ほんの少し思い出してもらうだけの話 (氷陰)
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虹村億泰の場合


漫画のネームを描いていたと思ったらオリジナルスタンドの設定を作り上げていた。溢れるパッションが抑えきれなかったので初投稿です。



 

「霊媒相談所? んだそりゃ、胡散くせェーなあ」

 

「なんでも、死んだ人を呼び出すイタコの真似事をするらしいよ」

 

「オカルトチックな話だぜ。ますます胡散くせえ話だ」

 

「生きてる人の心の整理には普通できない死者との会話が必要な時もある…ってチラシに、ホラ!」

 

「チラシィ〜〜???」

 

 とある朝の学生や社会人が慌しく行き交う時間。2人の男子学生が話している。内容はひどく現実味の薄いオカルトだが、登校時間の話のタネにはなる。

 

 話を振った小さい方の学生───広瀬康一が、鞄から取り出した紙をもう1人の学生に見せる。

 

『死んだあの人にもう一度 藤堂霊媒相談所』

 

 相談は無料、降霊料は要相談。それ以外には事務所がある場所への簡単な経路と電話番号が記載されている。文字と地図以外にはほとんど装飾がない、素人か学生が即興で作ったかのような白紙は、彼らにさらなる疑念を湧かせた。

 

「ホントにこーんなチンケな紙で相談なんか受けてんのか? 学校の委員会で作った広報紙の方がよほど手間がかかってるってもんだぜ」

 

「だよね。でも噂じゃあ結構な人が相談してるらしいよ」

 

「ゲッ 噂になるほど身内に仏さんがいる奴が多いのかよ!?」

 

「人だけじゃなくて犬や猫でもいいんだってさ。でももう一回死んだ人に会えるんだから本人にとってはいいことなのかもよ」

 

「うーん…俺だったら…別にいいかな。会えるってだけで生き返るわけじゃあないんだろ?」

 

「仗助君…」

 

 背の高い、リーゼントの学生───東方仗助は、つい先日、祖父を亡くしている。凶悪なスタンド使いによって殺され、己のスタンド能力でも蘇らせることはできなかった後悔がある。しかしもう一度会わずとも、既に仗助本人の中では整理できていた。

 

「まあ機会があったら冷やかしに行こうぜ。機会があったらな」

 

「冷やかしは良くないけど…気になるもんね」

 

 1999年4月、M県S市杜王町。アンジェロ岩が人目につくようになって数日経った頃の会話である。

 

 ***

 

 

 

 

『藤堂霊媒相談所』。

 このいかにも都市伝説の流行にかこつけて作ったような場所で、活動している人間は俺しかいない。

 

「昨日も死んだ犬しか呼び出してねえなあ…」

 

 俺は藤堂一茶。この霊媒相談所の職員である。社長、構成員、占い師…好きなように呼んでもらって構わない。俺1人しかいないからな。しかし小遣い稼ぎにも情報を集めるにも、俺の性格的にも合っているベストなライフワークなのだ。それをすてるだなんてもったいない!

 

 唐突な、しかしすでに勘付いている紳士淑女もいるだろうが、俺のことを簡潔に教えておく。

 

 いつ死んだかはイマイチわからないが、とにかく俺は一度死んで今の俺、藤堂一茶という人間の男として生まれ変わった。

 早い話が転生者。気付いた時には5歳でひどく記憶が混乱したが、そんなことは些細な事だった。

 

 6歳になるかならないかくらいの時、エジプトに家族旅行に行った。そこでとある事件…というかスタンドバトルに巻き込まれた。ポルナレフ(の髪型)がやたら印象的であったと記憶している。

 ここで、俺の生まれた世界が『ジョジョ』の世界だと気づいたのだ。さらに驚くべきことに、俺は彼らのスタンドの像を見ることができた。

 

 本当に驚いて思わず二度見したが許してほしい。御一行に見えることに気づかれてDIO側の刺客かとも疑われたので本当に許してほしい。怖い。

 

 当時の俺はこの世界が何なのかと、自分がスタンド使いだということを同時に知ってしまったのだ。

 恐怖と狂喜と驚愕とまた恐怖と、気持ちが混乱大渋滞していたので、受け答えがあやふやになった事、その一件から後、一度もSPW財団にもジョースター家にも連絡を取っていない事は仕方ないのだ。

 そう、仕方ない。(目逸らし)

 

 だって考えてもみろよ。スタンドをろくに使えないのにスタンド使いだって公言してみろ!

 実験だの調査だの監視だの面倒なことになるのはわかりきってる。最悪DIO側から敵認定を受ける可能性だってある。ジョースター一行にバレた時、195センチの人間に詰問されるのすげー怖かったんだぞ!?(本音)子供との身長差だし余計にな!!

 

 ついでに俺が転生者で、俯瞰的にジョースター家を知っているとバレた場合、いい方向に話が進む気がしない。だいたいどう説明すればいいというのか。

 

 総合的に、俺にメリットが1つもない。そりゃあ沈黙は金だよ。

 

「俺も学校行かなきゃな…っと」

 

 そんなこんなでこっそりと自分のスタンドを把握しながら生きること早数年。今年で17歳になる。1999年4月、という事は、そろそろ第4部が開始される時期だ。俺が杜王町に住む学生で、スタンド使いである以上嫌でも関わることになるだろう。でも大々的に手を貸せないから、間接的に。

 

 ところで俺のスタンドであるが、普段(ヴィジョン)が出る事はない。能力は大まかに言えば『追憶』。本人が認識している事柄を忘れさせたり、思い出させたりできる。忘れさせたい相手の脳付近に触れることで発動する。

 これだけならいい。むしろ都合の悪いことを忘却させるのでSPW財団にとっては都合のいい能力だろう。ギャングにも重宝されるかもしれない。いやそれは困る。…まあここまでなら良かった。百歩譲って良かった。

 

 

 

 

「やっべ!もう予鈴なるじゃん!早く行かなきゃ!!」

 

 ゆっくりしていたが、時間がギリギリなので俺のスタンドについてはまたの機会とする。誰に言ってるのかわからないが。

 

 ちなみに朝のHRには間に合った。クラスメイトの席は数箇所空いていたが、不良もそこそこいるしよくあることだ。この日の授業はつつがなく行われた。

 

 

 

 

 

 

 5月。3学年の虹村形兆が死んだらしい。噂では恨みのある他校生に刺されただとか、幽霊に祟り殺されただとか言いたい放題だ。学校側も詳しい話は聞かされてないらしい。

 

(たしか…レッド・ホット・チリ・ペッパーに殺されたんだったか)

 

 感電死…だったかな。俺のスタンドで思い出せるのは覚えていることだけ。もとから曖昧にしか覚えていない事は思い出せない。もっとジョジョ熟読するんだったな…割とスタンド名とフルネーム、どっちかが曖昧に忘れてたりするもんだから焦る。

 

 本来藤堂一茶の前世(オレ)は物覚えの悪い人間だった。自分としては生活に深刻な問題が出なかったので気にしていなかったが、とにかく覚えていることが少ない。転生したから前世の記憶が薄れているわけではなく、強い印象のある思い出が少ないだけだと思いたい。…言ってて悲しくなってきた。

 生活の中、勉学の中、趣味の中、あらゆる記憶が曖昧なのだ。もちろんはっきりした思い出や記憶はあるが、大事なことを覚えていないのだから我がことながら始末に負えない。

 

 しかし、どうでもいいことというのはよく覚えているのだ。CMの挿入歌だったり、著名な歌の替え歌だったり、某掲示板発祥のアスキーアートだったり、アニメの名台詞だったり。

 

 よって語感のいいレッチリの名前は覚えている。口に出して言いたい語感だよな。ぶっちゃけ能力と本体の名前は忘れた。多分盗品のギターをかき鳴らしてるうるさいやつだったはずだが。

 

 

 とにかく、虹村兄は死んだ。死んだという事は、誰かが俺に霊媒の相談をする可能性が高いという事。何時もなら心の中で繁盛期だー!と不謹慎な喜びを表すのだが、いかんせん今回からはワケが違う。

 

 スタンド絡みの事件。霊媒と銘打っている俺のところに話が来ないワケがない。仲の良かった学生(いるかは判らないが)や親族が来るならいい。だが今回の場合、最悪空条承太郎が来る可能性がある。

 前述した通り、俺自身がスタンド使いだと気づいたのはジョースター一行と遭遇したことがきっかけだ。向こうも当時の小さなスタンド使いの生死を確認できてはいないだろう。故にそれ以降音沙汰のない当時少年の俺が俺だと知られるのは、事態をややこしくしかしない。

 

「だいたい今さら何て弁明すりゃいいんだよ。ほぼ赤の他人だし。悪いことしてないのに気まずいわ」

 

 今日は店じまいとするかな。どのみち死んだばかりの人間なんて降霊したことないしな。そんなすぐに呼べるのかね。

 

 そんなことを考えながら帰路につく。俺の実家は杜王町にあるが、実家から北に少し行った先のアパートの一室が俺の現在の寝床兼相談事務所である。踏切を越えると霊園がある。霊媒相談を請け負う俺にはうってつけだな。アパート自体は父親名義のもので、少々無理を言って一人暮らしをしている。

 

 おっと、転生者あるあるの親と馴染めないなんて話が来ると思ったか?んなワケないだろう。忘れっぽいということは1つのことに執着しにくい。楽観主義の俺にとっては小学校生活なんて天国以外の何でもないね!多少時代錯誤だと感じることもあるが、生きるだけならそう気にならないものだし。遊んで勉強するだけでいいんだぜ。楽しすぎる。

 

 今時の歌を鼻歌交じりにアパートの前につくと、人がいた。学ランを着ている。うちの高校かな。俺より早く帰れるとはHRが速い隣のクラスか…1年か。参ったな、今日は店じまいしようと思っていたのだが。

 

 足を止めて考えを巡らせる俺に気づいたのか、その学生はこちらを向いた。曲がり角のところにいたから気づかなかったが、複数だ。柄の悪そうな強面が1人、小さいのが1人、……リーゼント頭が1人。計3人、友人同士示し合わせてここまで来たらしい。

 

 こちらを振り向いた小さい学生が俺に呼びかける。

 

「あのーッ!もしかしてこの『藤堂霊媒相談所』の人ですか!?」

 

「学セーじゃねえかよ康一」

 

「……はい、そうですよ。藤堂って言います。君たちは相談にきたのかい?」

 

「えっ!?藤堂…って、じゃあアンタの事務所なのか!?学生なのに?」

 

「まあね、いろいろあるんだよ…よければ上がってくれ。相談なら無料でやってるし、悪霊・ポルターガイストから都市伝説の考察までなんでもどうぞ。ただし、葬式なんかの祭事は寺か神社にどうぞ」

 

 どうやら平穏な俺の杜王町ライフは終わりらしい。

 

 

 

 部屋の中は片付けている。自室とはいえ事務所として機能している場所でもあるからだ。玄関入ってすぐに簡易キッチンとバストイレが左右に設置されている一般的な間取り。まっすぐ歩けばダイニング、他に扉は2つあるが閉ざされている。個人的な部屋…というか俺の部屋だからだ。

 

「さて、改めて。俺は藤堂一茶(とうどういっさ)。この『藤堂霊媒相談所』を運営している。ぶっちゃけ一般人ならありえないと一蹴される、霊なんかのオカルトな相談ごとのための相談所だ。

 言うだけならタダだぜ。何を…いや、まず誰が困ってるのかな」

 

 とりあえずこちらから名乗っておく。所在不明な勧誘ってマトモじゃないからね、契約の電話が掛かってきたらまず誰か聞くべきなんだぞ。

 

「おれだぜ!…えェーッと、おれは虹村億泰、よろしくな!」

 

「虹村君だね。よろしく」

 

「あー…すんません、名前で呼んでもらっていいですか、ややこしくなりそうなんで」

 

「わかった。…言いにくいが、身内のことか?億泰君」

 

「…ウス」

 

 そこから少しずつ億泰は己の兄について話し始めた。そのまま話そうとしていたが後の2人…広瀬康一と東方仗助(最初の時点で紹介してもらった。知っていたが)らが一般人に言えないことにフォローやフェイクを入れつつ、死んだ経緯まで語った。

 俺は聞きながらメモを取る。スタンドで記憶できるが、これは俺の知っていることと、()()()()()()()()()を混同しないためである。俺は要領がいいワケじゃあない。こうやってメモしておかないとボロが出るために使い分けるのだ。

 

「虹村形兆、君の兄で、非情なところがあるが、少なくとも最期に弟の君を庇った人物。…間違いない?」

 

「…そんな感じっス」

 

 話している間は子供の頃の話も多く、嬉しそうに話していたのだが、最近のことになると死んだ時を思い出すのか、話の終わりには随分しんみりした雰囲気になっていた。

 

「君のお兄さんがどんな人だったのかはなんとなくだがわかったよ。それで、だ。ここにいるのだから俺がすべきことも理解した。その上で、君はお兄さんになにを聞きたい?なにを言いたい?」

 

「…何を?」

 

 そう。死人に口なし。本来なら死者と話すことなどできない。それでも何かを伝える役目があるなら、なんらかの形で口を開く。杉本鈴美が良い霊…失敬、良い例だ。

 なんの目的もなしに無理に話させるのはどうかと思うのだ、俺は。だから呼び出す前に、依頼主にある程度あって何がしたいか頭で整理してもらうのだ。

 

「おれは…」

 

 少し億泰に整理する時間を与える。そして俺もその間に虹村形兆を呼ぶ準備をする。

 

「…あの、藤堂さん? 何してるんです、まるで一休さんみたいなポーズで唸って…」

 

「んー…彼の兄は死んでから1週間も経ってないだろう? そんなに間を空けずに死んだ人を現世に呼んだことないからさ、彼にはああいったけれど、ちょっと不安でね。イメージトレーニングしてるんだ」

 

「ええっ!?」

 

「あぁッ!?そんなんでコーレーなんて出来るのか!?」

 

 話が終わってから傍観していた2人が俺に質問して帰ってきた答えに心配を…これは疑いかなぁ。そんな素っ頓狂な声と顔を上げる。

 俺はその反応を横目に虹村兄の情報を反芻していた。

 

 フェイクの多い話だったが、ほとんどイメージ通りの男だ。非情で厳しいけれど、几帳面で、実のところ父や弟のことをよく考えている。また、何よりスタンド使いだからスタンドの情報もあればなお良しだったのだが…俺が知っているからいいか。確かバッド・カンパニーという群体型のスタンドだったはず。

 

「…大丈夫だ。できそう」

 

「藤堂さん、…決まったぜ」

 

「よし、じゃあ呼び出すぞ」

 

 俺のスタンドは『追憶』なんて言い方をしたが、結局、出来るとこは『思い出す』ことに集約される。

 

 記憶から始まり、一昔前にお茶の間を騒がした芸能人、

 昨日の天気、教師がテストに出ると言った授業内容、母親の忠告、

 今は連絡の取れない幼馴染との思い出、

 亡くなった祖母の昔話、

 死んだ人間の顔や声、

 

 ─────────死んだ人間そのもの。

 

 生きている人間の思い出の姿から、相手に死人を思い出させる。思い出させる為なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────それが俺のスタンド。

 

「プリーズ・リメンバー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んだおれに頼ってんじゃあねえぞ億泰ゥ!!!!!!!」

 

「兄貴ッ!!!?ガボッッ!???????」

 

「お…億泰の兄貴!?本当に呼び出しやがった…!」

 

「億泰くんが見えた途端に殴った!?」

 

 まあ呼び出した瞬間呼び出された方がどうするかなんてのは、俺にもわからんがね。

 

 

 

 

 

 

 プリーズ・リメンバー。思い出して。

 おれのスタンドの真骨頂、それがこれ、死んだ存在をスタンド像として呼び出すこと。

 この場合可視型のスタンド扱いで、一般人にも見える。スタンド使いを呼び出した場合、一般人に見えるのは本体だけで本体自身のスタンドは通常通りスタンド使いにしか見えない。ダメージのフィードバックも半分くらいになる。

 

 さて、この能力、原作を知っていれば間違いなく良い能力だ。仕様として、呼び出す相手を知っていなければならないのだが、俺は原作キャラなら例え、かのジョナサン・ジョースターすらも呼び出せる。ある程度のひととなりを漫画から知っているからだ。

 

 しかしこの能力、他にもデメリットがある。

 死人を呼び出すには生きた記憶が必要なのは実質的にデメリット足り得ない。数ある中で一つ挙げるならば、今の虹村形兆のようにスタンド扱いとはいえ、俺の思い通りに動かすことはできない。

 

 

 

 すわスタンド使いか!?いや形兆はスタンド使いだけど!という小言も言いつつ戦闘態勢に入ったのもつかの間、億泰の目が段々と潤んでくる。どうやら感動か安心か、心にくるものがあったらしい。漫画を読んでいた時には情に脆い印象があったが、本当に心豊かな男らしい。

 

「兄貴…」

 

「何だ、おれは何もお前に答えは…」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

「おれを守ってくれたんだよな」

 

「…お前はバカのくせに時々鋭いことを言う」

 

 きっと、守ってくれた、というのは最期のことだけじゃなく母親が死んで、父親が異形のものになって、頼るべき人がいない中兄弟が共に生きた感謝だ。俺は彼らにとって部外者であるが、億泰の言葉にはそういうニュアンスが含まれているように思う。そして、兄の方も、解っている。

 

「そんなこと言うためにわざわざこのおれを呼んだのか、億泰」

 

「…だって言わなきゃダメだと思ってさあ…何聞いても知るかって言われそうだしよお〜…」

 

「…とりあえず、学校には行っとけよ。それから…」

 

 

「おやじのこと、後は頼んだぜ、億泰」

 

 

 

 瞬き一つの間に、形兆の姿は消えていた。

 億泰はと言うと、アホ面で呆けていたが、じきに気を取り戻すだろう。死者と話をした実感がないのか、最後の言葉が予想外だったのかは本人にしかわからないが。

 

 …実は虹村形兆の方が言うことはもうないからここにいる必要も無いと、俺に意識内で訴えていたから、タイミングを示し合わせて能力を解除したのだが、そういう雰囲気ではないので口を噤んでおく。

 他2人も空気を読んで静かにしているし、俺がぶち壊すもんじゃあない。

 

 

 俺のスタンド能力の話に戻るが、死者を1日継続して呼び出しておくことはできない。ずっと呼び出していると生者のように思えるからだ。それは俺の認識が許さない。

 また、スタンド使いを呼び出すのには特殊な能力を持たない人間を呼ぶよりも精神的なコストがかかる。ようは俺が疲れるから一度に複数呼べないし、持続しない。

 

 しかし、これを無視すれば、俺個人が呼び出せる範囲は原作キャラ全般だ。そして人間に限らず、犬や馬といった人外も範囲内だ。

 

 そう…ゾンビや柱の男、吸血鬼でも。

 

 最大の問題であり、切り札。これがあるから、俺は、DIOの残党に…もっと言えばあの神父に知られてはいけないという縛りを人生に与えなくてはならなかった。本当は今のところは大丈夫だが、俺の心構えの問題だ。

 

 

 

 億泰だが、やっと放心状態から解放されたらしい。康一と仗助と共に良かったな、とか おれ頑張るよ、とか気持ちを共有している。良かったな。俺も能力を使った甲斐があるというものだ。

 

 そろそろいいかな。

 

「さて、億泰君」

 

「あッすんませんこっちだけで盛り上がっちまって…」

 

「トントン拍子で話を進めてしまったのでこちらにも非があるんだが…。

 相談は無料といった。しかし降霊は要相談だ…チラシにも書いていただろう?」

 

 その日、俺の部屋から3人の男たちの怒声のような悲鳴が上がった。

 

 聞いてない?いいや、お金は取るぜ。一応仕事だからな!

 




一巡後記憶あり転生パラレルとかする前に死んでしまった相手に対する心情を生きてるうちにいったん昇華してもいいのでは?と思い立って書いた。
正直そんなに後ろ向きな考えのキャラクター達ではないだろうけども。いいだろ2次創作なんだから


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空条承太郎の場合①

中間あたり、ヴァニラ・アイス戦見ながら書いたのでテンション低いのに最後だけ深夜テンションになってます。すみません



 虹村億泰君には何とか降霊代を払ってもらった。何時もなら呼び出す前にきちんとお金の話をするのだが、原作キャラに対して自分でも気づかないうちに緊張していたらしい。

 流石に学生相手に申し訳ないので相場より安い値段にしておいた。非は俺にもあるからね。

 

 

 さて、前回俺のスタンドは吸血鬼をも呼び出せると豪語したが、語弊があるので訂正しておこう。

 

 俺のスタンド、『プリーズ・リメンバー』は誰かを思い出させるために死人をスタンドとして呼び出す。呼び出す為には故人を知る生者が必要だ。前回の形兆の場合、億泰がキーマンだった。

 本当は、原作知識がある為に俺にも虹村形兆を呼び出せる。それでも、生前親しかった人間が近くにいた方がタイムラグは少なくなるので、基本的に俺を基点にするより他人を基点にした方が何かと便利だ。

 

 死人が呼び出せることに気づいた時は、ここがジョジョの世界という印象がまだ強かったので、ジョナサン・ジョースターとかツェペリさんとか呼べるのかよ!?マジで?俺も波紋使えたりするかな〜!!!…とか考えた。それはもう浮かれたさ。ぶっちゃけ現在進行形でお世話になっているのだが。

 

 そこからたくさん試してみて気づいた。死人なら歴史の偉人も呼び出せるんじゃね…?

 まず有名どころの織田信長から歴代大統領、発明家、文献がはっきりしないファラオなんかまで、それはもう試行を繰り返した。結論から言うと、信長はいけたが、ギルガメッシュは無理だった。

 

 時代が遡りすぎると呼べないのかとも考えたが、そうではない。俺にとって偉人とは残っている限りの文献の中でしか知らない人間だ。詰まる所、現代に存在する偉人の情報の正誤が重要なのだ。

 

 信長は名前から行った偉業まで多くの情報がある。一部が間違っていたとしても、居たという確証が持てる事柄と証拠がある。だから呼び出せた。

 

 一方ギルガメッシュの場合だが、残っているのは叙事詩。多少誇張表現されているとしても、全てが嘘ではないと仮定しても呼び出せなかった。神の血を引いているから…なんて理由だったなら、呼べないのではなくて()()()()()()()()()()()()()。最後に残る可能性は名前が違うという理由だった。

 正確には違うというか、所謂表記揺れだ。ギルガメシュとか、ビルガメシュとか。他にもそれっぽい名前で呼んでみたのだが、うんともすんとも言わなかった。

 

 別の事例として初代西ローマ皇帝とされるカール大帝は呼び出せた。なんかフランス語の読み方だったり英語読みだったりする方なのだが、むしろなぜ呼べたのか。

 正式な名前ではないか、この世界に存在しなかったか、はたまた別に原因があるのか。不明点の多いままの結果が残った。

 

 長くなったが、俺のスタンドにとって名前は最重要項目だ。少し違うだけでも呼び出せなくなるのだ。

 どうしても名前も知らずに呼ぶには、正確な容姿や性格、生年月日などのプロフィールを必要とする。知らない人間は呼ぶこともできない。

 

 

 他の注意事項として、呼び出す人間にはコストが存在する。ただの人間なら3、犬なら1か2とする。これが偉人だと5から10、さらにスタンド使いや波紋戦士だと15から30程度までの差があるのだ。ムラもあるが、特殊能力如何でもさらに差が開く。

 

 ここが本題なのだが、柱の男や吸血鬼はどの辺に位置するか。恐らく50から60ほどである。スタンド使いの吸血鬼ともなると100に近い。

 

 この数字はおおよそ俺の感覚からくる表現だが、俺の能力で、一度に使えるコストはだいたい55程度。どう足掻いてもあの人外どもを呼ぶことはできない計算になる。

 無理に呼ぼうとすると、先ほど例で少し触れたように血反吐を吐く。仮に現界させられても俺から離れようものなら即消滅する。

 

 これはワムウを呼び出そうとした時に検証した。俺が血をぶちまけてなおあいつは言った。

 

「貴様は波紋の戦士ではないな。しかし何か力を持っている。少々軟弱な体つきだが戦えそうだ。さあかかってこい!」

 

 マジで死にそうな気分の中殺気を貰ったので速攻で能力を解除した。血もゲロも吐いた。二度と呼び出すかあのバトルジャンキー。しね。いやもう死んでた。

 

 この条件でスタンド使いの吸血鬼…DIOを呼び出すなんて冗談じゃあない。穴という穴から血が噴き出しかねない。胴が捻り切られるかもしれない。断固拒否する。

 

 しかしDIOを復活させたい奴は、いる。正確な数はわからないがDIOを慕う信者、残党は多い。少なくとも俺は思考回路も信仰心もとびきりやばい奴を1人知っている。

 

 エンリコ・プッチ。もしくはプッチ神父。『人間の記憶やスタンド能力をDISC化する』スタンドを持つ。そしてDIOの親友、あるいは信者。こいつが俺の能力を手に入れた場合、DIOの復活を望むと予想している。

 

 実際に完全復活するわけではないし、ましてや俺のスタンドは『忘れさせない』だけのスタンドではないと看破されたところで、使いこなせる人間がいるとは思えない。俺だって『運命』が強く作用するこの世界で自分が世界を揺るがすイレギュラーになるとは思っていない。

 しかし万が一というのがある。

 

 だからSPW財団やジョースターには頼りにくいのだ。そもそも神父のことすら現時点では知らないのに一般人の俺が何処から知ったのかって聞かれても上手い言い訳を持っていない。

 

 かといってメイドインヘヴンを見過ごしはしない。順調にいけば2011年でも今の俺は生きている。未来が打ち止めになるのが阻止できるなら俺の小さな力でも協力は惜しまない。

 

 俺が今生やりたいことはいたってシンプルなのだ。楽しく生きて、そのために世界の加速も阻止する。それだけ。

 これだけは藤堂一茶になってから一度も忘れたことはない。

 

 

 

 

 

 

 ところで現在1999年5月、虹村億泰とその友人らが虹村兄に会うために俺を訪ねて5日ほど経った。

 その間きた依頼は「死んだ飼い猫をもう一度だけ撫でたい」が2件、犬バージョンが1件、「祖母の命日の供え物にリクエストを聞きたい」が1件。供え物くらい適当に決めろとは思うが仕事は仕事。キッチリ聞き出しましたよ。

 

 俺が『藤堂霊媒相談所』を開いているのには金稼ぎ、ご近所の情報集めと、もう一つ理由がある。俺のスタンドを鍛えているのだ。

 

 先程俺のコストが55だと言ったが、最初はもっと少なかった。スタンド使い1人呼ぶのに息を切らしたものだ。

 そこで試行を重ねること100回、1000回、10000回。やっと柱の男をギリギリ呼び出せるくらいにはなったのだ。これだけやって人外(俺の言うことは耳に入っていない)を呼べるだけ。凄いことだが、成長はとても遅く感じた。パラメータで表すなら成長性DかEだな、間違いなく。

 

 まあ生死に関わる対人戦をした事がないのも原因ではないかな、と最近感じている。ワムウは別だ。というか俺が呼んだ奴と俺自身は互いに『攻撃できない』仕様だからコストオーバーにさえならなければ俺が危険になることはない。

 

 スタンドとはすなわち自らの精神。精神力が強いやつほどスタンドパワーも強い。俺には精神力が足りないと言うことだ。

 

 こうやって俺が依頼人を待ちぼうけている間に、東方仗助を始めとしたスタンド使い達は戦いの中で成長している。今頃どの辺りだろうか。間田か、山岸由花子か、それとも漫画家とも会ったのか。順番がイマイチわからないが、数ヶ月間は戦い続けることになると言っても過言ではないし、彼らには頑張ってもらわなければならない。

 そういえば霊園の方に行く道に料理店が出来ていたな。高そうだったが行ってみようかな。

 

 

 

 ピンポーン。思考にふけっていた俺にとっては唐突に呼び鈴が鳴る。

 

「あっはーい! 今出ます!」

 

 パッと意識を切り替えて玄関に向かう。放課後というには少し遅い時間だが、学生だろうか。近所のおばちゃんかな。

 

 深く思考の海に浸かっていたせいか相手を長らく待たせたような気がして慌てていたのだろう。中から外を確認することも忘れて玄関のドアを開けた。そんでもって心の準備をすべき相手だったのにと後悔した。

 

「『藤堂霊媒相談所』というのはここで合っているか?」

 

 扉の前には背の高い、白を基調とした服装の男が立っていた。

 

 なんてこった。世界最強のスタンド使いとの邂逅となってしまった。今日は…いや。今日から俺の人生は地獄になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「こちら『藤堂霊媒相談所』で合ってますよ。藤堂と言います」

 

「…空条だ。本当に学生がやっているのか。それも1人で」

 

「小遣い稼ぎには丁度いいので。昔から霊感とかはあるので、漠然とした不安には相談に乗れますから」

 

「…ふむ、話には聞いていたが、どうやら詐欺の類ではないらしいな。話し方に媚がない」

 

「本当に無料相談だけで終わる人もいますしね。ところで誰かから聞いて来られたようですが」

 

 俺のお手製チラシは我ながらとてもチャチで、杜王町とその周辺にしか貼っていない。内容もどう見ても子供の遊びの発展系だ。海外はもちろん、市外で『藤堂霊媒相談所』を知っている人間はそうそういない。

 

「君と同じ学校の生徒に身内がいてな。仗助と言うんだが、友人と此処で不思議体験をしたと聞いた」

 

「この間の学生3人組ですね。確かに不思議体験だったかもしれませんね」

 

 スタンド使いがそれを言うか? って感じだが、管轄外と思ってる現象ならそういう感想にもなるか。

 

 空条…空条承太郎の目はずっとこちらを値踏みしている。言い方が悪いな、俺を試す目を向けてくる。

 

 東方仗助はこの男に「死んだ億泰の兄の霊を少しの間呼び、いくつか会話も交わしていた」くらいの内容は伝えているだろう。真面目な報告にしろ、面白い身近な話題として話したにしろ、恐らくこの男はこう思っている。

『この藤堂ってやつは、スタンド使いかもしれない、確認するべきだ』ってな。

 

 むしろ仗助達に疑われていないことの方が驚きではある。もしかしてTVに出てくるマジシャンとか、本当に霊能力のある不思議ちゃんとでも思っているのか。ミキタカと同じくくりっぽいな。いや都合がいいから文句は言わないけども。

 

「最近よくある都市伝説にあったとか、幽霊にあったとか、そう言う相談を受けたこともあります。この手の話は警察には相手にされませんしね」

 

「それだけじゃあないんだろう」

 

「…ええ。亡くなった方との交信も度々仲介しています」

 

「俺もそう聞いた。死んだ人間なら誰でも呼び出せるのか?」

 

「ある程度なら。名前と、どんな人物だったか、どんな顔か、どんな偉業を成し遂げたか。この辺りが2、3個一致するなら、例え始皇帝でも呼び出せますよ」

 

「動物霊は勝手が違うのか?」

 

「同じですね。よく親しまれた愛称と容姿のわかる写真があればほぼ100%で呼び出せます。…飼われていた犬か猫でも?」

 

「…いや、一時期一緒にいた犬だ。ペットじゃあない。それと今、ほぼと言ったな」

 

「…ああー。はい、実は犬種と名前だけだと結構被るようで、2、3回やり直してやっと本命に当たったことが何度かありまして…」

 

 ポチとタマとクロ、シロがどんだけいたか。大変すぎてその後から使っていた首輪や遊び道具なんかを持ってきてもらうことにしたのだ。

 

「なるほど。情報は正確であるほど確実に呼び出せるのか」

 

「そういうことです。…どなたか呼び出されますか? あっお金は頂きますけど」

 

「…いや……あぁ、そうだな……」

 

 空条氏は眉を顰めて黙り込んでしまった。腕をゆっくりと組み替える。依然黙したままだ。誰を呼ぶべきか吟味しているようだ。本人としてはお試しのようなものだが、軽率に呼べる故人が思いつかないのだろう。

 

 確実に死んでると認識してるのは味方と敵の一部だろうし。俺の力がスタンドでもただの霊能力でも関係ない。味方は気持ち嫌だし、敵だと出てきた瞬間攻撃される可能性があるんだろう。

 俺だっていきなりスタンドバトルを始められると困るし…。俺の家だし…。

 

 ほんの少し目を瞑った男は意思が決まったらしい。力強くこちらに視線を寄越した。

 

「では犬を。イギーというボストンテリアで、好物はコーヒーガム。ニューヨークの野良犬狩りにも捕まらない知能を持っていた。少々生意気だったがな。人間の言うことなんて聞きやしない」

 

 面白いことでも思い出したのか、ほんの少しだけ目の前の男は口角を上げた…ように思えた。俺がメモを取っている間に空条氏は胸ポケットから写真を一枚取り出してテーブルの上においた。

 

 座っている銀髪の男と、小さな犬を抱えた人の良さそうな爺さん。後ろに民族的な服装の褐色の男。それから改造学ランを着た2人。1人は赤髪で、もう1人は律儀に学帽を被っている。

 ご存知の通り、あの写真だ。

 

「ご友人との写真ですか。…この犬がイギーですね」

 

「ああ…。どうだ、出来そうか」

 

「はい。随分個性的な子だったようなのできっと間違いません」

 

 極めて冷静に言葉を返したと思うが自信がない。だってあの写真が目の前にあるのだ。なんでもないように、それでいてとても大事そうに取り出した。ファンとしては写真の現物なんてヨダレものだぞ!興奮せずにはいられない。ここで見せてくれるとは!いやちょっと会ったことあるけどさあ、その時は喜んでる場合じゃなかったし!

 

 …よし、気を取り直してイギーを呼ぼう。

 

「プリーズ・リメンバー」

 

 

 

 

 

 

「……!イギー…イギーなのか?」

 

「アギッ」

 

「ふう…良かった。合ってるみたいですね」

 

 犬の正答率は決して高くない。イギーとはいえ心配だったのだ。

 空条氏はコートのポケットを漁り、コーヒーガムを取り出す。なんで持ってんだろう。必要ないだろうに…こういう時のためかもしれないが。いやどういう時だよ。

 

 差し出されたガムをイギーがすぐさまに強奪する。包装紙に入ってるというのに器用に中身だけを取り出してガムを食べている。そんなイギーを見ている空条氏は、なんだか優しげな表情だった。さっきとそんなに見た目は変わらないんだけれど。

 

「ガウッ」

 

「ああ。勝ったぜ…お前達のおかげでな」

 

 当然だと胸を張っている(ように見える)小さな犬。お互い言葉は少ないが、最低限の言葉で意思疎通できるくらいには奇妙な友情があったに違いない。部外者の俺にはそこから読み取ることしかできない。

 

「ポルナレフはあの旅が終わってもよく手紙が届く。しばらく会っていないが元気らしい」

 

「アウウア…フンッ」

 

 上機嫌そうに尻尾を振ったと思えば、すぐに恥じるようにそっぽを向く。ポルナレフの無事に安心したのがシャクらしい。

 それから俺がいるのも忘れたように、空条氏がぽつぽつと近況を話していく。と言ってもスタンドやDIOのことを直接的な言葉で言わないあたり一応認識はしているとみた。

 

「…よし、じゃあなイギー。元気でやれよ」

 

「バウッガウッ」

 

 最後に一鳴きした余韻とともに、誇り高い犬は姿を消した。

 

 

 

「本当に…死んだ奴を生き返らせられるんだな」

 

「生き返らせた訳ではありません。魂のエネルギーを呼び出しているだけです」

 

 呼び出した故人は、基本的に自分が死んだことを自覚している。確実に死者なのだ。それでいて全盛期の姿で現れるので、Fateシリーズの英霊召喚システムに近いものと考えてもらって構わない。魔力の代わりに俺の精神エネルギーが消費されるけどな。そう考えると融通が利かないクソスペックだな俺のスタンド。

 

 そして死者は自分の死んだ後のことは知る由もない。霊の鎮魂と言う意味でも俺のスタンドは意味を為す。

 

「悪かった。俺は少々君の力を疑っていた」

 

「胡散くさいですもんね、こういうスピリチュアルなのって」

 

「…良ければ後2人、頼みたいのだが」

 

「……写真の方のどなたです?」

 

「俺じゃない学ランのやつと、その右のエジプト人だ」

 

「彼らにも、報告を?」

 

「…まあな。天国かどこかで見てるかもしれんが、俺から伝えられるなら」

 

「わかりました。では1人ずつ呼びます。どちらから行きますか?」

 

 空条氏は写真の褐色の外国人を指す。フルネームは…

 

「モハメド・アヴドゥル。占い師のエジプト人だ。タロットを得意としていた。賭け事は苦手で、物事に熱くなりがちだったな」

 

「占い師ですか。俺も少し知り合いの占い師から色々教えてもらったことがあります。なんとなくですが、良い腕な気がします」

 

 エジプトでの顔も広かったようだし、人望があったのだろう。最後もポルナレフとイギーを庇って死んだ訳だから。

 

「では早速いきましょう。プリーズ・リメンバー」

 

 

 

「では…倒せたのだな、承太郎」

 

「ああ。ヴァニラ・アイスはイギーとポルナレフが。奴は…俺がとどめを刺した」

 

 母親も無事だ。そう伝えるとアヴドゥルは我が事のように喜んだ。死後の状況に始まり、ジョセフ・ジョースターが耄碌していることや隠し子がいたこと。学生服ではない空条氏の服装の話を挟んで、最後にお互い謝辞や激励の言葉を贈り、アヴドゥルは姿を消した。

 

 怒ったり笑ったり、となりに表情が変わりにくい空条氏がいたせいか、とても感情豊かな印象の人だった。空条氏の顔を見るに満足のいく再会になったようだ。

 

 

 

「最後はこの人ですね」

 

「そいつは花京院典明。一見物腰が柔らかそうだが、人に従属することを何よりも嫌う男だった。しかし仲間内では割と寛大で面白いやつでね。それからゲームが得意だった」

 

「いっちゃあ悪いですがややこしい人ですね」

 

「あとチェリーの食べ方が変」

 

「その情報要りました?」

 

 まあようは気高さを自分にも相手にも課していて、それが無下にされるのが許せない、といった感じかな。

 

「チェリー…いやチェリーはいいんだって…プリーズ・リメンバー!」

 

 

 

「クソッ承太郎、有名店のチェリータルトが販売再開したというのは本当か!!」

 

「ああ。本当だぜ!だがお前は死んでるからな。食べさせられなくて残念だ」

 

「なんだって僕は今死んでるんだ!ああもう、食べたい!僕は食べたくて仕方ないぞ承太郎!!」

 

「(さっきまで淡々としてたのに)なんで?」

 

 何故花京院まで淡々としたシリアスが持たなかったのか。これがわからない。

 




ちょっと心が持たなかっただけなんです。次の話でちゃんとしっかりまとめます

追記
段落下げてなかったので一部誤字と共に修正しました。誤字が無いように気をつけていますが、もし見つけたら報告していただけると助かります


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空条承太郎の場合②


ワアアーーーイ!!!お気に入り数や感想がいっぱいだアー!!嬉しすぎて全返信してしまった。んでもって評価も初めていただいて感極まってます。感謝しかない。今回も閲覧ありがとうございます!いっぱい書くね!

**

言い忘れてたんですけど、シナリオとオリジナルスタンドの関係上1〜7部までのネタバレに配慮してません。8部と小説媒体はまだ読んでないので話に出てきません。そこはご了承ください。



 花京院が初めに姿を現した時、空条氏は痛みを感じたように表情を固くした。心情を察するに学生姿の仲間に思うところがあったのだろう。

 しかし花京院の方が口を開けば、久しぶりに会ったとは思えないほどテンポ良く会話が進んでいった。

 

「承太郎!DI…奴は倒せたか」

 

「勿論だぜ、花京院。お袋も無事だ」

 

「それは良かった。ホリィさんに何かあったら地獄まで奴を殴りに行かなきゃならないからな」

 

「あいつ地獄に落ちたのか?」

 

「少なくとも死んでからは見たことがないな。奴がこっちに来るのを楽しみにしていたのに」

 

 そもそも天国とか地獄が存在するのか。疑問に思ったが、彼も便宜上そう表現しているだけで、明確にあの世が分かれているわけではないらしい。

 俺もあの世を通った記憶はないから信仰の差とかなんだろう、うん。

 

 最初は本当にDIO戦後の報告だった。真面目だったともいう。

 

「あれから10年経ったのかい? どうりで君がおとなしく見えたと思ったら…」

 

「大人になったと言え。いつまでもガキじゃあねえんだ」

 

「僕はもう大人になれないけどね」

 

「おいやめろ」

 

 当人にも笑えないジョークを叩きつつ、近況の話題に進んだ。空条氏が結婚して、娘がいると聞いた時には、花京院は驚きつつも祝福の言葉を述べていた。

 そうだ。確かこの辺から相撲が好きだったよなとか、新作ゲームの話になって、前回のさくらんぼの話になったのだった。

 

「ううう…承太郎、悪いが今すぐ買ってきてくれ」

 

「やれやれ…そこまで悔しがるとは思わなかったぜ」

 

 本当にな。だがまあ、これは俺にも多少メリットがある話だ。ちょこっと進言してあげよう。

 

「確か百貨店で委託販売していましたね。良ければご一緒に買いに行かれますか?」

 

「!?」

 

「…死んでいるが、大丈夫なのか?」

 

 空条氏が尋ねてくる。当然の疑問だ。幽霊がものを食べられるわけがない。普通ならな。

 

「空条さん、先程から死んでいる彼に触れているでしょう。どういうわけか実体があるんです。食事くらいわけないって事です」

 

「それは助かるが…長時間現世に繋ぎとめられるものなのか、降霊ってのは」

 

 あっ…そこを突いてくるか。俺にもわからない仕様ってもんがあるんだよな…。流石に丸一日ってのは無理だ。俺の精神力が持たない。

 けれどスタンド使いの中でも長時間呼び出せるやつとそうでない奴がいる。花京院は検証の結果、長い方に位置する。

 

 しかし俺も今日は疲れた。犬猫も呼び出したし、スタンド使いは2人と一匹呼び出したのだから。

 

「花京院さんなら、6時間くらいなら持ちます。ただ、今日は時間も遅いので日を改めることになりますが」

 

 外に目を向けると、すでに日は沈みきっており、何処かで吠える犬の声が聞こえる。この世界で動物、特に犬は酷い目に合うイメージしかないのでどこにいるかもわからない他人の犬にすら心配してしまう。

 頭痛のする気がしたので頭に手を当てて、俺は言葉を重ねる。

 

「明日の午後なら授業がありませんから、よければ力を貸しますよ。近くに俺も行きますけどね」

 

 これはサービス、今日のおまけにしておきますよ。そう一押しすると、空条氏より先に花京院が食いついた。

 

「じゃあ頼む。出来るだけ早くがいい」

 

「おい」

 

「では2時にこの町の百貨店の前でお待ちしますね」

 

「…やれやれだぜ」

 

 話がついたのでとりあえず今日は帰ってもらおう。花京院にも帰ってもらった。

 やれやれ、死ぬほど疲れた。今日はさっさと寝てしまおう。

 

「ところで藤堂くん、確認したいことがあるのだが」

 

「なんですか?答えられる範囲ならお答えしますけど…」

 

「提示する情報が完璧でなくても、生前の本人が呼ばれるのか?」

 

「ある程度は。しかし俺の想像が及ばないような記憶をお持ちだと、その辺を忘れた状態で呼んでしまいます。まあそうそうそんなことはないですがね」

 

「なるほど、想像豊かでないと使いこなせない力のようだな。それともう一つ…これはただの賛辞だが」

 

「はい? まだ何か?」

 

「君のスタンドはすごい能力だな。あまり見ないタイプだ」

 

「スタンド?よくわかりませんがそりゃあ霊能力の類ですから一般的ではないでしょう」

 

「…そうか。では明日も頼む」

 

 俺は今日の客人が見えなくなるまで玄関の前に突っ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 ………………………………。

 

「…ふぅあ゛ぁぁぁぁ〜〜ッッ!!!!あっぶねーーーーッッ!!!! バレてないよな?よな?? まだ大丈夫だよな?

 俺生きてる……死ぬかと思った…」

 

 先程頭に手を当てて、『スタンド』という単語を忘れた。それこそ俺のスタンド能力で。こうすれば、俺の使う力と、スタンド能力を俺の中で同一視出来なくなるのだ。また、忘れたはずの単語を聞かなくては俺は思い出すことができなかった。

 

 思い出すにもタイムラグがあるのでこういったやり方ができたのだ。俺は知らないことを知ったかぶりするのは下手だし、知っている事を知らないフリできない。

 必ず最後にカマをかけてくると思っていた。予想は大当たり、俺は一先ず地獄を乗り越えた。

 

 俺は前世の記憶があるために、自分の能力がスタンドの能力だと理解しているが、この世界の俺は生まれつきのスタンド使い。ジョースター御一行に会った時を除いて、一度も他のスタンド使いに遭ったことはなく、『スタンド』という総称を直接聞いたことがなかった。

 

 もし、俺が前世の記憶なんてものがないスタンド使いだったなら。先程初めて『スタンド』という言葉を聞いたことになる。つまり、俺がスタンドが何か知らない状態の方が俺の経歴から見て自然な振る舞いになるのだ。

 

 だが、今回騙した相手は空条承太郎。恐らく二度と同じ手は通じない。次の誤魔化し方を考えておかなければ…。

 

「…まあいいや。今日はもう風呂入って寝よう。何も考えたくない」

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 学校に着くと2年の靴箱の辺りで特徴的なリーゼントの学生が待っていた。なんか俺やっちゃいました? いや、俺は無実だ何もやっていない。どう見ても俺待ちっぽいけど間違ってたら恥ずいし、声だけかけてみるか。

 

「仗助くんじゃあないか。1年の靴箱は列が一つズレているぞ」

 

「おっトードー先輩、久しぶりっスね。待ってましたよ〜」

 

「俺に用か? 何か相談事なら明日以降にしてくれよ。今日の午後は予定が埋まってんだ」

 

「そう! その事なんすよ。昨日、承太郎さんがあんたの所に行ったんだろ? あの承太郎さんが会おうとする相手って想像つかなくて!友人とは言ってたけど細かいことは教えてくれなかったし」

 

「身内なんだっけ。教えてあげたいけど、俺の客のプライバシーだからな。言えないんだな〜これが」

 

「そこをなんとか!」

 

 仗助はなかなか食い下がってくる。お前空条承太郎に会ってからひと月しか経ってないのに、すっかり身内認定入ってるな。それとも頼りになる親戚のおじさんってところか。

 

「ところでそんな事を聞いてくるならこの間の2人も一緒に訪ねてきそうなもんだが、一緒じゃないのか?」

 

「億泰はまだ家の整理が終わってなくて休み。康一の奴は…最近女が出来たからなあ…」

 

 ああ…彼女作りたての友達って遊びに誘いにくいよな…。てかもう山岸由花子と会ってたのね。

 

「ふむ…よし。じゃあ寂しがりの仗助君に一つだけ教えてあげよう」

 

「さっ寂しくねえし! 先輩早とちりすんなっての!」

 

「杜王グランドホテルの道沿いに百貨店があるだろ? 2時にそこで待ち合わせてる。チェリータルトを買うためにね」

 

「……!」

 

「上の方はお高めの店ばかりだが、2、3階までは比較的学生がいてもおかしくない安い店も多い。たまには親にプレゼントでも買ってはどうかな」

 

「グレートだぜ…!サンキュー先輩!!」

 

 仗助は晴れやかな表情で廊下を駆けて行った。まったくやんちゃ坊主め。理由はくれてやったが、後をつけてもバレるのがオチだぞ。

 

 

 

 

 

 

「早いですね、空条さん。お待たせしました」

 

「滞在しているホテルが近いのでね。では早速行こう」

 

「俺は二階のフードコートにいますから、百貨店から出る際に声をかけてください」

 

「近くにいなくて、消えはしないか?」

 

「百貨店の中くらいなら範囲内です。お二人だけの方が何かと楽でしょう。でも遅くても7時には連絡をお願いしますね。これ連絡先です」

 

「わかった。時間内にそちらへ向かう。何かあったら連絡する」

 

 この時代だと学生が持つには値段が高い携帯電話だが、個人営業とは言え俺は事務所を持っているのだ。自由に使える電話があった方が都合がいい。

 相談所を開設した当初はもちろん所有していなかったが、チマチマ金を貯めてようやく今年から契約した。

 

 空条氏と花京院は共に地下の方へ降りていく。俺も腹拵えするためにさっさとフードコートに行こう。暇つぶし用に漫画や小説を持ってきている。

 

 空条氏は昨日初めて会った時と比べると、随分まるい印象を感じる。彼は俺に対して、一度も隙は見せていない…と思う。戦闘経験のない俺の感想なので当てにはならないが。

 きっとかつての戦友と話すことで心のどこかで張っていた気を緩めていたのだろう。彼の相談と俺の行動に明確な意味があったようで、少し嬉しい。

 

 

 少し間を空けて彼らを尾けるように地下へ進むリーゼントが見えたが、無視しておこう。コソコソしているが、間違いなくバレていると思う。あの旅を経験した男たち相手に子供の児戯の如き追跡技術など意味を成すはずもない。

 せいぜい邪魔をしないこった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 承太郎と花京院は予定通り、お目当てのチェリータルトを購入できた。ついでにさくらんぼ単体も買っており、イートインスペースで例の食べ方を披露していたのだが、別行動中の藤堂には知る由もない。

 

「ありがとう承太郎。君がいなければこのタルトを味わうことも出来なかった。生きててよかったと実感するよ」

 

「もう死んでるだろうが。…なんかおめータガが外れちゃあいねえか?」

 

「…そうだね、そうかもしれない。

 この世界に再び地をつけて、君とこうやって、気を張らずに話す機会があるなんて…夢みたいだ」

 

「…花京院」

 

「今を生きている君には悪いが、もう少しだけ僕に付き合ってくれ。自分で思っていたより、僕は此処にいたいと思えてくるんだ。すぐ解散じゃあ勿体ないだろう?」

 

「…そうだな。敷地内なら自由に動けるようだし、少し歩くか。

 ………その前に。仗助、出てきな。ずっと見ていたのはわかっている」

 

 2人が座っている席の真横。不透明な仕切りが立て掛けてある反対側で動揺したような気配がする。取り繕うとしたのか一度は静かになったが、取り繕えないことを理解すると、仗助は大人しく姿を見せた。

 

「へへっ…すみません、承太郎さん」

 

「やれやれ…」

 

 2人に近づいてくる仗助の顔はとてもきまりが悪そうだ。ああ、とかうう、とか小さく唸っている。本人としては何故尾行がバレたのかイマイチ理解していないらしい。

 

「…ああ、君が承太郎の言っていた『叔父』君か! 初めまして、私は花京院と言う。かつて承太郎とは共に旅をした仲間だ」

 

「初めまして花京院さん、東方仗助ッス。承太郎さんは甥ってことになるそうです」

 

「うん。目元がジョースターさんに似ている。いたずら好きっぽいところも」

 

「う〜ん…俺は親父を見たことないからわかりませんが、あんたがいうならそうかもしれませんね」

 

 藤堂は本来の話の順番など覚えていないので、三人称視点の今のうちに時系列を纏めておこう。

 

 4月に空条承太郎が杜王町を訪れた日から、アンジェロを倒し、虹村兄弟戦。5月にエコーズが活躍した日があり、虹村億泰が『藤堂霊媒相談所』に来た後日に間田の『サーフィス』戦と、山岸由花子の『ラブ・デラックス』戦が終了している。

 そして5月下旬、空条承太郎が『藤堂霊媒相談所』を訪問して今に至る。

 

 スタンド使いは引かれ合う。この法則がある限り、というか杜王町にいる時点で戦いから逃げられはしないのだが、藤堂はまだ見て見ぬ振りをしている。

 

 

 片や承太郎の年下の叔父、片や承太郎の戦友。間に共通の話題があるからか、友達の友達というのは一度話し始めるとやたら話が弾むことがある。花京院と仗助にも当てはまったらしく、承太郎を置いて盛り上がっていた。ちなみに話の輪から外された本人は少々拗ねている。

 

「えっ花京院さん、生まれつきスタンド使いなんですか」

 

「ああ、僕はこのハイエロファントグリーンとずっと一緒に育ってきたんだ。この町では少数派らしいね」

 

 そう言って花京院は自分の分身である緑色に輝くスタンドを傍らに呼び出す。スタンドはスタンド使いにしか見えないため、周りに数人いる群衆の目には何も異常を映さない。

 

「おおっ! すげ〜キレーッ! こいつぁグレートですよ!」

 

「褒められて悪い気はしないな」

 

 初対面だったので一人称から取り繕っていた花京院だが、ハイエロファントグリーンを見せるくらいには気を許しているらしい。

 そんな彼らを横で見守っていた承太郎はあることに気づき、2人の話を止めた。

 

「待て花京院、スタンドを出せるのか!?」

 

「ん? そりゃあ僕のスタンドだからな。当然出せるさ」

 

「違う、お前は死んでいるところを藤堂という男に呼び出された魂だ。ハイエロファントグリーンはお前のスタンドなんだから、自在に出せるのが普通なんだ」

 

 本当は幽霊にスタンドは出せないだろうという思い込みがあったのだが故の帰結なのだが、承太郎はそこから更に踏み込んだ答えに迫っていた。

 

「何が言いたいんです?」

 

「藤堂に提示した故人の情報に、スタンドに関する情報は一つもない。だが奴は言った」

 

 

 ────『提示する情報が完璧でなくても、生前の本人が呼ばれるのか?』

 

 ────『ある程度は。しかし俺の想像が及ばないような記憶をお持ちだと、その辺を忘れた状態で呼んでしまいます。まあそうそうそんなことはないですがね』

 

 

「花京院、スタンドについてや、自分の最期について、納得できない記憶の穴はあるか?」

 

「…いいや、ない。全くと言っていいほど完璧に記憶している。だが、この場合、完璧なのが問題…そうだな承太郎」

 

「…つ、つまり、藤堂先輩がスタンドについて何か知っている…。スタンド使いってことかあ!?」

 

「承太郎、君のことだからカマかけくらいやったんだろう。どうだったんだ」

 

「スタンドって言葉は知らないようだった。…彼にとって想像できる超常現象がどれほどかはわからないが、少なくとも…スタンドのことは知っているとみて間違いない」

 

「自分以外のスタンド使いに会ったことがないなら聞かない言葉だろうしね」

 

「…そうか、『スタンド』って総称はてっきりスタンド使いの共通言語だと思ってたが、生まれつきのスタンド使いならその可能性もある…もしくは…」

 

「何故かスッとぼけてるかも…その辺は聞き出せばわかる」

 

 次々に展開される仮説。今呼び出されている花京院を見れば悪意がない事は感じ取れるが、同時にとても厄介な敵にもなるし、頼もしい味方にもなる。

 これから確認しなければならなくなったが、最悪害さえなければいい。

 今日の所は花京院とは別れ、改めて藤堂本人に問いただす方針となった。旧友に会えた歓喜の心から一転。怒りや悲しみはないが、強い疑惑だけが残る、奇妙な雰囲気が彼らの間に流れていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…っくしっ。誰かが俺の噂でもしてんのかね。どうせなら相談所の噂がいいなあ。俺の懐が潤うなら大歓迎だし」

 

 もうすぐ約束の時間なので帰る準備をしていたのだが、突如として悪寒が走った。軽口を叩いてみたが、もっと悪い前兆な気がする。…まさかおれがスタンド使いってことが誰かにバレたんじゃあないだろうな。ちょっとバレるには早いんだよ。もし神父だったら今すぐ殺す。

 





アニメのDIOの世界①と②を見てから書きました(雰囲気に反映されてない)。推敲が足りてない気がします

この後の藤堂ですが、(仗助が)気まずいままトラサルディー行って弁明しつつレッチリ戦以後の流れの予定です。波紋戦士もどっかで入れたい。


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イタリア料理店の場合


デイリーランキングの一番上に本タイトルが見える気がします。
恐れ多くも嬉しい限りです。昨日からすごい狂喜乱舞してました。やっぱみんなジョジョ創作に飢えてますね?

誤字報告、ありがとうございます!とても助かりました。
また閲覧、評価、感想、お気に入り登録もろもろ本当にありがとうございます!特に感想は予想や考察も多く、全て嬉し恥ずかしで読ませていただいてます。しかし返信が追いつかず…質問には答えるようにしてますが…。



 

 藤堂一茶の朝は早い。

 

 親名義のアパートで一人暮らしの高校生。ラノベみたいで楽しそうという安易な考えで始まった生活は心身に負担がかかる。

 

 寝過ごせない為にセットしていた目覚まし時計のアラームを止め、身支度する。寝呆け眼で朝食を作り、完食。いつもなら時間割と使う教材を確認して後は学校へ向かうだけなのだが、この日は日曜日。学生なら友人と遊びに行く予定を作っているかもしれないが、この男、普通ではない。休みにも関わらず早起きした藤堂一茶には一つ、一般人には絶対にない日課があった。

 

 

 

「ちゃんと波紋の呼吸をしろ! 本番だったら今の一瞬でゾンビどもの仲間入りだった!」

 

「はい!すみませんツェペリさん!」

 

 玄関とは反対にあるアパートの小さな敷地スペースで、奇妙な朝練をしている二人組がいた。甚だ近所迷惑であるが、何故かクレームをつける近隣住民はいない。

 

 

 ***

 

 

 

 ウィル・A・ツェペリ男爵。第1部、ファントムブラッドの主人公ジョナサン・ジョースターに波紋を教え、吸血鬼ディオを倒すため共に行動。しかし道中でジョナサンを助けるために致命傷を負い、最後の波紋を託して死亡した。

 

 この人は人間讃歌の何たるかを波紋と共に次の世代へ伝えた功労者だ。尊敬するに決まっているだろう。ジョナサンは彼の師事で立派な波紋使いへと成長したのだから、ハイテンションのまま俺も波紋教えて欲しい!と思っても悪くないはずだ。

 

 しかし現実は非情である。波紋というのは才能が必要だ。彼曰く『横隔膜の筋肉を刺激して軽い波紋なら作れるようになる』との事で、俺もやって貰ったが、スピードワゴンよりマシってレベルの潜在能力らしい。

 

「お願いですツェペリさん、死んでいる貴方に頼むのはズルいと思います。しかし俺は、波紋で戦えるようになりたいんです! 俺に波紋の使い方を教えてください!」

 

「ウーンそうだなあ〜…。教えるのはいいんだが、君が波紋を習得出来たとしてもジョナサンほどの使い手にはならないぞ」

 

「ないよりマシなんです!!! 波紋は自己回復にも使えるでしょ!」

 

「おいっ上着を引っ張るんじゃあないッ! のびるだろうが! わかったわかった、そこまで言うなら君が波紋をある程度使えるようになるまで面倒をみてあげよう。それでいいな!?」

 

「はいっありがとうございます!」

 

 そんなわけで時折ツェペリさんを呼び出しては修行をつけてもらっているのだ。

 ジョナサンほどにはなれないと言われて落胆したのは事実だが、考えてみれば当たり前だ。彼は波紋に触れた後、治りたての腕で掴んだ木の枝に花を咲かせた。誰かに教わるでもなく自然とやったことから、彼の輝かしい人間性と潜在能力の高さが窺える。そんな初代主人公と俺を比べることが間違っているのだ。

 

 俺はこの世にいない人間しか呼べない。つまり死んでいる他の波紋使い達…ダイアーさんやトンペティ、2部のロギンスにシーザーといった粒揃いの精鋭を呼び出し放題なのだが、やはり波紋を教えてもらうといったらツェペリさんしかいないだろう。

 

 ちなみにストレイツォだが、吸血鬼としてしか呼び出せないようで、実際に呼ぶことは出来なかった。吸血鬼を呼ぶと血反吐を吐くとわかったのはこの時である。さらに余談だが、ロギンスとメッシーナはどっちが作中で死んだ方か分からなかったので、2人分試したのは秘密だ。

 

 

「全く一茶君…もう3、4年は続けているが、本当に体の外に放出するのが苦手だな」

 

「…体内で使う分には問題なくなったんですけどね…」

 

 波紋の呼吸法の習得を始めて早4年。中学から始めたこの修行の時間は今なお続いているが、ツェペリさんの言う通り体外に打ち出すことが出来ない。何度かは成功したが、出来ると胸を張って言えない仕上がりで、去年辺りからツェペリさんを呆れさせている。

 ツェペリさんが言うには、多少才能のないやつでも3年もあれば水の上を歩くくらいは出来るそうな。どんだけセンスが無いのか気落ちしちゃうね、トホホ。

 

 反対に、波紋による防御や自己強化に、痛みを和らげる、もしくは軽い怪我を治すといった自分の体内で完結する使い方は出来るようになった。

 師匠の評価として、呼吸法を『寝ている間も忘れずに行なっている』のがいいらしい。そこだけは褒められた。やったぜ。

 

 まあお気付きの通りスタンドで忘れないようにしているから、当然のことだったり。

 自分で波紋の才能や、喧嘩慣れしてないって次元じゃないバトルセンスのなさというのは自覚しているんだ。スタンドを使ってでも補強せねばならない。

 

 ツェペリさんとの修行は大体ワイン…は家に置いてないので、水を使う。ワインをグラスから溢さずに相手を倒せってやつだ。俺の場合は呼び出したツェペリさんとはお互い攻撃出来ないし、相手になる波紋使いもゾンビもいないので、町内を全力疾走したり、筋トレしたり、シャドーボクシングっぽいことをしたりして代用している。

 

 波紋も外部から流されるのは攻撃とみなされるらしく、例えツェペリさんが回復目的で俺に波紋を流そうとしても傷は治らない。弾かれてしまうのだ。

 

「俺も水の上歩いてみたいのに…」

 

「…そうだな、ちょっと一茶君」

 

「なんです?」

 

「目を瞑って片足立ちしてみなさい」

 

「? いいですけど急になんです?」

 

 いいからいいから、と急かされて理由もわからず言われるままの動作をする。軸足の右足を真っ直ぐするも、バランスが保てず数秒もしないうちに前につんのめってしまった。

 

「フゥム。やはり君は体幹が悪いらしいね。血の巡りが何処かで滞っているようだ。それで体幹も悪く、うまく波紋を外へ出せないのかもね」

 

 今朝の修行は終わり。マッサージにでも行ってきなさい。そんなことを言ってツェペリさんは姿を消した。残された俺の頭にはとても良い解決方法が一つ思い浮かんでいた。

 

 マッサージ屋なんかメじゃなくて、これが最善だと思う。

 

「イタリア料理を食べに行こう」

 

 

 

 

 

 

 杜王町の商店街から西の方におよそ100m先。線路を超えた向こうは霊園があるのだがそれよりは手前。最近になって作られたらしい小綺麗な店が見える。

 看板にはイタリア語とカタカナで「トラサルディー」と書かれており、営業はしている様子。ここまで来て店休日ですって展開は無かったようで安心だ。店の外にも人気がなく、待ち時間の心配もない。

 

 この店はトニオという男が1人で切り盛りするイタリア料理の店で、詳しいことは忘れたが、億泰がここの料理を食べて体の不調を回復させていたはずだ。

 

 俺も血流が悪いようなので、その辺をどうにかしてもらうにはここが一番だろうと思ってきたのだ。今年の4月に入ってから急に原作キャラと会う頻度が上がった緊張からか、肩も重い。

 でもトニオさんなら…トニオさんならこの症状も全て吹っ飛ばす美味しい料理を提供してくれるはず…!

 

 それに昨日・一昨日の空条氏から報酬も頂いているので、金はたんまりとある。俺の体が全快して波紋が使いやすくなるってんなら安いもんだろう。俺は意気揚々とドアを開けた。

 

 チャリーン。ドアベルが控えめに鳴る。それと同時に来訪者に気づいた店主と客がこちらに顔を向ける。

 そのうち2つは最近見たことのある顔だ。

 

「ン〜?ああっ、藤堂じゃあねえかよ!この前は世話になったな!」

 

「藤堂先輩…!」

 

「億泰君に仗助君じゃないか。君たち学生なのに、お金は大丈夫か?」

 

 無駄遣いはするもんじゃないぜ。調子に乗って使ってると電気代止められるからな。

 

 億泰君はひらひらとこちらに手を振ってくるので俺も振り返す。仗助君の方は何だか難しい顔をしているが、何かあったのだろうか。

 

「食べるのに困らない金ならあるからよお〜ダイジョブだぜ! ところでここの飯美味いんだぜ、こっちに座れよ」

 

「おや、ご同席しても?」

 

「…そりゃあイイっすよ。飯を食べにきたんでしょ」

 

「いらっしゃいマセ! オヒトリですか? こちらの席も空いてマスが…」

 

「こちらが知り合いでして、相席でお願いします」

 

「オー、わかりました。大人数で食べると食事もより楽しめまス。準備しますので、座ってお待ちを」

 

「どうも」

 

 あーなんかまた緊張してきた。あんまり本編で出てないとはいえ俺にとっては作中だけだった人だから、落ち着かない。

 

 億泰君はすでに一皿は食べ終えたらしく、次の料理を待ちわびている。一方仗助君は頬杖をついて、そんな億泰君を訝しげに見つめているようだ。

 

「…ところでメニューは何があるのだろう、億泰君はもう食べたのだろう? 教えてくれないか」

 

「いいや、ここの料理は客を見て作るんだってよ! とにかくトニオさんに両手を見てもらえ!話はそれからだ」

 

「ふーん…? 手を見せるのか? ところで仗助君は何も頼んでないのか?何も食べてないようだが」

 

「…ああ、金欠だし、別に今腹減ってないんで。億泰の付き添いでいるだけなんすよ」

 

「そうなのか。一品分くらいなら俺が出すぞ?」

 

「…いや〜そりゃあ悪いっすよ。いーですいりません」

 

 おうおう俺の懐が広いのは大金が手元にある今の内だぜ仗助〜〜ッ! 金に関しては貰えるなら貰っとけって言いそうなイメージだったが、流石にちょっと知り合っただけの先輩に集らないか。まあ本人も何か考え事でもしてるのかレスポンスが遅いし、そっとしておこう。

 

「お待たせしました。ではお客さん、手を見せてくだサイ」

 

「はい。どうぞ」

 

 俺は打算込み込みでここに来たが、単純にどんな料理が食べられるのか楽しみにしているのだ。期待を隠さないまま手を差し出す。

 

「フム…肩がズイブン凝ってまス。何か困りごとでも? 常に小難しい考え事をしているでしょう」

 

「たしかに。個人業の方で問題も多いので」

 

「学生なのに仕事も持ってるんですか、それは大変でしょう。筋肉の状態はいいのにかなり血流が悪くなってます。あとは疲れ目に、足に軽い打撲が有りますね。どこかでぶつけたようデス」

 

「え? マジか」

 

 打撲なんてした記憶はないんだが。多少の傷程度俺の波紋でも勝手に治癒するはずなのに…。思わず右足左足とズボンを捲り上げて己の目で確認する。よくよく確認すると、左足の外側にやたら違和感がある。

 …恐らく今朝の修行の時だ。俺が呼び出したのに知らない間に丸太とか持ってきて修行に使うんだよな、ツェペリさん。我が師が丸太振り回しながら「避けろよ小童!」とか言って、それをひたすら避けるトレーニングをやったのだ。もちろん水の入ったグラスも持ってだ。

 

 

 最初の方で、呼び出した人と俺自身はお互いに攻撃出来ないって話を出したと思うが、抜け道はあるのだ、これが。

 

 とても簡単なことで、飛び道具を使えば攻撃が通る。呼んだ死人が俺に攻撃しようとしたとする。素手はもちろん、手に持った剣や籠手での攻撃は俺に届かない。スタンド能力は俺を対象とすると弾いてしまうし、波紋もピリッとすら来ない。

 しかし、弓で撃った矢や弾丸、投石、手榴弾の類になると俺にダメージが通ってしまう。シュトロハイムが暴れ出した時は攻撃全部が効くわけないと思い込んで油断していたから、死ぬかと思った。あいつ二度と呼びたくない。話聞いてくれないんだもん。

 

 これでわかってくれただろうか。波紋の修行において波紋使いと手合わせも出来ないとなると、あの優雅な男爵が丸太を投げてくる事態になるのだ。みんなも気をつけよう。

 

 

 俺が自分の怪我に納得がいく間にトニオさんは料理を作りにいったらしい。ズボンの裾を下ろした時には厨房に戻っていて姿が見えなかった。大人しく待つとするか。

 

「客の健康状態をみて作るなんて、精進料理みたいだな」

 

「よくわかんねえけど美味かったぜ〜!次はまだかな!?」

 

 億泰君はわりと話相手になってくれるので、間が持ちやすくていい。待つ間に兄貴の遺品整理は整頓されてるから楽だとか、でもそれがチョット寂しいとか。先日の降霊の時から膨らませた話題に始まり、色々と近況を語ってくれた。

 中間テストの点数は悪かったようで、今日も補講のために学校へ行っていたそうだ。今はその帰りだとも。そういえば俺は私服で店に訪れたが、彼らは学ランを着ている。どちらも改造しているので学校の外で見ても違和感がないから気にならなかった。

 

 そうこう話しているうちに俺の分と億泰君の分の料理が運ばれてきた。

 

「では…こちらが『モッツァレッラチーズとトマトのサラダ』と、『娼婦風スパゲティ』になります」

 

 サラダが俺に、スパゲティが億泰君の方へ配膳される。逐一料理の説明をしてくれるらしいが、億泰君が文句を挟んだ。赤トウガラシが苦手らしい。まあそういうこともあるだろう。そちらの会話をBGMに俺はマイペースにサラダを食べ進める。

 

 やっぱチーズとトマトってめっちゃ合うわ。もっと食べたい。でもモッツァレラチーズって家庭用に買うにはお高めの値段なんだよなあ。

 もぐもぐもぐ。もぐもぐ。ひたすら無言で咀嚼する。

 

「…先輩、上着脱いだ方が良いっすよ」

 

「上着? 脱げばいいのか」

 

 食事に比べれば他のことなどどうでもいいが、可愛い後輩の忠告だし聞いておこうか。訳わからんけど聞いといた方が良い気がする。

 

 上着を脱いだ直後に首から二の腕あたりまでがなんだかムズムズする。体の各所にも違和感がある。変な音も聞こえた気がするが、億泰君の分を作ったタイミングと同じ時にまとめて作っていたらしいスパゲティがすぐに出てきたので、間髪入れずに口に入れた。

 

 億泰君は今も辛い辛いと言いつつ食べるのを止められないようだ。億泰君の分とは味が違うようだが、俺のも普通に美味しくて、俺以外に人がいることも忘れて貪った。

 

 

 

 

 

 

 フルコースを全て食べ終える頃には、体の不調は完全に消え去り、まるで長距離マラソンを完走した直後のランナーといった気分だ。清々しい、こんな気分は久しぶりだ。

 

 いつの間にか億泰君は帰っていたようだ。声くらいかけてくれよ。このスッキリした気分を共有できそうだったのに。テーブルや椅子の周りにはよくわからないチリがかなり落ちていたが、あれはなんなのだろう。「あなたの悪かった部位が出てきたものデス」と返されたがそう言えばそんな感じの能力だったな、『パール・ジャム』と言ったっけ。

 

 まあ俺に害はないし、それどころか不調を治してくれて感謝しかない。最大の目的だった体幹も良くなり、心なしか俺の背筋も伸びていると思う。体だけでなく、心も軽い。今なら水の上に立てちゃったりするかな? 今すぐ確認したいし、帰ろうか。

 

 億泰君は帰っていたのに、仗助君は何故か厨房を掃除していた。

 

「皿でも割ったのか?」

 

「…勝手な推測で厨房に入った罰っす」

 

「アハハ。仕事にこだわりがあるんだろうね。今回は君が悪いな」

 

「そうっすね。今度はちゃんと金持って食いに来ますよ」

 

 なんでも億泰君の料理に対する過剰反応をみて薬でも盛られているのかと勘違いして凸ったらしい。確かにすごいオーバーリアクションを取っていた気がする。もっとちゃんと見とくべきだったな、もったいない。惜しいことをした。

 

 

 

 

 支払いを済ませ店を出る。ちょうど仗助君の掃除も終わったらしく、同じタイミングで店を後にした。商店街の方まで行けば、昼食を済ませた人々が動き始めるくらいの時間帯だ。

 

 仗助君は思いのほか絞られたらしく、やや疲れた顔をしていたのだが。会話もないまま同じ帰り道を辿ること数分、仗助君から口を開いた。

 

 

「藤堂先輩」

 

「なんだ、そんなこわーい顔して」

 

「先輩はスタンドって知ってますか」

 

 

 参った。お前が先に聞いてくるとは、想定していない。

 俺は瞬時にピンチを悟り、心の中で焦り始めた。

 

 茶化して返事を返したが、そう言う仗助の顔はとても真剣だ。女だったらそんなイケメンのマジ顔に見惚れていたかもしれない。男なのでそんな仮定は意味をなさないが。

 

「スタンドってなんだい」

 

「こういうやつだよ」

 

 仗助の背後に水色とピンク色の化身が現れる。化身の目は仗助と同じように力強さを秘めている。俺はそれに少しばかり魅入った。

 

「…やっぱり…見えてんだな、先輩」

 

「…驚いた。なんだそりゃ、お前の後ろに出てきたやつなら見えてるけど、それが『スタンド』とやらか?」

 

「そうだぜ。俺のスタンドは『クレイジー・ダイヤモンド』って言うんだ。あんたにもこいつが見えるってんなら…持っているはずだぜ、スタンドを!」

 

 …今までの対峙の中の何処で疑われたのかはまるで見当がつかないが、どういうわけか俺に疑っていることを直接訊くことにしたらしい。しかも内容如何では攻勢にでる構えだ。スタンドなんて出しやがって。

 俺は喧嘩が得意でないので、殴り合いになるとまず勝てない。出来ればバレたくはなかったが、仕方ない。

 そうならないように立ち回らなければ…。

 

「持ってないよ、そんな守護霊みたいなの」

 

「じゃああんたが死んだ人間を呼び出す力はなんなんだよ!?」

 

「それは霊能力で…」

 

「食べて、話せて、呼び出した本人から離れて、自分の意思で行動できる形のハッキリした霊を呼ぶのがあんたの降霊か? なんかスッゲェ生きた人間に都合のいい話だと思うのは俺だけか、藤堂」

 

「………」

 

 確かに。霊なんて普通はっきり見えるものじゃあない。

 降霊と聞いて思い浮かべるのはこっくりさんとか、夜な夜な髪が伸びる曰く付き日本人形のお祓い。どちらも室内のほの暗いイメージがある。この時期にはまだ流行っていないが、一種の降霊術とされるひとりかくれんぼだったり、怪しげな黒魔術を試すオカルト研究部だったり。

 全て、「室内で」、「どことなく薄暗い雰囲気の中」、「その場に当事者が拘束されている」。

 

 対して、俺は。

 まだ日の出ているうちに彼の前で虹村形兆を呼び出した。

 店の前で待ち合わせていた空条氏に会う時、俺は花京院を呼び出してからやってきた。

 

 霊というのはあやふやなイメージでしか語れない。ジョジョ界隈においては、条件下以外で幽霊や魂が視認できることはない。

 しかしそのルールは彼らは知らない筈だし、まだ杉本鈴美にも辿り着いていない彼らにとって霊とは、存在しないもの扱いだ。

 

 俺の『霊能力』は、出てくる実体がハッキリしすぎている。霊魂ではなく、スタンドとして何処かから生き物の意識とか、思念体のようなものを呼び寄せて実体化させているイメージで力を行使しているため、当たり前ではある。

 

 ……空条承太郎ならば、そちらが聞いてきたのならまだ誤魔化せたかもしれない。少なくとも俺の依頼人であったから。

 

 死別とは、理性ではわかっていても、心のどこかに影を残す。でも本来なら一生会えなくなった故人に、もう一度会えるなら。普段の生活では絶対に口に出さないけれど、心の奥に大切にしまっていた『言いたいこと』を、誰もが吐露するのだ。言いたくてもいう機会のなくなった筈の言葉を。

 

 そしてその機会を提供できるのが俺。そんな印象がついてしまうから、優しい人間だと錯覚してしまうから、俺の都合の悪い時はできるだけ黙ってくれようとする。もう一度、もう一度会いたいと。

 

 空条承太郎も、機会を与えられた側になる。だから、最悪俺のスタンドがスタンドだとわかっても、黙っていてくれる筈だった。そういう可能性が高かった。

 

 

 しかし、東方仗助は違う。友人と身内が相談所を利用したが、仗助は一度も利用していない。つまり仗助には俺に対する恩や情けみたいなものは…ない。こちらの思惑など関係なしに話を切り出してくる。そして得た情報は口封じの暇もなく、承太郎やSPW財団に伝わる。

 

 それは困る。それだけは困る。仗助自身にDIOが直接関係する勢力との接点はない。血筋の話があるが、本人は直接的に関わったことがないので置いておく。仗助が俺の正体を知るのは問題ないが、そこから間接的に伝わる先が悪い。SPW財団に俺の情報が保管されると、逆にDIOの残党に目をつけられる可能性が高まる。

 

 仗助は俺の力を一度しか直接見ていない……。いや、花京院にも会ったのかもしれないな。そこから何かあって承太郎と考察でもしていたのか。クソ、気まぐれに会わせる可能性を上げてるんじゃねえ昨日の俺!馬鹿!

 

「…わかった。仮に俺の力がスタンドとやらだとしよう。それで、君はどうするつもりだ?」

 

「敵として戦うってんなら倒すぜ。もっとも、あんたはそういうつもりじゃあねえだろうな。悪意で力を使うタイプだと俺は思えない」

 

 もちろん承太郎さんには報告するがな。

 

 彼はそう言った。意志は固い。

 仕方ない。こうなると俺は何処かで情報を食い止めなきゃいけない。

 

 第一目標は仗助にこの事実を『忘れて』もらうこと。しかしそれには俺の手で『対象の頭に触れる』必要がある。仗助相手に頭触れとかどんな自殺だよ。これだからジョースターは。

 一応額でも能力は発動できるが、あからさまに戦う段になって使える方法では決してない。

 

 …埒があかないので、とりあえず逃げることにした。

 

「っ! 待て!」

 

 突然走り出した俺に反応して仗助が追いかけてくる。とりあえず商店街まで行けば多少勝機は見えてくる。

 後ろから追ってくる存在感に青ざめながら、俺はひたすら前へ足を動かした。

 





承太郎さん?そりゃくるよ。主人公に誤魔化す才能ないから出てきたら1発ですけど。
次回能力の戦闘運用方を兼ねた話になる気がします

3部アニメの最後2話見てから書きましたが、ジョースターに対する疑い方が尋常じゃないDIO様と晴れやかな顔で飛行機に乗る承太郎がハイライトです。
お前死んだやつのこともう割り切っとるやんけ!

みんなもアニマックスで平日21時から4部やるから見ようね。…やっぱり粗が目立ってしまうのでやめて…いややっぱ見て…


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『主人公』の場合

なんかこの回でまとめようとしたら一万字になっちゃった…まあええか…。

おまたせしました。戦闘描写は二度と書きたくない(なお吉良戦)。
本タイトルの本筋と離れてしまいましたが、作者は「仗助にとって藤堂一茶は、本編で数話内で終わるスタンド使いの相手」として、主人公の事情も交えたイメージで書いてるので、この話を入れました。

やっぱ杜王町に住むスタンド使いなら仲間になるとしても一回はメインエネミー回がなきゃな!2次創作だけど!



 時折躓きながらも追いつかれない距離を保つ。波紋によってたくさん走っても疲れにくいが、元が筋肉の少ない身体なので、一般人よりいくらかマシってだけだ。しかし先ほどトニオさんの料理を食べた事でコンディションは完璧になっている。

 今は何とか育ち盛りの仗助君に追いつかれず済んでいるが、走ってばかりではどうにもならない。

 

 彼の持つ記憶を『忘れさせる』には、ここから奇襲でもしなければその目的は達成されることはないだろう。

 追いつかれては困る、見失ってもらっても困る。そう考えながら踏切を越え、大通りを駆けていく。

 

 本来俺は頭を使って戦うタイプじゃない。そういうのはジョセフの十八番だろう。格ゲーでも1発がでかいキャラを使うタイプの脳筋だぞ、俺。

 

 本当はこのまま夜逃げでもすればいいかもしれないが、俺についてのあやふやな情報をいたる組織に拡散されると非常に俺の命が危ない。

 俺の事がSPW財団がまとめてそうなスタンド使いのリスト入りするのも困るし、スタンド使いの疑いがある人物として捜索される事態になったら目も当てられない。そうなると残党達に知れ渡らないはずがないから。

 

 かつて、DIOの館を見張ることで九栄神の情報を探り当てたSPW財団の職員がいた。スタンド使いでもないのに、だ。ならば反対にスタンド使いの巣窟みたいなDIOの残党たちがSPW財団の所有する機密を知ることなど容易いと見るのが妥当だ。

 

 たまに背後を確認するが、仗助のやつ、時折スタンド像をフル活用して立体的な経路を使う。塀を壊して(なおして)ショートカットしたり、単純に上から飛んできたり、後者なんてどんな使い方だよ。ずるいぞ、俺は自分の意思で本当のスタンド像を出せないんだから手加減しろ。

 

 わかりやすい大きい道しか通らないせいか、小道を使って何度か先回りしてきた。俺だって杜王町で育った人間なのだから、地の利に差はないのだが。その度に遠回りして、先へ向かう。

 

 目的地は駅前の商店街。そこで一度撒くつもりだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「やっぱり逃げるってことはよ〜。疾しいことがあるスタンド使いなんだよな…!」

 

 東方仗助にとって藤堂一茶という、たったひとつ生まれた年が早いだけの男は、複雑な印象を持っている先輩だった。

 

 初めてあった日、億泰の兄、己も一度は対峙した形兆を呼び出した時。仗助の中に藤堂へ対する違和感が芽生えた。

 

 死んだ人間に対する敬意はあると感じた。だが死んだばかりの故人の話を他人に打ち明けさせる所業を、不謹慎といった風な口はきいていたのに、それにしては死んだことに対しては全く残念にも思っていない。そんな印象を受けた。

 

()()()()()()()()()』。

 もしかすると死人と話せるものだから、死ぬことに対する倫理観が麻痺しているのかもしれない。(これには彼が一度死んだ自覚のある転生者というのも一因にあるのだが、仗助は知る由もない。)

 少なくとも普通に暮らす現代日本人の感性ではない。仗助はそう思った。もちろんそんな人物に相談なんて止めておくべきだとも。結果何も悪いことは起きなかったので、その時は杞憂に終わった。

 

 一方で、話しかければ会話も続くし、質問したら答えを教えてくれる。犯罪者のように目と目が合わないなんてこともなかった。降霊を悪用しているわけでもない。『霊媒相談』を受ける仕事という、世間では相手にされなくなったような類の事実さえなければ、ただの好青年。

 

 この2つの相反する印象が仗助を混乱させた。どちらを信じればいいのか迷った時、仗助は良い印象を優先するつもりだった。

 

 しかし花京院の件で展開された承太郎の意見を聞いて、気持ちが悪い方に傾いた。やっぱり何か悪いことをやってるのかな、いい人そうなのに、なんか嫌だな、と。

 

 それで確かめたいと思った。承太郎が藤堂の本質を暴くのを待っていられない。自分自身が尋ねなければならない。『トラサルディー』で「奢ってもいいけど」と提案された時にはすでに心は決まっていた。

 

 

 結果として結論を迫りすぎたせいで逃げられているのだが。

 

 

『霊媒相談所』があるアパート、藤堂の自宅はすでに通り過ぎているのに何処へ向かうのだろうか。仗助は小道やクレイジー・ダイヤモンドによる破壊と修理の繰り返しで距離を縮めたが、何故か追いつけない。しかし藤堂が道幅の広い道路しか通らないことから、仗助が見失うことはなく、未だ走り続けている。

 藤堂は何をしようとしているのか。何処かへ誘い込もうとしているのか。仗助には見当がつかない。

 

 だが藤堂が向かう次の曲がり角の道の先に何があるか、気づいた時には仗助の思考が怒りに染まった。

 

「あっちは商店街だぞ!? 人通りが多いってのに…まさか、盾に使う気じゃあねーだろうな!!! もしそうなら本気でブン殴ってやるぜ藤堂ッッ!!」

 

 仗助も角を曲がった。藤堂が誘き寄せたかったのはこの商店街だ。その予想は正しい。

 

 すぐにでも攻撃できるような距離に後ろ姿を捉えた。パーカーとズボンを着たごく普通の男だが、こんな服を着ていた、間違いないと。勢いよく拳を振り上げたが、ここが人通りの多い場所だというのがブレーキになったのか、仗助はグーでなくパーで、頭部でなく肩に手をかけた。そしてその判断は正しかった。

 

「おい、こんなところに逃げやがって! なんのつもり…ッ!?」

 

「……? なんだ、お前。()()()()()()()()()()

 

 振り返った顔は平凡であるが、ぼうっとして、覇気がない。身長もやや藤堂よりも小さい。この男は藤堂ではない。間違えたことに気づいたが、男の言い回しに違和感を感じてそのまま会話を続けた。

 

「あんた、今ここにお前よりちょっと背の高いやつが走ってこなかったか? あんたのような服装の野郎なんだが…」

 

「いいやあ? 知らないなあ。それより僕こそ聞きたいよ。ここはどこだ? 何故僕はここにいるんだろう」

 

「はあ? 知らねえよ。誰だお前」

 

「僕は中村祐介ってんだが、それが? …だけどそれ以外のことがわからない。ここに見覚えもないし、さっきまで何してたかも知らないし…」

 

「オイオイ…記憶喪失何て言うんじゃあないよな。俺が知るかよ、交番はあっちにあっから道はそこで聞…」

 

 指をさして教えてやろうと顔を上げてから、初めて違和感に気づく。商店街には日曜日なだけあって子供連れやカップルが何組か道を行き交っている。何も変なところはない。先週よりは人が多いかな? という程度だ。

 声をかけた男と同じようにぼうっとして覇気のない顔で立っている人々を除けば。

 

 パッと見ても10人近くいる。周りの通行人も疑問に思うのかチラチラと目線をやるが、声をかける人はいない。それでもなお呆けている集団は、なんだか異様だ。

 

 記憶喪失らしい人間、恐らく全員似たような状態なのだろう。そこまで分析した仗助の頭にひとつの仮説が浮かび上がる。

 昨日藤堂を疑い始めた承太郎から聞いた、花京院を呼び出した時に引き出したという『霊能力』の条件を。

 

 曰く、情報は正確であるほど確実に呼び出せる。

 曰く、実体がある。

 曰く、藤堂の想定していない情報があると、呼び出された人間の記憶に穴ができる。

 

 ならば──────最低限の情報で死人を呼び出したなら、その人は自分が何者かすらわからない状態で出てくるのではないか?

 ちょうど、声をかけた男のように。

 

「藤堂の野郎、どこに行きやがった!」

 

 仗助は、記憶のない死人たちを無視して再び足を動かした。一刻も早く事態を収束させるべきだと思ったからだ。

 

 悪寒を感じながら前へ踏み出した仗助は、死人たちの陰に隠れて伸ばされた手に気づかなかった。

 

 

 

 藤堂ははじめ、商店街で、一般人に紛れてほんの少し仗助が見失った瞬間に死角から能力を使おうと考えていた。しかし昼時からやや時間が過ぎていたせいか、思っていたより通行人が少なかった。

 

 これでは人に紛れてもすぐに気づかれてしまうと焦った藤堂は、メモ帳を開く。普通のメモ帳よりずっと膨らんでいるのは、ページというページに別の紙を糊付けし、新聞のスクラップを留めているせいだ。

 

 どこになにを挟んだか、書き込んでいるかを記憶している藤堂は、前から5分の1ほどのページを開いた。記憶から情報を引っ張るより、文字で視界から情報を認識した方が、藤堂が能力を使うのにやりやすいからだ。

 

 開かれたページに貼ってある新聞記事の見出しには『神奈川 玉突き事故で15人死亡』、そう書かれており、下の方には『被害者の名前』と『顔写真』が掲載されていた。

 

 藤堂は事件の被害者を『顔』と『名前』の情報だけで以って、この場に呼び出したのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 手を伸ばした俺は仗助の頭に触れた。頭といっても顔の左横から額と後頭部を両手で挟んだ形になったが、タッチしたのだからこっちのものだ。

 

「な……何ぃ〜〜っ!???と…藤ど…!」

 

「ごめん仗助君忘れてくれ!!!」

 

 俺の能力は、なんの力もない一般人なら10人から15人ほど一度に呼べる。コスト的には30〜45。限界ギリギリまで呼び出すと俺自身が疲弊して動けなくなるからこの人数だが、上手く機能したようだ。

 

 そのため、仗助の記憶を忘却させるために負担の多い死人たちを戻さなくてはならないが、そんなこと言っていられない。次にチャンスがあるとは思えないしな。

 

『彼ら』の姿を消し、俺は急いで忘れさせにかかる。どこからの記憶を忘れとかなきゃならないんだ…? 俺が降霊できること自体はすぐに齟齬が出そうだし…俺の能力の条件は知ってること全て忘れてもらおう。それと俺をスタンド使いだと思った原因は…昨日多分承太郎と会ってるだろうから、その時か? そっからトニオさんとこからの帰り際で俺に詰め寄ってきたことも忘れてもらう案件だな。

 

 俺の能力は時間指定でも使えないことはないけど、情報指定で操作した方が断然性能がいい。とりあえず昨日の昼からさっきまでの間のことは絶対忘れてほしい。トニオさんとこでご飯食べてたことは覚えとかないと変だよな。

 

 それと、『母親』と、あるかわからんが『課題』でも思い出してもらおう。これで違和感があっても家に戻ろうとするだろうし、俺がすぐに会わなきゃ記憶も薄れてくれる。

 あとは承太郎の方もどうにかしなきゃ…。

 

 

 

「おいお前…仗助に何をした?」

 

 駅の方角からえらくドスのきいた迫力ある声が俺の耳に届いた。やや遠くで発せられた声だったが、実際の距離よりとても近く聞こえる。

 

 踵を返して身を隠そうとしていた俺の全身に、尋常じゃないほどの鳥肌がたち、滝のように冷や汗が出る。足もつい止めてしまった。油切れの歯車のような動作で後ろを振り向けば、目だけで人を殺せる眼光を俺に向けるスタンド使いがいた。

 

 嘘だろ承太郎。

 

 

 

 

 

 

 緊張でうまく動かない足を何とか移動させて、承太郎と距離を取る。あちらからどう見えたかは知らないが、俺が仗助に何か仕掛けていたと思っているだろう。実際そうなのだが。

 

 この状況で弁明を聞いてもらえると思えるほど俺は馬鹿じゃない。仗助を助けるために、もしくは俺を殴るために歩を進めてくる世界最強は最高に怒っている。帽子を少し下げてしまったため表情が窺えないが、彼を怒らせてしまった以上足掻かなきゃ無惨に殺されてしまう。DIOのように、DIOのように!

 

 承太郎が俺を殺すことは流石にないのだが、俺は冷静ではなかった。承太郎の記憶を忘却させるなんて目的はすでに頭にはない。

 

「…う、ううん…あれ、承太郎さん?」

 

「起きたか、仗助。今奴に何をされた?」

 

「奴…って、藤堂先輩? 別にどうもしてませんけど…何です、スタンド使いですか? でも俺早く家に帰らなきゃ…『お袋にどやされちまう』。

 何でかわからないけど、すげー帰らなきゃって考えてる」

 

「多分な。だが、まだ夕方の4時だってのに『遅くまで遊んできて!』って怒られるのか?」

 

「………あれ? 俺なんか忘れてるような…」

 

「『忘れてる』、か。さっきまで何してた?」

 

 意識が覚醒した仗助が承太郎と話し、ついさっき『思い出した』記憶と『忘れた』記憶を呼び覚ましていく。

 承太郎に気圧された俺がどうすることもできず、核心に迫っていく。

 

「億泰と料理店によって…『思い出せない』……」

 

「その前後でそこの『藤堂に会った』だろう」

 

「…ああ! 『思い出した』!

 そうだ、トラサルディーで同席して…帰るときに俺が言ったんだ、『あんたスタンド使いだろ』って! 何でこんなこと忘れちまってたんだ!!」

 

 

「…なるほど、『死者を呼び出すスタンド』ではなく『記憶を操作するスタンド』か。…しかしスタンドは1人1能力だ。

 だから…総合してこの藤堂の能力は『思い出させることで記憶や死者までも呼び出せるスタンド使い』ってところか」

 

「…俺が記憶を忘れてたことは『死者を呼び出す霊能力』じゃあ説明できないですからね」

 

 こうもはっきりと分析されてしまうと、俺が隠そうとしていた努力は何だったのか。心が折れそうになる。

 ジョースター一行を殺すために敵対していたスタンド使いの殺し屋たちは、よくこんなプレッシャーで最後まで戦い抜けたものだ。ボコボコにされたり死んだりした奴らに同情しないが、少し見直した。

 

 承太郎も仗助も、こちらに敵意を向けている。こっちはビビって立つのもやっとだというのに、主人公どもめ。

 もう2人の中では俺はスタンド使いということで確定らしい。

 

 だが、心は折れそうだったが、まだ俺の心は折れきってはいなかった。だってここで負けを認めたらあれよあれよという間にSPW財団で保護という名の軟禁とかされそうだ。絶対にやだね。

 

 せめてここで、利用しにくいと思わせなきゃ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「観念しろよ、藤堂」

 

「何を考えてるかは知らんが、抵抗しない方が得策だぜ」

 

「嫌だね。そしたらSPW財団にでも引き渡すつもりだろう。それは困るんだ。

 だから抵抗させてもらうぞ」

 

 ────────────拳で。

 まあ、その、俺の拳ではないんだが。

 

 

「プリーズ・リメンバー…!」

 

 俺はなけなしの精神力をスタンドに注いだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…もしかすると君たちにも何か事情があるのかもしれないが…この子、足がガクガクだ。だから、ぼくはこの子のために君たちの前に立ちはだかろう。紳士の名に恥じないために!」

 

「なっ…なんだ。誰だ、あんた!」

 

「………」

 

 瞬きをするほどの一瞬で、ガタイのいい外国人が2人の前に現れた。ややラフな格好だが、歴戦の戦士の気配を漂わせている。身長は承太郎と同じくらいなのだが、鍛えられた筋肉によって身長以上の迫力を持つ男。平常時ならば、何処と無く承太郎や仗助に雰囲気が似ていることにすぐ気づけたかもしれない。

 

 また、肩の辺りに星型の痣があることも。

 

 彼の者こそは、ジョナサン・ジョースター。

 第1部、ファントムブラッドの主人公。ディオとの因縁の始まりである初代のジョジョ。最期には愛する妻をディオから守らんとするために船上で亡くなり、首から下の体を死してなお奪われた奇妙な人生を辿った紳士である。

 また、まさに今対峙している男たち、承太郎と仗助の先祖にあたる。

 

 藤堂はすでに意識が朦朧としており、地べたに座り込んでしまった。しかし彼を倒すには、立ち塞がる重機関車を乗り越えねばならない。

 

「攻めてこないならこちらからいくぞ!」

 

 未だ互いが同じ血が流れる者だとは気づいていないために、ジョナサンが体の重さをものともしない走りで間合いを詰め、パンチを放つ。異常だが、振りかぶる右腕は光っているように見えた。

 

 奇妙な光景に対する混乱をよそに、突如繰り出された攻撃から身を守るべく、2人はスタンドを出して回避する。スタンドを初めて見たジョナサンは驚きに目を見開いてほんの少し、隙を作ってしまった。

 

 敵の隙を見逃す承太郎ではなく、直ちにスタープラチナのラッシュを叩き込む。腕でガードするが、数発胴体に当たってしまった。

 ダメージはあるようだが、それでも大した外傷には至っていないらしい。

 

「ガッ…!」

 

「ぐっ…! なんだ、その幽霊のようなものは!しかもぼくを殴ってきた! 触れるのか、人間に」

 

「…てめーで殴ってくるということはスタンド使いではないんだな。しかし…」

 

「承太郎さんっ」

 

 承太郎は自身の分身に、仗助は承太郎本人の左腕へ目を向ける。先ほどのジョナサンの拳がかすっていたのか、スタープラチナの腕が麻痺したように痙攣していた。

 連動している承太郎の腕も例外でなく、同じようにビリビリと痙攣している。仗助が治そうとするも…。

 

「なんだこれ、怪我じゃない?」

 

「波紋は元々屍生人や吸血鬼に対する力だ。だから普通の人間に使っても大して害にならない。君のあおい幽霊にも効くようで安心したが」

 

「スタンドを攻撃した? スタンドはスタンドでしか倒せない、もとい触れられないはずだが…」

 

 

 仗助は、先ほどの攻撃の応酬の際、自身が狙われなかったために、相手をよく見ることができていた。ジョナサンにとっては仗助も子供で殴りにくかったのと、向かって右側に位置していた承太郎の方が踏み込むのに適していたからというのが主な理由だ。

 

 この間に仗助はあることに気づいていた。

 

「承太郎さん、スタープラチナであの人を攻撃した時に鈍い悲鳴が聞こえませんでしたか。…それは、俺じゃあなくて、あっちの藤堂です」

 

 座り込んでいた藤堂は、腹を庇うように手を当てて咳込むのに忙しいようだ。攻撃の手を止めたこちらの状況には気づいていない。

 

「あちらさんと同じところにダメージを受けてるみたいだ。…つまりそっちの人は、藤堂のスタンドってことじゃあないですか。だからスタンドにも攻撃できる」

 

「……!」

 

「何だって、彼が怪我を?」

 

 ジョナサンは知らない間に助けようとした子供が怪我をしたことをいたく心配して後方へ向かう。さらに振り返った際に、肩の付近から覗く痣を、承太郎は見逃さなかった。

 承太郎にしては珍しく驚いた顔を出す。

 

「仗助、あれは…」

 

「承太郎さんにも見えましたか、つまり、そういうことです」

 

「…話をするしか…ないか」

 

 2人は弱っている子供を心配してしゃがみこんだジョナサンに近寄る。それを敵対行為とみなしたのか、瞬時に身構えた。

 

「…なんだ、まだやるのかい」

 

「いいえ、話がしたいだけです。それで、ちょっと治すんで退いててください」

 

「トドメを刺す気じゃあないだろうな?」

 

「そんなこと思ってませんよ、信じてくださいご先祖様」

 

「…何だって? 今君は何といった? もし聞こえた言葉がそのままの意味なら…」

 

「それも交えて話がしたいんです」

 

「…わかった、信じよう」

 

 仗助がクレイジー・ダイヤモンドを呼び、服を捲って藤堂の腹の傷を視認してから『治す』。内出血だけで外に血は流れていない。精神的な疲労と相まって藤堂にとっては本来よりかなりのダメージだったらしい。気絶はしていないが、すうすうと音をたてて寝ている。

 

 図太いやつめ。やれやれだ。

 仗助と承太郎は呆れてものも言えなかったが、そう思ったとのちに語った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「うん…? ここは…」

 

「気づいたかい? 君の家だよ。気分はどうかな、傷は治したそうだけど…」

 

 目を覚ますと知ってる天井だった。いつも見てる自分の部屋の天井だ。しかし今日は優しげな眼差しで見つめてくる巨躯の男のおまけ付きである。異常なことだ。でもなんか見たことある気がする。覚醒しきっていない頭で考えるが、思考が追いつかん。

 

 とりあえずずっと上から見つめられると優しげな目に耐えられないから、起き上がってから考えよう。

 

「んん…傷? 治す傷なんてないと思うんだけど………ってうわあああああ!!??」

 

 そんな悠長な考えは消し飛んだ。部屋の中にいるはずのない2つの人影を俺の目が捉えた瞬間、凄い勢いで飛び起きた。

 

「よう、邪魔してるぜ」

 

「さあて、どこから聞くべきか…」

 

「いやいやいや!? な、な、なんであんたらが俺の部屋にいるんだよ!?

 …ハッさっきまで戦ってたじゃん!」

 

「戦ってたって言ってもご先祖様だけで、お前は寝てたけどな」

 

「え? ご先祖?」

 

 ご先祖ってなんだ。EoH的に考えると承太郎のいうご先祖って…。そこまで考えて、先ほどまで何をしていたかを明確に思い出す。そういえば最後に呼んだ人、やたら紳士な感じだったな。じゃあもしかして俺を覗き込んでた人ジョナサンかあ。

 昔呼び出したことあるから顔は覚えてたけどよりによってジョナサンかあ。

 

 ここまでくると、焦りもなく冷静になれてきた。もうリカバリー不可っぽいけど、彼らに戦闘続行の意思はとうになくなっているようだし。ここまできて俺だけ焦る必要はなくなった。

 話を聞くってか尋問でも始まりそうな雰囲気だけど、俺の意見聞いてくれるかな。

 

「それで、わかっていると思うが、聞きたいことがある」

 

「……」

 

「お前がスタンド使いだということは俺達もわかっている。だからこそ今こうやって君の意思を聞いている。

 今言わなければSPW財団へそのまま引き渡すことになってしまうが、それでも?」

 

「…そうですね、どこから話せばいいかわかりませんが…」

 

 どうやらできる限りは意見を聞いてくれる様子だ。

 

 

 俺は俺がスタンド使いだと気づいたこと、自分の能力が危ないものだと理解していること、SPW財団がジョースター家に影で協力していること。とある筋から、悪いスタンド使いたちの集団、というかDIOの残党の話を聞いて、俺の能力がバレたら利用されて殺されると懸念していること。敵の敵は味方だとしても、それ故に俺の情報を他人に渡すことで俺が危ないと考えていること。全部話した。

 

 転生したことや、前世に関わる詳しい話は"話せない"と明言した上で、DIOとは無関係で、なおかつDIOの残党とは敵対することも考えていると説明した時は信じられない様子だったが、一応納得してくれた。

 まあ納得しなきゃ話が進まなかったらね。

 

 俺の話を聞く星型の痣を持つ血族は、真剣そのものだった。時折それぞれに思うところがある単語に反応していたが、ほとんど口を挟まれることなく説明は終了した。

 

「…以上で話は終わりです。何か質問はありますか」

 

「1つだけあるんすけど」

 

 仗助くんが手を挙げる。俺を敵とみなしてた時は俺のこと呼び捨てで本来の話し方に戻っていたけれど、もう敬語になってしまうのか。ちょっと寂しい気もするが、仕方ないか。

 

「話はわかりました。俺からはSPW財団とかそういう他人には言いません。

 でも、そこまで考えてるのになんで『霊媒相談所』なんてやってるんです? 今は地元民しか知らないけど、いずれ辿り着くスタンド使いもいるでしょうよ」

 

「さっき言ったろう。最終的に残党どもとは敵対することも考えてるんだ。噂の広まるスピードを考えたら相当先の話さ。

 そして俺はもっと自分の力をつけたかったんだ。DIOの残党が俺の存在に気づくまで依頼を受けて、他人の知る誰かを呼び出すことでな」

 

 試行回数を増やし、呼び出せる死者の数も、例え一般人だろうと増やす。我ながら外道だとは思うが、これが俺のスタンドのやり方だと思っている。それに…

 

「やっぱさ、皆死んだ人にもう一度会えるなら、何度でも会いたいんだなって感じるんだ」

 

 

 一度だけ困った事態になったことがある。上流階級のお嬢さんが事故で亡くなったからと、母親に泣きつかれ、依頼を受けたことがあった。あるはずのなかった再会に、親子は感動の涙を流し続けた。

 

 しかしそれも束の間、引っ込めようとすると母親が「うちに来てずっと娘を現世に留まらせ続けろ」と言ってきた。何を言ってもヒステリックを起こし、ついには金に物を言わせて雇ったSP達に拉致されかけたので、俺についての記憶を全て消す羽目になった。

 今のところ更なる害はないので、今も忘れているらしい。

 

 

「そんなことがあっても俺がこの仕事を続けるのは、あの涙ながらの再会が見たいからかもしれないな」

 

 結局は俺のエゴ。俺の自虐を感じ取ったのか、ジョナサンがフォローに回った。

 

「ぼくもツェペリさんやスピードワゴンにまた会えるなら、感謝の1つも言いたいよ。それに、君がぼくを呼び出さなかったら、ぼくの子孫がディオに苦しめられていることも知らなかった。それを教えてくれて、ぼくの子孫に会わせてくれて、ありがとう、イッサ君」

 

 ありがとうございます、そう言った俺の言葉は彼に届いただろうか。なんだかうまく喉が動かなくて、言葉がつっかえてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで仗助、君の父親に話があるんだけど、どこにいるんだい?」

 

「なんかさっきより闘志がみなぎってないっすかご先祖様!?」

 

「ジジイはアメリカだが、もし会ってもだいぶ耄碌してるから、手加減頼むぜご先祖様」

 

「そこは止めないんですね…」

 

 こいつら俺の寝てる間に何話してんだよ…金取るぞ…。

 

 なんだか今までひとりで怯えていたのが嘘みたいで、この日の夜はこれ以上なく快眠だった。だから目覚まし時計もかけ忘れて、学校に遅刻したのはご愛嬌と思って欲しい。




主人公のスタンド技『最終兵器ジョースター/ジョナサン』

破壊力A スピードB 射程距離D 持続性C 精密機動性A 成長性E の可視スタンド扱い。
死んでるので成長性はないがアホみたいにパワーだけは強く、波紋で戦う。本人がスタンドとして機能するので、普通に戦っても相手のスタンドを殴れる。

サブタイトルの主人公が藤堂のことだけとは言っていない。そういうことです。
主人公は少々気を張りすぎていたようです。大人はバンバン頼りましょう。
今回は他の話から伏線というか情報を引っ張ってきたのでめちゃくちゃな部分があると思います。誤字報告か感想でそっと教えてください。

次はちゃんとほんの少しだけ思い出してもらいます。時系列的にできる人がやってくるので。


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ジョセフ・ジョースターの場合

荒木先生ってやっぱ神か吸血鬼だわ。崇めとこ。

作者「シィィザァァーーーッッッ!!!」と13回叫んで(苦しみに)悶えたあと、投稿に成功!


 

 よく考えると結構恐ろしい、歴代ジョジョがほぼ揃う戦闘の日から数日。俺の心がやや軽くなったことを除けば、普段通りの生活を送っていた。

 今も健やかに学校へ向かっている。

 

 

 ンッン〜〜実に! スガスガしい気分だッ! 歌でもひとつ歌いたいイイ気分だ〜〜フフフフハハハハ!

 

「ふーふーふーフーフーフフッフーン! てーてーてーテーテーテテッテーン!」

 

「なんの曲ですか?」

 

「波紋戦士の歌だよ康一君」

 

「はあ。よくわかりませんが、最初にあった時はもっと落ち着いたように見えたんですけど…。

 何かいいことでもありましたか?」

 

「すこぉしばかり心配事が少なくなったからね、自重もやめてしまうさ」

 

 

 康一君から見た俺は別人のように印象が違うらしい。たしかにここ最近の俺は他人から見ても自分でも不審なほど笑顔なのだ。性格自体は変わっていないけれど、直近の懸念は解消されたから舞い上がっていてそれで人が変わったように見えるだけだ。

 

 

 

 レッド・ホット・チリ・ペッパー戦から時間が過ぎて。仗助はその時来日した実の父親の面倒を見るので忙しいらしい。最近は透明になる赤ちゃんを拾ったと仗助から聞いている。未だにどう接すればいいのか迷っているようだが、向こうも少しは距離が近づいている様子だった。その調子でお小遣いでも貰っとけ。

 

 唐突な事後報告に驚いただろう。そう、レッチリ戦が終わっている。本体は音石という男で、今は牢屋で大人しくしているらしい。

 

 本当は俺も討伐に参加する腹積もりだったのだが、知らないところで終わっていた。気づいた時には腰が曲がってるくせにやたらでかい爺さんを町で見かけるもんだから、そりゃあもう驚いた。

 

「なんで俺に言わなかったんですか? 住んでる町の危機くらい俺でも動きますよ!?」

 

「いやだって先輩…」

 

 

 承太郎さんに詰め寄ったら、何故か言葉を濁された。一緒にいた仗助が「矢のことまで教えてまた心配事を余計に増やすのも…」とこぼさなければ、原因に気づけなかった。

 

 あっやべえ。スタンドのこともDIOについてもゲロったのに弓と矢のことに何も触れてなかった。

 原作においてスタンドが主軸になるのが3部で、矢の件が明るみに出たのが4部だったから、わざわざ言わなくても説明できてしまっていたのだ。盲点だった。

 

 矢のことについて知っていると伝えれば早く言えと怒られたが、音石が矢を所有していた期間で新たなスタンド使いを増やしたかどうか取り調べている最中で、特に心配する必要はないと諭された。

 

 

 まあ俺の能力は、呼び出す人間がスタンド使いじゃない限りは実に限定的な戦い方になるし、他人と組もうとするとどうしても事前に打ち合わせておかなければ味方まで驚いてしまうし、扱いにくかったんだろう。

 俺に心配かけまいとする仗助君の心意気を買って食い下がるのを止めた。

 

 俺だって死んだやつを呼び出せることに気づかなかったらただの記憶力いい人間で終わっていたんだから、自分が弱いことくらいわかってんだよ。

 承太郎さんと仗助君にも戦闘面では負けたようなもんだったし。…でも善戦はした…よな?

 

 

 

「それにしても、まさか藤堂先輩がスタンド使いだったなんて…」

 

「康一君は後天的なスタンド使いだったな。俺は生まれつきだから、むやみに言わなかっただけだよ」

 

 また、これから先の戦いでどうしても一部のスタンド使いには細かい事情を伏せてでも、俺のことを明かす必要があった。『少しの間死んだ人間をスタンドとして呼ぶ能力』という触れ込みだ。

『能力がバレると俺の命が危ないから』というと納得し、誰にも言わないことも約束してくれた。本当に優しい住民ばかりである。

 

「あの『降霊』はスタンド能力だったのか…」

 

「うん。俺のスタンドとして呼び出すから攻撃されれば俺も傷つくがな。康一君も誰か呼んでみようか?」

 

「いや! いいです! うちはみんな元気なんで! 今お金ないし!」

 

「ちぇっ。じゃあいいや。あーあ、どっかに先に逝った奥さんを呼び出したい不動産王とかいねーかなあ」

 

「ゲンキンだなあ…」

 

 調子に乗って金を使ってしまい、(もうすぐ6月になるけれど、)今月自由に使える金が残り少ないのだ。貯めてる旅行代とかから崩してもいいが、臨時収入があるなら儲けものだ。

 

「じゃーあな! 康一君! そういう訳で俺は稼がなければならん」

 

「はーい、頑張ってくださいね。たくさん依頼がくるといいですねー」

 

 投げやりな挨拶が聞こえたが、康一君がそんな態度を取る訳ないもんな。気のせい気のせい。康一君がそんな淡白な返事を返すのはどっかの漫画家相手くらいだろ。

 

 

 

 康一君の家はカフェ・ドゥ・マゴを基点に東の住宅地方面、俺は西の霊園の方面。学校帰りでたまたま一緒になったが、駅を越えたら別れ道だ。

 軽い挨拶もそこそこに、出来るだけ信号機がない道を通る。小道を通るルートは曲がり角が多いが、多少移動時間を短縮できるからよく使う。

 

「すまんな、そこの学生君。道を教えて欲しいんじゃが」

 

「んー、何ですか? 俺今日はちょっと………」

 

 歩いていると後ろから呼び止められた。今日に限って呼び止められるとはなんたる不幸、しかも英語だ。言葉はわかるからいいとして、この辺りは道が入り組んでいて観光客が入り込む場所ではない。川や道の行き止まりが多いから大通りへ戻るのは地元民でさえ一苦労なのだ。誰かが導いてあげないとこの外国人はしばらくこの路地から出ることはできないだろう。

 

 つい日本語で返事をしたが、俺は聞いたことのある英会話なら記憶しているから、英語くらい話せる。…仕方ない、せめてわかりやすい道までは連れてってやろう。そう思って声をかけられた方へ振り向いた俺は、これ以上ない幸運に内心お祭り騒ぎとなった。

 

 声をかけてきたのは丸眼鏡を装着し、帽子を被った外国のご老人。ジョセフ・ジョースターであった。

 

 

 

 

 

 

 ジョセフ・ジョースター。

 第2部、戦闘潮流の主人公。生まれつき波紋の呼吸が使えて、努力が嫌い。しかし祖母やスピードワゴンに育てられた彼は身内のことになると、強い感情を示す。

 石仮面を作った種族、柱の男たちと機転と実力でもって戦い、カーズを宇宙へ打ち上げた。

 第3部でも登場し、DIOを倒す旅の功労者である。

 

 また、ジョースターの中でも異端児で、長命で浮気もしたし隠し子も発覚した。

 

 最後さえなければ本当にすごい人だと手放しで褒められるのだが。まあ浮気してくれなきゃ仗助君が生まれなかったのでイーブンだな。英雄色を好むというし。やれやれだぜ。

 

 柱の男達との戦いが終わった後にはスージーQと結婚し、不動産王の名をほしいままにした。今の俺にとってはかなり身近な有名人だ。ジョースター不動産と言えば名前なら誰でも聞いたことがあるレベルだし、年収ギネスに名を連ねてたような気がする。

 努力が嫌いだと言っておきながら波紋戦士として、スタンド使いとして頼もしい戦力になるし、世界的にも立派な立場を確立できるのだから、彼の実力は凄まじい。

 

 

 そして、俺の変わり身も早い。

 

「…オーケー、わかったよ老齢のかた。どこに行こうとしてるんだ?」

 

「おお、案内してくれるのか、若いかた。近頃は息子や孫や果ては妻にもよく怒られるからのォ〜、他人の優しさで涙が出そうだわい」

 

「愚痴るほど怒られるなんて一体何をしたんだよ」

 

「ほっほっ…ちょっと浮気してできた息子を今になって知ってな…」

 

「おっとそれはそれは、どっかの仗助君みたいな話ですねえ」

 

「おや、仗助くんの友達じゃったか」

 

 仗助の友達は優しい子ばかりだと笑うジョセフ。どうやら仗助君に用があるらしい。

 こうしてみると本当にただの爺さんだなあ。依頼させていっぱい金を貰おう作戦を企てる俺に少しばかり罪悪感が募ってくるが、心を鬼にして、会話から自然な流れで降霊を勧めよう。

 

「仗助君の同級生が、俺のところに依頼を持ってきましてね。そこで知り合いました」

 

「依頼というのは…?」

 

「申し遅れました、俺は藤堂一茶。『藤堂霊媒相談所』というのをやってます」

 

 ついでに名刺を渡しておこう。仕事である以上一応作っていた。

 そのまま死んだ人を呼んで生きている人の心の整理を手伝っている、といった感じの説明をした。イメージしにくい話だが、真面目に聞いてくれた。

 

「ふうむ、奇妙な話じゃのォ。まるでシャーマンじゃわい」

 

「トランス状態にもならなければ、何かに憑依するわけでもありませんけどね。誰か呼び出して見せましょうか? 亡くなられた方のことを少し教えてもらえれば俺が呼びます。お代はいただきますが」

 

「……」

 

 悩んでる悩んでる。ジョセフが呼びたいと願うならば、やはりシーザーだろうか。リサリサか会ったことのないジョージ2世かもしれない。リサリサはなんか生きてそうだけど、流石にこの時点だと110歳くらいになるし死んでるか。…死んでるよな…?

 

「ところで一茶君。ちょっとお尋ねするが…」

 

 …んん? なんか今話が唐突に飛んだな? これだからジジイは…。

 

「君は波紋の呼吸を誰に習ったんじゃ」

 

 

 心なしか先ほどよりも視線に強い意志を感じる。なるほど、俺が『忘れずに』今も波紋呼吸していたのに気づいて訝しんでいるらしい。さてはボケてないだろ、この狸め。

 

「イタリアに旅行した時に少々変な力を使う人等と会いまして、そこで教えてもらいました」

 

 ジョセフはとりあえずこの答えで納得してくれた。本当はずっとツェペリさんに教えてもらっているが、これも嘘ではない。

 

 エア・サプレーナ島はリサリサの所有地であったが、今もなお波紋使いの修行場として機能していることを俺はこの目で見た。もう吸血鬼やゾンビの危険が迫っているわけではないので、2部の時ほど厳しい修行をする人は皆無だったが。

 波紋は仙道とも言う。中国の山奥で修行を重ねる修験者たちと同じことだと自分の中では理解している。

 

 俺が島に訪れた際には、かつてここで鍛えた波紋戦士たちの師事を受けたという波紋使いが3人いて、俺も同類だとみなされた時にはすごく可愛いがられた(戦士的な意味で)。全員頭ワムウかよ。

 

 

「イタリアか…懐かしいのう。わしも昔はやりたくもない修行をしたものじゃ。師匠が鬼みたいな女でな…」

 

「あなたも波紋使いでしたか」

 

「波紋使いというよりはやってる事は波紋戦士だったな。まあ昔の話じゃよ。娘や孫はちっともわしの武勇伝を信じんかったが」

 

 そう言うジョセフはどこか遠い所を見つめている。ヘルクライム・ピラーのことでも思い出しているのだろうか。アレも使えそうな状態で残っていたが、少なくとも俺じゃ無理な高さだった。本当にジョセフはすごい。

 

 

 思い出が蘇ってきたのか、ジョセフの口からは次から次へと不満や恨み言が綴られていく。

 

「兄弟子もイヤミなやつでのーッ。女を見かければすぐ気障ったらしく口説くし、おれには真面目に修行しろだの、いい加減なことをするなだの小言がうるせーし、お前はおれの母親かってんだ!」

 

 英語だから一人称が変わったりはしないが、だんだんストリートにいるヤンキーみたいな語調になってきた。こちらは4部のジョセフです。

 

「それだけ貴方のことをよく考えていたんでしょう。どうでも良いのなら無視しますよ」

 

「…わかっておる、わかっておるんじゃ。シーザーはスケコマシだったが、クソ真面目だし、リサリサのことをうざいくらい心から尊敬していた。

 

 そして何よりも家族や身内の誇りを大事にする男だった。もしそうでなかったなら、いやそうではない。わしが軽率にあんな言い方しなければ」

 

 きっと今も生きていたのに。

 

 

 言葉を言い切らない口の中でそう言いたかったのだろう。一応大通りへ向かって歩いていたが、俺たちの歩調は完全に止まった。

 

「ちなみにその人の名前は?」

 

「シーザー・A・ツェペリ。己の血統に誇りを持つおれの…親友だ」

 

「そうですか。では今言ってたことは俺じゃなくて、本人に言ってくださいね」

 

「なんだって?」

 

「言ったでしょう、俺が呼ぶんです」

 

 思い出せ。過去と、言うべきことを(プリーズ・リメンバー)

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 お互いの姿を確認しても、彼らは無言だった。

 ジョセフは突然目の前に現れた、イタリア男に驚いて。イタリア男────シーザーは老齢の戦友を観察するがために。

 

 永遠にも感じる沈黙を破ったのはシーザーだった。

 

「マンマミーヤ、JOJO、お前! いい年の取り方をしたな。あの頃よりも男が上がっているんじゃあないか?」

 

「…本当に、シーザー?」

 

「ヘタクソな波紋を鍛えるためにリサリサ先生を紹介した親友を疑ってんのかスカタン。それは耄碌しすぎってもんだぜ。それとも昔のことすぎて俺の顔は忘れたか?」

 

「忘れるわけがねえだろ! …シーザーなんだな、本当に会えた…」

 

 シーザーが目の前にいる事実に、とうとう堪えきれなかった涙が頬を伝う。

 

 たくさん言いたいことがあった。嬉しかった事も辛かった事も。

 隠し子がいたことも、吸血鬼退治の旅のことも、孫や娘のこと、不動産の仕事のこと、母と妻のこと、それにカーズを宇宙へ吹っ飛ばしたことも。

 なにより、何よりも。

 

「…あの時、俺はお前に言った。『会った事もない先祖の因縁のために死ぬ奴はマヌケだ』と…」

 

「あれは死ぬほどムカついたぜJOJO。お前も同じ気持ちだと思ってたし余計にな」

 

 

「だが俺はお前の誇りを知った。柄にもなく後悔した。お前の誇りを侮辱したこと…本当にすまなかった。出来れば生きているうちに言いたかった…」

 

 

 シーザーの過去からくる激情を理解したのは、手遅れになってからだった。リサリサから過去を明かされ、館へ向かい、鮮血のシャボン玉から託された波紋を受け取った後。

 シーザーが波紋をJOJOへ託した事は、JOJOの心にゆるされたような安心感を齎した。これを以って柱の男を倒すのなら許してやると。そういう気持ちもあってワムウに挑めたと思い、感謝している。

 

 だが、今のように面と向かって会えたのなら、言葉を尽くさない手はない。

 

 

 

 死刑宣告を聞く罪人のような顔で涙を流すジョセフの額を、シーザーは指で弾いた。軽い波紋も流れていたらしく、放電したような光と音も起こる。

 

 バチンッ。

 

「痛っ!!? シーザー?」

 

「老人を殴るのは流石に殺してしまうから手加減はしてやるよスカタン。JOJO、俺はあの時にはもう気にしてなかったぞ。お前もわかってたんだろう?」

 

「…そりゃまあ、でも」

 

「俺の口から聞きてえんだよな、お前、結構繊細だもんな」

 

 シーザーは一息ついてから体を向き直す。

 

 

 

「俺はお前の言葉に怒りを覚えたが、そもそもお前に怒っていないし、お前を恨んではいない。許す許さない以前の話だぜ。

 それでも、俺の事などを抱えて生きてきたお前を安心させるために言ってやろう。

 

 俺はJOJOを許すぜ」

 

 

 JOJOは幼子のように座り込んで、泣いた。

 離れてみていた藤堂は、前髪の跳ねた青年を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 だいぶ落ち着いてから再びシーザーがジョセフに話しかける。皺だらけの顔は心なしかスッキリして見えた。

 

「お前ばかり謝るのはフェアじゃあないからな。俺からもひとつ謝ることがある」

 

「ああ? お前に非があることなんて、街でおれに声かけてきた女をおめーが横からスケコマシたこと以外になんかあったか?」

 

「ありゃお前にはもったいないシニョリーナだった。そうじゃなくてな、俺はあの時館に昼の間に行くって言い張ってただろう」

 

「そういえばそうだったなぁ」

 

「あれ、夜になると新技が使えなかったからなんだ。つまり独断専行したのは俺の都合ってわけだ」

 

「……ハァッ!!??」

 

「だからそんなに気を病まれるとこっちもいたたまれなくなるんだが」

 

「おまっえっ……それならそうと早く言えよオ! 馬鹿野郎!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「まあた新技編み出してたとかほんっっっ………とうにかっこいいことしやがってシィィザァァーーーッッッ!!!」

 

「そうだろうそうだろう。あの頃のJOJOといったら『オリジナル技がねえ〜っ!』って羨ましがってたもんなあ」

 

「わしだってスタンド使えるし! ほれ『ハーミット・パープル』ッ!」

 

「うおっ!? 何だそれ、茨? それがスタンドってやつか」

 

 

 シリアスもほどほどに、彼らは時間を共有していく。柱の男やDIOの話の時には我が事のようにシーザーはジョセフを褒めていた。波紋戦士状態は終わったらしく、口調は老ジョセフに戻っている。

 

 

 そうだよ俺はこういうのがみたくて霊媒やってんだよ。承太郎さんなんて表情ほぼ変わらなくて、普段よりも穏やかな雰囲気にはなっていたが、劇的に喜んでたわけじゃなかったもん。もっとオーバーなリアクションを期待していたんだがなあ。

 

 波紋戦士たちは凄い勢いで話し込んでいる。もう路地からは脱出してわかりやすい通りに出ているのだが、この話足りませんみたいな人達に「時間なので引っ込めますね」とかとてもじゃないが言えない、俺には無理!

 

 妥協案として近くの公園のベンチで会話してもらっている。俺は話に入らずただただ2人を見守っている。まあ依頼の時はいつもこうなんだが。

 

「お前浮気したのか…」

 

「し…仕方なかったんじゃよ…朋子が寂しそうだったから…」

 

「それはいい。孤独に震える女性を放って置かなかったのはむしろ褒めてやる。

 …だがなあ〜JOJOォ! 知らなかったとはいえひとりで子どもを育てさせたのはいただけねえなあ!」

 

「わしも悪いと思ってるんじゃ!」

 

「しかしJOJOの息子か…俺がここにいられる間に見てみたいな」

 

 おっと死んでるシーザーは仗助君が気になったらしい。スージーQの娘なら絶対に可愛い子だよなと言った彼の頭では、ジョセフの息子のイメージがつかないらしい。

 

 

 俺は生きてる人間からは金を取るが、死んだ人間はそんなもの持っていないし、そもそもこちらの都合で呼び出すのだから、むしろ出来る範囲で願いを叶えてやりたいとさえ考えている。

 

 よって俺の本日最後の目的は『シーザーを仗助に会わせる』に変更する。といっても公園から東方家は近いし、仗助の通学路の範囲な上、何処かへ寄り道していたらしい噂の本人は、もうすぐそこに来ている。

 

「あれ? 藤堂先輩じゃないっすか。家こっちじゃないでしょ、もしかしておれん家に用ですか?」

 

「まあある意味用はあるね。…シーザーさあん、彼が息子です!」

 

「何!? おら顔を見せろ!」

 

「は? えっ? 先輩、誰ですかこの人!?」

 

「ジョースターさんの親友(故人)」

 

「おおーJOJOにそっくりだ!ははは、JOJOに比べればめちゃくちゃ軽いな!」

 

 脇の下に手を入れて仗助を持ち上げるシーザー。止めろと言っているが多分聞こえてない。ぐるぐると回りながら顔のパーツがそっくりとか、イカサマが得意そうだとか好き勝手に感想を述べている。

 

 死んだ人間というのは生前と性格は変わらないが、死んだ自覚があるために少し理性の箍が外れるらしい。その結果がこの前の花京院であり、シーザーの自由人感である。

 

 ブランド物などの感性が合うらしく意気投合する中、自分より息子と仲良くなるのが早すぎると割り込んで行くまで馬鹿騒ぎは続いた。

 

 ちなみに後日、ジョセフに口座番号を教えたらいつの間にかやべえ桁が並んでいた。流石に怖かったので半分くらい返したのだが、今思い返すと値切られたような気がする。

 いや相場よりもいい値段の依頼だったのだから変な勘ぐりはよそう。「今後ともよろしくの」とか言われて何だか怖くなったわけではない、断じてない。




書きたいことが溢れすぎてどうすればいいかわからなくなったが、何とか書き上げました。

この話書くために、(死んだところを)見たくないから封印指定してた原作10巻を再び見る羽目になりました。辛いです。

その際リサリサ先生だけ内蔵カメラの顔認証が反応することに気づき一人で笑ったことを報告しておきます。
次は露伴回を予定してます。

追記
歌詞が著作権に引っかかるとの指摘を頂いたのでちょっと修正しました。教えてくださりありがとうございます。これで大丈夫ですかね?


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『天国への扉』の場合


岸辺露伴の場合①にあたりますが、ちょっと趣旨がずれた上に本筋まで入らなかったので、①のタイトルになってません。




 

 

 この前のスケコマシ先輩は、後から来た承太郎さんにすら物怖じせず突っ込んでいった。顔つきからジョセフの血縁だと察したらしい。波紋戦士ってすごい。

 承太郎さんの方も60年来の親友だとジョセフが説明したら状況を把握したらしく、速攻でジョセフの若さ故の失敗談を聞き出そうとするのだからジョセフはかなり焦っていた。

 

 そういえばシーザーの女性に対する感性が垣間見えた時の承太郎さんの目は何か企んでいる風だった。こいつじゃ灸を据えられないと。

 また承太郎さんから依頼が来る日も近いかもな。

 

 

 きっとジョセフは、俺がスタンド使いという事は兎も角、『霊媒相談所』のことは知らなかったと思う。知っていたとしても心に何かが引っかかって、相談所のドアを叩くことはなかったような気がする。

 

 偶然とはいえこちらから提案できたのは良かったと思う。俺は他人に、少しばかり過ぎ去った記憶と、対話をして、向き合って欲しいのだから。どうしてもジョセフ・ジョースターへこの能力を発揮したかった。

 

 

 

 

 

 

 6月になった。そろそろ学期末テストの心配をしなければならない時期だ。俺は暗記なら大の得意だが、『覚えられる』といっても教科書全ての範囲から必要な情報だけを思い出したい時にやや時間がかかってしまう。問題の言い方次第ではキーワードから連想すべき答えを『思い出せ』ないのだ。

 

 というわけで、駅前のカフェでお茶を飲みながら一学期に習った範囲の復習をしているのだが。

 

 

「藤堂一茶と言ったっけ。頼みがあるんだが」

 

「どちら様です? 依頼ならお金を用意してくださいね」

 

「つれないなア、康一君の友達だろう? この漫画家、岸辺露伴の頼みを快く受けてくれたっていいじゃあないか。

 友達に物を頼むときに金をせびるなんて野暮だからな」

 

「…あんたと友達になった『覚え』はないんですがねえ〜」

 

 この漫画家、とても厚かましい。こんなキャラだったっけ。心の広い俺でさえ引くレベルの押しの強さだ。人間関係が嫌になって漫画家にって、絶対にその性格が原因だろうが。

 

 俺は思いっきり顔を顰め、それきり露伴先生を無視してページをめくる。あんたのプライベートに俺の時間を巻き込まないでくれ。

 それに露伴先生はスタンドが怖い。別に見られたってそれこそ『忘れてもらう』が、先に言いふらされるのが怖い。わざわざ誰かに言う性格ではないけれど、人の口に戸は立てられないのだ。

 

 

 岸辺露伴の『ヘブンズ・ドアー』は対象を『本』にする能力。書かれている事柄は本の主の記憶している体験と情報。俺の前世の記憶までは書いてないと思いたい。あくまでも別人だし。しかし前世に基づく俺の思考は絶対に書かれている。

 前世とスタンドのこと以外で特筆すべき事柄はほぼ無いため、先に露伴先生の興味がなくなれば完璧だが、世の中そんなに甘くない。

 

 

「ちぇっ、仕方ないな。じゃあいいよ。ところで…ここに最新話の原稿があるんだが、見るか?」

 

「見ます!!!!!!」

 

「ちょろい奴め、『ヘブンズ・ドアー』!」

 

「しまった! やっべえ!!」

 

 

 原作ファンなら誰もが気になる作品内の作品、『ピンクダークの少年』。もちろんあるとわかった時は連載前だったので、1話目の掲載からずっと読んでいるし、単行本も買い揃えている。今は絶賛休載中だが、今まで一度も休載無しだったのだ。休養が必要とはいえこの機会にちょっとは休んでもいいと思う。

 漫画に人生かけてる先生本人に言ったら絶対変なこと書き込まれるから、言わないけど。

 

 つまるところ、岸辺露伴先生の一ファンなのだ、俺は。生原稿見せてくれるって言われたらそりゃ見るだろ?この時点ではスタンドが成長してるはずだから、見せるのは一コマで充分だったのだろうが。

 

 

 

 だから例え『ヘブンズ・ドアー』を警戒していても、この結果は必然だった。

 

「こんなに上手くいくとは思ってもみなかったぞ。ぼくのファンか? まあいい。『藤堂霊媒相談所』の主、『藤堂一茶』。見せてもらうぞ、君の(じんせい)を!」

 

 

 俺だって思ってなかったわ。くそ、頼むから余計なところは見るなよ。

 

 記憶は5歳の頃からか。

 そう言って動けない俺を『読み』始める。意識が途切れないんだけど、この場合スタンド使いって意識あるまま何も出来ないのかよ。自分が本になってるショッキングな光景見続けなきゃいけないの? それはちょっと酷くない?

 

 ちなみに一瞬見えた生原稿はクッソすごかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎(見開き1ページが黒く塗りつぶされている。辛うじて文字が重なっていることがわかるが、全文はとてもじゃあないが読めない。)

 

 

 次の見開きページには。

 

 

 忘れるな。忘れるな。忘れるな忘れるな忘れるな。絶対に忘れるな。全て、何もかも、俺は忘れてはならない。思い出せ。思い出せ。忘れていることは全部思い出せ。記憶し続けろ。(『思い出せ』か『忘れるな』という言葉が大小様々に、しかし隙間なくびっしりと綴られている。)

 

 

 

 露伴は困惑した。なんだこの異様なページは? 最初からとんでもないページに当たったものだと。

 幸い『黒く塗りつぶされたページ』は見たことがあり、記憶に大きな混乱が起きたことを理解したが。それに混乱の後には『忘れるな』ときた。

 

 期待値が上昇していく。1ページ、2ページ目からこれなら他のページは何が書いてあるのか。他のページをじっくり読むためには人目のつかないところへ連れて行かねば。藤堂には自力で歩くよう命令を書き込んでから、露伴邸へ向かわせた。

 

 

 

 露伴邸に到着し、藤堂をリビングのソファに座らせる。その後藤堂が動くことはない。準備が整った露伴は期待を込めてページをめくっていく。しかしその期待は裏切られた。

 

 

 

 6月3日。7時起床。幼稚園の日。朝はフレーク、牛乳を少なめに入れる。美味しい。母さんが身支度しろという。まだご飯食べてるから待って欲しい。8時12分バスが来る。いつも通りの時間だ。ドライバーに敬礼。それから隣に座った友達の話相手になる。もっぱら朝の特撮番組の話だ。俺はロボットアニメの方が好きだが、特撮も見るから話にはついていける。結構楽しい。某ロボアニメを最初からではないけどリアルタイムで観れるのはラッキーだ。体感はとても早かったが、8時25分。幼稚園到着。子供は可愛い。遊ぶのは楽しい。苦じゃない。俺も皆と遊ぶ……

 

 

 

「やたら描写が細かいが、中身は普通だな。つまらん」

 

 露伴は本当につまらなさそうにパラパラとページを読み流す。藤堂本人としては知ったことではないと理不尽さに声を荒げたいが、保てるのは意識だけで体は自由に動かない。

 

 この文だと劇的な記憶は無いだろうと見切りをつけ、自身を攻撃しないように文字を書き込もうと余白を探す。しかし、同時に不自然さに気づいた。

 

 

「…最初の時点で、5歳だよな? 漢字を使った文になっているとは、知能が高かったのか、黒いページが関係あるのか。…違う、それよりも、もっと気にすべき点がある」

 

 

 露伴が読める内容の範囲は、本にした対象が『覚えている記憶』に限定される。ついでに言えば、この時点では露伴も知らないが、死んだ相手の記憶ならば死後のことは本に書かれないか、「死」の羅列が並ぶかのどちらかである。

 

 つまり、「本人が覚えていないこと・肉体的意識がない間」の記述はない、そのはずだ。

 

「いくらページを繰ってもたった数日しか経過していない! 普通なら20ページもめくれば他の年に飛ぶ。なのにこいつ……いったい人生のどれだけを『覚えて』いるんだっ!??」

 

 

 文字は隙間なく詰まっているのに、1日の記憶でも最低1ページ分はある。しかもそれが日付が飛ぶことなく、次の日も、そのまた次の日も続いていく。

 字も小さく、隙間もなく、ただ行動の記憶が連続したと思えば、5文に1回は藤堂の心情が入る。日付に一度の欠けもなく延々と書かれている文を全て読むのは流石の露伴も骨が折れる。

 

 まるで整理されていない物置部屋のようだ。どこに何があるかわかりやしない。

 

「答えろ藤堂一茶ッ!」

 

「…そりゃそうですよ。俺の意識がない時以外の事は、全て『覚えている』。それだけです」

 

 

 藤堂はとうに抵抗を諦めているのか、素直に応える。納得できなかった露伴はさらに質問を投げかけた。

 

「しかし16、7年とはいえ人生の全ての記憶を、完全に保てるわけがない! 人間はそんなに情報を覚えていられない…!」

 

「別に常に思い出してるわけじゃないですよ。今あんたが見てるところから何処かを抜粋して俺に聞いたって、言われて初めて『思い出せる』だけです」

 

「…いつもは『忘れて』いると、そう言うのか? 本に書いてあるのに」

 

 

「『忘れる』にしても『思い出す』にしても、まず知らなければいけません。

 ものを『覚えて』から必要な時まで『忘れて』、然るべき時に『思い出す』。俺が知ってるんだから、『本』に書かれている。当たり前じゃあないですか」

 

 

 読みきれないことに少々焦っているのか、はたまた興奮しているのか、露伴は軽く唸ったあと、顔を赤くして先ほどより早いペースでページを進めていく。

 

 転生とかいう荒唐無稽な思考をした文が時折視界を掠めていくが、たまたま宗教的死生観に興味を持っていたのだと解釈して読み飛ばす。他の文と比べて状況・心境が不安定でかつ明瞭でなかった。露伴は『黒いページ』に関係があるとみて、この件を本人に問い詰めるのは後回しにしようと思い、本に目を通していく。

 

 

 400ページほど進めたあたりでやっと、はっきりと劇的だと言える記憶にたどり着く。6歳になって数ヶ月経った冬の記憶だ。

 

 

 

(一部抜粋)

 家族旅行2週目。エジプトに到着。俺は絶好調。ピラミッドがとても楽しみ。前は行ったことがなかったから、じっくり見てみたい。治安は心配、だが父が旅慣れしているし、ヨーロッパでも大丈夫だった。ここでも大丈夫だ。カイロはまだ遠いが、父さんと手さえ繋いでおけば安しっ………あれ、父さん? はぐれた? マジに言ってんのか?? こちとら6歳児なんだが??

 

 

 

 エジプトで親とはぐれたらしい。困ってはいるが、子供にしては落ち着きがあるのがうかがえる。

 

『本』に書かれる文章は、本来なら一番記憶に残っている疑問予想や感情が残るものだが藤堂の『本』にはそこに至るまでの変遷すら書かれている。その点だけはリアリティを追求する露伴にとって好都合だった。

 

 本の中の藤堂は、子供ながらに異国の地で父親を探すことにしたらしい。その間に町の風景を見て思った事は、どうでも良いので省略する。

 

 

 

(中略)

 ……よし、わからん。予約してるホテルまで行けば父さんも帰ってるかもしれない。これはナイスアイデアだ。この道を通った記憶がない事を考えなければな! 元来た道を辿ってもいいけど、すごい遠回りになるし、その辺の人に聞いてしまえ。周りを見渡す。遠くに観光客らしき2人組がいた。声をかけ…!?

 

 2人組の縦に整えた銀髪の方から突如、フルプレートを纏った騎士が現れる。2人の影になって見えなかったが、血を流した男が座り込んでいた。そちらは横に伸びた奇妙な髪型で、鈴がついている。世の中には変な髪型の人間がいるものだなあ。…いやそうじゃあないよ!? 怖! 何あの集団! 青い武人も現れて、鈴のおっさんをボコボコにする。

 学ラン着てるやつが声をかけてくる。思わず反応する。

 

 …は? スタンドって何だよ、「見えてたろ」って甲冑のやつは見えるけどそれがあああああ!? 怖! 怖い! 睨むなよ!

 返事をしたあとすごい形相で詰め寄られる。学ランの奴にも銀髪にも。は? DIO? 何言ってんだお前ふざけてんのか?? とりあえず襟を掴むな離せっての!!

 

 

 

「DIO? DIOというと承太郎さん達が倒したという吸血鬼のことか!? 藤堂、どういうことだ! 何故お前の記憶に…」

 

「教えてあげるので本閉じてもらっていいですか?」

 

「いや本を読むからお前は黙ってていい!」

 

「………」

 

 それきり情報を得ようと露伴は躍起になって読み続ける。若干目が血走っている露伴に藤堂は恐怖を覚えた。それから何度か声をかけたが、全く露伴の耳に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 俺の、藤堂一茶という少年の昔話をしよう。10年前、エジプトツアージョースター様御一行と一度だけあった時のことだ。

 

 

 今思えばあの銀髪はポルナレフで、学ランのやつは承太郎、横に長い髪型のおっさんは『セト神』のアレッシーだとわかる。しかし、彼らに会う瞬間までは、ただ生まれ変わっただけだと思っていたのだから、誰が俺の立場だったとしても混乱していたと思う。

 

 俺が乱入してしまったのは、ちょうどアレッシーをトドメのラッシュで殴り抜ける辺りだったらしい。

 俺の目線がフルプレートの騎士…『シルバーチャリオッツ』と青い武人…『スタープラチナ』を追っていたことに気づいた承太郎が、いきなり俺に質問してきた。

 

 

「今、スタンドを目で追ったな?」

 

「え? スタンド?」

 

「惚けてんじゃあねえぜ坊主、見えてたろって確認してんだ。質問を質問で返すな」

 

「見えたよ。それが…うわっ!?」

 

 スタンドというのが何を指し示すものかよくわからず答えたが、元から強い目力をさらに強くして俺を睨むものだから縮み上がった。さっさと逃げたかった。

 

 

「てめーはDIOの手下か?」

 

「は? ディオ? 誰だよそれ、有名人?」

 

「おい承太郎、どうしたんだ?」

 

「この子供、スタンドが見えてる」

 

「何、DIOの手下のスタンド使いか? こんな子供が!」

 

「さあな。とりあえずじじいの所へ連れて行く」

 

「えっうわっ!!」

 

 

 後ろから遅れてやってきたポルナレフも会話に入ってくる。彼らは英語で話していたが、英語はある程度わかるので聞き取れた。俺はテンパってたので普通に日本語で話した。承太郎は英語で質問したので、こちらが英語を理解しているのはわかっているだろう。

 

 

 連れて行くってこんないたいけな子供を拉致するのかよ! と思ったが、襟を掴まれて逃げられなかった。あと眼光がすごい鋭いし、タッパがあるから威圧感もすごい。承太郎だけじゃなく、ポルナレフもだ。

 

 ポルナレフは割とおちゃらけたイメージがあるが、その実、妹を辱めた敵を屠る復讐者である。実際ポルナレフが戦ったスタンド使いの死亡率は高い。恐らく御一行の中で一番『敵を殺す覚悟がある』のではないだろうか。そう思えるくらいにポルナレフは俺から目を離さないようにしていた。だから怖いって。

 

 

「DIO」、「スタンド(使い)」、「承太郎」、そしてこの場所「エジプト」。これらの単語から俺が生前見ていた漫画を思い出したが、この時はまだ流石に有り得ないと思っていたので、自分の予想から無理やり外した。今年が1989年になったばかりという事実はスルーした。あの原作に明確な日付表記はなかったはずだ。

 

 

 

 そのまま胴を承太郎の脇に挟まれながら他の仲間と合流した。それまでに多少暴れたが承太郎はビクともせず、ポルナレフには頰をかなりつつかれた。俺の子供特有柔らかほっぺで遊びやがって!

 

 合流したのは老齢の外国人と地元民っぽい褐色肌をした男2人。もうわかっているだろうが、ジョセフとアヴドゥルである。朝食を食べていなかったらしく彼らは俺という新たな問題にため息をついていたが、飯より俺を優先することにしたらしい。道端での尋問が始まった。

 

 

「ふむ、その子供が手下のスタンド使いかもしれない、と?」

 

「可能性は低そうだがな。しかしDIOの手下でないにしろ、スタンドが見えていた。じじい、こいつは英語を理解できている。念のために聞き出せ」

 

「おじいちゃんに向かって聞き出せはないだろう、承太郎」

 

「さっさとしろ」

 

「わかっておる。…では君に聞こう。君には『他人には見えないけれど自分の周りに常にいる』お化けみたいなものはいるか?」

 

「……いないよ」

 

 

 俺は正直に答えた。他にもいくつか質問された。「承太郎たちのような普通の人に見えないものを操る人間を見たことがあるか」「DIOという男を知っているか」「エジプトで怪しい金髪の男を見なかったか」とか。

 

 俺もこの頃には混乱が解けて、「こいつらもしかしてジョースター御一行じゃね?」という予感(というか事実)を心が受け付けるようになっていた。

 俺の答えから、本当に俺がDIOとは何の関係もなく、スタンドについても何も知らない子供だとわかると、ジョセフが次に彼ら自身の目的と合わせてスタンドについて丁寧に教えてくれた。

 

 

「つまり、俺が『スタンド使い』だと言いたいんですね」

 

「ああそうじゃ。君の周りにはスタンド使いがいなかったし、スタンドの像も出したことがないようじゃから、今まで気づくことすらなかったんじゃな」

 

 

「…スタンドかあ、なんだか不思議だ。俺にそんな力があるなんて…俺にもピカピカした鎧のやつみたいなのがいるのかな?」

 

「鎧というと、ポルナレフの『シルバーチャリオッツ』のことか。残念じゃが、全く同じものにはならんぞ。君の精神の形がスタンドになるからじゃ。

 何か、自分が他人と違うと感じたことはあるか?」

 

「うーーん…? あ、俺記憶力は良いや。なんでも覚えられる」

 

「では記憶に関するスタンドなのだろう。…ジョースターさん」

 

 記憶に関するスタンドだと考えたアヴドゥルに合ってたぞと言いたかったな。まあ呼び出せばいつでも会えるんだが。

 

 

 アヴドゥルがジョセフへ呼びかける。なんだか難しい顔をしていたのは覚えている。DIOのことは詳しくは教えてはくれなかったが、『スタンド使いを世界中から集めて悪いことをしている男』に注意しろと言われた。誰かに勧誘されても逃げろと。

 

「本当ならわしが君を保護せねばならん…が、わしらはどうしても先を急がねばならん理由がある。SPW財団という組織に言えば保護してくれるよう言っておくから、ご両親と出来るだけ早く出向いて欲しい。できるか?」

 

 俺に詳しいタイムリミットは分からなかったが、アレッシー戦がこの時だったことを鑑みるに本当に俺のことなど他人に丸投げするくらい急がなければ、ホリィさんを助けられなかったのだろう。

 

 

「よくわからないけど…うん! わかった!」

 

 ものすごく良い返事をしたが、俺の心中はまったくもって穏やかではなかった。俺の中でここが『ジョジョの世界』というのはもう既に確定しており、承太郎達と関わりを持つことは現時点で死亡フラグにしかならないと当時の俺は考えていた。

 そのため何か不都合なことを勧められた気がするが、俺が快諾することで話を終わらせた。全ての情報を照査するには心に余裕がなく、とりあえずホテルの場所を聞いて、彼らと別れたのだった。

 

 

 その後父とは再会できたが、普通にめっちゃ心配された。これが一般人の感性だ。スタンド使いだからといって子供もスタンド使いとしての精神を持ち合わせているとは限らないので、その辺ジョースター御一行はやや感覚が麻痺していたようだ。『デス13』は除く。

 

 俺の住まいが杜王町であることと、俺のスタンドで死人が呼び出せることを知って戦慄するのは、日本に帰国してからだった。

 

 

 

 

 

 

「…というわけですよ。読み終わりました?」

 

「ああ。君が彼らについて大して知らないことだけはわかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もっと敵との戦闘とか見ておけよ」

 

「んな理不尽な」

 

 

 俺からは俺の『記憶』がどう書かれているのか100%はわからない。だが少なくとも10年前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだが、前世を持つ故の情報だとわかる書き方ではないらしい。

 でも絶対「前世」とか「転生」とか見られてるはずだし困るなあ。どうしよう。

 

 

「まあ旅のことはいつか承太郎さんから聞き出すとしよう。それで、お前の記憶によく出てくる前世ってのはなんのことだ」

 

 

 やっぱり突っ込んできた。やだなあ、言うのは良いけど信じてくれそうにないしなあ。

 そのまま黙し続けていると、露伴先生は脅しをかけてくる。

 

「言わないならSPW財団にお前を引き渡してやろうか」

 

「ちょっと前世があるだけです!!! …あんたが気にすることじゃあない」

 

「はあ? 本気でそんなこと思ってるのか、高2にもなって!」

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなっ!! あんた何言っても信じる気ないだろ! だから、だから言いたくなかったんだ!!!」

 

 

 露伴の当然の感想に腸が煮えくりかえる。自分でも何故ここまで頭に血が昇っているのか理解できない。しかし、どうしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()とすら考えてしまう。

 

 

 いきなり激昂した俺に少し怯んだ露伴の頭に手を当てようと手を伸ばした拍子に、互いの体勢が崩れ、『本』になっていた箇所も閉じきる。その勢いで露伴の記憶を消そうとしたが、露伴に触れることができない。

 

「あっ…!? なんで触れないんだ??」

 

「…はっははっ…先ほど既に『岸辺露伴に攻撃できない』と書き込んでおいたッ! 何をしようとしたか知らないが、お前はぼくを倒せない。

 書き込む隙間を探すのには苦労したがな!」

 

「…露伴。あんた、俺のスタンドのことは何と聞いている?」

 

「康一くんや億泰、クソッタレの仗助がうちに来た時にスタンド使いだと言っていた、だがそれだけだ。記憶とお前の『相談所』から見るに、『思い出すことで死者を呼び寄せる』スタンドだろう」

 

「そこまでわかってんなら、俺が何するかわかってるよな?」

 

「まさか、スタンド使いを呼び出そうってのか!?」

 

「そのまさかだぜ漫画家さんよお!」

 

 

 死んでいるスタンド使いのうち、今の状況で俺を助けてくれるやつ。思考が怒りに染まっているが、相性と性格だけは考えておかないと痛い目を見るのは俺だ。

 露伴特攻のような人間がいればいいのだが、非戦闘タイプ相手では誰だろうと一筋縄ではいかない。だから協力してくれる人間を『思い出す』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』点で、花京院ならば協力してくれそうだ。さて、やるか。

 

「プリーズ・リメ……ッ!!?」

 

「エコーズACT2ッ!」

 

 

 呼ぼうとした瞬間、何かに頰を叩かれた。目線をゆっくりと目の前の露伴から自分の右側にずらす。やや小さめのスタンドだ。『スヤスヤ』? 何の音だ?

 

 いや…『音』…『エコーズ』? まさか、何故!

 

「康一……くん……」

 

「…こんにちは、藤堂先輩、露伴先生」

 

 

 なぜここに。普通自分が襲われた場所に来ないだろう、康一君。そんな愚痴だかただの疑問だかわからない思考と共に俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「…駅前のカフェで学生が変人に絡まれてるって噂が聞こえたから来てみれば、何やってるんです! 反省したんじゃなかったんですか!」

 

「ご、誤解だよ康一君。これは取材だ。許可はとって…」

 

「ないでしょう、まったく! ぼく先輩があんなに怒ってるところ初めて見ましたよ。

 だいたい、鈴美さんの件でぼくが尋ねようとしたのに『ぼくが取材がてら依頼してやるよ』って言った時から怪しかったんですよ!」

 

 康一が露伴を責める。本来露伴は杉本鈴美という幽霊と会った一件について、藤堂を訪ねてきたのだ。それが暴走して、藤堂がソファで眠ったまま転がされる羽目になったのだった。

 

「とりあえず、藤堂先輩が起きる前に、こうなった経緯を話してください」

 

 

 

 広瀬康一、変人に好かれやすく、杜王町一変人の扱いが上手い男により、ひとまず今回は戦闘に入ることはなかった。

 

 






主にスタクルと会った時の話を補完しました。主人公的にはスタプラより鎧を纏った騎士のチャリオッツの方がカッコよく見えたようです。子供だからね。

この話の時系列は岸辺露伴の冒険よりあと、「重ちー」のハーヴェストよりは前を想定しています。この能力まだ使えないじゃんなどの矛盾点ありましたらご報告を。
区切りがいいところまででの投稿ですので、鈴美さんの件は次で。

補足あんまりしないのですが、もう一つだけ。
主人公の逆鱗は『前世を否定されること』です。今世に溶け込んでいても、本人の感性は前世が大きく関わっているが故に、自分の存在を否定されたようなものだからです。


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岸辺露伴の場合


小説媒体読んでないって言いましたけど、岸辺露伴スピンオフシリーズの「赤い栞」と「シンメトリールーム」だけは友人から付録の小冊子を貰ったので読んでます。友人に感謝。




 

 目が醒める。

 何があったのか少しずつ『思い出す』。俺が露伴にすごく怒っていたところに、康一君がやって来て俺を眠らせたのだった。

 

 起き抜けに『前世を蔑ろにされたこと』への怒りで思考が真っ赤に染まりそうだったが、一度意識を手放したせいで先ほどよりは客観的なものの見方ができた。どう考えても悪いのは露伴だが、康一君は何故俺を眠らせたか。

 

 烈火の如く怒る俺が()()()()()()()()()と判断したのだろう。康一君は(身長を除く)成長が早い。自分の住む街に悪いことが起こりそうな時や、実際に事件が起こった後、自分と家族や仲間の命を守る時なんかは特に強靭な精神力をさらに強くして立ち向かう。

 

 スタンド使いの性とでも言うのか。彼らは例外なく精神力が強い。弱ければスタンドを上手く扱えず、最悪死んでしまうからだ。強くならざるを得ない。そしてそれに従い思考も複雑化していく。

 

 康一君は頭がいいし察しも悪くない。「藤堂一茶が相手に本気の殺意を抱いている」ことにいち早く気づいた。

 だから多分、康一君は「露伴先生がちょっかいかけて藤堂先輩を怒らせたんだろうけど、勢いで殺してしまっては問題だ。少し頭を冷やして話を聞かせてもらおう」なんて考えたのではなかろうか。

 俺の予想だから間違っている部分もあるかもしれないが。

 

 

 露伴邸のソファに寝かされていたらしく、少し肩が固まっている気がして腕を回す。掛け時計によると、俺が眠っていたのは20〜30分ほどのようだ。

 

 

 

 俺が起き上がったことに恐れ慄いたのは部屋の中にいる座高の高い方…露伴で、やや慌てつつも落ち着いて声をかけてきたのは俺を眠らせた康一君だった。随分と申し訳なさそうな顔である。露伴の方は話しかけてくる気はないらしい。

 

「あっあの、起きましたか…。眠らせてすみません。…さっきまでの事はある程度先生から聞きました。一応、念のため! 先輩の話も聞きたいな〜って…」

 

「……そうか。で、何故君に話をしなければならない?」

 

 康一君は仲裁に入ることにしたようだ。しかし当事者に彼は含まれていない。本来ならこの件に首を突っ込むのはお門違いというものだ。問いかけると一瞬怯んだが、次の間には覚悟を持った瞳をこちらに向けてきた。

 

「う…。ぼくに関係ないっちゃないけれど、放っては置けません。

 この町で殺人が起こることも、ましてや知り合った漫画家や学校の先輩が加害者と被害者になるなんてことも…絶対にあっちゃあいけないんです」

 

 ()()()()()()()()()()()()という意思を感じる。これは俺のことじゃない。俺のことでもあるけれど、きっと、もっと違う…殺人鬼のことだ。まさか、もう小道に行ったのか。

 

 俺の能力的に誰かがあれを教えにくると思っていたが、まだ俺は町に潜む『犯人』の話は聞いていない。もう目の前の彼らが他に伝えた後で最後に俺の所へ来たのか、それとも仄暗い話を真っ先にここへ伝えに来たのかイマイチ判別がつかない。

 

 どちらでも大して変わらないが、俺が『犯人』について無関係でいることはできない。俺は死者を呼び出せるからだ。

 

 

 とにかく、既に話は進み始めているらしい。ならばと俺は、先ほど俺と露伴の間で起こったことを康一君に話すことにした。まだ心の中では火が燻っているが、露伴の反応を見るに俺の目つきが悪くなるくらいで済んでいるらしい。

 

 

「…で、俺が切れたわけ」

 

「うん…齟齬はないね。やっぱり露伴先生が全面的に悪いんじゃないですか!」

 

「…まさか『あれ』がスイッチだなんて思わなかったんだよ。いや、悪いとは思ってるさ。また休載しては困るしな…。

 …悪かった、君の根源を侮辱したことは謝る。もう言わない」

 

「…許しはしませんよ、読んだ内容は後で『忘れて』もらいます。

 あんたと俺は畑は違うが、お互い人生で一番に考えているものがある。あんたが漫画で、俺が『あれ』だった、それだけです。…次は無いからな」

 

 

 露伴は『忘れる』と言った時少しだけ残念そうな顔をしたが、引いた方が良いと判断したらしい。らしくないとは思うが俺も譲れない所である。これが妥協点だ。ちなみに説明する時には康一君にも知られないよう『あれ』と指した。二の轍を踏まれても収拾がつかないしな。

 

 また、前世の話とは少しズレるが、承太郎さんの『日記の内容の記憶』を知られてはいけないように、俺の記憶も知られてはいけないことだらけだ。本当に今回は俺も迂闊だった。それは俺のミスだから受け止めよう。

 

 

 露伴のスタンド、『ヘブンズ・ドアー』でも対象のページを破ることで一時的に記憶を消すことができるし、『忘れる』と書き込めばずっと忘れたままにできる。鮮明な記憶とは、余程のことがない限り完全に消えることはない。『忘れた』ことはいつか『思い出し』てしまうから、封印と言えるかもしれない。

 

 

 

 俺と康一君立ち会いのもと露伴自身の手で書き込んでもらい、俺が重ねがけで『忘れさせる』ことで出来る限り強く『記憶の封印』をして初めて、一応の和解をした。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、なんの話だったんですか? アレは露伴先生の暴走で、依頼があったっぽかったですけど。

 仕事なら請け負いますよ」

 

 気を取り直して、俺から話を振る。向こうは話し出しにくそうだったが、俺の方は大分落ち着いたため、仕事モードで対応できるくらいの余裕ができていた。

 俺から話を振ると、精神的にはどうかはともかく、大人に分類される露伴先生が返事を返してきた。まあさっきの俺にとって都合の悪い事情だけ『忘れた』からな。

 

 

「ああ! そうだった。君の『相談所』、幽霊を呼び出すなんて謳っているんだろう。何人か呼び出してほしい。もしかすると()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「? 行方不明者の捜索か何かですか…」

 

 

 …ああ、言ってて気づいた。『犯人探し』をする気か、彼ら。

 

 俺の能力は死人に口をつける。前にちょっとした出来心で、捜査が難航しているらしい事件で死んだ被害者を呼び出した。犯人が誰かとか、証拠はありそうだとか、警察に教えれば1発で解決しそうな情報をもらったことがある。その被害者は怒っていたために何でもかんでも話してくれたから俺も全容を把握できた。

 

 その時は、俺にどこぞの名探偵もいなかったし、警察に教えられるような信用もコネも持っていなかったために、俺が何かすることはなかったのだが。

 

 要するに俺が殺人事件の死者を呼べば、死者の分かる範囲での情報を得られるのだ。犯人の顔を見ていれば完璧だ。探偵の真似事ができる。

 

 

「実はそうなんです。他人ですけれど、皆この町の人たちです。藤堂先輩はこの町の行方不明者数をご存知ですか」

 

「正確な数は知らないけれど、他の町の7〜8倍とは聞いている。改めて考えるとかなり大きい数だな。全員が同じ事件に関わっていると考えているのか?」

 

「…全員かはわかりませんが、多くの数の被害者が行方不明者に数えられているはずなんです」

 

「リストはあるか? 顔と名前がわかれば一応呼べるが」

 

 

 リストならここに、と康一君が学校指定の鞄からクリップでまとめられた5、6枚のプリントを取り出す。そのまま受け取って目でなぞると、成る程たしかに、いつか新聞や地元のニュースで見たことのある顔が並んでいた。時折男性も混じっているが、ほとんどが女性のようだ。

 

 

「全員が関わりのある『被害者』なのか? 何故この人たちだと断定した」

 

「…あー、えーっとですねそれは…」

 

「『被害者の幽霊』にあったんだ。そこで『犯人』のことも行方不明者との関係も知ったし、魂が飛んでいくのを見ていたらしく被害者の擦り合わせはした。捕まらずにこの杜王町にいるとも」

 

「それは怖いな。…実に怖い」

 

「あとこれは個人的な依頼だが、この『杉本鈴美』という少女も呼び出してくれ。被害者の1人なんだが、こいつはぼくの知り合いでね。最近知ったくらいに昔の記憶だったが」

 

「……なら、この人から先にやりましょうか」

 

 

俺はここで『犯人』について聞いたことを全て知ることができた。これよりボロは出にくいと思う。というか全員確実に死んでるじゃないか。

 

 杉本鈴美とは、『幽霊』だ。彼女は『振り返ってはいけない小道』において存在し、生きている人間にも触ることも会話することもできる。

 

 本来ならこの世界では『幽霊』とは簡単に生者に干渉できないはずだが、彼女はごく普通の人間のように存在している。俺は生まれてからあの小道へ迷い込んだことはないから前世の知識しかない。『デッドマンズQ』では地上で魂のみで存在する幽霊は苦労すべき、といった『ルール』が存在したはずだ。

 

 彼女は魂の形が維持できない地縛霊のようでもないし、何より生者に干渉してくる。波長が合わない人間では声も聞けないようではあったが、とにかく普通の幽霊の定義に収まらない。

 

 俺の予想では、彼女は『屋敷幽霊の一部』という扱いではないかと思っている。幽霊屋敷ではない、『屋敷幽霊』だ。あの『小道』には彼女の自宅がある。恐らく殺されたのも部屋の中だし、強ち間違いではないと考えている。6部の描写で、あの中のものは生きた人間にも扱えていたからだ。

 

 

 そんなわけで、俺は「屋敷幽霊の魂を呼べ」と言われているようなものだ。向こうは初めて見た幽霊が彼女だから、判別がつかないだろうが。

 俺に呼び出せるだろうか。死んでいるから呼べはするが、どうなるかわからないから怖い。

 

「で、出来るのか? さっさとやってみてくれ」

 

 そういう露伴先生はごく真面目な顔をしているが、手にはスケッチブックとペンを準備している。取材する気満々らしい。俺が死人を呼び出せるのは知っているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が気になるのだろう。

 

 まあ…俺もそういうのは完全に初見だから気になっている。

 

「すぐ呼びます。プリーズ・リメンバー」

 

 

 

 

 

 

 結果的に言うと、15歳程の少女は呼び出すことができた。しかし、やはりいつもとは違った。

 

 

「 」

 

「今、何か言ったか?」

 

「 ? !」

 

「…声が、聞こえない? でも億泰君のお兄さんの時は…」

 

「…いつもと違うな。心当たりはあるか?」

 

「…現世にいる『幽霊』だからな。自分のテリトリーから離れてしまったからこうなったんだろう」

 

「最初からそう言え。多分さっき言ってた人ですよね? 緊張したでしょうが」

 

 

 鈴美さんはと言うと、何故いつもと違う場所にいるのかわからないと言った風に焦っている。露伴先生や康一君に状況を聞くために話しかけたのに声が伝わっていないことがわかって、少しパニックを起こしているらしい。

 

 

「落ち着いて、鈴美さん。今は勝手が違うけれど、ここは杜王町だから。あとで小道へ説明に行くよ」

 

「 」

 

 

 康一君が冷静に説明すると、鈴美さんはコクン、と頷く。ここに居させ続けるのは負担が大きいだろうと、とりあえず今は戻ってもらった。話をつけるための能力なのに、幽霊でいるより話ができないなんて無意味にもほどがあるからな。

 

 

「俺も勉強になったよ。幽霊を呼び出すと話すら出来なくなるんだな」

 

「…そうか。まああそこに行けばいつでも会えるしな」

 

 なんだろう、何かしたいことでもあったのかな。何故か残念そうだ。まあ露伴先生の考えることはよく分からないし、一生知ることはないだろう。

 

「じゃあ、こっちのリストから1人ずつ呼んでいきますね。一応確認ですけどこのリストの中にスタンド使いはいませんよね?」

 

「え? ああ、ぼくたちが調べた限りではいないと思います」

 

「じゃあまとめて何人か呼ぶか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は何度も驚く日だ。2回目だぞ。映像にしてショッキングなのは間違いなくこちらだが。怒ったり驚いたり、今日は忙しい日だ。またいろいろ能力について検証しなければならないかもしれない。

 

 他の2人も言葉を無くしている。それで済むなら不幸中の幸いかもしれない。こんなものみたら最悪吐いたっていいくらいだ。俺でも絶句したのだから。

 

 

 

「アアウ…」

 

「ヴア…グゥゥ…」

 

「アガギギィ」

 

 

「なんだ…これ…」

 

 

 手始めに呼び出したのは3人。辛うじて全て人間の形は保っているが、肌の至る所にびっしりと裂傷のような傷が走っている。服で見えない部分も酷い有様だろう。場所によっては血を吹き出し、床を赤色で汚している。喉というか臓器や器官なども全て傷ついているらしく、まともな声も出せず、動くこともできないようだ。

 

 それなのに俺にフィードバックはない。つまり()()()()()()()()()()という事だ。呼び出した彼らは名前と顔と、「誰かに殺された事実がある」という情報のみでここにいる。それほど死ぬ瞬間が凄惨だったのだろうか。むごいことを。

 

 康一君は耐えきれなかったようで、一度立ち上がったソファではなく、床にへたり込んだ。その拍子に血にでも触れたらしい。しかもその血は沸騰した湯のように熱かったようで…。

 

 

「うわあっ…熱っ!?」

 

「何だ、この傷は…切り傷じゃあない。高所から落ちたり、首を絞められたわけでもない。…引き裂かれたような…これは…ッ!」

 

「スタンド使いの仕業でしょうね」

 

「…!! スタンドだって!?」

 

「細かい能力はわかりませんが多分、爆発させる能力です。でもこの辺で爆発音なんて聞こえやしない。もし音もなく、死体も残さず爆死させられるとしたら…」

 

「…スタンド使い以外には有り得ないね、間違いなく」

 

「それに、こんなに損傷している状態で呼んでしまったのは初めてです。今までこんなことなかった」

 

「…じゃ、じゃあ承太郎さんたちに言えば、動いてもらえる…! スタンド使いが関わっていることがはっきりわかったんだから!」

 

「そうだね。はやく伝えておいで」

 

 

 康一君は腰が抜けていたというのに何とか玄関まで辿り着いたと思うと、すぐに靴を履いて走っていってしまった。本来より早く調査に着手できるなら、また違った()()になるかもしれないな。犠牲は少ない方がいい。

 

 俺は既に呼び出した彼らを消している。滴り落ちた血も無くなっている。見た目もグロッキーで可哀想だし、スタンドとはいえちょっと掃除しなきゃダメかなとか頭によぎるくらいの出血だったから少しだけビビっていた。

 

 

 

 それにしても、まさか()()()()状態とは。魂が破壊されて天に昇るような描写があったことを覚えていたが、呼び出してもなお破壊された状態で顕現するとは予想していなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん俺は知っている。だが本来俺が知らないことだから、誰かに言うわけにはいかない。さっさと被害者から情報を引き出せたなら第4部完! だったのに。

 

 確か『犯人』は死に行く相手に名乗っていた…はずだ。ただのイメージだったか、今はもう判別がつかないが、きっと被害者たちは知っている。名前か、顔か、どちらかでも。なのに、生きている人間に伝える術を奪われていた。

 

 悔しい。こんな大事な時に俺の能力が使えない、役に立たないことが。『犯人』がスタンド使いだということは、遅かれ早かれわかることだ。俺はちょっと早めただけ。俺すらも『運命の奴隷』とでもいうつもりだろうか。

 

 やっぱちょっと腹立ってきた。吉良には何かしら報復したいと思う。帰って作戦でも練るか。

 

 

「では露伴先生、お邪魔しました。町に関わることなので、今回はお代はタダにしておきましょう」

 

「ぼくに貸しでも作らせたつもりか?」

 

「いいえ、これは町に関わる重要な案件ですからね。金がどうとか言ってられないなって思ってるだけです。それに…」

 

「それに?」

 

「俺は死んだ後くらい嫌な思いをして欲しくないんですよ。どう死んだとしても、どんなに嫌いな奴でも、穏やかであってほしい。俺が呼び出した時には、優しい時間を過ごしてほしい。…まあ、出来る限りですけど」

 

 

 戦闘や俺の好奇心などで呼び出すことはよくある。悪いとは思うが、その度に一緒に美味しいもの食べに言ったりとか遊びに行ったりとか、サービスをお礼として返すようにしている。

 生前出来なかったこととか、やり残したことが見えてしまうからそう思えてくる。どんどん死者に入れ込んでしまうのだ。

 

 

「それなのに、『犯人』に殺された奴らには安寧がない。呼び出してあれなのだから、天国なり地獄なりあの世にあっても、生まれ変わっていても、魂が破壊されたままなのでしょう。それが死ぬほど許せない」

 

 

 そう言い残して俺は露伴邸を後にした。

 

 

「…いまいちわかりにくいキャラクターだな、藤堂一茶」

 

 

 馬鹿な、俺より単純なわかりやすい人間は億泰くらいだぞ。あちらは本質や痛いところをついていく勘があるけど。

 

 





露伴先生が忘れた記憶は、「本」の内容と「主人公が前世を信じている点」くらいですかね。前世の話自体を馬鹿にしてブチギレキチを生み出したことは覚えてます。

爆破された魂はこういう形になりました。SPW財団を早い段階で捜査に協力させられたのは大きいかもしれない。(主人公は直接はち会いたくないけど)

1、2話は別の話挟んでから、吉良その1かなあ。


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群体話集の場合(小話集その1)

小話というか、時系列順に書くと間違いなく他の話に入れる事はないであろう小ネタを4つ。

本当は6つ入れて「セックス・ピストルズみたいな数の小話」ってタイトルにしたかったけれど文字数が本編より多くなるので断念しました。

全て真面目な話ではないです。原作ネタバレも普通にあります。



 ⒈ラッシュの話

 

 この日が来ないことを願っていた。この前ジョースター家の人間2人とことを構えることになった時は、奇跡的に激しい戦いに発展しなかったから、安心しきっていた。

 

 

「それじゃあ、準備はいいな。仗助、藤堂、ご先祖様」

 

「ジョナサンと呼んでくれていいのだけれど…」

 

「ではジョナサン、と」

 

「こっちはOKっす」

 

「中止しませんか?」

 

 

 日を改めて、がっつり真正面から戦う機会が設けられたのだ。もちろん、承太郎さんとジョナサンのタイマンである。呼び出す俺にフィードバックがくる以上抗議したのだが、承太郎さんの依頼という事と、隣に即治せる仗助君を配置する事で仕方なく承諾した。

 

「たまには力を出さなければ、流石に衰える。DIOの残党に対抗するために勘を取り戻したい、そのための模擬戦だ。君に負担はかかるが、手助けしてもらえると助かる」

 

 彼はそう言って力強い眼差しを俺に向けたのだ。

 多分承太郎さんは、俺が最終的にやりたい事には気づいていて、あえて口に出さないだけなのだろう。家族にも説明せずに遠くへ置いてしまうような人だから、口に出して確認すべきではないと考えるはずだしね。

 

 理由は違っても、向こうが明確な敵(ラスボス)に辿り着いていなくても、倒すべき相手は同じだという事を解っている。向けられた瞳をのぞいた時に、そんな印象を受けた。だから承諾した、俺にもいずれメリットがあるだろうから。

 

 それでも依頼として救護班(じょうすけ)を用意した上で金を貰ってなきゃ、やりたくなかったとは今でも思っている。だって痛いの嫌だし…。

 

 

「今さら止めにするのはこちらとしても君としても困るだろう。金はすでに支払ったからな」

 

「…わかってますよ。言ってみただけです」

 

 

 今回の目的は承太郎vsジョナサンの形で、スタープラチナの性能のリハビリといったところだ。速さと力強さを兼ね揃えたスタンドというのは聞こえはいいが、どちらかが欠けてしまえばとても不安定になる。その全盛期よりは崩れているであろうバランスを整える相手として、承太郎さんが選んだのがジョナサンだった。

 

 曰く、「手近な人間で、本気で殴っても平気そうなパワーとタフネスがあるから」とのこと。まあ俺にフィードバックが来るダメージは、呼んだ人間が受けたダメージからくるものなので、殴り返して相殺したり、ガードして軽減したりして少なくすることは可能だ。波紋なら痛みも和らげられるしね。

 

 つまり、ジョナサンがうまく対処すれば俺が受けるダメージは少なくなるのだ。今回は全力でジョナサンを応援しよ。

 

 

 

 昼間の空き地で、背の高い男が2人、臨戦態勢を整える。俺と仗助君は端っこで廃棄された木材に座って待機だ。俺の意思はあってないようなものらしい。抗議虚しく、そうこうしているうちに仕切り直された戦いの幕が上がった。

 

 

「じゃあ、始めようか。そちらからどうぞ」

 

「遠慮なく行くぜ、ジョナサン! オラァッ!!」

 

 

 軽く(軽くない)1発、スタープラチナの拳が突き出される。その動きは俺の目にはギリギリ映るくらいの速さだが、ジョナサンにははっきりと見えているらしく、スタープラチナの腕を下から弾くことで対処。

 

 一撃目を受け流されても勢いは殺されず、二撃目、三撃目と途切れることなく繰り出される。つまりオラオララッシュだ。かなり早いスピードだが、まだ俺にも目で追えるということは、本当に衰えているらしい。いや、軽い準備運動かもしれないが。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 

「はあああああああッッ!!!!」

 

 

 ジョナサンにとって目で追えるという事は、対処できる事と同義らしい。同じように自身の拳を突き合わせていた。いやあんた一応生身なのに近い速さでラッシュ返せるって人間かよ。

 

 

「あー、ちょっと手の甲辺りがダメージ蓄積してきてますね、治します」

 

「サンキュー仗助君。お前だけが頼りだぜ」

 

 

 殴り合っている間にも少し切れたり打撲になってたりするらしい。まだ気にならない程度でも、仗助君は治してくれる。神様かな?

 

 ラッシュは勘を取り戻したのか、段々と速くなり、やがて俺の目で追えるスピードを超越した。スピードで時を超えるスタンドだしな、そりゃ目で追えってのが土台無理な話なんだよな。

 

 スピードとともにパワーも先ほどより乗っていっているようで、完全パワー型のジョナサンは少しだけ押し負けているようだ。

 

 

「…オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッッッ!!」

 

「ぐっ…うおおおっ!!」

 

 

 ジョナサンは、ゲームで言うと1発が大きい筋力極振りタイプ。承太郎さんは筋力と敏捷に振ってる定番で強い振り分け。スタンドはゲーム内のステータス振り分けのような自由は利かないから、単純に力と速さを兼ね揃えたスタープラチナが強くなるのだ。いいよねスタープラチナ。

 

 俺自身、ジョナサンの方が力は強いと思っているが、手数が多い相手…つまりスタープラチナとはやや相性が悪いのかもしれない。攻撃を1発当てれば隙もできるし、また違うのだが。

 

 

「大分以前のように打ち込めるようになってきたぜ。もう一回行くぜ」

 

「ああ、どんどん来るといい!」

 

 

 本調子になった承太郎さんが一拍置いてまたラッシュを打ち込む。ちなみに俺はもう目が追いついていない。反応できるかはともかく視認出来てるジョナサンすげー。全てを弾き返しているわけではないのに、最小限の動きと力み方でガードしているようだ。

 

 ジョナサンにも熱が入っているようで、本気で攻撃を打ち返している。多分模擬戦っていうことや趣旨を忘れていると思う、勝ちに行く気だ。ジョースターは負けず嫌いって何処かで聞き覚えがあるな。

 

 連続で繰り出されていたパンチの終わりを見極めていたらしいジョナサンは、その瞬間に防御姿勢から一転、顔面にめがけて輝く拳を突き出した。

 

 

「波紋疾走ッ!」

 

「スタープラチナ ザ・ワールド!」

 

「ちょ、ずるっ…」

 

 

 オイオイオイそこまでするのかよ、嘘だろ承太郎さん!? 時を止めやがった! 口を挟む気も起きなかったが、つい声が出てしまった。

 

 俺は時を止めた世界に入門したわけではないのでどうなったかわからないけど、承太郎さんがスタンドの名を呼んだ次の瞬間には、すでにジョナサンの後ろに回り込んでいた。ジョナサンにも時を止めた間の事は知ることができない。

 

 

「なっ!!? 何をしたんだ!?」

 

「時を止めた。俺のスタンドの能力でな」

 

 

 気がつくと、俺の顎あたりに衝撃が走り、俺は宙を飛ばされていた。多分、ジョナサンがアッパーでも食らったんだろう。同時に飛ばされたから見てないけど。スタンドが吹っ飛ぶと本体も呼応して吹っ飛ぶ仕様、どうにかならない?

 

 

 

 

 

 

 再び身体に衝撃を受けて、俺は意識を取り戻した。身体のあちこちがやたら痛い。怪我はしていないようだが…。

 

 

「起きたっすか、藤堂先輩」

 

「おはよう仗助君。もう終わった?」

 

「いーや、まだっす。先輩が気絶してから2時間は経ちましたけど、まだそこで殴り合ってます。ちなみに寝てる間の傷は『治し』ておきました。どっか痛いところあります?」

 

「ああ、ありがとう…。肩のあたりがまだ痛いから頼む。俺が気絶してたのに何でジョナサン引っ込まなかったんだろう…」

 

「ところで先輩」

 

「何かな後輩」

 

「これ、いつまでやるんですかね…」

 

「2人が飽きるまでかなあ…」

 

 

 未だ拳をぶつけるどころか突進だの足払いだのしてガチの喧嘩になっている。負けず嫌いにもほどがあるでしょこの野郎。心なしか2人とも笑ってるように見えるし。おい関節決めるのと背負い投げはやめろあああああああああああああ゛ッッ!!!!!!

 

 

 

 休日の朝に始まったこの騒動は、日が沈むまで続いたのだった。終始痛かった俺は腹いせに追加料金を請求したが、承太郎さんはどこか清々しい顔で、仗助君がいなければ払うことになっていたであろう治療費くらいの金額をポンと渡してきて、俺に向かって言うのだった。

 

 

「またいつか頼むぜ」

 

「藤堂一茶はクールに去るぜ…!」

 

 

 なおクールに去れなかった模様。承太郎さんって時々容赦ないよね。楽しそうだったからまあいいけどさ。とりあえずこの金で仗助君とトラサルディーにでも行くか…。

 

 

 

 

 

 

 ⒉モテるモテない

 

(※ギャグです

 ※恋愛要素はこれにもこれからも入れる予定はないです

 ※作者は恋愛弱者)

 

 

 とある日。俺は学校の裏庭に、後輩たちを集めていた。ある催しを実施する為である。

 

 

「はーい! ではこれより過去数多の女性を落としてきた、スケコマシ先輩ことシーザーさんによる〜…ナンパ講座あ〜!!」

 

「待ってましたあ!」

 

「ええ〜…何だそりゃ、おれはパス」

 

「仗助君はモテるもんね。ぼくは…いや、今は女の子はいいかな…」

 

「お前らノリが悪いなっ! チクショー、これだからモテる奴と女がいる奴は!!」

 

「いないですってば! …まあ、由花子さんが原因なのは認めますけど」

 

 

 東方仗助はモテる。流石はジョースターだな! と仗助君的には嫌味になりそうな台詞を吐き捨ててやりたいが、俺が知っているわけがない事なので言えずにいる。

 

 康一君は、アレだな。可愛いと思って油断したらヤンデレだかメンヘラだかに引っかかって、命の危険を感じたばかりだしな。ちょっぴり可哀想なのでノリが悪いのは許してあげよう。

 

 

「一茶、お前に頼まれたし、俺が女性(シニョリーナ)の扱い方を教えるのはいいが…。まさかお前自身も…? 顔立ちは悪くないと思うんだが」

 

「そう思います〜? …ラブレターなんて貰ったことないし、女の子とそんな雰囲気になったことすらないですよ」

 

「マジすか!? 康一、それって普通なのかよ?」

 

「え? うん、ぼくも由花子さんに告白されたのが初めてだったし。仗助君が異常なんだよ」

 

「グレート…」

 

「仗助、おまえは黙ってろよ! 毎日のように下駄箱にラブレターが入ってんの知ってんだぞ!」

 

「これは有罪」

 

「あーもう、億泰! 余計なことばっか言ってねーで話聞いとけよ!」

 

 

 俺こと藤堂一茶という男は、生まれてこのかた異性にモテたことはない。前世まで遡ってもない。可愛い幼馴染も隣人も、なんならクラスのマドンナも義理の姉妹もいない。浮いた話ゼロ! 言ってて悲しくなってくるね。

 

 今回の講座参加者は俺と億泰の2人。世の中要領いいやつばっかだよな。同窓会で久し振りに会ったら、クラスの半分くらいは結婚して子供までいたりする。訳がわからない。どこで出会ってナニしたんだよお前ら!? 俺がプラモで遊んでる間に!

 

 いかん、前世っぽいのが一瞬出てきた、気を取り直そう。俺の人格や記憶は前世から引き継いだものも多いが、引き摺ることはない。俺の最期は確かスーツを着ていたはずなので、社会人の年齢であったと思う。しかし大人としてのプライドみたいなものが一切表に出てこない。

 

 今世では、子供の中で遊べば普通に子供らしく過ごせるし、小中高と学年が上がっても年相応に勉強サボったり時に真面目にやったりと過ごしている。

 親に文句もわがままも言うし、子供らしい喧嘩もした。

 

 だ が し か し 恋 愛 は 出 来 な か っ た 。

 

 

 周りに違和感ない程度に子供であった俺だが、かっこいいと思うものや好きだな、と思うものの感性は前世成分高めだった。さらに倫理観も他人より身についているので、子供達やその保護者たちにも「みんなのまとめ役」とか「オトン」、もしくは「ちょっとズレた人」みたいな扱いをされた。

 

 悪いことではないが、それが恋を遠ざける要因でもあった。喧嘩の仲介とかいじめが起こりそうならそれとなく緩衝材になったりとか。「みんなのヒーロー」ではあったが、「白馬の王子さま」という柄ではなかったという訳だ。

 

 

 しかし、シーザー大先輩の仰る通り、俺の顔は仗助君やシーザー程ではないが、整っている部類に入る。まあ、彼らと比べるのは烏滸がましいというものだ。それでも10人中6人くらいはカッコいいと言われるくらいのレベルだし、顔に不満はない。おいそこ、微妙すぎるとか言わない。

 

 

「そうだなあ…一茶、ちょっと女の子を褒める台詞を考えて言ってみろ」

 

「? 『笑顔が可愛いね!』とか?」

 

「普通すぎる」

 

「普通」

 

「ひねりが足りない」

 

「何で!? これじゃダメなの!!?」

 

 

 何で!!?? 純愛派とやらの仗助君どころか億泰君にすらダメだしされたんだが!?? こころおれそう。

 ここでシーザー先輩からのアドバイスと億泰君からの横槍が!

 

 

「ダメって訳じゃない、足りないだけだ。もっと膨らませろ」

 

「『お前っていつもニッコニコしてて、明るいよな〜! これお前のイメージっぽいしあげるわ』っつってオレンジっぽい色入ったアクセ渡す、とかあるだろ」

 

「女性をお前呼ばわりは感心せんが、一茶よりはいい」

 

「億泰君にも負けてんの俺? キーホルダーとかじゃダメなんですか!」

 

「それは流石に子供っぽいと思いますよ…」

 

「ガキかよ先輩」

 

 

 うおああっ、後輩たちにすら呆れられる。後輩の為に時間を取ったのに俺が一番アホ晒してるこの状況、おかしいだろ! 俺の対女スキルが全然ないのがバレてしまっただろうが! 誰だよナンパ講座開いたの……俺だった。

 

 

「モテたいなら、もうちょいこういう事も勉強しような? 手伝ってやるから」

 

「あぁんまりだあぁぁぁぁ!!」

 

 第1回ナンパ講座、俺がシーザーに同情されるだけで終わる。え? 第1回があるなら2回目以降もあるかって?

 

 この事は念入りに『忘れた』から、しばらくは『思い出せない』だろうさ!

 

 

 

 

 

 

 ⒊仗助のリーゼントって…(上の続き)

 

 俺がモテない理由を理解してしまった現実から目をそらすのに、自分自身の能力を使えばいいと思いたつまでの間で、もう一悶着起こった。

 

 

日本人(ジャポネーゼ)は男も女性も奥手だからな。時代にもよるが、やはり強い男は頼り甲斐がある。

 スタンドと言ったか? それがあれば戦えるだろうが、身体は鍛えておくべきだと助言しておくぜ」

 

「その点、仗助君はいい身体してるよなあ〜っ。承太郎さんもガタイいいし、血筋ってやつか? それとも筋トレしてんの?」

 

「まあ多少は鍛えてるけど、いつのまにか筋肉はついてんだよな…」

 

「JOJOもおれより年下だったが、体格は一丁前に良かったからな。遺伝もあるんだろう」

 

「億泰君も力強いよね」

 

「おう! おれは鍛えねえと、兄貴が『弛んだ体で歩き回ってんじゃあねえッ!』って言うからよ、毎日筋トレしてんだよ。今でも続けてるぜ」

 

「努力してんなあ〜。康一、お前も見習えって」

 

「ぼ…ぼくだって頑張ってるんだよ!? でも身体からして…」

 

 

 俺が悔しさと切なさでダウンしている傍らで、何故か体つきの話になっていた。康一君はまともに筋肉をつける事自体諦めている様子。へ、へん! 男前度はともかく、筋肉量はそこそこついてるんだぜ!

 数年の波紋呼吸の修行によって、そこらの不良に絡まれても1人で相手取れる程の力を手に入れた。ツェペリさんホントありがとう。

 

 講座というかもうただの雑談だが、こういうのもたまにはいいか。

 

 

「仗助は女性に優しくしているだろうな? JOJOはその辺なっていなかったからな…聞くのも不安だが」

 

「おっおれは女子に優しくしてるぜ!?」

 

「まあ仗助君は元から人には優しいからね」

 

「ならいいが。それにしても、髪型はいつもそれに? さっきから思っていたが、リーゼントと言ったか。()()()()()()()()()()、流行ってるのか?」

 

「「…あっ」」

 

「あっやべえ、仗助!」

 

 

 

「…今この頭のこと、なんて言った!」

 

 

 

 ファンならご存知だが、一応説明しよう! 仗助君は過去に自分を助けてくれた恩人を尊敬しており、自身の髪型を同じリーゼントにしている。その髪型を貶されると、恩人を馬鹿にされたと感じ、心の奥底でプッツンきてしまうのだ!

 

 ちなみに時々「それ貶してるか微妙じゃね?」みたいなレベルのセリフでもキレるので要注意だ。(EOH知識)

 

 

 一度見たことのある友人2人は知っていたとはいえ止める術もなく避難することにしたらしい。シーザーは、仗助君が怒っているのはわかるが、どの言葉がキーになったのか、イマイチピンときていないらしい。少し距離を取るくらいで済ませてしまっている。

 

 

「なあ、一茶! どうして彼は怒っているんだ。教えてくれ」

 

「髪型貶したのが悪いんです! 仗助君、髪型を悪く言われるのが一番嫌いなんですよ。あと周り見えてないです! 多分あんたが倒れるまで攻撃してきますよ!!」

 

「なるほど! すまない仗助、貶したつもりじゃあなかった! お前の誇りを傷つけたなら何度でも謝る!」

 

 

 声が聞こえているのかいないのか、いや聞こえているわけがない。仗助君は全く反応せずに真っ直ぐシーザーへと歩みを進めていく。このままだと顔面整形コースだ。シーザーも反省しているためか、拳を受ける気のようだ。まあ当事者が納得できるならそれで…いや、待てよ……。

 

 ……シーザー先輩が攻撃を受けたら俺にもダメージが来るのでは…? 半減とはいえ、クレイジー・ダイヤモンドで『治した』部分は俺にどう言う形でフィードバックされるのだろう。少なくともこの前スタプラのパンチを間接的に食らった時すら人間業じゃない速さを感じた。

 

 

「シーザーッ! 攻撃受けたら何もしてない俺にまでダメージくるから避けてくれ!? 頼むから!」

 

「え? ああ、そういえばそうだったな!」

 

 

 ちなみに全員の位置関係だが、道路沿いのフェンス側が仗助君、直線上のグラウンド側にシーザー。仗助君に巻き込まれない距離をとって校舎の方に寄っているのが億泰君と康一君。

 

 それでさっきまでいじけてた俺がいるのが校舎側なのだが、いじけるだけあってそこそこ離れていた。

 

 よって、シーザーに近い方にいるがフォローが間に合わない場所にいた。俺の能力で呼んだ、コストが高い人間を消す時は、少なくとも2m間にいなくては消すことはできない。その日の体調が良かったり、別の条件下ならばまた範囲も広がるが、今回は近づかなくてはシーザーを引っ込められなかった。

 

 

「ドラァ!」

 

「シャボンランチャー!」

 

 

 ズガガガッ!

 

 クレイジー・ダイヤモンドのパンチを、波紋を流したいくつかのシャボン玉で受け流す。攻撃を受けたシャボン玉はぐにゃぐにゃと形を変えて、歪な形に『治される』。

 

 しかし攻撃は当たらず、シーザーの波紋が軽く仗助君へと伝わった。側から見ると、波紋が流れた仗助君が雷のようなスパークを纏って光っているように見える。

 

 強い衝撃ではあるが、加減はしたらしく仗助君は無傷だった。同時に衝撃を受けたことで仗助君は一応正気に戻った。少し逆立った髪の毛を櫛で整えている。

 

 

「知らなかったとはいえお前の誇りを傷つけたらしいな。悪かった」

 

「…え? あー…ああ、まあ、謝ってくれるんなら、許しますよ。俺、髪型のこと悪く言われると目の前が真っ赤になっちまって…」

 

 

 何とか事態は収束したらしい。横の方で見ていた俺たち3人は同時にほっと息を漏らした。よかった、またラッシュ対決の時くらい痛い思いするかと思った。

 

 

 余談だが、歪な形になったシャボン玉が動物の形になってたり、誰かの顔に見えたりしたのが面白くて、皆でしばらく遊んだ。

 

 波紋も切れて割れたら、またシーザー先輩にシャボン玉を作ってもらって、ついでに俺もシャボン玉作る練習させられ。作ったシャボンは仗助君が『治して』変形させたり。

 さっきまでのどの時間よりはしゃいでた気がする。めっちゃ楽しかった。(胸いっぱいの童心)

 

 

 

 

 

 

 ⒋考古学洗脳

 

「なんだって! 石仮面を作った文明人がいたって本当かい!?」

 

「人とは言えませんがね。俺はよく知らないですけど、1940年代ごろに長い眠りから覚めた彼らを倒したのがジョセフ・ジョースターだそうです」

 

「ぼくの孫が! よく無事で!」

 

 

 そういえば石仮面について深く研究し、深く関わっていたのはジョナサンだった。そう思い立って彼に2部の顛末を教えると、大げさに驚いたり心配する姿を見せた。

 

 これらの情報が伝聞の形なのは漫画知識であることもそうだが、本当に聞いたことだからでもある。歴史の偉人を試し呼びしていた時にスピードワゴンも呼び出していたのだが、貴方が死んだ後の時代ですよと伝えると、聞いてもいないうちからジョースターの事やら財団の心配やら話し始めたのだ。

 

 玄孫まで居ると知ったスピードワゴンはそれはもうやかましかった。持っている情報量は多いし話自体は面白いが、同時に聞いてはならない機密のようなことまで呟くのだから小市民の俺はかなり怯えた。

 解説王の名の通り感情いっぱいにわかりやすい説明で教えてくれるので話にイメージ出来ない部分がないのが余計に。

 

 聞いた話をそのままとは言えないが出来る限りジョナサンに伝えると、彼は熱心に聴きこんだ。全て話した時にはワクワクが抑えきれないと言った子供のような顔をしていた。

 

 

「…柱の男達のことに興味がありますか?」

 

「それは勿論! その中には12万年もの間生きていた者もいるんだろう? 歴史的発見だよ」

 

 

 まだ今も(宇宙で活動も出来ず考えるのをやめたけど)生きているのだが、言ったら宇宙まで行きそうなので黙っておこう。流石に俺は連れていけない。

 

 

「石仮面はわかる限りで破壊しているようだし、もう誰もディオのようなことにはならないだろう。作り出せる者もいないのだからそれは安心だ。

 考古学的には少し勿体無い気もするけれどね」

 

「あっ、ちゃんと危機感はあるんですね」

 

「なんのことだい?」

 

「いえ、何も」

 

 それこそ考古学的な面しか見てないと思ってたとか言ったら、流石に怒られるぞ。俺は口を慎んだ。

 

「考古学って面白いですか?」

 

「それはもう興味深い分野だよ! 人類の歴史を辿って未知の文明が見つかれば、遺跡からどう生活していたか、工夫をしていたかわかる。そこから現在の生活に繋がることだってある。

 ロマンがあるとは思わないかな?」

 

「ロマンですか、まあ俺も男だしわからないことはないですね」

 

「だろう? それに歴史には…」

 

 

 水を得た魚のようにマシンガントークを始めるジョナサン。この分だと永遠に話し続けてしまいそうだ。早めに止めてしまおう。

 

 

「わかりましたわかりました! 今度図書館からそういう分野の本を探してきて自分で読みます。先人にネタバレされると楽しみが半減じゃないですか」

 

「…おっと、自分から調べてくれるのかい? それは嬉しいな。周りは皆興味のある人がいなかったし、ディオに至っては金にならないなんていわれたよ」

 

 

 抜け出せない沼へ招待されたような気がするが、気のせいだろう。別に興味がないわけでもないし。

 

『ジョジョ』はサスペンス・ホラー。石仮面を始めとして『弓と矢』や、別の世界になるが『悪魔の手のひら』など物語のファクターとして、奇妙なものが関わっている。

 それらは学術的な面でも研究者達の知的好奇心を刺激するものだ。特に石仮面は1部と2部でSPW財団によって保管・研究されていたような描写もある。

 

 スタンドを有効活用出来れば多大な利益をもたらせるし、悪用すれば甚大な被害を引き起こす。万一の場合が起こる前にできるだけ知り尽くしたい気持ちはわかるのだ。

 それに、やはりロマンだ。うまくいけば自分で、誰も知り得ない新たな要素を世界に送り出すことができる。ファン的にはスタンド使いを生み出す矢を自らの手で調べられるのだ。

 

 

「博打みたいなところはありそうですけど、楽しそうですもんね。そういう分野に進むのも悪くないかもしれないな」

 

「なら博物館でも行こうか。…いや、それよりSPW財団に頼んだ方がいいかな。サンタナという柱の男はまだいるのだろう? さあ今すぐ…」

 

「やめて! お願いしますやめて! まだSPW財団と関わりたくない!!」

 

 

 

 将来、順調に考古学を専攻することになり世界中で埋蔵金や隠し財産を発見することになるのだが、学生の俺にはまだ知る由もないことだ。




小話集その1と銘打っていますが、その2の執筆は未定です。小ネタ集って思ったより文字数増えることに初めて気がつきました。

オラオララッシュ
……『主人公』の場合 にてやり忘れていた展開だったため書いた。また戦闘描写を長々と入れられないためにこういう形に。実質お祭りゲー。

モテる奴と仗助のリーゼント
……これもやってなかったなって思い立ったから書いた。とくにリーゼント貶し。シーザーの貶した時のセリフはゲーム『アイズオブヘブン』より。やったことないけど。

考古学のやつ
……ほのぼの書きたいけど今のところ他の話にほぼ関係なくて導入にすら入れるタイミングがなかったもの。主人公の将来どうしようという想いから書いた。

ジョースター家族会議はもうちょい先になるかな。

今4部アニメの視聴進捗はハーヴェスト回辺りです。漫画と同じくらい吉良登場時が怖かった。2次創作で角が取れてるのに慣れすぎて忘れていた恐怖。来週にはこの辺りまで書きたいと考えてます。


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馬乗り達の場合

※既読範囲の問題で、8部が考慮されていません。



 

「まだ引くか?」

 

「いいや引かない」

 

「じゃあ俺はもう1枚引いとくわ」

 

 

 テーブルの上には表を下にして積まれたトランプが鎮座している。重ねられた山札はもう残り少ない。そのテーブルを挟んだソファに腰掛けているのは、2人の男。

 1人は現代の学ランを着ており、もう1人はハットを被った金髪の男だ。どちらも至って真剣な顔で、手札を増やすか考えている。

 

 彼らは現在トランプゲームに興じているのだ。自分の手持ちのカードの数字の合計が21か、それに近いプレイヤーが勝ちとなるルールの遊び。チップの代わりなのか、包装された飴玉がテーブルの端に転がっている。飴玉はどう見ても学生の方に多く寄せられている。

 

 

「19! これでどうだ!」

 

「21。ピッタリで、俺の勝ちだな」

 

 

 またもや学生が勝ち、かけられた飴玉という名のチップは学生へと流れていく。金髪の男は負けた事が信じられないのか、しばし呆然としていた。

 

 

 勝負に勝った学生は藤堂一茶と言う名の、『何でも覚えられる』スタンド使いである。長く続いたゲームの間に消費された数字を記憶し、残された数字を予測する事は造作もない。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 俺の『プリーズ・リメンバー』は『思い出す』スタンドだ。この能力により、俺は今世において5歳以降の記憶は全て『覚えて』いる。

 もちろん普段生活する上で必要ない部分は『忘れていて』、必要になったらすぐに『思い出す』ように出来ている。頭がパンクする事は今のところない。

 

 俺の前世から今までの記憶を…とは言ったが、完璧に記憶しているのは能力と今の俺の自我が芽生えた5歳からに限る。前世で忘れてしまった思い出はどうあがいても取り戻す事はできない。

 

 生まれ変わる前に家族に愛された記憶はあるが、もうどんな顔だったか、どんな会話をしたかなんて些細な記憶は消えてしまった。辛くはないし悲観するわけでもないが、寂しい事だとは思う。

 余程嬉しかった事や悔しかった事といった鮮烈なエピソードは今も思い出せるから、今の俺の人格が出来上がっているのだが。

 

 

 逆に、『忘れる』事は、ほんの少しだけ苦手だったりする。苦手と言っても自分の感覚だけの話だし、俺以外にその違いはわからないと思う。

 

 能力で自分自身が『忘れる』使い方をするのは、嫌な事があった時や一時的に情報を知らない事にした方が都合のいい会話がしたい時くらいだ。俺がモテない事実だとか、スタンドという単語だとかがそう。それでも、関係するキーワードがあれば簡単に『思い出して』しまう。

 

 仗助君の時もそうだ。「藤堂一茶がスタンド使いだ」ということを仗助君に『忘れて』貰った事があったが、承太郎さんがきっちりと状況を整理させるために仗助君を質問責めにした結果、速攻で全部『思い出して』しまった。軽い暗示というべき代物なのだ。

 露伴先生に使った時も、恐らく俺の能力だけではすぐ思い出されると思って、『ヘブンズ・ドアー』で二重がけしてもらったのだ。

 

 

 俺は多分、『忘れたくない』気持ちが人一倍強い。故に吉良の第3の爆弾が恐ろしいし、リンゴォの()()()に怯える。神父が引き起こす、一巡した世界を認識した時、俺はどうなるのだろう。

 

 アレはむしろ『強制的に未来である出来事すら()()()()()』ものではある。しかし同時に『過去を振り返る必要などない』と言われている気がする。一巡後では、デジャヴの様な啓示で、自身の未来の行動を知る描写があったはず。

 

 それはつまり『一度()()()()()』事に他ならない。俺が一番恐れるべき事象ということになる。

 

 

 話が逸れた。今回俺が言いたいのは、俺の前世の記憶は、俺自身がスタンド能力の範囲外で思い出せて初めて、今の俺(藤堂一茶)の記憶として『覚える』事が出来るということ。そうやって俺が俺を形作っているという事だ。

 

 

 

 そしてもうひとつ、『ジョジョという作品の概要』を知っているが故に、この世界で俺しか知らない事が存在するということ。例えばパラレルワールドとか、一巡後の世界だとか…スティール・ボール・ランのことなどである。

 

 

 

 

 

 

「だあぁっ! 何で一回も勝てないんだーッ!?」

 

「だーかーらー、ブラックジャックじゃ俺には勝てないぜって言ったろうが! 大人しくポーカーにしようぜ」

 

「いーや、どうしてもゲームを変えるっつーならダイスゲームにしよう。21(トゥエンティワン)はわかるか?」

 

「自由自在な出目を出せるやつにダイスゲームで挑む馬鹿は、ここにはいないね」

 

「ニョホホ、おまえさんには出来ないもんな! ちょっとカワイソーになって教えてやったのに、ちっとも『回転』させられなかったもんな」

 

「はーッ! どうせ俺には才能なんてないっての!!」

 

 

 今日も今日とて俺は『霊媒相談所』のリビングで客を待っている。今は平日で、放課後でもある。いつもなら少しくらい人が来るのだが、珍しく1件も依頼が来ない。暇を持て余してしまったので、ジャイロを呼び出して一緒に遊んでいるのだ。

 

 彼曰く「図体だけ大きくなったガキの面倒をみてやってる」そうだが、俺が精神的にガキということか? 同世代の子たちよりは流石に大人だと思っていたからとてもショックだ。思わず悪態をついてしまう。

 

 

 

 ジャイロ・ツェペリ。

 第7部、スティール・ボール・ランの主人公の1人。『鉄球』を操る力を持ち、もう1人の主人公であるジョニィに力の使い方を教えながら共にレースに参加。ちなみに一応スタンド使いでもあるため、呼び出すときのコストがお高めだったりする。

 

 また、ネアポリスの法務官で、国家反逆罪で捕まった幼い男の子の無罪を信じ、「国王の恩赦」を得る為に優勝しようとする誇り高き男だ。もしくは冤罪か否かを『納得』する為、とも言う。

 

 7部におけるツェペリ家は、肉体を動かさないまま掌の物体に「回転」を加える特殊技術で『鉄球』を回転させる。その振動によってできた『波紋』は攻撃・治療に使用された。

 

 

 

 その回転の技術が波紋と近しい、同じものならば、とジャイロが実演したのを覚えてアレコレ練習したのだが、俺は全くもって回転させる事ができなかったのだ。『覚えた』だけでは実際に出来ないことも、才能がそもそもないこともわかっているが、悔しくはある。目の前に鉄球があったら試してみたくなるに決まってるじゃん?

 

 ジャイロは、自ら回転の技術を他人に教える質ではないが、俺の稚拙な波紋と見様見真似の回転を見かねて、ほんのちょっとだけ俺に教えてくれたのだ。まあその結果、彼に腹筋が引き攣るほど笑われたのだが。

 「おまえそこまで出来て何で回転しないんだよ!」と言われたので、もしかするといい線いっていたのかもしれない(希望的観測)。

 

 

「イカサマはそこまで得意じゃあないんだぜ?」

 

「得意そうな雰囲気はしてるけどなあ…」

 

 

 戯けたように言われても、カジノで大儲けできること知ってんだぞ! もうゲームを続ける雰囲気でもなくなったため、トランプを掻き集めてケースに入れる。次は何して時間を潰そうかと考えていると、俺のケータイの着信音が鳴った。

 

 携帯電話は、まだ会社員に支給されるようになったとか、そんな時代だ。かかってくるのは大体固定電話か、公衆電話からになる。今回は公衆電話だな。

 

 

「はい、こちら藤堂霊媒相談所で…」

 

「あ、藤堂先輩。東方ッスけど」

 

「ん? 仗助君か、珍しいな。電話より直接会いに来そうなのに。なら急用…まさかスタンド使いか? それなら俺より先に承太郎さんに言っとけよ?」

 

「いや違うって! …ああ、まあスタンド使いは見つけたんですけど、そいつは今んとこ大丈夫、安全っス。それより、聞きたい事があるんですけど…」

 

 

 仗助君は俺より色んなことをよく知っていると思っている。俺は1度見聞きして大体のことはわかるが、経験したものの数や質になると、恐らく仗助君に負ける。2000年代の常識に引っ張られて、はっちゃけられない事が多いのだ。

 

 そんな仗助君が俺に聞きたい事とは? いくらひとつ年上だからといってなんでもは知らないんだけど…。

 

 

「宝くじの換金方法って普通どんな感じかわかります? あ、えーと、例えば一等が当たった時とか!」

 

 

 興奮を抑えたようなやや震えたような声が俺の耳に届いた時、スタンド使いと会ったという情報と合わせて、俺は気づいてしまった。多分これは…。

 

 

(『ハーヴェスト』じゃん…ちょっと関わりたくないけど…)

 

 

 これは確かに大人や優等生に分類される康一君には言いにくいだろう。俺なら安心させる言葉を何か吐いてくれて、後輩の不利になることはしないと思われてるな。懐かれたもんだ。

 

 思い返してみれば、特に仗助君には甘く対応していたような気がする。あいつテレビゲーム持ってるから家に遊びに行くの楽しいんだよなあ。これは打算か、主人公、ジョースターって印象が強いからなのか。

 

 確か拾った当選くじを換金に行くのは、駅前の銀行のはずだ。もしカメユーデパートに来いとか誘われたら何が何でも行きたくない。

 杜王町に住んでいる以上完全に避けることはできないが、必要以上にあの辺りへ近づきたくないのが本音だ。殺人鬼の活動圏内なんて好き好んで長居したくない。

 

 杜王町に生まれ育ったと自覚して、1番に警戒したものだ。一方的に奴を確認出来るのが理想だと思って、コソコソ嗅ぎ回った事もある。なのに遭遇した事がない。()()()()()()()()になるのだろうか。スタンド使いは引かれ合うとかいう話は何だったんだ。

 

 

「ふむ、値段によるけど…確か裏に名前記入欄あるだろ。高額当選なら多分、名前が一致するかとか見るんじゃない?」

 

「あっ…本当だ。電話番号もある…」

 

「…お前それ自分で買ったやつなんだな? 拾ったんなら大人しく警察にでも届けた方が安全だぞ、多分」

 

「おっおれが買ったやつなんで! だ、大丈夫っス!」

 

「…おい仗助、誰に電話かけようってんだあ? これ以上分配する人数が増えるのはごめんだぜ」

 

 

 ほんの少し吃りつつも返事が返ってくる。また、遠い所から仗助君に呼びかける声も聞こえる。他にもガヤガヤと聞き取れないが、何かを言い合っている喧騒は耳に届いた。全く、本当はバレたらヤバイやつなんじゃないのか? それ。

 

 

「…俺も黙っといてやるから、あんまり他に言いふらすんじゃないぞ。

あとスタンド使いの方だけど、一応会っときたいから場所教えてくれないか。後ろで億泰君ともう1人、声が聞こえるし、一緒にいるんだろ?」

 

「え!? 今っスか…?」

 

「今から換金しに行くんだろ、なら俺とは会うだけだし時間は取らない。今から俺が家を出ればちょうどいいだろ、多分」

 

「…それなら、まあ」

 

 

 大体後から来て何も関わってないのに取り分を要求するほど、愚かではない。金はあればあるほどいいが、俺には稼ぐ力もあるしな。

 後輩に教えられた待ち合わせ場所は、やはり駅前の銀行だった。

 

 

 

 

 

 

「? あれ、いないな。銀行の真ん前で待っとくって言ってたのに」

 

「手続きで揉めてまだ中にいるか、複数人で高額を受け取ったのなら裏切り者が出たか、どちらかだな。まあ俺には関係ないが」

 

「いいからちょっとだけ手伝ってくれよ。多分群体型のスタンド使いがいるんだ。あんたのは手数を増やせるからさ」

 

「フン…報酬につまらんものを寄越したらお前に不利になるようにその辺で暴れてやろう」

 

「ハードル上げるのはやめてくれ」

 

 

 すでに俺は銀行に着いたのだが、後輩達の影はない。忘れたわけはないはず。なら何かしらトラブルがあったのだろう。

 

 『犯人』の話が出てからは、外を1人で歩くのは危険と思っている。だから俺は誰かしら呼び出して、もし犯人と出会っても1人で戦わないように戦闘配備を整えている。

 

 今回は戦闘に参加しない可能性の方が高いが、一応『ハーヴェスト』対策にこのやや高飛車な、金髪の男を呼んでいる。金髪ではあるが、先ほどまでいたジャイロではない。

 

 よくわからない網目の柄が入ったハイネックに、頭を守るヘルメット。理解できないセンスだが、それには「DIO」という文字装飾がなされている。

 

 ただし、日本の街中には適さないので、ヘルメットは脱いでもらい、顔が隠れるキャップ帽を着用させている。それが彼を不機嫌にさせる要因の1つだとはわかっているが、彼以外の適任がわからなかったから、許してほしい。

 

 

「じゃあ、どっちに俺の後輩君たちがいるかわかるか、ディエゴ」

 

「誰にものを言っている。数軒離れたあちらのビルの屋上に酔っ払いが2人いるな。やたらフラついている、多分これだろう」

 

「…アルコールを注入されたか…。連れて行ってくれ」

 

「仕方ないな…」

 

 

 

 

 

 

 ()()()()・ブランドー。

 この男は「Dio」であり「DIO」ではない。第7部、スティール・ボール・ランに出てくるレース参加者。レース中、他人の能力が定着してしまった形でスタンド使いとなる。主人公に対するライバル枠だ。

 

 スタンドは『スケアリー・モンスターズ』。自身を含めた対象を恐竜にして使役する能力。小型化も可能で、作中では索敵・情報収集などに使っていた描写がある。また、自身を恐竜化させると五感も強化される。

 

 今回はこの小型化の部分と、使役できる恐竜の小回りが利く点に期待しての召喚だ。本当に数が多いって利点だよな。

 

 

 

 そもそもSBRとは、1部から6部までとは世界線が違うというか、『一巡後』というか…。とにかく、パラレルワールド、平行世界と呼ばれる世界の出来事だ。

 

何処までメタなことを言うべきか悩むが、他の部で見たようなキャラクターや、関係するものが登場する部なのだ。読者の為のエクストラステージ、1部から見てifのような世界といったところか。

 

 そのため、「ジョナサンにあたる人物」と「ディオにあたる人物」が存在する。そこが始まりだから、存在しなければならない。その「ディオにあたる人物」と言うのがこのディエゴ、通称「Dio」と呼ばれる男だ。

 

 俺も『プリーズ・リメンバー』で呼べるのは『死んでいる』存在だけだと思っていた。しかし7部の人間を呼べたことで『この世にいない存在』が呼べるのだと実証したのだ。俺も検証して気づいたが、ちょっぴり解釈がズレていたらしい。

 

 

 といっても、あまり差し支えがなかったりする。はるか遠くの未来や別の世界を観測できる存在がいないからだ。居たとしても、俺の元に来る理由もない。

 

 俺の『藤堂霊媒相談所』のコンセプトは、()()()()()()()()()()()。この世界に存在していない人間にどうして会いたいと思えるのか。いるとするなら、俺のような存在くらいなのだが、今の所俺以外の転生者とは会ったことがない。

 

 俺以外に、騎手達の事を知っていて会いたいと()()生者は居ないのだ。SBRにおける死者に対して、俺に依頼する生者など存在しないから、俺が見たい『感動の再会』も見られないわけだ。…まあ、俺自身が会いたいから今も呼び出しているのだが。

 

 

 

 俺はDIOの顔をはっきり見たことはないが、恐らくディエゴの顔と大差無いとは思っている。違ったとしても承太郎さんが見れば何かしら感づくだろう。説明が面倒にも程があるから、見られないようにはするが、ただの人間でかつ、能力が『ザ・ワールド』ではないとわかれば何とかなる気がする。

 

 長々と零してしまったが、要するに「彼らを呼び出したいと願う依頼人は当然居ないが、俺が会いたいから7部キャラを呼び出してる」ということだ。バレなきゃセーフの理論である。

 

 

 

 …最近、思考回路が杜撰になっている気がする。あの殺人鬼とは誤差はあれど近々会う羽目になるのだから気を引き締めなければ。ああ怖い怖い。

 

 俺が殺人鬼への恐怖心を噛み締める傍ら、ディエゴは脇に俺を挟んでビルの側面を軽々と登っていく。…俺、身長も体重も人並みにはあるつもりなんだが。

 

 外壁を登りきると、屋上に仗助君と億泰君、それから見覚えのない中学生が1人見えた。その周りに小さな蜂のようなものが蠢いている。中学生は見覚えはないのに、とても特徴的だった。

 

 

 …何だその頭!!?? 本当に肌色のトゲトゲが頭部に付いてる。お前の元の頭蓋骨の形だと言うなら、1回病院に行ってこい!

 

 面識のある後輩たちの心配より、俺は「重ちー」、もとい矢安宮重清の頭に気を取られた。その後すぐに気を取り直して仗助君たちに目をやると、どちらも何箇所か怪我をさせられたようだ。億泰君は『クレイジー・ダイヤモンド』で治せるが、当の本人、仗助君の抉られた瞼は治せない。後で処置が必要だな。

 

 

 

 俺が2人の状況を把握する間に、ディエゴはというと、『ハーヴェスト』を見て不機嫌さを思いっ切り噴出していた。

 

 

「…矮小な虫けらの集まり。()()()()()()のためにおれを呼んだと言うのか貴様!」

 

「なっなんだと!? おらの『ハーヴェスト』が見えるってことは、おまえもスタンド使いだなっ!! 500万は渡さないど、やれ『ハーヴェスト』ッ!」

 

 

 すみませんこの借りは必ず何かで還元します…。

 仗助君と億泰君を拘束していた個体も含めた『ハーヴェスト』は一斉にディエゴに群がろうとするが、本人の恐竜化と、道中に虫やら猫やらから変質させた『スケアリー・モンスターズ』で振り払う。むしろそれぞれが反撃しているらしい。『ハーヴェスト』よりも手数は劣るが、恐竜達の方がパワーは上のようだ。

 

 

「こんなものか…まだやるのか?」

 

「ぐぐぐ…くっそぉ〜っ!」

 

 

 とりあえず時間稼ぎはしてくれるらしい。殺さないように言い含めてはいるが、レース参加者はだいたい容赦ないから、早めに決着をつけてもらおう。

 

 俺は2人の背中を支えて立たせる。もう作戦は考えてあるようだし、俺がやることはもうなさそうだな。え? 重ちーを撹乱しているのはディエゴ? 俺が呼び出したのだから、俺の手柄でもあるのだ。

 

 

 

 それから、億泰君の『ザ・ハンド』により奪い取った小切手を仗助君が破り、破片を街へ捨てた。それを人質として『ハーヴェスト』に追いかけさせて、無防備になったところへと億泰君が殴りかかって平和的解決となったのだった。詳しいことは原作でも見てくれ。俺は転生したからもう読めないけど。

 

 

 

「仗助さん、億泰さん! おら、目が覚めたど。ちゃんと金は分配するど!」

 

「…はああ〜終わった…」

 

「全く、手こずらせやがって…」

 

 

「イッサ、報酬は次にしろ。おれはもうこんな茶番に付き合っていられないぜ」

 

「すまないディエゴ。今回は杞憂だったみたいだ。最悪の事態にはならなかったし、助かった」

 

 

 迅速に死ぬほど不機嫌なディエゴを消す。重ちーはともかく、仗助君と億泰君はアルコールによる前後不覚状態だったため、ディエゴがいたことすら気づいていないようだ。足止めしていた存在を感知していたが、俺の存在を認識したせいか「藤堂先輩が助けた」みたいな思考になっているらしい。

 

 

「イテテ…重ちーの野郎、瞼を抉りやがって…。これは病院に行くしかねえな…」

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』で仗助自身は治せねえってのは、不便だよな〜…」

 

 

 重ちーも億泰君もそこそこ外傷はあったが、仗助君に治してもらったらしく傷は無くなっている。今怪我があるのは仗助君だけだ。

 

 

「…ん〜、そうだな。うん、うん。仗助君、ちょっとこっちにこれるか?」

 

「…いやまだアルコール抜けてないんでキツイっす…。これ下に降りれるかも心配だな…」

 

「わかった。せめて傷は治そう、な」

 

「いや話聞いてました? 俺は俺自身を…」

 

「分かってるって。治せる人を『呼ぶ』んだよ」

 

「えっ」

 

 

 プリーズ・リメンバー。そう呟くや否や、肌の露出が少ない男とも女とも判別がつかない人物が出現した。上着の丈はやや長く、髪は薄く赤みのある色で、綺麗に切り揃えられている。被っている帽子はイヤーマフ付きのいわゆる鹿撃ち帽(ディアストーカー)

 

 

()()はホット・パンツと言う。正確には怪我した部分に肉を詰める形の修繕だけど、ないよりマシだろ?」

 

「彼の目に吹き付けてやればいいのか?」

 

「ああ、頼む。こいつ他人の怪我は治せるけど、自分には使えない力だから」

 

「わかった。ほら、目を閉じろ」

 

「は、はいっ!」

 

「他に怪我があるならH・Pに言えよ」

 

 

 仗助君は大人しくする事にしたようだ。後から考えると赤の他人といきなり接触させたことで、余計な警戒をさせてしまったかもしれない。

 

でも俺が呼び出せる人の中で唯一と言える回復役なんだよな。波紋使いも似たようなことはできるけど、『クレイジー・ダイヤモンド』より治療特化な人物は選択肢にない。

 

 

 

 ホット・パンツ。

 彼女も7部、スティール・ボール・ランにてレースに参加しているスタンド使いだ。とある贖いをする為に他の参加者と協力したりしなかったりと暗躍していた。

 

 罪を許されたいと願う修道女。彼女の罪というのは、他人から見ればただの「罪悪感」足りえるが、こういうのは本人が納得しなければいけないのだ。俺や他人がとやかくいうべきではない。彼女はこのことから、「清らかなもの」を手にしようとしていた。

 

 そしてある意味、俺はこの気持ちを利用している。

 

 

 

「終わったぞ。これでいいな」

 

「あ、あざっす…」

 

「ありがとうホット・パンツ。何かしたいことがあれば言ってくれよ。あんた、全然報酬を受け取らないから」

 

「私にとっては、私の力で誰かが助かるなら、喜んでおまえを手伝おうと思っている。前にも言ったぞ。私がすでに死んでいるからなおさらな」

 

「……わかった。また頼む」

 

 

 治療処置はすぐに終わり、やるべきことは終わったと言わんばかりにホット・パンツは去っていく。その間周囲は一度も口を開かなかった。というかむしろポカンと口を開けていた。

 

 

「か…カッピョイィ〜!! 先輩、なんすかあの女の人! すげー大人って感じだったぜ!?」

 

「激マブだったなぁ〜」

 

「さっきの人、どこに行ったど? あれ〜?」

 

「あーあーあー! また機会があったら会うって! …というか、そっちの子が、スタンド使いの子だね?」

 

 

 また話が長引きそうだったので、詰め寄ってくる仗助君と億泰君を無視して重ちーに話しかける。元々の本題はこれだったし。

 

 

「おー、そうだど。おら、矢安宮重清って言うんだ。ママからは重ちーって呼ばれてるど。あんたもスタンド使いか?」

 

「そうだぜ重ちー君。俺は藤堂一茶。仗助君たちの先輩だよ。何かトラブルがあったらぜひ頼ってくれ」

 

「わかったど、藤堂先輩」

 

 

「…よくさっきの状態からお近づきになろうと思いますね、先輩」

 

「…まあ、良くも悪くも顔見せはしておくべきだと思っただけさ」

 

 

 重ちー君も、俺の事を先輩だとみなしてくれたらしく、笑いながら手を振って今日のところは解散した。

 

 後日、小切手は換金出来たらしく、3人でやや揉めつつも歓声を上げている姿が確認できた。しかし仗助君に関しては、母親にバレたらしく、口座を凍結されて再び金欠になったとか。ドンマイ仗助君。

 

 …ん、なになに。今回俺は彼らの金に全く興味を示さなかっただって? そりゃ真っ当な稼ぎ口を持っているし、インターネット、IT関係の企業に株投資してるからな。安心感が違う。ここからどんどん上がってくし、便利だからな。まあ2011年以降がまともに時間を刻めば、だけど。

 




1週間くらい空いちゃいましたね。今回めっちゃ確認しなきゃいけない設定が多すぎてアワアワしました。多分どっか公式設定が間違ってる気がするので見つけたら教えてください。

原作ベースの話は時系列で書いてる以上練りこみますが、タイトルの趣旨と外れる部分はかなりカットしてます。吉良戦は流石にやるけど…。今回はつなぎ回でもあるので内容は薄め。

気になる人は単行本か文庫版をチェックだ!(ダイマ)

次は多分吉良戦その1ですね。年始になるかと思います。

追記
重ちーが形兆兄貴の矢でスタンド使いになったという事実を確認しましたので、後半の生まれつき〜という旨の下りはカットしました。ずっと生まれつきだと勘違いしてました。指摘ありがとうございました。

ということは杜王町のスタンド使いはほぼ…。


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静かに暮らしたい男の場合


あけましておめでとうございます。
作者の勘違いで前回の話の最後に重ちーが生まれつきのスタンド使い、といった旨の文がありましたが実際は形兆の矢で覚醒しているため、文をカットして設定を原作寄りに書き直してます。今後の展開上使う機会のない設定のはずなので見直さなくて良いですが、一応この前書きに明記させていただきます。



 

 6月の下旬。もうすぐ夏がやってくる季節。杜王町にはまだ半袖のカッターシャツに着替えなくてもいいような涼しさがある。

 

 そして、そろそろ「犯人」と出会う時期でもある。

 

 

 

 俺には「本編」の正確な日付はわからない。ただし、4部は4月からおおよそ3ヶ月間の話だったと聞いた覚えがある。それに『重ちー』が死ぬことも。

 

 俺だって人並みに心はある。知らないふりして人を1人見殺しにするのは流石に嫌だ。昼食時間に校内を散策したり、重ちー君を見たら必ず声をかけるようにした。やがて俺が気づく前に重ちー君の方から声をかけてくれるようになった。

 

 挨拶できる人間というのは、心に余裕があるそうだ。挨拶運動による犯罪抑制効果は馬鹿にならないものなのだ。お前のことだぞ吉良吉影。

 

 4部ラスボスにヘイトを溜めているが、俺は吉良の顔を知らない。億泰君や康一君、仗助君の時は髪型と状況なんかから初対面でも誰なのか分かったが、いつも原作キャラと会った瞬間に誰かわかるわけじゃない。ジョースター一行と遭遇した時はそもそも『ジョジョの世界』と知らなかったこともあって、あれだけ特徴的な彼らを目の前にしても直ぐには気づかなかった。

 

 登場人物は紙面上で見たことがあるだけで、実際に会わなければ確証は得られないのだ。会ったことのない人間が誰かなんてわかるはずがない。

 

 だから、恐らく街で吉良とすれ違っても、俺がそいつを「吉良だ」と察知できる保証はない。多分無理。それでも金髪でスーツ姿だったり、変わった柄のネクタイを着けている男がいないか警戒している。()()()()()()()()()()()()()()()杞憂で済むはずのない事柄だから、気を抜いてはいけない。

 

 俺が関わったことにより原作より少し早くジョースターさん達が動いていたが、人数を絞っても相当な数が当てはまるため、捜査が難航しているらしい。推定成人男性で、杜王町に15年以上住んでいる者。範囲は膨大だし、無理もない。下手に手を出しても被害者が増えるだけだから、財団も表立っては動けない。

 

 今のところ、「犯人」がスタンド使いの男という情報しかない。何もないよりはましだが、手詰まりの状態だ。

 

 …とはいえ、俺を含めて関係者の多くは学生だ。町に潜む恐ろしい殺人鬼を探す目的とは別に学校に行かなきゃならないし、学期末テストだってある。普段の学校生活を疎かにする理由にはならない。だから今日も俺たちは学校へ向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

「…あれ、先輩だ」

 

「よう、仗助君に億泰君」

 

「おっ藤堂先輩だ、はよーっす」

 

「朝っぱらから会うなんて珍しいこともあるんすね」

 

「今までは先に踏切通って霊園側から登校してたしな」

 

 

 少しだけ変えた事もある。通学路を少し変えた。俺の家は商店街より西にあるから、先に線路を越えてしまえば人が密集する駅前を通らなくて済むのだ。しかし最近になって駅前を通るルートに切り替えた。所要時間は大して変わらないが、俺が視認する杜王町民の数は増える。

 

 

「何でも『覚えられる』俺が、怪しい奴を見つけられれば御の字って感じだな。まあ、今までこの町に潜んできた犯人がそんな簡単に見つかるとは思っていないけど」

 

「この町に住んでるなら、駅前の通りは使わないわけにはいかねえもんなあ」

 

「おれたちにも出来ることってあるんすかねー…」

 

「1つ思いついたけど全くオススメできない」

 

「…言ってみてください」

 

「スタンドを出しっぱなしにしておく」

 

「いいアイデアだけど、そりゃアブねーってもんだぜ先輩」

 

「それにスタンドを出し続けるってすっげー疲れるんだぜ」

 

「へえ、そうなのか。俺はあんまり疲れを感じたことないな」

 

 

 スタンドはスタンド使いにしか見えない事を利用して敵を炙り出す方法はない事もないが、スタンド使い相手に手札を見せっぱなしにするとか自殺行為だよなあ。スタンド使いとの戦いって化かし合いみたいなところあるし。

 

 俺のスタンドは呼び出す相手にもよるが、持続力だけはかなりある。近距離パワー型の2人とは勝手が違うんだろう。スタンド像を小さくするのも力を使うそうだが、そもそも俺は像を自由に出すことが出来ないからそれ以前の問題だ。

 

 

 話しながら歩いていると、しばらくして俺の影になっていた『彼』に気づいた仗助君が指差しながら俺に問いかけてきた。

 

 

「そういやその犬なんすか? 先輩ペット飼ってたんですか?」

 

「ん? いや、こいつはもう死んでる犬さ。俺この間から町を1人で歩くのが怖くてな、人でも犬でもいいから誰かと連れ立って移動してるんだ」

 

「そりゃいいや。でも、先輩にも怖いことってあるんだなァ」

 

「いけ、ダニー。あの強面に『したでなめる』」

 

「バウッ」

 

「うおっ! やめっ…こいつなんか人懐っこい!?」

 

 

 俺が呼び出していた大きな犬を億泰君にけしかける。犬は尻尾を振りながらぶつかっていき、億泰君の顔を舐め回す。

 

 番犬と言ってすぐに思いついたのがジョナサンの愛犬、ダニーだった。俺の家族ではないけれど危険を察知する力が強いらしく、リードをつけていないにも関わらず常に隣にいてくれて、すごい安心感があるのだ。こんないい子の口を縛って焼却炉に詰め込んだディオはめちゃ許せんよなぁ〜?

 

 

「俺が呼び出した人達はスタンド使いじゃなくても見えるタイプだから、学校の外でお別れだけどな。かわいいだろ」

 

「いっいいから早くこの犬を退けてくれー!」

 

 

 億泰君にけしかけたダニーに声をかけてじゃれつくのをやめてもらう。顔がよだれでベトベトだ。俺以上に仗助君が声を上げて笑っていた。

 

 俺にだって友達くらいいるが、こんな何でもない会話の中で穏やかな気持ちになれたことは、今までなかったかもしれない。それこそ前世を含めて。何故か、とても安心している自分を実感していた。

 

 

 

 

 

 

 その日の昼、俺は担任の先生から無理矢理雑用を請け負って中等部の棟に来ていた。本当にちょっとした連絡事項を中等部の先生に伝えるだけの雑務で、なんなら先生同士でメールでも送れば済むような小さな用件を。

 

 俺にとってはただの中等部へ行く口実だ。別に勝手に中等部へ高等部の学生が出入りする事は珍しくない。その逆も然り。しかし一応校則として禁止されているので先生に見つかると余計な手間を取られるのだ。無用な時間を取られないように理由を手に入れただけ。

 

 無論本命は重ちー君の生存確認である。かれこれこの行動は5日程続けている。仗助君達が重ちー君と出会った日からそんなに日を開けずに『あいつ』と遭ってしまうはずだが、全くそんな兆候がない。いや前兆なんか感知できたら重ちー君死なないんだけどさ。

 

 

 

 …ヤバい、もう昼休み半分切った。午後の授業もあるし、高等部の教室に戻るのにも時間がかかる。そろそろ戻るか?

 

 俺はパンをかじりながら体育館周りからグラウンド側にかけてをブラブラ歩いている。今日は重ちー君に会わなかった。不安だが、1番注視している体育準備室に音沙汰はない。今日は大丈夫そうか…?

 

 そう思ったのも束の間、倉庫方面から怒鳴り声と、複数の焦ったような声、続いて窓を乱暴に開けたような音と急いで走り出す足音が聞こえた。

 

 少し遠い場所にいたのでその場面は見えなかったが、取り敢えず状況確認の為に音のした方へ向かおうと振り向いた。それと同時に誰かとぶつかって、勢いのあった相手の方がよろけた。俺はほら、鍛えて体幹いいからブレないの。

 

 

「うおっと! あれ、藤堂先輩か? どうしたんだよこんな所に1人で突っ立って」

 

「おっと、朝ぶりだな億泰君。先生から伝言を頼まれてね。そっちは仗助君も一緒か、何をそんなに急いでるんだ?」

 

「お? おう、体育教師の隠し持ってる飲み物があるからって重ちーと体育準備室で飯食ってたんだよ」

 

「だけど重ちーが騒いだおかげでセンコーが来てここまでずらかってきたってワケ!」

 

「何だよお前ら、俺も誘えよな」

 

「まあ俺らちょっと重ちーに昼飯代集ってそういう話になったんで…」

 

 

 普通その場にいない奴をわざわざ誘わないよな。わかるけどちょっとそういうところで飯食べるのワクワクするんだよ。憧れてるとも言う。

 

 というか問題の場所は覚えてたけど、細かい経緯は覚えていなかった。さっきまで3人でこっそり飯食ってたのか、結構仲良いな君ら…いや違うそうじゃない。

 

 

「その重ちー君は一緒じゃないのか?」

 

「おおかた置いてきたサンジェルマンのサンドイッチが惜しくて、準備室に戻ってるんじゃあないですかね。俺らも飯残ってたけどしょうがないか」

 

「今日はもう諦めるしかねえよなあ。いい時間だしそろそろ戻るか仗助」

 

「そうだな。ちょっと早いけど、教室戻るか」

 

 

 マズイ。最悪もう既に会ってるかもしれない。今日だ、今日があの日だ! 早く助けに行かなければ。2人もどうにかして連れて行きたいが、上手い説明が思いつかない。いきなり俺が勘か何かで重ちーの危機を察知したなんて言っても「何言ってんだこいつ」って顔されて終わりだ。

 

 俺は、予めある程度自分のマニュアルを作ってから行動した方が失敗しない。言い換えるならばアドリブに弱い。だからこうやって巡回という形で備えていたのに。

 

 どうしよう、どうやって奴の所まで行ってもらおう。そもそも何故入口から入って来た筈の部外者にも重ちー君達の出入りにも気づかなかったんだ、俺は!?

 

 少なくとも人数で不利になれば奴は逃走を図る。そうなればこちらから追撃できるはずだ。無理やり引っ張っていくか? 一応『保険』をつけているが効果があるかもわからな……

 

 

 

 

 

 

 ──────そこまで思考を巡らせた瞬間、俺の身体が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ボグオオォ!!!!

 

 

「ガアアァッ!!?」

 

「!?」

 

「藤堂先輩ッ!?」

 

 

 仗助と億泰、2人の目の前で突如藤堂が『爆発』した。有り得ない現象に驚きを隠せず、ひどく動揺する。爆発した割に周囲に影響はなく、肉片も散らばっていない。しかし、藤堂もボロボロになっており無事とは言えないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 藤堂の体中に裂傷というにはとても深く歪んだ傷が刻まれていた。脈絡もなく死にかけた藤堂の状況に、ただ事ではない空気を感じ取るや否や、まず仗助がすべき事に手を伸ばす。

 

 

「まだ生きてるよな、『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!」

 

「敵が近くにいるのか!? 何処だ!」

 

「うああ…ッ」

 

 

 仗助が藤堂を『治し』、億泰がスタンドを出して周囲を警戒する。しかし当然ながら彼らの近くに怪しいものはない。疑い始めるとグラウンドを使っている生徒まで怪しく見えるが、とにかく、目立って奇妙な物も人も見当たらない。

 

 治療を受けた藤堂は呻いていた。直前まで体の内側から破裂した皮膚を適当に縫い合わせたような各パーツのズレすらあったが、『クレイジー・ダイヤモンド』が綺麗に元どおりに治したため、瀕死からは回復出来た。まだ、生きている。

 

 死にかけた直後の藤堂には少し大変かもしれないが、一刻も早く敵の情報を得なければならない。これ程のパワーを持つ相手と何の策も立てないのは自殺行為であることを、仗助と億泰は直感していた。逸る気持ちを抑え、藤堂が自力で話せるタイミングを見計らって状況をまとめていく。

 

 

「ガハッ…はあ、はっ…仗助君、億泰君…」

 

「先輩、今のはスタンド攻撃だったんだな!? 誰にやられた!」

 

「俺じゃあ、ない…朝の犬、いたろ。…そいつ、が、攻撃を受けた。一撃で消された…らしい」

 

「スタンドに攻撃が直撃してツギハギみたいな事になったのかよ…」

 

「…スタンド扱いになった犬が、存在するエネルギーを…保てないほどのダメージを受けた、から、その半分のダメージを今、俺が受けたんだ…。ところで仗助君、俺の怪我、どんな感じだった」

 

「…何ていうか、こう、爆発した感じだったッス。内側からドゴン! と」

 

 

 藤堂は朝呼び出していたダニーに学校周りの警戒をさせていた。俺1人で敷地内全てをカバー出来ないからだ。

 

 藤堂も一気に体力を消耗して話すことしかできないが、ここでようやく藤堂が伝えなければならないことを言うことができた。彼に目的以外の事を考える余裕は少ない。

 

 

「恐らく、『犯人』だ」

 

「何だと?」

 

「前に被害者を呼び出した時と同じ傷…。そして、ダニーは…あの犬は、昇降口へ行く校舎裏の道で…消えた筈。重ちー君も、そっちにいるかも…」

 

「ッ!!」

 

「早く探しに行ってくれ…俺は悪いが、しばらく動けない」

 

「…わかったぜ。先輩は置いてくけど、大丈夫なんだな?」

 

「おう、仗助君のお陰で…致命傷は消えたからな」

 

 

 置いていく決断が早かったのは億泰だった。また、早くいけ、とジェスチャーした藤堂に後ろ髪を引かれるような顔をする仗助の肩を叩いて急かした。

 

 

「…間に合ってくれ…」

 

 

 その場に体を庇うように身を丸めた藤堂の、小さな呟きは誰にも聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 グラウンドから昇降口へ続く人通りの少ない、いわゆる校舎裏。異色な人影があった。明らかに学校関係者ではないスーツ姿の男が、ボロボロになって蹲っている学生の目の前に立ちはだかっている。

 

 学生…重ちーの顔は、思いっきり顔面を殴られたように血が止まらないといった有様だ。スーツの男は、今しがた行った攻撃で殺すつもりだったのだが、校舎の陰から()()()()()()()()が噛み付いてきたせいで『ハーヴェスト』が『爆弾にした100円玉』から距離を取る隙ができてしまったのだ。直撃ではないので死にはしないが、重ちーにダメージは入っている。

 

 男にとって忌々しい犬は、新たに弾いたコインで速やかに『爆発』させた。…爆発した際にダニーは存在を保てなくて掻き消えたのだが、スーツの男からはただの犬を能力で消してやったように見えている。ダニーがスタンドと化していることなど分かりはしない。

 

 

 

 男の名は吉良吉影。

『穏やかに暮らしたい』気持ちと『人を殺さずにはいられない』性を併せ持つスタンド使いで、何より杉本鈴美を殺した「犯人」である。

 

 スタンド名は『キラークイーン』。『触れたもの』は『どんな物』でも『爆弾』に変える能力を持つ。

 

 

 

「『一発』では…殺せなかったか」

 

 

 群体型のスタンドな上に直撃を避けた訳だから、大ダメージではあるが、動けないほどではないといった状態。重ちーは吉良にとって始末し損ねた外敵となった。

 

 吉良は()()()()()()()()学生にとどめを刺そうと何かアクションを起こそうとした瞬間に、何者かが近づいてくる足音を聞いた。すぐさまその場から姿を隠す。

 

 

「重ちー! どうしたんだよその傷は!?」

 

「敵は逃げたのかっ!?」

 

「ううう…お、億泰さん、仗助さん…これを……」

 

 

 重ちーが自分の傷も後回しに、何かを仗助へ手渡す。それは模様の入ったボタンだった。駆け寄ってすぐにスタンドで重ちーの傷を治した仗助は、不思議そうにそれを眺めた。

 

 

「ボタン…? 重ちー、これは…」

 

「あいつはまだ近くにいるど…オラが『パパ』と『ママ』を守るんだどッッ!!」

 

「ッ、待て、重ちー!」

 

 

 重ちーはボタンを仗助に渡すと、『ハーヴェスト』で自身を運ばせて前へ進み出す。もうすこし情報が欲しい2人は引き留めようとするが、「強い意思」を宿す重ちーには届かない。「奴から両親を守るため」に犯人を倒そうと言う意思。

 

 

 

 本来重ちーはこの時点で「吉良吉影」という名を知ることになっていたが、どういうわけか、()()()()()()()()()()に自分の性質のみを独白していた。元の流れを知っている藤堂だけがこの違いに気付けるのだが、この場にいない上に、居たとしてもあるはずの情報が無いことで動揺していたかもしれない。

 

 つまるところ、重ちーが犯人の名前という、大きな答えを得られなかった事実だけがここにあった。重ちーは吉良の顔を見ているが、この場で明確に伝えられるわけではないため、渡せるヒントが『ちぎったボタン』ひとつだけだったのだ。

 

 

 

 それでも歩きながら吉良を探す重ちーは大まかな説明をした。人間の手を持っていただとか、スタンドの事だとか、容姿だとか。周りを警戒しながら、何とか仗助と億泰に伝えた。

 

『ハーヴェスト』で学校周辺まで手分けしているが、全てを索敵に回すわけにもいかないし、迂闊に相手に触れようものなら爆破される危険がある。慎重にならなければ、先程は突然乱入してきた犬によって爆発の余波だけで済んだ攻撃をもろに食らうだろう。

 

 

「で、2人が来た時に姿を隠したんだど」

 

「なるほど、しかし重ちーのスタンドでもまだ見つからないのか」

 

「もう学校の敷地から出たのか?」

 

「でもそこまで遠くには行けねえだろ」

 

「あいつは、きっと近くにいるど」

 

 

 

 

 

 

 ──────ここで、重ちーはある提案をした。「このままでは埒があかないから、手分けして校舎を外周しよう」と。

 

 

「うまくいけば反対側からと、校舎の中から回り込んで挟み撃ちにできるど」

 

 

 重ちーは時折とんでもない機転をきかせる。この場にいる2人はそれを知っていたが、この作戦には驚いた。

 

 勿論狙われている重ちーを1人にできる高校生達ではない。やめておけと止めるが、重ちーは言い返す。それが一番効率がいいと思う、と。彼の意思の強さにとうとう仗助と億泰はその作戦を承諾した。

 

 億泰がそのまま校門の方へ向かい、重ちーが校舎の中を通って反対側へ、仗助が重ちーを追いかけてきたルートを戻る形で外周する手はずとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────そして億泰と仗助が再び会う時に、重ちーの姿はどこにもなかった。

 

 この日、矢安宮重清は『行方不明』になった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 俺も歩ける程度に回復したから3人が居るはずの方へ向かっていたのだが、仗助君に作戦概要を聞いた時、思わず顔を強張らせた。怒るでもなく、避難するわけでもなく、みっともなく喚いたわけでもなく。すぐに全速力で走った。間に合ってくれ、と。

 

 

 

 走っている途中で、ピタリと立ち止まった。何故なら()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 サイズは康一君の『エコーズACT1』くらい。ネッシーをデフォルメしたような形の、やや頭でっかち。足はなく、イルカの手のような部分と共に、一反木綿のようにひらひらと先端を揺らしている。顔や面積の小さな胴体に×印の金属を拵えて、まるで鯉のようにゆったりと宙を泳ぐ。

 

 全身が青白く発光しているように見える()()が、何かを見つけたようにかなり速いスピードで先へ行く。俺は教室へ戻っているのであろう学生の間を縫って追いかけていった。

 

 着いた場所は、なんて事はない廊下の途中にある、外へ繋がるドアの前。()()()()()()()()()()()()()()()ドア。『プリーズ・リメンバー』がそのドアノブに触れて、固く閉じていた目を開く。目は白眼がないというか、宇宙を彷彿とさせる色をしている。俺のスタンドはしばらくここから動かないだろう。

 

 

 俺のスタンドは、普段、本来の姿で出てくることはない。いつもは呼び出した人を形作るのにエネルギーを使っているからだ。

 

 もしこの姿で出てくるとしたらそれは、『俺の近くで誰かが死んだ時』に限る。その人が死んだ地点へ向かい、しばらく硬直した後に勝手に消える。ハタから見たら何をしているのかわからない。しかしこれには見当がついている。多分、他のスタンド使いにもわからない、俺にだけわかる能力。

 

 きっと俺のスタンドは、『死んだ人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』のだ。俺が前世を覚えているように、死者にも良い記憶も悪い記憶も全て差をつけることなく刻みつけるスタンド。それがこの能力の中心なのだ。

 

 

 仗助君もこの一見何をしているかわからない光景を見ていた。何か言っているが、俺に応える気力はない。どうにも力が入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『負けた』。どうしようもなく。

 

 策略か、能力か、運命的なものにか。よくわからないが、俺は確かに吉良吉影に負けたのだ。俺が最初に攻撃を受けた事でかなりのダメージが入ったが、何かもっと出来ただろう、そう思わずにはいられない。俺は奴に直接会ってもいないのだ。

 

 何も言わない俺を引きずって、『振り返ってはいけない小道』の前にスタンド使いたちが集まる。悪い方向に進展した情報を共有するためだ。鈴美さんは俺たちに現実を突きつける。

 

 鈴美さんとはこれより少し前に興味本位で会いに来ているので、面識はある。

 

 

「間違いないわ…この子はもう死んでるわ…。あたしにはわかるの…」

 

 

 彼女曰く、奴に殺された、と。

 仗助曰く、数分の間に消えた。重ちーの両親は捜索願いを出している、と。

 

 

「『消えた』? スタンド能力で、消したのか!」

 

「…対象を『爆発』させて、相手を身体ごと『消滅させる』所までがワンセットなんだろうな。…死体を残さないって先輩の推測、俺てっきり犯人が山なんかに埋めて処理してるって意味かと思ってたぜ」

 

「文字通り『どこにも居ない』…」

 

「…藤堂、お前は…」

 

 

 承太郎さんが探るような目で俺を見る。別に俺が犯人を庇っているわけじゃあないですよ。本当です。俺は首を横に振る。彼はそれで何も言わなかった。俺自身に何かあると考えているのは承太郎さんだけのようで、他の人には俺が項垂れているようにしか見えないだろう。

 

『知っている』事はあるけれど、それが本当かは『知らない』のだ。さらに『原作』の話を詳細まで寸分違わず覚えているわけじゃない。だから先の話を伝えたとして、それ以外のイレギュラーが起こった時に責任が取れないのだ。

 

 俺のせいで全滅…なんてことは流石にないだろうけど、俺にとっては既に()()()()()()()()()()()なのだ。頭がすごく良く回るわけでもない俺にとって一番無難な選択肢が『出来るだけ元の話のように進める』事なのだ。逸脱しようとしても、この考えに引っ張られた事実は否めない。

 

 

「本当にその…『重ちー』君は死んだの…?」

 

「俺も信じがたい事だが…そうらしい」

 

「この町で死んだ人の魂はこの『小道』を通るのよ。だから…本当よ」

 

「…一茶、『重ちー』は呼び出してみたか?」

 

「一応…呼びましたよ。自分の目で確認したかったので。間違いなく、『犯人』に殺されてます。…自壊している死者はあまり呼び出したくないんですが…」

 

 

 暗にみんなにもわかるように呼ばなきゃいけないのか尋ねると、別に大丈夫だから無理はするなという答えが返ってきた。そんなにひどい顔をしているだろうか…。

 

 しかし、俺自身、人が死んだことにはあまりショックを受けていなかったりする。いつでも会いたい時に会えるわけだから。全貌を知ることができない親族などに同情心は湧くが、それ以上はない。俺にはあくまで死んだ人間を尊重している自覚がある。それに伴って生きている人間に対して砕く心が少ないのだ。

 

 心無き者というなかれ。俺にもわからないうちにこうなっていたのだ。逆に言えば死後にも影響を及ぼす吉良の能力はどうにかしたいと思っている。

 

 

 

 承太郎さんが仗助君から手がかりのボタンを受け取ってこの日は解散となった。…とても疲れた。

 

 明日以降に仕立て屋を回るのだろう。明日は学校も午前中だけだし、俺も町を散策しよう。俺も長いこと杜王町に住んでいるのに見たことがない、会ったことがない人間がいるとは思えない。が、()()()()()()()()()()だ。とにかく足を動かすことにしよう。

 

 

 

 余談だが、爆破されたダニーのことだ。次に呼び出す時には悲惨なことになっているだろうと心を痛ませながら再度呼び出すと、なんと状態異常がひとつもなかった。嬉しい誤算である。

 

 俺が呼び出した存在が吉良によって爆破されても、その存在自体に影響はないらしい。ダニーにまた炎とかそういう悪意で酷いことをしてしまって申し訳無かったのだ。これで魂の形さえバラバラにされていたら耐えられなかった。

 

 これは恐らく、『俺のスタンド』扱いだったことが大きいと思う。俺に間接的に攻撃されたから俺にダメージがきたが、ダニーは消えるだけで済んだ。これで吉良に関しては俺のダメージフィードバック以外にデメリットは特になくなった。

 

 死者に安寧を与えるべき俺が被害を出させたとあったら自害するレベルだった。





主人公の中で優先順位は死者>自分>生きている他人くらいの感覚です。

吉良が今のところ知っているスタンド使いは億泰と仗助かな? 藤堂とは奇跡のように会ってないし、他の人は視認していないはずなので多分、そう。

重ちーはここで死ぬ運命だった。それだけ。一度だけしか戦わなかったスタンド使いでも、アニメで見たらやたら強そうに見えるのでそのイメージで書いたらすごい生き残りそうだった。死ぬの難しかった。

次本当は後半にちょっと入れる予定だったシアーハートアタックから親父あたりまで

今眠くて何打ってるのかわからない


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『吉良』の場合

シアーハートアタックからアトムハートファーザーまで纏めようとしたら文字数が膨れ上がりました。

あと途中から4部アニメ完走した影響で爽やかな気持ちで執筆した箇所があり、なんか雰囲気ちぐはぐだなと感じるかもしれませんがご了承ください。



 

 ビッグニュースだぜ。なんと康一君と山岸由花子が付き合い始めたんだと。

 

 仗助君も億泰君もいたく驚いていたが、俺は2人の因縁を詳しく『覚えて』いないし、恋愛沙汰の時に深く関わったわけでもない。俺にとっては既に付き合っているイメージの方が強かったから、改めて驚くことではなかった。むしろ今まで付き合ってなかったのかよ、とすら思ったぞ。

 

 

 

 前置きはこの辺にしておこう。『シンデレラ』にて辻彩と山岸由花子が出会ったというだけの話だ。本題はこれに続く話が『シアーハートアタック』、つまりまた吉良吉影戦ということだ。すぐにでも始まるだろう、そう思って個人的に洋服屋を探し回っていた。

 

 確か…名前は前世に忘れたが、靴屋だ。洋服の修繕もやってくれる靴屋で戦闘に入っていた。生まれてこの方杜王町に住んでいるから、何処に何があるかはおおよそわかる。

 とはいえ、何となく通っていない道だってある。近道を知らないとかはよくあることだ。吉良邸すら見つけられないんだが、どうなってんだ。

 

 それらの条件の中で当てはまるのは「靴のムカデ屋」。今日はその店に向かおうとしたのだが、道中声をかけられてしまった。ジョセフさんの時もこんな感じだった気がする。ムカデ屋はもう角をひとつ曲がるだけで見えるし、ちょっとくらいいいかと、無論俺も声がした方へ顔を向けた。というかまさにその角から尋ねてきた。

 

 

「やあ…そこの君、ちょっと聞きたいんだが」

 

「え? はい、何でしょう」

 

 

 声をかけてきたのは男で、体型は標準、何処にでもいるサラリーマンだ。曲がり角の塀の後ろからこちらを覗き込むような体勢で話しかけてきた相手の、()()()()()()()()()

 

 

「エステ『シンデレラ』という店は…この通り…だったかな?」

 

「いえ、最近出来たところですよね、もうひとつ彼方の道を曲がってすぐですよ」

 

「そうかい、…親切に、どうも」

 

 

 息も絶え絶えなサラリーマンは、ゆっくり教えた方向へ歩みを進めていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()焦っているらしい。

 

 会社の同僚の反応にも通常の顔で応えるような人間ではあるが、そもそも、質問してきた割に()()()()()()()()()()()()。そこら辺の雑魚に構っている暇はない様子。

 

 俺の表情なんてこの男にとってはどうでもいいのだろう。俺自身、今どんな顔をしているかよくわからないが。

 

『呼吸を整えて』、背後からゆっくりと構える。腰を落として、右手を左手で覆って、落ち着いて、一撃入れる準備。

 

 

「ところでそんな所に行くより先に病院に行かれては?」

 

「…ああ…あとで行くさ」

 

「そうか。それじゃあ…死んでから行くんだな!」

 

「なっ…ぐはあッッ!!??」

 

 

 男が俺の方へ振り向く前に重い一発を叩き込んだ。少々吹っ飛ばしてしまったが、問題はないだろう。ゆっくりと距離を縮める。

 

 俺の顔が大人しそうに見えるらしく、カツアゲしてくる奴らが多いため喧嘩はそこそこの頻度でやっているが、殺すつもりで他人を殴ったのは初めてだ。

 

 波紋込みだが、人間相手だと少し怯ませるくらいにしかならない。修行も互いに攻撃できない死人相手だから威力がどんなものか自分ではわからない。人を殺したことなどないが、いずれやらなきゃいけない予定があるから、躊躇なくやったはずだが、さて。

 

 

「あ…何だ………一体、何が…?」

 

「死者の安寧の為にお前を倒す。それだけの話だ」

 

「き、貴様も『ジョータロー』たちの仲間かっ…!? 」

 

「少なくともお前の敵だよ。彼らから逃げてきたのか? すごいじゃないか。次の相手は俺だよ、ほらかかってこい……『吉良吉影』!」

 

「おまえも、わたしのことを知っているのかッ…! 『キラークイーン』!」

 

「うおっ! …と」

 

 

 憎々しげに吉良が叫ぶと、『キラークイーン』自らが殴りかかってくる。本体と近いが故に生身で食らうと、かなりダメージが来るため避けなければならない。

 

 追い詰められて力が出にくい吉良の攻撃なんて余裕で避けられる。サッと身を翻して距離を取る。通行人が見えるが、まだ大通りに出ていなかったので邪魔も入らない。

 

 ドゴ、ボゴ、バゴン!

『キラークイーン』の空振った拳が壁へ、ガードレールへ、地面へと無差別に当たる。俺には1発も当たらない。スピード自体は俺にも見切れる速さだ。

 

 この分には俺は余裕を保てるが、『キラークイーン』の射程距離ギリギリまで後退する吉良にはほんの少しだけ焦らざるを得ない。

 

 

「ほらよっくらえ!!」

 

「ぐっ……」

 

 

 動きが緩慢な『キラークイーン』に数発拳を叩き込む。俺はラッシュができるほど速いパンチを繰り出せないが、1発に出来うる限りの力を乗せることならできる。殴っているのがスタンドなので、生身の俺では大したダメージにはならないが、今の吉良相手なら地味な嫌がらせくらいの効果はある。

 

 ……というか、ピンポイントでかち合うとも思ってなかったし…。俺の計画的には、『靴のムカデ屋』の時点で承太郎さんたちに合流してからボコるつもりだった上に目的地もすぐそこだと思っていた為、スタンドとして誰も呼んでいなかったりする。

 

 今も余裕がない。というか俺の能力は相手にとって相性が悪い人間を呼んだ方が効果が高い為、最善手として『呼び出す死人』が思いつかないと逆に誰も呼ばない、という悪手をとってしまうようだ。まともなスタンドでの戦闘なんてやった事ないから少し混乱しているのも理由の1つかもしれない。

 

 本当は『シアーハートアタック』対策としてアヴドゥルさんを呼んでいたのだが、よくよく考えると悪手な気がして能力を解除したのだ。「…あれ、炎のスタンドである『マジシャンズ・レッド』に向かってこない? 至近距離で爆破されたら悲惨なことになるの俺じゃん!」と。そして直後にこれである。

 

 

 

 それにしてもわかりやすい挑発が効くわ効くわ。本当にあちらさんにも余裕がないらしい。それでも状況的に承太郎さんたちにボコボコにされた後の筈なのに、スタンドを出せるほどの余力が残っているとは驚きだ。なんて精神力だろう、敵だが思わず拍手でも送りたくなる。

 

 前世では随分と漫画で楽しませてもらったキャラクターで、今世では俺自身にとって倒すべき、忌むべき殺人鬼。本当に物語のキャラクターとしての魅力は素晴らしいのだが、当事者になるとそんなこと言ってられない。

 

 やらなきゃやられるとはこういう事なのだろうか。いやまあ友達にしたいキャラですらないんだけど。お断りだよ、『キラークイーン』のデザインは好きだけど実際に見るとマジで不気味だよこれ。

 

 

 

 俺が避ける為に動いたせいで、先程より俺と吉良との距離が遠くなっていた。まあそこまで不利になったわけではないだろう。

 

 しかしその考えは甘かったのだ。『前世の記憶があるとは言え子どもの俺(機転のきかないガキ)』と『善悪はともかく大人として生を送る吉良(頭のいいおとな)』はどうしても、何かしらの差があった。

 

 

「何だよ殴るだけなら俺だってできるぞ」

 

「誰がただ殴るだけだと言った! 間抜けめ、『キラークイーン』はすでに攻撃を終了している!!」

 

「あ? ……ッ! やべ…」

 

 

 先程『キラークイーン』は俺を攻撃しようとして拳を振り回していたんじゃあないッ! あれは…

 

 

「『歩道の一部』を『爆弾』に変えた! これでおまえは迂闊にこちらは近寄れない!! 」

 

「クソッ! 待てっ! …迂回した方が安全だが、間に合うか…」

 

 

 当然、『キラークイーン』が触れた箇所は見ていたからわかる。全て『覚えた』。それがちょっと避けて通るだけでは回避できない配置でさえなければ、真っ直ぐに走り抜けただろう。

 

 確か『キラークイーン』の能力で使える爆弾はひとつずつだった筈だが、確実な情報ではない。しかしどの道殴った箇所の何処が爆弾になったのかは俺には全くわからない。

 

 スタンド能力で『爆弾』になった舗装のレンガは、俺が触れたら一瞬で死ぬ地雷だ。本物以上に、よりピンポイントに対象だけを消す。この場合、吉良が爆破させるタイミングもあり近づけない為、地雷よりもタチが悪い。

 

 地面だけでなく、両壁にも『触れて』いる。無理をすれば壁を伝って移動できるかもしれないが、足を滑らせれば即死の可能性がある。試すくらいなら回り込んだ方が楽だ。爆弾になった場所を『覚えて』いても、俺のミスが起きないわけじゃない。

 

 

 早く逃げた吉良を追いかけなければ。ああ、遠回りなんて非効率的な! 細い抜け道もないのに。

 

 ここで、俺の後方から『手』が飛んできた。不自然に宙を舞う骨ばった左手。恐らく、というか確実に『クレイジー・ダイヤモンド』で『治して』いる途中の『吉良吉影の手』だ。咄嗟に俺はその『手』を掴んだ。

 

 

「…こっちだ!」

 

「………! 仗助君ッ!!」

 

 

 すぐに角から味方が飛び出してきた。先頭は仗助君で、後ろから億泰君、承太郎さん、康一君も走ってきている。声をかけた俺に気づいた彼らは何故ここにいるのかという表情を見せるが、今重要なのはそれじゃあない。

 

「とっ藤堂先輩!? どうしてここに…」

 

「それより…『爆弾魔』に会った! 奴は『シンデレラ』に向かっている。だがこの道はすでに『爆弾』が仕掛けられた、迂回しろ!」

 

「『シンデレラ』って、由花子さんの時の!? どうして…!?」

 

「あの野郎、たぶん『顔を変える』つもりだぜ。あと『手』はちょいと気持ち悪いだろうが、しっかり持っておけよ」

 

「ちょ、先輩っ! その手にも自動操縦型のスタンドがついてるんすよ、危ないから手ェ離せって!」

 

「コッチヲミロ!!」

 

「えっあっうおっ!!」

 

 

 手を持っておくメリットよりデメリットの方が大きいらしい。成る程、『手』を捕まえておきたくても『シアーハートアタック』があるから近づけないのか。確保しておけば()()()()()()()()()()()()()()()探し当てる道しるべになると思ったんだが…。

 

 つい離してしまった『手』は宙を浮いて『シンデレラ』へ向かっていく。俺に向かってきたキャタピラみたいな音を立てる『シアーハートアタック』は、射程距離はあるはずなのに『治している途中の手の軌道』を優先するらしく、手と共に角を曲がっていった。

 

 これでまた『手』を追わなければならないのだが。

 

 

「しかし迂回してちゃあ逃げられてしまう…ッ!」

 

「…やれやれだぜ。全員受け身をとれ、『スタープラチナ ザ・ワールド』!!」

 

「!! 力づ───」

 

 

 瞬きもしていない内に、瞬間俺たち学生は全員大通り側の歩道へ勢いよく放り出されていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()空中に浮いていた。

 

 

「───くですねえ!!」

 

「「「うおおおっ!!!?」」」

 

「さっさと追うぞ」

 

 

 ドタンバタン、となんとか着地する。康一君は俺がキャッチしておいた。軽いから車道まで飛ばされそうだ。

 

 

 

 スタープラチナ ザ・ワールド。

 時を止める、承太郎さんのスタンド。最強のスタンド使いたる所以だ。3部から4部の頃だと、2秒くらい止められたのだったか。

 

 …えぇ? 読者目線だと絶対それ以上止まってる? 逆に考えろ、止めた時間の感覚は止めた本人の感覚なんだから2秒と言えば2秒だし、1時間と言えば1時間になるのだと。10秒くらい止まっていても本人が2秒といえば2秒だ。

 

 この間、止まった時の中へ入門していない者は、止まっている間の事を知覚出来ず動くこともできない。いつの間にか腹に風穴が空いてるなんて体験も起こり得るぞ。

 

 

 

 冗談はさておき。

 既に承太郎さんのお陰で、そのまま吉良を追うことができるようになった。承太郎さんも地雷地帯は飛び越えている。『手』はちょうど『エステ・シンデレラ』のドアを潜り抜ける所だった。

 

 

「急げッ! 中に入ったのなら袋叩きに出来る!」

 

「待ってろよ、吉良吉影!」

 

 

 

 

 

 俺はこの時点で急いでこそいたが、少なくとも重ちー君の時より焦ってはいなかった。何故なら吉良には『入れ替わり先』が無い()()()()()()からだ。

 

 吉良吉影は杜王町から逃走する気は全くなく、それでいて静かに暮らしたがっている。殺人を犯してなお、だ。だから顔を変えるだけでなく、『既に存在する誰か』に成り代わるのが今の奴にとってのベストとなる。

 

『原作』では背格好の似た男を捕まえて、その男の顔と指紋を奪い何食わぬ顔で他人の家に帰っていくのだ。しかし、俺の見えた範囲では人通りがあったとはいえ、奇跡的に吉良と背格好が同じ男などいなかった。

 

 だから、『吉良は誰かに成り代わることができない』と断じた。そう断言する為の描写は足りないというのに、そう思い込んだ。

 

 

 

「いるんですかッ! 辻彩先生ッ!」

 

 

 店のドアを勢いよく開けて、仗助を先頭に全員が中へ入る。ネクタイ、靴、上着、果ては免許証まで。そこには血だらけの床と散乱した衣類、少し奥にこの店の主人たる女性が倒れていた。

 

 

「な…なんなんだよ!? お…おい、これはいったいなんなんだよォ〜!!?」

 

「何が起こったんだ?」

 

「彩さんが……」

 

 

 進む『手』の行方を追う為に視線を奥へやると、施術室の椅子には半身に服を纏っていない()()()()()()()。この場の人間が驚愕するに値する光景が目の前に広がっている。当然俺も動揺している。俺だけは違う理由だが…。

 

 1番冷静になるのが早いのは、やはり承太郎さんだった。

 

 

「死んでいる…!? なんで吉良吉影が死んでいるんだ!?」

 

「………ッ」

 

「待て! その男、『左手』がある!」

 

「え!?」

 

 

 承太郎さんの指摘から触れないように気をつけつつ、机に突っ伏している男を確認していく。顔がない、指紋もない。この男が誰なのか、個人を特定する身元や特徴は全て失われていた。

 

 

 

 俺はというと、その傍らで誰かに気づかれることなく自問していた。

 

 ──何故『背格好が同じ男』がいる?

 ───何故ここにいた?

 ────吉良はすでに入れ替わった?

 ─────何故、何故。

 

 通りを歩く人間の中に条件が揃う男はいなかった筈だ。俺はしっかりと行き交う人々をこの目で見ていた。いなかった、絶対に吉良に近しい背格好、体型の男はいなかった。ややふくよかでもっと年のいった感じの人しかいなかった。

 

 …ならば、俺達がこの店付近を通るより前に、中にいた? それこそこのご時世、男がエステに行くのか? 仮にそうだとしても、一体どんな確率だ、というかなんの目的だ?

 

 頭の中で完成しきらない仮説ばかりが渦巻く。なぜ、なぜ、何故。

 動揺していた俺の耳にも、弱々しい声が届く。

 

 

「背丈かっこう……が、同じ男」

 

「!! あ、彩さん! 生きてるッ!」

 

()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

「………!?」

 

()()()()()()()()()()()()…気づいた時には、もう遅くて…あいつは、目の前で殺してみせた………」

 

 

 その死に体の辻彩の口から、今さっき起こったであろう事実が途切れ途切れに語られていく。その後も言葉を続けるが『顔』を変換させられた事まで伝えると、彩さんは無残にも『爆破』されてしまった。

 

 

「あっ彩さん──ッ」

 

「! 左手がドアの向こうへ!」

 

「逃すかてめーっ」

 

 

 また、仗助君達が動き続けていた左手を追おうとしたが、ドアの先に広がっていた帰宅時間の通行人達の海に阻まれてしまった。康一君が怒りを乗せて出てこいと叫ぶが、当然奴が姿を見せるはずもなく。

 

『吉良吉影』には逃げられたというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 俺はまだ店の中にいた。逃げられた事よりも、『原作』との少しの違いに動揺していたのだ。

 

 つまり、吉良が入れ替わり先として誰かを連れてきた訳ではなく、『シンデレラ』にいた()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということか…? 奴にとっては何という幸運だ。

 

 …いいや、これは奴の幸運云々の話じゃない。俺が自分の記憶を活かせなかったという失敗だ。実に忌々しいことに、俺は別人になる事を知っていたのに防げなかったのだから。日時がわからなくてタイミングがズレたことなど言い訳にもならない。

 

 吉良の作り出した『地雷地帯』を無理やり抜ければ良かったのか。誰でもいいから『呼び出して』、さっさと殺してもらうのも…いや、死人に生者を殺させるべきではない。これは生きた人間がやらねばならない事なのだ。

 

 さらに言えば、元とシチュエーションが変わった。吉良自身が入れ替わる為に連れてきた川尻浩作ではなく、偶然ここにいた他人と入れ替わったのだ。……恐らく川尻浩作に成り代わっているとは思うが、もし違うならかなりマズイ。俺のアドバンテージが消し飛ぶ。

 

 とにかく、せめて『奴の親父』くらいはどうにかしなければ…。幸い追跡中に康一君が奴の個人情報を教えてくれたので、1人でも殴り込みに行ける…この流れでそんな真似はしないが。

 

 別荘地帯の、山の方よりの場所だったんだな、吉良吉影の家は…。

 

 

「奴の住所は…わかったんだよな」

 

「藤堂」

 

「行きましょう。何か『手がかり』があるかもしれませんし…」

 

「…帰ってるわけは…ねえよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺人鬼の名は吉良吉影。住所は杜王町浄禅寺1の28、年齢33歳。スタンドは近距離爆弾、『キラークイーン』。杜王駅から車で約15分の別荘・リゾート地帯の()()()にかつてヤツの住んでいた家はあった。

 

 家は木造平屋で歴史のありそうな武家屋敷のつくりのようだ。やや立派だという事以外は何の変哲も無い。部屋の中は障子や襖で区切られている。

 

 奥へと進んで、廊下の角部屋に行き着く。手入れされた庭が部屋からよく見える配置だ。タンスや桟の上にはトロフィーや表彰状が飾られている。勿論全て3位だ。

 

 低い座り机には健康に関する本が几帳面に並んでいる。紙とペンがあるが、特に何か書かれているわけではなくただ鎮座している。

 

 康一君と億泰君はキッチンの方から、仗助君と承太郎さんはそのトロフィーが飾られている部屋を探索する。仗助君がやたら騒いでいるが、あまり意識して聞いてないのでわからない。

 

 

「せんぱぁ〜い、ボーっと突っ立ってないで、探すの手伝ってくださいよォーッ!」

 

「あ? ああ、すまん…」

 

「具合が悪いなら先に帰ってもいいんだぜ〜先輩?」

 

「いいや…ちょっと考え事をしてただけだ。ちゃんと探すよ」

 

「おれじゃあ風邪は『治せ』ねーからなあ…」

 

 

 どうやら先ほどの動揺をまだ引きずってしまっているらしい。後輩の気遣いが身に染みるぜ。先ほどよりは冷静だと思うんだが。

 

 どれかはわからないが、『弓と矢』はタンスの引き出しの中だ。俺はガタガタガタッ!!! っと、勢いよく下から引き出しを開けていく。手当たり次第片っ端だ。

 

『弓と矢』もだが、『親父の写真』もさっさと処分したいのだ。最後の方まで邪魔してきた気がするからな。まあ今の俺は自分でもわかるくらいにはイライラしてるから、ただの八つ当たりになるかもしれないが。…いや正当な怒りってやつだな。

 

 アルバムは見つかったが、後でいい。ジョースター2人に渡しておいた。吉良の部屋には机の引き出しもあったが、そっちには入ってないはずだ。他の部屋に行く。

 

 襖のヘリをまたいだ瞬間に、後ろから「バシャアッ」というシャッター音が聞こえた。すぐに振り返って部屋に手を伸ばすが、部屋に入る事なく、まるで手だけワープしたように、反対側の空間の面に貫通していた。

 

 

「仗助君、承太郎さん。部屋に入れなくなりました!」

 

「あ? ……な、何ィ!? 腕が!」

 

「見てくださいよ、反対側に出てしまうんです。…断面どうなってんだろ。この部屋だけ区切られたみたいに中は入れません」

 

「スタンド攻撃…」

 

「だな」

 

「藤堂、お前は億泰と康一君にこの事を伝えたら、そのまま捜索してろ」

 

「承太郎さん?」

 

 

 どういう意図か正確には読み取れないが、隠そうとしてるであろう物をさっさと見つけてこいって言われてんのかな、これは? たぶんそうだと思いたい。

 決して俺がポルナレフ並みに突進していきそうな心理状態だから無闇に戦闘させないようにしている、という訳ではないと信じたい。

 

 

「…んー、死にそうになったら言ってくださいね」

 

「藤堂先輩まで!?」

 

「仗助君と承太郎さんなら多分大丈夫だよ。それでもどうにもならなかったら呼べ」

 

「…そりゃ〜余裕っすよ、先輩の手を借りることなんてないですってゼッテー」

 

 

 とりあえず2人を残して、急いでキッチンにいるであろう億泰君と康一君を呼ぶ。と言っても、すでに区切られた空間の外からはどうこうできないんだと思うと憂鬱だ。幽霊なら俺の管轄なんだけどなあ…。

 

 ありのままに伝えたら、2人は廊下を駆けていった。呑気してそうな俺に怒ってたけど、とりあえず急かしておいた。俺は捜索に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしは『写真の中』に『生きる』幽霊! わしはわしの写ってる写真の空間を支配できるのだッ!」

 

 

 俺が『弓と矢』を見つけて合流した時には、吉良の親父が自身の能力についてご高説を垂れているところだった。億泰君のリアクションに対してさらに煽るような台詞を吐いている。

 

 

「この2人を殺したら、次はおまえらと、もう1人もまとめて閉じ込めてブッた切ってやるからな〜〜〜ッ!」

 

「『生きてる幽霊』なんて、たいそうな口を叩くジジイだな」

 

「! 先輩ッ」

 

「さっきのガキだなッ! おまえもすぐにこ〜ろ〜す〜…」

 

「おまえの隠したかった宝物は既に俺が見つけたぜ」

 

「…な、何だと〜ッ!!?」

 

 

『弓と矢』を見せびらかすように掲げると、吉良の親父は目に見えて焦っていた。「こいつ仲間が殺されそうだって時に1人で物色してたのか!? 卑しい奴め」とか、「おまえから先に殺す」とか言っているが、俺の知ったことではない。

 

 そうやって俺が吉良の親父の意識を向けられている間に、承太郎さんがちゃっかり新たな別の写真に親父だけを閉じ込めた。包丁を持ち出した直後だったそうなので、少しヒヤッとしたと言うのは仗助君の愚痴である。

 

 

 

 

 

 

「『弓と矢』…か」

 

「なんでこんなところに…」

 

「…恐らく『エンヤという老婆』から手に入れたのだろう。それでここに保管していたんだ」

 

「多分これで吉良もこの親父もスタンドが発現したんじゃあねえか?」

 

「これが見つけて欲しくなかったものでしょう」

 

 

 この2つの、住宅にそぐわない異物から、各々が意見を交換する。ちなみに『吉良吉廣(よしひろ)』…吉良の親父は写真ごとテープでグルグル巻きにして画鋲で柱に固定されている。

 

 

「これもSPW財団管理っすね」

 

「そうだな。藤堂、渡してくれ」

 

「あ、はい」

 

「…? 『矢』だけじゃあなくて、『弓』も寄越しな。おまえが待ってても仕方ねえだろう」

 

 

 ただ手から手へ物を渡すだけなのに心臓が握りつぶされる感覚だった。そういえば今のところニコイチセットで見つかってるから、『矢』だけじゃ不自然だった。片方だけ渡したことがただの悪ふざけに見えていることを祈る。

 

 スタンド使いを生み出す原因である『弓と矢』だが、必要なのは『矢』の方だけだ。もっというなら鏃部分だけ。鏃ならば例え破片でも効果を発揮する。この時点じゃ何となくはわかってるけど確定情報じゃない。

 

 俺にとっては初めて手にする重要アイテムだ。感動半分恐ろしさ半分といった心境である。持っていたくない気持ちと取り返しがつかないボロが出そうだという焦燥感が押し寄せてきたので、さっさと押し付けよう。

 しかしこの『矢』、なんだか違和感があるのだが、なんだろう。初めて見たものにそう感じるのは奇妙な事だが…。

 

 

 

 受け渡しは邪魔されることなく終わり、吉良の親父の対処の話となる。まあ、焼けばいいんじゃね、という雑な結論に至りいざ固定した柱を見ると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 攻撃に使い損ねた包丁で器用にテープをきったようだ。そういうガッツは評価するがな…。

 

 

「あ〜〜ッッ!!! 写真のおやじが!」

 

「マヌケどもが! 『弓と矢』は返してもらうぞッ」

 

「へえ、出来るもんならやってみろ」

 

「てめーが『弓と矢』を見つけなきゃあ死ななかったのによ〜なァ藤堂!」

 

「藤堂先輩ッ」

 

 

 写真の親父が包丁を構えたまま真っ直ぐに向かってきた。5メートルくらいの距離があり、遮蔽物も特にない位置関係だった為何もしなければ俺は刺されていただろう。

 

 

「『プリーズ・リメンバー』ッ!!」

 

 

 でも、俺のスタンド能力を忘れてもらっては困る。杉本鈴美の時は、『小道』に幽霊として存在したにも関わらず能力で呼び出すことが出来た。そして、意思の伝達も万全にできない状態だった。

 

 

「〜っ! ……〜〜〜!?」

 

「何言ってるのか聞こえないね…。言いたいことはわかるけどさあ」

 

 

「死ねっ! ……な、何故動かない!?」といった事を言っているようだ。包丁を持った手は俺に届く前に不自然なくらい宙にピタリと静止した。吉良の親父は、俺へ攻撃出来ないことに大変ご立腹だ。訳も分からない内に負けていた事を悟っているようで、顔を真っ赤にしている。

 

 

「まさか、写真のおやじを『スタンドにした』んすか?」

 

「そ。こうすればこいつは俺に危害を加えられない。そして…」

 

「ん?」

 

「億泰君、この写真を削り取ってくれないか」

 

「おお、わかったぜ。『ザ・ハンド』!」

 

 

 ガオンッ!

 

 先程まで吉良の親父が写っていた写真を拾い上げて、億泰君へ渡す。まだ何か喚いている吉良の親父は俺の手で捕まえている。俺以外には攻撃出来るしな。

 

 彼も即座に俺の言った通りに写真を『ザ・ハンド』で処分してくれた。削り取ったものは異空間へ飛ばされるのだから、文字通り跡形もない。本当に異空間に行ったのかは定かではないが、まあいいだろう。

 

 

「これで戻るべき元の写真は無くなった、っと。……承太郎さん、こいつは多分口を割りませんし、いいですか?」

 

「ああ、親子共々途轍もない執念を持っているしな。またとないチャンスだが」

 

「では解除します」

 

「………」

 

「…もう死んでるんだから大人しくしろ。お前はあの世へ魂の形を保ったまま逝けるが、お前の息子のせいで苦しんでいる『死人』もいるんだぞ。俺は、吉良吉影を、許さないからな」

 

 

 基本的に死人や幽霊には寛大だと自負しているが、今回のは無視できない案件だ。厳しくもなる。

 

 能力を解除すると、捨て台詞を吐く暇もなく、奴はこの世から消滅した。手元にある戦利品は、なぜか違和感を感じる『弓と矢』、『写真のおやじ』の撃退。吉良と会う時の戦闘が楽になる事を祈る。

 

『写真のおやじ』、吉良吉廣。

 ──────再起不能(リタイア)

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もし、あの父親が『矢』を持ち去っていたら、間違いなく吉良吉影(むすこ)のために使っていただろうな」

 

「ちくしょ〜〜今度会ったらタダじゃあおかねえぞ、吉良吉影!」

 

「さっさと見つけなきゃあヤバいな…」

 

「でももう手がかりが…」

 

 

 たしかに、奴を探し出すための新たなヒントは今のところない。しかし子どもが吉良のことばかりに気を詰め過ぎずにいつも通りの生活をしてろ、とは承太郎さんの言だ。もし何か異変を察知したら必ず誰かに伝える事だけは全員の意識として共有された。

 

 とりあえず吉良邸の捜索は終了させて、全員帰路につく。このメンバーの中では俺が1番家が遠いため、バス代があったか財布を漁るが、小銭とオーソンのレシートしか入っていなかった。こういう時に限って口座から金を下ろすのを忘れていたらしい。

 時間外手数料も払いたくないので、歩いて帰ることとする。夏間近だしそこまで暗くないからな。

 

 1番近い分かれ道であるグランドホテルの近くで承太郎さんとはお別れだ。後輩達も帰っていくが、俺はさっきから頭の中に残っている『矢』の違和感が無視できない程気になったため、承太郎さんを呼び止めた。

 

 

「承太郎さん、すみませんがさっきの『矢』、もう一度見せてください」

 

「ここでか? 何故見ようとするんだ」

 

「なんか、最初に見た時から違和感があって」

 

 

 かなり渋られたが、少しだけだと言って承太郎さんは内外どちらからも傷つけられないように巻いていた布を取り払って、鏃の所を見せてくれる。

 

 なんか、もうちょっとでピンと来そうなんだよな、こういう考えが喉で突っかかってる感じ。『なんでも覚えられる』今世では、全くと言っていいほど無縁であるから、凄くモヤモヤするんだよ。

 

『矢』を承太郎さんの手ごと持って右から左から、上から下からとあらゆる角度から見回して数分。やっと違和感の正体に気づいた。

 

 

「あ、これ! この『矢』の鏃、この面が削れてる」

 

「何?」

 

「ほら、水平にして鏃を自分に向けて見てください。右と左で厚みに差があります」

 

 

 範囲が小さく、僅かな差だ。刃の部分も一緒に欠けているため、欠片があるとしたら、やや不恰好な形だと予想がつく。承太郎さんは無言でものを細かい所まで見ることのできる『スタープラチナ』を呼び出した。一拍置いて、俺の意見に承太郎さんが頷く。

 

 

「自然に欠けたにしては不自然な断面だ。まるで誰かが、別に破片がある事に気付いて欲しくなくてヤスリで整えたと言ったところか」

 

「…だれか…吉良吉影…? 欠片は吉良が持っている…いやでもそんな」

 

「可能性はある。もしかすると、奴らは既に刺客として新たなスタンド使いを増やしているかもしれん」

 

 

 承太郎さんはSPW財団に連絡を取ると言って、そのままホテルへ戻っていった。明日にはこの見解が他の味方にも共有されるだろう。

 

 

 

 さて。しばらくは大人だけで動きそうだし、俺は俺でなんかしておこうかな。今日は怒ったり、焦ったり、動揺したり、他人の家の中を探索したりと、精神的に疲れた。

 

 能力はそんなに使っていないはずなのに…危険な非日常の刺激というのは、なんで疲れるんだろう。俺だけなのかな。他の奴はむしろなんで平気そうなんだよ、俺、何食わぬ顔で学校生活送れる気がしないんだけど。

 

 

 

 歩いて帰ったら俺は直ぐに寝た。眠りが深すぎて次の日学校に遅刻しかけたが、いざ授業を受け始めると、昨日殺人鬼にあった緊張感など空の彼方へ消えてしまった。人間、意外と図太いようである。

 





かなり間が空いてしまいました、すみません。補足しとくべきところだけします。ちょっと文字多めです。

○スタンドに生身で触ってる
波紋も人間の生み出すエネルギーだから干渉くらいは出来るかな、という感覚で書きました。攻撃自体は通ってないです。

○川尻浩作どうなってんのか
入れ替わり先は変わりなく川尻浩作です。 女性向けっぽい『シンデレラ』にいたのはしのぶさん関係で思うところがあったんじゃないですかね。
しのぶさんのためにリサーチしてたのか、妻とうまく行ってないといった話から彩さんが男の方にプランを勧めようとしていたのか。
でもアニメ見てたらお父さんも昇進とかばかりで、そんな甘い感じじゃなかったようですね。

○吉良の親父のせいでスタンド使いになった人たちは?
本来はここから逃げた後に味方を増やしていましたが、ここでは不穏な空気を察知した親父が先手として、スタンド使いを増やした感じに変えています。と言うわけで過不足なく揃っています。

○第3の爆弾ないの?
ありますあります。忘れそうなので言っときますけど、最後の欠片って言うのが伏線です。

以上、とりあえずの補足でした。次の更新はリアルが忙しいので1月後くらいになります。ハイウェイ・スターまでを想定しています。


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人ならざるものの場合


1ヶ月待ってくれと言ったな。あれは結果的に嘘です。すみません、大変お待たせしました。

今回の話、話の起伏が少ないのでそれもすみません…


 

「サマーシーズン到来! 杜王町では毎年7月1日に海開きが行われ、街の観光収入の約7割がこれからの2ヶ月間に集中し───────」

 

 隣の部屋から聞こえてくる鮮明なラジオの音声を聞き流しながら、俺は───自室で溶けていた。

 

 昼も過ぎたし死ぬほど暑い温度と湿度ではないが、いかんせん俺の住んでいるアパートの部屋は通気性が最悪だった。風が入ってこないのだ。冬はいい物件である。空調機を使うのはせめて中旬まで我慢したい。

 

 しかしッ! 俺には秘策があるッ!! 「外に出る」というとっておきがな!

 

 ぶっちゃけ毎年『ペット・ショップ』の『ホルス神』で涼んでいるのだが、今年の夏は承太郎さんがいる。当時はイギーが倒したこともあって知らないかもしれないが、『ペット・ショップ』の方は承太郎さんの顔を見たら殺しにかかるくらいはすると思う。(初めて呼び出した時は俺にも殺しにかかってきた。)

 だから少なくとも吉良の件が終わるまで今年は無し。

 

 というか3部で死んだ刺客って意外と少ないけど、死んでたら死んでたで人間的にヤベー奴か、DIO崇拝者しかいないから呼ぶ時のリスクが高いんだよなあ…。

 

 風が通らない部屋の中よりも外で日陰に入り、じっとしている方が間違いなく涼しい。そして俺の行動はそこそこ早い。

 

 相談所を開けているからこそ部屋に居たんだが、まあドアに書き置きしとけばいいか。この時間に俺の所に来る酔狂者はいないだろう。これ以上は暑さに耐えることができない。

 

 開いたドアの隙間から感じる風は気持ちが良い。

 

 

 

 

 

 

 奴を取り逃がして町の中を隈なく探すこと数日。未だ音沙汰はない。いやこの前露伴先生がスタンド使いの子供にジャンケン勝負を挑まれたと聞いたな。俺の知らない間に『ジャンケン小僧』は来ていたらしい。

 

 そういう情報を聞いても、こっちは普通に学校行ってるからか、一種の恐ろしさが薄まっていることが不安ではある。よくみんな切り替えられるよな。

 

 また鈴美さんからの情報だが、今のところ新たに犠牲になった魂は見ていないそうだ。まだ動いていないのか、動けないのかは知らない。

 

 

 

 玄関を施錠していると、道の方から声をかけられた。俺を呼んだのはここら一帯の畑を管理している爺さんだった。野菜の直売所も立ち上げて、地域に貢献している農家のまとめ役でもある。

 

 俺にも良くしてくれるのだが、何の用だろう。奥さんは健在だから…心霊現象にでも遭ったか?

 

 

「………ミステリーサークル?」

 

「うちに牛はいないんだがのう…。とにかく、畑が荒らされたのに変わりはないから、原因を調べて欲しいんじゃ」

 

「はあ。わかりました、見てきましょう」

 

 

 牛というと、キャトルミューティレーションだったか?

 しかしミステリーサークルねえ…。誰かのいたずらだろうけど、依頼は依頼だしきっちり調べるか。

 

 やはり外の方が涼しい。依頼の為に日向を歩かねばならないが、それでも家の中よりはマシだ。すこし離れた距離から消防車のサイレンが聞こえてくる。バーベキューでもしてたのだろうか。

 

 消防車とパトカーのサイレンって違いがわかりにくいよな。パトカーならほんのちょっと音が高いから、これは消防車の方だと思うんだが。

 

 

 

 早速畑に向かうと、たしかに不可解な模様を描くように草が倒れていた。こいつは驚いた。一部に目を瞑れば、絵に描いたような「ミステリーサークル」だ。

 

 しかしそれほど緻密なものではなく、人為的に作れそうなものに見える。他人の畑にこんなものを…。作った奴はクレイジーな奴に違いない。

 

 また、円の中心に向かって非規則的な倒れ方をした草の道ができていた。これさえ無ければ俺自身、宇宙人やプラズマなど超常的な原因だと勘違いしたかもしれない。恐らく作った人間の通り道だろうと予想するが、下手人はこの場からすでに逃走している。

 

 …まさかとは思うが、犯人を探すのも俺の役目だろうか。

 

 

「うーん…原因を探すわけだし、人為的って言うなら…見つけるべきだよなあ」

 

 

 とりあえず怪しい奴がいないか町を探すか。除霊ならいくらでもできるんだけどなあ…こういう犯人探しって苦手なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 駅前に来るまでに何人かに聞き込みをしたが、ミステリーサークルができていたことも知らない人ばかりで難航した。畑あたりで怪しい人間を見ていないかとも聞いたが全て空振りだ。証拠も手がかりも出て来やしない。

 

 ウーーウーー…。

 家が多い場所へ足を運んだからか、消防車のサイレンがよく聞こえる。

 

 …ん? さっき聞こえてた音とは違うんじゃないか? きっと別の火事だ。だって今日1度目に聞いたサイレンからかなり時間が経っている。今鳴っている2度目のサイレンの発生源は、いったい何処だろう。

 

 というか、煙が上がっているから場所はすぐわかるんだが、俺の理解が追いつかないだけだ。…結論から言うと火事なのは露伴先生宅だと思う。あの煙の量だと半焼で済んでるのかな、今のところ。

 

 露伴先生なら家に火を放つくらいやりそうだが、本人の無事は確実だろうし心配はしていない。むしろ原稿は無事なんだろうな(漫画ファン並感)。

 

 それよりもその火事の家から走って出てきた仗助君の方が気になるので即座に呼び止めた。本人もやたら焦ってるし、怪しいにもほどがある。

 

 

「仗助君ちょっと待ちなよ」

 

「今サイレンの聞こえない場所まで行かなきゃならないんで! それじゃ!」

 

 

 肩を掴んでもこれだ。多分仗助君は声をかけたのが誰かもわかってないと思う。そして今回の騒動が何の『話』かうすうす気づいているから()と話がしたいが、それどころじゃないようだ。仕方ないので走り去る仗助君についていくことにした。

 そうだそうだ、宇宙人っぽい人がいたのだ。今思い出した。

 

 俺は体外に影響を及ぼす波紋疾走は上手く使えない。しかし自身の肉体に波紋を巡らせてちょっぴり強く殴れるようになったり、速く走れるようになったり、スタミナ消費を抑えたりといったことならできるのだ。副次効果みたいなものだけどね。

 

 

 

 

 

 

「あぶなかった…。でも、オレってけっこう人から恨み買うタイプなんだなあ〜…知らなかったぜ」

 

「あの……わたしはお役に立てたでしょうか?」

 

「う…うるせーよもう〜っ!」

 

「どうしたんですか?元気なくなりましたね?」

 

「あー、立て込み中失礼するが、そいつはスタンド使いか? 敵か?」

 

「!!!?」

 

「? いいえ、わたしは『宇宙人』です! こう言えば誤解なく伝わると先ほど学びました。ヌ・ミキタカゾ・ンシと申します、あなたは?」

 

「ご丁寧にどーも。俺は藤堂、オカルト的な問題を解決する仕事をやってます」

 

「なるほど、私を捕まえて解剖する気ですね?」

 

「いやそんな物騒なことしないっての…聞きたいことがあって君らを追いかけてただけだって」

 

 

 息を整える仗助君を置き去りに話を進める。2人が何から逃げているのかを聞くよりも、俺には重要なことがあるのだ。

 

 

「今も調査の最中でな、宇宙人と言うなら単刀直入に言うぞ。あっちの方の畑の草を倒して模様を描いたのは君か?」

 

「!」

 

「ふむ、もしかして宇宙船との交信跡の事でしょうか。それでしたらわたしです」

 

「あそこは人の土地で、作物が育つ場所なんだ。倒した草はどうしてくれるんだ、持ち主の爺さんが困ってんだよ」

 

「ああ! それならご心配なく。明日の朝には元通りにまっすぐ伸びているはずです。そう言う風になってます」

 

「本当に?」

 

「嘘なんか言いません」

 

「…わかった、信じよう」

 

「なんだこいつら…」

 

 

 これでこの話はひとまず解決だ。イメージがつかないが戻ると言ったら戻るんだろう。仗助君が「やっぱり変人には自称宇宙人にも理解が及ぶのか…」とか呟いているが、俺にはちゃんと聞こえている。

 

 俺にとって聞こえていると言うことは『必ず覚えている』事と同義だぜ。俺を岸辺露伴と同じくくりにするんじゃない。怨みってほどじゃないがちょっとしたいたずらくらいは、いつか受けてもらうぞ東方仗助ェ!

 

 宇宙人に関してはアレだ。元々宇宙人は存在する派だし、オカルト方面にいる立場上、いるのが前提として生きているから否定から入れないだけだ。

 

 

「本当のところ、スタンド使いか?」

 

「少なくともスタンドは見えてなかったっす。

 あっでもミキタカのやつ、スゲェーんすよ! スタンドは見えてないみたいだけど、変身できるんですよ!! さっきもサイコロになって……」

 

「自分以上のパワーのものや、機構が複雑なものには成れませんよ」

 

 

 恐らくさっきまでのことを思い出しているのだろう、得意げに話す仗助君の顔がだんだん沈んでいき、声も萎んでいく。ミキタカ君の方が感情抜きに経緯を話してくれたので、俺も今日の彼らの行動を知ることができた。

 

 自然発生とはいえ露伴邸を燃やす要因を作ったらしい。

 虫眼鏡って怖いね。うちも気をつけよう。

 

 

「チョーシに乗るとこれだもんなあ…。小指だけは治してきたけど…」

 

(バイトでもすればいいのに)

 

 

 

 そういえば、『ファン』的にはミキタカ君が本当に宇宙人なのか、はたまたスタンド使いか、人間か、確認したい気持ちはめちゃくちゃある。というか今無視できないくらいの衝動が湧き上がってきた。

 

 これは聞くしかない事柄だろう。ノーリスクなはずだし。

 

 

「なあなあ、全く関係ないんだけどひとつ聞いてもいいか?」

 

「もう勘弁してくださいよ〜」

 

「宇宙には関係あることだぜ。ミキタカ君、こう…地球から飛び出した軌道上に、人っぽい形の石……岩? は見なかったか?」

 

「? なんですそれ」

 

 

 俺も上手く説明できないため、持っていたメモ帳に簡単な絵を描いて説明する。流石に原作まんまの絵も構図もかけるはずがない。人間が石になって変な座りポーズを決めている感じにすれば近いだろう。

 下手ではないから伝わるはずだが、宇宙から来た生物でも見たことあるかはわからないかもしれない。宇宙は広いからね。

 

 二重、三重に迷い線のある絵をミキタカ君に見せる。彼は少し思案する。

 

 考えるのをやめたカーズの事を、宇宙人だと言うミキタカ君に聞きたい思いはかなり昔からあった。前世から。正確には見てたら面白いな、くらいの感覚だから、ひどく軽いお遊びみたいなものだ。

 一度はみんな思っただろ! なあそうだと言え!

 

 まあ、はっきりした返答が返ってくるとは思ってな───

 

 

「あ! 見ましたよ。地球人に近い姿でしたが…腕にあたる部分に地球で観測される鳥類の翼のようなものがついていたので、地球の支配種族の形はむしろそちらを想像してました」

 

「そんな人間いねーよ…」

 

 

 ───他にも地球で見られる動物の特徴もある、なんとも不思議なオブジェクトだったとミキタカ君は語った。

 

 大変興味深かった、という割に話題はすぐに切り替わっていった。主に仗助君がわからない話であるから自然と消え去ったのだが、俺は心中穏やかではない。

 

 

 

 ─────俺は描いた絵に翼なんてつけてないぜ、ミキタカさん。

 

 

 

 ぶっちゃけカーズが生物と鉱物の間のものになっているとして、俺は実物を見てないし、すげえポーズ決めてるなって事くらいしか知らない。俺にできるのは、終盤で翼も使ってたから考えるのをやめる時に名残があってもおかしくないと推測することのみ。

 否定から入らないと言いつつ信じきれていなかったことを俺は恥じた。

 

 俺の中でミキタカ宇宙人説が有力になったところで彼らとは別れた。この世紀の発見は誰に言うわけでもないが、この事実は思いの外俺の心を揺さぶった。もうちょっとで今世紀終わるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、ミキタカ君の親からミキタカ君が日本人として生まれ育ったような供述を聞いた仗助君が、「結局人間なのかマジモンの宇宙人なのか…判別できます?」と聞いてきたので、「畑のミステリーサークル、ものの見事に無くなってたぜ」と答えておいた。

 自分で納得できる答えを得ることだな。

 

 

 

 それからさらに2日後。

 あの日燃えていた露伴邸は半焼し、今わかるだけで約700万もの損害を出したそうだ。ドンマイ先生。仗助君も悪いと思ってるんですよ、許してやってくださいね。

 

 心の中で擁護しながら俺は───溶けていた。

 

 正確には、部屋の蒸し暑さに耐えられず再び涼しい場所を探して日陰を彷徨っていた。少なくとも日が落ちるまでゆっくり涼める場所がいい。店内で歩き回ったり立ち読みをして居座ってみようとしたが、どうにもきまりが悪くなって出てきた。

 

 うちの学校は改造制服ばかりなせいか、夏服を着ない学生が多い。俺はおしゃれより涼しさを取ったため、なんの変哲も無い半袖の白シャツを着用している。それでも暑いものは暑い。

 

 

「学校の図書館にでも行けばよかったかなー…」

 

 

 口ではそう言ってみるが、学校の冷房が効いている部屋でも設定温度が高いのか効きにくいのか、全くもって涼しくない。自室の冷房をつけるには温度は高くないが湿度が高いのだろう。どうにも汗っかきになっていた。

 

 きっとこの日陰を出たら、肌をチリチリと焼かれる痛みを味わうだろう。どこぞの吸血鬼ではないが灰になってしまいそうな錯覚すら覚える。

 

 

「涼しい場所、納涼地……納涼……」

 

 

 そして俺はたどり着いた。

 

 

 

 肝試しとは、恐ろしいものに向かって行く度胸を試す催しである。「恐ろしいもの」はおおよそ霊や妖怪といった人ではないものを指す。よって肝試し開催地には、()()と噂されている場所が選ばれるのは当然だ。

 

 杜王町には奇妙な名所が存在する。アンジェロ岩から始まり、ボヨヨン岬、カツアゲロード───はここではなかった。申し訳ない───に、誰かが生活している送電鉄塔、それから………『振り返ってはいけない小道』。

 ほとんどスタンド使いが関わっているが、杜王町にとって最も必要かつ重大な場所はこの『小道』だ。

 

 

「あなた、昔ここに迷い込んできた男の子でしょう。露伴ちゃんたちの知り合いだったなんて! この間は驚いたのよ」

 

「…その節は、どうも。

 それと岸辺露伴先生と知り合ったのはつい最近です。旧知の仲のように言わないでください」

 

「あらごめんなさい。なんだか小難しい屁理屈を考えてそうだったから」

 

「……………」

 

 

 俺が向かったのは『振り返ってはいけない小道』。幽霊が出る場所の多くは人気がなく静かで、どんな季節でも一定の温度だ。錯覚かもしれないが涼しく感じられればそれでいい。

 

 ちょっとばかり出入りの際に後ろを振り向かないように気をつけさえすれば、とても快適な心霊スポットである。安全とはいえないが。

 

 

「それにしても、康一君たちもそうなんだけど、なんであなたたち…あたしに敬語を使うのよ」

 

「そりゃあ…本来年上ですし」

 

「でもあたしの感覚ではずっと15歳なのよ? なんだかむず痒いわ」

 

「んー…。でもこれが1番しっくりくるんですよ」

 

「もう! 普通に話してくるのは露伴ちゃんだけだわ」

 

 

 多分、鈴美さんの街に対する『誇り』が、彼女に敬語を使う要因なのだろう。

 俺は直接鈴美さんから『犯人』の話を聞いておらず康一君からの伝聞なのだが、それでも死してなお彼女の街を守ろうとする『誇り』は理解できた。

 

 

 

 昔…小学2年生の時、俺はこの『小道』に訪れていた。偶然というわけでもないし、行こうと思ってたどり着いたわけではない。

 街の探検中、近道できるルートを模索している中で鈴美さんにあった。

 

 裏道を開拓し始めたは良いが、同じところをグルグルまわって抜け出せなくなった時、鈴美さんに助けてもらった。その時迷い込んだ場所が『振り返ってはいけない小道』であること、道を示してくれた少女が既になくなっている鈴美さんであることを悟った。

 

 

「そういえば…俺がここで迷った時、『犯人』の事教えてもらってなかったですね」

 

「もちろん伝えようと思ったわよ。だけどまだなんの話かわからないような年齢の子どもに言うのを躊躇っただけ」

 

「まあ、当時の俺じゃあ話を聞いてもできることは何もなかったでしょうし、納得しました」

 

「なんだか不満そうね」

 

「理解も納得もしましたが、俺としては早く鈴美さんに成仏して欲しいと思ってますから」

 

「この件が片付くまでは絶対に()()()に行けないわ」

 

「わかってます。そのためにも吉良吉影を捕まえなければならないことも…」

 

 

 俺はスタンド使いであるせいなのか、また別の理由からか、普段から『幽霊』が見える。そもそも見えなきゃ霊媒師なんぞ名乗っていない。

 

 幽霊のように見える全ての存在の多くは、木にしがみついていたり屋根の上や駅構内の隅っこにいたり、とにかく誰も通らなさそうな場所に居た。

 髪を巻き付けていたり、ちぎった粘土のように体をなくしていたり。『デッドマンズQ』よろしく、生きているものに触れると『霊としての形』を失うようで、生者に接触しないように必死であった。

 

 地上にいる幽霊は…少なくとも俺に見える範囲では少ない。しかし彼らには向かうべき場所への行き方がわからないものもいる。仮に生者にぶつかって消滅した後にあの世へ行ける保証はないし、転生する可能性はもっと低い。

 地縛霊は基本的に未練によってその場に留まり続けたせいで、身動きができなくなるのだ。また、浮遊霊にもそれが「場所」でないだけで、未練はある。

 

 だから俺に解決できる範囲の未練であればさっさと断ち切ってやるし、進むべき道を指し示してやる。それが俺の仕事。

 どうしても成仏したくない奴には強制的に退去してもらうこともあった。

 

 幽霊は居るだけで害を及ぼすものもいるから、本来現世にいてはいけない霊を払うことも俺の仕事のうちだ。生者にとっても死者にとっても、良いことはない。

 

 

 

 道の隅で座り込んでいた俺に犬のアーノルドが擦り寄ってくる。喉から血が出続けているため、撫でる時は要注意だ。

 アーノルドはよく躾けられており、それでいて人懐っこい。まったくもって吉良は許しがたい。

 

 

「そういえば、ここには鈴美さんとアーノルド以外に霊はいないんですね」

 

「ここに来るのは()()()へいくために通っていく魂だけよ。あたし、アーノルド以外の幽霊とお話ししたことないもの」

 

 

 ということは、霊と生者が触れられない事どころか霊体を損なうことも知らないのだろうか。やはり彼女は特殊らしい。

 幽霊が見えるとはいっても、ここまで踏みこめるほどの力を持った霊にあったことはない。貴重な話だ。

 

 そういえばミキタカ君と出会った後から、仗助君達と連絡を取っていない。

 暇を持て余した小学生が冷やかしに来たのでからかい半分に構ってやって、相談所のチラシを(無理矢理)持たせて帰らせるという仕事をしていたためだ。

 

 その間何かトラブルはあっただろうか。誰かしら新たなスタンド使いとあっていてもおかしくないから心配ではある。もう日も暮れてきたようだし、お暇しようか。

 

「…じゃあ、そろそろ帰ります。話し相手になってもらって、ありがとうございました」

 

「あたしだって普段待つだけなんだからいいわよ」

 

「あ、それともう一つ。この前呼び出した時はすみません。驚いたでしょう」

 

「あー! あの時自分の声が届かなかったの、怖かったのよ!」

 

「本当にごめんなさい! じゃ!」

 

 

 俺は怒られつつポストを通り過ぎ、オーソンの方へ歩みを進めた。鈴美さんは言いたいこともあるだろうに歩き始めた俺に対して無言。むやみに声をかけてはいけないからと言う配慮を感じる。

 彼女をはやく安心させてあげなければ、と使命感を抱くには十分な時間だった。

 

 

 

『そっちは危ないぞ』『正しい道は後ろにあるぞ』、そんなか細い声が後ろから聞こえる。昔通った時も似たような囁きを聞いた。無視して前へ歩を進める。

 

『何か』は触れてこないが、囁きの数だけは増えていく。やがて白々しい茶番へと変わってゆく。その中で流れる聞いたことのある喧騒。

 

 

『なんだ今の爆発は』

『バスが横転してるぞ!』

『救急車を…!』

『中の人は生きてるの!?』

『おいあんた、手を貸してくれ! まだこの人息がある…!!』

 

 

 

「無理だぜ亡者ども。その『まだ息があるバスの乗客』が俺だろう。俺が1番わかってる。手も貸せないし…ましてや助かりもしない事はな」

 

 

 前世の終わりは、俺にとって最も強く覚えている大事な記憶であり何度も振り返りたくはない傷だ。

 それでも「しかたなかった」と言えるくらい、俺の中ですでに昇華された記憶なのだ。驚く価値もない。

 

 俺は何事もなく家へ帰った。本当に何もなかった。この平穏が続けばいいのに。

 

 ────まあ吉良吉影がいる限り、平穏なんてあるはずもないか。

 




更新停滞時でも閲覧感想等ありがとうございます。
前回のあとがきにハイウェイ・スターと言いましたが訳あってボツになりました。申し訳ない。

しばらくは序盤レベルの更新速度が厳しそうなので、気長に待っていただけると幸いです。


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とある男だった少年の場合


どうしても今日中に投稿したくて書きました
こちら「ほん少」で間違いありません



 

 藤堂一茶の前世だった男はその日、仕事のため大型のバスに乗車していた。

 

 

 

 取引先の会社へ向かっていた朝10時、席はほぼ埋まっていた。同じ会社の人間はいないのに、男女問わず全員スーツだったのが男にとっては印象的な光景だった。

 男はバスの中で書類や暇つぶしの本を広げることもなく、ぼうっと窓の外を眺めていた。

 

 とびきり幸福なことはなく、とびきり不幸なことも起こらない。両親は健在で、浅い付き合いの友人はいる。男はとても普通で、人によってはぬるま湯とも、幸福だとも言える生活をしていた。

 社会人として働いて、趣味に勤しみ、いつか結婚して、いずれ子供や孫に囲まれて死ぬ。そんな漠然とした夢想をしたこともある。

 

 

 

 それが星を掴むほど難しいとは一度も思っていなかった。

 

 直線の道路を走っていたバスの真横から、トレーラーが突っ込んでくる。悲鳴は…叫んでいる人間もいたが男には聞こえていなかった。

 

 車体のちょうどど真ん中を右側からブレーキもかけずに突き刺さる。バスは衝撃でガラスが割れ車体はくの字に曲がり、トレーラーは前方部分がひしゃげた。

 ガジャンッッッ!!!!!

 

 その時、男には何が起こったか、理解できなかった。

 

 首をはじめとして体は動かず、鼻からは何の匂いも感じ取れない。口に水分がたまっているような気がして反射的に吐き出すと、霞んだ視界に赤色が見えた。

 

 男はいつのまにか道路に転がっている自分を把握する。

 何となく「死ぬな」、と悟った。体の痛みを感じたと思ったらだんだんわからなくなるし、ザァーっという低い耳鳴りが大きすぎて周りがどうなっているか聞こえづらい。

 

 

「なんだ今の爆発は!!?」

「バスが横転してるぞ!」

「救急車を…!」

「中の人は生きてるの!?」

「おい……た、手を貸してくれ! まだこの人息がある…!!」

「手当を…に………」

「……! ……!」

 

 

 ばすがおうてん。きゅうきゅうしゃ? 単語を拾っても今の男には理解するに至るまで頭が回らない。

 体を揺さぶられたようだが保つべき意識は遠のいており、自分が助からないことは男が1番よく理解していた。

 

 男には知るすべのないことだが、彼以外の他の乗客はトレーラーの運転手も含めて、全員即死であった。

 乗客で1人、即死を免れただけの男は幸か不幸か。「死ぬ前の思考時間」が与えられた。頭によぎる、現実の時間では一瞬の走馬灯。

 

 重ねて言うが、男は()()()()()()()()()()平凡な一般人である。最期の大きな事故で死にはするが、それまで大怪我を負ったことはなく、皆が賞賛するような大層な賞を貰ったこともない。実に平凡。

 この事故に関しても、沢山いる乗客の1人として報道されるだろう。葬式には両親とほとんど顔も知らない身内に会社の人間と、ほんの少しの友人が来るだろう。

 

 死にかけの人間にはそのような細かい事まではっきり考えられないのだが、事実である。男は何も見えなくなった目を閉じながら漠然と考えていた。

 なんにせよ、男にとっては幸せな人生だったと断言できる。できるが……。

 

 

(…誰か…誰か、俺のことを覚えていてくれるのだろうか)

 

 

 ふと湧いた疑問。

 どうあっても他人の男を気にし続ける人間はいただろうか? いやいない。ましてや忘れっぽい薄情者を偲ぶ時間など勿体無いと思うに違いない。

 

 疑問を感じた時、家族すらも男には思いつかなかった。さらに男は、「自分のことを忘れ去る人間」に己自身が含まれるという当然の答えを得た。

 

 男は恐怖した。

「誰も覚えていないのなら、俺は本当に存在していたのか」「いてもいなくてもいい人間だったのか」。

 平凡さを恨んだことはないが、ただ死ぬだけの自身の無意味さを認めたくなかった。

 

 今さら互いを唯一無二だと言える存在は得られない。両親すら危ういのだから誰もかれも男を忘れ去っていくに違いない。

 

 

 

 ならばせめて────俺は俺を『覚えて』いなければ。

 

 

 

 こうして男は忘れ去られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どの位の時間差があったか不明だが、男は藤堂一茶になった。といっても前述のことははっきりと覚えていない。

 生まれたばかりの体や脳では男の記憶は重すぎる。負荷に耐えられるまではそれを『忘れて』いなければならなかった。

 

 その忘れている期間、一茶は『何か』が無いことに怯え、その隙間を埋めるように知識を吸収していった。それに比べれば寝返りや歩き始めるのは平均より遅かったのだが、両親にも彼自身にも誤差の範囲内である。

 

 また、目が完全に開ききってからの物覚えは非常に良かった。1度目の前で発した言葉は発音を覚え、文字を知る。母親の顔を見れば笑顔になり、知らない顔が一茶を覗けば誰なのかと凝視する。「この人はあなたのお兄ちゃんよ」と伝えれば理解したように笑い、そして眠った。

 

 

 

 夜泣きも少なく、成長も悪くない。周りの大人にとっては愛嬌もあるし手もかからない『素直ないい子』。

 しかし彼は素直すぎた。

 

 手伝ってくれと呼ばれれば素直に母の元へ行くし、父が旅行へ行こうと誘えば一切ごねずについて行く。はぐれるなといえばずっと手をつないでいる。おもちゃを他の子供に取られれば感慨なく手放す。

 

 まるで言うことだけをきくロボットのようだ。藤堂家は一茶の感情がないのではないかとひどく心配した。

 藤堂親子には子育ての比較対象になる一茶の兄がいたため、(いっさ)の異常に気がつくことができた。彼は5歳になる前に病院へ連れていかれ、医者からこう言われた。

 

 

「一茶君は自我がほぼ発達していません。この時期ならもっと親への反抗心や癇癪を起こします。

 まれに全くそういうものが無い子もいますが、一茶君の場合、自我の未発達が原因かと思われます」

 

 

 三つ子の魂百まで。この時点で一茶には「全てのことを思い出せるようにする努力」しか明確な行動を起こしていなかった。

 藤堂家は自我の発達に関する本や心を生業とする専門家にも頼りながらいくつかの改善法を試みたが、うんともすんとも言わない。

 

 

 

 しかし数ヶ月後。5歳を迎えた年の冬、ようやく『自我』と呼べるものが一茶の中に浮上する。

 今までほとんど自発行動をしなかった少年が、ある日突然泣き叫んだ。家族は驚いたが、きっかけも意味もなく泣くことは初めてだったため「もしかして自我が!」と期待した。

 

 その期待は応えられ、藤堂一茶に『自我』が芽生えた。いうことをなんでも聞く所は変わらなかったが、それ以降誕生日プレゼントを貰って気恥ずかしそうにしたり、母親と風呂に入ることを嫌がったりと人間らしい動きをするようになった。

 

 かなり発達が遅かっただけだということで、家族は全員胸を撫で下ろした。当の本人は誰が誰か、ここはどこか把握するのに躍起になっていたわけだが。

 

 

 

『自我』の芽生えた、つまり一茶が『男であった頃の記憶を思い出した』後も、関係の変化はむしろ良好だった。親や兄に遊んでもらい、絵本を読んだり、友達と遊んだり、悪ガキどもをまとめ上げて公園のリーダーになってみたり。

 

 少年は大量の知識を披露することで元の年齢程度の関係を手に入れるより、子どものうちに子供らしく遊ぶことを望んだ。

 

 というか、勉学方面以外の時事知識など印象の薄い事柄は覚えていなかった。ただし、男であった時の記憶を思い出すことができれば『藤堂一茶』の記憶として『覚える』ことができた。

 

 一応、記憶力が異常にいいことに関して検査を受けたこともあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()の方に比重が重かったようで一茶の検査は踏み込んだことまでしなかった。

 

 歳は近く、馬に見える形の痣があったことが印象的な男の子だったが、ほんの少ししか会話する機会がなかった。高校も同じだが生活サイクルが全く違うため、知り合いという間柄ですらない。これは全くの蛇足である。

 

 

 

 その後といえば、6歳の頃にスタンド使いである自覚を持った後の変化以外に特出することはない。強いて言うなら波紋使いとしての才能がないために修行を年単位で(おこな)ってやっと、彼の知る波紋使いたちの『3分の1』に到達したということくらいか。

 

 そんな日常を経て、『男』は今日も杜王町に存在している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「キャッキャッ」

 

「今日は赤ちゃんご機嫌ですねー」

 

「うむ、天気も良いからの。今日は一度も泣いとらんよ」

 

「…まだ母親は見つかりませんか」

 

「うむ。まあ見つからなかったらわしが育てることにしたよ」

 

「子は何人目になるので?」

 

「3人目じゃな」

 

 

 カフェのテラス席で和んでいる小さな赤子を連れた老人に話しかける。苦笑いを返すしかないのだが。

 老ジョセフはすでに仕事も引退して、やることが無いそうだ。

 

 この俺、藤堂一茶はまだ勉学も『相談所』の仕事もやらねばならないが、どうしてもやる気が起きないために彼らを相手に駄弁ることにした。今日くらいいいのだ。ここ数日依頼もないし。

 

 

「ジョセフさん。俺ね…子どもは何も考えなくて遊んでいるだけでいいのに、って思ってしまったら、しばらくその思考が抜けなくて落ち込むことがあるんですよ」

 

「そりゃいかん。子どもだって日々いろんなことを考えているんじゃから」

 

「例えば?」

 

「そうじゃのお…。おばあちゃんを喜ばせるために何をプレゼントしようとか、自分の家と他人のそれを比べて勝手に落ち込んだり癇癪起こしたり、な」

 

「そんなものですか」

 

「そんなものじゃよ」

 

 

 かと言って特に話の種もなく、思ったことを口にしてはジョセフさんが応えるの繰り返しになっている。どうでもいいことにも反応してくれるこの老人の意見は広い見聞を持ち面白く、飽きない。

 

 

「一茶君は記憶力が良いと聞いたが、それは生まれつきと言ったかな」

 

「らしいです」

 

「覚えておらんのか?」

 

「はい。正確には5歳までの記憶が、でして。

 それまでに『覚えた』言葉や名称はわかるけど、自我…『自分』が無かった為に思い出と言える部分は俺が『知らない』状態みたいです」

 

 

 それ以降の人生はほぼ全て覚えていると言えば、ジョセフさんは少し眩しそうに目を細めた気がした。

 

 

「良いことも悪いこともずっと持っているのは、辛くないか」

 

「まあ辛いこともありますよ。ジョセフさんは死体を見たことありますか?」

 

「もちろんある。わしの生きていた年代を考えてみろ」

 

「…ああ、そうでした。

 まあ、殺し合いの中ではないけど、海外旅行でちょっと治安の悪い道に入っちゃうと見ることもあるんですよね」

 

 

 特に6歳の時のエジプトはヤバかったぞ、本当に。言っちゃ悪いけど巻き込まれなくてよかった…。

 

 それに俺のスタンドの関係上、近くで誰かが死ぬと勝手にそこまで行ってしまうのだ。必然的に死体を見ることになる。

 もちろん最初は吐いた。もうだいぶ慣れてしまったが。

 

 

「正直堪えるし、悲しい気持ちになりました。しかしうちの祖父の葬式の時には俺…全く悲しくなかったんです」

 

 

 俺のスタンド、『プリーズ・リメンバー』が死者を呼び出すための条件のひとつに「故人を知る生者の記憶・知識があること」というのがある。

 

 だから俺の記憶に残っている身近な人の死より、「誰かに見向きもされなかった誰かの死」の方がよほど重たい。

 そういうとジョセフは少し哀しそうな顔をしたように見えた。

 

 あくまで『思い出す』能力のスタンドだ。

 記憶を忘れさせたり、教科書や辞書を暗記したり、結果的に死人を呼び出したりすることができるが、あくまで『思い出す』ことに重点が置かれる。これを『忘れ』ちゃあいけない。

 

 

「死を覚えることは俺にとって悪いことではありません。死んだ人間にとって『誰かが自分のことを覚えている』というのが重要だって俺は思っていますから」

 

「…ゴッホの絵は本人が死んでから評価されて生前はちっとも売れんかったので、厳しい生活を強いられたそうじゃ。それはそんな人間にも重要なことかの」

 

「重要です、とても。そんな風に聞いてきたってジョセフさんも俺の話を否定する気ないでしょ?」

 

「バレたか」

 

 

 正直この考えを押し付ける気は無いが否定をされたら俺は怒る。「死者を覚えておく」という独りよがりの意見は、少しも譲れない俺の根幹なのだから。

 岸辺露伴と相対した時のように訂正させるか、最初からなかったことのようにしてしまう。

 

 ジョセフさん…ジョセフ・ジョースターは、これまでたくさんの死にゆく人間に想いを託されたはずだ。絶対にここを軽々と扱うわけはないと踏んで話した俺も俺だが。

 

 

 

 強い陽射しを反射するパラソルの下で子連れの老人に自分の意見を伝える若者。側からみると宗教勧誘にでも見えるかなと考えてしまえば頭の中でそれが反響し、無視できない警鐘になる。

 ようは途端に気恥ずかしくなった。

 

 

「あー、話を聞いてくれてありがとうございました」

 

「いいや。わしも興味深い話が聞けたよ」

 

「本当は仗助君と話す時間が欲しいでしょうに」

 

「…おっと、この子がまたぐずり始めた。おお、よしよし…」

 

 

 反応しにくかったためか赤ん坊を盾にボケ始めたこの爺さん。今度絶対に連れてきてやる。

 

 

「あ、そうだ。ジョセフさん、よければこれもらってください」

 

「なんじゃそれは…? 学校の配布物のように見えるが…」

 

「やだなあチラシですよチラシ。たまに配っているんです」

 

 

 俺お手製の『藤堂霊媒相談所』の広報チラシ。胡散臭さMAXだが、なかったらクソガキ共の冷やかし半分の依頼しかこないから作ったものだ。渾身の出来だと自負している。

(ジョセフは最初落書きをした紙を戯れに渡されたのかと思ったし、センスのなさにドン引きしている。)

 

 

「今から小学校と中等部のクラス毎の配布用ボックスに人数分配置してくる予定なんですよ!(波紋で筋肉を強化しつつ)

 そうすれば勝手に学生が配ってくれますからね」

 

「そ、そうか。依頼人が来るといいの」

 

「今日は夜冷えるそうなので早めにホテルに戻った方がいいですよー」

 

 

 

 

 

 

 なんか帰り際のジョセフさんの顔ひきつってたけど、コーヒーが口に合わなかったんだろうか。

 まあそれは良いとして、下校中の仗助君にばったり会ったからカフェに行くことをお勧めしておいた。団欒までとは言わないが多少ただ喋るための会話でもしてろってんだ。

 

 

「あ、そういえば仗助君家の電話番号知らないや。教えて」

 

「とっ…唐突っすね…良いですけど。XXX-XXX-XXXXです。

 悪用しないでくださいよ〜?」

 

「やだなあ俺がそんなことしそうに見える?」

 

「誰かとの情報交換とかに使いそう」

 

「女子に情報を求める時にしか使わんから」

 

「ほぉら悪用だー!」

 

「嘘だ。緊急連絡用だよ。俺のケータイ番号は結構いろんな人に教えてるけど、人の電話番号よく知らないんだよね」

 

 

 俺のここ最近の履歴はホテルの外線くらいだ。鈴美さんのところに招集かかった時のやつ。悲しいね。

 

 教えてもらった電話番号を手に持っていたチラシ裏にメモを取ってからアドレス帳に登録した。メモの過程はなくして構わなかったのだが前世の名残らしく、覚えておきたいことは近くにある紙にメモを取るのが癖になっていた。

 

 まあ耳で聞くより文字で見た方が記憶にははっきり残りやすいからいい。百聞は一見にしかず、というやつだ。記憶がなくなるのも声からっていうしな。

 

 

「ところでその…チラシは本当に配布するんすか、藤堂先輩?」

 

「あったりまえだろうが。もうこっちは全校生徒分刷ってるんだよ」

 

「お、おおう…」

 

 

 なんか引いてたような気がするけど俺の意気込みに気圧されただけだろ。気にしないで行こう。

 

 また、チラシは全部配布できたのだが、東方家の電話番号を裏に書いたチラシも一緒にしてしまったので、生徒のうち誰かの手に渡っているだろう。

 

 ぶっちゃけ個人情報だから気付いた時には「ヤベーッ…!」と思ったが、電話帳にも載せているらしいので事なきを得た(得てない)。

 

 俺ももう使わないメモだし、書いてるのはたった1枚。東方家に多大な迷惑はかけないだろう…。

 

 セールスの電話が増えないように願掛けしておこう…。

 





藤堂のチラシ
A4サイズの白地が目立つチラシ。必要事項しか書いていないのにフォントも読みにくいし悪趣味な(もしくは無駄に派手な)装飾もプリントされている。

広告としてはカラーコーディネート・レイアウトなどの観点から落第点にあたるチラシ。1話あたり参照


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負けて死ぬ話①



 前回までのほんの少し思い出してもらうだけの話ッ!
 4部に関わることになった転生者藤堂一茶。死者を悼んでるのか弄んでるのか、人によっては評価の分かれる『記憶したり忘れたりさせるスタンド』で本来より早く『写真のおやじ』を倒した。ちなみにこのスタンド、死者を呼び出すこともできる。

 また、ベリーナイスメル様より絵をいただきました。掲載許可はいただいています。ありがとうございます……! 思いの丈は活動報告で叫んでます。


【挿絵表示】


 お待たせいたしました……(小声)。本当にお待たせしました……




 

 

 

 

 7月も半ば。夏だが、朝の涼しさが妙に肌寒い。ママがぼくを起こしに来たが、すでに起きていたのですぐに1階へ降りていった。

 

(これから……どうする?)

 

 ……ぼくは緊張していた。夜もよく眠れなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()川尻浩作(パパ)に成り変わっている奴は、自分が目立つことを嫌い、普通であるように振る舞っている。……だから一応家族であるぼくを殺すようなことはしないはずだ。また奴をどうにかする方法を考える時間はある。

 

 なのに、妙な感じがする。胸騒ぎというか、なんというか。もちろんあいつの事を警戒しているからそうなっているというのはわかるけれど……。

 

 

 

 全く心が晴れないまま学校に行く準備をして、朝から間違い電話がかかってきて、受話器を取るために急いだママの大事にしているウエッジウッドのティーポットが割れ、慰めのようにあいつがママの頬にキスをした。

 

 ぼくはたしかにパパと会話をした記憶は少ない。気づいた時にはパパとママが話すことも少なくなっていた。ぼくもママになにを話せば良いか分からなくて……最後には家の中での会話はほとんどなくなった。

 

 それでもぼくは知っている。アルバムの中とか、昔ママが話していた中でだけだけど、ぼくが生まれた時は2人とも笑顔だったって。今では信じられない話だけど。

 

 どうあっても川尻しのぶはぼくのママで、川尻浩作はぼくのパパだった。それは変わらない。そして……パパに成り代わっている『あいつ』はけしてパパじゃない。「仲良くしよう」なんて冗談じゃあない! 

 

 しかも先に家を出てママのいない外でぼくの帽子を持って待ち伏せしていた。どうやらわざわざぼくに何か言いにきたらしい。

 

 

「いや、昨夜の君には実に強い意志を感じたよ。この吉良吉影を逆に脅迫するとはね……」

 

「き、キラ……ヨシカゲ……?」

 

 

 上機嫌なあいつがとても重要な、様々なことを喋った。名前、確かに。『キラヨシカゲ』……『キラ・ヨシカゲ』、『キラヨシカゲ』! 覚えたぞ。

 

 

「君を殺す必要はなくなった。成長したんだからね……。君がどこで誰に何をしようとわたしは『無敵』になったんだ」

 

「…………………………」

 

 

「親子のように安心しろ」と言って、あいつは駅へ向かった。ぼくはというと、足は動いているのかいないのかもわからなかった。少なくとも座り込んではいないが……。

 

 しかし、どうすればいいのか。家では『キラ』はぼくを監視する。仕事に行く昼の間にこの真実を……伝える? 誰に? 警察へ、と思ったけれど、到底信じがたい話しかできない。

 

 あいつは『無敵』だと言った。敵なし、ということは()()()()、あいつにとっての敵が……! しかし『無敵』に()()()という、あの不気味な自信はいったい。

 

 どうする? どうすれば。ぼくはいったいどうすればいいんだ? 

 

 

 

 

 

「君……川尻早人くん、だね?」

 

 

 焦燥を感じながら歩いていると、声をかけられた。車から出てきたのは随分と奇抜な服装の大人だ。なにか異様な存在感。

 

 ……誰だろう、この人は。やや威圧的に、かつ子どもに言い聞かせるように話しかけてくる。

 

 

「君を待ってたんだ。ぼくの名は岸辺露伴。ちょいとばかし好奇心で尋ねたいことがあってね……この写真のことなんだ」

 

「……!」

 

「写ってるの君だよね? 端っこの君のお父さんをビデオで撮ってるのかい?」

 

 

 その疑問は『岸辺露伴(キシベロハン)』が手に握っていた写真が見えたことで解決した。駅前の人が行き交う中、『隠し撮りをしているぼく』に大きく○印が付いていた。その横の方には『キラヨシカゲ』も。

 

 ぼくはこの時、本当ならこの「あいつをどうにかしてくれそうな大人」に頼るべきだったのかもしれない。しかしあいつにも同じことがバレた昨日の今日で、また知らない人にも嗅ぎつけられた。

 

 その事実が怖くて、逃げ出そうとして、肩を掴まれて────。

 

 

「あっ! 露伴先生がまた子ども相手に大人気ないことしてる。ダメですよ〜っと!」

 

「……君なあ。たしかにぼくは康一くんたちと落ち合う予定にしてたし、君にも連絡を入れたさ。だが見ろ! 今何時だ! 遅いんじゃあないか!?」

 

 

 新しい人がやってきた。学ランを来てて、岸辺露伴という人と同じくらいの背丈……高校生だろうか。露伴はそちらの男の人の方へ振りむき、ぼくもつられて振り向いたまま会話をじっと聞いていた。

 

 

「8時25分ですね。5分前行動の範囲内じゃないですか! 先生が早すぎるんですよ。何時からここにいたんですか」

 

「8時だ。康一くんたちも仗助たちも来ないしな!」

 

「早っ……てか、2番目に来たんだからやっぱ俺怒られなくてよくないか……?」

 

「だがみろ! ちゃんと『川尻早人』はここに来た! それにやはり、何か知っていると見える。これから詳しく()()()()()()つもりだったのさ」

 

「ん、え……? あっ」

 

 

 子どもにちょっかいをかけていると思って嗜めたのはその人なのに、岸辺露伴が出したぼくの名前を聞いて動きが固まった。ゆっくりぼくの顔に視線を動かし、目が合ってまた固まった。

 

 

「……? どうした」

 

「………………」

 

 

 なにを考えているか全くわからない。10数秒経って、

 

 

「……マジか、そのままなのか。悩み損じゃないか……聞いてないんですけど……」

 

 

 やっとそう小さく吐き出した。

 

 なにをそんなに驚いたのかわからないけれど、それよりこの状況をどうにかしてくれないだろうか。そうだ、『キラ』のことで頭がいっぱいだったけど、ぼくは今は学校に向かっているんだった。

 

 

「露伴先生、もしかして『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』使ったりしました……?」

 

「だから言っただろ、『これから聞くつもり』だって」

 

「………………あー、露伴先生、露伴先生。その前に俺に任せてくれませんか?」

 

「ぼくがやったほうが手っ取り早いが」

 

「いーから! お願いしますよっ! ……あー、そうだな……」

 

 

 なにやら言い合いをしている2人。もう無視して行ってしまおうと思ったのも束の間、その人はなにかを噛み締めるようにぼくに語り始めた。

 

 急に人が小走りで軒下へ向かうほどの雨が降り始めてもお構いなしだ。

 

 

「多分このタイミングで先生が『爆破』されてないなら、一度も戻ってないね。だから君には、俺がなにを言ってるかわからないはずだ。……それでも聞いてほしい、『信じてくれ』」

 

「…………」

 

 

 岸辺露伴のように名乗りもしなかったその人は、ぼくの肩と頭を感情いっぱいに強く抑えて続ける。鬼気迫る顔に後退りしそうになったが、叶わない。

 

 

「君は『爆弾魔』に何かされて()()。そいつは人を消す爆弾のほかに、そいつのことを『君を通じて情報が漏れた先の相手を爆破する爆弾』も持って()()

 

「え……え?」

 

「なんだ、藤堂。おまえ……なにを言っているんだ!?」

 

 

 『トウドウ』は露伴の疑問も、多分ぼくの困惑も気にしちゃいない。トウドウの後ろでは、2人の間に見たことない別の人がいて露伴をたしなめているのが肩口から見えた。「誰だ!?」と言っている声が聞こえるので、完全に部外者かも知れない。見てない間にまた人が増えたらしい。

 

 ペプシの看板に雷が落ちる。はやく雨宿りしないと濡れてしまう。トウドウの話は続く。

 

 

「いいか、その爆弾は地雷みたいなもので、常に君を『守っている』。仮に人を爆破すると、君は『今日の朝』を繰り返すことになる。……これは体感しないとわからないかも……」

 

 

 一瞬考え込むように視線をずらすトウドウ。

 

 言っていることの半分は理解できないし、突然そんなことを全く知らない人から告げられているため、ぼくは混乱しっぱなしだ。しかし無視できない。だって残りの半分は、『爆弾魔』というのは間違いなく『キラヨシカゲ』のことだからだ。

 

 人を消す爆弾は、撮影したから知っている。しかしもうひとつの爆弾は見たことがない。ないけれど、『この人が言うからにはあるのだろう』。

 

 地雷? つまりぼくに地雷が埋め込まれている…。それがきっとあいつの自信の正体なんだ。

 

 

「ぼくの……」

 

「はい、『言わない』」

 

 

 確認を取ろうと口を開けば咎めるように頭を小突かれる。そうだ、『ぼくから言ってはいけない』。……あれ、じゃあなんでこの人は……。

 

 

「なぜ知って……」

 

「縁があってね。とにかく、俺たちは君に奴に関する質問が出来ないし、君からも話せない。……こんなことするつもりじゃあなかったんだけどなあ……」

 

 

 ぼくから尋ねるのは大丈夫だったようだ。困ったように肩を落としている。「先に『知っていた』俺の場合はイレギュラーらしいな」とトウドウが呟いた。話は続く。

 

 

「……俺たちは奴と戦える力がある。まあ、俺と先生は戦闘向きってわけじゃあないんだが……他にもいる。もっと強い人たちが()()()()()()()()()()()()()()。あっちとむこう、遠くに見えるのが、そう。……伝えられることは全部言ったか……?」

 

「……なんでそういうことをその人たちじゃなくてぼくに言うんですか?」

 

 

 たくさんのことを伝えられたが、全部覚えている自信がない。ぼくには力が及びそうもない話だったのに、トウドウはすかさず答えた。

 

 

「君が『覚悟』のできる人で、君()()が覚えていられるから」

 

「覚えて……」

 

「……まだ君に設置された『爆弾』は踏まれていないはずだけど、()()()()()()()()()()()()()()()。だから、俺がやるんだ」

 

 

 

「……ン、あれ、藤堂先輩何やってんだろ。おれらを呼び出した露伴がいるのはモチロンだが、子どもに……誰だありゃ?」

 

「アレだろ、アメリカっぽい服着てるし先輩のスタンド能力とかじゃねえか?」

 

「いやいや! それなら観光に来た外国人って方が『ぽい』だろォ〜」

 

「おい! おまえたち遅いんじゃあないかっ?!!」

 

「すみませんねー! 寝坊しちゃって!」

 

「いいから藤堂をどうにかしろ、億泰、仗助! こいつスタンド使ってまで邪魔しやがって……」

 

 

 少し遠くに見えていた仲間の人たちがやってくる。でもそれもお構いなしに、トウドウはずっとぼくを見ている。しかし、ぼくの頭に触れる手が震えているのはなぜだろう。口をゆっくりと開いて────

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ────カチリと音がした。

 

 

 

 

 

 

「な……なんだとッ!!!?」

 

 

 次いで、トウドウの体が『爆発』する。ぼくから手が離れていき、何か思い出したように注意した。

 

 

「……君は『同じ朝を繰り返す』。奴を、追い詰め、る、ヒントは……家に…あ……」

 

 

 その場から人が消えてなくなった。ぼくはトウドウの言っていたこと、『訊ねられてはならない爆弾』の一端を理解した。ぼくは驚きや恐怖がまぜこぜになった叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そして時間は巻き戻る。

 

 

 

「────うわあああああ!!!??」

 

 

 ガバリ! と勢いよく飛び起きる。何か悪い夢でも見ていたようで、嫌な汗をかいていた。今は7月も半ば。夏だが、朝の涼しさが妙に肌寒い。

 

 ……既視感。そうだ、なにか奇妙だ。『夢』でも同じような……。

 

 

「……ちがうッ! 夢じゃない、はず……」

 

 

 確信には至らないが、()()()()()()()()()()()()()。目覚まし時計の示す時間は7時31分。大声を上げたせいかママがぼくの様子を見に来たが、何でもないと言えばすぐに1階へ降りていった。

 

 ぼくは漠然とした不安に従って、武器になりそうなものを部屋から探す。しかしせいぜいハサミやカッターくらいしかない。ないよりはマシだとポケットに忍ばせた。……()()()()()()()()()

 

 

「他に何か……()()()()()使()()()()()()……」

 

 

 ……そうだ、屋根裏の『植木鉢』……! あれは使えるかもしれない。

 

 ガサ、バサバサ、ドサリ。ランドセルから教科書やノートを出して植木鉢……『猫のような植物』を入れられるスペースを空ける。

 

 ランドセルからぶちまけた中身のうち、奥でくしゃくしゃになった紙を見つけた。学校でもらった配布物はきちんとファイルに挟むので、大方下校時間に校門で塾勧誘をしているビラだろうと思いつつも広げてみれば、もっとお粗末なものだった。

 

 相談は無料、降霊料は要相談。それ以外には事務所への簡単な経路と電話番号が記載されている。装飾がない、素人か学生が即興で作ったかのような白紙。どう見ても胡散臭い宗教勧誘のビラにも劣る裏紙だった。記憶にはない紙だが、同級生たちにならば紙飛行機として有効活用されていることだろう。

 

 現に文字がプリントされていない白い面には手書きのメモが書かれていた。どこかの家の電話番号らしいが、ぼくは書いた覚えはない。この紙を配った本人が書いたものだろう。

 

 ここまで考えて、なにか引っかかって見出しを見直した。

 

 

「……『死んだあの人にもう一度、藤堂霊媒相談所』。……あれ、トウドウ……?」

 

 

 トウドウ。藤堂(トウドウ)。あの人の名前だ。そうだ、何か力を持っていると言っていたし、霊媒というのもそれを使っているのだろう。多分これはあの人のことだ。……電話をかければ、助けてくれるのだろうか。

 

 

「いや、頼まれたのはぼくだ……」

 

 

 朝の時間が押しているため、再びママに声をかけられて急いで1階に降りた。植物が持つ特性の確認のために日光を当てたものだから時間を食ったが、これがあいつに一杯くわせる一手になると信じて、布にくるめて押し込んだランドセルも下へ持っていく。ママは忙しなく家事をして、あいつは身嗜みを整えていた。まるで我が家のように振舞うあいつが忌々しい。

 

 朝から間違い電話がかかってきて、受話器を取るために急いだママが大事にしているウエッジウッドのティーポットを落とす。ぼくにはそれがわかっていたので反射的に受け止め、驚きながらもママが電話に出た。

 

 『同じ朝』だけど、少しだけ違うところもある。

 

 藤堂はなんて言っていただろうか。……すべては『思い出せない』が、少しは覚えている。『同じ朝を繰り返す』とか、ぼくに爆弾がついてるとか、キラヨシカゲに関することを伝えてはいけないとか。

 

 まだ全てを理解していないが、実感は湧いてきた。ならば『藤堂が爆発する』のは本当に起こりうるのか? ……『違うところのある朝』なら起きない可能性もある。

 

 楽観的な考えへ向かっていると、ママが電話している間になんとあいつが話しかけてきた。

 

 

「まるで『落っことす』ってわかってるみたいに……フフ。どうやら誰かを『ブッ飛ばして』戻ってきたみたいだな……早人……」

 

「…………!」

 

「いや……わたしにはおまえが何をしてきたのかはわからんのだよ、本当」

 

 

 奴は上機嫌に『キラークイーンバイツァ・ダスト』の説明を始めた。藤堂から聞きかじっていた通り、ぼくの中にキラを守る爆弾が仕掛けてあるらしい。自動的に爆破され、『戻る』、と。

 

 

「誰をブッ飛ばして戻ってきた? ン? 教えてくれよ……」

 

「ぼ、ぼくはしゃべって……いない」

 

「ははあ! じゃあきっと『()()()()』だ。相手がおまえに質問しても『バイツァ・ダスト』はわたしを守ろうと作動する……。岸辺露伴におまえが会ったという『事実』さえも消してきたッ! それが『キラークイーンバイツァ・ダスト』。おまえは誰にもしゃべれないッ! おまえを探れる者は誰もいないッ!」

 

 

 勝ち誇るように、安心したようにべらべらと事実確認するキラ。消してきたのは『露伴』じゃあないが、わざわざ訂正してやる義理はない。しかし、では、すでに藤堂はこの世から消されたのか? 

 

 またもママにキスするあいつを見ていることしかできない。こいつをこのまま自由にさせてはいけない。そんな気持ちがより強くなっていく。

 

 ガチャンッ。

 

 

「あ〜〜! あたしのウエッジウッドが!」

 

 

 拳に力を入れすぎていたらしく、机に当たって割れなかったはずのティーセットが砕け散る。ママがヒステリックに叫ぶのに悪いとは思うが、それどころではない。

 

 『同じ朝を繰り返す』。『朝』に起こったことはタイミングは違えど必ず起こるようだ。それが指し示すのはつまり、雨が降って少ししたら藤堂が爆破されるのも確実だということだ。

 

 混乱はもうないが、恐ろしさは心に大きく巣食う。なにか備えをしなければならないかもしれない。いや、一応装備は整えたが……止められるのか、ぼくに? 

 

(いや……やるしかない! ぼくだけが『覚えている』。藤堂はそんなことを言っていたはずだ)

 

 ぼくの中にあるらしい爆弾。取り外せないだろうか。そもそもぼくが外せるところに付いてるのか? いや、キラは触れただけで人を消すことができる。ぼくの中の爆弾は発動条件が違うだけで、おそらく爆弾の性質自体は同じ『痕跡ごと消す』ものだ。見えないと思った方がいい。

 

 もう家を出る時間が迫っている。玄関から出ようとして、待ち伏せされていることに気づく。窓からこっそり出て行こう。……そうだ、帽子はすでにキラが持っている。『ぼくに被せにくる』はずだ! これを利用しよう。このまま露伴や藤堂のいる場所まで引っ張ってこれるはずだ。それから……それから? 

 

 

「殺す……のか? でもそれじゃ……」

 

 

 それでいいのか? さすがにそれはダメじゃないか? もっと、うまい方法があるんじゃあないか? そんな不安ばかり押し寄せてくる。あいつは殺人鬼なのだから慈悲などいるはずもないけれど、本当にそこまでするべきなのか……? 

 

 そもそも、カッターや『植物』があっても、ぼくにできる『覚悟』がない。そう気づいてしまってはダメだった。ママだって、ぼくだっていつ殺されるかもわからないんだぞ、ママを守れるのはぼくしかいないんだぞ!? ビビるな川尻早人。

 

 

「う……」

 

 

 そう思っても、どうにもなりそうになかった。

 

 ……そうだ、やはりなぜかパパに成り代わったキラのことを知っていた藤堂。彼に相談すべきだ。きっとぼくより何かいい案を出せる。

 

 『同じ朝』だというのなら、8時25分には同じ場所に露伴と藤堂が揃っているはずだ。ぼくからなにも伝えられずとも、藤堂が『知って』いるなら協力してくれるはずだ。

 

 ぼくはいつも使っている、今は露伴の車がとまっている通りを遠回りして藤堂を待ち伏せした。ぼくの家と反対側からやってきたはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────待機して数分。すでに時刻は8時32分をまわったのに。『同じ朝』なのだから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 






 久々に書いたのでガバがあったらシメてください

 バイツァダストの効果ってあくまで正体知った相手を爆破して戻すまでで、行動が確定してるのは別件じゃないかな〜っていう考察が入ってます



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負けて死ぬ話②


飛ばし気味なので原作既読推奨です

あらすじ
 川尻早人バイツァ・ダスト2周目、1周目にいたはずのオリ主が見当たらない。



 

 

 岸辺露伴はすでにそこまできている。しかし、同じ朝であるならいるはずの藤堂がいない。幻覚……? ならば藤堂が殺されたのもただの錯覚だったのか? 

 それ以外は全て同じだ。

 

 頼りにするはずだった人間がいない。いないものは……どうしようもない。安否は気になるがとにかく、藤堂に頼るわけにはいかないらしい。

 

 カッターは持った。ランドセルにはあの植物も入っている。()()()()()()。ママを守る覚悟は決めた。

 

 キラを殺すことは……僕にできるのか? 自信は、ない。でもやらなくちゃあいけない。ぼくがやらなければ、キラはこれからも人を殺すだろう。

 

 家を出た瞬間からだんだん弱気になっている気がする。ダメだ、ダメだ。確かにうまくいかない可能性は残っている。でも出来ることは全てやったんだ。

 

 これは『賭け』だ。

 

『キラヨシカゲがぼくに帽子を被せに後ろからくる』。これは決まっていることだ。

 

 

 

「……」

 

 10秒……キラは来ない。

 

 

「……ハア……」

 

 30秒……キラは来ない。

 心臓がバクバクなり始めた。

 

 

「まだ来てないのか……!?」

 

 1分……キラは来ない。

 焦りが生じる。

 

 

 

 さらに10秒……後ろを見れば、やつが居た。

 

 

「……!」

 

 

 しかし、やつは木陰に隠れてこちらを監視しているようだった。これではあの植物の空気砲を当てられない! 

 

 どうしようどうしよう。こちらから動くのは……ダメだ。ただでさえ警戒されているようだし、こちらが近づけば感づかれる。

 

 どうか。どうか木陰から出てきてくれ。一矢報いさせてくれ。

 ……そう願えば、やつは聞こえたように引っ込んでしまった。

 

 

「……っ! これじゃあ……」

 

 

 ダメかもと思ってはいけないのに、心が挫けているのを示すように、足元がふらつく……。

 

 

「ぼくではあいつを……倒せないのか?」

 

 

 ぼくが()()()()()()()()()()()()?? 

 依然としてキラは木陰に隠れてぼくの様子を見ているようだ。

 

 どうすればやつに攻撃できるのか、頭を死ぬ気で動かして考える。帽子以外にやつを引きつけるものはないのか? 

 

 カッター、ハサミ、危険を察知される。

 屋根裏の植物、本命の攻撃に気づかれてはいけない。

 チラシ、ここでは使えない。

 

 考えれば考えるほど、選択肢が無いことを思い知らされる。

 絶望的だった。

 

(今取れる手段が……ない…………)

 

 

 

 ……時間は現在8時29分。藤堂と露伴(ロハン)は待ち合わせをしていると言っていた。遅れて来るという彼らに電話はかけた。待ち合わせになんとか間に合うように、30分を目指してここへ来るはずだ。

 

 彼らに……『賭け』てはいたが……最終手段だった。

 

 藤堂が今どうなっているかわからないが、繰り返された『同じ朝』に彼が爆破されることが追加されていても、あと数分の猶予はある。

 

 しかしキラは同じように不思議な力を持っている人間を殺そうとしている。露伴もそうだし、藤堂もそうだ。遠目にしか見ていない『遅れてきた人たち』も……。

 

 

 ————視界の端で場が動く。

 

 気が落ち込んで俯いていたせいか、キラはぼくが『諦めた』と思ったらしい。やつが木陰から出て、こちらへ悠々と歩み寄って来る。

 キラは慢心した……! 

 

「忘れていた帽子を……届けにきたよ、早……」

 

 この『同じ朝』でその人たちが殺されないとは限らない。そうなってしまえば生き残るのはキラだけになってしまう。それだけは阻止しなくては。

 

 萎えた心に力が入る。これは闘志だ。

『ぼくがやらなくちゃ』。

 

 そう思ったと同時に手も動いた。猫草の攻撃の軌道がキラヨシカゲに向かうよう、ランドセルを向けて……! 

 

 ボゴォッ!! 

 

「な……なにィ!?」

 

「や……やった…………ッ!!!! 命中したぞッ!」

 

 

 キラへの攻撃は成功した……! ドサリと倒れるキラ。しかし高火力とはいえ、当たったのは心臓などの急所ではない。

 はやくトドメを刺さないといけない!! 

 

 もう一度猫草の攻撃を確実に当てようと近くへ行って標準を合わせ———-。

 

 

「……心臓にさえ当てていれば、わたしは死んでいただろうなあ……」

 

「……!」

 

 緩慢な動きで立ち上がるキラ。ダメージは負っているが、大の大人が動けないほどではないらしい。攻撃はやつのスーツを破るだけに止まった。

 

「小僧! 『猫草(ストレイキャット)』のことまで知っていたとはッ!」

 

「ひっ!」

 

「……思い切り引っ叩いてやりたいが、『バイツァ・ダスト』は自動でお前を守るからな……」

 

 

 失敗した……。殺しきれなかった! 

 キラは叩くかわりのように、前と同じくぼくに帽子を被せた。ぼくは負けた。勝者は得意げに語り始めた。

 

 

「猫草を使うことを思いつくとは、4回……いや、3回は往復したな」

 

 実際にはたったの2回だ。()()()から必死に考えた結果だった。

 

「雨に足を取られた? 緊張で手が震えた? ……いいや違うね。お前は『覚悟』出来ていなかったのだ。この吉良吉影を殺そうという意志がまるで足りていなかった!」

 

「…………」

 

「あっちには岸辺露伴もいるな……3回戻っているなら他にも爆破させたのだろう? なら、奴らが死んでから『バイツァ・ダスト』を解除するとしようか。広瀬康一か空条承太郎あたりが死んでいてくれると助かるがなァ……」

 

 

 本当はたった1人しか死んでいない。さらに、また爆破されることもない。————それより早くキラは『バイツァ・ダスト』を解除するから。

 

 

「今……名前、言った」

 

「おっと……わたしの『本名』を言っちゃったかなァ〜!! そう……わたしの名は『吉良吉影』……フフフ、ハハハハ! 誰かに喋っても構わないよ……」

 

「ぼくは……しゃべっちゃいない。一言だって……」

 

「……ああ、『バイツァ・ダスト』は質問されても作動するのだ」

 

 

 確かにぼくはそのことを知っている。意図的に質問したであろう人を、1人だけ。その人が言っていたんだ。

 

 

「遅れて来るから……。朝、そうならないように『コール』しただけなんだ」

 

「なんのことだ……何を言っているんだ?」

 

「喋ったのはあんた自身だ……。ぼくは待っていただけ……」

 

 

 ランドセルにねじ込まれていたうさんくさい相談所のチラシの裏に書かれていたのは走り書きされたらしき電話番号だった。

 

 ぼくは相手のことなど、前の同じ朝で少し声を聞いた程度の認識だった。この時のぼくは電話先が仗助と呼ばれていた人だとはわかっていなかった。

 電話番号の上には『東方』と書かれていた。

 

 

 

 

 ————『賭け』に勝った。

 

 

「こいつ……今言ったぜ! 自分が『吉良吉影だ』ってな!!」

 

「な、何ィ!? 本当か仗助?」

 

「確かに聞いたぜ……!」

 

 

 時はもう戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日だったのか、着信に気づかなかった……。露伴先生だったかあ……!」

 

「露伴ちゃんから?」

 

「だいぶ前ですけどね……」

 

 

 留守電には何も伝言がないため、なんの用事かもわからない。……とはいえこの時期なので用事はほぼひとつなのだが。今は7時25分。走ってもここからでは集合場所に間に合わない。

 

 ……もしかして、俺がいることによるイレギュラーとか差異とか、そういうのは無かったのだろうか。原作の具体的な時間は最初から覚えていないが、朝だったことと、露伴先生が最初に爆破される事くらいはわかる。その点に関して違いがないから、いわゆる原作通りというやつかも……。

 

 

「ああああぁぁ…………俺ってば自意識過剰! 運が無い……!」

 

 

 正直この小道に来るつもりではなかった。しらみ潰しに、と道を1本ずつ確認して川尻家を探している途中で入ってしまっただけ。ここ数日の登下校時間はずっとそんな感じで色んなルートを探していた。

 俺の記憶の関係上、無意識に移動してなければ1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ともかく、その結果がこれだ。

 

 一周目かそれ以降かもわからないが、少なくとも今の俺は、最後の戦いの現場へ間に合わないことが確定した。

 着信があった、つまりお呼ばれしていたのに見逃した俺に非がある。ハブられたなんて八つ当たりも出来やしねえ……!! 

 

 

「まだあいつは見つからないのよね……」

 

「……もしかしたら、今日、もうすぐ……見つかるかもしれません」

 

「え? なあに、今日の星座占いの順位でもよかった? フフ、それとも慰めてくれてる?」

 

「ええと、勘。そう……勘です」

 

「そうなるように願ってるわ」

 

「あ、そうだ。どう決着するかわからないですけど、もし吉良吉影が死んだら……ここに来ますよね」

 

「そうね……。あいつが死ぬなら杜王町だもの、来るでしょうね。その時は私が行くべき場所へ送ってやるわ」

 

「はい。ぜひお願いします。ただ、もし今日しばらくして奴がここへ来たら、少しだけ俺も手伝わせてください」

 

 

 もしもの話ですけれど。

 

 不確定なのに分かったような口ぶりの俺に、鈴美さんは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吉良吉影は追い詰められ、爪を噛んでいた。

 名前を東方仗助に聞かれ、やむなくバイツァ・ダストを解除してキラークイーンを手元に戻し。共にいた虹村億泰へ能力を発動したり仗助に大ダメージを負わせて反撃したが、本来いるはずの写真の親父もおらず。ついには広瀬康一や空条承太郎も合流し、じわじわと後退しては大通りへと逃げ。

 スタンド使いではない人間に接触し、バイツァ・ダストを発動しようとした。

 

 追い詰められて追い詰められて発動できるスイッチを————。

 

 

「……フフ、ハハハハ! 戻ったぞッ! やつらに勝った! これでわたしは自由になれるッ!」

 

 ハハハハと高らかな笑い声が住宅地に響く。しかしその歓喜はすぐに途切れた。

 

 低く飛んでいたスズメがヒュンと()()()()()()()()

 

 

「——————?」

 

 

 ずいぶん人間の近くを飛ぶな、という違和感。しかも身体をすり抜けなかったか? 気分が良くなって幻覚でも見たのか。

 

 吉良吉影はさらに疑問を抱く。

 

 

「……ここはどこだ? いつもの通勤路じゃあない……いま、何時だ? …………!」

 

 

 時間が巻き戻っているならば、吉良……川尻浩作は現在通勤途中なのだ。時計を確認した吉良は信じられないものを見た。

 

 8時29分……ではない。1時間ほど進んでいる。妙なことに秒針は動いていない。

 

 とにかく吉良にとって重要なのは『巻き戻っていない』ことだ。

 

 

「なぜだッ!? バイツァ・ダストは作動したのだ!」

 

「気づいてないの? 自分に何が起こったのか……」

 

「……誰だ、お前は?」

 

 

 吉良は後ろにいる女に見覚えがなかった。新手のスタンド使いかとすら思う。しかしその女は吉良に追撃をかけた。

 

 

「気づかせてあげるわッ! 既に自分が死んでしまっているということを!!」

 

「なんだと?」

 

「ここにいるのは! 死んだ殺人鬼のドス黒いただの『魂』だけっていう証明なのよ! スタンド能力なんかじゃない!」

 

 

 その女が自分に触れたかと思うと、吉良自身の体をすり抜ける。「自分は死んで幽霊になった」と思わせるには十分だった。

 さらに言えば自分の死んだ瞬間すら思い起こさせる。言うなれば『事故』だった。仗助たちと戦ううちに全身血まみれになって、スタンド使いの戦いとは別な要因で死んだのだった。

 

 

「うわああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 自分が死んだ瞬間を思い出し、姿もその時同様に血みどろになっていく吉良吉影。女は極めて冷静にその光景を見ていた。

 

 

「思い出したようね……」

 

「何者だきさま!? 誰なんだ!」

 

「この背中の傷に見覚えはない!? それとも『手』を持っていき損ねて印象薄いのかしら!?」

 

「おまえ……は…………たしか、杉本鈴美……ここで『15年』もッ! 何をしている!?」

 

 

 この戦いの終止符を、藤堂は遠目から見ていた。

 

 

 

 

 

 杉本鈴美の『傷』は、酷いものだった。確実に殺す意志だけが、殺したい気持ちだけが見えた。吉良吉影がスタンド能力で消した人々の幽霊を見たときのような憤りを感じる。

 

 俺が沸々と怒りを蓄積させている間にも、鈴美さんはこの小道で吉良を『振り向かせよう』としている。

 

 俺もこれを手伝いたかったが、下手に手を出すと振り向くことも出来ない霊体が出来上がってしまう。うまく出来るなら吉良吉影の手足の1本や2本を欠けさせることも出来るが、やつと距離の近い鈴美さんがそうなる可能性もある。

 

 

「この町には『死者の魂』の通り道があって、そこには決して振り向いてはいけない場所があるそうだな……。『おやじ』から聞いた時はバカバカしいと思っていたが……ひょっとして……」

 

「…………」

 

「わたしを嵌めようとしているのではあるまいな? ……おまえが振り向いてみろ? ン? どうなるか見てみたい!」

 

「……」

 

「幽霊か。生きてる時より、わたしの求める安心した生活が、ここにこそあるかもしれないしな……」

 

「悪くないかもしれない?」

 

「ああ、そうだな……」

 

「そうじゃないかもしれないぞ? 本当に安心できると思うのか、恨んでるやつは多いのに?」

 

「……お前は誰だ」

 

「気になるなら後ろを向いてみろよ」

 

 

 後ろ姿しか見えないが、やつはいつか見た吉良吉影の姿になっていた。魂が川尻浩作から剥離して元の形になっているらしい。結局川尻浩作の顔は見る機会がなかったな……。

 

 

「お前を最後に殴れなくて残念だ」

 

「……おまえは、さっき仗助たちといなかった……藤堂か……」

 

「なあ、自分で殺したやつらが吉良吉影を恨まない理由はないと思わないか?」

 

「また殺せばいい」

 

「もう死んでるのに? 面白いことを言う」

 

 

 まあ、出来なくはないだろうが。

 

 俺が話し始めても、振り向かせ合いは続く。

 

 

「俺はな、あんたがキラークイーンで殺した人たちが、死んだ時の酷い姿のまま幽霊になってるのを見たんだ」

 

「それがどうした」

 

「俺が許せないだけだ。死者の安寧は何よりも優先されるべきだ。お前の『安心した生活』よりも、ずっとだ。許せない、許してはいけない。だから、俺がここにいるのは運命なのかもしれないな」

 

 

 だからその手を離せよ、吉良吉影。

 

 

「わたしたちは15年……あんたがここに来るのを待ってたのよ……ねえ、アーノルドッ!!」

 

「ガルルルルッ!!」

 

「うう……ッ!」

 

 

 アーノルドの大きな牙が、鈴美さんの顔を掴んでいた吉良吉影の手首を噛みちぎる。咄嗟に後ろを振り向かないよう努めた吉良だが、アーノルドが体勢を崩し、さらに(生者)が足に触れ転倒させた。

 

 

「裁いてもらうがいいわッ! 吉良吉影!」

 

「なんだこいつらは!? キラークイーン! こいつらを爆破しろォーッ!!」

 

 

 吉良吉影がうしろを振り返る。反射的にキラークイーンを呼び出すが、吉良自身もキラークイーンもただの魂と化している。なすすべなく魂を崩され、暗いところへ引っ張られていく。

 

 

「ああ……どこに……連れていかれるんだ……?」

 

「さあ、でも安心なんてない所よ。少なくとも……」

 

 

 ひとつも残さず吉良吉影が消えていく。後ろへ後ろへ。

 鈴美さんより後ろにいる俺には、引っ張られていく吉良の顔がよく見える。

 

 

「なあ、人が本当に死ぬのってどう言う時だと思う? 

 ベタだけど、俺はこの世の誰にも忘れられた時だって思うんだよ。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? さらに言えばだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何が……言いたい……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 忘れて死ね、吉良吉影。

 俺が呼び出せないくらい深く死んでくれ。

 

 そう願いながら、俺は吉良の頭に指を突き刺した。

 

 





(デッドマンズQルートは綺麗さっぱり)ないです。


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後処理の話


あらすじ
吉良吉影、全てを忘れて安心のない場所へ。




 

 何処にいたんだ? なんて茶化されたが、鈴美さんと一緒に合流したのだから察してほしい。

 吉良吉影の魂に関しての顛末は、鈴美さんが全員に説明してくれた。もう危険は無くなった、と。

 

 生きている人間にとっては本当にただの夏なのだが、やはり俺たちにとっては少し特別なものだった。

 

 杉本鈴美さんとアーノルドの役目は終わった。

 第4部完、というやつ。

 

 俺にとっては1番気にしていた……行方不明とされている、吉良吉影に殺された者達の魂も正常になった。吉良が死んで口封じしていた力がなくなったためだ。彼女らも普通に話せるようになった。

 

 俺自身、吉良吉影さえ死んでしまえばこうなるだろうと考えていたが、破壊された魂の形が元に戻らないまま……という可能性も十分にあり得たのでホッとしている。

 

 これで死者にも平穏が訪れるだろう。こんなに嬉しいことはない。

 

 ただし、吉良吉影に殺された方々には最後にやってほしいことがある。

 

 

「あなた達は既に死んでいますが、身内にあなた達がハッキリ死んだと知っている人はいません。行方不明者として探し続けているでしょう」

 

 

 呼び出した人々に語りかける。彼女もしくは彼らは静かに俺を見る。

 たくさんいた。

 基本的にただの良き一般人だろうし、もしかすると嫌な奴だっているかもしれない。

 それでも死んだ生き物は、俺にとって大切に扱うもの。

 

 俺はやって欲しいことをただ告げる。

 

 ……しかし今、俺が幽霊として彼らを杜王町に呼び寄せた。あなた達にしてもらいたいことはただひとつ。

 

 

「それぞれ、会いに行ってください。1番会いたい人のところへ」

 

 

 これはけじめだ。

 彼らと、俺にとっての。

 

 

 

 数日後、不思議な噂が杜王町で聞こえた。

 

 ずっと行方の知れなかった娘が家に帰ってきただとか。

 死んだかもわからなかった友人のカップルが顔を出したとか。

 もうずっと見つからなかった姉が若い姿のまま会いに来たとか。

 

 少し早い盆ですね、とラジオでは静かに盛り上がったようだ。

 

 

 

 

 

「先輩の仕業っスよね〜〜」

 

「やっぱりわかっちゃうよな〜」

 

「つっても早人が教えにきただけなんスけどね。ホラ」

 

「こ、こんにちは……」

 

「こんにちは、早人くん」

 

 

 仗助君のでかいタッパの後ろから小学生が顔を出す。

 今日、俺を探す過程で仗助君と早人くんは出会ったらしい。

 バス停のベンチに座り込んでいた俺に会いに来たようだ。

 

 吉良吉影が死んだ日から日が経った。

 まあ俺は杉本鈴美を見届けた後、ネチネチと愚痴をもらいながら細かい話は聞いたのだが。

 

 本当なら他人の家の中と外で殺し合ってたような気がするが、そういう話は聞いていない。

 なんだったか、そう、『写真のおやじ』がいないから。

 内容はどうあれ倒すべき相手は死んだのだから、いいのかもしれないが。

 

 ゴタゴタと考えを巡らせていると、仗助君が話を続ける。

 

 

「探したんですよ〜っ」

 

「そういえばここ数日家に帰ってないな。悪い悪い」

 

「学校にも来ずに、なにやってんスか」

 

「仗助君かなり深めの傷負ってなかったか……? いや、なにって今話してたことだよ。俺の確認できる範囲で、吉良吉影に殺された人々を呼び出してる」

 

「噂が立ってもう1週間たっているってのに!?」

 

「本当は3日前には終わってたんだぜ? だけど噂が流れてすぐ()()()()()()に話が広まったらしくて、今まで大きく取り沙汰されてなかった人たちの分も呼び出してた」

 

 

 スタンド使いでもない只人を呼ぶだけとはいえ、連日、休みなく、大量に能力を使ってれば疲れもする。

 ふー……。

 

 

「お疲れっスね」

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』でなんとかしてくれよ」

 

「おれのは『治す』だけだ……っていうか、おれよりトニオさんの方が良くないですか?」

 

「あっ」

 

「頭パッパラパーになってますね」

 

「そうだな……後で行くわ」

 

「あ、あの……」

 

「ああ、ごめんな早人君」

 

 

 話しかけられてやっと早人君を再認識する。

 目には強い意志がある小学生。

 スタンド使いでもないのに、黄金の意思は持っている男。

 

 

「その様子だと……話せた?」

 

「うん……パパと、話せたよ。ちょっとだけだけど……ママも……」

 

「そうか……それならよかったよ。何か得られたなら、それで」

 

「ありがとう、ありがとうございました」

 

 

 手を振って応える。

 

 そのまま語るべきこともないだろうと腰を浮かしたところで、早人君は何か解せないような顔をしながら俺に疑問をぶつけてきた。

 

 

「あの、あの日のことなんですけど」

 

「? うん、なんだ?」

 

「あの日、露伴……先生のところで待ち合わせしていたんですよね。アイツを探すための足掛かりとして……」

 

「そうだったなあ。俺のところにも一応連絡来てたんだけどな」

 

「でも、()()()はたしかに来てたんです」

 

「……?」

 

 

 その前、というと前日……いや、違うな。

 要領を得ない早人君の言葉の続きを待つ。

 

 

「あそこで、ぼくと! 会ったはずなんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……何を言っているんだ……?」

 

「あなたはぼくに聞いたはずなんだ……!」

 

「……? よくわかんねえけどよ、先輩と早人が会ったのは、終わった後だよな……?」

 

 

 そうだ。

 俺は全てが終わった後に初めて川尻早人と出会った。

 どう思い返しても、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 記憶のないことを「ある」と言われる。

 言いようのない不快感が胸と腹の間に溜まった気がした。

 

 

「……『1回目』、ということか?」

 

 

 早人君が大きく頷く。

 仗助君が要領を得てないような顔をこちらに向ける。

 

 そりゃあわからないだろう。

 本来バイツァ・ダストをセットされた人間しか知り得ないような情報だ。

 

 時間が戻ろうが、世界が一巡しようが、基本的に同じ行動しかしない、もしくは、できない。

 そういうものだと、俺は思っていた。

 

 

「俺以外は違う動きをしたか?」

 

「いいや。おおよそ、ほとんど同じだと言っていいと思う」

 

 

 俺がもし、バイツァ・ダストがセッティングされているであろう早人君に出会ったなら、まあ……。

 俺が言いたいことなりアドバイスなり何か伝えて巻き戻させる、と思う。

 

 だからバイツァ・ダストの1周目にそうやっていてもおかしくはない。俺が認識できてなくてもおかしくはない。が、問題はそこではない。

 

 2周目、もしくはそれ以降。

 バイツァ・ダストが解除された朝の俺の挙動が違うのはどう考えてもおかしい。

 

 

「……朝は繰り返されなければならなかった。なのに俺は違う場所へ行った」

 

「なにか、まだ終わってないのかもと思って、伝えようと思って探していたんだ」

 

「ありがとう、はこちらのセリフだな。吉良吉影の力はもうこの街のどこにも残ってない。それは確かだから、安心して欲しい」

 

「うん。……そうだ、あなたは自分がイレギュラーだとも言っていた」

 

「俺が言いそう」

 

 

 恥っず。

 何言ったか知らないけどなんだその単語、自信過剰で恥っっっず。

 ……あんまり間違ってなさそうなのが嫌だ。

 

 

「その辺は俺の問題らしい。だから『大丈夫』だ」

 

「ならいいけど……。とにかく、ちょっとくらい休んでくださいね」

 

 

 用が済んだ早人君を送り出す。

 残ったのは問題を抱えた俺と、何かを察知した仗助君だけ。

 

 いや、マジで本当にどうしよう。

 なにこれ? 

 何から考えればいいんだこれ。

 落ち着いて考えをまとめよう。

 

 バイツァ・ダストによって、少なくとも2回は繰り返された朝。

 本来動きを大きく変えられるのは能力の対象にされた早人君だけのはずなのに、俺も違うことをした。

 

 また、俺はその時のことを一切覚えていない。

『やったはずの動き』を覚えていない事にかなりの苛つきを覚えるが、今は考えなくてはならない。

 

 つまり、記憶や思考はバイツァ・ダストの能力下にあったのに、身体は支配を受けなかった……違うな。

 なんか違う気がする。

 うまく言えないけど。

 

 

「う〜ん……」

 

「あのオ……なんか悩んでんなら聞きましょうか? 気が紛れるくらいはするかもってことで」

 

「……じゃあ、聞いてくれるか? 変な話なんだけどさ」

 

 

 少し悩んだが、1人では答えが出そうにないので後輩に相談する事にした。

 

 わざわざ「俺は転生者です」などというわけでもないが、ふんわりとしたバイツァ・ダストの仕様と俺と俺以外の差異をかいつまんで説明する。

 とにかく俺がなんかおかしい、ということさえわかってくれればいい。

 

 仗助君の出した結論。

 

 

「おれもスタンドのことなんて最近になって知ったからよ〜、まして今戦ってる最中でもないのに閃かねえっスよ」

 

「むしろ戦闘中なら閃くのかよ!?」

 

「そりゃあ勝つために頭働かせてますからねェ」

 

「たしかにそうだな……」

 

「それでもなんか結論出すなら、そっすね〜……」

 

 

 いやそうなんだけど、それでちゃんと勝ち星取るんだもんな、それでいいんだろうけど。

 なんというか、意思が強いんだろうな。

 

 俺には無い。多分ない。

 きっとあの朝に俺が居合わせても、大したことはできなかっただろう。

 俺はいつまで経っても読者目線だ。

 

 いつまでも……。

 

 

「世界にはまだ解ってないことばっかだって承太郎さんが言ってたんスよね。それってスタンドもそうじゃないですか。藤堂先輩が悩んでる根本的なもんがイマイチわかんないんスけど、もうそういう『わかってないこと』を理由にしちまえばいいんじゃねえか?」

 

「わかってないこと?」

 

「宇宙とか、ホラ、ミキタカも結局よくわからないし。少なくとも先輩的にはスタンド能力のせいとは思えないって言うから、それならいっそ世界中にある未知の領域の話だ!! って……思えばいいんじゃないスかね」

 

「でも……」

 

 

 不安だ。

 たしかにスタンド含めて世界には未知の事象が多い。

 スタンドの矢だって結局ウイルス進化論を当てはめられる()()()()()()というだけだ。

 確定ではない事実、というのが恐ろしく不安に感じる。

 

 普段ならここまで情緒不安定でもないはずだが、やはり疲れているのだろうか。

 早人君や仗助君と話している時はきちんと目線があっていた記憶があるが、だんだんと下へ向いていたらしい。

 俺の視線は今や足元に落ちていた。

 

 納得していない俺を見て「頭が固いぞ」といった語調で、仗助君は言葉を並べる。

 

 

「エエ〜? じゃあこじつけちまえ! 先輩だけが違ったのは世界のルールに逆らってるから! よっ、枠に嵌り切らない男! そんな感じでどうっすか!?」

 

「世界のルールに逆らっている……」

 

 

 なんとなくスッと頭に入ってきた。

 

 バイツァ・ダストの効果があるから覚えてない。

 世界のルールに従ってないから同じ時間に同じ動きをしなかった。

 

「なぜルールに従えてないか」は簡単だ。

 俺がこの世界の住人ではないからだ。

 

 もう16年はここで生きてるのに住人ではないと結論つけてしまうのは、正直、かなり気が沈む。

 が、仗助君に言語化してもらったおかげか納得できたという満足感の方が強い。

 

 本来なら検証して初めて事実として太鼓判を押すものだが、俺が納得した。

 だからこれでいい。

 懸念すべきことも多いが、これでいい。

 

 がばりと上げた俺の顔を見て仗助君が満足そうな顔をしたので、本当にこれでいいのだ。

 俺が納得できたなら。

 

 

「ありがとう。俺は『枠にはまらない男』! 藤堂一茶! よし!」

 

「お? おう、元気出たっぽいならよかったっス」

 

「やっぱり俺にとっては、君がジョジョだな」

 

「そ〜いやちょっと前に先輩方にそんなあだ名つけられたような気がしますねェ、流行ってんスか?」

 

「いいや、ぜーんぜん」

 

 

 じゃあなんで今そんな話を? と聞かれたので立ち上がって、

 

 

「君がすっげぇ主人公っぽいやつだなって思ったから言ってんだよ、東方仗助!!」

 

 

 と叫んでやった。

「へへっ!」って感じではにかんでた。

 何言われてるかさっぱりだろお前。

 

 

 

 そうだ、能力なんてこじつけたもん勝ちみたいなもんだろう。

 わからないことはとりあえずこじつけてしまおう。

 主人公(ジョジョ)が教えてくれたので。

 

 少し『思い出して』理解したことがある。

 

 メイド・イン・ヘブン。

 6部において敵であるプッチ神父の最後のスタンド。時を加速させる能力でもって驚異的な強さを誇る。

 その力で作られる『新世界』では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、何が起こるか運命を知ることができ、それが真の幸福である……といった感じだった、はず。

 

 仮説(こじつけ)から考えると、多分俺はメイドインヘブンが世界を加速し始めたら振り落とされる。

 死ぬとかではなく振り落とされる。

 世界に馴染んでいない人間だ、この世界から弾き出されても不思議ではないと思う。

 

 前々から思っていた通り、あの神父はどうにかせねばならないのだろう。

 漠然とは考えていたが、俺自身のために必要なことだった。

 そもそも思想が理解できねえよあの神父。

 

 『4部』は終わりだが、俺が死んだわけでも仗助君達が負けたわけでもない。

 当然この先も世界は続くし俺の人生だってそうだ。

 

 まずは……どこかでちゃんと修行でもしないとこの先のスタンド使いに太刀打ちできそうにないな。

 

 スタンド使いは引かれ合うのだから、相手には事欠かないことを祈ろう。

 できれば俺がギリ勝てそうなやつがいいけど、そんなに都合のいいやつはいないだろうな。

 俺はスタンド使いがいそうな場所にあたりをつけて、長期休暇に思いを馳せた。

 

 

 





4部終わりです。
完結に切り替えますが、5部……暫定5部以降はアイデアがちゃんと纏まったら書きます。
実のところ数年間メイドインヘブンの攻略法を考えています。

また書いてない期間に支援絵をいただいたのでここで紹介させていただきます。

CHOCOをすするNPCさんより2点
藤堂一茶

【挿絵表示】

ヤバいチラシ

【挿絵表示】


丸焼きどらごんさんより

【挿絵表示】


柴猫侍さんより

【挿絵表示】


やっと紹介できた……。本当にありがとうございます!!



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