の時間になると係の者が呼びに来て、道術師のいる場所まで行き、対戦相手とともに地上に跳躍させられるのだ。

 地上に着けば、そのまま試合開始だ。

 別に試合開始の合図はない。

 審判は闘技場の外にいて、どちらかが戦闘不能と判断したら、その審判が旗をあげる。それで試合終了だ。

 

 孫空女は、対戦相手とともに、地下から闘技場に道術で跳躍した。

 集まっている観客はせりあがった観客席に立錐の余地のないほどにびっしりと埋まっていた。

 屋外である競技場には昼の陽射しが差し込み、闘技場を明るく照らしてもいた。

 こんなに解放感のある場所で、しかも、大勢の客が見ているところに、下着のような姿で出ていくのは恥ずかしかった。

 

 孫空女が地上に立つと大歓声があがった。

 それが自分の恰好に向けられているものだというのは肌で感じる。

 こんな格好を強要した宝玄仙に恨みのような感情が沸き起こった。

 見上げると正面の観客の真ん中あたりに、貴賓席のような場所がある。

 そこに宝玄仙が見えた。朱姫と陳嬌もいる。宝玄仙と朱姫が孫空女の格好に笑っているのまで見えた。

 

「ひひひ……、わざわざと犯されやすい恰好で来たのか、美人の姉ちゃん?」

 

 相手の豚のような大男が卑猥な表情をしながら棒を振り回しながら距離を詰めてきた。

 

「う、うるさいよ──。ちょっと都合があるんだよ──」

 

 孫空女は吐き捨てた。

 すでに『如意棒』は持っている。

 それを構えようと身体を捩じった。

 そのとき、不意に下着の中でなにかが動いた。

 

「ひっ」

 

 びっくりした。

 革地の下着の内側が急にもそもそを動き出したのだ。

 最初に感じたのは、羽毛のような柔らかい感触だ。

 それがさわさわと胸当てと下着の内側の乳首や局部をくすぐるように動いた。

 さらに、次の瞬間には、肉芽の周辺の部分が盛りあがり、突起のようなものが出現して左右から掴むように捩じり動く。

 また、柔らかな羽根の感触だった下着の内側の感触が変化し、小さな触手でも密集しているかのようにうごめき始める。

 背中を電撃のような痺れが駆け抜けた。

 孫空女は思わず腰が砕けて、がくりと片膝を落とした。

 

「な、なに、これ──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 すると、一瞬で股間を責める感触が変わって、今度は柔らかい粘性の物質で揉まれる感じになり、すぐにまた羽根でくすぐる感触に戻った。

 

「ひっ、な、なにっ? こ、これなにさ──?」

 

 孫空女は悲鳴をあげた。

 なにが起きたのか、孫空女にはまったく理解できなかった。

 とにかく、孫空女が動くと胸当てがさわさわと乳首をくすぐったり、もんだり、触手で弄るようなおかしな刺激を与えてくるのだ。

 股間も突起と触手と羽根と粘性のもので代わる代わる刺激される。

 さらに、肉芽がこれでもかというようにくりくりと動かされた。

 

「ん、んんっ──」

 

 孫空女は動けなくなった。

 動くとさらに強い官能の刺激が孫空女を襲うのだ。

 

「なにを呆けてやがる──」

 

 強い衝撃を右肩に感じた。

 

「し、しまった──」

 

 肩に激痛を感じた。

 孫空女の身体が後方に飛ばされた。

 強い痛みが右肩を襲う。

 

 もしかしたら、肩の骨が砕けたかもしれない。

 気がつくと、孫空女は『如意棒』を手放していた。

 とにかく、孫空女は宙で身体を捻って体勢を整え、辛うじて倒れるのだけは防いだ。

 

「はううっ」

 

 だが、着地とともに肉芽が抉られてまた腰が砕けた。

 しかも、さらに男の棒が横から襲いかかるのが見えた。

 孫空女は自ら身体を伏せて、それを間一髪で避ける。

 だが、またもや下着の刺激に翻弄されて、動きをとめてしまった。そこに棒が降ってくる。

 孫空女は転がって避けた。

 

「はあんっ」

 

 だが、それを邪魔するように股間が刺激を追加する。孫空女の身体は刺激のたびに感度があがっていき、ついには甘い声を出してしまった。

 

「面白い、姉ちゃんだなあ──。感じているような変な声ばかりあげやがって……。俺の一物がおっ勃つじゃねえか──」

 

 豚男が笑いながら棒を振る。

 とにかく、孫空女は距離を開けようと、大きく後ろに転がり避けた。

 激しく動くと、それに合わせるように革製の下着の武具の刺激も激しくなるが、孫空女は歯を食いしばってそれに耐えた。

 

 とにかく、かなり距離が開いた。

 手放していた『如意棒』のところにも辿り着く。

 右手を伸ばして握ろうとしたが、やはり骨が折れている。

 腕は痺れたように動かない。

 

 豚男が突進してくる。

 時間はない。

 孫空女は意を決した。

 こんなおかしなものを身につけて戦えるものか──。

 

「ご主人様、恨むからね──」

 

 孫空女は左手で胸当てを脱ごうとした。こんな淫具のような革の下着を身に着けて戦うくらいなら、全裸で戦おうと決心したのだ。

 

「あれっ?」

 

 だが、孫空女は声をあげてしまった。

 

 脱げない──。

 

 下着が肌に張りついたように動かないのだ。

 

「そ、そんな……」

 

 孫空女は腰の革の下着にも手をかけた。

 やはり動かない。

 

 これは道術の力だ──。

 この革の下着に与えられている霊気が、勝手に脱衣することを拒否しているのだ。

 

「もらったぜ──」

 

 次の瞬間、孫空女は豚男の体当たりを受けていた。

 頭をそのまま地面に叩きつけられる──。

 衝撃で目がくらんで一瞬、なにも見えなくなる。

 

「さあ、今回の試合では相手を犯すのは自由になってるからな」

 

 豚男が仰向けになっている孫空女の身体に馬乗りになった。

 その豚男が腰の武具を外す。

 そして、片手で孫空女の身体を押さえつけ、もう一方の手で器用に、自分の下履きの下袴をおろす。

 

「な、なんだ、お前──?」

 

 孫空女は顔が引きつるのがわかった。

 豚男はいきなり下袴をおろして一物を出したのだ。

 その一物は孫空女の知っているどの肉茎よりも巨大であり、亀頭などまるで大蛇の頭のように横に張り出している。

 

「これをぶち込んでやるぜ──。観客たちも大喜びだろう……」

 

 豚男がその肉棒を自ら擦った。

 すると、さらに肉棒が巨大になった。

 さっきので勃起状態ではなかったことに孫空女も目を丸くした。

 

「ふ、ふざけるなよ──」

 

 孫空女は下から拳を突きあげようとした。

 あんなものに犯されるなど冗談じゃない。

 

「ふああっ」

 

 だが、またもや下着が孫空女の敏感な乳首や局部を翻弄する。

 それで孫空女は満足に動けなくなった。

 

「どうしたんだ? なんだか動きがおかしいな。まあいいだろう──」

 

 豚男は手を後ろに伸ばすと、股で押さえつけている孫空女の腰に手をやって、下着越しに孫空女の股を激しく擦り動かした。

 

「だめえええ──」

 

 孫空女は絶叫した。

 脳天を貫くような衝撃が走り、孫空女の身体に快感の槍が貫いた。

 孫空女は豚男に馬乗りにされたまま、背中をのけ反らせて絶頂してしまった。

 

「くらえ」

 

 その孫空女の顔に豚男の拳が上から叩き込まれた。

 

 

 *

 

 

「ご主人様と朱姫姉さん……」

 

 声がした。

 総立ちになった観客の大歓声の中で、辛うじて聞き取れた声の持ち主は素蛾だった。一緒に釘鈀の部下の男がひとりついてきている。

 

「ひっ」

 

 陳嬌がびっくりして、座ったまま身体を跳ねさせたのがわかった。

 ここで自慰に耽っていた陳嬌は、壁のある貴賓席の個室の中に誰かがやってくることは想像していなかったに違いない。

 それは宝玄仙も同じだったが、朱姫がすかさず陳嬌のまくれた下袍を直したので、素蛾も一緒にいた部下も陳嬌の痴態には気がつかなかったようだ。

 

 それよりも、眼下の闘技に目をやっている。

 なにしろ、動きの不自然な孫空女がなすすべなくやられて、豚のように太った大きな男闘士に馬乗りにされているのだ。

 ここからではよく見えないが、もしかしたら、あの豚男は孫空女を犯すつもりなのではないだろうか?

 それに対して、孫空女はなぜかまったく抵抗できないでいるようだ。

 

「どうしたの、素蛾? もう、あの劉姫(りゅうき)さんの治療は終わったの?」

 

 朱姫が言った。

 

「まだです。でも、釘鈀殿下が闘技会を見に行っていいと許してくださったのです。ここにおられる部下の方に馬車で送っていただきました」

 

 素蛾が言った。

 

「そうかい。じゃあ、一緒に見ようか。そこに座りな」

 

 宝玄仙は素蛾を朱姫の隣に座らせた。

 

「では、私はこれで」

 

 素蛾を連れてきた釘鈀の部下が頭をさげた。

 しかし、それを宝玄仙は留めた。

 

「まあ、そんなに急いで行くことはないさ。お前も一緒に見ていけばいいよ……。ねえ、陳嬌?」

 

 宝玄仙は意地悪く言った。

 陳嬌の顔は引きつっている。

 ほかの部下にそばにいられていは、自慰で股間を苛んで痒みと疼きを慰めることもできないからだ。

 自ら絶頂寸前で自慰をやめなければならないという縛りをかけられているとはいえ、まったく刺激しないではいられないはずだ。

 だが、釘鈀の部下ということは陳嬌の部下でもある。

 その自分の部下にそばにいられては、また耐えるしかない。

 

 あるいは、薬剤の影響に耐えられずに、部下の視線の横で自慰をするのだろうか?

 それとも、あくまでも我慢して、痒さと疼きで頭が狂う方を選ぶか?

 面白いことになった。

 いずれにしても見ものだ。

 宝玄仙の嗜虐心が疼く。

 

「あれは、孫姉さんですか……。あっ、危ない──」

 

 素蛾が声をあげた。

 宝玄仙も視線を戻した。

 馬乗りにされた孫空女が上から豚男に顔を殴られている。

 すでに孫空女はぐったりとしている。

 

「こ、こらっ──。そ、孫空女──気合入れないかい──。そんな豚、転がして鞠みたいにしてやりな──」

 

 宝玄仙も驚いて大声をあげた。

 だが、その声はほかの歓声に紛れて孫空女には届かない。

 それに、孫空女はここから見ていると、すでに虫の息にも思える。

 さっきまでは、もう少し抵抗もしていたが、それも垣間見られなくなった。

 

 そのとき、さらに大きな歓声が闘技場を包んだ。



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734 全裸の女闘士たち

 口の中に血の味が拡がり、視界がぐにゃりと曲がった。

 孫空女の身体に馬乗りになった豚男は、それでも容赦なく孫空女の顔めがけて拳を叩き込んできた。

 すべての音が掻き消える。

 

 だか、一瞬後に歓声が復活した。

 しかし、頭が朦朧として、全身が痺れたように動かない。

 どうやら、殴られすぎたようだ。

 

「少しでも動いたら、また容赦なく殴ってやるぜ。殴られるのがいやなら、じっとしてな」

 

 豚男がせせら笑いながら、また上から孫空女の頬を横殴りにした。

 

「ぐあっ」

 

 口の中から血が噴き出た。

 どうやら自分の歯で口の中を深く切ったようだ。

 

「こ、こらっ──。そ、孫空女──気合入れないかい──。そんな豚、転がして鞠みたいにしてやりな──」

 

 そのとき、大歓声の中から宝玄仙の野次が聞こえた。

 耳のいい孫空女は、大歓声の中から宝玄仙の声を拾いあげたのだ。

 

 それにしても、言ってくれるじゃないかと思った……。

 動きを封じるようなえげつない革の下着さえ身に着けていなければ、こんなに一方的にやられはしないのだ……。

 

 そのとき、豚男の手が革の胸当てを掴んだ。

 そして、呆気なくそれは引き千切られて外れた。

 孫空女のふたつの乳房が露わになる。

 

 闘技場が大きな歓声で包まれた。

 孫空女はびっくりした。

 

 大観衆の前で乳房を剥き出しにされたことはどうでもいい。

 それよりも、道術の力で張りついたように取れなかったこのいまいましい胸当てが外れたことに驚いたのだ。

 

「……し、下も取って……。お、お願い……。し、下も……」

 

 孫空女は豚男に思わず哀願していた。

 どうやら、この霊気の込められた革の下着の責め具は、自分では脱げないが、他人には簡単に脱がすことができるようだ。

 

「おっ、なんだ? 早く犯されたくなったのか……? これが欲しいか? だが、いいのか? 一度、これに犯されれば、ほかの男とはもう愉しめなくなっちまうぜ」

 

 豚男が巨根を見せつけるように手で振った。自信たっぷりの表情だ。

 

「う、うん……。待ちきれないんだ……。は、早く、脱がせて……。お、大きいの……い、いいね……」

 

 孫空女としては精一杯の媚を込めて言った。

 内心では反吐が出そうだ。

 下着を脱がしてもらった瞬間に、この豚を蹴りまくってやろうと決めた。

 とにかく、いまは、この豚男に頼るしかない。

 孫空女はできるかぎりの愛想笑いをしてみた。

 

「わかった、わかった……」

 

 豚男が相好を崩して、孫空女の乳房に手を伸ばしてきた。そして、ぐにゃぐにゃと乳房を揉みほぐしてきた。

 

「ふわっ──、な、なにやってんのさ──。し、下……。下を脱がせてったら……はあっ──」

 

 孫空女は乳房から拡がる淫情の波に耐えながら抗議した。

 だが、さんざんにおかしな下着に翻弄された乳房は、すっかり感覚が鋭くなってしまって、豚男の無骨な手つきでも官能の痺れをあっという間に拾いあげてしまった。

 孫空女は甘い声をあげて、身体をよがらせてしまう。

 

「まあ、物事には順番というものがあるのさ、女……。犯すのはもう少しお前の身体を愉しんでからだ。いまはこれで我慢しな……」

 

 豚男が片手を乳房から離して背中側に持っていった。

 そして、孫空女の股間を、革の下着の上からぐいと指で強くなぞった。

 

「ふくうううっ」

 

 孫空女は押さえつけられている身体を海老反りにして跳ねあげた。

 豚男の指に感じたのではない。豚男の指が下着を押さえることで、下着の内側がうねうねと動き、孫空女の股間を淫らに刺激したのだ。

 

「ははは……とんだ、淫乱女だぜ──。そんなに待ちきれねえか──。まあいい──。だったら、望み通りにしてしてやるぜ」

 

 豚男が大笑いしながら、孫空女の革の下着に手をかけた。それが引っ張られて股間から外れた。

 孫空女は必死で腰を浮かせて、下着が脱げていくのを助けた。

 革の下着が腿までさがった……。

 

「こ、こん畜生──」

 

 孫空女は、全部脱がされるまで待たなかった。

 上体を跳ね起こして、豚男の鼻めがけて頭突きを思い切り食らわせた。

 

「ぐああっ」

 

 すっかりと油断していた豚男は、鼻から血を噴き出させながら後ろ向きにひっくり返った。

 孫空女は腿までずり下がっていた下着を脱いで、その場に放り捨てた。

 

 大歓声に包まれた。

 裸だろうが、大勢の観客が見ていようがもう構わない。

 

 豚男が鼻を押さえて、よろよろと立ちあがった。

 孫空女は豚男に駆けた。

 

 右手は動かないが、全身に血がたぎって痛みはそれほどない。

 また、殴られ続けたためにまだ視界が定まらないが、それも豚男を蹴り飛ばすくらいのことは問題ない。

 呻き声をあげて立ちあがった豚男の脳天に、孫空女は力の限りの回し蹴りを食らわせた。

 豚男が地響きを立てて、その場に倒れる。

 

 顔を踏み潰してやろうと思ったが、豚男はその一発で、もう白目を剥いていてぴくりとも動かなくなってしまっていた。

 豚男が気絶したのは明らかだ。

 

 孫空女は大喜びの観客席の中から宝玄仙の姿を探し出して、左の拳を突きつけた。

 もう、こんな悪戯はやめてくれと告げたつもりだ──。

 すると、観客先の声が爆発した。

 そのとき、孫空女は歓声の中にかなりの嘲笑と野次が混じっていることに気がついた。

 

「わっ」

 

 はっとして声をあげてしまった。

 夢中になっていたので忘れていたが、孫空女は素っ裸だった。

 それにも関わらず、脚を拡げて拳を観客席に突きあげるような仕草をしてしまっている。

 孫空女は慌てて両手で裸身を隠そうとした。

 だが、右手はほとんど動かない。孫空女の身体に激痛が戻ってきた。

 

 ふと見ると、会場の外の審判が旗をあげている。

 孫空女の勝利が認められたのだ。

 腹がねじれるような感覚が襲った。

 『移動術』だ。

 周りから観客の歓声が掻き消えた。

 

 再び、地下の控室に戻ってきていた。

 試合前に転送された場所だ。何人かの係員と道術士がいる。

 闘技場とここを『移動術』の結界で結ぶ円形の台は周囲から一段高くなっていて、その周りはカーテンで隠されている。

 地下側の台の上に戻ってきたのは孫空女ひとりだ。

 豚男はいない。

 

 敗者はこの控室には戻らない。

 別の場所に転送されると聞いている。

 この地下の控室では、上の試合の状況はわからない。

 試合が終わって、ここに戻ってくるのが勝者の証なのだ。

 素裸で戻ってきた孫空女に、係員や道術士たちが目を丸くしている。

 

 構わず、孫空女は台からおりて、幕の向こうに出た。そのまま駆け去ろうとした。

 この『移動術』の転送部屋と闘士控室は、渡り廊下で繋がっていて、そこを走り抜ければ、控室のある場所に出る。部屋に戻れば服が置いてある。

 

「そ、孫女、どうしたのよ? あんた、素っ裸で──?」

 

 声に振り返ると、次の試合のための転送準備のために、転送のための台の下で待機をしている沙那がいた。

 さっきの孫空女と同じように、武器のほかには、革の上下の下着だけを身に着けた格好だ。

 どうやら、次の試合の転送のための待機をしていたようだ。

 

「わっ、あんた、怪我をしているじゃないの──? そ、そんなにやられたの? それに右の肩が変よ──。だ、大丈夫──?」

 

 沙那が孫空女の姿に目を丸くしている。

 孫空女は痛みをこらえて、沙那に駆け寄った。

 

「そ、それよりも、沙那。それ脱いで──。それを着て地上にあがると、肌に触れているところをいやらしく動いて責め始めるんだ。それで戦えなくなるんだよ──。大変なことになるよ──。とにかく、それは淫具の下着なんだ。脱いで──」

 

 孫空女は叫んだ。

 沙那は一瞬身体を硬直させたが、それだけですべてを悟ったようだ。

 慌てて下着を脱ごうとしたが、さっきの孫空女と同じように自分では脱げないでいる。

 

「沙那──。雷電──。時間だ。それぞれに目の前の円の中に入れ──」

 

 係の者が声をかけた。

 少し離れた場所で待機していた巨漢の闘士が二本の棍棒を振り回しながら雄叫びをあげた。

 どうやら、あれが沙那の相手らしい。

 相手は、沙那と孫空女の様子にちらりと視線をやってから、幕の向こうに消えて台にのぼった。

 

「ど、どうしよう、孫女。脱げないわ──」

 

 沙那は泣きそうな顔をしている。

 係員がもう一度、沙那の名を呼んで前進を促した。

 

「待って、沙那──」

 

 孫空女は、右肩の激痛を堪えて、動く左手で沙那の胸当てを引き千切った。

 さらに、腰の下着も引っ張る。

 なんとかと、股間からも革の下着をずりさげることができた。

 

「あ、ありがとう、孫女。ちょっと、服を着てくるわ」

 

 沙那が裸身を両手で抱いて駆け去ろうとした。

 

「待て、どこにいく、沙那──? 試合放棄で失格になるぞ──。試合放棄は懲罰もあるのだ」

 

 立ち去ろうとした沙那に向かって、係員が怒鳴った。

 

「あ、あんた、見てわかるでしょう──。服を着てくるのよ──。ちょっとくらい待ってよ──」

 

 立ち去ろうとしていた沙那が、係員の静止に腹を立てて立ち止まり、険しい顔をして怒鳴り返した。

 

「それが規定なのだ。この待機場所で試合相手と遭ったら、相手の武器や支度の状況がわかるだろう。だから、戻るのは禁止になっているのだ。相手に合わせて武器を交換したりするのを防ぐためだ。とにかく、そのままの武器と支度で戦ってもらうのが規定だ。外すのは構わないが追加は許されない。この場所から出ていけば、反則とみなすぞ」

 

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ──。武器なんて交換しないわよ。裸だから服を着てくると言ってんのよ──」

 

 沙那は喚いた。

 

「ええい──。もう、そのまま行くしかないよ。沙那、我慢しな──」

 

 孫空女は沙那を円の方向に、力いっぱいに押し出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ──。こ、こんなんで戦えるわけないじゃないのよ──。待って──」

 

 悲鳴のような抗議の声をあげる沙那が、カーテンの向こうで転送される気配を感じた。

 

 

 *

 

 

「あれっ? 見てくださいよ、ご主人様──。今度は沙那姉さんが出てきましたけど素っ裸ですよ──。さっきの孫姉さんといい、沙那姉さんといい、なにやってんでしょうねえ──?」

 

 朱姫がけらけらと笑った。

 宝玄仙も驚いていた。

 さっきは、下着みたいな恰好で孫空女が闘技場に現れたかと思ったら、今度は沙那は素っ裸だ。

 

「こらっ? 陳嬌(ちんきょう)、お前ら、おかしなことやってんじゃないだろうねえ──。なんで、うちの孫空女や沙那が、次から次へと下着姿や全裸でやってくるんだい──?」

 

 宝玄仙は隣の陳嬌に向かって怒鳴った。

 だが、陳嬌は、もう気が狂うほどの掻痒感に襲われているのか、宝玄仙の話などなにも聞いてはいないようだ。

 それどころか、すぐ後ろに部下の男が立っているのにもかかわらず、必死になって布の上から股を擦っている。

 もしかしたら、あれでばれないように股間を擦っているつもりなのかもしれないが、陳嬌が短い下袍の布の上から股間を懸命に擦っているのは、ひと目でわかる。

 

「んんっ、んっ、んっ」

 

 しかも、陳嬌は、どうやら痒みのために冷静な判断力を奪っているらしく、だんだんと嬌声のような鼻息まで荒くした。

 宝玄仙は嘆息した。

 これ以上は痒みに耐えさせるのは無理だろう。

 本当に狂うまで放っておいて、部下の前で恥をかかせるのも愉快かもしれないが、陳嬌が今後、釘鈀(ていは)の執事として振る舞うことができなくなっても気の毒だ。宝玄仙は助け舟を出してやることにした。

 

「素蛾、お前、一緒に来た男と孫空女のところに行っておいで──。どうやら、怪我をしたと思うからね……。お前の舌の力で負傷を癒してくるんだ。関係者以外の出入りは禁止されているが、陳嬌の姿に変身すれば入れるはずだ。それから、護衛だといって、その男にもついていってもらうといい」

 

 宝玄仙は言った。

 ここから見ている限り、孫空女はかなりの重傷だった。

 おそらく右手は完全に砕けていると思う。

 あの怪我を治すには宝玄仙の『治療術』か、素蛾の舌の癒しの力しかないと思うが、ここの闘技場の地下は、闘技場の運営以外の霊気が制限されていて、定められている道術以外のものを第三者がかけようとすると、それが闘技場にかかっている全体道術により、妨害される仕掛けになっているようだ。

 それは、闘士が道術を帯びて試合をすることで公平性が失われることを防ぐための処置であるらしいが、いずれにしても、宝玄仙の道術では都合が悪い。

 その点、素蛾の舌は普通の道術とは異なるために、闘技場全体の道術防止にも引っ掛からないと思う。

 素蛾には変身の指輪の霊具を渡してある。

 この前もうまく陳嬌の姿になっていたし、すっかりとあの変身の霊具の使い方は習得できたようだ。

 

「は、はい、すぐに行きます──。そ、そうですね。わたくし、孫姉さんのところに行ってきます」

 

 素蛾が立ちあがった。

 

「陳嬌──」

 

 宝玄仙は朦朧としている陳嬌の耳元で大きな声をあげた。

 

「は、はい──?」

 

 陳嬌がびくりとして背筋を伸ばした。

 慌てたように手を股間から除ける。

 

「聞いていないのかい──? 孫空女を治療させるから、素蛾をお前に変身させて、その男を闘士の控室に向かわせるよ──。ちょっと、素蛾に唾液を提供しな」

 

 素蛾に渡している宝玄仙の変身の霊具は、変身したい者の体液を吸えば変身できる。

 

「はっ、な、なんですか……?」

 

 陳嬌は顔をあげたが、なにがなんだかわかっていないようだ。

 

「失礼します」

 

 だが、素蛾がその陳嬌の前にやってきて、陳嬌の唇に吸いついた。

 

「んんっ?」

 

 陳嬌がびっくりして顔を逸らそうとしたが、すかさず、両側から宝玄仙と朱姫が陳嬌の身体を押さえた。

 素蛾は陳嬌の唾液を吸っている。

 陳嬌は眼を白黒させながらも、素蛾の唾液のもうひとつの効果である媚薬の力が身体に回って興奮しはじめた。

 しかし、すぐに素蛾は陳嬌から離れた。

 すでに素蛾の身体は、指輪の霊具の力で陳嬌そのものになっている。

 

「な、なんです?」

 

 陳嬌が欲情した顔のまま、目の前に現れた自分自身の顔にびっくりして声をあげた。

 

「本当に聞いていなかったのかい、陳嬌──? 素蛾をお前に化けさせて、下に行かせるからね。孫空女を治療させるんだ──。あれじゃあ、次の試合を戦えないからね──」

 

 宝玄仙は大きな声をあげた。

 

「あっ、そういうこと……。あ、あの舌の癒しで……。そ、そうですね。それがいいでしょう……。わたしの姿で行けば、闘技場も門番は素通りさせるはずです……。お前も一緒に行きなさい──」

 

 陳嬌がやっと話を理解したらしく、大きく首を上下させた。

 そして、素蛾をここまで連れてきた釘鈀の部下の名を呼んだ。

 釘鈀の部下がうなずく。

 

「では、行ってきます──。では、お願いします」

 

 陳嬌の顔になった素蛾が、部下の男とともに貴賓室を出ていった。

 

「ほら、邪魔者は立ち去らせてやったよ……。痒い場所を遠慮なく掻きむしりな」

 

 宝玄仙が言うと、陳嬌はすかさず下袍の中に手を入れて股を掻き出した。

 もはや、人目を気にする余裕もなくなってきたようだ。

 すぐによがり声を出し始めた。

 宝玄仙はその浅ましい姿に苦笑してしまった。

 

「沙那姉さんの試合が始まりましたよ──」

 

 朱姫が大声で叫んだ。宝玄仙は試合に意識を戻した。

 

 

 *

 

 

「ひいいっ」

 

 孫空女に押し出されて、闘技場に進む小さな円に進まされた沙那は、気がつくと、信じられないような数の観客の見守る闘技場に素っ裸で立たされていた。

 沙那は、全身が羞恥で真っ赤になるのを感じながら、片脚を曲げて股間を隠した。

 さらに、剣を持つ両腕を乳房を隠すように胸の前に持ってくる。

 

「いいぞ──」

 

「隠すな──。裸を見せたくて、裸できたんだろう──」

 

「もったいぶらずに、見せろ──」

 

 嘲笑と野次の嵐が沙那に襲いかかった。

 沙那はあまりの羞恥で気を失いそうになった。

 なにしろ、これだけの満員の闘技場で素っ裸で立っているのだ。

 そのとき、目の前まで、すでに相手の男が間合いを詰めていたことに気がついた。

 相手の持っている棍棒が横から沙那の身体を薙ぎ払った。

 

「うわっ」

 

 沙那は間一髪で身体を屈めて棍棒を避けた。

 しかし、すでに反対側からもう一本の棍棒が襲ってきている。

 巨漢のわりには身体の動きが素早い。

 

 これは、恥ずかしがっている場合じゃない──。

 沙那は覚悟を決めた。

 

 身体を隠すのをやめて、大きく股を開いて身体を沈めて、剣を上から下に払った。

 裸で動いているので乳房が揺れて肉と肉がぶつかる感触が伝わってきた。

 

「ぐああっ──」

 

 血飛沫が飛ぶ。

 沙那の剣先が巨漢の肩を大きく斬り裂いたのだ。

 棍棒の一本が巨漢の手から離れるのを確認しながら、さらに剣を薙ぎ払った。

 反対側の肩の腱も切断した。

 

「うぐうっ」

 

 男が両膝を地面についてうずくまった。

 すかさず、沙那は男の頭を剣を持っていない手で掴むと、膝で男の顎を下から思い切り蹴りあげた。

 男は呻きも発することなく、後方に倒れていった。

 沙那の勝ちだ──。

 

「は、早く──。わたしの勝ちよ──。下に送り返して──」

 

 沙那は裸体を両手で隠しながらその場にしゃがみ込んで声をあげた。

 塀の向こうの審判が旗をあげた。

 わっという歓声に包まれた。

 

「は、早く、送り返して──。早く、早く──」

 

 沙那は必死で両手で裸身を隠しながら叫んだ。

 やっと、沙那の身体を『移動術』特有の感覚が包んだ。

 

 周りの景色が一変した。

 地下に戻ったのだ──。

 沙那は転送台の上から、幕の向こうに駆けおりた。

 

「沙那様……」

 

 そこには、陳嬌が立っていた。

 両手に服を持っている。

 

「早かったですね……。さすがは沙那様です……」

 

 陳嬌はにこにことしている。

 

「……も、もしかして、素蛾なの?」

 

 沙那は待っていた陳嬌の姿の女に駆け寄った。

 姿と声は陳嬌だが、それが陳嬌でないことはすぐにわかった。

 雰囲気が違うし、陳嬌は沙那のことを“沙那様”などとは呼ばない。

 第一、陳嬌は、観客席で宝玄仙の洗礼を受けている最中のはずだ。

 こんなに、にこやかなはずはない。

 

「はい……。わたくしです……。こっちに来たんですけど、孫様に沙那様が裸で戻ってくるはずだから、服を持っていてやれと言われまして……」

 

 陳嬌の姿をした素蛾が服を差し出した。

 沙那の服が一揃いある。とりあえず、沙那はそれを受け取った。

 そばに衝立があったので、その向こうに飛び込む。

 

「では、わたくしは、孫様のところに戻ります。まだ、孫様の治療の途中なんです」

 

 衝立の向こうから顔を出して、素蛾が隠れて服を着ている沙那に声をかけてきた。

 

「孫女の治療のために、陳嬌の姿でやってきたの、素蛾?」

 

「はい──。陳嬌さんの姿でなければ、ここには入れませんし……。では、先にお姉さん方の部屋に戻りますね……。孫姉さんは肩の骨が折れていたみたいです……。それはわたくしの舌でかなり治ったのですが、完全に治るには、まだもう少しかかります。ほかにもあちこちを怪我をされています。じゃあ、行きますね……」

 

「あ、ありがとう」

 

 沙那が言うと、衝立の向こうから、素蛾が駆けていく足音がした。

 渡り廊下を向こうに走っていったようだ。

 たったいままで、沙那を素裸で闘技場に向かう台に押し込んだ孫空女に、ひと言、ふた言文句を言ってやろうと思っていた。

 だが、よく考えたら孫空女は沙那を助けてくれたのだと思った。

 あの孫空女がそんなに痛めつけられるくらいだから、あの下着のような革の具足は、孫空女や沙那の身体の動きをまったく封じるくらいにえげつなく責める淫具だったのだろう。

 それを考えれば、孫空女は恩人だ。

 沙那は服を身につけながら思った。

 それに、自分の治療の途中なのに、裸の沙那のことを思って、素蛾をここで待機させてくれたのだ。

 

「きゃあああ──」

 

 そのとき、控室のある方向から女の悲鳴がした。

 陳嬌に変身している素蛾の声に違いない。

 

「殿下、おやめください──」

 

 男たちの血相を変えた声もする。

 

「いやああああ──」

 

 また、素蛾の悲鳴が響き渡った。

 沙那は慌てて、物陰を飛び出した。



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735 ふたりの狂い皇子

 孫空女の待っている控室に戻ろうとした素蛾の正面から闘士がやってきた。

 付き人らしき者二名を後ろに従え、大きな剣と丸い盾を左右の腕に持っている。

 素蛾には、それが西方帝国の第一皇子の金箍(きんか)であることがすぐにわかった。

 面識はないが、天神(てんじん)国にいた頃に、王女として近傍の王族の名と顔は当然の知識として記憶させられている。

 素蛾は、壁に背中をつけ、軽く頭を下げて道を開けた。

 

 金箍が近づくとともに興奮したような荒い鼻息が聞こえてきた。

 かすかな唸り声のような声もしている。

 まるで肉食動物を思わせるような気配に、素蛾は少し驚いて、かすかに顔をあげた。

 

 そして、びっくりした。

 目の前を通過する金箍は明らかにおかしかった。

 まず、眼が血走っている。

 だらしなく開けた口からは、荒い呼吸とともに涎が垂れ落ち、また、顔は真っ赤で汗をたっぷりとかいていて、そこには知性の欠片も感じることができなかった。

 なによりも素蛾が驚いたのは、金箍の身体から漂う夥しい精液の匂いだ。

 ふと見ると股間が勃起して、具足のない下袴の前が大きく膨らんでいる。

 しかも、まるで尿を漏らしたかのように、膨らんだ下袴の前に大きな染みがあるのだ。

 たったいままで性交をしていたというよりは、いまも性交の途中であるかのような金箍の様子に、素蛾は呆気にとられてしまった。

 

「ああっ? お前は、釘鈀(ていは)のところの陳嬌(ちんきょう)だな──?」

 

 すると、突然に金箍が立ち止まって、壁に張りついていた素蛾に視線を向けた。

 素蛾は得体の知れない恐怖に、悲鳴をあげたくなるのを堪えて平静を保った。

 

「で、殿下、ご武運を……」

 

 素蛾はそれだけを短く言った。

 

「へへへ……、い、い、いつ見ても、いい女だな。て、て釘鈀のような軟弱者の執事をするのはもったいない……。お、俺の妾にならんか……。ちょ、ちょっと、味見をさせろ」

 

 金箍がいきなり、剣と盾を投げ捨てて、素蛾身体を壁に押しつけて、服の胸元を掴んだ。

 

「きゃああああ──」

 

 素蛾はびっくりして悲鳴をあげた。

 だが、圧倒的な力に、素蛾は身動きすらできなくなった。

 金箍が血走った表情のまま、素蛾の着ている服を片手で引き剥がす。

 

「いやあああ──、助けて──」

 

 突然に身体を押し倒された。

 上から金箍に馬乗りにされる。

 身体から服をむしり取られた。

 胸当ては身につけてはいなかったので、服を破られて一気に乳房を剥き出しにされた。

 

 犯される──。

 

 素蛾は思った。

 それよりも、生命の危険を感じた。

 

 金箍は明らかに正常ではない──。

 なにが起きたかわからないが、舌も満足に動いていないし、まるで性に狂った野獣のようだ。

 

 金箍の手が破れた下袍の下の下着にかかった。

 呆気なく引き破られる。

 素蛾は身をよじって逃げることもできなかった。

 

 少しでも抵抗すれば殺される──。

 そんな恐怖が素蛾を覆っていた。

 金箍が自分の下袴をずらして性器を露出させた。

 

 怒張は完全に勃起していて、しかも全体が精でたっぷりと濡れていた。

 凄まじい匂いだ。

 

「ひっ──」

 

 素蛾は顔が引きつるのを感じた。

 生まれて初めての醜悪な性に触れた気がした。

 

 怖い──。

 性交がこんなに怖いと思ったことはない。

 だが、いまはひたすらに犯されるのが怖い。

 素蛾は全身がすくんでなにもできなくなった。

 

「あ、あ、脚を開け──。さ、さもないと、か、顔のかたちが変わるまで殴るぞ、陳嬌──」

 

 金箍が下品な高笑いをした。

 

「殿下、おやめください──。釘鈀皇子のところの陳嬌様ですよ──。どうしたのですか──?」

 

「殿下、お気を確かに──」

 

 金箍の背後から、付き人のふたりが金箍の腕を掴みかかった。

 陳嬌に変身している素蛾から、金箍の身体を引きはがそうとする。

 

「じゃ、邪魔するな──。お、お、俺はこの女を犯したいのだ──」

 

 金箍が太い両腕を振った。

 ふたりの男が後ろの壁に叩きつけられてぐったりとなったのが見えた。

 素蛾は目を丸くした。

 一体全体、金箍はどうしたというのだろう──?

 とても、正常とは思えない。

 

「ま、股ぐらを開かんか──。そ、そそれとも、顔の真ん中に拳を叩きまれたいかあ──」

 

「な、殴らないでえ」

 

 素蛾は恐怖に包まれて、とにかく股を開いた。

 金箍が粗野な笑い声をあげながら、素蛾の股間に怒張の先端を突き立てた。

 

「うぐうっ──」

 

 素蛾は股が裂けるような激痛を感じて身体をのけ反らせた。

 なにしろ、ほとんど濡れていない股間にいきなり大きな怒張の先が挿さったのだ。

 そのとき、目の前を風のようなものが通りすぎたと思った。

 気がつくと、目の前から金箍の姿が消えていた。

 

「なにしてんだよ、この狂人──」

 

 そこにいたのは孫空女だった。

 金箍は、さっき金箍自身が付き人を叩きつけた反対の壁まで、孫空女から蹴り飛ばされていた。

 騒動を耳にした孫空女が、控室から駆けつけてきて素蛾を助けてくれたのだ。

 

「そ、孫様──」

 

 素蛾は嬉しくて名を呼んだ。

 

「大丈夫かい、お前?」

 

 心配そうな表情の孫空女が素蛾に視線を向けた。

 素蛾は起きあがって、孫空女の後ろにさがった。

 

「なにがあったの?」

 

 沙那もやってきた。

 

「で、殿下、大丈夫ですか? お前、な、なんてことを……。衛兵──。衛兵──」

 

 金箍が投げ飛ばした付き人が大声で衛兵を呼んだ。

 一方で、金箍は頭を壁に打ったようであり、呻いてはいたが、すぐには起きあがらなかった。

 だが、剥き出しになった怒張だけは隆々と勃起している。

 十人ほどの衛兵はすぐにやってきた。

 

「この女が金箍皇子を蹴り飛ばしたのだ。捕えよ──」

 

 金箍の付き人が声をあげた。

 

「な、なんだい──? 素蛾を……いや、陳嬌を襲おうとしたのはそっちの皇子だろう。ふざけるな──」

 

 孫空女が『如意棒』を大きくして構えた。

 金箍の付き人の指示によって、衛兵は孫空女に近づいたものの、孫空女が『如意棒』を衛兵に向けて威嚇すると、それ以上襲いかかってこない。

 だが、まだ、孫空女の右肩は本調子ではないことを素蛾は知っている。

 その証拠に、孫空女は左腕で『如意棒』を握って威嚇している。

 

 沙那がすかさず孫空女の隣に並んで、衛兵に剣を向けた。

 素蛾の前で、沙那と孫空女のふたりが、衛兵たちと向き合う態勢になった。

 

「お待ちください──待って──」

 

 そのとき、騒動の中心に誰かが転がりこんできた。

 このときにはほかの闘士たちも大勢やってきていて、野次馬となって人の壁を作っていたのだが、その人の壁を掻き分けるようにして、顔を布で隠した女が飛び込んできたのだ。

 

「で、殿下──、お、お気を鎮めください──。闘士様のたぎった血をお慰めするのは、あたしたち奉仕女の役目です。女を犯すのであれば、この者たちではなくて、あたしらを使ってください──。顔は醜女ですが、精一杯に務めますので、どうか、どうか──」

 

 顔を布で隠した女は、衛兵たちの持つ武器の前を通りすぎて、壁に身体を預けさせたままだった金箍に寄っていった。

 

「ば、馬鹿者──。殿下がお前のような奉仕女風情を相手にするか──。この化け物女が──。退がれ──」

 

 さっき衛兵を呼んだ金箍の付き人が汚らわしいものでも見るような視線をその女に向けて怒鳴った。

 

「んあっ、ほ、ほ、ほ、奉仕女か──? ちょ、ちょうどいい、股ぐらを拡げよ──」

 

 しかし、金箍は起きあがって、目の前に両膝をつけて頭をさげていた女の身体をいきなり掴むと仰向けに倒した。

 そして、女の両脚に手をかけると、がばりと脚を拡げさせて怒張を貫かせた。

 

 素蛾はその光景に恐れおののいた。

 金箍の姿はまるで狂人だ。

 まるで性に飢えた野獣のように、女をむさぼろうとしている。周囲も騒然としている。

 

 前戯もなにもない。

 素蛾は怖くて寒気さえ感じた。

 しかし、顔を隠した女は、素蛾さえ恐怖を覚えた金箍に平然と向かっていったのだ。

 素蛾はある種の感動を彼女に覚えた。

 

「ぎいいい──で、殿下──あ、ありがとうございます──ひぐうう──」

 

 乾いた膣に金箍の大きな一物をめり込まされる女は、その苦痛に悲鳴をあげている。

 だが、懸命に息を大きく吐いて、金箍の怒張を股で受け入れようとしている。

 そして、素蛾は眼を見張った。

 女の身体が金箍を受け入れ始めたのだ。

 おそらく、ほんの短いあいだに、自ら膣に愛液を滲ませたのだと思う。

 愛撫もなしにほとを濡らすことなど素蛾にはできない。

 素蛾は、そんな女の技にも、心から感心してしまった。

 

「はっ、はあっ、はっ」

 

 金箍が激しく律動を始めると、女はそれに合わせるように息をして喘ぎ始めた。

 やがて、金箍が小さな絶息する声をあげるとともに、身体を震わせた。

 女の膣に精を放ち終わったようだ。

 すると金箍は、女から怒張を抜いて、女を床に放り投げた。

 

「い、い、いくぞ──」

 

 金箍は何事もなかったかのように、下袴をはくと大剣と盾を手にして、転送部屋の方向に歩き出した。

 

「で、殿下、お、お待ちを──。殿下を足蹴にしたあの女は……」

 

 付き人がそう言っているが、金箍はすたすたと歩いていく。

 そして、そのまま行ってしまった。付き人も慌てて、それを追っていく。

 

「解散だ──。解散しろ──。持ち場に戻れ──。お前たちもだ──」

 

 声がした。

 素蛾には、それが降妖君(こんようくん)という西方帝国の第三皇子であることがわかった。

 衛兵たちもいなくなり、ほかの闘士たちも消えていった。

 

「た、助かったよ、恵圭(えけい)……。大丈夫かい……?」

 

 孫空女が床に身体を倒したままだった女に寄っていった。

 この女は恵圭というらしい。

 

「こ、これがあたしの仕事だしね……。まあでも、あんたも、いきなり、皇子を蹴り飛ばすなんて大概にしてよ。闘技の中でならいざ知らず、それ以外では皇子は皇子だからね。あんなことをすれば、本当に捕らわれて処刑されても仕方がないところよ……。本当に無茶をやる女ねえ、あんた」

 

 恵圭が身体を起こしながら言った。

 

「無茶をしたのはあいつだよ。素蛾をいきなり襲うなんて……。なに考えているんだよ──」

 

 孫空女はまだ怒っている。

 

「素蛾? 陳嬌様でしょう?」

 

 恵圭はびっくりしている。

 

「あっ……。いや、実は、彼女も仲間なのよ……。秘密にしていてね。これは陳嬌の姿を借りているだけで、本当は十二歳の少女なの……。変身の霊具で姿を変えているだけなのよ」

 

 沙那が慌てたように恵圭にささやいた。

 

「へえええ……。道術なの? へえええ……」

 

 恵圭は感嘆の声をあげた。

 

「あ、あのすごいです──。あっという間に男のものを受け入れる技が素晴らしかったです。ああいうことも女の身体はできるのですね? どうやって、愛撫もなしに膣を濡らしたのですか? その技のこつを教えてもらうことはできませんか?」

 

 素蛾は言った。

 

「はあ? なに、この女、あたしを馬鹿にしているの?」

 

 恵圭は不機嫌そうな顔になった。

 だが、孫空女が笑った。

 

「違うよ。素蛾は本気だよ──。素蛾は性奴隷候補生なんだ。一流の性奴隷になりたくて、勉強中なのさ」

 

 孫空女が笑いながら言った。

 

「ふうん……。変わった子ねえ。でも、本当に陳嬌様じゃなさそうね。まあいいわ。とにかく、あたしの粗末な服でよければ、破かれた服の代わりに渡せるけど、本当に粗末なものよ。どうする?」

 

「お借りします。ありがとうございます」

 

 素蛾は頭をさげた。

 

「ふうん……。じゃあ、とにかく、孫空女たちの控室に入っているといいよ。すぐに服を持ってきてあげるわ。そのときに、訊ねたいことには答えてあげるよ。確かに、あたしは性奴隷の先輩ということになるんだろうからね」

 

 恵圭は笑った。

 

「それにしても、あれでもこの国の第一皇子なの? まるで狂人じゃないの?」

 

 沙那が怒ったように言った。

 

「そうね……。様子がおかしかったわね。確かに、粗野で乱暴なお方だけど、闇雲に女に襲いかかるなんて話は聞いたことがいないわ。一体全体、どうしたのかしら? あんなに血が昇っている金箍皇子には初めて接するわ」

 

 恵圭が当惑したように言った。

 

 

 *

 

 

 降妖君は衛兵を解散させると、金箍の控室に入っていった。

 そこには、避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)が裸身で横たわっていた。

 だが、降妖君の姿を認めると、身体を起きあがらせた。

 

「順調のようだな」

 

 降妖君は言った。

 

「言われたとおりにやっております、降妖君様……。あの男はあたしたちの性狂いの道術にかけられて、ここにいた数刻のあいだは、ずっとあたしたちの中に精を注ぎ続けていたのですよ」

 

「もう、二十回や、三十回じゃ終わりません。でも、すごいですね。人間族の男であれば、あんなに続けて精を出せば、精が枯れるどころか、頭の線が切れて、死んでしまってもおかしくないのに、どんなに精を出しても、少し休めば回復するのです」

 

「きっと性の強さが特異体質なのかもしれませんわ。性狂いの道術にかけたことで、かえって人間離れした性欲を起こしてしまったようです」

 

 避寒子と避暑子が代わる代わる降妖君に言った。

 

「それでも、弱っているのは確かのようだな。さっきも赤毛の女に一発で蹴り飛ばされていた。いつもの兄者なら、いくらなんでも女の蹴りで飛ばされるということはないと思う……。いずれにしても、明日までに金箍兄貴を完全に無力化すればいいのだ。あの常軌を逸した様子からすると、お前たちの仕事はうまくいっているようだ」

 

 降妖君は言った。

 

「とにかく、金箍はあたしらの性に狂っております。おそらく、いつまでも手放そうとはしないでしょう。今夜も屋敷に連れ帰ると思います……。このまま性狂いをかけ続ければ、明日の朝には正常な判断ができなくなると思います……。なんとか、降妖君様の奴隷の刻印を受け入れるように仕向けます」

 

 最後に避寒子が言った。

 降妖君はその言葉に満足してうなずいた。

 

「頼むぞ。できれば殺すまではしたくない。兄者だしな。だが、無理をする必要もない。奴隷の刻印を受け入れるまでに正気を失わせることができない場合は毒で殺せ」

 

 避寒子と避暑子が無言で頷いた。

 金箍の控室を出た。

 

 その隣が降妖君の控室だ。

 中に入ると、黄獅姫(おうしき)がいた。

 怒りで身体を震わせている。

 

 黄獅姫がここにやってきているのは、降妖君が命じていたからだ。

 降妖君の闘奴隷ということになっている女闘士であり、実際に降妖君の奴隷の刻印を腹に刻ませている。

 降妖君は、黄獅姫だけでなく、全部で二十人近い降妖君の奴隷の刻印を刻んだ闘奴隷をこの大会に送り込んでいた。

 その中には、刻印のかたちを変えて、ほかの者の闘奴隷に仕立てている闘奴隷もいるが、彼らも実際には降妖君の奴隷であり、すべては降妖君のいいなりだ。

 

 降妖君がやろうとしているのは、明日の決勝に残る十六人の闘士のすべてを降妖君の奴隷の刻印を刻んだ者だけにすることだ。

 それが理想だ。まあ、そこまでいかなくても、それに近いかたちになればいい。

 二日目の最初には、決勝に残った闘士たちに、皇帝が直々に声掛けをする。

 つまり、そのときには、皇帝が決勝に残った十六人の闘士に近づくのだ。

 

 そして……。

 

 それを実現するために降妖君が集めた二十人は、いまのところ桁違いの強さを示しており、午後の試合にも全員が残っている。

 このままでいけば、うまく決勝に残る者を降妖君の闘奴隷で固められそうだ。

 

 だが、それを邪魔しそうなのは、いまのところ三人だ。

 邪魔な三人のうちのひとりは金箍である。

 だが、これについては、もう問題はない。

 すでに処置は終わっている。

 

 もうふたりは、意外にも釘鈀の送り込んできたふたりの女戦士だ。

 あのふたりが結構強くて、このまま放っておけば、決勝に残りそうな感じだ。

 午後の試合ではふたりとも降妖君の準備した者と戦うことになるが、なんとか負けさせたいものだ。

 まあ、女ふたりくらいが混じっても、どうということはないのだろうができれば消えて欲しい。

 

 午前中の試合では、念のために道術の具足を騙して身につけさせたのだが、孫空女はそれを切り抜けて勝ってしまった。

 沙那がそれを脱いで裸で戦うとは思わなかったが、まあ、あれはあれで、面白い余興になった。

 観客たちも大喜びだったから、興行としては成功だ。

 

 しかし、なんとか、二試合目で消えてもらう……。

 そうすれば、明日の決勝で企てている計画の準備が完全に整うことになる。

 

「下を全部を脱いで、尻を向けろ、黄獅姫──」

 

 降妖君は言った。

 黄獅姫は屈辱で顔色を変えたまま、降妖君に背を向けると具足を解いて、下袴を下着ごと足首までさげた。

 そして、壁に手を着いて脚を拡げる。

 

「こ、こんなこと約束違反よ……。ど、奴隷の刻印を受け入れたのは、試合に出るためであり、あんたにこんなことをさせるためじゃないわ」

 

「わかっているよ……。だけど、奴隷の刻印を受け入れるということは、どんなことにも逆らえなくなるということだ……。俺は未来の皇帝だぞ。まあ、下半身くらい提供しておけ。そうすれば、大きな見返りとなって戻ってくる……」

 

「で、でも、九霊(きゅうれい)様は……」

 

「九霊聖女にはなにも言うな──。余計なことを告げることを禁じる。いいな──。それよりも、自分で指で擦って濡らせ。準備ができれば言え。命令だ」

 

 降妖君は言った。

 黄獅姫の美貌が歪んだ。

 

 午前中の試合を見ていたが、男の闘士の両腕を容赦なく叩き斬るほどの女傑だ。

 こんなふうに奴隷の刻印で性奴隷にように扱われるのは不本意だろう。

 だから面白いのだ。

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 黄獅姫が甘い吐息を刻み始めた。

 壁に左手を伸ばして腰を突き出すような体勢のまま、右手を股間に伸ばして自分の股の愛撫を開始したのだ。

 

「一番、感じるように愛撫するんだぞ。自分の身体だから、どこをどう触れば感じるかはわかっているだろう。命令だ」

 

「げ、下衆が……。こんなこと九霊様が……はあ、はあ、はあ……」

 

「なにが九霊様だ。自分の部下をことごとく、俺に預けたのが、あいつの失敗だ。あいつの主立つ部下は、俺の刻印を受け入れて、俺の言いなりなのだぞ。そこにやってくるのだ。俺はあいつの部下たちに、九霊を殺せと命じることもできるのだぞ。お前にもな……」

 

「なっ──。ま、まさか──。きゅ、九霊様に手を出すつもりか──。う、裏切りを──?」

 

「裏切るつもりなどない──。なにせ最初から手を組んだつもりはないからな。ただ、亜人の力を利用しているだけだ──。もういい。お前たち奴隷は、なにも考えなくていい。俺の命令にただ従えばいいのだ」

 

「き、貴様……。ううっ、く、くうっ」

 

「命令しておくぞ。九霊ではなく、俺の命令に従え──。いいな──。ほかの闘士たちにもそれを命じ終わっている。もはや、九霊の部下は全部が俺の奴隷と化した。奴隷の刻印というものがどんなものかわからずに、部下に受け入れさせたお前の女主人が阿呆なのだ──。それよりも、そろそろ濡れてきたか? なかなか肌がいい色になってきたぞ、黄獅姫──。手伝ってやろう。抵抗するな。命令だ」

 

 降妖君は突き出している黄獅姫の尻の穴に無造作に指を突っ込んだ。

 

「くうう──。き、貴様──。そんなところに──」

 

 尻穴を愛撫してやると、黄獅姫の乱れがいよいよ激しくなった。

 黄獅姫自身が擦ってる股間からは水が跳ねるような音さえ始まった。

 そろそろだろう。降妖君は片手で自分の股間から怒張を出した。

 

「も、もう……だ、大丈夫……はあ、ああ……」

 

 黄獅姫が言った。

 降妖君は尻穴から指を抜き、黄獅姫の腰を両手で持った。

 

「もっと、腰をさげて、こっちに尻を出せ」

 

 降妖君の言葉に、刻印の影響で逆らえない黄獅姫の身体が沈んだ。

 その尻の下に沿うように降妖君は背後から怒張を黄獅姫の女陰に貫かせた。

 

「はあ、ああっ」

 

 黄獅姫の喰い縛った歯から悲鳴交じりの嬌声が漏れた。

 なんだかんだで、黄獅姫の身体は随分と淫乱なのを降妖君は知っている。

 この連中が降妖君の闘士ということで帝都にやってきて、すぐに降妖君はこの黄獅姫を犯したからだ。

 もちろん、奴隷の刻印の力で口封じをすることは忘れていない。

 

 律動を開始すると、すぐに黄獅姫は反応を示しだした。

 そして、さらにしばらく続けると黄獅姫の口からか細い声も漏れ続けるようになった。

 黄獅姫が降妖君に犯されて欲情しているのがわかる。

 同時に黄獅姫が感じている恥辱も感じる。

 

 黄獅姫たちは、九霊聖女という亜人女王と降妖君との密約に従って、人間の闘士を装って西方帝国に送り込まれた九霊戦闘の部下たちだ。

 それが呆気なく、本当に奴隷扱いになって、しかも女闘士の黄獅姫までも降妖君に犯されるなど思いもよらなかっただろう。

 

 所詮は亜人なのだ。

 知恵が足らない連中だ──。

 

 方便でも、奴隷の刻印を受け入れてしまえば、それが主人だ。

 九霊聖女の支配はなくなる。

 それがわからなかったのは、九霊聖女の落ち度だ。

 

 やがて、黄獅姫の声がすすり泣くようなものに変わった。

 この女亜人は、絶頂する瞬間にいまのように泣くような声をあげる。

 この美貌の女亜人が快楽に弱いというのは拾いものだった。

 すべてが終わって、最後に邪魔になる九霊聖女も処分したら、本当に降妖君の性奴隷として飼ってもいいかもしれない。

 それくらいに、いい身体の女亜人だ。

 

「ほおおお──」

 

 黄獅姫が咆哮を放った。

 その五体が震えて、この女が絶頂を極めたことがわかった。

 

「くはあっ」

 

 降妖君はそれに合わせて精を放った。

 それを感じた黄獅姫が、また欲情したようにぶるぶると身体を震わせた。



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736 奏でる鞭笛・無敵の肉塊

「お気をつけて、お姉様方……。わたくしはここでお待ちしております。怪我をなさった場合は、わたしくしの力で頑張って治療します。わたくしにはそれくらいしかできませんから」

 

 孫空女が沙那とともに、次の試合のために控室を出て行こうとするときに素蛾が言った。

 午後の試合は、偶然にも沙那と同じ時期に試合をすることになったのだ。

 それで、そろそろ転送部屋に移動するようにという係員の指示を受けたところだ。

 孫空女も沙那も、今度は平服を着ている。

 その平服にそれぞれに武器を持っただけという簡単なものだ。

 

「なにがそれしかよ。大した能力じゃないの。感心しちゃったわ。道術遣いというのはやっぱりすごいわね。あんなに怪我をしていた孫空女がすっかりと元気になるんだから」

 

 素蛾の隣で床に座っている恵圭(えけい)が笑いながら言った。

 恵圭と素蛾はしばらくここで語り合って、いまではすっかりと意気投合して仲良しだ。

 

「い、いえ、わたくしは道術遣いというほどでは……。ただ、なぜか、唾液が不思議な力を持つようになってしまっただけで……」

 

 素蛾が困惑したような表情をした。

 いま素蛾は、変身を解いて本来の童女姿だ。

 素蛾も控室に隠れているあいだは陳嬌の姿になる必要がないからだ。

 宝玄仙が渡した指輪の霊具は、ほかの変身対象者を刻み直さない限り、何度でも繰り返し変身できるので、この控室を出ていくときには、また陳嬌の姿に変わればいいようだ。

 

「なに言ってんだよ、素蛾。立派な道術遣いだよ……。本当に、一時はどうなるかと思ったけど調子いいよ。ありがとう」

 

 孫空女は右手をぐるぐると回しながら言った。

 素蛾の舌の癒しで、砕けた肩の骨もすっかりと元通りだ。

 顔もかなり痛めつけられたのだが、それも治った。

 

「じゃあ、行こうか、孫女」

 

 沙那が声をかけた。

 控室を出ると、残っている闘士はかなり少なくなっていた。

 負けた闘士はもうここにはいない。

 ここにいるのは、すでに勝利をしているか、これから午後の試合を戦う者だけのはずだ。

 孫空女は歩きながら闘士たちの話に耳を傾けた。

 

 それによれば、あの金箍(きんか)は午後の試合にも勝利して、明日の決勝に残ることが決まったようだ。

 いまは、また控室に閉じこもって奉仕女と淫行に耽っているという。

 ほかには、第三皇子の降妖君(こんようくん)も順当に勝ち残ったようだ。

 また、黄獅姫(おうしき)という孫空女たちのほかのもうひとりの女闘士も残ったという声も聞こえた。

 

「じゃあね、孫女」

 

 転送部屋に着くと、沙那が離れていった。

 今日の試合は四箇所に分かれているので、跳躍する転送台も四箇所に分かれていて、それぞれの位置から各試合場所に跳躍するのだ。

 

「おう、お前が孫空女か……。随分と小さいな」

 

 後ろから歩いてきた闘士が声をかけてきた。

 孫空女が振り返ると、そこにいたのは、背の高い孫空女が相手の胸までしか届かないような巨漢の闘士だった。

 幅は孫空女の四倍はあるだろう。

 ぶよぶよと太っていて、まるで巨大な肉饅頭だ。

 

 孫空女が驚いたのは、その身体の大きさだけでなく相手の格好だ。

 孫空女も平服でなにも具足はつけていないのだが、その闘士は下着のような腰布一枚のほかには、なにも身に着けていなかった。

 しかも武器さえも持っていない。

 

「俺は、力獅子(りきじし)だ。試合を愉しもうぜ」

 

 力獅子は笑いかけると、巨体を揺するように定位置に向かって歩いていった。

 孫空女は、その異様さに少し驚いた。

 

「孫空女、力獅子──。準備をしろ。転送台にあがれ」

 

 係員が声をかけた。

 孫空女が力獅子とともに転送台にあがると、すぐに『移動術』特有の腹が捻られるような感覚が襲ってきた。

 観客の大歓声が孫空女を包んだ。

 

 

 *

 

 

 大歓声が沙那を包んだ。

 沙那の対戦相手は、奇妙な渦巻き模様の服を身に着けた女のように綺麗な顔立ちをした男だった。

 軍鶏猫(しゃもねこ)というらしい。

 

 一本の細い棒鞭を持っている。

 それをぶるぶると振り回して、沙那を威嚇するように、にやにやと笑っている。

 また、渦巻き模様の服に包まれた身体をまるで舞いでもするように、上下左右にゆらゆらと揺らしてもいる。

 じっと見ていると目が回って眩みそうなので、沙那は視線を足元にずらした。

 

 さらに、棒鞭にはなにか仕掛けがあるのか、振り回すことにより、まるで笛が鳴るような音がする。

 沙那の耳には、観客の大きな声を遮断するようなその鞭の音が聞こえ続けている。

 

 ただ、身のこなしや醸し出す闘気からは、この軍鶏猫がそれほどの武術家でないことはわかる。

 よく一回戦を勝ち残ったものだというのが沙那の印象だ。

 

 鞭もただ回しているだけであり隙だらけだ。

 それに、闘気などほとんど感じない。

 相手は、まるで遊んでいるかのような小さな気しか醸し出していない。

 

 気を消すというのは一流の武術家ならできないことはないが、一方でわざと未熟な隙を見せるというのは難しいものだ。

 なにかの誘いで、わざと隙を作るというのはどうしてもわかってしまうのだ。

 目の前の軍鶏猫は隙を作っているのではなく、本当に隙があるのだ。

 それくらいは沙那にはわかる。

 

 沙那はさっさとけりをつけてしまうと思って、一気に間合いを詰めた。

 そして、軍鶏猫の正面に出ると、物も言わずに剣を振りおろした。

 

 沙那の剣は鞭を振り回す軍鶏猫の右腕を肘から切断した──。

 

 はずだった……。

 

「えっ?」

 

 だが、なぜか沙那の剣は空を切っていた。

 突然に目の前の軍鶏猫の存在が揺れて横にずれたのだ。

 沙那の剣は目標を失い、地面すれすれでとまった。

 

「なに?」

 

 なにか起こったのか理解できないまま、沙那は剣を横に振って軍鶏猫の胴を斬りつけた。

 しかし、なにも手応えがない。

 沙那の剣はただ、風を切っただけだ。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那は呆気にとられた。

 

「もーらった」

 

 軍鶏猫のゆったりとした声がした。

 沙那は驚いた。

 声は真横からだった。

 

「うわっ」

 

 腰に小さな衝撃を感じた。

 すると揺れていた正面の軍鶏猫の姿が消滅した。

 一瞬、戸惑ってしまったが、とにかく、沙那は声のした方向めがけて剣を振り回した。

 

「おっと、怖い──。わあ、びっくりした──。当たるところだった」

 

 すると、軍鶏猫の肝を冷やしたような声がした。

 どうやら、なにかの幻術かなにかの気がする。

 横を向いたが、軍鶏猫の姿は見つけられない。

 沙那は背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 その沙那の耳にまた耳障りな鞭の笛の音が聞こえ始める。

 とにかく、沙那はその音の方向に剣を向けようとした。

 

「わっ」

 

 次の瞬間、沙那はつんのめって倒れそうになってしまった。

 気がつくと、下袴の横が腰紐ごと切断されていて、半ばずれおちている。

 それで脚を取られたのだ。

 沙那は下着が見えかけていた下袴を慌てて片手で引きあげた。

 

「ほら、油断すると、こうだよ」

 

 軍鶏猫のくすくすという笑い声がして、また腰に小さな衝撃を感じた。

 

「なっ?」

 

 沙那は慌てて下袴を押さえたが、今度は下袴の反対側を切断されてしまっていた。

 

「ほらほら、裸にしちゃうようう」

 

 軍鶏猫の馬鹿にしたような声──。

 片手で下袴を押さえたまま、剣を前に向ける。

 いつの間にか、軍鶏猫は沙那の正面に笑いながら立っていた。

 

「げ、幻術かなにかね……? ひ、卑怯よ──。道術は禁止されているはずよ」

 

 沙那は剣を向けたまま言った。

 

「道術なんか遣ってないさ。それは禁止だからね。そんなものを遣えば、たちまちに係員が止めるだろう。ここには道術を探知する霊気が充満しているのだよ」

 

 軍鶏猫が相変わらずのおかしな舞いのような動きをしながら、鞭の音を鳴らしながら言った。

 沙那は観客席側の審判の方をちらりと見た。

 確かに、審判はなにも反応をしていない。

 しかし、これは幻術以外のなにものでもないはずだ。

 

「ところで、来ないのかい? だったら、こっちからいくよ」

 

 軍鶏猫が言った。

 沙那は当惑した。

 その瞬間、正面の軍鶏猫の姿がさっと消滅したのだ。

 

 大歓声があがった。

 だが、なにがなんだかわからない。

 軍鶏猫の位置を探る手掛かりに歓声に耳を傾けようともしたが、闘技場では四試合を同時に行っているので、どの歓声が沙那たちの試合に向けられているものかもわからないし、それに軍鶏猫の鳴らす鞭笛がすべての音を遮断するくらいに耳に響いている。

 

「ひぎいい──」

 

 背中に激痛を感じた。

 

 鞭だ。

 同時にびりびりという布が避ける音もした。

 背中から服を裂かれたのだと思う──。

 

 どうやら、おかしな術で沙那を幻覚させながら、ここでなぶるつもりのようだ。

 かっと頭に血が昇った。

 

 押さえていた下袴から手を離して、身体を反転させて背中側に向かって剣を向けた。

 だが沙那は相手を見つけることができず狼狽えるしかなかった。

 そして、尻に激痛を感じた。

 

「ひぐうっ」

 

 今度は剥き出しになった下半身の下着越しに尻を蹴り飛ばされたのだ。

 沙那は大きく前に身体を倒して、顔を地面に激突させた。

 

「ほらほら、立ちあがった、立ちあがった──。それとも降参する? さもないと裸にしちゃうよ。まあ、それをやっているんだけどね」

 

 軍鶏猫が沙那の下袴を手に持っている。

 蹴り飛ばされたときに脱げたのだ。

 沙那は下半身を下着一枚にされてしまっていた。

 また、背中側はぱっくりと服を切断して肌が剥き出しにもなっているようだ。

 

 沙那は立ちあがった。

 幻術なら気を読めばいい……。

 

 沙那は視線を地面に落として気を探った。

 だが、あの鞭笛が邪魔をして集中できない。

 そのとき、わっという歓声があがった。

 

 沙那は剣を滅茶苦茶に剣を振った。

 なにかを感じた気がした。そこに剣を動かす……。

 

 小さな手ごたえがあった。

 だが、それだけだ……。

 

 急に股間に風を感じた。

 

「わっ、わっ、わっ──」

 

 沙那は慌てて手で股間を隠した。

 下着がなくなっている。

 

「簡単にはいかないねえ。どうしても身体を攻撃しようと思うと、闘気を発散しちゃうんで、それで位置を当てられてしまうようだね。それに比べれば、ただ裸にしようとするだけなら、闘気は出さなくて済むから、位置を探られないで済むね」

 

 少し距離のある位置から軍鶏猫が苦痛に顔を歪めた声をあげた。

 軍鶏猫の右腕は沙那の剣が掠ったらしく、かなりの血が滴っている。

 その手の先には、沙那から取りあげた下着が握られていた。

 

 軍鶏猫がその下着を投げ捨て、また鞭を振り回して、奇妙な鞭笛を奏でだした。

 

 

 *

 

 

「好きなように打ってきていいぞ、孫空女」

 

 力獅子は股を開き、両手を腰にあてて仁王立ちになったまま言った。

 孫空女は呆気に取られた。

 

「な、なんだい、お前──? 戦わないつもりかい──?」

 

 孫空女は怒鳴った。

 

「最初にいくらでも打っていいと言っているのだ。打ってこい。その棒でな」

 

 力獅子が余裕たっぷりに言った。

 よくわからないが、打ってこいと言うなら打ってやる。

 孫空女は『如意棒』を構えて突進した。

 

「うりゃああ──」

 

 飛びあがって身体を宙に浮かべると、棒を横振りして力獅子の後頭部に叩きつけた。

 下手をすれば即死の一発だ。

 殺さないという暗示はかかっているはずなので、孫空女の身体は自然に致命傷だけは避けてくれるとは思うが、それでも『如意棒』はまともに力獅子の頭の後ろに喰い込んだ。

 

「ははは、痒いな」

 

 だが、力獅子は、衝撃を受けたはずの瞬間に優雅に笑っただけだ。

 また、孫空女の『如意棒』は弾力のあるものに当たったかのように跳ね返された。

 孫空女は体勢を崩して地面に落ちた。

 その孫空女の身体が持ちあげられた。

 

「うがああっ」

 

 孫空女はもんどりうった。

 力獅子が孫空女の身体を両手で掴んで、孫空女の背中を自分の膝に叩きつけたのだ。

 全身に痺れたような衝撃が走って息がとまった。

 手放してしまった『如意棒』を力獅子が掴んで遠くに放り投げた。

 

「なんだ、呆気ないのう──」

 

 力獅子が孫空女の右脚を掴んで、宙に振りあげて回しだす。

 

「うわっ──」

 

 空中でぶるんぶるんと回されて、孫空女は体勢を取ることもできない。

 そのまま、地面にまた背中を叩きつけられる。

 

 また上にあげられて地面に身体をぶつけられる。

 それを三度、四度と続けられて、孫空女は地面に仰向けになったまま身動きできなくなってしまった。

 

「もう、終わりか? 好きなだけ打ってきていいのだぞ?」

 

 力獅子が笑いながら、不意に孫空女のかたわらにしゃがみ込んできた。

 そして、いきなり、孫空女の胸元を両手で掴んで左右に服を引き千切った。

 

「な、なにすんだい──」

 

 孫空女はなんとか体勢を取り直して、股を開いている力獅子の股間めがけて拳を叩き込んだ。

 だが、また弾力のある跳ね返りが戻ってきただけだ。

 

「おう、まだまだ元気があるじゃないか。結構、結構──。じゃあ、打ってこい──」

 

 力獅子が笑いながらまた立ちあがって仁王立ちになった。

 孫空女は立ちあがったが、すでに脚にきている。

 上衣の前側は力獅子に破かれて肌が露出している。

 とりあえず、破れて邪魔な胸当てを引き抜いて下に捨てた。

 そして、雄叫びをあげて、もう一度、力獅子の睾丸を下から蹴りあげた。

 

「ぐうっ」

 

 だが声を出したのは孫空女の方だった。

 股間を蹴って跳ね返った衝撃が身体に逆に伝わってきたのだ。

 

 また、体勢を崩したところを力獅子に掴まれた。

 そして、地面に投げ飛ばされる。

 

「あがああっ」

 

 叩きつけられたところをまた掴まれて投げられた。

 強く地面に身体を叩きつけられては、掴まれて投げられるということを延々と続けられた。

 

 いつの間にか上衣は完全になくなり、剥き出しになった乳房には泥がいっぱいにつくまでになっている。

 

 まったく、歯が立たない。

 孫空女は愕然とする気持ちを味わっていた。

 まさに、無敵の肉塊だ。

 どこをどう攻撃しても、まるで効かない。

 

 そして、少しでも動きを止めれば、掴んで投げられる。

 それを繰り返すだけだ。

 

 孫空女も投げられながらも、なんとか、時折反撃するのだが、柔らかい粘土の塊を殴っているような感じで手応えがない。

 どんなに力一杯に叩いても、弾力性のある力獅子の身体からの跳ね返りがあるだけだ。

 とにかく、孫空女は考えられるあらゆる急所を打ちつけた。

 

 後頭部、首、みぞおち、睾丸──。

 どの場所も、力獅子の柔らかい特殊な筋肉に阻まれる。

 孫空女は相手の強さに呆然とする思いだった。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 孫空女は肩で息をしながら、少し力獅子から距離を取った。

 全身から大量の汗が噴き出ている。

 打ちつけられて、全身が痺れ、もう満足に立つことも難しい……。

 

「じゃあ、そろそろ、下も脱ぐか、孫空女? 今回の試合では、勝った男の闘士は、女闘士を犯せるという規定だからな」

 

 力獅子が一気に孫空女との距離を詰めた。

 速い──。

 

 いままでゆっくりとしか動いていなかったから、こんなに素早い動きができるとは思わなかった。

 孫空女は意表を突かれてしまった。

 気がつくと、首に力獅子の腕が喰い込んでいた。

 

「がああ──」

 

 孫空女はそのまま首に腕を引っ掛けられて、頭の後ろを地面に叩きつけられた。

 

「あっ……が……あが……」

 

 しばらく動けなかった。

 その孫空女から力獅子が下袴を脱がせてしまった。

 

「下着はもう少し後の愉しみに残しておくか……。それよりも、愉しみ終わるまで、まだ気絶はしないでくれよ」

 

 力獅子がそう言って、孫空女の身体を掴みあげた。

 

「あっ──ぐう──」

 

 力獅子は倒れている孫空女の上半身を起こして後ろから抱くように腕を首に巻きつけるとともに、孫空女の両腕を脚の下に置いて固めてしまった。

 孫空女はまったく動けなくなった。

 

 しまった……。

 力獅子の腕が孫空女の首に喰い込んでいる。

 息ができない。

 

 これは完全に首を極められた……。

 脱出は不可能だ……。

 孫空女は愕然とした。

 

「心配するな。このまま締め落とすこともできるが、そんな無粋な真似はせん──。ただ、動きをとめるだけだ」

 

 力獅子はそう言うと、笑いながら片手で孫空女の泥だらけの乳房を握りしめた。

 

「さあ、もみもみしてやろう──。それにしても、柔らかい乳だ」

 

 力獅子が無造作に孫空女も乳房を揉みあげてくる。

 しかも、指先で乳首を転がすようにしたり、あるいは擦るようにな仕草もする。

 

「ぐううっ」

 

 孫空女はあまりの屈辱に、全身に力を込めて力獅子の腕から脱出しようとするのだが、どうしても抜け出すことができない。

 それどころか、力獅子は孫空女の暴れ方が強くなると、首を絞めている腕に力を入れて、孫空女を絶息寸前に追い込むのだ。

 それで力が抜けて、孫空女はそれ以上抵抗できないでいる。

 

「そろそろ、下着も脱ぐか──」

 

 力獅子が首から手を離して、孫空女の下着を両手で掴んだ。

 首の自由を得た孫空女は必死になって、その隙に力獅子の腕から這い出して脱出した。

 だが、当然、捕まれている下着は置いていくことになる。

 孫空女はついにサンダルだけの素裸になってしまった。

 

「さあ、また打たせてやるぞ、孫空女──。鍛えていない場所はほかにもあるぞ。目玉なんてどうだ?」

 

 力獅子が馬鹿にしたように、また仁王立ちになって顔を突き出すような格好をした。

 その右手には、たったいま孫空女から脱がせた下着が握られていた。

 

 なぶられている……。

 口惜しさが込みあがるが、孫空女はどうすれば力獅子に効果のある打撃を与えられるのか検討もつかなかった。

 とにかく、身体を隠そうと両手を前に持ってこようとした。

 

「ひっ」

 

 次の瞬間、力獅子が信じられない速度で間合いを詰めてきた。

 構える暇もなかった。

 力獅子の拳が孫空女の無防備な下腹部に突き刺さった。



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737 この手だけは……

「簡単にはいかないねえ。どうしても身体を攻撃しようと思うと、闘気を発散しちゃうんで、それで位置を当てられてしまうようだね。それに比べれば、ただ裸にしようとするだけなら、闘気は出さなくて済むから、位置を探られないで済むね……」

 

 軍鶏猫(しゃむねこ)がわけのわからないことを笑いながら言った。

 

「はあ?」

 

 沙那は左手で剥き出しにされた股間を隠し、右手で軍鶏猫の身体に剣を向けながら声をあげた。

 だが、返事の代わりに戻ってきたのは、笛のような鞭が奏でる耳障りな音だ。

 なぜか、耳に入るはずの観客たちのからかいと野次の叫びがだんだんと小さくなり、ほとんど聞こえなくなっていく。

 逆に軍鶏猫の鞭笛の音がどんどん大きく感じる。

 

 沙那は、やっとからくりがわかってきた。

 やはり、これは幻術だろう。

 

 だが、道術を遣っているのではなく、耳障りな鞭笛と軍鶏猫の服の渦巻き模様を活用したなんらかの手段により、沙那が幻覚されているのではないか……?

 つまりは、朱姫の遣う『縛心術』のようなものだ。

 

 朱姫は、霊気を遣わずに、『縛心術』をかけることもできる。

 この軍鶏猫は、その朱姫と同じ技を使っているに違いない。

 渦巻き模様の服を着て舞いのような動きをしたり、鞭笛を鳴らすことにより、沙那の五感が狂わされ、それで、いつのまにか『縛心術』にかけられたのだと思う。

 

 軍鶏猫の技の正体はわかったが、問題はどうやってそれを解くかだ……。

 さっきから、沙那の攻撃は空を切り続けている。

 つまりは、沙那はすでに軍鶏猫の『縛心術』にかかっている状態に違いない。

 

「へえ、なにかわかったみたいだね。でも、もう、遅いよ。君は俺の技にすっかりとかかっているからね」

 

 軍鶏猫が笑った。

 

「ほざきなさい……」

 

 沙那は軍鶏猫に飛び込んだ。

 だが、その軍鶏猫の身体が揺れるようになって消えた。

 

 目の前は幻影……。

 だったら、正体は……?

 

 沙那は心を研ぎ澄ませた。

 気を読むのだ……。

 

「わっ」

 

 だが、次の瞬間、沙那の身体が沈んだ。

 脚を開いた状態で、沙那の膝から下が地面に飲み込まれて動けなくなったのだ。

 

「な、なによ──?」

 

 これも幻覚に決まっている──。

 沙那は脚を必死で振りほどこうとした。

 そのとき、両脇に軍鶏猫が出現した。

 そして、沙那の両腕をしっかりと抱えた。

 沙那は身動きできなくなった。

 沙那は愕然とした。

 

「じゃあ、始めようか……。君は闘気を発散すると、その気配を探れるという技があるみたいだね。だから、しばらくは遊んであげるよ。まずは、闘気なんか読めないくらいに弱らせてから、それから攻撃してあげるね」

 

 軍鶏猫の声がした。

 だが、どこから語りかけられているかわからない。

 少なくとも両端で沙那の腕を抱えている軍鶏猫の幻影からではないし、かといって、前から話しかけられているのかも、後ろから話しかけられているかもわからない。

 とにかく、鞭笛が頭の中でも鳴り響いている。それが沙那の感覚を破壊している気がする。

 すると、不意に胸に衝撃が走った。

 

「あはっ、あっ、はっ──な、なにすんのよ──」

 

 乳首が舌で舐められるような感覚が襲いかかってきたのだ。

 しかし、目の前に誰かいるという感覚はない。

 それなのに巧みに舌で沙那の乳首を転がしたり、吸いあげたりと、思うさまに責めてくる感覚だけが襲いかかった。

 

「くううっ、はああ……」

 

 とにかく姿が見えなくても舐められる感覚があるということは本体が身体の正面にいるに違いない。

 沙那は必死で身体をくねらせて、掴まれている両腕を振りほどこうとするが、すごい力で押さえられて腕が抜けない。

 もっとも、これも『縛心術』による幻術なのだろうから、それをなんとかしないと沙那の身体は動かないという気はする。

 

「あっ、いやあ……ああ……」

 

 そのあいだにも、ちゅぱちゅぱと音を立てて乳頭を吸いあげられ、舌で弾かれるようにされる。身体の力がどんどんと抜けていくのを沙那は知覚した。

 身体があっという間に熱くなり、沙那の息が荒くなってしまう。

 

「へえ、自分と感じやすいんだね……。だっから、二、三回いっとく? そうすると、女の身体って、すっかりと脱力してしまって動けなくなるんだよね? それから攻撃すれば、もう抵抗できないよね」

 

 軍鶏猫の笑う声がしたと思った。

 

「ふああっ」

 

 すると、股間の後ろから手が伸びる感覚がした。

 その指がすっと肉芽に伸びて、尻側から股間を弄び始めた。

 

「ひ、卑怯よ……ああっ、はあっ、はっ、はあっ──」

 

 一方で、沙那の乳首には相変わらず前側から舌で舐められる感覚が継続している。

 前後から身体を責められている感覚があるということは、つまりはどちらかは幻覚なのだろう。

 あるいは、両方とも幻覚であり、本体は離れて見ているのか……。

 

 しかし、沙那はそれ以上は考えられなくなった。

 いよいよ正体不明の手段による乳首や股間への責めが激しくなってきたのだ。

 肉芽が摘まむように擦りあげられ、一気に快感が脳天に達する。

 

「あはあ、はあ、はあ、あああんっ」

 

 沙那の身体はがくがくと震えた。

 そして、さらに刺激が追加された。

 

 今度はさらに股間を前からだ──。

 怒張を感じさせるものが女陰に挿し入れられてきた。

 それが少しだけ挿さり、沙那の膣の入り口の上部分を強く擦り始める。

 

「そ、それはだめええ──うふうううう──」

 

 沙那はあっさりと達してしまった。

 

「これは、本当に感じやすい身体なんだね……。本当に愉しくなってきたよ……。もう少し達しておく?」

 

 鞭笛に混じって軍鶏猫のくすくす笑いが沙那の耳に聞こえてくる。

 やはり、声の方向は不明だ。むしろ、頭の中から響いている気さえする。

 

「ひゃああ──」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 片方だけだった乳首への舌責めに、さらにもうひとつ舌が追加されて、両方の乳首から舐められる感覚が襲ったのだ。

 しかも、肉芽を責める指と膣の入り口を抉る男根の幻に加えて、肛門にも指のようなものが挿し入れられた。

 沙那は半狂乱になった。

 

「だめ、だめ、だめ、いく、いく、いくっ──はぐうう──」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 そして、また達してしまった。

 すると、さらに脚が地面の中にめり込んだ。

 沙那の身体はぐいと地面に潜り込み、腿の半分から下が完全に地面に埋まった。

 

「ははは、本当に敏感だね……。あまりにも呆気なくて、こっちまでびっくりしてしまうほどだよ」

 

 軍鶏猫の声──。

 全身の性感帯が同時に刺激され続ける。

 沙那はもうわけがわからなかった。

 どうしようもない痺れと疼きが全身を駆けまわる。

 快感に身体が包まれる。

 上下左右前後のすべてに軍鶏猫の気配を感じ、その軍鶏猫が沙那を激しく責めたてる。

 もう、一切の景色は消えている。

 ここが闘技場であることはほとんど認識できないし、観客たちの声のすべてが遮断されている。

 聞こえるのは軍鶏猫の声とあの鞭笛だけだ。

 

「だ、だめえええ──」

 

 沙那は絶叫した。

 一番深い絶頂だ──。

 

 沙那は断末魔のような声をあげて、全身を弓なりにした。

 身体が揺れる──。

 

 意識が白い光に包まれる。

 頭の中でなにかが弾ける──。

 

 股間から潮のようなものが吹き出したのがわかった。

 そのとき、入口をまさぐっていただけの怒張の幻が一度なくなり、今度はぐいと深い部分まで挿し込まれた。

 絶頂の余韻に浸る間も与えられずに、今度は子宮をぐんと突きあげられた。

 沙那は一気に失神寸前の大きな快感まで再び押しあげられた。

 

「いぐううう──」

 

 沙那は絶叫した。

 だが、快感は終わらない。

 子宮まで達した怒張が激しく律動を開始し、沙那はさらに快感を飛翔させた。

 

 

 *

 

 

「あぐうう──」

 

 孫空女は吹き飛んだ。

 下腹部に凄まじい蹴りを入れられた。

 二回三回と後ろに転がり、蹴られた股間を両手で押さえて孫空女はうずくまってしまった。

 

「どうした? 元気がなくなったか?」

 

 肉饅頭のような巨漢の力獅子(りきじし)が笑いながら言った。

 もう、そばにいる──?

 はっとしたときには、孫空女は下から腹を蹴りあげられて、身体が宙に浮いていた。

 

「ふぐうう──」

 

 地面に背中を打ち付けた。

 しばらく動けなかったが、地面にみっともなく脚を拡げたままであることに気がつき、孫空女は慌てて両脚を閉じた。

 

「ほう、一応の慎みはあるのか? ははは──」

 

 だが、片方の膝に力獅子の足が乗った。そのまま膝を地面に押しつけられて、孫空女の脚は無理矢理に大きく開脚させられた。

 その股間に力獅子のもう一方の足が蹴りを加えようとしたのが見えた──。

 

「ひいいっ」

 

 孫空女は目をつぶって歯を食いしばった。

 全身が痺れていて、すぐに動くことができなかったのだ。

 孫空女はただ覚悟しただけだ。

 

 だが、蹴りが来ない──。

 目を開けると、力獅子の足は孫空女の股間の寸前で停止していた。

 

「ここを壊すと、犯すことができなくなるからな」

 

 力獅子が笑いながら言った。

 そして、膝に乗っていた足がどけられて、孫空女の髪がむんずと掴まれた。

 そのまま、髪の毛をもって宙にあげられる。

 

「痛いいい──、は、離せよおお──」

 

 頭の皮を剥がされるのかと思うような激痛が走る。

 孫空女は宙に吊りあげられたまま、自由になる手足で夢中になって目の前の力獅子を殴り蹴った。

 

「ははは、さすがにこの状態じゃあ、痒みすらも感じんぞ──。なら、おろしてやろう──。いくらでも打て──。すっかりと諦めがつくまでな」

 

 力獅子が孫空女を放り捨てた。

 また、地面に叩きつけられる。

 

「く、くそおお……」

 

 孫空女は全身の痛みに耐えて、なんとか裸身を起きあがらせた。

 力獅子はこれ見よがしに、再び仁王立ちになって孫空女に挑戦的な視線を向けた。

 しかし、もう、孫空女には、こちらから責めるとしても、どこをどう攻撃していいかわからない。

 どんなに打擲しても、あの身体には孫空女の攻撃は効かないことは明らかだ。

 孫空女は両手で乳房と股間を隠したまま、ただ立ったままでいた。

 

「来ないのか? じゃあ、寝技でもやって遊ぶか?」

 

 力獅子が突進してきた。

 孫空女はその機会を逃さなかった。

 力獅子に掴まえられる瞬間に身体を沈めて、股間と首を掴むと力獅子の身体を両手で高々と持ちあげた。

 

「おおおおお──」

 

 どよめきのような声が観客席から起きた。

 細い女の身体の孫空女が巨大な力獅子を持ちあげたことに対して、闘技場の観客が興奮したように一斉に声をあげた。

 

「うわああっ──」

 

 力獅子も予想外だったのか、孫空女の両手で宙にあげられて、手足をばたつかせている。

 

「くらえ──」

 

 孫空女は力獅子の脳天を下にして、反動をつけて力獅子の頭を地面に叩きつけた。

 力獅子自身の体重も重なり、地響きが起きるような衝撃とともに、力獅子の頭が地面に激突した。

 

「思い知ったか、くそったれええ──」

 

 孫空女は声をあげた。

 だが、地面に倒れた力獅子はなにごともなかったかのように、のそりと起きあがった。

 

「お前、すごいのう──。この俺を持ちあげるのか? なんという怪力だ──」

 

 立ちあがった力獅子はにこにこしている。

 孫空女は呆然とした。

 その孫空女に力獅子が飛びかかった。

 

「しまった──」

 

 叫んだときには、孫空女の裸体は力獅子にねじ伏せられていた。

 力獅子の巨漢がまともに孫空女の上になった。

 身体が押しつぶされるような苦痛が走る。

 

「んぐう……がっ……くう……」

 

 孫空女はもがいた。

 だが、完全に孫空女の身体は力獅子の下敷きだ。もうどうしようもない。

 

「さあ、そろそろ、引導を渡してやるか……」

 

 力獅子が腰をもじもじとさせだした。

 孫空女はぎょっとした。

 力獅子は唯一身に着けている腰布を外そうとしているのだ。

 孫空女は恐怖に包まれた。

 力獅子の腰布は長い布を腰に巻きつけていただけのようだ。

 孫空女を押しつぶしたまま、力獅子は器用に布を外してしまった。

 押し潰されている腰の部分に布から出た力獅子の勃起した性器の感触が襲った。

 

「い、いやだ──。や、やめろ──」

 

 孫空女は暴れてなんとか両手の自由を得た。

 まだ、攻撃していない場所……。

 嫌だったが、孫空女は力獅子の眼を指で思い切り突き刺した。

 

「ぐっ──」

 

 しかし、まともに当たったはずの力獅子の眼球はまるで鉄の板のようだった。

 逆に孫空女の指に痛みが返ってくる。

 

「俺の眼は特異体質でな──。身体の中で一番硬いのが眼球だ──。悪く思うな──」

 

 力獅子がもそもそと動き出した。

 そのまま怒張を孫空女の股間にすり寄せるようにしてくる。

 

 このまま、犯す気だ──。

 孫空女は確信した。

 もう手段を選んでいる場合じゃない……。

 孫空女は、右手をなんとか上に乗っている力獅子の腰の後ろに持ってきた。

 

「ほ、本当に、この手は使いたくなかったんだけど……」

 

 孫空女は二本指を力獅子の肛門めがけて突き刺した。

 

「はぐううう──」

 

 力獅子が絶叫して飛びあがって、孫空女の身体の上から横に転がった。

 孫空女の手は、一気に手首まで力獅子の肛門を貫いていたのだ。

 力獅子が暴れて手が抜けたが、力獅子は腰を浮きあがらせるような体勢でうつ伏せになり、半ば気絶状態だ。

 いくらなんでも、この力獅子だって肛門だけは鍛えようもなかったようだ。

 孫空女は力獅子の身体に飛びかかり、肛門の中にまた拳を突っ込んだ。

 

「うがあああ──」

 

 力獅子が吠えた。

 そして、激痛に悲鳴をあげながら大きな身体をがくがくと痙攣させた。

 孫空女は力獅子の尻の中を深く抉っている拳を滅茶苦茶に動かした。

 力獅子の身体から力が抜けて横倒しになった。

 力獅子が完全に気を失ったのは明らかだ。

 

 孫空女は拳を抜いて、その場に立ちあがった。

 ふと見ると、まだ勃起している力獅子の肉棒の先端から大量の精液が飛び出している。

 

 場内がわっと盛りあがった。

 だが、情けない勝利に孫空女は泣きそうになった。

 

 審判の旗があがった。

 孫空女の勝利だ。

 地下の控室に転送される前に、脱がされた服を回収しようと、孫空女は急いで服と『如意棒』を拾い集めた。

 

 そのとき、隣の会場で試合をしている沙那の姿が目に入った。

 どういう状況なのかわからないが、沙那は地面に膝をつき両腕を垂らしたままでいるだけで、なぜかほとんど動かない。

 その沙那から少し離れた位置で腕組みをしている対戦相手がただ鞭をくるくると回している。

 だが、それによって、沙那は激しい喘ぎ声のようなものをあげて悶えているように思える。

 また、膝を開いている沙那の股間の下には、沙那の出した潮の痕のようなものまである。

 その沙那に対戦相手が突然に襲いかかり、股間を出して勃起した性器を沙那の股に突きあげた。

 

 孫空女は驚いた。

 沙那は完全に犯され、しかも、律動を開始した対戦相手の性の責めに、気持ちよさそうな反応を示しだしたのだ。

 場内の一角で始まった公開凌辱に、そっちを見ている観客たちは大喜びだ。

 

 また、奇妙なことに、沙那を闘技の最中に犯した相手は、沙那の股間に怒張を沈めながらも、片手だけは鞭を回転させている。

 かすかではあるが、ここまで笛のような音も聞こえる。

 

「沙那──」

 

 いずれにしても、明らかに沙那の様子はおかしい。孫空女は沙那の名を叫んだ。

 だが、孫空女の身体に『移動術』の感覚が襲いかかり、そして、闘技場の景色と歓声のすべてが消失した。

 

 

 *

 

 

「あはああっ──」

 

 沙那は激しく悶えながらも、股間を突きあげる怒張を力の限り膣で締めあげた。

 

「わっ、わっ、わっ……」

 

 目の前から軍鶏猫の当惑した声が聞こえてきた。

 だが、相変わらず沙那には、軍鶏猫の姿を認識することができないでいた。

 しかし、いま軍鶏猫は沙那を犯していることだけは確かな気がする。

 さっきまで沙那の膣の入口部分を抉っていた男根の感覚と、いま沙那の子宮を突いている感覚は違う。

 とにかく、沙那は逃がさないようにとだけ思って、股間で軍鶏猫の男根の根元を締めけ続けた。

 

「い、痛い、痛い──。ぬ、抜けない──。なんで──?」

 

 軍鶏猫の狼狽えた声が前からした。

 

「この手だけは使いたくなかったんだけど……」

 

 沙那はとにかく膣を締めあげた。

 すると、軍鶏猫の悲鳴が大きくなる。

 それをめがけて、沙那は思い切り頭突きを食らわせた。

 

「ひぎいっ」

 

 鼻が潰れる感触と血の匂いがした──。

 突然に腕を掴んでいた軍鶏猫の感覚が消滅して両手が自由になった。

 また、闘技場の景色と歓声も戻ってきた。

 

 目の前に鼻から血を流して苦痛に顔を歪めた軍鶏猫がいる。

 地面に跪いて脚を開いている沙那の正面で、やはり同じように跪いて沙那の股間を犯している。

 沙那は、目の前の軍鶏猫と膝立ちで抱き合うようにして犯されている最中だったのだ。

 

「そ、その鞭が幻覚の手段ひとつね……」

 

 沙那は軍鶏猫が地面に落とした鞭を手で払って遠くにやった。

 

「そ、そして、これもでしょう──」

 

 沙那は両手で軍鶏猫の渦巻き模様の服を掴んで両手で引き破った。

 軍鶏猫の白い肌が露わになる。

 観客席から大歓声があがった。

 

「死ねええ──」

 

 沙那は両手で軍鶏猫の首を掴んだ。

 まだ、沙那は股間で怒張を締めつけたままでいる。

 一度離すと、この男はどんな幻覚術をまた遣うかわからない。

 それに朱姫の術のことから類推すると、一度『縛心術』にかけられると、今度は些細なきっかけで『縛心術』にかかりやすくなるのだ。

 次におかしな技にかけられたら、もう逃げられない。

 このまま決着をつけるつもりだ。

 

「あ、ああ……あっ、く、苦しい……で、でも、気持ちいいかも……」

 

 すると、軍鶏猫の美形の顔が歪んだ。

 そして、沙那の中に入ったままの男根の太さが増した気がした。

 

「えっ、えっ、ええっ──?」

 

 沙那は軍鶏猫の首を絞めたまま、悲鳴をあげてしまった。

 股間で締めたままでいる軍鶏猫の怒張がぶるぶると震えて射精をしたのだ。

 沙那は飛びのいてしまった。

 

「こ、降参……。も、もう、降参……。で、でも、素敵だったよ……」

 

 軍鶏猫が気味の悪い薄ら笑いを浮かべて言った。

 沙那は気持ち悪くなった。

 軍鶏猫の股間からは精を放ったばかりの勃起した性器が隆々と天を向いていた。

 

 

 *

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 陳嬌(ちんきょう)は一心不乱に股間を擦っていた。

 もう、なにも考えられない。

 

 気持ちいい……。

 だが、苦しい……。

 

 全身が綿のようになって力が入らない。

 考えることができるのは、股間を擦ることによって得られるはずの快楽のことだけだ。

 しかし、それは手に入らない地獄の快楽だ。

 

 奴隷の刻印の影響により、陳嬌はどんなに自慰をしても、絶頂の直前にそれをとめてしまうように命令を与えられている。

 陳嬌は狂ったように媚薬を塗られた股間を擦って自慰をし、達しそうになっては絶頂の寸前でやめるということをひたすら繰り返していた。

 いま、陳嬌にあるのは、達することのできなかった激しいもどかしさだ。

 それが、全身を引き千切れるくらいに陳嬌を苦しめている。

 

 陳嬌はいつの間にか泣いている自分に気がついていた。

 悲しくて泣くというよりは、もう自分で自分の感情が制御できなくなっているのだ。

 

「……こらっ、聞こえないのかい、陳嬌──。いつまでやってんだい──。戻る支度をしないかい──」

 

 下袍の下で股間を弄っていた手が、突然に誰かの手により強引に引き抜かれた。

 陳嬌はぼんやりと顔をあげた。

 黒髪の美女が苦笑して、陳嬌を見おろしている。

 

「ほ、宝玄仙殿……?」

 

 陳嬌は、やっといまがどういう状況か、ぼんやりと知覚することができた。

 ここは天下一闘技会で行われいている闘技場の観客席であり、陳嬌は貴賓席で、この宝玄仙と一緒に第一日目の試合を見ているところだったのだ。

 陳嬌はそこで宝玄仙の意地の悪い仕打ちを受け、媚薬漬けにされておかしくされたうえに、快感を発散できない寸止め自慰を延々とやらされていたのだ。

 激しい羞恥が陳嬌に襲いかかった。

 

「ほら、行くよ──。沙那と孫空女と素蛾を地下の控室に迎えに行くんだ。しゃきっとしないかい──」

 

 宝玄仙が笑った。

 陳嬌は我に返った。

 

「は、はい、お待ちください──」

 

 陳嬌は立とうとした。

 だが、腰が抜けてまったく立てない。

 陳嬌は愕然とした。

 

「仕方がないねえ……」

 

 宝玄仙が笑いながら、なにかの道術を陳嬌にかけたのがわかった。すると、陳嬌の身体が少し回復して、なんとか立ちあがることができた。

 ふと見ると、陳嬌が座っていた場所が、まるで尿を漏らしたような水溜りができている。

 だが、これは汗でも尿でもない。

 すべてが陳嬌の愛液だ。

 その量には陳嬌自身も唖然とするほどだ。

 

「あ、あのう……。試合はどうなったんでしょうか……?」

 

 陳嬌は言った。

 

 釘鈀の闘奴隷ということになっている孫空女と沙那は、明日の決勝に残ったのだろうか──?

 決勝に残りさえすれば、なんとか釘鈀の面目も立つはずなのだ。

 

「ふたりとも残りましたよ、陳嬌さん」

 

 そのとき、不意に朱姫が陳嬌の下袍の下に後ろから手を入れて、陳嬌の肛門を悪戯してきた。

 

「あ、ああっ、お、おやめ……おやめください……」

 

 陳嬌は身をよじった。

 

「ふふふ……一日ですっかりと従順になりましたね。じゃあ、早く帰って、沙那姉さんたちに遊んでもらいましょうね。やっといけるんですよ。よかったですね」

 

 朱姫がしばらく尻の穴に指を入れたままなぶってから、さっと指を抜いた。

 またもや、陳嬌の身体にはもどかしさの疼きだけが残った。

 陳嬌は恨めしくなった。

 

「いやらしい雌犬の顔をしてますよ、陳嬌さん……。ねえ、ご主人様、これなら、今夜は愉しめそうですよ」

 

 朱姫がそう言うと、宝玄仙が大きな声で笑った。

 しかし、陳嬌はそれを呆然と聞くだけだ。

 もう、身体と心の疲労でまともに思考することもできなくなっていた。

 

 陳嬌はそのとき初めて、闘士のいなくなった闘技場の上空に道術で浮かべられた掲示板があることに気がついた、

 そこには、二日目の決勝に残る十六名の名があった。

 

 

 

 金箍(きんか)皇子

 

 降妖君(こんようくん)

 

 黄獅姫(おうしき) (降妖君招待選手)

 

 猱獅(どうし) (降妖君招待選手)

 

 雪獅(せつし) (降妖君招待選手)

 

 沙那 (釘鈀(ていは)皇子招待選手)

 

 孫空女 (釘鈀皇子招待選手)

 

 狻猊(さんげい)

 

 白沢(はくたく)

 

 伏狸(ふくり)

 

 猿獅子(さるじし)

 

 青面(あおづら)

 

 腹黒(はらぐろ)

 

 枝雀(しじゃく)

 

 突飛(とつぴ)

 

 搏象(はくぞう)  

 

 

 

 とにかく、闘技会の第一日目が終わったのだ。

 陳嬌は重い身体を引き摺るようにして、貴賓席側の出口に向かって足を進めた。

 

 

 

 

(第111話『天下一武闘会の姦計』終わり、第112話に続く)



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 第112話 陰謀前夜【降妖君(こんようくん)
738 恥辱の亜人奴隷たち


「どうぞ、卑しい亜人女の尻を犯してください、降妖君(こんようくん)様……。すべての準備が整いました……」

 

 黄獅姫(おうしき)は屈辱の言葉を発した。

 天下一闘技会という人間族の闘技大会が行われている場所にほど近い降妖君の別宅であり、ここは、降妖君からあてがわれている黄獅姫の部屋だ。

 ほかの十四人の仲間は闘技場に隣接した闘士小屋に監禁されているのだが、黄獅姫の寝泊りする場所はここだった。

 

 それは、黄獅姫の外見が人間族とまったく同じ雌妖だから性奴隷として弄ぶのにちょうどいいというのが理由であり、実際のところ降妖君によれば、黄獅姫はどこからどう見ても黄金色の髪をした人間族の美女にしか見えないらしい。

 亜人特有の特性である角も、黄獅姫のものは小さくて、全く目立たない。

 

 黄獅姫は、九霊聖女の命令でほかの十四人を率いて、この人間族の帝都にやってきてい以来、ずっとここで生活をしていた。

 昼間は降妖君の女闘士として人間族にやつして訓練に励み、さらに、ひそかに潜入しているほかの十四人の亜人闘士の長として彼らをまとめ、そして、夜はここに降妖君とともに戻って、降妖君の性奴隷としてすごすのだ。

 

 黄獅姫が人間族の国である西方帝国にやってきたのは、約半月前だ──。

 また、黄獅姫は亜人である。

 黄獅姫だけではなく、黄獅姫とともにやってきた十五人の戦士のすべてがそうだ。

 全員が、この西方帝国の北側に接する「魔域」の侵入地帯を新たに治めることになった九霊聖女(きゅうれいせいじょ)の部下なのだ。

 人間族の領域の北側に大きく拡がる霊気に満ちた地域は「魔域」と呼ばれており、その魔域は、力のある亜人の魔王が自分の霊気の及ぶ範囲を分割するというかたちで支配している。

 

 すなわち、西方帝国という人間族の人間族の世界に近い北側一帯を支配するのが九霊聖女という亜人女王なのだ。

 ついこの前まで、南山(なんざんだいおう)大王という魔王が支配していたが、力を失って、姪の九霊聖女にとって変わられたのだ。

 

 群雄割拠も下剋上も、魔域の常である。

 力を失った魔域の王は、すぐにほかの者に変わられる。

 それが魔域の常識だ。

 

 九霊聖女の支配域の北側も、少し前までは、金角(きんかく)という女魔王の支配地域だったが、金角もしばらく続いた牛魔王(ぎゅうまおう)との戦いに敗れて殺され、その支配域は牛魔王の部下となった巴山虎(はざんとら)という男の領域になった。

 巴山虎の支配域の北側が牛魔王の勢力地になる。

 

 そして、牛魔王の勢力地の東側にあたる魔域の中心部を支配するのが、現在の魔域の覇者ともいえる雷音(らいおんだいおう)大王の勢力地だ。魔域中の最強軍団とも称されている牛魔王もこの雷音大王の部下だ。

 もっとも、この雷音大王や牛魔王が勢力を伸ばしたのも、この数年のことであり、それ以前はもっと混沌としていた。

 このように、魔域の支配構造図は常に変化する。

 

 とにかく、黄獅姫の女主人の九霊聖女は、新たに旧南山大王域を支配することになったのであり、その支配地域の中心にあるのが、連環(れんかん)城という魔城だ。

 九霊聖女はそこにいる。

 

 その連環城に人間族の降妖君がひそかに訪ねてきたのは二箇月前だ。

 そこでなにかが話し合われた。

 降妖君のと九霊聖女のあいだで、どんな取り決めがあり、降妖君の企てていることが成功することで、連環城の主人である九霊聖女にどこのような利益があるのかはよくは知らない。

 

 黄獅姫は九霊聖女のしもべであり、家臣であり道具だ──。

 ただ、九霊聖女の指示に従って動くだけのことであり、それはほかの者も同じだ。

 

 黄獅姫が知らされているのは、本来は皇位継承権のない降妖君は、この西方帝国の皇帝になることを望んでおり、九霊聖女は降妖君に協力することにより、かなりの見返りを得ることになっていることになっているらしいということだ。

 新しく女王になったばかりの九霊聖女は、自分の支配域の支配を確固たるものにするために、人間界の側にも勢力を拡大することを目論んでいるのだ。

 

 いずれにしても、黄獅姫の本来の主人である九霊聖女と、この西方帝国の第三皇子である降妖君との契約により、九霊聖女は黄獅姫以下十五人の亜人戦士を降妖君に貸し出した。

 それで黄獅姫たちは、人間族の帝都にやってきたというわけだ。

 

 だが、実際のところ、今回の九霊聖女の命令は随分と奇妙なものだった。

 なにしろ、人間族の闘士になりきり、人間族の国である西方帝国の第三皇子の降妖君の闘士として、天下一闘技会という人間族の武術大会に出場して勝ち残れと指示されたのだ。

 だが、その大会に出場するには人間族である降妖君の『奴隷の刻印』を受け入れねばならず、それは九霊聖女に忠誠を誓っている黄獅姫としては、非常に不本意なものだった。

 九霊聖女の奴隷の刻印を受け入れろというのであれば、黄獅姫は心からの悦びとともに、それを全身にだって刻んだだろう。

 しかし、九霊聖女は、よりにもよって人間族の奴隷になれという。

 だが、たとえ真似事であろうと、刻む刻印は本物なのだ。

 

 それは、いくら連環城の女王である九霊聖女の命とはいえ、黄獅姫には耐えられない屈辱だった。

 なにしろ、『奴隷の刻印』は生きている者を主人の完全な操り人形にしてしまう操り術だ。

 一度、それを刻めば、どんな内容であれ、「主人」の言葉のとおりに行動させられてしまう。

 もしも、降妖君が下衆な男であれば、奴隷の刻印を刻まれた黄獅姫たちはもちろんだが、その本来の主人である九霊聖女までも危険になる。

 なにしろ、降妖君が九霊聖女を殺せと黄獅姫に命じれば、奴隷の刻印の操りにより、黄獅姫は九霊聖女を殺すしかなくなるからだ──。

 

 だが、九霊聖女の命令は絶対だ。

 質問も口答えも許されない。

 命令はただ受け入れるだけだ。

 こうして、黄獅姫たち十五人は降妖君の刻印を受け入れて西方帝国にやってきた。

 

 そして、やはり降妖君は下衆な男だった。

 人間族の世界に戻って、九霊聖女の目が離れた途端に、奴隷の刻印により、黄獅姫たちに九霊聖女を裏切って、降妖君の本物の奴隷になるように命じて、九霊聖女との約束を反故にしたのだ。

 降妖君と九霊聖女が連環城で交わした契約によれば、奴隷の刻印を使って、黄獅姫以下の十五人に九霊聖女に従わないように命令することはしないと降妖君は誓ったはずだ。

 また、九霊聖女から貸し出される十五人の亜人戦士は、丁重な礼節をもって扱われることになっていた。

 九霊聖女と降妖君が、その約束をするのを黄獅姫は目の前で見ていた。

 

 だが、実際には黄獅姫以外の十四人がいるのは、闘士小屋に作られている檻の中であり、食事は栄養はあるが家畜の餌と同じ粗末なものだ。

 だが、それを九霊聖女に何らかの手段で訴えることもできない。

 黄獅姫をはじめとする全員が奴隷の刻印により口封じをされている。

 それを解除されない限り、たとえ目の前に九霊聖女がいたとしても、降妖君の酷い扱いを九霊聖女に訴えることもできない。

 

 もちろん、九霊聖女にすべてを捧げたはずの黄獅姫の身体を卑しい人間族である降妖君が凌辱の限りを尽くしたとしても……。

 

「準備ができたか、黄獅姫? だったら、けつの穴を拡げてこっちに見せろ。両手で自分で尻たぶを掴んでこっちに向けるんだ」

 

 降妖君が笑いながら言った。

 黄獅姫は腹が煮えるのを耐えながら、部屋の真ん中にある柔らかな長椅子に腰かけている降妖君の前まで進んだ。

 黄獅姫は素裸だった。

 身につけていたものは、すべてこの部屋の出入り口の扉の横にすべて畳んで置いてある。

 この部屋に入ったらすぐに、例外なく扉の横で素裸になるように、降妖君に事前に「命令」されている。

 それにより、自動的に黄獅姫はここで素裸になってしまうのだ。

 

 そして、ここに黄獅姫を犯しにやってくる降妖君を待つ──。

 あるいは、降妖君が黄獅姫にあてがっている天嬌(てんきょう)という十歳の童女の従女の調教を受けるかだ。

 降妖君は黄獅姫へのいたぶりのために、わざわざ年端もいかない人間族の童女に黄獅姫を責めさせて、黄獅姫の屈辱を煽っているのだ。

 それが、この半月ずっと降妖君に続けさせられている黄獅姫の日課だ。

 

 しかも、今日は裸で待つだけではなく、準備をされている浣腸剤で繰り返し自ら尻穴を洗浄するようにも命じられていた。

 黄獅姫はその命令に従って、部屋にあった浣腸剤と浣腸器で三度も繰り返し浣腸をしたのだ。

 その大便は桶に集め、黄獅姫の世話をするためにつけられている天嬌に渡した。

 それも命じられていることであり、降妖君の嫌がらせだ。

 許されれば、黄獅姫は道術で自分の糞便を処分することはできるのだ。

 

「ど、どうぞ、ご確認ください……」

 

 黄獅姫は椅子に座っている降妖君の前までやってくると、降妖君に背中を見せて、跪いて頭を床につけて尻たぶを掴んで尻穴を開いた。

 身体が恥辱でぶるぶると震えた。

 このようなことをやらなければならない自分が情けない。

 

「いい姿だな。よし、命令があるまで、その姿勢を崩すなよ──。おい、天嬌、連れてこい──」

 

 降妖君が横の卓にある鈴を振った。

 黄獅姫はびっくりした。

 呼び鈴は、黄獅姫付きの従女の天嬌を呼び出すための呼び鈴だ。

 それはいいのだが、いま降妖君は誰かをこの部屋に連れてくるように天嬌に指示をしたように思う。

 つまり、この黄獅姫の羞恥の姿をほかの人間に見せるということだ。

 黄獅姫はもがいたが、奴隷の刻印の呪縛で動くことができない。

 

「そ、そんな──。身体を──身体を自由にして──」

 

 黄獅姫は悲鳴をあげた。

 

「美貌の女闘士の尻穴の奥を俺だけで見るのは惜しくてな──。おい、入ってこい──」

 

 降妖君が叫んだ。

 

「いやああ──」

 

 顔を伏せているので誰が入ってきたのかわからないのだが、複数の人間の足音がした。

 黄獅姫は尻穴を自ら拡げるという恥ずかしい姿のまま悲鳴をあげた。

 

「わっ、黄獅姫殿──」

 

「黄獅姫殿──。お、お前、俺たちばかりでなく、黄獅姫殿にまでこんなことをしているのか──」

 

 声がした。

 黄獅姫はびっくりした。

 首を捩じってなんとか後ろに向けた。

 そこにいたのは、軍鶏猫(しゃむねこ)力獅子(りきじし)だった。

 驚いたことにふたりは素裸だった。

 しかも、背中側で左手首を右手で握らされているようだ。

 

 だが、驚愕したのはふたりが裸だったことだけではない。

 ふたりの性器はなにかを塗られているのか油まみれで光っていて逞しく勃起していた。

 そして、勃起した男根の根元を革紐で深く縛られているのだ。

 その根元に細い鎖がついていて、それの鎖の先端を童女の天嬌が握って引いてきたのだ。

 

「お、お前たち、なんで──? み、見ないで、お願いよ──」

 

 ふたりは闘士小屋にほかの者とともにいたはずだ。

 このふたりがどうして、ここであんな姿でいるのかわからない。

 だが、いまは、こんな情けない姿を同じ亜人の仲間に見られたというのが屈辱だった。

 

「駄目だ。眼を逸らすのを禁じる、ふたりとも……。じっくりと見てやれ。この黄獅姫は、あれでも実は被虐癖があるのだぞ。こんなことをすればするほど欲情するのだ。ほら、よく見てみろ。股倉がねっとりと蜜で湿っているだろう? お前たちは知っていたか? お前らの女指揮官は、実は苛められると欲情する変態女なんだぞ」

 

 降妖君が嘲笑した。

 黄獅姫は歯噛みした。

 

「き、貴様……。なんてことを……。まさか、こんなことをずっとしていたのではないだろうなあ……」

 

 軍鶏猫が口惜しそうな声で言った。

 

「当たり前だろう。この黄獅姫は俺に口封じの命令を与えられていたから、お前たちには黙っていたと思うが、ここにやってきから、ずっと俺の性奴隷だ。最初の夜に犯してやったときなど面白かったぞ……。奴隷の刻印で逆らえないということに気がつくと、九霊の名を呼んで泣き叫んだのだ。どうやら、この黄獅姫は九霊の猫でもあるようだな」

 

 黄獅姫は指で尻を拡げるという恥辱の姿で震えた。

 あまりの口惜しさで涙が出てきた。

 この降妖君に汚された日のことをはっきりと思い出したのだ。

 

「こ、この下衆が──。そ、その首を捩じ切るぞ……」

 

 力獅子がうなるように言った。

 

「なにを偉そうに言っておるのだ、この役立たずどもめ──。お前らのせいで、明日の決勝の朝、金箍(きんか)と俺のほかには、すべてが俺の奴隷の刻印を刻まれた闘士が並ぶという計画が台無しになったのだぞ。あんな軟弱者の釘鈀(ていは)のところの女闘士に負けやがって」

 

「くっ」

 

「第一皇子の金箍については、すでに処置しているから問題はないし、俺を除いた残りの十四名のうち、十二名は俺の刻印の闘奴隷で固められたものの、ふたりの異分子までも入ってしまったじゃないか──。だから、罰を与えるためにお前たちをここに連れて来たのだ。命令だ。全員が一切の抵抗をするな」

 

 降妖君は長椅子に置いていた棒鞭を取ると、力獅子と軍鶏猫の勃起した肉棒を力一杯に打ち据えた。

 

「ひぐううう──」

 

 一瞬崩れ落ちたのは軍鶏猫だ。

 全身が鋼のように鍛えられている力獅子は打たれても平気のようだが、怒りの表情を降妖君に向けている。

 

「なんだ……? 軍鶏猫はともかく、力獅子はこれでは罰にはならんなあ……。よし、天嬌。準備したものを持って来い」

 

 降妖君が今度は軍鶏猫の睾丸を下から打ち据えた。

 

「おごおおおっ」

 

 軍鶏猫が苦痛に顔を歪めて悲鳴をあげた。

 それでも、ふたりの男根は少しも逞しさを失わない勃起の状態を保っていたから、おそらく、あれは薬剤かなにかで無理矢理に勃起させられているのだろうと黄獅姫は思った。

 ふたりとも性器に油剤のようなものを塗られているのはわかる。

 その油剤がふたりの股間を強引に勃起させているに違いない。

 

「どうぞ」

 

 天嬌が軍鶏猫と力獅子の前に一個ずつの籠を置いた。

 

「ふたりはそれを身につけろ。命令だ」

 

 降妖君はそう言って、今度は顔を再び黄獅姫の身体に向けた。

 

「……それよりも、待たせたな、黄獅姫。その恰好で待たせたから、尻がさびしかったろう。こいつらの着替えが終わるまで、天嬌と遊んでいてくれ……。おい、天嬌、いつものやつで遊んでやれ」

 

 降妖君が横に立っている童女に笑いながら命じた。

 

「はい」

 

 あまり表情を変えない天嬌が、部屋の壁にある棚から淫具を取り出して支度を始めた。

 黄獅姫はそれを見て顔をひきつらせた。

 天嬌が準備をしているのは、尻穴用の張形だ。

 大小の球体がたくさん繋がったような淫具であり、天嬌はそれに潤滑剤を塗っているのだ。

 

 黄獅姫は、ここにやってきてすぐに、この卑劣な降妖君により肛門調教を受けて、尻で欲情する色狂いにされてしまったのだ。

 その道具につかったのがあの淫具だ。

 降妖君は自ら黄獅姫を調教できないときには、この天嬌に繰り返し調教をさせたのだ。

 それは人間族の童女に尻を辱められるというのが、誇り高い女戦士の黄獅姫の尊厳を傷つけるという理由だけのことからだ。

 刻印の力で天嬌に逆らうことを禁止された黄獅姫は、降妖君自身よりも、むしろ天嬌によって毎日の尻をいたぶられて、悶え泣きさせられ続けた。

 

「さあ、準備ができました、黄獅姫様……。いつものように力を抜いてください」

 

 天嬌がやってきた。

 相変わらず表情があまりない童女だ。

 

 黄獅姫には、まだ幼いにも関わらず、こんな風に亜人女の嗜虐の道具に使われている天嬌が、どんな感情でそれを行っているのかわからない。

 とにかく、いつもこの童女は、淡々と手慣れた様子で黄獅姫の尻を責めるだけだ。

 

「くううっ、くわああっ」

 

 尻穴用に張形がゆっくりと黄獅姫の肛門に挿入してきた。

 たちまちにやってきた脳を麻痺させるような異様な戦慄に、黄獅姫は身体を激しく震わせた。

 

「な、なんだ、これは──?」

 

「ふざけるな、貴様──」

 

 背後では軍鶏猫と力獅子が怒りの声をあげている。

 だが、黄獅姫は見てはいない。

 それよりも、尻をいたぶられることによって込みあがる甘美な衝撃を打ち払おうと必死だった。

 犯されたり、道具でいたぶられることは仕方がない。

 だが、それによって、こんな人間族の下衆男や童女によって快感を引き起こされるなど耐えられない恥辱だ。

 しかし、妖しく全身に広がった甘美感があっという間に四肢に駆け抜け、それがとめられないのだ。

 

 情けなかった──。

 この黄獅姫ともあろうものが、こんな人間族の童女に尻を悪戯されて、欲情の限りを示してしまうのだ。

 

「はううっ──」

 

 一度軽く挿された尻用張形が引き抜かれ出したのだ。

 大小の球体がひとつひとつ抜かれるごとに、脳天を直撃する快感が走る。

 黄獅姫は命令で強要されている尻穴開きの態勢のまま悶え震えた。

 

「あはああっ」

 

 今度は挿入だ。

 まるで黄獅姫が備えるのを感知するかのような天嬌の責めだ。

 黄獅姫が挿入に備えると抜き、抜かれることに備えようとすると逆に押し込んでくる。

 その巧みな天嬌の責めに黄獅姫は翻弄されるのだが、どうしてわずか十歳程度の童女に女の身体を知り尽くしているような責めができるのかがわからない。

 それともただの偶然にすぎないものを黄獅姫が勝手に欲情しているだけなのだろうか……?

 

「はあああ、だめええ──」

 

 天嬌の持つ張形が一気に押し込まれた。

 

「きゃあああ──」

 

 だが、次の瞬間、張形が勢いよく一気に抜かれた。

 肛門の責めは挿入よりも抽出のときの方が数倍感じる。

 誰でもそうなのかわからないが、黄獅姫はそうだ。

 尻穴張形は球体が連なって作られていて、一個一個が抜けるたびに強い快感の波が走るのだが、それが連続してやってきた。

 黄獅姫の全身は崩壊するように震え、一気にやってきた絶頂の波が全身を飲み込んだ。

 絞り出すような蜜が女陰から外に迸ったのがわかった。

 

「もう達しやがったか。堪え性のない雌だな。じゃあ、天嬌、とりあえず、もういいぞ……。黄獅姫は尻開きをやめていい。こっちを向け。ただし、“ちんちん”の姿勢でな。こいつらにも絶頂したばかりのお前の股倉を見せてやれよ」

 

 降妖君の笑い声が聞こえた。

 やっと恥ずかしい尻穴開きの姿勢を崩すことを許された黄獅姫だったが、それは新しい恥辱の姿勢をとるまでも束の間にすぎない。

 “ちんちん”とは、犬が後ろ肢で直立して腹部を前に向ける姿勢を模した格好であり、両脚をしゃがませて真横に開き、両手を耳の横に持ってくる姿勢だ。

 性器も乳房もこれ以上ないというほどに剥き出しになる恥辱の姿勢だ。

 だが、“チちんちn”という言葉を降妖君に言われれば、この格好をするように「命令」を刻まれている。

 

「あっ──」

 

 恥辱の姿勢で降妖君の方に身体を向けたとき、黄獅姫は叫んでしまった。

 驚いたのは軍鶏猫と力獅子の格好だ。

 ふたりは女の格好をさせられていたのだ。

 

 肩までの長いかつらを被り、そのかつらには真っ赤なリボンまでついている。

 上衣は桃色の薄物で前は開いている。

 なによりも圧巻はふたりがはいている短い桃色の下袍だ。

 しかも、性器は勃起して下袍の前は盛りあがっている。

 女の格好をさせられたふたりは、激しい恥辱に震えている。

 

「お前らふたりは、今日の不甲斐なさの罰として、事がすべて終わった後に去勢してやる。とにかく、女に負けるような、腑抜け男は女の格好がお似合いだ。これからはずっと女の服を着て暮らせ。これは命令だ」

 

 降妖君が笑った。

 奴隷の刻印で逆らえないふたりは憤怒で顔を真っ赤にして、降妖君を睨んだ。

 

「さて、じゃあ、さっそく女の練習だ。お前でいい、力獅子。俺の珍棒を舐めろ──。女になったつもりで奉仕するんだ。命令だ。丁寧にやれよ……」

 

 降妖君が自分の思いつきに爆笑しながら、下袴を下着ごと脱いで下半身を裸になった。

 

「な、なんだと──。お、俺はそんな趣味はねえ──」

 

 力獅子は狼狽えた口調で言った。

 だが、力獅子の身体は刻印の力で動き続けている。

 力獅子の巨漢が屈んで小さくなって降妖君の下半身のあいだにしゃがみ込んだ。

 

「……俺も男にしゃぶられる趣味はねえよ。だけど、お前らは今日から女だ。女にしては、お前のような醜女には会ったこともねえが、珍棒くらいはしゃぶらせてやるよ。ありがたく舐めな」

 

 力獅子が屈辱に震えながら口で降妖君の性器を咥えたのがわかった。

 

「おお、結構うまいじゃねえか、力獅子──。それだったら、去勢しても女として商売できるかもしれねえぞ。物好きもいるから、お前を買う男もいるかもしれねえ。ちゃんと女の性器も乳房もつけてやるから安心しな。男だか、女だかわからないような姿が、お前ら亜人にはお似合いだ。なにせ、動物だからな」

 

 降妖君が大笑いした。

 

「げ、下衆が……」

 

 軍鶏猫が吐き捨てた。

 だが、女の格好をさせられて、どんなにすごんでも滑稽なだけだ。

 それがわかるだけに、黄獅姫は彼らの口惜しさに同情した。

 

「下衆とは心外だな。俺は人間相手のときは、人のいい第三皇子として結構人望もあるんだぞ。亜人相手のときは、どうしても人扱いする気になれないだけだ」

 

 降妖君は笑い続けている。

 奉仕をさせられている力獅子が悔し涙を流し出したのがわかった。

 

「軍鶏猫はその場に仰向けになれ。そして、黄獅姫は軍鶏猫の顔の上に跨って座るんだ。俺がこの下手糞な力獅子の舌で勃起したら、その雌に精を出すから、それまでその雌の股間を舐めて欲情させておけ──。そうだ、跨ったら、最初に挨拶代わりに、軍鶏猫の口の中に小便をしろ、黄獅姫──。命令だ」

 

 奴隷の刻印の力でやりたい放題の降妖君に、黄獅姫はぶるぶると怒りで震えた。

 だが、悲しいことに身体は勝手に動く。

 降妖君の命令に逆らうことは不可能なのだ。

 

「……お、黄獅姫殿……」

 

 仰向けになった軍鶏猫が呻くような声をあげた。

 

「ゆ、許して……」

 

 黄獅姫は軍鶏猫の顔の上にしゃがんだ。

 軍鶏猫は「命令」の力で口を大きく開いたのを感じた。

 すぐに黄獅姫の股間は緊張を緩め、軍鶏猫の口の中に放尿を開始した。



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739 無惨・童女破瓜

「あうう……」

 

 黄獅姫(おうしき)は、床に寝そべっている軍鶏猫(しゃむねこ)の顔の上に股間を乗せて、全身を竦ませた。

 たったいま、その中に放尿してしまった軍鶏猫の口から舌が伸び、今度は尿をしたばかりの黄獅姫の股間を下から舐め回してくる。

 

「あふう、ああ、はああ……」

 

 黄獅姫はたちまちに襲ってきた強い情欲にむせび泣いた。

 だが、奴隷の刻印による命令により、黄獅姫は舌を動かし続ける軍鶏猫の口の上から股間を離すことができないし、軍鶏猫は窒息するような苦しさに耐えて、黄獅姫を感じさせるように舌で愛撫し続けなければならない。

 

 奴隷の刻印を刻まれている以上、「主人」だと認識している相手の言葉には一切逆らうことはできないのだ。

 すると、いきなり強く背中を押されて、軍鶏猫の股間の上から床の上に身体を突き飛ばされた。

 

「どれ、犯してやるぜ、雌犬──。おうおう、もうぐしょぐしょじゃねえか──。じゃあ、四つん這いになって尻を高くあげろ」

 

 降妖君(こんようくん)だ。

 さっきまで、男の闘士である力獅子(りきじし)に自分の性器を舐めさせてからかっていたが、それは終わったのだろう。

 黄獅姫は「命令」に従って、腕と脚を床につけ、四肢を真っ直ぐに伸ばした体勢になった。

 自然に黄獅姫の尻は高くかかげた体勢になる。

 

 犯されるのだ──。

 黄獅姫はさらに眼を閉じた。

 降妖君の両手が黄獅姫の腰を両側から掴む。

 降妖君の怒張がするりと黄獅姫の女陰に滑り込んできた。

 すると、悲しいくらいの快感が襲いかかった。

 下肢全体が砕けるように甘い疼きが流れ渡る。

 

「はあうっ」

 

 一気に深い部分まで突きたてられた。

 黄獅姫は息をのんだ。

 この半月ですっかりと股間で覚えさせられた降妖君の怒張だ。

 

 その太さ、長さ、硬さ……。

 そのすべてにしっかりと欲情するように黄獅姫の股間は調教されてしまった。

 峻烈な愉悦が黄獅姫の五体に燃え拡がる。

 

 降妖君の腰が動き出した。

 たちまちに全身が震える。

 

 快感のうねりに突きたてられていく。

 こんな人間族の下衆男に犯されて感じたくなどないのだが、黄獅姫の膣の粘膜を押し拡げる先から溶けるのではないかと思うほどの快感が襲う。

 

「ふううっ、ふううっ、はああっ、はあっ」

 

 しばらくすると、降妖君の律動の速度があがった。

 黄獅姫は懸命に四つん這いの四肢に力を入れながら歯を食い縛った。

 もしも、「命令」で四つん這いの姿勢を命じられてしなかったら、燃えあがる官能に耐えられずに、黄獅姫は姿勢を崩していたかもしれない。

 それくらい快感が大きかった。

 

 嫌だ──。

 

 だんだんと昇っていく甘美感とともに、強い嫌悪感がやってきた。

 なんど味わされても、この男に犯されて悦びを弾けさせるのは、身震いするほどのおぞましさだ。

 

 だが、黄獅姫の自制心はもう麻痺している。

 五体を砕けさせる絶頂が襲ってきた。

 

「くはあああっ、ああああああっ」

 

 そして、がくがくと痙攣したように身体が震えた。

 黄獅姫は降妖君の律動を受けながら、ついに快感を極めてしまったのだ。

 

「相変わらず、淫乱に仕あがってやがるなあ……。もう、達したか……。よし、今夜はちょっと趣向を変えるぞ……。おい、天嬌(てんきょう)、服を脱いで黄獅姫と同じ格好になれ──。おい、力獅子──。天嬌が暴れないように押さえつけていろ、命令だ──」

 

 突然に降妖君が狂気のような声をあげると、黄獅姫から怒張を抜いた。

 降妖君はまだ黄獅姫の中には精を出してはいないはずだ。

 その証拠に、まだ降妖君の一物は隆々と天井を向いている。

 姿勢を崩していいという命令はないので、黄獅姫は四つん這いの体勢のままでいたが、その横で天嬌が淡々と服を脱ぎ始めている。

 

 黄獅姫は呆気にとられた。

 なにが起きているのかわからない。

 

 黄獅姫が知る限り、降妖君はこの童女の従女を黄獅姫に屈辱を与える材料には使ったが、性欲の直接の対象としたことはなかったはずだ。

 第一、この童女の身体はもう性交を受けれることができるのか?

 だが、天嬌は特に動じる様子もなく、あっという間に全裸になった。

 そして、黄獅姫の横に同じように四つん這いになる。

 

「おい、軍鶏猫──。この天嬌の股を舐めろ。十歳の童女だからな。しっかりと舐めてやれ。さもないと、破瓜の苦しみでのたうちまわるだろうしな……。おい、天嬌──、今夜はなぜか、そんな気になった。お前を犯してやろう──。俺が拾わなければ、野垂れ死ぬしかなかったお前だ。文句はないな──?」

 

「ど、どうぞ、犯してください……。黄獅姫様と同じように……」

 

 四つん這いの天嬌がそれだけを言った。

 ますます、黄獅姫は混乱した。

 

 それにしても、降妖君は、いま、天嬌の破瓜をすると言ったと思う。

 やっぱり、天嬌には性経験はないようだ。

 だったら、こんな童女の膣を降妖君の怒張で貫くのは無理だと思った。

 半月のあいだ黄獅姫をいたぶった童女だが、いきなりこの場で破瓜されるというような仕打ちに同情した。

 関係のない人間族の子供とはいえ、黄獅姫は降妖君が突然に天嬌を犯そうとしていることに強い憤りを感じた。

 

「や、やめなさい、降妖君──。犯すなら、わたしを犯せばよいであろう。こんな年端もいかぬ童女を犯してどうするのだ──?」

 

「うるさい──。そうしたくなったのだ。黙って見ていろ──。命令だ」

 

 降妖君が叫んだ。

 その表情には狂気がある。

 とてもまともには思えない。

 まるで酒にでも酔っているかのようだ。

 だが、そうでないことはわかる。

 黄獅姫たちをなぶっているうちに、突然に情欲に酔ったようになったのだろうか?

 

「ひいっ」

 

 横の天嬌が身体をぶるりと震わせた。

 「命令」により天嬌の股を軍鶏猫が舐め始めたのだ。

 天嬌もこれから破瓜をすると言われているのに抵抗する素振りはない。

 ただ、息だけは荒げだした。

 

「さすがは童女の股間だな。綺麗な女陰だ。割れ目はしっかりと閉じていて固そうだが、その分締めつけもいいだろう。愉しみだぞ、天嬌」

 

 女装をしている軍鶏猫が舌で愛撫する傍ら、降妖君が検分するように天嬌の股間を触りだした。

 

「くっ……くうっ……うう……」

 

 天嬌の頬がだんだんと赤みを差してきた。

 唇もぶるぶると震えだしている。

 感じているようだ。

 降妖君が天嬌の秘部にぐいと指を入れた。

 

「はぎいいいい──」

 

 天嬌が絶叫した。

 苦痛に全身を激しく震わせた。

 だが、四つん這いの姿勢だけは変えない。

 黄獅姫は見ていてぞっとした。

 

「さすがに指でこれでは、このまま肉棒を挿すのは無理だな……。黄獅姫、命令だ。潤滑油を棚から持って来い。その後は、邪魔は絶対にするな。俺がこの童女を犯すのをじっくりと見ていよ。命令だ──」

 

 降妖君が指を天嬌の股から抜きながら言った。

 ここにやってきて以来、降妖君の命令とはいえ、黄獅姫をなにかと侮辱的にいたぶってきた天嬌だったが、それでもこんな童女を大人の怒張で犯すというのは可愛そうで耐えられない。

 天嬌には明らかに肉体的には無理だと思う。

 なんとか助けてやりたいとは思うが、残念ながら黄獅姫にはその手段はない。

 それどころか、手伝えと命じられれば、それをするしかないのだ。

 実際、黄獅姫は性交に使用する潤滑油を持ってこさせられてしまっている。

 

「潤滑油を俺の肉棒に塗れ、黄獅姫──」

 

 降妖君が言った。

 こうなったら、天嬌が犯されるときに、その激痛が少しでも和らぐように、大量に潤滑油を塗りつけるくらいしかできない。

 黄獅姫は油剤ですっぽりと怒張を覆うほどに大量の潤滑油を降妖君の勃起した一物に塗った。

 

「もういいだろう──。いくらやっても、大して濡れまいしな……。どけ、軍鶏猫──」

 

 降妖君が軍鶏猫を押しのけた。

 そして、今度は四つん這いの天嬌の股間に怒張を押し当てた。

 

「うぐううう──」

 

 天嬌の小さな身体が激しく反り返った。

 さすがに倒れかかったが、これも「命令」を受けている力獅子が支えた。

 力獅子が天嬌の小さな裸身を押さえている。

 これも命令でしていることであり、力獅子は嫌悪感を顔に浮かべて、眉間に皺を寄せている。

 

「これはさすがに狭いな──。だが、なんとか潤滑油のおかげでできそうだぞ」

 

 降妖君が笑いながら律動を開始した。

 

「ぎいいい──、があああああ──、うぐううううう──」

 

 降妖君の男根が前後するたびに、天嬌が苦しそうな悲鳴をあげた。

 よく見ると、男根の隙間からかなりの出血が漏れている。

 あれは破瓜の血だけではないだろう。

 無理な挿入で股間の中のどこかを破ったのかもしれない。

 だが、降妖君は狂気のような表情で一層激しく天嬌を犯し続けている。

 

「仕方ねえ──。あまり長引かせることもできないようだから、出すぞ──」

 

 降妖君は声をあげると、腰をぶるぶると震わせた。

 

「あぎゃああああああ」

 

 天嬌が悲鳴をあげた。

 だが、降妖君はぶるりと腰を震わせた。

 精を出したのだろう。

 

 すぐに、降妖君は天嬌の股間から男根を引き抜く。

 

「うぐう、ぐううう……」

 

 天嬌の身体が精根尽きたように倒れた。

 童女の股間からは、かなりの大量の血が流れている。

 そして、まだ苦しそうに呻いている。

 やっぱり無理だったのだ。

 黄獅姫は愕然とした。

 

「天嬌、自分の始末くらいは自分でしろ──」

 

 降妖君が苦しそうな息をしている天嬌に、蔑むような視線を向けて言った。

 そして、血の付いた降妖君の肉棒を黄獅姫に向けた。

 

「綺麗にしろ、黄獅姫──。命令だ」

 

 黄獅姫の身体は勝手にその肉棒に舌を使い始めた。口の中に血の匂いが拡がる。

 

「よく聞け、黄獅姫──。明日の決勝の前でお前たちが果たす任務を与える──」

 

 降妖君が黄獅姫に舌を使わせながら言った。

 黄獅姫ははっとした。

 

「明日の決勝の直前、皇帝がお前たちの前に声をかけに来る。そういう手筈になっているのだ。闘技場におりてきて、お前たちの目の前までやってきて、ひとりずつ声をかけるのだ。そのときだけは、警護兵も最小限となり、まったく無防備になる……。その機会を逃さず、お前たち十四名は一斉に皇帝に襲いかかって人質にしろ──」

 

「人質?」

 

 黄獅姫は呆気にとられた。



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740 第三皇子の陰謀

「明日の決勝の直前、皇帝がお前たちの前に声をかけに来る。そういう手筈になっているのだ。闘技場におりてきて、お前たちの目の前までやってきて、ひとりずつ声をかけるのだ。そのときだけは、警護兵も最小限となり、まったく無防備になる……。その機会を逃さず、お前たち十四名は一斉に皇帝に襲いかかって人質にしろ──」

 

「人質?」

 

 黄獅姫は呆気にとられた。

 

「闘技場には皇帝を守る部分結界も張ってあるが、これは俺の力で直前に消滅させる──。溥儀雷(ふぎらい)帝もまた武芸の達人だが、俺を含めて十三名もいるのだ。人質にすることなど容易だろう……。絶対に失敗するな。お前以外の闘士たちには、お前の命令に従うように、すでに命令を刻んだ──。明日の朝、お前が細部の手筈を整えて、連中に命令を与えるのだ。わかったな、黄獅姫」

 

 皇帝を人質にするのが今回の目的──?

 黄獅姫は口で降妖君の舌を舐めながら顔をあげた。

 降妖君がにやりと笑った。

 その降妖君が黄獅姫の口から性器を抜いた。

 自分で服装を整えだす。

 

「……金箍(きんか)をどうするかは明日の朝に改めて指示を与える。いま、金箍皇子を避寒子と避暑子が性の技でたぶらかしを企てている……。性狂いの術にかけていき狂いの状態にして、正常な判断力を失わせて、俺を主人とする『奴隷の刻印』を金箍に刻もうとしているのだ……。それが成功すれば、金箍はそのまま生かしておく──。それができなければ、皇帝を人質にする場で殺す……。両方に対応できる策を考えておけ」

 

 降妖君が言った。

 黄獅姫は、やっと今回の降妖君の考えていることが見えてきた。

 つまりは、これは皇位乗っ取りの叛乱なのだ。

 

 降妖君は第三皇子ではあるが、この人間族の帝国では皇位継承権は、第一皇子の金箍と第二皇子の釘鈀(ていは)にしかなく、第三皇子の降妖君に皇位が移ることはない──。

 

 だから、降妖君は、皇帝と人質にとって、溥儀雷帝から強引な退位と降妖君への譲位を迫るつもりだろう。

 そのための天下一闘技会だったのだ。

 皇帝を人質にとるといっても、それは普段ではとてもじゃないが不可能だ。

 皇帝はしっかりと防護された宮廷に存在し、屈強な近衛団に守られている。

 その皇帝を人質に奪う隙などない。

 

 だが、武術好きの溥儀雷帝であれば、帝国で一番の闘士を選ぶ天下一闘技会を必ず天覧をしようとする。

 それを利用して、降妖君は、皇帝が闘士の目の前に近寄ってくるという状況を作為したのだ。

 もちろん、闘技場の中でも、皇帝を守る道術の防護は整っているが、闘技会を主催している降妖君であれば、それを無効にすることなど容易いことだ。

 

 だが、そのためには第一日目に勝利して決勝に残る闘士を降妖君の手の者で固めねばならない。

 その目的のために、九霊聖女から黄獅姫たちが貸し出されたのだ。

 やっと黄獅姫は、今回の降妖君の陰謀の全容が理解できた。

 しかし、この計画にはまだ粗がある。黄獅姫はそれを質問した。

 

「釘鈀皇子はどうするのです?」

 

 皇帝を人質して、金箍を奴隷の刻印を刻むか、殺すかする──。

 しかし、それだけでは、まだ、皇位継承権のある第二皇子の釘鈀が残る。

 場合によっては、その釘鈀が、謀反人の降妖君を捕えようと、降妖君に刃向う勢力を糾合するかもしれない。

 

「あの腑抜けになにができる──。自分では戦闘もできない軟弱者だぞ──。あれについていく者などない──。俺が皇位を奪えば、釘鈀もそれに従うだけだろう。あんなのは問題にせずともよい──」

 

 降妖君は満足そうな表情で部屋を出て行った。

 部屋には黄獅姫と軍鶏猫と力獅子……。

 そして、股間から血を流して横になっている天嬌の四人だけが残った。

 

「ふう……。やっと行ったね……。おめでたい男だねえ……。よくも、あんた詰めの甘い策で皇帝になろうとするものだよ──。まあ、なんだかんだと言っても、宮廷育ちの苦労知らずのお坊ちゃんだしね──。なんでも自分の都合のいいように、物事が運ぶと信じ切っているんだろうねえ」

 

 天嬌が起きあがりながら言った。

 ぎょっとした。

 この半月のあいだの天嬌の喋り方とはまったく違っている。

 外見と声は確かに十歳の童女の天嬌だが、まるで年齢を重ねた熟年の女性が乗り移ったかのようだった。

 黄獅姫は目を丸くしてしまった。

 

「て、天嬌……じゃないのね……。誰、あんた──?」

 

 黄獅姫は声をあげた。

 そこにいるのは、間違いなく十歳の人間族の童女などではない。

 それ以外の誰かだ──。

 

 その誰かが、人間族の童女の姿を借りているだけだ──。

 黄獅姫は確信した。

 

「おやおや、このわたしがわからないのかい、黄獅? まあ、いずれにしても、苦労をかけたねえ……。許しておくれ──。あの降妖君を調子に乗らせて、最後まで走らせる必要があったものだからね。なにしろ、人間族の皇帝を闘技場で闘士の前まで来させることや、皇帝が闘士の前にやってくる機会に合わせて、皇帝を守る道術の防壁を消滅させることは、降妖君にしかできなからね……」

 

 天嬌が大人びた笑みを顔に浮かべながら身体を起こした。その天嬌が手を股間にかざす。

 流れ続けていた血が止まった。

 それだけじゃなくて、床や天嬌の身体を汚していた血の塊りそのものが消滅した。

 

 『治療術』の道術だ──。

 

 しかも、黄獅姫のことを“黄獅”と呼んだ──。

 

 黄獅姫を“黄獅”と呼ぶのは、黄獅の知る限りこの世では一人しかいない……。

 

「く、九霊(きゅうれい)様? 九霊聖女様なのですか──?」

 

 黄獅姫は大声で叫びそうになり、慌てて声を低くした。

 

「えっ、九霊聖女様?」

 

「九霊様?」

 

 軍鶏猫と力獅子も驚いて声をあげた。

 

「ああ、そうだよ……。わたしだよ──。人間族の帝国を乗っ取るためとはいえ、あんな下衆男にかわいい子飼いの部下たちを託すわけにはいかないからね。天嬌という童女の姿で降妖君の屋敷に忍び込んでいたのさ……。少し操り術を遣ってね……。あいつは天嬌を以前から使用している従女だと思い込んでいるけど、実際にはこの屋敷にやってきたのは、お前たちと一緒さ」

 

「ええっ、えええ?」

 

 黄獅姫葉思わず声をあげた。

 

「それにしても、本当にやりたい放題で虫唾が走っただろう? 操りでなんとかしてやりたかったけど、あいつの欲望を無理に押さえ込むような操りだと、強い道術をかけてしまうことになり、天嬌が人間でないことに気がつかれるんでできなかったのさ。そのために、お前たち……、特に、黄獅姫には苦労をさせたね。本当に許しておくれ──」

 

 天嬌が言った。

 次の瞬間、天嬌の姿が九霊聖女という美貌の女王の姿になった。

 黄獅姫は呆然とした。

 

「て、天嬌は、九霊様……?」

 

 黄獅姫は、まだ混乱している。

 とにかく、目の前に九霊聖女がいる。

 そのことだけで、ほっとして涙が出てきた。

 

「ずっと、そばにいてくださったんですね……。ありがとうございます……」

 

 黄獅姫は九霊聖女の前に跪いた。

 その頭を九霊聖女がそっと抱いた。

 

「わたしが、そばにいることをどうしても教えるわけにはいかなかったのさ……。なにしろ、お前たちの身体には降妖君の刻印があるからね……。もしも、あいつがなにかを感づいて、正直なことを告げるようにと、お前たちに命じれば、お前たちはわたしのことを話すしかないからね──。だから、仕方なく、天嬌のふりをしていたのさ。まあ、正直、天嬌の姿で黄獅を調教したのは、新鮮な愉しさだったよ」

 

 九霊聖女が笑った。

 

「九霊様……」

 

 黄獅姫は自分の顔が赤らむのを感じた。

 

「……だけど、これ以上耐えられなくてね。もう、決行の日は明日なんだ……。もうばれる気遣いは不要だろう。あんなお坊ちゃん、どうせ、なにひとつ気がつかないさ。なにもかも自分の思うとおりに事が運ぶと信じ切っている間抜けだからね」

 

 九霊聖女がにやりと笑った。

 だが、だんだんと頭が回りだしてきたら、急にひとつの疑問が湧いた。

 九霊聖女は降妖君の黄獅姫に対する欲望を抑えるまでの操りをすることは、あえてしなかったようだが、それでも少しは操ってはいたようだ。

 だったら、さっきの天嬌の姿の九霊聖女に対する酷い破瓜はなんだったのだろう。

 あれは、黄獅姫を犯していた降妖君が、まるで操られていたように、急に強姦の対象を黄獅姫から天嬌に変更した。

 

「もしかしたら、さっき、降妖君が天嬌の姿の九霊聖女様を犯したのは、九霊聖女様がそうさせたのですか?」

 

 黄獅姫は言った。

 そうとしか思えなかったからだ。

 

「さっきわざと犯されたのは、わたしのせめてもの罪滅ぼしだよ。それで勘弁しておくれ、黄獅──。それにしても、中身はわたしでも、身体は人間族の童女だからね。さすがにあの未成熟の膣を突き破られたのは痛かったよ」

 

 九霊聖女が苦笑した。

 

「そ、そんな──もったいないことを──」

 

 九霊聖女が黄獅姫の苦しみを分かち合うために、あえて降妖君を操って天嬌に変身している九霊聖女を襲わせた……。

 そんなことをしてくれたのだと思っただけで、黄獅姫はこの半月の惨めな仕打ちに耐えたことが報われた気がした。

 九霊聖女はむせび泣く黄獅姫をしばらく抱きしめてくれた。

 だが、しばらくしてから、九霊聖女は黄獅姫の身体をそっと離した。

 

「……お前たち、これから言うことをよく聞くんだ」

 

 九霊聖女が真剣な口調で言った。

 黄獅姫は涙を吹いて、顔を九霊聖女に向けた。

 もう九霊聖女は顔に微笑みを浮かべてはいなかった。

 

「……とにかく、わたしの目的は、あの世間知らずの降妖君というお坊ちゃんを利用して、この人間族の帝国を乗っ取ることだ。そのために、もう少し辛抱しておくれ。そのために、明日の決勝の日まで、お前たちの奴隷の刻印はそのままにしておくしかない。それまで耐えるんだ。いいね──」

 

 九霊聖女が真顔で言った。

 黄獅姫はただうなずいた。

 

「……とにかく、これからわたしが言うことを聞くんだ、黄獅。それが本当の策だ。いまは、降妖君の刻印が効果を及ぼしているから、命令に応じることはできないだろうけど、言葉はわかるだろう……。明日、降妖君の命令の呪縛から解放されたら、わたしがこれから告げることを思い出すんだ」

 

 九霊聖女は、黄獅姫たちに、明日の闘技場における皇帝声掛けのときに、やるべきことを語った。

 黄獅姫はそれを一言洩らさずに頭に刻み込んだ。

 

「お、俺たちはどうなります……?」

 

「とにかく、すぐにこの格好から解放させてもらえませんか──?」

 

 軍鶏猫と力獅子が言った。

 ふたりは降妖君の「命令」で女装のままでいる。自分ではそれを解けないのだ。

 九霊聖女が噴き出した。

 

「まあ、仕方がないさ──。闘技場に行かないお前たちには別に命じることがあるけど、その女装を解くには、降妖君が命令を取り消すしかないから、いまは、どうしようもないさ──。お前たちはその腹の刻印が消えるまで、その姿で待ちな」

 

 九霊聖女が大笑いした。

 

「そんなあ……」

 

「ぐうう……」

 

 ふたりががっかりした呻き声をあげた。

 

「……だけど、その代わり、わたしと黄獅がお前たちにいいことをしてやるよ。だけど、ほかの者には黙っているんだよ。女王のわたしが、部下のお前たちと遊んだなんて、連中にしめしがつかないからね……。ところで、その性器は強引に勃起させられて、しかも根元の金具で射精を止められているんだろう? それくらいは外してやれるよ」

 

 九霊聖女がくすくすと笑いながら、力獅子の股間に近づいて口に咥えた。

 同時に指を鳴らした。

 力獅子と軍鶏猫の股間の根元の金具が外れて下に落ちた。

 

「おおお──も、もったいない──。じょ、女王様にこんなこと──おおお──」

 

 力獅子が悲鳴のような声で吠えた。

 

「馬鹿垂れ──。静かにしないかい──。いいから、本当に内緒にするんだよ。今夜のことは、この四人の秘密だ──。いいね?」

 

 一度、力獅子の股間から口を離した九霊聖女が苦笑して言った。そして、再び力獅子の性器を咥え直す。

 黄獅姫は九霊聖女に促されて、軍鶏猫の勃起した性器を咥えた。

 

「おお、黄獅姫様までも……」

 

 軍鶏猫も感極まった声をあげた。

 

「おお、ちゅ、忠誠を尽くします──。お、おおおお──。もしも、死ぬような任があれば、どうか俺を使ってください。ど、どうか……お、おおおおっ」

 

 力獅子が切羽詰ったような声をあげながら、ぶるぶると腰を震わせた。

 もう、力獅子は精を発したようだ。

 随分と速いが、それだけ我慢させられていたのだろう。

 それに、女王が自分の股間を奉仕してくれるという異状な状況に、力獅子は感極まったのかもしれない。

 

 ほとんど同時に、軍鶏猫も黄獅姫の口の中に射精をするような仕草になった。

 どうしようかと思ったが、隣の九霊聖女がなんの躊躇いもなく、部下の力獅子の精を飲んでいるので、黄獅姫もそうすることにした。

 そして、軍鶏猫の精が黄獅姫の口の中で弾けた。

 黄獅姫は、それを懸命に喉に飲み込んでいった。



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741 第二皇子と淫乱童女

「本当にあんな童女を抱いていいんですか、宝玄仙殿?」

 

 釘鈀(ていは)は言った。

 

「いまさら、なにをかまととぶってんだい、皇子。帝都一の女たらしが呆れるよ。素蛾も承知なんだ。あいつは修行中でね。いまのうちから、いろいろな男を経験させたいんだよ。そうやって、性奴隷として調教している最中さ」

 

「修行ですか?」

 

 釘鈀は苦笑してしまった。

 

「第一、寝台の上に素裸になり、すっかりと準備万端に整っているのに、なに言ってんだよ。すっかりとやる気なんだろう? 心にもない遠慮はするんじゃないよ」

 

 宝玄仙が声をあげて笑う。

 釘鈀の寝室だった。

 

 裸体で寝台の上に座って下半身に掛布をかけただけの釘鈀に対し、宝玄仙は浴衣一枚を羽織った姿で寝台の横の椅子に座っている。

 ここで素蛾という宝玄仙の性奴隷の童女を抱くことになったのだ。

 別の部屋では、陳嬌(ちんきょう)を宝玄仙の供三人が百合責めをしている。

 

 昨夜までは、陳嬌が沙那と孫空女を焦らし責めで性拷問していたから、その仕返しをさせろということだった。

 それですべてを水にも流してくれるという。

 仕方がないのでそれを許したら、宝玄仙の方から、その代わりに素蛾を抱かせてやると言ってきた。

 そんなことは必要ないと思ったが、実は興味があるので受けることにした。

 釘鈀は、性奴隷だというわりにはどこかしら高貴の匂いのある素蛾という童女のことが少し気になっていた。

 

 自分に童女趣味があったということに、釘鈀自身が驚く気持ちだが、実際のところ、素蛾には無邪気さは感じることもあるが、幼さはあまり感じない。

 あんな年端もいかないような童女の舌で呆気なく三度も精を出さされたという気後れもあるのかもしれないが、釘鈀はあの素蛾に、子供らしくないしっかりとした芯の強さも感じるのだ。

 

 いや、むしろ、そこらの大人よりもずっと我慢強いし、優しい──。

 あの可哀想な劉姫(りゅうき)のことだって、ほぼ二日間、彼女の手足の切断部を舌で舐め続け、ついに四肢を復活させてくれた。

 にこにこと文句ひとつ口にすることなく健気に劉姫の患部を舐め続けていたが、実際のところ、あんなに長時間、なにかを舐め続けるということは、並大抵のつらさではないはずだ。

 それなのに、素蛾は一度闘技場に行って、沙那と孫空女のことを応援していた以外は、食事や睡眠の時間だってそこそこに劉姫の介抱のために尽くしてくれた。

 そして、闘技場から戻って数刻でやっと足の先まで復活して、劉姫の身体は元通りになったのだ。

 

 劉姫は感動して、性奴隷の素蛾にその場にひれ伏して礼を言ったくらいだ。

 その光景にも釘鈀は立ち合っていたが、一介の奴隷のわりに素蛾は、高貴な婦人の感謝の態度も物怖じすることなく堂々としていた。

 それでいて、素蛾の態度には回復した劉姫に対する優しさが醸し出ていた。

 

 普通なら、劉姫のような上級貴族が一介の奴隷にひれ伏して礼を言うなどあり得ない。

 劉姫の興奮がそれだけ激しかったからだと思うが、一方で、素蛾はしっかりと精練された慣れた仕草でそれを受けとめていた。

 いったい、素蛾は何者だろう。

 

 扉が外から叩かれた。

 返事をすると、箱を抱えた釘鈀の家の侍女とともに、宝玄仙と同じように膝までの浴衣を身に着けた素蛾が入ってきた。

 素蛾はにこにこと微笑んでいるが、いささか緊張しているように思える。

 侍女はすぐに追い返し、部屋は三人だけになった。

 

「よろしくお願いします」

 

 すると、すぐに素蛾はその場に正座をして、床に深々と頭をつけた。

 そうやって挨拶をしろと教えられているのかもしれないが、この娘には不思議な高貴さがやっぱりある。

 床に土下座をして挨拶をするなど、奴隷の仕草のはずなのだが、この素蛾がすると、ちっとも卑しさを感じさせない。

 それどころか、それが礼にかなった正式の作法のようにも思えるのだ。

 とりあえず、素蛾に寝台にあがるように言った。

 素蛾が浴衣を脱いだ。

 

「ほう……」

 

「へえ?」

 

 釘鈀と宝玄仙は同時に声をあげてしまった。

 浴衣の下の素蛾は素裸だった。

 だが、ただの素裸ではない。

 身体に縄がかかっていて、六角形の大小の模様で素蛾の裸身に縄がかかっているのだ。

 

「亀甲縛りかい、素蛾? 自分でやったのかい?」

 

「は、はい……。この前、朱姫姉さんに教えてもらったんです。いかがでしょうか……? 股の部分は邪魔にならないように、少し緩めに左右に開いてかけています」

 

 素蛾は、寝台の上に跪いて、股間を開きながら言った。

 確かに、股間に縄がかかっているが、二本掛けの縄が股の中心を避けて、左右に分かれて足の付け根にかかっている。

 それにしても、童女の縄化粧姿というのもそそるものだ。

 釘鈀の股間は敷布の下で元気になってしまった。

 

「ところで、その箱にはなにを持ってきたんだい、お前……? あれまあ……」

 

 宝玄仙が、素蛾が侍女に持たせてきた箱を開いて、呆れた声をあげた。

 釘鈀もそれを見て、少し驚いた。

 箱の中には縄や大小の張形、あるいは、なにかの薬剤の詰まった小瓶が入っている。

 刷毛や筆まである。いわゆる淫具一式だ。

 

「あ、あの、なにを持ってきていいかわからなかったので、とりあえず、一通りは持ってきました。朱姫姉さんたちは忙しそうだったし、ちょっと訊ねられなくて……」

 

 素蛾が顔を赤らめて言った。

 宝玄仙が噴き出した。

 

「馬鹿だねえ、素蛾──。普通は男に抱かれろという命令だったら、なにも持たずに身ひとつでくるものだよ。お前の股に、この男が精を注ぐというだけのことじゃないか。そんな支度はいらなかったんだよ」

 

「そ、そうなのですか? 申し訳ありません。わたくしは、なにも知らなくて……」

 

「悪いねえ、釘鈀──。この素蛾にとっては、性交といえば、嗜虐の性交ばかりだからね。なにも言わなければ、性交とはこういうものを介して行うものと思い込んでいたようだよ」

 

 宝玄仙が笑って言った。

 

「そうですか……。でも、素蛾もいささか緊張しているようですし、それで気持ちがほぐれるなら使ってみますか。俺も興味ありますしね……。じゃあ、縄で縛りましょう。宝玄仙殿、縄束を取ってくれますか」

 

 箱は宝玄仙の足元に置いてある。宝玄仙が縄束を釘鈀に渡した。

 素蛾が両腕を背中に回して、背中を向ける。

 その身体が小刻みに震えていた。

 

 怖いのだろうか? 

 釘鈀はどうやったら、この童女の緊張がなくなるのだろうかと考えた。

 そのとき、不意に扉が大きく開いた。

 入ってきたのは朱姫だった。

 随分と急いできたらしく、少しばかり荒い息をしている。

 

「朱姫、なんだい、お前は? 沙那と孫空女と一緒に陳嬌の報復の百合責めの最中だろう? だいたい、お前、仮にも皇子の寝室に、案内をつけないどころか、許しも乞わないで勝手に扉を開けるやつがあるかい」

 

 宝玄仙が呆れたような口調で言った。

 

「そんなの、いいじゃないですか、ご主人様──。それに、陳嬌さん相手の遊戯なんて、もう終わってしまいましたよ。陳嬌さんが三回目の絶頂で気絶しちゃったら、沙那姉さんも孫姉さんも、もういいって、許してしまったんです……」

 

「気絶──? なんだい、そりゃあ。それで終わらせちまったのかい」

 

「本当ですよ。気絶しているのを無理矢理に覚醒させて、責め続ければいいのに──。それよりも、ご主人様、素蛾を勝手に調教しちゃだめですよ。あたしが素蛾の調教係なんですからね──」

 

 朱姫が声をあげて、つかつかと部屋に入ってくる。

 そして、部屋の隅にある椅子と運んできて、宝玄仙の隣に持ってきた。

 

「しゅ、朱姫姉さん──」

 

 寝台の上の素蛾が嬉しそうな声をあげた。

 同時に、さっきまでの素蛾の緊張の気配が嘘のように消滅した。

 小さな震えもなくなり、身体の硬さのようなものがなくなったのだ。

 それどころか、全身に赤みまで差してきた。

 どうやら、素蛾はこの朱姫がそばにいるとほっとするようだ。

 

「あたしに、素蛾を縛らせてもらっていいですか、殿下?」

 

 朱姫が寝台の横にやってきた。

 釘鈀は朱姫に縄束を渡した。

 素蛾がなんだか愉しそうに朱姫に背中を向け直した。

 朱姫は折り曲げさせた素蛾の腕に軽く縄を巻くと、胴体に巻いている縄に括り付けた。

 

「朱姫姉さん……。こ、この亀甲縛りはどうですか? この前、教えてもらった通りにやってみたんです」

 

「上手にできているわ、素蛾」

 

 朱姫が素蛾の頭を撫ぜると、素蛾は本当に嬉しそうに微笑んで顔を赤くした。見ていると、思わずもらい笑いをしてしまうような微笑ましさだ。

 もっとも、やっているのは、微笑ましいどころか、淫靡で変態的な性行為の前戯だ。

 それを考えると苦笑してしまう。

 

「さあ、素蛾、今夜のお前は淫乱な“ど淫乱”よ。そのふりをしなさい」

 

 後手縛りの終わった素蛾を釘鈀の方向に押し出しながら言った。

 

「あ、あのう……朱姫姉さん、“どいんらん”とはなんですか?」

 

 素蛾は言った。

 釘鈀もなんのことかわからなかった。

 

「性交が大好きな“やりまん女”のことよ」

 

 朱姫が笑って言った。

 

「また、知らない言葉が出てきました。“やりまん女”とはなんですか?」

 

「いいから、釘鈀殿下に自分から求めなさい。お前の方からやりたいと言って誘うのよ。気持ち良くなくても、性交が気持ちよくて仕方がない演技をしなさい。今夜は、そういう女になるのよ」

 

「でも、朱姫姉さん、性交は気持ちいいです。わたくし、好きです」

 

「それは、お前をいままで相手をしてくれた人が優しくて上手な人だったからよ。世の中にはいろいろな性交があるのよ。下手糞で自分勝手な男だって多いわ……。というよりも、それが大部分よ」

 

 朱姫は言った。

 

「偉そうなことを言っているけど、お前だって、大した男経験はないじゃないかい。女相手の経験は多いようだけどね。素蛾と変わるものかい」

 

 宝玄仙がからかうような口調で言った。

 

「それを言わないくださいよ、ご主人様」

 

 朱姫が笑った。

 

「俺だって、優しく扱いますよ。性技だって平均以上の技量のつもりですけどね。ちゃんと素蛾を愉しませてみせますよ」

 

 釘鈀は苦笑しながら素蛾を抱き寄せた。

 

「あっ……、わっ……、よ、よろしくお願いします」

 

 縄掛けをされた素蛾が、釘鈀に抱き寄せられて慌てたような声をあげた

 

「大丈夫よ、素蛾。じっと見てるからね。緊張しないで……。この殿下に精を注いでもらいなさい」

 

「は、はい、朱姫姉さん」

 

 やはり、朱姫の存在が素蛾の気持ちを楽にするようだ。

 再び硬くなりかけた素蛾の身体がほぐれたのを感じた。

 

「あ、あのう、わたくし、びっちのやりまん女です。性交が気持ちよくて仕方がありません。お願いですから抱いてください」

 

 素蛾が言った。

 どうやら、さっきの朱姫の命令を忠実に実行しようとしているようだ。

 釘鈀は微笑んだ。

 

「普通でいいよ。さあ……」

 

 釘鈀は素蛾と口づけを交わそうと思って、それを慌ててやめた。

 そういえば、この素蛾の唾液は危険な媚薬でもあったのだ。

 そんなものを口にしてしまえば、今度は釘鈀がおかしくなる。

 釘鈀はその代わり、ほんの少しだけ膨らんだ場所を縄で強調している胸に手を伸ばして、小さな素蛾の乳首を摘まみあげた。

 

「はあっ、き、気持ちいいです、ああ……」

 

「それは演技ではなさそうだな。随分と敏感な身体だ」

 

 釘鈀は素蛾の左右の乳首に指を交互に這わせながら言った。

 素蛾の身体は、快感が走り抜けたようにびくりと弾ねた。

 そして、すぐに息も荒げ始める。

 

「て、手が……く、括られていると……感じるんです……。わ、わたくし……括られて触られるのが……、す、好きなんだと……お、思います……はあっ、そ、そこ、だめえええっ」

 

 素蛾が悶えながら言った。

 快感に歪む顔も可愛い。

 釘鈀は、次第にこの童女に心を惹かれている自分を感じていた。

 こんな奴隷童女に、女については百錬練磨のはずの釘鈀が夢中になるなど、自分でも笑止と思うのだが、確かに自分はこの素蛾を好きになりかけている。

 それを自覚した。

 

「淫乱な身体なんだね? 胸を触っているだけで、股から匂いがするほどに濡れてきたのがわかるよ」

 

 釘鈀は今度は片手を乳首に這わせながら、もう一方の手を素蛾の女芯に手を伸ばした。

 股間はすでにべっとりと蜜で濡れていた。

 女芯とその周りを揉んだり、くすぐったりして集中的に刺激をすると、素蛾の悶えがさらに激しくなった。

 素蛾の腰のあたりが小刻みに震えてきて、股間はみるみる熱を帯びてくる。

 釘鈀は女陰の部分にも指の動きを拡げた。

 

「はああ、き、気持ちいです……。わ、わたくし、淫乱です……。はああっ、気持ちいでです……」

 

 素蛾が激しく腰を動かし始めた。

 

「その素蛾は、もちろん前でもできるし、後ろでもできるよ、釘鈀……。好きなだけ試すといい。このわたしや朱姫が腕をかけて全身のどこでも感じるような敏感な身体に仕上げたんだ。なかなか、いいだろう?」

 

 宝玄仙が愉しそうに声をかけてきた。

 

「確かに……。こんなふうに、童女がどこをどう触っても悶えてくれるのは愉しいですね……。かなり無理なこともできるのですか?」

 

「存分にしな──。身体は童女でも中身は立派な女だよ。この素蛾はね」

 

 宝玄仙が言った。

 

「後ろの穴でも大丈夫?」

 

「わたしの供たちには、いつでも尻の性交ができるように、日に三度、尻穴を洗うのを日課にさせているんだ。ちゃんと、手入れをしているよ……。そうだろう、素蛾?」

 

「は、はいっ。ちょ、直前にも、ちゃ、ちゃんと洗い粉で……あっ、ああっ……き、綺麗にしてきました……。ああっ、はああ……」

 

 素蛾が甲高い嬌声をあげながら言った。

 

「だったら、一番小さな尻用の張形で責めてもらえますか、朱姫殿? 淫乱な雌なら尻尾が必要でしょう。あなたが責めてあげてください。素蛾はそれが嬉しそうだ」

 

 釘鈀が言うと、朱姫が細くて長い張形を持って寝台にあがってきた。

 

「さあ、力を抜きなさい、素蛾……。あたしが後ろを責めてあげるわよ……。その代わり、前は殿下にあげるのよ……」

 

 朱姫が素蛾の蜜に張形をまぶしながら言った。

 

「は、はい……う、嬉しいです、朱姫姉さん──。そ、それと、ありがとうございます、殿下……。くうう、はあああっ」

 

 大した愛撫でもないのだが、素蛾はもうかなり快感に酔っているようだ。

 朱姫は素蛾の腰を軽くあげさせて、下から素蛾の肛門にゆっくりと張形を挿していっている。

 

「んんん──いぐううっ──い、いってしまいます、朱姫姉さん──いっ、いぐうう──」

 

 素蛾がぶるぶると全身を痙攣させはじめた。

 

「こらっ、いくらなんでも、殿下になにもしないうちに達したりしたら、あたしも怒るわよ。せめて、女陰に殿下のものを挿してもらってからにしなさい」

 

 朱姫が笑いながら言った。

 

「で、殿下──、挿して、素蛾のお股に挿してください──早くうう──」

 

 素蛾がむせび泣いた。

 

「確かに淫乱奴隷のようになってきたね」

 

 釘鈀は敷布を取り去ると、すっかり勃起している一物の上に、素蛾の身体を持ちあげて乗せた。

 釘鈀は素蛾と対面の座位で結合することにした。その方がこの無邪気で淫乱な奴隷童女を身近に感じることができる。

 

 男根が素蛾の膣に埋まっていく。

 たっぷりと濡れた素蛾の女陰はしっかりと釘鈀の怒張を受け入れていく。

 思ったよりも、素蛾の女陰は軟らかい。

 それでいて、しっかりとした締めつけも感じる。

 挿入をすると、素蛾の股間はぐいぐいと釘鈀の性器を締めつけてきた。

 一方で素蛾の後ろでは相変わらず、朱姫が張形で責めたてている。

 前と後ろの両方を受け入れている態勢の素蛾は、すっかりと狂乱している。

 

「いぐうう、も、もう、いきます──。朱姫姉さん、いっていいですか──?」

 

 素蛾が喉をのけ反らせて悲鳴のような声をあげた。

 

「馬鹿……お前の相手は殿下よ──。しっかりしなさい、素蛾──」

 

 朱姫が叱るような声をあげた。

 

「で、殿下、いってもいいですか──? はあっ、はああっ──」

 

 素蛾が叫んだ。

 

「待ってくれ。俺もいこう。一緒に……。だから、少し待つんだ」

 

 釘鈀は素蛾の腰を抱え、上下に激しく律動をさせて、自分の股間に刺激を送りこんだ。

 まだ、精を出すような状態ではない。

 だが、釘鈀は乱れている素蛾を見ていると、どうしても一緒に絶頂したくなったのだ。

 

「は、はい、我慢します──。んんんっ、んんんっ──」

 

 素蛾が必死になって歯を食い縛っている。

 声を我慢することによって、絶頂を止めているのだろう。

 しかし、後ろでは、それを面白がっているらしい朱姫が、張形による責めを強めたようだ。

 素蛾は必死になって快感を堪えている。

 その仕草は本当に健気で可愛い。

 

 釘鈀は耐えられなくなって素蛾を抱きしめた。

 そして、素蛾の唾液を吸う。

 本当に、この少女と一緒に乱れたかったのだ。

 

 素蛾も夢中になって、釘鈀の舌を舐め返してくる。

 不思議な素蛾の唾液の力によって、釘鈀の身体はあっという間に熱くなる。

 釘鈀も激しく興奮してきた。

 瞬時に素蛾の唾液の媚薬が全身に浸透し、釘鈀の全身は狂ったような愉悦に包まれる。

 

「い、いって、いっていいよ、素蛾──。俺もいく……」

 

 釘鈀は言った。

 すぐに精の限界がやって来た。

 本当に強烈な媚薬だ。

 

「いぐううう、殿下、朱姫姉さん──。好きですうう──」

 

 素蛾が叫びながらがくがくと身体を震わせた。

 

「くううっ」

 

 ほぼ同時に釘鈀も精を素蛾の中で放った。

 激しい快感が釘鈀の身体を駆け抜けた。

 

 一度だけではない……。

 二射、三射と釘鈀の怒張は精の迸りを発し続けたが、そのたびに震えるような快感が釘鈀を襲った。

 精を出しきると、釘鈀は素蛾の裸身をぐっと抱いた。

 汗まみれの縛られた素蛾の裸身が、釘鈀の胸にもたれかかるように倒れてきた。

 釘鈀は素蛾を抱き締めながら、大きく息を吐いた。

 

 これまでに体験した性交の中で、最高の気持ちよさかもしれない……。

 射精直後の快感の余韻に震えながら釘鈀は思った。

 釘鈀はこの瞬間に心に決めた。

 

「宝玄仙殿、お願いです。この素蛾を俺の側室に迎えさせてください」

 

 釘鈀は言った。

 釘鈀には、まだ正后も側室もいない。

 性欲の処理は、奴隷宮ということになっている地下に集めている性奴隷たちで処理しているが、彼女たちはあくまでも性処理の手段であって、皇子の伴侶としての后や側室の扱いではない。

 宝玄仙の奴隷である素蛾を、釘鈀の奴隷ではなく、側室と言ったのは、そうでなければ、大事な性奴隷を譲ることを宝玄仙が承知しない気がするというのがあるからだが、素蛾なら単なる性処理の相手ではなく、伴侶として迎えたい。

 

 西方帝国の第二皇子の側室ということであれば、最低でも上流貴族以上の格式が必要となるが、それは素蛾をどこかの家の養女とすることでごまかせるだろう。

 正后のいない釘鈀の側室なら事実上の正后の扱いも受ける。

 性奴隷としては、あり得ない待遇と出世だ。

 宝玄仙は受けるだろうと思う。

 

「それは、お受けできません」

 

 だが、宝玄仙よりも先に素蛾が答えた。

 奴隷自身が自分の譲り先に意見を言うことなどあり得ない。

 どんなに大切にされようとも、奴隷は奴隷だ。

 物であり、人ではないのだ。

 だから、釘鈀は驚いた。

 

「ははは……。あっさりとふられたじゃないか、釘鈀」

 

 しかし、横で宝玄仙が、それを気にすることなく大笑いした。

 釘鈀は困惑してしまった。



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742 第一皇子とふたりの淫女

「次は、避寒子(ひかんこ)と口づけをしてくださいまし……」

 

 避寒子がくすくすと笑って、避暑子(ひしょこ)の唇が重なっていた金箍の唇を奪った。

 彼女の唾液が金箍の口の中に注がれるのがわかった。

 

 仰向けに寝そべっている金箍(きんか)の上半身に避寒子の裸身が覆いかぶさる。

 柔らかな避寒子の唇の感触と不思議な香の匂いが、ますます金箍の頭を朦朧とさせ、快感を限界まで昂ぶらせる。

 

 金箍の屋敷内の寝室だった。

 闘技場から戻るとすぐに、金箍は避寒子と避暑子を寝室に連れ込んで家人を遠ざけると、延々と三人で淫行に耽った。

 

 避寒子と避暑子の美人姉妹に代わる代わる奉仕され、もはや、なにがどうなっているのか、さっぱりと理解できない。

 全身が疼きに包まれ、局部どころか、全身のどこをどう触れられても、それが快感に繋がってしまう。

 こんなことは初めてだった……。

 金箍はひたすらに、目の前の美貌の姉妹から与えられる快楽に酔っていた。

 

「まあ、ひどい、お姉さま……。じゃあ、あたしは、また皇子様の精をいただきます……」

 

 金箍の上半身から押し出されたかたちの避暑子がくすくすと笑いながら、金箍の下半身に移動していく。

 その避暑子が勃起している金箍の一物を口にした。

 避暑子が金箍の怒張の先端の亀裂に舌を挿し込むように強く押し擦る。

 同時に強く先端を吸いあげる。

 たちまちに、金箍の怒張は避暑子の口の中に精を迸らせていた。

 

「へ、へへへ……き、気持ちいいぞ……」

 

 金箍は避寒子に口の中を舐め尽くされながら呟いた。

 自分の涎が顎に滴り、それが胸に垂れ落ち続けているのが辛うじてわかる。

 

 しかし、それはどうでもいい……。

 避寒子の濡れた舌先が、かぐわしい香りを吐きかけながら、金箍の口の中の粘膜全体をねっとりと愛撫してくる。

 唾液の塊りが、また金箍の喉に押し込まれたと思った。

 すると、射精したばかりの肉棒がむくむくと元気を取り戻した。

 

「さあ、お姉さん、交代しましょうよ。今度の精も美味しいですよ、避寒姉さま……。あたしは酔ってしまいそうです……」

 

 避暑子が金箍の股間から身体をずらせた。

 

「まあ、皇子様、さっきから妹ばかり狡いですわ。あたしにもください……」

 

 金箍の口の中を舌で愛撫していた避寒子が乳房で金箍の身体を擦りながら下側に移動した。

 そして、そそり勃っている金箍の一物に跨って自分の膣に入れた。

 同時に、今度は妹の避暑子が金箍の口を吸い始める。

 

「んんんっ」

 

 挿入された金箍の怒張が、温かい避寒子の膣の中で細かい振動で刺激されながら根元から先端に向かって揉み動かされた。

 避寒子が女陰の筋肉でそのように刺激を加えているのだ。

 金箍はぶるぶると身体を震わせて精を発した。

 

「まだまだですよ、皇子様……。避寒子、もっと唾液を注いで……」

 

 避寒子の言葉で、避暑子は自分の唾液を金箍の口に注いできた。

 

「さあ、あたしたちの唾液をお飲みあそばせ……。汗でもなんでも結構ですよ。それとも、おしっこになさいますか……。あたしたちの体液を口にしている限り、皇子様の快感はとまりません。無尽蔵に精を出すこともできます。さあ……もっと、あたしたちと遊んでください」

 

 避寒子のささやきを耳にしながら、金箍は言われるまま唾液を口にした。

 すると、かっと身体がまた熱くなった。

 

「はううっ──、も、もっと、大きくなったわ──。す、すてき……。ああ、皇子様のお道具をお股で咥えるだけで避寒子はいきそうです」

 

 すると、今度は避寒子が身体を震わせた。

 軽く達したようだ。

 

「皇子様、避暑子のお乳もどうぞ……。これもお薬ですわ……。もっと、もっと気持ちよくなれますわ」

 

 避暑子が金箍の口の中に片側の乳房を押しつけるようにした。

 

「んんっ……い、息ができん……」

 

 大きな避暑子の乳房で口を鼻を塞がれた金箍は、苦しくて呻いた。

 

「苦しければ、避暑子の乳を吸ってくださいまし……。吸ってくれなければ、乳房はどけてあげません」

 

 避暑子がくすくすと笑った。そして、乳房を鼻の穴を塞ぐようにぐいぐいと押しつけてくる。

 

「んんっ……」

 

 仕方なく金箍は、口の中にある避暑子の乳首を吸った。

 すると、乳首から母乳のようなものが吹き出した。

 それを吸うと、頭がさらに朦朧とした。

 全身がかっと熱くなり、まるで身体全体が性感帯にでもなったような強い快楽に覆われた。

 

 一方で、股間では避寒子があの膣の動きで、金箍の怒張を揉み動かし続ける。

 また、達しそうになった。

 

「くあっ──」

 

 息がもたなくて、金箍は顔をそむけて避暑子の乳房から口を離した。

 

「お逃がしいたしません。片側のおっぱいだけしか吸っていただけないなど、避暑子は疼いて死んでしまいまう。さあ、反対の乳もどうか……」

 

 だが、避暑子が上体をずらせて、金箍の口に反対の乳房を乗せた。

 また、金箍に対して完全に横向きの体勢になり、乳房全体で顔を圧迫するように乗せる。

 

「んああ……」

 

 金箍はもがいた。

 だが、避暑子は両手で金箍の顔を抱きかかえて、金箍の顔が避暑子の乳房の下以外にずれるのを防いだ。

 

「苦しければ、乳を飲むのです。命令ですよ、皇子様……」

 

 避暑子の声に操られるように、金箍は懸命に口の中の乳首を吸った。

 乳首から漏れ出る母乳が口を通じて喉の奥にどんどんを入っていく。

 快感が拡がる──。

 金箍は宙に浮くような感覚に陥った。

 

「あ、ああっ、皇子様──、そのような強い淫気を発散なされると、避寒子はおかしくなる……。おかしくなるううっ──。おっ、おおっ、おいしい淫気……す、すてきいっ……」

 

 股に跨っていた避寒子ががくがくと全身を震わせて吠えた。

 金箍は自分の怒張の先から精が放出され続けているのがわかった。

 

 射精ではない──。

 まるで尿でもしているかのように、だくだくと精が放出を続けているのだ。

 そのあいだ、金箍はとてつもない快感に包まれ続けていた。

 

「んんん──」

 

 金箍は避暑子の乳房を顔に乗せられたまま吠えた。

 吠えながら金箍は狂ったように全身を跳ねさせた。

 凄まじい快感にじっとしていられないのだ。

 だが、ふたりの美女が巨漢の金箍を完全に押さえつけている。

 

 死ぬ……。

 死んでしまう……。

 

 金箍は激烈な快美感とともに、すっと意識を手放してしまった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皇子様、皇子様……」

 

 揺り動かされた。

 金箍は寝台の上にふたりの女に前後から抱えられるように座っていた。

 すぐにはどういう状況なのかわからなかった。

 

「しっかりとしてください、皇子様……。まだまだ、淫気をください。とても素敵な淫気です。こんなおいしい淫気を出される人間の殿方は初めてです。あたしたちふたりは、すっかりと酔っております」

 

 前側にいる女がくすくすと笑いながら言った。

 金箍はやっと、それが避寒子の声だということがわかった。

 

 少し、思い出してきた……。

 そういえば、避寒子と避暑子というふたりの美女と、ずっと性交をしていたところだったのだ……。

 このふたりを連れてきたのは降妖君(こんようくん)であり、それは武術大会における金箍専用の奉仕女として、どこからか見つけて連れてきたのだ。

 奉仕女というのは、試合の直前に、金箍の一物から精を抜く役割の女であり、精力の強すぎる金箍は、冷静な試合をするために、必ずそういう女を必要としていたのだ。

 避寒子と避暑子という美人姉妹はそういう目的の女であり、今日も金箍は、このふたりにただ金箍の身体を刺激させて、短い時間で精を搾らせるだけのつもりだった。

 だが、金箍はあっという間に、このふたりの虜になった。

 

 試合直前の短い時間どころではない──。

 闘技場で金箍はこのふたりの身体をむさぼり続けた。

 素晴らしい女体だった。

 どこかの娼館の高級娼婦だとは思うが、このふたりはたぐいまれな性技と淫靡な肢体により、金箍を欲情させ、快感に包み続けた。

 おかしなことに、このふたりを相手にすると、いくらでも性器が勃起して精を放つことができた。

 それどころか、射精すればするほど、快感は上昇し、次の射精のために一物は大きくなり、精の放出の準備をした。

 

 あんな経験は初めてだった。

 闘技場だけのはずが、そのまま屋敷に連れ帰り、こうやって抱き続けている。

 移動の馬車の中で淫行に耽り、屋敷に戻っても、食事もすることなく三人で寝室に閉じこもって全裸で絡み続けた。

 どうやら、その挙句に、金箍は気を失ってしまったようだ。

 

「な、なんだ?」

 

 そのとき、初めて、金箍は自分の身体が動かないことに気がついた。

 両腕が背中に回っている。

 縄で背中で縛られているようだ。

 腕が縛られて、その縄尻が胸の上下にも回り、胴体に密着されている。腕だけではない。

 両脚もそれぞれの膝を曲げた状態で腿とふくらはぎを密着して括られ、脚を動かせないようになっている。

 さらに、曲げた脚を背中側に開くように縄を背中に引っ張られているので、脚を閉じることもできない。

 

「ど、どういうことだ、これは──?」

 

 金箍はびっくりして叫んだ。

 すると、ふたりの美女がくすくすと笑った。

 

「これは、途中で意識を手放された皇子様への罰でございます」

 

「そうです……。罰です──。もう、朝まで許してさしあげませんよ。もっと精をください。もう、皇子様はなにもしなてくもいいですからね。避寒子と避暑子になにもかも委ねてください」

 

 ふたりが金箍の身体を押し倒した。

 拘束されて身動きできない金箍は、勃起している怒張を天井に向けた状態で仰向けにされた。

 

「さあ、皇子様はあたしたちの性の奴隷でございます。もっと、精を搾ってさしあげます」

 

「ふふふ……この世のものとは思えぬ、快楽の極致に皇子様をお連れしてさしあげますわ」

 

 避寒子が口ですっぽりと金箍の一物を含んだ。

 舌が金箍の一物と睾丸を這いまわる。

 一体全体、どうやって口にしているのかわからないが、避寒子の小さな口の中には、金箍の性器全体がすっぽりと入ってしまっている。

 あっという間に射精寸前に金箍は追い込まれた。

 

「か、快楽の……きょ、極致か──。お、俺はもうそれを味わっているぞ──」

 

 金箍は声をあげた。

 

「いいえ……。本当の快楽の極致でございます……。うふふ……。さっきまでの快感など、比べものにはなりません……。もっと、もっと高みでございます……。人間族の殿方には、到底辿り着けぬ桃源郷に、あたしたちがご案内してさしあげます」

 

 避暑子が笑いながら、縄が上下に喰い込んでいる金箍の胸を舐め始めた。

 同時に、避暑子の指が避寒子が刺激を与えている一物の下側に伸びて、肛門に指を入れてきた。

 

「ぐおおおおっ」

 

 金箍は吠えた。

 避暑子の指が金箍の肛門の中で曲がり、腹側に押した瞬間に、避寒子の口の中に精が迸ったのだ。

 金箍は拘束された全身をのたうたせて、狂ったような官能を吐き出した。

 

「まだまだでございますよ、皇子様──」

 

 避暑子は肛門に指を入れたまま、避寒子の顔をどかせて、勃起している金箍の怒張に跨った。

 脚を大きく開いて金箍の股間に馬乗りになるような体勢だ。

 またもや快感がせりあがってきた。

 

 金箍はよがり狂った。

 射精をしても快感が少しも落ちないのだ──。

 それどころか、射精とともに快楽が飛翔し、その快感が持続し、さらに避寒子と避暑子に快感を加えられることで、そこからまた上にあがる。

 それが連続する。

 もはや、金箍はまともにものを考えられないようになっていた。

 

「あはああ、素敵──。おいしい淫気──。本当に変になるう──」

 

 避暑子が金箍の上で大きく身体を弓なりにした。

 

「まあ、次はあたしよ──」

 

 避寒子がどんと避暑子を押しどけた。

 さっきの避暑子と同じ体勢で避寒子も金箍の股間の上に座った。

 振動をする不思議な避寒子の膣の刺激が襲いかかった。

 また、避寒子も金箍の肛門に指を入れて、そこからも刺激を送り続けている。

 

「んごおおお──」

 

 金箍は身体を震わせえて精を放出した。

 だが、衰えることのない金箍の一物は勃起のままの状態を持続し、次々に避寒子の女陰に精を放出した。

 

 確かに性の極致だ──。

 これが最高だと思うと、次の一瞬にはそれが遥か下にあるような快感に襲われる。

 吠え続けている金箍の顔の上に避暑子の股間が跨った。

 

「皇子様、あたしの股をお舐めあそばせ……。さもないと、このまま息を止めて殺してしまいますよ」

 

 避暑子が笑いながら言った。

 

 息が苦しい……。

 金箍は必死になって舌を動かした。

 

 顔の上で避暑子がよがり狂っているのがわかる。

 だが、鼻も口の完全に避暑子の股に乗っかられているので、息が入ってこない。

 

 しかし、気持ちいい──。

 避暑子の蜜を舐めるたびに、全身の感度があがっていく気がした。

 その分、避寒子の膣に包まれている一物の快感も飛翔する。

 

 息が……。

 金箍は絶息寸前になった。

 

「ぷああっ──」

 

 避暑子が金箍の顔から股をどけた。

 金箍は盛大に息をした。

 しかし、すぐに顔に乗られて息が止められる。

 

「さあ、舐めるのです、皇子様──。命令です──」

 

 避寒子が言った。

 金箍は言われるまま、必死で顔の上の避暑子の股を舐めて奉仕した。

 

「もっと、快感を放出しなさい──。命令ですよ、皇子様」

 

 精を搾りとるように怒張を女陰で咥えている避暑子も言った。

 快感を高めなければ……。

 

 金箍が思ったのはそれだけだ。

 そう思えば、いくらでも欲情を高めることができた。

 金箍はほとんど、止まる隙間のないくらいに射精を続けていた。

 

 息が……。

 一方で顔を股に塞がれて苦しい。

 

 本当に息がとまって死にそうだと思った瞬間に、またちょっとだけ、避暑子が腰を浮かせた。

 しかし、すぐに顔に股を乗せて息を塞ぐ。

 それが繰り返している。

 

 なにも考えられない──。

 呼吸をとめられて気を失いそうになると、ちょっとだけ避暑子が腰をあげて金箍に息をすることを許す。

 だが、十分な呼吸をしないうちに、また股間を顔に乗せられる。

 そのあいだも、避寒子が金箍の怒張を股間で締めつけ続ける。

 

 金箍は連続で射精し続けた。

 とにかく、金箍は言われるままに、顔の上の股を下で舐め、勃起を続ける一物から精を放った。

 すべての思考は停止し、ただ女体の存在と彼女たちが与える快感だけを感じ続けた。

 

「……いいですね、奴隷……?」

 

 誰かが言った。

 なにを言われたかわからなかった。

 

 ただ息ができなくて苦しい。

 苦しいのに気持ちがいい──。

 

 信じられないくらいの精が股間から迸り続ける。

 また、息ができなくて、意識が飛びそうになる。

 

 すると、顔に跨っている女が腰をあげて、金箍に息を許してくれた。

 だが、それは束の間だ。

 

 ふたりの女のくすくす笑いが続く。

 これはどういう状況なのか……?

 金箍はまったく考えることができなくなった。

 股間の根元に強い刺激を覚えた。

 

「……お預けよ──。これで射精ができないわ──。早く、奴隷の誓いをなさいませ、皇子様──。さもないと、このままですよ」

 

 下半身をむさぼっていた女がそう言った気がした。

 

「んんがあ──」

 

 金箍は、驚いて塞がれている口で悲鳴をあげた。

 勃起している一物の根元に、なにかを巻かれたのだとやっとわかった。

 連続していた射精が止まったのだ。

 

 快感がなくなったわけではない。

 むしろ大きくなっている。

 ただ、精が堰き止められたのだ。

 それなのに、怒張にも睾丸にも肛門にも快感が送り込まれ続ける。

 金箍の性器は暴発寸前に陥った。

 

「んがああ──」

 

 金箍は苦しくて絶叫した。

 快感はある。

 これ以上ないほどに──。

 だが、それが発散できない。

 逃げ場のなくなった快楽の津波が金箍の身体を席巻する。

 

「なにか言いたいのですか、奴隷? 奴隷の刻印を受け入れるのですね?」

 

 顔の上の女が、またくすくすと笑いながら言った。

 

「奴隷……?」

 

 意味がわからない。

 思考することができないのだ。

 

「なにも考える必要はないのですよ、皇子様……。受け入れると言えば、これを外してあげます。でも、誓わないと、いつまでもこのままですよ……」

 

 股間にいる女が肛門に入れている指を抉るように上に押した。

 

「ひがああ──」

 

 精の迸りを感じた。だが、やはりとめられる。

 金箍は泣き叫んでしまった。

 

 発散したい──。

 

 精を出したい──。

 

 苦しい──。

 

「受け入れる──。誓う──。なんでもする──。だから、精を出させてくれ──。頼むううっ──」

 

 金箍は絶叫した。

 

「……はい……。よく、言えましたね……」

 

 怒張の根元に女が触った。

 ふっと、性器の圧迫感がなくなった。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 ものすごい快感が迸った──。

 なにも考えられない──。

 

 股間から連続射精が始まった。

 とまらない──。

 射精がとまらない──。

 

「あはああっ──こ、こんなのすごい──あたしも狂う──こんな濃い淫気なんて、一気に喰らえない──」

 

 股間に跨っていた女が後ろにひっくり返るのがわかった。金箍の怒張から女の股がすっぽ抜けるかたちになった。

 

 それでも射精はとまらない……。

 金箍の怒張は受け取る者がいなくなった精を空中に次々に放出し続けた。

 

 そして、意識は完全な闇に包まれた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりのご馳走だったわね……」

 

 心からの満足とともに、避寒子は言った。

 目の前には、完全に気絶している金箍の裸身が横たわっている。

 縄掛けはそのままだ。

 みっともなく開いた股には、いまだに衰えることのない一物が勃起している。

 

 これだけの性狂いの道術を身体に注ぎ込んだのだ。

 おそらく、放っておいても、三日はこの勃起が萎えることはないはずだ。

 金箍の胸には、この金箍が『奴隷の刻印』を受け入れたことを示している刻印が刻まれている。

 

「本当……。人間族にしておくのは惜しいわ。このまま、魔域に連れ帰って飼いたいくらい……。こんなにも、あたしたちの性狂いの道術を受け入れて平気だなんてね……。普通の人間族ならもう死んでいるわね」

 

 避暑子が応じた。

 避寒子も避暑子も、九霊聖女の命令で降妖君にこの西方帝国に連れてこられた淫魔である。

 淫魔というのは淫気を食料の代わりにする妖魔であり、人間や亜人たちが性交のときに発する淫気を身体に吸収して力を得る生物だ。

 それが、ふたり揃って人間族の男を相手にしたのだ。

 完全に堕ちるのに、これだけの時間がかかったというのが長すぎるくらいだ。

 

 とにかく終わった。

 ふたりが九霊聖女(くれいせいじょ)に指示されていたのは、この金箍に奴隷の刻印を打ちこんで無力化することだった。

 かたちとしては、降妖君の命令ということになっており、降妖君は、自分自身の指示で避寒子と避暑子が金箍にそれを施したと思っているが、実際には違う。

 

 避寒子も避暑子も、九霊聖女の指示で、降妖君に従うふりをして動いただけで、現実には九霊聖女の命令でやったことだ。

 

 第一、ふたりは、『奴隷の刻印』という道術は本来は遣えない。

 九霊聖女に霊気を一時的に貸してもらい、その力を金箍に遣っただけだ。

 だから、金箍に刻んだ奴隷の刻印の「主人」の対象は九霊聖女だ。

 それしかできないのだ。

 

 降妖君からは、降妖君を主人とする奴隷の刻印を打てと言われたが、実はそんなことはできない。

 いま、金箍が胸に刻んでいるのは、九霊聖女を主人とする刻印だ。

 だから、これから最後の仕上げをする必要がある。

 避寒子は金箍を覚醒させる道術を送り込んだ。

 金箍の身体の淫気を激しくかき乱すのだ。それで金箍は目覚める。

 

「んあああ? な、なんだ?」

 

 金箍が目を開けた。

 だが、まだ、まともに物が考えられないような感じだ。

 

 避寒子は避暑子を見た。

 避暑子が『言玉』を出す。

 言玉というのは、言葉を閉じ込めた道術の球体だ。

 避暑子がそれを弾かせると、九霊聖女自身の言葉が流れ出た。

 

「……金箍、よくお聞き、わたしは九霊だよ。わたしが指示をするまで、降妖君を主人として、その命令に服従するんだ。いいね──。それから、奴隷の刻印のことは未来永劫に忘れてしまいな──」

 

 九霊聖女の言葉に、金箍が虚ろな顔をうなずかせた。

 金箍は九霊聖女には遭ったことはないが、九霊聖女を主人と刻んでいるので、その言葉を直接にきけば、命令に従ってしまうのだ。

 いまの金箍の状態で、“忘れろ”と命令されれば、おそらく、記憶操作も受け入れただろう。

 金箍は少なくとも、なにかのきっかけがなければ、自分が奴隷の刻印を受け入れたことさえ、思い出さないはずだ。

 

 とにかく、これで終わった。

 ふたりの任務は完了した。

 これからは、純粋に避寒子と避暑子の時間だ。

 まだ、朝までには数刻ある……。

 朝になっても、試合開始まではかなりある。

 愉しむ時間はたっぷりとあるだろう。

 

「よくできましたね、皇子様……。では、もっとあたしたちと遊びましょう……」

 

 避寒子はくすくすと笑いながら言った。避暑子も同じように笑っている。

 

「へ、へへへ、へへへ……」

 

 すると、金箍が締まりのない顔を嬉しそうに歪ませた。



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743 殺したいくらい愛してる

黄獅(おうし)、葡萄酒を飲むかい? ここの降妖君(こんよううくん)のところにある中で最高の一品だそうだよ。もしも、突然に皇帝がやってきたときとかの非常のために、大切に保管してあるものらしいさ。ちょっとばかり、ちょろまかしてやったんだよ」

 

 九霊聖女(くれいせいじょ)がすっかりと上機嫌で一本の葡萄酒の瓶を引き寄せて言った。

 

「い、頂きます、九霊様」

 

 黄獅姫(おうしき)は言った。

 しかし、黄獅姫はそれ以上、なにもすることができない。

 黄獅姫は九霊聖女の手によって後手縛りに緊縛され、さらに背中側に折り曲げられた両脚をその後手縛りの縄尻に結合されているのだ。

 いわゆる「海老縛り」である。

 

 とにかく、両手と両足を背中側で密着させられて床に転がされている黄獅姫は、とりあえず、首を伸ばして口を九霊聖女に向けるようにした。

 だが、どんな風に酒を飲まされるのか……?

 黄獅姫の内心は期待と不安で交錯している。

 

 降妖君の屋敷の一室だ。

 この西方帝国の帝都に連れてこられてから、寝泊りをしていた部屋であり、黄獅姫は闘技場で武術の錬成をする以外は、ずっとここに監禁されていた。

 別に部屋に鍵がかけられているわけではないが、「主人」として奴隷の刻印を刻まれている降妖君の「命令」により、許可なくここから出ることは禁止されている。

 奴隷の刻印の力は、どんな錠前よりも強力な鍵だ。

 黄獅姫は、ここで降妖君に犯され、調教を受け、降妖君の歪んだ性愛の玩具にされた。

 

 しかし、その嗜虐の大部分を担ったのは、実際には、降妖君が黄獅姫の従女として連れてきた天嬌(てんきょう)という十歳の童女だった。

 降妖君は、武術闘技会の準備で黄獅姫ばかりにかまけていられないことから、黄獅姫をできるだけ辱めてやろうと考えて、わざわざ十歳の人間族の童女を探してきて、黄獅姫の調教を命じたのだ。

 それが人間族の子供であろうとも、奴隷の刻印の力により命じられれば、黄獅姫は唯々諾々と、天嬌の性的嗜虐を受けるしかなかった。

 それは、黄獅姫に限りない侮蔑と恥辱を与え続けた。

 

 だが、それは違ったのだ。

 さっき初めて知らされたのだが、天嬌は実は黄獅姫の女主人である九霊聖女の変身した姿だった。

 九霊聖女は、降妖君に隠して、ひそかに人間族の童女にやつして人間族の帝都に侵入し、降妖君の使う童女従女になりすまして、ずっと黄獅姫のそばにいてくれたのだ。

 黄獅姫を辱めるために、人間族の童女を黄獅姫の調教係にしたというのも、降妖君の思い込みにすぎず、本当は弱い操り術で、九霊聖女が降妖君をそう仕向けていたようだ。

 

 つまりは、大きく言えば、黄獅姫はずっと九霊聖女の調教を受けいていたというだけのことだったのだ。

 黄獅姫は涙が出るような安堵感で満ち溢れていた。

 降妖君に惨めに犯されたことは事実だが、九霊聖女がずっとそばにいて、黄獅姫を慰めていてくれたのだと思えば、その恥辱の日々は補って余りある。

 

 いま、この部屋で向かい合っているのは、拘束された黄獅姫と変身を解いた九霊聖女のふたりだけだ。

 さっきまで、四人で性交をしていた力獅子(りきじし)軍鶏猫(しゃもねこ)は、女装のまま部屋の隅で満足して寝ている。

 ふたりはそれぞれ黄獅姫と九霊聖女の口奉仕を受け、相手を変えて一方の女陰にもう一度精を放出し、それで急に疲れたように寝てしまった。

 おそらく九霊聖女の道術だろう。

 ふたりの突然の眠りは、そんな感じだった。

 

 いずれにしても、あとはふたりだけの時間ということになった。

 すると、九霊聖女は、黄獅姫に縄で縛られろと命じ、黄獅姫は嬉々としてそれを受けた。

 そして、黄獅姫が拘束されてしまうと、九霊聖女は取り寄せ道術で、一本の葡萄酒を出現させて、それを飲み交わそうと言ったのだ。

 

「よしきた」

 

 九霊聖女は、黄獅姫の返事に満足した表情になり、まずは栓を開いた瓶に口をつけて、ぐびぐびと中の酒を飲んで、大きく息を吐いた。

 

「まったく、酒だけは人間族にはかなわないねえ……。こんな飲み口のいい飲み物は亜人社会にはないね。まあ、酒だけじゃないか……。人間族のほとんどは道術だって使えないくせに、この連中の作る霊具の発想や効果には、道術を生活の基本にするわたしら亜人が驚かせられることが多いというものさ……。さあ、黄獅……」

 

 九霊聖女はもう一度酒瓶から葡萄酒を口に含み、緊縛されている黄獅姫をひっくり返して仰向けにし、首の下に片手を差すと、黄獅姫の唇に九霊聖女の唇を重ねてきた。

 黄獅姫も素裸だが、九霊聖女も一糸もまとっていない。

 九霊聖女の肌と黄獅姫の肌が密着する。

 黄獅姫は興奮で心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、うっとりと口移しで飲まされる酒を喉を鳴らして飲んだ。

 

「もう一杯飲むね」

 

 唇を離した九霊聖女が微笑みながら言った。

 それは質問ではなく、命令だった。

 

「は、はい──。飲みます」

 

 黄獅姫は愛しい九霊聖女を見つめながら言った。

 酒に酔う体質ではないのだが、今夜は特別だった。

 黄獅姫はほんの少しの口移しの酒だけで、すでにほんのりと酔ったような心地を味わっていた。

 もっとも、それは酒のためとは言えないだろう。

 九霊聖女から愛されているというこの状況が、黄獅姫をひどく酩酊させるのだと思った。

 

 九霊聖女がもう一度黄獅姫の口に口移しで酒を注いだ。

 その酒を全部飲み干すと、九霊聖女がそのまま、黄獅姫の舌に九霊聖女の舌を絡ませてきた。

 お互いに舌を吸ったり、吸わせたりを繰り返す。

 

 かなりの長い時間、黄獅姫は九霊聖女との濃厚な口づけを交わした。

 黄獅姫は、もうそれだけで、性の悦びに身も心も溶けたような気分になった。

 やっぱり、九霊聖女は黄獅姫を見捨てていなかった。

 人間族の皇子の奴隷の刻印を受け入れて、九霊聖女の居城である連環(れんかん)城を出されたときには、まるで九霊聖女から捨てられたような気分になったものだった。

 それが、ここで降妖君に凌辱されたときの屈辱と悲観を助長した。

 

 しかし、さっき、まったくそうではなかったことを知った。

 それどころか、九霊聖女は黄獅姫の苦痛を分かち合おうと、天嬌の姿で自ら降妖君に自分を犯させることすらしたのだ。

 そして、黄獅姫にこれで許してくれと言ったのだ。

 

 そこまで想ってくれている……。

 黄獅姫は有頂天だった。

 

 もう死んでもいい──。

 この幸せに包まれて死ねるなら、ほかにはなんの望みもない──。

 黄獅姫は、ひたすらに九霊聖女の舌をむさぼりながら思った。

 

「黄獅、ご覧……」

 

 九霊聖女が黄獅姫の身体から手を離してうつ伏せにした。

 黄獅姫の眼の前に、ぱらぱらと黒い丸薬が十粒ほど降ってきた。

 九霊聖女は黄獅姫の前に胡坐をかいて座り直した。

 

「……このわたしが、一時的とはいえ、なんで人間族の奴隷にお前をしたのかがわかるかい? あの男については調べあげてある。亜人戦士を貸せば、あの男がどんなふうに扱うのかの見当はついていた……。でも、わたしはそうした。なぜだと思う……?」

 

 九霊聖女が言った。

 

「そ、それは……。く、九霊様がこの人間族の帝国を乗っ取る計画がおありだったから……。それはそのための方策で……」

 

 黄獅姫は答えた。

 明日の決勝直前に行われる皇帝の声掛けのときの策謀は、すでに聞かされている。

 もちろん、全部は教えられていないが、それは黄獅姫たちには、奴隷の刻印によって降妖君の家臣になれと刻まれているからだ。

 それがどのくらいの黄獅姫たちの自由な意思による行動を阻むのかわからないが、それを見越して、九霊聖女は不十分な情報しか黄獅姫たちに与えていないと思う。

 

 ただ、いずれにしても、今回のことが、この人間族の帝国を九霊聖女の属国に仕立てあげるための策の一環だというのは理解しているつもりだ。

 しかし、九霊聖女が首を振った。

 

「……それもそうだけど、それだけじゃない……。だったら、なにもお前じゃなくてよかった。わざわざ、女戦士をあの下衆男に与える必要もなかったし、ましてや、わたしの恋人のお前でなくてもよかったのさ……。なんで、お前だったと思う……?」

 

「そ、それは……」

 

 黄獅姫は言葉に詰まった。

 

「……ふふふ……。それは、わたしがそうしたかったからさ……。わたしはお前が好きだ。心から好きだ。だけど、わたしの愛情はひねくれているんだ……。わたしは、心から愛する者は、愛情が通りすぎて、滅茶苦茶に痛めつけたくなるのさ。そうすると、ぞくぞくするんだ──。愛する者が蔑まれて、惨めに泣いているのを見るとね……。そして、それをまた愛する……。わたしはそんな愛し方しかできないのさ……。だから、お前をわざと陥れてやったんだ」

 

「え……?」

 

「ふふふ……、そして、屈辱的な目に遭わせた。汚してやった……。わたしは天嬌の姿でそれをわくわくする気持ちでその光景を見ていたよ……。お前が泣くのをこっそりと覗いて自慰に耽ったりもした……。わたしはそういう女なんだ……。心から愛した者を壊したい……。そんな困った性分でね……。だけど、お前を心から愛している。自分の一部と思うほどにね……。裏切りと出し抜きが常の魔域の世界だけど、お前だけは別だ……。お前は、もうわたしの一部だと思っている……。わたしはねえ……。もしも、わたしが死ぬというときがきたら、お前を殺そうと思っているよ」

 

「あ、ああっ、く、九霊聖女様……」

 

「わたしのいない世界で、お前が生きていくのが我慢できないんだ……。だから、諦めな……。とんでもない女の恋人になったと思うがいい……。お前がわたしを嫌いになろうと、憎もうと、わたしはお前を手放さない……。よく、覚えておくんだ。だから、わたしの運命さえもお前に預けている。あれは、まだ持っているね?」

 

「も、もちろん、持ってます……。で、でも……」

 

 黄獅姫は呆然となった。

 思いもよらなかった九霊聖女の黄獅姫に対する愛の告白に、黄獅姫はそれだけで気が遠くなりかけた。

 

 愛する者を壊したいとか、汚したいとかいうのはどうでもいい……。

 九霊聖女が黄獅姫を愛すると言ってくれた。

 

 恋人とも呼んだ……。

 それも、心から愛すると……。

 

 いまのことは、本当のことだろうか……?

 

 それとも、黄獅姫は降妖君に与えられた恥辱で発狂し、自分が恋願うものの幻を見ているだけなのだろうか……?

 

 それでもいい……。

 これが幻覚なら、二度と黄獅姫は正気に戻らなくていい。

 黄獅姫は感激のあまり、ぼろぼろと涙をこぼした。

 

「黄獅、目の前の薬は猛毒だ。一粒ですぐに死んでしまうようなね……。全部、飲み込みな……。わたしがお前を殺す理由は、いま言った通りさ。わたしは、本当に愛する者を途方もなく痛めつけたくなるんだ……。その行き着く先は死だ。わたしは、お前を愛するがゆえに殺す。悪く思うんじゃないよ」

 

 九霊聖女が笑った。

 黄獅姫は身体を懸命に這わせて、落ちている黒い粒を次から次へと口に入れた。

 これは、九霊聖女から与えられた黄獅姫への愛の証だ──。

 ひとつも残すつもりはない。

 

「はぐうっ──」

 

 黄獅姫は悲鳴をあげた。

 飲んだ丸薬の効果があっという間に襲ったのだ。

 

 全身を這いまわる掻痒感が襲いかかった。

 あまりの痒さで毛穴という毛穴から汗が一斉に噴き出した。

 黄獅姫は堪らず床に接している肌を床に激しく擦った。

 しかし、一番痒いのは股間だ。

 

「あ、ああああ、か、痒いいい──、あああああ──」

 

 そこを床に密着させることができない。

 黄獅姫は海老ぞっている身体をのたうちまわらせた。

 その姿に九霊聖女が爆笑した。

 

「ははは、まるで蓑虫のようじゃないか、黄獅──。もちろん、毒薬ではなかったけど、それに匹敵するものだろう? いまのはわたしが特別に合成した媚薬だよ。お前だけのために生成したものだ。ほかの者が飲んだら、本当に一瞬で死ぬほどの毒なんだけど、お前にとってはどうということはない……。ただ、全身に狂うような痒さが襲うだけだ。それと強い股間の疼きとね……。ほらっ、痒くて、死にそうだろう? もっと苦しみな……」

 

 九霊聖女が大笑いしながら言った。

 

「う、うう……。く、九霊様……。か、痒いです……。ああ、なんとかしてください……」

 

 黄獅姫はうつ伏せの状態で暴れまわりながら叫んだ。

 狂おしい掻痒感は、黄獅姫を絶望的に追い詰めている。

 

 痒い──。

 死にそうに痒い──。

 黄獅姫は泣き叫んだ。

 

「ははは……。その苦痛に泣く顔がいいよ、黄獅……。さあ、酒盛りの酒盛りの途中だったじゃないかい。これは、降妖君が命ほどに大切している葡萄酒のようだ。わたしには、価値はわからないけど、二度とは手には入らないらしいさ。あの男への腹いせに、ふたりで飲み干してしまおうじゃないかい」

 

 九霊聖女が笑いながら再び酒瓶を手に取ると、ぐびりと飲んだ。そして、自分の右脚の指に葡萄酒を垂らした。

 

「舐めな、黄獅」

 

 黄獅姫は、また身体を這い進ませると、命じられるままに、葡萄酒に濡れた九霊聖女の足の指を口に含んで舐めた。

 足の指そのものはもちろん、指と指の付け根も丹念に舌で舐める。

 さらに足の裏も舐めた。

 ほんのひと滴も残さないように、隅々まで舐めつくす。

 

 すると、九霊聖女は今度は反対の足にも葡萄酒をかけた。

 黄獅姫はまた、それを這い舐める。

 それが終わるのを見計らって、九霊聖女は今度は太腿にかけた。

 黄獅姫は必死になって九霊聖女の腿に舌を動かした。

 

 そのあいだ、黄獅姫の全身では強烈な掻痒感が襲い続けてる。

 しかも、時間が経つにつれて、痒みがだんだんと強烈になる。

 それから逃れようと、いつしか黄獅姫は舌を動かしている場所以外についても肌が九霊聖女の肌に接触している部分を強く揺り動かしていた。

 

 やがて、すっかりと九霊聖女はその場に寝そべった。

 そして、ふたつの乳房にかなりの量の酒をこぼしたのだ。

 黄獅姫は丸々と張った九霊聖女の乳房に舌を這わせた。

 

「わ、わたしがいくまで舐めるんだ、黄獅──。さもなければ、全身の痒みはそのままだよ……」

 

 九霊聖女が甘い吐息をしながら、残っていた葡萄酒の全部を自分の股間にかけた。

 あちこちを舐めまわして、舌は痺れかけていたが、それでも黄獅姫は心からの幸福感とともに、舌を動かした。

 全身の掻痒感は、いまや気も遠くなるような苦しみになりつつあった。

 だが、それでさえも、九霊聖女の愛の一部だと思うと、このまま痒みで狂ってしまってもいいと思った。

 九霊聖女であれば、殺されても、狂わされても、それは本望だ。

 いまや黄獅姫の舌は休みなく狂ったように九霊聖女の股間を舐めている。黄獅姫は舌をそぼめて九霊聖女の女陰に突き刺しながら、鼻で肉芽を押し潰すように動かした。

 

「い、いいわあ──。はあああっ──」

 

 九霊聖女の腰が不意にがくがくと震えた。

 そして、肉付きのいい太腿で黄獅姫の顔を力強く挟んだかと思うと、絶頂のあられもない声をあげて昇りつめた。

 顔を九霊聖女の股間で挟まれる体勢で、気をやられた黄獅姫は、自分の顔がねっとりと九霊聖女の愛蜜で濡れているのを感じた。

 

「……はあ、はあ、はあ……、素敵な酒盛りだったよ、黄獅……。じゃあ、お前の番だ──。痒い場所を舐めてあげるよ。お前の身体の痒みは、わたしの唾液で収まるよ……。そのほかには痒みが癒える方法はない。そういう風に調合したんだ……」

 

 九霊聖女がうつ伏せの黄獅姫に覆いかぶさった。

 

「ひっ、ひいっ、く、九霊様……? そ、そんな……いいいいっ──」

 

 九霊聖女が黄獅姫の身体に舌を這わせ始めたのだ。

 最初は足の指だ。

 九霊聖女の舌が、さっき黄獅姫がやったように、黄獅姫の足の指や付け根に舌を動かす。

 

「そ、そんな……。も、もったいない……。九霊様にそんなことしてもらうなんて……」

 

 確かに痒みが癒えるが、それ以上に九霊聖女が黄獅姫の身体に舌を這いまわらせているという事実が黄獅姫を狼狽させた。

 

「あっ、あっ、あっ、ああっ──」

 

 おこりのような震えが全身を走った。

 黄獅姫はあまりに動揺して、それだけで軽く達してしまった。

 

「……いきなりいったりしたら、身体がもちはしないよ、黄獅」

 

 九霊聖女が顔をあげて笑った。

 そして、黄獅姫に再び顔をつけた。

 

 そうやって、まずはうつ伏せの身体のあらゆる場所を舐め尽くされた。

 足首、ふくらはぎ、太腿──。

 

 それが終われば、縛られている腕、背中からうなじにかけても、たっぷりと九霊聖女の唾液で濡らされた。

 そのあいだに、もう五回以上は黄獅姫は達した。

 

 性感帯と呼べない場所でも、九霊聖女に口で刺激されれば、途方もない快感が走り、黄獅姫は身体を痙攣させて昇天した。

 しばらくして、縛られている身体を仰向けにされた。

 九霊聖女の舌が黄獅姫の脇を擦り、そして、乳房を舐める。

 

「あ、あああ──」

 

 もう黄獅姫は吠える以上のことをすることができなかった。

 ただ、ひたすらに昇天し、さらに刺激されて、また絶頂を繰り返す。

 

 それが続いた。

 

 そして、九霊聖女の舌が黄獅姫の股間にやってきた。

 もう残っている痒みはそこだけだが、股間だけは一度も癒されることなく、放置されていた。

 ほかの部分の痒みがなくなっただけに、局部の痒みは気も遠くなるほどだ。

 

「さあ、天国にお行き、黄獅……。わたしの愛しい黄獅……。お前だけはわたしもののだ──。お前から殺されたいとも思っているよ。そのときは、わたしは幸せを感じながら死ぬんだろうね……」

 

「あ、あああ……天国です……。く、九霊様──。黄獅は幸せです──。あ、ああ、す、素敵──。お願いです──。いつか殺して──。九霊様がわたしのことを捨てるとき、どうかわたしを殺してください」

 

 黄獅姫は絶叫した。

 返事の代わりのように、九霊聖女の舌が肉芽を強く這った。

 

「ほおおおおおっ」

 

 黄獅姫は今日最高の気をやってしまった。

 すでに目もくらみ、耳鳴りさえしている。

 五体が痺れきり、快楽の極致にひたすら昇っていく自分を自覚した。

 それでも九霊聖女の舌はとまらない。

 それどころか、さらに激しい刺激を黄獅姫の股間に送り続ける。

 九霊聖女は狂乱した。

 

「あ、愛しています──。心から──。はぐううっ──」

 

 発作のような絶頂が止まらなくなった。

 次から次へと快感が襲う。

 強烈な快美感が貫き、黄獅姫は急速に自分の意識が失われているのを感じた。

 

 

 

 

(第112話『陰謀前夜』終わり、第113話に続く)



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 第113話 亜人族たちの陰謀【九霊聖女(くれいせいじょ)
744 闘技会二日目


 嫌な感じだ。

 

 孫空女は十六名の闘士の行進に混じって闘技場を囲む高い壁に沿って歩いていたが、おかしな緊張感がぴりぴりと肌を刺すのだ。

 これから行われるのは、今日の試合に先駆けて行われる闘士たちへの皇帝直々による声掛けという儀式のはずだ。

 実際の闘技の試合はその後に行われることになっていて、まだ、誰と戦うのかということも発表されていない。

 殺気など向けようもないはずなのだ。

 

 だが、闘技場を観客席に向かって手を振りながら歩いている闘士たちからは、確かに殺気のようなものを感じることができる。

 しかも、かなり強い……。

 孫空女は当惑していた。

 

 単に皇帝が闘技場に降りてきて、最後の日に残った闘士十六人に、ひとりずつ声をかける──。

 それだけであり、ただ黙って頭をさげていればいいと言われていたのだ。

 

 孫空女と沙那は十六名で歩く列の最後尾を歩いていた。

 先頭は金箍(きんか)皇子であり、二番目は降妖君(こんようくん)だ。

 ほかに知っている闘士は、中段を歩く黄獅姫(おうしき)という孫空女たちと同じ女闘士くらいであり、ほかは全く知らない。

 この十六人で、まずは観客たちに姿を見せながら、大きく闘技場を一周して歩く。

 そして、最後に中央の貴賓席に向かって横一列に並ぶというわけだ。

 また、貴賓席の中央には、すでに皇帝自身が警護の取り巻きとともに座っているのが見える。

 

 貴賓席はそれぞれ壁で仕切られているようだ。

 皇帝に座っている場所の近くに、宝玄仙と朱姫がいる場所もあるが、あれは釘鈀(ていは)皇子の席なのだろう。

 ただ、なぜか今日もまだ来てはいないようだ。

 素蛾もいない。

 宝玄仙たちは、早朝に屋敷を出立してきた孫空女と沙那を一緒に送ってきたのだが、素蛾は釘鈀皇子に気に入られて、同じ馬車でやって来ることになっている。

 その釘鈀皇子がまだ到着していないのだろう。

 

 その代わり釘鈀皇子の女執事の陳嬌(ちんきょう)はいる。

 ここから見ているだけで、なんとなくげっそりとしているのがわかる。

 昨日は宝玄仙と朱姫にいじめ抜かれて完全に性根を抜かれたような感じだった。

 今日もそのふたりに挟まれて座り、不安そうにしている。

 

 ともかく、いまやっているのは、闘技に先立つ練り歩きであって、こんなにほかの闘士たちが殺気に溢れる理由がわからない。

 それとも、なにかあるのだろうか……?

 

 正式の闘技会の作法はなにも知らないし、詳しくも教えられていない。

 なにか、武器を持って戦うようなことがあるのか……?

 とりあえず、孫空女は手にしていた『如意棒』を持つ手に力を入れた。

 孫空女に限らず、闘士の全員は手に武器を持っている。

 そのように指示をされたのだ。

 

 理由は、闘士が皇帝に謁見する姿は、闘う姿でこそあるべきだということだった。

 武器を持っていなければ、それは闘士ではないし、闘士でなければ、皇帝が近くまでやってきて声をかける意味などないということらしい。

 だが、武器を持って、こんな風に殺気を出されると物騒だ。

 

「ねえ、沙那……?」

 

 孫空女は前を歩く沙那に声をかけてみた。

 

「なによ、孫女……? まったく、腹立つわよねえ……。わたしたちのこと裸女とか……。今日はどんな格好で戦うんだとか……。もっと、ましなこと言えないのかしら……」

 

 沙那が不機嫌そうに言い返した。

 孫空女は、ふと顔をあげた。

 なるほど、観客席から孫空女と沙那をからかう野次がいっぱい飛んできている。

 さっきまで、気にしていなかったから聞こえていなかったが、昨日の試合で孫空女も沙那も試合中に全裸で闘う羽目になってしまった。

 それで、観客たちがそれを中傷しているようだ。

 沙那はそれに怒っているらしい。

 

 しかし、一方で、孫空女が感じたほかの闘士たちのおかしな気配は気にしていないようだ。

 やっぱり、気のせいなのだろうか……?

 

 やがて、十六人の闘士が正面の貴賓席に面して並んだ。

 観客が大歓声をあげた。

 

 皇帝が立ちあがったのだ。

 ゆっくりと貴賓席から階段を降りてくる。

 初めて見るが随分と身体の大きな男だ。

 そういえば、この皇帝もかつては、金箍皇子や降妖君のように自ら一介の闘士として闘ったこともあると、顔の潰れた闘技場の奉仕女の恵圭(えけい)が言っていた。

 それがこの西方帝国の風習のようだ。

 

 皇帝や皇子も自ら鍛錬して、武術大会に出場するくらいだから、志ある者は当たり前のように武術の鍛錬をする。

 だから、この国は別名“武の国”とも称されているのだ。

 釘鈀のような武術嫌いの皇子の方が珍しいのだろう。

 

 観客席と闘技場は随分と段差がある。

 だから、臨時の階段が設けられて、皇帝が降りて来られるようになっている。

 その階段を使って、皇帝が闘技場におりてきた。

 

 十六名の全員が一斉に片膝をついて、武器を横に置いて頭をさげる。

 皇帝が金箍皇子の前に立つのがわかった。

 だが、常人にはなにも見えないが、実際には闘士と皇帝のあいだには薄い結界がある。

 孫空女の眼にはそれが薄っすらと見えていた。

 

 それがあるから、皇帝が直に闘士の前に立つということができるのだ。

 実際のところ、皇帝とともにいるのは屈強そうな護衛兵が五人だけだ。

 それも皇帝の後ろについているのみだ。

 実際には透明の壁があるのだが、まるで無防備に皇帝が闘士たちに面しているように見える。

 孫空女が思うに、あれも民衆に皇帝の勇敢さを見せる演出に違いない。

 

 まずは皇帝は、第一皇子である金箍に声掛けしている。

 ここからでは、皇帝がなにを語りかけているのかはさすがに聞こえない。

 観客の声が大きすぎるのだ。

 そのとき、薄っすらと存在していた結界が突然に消滅した。

 

「ええっ?」

 

 思わず孫空女は声をあげてしまった。

 

「どうしたの、孫女?」

 

 沙那が不審そうな声をあげた。

 孫空女とは異なり、道術の気配がわからない沙那には、結界の消滅は認識できないのだろう。

 沙那に理由を説明しようとした。

 しかし、そのとき、わっという悲鳴と怒声が闘技場を包んだ。

 闘士たちの多くが、武器を手にして立ちあがっている。

 

「な、なにさ?」

 

 孫空女はびっくりした。

 その闘士たちが一斉に飛びかかって、皇帝の後ろの護衛に斬りかかったのだ。

 ふと見ると、皇帝については金箍皇子が飛びかかって後ろから首を羽交い絞めにして、その皇帝の首に剣をつきつけている。

 

「き、金箍──、ど、どういうことだ──?」

 

 巨漢の金箍に背中から羽交い絞めにされている皇帝が声をあげた。

 

「動くな──。動くと皇帝を殺す──。誰も動くな──」

 

 金箍が叫んだ。

 観客席側には多くの近衛兵がいるのだが、皇帝自身を人質にとられたためになにもできないでいる。

 慌てたように動く気配もあったのだが、いまの金箍のひと言で凍りついたように全員の動きが止まった。

 

「兄者、なんてことをするのだ──?」

 

 騒然とした闘技場にひと際大きな声が響いた。

 

 降妖君(こんようくn)だ──。

 

 孫空女の眼には、降妖君がすっと立ちあがって、皇帝を掴んでいる金箍に武器を向けるのが見えた。

 

 

 *

 

 

「兄者、なんてことをするのだ──?」

 

 降妖君は大声で叫びながら金箍に剣を向けた。

 計画はうまくいった。

 降妖君は笑いをこらえるのに必死だった。

 

 降妖君を「主人」とする奴隷の刻印を刻まれている金箍は、降妖君が命じたとおりに、皇帝の声掛けのときに、皇帝に剣を向けて人質にとることに成功した。

 それに合わせて闘技場に皇帝の防護のために張ってあった霊気の結界を消滅させたのは、降妖君の手の者の仕事だ。

 もはや、降妖君の計画を阻害するものはなにもない。

 

 皇帝の溥儀雷(ふぎらい)帝に剣を向けている金箍は、これで生き残っても、殺されても、皇帝を暗殺しようとした謀反人として処置されるしかない。

 西方帝国の法では、皇位継承権を持つ皇子はふたりと決められている。

 金箍がいなくなれば、溥儀雷帝は欠けた皇位継承権の枠に降妖君を選ぶだろう。

 なにせ、これから降妖君は、皇帝を人質にとった謀反人を処断して、皇帝の命を救うのだ。

 その貢献に報うためには、当然、皇位継承権を持つ皇子に降妖君をあてるということをするしかない。

 

 ふたりの皇位継承権を持つ皇子に降妖君があがれば、次は、あの軟弱皇子の釘鈀と皇帝の椅子を争うことになるが、武の国である西方帝国の次期皇帝に、溥儀雷帝があの釘鈀を選ぶわけがない。

 当然、次期皇帝は降妖君ということになる。

 

 あるいは、状況によっては、溥儀雷帝を早々に引退させるか、ひそかに殺す方法を考えてもいい。

 まあ、それは、とりあえず降妖君が皇位継承権を持つ皇子に正式になってからだ。

 

「金箍──。お前はすでに謀反人だ。なにをしたかわかっているのか──? 皇帝に傷をつけるな──」

 

 降妖君は剣を向けながら、ゆっくりと金箍に近づいた。

 周囲からすれば、降妖君が威嚇して、金箍の身体をとめているように思えるかもしれないが、あの金箍の胸には、降妖君を主人とする奴隷の刻印が刻んでいる。

 その刻印に心を拘束されている金箍は、いまの降妖君の言葉に逆らえないのだ。

 これで金箍は皇帝を傷つけられない。

 

 これから始まるのは、降妖君による謀反人の金箍の退治という茶番だ。

 金箍には、あらかじめの命令により、降妖君が“卑怯者──。俺と勝負しろ──”という合言葉を口にすれば、掴んでいる皇帝を離して、降妖君に斬りかかってくることになっている。

 

 降妖君自身を「主人」とする奴隷の刻印を刻んだ相手を殺すのだ。

 いかに、帝国一の闘士と名高い金箍でも、赤子の首を捻るよりも楽に殺すことができるだろう。

 それが終われば、降妖君は皇帝を救った英雄だ。

 この状況を作るために、さまざまな工作をしながら、この天下一闘技会を主催して、条件を整えた。

 

 北の亜人の地において、南山大王にとって代わって、その勢力地の女王となった九霊聖女(くれいせいじょ)という女亜人の前に腰を屈めて闘士を借り受けたことも、そのひとつだ。

 いま、この闘技場にいるほとんどの者は、本当は金箍を含めて、降妖君の奴隷だ。

 だが、それを知っているのは誰もいない。

 

 もしも、夕べのうちに、避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)が金箍を堕とすことに成功していなければ、皇帝を人質にする役目は、亜人闘士のひとりにさせ、金箍はこの場で殺させるつもりだった。

 しかし、朝になり、ふたりから金箍に奴隷の刻印を刻むことに成功したと報告を受け、事実、金箍は降妖君の奴隷状態になっていたので、皇帝を人質にとって降妖君に殺される役目は金箍にすることにした。

 それが、降妖君にとって、一番都合のいい結果に終わるからだ。

 いずれにしても、あのふたりも、降妖君のためにいい仕事をしてくれた。

 

黄獅姫(おうしき)猱獅(どうし)雪獅(せつし)──。お前たち三人でほかの皇帝陛下の護衛に剣を向けた闘士たちを処断せよ。金箍の指示で謀反に加担した闘士たちは処断されるまで動くな──。命令だ──」

 

 降妖君は叫んだ。

 

 これでいい……。

 

 降妖君はちらりと黄獅姫を見た。

 黄獅姫に教えていた手筈では、ここで黄獅姫たちが、仲間であるほかの亜人闘士を殺すという命令は与えられることにはなっていなかった。

 黄獅姫は目を丸くしている。

 降妖君はほくそ笑んだ。

 

 亜人同士を殺し合わせるという計画だと説明すれば、奴隷の刻印があるとはいえ、なんとかそれを阻止しようと動くかもしれない。

 だから、それを教えず、単に皇帝を人質にとるだけだと言っておいたのだ。

 しかも、全部の亜人の行動を黄獅姫に任せると仄めかしておいた。

 黄獅姫は、ここで改めて別の行動を命じられるとは思ってなかったはずだ。

 

 だが、このことはあらかじめ決めていたことだ。

 奴隷の刻印を刻んでいる亜人闘士のうち、黄獅姫、猱獅、雪獅の三人は降妖君の奴隷だと公表しているし、降妖君の家紋を刻印として刻んでいる。

 だから、この三人には、「謀反人側」の行動はさせていない。

 

 一方で、ほかの九名は本当は降妖君の奴隷の刻印を刻んでいるのだが、それは巧みに欺騙しているし、表向き公表している奴隷の主人にも細工をして、どんなに調べても、降妖君との繋がりはわからないようになっている。

 だから、この連中にはここで死んでもらい、主従のどちらかが死ねば消滅するという奴隷の刻印の決まり事により、刻印そのものを消滅してもらわなければならない。

 

 そうなれば、降妖君の悪巧みを辿ることは不可能になる。

 殺す側を命じた三人には刻印の力で口封じをすればいい。

 

「卑怯者──。俺と勝負しろ──」

 

 降妖君は金箍に向かって叫んだ。

 これで、金箍は皇帝を突き離して、それで金縛りになったように動かなくなるはずだ。

 だが、皇帝の首から血しぶきが飛んでいる。

 降妖君の言葉の直前に、金箍が皇帝の喉に刃物を刺していたのだ。

 

 驚いた──。

 金箍には実際には、皇帝を傷つけるなと命じておいたのだ。

 

 なんで「命令」に逆らったのだろう──?

 降妖君は、予定と異なる光景に茫然としてしまった。

 だから、反応が遅れた。

 

 気がついたときには、皇帝の身体を捨てた金箍の身体が目の前だった。

 金箍の大剣が迫っている。

 

「斬るな、命令だ──」

 

 降妖君は金切り声で叫んだ。

 しかし、次の瞬間、降妖君は自分の首が胴体から離れる感触をはっきりと感じた。

 

 

 *

 

 

「お前たち、闘うな──。それよりも、人間族の皇帝を殺せ──」

 

 黄獅姫は絶叫した。

 ぎりぎりだった──。

 

 背中からどっと冷たい汗が吹き出すのを感じた。

 降妖君の「命令」に従って、黄獅姫はほかの仲間の亜人闘士を殺しかけていたところだったが、その黄獅姫の視界に、金箍の剣が降妖君の首を飛ばしたのが辛うじて見えた──。

 その瞬間に、黄獅姫の身体に刻まれた降妖君の呪縛から解放されたのだ。

 それで、降妖君が死ぬ寸前に発した、ほかの亜人闘士への殺害命令が無効になり、仲間を殺すことを免れた。

 そのときには、黄獅姫の剣は、命じられた殺戮をするために、やはり、降妖君が死の寸前に発した命令により身動きできなくなった仲間をほとんど殺す直前だった。

 

「うおおおおっ──」

 

「うがああ──」

 

「うしゃあああ──」

 

 お互いに闘う姿勢をとっていた亜人闘士たちのうち、皇帝に近い側にいた数名が一斉に皇帝に向かった。

 金箍の剣により、首を斬られた皇帝だが、まだ生きていることは明らかだ。

 必死になって、血まみれで観客席に向かって這い進んでいる。

 また、金箍が剣を皇帝から手を離したので、突進を躊躇っていた観客席側の護衛の近衛軍も闘技場に雪崩れ込もうとしていた。

 

「そうはさせないよ──」

 

 声がした。

 黄獅姫は、隠れていた九霊聖女(くれいせいじょ)が『移動術』で出現するのを見た。

 その九霊聖女が闘技場のこの一角だけを包み込むような結界を張ったのもわかった。

 闘技場に降りる階段に接していた近衛兵がそれに阻まれる。

 

「お前ら、なにすんだい──?」

 

 そのとき、女の声がした。

 赤毛の女が、棒で皇帝に斬りつけた亜人闘士を跳ね飛ばしたのだ。

 もうひとり剣を持った栗毛の女もいる。

 このふたりは、確か、孫空女と沙那だ。

 第二皇子の釘鈀のところの闘奴隷であり、昨日の試合で、それぞれ、力獅子(りきじし)軍鶏猫(しゃもねこ)に勝利して、今日に勝ち残ったのだ。

 そのふたりが、皇帝にとどめを刺すのを邪魔している。

 黄獅姫は舌打ちした。

 

 その孫空女と沙那が、血まみれで動いている皇帝を守るように、次々に亜人闘士を打ちのめす。

 しかも、強い──。

 黄獅姫は息をのんだ。

 

「全員で女ふたりを殺せ──。全員でかかるのだ──」

 

 黄獅姫は叫んだ。

 すでに何人かは、ふたりの足元でうずくまっているから、亜人闘士の残りは六人か五人というところか──。

 

 全員で沙那と孫空女のふたりの女戦士に襲う──。

 その空隙をついて、地面に這っている血まみれの皇帝に飛びかかって、とどめを刺す──。

 できるはずだ。

 

 亜人闘士たちの仲間の全員がふたりに一斉に飛びかかった。

 黄獅姫も剣を持って飛び込んだ。

 

 黄獅姫の狙いはただひとつ──。

 ここで皇帝を殺す──。

 

 それが九霊聖女に命じられている本当の指示だ。

 そうすれば、すでに奴隷の刻印を刻んでいる金箍か、あるいは、第二皇子の釘鈀が皇帝となるだろう。

 釘鈀には別働の一隊が向かっている。

 

 第二皇子である釘鈀にも九霊聖女は奴隷の刻印を刻み込んでしまうつもりだ。

 人間族の西方帝国の皇帝に、九霊聖女の奴隷である者がつけば、この国は九霊聖女の属国になったも同じだ。

 

 亜人闘士と戦っている孫空女たちの横をすり抜けたと思った。

 血だらけの皇帝が、黄獅姫に気がついて顔をこっちに向けた。

 

 黄獅姫は剣を真っ直ぐに皇帝の背中を貫かせた──。

 だが、それだけだ……。

 

 剣が届いていない──。

 なぜか黄獅姫の身体は宙に留まったままだった。

 腹に孫空女の棒が喰い込んで、身体が浮いているのだとわかったのは、孫空女の棒が黄獅姫の身体を跳ね飛ばして、地面に黄獅姫の背中を叩きつけてからだ。

 

「させないよ──」

 

 孫空女が倒れた黄獅姫に向かって跳躍するのがわかった。

 ふと見ると、すでにほかの亜人闘士たちは地面に倒れている。

 凄まじい棒の突きが黄獅姫の胸を直撃した。

 

「黄獅──」

 

 そのとき、九霊聖女の悲鳴が聞こえた気がした。

 しかし、黄獅姫の身体はおかしな体勢で地面にひっくり返ったまま動けなかった。

 もう一度腹に棒の先端が抉った。

 

 そのまま身体が孫空女の棒で宙に持ちあげられる。

 自分の口から血が吹き出した。

 そして、闘技場の壁に背と後頭部を叩きつけられた。



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745 騒乱の闘技場

黄獅(おうし)──」

 

 九霊聖女(くれいせいじょ)は自分が逆上したのがわかった。

 

 ほんの一瞬の変化だった──。

 なにもかも手筈通りだったのに、それがたったふたりの人間族の女戦士によって阻まれたのだ。

 

 操っている金箍(きんか)という人形を使って皇帝を人質にし、その時間を使って一帯を結界で包み、それで護衛の兵が殺到するのを防ぐ──。

 それは完全に成功した。

 

 次に九霊聖女は、金箍に刻み込んでいた合図で、降妖君(こんようくん)を殺させた。

 降妖君殺しを皇帝殺しに優先させたのは、黄獅姫たちが、その降妖君の操り状態にあるからだ。

 「主人」である降妖君が死んでしまえば、『奴隷の刻印』の効果は終わりだ。

 黄獅姫たちの身体からは、刻印が消滅して降妖君の呪縛から逃れられる。

 

 あの降妖君は卑劣にも、九霊聖女の部下の亜人闘士たちに、殺し合わせるように命じたのだ。

 だから、咄嗟に金箍に降妖君を殺すように合図した。

 従って、金箍が皇帝を殺そうとしていたのを途中でやめさせることになった。金箍はまだ皇帝に致命傷を負わせる前に、皇帝の身体を捨てて降妖君の殺害に取り掛かった。

 

 降妖君は一瞬にして金箍の剣に殺された。

 次の瞬間、お互いに殺し合いをしそうになっていた黄獅姫たちは、その動きを中止し、皇帝にとどめを刺そうとした。

 それは事前に黄獅姫に命じてあったのだ。

 

 降妖君の呪縛から逃れた瞬間に、全員で皇帝を殺せと──。

 すでに守る者もいないし、喉を斬られかけた皇帝は血まみれだ。

 それを十人近い亜人闘士で殺すのだ。

 それは家畜を屠るよりも容易い仕事のはずだった。

 

 いずれにしても、皇帝を殺しを成功させた瞬間に、亜人闘士たちを回収して、ここから逃亡しなければならない。

 九霊聖女は隠れていた場所から姿を現した。

 だが、思いもよらなかったのは、釘鈀の闘奴隷の女闘士がふたり揃って皇帝を守ろうとしたことだ。

 しかも、強い──。

 九霊聖女の部下たちがよってたかってかかっても、ふたりの女闘士を倒せず、たったいま、黄獅姫でさえも倒された。

 黄獅姫は口から血を吐いて壁に激突し、いまは動かなくなっている。

 

 九霊聖女は、霊気の矢を数十本発生させた。

 それを皇帝と釘鈀の闘奴隷に向かって飛ばす。

 しかし、あり得ないことが起きた。

 霊気の矢が途中で消滅したのだ。

 なにが起きたのかがわからなかった。

 

「面倒は嫌いなんだけど、わたしの供に手を出そうとするなら仕方ないね……。加勢することにするよ。わたしが相手だよ」

 

 人間の女だ。

 いつの間にか黒髪の美女が皇帝のそばに立っている。

 九霊聖女は驚いた。

 

「お、お前、誰だい──? しかも、この一帯は、わたしの結界で覆っているはずだよ。どうやって、その中に入ってきたんだい?」

 

 この黒髪の人間族の女は、九霊聖女がやってきたときにはいなかったはずだ。

 だから、九霊聖女の結界をすり抜けてやってきたとしか思えない。

 その女がせせら笑った。

 

「結界──? こんな玩具みたいな霊気の壁なんて、このわたしにかかれば存在しないも同じさ──。ほらっ──。完全に消滅させてやるよ」

 

 黒髪の女が手を振った。

 九霊聖女の結界が完全になくなったのがわかった。

 観客席の方向から人間族の軍隊が殺到してきた。

 

「金箍、命令だ──。防ぐんだ──」

 

 九霊聖女は絶叫した。

 金箍が階段から降りようとしている兵を防ごうと駆けた。

 観客席から闘技場への降り口はその階段だけだ。

 巨漢の金箍が階段の入口に立てば、いかに人数が多くても、そこで阻める。

 実際、金箍はそうしている。

 だが、いかに金箍でも、いくらも時間を稼げないだろう。

 時間がないのは明らかだ──。

 

 もう一度、霊気を皇帝に飛ばす。

 今度は『魔弾』だ──。

 

 さっきの『道術矢』よりも、ずっと強力な霊気の塊による攻撃道術だ。

 巨大な霊気の塊りが皇帝に飛ぶ──。

 

 しかし、やはり、途中で中和された。

 あの人間族の魔女だ──。

 

 しかも、今度は打ち返してきた。

 気がつくと、九霊聖女の身体は、人間族の魔女の『魔弾』の直撃を受けていた。

 九霊聖女は地面にひっくり返ってしまった。

 その九霊聖女に、黒髪の魔女の高笑いが降りかかった。

 

「大人しくしな──。さもないと、今度は裸にされるだけじゃすまないよ。手足を引き千切るからね」

 

 驚いて九霊聖女は自分の身体を見た。

 一糸まとわぬ素裸だ──。

 どうやら、さっきの『魔弾』のためのようだ。

 あれは、九霊聖女の身体ではなく、服を消滅させるための道術だったようだ。

 慌てて手で身体を隠しながら、同時に九霊聖女は恐怖に包まれた。

 

 圧倒的な力量の差──。

 それを感じたのだ。

 これは、とても勝てない……。

 九霊聖女は悟るしかなかった。

 

「……ちっ──。撤収だ──。全員、撤収──」

 

 九霊聖女は叫んだ。

 部下の大半は倒されていたが、それを次々に『移動術』で、一気に魔域まで跳躍させる。

 一度、外に出れば、人間族は帝都全体の防御道術を張り直すだろうから、もう侵入は難しいだろう。

 

 だが、仕方がない──。

 部下たちの身体は次々に消滅していっている。

 別動隊からは、釘鈀の身柄の確保に成功したという報告が、たったいま道術通信で九霊聖女の頭の中に来ていた。

 皇帝は殺しそこなったが、降妖君は死に、金箍ももうすぐ殺される。

 完全に策が失敗に終わったわけじゃない……。

 

「お前、何者だい──?」

 

 九霊聖女は声をあげた。

 

「宝玄仙というただの旅の女だよ。たまたま、この帝都を通りかかってね──。別にお前たちに恨みもなにもないけど、わたしらがお前らの襲撃に居合わせたのが運が悪かったと思いな」

 

 女が言った。

 だが、九霊聖女はびっくりした。

 

「……宝玄仙だって──? もしかしたら、殺された金角が主人に選んだという人間族の魔女かい──? お前が──?」

 

 九霊聖女は叫んだ。

 どうりでかなわなかったはずだ。

 金角ほどの亜人が、人間族の魔女を主人にしたというのは、魔域の中でも有名な話だった。

 どんな女なのだろうと、九霊聖女も思ったものだ。

 その宝玄仙は、まだ旅の途中であり、魔域に向かってはいるようなのだが、どこにいるのか判然としないということだった。

 しかし、金角はいつかやって来るその宝玄仙に魔王の地位を譲り、勢力地を明け渡すつもりのようだった。

 九霊聖女もその話には呆気に取られたものだった。

 

 だが、その宝玄仙という人間族の女が、旅の途中のどこかで紅孩児(こうがいじ)という牛魔王(ぎゅうまおう)の息子を惨殺するという事件が起こった。

 それで怒った牛魔王が、仇を討つために、軍を率いてその宝玄仙を殺しに行こうとした。

 それを阻止しようとして、強大な軍団で知られる牛魔王軍に、軍を進軍させたのが金角だ。

 たかが人間族を守るために、それほどのことをするというのは驚愕だったが、それによって、金角と牛魔王のそれぞれの軍が戦うことになった。

 

 この戦争は思いのほか長く続き、数年経っても、なかなか決着がつかなかった。

 無敵と思われていた牛魔王軍に対して、あれほど金角軍が抵抗するとは意外だったが、両軍は一進一退の攻防を続けた。

 すると、ほかの勢力地の亜人王もこの戦いに関与し始めた。

 両軍のいずれかに援軍を送り込んのだ。

 それで、一気に戦争の正面が拡大した。

 

 『魔界大戦』だ──。

 

 このとき大部分の亜人王は、牛魔王に援軍を送ったが、金角に援軍を送った亜人王も少なくはなかった。

 魔域の覇者である雷音(らいおん)魔王の重鎮ということで、その権力を笠に着て無法を繰り返す牛魔王は、魔域でも評判の悪い存在だったのだ。

 だから、これを機会に、牛魔王が滅んでくれればいいと願う亜人王たちは金角にこぞって味方したのだ。

 

 九霊聖女の伯父の南山(なんざん)大王も、金角に味方した魔王のひとりだ。

 南山大王は、軍こそ送らなかったが、金角の勢力地の後方に位置する亜人王として、その兵站を支え続けた。

 つまり、金角の部下を受け入れ、彼らが南山大王の勢力地で兵站基盤を作ることを許したのだ。

 九霊聖女は大反対だったが、南山大王は聞き入れてくれなかった。

 

 もともと、南山大王は、女魔王の金角の後見人を任じていて、金角と仲が良かったのだ。九霊聖女はどうすることもできなかった。

 九霊聖女が反対した理由は簡単だ。

 

 九霊聖女は、この戦争は牛魔王が勝つと思った。

 金角が負ければ、それに味方した亜人王には、牛魔王の報復があるだろう。

 それを恐れたのだ。

 

 そして、ついに決着がついた。

 ほんの数箇月前だ。

 

 金角が、部下の巴山虎(はざんとら)という将軍の裏切りにより、牛魔王軍に小人数の状態で妹の銀角将軍とともに包囲されてしまったのだ。

 そのときの状況について、九霊聖女が聞いているのは、以下のようなものだ。

 

 まず、金角は部下たちの命を取らないという条件で道術契約を結んで牛魔王軍に投降した。

 そして、金角は部下の前で首を切断されて処刑されてしまった。

 道術契約により、金角の部下は殺されはしなかったが、大将軍の銀角の行方はわからない。

 そのまま、牛魔王が連れて行ったとも言われている。

 

 金角の部下と勢力地は、裏切りの功績により巴山虎に与えられた。

 それがほんの数箇月前のことだ。

 

 ところが、南山大王は、九霊聖女を絶句させる行動を取ろうとした。

 金角の死を知って、その弔い合戦をしようとしたのだ。

 その戦いの相手は、金角の勢力地の新魔王になった巴山虎だ。

 

 だが、巴山虎に戦争を仕掛ければ、間違いなく牛魔王がまた出てくる。

 九霊聖女は驚愕した。

 

 いまは、勝利した牛魔王に、ひたすらの恭順の姿勢を示して、金角側についたことを謝罪すべきなのだ。

 牛魔王軍に攻めかかるも同然のことをするなど、とんでもない。

 そんなことをすれば、牛魔王軍の次の侵略先が、南山魔王の勢力地になるのは間違いない。

 

 九霊聖女は行動した。

 南山大王の居城である連還城の家臣の中の戦争反対派を集めて、政変の叛乱を起こしたのだ。

 南山大王を捕え、ある場所に幽閉して隠して、南山大王域にいた元金角の部下を捕えさせた。

 叛乱は簡単に終わった。

 

 油断していた南山大王が、九霊聖女に身柄を確保されてしまったところで終わりだった。

 九霊聖女は、伯父が失脚したということと、今後は九霊聖女は、牛魔王に恭順するという使者を送った。

 それで牛魔王軍と戦端を開くことは防ぐことができたというわけだ。

 

 しかし、目の前にいるのが、あの大戦争のもともとの原因を作ったという宝玄仙という女なのだ。

 なんで、こんなところをのこのこと旅しているのかは知らないが、あの金角がそこまで一目置いた存在だ。

 九霊聖女の霊気を上回る力を持つというのもうなづける。

 事実、凄まじい霊気だ──。

 

 ふと、九霊聖女は、金箍(きんか)を見た。

 すでに無数の傷を負っており死にかけている。

 もう時間がない──。

 

 まだ、一応は近衛軍を防いでいるが、間もなく死ぬだろう。

 そうすれば、この闘技場に人間族の軍が雪崩れ込む。

 

「金角が殺されただって──? お前、そう言ったかい──? どういうことだい──?」

 

 宝玄仙が驚いたような声をあげた。

 

「知らなかったのかい──。金角はお前のせいで牛魔王軍と戦端を開いて首を斬られたよ。その妹の銀角は行方知れずだ。銀角はいい女だったからね。今頃は、牛魔王か巴山虎の慰み者にでもなっているんじゃないかね」

 

 九霊聖女は言った。

 最後に念のために、もう一度部下を確かめた。

 すでに、全員の姿はない。『移動術』による跳躍に成功したようだ。

 

 そして、九霊聖女自身も『移動術』で跳躍した。

 最後に聞いたのは、待てという宝玄仙の大きな叫び声だった。

 

 

 *

 

 

「待て、お前──。ちょっと待つんだ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 だが、女亜人は、阻止しようとした宝玄仙の霊気をすり抜けて、姿を消してしまった。

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「ご主人様──?」

 

「ご主人様、大丈夫かい──?」

 

 沙那と孫空女だ。

 ふたりとも、傷ひとつ負っていないようだ。

 

「親玉には逃げられたよ──。それよりも、お前たちも、いまの言葉は聞いたかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「は、はい……」

 

 沙那が暗い顔で頷いた。

 

 金角が牛魔王と戦争をして殺された──?

 

 信じられない事実だった。

 だが、それに近いことは、もう数年前だが、金角の部下が通天河までやってきて、その男から耳にしていた。

 あれは、倚海龍(いかいりゅう)という名の金角の部下の男だったか──?

 金角の四天王のひとりで人間族だった。

 牛魔王と戦端を開くことに反対していた倚海龍は、宝玄仙たちが通天河で溺れ死んだということにして、主人の金角と牛魔王の確執の原因を消滅させようとしたのだ。

 

 だが、宝玄仙たちは生き延びて、旅を続けた。

 それから、金角の噂は耳にしなかった。

 魔域で起きていることなど、人間族の世界に伝わることはない。

 しかし、あの金角がすでにこの世にいないというのは、とてもじゃないが信じられることではない。

 

「ご主人様──」

 

 そのとき、朱姫がやってきた。

 駆けてきた朱姫は、手に水晶を持っている。

 

「あの黄金の髪をした女だけは捕えました。いまは、この水晶の中で眠らせています」

 

 朱姫が言った。

 亜人や人間を水晶の中に閉じ込めるのは、朱姫の新しい道術だ。

 朱姫は、その術で、素蛾を故郷の王宮から連れ出したのだ。

 

「お手柄だよ、朱姫──。よくやったさ──。じゃあ、この女をゆっくりと訊問しようかねえ。金角と銀角のことを洗いざらい吐かせるよ。ついでに、この騒動の理由もね」

 

 宝玄仙は水晶を受け取って言った。

 確かに、この小さな玉の中に、あの女闘士が閉じ込められている。

 

「ご、ご主人様──。ご主人様──。ご主人様──」

 

 そのとき、地下からあがってくる小さな通路から、ひとりの女らしき者が出てきた。

 そして、泣き声をあげながら、こっちにやってくる。

 女だと確信が持てなかったのは、その人物が顔を布で覆っていてわからなかったからだ。

 

「ご主人様──。ご主人様──宝玄仙様──」

 

 その顔に布を被った女──やっぱり、身体つきは女だった──が一目散に駆けてくる。

 

「あれっ? 恵圭(えけい)じゃないかい」

 

「本当、恵圭だわ──。ねえ、ご主人様、わたしたちは、あの恵圭に随分と昨日世話になったんです」

 

 孫空女の言葉に次いで、沙那が宝玄仙に語りかけた。

 宝玄仙は眉をひそめた。

 身体の外見は違うが、声はあの恵圭に似ている気がする。

 そもそも、宝玄仙のことを“ご主人様”と呼ぶ「恵圭」にはひとりしか心当たりがない。

 かつて、宝玄仙が闘勝仙の罠に陥ったとき、鳴智(なち)とともに宝玄仙を裏切って、宝玄仙を陥れた恵圭だ。

 

 もっとも、その恵圭は、宝玄仙を裏切った直後に、闘勝仙(とうしょうせん)と約束していた報償金の約束を反故にされ、性奴隷として遠い魔域に身柄を送られた。

 とっくに死んだだろうとは思っていたが、生き延びることができたとすれば、魔域に近いこの西方帝国にいても不思議ではない。

 

「恵圭だって──? もしかして、あの恵圭かい?」

 

 宝玄仙は目の前にひれ伏した女に向かって言った。

 

「えっ、知り合いなのかい、ご主人様?」

 

 孫空女がびっくりした声をあげた。






【作者註】

 長い物語であり、関連(伏線)する話も随分と前なので、以下にそれを記載しておきます。

■宝玄仙と恵圭の関係
 70 裏切りの日
 71 十日置きの解毒剤
■宝玄仙と金角の関係
 91 義姉妹の誓い
■宝玄仙と倚海龍の関係(金角と牛魔王の確執)
 145 魔域からの使者
 146 通天河の真ん中で


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746 第二皇子誘拐

「あっ……ああ……」

 

 膝の上の童女が釘鈀(ていは)に剥き出しの胸を揉まれて身悶えを続けている。

 釘鈀は、素蛾の反応のひとつひとつを確かめつつ、執拗に小さな乳首を揺らしながら胸全体を揉んでいた。

 素蛾の胸は、まだほんの膨らみ程度であり、とても乳房とは呼べないようなものだったが、随分と感度はいいようだ。

 

 闘技場に向かう馬車の中だ。

 車内は釘鈀と素蛾のふたりきりであり、釘鈀は素蛾を素裸にさせ、釘鈀の腿の上に前向きに乗らせていた。

 両脚は釘鈀の脚の外側だ。

 その童女の大股開きの股間は、はっきりと釘鈀の見下ろす視界に映っている。

 上半身だけを責めているというのに、その股間からはたっぷりと蜜が滴るとともに、匂いたつほどの女の香りが漂っていた。

 釘鈀は、反応の豊かなこの童女の感度のよさに嬉しくなっていた。

 

「おい、まだ、闘技場に向かうなよ。もう、一周は城郭を回れ」

 

 釘鈀は御者に叫んだ。

 御者台の家人からは返事は返ってこなかったが、右に向かえば闘技場に到着する辻を馬車が反対に曲がったのがわかった。

 これで少なくとも、半刻(約三十分)は余計にかかるだろう。

 釘鈀は、愛撫している指を素蛾の小さな乳首を胸の小さな膨らみに押し込むような動きに変えた。

 素蛾の反応が大きくなった。

 

「あ、ああ……そんなに……ああっ……」

 

「俺の愛撫も効くでしょう、素蛾? まだ、胸だけだからね。この後で、お股もお尻も残っている……。それに女体というのは不思議なものでね……。一度身体に火がつくと、こんななんでもないような場所だって、性感帯に変わってしまうんだよ」

 

 釘鈀は胸を責めていた指をすっと脇の下に持っていった。

 

「ああ、ひぐうっ」

 

 素蛾がびくりと身体を捻って、手で釘鈀の手を押さえるような仕草をした。

 

「おやっ? 約束違反だよ、素蛾。どんなことをされても無抵抗でいろと、宝玄仙殿に命令されたんだろう? これは性奴隷の修業のはずだ」

 

 釘鈀は脇の下の指をつっとさげて、ほとんど真横に広がっている素蛾の股間に付け根に持っていった。

 もちろん、まだ肝腎な部分には触れない。

 ただ内腿を撫でさするだけだ。

 しかし、敏感なこの童女は、その愛撫だけで、悲鳴のような声をあげて左右に身体を振った。

 一方で手を離してしまった腕を背中に回して、さっきのように右手で左手首を掴む格好に戻った。

 

 この馬車に乗せてすぐに、釘鈀は、この童女に素裸になって、そうしろと命じたのだ。

 この童女は本当に釘鈀の命令には一切逆らわなかった。

 唯々諾々と服を脱ぎ、下着を含めて身に着けていたものを脱いで座席に置いて全裸になった。

 そして、釘鈀の命じるまま腿の上に乗ってきた。釘鈀は、その素蛾に両手を背中に回して動かすなと命じて、裸の素蛾を愛撫し始めたのだ。

 

 もう、かれこれ、半刻(約三十分)近くになるのかもしれない。

 その時間、ずっと愛撫を続けた結果、素蛾の身体はすっかりと赤くに火照りきり、全身にかなりの汗をかいている。

 股間など蜜でびっしょりだ。

 

「も、申し訳ありません、殿下……。いいつけを守れなくて……。な、縄で括ってください……。あんまり気持ちがいいと、勝手に離してしまうんです……あ、ああ……」

 

 素蛾が健気なことを言った。

 釘鈀は笑った。

 

「言いつけを守れないのは、いけない性奴隷だね……。じゃあ、括りはしないけど、罰を与えることにするよ……。宝玄仙殿から貸してもらったんだけど、この塗り薬が素蛾は好きなんだろう? 手を離すごとに、これをお股に塗るからね。じゃあ、さっそく、ひと塗りだ」

 

 釘鈀は準備していた小瓶の蓋を外すと、刺激臭のするその薬剤をたっぷりと指の載せた。

 それを素蛾の肉芽の部分を中心に塗りたくり始める。

 

「ひゃああ──。す、好きじゃないんです──。そ、それは痒くなる薬ですよね……。そ、素蛾はそれは苦手です──。だから、いつもご主人様や、朱姫姉さんに性奴隷の修行のために使われるんです」

 

 すっかりと上半身への愛撫で敏感になっていたのか、釘鈀が素蛾の股間に触れると、まるで電撃でも浴びたように素蛾が暴れた。

 

「だったら、罰には相応しいね……。じゃあ、おまけでお尻にも塗ろうかな。陳嬌は、これを塗られて一日放置されたんだってよ……。素蛾にもそうしてあげるよ。だけど、もしも、痒みに耐えられなくなって、俺に犯して欲しくなったらそう言うんだ──。それにしても、本当に君は淫乱な身体をしている童女だね……」

 

 釘鈀は薬剤を指に足すと、今度は素蛾の腰の後ろから薬剤を肛門に塗り入れた。

 素蛾が息も絶え絶えに身体を震わせ始めたので、釘鈀は慌てて指を抜いた。

 釘鈀は、素蛾を徹底的な焦らし責めにかけるつもりだった。

 痒み剤を塗られたうえに放置をされるのでは、さすがのこの頑固な童女も、釘鈀に屈服するしかないだろう。

 陳腐な手だが効果はある。

 だから、誰もが繰り返し使って陳腐になる。

 釘鈀は、絶対に夕方までに素蛾を堕とすつもりだ。

 

「だけど、俺に犯して欲しいときには、俺の側女になるのが条件だよ。宝玄仙殿から離れて俺に嫁ぐんだ。あるいは、后になるかい? 何度も言ったけど、俺は身分違いなんていうものは気にする性質じゃないんだ……。まあ、いろいろと、周りがうるさいから、どこかの貴族の娘という偽装はさせてもらうけどね……」

 

「ああ、そ、それは……」

 

「だけど、約束するよ。俺は君を大切にする。この世の苦労というものと、一生無縁に暮らさせてあげる。奴隷扱いすることもしない。それをなんで嫌がるんだい? 宝玄仙殿は素蛾が承知すれば、俺に君を譲ると口にしたよ」

 

 釘鈀は責めの矛先を上半身から股間に変えた。

 ただし、薬剤を塗った場所には指は触れない。

 そのほんの近くを柔らかく撫ぜるだけだ。

 

「ああ、はあっ、ああっ──そ、それは、わ、わたくしが……ぜ、絶対に承諾しないと思ったから……い、言ったんです……。ご、ご主人様たちが……わ、わたくしを手放すなんて……あ、ありえません……く、ぐう……も、もう痒くなってきました……そ、そんな……ああ……か、痒いです……痒い──」

 

 素蛾が両手を背中で組んだまま、激しく暴れ出した。釘鈀は素蛾が脚の上から落ちないようにしっかりと身体を持った。

 一方で片方の手で素蛾の股間を責め続ける。

 抱いている素蛾の身体の毛穴という毛穴から一斉に汗が噴き出したのがわかった。

 薬剤がいよいよ本領を発揮し始めたのだ。

 

「もちろん、宝玄仙殿が本気でないことは俺も知っている。宝玄仙殿が冗談を言ったというのはわかっているさ。だから、素蛾殿を陥落させることができるものならやってみろと、俺をそそのかしたのだろうね。だけど、俺は陥してみせるよ……。君が屈服したら、宝玄仙殿には悪いが絶対に君は返さない……。それだけ、俺は君に執着しているんだ」

 

 釘鈀は沁みひとつない素蛾の乳白色の内腿を手のひらで撫で続ける。

 そうやると痒みと疼きが増長されてしまうことを釘鈀は知っている。

 素蛾は半狂乱になってきた。

 

 昨夜の性交のときに、一大決心をして素蛾を譲り受けて正式の側女──、場合によっては后にしてもいいとさえ思った釘鈀だったが、それはあっさりと素蛾に拒絶されて終わった。

 しかし、朝になり、それでも諦められなかった釘鈀は、もう一度、同じことを素蛾の前で宝玄仙に頼んだ。

 すると、宝玄仙は笑いながら、素蛾を承知させることができたら考えてやると言い、今日の夕方までの素蛾の時間を買えと釘鈀に告げたのだ。

 

 宝玄仙が申し出た金額は帝国金貨で金貨十枚だ。

 金貨一枚でさえ、庶民であれば、普通の家族が半年暮らせるほどのものだ。

 それが十枚で夕方までの時間というのは、どんな高級娼婦でもあり得ない額だ。

 

 だが、釘鈀はそれを支払った。

 それで釘鈀と宝玄仙の賭けが成立した。

 釘鈀はあの手この手で夕方まで素蛾を責める。

 それで、素蛾が釘鈀に譲られることを承知したら、素蛾は釘鈀のものになるということだ。

 宝玄仙は、その十枚を素蛾に渡し、これはお前の稼ぎだけど、その代わりに夕方までは、釘鈀のどんな命令にも逆らってはならないと諭していた。

 素蛾はそれを承知した。

 だが、金貨そのものは、素蛾はそのまま朱姫に渡していた。

 

 そのことは、早朝に出立しなければならない沙那と孫空女に合わせた早い朝食のときだった。

 沙那も孫空女も、素蛾と仲がよさそうな朱姫も、釘鈀と宝玄仙の賭けにはあっけらかんとしていた。

 あの三人も、素蛾が屈伏することはないと思い込んでいるようだった。

 しかし、釘鈀は陥して見せるつもりだ。

 この健気で心の美しい童女は、釘鈀の生涯の伴侶して相応しいと思う。

 それは釘鈀の勘だが、釘鈀のこの手の勘は外れない。

 人を見る目は釘鈀の最大の武器だ。

 

「ああ、はう、ああ……か、痒い……痒いです……あああ……」

 

 素蛾の身体が苦しそうに反り返った。

 喘ぎ声が激しくなる。

 

「そろそろ、屈伏してはどうだい? まだ、闘技場にも着いていないんだよ。それとも、闘技場に着けば、仲間が助けてくれるとでも思っている? それだったら、無駄だよ。しばらくは到着しない。わざと遠回りをしているからね」

 

 釘鈀は笑った。

 そして、いまはどこを馬車が走っているのだろうかと窓から外を見た。

 だが、いつの間にかたちこめていた深い霧で景色が見えない。

 この帝都で霧など珍しいと思いながら、釘鈀は意識を素蛾に戻した。

 だが、そういえば、馬車のすぐ横を駆けているはずの護衛の騎馬の音もしないと思った。

 まあ、少し離れたのだろうと、あまり気にはならなかったが……。

 

「ひいっ、か、痒いです……ああ、く、苦しいです……か、痒い──」

 

 そのうち、素蛾の暴れ方が激しくなってきた。釘鈀は素蛾の胴を掴む腕にさらに力を入れた。

 すると、ついに素蛾が泣き出してしまった。

 そのあまりの様子に釘鈀は、絶対に屈服してみせると強く決心した心が揺らいだ。

 実は、痒み剤なんてものを自ら使うのは実は初めてなのだ。

 それにしても、宝玄仙に渡された掻痒剤は、少々効き目が強すぎるのではないか……?

 

 釘鈀はだんだんと心配になってきた。

 屈伏はさせたいが、素蛾に嫌われては元も子もない。

 釘鈀は、痒みに苦しんでいる素蛾の股間を強く擦った。

 

「はぐううう──」

 

 その瞬間、素蛾ががくがくと身体を震わせた。

 あっという間に絶頂しそうな感じだ。

 釘鈀はその姿があまりにも可愛くて、強い愛撫を継続した。

 そのまま背中が反り返り、絶息するような悲鳴をして、さらに素蛾の両脚が痙攣した。

 やがて、素蛾の身体が完全に脱力したようにぐったりとなった。

 

「い、いってしまいました、で、殿下……。か、勝手に……い、いって……すみません……。ば、罰を足してもらってもいいです……はあ、はあ……」

 

 素蛾が申し訳なさそうな表情をした。

 釘鈀はもう我慢できなかった。

 素蛾を焦らし責めにする予定だったが、これでは釘鈀がお預けをされているようなものだ。

 

 釘鈀は一度素蛾を横に置き、揺れる馬車の中で下袴と下着を足首までおろした。

 一物はすっかりと大きくなっている。

 すぐに素蛾を抱きかかえて、今度は釘鈀と向き合う姿勢にさせた。

 素蛾の身体を腰の上におろしながら、怒張の先端を素蛾の股間にあてがう。

 

「ふわっ、ああ、あっ……だ、だめ……き、気持ちいいです……。そ、そんな……こ、怖いです……で、でも、気持ちが……よ、よくて……はあああ……」

 

 素蛾の膣は最高だ──。

 身体は幼いのに股間はすでに大人のようにできあがっている。

 相変わらず、大した抵抗もなく深いところまで貫くことができそうだ。

 気を達したばかりで蜜が多かったというのもあるだろうが、これは素蛾の天性のものなのだと思う。

 素蛾は男を悦ばせる身体をしているのだ。

 

 やがて、ついに素蛾はその小さな腰で釘鈀の怒張をすっかりと咥えてくれた。

 すると、素蛾は快感に耐えられなくなったように激しく喘ぎだした。

 そして、今度はぐいぐいと小さな女陰で釘鈀の肉棒を締めつけてくる。

 これも意識しているとは思えない。

 おそらく、無意識のものだと思う。

 しかし、手頃な圧迫感が釘鈀の強い快感を誘う。

 

 釘鈀は、馬車の揺れに合わせて素蛾の腰を律動させながら声をあげた。

 耐えようと思えば耐えれる。

 だが、釘鈀はこの童女の膣に精を放ちたくて仕方がなかった。

 この童女はそんな気分にさせるのだ。

 

 素蛾との交合は、ほかの女とは全く違う──。

 なにが違うのかわからないのだが、釘鈀はこの素蛾とかかわると、本当に素直になれる気がした。

 心が休まるのだ。

 なんとしても、伴侶にしたい。

 

「ああ、も、もうきました……。い、いきそうです……。怖い……怖いです……はああ……」

 

 素蛾がいつの間にか自ら腰を動かしてきた。

 身体は小さくても、すっかりと性交のできる身体にしたと宝玄仙が言っていた。

 そのとおり、淫らに反応する素蛾は、とても、十二歳の童女には思えない。

 釘鈀も本能のままに、素蛾の股間を下から突きあげるように腰を動かした。

 

「ひゃああ──ひゃっ、ひゃっ、こ、怖い……いぐうっ……こ、怖い……怖い……ひゃがっ──」

 

 素蛾が悲鳴のような声をあげた。

 

「な、なにが怖いんだ……?」

 

 釘鈀は腰を上下に動かしながら訊ねた。

 素蛾は大粒の汗を飛び散らせながら、また身体をのけ反らせている。

 

「……だ、だって……しゅ、朱姫姉さんがいないのに……こ、こんなに気持ちよくなるなんて……怖い……怖いです……ああ、いく……いきます……いぐうう──」

 

 素蛾が絶頂の言葉を口にした。

 二度目の快感の頂点に達したようだ。

 釘鈀もそれに合わせて精を放った。

 それにしても、随分と可愛いことを叫んでくれるものだと、釘鈀は素蛾を抱きしめながら思った。

 

 精を放ち終わった釘鈀は、だんだんと興奮も冷めて、落ち着いた気分になってきている。

 絶頂のときに、素蛾が怖いと言ったのは、釘鈀を相手に快感に溺れている自分が怖いという意味だろう。

 そういえば、昨夜の情交のときには、最初は身体が硬く緊張していたものの、朱姫がやってくることで、それが解れて釘鈀を受け入れてくれた。

 それが今日は、朱姫も誰もいない状態で同じように釘鈀を受け入れて快感に染まった。

 その自分の心の変化に素蛾は恐怖を抱いたようだ。

 

 これなら、夕方までに陥せるのではないか……?

 いや、それはさすがに無理でも、時間をかけてゆっくりと素蛾の心を解きほぐせば、この奴隷童女もなんとか釘鈀に心を傾けてくれるのではないか……?

 そう思った。

 

「なあ、素蛾殿……。本当に俺は君を奴隷扱いするつもりはないのだ。お願いだから、承諾してくれないか……? なにが不満なんだ? 真摯なことを教えてくれ。本当の身分が奴隷女であるのに、皇族に嫁ぐようなかたちになるのが怖いのか? そんなのは本当に気にしなくていいようにする……。誰が調べても、本物の貴族出身だとしか思えないように工作できる。俺にはその力もあるんだ」

 

 釘鈀はもう一度言った。

 だが、素蛾が承諾しないのは、宝玄仙や朱姫たちが純粋に好きだからというのはもうわかっている。

 素蛾は身分の差を気にするような人間ではなさそうだ。

 彼女の心は、もっと純粋で素朴なところにあると思う。

 釘鈀は、ただ、素蛾と会話がしたくて、そう言っただけだ。

 それに、素蛾はぐったりして、身体を釘鈀にもたれさせている。

 とても、まともに話ができる状態ではない。

 

「……はあ……はあ、はあ、はあ……そ、そんな工作……ひ、必要ないです……わ、わたくしは……天神国の……王族ですから……不肖の娘……ですけど……」

 

 素蛾は荒い息をしながら釘鈀の胸にもたれかかたまま言った。

 意識して喋ったというよりは、連続絶頂で呆けていたために、つい口走ったという感じだった。

 だが、釘鈀は素蛾の言葉を訝しんだ。

 

 天神国の王女……?

 目の前の奴隷童女が──?

 

 笑いかけたが、その笑いの感情は、真剣な釘鈀自身の疑問で消滅した。

 もしかしたら、あり得ることではないかと思ったのだ。

 天神国のことなど、いまのいままでなんにも記憶には呼び起こさなかったが、そういえば、天神国の末の王女が行方不明になったという事件については耳にしていた。

 

 詳細は聞いてはいない。

 興味のある話ではないし、釘鈀もあまり気には留めていなかった。

 だが、考えてみれば、そもそも、宝玄仙が釘鈀の屋敷にやってきたとき、末皇子の細蔡君(さいさいくん)の伝手で屋敷を訪問してきたのだ。

 宝玄仙たちは細蔡君を『操り道術』を遣って言いなりにさせた気配だったが、まったくの見知らぬ関係という感じでもなかった。

 

 なぜ、細蔡君は宝玄仙と知り合いだったのだ……?

 そういえば、細蔡君は、つい最近、天神国の末王女と婚姻の話があった気がする。

 秘密にはなっているが、実際には、それは天神国の宮殿に入り込んだ悪意を持った亜人の道術が絡んでいて、それで破談になったと聞いている。

 そうだとすれば、そもそも、宝玄仙と細蔡君が知り合いになったのは、その事件が関わっているというのは十分に考えられる。

 当て推量だが可能性はあるだろう。

 

 宝玄仙は旅の女であり、陳嬌が沙那と孫空女を帝都に連れてきたときには、一行は南の地方都市にいたはずだ。

 陳嬌は、ふたりをその都市の営牢から連れてきたのだ。

 

 細蔡君が宝玄仙を伴って屋敷にふたりを追いかけてやってきたのは、その直後だった。

 だから、細蔡君は宝玄仙とその以前から顔見知りだったと考えるしかない。

 細蔡君は皇族の行事にはほとんど顔を出すこともない。

 従って、外国の賓客と接する機会は皆無だ。

 その細蔡君が帝国外の者と知り合いになる機会は、最近では、その天神国の一件のことしかないはずだ。

 

 これは調べてみる価値はありそうだ……。

 釘鈀は目を閉じている素蛾を抱きながら思った。

 そういえば、行方不明の天神国の王女の名も素蛾だった気もする……。

 そのとき、不意に馬車が急に停車した。

 

「どうした──?」

 

 釘鈀は叫んだ。

 窓の外を見た。

 相変わらず濃い霧のために視界はない。

 

「到着でございますよ、釘鈀皇子……ふふふ……」

 

 御者台と馬車の室内を繋ぐ小さな穴から、御者が顔を見せた。

 

「あっ──」

 

 釘鈀は叫んだ。

 顔を覗かせたのは、釘鈀の家人の御者ではない。

 それどころか人間でもない。真っ赤な肌の顔をしていて眉間に角がある。

 亜人だ──。

 釘鈀はびっくりした。

 

「お、お前は誰だ──? 俺の御者はどうした?」

 

 釘鈀は素蛾を揺り動かしながら叫んだ。

 素蛾は半分眠っていたような状態だったようだが、御者台から覗いている亜人の顔を見て、すべてを悟ったように、冷静な態度で釘鈀の身体から降りると、服を身に着け始めた。

 

 落ち着いている──。

 目の前に亜人がいるというこの異常事態に動じる様子がないのは、生来の育ちによるものではないか……?

 やはり、本当の王族……?

 釘鈀はふと思った。

 

「ひひひ……。俺の名は大角(おおづの)だ。あんたを誘拐せよと任務をもらっていてね。大人しく外に出な、皇子──。本物の御者も護衛の騎馬も、俺の術で振り切られてしまったよ。ここにいるのは、あんたとその奴隷童女だけさ──。最後までやらせてやったんだ。後は思い残すことはないだろう?」

 

 大角と名乗った亜人が言った。

 

「なんだって──?」

 

 釘鈀はびっくりして、馬車の扉を開いた。

 

「あっ──」

 

 口から悲鳴が迸った。

 馬車は景色の見えない深い霧の中に停車し、しかも、馬車を武装した亜人の一隊が囲んでいたのだ。

 その数は二十人はいるだろう。

 二十人どころか、相手がひとりでも武芸の心得えのない釘鈀ではかなわない。

 

 なにが起こったのかわからないのだが、いつの間にか帝都に亜人が侵入していて、それで釘鈀の馬車を怪しげな術で、この連中の待ち構えていた場所におびき寄せたようだ。

 つまりは、なにかの罠に嵌まったのだと思う。

 

 この深い霧はとても自然のものではない。

 おそらく、いま、釘鈀は連中の誰か……。多分、大角という亜人の作った道術による結界のような場所の内側にいると思う。

 釘鈀にはここから脱出するような道術も遣えない。

 万事休すだ──。

 

「さあ、降りてきな──。言っておくが、逃げようとしても無駄だぜ。ここは俺の作った結界の中だ──。お前がどんな道術の持ち主でも逃げられねえ……。まあ、そんな術の心得えのないことは下調べで承知しているがな……へへ……」

 

 御者台から降りてきた小角が扉の前にやってきて言った。

 ほかの亜人たちは、威嚇するように、馬車にじりじりと詰め寄ってくる。

 釘鈀は息を吐いた。

 

「わかった……。投降しよう──。だが、馬車の奴隷娘は関係ないだろう。それは、このおかしな場所から戻してやれ」

 

 釘鈀は言った。

 

「いいぜ──。俺が命じられているのはお前だけだ。大人しく馬車から出てくれば、奴隷娘には手はつけねえ──。だが、抵抗するようなら、見せしめのための目的でその童女を殺すぜ、色男」

 

 大角が言った。

 

「よかろう」

 

 釘鈀は馬車を降りようとした。

 

「待ってください──」

 

 そのとき、突然、馬車から顔出した素蛾が叫んだ。

 

「ほんの少しだけ──。少しだけ、殿下と別れをさせてください。お願いします、亜人様」

 

 素蛾が強い口調で言った。

 その毅然とした態度には、これがさっき釘鈀の股間の上でよがっていた同じ童女なのだろうかと、釘鈀も呆気にとられたくらいだ。

 

「別れ──?」

 

「はい──。ほんの少しだけです──。馬車の中でふたりきりに──」

 

 素蛾がきっぱりと言った。

 すると、大角が肩を竦めた。

 

「まあ、いいさ──。どうせ、逃げられねえしな──。だが、少しだけだ──。いまから、もう一度乳繰り合うなんて時間は渡せねえぞ」

 

「すぐに終わります」

 

 素蛾はそう言うと、釘鈀を馬車の中に引っ張り込んで扉を閉めた。

 

「なんなのだ、素蛾殿──? こうなってしまって残念だが、なんとか君だけは助けてあげたい。まあ、それも連中の慈悲にすがるしかないというのが情けないがな」

 

 釘鈀は自嘲気味に笑った。

 

「お願いします……。口づけを……」

 

 素蛾が釘鈀の耳元でささやいた。

 

「く、口づけ……? だが、君の口づけは……」

 

 釘鈀は困った。

 素蛾の唾液は強烈な媚薬だ。

 それを口にすれば、あっという間に釘鈀はおかしな気分になる。さすがに、この状況でそんな状態になるわけにはいかない。

 

「……お願いします。少しだけ……」

 

 だが、素蛾は真剣な表情だった。

 釘鈀は溜息をついた。

 

 まあいい……。

 釘鈀が正気だろうと、そうでなかろうと、結果には変化はないだろう。

 それよりも、口づけをねだるなど、やっと心を開いてくれたような素蛾の願いに応じたいと思った。

 釘鈀は素蛾を唇を重ねた。

 その瞬間、液体のようなものが口の中に流れ込んできた。

 最初は素蛾の唾液かと思ったが、そうじゃなかった。

 気がつくと、釘鈀の身体は完全に弛緩していた。釘鈀は座席に崩れ落ちていた。

 

「ごめんなさい、殿下……。万が一のときには使ってもいいと、ご主人様に痺れ薬をもらっていたんです……」

 

 素蛾はそう言って、もう一度釘鈀の口に吸いついた。

 すると、目の前の素蛾の姿が釘鈀そのものに変化した。

 服装まで一緒だ。

 

「あ……? か……?」

 

 釘鈀は喋ろうとしたが、舌も痺れて動けない……。

 その釘鈀を素蛾は座席の下に静かに落として、座椅子の下に押し込んだ。さらに後部座席から毛布を持ってきて釘鈀の身体を隠した。

 この馬車の中で素蛾を抱く気満々だったため、釘鈀は毛布を馬車の中に持ち込ませていたのだ。

 

「……半刻(約三十分)もすれば、痺れは解けると思います……。わたくしを助けようとしてくれたことに感謝します……。でも、どちらかが助かるなら、わたくしのような奴隷こそ犠牲になるべきだと思います……。どうか、朱姫姉さんとご主人様、そして、沙那様と孫様によろしくお伝えください、殿下……。これまでのことを感謝していると……」

 

 素蛾が毛布越しにささやいた。

 だが、その声は男の声だった。

 釘鈀自身の声なのだろう。

 声をあげようとしたが、どうしても声は出ない。

 相変わらず完全に身体は痺れている。

 釘鈀の姿になっている素蛾が立ちあがって、馬車の外に出ていく気配がした。

 

「待たせたな──。約束だ。俺は投降する──。だが、馬車の中には手をつけるな」

 

 扉が開いて、素蛾が釘鈀の声でそう叫ぶのが聞こえた。

 大角の笑い声がしたが、扉がばたんと閉じられたため、それで外の声はわからなくなった。

 

 あとは喧噪だけだ。

 しかし、しばらくすると、その喧噪も消えた。

 寂として何の音もなくなった。

 釘鈀は、馬車の中でひたすらに外に出ようと、動かない身体をもがかせ続けた。

 

 すると、馬車の外から、当たり前の帝都の城郭のざわつきが聞こえ始めた。

 そして、扉が勢いよく開いた。

 

「で、殿下?」

 

 大きな声がした。

 釘鈀はそれが護衛の部下の声であることがわかった。釘鈀は呻き声を出した。

 毛布がどけられた。

 

「おおっ、殿下──。ご無事で──。よかった──」

 

 その部下が、大きな安堵の声をあげた。



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747 裏切り者との再会

「ご主人様、お懐かしや……。ご主人様にもう一度会えるなんて夢のようです……。信じられません……。ほ、本当に……本当に……」

 

 いきなり闘技場にあがってきて、宝玄仙の足元にひれ伏した恵圭(えけい)は、感極まったように泣き出してしまった。

 沙那はびっくりした。

 

「えっ、知り合いなのかい、ご主人様?」

 

 孫空女も驚きの声をあげている。

 

「お、お前……」

 

 宝玄仙は押し黙ったまま眼を見開いている。

 しかし、その表情がだんだんと険しいものになっていくことに、沙那は気がついた。

 

「ご、ご主人様……。わ、わたしたちは、この恵圭には随分と世話になりました。素蛾が死んだ金箍皇子に犯されそうになった騒動のときも、孫空女が暴れて捕らわれそうになったんですけど、恵圭の機転で助かったんです」

 

 沙那は急いで言った。

 この恵圭と宝玄仙は知り合いのようであるが、宝玄仙の顔を見ていると、随分と怒っているようだから、とりあえず、なだめようと思ったのだ。

 

「なんだって──。なんだい、それは──? そんな騒ぎがあったなんて聞いてないよ──」

 

 すると、宝玄仙が喚いた。

 沙那は慌てて、素蛾を金箍(きんか)が襲った騒動のことと、それを防ごうとした孫空女が警備兵に捕えられそうになったこと、しかし、恵圭が金箍を宥めて事なきを得たことを話した。

 ついでに、沙那と孫空女がいろいろと恵圭に親切にしてもらったことも付け加えた。

 だが、宝玄仙は怒りだした。

 

「だいたい、お前たちは、昨日、恵圭に遭ったんだったら、なんですぐにわたしに報告しないんだい──? わたしがこの女を殺したいくらいに憎んでいるのを知らないのかい──?」

 

 いきなり、宝玄仙が沙那と孫空女に向かって怒鳴りあげた。

 

「そ、そんな……。どうして、わたしたちが、ご主人様と恵圭が知り合いだなんてわかるんですか……? それに、殺したいくらいに憎んでいるってなんですか……?」

 

「うるさいよ、沙那──。こいつがあの恵圭なら、こいつは、わたしの飼い猫のくせに、わたしという飼い主を鳴智(なち)と一緒に裏切って、闘勝仙にわたしを売り渡したんだよ──。結局、闘勝仙に騙されて魔域送りにされてしまったんだけど、よくも生きていたものだ……。まあ、それはいいとして、お前らだ──。なんで、報告しないんだ? 罰を与えてやるからね──」

 

 宝玄仙が怒鳴りあげた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……。ば、罰なんてひどいですよ……。わ、わたしたちは、恵圭のことなんて、なにも知らないですよ。ご主人様はそんなことは一度も……。そ、それに、昨夜はそんな暇なんてなかったじゃないですか……。戻ったら、すぐに陳嬌さんの調教をしろとか命じるし……」

 

「お前、口ごたえするのかい、沙那──? このところ、甘やかしていたから、すっかりと躾けを忘れたみたいだねえ。自分の立場を思い出させてやるよ。そこに正座しな、沙那。ただし、下半身はすっぽんぽんになってね……。お前もだ、孫空女──」

 

 宝玄仙が喚いた。

 沙那は絶句してしまった。

 

「な、なんで、下半身がすっぽんぽんなんだよ、ご主人様──? こ、こんなところで堪忍してよ──」

 

 孫空女が声をあげた。

 沙那は自分の顔が青くなるのを感じた。

 ここは闘技場の真ん中だ。

 闘技場に詰めかけていた観客は、近衛兵の誘導により、やっとあらかた外に出ていなくなったが、まだ、転がっている金箍や降妖君の遺骸、あるいは、死んだ護衛兵の処置なので、周囲はごった返している。

 それらを指図しているのは、近衛軍団長の劉旺(りゅうおう)という司令官と、たまたま闘技会を見物に来ていた玄海(げんかい)という宰相のようだ。

 そのふたりに面識があるわけではないが、この帝国の重鎮として、沙那は一応は顔と名を頭に入れていた。

 

 いずれにしても、まだ、大勢の近衛兵たちが近くをうろうろしているのだ。

 こんなところで、そんな恰好になるなど冗談じゃない。

 第一、理由も意味もわからない。

 まあ、宝玄仙にそんな理屈を求めても、無駄というのはわかっているが……。

 

「早く、脱がないかい、お前ら──。それとも、脱ぎたくなるようにしてやってもいいんだよ。そうだね……。どんな道術がいいかねえ……」

 

 すると、宝玄仙がにやにやし始めた。

 これは本当に駄目だと沙那は観念した。

 これ以上、ぐずぐずしていると、ただ裸になるだけで済まない。

 悪乗りしたときのこの女主人は、本当になにをするかわからないのだ。

 

「ぬ、脱ぐよ、ご主人様……」

 

 横の孫空女は、この宝玄仙の表情ですっかりとのまれてしまったようになり、下袴の紐を緩め始めた。

 沙那も観念して下袴を脱ぎ始める。

 

 幸いなことに、ここは闘技場の真ん中くらいであり、貴賓席側で忙しくしている劉旺以下の近衛兵と宰相の玄海たちとは離れている。

 こっちに注目などしていない。

 沙那と孫空女は、下袴と下着を脱ぐと、恵圭の横に正座になり、上着の裾を伸ばして股間を隠した。

 

「沙那姉さんと孫姉さんの下袴と下着は、あたしが預かりますね……。ふふふ……。貴賓席から闘技場の出入口までの通路の途中に待合室のようなところがあって、そこに釘鈀(ていは)皇子専用の部屋もあるんです。そこに運んどきますね」

 

 朱姫がくすくすと笑いながら、さっと沙那と孫空女の横から下袴と下着を取りあげた。

 

「ま、待ちなさいよ──。どこに持って行くのよ、お前──?」

 

 沙那は駆け去ろうとする朱姫に怒鳴りあげた。

 

「勝手に動くんじゃないよ、沙那──。これで許してやろうと言ってんじゃないか──。さっさと謝罪しな──」

 

 宝玄仙が威嚇するように一度地面を踏んづけた。

 沙那はびくりと身体を硬直させた。

 そのあいだに、朱姫は遠くに行ってしまった。

 絶対に、あとでとっちめてやろうと思った。

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女が小声でささやいた。

 孫空女に顔を向けると、孫空女が眼でなにかを訴えるような仕草をした。

 沙那は嘆息した。

 

 孫空女は、観念をして宝玄仙に一緒に頭をさげようと言っているのだ。

 なんで謝らないとならないのか……?

 どうしてこんな理不尽な罰を受けないとならないのか……?

 まったく沙那の理解の外なのだが、確かに孫空女のいうとおり、ここは頭をさげることが得策なのだろう。

 沙那は地面に手をついて頭を下げた。孫空女も同じようにしている。

 

「も、申し訳ありません」

 

「わ、悪かったよ、ご主人様」

 

 沙那と孫空女は言った。

 

「よし──。お前らのことはいい──。これで許す。立っていいよ」

 

 宝玄仙はそう言ったが、立っていいと言われても、脱いだ下袴と下着は、あの馬鹿朱姫がどこかに持っていった。

 沙那は上体はあげたが、脚はそのまま地面に座ったままでいた。

 

「さてと……。じゃあ、次はお前だね、恵圭……」

 

 宝玄仙が言った。

 その口調は急に穏やかなものになった。

 沙那にはそれにかえって不気味なものを感じた。

 

「は、はい──。ご、ご存分に処罰してください……。で、でも、その前に謝罪を……。許されることをしたとは思っていませんが、し、死ぬ前に謝ります。それで心置きなく死ぬことができます……」

 

 恵圭が土下座をしたまま言った。

 

「へえ、死ぬってかい? まあ、お前に闘勝仙に売り渡されたおかげで、二年も惨めな目に遇った挙げ句に、こんな異郷くんだりを旅することになったんだけどね……。まあ、それはいいけど、お前がわたしを売り渡した闘勝仙がどうなったか、知っているかい?」

 

「えっ……、いえ……」

 

「わたしの道術で操って自分の睾丸を引き千切って食わしてやったよ……。その姿を帝都中に晒してね……。そうやって殺したんだ。腰巾着どもも同じような目に遭わせて殺した。お前と一緒にわたしを裏切った鳴智はまだ捕えてないけど、どうやら魔域にいるみたいなんで、そのうち、捕まえて相応の仕打ちをするつもりさ」

 

「ええっ、な、鳴智も魔域に──?」

 

 恵圭が布に隠れた顔をあげて声をあげた。

 

「……鳴智のことはいいんだよ。それよりも、お前が恵圭なら、わたしに対する謝罪の仕方を間違ってんじゃないのかい? わたしに謝罪するときには、どんな格好をするんだい? お前の後輩がどんな格好をして謝ったのか、両隣を見てみな」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、恵圭は弾かれたように身体を起きあがらせて、その場で灰色の粗末な貫頭衣を脱いだ。

 貫頭衣の下はまったくの素裸だった。

 恵圭の完全な全裸姿は初めて見たが、全身には惨たらしい古傷もあり、また、手足は若いのに乳房や下腹部の付近は、まるで老婆のように衰えた肌をしている。

 それだけで、恵圭がいままでどんなつらい目に遭ったのかわかる気もした。

 素裸になった恵圭は、またさっきのような土下座の姿勢に戻った。

 

「まだ、その顔を隠している布があるじゃないかい、恵圭? 全裸になれと言われたら、すっかりと取らないかい──。まだ、わたしは、お前の顔も見ていないんだよ。本当にあの恵圭かどうか、確かめられないじゃないかい──。恵圭の名を騙っている偽者なんてことがあり得るわけはないけど、なにが起きるかわかりもしないしね。顔を見せな──」

 

「こ、これは……。あまりにも醜いものなので、かえってご主人様には失礼かと思って、失礼を承知で顔を隠しておりました……。わかりました。取ります……。どうか、ご主人様を裏切った女のなれの果てをご覧ください」

 

 恵圭が顔をあげて、さっと顔の布を外した。

 さすがに宝玄仙は、小さな声をあげた。

 沙那と孫空女は昨日接しているが、恵圭の顔はとても人間の顔とは思えないような醜いものだ。

 鼻は欠け落ち、本来は鼻があるべき場所には小さな穴がふたつあるだけだ。

 また、顔の肌全体がどす黒く、気味の悪い吹き出物やその痕が顔全体を覆っている。

 身体も痩せているが顔はもっとひどいのだ。

 本当に老婆のように皺が多くて、ほんの少しの肌の張りもない。

 だが、宝玄仙が闘勝仙の罠にかかったときに、宝玄仙の愛人のひとりだったとすれば、どう考えてもまだまだ若いはずだ。

 しかし、顔の布も服もなにもかも脱いだ恵圭の顔と身体は、老婆としか思えないものだ。

 

「……それは病気かい、恵圭……?」

 

 宝玄仙は、かなり長い時間、恵圭の顔を凝視していたが、やがてぽつりと言った。

 

「は、はい……。魔域にある娼館で病気になり死にかけました。命は取り留めましたが、このように醜い姿になったために捨てられたのです……。それでこの西方帝国に流れてきました……。それでも、もう内臓はぼろぼろで死にかけていたのだと思います……。そして、国境沿いの人間族と亜人族が共存して生きている城郭で、土族の医師に治療を受けて、なんとか健康だけは戻せました……。それから、さらに流れて、いまに至っています……。ここで闘士相手の奉仕女という口専門の娼婦をしているのです」

 

 恵圭が言った。

 

「土族だって──?」

 

 しかし、急に孫空女が横から口を挟んだ。

 沙那は、少し前に三魔王に全員が捕らわれているとき、孫空女が玉斧という土族の男と関わりがあったことを思い出した。

 

「……う、うん……。そこには人間族とさまざまな亜人族の集落がそれぞれにたくさんあるのよ、孫空女……。あたしは、そこで土族の老人の医師に助けられたんだけど……」

 

 恵圭は孫空女の大きな声に戸惑ったように、そう言った。

 

「まあ、その話は後だよ、孫空女……。とにかく、苦労したというのはわかったよ。だけど、それでわたしの罰を免れるわけじゃないよ。わかっているだろうね、恵圭……」

 

「もちろんです、ご主人様……。ご主人様に謝罪できないまま死ぬことだけが、この世の心残りでした。もう、なにも思い残すことはありません。殺してください……。本望です。それと、あたしが“ご主人様”と呼んでも怒らなかったことに感謝します」

 

 そして、恵圭は、耐えていたものが堰を切ってしまったように、その場でわんわんと号泣し始めた。

 

「いい覚悟だよ──。だけど、簡単には殺しはしないよ。苦しむだけ苦しんでから死ぬのだと思いな──。その場にうつ伏せになりな。手足を大きく伸ばしな。そして、どんな目に遭ってもぴくりとも動くんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は言った。

 恵圭は言われたとおりの格好になった。

 

「ご、ご主人様……?」

「あ、あのう……」

 

 孫空女と沙那はほぼ同時に声を出していた。

 この宝玄仙は、本当に目の前の恵圭を殺すつもりなのだろうか……?

 

「口を出すんじゃないよ、ふたりとも──。じゃあ、恵圭、いくよ──」

 

 宝玄仙がそう言って、地面に手足を拡げてうつ伏せになっている恵圭の背中に指を伸ばす仕草をした。

 

「ひぎゃああああ──」

 

 次の瞬間、恵圭の口から絶叫が迸った。

 恵圭の背中はまるで炎に炙られたかのように真っ赤になった。

 沙那は驚愕した。

 

「動くなって言っているだろう、恵圭──。沙那、孫空女、恵圭の手足を押さえてな──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 沙那は孫空女とともに慌てて恵圭の身体に飛びついた。

 だが、沙那には宝玄仙が恵圭になにをしようとしているのかがわかった。

 全体が真っ赤だった恵圭の背中に蔓が走るような紋様が浮きあがり始めたのだ。

 

「ひぐううう──がああああ──ぐうううう──」

 

 恵圭は歯を喰い縛りながらも、狂気のような悲鳴をあげた。

 それでも、懸命に耐えて、必死に身体を動かさないようにしている。

 

「まだまだだよ──。もっと、苦しみな、恵圭──。苦しんで、苦しんで死ぬんだ。このわたしに殺されるなら本望と言ったんだから、このくらい仕打ちはなんでもないだろう?」

 

 宝玄仙が揶揄するように言った。

 背中の模様が真っ赤になる。背中全体の赤がその紋様の線に集まるようになっていくのだ。

 いまや、耐えられなくなって恵圭はかなりの強い力で暴れ出そうとしていた。

 だが、沙那と孫空女は必死になってその身体を押さえた。

 やがて、恵圭の身体の真っ赤な線の模様が、赤色から朱色に近いものになってきた。

 それとともに、恵圭の態度も少しずつ落ち着いたものになっていく。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 恵圭がやっと息をし始めた。

 これまで、あまりの苦痛で息を吸うこともできなかったに違いない。

 沙那もそうだったのだ……。

 

 宝玄仙が恵圭の身体に刻み込んだのは『道術紋』だ。

 恵圭は、霊気を帯びていない純粋な人間族なのだろう。

 だから、恵圭の身体を治療したくても、宝玄仙の霊気を受けつけない。

 そのために、宝玄仙は恵圭の身体にまずは道術紋を刻んで、霊気を受け入れる身体にしているのだ。

 ただ、道術紋を刻むと、宝玄仙の『治療術』を受けつけることができるようになる代わりに、身体の成長が停止して老化しなくなるとともに、子供を産めなくなるという作用もある。

 

 しかし、それはいまの恵圭には問題はないだろう。

 いまは、もう恵圭は落ち着いてきている。

 その恵圭の背中は朱色の紋様が浮きあがっているほかは、だんだんと若い女そのものの瑞々しい肌に変化していっている。

 顔は伏せているから変化はわからないが、髪の毛は見事な艶を帯びてきた。

 背中の紋様も、個人差はあるが、いまは少し目立つが半年もすれば、まったくわからなくなる。

 素蛾など、ついこのあいだに『道術紋』を受け入れたばかりなのに、すでに凝視しなければわからないくらいに、肌に同化している。

 

「終わったよ、恵圭──。顔をあげな」

 

 宝玄仙がほっとしたように言った。

 恵圭がまだ荒い息をしながら身体を起こした。

 

「うわっ──」

 

 孫空女が大きな声をあげた。

 沙那も目を見張った。

 恵圭の顔はすっかりと整ったものに変わり、さっきの醜さの片鱗もなくなった。

 鼻も肌もなにもかも治療されて、可愛らしい二十すぎの女性の顔がそこにあった。

 まだ顔や身体の変化が飲み込めていないようだが、恵圭は自分の身体の変化が少しは感じるのか、当惑した顔をしている。

 

「ご主人様──」

 

 そのとき、朱姫の大きな声がした。

 ふと顔をあげると、朱姫が駆けてきている。

 その横には、第二皇子の釘鈀とその護衛らしい騎士が数名いる。

 それがこっちに走ってくる。

 

「しゅ、朱姫──。つ、連れてこないでよ──。それよりも、下袴を持ってきなさいよ──」

 

 沙那は必死で上衣の裾で股間を隠しながら怒鳴った。

 

「……そんな場合じゃありませんよ、沙那姉さん──。ご主人様、素蛾が……」

 

 朱姫が血相変えた様子で宝玄仙に言った。

 

「宝玄仙殿──。申し訳ない──」

 

 すると、朱姫と一緒にやってきた釘鈀皇子が、突然にその場で頭をさげた。

 沙那は呆気にとられた。

 

 

 

 

(第113話『亜人族たちの陰謀』終わり、第114話『妖魔城の虜囚』に続く)



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 第114話 妖魔城の虜囚【九霊聖女(くれいせいじょ)Ⅱ】
748 女魔王の激怒


「馬鹿垂れが──。よりにもよって、皇子の釘鈀(ていは)の代わりに、宝玄仙ところの奴隷娘を連れてきただってえ──? それじゃあ、捕えられている黄獅(おうし)との人質交換も不可能じゃないかい──。帝国のどいつが、旅の女の奴隷娘と交換に、皇帝を襲った大逆者の亜人を釈放するんだよ」

 

 大角の頬を怒り狂った九霊聖女(くれいせいじょ)の拳が殴りつけた。

 まったくの容赦のない一撃だ。

 大角の意識は一発で吹っ飛びかけた。

 視界が揺らいで崩れかけたが、大角は辛うじて脚を踏ん張って耐えた。

 しかし、その股間の急所に九霊聖女の凄まじい蹴りが食い込んだ。

 

「はがあああ──」

 

 大角は今度こそ、床に倒れてのたうちまわった。

 あまりの激痛に一瞬視界が消滅して、再び明るくなった。

 もしかしたら、ほんの少しだけ気絶したのかもしれない。

 そんな感じだった。

 

「この馬鹿垂れが──」

 

 ひざまずいた体勢で手で押さえていた股間を、手の甲越しに再び九霊聖女の蹴りが食い込んだ。今度は背中側からだ。

 

「ほごおお──お、お許しを──」

 

 大角は今度はのたうつこともできずに、その場で悲鳴をあげた。

 九霊聖女の居城である連環(れんかん)城だ。

 そして、その連環城の謁見の間だった。

 

 左右には九霊聖女に仕える重鎮が居並んでいるが、大角はその目の前で、容赦のない九霊聖女の怒りを受けていた。

 もちろん、謁見の間に集まった者の中に、九霊聖女を諌めて大角を助けてくれる者がいるはずもない。

 ついこのあいだまでは、南山大王の居城だったこの連環城は、西方帝国と呼ばれる人間族の国の北辺に接する最初の亜人王の勢力地の中心だ。

 魔域と呼ばれる大地から強い霊気を発散している広大な地域は、人間族を寄せつけない亜人の生息地域である。

 その魔域は、強大な霊気を持った亜人王──すなわち、十人程度の魔王が自分の霊気の影響を及ぼすことができる範囲を勢力地として、そこに住む亜人の住民を従えている。

 その中で、この連環城を中心とする人間族の帝国の北辺と接する地域が、九霊聖女の支配域だ。

 

 それにしても、いつにない激しい九霊聖女の怒りだ。

 敵には容赦はないが、部下には優しいと称されている九霊聖女が、これほどの折檻を部下にすることは、いままでなかったと思う。

 その最初の折檻の対象が、自分なのだと思うと、大角も情けなくなるが……。

 

 だが、九霊聖女が怒るのも当然なのだ。

 降妖君(こんようくん)という人間族の皇子を利用して、人間族の帝国を九霊聖女の傀儡国家にしてしまおうと目論んでいた九霊聖女は、その帝国の皇帝がやってくることになっている闘技会に部下を多数侵入させて、人間族の皇帝の暗殺を試みた。

 そして、その場で、皇帝と降妖君を殺害して、九霊聖女の奴隷の刻印を打ちこんだ人間の皇子に、皇帝を継がせようとしたのだ。

 

 人間族の皇帝を殺した後の傀儡皇帝の候補はふたりであり、ひとりが第一皇子の金箍(きんか)で、もうひとりが第二皇子の釘鈀だ。

 金箍については、九霊聖女の部下でもある避寒子(ひかんこ)避暑子(ひしょこ)というふたりの女淫魔が奴隷の刻印を受け入れさせることに成功していた。

 大角が命じられたのは、第二皇子の釘鈀の工作であり、釘鈀が闘技場に向かう途中で誘拐し、この連環城で拷問して奴隷の刻印を受け入れさせ、そして、何食わぬ顔で戻らせて、暗殺していなくなるはずだった人間族の溥儀雷(ふぎらい)帝に、場合によってとって代わらせる予定だったのだ。

 

 ところが、大角は失敗した。

 御者に変身して釘鈀を乗せた馬車を操縦して道術の罠に誘い込んで、護衛と引き離すまではよかったが、一緒に乗っていた奴隷娘に騙されて、本物の釘鈀の代わりに、その釘鈀に変身した奴隷娘を連れてきてしまったのだ。

 大角はこの連環城に戻ってから、そのことに気がついた。

 その奴隷娘の使った『変身の指輪』が、帝都から遠く離れることで効果を失い、釘鈀の姿から童女の姿に戻ったのだ。

 

 だが、もう遅い。

 慌てて、取って返そうとしたが、人間族の帝都はすでに厳戒態勢であり、道術をもってしても、もう亜人族の再侵入は不可能の状況になっていた。

 亜人の侵入を防ぐ城壁の警告具がすべて刷新されて、既存の術では入り込めなくなっていたのだ。

 

 仕方なく、九霊聖女にそのことを報告するために、謁見の間にやってきて、こうやって、罵倒とともに顔面を殴られ、股間を蹴りあげられたということだ。

 しかも、ここにやってきてわかったのだが、九霊聖女の怒りは、大角だけのことではなかった。

 闘技場においても、思惑とは異なり、皇帝には瀕死の傷は負わせたものの殺害には至らず、刻印を打ちこんで人形にするつもりだった金箍は死なせてしまう羽目になったようだ。

 さらに、九霊聖女の一番のお気に入りの部下である黄獅姫(おうしき)を敵に捕らわれてしまったらしい。

 そのこともあり、九霊聖女はその憤りのすべてを大角にぶつけているのだろう。

 

「立ちな、大角──」

 

 床に股間を押さえて呻いていた大角に、九霊聖女の酷薄そうな声が振りかかった。

 大角は顔をあげた。

 そこにはこれまでに見たこともないような怒りを浮かべている九霊聖女の顔があった。

 大角は戦慄した。

 

「お、お許しを……。ど、どうか、汚名挽回の機会を……」

 

 大角はそれだけを言った。

 

「いいから立つんだよ──」

 

 九霊聖女に怒鳴りあげられて、大角は懸命に立ちあがった。

 蹴られた睾丸の激痛で、まだ息もできないほどだった。

 

「手を頭の上に乗せな」

 

 九霊聖女が言った。

 仕方なくその通りにすると、九霊聖女の膝が大角の急所に喰い込んだ。

 

「ぐえええ──」

 

 大角が前のめりに倒れかかるのを、九霊聖女が大角の股倉を鷲づかみにして引きあげた。

 

「ひぐううっ」

 

 睾丸を下袴越しに掴んでいる九霊聖女の手に力がこもった。

 あまりの苦痛に大角は再び意識が遠のいた。

 

「……いいかい、お前のここは、しばらくお前に貸しておいてやる……。お前はもう一度、人間族の帝国に行け。霊気を帯びたままだと、連中の警戒に引っ掛かるから、完全に霊気を消してから侵入するんだ。そうしたら、同じように霊気を消滅させて潜入したままの軍鶏猫(しゃもねこ)力獅子(りきじし)がいる。そのふたりも、いまは人間族に身をやつしている。三人で協力して黄獅姫を連れ戻しておいで……。どんな手段を使ってもいい。それができなければ、戻ってくるんじゃない……。もしも、失敗すれば、本当にお前のここは、わたしのこの手で握りつぶしてやるからね……」

 

 九霊聖女がそう言って、力の限り大角の股間を握った。

 大角はあまりの激痛に、絶叫とともに意識を飛ばしてしまった。

 

 

 *

 

 

「こいつを廊下に放り出しな──。気絶から目覚めたら、大角の霊気を完全に抜いて、人間族の帝都の前まで『移動術』で送るんだ。いいね──。霊気が残っていると、連中の警戒具に探知されるから、完全に霊気を抜くんだよ」

 

 九霊聖女は口から泡を吹き、完全に白目を剥いた大角を床に投げると、居並ぶ部下の中から適当な者を選んで必要な指示を与えた。

 その部下は、衛兵を呼んで大角の身体を謁見の外に運ばせて、一緒に出いていった。

 憤怒の収まらない九霊聖女は、あまりの興奮に肩で息をしながら玉座に戻った。

 

 しかし、玉座に座ったところで、九霊聖女は少し冷静になり、それで、自分がいま大角に対して酷いことをやってしまったということに気がついた。

 おそらく、いま、九霊聖女は、黄獅姫が捕らわれたことに気がつかないまま、あの闘技場から全員を退却させてしまった自分の失敗を大角にぶつけたと思う。

 八つ当たりしたのだ。

 そんなことは、女魔王としてすべきじゃなかった。

 急に反省と後悔の心が沸き起こった。

 大角に与えた任務を変更するつもりはないが、少し埋め合わせをしておこう……。

 九霊聖女は立ちあがった。

 

 しかし、数歩歩いたところで、ふと思い出して部下のひとりを振り返った。

 

寓天(ぐうてん)──。お前に預けた例の奴隷童女はどうしている?」

 

 寓天は普通の両腕のほかに、鞭状の二本の腕を持つという虫型の女亜人だ。

 少し前まで、獅駝嶺(しだれい)に巣食っていた三魔王のうちの青獅子という魔王のところにいたのだが、その青獅子が人間族に殺されてしまったために、九霊聖女を頼ってこの連環城にやってきていた。

 さっきの大角をはじめとして、多くの部下が、本来は南山大王に忠誠を誓っていた者であるのに対して、寓天は南山大王の部下だったことがない純粋な九霊聖女の部下である。

 能力は未知数だが、九霊聖女を裏切らないという点では信用していた。

 ほかには行くところがないはずだし、少なくとも南山大王に仕えたことはない。

 九霊聖女への忠誠の証に、あっさりと『奴隷の刻印』も受け入れた。

 

 それに比べれば、ほかの部下については、いまは南山大王が九霊聖女によって封印されて隠されている状態のために、九霊聖女を女魔王と認めて忠誠を誓っているが、それは非常に不安定なものだ。

 なにしろ、ほとんどの者が南山大王への忠誠の証に、なんらかの支配道術を受け入れたままなのだ。

 

 いまは南山大王そのものを封印することで、南山大王の元部下たちに対する南山大王の支配道術も無効の状態であるものの、もしも、南山大王が復活して表に出れば、その支配道術の効果も復活し、九霊聖女に対する彼らの忠誠は瞬時に消えてしまう。

 

 数箇月前まで、九霊聖女は南山大王に次ぐ、この連還城の副魔王の地位にあった。

 さすがに、親族である九霊聖女にまで南山大王は、支配道術はかけてはいない。

 あれはなんらかのかたちで、正常な判断力や的確な思考を阻害することがある。

 従って、南山大王も九霊聖女にはそれをしなかったのだ。

 

 だから、九霊聖女は、南山大王が金角の弔い合戦だと称して、あの牛魔王と戦端を開こうとしたとき、黄獅姫のように、南山大王の支配を受け入れていない者と結託して、南山大王を道術で封印することができた。

 封印は、南山大王の部下に対する支配道術を停止させる効果もあり、それで九霊聖女は、南山大王の支配から脱した部下に、九霊聖女に従うことを要求したのだ。

 

 力のない魔王が誰かに破れれば、その魔王を見限って、力のをある者に従う──。

 それは、魔域では悪徳ではなく常識だ。

 

 南山大王の部下だった者は、九霊聖女の支配を認めた。

 そうやって、九霊聖女はこの連還城と旧南山大王域の支配者になった。

 だが、九霊聖女は、自分の得た支配が砂塵の楼閣の上にあるということは十分に承知していた。

 本当は新しい魔王が支配するということは、新魔王が旧魔王を霊気で上回るということだから、その部下に対する支配道術も書き換えてしまうのが普通だ。

 

 しかし、単に油断している南山大王を封印しただけの九霊聖女にはその力がない。

 まともにやり合えば、自分が南山大王にかなわないということは、九霊聖女も十分にわかっている。

 数箇月前に、九霊聖女が南山大王という伯父を出し抜いて、その姿を封印することに成功したのは、なによりも、南山大王が姪であり副魔王だった九霊聖女が裏切るとは思っておらず油断したからだ。

 また、南山大王の支配から脱した部下が九霊聖女に応じたのは、彼らのかなりの者が牛魔王という目前の脅威を恐れたからである。

 

 万が一、南山大王が九霊聖女の監禁から抜け出し、さらに南山大王の霊気の封印が解けてしまえば、その瞬間に、ほとんどの部下の南山大王からの支配道術が有効になり、九霊聖女は部下に見捨てられて、南山大王の虜囚に落ちるのは間違いない。

 そうならないためには、いっそのこと南山大王を殺してしまえばよかった。

 南山大王を殺せば、南山大王と部下の支配道術は消滅する。

 消滅したならば、今度は九霊聖女は南山大王の霊気を上回らなくても、部下たちに九霊聖女の支配道術を受け入れさせることができたはずだ。

 

 だが、九霊聖女には南山大王を殺してしまうまでの冷酷さを抱くことができなかった。

 親族を殺害するという行為を躊躇った。

 殺す理由のない者を残酷に殺す気になれなかったのだ。

 その結果、黄獅姫が人間族の手に落ち、場合によっては九霊聖女が苦境に陥る可能性が出てきてしまった。

 改めて自分の甘さを認識した。

 

 まあいい……。

 いずれにしても、奴隷童女のことだ。

 あの娘は人間族の娘のようだが、あんな小娘でも宝玄仙の奴隷のひとりだ。

 宝玄仙という驚異に対して、なんらかの道具として使えるだろう。

 

「霊気で宙吊りにしております。特に、なにもしておりません」

 

 九霊聖女の問いに寓天が答えた。

 

「あれは、すでに宝玄仙の支配道術を受け入れているのか、寓天?」

 

「その形跡はありません、陛下」

 

 寓天は言った。

 九霊聖女はほっとした。

 ならば、あの童女奴隷が自分の意思で刻印を受け入れれば、あの奴隷は九霊聖女の支配下に陥る。

 もしも、宝玄仙の支配を受け入れていれば、九霊聖女にはとてもじゃないが、その道術を打ち消せない。

 

「ならば、わたしを主人とする奴隷の刻印をあの奴隷に打ち込め──。拷問をして宝玄仙を見限らせるのだ。我々の操る道具にしてしまえ。ただし、刻印は目立たぬところに刻めよ。場合によっては、宝玄仙を殺す武器として使うかもしれんからな。猛毒のついた針を忍ばせて宝玄仙に近づけさせるとか……。ともかく、道具にしてしまえばいくらでも使い道もある──」

 

「承知しました」

 

「言っておくが、たかが童女と思って侮るな。あれでもあの宝玄仙の供のひとりだ……。そして、あの奴隷童女を屈伏させて、奴隷の刻印を刻むというのは重要な任務だ」

 

「それもわかりました。舐めません──。力を尽くします」

 

 寓天が静かに言った。



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749 囚われの童女姫

 素蛾の目の前にやってきたのは女の亜人だった。

 亜人というよりは妖魔だろう。

 その人物は女には間違いなかったが、両腕のほかに体側から二本の節のある別の腕が生えていた。

 顔をはじめとした肌の色は黒で眼は大きくて鼻がない。

 

 人間族ではない霊気に依存する人間型の種族を総称して「亜人」と呼ぶのだが、その中でも人間の姿とかけ離れた姿の者をさらに「妖魔」と区別することがある。

 宝玄仙たちの故郷の東方帝国では、こっちで「亜人」という言葉の変わりに「妖魔」という用語を使うらしいが、いずれにしても、「妖魔」とは蔑称であり、差別用語だ。

 

 目の前の女は人間というよりは巨大な二歩足の黒い虫である。

 額には触覚もあり、身体に密着した服は硬そうな身体を覆っている膜に思えた。

 人間離れしている点では、まさに「妖魔」だ。

 その女妖魔が、宙に浮かんで動けない素蛾の前に立った。

 

 素蛾は服を着ていない。

 この亜人の城のような場所に連れてこられてすぐに衣服を剥がされたのだ。

 それだけでなく、指に嵌めていた変身の霊具である指輪も取られた。

 もっとも、変身の霊具は、亜人の『移動術』でここにやってくると、すぐに効果を失って、素蛾は釘鈀の姿から元の姿に戻ってしまっていた。

 宝玄仙からは、素蛾に与えた霊具は、宝玄仙の霊気に依存する霊具であり、宝玄仙から十里(約十キロ)以上離れると、効果がなくなると教えられていた。

 だから、つまり、ここは少なくとも宝玄仙たちのいる帝都から十里(約十キロ)以上は離隔しているということだ。

 

 おそらく、ここは魔域だ。

 だから、周りにいるのが亜人だらけなのであろうし、非人間型の亜人も闊歩しているのだと思う。

 西方帝国は周辺国の中でも、もっとも亜人に寛容な国であるが、それは人間型に限られる。非人間型の、いわゆる「妖魔」には、存在を許していない。

 だから、ここはすでに魔域なのだと思う。

 

 魔域の中にある亜人の宮殿──。

 ここはそんな感じだった。

 

 素蛾はこの宮殿のような場所の廊下を歩かされ、窓のない石畳のこの部屋に連れてこられた。

 そして、数名の亜人兵に身に着けているものをすべて奪われたのだ。

 裸にされた素蛾の身体は、ふわりと浮きあがって、手足を大きく広げた状態で固定された。

 そして、亜人兵も出ていき、素蛾はまるで見えない拘束具で四肢を引っ張られたように身体の自由を失い、それから、忘れられたように放置されていた。

 おそらく、それから数刻がすぎたと思う。

 やっと現れたのが、この黒い女だ。

 そのとき、目の前の黒い女の亜人の鞭のような体側から出た腕が動いた気がした。

 

「ふうううっ」

 

 次の瞬間、素蛾は悲鳴をあげて背を反らせていた。

 皮膚を裂かれるような衝撃が腹と胸を襲ったのだ。

 あの胴体から出た鞭で身体を叩かれたのだと気がついたのは、黒い女の鞭状の腕が元に戻ってからだ。

 

「あはあっ、はあっ、はあっ、はあ……」

 

 たったの一発だが、容赦のない鞭は、素蛾の全身に痺れるような感覚を残していた。

 痛みの疼きが、身体の前面に残って離れていかない。

 

「あたしは、寓天(ぐうてん)だ」

 

 女はそれだけを言った。

 驚いたことに寓天は、右腕で胴体から出た鞭状の腕の根元を掴んで抜くと、素蛾の後ろ側めがけて放り投げた。

 寓天の投げた鞭の腕の片割れが素蛾の視界から消える。

 すると、今度は背中側から鞭が浴びせられた。

 

「きゃあああ──」

 

 素蛾は激痛に悲鳴をあげた。さっき、後方に投げられた鞭だと思う。

 どうやら、この寓天という妖魔は、投げ捨てた鞭状の腕を自在に操れるようだ。

 新たな痛みに呻く素蛾の前で、また、寓天が腕の鞭を抜いて投げた。

 今度、寓天が投げたのは宙に浮かんでいる素蛾の右横だった。

 一方で、さっき腕を抜いた場所にも、たったいま腕を抜いた場所にも瞬時に別の腕が現れている。

 横の鞭が素蛾の開いている二本の太腿を襲った。

 ほぼ同時に尻たぶにも後ろから鞭が打たれた。

 

「ひぐうう──」

 

 素蛾は絶叫して、身体をのけ反らせた。

 寓天がさらに鞭を千切って増やして、素蛾の反対側の横にも切断された鞭がやってきた。

 

 前後左右からの鞭の嵐が始まった。

 素蛾は空中で悲鳴とともに踊り続けた。

 寓天はそれからしばらく、なにも言わずに鞭を素蛾の裸身に打ち込み続けた。

 

 前後左右の五本の鞭が代わる代わるに素蛾に打ち込まれる。

 素蛾は悲鳴をあげ続けた。

 まるで鞭による痛みそのものを身体の芯に掏りこまれている感じだ。

 

 素蛾は絶叫し続けた。

 鞭の雨は激痛であり、不快な苦痛だった。

 一発の鞭が肌に喰い込むと、思わず息を止めるのだが、すぐに息を吐く瞬間がある。そこをめがけて別の鞭が襲いかかる。

 打たれる場所は胸だったり、背中だったり、脇腹だったり、左右の腿だったりと常に変わった。

 まるで素蛾が考えていることがわかるかのように、素蛾が鞭を当てられる場所を予想して備えると、絶対にほかの場所に打ち込まれる。

 

「……はがああ──も、もう許して──許してください──」

 

 素蛾は叫んだ。

 いつの間にか、素蛾は泣き声をあげていた。

 

「やっと、泣いたね──。やはり、見かけによらないね。さすがにあの孫空女の仲間だけあるよ……。結構、しぶとそうだ……。それだけに、やっぱり本気でかからないとならないようだね」

 

 寓天が笑った気がした。

 孫空女を知ってる?

 

「ひがああああ」

 

 ふと思ったが、素蛾の思考は、すぐに再開された鞭打ちによって中断された。

 またもや、息をすることも許さないような連続の鞭打ちだ。

 そして、しばらくしてから、前側から寓天の胴体から出ている左右の鞭が正確に素蛾の左右に乳首を叩いた。

 

「はぎゃあああ──」

 

 素蛾は絶叫した。

 跳ねあがった素蛾の股間に今度は股の後ろから鞭が股間の亀裂に喰い込んだ。

 頭の中が灼熱の炎に焼かれたような衝撃が襲った。

 素蛾は失禁とともに、自分の身体から完全に力が抜けるのがわかった。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きるんだよ」

 

 顔のすぐ近くを鞭で叩かれて、素蛾は眼が覚めた。

 いつの間にか、自分が気絶していたのだと悟った。

 顔の前に、素蛾がしてしまった尿の水溜まりがあった。

 

「道術で宙吊りにするのはやめだよ。次は脚からぶら下げてやるよ。そっちの方が効果があるからね」

 

 声がした。

 一瞬、どういう状況なのかわからなかったが、自分が亜人の宮殿にさらわれて、寓天と名乗る鞭を身体に生やした女から拷問を受けいていたということを思い出した。

 素蛾ははっとした。

 両手首が束ねられて縄が食い込んでいる。

 その縄尻は一尺(約三十センチ)ほどの長さで床にある金具に結ばれていた。

 そして、鎖の音がした。

 鎖がついているのは、いつの間にか嵌められている両足首の革枷だ。

 その左右の足首の革枷に鎖がかかっていて、天井の滑車にその二本の鎖が引きあげられている。

 

「覚悟はいいね。床とはお別れだよ」

 

 寓天が感情のない声で言った。

 やがて、頭が完全に宙に浮き、両手首と床を繋げた縄が真っ直ぐに伸びたところで鎖の引きあげが終わった。

 

「う、うう……」

 

 素蛾は両脚を引きあげられて、逆さ吊りにされる苦痛に思わず呻き声をあげた。

 

「……お前に要求するのはひとつだよ。あたしら亜人の奴隷になることを承知しな。そうすれば、刻印がお前の身体に刻まれる。それで終わりだよ。その後は、なにも苦しいことはしないと誓ってあげるわ」

 

 寓天は言った。

 素蛾ははっとした。

 奴隷の刻印というのは知っている。

 人間族や亜人族を奴隷化するときに使う道術だ。

 それを刻まれれば、「主人」と認めた者の完全な人形になり、一切の自由を奪われることになるという操り術のはずだ。

 ただし、刻印は本人の意思に反して刻むことはできない。

 必ず、刻印を受けることを奴隷側の本人自身が承知する必要がある。

 

「……わ、わたくしは、宝玄仙様の奴隷で……」

 

 素蛾は奴隷になれない理由を説明しようとした。

 だが、寓天が素蛾の顔の下の床に香のようなものが炊かれている香炉を置いた。

 そこから流れる煙が素蛾の鼻を突いた。

 次の瞬間、素蛾の身体はかっと熱くなるとともに、頭が朦朧としてきた。

 素蛾はびっくりして香の煙から顔をどかそうとしたが、上下に鎖と縄で固定されていては避けようがない。

 素蛾の全身を麻痺させる香が素蛾の身体に吸い込まれされる。

 

「や、やめてください──。こ、これはやめて──」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 この煙を吸っていると頭がぼんやりとして、ものが考えられなくなる気がしたのだ。

 そんなことになれば、もしかしたら、ついうっかりと奴隷の刻印のことを承諾するかもしれない。

 間違いなく、この頭の下の煙はそういう効果のあるものだ。

 素蛾は焦った。

 

「……どうやら、この香の怖さがわかったようだね……。これは、強い媚薬の香でもあるんだけど、知性を麻痺させて、なんでも言いなりにするという効果の煙でね……。これで手っ取り早く、お前を陥させてもらうよ……。さっきの鞭打ちでわかったけど、お前はかなり頑固でしぶとそうさ……。大人になっていないような少女と甘く見れば、いつまで経っても、お前は堕ちない気がするよ……。だけど、これなら別だ。どんな気の強い人間でも簡単に陥せる。なにしろ、心の抵抗力そのものを麻痺させる効果のある媚薬だからね」

 

 寓天が言った。

 そのあいだにも、煙はどんどんと身体の中に入っていく。

 息をしないことは不可能だ。香の道術は確実に素蛾を侵していっている。

 素蛾はだんだんとなにも考えられなくなる……。

 確かに、この香の煙はまともな判断力を奪ってしまうと思った。

 

 このままでは、おそらく素蛾は、ほとんど無意識のまま、誘導されるように奴隷の刻印を受け入れさせられてしまうだろう。

 素蛾は恐怖した。

 必死で仲間のことを考えようとした。

 

「仕上げはこいつだ──。まだ、頭に仲間のことがあるかもしれないけど、これで、苦痛を除くことしか考えられなくなるよ」

 

 寓天がそう言い、素蛾の上を向いている女陰に火のついた蝋燭を突きたてた。

 

「んぎいいいい」

 

 素蛾は絶叫した。



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750 壁越しの声

「痛いいい──痛いいい──」

 

 大股開きで逆さ吊りされた素蛾が泣き喚いた。

 しかし、人間族の童女の泣き声というのは、寓天(ぐうてん)にとっては心地よい音楽のようなものだ。

 

 寓天はまったく素蛾の泣き声など気にすることなく、手にしている火のついた太い蝋燭をまだ幼い素蛾の膣に捻じ込んでいる。

 蝋燭の太さは、この少女の手首よりも太いだろう。

 それが濡れてもいない膣に挿入されるのだ。

 その激痛に素蛾が身をよじらせていた。

 そのため、蝋燭の蝋が飛び散り、蝋燭を握っている寓天の手に落ちる。

 

「くっ」

 

 さすがに灼熱の熱さを感じるように特別に加工された蝋燭だ。寓天でさえも顔をしかめるほどに熱い。

 しかし、この蝋燭から落ちる蝋は信じられないほどに熱いのだが、人間族の肌を火傷はさせないのだ。

 そういう加工をされた拷問専用の蝋燭だ。

 

「ひいい──痛い──痛いい──」

 

 寓天の持つ蝋燭はやっと指一本分挿さった。

 素蛾は拘束された身体を暴れさせて、悲鳴をあげ続けている。

 だが、両脚を天井の鎖に吊られ、両手首を縄で床に繋げられている素蛾には身じろぎさえも大してできない。

 その素蛾の股間に、寓天は強引に力で蝋燭を捻じ込んでいく。

 素蛾は引きつったような声をあげて泣きじゃくった。

 

 そのあいだにも、素蛾の真下に置いている香は、知性と抵抗力を素蛾から奪い去っていっているはずだ。

 いまは、股間を襲う苦痛に顔を歪めているので、どのくらいの香の効果が素蛾に及ぼしているのかはわからない。

 だが、かなりの強力な薬香だ。

 すでに、素蛾の心からは仲間のことや、奴隷の刻印を受け入れればどうなるかということは吹き飛んでいると思う。

 そのうちに、苦痛を取り除くことしか考えられなくなる。

 

 そうなれば、この頑固そうな童女も、ほとんど意識することなく刻印の受け入れに応じるだろう。

 寓天は、長さの三分の一ほどの長さを捻じ込んだところで、手に蝋燭を持ったまま、素蛾の顔を見おろした。

 素蛾は嗚咽をしながら懸命に自分の唾を飲むような仕草を続けていた。

 

「素蛾、奴隷の刻印を受け入れるね? そうすれば、こんな苦痛は終わるよ」

 

 そして、寓天はさらに蝋燭を捻じ込んだ。

 

「ひぐうう……ぐうう……痛いい……ぐううう……」

 

「痛いだろうねえ……。潤滑油もなにもなしに、こんな太いものを捻じ込んでいるんだからねえ……。痛かったら、奴隷の刻印を受け入れると言いな……」

 

 寓天は言った。

 だが、寓天は強引な蝋燭の挿入を続けながら、思ったよりも抵抗が少ないことを意外に思った。

 最初は大きな抵抗があったものの、深くまで押し込んでいくと、少しずつ素蛾の膣がほぐれるように蝋燭を奥に受け入れていくのだ。

 

「あぐうっ──痛い──痛いです──。い、痛いけど……」

 

 素蛾が身体の捩じりながら叫んだ。

 

 けど……?

 

 寓天は怪訝に思った。

 そして、寓天は素蛾の声が少し高くなってきたことに気がついた。

 そのことで、なぜ蝋燭の挿入が少し楽になったかを悟った。

 蝋燭を捻じ込んでいる股間が潤いを持ち出しているのだ……。

 寓天は少し驚いた。

 この童女はこんな風に股間に太い蝋燭を捻じ込まれて感じているようだ。

 寓天は、まだ幼ささえ残るこの少女に、そんな嗜虐性の性癖がしっかりと存在することに少しだけ当惑した。

 

「……これくらいでいいだろう。さあ、泣き叫ぶがいい」

 

 とにかく、寓天は太い蝋燭から手を離した。

 蝋燭は結局、長さの半分くらいが童女の膣に挿さった。

 もうどんなに暴れても絶対に抜け落ちることはない。そして、一度火がつけば、この蝋燭の炎は道術でなければ消えることもない。素蛾が熱さから逃れるには、もう奴隷の刻印に応じるしかないのだ。

 

「だ、だめ……だめよ……だめ……。ど、奴隷に応じてはだめ……」

 

 素蛾は嗚咽しながら、小さな声で呟き出した。

 いよいよ、煙が素蛾の思考力を奪いかけているのだろうか。素蛾はそれに気がついたから、一生懸命に自分に刻印を受け入れてはならないと言いきかせているのだと思う。

 

 これなれば、もう時間の問題だろう。

 この香の煙は精神力などで抵抗できるものではない。

 それでも素蛾は、ひとり言をささやきながら、唾を飲み込む仕草を続けている。

 そのとき、素蛾の白い肉体の股間に貫かれた蝋燭がその側面を伝って、熱い蝋が素蛾の翳りのない恥丘に流れ落ちた。

 

「ひいいい──熱いいい──、あ、あそこがああ──」

 

 素蛾は絶叫して身体を跳ねさせた。

 そのため、さらに蝋燭の蝋が素蛾の股間に周りに飛び散った。

 それから絶え間のない素蛾の苦悶に悲鳴が始まった。

 灼熱の蝋は素蛾の激しい身悶えで童女の股間全体に飛び散る一方で、蝋燭の側面に沿って膣そのものにも流れ落ちている。

 おそらく、蝋は秘肉の亀裂の内側そのものも襲っていると思う。

 

「早く、奴隷の刻印を受け入れるというのよ、素蛾──。熱いのを終わらせたいでしょう──?」

 

 寓天は怒鳴った。

 

「ひぎゃああ──熱いいい──。奴隷はだめ……。ぐううう──刻印は……あがああ──だめ……。しゅ、朱姫姉さん……熱いいい──ご主人様……沙那様……孫様……刻印はだめ……。ぎゃああ──朱姫……姉さん……朱姫姉さん……助けて……。ああああ──ご主人様……助けて……。熱いいい──。奴隷はだめ……だめ……。朱姫姉さん……ああああ──」

 

 素蛾は悲鳴の合間に必死で仲間の名を呼び続けはじめた。

 寓天には、それがこの童女の最後の抵抗に思えた。

 

 もうすぐ、堕ちる……。

 寓天は確信した。

 

 部屋の隅から椅子を持ってきて、逆さ吊りの童女の前に座った。

 それにしても、かなりの頑迷さを持った童女だと思う。

 素蛾に嗅がせている煙は、かなりの強力のものであり、抵抗力の弱い人間族であれば、普通はもうすでに堕ちていてもいいはずだ。

 ましてや、目の前にいるのは、まだ成長の途中にすぎない子供だ。

 しかし、最初の鞭打ちで確信したが、この素蛾は強靭な亜人戦士並の拷問への耐性を持っている。

 それは本当に意外だ。

 さすがは宝玄仙の供だと思った。

 

 寓天は、宝玄仙という人間族の魔女には直接の面識はないが、関わるのは二度目だ。

 最初の関わりは、この連環城に来る前であり、獅駝嶺を支配する青獅子魔王に仕えていたときだ。

 その部下の玄魔(げんま)という亜人の将軍の隊に所属していた寓天は、命令により宝玄仙の部下の孫空女を武闘の稽古という名目でいたぶることを命じられたのだ。

 

 あの女も強靭だった。

 孫空女を相手することになった寓天は、切断した鞭状の腕で拘束してやり、滅茶苦茶に腕の鞭で打ちつけてやったのだが、孫空女はなかなか屈服の言葉を吐かなかった。

 それと同じくらいの拷問に対する強さをこの人間族の童女は持っている。

 だが、見たところ、孫空女とは異なり、この童女にはなんの武芸の心得えもないようだ。

 それなのに、かなりの時間を耐え続けていることに寓天は感心していた。

 

 寓天は素蛾の股間で揺らめく蝋燭の炎に視線を向けた。

 この蝋燭は普通の蝋燭とは違って拷問用なので、短い時間で溶け落ちるようになっている。

 すでにかなり蝋は短くなり、じりじりと股間そのものに近づいていた。

 素蛾の声はもう悲鳴に近く、すでに仲間の名を呼ぶことはなくなった。

 ただ、息を吸うように、唾を飲む仕草を続けている。

 

「早く屈伏しな、素蛾──。股が焼けてしまうよ──。言葉がしゃべれなければ、首を縦に振れ──。刻印を受け入れると言えば、この苦痛は終わる──。その気になれば、ただ首を縦に振るんだ──」

 

 寓天は怒鳴った。

 もしかしたら、屈伏の言葉が言いたくても、言えない状況ではないかと思ったのだ。

 いくらなんでも、時間がかかりすぎる。

 あの香を吸い続けて、こんなに心の抵抗が続くわけはないのだ。

 だが、寓天の言葉に、素蛾は悲鳴をあげながらも首を横に振った。

 

「ちっ」

 

 寓天は舌打ちした。

 まだ、心で抵抗している……。

 この人間族の童女には、あの香が効かないのか?

 寓天は首を傾げた。

 

 だが、そんなはずはない。

 これは魔域で開発されたばかりの特殊な魔香だ。

 人間族の童女がこの香に特別な耐性を体内に育てることは不可能のはずだ。

 

「聞いてんのかい──」

 

 寓天は腕の鞭を素蛾の股間に向かって軽く二発放った。

 すでに股間には剥き出しの肌の部分が消えるほどに蝋がこびりついている。これでは、熱さの苦しみが半減だ。

 それを鞭で払ったのだ。

 

「ぎゃあああ──ひぎゃあああ──」

 

 素蛾は断末魔のような悲鳴をあげた。

 蝋の覆いのなくなった股間に、すぐに新しい蝋が落ちだした。

 素蛾の悲鳴がさらに大きくなった。

 

 そして、あげる声が意味のわからない絶叫だけに変化した。

 いよいよ、燃えている蝋燭の長さがなくなり、炎が素蛾の敏感な粘膜を焼き出したのだ。

 蝋燭の蝋は火傷を防止する働きはあるが、炎は本物だ。

 素蛾の肉体を拷問が続けられないほどに痛めつけてしまっては、回復させるまで拷問を中止するしかない。

 

 寓天は焦った。

 これでも堕ちないのか……?

 寓天は唖然となった。

 

「ひぎいいいい──あぎゃあああ──た、助け──だれか、助けてえっ──」

 

 部屋に素蛾の大きな泣き声が響き渡っている。

 さらに、肉の焦げる匂いが漂い始めた。

 素蛾はものすごい形相をしている。

 だが、首を横に振っている。

 まだ、拒否しているのだ。

 

「は、早く、奴隷の刻印を受け入れると叫ぶのよ、素蛾──」

 

 寓天は立ちあがって叫んだ。

 すでに素蛾の股間の肉は焼けている。

 それでも、素蛾は必死で首を横に振っている。

 

「はがあああああ──」

 

 ひと際高い素蛾の叫び声が響き渡った。

 蝋燭が完全に膣の外になくなり、道術のために消えることのない蝋燭の炎が素蛾の女陰の中で燃えている状態になった。

 膣の中を火で炙られた素蛾は最後の悲鳴をあげ終わると、がっくりと脱力した。

 完全に気絶したようだ。

 

 寓天は、まずは最初の拷問で自分が敗北したことを知った。

 霊気のこもった治療薬で快復させるとしても、拷問を再開できるようになるまでに、丸一日はかかるだろう。

 腹立ちまぎれに、寓天は素蛾の頭の下の香炉を腕の鞭で粉々に砕いた。

 

 

 *

 

 

 牢は薄暗かった。

 ずっと高い位置に明かり取りの小さな窓があり、光はそこから射し込んでいたが十分な明るさとはいえなかった。

 おそらく、あの窓がある部分が地上なのだと思う。

 

 拷問室で寓天から股間を蝋燭の炎で焼かれて気を失った素蛾は、拘束を解かれて股間に膏薬を塗られ、その上から布おむつのようなものを腰全体に巻かれた。

 さらに、布に道術をかけられて素蛾が布を勝手に取ることができないようにもされた。

 おむつを外せないようしたのは、それが治療の効果を速めるという理由と、牢番たちから素蛾が凌辱されるのを防ぐためのようだ。

 

 素蛾を裸身に布おむつを巻いただけの姿にすると、寓天はやってきた亜人兵二名に素蛾を引き渡した。

 動くことができなかった素蛾は、両肩をその亜人兵に抱えられて拷問室のあった部屋を引き摺り出され、一度中庭におりて、この地下牢のある牢舎に連れてこられた。

 牢舎の一階部分は五名ほどの牢番のいる詰所だった。

 そこで牢番に引き渡された。

 

 そこからは、素蛾の肩を支える者がふたりの牢番に変わった。

 地下におりる階段におりる階段は詰所の先だった。

 さらに、螺旋状に潜っている階段をおりていくと、三個ほど並んでいる石牢があり、素蛾は一番手前の牢に入れられたのだ。

 

 つまりは、この牢から脱走しようとして地上にあがる階段をあがっても、牢番のいる詰所があるということだ。

 たとえこの牢を脱走できることがあるとしても、素蛾には詰所にいる牢番を倒す方法などない。

 脱走は難しそうだ。

 

 いずれにしても、そのときには、素蛾はまだ火傷をした膣の痛みで自分では動くことはできなかった。

 素蛾を長椅子に寝かせたふたりの牢番は、腰袋から出した蛭のような生き物を素蛾の首の横にくっつけた。

 しかし、その蛭は素蛾の肌に密着することなく、その場に落ちた。

 

「この娘は、道術遣いじゃなさそうだな……」

 

 ひとりがそう言って、床に落ちた蛭を回収した。

 そして、ふたりは出ていき、外から鍵が閉められた。

 

「腰に道術で封印した布を巻いていたな……。犯すことはできそうにないぜ……」

 

「なあに、口でさせればいいさ……。まだ、起きることはできないだろうけど、明日の朝には身体を起こせるくらいにはなるはずだ。そうしたら、口で奉仕させようぜ……。まだ子供だが、そういうのもまたいいのさ」

 

 外でふたりの牢番がそう話したのが聞こえた。

 やがて、その牢番たちが外の廊下からも立ち去る気配があった。

 ひとりきりになった素蛾は、暗さに慣れようと目を凝らした。

 

 しばらくすると、素蛾の眼にもなんとか、この部屋にある低い卓に置かれている水差しを見ることができるようになった。

 その横の床には粗末な毛布もある。

 素蛾がまずやったことは、股間を包まれている布の中で放尿をすることだ。

 素蛾の尿には、唾液と同様に「癒し」の効果があるのだ。

 

 布の中で拡がった素蛾の小尿が火傷をした膣に広がって股間の痛みが消えてきた。

 それでなんとか動くことができるようになった。

 素蛾は横たわっていた身体を起こすと長椅子に座り直した。

 

 さて、どうすべきか……?

 素蛾は考えた。

 

 寓天に吸わされ続けた香の影響で、まだ、頭のどこかが欠けてしまったようにぼんやりとしている。

 しかし、まだなんとか、まともにものはものを考えることはできる。

 あの香を吸わされながら、素蛾は懸命に自分の唾液を身体に送り続けた。

 素蛾の唾液は「癒し」の唾液だ。

 それがあの香に対する毒消しの効果となって、なんとか最後まで思考を維持することができたのだ。

 

 だが、寓天は素蛾の回復を待って、また拷問を再開するつもりのようだったし、いずれは、素蛾の唾液が毒消しの効果を持っていて、それで素蛾があの香の効果を免れたということに気がつくだろう。

 そうすると、今度は唾液を口にすることができない処置をしてから、また、あの香を嗅がせると思う。

 

 そうなれば、今度こそ抵抗できない。

 素蛾は、奴隷の刻印を受け入れてしまうに違いない。

 それを防ぐにはどうすればいいか……?

 

 そのとき、壁の後ろ側から壁を削るような小さな音がしていることに気がついた。

 素蛾は驚いて、長椅子から立ちあがった。そして、音が始まった石の壁を観察する態勢になった。

 すでに股間の痛みはほとんどない。

 鞭打たれた身体が痺れるような疲労感に包まれているだけだ。

 

 そのとき、突然に音がやんで壁の一部がせり出し始めた。

 石のひとつが床に落ちるのを、素蛾は慌てて手を出して受け取った。

 その石が外れた壁の部分に、拳一個分ほどの穴がぽっかりと開いた。

 素派は驚いた。

 どうやら、隣の牢の囚人が壁の石を押し出して、小さな窓を作ったようだ。

 おそらく、これはあらかじめ作ってあったのだろう。

 

「だ、誰ですか……?」

 

 素蛾はささやいた。

 その穴から向こう側を覗き込もうとしたが、向こうはこっちよりも暗くてよくわからなかった。

 ただ、確かに向こう側に誰かがいるということだけはわかる。

 

「ああ、やっぱり、そっちに誰かいるんだね? 横になって休んでいたら、この地下牢の廊下に誰か新しい囚人が連れてこられるのがわかったからね……。答えておくれ。どうやら女の声のように思えるけど、誰なの?」

 

 声は男の声だったが口調は若かった。

 ただ、ひどく声に力がない。

 随分と身体が弱っている気配だ。

 

「わ、わたくしは素蛾という者です……」

 

 素蛾はささやくように言った。

 

「ひとり……?」

 

「は、はい……」

 

「……声にも名にも聞き覚えがないね。君も新しく捕らわれた金角様の元部下のひとりなの?」

 

「いえ……。わたくしは人間族です……。あ、あのう……。金角というのは魔域に勢力地を持つ女魔王の名ですよね……? わたくしは、その方の部下ではありません」

 

 素蛾はそう言ったが、壁の向こうの男は、いま“君も金角様の元部下か──”という物言いをした。

 ……ということは、男は金角の部下なのだろうか?

 

 金角といえば、宝玄仙たちが向かっている魔域の女魔王だ。

 金角はかつて、宝玄仙を戦ったことがあったのだが、そのとき和解して金角は、宝玄仙を自分の主人として認め、その宝玄仙に安住の地を与えることを約束したのだそうだ。

 だから、宝玄仙一行は、その金角の勢力地を目指して、ひたすらに旅を続けているのだ。

 素蛾もそれは教えられて知っている。

 

 だが、自分が宝玄仙の供であることを壁の向こうの男に告げてもいいだろうか……?

 素蛾は迷った。

 とにかく、名を聞こうと思った。

 

「ちょ、ちょっと待って──。そっちには太陽に光があるんだね──? お、お願いだよ──。光を──、光に当たらせて──。こっちには太陽の光が当たらないようにされているんだ──。お、俺を弱らせるために、ここの牢番の連中が意地悪をしてね……」

 

 素蛾の返事を待つことなく、小さな壁の穴から指が突き出てきた。

 素蛾はびっくりした。指一本分だけ出てきた指は、枯れた草のようなかさかさの皮膚をしていた。

 どうやら人間族ではないようだ。

 しかも、非人間種の亜人だと思う。

 

「……ああ、弱い光だけど、少しだけど生き返るよ……。俺は植物性の亜人……、つまり、妖魔なんだ……。俺の食事は太陽の光だ。それなのに、何箇月も光を遮られた生活を強いられて、もう力が尽きようとしていたところさ……。これでもう少し生きられる……。ああ、嬉しい……」

 

 妖魔……?

 

 やはりそうかと思った。

 壁から突き出た指の肌ひとつを見ても、すでに人間族とかけ離れている。

 それにしても、王宮時代に与えられた素蛾の知識でも、植物性の亜人というのは耳に仕方ことがない。

 珍しいと思った。

 

「……ああ、そうだ。まだ、俺の名を名乗ってなかったね……。俺の名は日値(ひち)──。死んだ金角様の元部下だよ……」

 

 日値と名乗った壁の向こうの男が、壁から突き出した指でわずかな光を浴びながらほっとしたような声で言った。

 ふと見ると、その日値の指はだんだんと緑がかってきている。

 かすかな光だが、本当に日の光を浴びることで、生命力を取り戻してきたような感じだ。

 それにしても、素蛾は日値の言った言葉に驚いてしまった。

 

「ええっ──。金角様が死んだというのはどういう意味なのですか──? わたくしは、そこに向かっているところだったのです──。あっ、いえ、わたくしが向かっているというよりは、わたくしのご主人様の旅の目的がそこだったのです」

 

 素蛾は思わず言ってしまった。

 

「君のご主人様──? それは誰?」

 

 日値の口調に怪訝そうな響きが混じった。

 素蛾はもう言っていいだろうと思った。

 どうやら、本当に壁の向こうは金角の部下の気配だ。

 

「わたくしの主人は、宝玄仙様です……。ほかに一緒に旅をしているのは、朱姫、沙那、孫空女というお名前のお三人で、そして……」

 

「ほ、宝玄仙様だって──?」

 

 しかし、素蛾の言葉を途中で遮って、日値が声をあげた。

 そのとき、壁の向こうから、日値の声ではない別の男の苦しそうな呻き声が聞こえてきた。



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751 牢舎の三人

「わたくしの主人は、宝玄仙様です……。ほかに……」

 

 隣の石牢にやってきた新しい囚人の少女が壁越しにそう言ったので、日値(ひち)はびっくりしてしまった。

 

「う、うう……」

 

 壁に繋がった鎖付きの鉄の枷で両手首と首を拘束されている倚海龍(いかいりゅう)が、それを耳にして呻き声をあげた。

 

「……倚海龍さん、宝玄仙様だって……。もしかして、宝玄仙様がここにいるのかな? ああ、だけど、もしかして、その供の素蛾という少女が捕らわれているということは、その宝玄仙様も九霊聖女(くれいせいじょ)に捕らわれているということかなあ……。そうしたら、どうしよう……」

 

 日値は倚海龍に振り返って声をかけた。

 倚海龍は全裸だ。倚海龍だけでなく日値もそうだ。

 この牢に監禁されるときに、身に着けているものは全部剥がされて素裸にされた。

 

 それから、数箇月──。

 ふたりは下着一枚与えられることなく、ずっとここで素裸で暮らしている。

 倚海龍は拷問に傷ついた身体を懸命に起こして、日値を強い視線で睨んだ。

 

「と、とにかく、た、訊ねろ……」

 

 倚海龍が言った。

 日値は壁越しに素蛾に訊ねた。

 

 素蛾の答えは、ここには宝玄仙はいないということだった。

 捕らわれたのは素蛾という少女ひとりであり、向こう側の牢にいるのも素蛾だけのようだ。

 日値が倚海龍に、宝玄仙は捕らわれていないということを倚海龍に教えると、倚海龍はほっとした表情をした。

 

 金角が殺され、銀角までも捕らわれとなっている現在、失ったものを取り戻すとともに、金角の無念を晴らす最後の望みが、金角が屈服したほどの霊気を持つ宝玄仙という人間族の女の存在なのだ。

 この牢の中で、日値は倚海龍から何度もそれを聞かされた。

 

 日値と倚海龍がこの連環城の軍牢に入れられたのは約三箇月前だ。

 日値と倚海龍のいる牢は最上部の明かり取りが封鎖されて、消えることのない小さな蝋燭の霊具が照明になっているだけなので、陽の光で一日を知ることができない。

 日値は一日に一回に夜に配られる食事の回数を目安に日数を数えていたのだ。

 

 あれは、「魔域大戦」とも称された数年続いた戦いの最中に起こった突然のことだった──。

 もともとは、牛魔王の息子の紅孩児を旅の宝玄仙が殺したことから端を発している金角軍と牛魔王軍の戦いは、魔域内のほかの魔王を巻き込んで四年目に突入していた。

 数を誇る牛魔王軍に対して、金角軍は数こそ劣るものの、金角の巧みな作戦指導と、銀角及び金角四天王の活躍により、互角以上の戦いをしていた。

 

 金角四天王というのは、倚海龍、伶俐虫(れいりちゅう)巴山虎(はざんとら)精細鬼(せいさいき)の四将のことであり、いずれも武術や道術に優れた良将だ。

 四年目に入った今年には、主戦場はこれまでのお互いの勢力地の境界に拡がる盤桓平原(ばんかんへいげん)から、牛魔王の勢力地内まで押し込んだかたちになり、倚海龍は金角の命令で、外征軍からは離れて、本来の本拠地の防護と南山大王の支援を受けいている兵站を任されることになった。

 

 その倚海龍の部下として、つけられたのが日値だ。

 日値は主に南山大王域に位置して物資調達などを行い、倚海龍は金角本拠地と後方の南山大王域を往復するという態勢で活動をしていた。

 とにかく、武具や兵糧などの兵站物資を南山大王域で揃えて前線に送る──。

 それが倚海龍と日値の役割であり、任務だった。

 

 その活動が突然に終わったのが三箇月前だ。

 兵站活動をしていた日値のところに、突如として九霊聖女の隊がやってきて日値を捕えたのだ。

 そして、この地下牢に入れられた。

 

 そのときに聞かされたのは、金角軍が青竜山(せいりゅうざん)という牛魔王域の要害で敗れ、女魔王の金角は首を切断して処刑されて、銀角は虜囚となったという話だった。

 九霊聖女は、金角の弔い合戦を唱えていた魔王の南山大王を捕えて封印し、その勢力地と部下を乗っ取るとともに、勝者である牛魔王に媚びるために、金角の主要な部下に捕縛命令を発したということだった。

 

 負けたということも、金角が殺されたということも、俄かに信じられることではなかった。

 だが、数日して金角域から旧南山魔王域──つまり、九霊聖女域に入ったところを捕えられた倚海龍がこの同じ牢にやってきて、同じ話を聞かされた。

 金角軍が負けたのは事実と思うしかなかった。

 

 しかも、金角軍の敗戦の理由は、四天王のひとりの巴山虎の裏切りだという。

 巴山虎は、偽の情報で精細鬼と伶俐虫の二将の軍を別働隊として分離させ、さらに道術で誘導して牛魔王軍主力の侵入を許すとともに、突如として巴山虎軍をもって金角主軍に襲いかかったらしい。

 守りの核心だった巴山虎軍に裏切られて逆に攻撃されては、さすがに金角にも銀角にもどうしようもなかったようだ。

 なんとか脱出したものの、奪取していた青竜山にある支城で包囲され、金角は部下の命を取らないという条件で降伏した。

 そして、金角は殺され、銀角は捕虜となった。

 

 倚海龍は、その報に南山大王域に移動する途中で接し、あちこちに情報を集めて、事実であることを確信したらしい。

 しかも、金角の居城の「金角城」はすでに巴山虎の部下が押さえて、戻れない状況になったようだ。

 それで南山大王を頼ろうと逃げているところを南山大王に取って代わって新たな主人となった九霊聖女の軍に捕らわれたということだ。

 

「た、訊ねてくれ……。ほ、宝玄仙殿の……い、居場所を……」

 

 倚海龍が弱々しい声で言った。

 太陽の光を本来の常食とする日値は、その光を遮られた生活を数箇月も強いられたことでかなり弱っていたが、倚海龍の衰弱はそれ以上だった。

 

 倚海龍は、ここに監禁されて以来、連日のように、ここの牢番たちから拷問を受け続けている。

 なにかを白状させるとか、屈伏させるための拷問ではない。

 拷問のための拷問だ。

 

 牢番たちは、ここに監禁している金角軍の四天王のひとりである倚海龍をできるだけ衰弱させておくようにという命令を受けいているらしく、毎日、代わる代わるここにやってきては、さまざまな拷問をするのだ。

 

 今日は火串だった。

 真っ赤に焼けた石炭の火桶に入れた鉄の串を運んできて、壁に鎖で繋がれているために逃げられない倚海龍の全身に次々に真っ赤に焼けた鉄串を当てたのだ。

 最後には動けなくなった倚海龍をうつ伏せにして押さえつけると、先が男性器のかたちになっている金属の棒を持ち出して、それを真っ赤に熱してから倚海龍の尻の穴に押し込んだ。

 絶叫して気絶した倚海龍を嘲笑いながら、牢番たちは日値に倚海龍の傷を治すための霊気のこもった傷薬を放り投げて去っていった。

 あのまま放っておけば、倚海龍は死んでいると思うが、連中は倚海龍を殺すつもりまではないらしく、拷問の最後には傷を治す薬を必ず置いていく。

 

 日値は倚海龍と異なり、拘束はされていない。

 倚海龍をその薬で治療するのが日値の役割だからだ。

 そして、翌日の拷問に耐えられるだけの回復をさせるのだ。

 

 最初の頃は、日値も同じように拷問をされていたのだが、陽の光を封じることで十分に弱らせることができると知った牢番たちは、あまり日値への拷問はしなくなった。

 せいぜい、連中の前で自慰を強要させられるとか、弱っている倚海龍の性器を舐めさせられるとかのいじめを受けるだけだ。

 

「わ、わかったよ……」

 

 日値は、もう一度壁に作った穴に口を寄せた。

 だが、質問は向こうからやってきた。

 

「……そっちにはほかにも誰かいるのですね? 随分と弱っている声ですが……」

 

 素蛾が心配そうな口調で訊ねた。

 

「俺と一緒に捕らわれている隊長がいるよ……。拷問を受けたんだ……」

 

 日値は言った。

 

「あ、あの……わたくしの唾液で治療をすることができます。わたくしの唾には『癒し』の効果……つまり、治療の効果があるのです。よければ、その穴からまた指を出してもらえますか? その上に唾液を乗せて運べば……」

 

「癒しの術? 君は道術遣いで、しかも、道術封じの腫瘍は発生させられていないの? ここの連中は、君には魔蛭を使って霊気放出の腫瘍は作らなかった?」

 

 日値は傷の回復のことよりも、素蛾が唾液による治療術ができるということに驚いた。

 日値も倚海龍も、この牢に入れられて直後、道術を遣えなくなるように身体に幾つかの腫瘍を作られた。

 蛭のような生き物に肌が剥き出しになっている部分を吸わせて、そこに瘤のような腫瘍を作るのだ。

 それが霊気を放出する吹き出し口になり、身体に霊気を溜められなくなり、道術が使えなくなるというわけだ。

 それで日値も倚海龍も道術を封じられている。

 

「……わたくしは道術遣いとは違います……。その蛭のようなものは、確かに身体につけられかけましたが、わたくしには効果はなかったようです。わたくしの『癒し』の技は、宝玄仙様の道術陣を受け入れたために、偶然に祖先の血が活性化されたために引き起こったものらしいです……。それがどうして引き起こったのかは、宝玄仙様にもよくわからないと言っておられました。普通の道術ではないので、道術封じのようなものが効果がなかったのではないでしょうか……? それよりも、指を……」

 

 素蛾の言葉に、日値はさっきのように壁の穴に指を差し出した。

 石壁は厚いが、なんとか指を伸ばせば、指の二本くらいの先は向こう側に差し出すことができるのだ。

 すると、壁の向こうで素蛾が日値の指を口に含んだのがわかった。

 

「あっ……」

 

 思わず溜息ができるほどの快感が指先に流れた。

 だが、次の瞬間に指に覚えた違和感に、日値は当惑してしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って──」

 

 日値は素蛾という少女の口から指を抜いてみた。

 指先の素蛾の唾液に濡れた部分が見事な緑色の肌になっていた。

 さっき、こっちの部屋には当たらない陽の光を浴びることができて、茶色に枯れかけていた皮膚が少し緑色を取り戻したのだが、それとは違う。

 本来の日値の肌の色である完全な緑色だ。

 

 陽の光を本来の力の源とする日値は、この牢で与えられる普通の食事だけでは、身体を本来の力のまま保っておくことはできないのだ。

 それで日値は弱っていっていた。

 それが、ほんの少しだけ素蛾の唾液に触れただけで、元の肌の色を取り戻している。

 しかも、指先だけのことだが、ずっと以前に失われたままだった霊気まで指先に漲っている。

 まあ、もっとも、この霊気も日値の首に作らされた霊気発散の腫瘍が霊気を放出するまでのことだ……。

 いまこの瞬間にも、日値の首にある腫瘍が凄い勢いで霊気を身体の外に出し続けている。

 日値の指は目の前で、さっきの深緑の色を失い、少し薄くなってしまった。

 

 いずれにしても、すごい力だ……。

 日値は壁の向こうにいる少女の力に感嘆してしまった。

 そして、ふと思った。

 

 これだけの治療の効果のある唾液だ。

 ならば、日値たちの霊気を失わせている腫瘍そのものに効果がないだろうか……?

 魔蛭に作られたこの瘤の腫瘍も一種の病だ。

 ならば……。

 

「ねえ、もう一度、君の唾液を指に乗せて。今度は舐めるのではなく、指に乗せる感じで……」

 日値はそう言って、指先を壁の向こうに伸ばした。

 素蛾はすぐにそうしてくれた。

 

 日値は急いでそれを首にある腫瘍の瘤に塗ってみた。

 日値の首には、最初の日に牢番たちに作られた霊気放出の腫瘍が三個ある。

 倚海龍に至っては、全身に数十個もある。

 

「うわっ」

 

 日値は思わず声をあげてしまった。

 あっという間に腫瘍が消滅したのだ。

 全身にかすかに霊気が溜まるのを感じた。

 さっき素蛾に舐めてもらったことで取り戻した霊気で放出されきらなかったものが体内に残ったのだ。

 日値は感動で身震いした。

 

 これで身体に陽の光を浴びれば道術が復活する

 倚海龍も……。

 

「い、倚海龍、すごいよ──。しゅ、腫瘍が……」

 

 日値は倚海龍に振り向いた。

 壁に繋がれたまま、日値を見守っていた倚海龍も目を丸くしている。

 

「ひ、光を浴びろ、日値……。い、俺の腫瘍は……後でいい。もうすぐ……陽が……暮れるはずだ。そうすれば、お前が……霊気を溜める……機会は失われる……。ど、どうせ……お、俺は……鎖に繋がれている……。これは……霊気が復活した……ところで外れない。そ、それよりも……お前の霊気を溜めることを優先しろ……」

 

 倚海龍が必死に声をあげた。

 日値は素蛾に声をかけて、隣の部屋に射している陽の光を身体に受け入れるために指を伸ばした。

 かすかな光だが、それでも腫瘍により放出されないので、どんどんと霊気が身体に溜まっていくのがわかった。

 

 素蛾も事情を理解して、光の吸収を妨げないように指の下側から唾液を指に塗ってくれる。

 それが、日値の霊気の吸収を助けてくれた。

 素蛾は唾液が出やすいように、水差しの水を全部飲んだようだ。

 

 その時間を利用して、日値は改めて素蛾から宝玄仙のことを訊いた。

 素蛾の話によれば、宝玄仙は人間族の国である西方帝国の帝都にいるようだ。

 やはり、金角の勢力地に向かって旅をしている途中だったらしい。

 素蛾が言うには、一行は、帝都で開催された闘技会にあの沙那と孫空女が出場するために、しばらく帝都に滞在をしていたようだ。

 それで、素蛾は、釘鈀(ていは)という西方帝国の皇子と一緒にいたところを亜人に襲撃され、釘鈀の身代わりになって、ここに連れてこられたということだった。

 素蛾と釘鈀という皇子を襲撃した亜人たちは、九霊聖女の手の者には間違いないと思うが、九霊聖女が人間族の帝都でなにをしようとしていたのかは、もちろん日値にはわかならない。

 ただ、少なくとも、素蛾が捕らわれた時点では、宝玄仙はなんの襲撃も受けてはいなかったということだけはわかった。

 

「お、おい……。牢番どもがおりてくるぞ。石を戻せ……」

 

 倚海龍が低い声で言った。

 日値も牢番が階段をおりてくる足音に気がついた。

 だが、食事にはまだ早そうだ。

 指に感じる陽の光の強さはかなり弱くなったが、まだ失われてはいないことから、陽差しがかすかに残っていることがわかる。

 つまり、いまは夕暮れという時刻だろう。

 いつもは連中が夕食を持ってやってくるのは完全に夜になってからだ。

 牢番の溜まり場以外には、出口のない地下牢なので、外の廊下には常時は牢番はいない。時折、点検のためにやってくるくらいだ。

 それすらも最近はない。

 連中がおりてくるのは、倚海龍を拷問するときと、一日一回の食事を運ぶときだけだった。

 

「素蛾さん、さっきの石をこの穴に急いで押し込んで」

 

 とにかく日値は言った。

「わかりました」

 

 素蛾が石を戻した瞬間、素蛾のいる部屋の前で複数の牢番の足音が止まり、素早く鉄の扉を開いたのがわかった。

 

 

 *

 

 素蛾が石を壁に戻し終わった瞬間、鉄の扉が開いた。

 石牢に入ってきたのは三人の牢番だ。

 

「おう? もう、起きあがれたのか? 寓天様の話によれば、まだまだ起きるには時間がかかるだろうということだったがな」

 

「まあ、いいじゃねえか。それの方が好都合だ。死んだような人間族の童女を犯しても面白くねえしな」

 

 牢番たちがそう言って笑い合った。

 三人のうちのひとりが、いま素蛾が装着されているおしめと同じ布を持っていた。

 ほかに薬が入っていると思われる壺を持っている男もいる。

 

「さあ、そこに寝な──。お前が火傷をした尻穴の治療をしろという寓天様の命令でな……。ついでにおしめも交換してやるよ……。へへへ、おしめを外す道術も受け取ってきたからな」

 

「だが、もちろん治療は無料じゃねえ……。わかっているな──。その代金はきちんと払ってもらうぜ」

 

 長椅子に座っていた素蛾の前を囲むようにその三人が立ちはだかった。

 

「だ、代金と言われましても……」

 

 素蛾は戸惑ってしまった。

 いま素蛾が身に着けているものは、寓天に装着された布の“おしめ”だけだ。

 それ以外は、指輪さえも奪われた。

 支払いに充てられるものなどない。

 

「身体は子供でも女の性器は持っているだろう? 治療の代金はお前の身体だ。いやなら拒否してもいいが、そのときには身体に電撃板を装着して、ひと晩中放置してやるぞ。ここには、拷問具がいろいろと揃っているんだ。この世のものとは思えないような酷い目に遭わせるぞ」

 

 ひとりがそう言うと、残りのふたりも笑った。

 素蛾はそういうことかと思った。

 どうやら、この三人は素蛾の治療にかこつけて、素蛾を犯そうとしているようだ。

 

「治療の必要はないと思います。もう、かなり楽になりましたから……」

 

 素蛾はとりあえず言った。

 素蛾の小尿に含まれた治療効果により、寓天に焼かれた素蛾の肛門はすでに治っている。

 だが、その素蛾の言葉を三人は、拒否の言葉と判断したようだ。

 三人の牢番の形相が一変した。

 

「つべこべ、言うんじゃねえ、人間め──」

 

 いきなり、ひとりが素蛾の頬に平手を張った。

 

「きゃあ──」

 

 目の前に火が飛んだかと思うような一発だった。

 素蛾は長椅子に倒れ込んだ。

 頬が痺れて息ができなくなる。

 その素蛾を別の男が寝台に押さえつけた。

 

「ひぐっ」

 

 後頭部を強く長椅子にぶつけられて素蛾は呻いた。

 犯されるということよりも、暴力そのものに対する恐怖で素蛾は身をよじった。

 だが、その頬にまた平手が加えられた。

 しかも、往復だ。

 それで素蛾はもう動けなくなってしまった。

 

「まだ、抵抗するか、小娘──?」

 

 身体を押さえつけている男が平手を打つ素振りで手を上にあげた。

 素蛾は慌てて首を横に振った。

 

「……へっ、最初から大人しくしてれば、痛い思いをしなくて済んだのにな。おい──。布を外す道術をかけろ」

 

 その男が言った。

 別のひとりがなにか呪文のようなものを呟いた。

 素蛾の腰に巻かれていた布が緩まったのがわかった。

 そして、布はあっという間に剥ぎ取られた。

 さらに、両脚を持ちあげられて、腿を腹側に押しつけられた。ちょうど、赤ん坊がおしめを返られるような格好だ。

 

「へっ、小便してたのかい──? おうおう、しかも、布で蒸れてくせえなあ……」

 

「だが、見たところ、尻穴はきれいなもんだぜ。まあ、内側はわからねえけどな」

 

「とにかく、やっちまおうぜ──。おい、お前、言っていくが、俺たちに犯されたことを寓天様に言いつけんじゃねぞ──。もしも、誰かにしゃべったら、これからずっと、ここで酷い目に遭い続けることになるぞ。いいな──」

 

 素蛾の身体を押さえつけている牢番が怒鳴った。

 仕方なく素蛾は大きくうなづいた。

 ここで拒否の態度など取ろうものなら、また叩かれるに違いない。

 

「じゃあ、俺が一番で行くぜ。約束事はいつもの通りだ。次の者のことを考えて、中には出さねえこと──。娘っ子の身体にかけるんだ。そうだ──。今日は顔にするか──。この娘に俺たちの精液の匂いをたっぷりとかがしてやろうぜ」

 

 素蛾を押さえている牢番が言った。

 そして、その男が素蛾を仰向けに押さえつけていた手を離して、長椅子の上に乗ってきた。

 さらに、その男は素蛾の股間に顔を埋めて、舌を這わせてきた。

 

「はああっ」

 

 素蛾はいきなりの舌の愛撫に、思わず声をあげてしまった。

 続けて男が舌で素蛾の肉芽や秘唇に舌を舐めあげてくる。

 たちまちに、身体に震えるような疼きが沸き起こってきた。

 

「この娘、随分と身体はませてんだなあ……。もっと、手こずるかと思ったが、しっかりと感じる身体をしてるじゃねえか」

 

 見物の態勢のふたりのうちのひとりが笑ったのがわかった。

 素蛾はすでに息があがってきていた。

 男が素蛾の股間の襞の裏表を丹念に舐め、さらに舌をすぼめて膣の内側に挿し入れるようにしてくる。

 素蛾は込みあがった快感に泣くような声をあげてしまった。

 

「こりゃあ驚いたぜ──。この人間族の童女は生娘じゃねえぜ。しかも、すっかりと性器はできあがってやがる。ちゃんと感じる場所に成長しているようだ」

 

 舌で素蛾の股間を舐めあげていた牢番が顔をあげた。

 牢番は素早く下袴を下着ごとおろすと、素蛾の股間の亀裂に怒張の先端をあてがった。

 次の瞬間、かなりの容積の怒張が体内に押し入ってきた。

 

「ううっ」

 

 裂けるような痛みが走ったが、それは一瞬だった。

 すると、素蛾は身体の力を抜いた。

 貫いている男の怒張が素蛾の体内を突き進んだ。

 そして、最深部に達したのがわかった。

 

「くうっ、も、もう──」

 

 だが、男はまだ挿入をやめない。

 さらに挿入を続けてくる。

 そして、子宮そのものをこじ開けられるように怒張が突き刺さるのがわかった。

 素蛾は痛くて呻いた。

 だが、男は素蛾の苦しみなど無視して律動を開始した。

 

「あっ、ああっ、あっ」

 

 最初は苦痛だけだった。

 そんなに濡れてもいない。

 その女陰を男の幹で擦られるのはつらかった。

 それでも、少しずつ快感がやってくる。

 素蛾がだんだんと腰の部分から小さな快美感があがってくるのを感じた。

 

 だが、十回ほどの律動のあとで不意に怒張が抜かれた。

 気がつくと、目の前に怒張の先があった。

 いきなり、素蛾の眼をめがけて白濁液が振ってきた。

 

「いやああっ──」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 男の精が目に入ったのだ。

 

「ははは──慌ててやがるぜ──。じゃあ、交代だ──」

 

 男が素蛾の身体からおりた。

 すると、その男を押しのけるように、次の男が素蛾の上に乗ってきた。



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752 宵口(よいくち)の脱走

 次の男が素蛾の身体にのしかかった。

 やっと眼にかかった精を拭き取ると、その男はすでに下半身を剥き出しにしており、男の股間では大きな肉棒が勃起していた。

 両膝を抱えられて腰を引き寄せられる。

 すぐに幹が滑り込んできた。

 

「う、ううっ……」

 

 声が口から洩れた。

 そのとき、からからと石が床に落ちる音がした気がした。

 

「うぐっ」

 

 次の瞬間、素蛾に跨っていた牢番が呻き声をあげた。

 そして、股間から怒張が唐突に抜かれて、身体の上にいた男がいなくなった。

 

「うあっ──」

「あぐっ」

「があっ──」

 

 三人の牢番が苦しそうに首を押さえてひっくり返っている。

 とにかく、素蛾は長椅子から転げおりて、牢番たちから逃げた。

 

 立ちあがった。

 改めて牢番たちを見ると、隣の石牢の壁を繋ぐ小さな穴から植物の蔓のようなものが三本飛び出している。

 その一本一本が三人の牢番の首にかかって締めあげているのだ。

 牢番たちは、苦しそうな呻き声をあげながら、両手で首に巻きついた蔓を外そうともがいている。

 だが、すでに蔓は首に完全に喰い込んでいるようだ。三人の顔は真っ赤だ。

 

 そして、三人の身体が隣の石牢から延びる蔓によって、その蔓が伸びている小さな穴に引き摺られていった。

 三人とも完全に脱力して抵抗をしなくなった。

 もう、呻き声さえも消えた。

 

 素蛾ははっとした。

 三人のうちのひとりの腰に、鍵束があることに気がついたのだ。

 ふと見ると、素蛾の牢の扉はかすかに開いている。

 素蛾はいまだに首を絞め続けられている三人をそのままにして、そのうちのひとりから鍵束を奪うと廊下の外に出た。

 右は上にあがる階段だ。

 幸いにも、まだ、地下牢の騒乱に気がついた様子はない。

 

 素蛾は左に向かい、隣の部屋の前に立った。

 鍵を探して扉を開く。

 

「あっ──」

 

「お、おお……」

 

 隣の石牢の中には、緑色の肌をした小柄な妖魔と、壁と鎖で繋がった首輪と手枷に装着されている男性がいた。

 ふたりとも全裸だった。

 

「そ、素蛾さんだね……? ご、ごめんよ。すぐに助けようと思ったんだけど、最初の男のときは、その男の身体で壁の穴の出口の部分が塞がれていて、穴の石を押し出すことができなかったんだ」

 

 小柄の緑色の妖魔が言った。

 壁越しに話した日値(ひち)の声だ。

 その日値は素蛾がいた部屋を繋ぐ小さな壁の窓から三本の蔓を伸ばしている。

 どうやら、牢番たちの首を絞めた蔓は、日値が身体から飛ばしたようだ。

 

 道術だ──。

 それを穴から隣の部屋に発射して、素蛾を襲った牢番の首を絞めているのだ。

 

「い、いえ……。た、助かりました……。ありがとうございます……」

 

 素蛾は言った。

 しかし、日値はうなづいただけで、意識を壁の向こうに戻した。

 いまだに、身体から出した草の蔓で、壁の向こうの牢番の首を絞め続けているようだ。

 素蛾はもうひとりの男を見た。

 こうなったら、全員でこの場所を脱出するしかない。

 さもなくば、死ぬかだ──。

 

 牢番を襲って脱走を企てたとあっては、おそらく、捕らわれ次第に処刑されるだろう。

 生きて朱姫や宝玄仙のもとに戻るためには、もはや脱走しかない。

 しかし、鎖に繋がれている男を見て、素蛾はぎょっとした。

 顔に瘤のような腫瘍が五、六個ついていて、それが顔を酷く変形させている。

 腫瘍がついているのは顔だけではない。

 同じような腫瘍が全身についているようだ。

 

「……そ、それは鍵か……?」

 

 男は呻くような声で言った。

 声には力がない。

 随分と衰弱しているようだ。

 腫瘍もだが、全身に惨たらしい傷痕が無数についている。

 この男がかなりの拷問を受け続けていたことがわかる。

 駆け寄った素蛾は、十個ほどある鍵をひとつずつ男の首輪と手枷の鍵穴に試す。

 

「お、俺は……い、倚海龍(いかいりゅう)だ……。そ、素蛾というのか……?」

 

「は、はい」

 

 素蛾はうなずいた。

 まず、首の枷が外れた。

 素蛾はほっとした。

 どうやら、この鍵束の中に男の枷を外す鍵はありそうだ。

 

「ほ、宝玄仙殿に……伝えて欲しい……。か、仇を取って欲しいと……。き、金角様の……」

 

 右手の枷が外れた。

 

「倚海龍さん──」

 

 日値がこっちにやってきた。

 素蛾から鍵束を奪った。

 素蛾がやっていたように倚海龍の左手の枷にひとつひとつ鍵をあてていく。

 

「こっちは俺が……。それよりも倚海龍さんのこの腫瘍をさっきの唾液で治してくれ、素蛾さん──。俺たちは、その腫瘍で霊気を封じられている──。俺の霊気は君の唾液で治ったんだ」

 

 日値が早口で言った。

 

「そ、そんな……暇はない……。ぼやぼや……していると……、ここに……異変を察した兵がくる……。そうすれば……逃げ場は……ない」

 

 倚海龍が左手を日値に預けたまま低い声でつぶやく。

 素蛾も同じことを思った。

 

 枷はともかく、倚海龍の衰弱が激しすぎるのだ。

 かなり身体が弱っているようであり、このままでは歩くことも難しそうだ。

 左手の枷が音を立てて外れた。

 

「倚海龍さん、肩に──」

 

 日値が倚海龍を肩を貸して立たせようとした。

 倚海龍も踏ん張ったような態勢をしたが、日値は小柄で素蛾よりも身体が小さいくらいだ。

 数歩も歩かないうちに倒れてしまった。

 

「だ、駄目だ……。お、お前たちだけで……いけ……。ひ、日値……お前の術で……、隣の……明かり取りの窓から……地上に……出ろ……。そして、城の外に……。そ、そして、なんとか逃げ延びるのだ……」

 

「そ、そんな、倚海龍さん──」

 

 倚海龍と一緒に倒れ込んだ日値は、倚海龍の言葉に途方に暮れた表情になった。

 

「どいてください、日値さん──。倚海龍さん、身体を小さくして顔を上に──」

 

 素蛾は短く言った。

 日値が戸惑いながらも倚海龍から離れると、素蛾は巣股を大きく足を開いて、倚海龍の顔が真下になるように跨いだ。

 

「な、なん……だ……?」

 

 倚海龍がびっくりしている。

 素蛾は構わず倚海龍の顔めがけて放尿した。

 

「うわっ?」

 

「な、なに?」

 

 倚海龍も日値も声をあげた。

 

「わたくしのおしっこを身体に塗ってください──。唾液と同じ効果があります」

 

 素蛾は倚海龍の顔に尿をかけながら言った。

 倚海龍と日値が凍りついたようにとまったのは一瞬だけだ。

 すぐに内容を理解した日値が倚海龍の全身に素蛾の尿を塗り伸ばす。

 

 すでに、顔の腫瘍は消滅している。

 素蛾は股をずらして、胸のあたりに素蛾の尿が落ちるようにした。

 そして、尿が終わった。

 素蛾と協力して倚海龍の全身に尿を塗る。

 

「……ふ、ふふ……。女に小便をかけられたのは初めてだな……。随分と便利な尿だ……」

 

 倚海龍が立ちあがりながら笑った。

 顔に生気が戻っている。

 完全ではなさそうだが、衰弱からかなりの回復を示している。

 

「だ、大丈夫ですか、倚海龍さん──?」

 

 日値が声をあげた。

 

「な、なんとかな……。そ、素蛾殿のおかげで霊気もあがったきた。さすがに、ずっと拘束されていたから脚はふらつくが、なんとかいけそうだ……。行こう──」

 

 三人で石牢にあった小さな燭台を持って外に一度出た。

 まずは、隣の石牢に入る。

 素蛾が犯された長椅子のところで三人の牢番は死んでいた。

 首には日値の草の蔓が食い込んでいた痕があった。

 

「ふ、服を剥がせ、日値……」

 

 倚海龍が持ってきた燭台を床に置き、ひとりから軍服を脱がせ始めた。

 日値と素蛾も同じようにしたが、日値は身体が小さいために、素裸に軍服の上着だけを身に着けている。

 素蛾も同じようにした。身に着けた上衣は素蛾の腿の半分くらいまでを隠す感じだ。

 

 ただ素足に靴だけは身に着けた。

 靴が少し大きかったが、それは紐で縛ることで大丈夫だった。

 日値は靴そのものを履く必要がなさそうな感じだ。

 

「ひ、日値、あそこにお前の術で草の蔓の縄梯子をつけろ……。ふたりで、そこから逃げるんだ……。お、お前たちの身体なら、あの小窓は通れるはずだ──。あそこが地上だ。そこから城壁に走れ……。日値は、この城には何度も出入りしていたから詳しいはずだ。通用門も見つけられるな?」

 

「そ、それはもちろん……。で、でも、倚海龍さんは?」

 

「俺はあの窓では無理だ。牢番の詰所を突破するしかない……。お前たちが逃げたのを確かめてから、詰所に飛び込む……」

 

 倚海龍は死んでいる牢番の腰から剣を取りあげた。

 

「で、でも、その身体では……?」

 

 日値が不安そうに言った。

 その日値の肩を倚海龍が強く掴んだ。

 

「い、いいか? お前たちは、俺に構わず逃げろ……。俺は俺で逃げる……。裏に川があったはずだ──。そこで舟を探して川を北に下れ。そのまま、北上しろ……。元の金角領まで逃げ込めば、巴山虎(はざんとら)に対抗して、精細鬼(せいさんき)伶俐虫(れいりちゅう)がまだ叛乱を続けているはずだ……。素蛾殿をそこまで連れて行くのだ……。そうすれば、あいつらがなんとか、素蛾殿を宝玄仙殿のところまで送り届ける算段を考えてくれるだろう……」

 

「そ、そんな、倚海龍さんを置いていくわけには……」

 

「違う……。これは最悪の場合だ……。俺が合流できない場合はそうしろと言っているのだ……。そ、素蛾殿を必ず生きて返すのだ……。こ、これは、俺たちの役目だ……」

 

 そして、倚海龍は素蛾に視線を向けた。

 

「……あ、あなたに感謝する……。あなたは天の助けだった……。必ず、俺たちのどちらかが宝玄仙殿のところに送り届ける……」

 

「は、はい」

 

 素蛾はそう答えるしかなかった。

 日値が天井に近い明かり取りの窓を見あげた。

 

 すでに陽射しはない。

 夜がやってきたのだ。

 

「草縛り──」

 

 日値が叫んだ。

 日値の身体からたくさんの草蔓が出て壁を伝って上昇していく。

 やがて、その草蔓が縄梯子のかたちになった。

 

「じゃあ、俺が先に行きます、素蛾さん」

 

 日値が蔓を身体から切断した。

 その蔓の縄梯子を昇って行く。

 上まで行き、用心深く外を確かめてから窓の外に出ていく。

 すぐに腕が外から伸びて手招きされた。

 

「では……」

 

 素蛾は倚海龍に頭をさげてから蔓の縄梯子をのぼった。

 上側に辿り着いた。

 外はもう夜だ。外から射しこむ光はない。

 明かり取りの窓を潜り抜けるときもう一度下を見た。

 倚海龍は上をじっと見あげたままだ。

 ぎりぎりだったが、なんとか小窓から素蛾は外に出た。

 

 そこは、地下牢に入れられるときに入った建物の入口の裏であり、亜人城の中庭だ。

 人影はない。

 

「走れますか……?」

 

 日値は言ったが、それは質問ではない。

 すぐに、日値が駆け出した。

 素蛾も駆けた。

 

 石壁があり、そこに通用門があった。

 日値は用心深くそこに取りついた。そこはすぐに開いた。

 

「いまのが内壁部で、この向こうが外壁です。そこをおりれば、城の外になります」

 

 日値は小声で素早く言った。

 この向こうと言われても、素蛾の眼にはもうなにも見えない。

 ただ、まだこの先も石作りの壁や建物が続いているのがわかるだけだ。

 

「手を……」

 

 日値が手を伸ばした。素蛾はその手をぎゅっと握った。

 また、日値が駆け出した。

 

 走る──。

 

 ただ、走る──。

 

 火が見えた。

 

 素蛾ははっとした。

 篝火だ──。

 そこに衛兵がいた。

 

 日値が素蛾をとめた。

 ふたりで横の壁に張りつくようにした。

 

 巡回の兵も来た。

 ふと見ると、篝火のところに石壁がある。

 あれが外壁なのだろうか。

 城壁まではもう距離もない。

 巡回の兵と篝火で立っている兵が掛け合う声も聞こえるほどだ。

 しばらく無言のまま待つと、巡回の兵が完全に遠くになった。

 

「行きます……」

 

 日値が走った。

 

 素蛾も追う──。

 篝火の兵が気がついたが、日値が手を伸ばすような仕草をした瞬間、兵の地面から草が伸びて兵を包んだ。

 

「んんっ」

 

 その横をすぎた。

 兵は草に絡まれて地面に倒されていて、顔全体にも草が覆って声も出せないようになっている。

 日値が素早く篝火を倒して土をかけた。

 周辺が一瞬にして暗闇に包まれた。

 

「城壁に立って──」

 

 日値が短く言った。

 素蛾は城壁のぎりぎりのところに立った。

 暗闇だが、壁は高く、かなり下に地面があるのがわかる。

 素蛾の身体に蔓が巻きついた。

 

「飛んで──」

 

 素蛾は城壁の真下に跳躍した。

 身体に巻きついた蔓が縄のようになって突っ張り、そして、ゆっくりとおり始めた。

 しばらくすると地面に足が着いた。

 草蔓が身体から離れる。

 少しして、日値も蔓でおりてきた。

 

「こっちです」

 

 また日値が手を握ってくれて、小道のようなところを駆けた。

 少し行くと、城から鉦が激しく打たれ始めた。

 

 日値は一度立ち止まって振り返ったが、すぐに再び走りだした。

 素蛾も後ろに注意を払ったが、追手がこっちにかかる気配はしていない。

 

 ただ、鉦だけが鳴り響いている。

 やがて、川が見えた。

 ここまで誰にも会わなかった。

 

「ここで、待ってて──」

 

 日値が川に飛び込んだ。

 すぐに日値の姿も水の中を歩く音もしなくなった。

 素蛾は川の前でじっと立っていた。

 

 日値が戻るまでの時間は長かった。

 だが、実際にはすぐだったのかもしれない。

 

 やがて、川をなにかが動く気配がした。

 

 小舟だ。

 

 日値が棹を操って、こっちに舟を寄せようとしている。

 素蛾は川に踏み込んでいき、舟に乗り込んだ。

 

「舟底に身体を伏せて──」

 

 日値の言葉に従い、舟底に這うように身体を沈めた。

 

「ところで、倚海龍さんは……?」

 

 素蛾はささやいた。

 日値が舟を(あし)の中に隠すように動かした。

 

「わかりません……。ただ、城の外に出て川を進むためには、ここに来るしかありません。倚海龍さんもこの場所は知っています。倚海龍さんが合流するとすれば、ここしかありません。だから、ここで待つしかないです。でも、これ以上は待てないと俺が判断したら行きます。この川を少し進めば、大きな川にぶつかります。そこまで行けば、まず大丈夫と思います。問題は、そこまで辿り着けるかです」

 

 日値は静かに言った。

 鉦の音はまだ続いている。

 しかし、こっちに軍がやってくる気配がないということは、鐘の音が鳴っているのは、倚海龍を追っているのだろうか?

 地上に出る明かり取りの小窓からこっそりを脱出した素蛾と日値とは異なり、倚海龍は牢番の詰所を襲撃したのだ。

 当然、衛兵に追われながら強引に突破するしかなかったはずだ。

 素蛾と日値は、無言のまま、ただじっと待っていた。

 かなりの時間が経った気がする──。

 

「お、おい──」

 

 そのとき、城側ではなく不意に川沿いから生い茂る葦のあいだから衛兵がやってきた。

 

「きゃあああ」

 

 素蛾は悲鳴をあげてしまった。



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753 河原の闘争

「きゃあああ」

 

 素蛾は悲鳴をあげてしまった。

 とっさに日値(ひち)が棹を構えたが、すぐに脱力した。

 

「い、倚海龍(いかいりゅう)さん……」

 

 日値がほっとした声をあげた。

 それは衛兵の格好をした倚海龍だった。

 

「引きあげてくれ……」

 

 倚海龍が右手を日値に出した。

 闇でよくわからないが、倚海龍は血だらけだ。

 それでも大丈夫だったのだ。

 素蛾も安堵した。

 

「よかった、無事で……」

 

 倚海龍を舟に引きあげながら、日値が嬉しそうに言った。

 しかし、すぐに日値が息をのんだのがわかった。

 素蛾もわかった。

 倚海龍の左腕は軍装の袖ごと肘から先がなくなっていたのだ。

 

「い、倚海龍さん、腕が……?」

 

 日値が声をあげた。

 

「だ、大丈夫だ……。道術で粉砕されただけだ。だから、出血はない……。それよりも、出せ──」

 

 倚海龍が日値に低い声で叫んだ。

 日値が慌てたように、棹を操り始めた。

 舟が川の上を走りだす。

 

「わ、わたしくしが……」

 

 素蛾は舟の上を這い、倚海龍のところに寄った。

 倚海龍のなくなっている腕を掴んで股で挟むようにした。

 尿をかけようとしたのだ。

 だが、さっきしたばかりなので、それほど出ない。

 しかも、尿がかかっても、少しも倚海龍の失われた腕の切断面には変化がなかった。

 

「ど、どうして……? じゃ、じゃあ、舐めます……、待ってください──」

 

 素蛾は今度は切断面に舌を伸ばそうとした。

 

「い、いや……。駄目なようだな。おそらく、素蛾殿の力は道術で消滅させられた部位の復活はできないのだと思う……。これは、武器で斬られたのではないのだ……。道術で粉砕されたのだ……。だから、簡単には治療できないのだと思う……」

 

 倚海龍は素蛾から腕を引いた。

 

「そ、そんな……」

 

 素蛾はがっかりした。

 

「いや、素蛾殿のおかげだ……。それより、日値、あのいまいましい牢番の連中は、全員を殺してやったぞ。ひとり残らず逃がさなかった──。小気味よかった──。この三箇月の溜飲が一変にさがった──。日値のいない場所で復讐を終わらせてしまって、申し訳なかったがな──」

 

 倚海龍が朗らかに笑った。

 本当に嬉しそうな笑いだ。

 

「素蛾殿、このまま、とりあえず、さらに北に向かい、金角軍の残党に合流したいと思う。どこにいるかまではわからんが、牢番の連中が俺を拷問しながら、金角軍の残党のことを口走っていたのだ。だから、まだ、仲間がまだ残っていて、いまだに抵抗を続けていることだけは間違いない……。そこに合流できれば、素蛾殿は必ず、宝玄仙殿のところに連れていくことができる。それだけは約束する」

 

「わ、わたくしには、もうお願いするしかありません……。どうか、ご主人様や朱姫姉さんのところに戻してください……。お願いします」

 

 素蛾は舟の上で頭を下げた。

 

「なんとしても、俺たちのどちらかが送り届けることを約束する。それから、本当に感謝する。よくぞ、あの惨めな軍牢から俺たちを救い出してくれた。本当に感謝する」

 

 倚海龍が残っている右手で、しっかりと素蛾の手を握った。

 

「わ、わたくしこそ……」

 

「いや、あなたのおかげだ。あなたが隣の牢にやってきてくれなければ、俺は明日も惨めな拷問をあの牢番たちから受けなければならなかったんだ。今度は俺たちの番だ。なんとしても宝玄仙殿のところに連れて行く。俺としても、宝玄仙殿には、金角様の復讐の旗頭になってもらわなければならないしな。銀角様の救出もある……。宝玄仙殿がいなければ……。まあ、もっとも、宝玄仙殿は、俺の顔を見た瞬間に俺のことを殺すかもしれないがな……」

 

 倚海龍が自嘲気味に笑った。

 素蛾は驚いた。

 

「まあ、どうして、ご主人様が倚海龍様を殺すのですか?」

 

「なあに……、随分と以前に、俺は宝玄仙殿たちを殺そうとしたことがあってな。それが、金角様の役に立つと思っていたのだ……。残念ながら、殺すには至らなかったがね……。いまにして思えば、殺せなくてよかった……」

 

 倚海龍がまた笑った。

 素蛾は呆気にとられた。

 

「い、倚海龍さん──」

 

 舟を操作していた日値が悲痛な声をあげた。

 倚海龍が唸り声をあげた。

 

 素蛾も日値が見たものが見えた……。

 ぎょっとした。

 

 少し先に橋らしき場所があり、その付近にたくさんの篝火がある──。

 

 兵も大勢いる──。

 かなりの人数だ──。

 

 逃げられなかったのだ──。

 

 素蛾は背に冷たい汗が流れたのがわかった。

 

「日値、篝火の集まっているところからぎりぎり見える場所で舟を岸につけろ──。俺が囮になる──。お前たちは、舟に腹這いになって、その隙にあの橋の下を潜り抜けろ──。一か八かだ──。あの橋を越えれば、大きな河に出るはずだ。そこに出れば、連中も簡単には追えん──」

 

 倚海龍が静かに言った。

 素蛾は驚愕した。

 そんなことをすれば、今度こそ倚海龍は死ぬだろう。

 囮になるということは、わざと発見されるように岸に出るということだ。

 素蛾は倚海龍が橋の上にいる追っ手を引きつけるために、あそこで戦って死ぬ気であることがわかった。

 

「だったら、俺が行きます……。俺の草縛りの術なら十分な時間を確保できます。倚海龍さんは、このまま河に出て、北に進んでください」

 

 日値が言った。

 しかし、倚海龍が闇の中で首を横に振ったのがわかった。

 

「残念だが、俺は片手だ。舟の操作はできん。だが、右手があれば剣なら振れる。どちらがどちらの役目をするかは自明だな……。ほかに策はない……。そうでなければ、三人揃って死ぬことになるだけだ……」

 

「で、でも……」

 

「命令だ、日値──」

 

 倚海龍は叱るような口調で言った。

 日値が大きく息を吐いた。

 

「わかりました……。舟を岸につけます……。それから、舟を流します……。大きな河にぶつかるまでなら、そのまま舟は流れてくれるはずです……」

 

 日値が中心を進んでいた舟を岸に近づけ始めた。

 

「そんなあ──」

 

 素蛾は声をあげてしまった。

 

「声を出すな──」

 

 倚海龍が低い声で言った。

 それ以上、素蛾にはなにも言えなかった。

 言う権利もない──。

 素蛾は、舟がゆっくりと岸に近づくのを傍観するしかなかった……。

 

「日値──、素蛾殿を頼むぞ──。必ず、宝玄仙殿のところに──。それと、素蛾殿、宝玄仙殿たちに伝えてください。できれば面と向かって謝罪したかったがそれはできそうにないと……。そして、必ず金角様の仇を打って欲しいと──」

 

「は、はい……」

 

 素蛾はそれだけを言った。

 

 

 *

 

 

 倚海龍はわざと大きな水音を立てて、舟から飛び降りた。

 

 同時に舟を蹴飛ばして、川の中心に押し流した。

 日値と素蛾は舟底に張りつくようにうつ伏せになっている。

 この闇では人が乗っているかどうかなどわかるわけがない。

 乗り手のいなくなった舟が流されてしまったように見えなくもないはずだ。

 

「いたぞ──」

 

「あそこだ──」

 

「逃げるぞ──」

 

 橋の上から水面を含めた周囲を見張っていた一団が一斉にこっちに注目するのがわかった。

 倚海龍は剣を持ったまま、川の土手を駆けあがった。

 

 道術の火弾が空中に飛んで倚海龍のいる一帯を明るく照らした。

 倚海龍はとっさに草むらに飛び込んだ。

 舟からおりた倚海龍が土手に駆けたことは悟られても、ここにいるのがひとりしかいないことが知られてはならないのだ。

 草むらに入れば、その中に隠れていると思うだろう。

 

 また、幸いにも、倚海龍のいる上を火弾が照らしていることで、相対的に水面は真っ暗になっている。

 倚海龍からも舟の存在はわからなくなった。

 橋の上の火が一斉にこっちに移動してもきた。

 

「ここにいるんだ──。わかったな──」

 

 倚海龍は、草むらから飛び出ると、大声で誰もいない草むらに叫んだ。

 そして、やってくる一団に向かって駆けた。

 倚海龍に気がついた数人が槍のようなものを前にかざした。

 

「うおおおお──」

 

 雄叫びをあげて倚海龍は、それに向かって飛び込んだ。

 先頭の三人を一度に斬った。

 

 さらに突き進む──。

 

 四人──。

 

 五人──。

 

 斬り進む──。

 やがて、完全に囲まれた。

 

 斬って、斬って、斬りまくった。

 

 四方のどこを見ても敵ばかりだ。

 

 橋の上を見た。

 すでに橋の上には人影はない。

 完全にこっちに誘導することに成功したようだ。

 倚海龍に集まっている兵の一部が川の方向に向かう気配もない。

 

 日値と素蛾が隠れている舟は、そろそろ橋の下を通りすぎたはずだ。

 その向こうは大きな河だ──。

 そこまで逃げれば、日値と素蛾は舟に乗ったまま九霊聖女の勢力地の外まで脱出できると思う。

 倚海龍は敵を斬りながら思った。

 

 どんどんと倚海龍の周りに敵が集まってくる。

 もう、見える視界のすべてが敵兵になった。

 

 倚海龍はひたすら斬りまくったが、際限がない。

 

 下腹部をなにかに貫かれた。

 

 槍だ──。

 

 倚海龍は腹に槍を刺したまま、突き刺した者を斬った。

 今度は背中から胸に向かってなにかが貫いた。

 

「はははは、金角軍の四天王がひとりの倚海龍だ──。死にたい者だけこい──」

 

 剣を背中側に回して、身体を槍で貫かせた相手を叩き切る。

 うまいぐあいに槍が抜けた。

 さらに三人、四人と斬り倒す。

 ついでに腹に刺さった槍も根元で切断した。

 身体が自由になる。

 

 走った。

 走れなくなったときが最期だ。

 そう思った。

 

 追いすがった敵を二人ほど、一刀で切断する。

 囲みに隙間ができる。

 そこを突破する。

 大勢の敵が慌て始めるのがわかった。

 

 これでも、精強で鳴らしている金角軍で四天王を名乗った倚海龍だ──。

 その倚海龍の最期の戦いを見せてやる──。

 

 囲みを抜けても、そこには新しい囲みがあるだけだ。

 倚海龍は、突如反転して、追ってくる敵を四人同時に殺す。

 すると、目の前に近づいていた敵が倚海龍に背を向けた。

 

「まずは、大きく囲め──。囲みを完成しろ──」

 

 誰かの吠えるような声がした。

 囲んでじわじわと縮めるつもりか──?

 倚海龍は包囲を突破することを諦めたつもりはない。

 隙を見つけて突進する。

 

 しかし、なにかが耳を掠めた。

 矢だ──。

 

 次々に射かけられてくる。

 片手で持っている剣で払い落とすが全部は避けきれない。

 

 膝に刺さる──。

 背中にも──。

 さらに腹──。

 

「この九霊聖女軍の腰抜けどもがああ──」

 

 倚海龍はありったけの雄叫びをあげた。

 

「片手しかないこの倚海龍をまともに戦える者はいないのかああ──。お前らは卑怯者の糞ったれだああ──。弱い敵を卑怯な手段でしか戦えないうじ虫どもだあ。二度と戦士を名乗るんじゃない──」

 

 河原が静かになった。

 そして、雄叫びが起こった。

 大きな獣馬に跨がっている男が突進してきた。

 

「来い──」

 

 倚海龍はひとりに向かって駆けて跳躍して、獣馬の上の男の首を落とした。

 しかし、地上に降りたときには、片脚の膝から下がなくなっていた。

 倚海龍は片膝をつくような格好で河原にうずくまる。

 

「槍だ──。槍と矢で殺せ──」

 

 再び声がして、一斉に槍と矢が襲ってきた。

 近づこうとする敵はいない。

 三本ほどの槍が身体に刺さり、矢もどんどんと身体に吸い込まれる。

 剣で払おうとしたが、その腕にも矢が数本刺さった。

 

 星が見えた──。

 

 空?

 

 いま、自分は上を見ているのか?

 

 なにもわからない。

 音も聞こえない。

 

 日値と素蛾はうまく逃げられただろうか……?

 

 そして、視界が消滅した。



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754 女魔王の失望

「……わかった。もうよい……」

 

 九霊聖女(くれいせいじょ)は、報告の終わった三人の手の者を退がらせた。

 そして、天井を仰いで溜息をついた。

 

 西方帝国で囚われとなっている黄獅姫(おうしき)の救出の材料であり、あわよくば、西方帝国に滞在しているらしい宝玄仙の抹殺の道具に利用しようと考えていた素蛾という小娘は逃亡した。

 夕べのことだ。

 素蛾は、すでに九霊聖女の勢力地の外に逃亡を果たしており、おそらく、新たに旧金角の勢力地を支配することになった巴山虎(はざんとら)の支配域に逃げ込んで、そこでいまだに活動を続けている金角軍の残党勢力に保護された可能性が極めて高い──。

 

 それが手の者たちの報告だった。

 別に追手の指揮を命じていた部下からも報告があがっており、その内容とも合致する。

 

 おそらく、事実なのだろう……。

 素蛾は逃げた──。

 それを受け入れるしかない。

 

「陛下、あたしの責任です。いかような処分も甘んじて受けます──」

 

 末席にいる寓天(ぐうてん)が頭をさげた。

 

「いや、お前の責ではない、寓天──。牢番どもの管理はお前の役目ではあるまい。牢番たちが野放図に囚人を扱うのを許していた監督者の官吏には、それなりの責を問うが、お前に命じたのは素蛾を拷問して屈伏させることだ。しかし、素蛾を含めた連環城の囚人たちを獄に繋いでおくのは、その命令の外だ──。もっと言えば、お前が拷問中だった素蛾を逃がしてしまったのは、わたし自身の牢番どもの監督が甘かったのだ。許せ」

 

 九霊聖女は静かに言った。

 

「い、いえ……」

 

 寓天が神妙な表情でもう一度頭を下げた。

 連環城の九霊聖女の執務室に近い広間だ。

 そこに九霊聖女の重鎮中の重鎮ともいえる五人ほどの部下が集まっている。

 この五人は、九霊聖女のすべての武官、文官、そして、官吏、支配地域内で生きている亜人を支配している者たちであり、この五人を通じて、九霊聖女がもともと南山大王の支配であった領域と魔王城を支配しているのだ。

 

 ただし、五人のうちの四人は、本来は南山大王の部下であり、南山の支配道術を受け入れていた。

 純粋に九霊聖女の支配だけを受け入れているのは、寓天だけだ。

 それが九霊聖女の支配の不安定さを示しているといえた。

 

 九霊聖女の支配を完全なものにするためには、南山大王を完全に抹殺し、旧部下たちにかかっていた支配術の影響を消去して、新たに九霊聖女の支配道術を受け入れさせるべきなのだが、いまは、その態勢がとれない。

 それについても、九霊聖女の甘さが原因に違いない。

 九霊聖女は今更ながら、歯噛みする思いだ。

 

「牢番につけていた者たちは、亜人兵の一員でありながら、どの将軍の隊にも所属せず、あいまいな立場でした。それが連中の監督が不行き届きになった原因でしょう。ほかにも連環城の警備をしている衛兵そのものも、部署ごとに武将ではない官吏の支配となっており、管轄の存在がお互いの警備の齟齬を発生させたといえます──。この際、連環城の警備のあり方を改革し、連環城を管理する牢番兵を含めた衛兵は近衛団の管轄として指揮を一本化すべきでしょう」

 

 周倫完(しゅうりんかん)が言った。

 宰相であり、各大臣を束ねる男だ。

 政事に関することのすべてを事実上仕切っている。

 やはり、もともと南山大王の部下のひとりだ。

 

「うむ……。それはやれ、周倫完──。ただ、問題は、それを一本化して預かることになる近衛隊長の人事だな……」

 

 九霊聖女は言った。

 最後の言葉は、部下たちに向ける言葉ではなく、自分自身に告げたものだ。

 

 現在の近衛隊長は西方帝国で囚われとなっている黄獅姫だ。

 南山大王を封印してこの連環城を乗っ取った九霊聖女が最初にやったのは、南山大王の近衛隊長を解任して、新たに黄獅姫を近衛隊長にすることだった。

 近衛隊というのは、魔王である九霊聖女が直接に指揮をする軍であり、通常は九霊聖女の身辺警護などを司る。

 魔王の近くに存在し、その命を守る者であるから、指揮官にもっとも信頼ができる者をつけるのは当然である。

 万が一にも、九霊聖女に背く可能性のある者は絶対にその任にはあてられない。

 だから、九霊聖女は近衛隊長に黄獅姫を任命したのだ。

 

 黄獅姫は九霊聖女を裏切る可能性はない。

 だが、今回の人間族の西方帝国を乗っ取り工作のために、その黄獅姫を近衛隊長の役割から一時的に解いて女闘士として帝国に送っていた。

 そのあいだは、近衛隊長の職務は副隊長にやらせたのだ。

 

 副隊長は旧南山大王の部下なので九霊聖女としては不安なのだが、実際としては、九霊聖女自身も西方帝国の帝都に人間族の童女にやつして潜入していたのだから問題はなかった。

 しかし、いまは九霊聖女は連環城に戻ってきており、しかも、本来の近衛隊長の黄獅姫は囚われているという状態だ。

 すると、いまの九霊聖女の身辺警護をするのが、旧南山大王派の副隊長ということになる。それは九霊聖女には都合の悪いことなのだ。

 

「寓天──」

 

 九霊聖女は声をかけた。

 

「はっ」

 

「お前を近衛副隊長に任じる。現在の副隊長と交代だ。そして、黄獅姫の不在間の近衛隊の指揮をとれ」

 

「わ、わかりました、陛下」

 

 寓天が言った。

 寓天のいまの立場からすれば、近衛副隊長に任じられるのは出世だ。

 素蛾逃亡の責任の一端があると思っていた寓天からすれば、責任を問われることがなかっただけでなく、さらに重要な役割を与えられるというのは意外だったのだろう。

 

 しかし、九霊聖女としては仕方のない人事だ。

 南山大王の支配道術を受けたままの南山大王派の部下が、大勢を占める現状において、九霊聖女の支配道術を受け入れている部下の存在は貴重だ。

 特に、黄獅姫が宝玄仙の手に渡っているいま、できるかぎり九霊聖女の周りを純粋な九霊聖女の部下で固める必要がある。

 そのとき、部屋に伝令がやってきた。

 

「なんだ?」

 

 伝令は西方帝国から大角(おおづの)軍鶏猫(しゃもねこ)が戻ってきたと報告してきた。

 九霊聖女はびっくりした。

 大角は、西方帝国に潜入して黄獅姫奪回の工作をするように数日前に命じて送り出したばかりの男だし、軍鶏猫は力獅子(りきじし)とともに、降妖君に貸し与える闘奴隷として送り込んだ闘士であり、今回の西方帝国工作失敗の際に撤退する要員には入れずに、そのまま人間として潜入を続けろと命じた部下だ。

 大角には、軍鶏猫と力獅子を黄獅姫奪回の手駒として使うように命じていた。

 

 黄獅姫を連れ戻すまで戻ってくるなと命じた大角が、もう戻ってきたとはどういうことだろう──?

 黄獅姫は部屋にいる五人の重鎮に視線を向けた。

 周倫完をはじめとして、五人も首を傾げている。

 

「とりあえず、そいつらをここに通せ──」

 

 九霊聖女は伝令に言った。

 伝令が外に出ていくとともに、すぐに大角と軍鶏猫のふたりが入ってきた。

 ふたりは九霊聖女の座っている椅子の前までやってきて、揃って片膝をついた。

 

「堅苦しい挨拶はよい──。お前たちがここにいるということは、なんらかの吉報を持ってきたのであろうな? 黄獅姫の救出に成功したのか、大角?」

 

 九霊聖女は言った。

 自分の口調には少し苛ついた響きがあった。

 もちろん、黄獅姫がまだ救出されていないことは知っている。

 もしも、救出されていれば、その時点で報告がある。それは届いていない。

 

「いえ、救出そのものには成功しておりませんが、皇子の釘鈀(ていは)と宝玄仙は、黄獅姫殿の釈放の交渉に応じました。俺たちは、連中の提示した黄獅姫殿の釈放の条件を伝えるために戻ってきたのです。力獅子は向こうに残っています。三人のうちのひとりは残れという要求だったので……」

 

 大角は言った。

 

「お、お前たちは、人間族どもの宮廷と交渉をしたのか?」

 

 九霊聖女は驚いて声をあげた。

 確かに大角には、どんな手を使ってもいいから、黄獅姫を奪回しろ命令した。

 ただ、それはなんらかの工作をして、おそらく牢に囚われているであろう黄獅姫を処刑前に強引に脱走させろという意味だった。

 大角に、こちら側の使者として人間族の宮廷に赴き、黄獅姫の釈放を要求しろと言ったつもりはない。

 そんなことをしても、こちらには交渉の弾もないし、無駄だと思っていた。

 それに、皇帝襲撃を企てた魔王の部下がのこのこと連中の前に出ていくことは危険だ。

 そんなことをすれば、間違いなく黄獅姫とともに捕らわれるか、あるいは、その場で殺されるだけだと信じていた。

 西方帝国側が九霊聖女側と交渉をしなければならない理由はないはずだ。

 だが、こいつらは、向こうの宮廷となんらかの交渉をしてきた気配だ。

 

「正直に申せば、望んで交渉したというよりは、帝都に潜入したところをあっさりと、宝玄仙に見つかって、三人揃って強引に宮廷に連れて行かれたのです……。しかし、俺たちは、釘鈀皇子の要求を伝えるために、魔域に戻ることを許されたというわけでして……」

 

 大角がばつが悪そうに言った。

 そういうことかと思った。

 

 相手は宝玄仙だ。

 その気になれば、帝都に隠れている亜人を炙りだすくらい簡単なのかもしれない。

 だが、向こうの要求とはなんだろうか?

 九霊聖女としては、黄獅姫の身柄だけはなんとしても確保しなければならない。

 大抵の要求には応じてもいいと思っている。

 

「……まあいい──。それで向こうの要求はなんだ──?」

 

「人質交換です。黄獅姫殿と素蛾の身柄を交換すると言っております。時期はできるだけ早く。場所は向こうの西方帝国における帝都郊外の軍の演習場です。周囲にはなにもない原野があるだけの場所です」

 

「あ、あの奴隷娘と黄獅姫の一対一交換に応じるというのか──?」

 

 九霊聖女はびっくりして声をあげた。

 あの童女が連中にとってそれほど大切な存在だとは思わなかった。

 そして、あの素蛾は、奴隷とはいえ、宝玄仙の供だということを改めて思い出した。

 

 迂闊だった……。

 

 また、西方帝国側が宝玄仙の奴隷娘の身柄と黄獅姫の身柄の交換を申し出たということは、宝玄仙が西方帝国の宮廷そのものに、深く関わっているということでもあるだろう。

 宝玄仙が帝国にとっての重要人物でなければ、そんな交渉が提示されるわけもないのだ。

 そう考えたとき、九霊聖女は、いま大角が向こう側の相手として、釘鈀皇子の名を出したことを思い出した。

 第二皇子の釘鈀は、西方帝国の宮廷の実権は握ってはいなかったはずだ。

 

「ところで、お前たちの交渉相手は、皇帝ではなく、釘鈀なのか?」

 

「あっ──。西方帝国において、いま現在宮廷を取り仕切っているのは釘鈀皇子なのです。皇帝は瀕死の負傷を負い静養中ですし、第一皇子の金箍(きんか)は死にました。従って、皇帝代行が釘鈀なのです」

 

 大角が言った。

 

「そういうことか……」

 

 九霊聖女は納得した。

 そういうことであれば、もちろん九霊聖女にとって不満はない。

 奴隷娘を返すだけで大切な黄獅姫が戻ってくるなら、これほどにこちらに優位な条件はない。

 捕らわれて宮廷に連れていかれたにしろ、向こうから要求されたその条件を大角が九霊聖女に伝えることを約束して戻ってきたのは理解できる。

 

 しかし……。

 その肝心な素蛾がいない……。

 

 素蛾は、ここに連れてきたその日のうちに同じ軍牢に監禁していた日値という金角の元部下とともに逃亡してしまっている……。

 素蛾を監禁しようとした牢には、実は約三箇月前に捕縛させた金角の部下だった倚海龍(いかいりゅう)日値(ひち)という男ふたりを収容していたのだ。

 どういう方法なのかわからないが、その倚海龍と日値が素蛾と接触することに成功して三人で逃亡した。

 その経緯が不明なのは、軍牢を見張っていた牢番の全員が殺されていたからだ。

 

 わかっているのは、三人の脱出の発端は、牢番の一部が素蛾を犯そうとしたことから始まったということと、封じていたはずの倚海龍と日値の道術が復活したということだ。

 それで三人は逃げた。

 倚海龍については、追跡隊が途中で捕捉して惨殺したが、日値と素蛾については、結局逃げられてしまったのだ。

 

「……どうかしましたか、陛下? 我々のうちの少なくともひとりは、返答を持ってすぐに帰られねばならんのです。俺はこちらとしては問題のない条件だと思いますが……」

 

 おそらく九霊聖女は不機嫌な顔になっていたと思う。

 だから、大角は心配になったに違いない。

 

「い、いや、すまん──。苦労だった──。お前たちは戻って向こうに承知したと伝えよ。素蛾の身代わりについてはなんとか準備する」

 

 九霊聖女は言った。

 素蛾は逃亡してしまったが、それは隠し通すしかないだろう。

 『変身術』のできる者に素蛾の身代わりをさせるしかない。

 しかし、通常の『変身術』は変身する対象の体液や身体の一部を必要とする。

 だが、すでに素蛾はいないのだから、単純な記憶だけで『変身術』が遣える者が必要だ。

 素蛾の姿を見たことがある者で、記憶のみの『変身術』が扱える人物──。

 その条件に合致するのは、九霊聖女はひとりしか知らない。

 

 九霊聖女自身だ──。

 まあいい──。

 

 黄獅姫さえ戻れば、なんとかなる。

 身柄交換の後で素蛾に化けていた九霊聖女自身が逃亡することは容易だろう。

 場合によっては、宝玄仙の抹殺をする機会もあるかもしれない。

 魔王たる九霊聖女自身が、素蛾に化けるのは危険ではあるが仕方がない……。

 

「あ、あのう……。準備するとはどういうことでしょうか、陛下? 素蛾はここにはいないのですか?」

 

 大角の横で黙って跪いたままだった軍鶏猫が怪訝な表情をした。

 

「……実は、素蛾は逃亡した。もうすでにここにはおらん」

 

 九霊聖女は苦々しく言った。

 素蛾が逃亡したことは、連環城では周知の事実だ。

 交渉役のこいつらが知る必要のない事実だが、すでに隠すだけ無駄だ。

 

「ええ──?」

 

 軍鶏猫が大きな声をあげた。

 いつも冷笑的な軍鶏猫としては珍しく大きく感情を動かしたような表情だ。

 

「だが、向こうに悟られるな──。素蛾の代役は準備する。だから、人間族が素蛾の逃亡に気がつく前に、交換の実行を終わらせてしまうぞ──。人間族の条件をのむ。お前たちはそう伝えよ──」

 

 九霊聖女は言った。

 ふたりが同時に当惑した様子になった。

 

「どうかしたのか?」

 

 九霊聖女は言った。

 

「い、いえ──。あ、あのさしつかえなければ、素蛾はどこに逃亡したのか教えてもらうわけにはいきませんか?」

 

 軍鶏猫が言った。

 

「北の旧金角域だ──。日値という植物族の小妖と一緒に逃げたのだ。しかも旧金角域にいる金角軍の残党どものところの合流に成功したようだ──。それよりも、お前たちは行け──。いいか──。できるだけ早く人質交換を成立させるのだぞ」

 

 九霊聖女はふたりに退がるように言った。

 しかし、そのとき、ふたりが再び顔を見合わせた。

 そして、困ったような表情をしている。

 退がれと命じたにも関わらず、立ちあがらないというのは、まだ、報告すべきことが残っているのだろうか……?

 

「どうかしたのか……? なぜ、退がらん?」

 

 九霊聖女は強い口調で言った。

 しかし、ふたりはもじもじと身体を動かして、お互いを牽制し合うような仕草をしている。

 やはり、まだなにか伝えるべきことがなにかあるようだ。

 

「大角──、言いべきことが残っているなら、早く言え──。ないなら、退がれ──」

 

 九霊聖女は怒鳴った。

 

「そ、そのう……。実は宝玄仙から渡せと言われたものがありまして……。申し訳ありません。ちょっと、ここでは出しそびれておりました。できれば、九霊聖女様だけの方がよろしいかと……」

 

「宝玄仙から──? なぜ、それを最初に出さん──? 早く、ここで出せ」

 

 九霊聖女はびっくりした。

 

「あ、あの──。で、ですから、ほかの方々の前では出しにくいというか……。で、でも、これを陛下に見せることも、宝玄仙の指示でありまして……」

 

 大角が汗をかきながら言った。

 九霊聖女は、椅子の手摺りを思い切り叩いた。

 大角と軍鶏猫がびくりとしたように顔をあげた。

 

「なにを訳のわからぬことを言っておるか──。宝玄仙の伝言ということであれば、内容を含めて、ここにいる全員で検討せねばならんわ──。わたしが知って、ここにいる者に告げれば同じことだ。この部屋の中の者は重鎮中の重鎮だ──。秘密にする必要はない。いいから、その伝言を出せ」

 

 九霊聖女は怒鳴った

 

「あっ……。伝言というわけでは……。どちららかといえば、悪戯に類するものかと……」

 

「悪戯……? 危険なものか?」

 

 九霊聖女は呆気にとられた。

 大角が慌てたように首を横に振った。

 

「いえ、いえ──。危険はありません。それは断言します」

 

「だったら、もったいぶらずに出せ──」

 

 九霊聖女は、大角たちの煮え切らない態度に苛々してきた。

 

「わ、わかりました──。出します──。でも、俺たちに怒らないでくださいよ……。俺たちは、こんなもの持っていったら、怒らせるだけだと反対したんですよ……」

 

 大角が懐から紙の包みのようなものを出して、九霊聖女に拡げて差し出した。

 

「なんだ、これは?」

 

 拡がった紙の上にあったのは黄金色の短い毛だ。

 それなりの量がある。

 それが折りたたんだ紙の中に包んでいたのだ。

 

「そ、そのう……。宝玄仙の言うには、九霊聖女様が見たことがあるものだと……。だから、見ればわかると……」

 

 大角が紙の上の毛を両手で差し出しながら言った。

 

「見ればわかる……?」

 

 九霊聖女は首を傾げた。

 見ればわかると言われても……。

 

 黄金色の髪の毛……?

 縮れている。

 いや……。髪の毛という感じではない……。

 

 これは……。

 

 あれ……?

 

「こ、これは──」

 

 九霊聖女はこの毛がなんであるかわかって激怒して立ちあがった。

 これは黄獅姫の陰毛だ──。

 宝玄仙は、交渉役の大角と軍鶏猫に黄獅姫の陰毛を渡して持っていかせたのだ。

 つまりは、これで黄獅姫がどんな目に遭っているか察しろという意味だ。

 

「じゃ、じゃあ、俺たちは退がります。交渉については、ご指示に従います」

 

 大角が慌てたように言った。

 そして、片膝をついたままだったふたりが立ちあがった。

 

「待て、大角──」

 

 九霊聖女はそのまま出て行こうとした大角を呼びとめた。

 

「はっ?」

 

 振り返った大角の睾丸を下袴の上から九霊聖女は鷲掴みした。

 

「ひゃ、ひゃあ──」

 

 大角が悲鳴をあげた。

 

「なんだ、お前は──? 女みたいな悲鳴をあげおって──。言っておくぞ──。絶対に交渉は成功させろ。もしも、交渉が成立しなかったら、この前、言った通り、お前の睾丸を引き抜いてやるからな──。だから、死ぬ気で交渉しろ──」

 

 九霊聖女は軽く大角の睾丸を揉みながら言った。

 

「は、は、はい……。は、はい──」

 

 大角が柄にもなく真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに身体を悶えさせた。

 

 

 

 

(第114話『妖魔城の虜囚』終わり、第115話『好色皇帝』に続く)







【西遊記:89・90回、九霊元聖(きゅうれいげんせい)
(「729 闘奴受諾の条件」の後書きの続きになります。)

 三王子に貸した自分たちの得物を盗まれてしまった孫悟空たちは、それを取り戻すことにします。
 孫悟空は、普通の人間には、孫悟空たちの武器を扱えるわけがないので、おそらく近傍に巣くう妖魔の仕業だろうと見当をつけます。
 孫悟空が妖魔のことを訊ねると、三王子は近くにある豹頭山に黄獅(おうし)という妖魔がいると答えます。

 孫悟空が黄獅の洞府(住み処)に乗り込むと、果たしてそこに孫悟空たちの武器がありました。武器を盗んだのが黄獅だと悟った孫悟空は、武器を取り戻すとともに、黄獅の洞府を部下ごと焼き払ってしまいます。

 居城を焼き払われた黄獅は、祖父の九霊元聖(きゅうれいげんせい)のところに逃亡して泣きつきます。
 九霊元聖は、一族を率いて人間たちの国に攻め込んできます。

 人間族と妖魔軍の戦争です。
 孫悟空たち三人の玄奘の供は、三王子の率いる軍に加わり、妖魔軍を迎え撃ちます。

 一日目の戦いでは、猪八戒が敵の捕虜になります。
 逆に、孫悟空は、妖魔軍の狻猊(さんげい)白沢(はくたく)という九霊元聖野孫を生け捕りにします。

 二日目の戦いにおいて孫悟空は、やはり九霊元聖の孫である伏狸(ふくり)搏象(はくぞう)猱獅(どうし)雪獅(せつし)を生け捕りにします。
 また、九霊元聖の孫のひとりである黄獅(おうし)を戦いの中で殺します。

 一方で、この二日目の戦いの最中において、九霊元聖が孫悟空たちの裏をかき、人間族の王城に潜入してきます。九霊元聖は、人間族の国王、三王子、玄奘を捕らえて連れていってしまいます。

 二日目の戦いからも取った孫悟空は、国王や玄奘たちがさらわれたことを知ります。
 孫悟空は、嘆き悲しむ城郭の者たちを叱咤するとともに、こっちにも九霊元聖の孫を人質にしているのだから、向こうも人質を殺さないだろうと慰めます。
 また、九霊元聖軍は、国王、三王子、玄奘を連れたまま、妖魔軍を退却させます。

 孫悟空と沙悟浄は、ふたりだけで退却していった妖魔軍を追いかけます。
 しかし、九霊元聖の居城であり「連環城」の前で九霊元聖に捕らわれてしまいます。

 拘束されて連環城に連れ込まれた孫悟空は、九霊元聖の命令により、彼の部下の青面(あおづら)突飛腹黒(とっぴはらぐろ)腹黒突飛(はらぐろとっぴ)から拷問を受けます。
 孫悟空に散々に拷問をした青面たちは、疲れて眠ってしまします。
 すかさず縄抜けをした孫悟空は、青面、突飛腹黒、腹黒突飛を殺して、同じ場所にいた沙悟浄と猪八戒を助けようとします。
 しかし、ふたりの拘束を解く前に猪八戒が大声を発して、その声で九霊元聖の兵が殺到してきます。
 仕方なく、孫悟空は単身で連環城から脱走します。

 連環城を脱出した孫悟空は、そのまま天界にむかい援軍を仰ぎます。
 天界において、孫悟空は、九霊元聖の正体が、太乙救苦天尊(たいいつきゅうくてんそん)(※)が管理していた天獣であることを教えられます。
 その天獣が逃亡したのは、三日前です。
 天界の一日は、下界の一年にあたるため、その天獣は九霊元聖となって三年間暴れていたというわけです。

 太乙救苦天尊は、孫悟空とともに下界におりて、天獣である九霊元聖を捕らえて天界に連れ帰ります。
 九霊元聖に捕らわれていた国王や玄奘たちも救出します。
 連環城は完全に破壊されて、九霊元聖の孫や部下は全員が処刑されます。
 玄奘たちは、三王子たちに武芸を伝授してから、雷音寺に向かって出発します。

(※)「天尊(てんそん)」というのは、道教における最高神たちの尊称です。仏教における「如来(にょらい)」に相当します。
 本エピソードに限らず、『西遊記』は、中国に古来から根付いている「道教」と、インドから伝わってきた「仏教」が融合された世界観で描かれています。


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 第115話 好色皇帝【溥儀雷(ふぎらい)帝】
755 宮廷からの呼び出し


「ここで、しばらく待機しろということだ」

 

 沙那を家具のない部屋に連れてきた案内の官吏は、ぶっきらぼうにそう言うと、部屋を出ていった。

 沙那はひとりぼっちで部屋に残された。

 部屋はなにもない。

 一切の家具はなく、それどころか、椅子も卓さえもない。

 窓もない。

 光は天井にある豪華な装飾のある燭台で照らされていたが、それを除けば牢を思わせた。

 

 釘鈀(ていは)の呼び出しで、沙那が宮廷府にやってきたのは、これが最初ではなかったが、こんな殺風景な部屋で待つように指示を受けたのは、これが初めてだった。

 沙那は仕方なく壁のひとつを選んで背もたれた。

 案内人は、いつまで待つのかということは説明しなかったし、そもそも、なんの用事で釘鈀が沙那を宮廷に呼び出したかということも教えなかった。

 

 もっとも、あの役人からすれば、釘鈀の闘奴隷ということになっている沙那が、「主人」である釘鈀に呼び出されたというだけのことであり、沙那に敬意を抱かなければならないなんの理由も見出せないはずだ。

 沙那はためしに、部屋にひとつしかない扉を試してみた。

 だが、しっかりと外から鍵がかけられていた。

 

 これでは監禁ではないか……。

 沙那は釘鈀の扱いに少し不満を覚えた。

 

 闘技場の騒乱で、亜人たちが皇帝の暗殺を企てるという事件が起こって五日が経っている。

 この宮廷府の主人は、瀕死を負った溥儀雷(ふぎらい)帝に代わって、一時的に「皇帝代理」の職務を執っている釘鈀になっている。

 皇帝の溥儀雷帝は、あの騒乱により、命そのものは取り留めたものの、いまは療養中であり、宮廷府から離れて、帝都だけで五個ほどある屋敷群のどこかで治療に専念しているということだった。

 そのどこにいるのかは釘鈀自身さえも知らないらしい。

 

 当初は、喉を斬られた皇帝を宝玄仙が得意の『治療術』で治してやろうとした。

 その場合は、まったく養生の期間など不要だっただろう。

 しかし、どこの馬の骨ともわからない宝玄仙の『治療術』で皇帝を治すことを宮廷道術師長の王允(おういん)が反対し、皇帝の治療はおかかえの宮廷道術師たちの道術で行うことになった。

 だから、大勢の宮廷道術師が能力を駆使しても、治療に数日以上が必要になったようだ。

 

 ともかく、宮廷道術師たちの道術により、溥儀雷帝の当座の治療は終わったものの、いまは体力回復のための静養中だという。

 一時的に政務を離れた皇帝に代わり、混乱した帝都を収めようとしているのが、暫定的な皇帝代理を務めることになった第二皇子の釘鈀だ。

 この西方帝国には、まだ正式に任命された皇太子はいなかったが、第一皇子の金箍(きんか)が亜人に操られて皇帝を暗殺しようとして近衛隊に全身を切り刻まれて死んだため、第二皇子の釘鈀が皇帝代理として事態の収束を図ることになったのだ。

 

 あれから五日──。

 

 釘鈀は屋敷には戻っておらす、ずっと宮廷府に詰め切りになって、政務の指示を続けている。

 一方で、沙那たち宝玄仙側たちも、釘鈀の屋敷において状況の打開を図ろうとしていた。

 つまり、釘鈀は、役人たちと近衛軍による死んだ金箍皇子と降妖君(こんようくん)の調査をもって亜人たちがやろうとした陰謀について解明しようとし、屋敷側では、捕えた黄獅姫(おうしき)の直接の「訊問」などにより、素蛾の行方や金角軍の状況について知ろうとしたのだ。

 二正面になった宮廷側と屋敷側の連絡係は、陳嬌(てんきょう)と沙那が務めた。

 皇帝代理ということになった釘鈀は、忙しすぎて自分の屋敷に戻ってくることもできなかったからだ。

 

 いずれにしても、黄獅姫を近衛軍に引き渡さなかったのは、渡せば、近衛軍が黄獅姫を拷問で殺してしまう恐れがあったからだ。 

 黄獅姫を「拷問」してでも、今回の事件の背景を知りたいということでは、宝玄仙たち側でも同じだが、黄獅姫を宮廷側に殺されてしまえば、人質交換などの手段により素蛾救出の材料として使うことができなくなってしまう。

 もちろん、お互いの人質の交換による素蛾の身柄の確保は、素蛾を亜人城から救出する手段のひとつであり、ほかにも考えられる限りの手は打った。

 

 自分の身代わりになって連れて行かれた素蛾を助けたいというのは、釘鈀も同じ思いであり、釘鈀自身も黄獅姫の身柄を宝玄仙側で確保することを許した。

 皇帝代理といっても、それは皇帝が復帰するまでのことでしかない。

 黄獅姫を宮廷側で確保させてしまえば、皇帝が政務復帰のときに、そのまま黄獅姫も皇帝が把握することになる。

 そのときは、間違いなく溥儀雷帝は黄獅姫を惨たらしく処刑させるはずだ。

 皇帝からすれば、素蛾を助けなければならない動機はなにもないからだ。

 

 とにかく、五日目にして、ようやく、状況が霧が晴れるようにおよそのことがわかってきた。

 西方帝国に手を出して、皇帝暗殺を企てた亜人たちは、九霊聖女(くれいせいじょ)という魔域の入口を支配する女魔王だった。

 九霊聖女は、西方帝国の第三皇子であり、皇位継承権を与えられていなかった降妖君の不満を利用し、帝都における闘技会を開催させ、十数名の亜人闘士を送り込むことで、現帝である溥儀雷帝を闘技場で暗殺しようとしたのだ。

 その間に、第一皇子の金箍に奴隷の刻印を刻むことに成功していて、さらに第二皇子の釘鈀にも手を出し、おそらく、金箍と同じように、奴隷の刻印を刻んでしまおうとしていたらしい。

 溥儀雷帝が死ねば、第一皇子の金箍と第二皇子の釘鈀のどちらかが新しく即位する。

 九霊聖女は自分の奴隷の刻印を刻んでいる皇子を即位させることで、西方帝国を操ろうとしたということだ。

 

 もちろん、利用した降妖君は最初から使い捨てて殺すつもりだったようだ。

 そのために派遣されたのが、黄獅姫以下の「闘奴隷」だ。

 実際には黄獅姫も含めて、「闘奴隷」などではなく、黄獅姫は九霊聖女の近衛隊長であり、ほかの者も九霊聖女軍におけるそれなりの地位にある武将たちらしい。

 

 だが、それは失敗した──。

 皇帝の暗殺は、直接的には沙那と孫空女が阻止し、現れた九霊聖女そのものも、宝玄仙が道術で圧倒して退却させた。

 奴隷の刻印を刻んでいた金箍は、彼女たちが逃亡するために死なせてしまうことを余儀なくされたし、誘拐して刻印を刻もうとした釘鈀についても、素蛾の機転で亜人たちは身柄を確保できなかった。

 

 また、その背景となる亜人たちの戦争のこともわかった。

 沙那たちが向かおうとしていた魔域の一地域を支配していた女魔王の金角が、牛魔王との戦争で敗れて死んだのは事実と思うしかない。

 

 それらのことは、黄獅姫に朱姫が『縛心術』をかけて、ある程度のことを黄獅姫から聞き出すことでわかった。

 ただし、黄獅姫の心には、『縛心術』に対抗する道術も深く刻まれていて、まだ完全に黄獅姫の知識を引き出すことには成功していない。

 

 一方で、沙那は素蛾を助け出すために、思い切った策をとることにした。

 孫空女と朱姫を九霊聖女の居城である連環城に潜入させたのだ。

 帝都に潜んでいた九霊聖女の部下である、大角(おおづの)軍鶏猫(しゃもねこ)力獅子(りきじし)という亜人を宝玄仙が道術で炙りだして捕え、大角に孫空女、軍鶏猫に朱姫が変身して、連環城に乗り込んたというわけだ。

 そのとき、こちら側に人質交換の準備があるということを向こう側に伝えた。

 

 だが、その結果、朱姫の旅仲間だったこともある日値(ひち)という植物性の妖魔とともに、素蛾は自力で連環城を脱走したということもわかった。

 さらに、潜入したふたりの調べにより、素蛾も日値も旧金角域まで逃げ延び、伶俐虫(れいりちゅう)精細鬼(せいさいき)という旧金角の部下で、金角に変わってその支配域の新魔王になった巴山虎(はざんとら)に対する抵抗を続けている勢力に保護されたということも裏が取れた。

 素蛾の身柄そのものは、巴山虎や九霊聖女の軍があるために、こちらに連れ戻すこともできないが、当面の生命の心配はないということがわかってきて安心もした。

 

 また、ふたりが連環城に入り込むことに成功したことで、南山大王と九霊聖女の確執や、九霊聖女が南山大王を封印しており、その身柄をどこかに隠しているというという情報も得ることができた。

 九霊聖女も南山大王に取った変わったといっても、完全に部下のすべてを掌握しているというわけではなく、まだ南山大王に心服していて、九霊聖女が南山大王のやり方をすべてひっくり返すようなことをしていることを快く思っていない者も少なくないようなのだ。

 そういう者を見つけて、朱姫や孫空女は少しずつ連環城内で間者のような活動を続け、そして、道術通信でこちらと連絡を取り続けているのだ。

 

「あれ……?」

 

 沙那は不審に思って小さな声をあげた。

 そうやって思念に耽っていると、急に腹が捻られるような感覚に襲われるのを感じたのだ。

 それは、『移動術』特有の感覚に違いなかった。

 宮廷にいる釘鈀から呼び出しを受けて待機しているときに、なぜ、ほかの場所に転送されなければならないのだろう……?

 

 だが、考える間もなく、部屋の扉がいきなり外から開いた。

 そこにいたのはふたりの男だった。

 ひとりは真っ白い外套を身につけた初老の男であり、もうひとりは三十歳くらいの近衛隊の将校だった。

 沙那は、その両者に面識がなかったが、少なくとも外套を身に着けた男の顔はわかった。

 宮廷道術師長の王允(おういん)だ。

 首を斬られて瀕死の状態にあった溥儀雷(ふぎらい)帝を治療しているはずの道術師である。

 沙那はこの西方帝国の重鎮については、面識はなくても名と顔の記憶に留意していた。

 だからわかったのだ。

 だが、もうひとりはわからなかった。

 

「女奴隷はふたりではなかったのですか、王允殿?」

 

 近衛軍の将校が沙那を値踏みでもするようにじろじりと上から下まで見回しながら言った。

 

「釘鈀皇子の名で沙那と孫空女の両者を呼び出したのじゃが、こいつしか来なかったのじゃ。理由は知らんよ、司馬進(しばしん)

 

 司馬進──?

 どうやら、それが近衛軍の将校の名のようだ。

 沙那は、司馬進なら名だけは知っていた。

 近衛軍団長の劉旺の部下であり、その中でも直接に溥儀雷帝の身辺警護にあたる警護兵を束ねる役割の将校だ。

 つまりは、皇帝の警護長だ。

 

 先日の闘技場の騒乱のときに、それまでの警護長が亜人たちに殺されたため、新たにその任を負った者であるはずだ。

 このふたりは、溥儀雷帝の近習中の近習ともいえる立場にあるふたりということだ。

 もちろん、沙那は釘鈀とは親しく接していたが、溥儀雷帝との接触などないので、沙那にはこの部屋に溥儀雷帝に近い王允と司馬進がふたりして現れた理由がまったくわからなかった。

 

「まあ、いい身体をしているようだから、陛下も満足されるでしょう。とりあえず、こいつだけでも連れていきますか、王允殿」

 

「そうだな」

 

「一応、拘束させてもらいますよ。釘鈀殿下の奴隷とはいえ、得体の知れない女を陛下に近づけるんですからね……。それに、こいつが女闘士として武術にすぐれていることは周知のことですし……」

 

 司馬進は腰の後ろから鎖付きの首輪と縄束を取り出した。

 そして、沙那に近づいてくる。

 沙那はぎょっとした。

 

「な、なによ、あんたら──? わたしになにをするつもりなのよ──?」

 

 沙那は寄ってきた司馬進に距離をとるように退がって、すかさず身構えた。

 一体全体、この男たちはなにをするつもりなのか?

 

「いぎいいいい──」

 

 次の瞬間、沙那の全身に凄まじい激痛が走った。

 まるで全身のあちこちを同時に鞭打たれたような衝撃が襲ったのだ。

 沙那はその場で手をついて倒れてしまった。

 

 まったくなにが起きたのか理解できなかったが、すぐに王允が道術で沙那に電撃のようなものを飛ばしたのだということを悟った。

 

 びっくりした──。

 

 同時に背に冷たい汗が流れるのがわかった。

 沙那の身体は、以前と異なりまったく霊気を帯びていない。

 だから、通常の状態であれば、宮廷道術師であろうと直接に沙那の身体に道術による攻撃をすることはできないはずなのだ。

 沙那に霊気を送り込めるのは、自身の道術陣を沙那の身体に刻んでいる宝玄仙だけだ。

 ほかの道術遣いでは、宝玄仙の道術陣は使用できない。

 それにも関わらず、王允が沙那に電撃の道術を浴びせることが可能だったということは、この部屋全体がこの王允の結界の中にあるということだ。

 

 だが、なぜ──?

 

 沙那は慌てて身体を起きあがらせながら、一生懸命に自分がこんな仕打ちを受ける理由を探そうとした。

 だが、まったく思い当るものはなかった。

 

「おっ? 抵抗するのか? 奴隷の分際で陛下のお手付きになるのだぞ? なにを慌てているのだ?」

 

 司馬進が沙那の態度を面白がるように、また距離を詰めてきて沙那の片腕を掴んだ。

 

「さ、触らないでよ──」

 

 沙那はとっさに身体を捩じって腕を払いのけると、すかさず足払いをした。

 司馬進の身体が沙那の足元にひっくり返った。

 

「あがっ──。 こ、こいつ、なにするんだ──?」

 

 司馬進が尻もちをついて悲鳴をあげた。

 

「ひぎゃああああ──」

 

 すると、またさっきの電撃が沙那を襲った。

 またひっくり返りそうになったが、なんとか壁に手を着くことでそれに耐えた。

 

 沙那は王允を睨んだ。

 忍耐もこれが限度だった──。

 沙那はこの電撃を沙那に浴びせている王允に体当たりを食らわせてやろうと、王允に向かって突進した。

 

「きゃあああ──」

 

 だが、その途中で右足首と左足首が不意に密着して動かなくなり、沙那は床にうつ伏せに倒れ落ちてしまった。

 

「やはり、じゃじゃ馬じゃのう──。とりあえず、押さえつけておくか……」

 

 王允の冷淡な声とともに凄まじい力が沙那の全身に加わってきた。

 沙那は床に身体を張りつかせたまま動けなくなってしまった。

 

「あ、あんたら、わたしになにするつもりよ──? こ、こんなことしてただで済まないわよ──」

 

 沙那は床に押しつぶされたまま叫んだ。

 だが、身体にかかる圧力は、沙那が起きあがろうとする力に応じて、どんどんと強くなっていく気がした。

 懸命にもがくのだが、まったく動くことができない。

 

「……く、くそう──。なんなんだ、こいつ──? どうして、抵抗しやがるんだ……?」

 

 司馬進が打ち付けた腰を擦りながら起きあがると、動けなくなった沙那の腕を背中に回させた。

 全身に降り注ぐ見えない圧力により沙那にはまったく自分の手も脚も動かせないのだが、司馬進が動かすと沙那の腕は簡単に背中側に動いてしまった。

 

「く、くそう……。あ、あんたら……。り、理由を言いなさいよ──。ふ、ふざけるんじゃないわよ──」

 

 沙那は、司馬進に縄で手首を縛られながら、うつ伏せのまま怒鳴った。

 

「司馬進、足首も縛った方がいいのう……。実は、この奴隷女を陛下のところに連れて行くことは、釘鈀皇子は不承知でのう……。だから、当然、その奴隷女は不承知だ。もしかしたら、陛下のところで暴れまわるかもしれん。あらかじめ、縛っておいた方がいいだろうなあ……」

 

 王允は言った。

 

「な、なんですと? 釘鈀皇子は納得ずくで、この奴隷女を陛下に譲ることにしたのではないのですか? それを早く言ってくださいよ──」

 

 司馬新が大きな声をあげた。

 そして、慌てたように、余分に持っていた縄で沙那の足首と足首を結んだ。

 足首と足首を結ぶ縄には肩幅ほどの余裕を持たせたようなので、歩くくらいなら支障はないものの、これで沙那は走ることはできなくなった。

 司馬進がその沙那の片腕を掴んで強引に立たせた。 

 すると、道術による見えない力は消失して、沙那は立つことはできた。

 

「だが、釘鈀皇子が不同意とはどういうことですか、王允殿? だったら、こうやって、沙那を連れてきたことは皇子は承知していないということですよね? それなのに、こんなことをして大丈夫ですか?」

 

 沙那に司馬進が鎖のついた首輪を首に嵌めながら言った。

 

「ならば、釘鈀皇子が断ったために女奴隷は連れてくることはできなかったと、陛下に説明するのか? そんなことをしたら、あの陛下のご気性じゃ……。釘鈀皇子に怒りが向けられるのは当然だが、わしらにだって、とばっちりがある……」

 

「うーむ……。確かに……」

 

「だったら、なぜ釘鈀皇子が断ったのかはわからんが、強引にでも、引き渡してしまった方がいい……。既成事実を作ってしまえば、さすがに釘鈀皇子でも、すでに陛下の手元に渡って手のついてしまった奴隷女を戻せとは言わんだろうよ」

 

 王允が肩を竦めた。

 

「ど、どういうことか説明してよ──。なんでこんなことをしているのよ──?」

 

 沙那はもう一度喚いた。

 さっきの王允の言葉によれば、皇帝が沙那を所望のような物言いだった。

 それを釘鈀は断ったが、この王允と司馬進が強引に沙那を皇帝のところに連れて行こうとしているのだと思われる。

 それがどういう状況なのか、さっぱりわからない……。

 

「……まあ、奴隷女に説明など必要はないと思うのじゃが、一応説明しておくかのう……。つまりは、お前はこれから、養生中の陛下の性の相手を務めるのじゃ……。皇帝陛下が闘技場におけるお前と孫空女の戦いぶりを見て感心し、是非とも、お前や孫空女のような女傑を抱いてみたいと申されたのじゃ……。まあ、お前としても、皇帝陛下のお手付きになるのだ……。名誉なことじゃ不満はあるまい?」

 

「ば、馬鹿言わないでよ──。不満よ──」

 

「なにを言っとる。奴隷女の分際で、陛下と情を交わすなど、本来であれば、ありえない待遇なのじゃ……。しかも、陛下としては、一度の情で終わらず、末永くお前と孫空女を手元で飼われるおつもりでのあるようじゃ。ありがたいと負わねば、ばちが当たるぞ──」

 

 王允が言った。

 沙那は驚愕した。

 

 同時に、これで、なんとなく合点がいった。

 溥儀雷帝をいえば、帝都で知らぬ者のいない女癖の悪さであり、また、飽きた女に容赦のない仕打ちをするということで有名だ。

 どうやら、溥儀雷帝が、闘技場で溥儀雷帝を守って闘った沙那と孫空女を気に入って、釘鈀から沙那たちを取りあげようとしたようだ。

 そして、さっきの会話によれば、釘鈀は断ったのだろう。

 

 当然である。

 表向きは、沙那と孫空女は釘鈀の闘奴隷ということになっているが、実際には、釘鈀の奴隷でもなんでもない。

 だから、釘鈀は適当な口実で皇帝の指示を伝えに来た王允に拒否の返事をしたに違いない。

 しかし、それを快く思わなかった王允は、釘鈀に無断で強引な手段で沙那を宮廷府に呼び出して、『移動術』でさらったということだろう。

 それにしても……。

 

「こ、こんな誘拐まがいなことをして大変なことになるわよ──。釘鈀皇子がお許しにならないだろうし……、ご主人様……いえ、ほ、宝玄仙様が……」

 

 沙那は焦って言った。

 

「釘鈀皇子は許すしかないであろうよ……。皇帝の思し召しに逆らえるわけがないのに、お前たちの差し出しに応じなかった心情は理解に苦しむが、まあ、あとで揉め事にならなくてよかったと、むしろ感謝するじゃろう……。陛下の機嫌を損ねてまで奴隷女に固執する理由もあるわけはないしな……。では、連れて行くか、司馬進」

 

 王允が沙那の言葉を遮るように大きな声で笑った。

 そして、司馬進にうなずいた。

 司馬進が沙那に目隠しをする。

 すぐに、首輪の鎖が引っ張られ出す。

 

 沙那は焦った。

 こうなったら、もう、本当のことを言うしかない。

 沙那も孫空女も、釘鈀の奴隷ではない。

 それを説明するしかないと思った。

 

 実際のところ、闘技会のときにだけ刻んでいた刻印はすでに消滅している。

 あれは素蛾の刻印だったが、もともと宝玄仙の道術だったので、宝玄仙の力で簡単に消滅させることができたのだ。

 

「ま、待って……。じゃあ、言うわ──。本当はわたしも孫空女も釘鈀皇子の奴隷じゃないのよ。闘技場で道術をふるった宝玄仙様の供なのよ──。頼まれて、釘鈀皇子の闘奴隷のふりをしていただけなの」

 

 沙那は首輪を引っ張られながら言った。

 しかし、無視される。

 扉が開けられて、廊下に連れ出された。

 目隠しをされたので、ここがどこだかわからないが、やっぱりここは宮廷府内の雰囲気ではない。

 確かにどこか別の場所に跳躍させられた気配がある。

 

「ああ、そういうことじゃったのか……。どうして釘鈀皇子がお前たちの差し出しを頑なに拒否したのかわからなかったが、それで合点がいったわい。だったら、話はもっと簡単じゃ。釘鈀殿下は、お前たちが釘鈀殿下の闘奴隷でないことが陛下に知られれば都合が悪いと思ったのだろうが、実際には、陛下はいまさら、釘鈀殿下が本当は闘奴隷を保有していないことなど気にしていないのだ。それを教えれば、釘鈀殿下も安堵するであろう。よかった、よかった……」

 

 王允が勝手に納得してしまっている。

 

「そ、そうじゃないのよ──。そのわたしを勝手に皇帝陛下のところに連れていけば、釘鈀皇子ではなく宝玄仙様が怒ると言っているのよ──。闘技場での宝玄仙様の力を知っているでしょう? わたしのご主人様は、相手が皇帝であろうと誰だろうと容赦しないわ。大変な騒ぎになるわよ──」

 

 沙那は目隠しをされたまま歩かされながら言った。

 

「容赦しないじゃと──? それは面白いのう──。わしは闘技場にはいなかったので、その女の道術は見てはいないが、確かに派手だったようだな──。だからといって、まさか、宮廷道術師長のわしに刃向おうとは思ってはいないだろうよ──。お前は道術には無縁だから、自分の女主人の霊気は誰よりも凄いと思い込んでいるのだと思うが、実際には道術遣いには格があってな──。格の落ちる道術遣いは、格上の道術遣いには挑んでも無駄だから逆らいはせんものじゃ──。万が一、宝玄仙が怒ってやってきても、わしからすれば、旅の道術遣いなど格下もいいところだ──。どうということはない」

 

 王允が大笑いした。

 どうやら、宝玄仙のことを完全に見くびっているらしい。

 

 それからも、沙那は抗議し続けたが無駄だった。

 やがて、しばらく歩いてから、突然に立ち止まらされた。

 どこか別の部屋に連れてこられたようだ。

 

 首輪がなにかに結ばれて、がらがらと天井から引き上げられる感じがした。

 沙那は座ることができなくなった。

 部屋の中に王允と司馬進のほかに誰かいることは気配でわかった。

 

 そのとき、いきなり、背後から顔を押さえられて、なにかを強引に口の中に入れられた。

 はっとした。

 なにかの丸薬だ。

 

「んぐううう──」

 

 びっくりして口の中から吐き捨てようとしたが、さらに水を口の中に入れられて、鼻と口を力まかせに塞がれた。

 口の外に薬物を出すことをできなくなり、口の中に入れられた水に薬物が溶け、結局のところ、沙那は口に入れられたものを全部飲み込んでしまった。

 

「陛下、連れてきました。とりあえず、沙那でございます。孫空女については、今日は都合が悪かったので、いずれ、連れてまいります」

 

 王允が言った。

 目隠しを外される。

 すぐ前に上体を起こして寝台に横になっている溥儀雷帝がいた。

 

「よく来たな。この前、お前たちが余のことを助けてくれてから、その戦いぶりが目に焼きついておる。その褒美に、もうひとりのお前の仲間とともに、これからは余の性奴隷として可愛がってやるぞ」

 

 その溥儀雷帝が好色な表情を沙那に向けた。



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756 卑怯者の薬

「な、なにを……の、飲ませたのよ──?」

 

 沙那はあっという間に全身に生じた脱力感とおかしな疼きに腰が砕けそうになり叫んだ。

 そして、次の瞬間、本当に腰が抜けたようになり、がくりと身体がさがった。

 だが、首輪のために沙那の喉が強く締めあげられ、沙那は慌てて脚を踏ん張った。

 

 そして、沙那は愕然とした。

 全身が焼けるように熱くなり、同時に股間や乳房に強いむず痒さが襲ってきたのだ。

 脚が震え、まるでなにかに吸いとられるようにどんどんと力が抜けていく。

 

「陛下、申し訳ありませんが、この奴隷女は、じゃじゃ馬の程度がかなり強いので、例の催淫剤を使わせてもらいましたわい。あまり、抵抗が激しくても陛下の負担が大きいと思うのでのう」

 

 王允(おういん)が言った。

 どうやら首輪の鎖を天井に繋げられた沙那の後ろから、おかしな薬物を飲ませたのは王允のようだ。

 

 おそらく媚薬だ……。

 しかも、かなりの強力なものであることは間違いない。

 その証拠に、沙那の身体は信じられないくらいに、欲情しようとしている。

 

 これは、危険すぎる媚薬だ……。

 沙那は息を飲んだ。

 

 とにかく、歯を食いしばって、全身に拡がっていく強い疼きに耐えようとした。

 しかし、こうしているあいだにも、薬物の影響が急速に沙那を苛んでいく。

 身体だけではなく、正常な思考まで奪っていきそうなこの薬物の力に、沙那は恐れおののいた。

 

「なあに、抵抗する女は大好物だぞ。そのままでもよかったがな。嫌がる女を力で押さえつけて手籠めにする醍醐味というのも、また格別な味があるというものだ」

 

 目の前で寝台に上体をあげて横になっている溥儀雷(ふぎらい)帝が笑った。

 

「それはいかんですな、陛下。陛下はまだ本調子ではない。無理な負担は禁物じゃ。今日のところは、薬物で大人しくなった女を抱くことで我慢してもらいますぞ」

 

 王允が溥儀雷帝に笑いながら口調で言った。

 

「こ、答えるのよ……。な、なにを飲ませたのよ──?」

 

 沙那は絶叫した。

 しかし、それで力を使い果たしたようになってしまい完全に膝ががくりと折れた。

 

「んぐう──」

 

 首輪で喉が絞まり、沙那は悲鳴をあげた。

 次の瞬間、天井から吊られていた鎖が外れた。

 首輪の引っ張りがなくなった沙那は、その場に崩れ落ちた。

 

「……王允殿がお前に飲ませたのは、お前のような気の強い女を躾けるための薬品だ。どんなに慎みのある女でも、あれを飲めば、悶え狂って小便を垂れ流して泡を吹くという壮絶な催淫剤だ。強い中毒性もあるからな──。薬物の効果がなくなったら、今度は中毒症状でも、のたうちまわることにもなる」

 

 司馬進(しばしん)が倒れた沙那の首輪に繋がった鎖を皇帝のいる寝台の方向に引っ張りながら言った。

 

「ひ、卑怯者……」

 

 沙那は司馬進により溥儀雷帝のいる寝台にあげられそうになり、最後の力を振り絞って転がり倒れて、司馬進の腕から首輪に繋がった鎖を手から離させた。

 

「ほう……。あの催淫剤を飲んで、まだ、そんなに動けるのか?」

 

 司馬進は呆気にとられた表情をした。

 沙那は力の入らない脚を踏ん張って立ちあがると、後手に縛られた身体を壁につけた。

 

 冗談じゃない──。

 

 最後の最後まで抵抗してやろうと思った。

 人を馬鹿にするにもほどがある。

 

 それに、沙那が皇帝に連れて行かれたことは、すぐに釘鈀(ていは)は気がつくだろうし、釘鈀はそれを知れば、宝玄仙に伝えるだろう。

 宝玄仙は、沙那が皇帝に連れていかれたことを悟れば、必ず怒って助けにきてくれるはずだ。

 

 だから、それまで耐えればいい……。

 沙那は自分に言いきかせた。

 

 しかし、問題は、その宝玄仙が、いまは黄獅姫(おうしき)をいたぶることに夢中になっていることだ。

 最初に朱姫の『縛心術』で黄獅姫から、可能な限りの情報を引き出したとき、朱姫によれば、黄獅姫の心には、『縛心術』にかけられたときに、逆に封印されて黄獅姫の記憶からなくなったようになる情報が隠されていると言っていた。

 つまり、それは『縛心術』対策の防護道術のようなのだが、それについては、『縛心術』によって引き出せないので、『縛心術』を解いた状態で白状させなければならないらしい。

 

 その情報がなにかわからないものの、それを黄獅姫から引き出そうとしているのが宝玄仙だ。

 だから、宝玄仙は新たらしい玩具を与えられた好奇心の強い子供のように、嬉々として黄獅姫に性的拷問を加えて、その情報を白状させようとしている。

 まあ、宝玄仙のことだから、いつものように、情報を取ることはもうどうでもよくなっていて、黄獅姫をいたぶることに夢中になっているようだが……。

 

 とにかく、沙那が皇帝にさらわれたことが宝玄仙に伝われば、宝玄仙はすぐにでも動いてくれるとは思う。

 ただ、沙那が出てくるときには、誰かに邪魔をされるのを嫌がった宝玄仙は、黄獅姫を閉じ込めている釘鈀の屋敷の地下の一室を道術で閉鎖してこもっているのだ。

 沙那が釘鈀の呼び出しを受けたと思って、それを宝玄仙に伝えようとしたが、部屋の外から宝玄仙に接触できないために断念し、黙って出てきたのだ。

 だから、釘鈀がすぐに皇帝の行動に気がついたとしても、すぐには宝玄仙には伝わらない可能性が高い。

 

「ほう、面白いのう……。ならば、どこまで頑張れるか頑張ってみよ、沙那とやら……。おい、司馬進、棚にある砂時計を持って来い。それともうひとつの例の薬もな。薬はお前が持っておれ──」

 

 溥儀雷帝が言った。

 なにかを企んでいる様子だ。

 沙那は嫌な予感がした。

 司馬進が壁の棚から大き目の砂時計を持ってきて溥儀雷帝に渡した。

 また、小壺を手に持っている。

 

「これから、ちょっとした遊びをしてやろう、沙那……。この砂時計が落ちきるまでに、そこにいる司馬進から逃げきってみよ。その代わり、司馬進はお前を捕えて、服を剥がし、壺の中にある薬剤をお前の股間に塗りたくる……。その壺の中には塗り薬がある。お前がさっき飲んだ媚薬以上に強力な催淫剤だ。それを塗られれば、おそらく、お前の頭は狂って、ただ男を求めて腰を振るだけの雌獣に成り下がる」

 

 溥儀雷帝が笑った。

 沙那はぞっとした。

 ただでさえ、いま沙那が飲まされた媚薬は、沙那がこれまでに味わったことがないような強力な催淫剤だ。

 その状態の沙那に、さらに得体の知れない薬を塗ろうというのだ。

 沙那はぞっとした。

 

「ひ、卑怯よ──。そ、そんな薬を使うだなんて……。あ、あんたたちは卑怯者よ──。それでも皇帝? そんな薬を女に使って犯すだなんて、卑怯者にも程があるわ──」

 

 沙那はありったけの声で叫んだ。

 だが、強気の言葉の反面、沙那はもう自分が堕ちるかもしれないという恐怖にも襲われていた。

 大きな声で悪態をついているのは、そのことで、少しでも沙那自身を鼓舞して、沙那の身体が官能に崩れるのを防ぐためでもある。

 なにしろ、もう全身の火照りが我慢のならないものになり、壁を背もたれながらも立っていられそうになくなってきているのだ。

 

「卑怯者か……。なかなかいい名だな──。よし、では、これからこの塗り薬の名を“卑怯者の薬”とするか……。ならば、これを塗られたくなければ、砂時計が落ちきるまで、司馬進から逃げ回ってみせよ、沙那」

 

 溥儀雷帝が寝台の横の小さな台に砂時計を置いた。

 砂が落ち始める。

 

「いいんですか、陛下? 陛下が抱く奴隷女を俺が先にいたぶったりして」

 

 司馬進が卑猥な表情をしながら、片手で持った小坪の蓋を外した。

 かなりの距離があるのに、つんとする刺激臭が沙那の鼻に漂ってくる。

 それだけで、あの薬もまた恐ろしい媚薬であることがわかる。

 

「構わん──。だが、犯すのは余だからな。その代わり指でたっぷりと女陰にその薬を塗り込んでやれ……」

 

「それはありがたき幸せ──。では、命により、露払いを仰せつかまりますか……」

 

 司馬進が沙那の方に寄ってきた。

 

「く、来るんじゃない……わよ……」

 

 沙那は壁に沿ってじりじりと移動した。

 だが、司馬進が大股で沙那に近寄ってくる。

 

 逃げられない──。

 

 沙那は壁を離れて走ろうとした。

 だが、数歩もいかないうちに脚がもつれて倒れてしまった。

 後手を縛られているので、手で受け身をとることもできす、そのまま肩から落ちる。

 

「ぐうっ」

 

 沙那は激痛に呻き声をあげた。

 

「もう終わりか? 呆気なかったなあ──」

 

 司馬進が床に壺を置いて、片手で沙那の襟の背を掴んだのがわかった。

 首を押さえられて、上衣を背中側で真っ二つに引き破られる。

 

「いやああ──」

 

 沙那は汗びっしょりの背中に冷たい風を感じて、思わず悲鳴をあげた。

 必死で起きようとした……。

 だが、本当にもう力が入らない──。

 

「ほら、もっと抵抗をしてくれないと、陛下が愉しめないではないか。もっと頑張ってみせ、療養をされている陛下をお慰めせよ」

 

 司馬進が沙那の腹の下に足を入れて、沙那を仰向けにした。

 今度は沙那の下袴に上から両手を伸ばして腰紐に手をかけた。

 今度はそれを緩めようとする。

 

「こ、このう……」

 

 沙那は必死で両脚首が縄で繋いでいる足を司馬進の片脚に巻きつけた。

 そして、そのまま身体を捻った。

 

「おおっと──」

 

 司馬進か沙那から片脚を払われた状態になり、体勢を崩して倒れてしまった。

 

「な、なめんじゃないわよ──」

 

 沙那は大声で喚きつつ、再びなんとか立ちあがった。

 そうやって、強引に激昂することで、辛うじて起きあがる力を振り絞っているのだ。

 

「あっ──」

 

 だが、沙那は声をあげた。

 いつの間にか、完全に下袴の腰紐と前側の留め具を完全に外されてしまっていたようだ。

 沙那のはいていた下袴は足首まで落ちてしまい下半身は下着一枚になってしまったのだ。

 

 溥儀雷帝が沙那の狼狽ぶりを眺めて大笑いをしている。

 沙那は膝を曲げて股間を隠すようにしながら、ちらりと砂時計を見た。

 まだ、三分の一も終わっていない。

 

 この連中が約束を守る保証はないが、せめて砂時計が砂を落ちきるまで逃げおおせて意地を通してやる──。

 沙那は動くのをやめた。

 動けば足がもつれるのだ。

 どうせ、脚で逃げ回ることなど不可能だ。

 

 その代りに沙那は、力の限りに下唇を噛んだ。

 口の中に血の味が拡がり痛みが走った。

 その代わりに、少しだけ頭がすっきりしてきた。

 

「次は残った上衣の布切れを剥がすかな……? それとも、先に毟り取るかな……?」

 

 司馬進がゆっくりと近寄ってきた。

 沙那は朦朧として動けないふりをして動かなかった。

 それは半分は演技だったが、半分は真実だ。

 実際、もうあまり動く力は残っていない。

 

 司馬進が、沙那の上衣の襟を今度は前側から掴んだ。

 いまだ──。

 

 沙那は頭を後ろに一度さげて、力の限り司馬進の鼻めがけて頭突きをした。

 

「ぐわっ」

 

 すっかりと油断していた司馬進が鼻を押さえてうずくまった。

 

「く、喰らえ──」

 

 沙那は司馬進の顎をめがけて、さらに膝を叩き込んだ。

 司馬進が悲鳴をあげて横倒しに倒れる。

 

「くうっ……」

 

 今度は少しは時間を稼げるだろう……。

 沙那は仰向けにひっくり返った司馬進から離れた。

 そのとき、なにかが脚に引っ掛かった。

 それがいつの間にかそばに寄っていた王允だとわかったときには、沙那は王允に足につまずいて倒れてしまっていた。

 

「い、痛い──。ひ、卑怯よ──」

 

 またもや肩から落ちて床に倒れた沙那は、顔を振り向かせて王允を睨みつけた。

 

「これはすまんのう……。じゃあ、身体を起こしてやろう──」

 

 王允が沙那の胸を背後から掴んだ。

 

「な、なにすんのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 その両手が破れている上衣の布の下に入り、さらに胸当ての下まで潜り込んだのだ。

 

「あんっ、あっ、いやあっ」

 

 だが、次の瞬間、愕然とした。

 沙那の両方の乳首まで達した王允の指になにかが塗られていたのを感じたのだ。

 それが例の塗り薬だと悟ったのは、王允の足元に、司馬進が床に置いたままだった小壺が置いてあるのが見えたときだ。

 

「な、なにを……」

 

 沙那は懸命に上体を捻って王允の指を胸から払いのけた。

 

「くあっ──」

 

 しかし、いきなりだった──。

 薬物を塗った乳首がまるで燃えたように熱くなったのだ。

 

「ひいいいい──」

 

 沙那は上体をのけ反らせて大声をあげていた。乳首からの凄まじい疼きが全身を駆け巡った。

 こんなの少しも耐えることなどできない。

 

「な、なんていう女奴隷だ──。その状態で抵抗しやがって──」

 

 鼻血を手で拭きながら、司馬進が怒りを顔に浮かべて近寄ってきた。

 沙那を上から組伏せ、沙那の身体から上衣も胸当ても取りあげ、あっという間に下着までもむしり取った。

 沙那はついに全裸にされてしまった。

 

 もう抵抗などできない……。

 それよりも、乳首が溶けそうで狂いそうだ。

 

「こうなったら、本当に発狂するくらいに大量に塗ってやる。尻の穴にもな──」

 

 露わになった沙那の膣に司馬進が指を挿入して、たっぷりと薬を塗り込めていくのがわかった。

 

「あ、ああ……や、やめて……も、もう……やめて──ひいいいい──」

 

 すぐに沸き起こった異常な感覚に、沙那は生汗を噴き出しながら泣き叫んでしまった。



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757 美闘士の屈服

「これを見よ、沙那とやら──。これが余の珍棒だ。どうだ? もう、欲しくて堪らんであろう? お前は余の命を救ってくれた恩人だ。褒美にこれでお前をたっぷりと可愛がってやるぞ」

 

 溥儀雷|(ふぎらい)は、沙那が司馬進(しばしん)によって寝台に押しあげられると、腰から下を覆っていた掛布を取り去って、勃起している股間を鼓舞した。

 

「ふ、ふざ……けるな」

 

 沙那が険しい形相で溥儀雷を睨みつけた。

 しかし、その顔は強い媚薬の影響により火照りきって真っ赤だ。

 全身はまるで水でも浴びたように汗びっしょりだし、すでに股間からは夥しい蜜が滴り落ちている。

 

 無理もない──。

 性欲が消失したはずの老婆でさえも、淫情で発狂するような媚薬を飲み薬と塗り薬の両方で使用させたのだ。

 いまだに、正気を保っているのが不思議なくらいだ。

 それだけ沙那が気の強い女闘士であることを示していると言える。

 

 溥儀雷はそんな女闘士をこれから犯すことに興奮していた。

 本当に女闘士として素晴らしい戦いぶりだった。

 数日前の闘技場で亜人闘士たちの猛撃をたったふたりの女だけで防ぎきった沙那たちの活躍は、瀕死の状態だった溥儀雷の眼も焼きついた。

 まさに、溥儀雷の性奴隷に相応しい──。

 釘鈀にはもったいない。

 

「なんという口のききかただ、沙那──。目の前にいるのは、人間族の覇王とも称されておる西方帝国の皇帝陛下なのだぞ」

 

 司馬進が叱咤しながら、沙那に装着させた首輪に繋がっている鎖を寝台の端に結んだ。

 鎖の長さは十分にあるので、寝台の上でどんな体位をとるにも支障はない。

 一方で、沙那の足首を縛っていた縄はすでに解いている。

 だが、さすがにもう沙那には暴れまわる力は残っていないようだ。

 一応、両手首はまだ背中側で縛ったままだが、おそらく、これを解いても沙那は自分の意思で腕を動かすことなどできないに違いない。

 

「な、なにが……は、覇王よ……。ひ、卑怯者……」

 

 沙那が荒い息をしながら言った。

 しかし、悪態はついても、さっきのように逃げ回るような抵抗をする気配はない。

 すっかりと身体で荒れ狂っている淫情の疼きが、沙那の身体を弛緩させたようになっているはずだ。

 現に、溥儀雷が上体を起こして寝ている大きな寝台の足元に座らされた沙那は、腰が抜けたようにぺたりと尻もちをついた状態から動こうとしない。

 

 おそらく、動けないのだ。

 ただ、視線だけは鋭い──。

 

 沙那が媚薬の影響で狂い出するまで、どのくらいの時間が残っているかわからないが、奴隷であれ、貴族女であれ、こういう気の強い女を無理矢理に手籠めにするのが溥儀雷は大好きだ。

 準備された女や、すっかりと従順に成り果てた女には、あまり強い性欲を抱かないのだ。

 だから、どんなに執着した女でも、だんだんと飽きてしまう。

 それで、次から次へと后を変えることにもなる。

 

 そう言えば、釘鈀に下げ渡した前皇后の劉姫(りゅうき)がそうだった。

 なかなかに気の強い女でそれが気に入ったのだが、調教が進んでいくと従順になってしまい愉しくなくなっていった。

 だから、浮気の嫌疑をかけてやり、手脚や舌を切断して家畜のように扱ってやったが、それでも、劉姫の顔からは抵抗心や反抗心を観察することはできなかった。

 だから、処分することにした。

 

 結局のところ、釘鈀(ていは)が性奴隷として弄ぶのだとうそぶいていて引き取っていったが、あれからどうしているだろうか……?

 

「なかなかに強情だな──。どうします、陛下? まだ、塗り薬については残りがありますが、まだ塗り足しますか?」

 

 寝台の横の司馬進が言った。

 

「そうだな。まだ、乳房には塗っておらんだろう? たっぷりと塗ってやれ。それから、それでも余るようなら尻の穴にさらに詰め込め──。さっき、お前が沙那に薬を塗るのを見ておったら、前の穴よりも尻の穴を弄られるのが嫌そうだったからな」

 

 溥儀雷は言った。

 

「承知しました、陛下」

 

 相好を崩した司馬進が沙那の乳房にも催淫剤を塗り始める。

 

「ひゃああ──、ひゃっ、ひゃああ、ひゃめ……ひゃめて……」

 

 沙那が後手縛りの全身を悶えさせながら悲鳴をあげた。

 司馬進がその沙那の抵抗を愉しむように、ゆっくりと薬剤をまぶした手で揉みほぐしている。

 さすがに女闘士だけあり、しっかりと鍛えた張りのある乳房だ。

 それでいてとても柔らかそうだ。

 

 司馬進がその乳房を鷲づかみの手で小刻みに動かしながら揉みしだいていく。

 そして、乳房のかたちが司馬進の手のかたちで変化するたびに、沙那の股間からは先走りのような粘液が噴き出して、沙那の太腿を汚してもいる。

 それが少しのあいだ続いた。

 沙那の息遣いはだんだんと荒くなり、だんだんと喘ぎ声も甲高いものに変化していった。

 

「ふわあっ、はああ、はああああ──」

 

 すると、驚いたことに、沙那が急にがくがくと強く震え、大きな嬌声をあげて大きく身体をのけ反らせた。

 おそらく、感極まって絶頂したのだと思う。

 

 乳房だけで絶頂してしまうとは、薬剤の影響とはいえ、相当の感受性のよさだ。

 だが、驚いたのはそれではない。

 絶頂とともに、司馬進が揉んでいた乳房の先端の乳首から、母乳のようなものが噴き出したのだ。

 これには、乳房に薬剤を塗り込んでいた司馬進も唖然としている。

 

「こ、これは……? 陛下、これは申し訳ありませんでした……。露払いの役目を仰せつかりながら昇天させてしまいました」

 

 司馬進が半ば茫然としながら溥儀雷に顔を向けた。

 

「構わん──。幾らでも昇天させてやれ──。あの媚薬を飲み薬と塗り薬の両方で使っておるのだ。いきすぎても気絶される心配もない。快感が強すぎて、意識がなくなっても、すぐに覚醒してしまうからな……。それにしても、胸だけで達するとはのう……。しかも、乳まで噴き出しおったぞ?」

 

 溥儀雷は苦笑しながら言った。

 

「媚薬のせいでもあろうが、もともと性感が強い女なのでしょうなあ……。だから、母乳まで噴き出すほどに感じてしまったということですな……。これは、おそらく昇天するたびに、股だけではなく乳からも汁をまき散らすでしょう。おそらく、そのうち小便も漏らしますな……。どうします、陛下? 少し薬を薄めましょうかのう? このままでは、陛下がこの女の撒き散らす体液まみれになりますぞ」

 

 いまは壁際の椅子に座って静観している態勢の王允が言った。

 

「いや、それも一興だ。このままでよい」

 

 溥儀雷は応じた。

 

「あ、あんたら……わ、わらし……わたしに手……手を出すと……ご主人様が……。ご、ご主人様が……あんたらに……仕返しを……」

 

 沙那は溥儀雷たちを睨むような表情になったものの、それは一瞬だけだった。

 乳房に媚薬を塗り終わった司馬進に腰を持ちあげられ、薬剤を載せた指を尻穴に突っ込まれると再び喘ぎ始めた。

 

「ひいっ、そ、そこはいやあああ──あ、ああん……あんっ……ああっ……」

 

 沙那のあまりにも敏感すぎる反応に溥儀雷も嬉しくなった。

 

「……それにしても、王允──。さっきの話によれば、こいつの称している“ご主人様”というのは宝玄仙という道術使いの女のことであろう? 薄っすらと覚えておるが、かなり凄まじい力を持っていたぞ。念のために監視をつけておけ。この女奴隷が本当はあの旅の魔女の持ち物だとすれば、確かに不穏な行動に出るかもしれんからな」

 

 溥儀雷は言った。

 ついさっきまでは、溥儀雷はこの沙那は釘鈀の闘奴隷だと思い込んでいた。

 だが、本当はそうではなく、釘鈀は沙那と孫空女という女闘士を借りただけで、実は、宝玄仙という旅の女道術遣いの供のようだ。

 それは、この部屋に王允と司馬進が沙那を連れ込んだ直後に、王允から耳打ちで教えられた。

 

 だからといって、この沙那を溥儀雷の性奴隷にするという方針に変化はないが、あの闘技場の騒乱のとき、最終的に亜人たちを道術で圧倒して退散させたのはその宝玄仙だ。

 溥儀雷は瀕死の状態で闘技場の地面に倒れていたものの、宝玄仙の力はしっかりと記憶をしている。

 

「わしがいちいち、陛下の命令を待って動くようであれば、道術師長は務まりはせんですな……。宝玄仙のいる釘鈀皇子の屋敷は、五日前からしっかりと道術が遣える手の者を数名配置させておりますわい。もしも、不穏な動きをするようなら、道術師隊を動員してでも捕えろと命じております。そのときには、陛下の性奴隷に、あの女道術遣いも並ぶということになるのでしょうな。わしは見ておらんですが、なかなかの美形だそうではないですか」

 

 王允が笑った。

 溥儀雷は安心した。

 さすがは王允だ。

 しっかりと打つべき手は打っているということだ。

 

「ひゃああああ──」

 

 そのとき、沙那が再び大きな声をあげて、また絶頂した。

 司馬進に尻の穴に薬剤を塗り込められているうちに達したのだ。

 今度は、沙那は股間から潮のようなものを迸らせた。

 そして、またしても乳首から汁を噴き出した。

 

「ひっ、ひやっ、ひうっ……」

 

 二度の絶頂をした沙那は明らかに目つきが変わってきた。

 まるで呆けたようになり、だらしなく開いた口が閉じなくなったのだ。

 沙那の口から涎がつっと垂れた。

 

「も……もう……ひゃめ……ひゃめて……く、苦しい……」

 

 沙那が肩で息をしながら小さな声で言った。

 そろそろ、媚薬が脳に達する頃だ。

 もう淫行のことしか考えられなくなっているはずだ。

 この状態で、溥儀雷の与える快感を味わってしまうと、もうそれなしで生きていけなくなるのだ。

 司馬進が沙那から手を離した。

 すべての準備が整ったということだ。

 

「ああっ──、ひゃめ、やめないで……」

 

 すると、大きな声で沙那が悲鳴をあげた。

 たったいま触るのをやめてくれと言ったのに、司馬進が沙那から手を離した途端に、沙那は快感が途切れたことに絶望するような声をあげた。

 溥儀雷はほくそ笑んだ。

 

 もう、沙那はまともにものは考えられないだろう。

 足元の沙那が媚薬の疼きに耐えられなくなったかのように首を振り始めた。

 また、沙那が洩らす呼吸は、鼻にかかったような喘ぎ声になっている。

 すでに、自分の身体が火照りきってどうしようもないはずだ。

 寝台の上に座っている沙那の身体はくねくねと揺れ続けてもいた。

 

「どれ、余のお情けを欲しければ、余の舌に接吻せよ」

 

 溥儀雷は足元に座っている沙那の腰を両手で掴んで寄せた。

 

「ひひゃあああ」

 

 沙那は溥儀雷の手が両脇腹に喰い込んだだけで、むせび泣くような声をあげる。溥儀雷は、沙那の両脚を自分の胡坐の上に座らせるような感じで沙那を引き寄せた。

 

「余に接吻をするのだ、沙那……」

 

 まだ呆けている沙那の耳元で溥儀雷はもう一度言った。

 

「はっ──。い、いやっ──」

 

 すると沙那が我に返ったようになって、顔を溥儀雷からそむけた。

 

「ほう……。いまだに正気を保てるか……。さすがに女闘士であるな──。ならば、こうしてやろう。それでも我慢できれば褒めてやるわい」

 

 溥儀雷はまるで尿でも洩らしたようになっている沙那の女陰に指を二本挿し入れた。

 そして、激しくかき回す──。

 

「ひひゃあ──ああ、ああっ──あはああああ──」

 

 沙那が白い喉を上にあげて全身を弓なりにさせた。

 簡単なものだ。

 

 沙那の股間は信じられないくらいに熱かった。

 激烈な催淫剤で燃え狂っている沙那の膣は、一体全体どれくらい快感が襲っているのだろう。

 この状態で快感を中途半端に弄ばれるのは苦しいはずだ。

 沙那の身体は電撃でも浴びたかのように激しく震えた。

 それでも、懸命に慎みを保ち続けようしているのは立派なものだ。

 これまで数限りなくこの媚薬で女を堕としたが、この状況でここまで理性を保ったのは、沙那が初めてだと思う。

 溥儀雷はさっと指を抜いた。

 

「ひっ、ひいいっ、そ、そんな──」

 

 沙那が絶望の声をあげた。

 言語を絶するような快感を与えらて昇天しようとしていたのに、絶頂の直前でそれを取りあげられたのだ。

 これは、沙那の辛うじて残っている正気を失わせるのに十分な仕打ちであるはずだ。

 

「余の情けを欲しければ、口づけをするのだ、沙那……」

 

 溥儀雷は笑いながらもう一度言った。

 沙那がまた一瞬だけ正気に戻ったような表情になる。

 そして、顔に恐怖を浮かべて首を横に振った。

 どうやら、懸命に溥儀雷の命令に逆らうことで、なんとか理性を保とうとしてるらしい。

 

「口づけをせねば、もう絶頂させんぞ。それでもよいのか? その熟れきった股を余の肉棒で突いてもらわなくてもいいのか?」

 

 溥儀雷は沙那の股間にまた指を伸ばした。

 だが、今度はさっきよりもかなり弱々しくだ。

 

「んぐうううう──」

 

 沙那が吠えながら、身体を伸びあがらせた。

 しかし、肉芽と女唇に触れるか触れない程度の刺激を与えて、またしても、さっと指を離す。

 すると、沙那が絶望的な表情でがくりと身体を脱力させた。

 そして、強い視線で溥儀雷を睨みつけた。

 

 焦らし責めにかけられかけているのは、沙那も悟っているだろう。

 あとはどこまで沙那の精神力が保てるかだ。

 いまの状況の沙那を堕とすのは難しいことではない。

 すでに媚薬で断崖絶壁の寸前にまで追いつめている。

 強引に口を吸っても、沙那は溥儀雷には抵抗はできないと思う。

 だが、溥儀雷はこうなったら、最後に残っている沙那の意思で屈伏させてやりたかった。

 

「いいのか、余の一物が欲しくはないのか?」

 

 溥儀雷は睨んでいる沙那の股間にまた手を伸ばして、二度三度股間を掻くように動かした。

 

「う、うふううう──」

 

 沙那はそれだけで白目を剥きかけた。

 女っぽい動きで腰が揺れる。

 

「ゆ、許して──も、もうだめえ──」

 

 溥儀雷の脚の上の沙那が、吠えるように身体をのけ反らしている。

 だが、溥儀雷の指は沙那の股間の浅瀬でほんの少しの刺激を与えているだけだ。

 いくらなんでも、これなら絶頂することはできないはずだ。

 

「ひいいい──ひいいいい──」

 

 沙那は後手縛りの身体を激しく揺すり続けた。

 そして、身体が痙攣するようにがくがくと震えだす。

 あられもない声で悶え泣きも始めた。

 そろそろ、いいだろう……。

 溥儀雷はさっと指を沙那から離した。

 

「ううう……」

 

 沙那は脱力するとともに溥儀雷を睨む。

 その眼には涙がいっぱいに溜まっていた。

 

「ひ、ひどい……。ひどい……。ひ、ひどいわ……」

 

 ついに沙那がぼろぼろと涙を落としだした。

 

「余の舌を舐めるのだ──。そうしたら、股間を一物でほじってやるぞ」

 

 溥儀雷は笑いながら舌を出した。

 沙那の唇が震えだした。

 

「し、舌を……」

 

 涙を流している沙那が小さな声で呟いた。

 もう、表情は虚ろだ。

 

「な、舐めれば……」

 

「そうだ……。舐めよ……。それでよい……。舐めるのだ……」

 

 溥儀雷は沙那の耳元でささやいた。

 沙那の眼が吸いつくように、その舌を見つめているのがわかった。

 やがて、その沙那の顔がなにがに操られるかのように溥儀雷の顔に近づく。

 ついに、沙那の舌が溥儀雷の舌に伸びた……。

 

「あ……は……あは……はへ……」

 

 沙那が溥儀雷の舌を舐め始めた。

 

「ふふふ……」

 

 堕ちた──。

 

 沙那の顔はもう完全に快感に酔ったようになっていて、寸前まで存在した怒りや口惜しさのような感情は消滅している。

 溥儀雷は沙那を抱き寄せると、沙那の口の中に舌を挿し入れた。

 

「んんんん──」

 

 沙那が大きな声で喘ぐ。

 濃厚な口づけになった。

 溥儀雷が沙那の口の中に舌を挿し入れると、沙那もまた負けまいとするかのように、熱い息を吐きかけながら溥儀雷の口の中を舌で愛撫してくる。

 それを何度も繰り返した。

 溥儀雷は口づけをしながら、沙那の腰をさらに引き寄せた。

 

 溥儀雷の股間では、勃起した怒張が上を向いている。

 その上に沙那の股間が当たるように、沙那の腰を持ちあげて固定した。

 沙那がそれに気がついて、はっとしたように身体をその怒張に沈めようとした。

 だが、溥儀雷ががっしりと掴んでそれを阻んだ。

 その代わりに亀頭の先で沙那のぐしょぐしょの愛液をかき回すようにしてやる。

 

「あひいい──」

 

 沙那はよがり泣いた。

 

「な、なんで……入れて……入れてください……」

 

 そして、沙那はもどかしげに裸身をくねらせた。

 もう、身体が火照りきり、男の精が欲しくて欲しくて仕方がないのだろう。

 

「ならば、余にまた頼むのだな──。なにをして欲しいかはっきりと言うのだ」

 

 溥儀雷は笑った。

 

「い、意地悪を……い、言わ……らいで……言わないで……はああ──」

 

 沙那がじれったそうに腰を振っている。

 しかし、溥儀雷の腕は沙那の身体をしっかりと支えて、ぎりぎりのところでとめているのだ。

 すると、だんだんと沙那の動きが狂ったように激しくなる。

 

「い、入れて、入れてください──」

 

 沙那が絶叫した。

 

「そんなものでは駄目だな……。おまんこをしてくれと言ってみよ」

 

「そ、そんなの……」

 

「ならば、なにもなしだ──」

 

 溥儀雷は沙那の身体をひょいと横に置いて、再び寝台の上に尻もちをつかせた。

 すると沙那が壮絶な呻き声をあげた。

 

「あ、ああ……ひ、ひどい──。わ、わたしは言ったわ──。口にしたわ──」

 

 沙那はおこりにかかったように全身を震わせている。

 催淫剤に苛まれて、すでに発狂寸前のようだ。

 

「楽になるぞ、沙那──。なにもかも、余の命じたとおりにせよ。そうすれば楽になる。自尊心も屈辱もなにもかも捨てればよい──。誇り高い女闘士の心は捨てよ。余に媚びよ──。余に可愛がられる雌になりきるのだ──。そうすれば、途方もない快感が与えられるのだぞ……」

 

 溥儀雷は言った。

 沙那が絶望的な表情になった。

 

「……し、して……」

 

 そして、言った。

 

「聞こえんな──」

 

「おまんこ……して……。して……ください……。お願い……です……。もう……我慢……できない──。おまんこ──。してください──」

 

 頭に血が昇ったように真っ赤な顔になった沙那が、なにもかもかなぐり捨てたように叫んだ。

 

「もう一度、言え──」

 

「おまこんして──。欲しい──。欲しいんです──」

 

 沙那が泣きながら言った。

 溥儀雷は沙那を再び抱えあげると、今度は怒張の上に沙那の股間を乗せて、一気に深くまで貫かせた。

 

「ひいいいいい──」

 

 沙那が凄まじい声で吠え、全身を震わせて口から泡のようなものを出しながら絶頂しはじめた。

 

「いぐうううう──ひぎいいいいい──」

 

 沙那が人間とは思えないような声をあげる。

 そして、次の瞬間、沙那の股間から小便が漏れ出した。

 また、乳房からはまるで男の射精のように二射、三射と体液が噴出している。

 溥儀雷はさすがに呆れながらも、沙那の腰を掴んで身体を上下させ、激しい律動を加え続けた。



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758 錯乱の美闘士

「お、おまんこして──」

 

 沙那は大きな声で叫んだ。

 すると、溥儀雷(ふぎらい)が座ったまま、股間に突きあがっている怒張の上に沙那を向かい合うように座らせた。

 沙那の股間を一気に溥儀雷の肉棒が貫く。

 それだけで、沙那は髪を振り乱して全身をのけ反らせた。

 

「ひいいいいい──いぐうううう──ひぎいいいいい──」

 

 あっという間に凄まじい絶頂がやってきた。

 頭が真っ白になるほどの恍惚感を一瞬にして味わった沙那は、気がつくと溥儀雷と股間を結合させながら失禁をしてしまっていた。

 だが、快感はとまらない。

 失禁により膀胱と尿道が揺れて、またしても快感が襲いかかってくる。

 

「あぐうううう──ゆるじでええ──」

 

 沙那は悶絶していた。

 だが、溥儀雷は股間が沙那の排尿で汚れるのを気にした風もなく、沙那の身体を上下させて律動運動を続ける。

 そして、また快感が暴発しそうになる。

 

 子宮を強く貫かれるたびに、股間の粘膜が溶けるようになり、痛みにも似た疼きが脳天まで襲いかかる。

 沙那は悲鳴をあげていた。

 

 ほんの少し残っている理性が、媚薬漬けにして女をいたぶるような溥儀雷の卑怯な振る舞いに対して、沸騰するような怒りを感じていた。

 だが、それよりも快感が強い。もっと滅茶苦茶にして欲しいという欲求が憤怒を上回っている。

 女としてのその生理が呪わしい……。

 

「ふあああ──ふあああ──うああああ──」

 

 沙那はまたもや身体を大きくのけ反らせた。

 抽送は強く激しいものになっていた。

 

「口を舐めろ──」

 

 溥儀雷が沙那の口にまた舌を近づけた。

 沙那は、その舌と唇にむしゃぶりついてた。

 無我夢中で溥儀雷の口を舐める。

 すると、さらに快感が大きくなった。

 

「んぐううう」

 

 沙那は耐えられずに、溥儀雷の口を離して、吠えるような嬌声をあげた。

 

「それにしても、凄まじい締めつけだ。上から下にせりあがるように、強く締めつけてくるわい──」

 

 溥儀雷が嘲笑うように言った。

 深々と貫く溥儀雷の怒張が沙那の股間を抉りまわしてきた。

 

「いぐううう──」

 

 沙那はまたもや達していた。

 こうなれば、もう自分でも歯止めが効かないことはわかっていた。

 これから後は、狂ったように絶頂を繰り返す快楽人形になるだけだ。

 

 いや、もうなっている。

 なにも考えられない──。

 あるのは、天にも昇るような快感だけだ。

 

 沙那は絶頂の後の恍惚感を味わいながら思った。

 しかし、その陶酔を突き破る快楽が溥儀雷の肉棒により打ち破られる。

 

 また、絶頂がやってきた──。

 

「お、面白いように、絶頂を繰り返すのう。だ、だが、これはいかんな……。余も精を搾り取られそうだぞ。この女は、実に膣の具合が天下一品だ」

 

 溥儀雷が沙那に上下運動を繰り返させながら呻くように言った。

 しかし、沙那にはもうなにもわからない。

 

「うぐうううう──」

 

 またもや激しく腰を動かしながら身体をうねらせた。

 快感の頂点に達したのだ。

 

「よろしいのではないですかな、陛下……。一度精をお出しなされても……。快復までのあいだは、司馬進が道具を使って繋いでおきます……。また元気になられたら、その奴隷女を味わえばよいのでは?」

 

 壁際の王允(おういん)が言った。

 

「いくらでもお手伝いをさせていただきますよ、陛下」

 

 横に立っている司馬進(しばしん)も笑っている。

 

「そ、そうだな──。では出すか──」

 

 抱かれている溥儀雷がそう言った。

 すると、律動の激しさがさらにあがった。

 

「んふうう──」

 

 沙那は達しながら吠えた。

 絶頂している最中に、さらにその高みに突きあげられるのだ。

 そんな体験は初めてだ。

 

「う、うっ……」

 

 溥儀雷が叫んだ。

 沙那の膣の奥で溥儀雷の怒張がさらに大きくなった。

 次の瞬間、熱いものが噴きあがる。

 溥儀雷の激しい精を受けながら、沙那は頭が完全に白くなるのを感じた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肛門に圧迫感を覚えた。

 次の瞬間、薄っすらとしていた意識が完全に快復した。

 沙那はいつの間にか膝を立ててうつ伏せになり、後ろからなにかで尻の穴を犯されようとしていた。

 

「ひゃああああ──」

 

 沙那は叫ぶとともに、慌てて逃げようとした。

 しかし、その悲鳴はなにかが抜けたような声であり締まりのないものだった。

 そして、その身体を見えない力で押さえ込まれ、動けなくされた。

 

「おっ? どうしたのだ?」

 

「どうやら、逃げようとしたようですな。わしの結界術で身体をしばらく押さえます。まったく、すでに媚薬で弛緩しているはずなのに、もう動けるようになるとは、大した回復力ですわい」

 

 その会話が溥儀雷と王允だと認識するのに、少しの時間が必要だった。

 ふたりは、いま寝台から少し離れた位置に椅子を置き、寝台に乗っている沙那を見物する態勢になっていた。

 溥儀雷もいつの間にか寝台をおり、裸身のまま腰に布だけを乗せている。

 横には冷たい飲み物が置いてある。

 

「そう怯えるな、沙那。陛下がご快復なさるまで、俺が張形で遊んでやる。とりあえず、尻穴を試させてもらうぞ」

 

 沙那の後ろから尻を責めているのは司馬進だとわかった。

 どうやら、尻に張形を挿そうとしているようだ。

 

「あ、ああ……も、もうか、かんひん……かんにんして……」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 だが、張形が滑るようにすっと肛門に挿入されてきた。

 沙那は絶叫しながら、全身を硬直させた。

 

「あ、あああ──」

 

 もうなにも喋れない。

 ただ、悲鳴をあげることしかできなかった。

 骨が砕けるかと思うような快感がやってくる。

 

「すごいなあ……。まるで膣のように抵抗なく、尻穴が張形を受け入れますよ。これは相当にしっかりと調教された尻穴です、陛下──」

 

 司馬進が感嘆したような声をあげて、尻穴の張形の抽送を開始する。

 

「い、いやああ──きがくりゅう──も、もうゆるひぃ……して──」

 

「幾らでも狂え、沙那──」

 

 司馬進が笑いながら張形を前後させてくる。

 沙那は再び絶息するような呻きをあげた。

 もう背骨も腰骨も打ち砕かれた感じがした。

 

 全身は燃えあがり、目の前が暗くなったり白くなったりする。

 そして、強烈な快美感がやってきた。

 

「も、もういぐうう──いぎましゅ──」

 

 沙那は吠えた。

 そして、歯を噛み鳴らしながら身体を震わせた。

 全身に電撃でも浴びたような衝撃が走り、気がつくと沙那は絶頂の余韻の中にいた。

 

「凄まじいよがりぶりに、余の一物はもう元気を取り戻したぞ──。今度は是非にも、尻穴を試してみたいと珍棒が媚びておるわ」

 

 溥儀雷の元気な声がした。

 

「陛下、もう大丈夫なのですか?」

 

 司馬進が沙那の肛門から張形を抜きながら追従笑いのような声を出した。

 沙那はふと横を見た。

 溥儀雷が腰布を外して、立ちあがっている。

 怒張は逞しく勃起していた。

 

「左様、左様……。陛下は三日前には瀕死の状態であったのですからな──。それを忘れて無理をなされてはなりませんぞ。まあ、陛下のことであるから、二発や三発では、びくともせんであろうがのう」

 

 王允が横で笑っている。

 司馬進と身体を入れ替わるように溥儀雷が寝台にあがってきた。

 

 もう、沙那にはなにもできない……。

 ただ、泣いて与えられる快感を受け入れるだけ……。

 

「おおっ、おおっ、おっ……おおっ──」

 

 沙那の後ろから両方の尻たぶを抱えた溥儀雷が、張形が抜けていった沙那の菊門を抉り始めた。

 その激烈な感覚に、沙那は全身が溶けていくような思いに陥った。

 それがたちまちに、妖しい倒錯の快楽となり、沙那の身体は汗をまき散らし、喉は愉悦の声を迸らせる。

 

 そのとき、大きく部屋の扉が開け放たれて、大勢の人間の足音がまわりを取り囲んだと思った。

 

「な、なにごとだ──? なんだ、お前たちは──?」

 

 溥儀雷が激怒した声で叫ぶとともに、いきなり、肛門を貫いていた怒張が引き抜かれた。

 

「あはあっ──」

 

 沙那はその瞬間、息もとまるような快感に襲われて、大きく汗まみれの身体をのけ反らせた。

 次の瞬間、沙那の身体を覆っていた不思議な力がなくなった。

 支えるもの失った沙那の身体は、寝台の上で横倒しに倒れた。

 

「ど、どういうことだ? なぜ、わしの結界が消滅したのだ──?」

 

 王允の狼狽した声も聞こえる。

 沙那は懸命に首を横に曲げて、部屋の中を見渡した。そこにはたくさんの近衛団の兵がいた。

 どうやら、突然に部屋に乱入してきたのは、近衛団の一個隊のようだ。

 

 だが、なぜ……?

 沙那のかすかに残った理性がその疑問を沙那に与えた。

 

「お前のちんけな結界なんか、結界とは言わないんだよ、じじい──。それくらいの道術の腕で、よくも帝国の道術長だなんて、恥ずかしくもなく名乗れるねえ──」

 

 女の声……?

 近衛隊の後ろからやってきた人物がそう叫んだ。

 沙那はぼんやりとした視線をそっちに向けた。

 

「ご、ごひゅじん……ひゃま……」

 

 現れたのは宝玄仙だった。

 沙那は歓喜の声をあげた。

 だが、それは自分でも信じられないくらいに力のない声だった。

 全身を覆っている媚薬が沙那の身体をすっかりと弛緩しているのに加えて、宝玄仙の姿を確認したことで、張りつめていたものが切れたようになってしまったのだ。

 

「しっかりおし、沙那──」

 

 その時、全身を暴風のようなものが通り過ぎた気がした。

 実際には風があたったわけではないが、そんな感じだった。

 そして、それがなくなったとき、沙那の身体を襲っていた灼熱の火照りが消滅していた。

 急に頭がすっきりして、視界も戻っている。

 

「媚薬で正体をなくしているお前の顔もいいけどね……。それを味わうのはわたしだけの特権さ。他人がそれを勝手に味わうのは許さないよ──。たとえ、それが皇帝でもね──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「き、貴様、どうやって乱入したのだ──。わしが配置していた道術師隊はどうしたのだ──?」

 

 王允が叫んだ。

 

「あの虫みたいな連中のことかい? お前がわたしの監視を命じたのは五人でよかったかい? わたしが屋敷から動こうとしたら、じたばたし始めたんで、全員捕まえてやったよ。いまは、素っ裸にしてふるちんで屋敷の前の道に並べてやっている。このわたしが、金縛りの道術をかけたから誰がやってこようと、そのままさ」

 

「な、なんだと──?」

 

 椅子に座っている王允が顔を真っ赤にして、宝玄仙に手を向けた。

 しかし、宝玄仙がひと睨みすると、その身体がなにかに跳ね飛ばされるように後方に飛んだ。

 

「ぐああ──」

 

 王允が壁に叩きつけられて脱力した。

 頭を強く壁に打ちつけて気を失ったようだ。

 

「年寄りの冷や水は身体に毒だよ──。お前は逮捕されるらしいから、牢の中でゆっくりと身体を癒しな──」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「こ、このう──」

 

 呆気にとられていた感じだった司馬進が剣を抜いて、宝玄仙に向けようとしたのがわかった。

 周りの近衛兵も反応したが、沙那の方が速かった。

 沙那は、いまだ寝台にあがったままの溥儀雷を司馬進に向かって蹴り飛ばした。

 溥儀雷は素裸だったが、その溥儀雷と司馬進が絡み合って倒れる。

 

「こ、こいつら──」

 

 沙那はその勢いのまま寝台からおりた。

 そのまま、このふたりの首の骨を踏み折ってやろうと思ったのだ。

 

「待ってください、沙那殿──。気持ちはわかるが、ここは、俺に任せてください……。それと、なにかを身体に巻いてくれませんか。近衛兵たちが目のやり場に困っておりますよ」

 

 続いて部屋に入ってきた釘鈀(ていは)が静かに言った。

 沙那ははっとして、寝台の下に丸まっていた掛布を身体に巻いた。

 ふと見ると、釘鈀だけでなく、近衛団長の劉旺も一緒に部屋に入ってきている。

 劉旺(りゅうおう)は、釘鈀の地下に匿われている妹の劉姫に会うために、幾度となく釘鈀屋敷にやってきていたので、沙那も面識もあった。

 

 それにしても、これは一体全体どういうことだろう?

 宝玄仙が助けにくるのはともかくとして、第二皇子の釘鈀、近衛団長の劉旺、そして、近衛団の一個隊──。

 それが、皇帝に溥儀雷がいる部屋にずかずかと入り込んできたのだ──。

 

「釘鈀、劉旺──。これはお前たちの仕業か──。お前たちは、自分たちのやったことがわかっておるのであろうな──」

 

 司馬進と絡み合って倒れていた溥儀雷が起きあがって怒鳴った。

 しかし、司馬進については近衛隊が群がり、武器を取りあげて身体を拘束した。

 一方で宝玄仙の道術で壁に叩きつけられた王允については、手枷を嵌めてから、身体を起きあがらせている。

 王允の手首にはめた枷は、道術を封じる効果があるのだと思う。

 近衛兵たちがそんなことを言い合っている。

 

 司馬進についても、王允についても、最初に入ってきた近衛隊によって部屋の外に連れ出された。

 近衛団の一隊については、一度全員が部屋の外に出いていった。

 

「陛下、申し訳ございません。釘鈀皇子の客人の沙那殿を不当にも誘拐した王允と司馬進については逮捕いたします……。また、お恐れながら、沙那殿はこちらで保護させていただきます」

 

 劉旺が溥儀雷の前に片膝をついて言った。

 

「なっ──」

 

 溥儀雷が絶句している。

 

「それから、陛下……。今後のことですが、これからは政務に戻る必要はございません。陛下の負傷を癒すための養生先として、帝国の南域にある水晶山を準備しております。そこで、心置きなく治療に専念されてください──。無論、皇帝職の座は辞去していただきます。帝国の政事については、この釘鈀が引き受けますのでご安心ください」

 

 今度は釘鈀が言った。

 

「す、水晶山だと──。あれは流刑場ではないか──? お、お前、自分がなにを言っているのかわかっておるのか、釘鈀──? お前は気でも狂ったのか──」

 

 溥儀雷が怒鳴った。

 沙那も驚いた。

 これは謀反だ──。

 

 この第二皇子の釘鈀は、皇帝の溥儀雷に対して反乱を起こしたのだ。

 沙那は呆然としてしまった。

 

「気でも狂ったのは、陛下なのではありませんか? 宮廷の者は、陛下の度の過ぎた女遊びにあきれ果て、心を手放しております。この劉旺をはじめとして、主立つ大臣もすでに、陛下の隠棲に同意しております。お恐れながら、いま、この場から、すぐに水晶山に移動して頂きます」

 

 釘鈀は言った。

 そして、片手をあげた。

 すると、劉旺が立ちあがって皇帝の身体を押さえた。

 溥儀雷は抵抗したが、劉旺が強引に左右の指から強引に一個ずつの指輪を抜き取った。

 劉旺が指輪を釘鈀に手渡した。

 釘鈀がそれを自分の指に嵌める。

 

 よくわからないが、あれは皇帝の地位を受け継ぐための象徴的な物であるか、あるいは皇帝としての道術を保証する霊具なのだろう。

 溥儀雷は呆然としてしまっている。

 

「陛下、水晶山までは私自らが責任を持ちまして、お供仕ります。すでに新たな道術師隊による『移動術』の準備は整っております。支度のための猶予を半刻(約三十分)お取りいたしますので、それまでに出立の準備をお願いします。せめて、服くらいはお身につけください」

 

 劉旺がにやりと笑った。

 

「ふ、ふざけるな──。余は認めん──。お前を皇子の地位から外す、釘鈀。余は皇帝だぞ──。皇帝なのだ」

 

「元皇帝を連れ出せ──」

 

 劉旺が怒鳴った。

 すると、一度部屋の外に出ていた近衛隊が再び部屋に入ってきた。

 まだ怒鳴り続ける溥儀雷を強引に外に連れ出していく。

 劉旺がそれについていった。

 部屋には沙那と宝玄仙と釘鈀がだけが残った。

 

「ご、ご主人様……」

 

 沙那はなにを言ったらいいかわからなくて、それだけを言った。

 

「まあ、貸しにしとくよ、沙那──。それにしても、この釘鈀というのは、澄ました顔をして、とんだ悪党だよ。この男は、もう一年以上も前から、自分が皇帝に取って替わる準備をしていたんだよ。それで、ひそかに、あの溥儀雷の捨てた劉姫(ちゅうき)といかいう后を助けたり、あの気紛れ親爺の癇癪で罪に陥されそうになった者を奴隷宮と称した隠れ処に匿ったりしていたのさ。それで恩を売って、釘鈀に従う一党で宮廷や国軍を固めていっていたんだ」

 

「人聞きが悪いですね、宝玄仙殿。俺は純粋にみんなを助けただけですよ。先日の劉姫殿のこともね……。いずれにしても、いまは大事な時です。我が帝国は、北を魔域と呼ばれる亜人たちの世界に接し、その魔域の乱の影響が次第に我が帝国にも及ぼうとしています。先日の闘技場の騒乱のときのようにね──。我が父のような乱れた皇帝では帝国が滅びます。この地は亜人のものになってしまいます。それをさせないためには、父に隠居してもらうしかなかったのです」

 

「まあ、そういうことにしとくよ。決して、単純な野心のためだけに、父親に反乱を起こしたわけじゃないと言いたいんだろう、釘鈀?」

 

「そういうことですね」

 

 釘鈀がにっこりと笑った。

 

「ところで、沙那──。ゆっくりしている暇はないよ──。向こうに行っている孫空女と朱姫から連絡が入ったよ。黄獅姫(おうしき)と素蛾の人質交換は明日になった。場所は帝都郊外の演習場だ。面白くなってきたよ──。荒淫皇帝の溥儀雷の掃除の次は、九霊聖女(くれいせいじょ)の処分さ──。どうやら、あの女、のこのこと自らやって来るようだ……。朱姫と孫空女の話によればね」

 

 宝玄仙が言った。

 人質交換というのは、素蛾を助けるために、こちらから九霊聖女に仕掛けた申し出だ。

 こっちで捕えている黄獅姫と、向こうが連れていった素蛾の身柄をお互いに交換しようというものだ。

 黄獅姫が九霊聖女にとって、かなり重要な存在であることはすぐにわかったので、この申し出には必ず乗ってくると思った。

 それで、この帝都に潜んでいた亜人の大角(おおづの)軍鶏猫(しゃもねこ)を捕えて、その姿を借りて、孫空女と朱姫に伝言させたが、案の定、二つ返事で九霊聖女は承知した。

 

 だが、結局のところ、九霊聖女のいる連環城に潜入した孫空女と朱姫の情報により、素蛾は自力で脱出したことがわかったので、こちらとしては、もう人質交換の必要は消滅している。

 しかし、こちらが素蛾の脱出を承知していることをまだ九霊聖女は知らないようなので、そのまま実行することにした。

 それが九霊聖女を捕える絶好の機会であるからだ。

 

 九霊聖女さえ捕えてしまえば、ほかの部下たちはなんとでもなる。

 もともとは、魔域の入口部の領域は、金角に味方をしていた南山大王の支配域だったのだ。

 金角について、さらに事情を明確にするためには、どうしても魔域に入らなければならない。

 とにかく、沙那たちが魔域に入るにあたって、九霊聖女の存在は邪魔でありすぎる。

 

「……それから、沙那、ついに黄獅姫が吐いたよ。あいつ、なにかを隠しているかと思ったら、これだったのさ」

 

 宝玄仙がくすくすと笑いながら、沙那の前に手のひらをかざした。

 すると、そこに一個の透明の玉が出現した。『取り寄せ道術』のようだ。

 

「なんですか、これ?」

 

 沙那は首を傾げた。

 

「この球体こそ、南山大王そのものさ。まだ、封印されて眠っているけどね」

 

 宝玄仙が笑った。

 

 

 

 

(第115話『好色皇帝』終わり、第116話『人質交換の罠』に続く)



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 第116話 人質交換の罠【南山(なんざん)大王】
759 魔域との境界地


 『移動術』で跳躍した先は、広大な原野のような場所が続くだけの場所だった。

 黄獅姫(おうしき)は事前に、自分と素蛾との人質交換の場所が、帝都の城郭の外にある帝国軍の演習場であることを教えられていたので、ここがそうだと思った。

 ここは、数万の軍勢が皇帝の前で演習を披露できるように、これだけの広大な地積が確保されているらしい。

 見渡す限りの地平線まで一切の民有地もなく、すべてが帝国軍の管理地なのだそうだ。

 今日については、その軍もすべて排除され、この広大な場所の中心部において、西方帝国側と九霊聖女(くれいせいじょ)側が会することになっているようだ。

 

「ほれ、歩きな」

 

 黄獅姫は両手首を背中側で道術封じの手枷で拘束されていたが、その背中をどんと宝玄仙に押された。

 

「あっ、あっ……」

 

 しかし、黄獅姫は数歩歩いただけで、その場で腰を折ってしまった。

 しかも、そのまま、脚を動かすこともできずに立ちすくんだ。

 股間に装着された金具が黄獅姫の陰核を強く刺激して、強い疼きを走らせたのだ。

 

「そんなへっぴり腰じゃ困ったねえ。約束の場所は、少し先なんだよ。しっかり歩いてもらわないと困るねえ、黄獅姫」

 

 宝玄仙が笑った。

 黄獅姫は恨めしく宝玄仙を見た。

 

 約束の場所というのがここからどれくらい先なのか知らないが、『移動術』で跳躍したのだから、最初からその場所に向かうことも可能だったはずだ。

 だが、わざわざ、離れた場所に跳躍し、その場所まで黄獅姫を歩かせようというのは、宝玄仙の意地悪に違いない。

 

 この宝玄仙という人間族の魔女に捕えられて六日程だと思うが、この女の意地の悪さは、すっかりと骨身に染みてしまった。

 黄獅姫が身に着けているのは、首のところで紐で閉じるようになっている袋状の筒のような外套だ。

 外套とはいっても、ただの大きな布であり、それを裸体に被せられている。

 丈は腿の半分くらいまでであり袖はない。

 そして、その下は完全な素裸だ。

 しかも、その黄獅姫に、宝玄仙は意地の悪い淫具を装着させたのだ。

 

 すなわち、黄獅姫は裸の股間に、陰核の根元を細い指輪のような金属の輪で締めつけさせらている。

 その輪には三本の細い鎖が繋がっていて、そのうちの二本が腰に回り、一本は股をくぐって腰の後ろで三本がひとまとめにまとめられている。

 もちろん、動いても被せた輪がずれることがないように、しっかりと鎖の長さも調整された。

 

 宝玄仙に言わせれば、どんなじゃじゃ馬も大人しくする調教具だということだ。

 実際、これを装着されてしまうと、ただ立っているだけで甘痒い疼きが襲い続けて、股間にいたたまれない淫情が沸き起こる。

 ましてや、歩くなどとんでもない。

 少しでも動けば、悶絶するような疼きが発生して、官能の芯をえぐるような甘美感が襲いかかる。

 黄獅姫は膝をがくりと曲げたまま動くことができなくて、喘ぐような息をしながら立ったままでいた。

 

「なにやってんだい──。さっさと歩かないかい、黄獅姫──。お前の愛しい九霊聖女がお待ちかねじゃないのかい? しっかりと腰を振って歩きな。そうすれば、お前と再会した九霊聖女は、すぐにお前を可愛がってくれるさ」

 

「で、でも、この股間の輪っかだけは外してくれませんか……。まともに歩けないですよ、宝玄仙様」

 

「知らないねえ。まあ、その様子じゃあ、随分とその淫具を愉しんでいるようじゃないかい。人質交換の場所まで、たっぷりと愉しみながら歩くといいよ」

 

 宝玄仙がせせら笑った。

 黄獅姫は歯噛みしながら、ふらつく脚を懸命に前に出した。

 

「ねえ、ご主人様、悪ふざけもほどほどにしないと……。約束の刻限は陽が中天になったときですから、そろそろですよ」

 

 沙那が言った。

 彼女は宝玄仙の供であり、闘技会のときには、孫空女とともに闘士として参加したくらいの武芸の持ち主だ。

 ほかにこの宝玄仙には、孫空女と朱姫という供もいるはずだが、黄獅姫が捕らわれてしばらく経った頃から、ほとんど見かけなくなった。

 いまも、この場にいるのは、宝玄仙と沙那だけだ。

 朱姫には今朝久しぶりに会ったが、孫空女の姿はずっと見ていない。

 

 もっとも、この数日間の黄獅姫の記憶は混沌としていて、孫空女と朱姫が現れなくなったのがいつ頃なのかを判断することができなくなっていた。

 おそらく、黄獅姫は、訊問をされて考えられる限りの情報を引き出さされたのだと思うのだが、『縛心術』により、なにを喋ったのかという記憶を消されてしまったのだ。

 

 黄獅姫に対する訊問の大部分は、『縛心術』で行われた。

 あの朱姫は『縛心術』の達人であり、その朱姫を前にして、なにかを隠すことは不可能だった。

 かすかに残る記憶の中には、朱姫にかけられた縛心状態の黄獅姫に、沙那が長時間にわたって質問を続けたときの光景がしっかり残っている。

 だが、最後になにを喋ったのかということを『縛心術』で忘れさせられてしまい、いまでも覚えてないのだ。

 

 また、『縛心術』でなにもかも喋らされたとき、あの朱姫が黄獅姫には、『縛心術』では引き出せない情報があると、ほかの者に話していたのを覚えている。

 すると、それから、宝玄仙自らから情報を引き出すための拷問を受けた。

 それが拷問だったのか、それとも宝玄仙の嗜虐趣味を満足させるための遊びだったのかは、いまでもわからない。

 

 まあ、おそらく、その両方なのだろう。

 だが、黄獅姫はなにも喋らなかったと思う。

 少なくとも喋ったという記憶はない。

 

 しかし、今朝になり、またもあの宝玄仙から淫靡な性的拷問を受けるのかと、げんなりしていると、今日は宝玄仙のもうひとりの供の素蛾という童女と、黄獅姫の身柄を交換することになっていると言われたのだ。

 そして、その準備として股間におかしな淫具を装着させられたというわけだ。

 この数日間の訊問についての記憶の消されたのもこのときだ。

 

「まあ、多少遅れても問題ないよ。亜人の連中は待たせておけばいいさ──。まあ、だけど、このままじゃあ、いつ辿り着くかわかったもんじゃないのは確かだね……。なら、曳き紐をつけるか」

 

 宝玄仙が笑って、『取り寄せ術』の道術でなにかを手のひらに出現させた。

 それは金属の輪っかだった。

 

 はっとした。

 それがなにかわかったからだ。

 宝玄仙からの拷問で幾度となく、これで辱められたのだ。

 これは「鼻輪」だ。

 しかも、鼻輪には、それを引っ張るための鎖も装着している。

 

「ひいっ」

 

 黄獅姫はそれが自分の鼻に近づけられて悲鳴をあげた。

 黄獅姫の鼻の穴には、宝玄仙が拷問のために開けた穴が左右の穴を隔てる場所にあるのだ。

 

「大人しくしないかい──。それにしても、お前のこの格好を見れば、あの九霊聖女は怒り狂うかもしれないねえ」

 

 だが、抵抗することもできず、黄獅姫はその鼻輪を装着されてしまった。

 

「そら、歩くよ──」

 

 宝玄仙が鼻輪に繋がった鎖をぐいと引っ張った。

 

「ひぎいい──あ、歩く──歩きますから、引っ張らないでください──」

 

 黄獅姫は絶叫した。

 

「だったら一生懸命に歩きな。どうせ、あいつらも素蛾のことを酷い目に遭わせているに違いないんだ。だから、お前も同じような仕打ちを受けな──。それにしても、その鼻水垂らした惨めな顔はいいねえ──」

 

 宝玄仙が笑って、大股で歩き出した。

 黄獅姫は悲鳴をあげながら、一歩進むごとに下腹部をきゅっと締めあげられる疼きに耐えて脚を進めるしかなかった。

 後ろで沙那が大きな嘆息をするのが聞こえた。

 

「お、お願いです──。も、もっと、ゆっくり──」

 

 だが、黄獅姫はすぐに我慢できなくなり、容赦なく鼻輪を曳き続ける宝玄仙に吠えるように訴えた。

 ほんの少し歩くだけで、溜まらない疼きが走り、もう黄獅姫の股間は樹液でびっしょりになっていた。

 一歩踏み出してはよろけ、それを鼻輪で引っ張られ、また歩き、そしてよろける……。

 それの繰り返しだ。

 

 だが、黄獅姫の言葉に宝玄仙は、意地悪くさらに足を速めた。

 黄獅姫は泣き叫んだ。

 

 

 *

 

 

「遅い……」

 

 九霊聖女は苛々していた。

 人質交換の場所と定められた地点に、黄獅姫を連れてくることになっているらしい宝玄仙がいまだにやってこないのだ。

 ここは、約束の場所である人間族の帝都郊外の軍の演習場だ。

 約束の時間は、陽が中天に差し掛かったときということだったから、それはもうすぎている。

 だが、いまのところ、こちら側と距離を開いて展開している人間族の一個隊の中に、黄獅や黄獅姫を連れてくるはずの宝玄仙の姿は見えない。

 

 素蛾の身柄と黄獅姫の身柄の交換の手順は次のような感じだ。

 まず、この広大な演習場のど真ん中に、交換する人質の身柄をお互いに連れてくる。

 それを連行してくるのは、亜人側、人間側ともそれぞれ三十人程度の一個隊と限られた。

 だから、九霊聖女側は寓天(ぐうてん)の指揮する近衛隊の三十名が整列しており、その中心に九霊聖女はいるのだ。

 

 もっとも、いまの九霊聖女は、人質交換の対象である素蛾に変身している。

 黄獅姫との身柄交換の申し出があった素蛾は、残念ながら逃亡してしまった。

 素蛾の姿を記憶していて、その素蛾に記憶だけで変身できる能力を持っているのが九霊聖女しかいなかったからだ。

 また、素蛾になっている九霊聖女の横には大角(おおづの)もいる。

 大角は軍鶏猫(しゃもねこ)とともに、連環城と西方帝国のあいだに入って、今回の身柄交換の段取りを調整したのだ。

 もうひとりの調整役である軍鶏猫は、こちらとは二十間(約二百メートル)の距離を挟んで展開している西方帝国の一個隊の中におり、ここからその姿を確認することができる。

 

 向こう側の一個隊を指揮しているのは、劉旺(りゅうき)という人間族の帝国の近衛団長らしい。

 しかし、その劉旺から、まだ黄獅姫と宝玄仙が到着していないので、待ってくれと伝言があったのだ。

 それから、いまだに変化がない。

 

「お、落ち着いてください、九霊聖女様……。もう一度、向こうに状況を確認してきますから……」

 

 その大角が困惑した口調で言った。

 

「本当に話はついておるのであろうな、大角──? 一体全体、どうなっておるのだ──?」

 

 九霊聖女はかっとして、素蛾の姿のまま、拘束された前手錠付きの手で大角の睾丸を下袴の上から鷲づかみした。

 

「ひいっ、ひっ、おっ、や、やめて……。やめてください……ひいっ」

 

 すると、大角がまた女のような悲鳴をあげた。

 それが面白くて、九霊聖女はさらにぐりぐりと捏ねてやった。

 大角が赤い顔をして身体をくねらせ始める。

 このところ、九霊聖女はこうやって大角をからかうのが病みつきになりかけていた。

 よくわからないが、この大角は、九霊聖女が睾丸を揉む悪戯をすると、顔を真っ赤にして、女のように身体をくねらせるのだ。

 それが面白くて、なにかを理由をつけて、こうやってからかうことを繰り返していた。

 

「く、九霊霊女様、見られます──」

 

 寓天が驚いたように声をあげた。

 

「そうだったな……」

 

 九霊聖女は慌てて手を離した。

 いま素蛾の姿に変身していたのだ。

 一瞬、忘れていた。

 

 そのとき、向こう側の人間族の隊が動き出した。

 九霊聖女はそちらに目をやった。

 中心部が左右に割れ始めている。

 そこに宝玄仙の姿がちらりと見えた。

 どうやら、やっと到着したようだ。

 

「き、来ました……。来ましたよ、九霊聖女様」

 

 大角がほっとしたように言った。

 

「わかっておるわ……」

 

 九霊聖女は吐き捨てた。

 しかし、次の瞬間、思わず悲鳴をあげそうになった。

 宝玄仙の後ろから袋状の外套を被せられて、袋から顔だけ出したような黄獅姫が現れたのだが、なんと宝玄仙は黄獅姫に鼻輪をつけ、それを鎖で引っ張ってやってきたのだ。

 しかも、その黄獅姫の様子がおかしい。

 ここからではよく判別できないが、ほんの少し歩くだけでもよろけるような感じだし、しかも顔にはたっぷりと汗を掻いている。

 異常に不自然だ……。

 

「お、黄獅……」

 

 思わず叫びそうになり、九霊聖女は自重した。

 そして、もう少しの我慢だと自分に言いきかせた。

 

「待たせたねえ、お前ら──。この黄獅姫が愚図で歩くのが遅いもんだからね──。いまから、そっちに黄獅姫を歩かせる──。お前たちも、素蛾をこっちに向かわせな」

 

 向こう側から、宝玄仙が怒鳴った。

 そして、黄獅姫の鼻輪に繋がっている鎖から手を離して、黄獅姫の首に手を伸ばした。

 

「きゃああああ──」

 

 黄獅姫が悲鳴をあげた。

 九霊聖女もびっくりした。

 

 黄獅姫の身体を覆っていた袋のような外套の首の部分の紐が緩められて、ばさりと黄獅姫の足首に落ちたのだが、外套を外された黄獅姫は完全に素っ裸だったのだ。

 黄獅姫はその場にしゃがみ込んでしまった。

 向こう側の隊から大きなざわめきが起きている。

 

「な、なんてことをするのだ──。人質交換の身柄を辱めるとは約束違反だぞ──」

 

 九霊聖女の代わりに、寓天が怒鳴った。

 一応、こちら側の人質交換の代表者は、寓天ということになっている。

 向こうは宝玄仙だ。

 

「そんな、取り決めはないね──」

 

 宝玄仙が向こうで笑うのが聞こえた。

 そして、向こうにいる軍鶏猫になにかをささやいた。

 軍鶏猫が素裸になってしまった黄獅姫の鼻輪に繋がっている鎖を拾った。

 そして、いきなり力強く引っ張った。

 

「ひぎいい──」

 

 黄獅姫が向こう側で絶叫した。

 そして、悲痛な表情をしたまま、引き摺られて歩き出してきた。

 

「な、なにをするか──? もう、やめよ──」

 

 寓天が怒鳴った。

 

「そっちも、遠慮なく素蛾を辱めな。遠慮はいらないよ──。素蛾はわたしの性奴隷だ。そういうことも修行のうちさ──」

 

 反対側で宝玄仙が大きな声で叫び返した。

 そのあいだにも、黄獅姫は腰を引いて苦しそうに悶えながら歩いてくる。

 やっと九霊聖女は、黄獅姫の股間に細い鎖のようなものが食い込んでいるのがわかった。

 やはり、股間に淫靡な仕掛けをされているようだ。

 九霊聖女は腹が煮え返った。

 

「……く、九霊聖女様……。こちら側も進まないと……」

 

 大角がささやいた。

 

「わ、わかっておる」

 

 九霊聖女は言った。

 同時にお互いから歩き出すのが約束だ。

 向こうの黄獅姫の身柄は軍鶏猫が連れて来て、こちら側は大角が一緒に進む。

 そして、お互いの隊の中央で入れ替わり、そのまま歩くのだ。

 

「も、もう、我慢ならん──。寓天、わたしと黄獅姫が中央で接触したら、仕掛けよ──」

 

 九霊聖女は言った。

 実は約束違反だが、この場所に『移動術』で三千人の亜人軍を出現させる準備を整えている。

 それはすでに待機していて、九霊聖女が道術を発動すれば、向こう側の一帯を完全包囲するように展開するのだ。

 同時に宝玄仙の道術を封じる逆結界もかける一団も包囲態勢を整えていて、亜人軍の出現とともに、宝玄仙の道術を封じ込められる。

 

 九霊聖女は、この場で宝玄仙と捕えてしまうつもりだ。

 牛魔王は、金角軍を破ったいま、息子を殺された復讐のために血眼になって宝玄仙の行方を追っていた。

 九霊聖女が宝玄仙の身柄を確保して、牛魔王にそれを差し出せば、牛魔王に恩を売ることができ、九霊聖女が支配している一帯の安全は確保できる。

 

 それに比べれば、人間族にも道術師隊はあるものの、大軍をまとめて出現できるような道術は向こうには存在しない。

 だから、同じことを人間側が仕掛けることはあり得ない。

 

「わかりました……」

 

 寓天が静かに言った。

 

「行くぞ、大角──。わたしを連行していけ」

 

「はい」

 

 大角が歩き出した。

 素蛾の姿の九霊聖女もそれに続く。

 九霊聖女はただ前手錠を装着しているだけだ。

 ほかに拘束もないし、破廉恥な仕掛けもない。

 もしも、この場に素蛾がいれば、黄獅姫以上の辱めを必ずしてやるのにと思うが、それができないのが口惜しい。

 

 しばらく歩いた。

 憐れな姿で歩いてくる黄獅姫の姿がすぐ近くになった。

 股間に鎖が食い込んでいる。

 しかも、その股間には一本の陰毛もない。

 それは、数日前に、嫌がらせとして宝玄仙から送られてきていた。

 そのときの怒りが蘇った。

 

 もうこれ以上耐えられない。

 九霊聖女は道術で自分の手首に嵌まっている手錠を外して落下させた。

 そして、変身を解きながら、脱兎の如く黄獅姫に向かって駆けた。

 同時に、広域道術を解放して三千の亜人軍を呼び込む。

 

「黄獅──」

 

「く、九霊聖女様──」

 

 黄獅姫が目を見開いて歓喜の悲鳴をあげた。

 九霊聖女は、黄獅姫を引っ張っていた軍鶏猫を突き飛ばして、鼻輪に繋いだ鎖から手を離させ、後手に拘束されている黄獅姫をがっしりと抱きしめる

 

「ああ、九霊聖女様──」

 

 黄獅姫はむせび泣きを始めた。

 

「も、申し訳ありません──。申し訳──。『縛心術』でなにもかも喋らされました……。で、でも、覚えていないんです……。ほ、本当に申し訳ありません……」

 

 黄獅姫が号泣し始めた。

 九霊聖女はその頭を軽く撫ぜた。

 

「まあいいさ……。それは覚悟していたからね。でも、罰はしっかりと与えるよ……。寝台でね……。今夜は寝かさないよ……。覚悟をおし」

 

 九霊聖女がそうささやくと、黄獅姫が恥ずかしそうに俯いた。

 

「ところで例のものは無事だね……?」

 

 九霊聖女は黄獅姫の腹に軽く触れた。

 黄獅姫の腹には、南山大王を隠している水晶玉の存在をしっかりと感じた。

 九霊聖女はほっとした。

 

 大丈夫だ……。

 確かに黄獅姫の身体の中に水晶玉は存在している……。

 黄獅姫には、『縛心術』の対策として、縛心状態になると封印した南山大王の隠し場所のことを記憶から消滅させる道術をかけいていた。

 だから、いくら『縛心術』をかけても、その情報は黄獅姫からは取れなかったはずだ。

 

 実は、九霊聖女は、南山大王を封印した球体を黄獅姫の体内に隠している。

 ほとんどの者には知られていないが、黄獅姫には自分の身体に物を埋め込むことができる能力があり、九霊聖女がそれを利用したのだ。

 連環城を乗っ取るために、南山大王を眠らせて小さな水晶玉に封印した九霊聖女が苦心したのは、その隠し場所だ。

 もしも、連環城のどこかに隠した場合は、いまだに残っている南山大王派の部下に、それを取り戻されて、封印を解放させられる恐れがあった。

 いまでも、表向きには九霊聖女を女魔王として認めながらも、実際には、まだ南山大王を信奉している家臣や武将は大勢いる。

 なにしろ、大部分の家臣たちは、まだ南山大王に対する忠誠を誓う道術を受け入れたままなのだ。

 

 南山大王を殺して、家臣たちにかかっている南山大王の支配術を無効にし、そのうえで改めて、九霊聖女への忠誠を保証する道術契約などを結べばそんな心配は不要だったのだが、九霊聖女には伯父である南山大王を殺すことができなかった。

 だから、封印をして、その身柄を隠すということで終わったのだ。

 

 そして、その隠し場所として黄獅姫の体内を選んだ。

 隠し場所としては意表をついており、それを余人が想像することは不可能だからだ。

 黄獅姫がそんなことができるというのは、黄獅姫のほかには、九霊聖女くらいしか知らない事実だ。

 

「例のもの?」

 

 だが、黄獅姫はきょとんとしている。

 まったく、ぴんと来ていないようだ。

 そのとき、九霊聖女は、黄獅姫に『縛心術』がかけられているのがわかった。

 それで記憶を呼び起こせないのだと納得した。

 そういえば、さっき、覚えていないということを黄獅姫が喋った。

 南山大王を封印している球体のことを忘れているのもそのためだろう。

 

 いずれにしても、水晶玉が存在することは確かめられる。

 外に取り出さずに、南山大王が水晶玉に封印されたままであることを確かめる方法はないが、まあ、大丈夫だろう。

 

「おい、九霊聖女──」

 

 そのとき、人間族の一個隊の中にいる宝玄仙から声があがった。

 

「これはどういうことだい? 素蛾はどうしたんだい? それに、ここに連れてきていいのは、五十名の一隊のみのはずじゃないかい──。いきなり、出現した大軍はどういうことだい──?」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 九霊聖女は黄獅姫を抱いたまま顔をあげた。

 いまや、九霊聖女と黄獅姫、そして、人間族と亜人側の一個隊の周り、完全に武装した九霊聖女の軍が包囲している。

 しかも、その軍に要所に逆結界をかけるための要員が展開していて、宝玄仙の道術を封じることにも成功していた。

 

「なんとでも言いな──。卑怯だと思えば、せいぜい罵るがいいよ──。お前はこの瞬間に、わたしらの捕虜だよ──。黄獅姫さえ取り戻せれば、後は約束を守る義理もないしね──」

 

 九霊聖女は叫び返した。

 だが、意外にも宝玄仙が笑い出した。

 

「……そういうことかい──。だったら、遠慮なく、こっちも奥の手を出せるね──」

 

 その宝玄仙がさっと手をあげた。

 すると、この一帯を包囲している亜人軍からひとりの巨漢がすっと出現した。

 

「お、伯父上──。なぜ、ここに──?」

 

 九霊聖女は驚愕して絶叫した。

 そこにいたのは、まぎれもなく南山大王の姿だったのだ。



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760 そして、魔域へ

 九霊聖女(くれいせいじょ)は驚愕して絶叫した。

 そこにいたのは、まぎれもなく南山大王の姿だったのだ。

 

「九霊──。いろいろと画策してくれたのう……。だが、それも終わりだ。すでに、ひと足先に連環城については、わしの支配を取り戻した。残っているのは、お前と、お前が連れてきた寓天の一隊のみだ──。大人しく、わしに降伏するか、それとも大騒ぎしたいのか、好きな方を選べ──」

 

 南山大王が吠えるように一喝した。

 九霊聖女は、そのときやっと三千の亜人軍が、宝玄仙たちではなく九霊聖女に攻撃の視線を向けているのがわかった。

 逆結界についても、宝玄仙ではなく、九霊聖女に向かっている。

 九霊聖女は愕然とした。

 

「な、なんで……?」

 

 呆然となりながらも、九霊聖女は捕らわれてた黄獅姫(おうしき)から封印された南山大王を解放したのは宝玄仙だと悟った。

 そして、南山大王は、九霊聖女が人質交換の場に向かうために、九霊聖女が連環城を離れたのに入れ替わるようにして、連環城に戻ったに違いない。

 そして、連環城の支配を取り戻したのだろう。

 

 どうやら、宝玄仙は黄獅姫の体内の水晶玉の存在に気がついてしまったようだ。

 そして、封印を解いたのだろう。

 そのうえで、球体のみを黄獅姫に戻したのだ。

 

 それにしても、九霊聖女は幾重にも込み入った道術をかけて、丁寧に南山大王を封印していたはずだ。

 それをたった数日で解放してしまったのだ。

 それだけでも、宝玄仙の道術力が桁外れだということがわかる。

 

寓天(ぐうてん)、いますぐにわしに降伏せよ……。さもなければ、この場で八つ裂きにして殺す──」

 

 南山大王が今度は寓天に言った。

 武力だけでも三千人とわすか五十人では抵抗のしようもない。

 それだけではなく、道術でも南山大王という巨大な霊気の持ち主がいて、さらに宝玄仙までいるのだ。

 九霊聖女は自分の敗北を悟った。

 だが、寓天は九霊聖女の支配を受け入れている。

 自分から南山大王に降伏することはできない。

 

「……寓天、降伏せよ──。これからは、南山大王に従え……」

 

 九霊聖女は言った。

 

「く、九霊聖女様……?」

 

 九霊聖女に抱きしめられている黄獅姫が顔色を変えている。

 なにが起きたのか、さっぱりと理解できていない様子だ。

 まあ、それは九霊聖女も同じだが……。

 

「伯父上、降伏する──。わたしを殺すがいい……。もう抵抗はせん……。だが、お願いだ……。黄獅姫だけは殺さないでくれ──。こいつはわたしに操られていただけだ」

 

 九霊聖女は静かに言った。

 

「そ、そんな──。九霊聖女様が殺されるなら、わたしも死にます──」

 

 黄獅姫が悲鳴をあげた。

 

「……殺しはせん──。お前の身柄は、宝玄仙殿に渡すことになっている。宝玄仙殿との約束でな」

 

 南山大王が言った。

 

「そういうわけさ、九霊──。お前の恋人もしっかりと被虐癖に躾けられていて愉しかったけど、これからは、お前もまたしっかりとわたしが飼ってやるよ。愉しくなりそうじゃないかい──」

 

 宝玄仙がこっちに近づきながら言った。

 九霊聖女はがっくりと跪いてしまった。

 

「孫空女、朱姫──。じゃあ、そいつらふたりを捕えな」

 

 宝玄仙が言った。

 すでに、宝玄仙は目の前まで迫っている。

 すると、横にいた大角と軍鶏猫が、孫空女と朱姫の姿になった。

 九霊聖女は驚いた。

 どうやら、このふたりは霊具かなにかで、それぞれの姿に変身をしていたようだ。

 そのことに思い至らなかった九霊聖女は、自分の迂闊さに腹がたった。

 

「こいつ、なにかというと股ぐらを触りやがって──」

 

 孫空女が怒った様子で、九霊聖女の襟首を掴んでその場に立たせた。

 

 

 *

 

 

「宝玄仙殿、今回のことは感謝する。あなたがいなければ、わしはいまだに、九霊に封印されたままでいただろう……。九連聖女に支配されていた連環城には、片づけなければならないこともあるが、それも数日で片付く。どうか、連環城にやって来てもらいたい。連環城は、喜んで金角の弔い合戦に加わるだろう……」

 

「そうかい」

 

「あなたを旗頭に担ぎたい。金角はわしの娘ともいえるような存在だったのだ。それが無残に殺されたと知ったとき、わしは心が張り裂けそうだった。わしは牛魔王が憎い──。だが、金角を裏切って、牛魔王に引き渡した巴山虎(はざんとら)という男はもっと憎い」

 

 南山大王が言った。

 宝玄仙はうなずいた。

 すでに、三千の亜人軍は引きあげている。

 拘束をした九霊聖女と黄獅姫と寓天の身柄も一緒に連れていった。

 いまここにいるのは、宝玄仙と三人の供、南山大王と南山大王が残した警護隊の十名、そして、帝国側の劉旺以下の五十名の一隊だ。

 

「宝玄仙殿、釘鈀(ていは)皇帝からの伝言です──。もしも、宝玄仙殿が九霊聖女を捕えることに成功したならば、告げるように命じられておりました……。西方帝国には、魔域沿いに展開する国境軍を宝玄仙殿とともに越境させる準備があります。すでに国境軍の将軍には、釘鈀皇帝の名で命令を伝えております」

 

 劉旺(りゅうおう)が言った。

 宝玄仙は驚いた。

 父親を排除して新たに皇帝につくことになった釘鈀は、これから魔域に入り、金角の仇を討つことを考えている宝玄仙に軍を提供しようというのだ。

 

「へえ、釘鈀は人間の軍を魔域に侵攻させるつもりかい? そんなことをすれば、魔域の連中を人間族の世界に呼び込むことにもなるかもしれないよ。少なくとも、連中が人間族に侵攻する大義名分を与えることにもなるね」

 

 宝玄仙は苦笑しながら言った。

 

「同じことでしょう。こちらがなにもしなくても、九霊聖女のように手を出してくるかもしれません。西方帝国は牛魔王と呼ばれるような粗暴な魔王が魔域の支配的な存在になることを望みません。それに、人間族の軍は直接には道術の影響を受けないという利点があります。道術が支配的な魔域の戦闘には役に立つでしょう」

 

「だったら、遠慮なく馳走になることにするよ、劉旺……。そう釘鈀に伝えておくれ。わたしたちは、一度、このまま西方帝国の国境地域に向かうよ。その後、すぐに魔域に入るつもりさ」

 

「承知しました」

 

「ちょうどいいから、そのときに、その国境軍の将軍に挨拶でもするかねえ。それから、釘鈀に預けている恵圭(えけい)をよろしく頼むよ。あいつは、わたしの性奴隷だけど、とりあえず、置いていくよ。好きなようにこき使っていい──。正真正銘の奴隷にしていいからね」

 

 宝玄仙の道術陣を身体に刻んで崩れた顔と病んだ身体を治してやった恵圭は、とりあえず、釘鈀の屋敷に預けている。

 今回は、黄獅姫にかかりきりだったので、躾け直す余裕はなかったが、魔域のことが片付けば、魔域にでも呼んでしっかりと調教をし直すつもりでいる。

 

「手配します……」

 

 劉旺は頭をさげた。

 

「ご主人様、西方帝国の国境地域には、一度帝都に戻って、道術駅伝を使用させてもらってはどうでしょうか? 今日中にも魔域との境界の北辺地域に到着すると思うのですが」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「道術駅伝か……。それはいいね」

 

 道術駅伝とは、宮廷が帝国内に張り巡らせている『移動術』を遣った移動網であり、各地に『移動術』の出入口となる結界を作っておき、その結界を瞬時に移動しながら目的地に跳躍していくというものだ。

 ただし、使用は非常の場合に限られ、通常は封印されて使用できないようになっている。

 使用も皇帝の認可が必要らしい。

 だが、釘鈀は、宝玄仙が頼めば、それを使用させるに違いない。

 

「でも、ご主人様、なんのために、北辺地域に立ち寄るんだい? そのまま、大王に頼んで、連環城に連れて行ってもらえばいいんじゃないかい? どうせ、そこに行くんだろう? 素蛾だって、連環城が味方になれば、旧金角軍を率いてい伶俐虫(れいりちゅう)精細鬼(せいさいき)と一緒に、とりあえず逃げてくると思うよ。そういう手筈になっているんだ」

 

 孫空女が言った。

 孫空女と朱姫は、大角と軍鶏猫という九霊聖女の部下に成りすまして連環城に潜入して人質交換の工作をする傍ら、素蛾が保護されている旧金角軍とも接触を試みたのだ。

 それで、素蛾の無事も確認したし、南山大王が支配を取り戻してからの行動についても、ひそかに道術通信などの手段で話し合うことに成功したようだ。

 その結果について、宝玄仙も沙那も、すでに承知している。

 

「帝国の北辺沿いの地域に立ち寄るのはあなたのためによ、孫空女」

 

 沙那が言った。

 

「あ、あたし?」

 

 孫空女が驚いている。

 

「ほら、恵圭が以前に話していたでしょう? 帝国の北辺には、亜人と人間族が共同で生活をしている地域があると……。そのとき、そこには、土族の部落もあると言っていたじゃないの」

 

「ああ、そんなことを話していたっけ……」

 

 孫空女が思い出すように言った。

 

「それで、釘鈀皇子……じゃなかった、釘鈀陛下が人を使って調べてくれたのよ。そこには、記憶を消失して生まれ変わったばかりの土族の男がいるそうよ……。土族なんだけど、それを隠して人間族に交じって生活をしている変わり者らしいわ。赤毛|(せきもう)と名乗っているようね……。いつも首に赤毛の首飾りをぶらさげているんだって……。魔域に入る前に寄っていらっしゃい。ご主人様も許可してくれたわ」

 

 沙那がにっこりと笑った。

 

「ええっ──。そ、それって……?」

 

 孫空女の顔が真っ赤になった。

 少し前に、獅駝嶺で三魔王に宝玄仙たちが捕らわれたとき、孫空女は玉斧(ぎょくふ)という土族の男に助けられたそうだ。結局、その玉斧は死んでしまったが、土の中で生き返るという土族の能力によって復活し、どこかに消えてしまっていた。孫空女が、その玉斧のことを随分と気にしていたのは、宝玄仙も知っていた。

 だから、恵圭が土族の部落のことを口にしたのを覚えていた宝玄仙は、釘鈀に頼んで、その周囲でそれらしい者がいないかどうかを調べてもらったのだ。

 それを受けた釘鈀が手の者を派遣して、赤毛(せきもう)という土族の男が引っ掛かったというわけだ。

 その赤毛と名乗ったのが、玉斧の生まれ変わりの姿かどうかはわからないが、話を聞く限りでは間違いないような気がする。あとは、孫空女が直接に確かめるしかないだろう。

 向こうは覚えていないが、姿は同じなのだ。会えば孫空女にはわかるはずだ。

 

「ただし、もしも、そいつが玉斧だという男だとしても、べらべらと喋るんじゃないよ。そいつが混乱するだけだからね……。お前がやっていいのは、ただそいつに抱かれるだけだ。余計なことを言わずに、ひと晩で戻るんだよ──。結婚するとか言い出したら、とんでもない目に遭わせるからね。次の日には、魔域に入るんだからね」

 

「わ、わかったよ、ご主人様……。でも……。あ、あのう……。あ、ありがとう……。ほ、本当にありがとう……」

 

 孫空女が赤い顔をしたまま言った。

 

「なんですか、孫姉さん? その土族の男というのは……? 怪しいですよ」

 

 朱姫が口を挟んだ。

 そういえば、孫空女に連れられて、玉斧の墓とやらに立ち寄ったときには、朱姫はいなかったので、朱姫は事情を知らないのだ。

 

「なんでもいいじゃないのよ──。あんたに教えたら、悪ふざけに巻き込んでかき回すでしょう」

 

 沙那が言った。

 

「そ、そんなあ……。教えてくださいよ、沙那姉さん」

 

 朱姫が頬を膨らませた。

 

「じゃあ、一度、帝都に戻ってから出立するかね──。じゃあ、そういうことでいいかい、南山──。明後日には魔域に入るよ。だから、人間族との境界付近まで出迎えを寄越してくれるかい?」

 

「わかった、宝玄仙殿──。では……」

 

 南山大王がもう一度礼を言ってから、『移動術』で消滅した。

 

「さて、じゃあ、ついに魔域入りだ──。忙しくなるね──。黄獅姫だけじゃなくて、九霊聖女も調教しなければならないしね。連環城に到着したら、いままで女魔王だった九霊聖女を黄獅姫と一緒に、鼻輪をつけて素っ裸で城中を曳き回してやるさ。あの気位の高そうな女亜人がどんな風に泣き叫ぶのか、いまから愉しみで仕方がないよ」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「もう、ご主人様、そんなことばかり言って……。金角の仇をとらなければならないんですよ。捕らわれているはずの銀角だって救わなければならないし──。ご主人様は、その旗頭なんですから」

 

 沙那はたしなめるように言った。

 

「金角の仇なんかとる必要はないさ。まあ、裏切り者らしい巴山虎とやらは、ちゃんと落とし前をつけるけどね──。金角は復活させるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「復活?」

 

 沙那がびっくりしたように声をあげた。

 それは孫空女と朱姫も同じだ。

 

「ああ、復活だ──。実は金角と別れる前に、魂の欠片をお守りだと言って小さな袋に入れて渡していたんだ。あいつはそれを首飾りにしてかけていたはずなんだ。それがあれば復活できる──。問題はそれがどこにあるかだけどね……」

 

 すると、沙那が驚きの声をあげた。

 

 金角は復活させる──。

 

 宝玄仙は硬く心に思った。

 ほかにも、魔域には片づけなければならないものがたくさんある……。

 

 鳴智(なち)──。

 孫空女が接触したという宝玄仙の偽者──。

 

 そして、御影──。

 あの連中がなにを企んでいるか知らないが、宝玄仙から奪ったものはちゃんと返してもらう。

 

 鳴智も金角も銀角も絶対に救い出す──。

 たとえ、すでに死んでいようとも、宝玄仙の道術で復活させる。

 それを邪魔する者がいれば、それが巴山虎であろうと、牛魔王であろうと許すつもりはない。

 宝玄仙は自分の心にそう誓った。

 

 

 

 

(第12章「西方帝国篇」終わり、最終章「魔域篇」に続く。)





 *


 孫空女と玉斧(赤毛)のエピソードは、「515【番外篇】未亡人と恋の結末」に投稿済みです。


 *


【西遊記:85・86回、南山大王(なんざんだいおう)

 一行か隠霧山(いんむざん)という難所にさしかかっているとき、突然に霧がたちこめはじめます。
 不吉を抱いた玄奘は、孫悟空に偵察を命じます。
 ひとりで偵察に赴いた孫悟空は、連環山(れんかんざん)という洞府(住み処)に、妖魔王とその魔王の大勢の子分がいることを発見します。

 一度戻った孫悟空は、猪八戒をけしかけて、ひとりで洞府に突入させます。
 しかし、南山大王も、それが三蔵の供をしている八戒であることを見抜き、なんとか三蔵を捕えてやろうと策をたてます。
 即ち、自分の偽者を出して、三人の供を三蔵から引き離そうという策です。

 孫悟空たちはその策に引っ掛かり、八戒だけでなく、順に孫悟空、沙悟浄と偽者の南海大王を追いかけていき、三蔵をひとりにしてしまいます。
 そして、三蔵は南海大王の洞府にさらわれます。

 それに気がついた孫悟空たちは、すぐに洞府の門にやってきて、三蔵を返せと洞府の閉ざされた門の前で叫びます。
 南山大王は、まだ三蔵を食べてはいなかったのですが、偽物の三蔵の生首を作り、もう食べたと嘘をつきます。
 それを信じてしまった孫悟空たちは、洞府の前で偽物の三蔵の生首を抱えて嘆き哀しみます。

 そして、それを土に埋めて墓を作るのですが、孫悟空はなにか形見の品物を探してくると言って、鼠に化けて洞府に忍び込みます。
 洞府の中に入ることで、三蔵がまだ生きていることを知った孫悟空は、南山大王を殺して三蔵を救出します。


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最終章【魔域(魔域大戦)篇】
761 卑怯者の城


 巴山(はざん)宮は緊張に包まれていた。

 数箇月前まで、ここは金角宮と呼ばれ、金角の居城だった。

 

 いまは、その支配は、金角の部下だった巴山虎(はざんとら)だ。

 だから、名も巴山宮とした。

 だが、いまだに、この宮廷以外の場所では「金角宮」と呼ばれていることは知っている。

 それだけ、この領域において、金角という女魔王の存在が大きかったからだといえる。

 

 それはとにかく、その巴山宮が慌ただしいのは、もうすぐここに牛魔王(ぎゅうまおう)がやってくるからだ。

 魔域の覇者と称される雷音大王の第一の部下であり、自身も魔域最強の魔王のひとり──。

 

 魔域最強軍団とされる牛魔王軍団の支配者──。

 凶暴にして、暗黒の鉄槌──。

 その牛魔王がやって来る。

 牛魔王がこの宮殿を訪れるのは、巴山虎が金角の支配域を継ぐことになって初めてのことになる。

 

 巴山虎は、具足姿のまま玉座の隣に設けられている椅子に座った。

 豪華さや壮麗さでは玉座には負けるが、それに匹敵するものとして巴山虎が作らせたものだ。

 玉座の反対側にもうひとつ同じものがある。

 ただ、やや巴山虎が座っているものよりも大きいし、装飾も豪華だ。

 無論、真ん中の玉座に比べうるものではないが……。

 

 巴山虎の部下たちについては、すでに広間に入っていて左右に並んで立っていた。

 右側は文官で左側が武官だ。

 武官については、巴山虎と同じように具足姿である。

 なにしろ、まだ戦争状態なのだ。

 

 金角の支配域を受け継いだ巴山虎の支配を認めない、伶俐虫(れいりちゅう)精細鬼(せいさいき)という連中が旧金角軍の残党を率いて、支配域のあちこちに出没しては、軍営や軍の兵糧庫などを襲うということがずっと続いていた。

 

 あの残党たちを捕えて、ふたりの首級をあげること──。

 それが終わらない限りは、臨戦態勢は終わらない──。

 それを認識させるためのあえての軍装だ。

 

 かねてから巴山虎は、部下たちに繰り返し言ってきているのだが、いまのところ、成果はあがっていない。

 伶俐虫と精細鬼の率いる残党は、それぞれ一千ほどにしかすぎないのに、神出鬼没であり、いまだに潜伏場所を捕捉することはできない。

 おそらく、一箇所にとどまらずに、あちこちを転々としながら襲撃を繰り返しているのだろうと思うが、巴山虎が討伐軍を編成させて撃滅に向かわせると、まるで溶けるように残党軍が消滅して、また、予期せぬ場所に現れてこちらに被害を与える。

 それが三箇月以上も続いている。

 

 さらに、いまだに心服しない領域内の部族長──。

 

 そして、南で始まりそうな新たな脅威……。

 

 巴山虎の周囲はまだまだ多くの不安定さで満ちている。

 

 目の前の空間が揺れ出した。

 巴山虎は立ちあがった。

 そこに『移動術』で牛魔王が現れた。

 

 十人ほどの親衛隊と一緒だ。

 親衛隊といっても、その十人は単なる兵ではない。

 そのひとりが一千の亜人兵の軍に匹敵すると称されている豪傑だ。

 それが十人いる。

 また、牛魔王は十人の親衛隊のほかに、ふたりの男を連れていた。

 巴山虎は、そのふたりを知らなかった。

 だが、具足を身に着けており武官だとわかる。

 

「牛魔王様……。我が宮殿への来訪、まことに極恐悦至極に存じます……。牛魔王様に置かれては……」

 

「巴山虎、俺が与えてやった魔王の居心地はどうだ?」

 

 牛魔王が豪快に笑いながら、巴山虎の挨拶を遮った。

 顔の横からせりあがっている二本の大きな角がある。

 相変わらずの威圧感だ。

 その牛魔王は、全身を真っ黒い具足と身に着けた黒いマントを引き摺るようにして、頭を下げる巴山虎の横を過ぎて玉座の方向に向かって歩き出した。

 

 十人の親衛隊が、巴山虎の部下たちを無視して、部屋全体に散らばる。

 また、ふたりいた武官の二名は、居並ぶ巴山虎の部下の一番後ろに移動していった。

 牛魔王は大股で中央の椅子に歩いていたが、空いている玉座とその両側の椅子を一瞥して、手前で立ち止まった。

 

「なんだ、これは? お前のところには玉座が三個あるのか?」

 

 牛魔王が含み笑いをして振り返った。

 

「中央の玉座は雷音大魔王様のもの……。右の副座は牛魔王様……。俺は左を使います……」

 

 巴山虎は言った。

 だが、その巴山虎の言葉を牛魔王は一笑した。

 

「雷音様や俺の存在を新魔王のお前の権威を高めるのに利用するのか? 新参の魔王も苦労するのう──。主人の金角を裏切ってまでして、折角掴んだ魔王の地位だ。慰撫や奸智などと小賢しいことを考えずに、逆らう者は殲滅してしまえ──。それで、お前に逆らう者はいなくなり、この旧金角域はお前に心服する者ばかりになるわ」

 

 牛魔王が小馬鹿にしたような口調で言った。

 部下たちの前で裏切者と呼ばれたかたちになった巴山虎も鼻白んだ。

 だが、牛魔王に悪意がないことはわかっている。牛魔王の性根は単純であり、嫌味や皮肉を吐く男ではない。

 牛魔王は、巴山虎の表情を気にする様子もなく、大人しく右の副座に腰をおろした。巴山虎も左の副座に座る。

 

「巴山虎、南で南山大王が復活したのは知っているな?」

 

 牛魔王はすぐに本題に入った。

 

「はい」

 

 知っている。

 だが、それを知ったのは昨日のことだ。

 南山大王は、従来から金角と銀角の後継人を自称しており、長く続いた牛魔王と金角の争いのときも、一貫して金角軍を支援してきた。金角が戦いに敗れて死んだということになったときには、弔い合戦の旗を揚げようと檄を飛ばした。

 だが、それに反対する部下であり、姪でもある副魔王の九霊聖女(くれいせいじょ)に封印されて、魔王の地位を失った。

 そして、九霊聖女は牛魔王の力を恐れており、牛魔王に恭順の意を示した。

 

 つまり、金角の地位を継ぐことになった巴山虎と九霊聖女は、同じ牛魔王の傘下に位置する同盟関係ということだ。

 魔域戦争と称される一連の戦闘のあいだ、牛魔王軍と戦い続けた軍に属していたというのも同じだ。

 お互いに牛魔王の傘下の魔王としては新参者であり、立場もよく似ていた。

 

 それが覆った。

 南山大王は、九霊聖女の封印から脱して、すでに九霊聖女は囚われの身だという。

 どのようにして封印を脱したかのかは、まだわからない。

 

 ともかく、それが事実とすれば、巴山虎は、精細鬼と伶俐虫に集まっている金角の残党という内憂に加えて、南に南山大王という外患を得ることにもなったのだ。

 俄かには信じられないことであり、いま手の者を派遣して、事実関係を確かめさせているところだ。

 そこにやってきたのが、牛魔王が巴山宮を訪れるという報せだった。

 

「九霊聖女は南山に力を奪われて監禁されたそうだ。俺の支配にあった魔域の南域一帯が一夜にして、俺の敵になったということだ。おそらく、南山は兵をあげるだろう。あるいは、再び魔域を巻き込む大きな戦争になるかもしれん……。南山は金角を殺したことになっている俺を殺したいはずだしな──。だが、その南山の最初の侵攻先はここだ──。南山はお前を殺したいのだ。金角を裏切った卑怯者のお前をな」

 

 牛魔王がにやりと笑った。

 

「ま、まだ、この地は、完全には俺の支配を受け入れてはおりません。各部族長たちは、いまだに金角の支配からこの俺が魔王を継いだことを面白く思っていないのです」

 

 巴山虎は仕方なく言った。

 いま、南山大王に南から攻め込まれては、巴山虎に心服していない勢力が一斉に蜂起するだろう。

 そもそも、金角の残党の数千にすぎない精細鬼と伶俐虫が、いまだに捕えられないのは、彼らにひそかに協力する部族長が多いからだ。

 南山大王の軍に攻め込まれたところに、彼らが巴山虎に一斉に叛乱を起こせば、にわかに魔王に成りあがった巴山虎では、それを抑えることはできないと思う。

 

「当たり前だ──。お前は裏切者だ。しかも、自分の力で魔王になったわけじゃない。俺の力でなっただけだ。別に魔王にするのはお前でなくてもよかったのだ。それどころか、俺自身が直接統治する場所にしてもよかった。俺ではなく、お前を魔王に据えて、支配を預けたのは、長いあいだ敵だった俺では、この地域一帯の部族どもが落ち着かないと思ったからだ。それよりはお前は金角の下で、この土地を支配していた四天王のひとりだ」

 

「も、もちろん、俺は……」

 

「黙れ──。だから、俺が直接に支配するよりはいいだろうと判断した──。だが、それは期待外れだった。お前は、この数箇月、部族長どもを自分の完全な支配に置くどころか、いまだに金角軍の残党でさえも討伐ができないでいる」

 

「ち、力の不足することは自覚しております……。だが、もう少し時間が必要なだけです……。ゆっくりと時間をかけていけば……」

 

「その時間がないのだ。南山は全力をあげて、北侵の準備をしておるぞ──。その態勢を作っておるのか、巴山虎? お前の支配するお前の領域だ。お前の力で南山を追い返せ──。それができなければ、たとえ飾り物であっても魔王のひとりなど名乗る資格はない。魔王などやめてしまえ──」

 

「そ、そんな──。牛魔王様の助力がなければ、この巴山虎だけでは、南山大王の軍に対抗できません。どうか、力を貸してください──」

 

 巴山虎は驚いて言った。

 牛魔王がここにやってきたのは、南山大王がこの領域に攻め込んできたときに、それに対抗するための軍を牛魔王が派遣するという言葉を告げるためだと思っていたのだ。

 だが、牛魔王は巴山虎だけで、それに対応しろという。

 

「なにを言うか──。俺は魔域大戦で金角に味方した魔王どもをひとつひとつ片づけるために、あちこちで戦っているのだ。それを知っているだろう──。これ以上、こっちに軍を割けるか──。南山の軍勢はお前が防げ──」

 

「お、俺がですか──?」

 

「当然だろう──。そして、あの男は戦上手ではない。だから、金角が戦っているときにも、直接には軍は出さず、兵站支援にまわったのだ。あの南山の部下で、曲がりなりにも一軍を率いることができるのは九霊聖女くらいだ。だが、その九霊聖女は捕らわれている。残りの部下は所詮は戦知らずの羊だ。凡将だ。怖れるに足らんわ──」

 

「し、しかし──」

 

 巴山虎は焦った。

 牛魔王が多くの軍団を各地に割いているのは知っている。

 金角軍と牛魔王軍の争いから始まった魔域大戦の最後では、金角に味方してかなりの魔王たちが牛魔王の敵に回った。

 牛魔王は、その魔王たちに見せしめの討伐軍を送り込んでいるのだ。

 これ以上、南に軍を割きたくないというのは理解できる。

 しかし、ここで牛魔王に見捨てられるようなことがあれば、巴山虎は破滅する。

 

「わかっておる──。お前だけでは心もとないのであろう──。だから、兵は割けんが人をやる──。玉面(ぎょくめん)鉄扇(てつせん)──」

 

 牛魔王が声をあげた。

 すると、牛魔王とともにやってきたふたりの武官が前にやってきた。

 

「このふたりをお前に与える。軍を動かすことにかけては抜群の才を持っている。このふたりに軍権を与えるがいい。さすれば、戦下手の南山など、赤子の手を捻るも同じよ──」

 

 牛魔王が言った。

 

「は、はあ……」

 

 巴山虎は牛魔王から与えられることになったふたりの男に視線をやった。

 このふたりを軍師にしろということのようだ。

 

「微才を尽くします」

 

「存分にお使いください」

 

 すると玉面と鉄扇のふたりが、巴山虎に向かって片膝をついて頭をあげた。

 巴山虎はただうなずいた。

 

「心配するな、巴山虎──。このふたりがいれば問題はない。このふたりで対応できないようであれば、初めて俺が出ていく。お前を見捨てることはないから心配するな」

 

 牛魔王が大きな声で笑った。

 とりあえず、それで牛魔王の用件は終わったようだ。

 すでに、牛魔王はなにもかも終わったような表情になっている。

 巴山虎としても、直接の軍団の派遣は得られなかったものの、状況が危ないものになれば牛魔王自身が援軍にやってくるという言質をとることができた。

 とりあえず、ほっとした。

 

 巴山虎は、牛魔王を別室に連れて行った。

 そこに接待の準備をしているのだ。

 大きな部屋の中心に卓があり、豪華な食事と酒を並べている。

 牛魔王を上座に座らせて、巴山虎は接待の席についた。

 ほかには部下はいない。

 ただ、給仕をする者たちは大勢いる。

 

 一方で、牛魔王の十名の親衛隊はついてきた。

 牛魔王はどんなときでも、この親衛隊だけは身の回りから離れさせない。

 唯一の例外は、牛魔王が忠誠を誓っている雷音大魔王の前に出るときだけだ。

 巴山虎は、牛魔王の杯に酒を注ぎながら、一個の小さな鍵を牛魔王の前に置いた。

 

「なんだ、これは?」

 

「今夜ひと晩はこの宮殿にお泊まりください……。俺の妻に牛魔王様の接待をさせますので……」

 

 巴山虎は追従の笑いをした。

 

「ほう、妻か……? あれは、お前の従順な女になったか?」

 

 牛魔王が注がれた酒を飲みながら言った。

 

「とんでもない。まだ虎でございます。首輪で縛っておかなければ、いつ噛みつくかもしれない猛獣です」

 

「虎に猛獣か……。まったく、お前は配下の部族長どころか、女亜人ひとりでさえも御しえないのか」

 

 牛魔王が笑った。

 

「そういう牛魔王様はいかがなのですか? 虎どころか、龍の首をお持ち帰りになりましたけど……」

 

「言うではないか、巴山虎──。あれもまだ龍よ。首だけになっても、いつまでも、俺に逆らいよるわ。だからこそ面白いのだがな……。ここに持ってきてもよかったが、ここには、まだまだ金角を懐かしむ者も多いしな。首が存在すると知られれば、とんでもない騒ぎになるやもしれん。だから、自重したのよ──。お前、早く、領域の部族長どもを静かにさせんか。さもなければ、お気に入りの玩具を持ってくることもできんわ」

 

「それは必ず……」

 

 巴山虎は頭を下げた。

 そのとき、家来が巴山虎の正妃がやってきたと報せに来た。

 巴山虎は連れてくるように言った。

 

 やってきたのは銀角だ。

 上半身の上半分と覆う薄物の上衣と、腿の半分までの短い下袍をはいている。

 ほかに身に着けているのはサンダルと首輪だ。

 腹は剥き出しだ。

 

「久しぶりだな、銀角? 巴山宮の正妃の居心地はどうだ?」

 

 巴山虎の言葉によって牛魔王のすぐ前に立った銀角に牛魔王が言った。

 

「ふざけるな、糞たれが──。この首輪を外してあたいと勝負しな」

 

 銀角が牛魔王を憎々しげに睨んで、悪態をついた。

 しかし、その顔は真っ赤であり、全身にはかなりの汗を掻いている。

 腰が小刻みに震えており、気の強い言葉とは裏腹に、かなり銀角が追い詰められているのがわかる。

 

「なるほど、まだまだ猛獣だな。だが、拘束具なしでも大人しくしているところを観ると、首輪の力は絶大のようだな。俺の言葉にも逆らうなと命じているのか、巴山虎?」

 

「すでに……。牛魔王様にご提供しようと思い、一切逆らうことも、暴力をふるうことも禁止と命じております。悪態をつかないように命じることもできますが? にこやかな微笑みを絶やさぬようにもしますか?」

 

「いや、それはいい……。言葉や表情まで操ってしまうと、意思のない人形も同じだからな」

 

 牛魔王は言った。

 銀角の首にしているのは、『服従の首輪』という支配霊具だ。

 巴山虎が金角を裏切る最大の動機になった物であり、金角軍を裏切る代償として、巴山虎を魔王にするという約束とともに、牛魔王の使者が巴山虎に渡したのだ。

 これを身に着けると、一切の命令に逆らえなくなるという究極の支配霊具らしく、もともとは雷音大王の部下で、「小宰相(こさいしょう)」とも称されている御影(みかげ)という人間族の男の持ち物のようだ。

 巴山虎は、これを使って、以前から恋焦がれていた銀角を妻にすることを決めた。

 そして、金角を裏切って牛魔王に売り、銀角にこの首輪を装着させたのだ。

 牛魔王を前にした銀角が真っ赤な顔で口を開いた。

 

「こ、この卑怯者ども……。卑怯者の王──。卑怯者の魔王──。お前らふたりとも卑怯者だ──。こ、こんな首輪つけやがって──。おい、牛魔王、卑怯な手段であたいらに勝って恥を知りな──。魔域最高軍団が呆れるよ──」

 

「馬鹿を言うな。戦争に卑怯もくそもあるか──。裏切者は戦の常よ。この巴山虎に金角が見限られたのは、金角の落ち度だ。大将としての器に欠けたのよ」

 

「なにが器だ。その汚い口で一人前の男のようふりをして喋んじゃないよ──。お前に少しでも魔王としての自負心があるなら、この首輪を外せ。お前の金玉を引き千切ってやるからね──」

 

 銀角が喚いた。

 だが、牛魔王が大笑いした。

 

「だったら引き千切ってもらおうか。ただし、お前の膣でな──。俺がお前の股ぐらに一物を突っ込んでやるから、見事に千切ってみせい──」

 

 牛魔王が言うと、銀角は驚いた表情になった。

 

「なっ……。も、もしかして、あたいをここに呼んだのは、この牛魔王にあたいを抱かせるため──?」

 

 銀角がびっくりした顔をした。

 

「当たり前だろう──。牛魔王様は、俺にとっては大切な方だ。その忠誠の証として、俺の大切な正妃の身体を提供するのだ。大切な正妃の務めだぞ、銀角」

 

 巴山虎は言った。

 

「じょ、冗談じゃないよ──。牛魔王は姉さんの仇だよ──。それに抱かれろというのかい──?」

 

「仇というなら、俺こそ仇であろう。その俺に毎日抱かれているお前が、今更なにをいうか……。とにかく、命令だ。お前は牛魔王様に身体を提供しろ」

 

 巴山虎は言った。

 『服従の首輪』による命令は絶対だ。

 銀角は絶句して顔をひきつらせた。

 

「それよりも、銀角はさっきからやたらに震えてはおらんか? いったいどうしたのだ? それに股倉から強烈な匂いがするな。熟れきった女の股の匂いだ」

 

 牛魔王がからかうように言った。

 

「銀角、下袍をめくって股間をお見せしろ、命令だ」

 

 巴山虎が言うと、銀角は絶望的な表情になり、ぐっと歯を噛みしめた。

 だが、その両手はゆっくりと下袍の裾にかかり、短い下袍をたくしあげていく。

 服従の首輪を通した命令に逆らうことは不可能なのだ。

 

「ほう?」

 

 牛魔王が笑いながら声をあげた。

 銀角の股間には革の貞操帯が食い込んでいる。

 そして、その隙間からかなりの愛液が滲んで垂れているのだ。

 

「昨夜、牛魔王様が来られると報せがあったとき、すぐに銀角の股間にたっぷりと媚薬を塗ってから、貞操帯で封印したのです。かなりの強い媚薬ですからな……。そのうえに、自分で触るのも、刺激を得るのも禁じましたので、いまや銀角は発情の限界でございます。先ほどの鍵が貞操帯を外す鍵でございます。どうぞ、ご存分に……」

 

 巴山虎はわざとらしく恭しい口調で言った。



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 第117話 旧金角域の奪回【巴山虎(はざんとら)
762 囚われの奴隷妻


「なるほど、媚薬か……」

 

 牛魔王(ぎゅうまおう)が言った。

 すかさず、巴山虎(はざんとら)が牛魔王になにかを耳打ちした。

 すると、牛魔王は嗜虐的な笑みを浮かべて、銀角の顔をじっと見た。

 

「どうした、銀角? かなり苦しそうだな。俺に股をほじって欲しいか? お前の夫の許可ももらった。お前が望むなら俺の一物で膣の中をいじり回してやるぞ」

 

 牛魔王が貞操帯の鍵を見せびらかせながら笑った。

 銀角は、自分で下袍をまくって、貞操帯の喰い込んだ股間を露出させるという屈辱の姿のまま歯噛みした。

 もしも、それが叶うのであれば、銀角はたとえ、一矢も報うことができなくても、この場で牛魔王と巴山虎に襲いかかって死んでみせるだろう。

 

 だが、首に嵌められた『服従の首輪』という支配霊具は、巴山虎に命じたことに一切逆らわないことを銀角に強要している。

 すでに、牛魔王に逆らうことも、刃向うことも禁止され、たったいま抱かれることさえ命じられてしまった。

 この首輪の恐ろしさは、この三箇月間、肌身に染みるほど味わった。

 

 姉の金角を裏切って牛魔王に処刑させた巴山虎を「主人」として受け入れさせられ、巴山虎の言葉に絶対服従の奴隷にされてしまったのだ。

 毎日のように抱かれ、痴態を晒し、ありとあらゆる屈辱的な仕打ちを受けた。

 どんなに逆らおうとしても、どんなに道術を遣おうとしても、一度禁止されてしまうと、巴山虎の逆らうことや逃亡しようとすることができないのだ。

 これによって、銀角は、正妃という名の巴山虎の性奴隷にされた。

 

 銀角はこれほどの支配霊具というものに接するのは初めてだ。

 もちろん、ほかにも支配道術というものは存在する。

 たとえば、『奴隷の刻印』だ。

 

 だが、あれはある程度の霊気を持った道術遣いであると、刻印を受けても完全な支配に陥ることがないのだ。

 無論、どんなに高い霊気を帯びている存在であっても、それを遥かに上回る霊気を帯びている者から刻印を刻まれれば、奴隷状態になるものの、ある一定の霊気があれば、それを遥かに上回るというのが事実上不可能になる。

 だから、ある水準を超えてしまう霊気を持っていると、『奴隷の刻印』を受け入れない。

 

 銀角はこれでもそれなりの霊気を持っていると思っていた。

 ましてや、巴山虎は単純に霊気だけの比較であれば銀角の格下だ。

 その銀角が完全に巴山虎の奴隷状態になったのだ。

 つまり、これは『主人側』と『奴隷側』の霊気の違いに依存しない究極の支配霊具なのだ。

 

「どうぞ、存分にお使いください、牛魔王様──。隣に寝室も準備しております。よろしければ、そちらで……」

 

 巴山虎が牛魔王に媚びへつらうような笑いを浮かべた。

 

 巴山虎……。

 裏切者の下衆男──。

 

 金角に忠誠を誓った四天王と称された重鎮でありながら、金角域の魔王の地位と銀角の身と引き換えに、金角を牛魔王に売り渡した男──。

 

 卑劣漢──。

 

 卑怯者──。

 

 銀角は歯を喰い縛って、その憎い男を睨んだ。

 しかも、この男は、一応は銀角を自分のものにしたいと思って、銀角を正妃という立場にしたのにもかかわらず、牛魔王に媚びるために、銀角を抱かせようというのだ。

 こんな男の言いなりにならなければならない自分の立場を呪いたくなる。

 しかも、そんな仕打ちまで強要されながらも、自殺さえもできないのだ。

 それも首輪の力により禁止されている。

 

「どうした、銀角、お前からもお願いせんか。命令だぞ」

 

 巴山虎が銀角に言った。

 命令により、銀角の口が開いた。

 

「ど、どうか、あたいを抱いてくれ……」

 

 銀角の舌は勝手にそんな言葉を吐いた。

 「命令」されれば、どんな恥辱的な言葉でも口にさせられる。

 抵抗など不可能だ。

 ましてや、すでに牛魔王に抱かれろという命令を与えられてしまっている。

 銀角の身体は、やはり牛魔王に対して、身体を開いてしまうだろう。

 

 銀角は絶望感に襲われた。

 しかし、一方で諦めてもいた。

 抱くなら、抱けばいい……。

 

「……しかしながら、見たところ言葉とは裏腹に、この銀角はそれを望んでおらんようだぞ、巴山虎。さすれば、俺も別にいまこの場で抱く必要もない……。実のところ、今日はここでゆっくりとするというわけにはいかんのだ……。お前と話が終われば、すぐにでも戻らねばならん。なにしろ、牛魔王軍は各地で連戦の真っ最中でな……」

 

「なるほど」

 

 巴山虎が媚びるような口調で応じる。

 銀角は漫然と其れを訊いていた。

 

「しかしながら、いまいまの戦いが片付くまで三日もあればいいだろう……。さすれば、その夜は泊れようのう……。どうかな、巴山虎? この貞操帯の鍵を三日ほど預かってもいいか? そして、俺は三日後に、この銀角を馳走してもらいにやってくる」

 

「構いませんよ。では、その鍵をお預けしましょう。その鍵がなければ、誰がどんな方法を使おうとも、その銀角の貞操帯は開くことはありません。ご安心ください、牛魔王様……。ならば、銀角、抱かれろという命令は解除する。それは三日後だ」

 

 牛魔王と巴山虎が言った。

 銀角はびっくりした。

 

「み、三日──? そんな馬鹿な──」

 

 思わず銀角は悲鳴のような声をあげてしまった。

 すると、牛魔王がにやりと笑った。

 

「どうしたのだ、銀角? それとも、俺にこの場で抱かれたいのか? そうであれば、少しくらいの時間は作れるぞ。お前がどうしてもと願うのであれば、まあ、お前の股倉をほじってやってもいい……。だが、さっきも言ったとおり、俺は忙しい。お前がどうしてもというのでなければ、俺は三日後にお前を味わいたいのだ」

 

 牛魔王が嘲笑の声をあげた。

 続いて、巴山虎も口を開いた。

 

「どうした? もしも、お前から抱いて欲しい心から願うのであれば、すぐにでも言った方がいいぞ。本当に俺にはどうにもならんのだ。その貞操帯は本当にあの鍵がなければ、この俺でも外せんのだ……。牛魔王様が戻ってくるのは三日後だそうだぞ」

 

「くっ……」

 

 あまりの口惜しさに歯ぎしりとともに声が出る。

 股間に塗られた媚薬による強烈な身体の火照りはともかく、実は、貞操帯の内側の猛烈なむず痒さが銀角をずっと悩まし続けていたのだ。

 昨夜、巴山虎は、珍しくも銀角を抱くことがないと思ったら、首輪の力で銀角の抵抗を防ぎ、おかしな薬を塗ってこの貞操帯をはめたのだ。

 貞操帯は金属製であり、しっかりと固定されていて、銀角が直接自分の股間に触れないどころか、どんなに揺すったり動かしたりしても、貞操帯の内側の敏感な場所には刺激を加えることができないようになっていた。

 

 同じようなものは、この巴山虎から何度もはかされたことはあったが、それは大抵は大小の張形が内側にあって、それらで女陰や肛門を深々と打ち抜くような仕組みになっていた。

 しかし、今回はそれはない。

 貞操帯はただ金属で銀角の股間を覆っているだけだ。

 だが、それこそが銀角を苦しめる仕掛けだといのは、やがて悟った。

 巴山虎が部屋を立ち去る頃には襲ってきていた妙な痒みに、銀角は貞操帯を擦って刺激を得ようとした。

 ところが、どんなに強く動かしても、まったく刺激を得ることができないのだ。

 

 これで張形でも挿入されていれば、それを股間で締めることで、ほんの少しは痒みを癒すこともできる。しかし、それもできない。

 あまりの痒みの苦しさに、銀角は昨夜はほとんど一睡もできなかった。

 そして、今日に限って、巴山虎は銀角を閉じ込めた部屋をまったく訪れず、あてがわれた侍女たちに巴山虎を呼んで来いと命じても、彼女たちはそれは禁止されていますの一点張りで、相手にもしてくれない。

 

 媚薬の効果は痒みばかりでなかった。

 時間が経つにつれて性感もどんどんと昂ぶり、自分でも匂うほどに愛液が貞操帯の隙間から滲み出てもくる。

 痒みと疼きで頭は朦朧とし、ほとんど銀角は気が狂いそうだった。

 やっと呼び出されたのが、牛魔王が待っていたこの部屋だったのだ。

 

 それにも関わらず、この牛魔王は、この貞操帯を外す鍵を受け取って立ち去り、三日間もこの状態で銀角を放置すると仄めかしている。

 おそらく、放っておけば絶対にそうするだろう。

 

 牛魔王は、いますぐでなくとも、三日経てば確実に銀角を抱くことができるのだ。

 だが、銀角がこの状態で三日も放置されれば……。

 呆然とする銀角を前にして、牛魔王と巴山虎のふたりは、さらに会話を続けて、銀角をいたぶる。

 

「だが、三日間ともなれば、現実的にはやはり問題はあるか? この貞操帯を装着したままでは、大小便もできんのではないか?」

 

「いや、それは問題ありません、牛魔王様。そこにある小さな穴から小便だけは出せるようになっておりますからな……。まあ、大便は我慢するしかないでしょうが、この銀角なら三日程度なら大便をせずとも耐えきるでしょう」

 

「そうか……。ならばいいか……。では、三日後とするか……。それでよいか、銀角?」

 

 牛魔王がわざとらしく、銀角の顔を覗き込むようにした。

 

「ま、待って……。待ってくれ……」

 

 銀角はそう言うしかなかった。

 それがどんなに屈辱であっても、耐えられる限界というものがある。

 

 牛魔王に哀願するしかない……。

 銀角は決心した。

 

 だが、それに続く言葉が出てこない。

 姉の金角を惨たらしく、大勢の者の目の前で首を切断した光景がありありと頭に蘇る。

 それをやった男ふたりに屈するなど……。

 

「どうした? なにか言いたいのであれば、早く言え、銀角──。そんなに震えてなにか我慢しているようだが、どうかしたのか?」

 

 牛魔王が笑った。

 すでに銀角の貞操帯の中の状況をよくわかっているのだろう。

 だから、こうやってねちねちとなぶっているのだ。

 

「……ふふふ……。ところで、牛魔王様……、この貞操帯には、面白い機能もありましてね。その貞操帯の正面の鍵穴のところに霊気を集めてみてください」

 

 巴山虎が言った。

 

「霊気? こうか……?」

 

 次の瞬間だった。

 

「はううっ」

 

 銀角は思わず腰を落としかけた。

 “牛魔王の前で立て”、“下袍をめくれ”……。このふたつの「命令」が与えられていなければ、確実にその場にしゃがみ込んでいただろう。

 牛魔王がほんの少し貞操帯に霊気を注ぐと、貞操帯の内側に吸盤を感じさせるものが出現して、銀角の股間全体を苛み始めたのだ。まさに、脳天を直撃するような衝撃だった。

 

「うわっ、ぐううっ、はぐうううっ」

 

 銀角は懸命に歯を喰い縛って耐えた。

 こんな男たちの前で醜態は演じたくない。

 まさにその一心だった。

 

 そして、不意に振動も吸盤も消滅した。

 牛魔王が霊気を注ぐのをやめたのだ。

 

「なるほど……。だいたいの仕組みはわかったが、どういう仕掛けになっているのだ、巴山虎?」

 

 牛魔王が巴山虎に視線を向けた。

 巴山虎は得意気に、霊気を注ぐと貞操帯の内側に刺激物が出現して、銀角の股間を刺激するということと、ただし、いくら刺激しても、それは銀角の脳波を監視していて、決して達することも満足させることもないようになっていると説明した。

 銀角は歯ぎしりながら、それを聞いていた。

 

「……なるほど、いくら振動させても、銀角は貞操帯の中の悩みを解決できんということか?」

 

 牛魔王が言った。

 

「くあっ」

 

 そして、再び吸盤が出現して振動が始まる。

 牛魔王が再び、貞操帯に霊気を注いだのだ。

 

「んぐううっ」

 

 銀角は膝をがくがくと震わせた。

 あまりもの仕打ちに、屈辱で気を失いそうにさえなる。

 だが、凄まじい快美感の戦慄に銀角の神経という神経が官能の暴発を起こして、銀角が失神に逃げることを許さない。

 昨夜からずっと苦しめられていた猛烈な痒みが、一瞬にして癒されて、さらにそれが強い愉悦となって全身に響き渡った。

 

「うあっ……ああっ……あがっ、があっ……ふわああ……」

 

 銀角は必死になって、脚を踏ん張るとともに声を耐えた。

 

「どんな気分なのだ、銀角? 銀色の悪魔とまで称された女将軍が、こんなふうに敵将だった俺に股間を弄ばれるというのは?」

 

 牛魔王が笑いながら言った。

 

「も、もう……、や、やめろ……」

 

 銀角は牛魔王を睨みながら言った。

 すると、ぴたりと貞操帯の振動が消滅した。

 銀角はがっくりと脱力した。

 

「そうか……。振動は要らぬか……。では、三日後にな、銀角」

 

 牛魔王が貞操帯の鍵を懐にしまった。

 そして、腰を浮かせるような仕草になった。

 

「……よいのか、銀角……。本当に牛魔王様は言ってしまうぞ」

 

 巴山虎が銀角にささやいた。

 銀角ははっとした。

 

「ま、待ってくれ──」

 

 銀角が叫んでいた。

 こんなことを牛魔王に頼むのは血の凍るような恥辱だが、一瞬でも刺激を味わってしまった銀角の身体は、貞操帯の刺激がなくなった瞬間から、それまで以上の痒さに襲われていた。

 この焦燥感と飢餓感のまま三日も放置される……。

 しかも、三日目に牛魔王が戻ってくるという保証はない。

 

 この巴山虎は、牛魔王へのおべっかのために、本当にそのあいだ、銀角を放置し続けるだろう。

 三日間、苦しみでのたうち続ける自分の醜態の想像が、恐怖となって銀角に襲いかかる。

 

「なんだ、言いたいことがあれば、早くしろ」

 

 牛魔王がわざとらしく、素っ気ない口調で言った。

 

「あ、あたいを……、あたいの股を犯してくれ……」

 

 銀角はついに言っていた。

 その瞬間、銀角の中のなにかが崩壊した気がした。

 

「これが欲しいのか?」

 

 すると、牛魔王が下袴をその場にさげて肉棒を露出した。

 

「ならば、舐めよ、銀角……。舐めて奉仕すれば、いますぐに犯してやろう」

 

 牛魔王が高笑いした。

 

「わ、わかった……。命令してくれ」

 

 銀角はもう観念した。

 これ以上、股間の疼きと痒みには耐えられない。

 銀角の首には、『服従の首輪』が装着されている。

 巴山虎の命令には絶対に逆らえず、その巴山虎から牛魔王の命令に従うように命じられてしまったので、いまは牛魔王の言葉にも逆らえない。

 だから、その牛魔王の命じられれば、性器でも尻の穴でもなんでも舐めるしかない。

 実際、巴山虎の身体をそうやって奉仕させられたのだ。

 しかし、牛魔王はどこまでも残忍だった。

 

「いや、俺はそんなことは命じん。舐めたければ舐めよ──。舐めんのなら、帰るだけだ」

 

 牛魔王は笑った。

 銀角は下袍を握る拳にぐっと力を入れた。

 

 だが、もう躊躇はできない。

 この屈辱はいまだけは忘れるしかない……。

 

「そ、その代わり、あ、あたいの股を……」

 

「おうおう、一生懸命に奉仕すれば、媚薬を塗りたくられた股間をこの珍棒で慰めてやるぞ」

 

 牛魔王は言った。

 銀角は跪いた。

 命令が解除されないので、両手は下袍の前側を握ってめくりあげたままだ。

 牛魔王の脚のあいだに進み入って、震える口を牛魔王の性器に近づけた。

 

 傘と傘のあいだを口の内側で揉むように包み込んでいく。

 男の性器を舐める技術など、銀角はなにも知らなかった。だが、この三箇月で巴山虎に強引に覚えさせられたのだ。

 牛魔王の性器を口で含んだとき、ついに、銀角という人格が崩壊したような思いに襲われた。

 銀角が牛魔王の口を舐め始めると、すぐに牛魔王の性器は逞しくなった。その巨根が銀角の口を圧迫する。

 

「なにをもたもたしておるか──。もっと、熱を入れて奉仕せんか──」

 

 牛魔王が銀角の銀色の髪を掴んで、喉の奥に怒張を突っ込んできた。

 

「おおっ、おっ──」

 

 喉を詰まらせて、銀角は呻き声をあげた。

 いつの間にか、銀角は自分が涙をこぼしているということがわかった。

 口いっぱいに牛魔王の一物を頬張らされて涎が止まらない。

 それでも銀角は懸命に舌を動かし続けた。

 亀頭の先端をしゃぶると、次に裏筋をなぞりあげ、さらに、右からも左からも肉棒全体を舐め尽くすように繰り替えし舌を動かした。

 

「もっと、心を込めんか──。そんな舌では飽きてしまうわ。俺はもう帰るぞ」

 

 牛魔王が途中で叱咤した。

 腹が煮え返るのを堪えながら、銀角はさらに熱を込めて舌を動かした。

 牛魔王の股間のすべてを舐め尽くすように……。

 

 睾丸でさえも舐めた。

 もう舌が痺れていうことをきかなくなり始めたとき、牛魔王が突然に銀角の口深くに肉棒を突っ込んだ。

 しかも、口の中を通り越して、肉棒の先が完全に喉の奥に到達したのだ。

 

「んぐうう」

 

 思わず顔を引きそうになるのを髪の毛を掴まれて阻まれた。

 そのまま、喉の奥に向かって精を放たれる。

 苦しさで白目を剥きかける銀角に牛魔王は精を放ち続けた。

 やがて、精を放ち終わると、もう用事がなくなったかのように銀角の顔を放り捨てた。

 

「全部、飲めよ、銀角──。それが、お前の姉の金角を殺した仇の精だ。よく味わって飲め」

 

 牛魔王が笑った。

 銀角は吐きそうになるのを我慢して、一生懸命に牛魔王の精を飲み干した。

 そのときには、すでに牛魔王は立ちあがっていた。

 

「ではな、巴山虎……。三日後に立ち寄る。なかなかの馳走だった……。面白かったぞ」

 

「恐れ入ります。三日後にお待ちしております……。そのときには、南の情勢についても吉報を報告できるように努力します」

 

「うむ」

 

 立ち去ろうとしている牛魔王に対して、巴山虎が挨拶をした。

 

 銀角は呆気にとられた。

 憎い仇である牛魔王の性器を舐めるという屈辱まで演じたのは、いまも襲っている股間の痒みと疼きを解消して欲しかったからだ。

 このまま三日も放置されるという恐怖に耐えられなかったからだ。

 それにもかかわらず、牛魔王は、銀角になにもせずに立ち去ろうとしている気配だ。

 

「そ、そんな、約束が違うぞ──」

 

 銀角は叫んだ。

 

「おう、そうだったな……。もういいぞ。下袍から手を離していい。命令はすべて解除する」

 

 巴山虎が言った。

 銀角の両手はやっと下袍から離すことができたが、それだけだ。

 硬い貞操帯に覆われた股間の中は、気が狂うような焦燥感と掻痒感で襲われており、すでに自制のできなくなっている銀角は、みっともなく腰を動かし続けていた。

 こんこんと流れる愛液は、いまや貞操帯から完全に洩れて、内腿から膝を通り抜け、足の指にまで到達している。

 

「ち、違う……。お、犯してくれるという約束はどうしたのだ?」

 

 銀角は立ちあがるなり言った。

 

「お前を犯す? そんな約束をしたか、巴山虎? 貞操帯の鍵は確かに預かったが、いまは時間がないのだ。三日間待て、銀角。そのときは、心行くまで股倉をほじってやるぞ」

 

 牛魔王が大笑いした。

 銀角はあまりの言葉に気が遠くなりそうだった。

 

「三日後には、きっといまよりも、銀角も可愛くなっていることでしょう。お愉しみになさってください」

 

 巴山虎が言った。

 それで終わりだった。

 牛魔王は十人の親衛隊とともに、『移動術』で消滅した。

 銀角はあまりのことに、頭が真っ白になった。

 

「さあ、銀角、じゃあ、部屋に入っていろ。三日間出てくるな。俺も忙しい。なにしろ、領域の内外に不穏な情勢が続いているのでな」

 

 巴山虎がにやりと銀角を見て微笑んだ。

 銀角は口を開こうとした。

 だが、それは巴山虎の次の言葉で阻まれてしまった。

 

「……命令だ」

 

 巴山虎が言った。

 銀角の足は、「命令」に従って、自室という牢獄に向かって進み始めた。

 

 気の狂うような掻痒感をしっかりと保ったまま……。



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763 性奴隷司令官

 九霊聖女は夢を見ていた。

 

 夢といっても、ずっと続いている現実だ。

 連環城にやってきた宝玄仙から「調教」を受けた。

 眠ることも許されずに、二日間ずっと……。

 そして、さらに心を折るような苛酷な嗜虐……。

 その日々を九霊聖女は夢の中で走馬灯のように追っている。

 

 夢だとわかるのは、宝玄仙に九霊聖女が、抗ったり、罵ったりしているからだ。

 いまの九霊聖女は、宝玄仙による『奴隷の刻印』をすでに受け入れている。

 最初の二日間の果てしない淫行拷問の末に、宝玄仙の要求した『奴隷の刻印』を受け入れたのだ。

 もっとも、そんなことは不可能だと思っていた。

 

 『奴隷の刻印』は、原則として「主人側」と「奴隷側」に圧倒的な霊気の差を必要とする。

 降妖君(こんようくん)黄獅姫(おうしき)をはじめとして、九霊聖女の派遣した多くの闘士に奴隷の刻印を刻むことができたのも、降妖君の霊気の不足を九霊聖女の霊気で補うという処置をしたためだ。

 それが降妖君の条件だったし、それがなければ、降妖君の霊気では、本来は霊気の小さな人間族が、たくさんの霊気を帯びた存在である亜人を奴隷にするとういうのは難しいのだ。

 

 だから、宝玄仙が奴隷の刻印を受け入れいることを要求したとき、自分ほどの霊気の高い存在に奴隷の刻印を宝玄仙が刻めるとは思っていなかった。

 多少は霊気の差があることは認めざるを得なかったが、なんの処置のないまま、宝玄仙が九霊聖女を奴隷にできるとは信じられなかった。

 しかし、九霊聖女が奴隷を受け入れると告げると、宝玄仙は呆気なく九霊聖女の股間に刻印を刻み込んだ。

 九霊聖女はそれに、呆気にとられたものだった。

 

 いずれにしても、いま見ている夢は、その刻印を受け入れる前のことだろう。

 わずか十日前のことだと思うが……。

 

 九霊聖女は、寝台に素裸で仰向けで拘束されている。

 霊気は放出させられている。

 九霊聖女は、両手は大きく頭側に伸ばした状態で寝台の隅の革紐で縛られ、両足首は準備された棒の両端に固定されていて、その棒を天井に吊りあげられていた。

 その態勢で腰が浮きあがるまで両脚を吊りあげられて、腰の下には枕まで差し込まれている。

 つまりは、九霊聖女は両脚を大きく上にあげて、性器どころか尻の穴まで晒した格好で拘束されているのだ。

 

 すぐに宝玄仙と一緒にやってきた朱姫という娘が張形で責めだした。

 朱姫はなかなかに責め上手であり、慣れた手つきで瞬く間に九霊聖女から絶頂を引き出した。

 すると朱姫は、今度は肛門を同じ張形で責め始めた。

 九霊聖女はその屈辱に耐えた。

 しかし、肛門で気をやってしまうのにそれほどの時間はかからなかった。

 

 肛門で気をやると、また股間を責められた。

 それを繰り返されたのだ。

 

 しばらく朱姫がそれを行い、宝玄仙自身がそれに代わった。

 宝玄仙が疲れると、朱姫がまた代わった。

 ふたりは、交代を続けながら、九霊聖女に対する間断のない責めを続けた。

 

 耐え続けた。

 

 最初はできる限り声を出すことを我慢していたが、やがて、それはできなくなった。

 おそらく、同じことを丸一日続けられたと思う。

 そのあいだ、水を飲まされ、口の中にわずかな食べ物を入れられたが、それも張形で責められながらだ。

 

 一日がすぎたと思う頃、九霊聖女は大きな痙攣とともに、頭が真っ白になった。

 おそらく、気絶してしまったのだと思うが、すぐに激痛で覚醒させられた。

 

 そのときには、肉芽の根元に糸を結ばれていて、それを両脚を吊っている棒と同じように天井から吊られていたのだ。

 それを指で弾くだけで、宝玄仙も朱姫も簡単に九霊聖女に死ぬような激痛を与えることができるのだ。

 

 そのうちに、宝玄仙と朱姫に、素蛾が加わった。

 素蛾は九霊聖女が捕えて、寓天(ぐうてん)という女部下に命じて拷問をさせた宝玄仙の供の童女だが、その日のうちに獄を脱走して逃げていた。

 そして、日値(ひち)という捕らわれの虜囚とともに、伶俐虫(れいりちゅう)精細鬼(せいさいき)という旧金角の残党のところに逃げ込むことに成功していたはずだ。

 その素蛾がここにやってきたということは、旧金角の残党が連環城に合流したということだろう。

 

 素蛾が朱姫に命じられて、九霊聖女の局部をはじめとする全身に、舌で唾液を塗り始めた。

 それにより、新たな性の地獄が始まった。

 素蛾の唾液を塗られた場所は、どこであろうとも怖ろしい官能の疼きを呼ぶようになった。

 それは、九霊聖女がこれまでに味わったことのないような媚薬だった。

 

 素蛾に舐められてからは、全身のどこをどう触れられても、簡単に絶頂した。

 その状態でさらに責めが続いた。

 責めの手段は、張形だったり、筆だったり、単に宝玄仙や朱姫の手だったりしたが、どんな些細ないたぶりでも、九霊聖女は呆気なく果てた。

 

 それからの記憶は断片的だ。

 それは夢の中でさえも同じだ。

 ただひたすらに際限なく絶頂し続ける自分の姿があるだけだ。

 

 気絶さえもさせてもらえなかった。

 気を失えば、すぐに豆吊りの糸や、着付け薬、あるいは道術まで行使して、とにかく、あらゆる手段で覚醒され続けた。

 

 まさに性の地獄だった。

 その途中で剃毛もされた。

 九霊聖女は宝玄仙と朱姫の責めにより、痙攣のような震えがとまらなくなり、達しながら潮を吹き、失禁し、脱糞までした。

 

 それでも、責めは終わらない。

 九霊聖女は頼むから休ませてくれと哀願した。

 そのときに、宝玄仙が持ち出したのが、その代わりに、宝玄仙により奴隷の刻印を受け入れるという条件だ。

 

 九霊聖女は承諾した。

 できるものならやってみろという気持ちもあった。

 だが、九霊聖女がそう発言した瞬間に、小さな刻印が無毛の股間に刻まれた。

 九霊聖女は呆然とした。

 

 とにかく、やっと拘束を解かれて、休むことを許された。

 休む条件は自慰をしないことだった。

 その「命令」は刻印の力で心に植えつけられた。

 夢の中の九霊聖女は、とにかく休みたくて、泥のように眠った。

 

 すると、夢の場面が変わった。

 どうやら、刻印を受け入れて得られた最初の休息のあとのようだ。

 九霊聖女を襲っているのは、新たな性の苦しみだ。

 股間が快楽を求めて、悶え狂っているのだ。

 そんなのは初めてだった。

 

 おそらく、限界を越えた快楽責めの末に、九霊聖女の身体はすっかりとあの快感を覚えてしまい、なにもされていないと、快楽の飢餓感に襲われるようになっていたのだ。

 もしも、禁止されていなければ、九霊聖女は自分で自分の股間を責めて自慰をしたと思う。

 しかし、それは刻印が禁止している。

 九霊聖女は悶々と苦しむしかなかった。

 

 ずっと部屋に留まり続けた宝玄仙と朱姫は、九霊聖女をこの部屋に監禁したまま、ぴたりとこなくなった。

 そして、やっとやってきたのは、驚いたことに素蛾だった。

 身体は激しい疼きで狂いそうだったが、こんな小娘に自分を責めてくれというのは九霊聖女の自尊心が許さなかった。

 素蛾は、朱姫に命じられたので、九霊聖女が望むなら身体を慰めると言ったが、九霊聖女は馬鹿にするなと怒鳴った。

 素蛾は丁寧な謝罪の言葉を残して部屋を出て行った。

 

 九霊聖女がそのことを後悔するようになるのに、いくらもかからなかった。

 それから、また一日放置されたのだ。

 これも拷問だとやっと完全に自覚した。

 九霊聖女の身体を刻印で支配するだけではなく、そうやって心までを奴隷のようにしようとしているのだ。

 だが、九霊聖女の抗いもそれまでだった。

 

 次の日に素蛾がやってきたときには、九霊聖女は素蛾の愛撫を哀願していた。

 素蛾は、朱姫に命じられているからといって、九霊聖女の四肢を寝台に拘束してから、また、あの舌で股間を舐めだした。

 九霊聖女は立て続けに三回達した。

 

 そのときの途方もない快感は、いまでもはっきりと覚えている。

 すると、部屋に宝玄仙と朱姫が入ってきた。

 そして、素蛾の調教を受け入れられるようになれば、もう被虐奴隷としては完成だと笑った。

 そのときには、もはや口惜しいという感情は湧き起らなかった。

 その通りだと思っただけだ。

 

 そして、眼が覚めた。

 九霊聖女は寝台の上にいた。

 

 素っ裸だ。

 ここに監禁されてから一度も服は与えられていない。

 ふと、自分の股間を見た。

 まるで尿を漏らしたかのように、ぐっしょりと濡れている。

 これは、九霊聖女の愛液だ。

 

 起きていれば、宝玄仙とその供からの責め……。

 

 寝ても淫らな夢……。

 

 九霊聖女は、淫乱な身体に作り替えられたのだと思うしかなかった。

 無意識に、股間に伸びようとした手がひとりでにとまった。

 いまだに、自慰を禁止されている命令が生きているからだ。

 

 九霊聖女は、癒せない疼きに嘆息した。

 そのとき、扉が外から開いた。

 入ってきたのは宝玄仙だ。

 

「軍議だそうだよ、九霊聖女。支度しな──」

 

 宝玄仙の横には朱姫と素蛾がいた。

 素蛾はきちんと畳まれた軍装を両手で持っていた。

 どうやら、九霊聖女自身のもののようだ。将軍級の指揮官であることを示すマントまである。

 素蛾が寝台に座り直した九霊聖女の横にその軍装を置いた。

 

「軍議?」

 

 だが、九霊聖女は首をかしげた。

 

 軍議とはなんだ?

 それが自分になんの関係があるというのか……?

 

「なにを呆けた顔をしているんだい。軍議だと言ったろう。さっさと、それを着な。それとも、裸で人前に出るつもりかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ぐ、軍議って、わたしはなにをするんだい、宝玄仙?」

 

 この連環城が、巴山虎に対する侵攻の拠点になっているというのは、宝玄仙から教えられていた。

 ここに、伶俐虫と精細鬼が率いる金角軍の残党の二千、人間族の西方帝国から伊籍(いせき)という将軍の率いる軍三千、そして、急遽編成されたここの南山軍だ。南山軍がどのくらいの兵力なのかは知らない。

 

 軍議というからには、これからやろうとするのは、巴山虎の支配している旧金角域への侵攻計画と思うが、そこに九霊聖女が出て、なにをさせようとしているのかわからない。

 

「寝ぼけんじゃないよ、九霊──。お前になんのために、奴隷の刻印を刻み込んだと思ってんだよ。それを着て軍議に出な。お前が遠征司令官だ。お前が南山軍を始めとして援軍を含めた全遠征軍の指揮をするんだよ──。そう言ったろう?」

 

 宝玄仙が苛ついた表情で言った。

 九霊聖女はびっくりしてしまった。

 

「えっ、ええ──?」

 

 九霊聖女はついこのあいだまで、牛魔王に媚びるため、旧金角軍の残党を獄に繋ぎ、南山大王を封印し、西方帝国にも手を伸ばそうとした女だ。

 それが、いままでさんざんに敵にしてきたものをすべて配下にして、今度は牛魔王を敵にする戦いの司令官をやれという。

 そんなこと、ほかの者が納得しないだろう。

 九霊聖女は、見せしめとして、出陣前に処刑にこそされるべき存在であり、その罪の一切を不問にして、反撃軍の司令官などあり得ない。

 

「ねえ、ご主人様、やっぱり、そんなこと一度も言ってないんじゃないですか? 九霊の顔、引きつってますよ」

 

 朱姫が静かに言った。

 

「そうかい? わたしはなにも言わなかったかい、九霊?」

 

「い、言ってない、宝玄仙。そ、それよりも、わたしを遠征司令官にするなど、誰が納得してるんだい? そんなこと誰も承知しないさ」

 

「南山は承知だよ。お前が奴隷の刻印を受け入れた以上、もはや、裏切ることがないことはわかっているからね。それに、南山に言わせれば、この連還城には、遠征司令官ができるような者は、ほかにいないらしいじゃないかい? まあ、お前のところの連中は、南山がいるのに、お前に忠誠を誓ったくらいだから、南山がお前を許したことはむしろ喜んでるよ。お前に従ったことについて、誰の罪も南山が問わないという意思表示のようなものだからね……」

 

「しかし……」

 

「しかしもかかしもないんだよ──。とにかく、お前は随分と部下に信望があるんだね。沙那が感心していたよ……。沙那はお前に変わって、遠征軍の掌握と編成をしてるのさ……。それから、西方帝国の将軍は承知さ。あいつはわたしの指示に従うように命じられているようだね。釘鈀(ていは)もいい人材を選んでくれたよ……」

 

「い、いや、それでも、金角の部下をわたしは大勢殺しているし……」

 

「それも解決している──。伶俐虫と精細鬼は怒っていたけど、だったら出ていけと沙那が一喝したら黙ったよ。あいつら単独で巴山虎や牛魔王に対抗する力はないからね……」

 

「で、でも、ついこのあいだまで、敵だった連中の指揮をするなど……」

 

「なに甘っちょろいこと言ってんだい、九霊──。沙那なんて、なんの実績もないのに全軍の軍師をすることになって、ほとんど全員から強い風当たりを受けてるんだ。お前も一緒に風を受けな。そうすれば、沙那の負担も少しは軽くなる……。それから、お前の軍師はいま言った沙那だからね。作戦に関することは沙那に従いな。それがお前の司令官としての役割だ。忘れるんじゃないよ」

 

「さ、沙那って……。彼女は軍を動かした経験はあるのかい?」

 

 九霊聖女は言った。

 沙那というのは、人間族の帝国の闘技場で闘っているのを見ただけであり、孫空女とともに武術に秀でているということしか知らない。

 

「あるよ。千人隊長だったけね。それに、あいつは多分なんとかなると言った。沙那がなんとかなると言うなら、それはなんとかなるんだよ。問題ない」

 

 九霊聖女はびっくりした。

 これから始めようとしているのは簡単な小競り合いじゃない。

 場合によっては、また魔域全体を巻き込むような大きな戦いになるかもしれない大事業だ。

 それを、たかが千人隊長の経験しかない人間族の女に任せるなど……。

 

「そ、それは無理ではないのか、宝玄仙? その沙那がどれだけの知謀の持ち主かは知らないけど、彼女はこの魔域のこともほとんど知らないんだろう?」

 

「うるさいねえ──。とにかく、いま言ったことは全部命令だよ……。お前は沙那の命令を全軍に行き渡らせることと、沙那に対する敵愾心をほかの連中に顕わにさせないために司令官をやるんだ。自分の役目を忘れるんじゃないよ」

 

 九霊聖女は愕然とした。

 一体、この戦いはどうなるのだろう?

 巴山虎はともかく、その背後には牛魔王という魔域最強の軍団がついていて、さらにその後ろには、雷音大魔王という魔域の覇者もいるのだ。

 それに挑もうというのが、どんなに無謀かわかっているのだろうか?

 

「わかったら、早く服を着な、九霊……。ああ、それとお前が奴隷根性を失わないための贈り物だよ」

 

 宝玄仙がにやりと笑った気がした。

 次の瞬間、いきなり宝玄仙の右手が九霊聖女の股間に伸びたと思った。

 すると、強い刺激が不意に肉芽から沸き起こった。

 

「ひっ、ひいいっ──」

 

 九霊聖女は股間に両手を当てて悲鳴をあげていた。

 肉芽の根元に金属の輪っかのようなものが食い込んでいる。

 そこから、強い快感の疼きのようなものが発生している。

 たまらず、九霊聖女は泣き叫んだ。

 

「な、なんだいこれ? も、もう許しておくれよ、宝玄仙……。わ、わたしは司令官として戦うんだろう? こ、こんなのに、苛まれて、作戦の指揮など……」

 

「心配しなくても、すぐにお前の身体に馴染んでくるよ。それは、『女淫輪』という淫具だ。ときどき、それで遊んでやるよ。さもないと、年中発情しているような淫乱になってしまったお前の身体では、お前はまともに物も考えられないさ」

 

「あ、遊ぶ?」

 

 九霊聖女は思わず言った。

 

「こういうことさ……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ひぐううっ」

 

 九霊聖女は股間を押さえたまま、全身をのけ反らせた。

 ものすごい勢いで股間に嵌められた『女淫輪』が振動し始めたのだ。

 九霊聖女はあっという間に、潮を股間から噴いて絶頂してしまっていた。

 

「あらあら、すっかりと潮吹きを身体が覚えちゃったんですね、九霊さん……。とにかく、服を着てください……。素蛾、手伝うのよ」

 

 朱姫が呆れたような口調で言った。

 九霊聖女はすっかりと淫乱な身体にされてしまったのだという羞恥に苛まれた。

 朱姫と素蛾が、脱力して動けない九霊聖女の身体を拭き、そして、強引に服を着せ始めた。

 

 

 *

 

 

 軍議だ。

 

 沙那は、最後に入ってきた九霊聖女に視線を送った。

 全軍の司令官ということになった九霊聖女が参加するのは、これが最初だ。

 だが、沙那は、入ってきた九霊聖女の顔が随分と赤いことに気がついた。

 しかも、懸命に官能の疼きに耐えているように口が少し開き、絶え間のない荒い息をしている。

 一緒に入ってきた宝玄仙がにやにやしているところを見ると、なにかおかしなことをしているのだろう。

 沙那は嘆息した。

 

 九霊聖女は中央の司令官の席についた。その横に宝玄仙が腰掛ける。

 宝玄仙の立場は全軍の総帥だ。

 作戦には口を出さないが、南山大王の名代として、全軍の戦いを見届けるという役目だ。

 

 ほかに参加するのは、二千の旧金角軍の残党を連れてきた伶俐虫と精細鬼──。

 三千の勢力をもって参加している西方帝国軍の指揮官である伊籍という若い将軍──。

 南山軍の騎兵の精鋭五百騎を指揮することにさせた孫空女──。

 そして、全部で五千の南山軍の各隊長であり、九霊聖女直属となる黄獅姫、寓天、猱獅、雪獅だ。

 ほかには、南山大王のもとで兵站を担任することになった二名の文官がいる。

 

 黄獅姫の顔を見た九霊聖女が、目を丸くして腰を浮かしかけた。

 宝玄仙にたしなめられて、この場では大人しくなったが、黄獅姫との再会に喜んでいるだけではなく、驚愕している気配だ。

 

 あの感じだと、宝玄仙は九霊聖女に対して、軍の編成などのことについて、なにひとつ説明していないのだろう。

 今回の遠征軍の遠征にあたっては、沙那が各要員の業績などを調べて、もっとも妥当であると思われる武官を隊長に選んだ。

 それが、黄獅姫以下の四人なのだ。

 

 黄獅姫は、この会議から九霊聖女が軍に復帰することを知っていたが、九霊聖女の姿を実際に垣間見て、安心して涙を浮かべていた。

 とにかく、どんなに大事なことであっても、自分の嗜虐趣味を一番に優先させる宝玄仙の性格はなんとかならないものだろうか。

 まあ、いまさら言っても仕方がないが……。

 

「ともかく、明日進発します。そのまま、旧金角域との境界を越えます」

 

 沙那は、会議の開始を宣告してから、最初にそう言った。

 

「なにをするつもりなのだ?」

 

 精細鬼が言った。ほかのものは喋ろうとしない。

 

「巴山虎が、こちらとの境界である南側に拠点を作っています。ひとつは元からある城であり、もうひとつは急遽作られた砦です。そこを守っているのは、なんという武将ですか?」

 

田楽天(でんがくてん)です」

 

 黄獅姫が答えた。

 

「その田楽天が、そのもともとの出城と新しい砦の二段構えで守っているということです。まずは、それを奪って拠点にします。後方支援の拠点であり、すぐに軍は北進します」

 

 沙那ははっきりと言った。

 とはいうものの、これだけの大きな戦の指図など初めてだ。

 本当は不安だ。

 しかし、宝玄仙に命じられたのでやるだけだ。

 

 ただ、道術を介する魔域での戦いも、通常は、道術の効果を打ち消し合うような広域道術をお互いに掛け合うところから始まるらしい。

 そうなると、戦いの様相そのものは、道術を遣わない人間族の戦いと大差ない。

 だったら、沙那でもなんとかなると思った。

 これでも、千人隊長時代に、古今東西の軍学書には精通した。

 

 ともかく、不安さを悟られるようなことがあってはならない。

 ここに集まっている者のほとんどが、沙那が軍師をすることに不安がっているのはわかっている。

 少しでも、沙那自身が不安がっていると知られてしまえば、その時点で沙那の策に従う者はいなくなるだろう。

 

 とにかく、最初は勝利が必要だ。

 しかも、圧倒的な勝利を……。

 それで、沙那に対する軍師としての信用ができる。

 なによりも、沙那自身が自分の能力に安心できる。

 

「馬鹿言え。あそこには二万の勢力が集まっているぞ。こっちは全部集めても、一万しかいないんだ。簡単に言うな……。しかも、俺たちが侵攻することは十分に予想しているから奇襲は使えんぞ」

 

 精細鬼が不満そうに言った。

 とにかく、旧金角軍の残党を率いてきた伶俐虫と精細鬼のふたりは、自分たちこそ、ずっと戦ってきたという自負心があるのか、なにかと沙那に突っ掛かってきてやりにくい。

 そもそも、金角の仇討ちと銀角の救出という目的の強いこの作戦の全体の指揮は、自分たちこそ相応しいと思っていて、なんの実績もない沙那が策を仕切るのが面白くないのだ。

 それは、沙那も十分に理解している。

 

「当たり前です。奇襲などしません。堂々と攻めます。それから、巴山虎の出城を攻めるのは、孫空女の騎馬隊を加えた九霊聖女殿以下の主軍のみでやります。西方帝国の支援軍は後詰めとします……。伶俐虫殿と精細鬼殿の部隊には、ほかにやってもらいたいことがあります。いずれにしても、主力からは外れてもらいます」

 

「なんだと? 人間族の軍はともかく、この遠征軍の中で戦いの経験のある最精鋭は俺たちだぞ……。その俺たちを使わずに、戦うというのか?」

 

 精細鬼が文句を言った。

 

「どうも、あなたたちは、いざというときに勝手なことをしそうで不安です。わたしは、信用のできない隊を使って策を指示することはできません。軍師を信用できない隊は邪魔ですから」

 

 沙那ははっきりと言った。

 

「な、なんだと──。その言い草は失礼だろうが──。俺たちを邪魔物だと言ったか──?」

 

 伶俐虫が怒鳴り、精細鬼とともにふたりが激昂して立ちあがった。

 そのとき、九霊聖女が突然に笑いだした。

 全員が一瞬、九霊聖女に気をとられた。

 

「お前、面白いな、沙那……。それだけの大言壮語……。余程に自信もあるのだと思うが、肝の座りかたも素晴らしい。よかろう。わたしの命はすでにない命だ。お前の好きなように使うがいい。存分に指示してくれ」

 

 すると、九霊聖女が言った。



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764 侵攻軍始動

 巴山虎(はざんとら)の武将であり、北進する南山軍に対する防衛指揮官の田楽天(でんがくてん)の守る砦から三里《約三キロ》のところに陣を張った。

 軍師役の沙那の指示によるものだ。

 九霊聖女(くれいせいじょ)は、沙那の軍師としての力量を不安に思っていたところもあったが、この陣ひとつを見ても、これが初めてとは思えない隙のないものだ。

 各隊に対する指示も的確だし、正直にいえば、沙那を侮っていたところもあったのだが、いまは感嘆している。

 

 精細鬼(せいさいき)伶俐虫(れいりちゅう)といった金角軍の残党の扱いも適切なものだ。

 あの隊は、この侵攻軍からは離れて、再び金角領域に散り、この遠征軍の侵攻に連携して叛乱を起こすように、領域内の各部族のもとを説得してまわっている。

 九霊聖女から見ても、旧金角軍の残党は、沙那はもちろん、九霊聖女に対しても反感を持っていたので、それを切り離したのは適当だろう。

 それに、遠征軍に連携した地元の部族たちの蜂起は、数万の軍勢にも勝る。

 その辺りの戦の機微も、沙那はよく理解しているようだ。

 

 また、緒戦ということもあるのか、人間族の軍は後方に外して、補給品の防護をさせている。

 道術を介する作戦ということになれば、不慣れな人間族の軍では、思わぬ痛手を被る可能性もある。

 それで外したようだ。

 それに遠征軍ということで、補給物資の保持は重要だ。その処置も適切だ。

 

「敵は、砦を出て手前に陣を張ったわ。勢力は一万というところね。残りの一万はさらに後方の出城に残っているわ。敵将の田楽天は砦の前の野陣にはいない感じよ。でも、田楽天は、出城と陣とのあいだを『移動術』の結界で結んでいると思うわ。だから、斥候で発見できなくても、戦闘になれば出てくるかもしれないわ」

 

 黄獅姫(おうしき)が沙那に言っている。

 黄獅姫はこの本陣を直接に防護する隊長だが、魔域における戦いに不慣れな沙那への助言役として沙那につけていた。

 方陣の中央にあるこの本陣は、火避けと矢避けの幕で囲まれている。

 幕の外には移動用の馬車も並んでいて、大部分の荷はまだ馬車だ。

 すぐに移動するからだ。

 幕の中は概ね三個に仕切られており、一番前が沙那たちがいる場所で、広い卓に地図なども広げられている。

 道術通信を駆使する伝令役の亜人兵や本陣の守備兵なども控えている。

 

 真ん中がここであり、九霊聖女と宝玄仙が並んで座っていて、作戦の指図をする沙那たちの背中を眺めるような感じだ。

 沙那たちのいる場所とここの仕切りはない。

 ここの後ろは、仕切りがあり、九霊聖女と宝玄仙の休む場所だ。

 本来であれば、司令官と総帥の個室は別々に作るのだが、宝玄仙の命令でひとつにまとめられている。

 そこで寝るし、食事もする。着替えなどもそこだ。

 専任の侍女はいない。

 宝玄仙の供の朱姫と素蛾がそれを務めている。

 また、宝玄仙の供でもある沙那と孫空女も、休むときにはそこを使う。

 もっとも、いまはすぐに推進する予定なので、なにも置いてない。

 

「『移動術』ということは、陣が危なくなれば、指揮官が道術で逃げることもできるということね、黄獅姫?」

 

 沙那が言った。

 

「まあ、そういうことね。敵陣を完全に包囲してしまえば、逆結界をかけて、『移動術』を防げるけどね」

 

「じゃあ、作戦に『移動術』を遣うということは、道術で大きな隊を側面や後方に跳躍させることとかもできる?」

 

「まあ、技術的にはできるわ、沙那……。でも、数名ではなく、数百名、数千名の単位の勢力を道術で跳躍させるとなると、巨大な霊気が必要だし、簡単に探知もできるから事前にわかるわ。それに接すれば、跳躍したばかりの態勢が整わない段階で攻撃道術を集中すればいい。数名の道術遣いで対応ができることよ。探知するのも簡単だし。だから、余程の条件が整わない限り、それをしようとする指揮官はまずはいないでしょうね……。それよりも、それを防ぐための広域の道術防護をするのが普通よ。隊を道術で移動するとなると、その広域防護もいったん解かないとならないから、隙もできるということにもなるわ」

 

「なるほど……。わかったわ」

 

 沙那が頷いている。

 

「まあ、存分にやりな、沙那──。今回に限っては、絶対にお前の邪魔はしないと約束するよ。まあ、玩具もあるしね」

 

 九霊聖女の横に座ってる宝玄仙が笑った。

 全軍の司令官の九霊聖女に対して、宝玄仙は遠征軍総帥という立場だ。

 

「あ、当たり前です──。ご主人様は、大人しくしていてください。ご主人様にしかできないこともありますから──」

 

 沙那が怒鳴った。

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 それにしても、この主従はいったいどういう関係なのだろう?

 これだけの道術遣いであり、大変な嗜虐趣味であって、供など奴隷同様に扱っていると思えば、思いのほか仲もいいようだ。

 

「飲み物をお取替えします」

 

 朱姫と素蛾が後ろの控えからやってきた。

 九霊聖女と宝玄仙が腰かけている椅子は横に並んでいて、真ん中に戦場用の卓がある。

 そこにあった飲み物を交換したのだ。

 

「あ、ありがとう……」

 

 九霊聖女は、自分の側の飲み物を交換した朱姫に言った。

 どうも、この娘は苦手だ。

 連環城で捕えられているあいだ、宝玄仙とともに、この朱姫にさんざんに調教された。

 その記憶が九霊聖女の身体を竦ませてしまう。

 

 もっとも、いまにして思えば、あの苛酷な調教は、宝玄仙の温情だっと思う。

 ああやって宝玄仙の奴隷の刻印を受けなければ、九霊聖女はおそらく処断されていたと思うのだ。

 だが、宝玄仙が九霊聖女に奴隷の刻印を刻み、この遠征軍の司令官をさせると騒いだおかげで、南山大王も九霊聖女の命を助けるほかなくなったし、その結果として、九霊聖女に従って南山大王の封印に加担した者もすべて不問というかたちになった。

 奴隷の刻印を受けるというのは、ある意味、処刑に匹敵する罰でもある。

 しかし、結局のところ、もっとも連環城自体に影響を及ぼさない処置だった。

 いまでは、宝玄仙に感謝している。

 

「うっ」

 

 そのとき、突然に肛門に衝撃を感じて、九霊聖女は思わずひと言呻いてから歯を食い縛った。

 九霊聖女には、朱姫の悪戯により、小さな球体を肛門に挿入されている。

 肉芽には、宝玄仙による『女淫輪』を根元に嵌められ、肛門には朱姫の『振動球』という小さな玉を入れられたのだ。

 それが朱姫が後ろに立つとともに、ぶるぶると振動を始めたのだ。

 九霊聖女は、左右の椅子の手摺りを固く握りしめて、必死で奥歯を噛みしめた。

 肛門の球体は、肛門の中で前後に動きながら、強くなったり弱くなったりという振動を続ける。

 

 こんなところでと思ったが、宝玄仙とその供からの嗜虐を受け入れるのは、この遠征軍の司令官という九霊聖女の役割に加えた、九霊聖女のもうひとつの役割だ。

 それにしても、これから作戦が開始されようとしている段階におけるこのいたぶりは困る。

 九霊聖女は、背後の嗜虐趣味の少女に閉口して、宝玄仙に助けを求めようと視線を向けた。

 

「んんっ」

 

 だが、今度は、女淫輪まで微かな振動を開始した。

 女淫輪にしても、振動球にしても、たちまちに九霊聖女の絶頂を促すような動きではない。

 むしろ、九霊聖女がぎりぎり耐えられる程度を見計らっての責めという感じだ。

 それだけに、陰湿さを感じる。

 

「……お前もこれだけの軍を率いる女司令官なら耐えきってみせな……。ましてや、沙那にばれんじゃないよ。わたしらが叱られるんだからね……。いいね……」

 

 宝玄仙が身を乗り出してささやいてきた。

 これは、もう助けはない……。

 九霊聖女は覚悟するしかなかった。

 

 とにかく、声は絶対に出せない。

 不自然な姿勢もできない。

 

 ここには、宝玄仙や供たちだけでなく、ほかにも多くの部下もいるのだ。

 ただ、宝玄仙たちの理不尽な責めを払い除けるということもできない。

 刻印により逆らえないということもあるが、九霊聖女自身の身体がそれを求めていた。

 宝玄仙たちに与えられたあの調教以来、常に身体が火照ったような状態になり、放っておかれると、却って焦燥感で全身が激しく揉み抜かれたようなるのだ。

 そして、いま前後の淫具から責めたてられて、九霊聖女は周囲に部下がいるという状況でありながら、異様な興奮に包まれた。

 いや、むしろ、そういう緊張感と羞恥の中でこそ、九霊聖女の身体は本能のまま、異常なほどに性感が昂っている気もする。

 

「くっ……」

 

 九霊聖女は思わず、口の奥で悲鳴を放っていた。

 一瞬して、全身の性感が数倍に跳ねあがったのだ。朱姫の『縛心術』だと悟った。

 この『縛心術』の得手の宝玄仙の供は、いつの間にか九霊聖女の身体をそうやって操れるようになっていて、時々そんな悪戯をする。

 

 だが、こんなところで……。

 すると、朱姫が九霊聖女の耳に口を寄せてきた。

 

「ふふふ……。満足したそうな顔してますよ、九霊さん……。身体の感度をあげてあげましたから、みんなにばれないように達してください。これも調教です」

 

 朱姫が耳の中に息を軽く吹き掛けてから離れた。

 九霊聖女はそれだけで、沸騰しそうな淫情を味わった。

 とにかく、洩れそうな嬌声を押さえるために、手で口を強く押さえた。

 股間の前後の淫具の動きが強くなった。さっきまでのじわじわなぶる動きでなくて、はっきりと絶頂を促す振動だ。

 横で宝玄仙もにやにやしている。

 九霊聖女は快感に抵抗するのをやめた。その代わり、さらに強く口を押さえた。

 

「んんっ」

 

 そして、かすかに身体を震わせた。

 達したのだ……。

 こんなところで……。

 しかも、周りに多くの部下がいるという状況で……。

 九霊聖女はその事実に愕然となった。

 

 しかし、さらに愕然とするのは、この屈辱を九霊聖女の心が強い快感として受け入れ、少しも宝玄仙や朱姫に対する反抗心のようなものを抱かなかったことだ。

 

 これが、調教……?

 九霊聖女は、それを自覚するしかなかった。

 いつの間にか、二つの淫具は動きを止めている。

 

「敵が動きます、司令官。前面の猱獅と雪獅の隊に一斉攻撃させます」

 

 沙那が大きな声で怒鳴った。

 九霊聖女は慌てて頷いた。

 戦況が慌ただしく届き出した。

 前線からの道術通信がひっきりなしに弾け、次々に本陣の中で前線指揮官の声が響き渡る。

 

「孫空女と寓天に連絡──。いまと……。そして、孫空女は最初に敵陣を蹴散らしたら、すぐに戦場を迂回して、出城の方向に急行。敵の主力が城の外に出てくるから、その隙に城を奪えと伝えて」

 

 沙那がそう伝令に伝えるのが聞こえた。

 九霊聖女はさすがにびっくりした。

 

 戦いはまだ、始まったばかりだ。

 それなのに、目の前の敵を蹴散らすことができると信じているし、さらに、敵の主力が城の外に出てくることも、わかっているような物言いだ。

 なぜ、そんなに自信があるのだろう……?

 

「九霊、なぜ、沙那があんな風に先が読めるのか不思議かい?」

 

 宝玄仙が九霊聖女の心を見透かしたように、ささやいてきた。

 

「あ、ああ……」

 

 九霊聖女は頷いた。

 

「あいつは頭がいいのさ。天才なんだ」

 

 宝玄仙は笑った。この女主人は、沙那に対して絶対の信頼を置いているようだ。

 

「だから、お前はなにもかも沙那に任せて、ここでよがってればいいのさ」

 

 宝玄仙がささやいた。

 すると、また、女淫輪が動き出した。

 九霊聖女は慌てて、手で口を押さえた。



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765 侵攻軍の緒戦

「耐えろ──。耐えるんだ──」

 

 雪獅(せつし)は敵の圧力を感じながら、必死になって剣を振るった。

 

 こちらは二列──。

 前後列関係なく、ほぼ全員が敵と戦っている。

 敵の前線は三列から四列──。

 さすがに数の差による勢いの違いを感じる。

 なにしろ、こちらの総兵力は五千。

 そのうち、いま戦っている正面兵力は、雪獅の隊と猱獅の隊の二千だ。

 

 それに比べれば、敵の総兵力は一万──。

 しかも、横陣形であり、方陣形のこちらよりも、正面兵力が充実している。

 雪獅も必死に支えているが、ともすれば、敵の突破を許しそうだ。

 

 すると、不意に敵の圧力を感じなくなった。

 見ると、敵の側面から、あの赤毛の孫空女が、率いている騎馬隊とともに突っ込んできている。

 唖然とするような勢いだ。

 

 孫空女の強さは、雪獅自身も、西方帝国の帝都の闘技場で味わったが、いま戦場で垣間見る彼女は、桁外れの強さだった。

 黄金色の棒を振り回す孫空女の前から、まるで草でも払うように、人が次々に飛んでいく。

 先頭の孫空女が騎馬で進む前には誰も残れず、辛うじて棒の外に逃れられた者も、後続の騎馬の誰かに確実に倒されていく。

 

「いまだ──。期を逃すな──」

 

 雪獅は一斉突撃を命じた。

 まったく、抵抗がない。

 

 孫空女の騎馬隊が、敵陣を過ぎていった。

 反対側から寓天の率いる騎馬隊も抜けていく。

 寓天は得意の腕の鞭で届く範囲の敵兵を叩き倒している。

 

 敵が潰走状態になったのがわかった。

 すでに、並行している猱獅の隊は追撃状態に入っているようだ。

 雪獅も急いで追走を指示した。

 

 それにしても、戦とはこういうものか?

 雪獅は呆気なさを感じた。

 実のところ、南山軍は各魔王の軍団の中でも、もっとも弱兵と言われていた。

 南に人間族の帝国、北は友好国の金角域に挟まれ、特に小競り合いなどもなく、長いあいだ戦闘の経験もなかったからだ。

 雪獅自身も本格的な戦闘は初めてだ。

 

 それに比べれば、敵将の田楽天は、戦い慣れた金角軍団に属していて、しかも、名のある名将だ。

 勢力も数倍だった。

 

 だが、簡単に蹴散らした。

 雪獅はなぜ勝ったのかよくわかってなかった。

 

 ただ、実に絶好の状況で孫空女と寓天(ぐうてん)が敵陣を割ってくれた。

 あれが、効果的だったというのはわかる。

 

 敵は後方の砦には入らず、そのまま、少し後方の出城に向かって退却していった。

 

 そのとき、『通信玉』が目の前に出現した。

 本陣からの指示を伝える道術通信だ。

 

 

 ──“砦は無視すること。そのまま、敵の出城に向かって進軍せよ。”

 

 

 指示の声は、あの人間族の女の沙那の声だ。

 なぜ、砦を無視するのだろうという疑問は沸いたが、とにかく、指示の通りにした。

 退却した敵を猛追するではなく、通常行進で進むように指示もあった。

 雪獅はその通りにした。

 

 少し進んだところで、いまは後方になったあの砦が突然発火して燃え出した。

 雪獅はびっくりした。

 燃え出す寸前に強い霊気の集中を感じた。

 おそらく、時間がすぎれば、砦全体が火に包まれるような罠を残していっていたのだと思う。

 もしも、隊が砦を確保するために一部でも入っていれば、それに巻き込まれたと思う。

 

 雪獅はほっとした。

 やがて、出城が確認できる場所まで進出した。

 行進速度を落とすとともに斥候を送って、敵の陣形を確かめさせた。

 敵の総軍が城の外に出てきているということを知った。

 

「おかしな、布陣だな」

 

 報告を受けて、雪獅は首を傾げた。

 敵のほぼ全軍が城の外に出てきているのは明らかだが、こちらの軍と出城のあいだに田楽天軍が陣を敷くのではなく、敵軍は出城を右翼に委託するように軍を展開しているのだ。

 しかも、陣は混乱している。

 

 城には、ほとんど軍を残してないようだ。

 だから、出城そのものと、こちらの軍になにもないという状況だ。

 奪おうと思えば、簡単に空き城が確保できるだろう。

 

 すると、再び本陣からの通信玉が出現した。

 

 

 ──“城は無視して、城の外に展開している敵陣に向かって布陣せよ。”

 

 

 雪獅は指示に基づき、命令を発した。

 そのとき、城塔に、総帥を宝玄仙とする軍であるという印の軍旗である『宝』の旗が揚がった。

 すぐに、あれは、孫空女の騎馬隊の仕事だと連絡がきた。

 追撃のときに回り込んで、敵の主力が外に出たところを奪ってしまったようだ。

 つまり、敵は、出城を背にして守りたくても、すでに奪われていて、それができないのだ。

 だから、あんな陣形なのだ。

 ともかく、雪獅は対応の迅速さに舌を巻いた。

 敵城に味方の旗が揚がったを見て、隊の亜人兵たちが歓声をあげた。

 

 

 *

 

 

「ねえ、沙那、どうやって、あの砦に罠が隠されていることがわかったの?」

 

 黄獅姫(おうしき)が沙那に訊ねた。

 こちらが砦を無視して軍を推進させると、しばらくして砦全体が勝手に燃え出したのだ。

 なにかあると沙那も思ったのだか、どうやら、あれは残存道術というものらしい。

 時間が経てば道術が発生するように霊気を残しておき、あんな風に術者がいなくても、霊気が発動するようにしておくのだそうだ。

 

「あれは、囮とわかったからよ……。つまり、誘いね。敵の動きが不自然だったわ。蹴散らした敵が、まったく砦に固執せずに、すり抜けていったからね。砦に入ると、なんらかの罠に陥ると思ったのよ」

 

 沙那は言った。

 

「へえ? そうなのかい? 確かに、あの砦には不自然な霊気の集中を感じたね。もしも、沙那が砦に手を出そうとしたら、言おうと思ったんだけど、砦に入るなと指示してたから、あえては言わなかったのさ」

 

 すると、宝玄仙が後ろから口を出した。

 黄獅姫が驚いている。

 

「今度から、遠慮なく教えてください。わたしには霊気の探知はできないんですから……。次は罠に引っ掛かりそうなときだけじゃなく、全部教えてください」

 

 沙那は呆れて言った。

 

「そんなものかい? わかったよ、そうするよ……。だったら、お前が孫空女に奪わせた城からは、そんなものを感じないさ。大丈夫と思うよ」

 

「恐れ入ります……」

 

 沙那は言ったが、妙に宝玄仙と朱姫が上機嫌だ。

 それに比べて、さっきから九霊聖女が黙りこくっているし、おかしな感じだ。

 いまも最初の陣からここに本陣を推進してきたのだが、移動の途中も、やたらに九霊聖女に対して、宝玄仙と朱姫が密着していた。

 いつも馬に乗るはずの九霊聖女が、宝玄仙たちとともに馬車に乗った。

 そして、馬車から出てくるときには、髪がかなり乱れ、心なしか九霊聖女もげっそりしている気もした。

 

 おそらく、また、下らないことをして遊んでいるのだろう。

 まあいい……。

 いまのところ、実害はない。

 

 逆に退屈させると、あの宝玄仙はなにをするかわからない。

 九霊聖女には気の毒だが、ああやって、宝玄仙の相手をしてくれるとありがたい。

 

「わたしには、砦の不自然さはわからなかったわ。道術の集まりだって、ほんの些細なものだったはずよ。宝玄仙様だからわかったことであり、通常は探知できないと思うわ」

 

 黄獅姫が感嘆している。

 

「不自然な砦の明け渡しをしたときは、まずは罠の存在を疑うものよ、黄獅姫……。」

 

「わたしには、不自然さそのものを感じなかったわ」

 

「それにしても、砦一個を罠の材料に使うなんて、そんな作戦はこっちでは普通なの、黄獅姫?」

 

「いいえ。わたしもそんなの初めてよ……。だから、驚いているわ。だけど、もっと驚いているのは、それを呆気なく見抜いたあなたよ、沙那」

 

 黄獅姫は言った。

 沙那は城にいる孫空女に、城から外に飛び出すように指示した。

 この位置は丘になっており、戦場の様子がよくわかった。

 

 孫空女を先頭にした騎馬隊が城に中途半端に接触していた敵陣に突撃する。

 簡単にたち割り、斜めに進んで中央のこちら側から出てきた。

 沙那は分断された右翼に対して、全軍の攻撃を集中させた。

 

 残っている左翼が急いで、右翼と合流しようとしている。

 しかし、孫空女と寓天がうまく翻弄している。

 特に、さすがは孫空女だ。

 孫空女の行くところに敵兵は残れず、それでどんどんと敵を断ち割っている。

 敵陣がみるみる陣形を崩していく。

 

 ついに、敵陣の中の核のような一部分が動き出した。

 おそらく、あれは大将の田楽天だろう。

 ついに、痺れを切らしたという感じだ。

 まとまった集団がひと塊で動き出した。

 

 向かうのは孫空女の騎馬隊だ。

 だが、もう時機を失している。

 しかも、相手は孫空女だ。なんとかするだろう。

 

 孫空女も気がついた。

 ほとんど、単騎でその敵の集団に突っ込んだ。

 

 敵の騎兵が次々に倒れていく……。

 そのうちに、敵に大きな動揺が走り出した。

 

 おそらく、さっき孫空女が倒した者の中に、大将の田楽天が含まれていたに違いない。

 こうなれば、もう戦いは終わったようなものだ。

 まだ、混戦の状況だが、一部は逃亡しようとしている。

 

 逃げるものは追うな……。

 沙那は、そう全軍に指示しようとした。

 

 そのとき、風上に逃亡した敵の一部が、なにかをその場で爆発させたように思った。

 白い煙が混戦している戦場に流れ出した。

 沙那たちのいる本陣地区も戦闘地域越しに風下にあるので、かすかに風に乗って煙がやって来たと思った。

 もっとも、まだ大部分の煙は、戦場地域の風上に留まっている。

 沙那はおかしな刺激臭を感じた。

 

 そのとき、煙を被っている地域の亜人兵が敵味方関係なく、倒れ始めたのが見えた……。

 

 毒煙──?

 沙那は驚愕した。

 まさか、味方も残っているにも関わらず、毒煙を流した──?

 

「沙那──」

 

 すると、突然、宝玄仙の大声が本陣内に響いた。

 沙那は振り返った。

 宝玄仙が真剣な表情で立ちあがっていた。



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766 赤い女傑と屍人(しびと)遣い


 時間を戻して、田楽天戦を孫空女視点で語ります。


 *




 確保した出城から飛び出した。

 

 馬を進めた。

 孫空女は、『如意棒』は右手で振り回しながら、馬の腹を腿で締めあげる。

 目の前に田楽天が率いる亜人兵が密集している。

 

 叫び声をあげながら駆けた。

 敵の先頭集団。

 

 『如意棒』をまともに首に受けて、五、六名が一度に左右に吹っ飛んだ。

 

 さらに進む。

 また、集団。

 

 これも打ち砕く。

 敵が目の前からいなくなる。

 突き抜けたのだ。

 

 戦闘地域の外で馬首を返した。

 孫空女に従う五百騎が追いついてきた。

 

「もう一回行くよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 後続が追いついてきているかどうかは確認しなかった。

 何人が欠けているかも確認しなかった。

 

 戦なのだ。

 

 もう一度雄叫びをあげる。

 敵陣が崩れているのはわかった。

 そこをくさびのように騎馬隊で割っていく。

 

 また、突き抜けた。

 後続がやってくるのがわかった。

 騎馬隊が再集結するのを待たずに孫空女は突進した。

 

 すでに、味方の総攻撃が始まっている。

 陣を乱している敵はみるみる崩れていく。

 孫空女は後ずさりする敵をまとめてなぎ倒す。

 

 もう、孫空女に向かってくる者はいない。

 ただ逃げるだけだ。

 

 その敵を追い、さらに十人、十人と倒す。

 そのとき、こちらに向かってくる騎馬の集団を見た。

 

 田楽天(でんがくてん)──?

 

 敵の大将だ。

 そう思ったときには、身体が動いていた。

 

 顔の肌の黒い亜人だった。

 乗っている田楽天も巨漢だが、馬も巨大だ。

 まるで龍みたいだ──。

 

 眼が合った。

 田楽天は真っ直ぐに孫空女を見ている。

 

 孫空女は駆けた。

 ほかにも騎馬はあるが、それは関係ない。

 

 あれが大将だ。

 それを倒せば、この戦いは終わりなのだ。

 騎馬と騎馬の距離がどんどんと縮まっていく。

 

「女が──」

 

 田楽天がひと声叫んだ。

 大きな蛇鉾が迫る。

 

 孫空女は『如意棒』を両手に持ち替えてそれを打ち返した。

 

 次の瞬間、蛇鉾が宙に舞った。

 田楽天が一瞬、信じられないという顔になった。

 

 だが、それで終わりだ。

 さらに一閃した『如意棒』が田楽天の首にめり込む。

 馬から落下した田楽天の顔はあり得ない方向に曲がっていた。

 

 どよめきのような声と歓声が同時に戦場に響いた。

 すると、まるで潮でも引くように、敵兵が退がりだした。

 

「ふう……」

 

 孫空女はこの戦いが終わって初めて静止した。

 終わったのだ。

 敵が退がっていく。

 

 逃げていっている。

 沙那はあれを追いかけろとは言わないと思う……。

 

 もとはと言えば、彼らはもともと金角の兵なのだ。

 いまは敵となったが、沙那は金角と銀角を裏切った巴山虎さえ倒してしまえば金角域の大部分は、こちらに従うと思っている。

 

 今日は、とにかく一度の大きな勝利が欲しかったのだ。

 それさえあれば、裏切者の巴山虎が金角の領域を引き継ぐのが気に入らない部族長たちは、こちらに従うはずだ……。

 なによりも、幾つかの勝利を積み重ねれば、巴山虎には魔王の地位を受け継ぐ能力がないと判断する……。

 魔域の部族長たちは、弱い主人に従うことはない。

 沙那はそんなことを言っていた……。

 

 そのとき、小さな爆発音が起きた。

 ふと見ると、戦場に白い煙が流れ始めた。

 さらにそちらに視線をやると、その白い煙に向こうに数騎の騎馬の集団がいた。

 逃亡を始めている敵の一部という雰囲気ではない。距離を置いて、こちらになにかを仕掛けようとしている感じだ。

 

「な、なに?」

 

 だが、次の瞬間、孫空女はびっくりして思わず声をあげた。

 白い煙に触れた者たちが、敵味方関係なく倒れ始めたのだ。

 しかも、びくびくと身体を震わせて、赤い泡のようなものを口から噴き出して、次々に絶息していく。

 

 毒煙だ──。

 

 孫空女は一瞬で悟った。

 あの離れた場所にいる数騎が毒煙の玉を破裂させたのだと思う。

 その一角だけ、妙に霊気に満ち溢れている。

 おそらく、結界を作っていると思う。

 

 また、同時に孫空女は気がついた。

 さっきまで、立ち込めていた霊気の霧のようなものが消滅している。

 多分、あれは、田楽天が構成していた道術封じの防護帯のようなものだったのだろう。

 それは、お互いの攻撃道術の効果を消滅させて、この一帯においては、限定された道術だけしか遣えないようにしていたのだと思うが、その田楽天が死んだため道術封じの膜のようなものが取り払われたに違いない。

 その隙を利用して、あの一団が毒煙という「攻撃道術」を仕掛けたのだ──。

 

 いずれにしても、まだ味方もいるところに毒煙を放つなど……。

 孫空女は怒りに震えた。

 

 そして、馬の肚を蹴って駆け出していた。

 煙は風に乗って、風下のこちらに流れ込もうとしていて、煙で倒れる者が拡大しようとしているが、まだ、一部だ。

 

 とにかく、あの煙を突っ切って、あいつらをやっつけてやる──。

 結界で守っているようだが、大抵の道術による結界は、矢や打撃などの物理的な攻撃には弱い。

 物理的な攻撃を防げるような結界を作れるのは、宝玄仙のような限られた大道術遣いだけなのだ。

 孫空女は煙が拡がっている地域を小さく迂回して、数騎が固まっている小さな丘に突進しようとした。

 

 だが、すぐに相手は孫空女の動きに気がついた。

 彼らのうちのひとりが筒のようなものを構えた。

 

 道術ではない。武器だ。

 しかし、霊具だと思う。

 そのときには、新しい白い煙が孫空女のすぐ前で爆発していた。

 

 白い煙に包まれる。

 孫空女はとっさに息をとめた。

 馬が苦しそうないななきをあげて、その場に倒れる。

 

 息をとめている孫空女は毒煙を吸ってはいないが、馬はそうはいかない。

 孫空女は横倒しになった馬から振り落とされたが、なんとか『如意棒』を地面に突いて倒れるのを防いだ。

 

 とにかく、煙の外へ──。

 だが、そのときには、いつの間にか大勢の亜人兵に囲まれていることを知った。

 

 びっくりした。

 囲んでいるのは、田楽天軍の兵もいるし、味方の兵もいる。

 その全員が武器を持って集まっているのだ。

 しかも、全員の顔にはっきりとした死相がある。

 口から赤い泡を噴き出したような痕もある。

 

 さっきの白い煙は、ただ毒で人を殺すだけのものではないのだ……。

 殺した者……あるいは瀕死の状態にした者……そのどちらかなのかわからないが、とにかく、煙で倒した者を自在に操ることができる煙のようだ。

 

 「屍人(しびと)遣い」……。

 

 そんな言葉が頭に思い当った。

 周りを囲んだ「屍人」が一斉に襲いかかってきた。

 

 孫空女は『如意棒』を一閃させた。

 「屍人」たちは避けることもしない。

 ただ、『如意棒』にぶちのめされて倒れるだけだ。

 

 孫空女は手当たり次第に『如意棒』で近寄ってくる十数人の屍人兵を打ち倒した。

 全員を倒すのに幾らもかからなかった。

 

 煙の外へ……。

 孫空女は駆けようとした。

 

 そのとき、あり得ないことが起きた。

 たったいま倒した屍人兵が、すぐに立ちあがって、その孫空女をの行く手を阻んだのだ。

 

 『如意棒』の打擲で腕を折られた者は折れたままで……。

 

 首の骨が折れた者はおかしな方向に首を曲げたまま……。

 

 彼らが、片手に武器を持ってじりじりと迫ってくる……。

 孫空女はぞっとした。

 やはり、屍人遣い……。

 

「さすがは、たった一騎で田楽天の軍を打ち倒したほどの女傑だな。何者かは知らんが、この玉面(ぎょくめん)の扱う屍人戦士にしてやろう……。よき戦士になるであろうよ……」

 

 迫ってくる屍人兵のひとりが口を開いてそう言った。

 玉面……?

 

 その屍人の兵が喋っているというよりは、さっき小さな丘にいた術者が屍人を使って言葉を伝えているようだ。

 

 いずれにしても、そろそろ息が……。

 とにかく、煙の外に行かないと……。

 

 『如意棒』を強引に伸ばして、囲みの外に出ることも考えたが、そのためには、その号令を口にしなければならない。

 息をとめたまま、叫び声をあげることは不可能だ。

 

 ほんの少しでも息をしてしまえば、あっという間に即死するかもしれないのだ。

 孫空女は遮二無二突進した。

 まずは、さっき喋った屍人兵の両脚を『如意棒』で一閃して、脚を腿で吹っ飛ばした。

 脚を失くした屍人兵は、それでも手で這って近寄ってくるが、孫空女はそれを蹴飛ばして遠くに放った。

 さらに寄ってくる屍人を同じように倒していく。

 

 いくら打っても倒すことができないのであれば、立てないように脚をもぎ取ってしまうしかない。

 孫空女は群がる屍人兵の片脚を片っ端から叩き折るか、引き千切るかしていった。

 

 だが、数が多すぎる……。

 さっき一度は倒した屍人兵に加えて、新しい屍人も増えている。

 今度は多少は時間がかかったが、なんとか目の前の集団の全員を倒した。

 

「さすがは赤い女傑だな……。お前のような女傑戦士が南山のような弱兵に混じっていたのは計算違いだったな……。まあ、とにかく、どこまで息が続くのかな……。では、おかわりだ……」

 

 しかし、目の前にまた屍人兵の壁ができていた。

 その屍人兵のひとりが笑いながらそう言った。

 畜生……。

 もう、限界……。

 

「……くくく、まだまだ、おかわりはあるぞ、赤毛の女……。煙を吸うのだ……。ただの一回でいい……。それでお前は死に、俺のしもべに成り下がる。お前を南山に逆侵攻する屍人軍の総大将してやろう……」

 

 今度は別の屍人がそう言った。

 孫空女はその顔に『如意棒』を叩き込み、続く一閃で脚を折った。

 

 だが、屍人の輪がどんどんと小さくなっていく。

 その向こうにも、新しい屍人兵が集まってくるのも見える。

 

 そして、白い煙はますます孫空女の周囲で濃くなっていくような気もした……。

 ちょっとばかり、やばいかも……。

 

 孫空女は懸命に息をとめながら、棒を振るい続けた。

 しかし、懸命に前に進もうとする孫空女の往く手を次々に出現する屍人兵が阻む。

 

「んんっ」

 

 孫空女は声を出しそうになり、あわてて口をつぐんだ。

 身体が千切った腕の数本が孫空女の足首を同時に掴んだのだ。

 孫空女は体勢を崩して、その場に思わず膝をついた。

 

 一斉に屍人兵が群がってくる。

 孫空女は『如意棒』を振り回して跳ね除けるが、四方から伸びた屍人兵たちの腕が孫空女の具足を掴み、服を掴み、髪を掴んで引っ張って押し倒そうとする。

 棒で腕を肩から千切って胴体を放り捨てる。

 だが、切断された腕はそのまま孫空女の具足を剥ぎ取り、服を引き破る。

 孫空女はそのひとつひとつを剥ぎ取りながら、さらに向かってくる屍人兵を倒しまくった。

 

 息が……。

 

 本当に駄目……。

 

 助けて、ご主人様……。

 

 孫空女は棒を振り回しながら、懸命に立ちあがった。

 なんとか前にいる者だけは倒したが、腕を千切ってもその腕が向かってきて、脚を切断しても、脚だけが追ってくる。

 

 倒せば倒すほど、数自体は二倍三倍になる。

 しかも、もう息が……。

 

 背中から強い力を感じた。

 孫空女は『如意棒』を後ろに突き出して、その屍人兵を後方に飛ばした。

 

 その代わり、掴んでいた屍人兵の腕は背中側の服を真っ二つに引き裂いたのがわかった。

 

 汗びっしょりの肌に冷たい風を感じた。

 もう着ているものもずたずたで、あちこちから肌が露出している。

 それよりも、白い煙の外に抜け出せない。

 どんなに倒しても、前に進むのを阻む屍人兵が出現する……。

 

「まだまだ、増えるぞ、赤毛……。だが、本当にしぶといな……。だが、こうやって裸になっていくお前を見ていると、なかなかにいい女なのだな……。『屍人の煙』で殺して屍人にしてしまうのは少し惜しい気もするな……。いくらでも屍人兵は作れる。なにしろ、どんどんと死んでいくのでな」

 

 前からやってくる新手の集団のひとりの口がそう言った。

 また、腕のようなものが孫空女の膝から下に群がってきた……。

 

「まだまだ、おかわりは続くぞ、赤毛……。それにしても、本当にしぶといな……。そうだ。試しに、千切った腕にお前の身体をくすぐらせてやろう……。それでも、息をとめ続けていられるなら、とめてみるがいい……」

 

 近くにいた新手の屍人兵がそう言って笑った。

 すると、孫空女の身体にしがみついていた数本の腕が、急にいやらしい動きに変化して、破れた服のあいだから乳房や局部や横腹などに這い進んできたのがわかった。



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767 魔女、参上──

「沙那──」

 

 すると、突然、宝玄仙の大声が本陣内に響いた。

 沙那は振り返った。

 宝玄仙が真剣な表情で立ちあがっている。

 

「沙那、この匂いは、多分『屍人(しびと)の煙』だよ──。あそこにいるのが術者だ。あれは田楽天(でんがくてん)じゃないんだろう──? だけど、真の敵はあいつだ。あれは危険な煙なんだ──。怖ろしい殺人煙というだけじゃなく、殺した者を屍人として操る道術だ──。ええい──。もういい。とにかく、話は後だ──。喋っている暇はない──。早く味方を一度退げるんだよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 

「し、屍人の煙──?」

 

 沙那は思わず繰り返した。

 なぜ、そんなことがわかったのかわからないが、かすかに風で漂ってくる煙だけでそれを悟ったのだろう。

 いずれにしても、沙那は全軍に退却を命じようとした。

 そのとき、孫空女が単騎で、さっき宝玄仙が指差した術者の方向に騎馬を走らせるのが見えた。

 

「わっ、孫女──?」

 

 沙那は叫んだ。

 とにかく、全軍に対して、急いで早鐘で退却の指示を出す。

 軍が退却し始めた。

 

 だが、すでに白い煙が漂っている地域では、次々に敵味方関係なく亜人兵が倒れていっている。

 そして、飛び出した孫空女の手前で新たな煙玉が破裂して、孫空女が煙に包まれたのが見えた。

 

「ちっ……。ここからじゃ、さすがに『移動術』も遠いか……。沙那、わたしを戦場に連れて行きな──」

 

 宝玄仙が舌打ちして、声をあげた。

 すでに宝玄仙は本陣を出る裏の出入口に歩き始めている。

 裏には移動用の馬車もあるし、沙那たちが使う騎馬もある。

 

黄獅姫(おうしき)、後はよろしく──。全員をこの丘に向かって退がらせて」

 

 沙那も立ちあがった。

 黄獅姫が慌てて、退却の命令を伝え続ける役を沙那から代わった。

 ここから遠くに見える孫空女は倒れた馬から落ちて、そこに殺到した屍人に囲まれ始めている。

 やっと沙那にも、宝玄仙が言った「屍人を操る」という意味がわかった。

 

 孫空女を囲んで襲っているのは、白い煙に包まれたときに倒れて死んだように見えた亜人兵たちだ。

 それが続々と起きあがって孫空女に襲いかかっている。

 しかも、いくら、孫空女が相手を倒しても即座に起きあがって、再び孫空女を襲っている。

 

 ふと見ると、首がもげても、腕が飛んでも、それでも起きあがってもいる。

 まさに、屍人の襲撃だ。

 あれでは切りがない……。

 孫空女が白い煙に包まれても倒れないのは、息を止めているからだと思う。

 沙那もそうする。

 

 しかし、すぐに煙の外に逃げ出さないと、ついには孫空女も力尽きて倒れてしまうだろう。

 いや、その前に息をとめ続けられることができなくなる方が早い……。

 そして、その瞬間、孫空女は毒煙を吸って、死んでしまうに違いない。

 

「朱姫、ここにお前の能力限界の大きさで結界を張るんだ。あれは道術の煙だから、結界を越えては入ってこれないからね」

 

 宝玄仙が幕の外に出ようとしながら叫んだ。

 そして、外に消えた。

 

「は、はい、ご主人様」

 

 朱姫が慌てて霊気を集中するような仕草をするのがわかった。

 

「沙那、屍人遣いといえば、牛魔王の部下で玉面(ぎょくめん)というのが有名よ。おそらく、そいつだと思うわ」

 

 呆気にとられた様子だった九霊聖女(くれいせいじょ)が思い出したように言った。

 

「牛魔王もすでに噛んでいるということね──」

 

 沙那は吐き捨てるように言ってから幕の外に出た。

 騎馬や馬車を管理する黄獅姫の部下がすでに沙那の馬を準備して待っていた。

 そのそばに宝玄仙がいる。

 宝玄仙が先に指示したのだろう。

 沙那は即座に馬に跨ると、宝玄仙の身体を自分の背に引っ張りあげた。

 

 馬の腹を蹴る──。

 驚いた馬が丘を駆けおり始めた。

 

「は、速くだよ──。速く──。孫空女が死んでしまうよ──。もっと、駆けさせるんだ──」

 

 宝玄仙が走る馬に乗っている沙那の後ろから悲鳴のような声をあげた。

 

「わ、わかってます──」

 

 沙那は一目散に馬を孫空女に向かって駆けさせていた。

 しかし、孫空女はまだ遠い。

 その孫空女はいまは千切った屍人の腕や脚に身体中を絡まれて倒されようとしていた。

 すでに具足や服のあちこちを破られてぼろぼろだ。

 

 時間がない……。

 

 いまこの瞬間にも、孫空女の命が尽きるかもしれないのだ。

 沙那は馬に激しく鞭を入れた。

 馬は狂ったように駆けている。

 孫空女も必死で暴れているが、屍人兵の包囲の外に出る隙を見いだせないでいるようだ。

 

 そのとき、沙那は気がついた。

 走る馬に乗っているのでわからなかったが、白い煙を運んでいた風がやんでいるのだ。

 

 風がとまっている……?

 少なくとも、さっきまで感じていた刺激臭が消滅している、

 

 いや、吹き始めた……。

 小さな風だが、確かに吹いている。

 草の流れでそれがわかる。

 

 だが逆だ。

 さっきまで吹いていた方向とは、反対側に風が流れている。

 風は微風から次第に勢いを増し、いまや強風に近いものになった。

 その風が白い煙を逆方向に押し流している。

 

 風を宝玄仙が操っている──?

 そうとしか思えない。

 宝玄仙は馬の背で風を逆転させる道術を発しているのだ。

 

 沙那は信じられないものを見ている思いになった。

 やがて、完全に白い煙が戦場から消えた。

 いまは、煙は逆風になって風上にいた数騎の騎馬の集団に襲いかかっている。

 

「ついでに、あいつらの結界を消してやるよ……。見てな、沙那……」

 

 宝玄仙が馬の背でそう言った。

 すると、術者のいた場所にいたところから悲鳴のような声が聞こえてきた。

 ばたばたと馬も亜人も倒れ始めている。

 

 だが、ただひとりだけ一瞬消滅して、少し離れた場所に出現し直した。

 そのひとり以外は、逆流した白い煙に包まれて倒れたまま起きあがってこない。

 あの煙から逃れたひとりが、間際に九霊聖女が口にした玉面という牛魔王の部下だろうか──?

 とにかく、孫空女はまだ屍人兵に囲まれたままでいた。

 

「沙那、この距離なら向こうまで跳躍できる──。行くよ──」

 

 宝玄仙が馬の背で叫んだ。

 次の瞬間、沙那と宝玄仙は馬の背から、孫空女が屍人兵に囲まれている場所に瞬間移動していた。

 ただし、勢いよく移動していた状態で強引に『移動術』を遣ったので、着地時に地面に投げ出されるかたちになった。

 

 沙那は宝玄仙の身体を守りつつ、しっかりと受け身をして、地面を転がった。

 すでに、孫空女を囲んでいる屍人兵の集団の外側にやってきている。

 沙那と宝玄仙は起きあがった。

 一方で、孫空女はすっかりと、屍人兵に身体を包まれてしまっている。

 

「孫女、大丈夫よ──。息をして──息を──」

 

 沙那は力の限り叫んだ。

 孫空女は死んでいないか──?

 まだ、大丈夫か──?

 それだけを思った──。

 

「ぷはああ──。ひ、ひいっ──。も、もうやめてぇ──。の、『伸びろ』──」

 

 孫空女の叫びが屍人の群れの中心で響いた。

 沙那は安心した。

 まだ、生きている──。

 

 安堵のあまりに力が抜けそうになった。

 その孫空女の身体が『如意棒』によって大きく浮きあがった。

 こちら側に倒れてくる。

 

「孫女──」

 

 沙那は落ちてくる孫空女の身体を掴んで一緒に倒れた。

 

「ひいいっ、いやだあっ──。そ、そんなとこに指を突っ込むなあ──。た、助けて──。いやあっ──」

 

 驚いたことに、たくさんの切断された腕が、孫空女の局部や臀部、あるいは乳房などに群がっていた。

 しかも、それらの手は、ずっと孫空女の身体をくすぐり続けていたようだ。

 孫空女の身体には、いまだにたくさんの「手」がしがみついていて、孫空女が真っ赤な顔でのたうっている。

 沙那は、孫空女の身体にくっついていやらしく指を動かし続ける腕をひとつひとつ剥がして捨てる。

 

「孫空女、お前、つくづく、災難を背負い込む女だねえ──。屍人どもにまで乳くられていたのかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 次の瞬間、孫空女に群がっていた屍人の腕が一斉に外れた。

 そして、空中に浮かんで、一瞬だけ炎に包まれてから燃えた。

 宝玄仙の道術のようだ。

 

「さ、災難を背負い込むって……。ご、ご主人様に言われたくないよ──」

 

 孫空女が、荒い息をしながら、『如意棒』を握り直して立ちあがった。孫空女の服はあちこちが破れていて、右の乳房は完全にはみ出ている。

 しかし、孫空女は気にした気配もなく、『如意棒』を屍人兵たちに構えた。

 

「確かにね」

 

 沙那も剣を抜く。

 孫空女とふたりで背に宝玄仙を挟んで、こちらを囲み直してきた屍人兵に武器を向ける。

 

「お前たち、とりあえず、ここはわたしに任せな──。道術が相手ならわたしの出番だ。それに、この土地は本当に大地から霊気が満ち溢れているね。こんなに気持ちよく道術を発揮できるのは初めてだよ──」

 

 背中の宝玄仙が声をあげた。

 その瞬間、強い風のようなものが周囲を吹き飛ばしたと思った。

 三人が立っている周囲一間(約十メートル)の円の範囲内の屍人兵が一瞬で炎に包まれて消滅した。

 

「くっ……。さすがに、屍人の身体を一気に消滅させるなんざ、骨が折れるね……。結界を張るよ」

 

 宝玄仙が疲労に襲われたような声で言った。

 すぐに次の屍人兵が周囲に集まってきたが、その全員がさっき宝玄仙が屍人兵を消滅させた場所で静止した。

 そこでとまったというよりは、そこから先に進めなくなったような感じだ。

 その位置で宝玄仙は結界を張ったのだと思う。

 屍人兵たちが見えない壁に当たって進めなくなったのだ。

 

 しかし、次の瞬間、大きな爆発音に包まれた。

 そして、強い風圧のようなものを感じた。

 沙那は、すぐにはなにが起きたのかわからなかったが、数瞬後には正面に張りついていた屍人兵が同時に爆発したのだと悟った。

 

「くっ……。そんなこともできるのかい……。こりゃあ、いくらなんでも続けては支えられないよ……。屍人兵たちの存在そのものは道術の結界で防御しやすいけど、屍人兵を爆発させたときの爆風は物理的な攻撃だからね。それは別の集中が必要なんだ……」

 

 宝玄仙が舌打ちしながら言った。

 沙那もそれは理解している。

 宝玄仙の結界は絶対的に強い。

 道術攻撃をほぼ完全に防げるだけではなく、結界の内側に誰も入って来れないように封鎖もできるのだ。

 だが、極めて速度があるような爆風、銃弾、矢弾のようなものは宝玄仙の結界でも防ぎにくいのだ。

 そこまでのものは人間の反応速度の限界を超えてしまうので、どうしても、結界をすり抜けやすいらしい。

 

 それでも、宝玄仙は結界で爆風を支え続けてみせた。

 だが、これを続けられると、宝玄仙の精神力が尽きてしまうと思う。

 結界の外側に第二弾の屍人たちが張りつき出した。

 離れたところにいる術者は、これを何度も続けるつもりに違いない。

 

「ご主人様、術者のいるところに『移動術』で跳躍できませんか……?」

 

 沙那は叫んだ。

 

「『移動術』かい……? ここまで近づけば、なんとか、跳躍のための結界を刻むこともできると思うね……。はっきりと見えている場所なら跳躍のための結界を刻むことができるからね。だけど、さすがに防護結界を維持しながら、そんなことはできないよ」

 

「次の爆発を防いだら、結界を解いてください。襲ってくる屍人兵はわたしと孫女で防ぎます」

 

「わかった」

 

 宝玄仙が背後でうなずくのがわかった。

 やがて、第二弾の爆風が起きた。

 さっきよりも、風圧が強い。

 宝玄仙が爆風に耐える力が鈍っているのだろう。

 

 すると、その後ろに待機していた屍人兵が一斉に突進してきた。

 宝玄仙が結界を解いたのだ。

 

 沙那は目の前にやってきた屍人兵の武器を持つ腕を剣で刎ねた。

 だが、腕を飛ばされた屍人兵は、そのまま残った片手で沙那の利き腕を掴んだ。

 それだけじゃなく、切断した武器を持った腕も地面に落ちてから、這うように進んでくる。

 そして、別の屍人兵が畳みかけて襲ってくる。

 

「沙那──。こいつらに刃物は通用しないよ。腕を斬られても、首を斬っても倒れないからね。身体を弾き飛ばすしかない──」

 

 孫空女が叫んだ。

 沙那の掴んでいた屍人兵が、孫空女の『如意棒』で後方に飛んだ。

 

「それにしても、気持ち悪いわねえ、こいつ──」

 

 沙那も新手を蹴り飛ばして身体から離した。

 

「お前たち、いくよ──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 目の前の風景が消滅した。

 

 腹がねじれるような感覚が襲い、新しい景色が現れた。

 目の前に黒いフード付きのマントを被った男がいた。

 突然に出現した沙那たち三人にびっくりしている。

 

「お前が元凶かい──」

 

 服がびりびりに破れて片側の乳房が露出したままの孫空女が『如意棒』を突きだしたのがわかった。

 

「ぐああ──」

 

 術者は呻き声とともに地面に倒れた。

 そこに孫空女が躍りかかる。

 

「観念しな──」

 

 『如意棒』で倒れている男からマントを引き剥がし、さらに、喉に『如意棒』の先端を突きつけた。

 

「なにかしてみな──。霊気のようなものが動いたのがわかったら、その喉を突き破るよ──」

 

 孫空女が叫んだ。

 術者の顔は髪も眉もなく真っ白い肌をしていた。

 老人のようでもあり、青年のようにも見える。

 顔は人間に似ているが、明らかに別の種族だとわかる。額に瘤のような小さな角がある。

 亜人だ──。

 

「観念しな、屍人遣い……。味方まで殺して、なんてことするんだい?」

 

 宝玄仙が男に近づいて、頭に手をかざした。

 

「うおっ──。ま、霊気が──? な、なんだ、お前──。この俺から霊気を取り去ることができるのか──? に、人間族ではないのか──?」

 

 男が驚愕している。

 どうやら、宝玄仙は男の帯びている霊気を一瞬で消滅させたようだ。

 これで男は道術を遣えないはずだ。

 

 孫空女が『如意棒』を引きあげて小さくすると、耳の中に隠した。

 そして、さっき男から剥がしたマントを身体に身に着ける。

 男は倒れていた身体を起こしたが、沙那は抜いている剣を突きつけて、座った状態になったところで、動くのをやめさせた。

 

 沙那はふと、屍人兵たちに視線を動かした。

 術者の操りのなくなった屍人兵はすでに屍体に戻っている。

 こっちに向かうように列をなしていたが、その列の状態で倒れて、ただの屍体に変わっている。

 

「あんたは、玉面という牛魔王の部下ね?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「いかにも玉面だ……。だが、お前たちこそ何者だ? この俺が霊気の小さな人間族の女に道術合戦で敗北するなど……」

 

 玉面が呻くように言った。

 

「屍人を操るくらいの大したことしかできないお前が、ほざくんじゃないよ。わたしは宝玄仙という旅の道術遣いだよ。人間族には違いないがね」

 

 沙那の横で腕組みをして玉面を睨んでいる宝玄仙が言った。

 

「ほ、宝玄仙だと──? あの紅孩児(こうがいじ)様を惨殺した悪女がお前なのか──?」

 

 玉面は目を丸くした。

 

「紅孩児? 誰だい、それ?」

 

 宝玄仙は不機嫌そうに言った。

 沙那は呆れてしまった。。

 九霊聖女によれば、沙那たちが牛魔王の息子の紅孩児を殺したという事実は、この魔域における金角と牛魔王の大戦争の引き金になったほどの大事だったらしい。

 だが、そんなことは、当の宝玄仙は意にも介していない。

 だから忘れるのだ。

 そのことについて、宝玄仙としては別段の悪気はなく、本当に覚えていないだけなのだが、相手は侮辱されたと感じるようだ。

 案の定、玉面はむっとした表情をしている。

 だいたい、紅孩児のことはこのあいだ説明した。

 しかし、もう忘れてしまったようだ。

 

「紅孩児を殺したのはあたしだよ。あたしが夷屠(いど)の中に放り投げてやったんだ。みっともなく牛魔王に助けを求めながら死んでいったよ、あの悪たれはね」

 

 孫空女が言った。

 沙那は宝玄仙に紅孩児事件のことを耳打ちした。

 宝玄仙はそれでもよく思い出せないようだったが、その事件のあとに、宝玉を交えて、みんなで肛門責めの対決をやり合ったと付け加えたら、やっと思い出してくれた。

 これには沙那も苦笑するしかなかった。

 

「赤毛女は、孫空女という名なのか……。そっちのお前は?」

 

 玉面が沙那を見た。

 

「沙那よ」

 

「なるほど、宝玄仙に、孫空女と沙那か……。金角が仕える気になった人間族の魔女が、ついに魔域にやってきたというわけだ。牛魔王様もお喜びになるであろうな……。牛魔王様はお前に復讐をしたくて、人間族の世界にたくさんの密偵をお送りなさっているのだ。それでも、なかなか発見できなかったが、わざわざやって来るとはな」

 

「なにが復讐だい──。それはこっちの台詞だよ。金角と銀角の仇はきっちりと取らしてもらうよ。牛魔王だか、なんだか知らないけど、金角はわたしの“ねこ”だったんだ──。銀角もね」

 

 宝玄仙が口を挟んだ。

 

「き、金角がねこ?」

 

 玉面が少し驚いたような顔になった。

 沙那はややこしくなりそうなので、宝玄仙の前に出るようにして、身体を玉面に正対した。

 そして、一度振り返って、宝玄仙にあることをささやいた。

 宝玄仙はうなずいた。

 改めて玉面に向かう。

 

「……それにしても、随分と無茶な戦いをするじゃないの、玉面? 味方を味方とも思っていないような戦い方だったわよ。手段を選ばないというのが、あんたらのやり方なの? 田楽天に従っていた亜人兵は、この地域一帯の部族の戦士なんでしょう? それを殺して屍人兵にして戦うなんてね」

 

 沙那は玉面に言った。

 

「ふん──。巴山虎(はざんとら)に仕えようと、叛逆しようと、どっちにしても、金角に従って、我らに逆らった部族ではないか。お互いに殺し合って、せいぜい弱くなればいいのだ」

 

 玉面は吐き捨てるように言った。

 

「それがあんたらの本音ということね……。どうやら、あんたは、牛魔王に派遣された巴山虎の助っ人いう感じのようだけど、あんたらの本心は、実際には巴山虎を助けるつもりも、巴山虎に従っている部族を救うつもりはないんでしょう? お互いに共倒れさせて、疲弊したところを改めて征服つもりなんじゃないの? そのために、巴山虎なんて小者を傀儡の魔王にしたんじゃなくて?」

 

 沙那はにっこりと笑った。

 玉面が目を大きく開いた。

 

「ほう……? さすがは、謀術に長けている人間族だな。そんなところまで見抜いたのか? まあ、そういうことだ。だが、これは、俺もおしゃべりも過ぎたな……。俺としては、牛魔王様の探している宝玄仙という人間族の女が魔域にやって来たという情報だけで、十分な牛魔王様への土産ができた。では、そろそろ、引きあげさせてもらおう……。ではな──」

 

 玉面がにやりと微笑んだ。

 なにかを懐から取り出した。

 

「いかん──。道術紙だよ。逃げるつもりだよ──」

 

 宝玄仙が悲鳴のような声をあげた。

 道術紙というのは、あらかじめ規定の霊気を込めて道術を刻んだ紙の霊具であり、これがあれば、霊気がなくても道術が遣える。

 遣い捨てで、もともと、霊気のない人間族が道術を使用するために作られたものだ。

 それで逃げるつもりなのだろう。

 

 しかし、そんなことだろうと思っていた。

 沙那は躊躇せずに、玉面の片側のふくらはぎに剣を突き刺して、地面に串刺しにした。

 いくらなんでも身体の一部をここの地面に繋がれてしまっては、『移動術』の跳躍はできない。

 

「ぐああああ──。な、なにをするかああ──」

 

 玉面が刺された脚を抱えるように絶叫した。

 道術紙が効力を発揮したように感じたが、跳躍はできなかったようだ。

 玉面は同じ場所に留まり、霊気を発散し終った道術紙は灰になって四散した。

 

「孫空女、まだ、なにを隠し持っているかわからないよ。構わないから、素っ裸にしちまいな」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 

「はいはい……。じゃあ、観念しな」

 

 孫空女が渋々という感じで玉面に覆いかぶさって、服を引きはがし始める。

 沙那はとりあえず、剣を脚から抜いた。

 

「な、なにをするか──。や、やめんか──」

 

「うるさいよ──。あたしだって、好きこのんでやってんじゃないさ。お前が悪いんだろう。大人しくしな──」

 

 悲鳴をあげる玉面から孫空女はどんどんを服を剥いでいく。

 さすがの玉面でも、霊気を封じられてしまっては、怪力の孫空女には敵わない。

 あっという間に、玉面は素っ裸になってしまった。

 

「それから、尻の穴も点検するんだ、孫空女。男が身体になにかを隠せるとしたら、そこくらいだろうしね」

 

 ついに泣き声をあげ始めた玉面を見て、宝玄仙が笑いながら言った。

 

「え、ええっ? ね、ねえ……。それはいいんじゃないのかい、ご主人様。霊具を持っているかどうか、ご主人様ならわかるんだろう? こんな男の尻の穴に手を入れるなんて堪忍してよ」

 

 孫空女が赤い顔をして言った。

 本当に嫌そうだ。顔にはたくさんの汗も吹き出してきた。

 

「つべこべ言うんじゃないよ、孫空女。さっさと尻の穴に指を突っ込みな」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 孫空女は、つらそうな表情で、暴れようとする玉面を押さえつけて指を肛門に差し込んだ。

 驚いたのは、本当に油紙に包まれた小さな紙片が肛門から出てきたことだ。

 孫空女が開くと、それも道術紙だった。

 沙那もさすがにびっくりした。

 

「……じゃあ、連行しましょうか……。とにかく、牛魔王が本当は金角域の部族を共倒れさせるために、巴山虎を魔王にしたのだという生き証人ですしね……。ともかく、あんたがおしゃべりで助かったわ、玉面──。もっと、手こずるかと思ったけどね。おかげで面白い記録ができたわ」

 

 沙那は言った。

 

「記録?」

 

 素っ裸の身体を孫空女に押さえつけられている玉面が、きょとんとした表情になった。

 

「これでいいのかい、沙那?」

 

 宝玄仙が懐から小さな球体を出した。

 さっき宝玄仙に頼んだ『映録球』という記録霊具だ。

 これで、牛魔王の旧金角域に対する真の狙いについて語る玉面を記録してもらったのだ。

 これを大量に複製して、精細鬼(せいさいき)伶俐虫(れいりちゅう)に渡して領域内のあちこちに配り回らせるつもりだ。

 この立体映像に接すれば、いまだに日和見を決め込んでいる部族たちも、雪崩を打って巴山虎への叛逆を決意するだろう。

 

「い、いつの間に──」

 

 玉面が蒼い顔になって叫んだ。

 その玉面を孫空女が無理矢理に引き起こす。

 股間を両手で隠している玉面が、孫空女から後ろから小突かれて、本陣の方向に歩かされ始めた。



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768 墜ちた副魔王

「た、頼む、ち、珍棒を舐めさせてくれ──。一生の願いだ──。お、お前の……い、いや……、あ、あなた様の珍棒を……お、お願いだよ──」

 

 巴山虎(はざんとら)が部屋に入って来るなり、銀角が駆け寄ってきて巴山虎の前に跪いた。

 銀角の顔は火のように火照っていて、顔だけでなく全身に信じられないくらいの汗をかいている。

 そして、上衣は左右にはだけて、二つの乳房が完全に露出していた。

 

 おそらく、この数刻、ずっと乳房を揉んで自慰を続けていたに違いない。

 三日前に銀角の股間に媚薬を塗りたくって貞操帯で封印したのだが、いくらなんでも、そのまま放置していては銀角が発狂してしまうのは間違いないので、乳房で昇天できれば、貞操帯が霊気を集めて、しばらくのあいだ、振動により痒みが癒えるように細工をしたのだ。

 それで銀角は昨日から必死になって自分の乳房を揉み続けて絶頂の快感をむさぼっている。

 

 時折様子を見に来るが、最初は乳房だけで絶頂するのは無理だったのだが、媚薬の影響で全身がおかしくなるに従って、乳房でも絶頂ができるようになった。

 だから、銀角はいまでは狂ったように乳房で自慰をする乳人形に成り下がっている。

 あの女将軍の銀角が乳房を自ら乳房を揉み続けて、昇天していく姿はおかしくて仕方がない。

 また、それを巴山虎が躾けてやったのかと思うと、巴山虎の征服欲が途方もなく満たされもする。

 

 そして、銀角が貞操帯の中の股間の痒みを癒す方法は、もうひとつあり、それが巴山虎の性器を舐めることなのだ。

 銀角が巴山虎の性器を舐め始めると、すぐに貞操帯の内側が銀角の痒みを癒すように振動を開始するように細工した。

 もちろん、これはいくら振動しても達することはないのだが、それでも猛烈な掻痒感が消失するのは、なにものにも耐えがたい快感のようであり、巴山虎が部屋にやってくるたびに、銀角は振動が欲しくて巴山虎の性器をしゃぶることをねだるようになった。

 巴山虎は、これをしばらく続けるつもりだ。

 

 そうなれば、巴山虎の珍棒を舐めると、気持ちがよくなるという暗示が強烈に銀角の心に刻み込まれてしまう。

 そのうちに、貞操帯や媚薬がなくても、巴山虎の性器を舐めなければ、快感を味わえなくなると思う。

 そうやって、完全に銀角の心に巴山虎を刻んでしまい、巴山虎のものにしてしまうのだ。

 銀角が巴山虎の下袴に手をかけて、部屋の真ん中で巴山虎の性器を露出させようとした。

 

「駄目だ──。おあずけだ、銀角……。それよりも、練習の成果を見せんか。乳房だけで昇天できるようになれと申し渡していたはずだが」

 

 巴山虎は笑った。

 銀角には『服従の首輪』の力によって、巴山虎の命令には一切逆らえないように命令を与えている。

 巴山虎の言葉で銀角の手は凍りついたようにとまってしまった。

 

「そ、そんな……。ああ、痒い……痒いのだ……。こ、こんなの耐えられない……。た、頼む。霊気を……霊気をおくれ。振動を……。こ、股間を貞操帯で癒してくれ──。お、お願いだよ──」

 

 銀角は顔を左右に振り乱して絶叫した。

 だが、銀角の両手は巴山虎の下袴をさげようとした状態で動かなくなっている。

 

「ははは……。つらいだろうが、これが調教だ。そんなに舐めたければ、舐めさせてやるが、その前に椅子を持って来い。ご主人様がやってきたのに、椅子も出さずに立たせたままでいるとは、妻としては失格だぞ。俺の珍棒を勃たせるのも、その後だ」

 

 巴山虎は下手な駄洒落を口にして笑った。

 銀角はよろよろと立ちあがると、部屋の隅から椅子を抱えて持ってきた。

 金角軍の大将として、金角とともに数万人の金角軍の頂点に立ってきた女だ。

 それを侍女のように扱っていると思うだけで、巴山虎は震えるような感慨に耽りそうだ。

 巴山虎は銀角の持ってきた椅子に座った。

 

「では、まずは乳房を揉んで自慰をしてみろ。俺の目の前に跪いて、乳揉みだけで絶頂するんだ。この時計の砂が落ちきる前にな」

 

 巴山虎は懐から小さな砂時計を取り出すと手摺りの上に置いた。

 銀角がはっとしたように、その砂時計を凝視した。

 そして、慌てたように跪くと、両手で自分の乳房を揉みだした。

 指はしっかりと乳首を挟んでいる。

 かなり荒々しい揉み方だ。

 

「はあ、はあ、はあ……あ、ああ……」

 

 すぐに銀角は荒い息とともに甘い声を出し始めた。

 

「ほう、なかなかに感度のいい乳になったではないか、銀角……。いずれにしても、こういう修業がお前を一人前の淫乱奴隷妻にするのだ。そのうちに俺なしでは生きられない身体にしてやるからな──。いや、もう、そうなっているかもしれないな」

 

 巴山虎は笑った。

 銀角はそんな言葉など、まるで聞こえないかのように一心不乱に乳房を揉み続けている。

 やがて、真っ赤に上気した顔を激しく揺さぶりだした。

 早くも快楽の頂点を極めようとしているようだ。

 

 砂時計はまだ半分も落ちきっていない。

 巴山虎はほくそ笑んだ。

 媚薬の効果は痒みだけではない。

 銀角の身体をこれ以上ないほどの淫情に襲わせてもいる。

 そんな状態であるのに、貞操帯に包まれた股間には刺激を得られず、巴山虎の性器をしゃぶることで痒みはいえても、絶対に絶頂の快感だけは与えられないようにしている。

 そんな銀角がいま絶頂するほどの快楽を得られるのは、乳房だけなのだ。

 この銀角が巴山虎が姿を見せないあいだに、どんなに自分で乳を慰め続けていたのだろうかと想像すると、どうしても笑いが込みあがる。

 

 しばらくすると、銀角は最後の気力を振り絞るように、激しく身悶えを見せだした。

 懸命に首を横に振っているのは、そうやって、首輪や貞操帯に支配されて痴態を演じさせられる恥辱を追い払おうとしているのかもしれない。

 

「うはああっ」

 

 銀角が乳房を鷲づかみしたまま、大きく身体をのけ反らせた。

 そして、全身をぶるぶると震わせる。

 どうやら絶頂したようだ。

 

「はあああ……あああ……き、気持ちいい──」

 

 銀角が吠えるように叫んだ。

 きっと、貞操帯の内側が激しく、銀角の股間を刺激し始めたに違いない。

 すぐに痒みも疼きも復活をするのだが、この一瞬だけは銀角は痒みを忘れることができる。

 痒みがなくなる快感で銀角は痴呆のような表情になった。

 

「舐めろ──」

 

 巴山虎はすかさず性器を露出して銀角の顔の前に示した。

 銀角のあられもない姿を目の当たりにした一物は、すでに勃起している。

 赤黒い巴山虎の怒張を銀角の端正な顔に迫らせた。

 銀角が表情を硬直させたのは一瞬だけだ。

 すぐに、顔を蕩けさせて巴山虎の一物を咥えた。

 性器を口に含んで舌で舐めれば、自動的に貞操帯が股間を苛み、さらに痒みを忘れることができる。

 それを思い出したのだろう。

 

「んんんっ」

 

 巴山虎の股間を舐め始めた銀角は、すぐに声をあげて全身を震わせた。

 早速、貞操帯が振動を始めたのだ。

 

「どうだ、天にも昇る気持ちになったか? こんな快感を与えてくれるのは俺だけだぞ? 俺に一生仕えよ。奴隷嫁としてせいぜい可愛がってやろう」

 

 銀角は返事はしなかった。

 その代わりにさらに熱のこもったような奉仕を始めた。

 銀角がうっとりと顔を崩した気がした。

 この銀角の心を陥落させるには、まだまだ時間がかかるはずだと思ったが、確実に銀角は堕ち始めている。

 こうやって、一心不乱に巴山虎の性器を気持ちよさそうに舐め続ける銀角に接すると、銀角が心の底から巴山虎の奴隷に成り下がるのに、それほどの時間は必要ない気もする。

 

 巴山虎は予告なしに、銀角の口の中に精を放出させた。

 銀角が当惑したような表情をしたが、それでも懸命に精を飲み下している。

 満足した巴山虎は、銀角に舌で性器を掃除させると下袴をあげて性器をしまった。

 

「あっ、ああ……」

 

 再び銀角が腰を揺すり始めた。

 痒みが再発したのだ。

 銀角が苦しそうに呻き出す。

 暴れまわったり、発狂したように叫び声を出さないのは、それだけ銀角の自制心と精神力が強いからだろう。

 あの強い媚薬で三日間も放置されては、大抵の女は狂って使いものにならなくなる。

 しかし、見たところ、銀角はまだまだ耐えられそうだ。

 

「た、頼む──。な、なんでもする……。なんでもするから、この貞操帯を外してくれ──。どんなことでもするから──。お、お願いだ。なにをしたら、この貞操帯を外してくれるのか教えてくれ──」

 

 銀角が血走った眼で訴えた。

 

「それは無理だ──。俺ができるのは、お前の頭が痒みと疼きで狂ってしまわないように、ほんの少しの慰みを与えてやることだけだ。お前の貞操帯を外す鍵は牛魔王様に預けてあるのだ──。牛魔王様の周りには敵が多いしな。それがひと段落すればやってくるはずだ。それまで我慢しろ……。もっと乳を揉め。そうすれば、ほんの少しの時間だけだが、痒みからも疼きからも解放されるぞ」

 

 巴山虎がそう言うと、銀角が泣きそうな顔で乳房を揉みだした。

 もう銀角には、乳揉みをやめることなどできないだろう。

 痒みで狂わされた身体で痒みの消失を代償に強要される乳揉みによる自慰は強い中毒効果を作り出すはずだ。

 およそ、人の自制心では耐えることなどできないと思う。

 現に、いまも、銀角は憎い巴山虎の目の前で、乳揉みをするという醜態を晒すことに抵抗もなくなっているようでもある。

 

「また来る──」

 

 巴山虎は必死で乳を揉んでいる銀角を置いて、部屋の外に向かう扉に向かった。

 そして、そういえば、今日は牛魔王が再びやって来るという三日目だということを思い出した。

 だが、まだ、牛魔王が巴山宮に再訪問するという報せは来ていない。

 

 巴山虎は部屋を出た。

 すると、そこに鉄扇(てつせん)が巴山虎の従者とともに待っていた。

 牛魔王が玉面とともに置いていった軍師のふたりのうちのひとりであり、巴山虎は、一応、この鉄扇を全軍の軍師という位置づけにしていた。

 もうひとりの軍師である玉面(ぎょくめん)は、北進してきた南山軍を迎え撃つ南の境界を守備する田楽天(でんがくてん)のところに赴くために、ここを離れている。

 その南の境界で田楽天が大敗し、玉面が行方不明になったという情報に接したのは昨日のことだ。

 ただ、敗戦は一昨日だ。その報せが届くのに、一日がかかったのだ。

 

「巴山虎様、お話があります」

 

 鉄扇が神妙な表情でそう言った。

 

「どうした? 牛魔王様から再来の報せでも入ったか? 早く軍団を率いて来てくれねば、南山軍を支えきれないかもしれん……。それから、馳走の銀角はすっかり熟れきって、まさにいくらでも料理ができる状態になっておるのだ。それを報せてくれたか?」

 

 巴山虎は言った。

 だが、鉄扇は不機嫌そうに首を横に振った。

 

「牛魔王様は、少なくとも数日は訪れぬでしょう。北の騒乱が思ったよりも片付かずに手が離せぬのですよ。それよりも、お話があります……。こちらへ……」

 

 金角軍を中心として集まった反牛魔王の勢力を相手に大きな戦役を続けてきた牛魔王だったが、三箇月前に金角軍を騙し討ちのようなかたちで破ってからも、まだまだ多忙な戦の日々を送っていた。

 牛魔王に逆らい、一時的とはいえ、牛魔王に敵対した各地の魔王をひとつひとつ潰しているのだ。

 それが続いている。

 

 牛魔王は、魔域の覇王である雷音(らいおん)大魔王の子飼いの部下であり、雷音大王に絶対の忠誠を誓っている。

 牛魔王は、雷音大王や牛魔王に敵対する勢力を完全に潰すことは、雷音大王に与えられた最大の使命だと思い込んでいて、常に軍団を率い、あちこちを転戦している。

 逆に言えば、雷音大王が魔域の覇者と称していられるのは、無敵の牛魔王軍団の存在によるものが大きく、牛魔王の絶対の忠誠がなければ、雷音大王の覇道はありえない。

 なにしろ、雷音大王軍の大部分の勢力は、そのまま牛魔王軍団でもあるからだ。

 

 いずれにしても、鉄扇によると、三日後に再来するということだった牛魔王の訪問は数日遅れるようだ。

 巴山虎ががっかりした。

 

 南の境界における田楽天に与えた二万が破れ、巴山虎の領域を侵攻する南山軍の勢いはかなりのものだ。

 いまは、金剛天(こんごうてん)夜叉天(やしゃてん)の二将に五千ずつの兵を与えて、この中原域の玄関口となる二個の要塞で迎え撃つ態勢を取らせているが、部族長たちの離反も見立ち始め、場合によっては南山軍を支えられない可能性もある。

 巴山虎は、牛魔王にこの窮状に接してもらい、牛魔王軍団の一部でもこちらに回してもらうことを切望していた。

 鉄扇は、巴山虎の従者に部屋の外で待つように告げ、巴山虎だけを空き部屋に導いた。

 

「まだ未確認ですが、どうやら金剛天殿と夜叉天殿の守る要塞は落ちたようです。おそらく、間違いないと思います」

 

 鉄扇がそう言った。

 巴山虎は驚愕した。

 

「な、なにを言っているか──。そんなわけがあるか──。どんなに早くても、南山軍があの二個の要塞に接触したのは今日であるはずだ。まだ、戦いも始まっておらんほどの状況だ。それなのに、要塞が落城したということなどありえんわ──」

 

「ですから、あのふたりは戦わずして下ったのです……。それが明らかになれば、この巴山宮のある国都に集まっている各部族長たちにも動揺が走ります。それで箝口令を布いておりますが、いずれ、あの二将が下ったというのは兵の口の端に乗りましょう……。そうなれば、さらなる離脱者を生むことになるかも……」

 

 鉄扇が渋い表情で言った。

 巴山虎はここまで状況が悪いということに呆然とする思いだった。

 確かに、部族長の離反や叛逆が多くなっていることはわかっていた。

 だが、将軍級の武将が離反するなど……。

 

 部族長が離反して兵が集まりにくくなっていることは確かだった。

 もともと、あの二将には一万ずつの勢力を与えるつもりだったのだ。

 だが、部族長たちが戦士の供出を拒み、それでやっと集まった一万を二分して与えたのだ。

 

 巴山虎としては精一杯の増兵だった。

 それが戦わずして降伏した……。

 

 そうであれば、もはやこの巴山宮自体で籠城するしかない。

 あの勢いであれば、数日中にも南山軍の先遣部隊はここに到達するかもしれない。

 巴山虎は信じられない思いだ。

 南山軍の侵攻が開始したのは、わずか三日前のことだ。

 それなのに、もうこんなに追い詰められている。

 

「だ、だったら、牛魔王様に、一刻も早く、この状況を報せてくれ。牛魔王様は、俺を見捨てぬと約束をしてくれたのだ──。巴山宮まで、急ぎ援軍を率いて来てもらわねば──」

 

「それは望めません。牛魔王様は、いまや三人の他の魔王に対して軍を出しているのです。救援どころか、その三箇所の転戦だけで手一杯の状況です」

 

「そ、それはない──。牛魔王様は約束されたのだぞ。三日前、確かに約束された。銀角を馳走するという話もした。貞操帯の鍵も持っていったのだ」

 

「これですね」

 

 鉄扇は一個の鍵を取り出して示した。

 それは牛魔王が持っていったはずの銀角の貞操帯の鍵だった。

 

「あっ──。な、なんでそれがここに?」

 

 巴山虎は声をあげた。

 

「牛魔王様は、約束が守れぬ予感があったのですね。それで、万が一、三日後に来れない場合は、これを返してくれと俺に託したのです。これはお返しします」

 

 鉄扇が巴山虎に鍵を押しつけた。

 

「そ、そんな……。で、では、本当に牛魔王様は援軍を送らぬのか──? それは信義に反するではないか──」

 

 巴山虎は怒鳴った。

 あのとき、牛魔王は本当に愉しそうに銀角を嗜虐することに悦に入った感じだった。

 だから、銀角を牛魔王に馳走することも躊躇わなかったのだ。

 その証として、銀角の股間を貞操帯で封印して、その封印を開く鍵を牛魔王に渡した。

 それを返されるというのは、巴山虎と牛魔王の仲までが、なかったことにされるような気持ちになった。

 

「信義ですか……。そんなものは、酒席や女席の戯れに吐く言葉ではないですか、巴山虎殿。だいたい、もともとは巴山虎殿自体も、長く牛魔王様に敵対した武将のひとりなのですよ。与えられた地領くらいは、自分のお才覚で治めるくらいでないと、牛魔王様も救援に値するとお認めにはならぬでしょう」

 

 鉄扇は冷たく言った。

 

「そ、そんな──。この状況で俺だけで対処するなど……。ど、どうすればいいのだ?」

 

「起死回生の一手があります」

 

「起死回生の一手だと?」

 

「南山軍を迎え撃つ総大将を銀角とするのです。さすれば、雪崩を打ちかけていた部族長の離反も止まり、銀角のもとに軍が集まります。すでに内応して南山軍に従った部族たちも、こちらに戻ってくるかもしれません。なにしろ、銀角は、金角の妹なのですから……」

 

「ぎ、銀角を? 馬鹿な──」

 

 巴山虎は呆気にとられた。

 

「お考えを……。それであれば、少なくとも、それで互角以上の戦いになって、南山軍の侵攻を支えることができるでしょう。所詮は遠征軍──。いつまでも戦い続けることは難しい。その状態になれば、牛魔王様も援軍を差しだす隙を見つけることもできます」

 

「だ、だが、銀角は俺の奴隷にするために調教をしている最中だぞ──。そ、それに再び軍を与えて、しかも、南山軍を迎え撃たせるだと? そんなことは考えられん」

 

 巴山虎は怒鳴りあげた。

 

「だったら、そのまま巴山虎殿は滅びるだけです……。それに、あの首輪はどんなことでも従わせることができるでしょう? 軍を率いて、南山軍を撃破せよと命じれば済むことではないですか」

 

 しかし、鉄扇は無表情のまま、巴山虎に言った。



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769 虜囚魔族の反撃

「食事です、玉面(ぎょくめん)さん」

 

 玉面は牢の中で顔をあげた。

 鉄格子の向こうに、いつもの宝玄仙と素蛾がやってきていた。

 ずっと檻車で輸送されていた玉面だったが、いまはこうやって、ある要塞の地下牢に監禁され直されている。

 どうやらふたりきりのようだ。

 素蛾が盆に載せた食事を両手で抱えている。

 

 飢えさせるつもりだけはないのか、移動中であっても、日に二度欠かさず食事は運ばれてくる。

 その代わりに衣類は与えられることはなく、いまだにずっと素裸のままだ。

 

 二日前に戦場で南山軍に捕えられた玉面は、両手に道術封じの効果のある手錠をかけられたまま、急ごしらえの檻車に監禁されて、南山軍とともに移動してきた。

 玉面を乗せた檻車は、南山軍のうち司令部にあたる隊と一緒に護送されたと思う。

 ただ、玉面が監禁されていた檻車の四方は窓のない壁だったので、外の景色は隠されていた。

 それでも天井部分には、鉄格子付きの大きな明かり取りがあり、外の音や声は聞くことができた。

 

 それで玉面は、田楽天(でんがくてん)軍を破ってすぐに北進した南山軍が、この要塞のある隘路にさしかかり、そして、この隘路の出入口にあたるふたつの要塞を守っていた夜叉天(やしゃてん)金剛天(こんごうてん)の二将が戦わずして降伏したことを知った。

 

 夜叉天と金剛天は、巴山虎の子飼いの部下のふたりであり、玉面が見たところ、大部隊の指揮ができる数少ない男たちだった。

 このふたりが寝返ったということは、もう巴山虎軍には人はいないはずだ。

 また、このふたりすらも、戦わずして寝返ったということで、巴山虎に見切りをつけて、次々にこの領域の部族長たちが南山軍に下るかもしれない。

 

 玉面は寝ころんでいた身体を起こして、鉄格子越しにふたりに近づいた。

 ここが投降した夜叉天と金剛天の守っていた隘路沿いの要塞のうち北側の要塞であることは間違いない。

 ここは、その地下室だ。

 

 南の境界で田楽天軍を破った南山軍が進んだ進行方向には、狭い山間隘路の両端を塞ぐかたちで、ここを含む二個の要塞が待ち受けていたはずだった。

 そのふたつを呆気なく確保した南山軍は、とりあえず巴山宮に近い北側の要塞に入って、さらに北に向かう態勢を整えようとしているのだと思う。

 この隘路から先は、旧金角域の中心部となる巴山宮までただ平原が続くだけだ。

 

 電撃のように進攻してきた南山軍がここまで進攻して停止したのは、裏切りと離反が続いている巴山虎軍から、さらに投降が増えるのを待っているのだと思う。

 巴山虎に見切りをつけた各部族が南山軍に集まっているということは、宝玄仙が愉快そうに語っていた。

 

 玉面と鉄扇(てつせん)のふたりが、牛魔王に命じられているのは、できるだけ旧金角域の部族長たちを互いに戦わせて、この領域の力を根絶やしにすることだった。

 巴山虎など敗北しようが、生き残ろうがどうでもいいのだが、このまま大きな戦いが起きることなく巴山虎が敗れてしまうということは避けたい。

 

 鉄扇とは、こういう状況になったら、巴山虎が監禁して嗜虐している銀角を軍将として戦に出すことを話していた。

 銀角が南山軍の迎撃隊長ということになれば、南山軍の北侵はいささか複雑な状況に陥る。

 いまは、金角を裏切った巴山虎への復讐と、捕らわれている銀角の救出という大義名分によって、旧金角域の多くの部族長は雪崩を打って南山軍に集まっている状況であるらしいが、その南山軍への迎撃に、当の銀角が将軍となって立てば、南山軍の立場はかなり滑稽なものになる。

 

 南山軍は単なる侵略軍ということにもなり、もう一度部族長たちは銀角のもとに集まり直すことも考えられる。

 銀角は、『服従の首輪』という支配霊具で巴山虎が支配しているので、軍を与えても銀角がこちらに逆らうことはありえない。

 また、『服従の首輪』ほどの支配霊具は玉面も接したことはないくらいであり、そんな究極の操り具など誰も想像できないはずだ。

 だから、銀角が操られて南山軍の迎撃軍を率いていることは誰にもわからないと思う。

 

 いずれにしても、玉面としては、早くこの囚われから脱走したい。

 しかし、道術封じの手錠をつけられているうえに、この牢自体にも霊気が集まるのを防止する仕掛けをされているようだ。

 二重、三重の逃走防止の処置によって、それはなかなか難しいことだった。

 だが、ついに千載一遇の機会がやってきた。

 

「では、いつものように鉄格子から性器を出してください。食事の上に精をかけたら、盆を取ってもいいです」

 

 素蛾が鉄格子の下にある小さな隙間から食事を載せた盆を半分だけ差し込んだ。

 玉面は食事がある鉄格子の上から性器を外に出した。

 これから手錠をした両手で、自慰をして食事に自分の精をかけるのだ。

 素蛾の隣にいる宝玄仙という性悪魔女が、悪ふざけの思い付きで、ずっと玉面に強いている嫌がらせだ。

 そうやって、この人間族の魔女は、玉面自身の精のかかった食事を毎食食わせるのだ。

 

「えっ、ええ──? な、なにをするって──?」

 

 だが、宝玄仙が驚いたような声をあげた。

 玉面は顔をあげた。

 

「ご、ご主人様、い、いつもの儀式ですよ。ご主人様がやらせているやつです」

 

 なぜか、素蛾が慌てたように言った。

 

「そ、そうだったわね。じゃあ、やりな──」

 

 宝玄仙が焦ったような表情になり腕組みをした。

 

 なんなんだろう?

 まあいい……。

 

 とにかく耐えるのだ。

 こんな恥辱ももう少しの辛抱だ……。

 

「では、お願いします。もしも、勃起させるのが大変なようであれば、わたくしがお手伝いいたします」

 

 素蛾が言った。

 この宝玄仙の女奴隷の童女は、特殊な唾液の持ち主であり、この童女に舐められると、その部位が強烈な媚薬を塗られたのと同じようになるのだ。

 もう何度も、宝玄仙にけしかけられた素蛾に、玉面の一物を舐められたので、玉面も素蛾の唾液の怖さはよく認識している。

 また、素蛾の唾液は塗るだけでなく、飲んでも怖ろしい媚薬になって身体の火照りが収まらなくなる。

 この童女の唾液の洗礼は、もう繰り返し味わわされた。

 

「な、ならば、頼む……。どうしても、勃ちそうにない……」

 

 玉面はできるだけ弱々しい口調で言った。

 自分で素蛾の唾液を求めるのは初めてだ。

 いままでは、いつも宝玄仙が玉面をいたぶるために強引に素蛾にやらせたのだ。

 しかし、玉面には狙いがあった。

 

「わ、わかりました……。で、では……」

 

 素蛾が鉄格子から突き出している玉面の怒張に顔を近づけるためにしゃがみ込んだ。

 

「きゃあああ──」

 

 次の瞬間、素蛾が悲鳴をあげた。

 鉄格子の外に腕を伸ばした玉面が、素蛾の髪を掴んでこちら側に思い切り引っ張ったのだ。

 

「お、お前、なにするんだい──」

 

 少し離れていた宝玄仙が叫んだ。

 これは賭けだった。

 もしも、咄嗟に起きた玉面の抵抗に対して、宝玄仙が離れたまま道術を玉面に注げば、玉面には抵抗のしようもない。

 あるいは、声をあげて、どこかに待機させられているかもしれない衛兵を呼ばれても終わりだ。

 

 だが、動転した宝玄仙が素蛾の髪から玉面の手を離させようとして、思わず、近づいたならば……。

 しかし、その可能性は十分にある……。

 この二日で宝玄仙という女の性質は十分に理解した。

 あまり思慮深い女ではない。

 むしろ、浅慮で軽はずみだ。

 それに、この牢に掛かっている霊気発散の効果は、閉じ込められている玉面だけではなく、外にいる宝玄仙たちにも及ぼすと思う。

 霊気が発散する牢の中の玉面には、道術をかけるのは難しいはずだ。

 

「い、痛いです──痛い──。や、やめてください──」

 

 ぐいぐいと鉄格子に顔を引っ張られている素蛾が悲鳴をあげた。

 いい悲鳴だ……。

 素蛾を守りたいと思った宝玄仙が、うっかりと玉面の腕に手を伸ばしてしまう可能性は十分にある……。

 

「お前、素蛾を離しな──」

 

 案の定、怒った宝玄仙は、素蛾の髪を掴んでいる玉面の手に腕を伸ばした。

 

 しめた──。

 

 玉面は素蛾の髪を握っている手を離して、宝玄仙の手首を握り直した。

 

「なっ?」

 

 宝玄仙が驚いている。

 しかし、玉面は手首にしっかりと装着しているように見せかけていた道術封じの枷を自分の腕から外すと、その宝玄仙の手首にがちゃりとかけた。

 

「こ、これは道術封じの手錠──? な、なんで、これが外れているんだい──?」

 

 宝玄仙が大きな声をあげた。

 構わず、玉面は宝玄仙の反対の手首も掴んで、鉄格子のこちら側に引っ張って反対の枷をかけてしまう。

 宝玄仙は鉄格子を通して、両手に道術封じの手錠をかけられてしまったということだ。

 玉面は鉄格子から離れられなくなった宝玄仙の腰から鍵束を奪った。

 

「素蛾、動くな──。逃げると、この宝玄仙の眼の玉に針金を突き刺すぞ──」

 

「ひいいっ」

 

 宝玄仙が悲鳴をあげた。

 玉面の手には小さな針金が隠されていたのだ。

 鉄格子の向こうの宝玄仙の前髪を掴んで引き寄せ、針金の先を宝玄仙の眼の近くに突き出した。

 

「に、逃げません──。ご、ご主人様を傷つけないで──」

 

 素蛾が叫んだ。

 玉面はにやりと笑った。

 

「腹這いになれ──」

 

 玉面は言った。

 素蛾は素直に床に腹這いになって手足を伸ばした。

 玉面はそれを確認すると、宝玄仙の髪を離して、まずは鍵束で鉄格子を開けて牢の外に出た。

 次に素蛾を促して牢に入らせ、鍵を閉めてしまう。

 

「お、お前、どうやって……?」

 

 鉄格子に両手を拘束されている宝玄仙が懸命に手錠を揺すりながら言った。

 だが、無駄なことだ。

 さっきまでは、しっかりと装着せずに、ただ玉面の手首に巻いていただけだが、今度はしっかりと錠をかけた。

 道術封じでもあるので、道術も遣えなくなっているはずだ。

 宝玄仙には、もうどうしようもないと思う。

 

「素っ裸にして身体検査までしても無駄だったな。針金は踵の皮膚の下に差し込んで隠してあったのだ……。次からは皮膚の下もしっかりと点検するんだな……。それと腹の中もな……」

 

 玉面は指を喉に入れて、飲み込んで胃に隠していた油紙の包みを身体の外に出した。

 道術封じの鍵を外した方法は別に大したことではない。

 玉面は踵に小さな針金を突き刺して隠しており、それを使って鍵を開けたのだ。

 だから、道術封じの枷などいつでも外すことはできた。

 しかし、いままでは軍に囲まれた檻車だったので、逃亡は自制していただけだ。

 

 どうやら、外に看守もいない要塞の地下のようだ。

 だから、玉面は行動を起こすことにした。

 玉面は後ろから宝玄仙の首を腕で締めると、鉄格子に顔を押しつけさせた。

 

「うぐっ──。な、なにすんだい──? は、離せ──。離すんだよ──、くっ、い、痛い……」

 

 鉄格子にぐいぐい顔を押されている宝玄仙が苦しそうに呻いた。

 

「ぎょ、玉面さん──や、やめてください──」

 

 牢の中の素蛾が悲鳴をあげた。

 

「素蛾、ご主人様を殺したくなければ、お前の唾液をこいつに飲ませるんだ……。たっぷりとな。さもなければ、このまま首の骨をへし折るぞ」

 

 玉面は腕に力を入れながら言った。

 

「うぐっ……。お、お前……な、なに……する……つもり……」

 

「うるせい、宝玄仙──。さんざん、俺のことを虚仮にしやがって──。このまま牛魔王様のところに連れ帰ったんじゃあ、俺の腹の虫が収まらねえんだよ──。逃げる前に、ここで仕返しをさせてもらうぜ──」

 

 玉面は怒鳴りあげた。

 そして、宝玄仙の首に巻いている腕ではない側の手で、後ろから宝玄仙の下袍の下に手を入れて、下着を膝までおろした。

 そのまま、下着に足をかけて足首までおろして抜き去る。

 

「な、なに……してんだい……お前──」

 

 宝玄仙が暴れそうになった。

 だが、首を絞める腕に力を入れてやると、宝玄仙は大人しくなった。

 

「こらっ、素蛾、早くしろ──。本当に殺すぞ」

 

「は、はい……。し、失礼します、ご主人様……」

 

 素蛾が鉄格子越しに、宝玄仙と唇を合わせた。

 

「いいというまで飲ませ続けろ……。宝玄仙、たっぷりと飲め……。お前が俺に加えた屈辱を思い知れ」

 

 玉面はさらに腕に力を入れる。

 もう宝玄仙は抵抗しない。

 ただ、呻くだけだ。

 そして、素蛾の口から注がれる唾液を飲み下し続けている。

 

「んん……んああ……んはあっ……」

 

 すると、だんだんと宝玄仙が身体を悶えさせだした。

 素蛾の唾液の媚薬が早くも効果を示しだしたのだ。

 背後から絞めている腕を通して、宝玄仙の身体が熱を帯び始めたのを感じたし、じっとりと汗をかき出したのもわかった。

 

「もういいぞ、素蛾」

 

 玉面は素蛾に宝玄仙に唾液を飲ませる行為をやめさせると、宝玄仙の下袍をまくり上げて股間に指を伸ばした。

 

「はああ──」

 

 宝玄仙がびくりと身体を跳ねあげて、背を反らせた。

 股間はすでにたっぷりと濡れていた。

 

 やはり、怖ろしい媚薬だ……。

 玉面はほくそ笑むと、宝玄仙の両脚を大きく開かせて、前屈みの姿勢にさせた。

 そして、指で股間をいじり始める。

 

「な、なにを……はあ……や……いや……ああっ……はあっ……」

 

 たちまちに宝玄仙の口から荒い息と甘い声が漏れ始める。

 

「これなら、前戯もなにもいらねえな……」

 

 玉面はすでにそそり勃っている一物を尻たぶの下から股間に向かって伸ばす。

 

「うっ」

 

 硬い怒張が火のように熱くなった女陰を貫き始めると、宝玄仙は電撃でも浴びたように大きくうなじをあげた。

 

「ざまあみろ、宝玄仙──。思い知ったか──。どうせ、お前も、牛魔王様の慰み者になって性拷問の日々を送るんだろう──。これは、その前渡しだ──」

 

 玉面は、さらに腰を押し出して、ついに深々と一物を宝玄仙の女陰に突き挿した。

 宝玄仙が苦悩の呻きを出して、身体を悶えさせる。

 

「そんなに嫌がることはないだろうが、宝玄仙──。男を苛めるのはなかなかのものだったが、男に犯されるのは嫌いなのか?」

 

 玉面は笑った。

 こうなれば、もうこっちのものだ。

 玉面は余裕たっぷりに反復運動を繰り返した。

 

「嗜虐する者と被虐する者の立場が逆転する──。世にこれほどの愉しいものはないな、宝玄仙……。牛魔王様のところにお前を連れて行けば、俺も出世するだけでなく、褒美を与えられるだろう……。俺はお前の調教係に加えてもらうことを願うことにするよ……。牛魔王様は、自分に逆らった者はすぐには殺さない。たっぷりと嗜虐して後悔させてから殺すのだ……」

 

 玉面は宝玄仙を背後から責めながら言った。

 宝玄仙は鉄格子に拘束された身体を揺すりながら、黒髪を左右に振って歯噛みしている。

 しかし、その一方で、素蛾の媚薬と玉面の責めに、早くも身体を蕩けそうになったのか、大きな悦楽の反応も示しだした。

 玉面は宝玄仙の感じる場所を探して怒張を突き挿すとともに、速度をあげたり、緩めたりして宝玄仙を揺さぶり抜く。

 宝玄仙がついに陥落の気配を示してきた。

 女っぽく身体をくねらせるとともに、女の悦びを甘い悶えで表しだす。

 

「ああ、ああああ──」

 

 ついに、宝玄仙が悦びの声を張りあげた。

 

「遠慮はいらんぞ、宝玄仙──。たっぷりと女の快感に浸るがいい──」

 

 玉面は嘲笑いながら、一層激しく宝玄仙を責めたてた。

 もう宝玄仙はすっかりと頭から足の先まで快感で痺れきっている感じだ。

 こんなにも、呆気なく快感に襲われるのは、素蛾の唾液によるものが大きいだろう。

 玉面は、宝玄仙だけでなく、この不思議な童女も連れ帰りたいという誘惑にかられた。

 だが、胃の中に隠していた道術紙の霊気では、玉面のほかにもうひとりを連れ帰るのが限界だ。玉面は諦めた。

 

「うはああっ──」

 

 宝玄仙が大きく呻いて、玉面を深く受け入れている腰を激しく痙攣させた。

 達したようだ。

 玉面は、復讐を果たした大きな満足感とともに、宝玄仙の膣に精を放出させた。

 精の放出を感じた宝玄仙が今度は屈辱に震えだした。

 

「さあ、そろそろ逃げねばな──。では、宝玄仙、出発するぞ」

 

 精を完全に放ち終わった玉面は、宝玄仙の腰から怒張を抜いた。

 そして、部屋を見渡して、古ぼけた毛布があるのを見つけ裸体に巻きつける。

 次いで、油紙に包んだ道術紙を開いた。

 

 この道術紙は、到着地を巴山宮とする『移動術』を刻んでいる。

 鍵は外してあったものの、道術封じをずっと手首に乗せていたし、霊気が拡散されてしまう牢に入れられていたので、まだ玉面の身体には霊気が復活していない。

 しかし、この道術紙さえあれば、とりあえず、巴山宮には逃げられる。

 そこで、牛魔王と連絡をして宝玄仙を捕えたことを報せるつもりだ。

 牛魔王は狂喜するに違いない。

 すぐに、宝玄仙の身柄は、牛魔王のもとに送ることになるだろう。

 

 それからは、当初の予定通りに、巴山虎と金角軍の残党を共倒れにさせるという、そもそもの任務に戻ることになるはずだ。

 予定と異なるのは、共倒れの対象に南山軍が加わることになるだけだ。

 鉄扇と相談しながら、銀角を総大将とする迎撃軍と南山軍にぶつけることで、両者を激しく戦わせる算段をしようと思う。

 そして、旧金角域の部族たちに加えて、南山軍も疲弊したところで、牛魔王軍団が乗り込む。

 おそらく、熟れた果実が樹木から落ちるように、旧金角域も南山域についても、牛魔王軍団のものになる。

 玉面は床に落としていた針金を取った。

 

「はあ、はあ、はあ……ちょ、ちょっと待ちな……。お、お前、もしかしたら、……わ、わたしを……どこかに……連れていこうと……し、しているのかい?」

 

 まだ素蛾の唾液による媚薬の影響が消えないのだろう。

 宝玄仙は充血した顔で苦しそうに息をしながら言った。

 

「当たり前だろう。お前のことは、牛魔王様が必死になって探しておられるのだ」

 

「ま、待ちな──。はあ、はあ……ど、どこに……連れていく……つもり……なんだい……?」

 

 この糞生意気な人間族の魔女がやっと焦った声を出した。

 玉面はこの女に対する溜飲が一気にさがる気がした。

 鍵穴に針金を差し込んで器用に宝玄仙の片手から枷を外すと、鉄格子から宝玄仙を離して、すぐに手錠を装着し直す。

 

「し、質問に答えないか──。ど、どこに……連れて行こうと……しているのかと……た。訊ねて……いるだろう──」

 

 道術封じの手錠を装着されたまま引っ張られる宝玄仙が懸命の声で怒鳴った。

 

「まずは、巴山宮だな──」

 

 玉面はそれだけを言った。

 宝玄仙の脚はふらついており、ちょっと引っ張っただけで、ほとんど抵抗なく玉面についてきた。

 道術紙を床に落として、宝玄仙を拘束している手錠を掴んだまま踏みつける。

 その瞬間、身体が跳躍する感覚が玉面を襲った。



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770 裏切り者の遊戯

「馬鹿は行ったね……」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そのようですね……」

 

 沙那は、隠れていた廊下から牢のある地下室に宝玄仙と孫空女とともに入った。

 鍵束を取り出して、まずは牢の中から素蛾を外に出す。

 

「申し訳ありません、沙那様……。朱姫姉さんに唾液を飲ませてしまいました」

 

 素蛾が意気消沈した様子で言った。

 

「まあ、それくらい仕方がないわ。まさか、脱出の前に悠々と女を犯してから去るなんて計算できなかったもの。朱姫には悪かったけどね……」

 

 沙那は言った。

 玉面(ぎょくめん)に仕掛けた罠は、概ねうまくいった。

 牢に監禁していた玉面が、なにかをまだ隠していることには薄々気がついていた。

 だから、それを逆手にとって、わざと逃亡させたのだ。

 

 玉面は、自分に装着されていた道術封じの手錠を、宝玄仙だと思い込んだ朱姫に装着して道術を封じた気になったらしいが、あれは、玉面の道術だけを封じるように宝玄仙に特殊な調整をしてもらったものだ。

 ほかの者が装着されても道術が封じられることはない。

 

 脱走の隙を作ってやれば、玉面が脱走することはわかっていたし、もしも、そのときに宝玄仙を捕える手段があれば、十中八九、宝玄仙も連れて行くと思った。

 それで、朱姫に宝玄仙に変身させて、意図的に朱姫を巴山虎のいる宮殿に連れて行くように仕向けたのだ。

 連れて行かれる前に、こちらに『移動術』の結界を残しておけば、朱姫は向こう側で『移動術』の出口の結界を刻むことで、ここと銀角が捕らわれている宮殿を繋ぐことができる。

 そこから全員で乗り込んで銀角を救出する手筈だ。

 

 沙那は、宝玄仙の姿だった朱姫が犯されていた場所の床を見た。

 そこには、しっかりと、朱姫の『影手』の黒い手の影が残っている。

 朱姫が霊気の繋がりを残していったという証拠だ。

 あとは、朱姫が向こう側で『移動術』の結界を刻むのを待つだけだ。

 

 すでに、沙那も孫空女も宝玄仙も突入の支度は整えている。

 念のために、この襲撃計画は、九霊聖女(くれいせいじょ)だけしか打ち明けていない。

 ほかの者に告げることで、思わぬところで向こうに情報が漏れてしまう可能性を消したかったのだ。

 

「だけど、おかげで突入は少し遅れると思うよ。素蛾の唾液は、最近、ますます強烈になってきたからね。このわたしでさえ、直接に飲まされると、意識を集中することができなくなって、しばらく道術を刻めなくなるんだ。朱姫が向こう側で『移動術』の出口を刻むのは、少しばかり後になるだろうね」

 

 宝玄仙が言った。

 沙那は驚いた。

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 沙那の計画では、向こう側に到着した途端に朱姫が『移動術』の出口を刻み、そのまま侵入する予定だった。

 だから、こうやって三人で待っているのだ。

 そう言われてみると、いまだに朱姫の刻む結界が繋がった様子がない。

 

「そうだよ──。素蛾の唾液は、いくらか時間がすぎれば効果も消えるけど、それまでは駄目だね。朱姫の身体の火照りが収まるのを待つしかないだろうよ」

 

 宝玄仙が肩を竦めた。

 

「そ、そんな……」

 

 沙那はちょっと心配になった。

 玉面は、宝玄仙の身柄を最終的には牛魔王のところまで連れて行くつもりだろう。

 巴山虎(はざんとら)のいる金角宮の状況は、投降した夜叉天(やしゃてん)金剛天(こんごうてん)からの情報でわかっているが、牛魔王の居城についてはまったく不明だ。

 そんなところまで連れて行かれると面倒だ。

 しかし、朱姫が移動術の結界を刻むのが遅れれば、その前に牛魔王のところに連行される可能性も出てくる。

 

「まあ、朱姫のことだから、それでもなんとかすると思うけどね──。思惑と違って、ちょっとばかり朱姫が危うい目になったことについては、後で沙那が埋め合わせをしてあげればいいさ」

 

 横で孫空女が気楽そうに言った。

 

「な、なんで、わたしがあいつに埋め合わせなんて──。な、なんてこと言うのよ、孫女──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「そりゃいいね。しっかりと埋め合わせしな、沙那」

 

 宝玄仙も横で笑っている。

 

「じょ、冗談じゃないですよ、ご主人様──。だいたい、わたしのせいじゃないですよ。玉面があんな仕返しをしようとしたのは、ご主人様のせいじゃないですか──。それにしても、毎回、さっきみたいに、食事に自分の精をかけさせるような嫌がらせをしていたんですか──?」

 

「まあ、面白いからね」

 

 宝玄仙は悪びれもせずに笑った。

 

「あ、あのう……。それもわたくしが悪いんです……。わ、わたくしにできることはないでしょうか……。朱姫姉さんが心配なんです」

 

 ずっと黙っていた素蛾が言った。

 

「少なくとも、素蛾が悪くないことだけは確かさ……。素蛾はここで待って、作戦がうまくいくようにお祈りをしててよ……。とにかく、あたしらも結界が繋がるまでできることはないよね。じゃあ、ここで待ってようか」

 

 孫空女が朱姫が残した影手と置き去られた下着の前に胡坐をかいて座り込んだ。

 

 

 *

 

 

 風景が一変した。

 変身霊具の力で宝玄仙に変身している朱姫が、玉面に連れられてやってきたのは、小奇麗な部屋の一室だった。

 寝台があり、卓があり、書棚もあった。

 玉面は朱姫を寝台に強引に座らせると、どこからか持ち出してきた長めの縄を首輪のように首に結んだ。

 そして、その縄で両方の二の腕を胴体に緊縛してから、さらに前手錠の鎖に縄をかけて、その縄尻を寝台の脚に結んだ。

 

「ちょっと待ってろ、宝玄仙……。すぐに、お前を牛魔王様のところに、連行してやるからな」

 

 玉面は、朱姫をそうやって寝台に結びつけてから、部屋の隅に向かい、棚から服を取り出して着始めた。

 どうやら、ここは玉面自身の居室のようだ。

 巴山宮に行くと言っていたから、ここは金角宮と呼ばれていた宮殿なのだと思う。

 その宮殿内の玉面に与えられていた居室に跳躍してきたのだろう。

 

「あ……はあ……はあ……」

 

 朱姫は懸命に息を整えようとした。

 かなりの大量の素蛾の唾液を飲み込まされてしまった。

 あの唾液は本当に強烈な媚薬だ。

 いまだに身体が火照り、全身の疼きが収まらない。

 

 それはいいのだが、どうしても道術を刻むほどの精神集中ができない。

 玉面に宮殿に連れ込まれたらすぐに、こちら側に『移動術』の結界を刻んで、さっきまでいた要塞に刻んできた結界と結び、宝玄仙たちをここに呼び込む手筈になっていた。

 そして、銀角を救出して、あわよくば、そのまま巴山虎を殺すか、捕えるかして、この宮殿を制圧してしまう作戦だ。

 それで、本来お互いに金角の部下だった者同士が無駄な戦いはしなくて済む。

 それが沙那の策だったのだ。

 しかし、このままでは、その『移動術』の結界を刻めない。

 朱姫は焦っていた。

 

「さて、捕らわれ者になった気分はどうだ、宝玄仙?」

 

 すっかりと服を着替えた玉面が寝台に縄尻を括りつけている朱姫のところに寄ってきた。

 そして、後ろから宝玄仙に変身している朱姫を抱きすくめ、服の上から腰のあたりや乳房の上を触りだす。

 

「あ、ああ……だ、だめ……」

 

 媚薬に蕩けている朱姫の身体は、それだけで淫欲に押し流されそうになる。

 朱姫は懸命に肩をくねらせて、玉面の卑猥な手を避けようとした。

 そもそも、男なんかに触られるのは怖気が走るのだ。

 それなのに、身体がかっと熱くなるものだから、朱姫は頭がおかしくなりそうだ。

 

「ははは、そんなに欲しそうにされると、もっと苛めたくなるな。もう一度、ここでやるか、宝玄仙?」

 

 玉面は下袍の中に手を入れて、秘肉を指でまさぐってきた。下着はさっき脱がされたままだったので、下袍の下にはなにもはいていない。

 

「うっ、ううう……」

 

 朱姫は喘いだ。

 素蛾の唾液の媚薬によって、股間に触れられると、すさまじい快感に疼いてしまう。

 

「くっ……。い、いや……だ……」

 

 朱姫は懸命に縄掛けされた身体をくねらせた。

 すると、指が亀裂から動いて尻たぶに移動した。

 そして、お尻の中に指をぐっと挿入された。

 

「はふううう──」

 

 朱姫は飛びあがりそうになった。

 弱点の肛門に指を入れられてしまい、激しい快感が全身を貫いたのだ。

 

「ひいいいい──」

 

「おっ? すごい反応だな? お尻が弱いのか? これか? これがいいのか?」

 

「いやあ──いや──いやだよ──や、やめて……ふうううう──」

 

 面白がった玉面が執拗に肛門に挿入した指を動かしてくる。

 火のような恥辱と快感があいまって、朱姫の身体はこれ以上ないほど熱くなる。

 

「いやあ……いや……いやあ──」

 

 大した愛撫ではないが、もう淫情が暴発しそうだ。

 このままでは……。

 朱姫は焦った。

 とにかく、全身の疼きをとめなければ、いつまで経っても道術を刻めない。

 

「ぎ、銀角に会わせて──。こ、ここに……いるんだろう──? お、お願いだよ。わたしを……ど、どこかに連れて行くなら……、そ、その前に、ぎ、銀角に……」

 

 朱姫は、宝玄仙の口調で大きく喘ぎながら声をあげた。

 

「ぎ、銀角だと?」

 

 玉面が指を動かすのをやめて、やっと朱姫のお尻の穴から抜いた。

 朱姫はほっとした。

 

「そ、そう……だよ……。ぎ、銀角は……わ、わたしの……ねこ……だ、だったんだ……。あ、会わせてくれたら……濃厚な……女と女の……愛し合いを見せて……やるよ……」

 

 とにかく朱姫は言った。

 なんでもいい。

 どんな手段を使ってもいいから、時間を稼ぎさえすればいいのだ。

 そして、朱姫の言葉に玉面が爆笑した。

 

「そ、それはいい──。ははは──。巴山虎殿も鉄扇も面白がるだろう──。そうか……。お前ら女同士の……。そういえば、金角にしても、銀角にしても、男の影があるというのは耳にしたことがなかったな。なるほど、女同士が趣味だったのか──。よしよし、わかった。連れて行ってやろう──。いずれにしても、俺だけじゃ、お前を牛魔王様のところまで転送できないしな」

 

 玉面が朱姫の首を腕にかけている縄尻を寝台の脚から外した。

 

「ついてこい──」

 

 玉面が縄を引っ張って歩き始めた。

 廊下に出た。

 玉面に縄を引っ張られてしばらく歩くと、赤ら顔の亜人が前からやってきた。

 玉面と宝玄仙に変身している朱姫を見てびっくりした表情になった。

 

「玉面──? どうしてここに──? それに、この女はなんだ──?」

 

 その男は叫んだ。

 

「おう、鉄扇──。南山軍に捕えられていたのだが、やっとさっき隠し持っていた道術紙で脱走してきたところだ。とにかく、巴山虎殿のところに報告をする──。それと、この女は土産だ。驚くなよ。こいつは、牛魔王様がお探しになっていた人間族の女の宝玄仙だ。南山軍を率いていたのは、この宝玄仙だったのだ。逃亡の駄賃にさらってきたというわけだ」

 

 玉面が笑いながら言った。

 鉄扇という亜人は目を丸くした。

 

「ほ、本当か──? と、とにかく、牛魔王様に報せなければ……」

 

 鉄扇はじろじろと朱姫の身体を眺めた。

 

「ぎ、銀角に……」

 

 朱姫は大きく息を吐きながら言った。

 

「わかっている……。だが、その前にこの女を銀角のところに連れていくぞ、鉄扇。濃厚な女同士の絡みを見せてくれるそうだ。お前も見たくはないか──?」

 

 玉面が言った。

 

「女同士? お前も好きだなあ……。俺は興味はないが……。まあ、いずれにしても、確かに巴山虎殿には報告はせんとな。銀角は巴山虎殿と一緒だ。明日には銀角が軍を率いて宮殿を出ることになったのだが、それまで抱き納めをしたいとか称してな……。まあ一応は、いま俺たちは巴山虎殿に仕えているということになっているのだからな。無視して、先に牛魔王様に報告してはおかしくなるか……。じゃあ、一緒に行こう」

 

 鉄扇がうなずいた。

 そのまま、再び、廊下を進まされる。

 やがて、衛兵の守っている渡り廊下をすぎた。

 渡り廊下を抜けると、別の建物に通じていた。

 雰囲気から、さっきまでが政事をする正殿だとすれば、こちら側は魔王の生活空間である内宮という感じだ。

 さらに廊下を進むと、堅牢そうな扉の前にやってきた。

 部屋の前には、護衛を兼ねた従者らしき数名の亜人兵がいる。

 

「巴山虎殿に取り次いでくれ。玉面が戻ってきたとな──。そして、宝玄仙を捕えてきたとも言うんだ」

 

 鉄扇が従者に告げると、従者が伝声の霊具でそれを部屋の中に伝えた。

 すぐに、入っていいという返事が戻ってきた。

 朱姫の縄尻は、そこにいた従兵に預けられて、玉面と鉄扇だけが部屋に入っていった。

 しばらく待たされたが、やがて玉面と鉄扇が戻ってきた。

 玉面が朱姫を従兵から受け取る。

 

「じゃあ、俺はとりあえず、道術通信で牛魔王様に報告してくる」

 

「ああ、頼むぜ」

 

 鉄扇はどこかに去っていった。

 朱姫は玉面に引っ張られて、部屋の中に入った。

 

「ああ、ああっ、あああっ──ゆ、許して──も、もう許して──あはああ──」

 

 部屋に入ると、激しい女の声が響き渡っていた。

 朱姫はぎょっとした。



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771 金角城への突入

 朱姫はぎょっとした。

 部屋の真ん中にある寝台に素裸の銀角が四肢を寝台の四隅に繋げられて喘いでいたのだ。

 そして、全身は真っ赤に充血してして汗びっしょりだった。

 その理由は股間に挿入されたふたつの張形の淫具だ。

 銀角の女陰と肛門には、男根を模した張形が深々と突き挿っていて、それが激しく振動しながらうねっていた。

 

 どれくらい長い時間そうやって放置されているか知らないが、銀角の大きく開いた股間からは夥しい愛液が流れていて寝台の敷布をびしょびしょに濡らしている。

 しかも、銀角はもう朦朧としているようであり、宝玄仙の姿でやってきた朱姫にまったく反応を示さない。

 寝台の横には、裸に丈の長い部屋着一枚だけを身に着けていると思われる男が座っていた。

 

 巴山虎(はざんとら)だ──。

 この男は、以前に金角と銀角が宝玄仙を捕えるために西方諸国までやってきたとき、銀角の下で軍を率いていた男だ。

 だから面識がある。

 

「おう、宝玄仙ではないか……。久しぶりだな。こんなかたちで再会するとはな……」

 

「は、巴山虎、裏切者──。よ、よくもおめおめと生きているね……。し、しかも、銀角はお前の上司だった女だろう……。そ、それを──」

 

 朱姫は宝玄仙の声色で言った。

 いずれにしても、かなり身体の火照りも落ち着いてきた。

 なんとか道術を刻むだけの集中はできそうな気がする。

 

「お前は知らなかっただろうが、俺は銀角に恋焦がれていたのだ。この女を手に入れるためなら、裏切者の汚名などなんでもない──。おい、銀角、懐かしい顔がやってきたぞ。宝玄仙だ──。お前たちが女主人だと認めた宝玄仙がやってきたぞ」

 

 巴山虎が大きく上下している銀角の乳房を鷲づかみして叫んだ。

 

「ほ、ほう……げん……せん──? あああっ、ああっ、ああああ──」

 

 銀角が少しだけ顔をあげて、やっと朱姫に視線を向けた。

 だが、すぐにそれは喘ぎ声に飲み込まれてしまった。

 

「ぎ、銀角──」

 

 朱姫は玉面から縄尻を振りほどくと、銀角に駆け寄った。

 

「銀角、しっかりして──」

 

 朱姫は銀角の顔の上に覆いかぶさるようにして叫んだ。

 

「はあ、はあ、はあ……はああ──ほ、ほうげん……あっ、ああっう、せん……。ど、どうして……ここに……ああっ、ああああ──も、もう許して──とめて、淫具を……とめて──あふううう──」

 

 銀角は叫んだ。

 これはあまりにも反応が激しすぎる。

 おそらく、媚薬を塗られるか、飲まされるかされているのだろう。

 それでこの反応なのだと思う……。

 朱姫は巴山虎を睨んだ。

 

「こ、これはなにをさせているのよ、巴山虎──? ぎ、銀角はもうこれ以上は耐えられないわよ──。淫具を抜いてやってよ。いつから、こうやっているのよ──?」

 

「そう言うな、宝玄仙……。銀角は、明日には俺から離れて、南山軍の迎撃隊長として出陣するのでな。俺から離れても、俺から与えられる快感については、忘れられなくなるように調教によって、身体に刻み込んでいるのだ」

 

 巴山虎が得意気に笑った。

 

「と、ともかく、とめなさいよ、巴山虎──。これじゃあ、話もできないわよ──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 

「そうだな──。玉面殿の話によれば、牛魔王様のところにお前が送られる前に、銀角との濃厚な百合の性愛を見せてくれるのだったな──。よし、銀角、百回絶頂の調教はいったん中止だ──。この宝玄仙と乳繰り合え──。それから再開だ」

 

 巴山虎が笑った。

 すると、やっと銀角の股間でうねっていた淫具が静止した。

 銀角が脱力する。

 

「さあ、じゃあ、やってみろ、宝玄仙──」

 

 玉面が朱姫の背後から腕を伸ばした。

 朱姫がはいている下袍を引き下ろし、縄掛けされている上衣を左右に開いて乳房を剥き出しにした。

 朱姫は抵抗しなかった。

 身体は銀角の顔の上から覆いかぶさったままだ。

 

「ほ、宝玄仙様……。な、なぜ、ここに……? き、金角姉さんは……こ、殺されて……。そ、それに、それに……。あ、あれから、いろいろなことが……。本当に……いろいろ……」

 

 銀角が荒い息をしながら、つっと涙をこぼした。

 朱姫は顔を銀角の顔に伸ばして、舌で銀角の涙を舐めた。

 

「泣かないで、銀角……。あとでいっぱい可愛がってあげるからね。あたしは、銀角と遊ぶために、ここにやってきたのよ……。ご主人様も沙那姉さんも孫姉さんも元気よ……。素蛾っていう新しい仲間もいるよ。すぐに呼ぶわね……」

 

 朱姫はささやいた。

 銀角の目が大きく見開いた。

 

「お、お前……、もしかして、朱姫?」

 

 銀角が声をあげた。

 朱姫はにっこりと銀角に微笑みかけた。

 そのときには、朱姫はすでに部屋の中に『移動術』の結界を刻み終わっている。

 朱姫は顔をあげて、巴山虎たちに正対した。

 

「お礼をしないとね、玉面──。わざわざ、巴山虎と銀角がいるところまで連れてきてくれてありがとう──。ご主人様たちも手間がはぶけて喜ぶわ──。ここは巴山虎と銀角がいる部屋です。外には衛兵がいますが、部屋の中には、ほかには玉面しかいません」

 

 朱姫は言った。

 言葉の最後は『移動術』の結界の向こうで待っている宝玄仙たちに道術で伝えたものだ。

 巴山虎たちが呆気にとられている。

 

 だが、すぐに部屋の中で霊気が動いていることに気がついたようだ。

 玉面が懐に入れていたらしい小刀を取り出した。

 

 しかし、もう遅い──。

 朱姫が作った『移動術』の結界から孫空女が『如意棒』を持って飛び出してきた。

 続いて沙那。最後に宝玄仙が出現する。

 

「う、うわっ、なんでだ──?」

 

 あっという間に孫空女に小刀を弾き飛ばされて、玉面は部屋の床に叩きのめされた。

 沙那が、呆然としている巴山虎を突き飛ばし、銀角に駆け寄って淫具を抜くとともに、拘束されている手首と足首の縄を剣で切断する。

 

「お、お前たち──?」

 

 やっと巴山虎が口を開いた。

 

「観念しな、お前ら──。さあ、どう料理してやろうかね……。とりあえず、部屋は封鎖してやったよ。助けがやって来ることはないよ。存分にやりな」

 

 宝玄仙が巴山虎と玉面に手をかざしながら笑った。

 ふたりが道術を遣えないように、霊気を封印してしまったようだ。

 同時に部屋に結界が張られたのもわかった。

 

「ほ、宝玄仙様……。そ、そして、みんな……?」

 

 沙那に助け起こされている銀角が、喜色を顔に浮かべた。

 

「ほ、宝玄仙がふたり──? どちらかが、偽者か──?」

 

 巴山虎が叫んだ。

 

「お手柄だよ、朱姫──。一番いいところに結界を繋いでくれたよ」

 

 孫空女が笑いながら、縛られている朱姫の縄を解いてくれた。

 宝玄仙も朱姫の手首に手を伸ばす。

 手錠が音を立てて床に落ちた。

 拘束するものがなくなった朱姫は、変身を解いて元の姿に戻った。

 

「ち、畜生──。ぎ、銀角、抵抗しろ──。こいつらから俺を守るのだ──。命令だ──」

 

 そのとき、巴山虎が叫んだ。

 朱姫はやっと、銀角の首にあるのが、ただの首輪でないことに気がついた。

 

「くっ──。や、やめてくれ──。そ、そんな──。た、助けて──。あ、あたいは、この巴山虎に逆らえないんだ。あ、あたいから逃げてくれ……」

 

 銀角が沙那を突き飛ばした。

 そして、床に落ちていた玉面の持っていた小刀を取って、巴山虎を守るように、その前に立った。

 すると横で宝玄仙が大きく嘆息した。

 

「これは……。また『服従の首輪』かい……。あのお宝という馬鹿女は、一体全体、何個わたしの霊具を作って、他人に渡しているんだい……」

 

 宝玄仙が手を伸ばした。

 銀角の首輪が呆気なく外れて床に落ちた。

 

「うわっ──? な、なんで首輪が──?」

 

 声をあげたのは巴山虎だ。

 

「なんでじゃないよ──。この首輪はもともと、わたしのものなんだよ。御影という女男のところにいるわたしの偽者が作りまくっては、あちこちに配っているだけだ。わたしの霊具なんだから、わたしが外せるのは当たり前だろう」

 

 宝玄仙が呆れたような声をあげた。

 朱姫は素裸で立っている銀角が、ぶるぶると震えていることに気がついた。

 そして、くるりと振り返ると、いきなり玉面の喉を小刀で掻き斬った。

 玉面は空気が抜けたような声をあげて、その場で絶命した。

 

「ひいいい──」

 

 その横で巴山虎が泣き声をあげた。

 身体には玉面の首から噴きあがっている血を浴びている。

 

「お、お前はすぐには殺してやらないよ、巴山虎──。よ、よくも……、よくも……、あたいを……。それに金角姉さんを……」

 

 銀角が巴山虎を蹴りあげた。

 巴山虎が悲鳴をあげて床に倒れた。

 銀角は巴山虎から部屋着を剥ぎ取って素裸にした。

 そして、倒れている巴山虎に銀角が馬乗りになった。

 

「ひぎゃあああああ──」

 

 次の瞬間、すさまじい巴山虎の絶叫がした。

 鬼のような形相をした銀角の手には、切断した巴山虎の男根が握られていた。

 

「縄を貸しておくれ。朱姫──」

 

 銀角は朱姫を拘束していた縄を受け取ると、暴れまわる巴山虎の身体を踏みつけながら縄の片側を右の足首に結んだ。

 そして、反対の縄尻を窓の横の金具に結びつける。

 次に、沙那から剣を借りて、巴山虎の手首を両方切断してしまった。

 

「うぎゃあああ」

 

 巴山虎がけたたましい声をあげた。

 その巴山虎を銀角が髪を掴んで、強引に窓際まで引っ張っていった。

 

「頭が下にあれば、死ぬまでに時間がかかるだろうさ……。たっぷりと悔いながら死ぬといいよ」

 

 銀角は血だらけの巴山虎の身体を窓の外に放り投げた。

 ここは五階くらいだろう。

 朱姫は窓に駆け寄った。

 一階と二階のあいだくらいで巴山虎の身体が逆さ吊りでぶら下がっている。

 悲鳴なようなものをあげているが、それは力のないものだ。

 

「相変わらず、激しいねえ、銀角」

 

 宝玄仙が呆れ顔をしている。

 

「こ、こんなんじゃあ足りないくらいですよ……。で、でも、どうして、みんなが、ここに……?」

 

 やっと我に返ったような銀角が振り返って言った。

 

「話は後だよ。それよりも、お前に訊ねたいことがあるんだ。金角が殺されたとき、あいつは首にわたしが渡した小さな袋をかけていたはずなんだ。わたしと別れるとき、そうしていたからね。お前、それがどこにあるか知らないかい?」

 

 宝玄仙の言葉に、銀角は慌てたように部屋の隅に寄っていった。

 そして、小さな宝石箱から首飾りになっている袋を持ってきた。

 

「こ、これは金角姉さんが、牛魔王から殺される直前に、あたいに託したもので……。でも、どうしても開かなくって……」

 

 銀角が宝玄仙に渡しながら言った。

 しかし、袋を受け取った宝玄仙は、それを無造作に開いた。

 銀角はびっくりしている。

 袋の中から出てきたのは、金色の小さな玉だ。

 

「そ、それは道術石──? そ、そんなものが中に──?」

 

 銀角が声をあげた。

 

「そうだ、銀角──。このわたしが厳重に封印するとともに、中に入っているものが誰にもわからないように細工をしていたからわからなかっただろうけど、これは道術石だ──。別名、魂の欠片さ……。これは管理の難しい魂の欠片を保管できるように、わたしが作った入れ物なんだよ。おそらく、こんなものを作れるのは、この世でわたしくらいのものさ」

 

 宝玄仙がにやりと微笑んだ。

 

「ね、ねえ、ご主人様……。もしかしたら、それは金角の……?」

 

 沙那が言った。

 

「そういうことさ、沙那──。わたしは金角の魂の欠片を作って、金角自身に渡していたのさ──。まさか、役に立つとは思わなかったけどね……」

 

「そ、そういうことは……つ、つまり、金角姉さんは……」

 

 銀角が目を丸くしている。

 

「ああ……。生き返るさ。これさえあれば、金角は復活できる。よかったよ。これが取りあげられてなくてね……」

 

 宝玄仙が笑った。

 しかし、その顔がすぐに曇った。

 

「どうしたのさ、ご主人様?」

 

 孫空女が横から口を挟んだ。

 だが、宝玄仙は首を傾げている。

 

「……これは……。これじゃあ、金角は復活できない……」

 

 宝玄仙がやがて呟いた。

 

「ふ、復活できないって、どういうことですか、宝玄仙様──?」

 

 銀角が叫んだ。

 

「復活できないというよりは、金角は死んでいないようだよ……。まだ生きている──。本当の魂が死んでいないのに、欠片側で金角を復活することなんてできないよ」

 

 宝玄仙は眉間に皺を寄せている。

 

「死んでない──?」

 

 銀角が大きな声をあげた。

 

 

 *

 

 

「宝玄仙が……?」

 

 牛魔王は言った。

 「平定(へいてい)城」と呼んでいる牛魔王の居城だ。

 雷音(らいおん)大魔王のために、その覇道に逆らう者を滅ぼして、魔域を平定する。

 それが牛魔王の役割と自負しているから、牛魔王は自分の居城をそう呼ばせていた。

 牛魔王は、そこで戻ってきた鉄扇の報告を受けていた。

 

 その内容は、牛魔王としては、はだはだ不満足な内容だった。

 金角の代わりに魔王にしてやった巴山虎は殺され、旧金角領の部族長たちが、救出された銀角に服従を誓うことによって再びまとまり、南山軍の北進から始まった旧金角域における騒乱は終わった……。

 

 つまりは、旧金角の領域に残っている各部族たちを激しく戦わせて、疲弊したところを改めて平定するつもりだった牛魔王の思惑は失敗に終わったということだ。

 北進した南山軍も、金角宮と名を戻した宮殿に集結して、軍の再編成が行われているようだ。

 その南山軍を連れてきたのは、なんとあの宝玄仙という人間族の魔女らしい。

 息子の紅孩児(こうがいじ)を殺し、復讐のために牛魔王が血眼になって探していた女だ。

 それが九霊聖女(くれいせいじょ)に封印された南山大王を復活させ、その九霊聖女までも支配において、南山軍を編成して巴山虎を攻めたのだ。

 今回のことを改めて調査をさせて、やっとそれがわかった。

 

 いずれにしても、巴山虎は呆気なく銀角に殺され、牛魔王が置いていった玉面も死んでいる。

 この鉄扇だけは、混乱した宮殿から逃亡することに成功して、こうやって報告のための戻ってきたらしい。

 

「確かに間違いないのだな、鉄扇──。銀角を救出するためにやってきたのは、宝玄仙だったのだな? そして、その宝玄仙は、いまは、金角の居城だった宮殿に、銀角とともにいるのだな?」

 

「間違いございません。確かです──」

 

 鉄扇は玉座に座る牛魔王の前に跪いたまま言った。

 

「わかった──。それだけ確認できれば、もう用はない──」

 

 牛魔王は道術を放った。

 呻き声さえ発することなく、鉄扇の首から上が胴体から離れて血が噴き出した。

 

「この能無しの屍体を片づけろ──」

 

 牛魔王は吐き捨てた。

 衛兵たちがさっと駆け寄って、鉄扇の死骸を運び出し始める。

 しかし、もう牛魔王の関心は鉄扇から消えた。

 牛魔王は、横に立っている宰相に視線を向けた。

 

「いま各地で戦っている将軍たちの全員に伝えよ。それぞれの判断で、和睦を結んで戦いをやめよと──。わしに逆らった魔王たちの命はとらん。領域も安堵してやる。その条件で結んでいい。その代わり、各軍団を青竜(せいりゅう)山の南側に集結させよ。そう伝えるのだ──。牛魔王の全軍団を集めよ。ただちにだ──」

 

「はっ」

 

 宰相がすぐに立ち去った。

 青竜山というのは、旧金角域に近い牛魔王の直轄域の南側にある要害だ。

 侵攻してきた金角軍を罠にかけたのも、その青竜山にある要塞だった。

 

 牛魔王は玉座の横の杖立てに差してある杖を手に取った。杖といっても、大きな棍棒くらいの太さがある。

 その杖の先端についている首に向かって牛魔王は話しかけた。

 

「金角、聞いたであろう? お前の女主人が銀角を救出してしまったらしいぞ。まあいい……。少しだけの猶予だ。そのうちに、銀角も、その宝玄仙という名の女も、お前と同じように首だけの姿にして、この杖に取りつけてやろう。一本の杖にお前たち三人の首が装着されるということだ。そのときは首だけになった三人で昔話でもして懐かしむといい……。愉しみだな……」

 

 牛魔王は笑った。

 杖の先端に生首だけが装着されている金角の顔が不敵な表情になった。

 

「宝玄仙を殺せるわけがないわ……。あの女の道術はすさまじいのよ。手を出して痛い目に遭うのはお前よ、牛魔王……」

 

 首だけの金角が言った。

 

「そうか? よう言うたわ。その減らず口の褒美に、今日もお前の頭に幻術を送り込んで苦しめてやるぞ……。そうだな……。今日は淫虫にしてやろう。お前の身体を数万匹の淫虫がたかって喰らうのだ。淫虫は獲物を口にするとき、その獲物に快感を呼び起こす媚薬を注いで全身を麻痺させながら、身体を食らうからな。せいぜい、淫らに悶えながら身体を食らってもらうがいい……。淫虫に身体を食い尽くされては復活し、復活してはまた喰らわれる。それを果てしなく繰り返すといいぞ……」

 

 牛魔王が言うと、杖の根元の金角の顔が引きつった。

 そして、すぐに苦しそうに顔をしかめた。

 金角の身体も淫虫も実在していないが、実際に身体があるのと同じような感覚を金角の頭に送り込むのだ

 存在しないのだから、なにをどうしても、金角は身体を蝕まれる苦しみから逃れられない。

 そうやって、この三箇月、首だけになった金角を拷問し続けている。

 

「はあ、はあ、はあ……あああっ、や、やめて、やめて、やめて……あああ──」

 

 さっそく淫虫に全身を苛まれながら食べられる幻に接した金角が大きな声でよがり声を出し始めた。

 牛魔王は、その金角の苦悶の顔に大きな満足を覚えた。

 

 

 

 

(第117話『旧金角域の奪回』終わり、第118話に続く)



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 第118話 三つの予言と意外な来訪者【蘭玉(らんぎょく)
772 東からやってきた予言女




 “道は難儀(なんぎ)にして苦難に限りなし
  幾山河(いくさんが)を越えゆくほどに、山中に災難増す
  古き友は石を投じ、古き恋人は(あだ)をなす
 
  骨は折れ、顔は潰れ、四肢は千切(ちぎ)れて
  獣同然の姿となって卑しき者の(ちく)になる
  さらに、偉大な邪鬼(じゃき)の憎しみを買うだろう
 
  三人の供が身を守るが
  裏切らぬと信じた者の裏切りで
  全員が卑怯な敵の虜となる

  だが、三個の宝がひとつになるとき
  万の苦痛が消滅し
  お前は、束の間の幸福を支配する”

                 《お蘭の予言》

 *




 旅の魔女は瞑想に耽るような仕草をやめて、にっこりと微笑んだ。

 笑うととても可愛らしい表情になった。

 

「それが宝玄仙殿のことを予言したものなのですか?」

 

 釘鈀(ていは)は訊ねた。

 ここは皇帝として謁見をする宮殿ではなく、以前から使っていた釘鈀の個人的な屋敷だった。

 皇帝に即位をして、なにかと不自由になったが、かつての自由さを得たいときには、こうやって屋敷に戻って気さくに人に会ったり、ひとりきりでいるという自由な時間をすごしている。

 帝都を訪れてきた彼女を宮殿ではなく、ここで面談することにしたのは、是非ともふたりきりで話をしてみたいと思ったからだ。

 

 もっとも、ふたりきりといっても、ふたりが座る向かい合う椅子の横には、護衛を兼ねた侍女役として陳嬌(ちんきょう)が立っている。

 陳嬌は得体の知れない道術遣いの女と皇帝となった釘鈀が護衛もなしに会うことなど大反対したが結局は受け入れた。

 それが陳嬌が同席するという条件だったのだ。

 

 しかし、会ってみて釘鈀自身もそうだが、陳嬌も彼女が危険な人間ではないことはすぐにわかったようだ。

 穏やかそうであるし、敵意がないことは明らかだ。

 また、この部屋にはあらゆる道術を封じる結界が張っているが、その必要もなかったような感じだ。

 霊気のほかにも、彼女が武器となるような寸鉄も帯びていないことは、すでにいくつかの手段によって確認している。

 まあ、武器を隠し持っていたとしても、陳嬌どころか釘鈀でもそれを防げるだろう。

 彼女がなんの武芸のたしなみも持っていないことは、身のこなしから明らかだ。

 

「そうです。数年前にわたし自身が姉に教えたものです。わたしは西に向かう旅をとめたのですが、それでも、姉は思い留まりませんでした。姉は殺人を犯して逃亡していたのです。姉を二年間凌辱し続けた男たちが三人いたのです。姉はその者たちに復讐を果したのですが、その者たちは東帝国の重鎮だったのです。それで逃げざるを得なかったのです」

 

「重鎮にしろ、なんにしろ、宝玄仙殿を二年間も虐げられるとは信じられませんね。彼女はとてつもない力でしたよ。強い霊気を持つ大勢の亜人をたったひとりで無力化したのです。俺も助けられたのですがね……。彼女の力を封じるなど、たとえ東帝国の皇帝自身であったとしても、それが可能とは思いません」

 

 釘鈀はきっぱりと言った。

 

「死んだ闘勝仙は、東帝国の歴史でもっとも力の強い道術遣いだと称されていました。ただ、性格は最悪でした。自分に逆らう者を虐げて蔑むのが大好きだったのです……。姉はああいう性格ですから、その闘勝仙に目をつけられたのです……。それに姉は美人ですし」

 

「そうですか……。宝玄仙殿を上回る道術遣いが……。さすがに道術帝国と呼ばれる東帝国ですね……。いずれにしても、宝玄仙殿は俺の恩人です。宝玄仙殿がいなければ、もしかしたら、俺は亜人に支配される人形に成り果てていたか、幽閉されて虜囚の身、あるいは処刑されて死んでいたかもしれません。彼女は我が帝国の危機を救っただけではなく、俺自身も助けてくれたのです」

 

 すると、彼女がけらけらと笑い出した。

 

「姉が誰かの役に立つなど珍しいこともあるのですね……。わたしの知っている姉は、我が儘で、冷酷で、とんでもない嗜虐癖です。長い旅をして性格が変わったのかしら?」

 

 今度は釘鈀が笑い出す番だった。

 

「我が儘で、冷酷で、嗜虐癖なのは確かですね……。この陳嬌なども彼女の洗礼を帯びた者のひとりです」

 

 すると、客の女が陳嬌を見てくすりと笑った。

 陳嬌が困った表情になった。

 

「なるほど……。姉のことですから、容赦のない仕打ちをしたのでしょうね。姉は、あなたのように自立した強い女を嗜虐するのが大好きなんです……。あれは病気ですね……。とにかく、姉になり代わってお詫びします……。申し訳ありませんでした」

 

 彼女が静かに頭をさげた。

 

「あっ……。い、いえ……」

 

 柄にもなく、気遅れしたような陳嬌の姿に、釘鈀は横で小さく笑ってしまった。

 

「いずれにしても、あなたのご依頼については、できる限りのことをさせてもらいます……。しかしながら、宝玄仙殿はすでに魔域……、あなたたちが西域と呼んでいる地域に行ってしまいました。しかも、強大な力を持った魔王と一触即発の状態にあるそうです。魔域で大きな戦をしようとしているのですよ……。彼女たちの状況については俺自身も危惧しているところです……」

 

「まあ……」

 

「しなしながら、その戦いにはこの西方帝国からも軍を出しているので、あなたを宝玄仙殿のところに送り届けるのは難しいことではありません……。でも、魔域は危険なところですよ、蘭玉殿」

 

「できれば、ただ“お蘭”と呼び捨てしていただけませんか、皇帝陛下。わたしは、そう呼ばれるのが好きなんです……。それと、危険は承知です。でも、わたしはどうしても、お宝姉さんに会わなければならないのです。とても大事な話があるのです」

 

 お蘭こと、蘭玉が真剣な表情になった。

 姉妹だというが、このお蘭と宝玄仙はほとんど似ていない。

 同じように美女だが、宝玄仙が神々しいほどの美貌だとすれば、お蘭はどちらかといえば可愛らしいという感じだ。

 そして、性格も違うようだ。

 

「わかりました。でも、お蘭、あなたを宝玄仙殿のところに送り届ける代わりに、俺の願い事をかなえてくれませんか?」

 

 釘鈀は言った。

 

「願い事?」

 

「俺について予言をして欲しいのですよ。俺も皇帝になったからには……」

 

「生涯の伴侶ですか?」

 

 すると、お蘭がくすくすと笑った。

 訊ねたいと思ったことを見抜かれたことに、釘鈀は少し驚いた。

 

「よ、よく、俺が考えていることがわかりましたね……。もしかして、それも……」

 

「もちろん、不思議な力で心を読んだのではありません。わたしに予言の力があると知ると、かなりの人が占い替わりに、将来について質問をしてきます。陛下に限らず、独身の男性の一番多い質問がそれなのですよ」

 

 お蘭は言った。

 図星を突かれて、釘鈀は顔が赤らみそうだった。

 

「もちろん、占いはさせていただきます。でも、理解していただきたいのですが、予言と占いは違います……。わたしにとって、予言とは内から湧き出す言葉の泉のようなものです。わたし自身、どうして、そんな言葉が口から現れるのかわからないのです……。それに比べて、将来を知ろうと思ってやる占いは、当たることもありますが、間違っていることもあります。所詮は占いなどそんなものなのです。それでもよろしければ、わたしが見えたものをお教えしますが?」

 

 お蘭が微笑んだ。

 

「構いません……。では、お願いします」

 

 釘鈀は言った。

 すると、お蘭は目の前にはない球体のようなものに手をかざして覗き込むような仕草になった。

 

「……陛下の横には、背の低い女性が見えます……。女性というよりは子供ですね……。どういうことでしょうか……? 歳を取らぬ者……。もっとも素朴で純粋なもの……? ううん……。わたしが感じたのはそんなものです。いずれにしても、近い将来ではないように思います」

 

 お蘭は顔をあげて言った。

 だが、釘鈀はびっくりしてしまった。

 お蘭がいま言及した人物は、宝玄仙の連れていた素蛾という童女のことのように思ったのだ。

 宝玄仙は素蛾のことを奴隷だとうそぶいていたが、実際には天神国という国から家出をした王女だったのだ。

 それは少し調査をしただけですぐにわかった。

 釘鈀は、その事実を知ってから、いずれ皇后を迎えるとすれば、素蛾のことを考えていた。

 

 あの歳でありながら、亜人の襲撃を前にして釘鈀を庇った行動力、決断力、そして、優しさ……。

 恋多き生活を送っていた釘鈀にとっても、素蛾のような女には会ったことがない。

 王族であれば、身分としても申し分はないし、西方帝国の釘鈀の申し出であれば、天神国の王も后も不満はないはずだ。

 自分があんな童女に心を奪われたことは、釘鈀自身驚きだったが、実際、あの事件以来、素蛾が救出されたということは承知しているものの、一度も会っていない。

 釘鈀の心は落ち着かぬ状態にずっと陥ったままだった。

 しかし、釘鈀が素蛾のことを真剣に考えているということは、そこにいる陳嬌でさえも知らないことだ。

 だから、お蘭が素蛾のことを仄めかすような「占い」をしたことに少し驚いたのだ。

 

「あなたはもしかして、素蛾殿のことをご存知でしたか?」

 

 釘鈀は思わず言った。

 

「素蛾殿?」

 

 お蘭は首を傾げた。

 どうやら、やはり知らないようだ。

 

「いや、宝玄仙殿の四人目の供に、あなたがさっき口にした相手とぴったりの童女がいるのですよ」

 

 釘鈀は苦笑した。

 

「四人目? お宝姉さんには四人目の供がいるのですか?」

 

 すると、なぜかお蘭が少しだけ驚いた表情になった。



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773 金鳳妃の予言と大魔王



 “三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。
  それまでの支配者は倒され、
  ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。”

           (金鳳妃・金翅(きんし)の予言)


 *




 あくび混じりの声で雷音(らいおん)大王が言った。

 

美小淋(びしょうりん)、お前はひょっとして、金凰(きんおう)という名の女の噂を耳にしてはらおぬか? 宰相のお前であれば、余の知らぬこともたくさん存じておろう」

 

 毎朝の日課である定例報告のときだった。

 朝といっても、宮殿の外の陽は中天に差し掛かり始めている。

 だが、日中のほとんどを後宮において、大勢の美女たちとすごす雷音大王には、陽の動きなど関係ない。

 また、雷音大王に仕える文官、武官が集まる朝儀にも大王は出席せず、女宰相の美小淋がすべてを受けて主要なものをまとめて報告する。

 そういうことになっているので、どうしても、この時間になってしまうのだ。

 

 報告の場所は後宮だ。

 そういうやり方にしたのは、美小淋が雷音大王に仕える女宰相になってからだ。

 女好きで政事に興味のない雷音は、政務を任せてずっと後宮にいてもいいという話に喜んで応諾した。

 それ以来、雷音大王が正殿に現れることは滅多になくなり、誰がどんな内容の要件があっても、美小淋を通じてしか雷音大王に話をすることができなくなった。

 なにしろ、男である者は雷音大王の後宮には入ることはできない。

 主要な部下の中で唯一の女である美小淋だけが、後宮からほとんど出てこない雷音大王に面会できるのだ。

 

 自然と美小淋の権力は巨大なものになる。

 いまや、この雷音院における美小淋の権力は、本当の主人である雷音大王にでさえも凌ぐとも思っている。

 美小淋は、この地位を雷音大王と直々に話をできるという立場を独占することで手に入れたのだ。

 

 もっとも、例外はある。

 人間族として初めて雷音大王の近習の部下となった御影(みかげ)だ。

 御影は、自ら「魂の欠片」と、さらに大きな力をもつ魂の欠片を道術石として提供することにより、雷音大王のお気に入りの部下という立場を手に入れた。

 そして、あるとき、女人国という人間族の国から大勢の美女奴隷を後宮に納めることで、唯一の例外として後宮への出入りを認められているのだ。

 つまり、雷音大王に日常的に会うことができる美小淋以外の人物が御影ということということだ。

 

 御影が「小宰相」と呼ばれ始めたのも、それが理由だ。

 まあ、美小淋としても、別段、御影と雷音大王との権力を争うつもりはない。

 あの男とはしっかりと共存している。

 表向きにも、裏でもだ。

 ふたりの思惑が離れたものになることはないのだ。

 

「どのような噂でありましょう? わたしは、その金凰をいう女のことを知っているべきなのでございますか?」

 

 美小淋はとぼけた。

 

「いや、そういうことではない。昨夜、抱いた側女がそのようなことを口にしたのだ。予言をする女ということらしい。だが、その女はもう生きてはいないのだそうだ」

 

「大魔王様、お怖れながら予言という道術はございません。古今東西のあらゆる道術学でも、未来のことを霊気で解読できるということは、証明されていないのです」

 

「だが、現に予言が存在するのも確かだ……。それに、その金凰という名の女の予言は絶対に当たるのだそうだ。余も興味深い内容だった。余は耳にしてよかったと思っている」

 

「いいえ。その側女は、そのようなことを陛下に申しあげるべきではありませんでした。もしも、魔王様が、そのような不確かなことで、何度も心を煩わせるようなことがあれば……。ましてや、すでに死んでしまった女の言葉など、本当であるかどうか確かめようもありません……」

 

 美小淋は殊更、憤慨を装って声をあげた。

 だが、その美小淋の言葉を雷音大王が片手をあげて制した。

 

「いやいや、そのような大袈裟ものではない。ただの寝物語の戯れ事だ。余も別段、信じているわけではない。ただ、面白かったのだ。予言とはいうが、まあ、なぞなぞのようなものだな。言葉遊びだ。言葉はなにかの判じ物のようなものだ。とても表現が曖昧で喩えが多く、どういう意味なのかは、すぐにはわからんのだ」

 

「わからないのに予言なのですか?」

 

「いやなに……。ところが事が起きてしまうと、ああ、あの予言は、このことを暗示していたのだなとわかるのだそうだ……。だから、なんとなく面白い謎解きとして興味が湧いた。予言として興味があったわけではない」

 

「差支えなければ、どのような内容であったか教えていただくことはできますか、陛下?」

 

「ああ、構わんぞ。長い言葉ではないし、多分、全部覚えておる。こうだ。

 

 “三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。

  それまでの支配者は倒され、

  ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう” 

 

……どうだ、愉快であろう?」

 

 雷音大王は笑った。

 

「冗談ではありません。新たな魔の地の王など陛下に対する不敬です。そのような戯言を陛下の耳に入れた馬鹿者は、すぐに処断しなければなりません」

 

 美小淋ははっきりと言った。

 だが、雷音大王は大きな声で笑った。

 

「わからんか、美小淋。この予言は余のことだぞ。不敬などとんでもない。三個の身体というのは余のことだ。余は並外れて身体が大きく、それは普通の亜人の三倍の広さがある。即ち、三個の身体を持つ者だ。そして、手に入れたふたつの宝とは、ひとつはお前だ、美小淋。お前は余の治政を一手に引きつけて支えてくれている。余はお前ほどの能力の高い者など知らん。お前がいてくれるおかげで、余はこうやって後宮で好きなように暮らすことができる」

 

「これはおそれいります……」

 

「もうひとつの宝というのは牛魔王だ。余に代わって、余の敵と戦ってくれている。このふたつの宝を手に入れることで、余は魔の地の覇王となったのだ。まさに予言の通りではないか……」

 

 雷音大王は笑った。

 

「なるほど、そのように考えれば、まさに雷音大王様が覇王となるのを予言したとも言えますね」

 

 美小淋は頭をさげた。

 だが、美小淋は、つまらないことを雷音の耳に入れた側女を特定して、すぐに処断をしようと決めていた。

 そのような予言など、どこで耳にしたのかわからないが、この雷音という男はできる限り外の世界から遠ざけて、いつでまでも無能な大魔王であってもらわねばならぬのだから……。



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774 三つ目の予言



 *


 “ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。
 その宝が魔物の土地にやって来たとき
 偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し
 手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”

               (北の魔女の予言)


 *




「ふたつの(たから)を手に入れた者がすべてを手に入れるですか、あなた?」

 

 お宝が言った。

 

「そうよ……。それが、あたしが接した予言よ、お宝……。そして、そのふたつの宝を手に入れた者というのは、あたしだったのよ。だけど、あたしはその頃、最後の命で復活を遂げたばかりであり、霊気も小さくおそらく焦っていたのだと思うわ。その手に入れた“宝”をもっとも愚かな方法で処分してしまったのよ……。即ち、雷音に献上したの。あたしがあの価値に気がついたのは、それを雷音に与えてしまってからだったわ……。あたしは、その宝にそのような価値があるとは知らなかったのよ……」

 

「雷音大王に?」

 

「ええ……。だから、あたしには用のないものだと思って、雷音院における魔王の近習という地位を引き換えに渡してしまったのね。信じられないほどに愚かなことだったわ。あれの使い方さえわかっていれば、あるいは、いまの雷音の立場は、あたしであるかもしれないなかったのに……。いや、あたしであるべきなのよ……。雷音はあたしが手に入れるべきだったものを、あたしが与えたもので手に入れたのよ。魔域の覇王という地位をね……」

 

 御影は苦々しく言った。

 雷音院と呼ばれる宮殿地帯にある御影の屋敷だ。

 御影はそこでお宝を向き合って寛いだ時間をすごしていた。

 

「その宝というのはなんだったのですか、あなた?」

 

「宝玄仙の命そのものよ……。『魂の欠片』ね。別名、『賢者の石』とも呼ぶわ……。道術遣いの持つ魂を分離して、それを宝石としたものよ。それがあれば、たとえ死んでも、魂の施術が行える術者がいれば、その道術遣いを復活できるわ……。だが、当時のあたしは、宝玄仙の魂などになんの価値も見出せなかったわ。だから、もっとも愚かな方法で手放してしまった……。賄賂として雷音大王に提供したのよ」

 

「つまり、あの女の魂の欠片を雷音に渡したということなのですね」

 

「そのときのあたしは、新たな命を得て復活したものの、かつての道術は遣えなくなり、途方に暮れていたのよ。それであたしを保護してくれる存在をさがしていた。魔域に棲む魔王でありながら、性質が穏やかで正直者の雷音は、庇護者としてうってつけだと思ったわ。だから、そんな失敗をしたのだろうね。情けないことよ」

 

 御影は首をすくめた。

 

「もしかして、雷音はあなたが献上したその宝玄仙の魂の欠片の力によって……」

 

「そうよ。もともと雷音など、確かにある程度の力は持っていたものの、その霊気など魔域に存在した多くの魔王の中では平凡であり、数ある魔王のひとりにすぎなかったわ。それがあれほどの存在になったのは、あたしの与えた宝玄仙の魂の欠片のおかげよ。お前ももうわかっていると思うけど、賢者の石こと、道術使いの魂の欠片は『道術石』とも呼ぶわ。力の強い道術遣いの道術石は、ただそれを身体に入れるだけで、その道術遣いの力を得ることもできるのよ」

 

「まあ……」

 

 お宝が唖然とした表情になる。

 

「雷音大王は、あたしの献上した道術石のひとつを自分の身体に入れ、もうひとつを自分に忠実な存在である牛魔王の体内に入れたわ。あのふたりが魔域最大の力を誇るようになったのは、それからのことよ。あたしはそのとき、自分がなんという愚かなことをしでかしてしまったのか知ったわ。あたしはあのふたつの道術石を手に入れたとき、それらを誰かにくれてやるのではなく、ただ、自分の体内に入れさえすればよかったのよ。それによって、あたしは魔域最大の力を手に入れ、魔域中の魔王はあたしにひれ伏しただろうに」

 

 御影は説明した。

 あのときのことを思うと、いまでも口惜しくて眠れない。

 あの宝玄仙の持つ潜在的な霊気というのがそれほどのものだったというのは、いまでも信じられないが、実際、宝玄仙の魂の欠片を道術石として体内に入れた雷音大王と牛魔王はすさまじい力を手に入れることになった。

 

 雷音大王は新たに得た力を使って巨大な雷音院を作り、牛魔王は大きな軍団を建設した。

 ふたりが魔域の覇者となるのに一年もかからなかった。

 そのあいだ、御影は雷音の近習として仕えながら、御影が手に入れることができたかもしれない魔域の覇王に雷音がなっていくのを指を咥えて見るしかなかったのだ。

 

「あなたが手に入れるべきだったものをあなたが取り戻すのに、わたしはどんなことでもします」

 

 お宝が言った。

 御影はしっかりとうなづいた。

 そのとき、使用人が鳴智(なち)の訪問を報せてきた。

 この屋敷に来るように連絡をしておいたのだ。

 

「お呼びでしょうか、御影様……」

 

 相変わらず不機嫌そうな暗い顔して鳴智はやってきた。

 首には御影が装着させた『服従の首輪』がしっかりと嵌まっている。

 目の前の宝玄仙の複製であるお宝に作らせたものであり、あの宝玄仙しか作ることでのできない絶対無敵の支配霊具である。

 お宝は、宝玄仙の身体の一部から『治療術』によりほかの部位を復元することによって作った宝玄仙の複製だ。

 ただ、宝玄仙と異なるのはお宝は宝玄仙とは異なり、攻撃的な道術の一切を使用することができない。

 それはお宝を作ったのが、道術を封じる刻印が刻まれている手首だったからであり、どんなに御影が手を施しても、どうしても道術が制限された状態でしか存在できないのだ。

 

 しかし、宝玄仙が天才的だった霊具作りの才能はしっかりと持っていた。

 お宝は、ほかに誰にも作れないはずの『服従の首輪』を幾らでも作ることができた。

 これを装着されて奴隷の刻みをされれば、どんなに強い道術遣いでも、人間であっても、道術力の弱い者、あるいは、霊気を持っていない者に対してでさえ、その絶対の支配に陥ってしまう。

 支配霊具や支配道術は数あるが高い霊気を帯びる存在には支配術は効かないというのが常識だ。

 しかし、この『服従の首輪』は、霊気の有無に関わらず、相手を支配してしまうのだ。

 部屋に入ってくると、その鳴智がお宝の姿を認めてはっとした表情になった。

 

「あっ、お、お宝。や、やめてっ」

 

 次の瞬間、鳴智の身体は、背中で棍棒にでもぶん殴られたかのように、がくりとのけ反って床に崩れ落ちた。

 

「さっさと立つんだよ。わたしの前に出るときにはどんな格好をしろと命じておいた、鳴智? 電撃はもうとめたよ。だけど、言いつけを忘れたんなら、思い出すまで電撃を流すよ」

 

 お宝が鳴智を怒鳴りつけた。

 とにかく、お宝は鳴智が大嫌いだ。

 生理的に受け付けない様子だ

 もともと、本来の宝玄仙も、この鳴智に長くいたぶられていた経験があるらしく、その記憶を受け継いでいるお宝は、最初に鳴智を見たときから虫唾が走るように嫌いになったようだ。

 それで、なにかにつけ、鳴智に嫌がらせをしてなぶり続けている。

 いまも御影は呆気にとられたが、おそらく、鳴智はお宝によって、なにか霊具のようなものを装着されているのだろう。それを操作されたのだと思う。

 

「や、やめて、やめてよ。あ、あんたがここにいるなんて、わかりようもないじゃないの、お宝……。待って、待ってたら」

 

 そのとき、御影はやっとお宝の手の中に、なにかの操作具が握られていることがわかった。

 どうやら鳴智の股間には、あの操作具によって電撃が流れる仕掛けがしてあるに違いない。

 

「早くするんだよ、早く」

 

 鳴智が身体を床に崩したまま、慌てたようになにかを取り出そうとしている。

 その身体が再びがくりと砕けて、鳴智が悲鳴をあげた。

 再びひっくり返った鳴智の下袍がめくれて、股間の中が露わになった。

 鳴智は下着の代わりに、股間を細い革帯のようなものを喰い込まされていた。あの革帯の内側に電撃を流す電極があるのだろう。

 それがお宝も持つ操作具で自在に電撃を鳴智の股間に流すのだ。

 

「や、やめて。いうことをきく。なんでもするから」

 

 鳴智が取り出したのは、ふたつの細い鎖のついている小さな鉤だった。

 それを鳴智は自分のふたつの鼻の穴に差し入れると、頭方向に引っ張って鼻の穴が上にあがるようにして、細い鎖を首輪の後ろに装着して繋げた。

 その顔で四つん這いになった。

 

「ぶ、ぶうう、ぶう。豚でございます、お宝様」

 

 鳴智が屈辱に顔を歪ませて、四つん這いのままお宝に言った。

 御影は噴き出してしまった。

 

「そうよ。このわたしの前にやってきたときは、例外なく豚の挨拶よ。忘れたら、いまのように電撃よ。わかったかい、豚」

 

 お宝が悦のこもったような口調で言った。

 宝玄仙の複製だけであって、女を嗜虐させると本当にお宝は愉しそうな表情になる。

 そして、とてつもなく冷酷だ。

 さすがは宝玄仙と同じ身体を持つだけある。

 

 だが、一方でなにかが違うという感じも御影は抱いていた。

 宝玄仙は、外面は冷酷で残忍な嗜虐者のようでもあるが、実はその本質は強い被虐癖でもあるのだ。

 かつて、宝玄仙を調教したこともある御影は、それをよく知っている。

 宝玄仙の嗜虐性は、本当の姿である被虐癖を覆っている隠れ蓑のようなものなのではないかと思うことさえある。

 

 あるいは、嗜虐癖と被虐癖……。

 

 その両方を持つのが宝玄仙なのかもしれない。

 だが、御影の見るところ、このお宝は完全に嗜虐性の部分しかない。

 いろいろと試してみたが、どうしてもこのお宝からは被虐の部分を外に出すことができない。

 肉体を完全複製したので、性質も同等であるはずなのだが、やっぱりお宝は宝玄仙ではない。

 

 所詮は偽者。

 そんな風にも思っている。

 

「くっ。も、もう挨拶は終わったよ……。た、立っていいだろう、お宝……?」

 

 四つん這いのまま、鼻を金具で上にあげている情けない姿の鳴智が言った。

 この鳴智はいくらお宝から痛めつけられても絶対に屈服もしないし、負けてもいない。

 それがお宝は余計に気に入らないのだろう。

 案の定、鳴智の言葉にお宝はむっとしたような表情になった。

 

「いいや、そのままでいな、命令だよ。わたしは豚に跨って、この屋敷中をあちこち行くのが趣味なのさ。この人の話が終わったら、わたしを乗せて、四つん這いで歩き回るんだ。いいね。命令だよ」

 

 お宝がそう言って立ちあがると、四つん這いの鳴智の背中に跨って乗った。

 お宝の身体の重みを背中に受けた鳴智の顔が苦しそうに歪む。

 鳴智の首輪に刻んである首輪に刻んでいる主人は御影だが、御影がお宝の命令にも従えと命令を鳴智に刻んでいる。

 だから、鳴智はお宝の言葉にも、御影の言葉同様に逆らえない。

 

「鳴智、仕事よ」

 

 御影はくすくすと笑いながら、お宝を背中に乗せている鳴智に言った。

 

「し、仕事?」

 

「雷音大王の後宮に、金凰妃の予言のことを仄めかした側女がいるらしいわ。それを探し出して殺しなさい。自殺したかたちに見せかけるのよ。三日以内にやりなさい」

 

 御影は言った。

 

「わ、わかったわ……。だ、だけど、その見つけた側女が孫女だとしたらどうするんです。それでも殺していいですか……?」

 

 鳴智が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 御影は鳴智につかつかと歩み寄ると、その後ろに回って、いきなり下袍をめくりあげた。

 お宝が鳴智の股間に喰い込ませた革帯は、ちょうど尻穴のところは金属の輪っかになっていて開いている。

 御影はその輪っかに指を入れて、鳴智の尻穴に指を差し込んだ。

 

「ひいい」

 

 鳴智の身体ががくりと揺れた。

 だが、さすがにお宝を乗せたまま身体を崩すような真似はしなかった。

 

「あたしも、お前のそういう生意気な態度は嫌いよ。孫女のことはお前にはかかわりがない。放っておきなさい」

 

 御影は鳴智の尻穴に深く挿し込んだ指をうねうねとくねらせながら言った。

 鳴智は顔を真っ赤にして喘ぎ声をあげて、それに耐えている。

 

 孫女というのは、御影が密かに送り込んでいる孫空女の複製だ。

 かつて、女人国で雷音大王に献上するための美女を奴隷狩りしたときに、捕えた孫空女の腕から複製をして、一人前の人間にした存在だ。

 いわば、孫空女の偽者だが、人間の姿にするときに特別な洗脳をして、御影に絶対服従の暗示を刻んでいる。

 それはお宝も同じだ。

 その孫空女の偽者を女人国で捕えた女奴隷たちを側女として雷音に献上するときに混ぜたのだ。

 

 雷音をはじめ、すべての者は、御影のやった女人国における美女狩りと雷音への献上は、御影による雷音へのご機嫌取りだと信じている。

 人間国の女人国は美女の住む国として有名だ。

 そこで捕えた選りすぐりの美女を女好きの雷音に献上したのだから、それ以来、雷音は特別な地位を御影に与えてくれてもいる。

 

 しかしながら、そのときの御影の本当の狙いは、まさに、孫空女の複製である孫女を雷音の近くに侍らせることだったのだ。

 孫女は洗脳により御影に絶対服従を強いている以外は、あのとてつもない武勇の孫空女とまったく同じだ。

 その気になれば、武器などなくても、雷音の首の骨くらいは叩き折れるだろう。

 そのような者を雷音のそばに置く。

 つまりは、その気になれば、御影はいつでも雷音を殺すこともできるということだ。

 

 もっとも、まだその時ではないことはわかっている。

 雷音大王で怖いのは、雷音自身よりも、むしろ魔域最大の軍団を率いている牛魔王だ。

 あれほどの強い男が雷音大王に絶対的な忠誠を誓っているということが、雷音を魔域の覇者たらしめていると言っても過言ではない。

 

「わかったね、鳴智。それが終われば、またやってもらうことがあるわ。失敗しないように仕事を終えるのよ。これは命令よ」

 

 御影は言った。

 首輪の命令で自殺を封じているが、この鳴智は、油断すればわざと任務に失敗して、自分を誰かに殺させることさえやりかねない。

 御影は鳴智の尻穴から指を抜いた。

 それを鳴智の口に持っていく。

 鳴智は少しだけ嫌な顔をしたが、すぐに諦めたような顔になり、鳴智の尻に挿入することによって汚れた御影の指を舐めて掃除を始めた。

 

「話は終わりよ、鳴智。じゃあ、お宝と遊んでもらうといいわ」

 

 御影は笑いながら椅子に戻った。

 

「さあ、じゃあ、歩きなさい。少しでも怠けると、また股ぐらに電撃を流すからね。はい、出発、豚」

 

 鳴智に跨っているお宝が、片脚で思い切り鳴智の腹を蹴った。

 小さな呻き声をあげただけで悲鳴を耐えた鳴智が、お宝の身体を乗せたまま、ゆっくりと四つん這いで進み始めた。

 御影は、お宝の背中に乗せた重みで手足を震わせていて進む鳴智を見送りながら、御影が最初に触れた予言のことを考えていた。

 

 

 

 “ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。

 その宝が魔物の土地にやって来たとき

 偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し

 手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”

 

 

 

 手に入れるべき者が手にすべき者とは、御影がこの魔域の覇権を得ることだ。

 あの宝玄仙の魂の欠片は御影が盗んだものであり、その力で雷音が得たものは、本来、御影が得るべきなのだ。

 だが、宝玄仙が魔域に入ることで、大きな力を持つ魔王は死に、魔域の秩序は失われる。そして、それによって御影は覇王の地位を得る。

 

 二度目の死のあとの復活後、世界を彷徨っていた御影が北王国で出会った不思議な予言者はそういう意味の言葉を吐いたのだと思う。

 

 御影はその予言を疑ったことはない。



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775 百合の遊宴

「素敵ですよ、沙那姉さん──。沙那姉さんはやっぱり、男女の姿がよくお似合いです。沙那姉さんは、一応は素蛾の先輩なんですから、素蛾なんかに負けないでくださいよ」

 

 床の上に敷いてある大きな敷き布団の上に進もうとしていた沙那に、朱姫が冷やかしの言葉をかけた。

 沙那は宝玄仙に命じられて、双頭の張形を股間に挿入していた。

 だから、沙那の股間には隆々とした張形が見事な仰角でそそり勃っている。

 

「う、うるさいわねえ、朱姫──。そういうお前も、素蛾に負けたじゃないのよ。お前に言われたくないわよ」

 

 沙那は怒鳴り返した。

 すると、なぜか敷布を取り巻いている宝玄仙、孫空女、銀角が大きな声で一斉に笑った。

 沙那は急に恥ずかしくなってしまった。

 その笑いで、沙那は昂っていた心が冷静さを取り戻した感じになり、はっと我に返ったのだ。

 なにをやっているかというと、今夜はいつもの五人に銀角を交えた「百合の遊宴」をやっているのだ。

 もちろん、宝玄仙の命令だ。

 

 ここに集まっている女たちは、全員が完全な全裸だ。

 そして、宝玄仙の命令で「百合の性愛勝負」をふたりひと組で、ずっとやらされているところなのだ。

 先に達してしまえば、負けになるという勝負を何度も繰り返し行っている。

 最初は三組ずつそれぞれに同時にやっていたのだが、いまは宝玄仙に指名されたふたりが真ん中の寝具で抱き合い、それをほかの者がまわりで見物するというかたちに変わったところだ。

 すでに、この乱交が始まってかなりの時間がすぎている。

 もう夜中は回っただろう。

 この調子なら、朝まで続きそうだ。

 

 まあいい……。

 数日中に牛魔王軍の侵攻がないことだけは確かだ。

 今夜はもう諦めて、沙那も宝玄仙の命じたこの遊宴に没頭する覚悟だ。

 次は、沙那と素蛾が性愛の勝負をするように指名された。

 

 旧金角の領域と牛魔王の領域のあいだに広がる盤桓(ばんかん)平原に面する「摩雲(まうん)城」という名の金角軍の北の要塞だ。

 牛魔王軍団と呼ばれている魔域最大軍団は、盤桓平原を挟んだ青竜山にある牛魔王軍の要塞に軍団を続々と集結させており、その数はすでに十万を超し、十五万にも達しようとしている。

 その目的は、牛魔王の傀儡だった巴山虎(はざんとら)を倒して、その地域一帯を再び反牛魔王勢力とした南山・旧金角軍連合を撃ち砕くことであるのは間違いない。

 それに対して、沙那は、とにかく集められる全勢力を牛魔王が侵攻して来るであろう経路を塞ぐこの要塞に集結させた。

 

 しかし、集められたのは西方帝国からの援軍を含む九霊聖女以下の南山軍五千と、精細鬼(せいさいき)伶俐虫(れいりちゅう)が集めた金角軍の残党勢力と部族長たちが提供した新たな戦士からなる旧金角軍七千ほどだ。

 この旧金角軍の首領は銀角になる。

 その両方の軍の総帥が宝玄仙ということになっている。

 

 これだけの兵力差ともなれば、とりあえず要塞に籠城して牛魔王軍団をもちこたえ、勝機が来るのを期待するしかないだろう。

 積極的に出撃するとしても、しっかりと相手を見極めてからだ。

 絶望的な戦いだが勝機はある。

 勝機というのは戦場で牛魔王を殺すことだ。

 

 牛魔王軍団が何十万いようとも、所詮は牛魔王ひとりの霊気で集めている「傀儡(くぐつ)兵」がかなりの勢力を占める。

 牛魔王軍団といえば、無数の傀儡兵が特徴であり、「傀儡兵」というのは、霊気で作った戦闘人形のことだ。

 たとえば、地表にいる蟻のような虫に道術石を砕いた砂で霊気を与えるなどの手段により、人間のような大きさにして最小限の知性を与え、武具と武器を持たせて兵にするのだ。

 牛魔王は、この道術により一度に十万もの傀儡兵を作って魔域を席巻した。

 そうやって、牛魔王とその主人である雷音大王は、魔域の覇者となったのだ。

 これは、魔域では有名な話であり、沙那も少し調べるだけで、その詳細も知ることができた。

 

 だから、勝機というのは、戦場で牛魔王を殺すことということになる。

 これに成功すれば、牛魔王軍団の核となる傀儡兵の大集団が消滅して、牛魔王軍団は崩壊する。

 だが、問題は牛魔王を殺すことができる機会をどうやって作るかだ。

 

 それだけの傀儡兵がいれば、なにも牛魔王が第一線に出てこなくても勝てるだろう。牛魔王自らが戦場に立つ必要はない。

 だから、沙那が考えていることは、この要塞における籠城戦も含めて、とにかく牛魔王軍団の攻撃を防ぎ、勝ち続けることだ。

 そうなれば、ついには膠着した戦況に焦れて牛魔王が戦場に出てくる可能性がある。

 

 そして、戦場で牛魔王を殺す。

 それが、沙那が考えられる唯一の勝機だ。

 そのために、目前の戦いに、勝って、勝って、勝ち続けて、なんとか牛魔王を第一線に引っ張り込む。

 

 それしかない……。

 

 いずれにしても、圧倒的な大軍の侵攻を待ち受ける摩運城は、非常な緊張状態に包まれていた。

 しかし、どんな状況であろうとも、性愛を愉しむのが宝玄仙という女主人だ。

 銀角の復活祝いに、宝玄仙たち一行五人を含めた淫行の遊宴をやろうとか言い出し、銀角を引っ張っり込み、この宝玄仙にあてがわれている摩雲城の一室に六人を強引に集めたのだ。

 すでに夕食も終わっているし、籠城戦の準備に支障はないといえばないのだが……。

 

 まあ、宝玄仙のように、常に自然体でいるのは、緊張で潰れてしまうよりもいいことなのだろう……。

 

 とにかく、沙那は素蛾が裸でちょこんと座っている寝具の上にあがった。

 すでに素蛾は朱姫と一戦終わっているので汗まみれだ。

 素蛾はあの唾液の力で、朱姫を呆気なくいかせてしまって勝ち残っているというところだ。

 そういう沙那も、さっき銀角と抱き合いをさせられて全身がまだ重い。

 沙那は銀角からあっという間に二度も昇天させられた。

 

 その銀角も宝玄仙を相手に、孫空女と組んでふたり掛かりで挑んだが、宝玄仙の性技に孫空女も銀角も簡単に絶頂した。

 宝玄仙はお尻が弱いのだと孫空女が銀角をけしかけて、ふたりで力で宝玄仙を動けなくして責めようとしたのだが、宝玄仙に隙をつかれて、ふたりとも舌で感じさせられて、拘束できなくなってしまい、簡単に潰されたのだ。

 

 その銀角は、孫空女と朱姫からも責められて達した。

 そうやって、お互いに、いかせ、いかせられというのが続いていた。

 

 この六人の中で、まだ一度も達していないのは宝玄仙くらいだろう。

 少し前の勝負では、朱姫と素蛾がふたりがかりで宝玄仙を責めたというのもあった。

 それでも宝玄仙はふたりに勝った。

 さすがに、単純な性技だけの勝負になると、この中の誰も宝玄仙には太刀打ちできない。

 

「沙那には、武器として双頭の張形をつけさせたんだからね……。まあ、好きなように責めな、沙那……。だけど、どうせお前のことだから、それだけでも素蛾には敵わないだろうから、もうひとつ“有利な条件”を与えてやるよ。素蛾、お前は両手に手枷をつけな。後手にかけるんだ」

 

 宝玄仙が横に置いていた鎖付きの手枷を素蛾に放った。

 

「はい、ご主人様」

 

 素蛾がその手枷を持って、両手を背中に回した。

 

「待って、手伝ってあげるわね」

 

 朱姫がすかさず寄って、手枷を素蛾に装着する。

 

「な、なに言ってんですか……。素蛾に条件つけるって、いくらなんでも、わたしが素蛾に負けるなんて……」

 

 別にこんな性愛の勝負で、負けようが勝とうがどうでもいいとは思っているが、いくらなんでも素蛾は昨日、今日、性に目覚めたような童女だ。

 そんな素蛾に対して、沙那が敵わないと言われるのは少し心外だ。

 

「なんだい、沙那? まさか、素蛾にまともにやって勝てると思っているんじゃないだろうねえ?」

 

 沙那の表情で心を読んだのか、宝玄仙がからかうような声をあげた。

 

「沙那姉さんは、この中で一番弱いんですよ。だから、かなり有利な条件にしてもらってちょうどいいですよ……。さあ、できたわ、素蛾。沙那姉さんなんて、こてんぱんに伸してやるといいわ。とにかく、張形を挿入されたら、逆に動かし返してあげなさい。それで沙那姉さんなんて、やっつけられるわ」

 

「はい、頑張ります、朱姫姉さん」

 

 素蛾が相変わらず、沙那には理解できない張り切りを見せる。

 

「よし、いいわよ……。じゃあ、気合を入れてあげるわね、素蛾」

 

 朱姫が素蛾の無防備な乳首にすっと両手を伸ばして指で捻るような仕草をした。

 

「ひゃ、ひゃん──。しゅ、朱姫姉さん、く、くすぐったいです……。あ、あん──」

 

 素蛾が肌を真っ赤にして身悶えした。

 しかし、朱姫はすぐに手を離して、笑いながら敷布からおりていった。

 

「沙那姉さん、いまの要領ですよ。後ろからなら、素蛾はなにもできませんからね。その体勢になれば、沙那姉さんでも勝てますよ」

 

 朱姫がまたからかうような言葉をかけた。

 

「い、いい加減にしてよ──。わ、わたしだって、さすがに、素蛾には負けないわよ──」

 

 とにかく、沙那は素蛾の前に跪いて腰をおろしながら言った。

 確かに、この状況であれば、素蛾の後ろから責めるべきなのだが、朱姫の言うとおりにすることが、なぜか癪に障ったのだ。

 

「いや、負けると思うね。沙那には悪いけど、余程の不公平な戦いじゃないと、沙那は素蛾に勝てないよ。無理せずに、素蛾の後ろから責めな。それでも、素蛾の体液の餌食になると思うけどね」

 

 すると、孫空女も笑って声をかけてきた。

 そういえば、孫空女も素蛾と勝負をしていたと思う。

 そのときは、まだ三組ずつやっていたときだったので、どっちが勝ったのかは知らない。

 

「あ、あんたまで、そんなこと言うの、孫女? ひ、ひどいわよ──。素蛾なんかに負けないわよ」

 

 沙那は思わず叫んでしまった。

 

「わたくしも負けません。一生懸命にやります。よろしくお願いします」

 

 すると素蛾がにこにこしながら声をあげた。

 

「へえ……。だったら、賭けをしませんか、沙那姉さん。あたしは絶対に沙那姉さんが負けると思います。沙那姉さんが素蛾に負けたら、ここにいるみんなの便器になってください」

 

 朱姫が言った。

 

「便器?」

 

 沙那は朱姫を睨んだ。

 

「ほかの五人のおしっこを口で飲むんです。一滴残らずですよ……。素蛾に勝てるんですよね? だったら、そうしましょうよ」

 

 朱姫が挑発していることはわかっている。

 だが、これはいい機会だと思った。

 これを利用して、朱姫に日頃の仕返しをしてやろうと考えた。

 

「沙那、やめなよ……。朱姫に乗せられてつまらない賭けをすると後悔するよ」

 

 孫空女が横から口を挟んでくる。

 

「いいえ、やるわ。その代わり、わたしが勝ったら、あんたが罰を受けなさい、朱姫。ここにいる全員からお尻を無抵抗で張形で責められるのよ。ひとり百回よ。あわせて、五百回、張形をお尻に抜き挿しされなさい。だったら受けるわ」

 

「ご、五百回?」

 

 今度は朱姫がたじろいだ声をあげた。

 お尻の弱い朱姫が五百回も肛門だけを責められて耐えられるわけがない。

 

 いい気味だ──。

 

 この小娘は白目を剥いて、悶絶するに決まっている。

 そんな小気味のいいことが待っているなら、沙那はこんなくだらない勝負に真剣に取り組める。

 

「そりゃあいいよ──。その勝負、確かに見届けたよ──。じゃあ、存分にやりな、沙那に素蛾──。特に、素蛾は真剣にやるんだよ。そうでないとつまらないからね──」

 

 宝玄仙が大笑いした。

 素蛾が大きな声でわかりましたと返事をした。

 

「……それにしても、あんたらは相変わらずなんだねえ……。嬉しくなるよ。でもこうやっているあいだも、金角姉さんがつらい目に遭っているかもしれないと思うと……」

 

 そのとき、いままであまり口を開かなかった銀角がぽつりと言った。

 牛魔王から首を斬られて死んだとばかり思っていた金角が、どこかで生きていると言ったのは宝玄仙だ。

 かつて宝玄仙が金角から作った『魂の欠片』は、しっかりと銀角が渡されて確保していたのだが、それによって金角の復活はできなかったのだ。

 宝玄仙によれば、金角の本体は死んでいないらしい。

 だから、魂の欠片では金角を復活できないのだ。

 

 宝玄仙が金角の生存に言及した時、銀角はそんなはずはないと叫んだ。

 金角は、巴山虎の裏切りという罠に嵌まって、大勢の部下を救うことを条件に、牛魔王軍によって首を全軍の前で切断されている。

 それは銀角自身が目の当たりにしていたことらしい。

 あれは間違いなく金角自身だと銀角は断言した。

 

 しかし、宝玄仙によれば、首を切断しても死なないようにする道術は、あり得ないことではないそうだ。

 事実、宝玄仙も同じことができると言っていた。

 銀角は呆然としていた。

 しばらくして、銀角は、そういえば、金角の首そのものは、首実検をすると称して、金角軍を包囲した牛魔王軍が持ち帰ったということを思い出したように告げた。

 宝玄仙によれば、首だけの姿になった金角はその状態でまだ生きている可能性が高いらしい

 

 従って、牛魔王軍団との戦いは、金角を救出するという意味合いも帯びている。

 そうなれば、銀角の戦意は非常に激しく、牛魔王の喉笛に噛みついてでも、戦場で牛魔王を殺して、金角を救い出すのだと意気込んでいる。

 だから、こんな風になにもかも忘れて、女同士の快楽に耽るのは心が咎めるのかもしれない。

 

「なに言っているんだい、銀角──。お前がそんなんだと、勝てる戦いにも勝てやしないよ──。戦争なんて遊びのつもりでやりな──。金角はどんな方法を使っても必ず、この宝玄仙が復活してやる──。それは信じな──。とにかく、今夜はお前の救出祝いの遊宴なんだ。お前が暗い顔をしていたら始まらないよ──。じゃあ、次はお前が素蛾とやるんだよ──。沙那のような淫女ならともかく、名高い女将軍の銀角様が、よもや十二歳の人間族の小娘に性愛の勝負で負けることはないだろうねえ──。負ければ、沙那と一緒に便器の刑だからね──」

 

 宝玄仙が言った。

 

「あ、あたいも次にやるのかい、宝玄仙様? この小娘と?」

 

「そうだよ──。まあ、お前も洗礼を浴びるといいよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「わ、わたしのことを淫女だなんてひどいですよ──。わたしは、淫女なんかじゃありません──。、そりゃあ、少しばかり、ご主人様の調教を受けたから、他人よりは感じやすい身体をしていることは認めますけど……」

 

「御託は終わりだよ──。だったら素蛾と勝負して勝ちな、沙那──。勝てば、二度と淫女呼ばわりはしないよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 いよいよ、勝負を始めるということになった。

 

「いくわよ……」

 

「はい、沙那様」

 

 沙那と素蛾は全裸で向かい合った。

 素蛾は後手に拘束されている。

 いくらなんでも、その素蛾に負けるわけがない。

 

 沙那はさっと素蛾の背後に回った。

 朱姫の言った通りにするようで、少し躊躇ったが、確実に勝つには確かにそれしかない。

 だが、考えがあった。

 双頭の張形を使わないということだ。

 それを使えば、朱姫の言った通りに、沙那が返り討ちになる可能性がある。

 

 だから、張形を挿し込まない。

 それよりも、単純に指だけで素蛾をいかせればいい……。

 沙那は、すっと手を滑らせて素蛾のぴったりと閉じあわされている股間にこじ入れるように指先を潜り込ませた。

 また、もう一方の手は素蛾の小さな胸の膨らみに伸ばす。

 

「ああっ──。さ、沙那様……。き、気持ちいいです……。ああっ、そんな……」

 

 素蛾は懸命に股を閉じ合せているが、さすがに沙那の指の力に抵抗できるわけがない。

 沙那の指は素蛾の肉芽にあたる部分を探り当てた。

 

「ふううっ、ああっ、沙那様……」

 

 背後から抱きすくめられている素蛾が沙那の腕の中で身をよじった。

 

 いける……。

 

 すでに素蛾だって何度か達している。十二歳の童女の股間は愛液でびっしょりと濡れていた。

 これなら、こうやって肉芽と乳首を擦り続けるだけで……。

 

「沙那姉さん──。せっかくの張形なんですから、それを使わないと──」

 

 朱姫が野次を入れてきた。

 双頭の張形で素蛾の股間を突けば、素蛾も感じるだろうが沙那も感じるのだ。

 それで思わぬ反撃を被る。

 朱姫はそれがわかっているから、あんな賭けを申し出たのだと思う。

 しかし、その手には乗らない……。

 そんな危険なことをするよりは、こうやって一方的な態勢で責めた方が確実だ。

 

「あ、ああ、あん、ああん……」

 

 素蛾の身悶えがかなり激しくなった。

 しっかりと閉じあわされていた腿は、すでに力が緩んで股は完全に割れている。

 

「こらっ、素蛾──。あんた、本気出すのよ──。あんたが負けたら、あたしが罰を受けることになってんのよ──」

 

 朱姫が叫んだ。

 もしも、張形を使っていたら素蛾との勝負は負ける可能性もある。

 しかし、それさえしなければ、沙那は自分が責められることなく、素蛾を責め続けることもできる。

 

「は、はい、しゅ……朱姫……姉さん……。さ、沙那様……わ、わたくしと口づけをしてください……」

 

 素蛾が大きく首を後ろに曲げて、顔を沙那に向けた。

 

「そ、そんなことするわけないでしょう──」

 

 沙那は笑いそうになった。

 素蛾の唾液は危険な媚薬だ。

 なぜそんなことになったのかは、宝玄仙でさえわからないと言っていたが、素蛾が少し前に瀕死の傷を帯びてしまい、命を助けるために宝玄仙が身体に道術陣を刻むしかない状況になってしまった。

 その結果、なぜか素蛾の身体に変化が起きて、素蛾の体液に特殊な「癒し」が生まれてしまったのだ。

 つまり、怪我をしたり病気の者には、素蛾の排尿や唾液を飲ませたり、塗ったりすれば怪我や病が癒えるのだ。

 また、それだけではなく、健康な者が素蛾の体液に触れると、その部分に妖しい疼きが生じて激情に襲われてしまう。

 ましてや、唾液なんか飲んだら、とんでもないことになる。

 あの宝玄仙でさえ、素蛾の唾液をまともに飲めば、しばらく道術が遣えなくなるほどの淫情に陥るのだ。

 

 沙那は一層、素蛾の股間を責める指に熱を込めた。

 手の中で喘ぐ素蛾は、ますます淫情に耽ったようになっていく。

 抱きすくめている沙那にも、素蛾が絶頂に向かっているのがしっかりとわかるくらいに身体が熱い。

 

「あん、あん、ああっ、さ、沙那しゃま、き、気持ちいいでうううう──」

 

 素蛾の身体がさらに震えだした。

 だが、この頃になると、沙那はある違和感を覚えいていた。

 異様なむず痒さが全身に襲ってきたのだ。

 

 いや……。

 これは快感の火照り……?

 だが、自覚してしまうとそれに間違いなかった。

 

 次第に肉が溶けていくような感触が、沙那の官能の芯を強く掻きたてていく。

 

 なんで──?

 だが……。

 

 だんだんとそれが非常に強い疼きに変化する。

 そして、それが全身というよりは、素蛾と肌を接している部分からやってくるのがわかった。

 素蛾の身体に密着している沙那の身体が熱くなり、それが素蛾の身悶えで擦られて、強い快感に変化しているのだ。

 

「ああっ──」

 

 沙那ははっとして、思わず素蛾から手を離して飛びのいた。

 

 汗だ──。

 

 唾液や尿ほどには強くはないが、素蛾の汗自体にも同じような媚薬効果があるのだ。

 素蛾は最初から汗びっしょりだった。

 それがじわじわと沙那の肌に浸透して、沙那を冒していたのだ。

 だが、次の瞬間、沙那は大きな失敗をしてしまったことに気がついた。

 たとえ、素蛾の汗が危険な媚薬であるとしても、素蛾への責めをやめるべきではなかった──。

 いずれにしても、一方的に素蛾を責める態勢だったのだ──。

 

「えい──」

 

 そのときには、身体に自由を得た素蛾が沙那に身体をぶつけるように飛びかかっていた。

 素蛾の舌が沙那の乳首に当たり、そのまますっと臍に向かっておりていく。

 

「ひうううっ──」

 

 凄まじい快感が襲って、沙那はそのまま仰向けに倒れてしまった。

 すぐに素蛾をどけようとしたが、素蛾が巧みに沙那の唇を口で覆って、唾液を送り込んできた。

 

「んんん──」

 

 それだけで沙那は全身が脱力するほどの淫情に襲いかかられた。

 いや、実際に脱力してしまった。

 素蛾の唾液を飲み込んでしまい全身が電撃を帯びたように痺れてしまった。

 次いで、素蛾はさっと身体を反転させると、両腿で沙那の股間を挟むようにして全身で覆いかぶさり、顔を沙那の股間に密着させた。

 素蛾の舌が張形が食い込んでいる沙那の股間にまともに襲いかかる──。

 舌と唾液が襲い、しかも、素蛾の顔で張形が激しく動かされる。

 いきなり頭が真っ白になった。

 

「うぐううう──」

 

 気がつくと、沙那は全身をのけ反らせて悲鳴をあげていた。

 呆気なく達してしまったのだ。

 朱姫の大喜びの笑い声が聞こえてきた。

 

「沙那姉さん、約束ですよ──。罰ですからね──。罰です──」

 

 朱姫が手を叩いて悦んでいる。

 素蛾に負けたというよりは、朱姫に負けた気がして、口惜しさが込みあがってきた。

 

「ほらね、沙那……。だから言ったのに……」

 

 孫空女が苦笑していた。

 

「も、もしかして、あんたって、素蛾は唾液だけじゃなくて、汗も危険だって知っていた、孫女?」

 

 沙那ははっとして孫空女に叫んだ。

 

「知ってたよ──。あたしだって、素蛾と肌を合わせたんだからね……。おかげで負けたけどね。だから、賭けはやめとけって忠告したのにさあ……」

 

「し、知ってたら、教えてよ──」

 

 沙那は声を張りあげた。

 

「あ、あのう……。なんか、ごめんなさい、沙那様」

 

 すると、素蛾が申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「あ、謝んないでよ──。もう──」

 

 沙那は声をあげた。

 そして、まだ挿さりっぱなしだった相当の張形を抜いて横に投げた。

 

「さて、じゃあ、さっそく、さっき言った儀式といくかい──。じゃあ、言い出しっぺの朱姫だ。沙那は口を開けて上を向きな。その寝具はまだ使うんだからね。沙那、一滴残らず、こぼすんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が嬉しそうに言った。

 

「も、もう勝手にしてください……」

 

 沙那も観念して大きく口を開いて上を向いた。

 朱姫が笑いながら、脚を開いて沙那の顔に跨ってきた。

 

「ほ、本当にやるのかい?」

 

 銀角がびっくりした声をあげた。

 

「この手の話で、ご主人様は冗談を言わないのさ。諦めな、銀角」

 

 孫空女が言った。

 そのとき、急に扉の外が騒がしくなったことに沙那は気がついた。

 そして、すぐに扉が廊下側から叩かれた。 

 もっとも、この部屋には宝玄仙の結界が張ってある。

 外から誰も部屋には入れないし、こちらの声も廊下に漏れることはない。

 だが、次の瞬間、開かないはずの扉が大きく開いた。

 沙那は驚愕した。

 外からやってきて扉を開いたのは、二十歳くらいの若い女だった。

 

「相変わらずね、みんな……。知らない顔も多いけど……」

 

 その女が言った。



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776 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)

「相変わらずねえ、みんな……」

 

 素蛾をはじめとして全員の視線が不意にやってきた女に移動した。

 やってきたのは若い女であり、検分でもするように扉のところに立って部屋の中を見回している。

 素蛾の知らない女性だ。

 その女は、とても可愛らしい顔立ちをしていたが、不思議な迫力のようなものを素蛾は感じた。

 すぐに、扉の外から黄獅姫(おうしき)が追ってきた。

 

「待ちなさいと言ったでしょう、あなた……。うわっ──」

 

 黄獅姫が荒い息をしながら扉の外から飛び込んできて、やってきた女の腕を掴んだ。だが、室内の光景をひと目見て、身体を強張らせた。

 なにしろ、室内では素蛾たち六人の女が完全な素っ裸だ。

 さらに、朱姫が沙那の口の中に放尿しようとして、沙那の顔の上に跨っているところだったのだ。

 黄獅姫のほかにも、警備の兵が追いかけてきているようだったが、黄獅姫は慌てて、彼らに廊下で待機するように叫んだ。

 朱姫と沙那は思い出したように身体を離す。

 

 一方で突然にやって来た闖入者は、にやにやと微笑んでいた。

 黄獅姫に腕を掴まれても、怯む様子もない。

 

「申し訳ありません、宝玄仙様──。止めたんですけど、無理矢理に振り切られてしまって……」

 

 黄獅姫が申し訳なさそうに宝玄仙に言った。

 

「仕方ないよ……。お前らが束になっても、こいつには敵いはしないさ。わたしの結界でさえも、簡単に破られたくらいだしね……」

 

 宝玄仙が肩を竦めた。

 そして、闖入者の女に顔を向ける。

 

「お前、お蘭だね。また、姿を変えたのかい?」

 

 宝玄仙が呆れたという口調で言った。

 

「お蘭──?」

 

「お蘭ですって?」

 

 沙那と孫空女が大声を放った。

 素蛾はふたりの顔が完全に強張ったようになったのがわかった。

 

「ご、ご主人様、この人は誰ですか──? ご主人様と同じくらい霊気が強いですよ──」

 

 朱姫が声をあげた。朱姫も素蛾と同様に、お蘭という闖入者に面識はないようだ。

 しかし、その朱姫は、お蘭を警戒するように、さりげなく沙那の背中側に移動して、お蘭から身体を隠すように動いている。

 

「宝玄仙様、本当に、こいつは何者だい──? 確かに、凄まじい霊気だよ──?」

 

 銀角だ。

 その銀角は裸のまま立ちあがって、手元に置いていた剣を鞘ごと掴んでいる。

 

「あんたは銀角ね……。その剣でわたしになにかしようというの? 相手を見て凄んだ方がいいわね。さもないと命がいくらあっても足りないわよ」

 

 するとお蘭が銀角を嘲笑するような声を出した。

 

「な、なんだと、女──? お前、誰だい──?」

 

 銀角だ。

 険しい顔をして、闖入者のお蘭を睨んでいる。

 

「随分とお愉しみだったようね、みんな……。それにしても、あんたひとりだけ、股間に陰毛を残しているのね、銀角……。お宝姉さんの性奴隷にしては厚かましいんじゃないの? 主人のお宝姉さんでさえ童女のように剃っているのに、性奴隷のお前が陰毛を残しているなんて許されないんじゃなくて? わたしが剃ってあげましょうか?」

 

 お蘭が手を振った。

 

「うわっ──」

 

 銀角が叫んだ。

 いきなり銀角の両手が剣を握った右手ごと背中に回り、寝具の上に尻もちをついたのだ。

 それだけじゃなくて、膝を曲げた両脚がすっと左右に開いていく。

 銀角が真っ赤な顔でもがいているが、お宝の道術に掴まえられて動けないようだ。

 

「ほらほら、抵抗してご覧なさい……。さもないと、本当に剃るわよ。道具なんてなくても、こんなこともできるのよ……」

 

 お蘭が笑いながら銀角の前にしゃがみ込んだ。

 そっと銀角の股間に手を伸ばす。

 すると、お蘭の指が当たった場所の銀角の銀色の陰毛が、まるで剃刀でも当てたようにぱらぱらと落ちだした。

 素蛾は驚いてしまった。

 道術遣いではない素蛾だが、銀角という女将軍が雌妖として相当の霊気の持ち主だということは知っている。

 それがまるで子ども扱いなのだ。

 

「半分だけ剃ってあげましょうか、銀角? 出会いの記念にね」

 

 お蘭が笑いながら銀角の股間で指を動かし続ける。

 それにより、どんどんと銀角の股間から陰毛が落ちていく。

 本当に左半分だけ、なにもなくなりかける。

 それにしても、銀角はともかく、沙那と孫空女の反応もおかしい。

 こんな無法をするような闖入者なら、いつもならすぐに反応するのに、ふたりとも怯えたようにお宝から距離をとって近づこうとしない。

 

「いい加減にしな、お蘭? お前、こんな魔域くんだりに、なにをしに来たんだい──? いきなりやってきて随分とご挨拶じゃないかい?」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 お蘭が銀角の股間から指を離した。

 その瞬間、銀角を縛っていた見えない拘束のようなものが消えたのか、銀角がその場に後ろ向きに倒れた。

 しかし、すぐに起きあがって、お蘭から離れて身体を手で隠すような仕草をした。

 宝玄仙がまだ扉のところで呆然としていた黄獅姫に視線を向けた。

 

「黄獅姫、こいつは大丈夫だよ。わたしの妹だ。東方帝国にいたはずで、こんなところに、なにをしにきたのかわからないけどね──。とにかく、後ろの警備兵にも問題はないと伝えな。そして、お前は部屋に入っておいで」

 

「あっ、妹様? そ、そうなのですか? 西方帝国からの増援部隊の陣営から連れられてやってこられたのです……。宝玄仙様に会いたいという申し出だったのですが、なにがあろうとも今夜は、誰も部屋に入れるなという宝玄仙様のご命令だったので、お断りしたのですが……」

 

「だけど、こいつが無理矢理に入ってきたんだろう……? まあ、仕方ないさ。なにしろ、お蘭は単純な道術力なら、わたしさえ上回るかもしれないからね」

 

 宝玄仙が苦笑しながら言った。

 これにも素蛾はびっくりした。

 宝玄仙を上回る道術遣いなど、素蛾は想像もしたことはない。

 素蛾の知る限り、宝玄仙の霊気はなんだかんだいっても桁外れだ。

 しかし、それでさっきから、朱姫がお蘭を異常なほどに警戒した様子なのかがわかった。

 霊気を感じることのできる朱姫は、闖入者のお蘭の霊気の強さがすぐにわかったのだ。

 

「と、とにかく、宝玄仙様が問題ないのであれば、お蘭様はお預けいたします。では、わたしは引き続き陣営の警戒を……」

 

 黄獅姫が立ち去ろうとした。

 だが、宝玄仙が手で思い切り床を叩いた。

 黄獅姫がびくりと直立不動の体勢になった。

 

「黄獅姫──。お前、なにを聞いているんだい──。外の連中は戻せとは言ったけど、お前には入ってこいと言っただろう──。そういえば、九霊聖女とか銀角にかまけて、お前はしばらく遊んでやってなかったからね。ちょうどいい。朝まで遊んでいきな」

 

 宝玄仙が言った。

 

「い、いや……で、でも……。に、任務が……」

 

 黄獅姫が困惑したようにもじもじとし始めた。

 だが、もう一度、宝玄仙が一喝すると諦めたように外の者になにかを告げて、部屋の中に入ってきて扉を閉めた。

 

「この黄金色の髪の雌妖は、黄獅姫というの、お宝姉さん? この娘は完全に“受け”ね。その銀角は、性格は強そうだけど、やっぱり“受け”の素質があるわ。本格的な調教をすれば、躾の行き届いた雌犬になると思うわね……」

 

「ふっ……。さすがはお蘭だね。ちょっと見ただけで、それだけ、わかるのかい? まあ、確かにその通りさ。この黄獅姫は、本当は九霊聖女(くれいせいじょ)という雌妖の“猫”なんだけどね……。ほらっ、じっとしてないかい、黄獅姫──」

 

 黄獅姫は宝玄仙の前に立つように強要されて、宝玄仙から下袴と下着を脱がされている。

 顔を真っ赤にして嫌がっている様子だが抵抗はしない。

 そして、下半身だけ完全に裸にされた黄獅姫の股間に、宝玄仙がさっと手を伸ばした。

 

「ひいいっ」

 

 黄獅姫がその場で股間を抱えてうずくまった。

 

「あら、なにをやったの、お宝姉さん?」

 

 お蘭が笑いながら訊ねた。

 

「『影手』という道術だよ。身体に手の影が張りついて股間をまさぐっているのさ。影だから、いくら取り払おうとしてもできないというわけだよ、お蘭」

 

「あら、愉しい道術なのね。じゃあ、わたしも、この銀角で遊んでいいかしら?」

 

 お蘭が銀角にすっと視線を向けた。

 

「な、なに?」

 

 不意にお蘭に見竦められた銀角が顔をひきつらせている。

 

「『分身』という道術よ、銀角……。自分の右手に責められなさい。両脚も自由にさせてもらうわ」

 

 お蘭が言った。

 

「い、いやああ──」

 

 銀角が叫んだ。

 次の瞬間、銀角の脚が再び大きく開いて、右手で自分の身体をまさぐり始めたのだ。

 銀角は慌てたように、左手でそれを阻止しようとしている。

 しかし、右手の方が力が強いのか、右手が愛撫しようとする股間を守りきれないようだ。

 

 いきなり始まった銀角自身の右手と左手の戦いに、素蛾は唖然とした。

 それにしても、お蘭の闖入により、この部屋は宝玄仙とお蘭の独壇場だ。

 ほかの者は戦々恐々として、ふたりの淫行の嵐に恐れおののいているという感じだ。

 また、宝玄仙とお蘭の道術で責められている黄獅姫と銀角は、身体を真っ赤に充血させて、早くも身体を震わせて始めた。

 

「そ、そんなことよりも、どうして、お蘭がここにやってきたのか説明してよ」

 

 しかし、ついに沙那が焦れたように声をあげた。

 それでやっと宝玄仙も我に返ったような表情になった。

 

「そ、そうだよ──。そうだったよ──。遊ぶのは後だ。それよりも説明しな──。お前、なんでここにいるんだい、お蘭?」

 

 宝玄仙も叫んだ。

 

「そうだったわね……。でも、半分はお宝姉さんの責任よ。わたしは無理矢理に派遣されてきたんだから……」

 

 お蘭は言った。

 

「派遣?」

 

 疑問の声をあげたのは沙那だ。

 

「そうよ、沙那殿。あんたたち、少し前に藍蔡仙(あいさいせん)という天教の女帝仙をからかって追い返したでしょう? そいつが、わたしのところまでやってきたのよ。鎮元仙士という、少し頭の線が外れたような男と一緒にね──。藍蔡仙がいうには、その鎮元仙士というのが、わたしを『移動術』で西方帝国まで送るので、お宝姉さんに天教に戻るように説得しろということだったわ……。それで仕方なく、命令に従うことにしたのよ……。追い返すのは簡単だったけど、東方帝国で天教に逆らうのは得策じゃないしね」

 

 お蘭は言った。

 

「あいつ、まだ諦めてなかったのかい……」

 

 宝玄仙が苦虫を潰したような顔になった。

 

「ああ、ああ、はあ……」

 

「いや……くっ……うう……」

 

 そのとき、黄獅姫と銀角がほぼ同時に不意に甲高い声をあげた。

 ふたりとも、宝玄仙とお蘭のそれぞれに淫靡な道術を仕掛けられて、そのままなのだ。

 

「ふたりとも、いったん道術を解いてください──。怒りますよ──」

 

 沙那が叫んだ。

 宝玄仙とお蘭が顔を見合わせるようにしてから、同時に肩を竦めた。

 すると、黄獅姫と銀角が脱力した。

 道術を解かれたのだろう。

 

「沙那殿の怖さも相変わらずねえ……。あなたから受けた調教は、いまでも夢でうなされることがあるわよ、沙那殿……」

 

「話を混ぜこぜにしないで、お蘭──。まるで、ご主人様がふたりもいるみたいだわ──。それであなたは、藍蔡仙に言われて、ご主人様を強引に連れ戻しに来たの?」

 

 沙那が言った。

 

「いや、そのつもりはないのよ、沙那殿。それは安心して……。それに、お宝姉さんがわたしの言うことに従うわけもないしね……。藍蔡仙がわたしに命じたのも、無理矢理にお宝姉さんを連れ戻せという指示じゃなかったわ……。なんか、天教も改革をしているそうね……。それを知らしめて欲しいということだったわ。『映録球』も預かっているわ。それを再生すれば、藍蔡仙の映像が登場して、必要なことを喋ると思うわ」

 

 『映録球』というのは、なにかの光景を水晶玉の霊具に記録し、それを好きなときに、好きな場所で立体映像で再生できる霊具だ。

 それに、その藍蔡仙とかいう道術遣いの言葉と映像が記録されているのだろう。

 

「じゃあ、お蘭はわざわざ、その『映録球』を運ぶために、こんなところにやってきたのかい?」

 

 孫空女だ。

 

「表向きはね、孫殿──。だけど、実際は違うわ。わたしはお宝姉さんに、どうしても伝えなければならない話があるの。それでやってきたのよ……。藍蔡仙の話は渡りに船だったわ。わたしだけでは、こんなところにどうやっても来られないもの。第一、あなたたちが、どこにいるかも知らないし……。だけと、あの『移動術』の得意な鎮元仙士がいればこそ、ここまでやって来られたのよ」

 

「伝えなければならないこと?」

 

 宝玄仙が眉をひそめた。

 

「少し変な男だけど便利な男ね。それから、さらに言えば、藍蔡仙はあなたの動きをずっと把握しているようよ。西方帝国の宮廷を訪ねれば、お宝姉さんに接触できると藍蔡仙に言われてやって来たんだけど、その通りだったわ」

 

「天教のことも、藍蔡仙のこともいいよ……。あいつらは放っておきな……。ところで、お前の話というのはなんだい、お蘭?」

 

 宝玄仙が言った。

 すると、いきなりお蘭ががばりと宝玄仙に向かってひれ伏した。

 素蛾は驚いた。

 

「ごめんなさい、お宝姉さん──。お宝姉さんから預かっていた残りふたつの『魂の欠片』は数年前に盗まれたの──。本当にごめんなさい」

 

 お蘭がひれ伏したまま言った。

 

「残りふたつって……。ああ、そういえば、あのとき、あたしと沙那の『魂の欠片』だとか言って、残りふたつは保管しておくと言ってどこかに片付けてたよね。あれのことかい、お蘭?」

 

 孫空女が横から口を挟んだ。

 

「そうよ、孫殿……。でも、お宝姉さんは、もう気がついていると思うけど、あれは方便よ。お宝姉さんを混乱させたくなかったから……。あれは両方とも、お宝姉さんの『魂の欠片』よ……。『魂の欠片』は道術遣いや妖魔……つまり亜人だけからしか作れないの。ただの人間のあなたたちからは作れないわ……。あのとき、わたしも驚いてしまって……。とりあえず、混乱させない方がいいだろうと思って、ああ言ったの……。あれっ? そういえば、沙那殿の胸に入れた『魂の欠片』はどうしたの? いまはないようね」

 

 お蘭が沙那を改めて見て声をあげた。

 

「いろいろあってね……。あれは処分したんだ……。それよりも、お蘭、続きを話しな──。お前が保管していた『魂の欠片』はやっぱり、わたしの『魂の欠片』だったのかい? そして、それが盗まれたというのはどういうことだい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「うん……。それを話すわ……。わたしがここにやってきたのはそれが目的だし……。だけど、その前にひとつだけ確かめたいことがあるわ……」

 

 そのとき、お蘭がいきなり、素蛾に視線を向けた。

 そして、その顔があまりにも険しいものだったので、素蛾はびっくりしてしまった。

 

「お前はお宝姉さんの四人目の供ね──。だけど、わたしの予言では、お宝姉さんを助ける供は三人だけよ……。四人目の供は裏切者……。“裏切らぬと信じる者が、古き仇にお宝姉さんを売り渡す……”。それがお前よ──。それがわたしの予言なのよ──。お前は裏切者──。お前は何者なの──? さあ、答えなさい」

 

 お蘭が素蛾を指さして怒鳴った。

 

「わ、わたくしがご主人様を裏切るのですか──?」

 

 素蛾は驚愕した。



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777 妹魔女の懺悔(ざんげ)

「な、なに言ってんですか──。そんなはずはないでしょう──」

 

 朱姫が叫んだ。

 宝玄仙は視線を向けた。

 朱姫は怒ったようだ。

 その朱姫が素蛾とお蘭のあいだに飛び込んできて、素蛾を守るようにお蘭に身体を向けた。

 

「どきなさい、朱姫──。こいつは、お宝姉さんを裏切る敵よ──。こいつは誰なの──?」

 

 だが、お蘭は素蛾を睨んだままだ。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「いい加減にしな、お蘭──。突然にやってきて、なにも知りもしないくせに喚くんじゃないよ。そいつは確かに四人目の供だけど、裏切り者なんかじゃないね──。素蛾だよ。性奴隷志願の童女だ。わたしの道術陣も受け入れている。裏切り者でなんかあり得ないね」

 

「そ、そんなはずはないわ、お宝姉さん……。お宝姉さんだって、わたしの予言の力を知っているでしょう? わたしの予言では、お宝姉さんを守る供は三人──。もうひとりは仇にお宝姉さんを売り渡す者よ──。間違いないわ」

 

 お蘭は怒鳴った。

 だが、宝玄仙は笑い飛ばした。

 

「なにがお前の予言だよ──。あんなもの、当たるとか、当たらないとか以前の話だよ。訳のわからない判じ物のような戯言じゃないかい──。なにを予言して、なにが当たったのか、いつもさっぱりわからないよ──。お前の予言というのは、お蘭の里を出るときに、わたしに告げたあれだろ? あれがなにかの意味があるかなんて思ったこともないね?」

 

「そ、そんなこと……」

 

「いいや──。お前がさっき言った“裏切らぬと信じる者が、古き仇にわたしを売り渡す”──とかいう言葉だって、まったく意味がわからないよ──。だいたい、それがなんで素蛾になるんだい?」

 

「だ、だって……」

 

「だってじゃない──。裏切者といえば、沙那のことじゃないかい──? 沙那の胸にあった『魂の欠片』を処分したとき、確かに、沙那は“裏切者”だったよ。小白象とかいう小娘の部下になろうとして、わたしを拷問にかけたんだ。あのときわたしは、確かに、裏切らぬと信じた者に裏切られた気分になったね」

 

「も、もう、許してくださいよ、ご主人様。あれは正気ではなかったときの話なんです……」

 

 沙那が困ったような口調で言った。

 

「沙那殿が?」

 

 お蘭が声をあげた。

 

「とにかく、その話もいいよ──。それよりも、お前のさっきの話が先だ。『魂の欠片』が盗まれたというのはどういうことなんだい? わかるように説明するんだ、お蘭──。そもそも、あのとき、なんでお前は『魂の欠片』を三個作ったんだい? わたしは前々から、ずっとそれをお前に訊ねたいと思っていたんだよ。勝手に三個できたようなことを言っていたけど、よく考えれば、そんなことがあるわけない。つまりは、お前はわざと三個の欠片を作ったに違いないさ」

 

 宝玄仙は言った。

 あれは旅を初めて間もなくであり、沙那に次いで孫空女が供になったばかりで、まだ朱姫も供にはなっていなかった頃だ。

 霊具を使えない沙那に霊具が使えるようするため、宝玄仙の魂の欠片を分離して、沙那の身体に埋めたのだ。そうすることで、沙那の身体に宝玄仙の霊気が漲り、霊具が使えるようになる。

 そのころには、まだ宝玄仙には、魂の儀式の道術はできなかったので、お蘭にそれを頼んだのだ。

 しかし、その魂の儀式を行ったお蘭は、なぜか、宝玄仙から三個の魂の欠片が三個できあがってしまった。。

 そして、そのうちのひとつを沙那の身体に埋め、残りを自分の手元に残した。

 残りふたつは必要なかったので忘れていたが、それが盗まれた──?

 

「違うわよ、お宝姉さん……。わたしは一個の魂の欠片だけをお宝姉さんから作ろうとしたのよ……。でも、本当になぜか三個できてしまったの──。あのとき、驚いたのはわたしよ──」

 

 お蘭は言った。

 だが、その言葉に宝玄仙も驚いた。

 

「一個作ろうとしたのに、三個もできただって? そんなことあるわけないだろう」

 

「でも本当なの。とにかく、あのときのわたしは、間違いなくお宝姉さんの魂の欠片であるものを選んで、沙那殿の身体に入れたのよ……。残りふたつは、お宝姉さんの魂のようであって、そうでもないようだった……。わたしには、どういうことかわからなかった。だから、とりあえず、調べようと思って手元に残したのよ……」

 

「一個しか作るつもりがないのに三個できたって……? じゃあ、お前が道術に失敗したということだね」

 

「そ、そんなことないわ──。失敗するわけがない──。第一、失敗で三個できてしまうなんてありえないわ。魂の欠片は分離すればするほど多くの霊気を必要とする。一度に三個も作るなんて、常識では考えられない霊気がいるわ。数個作る場合でも、一個作って、相当の時間を置いてから、次の魂の欠片の分離に着手するものなの。お宝姉さんの場合は、間違いなく一個しかできないはずの霊気で三個も出現したのよ」

 

「わけがわからないね」

 

「それはわたしの台詞よ──。とにかく、残りふたつは厳密にはお宝姉さんの魂そのものではなかったようだった。そして、そのひとつは途方もなく霊気が高かった……。わたしには、訳がわからなかったわ」

 

「だったら、なんでそのときに言わないんだい──。すぐに言えばいいだろうが──。わたしは道術に失敗したってね──」

 

「だから、失敗じゃないと言っているじゃないの──」

 

 お蘭が怒鳴り返した。

 

「そもそも、お前は昔からなんでも秘密主義で嫌になるんだよ──。それに自分の失敗を隠そうとするしね……」

 

「お、お宝姉さんにそんなこと言われたくないわね──。秘密主義はお宝姉さんの方が……」

 

 お蘭が顔を真っ赤にした。

 

「待ってください、おふたりとも……。それよりも、盗まれたということを説明して、お蘭……。いずれにしても、その保管していたご主人様の身体から出現した魂の欠片はなくなったのね?」

 

 沙那が口を挟んだ。

 

「そ、そうよ……。盗まれたのよ……。うっかりと……。里にやってきたある客人を屋敷に招いたときに……」

 

 すると、お蘭が悪びれた様子で言った。

 

「屋敷に招いた客に盗まれたということかい、お蘭?」

 

「そ、そうなの……。ごめんなさい……。多分、寝物語のときにでも、うっかりと喋ったのだと思うわ。お宝姉さんの魂の欠片が保管してあることを……。それについては言い訳のしようもない……。この通り謝るわ──」

 

 お蘭が再び宝玄仙に向かってひれ伏した。

 

「まあいいよ……。だけど、誰彼構わず、身体を許すからそんなことになるんだよ、お蘭──」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「そ、それこそ、お宝姉さんに言われたくはないわね──。そんなんだったら、お宝姉さんこそ……」

 

 お蘭が顔をあげて、口を尖らせた。

 

「わたしのことはいいんだよ、お蘭──。わたしは身体を許しても、魂の欠片を盗まれるようなへまはしないしね」

 

「同じような失敗を続けているじゃないの……。そういえば、御影に付きまとわれるようになったのも、もともとは、天教の教団本部の同僚だった御影と気軽に寝たのが発端なんでしょう? わたしだって同じよ──。お宝姉さんの妹だしね……。同じような失敗だってするわよ」

 

「な、なんで、ここに御影が出てくるんだい?」

 

 宝玄仙は鼻を鳴らした。

 あの女男──。

 記憶に呼び起こすだけで虫唾が走る──。

 なにかにつけ、付きまといやがって……。

 

 そういえば、この魔域にあいつはいるのだ……。

 鳴智や魔凛、そして、宝玄仙の偽者のお宝とかいう女を使って、なにかの悪巧みを続けているはずだ。

 

「……その御影よ……。お宝姉さんの魂の欠片を盗んでいったのは御影なのよ……」

 

 お蘭は言った。

 

「な、なにい──? お、お前、わたしと別れてから御影を屋敷に招いて、乳繰り合ったのかい──?」

 

 宝玄仙は、魂の欠片が盗まれたことよりも、そのことに唖然としてしまった。

 

「お、お前という女は、わたしらがお前の元を去ってから、御影が里に入ることを許して、しかも、乳繰り合ったのかい──? なんという馬鹿たれなんだい──。わたしらが酷い目に遭ったと教えただろうが──。そもそも、お前、あのとき、すぐに御前(ごぜん)のところに戻るようなことを言っていたろう」

 

 宝玄仙は怒鳴りあげた。

 “御前”というのは、宝玄仙とお蘭の実の母親のことだ。

 むかし確執があって、宝玄仙は、実の母親から宝玄仙たちの記憶を抜き、完全に関係を絶たせていたのだが、お蘭との再会をきっかけに、お蘭には母親の記憶を戻る方法を教えていた。

 実の娘たちを性奴隷として調教するような破天荒な母親だが、それでもお蘭は母親を慕っていた。

 それを強引に関係を絶たせたのは宝玄仙だったが、お蘭はずっと母親の性奴隷として戻りたがっていた。

 その手段を教えれば、すぐに母親のところに帰ると思っていたのだが……。

 

「まあ、だって、一応は里の者に対する責任もあったし……。御影が訊ねてきたりして……」

 

「だからなんだよ──。あんな女男、見つけ次第になんで退治しないんだい、お蘭? あまつさえ、あいつに対して股を開くなんて、お前という女は常識はずれの尻軽女だよ」

 

「ほ、本当に、お宝姉さんって、自分のことを棚にあげるのねえ──。自分がどんなに慎み深い生活を送っているというのよ──。自分はこんな風に沙那殿や孫殿や朱姫なんかの供に囲まれて充実した性の人生を送っているからいいけど、わたしは、あの里でひとりなのよ──。ふと、寂しく感じることもあるわよ──」

 

「なにがひとりだい──。だから、御前のところに戻るんじゃなかったのかい──。そもそも、あそこの住民は、全部お前の性奴隷のようなものじゃないかい──」

 

「性奴隷っていったって、わたしの身体の疼きを癒してくれるわけじゃないわ。なんだかんだで、御影はいつもわたしを満足させたくれるもの……。結構上手だったし……。だから、つい……」

 

「ふざけるんじゃないよ……。あいつはどうしようもない性悪の悪党なんだよ──。お前に近づいたのも計算づくだ──。お前と御影が会うたびに、わたしにとばっちりがやって来る。まだ、わからないのかい──?」

 

「だから、謝ってるじゃない、お宝姉さん──」

 

 すると、お蘭が大きな声をあげた。



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778 雷音大王の秘密

「だから、謝ってるじゃない、お宝姉さん──」

 

「それが謝る態度かい──。そもそも、 そもそも、最初に御影がお前と関係したときに、お前がつまらないことをべらべらと話すから、わたしは、あいつに脅迫されて、とんでもない目に遭ったんだよ──」

 

「それはお宝姉さんのせいでしょう。しかも、あいつが悪党なことはわかっていて、ちょっと味見のつもりで手を出したんでしょう? ちゃんと聞いたわよ」

 

「それがどうした──」

 

 お蘭と宝玄仙が怒鳴り合いを始めた。

 一方で、沙那もびっくりした。

 当時は、御影という宝玄仙の仇敵がお蘭の里の訪問の少し前に道中で宝玄仙を襲撃をし、沙那たちが返り討ちにしたばかりだった。

 宝玄仙もお蘭にその話はしたから、お蘭は、御影が宝玄仙を殺そうとしている敵であることを知っていたはずだ。

 つまり、それを承知で身体を許したということになる。

 だが、すぐに、この宝玄仙の妹なのだから、それくらいはやりかねないと思い直した。宝玄仙にしろ、お蘭にしろ、およそ、沙那の常識というのは通用しないのはすっかりと認識している。

 

「ねえ、ご主人様と御影って、ずっと昔からの仲なのかい?」

 

 すると、孫空女が口を挟んだ。

 

「どっちも、ずっと若いときの話だ、孫空女──。わたしはまだ天教の仙士で、東帝国の帝都にある教団の本部で働いていた。その当時、この馬鹿垂れは、作ったばかりのあの里で御影と関係して、わたしらの母親のことを喋ったんだ。そのおかげで、わたしはあいつに脅されて、しばらくあの女男の調教を受けなければならなかったんだよ」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 

「だけど、その仕返しに、御影を罠に嵌めて処刑させたんでしょう? だから、その話はもういいじゃないの」

 

「冗談じゃないよ──。そのときに死んでいれば、あいつはもうわたしには関わりなかったんだ。お前が最初に遭ったときに、あいつの『魂の欠片』なんか作ってやるから、あいつが復活したんだろうが──。それで、旅を始めた頃のわたしを襲ったんだ。沙那と孫空女が殺してくれなければ、わたしは再びあいつの飼い犬になっていたところだったんだよ」

 

「飼い犬でもいいじゃない……。あの御影は確かに、性の技に長けているわ……。あんなに快感を引き出してくれる男はいないわよ、お宝姉さん……」

 

「黙りな──。あんなの男じゃないよ。女男だよ──。あいつが女みたいな喋り方で話すたびに、身体に虫唾が走るんだよ。お前、よく我慢できるねえ──?」

 

「あの御影は、お宝姉さんに捨てられたばかりのわたしの身体を本当に満たしてくれたわ。お宝姉さんを狙うことさえしなければ、わたしはずっとあいつの調教を受け続けてもよかったんだけどね……」

 

 お蘭が笑った。

 沙那は横で聞いていて嘆息した。

 お蘭と御影がどんな関係だったのかはわからないが、宝玄仙と御影が確執があるように、お蘭と御影もまた、それなりの関係があったようだ。

 

「馬鹿じゃないかい──。あんな女男」

 

 宝玄仙がまた言った。

 

「仕方ないじゃないの……。あいつは自分のすごい能力のために、女でもあり、男でもあるのよ。だから、あんな風に男と女の中間みたいな存在になるのよ」

 

 お蘭が言った。

 

「能力──? あいつの能力といえば、あの『影法師』の術だろうが──。あんな術のどこが凄いんだよ。糞のような術さ……。まあ、ひとりの人間が三人もの人間として活動できるというのは、ほかの者には真似のできない道術だということは認めるがね」

 

「お宝姉さんは、御影の『影法師』の術の本質的なところはわかっていないのね……。御影との関係が長いわりには……」

 

 お蘭が苦笑した。

 

「なんだい、本質的なことって……? そもそも、お前は御影との関係は長いのかい──?」

 

「最初に調教を受けたのは一年間くらいよ……。姉さんがわたしを捨てて、しばらくの頃ね……」

 

「あの男は正真正銘の悪党だよ。一年間も付き合っていて、それも見抜けないのかい?」

 

「悪党でもなんでも、わたしにはああいう支配してくれる存在が必要だったのよ。お宝姉さんが、わたしをお母さんから引き離して戻れないようにしながら、さらにわたしを捨てたりするから……」

 

「だからといって、あの御影でなくてもいいだろう──。いくらなんでも男を選びな。誰かに支配されたいという、お前の性癖は仕方がない。だが、それなりの性格の者を選ぶんだよ」

 

 宝玄仙が怒鳴った。

 すると、お蘭が大きな声で笑い出した。

 

「わたしがいままでに支配をされたことがある人間の中では、御影が一番、性格がましな方よ。なにせ、最初のご主人様は、お母さん……。次がお宝姉さん、そして、御影だもの」

 

 お蘭がさらに笑い声をあげた。宝玄仙はむっとしている。

 

「とにかく、御影は悪くなかったわ。お宝姉さんの奴隷だった頃の次くらいに充実していた日々だったわね……。さっきも言ったけど、あいつがお宝姉さんを狙おうとしなければ、わたしは、ずっと御影に飼われてやってもよかったと思っていたわ」

 

「だ、だから、わたしを殺そうとしたことを知っていながら、復活してのこのことやってきたあの女男に身体を許したのかい──。この淫売──」

 

 宝玄仙が激昂して叫んだ。

 

「ほ、本当にお宝は、わたしたちの母親に似てきたわねえ……。そんな風に、自分のことすっかり棚にあげて怒る姿なんてそっくり──」

 

 お蘭がからかうような口調で言った。

 

「お宝と呼ぶんじゃないよ──」

 

 それで宝玄仙はますます顔に怒気を溢れさせた。

 そろそろ、沙那もうんざりしてきた。

 沙那は宝玄仙を遮るようにお蘭の前に出た。

 

「ねえ、お蘭──。訊ねたいことはいくつかあるわ──。まずは、最後に復活した御影がやってきたとき……つまり、ご主人様の魂の欠片を盗まれたのはいつなの?」

 

 沙那は口を挟んだ。

 

「……あんたたちが去ってから、半年くらい経ってからかしら……。だから、四年近くも前になるのね……。本当にあなたたちって、長い旅をしてるわねえ……。ねえ、愉しかった? それとも、大変だった? 一番苦労したのはなに?」

 

 沙那は咳払いして、お蘭の質問は完全に無視した。

 

「そのときは御影は復活したばかりだったのね、お蘭? そもそも御影はどうやって復活したの……? つまり、お蘭がそれ以前に与えた魂の欠片を復活させたのは誰? それを御影は話したかしら?」

 

「別に御影は隠していなかったわね……。御影は雷音大王というこの西域の魔王の世話になっていると話していたわ。その魔王に自分の魂の欠片を預けていたのね……。その代わりに御影は魔王の部下として力を尽くす──。そういう関係だったらしいわ……」

 

 お蘭は言った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。四年近く前といえば、雷音大王が牛魔王とともに、この魔域の覇者になった頃だと思います」

 

 ずっと黙って話を聞いていた黄獅姫が口を挟んだ。

 

「そうだね……。確かにそれくらいの時期だね……」

 

 銀角も言った。

 

「そりゃあ、そうよ……。だって、それは御影の力だもの……。御影がわたしから盗んだお宝姉さんの魂の欠片……。その力のおかげで、雷音大王と牛魔王は霊気を向上させて、魔域の覇王となるような力を振るうことができるようになったのよ──。だから、当然、時期は一致するわ」

 

「わたしの魂の欠片のおかげだって──?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「ま、待って……。それはどういうことなの、お蘭?」

 

 沙那も驚いて、声をあげた。

 

「どういうことって……。魂の欠片が道術石ともいい、道術遣いを復活させるだけじゃなくて、石を体内に取り込むことで、取り込んだ者の道術力を飛躍的に増大させる効果があることは知っているわね? 沙那殿にやったのと同じような方法よ。沙那殿は霊気を帯びていない人間だったから、ただ霊具が使えるようになるだけだったけど、もともと霊気を持つ存在が同じことをやれば、その魂の欠片の本体だった者の持っていた霊気分向上するのよ。それは知っている?」

 

「ええ……」

 

 沙那は頷いた。

 だから、獅駝の金凰大王や青獅子大王が宝玄仙を捕らえて、道術石を作り出す家畜にしようとしたりしたのだ。

 

「御影はわたしの屋敷から盗んでいったお宝姉さんの魂の欠片……、即ち、お宝姉さんの道術石を雷音大王に提供したの……。御影はそうやって、雷音大王に定期的に道術石を届けることで、雷音大王に取り入っていたのよ……。最初は自分の魂で作った道術石……。それからは北王国で道術石狩りをしたり……。それを代償に、御影は雷音大王の近習の地位を確保したの……。だけど、さすがはお宝姉さんの道術石ね……。雷音大王がお宝姉さんの欠片を取り込んだときに、驚くべきことが起きたのよ……」

 

「驚くべきこと……?」

 

 沙那は言った。

 

「雷音大王の霊気が信じられないくらいに上昇したのよ……。雷音大王は、御影から提供されたもうひとつの道術石を、自分がもっとも信頼する部下である牛魔王にも与えたわ。そして、牛魔王もまた、大きな力を得た……。その新たな力で、ふたりは自分たちに逆らう者を次々に滅ぼして、魔域の覇王と呼ばれる立場になったのよ。まあ、戦ったのはもっぱら牛魔王だけだけどね……。雷音大王自体は、戦いは好きじゃないのよ」

 

「じゃあ、その雷音とかいうやつがのさばるようになり、牛魔王がやりたい放題のことをして、金角や銀角を酷い目に遭わせたのも、わたしの道術石が発端ということかい──? つまりは、お前が原因かい──?」

 

 宝玄仙は呆気にとられている。

 

「まあ、そういうことになるわね……。だから、こんなに謝ってるじゃないのよ」

 

 お蘭は肩を竦めた。

 

「そ、それが謝る態度かい、お蘭──」

 

 宝玄仙が金切り声をあげた。

 沙那は黄獅姫と銀角を視線をやった。

 ふたりとも、雷音大王や牛魔王の力の源が、宝玄仙の魂の欠片だという話に目を丸くしている。

 

「い、いや……、だったら、ちょっと待ちな──。そうであれば、もしかして、そいつらの身体に入っている魂の欠片を処分してしまえば、あいつらの力はずっと弱まるということかい──?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そういうことになるわね……。というよりも、それはお宝姉さんにしかできないわね……。自分の魂の欠片なんだから、お宝姉さんにはそれを取りあげることも、毀すことも自在にできるはずよ……。わたしを含めて、他人の術者では道術石として誰かの体内にある欠片に触れるのは難しいわ……。だけど、お宝姉さんにはできるのよ……。だって、あれはもともと、お宝姉さんの魂なのよ」

 

 お蘭は言った。

 

「……それなら、さらに勝機が見えてきましたね……。つまり、なにも牛魔王を殺すことに拘らなくてもいいのです。ご主人様が牛魔王を捕捉できる機会を作ればいいということです。戦いの中で、牛魔王をご主人様の道術の届く範囲に連れてくる……。それだけでいいんです。それで牛魔王の力を封じることができます」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 つまりは、そういうことになる。

 

「牛魔王の力がなくなれば、牛魔王軍団は終わりだ──。あいつの傀儡兵など消滅する──。金角姉さんを助けられる──」

 

 銀角が大声をあげた。

 

「……まあ、及ばずながら戦いにはわたしも協力するわ……。わたしにも責任がまったくないというわけでもないしね……」

 

 お蘭は肩を竦めた。

 

「な、なにが責任がまったくないわけじゃないだい──。なにからなにまで、お前のせいじゃないかい、お蘭──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 しかし、お蘭は笑い返すばかりだ。

 それで、ますます宝玄仙は熱くなったようになる。

 沙那は慌てた。

 そろそろ、宝玄仙は爆発する……。

 その前に、知りたいことをすべて質問しなければ……。

 

「ま、待ってください、ご主人様──」

 

 沙那はいまにもお蘭に飛びかかりそうな宝玄仙を制した。

 

「……それで、お蘭、さっき言いかけた御影の能力というのはなんなの? ご主人様の知らない力が御影にあると仄めかさなかった?」

 

 沙那は訊ねた。

 この魔域における敵は牛魔王やその親玉である雷音大王ばかりではない。

 これまでの旅で、時折、ちらついていた御影もまた、倒さなければならない敵だ。

 御影のところには、鳴智が捕らわれている。

 宝玄仙の偽者もいる。

 御影が宝玄仙の身柄を狙い続けているのは間違いない気がする。

 

「ああ、そのこと……? 御影は『影法師』を操るけど、あいつの本当の恐ろしさは、その影法師の作り方そのものなのよ。あいつがどうやって影法師を作るか知っている?」

 

 お蘭は言った。

 沙那は首を振った。横を見ると宝玄仙も肩を竦めている。

 

「……あいつは自分と性交をした相手そのものの影法師を作るのよ。本物そっくりというよりは、本物そのものを複製するの……。それを影法師として操るのよ。だから、男の影法師を作るときには女にもなるのよ──。男にもなって、女にもなる……。そうやって自分自身の身体を使い分けて性交するのよ。すごいと思わない──? 男になって女を犯す快感を味わい、女になって男に犯される快感を味わえるのよ──」

 

 お蘭が愉し気に言った。

 

「なにがすごいんだい、馬鹿かい──。もういい──。とにかく、お前にはお仕置きだ。残りの朝までの時間はお前のお仕置きの時間にする。覚悟はいいね、お蘭──」

 

 宝玄仙が立ちあがった。

 

「えっ? お宝姉さんがわたしをお仕置きしてくれるの──? 本当に?」

 

 しかし、お蘭は眼を輝かせている。

 沙那は、相変わらずの変態ぶりに呆れかえってしまった。

 この宝玄仙という姉にして、お蘭という妹ありだ……。

 

「ふん──。わたしのお仕置きなんて、おこがましいよ──。とりあえず、わたしの供の洗礼を浴びな──。朱姫、ちょっと、この性悪魔女を懲らしめてやるんだ。お前に任せる──」

 

 宝玄仙が朱姫を見た。

 

「あ、あたしですか──?」

 

 突然に話を振られて、朱姫はびっくりしている。

 だが、すぐにいつもの嗜虐の笑みを顔に浮かべた。

 

「……へえ、いいですよ……。じゃあ、相手をしましょう。お蘭さん……。服を着たままでいいですから腕を背中に回してください」

 

 朱姫が言った。

 そして、朱姫は部屋の隅にある荷に向かった。

 戻ってきたときには、縄の束を手にしている。

 あれは『魔縄』だと思う。あれで拘束されれば、縛られた者はどんな方法でも縄抜けはできない。

 

「怖いわねえ……。どんな方法でわたしを愉しませてくれるのかしら……」

 

 お蘭は腕を背中に回しながら言った。

 その様子はこれから始まることに期待している感じであり、宝玄仙ではなく、その供の朱姫に責められるということについても満更でもないようだ。

 朱姫はお蘭を後手縛りにすると、その縄尻を天井に投げた。

 すると縄の先が天井に密着して、それが縮み始めた。当然、お蘭の身体は上にあがり、ついには足先が床から離れて宙に浮いた。

 そして、朱姫はお蘭の足首にも縄を巻いて縛ってしまった。

 

「……これだけじゃ、まだ自由を奪えませんね。さあ、お蘭さん、道術を一時凍結してください。あたしの『縛心術』を受け入れるんです。それで責めのあいだは、お蘭さんが道術を遣えないようにします」

 

「まあ、あなたって、『縛心術』が遣えるの? さすがは相の子ね。とても愉快……」

 

 お蘭は笑った。

 朱姫はお蘭の額に指をとんと当てた。

 それで道術が封じられたのだろうか?

 そのとき、沙那はなにかの違和感を覚えた気がした。その理由は自分でもわからなかったが……。

 

「……さあ、準備はできました──。それじゃあ、乱交の続きをしましょう。お蘭さんはそこで、みんなが愉しむのをじっと見ているんです。それが罰です──」

 

 朱姫がけらけらと笑った。

 

「え、ええ──。わたしを愉しませてくれるんじゃないの──? ただ、見ているだけ? そんなのないわよ──」

 

 それを聞いて、お蘭がびっくりした声をあげた。

 

「だって、お蘭さんが悦んだら罰にはならないじゃないですか……。さあ、みんな、再開しましょう──。お蘭さんに見せつけましょうね」

 

 朱姫が言った。

 

「そりゃあ、いいね……。お蘭、そこでぶら下がってわたしたちが愉しむのを見てな──」

 

 宝玄仙も笑った。

 

「そんなあ……」

 

 お蘭が宙吊りのまま不満の声をあげた。

 

「……じゃあ、次の組み合わせを言うよ。また、最初に戻って、それぞれにやるんだ──。まずは、沙那と孫空女──。お前らふたりで組みな──。お蘭にわたしらが愉しむのを見せてやるんだ」

 

 宝玄仙が言った。

 

「そ、孫女と?」

 

「あ、あたしかい?」

 

 沙那と孫空女は同時に声をあげていた。

 さっきからいろいろな組み合わせでやっていたが、孫空女とふたりだけで組むのは初めてだ。

 かっと身体が熱くなるのがわかった。

 長い付き合いだが、孫空女とふたりきりでやり合うというのは、いまでも恥ずかしいのだ。

 沙那は急激に鼓動が早まるのを感じた。

 

「……それと銀角には朱姫、黄獅姫には素蛾だ。まずは、それでいこうか」

 

 宝玄仙が愉しそうに言った。

 

「いえ、ご主人様……。素蛾にはお蘭さんの足の指を舐めさせましょう。お蘭さんがもっと焦れったくなるように……」

 

 朱姫が口を挟んだ。

 

「そりゃあいいねえ……。じゃあ、素蛾はお蘭の足の指をしゃぶるんだ。黄獅姫はわたしのところにおいで──。さあ、始めな──」

 

 宝玄仙が大きな声で言った。

 

「はい、わかりました」

 

 すぐに素蛾がお蘭の足に向かう。

 

「ちょ、ちょっと、な、なによ──。あ、あんたの舌……。その唾液はなんなの……?」

 

 すると、お蘭はあっという間に宙吊りの身体を切なそうにくねり始めた。

 素蛾は命じられるまま、一心不乱にお蘭の足の指を舐めている。

 一本一本丁寧に……。もちろん、指と指のあいだも余すことなく、唾液を擦りつけ続ける。

 

 

 *

 

 

「ひい、ひいいっ……こ、こんなの──」

 

 お蘭は悲鳴のような声をあげた。

 やがて、周りから女たちの嬌声が聞こえだした。

 三組に分かれた仲間たちが、それぞれに女同士の営みを開始したのだ。

 もちろん、素蛾は宝玄仙に命じられたことをやっている。

 つまりは、このお蘭という人の足の指を舐めることだ。

 それこそ、一心不乱に……。

 

「あ、あんたって、不思議な唾液を持っているのね……。こ、これはつらいわ……。ああ、この唾液はつらい──。こんなんじゃ、とてもいけないけど、快感だけはせりあがるのね……。う、うう……。だけど、悪くない……かも……で、でも、これは……ぐうう──」

 

 お蘭が身体を悶えさせる。

 素蛾はお蘭の足の指が素蛾の口から離れないように、両手でしっかりと抱え込まなければならなかった。

 

「……ね、ねえ、素蛾……。さ、さっきは変なことを言って悪かったわね……。ちょっと、わたしの顔を見てくれない……」

 

 そのとき、お蘭が不意に言った。

 素蛾はいったん口からお蘭の足の指を離して顔をあげた。

 

「うっ」

 

 その瞬間、なにかが素蛾の身体に入ってきた。

 それがなにかはわからなかったが、それが霊気ではないかとすぐに思った。

 素蛾の中に、素蛾以外のなにかが不意に入り込んだような感じだ。

 気持ちの悪さに素蛾は思わず悲鳴をあげそうになった。

 

「静かに……」

 

 そのとき、お蘭が小さく叱咤の声をあげた。

 すると、素蛾の口は黙り込み、まったく声を出せなくなった。

 素蛾は驚愕した。

 慌てて朱姫に助けを求めようと思ったが、朱姫は銀角を張形で責めるのに夢中でこちらには注意を払っていない。それは宝玄仙も一緒だ。沙那と孫空女に至っては、お互いの股間を重ね合わせて、一番激しく性行為に没頭している。

 そのとき、突然に頭の中に声が響いた。

 

 “……あんたのご主人様のように、あたしはお人よしじゃないのよ……。うまい具合に、身体に魔方陣を刻んでいるようね。おかげで、霊気をそこからお前に注ぎ込めるわ……。さあ、操りの霊気を受け入れなさい……”

 

 素蛾は自分の中でなにかが大きく膨らむのを感じた。

 

「……終わったわ……。じゃあ、忘れなさい……。足の指を舐めるんでしょう……」

 

 お蘭が素蛾の頭の上からささやいた。

 素蛾はその言葉で、なにもわからなくなった。

 はっとした。

 素蛾はお蘭の脚を抱え込むようにしたまま、少しのあいだ、ぼうっとしていたようだ。

 どうしたのだろう……?

 

「ああ、切ないわあ──。こんなのないわよ──」

 

 お蘭が急に大きな悶え声をあげた。

 それで、素蛾の思念は遮られた。

 

 そうだ──。

 お蘭の足を舐めるのだ。

 

 素蛾はやっと自分のやることを思い出して、お蘭の足の指を舐める作業に戻った。

 

 

 

 

(第118話『三つの予言と意外な来訪者』終わり)



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 第119話 摩雲城外の戦い
779 中央陣・右翼陣


【戦況略図】


【挿絵表示】



 *




 *(中央陣)

 

 

 奇勝天(きしょうてん)は、三万を率いて、敵の拠点である摩雲(まうん)要塞に向かって南進していた。

 さらに、副将の増長天(ぞうちょうてん)が西側から二万で進み、多門(たもん)は東側を二万で、それぞれ奇勝天軍の動きに連動するように前進している。

 いわゆる、三方向から要塞に侵攻する「分進(ぶんしん)合撃(ごうげき)」のかたちであり、さらに後方を牛魔王自らが率いる五万が、いまは五日の間隔を開いてゆっくりと追っていた。【注:挿絵参照(前書き)】

 

 それに対して、反牛魔王の目的で、摩雲城要塞で連合した金角軍の残党と南山軍の敵は、総勢で一万三千程度のはずだ。

 どの正面の軍を迎撃しようしても、敵は全力で対応しなければならないだろう。

 敵が出てくれば、その正面の味方が迎撃軍を吸収し、残りの二方向から前進している味方が要塞を攻撃する。

 もしも、敵が迎撃の態勢をとらなければ、まずは三方向から前進した七万の軍勢で包囲して、道術による逃亡を防ぐ逆結界を敷いて完全封鎖し、牛魔王の率いる主力を含めた全勢力で要塞を攻撃する。

 

 おそらく、摩雲城などという名の要塞は、波の前の砂城のように磨り潰されて、この世から消えてなくなるだろう。

 そして、摩雲城にいるはずの宝玄仙という人間族の魔女を捕える。

 それが牛魔王から奇勝天が与えられている任務であり、その他の者は生かすも殺すも、奇勝天の裁量に任せるということになっている。

 だが、宝玄仙だけは、生きて捕えなければならないのだそうだ。

 

 宝玄仙という人間族の女は、数年前、牛魔王がとりわけ可愛がっていた紅孩児という息子を人間族の国で惨殺している。

 それを耳にした牛魔王の怒りは、誰にも手が付けられなかったほどであり、牛魔王は長いあいだ、その宝玄仙という人間族の魔女をずっと探していたのだ。

 

 だが、金角軍の侵攻から始まった「魔域大戦」と称された数年に及んだ戦役のために、宝玄仙の捜索に没頭することもできず、それは保留のままだった。

 しかし、ついに、金角を討ち取って、戦役を終わらせることができたとき、その当の宝玄仙が、打倒牛魔王の旗頭として、南山軍と金角軍の残党を率いて北進し始めたのだ。

 牛魔王の悦びと、この新たな戦いにかける意気込みは、並大抵のものではない。

 なにしろ、牛魔王に逆らったとして各地の魔王域に侵攻していた麾下の部下を全部呼び寄せ、すべての軍団に宝玄仙のいる旧金角域に向かう侵攻準備を命じたのだ。

 

 第一軍団と呼称している先遣七万の指揮を任された奇勝天もそのひとりだ。

 奇勝天は、金角に同盟して牛魔王軍と戦っていた西端の魔王と戦って、その魔王の宮殿のある中心域にまさに突入する態勢にあった。

 だが、牛魔王の命により、当面の作戦を中止して和睦を結び、この南侵作戦に参加するために指揮下の軍を率いて侵攻基地となった牛魔王域の南側に位置する青竜城に集まったのだ。

 青竜城は、摩雲城と同様に盤桓平原を挟んだ領域への入口部となる要塞だ。

 ほかの将軍たちも、同じように、それまでの戦いを中止して南侵のために続々と集結した。

 

 牛魔王は集まった四人の軍と将軍を二つに分け、第一軍の七万を奇勝天に任せて増長天と多門の二将軍を指揮下につけ、自らは第二軍となって持国天(じこくてん)将軍を副将として、奇勝天たちとは、五日の間隔を置いて前進している。

 牛魔王は、現在は五万の勢力を、摩雲城に到着するまでに十万以上の勢力にする予定だ。

 侵攻しながら、さらに集結部隊を吸引するのであり、これにより、牛魔王が到着するまでに決着がつかなくても、摩雲城を攻めるのは二十万近い軍勢ということになる。

 だから、最終的な主力との時間差は、十日くらいになると奇勝天は見込んでいる。

 奇勝天としては、牛魔王軍団主力が摩雲城到着前に、すべての決着をつけておきたい。

 

 いずれにしても、いかに、敵が待ち受けの準備をしっかりと整えようとも、敵には万にひとつの勝利の可能性もないはずだ。

 

「銀角の率いる軍が三千ずつの二隊の勢力で、わが軍を横から衝ける位置で陣を張っています」

 

 斥候長が報告してきた。

 三方向から前進している味方は、あと一日で摩雲城に到達する位置まで進出していた。

 

「やっと、巴山虎の性奴隷から解放された銀髪の雌が、焦れて前に出てきたか……。三方向の我らのうち、一番勢力の大きいここをとりあえず叩いておこうということだな……。まあ、それしか手はないであろうがな……。では、雌犬狩りといこうか」

 

 奇勝天の軽口に周囲でどっと笑いが起きる。

 気分をよくして、奇勝天はさらに口を開く。

 

「では、こちらも前進しながら敵の野戦陣を攻撃する態勢を作れ。それから、道術隊に命令。予想戦場一帯に道術防護の膜を張れ──。また、増長天と多門に連絡──。敵の主力が中央隊の前に出てきた。要塞に向かう侵攻を速めよとな──」

 

 こちらで把握している敵の勢力は、一万三千だ。

 そうなれば、こちらに六千が出てきたのだから、残るのは半数しかいない。

 増長天と多門の正面にも敵は進出してきているとは思うが、いずれにしても少数だ。

 数万の軍勢を支えられるわけもないし、どれかの軍勢が要塞まで辿り着けば、ほとんど残っていないはずの要塞を攻撃もできるし、こちらに迎撃に出ている銀角隊を要塞方向から攻撃もできる。

 

 いずれにしても、三方向からのどれかひとつが要塞まで進出してしまえば、それで終わりだ。

 敵軍はなすすべなく崩壊するしかない。

 奇勝天は、全軍の戦闘態勢を取させながら、さらに前進を続けさせた。

 

 数刻で敵が陣を作っている地域に到着した。

 敵は三千ずつの二隊に分かれていた。

 斥候による報告のとおりだ。

 ただ、こちらから左側の隊が右側に比べて、随分と突出している。

 右側の隊には銀角がいることはわかっていた。

 だが、左に分かれた一隊の指揮官が誰なのかは、まだわからなかった。

 

「まあいい……。前衛に攻撃を命じよ……」

 

 奇勝天は指示した。

 こちらの三万の軍勢については、全軍を前衛、中軍、後衛の三つに分けている。

 奇勝天が位置するのは中軍だ。

 

 前衛を指揮する部下が前に出ている左側の一隊に向かって進軍した。

 だが、敵の左の隊は、まともにぶつからずに、すぐに退がっていく。

 やがて、右側の銀角の率いる隊と一緒になるところまで後退した。

 

 随分といい動きだ。

 なかなかの戦上手の者が指揮をしているように思った。

 こちらの前衛はさらに押した。

 すると、銀角のいる半分がいきなり反撃してきた。

 一度退がった左半分も出てくる。

 

「中軍を左右に分けよ。敵の後方を遮断するのだ──。後衛は押して、前衛の後ろにつけ──。おっ?」

 

 配下の軍が奇勝天の命令どおりに動き始めたとき、急に前衛が崩れ出した。

 はじめは、なにが起きたのかわからなかった。

 だが、赤い髪をした黄金の棒を持つ女の率いる騎馬隊が、前衛の一万を横から立ち割ったのがわかった。

 

 遅れて報告がやってきた。

 赤毛の女の率いる騎馬隊は、左側の一隊から分かれたらしい。報告が遅れたのは、その騎馬隊の動きが速すぎたためだ。

 

「くそっ」

 

 戦場を横目で見ながら、敵の背後に回る運動を続けながら前衛の一軍が崩れていくのを見守るしかなかった。

 奇勝天は左右に分かれた中軍の左側にいる。銀角ともう一隊の二隊は遮二無二前に出ている。

 前衛はすでに崩壊しつつある。

 

 いずれにしても、前衛が崩れても後衛で押さえられる。

 そのときに、中軍で後方を遮断すれば敵は終わりだ。

 奇勝天は作戦の続行を各隊に指示した。

 

「赤毛の騎馬隊、来ます──」

 

 部下が叫んだ。

 奇勝天も見た。

 真っ赤な髪をなびかせながら、黄金の棒を構えた美女が雄叫びをあげてこっちに来る。

 あの赤毛の女の騎馬隊は、戦場を縦横無尽に動くようだ。

 人数は五百騎程度しかない。

 だが、凄まじい破壊力だ。

 

 横を突かれた味方の軍があっという間に突破された。

 赤い髪の騎馬の前を誰も残れない。

 弓や槍をものともせずに女は突進し、立ちはだかる兵の身体を棒で飛ばして、さらに進んでくる。

 ひとり、ふたりではない──。

 一閃一閃で、五人、十人と兵が倒されていく。

 その後ろから敵の騎馬隊が固まりとなって続いている感じだ。

 

「守るな──。突破させよ──。あの赤毛の前から避けよ──」

 

 奇勝天は伝令球を自ら飛ばして命令を下した。

 あの勢いは押さえられない。

 だから行かせるのだ。

 断ち割られたと見せかけて、隊形を組み直して逆に包んでしまえばいい。

 

「さらに敵の後続が横から来ます──。数千の一隊です」

 

 伝令が絶叫した。

 

「なに──?」

 

 奇勝天は意外な方向からの横からの攻撃に、思わず狼狽えた声をあげてしまった。

 その隊がどこからやってきたのかすぐにわかった。

 前衛を突破した敵のうち、前に、前にと進んでいたと思った左の隊が、赤毛の騎馬隊と連動するように、いきなり横に方向を変えて、こちらに進んできたのだ。

 そして、赤毛の騎馬隊に対応するために分かれた間隙に、隊を突っ込まれた。

 

「前進やめいい──。中軍左翼隊は横からやってきた隊に対応せよ──。左翼隊は全軍集まるのだ──」

 

 奇勝天は慌てて指示した。

 新たに横を突いてきた隊は、まさに奇勝天のいる方向に向かって進んでくるのだ。

 このままでは、三万の軍勢のほとんどを残したまま、大将の奇勝天が討ち取られるという間抜けなことになる。

 だが、目前に迫っている隊の指揮官は、奇勝天の取る手の先手、先手を打って次の展開を準備してくる。

 

 そして、一瞬の隙を突かれた感じだ。

 奇勝天では、それに対応する策は取れない。

 それがわかった。

 

「前方から来る敵をとにかく止めろ──。乱戦に持ち込め──」

 

 奇勝天は、周囲の中軍左翼の隊に指示した。

 だが、一方で自分を守る本陣隊だけには、いまの戦場からの離脱を命じた。ここで混戦になっている状況を利用して退がるのだ。

 また、崩れた前衛、中軍の右翼、後衛についても、後方における再集結を命じた。

 奇勝天自身は、そこに合流するつもりだ。

 なまじ策や陣形などにこだわると、それに応じられる。

 

 ならば、三万の軍をただ固めて力押しするのがいい。

 消耗戦に持ち込むのだ。

 そうなれば、数に勝るこちらが最終的には勝利する。

 

 奇勝天は騎馬に乗り、後退の準備を整えた。

 そのとき、こちらに突入してくる一隊の先頭が見えた。

 最前列の隊に騎馬に跨る栗毛の女がいる。

 

 あれが指揮官か──?

 動きがいい──。

 

 赤い髪の女ほどではないが、馬上で剣を振るって次々に前の敵を屠っている。

 それに引っ張られるように、敵の隊がどんどんと前に出てくる。

 

「……あれは、宝玄仙の供のひとりのようです。沙那という人間族の女のはずです」

 

 横にいる部下が道術で資料を検索しながら声をかけてきた。

 

「沙那か……。小気味のいい戦いをする女隊長だな……」

 

 奇勝天は馬の肚を蹴った。

 沙那は懸命に声を発しながら味方を進ませている。

 あの沙那が、ただ奇勝天の首だけを狙うために進んできたのは明らかだ。

 しかし、再集結を命じた各隊が密集してきて、その沙那隊と奇勝天のいる本陣のあいだに入ってくる。

 すぐに沙那という女の指揮する一隊は、戦場の海に飲み込まれて姿が見えなくなった。

 

「あの敵を捕捉したら、全力で包囲せよ」

 

 奇勝天はそれだけを指示して、自分の周りだけの隊を率いて戦場を離脱した。

 ほかの正面の各隊の動きもとめさせている。

 中心を割るように動いていた銀角の一隊も攻撃をやめているようだ。

 いま、激しく動いているのは、この正面だけだ。

 

 奇勝天は沙那隊が迫っていた戦場を離脱した。

 すぐに沙那隊が後退をしたという報告が入った。

 奇勝天を捕捉できないと判断した時点で前進をやめたようだ。

 結局、味方も包囲態勢をとることはできなかった。

 

「戦闘をやめて、中軍左翼も退がれ──。全軍で固まって、敵に対峙し直すのだ」

 

 奇勝天は命じた。

 最初の一撃はうまく翻弄された。

 だが、まだ戦いは始まったばかりだ。

 

 

 *(右翼)

 

 

「敵、二万が接近──」

 

 物見から報告があった。

 報告は、西方帝国からの軍勢を率いてきた伊籍(いせき)という若い指揮官がに伝えられたものだ。

 宝玄仙は横にいて、それを耳にしていただけだ。

 

「こちらに向かっている敵の軍の指揮官は、多門という武将のようですね。二万の軍勢を分けることなく、ほぼ固まってやってくるようです、宝玄仙殿……。それにしても、道術というのは便利なものですねえ。こうやって、敵と味方の陣形が瞬時に地形図に浮きあがるのですから……。これなら指揮もしやすい」

 

 伊籍が破顔した顔をあげて、宝玄仙を見た。

 戦場を見おろす丘に位置するこの本陣の中心にある台上に大きな地形図があり、そこに彼我の軍勢の隊形が立体図となって浮かんでいるのだ。

 宝玄仙の道術によるものだが、伊籍に伝えられる報告をもとに、敵を赤色、見方を青色の四角で地形図の上に、その情報が自動的に浮かぶようにしている。

 それにより、敵と味方の態勢が瞬時にわかるという仕組みだ。

 

 それに目をやれば、三千で陣を作って展開している味方の青色に対して、こちらに迫る二万の敵の軍勢の赤い四角はあまりにも大きい。

 しかし、伊籍はそれに少しも動じる様子もない。

 それが少し宝玄仙には意外だった。

 そもそも、こっちに迫っている敵軍は、人間族からすれば一兵にいたるまで道術をこなす道術師軍団だ。

 魔域にいる亜人は大なり小なり、必ず霊気を帯びている。

 霊気を帯びていない亜人というのは、一兵卒といえども存在しないからだ。

 

 それに比べれば、そもそも、人間族というものは道術には慣れていない。

 もっと怖がってもいいようにとも思う。

 だが、伊籍はいつも気楽そうに笑っているばかりで、動じた様子もない。

 

 変わった男だ。

 宝玄仙は、目の前に浮かぶ状況図に、まるで新しい玩具を与えられた子供のように歓ぶ伊籍の姿に苦笑した。

 西方帝国の皇帝となった釘鈀が、その礼のようなかたちで宝玄仙に与えた援軍が、ここにいる西方帝国の国境軍三千の軍勢だ。それを指揮するのがこの伊籍だった。

 年齢はまだ二十五という。

 その年齢で国境軍の指揮を任されるくらいだから、それなりの能力もあるのだと思うが、宝玄仙だけではなく、部下にも、味方の亜人たちに対しても威張る気配もなく、いつも低姿勢だ。

 宝玄仙には、この好人物の伊籍という若い将軍のその態度が、なにかを狙ったもの演技なのか、それとも根っからの気楽者なのか判断はできないでいる。

 

「お宝姉さん、敵は道術遮断の膜を敷く気配がないわ──。多分、ここにいるのが、人間族の一隊だとわかっているようね……。道術を仕掛けてくると思うわ──。とりあえず、わたしが逆に広域の道術防護膜を張るわ。大丈夫よ。わたしの膜は、それが存在することさえ、敵にはわかりにくくしてみせるから」

 

 お蘭が言った。

 宝玄仙とお蘭は、この人間族の伊籍隊三千とともに、三方向から迫る敵の東側の一軍に対応することになっている。

 総勢七万に及ぶ敵の第一軍は、東側、中央、西側の三方向から、こちらの摩雲要塞に迫っていた。

 沙那に言わせれば、こういう進撃要領を「分進合撃」といらしい。

 兵力差のある敵にこういう進軍をされると、こちらは少数の勢力を三箇所に分離して対応するしかない。

 そのどの方面からの敵を無視しても、その勢力が要塞に辿り着いてしまうからだ。

 あるいは、迎撃することなく、全軍で要塞にこもってしまうかだ。

 

 沙那は、それに対して、自軍を分けて、三方向のすべてにそれぞれ向かうことを指示した。

 即ち、中央の主力を迎撃するのは、銀角、沙那、孫空女の三人の隊だ。

 少ない勢力の中で迎撃作戦の主力と呼んでいい一隊であり、この隊でできれば、敵の中央軍の撃破を狙う。

 一方で東西から分進する敵の軍に対応するのは、東側が人間族の一隊の伊籍であり、西側が伶俐虫と精細鬼の指揮する一隊だ。

 このふたつは、敵の撃滅は狙わない。

 沙那たち中央軍の戦いが進んでいるあいだ、敵の要塞への侵攻を止めることが役割だ。

 突破されそうになれば、無理はせずに要塞に後退する。

 そういう任務が与えられているようだ。

 

「わたしは指揮官じゃないよ──。総帥だ──。戦闘に関することは、この伊籍に言いな」

 

 宝玄仙はお蘭に言った。

 お蘭が伊籍に伝達し直した。

 伊籍が笑ってうなずき、お蘭が得意の広域道術を戦場に拡げるのがわかった。

 宝玄仙とお蘭が、この伊籍隊にいるのは、道術戦闘に不慣れな人間族の伊籍たちを霊気で支援するためだ。

 

 それに、目前に迫る敵は、こちら側の迎撃隊が人間族であり、道術戦には不慣れであると思い込むだろう。

 だが、ふたりしかいなくても、宝玄仙とお蘭が揃えば、それは数百人の道術遣いに匹敵する。

 通常の魔域の戦いでは、敵の攻撃道術を防ぐために、まずは、戦場一帯に道術封じの膜を敷いてしまうのが通常だ。

 しかし、相手が人間族の隊だと知れば、敵はあえて道術封じの膜は使わずに、道術で翻弄しようとしてくる可能性がある。そこに宝玄仙とお蘭で、道術で対抗するのだ。

 すると、敵は意外なこちらからの霊気に戸惑い、侵攻が遅延するだろう。

 それが、沙那がこちら側の迎撃隊に与えた狙いだ。

 

「とにかく、一度小当たりさせます。おふたりは、状況に対応して敵の霊気を封じるか、その効果を無力化してください──。人間族の戦いをお見せしますよ──。しばらくしたら戻ります。それまでここにいてください」

 

 伊籍が面白そうな顔をして立ちあがった。

 

「どこにいくんだい、伊籍?」

 

「もちろん、第一線ですよ……。わずか三千の手勢と二万の戦いともなれば、指揮官も、こうやってただ座っているわけにもいきませんから」

 

 伊籍はそう言い残して、さっと陣の外に出て行った。



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780 右翼陣・左翼陣

【戦況略図】


【挿絵表示】



 *




 *(右翼)

 

 

 伊籍は遠くにある雑木林から地面が浮きあがるのを見た。

 

 だが、それは錯覚だった。

 浮きあがったのは岩やたくさんの石だ。

 それがこちらに飛んできた。

 

 道術だ──。

 伊籍は思った。

 

 石礫の壁のようになったものがこちらに向かってくる。

 大きな岩も途中で砕けて、細かい飛礫に変化した。

 

「伏せ──」

 

 伊籍は地べたに這いながら必死で叫んだ。

 迫るのは無数とも呼べる数の石の壁だ。

 それが襲ってくる。

 しかし、そのほとんどは、途中で静止してこちらにやって来ることなく地面に落ちた。

 

 ほっとした。

 あんなものに襲われたら、一瞬にして隊が壊滅するところだった。

 敵の石飛礫が途中でとまったのは、本陣に残っている宝玄仙とお蘭のおかげだろう。

 それでも、全部の石はとめられずに、幾つかの飛礫はこっちに飛んできた。

 周囲でも何人かの兵が石飛礫に当たって倒れている。樹木にもあたって嫌な音も立てた。

 

「装填せよ──」

 

 伊籍は命じた。

 三千の隊の全員が銃で武装している。

 これだけの重武装隊は、近隣の国のどこにも存在しないはずだ。

 道術による防護には銃が効果的だ。道術の術者たちの反応速度を遥かに凌駕する速度で襲う銃撃は、道術遣いたちは対応できないのだ。

 伊籍たち人間族は、この武器で、北に広がっている亜人たちが人間族の勢力地域に侵攻してくるのを防ぎ続けたのだ。

 

 再び、前方の林から岩と石が持ちあがった。

 今度は飛翔してくることなく、林の位置でばらばらと下に崩れた。

 敵の当惑が伊籍にも伝わってくる。

 こちらが人間族の隊だけだと思っているので、道術攻撃が封じられたことについて、訳がわかっていないに違いない。

 

 前から集団の喚声があがった。

 林の前方に敵が不意に出現したのだ。

 

 あれは『移動術』という道術だろう。

 その数は一千ほどだと思うが、それが一度に現れた。

 だが、完全に隊が乱れている。

 まるで団子のような密集状態だ。重なり合って倒れている者が大勢いるし、そうでないとしてもほとんどの兵がどっちを向いてよいかもわからないかのように右往左往している。

 

 伊籍にはなにが起きたのかはよくわかっている。

 敵の一部が『移動術』により、おそらく、伊籍隊の後方に出現しようとしていたのだ。

 だが、宝玄仙とお蘭の防護道術によって、道術による跳躍の途中で出現する場所を変えられてしまって、伊籍隊の銃口の前に出現してしまったのだ。

 

「撃て──」

 

 伊籍は命じた。

 固まっていた敵のうちの数百が、最初の銃撃だけでただの肉になった。

 

「第二列──」

 

 三列に組ませた味方の隊のうち、射撃の終えた第一弾が退がって銃に装弾を始めるとともに、第二列が前に出た。

 こちらの銃撃隊は全部を三列の横隊で並べている。

 一発の射撃しかできない銃をそうやって三交替で撃つのだ。

 そして、射撃をすれば、最後尾に退がって装填をし、第二列と第三列が射撃をするあいだに、それを終わらせてしまう。

 それを繰り返すことにより、常に連続した射撃が戦場に送り込めるという仕組みだ。

 

「第三列──」

 

 二回目の一斉射撃が終了して、三列目を前に出した。

 すでに、敵はほとんど隊の状態をなしていない。

 目の前に出現した勢力のほぼ半分はもう倒れた状態から動かない。

 残りの半分は懸命に射撃から逃れようともがいている。

 

「退がる敵を狙え──。目前の敵は全滅させるのだ──。放て──」

 

 銃が火を噴く。

 背中を向けて逃げていた敵がばたばたと倒れた。

 

「第一列、前へ──」

 

 すでに最初の射撃をした組が装填を終えている。

 伊籍は射撃を命じた。

 敵の一千が完全に死滅するのに、三回りほどしかかからなかった。

 

「では、手筈通りに陣を組み直せ──」

 

 伊籍は本陣も戻るための騎馬を連れてこさせながら命じた。

 道術攻撃が効果がないとわかれば、敵はとりあえず態勢を取り直すはずだ。

 それで少しは時間を稼げる。

 伊籍が命じられていることは、この正面の敵を殲滅させることではなく、まさに時間を稼ぐことなのだ。

 そのために、第二、第三の準備を整えている。

 まずは、第一の戦闘は、伊籍たちの思惑通りに終わったということだ。

 

 

 *(左翼)

 

 

「しまった──。河を渡られた──。伶俐虫(れいりちゅう)──。予定が狂った。河を凍らされた──。渡ってくるぞ──」

 

 精細鬼(せいさいき)の悲鳴のような声を朱姫は耳にした。

 朱姫も予定と異なる敵の動きに、眼下の戦場を前にして茫然としてた。

 敵の大軍が河を一瞬で凍らせることによってできた応急の橋梁を渡って、こちらに続々と向かっているのだ。

 すでに敵の騎馬隊が、喚声の聞こえる位置にまで迫ってきている。

 

「精細鬼、南に向かってくれ──。第二弾の河川障害で、なんとしても敵を止めるのだ。お前の道術なら、あらかじめ刻んでおけば、今度は『冷凍術』が遣えないようにできるはずだ。行ってくれ──。ここは、俺の隊でとりあえず防ぐ──」

 

 伶俐虫が叫んだ。

 朱姫は眼下に拡がる河川の状況をまだ見ていた。

 河川の南岸側で展開していた味方は懸命に、河川を渡った敵を防いでいるが、なんにせよ数が多すぎる。

 一度崩されてしまえば、勢力が遥かに劣る味方では、もはや対応することなど不可能だ。

 もうすぐ、この本陣まで敵の騎馬隊はやってくるだろう。

 

 本来のこちらの策は、殺到してきた敵二万の侵攻を遅らせるために、朱姫が一緒にいる伶俐虫と精細鬼の迎撃隊が、河川にかかっている橋梁を落とすことで対応しようとするものだった。

 目の前の河の河幅は広くて、流れも速い。

 渡渉するのは無理であり、泳いで渡るしかない。

 

 また、すでに近傍からはすべての舟を集めて壊してしまっている。

 敵は壊された橋を補修して、河を越えるしかないはずだった。

 朱姫の役目は、得意の『影手』を水面に浮かべて、敵の工兵隊が橋梁を補修しようとするのを邪魔することだった。

 そうやって、時間を稼ぐのだ。

 同じものをさらに南側の河川でも準備している。

 これにより、かなりの時間を労なく稼げるはずだった。

 朱姫のいる伶俐虫と精細鬼の率いる二千の隊の任務は、南進してくる敵の西側からの軍を遅滞することだ。そのあいだに、沙那たちのいる中央で敵に大きな打撃を与えるのだ。

 

 だが、前方の橋が落とされると、すぐに敵は道術で河面を凍らせたのだ。

 氷でできあがった即席の橋を敵の大軍が渡ってきた。

 これに対応する準備はできていなかった。

 味方はすでに崩壊状態だ。

 

「南に行け──。南だ──。精細鬼──。南の河川一帯に対する防護道術をもう一度刻んでくれ──。さもないと支えられん──。二段目の橋を渡られれば、敵が要塞に到達してしまう──。銀角殿や人間族の軍の後ろに回られでもしたら、全軍が崩壊する──」

 

「わ、わかっている、伶俐虫──。しかし──」

 

 精細鬼は当惑した声をあげた。

 なぜ、精細鬼が戸惑っているかは朱姫にもわかる。

 伶俐虫の一隊がここで敵の侵攻を少しでも遅らせて、そのあいだに、第二弾で破壊準備している橋梁のある河川で食い止める準備をする──。

 ふたりがやろうとしているのはそれだが、そうなれば、伶俐虫は間違いなくここで死ぬだろう。

 精細鬼が後退して、第二弾の橋梁の位置で態勢を整える余裕を稼ぐために、敵をとめる役目の伶俐虫たちは死ぬしかない……。

 

「迷いは後だ──。行け──」

 

 伶俐虫は本陣を前に向かって飛び出していった。

 大声で兵を集める声も聞こえてきた。

 

 精細鬼が一度雄叫びをした。

 男が肚を括ったときの声だと思った。

 

「残る者は全員が退却──。第二弾の橋梁の南側に駆けよ──。朱姫、お前も逃げてくれ。予定が狂った──。ここでの迎撃はできん──。とにかく、逃げろ──。俺は先に行かねばならん。お前の世話はできん──。済まない──。日値、朱姫を頼むぞ。なんとしても南に──」

 

 精細鬼が怒鳴った。

 そして、数名の近習を連れて後方側にいなくなる。

 戦場でいきなり取り残されたかたちになった朱姫は、呆気にとられてしまった。

 

「朱姫、急ごう──」

 

 手を掴まれた。

 日値(ひち)だ。

 日値もまた、朱姫とともに、伶俐虫と精細鬼の隊と合流していたのだ。

 大きな喚声が聞こえだした。

 

「きゃああ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 火のついた矢が降り注ぎ始めたのだ。

 本陣を包んでいた幕が燃えだしている。

 火避けの道術が刻んであり、火では燃えないはずなのに、それが燃えている。

 つまりは、我側の防護道術が無効化されるくらいに敵の道術遣いたちが、すっかりとここを取り囲んでいるのだ。

 

「朱姫、駆けて──」

 

 小柄な日値がすごい力で朱姫を引っ張った。

 燃えている幕の外に出た。

 すでに精細鬼の姿はもちろん、いつの間にか兵の姿もなくなっている。

 逃げたのではなくて、全員が前側からの敵に対応しているようだ。

 

「待って──」

 

 日値が朱姫を樹木の陰に押し込み、どこかに消えた。

 だが、すぐに戻ってきた。

 馬を二頭連れている。

 

「乗って──」

 

 日値が叫んで、朱姫をそのうちの一頭に乗せようとした。

 しかし、朱姫は首を横に振った。

 

「う、馬なんて無理よ──」

 

 朱姫はそう言うしかなかった。

 乗馬には自信はない。

 ここにやってくるときだって、徒歩の兵と一緒に歩いてきたのだ。

 ましてや、それで戦場を突っ切るなど……。

 

「いいから──」

 

 だが、日値が強引に朱姫をその馬に乗せた。

 

「なんでもいいから、首にしがみついて──」

 

 日値がさらに叫んで、もう一頭の馬に乗馬した。

 

「行け──」

 

 日値の乗る馬が駆けだした。

 朱姫が乗っている馬の手綱が日値の手に握られていたのがわかった。

 日値の馬が駆けることで、朱姫の馬も駆け始めた。

 朱姫は悲鳴をあげて、馬の首にしがみついた。



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781 摩雲峡谷の死闘(左翼)

【戦況略図】


【挿絵表示】



 *




 *(左翼・第二線)

 

 

 精細鬼(せいさいき)たちを直接追いかけてくるのは、一千ほどの敵の騎馬隊だ。

 敵の増長天軍二万のうち、騎馬隊は五千ほどだったはずだから、残りの敵の騎馬の四千は伶俐虫(れいりちゅう)が引き受けるか、あるいは、すでに前に回り込まれている可能性がある。

 さらに、伶俐虫はさらに少なくとも一万五千の徒歩兵とも戦っている計算だ。

 

 とにかく、精細鬼は駆けに駆けた。

 一個目の橋梁でまったく敵の進軍を止められなかったのは大きな誤算だった。

 あそこで敵をとめていれば、それなりの時間をかけてから、全軍が少しずつ二つ目の橋梁の位置に移動することになっていた。

 

 いずれにしても、急いで移動して、南側の橋梁で敵を食い止める態勢を取り直さなければならない。

 二個目の橋梁を敵に先に奪われたら終わりだ。

 

 道術による移動は遣えない。

 敵の『移動術』を防ぐために、この戦場一帯に広域の道術防護の膜をまだかけたままだ。

 だから、いまのこの状況では、ふたつ目の橋梁に向かうには、遮二無二騎馬で移動するしかないのだ。

 それは敵も同じだから、道術で追いつかれることはない。

 それだけが救いだ。

 

 戦場にかかっているいわゆる広域の道術防護というのは、一帯の大地全般の霊気を拡散させて、広い範囲に霊気を刻む攻撃道術を無効化する道術になる。

 それによって道術がかけられなくなるのは、戦場を道術の爆風面で制圧するような弾幕道術や魔弾や霊気の刃、それに大規模な部隊を瞬間移動させるような移動術となる。

 一般には、通信術や個人の周りにしか影響しないような小さな霊気の波による道術は関係ない。

 そして、いま現在は、精細鬼たちがかけている道術防護のほかにも、敵がかけている道術防護もこの一帯を覆っているのもわかる。

 

 つまりは、すでに敵は精細鬼が南側の橋梁に向かっている平原に広域道術防護を及ぼせるほど、深く入り込んでいるということだ。

 その証拠に、精細鬼が駆けていくと、それを阻む敵の騎兵は後ろからではなく、横方向からや前側から襲いかかってくる。

 

 精細鬼は両手で剣を持ち、さらに二本の剣を宙に浮かべて、襲ってくる敵を向かえ討つ。

 このくらいの小さな道術なら、彼我の広域道術防護には引っ掛からない。

 無論、戦わずにすむものなら、そのまま捨て置いて南に駆け続ける。

 だが、大抵は戦わなければならなかった。

 道術で操る宙に浮く二本の剣と両手剣の併せて四本の剣を振り回しながら、敵を叩き落とし、そのまま敵中を駆け抜けて進む。

 それをひたすら繰り返した。

 

「邪魔するな──」

 

 精細鬼はまたもややってきた百騎程の敵の騎兵に突っ込んだ。

 目の前から五、六騎の騎馬が剣で斬られて馬から落ちる。

 

 さらに敵──。

 それも倒す。

 

 精細鬼に従っている味方の騎馬も懸命に戦っている。

 やがて、突破した。

 

 精細鬼は味方の数をかぞえた。

 二十騎ほどだ──。

 

 伶俐虫と別れて出発したときには、五十騎はいたはずだから、すでに半分以上がいなくなっている。

 

「行くぞ──」

 

 精細鬼は叫んだ。

 しばらく進むと、やっと二本目の橋梁破壊として準備している場所についた。

 百人ほどの味方が深い谷の上の橋梁を固めている。

 あらかじめ配置しておいた部下だ。

 ほっとした。

 まだ、敵に奪われていない。

 

「橋梁破壊の準備をしろ──。それと、渡ってくる味方を収容しろ──。道術隊は俺の周りに集合──。広域道術をかけ直す。敵は橋梁を破壊しても河川や橋脚を一時的に冷凍させて渡ってくるぞ──。それを防ぐ妨害道術をかけるのだ。急げ──」

 

 精細鬼は、ここに精細鬼がやってきたことに驚いている百人の亜人兵に対して、矢継ぎ早に指示した。

 一方で、精細鬼とともに南下してきた騎兵は、橋梁に通じる谷の道で防護する態勢をとらせた。

 

 橋に向かう道は狭い──。

 ここであれば、ある程度の大軍でも阻むことができる。

 その隘路部で態勢をとること命じると、精細鬼は橋梁の上に騎馬で立った。

 道術隊は集まっていた。

 

 まず精細鬼は、自ら広域道術防護の駆け直しに着手した。

 集まった道術隊に精細鬼自身がかける広域道術防護の霊気の波を増幅させて河の水に霊気を弾く膜を刻むのだ。

 さっきは広域道術防護を大地にしかかけていなかった。

 だから、河の水を凍らされるという失態に繋がったのだ。

 

 やがて、広域道術防護をかけ直すことに成功した。

 精細鬼は必要な指示をして、部下たちが防護している北側の隘路部に戻った。

 

 戦闘は始まっていた。

 さっきは二十騎ほどだった味方が倍に増えている。途中で遅れた騎馬が追いついたのだ。

 

 その代わりに敵もいる。

 百騎程か──?

 

 精細鬼は雄叫びをあげながら、押し寄せている敵に突っ込んだ。

 敵の塊りに突っ込むと、部下たちがついてきた。

 

 剣を振りまわす。

 敵が倒れる。

 やっと百騎の敵がばらばらになって後方に離れていった。

 

「俺は金角女魔王の四天王のひとり、精細鬼だ──。誰であろうと、ここは敵は通さん──。何万人であろうと、ことごとく斬り殺してやるぞ──」

 

 精細鬼は逃げていく敵に向かって叫んだ。

 そして、道術通信で、伶俐虫に橋梁の確保に成功したことを伝えた。

 通信術は敵の道術封じの膜には引っ掛からない。

 まだ、伶俐虫が生きていれば、この通信は道術により伶俐虫に届くはずだ。

 

 そうしている間にも、次々に味方が渡ってくる。

 精細鬼は百人までをこの隘路部に集めると、残りは橋梁の南側で陣を作るように命じた。

 最初は騎馬兵ばかりだったが、少しずつ徒歩兵も通過する味方に混じり始める。

 その中にはもちろん、伶俐虫はいない──。

 

 そういえば、朱姫と日値(ひち)もまだ戻ってない……。

 精細鬼はそれが気になった。

 

 

 *(左翼・第一線)

 

 

 伶俐虫は隊の一部に撤退を命じた。

 精細鬼からの道術通信で、南側の橋梁を確保したことは知った。

 敵が凍らせた河の正面に配置した部下を一隊ずつ橋梁に向かわせるのだ。

 最初に固まった敵に、目前の河を渡らせてしまったので、すでにここを突破されている敵は騎兵を中心に数千だと思う。

 しかし、大部分は、まだ敵の作った氷の橋の向こう側に阻んでいる。

 

 敵が河を凍らせて作った氷の橋梁のこちら側のかなりの部分を融かすことに成功したのが大きかった。

 これで、氷の河を渡ってくる敵が、こちら側で集約するかたちになったのだ。

 そこに守りを集中することで一万以上の敵をなんとか支え続けている。

 

 だが、精細鬼たちが完全に防護をやめれば、一万を超える敵兵は雲霞となって、河の南側の平原に放たれるだろう。

 そうなれば、全部の味方が逃げることができなくなる。

 従って、ここで敵をくいとめつつ、味方を退げるしかない。

 最後まで残った隊は、ここで全員が死ぬだろう。

 それは仕方がない。

 

 いずれにしても、伶俐虫自身は最後までここに留まるつもりだ。

 そして、数名でも多く南側に逃がす。

 考えていたのはそれだけだ。

 

「また来るぞ──」

 

 伶俐虫は雄叫びをあげた。

 数度目の敵の突撃が始まったのだ。

 

 敵が一斉に渡ってきた。

 いままでに三度、突撃を撃退した。

 だが、今度の突撃はそれまでのものとは違う勢いがある。

 こちらの橋梁破壊を無効化しながらも、少数の敵に阻まれてしまい、なかなか河を渡りきれない味方に、ついに敵の将軍が焦れたという感じだ。

 先頭を駆けてくる敵は血走った表情をして、興奮した様子で氷の橋を渡ってくる。

 

「火槍──」

 

 伶俐虫は叫んだ。

 油で火のついた投げ槍を一度に数百ずつ霊具の投射機で発射するのだ。

 氷の橋の狭い部分にそれを集める──。

 数万が一度に渡ってこれるわけではない。

 だから、そこに迎撃を集中すれば、どんなに大軍でも防ぎ続けることはできる。

 敵の先頭を進んでくる兵に投げ槍が突き刺さって、身体が燃え始める。

 火のついた身体が氷の上でのたうちまわる。

 

 その姿に後続する敵は怯み、しばらくすると勢いが消えて突撃が終息する。

 さっきまではそんな感じだった。

 だが、そのときは状況が違った。

 先頭付近の亜人兵の身体に火がついても、その身体を踏みつけて後続の敵が前に進んでくる。

 いままでにない死にもの狂いの凄まじい突撃だ。

 

「第二射、第三射も行け──。渡られるぞ──」

 

 伶俐虫は大声をあげた。

 数百ある発射機は三組に分けて発射するように準備をしていた。

 それで交互に発射させつつ、一射を放ったなら、次の射撃の準備をして、ほかの二組が投射をする前に次の投射ができるようにするのだ。

 それにより、常に前方に投射を継続できる態勢ができる。

 

 しかし、一斉投射にたじろがない敵だと、とてもじゃないが全員を一度に倒すことなどできない。

 投げ槍の当たらなかった敵がそのままこっちにくる──。

 この発射機を集めている陣を抜けられれば、もうなにもない──。

 

 一射目の投げ槍で倒れなかった敵の先頭がついに河のこちら側に来た。

 さっき命じた二射目が彼らに当たり、大部分が火だるまになり倒れた。

 しかし、敵の二列目がもうすぐそこだ。

 そのとき、伶俐虫は狂ったように前進してくる敵の秘密がわかった。

 

 矢だ──。

 敵の後ろ側から矢が飛んでいる。

 しかも、それは伶俐虫たちを狙っているのではなく、先頭を進む敵兵の背中に向かってくるのだ。

 つまりは、敵は味方に背中から矢で追い立てられて、それで狂ったように前に出てくるのだ。

 なに振り構わぬ敵将のやり口に伶俐虫はぞっとした。

 

「準備のできた発射機から、順次投射──」

 

 伶俐虫は命じた。

 もう組ごとの交互射ちは間に合わない。

 

 敵の第二列がこっちに来た。

 この陣地に殺到する。

 そして、襲いかかられた。

 

「畜生──」

 

 伶俐虫は叫びながら、隠れていた場所から飛び出した。

 敵の塊りに突っ込む。

 

 斬った──。

 

 突いた──。

 

 叫んだ──。

 

 敵は続々とやってくる。

 発射機についていたほかの味方も飛び出した。

 

 乱戦になった。

 だが、敵の圧力は凄まじい──。

 

 一千──?

 二千──?

 いや、それ以上の敵が、ついに続々とこっちにやってきている。

 

「もういい、逃げろ──。全員、退却──。ばらばらになって、精細鬼に合流しろ──。逃げろ──」

 

 伶俐虫は最後の命令を発した。

 そう命じながらも、自分自身は敵の海の中で剣を振り続けた。

 

 敵が押し寄せる。

 大地そのものが敵となった感じだ。

 

 伶俐虫の周りはすべて敵になった。

 もう、部下の姿はない。

 

 大部分はすでに死んだのだろう。

 この状況で逃亡など成功するわけがない。

 

 だが、ひとりでも逃げてくれれば……。

 一兵でも惜しい。

 まだ、戦いは続くのだ──。

 

 とにかく、斬っても斬っても際限がない。

 まさに敵兵の海だ。

 伶俐虫の腹をなにがが貫いた。

 

 槍だ──。

 

 伶俐虫は振り返って、自分の身体を後ろから突いた敵を叩き斬ってやろうと思った。

 

 だが、気がつくと、いつの間にか剣を持った右腕がなくなっていた。

 仕方なく左手で腹から出ている槍を叩き折った。

 それを敵に突き刺す。

 

 すると、突然に視界が変わって空が見えた。

 

 なぜ、空が、と思ったが、どうやら地面に倒れたようだ。

 

 しかし、その空は自分を踏みつける敵の足で一瞬にして消失した。

 

 

 *(左翼・第一線と第二線の間)

 

 

「朱姫、朱姫、とにかく馬にしがみついて──。絶対に手を離さないで──」

 

 日値は悲鳴のような声をあげて、馬を駆けさせた。

 朱姫が掴まっている騎馬の手綱は、しっかりと日値の乗る馬の鞍に結んでいる。

 

 だが、遅い──。

 それはどうにもならない。

 朱姫は軍人ではないのだ。

 馬から落ちないだけで十分に頑張っている。

 

 なかなか南側の橋に辿り着けない。

 敵に囲まれている。

 その中を逃亡しているという感じだ。

 周りに味方を見つけることは、なかなかできなかった。

 最初のうちは一緒に南を目指す味方の騎馬もいたのだが、いつの間にか彼らもいなくなった。

 いまは、出逢うのは敵ばかりだ。

 

「ひっ、ひいっ──」

 

 朱姫の必死の声が聞こえる。

 まだまだ元気そうだ。

 とにかく、朱姫を一刻も早く安全な場所に──。

 そのために、足が飛び、腕がなくなっても、馬の首に噛みついてでも馬を駆けさせる──。

 

「ひ、日値──。ま、また、敵よ──」

 

 朱姫が絶叫した。

 わかっている。

 

「草縛り──」

 

 日値は叫んだ。

 やって来る敵の騎馬の脚に大地の草が絡みつく。

 植物を操る道術は、植物種族の日値の一族にしかできない道術だ。

 

 近づいていた敵の数騎が一斉に転んだ。騎兵が落馬する。

 その横を駆け抜ける。

 

 駆ける馬の周りに敵の放った矢が次々に突き刺さる。

 騎馬は草縛りで防げても、さすがに矢は無理だ。

 

 日値は身体から発している草の蔓を風車のように回して矢を防ぐ──。

 それで、大部分は落ちるが、それでも幾らかは身体に当たる。

 だが、朱姫の身体と馬にだけは矢が当たらないようにと、懸命に蔓を動かす。

 おかげで、朱姫と馬はまだ傷ひとつ負わせていない。

 その代わりに、日値の身体には数本の矢が刺さっている。

 抜く手間が惜しいのでそのままにしているが、腹に刺さった矢の部分から強い痛みが走り続けている。

 

「日値、横に敵──。ええい、影手──」

 

 朱姫が叫んだ。

 日値はすぐ横に敵が迫っていたことに気がつかなかった。

 敵の騎兵の持つ矛が日値に向かって振りあげられたが、その手首に黒い手の影が浮かんだ──。

 そして、腕を押されるように、その背中に向かって馬から落ちていく。

 

「う、うわあっ──」

 

 そのとき、朱姫の悲鳴があった。

 影手の道術を遣うために、一瞬だけしがみついていた馬の首を離したようだ。

 それで体勢を崩して、馬から落ちてしまったのだ。

 

「朱姫──」

 

 日値は慌てて馬を反転させた。

 すでに朱姫の周りに数騎の敵が集まり始めている。

 

「影手──」

 

 朱姫が道術で懸命にそれを防いでいる。

 日値は草縛りをかけた。

 朱姫の周りの敵が馬ごと草に包まれる。

 

「日値──」

 

 朱姫が泣き顔でこっちに駆けてくる。

 可愛い女性だ──。

 日値は思わず、頬を綻ばせてしまった。

 

 この朱姫とふたりきりで一緒に旅をしたのは数箇月間であり、もう何年も前の話だ。当時の朱姫は、能生(のうう)と名乗っていて、髪を頭巾で隠して少年のふりをしていた。

 日値はその能生が男だと信じて疑わなかった。

 その頃の朱姫は、いつもなにかに腹を立てているような顔をしていて、あまり喋らなかった。

 

 結局、魔域に向かって、どこかの魔王の兵になることを決心した日値に対して、それを嫌がった能生とはそれで別れた。

 その最後の最後まで、日値は能生が実は少女だと気がつかなかった。

 別れるとき、能生はなにかを訴えるように日値を睨み、“じゃあね……。独りは慣れてるし平気だよ……”と呟くように言った。

 そのときのとても寂しそうだった能生の顔はいまでも忘れられない。

 

 自分は天下の愚か者だ──。

 そう思う──。

 

 能生が少女だと気が付かなかったことも……。

 

 彼女とは別の道を歩むことを決心したことも……。

 その能生と再会したのは一年後くらいだ。

 日値は金角軍の兵になっていて、能生は朱姫と名前を改めて、宝玄仙という人間族の魔女の供になっていた……。

 久しぶりに会った朱姫はすっかりと変わっていた。

 とにかく、よく話すのだ。

 

 一時は銀角の囚われとなって苦労していたが、それも新しく仲間になった女性たちと協力して、逆に銀角を捕らえ直した。

 その女性たちと生き生きと語り、ときには際どい冗談ややり取りをする朱姫は、日値が知っていた能生とはまったく別人だった。

 そのとき、日値には、自分と旅をしていた頃の朱姫が、どうしていつも寂しそうにしていたのかを悟った。

 

 朱姫は、ずっと家族が欲しかったのだ。

 幼い頃に両親を殺され、半妖という中途半端な存在だったために、朱姫は人間族にも、妖魔や亜人の仲間にも入れずに、ずっと孤独に旅をしていた。

 だから、一緒に生きてくれる仲間をひそかに求めていたに違いない。

 そして、ついにそれを見つけたのだ。

 宝玄仙、沙那、孫空女という女たちと本当に愉しそうにしている朱姫を見て、そう思った。

 

 もしも、そんな朱姫の心に早くから思いがいっていたら、日値は朱姫の家族になれたのだろうか……。

 

「危ない──」

 

 朱姫の絶叫が聞こえた。

 腹に激痛が走った。

 

 脇腹に槍が突き刺さっている。

 敵の徒歩兵だ。

 馬を駆けさせる日値に下から槍を突きあげたのだ。

 

 馬から落ちかける身体をなんとか支えた。

 日値は草縛りでその敵兵の身体を包む

 同時に身体の草の蔓で槍を抜く。

 かなりの血が出たが、その傷口を新たに出した草の蔓で上から縛った。

 それで血を止めることができた。

 

「ひ、日値──。だ、大丈夫──? 傷薬を──。ま、待って、どっかにあったと思うから──」

 

 朱姫が慌てたように背負っている荷を探り始めた。

 

「そ、そんなのは後だよ──。いまは逃げるのが先だ──。それから、もう朱姫は道術はいいよ。それよりも馬から落ちないで、朱姫──」

 

 日値は朱姫に手を伸ばして、空馬になっていた朱姫の馬に朱姫を引っ張りあげた。

 腹の傷も痛いし、脇も怖ろしいほどの激痛だ。

 だが、力は漲っている。

 信じられないくらいに力が沸く。

 

 大丈夫──。

 これなら朱姫を守り切れる。

 

「行くよ──」

 

 日値は叫んだ。

 馬を駆けさせる。

 

 しばらく、また駆けた。

 だんだんと味方の数がかなり多くなった。

 

 だが、敵も多い。

 頻度は敵と出逢う機会が圧倒的だ。

 

 一方で、日値と朱姫については、兵に見えないのか見逃されることも多かった。

 とにかく、襲ってくる敵については、草縛りで防ぎながら遮二無二前に進んだ。

 

 やがて、道が狭い崖に阻まれるような地形となり、そこに味方の一団が見えた。

 しかし、そのあいだには敵の残党もいる。

 

「日値──。朱姫──」

 

 大声がした。

 精細鬼だ。

 その精細鬼が一騎でやってきた。

 集まりかけていた敵の残党に突っ込でいく。

 

 まとまりかけていた敵が散っていく。

 日値もまた草の蔓を振り回して、一騎、二騎と倒していく。

 やがて、完全に敵が周囲にいなくなった。

 

「せ、精細鬼様、しゅ、朱姫です……。お願いします──」

 

 日値は辛うじてそれを口にした。

 精細鬼の姿を確認した瞬間に、怖ろしいほどの疲労が襲ってきた。

 

「おう、よくやったぞ、日値──。お前はよくやった──。さあ、朱姫、こっちに──。日値、お前も一緒に橋の向こうに行け──。ここは俺が防ぐ──」

 

 精細鬼が言った。

 その声を聞いた途端に、日値は目の前が急に真っ白になる感覚に襲われた。

 

 

 *(左翼・第二線)

 

 

「しゅ、朱姫です……。お願いします──」

 

 日値が言った。

 

「おう、よくやったぞ、日値──。お前はよくやった──。さあ、朱姫、こっちに──。お前も橋の向こうに行け──。ここは俺が防ぐ──」

 

 精細鬼は吠えるように言った。

 一方で、日値の声に力がないことが気になった。

 全身に傷も負っている。

 

 まあいい……。

 橋梁の向こうには治療隊も揃えている。

 負傷をしている者を次々に治療しているし、日値もしばらく休ませれば元気を取り戻すはずだ。

 

「ひ、日値?」

 

 朱姫が困惑したような声をあげた。

 精細鬼は振り返った。

 

 日値が馬に跨ったまま動かないのだとわかった。

 

 なにをしている──。

 もう少しだ──。

 行け──。

 

 精細鬼は怒鳴りつけようとした。

 しかし、日値の変化に気がついて、精細鬼はかけようとした声を飲み込んだ。

 

 はっとした。

 日値は眼を開いて、しっかりと馬に乗っていたが、すでに死んでいた。

 それが精細鬼にはわかったのだ。

 

「ひ、日値? どうしたの、日値? ねえ、日値──?」

 

 朱姫が騒ぎ始めた。

 彼女は汗びっしょりで泥だらけで、見るからに疲労困憊していた。

 だが、見たところ傷はない。

 それに比べて、日値の身体は傷だらけで血まみれだ。

 

 朱姫を一生懸命に守ったのだな……。

 そう思った。

 

「朱姫……。日値は死んだ。お前を守るために、死ぬのを我慢していたようだ。お前を俺に送り届けて……。そして、死んだ──。ここはいい。ひとりで橋の向こうに行ってくれ……」

 

 精細鬼は言った。

 しかし、朱姫は震えている。

 

 一方で、精細鬼は敵に目をやった。

 敵が集まりかけている。

 突撃の態勢を取っているのだ。

 部下に攻撃準備を命じた。

 

「ああああああああ──」

 

 その瞬間、獣のような咆哮がした。

 眼をやって驚愕した。

 馬に跨って、日値を掴むようにしていた朱姫の姿が巨大な獣の姿になっていた。

 

「な、なんだ──?」

 

 精細鬼は叫んだ。

 魔獣だ──。

 朱姫の姿が魔獣になったのだ。

 そして、馬から飛び降りると、まとまりかけていた敵の集団に駆けていく。

 

「ま、待たんか──」

 

 精細鬼は慌ててそれを追った。部下も続く。

 しかし、足も速い──。

 騎馬で負う精細鬼たちを引き離しながら、朱姫が変身した魔獣が四つ足で駆ける。

 そして、敵の集団に飛び込んだ。

 

 敵の首が次々に飛ぶ──。

 ものすごい怪力だ。

 あっという間に十数人が馬ごと吹き飛んだ。

 敵が度肝を抜かれて逃亡していく。

 

「朱姫──? 朱姫なのか──?」

 

 やっと追いついた精細鬼は叫んだ。

 そのときには完全に敵は逃亡し、魔獣の姿は朱姫に戻っていた。

 服はぼろぼろで、あちこちから裸身が見えている。

 しかし、朱姫はそれを気にした様子はない。

 

「……しばらく道術は遣えません。すみませんでした。仙薬を飲みます……。それで一日で快復できると思います……」

 

 朱姫は激しく息をしながら言った。

 精細鬼はただうなづいた。

 そして、元の小柄な少女の姿になった朱姫を橋梁の南に連れていくように部下に命じた。

 

 

 *(左翼・第二線)

 

 

 かなりの味方が通過していった。

 だが、敵の圧力が強くなってきた。

 そろそろ敵のまとまった集団が来るはずだ。

 

 ここまでだろう。

 精細鬼は部下たちに橋梁を渡るように指示した。

 一団となって橋を通過する。

 

「橋を落とせ──」

 

 叫んだ。

 あらかじめ準備しておいた綱が引かれて、大きな橋が真ん中で崩れて谷河に落ち、そして消えた。

 最初の橋の南岸に展開していた一千五百の味方のかなりは戻った。

 

 しかし、日値は死んだ。

 

 伶俐虫も戻ってこなかった。

 

「これが(いくさ)だ……」

 

 精細鬼は小さく呟いた。

 これが戦なのだ……。



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782 人間族の戦い(右翼)

 *(右翼・多門隊本陣)

 

 

「笑止よ。笑止──。うぬらはそれでも牛魔王軍団の軍人か──。たかが、三千──。しかも、道術も遣えん人間族だぞ──。それを半日かかっても踏み潰せんのか──。牛魔王様がこの体たらくを知れば、どいつもこいつも八つ裂きにされるぞ──」

 

 多門(たもん)は陣に座りながら通信球に怒鳴った。

 その怒鳴り声を包んだ通信球は無数に分裂して、展開している多門軍の第一線に一瞬にして散らばった。

 それは人間族の隊に阻まれて前に進めない味方への多門の怒りを、各指揮官や軍兵に伝えてくれるだろう。

 

 それにしても半日──。

 たかが人間族の三千の隊など、あっという間に一蹴して敵がこもる摩雲要塞に殺到する予定だった。

 半日あれば足の速い騎馬隊だったら余裕で到着できるほどの距離だ。

 

 分進しているこちらの三軍のうち、まずは多門の軍が摩雲要塞を包囲して、要塞を囲む大地全部を多門の旗で覆ってしまう──。

 そのつもりだったのだ。

 

 中央を進んでいる三万の軍勢の奇勝天(きしょうてん)には、どうやら銀角が主力を率いて迎撃に出ているようだ。

 銀角の武勇は有名だ。

 兵力差があるとはいえ、簡単には突破はできないはずだ。

 

 また、西側を進んでいる増長天の経路には、敵が障害として活用できる河川と谷川の摩雲峡谷が二線ある。

 その地形を利用して守られれば、相手が少数の敵であっても、どうしても進軍には時間がかかる。

 

 だから、三軍のうち、もっとも摩雲要塞に早く到着できる優位な状況にあるのが、この多門軍なのだ。

 なにしろ、迎撃に出てきたのは、人間族の国である西方帝国から派遣されてきた三千の人間族の軍であり、しかもこっちの正面には寡兵が大軍を阻めるような地形がほとんどない。

 ただ力押しさえすればいい戦場だ。

 

 さらに、ここは人間族が蛮地として蔑んでいる魔域だ。

 派遣された人間族の兵にとっては、新皇帝の気紛れで派遣されただけで、兵の士気も低いだろう。

 

 従って、少しばかり押せば、すぐに崩れる。

 多門はそう踏んでいた。

 

 ここを突破してしまえば、もう摩雲要塞まで阻むものはなにもない。

 多門軍で要塞を囲み、後からやってくる奇勝天や増長天など、その後陣に追いやってしまう。

 できれば、ほかの二軍が到着する前に、多門軍だけで要塞を落してしまう。

 

 不可能ではない。

 敵は三方向から迫る牛魔王軍の第一軍に対して、総力を三分して迎撃態勢をとっている。

 要塞に残るのは少数の勢力だ。

 二万の兵力があれば、要塞攻略の戦力としては十分だ。

 さすれば、十日足らずで到着するはずの牛魔王も、多門軍の働きを歓んでくれるはずだ。

 

 しかし、実態は摩雲要塞にほかの二軍に先駆けて到着するどころか、人間族の隊が陣を作る前面の林に阻まれて一歩も進めないでいる。

 しかも、押されている。

 人間族の遣う「銃」という武器に翻弄され続けているのだ。

 そもそも、道術を遣えない人間族の軍だから、攻撃道術を遣えば簡単に崩れると思っていた。

 だから、最初は通常は戦いの前に広域に大きく刻んでしまう道術防護の膜も張らなかった。

 それよりも、道術で圧倒してやろうと思ったのだ。

 その方が損害も少ない。

 

 しかし、人間族の軍であるのに、意外な道術を持っていた。

 こちらが最初に仕掛けた石飛礫を運用した攻撃道術は瞬時に阻まれ、しかも、すぐに、こちらの攻撃道術が遣えないように、向こう側から防護道術膜を張られたのだ。

 また、移動術で大軍を背後に送ろうとすれば、それを途中で中断されて敵の銃口の前に着地させられ、一千近い亜人兵が皆殺しになった。

 それからは一切の攻撃道術が使用不能にもなった。

 

 広域の道術封じは非常に霊気を必要とする技術だ。

 多門軍では、それを敷くのに霊気の強い亜人三十人を必要とする。

 霊気の弱い人間族の道術遣いでは、もっと数が必要なはずだ。

 だが、三千の軍勢に人間族が三十人以上の道術遣いを含めることができるとは、とても思えない。

 

 人間族にとっては、道術遣いというのは稀有な存在だ。

 そんな数を集めることなどできないと思われるだけではなく、人間族にとって貴重な道術遣いをこんな人間族にとっての蛮地の戦で消耗してしまうことを許容するのは考えにくいのだ。

 不思議に思って、専門の兵たちに彼らを探知させたが、間違いなく人間族の発する波であり、しかも、数名を除き、霊気を持たないただの人間に間違いなさそうだ。

 しかし、現実として、人間族によって広域の道術封じの膜を張られている。

 

 まあいい……。

 霊気がなくても、もともと圧倒的な兵力差なのだ。

 通常の戦いでも問題ない。

 

 そのはずだ。

 だが、ここで人間族の軍に足止めされて半日──。

 

 いまのところ、突破のできるような綻びは見つけられない。

 多門の苛つきは頂点に達しようとしていた。

 

 

 *(右翼・多門隊前線)

 

 

 多頭猊(たとうげい)は、不意にやってきた多門からの通信球に意識を向けた。

 すると、通信球がいきなり弾けて、周囲に多門の怒声を放った。

 陣のあちこちから同時にその怒り声が聞こえたから、多門は各隊長だけではなく、すべての陣に通信球を放ったのだろう。

 

 多頭猊は一千の隊を指揮する前線指揮官だ。第一列だけで五千を展開しているので、多頭猊のような前線指揮官がいまは五人いるということだ。

 その後方には、さらに第二線、第三線をつくる千人隊の指揮官が率いる隊が並んでいる。

 多頭猊がいるところは五千の第一線の中央だ。

 敵の攻撃も集中し、被害も大きい。

 

 いずれにしても、いくら罵倒されても、それがなにか意味のある言葉とも思えない。

 こっちも必死で戦っているのだ。

 しかし、下知を無視して反応しないでいたら、文字通り、多頭猊たちの首は飛ぶだろう。

 

 不甲斐ない将兵は容赦なく処断──。

 それが牛魔王軍団の掟だ。

 すぐに、一斉に本陣からの軍太鼓が鳴り響き始めた。

 突撃せよという指示だ。

 

「前に行け──、押せや──」

 

 多頭猊は叫んだ。

 そして、自らも前に進んだ。

 千人の隊が一斉に前に出る。

 

 すぐに腹の底に響くような人間族の一斉射撃が襲った。

 最前列の亜人がばたばたと倒れる。

 

「崩すな──。埋めよ──」

 

 大声で命じた。

 多頭猊の亜人兵たちは、全員が十尺(約三メートル)の槍を持ち、それを前に向けている。

 そして、小走りに駆けながら方陣を作ったまま進んでいるのだ。

 射撃で倒れた亜人兵の場所に後続の兵がすぐに出てきて、隙間を塞ぐ。

 こうやって、槍の隙間ができないように敵に突進するのだ。

 

 敵の二射目──。

 またばたばたと味方が倒れる。

 だが、すぐに間隙が埋まる。

 

 だんだんと距離が縮まっていく。

 いける──。

 

 しかし、多頭猊は手応えを感じた。

 射撃と射撃の間隔が妙に開いている。

 いままでのこちらの攻撃で数が減ったのか──?

 

 人間族の銃の反撃は、これまでずっと間断のない連続射撃だった。

 それによって、どうしても陣形を崩されて途中で突撃を阻まれたのだ。

 しかし、今度は圧倒的に銃の数が少ない感じだ。

 

「敵は数を減らしているぞ──。いけや──いけや──」

 

 多頭猊は絶叫した。

 多頭猊がいるのは、千人の方陣陣形のすぐ後ろだ。

 指揮官の興奮が兵にも伝わったのか、方陣で小走りに進む足が速くなるのがわかった。

 敵のこもる林までもう五間(約五十メートル)の距離──。

 

「突けや──」

 

 多頭猊は絶叫した。

 一気に距離を詰めるのだ。

 これで終わりだ──。

 

 そのとき多頭猊が見守る前面の敵の列がさっと入れ替わった。

 いままでに見たことのなかった「銃」を持っている。

 随分と大きい筒だ。

 いままで連中が使っていた銃の筒の三倍はあるだろう。

 それまでに彼らが遣っていた銃に比べれば、新たに出てきた銃は「大筒」という感じだ。

 

「なんだ、あれは?」

 

 多頭猊が思わず呟いたのをほぼ同時に、その大筒が火を噴いた。

 一瞬にして、方陣の三列までの亜人兵が、糸の切れた操り人形のように一斉に崩れた。

 

 多頭猊は呆然とした。

 なにが起きたのかわからなかった。

 それは方陣の中にいる亜人兵も同じだ。

 ひとりひとりと銃で撃たれるのではない。

 正面の兵の全員が一度に倒れたのだ。

 それでも方陣の後ろ半分が陣形を取り直す。

 

「二列目大筒、撃て──」

 

 また声がした。

 再び雪崩のような一斉射撃──。

 今度は方陣のほとんどが一瞬にして消えた。

 

 多頭猊にはやっと、彼らが新たに出した銃の仕組みがわかった。

 あの大筒は一発一発の弾を出すのではない。

 一発の射撃でおそらく十数発の弾を出す仕組みになっているのだと思う。

 それを一斉に放たれたので、密集しているこちらの方陣が一度にやられてしまったのだ。

 

「戻れ──、戻れ──」

 

 多頭猊は悲鳴のような声をあげた。

 すでに、敵の林には三列目が出てきている。

 つまり、最初に銃の数が異様に少ないと思ったのは、大部分が大筒に武器を変えていたからだったようだ。

 それで数が少ないと見せかけて、近距離まで接近させ、いままで隠しておいた大筒で散弾を撃ち込んだということだ。

 

「放て──」

 

 そのとき、敵の声がした。

 弾が多頭猊の胸を貫くのがわかった。

 

 

 *(右翼・人間族側)

 

 

「やるじゃないかい、うちの大将は──」

 

 宝玄仙は樹木に背をもたれさせ、目の前の戦場を眺めながら言った。

 

 伊籍(いせき)はよくやるねえ──。

 宝玄仙は思った。

 

 釘鈀(ていは)の気紛れのような命令で、関係のない魔域の戦いに出動してきて、大して乗り気でもないのではないかと考えていたが、人間族の軍の士気は高く、しかも、非常に精強だ。

 亜人軍の大軍を相手に、怖れるどころか圧倒している。

 いまも隠していた「大筒」の射撃により、各正面の敵の第一線をほぼ一瞬して消滅させてしまった。

 これで、敵は次の攻撃を再開するには、かなりの時間が必要になるだろう。

 

「確かにねえ……。まあ、伊籍殿たちも必死よね──。これはある意味、人間族の存亡に関わる戦いでもあるしね」

 

 隣の樹木に背もたれているお蘭が言った。

 宝玄仙とお蘭は、ふたり揃って戦場がよく眺められる場所に行き、地面に座って樹木にもたれていた。

 別段、休んでいるというわけでもないが、宝玄仙とお蘭の仕事は、敵の道術攻撃を無力化することだ。

 いまは目前の戦場に広域の攻撃道術封じの膜をすっかりとかけてしまったので、特段にやることもないのだ。

 

 こうやって戦場を眺めているのも、漠然と見ているのではなく、どこからか敵による霊気の波の乱れが発生しないかどうか見張っているというわけだ。

 そうやって、敵が道術封じの膜の隙間から攻撃道術をかけようとすれば、それを事前に封じるのだ。

 ただ、いまのところ、その兆候もない。

 宝玄仙とお蘭がふたり掛かりで作った道術封じの膜には、ほんの少しの隙間もありはしないようだ。

 

「人間族の存亡? なに言ってんだい、お蘭? 人間族にとって、この戦いになにか意味があるとでもいうのかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「あら? じゃあ、お宝姉さんは、あの伊籍隊が、ただお宝姉さんにお礼をするための目的だけで派遣されたとでも思っているの?」

 

「違うのかい?」

 

「まあ、相変わらず、あまり物事を深く読まないのね。おめでたいわ──。彼らは人間族の力を誇示したいのよ。自分たちの力を見せつけようとしているの。だから、とっておきの火器を躊躇いなく投入するのよ──。そもそも、わたしたちの攻撃道術を断ったでしょう。そっちの方が楽なのにね。なぜだかわかる、お宝姉さん?」

 

 お蘭は言った。

 確かに、伊籍はお蘭と宝玄仙が攻撃道術による援護を申し出たのを断り、一帯に道術防護の膜を敷いてくれるだけで十分だと応じた。

 ただ、それはこちらが攻撃道術を仕掛ければ、その瞬間は道術防護の膜を消さなければならないし、それにより、そのあいだは敵もまた道術を仕掛けることが可能になる。

 戦場はあっという間に道術戦争の様相になるだろう。

 それを伊籍が嫌ったのだと思う。

 宝玄仙はそう言った。

 だが、お蘭は首を横に振った。

 

「……違うわよ。もちろん、そういう意味もあるかもしれないけど、あれは人間族の怖さを魔域に知らしめるために戦っているのよ。だから、攻撃も徹底しているし、新兵器の火器を駆使して、敵を殲滅するようにしているわ。ああやることで、人間族は怖いという評判を魔域に植えつけようとしているのよ」

 

「評判?」

 

「ええ……。そうすれば、人間族に手を出そうという亜人はいなくなり、人間族と亜人域の境界でただ守るよりも、ずっと効果的な威嚇効果があるわ。あの釘鈀殿下にそう言い含められていると思うわね」

 

 お蘭は言った。

 

「なるほどね……。まあ、まだ奥の手は見せていないようだしね。もしかしたら、二万の軍勢を壊滅させるんじゃないかねえ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「もしかしてじゃないわよ──。伊籍殿はそれを狙っているわ──」

 

「まあ、いずれにしても、伊籍が頑張っているあいだは、わたしらにはこれといって出番もないということだ。もう少し忙しいことになるのかと思ったけどね」

 

 宝玄仙は言った。

 すでに戦場は静かになっている。

 しばらく敵の攻撃がないのは明白だ。

 もしかしたら、今日はもう攻撃はないかもしれない。

 それくらいの敵の損害だ。

 

「……ところで、お蘭、お前、この戦いが終わって、金角が復活したらどうするんだい? 東方帝国に帰るのかい? なんだったら、このまま残るかい。沙那たちも、歓迎するんじゃないかねえ」

 

 宝玄仙は何気なく言った。

 だが、お蘭は一蹴した。

 

「そうは思えないわね。しっかりと沙那殿と孫殿は、わたしを避けようとしているわ。まあ、わたしの里では、かなりの目に遭わせたから、それももっともなんだけどね……」

 

「まあ、あいつらは根っからの被虐癖だからね」

 

「根っからだなんて……。お宝姉さんがそうやって躾けたんでしょう? いずれにしても、あの女傑ふたりがすっかりとお宝姉さんに懐いているじゃないの──。正直、見ていて少し妬けるわ。お宝姉さんと供たちは本当の家族みたいよ──。実の妹のわたしが入る隙もないくらいの……」

 

 お蘭が自嘲気味に笑った。

 

「なに言ってんだい。遠慮するような柄かい、お前が──。ここに残って、あの連中にもう一回お蘭の洗礼を与えてやりな」

 

 宝玄仙は笑った。

 だが、お蘭はすっと口元から笑みを消した。

 

「……実際のところ、ここが片付いたら、わたしは東帝国に戻るわ……。お宝姉さんこそ、どうするの? 本当に魔域に落ち着くの?」

 

「まあ、そのつもりだけど、どうするかはわからないよ──。そのときに考えるさ──。だけど、東方帝国には戻る気はないことは確かさ」

 

 すると、お蘭が肩を竦めた。

 

「残念ね……。だったら、わたし、藍蔡(あいさい)仙に飼ってもらおうかな……。実は何回か抱いてもらったのよ……。悪くなかったわ……。あの人なら新しいわたしのご主人様になって、しっかりと躾けてもらえそうかも……」

 

 お蘭がなんでもない口調で言った。

 宝玄仙は驚いてしまった。

 

「御前のところに戻らないのかい?」

 

 もともと、お蘭は最初の“ご主人様”である御前、すなわち、宝玄仙たちの実の母親のところに戻りたがっていた。

 それを阻止していたのは、宝玄仙の道術だったのだが、それを解放してやったので、すぐに御前のところに戻ると思ってたんだが……。

 

「まあ、御前もすでにいまの生活もあるしねえ……」

 

 なんとなく、口に物を入れているような口調だ。

 なにかあったのだろうか……?

 まあ、どうでもいいが……。

 

「それで、藍蔡仙に飼ってもらうのかい? 本気かい? 」

 

「本気よ……。お宝姉さんは、もうわたしのご主人様はしてくれないんでしょう? だったら、わたしはそうしようと思うの」

 

「ふうん……。まあ、勝手にするさ……。でも、知っているのかい? あいつは相の子だよ。純潔の人間族の血じゃないのさ──。汚れた血だ」

 

 宝玄仙はわざと言った。

 藍蔡仙に亜人の血が混じっているというのは、少し前に藍蔡仙自身が宝玄仙を迎えに来たときに言ったことだ。

 あの藍蔡仙はそれをずっとひた隠していたようだが、帝仙という教団の第一人者になって、ついにそれを公にし、しかも、東方帝国の人間が持つ亜人への嫌悪感──、すなわち、妖魔に対する禁忌感を払拭しようとしている。

 そんなことができるとは思わないが、藍蔡仙はそれに手掛けようとしているのだ。

 

「……知っているわ……」

 

 お蘭はにやりと笑った。

 なるほど……。

 藍蔡仙とは、そういう打ち解けた話をする仲であるようだ。

 そういえば、何度か抱かれたと言ったか……。

 

「だから、藍蔡仙はお宝姉さんにそばにいて欲しかったのね。藍蔡仙が自分には妖魔の血が混じっているといえば、帝国中は大騒ぎになるわ。そんなときに強い霊気で後押ししてくれる仲間がいなければ、失脚どころか命を狙われるかもしれないわ──。それをさせないくらいの強い同志が藍蔡仙には必要なのよ」

 

「お前なら十分に、同志にも、藍蔡仙の楯にもなれるさ、お蘭──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「力を尽くすわ」

 

 お蘭は微笑んだ。

 

「そうかい──。ずっと世に出なかった、蘭玉という臥龍がついに世に出るのかい──。お前なら大道術遣いとして、東帝国の歴史に残るような存在になるさ。なにせ、単純に道術だけならわたしよりも上なくらいだからね──。ど変態の被虐癖なのが玉に傷だけど」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「なんで、それが玉に傷なのよ──。性癖が変わっている変態なことは、お宝姉さんには言われたくないわね。お宝姉さんこそ、大変なものじゃないの」

 

「そうかもしれないね──。まあ、わたしは歴史に名を残すのはごめんだけどね」

 

「残すわよ。この魔域の歴史にね──」

 

「それはお前のお得意の予言かい?」

 

「違うわよ」

 

 お蘭が声をあげて笑った。

 

「いずれにしても、ここにいる限りは、お宝姉さんを助けるために全力を尽くすわ。お宝姉さんには申し訳ないけど、どんな手を使ってでもお宝姉さんを守る……。わたしがお宝姉さんを助けたいと思っていることだけは信じてね……」

 

 お蘭が意味ありげに言った。

 

「なんで、わたしを助けることが申し訳ないんだよ。大いに助けておくれ」

 

 宝玄仙は噴き出した。

 それからしばらく、他愛のない話をした。

 話題は取り留めなく変化し、沙那と孫空女を連れて訪問したお蘭の里での思い出、かつてふたりで暮らしたお蘭が宝玄仙の性奴隷だった頃の話、あの母親の話というように変化した。

 やがて、お蘭が興味深げに訊ねた。

 

「……ところで、お宝姉さんは、四人の供の中で誰が一番好き? わたしの見たところ、お宝姉さんは孫殿が一番のお気に入りという感じだけど、実際の心境としてはどうなの?」

 

「孫空女かい──? まあ好きだね。馬鹿だけどね──。どんな破廉恥な命令でも、わたしが言えば、あの女傑がなんでも大人しく従うから愉しいしね」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「だったら、孫殿が一番のお気に入りということでいいわね?」

 

「一番とか二番とかはないさ。お前も言った通り、もう家族のようなものさ。家族に順番はつけないよ……。あの連中がどう思っているか知らないけどね。ただ、あの孫空女は、この癖のある女傑揃いの集まりをうまくまとめているよ。表向きは沙那が仕切っているようだけど、要所を何気なく押さえているのは孫空女なのさ。あいつがいるお陰で、わたしの供はお互いに仲がいい。孫空女は仲間想いだし、頼りになる。度胸も優しさもある。なんだかんだで、沙那も孫空女を頼りにしているのさ。あいつがわたしら家族の要だ。そういう意味だったら、お気に入りだね」

 

「へえ……。お宝姉さんが誰かをそこまで誉めるなんて珍しいわね」

 

 お蘭が少し驚いたような顔になった。

 

「あいつに言うんじゃないよ。癖になるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ふうん……。じゃあ、沙那殿については、どういう評価をしてるの?」

 

「あいつも面白いよ。実は強烈な被虐癖のくせに、それを認めようとしなくて、からかうとむきになるしね。あんなに感じやすくて、全身が性感帯みたいに敏感でありながら、いまだに自分は“普通”だと言い張るんだよ。面白いだろう? 頭がいいくせに自分のこととなると、客観的にはなれないらしいね」

 

「そうじゃないわよ。性癖の評価じゃなくて、仲間として、お宝姉さんは沙那殿をどう評価してるのかということよ?」

 

「まあ、天才だろうね……。あいつがいなければ、間違いなく、この旅は途中で破綻しただろう。わたしに欠けているもののすべてを持っている気がするよ。計画性、冷静沈着さ、用心深さ、それに、真面目さだ……。だけど、性のこととなると、なんにも知らないんだよ。面白いから、成人の女性は一日二回、自分で尻の穴に指を入れて洗い粉で洗うのが当たり前のたしなみで、全員がやっていることだと教えたら、ずっと信用して指で綺麗にしてたんだよ。傑作だろう?」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 

「もういいわよ……。じゃあ、朱姫は?」

 

「あいつは、わたしのいい助手さ──。特に嗜虐の思い付きは独特で面白いよ。また、最近は霊具作りについても教えているけど、それについてもいい素質を持っている気もするね。あいつの考える霊具のえげつなさは、流石のわたしもかなわないのさ」

 

「霊具って、それ淫具のことでしょう? まあ、お宝姉さんが霊具で認めるんなら、相当のものなんだろうけど……」

 

「霊具作りについては、いずれ、わたしの持っている技術はすべて伝授するつもりさ。そうなれば、まずは沙那あたりがすぐに犠牲になるんだろうけどね。朱姫は沙那をからかうのが自分の使命とでも思い込んでいるように、すぐに沙那にちょっかい出すからね」

 

 宝玄仙は沙那にどんなに強烈に叱られても、隙さえあれば沙那をからかい続ける朱姫を思い出して苦笑した。

 

「確かにそんな感じね……」

 

 お蘭も微笑んだ。

 

「それから、悪戯好きで、さっきも言ったように、沙那なんていつも餌食になっているよ。だけど一番の寂しがり屋なのさ。あいつは人一倍愛情に餓えている。だけど、仲間に対する愛情を性的嗜虐で表現するのさ──。特に沙那のことは、まるで子供が母親にでも甘えるかのようなものさ。それが、あんな嗜虐に変化するんだから、まさにわたしの供に相応しいよ」

 

「じゃあ、素蛾はどう?」

 

「あいつはぶっ飛んでいるだろう? わたしが供に加えたというよりは、朱姫が無理矢理に連れてきてしまったんだけどね……。本当に変わっている童女さ。性奴隷志願だけど、あれでも一国の王女様なんだよ。いまは家出中だけどね」

 

 宝玄仙はけらけらと笑った。

 

「そういえば、素蛾については、釘鈀陛下は、いずれ将来は、あの素蛾を自分の皇妃にと考えている気配よ」

 

 お蘭が言った。

 

「……ああ、知っている。その釘鈀の考えは西方帝国から魔域に入るときに聞かされた……。いずれにしても、しばらく先の話さ──」

 

 宝玄仙は言った。

 素蛾については、いずれは釘鈀が引き取ってくれるなら、それがいいだろうとは思う。

 釘鈀の后ということになれば、家出をしてきた両親とも和解できる。

 肉親から祝福された結婚ということになるだろう。

 

 どこにも行き先のないほかの四人と素蛾は違う……。

 戻れる家族がいるなら、いずれは戻るべきだ。

 そう思う。

 

 宝玄仙の母親はいない。

 存在はするが、すでに娘である宝玄仙の記憶を失くしてしまっていて、もう母親ではない。

 それをやったのは宝玄仙自身だ。

 だが、正直にいえば後悔している……。

 もう随分になる。

 宝玄仙がまだ二十歳そこそこだった頃、このお蘭を引き取り、さらに宝玄仙たち娘二人の記憶を消すことと引き換えに、宝玄仙の道術であの母親に永遠の若さを与えたのだ。

 あのときは、そうやって袂をわかつのが一番の選択と思い込んでいた。

 しかし、宝玄仙も年齢と経験を重ね、自分でも驚くほど、あの母親に似てきたと思う。

 宝玄仙の記憶にあるあの母親と、いまの宝玄仙はなにからなにまで似ている。

 もしも、当時、母親の記憶から自分たちの記憶を消去してしまうという無分別をしなかったら、間違いなく、いまの宝玄仙と母親は打ち解けた女同士の友人のようになれたと思う。

 どんな存在でも、親というものはいないよりは、いた方がいい。

 完全に失ってしまえば、再び仲直りする機会は永遠にないのだ。

 

「……ああ、こんなところにいたのですか? さあ、食事にしましょう、おふた方」

 

 そのとき、伊籍がやってきた。

 第一線に出ていた伊籍が退がってきたということは、伊籍は、今日についてはもう敵の攻撃はないと踏んでいるのだろう。

 宝玄仙とお蘭は、同時に腰をあげて尻の土を払った。



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783 乾坤一擲の突撃(中央陣)

 *(中央陣・孫空女)

 

 

 大地が敵兵に埋め尽くされている。

 

 敵兵が敵兵に見えない。

 銀色の穂が黒い灌木の上でたなびいているかのようだ。

 だが、あれのひとつひとつが敵兵なのだ。

 銀色の穂は敵の亜人兵が持つ武器の刃であり、黒い灌木は具足だ。

 

 奇勝天の率いる軍は三万──。

 孫空女はそれをぼんやりと丘の上から見ていた。

 集まっているのは、孫空女に与えられている五百の騎馬隊だ。

 魔域に入ってからこの騎馬隊で幾つかの戦場を駆けまわった。

 いまやお互いの信頼関係も生まれてきて、自分の手足のようになってきたような気さえする。

 

 丘陵の下側には沙那が率いている三千の隊がある。

 沙那が率いているといっても、直接の指揮をしているのは杜楚(とそ)という銀角の部下であり、沙那はその杜楚に隊の動きを指示しているだけだ。

 

 また、銀角が直接に率いる三千も、沙那隊と並ぶように丘陵の麓にいる。

 その銀角に指示を与えるのは沙那だ。

 沙那は杜楚の扱う通信道術により、銀角や孫空女に通信球という道術で動きの指示を送っているのだ。

 ただし、沙那の指示は全体的な動きに関することだけであり、個別の戦闘そのものは、沙那も銀角に任せている。

 

 つまり、この正面にいる奇勝天軍に対する六千の迎撃隊の全部の統制を沙那がやるが、それぞれの細かい隊の動きは三人が戦機を読みながら、独自の判断で動いて連携しているかたちだ。

 いずれにしても、銀角も全体統制は沙那に従うことに同意している。

 

「壮観ね、孫女。敵将の奇勝天がどこにいるのかわかる?」

 

 騎馬でやってきた沙那が馬から降りて、言った。

 孫空女の五百は一応は、沙那隊の一部ということになっていた。

 

「わからないね。埋もれてしまったよ。本陣らしい場所はわかるけど、あそこにはいない気がする。どうやら、あたしらが奇勝天の首を狙っているのを悟られたんじゃないかな」

 

「仕方ないわね……。でも、引っ掻き回せば、絶対に浮き出てくるはずよ。とにかく、わたしたちの目的は、あの三万を撃破することじゃないわ。第一軍の大将の奇勝天を殺すことよ。さもないと、牛魔王は前には出てこないわ。ただ戦場の後方で、前線の指揮官が戦うのを見守るだけよ」

 

「わかっているよ……」

 

 孫空女はうなづいた。

 沙那からそれは何度も念を押されているので、十分に理解しているつもりだ。

 ここにはいない銀角も同じだろう。

 

 牛魔王という男は、第一線に出てきて陣頭指揮をするような魔王ではない。

 戦いそのものは子飼いの将軍に任せて、その戦いぶりを後ろから観察して叱咤するような感じの指揮をする。

 それは牛魔王のこれまでの戦いぶりを調べた沙那の分析だ。

 

 この戦いの勝敗の鍵は、牛魔王を第一線──即ち、宝玄仙が牛魔王の身体に埋められている道術石を抜き取れるくらいの場所に連れて来れるかどうかにあるのだ。

 もっとも、牛魔王が前線に出てきたとしても、どうやって宝玄仙を牛魔王の目の前に連れてくるかは、別に考えなければならないが、まずは、牛魔王が前に出てこないことには始まらない。

 

 じっと摩雲城に閉じこもっていても、牛魔王軍が大軍で殺到して要塞の周りを包囲するだけで、牛魔王自身はずっと後ろで要塞が落城するのを待つだけだろう。

 だから、こうやって少数の隊で迎撃に来ているのだ。

 それで、少なくとも奇勝天という第一軍の指揮官を倒してしまう。

 そうやって、部下の将軍を倒し続ければ、ついには牛魔王自身が焦れて、直接の戦闘指揮をするために出てくる可能性が生まれる。

 

「あなたにかかっているわ、孫女。あなたの力で引っ掻き回してね」

 

 沙那は言った。

 

「さらりと言うねえ、沙那……。あれを引っ掻き回すのは骨が折れるよ」

 

 孫空女は苦笑した。

 なんといっても、孫空女が率いているのは、たった五百の騎兵だ。

 それに対して、眼下には六万の軍勢──。

 

 沙那は、その五百で六万を乱せという。

 そして、その陣の乱れから奇勝天の場所を炙り出し、そのに全力を注ぎ込む策だ。

 だが、完全に固まっている陣を突破するのはかなり大変だ。

 おそらく、とまったら終わりだ。

 とめられることなく突破できたとしても、駆け抜けるのに相当の犠牲が出るかもしれない。

 

 これまでの戦闘では、孫空女が引っ張る五百の騎兵にはほとんど損害らしいものは出ていない。

 それが孫空女という新参の人間族の女隊長と、ほかの亜人の騎兵たちとの信頼関係にも繋がっている。

 

 だが、沙那はそれをやれと言う。

 通信球で済むことをわざわざ念を押しに伝えにきたのは、それだけ凄まじい任務を孫空女に与えるのだという意識が沙那にあるのだろう。

 

「まあ、やるけどね……。とりあえず、行ってくるよ」

 

 孫空女は、そばにいた馬を呼び寄せた。

 そして、ひらりと跨る。

 手を大きくあげた。

 展開していた騎兵たちが次々に乗馬して、孫空女の進む周りに集まってくる。

 孫空女が彼らに与える指示などない。

 彼らにはただ孫空女の突進する後ろからついてきて遅れるなと言っているだけだ。

 

 いまのところ、彼らはよくやっている。

 もともと南山の部下たちの中で、もっとも精鋭の騎兵だけを集めて作った騎馬隊だ。

 いまは金角の残党軍などの中からも抽出している。

 寄せ集めだが士気も団結力も旺盛だ。

 

 これまでに重ねたこの騎馬隊の活躍がそれを作っている。

 どんな戦闘部隊でも、彼らを精鋭にするのは、なんといっても勝利の味だ。

 勝つことで強くなり、強いから勝つ。

 そういうものだ。

 かつては数百人の盗賊団の首領でもあった孫空女は、それを肌で知っていた。

 

「伸びろ──」

 

 孫空女は耳から取り出した『如意棒』を大きく伸ばした。

 これが戦闘開始の合図だ。

 

 後続する味方から雄叫びがあがった。

 孫空女自身は無言のまま駆けていく。

 丘陵を全力疾走で進んだ

 

 遠かった敵の陣がみるみる近づく。

 目前の敵がざわめきだしたのがわかった。

 

 すでに馬避けの柵などが準備されている。

 孫空女はさらに『如意棒』を伸ばした。

 

「いけええええ」

 

 一瞬だけ長大な棹のようになった『如意棒』が馬一頭分の隙間の柵を破壊する。

 次の瞬間には、『如意棒』は馬上で振り回せるくらいの長さに戻っている。

 馬止めを抜けた──。

 

 敵が慌てたように弓を射かけてくる。

 だが、遅い──。

 

 敵陣だ──。

 

「邪魔あああ──」

 

 孫空女は正面の四人の身体を『如意棒』で跳ね飛ばしていた。

 あとは進むだけだ。

 遮るものを倒して前に進み続ける──。

 

 それだけだ。

 

 目前の敵兵の悲鳴が聞こえた。

 しかし、すぐにそれは馬の脚の下に消える。

 孫空女の後ろでは大きな混乱が起きている。

 

 混乱は常に背後だ。

 孫空女の前にあるのは死にもの狂いで孫空女の行く手を遮ろうとする必死の敵の亜人兵だけだ。

 

 だが、しばらくすると、前を阻む敵兵そのものがいなくなる。

 孫空女の前を避け始めるのだ。

 まるで道のように開いた間隙をまっしぐらに孫空女は進んだ。

 

 そして、前になにもなくなった。

 先頭の一陣を突き抜けてしまったのだ。

 

 孫空女はやや速度を落とした。

 すぐに後続の五百騎が追いついてきた。

 

 大丈夫だ。

 ほとんど失っていない──。

 

「次、行くよ──」

 

 孫空女はひと言叫んで、敵の第二陣に向かって馬を疾駆させた。

 

 

 *(中央陣・銀角)

 

 

「始まったねえ──」

 

 銀角は馬上で苦笑した。

 話しかけたのは、副官としている梅扇(ばいせん)という女の部下だ。

 また、梅扇は銀角の愛人でもある。

 

 少女のような顔立ちをしているが、年齢は三十を超えている。

 人間族に比べて、亜人族は年齢のわからない者が多い。

 帯びているのが強い霊気だと、その影響により老いが肉体に現れないのだ。

 

 銀角もそうだ。

 見た目は人間族であれば、二十代の女にしか見えないだろうが、実際にはすでに齢は百に近い。

 人間族であれば、老境どころか老衰の年齢だ。

 

 梅扇も、銀角とともに巴山虎の囚われとなっていて、巴山虎の性奴隷に成り下がっていた銀角に対して、梅扇は巴山虎の側近の部下の嫁として払い下げられていた。

 銀角が宝玄仙たちの救出されて巴山虎が死ぬと、梅扇も夫だった男を殺して、銀角のところに戻ってきた。

 もともと、梅扇は男嫌いであり、誰であろうと男の嫁になるような雌妖ではない。

 銀角はとりあえず、梅扇を自分の手元に置いて副官とすることにした。

 

「本当に突っ込みましたね……。そんなことができるとは思いませんでしたけど……」

 

 梅扇が感嘆したように言った。その梅扇も騎乗にある。

 この梅扇もまた、本来は騎馬隊長であり、孫空女がやっているのと同じような戦いをするのが本職だ。

 だからこそ、孫空女の凄さがわかるのだろう。

 

 銀角も、まるで訓練でもあるかのように躊躇いなく進んでいく孫空女の馬塵を眺めていた。

 孫空女とそれに続く五百に遅れる騎馬はなかった。

 そして、敵の第一線の千人隊を悠々と突破した。すぐに第二線目の千人隊に突入した。

 

「やった……」

 

 梅扇が声をあげた。

 

「本当だ」

 

 銀角も言った。

 孫空女の率いる騎馬隊に見惚れいているあいだに、あっという間に第二陣も抜けてしまったのだ。

 やはり、ほとんど被害はないようだ。

 孫空女の突進を奇勝天軍の誰も止めることができなかったようだ。

 敵陣は全部で三線ある。

 千人隊ごとの方陣の塊りが三段に並んでいるというかたちだ。

 

 千人隊の方陣というのが牛魔王軍団の特徴であり、各将軍は任務と力量に応じて、その千人隊を幾つか与えられる。

 そんな編成をするのが牛魔王軍だ。

 つまり、奇勝天は、全部で三十個の千人隊をいまは与えられているということだ。

 原則として、千人隊と将軍のあいだに入る中間の指揮官はいない。

 

 また、奇勝天は、いまは牛魔王に委任されて、第一軍の総帥として、分進している増長天軍や多門軍への統制権も付与されている。

 奇勝天の陣の二線目を突破した孫空女は、第三線目には突入することなく、横に移動して奇勝天軍の陣から離れた。

 そして、少し離れた横の丘陵に騎馬隊を集結させている。

 

「見たね、梅扇──」

 

 銀角は言った。

 孫空女がとりあえず突進をやめたのは、この突進で知りたかったことがわかったからだ。

 孫空女が感じたものをここで見ていた銀角も感じた。

 

 孫空女が直接崩した第二線の千人隊のひとつ右──。

 そこに大きな動揺が走った。

 誰かを守るように陣を崩して防勢をとったのだ。

 

 そこに奇勝天がいる。

 銀角にはわかった。

 

 この作戦の目的は、ただ奇勝天という敵の将軍の首を取ること──。

 それが牛魔王を前に出す鍵となる。

 

 次々にそうやって直接の将軍級の部下を殺していく──。

 そうなれば、牛魔王は自ら前に出て来ざるを得ない。

 

「沙那隊が動きました──」

 

 梅扇が声をあげた。

 隣の沙那隊が敵陣への突入を開始した。

 その進行方向は、銀角が奇勝天がいると睨んだ第二列の前の陣だ。

 やはり、沙那も気がついたようだ。

 

「素早いねえ……」

 

 銀角は苦笑した。

 そして、腹に力を込める。

 

 「全軍、突入──。沙那隊に遅れを取るなああ──」

 

 銀角は大声で叫ぶと、騎馬の肚を蹴った。

 横で梅扇が突撃の指示をする通信球を一斉に放ったのがわかった。

 

 

 *(中央陣・沙那)

 

 

 沙那は与えられている三千から騎馬を全部抽出してひとつの隊にしていた。

 その中心に沙那がいる。

 

 沙那には亜人兵たちに指示を与えるための通信道術が遣えないので、杜楚という将校を銀角につけてもらっていて、その杜楚も沙那の横を騎馬で駆けている。

 前を突進する騎馬隊のほかに、残りの徒歩隊がいて、いまは騎馬隊の後ろに徒歩隊がいるという態勢だ。

 

 奇勝天のいる場所はわかったが、まだ遠い──。

 目の前の千人隊の陣を突破して、その後ろの第二線なのだ。

 

 沙那は突入する前衛の正面に、不意に馬坑柵が出現したのが見えた。

 その柵の隙間から矛が出ている。

 

 沙那は騎馬の反転を命じた。

 ここを遮二無二突破すると犠牲が出る。

 

 一方で、少し遅れるかたちで、銀角の三千が出てきたのがわかった。

 沙那隊に連携するように突入してくる。

 

 同じ敵の千人隊を沙那隊と銀角隊が左右から攻撃しているようなかたちだ。

 銀角隊の前を進むのは徒歩兵だ。銀角はまだ騎馬隊は前には出していない。

 

 敵に大きな動きはない。

 そのとき、銀角隊から騎馬隊が出てきた。

 突入するのではなく、敵陣の前を駆け抜けるように横に抜けていく。

 自分の隊の前から沙那隊の前をさっと通りすぎていく。

 その土煙が収まると、馬杭柵が全部引き倒されていた。

 

「へえ──」

 

 思わず沙那は声をあげた。

 さすがは戦上手の銀角だ。

 

 そして、やっと敵が動いた。

 直接、こちらの集中に晒されている千人隊の隣の千人隊が、左右から二隊ずつ背後を回るように動いてくる。

 しかし、沙那は無視した。

 

 ここは乾坤一擲に突き破るしかない。

 包囲されてしまう前に第二線の前に出るのだ。

 

 沙那は馬避けのなくなった敵陣に騎馬隊で突っ込んだ。

 銀角は徒歩兵をそのまま進ませたようだ。

 また、さっき横で駆け抜けさせた騎馬を銀角は後方に回り込もうとする二隊にあてている。

 

 沙那は自隊の徒歩兵の一部だけを反対に向かせるという態勢をとった。

 ほかはそのまま進むのだ。

 犠牲が多いが、いまは時間が惜しい──。

 時間がかかれば、兵力差がものをいう。

 

 やがて、後ろは完全に包囲された。

 だが、沙那もまた騎馬隊で千人隊を突破していた。

 

 そのまま第二線に向かう。

 ここに奇勝天がいる。

 

 沙那が突破したことで、敵は崩れ、沙那隊の徒歩兵も突破してきた。

 銀角隊も続いて出てくる。

 

 背後からの圧迫感が消えた。

 後方に回り込まれた敵が崩れている。

 

 前方側が崩れたことで、背後に迫っていた敵兵の二隊は、連携の相手をなくしたようになり、そこを銀角隊の騎馬隊がうまく突進して崩したようだ。

 そのあたりの包囲の破り方は、さすがに沙那には真似できない。

 銀角の騎馬隊に攪乱された敵の隊は完全に勢いが消失して、一度態勢を取り直すために離れていく。

 それを待って、沙那隊の後方部分も突破した前半分を追ってきた。

 とりあえず突破してきた敵の第一線は、混乱のままだ。

 だが、まだ膨大な勢力を誇ってもいる。その第一線の大部隊と無傷の第二線の敵の真ん中に、沙那隊と銀角隊が並ぶような態勢になる。

 

「行くわよ──」

 

 もはや、作戦などない──。

 あとは突入するだけだ。

 

 沙那はまわりの騎兵にできるだけ小さくまとまるように指示すると、自分が先頭になり、第二線の歩兵に突っ込んだ。

 敵の第二線の全体が緊縮するように集まってきた。

 

 無視する──。

 狙うのは奇勝天の首だけだ。

 

 遮る者を剣で斬り倒しながら突っ走る。

 徒歩兵の集団を抜ける──。

 

 奇勝天──。

 

 いた──。

 

 周りに騎馬が集まっていて、ひと際豪華な具足を身に着けていた。

 

 間違いない──。

 

「奇勝天──。一騎討ちを所望よ──。わたしは沙那──。立ち向かいなさい──」

 

 沙那は叫んだ。

 しかし、奇勝天は嘲笑するような表情になると、悠々と馬を反転させた。

 沙那と奇勝天のあいだに次々と敵の騎兵や徒歩兵が入ってくる。

 

 後方に圧力を感じた。

 

 敵だ──。

 見ると、味方の徒歩兵が遅れている。

 

 突入しすぎたかもしれない──。

 沙那は一部の騎馬隊だけで孤立し、完全に包囲されていた。

 

「待って──。わたしと戦うのよ──」

 

 沙那はもう一度叫んだ。

 しかし、奇勝天は遠ざかっていく。

 沙那は剣を振り続けた。

 

 乱戦になった。

 さすがにこの状態になると、少数のこちらは押される。

 向こうは三万なのだ。

 いくらでも新手がいる。

 

 押し破って包囲から抜けようとしても、すぐにそこを埋められる。

 周りの味方の数が減っていくのがわかった。

 沙那は背に汗を感じた。

 だが、不意に敵陣の包囲が後ろから緩んだ。

 

「沙那──」

 

 銀角だ。

 

 銀角の騎馬隊が外から沙那たちの包囲を強引に崩してくれたのだ。

 

「銀角──」

 

 沙那は銀角たちの進む方向を追うように馬首を向けた。ほかの味方もそうしている。

 銀角が長剣を振り回して強大な陣に道を作っていく。

 沙那はその銀角と並ぶ態勢になる。

 

「無茶すんじゃないよ、沙那──」

 

 敵の圧力が少なくなると、横に並ぶようにしていた銀角が一度だけ振り向いて沙那に叫んだ。

 

「無理するわよ──。無理しないと勝てない戦いよ──。奇勝天を追うのよ──」

 

 沙那は叫んだ。

 だが、敵がゆっくりと退がっていくのがわかった。

 まるで波が引くように敵全体が引いていく。

 それを追いかけることはできない。

 

 その隙がない。

 敵に十分な余力がありすぎる。

 

 このまま乱戦になるのを嫌って、奇勝天が自軍の態勢を整え直そうとしている感じだ。

 

 もう乱れはない。

 奇勝天ももはやどこにいるのかわからなくなった。

 

 二度目も辿り着かなかった……。

 そして、ここで敵に態勢を取り直されたら、大軍に完全包囲されて、磨り潰すように殲滅させられる。

 沙那は自隊の騎馬隊に反転を指示した。

 離れてしまった徒歩兵と合流するためだ。

 とにかく、こちらも戦力を固めて包囲から抜けるのだ。

 銀角もまた、態勢を整えるために自隊をまとめようとしている。

 沙那は自隊をまとめながら、一度崩している第一線に意識を向ける。

 

 そこを突破するか……?

 しかし、後ろに密集していた第一線の敵もまた、沙那隊や銀角隊から一斉に離れていっている。

 

 もう、混乱はない。

 一度の敵の乱れを生かせなかった……。

 沙那は歯噛みした。

 

 やがて、沙那が自隊をまとめ終ったときには、さっき突破した敵の第一線は再び、沙那や銀角たちの後方でこちら向きに陣を固め終わっていた。

 

 しまった……。

 陣形を整えている敵陣に前後を完全に押さえられた。

 六万の敵のど真ん中で、沙那と銀角の二個の隊は包囲されたのだ。

 

 そのとき、前の敵の第二線から喚声があがった。

 そして、敵の第二列の前からの攻撃が開始する。

 さらに後ろの第一列でも陣太鼓が鳴る。

 圧倒的大軍による前後からの同時突撃が始まったのだ。

 沙那は決断した。

 

「杜楚、通信球を銀角に送りなさい──。お前がいまから、徒歩兵を率いて銀角の指揮に入ると……。騎馬隊はわたしに続け──」

 

 沙那は剣を突撃すべき方向に向けた。



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784 戦いの渦(中央陣)

 *(中央陣・銀角)

 

 

 通信球が届いて弾けた。

 沙那が率いていた歩兵を銀角隊に預けるということだった。

 その指揮は、沙那につけている杜楚(とそ)であり、通信球もその杜楚自身から送られてきた。

 

「冷静沈着かと思えば、沙那も案外に短気なんだね」

 

 銀角は苦笑した。

 沙那自身は自隊から騎兵だけを抽出して率いるらしい。

 もちろん、狙いは奇勝天の首だろう。

 それを自ら奪いにいくつもりのようだ。

 

 奇勝天の居場所は遠くなった。

 だから、脚の速い騎兵で遮二無二、追いかけたいに違いない。

 そのためには、遅い歩兵が邪魔になる。

 それを銀角に預けるということだ。

 

 見ると、沙那の指揮する五百騎だけが、まるで袋からなにかが破裂するように一列で包囲を抜けていった。

 

「おいしいところをひとり占めする気かい、沙那?」

 

 銀角は呆れて口に出した。

 無論、その言葉が沙那に届くことはない。

 通信球を送りたくても、いま沙那は杜楚も切り離したのだ。

 あとは、戦場の中でお互いの呼吸を測りながら駆け引きを続けるしかない。

 

 いずれにしても、この状況だ。

 完全に四方から囲まれたかたちになっている。

 なんとかしなければ……。

 

「杜楚、前方の第二陣の左翼だ──。そこに歩兵を突撃させな──」

 

 銀角は杜楚に指示を送るとともに、もともと率いていた徒歩兵を同じ場所に突撃させた。

 包囲された敵の中で、その部分の陣に隙があった。

 そこに攻撃を集めさせる。

 

「行くよ──」

 

 やはり、すぐにその一角が崩れた。

 銀角隊の騎馬隊をそこに突進させた。

 

 騎馬隊の先頭は銀角自身だ。

 後ろは梅扇(ばいせん)──。

 そして、ほかの騎兵が続く。

 

 長剣を左右に振りながら敵の徒歩兵を断ち割っていく。

 抜けた──。

 

 すぐに反転して、同じ場所を今度は背後から騎馬隊で攻めた。

 組んである陣というものは前からの攻撃にはよく耐えるが、背後からの攻撃には驚くほど弱い。

 

 あっという間に敵陣が割れていく。

 歩兵と合流した。

 敵陣の中で、また騎馬隊を反転させて、今度は徒歩兵を守りながら進む。

 

 抵抗がなくなる。

 包囲を抜けたのだ。

 

 しかし、新たな方陣がまた目の前に出てきた。

 千人隊が五個──。

 五千の陣だ。

 こちらへの攻撃態勢をとっている。

 

「攻撃しろ──」

 

 銀角は徒歩兵に命じた。

 突き抜けるしかない。

 その力がなくなれば、今度こそ包囲されて殲滅させられるだけだ。

 守りに入っても耐えられるわけなどない。

 

 だが、背後からも突き破った包囲陣の敵の各隊が追ってくる。

 銀角は馬腹を蹴った。

 前からの新たな敵には徒歩兵をぶつけつつ、後ろには騎馬隊で対処することにした。

 

 後方にまわった。

 断ち割った敵の陣がすでにまとまり、こちらの徒歩兵の後方から攻めようとしている。

 銀角は雄叫びをあげながら、その側面に突っ込んだ。

 

 敵の動きがとまり、銀角の率いる騎馬隊に対処するための馬止めの柵を並べだす。

 銀角はそこには突っ込まずに横に移動した。

 後方の敵は銀角と騎馬隊に対応するために、前に進む動きは中断している。

 

 とりあえず、これでいい──。

 銀角はさっと手をあげて、騎馬隊を引きあげさせた。

 

 敵を押し続けている徒歩兵と少し離れた態勢になった。

 味方の徒歩兵は、敵の大軍に阻まれて押し切れていない。

 騎兵で崩せば、突破できるかもしれないが合流は難しい。

 銀角の騎馬隊が移動すれば、いまは膠着したかたちになっている後ろの敵がまたやってくる。

 

 そのとき、離れた戦場を疾駆する孫空女の騎馬隊が見えた。

 すぐそばに沙那の騎馬隊もいる。

 

 二隊の先頭は孫空女と沙那だ。

 なにかを追っているようだ。

 

 その突進の先に目をやると、まとまった敵の陣と数千の騎馬隊がいる。

 あそこに奇勝天がいるのだろうか……?

 

「あいつら、やっぱり、おいしいところを持っていくのかい?」

 

 銀角は思わず笑みをもらした。

 そのとき、新たな敵の千人隊がやってきた。

 銀角の直接指揮する騎兵と徒歩兵のあいだを割ろうとしている。

 あいだに入られれば終わりだ。

 

 銀角は騎馬隊を再び動かした。

 大きく弧を描くように回り込んで、徒歩兵の背面に合流した。

 牽制によって動きが止まっていた背後の陣が再び前に出た。

 

 仕方がない──。

 このまま乱戦に持ち込むしかない。

 

 銀角隊の前側では徒歩兵が数倍の敵と戦っている。

 善戦はしているが、やはり最後には数がものをいう。

 いずれ押されるだろう──。

 しかし、手助けはできない。

 騎兵で乱そうにも、その騎兵も側背の敵を防いでいる。

 ここから騎馬隊を抜けさせれば、歩兵の後ろをまともに大軍にぶつかられる。

 

「後ろ側の敵を押し返せ──」

 

 銀角は大声で命じた。

 銀角自身も兵のひとりとして、前にいるものを長剣で斬り倒しながら強引に出る。

 敵の勢いの強い部分を探して、そこに突進した。

 

 敵中に踊り込む。

 斬って、斬って、斬りまくる──。

 

 やっと、敵の背後からの勢いがとまった。

 態勢を立て直すために、いくらか後退していく。

 しかし、息をつくことはできなかった。

 

 また、新しい敵の千人隊が、後退した隊と入れ替わるように、騎馬隊に突っ込んできた。

 

 

 *(中央・奇勝天) 

 

 

 完全な乱戦になった。

 奇勝天は舌打ちした。

 

 乱戦にする必要はないのだ。

 圧倒的な戦力差だ。

 じっくりと攻めたてて、敵を消耗させていけばいいだけの戦いだ。

 だが、敵の集団が崩れそうで崩れない。

 

 包囲が完成しそうになると、どこかを崩されて外に出られてしまう。

 仕方なく、そこに新手をあてて包囲を作り直そうとすると、それも崩される。

 そうやっていると、戦場は完全に錯綜した状態になった。

 しかも、ふたつの騎馬隊がうるさい。

 

 戦場を動き回り、どこまでも奇勝天を追いかけてくる。

 ひとりは、さっき沙那と名乗った栗毛の女だ。

 もうひとりは、最初に軍を割られた黄金色の棒を持つ赤毛の女の率いる隊だ。

 騎馬隊の勢いもあるが、そのふたりの個人的な武勇もすごい。

 あのふたりの女に引っ張られるように、二個の騎馬隊が戦場を突っ切り続ける。

 

 奇勝天は苛立ちをなんとか抑えていた。

 またもや、赤毛の女の騎馬隊がやってきた。

 まっすぐにこっちに向かってくる。

 

 あの赤毛がひたすらに奇勝天を追いかけ続けているのは確かだ。

 逃げても、逃げても、奇勝天の居場所に向かって突進してくる。

 

 奇勝天は右翼の千人隊をあてた。

 赤毛の女の騎馬隊がその千人隊で遮られて見えなくなる。

 派手な戦闘が行われている気配だが、ここからではよくわからない。

 完全な混乱の渦中になっている。

 

 そう思ったとき、渦の中から赤毛の女が飛び出してきた。

 

「うおっ」

 

 思わず、声をあげた。

 速い──。

 

 その次の瞬間、後続の騎馬隊も抜けてきた。

 あの先頭の赤毛の女が単騎で突っ走り、その後ろを騎馬隊の集団がやってくる感じだ。

 ともかく、その赤毛の女がまっしぐらにやってくる。

 

「防げ──」

 

 奇勝天は馬首を返すとともに叫んだ。

 あまりの勢いに、奇勝天は恐怖に包まれた。

 

 護衛の一団が慌てたように赤毛の女の前に出る。

 奇勝天自身は反対方向に逃げる。

 

 馬を回しながら背後を確認した。

 護衛隊長が赤毛の女の前に飛び出している。

 あの黄金の棒を剣で受けようとしていた。

 だが、それに対する赤毛の女も凄まじかった。

 あっという間に、剣も馬も飛び、護衛隊長の首が千切れて宙に舞った。

 その瞬間、周囲が凍りついた気がした。

 

 一目散に駆けた。

 赤毛の女の罵り声が背中から迫る。

 構わず逃げた。

 

 別の千人隊の中に逃げ込む。

 やがて、赤毛女の声が小さくなった。

 

 やっと、馬をとめて振り返る。

 赤毛女の騎馬隊は、もう歩兵に遮られて、その位置もわからない。

 

 とりあえず、ほっとした。

 肝が冷えたが、なんとか助かった。

 

 それにしても、あの突進力はなんだろう……。

 そのとき、逃げ込んだ千人隊が大きく乱れ始めたことに気がついた。

 

 陣形が壊れかけている?

 奇勝天はなにが起きているのかわからなかった。

 

 崩れているのは、さっき赤毛の女が突進してきた方向とは反対側だ。

 すぐに、その逆方向から、なにかがやってきているのだと知った。

 

 割れた──。

 急に、周囲の味方が倒れて、返り血で血だらけの女が騎馬でこっちにやってきた。

 

「奇勝天、そこを動くなあああ──」

 

 沙那だ──。

 

 その沙那と奇勝天を遮るものがなにもなくなっている。

 びっくりして、反射的に奇勝天は馬を返した。

 

 逃げるのだ──。

 しかし、間に合わない──。

 血まみれの沙那がすぐそこだ。

 

「もらったあああああ」

 

 沙那の怒声──。

 それが間近に響く。

 なにかが、後ろから首に当たるのを感じた。

 

 

 *(中央陣・銀角)

 

 

 銀角は懸命に剣を振りながら、遠くの戦場に意識をやっていた。

 奇勝天がいて、それを孫空女が追いかけていた。

 

 追いつきそうだった。

 追いつくのか……?

 

 しかし、奇勝天が逃げるのが早かった。

 孫空女は、奇勝天を守っていた護衛隊までは蹴散らしたが、結局、奇勝天に辿り着けなかった。

 奇勝天自身は単騎で新たな千人隊の中に逃げ込んでしまったようだ。

 

 銀角は思わず舌打ちした。

 孫空女もそれ以上は追い切れないでいる。

 奇勝天が逃げ込んだ千人隊に遮られ、さらに別の隊にも阻まれて、一度戦場から離脱をしていった。

 

 しかし、銀角には、奇勝天が逃げ込んだ隊の弱点が見えた。

 あの千人隊は一度崩れた隊であり、まだ陣形を整え直している最中のはずだ。

 あそこなら、少し押せば崩せる──。

 

 銀角は咄嗟に馬腹を蹴っていた。

 もう、奇勝天しか見ていなかった。

 

 こうなったら自分が──。

 梅扇が驚愕したように、後ろで声をあげている。

 しかし、すぐに前を遮られた。

 

「畜生──。どけ──。あたいを誰だと思ってんだい──。白銀の雌獣こと銀角だよ──。死にたい者だけ出てきな──」

 

 邪魔な敵兵を斬りまくった。

 だが、なかなかいなくならない。

 そのとき、孫空女が追いかけていた反対側から、ほとんど沙那が一騎駆けで突出してくるのが見えた。

 あの沙那は、いったいひとりで何人殺したのか、全身が敵兵の血でまみれている。

 

 いや、単騎ではない──。

 かなり遅れているが、味方の騎馬隊が追いかけている。

 

 ただ、沙那の勢いが凄まじいので後続が遅れているだけだ。

 沙那を遮る敵兵が次々に倒れていく。

 

 しかも、その沙那の接近に奇勝天は気がついていない。

 むしろ、すでに駆け去った孫空女の動きを気にしているようだ。

 

 そして、その沙那の前と奇勝天のあいだに誰もいなくなるのがわかった。

 やっと奇勝天が沙那の存在に気がついた。

 

 驚いたように再び馬首を返している。

 次の瞬間、奇勝天の首が宙に舞った。

 

 その周囲の戦場でどよめきが起きた。

 敵が混乱を始めていく。

 すぐに、その混乱がこっちにも移ってきた。

 敵が浮足立つのを感じる。

 あれだけ強かった大軍の圧力がなくなっていく。

 

「奇勝天の首は討ち取った──。討ち取ったわ──。あんたらの大将は討ち取ったわよ──」

 

 沙那の大きな声が戦場に響いた。

 その掲げる剣先に奇勝天の首が刺さっている。

 それで終わりだった。

 敵があわてふためいたように退いていく……。

 

「結局、おいしいところをさらったのは沙那かい──。ちょっとずるいんじゃないかい?」

 

 銀角は思わず笑ってしまった。

 銀角の周囲からも敵がどんどんと離脱していく。

 

「銀角様──」

 

 梅扇がほかの騎兵を連れて、やっと追いついてきた。

 そして、しばらくすると、沙那も指揮下の騎兵とともに合流してきた。

 すでに、敵は統制を失っている。

 

「追撃はいいわ……。隊をまとめてくれる、銀角」

 

 騎乗の沙那がゆっくりと近づいてきた。

 その右手に持つ剣の先には、奇勝天の首が突き刺してある。

 すでに戦いは終わっていた。

 もう、戦闘が続いている場所はない。

 奇勝天が倒されると、残っていた敵軍の亜人兵は我先にと逃げ出した。

 もう、その土埃もかなり小さくなった。

 

「当たり前だよ、沙那──。これ以上はあたいも、部下ももたないよ」

 

 銀角は笑みを沙那に向けた。

 敵は完全に退却をしていった。

 だが、指揮官が死んだとはいえ、まだ大軍だ。まとまって反撃されれば、まだまだこちらの被害も莫大なものになっただろうが、敵にはその意思はなく、あっという間にそれぞれに退却していった。

 

 まとまりもない。

 軍を立て直そうと思っても、指示する指揮官がいないのだ。

 牛魔王軍団は、将軍級の指揮官の下は千人隊長級の指揮官となる。

 だから、指揮官が倒れれば、その瞬間に軍の全部が烏合の衆になってしまうのだ。

 

「沙那、銀角──」

 

 声がした。

 孫空女だ。

 あの騎馬隊を率いてやってくる。

 

 厳しかった表情はなくなり、いつものような呑気そうな顔になっている。

 黄金色の棒は持っていない。

 それを見て、やっとひとつの戦いが終わったのだという気持ちになった。

 

 もちろん、まだ戦いは続くし、金角は牛魔王に囚われたままに違いない。なにひとつ得たわけではない。

 

 しかし、三万の軍を六千で破ったのだ。

 ひと息くらいはついてもいいはずだ。

 

 銀角は、梅扇と杜楚を呼んで、全体の隊の再編成と損害の把握を命じた。

 また、併せて、最初に陣を作っていた丘陵まで各隊をさげて、警戒態勢のまま、交代で糧食をさせるように指示した。

 

「とりあえず、休息と食事をさせる──。傷を負っている者もいるだろうから、その手当もしなければならない。だけど、夕方には再編成がとれる。次にどうするのか指示してくれ、沙那──。ただ、できれば、兵も疲れているから、今夜ひと晩はここで宿営させて、動くのは明日の朝以降というのが、あたいの希望だね」

 

 銀角は言った。

 

「西と東の状況を確認させてくれない? それによって判断するわ。この戦闘が開始する直前においては、多門軍とあたっていたご主人様たちと伊籍隊については、完全に敵を圧している状況であり、増長天軍についても、生き残った精細鬼殿が完全に谷川で前進を止めているところだったわ」

 

 沙那は言った。

 銀角はうなずいた。

 ほかの二箇所の戦場の状況については銀角も把握していた。

 東側の伊籍隊は、魔域の戦いではあまり遣わない銃などの火力を効果的に遣い、大軍を相手に圧倒的に戦いをしている。

 

 それに比べて、西側は苦戦していた。

 一応は膠着状態にはなったが、伶俐虫が死に、日値も死んだようだ。

 これで四天王と呼ばれていた金角軍の四将も生き残るのは精細鬼だけになったということだ。

 

「わかった……。そっちについては、こっちで把握するよ。状況は教えるから、沙那で判断してくれ」

 

 銀角は言った。

 梅扇と杜楚が銀角に命じられたことをするために、各隊を掌握しながら離れていく。

 孫空女も、麾下の五百の騎馬隊に、銀角隊とともに休息するように指示している。

 銀角は馬からおりて、遠い戦場に連絡をとるために道術を刻もうとした。

 

「あれ?」

 

 しかし、思わず声をあげた。

 道術が発動しない。

 なにかに阻まれるのだ。

 

「どうしたの、銀角?」

 

 沙那が訊ねた。

 沙那も孫空女も、すでに馬からおりて、銀角のそばに立っている。

 

「おかしいんだ……。道術が刻めない……。なにかの妨害があるみたいだ。ここから通信道術を送ることを邪魔されているみたいさ。どうしたのかなあ?」

 

 銀角も首をかしげた。

 

「これは……結界……?」

 

 広域の道術妨害というよりは、銀角たちがいる周囲のみが、なにかの結界に包まれているという感じだ。

 

 そして、銀角は気がついた。

 なんのことはない……。

 

 これは銀角自身の道術による結界だ。

 銀角は自分自身によって道術が機能しないように制限をしているようだ。

 だが、どういうことだ?

 

 銀角はいま、結界術を遣おうとしたわけではない。

 いつの間にか、勝手に銀角自身の道術が動いたみたいだ。

 

 しかし、なぜ?

 そのときだった──。

 いきなり、身体がねじれるような感覚が襲った。

 銀角はびっくりした。

 

「な、なんだ?」

 

 なにが起きたのか一瞬理解できなかったが、すぐにこれは『移動術』の跳躍だと悟った。

 やっぱり、勝手に銀角の霊気が動いている。

 びっくりした。

 

 霊気を操られている?

 考える余裕はない。

 

 銀角の霊気は暴発して、沙那と孫空女を巻き込んで勝手にどこかに跳躍してしまっていた。

 

「うわっ」

「な、なに?」

 

 孫空女と沙那も銀角の横で戸惑いの声をあげている。

 そして、周囲の景色が一変した。

 まず、感じたのは夥しい血の匂いだ。

 

「わっ」

「な、なにこれ?」

「ど、どうしたんだい?」

 

 銀角と沙那と孫空女は同時に悲鳴をあげた。

 跳躍により送られたのは、平原一面に覆われた首と胴体の離れた亜人兵の死骸の真ん中だった。

 どうやら、ここはさっきまで戦っていた戦場とは別の場所だ。

 しかも、死んでいるのは退却していった奇勝天軍の生き残りの兵だ。

 それが全部、首を切断されて殺されている。

 

 死んだのはたったいまという感じだ。

 しかも、巨大な広域道術が一帯を包んでいる。

 銀角自身の霊気も、大地に吸い込まれるように吸収される。

 

 当惑した。

 そのとき、大きな風を感じた。

 しかし、すぐにそれは風ではなく、あまりに周囲の霊気が動いたための錯覚だと悟った。

 

 それが収まると、目の前の方向に巨大な車とそれを囲む軍が出現していた。

 ただ、距離は少しある。

 しかも、車と銀角たちのあいだには、武装した数千の軍兵がいて車を守っている。

 そこに出現したのは、車というよりはちょっとした建物という感じだ。

 また、それを引っ張っているのは馬や牛ではなく無数の亜人だ。

 百人くらいの亜人が、馬のようにあぶみと革紐で太い縄に繋がれて巨大な車を引っ張らされている。

 

「よく来たな、お前たち。もっとゆっくりと来るつもりだったが、不甲斐ない部下のせいで急がされてしまったわい──」

 

 不満そうな声が車から聞こえた。

 銀角は視線をあげた。

 

「……ぎゅ、牛魔王──?」

 

 銀角は叫んだ。

 そこにいたのは、紛れもなく牛魔王だった。

 車の上部にある大きな窓からこっちを見おろしている。

 数年間、銀角は牛魔王と戦い続けたが、戦ったのは牛魔王の部下ばかりであり、これだけ近くで牛魔王に接するのは初めてだ。

 しかし、あれが牛魔王であることは間違いない。

 

 さらに気がついたが、いつの間にか銀角たちは数万の無傷の敵軍に、たった三人だけで囲まれていた。

 車を中心に見渡す限りの平原に敵軍がいるのだ。

 これはさっきまで戦った敵ではない。

 

 新手だ。

 つまりは、銀角たち三人は、いきなり大きな軍の真っ只中に連れてこられたようだ。

 ここは周囲全体を突然出現した敵軍に囲まれている中心部であり、そこに牛魔王と車と護衛隊、車を引く亜人、首を切断された兵の死骸があり、さらに銀角たち三人が立っているという状況だ。

 

「牛魔王が?」

 

「ここはどこ? 牛魔王の本隊は、まだ平原の北の牛魔王域であり、数日しないと出発してこないはずよ……」

 

 孫空女と沙那も声をあげた。

 確かに、牛魔王は奇勝天の率いる第一軍とは五日遅れという情報だった。

 だから、まだ、牛魔王がいる第二軍は領域を出ていないはずだ。

 もしかしたら、とんでもなく遠くに呼び寄せられたのだろうか……?

 

 だが、さっきまでいた戦場から見えていた北側の山影が、かなり大きくなっているものの、やはり北に見えていることに気がついた。

 それを考えると、平原をだいぶ北方向に移動してきたようだが、ここも同じ平原の一部であり、驚くほど遠方ということでもないと思う。

 ただ、率いていた隊と随分と離されたことだけは確かだ。

 また、銀角はかすかだが巨大な移動術の残痕を感じた。

 銀角はそれでわかった。

 

 まず、首を切断されている奇勝天の兵が移動術でここに呼び寄せられたのだと思う。そして、大きな道術で首を切断されたのだ。

 次に、今度は銀角自身の霊気が動いて、三人でやってきた……。

 最後に、同じ場所に牛魔王自身と新手の軍団がここにきたということだ。

 わかってしまえば単純なことだが、これだけの数の勢力を一度に道術で移動させるなどあまり聞かない。

 

 だが、一方で銀角たち三人が呼び寄せられるように、ここにやってきてしまったからくりがなんなのかは不明だ。

 牛魔王が銀角の霊気を遠隔で操ったというよりは、牛魔王が近くにやってきたことを感知して、銀角自身の霊気が勝手に暴発した感じだった。

 銀角はなかば呆然としていた。

 

 いずれにしても、これだけの大軍を一気に跳躍させるなど、大した霊気だ。

 改めて、牛魔王という魔王の霊気の高さを認識した。

 

「移動術だよ……。牛魔王と軍団がここにいるのはね。第一軍の状況を知って、急遽予定を繰りあげて移動術で大軍を跳躍させたのさ……。ただ、あたいらが跳躍したのは、あたい自身の道術が勝手に暴発したんだ。まったく、わけがわかんないよ……」

 

 銀角は言った。

 それを聞いて、沙那も孫空女も驚いている。

 だが、一帯に転がっている夥しい首のない亜人兵はどうしたことだろう?

 これらはすべて、さっきまで戦っていた奇勝天軍のようだが……?

 

「だが、あの奇勝天の首を寡兵で取ってしまうとは大した女傑どもよ……。それに免じて、生き残る機会をやろう。わしの前で、もう一度奇勝天の部下と戦ってみよ──。ただし、三人だけでな──。しかも、素手でだ──。不甲斐ない戦いの見せしめとして、ここに呼び寄せて殺したのは五千ほどだが、その五千の包囲から突破できれば、味方のところに戻ることを許してやるぞ」

 

 牛魔王が笑い声ととも言った。

 その瞬間、銀角の腰から剣が消滅した。

 

「痛い──」

 

「くうっ」

 

 沙那たちも悲鳴をあげた。孫空女は耳を押さえている。

 孫空女はあの黄金の棒をいつも小さくして耳に隠している。

 それが奪われたのだろう。

 また、沙那もまた銀角と同じように、腰の剣が消えている。

 そのとき、周囲の首のない亜人兵がむくむくと起きあがった。

 それが両手を伸ばして、一斉にこっちを見た。

 

「こ、これは、傀儡(くぐつ)の術……。傀儡兵だ──」

 

 銀角は叫んだ。

 

「傀儡兵はお前たちの服を引き千切り、犯そうと襲いかかるぞ──。わしを愉しませてくれたら、しばらく生き延びることも許してやるかもしれん」

 

 牛魔王の高笑いが離れた車から響いた。

 そのとき、銀角には牛魔王が何気なく動かした大きな杖の柄の部分が見えた。

 

「き、金角姉さん──」

 

 銀角は絶叫した。

 その杖の柄の部分には、紛れもなく金角の首だけが装着されていたのだ。

 

「く、来るなよ──。畜生──。なんか、前もこんなことあったなあ」

 

「き、気持ち悪いわねえ──」

 

 孫空女と沙那の叫び声がした。

 首のないたくさんの亜人兵が両手を伸ばして、三人に襲いかかってきていた。



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785 紅茶一杯分の(いくさ)

 *(右翼・多門隊本陣)

 

 

 朝もやが立ち込めている。

 多門は馬上のまま、人間族の隊が陣を築いている林を見つめていた。

 そこにこもるのは、たった三千程度の隊である。

 そこを突破できない。

 それどころか、昨夜一日の戦闘だけで五千を超える亜人兵が死んでいる。

 多門の記憶において、これほどの大敗は初めてだった。

 

 負けたのだ。

 人間族の「銃」という武器で完膚なきまでに叩かれた。

 亜人族に比べて、人間族というのは霊気に乏しい反面、謀略に長け、また戦いの技術に精通しているとは言われている。

 それが決して、誇張ではないことを身をもって知ることになったが、それにしても、この兵力差でこの損耗は考えられない。

 

 昨日の戦闘の前には、いっそのこと目の前の人間族など、少数の隊を配置しておいて、主力は摩雲要塞に進むことも考えていたのだが、もはやそれはあり得ない。

 このまま敗北したまま終わるのでは、多門の気が済まないし、魔域最強と唄われている牛魔王軍団が負けたままで許されるわけがない。

 たった三千の軍勢に対し、十倍近い勢力で攻めながら、敵の勢力に倍する損亡を与えられたままとあっては、後方に控えているはずの牛魔王は許しはしないだろう。

 

 多門は生命の危機を感じていた。

 不甲斐ない戦いぶりには、容赦のない死──。

 牛魔王軍団の鉄の掟だ。

 それを逃れるためには、もはや、あの人間族の隊を殲滅するしかない。

 

「人間族との遊びもこれで終わりだ。魔域に入り込んだ人間族はひとり残らず殺す。今日の戦いは、身の程知らずの人間族の隊を撃滅させるだけではない。ひとり残らず殺戮する。ひとりでも残してしまえば、我らの敗北と思え」

 

 多門は横に騎乗で並んでいるひとりの若者に顔を向けた。

 

「わかっております。父上」

 

 息子の多聖(たせい)が緊張した面持ちでうなずく。

 多聖は多門の長子だ。

 この戦いが初陣であり、次の世代の牛魔王軍団を背負う者のひとりとして、父親の多門だけでなく、牛魔王にも期待を受けいている。

 武技は優秀であるし、頭脳もいい。同性代の若者の中では抜群の素質を持っている。

 それは父親としての贔屓目ではないはずだ。

 今回は、実戦の風に触れることで、さらにひと皮剥けた成長をすることを期待して、多門付の上級将校という資格で今回の戦役に同行させていた。

 この息子の見ている前で、これ以上の無様な姿は見せられない。

 

「将軍、全亜人兵が興奮薬の服用を終了しました」

 

 各隊の準備状況を確認していた副官が報告してきた。

 今朝の戦闘に先立ち、準備したものがふたつある。

 

 ひとつは、全兵卒に服用を命じた「興奮剤」だ。

 道術で培養した特別な大麻に、精神物質を混ぜたものであり、それを服用すると、一時的なものだが、知能が麻痺して異常に使命感が昂揚する。

 攻撃性が極限にまで活性化されて一切の恐怖心が消滅するのだ。

 それにより、無敵の兵ができる。

 ただし、服用を繰り返すと、脳の老化が急激に発生することがあるために、あまり使用することはできない。

 だが、多門は今朝の戦いに先立って、将校を除く全兵士に服用することを命じた。

 

 兵卒など使い捨てだ。

 副作用で老化すれば、交換すれば済むことだ。

 それよりも、今日は負けるわけにはいかないのだ。

 

 昨日の敗北の要因のひとつは、兵卒が「銃」という武器に感じた恐怖心だと思っていた。

 身に着けている具足などを簡単に貫通して、隣りの兵が死んでいく恐怖──。

 それが兵の身体を硬直させ、敵陣に突撃することを躊躇わせてしまったのだ。

 そこを人間族の隊長につけこまれた。

 

 その恐怖心を薬物により失わせる──。

 それが準備したことのひとつ──。

 

 もうひとつは、もっと直接的なものだ。

 最前線を進む隊の前面に、大きな弾除けの盾を装備させたのだ。

 急ごしらえで支度させたものだが、人間族の「銃」に、ある程度の効果があるはずだ。

 基本的には竹製であり、それを曲げて中央部分を出っ張らせて弾を左右に跳ねさせる形にしている。

 また、盾の表面には麻布を凝固の性質がある妖虫の体液で幾重にも重ね、さらに、表面に薄く伸ばした金箔を貼った。

 そうやって、頑丈な弾除けをひと晩掛かりで大量に作らせたというわけだ。

 その弾除けの盾を全隊が装備している。

 ここから見下ろせる各陣でも、その前面を金色の大きな盾を数名で抱えて覆っているのがわかる。

 

「突撃を命じよ──」

 

 多門は静かに言った。

 副官が道術で、陣太鼓の音を激しく戦場に鳴り響かせた。

 

 

 *(右翼・宝玄仙)

 

 

「そろそろ、来ますね」

 

 伊籍がにこにこと微笑みながら言った。

 伊籍隊のある林だ。

 林はこんもりとした低い丘陵を覆っていて、低い草の拡がる平原においては、海に浮かぶ小さな岩のようにも見える。

 

 宝玄仙は、伊籍がいる陣に支度された椅子に座って、戦場を見おろしている。

 伊籍は、昨日の戦いでは、戦闘が開始されるとすぐに、林の前面まで出て陣頭指揮をしていたが、今日はここから戦いを指揮するようだ。

 

 また、宝玄仙の横にはお蘭がいる。

 今朝はいつになく物静かだ。

 お蘭も柄にもなく緊張でもしているのだろうか。

 

 林に向かって攻撃態勢をとっている敵の大軍は、ここからでも十分に見える。

 確かに、あれだけの数の亜人兵が勇ましく迫っているのは大した迫力だ。

 お蘭が緊張する気持ちはわかる。

 

 昨日に比べれば、かなり減っているような気もするが、まだまだ大軍だ。

 また、昨日は方陣の陣形がなにかの図形のように組み合わせて並んでいたが、今朝はただ方陣を密集させて、さらに大きな方陣にしているだけだ。

 ただ力押しで突っ込んでくるということだろうか。

 さらに、敵の陣の各前面には、金色の大きな盾が準備されている。

 連中も一日の敗戦で少しは物を考えたらしく、あれは伊籍隊の放つ銃の弾除けの効果を狙ったものに違いない。

 

「死にもの狂いで攻撃してくるに違いないですね なにしろ、昨日はあれだけ、俺たちに翻弄された亜人軍ですから、連中の面目にかけて猛攻を仕掛けてくるでしょう。だから、今日は、魔域の歴史にも残るくらいの大勝をお見せしますよ──」

 

「愉しみにしているよ」

 

 宝玄仙は微笑んだ。

 伊籍が微笑んで頷く。

 

「そして、摩雲城に帰還します。そのときには、道術で支援をお願いしますね、宝玄仙殿──。それにしても、道術というのは便利なものですねえ……。あれだけの大きな物を簡単に輸送できるのですから。おかげで“仕掛け”が簡単に終わりました」

 

「わたしらの出番は、ただの武器の運搬かい? これでも数千の亜人兵を一度に殺せるくらいの道術を持っているんだよ」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 

「でも、今日は広域の道術封じとやらを敵も敷いているんでしょう? 道術戦は無理ですよ。それに今日も戦いそのものは、俺たちだけで十分です。宝玄仙殿とお蘭殿は、敵が思わぬ道術でこちらを翻弄することだけを防いでください」

 

「道術さえ遣われなければ、敵が十倍であろうと、二十倍であろうと勝てるという口調だね、伊籍」

 

「もちろん、勝ちますよ……。釘鈀陛下にもそう命じられていますから……。俺たちは、魔域まで物見遊山でやってきたわけではありません。人間族の怖さというのを見せつけに来たのです」

 

 伊籍はきっぱりと言った。

 宝玄仙は、もうわかったという意味を込めてうなずいた。

 三軍に分かれて進軍してくる敵の第一軍に対して、こちらも三隊に分かれて迎撃態勢をとったのだが、とりあえずの目的を達したので、退却して摩雲要塞に集結せよという各隊への指示が沙那から届いていた。

 

 それによれば、昨日の戦いにおいて、沙那と孫空女と銀角は、中央から進んでいた軍を指揮する奇勝天という大将を討ち取ったようだ。

 それで敵はとりあえず後退したようだ。

 伊籍隊にも、精細鬼隊にも、引きあげるようにという指示が沙那から送られていた。

 それを受け、深い峡谷の橋を破壊して敵を遅滞させていた西側の精細鬼隊は、昨夜のうちに摩雲要塞に退がったようだ。

 しかし、伊籍はそれを拒否した。

 敵と膠着状態にあり、簡単に退がれないというのは表向きの理由だが、伊籍はもう一戦したいのだ。

 伊籍の唱える“人間族の怖さ”というものを知らしめるために、わざわざ西方帝国から運んできた武器がある。

 それを使用せずして撤退など考えられないに違いない。

 

 いずれにしても、宝玄仙とお蘭は、万が一のときのことも考えて準備をしていた。

 それは伊籍の仕掛けが効果がなかった場合の逃亡の準備だ。

 

 伊籍の仕掛けの効果がなければ、減じたとはいえ、二万に近い亜人軍の大軍だ。

 ここにいる三千の人間族の兵は皆殺しになるしかない。

 そうならないように、一気に跳躍して摩雲要塞に全員を『移動術』で跳躍させるのだ。

 三千もの人間を一度に跳躍させるのは、複雑な道術の術式と巨大な霊気が必要となるが、宝玄仙とお蘭であれば不可能ではない。

 ただ、これから伊籍がどういう戦いをしようとしているかを知っている宝玄仙は伊籍が勝つと思っている。

 

 しかも、完膚なきにだ──。

 すぐに始まる戦いには引き分けはない。

 圧倒的に勝利するか、仕掛けが通用せずに殲滅させられるかだ。

 

 敵陣から大きな太鼓の音が響き始めた。

 それを合図に、丘陵の下の平原で金色の盾を抱える敵陣がゆっくりと動き出した。

 盾は数名掛かりで持つもののようであり、進軍そのものの速度は比較的ゆっくりだ。

 だが、敵兵が発する雄叫びが凄まじい。

 異常なほどに興奮しているらしく、大地が震えるほどの喚声をあげながら、方陣態勢のままこっちにやってくる。

 

「まだだ──。十分に引きつけるんだ……」

 

 伊籍が敵陣をじっと見ながら呟いた。

 それはただのひとりごとだ。

 伊籍が今日の戦いで発する命令はただのふたつ──。

 

 “撃て”と“やめ”──。

 

 ここであげる赤旗があがれば、“撃て”──。

 おろされれば“やめ”だ。

 

 命令に複雑さはない。

 だから、伊籍は最前線にはいかずに、ここで指揮をしているのだ。

 伊籍の指示を待つ伝令兵が息を詰めるように、伊籍の後ろで待っている。

 その緊張が宝玄仙にも伝わってきそうだ。

 

 やがて、伊籍が手をあげた。

 伝令が陣の外に大声を発した。

 

 赤旗があがる。

 次の瞬間、風を貫き、大地を震わせる凄まじい轟音と震動が起こった。

 

 

 *(右翼・多門本陣)

 

 

 多門は馬上で人間族がこもる林から大きなものが一斉に前に出されたことに気がついた。

 最初はそれがなんなのかはわからなかった。

 しかし、多門の記憶と林から出現した物のかたちが繋がり、それが“大砲”と呼ばれるものではないかと思った。

 もっとも、多門も大砲というものは見たことがない。

 

 しかし、人間族の戦では、稀ではあるがそれが使われると耳にしたことがある。

 林から出てきたのは、その大砲という武器に間違いない。

 銃を巨大にしたものであり、火薬により砲弾と呼ばれる金属の弾を落下させる武器だ。

 だが、その数はひとつの戦いで十門くらいであるはずだ。

 いま、目の前に並んでいる敵の準備した大砲は五十門はある。

 しかも、あの「大砲」は、多門の知識にあるものよりもずいぶんと小さい。

 「大砲」というよりは「小砲」だ。

 昨日、人間族が使用した「大筒」をさらに二回りほど大きくした筒という感じであり、それに車輪がついて移動ができるようにしてある。

 

 一瞬後、聴覚を麻痺させる轟音が発生した。

 しかも、連続で……。

 

 だが、大砲は派手さの割には、破壊範囲の狭い武器だ。激しい音で心理的効果はあるものの、思うよりは損害はないはずだ。

 鉄の塊りを火薬で飛ばしているだけのことであり、つまりは投石器と変わらない。

 普通の状態であれば、玉を陣に落とされる兵卒は恐怖におののくかもしれないが、いまは全員に興奮剤を服用させている。

 たとえ、隣りで仲間が脳味噌をぶちまけようとも、前進が停止することはない。

 さらに、あれでは打ち込める玉の小さなものでしかありえない。

 せいぜい、拳二つ分程度だ。あれが直撃しても、ひとりの兵が倒れるだけだろう。

 

 ただ、たったいま大砲からは鉄玉ではなく、もっと小さなものが無数に飛び出した気がした。

 それが小さな曲線を描いて、盾を持った先頭の兵を越えて降ってくる。

 

 そして、驚愕した──。

 砲から放たれたものが前方の方陣の中心に落ちると、一気に数十名が爆音とともに肉体を引き千切られて倒れたのだ。

 それがあちこちで引き起こった。

 

 しかも、数十門の砲が次々に雨のように玉を炸裂させていく。

 一発一発の玉が落下して兵に当たるというものではない。

 こちらの第一列目の方陣に雨のように降り、炸裂し、その一発ごとに一瞬で数十名の死骸を作り出している。

 

 多門は呆然とした。

 ここから見える多門軍の第一線は、破壊された亜人の身体で埋め尽くされだした。

 

 やがて、やっと多門にも、人間族がなにをしているのかわかった。

 あれは、ただの「玉」ではなく、その玉が無数の「弾」を破裂させているのだ。

 昨日の午後の戦闘で使われたものと同じであり、散弾と呼べるものが発射されて、落下とともに鉄の破片をあちこちに爆風で広げているのだ。

 その一片一片が亜人兵の具足を簡単に引き千切って肉体を壊している。

 それを大量に使用されている……。

 

「いかん──」

 

 多門は思わず叫んだ。

 すでにこちらの第一線は半分以下になっている。

 身体を引きちぎられて倒れた亜人兵は数千を超えただろう。

 こちらが方陣で密集しているから、余計に一発ごとの被害が大きいのだ。

 密集せずに、ばらばらになって林の中に駆けこめば、それであのような「砲」など簡単に無力化できる。

 だが、今更方陣を崩すという命令などできない。

 そんな態勢で牛魔王軍は攻撃したことはないし、薬物で狂人化している亜人兵には、急には攻撃のやり方を変えられない。

 連中にできるのは、どんなに損亡を受けても恐怖心もなくただ突っ込むだけだ。

 

 さらに悪いことに、各陣の前面に大きな弾除けの盾を担いでいる。

 あれが全体の動きを鈍重にして、人間族の放つ「砲」の狙いを狙いを簡単にしている。

 

 突撃が開始して、まだ幾らも経っていない。

 しかし、第一線はほぼ壊滅状態だ。

 それは想像を絶することだった。

 いまや敵の砲の半分は前ではなく、こちらの第二陣に向かって散弾玉を撃ち込んでいた。

 第一線と同じように、やはり密集して鈍重になったところを狙われて、次々に損害を拡大していく。

 

 すでに全軍が崩壊してしまった。

 時間にして、紅茶一杯分をゆっくりと飲むほどの時間ではなかっただろうか……?

 たったそれだけの時間で、多門の率いていた二万に近い軍勢は姿を消してしまったのだ。

 

「多聖──」

 

 多門は横にいる息子の名を呼んだ。

 

「は、はい──」

 

 多聖は顔を蒼くしていた。その唇は震えている。

 無理もない。

 いまだに注がれ続けている敵の散弾玉により、目の前の自軍の亜人兵は次々に身体を切断された死骸に変わっていっている。

 夥しい血の匂いが戦場から漂っているが、あれはすべて味方の将兵によるものなのだ。

 おそらく、林の中の人間族はただのひとりの損害もないだろう。

 普通であれば、とっくの昔に兵たちは四散して逃亡していたに違いない。

 だが、薬物によって狂人化されている亜人兵は、逃げることは知らない。

 だから彼らは、だた身体を引き千切られて死ぬためだけに、味方の死骸を踏んで進んでいくだけだ。

 

「お前は逃げよ──。逃げるのだ──。魔域を出て、いっそ人間族に紛れてもよい……。とにかく、生きよ──」

 

 それしかない。

 多門の失敗はあまりにも大きすぎる。

 二万の軍勢を率いて、人間族にほとんど損害を与えることなく、文字通り全滅させたとあっては、牛魔王の怒りは多門個人だけではなく、家族にも及ぶのは間違いない。

 ここにいる多聖くらいは生き延びて欲しかった。

 

「そ、そんな……。で、では、父上も一緒に……」

 

「さらばだ、息子よ──」

 

 多門はただそれだけを言った。陣内にいた副官を始め、従卒たちにも同じことを言った。

 だが、多聖と同様に、目の前の光景に息を飲んでいるたけで反応がない。

 

 まあいい……。

 すぐに我に返るだろう。

 

 馬腹を蹴る。

 そして、敵砲が注がれ続ける戦場に向かって、一騎駆けで進んでいった。

 

 

 *(右翼・宝玄仙)

 

 

「終わりましたね……。さあ、朝食にしましょうか、宝玄仙殿、お蘭殿──。その後、撤収となります。我々は隊列を組んで整斉と摩雲城まで帰還します。おふたりについては、道術で先にお戻りになられても結構ですよ」

 

 伊籍が言った。

 耳をつんざく砲の轟音は終わっている。

 丘陵の下の平原では、無数とも思える亜人兵の死骸が広がっている。

 

 なんという戦いだったのだろう。

 宝玄仙もこれほどの一方的な戦いになるとは思わなかった。

 数で圧倒的に上回っていた敵軍は、完全に死滅して平原に無残な死骸を晒している。

 

 どうでもいいが、血の匂いが酷い。

 ここまで漂ってくるのだ。

 伊籍はにこにこと微笑んでいるが、とてもじゃないが、ここで食べ物を口にする気にはなれない。

 

「食事はいいよ……。だけど、戦いが終わったのなら、一度要塞に退がるよ。移動術でね……。だけど、わたしとお蘭で、お前たちも跳躍させることはできるんだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 しかし、伊籍は首を横に振った。

 

「お言葉はありがたいし、次の要塞防御戦のことを思うと、そうすべきというのはわかってはいるんですがね……。どうも、道術で跳躍するということに慣れてはいなくて……。自分たちの足で戻りますよ。沙那殿の話によれば、牛魔王が第二軍を率いて要塞にやってくるのは五日後なのですよね? 普通に移動しても、一日で要塞には戻れます。十分に準備する時間はありますから、隊列を組んで移動することにします……。ただ、できれば砲だけはお願いしたいですね。予備砲も含めて百門近くありますから、運搬には骨も折れるんですよ」

 

 伊籍は笑った。

 さっき敵の殺戮に使った「砲」は、宝玄仙の道術によりこの林の中にひそかに運び入れたものだ。

 伊籍は、最後の最後までこの砲を多門軍には見せたくはなかったのだ。だから、そうしたのだ。

 

「お安いご用さ──。じゃあ、道術で要塞の営庭に運んでおくよ。膨大な弾薬箱も一緒にね」

 

「ありがとうございます……。それにしても、亜人兵は勇敢でしたね。最後まで一兵も逃げなかった。それは驚嘆に値します」

 

 伊籍は言った。

 おそらく、伊籍のその言葉には、半分の本心と、半分の揶揄の気持ちが込められているだろう。

 普通はあれだけ一方的に殺戮をされたら途中で逃げていく。

 それが最後の最後まで彼らが逃げなかったために、あれだけの一方的な大勝をこんなに短い時間で得ることになったのだ。

 

 ただ、宝玄仙のみるところ、あの亜人兵は異常だった。

 おそらく、恐怖心を一時的に麻痺させる薬物を摂取させられたか、それに類する道術をかけられていたのではないかと思う。そういうことも道術は可能なのだ。

 ただ、どうでもいいことなので黙っていた。

 

「いえ、伊籍殿……。申し訳ありませんが、撤退については伊籍殿の隊のみで行ってはいただけませんか? お宝姉さんとわたしは、別のところに行かないとならないのです」

 

 そのとき、昨日の夜くらいからずっと口数少なく黙っていたお蘭が口を挟んだ。

 

「なんでだい、お蘭? あの荷をわたしらが道術で転送することは、あらかじめの取り決めだったろう。その準備もしているのに、なんの不都合があるんだい?」

 

 宝玄仙は驚いて言った。

 

「……お宝姉さん、ふたりきりで話したいことがあるの……」

 

 だが、お蘭はそれだけを言った。

 伊籍はひょいを肩を竦めて、陣幕の外に出ていった。

 お蘭は、宝玄仙をさらに陣幕の外に連れていった。手に小さな袋荷を持っている。

 

「なんだい、お蘭? もったいぶるんじゃないよ──。ほかの者には告げられない話かい──」

 

 宝玄仙は呆れて言った。

 お蘭が陣幕の外に宝玄仙を連れて出たのは、伊籍がいなくなっても、ほかの兵卒などが近くにいたためだろう。いまここには宝玄仙とお蘭以外には誰もいない。

 

「ねえ、お宝姉さん、わたしが昨日言ったことを覚えている?」

 

「昨日?」

 

 宝玄仙は首をかしげた。

 

「わたしは言ったわ……。お宝姉さんを助けるために全力を尽くすと……。お宝姉さんには申し訳ないけど、どんな手を使ってでもお宝姉さんを守る……。わたしがお宝姉さんを助けたいと思っていることだけは信じて欲しい……。そういうことを言ったわ」

 

「ああ、そうかもしれないね」

 

 宝玄仙は答えたが、正直自信はない。

 そんなことをお蘭が言ったかもしれないが、それがなんだというのだろう?

 

「いまがそうよ……。お宝姉さんには教えなかったけど、沙那や孫空女たちが亜人軍に勝利したというのは嘘よ……。あれは拷問の末に言わされたことよ──。奇勝天軍に勝ったことは本当のはずよ……。だけど、その後で急遽、前進してきた牛魔王自身が率いる軍に捕えられたと思うわ。わたし自身もここにいたから確かなことはわからないけど、沙那からは異常なことが起きたという報せはなかった──。それは、異常なことが予定通りに起こったという証拠なのよ」

 

「はあ──? お前、なにを言ってんだい? 沙那たちに異常なことが起こって、牛魔王に捕えられた? しかも、お前がそう思う理由が、沙那がなにも言わなかったから──? お前、頭がどうかしたのかい?」

 

「支離滅裂なことを言っているのはわかっているわ。だけど、本当なの──。沙那たちは捕えられたはずなの──。だって、もしも、奇勝天が敗れれば、牛魔王は予定通りの侵攻じゃなくて、道術で一気に軍を跳躍させて、こっちに向かってくるつもりだったの──。だから、わたしは、牛魔王が直接率いる軍団が近づいたら、沙那殿と孫殿が、わたしがあらかじめ銀角に刻んでいた道術で、銀角とともに、牛魔王の前に跳躍してしまうように処置していたの」

 

「ちょっと待ちな、お蘭。お前、なにを言って……」

 

「いいから聞いて、お宝姉さん……。沙那殿たちが奇勝天軍を破ったのなら、牛魔王主力はすぐに道術で前進してきて、それにより、事前に刻んだ銀角の道術で沙那殿たち三人は牛魔王の前に無理矢理に跳躍することで捕えられたはずなの──。それにもかかわらず、沙那殿からは予定通りに摩雲城に戻れという何事もない言葉だけしか送って来なかったわ……。これこそ、沙那殿たちがまさしく捕らわれたという証拠よ。しかも、沙那殿の声で通信球も送られた。沙那はそれを強要する拷問をされたのかも……。あるいは、三人とも服従の首輪を嵌められたのかもしれないわ……。そういう予定だったから……」

 

 お蘭は言った。

 宝玄仙は目を丸くした。

 お蘭の喋ったことがさっぱりとわからない。

 まるで、お蘭は自分が裏切り者であり、沙那たちを牛魔王に意図的に捕えさせたと言っているようだ。

 

「……沙那殿たちには申し訳ないことをしたと思っている。でも、お宝姉さんを助けるにはこれしかなかったの……。牛魔王は、沙那たちの命までは取らない……。殺す必要がないように、そのためにお宝姉さんの霊具の服従の首輪を事前に牛魔王に渡したんだから……。お宝姉さんの霊具といっても、あのお宝という偽者の作ったものだけど……」

 

 お蘭は言った。

 

「お蘭……?」

 

 宝玄仙はそれ以上なにも言えなかった。

 絶句してしまった。

 

「これしかないの……。あの牛魔王軍団に勝つなんてできるわけないわ。あいつは傀儡といって、無限に兵を産み出せるの……。負けても負けても、兵を作っては送り出せるのよ。絶対に勝てない……。だから、あの金角までも最後には負けるしかなかったのだわ」

 

 お蘭はそう言って、袋から一個の手錠を取り出した。

 

「道術封じの手錠よ、お宝姉さん。もう一度言うわ。わたしを信じて……。あの男を倒すのは、戦じゃ無理よ。この前教えたとおり、あの男の身体にあるお宝姉さんの道術石を取り出すしかないわ」

 

 お蘭は言った。

 

 

 

 

(第119話『摩雲城外の戦い』終わり、第120話に続く)



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 第120話 戦場の女囚処刑祭【牛魔王(ぎゅうまおう)
786 快楽の鞭


「さ……三百……五……じゅ……」

 

 尻に加わった鞭の衝撃に歯を食い縛り、銀角は呻くように言った。

 しかし、数を数え終らぬうちに風を裂く音がした。

 はっとして、腰を捻ってせめて局部そのものへの打撃を避けようとしたが、牛魔王の部下の振った一本鞭は容赦なく銀角の肉芽を直撃した。

 

「ぐああっ──はうううう──」

 

 尋常ではない苦痛だった。

 だが、その激しい痛みは、すぐに怖ろしいほどの快感に変化した。

 激しい激痛が薬物の力で一瞬後にそれに匹敵する快感に置き換えられるのだ。

 銀角は股間から尿のような淫液の迸りが飛び出すのがわかった。

 さすがに耐えられるわけもなく、銀角は悲鳴を口から迸らせてしまった。

 その声は悲鳴ではなく、明らかに快楽を受けた女の嬌声だ。

 

「また、いきよったわ──。堪え性のない雌だのう──。いつになったら千発の鞭を終わるのだ、銀角? 鞭の味はそんなに甘美か?」

 

 豪華な椅子を地面に置かせて、銀角に対する鞭打ちを眺めている牛魔王が嘲笑った。

 銀角は激しい息を懸命に整えながら歯噛みした。

 

「黙ってないで、なんとか言わんか、銀角? ところで、お前の陰毛がおかしな生え方をしておるのがなぜなのか、そろそろ教えてくれんか? 片側だけ生え、反対側がつるつるである理由を教えてくれたら、鞭打ちの数を減らしてやるぞ」

 

 牛魔王がさらに揶揄した。

 銀角は悔しさと情けなさで、吊られている両手の拳をぐっと握りしめた。

 

「う、うるさいねえ……。しゅ、趣味なんだよ」

 

 銀角は吐き捨てた。

 こんな風に剃ったのは、宝玄仙の妹だというお蘭という人間族の魔女だ。

 しかし、女同士の性愛の中でふざけて剃ったと説明すれば、牛魔王はそれをさらに銀角に対する侮辱の材料にするだろう。銀角はうそぶいた。

 

「そうか、そうか……。お前には股の毛を半分だけ剃る趣味があるか。ならば、それはそのままにしておいてやるぞ」

 

 また、牛魔王が笑った。

 銀角はぐっと怒りを飲み込んだ。

 いま銀角は、大きく手を拡げて、両端の太い支柱の上にある横材から、両手首に嵌められた鉄枷によって鎖で吊るされていた。

 両脚は頭ふたつ分ほど宙に浮いていたが、その足首にも鉄枷が嵌められ、やはり鎖によって大きく股を開いて固定されている。

 足首から伸びる鎖についても、地面に埋められた二本の杭にそれぞれ繋がっていた。

 

 もちろん、銀角は一糸まとわぬ素っ裸だ。

 つまり、銀角は全裸のまま四肢を大きく拡げて吊り下げられ、戦場に立てられた首吊り台の下に四本の鎖で固定されているのだ。

 

 この状態にされて、かなりの時間がすぎた。

 銀角の前後には、鞭を持った三人ずつの拷問師がいて、代わる代わる銀角の全身を鞭打っている。

 銀角の肌はすでにあちこちが破けて真っ赤な血で包まれており、身体の下には銀角の身体から滴り落ちた血が大きな血溜まりを作っている。

 この状態にされる前、銀角は無数の傀儡兵に犯されて全身が精液まみれになっていたが、それはすべて、銀角自身の血で洗い落とされてしまった感じだ。

 

 もう何百発も鞭を浴びている。

 全身は惨たらしい鞭痕で、もはや傷のない場所を探すのが困難なほどに違いない。

 本来であれば、激しい苦痛で息も絶え絶えの状態だったはずだ。苦痛を与えることに長けた拷問師の鞭だ。

 それが六人もいて、銀角に息をするのも許さないような鞭打ちを代わる代わるに加えるのだ。

 さすがの銀角もこれだけの鞭打ちを一度に与えられるのは初めてだ。

 

 しかし、それにもかかわらず、銀角の身体は、痛みではなく、激しい性感で耐えられない状態になっていた。

 鞭打たれることによって、悶え達する回数はすでに十回を超えただろう。

 それは、繰り返し体内に抽入されている薬物のせいだ。

 牛魔王が鞭打ちに先だって銀角に投与したものであり、それは与えられる苦痛を快感に変化させる効果があるのだ。

 銀角はそれにより、激しく鞭打たれて引き起こるはずの激痛をむせび悶えるほどの快感に変化させられている。

 それは銀角に震えるような恥辱を与え続けていた。

 

 激痛なら耐えられる。

 いや、耐えられないとしても、痛みであればこれほどの恥辱を覚えることはない。

 それは銀角をひとりの戦士として扱われているという証であり、むしろ名誉の苦痛だ。

 しかし、牛魔王の前で女の声で悶え泣くなど耐えられるわけのない心の拷問だ。

 牛魔王は、そうやって鞭で打たれて苦痛に呻きながらも、激しく欲情する銀角を眺め笑っているのだ。

 苦痛で悲鳴をあげる姿を見物される以上に、快楽で喘いで絶頂する姿を眺められることは、銀角の心を強い苦しみの刃で蝕んだ。

 

 果たして、牛魔王に捕らわれてどのくらいの時間がすぎたのだろう……?

 死闘の末に沙那が敵将の奇勝天の首を討ち取り、摩雲城への撤退を考え始めた矢先のことだった。

 銀角は、突然に不思議な霊気の迸りを発生させてしまい、沙那と孫空女を巻き込んで、牛魔王軍団の真っただ中に転送されてしまったのだ。

 そして、捕らえられた。

 それは、そろそろ陽が西の山に沈みかけていた頃だったが、その後、気を失っている時間もあったから時間の経過がわからないのだ。

 

 いまは、完全な夜だ。

 ただ、牛魔王の道術により、空には大きな発光球が三個浮びあがっていて、辺りはまるで昼間であるかのように明るい。

 暴走した『移動術』の道術によって、急遽道術転送により進軍してきた牛魔王軍の大軍に捕えられた銀角と沙那と孫空女は、まずは、牛魔王自身が殺した奇勝天軍の亜人兵の死骸から作った数千の傀儡(くぐつ)兵から一斉に凌辱された。

 

 傀儡兵というのは、牛魔王独自の道術によって作る人工亜人であり、牛魔王は人の死骸からでも、動物でも、あるいは虫、さらには砂粒からでも無数の戦闘員を作成することができる。

 それを傀儡兵と呼ぶのだ。

 

 牛魔王軍団の兵は、いまでは侵略地から徴収した大勢の奴隷兵により成り立っているが、そもそも、数年前から始まった牛魔王軍団による魔域の席巻については、牛魔王の作るその傀儡兵によるものだった。

 その道術には抗しようもなかった。

 

 どんなに牛魔王軍を撃破しても、牛魔王は傀儡の術により、あっという間に新しい軍隊を作ることができるのだ。

 牛魔王軍団は、決して戦いの巧者ではない。むしろ、勝つよりも負けることの方が多いくらいかもしれない。

 また、傀儡兵についても、ひとりひとりの戦闘力は決して高くなく、それを破ることは困難ではない。

 傀儡兵の戦闘力の低さは、牛魔王も認識しているので、いまでは通常の戦いの牛魔王軍団の兵には、傀儡兵ではなく、侵略して獲得した領域からの奴隷兵を主体にしているくらいだ。

 

 しかし、牛魔王は戦局が不利になると、必ず傀儡兵を動員して無限に続くような攻撃を仕掛けてくる。

 傀儡兵の怖さは無限性だ。

 なにしろ、牛魔王は数万の軍隊を瞬時に幾らでも作れるのだ。

 この傀儡兵を動員する戦いによって、どんな敵対勢力も最後には牛魔王に屈服するしかなかった。

 そうやって、牛魔王はこの魔域において「最強軍団」の名を得たのである。

 

 銀角と金角もそうだった。

 全体的にみて、金角軍は牛魔王軍に勝ち続けたと思う。

 しかし、いくら勝っても損亡はある。

 だが、敵にいくら損亡を与えて敵を撃破しようとも、しばらくすれば新しい軍が出現して進軍してくる。

 それは傀儡兵のこともあったし、いまや巨大になった牛魔王域からの徴発兵のこともあった。

 

 いずれにしても、牛魔王軍団は負けることがあっても、すぐにそれを帳消しにする新手を送り出してきた。

 これを繰り返されて、金角軍は勝ちながらも追い詰められていった。

 そして、最後には、青竜山という牛魔王の勢力地において、味方だった巴山虎の裏切りにより大敗し、金角と銀角は青竜城という要塞に逃げ込むことを余儀なくされた。

 

 逃げ込めたのは千余名にすぎなかった。

 青竜城は牛魔王領域の南側の出城なのだが、当時は金角軍が占領していて、一時的にこちらの支配にあったのだ。

 牛魔王はそこに大軍を出現させた。

 青竜城の周囲に数万の勢力の傀儡兵を発生させて完全包囲したのだ。

 抵抗など不可能であることは明らかだった。

 

 それを指揮したのは裏切者の巴山虎だ。

 牛魔王は、裏切り者の忠誠の証として、旧宗主を捕えることを巴山虎に指示したのだ。

 牛魔王は結局、最後の最後まで自らは戦場には立たずに、兵を遠くから送り続けることで金角軍を破ったのだ。

 

 降伏勧告をする巴山虎に対して、金角はそれに応じた。

 銀角は最後まで抵抗して、ここで討ち死にすることを主張したが、金角はもう十分に暴れたと小さく微笑んだだけだ。

 金角も疲れていたのだと思う。

 勝っても勝っても続く戦いは、金角だけでなく、ほかの将兵も厭戦気分に包んでいた。

 銀角もそうだった。

 おそらく、巴山虎もそうだったのだろう。

 その終わらない戦いに対する恐怖が、金角を裏切るという行動に奔らせたのかもしれない。

 

 無限を相手にする戦い……。

 それは、神なる身であったとしても虚しき戦いだった。

 

 金角が提示しようとした条件は、銀角を含めた全将兵の命を助けることだ。

 金角はそれが保障されれば、牛魔王に降伏してもいいと言ったのだ。

 

 金角に説得されて、銀角は降伏の条件を話し合う軍使として、巴山虎の陣営に向かった。

 そのとき、巴山虎はもうひとつの条件を要求して、それを応諾すれば全将兵の命を救うと道術契約を交わしてもいいと、銀角に返してきた。

 それが、銀角が『服従の首輪』という支配霊具を受け入れることだった。

 その霊具により、銀角が巴山虎の奴隷になることが、ほかの将兵を助ける条件として追加された。

 

 銀角は承知した。

 その代わり、金角の命も取るなと銀角は巴山虎に要求した。

 

 巴山虎はにやりと笑って、まずは銀角と道術契約を交わした。

 道術契約は、霊気を帯びる者同士の絶対に約束だ。どんな者でもそれを違えることは不可能なのだ。

 そうやって銀角は巴山虎の奴隷となった。

 

 そして、その話し合いの結果に応じて、次は金角が全将兵の命を助けることを身代わりに、牛魔王に降伏することを巴山虎と道術契約した。

 巴山虎に身柄を降伏された金角は、道術を封じられた状態で青竜城の前庭に拘束された。

 

 そこにやってきたのは、牛魔王の代理人を称する別の将軍だった。

 その将軍は、すぐに金角の処刑を命じた。

 銀角は猛抗議したが、銀角は巴山虎の「命令」により、道術契約を解除させられた。

 道術契約は、確かに絶対の約束でもあるが、同時に、両者双方の合意があれは解除できる。

 

 銀角の首には、すでに巴山虎を「主人」として受け入れる服従の首輪が嵌まっていた。

 逆らうことは不可能だった。

 

 結局、銀角は巴山虎の命により、巴山虎と交わした契約の解除に応じさせられた。

 そして、金角は部下の全将兵の見守る前で首を切断され、その首は牛魔王に渡されるために首桶に入れられて運ばれていった。

 

 だが、銀角には金角の死を悲しむ時間はなかった。

 その次の瞬間から、巴山虎の性奴隷としての惨めな生活が始まったのだ。

 金角を裏切り、銀角を騙し、そして、金角を殺した男に調教されて、かしずくのだ。禁止されたので自殺もできなかった。

 惨めで、希望のない絶望の日々だった。

 だがそれは、宝玄仙たちが銀角を巴山虎から解放してくれたことで、数箇月で突如終わった。

 

 そして、金角は生きていた。

 首だけになった姿で牛魔王から死なないように道術をかけられ、牛魔王の慰み物としての生活を送り続けていたのだ。

 銀角は今日初めてそれを知った。

 

 いま、その金角の首は、椅子に座ってこっちを見物している牛魔王の足の下に転がっている。

 それはともかく、最初に無数の傀儡兵をけしかけられた銀角と沙那と孫空女は、最初は懸命に抵抗したものの、やがては彼らに捕えられて服をむしられることになった。

 なにしろ、蹴っても殴っても傀儡兵はすぐに起きあがってきて、襲ってくる。

 どうしても倒せないのだ。

 それこそ手足をばらばらにすれば、起きあがる脚がないから立ちあがることはないだろうが、脚がある限り立ちあがり、腕がある限り銀角たちの衣類を引きはがして強姦をしようとする。

 牛魔王が傀儡の術をかけ続けているからだ。

 

 やがて、銀角たちは、ひとりひとりと力尽きていった。

 疲労で動けなくなってしまえば、あとは身体を掴まれて犯されるだけだ。

 銀角は身に着けているものをすべて剥がされた。

 

 そして、犯された。

 抵抗しようとしても、動けなくなるまで殴られるか、大勢で押さえつけられる。

 膣と肛門に性器を突っ込まれて、口の中にまで怒張を入れられる。

 噛み千切っても連中には通じない。

 別の傀儡兵が口に性器を挿入してくるだけだ。

 

 そうやっていつまでも犯された。

 全身にはおびただしい精液をかけられた。

 沙那と孫空女は、銀角よりもやや長く抵抗をしていたように思うが、それはちょっとした時間の差にすぎなかった。

 銀角が傀儡兵に屈して、しばらくして沙那が同じ運命となった。

 孫空女はやや長く頑張った。

 しかも、自分だけでなく、沙那や銀角も助けようとしてくれたが、やはり、最後には傀儡兵に捕えられて犯された。

 

 かなりの長い時間三人で犯され続けたと思う。

 ついには、銀角は意識を手放した。

 気がつくと、いまのように鎖で横材で両手両脚を大きく拡げた状態で吊るされていたのだ。

 

 そして、牛魔王が椅子に座っていて、鞭打ちが始まった。

 沙那と孫空女は別の場所で違う拷問を受けている。

 だが、もう銀角にはそれを顧みる余裕などない。

 

「銀角に薬物を追加しろ──。銀角、そして、また一から開始だ。数をかぞえながら、千発の鞭を受ける。そんな簡単なことがなぜできん──。とにかく、それが終わるまで、眠ることも、食べることも、気絶することも……、無論、死ぬこともできん。お前も金角もな……」

 

 牛魔王が笑った。

 拷問師が銀角の腕を取った。

 筒状の霊具が銀角の腕に当たる。

 

「や、やめろ……」

 

 銀角は呻いた。

 銀角の痛覚を性感に変化させる薬物がその筒に入っている。

 筒の先に針があり、それを肌の下に喰い込ませて、その針先から体内の血に直接に薬物を混ぜられるのだ。

 そして、それは薬物を追加すればするほど、快楽の度合いが激しくなる。

 痛みから変化する快感が増大するのだ。

 もうすでに銀角は大量の薬物を投与されている。

 それによって、銀角は鞭打たれながらも咽び悦ぶ醜態を演じさせられ続けているのだ。

 

「くうっ……、はああっ……」

 

 ちくりと腕に針が刺さるのがわかった。

 その瞬間に針が刺さる痛みが強い快感になる。

 そして、薬物がまた追加された。

 痛みから拡がる快楽が、荒波のように銀角の身体に一気に拡がる。

 

「また、股間から蜜を垂らしおったか……。堪え性のない雌だ──。早く千発を終わらせねば、姉の苦痛はいつまでも続くぞ──。自分はよがり狂って気持ちがいいのかもしれんが、姉を見んか。あんなに苦しんでいるであろう……」

 

 牛魔王は脚の下に転がしていた金角の首を蹴飛ばした。

 最初に牛魔王が銀角の前に現れたときには、金角の首は牛魔王の持つ棍棒のような杖の先に装着されて、その杖飾りのようになっていたが、いまはそれから外されて地面に無造作に転がされていた。

 頭を蹴られた金角がころころと地面を転がって悲鳴をあげた。

 

「や、やめろ──。もう、やめてくれ──。ご、拷問ならあたいだけにすればいいだろう──。殺せ──。もう殺せ──」

 

 銀角は喚いた。

 

「殺しはせん──。わしが飽きるまではな……。だが、わしに逆らい続けたお前ら姉妹が屈辱に顔を歪め続ける様は愉しくてかなわん。しばらくは飽きんだろうなあ──。それよりも、金角にも腫瘍を追加だ。お前が失敗するたびに一個ずつ腫瘍が増えるからな。一個一個が怖ろしい苦痛を与え続ける『苦痛の腫瘍』だ──。早く、金角を解放してやれ、銀角」

 

 牛魔王が大笑いした。

 すると、金角の切断された首の部分にある腫瘍が増えたのがわかった。

 

「ぐわあああああああ──」

 

 激しい苦痛の悲鳴が金角の口から放たれた。

 

「き、金角姉さん──。金角姉さん──」

 

 銀角は絶叫した。

 

「無駄だ──。いまの金角には、お前の姿を知覚できる神経を遮断しておる。お前が目の前にいてもわからんわ──。お前が目の前にいることがわかると、悲鳴を我慢されたり、お前の代わりに自分に苦痛を与えろなどという聞くに堪えん戯言を聞かされるからな──。いまの金角の苦痛の声が毎日の金角の日常だ。まだまだ、わしに対する抵抗心が消えんようだから、もう少し生かして苦しみ続けさせる──」

 

「ああああ──。もう、許してやってくれよおお、頼むうう──」

 

 銀角は哀れに泣き苦しむ金角の首を見て叫んだ。

 あんな金角は初めてだ。

 

「いや、ならん──。それに、お前も同じ日々が始まるのだぞ……。毎日、耐えられん苦痛だ──。苦痛の解放には死しかない。そして、それはわしにしか与えられん。自殺の方法など皆無だ──。死にたくば屈服せよ。心の底から屈服したとわしが認めたら殺してやろう──。だが、一片の抵抗心でも残っていると認めれば死なしてはやらん」

 

 牛魔王が笑った。

 一方でいまや十数個の腫瘍を首の周りにつけている金角が激しい苦痛の声をあげて苦しみ続けている。

 確かに、いくら名を呼んでも金角は、それに反応を示すことはない。

 ただ、苦痛の叫びをあげるだけだ。

 

「それ、では一からだ。千発を悲鳴を出さずに受け続ける──。それで金角の首の腫瘍を消滅させて正気に戻す。そして、姉妹の対面をさせてやる。早く終わらせろ──」

 

 牛魔王が言った。

 銀角が求められているのは、数を唱える以外の声を出すことなく、鞭を千発を受けることだ。

 だが、それは難しいことになっていた。

 まだ、薬物の影響が少なかった最初の頃はともかく、いまや痛覚を快感に変化させる薬物を大量に投与されていて、鞭打たれるたびに強い甘美感が全身を走り抜け、どうしても声を出してしまうのだ。

 

 だが、金角は本当に苦しそうであり、まるで発狂したかと思うような声を出し続けている。

 しかし、発狂して苦しみから逃れるなどという生易しいことは牛魔王は許さないだろう。

 金角は狂うこともできず、身体のない首だけの姿でこうやって数箇月間、牛魔王のあらゆる拷問を受け続けていたのだと思う。

 それを思うと、巴山虎から自分が受けいていた銀角の仕打ちなど、苦痛のうちにも、恥辱のうちにも入らないと思った。

 

 背中に鞭を感じた。

 

「い、いちいっ……」

 

 銀角は声をあげた。

 鞭を打たれた場所から、身体が溶けだすような気持ちよさが襲った。

 銀角は必死になって出そうになる嬌声を我慢した。

 

「いくら、達しても構わんぞ──。その代わり、声を出すな──」

 

 痛みを変換させた欲情と興奮のうねりにまみれている銀角の姿に牛魔王が大笑いを続ける。

 そのとき、牛魔王の背後から女の影がすっと近づいたのがわかった。

 

「……牛魔王様、お蘭とのお約束を忘れなく……。銀角にしても、沙那にしても、孫空女にしても、命だけは奪わないと約束したはずですよ……。でも、このままでは銀角は死ぬかもしれません。かなりの出血です──。続けるにしても、一度治療をしてくれませんか……?」

 

 その女が言った。

 

「んっ? 小宰相のところの鳴智(なち)か──。うるさいことよ──。まあ、あのお蘭という魔女との約束だからな……」

 

 牛魔王が手をあげた。

 二発目を打ち込もうとしていた拷問師の鞭が中止された。

 次の瞬間、身体に熱いものが流れてきた。

 それが、牛魔王の発する『治療術』の霊気だとわかったのは、銀角の身体の傷が塞がり、全身の血が拭い去られるように消えていってからだ。

 

 銀角は吊るされた状態で牛魔王に話しかけた女を改めて見た。

 牛魔王は“鳴智”と呼びかけたと思う。

 霊気はないと思う。

 

 人間族の女だ。

 だが、この女は何者だろう……?

 小宰相のところの鳴智……?

 

 小宰相というのは、牛魔王が忠誠を誓っている魔域の覇王こと雷音大王に仕えるひとりの側近のことだ。その側近も人間族であり、雷音大王のもとで、かなりの権勢を誇っている……。

 

 名は御影(みかげ)……。

 宝玄仙が自分にまとわりつく仇敵だと称していた男だ……。

 その御影が牛魔王に送った鳴智──?

 

 それにしても、自分はいまなにかの聞き違いをしたのだろうか?

 その鳴智と牛魔王が、お蘭が牛魔王となにかの取り引きがあるかのようなことを仄めかせた。

 お蘭というのは、多門軍の正面に迎撃に向かった人間族の隊に、宝玄仙とともに同行している宝玄仙のあの妹のことであろうか……?

 

「さあ、銀角を治療したぞ、鳴智──。これで文句はなかろう──? では、拷問を再開してもよいな」

 

 牛魔王が笑って言った。

 

「……それと沙那と孫空女もお願いしますよ……。いくら痛めつけても殺すことだけはないように……。それよりも、いつまでも遊んでいないで、早く、三人にこれを取りつけてはいかがですか? お蘭は、もう宝玄仙を罠に仕掛ける支度を整えていますよ──。お蘭が宝玄仙をここに連れてくる前に、こっちの三人に首輪を嵌めて人質にする状況を作っておかないと……。まあ、多門殿が、思いのほか、人間族の隊に苦戦しておられるようなので、罠を仕掛けるのは明日の朝以降になるかもしれませんが……」

 

 その鳴智が言った。

 やっぱり、お蘭というのは、あのお蘭──?

 

 そのお蘭が宝玄仙を罠に掛ける──?

 どういうことなのだ──?

 

 銀角は混乱した。

 そして、鳴智が牛魔王の椅子の手摺りにある台に一個の首輪を置いた。

 

 それは紛れもなく、新品の服従の首輪だった。

 銀角は目を丸くした。



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787 終わらない輪姦

 砂が落ちていく……。

 足元の地面に沙那は沈もうとしていた……。

 沙那はもがいた。

 

 まったくの全裸だ。

 だが、手で這いあがろうとしても、つかみどころのない砂は沙那の足元に落ちる砂を増やすだけで、沙那は沈んでいく砂の地面から逃げることができない。

 

 やがて、頭の上まですっぽりと地面に沈んだ。

 沙那は懸命に顔を上にあげて、鼻と口を地面の外に出そうとした。

 しかし、いきなり身体を包む土が無数の男の性器に変わった。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 だが口を開くと、その性器が入り込んでくる。

 沙那は先端から精を滴らせている男根の海に包まれ、その中に身体を没しさせた。

 

 息が……。

 沙那の意識は次第に遠くなっていった。

 

 そのとき、顔に当たるものが水に変わった。

 やはり、息ができない……。

 

 鼻と口に当たる水が息を邪魔をする……。

 …………。

 …………。

 …………。

 

「がっ──。はああっ──。がっ、はっ──」

 

 眼が覚めた。

 その瞬間に大勢の笑い声が沙那の耳に入ってきた。

 顔に当たっているのは尿だ。

 仰向けになっている沙那の顔に三人の亜人男が小便を上からかけていて、それが鼻と口に当たって息を妨げていたのだ。

 

「や、やめ……」

 

 沙那は慌てて、手で顔を覆おうとしたが、革紐の圧迫感を背中側の両手首で感じただけだ。

 そして、口を開いたために、かけられている尿が大量に口の中に入ってきた。

 

「えほっ、がはっ、あがっ」

 

 沙那は激しく咳き込みながら口を閉じた。

 しかし、慌てている沙那の様子が面白いのか、亜人たちはげらげらと笑いながら、尿を沙那の鼻付近に狙い注いでくる。

 

 そうだ──。

 沙那は大勢の亜人兵に輪姦をされている途中だったのだ。

 そして、どうやら意識を失ったらしい。

 

「や、やめてえええっ──」

 

 沙那は大声で怒鳴って、身体を横に転がして尿を避けた。

 そのとき、自分の声が信じられないくらいに弱々しいことに気がついた。

 

「やっと目を覚ましたか。じゃあ、輪姦の続きだ。いいか、順番だからな、お前ら──。ひとりあたりの時間はこの砂時計二回分だ。ちゃんと時間は守れよ──」

 

 仕切り役をしている亜人兵が大声で叫んだ。

 すると、後ろ手に拘束されている沙那の身体が、複数の男たちによって抱きかかえられる。

 はっとした。

 下半身だけ裸になった亜人兵が胡坐をかいて地面に座っている。

 その股間には勃起した怒張があった。

 

「も、もう、いやっ──た、助けて……」

 

 沙那は思わず叫んだ。

 身体が信じられないくらいに疲れていてぼろぼろだ。

 両手を縛られているのだが、たとえ拘束されていなくても、おそらく沙那はほとんど抵抗できないだろう。

 そのくらい疲労困憊の状況だった。

 頭も朦朧としている。

 なにも考えることができないくらいだ……。

 

 しかし、沙那は両側から太腿を別々の男にかかえられて、脚を大きく開いた状態で膣を胡座の上の怒張に乗せられていった。

 すでに大勢の男たちの精を受けいている沙那の女陰は、それを潤滑油代わりにして、なんの抵抗もなく男の肉棒を受け入れていく。

 

「あうううっ──」

 

 沙那は男たちに群がれたまま背中をのけ反らせた。

 女陰に怒張が割り入っていくときに、内側の肉が強く擦られて凄まじい快感が沙那を襲ったのだ。

 全身に弾けた快楽の波に、沙那は男を受け入れながらがくがくと身体を揺らした。

 

「相変わらず感度のいい身体だぜ──。しかも、これだけの美女だ──。これなら、男の精まみれでも気にもならねえ──。気持ちよく抱けるぜ──」

 

 沙那を貫いている男が腰を上下するように動かし始める。

 またもや迸る快感にさらに喘ぎ声をあげた。

 

 その沙那の乳房を別の男が背後から揉みあげてきた。

 それだけではなく、男を受け入れている股間の後ろの菊座にも別の男が指を挿し入れてきた。

 

「ひいいいいい」

 

 沙那は奇声をあげた。

 逃げようと思っても身体には力が入らない。

 無数の手がよってたかって沙那の身体をあちこちをまさぐりまわす。

 もうすっかりと腰が砕けているのに、まるで痙攣でもしているように、沙那の腰は勝手に動き続ける。

 

「あああ、ああっ、あっ、あっ、や、やめ……ああ、ああ──あはあっ──」

 

 沙那は泣き声をあげた。

 次々に起こる快感の波が激しすぎるのだ。

 自分を制御できない。

 全身のあちこちから湧き起る快楽の渦に飲み込まれる。

 

 身体は骨の髄まで痺れきっている。

 それなのに、快感に対する身体の疼きだけが、異常に研ぎ澄まされている。

 沙那は全身に襲いかかる愛撫の海に溺れて死にそうだ。

 正面の男に犯されながら、周りに群がっている男たちから全身のあちこちを刺激され、それによって起きる官能の疼きが次々に暴発して、沙那を淫情の嵐に包み込む。

 

「あううっ、あうっ、あひいいい──」

 

 沙那は身体を激しく震わせて天を向いた。

 また、絶頂の矢が沙那を貫いたのだ。

 

 快感が弾けて意識が飛びそうになる。

 だが、終わらない男たちの愛撫が、沙那をまたもや無理矢理に覚醒させる。

 

 さっそく達してしまった沙那に、周りの男たちは大喜びだ。

 そして、股間を貫く怒張がさらに激しく動かされる。

 沙那はまたもや絶頂に向かって突き進んでいった。

 

 いつまでこの凌辱が続くのか……。

 沙那は男の腰に乗ったまま思った。

 もう、周囲を取り巻く亜人兵たちの揶揄や哄笑も頭に入らない。

 すでに頭には、もやのようなものがかかったようになっていて、なにもかもはっきりとしない。

 全身はぼろぼろで完全に疲れ切っている。

 

 牛魔王軍に捕らわれてかなりの時間が経っていると思う。

 銀角の道術が暴走し、突然に牛魔王軍の真っただ中に三人だけで跳躍してしまったのが夕方であり、いまは完全に夜だ。

 空に光っている道術の光源の外にある月の位置の変化から考えて、おそらく夜半近くだと思うが……。

 

 この間、沙那はずっと輪姦を受け続けている。

 輪姦の相手は、最初は牛魔王がけしかけた傀儡兵という操り兵だった。

 牛魔王が首を切断した死骸が起きあがり、武器を取りあげられた沙那たちを襲って強姦をしてきたのだ。

 最初こそ、三人で抵抗したものの、疲れも知らず、倒れることもない傀儡兵に、結局は三人とも身体を捕まえられてしまい、服を一枚残らず奪われて凌辱された。

 

 そして、かなりの時間、そうやって三人で犯されていたと思う。

 だが、しばらくすると、銀角だけは牛魔王が直接にいたぶるということで連れていかれた。

 その連れていかれた銀角については、しばらくは耳を澄ませばどこからか悲鳴のようなものが聞こえていたし、鞭打ちの音もしていたから、どこかで鞭を浴びせらていたのだと思う。

 

 銀角は数年、牛魔王軍団と戦い続けた金角軍の猛将であり、牛魔王の積年の仇敵だった。

 しかも、一度は捕えて部下になった巴山虎に下げ渡されたものの、その囚われから脱して巴山虎を殺し、またもや牛魔王に逆らって牙を向けたのだ。

 牛魔王にとっては、憎たらしい敵の女ということになる。

 だから、牛魔王は直接銀角を苛め抜きたいと思ったのかもしれない。

 

 それに比べれば、沙那も孫空女も、ただの人間族の女であり、息子の紅孩児のことで牛魔王が恨みを抱いている宝玄仙の供であるというだけの存在だ。

 それが扱いの違いになり、牛魔王が銀角を連れていくときに、沙那と孫空女の扱いは、亜人兵たちに任せるということになったのだろう。

 

 そのときに、沙那を犯すのが傀儡兵から普通の亜人兵に交代した。

 すでに沙那は抵抗する力を失っていて、簡単に革紐で両手首を括られ、大勢の亜人兵に輪姦されることになった。

 鋭敏すぎる沙那の身体は、大勢の敵兵に輪姦されるという汚辱の中でも快感の発作を繰り返した。

 犯されても犯されても、すぐに身体を悶えさせて快感を弾けさせる沙那に亜人兵たちは大喜びになった。

 沙那は大勢の亜人兵から集中的に犯された。

 

 もう、なにがどうなっているのかわからないほどよがり狂った。

 そして、ふと思った……。

 

 そういえば、孫空女……。

 孫空女はどうなったのか……?

 沙那は孫空女がどうなったのか思い出そうとした。

 

 輪姦をするのが傀儡兵から亜人兵に代わったとき、孫空女は亜人兵たちから激しく抵抗したような気がする。

 それで怒った亜人兵が、孫空女の両手を革紐で縛って、さらに長い縄を繋いで馬の鞍に結びつけたような……。

 

「うう……はああ……はああ──」

 

 だが、またもや腰全体から快感とも痛みともつかない痺れが突き抜けて沙那の思考を飛ばした。

 沙那は自分の口から獣のような声が迸るのがわかった。

 

「とてつもない女だなあ──。本当に次々に達しやがる。嬉しくなるぜ──」

 

 沙那を正面から抱いている男が、腰を動かしながら嬉しそうに声をあげた。

 

「そんなことを感心してねえで早く精を出しやがれ──。もうすぐ砂時計二回だぞ。後がつかえているんだ」

 

 すると、その男に別の男が言った。

 

「わ、わかっているよ──。だ、だけど……、時間に……関わらず……、一度……精を……出せば……終わりだ……からな──。ぎりぎりまで……愉しませて……もらわ……ねえと……。この女の……股は……本当に……気持ちいい……」

 

 男の腰の上下運動がさらに激しくなり、男がその動きの合間合間に声を出した。

 沙那は強烈な甘美感に腰をうねりまわした。

 

「はぐううう──」

 

 沙那はまたもや耐えきれなくなり、感極まった声を出して快感を弾けさせた。

 周囲の亜人兵たちは大喜びだ。

 沙那は喘ぎながら、悔しさにうちひしがれた。

 

 こうやってひとりの男を受けるうちに、数回達してしまうのだ。

 それを男が交代する度に繰り返している。

 沙那は自分の敏感な身体が恨めしかった。

 次の瞬間、膣の中で男の怒張が震えた気がした。

 沙那は無意識のうちに股間を締めあげていた。

 

「おううっ」

 

 男が呻いた。

 沙那の女陰の中で男の熱い精が迸ったのをはっきりと感じた。

 

「ふう……」

 

 やっと、男が腰を動かすのをやめた。

 沙那はすっかりと脱力して、正面の男に身体をもたれさせてしまった。

 

「よし、交代だ。次は誰だ──?」

 

 しかし、休息など許されない。

 仕切り役の亜人兵の声により、沙那の身体はすぐに男たちからかかえあげられて、股間を男根から抜かれた。

 

「俺だ──。じゃあ、今度は四つん這いにさせてくれ。後ろから犯してやるぜ──」

 

 誰かの声がして、沙那は言われたとおりの体勢にされた。

 

「前の穴じゃなくて、尻の穴にしろよ」

 

 ほかの男がからかいの言葉を発する。

 

「俺はその趣味はねえんだよ──」

 

 沙那の腰を後ろから掴んだ男が言った。

 

「なら、俺にやらせろ……。さっき指で弄ったとき、その女のけつも随分と柔らかくて気持ちよかったぜ。多分、その女は尻穴をしっかりと調教されていると思う──。俺にやらせてくれ」

 

「うるせい──。順番を守れ──。お前の番のときに尻でも口でも使ったらいいだろう──」

 

 沙那を犯そうとしている男が叫んだ。

 そして、股の下に怒張がすっと近づくのがわかった。

 

 そのとき、数騎の騎馬の足音がしたと思った。

 何気なく、沙那はそっちに目を向けた。

 

「そ、孫女──?」

 

 次の瞬間、沙那は絶叫した。

 

 遠くから近づいてきた騎馬は三騎だったが、その真ん中の騎馬に誰かの血まみれの身体が引きずられていたのだ。

 一瞬、なんなのかわからなかったが、それは紛れもなく孫空女だった。

 

 沙那は最後の力を振り絞って、男たちの手から沙那の身体を振りほどき、よろめく脚でその騎馬に向かって駆けた。

 沙那に群がっていた亜人兵たちは、あえて沙那を邪魔することなく、沙那が孫空女に駆け寄るに任せた。

 そして、沙那とともに騎馬を向かって歩いてくる。

 

 騎馬が目の前にとまった。

 馬に引き摺られてやってきた孫空女は、完全に身動きしなかった。

 全身はずたずたであり、引きずられたことによって裸身の肌が裂けて血まみれになっている。

 

 死んでいるのか──?

 沙那は自分の身体からさっと血が引くのがわかった。

 

「孫女──しっかりして──」

 

 沙那は孫空女に向かって悲鳴をあげた。

 

「しっかりしてええ──。死んでは駄目よ──孫女──」

 

 孫空女の身体に取りすがって絶叫した。

 そのとき、孫空女の口からかすかな呼吸を感じた。

 

 ほっとした。

 生きている……。

 しかし、虫の息だ……。

 

 沙那はこの連中に対する凄まじい怒りが込みあがった。

 この騎馬の男たちが、抵抗しようとした孫空女の両手に縄をかけて、馬で引っ張りだしたのはかなり前だ。

 まさか、あれからずっと馬に縛りつけて孫空女を走らせ続けていたのか?

 沙那は顔をあげて、馬からおりてきた男たちを睨みつけた。

 

「な、なんてことするのよ──。死んでしまうわ──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「抵抗しやがるから悪いんだ──。だが、大した体力だぜ。かなりの時間駆けたんだがな──。この女、ずっと全力疾走に耐えやがったんだ──。だから、随分と遠くまで馬で駆けることになった──。それで、仕方ねえから今度は股ぐらに張形を突っ込んで走らせたんだ。それでやっと馬の走りについて来れなくなってくれたというわけさ。それでずっと引きずってきたからこうなったということだ」

 

 馬からおりた男がげらげらと笑った。

 その言葉で、沙那はやっと血まみれの孫空女の股間に革紐が食い込んでいるのがわかった。

 確かに、その革紐の内側には女陰に挿入された木製の張形が挿し込んである。

 

 いずれにしても、孫空女は血まみれで、どこが肌で、どこが革紐なのかもわからない状況だ。

 息はしているがかなり弱い。

 足首も変な風に曲がっていて骨も砕けているだろう。

 本当にこの男たちが容赦のない引きずり方をしたというのがわかる。

 

 沙那は腹が煮えくり返った。

 だが、同時に孫空女が心配になった。

 激しく走ったり、引きずられたりしたわりには、孫空女の息はびっくりするほど静かだ。

 まるでもう死にかけているかのようだ。

 

「お、お願いよ、治療して──。孫女が死ぬわ──」

 

 沙那は叫んだ。

 だが、その沙那は大勢の男たちからまたもやかかえられて、孫空女から離された。

 また、輪姦の態勢に戻ろうとしている。

 

「ああ、だめええ──、言うこときく。逆らわない──。なんでもするわあ。だから、孫女を治療してよお」

 

 沙那は亜人たちにひきづられながら絶叫した。



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788 首輪をつける女

「ああ、だめええ──、言うこときく。逆らわない──。なんでもするわあ。だから、孫女を治療してよお」

 

 沙那は亜人たちに引きづられながら、大声で哀願した。

 だが、亜人たちはまったく頓着していない。

 血だらけの孫空女は放り投げられたままだ。

 暴れたが、どうにもならない。

 男たちに囲まれてしまった。

 身体を押さえられて、引きずり倒される。

 

「……おう、俺たちもやらせろよ。随分長く馬を駆けさせたから、ちょっと疲れたぜ。お前たちばかり狡いじゃねえか」

 

 騎馬に乗っていた男のひとりがやってきて言った。

 

「ふざけるなよ──。そっちの赤毛を使えよ──。そっちだ、そっち──」

 

 さっきの仕切り役が叫んでいる。

 

「なに言ってんだよ。あの女はもうすぐ死ぬさ。使い物にならねえよ」

 

「あんなに使いものにならなくしたのが悪いんだろう──。お前らが壊さなければ、両方とも使えたのに──」

 

 男たちが言い合っている。

 沙那はふたりの会話を耳にして、孫空女の名を金切声で叫んだ。

 そして、孫空女のところに戻ろうとした。

 だが、沙那を囲む男たちが増えて、強引にさっきの四つん這いの体勢を取らされる。

 孫空女のことなど周りの誰も気にしていない気配だ。

 

 沙那はそれでも孫空女の名を呼んだ。

 孫空女が死ぬかもしれない──。

 そう考えただけで、心が張り裂けそうになった。

 

「おやめ──」

 

 そのとき、不意に女の声がした。

 沙那の身体を掴む力が弱まった。

 

 顔をあげた。

 

鳴智(なち)──?」

 

 沙那は叫んだ。

 亜人兵を掻き分けるようにやってきたのは、あの鳴智だった。

 沙那が鳴智を見たのは女人国だ。

 また、金凰魔王に宝玄仙たちが囚われたときには救出に来てくれたという話も聞いている。

 その鳴智がなぜここに──?

 沙那は混乱した。

 

「な、鳴智、お願い──」

 

 とにかく沙那は声をあげた。

 助けを懇願しようと考えたのだ。

 

「……なにを言っても無駄だよ……。今日のわたしは、お前たちを捕えることに加担しろと命令を受けているからね。なにをどう言われても助けられない……。あんたも服従の首輪の力は知ってんだろう? 諦めておくれ、沙那」

 

 鳴智が沙那が口にしようと思ったことを見透かしたように言った。

 確かに鳴智の首には服従の首輪が装着されている。

 だが、よく見ると、薄く刻まれている紋様が沙那の知ってるものとまったく違う気がする。

 服従の首輪には、見え難いが首輪の表面に、宝玄仙固有の魔方陣の紋様が刻まれている。

 沙那は服従の首輪には、長い時間、身体も心も苦しめられたのだ。あの首輪のことはなにからなにまでわかると思う。

 もしかしたら、宝玄仙自身よりも、服従の首輪については知っているかもしれない。

 

 いや、考えてみれば、かつて鳴智がしていた服従の首輪の紋様は、沙那が知っている宝玄仙の作った服従の首輪と同じものであり、紋様も一致したと思う。

 女人国で出逢ったときには、一瞬で鳴智が服従の首輪をしていると見抜いたくらいであり、よく覚えている。

 また、それ以前に、女人国の女王だった壱都(いと)が宝玄仙に嵌めて驚いた首輪も、かつて沙那がさせられていたものと同じ紋様だった。

 このあいだ、銀角から宝玄仙が外した首輪だって同種の首輪だった。

 

 しかし、いま鳴智が嵌めているのは、それらとは違う紋様だ。

 似ているが別の首輪だ。

 

「あなたの首輪の紋様が……」

 

 沙那は呟いた。

 すると、鳴智が驚いた表情になった。

 

「へえ……。目ざといねえ。さすがは沙那だ……。ああ、そうさ。少し前に、お宝が作った服従の首輪を簡単に宝玄仙が外すことができるとわかったものだからね……。だから、それができないように、お宝が道術の波を変えてしまったのさ。つまりは、真の意味での第二の『服従の首輪』さ。わたしの首輪もそれに付け替えられたのよ……」

 

「第二の首輪?」

 

 沙那は呆気にとられた。

 

「これで、わたしの首輪を宝玄仙が外してくれるかもしれないという望みもなくなったということだよ……。お宝が念入りに複雑に道術を刻んだからね。さすがの宝玄仙でも、これは外せない。外せるのは、『主人』と刻まれた相手だけさ。つまり、わたしの場合は御影だけということだね……」

 

 鳴智が自嘲気味に笑った。

 そして、鳴智は、沙那に群がっている亜人兵たちをどけさせて、すっと沙那の首に手を伸ばした。

 なにかががちゃりと嵌まるのがわかった。

 

 首輪──?

 鳴智は沙那の首に首輪をしたようだ。

 

 なに──?

 まさか……?

 

 沙那は驚いた。

 だが、それについて考える間もなく、鳴智はそのまま血だらけの孫空女に寄っていった。

 

「馬鹿垂れだねえ、お前ら──。犯してもいいけど、殺すなと伝えられていたんだろう──? 馬に繋げて何刻も引きずり回すなんて死んだらどうするんだい──。もしも、こいつが死んだら、全身八つ裂きの刑になるかもしれないよ」

 

 鳴智が周囲の男たちに吠えるように叫んだ。

 男たちが静まり返る。

 そして、その孫空女にも首輪を嵌めた。

 いつもの孫空女の赤い首輪に銀色の金属の首輪が重なった。

 

「そ、その首輪は──?」

 

 沙那は声をあげた。

 やっぱり、鳴智が孫空女に装着したのは服従の首輪だ。

 そして、紋様は宝玄仙ではなく、さっきお宝の紋様だと鳴智が言及した紋様だ。

 鳴智は沙那と孫空女のふたりに、宝玄仙にも外せない第二の服従の首輪を嵌めたのだ。

 

 これを装着して奴隷の刻みをしてしまうと、絶対に命令に逆らえない人形にさせられる。

 その恐怖が沙那を襲った。

 もっとも、まだ、その刻みはしていないので、いまこの瞬間は単なる金属製の首輪にすぎない。

 しかし、首輪を受けれいると口にした瞬間に、奴隷の刻みが首輪になされて絶対服従の道術がかかってしまうのだ。

 

 しかし、沙那はあることにふと気がついた。

 そして、疑問に思った。

 

 あれ?

 

 なぜ、鳴智自身が沙那と孫空女に首輪を嵌めてしまったのか……?

 なんで?

 この首輪に支配を刻むためには確か……。

 

「……逆転の機会は最後だよ……。しかも、一度だけ……」

 

 だが、そのとき、鳴智が沙那の耳に口元を近づけ、あるかないかの声でささやいた。そのため、沙那の思念は吹き飛んだ。

 

「えっ?」

 

 思わず問い返したが、鳴智はすでに亜人たちの方向を見て怒鳴り始めていた。

 

「とにかく、牛魔王様がふたりと連れて来いと言っているよ──。早く、連れて行きな──。それと、孫空女の股にあるくだらないものも外に出すんだ」

 

 

 *

 

 

「銀角──?」

 

 よろめく脚で牛魔王のいる場所まで歩かされた沙那の眼に飛び込んだのは、牛魔王の股間の前に跪いている銀角だった。

 銀角は牛魔王の性器を一心不乱にしゃぶっている。

 全裸だが、なんの拘束もない……。

 銀角の気性から殺されてもそんなことをしない気がした。

 そのとき、沙那は銀角の首に服従の首輪が光っているのを見つけた。

 

「……ふふふ……いい恰好ね、銀角──。そうそう……。そうやって、牛魔王様の命令に絶対服従で従うのよ──。いいわね」

 

 先頭を歩いていた鳴智が銀角に向かって言った。

 そして鳴智は、満足そうに悦に入っている牛魔王に一礼をした。

 

「おう、鳴智よ──。お前たちが持ってきた服従の首輪というのは素晴らしいのう。あの銀角がこのとおりだ。だが、どんなに服従をしても心は従わないのだな──。わしの珍棒をしゃぶりながら、悔し涙を流しておるわ──」

 

 牛魔王が鳴智に向かって笑いながら言った。

 その言葉で、沙那は銀角が泣いていることに気がついた。

 表情は口惜しさと屈辱で溢れている。

 どうやら銀角は、服従の首輪の刻みを受け入れてしまったようだ。

 

「だったら、嬉しそうにしゃぶれと命じられたらいいでしょう。首輪の操りは絶対です。理解できる言葉であれば、絶対に逆らえません。身体だけのことですが……」

 

 鳴智が感情を殺したような静かな口調で言った。

 

「いや、これはこれでいい──。むしろいい──。心まで服従させて操るのは愉しくはない。心が服従していないのに、身体が服従してしまうからいいのだ──」

 

「それは……ようございました……」

 

 鳴智の言葉には皮肉の口調がこもっていた気がしたが、上機嫌の牛魔王は気にしていないようだ。

 さらに、牛魔王が口を開く。

 

「それにしても、この首輪の力はよく知らなかったが、こんなにも効果のあるものだとわかっていれば、巴山虎なんかに渡さずに、わしが金角に使えばよかったな。だったら、もっと愉しみ方も増えただろうに──」

 

 牛魔王は笑い続ける。

 そのとき、沙那は近くに立てられている高い首吊り台のようなものの横材から、首だけの金角が髪の毛を縄で縛られて吊り下げられていることに気がついた。

 そして、首だけの金角が大きな呻き声をあげている。

 

 死んだと思われていた金角にやっと再会できたのは、牛魔王に捕らえられた昨日だ。

 金角は生きていた……。

 首だけしかない哀れな姿だったが……。

 金角は死んではいないと断言したのは宝玄仙だった。

 巴山虎を倒して銀角を救出をしたとき、金角は死んだと聞かされた宝玄仙が、金角を魂の欠片で復活しようとしたのだが、銀角が保管していた金角の魂の欠片が効力を発揮しなかったのだ。

 そのことから、金角はまだ生きているだろうと宝玄仙が示唆していたのだ。

 

 そして、その通りだった。

 沙那たちは、牛魔王に捕らえられてすぐに、牛魔王の持つ杖の飾りのようにされている首だけの金角と再会したのだ。

 いま、その金角は髪でぶらさげられて激しい苦痛の悲鳴をあげて顔をもがかせている。

 金角の首に十数個の腫瘍がある。

 もしかしたら、あれが金角を苦しめているのではないだろうかと思った。

 

 いずれにしても、金角は沙那や銀角に注意を払う様子がない。

 外部のことを知覚できないようにされているに違いない。

 そして沙那は、金角が髪の毛で吊られている真下に水の入った桶もあることに気がついた。

 また、よく見ると、金角の髪や顔がびしょびしょに濡れている。

 あるいは、牛魔王は金角の顔をあの桶につけて、銀角に服従の首輪を受けれることを迫ったのかもしれない……。

 

「それよりも、まずは孫空女をどうにかしてくれませんか……。あなたの部下の馬鹿たちが、孫空女を馬で長い時間引きずり回したんですよ──。いまは虫の息です」

 

 鳴智が言った。

 孫空女は亜人兵たちに木の板に乗せられて運ばれてきた。

 いまだに意識は戻っていない。

 

「おうおう、そうか──。まあ、あいつらには後で注意しておく──。じゃあ、治療をするか。その前にその孫空女の腕を背中で縛れ。こいつが一番抵抗が激しいからな。元気になった途端に暴れ出すかもしれん。ついでに首に縄をかけて首吊り台にかけろ──」

 

 牛魔王が孫空女の乗っている木板を運んでいる亜人兵たちに命じた。

 亜人兵たちがすぐにそれに従う。

 孫空女の身体は首吊り台の下に運ばれて横たえられ、手首と首に縄がかけられた。

 そして、首縄の縄尻がずっと上にある横材から垂らされた縄に繋げられる。

 

「う、うう……」

 

 亜人兵たちが孫空女から離れていくと、孫空女が身じろぎをし始めた。

 牛魔王が『治療術』を孫空女にかけだしたようだ。

 孫空女の身体の傷が塞がっていき、肌についた血まで消えていく。白い肌も戻っていく。

 とりあえず、沙那はほっとした。

 

「な、なに……?」

 

 孫空女が覚醒した。

 

「そ、孫女──。大丈夫──?」

 

 沙那は叫んだ。

 そのまま孫空女に駆け寄った。

 

「あぐううっ──」

 

 しかし、次の瞬間、孫空女が強い呻き声をあげた。

 孫空女の首の縄と横材を繋げる縄がいきなり短くなり、孫空女の身体を強引に立たせたのだ。

 さらにどんどん短くなる。

 これも牛魔王の道術に違いない。

 しかし、孫空女は両手を背中で縛られている。

 このままでは、孫空女の首が絞まって死ぬことになる……。

 

「んぐううっ」

 

 孫空女が呻いた。

 沙那の見ている前で、ついに後手に縛られた孫空女の身体が首だけでぶら下がって宙に浮いたのだ。

 

「う、うわっ、孫女──」

 

 沙那は驚愕した。

 慌てて駆け寄る。

 沙那の両手も縛られていたが、とにかく、孫空女の身体の下に走って、孫空女が脚を沙那の肩に乗せられるようにした。

 

「や、やめて──やめて──」

 

 沙那は絶叫した。

 孫空女が沙那の肩の上でもがいている。

 そして、しっかりと沙那の肩に孫空女の両脚が乗った。

 

「さ、沙那……ご、ごめん……」

 

「し、しっかり、孫女……。わ、わたしは、だ、大丈夫……」

 

 沙那は言った。

 だが、まだ足腰に力が入らない。

 この状態で孫空女の身体を支えるのは、かなり堪える……。

 沙那は歯を喰い縛った。

 しかし、孫空女の首にかかった縄がさらに短くなっている気配だ。

 しっかり肩を踏んでいた孫空女の脚が爪先立ちになり、さらに一瞬浮いてから、すぐに沙那の頭の上に乗った。

 その頭の上の孫空女の脚も爪先立ちになる。

 

「そ、孫女が死ぬわあ──? やめて、もうやめてよ──」

 

 沙那は必死で呼んだ。

 牛魔王は孫空女を処刑するつもりなのか?

 沙那は恐怖に包まれた。

 

 亜人兵たちが寄ってくる。

 沙那の頭からも浮きあがった孫空女の両脚を小さな木の板に乗せていた。

 ちょうど孫空女の両脚が乗るくらいの大きさの板だ。

 見上げると、孫空女の両脚がその板に乗せられて、亜人兵たちがそれを下から抱えている。

 

「その栗毛の女に持たせてやれ」

 

 牛魔王が笑いながら言った。

 沙那の後手の拘束が解かれた。

 孫空女の脚が乗っている板を持たされる。

 沙那は大きく両手をあげて、その板を抱える体勢にされた。

 ずしりと孫空女の身体の重みを板に感じる。

 

「さて、銀角、とりあえず奉仕をやめていい──。次の命令だ──。下の女の身体をこれでくすぐってやれ──。あの板の上の赤毛を落とすまでな」

 

 牛魔王が大笑いしながら言った。

 そして、地面の上に二本の筆が放り投げられた。

 

「えっ?」

 

 牛魔王の股間から口を離すことを許された銀角が、唖然とした表情で地面の上の筆と沙那たちの姿を交互に見つめた。

 

「処刑遊戯だ──」

 

 牛魔王が大きな声で怒鳴った。

 周囲の男たちからわっと歓声が起こった。



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789 処刑遊戯

「しょ、処刑遊戯って、なによ──。い、いやあ──。な、なんてことを命じるの──。いやああ──。た、助けて──。だ、誰か──」

 

 沙那は無駄だとわかっている助けを叫んだ。

 だが、銀角が引きつった顔のまま、捨てられた筆を拾った。

 そして、孫空女が乗った板を支えるために、腕を大きくあげている沙那に近づいてくる。

 始まった「余興」に大勢の亜人兵たちも集まってきて、この首吊り台を取り囲み始めた。

 

「さ、沙那、ご、ごめん……」

 

 銀角が呻くように言って、筆で沙那の脇腹をすっと撫ぜあげた。

 

「ああ、あはあああ──」

 

 沙那は狼狽して、思わず身体を捻った。

 

「んぐうっ」

 

 その瞬間、孫空女の呻き声がした。

 沙那が身体をよじったので、両手で抱えている板が傾いてしまったのだ。

 それにより、孫空女が体勢を崩して、ぎりぎりまで引きあげられている孫空女の首縄が絞まってしまったのだ。

 沙那は慌てて両脚を踏ん張った。

 

「さ、沙那──。た、頼む──。な、なんとか……」

 

 銀角が泣きそうな声で言った。

 なんとか我慢してくれと言いたいのだろう。

 しかし、銀角の操る筆は脇腹から背中に向かって擦り動く。

 

「う、ううっ──」

 

 沙那はぞわぞわしたくすぐったさに、無意識に身体を突っ張らせた。

 だが、耐えられる……。

 そんなに敏感ではない背中だし、なんとか息を大きく吐くことで、気を逸らすことができた。

 しかし、同じ場所を繰り返し刺激されると、どうしてもくすぐったさが拡大してくるのだ。

 いまがそうだ。

 沙那の身体の震えが大きくなってきた。

 銀角がそれを悟ったのか、少し腰骨の辺りに筆先をずらした。

 

「あっ、ああっ……」

 

 しかし、新たな刺激に沙那はびくりと身体を動かしてしまった。

 

「ご、ごめん……。だ、だけど、どうしても……」

 

 銀角は半泣きになりながらも、筆先を沙那の裸身に這わせてくる。

 その動きは少しも緩まらない……。

 緩められないのだ。

 銀角は牛魔王に筆で沙那をくすぐるように命じられている。

 命じられた以上、それは絶対だ。

 忠実に「命令」の言葉を身体が実行するのだ。

 それに意思は関係ない。

 銀角はそういう状態なのだ。

 いまの沙那を筆で責めれば、どうなるかをわかっていながら、銀角はくすぐりを続けなければならないのだ。

 

「わ、わかってる……。わかってるの……。う、うはあっ……」

 

 筆が脇腹からその下の腰骨あたりをなぞり擦る。

 沙那は歯を食い縛って、襲ってくるくすぐったさに耐えた。

 

「さ、沙那……? な、なんだい……これ……?」

 

 頭の上の孫空女が言った。

 孫空女はたったいままで半死半生の状況だった。

 牛魔王の道術で身体の損傷は回復したものの、まったく意識がなかったから状況をよくわかっていないのだと思う。

 孫空女にとっては、いきなり首吊りの状態にされて、気がついたら、沙那の抱える板の上に乗っていたということ違いない。

 やっと状況を把握しようとしているという感じだ。

 

「んんっ──。んふうっ」

 

 銀角の筆は腰骨から太腿の横を上下に動いてきた。

 どうやら銀角は懸命に沙那のくすぐったい場所ではないところを探して、筆を動かしてくれているようだ。

 だが、それでも、沙那は身体の力が抜けるほどの衝撃を味わっていた。

 長い時間、亜人兵たちの輪姦を受け続けて、肉体は怖ろしいほど敏感になっている。

 もう全身が性感帯のようにどこも研ぎ澄まされていて、沙那の身体はどんなに些細な刺激でも弾けるような快感を拾ってしまう。

 

「牛魔王様、服従の首輪は、『主人』として刻まれた相手のどんな言葉でも命令として従わせますが、逆に言えば、『文字通り』の言葉にしか従わせることはできません。意思は残っていますから、命令の言葉の範囲内で奴隷は自分の意思で行動しようとします」

 

 牛魔王の横で、鳴智(なち)がそう告げるのが聞こえた。

 

「んっ? どういうことだ?」

 

 牛魔王が横の鳴智に視線を向けた。

 

「さっき、牛魔王様は単にくすぐれと銀角に命じただけなので、銀角はできるだけ沙那が耐えられる場所を探して筆を動かしているようですね」

 

「なるほど、そういうものか……。つまり、手を抜いているということだな……。よし、銀角──。では、沙那の急所を探して筆を動かせ。沙那が孫空女を振り落とすように筆で責めるのだ」

 

 牛魔王が笑いながら言った。

 

「くっ」

 

 銀角が歯噛みしたのがわかった。

 沙那の身体の横をまさぐっていた銀角の持つ筆が、いきなり沙那の肉芽に移動した。

 

「あふううっ」

 

 くるくると女の蕾の周りをくすぐられて、沙那はがくりと両膝を倒しかけた。

 ただでさえ身体は疲労困憊の状態なのだ。

 一度、姿勢を崩すと、本当にそのまま倒れてしまいそうだ。

 

「あっ、だめっ」

 

 沙那は懸命に脚に力を入れた。

 

「あぐっ」

 

 また、孫空女が呻いた。

 上で孫空女が体勢をよろけさせたのがわかった。

 沙那の手と孫空女の脚のあいだにあるのは、ほんの小さな板だ。

 孫空女だって、その上に立つのは大変なはずだ。

 

「あっ、ご、ごめん──」

 

 沙那はなんとか姿勢を真っ直ぐに直した。

 同時に、やや開いていた脚をしっかりと閉じて、銀角の筆から股間を守るように股を締めつける。

 だが、銀角は、沙那の裏をかくように、すかさず背後に回って臀部の亀裂に筆を這わせてきた。

 

「いひいっ」

 

 今度は、銀角は“沙那が孫空女を振り落とすほどに筆で責めたてろ”と命じられている。

 だから、容赦なく沙那が備えられないような場所を探して筆を動かしてくる。

 

「そ、そんなあ──。い、いやあ──」

 

 沙那は狼狽した。

 お尻から筆が離れていかない。

 力が抜ける……。

 

「くっ」

 

 不意にお尻を襲った感覚を追い払おうと、沙那は激しく身体を振ろうと思った。

 しかし、そんなことをすれば、今度こそ孫空女を本当に落としてしまう……。

 せめて、必死でお尻をすぼめて筆を侵入させまいとする。

 だが、銀角が反対側に持つ筆が、身体越しに沙那の腰の前に動いて、もう一度肉芽の周囲を動き始めた。

 

「ん、んんんっ、んああっ」

 

 前後に筆を受けることになった沙那は泣き声をあげた。

 後ろに意識を集中すれば前が無防備になり、前の刺激を避けようとすれば、後ろに筆が襲いかかる。

 沙那は進退窮まった。

 結局、どう避けようとしも、敏感な場所を責められることになる。

 沙那を襲う官能の疼きが、身体の芯が痺れるほどの衝撃になる。

 膝が痙攣したようにがくがくと震えてきた。

 

 もう駄目……。

 耐えられない……。

 

「ひっ、ひっ、ひいっ、や、やめてえ……もう、やめて……だめええ……ああああ──」

 

 沙那は叫んだ。だが、その悲鳴もかすれている。

 背筋にも震えが走り、身体の芯が火のように熱を生じてきた。

 筆先が腰の前後に這うたびに、恐ろしいほどの疼きが全身を走り、身体の肉が蕩けていく。

 

 力が抜ける──。

 もう姿勢を保っていられない──。

 だが、身体が崩れれば孫空女が──。

 周囲では大勢の亜人兵が、裸の女三人の痴態に揶揄と哄笑を浴びせている。

 だが、いまの沙那にはもう耳には入らない。

 銀角の責める筆と戦うのに必死だ。

 

「さ、沙那──。もう、もういい──。頑張らなくていい──。ち、畜生──牛魔王──。あたしを責めな──。こんな意地の悪い処刑方法なんかじゃなく、さっさと殺せばいいだろう──」

 

 上で孫空女が絶叫した。

 だが、そのために孫空女の身体が揺れて、沙那は体勢を崩しかけた。

 

「ん、んんっ──。あ、暴れないで、孫女──。さ、支えられない……。う、うくっ──」

 

 沙那は声をあげた。

 そのあいだにも、銀角は背後から筆を動かし続けている。

 すでに沙那の全身はすっかり脱力して、激しく喘ぎ声をあげている。

 もう沙那は気力で立っているだけだ。

 いまにも身体が崩れてしまいそうだ。

 

「ねえ、牛魔王様、筆責めよりも脇の下をくすぐらせてはどうです? いかにも、無防備な脇じゃないですか」

 

 鳴智がふっと笑みを頬に浮かべた気がした。

 だが、同時にはっとした。

 

 そんな……。

 

「それはいいな。よし、銀角、脇だ──。脇をくすぐれ──。沙那が思い切りくすぐったがるように手でくすぐるのだ」

 

 牛魔王が言った。

 銀角が筆を捨てた。

 

「さ、沙那、ごめんよ」

 

 銀角が叫んだ。

 両手が後ろ側から脇に襲いかかった。

 

「はああっ、はははは……、あはははっは、ちょ、ちょっと、だめええ……、うぐうう──。うふふふふ──ははははは──」

 

 たちまちに襲った笑いの発作に、沙那は笑い悶えた。

 必死の思いで孫空女を持ちあげている沙那の脇を銀角はこれでもかと襲ってくる。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

「沙那、首輪を受け入れると誓いなさい──。服従の首輪の刻みを受け入れて牛魔王様の命令に従う人形になりなさい──。孫空女を救うにはそれしかないわよ」

 

 鳴智が声をあげた。

 

「う、受け入れる──。受け入れるからやめてえ──、あははははは、ははははは──」

 

 沙那は笑いながら絶叫した。

 その瞬間、なにかが沙那の身体に入ってきたのがわかった。

 首輪の道術による身体の縛りだ──。

 ずっと以前に、故郷で騙されて宝玄仙の首輪を受け入れたときの感覚と同じだった。

 

「さあ、これでお前は牛魔王様の奴隷よ──。牛魔王様のどんな命令にも従いなさい──。一生ね──」

 

 鳴智が静かに言った。

 

「銀角のときもそうだったが簡単なものだな……。これで、沙那はわしのいいなりか?」

 

 牛魔王が鳴智を見た。

 

「そうです。さっきも言いましたが、理解できる言葉でしたら絶対に牛魔王様には逆らえません……。例えば、宝玄仙を殺せという命令でも……」

 

「殺しはせん……。こんな面白いものなら、宝玄仙にも必ず首輪を装着してやる──。確か、お前とお蘭が持ってきた首輪は、あと一個あったよな?」

 

「はい。宝玄仙用のものとして残してあるものです……。宝玄仙は供想いです。供を人質にすれば、あの女は首輪の受け入れに同意すると思います」

 

「愉しみだ……。ところで、お蘭はいつ宝玄仙を連れてくるのだ?」

 

「沙那の出す全軍撤退命令が、こちらの準備がすべて整ったことをお蘭に報せる合図ということになっております。お蘭は沙那の撤退指示を受けて、仕掛けを開始します。撤退する隊から離れて、こちらに向かうように宝玄仙を誘うはずです」

 

「そうだったな。ならば、沙那に撤退指示を出させねばな」

 

 牛魔王と鳴智が語り合っているのが聞こえた。

 言葉の端々にお蘭という名が聞こえたのが気になった。

 だが、沙那はそれ以上考えられない。

 銀角による沙那の脇へのくすぐりは続いているのだ。

 

「はははははは、ひひひひひひひ、も、もうだめええ──。はははははは、た、助けて──受け入れた──受け入れたわあああ──あはははは──や、やめてええ──」

 

 沙那は笑い苦しみ続けていた。

 それでも、懸命に孫空女を乗せている板を支え続ける。

 

「銀角、やめよ──。沙那、ひとつ仕事をせい──。全軍に撤退命令を出すのだ。銀角はそれを通信球で送れ。怪しまれないようにするのだ──。余計なことを話すな。命令だ」

 

 牛魔王が言った。

 銀角の手がとまる。

 やっと、終わった……。

 

 耐え抜くことができた……。

 沙那はほっとして、身体を崩しかけた。

 だが、慌てて手足に力を入れる。

 

「さ、沙那……、だ、大丈夫……? ご、ごめんよ……」

 

 銀角が申し訳なさそうに言った。

 沙那はわかっているという気持ちを込めて、小さく数回首を縦に振った。

 

「さ、沙那……」

 

 上からも孫空女の心配そうな声がした。

 沙那は大丈夫だと応じた。

 亜人兵たちが不満そうに声をあげたが、牛魔王が腕を振るとしんと静まり返った。

 沙那は「命令」に従って、銀角が道術に作った通信球に撤退指示を告げる声を込める。

 銀角は道術は遣えるようだ。

 ただ、許可なく遣うことは、すでに首輪の力で禁止されたのではないかと思う。

 

 いずれにしても、通信球に沙那たちが捕らわれていることを示唆するような内容を含めることはできなかった。

 “怪しまれないようにせよ”──という言葉を牛魔王に告げられたからだ。

 沙那の指示を乗せた通信球が消えた。

 それぞれの隊に転送されたのだ。

 

 しかし、ふと思った。

 三方向で迎撃した三隊のうち、東と西で迎撃した隊とは異なり、中央の本隊は、沙那たち三人がいなくなっている状況のはずだ。

 この牛魔王軍は、沙那たちがいた戦場地域までは進出しておらず、まだ、平原の北側までしか出てきてはいない感じだ。

 だから、こちらの迎撃隊とは接触はしていないようだ。

 

 つまりは、奇勝天軍を破ったこちらの中央迎撃隊は健在であり、突然にいなくなった沙那たち三人の指揮官を捜索している状況ではないかと思う。

 その異変は当然、宝玄仙のいる伊藉隊にも伝わっているだろう。

 それなのに沙那からの撤退命令が当たり前に出されれば、逆に不審に思うのではないか……?

 ならば、宝玄仙は不用意な行動を取らないでくれるかも……。

 

「……そういえば、こいつらのいた隊はどうなっておるのだ? 銀角たちが突然に消えたことで怪しんでおるのではないか?」

 

 牛魔王が言った。

 沙那と同じ疑念を牛魔王も抱いたようだ。

 

「問題ありません。この三人が移動術で消滅したのと同時に、六耳(ろくび)族という妖魔を三人に変身させて送り込んでおります。少しの時間なら、誰も怪しみません」

 

「あの物真似妖魔か……。さすがは謀略に長けた人間族だ。抜かりはないということだな」

 

 牛魔王は満足気にうなづいた。

 六耳族というのは覚えている。

 この魔域のどこかに生息するという物真似妖魔だ。

 他人には見分けのつかないくらい、誰かそっくりに変身する能力がある。

 

 あれも女人国を旅していたときのことだった。

 御影がその六耳族のひとりを孫空女に変身させて、誘拐した孫空女と入れ替えたということがあったのだ。

 あれは確かに本物そっくりだった。

 宝玄仙や朱姫なら、かすかな違いで偽者であることに気が付く可能性もあるが、中央隊の将兵ではまずわからないだろう。

 つまりは、すでに手を打たれているということだ。

 沙那は失望した。

 

 だが、すぐに、さっき失念してしまったことが頭によぎった。

 お蘭──?

 そういえば、鳴智はたったいま、お蘭が一枚噛んでいるということを仄めかした。

 お蘭が牛魔王と、なにかの取引きをしている可能性が……?

 

「ま、待って、鳴智──。お蘭の仕掛けというのはどういうこと? あなたたちにお蘭は関わっているの?」

 

 沙那は思わず言った。

 しかし、鳴智はにやりと笑っただけだ。

 

「では、続きをするか、沙那──。今度は腕をおろさないように命令を与えてやろう。そうすれば、くすぐりに耐えられなくても、気を失うまで、くすぐり責めを受けれるからな。孫空女の寿命がそれだけ伸びるということだ──。腕でしっかりと支えていよ──。命令だ」

 

 そのとき、牛魔王が言った。

 沙那はびっくりした。

 もう終わったと思っていた……。

 あれがまだ続く……?

 沙那は愕然とした。

 

「銀角はもういい……。こちらに来て奉仕せよ。沙那はそっちで気を失うまで、くすぐり責めを受けよ──。周りの者は沙那の無防備な脇や股ぐらを交代でくすぐってやれ──。ただし、銀角の捨てた筆を使うのだ。さもないと、お前らは滅茶苦茶するからな──。やってもいいのはくすぐりだけだ」

 

 牛魔王の指示で亜人たちが歓声をあげた。

 たちまちに地面に置き捨ててあった筆に亜人兵が殺到した。

 そして、それを最初に拾うことができたふたりの亜人が、沙那の裸身にさっそく襲いかかった。

 

「ひいいっ、いや、いやああ、もういやあ──。や、約束が──あはああっ、はははははは、ひふふふふふふ、くふふふふうっ、はははははは──」

 

 再び始まったくすぐり地獄に沙那は悲鳴をあげた。

 

「や、やめろよ──。もう、やめてくれよ──」

 

 孫空女が絶叫したのがわかった。

 

「孫空女、お前も首輪を受け入れなさい。そうすれば、牛魔王様は、お前が死ぬまで、沙那をくすぐることはやめると思うわ。首輪を受け入れてしまえば、殺すよりも生かしていた方が使い道はあるし」

 

 鳴智が叫んだのがわかった。

 

「わ、わかった。受け入れる──。受け入れるから、沙那を苛めるのはやめておくれよ──」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「ははははは、あははははは──お、お願い──やめてええ──」

 

 だが、もうそれについても考えられない。

 一本の筆はまた脇を襲い、もうひとつの筆は股間の割れ目を前側から襲ってくる。

 沙那は孫空女を乗せた板を支えながら、涙を流して苦しみの笑いを続けた。



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790 魔王軍団の大陣営

 『移動術』特有の腹が捻られるような感触が宝玄仙を襲った。

 お蘭の道術だ。

 いまの宝玄仙は、お蘭が前手錠に嵌めた道術封じの枷の力で道術が遣えない。

 また、遣えたとしても、宝玄仙は牛魔王軍団の正面に移動できる『移動術』の結界を持っていない。

 

 移動術というのは、例外的な道術遣いを除いて、あらかじめ刻んだ結界と結界を一瞬で結ぶという道術だ。

 従って、出口側の結界を事前に刻んでおかなければ、移動術は遣えないのだ。

 案外と遣いにくい道術でもある。

 

 しかし、亜人にはそのような面倒がなくても記憶だけで移動できる種族もいるし、人間にも鎮元仙士のように、どこにでも瞬時に移動できるという稀種もいる。

 いずれにしても、お蘭が牛魔王軍団の前に出現できたのは、あらかじめそこに移動術の出口を刻んでおいていたからだ。

 

 しかも、沙那たちが奇勝天を破ったことにより、急遽、牛魔王率いる主力がこの盤桓平原の北部に進出してきたときには、お蘭は宝玄仙と一緒にいた。

 だから、そのとき以前に出口側の結界を刻んでかなければお蘭はここに来れない。

 つまりは、お蘭は、後発してくる牛魔王直属の軍団がどこに宿営するかということまでわかっていたということだ。

 なにからなにまで、牛魔王と予定を擦り合せていたのだ。

 

 目の前の風景が一変し、周囲が兵で溢れるのがわかった。

 気がつくと十数名の亜人兵が周囲を囲んでいた。

 全員が槍を持っていて、刃先を宝玄仙たちに向けている。

 

「宝玄仙を連行してきたわ──。お蘭よ──。牛魔王殿のところに案内しなさい──」

 

 お蘭が言った。

 囲んでいる亜人兵のひとりがほかの兵に声をかけた。

 声をかけた亜人兵は将校のようだ。

 槍がおろされ、歩くように指示された。

 宝玄仙の腕にかかる道術封じの手錠には、縄がかけられていてその縄尻をお蘭が持っている。

 

 宝玄仙はお蘭に引かれるようにして進んだ。

 槍を持った亜人兵も周りを囲んだままついてくる。

 辺りには、たくさんの牛魔王軍の集団で溢れていた。

 ここで宿営をしているらしく、地平線の向こうまで、十名程度ごとの集団で宿営のための布幕がずっと拡がっていた。

 また、物資運搬の馬車も多くある。

 牛魔王軍団は少し遅めの朝食を取っていたようだ。

 各布幕の横では焚火が燃やされて、なにかを煮ているような感じだ。

 

 だが、お蘭は亜人兵たちがいる場所を避けて経路にしているため、彼らの様子が垣間見れるほどには近づかない。

 ともかく、いま向かっているのは、牛魔王本人がいる場所のはずだ。

 お蘭の言葉が真実なら、そこに沙那と孫空女と銀角が捕らわれている……。

 

 もっとも、伊籍隊には沙那たちが行方不明になったという報せは入っていない。

 むしろ、伊籍隊が多門軍に大勝利したという報せを本隊に送ったときには、中央迎撃隊は異常なく要塞に前進中だと返ってきていた。

 

 いずれにしても、信じると決めたら信じるだけだ。

 宝玄仙の両手には、お蘭が嵌めた道術封じの手錠がしっかりと装着されている。

 お蘭が外さない限り、宝玄仙の力でもこれは外せない。

 

 もしも、お蘭が裏切っていたなら……。

 それは信じられないが……宝玄仙はなんの抵抗もできずに、牛魔王の虜になるだけだ。

 しかし、お蘭が説明した策が千載一遇の機会だというのは理解できる。

 牛魔王の身体から道術石を抜き取るには、宝玄仙が牛魔王の身体に触れることが必要なのだ。

 

 この道術だけは遠隔では不可能である。

 そして、牛魔王に触れるほど近づくには、確かにこの方法しかない……。

 宝玄仙とお蘭は、しばらく牛魔王軍の陣の中を歩いた。

 

 やがて、馬鹿みたいに巨大な車両が、宝玄仙たちが進む方向に出現した。

 曳いているのは馬などではなく亜人のようだ。

 上半身裸体の屈強な亜人が、百人ほど縄と鎖と枷で繋がれている。

 

 お蘭は、巨大馬車を回り込むように反対側に進んでいく。

 すると、馬車の前に大きな卓があり、そこで食事をしている巨漢の亜人を見つけた。

 頭の両側に牛を思わせる角がある。

 また、帯びている霊気もかなりのものだ。

 

 こいつが牛魔王だろう。

 その牛魔王の向こうには、大勢の亜人兵による人垣があった。

 また、牛魔王の横には銀角がいた。

 給女のようなことをさせられているようだ。

 ただし素裸だ。

 しかし、その首になにかがある。

 

「服従の首輪……?」

 

 宝玄仙は小さくつぶやいた。

 遠目だが、あれは服従の首輪に違いない。

 またもや、お宝とかいう宝玄仙の偽者の仕業だろう。

 性懲りもなく、あの支配霊具を量産して、まだあちこちに配りまくっているようだ。

 だがそれで、拘束もさらていない銀角が、牛魔王の給女に甘んじている理由もわかった。

 

「そこで、とまれ、宝玄仙──」

 

 さらにしばらく進むと、牛魔王が怒鳴った。

 宝玄仙と牛魔王の距離は三間(約三十メートル)くらいだ。

 そのとき、宝玄仙は卓に立てかけられている太い杖の存在に気がついた。

 

「金角?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 その杖の先に金角の首が取り付けられていたのだ。

 

「宝玄仙──」

 

 宝玄仙の存在に気がついた金角が声をあげた。

 その両眼からぼろぼろと涙が出だした。

 

「下品な真似をするじゃないか、牛魔王──」

 

 宝玄仙は牛魔王を睨みつけた。

 

「なにを言うか。特別な慈悲の心で苦痛の腫瘍を無くしてやったのだぞ。懐かしの対面に免じてな。優しいものだぞ」

 

 牛魔王がにやりと微笑んだ。

 よくわからないが、金角は酷い目にずっとあってきたのあろう。

 

「大丈夫だよ、金角──。もうすぐ助けてやるよ」

 

 宝玄仙は金角に言った。

 すると、牛魔王が大笑いした。

 

「どうやって助けるというのだ、宝玄仙? お蘭に裏切られて道術封じの枷を嵌められ、霊気を封じられているお前が──」

 

 牛魔王が大笑いした。

 そして、懐からなにかを取り出して、こっちに放り投げた。

 宝玄仙の足元に“それ”が転がってきた。

 投げられたのは、一個の金属の首輪だ。

 紛れもなく服従の首輪だ──。

 

「拾え──」

 

 牛魔王の声──。

 そして、思わず眉をひそめた。

 似ているが宝玄仙の首輪ではない……。

 

 いや、機能はまったく同質だろう。

 ただ、刻んである霊気の波動が宝玄仙のものとは変えられている。

 これだと宝玄仙の自由にはならない。

 お宝の道術に違いない。

 

 基本的にはお宝は宝玄仙と同じ能力を持つ。

 あいつは、宝玄仙が持っているのと同じ霊具作りの才能もある。

 宝玄仙とは異なる霊気の波で服従の首輪を作り直すこともできるようになったのだろう。

 

 だが、拾いあげて気がついた。

 これは……?

 

「それを嵌めよ──。そして、首輪の力を受け入れると、口にするのだ」

 

 牛魔王が言った。

 

「馬鹿を言うんじゃないよ──。そんなことに従うと思ってんのかい? 殺すんなら殺せばいいだろう──。こんなものを嵌めたら、自殺することもできなくなるんだ。お前の人形に成り下がるくらいなら、素直に殺されてやるよ」

 

 宝玄仙はわざとせせら笑ってみせた。

 

「お、お宝姉さん……」

 

 横にいるお蘭がたしなめるような声をあげた。

 しかし、牛魔王は不敵に笑っただけだ。

 

「ならば、これを見よ──」

 

 牛魔王の声とともに、背後の人垣がさっと割れた。

 

「あっ──。沙那、孫空女──」

 

 思わず叫んだ。

 そこにいたのは素っ裸のふたりだ。

 しかも、お互いに剣を持ち、それぞれの喉に剣を突きつけ合っている。

 

「ご、ご主人様……」

 

「ご主人様……」

 

 ふたりが泣くような声をあげた。

 沙那と孫空女の腕が震えている。

 どうも様子が不自然だ。

 また、そのふたりの首にも服従の首輪があることがわかった。

 

「わかるか、宝玄仙? このふたりには、すでにお互いに殺し合えと“命令”を与えている。いま、そうしないのは、わしの道術でこのふたりが金縛りになっているからだ──。従わねば、術を解く──。その瞬間にこの人間族の女たちは死ぬ」

 

 牛魔王が言った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 これでは単純に牛魔王を殺すということもできない。

 もしも、牛魔王を倒してしまえば、金縛りの術が解けてしまい、沙那と孫空女の持つ剣は、瞬時にお互いの喉を突き刺し合うだろう。

 無論、「主人」として刻まれているのが牛魔王なのであれば、牛魔王が死ぬことで首輪の支配はなくなり、命令は無効になる。

 だが、それは完全に牛魔王の生命が断たれた瞬間以降だ。

 どんなに瞬時に死んだようでも、身体から生が離れるには幾らかの時間がかかるものだ。

 それよりも以前に、必ず牛魔王の命が残っていて、そして道術が消滅する一瞬が存在してしまう。

 あの状態では、その一瞬に、沙那と孫空女が死んでしまうだろう。

 そのとき、宝玄仙はふたりの横にいるひとりの女に目がいった。

 

「な、鳴智──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 そこにいたのは、紛れもなく鳴智だった。

 無表情だった鳴智の顔が一瞬歪んだ。

 

 

 “御前(ごぜん)”──。

 

 

 そのとき、どこからか大きな声がした。

 

「なに?」

 

 宝玄仙はびっくりして声をあげた。

 いま叫んだのは誰だ?

 

「どうしたの、お宝姉さん?」

 

 お蘭がきょとんとしている。

 

「い、いや……。いま、変な声が……」

 

「変な声?」

 

 お蘭は首をかしげている。

 

 

 ねえ、御前──。

 

 

 もう一度、その声が叫んだ。

 宝玄仙は驚愕した。

 なんのことはない。

 その“御前”と叫ぶ声は宝玄仙自身から聞こえてくるのだ。

 宝玄仙の心の中の誰かが叫んでいる。

 しかも、それは小さな女の子の声のような気がした。

 

「う、うわあっ──」

 

 そのとき、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 なにかに飲み込まれるのを感じたのだ。

 自分の意識が巨大な闇に包まれようとしている。

 

「ひ、ひいっ」

 

 もう一度叫んだ。

 意識が消滅する。

 真っ暗闇の空間が……。

 無意識の世界に吸い込まれる……。

 

 一気に視界が消滅した……。

 

「お宝姉さん──」

 

 横でお蘭の怒鳴り声がした。



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791 千載一遇の機会

 意識が吸い込まれる……。

 宝玄仙は混乱した。

 

「お宝姉さん──」

 

 そのとき、大きなお蘭の怒鳴り声がした。

 なぜか恐怖が宝玄仙を包んだ。

 そして、気がつくと、元のとおり牛魔王に正対して、敵陣の中心に立っていた。

 横でお蘭が心配そうに宝玄仙の顔を覗き込んでいる。

 

「大丈夫、お宝姉さん?」

 

 お蘭が言った。

 

「だ、大丈夫だよ……」

 

 宝玄仙は答えた。

 だが、まだ心の動揺は続いていた。

 

 いまのは、なんだったのか……?

 

 突然、宝玄仙の中に別の誰かが現れて、宝玄仙の意識を乗っ取ろうとした……。

 しかし、お蘭をはじめとして大勢の他人に取り囲まれているのを悟ることで、その何者かの心を大きな恐怖が包み、その意識が消滅した……。

 一瞬だが、宝玄仙はその何者かと感情を共有したので、それがわかったのだ。

 

 なんなんだ……?

 

「お宝姉さん──」

 

 もう一度、お蘭が叫んだ。

 

「う、うるさいよ、お蘭。大丈夫だと言っただろう」

 

 宝玄仙は意識を目の前の現実に戻した。

 道術封じの手錠が嵌まっている手には、牛魔王から放り投げられた『服従の首輪』がある。

 

「早く、首に嵌めんか──。それとも、お前の供の金縛りを解くか? ふたりいるからな。人質はひとりが残っていればいい。どちらの金縛りを解いて欲しい? 解いた瞬間に、もうひとりの女は死ぬがな。まあ、最初は沙那だな。沙那はただの人間なので、お前が刻んでいる道術陣の波を使って霊気を注いでいるが、保持するのが面倒でかなわん。孫空女の金縛りから解除するか」

 

 牛魔王が哄笑しながら、空になった杯を全裸で給女する銀角にすっと差し出した。

 銀角が引きつった表情のまま、卓の上の瓶を手に取り、葡萄酒を思わせるものを注ぐ。

 

 沙那はただの人間だから、本来は余人の霊気は注ぎ込められないのだが、沙那の身体に刻んでいる道術陣の正確な波動がわかれば、道術をかけるのは可能だ。

 牛魔王のそれを提供したのはお宝だろうか……。

 宝玄仙にできることは、お宝にもできる。

 朱姫も宝玄仙から波動を教えてもらっているので、沙那に道術をかけることができる。

 

「下衆な男だねえ──。よくも、それで大魔王を名乗れるよ──。自分の力でもない力で能力が向上すると、お前のようなくず魔王ができあがるんだね」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「な、なんだと──」

 

 牛魔王の顔が怒りで真っ赤になったのがわかった。

 しかし、言い争いが無意味だということはわかっている。

 宝玄仙は手にしている首輪を自分の首に嵌めた。

 首輪は宝玄仙の首に吸い込まれるように装着された。

 

「首輪を受け入れるよ」

 

 宝玄仙は言った。

 次の瞬間、牛魔王の大きな笑い声が周囲に鳴り響いた。

 

「これで、宝玄仙は俺の玩具というわけだな、鳴智?」

 

 牛魔王が相好を崩しながら、影のように背後に立っている鳴智に振り向いた。

 そのとき、またも、さっきの異変を感じさせる心のざわめきを覚えた。

 鳴智を見ると、急激な愛慕の感情が沸き起こる。

 

 だが、遠い……。

 

 その鳴智とのあいだに大勢の他人がいる……。

 それを知覚すると、再び恐怖心に包まれた……。

 

 なんだ、これ?

 

 宝玄仙は当惑した。

 これは宝玄仙の感情ではない……。

 そして、消えた。

 宝玄仙は我に返った。

 

「その通りです、牛魔王様……。では、沙那と孫空女への命令を取り消してください……」

 

 鳴智が牛魔王に言った。

 宝玄仙は意識を集中した。

 

「まあ、待て、鳴智──。本当に宝玄仙が俺の命令に逆らえない人形になったのかを確かめてからだ──。じゃあ、宝玄仙、その場で素っ裸になれ。命令だ」

 

 牛魔王がにやにやしながら宝玄仙に視線を戻した。

 

「くっ」

 

 宝玄仙はこんな下劣なくそっ垂れに肌を晒す恥辱に歯噛みしながら、拘束された手で上衣に手をかけた。

 留め紐をひとつひとつ外して服をくつろげていく。

 

「お蘭、拘束された手では脱ぎにくいだろうから手伝ってやれ」

 

 牛魔王がなにかをこっちに投げた。

 本当に用心深い男だ……。

 なかなか近づこうとしない……。

 

 お蘭が地面に放り投げたものを手にして戻ってきた。

 小さな刃物だ。

 お蘭は無言で上衣の袖の部分を切り裂いた。

 上衣が離れて地面に落ちる。

 

「貸しな」

 

 宝玄仙はお蘭から刃物を受け取ると、乳房を包んでいる胸当ての中心を切断する。

 刃物をお蘭に戻しながら、手で胸当てを取り去った。

 剥き出しになったふたつの乳房が風に触れる。

 続いて、下袍に手をかける。

 

「なかなかの乳房だな──。道術で大きくしているのか?」

 

 宝玄仙の裸を面白そうに眺めている牛魔王がからかうように言った。

 

「自前だよ」

 

 宝玄仙は下袍を脱いだ。

 足元に落ちた下袍を足先で横にやって腰の下着に手をかける。

 それを脱ぐと、身体はほぼ全裸だ。

 あとは身に着けているのは足に履いている履き物だけだ。

 

「それでいいだろう……。では、犬──。犬らしい恰好をしろ──。そして、挨拶だ。これからお前は、わしが飼う犬だ」

 

「犬だって?」

 

 牛魔王の言葉に思わず反撥してしまい、はっとして宝玄仙は口をつぐんだ。

 いまは服従の首輪をしているのだ。

 一切の抵抗はできない……。

 

「命令だ」

 

 牛魔王が付け加えた。

 宝玄仙はその場で四つん這いになった。

 

「あ、あなた様の犬でございます……。これからどうぞ調教して躾けてください」

 

 宝玄仙は牛魔王に向かって頭をさげた。

 腰だけを上にあげたみっともない姿になったのを自覚しながら、宝玄仙は屈辱に震えた。

 

「ほう……。なかなかの奴隷らしい物言いじゃないか。人を人とも思わぬ女嗜虐者と耳にしていたが意外だな」

 

 牛魔王の声が響いた。

 

「これでも、お宝姉さんはたくさんのご主人様の奴隷だったことがありますから、しっかりと躾けられているのですよ……。御影(みかげ)……、闘勝仙(とうしょうせん)……、そして、母親……」

 

 お蘭だ。

 

「母親?」

 

「はい──。わたしたちの最初のご主人様でした、牛魔王様」

 

「なるほど、生まれながらにして、実は奴隷だったということか……」

 

 頭をつけている地面すれすれの目線に、牛魔王がすっと立ちあがるのが映った。

 宝玄仙の心臓は早鐘のように動き出す。

 牛魔王が近づいてくるのがわかったからだ。

 

 こっちに来るのか……?

 

 お蘭……。

 

 お蘭は約束を守るだろうか……。

 

 今更ながら、その不安が心によぎった。

 こうやって、牛魔王の軍門にくだった素振りをして、牛魔王に近づく──。

 それが千載一遇の機会だ。

 お蘭の提案した策はそれだ。

 

 服従の首輪を嵌めさせられたのは想定外だったが、まだ大丈夫……。

 牛魔王が宝玄仙に触れさえしたら……。

 ただしそれは、お蘭がいま宝玄仙の両手に嵌まったままの道術封じの手枷を外すというのが前提だ。

 

 もしもお蘭が裏切っていたら、首輪の存在に関係なく、宝玄仙にはもう牛魔王に抵抗できない。

 

「牛魔王様、約束ですよ──。わたしをお宝姉さんの飼育係にしてくださいね。わたしはそのために、お宝姉さんを裏切ったんですから……。そして、お宝姉さんの命は奪わない……。それも約束です」

 

 お蘭が言った。

 

「わかっておる……。宝玄仙がわしの従順な犬である限り命は奪わん」

 

「服従の首輪があるじゃないですか。この首輪がある限り、お宝姉さんは牛魔王様の従順な犬です……。それよりも、この首輪を嵌めたら、すぐに永遠に抵抗するなと命じないと……。この首輪をしたからといって、無条件に奴隷になるわけじゃないですよ、牛魔王様」

 

 お蘭が口にした。

 

「おう、そうだったな──。どうも、この首輪の使い方にわしは精通しておらんでな」

 

 そのままここまでやって来そうだった牛魔王は途中で歩くのをやめた。

 なぜ、お蘭が牛魔王に忠告を……?

 急に不安になった。

 

「宝玄仙、これからわしの喋る言葉の一切に服従せよ──。命令だ。また、わしの命を奪うこと、傷つけることを禁止する。わしが危なくなったら、命を張って助けよ。そして、その首輪を外そうとしたり、効果を失わせようとするすべての行為を禁止する。以上のことのすべてを命令する」

 

 卓と宝玄仙のいる場所の中間付近で立ちどまった牛魔王が言った。

 

「は、はい……」

 

 宝玄仙は地面に頭をつけたままの状態で言った。

 お蘭が宝玄仙の飼育係……?

 それを代償に宝玄仙を裏切った……?

 馬鹿馬鹿しい話とは思ったが、もしかしたら、そっちが真実ではないかとふと思った。

 いかにもお蘭がやりそうなことだ。

 

 本質的にお蘭は、自分たち姉妹が誰かの支配に入ることを疎ましいことだと考えていないだろう。

 お蘭は常に誰かに支配されることを望む女だ。

 こいつが本当に幸せな時代だったと信じ切っているのは、ふたり揃って、あの母親の性奴隷のように調教されてきた幼少時代だ。

 お蘭が宝玄仙と揃って牛魔王の支配に入ることをそれになぞらえて望んだとしたら……。

 

 不安が走る。

 しかし、次の瞬間、凄まじい電撃が全身を走り、宝玄仙の思考は吹き飛んだ。

 

「ぎゃあああああ」

 

 宝玄仙は、身体を走る電撃に身体をひっくり返してのたうった。

 電撃に苦しむ宝玄仙に牛魔王の哄笑が振りかかった。

 

「苦しいか、宝玄仙──。だが、自慢の息子をお前に殺されたわしの苦しみはこんなものではなかったぞ──」

 

 しばらく、電撃の激痛が続いた。

 宝玄仙は悲鳴をあげて、身体をばたつかせた。

 そして、電撃がとまった。

 宝玄仙は荒い息をしながら、汗びっしょりとなった身体を懸命に起こして、再び四つん這いの姿勢に戻った。

 

「なかなかに情けない格好だったぞ、宝玄仙。股ぐらをさらけ出しながら、仰向けに手足をばたつかせるなど、なかなかにわしを愉しませる無様ぶりを見せてくれるではないか……。これはどうだ?」

 

 牛魔王が嬉しそうに笑う。

 すると、別の苦しみが宝玄仙を襲った。

 

 当惑した。

 息が……。

 

 息ができない……。

 

 すぐには、なにが起きたのかわからなかったが、宝玄仙の顔の周りだけが小さな結界による力場に包まれている。

 その力場を閉鎖して、牛魔王が外気を遮断したのだ。

 つまりは、いくら息をしようとしても吸うものがないという状態だ。

 

 宝玄仙はしばらく耐えた。

 だが、いつまで経っても外気はやってこない。

 やがて、限界を越えた。

 宝玄仙は無駄だとわかっていながら、両手を顔の前を掻くように動かした。

 

「んぐうう……ぐうっ……」

 

 宝玄仙は姿勢を維持できずに再びひっくり返ってしまった。

 見えない膜を外そうとするかのように顔に手をやった。

 だが、そんなものはない。

 結界で外気を遮断されているだけだ。

 身体中の筋肉が痙攣を始めるのがわかった。

 

「お、お宝姉さん──? 牛魔王様──、なにかしているのですね──? やめてください──。殺すのは約束違反です──」

 

 お蘭が気がついたようだ。

 牛魔王に怒鳴っている。

 

 苦しい──。

 叫ぼうとしたが声がもう出ない。

 宝玄仙は息を求めて口を大きく開いた。

 意識がこぼれ落ちていく……。

 

「ぷはああっ──」

 

 不意に息が流れ込んできた。

 宝玄仙は夢中になって息を吸った。

 吸いながらも身体を犬のように四つん這いにすることは忘れなかった。

 

「ぎゅ、牛魔王様──。お宝姉さんを殺さないと約束したはずです。だから、わたしはお宝姉さんを裏切って、ここに連れてきたんです」

 

 お蘭が怒気を孕んだ声で叫んだ。

 

「殺しはしない──。ただ、死ぬような目に遭わせたいだけだ」

 

 牛魔王は平然と言い放った。

 だが、宝玄仙はそれに意識を向けることはできなかった。

 しばらくのあいだ、激しく胸を上下させながら呼吸を繰り返すだけだった。

 そして、また、なにかの霊気が注ぎ込まれるのがわかった。

 

「ぐうううう──」

 

 宝玄仙は両手で顎を掴んだ。

 今度は苦しみそのものだ──。

 

 痛みでもなく、熱さでもなく、電撃でもない──。

 まさに苦しみだ──。

 宝玄仙の身体にある苦痛を感じる神経を異常活性させられている。

 

 絶叫した。

 苦しい──。

 死ぬ──。

 

 いや、死の方がまだ優しい──。

 一瞬も耐えられないような苦しみが長時間にわたって続けられる。

 時間にして、まだ数瞬のことでしかないはずだ。

 だが、宝玄仙には、もうこれが一日も二日も延々と続けられているように感じた。

 宝玄仙は身体をのけ反らせて吠えた。

 

「頭が高いぞ、犬──」

 

 そのとき、脳天に衝撃が走り、思い切り顔を地面に叩きつけられた。

 なにが起こったのかわからなかったが、牛魔王が宝玄仙の頭を思い切り踏みつけたのだとわかった。

 ぐいぐいと凄まじい力で顔を地面に擦りつけられながら、宝玄仙は両手の手枷が外れたのを感じた。

 

「き、汚い足を載せんじゃないよ、牛野郎──」

 

 宝玄仙は自分の頭の上に乗っている牛魔王の足首を掴んだ。



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792 大逆転

「き、汚い足を載せんじゃないよ、牛野郎──」

 

 宝玄仙が牛魔王の足首を掴んだ。

 

 なにかが起こったと思った──。

 

 牛魔王が感じたのは、凄まじい霊気の衝撃と、一瞬にして自分の身体から霊気が消失する脱力感だった。

 思わず片膝をついた。

 

「よ、よくも、やってくれたね、くそ牛が……」

 

 目の前に宝玄仙が怒りの形相で立っている。

 牛魔王は呆然と宝玄仙を見あげた。

 宝玄仙の汗まみれの身体は、のたうちまわったときについた泥で汚れていた。

 顔にも身体にも汗に濡れた土がついている。

 しかし、それよりも牛魔王は、宝玄仙が放出している霊気のすさまじさにおののいていた。

 同時に自分の中の霊気がなぜこんなにも小さいのだろうと呆然とした。

 

 そして、目を見張った。

 宝玄仙が装着していた道術封じの枷が外れている。

 それで宝玄仙の霊気が復活したのか……?

 さらに牛魔王は、宝玄仙の手に小さな道術石があることに気がついた。

 

「そ、それは──それは、わしの道術石だ──」

 

 牛魔王は宝玄仙に飛びかかろうとした。

 なにが起きたのかがわかったのだ。

 ずっと以前に牛魔王が雷音大王に埋めてもらった道術石を宝玄仙が抜いたのだ。

 それがこの喪失感の原因だ。

 どうしてそんなことができたのかはわからないが、牛魔王が魔域を席巻して、逆らう各魔王たちを次々に攻略できたのは、あの道術石があってこそだ。

 それを奪われたら牛魔王は終わりだ。

 

「なにがお前の道術石だい──。これはわたしの命の欠片(かけら)だよ──」

 

 顔面に宝玄仙の足の裏が食い込んだ。

 牛魔王は反動で仰向けにひっくり返ってしまった。

 

 そうだ──。

 服従の首輪──。

 

「ほ、宝玄仙、わしに逆らうことを禁止する。その道術石をわしに渡せ──。命令だ──」

 

 牛魔王は急いで言った。

 道術石が身体から抜かれたとしても、宝玄仙の首には鳴智とお蘭が持ってきた服従の首輪が嵌まっているのだ。

 命令には逆らえないはずだ。

 

「なにが命令だよ──。操られてやっている演技をしてやっていただけなのに、いい気になってんじゃないよ──」

 

 宝玄仙が怒鳴って、首から服従の首輪を無造作に外した。

 牛魔王はびっくりした。

 

「な、なぜだ──。外すなと命令したはずだ──」

 

 牛魔王は思わず叫んだ。

 

「こんな、偽物になにを命じても意味はないよ。これは服従の首輪にみせかけた偽物だよ──」

 

 宝玄仙が首輪を投げつけた。

 牛魔王は顔に飛んできた首輪を手でそれを庇って避けたが、偽物という言葉に唖然としていた。

 

 偽物──?

 

 そんなはずはないと思ったが、よく考えれば、お蘭たちが持ってきた四個の首輪が大きな霊気を帯びていることはわかったが、本物と偽物の違いが牛魔王にわかるわけがない。

 牛魔王は雷音大王の使者という立場でやってきたお蘭と鳴智から、大王から預かってきたという服従の首輪を渡され、それを銀角や宝玄仙や宝玄仙の供たちに使っただけだ。

 それだって、牛魔王のところに残った鳴智に、そのままずっと管理させていた。

 

 そして、はっとした。

 もしかして、最初から仕組まれていた?

 宝玄仙に渡した服従の首輪だけは最初から偽物──?

 

 お蘭と鳴智が本物の首輪に混ぜて一個だけ偽物を含んでおき、うまく宝玄仙には、その偽物が渡るようにしていたとしたら……。

 そう考えると、宝玄仙にだけ、服従の首輪の操りが効かなかった理由が納得できるのだ。

 つまりは、最初からお蘭と鳴智に、罠を仕組まれたのだ。

 

「お、お蘭、貴様、わしを裏切ったのだな──?」

 

 牛魔王は宝玄仙の横に立っている人間族の魔女に怒鳴った。

 そもそも、この女を信用したのは、雷音大王の使者であるという証である本物の宝珠を持っていた。

 もしかしたら、あれすらも偽物だったのだろうか……?

 

「裏切り者だとは酷いわねえ……。最初からわたしはお宝姉さんを守るために動いていたのよ……。馬鹿ねえ……。わたしがお宝姉さんを裏切るわけないでしょう」

 

 お蘭が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 そして、ぞっとした。

 怒りのせいか、目の前の宝玄仙の霊気がどんどんと増幅している……。

 その圧倒的な霊気に牛魔王は、死の恐怖を感じた。

 だが、牛魔王はここが自分の率いてきた軍団の陣営であることを思い出した。

 周りを見回す。

 牛魔王がかなりの霊気を失ったので、大勢の亜人兵が消失している。

 急進したことで集められなかった軍団の勢力を補完するため、多数の傀儡兵を軍団に混ぜることで膨張させていた。

 それがすべていなくなっている。

 

 いずれにしても、護衛や車両を牽引させていた奴隷は消失している。あれは傀儡(くぐつ)兵だったのだ。

 だから、牛魔王のいる周りには、いまは誰も部下がいない状態だ。

 

 とにかく、ほかの亜人兵にいる陣の中にまずは逃げなければ……。

 牛魔王は立ちあがった。

 この状態では宝玄仙には敵わない。

 単純な霊気合戦では、道術石を抜かれた牛魔王が太刀打ちできないことは、お互いが醸し出す霊気だけで明らかだ。

 

「どこに行くんだい、牛魔王──? 往生際が悪いよ──」

 

 宝玄仙に背を向けて駆け出した牛魔王に宝玄仙が喚くのがわかった。

 だが、牛魔王は構わなかった。

 とにかく、いまは逃げるのだ──。

 

「銀角、孫空女、沙那──。宝玄仙を倒せ──。命令だ──」

 

 牛魔王は逃げながら叫んだ。

 命令と同時に、沙那と孫空女にかけていた金縛りの術を解く。

 三人が動き出すのがわかった。

 

「孫女、銀角を押さえて──。銀角だけは、牛魔王の命令が生きているわ」

 

 沙那が叫ぶのが聞こえた。

 銀角だけは、命令が生きている──?

 

 それはどういう意味だ──?

 つまりは、沙那と孫空女には、牛魔王の命令は生きていないということか……?

 しかし、それ以上考えることはできなかった。

 気がつくと、剣を持った沙那が目の前にいた。

 

「うわっ」

 

 声をあげた。

 慌てて、自分の周りを結界で包もうとした。

 

 だが、沙那の剣が牛魔王の首に当たるのが遥かに早かった──。

 自分の首が胴体から離れるのがはっきりとわかった……。

 

 

 *

 

 

 牛魔王の首が沙那から切断されると、宝玄仙は遠目からでもわかるように、首のない胴体と牛魔王の生首を空に浮かべた。

 道術石により霊気が失われ、さらに本人の死により、残っていた牛魔王の霊気が軍団から消滅したことで、この一帯を包んでいた牛魔王の霊気の痕跡が消失している。

 ここから見える範囲だけでも、すでに陣に大きな動揺が走りだしているのがわかっていたが、宝玄仙が牛魔王の死骸を空に浮かべることで、さらにその動揺が大きくなった気がした。

 見える範囲の敵兵が早速、我先に逃げ始めている。

 

「いずれ、牛魔王軍団全体に牛魔王の死は伝わるでしょう。もちろん、魔域全体にも……。放っておいても、ここにいる連中は全員が逃げ散ると思います……。牛魔王軍団は終わりです。牛魔王ひとりで保っていた軍団ですから、まずは軍団のまとまりはなくなります。次いで、いままで牛魔王に屈していた他の魔王の反乱や逆襲が続くはずです。でも、牛魔王の部下たちには、後継者として軍団をまとめて、反乱などを治める力はないと思います」

 

 牛魔王の首を切断した沙那が、血の付いた剣を持ったまま宝玄仙に近づいてきた。

 宝玄仙もそうだが、沙那は素っ裸だ。

 

「ご主人様……」

 

「宝玄仙様……」

 

 孫空女と銀角も顔をこっちに向けている。

 このふたりも全裸だ。

 牛魔王の命令で宝玄仙を襲おうとした銀角を孫空女が取り押さえていて、ふたりで取っ組み合っていたのだ。

 

 いまは、銀角は「主人」として刻まれた牛魔王の死で、命令が無効になっている。

 事態の急変にまだ呆然としている感じだ。

 

 銀角が思い出したように立ちあがった。

 宝玄仙は、やってきた沙那の首にある服従の首輪を改めて見た。

 

 宝玄仙が嵌めさせられた首輪は操り効果のない偽物だったが、沙那の首にあるのは本物だ。

 さらに、こっちにやってきた孫空女の首輪も本物だ。

 もちろん銀角のものもだ。

 この三人は首輪の力によって、牛魔王の服従状態だったのだろう。

 だから、銀角は牛魔王の命令で宝玄仙に襲いかかろうとしたのだ。

 だが、それならば、なぜ、沙那と孫空女は牛魔王の命令に従わなかったのだろう……?

 そのとき、銀角が金角の首を抱いてやってきた。

 

「宝玄仙……」

 

 金角が目に涙を浮かべて宝玄仙を見た。

 

「金角、すぐに身体は戻してやるよ。まあ、三日くらいはかかるだろうけどね……。心配しなくていい。身体が復活したら可愛がってやるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 金角と銀角が嬉しそうに笑った。

 宝玄仙は改めて、沙那と孫空女に視線を向けた。

 

「お前たちは、牛魔王の支配には陥らなかったのかい、沙那、孫空女?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「わたしたちは、正確には牛魔王ではなく鳴智の支配にあったのです。わたしたちの首に首輪を嵌めたのは鳴智です。だから、わたしたちが首輪を受け入れると口にしたとき、首輪に『主人』として刻まれたのは鳴智なのです」

 

「鳴智? 牛魔王ではなくて、鳴智が?」

 

「は、その鳴智は、牛魔王に従えと命令をしたので、わたしと孫空女は、牛魔王に逆らえませんでしたけど、ご主人様が牛魔王から道術石を抜いた瞬間に、鳴智がすべての命令を解除すると言ったのです。そのおかげで、わたしと孫空女は牛魔王の支配から抜けました」

 

「なるほどねえ……」

 

 鳴智もまた、ひそかに宝玄仙の危機を救うようにお蘭と動いていたということだろう。宝玄仙は納得した。だが同時にはっとした。

 

「ところで、鳴智はどこだい?」

 

 宝玄仙は周囲を見渡した。

 鳴智がどこにもいない。

 どこに行ったのか──?

 

「鳴智は消えたよ、ご主人様……。道術紙を持っていたよ。ご主人様とは極力接触しないように命じられたみたいだ。なんか、そんなことを言ってた。ごめん……。とめる暇はなかったんだ……」

 

 孫空女だ。

 道術紙というのは、使い捨ての道術を刻んだ霊気を込めた紙だ。

 それに『移動術』の道術を込めて準備していたのだろう。

 もはや、鳴智がどこに消えたのかを追うのは不可能だ。

 

 また、逃げられた──。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「ひと思いに殺してしまってすみません。こいつだけは、もっと苦しませて殺したかっんですけど……」

 

 沙那が牛魔王の生首を地面に放り捨てた。

 

「仕方ないさ。首輪の支配を断ち切らないとならなかったしね。まあ、今回についてはお仕置きは勘弁してやるよ」

 

 宝玄仙は笑った。

 すると、沙那が真っ赤になる。

 

「お、お仕置きって、なんですか──。今回は、わたしは結構、頑張りましたよ──」

 

「そうかい。じゃあ、ちゃんとご褒美をやるよ。一日ほど、お前だけを可愛がってやる。孫空女と朱姫と素蛾と一緒にね。お前はなにもしなくていいよ。動けないように術をかけて、丸一日ずっと世話してるからね。お前はずっと気持ちよくなっていればいい」

 

「な、な、な……。お、お仕置きはしないって、言ったじゃないですか、ご主人様──」

 

「話を聞いてたかい? お仕置きじゃなくて、ご褒美だよ」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 そのとき、すっと、お蘭が宝玄仙の前に出てきた。

 

「お宝姉さん、牛魔王の道術石を預かるわ──。それはそのままにしておくと力を失うから……。わたしが責任を持って管理しておく」

 

 お蘭が手を伸ばす。

 宝玄仙はまだ牛魔王から抜いた道術石を手に持ったままだったことを思い出した。

 

「ああ、頼むよ……」

 

 宝玄仙はお蘭に道術石を渡そうとした。

 お蘭には訊くこともある。

 とにかく、まずは鳴智とどこで知り合ったのかを質さねば……。

 

「それは駄目です、ご主人様──」

 

 すると、突然に沙那が宝玄仙とお蘭のあいだに割って入った。

 宝玄仙は驚いた。

 

「な、なによ、沙那殿──? もしかして、あなたたちに教えずに、牛魔王に身柄を引き渡したことを怒っているの──? 仕方ないじゃないの──。お宝姉さんが牛魔王と接触するのはこの方法しかなかったのよ──」

 

「ええ、それについては感謝しているわ……。わたしには思いつかなかった策だけどね……」

 

 沙那が言った。

 だが、その沙那の身体に殺気が漲っている。

 なぜ、沙那がお蘭に殺気を?

 宝玄仙は戸惑った。

 

「あなたの言うとおりに大きな戦いを続けても、絶対に牛魔王軍団には勝てないし、牛魔王がお宝姉さんの前に不用意に出てくることはないわ。あいつは用心深い男だったのよ──。あなたたちが囮になって牛魔王を油断させ、ああやって、お宝姉さんが牛魔王の前にやってくるという方法しかなったのよ」

 

 さらに、お蘭が早口で声をあげる。

 

「それはわかっていると言ったわ……。でも、あなたに、道術石を渡すわけにはいかない」

 

 沙那ははっきりと言った。

 

「沙那……?」

 

 宝玄仙は沙那の態度と口調にびっくりした。

 

「なに訳のわからないことを言うのよ──。もういいわ。お宝姉さん、それをちょうだい──」

 

 すると、お蘭が強引に宝玄仙から道術石を奪おうと手を伸ばした。

 

「駄目だと言っているでしょう──」

 

 そのとき、沙那の凄まじい斬撃がお蘭の身体に振り下ろされた。



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793 信じた者の裏切りで……

「うわっ」

 

 お蘭は、沙那の斬撃を紙一重でかわして後ろに飛び退がった。

 宝玄仙は驚愕した。

 

「さ、沙那、なにすんだい──?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「ほ、本当よ──。当たったらどうするのよ、沙那殿」

 

 お蘭が動揺を隠せない様子で叫んだ。

 

「当然よ。斬るつもりで剣を振ったんだから……。でも、いまので確信したわ。あなたは、やっぱり、お蘭じゃないわ……。どうも、最初から引っ掛かってたのよね。だけど、そんなこと忘れてた……。思い出したのは、鳴智が最後に命じたわたしたちへの言葉よ」

 

 沙那が油断なくお蘭に剣を向けながら言った。

 いまにも斬りかかりそうな雰囲気だ。

 

「な、なんのことよ──? それよりも、冗談じゃなく本当にわたしを殺すつもり? ちょっとばかり、剣が遣えるからっていい気になってんの? このお蘭をあんたが殺せると思っているの?」

 

 お蘭がなにかの攻撃道術を仕掛ける気配を示しだした。

 一方で、孫空女や銀角たちは呆気にとられている。

 宝玄仙は自分を含む沙那とお蘭を結界で包み、さらに沙那とお蘭のあいだに見えない霊気の壁を作った。

 ふたりが殺し合うのをやめさせるためだ。

 

「ふたりとも落ち着きな──。特に、沙那──。いきなり、なんてことするんだい」

 

 宝玄仙は言った。

 

「わたしは十分に落ち着いています、ご主人様。この人は、お蘭じゃありません。おそらく、御影の影法師だと思います」

 

 沙那は、お蘭をじっとにらみながら冷静な口調で言った。

 宝玄仙はびっくりしてしまった。

 

「わたしが御影の影法師? なんてこと言うのよ、沙那殿……。冗談を言うんじゃないわよ」

 

 お蘭がけらけらと笑い出した。

 宝玄仙は改めてお蘭を見たが、どこからどうみてもお蘭だ。不自然なところはなにもない。

 

「最初に違和感があったのは朱姫のことよ。摩雲城にやってきたとき、あなたは四人目の素蛾のことはなにも知らなかったのに、朱姫のことは随分と知っている感じだった。しかも、朱姫が人間族と亜人族の両方の血が流れている相の子だということまで知っていた。わたしたちが別れたときには、素蛾はもちろん、朱姫もいなかったわ」

 

 沙那がお蘭に言った。

 

「そんなこと? そんなの藍蔡仙(あいさいせん)に教えてもらったに決まっているじゃないの──。そんな理由でわたしを剣で斬りつけたの?」

 

「わたしも朱姫については、藍蔡仙か誰かに教えてもらったのだろうなと思った。だから、あまり気にも留めていなかったの……。不自然さを覚えたことも忘れていた……。だけど、さっき、鳴智が道術紙で跳躍する前に、わたしたちが牛魔王の命令を解除するとともに、鳴智が別の命令をわたしたちに言い残したのよ──。御影の命令には絶対服従って……」

 

「本当かい、それは──?」

 

 宝玄仙は驚いて孫空女に振り返った。

 

「そ、そうなんだよ、ご主人様……。それを相談しようと思った矢先だったんだ……」

 

 孫空女もうなずいた。

 宝玄仙は舌打ちした。

 ふたりの首にある服従の首輪に刻まれた主人が鳴智なのだとすれば、これで、沙那と孫空女は御影に出会った瞬間に、御影の奴隷になってしまう。

 それを防ぐには、鳴智に命令を取り消させるか、首輪自体を外すしかない。

 すでにいなくなってしまった鳴智に命令を取り消させるのは不可能だ。

 首輪を外すのは不可能ではないと思うが、さすがの宝玄仙にも波動を修正されていれば、それを読み解くには数日はかかるだろう。

 

「な、鳴智があんたらになにを命じようが、わたしの知ったことじゃないわ──。第一、それとわたしが御影の影法師であるということとどういう関係があるのよ──」

 

 お蘭が怒鳴った。

 

「あなたが御影の影法師であると考えれば、なにもかも辻褄が合うわ。あなた自身が言ったことだけど、御影は性関係を持った相手そっくりの影法師を作れるんでしょう? 復活した御影がお蘭と関係を持ったのは確かなんでしょうね。あんたは、それで作られたお蘭の影法師よ。だから、お蘭の知っていることを知っていて、お蘭の能力が使える……。だけど、御影の影法師だから、お蘭が知るわけがない御影の知っていることも知っている。だから、朱姫のことをよくわかっていたのよ」

 

「それは、さっき藍蔡仙に聞いたと説明したでしょう、沙那殿」

 

「鳴智が御影の命令に従えなんて言い残すということは、鳴智が御影の命令で動いていた証拠よ。その鳴智と協力して、牛魔王を罠に嵌めたあなたも、当然御影の指示で動いたはずよ──」

 

「馬鹿馬鹿しい。全部、当て推量じゃないのよ。そんなことで切りつけたの?」

 

「そもそも、わたしたちがこれから牛魔王と戦おうという絶好の時期に、あなたはわたしたちのところに現れて、わたしたちも知らない牛魔王の弱点を教えてくれた──。そんな偶然、本来ならあり得ないわ。だって、お蘭はここから遥かに離れた世界の果てにいるのよ。それよりも、御影がわたしたちに牛魔王を倒させようとして、影法師のお蘭をわたしたちに接触させたと考える方が合理的よ」

 

 沙那はお蘭を睨みつけながら言った。

 

「それも最初に言ったわ。あなたたちに接触しろとわたしに指示したのは藍蔡仙よ」

 

「それだって信じ難いわね。藍蔡仙だって、遥か彼方の東方帝国よ。どうして、わたしたちのことなんて気にするのよ」

 

「藍蔡仙の考えていることなんて知らないわよ。彼女がどうやって、あなたたちの動向を掴み続けているかもね……。だいたい、わたしが御影の影法師なら、どうして牛魔王を殺させるのよ?」

 

 お蘭が肩を竦めた。

 

「それはもちろん、牛魔王の身体にあるご主人様の道術石が欲しいのよ。わたしの勘だけど、御影はご主人様の道術石にそれだけの力があるとは思わずに雷音大王や牛魔王に渡したのだと思うわ……。だから、ご主人様の力を使って牛魔王から道術石を取り出させたのよ。お前が影法師なら間違いなく、いの一番に魔宝石に手を出すと思ったわ。そして、手を出した。お前は影法師よ」

 

 沙那は言った。

 確かに一応の筋は通っている。

 だが、宝玄仙はいまだに、目の前のお蘭が偽者だというのは信じられなかった。

 それに、それだけでお蘭が偽者と断定するのは根拠薄弱だ。

 

「愉快な話だけど、わたしを御影の影法師呼ばわりした理由としてはいまひとつね。まあいいわ……。続きは摩雲城に戻ってからにしましょう。それよりも、いつまでも裸でいないで、なにかまとったら? 摩雲城まで裸で帰りたいなら、それはそれでいいかもしれないけど」

 

 お蘭が笑った。

 

「誤魔化さないで──」

 

 沙那が叫んだ。

 

「お前は影法師よ──。もしも、お蘭だったら、さっきのわたしの斬撃を避けられるわけがないわ。お蘭は道術はすごいけど、武術はからきしよ。あんな動きができるのは、お前がお蘭ではないというなによりの証拠よ──」

 

 沙那が剣をお蘭に向けるように突き出した。

 

「あっ」

 

 宝玄仙は思わず小さな声をあげた。

 確かに、お蘭は武芸の心得えなど全くない。

 沙那の言うとおりだ。

 お蘭が沙那の剣を避けることができるなど考えられない……。

 

「お前、ちょっと待ちな──」

 

 宝玄仙は道術でお蘭を拘束しようとした。

 だが、お蘭が自力で宝玄仙の結界から飛び出すのが早かった。

 それにより、宝玄仙の結界は壊れて消滅した。

 そして、お蘭が、すばやく自分の周りを結界で包んだ。

 宝玄仙はさらに道術を飛ばしたがすべて跳ね返された。

 

「……いいところまでいったのに残念だわ。まあ、目障りな牛魔王は倒せたからよしとするか」

 

 お蘭の口調ががらりと変化した。

 あれはお蘭じゃない……。

 宝玄仙は愕然とした。

 

「お前、本当に影法師かい──? お蘭はどうしたんだい──?」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 

「お蘭は東方帝国よ。決まっているじゃない。あたしが知る限り、お蘭は管理している道術石が偽物とすり替わっていることさえ気がついていないようよ。それよりも、新しい母親に夢中のようだからね。実の親に調教されたいなんて、とんだ変態ね」

 

 お蘭に化けている影法師が笑った。

 そのあいだも、宝玄仙と影法師の道術の戦いは続いている。

 宝玄仙の霊気は影法師の作る結界を壊そうと、お蘭の結界に入り込もうとまとわりつき、それを影法師が懸命に阻止している。

 影法師とはいえ能力はお蘭と同じだ。さすがの宝玄仙も簡単には結界の壁を突破できない。

 

「やっぱり、あいつは、実家に帰ったんだね」

 

「そうのようね。だけど、藍蔡仙のことも本当よ……。藍蔡仙がお蘭を訪ねたのは本当のことでね。まあ、あたしが知っているのはそこまでで、お蘭が藍蔡仙を受け入れたのか、それともはね除けたかは知らないよ。あの変態は、ご主人様は何人でもいいって、感じだったけどね」

 

 お蘭が手を振った。

 巨大な霊気の塊だ──。

 凄まじい衝撃が宝玄仙を襲った。

 風の塊りのようなものが身体にぶつかり、そのまま後方に飛ばされる。

 

「ご主人様──」

 

 叫んだのは孫空女だ。

 こっちに駆け寄ってくるのがわかった。

 倒れている宝玄仙を孫空女が抱き起す。

 

「大丈夫かい、ご主人様?」

 

「あ、ああ……」

 

 宝玄仙はうなずいた。

 だが、はっとした。

 握っていた道術石がない。

 いまの衝撃で落としたようだ。

 影法師のお蘭が走っている。

 その方向に道術石が転がっているのがわかった。

 

「させないわよ──」

 

 しかし、沙那がすでに駆けている。

 お蘭よりも早く道術石を掴んだ。

 そして、剣をお蘭に向けた。

 

「沙那、孫空女──。あたしは確かに影法師よ……。つまりは、御影の一部ということよ。だったら御影の言葉には絶対服従……。そうよね……?」

 

 すると、影法師のお蘭がにやりと笑った。

 

「えっ」

 

「なに?」

 

 沙那と孫空女が当惑の声をあげた。

 

「沙那、こっちに道術石を渡しなさい……。命令よ。孫空女、宝玄仙を押さえつけなさい。しばらく、乳でもしゃぶってやってよ。それで、宝玄ちゃんは術を刻む集中ができなくなるでしょうから」

 

 お蘭が笑った。

 いや、お蘭じゃない。

 あの物言いは完全に御影の口調だ。

 

「ご、ご主人様、ご、ごめん──」

 

 宝玄仙を抱き起していた孫空女がいきなり宝玄仙を押し倒した。

 両腕を掴まれる。孫空女が宝玄仙の乳房に舌を這わせていた。

 

「ちょ、ちょっと、お前──。ううっ、なんて、馬鹿力……あ、ああっ」

 

 たちまちに襲ってくる妖しい疼きに宝玄仙は歯を食い縛った。

 さすがに孫空女に上から押さえられては逃げられない。

 しかも、沸き起こる快感に心を集中できない。

 身体の力もあっという間に抜ける……。

 

 少し離れたところから、すっかりと御影の声になったお蘭の勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。

 ふと見ると、沙那が道術石を口惜しそうに影法師に手渡している。

 

「さあ、頭のいいお嬢ちゃんには、なにを命令してやろうかねえ。その剣の柄を股間に入れて自慰でもしてもらおうかしら……。みんな揃って、雷音院にあるあたしの屋敷に来てもらうわ。立派な奴隷にしつけてあげるからね。あんたらには、いろいろと恨みもあるし……、じゃあ、始めなさい、沙那。その剣を股間に入れるのよ……。いや、やっぱりやめた。お尻にするわ。剣の刃の尻尾なんて、お転婆なお嬢ちゃんにはちょうどいいわ」

 

 影法師が高笑いしている。

 沙那はその場に跪き、剣の柄を尻の穴に入れようとしている。

 本当に口惜しそうな表情だ。

 そのあいだも、宝玄仙の胸を執拗に孫空女が舐め続けている。

 次の瞬間、大きな霊気が身体に浴びせられたのがわかった。

 

「うっ、うう……くっ……」

 

 宝玄仙は呻き声をあげた。

 心の緊張が解けた隙を狙って、影法師がお蘭の能力を使って金縛りの道術をかけてきたのだ。

 自分の身体がぴくりとも動かなくなった。

 

 お蘭がまた動いた。

 なにかを拾ってから、こっちに向かってくる。

 

 道術封じの手枷だ。

 牛魔王を倒す前に、宝玄仙がしていたものだ。

 それを宝玄仙に嵌めるつもりだろう。

 宝玄仙がもがいたが、孫空女に押さえられているうえに、道術で拘束されている。

 逃げられない……。

 

「とりあえず、これでいいわね? 雷音院にあるわたしの屋敷にいったら、改めてあんたにも服従の首輪をしてあげるわ。本物のね……」

 

 影法師のお蘭が笑みを浮かべて宝玄仙の横にしゃがみ込んだ。

 お蘭の持った道術封じの枷が宝玄仙の腕に近づく。

 

 だめだ──。

 だが、次の瞬間、ぎょっとした。

 お蘭の胸から、血の付いた剣先が突き出てきたのだ。

 

「うぐううっ」

 

 そのとき、お蘭の胸から血が噴き出すとともに、口からも血を吐いた。

 

「確かに、武術の心得えはないようだね……。背中が隙だらけだよ」

 

 銀角だ。

 いつの間にか、もう一本の剣を拾って近づいていたようだ。

 影法師がなにか喋ろうとするように口を開く。

 だが、銀角が剣を引き抜いたため、さらに大量の血が噴き出して、呻き声を発しただけになった。

 

 影法師は血だまりの中に突っ伏す。

 そして、血だまりごと消滅した。

 そこには、影法師が宝玄仙に嵌めようとしていた手枷と道術石だけが残った。

 

「な、なに?」

 

 孫空女がやっと宝玄仙から身体を離した。

 宝玄仙の身体の自由も戻る。

 術者が死んだので宝玄仙にかけられていた道術が消えたのだ。

 孫空女についても同じだろう。

 とりあえず、命令を与えた影法師が死んだので、首輪が強要していた操りの行為が無効になったということだ。

 

 ただ、孫空女と沙那の首にある服従の首輪には、鳴智が言った御影の命令に従えという命令はまだ生きている。

 次に御影か、その一部でもある影法師がやってきた場合は、やっぱり、その支配に陥ってしまうということだ。

 

「厄介なことになったねえ……」

 

 裸身を起こしながら宝玄仙は呟いた。

 すると、沙那の悲鳴があった。

 ふと見ると、剣の柄を尻に突っ込んで、膝を曲げてうつ伏せになっている沙那がそこにいた。

 剣を抜こうとして苦労しているようだ。

 

「く、くそっ──。今度会ったら、口を開く前に斬り殺してやる──」

 

 沙那が口惜しそうに叫んだ。

 宝玄仙は、あまりのみっともない姿に思わず吹き出した。

 

「とりあえず、みんなで摩雲城に戻ろうか……。対策はそれからだね」

 

 宝玄仙は言った。



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794 ……全員が敵の虜となる。

 朱姫はぼんやりと物思いに耽っていた。

 摩雲城で与えられている朱姫の部屋だ。

 

 朱姫の部屋といっても、使っているのは朱姫だけではない。

 少し広めの部屋をあてがわれて、そこで朱姫と沙那と孫空女と素蛾の四人で使っていた。

 宝玄仙の部屋は隣室であり、お蘭の部屋はその向こうになる。

 

 だが、まだ宝玄仙も戻っていないし、沙那と孫空女もいない。

 通信球で送られてきた沙那の指示で全軍は摩雲城に撤退することになり、朱姫もまた精細鬼(せいさいき)たちとともに戻ったのだが、まだ伊籍隊も銀角隊も戻ってはいない。

 

 精細鬼は九霊聖女や黄獅姫たちとともに、すぐにやってくるであろう牛魔王軍団との戦いに備える準備に忙しそうだ。

 ただ、朱姫はそれについて手伝えることもなく、部屋でぼんやりとしていた。

 

 考えていたのは、日値(ひち)のことだ。

 たくさんの敵に囲まれながら、たったひとりで朱姫を守り抜き、そして、死んだ。

 朱姫を安全なところまで送り届け、その瞬間に死んだのだ。

 礼を言うこともできなかった。

 精細鬼たちとともに懸命に峡谷を挟んで敵と戦っていたときには、それに意識が向かっていたが、こうやって時間に余裕ができると、どうしても日値のことを思いだす。

 

「狡いよ……。死ぬなんて……」

 

 朱姫は椅子に腰かけたまま膝を抱えた。

 

 そのとき、扉が開いた。

 入ってきたのは素蛾だ。

 

「朱姫姉さん、まだ食事をされていないのですね?」

 

 素蛾が心配そうに言った。

 朱姫は素蛾が食堂から盆に載せて運んできてくれた食事を卓に置いたままだったのだ。

 

「あ、ああ……。ちょっと、食欲が無くてさあ……」

 

 朱姫は言った。

 

「元気がありませんね……。戦いで亡くなった方のことを考えておられたのですか?」

 

「んんっ? まあ、そうかな……」

 

 朱姫は無理に微笑んだ。

 

「あのう……。わたくしにできることがあれば……」

 

 すると、素蛾がとても心配そうな表情になった。

 

「……大丈夫よ。すぐに元気になるわ。あたしは自分が立ち直ることを知っている。でも、いまは、少し尾を引いているかな……。あたしなんかのために、一生懸命に戦ってくれて、そして、死んでしまった日値のことを思うとね……」

 

 朱姫は言った。

 

「駄目ですよ。朱姫姉さんは、いつも元気なところが素敵なんです。落ち込むなんか朱姫姉さんらしくないです……。ねえ、朱姫姉さん、愛し合いましょう。わたくしが元気にしてさしあげます」

 

 素蛾が言った。

 そして、するすると服を留めている紐を自らほどき始める。

 

「いま、ここで?」

 

 朱姫は含み笑いをしながら言った。

 覇気のない朱姫のことを思って、素蛾なりに元気づけてくれようとしているのだろう。

 だが、その手段が百合の性愛だというのは、いかにも素蛾らしい。

 

「ここでしましょう、朱姫姉さん──。床の上で……。素蛾と愛し合ってください。ふたりで気持ちよくなるんです。そうすれば、きっと朱姫姉さんも元気になります」

 

「そんなことしなくても元気になるわ……。ふふふ、でも、お前の気持ちは嬉しいわ……。おいで、可愛がってあげる……」

 

 朱姫も立ちあがった。

 確かに、朱姫もなにもかも忘れて発散したい気分だ。

 それには、女同士で愛し合うのが一番だ。

 

 貫頭衣を脱いで椅子の背にかける。

 次いで、上下の下着も外して椅子の上に置いた。

 完全な生まれたままの姿になった。

 素蛾も準備が終わっていた。

 十二歳の未熟な裸身がそこにある。

 

「待ってください」

 

 素蛾が小走りに部屋の隅に向かって、小さな宝石箱を抱いて戻ってきた。

 素蛾は箱を床に置くと、その中から小さな鎖を取り出した。

 鎖というよりは装飾具だ。

 鎖を手首や足首に巻いて両端を嵌めるというものだ。

 素蛾は、朱姫を床に座らせると、鎖を朱姫の片側の足首に巻いて装着した。

 

「今日は朱姫姉さんが奴隷になってくれませんか。たまには、立場を変えましょうよ」

 

「あたしが素蛾の奴隷? いいけど……」

 

 朱姫は笑った。

 

「……これは、朱姫姉さんを素蛾の奴隷にする霊具なんです。さあ、朱姫姉さん、わたくしの奴隷になると誓ってください」

 

 素蛾も微笑みながら言った。

 

「本格的ね。そんなことから始めるの? いいわよ。今日はお前の奴隷になってあげる。でも、後で交代よ。かわりばんこね……」

 

 朱姫は笑いながら言った。

 霊具とはいうが、鎖にはなにも感じない。

 ただの鎖だ。

 まあ、“ごっこ遊び”を素蛾はしたいのだろう。

 さしずめ、霊具で支配される奴隷とその主人というところか?

 

「違います──。霊具を受け入れて、素蛾の奴隷になると誓ってください」

 

「はいはい……。朱姫は素蛾の奴隷になるわ。霊具を受け入れます」

 

 そのとき、なにかとてつもない霊気が動くのを感じた。

 そして、それが素蛾が足首に巻いた小さな鎖から発していることがわかった。

 

 はっとした。

 これは本当に霊具だ。

 しかも、びっくりするほどの大きな霊気を発散している。

 たったいままで、それがわからないように細工をしてあったようだが、朱姫が受け入れると宣言した瞬間に霊気を発散し始めた。

 

 なんだこれ──?

 びっくりして、その鎖を外そうとした。

 

「外してはいけません、命令です。朱姫姉さんはたったいまから、わたくしの許可なく道術を遣ってはいけません。わたくしの言葉には絶対服従──。逆らってはいけません。もちろん、操り霊具を取りつけられたことを誰にも喋っても駄目です──。すべて命令です」

 

 素蛾が早口で言った。

 足首の鎖に手を伸ばそうとした朱姫の手が硬直したように静止してしまった。

 

 驚いた……。

 これは操り霊具だ。

 しかも、強力な……。

 

「な、なにを装着したの──? すぐに外しなさい──。こんなものは危険よ。遊びに使うものじゃないわ、素蛾──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 

「遊びではありません。真剣です。これは朱姫姉さんを素蛾のものにする道具なんです。もう、朱姫姉さんは素蛾だけのものです。ほかの誰にも渡しません。ご主人様にも、沙那様にも、孫様にも……。永遠に素蛾のものです……。さあ、立ってください。素蛾のものになった朱姫姉さんの裸を改めて見せてください。腕は身体の横です。動いてはいけません」

 

 朱姫の身体は、素蛾の言葉で勝手に立ちあがった。

 そして、金縛りになったように動かなくなった。

 

「脚を開いてください……」

 

 素蛾が口を朱姫の股間に近づけながら言った。

 朱姫の両脚がすっと開く。

 素蛾の口が朱姫の股間に口づけをするように触れてきた。

 

「ふわっ──。あっ、ちょ、ちょっと、はああ……」

 

 素蛾の唾液は強力な媚薬でもある。

 その唾液をまぶせられながら舌で刺激されるのだ。

 朱姫の股間はたちまちに強い疼きに襲われた。

 あっという間に、全身が震えるほどの快感が駆け抜けてきた。

 

「いきそうですか……。いきそうになったら、言ってください。命令ですよ」

 

 一度、口を離した素蛾がそう言って、朱姫の股間を舐める作業に戻った。

 素蛾の「命令」を受けた朱姫の身体は、命じられた体勢から動くことができない。

 素蛾の唾液を塗り重ねられていく股間は、信じられないような速度で朱姫を切羽詰った状態にまで引きあげた。

 

 全身の震えがとまらなくなった。

 脳天を突き抜けるような快感が込みあがる……。

 

「いく……。いきそう……」

 

 朱姫は喉をのけ反らせながら言った。

 その瞬間、素蛾の口がすっと離れた。

 

「ああっ」

 

 絶頂の一歩手前だった。

 ほっとしたが、同時に強い焦燥感が襲った。

 まさに昇天の寸前で舌の刺激を中止されたのだ。

 しかも、たっぷりと素蛾の唾液が股間につけられている。

 舌の刺激がなくなった瞬間に、怖ろしいほどの疼きが襲ってきていた。

 

「さあ、服を着てください。仕事をしましょう。ちゃんと言いつけができたら、ご褒美に最後までいかせてあげます……。あっ、服は貫頭衣だけですよ。下着はここに置いていってくださいね。仕事をしながら、時々は素蛾が愛してさしあげますから。でも、戻ってくるまで、絶頂はあげません──。それは、全部終わったときのご褒美です」

 

 素蛾がくすくすと笑った。

 そして、衣服を身に着け始めた。

 

「仕事?」

 

 朱姫は眉を寄せた。

 一方で、命じられたとおりに、朱姫の手は椅子にかけた貫頭衣を身に着けた。

 それは朱姫の意思とは関係ない。

 素蛾の言葉に朱姫の身体が反応しているのだ。

 

「九霊聖女様や黄獅姫様……。精細鬼様……。めぼしい方々全員に、この操りの鎖を身体に巻いてしまいます。朱姫姉さんなら、『縛心術』をかけて、皆さんを言いなりにして、鎖を装着させたうえに、鎖の操りを受け入れると口にさせることもできますよね。命令です──。それをこれからするんです」

 

 びっくりした。

 素蛾はこの要塞を乗っ取ろうとしているのか?

 素蛾が抱えた宝石箱を見た。

 そこにはたくさんの鎖が入っている。

 かなりの数量だ。

 

「お、お前、正気──? いったいどうしちゃったの、素蛾?」

 

 朱姫は素蛾がやっていることが信じられなくて叫んだ。

 

「あっ──」

 

 そして、素蛾の眼を見て思わず叫んでしまった。

 素蛾にはかすかだが、誰かに強い縛心術をかけられている気配がある。

 

 どうして、いままで気がつかなかったのか──。

 素蛾はなにかの暗示をかけられて、こんな暴挙をしているのだ。

 しかも、これは後縛心という暗示術だ。

 縛心術を繰り返しかけて、ある一定の行動を鍵にして決められた行動をとるように心に掏り込まれているに違いない。

 だから、ここに術者がいないのに、素蛾が操られたような行動をしているのだ。

 

「ま、待ちなさい、素蛾──。お前は道術をかけられているのよ。縛心術をかけられたのね? 誰? 誰にかけられたの──? 言いなさい──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 

「わたくしは誰にも縛心術などかけられていません。これはわたくしの意思です。朱姫姉さんをわたしだけのものにするのは、これしか方法がないんです」

 

 素蛾はきっぱりと言った。

 駄目だ──。

 

 何者かが素蛾の心に刻んだ暗示は、素蛾の心にある朱姫に対する恋愛感情に結びつけられているようだ。

 これは簡単には外せない……。

 

 だが、誰の仕業だ──?

 なんの目的で──?

 

「素蛾、じゃあ、その霊具はなんなの? 誰にもらったの?」

 

「これは、『操りの鎖』です。『服従の輪』とも言います。ご主人様が以前作った『服従の首輪』と同じ効果があるそうです。わたくしにこれをくださったのはお蘭さんです」

 

「お蘭?」

 

 朱姫は声をあげた。

 術者はお蘭なのだろう。

 しかし、素蛾はお蘭に術をかけられたこと自体も忘れさせられているようだ。

 

 なぜ、お蘭が──?

 朱姫は混乱した。

 

 いずれにしても、『服従の首輪』というのは、宝玄仙の作った強力な支配霊具だ。

 その絶対の支配力は朱姫もよく知っている。

 

「それよりも行きますよ、朱姫姉さん──。それから、もちろん、これは他言無用です。誰にも素蛾に操られていることを悟られてはいけません。絶対に怪しまれないように振る舞ってください。命令ですよ……。さあ、一緒に行きましょう」

 

 素蛾がくすくすと笑った。

 そして、箱を持って歩き出す。

 朱姫の脚は、その後ろ姿を勝手に追っていった。

 

 

 

 

(第120話『戦場の女囚処刑祭』終わり、第121話『覇王暗殺』に続く)






 *

(牛魔王のエピソードは、『331 淫魔見習いの手管と追加講義』の後書きからの続きとなります。)

【西遊記:60・61回、牛魔王(ぎゅうまおう)

 火焔山という火炎に包まれている難所を通り抜けるには、芭蕉扇という道具が必要でした。その道具を持っているのは、牛魔王の正妻の羅刹女であり、孫悟空は彼女を倒して芭蕉扇を奪いますが、その芭蕉扇は偽物でした。
 火焔山の火炎を操ろうと偽物の芭蕉扇を振った孫悟空は。危うく丸焦げになりかけます。(331で紹介したのはここまで)

 なんとか火焔山から脱出はしますが、羅刹女の猛女ぶりに辟易した孫空女は、羅刹女のことは一度諦め、今度は夫の牛魔王のところに向かいます。
 牛魔王は、孫悟空の古い友人であり、かつて天界で暴れていた頃は、牛魔王と一緒に悪さをしたこともあります。

 牛魔王は、正妻の羅刹女とではなく、愛人の玉面公主とともに、「摩雲洞」という場所で暮らしています。
 孫悟空が摩雲洞の近くまで行くと、そこには美しい女性がいました。彼女が玉面公主です。
 玉面公主が「何者だ」と問うので、孫悟空は咄嗟に「芭蕉扇の使者」だと応えます。
 すると、玉面公主は、牛魔王は渡さないと怒り始めます。

 しかし、孫空女は逆に一喝します。
 驚いた玉面公主は、慌てて逃げていきます。その後を追い、孫悟空は牛魔王の暮らす摩雲洞に辿り着くことができました。

 牛魔王に会った孫悟空は、芭蕉扇を貸してくれるように羅刹女に頼んでくれと声を掛けます。
 しかし、牛魔王は旅の途中で、孫悟空が息子の紅孩児を殺したといって、孫悟空に襲いかかります。(倒したのではなく、天界に護送したのですが……。)
 しかも、たったいま、玉面公主を脅したことも知って、さらに激怒します。
 ふたりは、洞府の外で大乱闘をします。

 結局、決着はつかず、孫悟空は立ち去ります。
 孫悟空を追い払ったと安心した牛魔王は、宴会に行きます。。
 だが、孫悟空は、こっそりと隠れていただけでした。牛魔王を尾行して、牛魔王の宴会の場所を見つけます。
 宴会場の外には、牛魔王の乗り物である「金晴獣」が繋いでありました。

 作戦を思いついた孫悟空は、その金晴獣を盗み、今度は牛魔王に化けて、羅刹女のところに戻ります。
 夫の牛魔王が戻ったと喜んだ羅刹女は、牛魔王に変身している孫悟空に抱きつきます。
 孫悟空は、羅刹女を甘やかせながら、本物の芭蕉扇の場所と使い方を聞き出しました。
 孫悟空は、変身を解いて、芭蕉扇を奪い去ります。

 一方で、金晴獣を盗まれたことに気がついた牛魔王は、金晴獣の進んだ経路を辿っていき、羅刹女の家に着きます。
 そこで、号泣している羅刹女を見つけて事情を知り、烈火のごとく怒ります。
 牛魔王は、孫悟空を追いかけます。

 孫悟空に追いついた牛魔王は、猪八戒に化けて孫悟空の前に出ます。
 うっかりと芭蕉扇を渡してしまった孫悟空は、変身を解いた牛魔王、さらに牛魔王の部下とともにやってきた玉面公主に襲いかかられます。
 孫悟空は退散します。

 態勢を取り直した孫悟空は、本物の猪八戒と合流し、さらに、土地神を味方につけ、軍を借ります。
 今度は軍団とともに、牛魔王のいる摩雲洞に戻ります。

 孫悟空は、連れてきた土地神の兵を使って、牛魔王の洞府に攻め込みます。
 牛魔王はひとり逃亡します。

 牛魔王を追いかけた孫悟空は、牛魔王と道術合戦をします。
 ふたりは一進一退の戦いを続けますが、次第に孫悟空が圧倒していきます。さらに、その騒動に気がついた天界からは、天軍の諸将が孫悟空を加勢するために駆けつけます。
 牛魔王は、羅刹女のいる芭蕉洞に逃亡します。

 その頃、摩雲洞については、猪八戒が土地神の軍とともに、完全に制圧しました。玉面公主については、猪八戒が服を引き剥がして裸にしたうえに殺してしまいます。

 芭蕉洞に追い詰められた牛魔王は、最後の力を振り絞って、孫悟空と天界の軍に挑みます。
 しかし、首を斬られてしまいます。

 牛魔王は神通力で生き返りますが、すっかりと戦意を喪失して、天軍に降参します。
 羅刹女も抵抗を諦め、孫悟空に芭蕉扇を渡します。

 牛魔王は、天軍に連行されていきます。
 羅刹女は、心を入れ替えて、立派な仙女になるための修行をすると約束して、玄奘たちを見送ります。


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 第121話 覇王暗殺【雷音(らいおん)大王】
795 女宰相と小宰相


「うわあっ──」

 

 御影(みかげ)は椅子に座ったまま悲鳴をあげた。

 背中に鋭い刃が刺さり、そして、引き抜かれたのだ。

 感じた衝撃で一瞬椅子から浮きあがりそうになり、右手で胸を押さえてしまった。

 

 もちろん、穴など開いてはいない。

 突き刺された剣も遥か遠くにある牛魔王の陣営にいた影法師のお蘭に対するものだ。

 だが、いつ味わっても、影法師が殺されるというのは嫌なものだ。

 なにしろ、自分の身体の一部が死ぬのというのは、自分が死ぬのと同じなのだ。

 幻影とはいえ、御影はいま死を体感した。

 

「どうしたの、御影?」

 

 美小淋(びしょうりん)が訊ねた。

 雷音院(らいおんいん)にある雷音(らいおん)大王の後宮の一室だ。

 御影は小宰相と呼ばれ、女宰相の美小淋とともに、雷音院では雷音大王の後宮に出入りのできる権利のある唯ふたりだけの存在だ。

 美小淋も仮の執務室を後宮の隅に確保していたが、その隣に御影の部屋もある。

 

 もうひとりの例外は牛魔王だ。

 いまや、独立した魔王ともなっていた牛魔王は、いついかなる状況でも雷音大王に面会できる存在でもある。

 牛魔王を凌ぐ権限を持った家臣は雷音大王にはいない。

 名実ともに、雷音大王の一番の部下が牛魔王だったのだ。

 

 御影は、ここに美小淋と大事な打ち合わせをするためにやってきていたのだ。

 その途中で自分の片割れのひとりであるお蘭の影法師の死を感じた。

 

 お蘭の導きにより牛魔王を殺すことに宝玄仙が成功した──。

 そこまでは思惑通りだったのだが、その後、牛魔王から取り出された道術石を奪おうとして、宝玄仙の供に邪魔をされたのだ。

 

 もう少しだったのに……。

 御影は歯噛みした。

 

「牛魔王が死んだわ……。そのうち、ここにもその報せが届くと思うけどね……。宝玄仙が牛魔王から道術石を抜くことに成功したわ。そして、宝玄仙の供に殺された──。あたしたちの計画のとおりにね……」

 

 御影は言った。

 

「それでは──」

 

 美小淋は目を丸くした。

 

「ただ、宝玄仙のそばを見張らせていたお蘭の影法師は、殺されたわ。宝玄仙の供がお蘭が影法師であることを見破ってしまったのよ。ただ、鳴智(なち)の与えた首輪による縛りで、供のふたりは操ることができたんだけど、うっかりと銀角の存在を忘れていたわ。それで銀角に背中から刺されたのよ」

 

 御影は肩を竦めた。

 失われた影法師は、すぐに復活することは可能だ。

 御影は、一度性交した相手を影法師として複製して、自分の一部として操ることができる。

 そして、別の身体でありながら、自分の身体の一部として意識を共有するのだ。

 

 一度に操作できる影法師はふたつまで……。

 つまり、御影は三個の身体を同時に支配できる。

 それが御影の能力だ。

 

 ただし、さっきのお蘭のように殺されて消滅した影法師は、本体の御影のそばでしか復活しない。

 だから、もう、宝玄仙の近くには誰もいないという状態になってしまった。

 お蘭が素蛾という童女に施した暗示は生きているだろうが、お蘭がいなくなった以上、もう素蛾という童女の器量に委ねるしかない。

 

 まあいい……。

 

 別にこれが最後の手段というわけでもない。

 手はいくらでも打っている。

 ふたつの宝を手に入れるための方策は……。

 

「それよりも、美小淋、牛魔王が死んだということは一両日中に情報が届くと思うわ。それまでに動きたいわね。例の件はどうなっているの?」

 

 御影は訊ねた。

 

「影女のこと? それとなく、大王には情報を入れといたわ。庇護を求めている北方帝国の貴族美女……。大王は興味を抱いているようだったわ。あの男は好色だから……」

 

 美小淋はにやりと笑った。

 

「じゃあ、大王は影女という女を後宮に加えるということね?」

 

「加えるかどうかは、まあ味見をしてみてということになるのかしらね。いずれにしても、大王は影女という女を抱くと思うわ。わたしが連れてくることになっているの……。もちろん、影女はただ謁見のためにここにやって来ることになっているわ。わたしは、影女にはここではないと大王には面会できないとだけ伝えることになっている。そこで大王は打ち解けた雰囲気で影女という人間族の女に飲み物を出すわ。その飲み物には痺れ薬が入っている。そして、大王は影女を犯す……。そういう手筈よ」

 

「あら? そんな手筈を踏まなくても、影女は大王に抱かれるわよ」

 

 御影は笑った。

 

「手に入らないものを無理矢理に摘むのが好きなのよ。あの男は……。影女はとても慎み深い貞女だと言っているからね。そのつもりで対応してよ、御影」

 

 美小淋は笑った。

 影女というのは、政争で居場所のなくなった北方帝国の貴族の姫という架空の女だ。

 それが魔域の覇王である雷音大王に身体を提供する状況を美小淋に作為してもらった。

 美女ならあの大王は、間違いなく手を伸ばす。

 それは、御影の計画にどうしても必要なことなのだ。

 それがなければ、御影の野望は成立しない。

 

「大王については、あなたの思惑通りに動かしてあげるわ。大王を動かせるのはわたしだけなのよ……。その代わり……」

 

 美小淋が宰相としてのマントと上衣を外した。

 そして、さらに下衣も脱いで自分の座っていた椅子の背に置く。

 

 官能美に満ちている美小淋の太腿が露わになった。

 年齢は重ねているから若々しくはないものの、成熟した脚全体が女としての色気を強く醸し出している。

 その美小淋が椅子に座る御影に向かい合うように、御影の膝を跨いで座った。

 美小淋の顔がすぐ間近に迫る。

 

 美小淋がすっかりと欲情していることは明らかだ。

 御影は軽く口を伸ばして、美小淋の口を吸った。

 そして、上下の唇を交互に吸いあげてから、御影は美小淋の口の中に舌を差し入れた。

 すると、美小淋は柔らかな舌でそれを迎え入れ、舌を御影の舌に擦りつけてきた。

 美小淋の口の中でお互いに舌を舐め回し続ける。

 

 美小淋という年増の亜人女を御影のものにするのは難しい作業ではなかった。

 この女は雷音大王のそばで働く者として、長年知られている存在だ。

 亜人の世界でも、もう中年といえる年齢だが、夫もおらず、決まった恋人もいない。

 美人だが権勢のある女宰相を誰も手を出そうとはしなかったのだ。

 この美小淋もまた、男を飼って自分の性欲を満たすような振る舞いをすることはなかった。

 慎みのある女宰相としての立場がある。

 それに、勤勉で貞節そうな美小淋は、とてもではないが、男が手を出そうとする隙を見せたりはしなかった。

 

 それをあっさりと御影は抱いた。

 この後宮に御影が出入りをするようになってからだ。

 雷音大王が多くの古今東西の美女を集めた後宮に引きこもって政務をしなくなったのは、この美小淋の思惑だ。

 この女宰相は、そうやって巧みに大王に直接面会できるのが自分だけという立場を作りあげて権力を独占したのだ。

 

 例外は、御影と牛魔王だけしかない。

 御影は好色な雷音大王に女人国の美女奴隷を大勢差し出すということをして、後宮に出入りできる権利を得た。

 さらに、後宮の隅に一室をもらうという特権を得たのは、この亜人女を御影のものにしてからだ。

 

 いずれにしても、後宮に出いるできるほとんど唯一の部下として、美小淋がここに滞在する時間は長くなる。

 しかし、そこに御影の罠もある。

 

 美小淋は知らないことだが、御影は雷音大王と謀って、ほとんどわからないくらいの微かなものだが、この後宮全体に女が欲情する香を蔓延させている。

 それは男には効果はないが、女が長く吸い続ければ、果てしなく身体が欲情することになる。

 そうやって、雷音大王はここで飼う美女奴隷たちを常に欲情させていおき、好きなように抱く状況に置いているのだ。

 

 だが、当然、その影響は美小淋にも及ぼす。

 美小淋もなぜ、この後宮にやって来るたびに、それほどまでに自分が欲情をするのかわからなかっただろう。

 そんな美小淋を御影は簡単に抱いた。

 

 それからは、美小淋は完全に御影の与える肉欲の虜だ。

 むしろ、少々要求が激しくなり、御影も閉口気味なくらいだ。

 美小淋が御影の口に舌を入れ返してきた。

 

 御影の舌を中心に右に左にと、顔を傾けてむさぼりついてくる。

 やがて、やっと口を離した。

 

「影女を連れて行くのは明日よ……。今日はここでつき合ってもらうわ。あなたはわたしのものよ」

 

 美小淋はすっかりと上気した顔でそういうと、跨っている腿の先にある御影の股間をぎゅっと握ってきた。

 

「うっ」

 

 御影はその強い力に思わず呻いた。

 

「ふふふ、さすが御影ね。すっかりと硬いわ……」

 

 美小淋が御影の膝からおりると、御影の脚のあいだに跪くようにしてきた。

 そして、御影の下袴の前から勃起した性器を外に出す。

 

 その御影の肉棒を美小淋が口で咥える。

 むねむねとした温かく柔らかい美小淋の舌の感触が御影の怒張を這い出した。

 先端から根元までを美小淋はねっとりと舌で舐めあげられる。

 大した技量ともいえないが、御影の受ける甘美感は大きかった。

 さらに美小淋は御影の性器の先端に唇を押し当てると、窪みの粘液まで吸い取るように強く吸ってきた。

 

 気持ちがいい……。

 御影は素直に美小淋という女宰相の奉仕を受けることにした。

 美小淋の口による本格的な抽送が始まる。

 

 そして、それはかなり続いた。

 美小淋は決して疲れを知らないかのように、御影の肉棒を一心不乱に知る限りの方法で刺激し続けた。

 

「もういい、出そうだ」

 

 しばらくして、御影は言った。

 

「……いいの。そのまま出して……」

 

 美小淋は一度だけ口を離してそう言った。

 そして、さらに熱を込めた奉仕に戻る。

 どうやら、心の底から肉棒を舐めるのが好きなようだ。

 

 美小淋は鼻先で御影の肉棒の幹を擦るほどに強く顔を密着させ、左右に顔を振り立てて口を舐め吸っている。

 本当にこのまま出して欲しそうだ。

 

 こうなれば、自制するもの馬鹿馬鹿しいので、この女宰相の要求に応じることにした。

 美小淋もそれを察したのか、抽送を弱めて舌先で先端を擦るように刺激をしてから、喉の奥まで一気に顔を御影の股間に沈めた。

 

 御影は美小淋の喉に向かって精を思い切り放った。

 美小淋はさらに酔ったような顔になり、御影の夥しい放出を受けとめた。

 そして、しばらく、そのまま余韻に浸るように御影の性器をしゃぶってからやっと口を離した。

 

 御影の股間はやや萎えている。

 だが、精を放った御影よりも、口で受け止めた美小淋の方が、すっかりと満足した表情をしているのが面白かった。

 口から精は出さなかったので、すべてを飲み干したのだろう。

 さらに美小淋は口の周りに残った精を自分の舌で舐め回して綺麗にした。

 

「さあ、しましょうよ。服を脱いで、御影──」

 

 美小淋は御影を立たせて、着ているものを剥ぎ取るように奪っていく。

 

「あらあら、自分で脱ぐわよ」

 

 御影は笑いながら言ったが、美小淋は愉しそうにどんどんと御影から着ているものを奪って脱いでいく。

 やがて、御影は完全な素っ裸になった。

 そして、美小淋自身も腰の下着一枚だけの格好になる。

 

「後ろを向いて、御影」

 

 美小淋が言った。

 

「えっ?」

 

「いいから」

 

 なにか悪戯をしたいらしい。

 美小淋はまるで少女のような無邪気な笑みを浮かべている。

 御影は苦笑しながら、言われるままに美小淋に背を向けた。

 

「両手も後ろ」

 

「はいはい」

 

 素直に手を背中に回すと、いきなり手首に重いものが嵌められた。

 

「な、なに、これ?」

 

 抗議の声をあげたが遅かった。御影は両手首に手錠をつけられてしまった

 しかも、これは道術を封じる効果のある枷だ。

 御影はびっくりしてしまった。

 

「な、なにをするのよ──。冗談でしょう?」

 

 御影は怒鳴った。

 

「冗談ではないわよ。これであなたは道術は遣えない。しかも、素っ裸……。さあ、面白くなったわね」

 

 美小淋がにやりと笑った。

 

「な、なによ……。どうするつもりよ?」

 

「さあ、どうしようかしら……? 雷音大王に謀反を企てた大逆者として、衛兵を呼ぼうかなあ……。ついでに、わたしも犯そうとしたという罪状をつけてね。そうすれば、あなたは終わり。残酷な方法で処刑されるんでしょうね……。その処刑にはわたしも立ち会ってあげるわ……」

 

 美小淋が言った。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 御影はぞっとした。

 いまのいままで、完全に美小淋は陥したと思っていた。

 だが、そうではなかったのだろうか……?

 

 亜人女など利用するつもりで、うっかりと罠に仕掛けられた……。

 そんな間抜けなことになったのか……?

 もしかして、美小淋にしてやられた?

 

 考えてみれば、美小淋の政治的な敵対者は牛魔王だった。

 雷音大王のために、魔域で戦い続けていた牛魔王に、雷音大王は絶大な信頼を寄せていた。

 それを排除することは、御影だけでなく、美小淋にとっても望ましいことだったはずだ。

 

 そもそも、牛魔王は女を軽視する差別主義者だった。

 事あるごとに、牛魔王が美小淋を軽視するのは有名な話だ。

 美小淋の苛立ちは頂点に達していた。

 しかも、牛魔王は金角の抹殺に成功して以来、女に対する蔑みを一層強くして、ひそかに雷音大王に宰相の交代を薦めていた。

 

 無論、美小淋は牛魔王のそんな動きを察していた。

 平素、雷音院にはいない牛魔王などどうとでもなるが、牛魔王派とでも称すべき反美小淋派の重鎮たちの動きが無視できないものになりつつあった。

 だから、美小淋は御影と手を組んだ。

 

 しかし、その牛魔王が死んだ。

 そうすれば、美小淋にとっては、御影はただの邪魔者でしかなくなったのではないか……。

 そして、早速、始末することにした……。

 

 そういうことではないか……。

 御影は背に冷たい汗を感じた。

 すると、美小淋が爆笑した。

 

「まあ、すっかりと元気がなくなっちゃって……。そんなに怖いの? さあ、そんなことになりたくなければ、わたしに奉仕しなさい。わたしを満足させてくれたら、その手錠を外してあげる……。でも、あなたのいまの顔は新鮮だったわ」

 

 美小淋が小悪魔的な笑みを浮かべながら、すっかりと小さくなってしまった御影の股間を手のひらで握りしめた。

 そして、睾丸を捏ねりあげるように動かす。

 だが、その力が結構強い。

 御影は顔をしかめた。

 

「で、でも、両手がなければ、美小淋を抱けないじゃないの」

 

 御影は美小淋に股間を刺激されながら言った。

 

「口があるでしょう──。その肉棒だってあるわ──。さあ、満足させなさい」

 

 美小淋は下着一枚の姿で御影の前に仁王立ちになった。

 仕方なく御影は、その前に跪き、美小淋の下着の縁を口で咥えた。

 

 その下着の中からは強烈な女の蜜の匂いが放たれていた。



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796 童女の反乱

「いぐうううっ」

 

 朱姫は絶叫した。

 徹底的な焦らし責めと、繰り返し舐められた素蛾の唾液の媚薬効果により、朱姫の頭は肉の悦びを求め狂ってほとんど朦朧とした状態だったのだ。

 そこで与えられた三度連続の絶頂は朱姫を悶絶させるのに十分だ。

 寝台の上でたったいままで朱姫を責めたてていた張形を手にしている素蛾が、そんな朱姫を満足そうに眺めながらくすくすと笑った。

 

「さあ、朱姫姉さん、動いていいですよ。動くなという命令を解除します。次は朱姫姉さんの番です。素蛾に罰を与えてください……」

 

 素蛾がごろりと寝台に寝そべり、朱姫に向かって大きく股を開く。

 そこにはすっかりと欲情している童女の裸身があった。

 きっとお蘭の縛心術ですっかりと欲望を解放されたような状態になっているのだろう。

 

 素蛾に責められるあいだ、自由を失っていた朱姫の身体はやっと自由を取り戻した。

 ただ、素蛾に装着された『服従の鎖』によって支配されていることに変わりない。

 

 まだ、朱姫の息は荒い。

 絶頂の余韻が朱姫を包んでいる。

 

 素蛾の手にしていた張形が、朱姫の蜜まみれのまま、朱姫側に寝台の上をころころと転がってきた。

 だが朱姫はそれを一瞥しただけで無視した。

 すると、それを認識した素蛾の顔が失望を浮かべた気がした。

 

 摩雲(まうん)城における朱姫たちの部屋だ。

 この部屋で朱姫と素蛾は素裸になって寝台にいる。

 ここで朱姫は、素蛾の「命令」によりこの摩雲城の主要な者のすべてに『縛心術』をかけ、『服従の鎖』の装着を終わった「ご褒美」をもらっていたところだ。

 素蛾と朱姫で、この摩雲城に残っていた主立つ者に服従の鎖を付け終わるのに二刻(約二時間)もかからなかった。

 ある程度は準備もしていて、しかも周到に計画されていたようだ。

 操られている状態とはいえ、素蛾の意外な手際のよさの一面を垣間見た気がした。残念だが、さすがは元王女だ。やることに隙はない。

 

 とにかく、これで摩雲城は完全に素蛾の支配に陥った。

 ただ、それに気がついている兵などまだいない。

 支配された者たちだって、お互いにそれについて語ることや、相手に悟られる行動を禁じられたので、自分自身以外の誰が素蛾に服従の鎖を装着されたのかはわからないはずなのだ。

 いや、むしろ、彼女たちを陥れて、自分たちに操り霊具を装着したと思っている「犯人」は朱姫だ。

 朱姫が素蛾に支配されてやったことであり、誰でもなく朱姫が縛心術で服従の鎖を装着させ、その受け入れを口にさせたのだ。

 素蛾など一緒についてきただけの体裁であり、その素蛾こそが「反乱」の首謀者などを考えるわけもない。

 

 また、素蛾は服従の鎖を装着するときに、普段は衣類の影になって見えない場所にそれぞれ装着させていた。

 ほぼ全員が素蛾の支配に陥っていることを明確に知っているのは、多分朱姫だけだと思う。

 なんとか隙を見つけて、素蛾を出し抜こうとしたが、服従の鎖という霊具で支配されていては、それはまったく困難だった。

 

「はあ、はあ、はあ……。ね、ねえ、素蛾、こっちを見なさい……。お前は縛心術をかけられているのよ。支配されているの──。それを自覚しなさい──。それに、さっきの沙那姉さんからの通信球を聞いたでしょう。お蘭は影法師だったのよ。あたしたちの敵だったのだわ。お前はそれに操られているんだってば──」

 

 朱姫は、なんとか息を整えながら一生懸命に言った。

 同じ言葉を何度繰り返しただろう。

 だが余程に強力な暗示らしく、素蛾は正気に戻る片鱗すら示すことはない。

 いまもそうだ。

 

 素蛾が摩雲城を支配するために動き回っていた途中で、沙那から緊急連絡として摩雲城の首脳陣に連絡があり、戦場で牛魔王を殺したことと、お蘭が御影の影法師だったことの報せが入ってきた。

 詳しいことは本隊がこの摩雲城に戻ってからということだったが、戻るのは明日以降だ。

 

 無論、こちらの異変を宝玄仙たちに伝える方法はなかった。

 朱姫は、その通信球が素蛾の暗示を解くきっかけになるかもしれないと期待したが、素蛾はただけらけらと笑うだけだ。

 影法師だったらしいお蘭は死んだようだが、素蛾の暗示が解ける様子はない。

 まあ、後縛心の暗示は術者が死んでも有効だ。

 それは朱姫も知っている。

 暗示のもとになっている霊気は、すでに素蛾自身の心に刻まれてしまっているのだ。

 

「ふふふ、朱姫姉さんも意地悪ですね。やっぱり命令しないと素蛾を苛めてくれないのですか? でも、素蛾はこんなに悪いことをしたんですよ……。だから、素蛾のことをうんと罰してください。素蛾は朱姫姉さんに罰を与えて欲しいのです」

 

 素蛾が寝台で微笑んだ。

 朱姫は嘆息した。

 服従の鎖のために道術を封じられている朱姫だが、朱姫は道術なしでも縛心術をある程度なら扱える。

 特に、素蛾のように人間族の場合は、むしろ道術なしの縛心術でなければ、本来は効果がないのだ。

 だが何度も試したが駄目だった。

 どうしても素蛾を正気に戻せない。

 あのお蘭が素蛾にかけた暗示が強すぎるのだが、や、むしろ、正気になってはならないという素蛾の潜在意識が強すぎるとでも言おうか……。

 

「ねえ、まともになってよ、素蛾──。お前はそうしようとすればできるのよ。いつもの素蛾に戻りなさい。そう欲するだけで暗示の効果は半減する──。そうすれば、あとは簡単にあたしがお前に刻まれた縛心術など解いてあげるから──」

 

 朱姫は言った。

 

「駄目です。そんなことをしたら、わたくしは皆さんに捨てられてしまいます。朱姫姉さんと別れなければならなくなります。それに、わたくしは何者にも操られておりません。これはわたくしの意思です。わたくしは朱姫姉さんに捨てられたくないのです」

 

「これ以上、正気に戻る努力をしないのなら、本当に嫌いになるわよ──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 すると、素蛾が一瞬硬直した。

 だが、すぐに顔が険しくなった。

 

「だったら、無理矢理にでも朱姫姉さんを奪います。朱姫姉さんだけをどこかに連れて行きます。あとはご主人様をなんとかすれば、朱姫姉さんは完全にわたくしだけのものです」

 

 素蛾は言った。

 朱姫はまた嘆息した。

 さっきからずっと同じやり取りをしている。

 いまだに、素蛾の暗示を解く糸口は見つけられない。

 

 素蛾に与えている暗示は、素蛾の隠れている欲望と隠れていた劣等感に結びつくように与えられている。

 だから、素蛾の潜在意識がこの暗示を解いてはならないと強く働いているのだ。

 従って、それを打ち破るようなきっかけがない限り、素蛾の縛心術は解けない。

 しかし、逆に言えば、素蛾がいまの状況が不満と考えるようななにかがあれば、暗示を解くこともできるということだ。

 つまりは、素蛾の潜在意識の意思によるのだ。

 

 もっとも、いまのところ、素蛾の意思の強さが暗示を解くことを邪魔している。

 いまだに、素蛾の潜在意識を暗示を解く方向に傾けることができない。

 つまり、こうやって摩雲城を乗っ取るという行為は、素蛾が朱姫を独占したいという欲望に繋げられているのだ。

 また、素蛾はそうしなければ、いつかは自分は朱姫たち四人から離れなければならないという脅迫観念を抱いてしまうようにされているのだと思う。

 さらに、おそらく元々の素蛾の心の潜在意識に、ほかの四人に比べて自分があまり役に立たないという劣等感があったみたいだ。

 それが、この乗っ取りの動機づけとされている。

 

 即ち──。

 自分は五人の中で大して役に立たない……。

 

 事実、今回の迎撃作戦でも、ひとりだけ、なにもすることなく留守番になった……。

 この戦いが終わった後、役に立たなくなった素蛾は、故郷の王国に送り返される可能性がある。

 それは、素蛾がいなくても、宝玄仙や朱姫は問題がないからだ……。

 

 それを防ぐためには、この摩雲城を乗っ取り、宝玄仙たちを監禁する手筈を整え、追いかけてこられないようにしてから、朱姫を奪えばいい……。

 

 脈絡のない論理だが、これを繰り返し暗示されて、心に刷り込まれているのだ。

 だから、その手段の第一として摩雲城を乗っ取った。

 やっとそこまではわかった。

 しかし、まだなにかを企てようとしている気配だ。

 だが、そのためにどういうことをやろうと考えているということまではわからない。

 素蛾に与えられている強い暗示の奥にまだ隠されているのだと思う。

 

「ねえ、そんなことよりも、素蛾を罰してくれないのですか、朱姫姉さん? 素蛾はこんなに悪いことをしたんですよ」

 

 素蛾が未成熟の股を大きく開いた。

 朱姫はまたもや嘆息した。

 素蛾が朱姫が説得しようとすればするほど、頑なに、悪いことをしたから罰してくれという言葉を繰り返す。

 おそらく、これも暗示によるものだろう。

 

 素蛾の被虐癖を活用して、悪意に関する気持ちを極端に弱められている。

 それが素蛾の心の中の仲間への裏切り行為への抵抗を消失させているのだと思う。

 

「お蘭は死んだわ……。ご主人様たちから連絡が入った。死んだのよ……。お前がなにを考えていたかわからないけど、死んだの──。だから、もう無駄なのよ。ねえ、この足首の鎖を外して? そうだ。愛してあげる。これを外してくれたら、いっぱい、いっぱい愛してあげるから」

 

 朱姫は怒鳴った。

 すると、素蛾は少しだけ寂しそうな表情になった。

 

「まだ、そんなことを言うのですか、朱姫姉さん……。きっと、それは素蛾がまだ悪いことをし足りないのですね。じゃあ、こうしてあげます。じっとしてください、朱姫姉さん。命令です」

 

 素蛾の「命令」という言葉で、一瞬にして朱姫の裸身は凍りついた。

 

「ひいっ──。なに──?」

 

 朱姫は寝そべっている素蛾の足元に座っていたが、まったく動けなくなった。

 素蛾は寝台を降りて荷物置き場に向かい、なにかを始めた。

 だが、それは朱姫の視線の後ろであり、動くなという命令を与えられた朱姫には見えない。

 

 やがて、素蛾が戻ってきた。

 素蛾が持ってきたのは双頭の張形だった。

 半分を女の股に挿すと、女の股間に男性器が生えたようになり、それで女同士で愉しむという淫具だ。

 動けなくなった朱姫の股間にゆっくりと素蛾がそれを挿入し始めた。

 

「うっ、くっ」

 

 朱姫は挿入とともにやってくる甘美感に思わず身体をのけぞらせた。

 達したばかりで敏感になっていた身体に、再び強い快感が襲う。

 そのとき、朱姫には素蛾が反対の手に小壺を持っているのが見えた。

 素蛾が朱姫の女陰に挿入している側にはその小瓶からすくった粘性の薬剤がたっぷりと塗られている感じだ。

 

「な、なにを塗ったの……?」

 

 はっとして朱姫は声をあげた。

 そして、すぐに始まった異様な感触に歯を食い縛った。

 ぞわぞわとした痒みが股間から拡がる。

 

「か、痒い……」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 

「つまらないことばかり喋る朱姫姉さんにはこうしてあげます。痒くて死にそうになるご主人様の薬です。それをたっぷりと塗ってあげました。さあ、命令です。朱姫姉さんはそれを許可なく抜いてはいけません」

 

 素蛾が愉しそうに笑いながら、さらに双頭の張形が貫いている朱姫の股間の周りに薬剤を塗り込んでいく。

 しっかりと肉芽にも何度も重ね塗りをされた。

 朱姫はおぞましさと、すぐに襲ってきた強烈な痒みに顔をしかめた。

 だが、動くなという命令で身体は動かない。

 

 そして、素蛾が今度は朱姫の背後に回った。

 なにかがお尻に当たったと思った。

 すぐに冷たいものがお尻の中に注ぎ込まれる感触が襲った。

 

「ひうっ」

 

 それはあっという間のことだったが、かなりの量の液体が流れ込んだ気がする。

 

「な、なにを入れたのよ──?」

 

 朱姫は驚いて怒鳴った。

 素蛾はいつの間にか、長細い革状の袋を持っていたのだ。

 

「ご主人様の浣腸剤です。浣腸袋の霊具で注入しました。薬剤は薄めずに使いましたから、すぐに効いてきます……。じゃあ、行きましょうか……」

 

 朱姫から離れた素蛾が口元を押さえてくすくすと笑った。

 そして、朱姫の首に首輪を巻いた。

 その首輪には鎖がついていて、その先を素蛾が持っている。

 

「い、行くって、どこによ──?」

 

 驚いて叫んだ。

 

「廊下に行くんです。部屋の外に行きますよ、朱姫姉さん……。このくらい悪いことをすれば、朱姫姉さんも素蛾のことを罰してくれますよね」

 

 素蛾が笑った。

 そして、鎖を引っ張られる。

 愕然として抵抗しようとしたが、ついてこいという「命令」を与えられてしまい、朱姫は素蛾に引かれて歩かざるを得なくなる。

 

「ま、待って、裸で──? は、恥ずかしいわよ──。しかも、こんなもの挿入して──」

 

 朱姫の裸身には股間から勃起した男性器の張形がそそり勃っている。

 

「わたくしは、ちっとも恥ずかしくはありません。朱姫姉さんと一緒ですし……」

 

「あたしが恥ずかしいのよ──」

 

 朱姫は言った。

 しかも、歩くと股間に挿入されている張形が擦れる。

 さらに、強い便意も襲ってきた。

 さらに、張形に塗られている薬剤が朱姫に本格的な痒みまでもたらしてくる。

 

 張形の疼き──。

 股間の痒み──。

 強い便意──。

 首輪で引かれる屈辱──。

 そして、裸身をさらけ出す羞恥──。

 

 五重苦に朱姫は泣き声をあげた。

 だが、素蛾は容赦なく扉を開いて部屋の外に朱姫を出してしまった。



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797 謀反の契り

 御影(みかげ)は多少は苦心したものの、なんとか美小淋(びしょうりん)の下着を口だけで膝までおろすことに成功した。

 そこからの続きについては、美小淋が自分で下着をおろして足首から取り去った。

 

「後ろを向けて、お尻を突き出してよ」

 

 御影の言葉に美小淋は愉しそうに跪いている御影の顔に尻を向けるようにした。

 淫らに口を開いた美小淋の女陰はすでに蜜が溢れるばかりのようだった。

 御影はその濡れた花弁ではなく、美小淋の豊かな尻を亀裂に沿って舐めあげた。

 

「ふああっ」

 

 美小淋が大きな声を漏らした。 

 目の前の股間からさらに蜜が流れ出したのがわかった。

 媚薬の香の影響もあるのだろうが、すごい状態だ。

 美小淋の股から漏れ出ている蜜は太腿の内側を濡らすだけではなく、さらに内腿を伝って膝近くにまで垂れ落ちている。

 

 御影は美小淋の臀部の割れ目を繰り返し舐めた。

 特に菊門については執拗に舌で刺激し、尻の穴に舌をほじ入れるような仕草をした。

 美小淋は明らかな身体の震えを醸しだし、大きく鼻を鳴らして御影の顔に尻全体を押しつけるようにしてくる。

 御影は肛門を中心としていた舌の動きをさらに舌先を尖らせて、今度は濡れた股間を押し割った。

 

「あはあああっ」

 

 美小淋は深い嘆息とともに、さらに豊かな蜜を噴き出させた。

 御影はそのまま舌を這わせていく。

 

「尻を自分で大きく開きなさい」

 

 御影は口を一度離して言った。

 

「恥ずかしいわ」

 

 美小淋はくすくすと笑いながら、自ら尻たぶを掴んで左右に押し拡げる。

 御影は尻穴と女陰、そして、その先端の肉芽を舌先で繰り返し往復した。

 

「ああ、ああ、ああっ」

 

 美小淋が奏でる嬌声が甲高いものになった。

 御影は手が遣えないもどかしさをぶつけるように一層荒々しく舌を動かした。

 

 一度昇天させてやるか……。

 御影はそう思って、舌を粘膜の内側に滑り込ませた。荒々しく舌でかき回す。

 

「うふうううっ」

 

 美小淋が前屈みの身体を大きくのけ反らせた。

 しかし、舌を突き入れていた美小淋の股間がすっと離れてしまった。

 

「も、もう我慢できないわ……。来て、御影……」

 

 美小淋が執務用の卓の上に裸身を乗せた。

 卓はかなり広い。女が寝ころぶのに十分な大きさだ。

 美小淋は卓に仰向けになり、大きく脚を開いた。

 御影は苦笑しながら、後手に拘束されたまま卓によじのぼる。

 そして、硬直しきった怒張を美小淋の股間に一気に滑り込ませた。

 

「んんんっ──」

 

 美小淋の口からか細い女の声が漏れ出た。

 律動を始める。

 

「ああ、いいっ、いいいっ──」

 

 美小淋は引きつったような声をあげた。

 そして、大きく腰を降り出した。

 まるで上になっている御影の怒張を下になっている美小淋の膣が擦り動かしているかのようになった。

 美小淋の腰が突き出たかと思うと、ぐいと搾りながら引いていく。

 そうかと思うと、さらに突き出てくる。

 御影も負けじと一回ごとに角度を変えるように動かしてやる。

 美小淋が常軌を逸したように髪を振り乱した興奮状態を表すようになるまで幾らもかからなかった。

 

「も、もっと滅茶苦茶にして──。御影、あなたが好き──好きよ──」

 

 美小淋が感極まったように叫んだ。

 御影は突き出してきた美小淋の腰に合せて、今度は大きく腰を引いた。

 そして、ほとんど抜けてしまうかのようになった幹を美小淋が腰を戻すのに合せて思い切り突き出す。

 一気に美小淋の子宮口付近まで御影の幹の先端が達したのを感じた。

 

「うはああっ」

 

 美小淋はがたがたを身体をわななかせると、泣くような声を出した。

 御影はさらに二度、三度と同じ動きをした。

 美小淋は苦悶の表情をして獣のような咆哮をあげると、腰を突きあげたまま硬直したように数瞬静止した。

 

 かなり激しく達したのは明らかだ。

 美小淋の眼は白目を剥いたようになって、今度は身体を大きく揺らした。

 やがて、断末魔のような声をあげて、身体全体をがっくりと卓に寝かせてしまった。

 御影はそんな美小淋に思い切り精を放った。

 

 美小淋はおこりが起きたように震え続けている。

 精を放ち終わった御影は、ゆっくりと肉棒を抜いた。

 

「これで終わりだなんて思っていないでしょうね、美小淋?」

 

 御影は笑いかけた。

 すると、身体の下の美小淋が畏敬の念に打たれたような表情になった。

 美小淋の両手が御影の腰を抱くように動く。

 その美小淋の両手から霊気が流れ出るのを感じた。

 拘束をされていた道術封じの枷が音を立てて卓に落ちた。

 御影は後ろを向いてそれを拾いあげた。

 

「さあ、次はお前の番よ、美小淋」

 

 御影は美小淋の身体を抱き起して、腕を背中に回させた。

 美小淋は抵抗しなかった。

 ただ上気した顔で荒々しく息をしながら、恥ずかしそうに顔を赤らめただけだ。

 

「そ、それを嵌めたら、今度はわたしが危機に陥るわ……。ここであなたに殺されるのかも……。さっきの仕返しに……」

 

 美小淋が御影に微笑みかけた。

 御影はその美小淋の両手首に道術封じの手錠をしっかりと装着した。

 

「犬のように膝を立てて床にうつ伏せになりなさい、美小淋──。後ろから犯してあげるわ」

 

 御影が言うと、美小淋は後手に拘束されたまま床におりて、尻を高く掲げた姿勢になった。

 御影は美小淋の背中から豊かな乳房を掴むと、それを揉みほぐしながら、すでに三度目の射精に向けた勃起を果たしている肉棒で美小淋の股間をゆっくりと貫いた。

 

 

 *

 

 

「起きないの、美小淋……?」

 

 御影は床の上に仰向けに横になったままの美小淋に笑いかけた。

 すでに御影は服装を整えている。

 それに比べて、美小淋はまだ汗びっしょりの裸身のままだ。

 

「う、動けないのよ……。や、やな人……」

 

 美小淋は下から御影に笑いかけた。

 淫行の道具に使った道術封じの枷は、すでに外して御影が卓の上に置いている。

 

「じゃあ、そのままでいいわ。影女を大王の前に連れて行くのは明日でいいのね?」

 

 御影は苦笑しながら、卓を裸の美小淋の横に持ってくると美小淋を見おろしながら言った。

 

「一応、明日ということになっているわ……。まあ、あの男のことだからいつでも大丈夫よ……」

 

 美小淋が荒い息で乳房を上下させながら言った。

 御影は少し考えた。

 

 牛魔王の情報はすぐに届くだろう。

 お蘭の意識による最後の戦場の状況を考えれば、混乱していた牛魔王軍が雷音院に報せを送ろうとするのに、かなりの時間がかかりそうだった。

 それでも今日の夜には間違いなく届く。

 美小淋のことだから雷音大王への情報は自ら制限するのだろうが、さすがに牛魔王の死を押さえることはできないだろう。

 そうなると、雷音大王も影女という北方帝国の貴族美女どころではなくなる可能性もある。

 それまでにすべてを終わらせたい。

 

「ならば今日の夕方……。それと影女との面会が終わるまで、牛魔王の死の報告はお前で押さえてくれる、美小淋?」

 

「て、手配するわ……」

 

 美小淋はうなずいた。

 そして、裸身を起こした。卓に裸の尻を乗せて、御影に向き合うようにした。

 

「それと、影女との面談のときには、孫女を侍女役とするようにして欲しいのよ」

 

 御影は言った。

 孫女というのは、女人国の性奴隷の集団に混ぜて、御影が潜入させた孫空女の偽者だ。

 ただし、特殊な道術により完全な御影の操り人形になっている。

 大王が気に入っている側女のひとりだ。

 

 後宮における大王には、決まった侍女はいない。

 大勢いる側女が身の回りを交代で世話をするのだ。

 大王はあられもない恰好で側女たちに自分の世話をさせるのが好きなのだ。

 後宮で影女と会うということになれば、雷音大王は側女の誰かにその接待の世話をさせるはずだ。

 

「孫女を?」

 

 美小淋が眉間に皺を寄せた。

 孫女の真の役割を美小淋は知っている。

 わざわざ孫女を指名した意味を理解したのだろう。

 美小淋は考える仕草になった。

 

「……わかった……。ただし、条件があるわ」

 

 やがて、美小淋が御影に言った。その眼元は真剣だった。

 

「……事が終われば、わたしを大王の皇妃とすること──。それを忘れないこと」

 

 美小淋は言った。

 

「問題ないわ」

 

 御影は言った。

 それは以前からの約束だった。

 

「第二に、あなたと結婚の儀を結んでもらう……。その約束をしてもらうわ。いまここで」

 

 美小淋は言った。

 これには御影は驚いた。

 

 結婚の儀というのは道術契約のひとつであり、男女の魂を重ね合わせて夫婦というひとつにするという霊気の縛りだ。

 これを交わせば、魂が結びついてしまい両者は離れられなくなる。

 一生だ──。

 心を離れさせようという意思が消滅するのだ。

 

 道術契約を結べば、美小淋は一生、御影の妻ということだ。

 二度と離れられなくなる。

 結婚の儀とはある種の操り道術といえなくもない。

 それにより、心の自由の束縛を受けるからだ。

 

「……大王の皇妃となるお前が、あたしと結婚の儀? それは不義もいいところじゃないの?」

 

 御影は笑った。

 

「それは表向きよ──。わたしは一生あなたに添い遂げるつもりよ──。それとも、その気がない?」

 

 美小淋が試すような表情をした。

 だが、御影はその視線の奥にある美小淋の厳しい表情に気がついた。

 

「まさか──。もちろん、問題はないわ──」

 

 御影は慌てて言った。

 無論、問題は大ありだ。

 なによりも、御影はこんな亜人女と結婚の儀を結んで、魂を混ぜ合わせるということをしたくない。

 こんな亜人女など使い捨てだ。

 ただ利用しやすかったから使っているだけだ。

 

「……問題はないけど、大王との婚姻の儀のときに、ほかに道術による結婚の結びを交わしていないかどうかの霊気審査があるわ。そのときに、すでにお前がほかの男と結婚の儀を結んでいてはまずいわ」

 

 御影は咄嗟に言った。

 それは事実だ。

 

 大王が正妃を迎えるとなれば、それなりの正式の儀礼が幾つもある。

 その中には、妃となる美小淋に対するさまざまな資格検査というものもある。

 当然、美小淋の魂が結んでいるすべての霊気契約は調べられる。

 そのときに、すでに結婚の儀を結んでいるなどということがあっては、大王の正妃になるのは不可能になる。

 

「わかっているわ。だから、ここでかわすのは通常の道術契約でいいわ。あなたの計画が成就した後、わたしとあなたは結婚の儀をかわす──。ここでそれをしてくれれば、わたしはあなたの道具になって、あなたの野望を手伝うわ」

 

 美小淋は言った。

 それならば問題はない。

 

 結婚の儀を結ぶまでは、御影の魂は自由意思を失わなくてすむ。

 ただ、野望成就のときに、結婚の儀の誓いをすることから逃げられないだけだ。

 また、結婚の儀とは異なり、通常の道術契約ならいくらでも資格審査の時にも誤魔化せる。

 契約を結んでいることはわかるだろうが、その内容まではわからないからだ。

 

 御影は片手を出した。

 美小淋が卓からおりて、その手に自分の手を重ねる。

 

「あたし御影は、大願成就の末には、この美小淋と結婚の儀を結ぶことを約束する」

 

「わたし、美小淋はそれを受け入れるとともに、御影の大願成就に協力することを誓う」

 

「結ぶ」

 

「結ぶ」

 

 お互いの霊気が強く絡み合い、御影の心を拘束したのがわかった。

 道術契約は両者の契約行為だ。

 どんな者でも、お互いの完全な同意がなければ、道術契約を解除はできない。

 これで、御影の野望が成し遂げられたときには、御影は絶対に美小淋と結婚の儀を結ばなければならなくなった。

 一方で、美小淋は絶対に御影を裏切れない。

 道術契約で誓ってしまったからだ。

 美小淋がにっこりと笑った。

 

「これでわたしとあなたは完全な共犯者ね」

 

 美小淋は満足そうだった。

 御影はうなずいた。

 

「……ところで、わたしも最終的な踏ん切りがついたわ。わたしのところに牛魔王の死が伝わると同時に、雷音院の近習のうち牛魔王派の筆頭五人を獄に繋ぐことにするわ」

 

 美小淋はさらりと言った。

 

「罪状は?」

 

 御影はなんとなく訊ねた。

 すると、美小淋は面白い冗談でも耳にしたかのように声をあげて笑った。

 

「あなたも青いことを口にすることがあるわね。この雷音院で後ろ楯の力を失った政敵を捕縛するのに、罪状が大事とは思わなかったわ。連中の罪は牛魔王という男を担いだことよ。まあ、実際には謀叛を企てたとでもしておくわ。証拠なんか必要ないし」

 

「そうね。確かに、罪状も証拠も重要ではないわね」

 

 御影は言った。

 重要なのは、美小淋が牛魔王の死の機会を利用して政敵を一度に排除し、この雷音院の権力を完全に握ろうとしているということだ。

 そうなれば、もはや、雷音院における美小淋の権力はまったく揺るぎのないものになるだろう。

 

「わたしにしても、あなたにしても、明日の朝までにすべてが終わるわね」

 

「確かに」

 

 御影は頷いた。

 

「ところで、あなたには一応は、正式に届けてある妻がいるわね。もちろん、結婚の儀は結んでいなかったようだけど」

 

 正式に届けてある妻というのはお宝のことだ。

 雷音院には、御影の正妻ということで届けてある。

 雷音大王の近習や側近などの家臣には結婚はすべて大王の許可がいる。

 だから届けてある。

 

 それに、御影が作った生命体とはいえ、途方もない霊気を帯びた存在だ。

 御影を裏切らないためにも、正式の妻だという立場を与えることが必要だった。

 さもないと、いくら洗脳しているとはいえ、宝玄仙と同じ魂を持っているあの女はどんな暴走をするかわからない。

 

 いまは、お宝は御影の正妻だという保障があるから、絶対に裏切ることはない。

 美小淋がお宝と御影になんの関係もないと安心したのは、いまの道術契約が成立したからだ。

 もしも、すでに御影が誰かと結婚の儀を結んでいれば、美小淋と結婚の儀を結ぶという道術契約は、御影の魂が受け入れず拒否されてしまう。

 

「お宝のことね?」

 

 御影は言った。

 

「あれを早急に処分してくれる? わたしとの約束の証として──」

 

「処分?」

 

「殺して──。それが雷音大王を裏切るわたしの条件よ」

 

 美小淋が強い視線で御影を睨んできた。



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798 裏切りの連鎖

 美小淋(びしょうりん)が部屋を立ち去ると、御影は後宮にある自室の机の後ろの壁を数回軽く叩いた。

 すると、そこに隠し扉が現れて、鳴智(なち)が外に出てきた。

 

「お愉しみでしたね」

 

 相変わらずの感情を押し殺したような口調で鳴智が言った。

 美小淋との逢瀬で御影に危機が訪れるようであれば、外に出てきて救出するように「命令」をして待機させておいたのだ。

 なんだかんだで御影は、鳴智ほど役に立つ者の存在を知らない。

 この女の暗殺術、謀略術はかなりのものだ。

 元はただの貴族少女とは思えない。

 

 もともと、そのような仕事をこなす天賦の才能があったのだと思うが、それが闘勝仙という悪党に鍛えられ、さらに御影に捕まって多くの経験を積んだ。

 いまや、女暗殺者としても工作人としても玄人中の玄人だ。

 そして、鳴智の首には、御影を「主人」と刻む『服従の首輪』がある。

 その首輪の力によって、御影に絶対服従であることと、御影のためにならないことを絶対にやらないように命じている。だから信用できる。

 ある意味、御影はこの鳴智に絶対的な信頼を寄せていた。

 

「……それと結婚をついに決意されたんですね。おめでとうございます」

 

 さらに言った。

 このときは、鳴智の頬が少しだけ小馬鹿にしたように緩んだ気がした。

 

「あんな亜人女と結婚する気なんかないわ。あんなのは方便よ」

 

 御影はさらりと言った。

 

「でも、道術契約をしたじゃないですか」

 

 美小淋との結婚を否定した御影に、鳴智が少しだけ意外だという表情になった。

 

「それよりも床を掃除しなさい、鳴智。ここは侍女を送り込めないから困るのよね。大王の側女を侍女代わりに連れてくればいいんだけど、まさかここで女と抱き合っていた痕を見られるわけにはいかないしね。大王に告げ口でもされたら面倒だわ」

 

 御影はこの執務室にある卓の前の椅子に座ると、引き出しから布を取り出して床に放った。

 それを受け取った鳴智が四つん這いになって床を拭き始める。

 床には、美小淋と御影の淫行の残痕がたくさん残っている。

 

「冷酷な女暗殺者が、そんな風に床に這いつくばって、男女の精を拭くなんていうのはいい眺めね。お宝がここにいたら、すぐに布じゃなくて、舌で掃除しろとくらい言い始めそうね」

 

 御影は床の掃除を続ける鳴智に向かって笑った。

 

「なんでも命令したらいいでしょう……。わたしには逆らえないんだから」

 

 鳴智が少しだけむっとした顔で言った。

 そのあいだも手は動き続けている。

 この女はいつも感情を押し殺している。

 鳴智が感情を曝け出すのは、いまのように腹をたてたときや、被虐責めに遭っているときくらいだ。

 だから、御影も好んで鳴智をいじめるのかもしれない。

 

 しかし、この女を絶対的に信頼していることは確かだ。

 『服従の首輪』や新しく作らせた『服従の鎖』のような霊具作りくらいしか使い道のないお宝なんかよりも、この鳴智はずっと重要な仕事を簡単にやってのける。

 

「……いずれ、美小淋はお前に始末してもらうわ。いまはまだいいけどね……。結婚の儀をしてしまえば、美小淋が生涯の伴侶だとあたしの心が縛られるから、それはできなくなるけど、道術契約なら別よ。結婚の儀の前に契約の相手が死んでしまえば、結婚の儀はできないわ」

 

 御影は床を拭いている鳴智の背に向かって言った。

 美小淋と道術契約を結んだ瞬間に、美小淋を最終的には処分することを考えた。

 道術契約というのは道術遣い同士の魂の結びつきであり、その死によって約束した刻みから逃れられるわけではないが、相手が死んでしまえば結婚の儀はできない。

 それに比べれば、美小淋は、御影の野望に協力すると道術契約をしたので、御影の大願成就まで美小淋は裏切ることはない。

 だから、まだ生かしておいていい。

 あの女もしばらくは役に立つ。

 

「あら? 美小淋をすぐに暗殺しろと命じるわけじゃないんですね? そうするものだと思っていましたけどね。お宝を処分するように美小淋から要求されたし……」

 

 鳴智が皮肉な表情を浮かべて立ちあがった。

 床はきれいになっている。

 だが、御影はなんとなくだが、鳴智には隠していることがある気がした。

 この鳴智とも長い付き合いになってきた。

 無表情だが考えていることは少しはわかるのだ。

 御影は小さく嘆息した。

 

「いまの指示に関連することで知っていることを言うのよ……。命令よ」

 

 鳴智の口が開いた。

 「命令」をすれば、この鳴智は黙っていようと思っていることでも、口を開かざるを得ない。

 だが、そうされない限り、この鳴智は絶対に御影の不利になることでも黙っている。

 その態度は本当に頑なだ。

 もっとも、その原因を作ったのは御影だ。

 

 鳴智の首にある服従の首輪の性能を試すために、鳴智の夫だった桃源(とうげん)を殺させたのだ。

 あんな役立たず、鳴智としても死んでほっとするのではないかと思ったものだったが、それにより、鳴智は完全に心を閉ざしてしまった。

 しかし、当時の桃源は御影から見ても、目に余るほどの体たらくだった。

 魔域で囚われとなった不安を酒に逃げ、そして、御影に重用される鳴智におかしな八つ当たりをするだけの迷惑な男だった。

 

 しかし、あんな男を鳴智は大事に思っていたのだろう。

 これほどの女がこんな男にとも思ったが……。

 

 とにかく、それ以来、鳴智の扱いは本当に困っている。

 だが、鳴智を処分することはできない。

 こんなに有用な部下は御影もほかに知らない。

 

「……美小淋を始末すること自体は難しいことではありません。でも、あの女宰相は馬鹿ではありません。あなた方の周辺にひそかに手の者を配置しています。そして、見張らせています。また、もしも、美小淋が不慮の死を遂げれば、すぐに、あなたの悪事が雷音院で明らかになるような処置もしています。告発の映像を霊具に刻んで、それをある場所に隠しているのです」

 

 鳴智が言った。

 御影はびっくりしてしまった。

 

「な、なんですって?」

 

 慌てて周囲を見回した。

 この会話も美小淋に知られたのか──?

 

「さすがに後宮は大丈夫ですよ……。美小淋もここには手の者は送り込めません。ここは雷音大王の聖地のようなところですから……。でも、あなたの屋敷や雷音院の執務室……。そういう場所に美小淋は手の者や監視の霊具を置いています」

 

「監視の霊具が?」

 

「目障りなのは排除しましたけどね。いずれにしても、あの女はしたたかですよ。あの女自身は道術契約で裏切らないと約束したかもしれませんが、すでに彼女の意を汲んで動く者があなたに配置されているんです。そして、その者は、おそらく美小淋の指示を仰がずに行動します。つまり、そういう指示を与えられているんです──」

 

「ちっ、あの売女が……」

 

 御影は舌打ちした。

 

「要はあなたと似たようなことをあの美小淋もしているということです。美小淋が結んだ道術契約もあなたの大願成就に協力するというものですが、あなたが死ねば、やはり、意味のないものになります……」

 

「同じようなことを考えているということね……」

 

「まあ、この際、そのまま結婚の儀を結んだらどうですか? わたしが観察している限り、あの女はあなたが裏切らない限り、裏切らないと思いますよ。ただ、あなたが裏切れば、それも辞さないだけです。あなたと美小淋が結婚の儀を結んで、お宝が口惜しそうな顔をするのを想像するだけで、わたしは喜びます」

 

 鳴智がわざとらしく笑った。

 その笑い方は、意図的に御影を不快にさせようとしている感じだ。

 御影はむっとした。

 

「……下袍を下着を脱いで、こっちにおいで……。命令よ」

 

 御影は言った。

 鳴智がぎょっとした表情になった。

 だが、すぐにそれを無表情の仮面に押し隠した。

 

 鳴智がその場で下袍と下着を脱いで床に置く。

 持っていた布も放した。

 そして、上半身だけに服を身に着けているという破廉恥な恰好で、卓を回り込んできて、御影の前に立った。

 

「股を開きなさい。そのまま動かないのよ……」

 

 すっと開かれた鳴智の股間に御影は指を伸ばした。鳴智の肉芽を探して柔らかく揉んでやる。

 するとすぐに鳴智の陰核は大きく膨らんで勃起してきた。

 

「あっ……な、なんのために……こ、こんなこと……」

 

 顔を上気させた鳴智が恥辱に顔を歪めた。

 

「なんのためかしらね……。考えてみれば、お前とも長いけど、まともに性交だけはやっていない気もするわね。珍棒は何度も奉仕してもらったけどね……。お前のような扱いにくい性格の人間族の女を飼っておくよりも、さっさと性交して、お前の影法師を作って仕事をさせておいた方がいいんじゃないかしら……」

 

「うっ、くっ、ああ……」

 

 あっという間に鳴智の股が濡れてくる。

 御影は鳴智野又を愛撫しながらくすくすと笑った。

 

「ふふふ……。そうすれば、お前の暗殺術の能力はその影法師が持つし、しかも、あたし自身だから、さっきのように、大事な情報を握っているのに、意地悪して教えてもらえないなんてこともないしね……。そのときは、お前なんて用無しよ。さっさと殺してしまおうかしら……」

 

 御影は鳴智の股間を刺激しながら言った。

 

「だ、だったら、さっさと殺せば……い、いいじゃ……な、ないですか……。あっ、ああ……」

 

 鳴智が声を震わせながら言った。

 また、必死になって喘ぎ声を出すのを耐えようとしているようだ。

 だが、御影も女を相手の手管は一流だ。こんな女を達しさせるのにそんなに時間は必要ない。

 鳴智の股間はあっという間に蜜が溢れるほどになった。

 御影はその女陰にすっと指を入れる。

 そして、膣の中の手前の土手の部分を強く擦ってやる。

 

「あっ、あああっ──」

 

 すぐに鳴智がぶるぶると身体を震わせて膝をがくりと落とした。

 

「他愛ないものね」

 

 御影はわざとらしく侮辱して、鳴智の股間から指を抜いた。

 その指を鳴智の頬に擦りつけて拭く。

 鳴智の顔が恥辱に歪むのがわかった。

 

「お前を犯したいけど、美小淋を相手に三度も精を出しちゃったから難しいわね……。今度にするわ。殺すのもね……」

 

 御影は言った。

 そして、また鳴智の股間に手を伸ばす。

 再び肉芽をゆっくりと擦っていく。

 さすがに、鳴智がはっとした表情になった。

 

「……今日中に美小淋があたしの周辺に配置しているものは処分しなさい。命令よ。お前のことだから、すでに手は打っているんでしょう? それと美小淋が隠している告発の道具というのもなんとかしなさい。いいわね……」

 

 御影は鳴智の股間を刺激しながら言った。

 今度はすぐに達してしまうような刺激ではない。

 だが、鳴智の息を荒くするには十分な愛撫だ。

 

「あっ……はあ……で、でも、び、美小淋は妹の身体に……告発球を隠している……んっ……ああ……です……。道術なんで……わ、わたしには……」

 

 鳴智が吐息混じりの声で言った。

 

「身体の中に……?」

 

「え、ええ……」

 

 鳴智がうなずいた。

 体内に物を隠すというのは、道術としては特殊な部類に入る。

 それができる道術遣いは多くはないだろう。

 だから、隠し場所としては有用なのだ。

 御影自身もそれを取り出す能力はない。

 道術遣いでもない人間族の鳴智には不可能だ。

 

「お宝に……。いえ、無理ね……」

 

 お宝は、宝玄仙と同じだけの霊気を持つものの、お宝の道術はかなりの制限がある。

 他人の体内に手を入れるというのは一種の攻撃道術にもなる。

 他人をそれで傷つけることができるからだ。

 だから無理だと思う。

 御影は咄嗟にはどうすればいいか思いつかなかった。

 

「どうすればいいと思う?」

 

 御影は何気なく鳴智に訊ねた。

 

「ほ、宝玄仙の供に……しょ、朱姫というのがいます……。そ、それを捕えてきて、やらせれば……、ああ、ああ……、ああ……」

 

 鳴智には、お蘭の影法師としてやった摩雲城の工作について承知させている。

 だから、朱姫が素蛾の操り状態に陥っているという状況を承知しているのだ。

 

「朱姫はその道術が遣えるの?」

 

 御影は知らない。

 宝玄仙たち一行の旅について、ずっと調べさせていたのは鳴智だ。

 しかも、鳴智は訊ねたこと以外に絶対に喋らず、進んで説明するということがないので、自然と御影も宝玄仙たちについて最小限度の知識しか得られないということになる。

 

「うっ、くっ、遣えます……。も、もちろん、宝玄仙も遣えるとは思いますが、宝玄仙は危険です……。あっ、はっ、ああっ、宝玄仙に手を出した者はすべて最後には不幸な結果に陥っています……。と、ところで……、そ、そろそろ、ご、ご勘弁を……」

 

 鳴智は喘ぎながら言った。

 会話のあいだ、ずっと御影の指は鳴智の股間を愛撫している。

 鳴智は、上気した顔にかなりの汗をかいていきた。

 股間をいじられながら、喋らせられるのが屈辱そうだ。

 御影は、鳴智の肉芽を激しく擦ってやった。

 

「あぐううっ」

 

 鳴智の身体がぴんと伸びて、大きな嬌声がその口から迸る。

 

「お前はあたしが宝玄仙に手を出すのに反対なの? もういいわ。これ以上すると、淫乱なお前は達しそうだし、そこまでご褒美をあげる理由もないわね」

 

 御影は指を離した。

 多分、昇天する寸前だったと思う。

 そこでやめたことで、ちょっとだけ鳴智が口惜しそうな顔になった。

 しかし、すぐに真顔で感情が隠れる。

 だが、まだ息は荒い。

 

「き、危険だと申しあげているだけです……。それに、正直にいえば、なぜ、あの宝玄仙にあなたが執着なさるのかわかりません。もう、放っておけばいいのでは?」

 

 鳴智は言った。

 だが、御影は鼻を鳴らした。

 御影自身も宝玄仙に固執する自分の感情はわからない。

 確かに、鳴智の言うとおりに、宝玄仙に関わる意味はないのだ。

 宝玄仙の魂から分離された“ふたつの宝”を手に入れることは重要だが、それと宝玄仙自身を捕えることは別だ。

 

 それはわかっている。

 だが、御影は宝玄仙を手に入れたい。

 

 あの女を牢に繋ぎ、思うのまま犯して苛め抜く……。

 それを想像しただけで全身が愉悦に震える──。

 意味のない執着──。

 そう評価されれば、その通りなのだろう……。

 しかし、御影は宝玄仙への執着を捨てられない。

 

 どうしてもだ──。

 

「なるほど……。まあいいわ。そっちはすぐに手を打たなくても……。すぐに美小淋を始末するわけじゃないしね……。でも、見張られているのは不愉快よ。それはすぐに処分しなさい」

 

「は、はい……」

 

「それと……」

 

 御影は卓の引き出しから、一個の小瓶を取り出した。

 

「……これは、どんな道術遣いでも、一定時間、霊気が麻痺して道術が遣えなくなる薬よ。道術遣いなら全身も弛緩してしまうわ。この道術封じの枷も持っていきなさい──。お宝を処分しておいで──。殺す必要はないわ。ただ、無力化して、屋敷の地下牢に監禁すればいい……。どんな風に扱うかはお前に任せる……。ただし、あたしが命じたということは秘密にしなさい。もしかしたら、まだ使い道があるかもしれないから……」

 

 御影は鳴智にその小瓶と卓の上にあった道術封じの枷を押しやった。

 鳴智が大きく目を見張った。



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799 “宝”と“玉”

「……お前に命じてある“お宝の言葉に従え”という命令を解除する──。いいわね──。抜かりなくやりなさい──。あの女は、あれでも宝玄仙と同じだけの力があるのよ。油断するんじゃないわよ」

 

「お、お宝を見捨てるのですか……?」

 

 鳴智がびっくりしている。

 

「見捨てる? あんなのは最初から道具よ──。すぐに美小淋をなんとかできない限り、お宝を処分するしかないでしょう。なにしろ、お宝を始末するのは美小淋の要求だしね」

 

 御影は笑った。

 鳴智が少しだけ畏怖におののいた表情になったが、すぐににっこりと笑った。

 

「……あなたに指示を受けてやる仕事の中で、これは一番に愉快そうな仕事です」

 

 鳴智が口元を緩めたまま言った。

 

「……そうでしょうね」

 

 御影も苦笑した。

 

「……それから、ついでに、娘に会ったら殺せという命令も解除しておくわ。会ってきなさい。ただし、あたしを裏切った場合は躊躇なく殺しなさい。その命令に変更しておく──」

 

 すろと、今度こそ鳴智の顔は驚愕の表情になった。

 そして、身体が小刻みに震えだした。

 

「……い、いいんですか……? いいんですね……」

 

 やがて言った。

 その声は興奮で震えていた。

 

「お前とは仲良くやる方が有用だと思い直したわ──。だけど、お前の娘をどこに隠しているのか、あたしも知らないわ。お宝を拷問して聞き出すといいわ」

 

「あ、ありがとうございます──。ありがとう──」

 

「行きなさい──。時間が惜しいわ。あたしは、明日の朝には屋敷に戻るわ──。それまでに、美小淋の手の者とお宝のことは終わらせておきなさい……。もう動いていいわ。服も身につけていい」

 

 御影の言葉が終わるとともに鳴智がさっと動いた。

 床に放置されていた下着と下袍を身に着けると、さっきの小瓶と枷を掴んで隠し扉から出ていく。

 そこには、『移動術』で常時、屋敷と繋ぐ結界が保持されている。

 鳴智のような、霊気のない人間でも特定の位置に立てば、霊気が作動する仕掛けになっている。

 それで、屋敷まで跳躍するはずだ。

 

 ひとりきりになると、御影はさらに卓からふたつの容器を取り出して卓の上に置いた。

 それは色違いの金属の容器であり、中身は香草だ。

 

 魔凛(まりん)に命じて、いまは廃墟になっている金凰宮から探し出して盗ませてきたものだ。

 もともとは、金凰魔王に仕えていた蝦蟇婆という女亜人のものらしい。

 かつて金凰魔王が支配していた一帯は、いまや白象という金凰の妹とその娘の小白象という少女亜人が支配をするようになっている。

 そのため金凰魔王の居城だった金凰宮は見捨てられて、誰にも顧みられなくなって半年以上がすぎていた。

 白象も小白象も意図的に金凰宮が荒むに任せている感じだ。

 

 御影が魔凛に命じたのは、なぜ、宝玄仙は金凰魔王の支配から逃れたのかという秘密を探ることだ。

 帝都で闘勝仙に捕らわれたときもそうだったが、宝玄仙には不思議な力があるような気がする。

 絶対に逃れられないように道術支配に陥っている状況であるにも関わらず、なぜかその支配を逃れてしまうのだ。

 

 闘勝仙のことは御影も知っているが、悪党だか極めて用心深い男だった。

 その男に二年も凌辱されていたのだから、宝玄仙は闘勝仙の幾重もの支配道術をかけられていたはずだ。

 そのころには、すでに御影は帝都を離れて第二の命で生きていたから実際に間近で確認していたわけではないが、後で調べた限り、そうだった。

 闘勝仙は十数個の道術契約を宝玄仙に強要し、宝玄仙が絶対に逆らえないようにして、二年間にわたりいたぶり続けていたのだ。

 あの男はとんでもない嗜虐癖もあったから、その二年間で宝玄仙がどんな目に遭い続けたかは想像して余りある。

 

 しかし、それでも宝玄仙は、その闘勝仙に『服従の首輪』という操り霊具を装着させることに成功し、凄まじい仕返しをして殺している。

 だが、闘勝仙は、確かに宝玄仙を道術契約で縛り、抵抗の意思さえ持つことができないようにしていた。

 それなのに、宝玄仙はその支配から脱して復讐を果たした。

 

 道術契約というのは、両者の同意がなければ反故にできない。

 だから、どうやって宝玄仙がそれらの道術契約から逃れられたのかがわからない。

 

 そして、金凰魔王のときもそうだった。

 金凰魔王と金凰妃を宝玄仙が抹殺したのを目の当たりにしたお宝や鳴智によれば、宝玄仙は絶体絶命の状態から信じられないような霊気を発散して、金凰魔王夫妻を殺したようだ。

 しかし、そのときには、宝玄仙は一箇月近くに及ぶ拷問と肉体改造を受けて、かなり弱められていたのだ。

 それが一気に霊気を取り戻して、金凰魔王の軍団を圧倒した。

 

 もしも、御影が宝玄仙の影法師を作れれば、その影法師の能力を紐解いて、その秘密に触れられたかもしれない。

 いや、以前は御影も宝玄仙の影法師を作れたのだ。

 しかし、御影が死ぬことで、それはできなくなった。

 魂の欠片で復活するというのは、魂が入れ替わると同じだ。

 道術契約にしろ、影法師の複製能力にしろ、あらゆるものが刷新される。

 

 御影が宝玄仙の複製を作れたのは、宝玄仙が宝玄仙士の時代のことで、少なくともその頃の宝玄仙の能力では、不可能な力だと思う。

 とにかく、宝玄仙の隠れた能力の秘密を探らせるため、廃墟となっている金凰宮に、魔凜をひそかに送って調べさせた。

 

 結局、なにもわからなかったが、手掛かりになるものかもしれないということで持ち帰ったのがこのふたつの缶だ。

 これを金凰妃が宝玄仙を支配するための重要なものとして保持していた形跡があるようだ。

 しかし、どういう効果があるかが不明だ。

 

 ひとつは甘い香りがして“玉”と書かれている。

 もうひとつは、花の匂いがして“宝”と書いてある。

 

 宝玉というのは、宝玄仙の本名だ。

 宝玄仙という戒名をもらう以前は、宝玄仙は宝玉という名だった。

 これに意味があるのは確かなのだと思う。

 

 しかし、わからない。

 単純に宝玄仙の本名をそれぞれに記したものとは異なると思う。

 

 なにしろ、缶には、最初は“宝玄仙一”、“宝玄仙二”と書かれていて、それが線で消されて、“宝”と“玉”と直されている。

 なんとなく、これに意味があるような気がするのだ。

 

 ひそかにお宝に試してみたが、なんの効果もなかった。

 だが、これに添えられていた走り書きの文によれば、これを使って蝦蟇婆という老婆が宝玄仙を支配していたのは明らかなのだ。

 それが使われているあいだは、宝玄仙は脱出できなかった。

 宝玄仙が金凰魔王から逃れたのは、蝦蟇婆が白象宮で殺されてしまってからだ。

 

「二つの宝……。三つの宝……」

 

 御影は呟いた。

 

 ふたつの宝を手に入れた者はすべてを手に入れる……。

 

 これは、御影が触れた北方帝国の予言者の言葉だ。

 同じような言葉を金凰妃も予言した。

 

 “ふたつの宝をまとめた者が新たな魔域の王になる”──。

 

 金凰妃は予言のできる女だった。

 その予言は絶対に当たると信じられていた。

 御影は、それはもともとは御影のものだった宝玄仙のふたつの魂の欠片のことだと考えている。

 実際に、そのふたつを身体に入れることで、雷音魔王も牛魔王も霊気が急激に成長して、魔域の覇王にまでなった。

 そのふたつを御影が取り戻して身体に取り込めば、御影は魔域を支配するのに十分な霊気を手に入れることができるだろう。

 それは確信している。

 

 御影は、性交をした相手の能力をもった完全な複製を影法師として作って操ることができる。

 知識に関しても、完全な「記憶」の範疇のことは無理だが、それが能力に関することなら能力の一部として共有できる。

 だから、お蘭の影法師として、お蘭と性交をした時点の能力を共有をした御影は、本物のお蘭が予言として口にした詩の知識がある。

 それは能力に関することだったから、御影も知識として得ることができた。

 

 長い詩だが、ほとんどの部分は宝玄仙の旅の苦労を暗示したものだ。

 実際、宝玄仙の多くの旅の苦労と、お蘭の詠んだ詩の内容は合致している。

 そして、その最後の文章は次のようなものだ。

 

 “三つの宝が交わるとき、宝玄仙を束の間の至福が包む”──。

 

 このお蘭の予言が言及している三つの宝とはなんだろう……?

 分離した魂の欠片のことかもしれないし、三人の供のことを暗示しているのかもしれない。

 

 なぜ、ひとつの魂の欠片を作るつもりで、三個の魂の欠片ができてしまったのだろう……?

 それは、影法師としての知識ではなく、本当のお蘭が非常に疑問を抱いていたことであり、御影はお蘭との寝物語でそのことに接したのだ。

 そして、なぜ、闘勝仙にしても、金凰魔王にしても、完全に宝玄仙を支配することができなかったのか……?

 

 御影は、“宝”と“玉”と刻まれているふたつの香草の缶を前にして考え続けた。



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800 女奴隷の復讐(一)

 柔らかい長椅子に深々と腰をおろしているお宝の目の前に、素っ裸の魔凛(まりん)が跪いている。

 その両手は腰の前後に置かれていて、菊座と女陰に指が挿入されて、それが激しく前後に動いていた。

 

「うはあっ」

 

 高い声を放って、魔凛が下肢を震わせ始めた。

 

「待て」

 

 すかさず、お宝は声をかけた。

 魔凛が股間にやっていた手が凍りついたように静止する。

 

 『服従の鎖』の力だ。

 またしても、絶頂寸前に自慰を中止させられた魔凛が泣き声をあげた。

 お宝はその姿に大笑いした。

 

「も、もう、許してください──。か、勘弁してください──」

 

 魔凛が叫んだ。

 しかし、お宝は無視して、今度は手に持っていた乗馬鞭の先で魔凛の肉芽のあたりをぐいと押した。

 そして、いきなり強く擦った。

 

「ひっ、ひうっ」

 

 魔凛が腰の前後の穴に指を挿入したまま跪いている身体を思い切り反り返らせた。

 もう、午後に入ってから三刻(約三時間)はこの寸止め自慰を続けさせているから、魔凛の身体は信じられないくらいに敏感になっているのだ。

 だが、すぐに魔凛の身体が絶頂の兆候を醸しだしたので、お宝は乗馬鞭をさっと引きあげた。

 

「あ、ああっ」

 

 魔凛の顔が憐みを乞うように歪んだ。

 

「勘弁してどうして欲しいんだい? 最後まで自慰をさせてくれと言いたいのかい? それでも、かつては鳥人族を率いた若き女族長かい──。いきたければ、これでいきな」

 

 お宝は横の台に手を伸ばして張形を手に取ると、魔凛の目の前で粘性の痒み剤を張形の表面にたっぷりと塗ってやった。

 

「さあ、手を前に入っている穴から出して受け取るんだ。それを穴に入れな。ただし、許可なく動かすんじゃないよ──」

 

 お宝は笑った。

 魔凛の顔がおののいている。

 そんなものを股間に入れれば、どうなるかはわかりきっている。

 しかし、命令に応じないわけにはいかない。

 なにしろ、魔凛には、お宝の言葉には一切逆らうなと命令をしている。

 魔凛が震える手で張形を受け取り、声を懸命に噛み殺しながら、自ら女陰にそれを貫かせていった。

 

「い、入れました……」

 

 魔凛が言った。

 

「じゃあ、両手を頭の上に置くんだ……。そうだ。お前の見事な翼を拡げな。今度はその翼の先に張形を糸で繋げてやるよ。ばさばさと翼を動かしながら張形で自慰をするというのはどうだい?」

 

「そ、そんな──」

 

 魔凛が目を見開いた。

 鳥人族にとって翼は神聖なものだ。

 それを嗜虐の材料に使われることに、魔凛は信じられないという顔をしている。

 だが、お宝は自分の思いつきに嬉しくなり、張形と翼を繋げる糸を探すために立ちあがった。

 

 ここはお宝も暮らしている雷音院の敷地内にある御影の屋敷だ。

 昼前に御影から通信球で伝言があり、お宝は魔凛の首輪に刻んでいる「主人」を御影を主人として刻み直すように指示されていた。

 それで魔凛を呼び出して必要な処置を実施したのだ。

 「主人」となる御影本人がこの場にいないのでは、首輪に刻まれている「主人」の変更をするのは手間がかかるのだが、なんとかそれをやった。

 だが、そのついでに魔凛をいたぶって遊んでいたところだ。

 

 「主人」を御影に変えると、魔凛をお宝の言葉で身体を操ることができなくなるので、首輪の主人を変更する前に足首に『服従の鎖』を巻かせて、お宝を「主人」として刻ませた。

 服従の鎖は、お宝が新しく作った操り霊具であり、服従の首輪と同じ効果がある。

 それを身体のどこかに巻いてから、誰かを「主人」とみなして奴隷になると口にさせれば、その「主人」の言葉に身体が逆らえなくなるのだ。

 まあ、「服従の首輪」の簡易版というところだ。

 

 ただ、服従の鎖と服従の首輪の違いは強靭さにある。

 服従の首輪は、「主人」でなければ、基本的には刃物でも道術でも外すことはできない。

 それに比べて、服従の鎖は物理的な手段で切断してしまえば、外すことができる。

 ただ、その代わり一個を作るのに時間がかかる服従の首輪に比べれば、一度に大量に作ることが可能だ。

 魔凛には、鎖を外すなと命令を加えているので、偶然に切断することはあり得るかもしれないが、自ら引き千切ることはできない。

 

 とにかく、いま魔凛は、服従の首輪で御影を「主人」として受け入れ、服従の鎖でお宝を「主人」として受け入れている状態だ。

 そして、午後に入ってずっとこうやってお宝の焦らし責めを受けている。

 もう半狂乱だ。

 

 御影からは明日の朝まで屋敷には戻らないと連絡が来ているし、鳴智もいない。

 だから、魔凛を使って退屈凌ぎをすることにしたのだが、いい時間潰しになっていた。

 棚から糸を取り出して魔凛のところに戻ろうとすると、不意に部屋の扉が開いて、鳴智が入ってきた。

 

「おや、鳴智──。うちの人のところじゃなかったのかい? 今日は大切な用事があると言っていたけど」

 

 お宝は言った。

 御影は雷音大王の後宮にいるはずだ。

 鳴智はそこに呼ばれて、御影の警護をしてるはずだった。

 御影はこの女の能力を結構評価していて、自分の護衛を始め、さまざまな特殊工作をさせたりする。

 

 まあいい……。

 これで退屈凌ぎの材料がもうひとり増えたということだ。

 お宝としても、冷酷にいたぶるなら魔凛よりも、鳴智の方が愉しい。

 この鳴智が屈辱に顔を歪めて泣き叫ぶのに接すると、胸がすっと楽になる気がする。

 

「御影様の用事はやっと終わりました。それであなたのところに来たのです」

 

 鳴智がつかつかとお宝に向かって歩いてきながら言った。

 

「そうかい……。だったら、豚の挨拶を……」

 

 豚の挨拶をしろ──。

 そう言うつもりだった。

 鳴智には、お宝に会うたびに、四つん這いになり豚の鳴き真似をしながら挨拶をしろと命じていた。

 だが、最後まで言い切ることができなかった。

 

「おごっ」

 

 なにかが腹に押しあてられて衝撃を感じた。

 お宝はその場に崩れ落ちていた。

 

 電撃棒──?

 

 床に倒れたお宝は鳴智の手に、すりこ木のような大きさの電撃棒があることに気がついた。

 強力な電撃を相手に加えさせることができる霊具であり、霊気のない鳴智にも使えるように処置したものを武器として御影が与えているものだ。

 それを鳴智はお宝に使ったのだ。

 かっとして、鳴智を道術で拘束しようと思ったが、鳴智が屈んでお宝の首にもう一度、電撃棒を当てる方が早かった。

 凄まじい衝撃とともに、お宝の意識は暗闇に吸い込まれた。

 

 最後に聞いたのは、驚愕する魔凛が鳴智の名を呼ぶ声だった。

 

 

 *

 

 

 がらがらと鎖が鳴る音でお宝は目を覚ました。

 ひんやりとした石床の感触を頬と身体に感じた。

 一瞬、ここがどこなのかわからなかったが、すぐに屋敷の地下にある石牢だとわかった。

 御影が作らせたものであり、天井と床と壁が石でできていて、壁の一面だけは鉄格子になって廊下に面している。

 監禁した者に拷問をすることができるように、部屋も広めで天井も高い。

 そんな石牢が十部屋ほどあるのだ。

 ただ、いま監禁している者は誰もいない。

 どうやら、お宝はその一室で寝かされていたようだ。

 

 状況を把握しようと思ったが、両手が天井方向に少しずつ引きあげられて、はっとした。

 両方の親指の根元に指錠が食い込んでいる。

 そこに太い鎖が繋げられていて、それが天井にどんどんとあがっていっていた。

 また、手首には、『道術封じの枷』が嵌められている。

 

「あっ」

 

 親指に痛みを感じて、お宝は慌てて立ちあがった。

 指錠が上にあがっているので、体重が金具が食い込んでいる親指の根元にまともにかかったのだ。

 しかし、立ちあがっても鎖の引きあげはとまらない。

 

 そして、やっと自分が腰の下着一枚しか身に着けていないことに気がついた。

 やがて、万歳をする態勢になった。

 慌てて指錠に道術を込めて外そうとしたが、手首にある道術封じの枷が邪魔をして霊気が込められない。

 ついに足が床から離れるほどに鎖が引きあがった。

 

「ひぎいいいいっ」

 

 お宝は絶叫した。

 身体の重みのすべてが親指の根元に喰い込んできたのだ。

 あまりの痛さにお宝は悲鳴をあげ続けた。

 鎖はお宝の足が人の頭一個分くらい浮いたところでやっと止まった。

 

「拷問される立場になった気分はどうだい、お宝?」

 

 背中から声がした。

 鳴智の声だ。

 びっくりした。

 

 それとともに、屋敷の居間で魔凛を嗜虐している最中に、突然にやってきた鳴智に電撃棒を当てられて気を失ってしまったことを思い出した。

 つまりは、これは鳴智の仕業なのだ──。

 

 気を失ったお宝を屋敷の地下牢に身体を運んで、こうやって拘束したのだろう。

 服を剥ぎ取ったのも、指錠による拘束も、手首にある道術封じの枷も鳴智の仕業に違いない。

 

 だが、なぜ──?

 お宝は当惑した。

 

 とにかく、指が痛くて千切れそうだった。

 身体を振って、回転して背中側にいる鳴智に対面しようとした。

 だが、動くと激痛が指に走ってしまい、お宝は大きな声をあげてしまった。

 

「痛たたたたた──。ち、畜生──。なんのつもりだい、鳴智──。か、覚悟はできているんだろうねえ──。す、すぐにわたしをおろすんだよ──」

 

 お宝は指の痛みに耐えて絶叫した。

 そのとき、後ろ側から片方の太腿を棒の先のようなもので突かれたと思った。

 

「あがあああ──」

 

 次の瞬間、お宝は絶叫した。

 親指に激痛が走ったが、棒の先端が当たった場所から拡がった痛みはそれの比ではなかった。

 身体の内側から凄まじい痛覚が湧き起るという感じだ。

 一瞬にして、頭が白くなりそうになった。

 

「『心神棒』はどうだった、お宝? 気に入ったんなら、いくらでもまた食らわせるよ──。言っておくけど、いまの衝撃は最弱だからね」

 

 鳴智がお宝の前に回ってきた。

 手に白い棒を持っている。

 それが心神棒と呼んだ武器のようだ。

 

 また、隣りに魔凛もいる。

 魔凛は普通の乗馬鞭を手にしていた。

 それは、さっきまでお宝が魔凛をいたぶるのに使っていたもののようだ。

 お宝は目の前のふたりに唖然とした。

 だが、すぐに気力を奮い起こして、ふたりを睨みつけた。

 

「く、くそっ、お前たち、なんの真似か知らないけど、こんなことをして許さないからね──。いますぐにわたしをおろして、手首の枷を外すんだ──。命令だよ」

 

 お宝は怒鳴った。

 だが、鳴智も魔凛も平然とお宝を見つめたままだ。

 

 「命令」が効かない?

 

 驚いてふたりの首を見たが、『服従の首輪』はしっかりと嵌まっている。

 ただ、魔凛の足首に装着させていた『服従の鎖』はなくなっている。

 それは強引に外したのだろう。

 しかし、服従の首輪によって、魔凛はともかく鳴智はお宝の命令に従えという御影の命令を加えられていたはずだ。

 それが通じないというのはどういうことなのだ……?

 お宝は混乱した。

 

 一方で指にかかる身体の重さの激痛が続いている。

 お宝は少しでも痛みを軽減しようと思って、手で指錠を引っ張りあげている鎖を握った。

 それでかなり指錠にかかる身体の重さが小さくなる。

 そのとき、鳴智がまた心神棒でお宝の腹にぐいと突いた。

 

「や、やめ……」

 

 やめてくれという言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

「いぎゃあああああ」

 

 意識が吹っ飛ぶかと思うような痛みがまた襲った。

 お宝は悲鳴をあげ続けた。

 全身の毛穴という毛穴から一斉に脂汗が噴き出るのがわかった。

 

「あがあああ、があああっ、や、やめなああああ──く、あがあああ──」

 

 手を離してしまい親指に激痛が走った。

 慌てて鎖を握り直す。

 

「質問にはすぐに返事だよ、お宝──。心神棒を気に入ったかどうか訊ねたろう?」

 

 鳴智が顔に嘲笑の笑みを浮かべながら言った。

 かっとなったが、また心神棒がお宝の身体に向けられそうになり、急いで口を開いた。

 

「き、気に入るわけないだろう──。も、もうやめてくれよ」

 

「そうかい……。気に入らないかい……」

 

 鳴智が愉しそうに笑った。

 魔凛も横ですっかりと溜飲がさがったような顔をしている。

 

「そ、それなんだい──。し、心神棒だって……?」

 

 お宝は荒い息をしながら言った。

 鞭とは違うようだ。

 なにかの霊具だとは思うが、鞭が外から加えられる痛みだとすれば、心神棒は身体の内側から湧き起る痛みだ。

 身体の芯にある痛点が刺激されて激しい衝撃が発生するという感じだ。

 お宝は恐怖に包まれた。

 

「ああ、そうだよ、お宝……。以前、金凰魔王のところに、孫空女と宝玄仙を救出しに行ったことがあったろう? そのとき、錬奴院という女奴隷の調教施設で看守たちが使っていたものさ。なにかの使い道があるんじゃないかと思って、もらってきたのさ。どうやら霊気のないわたしでも使えるようだからね……」

 

 鳴智が今度はお宝の乳房をその心神棒でぐいと突いた。

 

「あぎゃああああ──」

 

 抗議をする余裕はなかった。

 怖ろしい衝撃がお宝の胸から全身に一気に押し拡がった。

 

「鳴智ばかり狡いよ。これでもくらいな、お宝──」

 

 横で見ていた魔凛が、悲鳴をあげているお宝の太腿を乗馬鞭で打ち据えた。

 

「ひぎいいい──」

 

 刃物で斬られたと錯覚するような鋭い痛みが両方の腿に起きた。

 お宝は髪を振り乱して苦悶の声をあげる。

 また、鎖が手から離れて親指に痛みが走る。

 

 お宝はしばらくのあいだか細い呻きをあげ続けた。

 鎖を持ちなおそうとしても、今度はなかなか力が復活しない。

 しばらくして、やっとのこと鎖を握って痛みを軽減することができた。

 

「まさか、たったこれだけで音をあげたんじゃないでしょうねえ、お宝? お願いだから、もう少し抵抗してよね。あっという間に屈伏されたら、興醒めもいいところだからね」

 

 鳴智が言った。

 お宝は歯を食い縛った。

 

「……も、もうやめるんだよ──。命令だ──。命令──。わたしを自由にするように命令する。命令だ──」

 

 お宝はありったけの声で叫んだ。

 あるいは耳栓でもしているのかと思ったのだ。

 服従の首輪は耳で聞いた命令に身体を従わせる霊具だ。

 だから、命令の声そのものが聞こえないと身体を操ることができない。

 

「うるさいねえ──。そんなに声を張りあげなくても聞こえてるよ」

 

 鳴智が笑いながら言った。

 お宝は愕然とした。

 

 声は聞こえている……。

 しかし、鳴智も魔凛も静止したままだ。

 

 どうして……?

 

「なぜ、お前の言葉に従わないか不思議なのかい、お宝?」

 

 鳴智がそう言いながら心神棒でお宝の股間をぐいと突いてきた。

 

「い、嫌ああっ、や、やめて──」

 

 さっきの怖ろしい痛みを思い出してしまいお宝は悲鳴をあげていた。

 それが股間に加えられる……。

 想像しただけで全身の肌が粟立った。

 しかし、その一瞬後には、鳴智たちの前で泣き声をあげてしまったことを強く後悔した。

 

「あらあら、可愛い悲鳴もあげられるんじゃないかい、お宝……。血も涙もない出来損ないだと思っていたけどね……」

 

 出来損ないという言葉に、お宝は怒りが込みあがった。

 だが、鳴智が心神棒をお宝の股間の下に入れて滑るように前後に動かしてきたことでその怒りがどこかに飛んでしまった。

 

「うふうっ」

 

 意表を突かれた刺激にお宝は今度は甘い声をあげていた。

 

「勝手に感じてるんじゃないよ、お宝──」

 

 今度は魔凛の乗馬鞭が鎖を握っていた腕に炸裂した。

 

「ひぐうう」

 

 自分でも惨めと感じるほど、お宝は身体を反らせて少女のような悲鳴を放った。

 そして、鞭の痛みで腕の力が抜けて鎖から手を離してしまう。

 その瞬間、怖ろしい痛みがまた両方の親指の根元にかかり、また一度悲鳴をあげた。

 お宝は懸命に鎖を握り直した。

 

「なるほど、そうやって指にかかる痛みを減らしていたんだね。面白いねえ……。じゃあ、ちょっと遊んでやるわ」

 

 鳴智が股間の下にあった心神棒を抜いて腰紐に挟んだ。

 そのとき、お宝は鳴智の腰紐に、小さくて不細工な布の飾りが紐でぶら下がっていることに気がついた。

 

「あっ、それは──?」

 

 思わず声をあげていた。

 それは鳴智の二歳になる桃宝子(とうほうし)という娘が母親の鳴智にあげるんだと言って作っていた布の飾りだと思う。

 鳴智から人質として取りあげているその娘をお宝は、ある亜人老婆に預けていた。そして、少し前にお宝が様子を見に行ったとき、長く会えない母親の鳴智がいつか迎えに来てくれたときにあげるのだと言って、娘が一興懸命に作っていたのを覚えている。

 

 それを鳴智が持っているということは、鳴智は娘と会ったのか……?

 なにか異変が起きている。

 それだけは、なんとなくわかった。

 

「ああ、これかい? さっき会ってきた娘がくれたのさ。人でなしだと思っていたけど、一応は親切な扱いを娘にはしてくれていたようじゃないかい。それだけは感謝するよ、お宝」

 

 鳴智が腰紐についている下手糞な花のような布飾りを動かしながら嬉しそうに言った。

 

「あ、会ってきた──? お、お前にはうちの人が娘を見てしまったら殺せと命令を与えていただろう──? そ、それに、どうやって娘の隠し場所がわかったんだい?」

 

 お宝は叫んだ。

 鳴智の娘は御影が鳴智を言いなりにするための大事な人質でもある。

 それをどこかに隠しておくように指示されたお宝は、その居場所を御影にさえ教えていなかった。

 それなのに鳴智はその娘と会ってきたという──。

 どういうことなのだ──?

 

「娘がどこにいるかなんて、わたしはとっくの昔に知っていたよ。さもないと、うっかりと顔を見てしまって、娘を殺すということになるかもしれないじゃないか──。とにかく、お前の言葉に逆らうなとか、娘の顔を見たら殺せとかいう命令が消滅しているのは、今回の仕事で必要があり、ずっと与えられ続けたままになっている『命令』を一度、御影様が消去された。そして、改めて、御影様の命令に従えと命令を受けたのさ」

 

「命令のかけ換え?」

 

 なんでそんなことが必要だったのかは知らない。

 しかし、いまこの異常な状況が発生しているということは、確かに、そんなこをがあったのだろう。

 お宝は嫌な予感がした。

 

「ほかの大抵の命令も刻み直されたよ……。ただ、御影様はうっかりと、お前の言葉に従えという命令だけはし直すのを忘れてしまったのさ。娘を殺すように指示した命令も同じだ……。まあ、そういうことさ。どういうことかわかったかい──?」

 

 鳴智が笑った。

 そして、吊られているお宝の背後にすっと回った。

 なにか嫌な予感がした。

 

「そ、そうだとしても、こんなことして自分たちがどうなるかわかっているのかい、鳴智──? それに魔凛もだよ──。奴隷の分際でわたしに手を出したとわかったら、うちの人が戻ったときにその罰を受けることになるんだよ──。わたしだって、生まれてきたことを後悔するような拷問をお前らにするからね──。もちろん、うちの人は、もう一度わたしの言葉に逆らえないように、首輪に命令を刻み直すだろうしね──」

 

「だけど、残念ながらその御影様は十日は屋敷には戻らないそうさ……。その伝言を預かっている──。だから、ここに監禁されているお前を御影様が助けてくれるのは十日後ということだ──。わたしはこういう機会をずっと待っていたんだ……。よくもよくも、長いあいだ人を好きなように弄んでくれたねえ。十日間、みっちりと仕返しをしてやるよ……。その後、わたしらを殺すなり、拷問するなり好きにするといいよ」

 

 鳴智の手が後ろからお宝の脇に伸びた。

 そして、いきなり無防備な脇をくすぐり始めたのだ。

 

「ひっ、いや、な、なにすんだい──。いや、いや、はははははは──。だ、だめええ──。いやはははははは──」

 

 お宝はくすぐったさで腕の力が抜けそうになった。

 だが、力を抜くと指の根元にまともに体重が食い込む。

 だからといって、身体を振って逃げることもできず、お宝は激しく泣き笑った。

 

「しっかりと握ってないと、指が千切れるよ、お宝──。それそれ、ここなんかどうだい──」

 

 鳴智が意地悪く脇の下のくすぐったい場所を探るように指を動かしてきた。お宝は悲鳴をあげた。

 

「面白そうね。わたしも参加するよ」

 

 鳴智と同じように乗馬鞭を腰紐に差し込んだ魔凛が、前側からお宝の脇腹の部分を柔らかく手でくすぐってきた。

 お宝は狂ったように笑い続けた。



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801 覇王最期の射精

「余に庇護を求めるというのだな、影女(かげじょ)姫?」

 

 雷音(らいおん)大王は、椅子に座って頭をさげている北方帝国からやってきた美人貴族女を見ていた。

 美小淋(びしょうりん)から事前には聞いていたがなかなかの美女だ。

 しかも、北方の人間族らしい肌の白さがいい。

 ここまで真っ白い肌というのは数多い雷音の側女にはいない。

 それだけでも、是非とも雷音の後宮における収集物に加えたいと思う。

 

「……影女殿は政争で一族が敗れて、身ひとつで逃亡してこられたのです。北方帝国に戻れば捕縛されて処断──。運がよくても奴隷としての身分に落とされるのは間違いないでしょう。それで伝手を頼って、この魔域までやってこられたのです、大魔王様。どうか助けてあげてください」

 

 影女の横に座っている美小淋が静かに言った。

 この女宰相には、すでに雷音が影女を騙して犯すつもりだということは伝えてある。

 庇護をして助けてやるどころか、魔域までわざわざやってきた北方貴族の美女を捕えて側女にしてしまうつもりでいることも教えている。

 魔域の亜人族を“妖魔”と蔑み、存在さえ認めない東方帝国に比べれば、北方帝国については亜人族との交流の歴史も長い。

 北方帝国やその属国の北方諸国には、亜人族の居住地域があるところも少なくないし、魔域世界に存在する人間族には北方族の出身者が多い。

 だからこそ、政争で敗れた貴族姫が魔域まで逃亡してくるということが起こり得るのだ。

 

 影女も一族の一部が魔域内に居住しており、最初はそれを頼って魔域に逃げてきたらしい。

 それを美小淋が伝え聞いて、雷音大王に庇護を求めてはどうかと勧めたようだ。

 

 もちろん、美小淋は、なんの縁もない影女という貴族美女の一族を本当に雷音に助力させる気などなく、女好きの雷音のために、この北方の人間美女を提供しようとしただけにすぎない。

 影女はここで雷音の側女のひとりとして後宮に加える。

 それは決定している。

 

 だが、そんなことはおくびにも出さずに、影女の救いを雷音に美小淋は口にする。

 なかなかの芝居上手だ。

 雷音は笑いそうになった。

 また、影女にもうまく言い含めて、安心をさせているのだろう。

 影女が美小淋をすっかりと信用して頼り切っているのは、それとない仕草や表情でわかる。

 

「い、命はもう惜しくはありません……。し、しかし、なにとぞ、一族の汚名を晴らす力を大魔王様にお貸しいただきたいのです。どうか、このとおりでございます」

 

 影女がもう一度言った。

 

「まあ、心配することはない。余はもう助力をすることを決めている。だからこそ、こうやって打ち解けた面談を準備したのだ。さあ、飲むといい。魔域産の最高級のお茶だ。舌の肥えた北方族の姫君に、この野蛮な魔域で採れた茶の味が合うとよいのだが」

 

 雷音は笑いながら言った。

 侍女役として部屋の隅にいた孫女が、そっと卓に近づいて、三人の前に杯に入れた温かい茶を差しだした。

 孫女は、魔域の南東にある女人国という女しか住んでいないという不思議な人間国からさらわれてきた性奴隷であり、赤毛に相応しい激しい乱れぶりが気に入っている雷音がもっとも寵愛している側女のひとりだ。

 今日は裸身が透けて見える薄物だけを身につけさせて給女を命じていた。

 

「い、いただきます」

 

 影女が杯を取った。

 さっきの雷音の物言いにより、影女は茶を口にしないわけにはいかないだろう。

 飲まないということは、魔域産の茶を侮辱していると捉えられかねないからだ。

 これから庇護と助力を求めたい魔王を前にして、できるだけ失礼に繋がるようなことは避けたいはずだ。

 

 しかし、影女が口にしようとしている茶には、即効性の痺れ剤が入っている。

 すぐに手足が麻痺して動かなくなるのだ。

 それでいて、身体の感覚は通常の数倍に跳ねあがるという効果もある。

 この影女を犯すために雷音が準備したものだ。

 

 無理矢理に手籠めをするのは簡単だが、それでは面白くない。

 折角の北方帝国から雷音の餌食になるためにやってきた獲物だ。

 せいぜい、いたぶり尽くしてから犯そうと思っている。

 

「はっ、なっ……?」

 

 影女が飲んでいた杯をその場に落とした。

 そして、そのまま椅子の下に崩れ落ちていく。

 

「あら、影女殿、お召し物が濡れてしまいましたよ」

 

 美小淋がわざとらしく笑った。

 影女が杯を落としたとき、飲んでいたお茶が服を濡らしてしまったのだ。

 すかさず駆け寄った孫女が、美小淋とともに身体が弛緩している影女を卓の上にあげてしまった。

 

 細い身体をしていても、孫女はなかなかに力が強い。

 それは亜人族である美小淋も同じだ。

 並の人間族の男よりも怪力のふたりの女に抱えられて、手足の動かない影女はあっという間に四肢を拡げて卓に寝かされてしまった。

 

 美小淋が道術で四肢を拘束する革紐を卓に出現させる。

 一方で孫女は雷音と美小淋の前にあった茶を撤収した。

 そして、床にこぼれた影女の杯を取りあげた。

 

「まだ、少し残っています。飲ませます……」

 

 孫女が影女が落とした杯を持って、仰向けになって顔を天井に向けている影女に近づいてくる。

 すでに影女の両手首と両足首はしっかりと革紐で卓に拘束されていた。

 

「な、なにをするのです──。や、やめなさい──。大王様、助けて──。助けてください──」

 

 孫女に鼻を摘ままれて、無理矢理に口を開かされて薬剤入りの茶を飲まされようとしている影女が悲鳴をあげた。

 だが、声を出すために口を開いたところで、残っていた薬入りの茶を孫女に全部飲まされた。

 ずっと椅子に座ったままだった雷音は、その影女の言葉に思わず噴き出してしまった。

 

「お前を凌辱するために、薬剤入りの茶を飲ませるように命じた余に、助けを求めるとは面白いな。こうなったら諦めよ。余の後宮に入れる資格があるかどうか、ゆっくりと確かめてやろう。合格すれば余の後宮に入れて、贅沢な暮らしをさせてやる……。まあ、まずは容姿は合格だな。さすがは美女が多いことで名高い北方族だ。だが、身体はどうかな……。ちょっと、脚を見せてみよ、美小淋」

 

 すると、美小淋が影女の身に着けている下袍をゆっくりとたくしあげた。

 影女が悲鳴をあげる。

 しかし、手足が弛緩しているうえに、拘束までされているのでは抵抗のしようもない。

 簡単に影女の下袍は白い下着が見えるくらいまで引きあげらてしまった。

 

「どうなさいます、大王様? とりあえず、裸にしましょうか? まずは、犯してしまって、諦めさせてはいかがです?」

 

 美小淋が言った。

 

「いや、それでは風情がない。余はせっかくのご馳走をゆっくりと弄びたいのだ。そうだな……。まずは、孫女……。お前の手並みを見せよ。服を身につけさせたまま、影女の気をやらせるのだ。そして、一度気をやれば、一枚ずつ服を剥げ。それをすっかりと全裸になるまで続けるのだ」

 

 雷音は言った。

 

「や、やめてください──。び、美小淋殿、騙したのですね──。わたくしを助けると申してくれたくせに──。は、恥を知りなさい──」

 

 影女が金切声をあげた。

 

「はいはい、無論、騙しました──。でも、のこのことたったひとりで雷音院にやってくるなど、なにをされても仕方がないのではないですか、影女殿? それはあなたの油断でしょう。それに、ここは大魔王様の後宮です。雷音大王様が欲望を女に放たれる場所です……。そう考えれば、こういうことになるのは自明の理ではないですか?」

 

 美小淋が椅子に座り直しながら笑った。

 

「それでは失礼します……」

 

 一方で孫女は卓によじのぼってきて、仰向けで手足を拡げている影女に添い寝するように横になった。

 

「では、まずは下着の上から女芯を擦ってあげますね。それで達したら、まずは下袍を脱ぎましょう」

 孫女がゆっくりと下袍がめくられている影女の股間の付け根を指で揉み始めた。

 

 影女がたちまちに喘ぎ声をあげた。

 

 

 *

 

 

「あっ、あっ、ああっ、だ、だめええっ、ああああっ」

 

「影女様、もっとお悶えください。そして、奥の奥までしっかりと魔王様にお見せなさるのです」

 

 孫女がくすくすと笑いながら、筆で影女の恥毛の上をくすぐり続ける。

 しかも、ちゃんと雷音に影女の局部を見せつけるように、考えて身体を置いている。

 おかげで、雷音は椅子に深く腰かけたまま、余すことなく影女の狂態を愉しむことができた。

 

「ああっ、も、もう許して──」

 

 影女は汗びっしょりの素裸を揺さぶって叫んだ。

 もう、数刻も続いている孫女による影女への百合責めだ。

 一回気をやるごとに一枚ずつ服を脱がせよと命令して始めさせた孫女による影女への責めだったが、やっと最後の一枚を剥ぎ取ったところで、孫女は影女の股間に筆責めを開始した。

 

 すでに六回も達している。

 その状態で筆によるくすぐりを開始された影女は半狂乱だ。

 卓に四肢を拡げて磔にされ、大きく開いている影女の股間は、真っ赤に熟れて大量の愛液でまみれている。

 

「前だけではなくて、しっかりと後ろの穴も責めてやれ、孫女。尻の穴が寂しそうだぞ」

 

 雷音は酒を飲みながら笑いながら言った。

 横で給女のように酒を注いでくれるのは美小淋だ。

 今夜はこの北方美女のいたぶりをこの三人だけで愉しみたいという美小淋のたっての願いにより、ほかの側女を呼ばずに女宰相の美小淋が大王の世話を務めてくれている。

 美貌の女宰相に酌をさせて、薄物だけの側女が、縛られた人間族の裸体の美女を責めるのを眺めるというのも、実にいいものだ。

 雷音は嗜虐の情念がかっかと燃えあがるのを覚えた。

 

「ならば、脚を吊りましょうか。台に磔のままではお尻の穴は責め難いですわ」

 

 美小淋が立ちあがると、さっと道術によって天井から垂れている二本の鎖を出現させた。

 その鎖の先には革紐がついている。

 美小淋は孫女と協力して、一度、影女の足首を卓の革紐から外してから、その天井の鎖に繋ぎ直した。

 

 すでに弛緩剤の効果は消えきっているはずだが、影女は身体の力が抜けているのかまったく抵抗はしなかった。

 ただ、恥ずかしそうな狼狽の声を示すだけだ。

 

 美小淋が影女の足に繋がった二本の鎖を天井に引きあげる。

 影女の脚が大きく拡げて天井に向けた格好になった。

 美小淋は影女の尻が少し浮きあがるくらいまで鎖を短くして、それで道術で鎖の長さを固定した。

 

「ああっ」

 

 これ以上ないというくらいの羞恥の姿に、影女は真っ赤になった身体を左右に揺さぶった。

 

「じゃあ、さっそく、始めます……」

 

 卓の上の孫女が、横に置いていた筆を取り直し、影女の尻たぶの亀裂に這わせだした。

 

「いやあっ、いやあっ──」

 

 影女は狂乱の悲鳴をあげるとともに、お尻を振ってのたうちまわる。

 しかし、孫女の筆は的確に影女の肛門を上下に掃き続けていた。

 一方で孫女の反対の手はすっかりと勃起して膨らんでいる影女の肉芽もゆっくりと揉みほぐしている。

 影女がまたもや絶頂の波に乗ってしまったのは明白だ。

 激しい影女の乱れぶりに、雷音の興奮もそろそろ頂点に達してきた。

 

「さて、そろそろ、余も精を出したくなった。一度、出しておくか──。それから、また孫女に責めさせよう。夜はまだ半分もあるだろう。その次の日もある。その夜もある……。影女、いたぶり尽くしてやるぞ。その身体に被虐の性が完全に染みつくまでな」

 

 雷音は影女を責めていた孫女に卓からおりるように指示し、入れ替わるように雷音自身が今度は卓にあがった。

 

「お支度は、あたしが……」

 

 床におりた孫女が手を伸ばして、雷音の腰から下袴を緩め始める。

 

「わたしも参加させてください」

 

 すると、美小淋が影女の顔の方に回って、乳房に手を這わせながら口を吸い始めた。

 どうやら美小淋も興奮状態のようだ。

 無理もない。

 この後宮全体には、女であれば欲情せざるを得ない媚薬の香が密かに終始流れ続けている。

 美小淋といえども、それから逃れられない。

 もう影女も抵抗する気がないのか、美小淋に責められるままにされている。

 

 孫女が雷音の下袴を膝までおろして、雷音の勃起した一物を外に出した。

 雷音は影女の女陰に怒張の先端をあてがうと、ゆっくりと突き挿していった。

 

「ああ、あああっ──」

 

 影女が激しく悶え始める。

 かなりの気をやっているが、女陰を貫かれるのはこれが最初だ。

 影女が狂乱の様子を示しだした。

 

「おう、これは……」

 

 雷音は吸いつくように雷音の怒張に絡みついてくる影女の膣に驚いて声をあげた。

 しかも、かなりの力で吸い込んでくる。

 まるで男を食らいついて離さない生き物にでも捕らわれたかのようだ。

 雷音も数々の女と性交としたが、こんな女性器は初めてだ。

 

「こんなのは、いかがですか……?」

 

 孫女が後ろから雷音に抱きつくように身体を接し、筆を影女と雷音の接合部に這わせだした。

 

「おう、余もくすぐったいぞ」

 

 雷音は笑いながら影女の股間への抽送を繰り返す。

 一方で雷音に犯されながら、股間を筆でくすぐられる影女は本当に切羽詰ったような暴れぶりを始めた。

 そして、さらに強い力で雷音の一物を絞りあげてくる。

 雷音も思わず快感の声をあげた。

 

「ああっ──もうだめえ──」

 

 やがて、影女は断末魔のような声をあげて、ぶるぶると下肢を震わせた。

 雷音はそれに合わせるように影女の股間に精を放った。

 大きな快感が雷音を襲う。

 

「大王様、孫女にもお情けを……」

 

 後ろから手を伸ばして、筆で影女を責めていた孫女が、雷音に口づけを迫ってきた。

 影女を責め続けて、すっかりと情欲に酔ったようになっている可愛い孫女の口を大王は吸った。

 そのとき、大量の液体が体内に注がれるのを感じた。

 

「んんっ?」

 

 違和感を覚えて、雷音は孫女の口を離そうとしたが、孫女がすごい力で雷音の顔を抱き、しっかりと口を塞いでくる。

 結局、口に入れられたもののほとんどを雷音は飲み下してしまった。

 

「あがっ──、な、なにを……」

 

 咳き込みながら、なにを飲ませたのだと言おうとして、雷音が部屋がぐらりと傾くのを感じた。

 いや、傾いたのは自分自身だ。

 雷音は卓の上にひっくり返ってしまっていた。

 

 道術を……。

 

 なにかの弛緩剤を口移しで飲まされたのは明らかだ。

 とにかく、雷音は道術で自分の身体を癒そうとした。

 

 だが、愕然とした。

 身体の霊気まで弛緩したようになり、道術を結べない。

 霊気も身体も弛緩する液薬を孫女に飲まされたのだ……。

 

 しかし、なぜ……?

 当惑が全身を走る。

 そのとき、いつの間にか影女が拘束を解かれて、卓からおりようとしているのがわかった。

 

「やっと射精してくれたわね。精を出してくれるまで随分と時間がかったわ……。おかげで大変だったし……」

 

 影女が全身汗まみれで苦笑しているのが見えた。

 その影女に美小淋が仲よさそうに寄り添っている。

 しかも、影女の裸体が御影(みかげ)の裸体に変化していっている。

 

 影女は御影?

 雷音は驚愕した。

 

「女の姿でよがっているあなたも素敵だったわ。わたしも苛めたくなっちゃった」

 

「男の御影でも、女の影女でも、いくらでも相手をするわ、美小淋。ただし、もう一仕事してからよ」

 

 影女から変化した御影と美小淋が仲睦まじく話している。

 雷音は唖然とした。

 

 なにが起こったのだ……?

 さっぱりわからなかった。

 

 そのとき、孫女の腕がしっかりと雷音の顔を掴むのがわかった。

 次の瞬間、首を不自然な方向に強引に捻じ曲げられ、首の骨が折れる大きな音が聞こえた。

 

 そして、雷音の意識は完全な闇に包まれた。



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802 山芋調教~女奴隷の復讐(二)

「あがああ──。や、やめないか……。や、やめっ──」

 

 お宝は惨めな悲鳴をあげていた。

 しかし、魔凛の乗馬鞭が容赦なくお宝の尻たぶを思い切り引っ叩いた。

 

「うぐうっ、ひいっ」

 

 お宝は無意識のうちに、身体を捻った。

 その瞬間に、指錠を根元に喰い込まされて吊られている親指に激痛が走る。

 すでに指の感覚はない。最初の頃こそ、手で鎖を握って指に体重がかかるのを防いでいたのだが、いまはその力もない。

 ただお宝の身体はだらりと親指でぶら下がっているだけだ。

 

「鞭打ちを選んだのは自分だろう、お宝──。だったら、少しは我慢してみせないか」

 

 今度は鳴智が前側から左の太腿の内側を乗馬鞭で叩いた。

 

「あ、あがああっ──。な、なにが……自分でえ、選んだだよ……。く、くそっ」

 

「まだ、そんな生意気な口がきけるのかい、お宝」

 

 魔凛の鞭が尻に当たる。お宝は呻き声をあげた。

 もう前後に立っている鳴智とお宝から受けている乗馬鞭による鞭打ちは数十発にもなっているだろう。

 唯一身に着けていた腰の下着はとっくの昔にぼろ布となって、足元に落ちていた。

 また、心神鞭を腰に差したままの鳴智は、いまはお宝を叩く道具を魔凛と同じように乗馬鞭に持ち替えていた。

 

 ずっといたぶられていたくすぐり責めだったが、息もできなくなるほどに苦しめられ、そのとき、このふたりから、このままくすぐりを続けるか、それとも鞭打ちに変えるかを選べと強要された。

 果てしないくすぐり責めに音をあげていたお宝は鞭を選んだ。

 そして、始まったのが、前後に分かれたふたりがかりのこの鞭打ちだ。

 お宝はもう見栄を張る力もなく、悲鳴をあげ続けている。

 

「思い出すねえ……。随分と昔になるけど、本物の宝玄仙をこうやって毎日苛めてやったものさ。偽者はやっぱり泣きべそかくのが早いんじゃないかい。本物はもう少し我慢強かったよ」

 

 “偽者”という言葉がお宝の神経を突き刺した。その言葉がお宝が一番嫌うのを知っていて、鳴智はそれを連発しているのだ。

 そして、今度は鳴智の鞭はお宝の乳房の横を叩いた。

 

「ひぎゃあああ」

 

 朦朧となりかけた頭がいまの一撃で一気に覚醒する。

 

「わたしもこんな日がくるなんて、思いもよらなかったね──。自殺したいと何度も思ったものだったけど、生きていてよかったよ」

 

 そして、魔凛の乗馬鞭が尻たぶの下の腿を打つ。

 

「ひいっ」

 

 お宝は不自由な身体をうち震わせた。

 ふたりの叩き方は、ごく軽い感じのようなのだが、一発一発が耐えがたい激痛を発生する。

 それが果てしなく続いているのだ。

 

 打たれるたびにお宝は裸身を前に後ろにと身体を反応させ、そのたびに指に激痛が加わり、悲鳴をあげなければならなかった。

 たったいままで、さんざんにいたぶっていた女奴隷たちに鞭で打擲される……。

 こんな屈辱があるだろうか──。

 お宝はあまりの口惜しさに歯を食い縛った。

 

「おや、ついに泣き出したのかい?」

 

 そのとき、鞭を振りあげた格好で手を止めた鳴智がわざとらしく声をあげた。

 

「あらあら、本当だわ。泣き出したわ」

 

 前に回り込んできた魔凛が嬉しそうに声をあげた。

 

 そんなはずはない──。

 お宝は叫ぼうとしたが、魔凛がお宝の顔に手を伸ばして、すっと目の下から涙をすくったことで、本当に涙を流してしまったのだと思った。

 

「……じゃあ、そろそろ調教を始めようか、お宝……。覚悟はいいね?」

 

 鳴智が鞭の先でお宝の顔を無理矢理にあげさせて言った。

 

「は、始める?」

 

 お宝は思わず言った。

 指吊りにくすぐり、そして、鞭打ちとずっと激しい調教を受けている。そろそろ始めるというのはどういう嫌がらせだろう……?

 

「なんだい、お宝──。まさかとは思うけど、もう調教が始まっていると思っているんじゃないだろうねえ? 調教というのは心を潰す行為だよ。こんな鞭はただの挨拶だ……。これから十日間、御影様が戻るまでにみっちりと躾けてやるよ、お宝。その頃には、お前はすっかりと従順なわたしたちの雌犬に成りさがっていて、御影様になにかを告げ口しようという気はなくなっているさ。それが心を潰すということだよ」

 

 鳴智が笑い声をあげた。

 そして、魔凛が鉄格子の向こうに一度消えていった。

 鉄格子には鉄の格子の出入口があるのだが、そこは開け放たれていた。

 廊下には、お宝をいたぶるための道具をいろいろと準備している気配だ。

 すぐにその魔凛が小さな車輪のついた台車を牢内に運んできた。

 

 はっとした。

 魔凛が牢の中に持ち込んだのは、大きな容器に山盛りになった山芋のようだった。

 それが全部するおろされて“とろろ”になっている。

 

「わたしと鳴智で準備してやったものだよ、お宝。さっきわたしに挿入させた張形に塗った掻痒剤も混ぜてやったよ。すっかりととろろと解け合わさって、こうやって匂いをかくだけで、身体が痒くなりそうさ」

 

 魔凛が台の上から薄地の手袋をとって手にはめた。鳴智も同じようにしている。

 

「まあ、あんたもわたしたちに何度も使ったから、痒み責めの効果はよくわかっているだろう。それとも、自分で受けるのは初めてかい?」

 

 鳴智がさっそくとろろを手袋をはめた手ですくって、お宝の乳房に塗りたくり始めた。

 

「まあ、古典的といえば古典的だけど、効果があるから古い拷問手段になるのよね」

 魔凛もお宝の股間に手をやって、掻痒剤入りのとろろを花唇と菊座に詰め込み始める。

 

「な、なにをするんだい──。ああっ、うぐうっ──や、やめないか──」

 

 お宝はとろろを身体に塗られる異様な感覚に悲鳴をあげた。

 しかし、指の痛みが酷くて身体を捩じることさえできない。

 そのあいだにも、鳴智とお宝は次々にとろろをすくっては乳房や股間にまんべんなくすり込んでくる。

 特に乳首や股間、そして、肛門には何度も重ね塗りされた。

 もちろん、肉芽についても、表皮を剥いてすりつけてくる。

 

「さあ、終わりだよ、お宝……。どのくらい我慢できるかね。女主人として矜持を守りたいなら必死で耐えてみな。だけど、我慢できなくなったら、わたしたちに対して、雌犬として躾けてくれと口にするんだ。そうしたら、痒みを癒してやるよ」

 

 鳴智が宙吊りにされているお宝の前に立って言った。

 

「め、雌犬──?」

 

「そうよ、お宝。立派な雌犬に仕上げてやるわよ。とにかく、お前がわたしたちの雌犬だと宣言する──。それが調教の開始よ」

 

 魔凛も心の底からのような笑い声をあげた。

 

「だ、誰が、お前たちに……」

 

 お宝はぎりぎりと歯を噛み鳴らした。

 だが、早くも敏感な場所に浸み込んだ薬剤入りのとろろの成分が、お宝の身体に強い掻痒感を呼び起こしていた。

 

「う、ううっ……あ、あがあ……か、痒い……く、くそう……か、痒い……お、お前たち……ふ、ふざけたことを……」

 

 両親指の激痛も忘れて、お宝は髪を振り乱して顔と身体を振り乱した。

 意識してしまうと、痒みはもう収まらない。

 一瞬ごとに、どんどん痒みは増長していく。

 

「雌犬の誓いだよ、お宝──。そうしたら、痒い場所を掻いてやるよ」

 

 鳴智が嘲笑の声をあげた。

 

 

 *

 

 

「痒い……痒い……」

 

 指の痛さを忘れて、お宝は身体を強く揺すっていた。いや、指の痛さが激しいだけ痒みを少し忘れることができた。

 その間、鳴智と魔凛は牢の外から持ち込んだ小さな卓を牢の隅に置いて、そこで食事を始めていた。

 口にしているのは小さな鍋で煮た雑炊のようなものだ。

 それを椀にとって匙ですくって口にしている。

 

 呻き声をあげているお宝は完全に無視している。

 完全に音をあげるまで放置すると決めている感じだ。

 お宝の痒みは、時間がすぎるにつれて痛みのようにもなってきた。

 いくら経っても、痒みに慣れるということはない。

 それどころか、どんどんと我慢できないものになる。

 

「お、お前ら、こ、こんなの狡いよ……。ああ、か、痒い……」

 

 お宝は脂汗を全身から垂れ流しながら呻いた。

 いくら我慢しても防ぐことなどできない猛烈な痒みだ。

 

「わ、わかった……。胸を……胸を揉んで……お、おくれ……」

 

 お宝はついに言った。

 こんな奴隷女に屈服するなど、それだけでも耐えがたい苦痛だ。

 

「なにか聞こえた、鳴智?」

 

 魔凛がお宝を振り返ることなく言った。

 

「さあね……。少なくとも、雌犬になる誓いは聞こえなかったわね。それ以外の言葉をお宝がわたしたちにかけるわけがないから、空耳じゃないかい」

 

 鳴智も匙で雑炊を口に入れながら言った。

 お宝は腹立たしさにぐっと口を噛んだ。

 そのあいだも胸の膨らみが乳首を中心に焼けるように疼いている。それは股間も同じだ。

 

「な、なる……。お前らの雌犬になる……。だ、だから、胸を……」

 

 ついにお宝は吐き出すように言った。

 この痒みには耐えられない。

 御影が来てくれるまでの辛抱だ。

 最悪でも、御影がやってくれさえすれば、お宝とこのふたりの立場はあるべきものに戻る……。

 

 いま、屈伏の言葉を使うのは一時凌ぎの方便だ……。

 それに、あと数刻もあれば、なんとか道術封じの枷を自力で外せるはずだ。

 いくら道術封じを嵌められたところで、お宝は並の道術遣いではない。

 本来はとても道術を発揮できないような微量の霊気を集めて、枷の自分の霊具として操れるように霊気を注ぎ込むことができるのだ。

 そうなれば、拘束を外せる。

 

 御影が戻るという十日を待たずして、このふたりをお仕置きすることもできる……。

 とにかく、いまだけは……。

 お宝は自分に言い聞かせた。

 

「胸を揉んで欲しいのね、お宝?」

 

 魔凛が立ちあがって、お宝の前にある台からまた手袋をした。

 そして、再びたっぷりと掻痒剤入りのとろろをすくってから背後に回った。

 お宝の左右の乳房をぬるぬると握りしめてくる。

 

「うあああっ──はあああっ──」

 

 なにもかも忘れさせてくれるような快感がお宝の乳房を襲った。

 

「こんな感じでよかった、お宝?」

 

 魔凛がしばらく新しいとろろを塗り足すように動いていた両手を乳房から離して笑った。

 しかし、愛撫がなくなった瞬間に、新たにとろろを塗られた乳房はさらに強い焦燥感に襲われていた。

 

「も、もっとよ──」

 

「こう?」

 

 魔凛がからかうように柔らかい手管で乳房を揉んでくる。

 だが、その指は少しも乳房に喰い込むことがないような軽いものであり、ほとんど表面をそっと撫ぜるくらいでしかにない。

 わざとらしい嫌がらせに腹が煮え返りそうになったが、それに屈服しなければならない切実な痒みの苦しみがお宝を襲っている。

 

「も、もっと強く揉んでよ──。お、お願いよ──」

 

 お宝は泣き叫んでいた。

 もう恥も外聞もない──。

 躊躇ってもいられない。

 

「こうね?」

 

 魔凛の指が少しずつ強く乳房に喰い込んでくる。

 

「ふうううっ」

 

 痒みがほんの少し消える。脳が溶けるかと思うような愉悦が拡がる。

 だが、魔凛がまた手を緩める。

 そして、また擦るだけような手管に戻る。

 

「も、もっと、ちゃんと揉むのよ──」

 

「雌犬らしい言葉が使えたら、力いっぱいに揉んであげるよ、雌犬」

 

 魔凛がまた手袋にとろろを足しながら嘲笑した。

 そして、触れるか触れないかの力で乳房の表面をなぞってくる。

 

「うぐううう──」

 

 お宝は呻いた。

 もう、限界だった。

 

「も、もっと強く揉んで……ください……」

 

 お宝は言った。

 自分の中の大事なものががらがらと音を立てて崩れた気がした。

 

「……魔凛様でしょう?」

 

「……魔凛様」

 

 もう逆らう気も起きない。

 お宝はすぐに言っていた。

 すると、魔凛が指をいっぱいに開いて乳房全体を潰すかの勢いでぎゅうぎゅう揉んできた。

 

「ああっ、いっ、いぎいいっ、おおおおっ──」

 

 お宝は獣のような声をあげていた。

 痒みの癒える気持ちよさに盛大な溜息を吐いた。

 全身を打ち砕く快感のうねりだ。

 お宝は甲高い嬌声を牢内に響き渡らせた。

 

「ああっ、あっ、ああっ、ああっ……」

 

 お宝は指だけで吊られている痛みも忘れた。

 それくらいに快感の奔流が激しいのだ。

 

 しかし、一方で胸の痒みがなくなることで、さらなる苦しみをお宝は感じなければならなかった。

 胸以上に、股間と肛門が狂うような掻痒感に追い詰められている。

 胸の痒みが癒えることで、掻痒感が消えたのは最初の一瞬だけだった。

 魔凛が胸を強く揉んで乳房の痒みが消えていくと、今度は股間が激しく痒みを主張し始めていた。

 しかも、放置されていた分だけ、その苦悩は深刻なものにもなっている。

 

「な、鳴智──。お、お前はいつまで食事をしているんだよ──。こ、股間を擦って──。擦ってよ──」

 

 あまりの痒みに逆上したお宝は、ずっと卓で食事をしたままの鳴智に叫んだ。

 すると、鳴智がすっと立ちあがった。

 手に竹の水筒を持っていた。

 

「随分と汗をかいて喉が渇いたでしょう、お宝? あんたにはしっかりと十日間の調教を受けてもらわないとならないから、飢えと渇きで弱らせたくはないのよ。水を飲みなさい──」

 

 鳴智が水筒の口をお宝の口に強引に捻じ込んだ。

 嫌な予感がしたが無理矢理に水を飲まされる。

 その瞬間、全身の霊気が一度に消失するのを感じた。

 道術封じの枷を自分の霊具にするために注ぎ込んでいた霊気も同じだ。

 一度にそれが零になる。さらに、全身の筋肉までも弛緩したのがわかった。

 

「な、なにを……?」

 

 なにを飲ませたんだと言おうとしたが、舌までもつれてうまく喋れない。

 

「……魔凛、よく覚えておきなさい。こいつは並の霊気じゃないのよ。いくら道術封じをしても、それだけじゃ完璧じゃないわ。一日以上も同じ枷をつけっぱなしにすると、いつの間にか道術封じを外してしまうことがあるわ。だけど、半日に一度、この水に溶かした薬剤を飲ませれば大丈夫。それで、もう霊気は消失するのよ」

 

「へえ、さすがに鳴智ね」

 

 魔凛がお宝の胸を揉むのをやめて、感心したように言った。

 

 畜生──。

 お宝は泣きそうになった。

 

 しばらくすれば、枷が外せると思って、それで気力を振るい起こして、この仕打ちに耐えていたのだ。

 だが、鳴智はわかっていたのだ。どこから持ち出してきたのかわからないが、しっかりと霊気を消失させる薬剤まで準備していたのだ。

 お宝は歯噛みした。

 

「さあ、お宝──。股を掻いてあげるわよ。わたしにも、雌犬の挨拶をしてごらん?」

 

 水筒を離した鳴智が、手袋をしながらお宝に言った。

 

「ま、股を掻いてください……、鳴智様……」

 

 お宝は口惜しさのあまり歯ぎしりしながら言った。

 そのため、なんと言っているのかわからないような発音になったと思う。

 

「聞こえないわね、雌犬」

 

 鳴智はお宝の前で腕組みをして言った。

 

「そうね。あまりにも小さな声だったわね」

 

 魔凛も鳴智の横に立って笑っている。

 

「くっ」

 

 お宝は股間を弛緩した腿で擦り合わせるようにしながら歯を食い縛った。

 この鳴智にだけは屈伏するのが嫌なのだ。

 

 それだけは……。

 だが、耐えることができたのは数瞬だけだ。

 

「……も、もう許して……股を掻いてください、鳴智様……」

 

 お宝はたまらずに言った。

 

「聞こえないね」

 

 しかし、お宝の血を吐くような屈辱の言葉をあっさりと鳴智は一蹴した。

 仕方なくお宝は同じ言葉を絶叫した。

 本当に頭が狂ってしまう。

 

「まあいいわ」

 三回ほど繰り返させてから、鳴智は卓にあるとろろの横の布を外した。

 そこには、皮を剥いた山芋が数本あった。鳴智はその中の一本を取った。

 

「あっ、な、なんだい、それ──?」

 

 お宝は驚愕して叫んだ。

 しかし、鳴智は容赦なくその山芋をお宝の股間に触れさせると、一気に女陰に貫かせた。

 

「おううっ」

 

 お宝は下肢が溶けるような愉悦に我を忘れた声をあげた。

 痒みが癒される快感と安堵感──。

 それは新たな痒みの追加との引き換えであることはわかってはいるが、いま、この瞬間、お宝は痺れるような甘美感にすっかりと包まれている。

 

「ああっ、うううっ、いいいっ」

 

 鳴智の持つ山芋が緩やかに抽送を開始した。

 あまりの気持ちよさに、お宝はすすり泣きのような声さえ出していた。

 

「山芋はまだあるよ、お宝? また、おねだりができれば、これで尻穴をほじってあげるわよ」

 

 魔凛が喜悦に震えるお宝の顔の前に、新たな山芋を見せながら言った。

 

「お尻もして──。お願い、魔凛様──」

 

 お宝はそう口にしていた。

 もう、愉悦と掻痒感でまともに考えられるような状態ではなかったのだ。

 

 おねだりをすれば、痒みを癒してもらえる……。

 それだけしか考えられなかった。

 

 すぐに魔凛がただれそうに痒い菊座にねじ入れるように山芋を押し当てた。

 

 前からは鳴智──。

 

 後ろからは魔凛──。

 

 女奴隷のように思っていたふたりに、それぞれの穴を山芋で犯されて、お宝は気が狂うかと思うような快感に全身をわななかせた。



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803 覇王の死と偽物覇王

「し、死んだ……?」

 

 美小淋(びしょうりん)は呟いた。

 卓の上に突っ伏している雷音(らいおん)が息をしていないのは明らかだ。

 

「呆気ないものね……。魔域の覇王ほどの者が、側女ひとりによって殺されるんだからね……。孫女、よくやったわ」

 

 御影(みかげ)が言った。

 

「あなたの長いあいだの知恵と努力が勝ったのよ……」

 

 美小淋は言った。

 御影はこの瞬間を作るために何年も費やした。

 それがついに実ったということだ。

 

 雷音に取り入り、色好きの雷音大王に女を提供する女衒だと陰口を言われながら、後宮に籠る雷音大王に近づく唯一の男として認められるほどの信用を作り、孫女という女暗殺者を雷音大王に侍らせることにも成功した。

 さらに、雷音大王に取って代わるのに邪魔な牛魔王を、それが可能な唯一の宝玄仙という人間の魔女に殺させた。

 この男ひとりの数年ががりの策謀だ。

 

 そして、すべての準備が整うと、御影はまるで熟れた実を樹木からもぐように、呆気なく雷音大王を殺害した。

 後宮にずっとひきこもっていた雷音大王は、護衛のひとりも近くに置いてはなかった。

 その必要さえも感じていなかったであろう。

 

 美小淋は素裸で汗まみれの御影のために棚から大きな布を出してやった。

 御影はそれを衣服のように巻きつけ、布の端を折り込んで裸身を覆う。

 影女の身体だった御影は、もう完全な男の身体に変わっている。

 

 つまり、影女は御影の女体としての姿なのだ。

 御影は男として女と媾合い、女の影女として男と媾合いをするのだ。

 そして、性愛を交わした相手の能力を持つ影法師を作ることができる。

 御影の横に雷音大王の身体が出現した。

 さっき精を受けたことにより、御影は雷音大王の影法師を作ることができるようになったのだ。

 

 精を受けたときの姿で復元するので、雷音大王の影法師は下袴を膝までおろしたままだったが、雷音大王の姿の影法師は自ら服装を整えた。

 そして、その影法師が卓の下に両膝をついて座っている孫女に近づいていく。

 

 孫女は口移しで雷音に霊気の弛緩剤を飲ませた。

 孫女自体は道術遣いではないが霊気は身体にあるらしく、雷音大王に口移しで弛緩剤を飲ませたとき、それが自分の身体にも入ってしまったので、それで力が抜けてしまったのだ。

 美小淋は最後の力を振り絞るようにして雷音大王の首を折った孫女が、その直後、崩れ落ちるように床にしゃがみこんだのを見ていた。

 

「孫女、ご苦労さん……。お前の役目は終わりよ」

 

 雷音大王の影法師が言った。

 

「んぐっ」

 

 孫女が白目を剥いた。

 美小淋も悲鳴をあげてしまった。

 孫女の胸には、影法師が懐から抜いた短剣がしっかり突き刺されていた。

 

「……雷音大王が入れ替わったなどということを知っているのは、あたしと美小淋……。それだけでいい……。ほかの者が知る必要はないわ」

 

 喋ったのは美小淋の横にいる御影だ。

 御影が雷音大王の影法師を使って用済みになった孫女を殺したのだ。

 美小淋は息をのんだ。

 

「美小淋、まずは孫女の屍体を隠して」

 

 御影が短く言った。

 

「う、うん……」

 

 美小淋は慌てて道術で孫女の屍体を血飛沫とともに床の下に沈めた。

 孫女の身体は、そのまま地中深く潜っていき、いつまでも沈み続ける。

 まず、遺体が発見されることはない。

 

 御影の身体がまた分裂して、ひとりの裸の女が出現した。

 美小淋はその影法師を知っている。

 お蘭という名の宝玄仙の妹らしい。

 彼女は魔域でも滅多に遣える者がいない『魂の術』を操るという女ということだ。

 もちろん、これは影法師だが、本物のお蘭と同じ能力を持つ影法師は、その『魂の術』を遣うことはできる。

 そのお蘭の影法師が卓の上の雷音の屍体に手を伸ばした。

 

「大丈夫? 取り出せる?」

 

 美小淋はつぶやいた。

 

「多分ね……。生きている者の道術石を取り外すのは極めて難しいけど、死んでいれば、逆に死んだ魂にくっついていた道術石は分離しようとするのよ。簡単に外せるわ……。いずれにしても、生命のないところに放っておけば、道術石は力を失くしてしまうから、死んだ身体からは、すぐに抜き出さないとならないわ。道術石……、即ち、魂の欠片は、生きている者の体内か、それに準じた環境でしか保存できないのものなのよ」

 

 応じたのはお蘭の影法師だ。

 そして、その言葉が終わるときには、雷音から取り出された道術石がお蘭の手に移っていた。

 お蘭がその道術石を本体である御影の胸に向ける。

 

 ここで感じるだけでも、途方もない霊気を帯びた道術石だ。

 それが御影の胸に吸い込まれていく。

 逆に道術石を抜かれた雷音の遺骸は、これが魔域の覇王だった屍体かと戸惑うくらいの小さな霊気を帯びたものでしかなくなった。

 これが雷音大王の本来の霊気であり、実は抜かれた道術石だけで魔域の覇王を気取っていたのだということがわかる。

 美小淋は改めてそれを自覚し、なんだか騙されたような気分になった。

 

 やがて、その本来の雷音の霊気も、死とともすぐに霊気が消滅して、間もなく完全な肉の塊りになるのだろう。

 御影が巻いていた布をはだけて、胸を露出する。

 影法師のお蘭が御影の胸に、雷音大王から抜いた道術石を入れた。

 

「ふふふ……力が……力が漲るわ……。こ、これが宝玄仙の道術石の力……。素晴らしい……。素晴らしいわ、美小淋……」

 

 御影が笑い出した。

 

「おめでとう……。これであなたは雷音大王よ……。魔域の覇王……」

 

 美小淋は言った。

 

「お前のおかげよ……。そして、もうひとつの道術石も手に入ると思うわ。すでに手は打ってあるしね……。牛魔王の道術石を素蛾という宝玄仙の四番目の供が運んできてくれるでしょう……。これなら大丈夫……。離れている素蛾の心にあたしの心を繋げられるわ……。なんという力なの……。さすがは宝玄仙の道術石……。見える……。素蛾を通じて、摩雲城も見えるわ……。ほかにも新しい道術が遣えるわ……。信じられない力……。まさに覇王に相応しい力よ、美小淋」

 

 御影が打ち震えていた。

 目の前の御影は本当に大きな霊気を発散している。

 雷音大王が醸しだしていた霊気に匹敵するものを御影も発するようになっている。

 美小淋も嬉しかった。

 御影が卓の上にあった雷音の屍体を床に突き落とした。

 ふと見ると、役割を終えたお蘭の影法師はすでに消えている。

 

「これはもう不要よ。これも隠してくれる、美小淋」

 

 美小淋は道術でさっきの孫女の屍体と同じように雷音大王……いや、そうだったものを床下に沈めた。

 この屍体もずっと地面の奥にいつまでも沈み続けるだろう。

 

「……ところで、魔王様、明日の朝、朝議があります。牛魔王の死への対応について話し合いをいたします。慣例を解いて、それには参加を賜りたく存じます」

 

 美小淋は雷音大王の影法師に向かって恭しく片膝をついた。

 

「わかった、美小淋……。そして、これからも余に忠誠を尽くしてくれ。小宰相もな」

 

 新しい雷音大王が威厳のある声でそう言ってから、大きな笑い声をあげた。

 御影が同時に笑い、美小淋もつられるように声をあげて笑った。

 

「ところで、美小淋、朝議は明日の朝で、それまでは特になにもないのだな?」

 

 そして、ひとしきり笑ってから、雷音大王……いや、それに変身している御影の影法師が言った。

 しかし、どこからどう見ても、雷音大王そのものだ。道術石を抜いたので、あのすさまじい霊気の漏洩はないが、醸し出す霊気は雷音独特のものだ。

 姿だけではなく、能力や思考までうり二つになるというのだから、やはり、不思議な術だと思った。

 

「はい」

 

 とりあえず、美小淋は頷いた。

 

「そうか……」

 

 すると、目の前の雷音が不敵に微笑んだ気がした。

 次の瞬間、すさまじい暴風に吹きつけられた。

 

「がはっ、な、なにを……」

 

 全身が脱力して、美小淋は片膝の身体をさらに床に倒れ込ませてしまった。

 なにが起きたのかわからなかったが、一瞬にして全身の霊気を抜かれてしまったのだと悟った。

 だから、身体が弛緩したような感覚が襲ったのだ。

 実際には、抜かれたのは霊気だけだ。

 身体は動く。

 

「ふふふ……、美小淋、腕を後ろに回しなさい。あんたの望みは雷音大王の妃だったわね。あんたが裏切らない限り、望み通りにしてあげるわ……。一番奴隷という名の正妃にね……」

 

 御影だ。

 後ろ側から両腕をねじ曲げられて縄を掛けられる。

 一方で、前からは雷音だ。

 御影に協力して、美小淋の両腕を上体に固定してしまう。

 道術石を体内に入れた御影と雷音大王のふたりがかりの仕打ちに、さすがに美小淋も抵抗できない。

 抵抗する気もないが……。

 

「明日の朝議には間に合うように帰してやる。それまでは、余たちの調教を受けていけ。奴隷として躾けてやろう」

 

「あたしとふたり掛かりのね」

 

 雷音に次いで御影が言った。

 そして、背後から御影に腰から下の下袍を引き破られた。

 

「きゃあああ」

 

 美小淋は思わず悲鳴をあげてしまった。

 しかし、続いて前側から雷音に下着を掴まれて引き破られる。

 あっという間に、腰の括れから下に身につけているものがなくなる。

 

「台の上に乗せてちょうだい、雷音大王様。まずは、あたしがもらうわ」

 

「わかりました」

 

 御影の命令で、雷音が美小淋をさっきまで影女が乗っていた台にあげる。

 すぐに御影の上にあがってきた。

 

「この後宮の媚香が効いているようね。前戯は不要ね」

 

 下袴を下着ごと脱いだ御影が仰向けになった美小淋の両腿に手をかけ、胸に押しつけるようにする。

 赤黒く勃起している男根が美小淋の亀裂に触れた。

 確かに、すでに美小淋の股間はかなり濡れていた。

 御影の言葉の通りに、この後宮中に充満している媚香のせいだ。

 一気に怒張を膣深くに突きたてられた。

 

「あうううっ、ほおおおお」

 

 思わず声が出た。

 抽挿が始まる。

 たちまちに女の快感が襲ってきた。

 また、御影はかなりの性技の持ち主でもある。

 美小淋もそれは知っている。

 この御影の性愛の虜にならなければ、ここまで人間族の男に美小淋も墜ちなかった。

 その御影の容赦のない責めに、美小淋の肉体は絶頂に向かって一気に快感を駆けあがらせていく。

 こうなってしまったら、熟しきった美小淋の身体は、もう御影には逆らえない。

 

「み、見てないで……、さ、参加しなさい、大王」

 

 そして、御影が腰を動かしながら横にいる雷音に言った。

 前に聞いたことがあるが、御影が作る影法師は、すべて御影であるので、本体の御影の意思で自由に動かせるのだが、完全に分離しているため、やはり、声をかけて指示した方がうまく動かせるらしい、

 よくわからないが、そういうものなのだろう。

 挿入したまま御影に身体を抱えあげられる。

 

「んはあああ」

 

 それだけで美小淋は達してしまった。

 後ろから寝台にあがってきた雷音に、服の上から乳房を揉まれ始める。

 考えてみれば、前から御影──。後ろから雷音大王のふたり掛かりで愛されるのだ。

 女として最高の状況だろう。

 もう、ふたりの奴隷でまったく構わないという気になった。

 

「ああ、またいぐうう」

 

 ふたりに挟まれて責められ、美小淋は二度目の絶頂に追いあげられた。

 快感が次々に襲う。

 

「ふふふ、雷音大王、あたしはとてもいい気分よ。あんたには、この女宰相の尻をあげるわ」

 

 御影が言った。

 

「ありがとうございます」

 

 すると、雷音が指を美小淋のお尻に触れた。

 道術なのか、粘性体が尻穴にまぶされた。

 その尻穴に大きな男根の先端が当たるのがわかった。

 

「くくく、いつも思ってたんだけど、やっぱり身体が大きいだけあって、大王の一物は大きいわねえ。もしかしたら、この美小淋の尻が裂けるかもしれないわ」

 

 御影が抱えている美小淋を犯しながら言った。

 美小淋はぞっとした。

 

「あっ、やめてええ」

 

 美小淋は叫んだ。

 しかし、御影に挿入されたまま、御影の上に被さるように身体を倒され、その上から雷音がのしかかり、巨根がずぶずぶと貫いてきたのだ。

 身体の芯に突き抜けるような衝撃に、美小淋は雄叫びのような悲鳴をあげてしまった。

 だが、前からの御影の肉棒の抽挿と、その薄い隔壁ごしに、肉塊の感触をなぞるような雷音の巨根の挿入を受け、それによる大きな快感と苦痛によって、美小淋はなにも考えられなくなってしまった。



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804 偽物の最期~女奴隷の復讐(三)

「おおおっ──」

 

 お宝は、床に膝を立てて高く尻だけをあげた格好のまま声を張りあげた。

 その尻を魔凛(まりん)が張形でゆっくりといたぶっていて、耐えられない快感がお宝を襲ったのだ。

 

 顔を床につけ、両手は頭の上にある。

 拘束は解かれていた。

 手首には道術封じの枷はあるが、右手と左手の枷を繋げていた鎖も外されていた。

 しかし、長い時間吊られていた身体は満足に動かすことはできなかった。

 

 それに命じられた体勢を勝手に解くと、容赦のない打擲が鳴智と魔凛から飛んでくる。

 道術を封じられてしまっては、お宝にはふたりに逆らいようもなく、仕方なくふたりの命令に従って身動きしないでいた。

 魔凛が責める肛門から沸き起こる悦楽にお宝は打ち震えた。

 

「腕を頭の後ろからおろすなと言っただろう──。今度、手を離したら、また、指吊りからやり直しさせるよ──」

 

 頭につけていた手の甲に勢いよく鳴智(なち)の乗馬鞭が飛んできた。

 どうやら、快感のあまり、お宝は頭につけていろと言われていた指示を忘れて、手を離したようだ。

 慌てて両手をしっかりと両手を頭の後ろに密着させる。

 

「ふうううっ」

 

 そして、お宝は床の上で背中を反らしながら声を放った。

 もう息をかけられても達するかと思うくらいに追い詰められている。

 たが、魔凛はそれを推し量ったかのように、菊座を責める張形の速度をさらに緩やかにした。

 

 こうやって、魔凛と鳴智から交代で張形によって、とろろの痒みに疼く股間と肛門を責められているのだが、信じられないことに、いまだに一度もお宝は達していないのだ。

 しかし、それでも、今度こそいくと思うような強い快感がやって来た。

 お宝は獣のような声をあげていた。

 

「……三十だ……。交代だよ、鳴智」

 

 しかし、またもや、ぎりぎりのところで責めをやめられる。

 いまは、なによりもそれがつらい。

 魔凛が張形を鳴智に渡して、最後にぴしゃりとお宝の尻たぶを平手で叩いた。

 お宝はもう抗議の声をあげる気力もなかった。

 

「じゃあ、今度はどんな格好でさせようかねえ……。そうだね。じゃあ、雌犬らしく手も使って完全に四つん這いになりな、お宝。そして、犬が小便するときのように片脚をあげるんだ。三十回が終わる前に脚をおろしたら、本当に指吊りからやり直しだよ。いいね──」

 

 鳴智が怒鳴った。

 お宝はあまりの恥辱に呻き声のようなものをあげながら、床につけていた頭を起こして完全な四つん這いになった。

 そして、鳴智に尻を向ける。

 

「なにを不機嫌そうにやってるんだい、お宝──。命令されたら、返事しないかい──」

 

 魔凛の持つ乗馬鞭が背中に食い込んだ。

 

「いぎっ」

 

 お宝は悲鳴をあげた。

 

「泣き声をあげる暇があれば、雌犬の返事をしな」

 

 また、鞭で叩かれた。

 

「は、はいっ」

 

 お宝は腹が煮え返るのに耐えて、声をあげた。

 しかし、後ろから鳴智に尻を蹴られて、その場に崩れてしまった。

 

「犬が人の言葉を喋るんじゃないよ、お宝──。今度、人間の言葉を喋ってごらん。折檻するからね」

 

 鳴智が倒れたお宝を冷酷な表情で見下ろしながら言った。

 お宝は歯噛みした。

 

 絶対に後でふたりもと殺してやろうと決めた。

 御影がなんと言おうと殺してやる。

 いや、鳴智については、まずあの二歳の娘からだ。

 鳴智の目の前で、あの幼女を白痴の牡妖魔に犯させてやる。

 そして、内蔵に牡妖魔の精液を破裂するまで充満させて、残酷に殺してやる。

 お宝は心に決めた。

 

「犬の声だよ、お宝」

 

 起きあがろうとしたところを鳴智に、また蹴り倒された。

 いまだけの辛抱だ……。

 お宝は自分に言いきかせた。

 

「わん」

 

 お宝は大声で言った。

 

「片脚をあげな。ぐずぐずしないんだよ」

 

 魔凛の鞭が肩に食い込む。

 お宝は悲鳴をあげそうになるのを歯を喰い縛って耐えて、わんと声をあげた。

 

 血が凍るような屈辱に耐えて、片脚をあげる。

 すると、いきなり張形を深くまで貫かせた鳴智が激しく抽送を開始した。

 

 これまでのような制御した動きではない。

 はっきりとお宝を最後まで絶頂させる動きだ。

 それが続く。

 頭が白くなるほどの快感が押し寄せる。

 なにも考えられない。

 

「はがあああああっ」

 

 お宝は、あっという間に自分でも驚くほどの速度で昇天していた。

 しかも、これほどの悦びは、これまでに経験もしたことがなかった。

 惨めに侮辱されながら、人生最大の快感を覚えるということに、お宝に残る微かな理性が危険なものを感じていた。

 だが、次々に寄せる快楽の波がそれらを洗い流す。

 そして、甘美な汚辱の嵐がお宝を真っ白な世界に連れていった。

 

「脚をおろしたね、お宝──」

 

 魔凛の大声ではっとした。

 いつの間にか、お宝は完全に脚をおろしてしまうどころか、身体さえも倒していた。

 もしかしたら、一瞬、気を失ったかもしれない。

 お宝には自分が倒れたという自覚が全くなかった。

 

「このうっ」

 

 魔凛が鞭を振りあげるのがわかった。

 お宝は襲ってくるだろう激痛を覚悟した。

 

「待ちなよ、魔凛。いくら折檻しても犬になりきらないのは、多分、犬にちっとも似てないからじゃないかな? だから、この雌犬に尻尾をつけてやろうじゃないか。しかも、立派な房毛付きのね」

 

「房毛付き?」

 

 魔凛がきょとんとしているような声をあげた。

 とにかく、お宝は身体を起こして四つん這いの姿勢に戻った。

 しかし、やはり鞭は来なかった。

 鳴智と魔凛はお宝を挟んで、上でなにかをひそひそと話している。

 だが、お宝はもう諦めの気持ちだ。

 

 好きにすればいい……。

 道術を封じられているいまは、さすがにこいつらにはかなわない。

 ただ、道術が戻り、首輪の刻みを復活させたときには、こいつらにしっかりと奴隷であるということを思い出させるだけだ。

 

 そのとき、魔凛が突然に爆笑した。

 どうしたのだろう?

 

 だが、ふたりを確認する余裕もなく、魔凛がいきなりお宝を倒して背中に乗った。

 しかも、両手を背中に捻って、お宝が身動きできないように身体を固定する。

 

「い、痛い──。痛いよ。は、離さないか──」

 

 お宝は人間の言葉を使うなと言われたのも忘れて叫んだ。

 そのお宝の髪をむんずと掴んで、鳴智がお宝の顔をあげさせる。

 なにをするんだと怒鳴りそうになったが、次の瞬間、お宝は鳴智が右手で持っているものに驚いた。

 

 鋏だ──。

 

 その鋏が、反対の手で鳴智が掴んでいるお宝の髪に近づいてきた……。

 

「ちょっと、尻尾にする房毛の材料を採集させてもらうよ、お宝」

 

 鳴智が笑いながら、お宝の黒髪を根元からざくざくと切り始めた。

 お宝は絶叫した。

 

 

 *

 

 

「犬、しっかりと歩くんだよ──。少しでも休むと、また尻尾を掴んで尻の穴に電撃を送り込むよ──」

 

 四つん這いのお宝の背中に乗っている鳴智が、乗馬鞭でぴしゃりとお宝の尻たぶを打った。

 

「んおっ」

 

 お宝は革紐付きの球体を咥えさせれた口で悲鳴を放っていた。

 鳴智はさらに、お宝の乳首に繋がった足乗せに力を入れてきた。鳴智が両足を乗せている“あぶみ”は、床に向かって垂れているお宝の乳首の根元に喰い込む金具と繋がっている。

 そのため、お宝の乳首はまるで火でも当てられたような激痛が走った。

 

 お宝は手足を折り曲げて布でぐるぐる巻きにして作られた「肢」で前に進み始めた。

 四肢は膝と肘でしっかりと折り曲げられて、それが伸ばせないようにしっかりと布で固定されている。

 だから、お宝はもう二本の脚で立つことができないようになっている。

 そして、膝と肘の下部分に模擬の肢をつけられた。

 

 つまり、四つ足で進む「犬」ということだ。

 さらに、口には穴あきの球体を咥えさせられて顔の後ろで固定されている。

 そのために、声も出せない。

 

 頭は、昨日、鳴智に挟みで根元から切られてすっかりと丸坊主だ。

 その髪の毛はお宝の尻穴に挿入されている張形の末端に紐でつけられている。

 房毛ということのようだ。

 しかも、その尻尾代わりの張形は霊具であり、根元を握ると電撃が流れるようになっているのだ。

 

 そうやって、お宝は「犬」にされた。

 それが昨日の夜だ。

 

 すでに朝を迎えて、そろそろ午(ひる)に近いようだ。

 この地下では昼夜の間隔はわからないが、鳴智と魔凛がそう言っているし、夕と朝の食事で時間の流れを感じる。

 

 食事は犬食いだ。しかも、鳴智とお宝の口の中で咀嚼したものを口にさせられた。

 拒否すれば、このふたりによって指で宙吊りにされて鞭で打たれる。

 お宝は従うしかなかった。

 

 ふたりからの「調教」が始まってから休めたのは二度だけだ。

 あの霊気を喪失させる薬液を飲まされて、身体が弛緩している数刻は身体を横にすることを許された。

 そのあいだは、折り曲げて固定された手足も伸ばすことができた。

 

 ただ、身体の弛緩が快復する頃には、いまのように布で手足を曲げて模擬の肢で「犬の肢」の状態にされる。

 そして、二度目の休息が終わったとき、乳首の根元にあぶみを繋げられて、鳴智たちを乗せて歩けと命令されたのだ。

 

「遅いよ、お宝」

 

 鳴智の手が「尻尾」に伸びたのがわかった。

 

「んぐううっ」

 

 お宝は鳴智を乗せた背中を反り返らせていた。

 まるで焼け杭でも肛門に挿されたのかと錯覚するような衝撃だ。

 電撃の強さは最小限になっているようだし、時間も一瞬だけだったが、お宝には十分以上の痛みだった。

 しかし、それを身体で示すことは許されない。

 お宝は鳴智を乗せた身体を維持するように努力した。

 

「廊下の端まで歩くんだよ」

 

 鳴智があぶみぐいと押して、乳首を引っ張った。

 

「んぐううっ」

 

 お宝はすでに痺れを感じている手足を前に進め始めた。

 腕や脚、そして、腰に凄まじい重圧が襲いかかってくる。

 こうやって、地下牢のある地下の廊下を端から端まで鳴智を乗せて往復し、待っている魔凛に交代する。

 それが終われば、また鳴智が乗る。

 それをやっていた。

 

 いまは、まだ三往復目だったが、お宝の身体の疲労は限界に達していた。

 それでも、お宝は必死に進んだ。

 鼻孔は膨れ、苦痛の息が涎とともに滴り始める。

 

「もっと、早く歩けるだろう、お宝? 休もうなんて考えるんじゃないよ」

 

 鳴智が背中の上で、お宝の髪で房毛を作った張形をぴしゃりと叩いた。

 鞭打ちの痛みに加えて、力を加えられたことによる電撃が走り、お宝は吠えるような悲鳴をあげた。

 しかし、その痛みに反応している余裕はない。

 少しでも体勢を崩せば、その瞬間に身体は崩れ落ちると思った。

 そして、やっとのことで廊下の端に到着した。

 

「回れ右だ、お宝。全部で十往復だよ。そうしたら、終わりにしてやろう。また、休憩させてやるよ」

 

 鳴智がまた尻たぶを乗馬鞭で打った。

 お宝はなんとか身体を反転させる。

 

 そして、進む。

 魔凛がいる廊下の端が遥かに遠くに感じる。

 

 これを全部で十往復──。

 絶対に不可能だと思った。

 

 だが、這うしかない。

 お宝は汗と涎を滴らせながら、反対側の端まで進んだ。

 魔凛が乗馬鞭を持って待っていた。

 

「さあ、次だよ、お宝。今度はわたしだ」

 

 鳴智がおりたお宝の背に魔凛が跨ってくる。

 そのとき、お宝は一階に繋がる階段から人がおりてくる気配を感じた。

 一度、背中に乗った魔凛も、お宝からおりて、階段からおりてくる人物を鳴智とともに待ち受けるような態勢になっている。

 

 やってきたのは御影だった。

 女宰相の美小淋(びしょうりん)もいる。

 

「んごおおおお──」

 

 お宝は球体を噛まされた口で雄叫びをあげた。

 これで助かる──。

 

 すぐに解放される。

 そして、こいつらに仕返しを……。

 お宝は歓喜の涙をあげていた。

 

 しかし、片腕を美小淋に預けて腕を組んでいる御影は、お宝の姿に笑みを浮かべたのだ。

 横の美小淋に至っては声をあげて笑い出した。

 

「あらあら、それなりのことにはなっていると予想はしていたけど、これは酷いわねえ……。髪の毛を尻尾にするために、全部切っちゃったのね? まあ、あんたらって、随分とお宝に恨みを抱いていたのね」

 

 御影が苦笑した。

 お宝は訝しんだ。

 御影の態度はお宝が期待していたものでも、予想していたものでもなかった。

 

「み、御影様……。ここには、来ないのではなかったのですか?」

 

 鳴智が言った。

 

「その予定だったんだけど、美小淋がどうしてもお宝を処分したのを確かめたいというんでね……。どう、安心した、美小淋? ちゃんと、処分したでしょう? でも、殺すには惜しいわ。服従の首輪を嵌めさせれば、まだまだ、霊具を作る道具として使えるわ。こいつの作る操り霊具は大したものなのよ」

 

 御影が笑いながら言った。

 お宝は目の前で起きていることが信じられなかった。

 

 これはどういうことだろう?

 御影はいま、なにを喋ったのだ?

 

 知っていた?

 御影が裏切った?

 

 いや、見捨てられた?

 鳴智と魔凛は、御影を裏切って反乱のようなことをしたのではなく、御影の指示の範疇だった──?

 

 お宝は周りの世界ががらがらと音を立てて崩れていく錯覚を覚えた。

 

 いや、錯覚ではない……。

 

 確かに崩れている。

 視界が回転する……。

 

 怖ろしく息苦しい……。

 耐えられない……。

 

 なにが起きているのか……?

 すべてわからなくなった。

 

「口のものを外しなさい」

 

 御影が鳴智にそう指示してから懐から首輪を出した。

 服従の首輪だ。

 お宝自身が作って御影に渡していたものだ。

 

「さあ、お宝、あたしの奴隷になることを誓いなさい……。さもないと、鳴智と魔凛をさらにけしかけるわよ。首輪を受け入れれば、牢の中で暮らすことを許してやるわ」

 

 御影がお宝の首に手を伸ばして首輪を嵌めた。

 

「だ、騙した……の……です……か……? だ、騙した……。わ、わたしは……あ、あなたの……妻で……、それで……わたしを……愛していると……。だ、だから……」

 

 やっとのことお宝は口を開いたが、なぜか舌がもつれて動ないことに困惑した。

 疲労で喋れないという感じではない。

 

 お宝の身体の中でなにかが毀れている。

 しかも、ものすごい勢いでだ。

 

 視界の回転はさらに激しくなった。

 大きな音が鳴った。

 

 それは倒れたお宝が床に激突した音だった。

 

「妻ですって? お前はやっぱり作り物ね。なんで、あたしが自分が作った人形を妻にするのよ。そんなことを口にして遊んでいただけよ。お前はただの人形よ。このあたしが命のようなものを与えただけの道具なのよ……。自分で作り上げた人工物に、人に対するような感情を持つことなどないわ」

 

 御影が大きな声で笑った。

 お宝はますます息が苦しくなった。

 

 完全な絶望がお宝を襲った。

 もう、終わりだ……。

 

 そう自覚すると、急に闇を感じた。

 いや、闇がお宝を包み込もうとしている。

 

 なにか、おかしい……。

 まるで、お宝自身が存在をやめようとしているような感じだ。お宝の意識は心の深い場所に引きずり込まれていっている。

 

「そんなことよりも、早く、首輪を受けれると言いなさい。あたしも美小淋も忙しいのよ。牛魔王が死んで、あちこちの魔王が反乱を起こしそうな気配なのよ。それへの対応を準備しないとならないしね……。鳴智、お宝の身体を起こしなさい。こいつに、首輪を受け入れると言わせるのよ──」

 

 御影が怒鳴った。

 しかし、もうそれは、どこか遠くで喋っているような声にしか聞こえない。

 お宝の身体は完全に力を失い、意識も保つのが難しくなった。

 

 落ちる……。

 

 どこまでも落ちる。

 

 お宝はどんどんと闇そのものに向かって落下し続けていた。

 

「……御影様、お宝の様子が変です……。お宝──? お宝、あんた、大丈夫──?」

 

 鳴智が叫んだ。

 しかし、その声がお宝が知覚できた最後の言葉になった。

 お宝の意識は完全な闇の中に閉ざされた。

 

 

 

 

 とてつもなく厚い無意識の壁の中に……。

 

 

 

 

(第121話『覇王暗殺』終わり、第122話『裏切りの摩雲(まうん)城』に続く)



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 第122話 裏切りの摩雲(まうん)城【御影(みかげ)Ⅱ】
805 死闘終わって~操り遊戯


「よし──。これで、沙那と孫空女の『服従の首輪』は、両方とも、わたしが『主人』と変更されたよ」

 

 沙那の首に装着されている『服従の首輪』に集中していた宝玄仙がほっとしたように脱力した。

 牛魔王を倒した盤桓(ばんかん)平原の戦場だ。

 

 沙那たちは、いまだに牛魔王を倒した場所に留まったままでいた。

 すでに牛魔王軍団は逃げ散っていなくなっていた。

 そして、彼らが放置していった幌付きの馬車を一台分捕り、それを天幕代わりにして、丸一日以上をここですごしているのだ。

 

 お蘭の影法師に導かれた宝玄仙がここにやって来て牛魔王とお蘭の影法師を倒したのは昨日の朝だったが、いまは翌日の朝をすぎ、そろそろ、陽が中天に差しかかろうとしていた。

 お蘭の姿をしていた御影の影法師によって、自軍からは離されてしまっていたので、ここにいるのは、沙那と宝玄仙と孫空女、そして、銀角と金角だけだ。

 

「大丈夫かい、ご主人様? まったく寝ていないよねえ」

 

 沙那の隣の孫空女が心配そうな声をあげた。

 

「たった一晩くらいどうということはないさ。まあ、少し眠いけどね」

 

 宝玄仙が苦笑した。

 ここに留まり続けていたのは沙那の判断だ。

 

 お蘭の影法師は倒したものの、御影(みかげ)はいくらでも影法師を再現できるらしい。

 御影が牛魔王の体内にあった宝玄仙の道術石とともに、宝玄仙自身をさらおうとしていたのは明白だ。

 すぐにまた罠を仕掛けてくる可能性がある。

 それなのに、沙那と孫空女が、“御影の命令に従え”という鳴智の命令を服従の首輪に刻まれたままでは、再び襲われたときに抵抗できない。

 それで、移動よりも首輪を外すことを優先することにしたのだ。

 

 宝玄仙がずっとやってもらっていたのは、首輪に刻まれている「主人」の刻み換えだ。

 宝玄仙としては、「主人」が刻まれている首輪を無理矢理に外すよりも、「主人」を宝玄仙自身に書き換えるという作業の方がしやすいらしい。

 それで一晩がかりで、それに取り組んでいたのだ。

 

 お宝は簡単には書き換えができないように工夫をしていたようだが、さすがに霊具作りの天才と称された宝玄仙だけに、それをやってのけてくれた。

 予定では、宝玄仙を「主人」に書き換えた後、すぐに外してくれる手筈になっている。

 

 一方で、無論、馬車については、宝玄仙の結界で包んでもらっていた。

 移動すると宝玄仙の結界は崩れてしまうが、停止している限り、宝玄仙の結界は絶対に安全だ。

 また、迎撃に出ていた三隊については、すでに摩雲城に帰還の状況だ。

 朱姫のいた精細鬼(さいせいき)隊については、昨日の朝の前には摩雲城に戻っていた。

 西方帝国からの援軍である人間族の隊の伊籍(いせき)隊については、現時点で摩雲城に一度入ったが、補給を受けてからさらに南の金角城まで戻るという連絡を受けている。

 どうやら、摩雲城の守備のために残っていた九霊聖女(くれいせいじょ)の指示のようだ。

 

 さらに、沙那たちが所属していた銀角隊は、沙那が強要された撤退命令により移動を開始していて、すでに摩雲城の手前だ。

 沙那と孫空女と銀角に化けていた六耳という変身妖魔はすでに退治され、檻に閉じ込めているということだった。

 

 足の速い騎兵に沙那たちを迎えに来させることも考えたが、御影はどの集団にも影法師を紛れ込ませることが可能だ。

 安全が確保できない状態で、味方を呼ぶのはむしろ危険と判断した。

 だから、そのまま摩雲城に向かって南進させることにした。

 

 その代わり、銀角がここから守備隊のいる場所まで一気に『移動術』で跳躍できる準備を手配した。

 こちらの態勢さえ整えば、この瞬間にも摩雲城の手前にいる銀角隊に合流できる。

 

「まったく、大したものさ。ひと晩でわたしの身体の復元に加えて、その服従の首輪とやらの主人変更までやってのけるのだしね」

 

 馬車の壁に背をもたれさせている金角が言った。

 牛魔王に捕らわれて首だけの状態で生きさせられていた金角だったが、宝玄仙が銀角に預けていた金角自身の道術石、すなわち、『魂の欠片』を使うことにより、とりあえず身体の復元が始まっていた。

 いまだに肉体の再生の途中であり、金角の身体は凹凸の少ない真っ白な肌の状態だ。だが、すでに四肢のかたちまでは再生されている。

 ただ、まだまったく動けないらしい。

 霊気にしても、ほんの少しも身体には溜まっていないようだ。

 

 宝玄仙によれば、まだ外観だけであり、内臓や骨などはこれから少しずつ戻っていくとのことだ。

 霊気も同じだ。

 金角の身体がある程度動けるようになるまでには夕方までかかり、霊気が遣えるほどに回復するのは、五日以上はかかるとのことだ。

 

 まあそれは、宝玄仙が『治療術』などの道術で金角の肉体復元を手助けしなければの話だ。

 宝玄仙や、あるいは肉体の治癒能力を持っている素蛾が協力すれば、二日間くらいで終わるのではないかと宝玄仙は言っている。

 

「お前については、ただ道術石を放り込んで放っているだけだ、金角……。どうということはないさ。それにしても、再現を始めた身体は随分と普通じゃないかい──? 確か、お前の身体って、巨漢の筋肉質の男の身体に、女の顔があるような感じじゃなかったかい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 沙那もそれは思った。

 ずっと以前に、沙那たちを襲ったときの金角は、まるで男に乳房がついているような大きな身体だった。

 いま再生している身体の外観は、多少大柄なだけの随分と女性らしい身体つきだ。

 

「あ、あれは、奴隷時代に大勢の男たちから、よってかたって肉体改造をされていじられた挙句の身体さ。こっちが本来の身体なんだよ」

 

「そんなものかい?」

 

 宝玄仙が疲労した身体を休めるように、金角の反対側の壁に身体をもたれさせた。

 その動きで、宝玄仙の首にかかっている袋が揺れる。

 昨日まで金角の魂の欠片を包んでいた袋の容器だ。

 いまは牛魔王から取り出した宝玄仙の魂の欠片……、つまり、道術石が入っている。

 これについては、あれからすぐに九霊聖女から通信球が入り、南山大王域に留まっている南山大王が欲していると伝えてきた。

 宝玄仙は今回の助力に対するお礼として、それを提供してもいいと思っているようだ。

 それで、魂の欠片が劣化しないように、宝玄仙自身が作った保管容器に入れているのだ。

 

「いずれにしても、沙那と孫空女から首輪を外したら、とりあえず夕方まで休みな。それから戻るとしようか、宝玄仙。わたしもそれまでには、多少は動けるようになるだろうしね」

 

「休む? 冗談じゃないよ、金角。折角、首輪がうちのふたりに装着されて、しかも、わたしを『主人』と刻んでいる状態になったんだ。少し遊んでから外してやるよ──。さあ、沙那と孫空女、ふたりで口づけをし合いな。お互いに口で相手をいかせるくらいにねっとりとやるんだ、命令だ」

 

 宝玄仙が笑いながら言った。

 

「え、ええっ──? ご、ご主人様──」

 

「ちょ、ちょっと、やめてください──」

 

 沙那も孫空女もびっくりして抗議の声をあげたが、首輪の力は絶対だ。

 身体はすでに隣りに座っていた孫空女と膝立ちになって抱き合う姿勢になっていて、次には、孫空女の唇に沙那の唇を強く押し当てていた。

 

「んんっ、ご、ご主人様……、い、悪戯は……、んあっ……んんっ」

 

「ほ、本当だ……よ……んんん……んんん……」

 

 沙那と孫空女は口づけをしながら一生懸命に訴えるのだが、その抵抗そのものが宝玄仙は愉しいらしい。

 愉快そうな笑い声が聞こえるだけだ。

 しかも、相手をいかせるくらいに舌で責めろと命令を受けいているので、孫空女の舌が沙那の舌に絡みつき、吸いあげたり絡んだりを繰り返してくる。

 沙那の弱いところを知り尽くしている孫空女だ。

 口の中の快感のつぼを確実に舌で突いてくる。

 

 沙那はまるで媚薬でも飲まされたかのような甘美な痺れを全身に覚えてきた。

 それは孫空女も同じのようだ。

 孫空女の鼻からは喘ぐような鼻声が聞こえてきた。

 すると、沙那も触発された感じになり、ますます力が抜けていき、ほとんど無意識に孫空女の舌をむさぼっていた。

 

「相変わらず、緊張感のない、あんたらだねえ……」

 

 馬車の外から銀角の呆れたような大声が聞こえた。

 銀角はひとりだけ、馬車の外にいて、この結界に包んだ馬車に誰かが近づいてきたりしないか見張りをしていたのだ。

 まずありえないとは思うが、逃げていった牛魔王軍の残党が引き返してきて、宝玄仙たちを拉致しようとしないとも限らない。

 

 銀角の首にはすでに首輪はない。

 あの首輪には、「主人」が牛魔王として刻まれていたので、牛魔王が死ぬことで「主人」が空白になり、宝玄仙を「主人」と銀角が受け入れることで、宝玄仙が簡単に首輪を外せたのだ。

 

「じゃあ、今度は口だけじゃなくて、お互いに身体を責め合いな。最初は服の上からだ。ただし、服の下に手を入れるのはなしだよ……。そして、達してしまえば、達した者は一枚服を脱ぐ。それで、どちらかが素っ裸になるまで続けるんだ──。命令だ」

 

 宝玄仙の悪乗りの命令が飛んできた。

 沙那と孫空女は、舌を絡ませ合いながら悲鳴をあげた。

 しかし、「命令」に操られている孫空女の手が、沙那の下袴の下をまさぐってきた。

 沙那の手は孫空女のお尻の辺りを狙って強く擦り始めている。

 また、反対の手はお互いに乳房を揉み合うように動いた。

 沙那と孫空女は、そのまま馬車の床に倒れ込んでしまった。

 

「ご、ご主人様……だ、大事な……は……な……し……が……ああっ、あくっ……あふっ……」

 

 孫空女の舌が一瞬離れたので沙那は懸命に声をあげた。

 しかし、力の強い孫空女は沙那を強引に仰向けにしてしまう。

 そして、沙那の両脚のあいだに膝を入れ、股を閉じられなくしてから下袴越しに強く擦ってくる。

 

 沙那は身体をのけ反らせて甲高い声をあげた。

 話したいことがあるのだ。

 だが、この状態では話せない。

 しかも、達するたびに一枚の服を脱ぎ、どちらかが全裸になるまで責め合うということになると、どちらかが五回は昇天するまで続くということになる。

 冗談じゃない。

 そんなことをしていれば動けなくなる。

 

「ご、ご主人……さ……ま……う、うう……」

 

 沙那は喘ぎ声とともに、これをやめさせてくれと訴えようとした。

 こうしているあいだにも、摩雲城で異変が起きているかもしれない。

 沙那は、首輪の処置が終わってから、自分の考えを宝玄仙たちに聞いてもらおうと考えていた。

 

 なぜ、かつて、本物のお蘭が作ろうとした宝玄仙の道術石が三個に分裂したのか……。

 つまり、魔王の力を増長させた宝玄仙の魂の欠片の正体……。

 それに、摩雲城に異変が起きているかもしれないと沙那が予想している理由……。

 牛魔王が殺された雷音大王への対応……。

 予想できる御影の動き……。

 

 これらについての沙那の推理や考えを聞いてもらいたかったのだ。

 孫空女の唇が再び、沙那の唇を覆った。

 そして、孫空女の指が下袴の上から沙那の肉芽を探し当て、そこを強く揉んでくる。

 

「んんんっ」

 

 沙那は衝撃を受けて鋭く呻いた。

 だが、その呻き声を孫空女の口が包んでしまう。

 

「これは試合だからね。さしずめ、百合試合だ。手を抜くんじゃないよ、ふたりとも──。相手をどうやって昇天させるかだけを一心に考えるんだ。命令だよ」

 

 宝玄仙の言葉に反応したように、孫空女の手が沙那の両手首を掴んで、頭の上に伸ばさせるようにした。

 そうやって、沙那を身動きできない状態にしてから、また股間責めをしてくる。

 そして、孫空女の舌は、沙那の口から耳に向かって移動した。

 

「んあああっ」

 

 沙那は悲鳴をあげた。

 孫空女に身動きできない状態にされて責められると、なぜかそれだけで快感が倍増した。全身が熱くなる。

 沙那の身体が完全に制御を失った。

 

「んふううっ」

 

 沙那は声をあげた。

 身体の芯まで疼くような甘美感が急速に込みあがる。

 沙那は耐えきれずに、顔を左右に振りながら絶頂に達してしまった。

 

「まずは、沙那だね。予想通りか……。これは服を脱ぐごとに不利になるからね。沙那の連続負けかねえ……。まあ、とりあえず、下袴を脱ぎな、沙那。命令さ」

 

 宝玄仙は手を叩いて笑いながら言った。

 肩で息をする孫空女が身体からどいた。

 

「はあ、はあ、はあ……。ご、ごめんよ、沙那……」

 

 孫空女が申し訳なさそうな声で言った。

 

「はあ、はあ、はあ……い、いいのよ……」

 

 沙那の手は勝手にはいていた下袴をおろしている。

 下半身が下着だけになると、沙那の股間の下着は、まるで小尿でもしたようにびっしょりと愛液で濡れているのがわかった。

 

「さあ、二回戦だ──。じゃあ、沙那、少し“ハンデ”をやるよ。今度は、孫空女は左手首を背中で右手で掴むんだ──。さあ、始め──。命令だ。手を抜くんじゃない。全力で相手をいかせるんだ」

 

 宝玄仙が声をかけた。

 沙那は達した身体を休ませることもできずに、再び孫空女と抱き合わされる。

 しかし、さすがに両手を封じられた孫空女を押し倒すことはできた。

 それに、全力を尽くせという命令だ。

 

 仕方がない……。

 

 沙那は押し倒した孫空女の胸の付近に指を強く押し当てた。

 孫空女の身体の快感を増幅させる経絡突きだ。

 

「そ、それは、卑怯──」

 

 孫空女が叫んだ。

 だが、そのときには、沙那は孫空女の身体を異常な欲情状態にすることに成功していた。

 こうなれば、簡単だ。

 孫空女は沙那のなんでもない手管に激しく悶え始める。

 沙那が孫空女を昇天させるのに、幾らもかからなかった。

 

「じゃあ、孫空女は下袴を脱ぎな。三回戦だ。始めな。命令だ。だけど、今度は、沙那が後ろで手を組むんだ。確かに、経絡付きは卑怯かもね。それに、あっという間に勝負がついて面白くないから、次からは禁止だよ」

 

 すぐに、下半身が下着だけになった孫空女の脚が絡みついてきた。

 これは、とことん遊びつくすまで、宝玄仙は許してくれそうになさそうだ。

 沙那はもうすっかりと諦めの境地になった。



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806 羞恥遊戯

「そ、素蛾、いい加減にしなさい。お、お前、馬鹿じゃないの……」

 

 朱姫は喚いた。

 摩雲(まうん)城の中庭だ。

 かなり多くの亜人兵がうろうろしている。

 

 そこを朱姫は、首輪についた鎖を素蛾に引かれて、全裸に真っ赤な短い下袍だけを身に着けた姿で四つん這いになって歩かされていた。

 剥き出しになった乳房はもちろん、下袍の下の股間についても、四つん這いになることで完全に後ろからは露出している状態だ。

 まったくの全裸で這っているのと同じだ。

 

 一方で素蛾もまともな恰好ではない。

 自ら首に犬の首輪を装着し、全裸に前開きの薄物一枚を羽織っただけという格好である。

 なによりも、股間には革性の模擬男根がそそり勃っていて、それを革紐で裸の股間に括り付けているのだ。

 

 そばを通る亜人兵たちは、そんな破廉恥な姿の朱姫と素蛾に奇異の視線や卑猥な表情を向けてくる。

 ただ、九霊聖女(くれいせいじょ)により、素蛾と朱姫には構うなと厳しく触れを出されているので、声をかけたり手を出したりする者はいない。

 もちろん、九霊聖女がそんな指示を摩雲城に流したのは素蛾の手配だ。

 素蛾は、朱姫の操り術を遣い、主要な者に『服従の鎖』という操り霊具を装着して、素蛾を「主人」と刻むことで、摩雲城を支配してしまっているのだ。

 ただ、あまりの露骨な眼差しに、朱姫は耐えられなくなってきた。

 

「ふふふ……。この前は、全裸で恥ずかしかったと言っていたから、今度はちゃんと服を着させてあげたじゃないですか、朱姫姉さん。その赤い下袍似合っていますよ。可愛いです」

 

 素蛾が中庭のど真ん中で止まった。

 遠巻きに亜人兵がこちらに注目しているのが見える。

 

「ふ、服って、ほとんど全裸じゃないのよ。も、もう、やめて──。部屋に戻しなさい──」

 

「駄目です。もう少し外の風に当たりましょうよ。部屋の中にばかりいては、身体に悪いですよ。素蛾と愉しいことをしましょうよ、朱姫姉さん……。そして、後でわたくしに罰を与えてください。素蛾のことを乱暴に犯してもいいですよ。素蛾はこんなに悪いことをしているのですから、うんときつい罰を与えてくださいね」

 

 素蛾はくすくすと笑った。

 

「わ、わかったわ──。罰を与える──。その代わり、すぐに部屋に戻るのよ──」

 

「嫌です。罰は後です──。もっともっと朱姫姉さんに酷いことをしないと……。嗜虐を与えるときは、相手が嫌だと言っても徹底的にする──。そうですよね? 嫌だというのは“ごっこ”の一環であり、嗜虐側になったときは、相手が嫌だと言ってもやめてはならない──。朱姫姉さんがいつもそう言っているじゃないですか……」

 

「あ、あんたねえ……」

 

「とにかく、しばらくは、朱姫姉さんは素蛾の犬です。ここで恥ずかしい遊びをたくさんやってから、また代わってあげます。そのときに、うんと素蛾をいじめてください。もちろん、朱姫姉さんはどんな道術も禁止ですよ。絶対です。命令ですからね」

 

 素蛾がまた心から愉しそうに笑った。

 だめだ、これは……。

 朱姫は歯噛みした。

 

 おかしな操りで理性をなくされ、まるで人が違ったようだが、ある意味でこの素蛾も本当の素蛾なのだろう。

 嗜虐癖と被虐癖は真反対の性癖のようだが、実は、同じ同じ性癖の裏と表だ。

 素蛾のような強い被虐癖は、その奥には強い嗜虐癖もあるのだ。

 逆も同じだ。

 そして、素蛾に「操って支配する」という行為をさせるために、あのお蘭の影法師は、その素蛾の隠れていた支配の性質を最大限に引き出したに違いない。

 

 第一、嗜虐するときには、相手がやめてと言っても途中でやめてはならない──というのは、素蛾をけしかけて宝玄仙や沙那などを責めさせるときに、朱姫などが素蛾にいつも言い聞かせていた言葉だ。

 素蛾は、それをしっかりと心に刻んでいるのだ。

 

 朱姫もなんとか、素蛾を出し抜いて、『服従の鎖』の操りから逃れようとしたり、九霊聖女たちの「支配」をやめさせようとするのだが、素蛾というのは実は案外に用心深くて、頭もいいようだ。

 その隙もない。

 

 いずれにしても、朱姫は限界だった。

 四つん這いで二刻(約二時間)以上も、多くの亜人兵の好奇の視線を浴びながら歩かされている。

 羞恥で神経がおかしくなりそうだし、身体を支え続けている腕も疲労のために、こうやってじっとしているだけでも、全身から汗が滴り落ちるようにもなっていた。

 

「じゃあ、もうひと回りしましょうよ、朱姫お姉さん」

 

 ほとんど全裸の素蛾が朱姫の首輪を鎖でぐいと引っ張った。

 足首に装着された『服従の鎖』という霊具により、主人が「素蛾」だと刻まれてしまっている朱姫は、一切の素蛾の言葉に逆らうことができなくなっている。

 部屋を出てくる前に、「素蛾の犬になれ」と命令をされたので、首輪を引っ張られれば、嫌でも朱姫の身体は四つん這い歩行を始めてしまう。

 

 だが、もう体力的につらい。

 それだけでなく、別の苦痛まで朱姫を襲い始めていた。

 しかも、それはもう我慢のできないものになっている。

 

「ま、待って、素蛾……。お、おしっこ……。あ、あたし、おしっこしたいの……。も、もう戻して……」

 

 朱姫は四つん這いで歩きながら訴えた。

 部屋を出る前に素蛾から、大量の水を「命令」で飲まされていた。

 それがもう限界だった。

 素蛾がにっこりと笑った。

 そして、そばにあった一本の立ち木まで朱姫を連れて行くと、その幹に朱姫の首輪に繋がった鎖を結んでしまった。

 

「な、なによ?」

 

 まだ、中庭の真ん中だ。

 声をかけるなという九霊聖女の命令を受けているので、朱姫と素蛾に構う者はいないが、かなりの亜人兵がこっちを見ている。

 

「ここで嗜虐ごっこの“羞恥遊戯”です。わたくしのこれを舐めて気持ちよくしてください。気持ちよくなったら、人のいないところで、おしっこをさせてあげます。でも、気持ちよくすることができなかったら、ここで漏らすんです」

 

 素蛾が服をはだけて、裸の股間に革紐で装着させた人工男根を朱姫の顔に向けた。

 朱姫は驚いてしまった。

 

 素蛾が股間に括り付けているのは、模擬男根の刺激を身体に伝えてくれるような霊具ではない。

 宝玄仙はそんな霊具の淫具も持っているし、それを朱姫たち供に装着させて愛し合わせることもあるが、素蛾がしているのはそれとは違う。

 ただの革の塊りだ。朱姫がどんなに舌を使っても、素蛾に刺激が伝わることはありえない。

 

「なにやっているんです。早くしないと漏れてしまいますよ……。命令です。これを舐めて、素蛾を気持ちよく昇天させてください。でも、直接に肌を舐めたり、張形を無意味に動かして、素蛾のお股に刺激したりする“ずる”は駄目です。さあ、始めてください」

 

 朱姫は小さな声をあげてしまった。

 強い被虐癖だとばかり思い込んでいた素蛾だが、実はとんでもない嗜虐癖ではないかと思えてきた。

 この数日の素蛾の振る舞いに接して、本当にそう感じる。

 

 本当に素蛾は容赦なく朱姫を追い込んでくる。

 昨日も、浣腸と掻痒剤で苦しめられながら、全裸で城中を歩かされた。

 しかも、大勢の亜人兵のいる広場で素蛾のことを犯すように強要されたのだ。

 大便こそ人前でやるのは免れたが、それでも、いつ人が来るかわからない廊下の真ん中で排便もさせられた。

 

 そして、今日は尿意に耐えて、模擬男根を舐めろという。

 朱姫は羞恥と恥辱と屈辱の混ぜこぜの複雑な心境に陥りながら口を開いた。

 そして、素蛾の股間にある革の男根を口で咥える。

 遠巻きにしている亜人兵からどよめきのような声も聞こえた。

 

「ふふふ……、朱姫お姉さん、なんかくすぐったいような気分もしますよ。本当の男根じゃないけど、素蛾は感じそうです」

 

 素蛾が愛おしそうに朱姫の髪を撫ぜてきた。

 だが、朱姫はそれどころじゃない。

 懸命に舐めてはいるが、所詮は神経の通っていない革の男根だ。

 こんなものをいくら舐めても素蛾を達しさせることができるわけがない。

 しかも、すでに尿意が限界だ。

 

 舐めているあいだに、全身が苦痛で震え始めた。

 それでも、しばらく続けた。

 続けるしかない。

 

 模擬男根への奉仕は「命令」でもあるのだ。

 結局、素蛾は、なんと半刻(約三十分)も朱姫に奉仕をさせた。

 

「駄目ですね……。さすがの朱姫姉さんでも、偽物の男根じゃ歯が立たなかったですか……」

 

 素蛾がやっと朱姫が男根から口を離すのを許可して笑った。

 そして、立ち木の幹から鎖を外すと、再び歩き出す。

 

「あ、当たり前よ──。ひ、ひどいわよ、素蛾……。そ、それよりも、お、おしっこを……」

 

 朱姫は歯を食い縛りながら、なんとかそれだけを言った。

 もう数瞬ももたない。

 

「わかっていますよ。だから、人目の少ない場所を探しているんですよ。それまで漏らさずに、ついて来てくださいね。命令です」

 

 素蛾は朱姫の首輪の鎖を引きながら愉快そうに言った。

 この中庭には、素蛾と朱姫の狂態を見物している亜人兵がかなり立ち止まっている。

 確かに、ここには人目のない場所などない。

 しかし、素蛾は逆に、遠巻きにしていた亜人兵がいる方向に向かって、朱姫を導いている気もする。

 しかし、朱姫は「命令」のために、素蛾が鎖を引く方向に四つん這いでついていくことを絶対にやめられない。

 やがて、目の前に十数人の亜人兵がいる場所にやってきた。

 

「だ、駄目──。も、もう、もたない──。そ、素蛾──。だめえっ──」

 

 朱姫は悲鳴をあげた。

 あと一歩で漏れる──。

 朱姫の身体は立ち止まっていた。

 「命令」を与えられてはいるものの、本当にこれ以上“漏らさずに歩く”ことが不可能だったのだ。

 

「立ってください、朱姫姉さん」

 

 そのとき、素蛾が大声で怒鳴った。

 朱姫が立ちあがるのと、股間からゆばりが迸るのはほとんど同時だった。

 しかも、素蛾はさっと手を伸ばして、朱姫の腰から下袍を剥ぎ取ってしまった。

 朱姫がはかされていた下袍は、横から引っ張れば、簡単に脱げるようになっていたのだ。

 

「おおっ」

 

「うわっ」

 

「ほお……」

 

 周囲の亜人兵たちが驚愕と好奇の声をあげた。

 しかし、一度出始めた尿は、もう朱姫の意思ではどうにもならない。

 激しい奔流となって、全裸の股間の下から地面に降り注いでいる。

 唖然としたような亜人兵たちの眼差しの前で、朱姫は途方もなく激しい羞恥の一方で、強い解放感を味わっていた。

 

「さあ、朱姫姉さん、また跪いてください。素蛾が綺麗にしてあげます。お尻を高くあげて……」

 

 やっと放尿が終わったところで、素蛾が朱姫の尿で汚れた場所を避けて数歩動かし、朱姫を再び四つん這いにさせた。

 だが、野次馬の亜人兵が取り囲む中心だ。

 朱姫は当惑した。

 しかし、朱姫の身体は素蛾の言葉に従って、また四つん這いになった。

 

「お尻を高くしてください……。動いちゃだめですよ、朱姫姉さん」

 

 すぐに朱姫の身体は、頭をさげて尻を高く掲げる体勢になった。

 身体が硬直したように動かなくなる。

 

「ふふふ……、じゃあ、お舐めします」

 

 素蛾が笑いながら、尿で汚れた朱姫の股間に背後から舌を這わせてきた。

 

「うはあっ」

 

 朱姫は我慢できずに、身体をびくりと動かして悲鳴をあげた。

 周囲で卑猥な響きのあるどよめきが起きた。

 朱姫は慌てて歯を食い縛った。

 だが、素蛾の唾液は強力な媚薬効果がある。

 素蛾に舌で舐められることにより、鋭い性感が朱姫の身体を走り抜けだした。

 

「くっ、ううっ、も、もういい……。そ、素蛾……、もういいから……」

 

 朱姫は何度も声をかけた。

 だが、素蛾は執拗な股間への舌舐めをやめようとしない。

 素蛾の舌の掃除はかなり長く続いた。

 身体の震えがとまらなくなってきた。

 引きつったようになっている太腿につっと愛液が垂れるのがわかった。

 

「だ、だめ……ほ、本当に……だめ……。も、もういく……」

 

 朱姫は息も絶え絶えに言った。

 本当にあとほんの少しの刺激で絶頂しそうなくらいに追い詰められた。

 すると、素蛾が朱姫の股間を舐めていた舌を離した。

 

「だったら素蛾がここで犯して差しあげますね……。朱姫姉さんを素蛾が……。だって、朱姫姉さんは素蛾のものですから……」

 

 後ろで素蛾が立ちあがるのがわかった。

 そして、あの革性の模擬男根の先端が朱姫の女陰が当たった。

 亜人兵たちの輪が縮まるのを感じる。

 

 素蛾は本当にここで朱姫を犯すだろう。

 朱姫の鼓動は激しく動いていた。

 素蛾の羞恥心は他人とは違う。

 裸身を晒しても堂々とできる性質だ。

 愛しい者と愛し合う行為だって、素蛾の心には「よいもの」として刷り込みもされている。

 素蛾としては、他人の前でそれをすることを避ける意味は、逆にわからないだろう。

 

 そのとき、突然に拍手の音が鳴った。

 まさに朱姫を貫こうとしていた素蛾の模擬男根がすっと離れたのがわかった。

 朱姫は拍手の鳴った方向を見た。

 

 そこには、身体全体を真っ黒い外套ですっぽりと覆った男がいた。

 ただ、顔も外套についたフードで隠しているので、はっきりと男ということはわからない。

 ふと気がつくと、周りにいた亜人兵たちが、まるで操られたような目付きで朱姫たちから離れていく。

 いつの間にか、周囲は、朱姫と素蛾とその黒い服の人物の三人だけになっていた。

 

「面白かったわ……。なかなかの女王様ぶりだったわね、素蛾。あんた、素質があるかもよ……」

 

 黒い人物が笑った。

 口調は女だったが、声は男だった。

 いずれにしても、少なくとも朱姫の知っている人物ではない。

 

「だ、誰よ、お前?」

 

 朱姫は声をあげた。

 ただ、素蛾の「命令」により、高尻でうずくまった状態で動くことができない。

 

「お蘭さんですか……?」

 

 すると、素蛾が首を捻りながら訊ねた。

 

 お蘭──?

 

 朱姫は訝しんだ。

 少なくとも、目の前の人物は男だ。

 お蘭などではありえない。

 だが、その男から感心したような声があがった。

 

「驚いたわね……。あたしの影法師を一発で見抜いたのは、お前が初めてじゃないかしら? 宝玄仙の供にはなかなか面白い者が揃っているのね……。確かに、お前とはお蘭としてしか会ってないわね」

 

 黒い男が笑った。

 

「……み、御影……?」

 

 朱姫は唖然とした。

 こいつは御影の影法師なのか?

 

 素蛾は目の前の黒い男と、お蘭だった人物が同一であることがわかったのだと思う。どうして、素蛾に見抜けたのかわからないが、素蛾に備わる不思議な直感が働いたのだろう。

 御影とは、宝玄仙をずっと付け狙っている男であり、今回も宝玄仙の妹のお蘭の姿で接触して罠を仕掛けてきた。

 お蘭の正体が御影の影法師だったことは、沙那から通信球で知らされている。

 しかし、朱姫も御影の話は何度も聞いているが、御影の姿で会ったことはなかった。

 顔を覆ったフードの下には、誰もいないかのような影しか感じない。

 

「確かに御影よ……。その影法師だけどね。誰の姿も映していないときは、影法師はこんな感じなのよ……。あることで霊気があがったので、この摩雲城と再び接触を維持できたというわけよ。影法師も送り込むことができたし、この摩雲城全体をあたしの新しい『縛心』の道術で支配することもできたわ。城全体をあたしの結界で包むことによってね……。残りはお前たちくらいなものよ……」

 

「ああっ? どういうこと──」

 

「それにしても、宝玄仙の霊気を帯びているお前たちは、どうも全体道術にはかはかかりにくいのよね……。まあ、支配霊具があれば、どうということもないけど……。それよりも、交代するわ、素蛾──。朱姫に御影の命令に逆らうなと命じて、そこをどきなさい。あたしが朱姫を犯すから……」

 

 御影が言った。

 朱姫は恐怖に包まれた。

 御影に『服従の鎖』で支配されて道具にされる──。

 熱かった身体から一瞬で冷や汗のようなものが流れるのを感じた。

 

「嫌です──。朱姫姉さんは素蛾のものです。誰にも渡しません──」

 

 素蛾がきっぱりと言った。

 

「な、なんですって──。いいから、命令するのよ、素蛾──。あたしを見なさい──。よく見るのよ──」

 

 御影の影法師が苛ついたように怒鳴った。

 

「なんと言われても嫌です。朱姫姉さんはわたくしのものです。だから、この摩雲城を乗っ取ったんです。朱姫姉さんから離れなくて済みようにです。わたくしは朱姫姉さんを渡しません──。ご主人様にも、沙那様にも、孫様にも……。もちろん、お蘭さんにも……」

 

「あたしはお蘭じゃないわ。御影よ──。それに、お前はあたしに命じられて、それをやったのよ──。お前はすでにあたしの支配下にあるはずよ。命令に従いなさい──。朱姫に命じなさい。御影の命令に従えとね──」

 

「嫌です──」

 

 素蛾が朱姫を守るように後ろからぴったりと朱姫の腰を抱くようにした。

 影法師から盛大な舌打ちがした。

 

「くっ……。完全な操り状態になったかと思っていたのに、心はそれなりに頑ななのね。本質のところまでは支配されないというわけか……。まあいいわ」

 

 影法師がつぶやいた。

 

「うっ」

 

 次の瞬間、突然に素蛾の身体が直立不動になった。

 両手は身体の真横に動いて、身体全体が硬直したように動かなくなってしまったようだ。

 

「そ、素蛾──」

 

 朱姫は怒鳴った。

 

「ここはあたしの結界で包んだと言ってるでしょう──。逆らえると思うの、小娘──? まあいいわ……。宝玄仙の供たちは、どいつもこいつも全員を捕えてやる。お前も、後でゆっくりと料理してやるわ。ただ、いまはこれで遊んでなさい」

 

 御影は素蛾の身体にかかっていた薄物を剥がすとともに、腰に巻いていた模擬男根に指を伸ばした。

 霊気が走ったのがわかった。

 素蛾の腰についていた模擬男根の革紐が外れて下に落ちる。

 それを影法師が拾いあげた。

 

 しばらく、影法師はそれを持ったままでいたが、やがて、それがぶるぶると振動を始めた。

 朱姫は眼を見張った。

 霊気など備わっていないただの模擬男根をあっという間に霊具にした。

 まるで宝玄仙の道術のようだ。

 

 朱姫もある程度は同じことはできるが、注がれた霊気が桁違いだ。

 あれはただ振動するだけじゃないだろう。

 ほかにもさまざまな責めを女体にできるような気がする。

 影法師は、男根から装着用の革紐を外して張形の部分だけにすると、その先端をぴたりと閉じている素蛾の股間に当てた。

 

「んぐううう──」

 

 ぴたりと締まっている素蛾の口から激しい呻き声が起きた。

 眼は大きく見開かれている。

 素蛾の股間にさっきの男根が、勝手にうねうねとうねりながら、素蛾の股間に進み埋もろうとしている。

 しかし、素蛾の股間は、ほとんど濡れてはいないはずだ。

 そこにいきなり張形が挿してくるのだから、素蛾の苦痛は並大抵のものではないだろう。

 

「そ、素蛾──。や、やめてよ、御影──」

 

 朱姫は大声をあげた。

 だだ、そのときには、張形は素蛾の股間に完全に埋まっていた。

 影法師が素蛾を蹴り飛ばす。

 

 素蛾は真っ直ぐに身体を伸ばしたまま、受け身も取ることもできずに、二度三度と転がりながら地面に叩きつけられた。

 朱姫は急いで、転がった先の素蛾に視線を移した。

 素蛾は顔を地面にまともに打ったらしく、鼻から血を流している。

 

「大人しく『縛心術』の操り状態になっていれば、痛い目に遭わなくて済むものを……。まあいい。後できっちり拷問して、服従の霊具を受け入れさせてやるわ……。まあ、この摩雲城を支配下にしたことで、小娘の仕事としは上出来だしね……。おかげで抵抗なくあたしの『縛心術』をほぼ全員が受け入れたわ……。お前に渡した操り霊具には、あたしの全体道術を受け入れやすくする効果もあったのよ」

 

 影法師が酷薄そうな笑い声をあげた。

 そして、朱姫の後ろに回って腰をしっかりと両手で持った。

 

 はっとした。

 犯すのだ……。

 そう思った。

 だが、影法師の手はまるでなにも存在していないかのように実態を感じない。

 

「実をいうと、宝玄仙とも長い付き合いだけど、その供を犯すのはお前が最初よ。孫空女のときは、白痴妖魔をけしかけただけで犯さなかったしね」

 

 影法師が笑った。

 そのとき、突然に影法師が掴む手が実体のあるものに変化したのを感じた。

 朱姫は首を捻って後ろを見た。

 そこにいたのは、さっきまでの黒い外套に全身を包んだ影法師ではなく、端正な顔立ちの髪の長い男だった。

 

「み、御影?」

 

 本物──?

 いま、瞬間的に入れ替わったのか……?

 だが考える余裕はなかった。

 

 御影の怒張が朱姫の女陰に押し入り、そのまま一気に進んできた。そして、一番奥まであっという間に到達してきた。

 

「ああっ」

 

 出したくはなかったが、朱姫は深い吐息とともに甲高い声をあげていた。

 朱姫の身体は、素蛾の唾液の影響が残っていて、性感が限界まで高められていたのだ。

 素蛾の唾液に濡れていた朱姫の身体は、御影の怒張の貫きに耐えることができなかった。

 ただのひと突きで、朱姫の快感は弾けそうになった。

 そして、朱姫は御影による更なる数回の突きだけでたちまちに絶頂していた。

 

「宝玄仙の供だけあって淫乱な身体なのね……」

 

 御影が背後で嘲笑った。

 抽送は続く。

 すぐに二度目の絶頂もやってきた。

 

 一度目よりも強大な快感のうねりだった。

 朱姫は声をあげて、吠えるような声をあげて身体を震わせた。

 

 御影が朱姫に精を放ったのは、朱姫の三度目の絶頂と同時だった。

 快感の余韻に震える朱姫の股間から御影が男根を抜くのがわかった。

 それと同時に、朱姫は後ろから尻を蹴り飛ばされた。

 素蛾の「命令」がかけられたままの朱姫の身体が、尻を揚げた状態のまま横倒しになった。

 

 その朱姫の腕が強引に背中に回されて手錠がかけられた。

 『道術封じの枷』だ──。

 朱姫にはそれがわかった。

 

 ふと顔をあげると、朱姫の手錠を嵌めた人物は、御影本体ではなく、また黒い外套で身体を覆った影法師に戻っていた。

 

「……ふふふ、宝玄仙を捕まえる餌になってもらうわ。今度こそ、宝玄仙を逃がさない……」

 

 影法師が言った。



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807 三個の魂の欠片

「あのときに、三個の魂の欠片が出現した理由だって? そんなことどうでもいいだろう、沙那。あれは、お蘭に化けていた影法師の戯言じゃないかい──」

 

 沙那と孫空女から『服従の首輪』をやっと外してくれた宝玄仙が呆れた声をあげた。

 「百合試合」が終わったところである。

 結局、九回続けて孫空女と愛し合わされた。

 最終的には沙那の負けだったが、そんなことはもうどうでもいい。

 とにかく、身体がくたくたで口を開くのもだるいのだが、どうしても言いたいことが沙那にはあったのだ。

 

「で、でも、事実、ご主人様の魂の欠片が道術石として魔域に運ばれ、そのために魔域全体に大きな騒動が起きたのですから、お蘭が全部で三個の魂の欠片を作ったのは事実じゃないんですか。そのうちのふたつが御影の手によって魔域にもたらされたのです」

 

 沙那は汗びっしょりの裸身を脱ぎ捨てていた服で隠しながら言った。

 胸当てだけの姿の孫空女が馬車に積んである荷の中から布を取り出して、沙那に放る。沙那はそれでとりあえず、身体の汗と愛液で汚れた股間を拭った。

 

「そうかもしれないけど、それはお蘭が三個作ったから三個できあがったんだろう。魂の欠片の施術というのはそういうものさ。一個しか作ろうと思わないのに三個もできることはないよ」

 

 宝玄仙は肩を竦めた。

 

「どうして、あのとき、お蘭が三個も作る必要があったのです? ご主人様は、わたしの身体に一個の魂の欠片を入れることをお蘭に頼んだだけじゃないですか」

 

「知らないね……。あいつはそういう女なんだよ。あとで嫌がらせの種にしようと思って、ふたつの道術石を余分に作ったのさ。あいつがわたしに関わるたびに、わたしは碌でもない目に遭うんだ」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 

「沙那、水だよ」

 

 下着姿の孫空女が沙那に水筒を持ってきてくれた。

 

「あ、ありがとう、孫女……」

 

 沙那はそれをむさぼるように飲んだ。

 

「……いや、それは不自然じゃないのかい、宝玄仙? わたしは、魂の術は遣えないけど、それがどういう道術なのかくらいは知っている。ひとりの道術遣いから、三個を同時になんか作れないはずだ。そんなことをすれば、下手をすれば本体の魂が分裂して死んでしまうこともある。三個作るのであれば、一個を作って、しばらく待って本体の魂が元に戻るのを待ち、また、次の魂の欠片を分離する……。そういう手順を踏むものだろう」

 

 金角が再生途中の身体を馬車の壁にもたれさせながら言った。

 

「わたしが死んでも泣きもしないだろうさ……。お蘭はね」

 

 宝玄仙が鼻を鳴らした。

 

「わたしが思うに、偽のお蘭が言ったことは事実だったのだと思います。あのときお蘭は、本当にご主人様から一個の魂の欠片を作ろうと思っていなかったのに、結果的に三個ができあがったのだと思います」

 

 沙那は言った。

 話をしながら、とりあえず服だけは身に着けた。

 そして、もう一度、孫空女が持ってきてくれた水筒に口をつけて飲む。

 

「じゃあ、どういうことなんだい、沙那?」

 

「その前に伺いたいのですが、ご主人様が持っている牛魔王から抜いた道術石と、以前に白象宮で破壊したわたしの身体に入っていた道術石と、どちらの霊気が強いですか?」

 

「ああ、あれかい……。まあ、よくは覚えてないけど、こっちの方が少し霊気は小さいように思うね」

 

 宝玄仙は胸に提げた袋に手をやりながら言った。

 

「だったら、それは宝玉様の魂の欠片です。そして、雷音大王の身体に入っているのは、ご主人様の魂の欠片か、あるいは、もうひとりのご主人様の魂の欠片なのではないでしょうか」

 

 沙那は言った。

 どう考えても、論理的に考えるとそういうことになる。

 宝玄仙の身体の中に、宝玄仙と宝玉のほかに、もうひとりの人格が隠れていることは確かだと思う。

 沙那は直接その場にいたわけではないが、以前、宝玄仙と孫空女が金凰魔王の囚われから脱したとき、孫空女によれば、まるで子供のような宝玄仙が出現して、金凰魔王と金凰妃を殺してしまったということだった。それが三人目の宝玄仙だろう。

 

 宝玄仙の身体には三人の宝玄仙がいる。

 

 だから、お蘭が一個の魂の欠片を出そうとして、三個も出現してしまったのだ。

 沙那はそう説明した。

 宝玄仙は目を丸くしている。

 だが、三人目の宝玄仙について、宝玄仙自身も思い当るところがあるような感じだ。

 

「さ、三人目?」

 

 一方で、金角は沙那の言葉にびっくりしていた。

 馬車の外でこっちの話に耳を傾けていた銀角も驚きの声をあげた。

 

「三人目が? そして、これは宝玉……」

 

 宝玄仙は呟いた。

 そして、はっとしたように袋を開いて道術石を取り出した。

 

「つ、つまり、そうであれば、これを復活させれば、宝玉が出現するということかい?」

 

 宝玄仙はぐっと道術石を握った。

 沙那にはわからないが、霊気を込めようとしているのだろう。

 しかし、やがて、宝玄仙は首を振った。

 

「……いや、復活できない……。金角のときと同じだ。本体の魂が存在している。だから、この魂の欠片を復活させることはできない……」

 

「当たり前です、ご主人様。ご主人様は生きておられます」

 

 沙那は断言した。

 

「だって、宝玉は……」

 

 だが、宝玄仙はなにかを思い出すような表情になって呟いた。

 その顔はとてもさみしそう思えた。

 

「生きておられます。眠っておられるだけだと思います」

 

 沙那はきっぱりと言い切った。

 宝玉が宝玄仙の心の中で消滅したという話は、宝玄仙から聞いている。

 だが、沙那はいまは静かにしているだけだと思う。

 宝玄仙の話によれば、なんども同じことを宝玄仙の心は繰り返しているという。

 少なくとも、沙那も宝玉はいつか復活すると思いたい。

 

「……そうかい……。まあいい……。ふたつの道術石が余分に出現した理由はなんとなくわかったよ……。だったら、白象宮で破壊した道術石は、わたしの魂だったと思うね。そして、雷音大王の身体にあるのは、もうひとりのわたしだろう……。まあ、あのお蘭の影法師が真実を語ったとすればの話だけどね。白象宮で壊した道術石は、この道術石と大きな差はなかった……。影法師は、雷音大王が身体に入れた道術石は、遥かに大きな霊気を帯びていたと言っていたしね」

 

 宝玄仙の言葉に無言で頷く。

 沙那も同じように思っている。

 つまりは、残りふたつの宝玄仙の魂の欠片が存在していても、それを使って目の前の宝玄仙は復活しない。

 沙那はそれを言いたかったのだ。

 

「それで提案なんですけど、ご主人様の魂の欠片をまた作ってはいかがでしょう。牛魔王を殺したために雷音大王が復讐に出てくることも考えられます。御影もまたご主人様を狙っているでしょう。あくまでも念のためです」

 

 沙那は言った。

 白象宮で宝玄仙の魂の欠片を破壊させてしまったのは自分のせいだ。

 沙那にはそれについての深い悔悟がある。

 しかし、宝玄仙は首を振った。

 

「沙那、魂の施術は自分自身に対してはできない。少なくとも、わたしにはね。あれは外から霊気を遣って、魂の欠片を引き出すことが必要なんだ。埋めるときも同じだ。自分自身では、どうしても内側からしか霊気は出せないからね」

 

 宝玄仙は言った。

 沙那は失望した。

 

「ねえ、ご主人様、だったら、御影はどうなんだい? 御影はお蘭の影法師になって、魂の欠片そのものの術は遣えそうだけど、影法師だって御影自身なんだろう? 自分の身体に魂を埋めたり、出したりできるのかい?」

 

 孫空女だ。

 

「御影はできるさ。あいつの影法師はほとんど別の存在だからね。あいつは同時にふたつの影法師を作れる。三個の身体をひとつの心で動かすんだ。影法師で外から霊気を及ぼして、本体に対して魂の施術を行うことは可能さ……。それにしても、孫空女──。お前、話を聞いていたのかい? 馬鹿のくせに、魂の欠片の性質についての混み入った話が理解できるのかい?」

 

 宝玄仙がからかった。

 

「ひ、ひどいよ」

 

 孫空女が不平そうな声を出した。

 沙那は咳払いをして、話を戻す。

 

「……つまりは、御影はやっぱり、自分で魂の施術が可能なのですね。そうだとすれば、御影の狙いは、やはりご主人様から出現したふたつの道術石を手に入れることです。だから、お蘭の姿で近づき、牛魔王を倒させて、そこから取り出した道術石を奪おうとしたのです。あるいは、雷音大王の中に入っている道術石も御影は狙っているかもしれません」

 

「なるほどねえ……。あの女男はこれが欲しいのかい……。だったら、九霊聖女から話があったように南山にくれてやるさ。こんな石、あいつがわたしらにもう手を出さないと誓えば、くれてやってもいいんだけど、あいつのことだから、しつこく付きまとってくるだろうしね。この石で南山が牛魔王並みに強くなれば、今度こそ手は出せないだろう」

 

「いえ、それは危険です、ご主人様……。というよりは、そもそも、九霊聖女からの話は不自然です。九霊聖女から魂の欠片を南山大王が欲しているという伝言があったのは、わたしたちがお蘭の影法師を退治した直後でした。あまりにも時期が合致しすぎます」

 

 沙那は言った。

 宝玄仙が眉をひそめた。

 

「どういうことだい?」

 

「これはあくまでも可能性の話ですが、お蘭の影法師の姿でその道術石を奪おうとした御影が、それに失敗したために、慌てて九霊聖女に、南山大王がご主人様の道術石を欲しがっていると伝えさせたとしたら……。もちろん、それは、ご主人様に道術石を処分させないためです」

 

「御影が九霊聖女に──? お前、なにを言ってるんだい、沙那──? 九霊聖女がわたしを裏切ることはないよ。あいつは、わたしの奴隷の刻印を受け入れているんだ」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 

「裏切ったとは思いません……。でも、御影は服従の首輪で他人を操れますよ……。ほかにも、『縛心術』だってあります。南山大王が本当にそう言っていると思い込ませれば、九霊聖女はご主人様にそう連絡してくるでしょう」

 

「九霊聖女が御影に操られているって? 沙那、本気でそう言っているのかい?」

 

 宝玄仙は呆気にとられている。

 

「あくまでも可能性の話だけです。そうでなくて、本当に南山大王が道術石を欲しがっていることだけかもしれません。しかし、もしも、なんらかの手段で摩雲城に御影の手が伸びているとすれば、そこにのこのこと戻れば、罠に嵌まることになります……」

 

「摩雲城が御影の手に落ちている?」

 

 宝玄仙は不審顔だ。

 まあ、沙那も可能性のことを言っているだけではあるが……。

 

「そもそも、ご主人様の道術石の力で雷音大王や牛魔王の力があがったのだという秘密がわかったのは、お蘭の影法師が摩雲城にやってきてからの話です。九霊聖女が南山大王に伝えたことも考えられますが、わたしが知る限り、その様子はありませんでした。それなのに、いきなり南山大王が、道術石に言及して戦場まで伝えてくるのはおかしいです。しかも、ご主人様が牛魔王からその道術石を取り出した直後という絶好の時期に……」

 

 沙那の言葉に宝玄仙が考え込むような表情になった。

 その代わり、金角が口を開いた。

 

「……一応の筋は通っているようだね。確かに考えれば不自然かな……。摩雲城がいつの間にか、御影の手に落ちている可能性も考えられるわけだ……」

 

 金角がつぶやいた。

 

「待ってよ、沙那──。摩雲城には朱姫と素蛾がいるよ。そうだとすれば、あいつらどうなっているんだい?」

 

 孫空女は声をあげた。

 

「最悪のことを想定しておいた方がいいかもね……。いずれにしても、試してみましょうか」

 

 沙那は言った。

 

「試す?」

 

 宝玄仙だ。

 

「ねえ、銀角──。摩雲城にいる朱姫あてに、通信球が送れる? 直接に──」

 

 沙那は馬車の外にいる銀角に声をかけた。

 

「朱姫かい──? ああ、送れるよ。朱姫は精細鬼隊にいたから、通信球でやりとりできるように処置していたからね。事前処置さえしていれば、あれは簡単に送れるよ」

 

 銀角が言った。

 

「だったら、送って──。ご主人様が戦勝祝いの内輪の宴をしたいと言っているとね……。それで、よければ趣向を朱姫に任せたいと言っていると……。承知なら返事をくれって伝えて。そっちで難しいなら、沙那に任せるともね」

 

 沙那は言った。

 銀角はさっそく、通信球に伝言を込め始めた。

 

「……そんなことを言って大丈夫かい、沙那? 朱姫なんかに任せたら、あたしと沙那なんて、なにをさせられるかわからないよ」

 

 孫空女が少しうんざりしたような声をあげた。

 

「それが狙いよ……。これで二つ返事で返事が戻って来ないようなら、なんらかのことが朱姫にあったということよ……。朱姫は通信球の道術が遣えるし、普通だったら、いまの通信球には、なにをおいても反応すると思うわ」

 

 沙那は言った。

 

「……送ったよ。通信球は直接に朱姫の目の前に送られるはずさ。朱姫がどこにいようともね……」

 

 銀角から声があった。

 そのとき、金角がまた口を開いた。

 

「……“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”……」

 

「なんだい、それは?」

 

 宝玄仙が金角を見た。

 

「お前が倒した金凰妃の予言だよ……。わりと有名な予言さ。最後の予言だしね。金凰妃は予言のできる女だったんだ。外れたことがないという噂だったね……。まあ、なにを意味しているかはわかりにくいが……。沙那の話を聞いていて、なんとなく思い出したのさ」

 

 金角が言った。

 すると、宝玄仙が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「三個の身体で支配する者? なんだい、それは──。まるで御影のことを名指しで言っているようじゃないかい──。わたしが知る限り、三個の身体をひとりで支配するのはあいつだけだよ。ふたつの宝というのは、もしかしたら、御影自身が盗んできたわたしの魂の欠片の道術石のことかい──。なるほど、あいつは、その予言を信じているんだね? だから、これを狙っているのかい──」

 

 宝玄仙はそう言うと、取り出したままだった道術石をぐっと握った。

 なにをするのかと思っていたが、しばらくしてから風のようなものが馬車の中に沸き起こった。

 沙那は驚いたが、金角や銀角、孫空女が一斉に悲鳴をあげた。

 

「ご、ご主人様──?」

 

 孫空女が大声を放った。

 

「……これで道術石は消滅したよ……。“ふたつの宝”をまとめられる者はいなくなったということだ──。ざまあみろ、あの女男──」

 

 宝玄仙が笑った。

 道術石を消滅させたのだ。

 沙那は驚いてしまった。

 確かに、これで奪われる可能性はなくなったが……。

 まさか、そんな手段を宝玄仙がとるとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 そして、しばらく待った。

 だが、いつまで経っても、朱姫からの返信の通信球は戻ってこなかった。

 

「朱姫に異変があった……。その可能性は高そうだね……。御影……というよりは、その影法師もそこにいるかもしれないということかい」

 

 やがて、宝玄仙がぽつりと言った。

 

「とにかく、『移動術』で摩雲城の近くまで進んでいる隊に合流しましょう。そこまで行けば、さらに摩雲城に跳躍することも可能だと思います……」

 

 沙那は言った。

 

「乗り込むのかい──?」

 

 孫空女だ。

 だが、沙那は首を振った。

 

「乗り込めば、罠に嵌まるわ、孫女。どういう罠で待ち受けているかはわからないけど、御影は摩雲城にわたしたちが戻ってくるのを待っているに違いないわ……」

 

「だけど、朱姫と素蛾が囚われているとすれば、乗り込まない限り助けられないよ」

 

 孫空女がさらに言った。

 

「わ、わかっているわよ──。そんなことは──。でも、それは危険なのよ。特に、ご主人様が──。ああっ……。とにかく、どういうことになっているのか、それだけでもわかれば……」

 

 沙那は苛立ちの声をあげた。

 これで、御影が摩雲城に罠を仕掛けて待ち受けているというのが、かなりの確証で予想できたことになる。

 朱姫と素蛾もすでに捕らわれているという可能性も高いと思う。

 御影が待っているとすれば、摩雲城に戻るのは危険すぎる。

 しかし、どうしたら……?

 

「沙那、わたしの危険は考えなくていい……。わたしも切り札を準備するよ。万が一にも御影の支配に陥らないようにね……。どういう罠かはともかく、あいつは、わたしに『服従の首輪』をつけさせたがっている。そうでなくても、なにかの支配霊具をつけさせようとしているような気がするね。長い付き合いだし、なんとなく、あの女男の考えそうなことはわかるんだ……。だったら、首輪の誓いをしても、支配に陥らないようはしていくよ──」

 

「ご主人様……」

 

「だから、乗り込もう──。御影がなにを仕掛けているかは、乗り込んでみないとわからない──。もう一度、言うけど、わたし自身の危険のことは考えなくていい──。それを無視して、朱姫と素蛾を助ける策を考えな。もしも、朱姫が通信球を面倒くさくて返さないだけで、摩雲城がなんともなければ、ただの笑い話で済む話さ。しかし、朱姫と素蛾が御影に捕まったなら、それは助けないとならないんだ」

 

 宝玄仙がきっぱりと言った。

 

「で、でも、服従の首輪の支配に陥らなくて済むというのは、どういう手段なのですか、ご主人様?」

 

「それは言えないよ、沙那──。切り札というのは隠しておくものさ」

 

 宝玄仙が破顔した。



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808 摩雲城内の拷問

「そろそろ、奴隷の誓いをしたくなったんじゃないのか、素蛾? 手っ取り早く、全部を片づけたいのだ。朱姫を裏切って……、そして、摩雲城のみんなを裏切って、俺に乗っ取らせたお前だ? 全部、思い出させてやったろう──。いまさら、抵抗してどうする? この俺の奴隷になることを受け入れると言え……。それで許してやる。さもないと、朱姫をもっと責めるぞ……。お前についてもな。それとも、自分はともかく、朱姫が痛めつけられるのが愉しいのか? さらに朱姫を裏切るか?」

 

 同じ言葉を黒い頭巾をかぶった黒服の男が耳元で言ってくる。

 それは影法師というらしい。

 素蛾は呻いた。

 

 摩雲城の地下にある囚人用の営牢だ。

 その拷問部屋で素蛾は天井から手足を束ねて吊られていた。

 束ねられている方向は背中側だ。

 つまり、素蛾は強引に四肢を背中側に捻じ曲げられてひとつにまとめられ、身体の前面を床側にして吊られていたのだ。

 

 また、その手首と足首のすべてに、『服従の鎖』が巻かれている。

 しかも、胴体の下には縄で繋げられた大きな金属の塊りがぶらさげられていた。

 逆海老のかたちに折り曲げられた素蛾の背中から耐えがたい苦痛が湧き起っている。

 

「しゅ、朱姫姉さんは渡しません……。み、みんなも……」

 

「だが、すでに一回裏切った。それを思い出せ……。一度裏切るのも、二度裏切るのも同じだ……。もう、お前の仲間はお前を仲間とはみなさん……。俺の顔を見ろ。頭巾に包まれた闇をじっと見つめるのだ」

 

 影法師が素蛾の髪の毛を掴んで、ぐいと顔を引きあげた。

 そのために、さらに背中側に身体が曲がり、凄まじい激痛が身体に走った。

 素蛾は悲鳴をあげた。

 

「そ、素蛾──。か、顔を覗いては駄目よ──。ま、また、『縛心術』にかかるわよ──。眼を眼をつぶりなさい──。それと、そいつの話を真に受けないのよ──。お前の心を折って、『縛心術』を受け入れやすくしようとしているの──。耐えなさい──」

 

 朱姫の絶叫がした。

 その朱姫は、少し離れたところにある太い柱を背中側で抱くように拘束されていた。

 胴体を鎖で柱に括りつけられ、手足を柱の反対側に曲げられて枷で留められているのだ。

 

「は、はい、しゅ、朱姫姉さん──。そ、それと……ご、ごめんなさい──。ごめんなさい──」

 

 素蛾は懸命に眼をつぶりながらぼろぼろと涙をこぼした。

 自分がなにをしたのか、はっきりと覚えている。

 こんなことになったのは素蛾のせいだ。

 それはもうわかっている。

 

 素蛾が朱姫の足首に『服従の鎖』なんか装着しなければ、朱姫が抵抗することもできずに、影法師に捕らわれるということはなかっただろう。

 そして、その朱姫の道術を遣って、九霊聖女をはじめとする摩雲城のみんなに『服従の鎖』をつけて無力化なんかしなければ、この要塞にあるさまざまな警戒手段によって御影の影法師の潜入など防げたはずだ。

 

 朱姫にやったことも覚えている。

 あんなに朱姫が嫌がったのに、大勢の亜人兵の前に連れ出して恥ずかしいことをいっぱいさせた。

 しかも、素蛾はそれを嬉々としてやっていた。

 そのときは、おそらくなんらかの手段で操られていたのであり、自分が自分でなかった気もするのだが、一方で、朱姫に対するいじめを愉しんでいた自分の感情も覚えいている。

 取り返しのつかないことをした……。

 その思いが繰り返している。

 

「あ、謝らなくていい──。そんなのあたしだって、いっぱいみんなにやってる──。そ、それよりも、そいつはあたしと素蛾を使って、ご主人様たちを捕えようとしているのよ──。もう、支配を受け入れてはだめ──。抵抗しなさい──」

 

「は、はい、朱姫姉さん──」

 

 素蛾は叫んだ。

 

「うるさいなあ、こいつら──」

 

 影法師が素蛾の身体を床方向に引っ張っている重りを蹴飛ばした。

 重りが揺れて、激しい痛みが背中に走った。

 

「あぎゃあああ」

 

 素蛾は絶叫した。

 

「鳴智、朱姫の身体に、もっと模様をつけろ。減らず口がきけなくなるようにな」

 

 影法師が言った。

 鳴智というのは、この影法師、すなわち、御影の部下の女のようだ。

 素蛾と朱姫が影法師によって、この営牢に監禁されると、その影法師が『移動術』でどこからか連れてきたのだ。

 その鳴智が、朱姫が拘束されている柱の横に置いてある脚付きの鉄の籠から焼け鉄杭を引き出した。

 その鉄の籠では焼いた石炭が煌々と燃えていて、そこに差されている細い鉄杭はどれも先端を真っ赤にさせている。

 その中の一本を器具で取り出した鳴智が、鉄杭の真っ赤な部分を朱姫の白い腹に押しつけた。

 

「ひぎゃああああ──」

 

 朱姫がものすごいを絶叫して、喉を限界まで反らせた。

 そうやって、さっきから鳴智は影法師に命じられて、朱姫の身体に何度も焼け鉄杭を押しつけているのだ。

 朱姫の身体にはたくさんの赤い火傷の線が惨たらしくついている。

 

 鳴智は真っ青な顔をして顔を歪めている。

 彼女の首には首輪がある。

 朱姫がそれを見て、『服従の首輪』だと言っていた。

 だから、もしかしたら、鳴智もまた、その首輪の力で無理矢理に服従をさせられているのかもしれない。

 

 朱姫を拷問する鳴智の顔はとても苦しそうだ。

 そのとき、悲鳴をあげる朱姫のそばでなにか透明な球体が割れるのが見えた気がした。

 なにかの言葉が聞こえたが、朱姫の悲鳴でここまでは聞き取れなかった。

 

「んっ、なんだ?」

 

 影法師が鳴智の方を見た。

 

「つ、通信球です。銀角から朱姫に……。戦勝祝いの内輪の宴をやりたいという伝言です」

 

 鳴智が言った。

 

「ふんっ、牛魔王に勝ったお祝いか──。なるほど、もう戦いは終わった気分でいるということだ……」

 

 影法師が大きな声で笑った。

 そして、素蛾に視線を向け直す。

 

「奴隷になると誓うなら、これが最後の機会だぞ、素蛾……。なぜだかわかるか?」

 

 影法師が小馬鹿にしたような口調で、素蛾の眼の前で手のひらを向けた。

 すると、その手の上に一個の木箱が出現した。

 その中には小指の先程度の百足(むかで)のような虫が数十匹うごめいている。

 その箱には箸も差してあった。

 

「これは電撃虫という魔虫だ。刺激を加えられると身体から強烈な電撃を発するのだ……。かなりの電撃だ。これを使った拷問を受けた者は、俺が知る限り、全員が拷問に屈した。どんな屈強な亜人男でもな……。」

 

 影法師が数匹の虫を箸で無造作に摘まむと、素蛾の乳首の上にくっつけた。

 

「ひがあああ」

 

 素蛾は背中の痛みも忘れて全身を揺すって吠えた。

 乳首から強い痛みが走ったのだ。

 必死で首を曲げて胸を覗くと、さっきの電撃虫が素蛾の乳首を食い破って、身体の中に侵入をしていっていた。

 突き破られた場所から数筋の血が流れている。

 素蛾はあまりの痛みで悲鳴をあげ続けた。

 

「そ、素蛾──。素蛾──」

 

 朱姫が大声で名を呼んだのが辛うじて聞こえた。

 

「痛いか……。だったら、服従の鎖を受け入れろ──。電撃虫は人間の肌に接触すると、その鋭い牙で肌に穴をあけて、その下に隠れる性質があるのだ……。それと……」

 

 影法師が電撃虫が潜り込んだ素蛾の乳房の部分を揉むような刺激を加えた。

 

「ぐうううっ──やあああ──」

 

 素蛾は絶叫した。

 不快で強い痛みを伴う電撃が乳首の下から襲ってきた。

 影法師が胸を刺激するあいだ、素蛾は曲がっている背中をさらに曲げて声をあげ続けた。

 そして、影法師が手を離した。

 電撃がなくなった。

 

「どうだ? つまり、電撃虫は潜り込んだ肌を揉まれることによって、怒ってお前の身体の中で電撃を発するということだ。だが、身体の外から触っている拷問者には、電撃が走ることはない。便利な拷問具だろう?」

 

 影法師が笑いながら、再び箸で反対側の乳房に電撃虫を接触させた。

 素蛾は悲鳴をあげた。

 

「素蛾、素蛾──。や、やめなさい、お前──。あたしを拷問したらいいでしょう──」

 

 朱姫の怒声が耳に入ってきた。

 

「もちろん、そのつもりだ──。鳴智──。今度は股間に鉄杭を突っ込んでやれ──。命令だ」

 

 影法師が冷たく言った。

 電撃虫が乳房を食い破る激痛を受けながら、それを聞いて素蛾は耳を疑った。

 「命令」を受けた鳴智が一瞬息を飲み、そして、呻き声のようなものをあげた。

 だが、その手はしっかりと新しい焼け鉄杭を取り出している。

 それが朱姫の股間の下側に移動した。

 

「や、やめて──やめてあげてください──。お願いです──」

 

「待て、鳴智、やめろ──。だったら、誓え、素蛾──。誓うんだ──」

 

 影法師が耳元で怒鳴った。

 

「そ、素蛾、だめええ──。絶対に屈しては駄目──」

 

 朱姫が喚いた。

 

「は、はい……。で、でも……」

 

 素蛾はどうしていいかわからなかった。

 鳴智の持つ鉄杭は、朱姫の女陰のすぐ真下でとまっている。

 その顔は引きつり、泣きそうな表情をしている。

 

「お前、は、早く、誓いなさい──。後のことは、宝玄仙がなんとかするわよ……。わ、わたしは、命じられれば本当に挿すしかないのよ」

 

 鳴智も叫んだ。

 

「だ、だめええ──」

 

 また、朱姫が声をあげた。

 そのとき、影法師が舌打ちしたのが聞こえた。

 

「もういい。そのまま挿してやれ、鳴智──。命令だ」

 

 影法師が言った。

 鳴智が悲鳴のような声をあげながら手を動かす。

 

「うぎゃああああああ──」

 

 次の瞬間、この世のものとは思えない朱姫の絶叫が拷問室に響いた。

 

 

 *

 

 

「あがががが──」

 

 素蛾は喚き続けた。

 電撃虫が食い破った胸を影法師の手が揉み続ける。

 素蛾は揉まれているあいだ悲鳴をあげ続けた。

 声を張りあげていないとあまりの電撃の激痛に頭が狂いそうになるのだ。

 しかし、影法師は笑い声をあげながら、執拗に胸を揉み続ける。

 

 その振動で乳房の下に潜り込んでいる電撃虫が怒って素蛾の身体の下で強い電撃を放ち続けている。

 それがだんだんと強くなる。

 影法師が手を離した。

 その途端に、激しかった電撃がやっとなくなり、素蛾は逆海老に吊られている身体を脱力させた。

 それが繰り返される。

 

「なかなか強情だな……。電撃虫の放つ電撃の苦痛をここまで耐えた者はいないぞ。ならば、今度は股倉に虫をけしかけてやろう」

 

 はっとした。

 影法師が横の台に置いていた電撃虫が入った箱を取ったのがわかった。

 そして、箸で十匹近い小指の先ほどの長さの極小の百足(むかで)に似た虫を掴んで、これ見よがしに素蛾の顔の前に持ってくる。

 それを掴んだまま、素蛾の股間側に移動していった。

 

「ひっ、ひいっ、いや、それはいやです──。あっ、ああっ──。しゅ、朱姫姉さん──朱姫姉さん──」

 

 素蛾は恐怖に悲鳴をあげた。

 しかし、鳴智という女に焼け鉄杭を股に突っ込まれた朱姫は、いまは完全に意識がなく柱を逆向きに抱いた状態で拘束された姿でぐったりとなっている。

 死んではいないと思うが、その呼吸はとても不規則で大人しい。

 もちろん、素蛾が叫んでも、返事が返ってくることはない。

 虫が股間に触れたのがわかった。

 

「ひがあああ──」

 

 素蛾はありったけの声を出して叫んだ。

 膣そのものには一番最初に突っ込まれた張形が挿さったままだが、その周囲から電撃虫が肌を食い破って身体に侵入を果たそうとしている。

 信じられないような痛みが股間から発生する。

 素蛾は逆海老の身体を揺すって絶叫し続けた。

 

「こんなもので、そんなに苦しんでいては、拷問には耐えられんぞ、我慢しようとするだけ無駄だ。服従の鎖を受け入れると誓え」

 

 影法師がそう言いながら、さらにひと摘まみの電撃虫を肉芽の周囲に置いたのがわかった。

 素蛾はさらに加わった激痛に吠えた。

 

「いくぞ」

 

 影法師が笑った。

 膣に埋められていた張形が振動を始めた。

 影法師の道術だ。

 

「あがががが──」

 

 股間に埋まった電撃虫が、振動に怒って一斉に強力な電撃を発生した。

 耐えることのできない苦痛が素蛾の身体を襲う。

 張形の振動はすぐに止まり、電撃虫の電撃もなくなったが、身体の痙攣は今度はいつまでも続いた。

 

「ぎゃあああ」

 

 あまり時間を開けずに、再び振動が起きた。

 張形が暴れている素蛾の股間から生温かい尿が吹き出した。

 素蛾は悲鳴をあげながら大量の尿を床にしたたり落としていた。

 

「汚いなあ──」

 

 御影が苦笑する声が聞こえた。

 振動と電撃がとまった。

 

「う、うう……。も、もう、や、やめ……て……く、ください……」

 

 素蛾は完全に脱力したまま言った。

 

「服従の鎖を受け入れると誓えばやめてやる。朱姫の治療もしてやろう……。あのまま放置していれば死ぬだろうな。身体の血の半分は頑丈な妖魔、つまり、亜人だそうだから、いくらかは耐えるだろうが、さすがに、あのまま治療術を与えずに放置していれば死ぬだろう……。朱姫が死ぬぞ──。それでもいいのか? お前が強情なせいで、朱姫が死ぬのだぞ」

 

 御影が今度は素蛾の小さく膨らんでいるだけの乳房を指で揉んできた。

 胸の下の電撃虫が暴れて、その電撃が身体を次々に突き抜ける。

 

「いぎいいいい──」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 そして、張形も動き出す。

 しかも、さっきまでの倍以上の振動だ。

 電撃もそれだけ大きくなる。

 

「ぎゃあああああ──があああああああ──ぎいいいいいい──」

 

 素蛾はただ泣き叫んだ。

 

「朱姫を見ろ──。朱姫が死ぬぞ──。鳴智、今度は眼の玉に焼き鉄杭を突きさせ」

 

 影法師が素蛾の耳元で怒鳴ったのが辛うじて聞こえた。

 鳴智がぶるぶると震えながら、真っ赤な石炭が燃えている鉄の容器から鉄杭を取り出すのが見えた。

 

「ち、誓います──。誓う──。朱姫姉さんをこれ以上傷つけないで──」

 

 素蛾はありったけの声で叫んだ。

 影法師が素蛾の手から手を離すとともに張形の振動もなくなった。

 同時になにか熱いものが身体に流れるのを感じた。

 服従の鎖の支配を受け入れたことによって、霊気が素蛾の身体に刻まれたに違いない。

 

「鳴智、杭を刺すのを中止しろ──。朱姫に気付け薬を飲ませるんだ」

 

 影法師が早口で言った。

 鳴智の持つ杭は、朱姫の顔の直前まで迫っていた。

 彼女がほっとした表情で鉄杭を箱に戻す。

 そして、竹製の水筒を取り出して、気を失っている朱姫の口の中に液体を注ぎ始めた。

 朱姫が咳きこみはじめた。

 意識を回復したのだ。

 

 一方で、影法師は朱姫に対して道術を放ったようだ。

 惨たらしくただれていた火傷が、みみず腫れ程度の傷になっていく。

 股間の火傷も消滅していっている。

 素蛾はとりあえず、ほっとした。

 

 がらがらと音を立てて、天井から四肢を吊っている鎖が床に落ちた。

 手足の拘束も外されたが、素蛾は立つこともできなかった。

 素蛾はうつ伏せのまま床に這った状態でいた。

 

「……素蛾、命令だ。朱姫に御影や影法師……。そして、鳴智の言葉に逆らうなと命じるのだ」

 

 影法師が言った

 

「朱姫姉さん、御影、影法師、鳴智の言葉に従ってください。命令です……」

 

 素蛾の口は素蛾の心とは関係なしに、そう告げていた。

 『縛心術』とは違う。

 これが操りの力なのかと思った。

 そのとき、ずっと挿入されていた張形が突然に外に飛び出した。

 不意に床にうつ伏せになっていた身体が背後から引き起こされた。

 

「えっ?」

 

 なにをされるのか考える余裕はなかった。

 いきなり、尻側から女陰に影法師の怒張が打ち込んできた。

 

「ひぎゃああ──ややめえっ──やめて──」

 

 素蛾は絶叫した。

 怒張が膣を挿入してきたことにより、肌が動いて電撃虫が暴れ出したのだ。電撃が放たれ始める。

 しかも、影法師は素蛾の胸に手を伸ばして揉んできた。

 全身で凄まじい電撃が暴れまくる。

 

「これはいいわね……。ただでさえ、ぐっと締まって気持ちがいい童女の膣が、さらに締るわ。これだとすぐに精を放ちそうよ」

 

 影法師……?

 身体がばらばらになりそうな苦痛の中で素蛾はただ悲鳴をあげるだけだったが、一方で、いきなり影法師の口調が変化したことに驚いていた。

 そう思うと、実体のないような空虚さしか感じなかった影法師の気配とは異なり、素蛾を犯している男からは身体の温かさも感じる。

 

 もしかして、御影の本体……?

 

「でも、こんなに痛めつけられているのに、お前の膣はぬるぬるで滑りがいいわあ……。お前は天性の被虐奴隷の素質があるのかもね……」

 

 御影と思われる男が愉しそうに素蛾の身体に男性器を送り込んでくる。

 おそらく、犯している男には電撃は襲わないのだろう。

 だが、素蛾の股間と胸の下に埋まった電撃虫は、激怒の電撃を素蛾に送り込み続ける。

 気の遠くなるような苦痛だ。

 

 だが、御影と思われる男の言うとおり、この痛みの中で素蛾が深い快感を覚えているのも事実のようだ。

 そのとき、やっと覚醒した朱姫が素蛾の名を呼んだ声が聞こえた気がした。

 

「出すわよ──」

 

 御影が怒鳴った。

 その瞬間、素蛾の膣の奥で御影の精が放出されるのを感じた。



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809 誓いの接吻

「さらに送る──。摩雲城に集結している全軍は、このまま北進して雷音大王領域の西側にある積運山に向かう。ただちに準備して出陣せよ──。これ以上の話し合いは無用だ──。これは、総帥である宝玄仙様の命令なのだ──」

 

 銀角が通信球で摩雲城に伝言を送るのを沙那は横で聞いていた。

 沙那たちは、摩雲城がはっきりと見える場所まで来ていた。

 一時的に離れていた銀角隊と合流したのだ。

 銀角隊は、実質的に銀角と沙那と孫空女の指揮する三隊に分離していたが、いまはひとつにまとめて、銀角が指揮をしている。

 

 沙那と宝玄仙と孫空女は銀角隊の本隊と一緒だ。

 牛魔王を殺した場所でひと晩をすごした馬車をそのまま宝玄仙の『移動術』で移動してきた。

 銀角と金角を含めた五人全員がその馬車の中に集まっている。

 

「とりあえず、これでどう出るかだな」

 

 銀角がつぶやくように言った。

 沙那たちと離れていた銀角隊は、摩雲城のすぐ手前まで前進をしていたのだが、五人の合流とともに、摩雲城の城壁の直前の位置でとまり、要塞に戻るのをやめさせた。

 そして、牛魔王軍団との決戦に続いて、雷音大王の領域に攻めのぼるので、再度進軍を準備せよと摩雲城に伝えたのだ。

 そのために、一度は摩雲城に入った精細鬼隊はもちろん、九霊聖女や黄獅姫についても、摩雲城を空にして摩雲城の前にいる銀角軍に合流するように指示した。

 

 御影が影法師を使って摩雲城を乗っ取って、宝玄仙を捕える罠を準備しているとすれば、摩雲城になんとしても宝玄仙を戻らせようとするだろうと思った。

 だから、理由を作って全軍に外に出てくるように指示したのだ。

 無論、朱姫と素蛾も連れてくるように伝えた。

 これでどう出るかを知りたかったのだ。

 

 ただ、人間族の伊籍隊は別だ。

 伊籍隊については、すでに昨日のうちに摩雲城を通過しているし、支援は牛魔王軍団との決戦についてというのが、西方帝国の皇帝となった釘鈀との約束だった。

 それに引き続く雷音大王との決戦まで支援を引っ張るのは、約束違反でもあった。

 一度目の指示に対して、九霊聖女から戻ってきたのは、軍議を開きたいので、一度、銀角隊も摩雲城に戻って欲しいという返事だった。

 だから、軍議は野外で開くと応じて、全軍の出動をさらに指示した。

 

 次に戻ってきたのは、兵站の話だ。

 全軍が北進するとなると兵站が確保できないので、態勢の確保に時間がかかると伝えてきた。

 いずれにしても、銀角隊も摩雲城に入るようにという要請だ。

 

 それで送ったのが、たったいまの三度目の通信球だ。

 ここまで指示すれば、摩雲城も言い訳はできない。

 九霊聖女がまともな状況であれば、すぐに出陣をしてくるはずだ。

 名目だけとはいえ、宝玄仙は金角軍と九霊聖女の指揮する南山軍が連合した対牛魔王軍の総帥だ。

 全軍に対する命令権は宝玄仙にある。その宝玄仙の命令となれば絶対だ。

 ましてや、九霊聖女は、宝玄仙が刻んだ奴隷の刻印を受け入れている。

 その宝玄仙に逆らえるわけがないのだ。

 

 だが、摩雲城にいる九霊聖女からの返事はなかなか戻ってこなかった。

 やはり、異変が起きていると考えるのが正しそうだと沙那は思った。

 

「なあ、宝玄仙……。いずれにしても、わたしはこれまで一緒に牛魔王軍団と戦っていた各魔王に檄を飛ばすよ。それだけじゃない。雷音大王と牛魔王の力でやむなく従っていた各魔王や、滅ぼされた領域の者にも、雷音の戦いに加わるように呼びかけようと思う──。そのために、牛魔王を倒したお前の名を貸してくれ、宝玄仙」

 

 金角が言った。

 いまだに、金角は自分では起きあがることができないでいるが、真っ白だった肌は赤みが差すくらいにはなってきている。

 いまは、馬車の中に持ち込んだ寝椅子の上半身部分を起こして横たわっていた。

 

「まあ、なんでもやってくれよ。だけど、それは必要な戦いなのかい、金角?」

 

 宝玄仙は苦笑している。

 どうやら、宝玄仙はあまり戦のようなものが意に添わないようだ。

 大きな戦をせずになにかを妥協するだけでそれが回避できるのなら、それを望むような雰囲気だ。

 だが、沙那は、いずれにしても、雷音大王との決戦は避けられないことになるだろうと宝玄仙を説得していた。

 摩雲城が御影に乗っ取られているか、否かに関わらずだ。

 

「いえ、ご主人様──。これは必要です」

 

 沙那は横から口を出した。

 

「……摩雲城に捕らわれている朱姫と素蛾を救出することに成功し、摩雲城の支配を取り戻したとしても、それは、御影の影法師の陰謀を取り払うことができるだけです。御影は雷音院にいながら同じことを何度もできるのですから、雷音院にいる御影そのものを倒さなければ、いつまでもこれが繰り返されるだけです。雷音大王自身も、お気に入りの部下だった牛魔王を殺されたとあっては、黙ってはいないでしょう──」

 

「まあ、そりゃあ、そうかもしれないけど……」

 

「一方で、牛魔王が死んだということは、魔域の各地に電撃的に広まっているはずです。この機を逃さずに、反雷音軍を結成して、雷音院まで攻めのぼるのです。幸いにも、雷音大王の勢力は大きいといっても、実際に戦っていたのは牛魔王軍団です。その牛魔王軍団はもうありません。だから、雷音大王が投入できる戦力など烏合の衆のはずです。そして、雷音院を攻略し、御影そのものを捕えて、騒動の根を断つ──。それが最良の方策です」

 

 沙那は言った。

 そう言いながらも、沙那としても、最終的な大きな決戦や長い戦いになるような事態は避けて、決着はつけたいと考えてはいる。

 ただ、いまは雷音大王に敵対する勢力を糾合するという動きが必要だ。

 すると、宝玄仙が溜息をついた。

 

「わかったよ……。まあ、そのあたりのことは、お前たちに任せるよ。だけど、雷音が戦いの素人はいっても、部下の牛魔王ができたくらいだから、例の『傀儡(くぐつ)兵』というのは投入できるんじゃないかい? よくはわからないが、あれを繰り返されれば、どんなに各魔王の力を集めても、雷音の軍には勝てないんじゃないかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、それについては、そうなんですが……」

 

 沙那も宝玄仙の指摘には口ごもるしかなかった。

 雷音大王と牛魔王が、あっという間に魔域を席巻して魔域の覇王になれたのは、その強大な霊気によってもたらされる「傀儡兵」の存在が大きい。

 傀儡兵というのは、無限の兵を幾らでも産み出すことができる道術で作られた兵の軍団であり、どんなに負けようとも、数万、数十万の軍を瞬時に生産して戦場に投入できるとなれば、そんな敵には勝ちようがない。

 牛魔王については、奇襲的な手段で直接に倒すことに成功したが、同じ手は雷音大王も喰わないだろう。

 無限に出現する敵兵に勝つ方法は存在しない。

 

「どうなんだい、金角? 雷音大王も、傀儡兵を作ることはできるのかい?」

 

 宝玄仙は金角に言った。

 

「雷音大王自身が傀儡兵の術を遣えるかどうかは不明だけど、遣えると考える方がいいだろうね……。自分の持つ道術を誰かに伝授するのは難しいことじゃない。牛魔王は傀儡の術を雷音大王に教える機会はいくらでもあったと思う。霊気自体は雷音大王が大きいんだ。一度、牛魔王が教えれば、雷音大王が傀儡兵を作ることはできると思う。しかも、牛魔王の作っていた傀儡兵を上回る強力な軍団をどんどんを送り込めると思うね」

 

 金角が応じた。

 

「ねえ、それについてだけど、こっちも『傀儡兵』を遣える味方を引き入れたらいいんじゃないかなあ……」

 

 すると、ずっと黙っていた孫空女が口を開いた。

 

「『傀儡兵』を作れる味方の魔王かい、孫空女? もちろん、そんな魔王がこっちの味方になれば大きいが、残念ながら、わたしにも牛魔王以外には、心当たりはないね。そんな魔王がほかにもいれば、雷音大王と牛魔王が簡単に魔域の覇王になることはなかったさ」

 

 金角が言った。

 

「いや、あいつだよ……。独角兕(どっかくじ)さ──。ねえ、ご主人様、あのとき、あたしは屋敷に捕らわれていたけど、ご主人様が独角兕に捕らわれたあたしと朱姫を救出しようとしてくれたとき、独角兕は土から兵を産みだして、ご主人様にけしかけたと言っていなかったかい? そういうなんでもないところから兵を作るという技は、それが傀儡兵の術じゃないのかなあ……」

 

 孫空女が言った。

 

「通天河の独角兕(どっかくじ)大王──?」

 

 孫空女の声に最初に反応したのは金角だ。

 

「大王だと……?」

 

 だが、金角が「大王」と呼んだことに、宝玄仙が訝しむ声を呟いた。

 しかし、金角がそれを無視して続けた。

 

「い、いや──、それは思いつかなかった。確かに、独角兕大王といえば、雷音大王と匹敵する力があるかもしれない──。なにしろ、唯一、牛魔王軍団に勝利した魔王だしな。かつて、一度だけ牛魔王軍団が独角兕大王の領域に攻め込んだことがあったのだ。だが、自ら迎撃に現れた独角兕大王は、傀儡の術で圧倒し、牛魔王軍団をたったひとりで追い払った……。あの独角兕大王もまた、傀儡への術は遣える。それは間違いないね……」

 

「はあ、なんだい、それ?」

 

 金角の言葉に接して、宝玄仙が怪訝そうな声を出す。

 だが、金角は興奮した感じで言葉を続ける。

 

「しかし、あの独角兕大王は孤高の魔王でもある。絶対に自分の領域からは出てこないことでも知られている謎の魔王でもあるのだ──。ううん……。孫空女の言うとおり、雷音大王の傀儡兵に対抗するのは、独角兕大王を引き出せばいいとは思う……。だが、どうやって、あの孤高の大魔王をわたしたちの戦いに引き出せばいいのか……」

 

 金角が唸るような声をあげた。

 沙那は驚いた。

 

 独角兕大王と金角が呼んだのは、あの独角兕のことに間違いないだろう。

 それほどまでに、魔域で独角兕が評価されている魔王とは知らなかった。

 確かに、霊気も道術も凄まじかった記憶はあるが、信じられないような宝玄仙の策であっさりと無力化された。

 沙那には、あの見境のない淫乱王の姿しか思い出せない。

 

 宝玄仙など横で爆笑した。

 金角と銀角は呆気にとられて、宝玄仙を見た。

 

「あの馬鹿が、孤高を気取る謎の大魔王だと──? ふざけたことを言うんじゃないよ。あいつが自分の領域から出てこないのは、人間の女が大好きで、魔域の男に興味がないからさ──。まあ、確かに道術は凄かったよ。わたしの全力の道術をふざけ半分の霊気で跳ね返したくらいだからね──。しかし、あいつは阿呆だ。正真正銘の馬鹿なんだよ──」

 

「阿呆?」

 

 金角は面食らっている。

 

「なんだい、あいつを戦いに参加させればいいのかい──? そんなものは簡単さ──。金角、独角兕にその檄文とやらを送りな。そして、その檄文に追加するんだ。もしも、雷音大王を倒すことに成功すれば、この宝玄仙が一発でも二発でもやらせてやると言っているとね。あの男は肉棒をおっ勃ててやってくるよ」

 

 宝玄仙は笑いながら言った。

 

「お前たちは独角兕大王を知っているのかい?」

 

 金角が驚きの声をあげた。

 

「……知っています……。この場合、ご主人様の言っていることは正しいと思います」

 

 沙那は言った。

 金角と銀角が目を丸くした。

 

 そのとき、突然に目の前に通信球が出現した。

 九霊聖女が銀角あてに送ってきた返信だと思った。

 球体が弾けて声が流れ出した。

 

“遊びも駆け引きも飽きたわ、宝玄仙──。どうやら、摩雲城を乗っ取ったことに気がついたようね……。まあいいわ。とにかく、あたしが欲しいのはあんたが持っていった牛魔王の身体に埋まっていた道術石よ。それをくれれば、もうあんたらには興味はないわ。いずれにしても、話し合いをしましょうよ。こっちにいらっしゃい、宝玄仙──。ただし、あんただけよ。まあ、特別に沙那と孫空女も連れてきていいわ。でも、ほかの者は駄目よ。さもないと、あんたの大事な供は死ぬことになるわよ──。ちょっと、城壁を見なさい”

 

 聞こえたのは、女のような口調の男の声だ。

 

「み、御影──?」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 そのとき、馬車の外からどよめきのような声が聞こえた。

 慌てて、沙那は馬車の外に出た。

 動けない金角を除く、ほかの者も続く。

 

「あっ」

 

 沙那は声をあげた。

 摩雲城の城壁の上に二本の柱が設けられていた。

 そこに全裸の朱姫が手足を拡げて磔になっていた。

 ここからではよくは見えないが、朱姫はぐったりとして意識はないようだ。

 

「……身体中に傷がある……。拷問を受けたみたいだ。両手首に黒い枷がある。多分、あれは朱姫の道術を封じるものじゃないかな。それと足首に金色の細い鎖があるよ……。どっちにしても、朱姫は意識がないみたいだ……」

 

 眼が異常にいい孫空女が横で言った。

 

「……銀角、応じると伝えな──」

 

 宝玄仙が遠くに見える朱姫の磔姿を凝視しながらきっぱりと言った。

 

 

 *

 

 

 銀角を通じた摩雲城にいる御影との話し合いにより、宝玄仙と沙那と孫空女だけが、歩いて城門から摩雲城に入るということになった。

 あの御影からの通信の直後、摩雲城全体を大きな結界が覆って、『移動術』などの手段で潜入するのは不可能になったらしい。

 宝玄仙によれば、御影にしては巨大すぎる結界らしく、とても驚いていた。

 心配する金角と銀角の言葉を斥けて、宝玄仙は御影の誘いに乗ることを断固として決心しているようだ。

 

 いずれにしても、通信球で御影が要求してきた道術石は、もう宝玄仙は消滅させてしまった。

 だから、いくら話し合いをしても、交渉に合意することはありえない。

 まあ、もしも、道術石が残っていて、それを素直に御影に渡したしても、あの御影が宝玄仙への執着をやめるとも思えない。

 摩雲城にはおそらく罠が待っている。

 ただ、朱姫と素蛾を助けるには、その罠に嵌まりに行くしかない。

 沙那にもそれはわかる。

 

 とにかく、摩雲城に向かう前に、一度馬車に戻るように宝玄仙に言った。

 こちらとしても、それなりにできる準備はしなければならない。

 それを話し合うためだ。

 銀角と宝玄仙が馬車に戻っていく。

 それを追おうとした沙那を孫空女が呼び止めて、沙那を馬車から離れた場所まで引っ張っていった。

 

「なによ、孫女?」

 

 沙那は訊ねた。

 孫空女にはなにか沙那に言いたいことがあるようだ。そんな表情をしている。

 

「……これからなにが起きるかわからないけど、とにかく、ご主人様を守る。それをあたしたちの一番の目的にしようよ。なにかを犠牲にしなければならない場合には、ご主人様を守れる選択をする。そういうことにしよう」

 

 孫空女は小さな声で言った。

 沙那は孫空女を見た。

 孫空女の視線は強かった。そこには断固とした意思を感じた。

 沙那は吐息をした。

 

「わかったわ……。そうする。第一はご主人様……。ほかの者は二の次……。そういうことにしましょう」

 

 沙那も頷いた。

 

「うん……。それで、もうひとつ……。牛魔王のときには、あたしと沙那は、お互いを人質にとられて、服従の首輪を受け入れてしまった……。今度、同じことがあったら、沙那にはあたしのことを見捨てて欲しいんだ……。あたしもそうする……。どういうことが待っているかわからないけど、もう一度、服従の首輪を受け入れてしまったら、今度こそ、ご主人様を陥れる道具にされるような気がする。そのときは覚悟しようよ、沙那──」

 

 孫空女は言った。

 つまり、孫空女は、牛魔王のときのようなことがあれば、孫空女を見殺しにしろと言っているのだ。

 さらに、孫空女も沙那を助けないも……。

 

 その言葉には少し沙那は驚いた。

 だが、よく考えれば、宝玄仙の命を第一にしようというのはそういうことになるのだろう。

 

「……だったら、ご主人様を人質にとられて、服従の首輪に従うことを強要されたとしたら?」

 

 沙那は試しに言ってみた。

 

「そのときは受け入れるよ──。ご主人様を守るのが第一なんだ」

 

 孫空女は即答した。

 沙那はなんだかおかしくなった。

 

「……わかりやすいのね、あんた。ご主人様が第一……。気に入ったわ。あたしはあんたを守らない。朱姫のことも、素蛾のことも……。それができるときは守るけど、誰かを犠牲にしないと、ご主人様を助けられない場合は、容赦なくそれを見捨てる──。そう誓うわ。これでいい?」

 

「あ、ありがとう、沙那」

 

 孫空女がほっとしたように微笑んだ。

 

「ただし、条件があるわ……」

 

 沙那は自分よりも背が高い孫空女の顔を見あげた。

 

「条件?」

 

「それだけの覚悟を受け入れるには、わたしにも見返りが欲しいわ。わたしにとっては、ご主人様も大事だけど、あんたも大事だし、朱姫も素蛾も大事……。それに優劣をつけられない。それなのに、あえて、ご主人様を一番にしようというあなたの提案を飲み込むには、ご褒美が欲しいわ」

 

「ご褒美って?」

 

 孫空女が当惑した表情になった。

 

「……口づけして……。一度でいい……。なにも考えず……。誰かに強要されるのではなく……。道術で無理矢理にやらされるのではなく……。ただ、口づけするの……」

 

「沙那……」

 

 孫空女が少しだけ驚いた表情になったが、すぐに沙那の身体をぎゅっと抱いて、沙那の唇に唇を合わせてきた。

 沙那も、孫空女の口の中に舌を入れて、孫空女の舌に自分の舌を絡ませる。

 孫空女も同じことをやり返してくる。

 それほど長い時間ではなかったが、そうやってふたりで口を吸い合った。

 そして、口を離した。

 

「さあ、馬車に行こう、孫女──。わたしたちふたりが馬車に戻るのが遅いと、それだけで文句を言うご主人様よ──」

 

 沙那は何事もなかったような口調で元気に言った。

 そして、馬車に向かって歩きながら、沙那は少し以前に別れを覚悟して孫空女と愛し合った白象宮のことを思い出していた。

 

 孫空女は、あのときのことを覚えているだろうか……。

 いや、覚えてはいるだろうが、あの時の愛の言葉は、沙那が媚薬を大量に飲んで朦朧とした頭で口にした戯言のようなものとしか考えていないのだろうか……?

 

 そんなことをふと思った。



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810 伝言人形

 摩雲(まうん)城の城門の前にやってきた。

 城門は閉じられていたが、その横の通用門は開かれている。

 宝玄仙は、沙那と孫空女に前後を挟まれるかたちでその通用門から中に入った。

 

 門には当然いるべき門兵はいない。

 それどころか、三千以上はいるはずの摩雲城の亜人兵は誰ひとりとして営庭におらず、正面の石造りの砦もひっそりとしている感じだ。

 だが、その営庭に、たったひとりでぽつんと立っている者がいた。

 

「素蛾──」

 

 沙那が大声を発した。

 素蛾は裸のようだった。

 だが上半身に砂袋のようなものを四つほど貼り付けている。

 粘着剤のようなもので手のひら大の平らな砂袋を胸と腹に貼り付けて、その上から縄を巻いていた。

 さらに、それよりもやや小さめの砂袋を首の両横にも貼り付けていて、やはり、縄で外れないようにしていた。

 素蛾の前には、木箱がひとつ置いてある。

 

「わ、わたくしは伝言人形です……」

 

 突然に素蛾がそう言った。

 

「伝言人形?」

 

 沙那が全身を緊張させたのがわかった。

 宝玄仙はそれを手で制する。

 すると、素蛾がぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 

「御影様からの伝言を持ってきています」

 

「あの男女はここにいるんだね?」

 

 宝玄仙は嘆息した。

 

「ご、ごめんなさい、皆さん……。ぜ、全部、わたくしが悪いんです……。わたくしが裏切ったのです……。わたしくしが朱姫姉さんの道術で全員を『服従の鎖』で無力化して、それで御影さんという人を引き入れてしまったんです……」

 

 そのとき、宝玄仙は素蛾が両手でなにかの球体のようなものをぎゅっと握りしめていることに気がついた。

 また、両手首と両足首には、金色の細い鎖を巻いている。

 その金色の鎖からは強い霊気を感じる。

 また、素蛾が身体に装着している砂袋のような物からもだ。

 

「お前のせいじゃないさ、素蛾……。わたしがお蘭だと信じ込んで、御影の影法師を受け入れてしまったのが原因だ。それよりも、お前が巻いている金色の鎖が、『服従の鎖』とお前が呼んだ霊具かい?」

 

 宝玄仙が訊ねた。

 

「そうです」

 

「お前たちは御影を“主人”として、服従の鎖とやらに刻まれているのかい?」

 

「わたくしのはそうです。そのほかの方々は、全員わたくしの命令で、御影さんや鳴智(なち)さんの言葉に従うように命じています」

 

「鳴智──? 鳴智がここにいるのかい?」

 

 宝玄仙は驚いて訊ねた。

 

「はい……。御影さんとと一緒に城主の間で待っているはずです……。わたくしは、そこまで皆様を案内するように命じられているのです」

 

「わかったよ……。じゃあ、案内しな」

 

 宝玄仙は言った。

 

「そ、その前にお支度を……。まず、皆様、ここで服を脱いで全裸になってください。武器もなにもかもここに置いて頂きます。ただし、ご主人様だけは首にかけておられる袋はそのまま首にかけておいてください……。また、その箱に拘束具があるので、それを三人とも装着してください」

 

 宝玄仙は首に道術石をしまう袋をかけていた。

 牛魔王から取り出した道術石は壊してしまったので、その代替えのものを入れている。

 ちょっと見ただけでは本物の道術石とは見分けはつかないようにしてある。

 袋を開くまでは、その中に牛魔王から取り出した道術石が入っていると、誰であろうと信じるはずだ。

 

「な、なんですって──」

 

 裸になれという素蛾の指示に、不満の声をあげたのは沙那だ。

 

「待ちな、沙那──」

 

 抗議をする気配を示した沙那を宝玄仙は制した。

 素蛾が裸身に装着している砂袋の正体がやっとわかったのだ。

 

「素蛾、お前が身体に身に着けているのは炸裂砂だね……?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「炸裂砂?」

 

 沙那が訝しむ声をあげた。

 

「ご主人様、炸裂砂ってなんだい?」

 

 孫空女が言った。

 

「言葉の通り、炸裂して爆発する砂のことさ。どうやら、素蛾はそれを身に着けているようだね。そして、両手に持っているのが起爆具になっているんだろう、素蛾? それから手を離せば、お前の首と上半身は木端微塵に吹っ飛ぶっということのようだね?」

 

 宝玄仙は御影の仕打ちに腹が煮えるのを感じながら言った。

 

「ええっ?」

 

「そ、そんな──」

 

 孫空女と沙那が横で声をあげた。

 すると、素蛾が悲痛な表情になった。

 

「そ、その通りです……。わたくしは、皆様がなにか不穏な動きをしたり、逆らったりするような動きをすれば、球体から手を離すように命じられています。も、申し訳ありません……」

 

 素蛾がまた小刻みに震えだした。

 そして、ぼろぼろとまた涙をこぼし始める。

 

「……心配ないよ、素蛾……。必ず、助けてやるから……。お前も朱姫もね……」

 

 宝玄仙はそう言って、服を脱ぎ始めた。

 沙那と孫空女もそれに倣う。

 

「ま、待ってください……」

 

 そのとき、素蛾が声をあげた。

 宝玄仙は手をとめて素蛾を見た。

 

「き、聞いてください、ご主人様……。さ、さっきも言った通り、朱姫姉さんをはじめとして、ほとんどの皆さんは、わたくしを“主人”とする服従を受け入れています。わたくしが、御影さんや鳴智さんに逆らわないように指示しているだけなのです。朱姫姉さんも……。だ、だから、わたくしが死ねば、その瞬間に、ほとんどの人は服従から解放されるのではないでしょうか……。で、ですから、存分に御影という人と戦ってください……。わたくしのことは気にしないで……。自殺は禁止されましたが、皆様が逆らえば、わたくしは死ねます。それで、ほとんどの方の呪縛は解放されるのです……」

 

 素蛾が涙をこぼしながら言った。

 その表情には覚悟の決意が浮かんでいた。

 素蛾なりに一生懸命に考えた結論なのだろう。

 

「そんなことができるわけないだろう、素蛾……。それに、わたしらは話し合いに来たんだ。戦いにきたわけじゃないさ──。それよりも、ここで、御影とは話せないのかい──?」

 

 宝玄仙は最後の言葉だけ叫んだ。

 御影がどこからか聞いていれば、なんらかの反応があるのではないかと思った。

 

「わたくしには、ただ、城主の間に皆様をお連れするようにとしか伝えられておりません」

 

 素蛾が言った。

 宝玄仙は嘆息した。

 

「わかったよ……。沙那、孫空女、素蛾の前で逆らうような素振りを見せるんじゃないよ。わかっているね」

 

 宝玄仙は声をかけてから脱衣を再開した。

 これも御影の手なのだろう。

 これで素蛾のいる前ではいかなる抵抗もできないことになる。

 沙那と孫空女も頷いて服を脱ぎ始める。

 三人とも完全な裸になった。

 宝玄仙は首に例の道術石の袋だけをかけている。

 

「孫様、申し訳ありませんが、耳の中の『如意棒』も置いていってください」

 

 素蛾が言った。

 孫空女が無言で刺繍針ほどの大きさの『如意棒』を脱いだ服の上に放った。

 

「拘束具は箱の中かい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「その黒いのが道術封じの枷です。ご主人様がしてください。ほかの金属の手錠は、沙那様と孫様がしてください。全員で協力して背中で装着するように伝えろと言われました」

 

 素蛾が言った。

 宝玄仙はすぐに黒い枷を手に取った。

 そして、それを手に握ったまま、素蛾に視線を向ける。

 

「もしも、それを拒めば、お前はその起爆具から手を離すということかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 そのあいだにも、宝玄仙は凄まじい勢いで道術封じの枷に霊気を注ぎ込んでいた。

 装着をしてしまう前に、宝玄仙の道術で効果のないものに変えてしまうためだ。

 そのためには、少し時間を確保する必要がある。そのために話しかけたのだ。

 

「そうです」

 

 素蛾は頷いた。

 宝玄仙は諦めたような仕草をして、残りふたつの手錠を手にした。

 そのふたつにも霊気を込めていく。

 宝玄仙が手にしている三個の拘束具には、急速な勢いで霊気が注がれている。

 

 霊具化の道術だ。

 霊具作りの道術は、宝玄仙がもっとも得意とするものだ。

 およそ、この世にどんな道術遣いや亜人がいても、霊具化の道術で宝玄仙を上回るものはいないと思っている。

 そして、霊気の動きは素蛾には感じることはできない。

 従って、そんな小細工をしているというのは、素蛾にはわかりようもないはずだ。

 だから、素蛾が「命令」により起爆具を離すこともないと思う。

 

「ふたりとも後ろを向きな。わたしが装着してやる」

 

 宝玄仙は沙那と孫空女に両手を背中に回させて、できるだけ時間をかけて手首に手錠を嵌めた。

 あまり、時間がなかったから、接合部を柔らかい粘土のようにする細工しかしなかった。

 このふたりなら簡単に引き千切れるはずだ。

 手錠を嵌めるとき、わざと弱くなっている部分をふたりの指を触れさせてから、手錠を手首にかけた。

 それだけで、このふたりならわかってくれるはずだ。

 次いで、自分の手首に道術封じの枷を右手にして背中に回す。

 

「お前たち、協力して、わたしに手枷を嵌めな」

 

 宝玄仙は言った。

 このときには、もう道術封じの枷を無力化する施術は終わっていた。

 沙那と孫空女が後ろ手で苦労しながら、宝玄仙の左手首にも枷を嵌め終わる。

 

「では、おいでください」

 

 素蛾が歩き出した。

 宝玄仙たち三人は、営庭をすぎて砦の建物の中に入っていった。

 やはり、亜人兵たちの全員は部屋に閉じこもっておくように指示されているのか廊下はひっそりとしている。

 

 いくつかの階段を昇り、廊下を進んで城主の間に到着した。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 ただ、手摺りのついた椅子が三個並んでいるだけだ。

 

「ご主人様は真ん中の椅子に、沙那様と孫様は両側に座ってください」

 

 素蛾が言った。

 指示の通りに腰掛ける。

 

「両脚を手摺りにかけてください」

 

 さらに素蛾が言った。

 

「な、なんですって──」

 

 沙那が怒鳴った。

 だが、その言葉でちょっとだけ素蛾の手が緩んだように見えた。

 

「待ちな、沙那──。逆らうんじゃない──。服従の霊具による命令は絶対なんだ。素蛾はわたしらが逆らえば、起爆具から手を離せと命じられているんだ」

 

 宝玄仙は率先して、両脚を横の手摺りに引っ掛けた。

 沙那と孫空女も同じようにする。

 そのとき、目の前の空間が緩んだように見えた。

 

「朱姫──?」

 

 出現したのは朱姫だった。

 全身に無数の傷がある。

 城壁の上に拘束されたときのまま素裸だ。

 足首に素蛾と同じような金の鎖がある。

 

「はあ、はあ、はあ……。み、皆さん……。う、動かないでください……。逆らえば、素蛾が死にます。そう命じられているんです……」

 

 朱姫はとても苦しそうだ。

 両手には、素蛾がしているものと同じ炸裂砂の袋を持っていた。

 そして、宝玄仙に近づくと、手に持っていた炸裂砂を宝玄仙の首に密着させる。

 粘着剤がついている炸裂砂は宝玄仙の首に密着したようだ。

 

「沙那姉さん……孫姉さん……、おふたりのお尻の下の椅子が起爆具になっています……。おふたりが動くとご主人様の首が飛びます……。も、申し訳ありません。あたしも素蛾も逆らえないんです……。余計なことを喋ることも禁止されています。喋れるのは、許された言葉だけなんです……」

 

 朱姫が静かに言った。

 

「な、なんですって──」

 

「そ、そんなあ──」

 

 沙那と孫空女が声をあげた。

 

「動かないで──」

 

 朱姫が悲鳴のような声をあげた。

 沙那と孫空女のふたりが、びくりと身体の動きをとめる。

 

「ご主人様、奥の部屋で御影が待っています……。あたしと素蛾は、沙那姉さんたちを見張るように指示を受けています……。どうぞ、お進みください」

 

 朱姫が声をかけた。

 

「わたしひとりで来いということかい?」

 

 宝玄仙は手摺りから脚をおろして立ちあがった。

 すると、朱姫と素蛾が、それぞれ、沙那と孫空女の座っている椅子の前に進んで跪いた。

 

「な、なに?」

「なんだい?」

 

 沙那と孫空女が同時に当惑した声をあげた。

 

「ご、ごめんなさい、沙那姉さん、孫姉さん……。あたしたちは、ここで沙那姉さんたちを弱らせておくように『命令』されているんです……」

 

 朱姫と素蛾が沙那と孫空女の股間を舐め始めた。

 

「ひいっ」

「くうっ」

 

 ふたりが真っ赤な顔をして、びくりと後ろ手に拘束されている身体を竦ませた。

 ただ、動いていはならないことを思い出したのだろう。

 必死で身悶えを耐えるような仕草になった。

 宝玄仙はそんな四人の痴態をちらりと見て苦笑した。

 

「じゃあ、行ってくるよ──。そこで愉しんでな」

 

 宝玄仙は声をかけてから城主の間の奥にある扉に向かっていく。

 沙那と孫空女が喘ぎながら、宝玄仙の名を呼んだのが聞こえた。

 すると、奥の部屋に入った途端に、急に身体がねじれるような感覚が襲った。



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811 裏切る者は?

 奥の部屋に入った途端に、急に身体がねじれるような感覚が襲った。

 

 『移動術』だ──。

 

 気がつくと、正面に鏡のある見知らぬ部屋にいた。

 摩雲城のどこかの一室だとは思うが、ここがどの部屋なのか宝玄仙には覚えがない。

 部屋には調度品のようなものはなにもなかった。

 床に燭台があるだけだ。

 その灯りで部屋は明るかったが、窓や扉のようなものはない。

 その代わり、宝玄仙の立つ正面に大きな鏡が一面に張られていた。

 

 また、天井から垂れている一本の縄があった。

 その縄にはたくさんの結び瘤が作ってあり、両端とも天井から吊られていて、ちょうど宝玄仙の腰の位置くらいの高さで垂れさがっている。

 さらに、宝玄仙が感じたのは、部屋全体に立ちこめている甘い香りだ。

 どこかで嗅いだ記憶のある匂いだと思ったが、宝玄仙にはそれがなにかはすぐにわからなかった。

 

「よく、来たわね、宝玄ちゃん……。相変わらずいい身体ね。ぞくぞくするわ」

 

 鏡の向こうから声がした。

 

「み、御影かい……」

 

 紛れもない御影本人の声だ。

 影法師ではない──。

 本人だ──。

 てっきり、ここには影法師を送り込んでいるだけだろうと思っていたので、少し驚いた。

 

「お前、そこにいるのかい──?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 正面の鏡の向こうには、なにかの強い結界が張ってあると思う。

 その向こうに存在する者の霊気の気配を宝玄仙は感じることはできない。

 

「いるわよ。いよいよ、あんたを捕えることができるという素晴らしい瞬間だもの。それを影法師を通して味わうというのは勿体ないわ。それにしても、前に見たときには、ちゃんと股の毛があったのに、いまはつるつるに剃っているのね。奴隷らしくていいわね」

 

 鏡の向こうの御影らしき男が笑いながら言った。

 どうやら、向こう側からは透明の壁なのだろう。

 こっちをはっきりと見ている気配だ。

 だが、御影本体がいるなら好都合だ。

 御影は、宝玄仙が道術封じの枷で道術が遣えない状態だと思っているだろう。

 

 ならば、一気に……。

 

「わたしを捕えるとはどういう意味だい、御影? わたしと話し合いをするために呼んだんだろう? 首にかかっている道術石はくれてやるよ。好きなように扱いな──。その代わり、わたしとわたしの供には手は付けないと約束するんだ。それで終わりにしようじゃないかい──」

 

 宝玄仙は鏡に向かって言った。

 

「それは、あたしの提案する条件とは違うようね……。あたしからの条件はこうよ。大人しく道術石を渡せば、少しばかり優しく扱ってあげるわ……。奴隷としてね。でも、抵抗するようなら、手酷く扱うわ──。やっぱり、奴隷としてね。どっちがいい?」

 

 御影の声がくすくすと笑った。

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「話にもならないね──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「だったら、話し合いは決裂ね。お前をここで捕えて、雷音院(らいおんいん)に連れて行くことにするわ。ちょうどいい監禁場所があるのよ……。雷音大王の後宮に入れてあげるわ。そこなら脱出不可能よ。そこであたし専用の奴隷にしてあげる」

 

「嫌だと言ってるだろう──。いいから、顔を見せな──。鏡越しに話すると苛つくんだよ──。どうせ、わたしを犯したいんだろう──。さっさと犯しな」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 御影が出てきた瞬間に、息の根をとめてやろうと思った。

 それで長年の確執は終わる。

 

「……そうね。まずは、味見というのもいいかもね……。だけど、その前に話をしましょうよ。話のあいだ退屈だろうから、退屈凌ぎをさせてあげるわ。その縄を跨ぎなさい」

 

 御影の言葉と同時に、天井から吊られている縄が少しさがった。

 

「ふざけるんじゃないよ、御影──。いいから出て来いと言っているだろう──」

 

「あんたの股がいい具合に仕上がったら、出てきてあげるわ。いいから跨ぎなさい。それとも、四人の供のうち、ひとりくらい死なないと、その気になれない?」

 

 御影が愉しそうに言った。

 宝玄仙は舌打ちした。

 脚をあげて縄を跨いだ。

 すると、縄の両端が天井に吸い込まれるようにあがっていき、宝玄仙の股間に喰い込む。

 

「うっ」

 

 宝玄仙は思わず声をあげてしまった。

 見ただけでは気がつかなかったが、縄の表面には潤滑油のようなものがたっぷりと塗られていたようだ。

 それが宝玄仙の股間に冷たい感触を与えたのだ。

 そして、瘤のある縄がゆっくりと後ろから前に向かって巻きあげられだした。

 

「あっ」

 

 宝玄仙は思わず小さな声をあげた。

 瘤縄がさらにせりあがり、縄が股間に強く食い込んだ。

 宝玄仙はほとんど無意識に裸身を一直線に伸ばして爪先立った。 

 瘤縄はかなり大きなものを作ってある。

 それが花芯にぬめり込み、その前後で肉芽と菊座にも食い込み動いていく。

 

「う、ううっ」

 

 宝玄仙は歯を食い縛った。

 体重が縄にかかり、喰い込んだ縄瘤が股間を擦りあげるのだ。

 しかも、縄に塗られていたのはただの潤滑油ではなさそうだ。

 すぐにじんと身体を痺れさせるような痒みが沸き起こってきた。

 おそらく、媚薬効果もあるのだろう。

 あっという間に異常なほどに股間が疼いてくる。

 

「んんっ」

 

 そして、痒みと疼きに襲われている股間の亀裂を搾りあげるように、ゆっくりと縄が回転する。

 宝玄仙の身体がすぐに充血して汗ばむのがわかった。

 官能の芯を揉みあげるような縄瘤に、いつしか宝玄仙は腰を淫らに揺らすようになっていた。

 

「あらっ、お気に入り? だったら、雷音大王の後宮に備えつける予定のお前の牢にも同じものを取り付けてあげるわ」

 

 御影の笑い声がした。

 

「ふ、ふざけるな……。な、縄を……動かすのを……やめな……」

 

 宝玄仙は歯ぎしりながら言った。

 

「いいじゃないの……。気持ちよさそうじゃないのよ……。話をしましょうよ。ちょっと、昔話よ」

 

 御影の声が言った。

 

「な、なんだい……。む、昔話って……?」

 

 宝玄仙の爪先は伸びるだけ伸びた状態にある。

 その宝玄仙の股間を容赦なく縄瘤が強烈に刺激をしてくる。

 官能の疼きが一気に子宮に集中していく。

 

「闘勝仙のことよ……」

 

「闘勝仙?」

 

 意外な名に宝玄仙は眉をひそめた。

 

「あんたって、闘勝仙の奴隷だったのよね。二年間も……。あの男はとんでもない嗜虐癖だったから、その期間、さぞたくさんの辱めを受けたんでしょうねえ……。惜しかったわ。その当時のあんたをあたしも見てみたかったわ」

 

「お、お前に関係ない……だ……ろう……。それがどうしたんだい……?」

 

 宝玄仙は腹がたって怒鳴った。

 一方で、縄瘤はいやらしく宝玄仙を責め続ける。

 宝玄仙は必死になって気力を保とうとした。

 いま、この瞬間にも御影が鏡の向こうにある結界から出てきて、宝玄仙を抱こうとするかもしれない。

 その機会を逃してはならないのだ。

 だが、媚薬と縄瘤を使った淫らな攻撃に、宝玄仙はともすると我を忘れそうになる。

 

「だけど、あんたは、その闘勝仙に復讐を果たした……。服従の首輪という霊具を使ってね……。大した操り霊具よね……。あたしも、あんなに完璧な操り霊具は知らないわ……」

 

「……お宝を使って、その首輪を量産して遊んでいる……ようじゃ……ないかい……。め、迷惑してるんだよ……。あううっ──」

 

 宝玄仙は喉をあげて呻いた。急に縄の回転が速度を増したのだ。

 堪らず、宝玄仙は少しでも刺激を弱めようとして、脚を閉じてさらに爪先を伸ばした。

 

「でも、どうやって逃れたんだろうと思ってね……。だって、あの闘勝仙のことだもの──。あなたには、たくさんの支配の刻みをしていたはずよ。闘勝仙に逆らわないとか、その取り巻きの命令に従うとか……。そういう道術契約を次々に結ばせたでしょう? あの男はそういう用心深さがあったのよね。それなのに、どうやって道術契約をかいくぐって、あんたは闘勝仙に逆らったんだろうと不思議に思っているのよ……」

 

「お、お前には関係……ない……」

 

 宝玄仙は呻いた。

 いよいよ縄瘤の刺激に耐えられなくなりそうなのだ。

 一個一個の瘤が菊門や女陰に喰い込むたびに、火のように鋭い快感が貫く。

 それが連続で襲う。

 宝玄仙の身体はもはや痙攣しているかのような震えを止められなくなった。

 

「でも、あんたのことをいろいろと調べているうちにわかったのよね……。あんたが、どうやって闘勝仙との道術契約を無視して復讐を果たせたのかが……」

 

「な、なに……?」

 

 宝玄仙は全身の疼きに悶えながら声をあげた。

 御影はなにを知ったというのだ……?

 

「あんたには、多分ふたりの人格が心にいるのよ……。そのうちのひとりが、闘勝仙に服従して道術契約を結んだ。そして、もうひとりのお前は、闘勝仙との支配から逃れて、服従の首輪で復讐を果たした……。そうなんでしょう? 宝玄仙? もしかして、もうひとりの名は宝玉? あんたの昔の名よね? 蝦蟇婆の遺した遺産に、“玉”と書かれている缶に入った香草があったわ」

 

 御影がくすくすと笑った。

 宝玄仙には、やっとこの部屋に立ちこめている甘い香りのことを思いだした。

 これは、青獅子魔王に捕えられていたとき、蝦蟇婆が宝玄仙の人格支配に使っていた香りだ。

 この甘い香りは、蝦蟇婆が“宝玉”を呼び出すときに使っていた匂いだ。

 

「その顔はだいたい図星のようね……。あんたが正直者で助かったわ。長い付き合いだし、あんたの考えていることは顔を見ているとわかるのよね……。やっぱり、ふたりの人格がねえ……。不思議なことだけど、そんなこともあるのね……」

 

 御影が言った。

 

「それで、もうひとつ思い出したんだけど、闘勝仙って、あらゆることを道術契約で縛ったのよねえ……。鳴智のこともでしょう? 鳴智には逆らうなという道術契約も闘勝仙は結ばせたでしょう? 答えなくていいのよ。それは鳴智に直接確かめたから……。闘勝仙は、お前に対するたくさんの道術契約の縛りの中で、鳴智の命令に従うという契約もしている。そして、闘勝仙は死んだけど、それはお前の中に刻まれて残っている……。だって、道術契約というのは、どちらかが死んでも、契約は残るのよね。むしろ、相手が死んでしまえば、道術契約は解除できない。厄介なものよねえ……」

 

「さ、さっきから、なにをねちねちと言ってるんだい──。い、いい加減に……こ、これをとめないかい──。ふ、ふざけるんじゃないよ──」

 

 宝玄仙は絶叫した。

 もう絶頂の寸前まで追いつめられていた。

 だが、それを察知したように、縄瘤の回転が止まった。

 宝玄仙はほっと救われたような気持ちになったし、一方で、燃え立った肌に水をかけられたような腹立たしい気持ちにもなった。

 

「つまり、お前の中には、鳴智の命令には従うという道術契約も刻まれたまま残っているのよ……。もちろん、それはお前ではなく、もうひとりのお前が結んだ契約だろうけどね……。だから、あたしは、もうひとりのお前を呼び出す香りをかがせ続けているのよ……。あたしの仮説が正しければ、この香りは、もうひとりのお前を呼び出すための匂いのはずよ」

 

 御影が言った。

 宝玉はいなくなった──。

 思わず、そう喋りかけて、宝玄仙は慌てて口をつぐんだ。

 

 そのとき、なにか心のざわめきのようなものを感じた。

 動揺だ──。

 

 激しく、動揺している──。

 だが、それは宝玄仙自身ではなかった──。

 宝玄仙は突然に宝玉の存在を心の中に感じていた。

 

「……宝玉……」

 

 そのとき、鏡の向こうから声がした。

 御影の声ではなかった。

 女の声だ。

 

「な、鳴智――?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「宝玉に命令する。宝玄仙の霊気を封印して、御影様に宝玄仙を売り渡しなさい」

 

 鳴智が言った。

 感情のない抑揚のない口調だ。

 まるで命令されて、仕方なく喋っているような感じだ。

 その瞬間、宝玄仙の中にある霊気が凍りついたようになったのがわかった。

 

 宝玄仙……。

 

 心の中で名を呼ばれた気がした。

 

「ほ、宝玉──? 宝玉かい──?」

 

 そして、宝玄仙は驚愕した。

 鳴智の言葉によって宝玄仙の霊気が封印されたのだ。

 それがわかった。

 

 眠っていた宝玉が……?

 宝玄仙は当惑した。

 そのとき、鏡の向こうから御影の身体が通り抜けてきた。

 

「……仮説は正しかったようね……。お前の霊気が突然にとまったのが確かにわかったわ」

 

 御影が宝玄仙の股間に喰い込んだ縄を引っ張って外し、後ろ手に拘束している宝玄仙を仰向けに押し倒した。

 

 御影──。

 宝玄仙はありったけの気力を総動員して霊気を出そうと思ったが、やはり、封印された宝玄仙の霊気は動かない。

 

「ほ、宝玉──。や、やめな──。封印を外すんだよ──。すぐにだ──」

 

 宝玄仙は声に出して叫んだ。

 その宝玄仙の両腿を抱くようにした御影が下袴から怒張を出して、宝玄仙の股間を断ち割ってきた。

 

「んぐううっ──み、御影──」

 

 限界まで燃えあがりすっかりと濡れていた股間を貫く怒張の刺激に、宝玄仙は身体をのけ反らせて悲鳴をあげた。

 

「ふふふ……、いろいろと小細工していたみたいだけど、全部無駄だったようね──。お前の供ともども、たっぷりと調教してあげるわ」

 

 御影が宝玄仙の首から道術石用の袋を外して自分の首にかけた。

 そして、嬉しそうに律動を開始する。

 宝玄仙は甲高い声をあげていた。

 

 

 “……裏切らぬと信じた者の裏切りで

  ……全員が卑怯な敵の虜となる”

 

 

 その言葉が不意に頭に蘇った……。



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812 封印解除の条件

 身体の下の宝玄仙が絶息するような呻きをあげながら、二度目の羞恥の滴りを噴きあげたのがわかった。

 御影は怒張が貫いている宝玄仙の腰が淫らに震えるのを愉しみながら精を放った。

 宝玄仙が口惜しそうに顔を歪める。

 

 御影は満足して男根を抜こうとした。

 すると、宝玄仙の性器はそれを拒むように粘着力を発揮して絡みついてくる。

 そういえば、この吸い付くような性器の具合の良さがきっかけだった。

 まだ、御影が東方帝国の教団本部にいた頃、当時、宝玄仙士だった宝玄仙と一晩をともにして、身体を愉しんだ。

 

 そのとき、この宝玄仙の身体に感動し、こんな名器を持った女を性奴隷にしてやろうと思って手を出した。

 だが、それで手痛いしっぺ返しを喰らった。

 それが、御影と宝玄仙の因縁の始まりだ。

 

「久しぶりだと感動しちゃうわね。やっぱり、あんたの道具は最高よ。雷音院に着いたら、今度はお尻も犯してあげるからね」

 

 御影は宝玄仙から身体を離すとともに鳴智の名を呼んだ。

 同時に部屋を二分していた結界としての鏡を消失させる。

 鳴智は鏡の壁の結界の反対側で待たせていた。

 鏡の壁が消失することで鳴智が現れる。

 相変わらずの無表情だ。

 

「例の物をお貸し」

 

 御影は服を整えながら言った。

 鳴智が取り出したのは、『服従の首輪』だ。

 御影はそれを受け取ると、まずは、宝玄仙の首の横にある炸裂砂を取り外し、次いで、服従の首輪を装着させた。

 後ろ手の宝玄仙が身体を起こした。

 そのとき、不意に宝玄仙が眼を閉じて身体を震わせた。

 

「なに?」

 

 違和感を覚えて、思わず御影は声をあげた。

 眼を開いたときの宝玄仙の雰囲気が変わっていたのだ。

 なにがどう違うとはわからないのだが、たったいままでの宝玄仙とは違う宝玄仙がそこにいる──。

 そんな感じだ。

 宝玄仙の目に怯えがある。

 一度、御影を見て、慌てて視線を鳴智に移す。

 そのとき、なぜか御影は目の前の宝玄仙に不思議な恐怖を覚えた。

 理由もなく、急な不安感に襲われたのだ。

 慌てて宝玄仙から飛び退がって、強力な結界で自分だけを覆う。

 

「鳴智、早く、首輪を受け入れるように命じなさい──。すぐによ──」

 

 御影は金切声で叫んだ。

 もうひとりの宝玄仙には、闘勝仙と結んだ道術契約により、鳴智には逆らわないという縛りが残っているはずだ。

 

「服従の首輪を受け入れると言いなさい、宝玉」

 

 鳴智が抑揚のない口調で言った。

 闘勝仙の命令とはいえ、かつて宝玄仙を二年間も嗜虐し続けた鳴智だが、なぜか宝玄仙を再び陥れるのは意に添わない様子だ。

 だから、無理矢理に「命令」で従わさなければ、宝玄仙の捕獲に積極的には協力しない。

 

 まあいい──。

 気が進もうと、進むまいと、御影を「主人」として服従の首輪を受け入れている鳴智は、御影に従うしかない。

 それが首輪の力なのだ。

 

「……(ほう)をあの男に売るのね……。裏切ったのね……」

 

 そのとき、宝玄仙の口が小さく開いて、そういうのが聞こえた。

 あるいは、聞き間違いかもしれなかったが、宝玄仙の口調がすごく幼児的な舌足らずのように思えた。

 

 これが宝玉──?

 御影は首を捻った。

 

「宝玉、お前の役目は宝玄仙を御影様に売り渡すことよ……。わたしがそれを命じているのよ。お前はわたしの命令には従うはずでしょう?」

 

 鳴智が少し強い口調で言った。

 すると、宝玄仙がすっと眼を閉じた。

 御影は唖然とした。

 いまのはなんだったのか……?

 あれが人格交代?

 

 宝玄仙は、今度は鳴智を凝視し、そして、部屋の壁まで離れていた御影に視線をやった。

 これは、宝玄仙であって宝玄仙ではない──。

 それはわかる。

 なんとなく、雰囲気が違うのだ。

 

「お、お前の名は?」

 

 御影は言った。

 

「お前は……御影ね……?」

 

 宝玄仙はじっと御影の顔を見て、思い出すような感じでそう言った。

 やはり、宝玄仙ではないのだ。

 

「答えるのよ──。お前の名は?」

 

 鳴智が言った。

 

「宝玉……」

 

 そう言った。

 やっぱり──。

 

 御影は自分の推理が完全に正しかったことを知った。

 宝玄仙にはふたりの人格がいる。

 闘勝仙の支配を逃れたのは、その人格交代を利用して、ひとりが道術契約の支配を受け入れる役目を負い、もうひとりは闘勝仙の支配から逃れて復讐を果たしたのだ。

 御影も宝玄仙とは長い付き合いだが、宝玄仙にそんな秘密が隠されていたのとはまったくわからなかった。

 逆に言えば、あの闘勝仙は宝玄仙のその秘密を知らなかったから、してやられてしまったということだ。

 だが、御影はそれを知った。

 だから、宝玄仙を完全に支配できる。

 

「宝玉、首輪を受け入れると言いなさい……」

 

 鳴智が言った。

 

「……そ、それは……」

 

 宝玉が当惑した表情になった。

 

「お前はわたしに逆らえないはずよ……。そう闘勝仙と契約したのよね……。思い出しなさい、宝玉」

 

 宝玉の顔は今度こそ恐怖に包まれた表情になった。

 

「……受け入れるわ……」

 

 宝玉の唇が動いた。

 御影はその瞬間、服従の首輪が効力を発揮するのがわかった。

 

「お前はこれであたしの奴隷よ──。わかったわね、宝玉……。あたしのいかなる言葉にも絶対服従──。いいわね。命令よ」

 

「わ、わかったわ……」

 

「あたしのことは御影様と呼びなさい。そして、丁寧な言葉を遣いなさい」

 

「わ、わかりました、御影様……」

 

 宝玉の顔が悲しそうに歪んだ気がした。

 意に添わないことを命じられると、人はあんな顔をする。

 これまでも、そうやってたくさんの者を従わせてきた御影はそれを知っている。

 だが、そのうちに命令に従うのが当たり前のようになってくるのだ。

 そうやって、人は完全な奴隷になっていく……。

 

「お前には自殺を禁じる。首輪を外そうとするいかなる行為も禁止する。あたしに危害を及ぼすのも禁止。それをやろうとする者がいれば全力で阻止しなさい。それと、もうひとりの宝玄仙があたしに逆らうのも阻止しなさい。わかったわね」

 

 だが、宝玉は首を振った。

 

「さ、最後の命令には従えません。わたしは宝玄仙を従わせることはできないのです」

 

「嘘を言うんじゃない──。あたしに嘘をつくことを禁止する。宝玉、お前は、あたしには常に本当のことしか言えないのよ。命令よ──」

 

「嘘じゃありません。宝玄仙には宝玄仙の自由意思があります。わたしには、宝玄仙の心を拘束したり、操ったりということはできません」

 

 宝玉は言った。

 御影は舌打ちした。

 首輪の力が効いているのはわかっている。

 嘘を言うなと命じた限りは、本当のことなのだろう。

 

「じゃあ、宝玉──。お前は首輪を受け入れた。それは間違いないわね?」

 

「間違いありません……」

 

「それは、もうひとりの宝玄仙も受け入れたと同じことになるの?」

 

 宝玉は首を横に振った。

 

「わたしが首輪を受け入れるということと、宝玄仙が受け入れるということは違うことです」

 

 宝玉は言った。

 やはり、そういうことになるのか……。

 そうやって、ふたつの心を持つ宝玄仙は、人格を使い分けて闘勝仙の支配から逃れたのだ。

 

 いずれにしても、それならば、宝玄仙についても首輪を受け入れさせるという作業が必要になるということだ。

 もうひとりの宝玄仙については、鳴智の命令に従うという縛りもない。

 脅迫か拷問によって受け入れさせるしかないだろう。

 

「お前は、自分自身の霊気を封印したわね。それは解除してはならない。命令よ」

 

「解除しません」

 

 宝玉がうなずいた。

 だんだんと宝玉の顔が恐怖に包まれるのがわかった。

 次々に受け入れさせられる「命令」に怖れをなしてきたという感じだ。

 

「お前が霊気を封印すれば、もうひとりの宝玄仙も道術を遣えなくなるの?」

 

「わたしたちの霊気も身体も共通のものです。わたしが封印してしまえば、宝玄仙にも道術は遣えません」

 

 御影はその言葉に満足した。

 ならば、もうひとりの宝玄仙も支配に陥らせたのも同じだ。

 霊気の遣えない宝玄仙など、ただの非力な女にすぎない。

 

「お前は、『魂の施術』を遣えるわね……?」

 

「相手を害する道術でなければ、わたしと宝玄仙の道術は共通です……。遣えます」

 

「じゃあ、この道術石をあたしの身体に入れなさい」

 

 御影は結界を解いた。

 そして、宝玉に近づき、まずは後手に拘束している枷を外した。

 宝玉が手を擦りながら、両手で乳房を隠すように前にやった。

 御影は袋を開こうとした。

 

「えっ?」

 

 そのとき、御影は、牛魔王の身体に入っていた道術石が入っている小袋に道術の封印がしてあることに気がついた。

 

 『道術錠』だ──。

 

 道術による施錠術の一種だが、ある特定の行動が施錠を開錠する条件になっていて、それが実行されないと開錠されないという道術だ。

 一度、条件付けをしてしまうと、術者にもそれは解除できないという厄介な封印なのだ。

 かなりの高位道術者でなければ施すことのできない封印であり、宝玄仙はそれを事前に施していたようだ。

 御影は舌打ちした。

 

「宝玉、開錠の条件はなに? 言いなさい」

 

 御影は宝玉を睨んだ。

 

「わ、わたしはたったいままで長く眠った状態にあったのです。宝玄仙がそのあいだにやったことは知りません」

 

「嘘おっしゃい──」

 

 御影は怒鳴ったが、嘘を言うなという「命令」を与えていることを思い出した。

 宝玉は知らないのだ……。

 

「お前は、宝玄仙と自由に人格交代できるの?」

 

「で、できます……。それはわたしの力のひとつです……」

 

「だったら、あたしが名を呼んだら、すぐにお前が出てきなさい……。そして、宝玄仙を出しなさい……」

 

 御影が言うと、宝玉の目が閉じた。

 しばらく閉じられた状態が続いてから、やっとその眼が開いた。

 そのときには眼が攻撃的なものに変化している気がした。

 人格が宝玄仙と交代したのだろう。

 宝玉のときは脚を閉じて横に曲げていたが、いきなりその脚が胡坐になった。

 胸を隠していた手は、最初に首につけられた首輪に触れ、腕組みに変わる。

 

「……宝玉を復活させてくれたことには礼を言っておくよ、御影……。かなり、謝っていたけどね。やってくれたじゃないか……。闘勝仙との道術契約のことなんて、わたしどころか、宝玉も忘れていたようだよ……」

 

 宝玄仙が御影と鳴智の顔を交互に見ながら言った。

 

「……さあ、袋の封印を解く条件を言うのよ、宝玄仙」

 

 すると、宝玄仙の顔が破顔した。

 

「へえ、やっと封印されていることに気がついたかい。だったら、わたしたちを解放しな。二度と手を出さないと誓えば、袋を開く条件を教えてやるよ」

 

 宝玄仙が笑った。

 御影はかっとなった。

 宝玄仙に拘束の道術をかけた。

 

「ぐうっ」

 

 宝玄仙が呻き声をあげた。

 宝玄仙の身体が見えない鎖で引っ張られたかのように、四肢を大きく拡げた形で固定されたのだ。

 御影は鳴智に命じて、奥側の壁にあった薬剤の壺を持ってこさせた。

 

「これはさっきの縄瘤に塗っていた薬剤よ。強烈な痒みをもたらすのよね。身体に訊ねるという手もあるのよ……。それとも、供をひとりひとり殺していくのがいい? さっさと言いなさい、宝玄仙……」

 

 御影はそういうと、壺に浸けてあった刷毛で痒みをもたらす液剤をたっぷりと股間に塗ってやった。

 

「な、なにをするんだい──。あっ、くうっ」

 

 宝玄仙が真っ赤な顔になって、道術で金縛りになった身体を捻ろうとした。

 だが、ほとんど身じろぎくらいしかできない。

 御影は構わず、たっぷりと股間に塗りつけてやった。

 さらに後ろに回り、尻の亀裂に添って刷毛を動かしていく。

 

「はああ──あああっ──」

 

 宝玄仙がいきなり飛び跳ねるように身体を動かした。

 そのため、宝玄仙が倒れそうになり、慌てて御影は道術を強化しなければならなかった。

 

「宝玄仙は特にお尻が苦手なんですよ。言ってませんでしたか……」

 

 鳴智がぽつりと言った。

 すると、宝玄仙がきっと鳴智を睨んだ。

 

「……お、お前には、そのうちにきっちりと話をつけるからね、鳴智……」

 

「愉しみにしているわ、宝玄仙」

 

 鳴智は言った。

 

「聞いてはいたけど、これほどとはね……。じゃあ、面白くなってきたわね」

 

 鳴智は執拗に菊座に液剤を塗りたくってやった。

 液剤を奥に入れるために、肛門に指を突っ込んでやると、宝玄仙はそれだけで腰をがくがくと動かして激しく反応した。

 その反応のよさに御影はほくそ笑んだ。

 

「いつまで我慢できるかしらね」

 

 そう言って御影が刷毛を離したときには、宝玄仙が呻き声のようなものを出し始めた。

 

「さっさと言いなさい、宝玄仙──。我慢できるわけないでしょう。それくらい、わかってんでしょう?」

 

 御影は髪を振り乱しだした宝玄仙の黒髪を掴んで、自分に顔を向けさせた。

 

「ぐうっ……。だ、だから、言ってんだろう……。わ、わたしと供に手を出さないと道術契約で誓いな……。そうしたら、封印が開くよ……。くうっ、か、痒い……ぐうっ……」

 

 宝玄仙が悲痛な顔になった。

 さっきは縄瘤には媚薬で薄めた掻痒剤を使ったのだ。

 今度はまったく薄めていない原液である。

 猛烈な痒さが襲っているはずだ。

 

「あたしを馬鹿だと思っているの、宝玄仙──。道術契約のような複雑なものを『道術錠』の封印解除の条件にはできないわよ。ちょっとした合言葉でしかないはずよ。ぐずぐず言ってないで白状するのよ──」

 

「な、何度も言っているだろう……。道術契約をすれば、その合言葉を教えてやるよ……」

 

 宝玄仙が苦しそうに言った。

 御影は腹が立って、思い切り宝玄仙の頬を引っ叩いた。

 

「だったら、ここにお前の供をひとりひとり連れてくるわ──。目の前で供がひとりひとり死ぬのを見れば、思い出すでしょうしね……」

 

 御影は怒鳴った。

 そのとき、宝玄仙が慌てたように言った。

 

「ま、待て──。わ、わかった、言う──。四人の供がある言葉を同時にかける。それが開錠の条件になっている。だから、供をひとりでも殺せば、封印は解けないよ──」

 

 宝玄仙が早口で言った。

 御影は宝玄仙を睨んだ。

 

 おそらく、それは嘘じゃないだろう。

 『道術錠』の封印を解錠する条件付けの設定はある決まりがある。

 たとえば肉体の一部を糸でつなぐとかの場合は、施錠の対象である肉体の持ち主が理解できるものであれば、かなり複雑な条件付けが可能だ。

 しかし、単なる無機質の施錠であるとか、この場合のような袋の場合は、ぜいぜい合言葉を設定するくらいのものだ。

 宝玄仙が四人の供に危害を加えられるのを防ぐために、四人の供が必要なように合言葉を設定するというのは十分に考えられる。

 

 そのとき、御影はあることを思いついて、にやりと笑った。

 『取寄せ術』で革の貞操帯をこの場に取り寄せた。

 そして、それの内側にたっぷりと壺の液剤を流してから、宝玄仙の腰に装着してやった。

 そして、『道術錠』で封印する。

 

「開錠の条件は、“服従の首輪を受け入れる”という言葉よ……。それをお前が口にしなければ、貞操帯は外れないわ」

 

 御影の言葉にはっとしたように宝玄仙の顔が引きつった。

 すでに宝玄仙の首には、『服従の首輪』がしてある。

 この状態でその言葉を口にすれば、その瞬間に首輪の刻みが宝玄仙を縛りつける。

 

「とりあえず、鳴智、雷音院にあるあたしの屋敷の地下牢に閉じ込めておきなさい──」

 

 御影は言った。

 そして、『移動術』で宝玄仙と鳴智を雷音院の城郭の中にある御影の屋敷まで転送させた。

 

 

 *

 

 

「ふたりとも、やめなさい……」

 

 声がした。

 朱姫の舌が股間から離れた。

 沙那はがっくりと脱力するとともに、朦朧としている顔をあげた。

 

 そこにいたのは、御影と宝玄仙だった。

 声をかけたのは御影のようだ。

 沙那が御影を直接見るのは、この旅の最初の頃に、宝玄仙をさらおうとした御影を孫空女とともに抹殺したときのことだ。

 御影はそのときと、まったく変わってなかった。

 また、宝玄仙は特に拘束はされてはおらず、きちんと服も着ていた。

 

「話はついたよ。御影に道術石を渡すことになったよ。それを条件に、御影は道術契約をして、わたしらに二度と手を出さないと誓う……。さあ、合言葉を四人でかけな」

 

 宝玄仙が言った。

 合言葉……?

 なんだそれはと思ったが、どうやら道術石を入れたことになっている袋の封印のことだとわかった。

 しかし、沙那は宝玄仙が道術石が入っていると見せかけている小袋を『道術錠』で封印したことはわかってるが、合言葉など教えてもらっていない。

 だが、宝玄仙がそう言うのだから、なにか意味があるのだろうと思って話を合わせることにした。

 

「わ、わかりましたけど……。で、でも、か、身体が……」

 

 沙那と孫空女は両脚を椅子の手摺りに乗せて、随分長いあいだ、朱姫と素蛾の舌の洗礼を受け続けていた。

 達した回数は十数回にもなる。

 股間の下には夥しい愛液が流れているし、手足は痺れたようになっていて、まったく力が入らない。

 

「朱姫、素蛾、ふたりを椅子からおろしてやるのよ」

 

 御影がそんな沙那と孫空女を一瞥して苦笑した。

 それとともに、素蛾の身体に巻かれていた縄と炸裂砂が一瞬にして消滅した。

 沙那はほっとした。

 ふと、宝玄仙の首を確かめた。

 ここを出ていくときに、朱姫につけられた首の炸裂砂はすでにないようだ。

 

「沙那姉さん……」

 

 朱姫が手摺りにかかった沙那の脚を外してくれた。

 沙那はそのまま床に転げ落ちかけた。

 

「う、うわっ、沙那姉さん──」

 

 それを慌てて朱姫が抱えて、沙那を床にゆっくりとおろす。

 孫空女も同じようなことになっている。

 

「み、みんな、集まるのよ……」

 

 沙那は声をかけた。

 後ろ手の手錠はそのままだが、いつでも力を入れれば外れることはわかっている。

 

 機会は一度しかないだろう……。

 宝玄仙は沙那たちの反撃を期待して、御影を連れてきたのだろうか……?

 

 沙那は朱姫に身体を支えられて、這うように前に進んだ。素蛾に身体を支えられた孫空女も同じように這いながらやってくる。

 そのとき、孫空女が沙那を見て小さく頷いた。

 沙那も目で応じる。

 

「さあ、じゃあ、合言葉を言うわ……。袋を近づけて……」

 

 沙那は御影を見た。

 道術石の袋は御影の首にある。

 開いてしまえば、中身はただの石ころだ。

 道術契約の約束など無意味だろう。

 始末をつけるとすれば、いましかない。

 御影が結界で身体を覆っているとしても、袋を近づけるためにそのときには結界を解くしかない。

 

「ほら」

 

 御影が近づいた。

 不意に孫空女が後手の手錠を引き千切った。

 

「うわっ──」

 

 御影が孫空女に驚いて、悲鳴をあげた。

 

 いまだ──。

 

 御影が完全に沙那に対して無防備になっているのを確信した。

 沙那も手錠を千切ると、瞬殺の経絡のつぼに指を伸ばす。

 やっと沙那の動きに気がついた御影の目が大きく見開かれた。

 

 だが、もう遅い──。

 沙那は経絡突きが御影に当たるのを確信した。

 

「ぐうっ」

 

 そのとき、なにかが起きた。

 強い衝撃を横から感じたのだ。

 沙那の身体は朱姫から長く股間責めに遭っていたために、すっかりと弱っていたので、衝撃のまま転がって孫空女たちを巻き込んで倒れてしまった。

 鳴智の横にいた宝玄仙が沙那の腹を蹴飛ばして、御影への攻撃を邪魔をしたと気がついたのは、御影自身がさっと退がって身を守る態勢を取られてしまってからだ。

 

「な、なんで、邪魔するんです、ご主人様──」

 

 沙那は叫んだ。

 

「さ、沙那様……、ご主人様じゃないと思います。多分、それも御影さんです」

 

 素蛾が言った。

 

「えっ?」

 

 沙那は声をあげた。

 

「なんでお前にはわかるの、小娘? 不思議な勘が働くのねえ」

 

 宝玄仙の口調が男の声に変わった。

 そして、一瞬で宝玄仙の姿が消滅して、黒い頭巾と外套を身に着けた影法師の姿に変化した。

 

「か、影法師──」

 

 叫んだのは孫空女だ。

 そのとき、不意に自分の身体が浮きあがるのを感じた。

 なにかの透明な球体に閉じ込められていて、それがふわりと浮いたのだ。

 沙那だけではなく、孫空女や朱姫も素蛾も同じように浮いている。

 

「もしかして、合言葉を教えられているかと思ったけど、その感じでは知らないかもしれないわね──。まあ、念のために連れ帰って拷問にかけるわ。それとも、宝玄仙が白状するのが早いかしら」

 

 御影がにやりと笑った。

 そのとき、御影が周りの空間がかすかに揺れるを感じた。

 そして、御影が消滅した。

 

 『移動術』だ──。

 

 そして、沙那たちを閉じ込めた球体も、御影が消えた場所に吸い込まれるように移動していく。

 やがて、沙那の身体に捻じれるような感覚が加わった。

 

 

 

 

(第122話『裏切りの摩雲城』終わり、第123話『主従解散』に続く)






 *

 次話より、舞台を雷音城に移して、最終エピソードとなります。


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 第123話 主従解散【雷音院(らいおんいん)
813 死の覚悟


「うぐうっ」

 

 天井から両手を拘束されている孫空女がやっと呻き声をあげたのは、三発目の電撃鞭が股間に与えられたときだった。

 沙那については、ほとんど一発目から悲鳴をあげていたが、悲鳴をあげるだけで「首輪を受け入れる」という言葉を口にすることはない。

 御影は悲鳴をあげるということと、屈伏することとは別のことと思うしかなかった。

 

「う、うう……、さ、沙那姉さん……」

 

「ご、ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 

 「拷問者」を命じている朱姫と素蛾が泣き声をあげた。

 

「お前たちの拷問は手緩いようだぞ。手加減するな。次は心神棒を使え。痛みを外からではなく、身体の内側から与える拷問具だ。これに耐えられるものなどいないはずだ」

 

「も、もうやめさせて……」

 

「お、お願いです……」

 

 朱姫と素蛾が呻くように言った。

 だが、『服従の鎖』により支配されているふたりは、「命令」には逆らえない。

 それぞれに心神棒という杖状の拷問具を手にする。

 ふたり並べて両手で吊られて宙吊りになっている孫空女と沙那の裸身の腹に、朱姫と素蛾の持つ心神棒の先が食い込んだ。

 

「あぐうううっ──」

「ひぎいいい──」

 

 さすがにふたりの女戦士も苦痛の呻き声をあげて、宙吊りの裸身を跳ねさせた。

 

「間髪入れるな。首輪を受け入れると口にさせるのだ。命令だ」

 

 影法師になっている御影は言った。

 朱姫と素蛾が言われたとおりに、ふたりの裸身に心神棒の苦痛を浴びせ続ける。

 

 沙那が二発目で失禁した……。

 

 孫空女は四発目で小便を流した……。

 

 だが、反応の変化はそれだけだ。

 影法師になっている御影は舌打ちした。

 こんなことをいつまでも続けていても無駄のような気がする。

 

「ふたりをおろせ。首輪の後ろに金具がある。そこに手錠を繋いでいる鎖を繋ぐのだ」

 

 朱姫と素蛾に命じた。

 壁の操作具を使って、朱姫が沙那と孫空女の身体をおろした。

 

 雷音院(らいおんいん)にある雷音大王の後宮にある拷問室だ。

 御影が雷音大王の影法師として、ここを支配するようになって、すぐに作らせたものだ。

 宝玄仙の供四人はここに監禁し、宝玄仙そのものは、御影の屋敷の地下に閉じ込めている。

 摩雲城から宝玄仙と供の五人をさらって丸二日がすぎていた。

 しかしながら状況はほとんど変化がない。

 

 宝玄仙はのたうちまわりながらも、あの痒み責めを耐えきったし、沙那と孫空女が『服従の首輪』の支配を受け入れる様子はない。

 御影の苛立ちは頂点に達していた。

 

 思惑が異なったのは、まずは宝玄仙だ。

 たっぷりと掻痒剤を塗りたくって、それを貞操帯で閉鎖してやった。

 それを開く『道術錠』の合言葉は、宝玄仙自身が「首輪の支配を受け入れる」という言葉だ。

 一度かけた道術錠は、術者にも解くことはできない。

 そして、貞操帯を外さない限り、絶対に股間を掻くことはできない。

 ほとんど原液を塗った痒み責めに耐えられるわけもなく、宝玄仙が首輪の支配を受け入れるのは、時間の問題だと思い込んでいた。

 だが、宝玄仙は拘束された身体をのたつたせ、口から唾を飛ばし、悲鳴をあげ、最後には泡を噴き出し、うわ言まで口にしながら丸一日耐えきった。

 さすがに一日経てば、掻痒剤の効果はほとんどなくなる。

 宝玄仙はもう落ち着いた状態になっている。

 新たに痒み責めをするにも貞操帯で塞いでしまっている。

 いまは、乳房に対して、鳴智と魔凛が掻痒剤で責めているが、あの感じではまだ耐えそうな感じだ。

 宝玄仙が屈服には程遠いことは、御影の視点で見てわかっている。

 

 もうひとつの誤算はこいつらだ。

 すでに『服従の鎖』を受け入れさせている朱姫と素蛾に加えて、沙那と孫空女に『服従の首輪』を受け入れさせてしまえば、事は簡単だと思った。

 この四人が道術石の入っている袋を開錠する合言葉を知らないということは、もう確信している。

 だが、それを最終的に確認するためにも、沙那と孫空女のふたりにも、首輪の支配を受け入れさせたいと思っているのだ。

 首輪で命じれば、もう嘘をつくことは不可能になるからだ。

 それに、宝玄仙ともども、この供たちについても奴隷として飼うつもりだ。

 

 便所にして、毎日交代で糞便を食わせてもいい。

 裸のまま連れ出して、毎日市中を引き回してもいい。

 あるいは、沙那と孫空女のふたりは丈夫そうだから御影の乗る馬車の馬にするというのもいいだろう。

 朱姫と素蛾のうちのどちらかは、手足を切り落として犬のような姿にしてもいいと思っている。

 

 構想はいくらでもあるのだ。

 しかし、それは、沙那と孫空女が『服従の首輪』を受け入れてからのことだ。

 御影の計画はその第一段階でまだ止まったままだ。

 

「仕方がない──。ひとりを殺すか──。俺の脅しが嘘だと思っているようだからな」

 

 御影は床に突っ伏し、いまは朱姫と素蛾により首の後ろに両手を回すように金具で固定されたふたりに近づき、沙那の首に細い縄を二巻きして喉に食い込ませて結んだ。

 沙那がぎょっとしたような顔で影法師の御影を見た。

 

「沙那、仲間との別れだ。言い残すことがあれば言っておけ──」

 

 御影はその縄尻を天井に投げた。

 道術で天井に密着した縄の長さをだんだんと縮めていく。

 

「うぐっ」

 

 沙那は首を引っ張られて、まだ痺れの残っている膝で懸命に立ちあがった。

 首輪の後ろに繋げられている両手で必死に首に巻いてある縄を持とうとしているが、縄はしっかりと沙那の首に喰い込んでいる。

 指一本も入らない状態だ。

 

「沙那姉さん──」

 

「ひいいい──もう、もうやめて──」

 

 朱姫と素蛾が駆け寄ろうとしたのを御影は、「命令」で制した。

 孫空女については、心神棒を喰らわせて、沙那に近寄るのを阻止した。

 

「孫空女、早く言え──。首輪を受け入れると言うんだ──。さもなければ、沙那が死ぬ──」

 

 御影は倒れた孫空女に叫んだ。

 孫空女が宝玄仙の供の中で一番の仲間想いだというのは、鳴智から教えられている。

 仲間の命を代償にすれば、まずは孫空女が落ちる──。

 御影は確信した。

 

「……くっ、うっ……。そ、孫女……、お、お別れよ……。さ、先にいく……わ……」

 

 沙那が苦しそうに言った。

 徐々にせりあがっている沙那の身体はいまや爪先立ちにまでなっている。

 

「う、うん……。ごめん……、本当にごめん……。さ、沙那……、あたしもそのうちに行くから……。向こうでも、いっぱい愛し合おう……。こ、今度はさあ……、沙那が男になって、結婚するってのもいいかもね」

 

 孫空女が言った。

 その孫空女は涙を流していた。

 

「た、愉しそうね……。だ、だけど……結婚するなら……あ、あんたが……男になって……あぐっ」

 

「ああ、さ、沙那が……それがいいなら……そうするよ……」

 

 だが、孫空女も首輪を受け入れる口にする気配はない。

 沙那を見殺しにすることを決めている感じだ。

 その顔にははっきりとした覚悟が存在している。

 だが、ぼろぼろと涙を流し続けている、

 

「そ、孫姉さん──」

 

「孫様──」

 

 動くことを禁じられている朱姫と素蛾は悲痛な声をあげた。

 御影は歯噛みしていた。

 本当に沙那を見捨てるつもりか──?

 

「うぎっ──」

 

 沙那の身体が首だけで宙に浮いた。

 

「沙那あああ──」

 

 孫空女は号泣しながら悲鳴をあげた。

 

「言え──。首輪を受け入れると言うんだ、孫空女──。もう、間に合わん──」

 

 御影は絶叫した。

 沙那の身体は完全に首で吊られている。

 もう少しで死ぬだろう。

 

「沙那──ごめん──ごめんよおおお──」

 

 孫空女が泣きながら絶叫した。

 だが、首輪を受け入れると口にする様子はない。

 御影は舌打ちした。

 仕方なく、道術で沙那を吊っている縄を切断する。

 四人のうちのひとりが欠けても道術石の袋は開かない──。

 

 魔域に持ち込まれた“ふたつの宝”を御影が手に入れることが、予言成就の条件なのだ。

 それは牛魔王の身体に入っていた道術石でなければならない。

 だから、どうしても、御影が首にしている袋を開く必要がある。

 四人のうちのひとりが欠けても袋は開かないということについて、宝玄仙は嘘はついていないと思う。

 あの女が供を殺すことができないように、そう処置したのは間違いないはずだ。

 

「あふっ、あがっ、あぐっ」

 

 沙那が激しく咳き込んでいる。

 静止の「命令」を解除した朱姫と素蛾、さらに孫空女が沙那に駆け寄った。

 御影は影法師を通じて、沙那と孫空女の身体から平衡感覚を鈍らせる道術をかけた。

 これをかけられると、真っ直ぐに身体を保てなくなり、酔ったような気持ち悪さが襲ってくる。

 悲鳴をあげた沙那と孫空女がひっくり返った。

 

「朱姫、素蛾、ふたりを歩かせろ──。転んだら、そのたびに、もうひとりの身体に焼印を押していけ。身体中が焼印だらけになるまで続けるのだ」

 

 御影は道術で部屋の真ん中に真っ赤に燃えた石炭を入れている鉄の箱と、その中に差してある十本ほどの焼印の棒を出現させた。

 焼印の大きさは赤ん坊の手のひらほどの大きさだ。

 沙那と孫空女だけでなく、朱姫と素蛾も悲痛な表情をしている。

 自分自身ではなく、自分が転ぶたびに仲間の身体が傷つけられるとあっては、そっちの方が堪えるだろう。

 

 仕方がない……。

 そうやって、少しずつ心を折っていくしかない……。

 

 御影は、沙那と孫空女を落とすには、長い時間がかかるということを覚悟した。

 そのとき、御影の屋敷に来客がやってきたのを感じた。

 

 御影は、雷音院の後宮に存在する影法師から、屋敷にいる本体に意識を集中した。

 

 

 *

 

 

 屋敷に美小淋(びしょうりん)がやってきたことを御影は、地下にいながら察知した。

 すでに一階で使っている家人が案内して、応接室に通している。

 御影はそれを道術で感知した。

 

「宝玄ちゃん、ちょっと用足しに行ってくるわ。鳴智と魔凛と遊んでいてちょうだい。それと、供が苦しんでいるのも愉しんでね」

 

 御影は貞操帯をつけただけの裸身を地下牢の真ん中で、四肢を大きく拡げた状態で金縛りになっている宝玄仙に声をかけた。

 この部屋で、宝玄仙自身の拷問をするとともに、雷音大王の後宮で供たちが受けている拷問の姿の映像を道術で宝玄仙に見させ続けているのだ。

 さっき、沙那が死にかけたときなど、宝玄仙は金切り声をあげて泣き叫んだ。

 あんなに他人に対して剥き出しの感情を示す女ではなかったので御影も少し驚いたものだ。

 

 いまやっているのは、平衡感覚を狂わされた状態で沙那と孫空女を歩かせ、どちらかが転ぶたびに朱姫と素蛾が焼き印をするという拷問だ。

 この二日、宝玄仙は供たちが受ける苛酷な拷問を眺めさせられ続けた。

 宝玄仙は自分の拷問以上に、供同士が痛めつけ合うのを見させられるのがつらそうだった。

 

「ま、待て……、み、御影……取引き……取引きしよう……。わ、わかった。も、もう……屈伏する……。屈服する……」

 

 宝玄仙が痒み責めの苦痛に涙を流しながら言った。

 一瞬、御影は心の中でほくそ笑んだ。

 供に比べれば、宝玄仙の方が遥かに耐性がなく、早く落ちるのはわかっている。

 やっと宝玄仙が落ちたということだ。

 

「袋を開ける合言葉を白状する気になったの?」

 

 御影は涙と鼻水と涎でぐしょぐしょになった宝玄仙の顔を覗き込むようにして言った。

 

「……ま、道術契約を……しようよ……御影……」

 

 宝玄仙は激しく息をしながら言った。

 

「道術契約?」

 

「あ、ああ……。と、供とわたしを……か、解放しな……。もう手を出さないと誓うんだ……。そ、そうしたら、袋を開く合言葉を教えてやる……」

 

 御影はこの期に及んでの宝玄仙の言葉に怒るよりも呆れてしまった。

 そんな取り引きが成り立つと思っているのだろうか……?

 

「あのねえ、宝玄ちゃん──。もはや、そんな条件を付けられる立場じゃないということが、まだわからないの? あたしはいくらでもあんたや供を痛めつけることもできるし、殺すことだってできるわ──。拷問に終わりはないのよ。あんたが屈服するまで続くだけよ。十日でも、一箇月でも、一年でも……」

 

「わ、わたしは……く、屈伏しないよ……。一年でもね……。袋の中のものを手に入れるためには……わ、わたしと……道術契約……するしか……ない……」

 

 宝玄仙は声も絶え絶えに言った。

 発狂しそうな乳房の痒みに耐えながら、必死で悲鳴を堪えて喋っているのだ。

 宝玄仙が荒い息の中に一生懸命に言葉を刻んでいるのはわかっている。

 

 それにしても、大した気力だと思う。

 発狂するようは痒み責めに宝玄仙は二日以上耐えた。

 それは、御影が知っている宝玄仙ではなかった。

 霊気は強いが、拷問なんかには耐えられる女ではないはずだ。それが御影が知っている宝玄仙だ。

 しかし、目の前の宝玄仙はいくら拷問しても屈する気配を感じない。

 すでに宝玄仙が限界を越えているのは確かなのだ。

 御影は鼻を鳴らした。

 

「だったら、手っ取り早く、あんたが首輪を受け入れると言ってくれないかしら。袋を開けさせた後で、すぐに首輪を受け入れさせるための拷問もするんだから、先にそれをしてよ。それだったら、考えてもいいわ……」

 

 御影はからかった。

 宝玄仙の性格で、供を守るために自分が犠牲になるということはありえない。

 供の解放を条件に宝玄仙が奴隷となるなど、宝玄仙には到底受け入れられない条件のはずだ。

 だから、わざと言ったのだ。

 

「わ、わかった……。そ、それでいい……。た、ただし、鳴智もだ……。鳴智とそれから子供……。それを解放しな……。ついでにその魔凛もつけな。そ、そうしたら……首輪を……受け入れる……。そういう道術契約を結んでいい……」

 

 宝玄仙が言った。

 御影はびっくりした。

 

「ほ、宝玄仙──?」

 

 だが、もっと驚愕した声をあげたのは鳴智だ。

 まさか宝玄仙が、宝玄仙の身と引き換えに鳴智と子供の解放を要求するとは夢にも思わなかったのだろう。

 御影もそうだ。

 

「……それはできないわね。こいつを手放せば、その瞬間に、こいつはあたしの首を狙いに来るわ。駄目よ──」

 

 御影は言った。

 

「……首輪はそのままでいいだろう。た、ただ、二度と命令を与えないことと……、も、もう自由にしていいと……誓うんだ……。供にもそうさせる……。道術石の袋も開けてやる……。だ、だから……」

 

 宝玄仙は身体を震わせながら言った。

 べったりと乳房に塗ってある掻痒剤で少しもじっとしていられないに違いない。

 

「へえ……。それで、あんたが首輪を受け入れると口にするというの?」

 

 御影は言った。

 悪くはない条件だとは思った。

 別に御影は宝玄仙の供に固執しているわけではないのだ。

 宝玄仙さえ手に入れば本当は満足だ。

 

 鳴智を手放すのは惜しいが、首輪はそのままなのなら、道術契約を出し抜く方法はあるだろう。

 道術契約では、鳴智を自由にすることを約束すればいいだけだ。

 だが、鳴智の自由意思で御影に従うことは問題ないということだ。

 

「考えとくわ、宝玄仙……。鳴智、痒みをとめる薬剤を塗っていい。あたしが上にいっているあいだに食事もさせなさい」

 

 御影は指示した。

 宝玄仙がほっとした表情になった。

 鳴智が塗りたくった薬剤の効果を消す液剤を塗り始める。

 宝玄仙が金縛りのまま脱力していく。

 しかし、道術で拘束しているので、四肢は大きく拡げたままだ。

 

 御影は宝玄仙を一瞥してから一階に跳躍した。



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814 西の叛乱、東の魔王

「待たせたわね、美小淋(びしょうりん)

 

 応接室に入ると御影は言った。

 

「人払いをして、御影……。それから、わたしの訪問を秘密にして……。わたしがここに来たことも誰にも知られていないわ。わたしはこっそりとやってきたの……。それを洩れないようにして」

 

 美小淋が言った。その表情にはいつになく真剣なものがあった。

 応対のためにふたりの家人が応接室にいた。

 屋敷の管理をするために御影が使っている亜人の家人だ。

 御影はそのふたりに視線を向けた。

 

「ここはいいわ……。美小淋が訪問したことについては箝口令を徹底させなさい」

 

 御影が言うと、ふたりが部屋から立ち去った。

 

「あたしが使っている家人は信用できるわ。絶対に口外されることはない。それにしても、いまさら? 女宰相のあんたと小宰相のあたしが仲良しなことは、この雷音院で知らない者はいないんじゃないの?」

 

 御影は笑った。

 だが、美小淋の顔に笑みはなかった。

 

 御影は笑みを引っ込めた。

 なにかがあった……。

 それがわかった。

 

「どうしたの?」

 

「あなたに姿を消して欲しいの」

 

 美小淋はそう言った。

 御影は驚いてしまった。

 

「どういうこと……?」

 

「今朝の臨時会議であなたに対する処置が話し合われたわ……。定例の朝議ではなく重鎮会議だけど……」

 

「重鎮会議にはあたしは呼ばれてないわね。いつ、臨時の会議が行われることになったの? なぜ、それにあたしは呼ばれなかったのかしら?」

 

 御影は不機嫌になって言った。

 重鎮会議というのは、この雷音大王に仕える者のうち、本当に主立つ文官と武官で構成される会議のことだ。

 構成員は十名であり、数箇月前から御影は、この美小淋の推薦で重鎮会議に名を連ねる者のひとりだったのだ。

 だが、その御影は今朝の重鎮会議には呼ばれていない。

 それどころか、会議があったことすら知らなかった。

 

「ほかの重鎮たちに、あなたを参加させないことを求められたのよ」

 

 美小淋は申し訳なさそうな表情になった。

 

「重鎮たちがあたしを除け者にすることを要求して、あんたはそれに応じた。そういうことでいいのよね」

 

「そんな言い方しないでよ……。まずは信じて欲しいんだけど、わたしはあなたの味方よ。こうやって、危険を冒してやってきているのも、だからこそよ」

 

「あなたにとって、あたしと会うということは危険なことなの?」

 

 御影はむっとした。

 

「御影、何度も言うけど、わたしは最後まであなたの味方よ……。道術契約をしたことを忘れないで」

 

 美小淋が言った。

 御影は嘆息した。

 

「それで?」

 

「牛魔王が死んで、それまで牛魔王が屈服させていた各魔王たちに、不穏な動きがあるのは承知しているわね?」

 

積雲(せきうん)山に集結しつつあるというあれね……。知っているわ。あれについては、牛魔王の副将だった男を将軍にして対応させるように決めたでしょう」

 

 牛魔王がいなくなったことで、ある程度の反乱があるということはわかっていた。

 ただ、牛魔王がいなくても、雷音大王軍そのものが強大な亜人軍団を持っている。

 無論、多少は連中の要求をのみ込まなければならないことがあるとは考えているが、危機的な状況になるとは思っていない。

 そういう状況の中で雷音大王の覇王に反旗を揚げた外縁部の魔王が雷音大王領への侵攻を目途として、雷音大王領域の西側の積雲山に集結するという情報に接したのだ。

 まだ昨日の情報であり、実際に集まっているわけではないが、その動きがあるのは確かだ。

 しかし、それは予想の範疇のことのはずだ。

 

「それの中心になっているのがわかったわ。金角と銀角よ──。あのふたりが、あちこちに檄を飛ばしまくっているのよ。未確認の情報だから細部は不明だけど、続々と広域道術で積雲山に集まっているわ」

 

「金角と銀角ねえ……」

 

 宝玄仙をさらったことで多少の動きはあるとは思っていたが、思ったよりも動きが早い。

 わずか二日でここまで動かすというのは大したものだ。

 

「だけど、それがどうしたの? 重鎮どもが慌てふためくほどのことなの?」

 

 御影は言った。

 

「ところが、昨夜、新たに情報が入ったのよ……。東側で、独角兕(どっかくじ)大王が蜂起したそうよ。数万の傀儡兵軍団を編成して、すでに領域を出立して西侵しているわ。まだ、雷音大王領には入っていないけど、独角兕大王といえば、牛魔王でさえ敵わなかった謎の魔王よ。それが動いたことで、ここの重鎮も恐れおののいているのよ」

 

 美小淋は言った。

 

「独角兕大王ですって? だけど、彼は自分の領域から外には出ない孤高の魔王のはずよ。どうして、それが反雷音大王の勢力に加担するのよ──?」

 

 御影は声をあげた。

 

「知らないわね……。しかも、理由は知らないけど、独角兕大王が要求しているのは、雷音大王ではなくて、あなたなのよ──。あなたの首を差しだせば、独角兕大王は傀儡兵を引きあげると宣言しているようよ。ただし、それが応じられない場合は、ここまでやってきて、直接にあなたを狩るそうよ──。それが伝えられたのは昨夜の深夜──。重鎮会議はそれについて話し合われたの」

 

 美小淋が言った。

 御影は今度こそ驚愕した。

 なぜ、独角兕大王が雷音大王の部下のひとりにすぎない御影の首を要求してくるということがあるのか──。

 あるいは金角と銀角が独角兕大王を焚きつけたということはあり得るかもしれないが、それにしても、独角兕大王が動くなど……。

 

 そう考えてから、ふと、宝玄仙のことを思いだした。

 宝玄仙の旅路は、独角兕大王の領域のある通天河沿いも通っている。

 もしかしたら、宝玄仙と独角兕大王はなにかの縁があり、ここにやって来る前に宝玄仙がそれを仕組んだとか……。

 

「……重鎮は独角兕大王の要求に応じることを求めている。わたしはそれに反対しているけど、もはや、それを抑えられないの」

 

 およその話はわかった。

 だが、御影は気に入らなかった。

 

「でも、お前は宰相でしょう──。それを抑えるのがお前の役目じゃないの」

 

「抑えられないわよ──。あなたは新参者よ。あなたを差しだせば、独角兕大王の軍勢が引きあげるなら、雷音院にとってこんな受け入れやすい条件はないわよ。わたしがこれ以上反対を続ければ、あたし自身が失脚する気配よ──。とにかく、わたしの話を聞いて──。あなた本体と同じ姿の影法師を残して、あなた自身は姿を消して──。それであとは引き受けるわ。どうせ、雷音大王はあなたが影法師として操るんだから、あなたが権力を持つことは変わりないわ。ただ、御影という小宰相は消えるだけで……」

 

「あたしの影法師を独角兕大王に殺させて、事を収めようということね」

 

 御影は静かに言った。

 

「そ、そうよ……。あとは任せて──」

 

「それしかあなたには方法がないというのね。あなた自身は、重鎮を抑えることができないということなのね?」

 

「そ、そうよ」

 

 美小淋はきっぱりと言った。

 御影は嘆息してみせた。

 そして、にっこりと頬に笑みを作った。

 

「承知したわ……。仕方ないわね。御影という小宰相は死ぬ──。それを受け入れるわ」

 

 御影は言った。

 美小淋がほっとした表情になった。

 

「み、御影、申し訳ないわね……。とにかく、反雷音軍の魔王軍団なんて、どうということはないわ。あれには対処できる……。でも、独角兕大王の傀儡兵だけはどうしようもないの。それに対抗できるのは、牛魔王だけだったでしょう。でも牛魔王は死んだ──。だから、独角兕大王に対抗できる勢力は、もう雷音院側にはないのよ」

 

「くどくど言わなくても大丈夫よ──。あたしだって、情勢を理解していないわけじゃないのよ──。じゃあ、今日のうちに影法師を残して、あたしは身を隠すわ。とりあえずの別れの酒よ──。乾杯しましょう」

 

 御影は立ちあがって、棚から葡萄酒を取り出して、ふたつの杯に入れた。

 そのうちのひとつを美小淋に差しだす。

 

「別れだなんて……。いつでも雷音大王の後宮で会えるでしょう? あそこにいるのはあなたなんだから──。ああ、そうだ──。いっそのこと、本体のあなたも、そこに身を隠したら──。あそこなら重鎮は入ってくれないわ。身を隠すにはもってこいの場所よ」

 

「そうね……。そうするわ……」

 

 御影は美小淋の受け取った杯に合せるように、眼の高さに杯をあげた。

 美小淋がそれに応じて、ぐいと葡萄酒を飲み干した。

 御影はそれを冷静な目で見守った。

 すぐに、美小淋が杯を落として苦しみだした

 

「はぐっ──」

 

 そして、椅子から転げ落ちて、胸を掻きむしるような仕草をする。

 御影は美小淋が道術で飲んだ毒を道術で癒そうとするのを逆に道術で制した。

 それどころか、美小淋の身体に回っている毒をさらに強めてやった。

 

「……み……か……げ……」

 

 床でのたうつ美小淋が断末魔の声をあげた。

 

「仕方ないでしょう──。あんた自身の力じゃ、重鎮を抑えられないというのであれば、あたし自身がやるまでよ」

 

 御影は沙那たちのところにつけていた影法師を一度消滅させて、ここで美小淋の影法師を作った。

 死にかけている美小淋がそれを目を丸くして見ている。

 

 御影が操れる影法師は二体──。

 ひとりは雷音大王として動いているから、もうひとりを美小淋として動かせば、もう影法師は作れない。

 それで終わりだ。

 

 すぐに、美小淋は完全な死体に変わった。

 御影は美小淋が完全に死んだのを確かめてから、通信球で鳴智を呼んだ。

 美小淋の屍体を片づけさせるためだ。

 おそらく、それが鳴智の最後の仕事になるだろう。

 御影は宝玄仙の提案を受け入れる決心をしていた。

 

 もう時間がないのは確かのようだ。

 独角兕大王を引きあげさせるには、宝玄仙に命令して独角兕大王に撤退を指示させるしかない気がする。

 それが宝玄仙にできるなら、供を解放する道術契約を結んでいい。

 

 いずれにしても、そのためには、宝玄仙に『服従の首輪』を受け入れさせるのは不可欠である。

 四人の供と鳴智を手放すのは惜しいが、御影としては、宝玄仙さえ完全に奴隷にできるのであれば満足できる条件であるのは確かだ。

 ただ、その前にひとつだけ確認しておかなければならないことがある。

 かつて、お蘭が宝玄仙から道術石を作ろうとしてできあがったのは三個の道術石だ。

 ひとつの道術石を作ろうとして生まれた三個の道術石……。

 

 それは、宝玄仙と宝玉……。

 そのほかに、もうひとりの宝玄仙がいるということにほかならないのではないだろうか……?

 合理的に考えれば、どうしてもそういうことになる。

 

 宝玄仙がなにを企んでいるか、嘘をつくことができない宝玉に確めてみる必要があるように思う。



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815 奴隷契約成就

 御影は、美小淋(びしょうりん)の影法師の視点で、雷音院でもっとも高い城搭から城壁の外を見ていた。

 ひとりだ。

 

 確かに、城壁の東側一面に、独角兕(どっかくじ)大王の傀儡兵軍団数万が展開している。

 御影は唖然とする思いで、それに接していた。

 

 女宰相である美小淋となった御影が最初に指示したのは、雷音院を守る軍勢を整えることだ。

 小さくは雷音大王の居城だけを「雷音院」と呼ぶが、大きくは、その居城を含む城郭全体を雷音院という。

 女宰相である美小淋の立場で命じたのは、守備隊を城郭を展開させて、城郭全体を守る態勢を作ることだ。

 武官たちは、すぐに二万の軍を整えて守備につかせた。

 

 しかし、すでに独角兕大王の傀儡(くぐつ)兵軍団が、城壁の外側に殺到していて、城郭外に展開する余裕はなかった。

 守備隊が配備されたのは城壁そのものだ。

 西に集結している反雷音連合よりも、独角兕大王が厄介だと言った美小淋の言葉の意味がやっと御影にはわかった。

 

 雷音大王の領域をめがけて独角兕大王の傀儡兵軍団が西侵を開始したという情報に接したのは一昨日の夜だ。

 そのとき、慌てふためいた重鎮会議に押されるようにして、御影に身を隠すように告げに来た美小淋を殺して、御影は美小淋の影法師でとってかわった。

 だが、その日の昼過ぎには、独角兕大王は軍団とともに姿を消してしまったという報告を受けたのだ。

 

 独角兕大王は、かつてただの一度も雷音大王の領域に踏み入れたこともない孤高の魔王と呼ばれた男だ。

 重鎮たちは独角兕大王が決起したという情報そのものが、なにかの錯誤であったのであろうという結論に達した。

 独角兕大王が要求していた御影の身柄の引き渡しの話も沙汰止みになった。

 

 しかし、その独角兕大王が雷音院の近くに出現したという報告は今朝のことだ。

 驚いた御影は、美小淋の影法師の姿で雷音院の城塔に登った。

 五万は超えると思われるような傀儡兵の軍勢が雷音院の東側の城壁を囲んでいた。

 御影は驚愕した。

 

 確かに、雷音院の城郭を囲む城壁の外に傀儡兵の軍団が展開している。

 昨日の時点でまだ領域にも入っていなかった独角兕大王が、わずか一日で雷音大王領域の首都でもある雷音院に殺到した理由は、わかってしまえば簡単なことだった。

 独角兕大王は、いつでも土から傀儡兵を作りだせるし、独角兕大王自体も道術で移動できる。

 大王は雷音大王の領域に入るときに一度は出現させた傀儡兵軍を消滅させ、身ひとつで雷音院の外まで駆けつけ、朝になって再び傀儡兵を出現させたということだ。

 そうやって、独角兕大王の傀儡兵が一夜にして城壁の外に殺到したのだ。

 

 しかも、あの軍勢は独角兕大王がいる限り、簡単に勢力を数倍にだって膨れさせることができる。

 それが傀儡兵の術だ。

 無限の兵を持っている相手に勝つ方法はない。

 美小淋の能力を受け継いだことで、やっと御影にもそれを現実のこととして理解することができた。

 

 同じことをできたのは牛魔王だ。

 だから、牛魔王は雷音大王の子飼いの魔王として、魔域を席巻できた。

 だが、残念ながら雷音大王にはその能力がない。

 雷音大王は、その気になれば、牛魔王の傀儡兵の術を受け継ぐこともできたのだが、戦そのものには興味のなかった雷音大王はそれをしなかったのだ。

 従って、雷音大王と同じ能力を持つ影法師をもってしても、城壁の外にいる独角兕大王に対抗することはできない。

 御影としては、本物の雷音大王の腑抜けぶりに舌打ちしたくなる思いだ。

 まあ、その腑抜けの状態であるように全力で保持したのは、御影と御影が殺した美小淋のやったことなのだが……。

 

「ここにいたのですか、美小淋様?」

 

 城塔まで追ってきたのは、張冒(ちょうぼう)という美小淋の腹心の部下といえる若い高官だ。

 

「独角兕大王から二度目の通告が来ました、美小淋様。やはり、御影の身柄を要求しています。それと宝玄仙という女の身柄もです」

 

「それについては結論は出たでしょう。御影は渡さない。雷音大王陛下の結論よ。陛下がそれを拒んでおられる以上、それ以上の話はないわ」

 

 美小淋としての御影の影法師は言った。

 御影は、重鎮たちの要求する御影明け渡しについて、雷音大王の権威をもって否定させていた。

 昨日については独角兕大王の傀儡兵が消滅したこともあり、話はそれで終わっていた。

 だが、今朝になり、独角兕軍団が間近に迫ったことで、再びその話が再熱してきたのだ。

 

「しかし、誰も納得していません。本当に陛下のお言葉なのかどうかも、皆が危ぶんでいます」

 

「陛下の言葉よ。わたしが嘘を言っているというの?」

 

「私はそうは思っておりません。ですが……」

 

「お前がそう思っていないならいいわ」

 

「でも、美小淋様──」

 

 張冒が泣くような声をあげた。

 この男は美小淋が育てた男といっていい。

 いまは重鎮会議にも名を連ねる高官のひとりだが、以前は美小淋の家人ともいえる立場だった。

 張冒が美小淋を本当に心配していることはわかっている。

 

 また、雷音大王をひとり占めしたかたちで権力を保持してきた美小淋に、ほかの重鎮たちがいい思いをしていないのも知っている。

 それもあり、独角兕大王の要求を拒み続ける美小淋を監禁してでも、御影を拘束して城壁の外に放り出してしまえという声がだんだんと大きくなっているのだ。

 それらの動きに対して、御影は一応、屋敷全体を結界で包んで守るとともに、監禁している宝玄仙たちを雷音大王の後宮に避難をさせた。

 だが、いまこの瞬間にも、御影の受け渡しを要求する勢力が屋敷を襲わないとも限らない。

 いまや状況は非常に緊迫している。

 御影は、眼下の軍勢を目の当たりにして、十分にそのことを理解した。

 

「ならば、宝玄仙という女だけでも独角兕大王に引き渡してやったらどうなのです? そもそも宝玄仙とは誰なんです?」

 

 張冒が言った。

 

「御影が捕えてきた人間族の女よ。陛下の後宮に入ることになっているわ」

 

 御影はとっさに言った。

 

「そんな女など──」

 

 張冒が声をあげた。

 しかし、それを美小淋である御影は手で制した。そして、口を開く。

 

「心配いらないのよ、張冒。独角兕大王の件は夕方には片付くわ。それをほかの重鎮たちに言いなさい。独角兕大王も引きあげるだろうと……」

 

 とりあえず、そう言った。

 時間は限られている。

 もはや、宝玄仙と手を打つしかない……。

 それなら、夕方までにはなんとかなる。

 

「夕方? でも、それまでに独角兕大王が攻めてきたら──?」

 

「それまでに片付くと言っているでしょう──」

 

 御影は声を荒げて、張冒を黙らせるしかなかった。

 

 

 *

 

 

 宝玄仙は、喉に滴る涎を懸命に飲み込まねばならなかった。

 だが、口に咥えさせられている穴あきの球体の嵌口具は、飲み込むことのできない涎を宝玄仙の乳房に向かって滴り落としている。

 御影が考えた嫌がらせだ。

 

 宝玄仙は両手を横に伸ばして長い一本の鉄の棒を両腕に括り付けられていた。

 だから、宝玄仙は水平に腕を横に伸ばした状態から態勢を崩せないのだ。

 しかも、腕に括り付けられた鉄の棒の両端には、大きな重りが装着されていて、肩に強い圧迫を与え続けていた。

 だが、服従の首輪を装着している首に鎖を巻かれて、天井から真っ直ぐに引っ張られてもいる。

 少しでも身体を傾ければ容赦なく首に鎖が食い込む。

 だから、宝玄仙は腕をおろすことも、顔を下にさげることもできないということだ。

 宝玄仙は懸命に自力で腕と肩にかかる重りを抱え続けた。

 そして、足は正座だ。

 足を崩せないように足の指を縛られ、腿に分厚い鉄板の塊を数枚乗せられて、落とせないように固定されている。

 さらに、正座になっている脛の下には丸い鉄管が並べてあり、いやでも宝玄仙の脛に痛みを与えてくる。

 さらにいやらしいことに、鉄管には不規則に電撃が流れるようにもなっていた。

 

 この状態にされたのは、宝玄仙が御影の屋敷から雷音大王の後宮だというここに移された直後だから、昨日の夜中のことだ。

 それから半日以上──。

 宝玄仙は、監禁された部屋でこの状態で放置されていた。

 そこにやっと御影が扉を開いて現れた。

 ひとりだった、

 御影が宝玄仙の嵌口具を外した。

 

「……お前の申し出を受けることにするわ。拒否できない誓い──つまり、道術契約を結ぶことに同意よ。お前は服従の首輪を受け入れる。その代わりに供四人を解放する──。それでいいわね?」

 

 御影が正座になっている宝玄仙の腿の上の重りに片脚を置いて揺り動かすようにした。

 強い痛みが脛に加わり、宝玄仙は呻き声をあげた。

 

「うぐっ……。な、鳴智(なち)と子供……、それと魔凛(まりん)もだよ……」

 

 宝玄仙は痛みに耐えて言った。

 

「そうだったわね……。いいわ。それで。だけど、もう一度訊ねるけど、お前は、以前に独角兕大王とお前の言葉に従うという道術契約をしているというのは確かね?」

 

「な、何度も……宝玉に……確かめたんだろう……。あ、足をどけな、御影……」

 

 宝玄仙は苦痛に顔をしかめながら言った。

 御影が腿の上の重りを踏んでいた脚をどかした。

 だが、断続的に流れ続ける電流はそのままだし、長時間の正座で感覚が消えるくらいに身体がつらいということに変わりはない。

 

「お前の口から確かめたいのよ。確かね?」

 

「た、確かだよ……。独角兕とは……ま、前に揉めたことが……ある。あ、あの馬鹿と……、道術契約をして……いろいろと……誓わせたんだ」

 

 宝玄仙は苦しい息をしながら言った。

 独角兕には道術契約で今後は宝玄仙には逆らわないと約束させるとともに、あの男が集めていた女で故郷に戻りたい者は戻らせ、これからは無理矢理に女をさらって自分のものにはしないと誓わせた。

 それを条件に一時的にとりあげていた霊気を戻したのだ。

 随分と以前の話だ。

 

「と、ところで、その独角兕が……城壁の外にいる……らしいじゃないかい……。そ、そして、わたしの身柄を……要求しているそうだね……?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「な、なんで知っているのよ──?」

 

 御影が声をあげた。

 

「な、鳴智が……教えてくれたのさ……。お、お前に……禁じられない限り、あ、あいつは……なんでも……わたしに教えてくれるよ……。まあ、独角兕については、あのときの……道術契約があるから……無理矢理にわたしを連れていくことは……できないと思うね……。だ、だけど、お前の首を捩じ切ることはできるさ……。わ、わたしは、お前を殺すななんて約束させてないからね……」

 

 宝玄仙が笑いかけたつもりだった。

 だが、あまりの身体の苦しさに頬を歪めることができなかった。

 

「鳴智が……。余計なことを……」

 

 御影が舌打ちした。

 どうやら鳴智が言ったのは本当のことだったようだ。

 

 あの独角兕が宝玄仙を助けに来た……?

 宝玄仙にとっては意外すぎる事実だが、昨日から焦ったようにいろいろなことを宝玉に御影が問い質しているのはそのためらしい。

 

「……いずれにしても、お前は独角兕大王に引きあげるように指示することはできるわね、宝玄仙?」

 

「ま、まあね……。ただし、宝玉にはできないよ……。ど、道術契約を結んだのは……わたしだしね」

 

「宝玉もそう言っていたわ……。それともうひとつ。お前の中にいる三人目の人格。これは外に出てくることはない。これは確かね?」

 

「し、知らないと言ってるだろう──。三人目の人格のことなんか──。どんなに拷問をしても、知らないことは知らないんだよ──」

 

 宝玄仙は最後の力を振り絞って叫んだ。

 昨日、服従の首輪を受け入れる道術契約を交わしてもいいと言ったあと、御影はしつこく三人目の人格のことを質問してきた。

 宝玉は知っていることを答えたようだが、宝玄仙は知らないで通した。

 それで始まったのがこの拷問だ。

 ただ、いずれにしても宝玄仙の三人目の人格について承知していることはほとんどない。

 三人目の人格と思われる幼い宝玄仙と心の中で会ったことはある。

 ただ、本当に怯えていて、外に出るのを嫌がり、そして、母親に恋焦がれていた。

 あれは母親を探す人格なのだと思う。

 もう、三人目の人格が外に出ることはないと宝玄仙は確信している。

 

「……宝玉は、三人目の人格が外には出ることはないと思うと言っていたわ」

 

「ほ、宝玉がそう言うんなら……、そ、そうなんだろうよ……。宝玉については……嘘をつくなと……お、お前が服従の首輪で……支配したんだろう……?」

 

「あたしは、お前の言葉を聞きたいのよ──」

 

 御影が思い切り宝玄仙の腿の上の重しを一度踏みつけた。

 

「ぐああっ」

 

 脛に激痛が走るとともに、衝撃で身体が揺れて鎖が喉に喰い込み、宝玄仙は悲鳴をあげた。

 

「で、出てこないよ……。た、多分──。わ、わたしもそう思うよ……」

 

 なおも重しを踏みつける御影に対して、宝玄仙は大きな声で言った。

 御影が脚をどかす。

 

「くっ……」

 

 宝玄仙は歯を食い縛って、少しでも安定した体勢に戻そうとした。

 もう出てこない……。

 宝玄仙はそれを知っている。

 昨日、宝玉が出現する直前に、宝玄仙はあの幼い宝玄仙の人格の心と意識の中ですれ違ったのだ。

 そのとき、ほんの一部だが、あの宝玄仙……、つまり、原宝玄仙とも呼べる人格の心が入ってきた。

 それでわかった……。

 

 あの三人目の人格は、宝玄仙も宝玉も知らないところで、これまで何度か出現していたのだ。

 それは鳴智と一緒のときのようだ。

 あの幼い人格は、かつて宝玄仙が闘勝仙の性奴隷だった頃、鳴智とふたりきりのときだけ出現しては、鳴智を「御前」と呼んで甘えていたのだ。

 「御前」というのは、幼い宝玄仙が母親を呼ぶときの言葉だ。

 宝玄仙たちの母親は、「お母さん」などと呼ばれるのが嫌で、宝玄仙やお蘭に「御前」と自分を呼ばせていた。

 幼い人格の宝玄仙は、とても臆病だ。

 本来であれば、心を閉ざして外には出てこないはずの人格だった。

 それが表に出たのは鳴智がいたからだ。

 

 鳴智は知らなかったようだが、幼い宝玄仙の人格は鳴智に母親の姿を重ねていたのだ。

 その理由も宝玄仙にはわかる。

 鳴智を初めて見たのは、まだ、宝玄仙が闘勝仙に捕まる前であり、父親の事業の失敗で奴隷に身を売ろうとしている鳴智を帝都の道端で見かけたのだ。

 宝玄仙はびっくりしたものだった。

 鳴智は、宝玄仙が別れた母親にすごく顔立ちが似ていた。

 

 もちろん、年齢は違う。

 しかし、宝玄仙は鳴智に、宝玄仙の母親の面影を感じた。

 それですぐに鳴智を買い取り、自分の本当の奴隷にした。鳴智の家族の生活基盤を支えてやったのはついでのことだ。

 鳴智を奴隷にした宝玄仙は、幼いころに虐げられた母親に復讐をするつもりで嬉々として鳴智を嗜虐した。

 だが、鳴智が宝玄仙を逆に嗜虐する立場になると、それを母親の仕打ちに重ねた三人目の隠れた人格が鳴智に苛められるために、鳴智とふたりだけのときに限り、こっそりと表に出てきていたようだ。

 あの人格にとって、母親に嗜虐されるということは、母親に愛されるということと同義だったのだ。

 

 だが、闘勝仙に復讐を果たすことで、鳴智と宝玄仙は別れることになった。

 そして、三人目の人格も表に出ることはなくなった。

 もう一度、三人目の人格が外に出たのは金凰魔王のときだ。

 

 あのとき、金凰魔王に捕えられた鳴智を惨たらしく金凰魔王や金凰妃が目の前で拷問した。それで「母親」である鳴智を救おうと、三人目の人格が外に出たのだ。

 それらのことを宝玄仙は、心の中で三人目の人格とすれ違うことで一瞬にして知った。

 

 だが、もう出てこない。

 昨日、鳴智は、御影に命令されて宝玉を御影に売り渡すと告げた。

 宝玉というのは宝玄仙の本名だ。

 その言葉を幼い三人目の人格は鳴智が自分を裏切ったと思ったようだ。

 さらに、そのことで、三人目の人格は鳴智が母親でないという当たり前の事実に気がついた。

 すれ違った三人目の人格から宝玄仙に伝わったのは大きな失望だった。

 

 だから、もうあの人格は出てこない。

 宝玄仙は確信している。

 御影は少しのあいだ考えていたようだった。

 

「……わかった……。道術契約を結ぶわ……。お前は奴隷の首輪を受け入れるとともに、道術石の入った袋を開かせる。それを条件として、あたしはお前の供、鳴智とその子供、魔凛を解放し、二度と命令を与えないと誓う」

 

 御影の言葉を同時に、宝玄仙の腕の重りと拘束のすべてが消滅した。

 宝玄仙は、疲労困憊で引っくり返りそうになるのを必死になって、気力を奮い起こして身体を保持した。

 

「……そ、その約束の証として……、か、解放する者たちは……ど、道術石の袋の開錠と……、わ、わたしが、奴隷の誓いを受け入れるのと同時に……、摩雲城に『移動術』で……転送されること……。そ、それを条件にして……道術契約を……う、受け入れる……」

 

「いいわ……。受け入れる……」

 

 御影が腕を伸ばした。

 宝玄仙も痺れている腕を懸命に伸ばして、指を御影の腕に接触させた。

 その瞬間、道術契約が成立したのを宝玄仙は感じた。

 

「……これで、お前は首輪を受け入れるしかないわよ。じゃあ、一度首輪を外すわ。供たちの処置をしなさい」

 

 御影がそう言って、宝玄仙の首に装着したままだった服従の首輪を外した。



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816 ざまあみろ

 沙那は、孫空女、朱姫、素蛾とともに、雷音院の後宮の一室に集められた。

 相変わらず四人とも全裸であり、沙那と孫空女については、両腕は後手に拘束され、両脚には鎖のついた革の足輪を嵌められていた。

 だが、拷問そのものは昨日からなくなっていた。

 

 一応の治療も受けた。

 ただ、なにがどうなっているかは、沙那にはわからない。

 そして、この部屋に集められ、ここで待つように御影に言われたのだ。

 しかも、御影が沙那と孫空女に刻もうとしていた服従の首輪も外された。

 沙那たちは不安な気持ちで、ここでなにかが起きるのを待っていた。

 

 そのとき、扉が開いた。

 驚いた。

 入ってきたのは、鳴智(なち)魔凛(まりん)だった。

 

 しかも、鳴智は幼い女の子を抱いていた。

 女の子は眠っていた。なんとなく、なにかの手段で眠らされている気配だ。

 沙那が鳴智に口を開こうとすると、続いて扉が開いて、裸身に浴衣のようなものを身体にかけただけの宝玄仙が入ってきた。

 手に首輪を数個持っている。

 服従の首輪だ。

 

「ご、ご主人様」

「ご主人様──」

「ご主人様」

「ご主人様」

 

 沙那たち四人はほぼ同時に、宝玄仙に呼びかけた。

 宝玄仙は拘束はされていなかった。ただ非常に疲れてはいるように見えた。

 

「質問はなしだ──。沙那たち四人は前に出な」

 

 宝玄仙は少し怒ったような顔をしていた。

 そして、沙那たち四人を集めると首輪を嵌めようとした。

 沙那は思わず後退りをして素蛾を見た。

 素蛾には、御影の影法師を見抜けるという不思議な能力があるようだ。

 この宝玄仙が、また御影の罠なのかどうかを確かめたかったのだ。

 

「……ご主人様だと思います……」

 

 素蛾が言った。

 

「本当に?」

 

 孫空女だ。

 

「はい」

 

 素蛾はうなずいた。

 その素蛾の表情には確信のようなものがあった。

 素蛾には自信があるようだ。

 

「当たり前だよ。わたしだよ──。御影との話はついたんだ──。双方が納得して承知したのさ。わたしが拘束されていないのが確かな証拠だ。ただし、わたしたちの解放の条件には、お前たちがわたしの服従の首輪を受け入れるということが入っているんだ。御影じゃなくて、わたしの首輪だ──。それなら文句ないだろう──」

 

 宝玄仙はやはり怒ったような顔だ。

 沙那は首を傾げた。

 だが、素蛾も間違いなく宝玄仙だと言っているし、とりあえず、黙って宝玄仙が沙那たち四人に首輪を装着するに任せた。

 

「で、でも、どういうように話し合いがついたのですか、ご主人様?」

 

 沙那は訊ねた。

 話はついたから服従の首輪を受け入れろと、いきなり言われても、簡単には承知できない。

 

「悪いがお前たちが首輪を受け入れる前には、なにも言えない。わたしを信用しろと言うしかないね」

 

 宝玄仙はきっぱりと言った。

 沙那は困ってしまった。

 

「……とにかく、首輪を受け入れると言いな」

 

 宝玄仙がなおも言った。

 しかし、さすがに沙那は躊躇した。

 一度応じれば、それで終わりだ。

 双方が合意に達したと単純に言われただけで承服できるものではない。

 

「ま、待ってください──。なんで首輪を受け入れるのです──。やっぱり理由を教えてください、ご主人様──」

 

 沙那は声をあげた。

 

「……質問はなしだと言ったろう。それで話がついたんだよ。わたしがお前たちに首輪を嵌めて、御影にはもう関わるなと命じる。それで解放されるんだよ……。何度も言うけど、とにかく、わたしを信用しな──。詳しく言えない理由があるんだ。だが、これで万事うまくいく──。さあ、首輪を受け入れな──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「でも……」

 

 沙那は迷った。

 

「わたしは偽者じゃないよ。本物だ──。そして、そのわたしが首輪を受け入れろと言っている。逆らうのかい、お前たち──? 受け入れれば、理由は説明するよ」

 

 宝玄仙はなおも言った。

 

「わかった。受け入れるよ……」

 

 孫空女だ。

 あまりにもあっさりとした受け入れに沙那はびっくりした。

 もうこれで、孫空女は首輪の縛りを受け入れた状態になってしまった。

 

「そ、孫女──?」

 

 沙那は孫空女に視線を向けた。

 

「いや、これはご主人様だよ……。あたしも確信している。そして、ご主人様が首輪を受け入れろと命じるんなら、あたしは受け入れるよ……。それがなにかの罠でもね」

 

 孫空女はきっぱりと言った。

 

「罠なんかであるものかい──」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「わ、わかりました……。あたしも受け入れます」

 

 朱姫だ。

 

 素蛾も応じた。

 

 沙那は少し迷った末に、首輪の受け入れに応じた。

 宝玄仙がほっとした顔になった。

 

「じゃあ、命令する。わたしが許可するまで誰も口を開くんじゃない──。じたばたもするな。命令だ。さっきも言ったけど、これが終われば、お前たちは解放される。そうしたら、もう御影とは関わるんじゃない。忘れるんだ──。それから、まず、孫空女──」

 

 宝玄仙が孫空女に視線を向けた。

 

「わたしがいなくなったら、四人のまとめ役にはお前がなるんだ。四人で話し合って、今後どうするか決めな。このまま魔域に留まってもいいし、人間界のどこかの国に戻ってもいい──。お前には人をまとめる力がある。みんなでどうするかを話し合って、最終的にお前が決定するんだ。沙那はお前のいい補佐役になってくれるはずだ。いいね──。次に、朱姫──」

 

 沙那は今度こそ当惑した。

 

 宝玄仙は急になに言い出したのだ──?

 

 孫空女がこれからは四人を導けと──?

 

 宝玄仙自身はどうするつもりなのだ──?

 

 問い質したいのだが、さっきの「命令」のために口を開けないでいる。

 沙那は呆然と宝玄仙の言葉を聞くしかなかった。それはほかの三人も同じだ。

 

「……朱姫は少し羽目を外しすぎるところがあるからね。これからは気をつけな。だけど、お前がいて本当に旅は愉しいものだった。その天真爛漫さはお前の魅力だ。いつまでも、そのままでいい──。だけど、素蛾の身の振り方だけは考えてやるんだよ。お前の妹分なんだからね。お前の我が儘ではなく、素蛾の幸せについて真剣に悩んでやるんだ。いまは、まだいい──。でも将来はどうするかをね……。素蛾には両親が生きている。それを忘れちゃだめだ──。そして、素蛾……」

 

 宝玄仙が今度は素蛾を見た。

 

「……わたしはかつて母親を捨てた。自分の意思でね……。そのときはそれが一番いいことだと思っていたけど、いまでは後悔している。お前の両親は生きている。ほかの三人にはもう親はいない。それがお前とほかの三人との違いだ。いずれは両親との関係の修復をする方法を探しておくれ。これはわたしからの願いだ……。そして、それについては、釘鈀に託してもいる。あの男はいい男だ。きっとお前を助けてくれる……。正直に言おう。わたしは、お前については、いずれ釘鈀を頼って母国にいる親と関係を戻すのが一番いいと思っている。完全に捨ててしまえば、もう親はいなくなる。そのときに後悔しても遅いからね……。最後に、沙那……」

 

 宝玄仙が沙那を見た。

 

「……最初に愛陽の城郭で理不尽な手段でさらってきて悪かったと思っている。一度だけ謝っておくよ。だけど、この旅にはお前は絶対に必要だった。お前がいなければ、とっくの昔にわたしたちは野垂れ死んでいただろう。お前はわたしが持っていないものをすべて持っている。これからも、孫空女をはじめとして、みんなを助けてやっておくれ」

 

 宝玄仙がにっこりと笑った。

 その宝玄仙の眼からつっと涙がこぼれた。

 沙那は、やっとさっきから宝玄仙が怒ったような表情をしていたのは、怒っていたのではなく、実は必死で涙を我慢していたのだとわかった。

 

 一体全体、宝玄仙はなにを決断して、なにを御影と取引きをしたのだ──?

 沙那は愕然とした。

 まさかとは思うが、沙那たちの解放と引き換えに、御影に身を売った?

 そんなことはありえないが、いまのはまるで別れの言葉のようではないか──。

 

「どういうことだい、宝玄仙──? 供には黙れと命令したようだけど、わたしには関係ないからね。いまの言葉がどういうことか教えてもらえるね──?」

 

 鳴智が宝玄仙を睨んだ。

 

「鳴智、お前とは話したいこともあったし、きっちりと仕返しもしておきたいと思ったけど、全部、水に流してやるよ。こいつらを頼りな──。お前のことも、お前の娘についても、こいつらは身の振り方をちゃんと考えてくれるさ……。いや……。だが、考えればお前もわたしの犠牲者だね……。わたしと関わったばかりにつらい思いをさせたようだ……。お前にも謝っておくよ──。魔凛、お前は好きにしな──。もう自由だ」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ほ、宝玄仙……」

 

 魔凜がびっくりした顔で呟いた。

 

「宝玄仙、どういうことだと訊ねているだろう──。お前、御影様となにを取り引きしたんだい──?」

 

 鳴智が激昂したように叫んだ。

 

「……でかい声出すんじゃないよ、鳴智……。その娘が起きるじゃないかい。そんな幼い子に、これ以上、この世の醜いものを見せんじゃない……。ところで、その子の名は……?」

 

 宝玄仙が静かに言った。

 

「と、桃宝子(とうほうし)……」

 

「桃宝子かい……。桃源の名を……。宝はもしかしてわたしから取ったかい? それとも偶然かい……?」

 

 宝玄仙がにっこりと笑った。

 

「こ、この子も、お前のような強い人間になって欲しくて……」

 

 鳴智が気押されしたように言った。

 

「わたしにあやかるなんて、馬鹿なことするもんだよ……。まあいい……。その桃宝子にこれからは加護がありますように……」

 

 宝玄仙が天教の祈りの仕種をした。

 鳴智は眼を見開いて、驚く表情になった。

 そのとき、さらに扉が開いた。

 部屋に入ってきたのは御影だ。

 

「準備はできたようね、宝玄ちゃん? こっちも終わったわ。お前が手に入る以上、出来損ないの偽者は不要だしね……。たったいま、処分が終わったところよ」

 

 御影は言った。

 そのとき、沙那は御影がさらに服従の首輪を手にしていることに気がついた。

 

「処分?」

 

「お宝のことよ……。まあ、お前には関係ないわ。それよりも、首を出しなさい、宝玄ちゃん」

 

 御影が宝玄仙の首に向かって服従の首輪を伸ばした。

 宝玄仙は抵抗しなかった。

 それどころか、自ら髪をあげて、御影が首輪を嵌めやすいようにさえした。

 御影の手によって、宝玄仙の首に服従の首輪が嵌められた。

 沙那は呆気にとられた。

 宝玄仙が沙那たち四人に視線を向けた。

 

「では、わたしの最後の命令だ。全員で別れの言葉を言いな。それが道術石の袋を開く合言葉になっているんだ──。さあ、さよならだ──。摩雲城に戻ったら、わたしにも御影にも、もう関わるんじゃない。全部、忘れるんだよ。命令だ」

 

 宝玄仙が言った。

 その眼からは、いまや、とめどなく涙がこぼれている。

 

 やっぱり──。

 沙那は激怒して声をあげようとした。

 宝玄仙は自分の身と引き換えに沙那たちを解放することを御影と約束を交わしたのだ。

 

 そんなことを絶対に許されない──。

 宝玄仙が自分を犠牲にして、沙那たちを助けるなど……。

 そんなことをされて堪るか──。

 

 沙那は腹が煮え返った。

 しかし、宝玄仙の「命令」が効いている。

 言いたいことを喋ることができない。

 怒りの言葉の代わりに、沙那の口は、別れの言葉を告げていた。

 

「さ、さようなら、ご主人様──」

 

「さようなら──」

 

「さ、さよなら……」

 

「さようなら」

 

 沙那だけではなく、孫空女と朱姫と素蛾の口からも同じ言葉が放たれた。

 

「首輪を受け入れる」

 

 宝玄仙が言った。

 その瞬間、沙那は『移動術』で自分の身体がどこかに飛ばされるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「だ、騙したわね……」

 

 御影は激怒していた。

 やっと開いた道術石の袋は空だった。

 宝玄仙が大笑いしている。

 

「わたしは嘘は言っていないよ。牛魔王から取りあげた道術石は、いつもの気紛れな癇癪で壊してしまったんだよ。だから、袋を開けてやるとしか言わなかったろう」

 

 宝玄仙が笑い続けている。

 御影は宝玄仙を睨んだ。

 

「その場で真っ直ぐに立つのよ、宝玄仙……。命令よ」

 

 御影の言葉で宝玄仙は直立不動の姿勢になった。それでも、まだ肩を揺すって笑い続けている。

 ますます、御影はむっとした。

 まずは、宝玄仙の身体にかかっていた浴衣を剥がして素裸にした。

 股間に嵌めさせていた貞操帯は、宝玄仙が首輪の受け入れの言葉を口にしたことで、『道術錠』が外れて床に落ちた。

 御影は、次いで、取り寄せ具で鼻に取りつける鼻具を手の上に運んだ。

 それを宝玄仙の鼻の中に器具を入れる。

 

 ばねの力で宝玄仙の鼻の穴を拡張する鼻具だ。

 それを両穴に入れられた宝玄仙の鼻の穴の大きさが普通の二倍以上に大きくなる。

 さらに、それに繋がっている鎖を頭の上から通して、首輪の後ろに強く引っ張って繋げた。

 

「豚らしい顔になったわね。わたしの奴隷としてそうやって暮らしなさい──。こうなったら、お蘭の影法師を呼び出して、お前から道術石を作らせる……。そして、それをあたしの身体に入れることにするわ」

 

 御影は決めた。

 

「む、無駄なことだね……。お、お蘭の影法師を作って、その知識で紐解くといいよ……。ひ、瀕死の魂から……道術石は……作れない。魂の欠片を……作るのは……健康な魂……じゃないと……ならないのさ……。ざ、残念だったね、御影」

 

 宝玄仙がそう言うとともにがくりと膝を曲げた。

 御影は驚いた。

 宝玄仙には、首輪の力で直立不動を命じたのだ。

 それにも関わらず、宝玄仙の膝が曲がったということは、宝玄仙の身体がそれをできなくなったということだ。

 御影は嫌な予感がした。

 

「ほ、宝玄仙、お前にはあたしの言葉にすべて従うことを命じる。自殺を禁じる。あたしから逃げること、あたしを傷つけることも禁じる。それを目の当りにしたら全力で阻止することを命じる」

 

 御影は早口で言った。

 だが、膝をついた宝玄仙はそのままばたりと倒れてしまった。

 

「む、無駄だよ……」

 

 宝玄仙がにやりと笑った。

 その顔には怖ろしいほど真っ白だ。

 

 毒か──?

 御影は困惑した。

 宝玄仙の身体で異変が起きている。

 それだけはわかる。

 宝玄仙は死のうとしている。

 だが、なぜだ──?

 

「な、なにをしたの──。正直にいうことを命じる。お前は二度とあたしに嘘を言ってはならない──」

 

「……『道術錠』……呪術だよ……」

 

 宝玄仙が弱々しい声で言った。

 

「道術錠──?」

 

 そう言いながら、御影は懸命に『治療術』を宝玄仙の身体に注いでいた。

 しかし、御影の道術では生命力を失おうとしている宝玄仙を戻すことができない。

 

「……わたしが、首輪の刻みを……受け入れる……ことを……条件として……。身体の生命力が……失われる道術を……自分にかけていた……。お、お前なんかの……道術じゃあ……、も、戻せ……ないよ……。わ、わたし……自身にもね……」

 

「な、なんですって──?」

 

 御影は怒鳴った。

 確かに、宝玄仙は生命力をそのものを消失しているという感じだ。

 

「宝玄仙、元に戻しなさい──。命令よ──」

 

 御影は金切声をあげた。

 

「む、無駄だ……。わ、わたしの全力の道術を事前にかけたんだ……。も、戻せない……。ほ、宝玉にも無理だよ……。こ、これは……攻撃道術だ……。宝玉には……操れない……」

 

「ちっ、そうはさせないわよ──。折角、お前をあたしのものにしたのに──」

 

「わ、わたしは……だ、誰のものにも……ならない……。ましてや……お前なんかに……ね……。ざ、ざまあみろ……」

 

 宝玄仙の瞼が閉じた。

 その呼吸が怖ろしく静かなものになってきた。

 

「ほ、宝玉──宝玉、出てきなさい──。身体の回復を図りなさい──。命令よ──命令──」

 

 御影はありったけの霊気を注ぎながら、一方で宝玉を呼び出した。

 だが、宝玉が出現する気配はなかった。

 

 宝玄仙の身体から完全に生命力が失われていくのがわかった。






 明日の投稿は、予定を変更して、本章最終話の「817 死後の世界」、エピローグ及び付録を一度に3話投稿します。
 それで、本作品は「完結」となります。

 3話が1分ごとに投稿になりますので、よろしくお願いします。


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817 死後の世界?



 “……だが、三個の宝がひとつになるとき
 万の苦痛が消滅し
 お前は、束の間の幸福を支配する”

                 《お蘭の予言》

 *

 “三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。
 それまでの支配者は倒され、
 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。”

              《金鳳妃・金翅(きんし)の予言》

 *

 “ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。
 その宝が魔物の土地にやって来たとき
 偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し
 手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”

 

             《北の魔女の予言》




 宝玄仙は仰向けになって静寂の中にいた。

 

 裸だった。

 宝玄仙は身体を起こしたが、そこにはなにも存在しなかった。

 身体の下にあるものさえもなにもない。

 間違いなく、なにかの表面の上にいるのだが、そこにはなにもないのだ。

 

 ここに似た場所を宝玄仙は知っていた。

 意識の部屋だ。

 宝玉と何度も面したこともある場所であり、宝玉の存在が強まったときには、そこで宝玉と触れ合ったこともある。

 しかし、意識の部屋は、いつも基本的には暗闇だった。

 

 ここはとても明るかった。

 真っ白な空間をそこに感じた。

 

「無茶をするわね、宝玄仙」

 

 声がした。

 そこには宝玉がいた。

 やはり全裸だ。

 宝玉と宝玄仙の姿は同じだ。

 だが、宝玄仙は彼女を見るなり、それが宝玉であることを確信した。

 

「わたしたちは死んだのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「あなたが道術でそうしたんでしょう? 御影に従うくらいなら、死んだ方がましだと思って、事前に道術をかけたんじゃなくて? 誰にも解けないような強力な死術をね」

 

 宝玉はなにが面白いのか、愉しそうにくすくすと笑った。

 

「まあ、そうだね……。あのときは、それが一番いいと思ったんだけどね。いざ、死ぬとなれば、怖かったさ。だけど、道術は御影に捕えられるずっと前に刻んでいたんだ。『道術錠』で呪術の条件付けまでやってしまったし、もう後戻りはできなかったよ。だったら、せめて、供だけでもと思ってね」

 

「まあ、(いさぎよ)いのもあなたらしいわね」

 

「それで、ここは死後の世界なのかい?」

 

 宝玄仙は周囲を見渡した。

 

「それが問題ね」

 

 宝玉は言った。

 すると、真っ白な空間が、花の拡がる庭園に変化した。

 そして、庭園の向こうに大きな二棟の屋敷も出現した。

 

「これは……」

 

 宝玄仙は呆気にとられた。

 ここは十二歳まで母親と暮らした故郷の屋敷だ。

 気がつくと、宝玄仙はそこにいた。

 

「……御前(ごぜん)……」

 

 声がした。

 いつの間にか、宝玄仙と宝玉の目の前に幼い女の子が座っていた。

 

「やっぱり、御前だ……。御前、あいたかった……。(ほう)がわるい子だから、どっかにかくれちゃったの? 宝は“じい”をおぼえないからわるい子?」

 

 これは宝玄仙自身だ。

 それとともに、宝玄仙が心の中で、時折垣間見ていた本来の宝玄仙の人格でもある。

 

 つまりは、三番目の人格……。

 

 いや、三番目ではなく、これこそ、本来の宝玄仙の人格……。

 母親から性的嗜虐を受けたのを母親に拒絶されたと信じ込み、人格を分裂して表に出現するのを拒んだ本当の宝玄仙──。

 それがこの子だ。

 宝玄仙は確信した。

 

「宝は悪い子じゃないよ。いい子さ……。少なくとも、いまのお前はこれ以上ないほどのいい子のはずさ」

 

 宝玄仙は苦笑した。

 母親を拒み、母親から宝玄仙やお蘭の記憶を消去させるなんて馬鹿なことをしたのはずっと後のことだ。

 この女の子の頃は心から母親を慕っていて純粋だった。

 あの馬鹿な母親が教える淫靡なことも一生懸命にやろうとしていた。

 素直ないい子だった。

 

「本当、御前──?」

 

 すると暗かった女の子の顔がぱっと明るくなった。

 女の子が宝玄仙を“御前”と呼びかけたことには当惑したが、それよりも、この瞬間に、この幼い自分から感情の迸りを感じた。

 それは巨大とも感じる愛情に対する飢えだった。

 

 宝玄仙には、この童女が、どれだけ母親からの愛情が欲しくて、御前と呼んだ母親に認められることを望んでいたかがわかった。

 それは魂が張り裂けるほどの渇望だった。

 宝玄仙が幼い宝玄仙を褒めたとき、凄まじい歓びが宝玄仙にも伝わってきたのだ。

 

 宝玄仙は、自分が母親ではないと否定することで、幼い自分からその歓びが消失されることを恐れた。

 それに、この子が宝玄仙を母親と間違えるのは無理もないのだ。

 恐らく、いまの宝玄仙の年齢は、宝玄仙が目の前の年齢だった頃の母親の年齢とほとんど同じだ。

 最近では、本当に宝玄仙は、自分自身があの母親に似てきたと思う。

 容姿だけではなく、性格や性癖もだ。

 

 嗜虐癖であり被虐癖、男の相手もすれば、女とも遊ぶ。

 快楽に関しては、本当に貪欲……。

 まさに、いまの宝玄仙はあの母親だ。

 

「本当さ、(ほう)……」

 

 宝玄仙は目の前の女の子の頭をそっと撫ぜようとした。

 

「みつけた……。御前……。やっとほんものの御前をみつけた……」

 

 そのとき、女の子がそれを繰り返して叫び、すっと宝玄仙の中に溶けるように入ってきた。

 宝玄仙は驚いた。

 

「ああっ」

 

 そのとき、横の宝玉が声をあげた。

 

「どうしたんだい、宝玉?」

 

 宝玄仙は眉をひそめた。

 

「いまの瞬間に、わたしの心の中にたくさんの知識が入ってきたわ──。急によ──。それで、びっくりしたのよ……。ここは、死後の世界じゃないわ──。わたしたちの心の中よ──。ただ、いつもわたしたちがいた端っこのところじゃなくて、もっと、中心部──。心の真ん中にわたしたちはいるのよ──。わたしたちが死に瀕したから、彼女が無意識にどの人格も排除していた心の壁の中に初めてわたしたちを招き入れて助けたのだわ――。ここはあなたに溶けていったわたしたちの原点だった女の子の心の中よ──」

 

「わたしに溶けただって?」

 

 疑念はいくつも生まれたが、その言葉が引っ掛かった。

 

「ええ……。彼女は安住の場所を見つけたようよ。わたしにはわかる。ずっと探していた母親を見つけたのよ──。大部分の心はあなたに入り、わたしには知識が入ってきた──。わたしにはわかるの」

 

 宝玉は感動したように言った。

 だが、宝玄仙はいまだに座った姿勢のまま首をすくめた。

 

「わたしにはさっぱりとわからないね。なにかが入ってきたという感じはするが、わたしがわたしでなくなった気がしないよ」

 

「違うわよ──。あの女の子があなたに含まれたのよ──。あなたに、さっきの女の子の人格が統合されたのよ」

 

「どういうことだい? そもそも、わたしたちは死にかけていたんじゃないのかい?」

 

 宝玄仙は言った。

 

「それは、さっきの女の子がとめたようよ。本来はあの子の身体なんだもの──。そして、あなたよりも、ずっと霊気が大きい原点のわたしたちよ──。あなたが自分自身にかけた死術を逆転させてとめることなんて簡単だったのだと思うわ。あなたとわたしは死なない……。そして、さらに、わたしたちはあの子の魂と重なったのよ──」

 

「よくはわからないね……。じゃあ、死ななかったということは、いまは気絶しているだけだということかい?」

 

「そういうことになるわね。御影が一生懸命に、この身体を覚醒させようとしているのを感じるわ。御影はわたしを呼び出そうとしているようね」

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「……だったら、そのまま死んだ方がましだったね。わたしは、あいつが首輪の刻みをわたしにするのを認めてしまったよ──。あいつは、わたしを奴隷として扱うだろうさ。あいつの奴隷としてすごす残りの人生が待っているだけじゃないかい」

 

 宝玄仙は吐き捨てた。

 だが、宝玉が首を横に振った。

 

「そうはならないわ……。御影の首輪を受け入れた人格はもういないわ。あなたは、わたしたちの原点を大部分受け入れたことで、また別の人格になったのだわ。だから、首輪の誓いは無効よ──。もう一度、受け入れない限りね──。そして、わたしもまた同じのようね。さっきから御影の呼び出しに応じないで済むのは、原点の人格の一部がわたしにも流れたようよ。わたしもまた、新しい宝玉ということなのね」

 

「へえ……」

 

 よくわからないが、仕切り直しということだ。

 そのとき、宝玄仙は、少し離れたところにいるもうひとつの物体に気がついた。

 それは小さく丸まっている老婆のようだった。

 裸で痩せていて、とても怯えていた。

 なんだろう、あれは……?

 

「あれは、お宝だわ」

 

 宝玉が悲しそうな顔をした。

 

「お宝? 御影が作ったわたしの偽者かい?」

 

「お宝も、この身体から剥がれた人格の一部よ。あなたの身体の一部に張りついて離れてしまった人格ね。つまりは、わたしたちと同じようなものよ……。どうやら、この体が死に瀕したとき、同じように死にかけていたようね。だから、わたしたちの魂に引き込まれたのだわ」

 

 宝玉が言った。

 

「これがお宝のなれの果てということかい……?」

 

 なにがあったかは知らない。

 だが、これは心が潰れてしまって閉鎖してしまった人格だ。

 

「まあ、こいつもある意味で犠牲者だからね……。面倒看てやるか……」

 

 宝玄仙は立ちあがって、お宝の魂に手を伸ばした。

 そのとき、お宝がまるで宝玄仙に吸いつくように、宝玄仙に重なった。

 そして、溶けていった。

 

「な、なんだい、いまの?」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 

「お宝もまた、あなたに吸収されたのよ……。あなたが呼びかけたから……」

 

 宝玉が微笑んだ。

 

「呼びかけた?」

 

 そんなつもりはなかったが、宝玉が言うんだからそうなのだろう。

 

「あなたはふたつの宝玄仙……、つまり、ふたつの宝を手に入れた……。そして、三つの宝が重なった……」

 

 宝玉が意味ありげに言った。

 そんな言葉をどこかで耳にしたことがある気がする。

 だが、宝玄仙は急速に自分が覚醒するのをはっきりと感じた。

 

「いってらっしゃい……」

 

 宝玉がにこにこして、そう告げるのが聞こえた。

 

 あの女はいつも緊張感なく笑っている……。

 そんなことをふと思った。

 

 

 *

 

 

「ほ、宝玉──宝玉、出てきなさい──。身体の回復を図りなさい──。命令よ──命令よ──宝玉、宝玉──」

 

 御影が叫んでいた。

 しかし、宝玄仙が目を開くと、御影は表情を和らげた。

 

「ふっ……。びっくりしたわ……。そうよね……。簡単には死なさないわ……。もういいわ、宝玉……。宝玄仙と交代しなさい。あたしは、宝玄ちゃんと遊びたいのよ」

 

 御影がほっしたような顔をした。

 だが、宝玄仙はそれどころではなかった。

 身体に信じられないような霊気がみなぎっている。

 宝玄仙はびっくりしていた。

 

 すごい力だ──。

 

 とにかく、宝玄仙は自分の身体を観察した。

 身体は長時間の御影の拷問により疲労の極致だった。

 特に脚に力がまったく入らない。

 そして、つけっぱなしだった貞操帯が外れて全裸になっている。

 

 そういえば、首輪を受け入れるという言葉で外れるように、御影が『道術錠』をかけたのだった。

 とりあえず、宝玄仙は自分の身体に『治療術』を施した。

 あっという間に力が回復した。

 身体の疲労が問題なくなると、鼻に違和感を覚えた。

 鼻におかしな器具を装着されたことを思い出して、手を伸ばして取り去った。

 

「な、なに、勝手なことをやってんのよ。豚はちゃんと豚の鼻をしないと駄目じゃないの、宝玄ちゃん……。まあいいわ……。とにかく、四つん這いになりなさい。命令よ。お尻を犯してあげるという約束だったわね。まずは尻を犯すわ……。とにかく、やりたいことは、百も二百もあるのよ……。あんたにすっかりと飽きたら、殺してあげるわ。だけど、いまは駄目ね。独角兕(どっかくじ)大王に引きあげるように告げてもらわないとならないしね……。でも、お尻を犯してからにするわ。身体がいうことをきかなくて、四つん這いにもなれないのなら、うつ伏せになって尻をあげるだけでもいいわ。早くしなさい」

 

 御影が早口でしゃべりながら、宝玄仙の後ろ側にまわって下袴と下着を床に脱ぎ捨てた。

 宝玄仙はまだ仰向けにひっくり返った状態だったが、その瞬間に凄まじい怒りが込みあがった。

 がばりと起きあがると、首にあった服従の首輪を外して、御影に飛びかかった。

 次の瞬間には、宝玄仙は御影に組みついて、御影の首に服従の首輪を嵌めていた。

 

「なっ、なんで? ほ、宝玄仙、お前、道術が──?」

 

 御影が首に嵌まった首輪に驚愕した表情で触れながら、慌てたように宝玄仙から離れて後退りした。

 宝玄仙は立ちあがった。

 

「ああ、おかげ様で道術は回復してるよ。首輪の誓いも道術契約もなしだ。全部仕切り直しということになったようさ……。さあ、どうして欲しい……? ゆっくりと惨たらしく殺してやるよ。それとも、わたしに対して、首輪の誓いをするかい……? そうすれば、命だけは助けてやるよ、御影──?」

 

 宝玄仙は壁に背をつけて座った状態で、こっちを驚愕の表情で見る御影を睨んだ。

 

 

 *

 

 

 仰天した。

 目の前にすっかりと道術を回復した全裸の宝玄仙が仁王立ちになっている。

 なにが起きたのか御影には、まったくわからなかった。

 目の前にいるのが、宝玉ではなく、宝玄仙の人格であるのは明らかだ。

 宝玉が説明した第三の人格でもない。

 

 第三の人格のことは、宝玉から詳しく説明させた。

 第三の人格は、童女の人格ということだったから、目の前の人格とは違うと思う。

 

 これは宝玄仙だ──。

 

 いずれにしても、宝玉だけではなく、宝玄仙にも首輪の刻みをして、奴隷状態にしていたはずだ。

 そして、宝玄仙の霊気は、宝玉の力で封じていた。

 だが、御影を鬼のような顔で見おろしている宝玄仙は、完全に道術を回復しているし、操り状態から脱却しているようだ。

 しかも、服従の首輪は、宝玄仙から外されて御影の首にある。

 御影は思い出して、首輪を外そうとした。

 だが、首輪は吸いついたように外れない。

 

「無駄だよ。わたしの道術で密着させたからね……。さあ、どこから切り刻んで欲しい、御影? まずは、その長い髪からいくかい──? 昔から、その女みたいな長い髪は目障りだったんだよ──。その次は、耳にするか……。そして、鼻だ──。それとも、その粗末な珍棒からにするかい?」

 

 宝玄仙が笑った。

 御影は下半身を露出したままだったことを思い出して、慌てて脱いだものに手を伸ばした。

 だが、次の瞬間、御影の下袴と下着が、宝玄仙の道術でずたずたになった。

 

「ひいっ」

 

 御影は悲鳴をあげた。

 

「なに、勝手なことやってんだい、御影──? まあいい。珍棒は残してやる。眼の玉はくり貫くけどね……。ただ、眼の玉は手足を引き千切ってからだ。自分の哀れな姿を最後まで見させないといけないしね。心配しなくても、治療術で死なないようにはしてやるよ……。ただし、やめて欲しくなったら、首輪の誓いをしな……。さあ、いくよ」

 

 宝玄仙の手からなにかが放たれたのがわかった。

 

「ぎゃああ」

 

 霊気の塊りが御影の頭を襲った。

 そして、胸の前に大量の髪の毛が落ちてきた。

 

「うわっ」

 

 今度こそ、御影は心からの悲鳴をあげた。

 頭に触ると、大部分の髪の毛が切断されて丸坊主に近い状態になっている。

 

「次は耳と鼻と、どっちと言ったかねえ……」

 

 宝玄仙がぞっとするような笑みを口元に浮かべて言った。

 その右手には『道術の刃』がある。

 

 御影は本物の恐怖を感じて、咄嗟に『移動術』で逃亡することを選んだ。

 すぐに移動できる場所は、影法師の場所だ。

 いまの御影には、影法師のいるところと、本体の自分を入れ替えることができるのだ。

 御影は、美小淋(びしょうりん)の影法師と入れ替わることにした。

 美小淋は、城塔からおりて、城壁の守備隊の中に位置していた。

 御影はそこに跳躍した。

 

「待つんだよ──」

 

 その声を置いて、御影は姿を消滅させた。

 

 *

 

 

「うわっ──。み、御影様……ですか? その髪はどうしたのです……? そ、それに下袴も……。美小淋様はどこに──?」

 

 いきなり悲鳴がして、目の前で若い高官がひっくり返った。

 美小淋の腹心のひとりで、名は張冒(ちょうぼう)という若い高官だ。

 

 女宰相の美小淋の影法師が消滅して、そこに下半身を露出した御影が現れたから驚愕しているのだ。

 辺りには、雷音院の守備隊が亜人兵がたくさんいて、張冒の悲鳴でこっちに視線を向けていた。

 ここは城壁の上であり、遠くには静観の態勢のままの独角兕の傀儡兵軍団も見える。

 

「逃げられると思ったかい、御影──?」

 

 そこに宝玄仙が跳躍して出現した。

 御影が『移動術』で跳躍した霊気の道筋を辿って追ってきたようだ。

 

「ま、待って、あたしが悪かった──。悪かったから──」

 

 御影はその場に土下座をして頭をひれ伏した。

 

「……だったら、首輪を受け入れると言いな。さもないとさっきの続きだ」

 

 宝玄仙が言った。

 御影はその宝玄仙の背後に雷音大王の影法師を出現させた。

 宝玄仙が気配を感じて振り返った。

 だが、そのときには、雷音大王の影法師として、御影は宝玄仙を捕まえていた。

 しかも、雷音大王の力で一瞬にして、宝玄仙の霊気まで硬直させてやった。

 

「くっ、霊気が……」

 

 宝玄仙が歯を食い縛った。

 だが、魔域の覇王と称されている本物の雷音大王と同じ霊気だ。

 一度、完全に捕えてしまえば、身体も霊気も逃げることなどできない。

 本体の御影は、雷音大王に羽交い絞めにされて捕まえられている宝玄仙にゆっくりと近づいた。

 

「陛下──」

 

「陛下」

 

 張冒をはじめとする守備隊の将兵が、雷音大王の姿に一斉に臣下の礼をとった。

 雷音大王の御影は、宝玄仙の胴体を腕ごと掴んで、さらに霊気を凍結させている。

 前側にいる御影は、片手を伸ばして宝玄仙の乳房をゆっくりと揉み始めた。

 

「あっ、なっ、なにすんだい……」

 

 宝玄仙の美貌が歪んだ。

 やはり、この女は嗜虐を受けいているときが一番美しくなる。

 

「とてもいい乳房よ、宝ちゃん。形勢逆転ね……。なにが起こったか知らないけど、もう一度、きっちりと服従の首輪を刻んであげるわ。守備兵──。道術封じの枷を持っておいで──。大王を暗殺しようとした大逆犯よ──。能力の高い道術遣いだからね──。絶対に破ることのできない道術封じの枷を持ってくるのよ──。それから道術兵は集まりなさい。この女の霊気を全員で封印しなさい」

 

 御影は叫んだ。

 すぐに十数人の兵が動き始める。

 

 そのとき、御影は自分が下半身を露出していたことをやっと思い出した。

 気がつくと、御影の一物は大勢の亜人兵の注目する中心で、完全に勃起していた。

 御影は思わず、両手で股間を覆った。

 すると、宝玄仙がすっと息をのんだと思った。

 

「独角兕いいいいい──。そこにいるんだろう──。助けておくれええええ──」

 

 雷音大王に捕えられている宝玄仙が力の限り叫んだ。

 御影はびっくりした。

 

「な、なんてことを──」

 

 御影は驚いたが、もっとびっくりしたのは、すぐに目の前の空間が歪みだしたことだ。

 そこには独角兕大王そのものが出現した。

 

「来たぞ、宝玄仙──。おお、裸か? いいぞう──。そそるなあ──。宝玄仙、お前と一発やるために、ここまで来たぞ」

 

 現れた独角兕大王は、宝玄仙を見るなり相好を崩してそう言った。

 

「いいから、助けな、独角兕──」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 その瞬間、衝撃が走った。

 

 御影としてではない。

 宝玄仙を捕まえていた雷音大王に強い力が加わったのだ。

 

 そして、気がつくと宝玄仙を手放していた。

 それと同時に、宝玄仙の霊気を凍結していた力が途切れた。

 

「うわっ」

 

 そして、次の瞬間、宝玄仙から放たれた無数の道術刃が目の前にあった。

 それが雷音大王としての最後の意識だ。

 御影は雷音大王の首が胴体と分かれるのをはっきりと感じた。

 

「ふぐっ」

 

 雷音大王の死を影法師として体感した御影は、思わず声をあげた。

 とにかく、雷音大王の影法師は消滅して、すべての意識が御影に集結した。

 周囲は宝玄仙が雷音大王を殺して消滅させたことに騒然としている。

 

「御影──」

 

 宝玄仙の腕が御影の身体を掴んだ。

 御影は必死になって、それを振りほどき、城壁の外側に向かって逃亡した。

 こうなったら、どこまでも逃げるしかない。

 

 『移動術』を──。

 どこでもいい──。

 いまでも『移動術』の結界が繋がっているところ……。

 

 咄嗟に思いついたのは摩雲城だ──。

 摩雲城はいまや危険だが、そこから、また逃亡すればいい……。

 

 そのとき、突風のようなものが当たり、御影はよろけた。

 それが、風ではなく、風を感じさせるくらいの霊気の塊りだとわかったのは、体勢を崩した御影の身体が城壁から下に向かって落下しようとしているときだ。

 

「ひいいっ」

 

 御影は悲鳴をあげた。

 『移動術』──。

 

 しかし、霊気が動かない。

 いや、霊気がない──。

 

 城壁から下を見おろしている宝玄仙の顔が小さくなる。その宝玄仙の手に道術石があることに気がついた。

 

 宝玄仙は御影の身体にあった雷音大王の道術石を抜き、次いで、御影からすべての霊気を一瞬で消失させたのだ。

 それがさっきの風だったようだ。

 

 地面に到達するまでの時間が怖ろしく長く感じた。

 

 頭に衝撃が走った。

 それが御影の最後の知覚になった。

 

 

 *

 

 

「み、御影様──。ら、雷音陛下──」

 

 腰が抜けたようになっている横の若い高官が悲鳴をあげた。

 そのほかの将兵も呆然としてはいるが、もう宝玄仙に近づいて来ようとする者はいなかった。

 それどころか、かなりの者が我先に逃亡しようとさえしている。

 宝玄仙は、もう一度城壁の下を見下ろして、大きく嘆息した。

 

 確かめなくてもわかる。

 御影は死んだ。

 

「宝玄仙、これを見よ──」

 

 そのとき、突然に横で大きな声がした。

 独角兕だ。

 宝玄仙の顔ほどもある大きな手で横長の紙を拡げている。

 いや、よく見れば紙ではないのだが、ともかく道術で作った檄文のようだ。

 

 どうやら、金角と銀角があちこちにばら撒いた雷音大王への決起を促す呼び掛けだ。

 だが、独角兕が持っている檄文には、最後に、宝玄仙に協力してくれれば、宝玄仙が一発させてくれると付け足してある。

 宝玄仙は頬を綻ばせた。

 こんな露骨な言い回しを本当に檄文に書いてしまうのは、金角というよりは銀角だろう。

 

「お、俺は、これを読んで、とにかく駆けつけたのだぞ──。今日は奇数番の妻を抱く日だったのだ。昨日は偶数番だ──。それを振り切って、お前のところに来たのだ。さあ、一発だ──。俺はお前を抱けなかったのが心残りで、夢に出てくるほどだったのだ──。さあ、やらせてくれ──」

 

 独角兕が必死の表情で宝玄仙に迫ってきた。

 

「知らないね──。わたしが書いたものじゃないじゃないかい──。だいたい、再会の挨拶もなしに一発の話かい? それよりも、そのマントを貸しな」

 

 宝玄仙は独角兕がしていたマントをとりあげて裸身に巻いた。

 

「だ、だが、この檄文は……」

 

「わたしが書いたものじゃないと言っているだろう、独角兕──」

 

 宝玄仙は怒鳴った。

 すると、独角兕から身体の力が抜けたようになり、本当にがっかりとした顔になった。

 その姿に宝玄仙は噴き出してしまった。

 

「……だからさ、独角兕……。それはわたしが書いたものじゃないのさ。わたしの礼は一発なんかじゃすまないよ……。お前の嫁たちには悪いが、お前の身体は五日間は借し切るよ。わたしだけじゃない。わたしの供や、奴隷同様の連中もいるんだけど、それ全部に礼をさせる。わたしに、わたしの供……。覚えてるだろう。沙那に、孫空女に、朱姫だ。それと素蛾という童女もいる。そいつの唾液には、さすがのお前も腰が抜けるさ。ほかに、その檄文を作った金角に銀角、それから九霊聖女に黄獅姫……。どれも粒ぞろいの美女だよ。ああ、鳴智というのもいたね。あいつにも、多少はなにかをさせないとね……。魔凛もどこかに行く前に捕まえないと……。とにかく、一日目はその女たちをひとりずつ抱いてもらう。しかも、少なくとも前と後ろの二回りはしてもらうよ。二日目はふたりか、三人ずつだ。その組み合わせはわたしが決めるよ……。女主人組、女戦士組、姉妹丼、少女組、主従丼……。趣向はいろいろある。人間族の美女と亜人族の美女の味比べもいいかもね。三日目は、今度は嗜虐だ。女たちは全員拘束されるから、お前が一日好きなようにしていい。四日目は逆にお前が拘束されるんだ。そして、大勢の美女たちにいじめられるのさ。全員がお前の珍棒をしゃぶり抜くからね。最後の日は、全員揃っての大乱交だ。このわたしの礼なんだ。これくらいはするさ。一発なんかで許しはしないよ、独角兕」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「ほ、宝玄仙──」

 

 独角兕がその場で震え始めた。

 よく見ると、嬉し泣きをしている。

 宝玄仙は笑ってしまった。

 

「とにかく、わたしを摩雲城に連れて行きな。お前、『移動術』は得意かい?」

 

「おう、得意だ。『移動術』は、俺の得意の道術のひとつだ。『傀儡(くぐつ)の術』とともにな──。摩雲城というと、金角のところの要塞だな。多分、一気に跳べるぞ」

 

「ちょうどいい。だったら、急いでおくれ。わたしは供たちに、うっかりと、もう自由にしろと命令してしまったんだ。それを取り消さないとね」

 

「任せておけ──。ところで、本当に五日だな──? 嘘じゃないな──? 本当だな、宝玄仙──?」

 

「本当だよ。そうだ。それから、お前にはわたしの身体の秘密も教えておくけど、わたしの身体には、宝玉という別の人格もいるんだ。是非とも、宝玉も抱いてやっておくれ……。ところで、お前こそ、音をあげるんじゃないよ。美女というだけじゃないよ。どいつもこいつも、わたしが鍛えた淫女だ。ひとりで相手できるのかい?」

 

「心配するな──。俺は絶倫なんだ」

 

 独角兕が笑った。

 宝玄仙も笑いながら、マントでくるんだ身体を独角兕にそっと寄り添わせる。

 

 独角兕の大きな腕が宝玄仙を抱き締めた。

 遠巻きにしていた雷音大王の将兵からどよめきのようなものが起きたのがわかった。

 しかし、次の瞬間には、目の前の風景が消滅し、宝玄仙の身体は仲間の待つ摩雲城に飛翔していた。

 

 

 

 

(第123話『主従解散』終わり)



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最終話(エピローグ)
818『嗜虐西遊記』


 沙那は、宝玄仙から与えられた『音声転写具』に向かってしっかりと声を入れた。

 『音声転写具』は、金角城に定住するようになって、宝玄仙に与えられたものであり、音声を入れると自動的にそれを文字に直して記録をしてくれるのだ。

 そして、必要なときには、書物を読むように、空中に一頁ずつ表示して読むことも可能だ。

 宝玄仙が、霊気のない沙那にも扱えるように調整してくれたのだ。

 

 御影の騒動が終わって半年。

 沙那の執筆活動は最後の章にかかっていた。

 

 

 *

 

 

 

『……記述すべきことも最後になってしまった感がある。最後の記録は、わたしたちのその後のことだ。

 最初に、宝玄仙と魔域についてだ。

 

 御影の陰謀をうち破り、十日ほどかかった独角兕(どっかくじ)大王との施策協議が終わると、独角兕大王は何事もなかったかのように自領に戻り、そして、わたしたちの魔域における平穏な生活の日々が始まった。

 宝玄仙は、雷音大王を倒したということになっており、反雷音連合で集結していた魔域の各魔王から、新たな覇王の称号が与えられそうになったのだが、宝玄仙自身はそれをきっぱりと否定し、いかなる覇王的な行いも拒否したままである。

 

 それは、金角に対しても同じだ。

 金角と「主従の誓い」をして、本来は金角の主人というのが道術契約上の関係における宝玄仙の立場なのだが、宝玄仙は女王であることを否定して、対外的にも、金角の部下たちに対しても、宝玄仙の立場は、女王金角の客人ということにし、そのように振る舞っている。

 最近では、やっと金角も、宝玄仙を新女王に就かせることを諦め、長い牛魔王との戦いと、その後の巴山虎を相手とした内乱に荒れた領域を復興させる統治に専念する気配だ。

 

 また、魔域における雷音大王の支配は消滅し、雷音大王や牛魔王の領域と呼ばれた地域では、複数の覇王候補が割拠して、新しい秩序を作りあげるべく、戦乱時代に入ろうとしている。

 

 そのような魔域の新秩序の兆しのすべてに対して宝玄仙は無関心だ。

 そして、相変わらずの愛の日々を送っている。

 

 金凰妃、そして、御影が出逢ったという北方帝国の予言者は、“ふたつの宝を手に入れた者が新しい魔域の王になる”ということを予言しているから、これからなにかが起こり、結局のところ、「二つの宝」を手に入れた宝玄仙が、魔域の覇王になるのかもしれないが、いまのところその兆候もない。

 

 魔域の新秩序のことについては、現段階ではこれ以上記すことはない。

 

 次に、朱姫の使徒のことだ。

 かつて、金角・銀角とわたしたちが争ったとき、朱姫が長年使っていた三匹の使徒は消滅したままになっていたが、金角城に落ち着くことになると、すぐに宝玄仙は御影から奪った道術石を三個に割って、消滅したままだった朱姫の三匹の使徒、緒公(ちょこう)鳴門(なると)(かなで)を復活させた。

 魔域全体を揺るがせる原因にもなったほどの大きな力を持つ道術石を惜しげもなく、「使徒ごとき」を復活させるために使ったということに、金角をはじめとする多くの者が驚いたが、わたしが驚いたのは、宝玄仙が朱姫の使徒のことを記憶に留めていたという事実だ。

 

 宝玄仙は、朱姫がわたしたちと出逢う前に、ひとりぼっちの朱姫の心を支えた三匹の使徒をしっかりと覚えていたのだ。

 口にも態度にも滅多に優しさを示す人ではないが、それが宝玄仙なのだろう。

 

 さらに、わたしたちに起きた大きな変化は素蛾のことだ。

 素蛾は、この金角城で三箇月をすごしたのを契機として、西方帝国に向かい、西帝とも呼ばれるようになっている釘鈀(ていは)皇帝の正妃として迎えられることになったのだ。

 その大規模な婚約式が行われたのが一箇月前のことである。

 

 素蛾の母国から国王夫妻もやってきて、盛大に祝福された。

 無論、わたしたちも参加した。

 素蛾と両親との和解も成立し、宝玄仙はほっとした表情だった。

 

 しかし、わたしたちとの生活を希望していた素蛾が、わたしたちと別れて西方帝国に嫁ぐことを決めたのは、実は隠された背景がある。

 御影騒動の後、すべての騒動の発端が、自分にあると思い込んだ素蛾は、なにかというと心が塞ぎがちだった。

 もちろん、素蛾のせいではないし、たとえ、そうだとしても、お互いに迷惑をかけ合うのが家族であるので、どうということはないのだが、心優しい素蛾は、随分と気にし続けていた。

 それを心配した朱姫が、素蛾に『縛心術』をかけて、素蛾の心の中にあったわたしたちへの強すぎる愛情を少しばかり弱めたのである。

 心を操るというほどのものでもないが、鬱々としていた感情を半ば強制的に消滅させたのだ。

 

 すると、どういうことなのかはわからないが、これまでまったく興味を抱く気配さえなかった釘鈀皇帝からの求愛を素蛾が受け入れる感じになったのだ。

 西方帝国の宮廷と、この魔域にある金角城とは、「移動門」で結んだので、いつでも跳躍できるのだが、あの釘鈀皇帝は実はまめな性質らしく、素蛾を慰めようと、足しげく金角城に通っていた。そして、素蛾への愛をささやき続けていた。

 

 しかし、朱姫が素蛾の心の鬱を取り除いてからは、気がつくと、素蛾は沙那や朱姫と過ごす時間と同じくらいの時間を釘鈀皇帝のために使うようになり、ついには、素蛾が釘鈀の求愛を受け入れ、ふたりの婚約がまとまったというわけだ。

 これには、わたしも驚いてしまった。

 

 とにかく、釘鈀皇帝のところに行った素蛾は、釘鈀皇帝の求めに応じて、『婚姻の誓い』をした。

 表向きにはまだ婚約者同士だが、道術の誓いとしてはもう夫婦だ。

 生涯を支え合う夫婦としての結びつきができてしまったので、素蛾の心は西方帝国の正妃として安定した。

 

 まだ、十二歳の皇妃だが、帝国の歴史としては若すぎるということはない。

 唯一の問題は、素蛾が宝玄仙の道術紋を刻んでいて、後継ぎとなる子を産めないことだが、それも、あのふたりなら問題はないだろう。

 それに、宝玄仙の能力がかなり向上していて、これまでにできなかったことをできるようになった気配もある。

 これについても、相変わらずの秘密主義で困るが、多分、素蛾の成長と妊娠を妨げている紋様もなんとかできるらしい口振りなのだ。

 もっとも、素蛾の紋様を刻み直す気まぐれが起きるのは、まだ先だと思うので、しばらくのあいだは、釘鈀皇帝には成長のとまっている童女后との長い蜜月を愉しんでもらうことになるのだろう。

 

 それはともかく、使徒のことだ。

 婚約式のときには、朱姫は自分の三匹の使徒を素蛾に贈った。

 ここで素蛾が過ごした三箇月、素蛾は朱姫の三匹の使徒と本当に仲良しだったのだ。

 使徒については、その当時から、素蛾にも操れるように朱姫が必要なことを施してもいた。

 さらに、素蛾には、かつて宝玄仙に仕えていて魔域に連れてこられてしまった恵圭(えけい)鳴智(なち)のふたりも侍女として預けられることになった。

 心優しい素蛾のことだ。

 つらい思いをしてきたあのふたりにも、きっと平穏で安らかな時間を与えてくれるだろう。

 

 西方帝国と魔域は近くはないが、頻繁に会えないほど遠いわけではない。なによりも、宝玄仙の道術をまとった者なら、自由に行き来できる道術門がある。

 これからも、素蛾とは、四番目の宝玄仙の供としての関係が続いていくと思う。

 

 朱姫についても、実の妹のように思っていた素蛾があっという間に、釘鈀皇帝と婚姻の誓いを交わしてしまったことには、少しばかり落ち込んでもいたが、婚約式の頃には立ち直っていたし、心からの祝福をふたりに贈ってもいた。

 実に立派な態度だった。

 

 以上で、わたしの記録する『西遊記』は終わる。

 

 最後に愛陽の城郭から出たことのなかったわたしを連れ出してくれ、このような素晴らしい経験を与えてくれた宝玄仙と、そして、旅で得た大切な仲間、さらに、出会ったすべての友に感謝をして、この記録とする。

 

 

 西域こと魔域、金角城にて、沙那』

 

 

 

 *

 

 

 『音声転写具』による執筆を終えた沙那は大きく嘆息した。

 そのとき、扉を叩く音がした。

 振り返ると、扉が開いて、宝玄仙が入ってきた。

 

「おっ、また執筆かい? 朝も昼も夜もずっとじゃないかい。よくも、毎日、毎日、飽きないねえ」

 

 宝玄仙が呆れた声をあげた。

 

「もう二度とできないような経験をした旅なのですから、是非とも記録に残したいと思いまして……。いま、やっと最後の頁の執筆を終えたところです」

 

 沙那は言った。

 

「……へえ……。どれ、見せてご覧よ」

 

 宝玄仙は、沙那を立たせて椅子に座ると、沙那が書いた最後の頁を一瞥した。

 しばらく、文字を睨んでいたが、すぐに不満の声をあげた。

 

「なんだいこれ? やっぱり、平凡でつまらないことばかり。そもそも、独角兕との施策協議ってなんだい? 五日の予定が十日に延びた乱交のことかい? あいつとは政治の話なんて、これっぽっちもしなかったよ。あの大乱交を忘れたのかい?」

 

「忘れるわけないですよ。あれは、わたしも衝撃的でした。だけど、わたしは、これを後世に残すつもりで作ったんです。釘鈀陛下の仲介で出版の調整も進んでいて……。変なことはあんまり……」

 

「出版だあ? まあ、いいけど、なにが変なことなんだい。釘鈀と素蛾の婚約式だって、これで、終わりかい? お前が酔っぱらって、客に口づけをしまくったことはどうしたんだい?」

 

「あ、あれは、ご主人様がわたしを騙して、酒を飲ませたから。そ、それに、よく覚えてないし……」

 

「ふん。まあ、あんな弱い酒で、あんなに泥酔するお前が悪いんだよ。それに、その後、釘鈀と素蛾を囲んで、みんなで乱交したじゃないかい。孫空女とお前を生け贄にして、お前らふたりを縛りつけたりもしてさあ……。あれは?」

 

「あ、あれは……、ちょっと、こっちには……」

 

 沙那は口ごもった。

 

「だいたい、素蛾を釘鈀に送ることに決めた朱姫については、“立派”のひと言で終わりかい? 朱姫を慰めるために、お前たちは掻痒剤と張形で、金角城の城下の街中を羞恥責めをされて歩きまわされたんだろう」

 

「な、慰めるためにやった覚えはありません。ご主人様が無理矢理……」

 

「なんでもいいよ。この前も言ったろう。『西遊記』という題名はともかく、お前の記録はつまらないんだよ。もっと、赤裸々に書けと言ったじゃないかい」

 

 宝玄仙が沙那を睨んだ。

 沙那は慌てて、『音声転写具』を操作した。

 口実を作られると、すぐに宝玄仙は供たちに嗜虐の悪戯を仕掛けてくる。

 旅をしなくなって、このところ暇なので、なにかというと宝玄仙は、沙那たちを苛めたがるのだ。

 

「そ、そっちも、ちゃんとやっています。書きかけてますから」

 

 沙那は、もうひとつの記録を出した。

 それは、この前、沙那の旅の記録が怖ろしく退屈だと文句を言って、もっと、性の遍歴を詳細に書くように命じられて、仕方なく書き始めたものだ。

 

 さっきのが正規の沙那の書いた『西遊記』とすれば、こっちは裏の『西遊記』とも呼べるものだ。

 文体も、宝玄仙が満足するように、手記の体裁ではなく小説風にしてある。

 

「おお、これかい……? どれどれ……。なんだい、まだ、本当に最初じゃないかい。まだ、第三話かい?」

 

「まだ、着手したばかりなんです……。これからちゃんと書きますから……」

 

 沙那は渋々言った。

 宝玄仙が浮きあがった文章を第一話から読み始めた。

 

 

 *

 

 

 

 

 

 一、女三蔵の鬼畜旅

 

 

「ひううっ、さ、三蔵様……、ご、ご主人様、お許しを……。お、お許しだください、ひううっ」

 

 股間を流れる電撃の苦痛に、素っ裸のままで沙那(さな)はのたうち回った。

 電撃は強いものではなかったと思う。

 だが、沙那も戦士を名乗ってはいるが、ひとりの女でもある。

 いくらなんでも、股間に道術による電撃を直撃されれば、哀れに泣き叫ぶしかない。

 

 もっとも、この三蔵こと、宝玄仙(ほうげんせん)という巫女法師にかかれば、このくらいの電撃は、持っている力のほんの少しを使っているにすぎない。

 三蔵というのは、神学に精通し、道術に優れ、さらに霊気の操りに長ける法師、つまり神官に与えられる尊称だ。その三種に関して、三個の蔵を満杯にできるほどの功績の記録を蓄えられるという意味なのだ。

 つまり、宝玄仙は、それだけの能力のある法師というわけだ。

 

 もしも、この法師が全力の道術を発揮すれば、沙那など失神では済まないだろう。

 まさか、殺すまではしないと思うが、ほとんど死の一歩手前まで追い込まれるのは間違いない。

 沙那の身体には、この法師の恐ろしさがしっかりと染み込まされている。

 

「ふん、まったく、いちいち、電撃で責めなければ、尻穴に張形くらい入れるつもりになれないのかい。まったく、調教のやりがいがある鬼娘だよ。ほら、今夜はこれだ。昨夜までのものよりも、ひと回り大きくしといたよ。これが入れられるようになれば、次は、わたしの怒張だ。しっかりと、尻穴で感じる変態にしてやるから、愉しみにしてな」

 

 寝台に腰かけている宝玄仙が手元に置いてあった張形を床にしゃがみ込んでいる沙那に放り投げた。

 

 

 

 *

 

 

 最初の一節に目を通した宝玄仙が手を叩いて爆笑した。

 

「沙那、これはいいよ。面白い。さっきのくだらない記録なんて処分しちまいな。わたしのことも遠慮なく描いていいから、こっちにしなよ。こっちだ」

 

 宝玄仙が大喜びで読み進めながら言った。

 

「あ、あっちだって、わたしの大事な『西遊記』の記録です。ちゃんと残させてください」

 

 沙那は頬を膨らませた。

 

「わかった、わかった。だけど、これは、孫空女と出逢う直前の時期じゃないのかい……? ああ……。ふうん……。なるほど……。やっぱり……、すぐに、孫空女が襲ってきたときの話になるじゃないかい……。なんで、お前がわたしに捕えられたところから書き出さないんだい?」

 

 宝玄仙がさらに読み進めながら言った。

 

「わたしにとっての『西遊記』の旅は、孫女が仲間になったときに始まったんです」

 

「ふうん……。まあいいさ。いずれにしても、どっちも同じ『西遊記』じゃあ紛らわしいねえ……。わたしが題名をつけてやるよ」

 

 そう言って、宝玄仙は一度読むのをやめて、『音声転写具』を操作した。

 裏の『西遊記』の題名が、『西遊記』から『嗜虐西遊記』に変わった。

 

 文句を言おうと思ったがやめた。

 どうせ、こっちの『西遊記』を読むのは宝玄仙くらいのものだろう。

 好きな題名をつければいい。

 

「いずれにしても、続きの執筆は戻ってからだね……。お前も支度しな。一刻(約一時間)後には出発するよ」

 

 宝玄仙が立ちあがりながら言った。

 

「しゅ、出発?」

 

 沙那は驚いたが、そういえば、宝玄仙がすっかりと旅の支度をしていることに、やっと気がついた。

 

「さっき言ったろう。また、旅に出るよ。ちょっとばかり、東方帝国に戻ろうと思うんだ。思いたったら、それが始めるのに一番いいのさ。すぐに支度しな」

 

「と、東方帝国?」

 

 今度こそ、沙那は驚愕した。

 一刻(約一時間)後に旅の開始?

 しかも、東方帝国?

 なにを言っているのだ、宝玄仙は?

 東方帝国からここまで、数年がかりの旅だった。

 それを元に戻る?

 沙那は絶句して、すぐに口を開くことができなかった。

 

「……で、でも、そんなこと、ご主人様は言ってません……」

 

 やっと口から出たのがその言葉だった。

 そんなのはどうでもいいと我ながら思ったが、そう口に出していた。

 

「そうだったかねえ……。まあいいさ。とにかく、行くよ。また旅だ」

 

 宝玄仙があっけらかんと言った。

 

「と、東方帝国って、なんですか? 帰るんですか?」

 

 とにかく沙那は言った。

 

「帰りはしないよ。金角城はわたしたちの家だ。金角にもそう言ってある。戻ってくるってね。金角も承知したよ……。素蛾……いや、未来の皇帝夫人にもね。まあ、送別の宴がどうのこうのと言っていたけど、そんなのはいいよ。ねえ……?」

 

「ねえって言われても……。それよりも、いまさら、東方帝国になにをしに行くんですか?」

 

 沙那は訊ねた。

 すると、なぜか宝玄仙が急に顔を赤らめた。

 沙那は少しだけ驚いた。

 

「……な、なに、少しだけ、ある女に会いたいのさ。偶然立ち寄った旅の女としてね。その女に会って、ひと晩酒を飲む。そして、戻ってくる……。そうしたいのさ……」

 

 宝玄仙ははにかむような表情で言った。

 

「さ、酒を飲みに東方帝国までって……」

 

 さすがに、不平を言おうとして、沙那ははっとした。

 宝玄仙が会いに行こうとしているのが、宝玄仙の母親のことだと悟ったのだ。

 そういえば、あの御影騒動のとき、宝玄仙の人格に、もうひとりの「母親を愛する幼い宝玄仙」の人格が統合されたと言っていた。

 その影響が出たのかもしれない。

 

 仕方がない……。

 沙那は嘆息した。

 すると、朱姫と孫空女が部屋に入ってきた。

 

「ご主人様、とにかく、淫具はばっちりと揃えましたよ。今度の旅も愉しい旅にしましょうね」

 

 朱姫が元気に言った。

 その朱姫は、背負子を使って、葛籠(つづら)を二個背負っている。

 まさかとは思うが、あの二個の葛籠の両方に淫具がぎっしりと入っているのだろうか……?

 最近の朱姫は、宝玄仙に勝るとも劣らない霊具作りの能力に開眼して、実にえげつない操り系の淫具を作っては、勝手に沙那や孫空女に試したりするのだ。

 もしかして、あれが入っている?

 

「あれっ? まだ、沙那はそんな格好なのかい?」

 

 朱姫の後ろからやってきた孫空女が笑って言った。

 その孫空女もすでに支度ができあがっているようだ。

 

「わ、わたしは、いま言われたのよ」

 

 沙那は叫ぶと、とにかく支度をするために動き始めた。

 

 

 

 

(『嗜虐西遊記』完)

 

 

 *

 

 

【嗜虐西遊記】

 

 西方帝国の第三朝の中興の祖とされる釘鈀帝の時代に書かれたとされる通俗小説。

 南方三大奇書に数えられており、作者は不明。『西遊記』の作者である沙那自身が記述したというのは確立された説ではないが、内容が酷似するとともに、出版時期に変化がないことから、沙那が自らが作者であることを伏せて発表した可能性が高いと考えられている。

 

 いずれにしても、『嗜虐西遊記』は、沙那の『西遊記』になぞらえた物語であり、これに根拠を置きつつ俗伝で装飾し、大衆の好みに通じて性風俗を赤裸々に描写されていて、現代でも高い人気を博している古典性文学のひとつとなっている。

 『西遊記』が作者沙那の手記の体裁を取っていることに対して、『嗜虐西遊記』は小説形式で記述されている。

 

 登場人物は『西遊記』とほぼ同じであるが、西遊記とは異なり、実在した伝承的な道術師である宝玄仙が多淫癖で独善的な悪女として描かれており、このほか、同時代における有名な女戦士の孫空女、小賢者・朱姫、『西遊記』の作者であって、博物学大系を確立させて生涯に三百冊以上の書籍を発表した沙那なども、まだ無名時代の若い女として、宝玄仙の供となって旅をしながら、性的な災難に遭う物語になっている。

 このほか、釘鈀帝、その正妃である素蛾、宝玄仙の夫であり魔族の覇王と称されていた独角兕などの同時代の著名人も、好色で魅力的な人物と描かれ、登場人物たちの性の相手として登場することでも有名である。

 

 『西遊記』と内容が異なる部分については、長く虚構とされていたが、南方国における近年の研究によって、『西遊記』よりもむしろ史実に合致する点が多くあると指摘されており、性風俗書としてではなく、歴史的価値のある書物としての見直しがなされつつある。

 

 嗜虐西遊記の後日談として、宝玄仙一行が東方帝国に戻る旅を描いた「嗜虐東遊記」、やはり宝玄仙たちの新たな北方帝国への旅を描いた「嗜虐北遊記」、嗜虐西遊記に登場した七星を主人公とした「嗜虐南遊記」などの作品も知られている。この三個の派生作品に嗜虐西遊記を加えて、「嗜虐四遊記」とも称する。

 

 丘長秋編『万世要集』より






 *


 本物語はこれで終わりです。
 皆様、ありがとうございました。


 *


【西遊記:100回】

 本家『西遊記』にも帰りの旅があります。

 経典を受け取った玄奘一行は、唐の都に戻るために孫悟空の筋斗雲に乗って、一気に戻ります。
 しかし、予定していた八十一難に一難不足していたことがわかり、観音菩薩の指示を受けた天によって、玄奘たちは通天河に落とされます。
 これにより、全ての八十一難が終わり、なんとか唐の都に戻った玄奘は、皇帝の前で死者を弔う経を読みます。
 そこに出迎えにやってきた仏の使者とともに玄奘たちは天界に戻ります。

 天界に到着すると、玄奘と孫悟空は「如来」、猪八戒と沙悟浄と玉龍は「菩薩」に任じられます。
 孫悟空の頭の輪はいつの間にか消滅しておりました。(終)

 なお、仏教の神々の階級は、上から、「如来」「菩薩」「明王」「天」となります。
 つまりは、玄奘と孫悟空は、旅を命じた観音菩薩よりも高い階級の仏となったということです。

 *

 西遊記の元本となるものは宋代に登場していますが、『西遊記』として現在に残るかたちに変化したのは元代になります。
 宋代の物語では玄奘の供は、孫悟空ひとりなのですが、元代に入ると、供が孫悟空、沙和尚(沙悟浄)、朱八戒となるのです。

 その後、明代に、多くの講談家や戯曲作者などによって修正されながら発展し(そのとき、明王朝家の姓が「朱」なので、朱八戒の名前が「猪八戒」に改められます)、現在に残るものは「清代」に整理されたものです。

 また、「西遊記」は各時代で人気があったため、さまざまな二次創作も生まれてもいます。
 代表的なものは以下のとおりではないでしょうか。

 まずは『西遊補』──。
 作者は「董若雨」、明代の末期の作品になります。
 『西遊記』における、牛魔王との戦い(火焔山を越えるため、牛魔王の正妻の羅刹女や牛魔王と戦う話)と祭賽国のエピソード(僧侶が奴隷身分に落とされている国の話で、孫悟空が僧侶たちを奴隷から解放させるエピソード)のあいだに入る位置づけです(『嗜虐西遊記』ではふたつのエピソードは離れていますが、『西遊記』では連続するエピソードです)。
 牛魔王の正妻の羅刹女から芭蕉扇を奪って火焔山の炎を消した後、孫悟空が妖魔の罠に嵌まり、鏡の中の多重世界に入り込んで、彷徨うことになります。
 『鏡の国の孫悟空』という題名で翻訳されています。

 次に『後西遊記』──。
 『後西遊記』は清代初頭の作品です。
 こちらの作者は不詳となっていて、玄奘たちの旅から二百年後に、孫悟空の生まれ変わりのような石猿が誕生し、半偈(はんげ)という田舎僧侶と一緒に、猪八戒の息子や沙悟浄に似た男が旅に加わりながら、仏教の教えが正しいのかどうかを確かめるために、もう一度天竺に向かって旅をします。
 作品内で西遊記の四人も、旅の導き手として登場しています。

 このほか、『西遊記』の影響を受けて明代に成立した『東遊記』、『南遊記』、『北遊記』という作品があり、本家の『西遊記』と合わせて、「四遊記」とも呼びます。

 ハーメルンは、二次創作作品が多いですが、二次創作も歴史のある小説ジャンルのひとつなのです。


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付録
819『付録・宝玄仙一行の災難簿』




 最終話は一話前です。


 *



〔東方帝国・前日談〕

第1難 若き宝玄仙が御影の性調教を受ける(54・47話)

第2難 宝玄仙が闘勝仙の奴隷となる(12・7・17・54話)

 

〔東方帝国〕

第3難 五行山で孫空女の山賊に襲撃される(1話)

第4難 五行山の二個の山賊と戦い壊滅させる(1話)

第5難 県令の息子に孫空女が捕らわれる(3話)

第6難 黒風怪の火炎を受け、操人形で弄ばれる(4話)

第7難 御影の襲撃を受け、宝玄仙が捕らわれる(5話)

第8難 お蘭の里で村人全員から陵辱される(6話)

 

烏斯(うし)国〕

第9難 宝玄仙を操ろうとした朱姫の罠に遭う(8話)

第10難 黎山四王の「時の館」に囚われる(9話)

 

万寿(まんじゅ)国〕

第11難 鎮元仙士率いる天教軍に襲撃される(10話)

 

宝象(ほうしょう)国〕

第12難 黄袍魔の魔城に沙那が捕らわれる(11話)

第13難 白骨夫人により朱姫が競売される(13話)

 

〔平頂山〕

第14難 金角軍に捕らわれ、宝玄仙が石化される(14話)

 

烏鶏(うけい)国〕

第15難 雷王の幽霊に朱姫を人質にされ脅迫される(15話)

 

衛陽(えいよう)国〕

第16難 黒夜叉に沙那が捕らわれて拷問される(16話)

 

大殷(たいいん)国〕

第17難 宝玉が復活し、鼉潔(だけつ)に襲撃される(17話)

 

〔火雲洞〕

第18難 亜人少年の紅孩児の一味に捕らわれる(18話)

 

車遅(しゃち)国〕

第19難 宝玄仙と孫空女が智淵城の女囚になる(20-22話)

第20難 孫空女と七星が雷音大王への生贄になる(23話)

 

〔西域(東端)〕

第21難 孫空女と朱姫が独角兕の妻にされかける(24話)

 

北梁(ほくりょう)国〕

第22難 呂奇斗青年に恋慕され一夜の乱交をする(25話)

 

西梁(せいりょう)国〕

第23難 時止めの術を遣う獏狗に遭遇する(26話)

 

女人(じょにん)国〕

第24難 供三人が如意仙女の試練に挑戦する(27話)

第25難 宝玄仙が女王と王位を争う試合をする(29話)

第26難 多恋美羅の宿で惑わされて一夜を遊ぶ(30話)

第27難 薬師の琵琶子に一服盛られかける(31話)

第28難 女人国の女をさらう奴隷狩り団と戦う(32話)

第29難 偽者とすり替わられた孫空女が拷問される(33話)

 

祭賽(さいさい)国(水滸伝篇)〕

第30難 寿黒翁の猥本の謎に苦労する(35話)

第31難 九頭女の叛乱に加勢し拷問される(36-37話)

第32難 妖魔・十八公の夢に囚われる(39話)

第33難 毒を盛られ女侠客・李春に救出される(41-43話)

 

朱紫(しゅし)国〕

第34難 宝玄仙が道術を奪われ公開磔となる(44・45話)

第35難 道場主の黒倫に沙那が捕らわれる(48話)

第36難 宝玄仙が七雌妖の雌犬にされる(49話)

第37難 宝玄仙が多目怪のくすぐり奴隷となる(50話)

第38難 宝玄仙の別人格が一行を仲違いさせる(51話)

第39難 童貞淫魔の羅刹が襲い彼に性技を教える(52話)

第40難 麒麟山で春嬌と賽太歳に捕らわれる(53-56話)

 

()国〕

第41難 さとりの妖怪に襲われる(57話)

第42難 沙那が張須陀に誘拐されて失踪する(58話)

第43難 沙那が遭難し、変態兄妹に監禁される(60話)

 

小西天(しょうせいてん)

第44難 沙那を探す三人が黄眉に狙われる(59・62話)

第45難 宝玄仙を恨む美勒から沙那が仕返しされる(62話)

 

〔元比丘(ひおか)国〕

第46難 清華山の山賊と戦う(63-66話)

 

竜飛(りゅうひ)国(三魔王篇)〕

第47難 供が長庚への性教育の教材にされる(70話)

第48難 一行が青獅子の部下の魔凜に捕らわれる(70話)

第49難 宝玄仙が四肢切断され雌畜になる(72・77・78話)

第50難 沙那が春分・秋分姉妹に見世物にされる(73話)

第51難 孫空女が玄魔隊で恥辱試合をさせられる(74話)

第52難 朱姫が青獅子魔王の性奴隷にされる(75話)

第53難 沙那が小白香の痒み責めに屈服する(83・85話)

第54難 孫空女が玉斧を背負って逃避行する(80話)

第55難 宝玄仙と孫空女が金鳳魔王に再捕獲される(82話)

第56難 朱姫が半妖を嫌悪する女太守に逮捕される(84話)

第57難 沙那が小白香を助けるために拷問を受ける(87話)

第58難 孫空女が錬奴院で苛められる(86話)

第59難 宝玄仙が金鳳妃の玩具となる(86・88・89話)

第60難 宝玄仙が金鳳夫婦と対決して倒す(89話)

第61難 供解放を望む沙那が宝玄仙と対決をする(90話)

第62難 朱姫が半妖収容所に収監される(91・93話)

第63難 一丈青が宝玄仙捕縛を企て返り討ちする(92話)

第64難 賊徒長の大黒天に性奉仕し朱姫救出を頼む(94話)

 

貧婆(ひんば)国〕

第65難 宝玄仙が地湧子に帰国を懇願される(95・96話)

 

滅法(めっぽう)国〕

第66難 王小二率いる盗賊一味と関わる(97話)

 

天神(てんじん)国〕

第67難 遭難の素蛾王女を助け、結局誘拐する(98-100話)

 

鳳仙(ほうせん)国〕

第68難 供たちが上官の奴隷品評会に出る(101-104話)

 

〔西方帝国〕

第69難 寇員外殺しの冤罪をかけられる(105-108話)

第70難 沙那と孫空女が惚れ薬を飲まさせる(107話)

第71難 沙那と孫空女が殺人罪で偽処刑される(108話)

第72難 皇子に捕縛され沙那が寸止め拷問される(109話)

第73難 沙那と孫空女が闘技会に出場する(110-113話)

第74難 九霊聖女に捕らわれた素蛾が拷問される(114話)

第75難 沙那を強姦する溥儀雷帝を失脚させる(115話) 

第76難 九霊聖女を捕らえ南山大王を解放する(116話)

 

〔魔域(西域)〕

第77難 魔域に進軍して、金角城を奪回する(117話)

第78難 金角救出軍を編成し牛魔王軍と戦う(119・120話)

第79難 素蛾と宝玉が操られ全員が御影に捕まる(122話)

第80難 宝玄仙が御影の奴隷となり供を解散する(123話)

第81難 雷音院で雷音大王(御影)に報復する(123話)

 

 *

 

 災難簿からは、仲間内主体の性愛エピソードは抜いています。

 

◯ 山賊から救出した女妖魔・小角とのお礼嗜虐(2話)

◯ 流郷の宿町における宝玄仙による悪夢責め(7話)

◯ 紅孩児との対決後の宝玉を含めた五人の尻勝負(19話)

◯ 七星と宝玄仙の喧嘩嗜虐別れ(28話)

◯ 盧成の夢の中での四人と結婚して定住した人生(34話)

◯ 九頭女に対する朱姫のやりすぎ調教(38話)

◯ ご褒美としての朱姫による仲間への調教(40話)

◯ 船旅中の童姉妹への調教(43話)

◯ 醜男の陳達に全員による性奉仕(45・56話)

◯ 供たちによる宝玄仙への懲罰調教(46話)

◯ お蘭(偽者)と一行の百合乱交(118話)

◯ 小ネタ集(67話)

 

 以下は、一行以外が焦点のエピソード

 

◯ [番外編] 醜男の陳達の1人目の妻(61話)

◯ [番外編] 醜男の陳達の2・3人目の妻(68話)

◯ 大旋風による魔凛の操り嗜虐(71・76・79話)

◯ 李媛による亜人たちの残酷処刑(81話)

◯ 大黒天に集まる女間者(93話)

◯ 雷音大王の暗殺(121話)

◯ 鳴智によるお宝への仕返し嗜虐(121話)





 *

【西遊記:99・100回】

 前話の後書きで記述した通り、玄奘が西天取経の旅で受けるべき受難は八十一難だとされ、まだ玄奘が八十難しか受けていないことに気がついた観音菩薩によって、一行は一難を足すために、帰りの旅の途中で通天河に落とされました。これにより、八十一難となり、無事に必要な災難を満たすことになったということです。
 観音菩薩の言葉により、仏教では“九”が特別な数字であるため、九九=八十一の数が必要であると説明が加えられています。

(日本では“九”は“苦”に通じるとして忌数と解釈することが多いですが、中国の道術の基盤にもなっている陰陽道においては、“九”は陽数(奇数)の最高値として、「無限の尊さ」を表す数字です。天界のことを「九天」とも呼んだりもします。従って、九が重なる九九(八十一)はさらに尊いということです。)

 本作『嗜虐西遊記』でも、前日談を合わせた受難は、八十一難になっています(笑)。

 話数についても、九×九×九=(729)には合わせられなかったので、観音菩薩同様に、最後に余計なこの回の1話を足して、九九=(81)と(9)で(819)にしてみました(笑)。


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