結城勇祐は弟である (白桜太郎)
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勇祐の章
第1話 それは物語の1ページ目以降の話


我慢出来なかったので書きました。やりました。




 結城勇祐は夢を見ていた。

 暗い世界。真っ赤な焔が燃えては消えていく世界。そこに彼は1人、たった1人で立っていた。

 

【時は来たり】

 

 声が聞こえた。

 

【正常稼働】

 

 平坦な、抑揚のない声が響く。

 

【征け】

 

 この言葉の意味は分からない。

 

 だから、彼はこれをただの夢だと思うことにした。

 ただ意味のない、脳が見せる幻覚なのだと、彼は思い込んだ。

 その意味と、声の主の事を考えぬまま、彼はしあわせな夢だと思い込んで、微睡みに包まれていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 朝。

 昨日面倒臭くてカーテンを中途半端に締めたその隙間から朝日が少年の顔を照らす。

 そして窓の外から聞こえる小鳥の声が合わさり、少年の意識の覚醒を促す。

 が、朝に弱い彼は不機嫌に唸りながら布団を頭まで被って再度惰眠を貪り始めた。

 

 しかしそれを許してくれる程、姉である『結城友奈』は優しくないのだ。

 

「ゆうくーーん!おーきーろー!」

 

 

 ♦︎

 

 

 うーん、寒い。

 数分前から部屋に音もなく入り込み、(恐らく本人はそのつもり)寝ている俺に近付いて来て俺の寝顔を見て来て、流石にむず痒くなったから太陽が眩しいフリして布団に潜ったらコレだ。春先だけどぬくぬくの布団を全部取られると寒い。出来るなら早く返して頂きたい。

 

「なにすんだよ、『姉貴』」

「だってゆうくん起きないんだもん。こうでもしないと起きないでしょ?」

 

 そうだけどさ。否定しないけどさ。

 が、姉が布団を持って行った以上、俺の抵抗はただの虚しいものだ。素直に起きる以外の選択肢は残されていない。

 

「オーケー、俺の負けだよ姉貴。起きるよ、起きりゃあいいんだろ」

「自分から起きてくれれば一番いいんだけどね。じゃあ私は下行ってるから!早く来ないとゆうくんの朝ご飯も食べちゃうよ?」

「別に朝飯いらねーしいいよ、姉貴が食って」

「駄目だよそんなんじゃ!いい?ちゃんと食べに来ること!」

 

 そう言うなり姉はパタパタと俺の部屋から出て行く。非常に面倒くさいが、姉は怒らせると後が怖い。何が怖いかと言われると常に無言の圧力を掛けてくるどころかその状態で撫で回して来るのだ。いくら『双子』とはいえ、自分も思春期真っ盛り。昔は一緒にお風呂に入っていた半身同士であれど、恥ずかしいのだ。

 

 背伸びをして固まった筋肉をほぐした後に眠い目を擦りながらベッドから降りる。

 昨日練習していたアコースティックギターを床に転がしていたのを思い出し、それを避けながら寝巻きのジャージを脱いで制服に着替える。

 讃州中学の男子制服も、着慣れたものだ。

 姉から誕生日プレゼントで貰った手鏡で、姉とよく似ているが、少しだけ濃い赤色の毛色に左目の上辺りだけが白い髪の毛を軽く整える。髪ワックスを付ける訳ではないが、寝癖は直しておかないと後で姉の手で直されるのだ。勘弁願いたいので自分でやる。

 

 顔付きは「一瞬戸惑うけどどちらか分かるレベルで似ている」らしい俺の顔。そう言われてもこの目付きの悪さは姉とは比べてはいけないだろう。鏡の前で思わず自分の顔と姉の顔を思い出して見比べてみるが自分ではとても似ているとは思えない。姉からすれば喜ばしいことらしいが、比べるのもおこがましいと思う。以前そう言ったら怒られた。解せない。

 

 身支度を済ませてリビングに降りるとテーブルについて朝食の前で和かに微笑む、同じく讃州中学の制服に着替えた姉の姿。俺も対面に座って一緒に手を合わせる。

 

「いただきます!」

「いただきます」

 

 いつも通りの朝食が始まる。

 結城家の決まり事としてご飯は出来る限り一緒に食べる、というものがある。

 とは言っても姉は勇者部の活動があるし、俺は俺で適当に食べたりするので晩飯は揃うことが少ない。でも一緒に食べようと努力はしましょう、という事らしい。

 

「......。どうしたんだ姉貴?」

「んふふ~、なんでもないよ~?」

 

 ニコニコと、眩しい笑顔の姉が俺の顔を見ながら朝飯を食べている。俺の顔に何か付いてるのか、と聞いても「んふふふ~」としか言わない。ついに壊れたか?最近はどうもこんな調子になることが多い。今日は特に酷い。俺をオカズにご飯を食べられてるのだとすれば、俺にしたら食べにくいことこの上ない。あと相当恥ずかしい。

 

 

「行ってきます!」

「行ってきます」

 

 朝食を食べ終わったら2人同時に家を出て学校に向かう。その前に、隣の家から堅物を呼んで来なければいけない。それは姉の仕事だが2人を置いていくと後が煩いので俺は家の前で待つ。

 

「お待たせゆうくん!東郷さん連れて来たよ!」

「おはよう勇祐くん」

「うっす」

 

 隣の家の玄関から出てきたのは姉と、姉が押す車椅子に乗った俺たちと同い年の東郷。なんでも交通事故で両足が麻痺した、とか、過去の記憶を失くしたとか。あまり他人が突っ込むところでもないし、足が動かない、記憶が少しないというだけなので俺と、特に姉は全く気にせず接している。

 

 ただ、悪い奴ではないのだがちょっと飛んでる部分と硬い部分があるので個人的には苦手な部類だ。なのでぶっきらぼうに挨拶しておく。嫌いでは、ないのだけども。少なくとも荒れてた時期から好意的には接してくれているので東郷本人から俺は嫌われていないのだとは思う。

 

「勇祐くん、今日は元気そうね」

 

 唐突に東郷からそう言われる。

 まるで今まで元気がなかったかのような言い分だ。

 あぁ、そうか。姉がいつも以上に機嫌がいいのはそういう事か。

 

「そうか?昨日と変わらないと思うけど」

「そうよ」

「そうだよ!」

 

 2人から肯定の言葉。どうやらそうらしい。まぁ夢見が良かっただけだ。結局は夢の話なので現実とは関係がない。元気に見えるのは、たぶんそういう事だからだろう。だから姉も朝飯を食べている時にあれだけニコニコ顔だったのかもしれない。

 

「姉貴と東郷が言うんなら、そうなのかもな」

「そうだよ!お姉さんである私がゆうくんの事分からない訳ないもん!」

「友奈ちゃんなら、わかって当然だものね」

 

 東郷さんわかってる~!と東郷とハイタッチする姉。車椅子に乗る東郷の背に合わせてやっているのが微笑ましかった。

 

 

 

 昼。

 姉特製の弁当を1人屋上で食べながら空を眺める。姉と東郷は同じクラスだが、今日は勇者部で用事がある為、昼飯は別々だ。いつもは半強制的に3人で食べている。弟という存在はいつだって姉という存在には勝てないのだ。世知辛い。

 

 もぐもぐ、と口を動かしながら、勇者部の活動は本当に自分に合わないなと独りごちる。

 言うなればボランティア活動だ。流石に他人を無償で助けたいと思える程、人は出来ていない。そうでなければ中1の頃、あれだけ暴れてもいない。

 

 自分、結城勇祐は去年までは札付きの不良だった。若気の至り、いや今も十分若いが、この地域の不良達は基本的に殴った。あと家出もしたし深夜徘徊もしていた。

 

 例えばカツアゲしている奴がいると聞けば逆にカツアゲしてやったり、どこかのグループ同士が喧嘩していたら割り込んで両者とも殴って二度とそういうことをさせないようにしたり、万引きした奴を見つけたら殴って店主に投げ渡した。

 自分がやっていた事は勧善懲悪だ。使い方を間違えているだろうし、世間一般からすれば暴力に暴力で訴える等、野蛮な思考だろう。

 

 色々あって、今はもう辞めた。姉にバレてしこたま怒られたのだ。姉の泣き出した顔は、今でも辛い記憶である。

 

 勧善懲悪と言いながら、俺はストレスの捌け口を暴力に求めていたのだろう。自分の気に入らない事、強制される事。やろうとしても、出来なかった事。それらがつもりつもって、姉に手を上げないように行動した結果だった。

 まぁつまりは反抗期だったのだ。今となっては情けないことこの上ない。

 

 そんな人間が今更ボランティアなど出来る訳がなく、いや別に恥ずかしい訳じゃない。だけど実際、女子4人の中に男1人はとてもじゃないが、その、なんだ。そういうことだ。

 犬吠埼先輩には中1の頃に1度だけ入部を勧められたが、当時は普通に荒れていてぶっきらぼうに断った事もあって今更「入部します」なんぞ言えるはずもないのだ。

 

 

 水筒に入った麦茶を一口飲んで、また空を見上げる。今日は何もない。雲も、風もない。穏やかな1日。恥ずかしさは振り払って、食べ終わった弁当を仕舞う。当然、手を合わせて「ごちそうさまでした」と姉に感謝も忘れない。これも姉にやれと言われて染み付いてしまった動作の一つだった。

 

 

 夕方。

 本日の授業は滞りなく終わり、生徒は下校する時間だ。今日は勇者部の部活も特に仕事がないそうなので姉と東郷と一緒に帰ろう、という話になった。

 

「なのになんで犬吠埼先輩がいるんすか」

「居たら駄目なの?」

「そうじゃないっすけど...ほら、犬吠埼妹も俺の事怖がってますし」

「あっ、いえ、その...あの......」

「大丈夫だよ樹ちゃん!ゆうくんはこの間までヤンチャだっただけだから!」

「フォローになってねぇよ姉貴......」

 

 犬吠埼先輩こと犬吠埼風の後ろに隠れて俺に怯える犬吠埼妹こと犬吠埼樹。この対応も俺の自業自得なのだが取って食いはしないぞ。

 怖がられるのはどうだっていいのだが、姉の余計な一言で更に犬吠埼先輩の後ろに隠れるその妹。うーん悪循環。

 以前から犬吠埼先輩には家事を教えてもらったりしているので一応この姉妹とは顔見知りではあるのだが、俺の噂話で妹の方は全く慣れてくれやしない。大体は本当の話だから否定出来ないのがさらに悪い。

 

「ほら樹、別に食われやしないんだから出て来なさいよ」

「勇祐くん、普通にしてても顔怖いものね」

「えー?そんなことないと思うけどなぁ」

 

 犬吠埼先輩、それ逆効果。あと東郷、俺の顔が怖いのは生まれつきだしどうしようもねーんだよ。

 というかなんだ。俺は怖がられる為に呼ばれたのか?

 

「流石に違うわよ。一緒にうどん食べに行きましょ?」

「なんでまた?」

「特に理由はないけど?」

「えーゆうくん一緒に行かないの?」

 

 犬吠埼先輩が目線で姉を指す。うーん成る程。姉が言い出したのか、しゃーない。用事あるって嘘ついてもどうせバレるし姉の言う事に従いますか。

 

「はぁ...行くよ」

「さっすがゆうくん!よく分かってる!」

「最近無駄な反抗をしなくなったわね?勇祐くん」

「姉貴には勝てんからだよ。ったくしゃーねぇなぁ」

「おっツンデレかな?」

「犬吠埼先輩でも流石に怒りますよ」

 

 キッと鋭くメンチ切って(死語)もどこ吹く風の犬吠埼先輩。この人には家事関係で世話になったので姉とは別の意味で逆らえない。

 東郷の煽りはスルーだ。たぶん突っ込んだら墓穴を掘る。

 

 

 そんなこんなでうどんを食べに行ったのだが、俺が大盛りのきつねうどんを平らげたら犬吠埼先輩は3杯ぐらい食べてた。ひぇっ、やっぱこの人こえぇ......

 

 

 

 

 




 ・結城勇祐
 本作主人公。友奈の双子くん。昔はワルやってん!俺より悪い奴らをシバいては「二度と舐めた真似してんちゃうぞ」と脅していた。今は更生したらしい。でも不良仲間は居るし時々溜まり場に足を運んだりしてる。

 ・友奈姉貴
 弟めっちゃ可愛がるウーマン。駄目な弟がいる分、原作よりもしっかりしているが時々抜けてる。弟の気持ちはわかるよ、お姉ちゃんだもの。でも弟の思春期には気付いていない模様。

 ・東郷さん
 結城姉弟に出会った当初はヤンチャしていた勇祐の事を怖がったが接するうちに優しい奴だと気付いた。今では友奈ちゃんも大好きだし勇祐くんも大好きである。

 ・風パイセン
 色々残念だけど一応勇祐が尊敬してる数少ない人。なので先輩呼び。勇介達の家庭事情は知っているので姉妹共々割と気にかけている。

 ・犬吠埼妹
 ふえぇあの人目つき怖いし噂で流れてくる話が怖すぎるよぉ...。安心しろ樹くん。その噂は話(が)半分だ。
 これでも入学以前から勇祐とは知り合いである。


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第2話 それは彼が心配する話

 授業は退屈だ。退屈だから寝てしまうし、寝て起きたらよく分からない世界に居たりする。木の根が張り巡らされた、静かな世界に居たりするのだ。

 あー、夢だこれ。たぶん、きっと、メイビー。

 たまにこの世界の夢は見たりするが、たしか2年ぶりぐらいじゃなかっただろうか。

 どうでもいいか。夢だし。

 

 さて、夢の中なのに実に鮮明な情景なのは置いておこう。まずは今着ている変な服だ。

 赤を基調として基本的に白色の配色。装飾っぽい部分は黒色。

 両手には恐らく金属製の黒い籠手。

 左肩には赤色で黒い、なんだ?文様?花?が描かれた盾。あっこれ格納式でシャキーンって盾が展開するわ。かっけぇ。

 右肩には何も無いがたぶんパイルバンカーだろう武器が右腕に取り付けられている。ボトムズかな?

 

 あと顔触ったらお面みたいなの付けてんな。一切視界には困らないから気づかなかった。

 取り外し出来たので取ってみると、真っ白なお面だった。視界用の穴とかも一切空いていない癖に見えてたのか...やっぱ夢なんだな。

 でもなんかこの服とか装備しっくりくるな。割と動きやすいし。前に着てたとか?まっさかぁ。

 

 

 でもまぁ夢だしその辺はどうでもいっかー、なんて考えてたらその夢は終わった。ブツン、とまるでパソコンが強制的にシャットダウンされるかのように。パイルバンカー打ってみたかったなぁ。

 

 

 

 目が醒めるとそこは教室だった。授業中に居眠りしてたから当然なんだけどさ。

 周りがざわついている。どうやら姉と東郷が急に消えたらしい。

 

「は?」

 

 いやいやそんな手品みたいな事は起きないだろ、と思っていたら本気で2人が居ない。

 探しに行こうかと思ったら神官服を着て大赦のマークが描かれた白面を被った奴が突然教室に入ってきた。

 姉と東郷は神樹様に選ばれて勇者というお役目についたとかほざいている。

 

「は?」

 

 二度目。

 で、今後もこんな風に唐突に消えることがあるらしい。『今後も?』

 いや待てや、おい。ちょっと待て。今、『姉さん』は何処にいる。

 ぐるぐると嫌な予感と焦りが心ををうねる。

 不安。怒り。様々な負の感情が渦巻いていく。

 

 それに耐えきれず、俺は教室を飛び出した。

 嫌な感情しか湧いてこない。気持ち悪い。喉から胃液が上がってくる。心臓の鼓動が早くなる。

 早く、早く姉を見つけて安心したい。

 何処にいる?いやたぶん、屋上だ。あそこは元々変な雰囲気あったし。確か社が建てられていたはずだ。

 

 あとは勘だけど、きっと、いや絶対、確信を持ってそこに姉はいる。

 

 

 屋上のドアを乱暴に開く。そこには姉と東郷の他に犬吠埼姉妹が居た。やっと体の中をうねっていた黒い渦が収まる。よかった。本当に。

 

 そして面子を見て、一つの答えに突き当たった。『勇者部』って、もしかしなくてもそういうことかよ。だがそれは後だ。

 

「姉貴!」

 

 思わず姉さん、と叫びそうになったのをぐっと堪えて姉を呼ぶ。すると姉が振り返り、少し強張った笑顔を向けてきた。

 

 やめてくれ。その顔は駄目だ。

 

「ゆうくん......」

「姉貴、怪我とかない?」

「うん、大丈夫。平気だよ」

「ならよかった...」

 

 ようやく安堵出来た。よかった。

 いやでもよくない。良い訳があるか。そんなもん。

 なんだ勇者って。なんだお役目って。

 うちの姉を怖がらせるのかよ勇者って。なんだよそれ。ふざけんなよ。

 色々、色々言いたいことがあるけど語彙力がないので言葉が出てこない。ちくしょう、勉強しときゃあよかった。苦手な国語の時間は真面目に授業受けようと決意する。

 

 姉に駆け寄って手とか足とか、素肌が見えている部分をぺたぺたと触る。姉はこういう時に黙っているから怖いんだ。さっき目を合わせた時に見えた奥底は、恐怖とか色々な感情で揺れていたから体よりメンタルがヤバいかもしれない。

 こそばゆいのか俺に触られてモジモジする姉。恥ずかしいのは分かるけど普段の行いが悪いんだぞ。自己犠牲の塊め。

 

「犬吠埼先輩」

「......えっ、なに?そのセクハラ見逃せって?」

「ちげーよちゃんと説明しろって言いてぇんだよ」

「無茶言わないでよ。その行為見てその発想には至らんわ!」

 

 後で説明しっかりしろよな、という目線を姉に触りながら先輩に投げるが、受け取ってはもらえなかった。何故だ。あと半泣きの樹の対処は先輩に任せよう。俺だと逆効果だろう。一方的に怖がられてるし、俺は姉の触診が終わったから次の奴を見なきゃいけない。

 

 ......ところで姉よ。なんで顔を赤くして俯いてんだ?

 

 東郷はさっきまで姉と同じような顔をしていたのに今は姉の顔を喜んでスマホで連写している。こえーよ。さっきまでの雰囲気なんだったんだよ。やっぱこの中で一番重症なのこいつだわ。いや元々か。ならしゃーねーか。処置無し。

 

「東郷、聞いても無駄だろうけど大丈夫か?」

「勇祐くん、もっとよ!もっと友奈ちゃんを触って!」

「うん、無駄だったわ。頭でも打った?病院行くか?外科じゃなくて精神科な」

「もっとやって!?」

「もーやだこいつ。なんで姉貴はこいつと友達出来るんだ?」

「友奈ちゃんとは親友だもの!」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」

 

 もーやだ。なんか心配して損した。

 姉はまだ撃沈してるっぽいので代わりに東郷の脇を抱えてすぐそこにあった車椅子に乗せる。

「ひゃあっ」とか可愛い悲鳴が聞こえたが無視。やってられんわ。というかなんで車椅子から降りてたんだよこいつ。

 

「んで、パイセン。説明はよ」

「......放課後でいい?」

「なんで?」

「いやほら、授業あるし」

「俺は関係ないし」

「いやあるでしょ...」

「だっ駄目だよゆうくん!サボったらダメ!」

「そ、そうよ勇祐くん!授業をサボるなんて大和男児らしくないわ!」

「ふえぇ...そんな不良っぽいことするなんて勇祐さんはやっぱり怖い人なんだ......」

 

 ええいやめろお前ら。犬吠埼妹も勘違いを加速させてるな!犬吠埼先輩も「樹を泣かせたな!」とか言うな!こっちに凄んでくるな!やめろ!分かった!放課後、放課後な!

 

 畜生、こんなキャラじゃなかったはずだぞ俺は。

 

 

 ♦︎

 

 

 放課後。

 俺たちは犬吠埼先輩からの説明を聞く為に勇者部に集まった。

 若干イラ立ってますよ感を出しながら犬吠埼先輩を睨む。全然怒ってないし、たぶん大赦が全部仕組んでんだろうなという予感しかしないのでこれはただの八つ当たりだ。向けられてるご本人も俺の視線の意味を今度は理解してくれたらしい。

 というか俺が怒らんとこいつら無駄に正義感があるから「はぁ~すごいですねぇ」で終わる気がする。特にうちの姉。

 

 おい、そこの犬吠埼妹、俺は怒ってないからな?ほんとだぞ?だから姉の後ろに隠れようとするのはやめタマえ。タマってなんだ?

 

「というか雰囲気で有耶無耶になりかけてたけど結構ヤバい事してんだぞお前ら。バーテックスだ?神樹様を攻撃する?人類滅亡の危機?それを中学生が勇者として立ち向かって防ぐ?アホかよ。正直どこのマンガだよって話だぞ」

 

 パイセンが黒板に変な絵(敵とか世界とか色々書いてたらしいが正直海洋生物にしか見えなかった)を描いて色々と説明された後での俺の意見だ。大人どもなにしてんの?何うちの姉達に押し付けてんの?恥ずかしくないの?

 

「うーん、大赦潰した方が世の為じゃね?」

「駄目よ勇祐くん。暴力では何も生まれないわ」

「逆に考えろ東郷。これは幕末維新だ。大赦は米帝の手先なんだよ」

「ハッ!そういう事ね勇祐くん!これは御国の為...そう、国防!」

「いや乗せ方雑すぎだしなんで東郷もそんなのに乗せられてるのよ」

 

 適当な事を言って東郷を倒幕に傾かせようとしたがダメだった。取り敢えず東郷は特に思い悩んでなさそうだしいいや。「大赦からそう指示されているのなら下士官はそう従うしかありませんし...でも勇者部五箇条にあるように『悩んだら相談』して欲しかったです」って東郷本人も言ってたし。悩んでなかったんじゃないか?とは口が裂けても言わないが。

 

 姉も姉で「私たちしか出来ない事があるなら、頑張ります!」と張り切っている。ちょっと怖いという気持ちが見え隠れしてるけど、あれぐらいならなんとでもなろう。

 ていうか犬吠埼妹含めて『全員変身できた』んだな。よくまぁ意味の分からん敵に立ち向かえたもんだ。俺なら初手逃げに走るぞ。

 

 まぁそれでも俺が居なかったらたぶんもうちょい拗れてたんだろうなぁ、姉が居るからすぐ関係とか治るだろうけど。

 

「んじゃあパイセン」

「あんた呼び方変わったわね」

「いや個人的には家族を説明なしに巻き込みやがって!っていう気持ちは無きにしも非ずなんすよ」

「その、ほんとごめん...」

「謝罪の気持ちがあるんなら誠意を見せて欲しいっすよねぇ...?」

 

 冗談である。誠意よりも俺が戦える力の方が欲しい。

 

「乱暴する気ね!?エロ同人みたいに!!」

「するかアホ!」

「ゆうくん、調子乗り過ぎ」

「そうよ勇祐くん。風先輩が困っているわ」

「お姉ちゃんを虐めないでください!」

「おっと冗談だったのに針の筵じゃねぇか。犬吠埼妹が勇気見せたんで辞めときますわ」

 

 まぁ冗談もここまでにしとこう。犬吠埼妹も脚さえ震えてなかったらよかったんだけどな。そこまでは求め過ぎか。

 

  ......というか俺、そんなに怖い?割と以前から犬吠埼家には足を運んでるんだけど。

 

「樹ぃ~助かったわ~!」

「お、お姉ちゃん抱きつかないで!」

 

 パイセンが犬吠埼妹に抱きついて頭をすりすりしている。犬かあんた。苗字に犬は入ってるけどさ。

 

「んじゃ、後は勇者部で話し合っといてくださいや。俺は帰るんで」

「ここまで場を引っ掻き回しといて逃げるわけ!?」

「俺が口出さんと自分たちヤベーことやってんだって事、理解せんかったでしょ。勇者の力?バリアがあるから致命傷は避けられる?アホ抜かせ、俺たちただの中学生だぞ。しかもパイセン以下勇者部は喧嘩もした事がねぇ。実力不足にも程があるだろ」

「使い方は分かったよ?」

「それは結構。で、外側だけ強くしたところで中身はどうなんだ姉貴」

「それは...その......」

 

 言い淀む姉貴。俺も責めたい訳じゃないからこれ以上は言わない。

 

「要はもうちょい覚悟して挑めって言いてぇんだ。避けられない戦いだろうけど、準備は出来んだろ?それと普通に心配。喧嘩に傷はつきもんだけどさ」

「勇祐、あんた結構心配性なのね」

「あのな、知り合いが戦場に行くようなもんだぞ。心配するだろうが普通」

「友奈ちゃんは私が守るわ勇祐くん!」

「東郷さん...うぅん、勇者部は私が守るよ!」

「じゃ、この実は優しい強面少年の為に、皆頑張りますか!」

「「おおーっ!」」

「強面は余計だ!」

 

 張り切る勇者部を見て、俺は少し不安を感じる。俺もこの輪の中に入れていたら、この不安も消えていたのだろうか.......。

 

 

 

 




ゆうくん
知り合いどころか大切な姉が素人のまま戦場に投げ出されて滅茶苦茶不安。新兵訓練とかないの?ないんですか。
すでに覚悟ガンギマリしてそうな勇者部に一層の注意を促したけど、それしか出来ない自分に少し嫌気。たぶん姉は気付いている。

友奈ちゃん
ゆうくんが心配がってるのは分かってるけど何処から湧いてくるか分からない謎の意思で大丈夫!と言える強い子。
姉は強い事を証明して心配を掛けないようにしたい。でも自己犠牲の塊なのはゆうくんが危惧した通り。目を離すと怖い。


東郷さん
やっぱり勇祐君は友奈ちゃんに似て優しい子ね。私はちゃんと分かっているわ。
原作と違って最初から覚悟を決めて変身出来た模様。


風パイセン
もっと責められると思っていたし、全員変身出来るとは思っていなかった系女子。後で勇祐には個別で謝った模様。

樹ちゃん
勇祐が怖い。けどやっぱり良い人っぽいからもっと勇気を出して接するべきか悩んでいる。でも勇者部の部員じゃないし...うぅん?
勇祐が犬吠埼家にやってくる時はいつも奥の部屋で隠れるように静かにしてた。めっちゃビビり。


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第3話 それは彼のちょっとした話

息抜きに書いたら凄いことにになったやつ


 結城勇祐は不良である。

 いや、そうであった、が正しい。

 少なくとも彼は結城友奈という姉によって矯正され、家出や深夜徘徊は極力辞めているし、姉に向かって暴言を吐くこともやめている。性格も優しくなり、今では笑顔もみせることも多くなった。

 

 だからといって元々不良のラベルが貼られていた存在を容易く受け入れるような優しい世界などに彼が住んでいるわけもなく、未だにクラスメイトからは恐れられている。それどころか他の不良グループには怨まれてすらいるのだ。だから彼は姉に飛び火させない為に学校ではあまり関わらないように気を配っている。

 自分のした事なのだから、自分でケツぐらい拭かなければならないと彼は信じていた。

 

 そして不良世界から即足抜け出来る...訳もなく。

 彼にも舎弟とか、子分とか、そういう連中が何人も居た。

 勇祐に憧れてグループに入った者も居た。

 彼は薄情者ではない。なので面倒を見なければいけない。

 他の友好的なグループに移籍させたり、足抜けさせたり。それでも、彼に付き添う奴はいるのだ。熱狂的な信者、というかファンになるだろうか。

 これには勇祐も困った。が、引退する理由を素直に全て話すとみんな泣きながら理解してそれぞれの道を歩み始めた。

 

 彼としては自分のグループを作る趣味もどこかのグループに属する気も無かったし、面倒を見る気もなかった。喧嘩して、相手を殴って、蹴って。そうしてストレスを発散出来れば良かったのだ。彼自身、カリスマとかリーダーシップがある訳でもないのを自覚していたので余計にだ。

 それでも人は強さに惹かれてやってくる。1人、また1人と勇祐の強さに惹かれた者達が集まった。

 最終的に、「多人数だと余所のグループに喧嘩売りやすくなるかいいんじゃね?」という短絡的な思考になり勇祐は付いて来る者達を認めてしまったのだ。

 

 閑話休題。

 

 勇祐には一つの懸念事項があった。

 そう、「友奈が勇者として戦う事」だ。

 本来であれば認める気もなかった。それどころか大赦に殴り込みも考えていた。

 だがそれをしなかったのは一重に勇者という希少性からだ。

 勇者は「清らかな乙女」で、尚且つ勇者として相応しい存在でなければならないのだ。その点、友奈はそれを満たしている。適正値で言えば、四国トップな程に。そして勇者は神樹によって選ばれる。選ばれた者だけが勇者となり戦えるのだ。それが勇者部だけなのだ。

 対して勇祐はどれも当てはまってはいない。男であるし、勇者には相応しくない行動しかしていなかったからだ。

 彼をよく知る友奈は「そんなことないよ」とは言う。それが彼女の本音である事も彼は十分承知していた。

 

 だが、勇者にはなれない。

 姉が危険な目に合っているのに。

 自分は何もできない。

 

 ------もし、お利口さんに日々を過ごしていたのならば。

 

 ------もし、自分が女だったのであれば......

 

 尽きぬ「たられば」は、真綿で彼の首を締めるかのように巻き付いてくる。

 以前であれば、こんな思考はしなかっただろう。

 

「はぁーやだやだ。考えたって無駄だもんなぁ」

 

 勇祐は思考を止めるように頭を振る。

 考えたって無駄な事は分かっている。

 既に勇者に友奈が選ばれた以上、勇祐には何もできやしない。後はモヤモヤとした気持ちを抱えて、帰ってくる友奈を迎える事しか出来ないのだ。

 

「いやー、それにしても良かった。アイツら分かってくれなかったら家まで押しかけて来そうだったしなぁ」

 

 夜の22時。勇祐は最後の仲間が他のグループに歓迎された事を見送ってから自宅への道を歩いていた。

 ようやく肩の荷が降りた、と勇祐は疲れたように呟く。これで暫くは深夜徘徊しないで済む。友人として、彼らと付き合う事は今後もあるが、それはそれ。

 

「さて、早く帰って寝て......ん?」

 

 住宅街から少し離れた、小さな工場が立ち並ぶ区域。廃工場などもちらほらあり、夜は基本的にどの工場も稼業していないため、街灯の灯りしかない。

 その区域の一角で閑静な区域に似合わない騒ぎ声がしていた。

 

「まーたどっかのグループが喧嘩してんのか?」

 

 以前、大規模な騒動があり、普段稼業している工場にまで被害が及んだことがあった。その為、付近の不良グループはここでの喧嘩を禁止する暗黙の了解があったのだが......。

 それも勇祐が足を遠のかせてから効力が薄れたのか...。この騒ぎと匂いは、まさしく喧嘩のそれだった。

 

「チッ......お灸じゃあ済まなさそうだなぁ」

 

 勇祐は騒ぎの方向へ走り出す。手に怪我防止用のグローブを嵌めて曲がり角を曲がり、問題の場所に突っ走る。

 少なくとも多人数。10名以下だろう人数が争っているような騒ぎ。それも中学生や高校生の声ではない。間違いなく大人の声だ。

 こうなれば話は別だ。ヤクザという職業とも言えない無職の存在が消えて久しいが、それでも厄介な大人は山程いるのだ。

 そういった連中と子供の不良グループでは絶対に歯が立たない。連中がどんな武器を持っているかも不明だからだ。

 そんな連中を知り合いのグループが相手取って居たら?と考えると嫌な想像しか湧いてこない。

 焦りながら騒ぎの元の廃工場へ向かう勇祐。

 どうか何事もないように、と願いながら敷地内に入ると、たった1人を除いて男が複数人倒れていた。

 着いた頃に間に合わないのは予想にはあった。

 

 だが流石に、1人の少女が木刀を持って大立ち回りしているのは予想外どころか想像すらしていなかった。

 

「ふん...喧嘩売るなら相手見なさいよね」

 

 木刀を持った少女が足元で突っ伏す男に蹴りを入れる。「うぐぅ...」と痛みで唸っているので生きてはいるのだろう。

 

「んで、そこのアンタはコイツらの仲間?そうならそうで叩きのめすけど?」

「流石にコイツらとは知り合いじゃねーかな。......大人の癖に情けねぇ、木刀持ってるとはいえ女に負けてやんの」

「んじゃあアンタはなんなのよ?」

 

 油断のない、鋭い目つきで睨まれる勇祐。暗がりであまり顔は見えないが身長からして彼と同い年だろう。

 

「通り掛かりの不良少年。この辺りのグループが喧嘩してんじゃないかって駆け付けたらこの有様ってワケ」

「ふーん、そう」

「大人相手によくやるぜ...うわっコイツナイフ持ってんじゃん。通報しよ通報」

「ちょ、あんた勝手な事を...!」

「勝手もなにもあるかよ。素直に逃げりゃあいいのにどーせ態々突っ掛かったんだろ?まだ物足りないって顔してるぜ?これ以上はやめとけよ。後で痛い目見るぜ?」

 

 真面目なトーンで促しながら懐からスマホを取り出す勇祐だが、その首元に木刀を突きつけられた。

 

(早いな。この一瞬で詰め寄りやがった)

 

 少女とは10m程離れていたはずだが今は木刀が届く位置。大人達をボコボコに出来るレベルなのだからある程度は考えていたが想像以上だ。不覚にも勇祐は胸の奥に闘志が燃えるのを感じてしまう。

 

「どうせ放置する予定だったんだろ?それはこの辺で活動してる俺らには迷惑なんだよ。事情説明しねぇと警察にドヤされちまうわ。それに、後で報復受けるのも面倒だろ?」

「それ以上に面倒な事があるのよ」

「家に知られると不味い系か?そりゃあご愁傷様。知ったこっちゃないねそんなもん。手出した自分を恨みな」

「そう............。だったら...ッ!?」

 

 少女が動く前に勇佑は木刀を弾き飛ばし、少女の首根っこを掴むと大外刈りの要領で少女をその場に引き倒した。もちろん受身のこと等考えさせない、無茶な引き倒し方だ。少女もこれぐらいの事は慣れているのか頭を打ち付ける事だけは避けていたようだ。

 

「ぐっ...」

「調子に乗んな。いくら強くても不意をついて押し倒されたら女子のチカラじゃあどうにも出来ねぇよ。こちとら格上相手とは散々殴り合って来たんでな」

 

 少女の両手を膝で押さえ込むように馬乗りになった勇祐はそのままスマホを取り出してとある番号に電話を掛ける。なんとか逃れようと少女は暴れるが勇祐からは逃れられずジタバタと暴れるだけだ。電話が繋がった勇祐により遂には左手で口まで塞がれてしまう。

 なお、電話先は勇祐があまりにも面倒ごとを起こすので半ば勇祐専門になっている警官だ。

「110番するより俺に掛ける方が早いから俺に電話しろ」と電話番号を渡されていたのだ。

 

「あー、もしもしおっさん?今仕事中?なら話が早いわ。ちょっとおっさん共が女の子虐めててさぁ。は?嘘じゃねーよ。んで、女の子逃しておっさん共ボコってやったんだわ」

「んーー!んんーーー!」

「あ?外野がうるさい?廃工場だから隙間風の音じゃね?そういう事だから宜しく。工場区域に居るしさ。んじゃ」

 

 電話を切り、スマホを仕舞ってから口を押さえたままの少女を見る。

 反省している様子が全くない。本人は十分な自信があったのだろうが、下手をすれば『女の尊厳』を奪われる事態に陥っていたかもしれないのだ。

 先ほどまでわからなかったがこうも近くまで寄れば彼女の整った美少女とも言える顔つきを見る事が出来た。

 

(こりゃあ、やられるだろ。もしかして自分の容姿が分かってないのかコイツ)

 

 呆れて溜息を吐きそうになるが抑えてちょっと悪役になるか、と勇祐は心の中でほくそ笑む

 真っ赤な顔で怒りを表している少女の耳元に口を近づけ、悪魔のように囁いた。

 

「んで、男に馬乗りにされて、こーいうことされないってさっきのおっさん共では考えられなかったのか?」

 

(うっわ、引くわ。自分でもなんでこんなセリフ浮かんで来るんだよ...ドン引きだよ俺。恥ずかしさで死にそうだけど......あともうひと押しってとこかな)

 

 余っていた右手で少女の服を捲り上げ、露わになった腹を右手で摩る。勇祐自身、友奈と東郷以外の女性には慣れていないのでとても恥ずかしい気分だ。だが少女に怖さを教え込む為に真っ赤になりそうな顔を抑えて行為を続ける。

 

「なぁ、ポリ公が来るまで時間はたっぷりあるんだぜ?お前を気絶させてどっかに連れ込む事も出来る。後は何されるか分かるよな?」

 

 撫でる度に少女の身体がビクリと震え、そして身体全体がビクビクと小さく震え出す。どうやらやっと事の重大さに気付いたらしい。

 

「さっきの電話がポリ公じゃなくて俺の仲間だったらどうする?今から朝...いやぁ昼までか?そこまで色んな奴に滅茶苦茶にされるってワケさ......」

 

 ビクリ!と少女は恐怖で体を震えさせた。脅かすのもこの辺でいいだろう。

 

 というよりも、勇祐はさっさと終わらせたいと考えていた。恥ずかしい事この上ない。彼は『そういう行為』があるという知識はあるが、えっちな本ですらまともに見れないような純情少年なのだ。今ですら恥ずかしさで倒れそうなのだ。友奈に知られれば泣かれるどころではないと思う。

 

「ま、こういう輩も居るから気をつけろってこ......」

 

 パッと両手を離して立ち上がろうとした勇祐だが、少女が泣いていることに気付いた。

 

「うっ...ぐすっ......アンタ、許さないっ......!!」

「やっべっ、やり過ぎた。ごめんほんとごめん!怖いんだぞって事を分からせたくてだな......」

「うるさい!ふざけんなこのセクハラ野郎!」

 

 すぐに少女の上から退いた勇祐だが、怒った少女は勇祐の腹を蹴り飛ばした。

 

「ぐっ...ごめんって!俺だってアレやるの恥ずかしかったんだぞ!?」

「知るかクソボケ!乙女の身体を弄びやがって!死ね!死ね!」

「わー!落ち着け!落ち着けって!」

 

 拾い上げた木刀で勇祐を殺す勢いで振り回す少女。顔は真っ赤だ。勇祐の言うことなど耳に入ってすらいない。

 

「殺してやるッ!」

「やめ、やめろって!ほんとごめんって!」

 

 勇祐も勇祐で殺されたくないので少女の木刀を全て避ける。この速さは受け止めたら恐らく骨が折れるレベルだ。

 

 そうこうしている内にパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。連絡して数分で駆け付けるとはおっさんことあの巡査長も中々仕事が早い。

 

「待て!タンマ!警察が来た!」

「うるさい知るか!お前はここで殺す!」

「ええいもう!」

 

 勇祐の言葉を全く聞き入れない少女に業を煮やし、勇祐は上段から振るわれた木刀を両手で掴み取った。勢いを殺せず、掌を打ち付けた痛みが勇祐を襲うが白刃取りなど、刃が太い木刀...それも勢いよく振るわれるものを初心者が受け止める事も出来なかった為、仕方がないのだ。

 

「警察からは逃げなきゃ面倒なんだろ!後でいくらでも謝るからここは逃げるぞ!」

「逃げるってどこへ!?」

「この辺の人間じゃねーのかよ!あーもう!ほら着いてこい!」

 

 少女の手を引っ張り、勇介は廃工場から走り出した。警察が来ている大通りを避け、裏道や工場が隣接する敷地の間などを通って兎に角その場から離れた。

 

 

 

 

 一先ず警察を巻いてひと段落。

 勇介たちは工場区域を抜け、住宅街までやって来ていた。

 

「ここまで来れば安心だろ」

「呆れた。あんな道まで知ってるだなんて、アンタ相当悪いことやってんのね」

「暴力以外はやんねーけどな。それよか落ち着いたか?」

「落ち着く訳ないでしょ!ここが住宅街じゃなきゃアンタの頭カチ割ってるわよ!ヘンタイ男!」

「おっと薮蛇。どーせお高い家の出なんだろ?お前の木刀捌き見て、道場とかでしっかり教えてもらったのが分かるぜ。それで面倒起こしたくなかったんだろ?」

「.........そうよ!なにか悪い?」

 

 言葉の間に少し違和感を感じた勇祐だが、取り敢えず置いておいて話を続ける。

 

「悪いだろ。なんでそんな奴が悪党とはいえ一般人ボコってんだよアホか?」

「んなっ......!?」

「んー、自分の武芸が強いのか丁度試したかった......。いや違うな。これは多少思ってた程度か?なら......そうだな、イラついてたところに絡まれたからボコったってとこか?で、後になって自分のやらかした事のデカさに気付いた。だから警察に連絡しようとした俺を気絶させようとしたって感じか?」

 

 勇祐に推理されたツインテール少女は「なんでそんなことまで...!?」と目を白黒させている。「そういう顔に出やすい性格してるから分かりやすいんだぞ」とは言わない方が面白いので勇祐は黙っていた。

 

「まぁ、その...アレはやり過ぎた。ビビらせてすまなかった」

「び、ビビってなんかないし!あれは...」

「そういうの今はいいから。強がりはやめとけって...」

「強がってなんか...あれ......足が......」

 

 少女の足は、何時の間にか生まれたての子鹿のように震えていた。あーあー言わんこっちゃない、と勇祐は倒れそうになる少女を抱き抱える。

 

「アンタ、ちょ...」

「はいはい、ごめんなさいごめんなさい。どうせ緊張の糸が切れたんだろ?しゃーねぇから家まで送って行くわ」

 

 よっこいせ、と勇祐は足が震える少女を背負った。少女の服装はジャージ上下なので生肌に触ることもない。背中に当たる柔らかい膨らみは気にしない方向でいくことにした。恥ずかしいが、これも代償だろう。

 

「ちょっと!降ろしなさいよ!歩けるわよ!」

「だから強がんなって。家何処よ。連れてくぜ」

「おーろーせー!」

「おい、もう深夜だぞ。騒いでたら迷惑だろ」

「......ごめん」

「そういうとこは素直なのな。ほら、家どっちだよ」

「......あっち」

 

 急にしおらしくなった少女の体温を感じながら勇祐は静かな夜の住宅街を少女の道案内の元、彼女の家まで背負っていったのだった............。

 

 余談だが、当然の如く友奈には「夜遅くまで彷徨きすぎ!」と説教を食らったし、家の前で出待ちしていたおっさん巡査長に逃げた理由話せと拳骨も食らった勇祐であった。

 

「......そういえばあの木刀女の名前聞いてなかったなぁ。家のマンションにも表札無かったし............まぁいっか。どうせ二度と会わんだろうし」

 

 なお、その予想は後日、裏切られる事となった。

 

 




不良少年勇祐
不良なので夜の23時でも余裕で出歩く。騒ぎを聞いたら混ぜてもらいに行く。でもちょっと遅かったし恥ずかしい思いをした。そういえば木刀女の名前聞いてなかった。たぶんもう会う事無いだろうし大丈夫でしょ

木刀女
一体何好何凜なんだ...。色々とイライラする事があったので大人複数人をボコった。速攻で倒さなかったらバチィ!やられて危なかったらしい。唐突に現れた少年にあたふたした。そういえば名前聞くの忘れてたなぁ、と考えている。

ぷんぷんお姉ちゃん
弟から人助けをしていた、と聞いたのでなら仕方がないねとすぐに態度を改めた。ゆうくんが私に嘘なんて吐かないもん。弟への信頼はとても重い。

おっさん巡査長
勇祐担当とも言える警官。呼ばれて言ったら本人が居なかったのでカンカン。倒れていた男達の懐を漁ればナイフどころかスタンガンだの警棒だのが出て来て冷や汗モノだったらしい。
今後名前が付くかは未定。


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第4話 それは2度目の戦いの話

今日はもう一本行きます。


 

 昨日は散々な目にあった。

 木刀暴力女を助けたと思ったら姉に叱られ、おっさんからは拳骨。俺はただ人助けしただけなのになんたる仕打ち。姉の方は分かってくれたがおっさんの方は仕事が仕事なのでそうはいかなかった。どうやら木刀暴力女を襲った輩共はナイフの他にスタンガンなども持っていたようだ。本当にあの女危なかったな。そこまでするって完全にアイツを攫おうとしてたよなこれ。

 流石にどういうことなのかまでは聞けなかった。俺が襲われてた子を逃したって言っちゃったからしょうがないけど。

 

 そんなこんなでボコったのは俺ということになっているので事情聴取。その頃には深夜1時である。一応中学生の身だし学校もあるのでその時間には解放された。おっさんとの付き合いも長いので俺の事をある程度信じてくれたのだろう。なら拳骨も止めて欲しかった。

 

 そんな訳で俺は非常に眠かった。

 なので授業中に寝ていたら昨日の昼に見た夢と同じような夢を見た。

 

 少し違うのは、勇者部が派手な衣装を着て、武器を持って、変な怪物3匹と戦っていた事だ。

 

「ほー、昨日の話聞いてこんな夢見てんだなぁ」

 

 この夢は夢と分かるのでそんな感想が口から出る。自分の服装も昨日の夢と変わらない。なので姉達を助けに行って戦う事も恐らく出来るのだが、夢らしく体の動きは鈍い。

 あれだ、夢の中ではなぜか走っても水の中のように遅いやつ。今の俺はそんな状態だ。これは助けに行くの無理だよなぁ。

 

「どーすっかなぁ」

 

 ぽりぽりと頭を掻いて戦況を見守る。どうやら勇者部が攻めあぐねているように見える。

 遠くからの狙撃の援護があるようだが、その狙撃を上手く生かせていない。

 矢を吐く怪物に、サソリっぽい怪物。後もう1匹...は姉貴が今倒した。

 

 やっと攻勢に回った勇者部。的確な狙撃がサソリっぽい怪物の尻尾を撃ち抜き、サソリっぽいのが四面体の...なんだあれ?変なのを吐き出したと思ったら姉貴達が倒した。

 

 最初は劣勢気味だったのにすげーなーとぼんやり思っていたら身体が動き出した。うわっ、気持ち悪っ!と思ったのは最初だけ。思考はどんどん鈍くなって身体の行動と同調し始める。

『まるで現実のように』思考と同調した身体になった頃には、『サジタリウス』を倒した姉貴達の側にまで来ていた。

 

 

 ♦︎

 

 

「あれって......」

「人...だよ、ね?」

 

 真っ先に気付いた犬吠埼姉妹が俺に気付く。うん、お前らも目的だけど違う。後の楽しみ。今はお初に御目に掛かりますってな。

 

 高所から飛び降りた俺は迷い無く、一人の勇者に近づく。犬吠埼姉妹じゃないならこの場にいるのはあとは姉貴だけだ。

 

 なんか奇妙な感じだ。何だろうなこれ。いつも姉貴に感じている感情ではない気がする。気のせいか?いや、あー。『まぁいい』。

 

 困惑する姉貴に近付いて行くと左方からの攻撃を感じ取った。左肩の盾を展開して感じ取った攻撃である東郷美森の狙撃を受け止める。

 金属が硬質な物質を勢いよく弾く甲高い音が辺り一面に広がり、一先ず盾を展開しながら姉貴の側から離れた。たぶん、俺が離れなかったら姉貴にバリアが付いている事を良い事に滅茶苦茶に撃たれていただろう。

 

「ちょっと東郷!?急に何してんのよ!」

「風先輩!そこの...白仮面は敵です!」

「早合点し過ぎよ!もし敵じゃなかったら...」

「いえ、明らかに殺意が見えました。友奈ちゃんを殺そうとしていました。だから撃ったんです」

 

 近くまで来た東郷美森が俺に対して二丁拳銃を構える。殺意なんてないのに酷い事を言う。俺はただ姉貴と、いや、待て。俺は......。

 

「えっと、貴方は、誰?」

 

 姉貴にそう問われる。

 困惑した表情からして、俺が『俺だと分かっていない』ようだ。

 不安、疑問、驚愕、焦り。

 姉貴の目は様々な感情に揺れ動いているのが分かる。

 そうか、白面を被っているから気付かないのか。そうか、そうか。

 

 なら、好都合だ。

 

 

 遠慮なく、殺せる。

 

 

 

 その感情を理解したと同時に、ブツリと視界がブラックアウトした。

 

 

 ♦︎

 

「最悪だ」

 

 目が覚める。同時に胸の奥底に残り続ける汚泥のような黒い感情を自覚して、気分が萎える。いくら夢だったとしても最悪だ。ただでさえ最近体が重いのにやってられない。『姉を殺したい』だ?ふざけんな。そんなもんやりてぇ訳ねぇだろ。

 

「最悪だ」

 

 殺したい、だけなら良かったが付随して来た感情がまた気持ち悪い。悪趣味過ぎる。

 俺にとって姉、結城友奈とは世界一の『大切』だ。

 それを汚すことは絶対にありえない。ありえないからこそ、俺自身に嫌悪感が湧いて来る。

 吐きそうになる口を押さえながらノロノロと立ち上がった俺は授業中だった教室を出て屋上へと向かう。姉に対してどんな顔をすればいいのか。いや、ただの夢だから気にしなくていいか。いいよな。うん。

 

 屋上の扉を開けると勇者部全員が揃っていた。良かった。ただそう思う。

 

「姉貴、怪我とかは?」

「うぅん!平気!大丈夫!」

「その声と顔は本当に大丈夫なやつか。良かった」

「友奈ちゃんは悪い奴から護ったから当然よ」

「そうか、ありがとうな東郷」

「うわっ勇祐ってお礼言えたんだ...」

「調子乗ってっと頭に万力しますよパイセン」

 

 勇者部と話していると気持ちが和らいでくる。お役目後で疲れてるだろうに。これは甘いモノでも用意すべきか......。

 

 てか東郷。お前のその悪い奴って俺だったりしねぇよな?いや、俺のは夢だから違うか。聞く勇気は、何故か出ないけど。

 

「んじゃ、お役目も終わったし各自解散!」

 

 パイセンの一言で俺たちは解散した。モヤっとした部分はあるけど、姉が無事で勇者部も無事ならそれでいいか。あの気持ちは、考えないようにしよう。たぶんそのうち忘れるだろ。多分、きっと。

 

 そういえばこの学校の階段には基本的に車椅子用の昇降機が付いているのだが、この屋上に上がる階段には唯一それがない。

 本来屋上は立ち入り禁止なので登る事は基本的にないからだ。

 ちなみに俺は鍵を職員室から借用(盗んだ)しているので遠慮なく使っている。

 じゃあ、東郷をどうやって階下に下ろすのかといえば......。

 

「は?姉貴が東郷背負えばいいだろ?俺が車椅子持つしさ」

「私は日替わりがいいの!」

「という事なんだよね、ゆうくん」

「意味が分からん。どういうこった」

 

 つまりは屋上に登り降りするとき、俺か姉のどちらかに背負って降りて欲しいというのだ。

 ん?なんで?俺そこまで東郷と親しかったっけ?あれ?俺結構邪険に扱ってなかった?

 

「いや駄目だろ。パイセンとかはどうなんだよ」

「先輩権限で命ずる。東郷を背負いなさい勇祐」

「パイセンてめぇ、面倒だからって押し付けたな?」

「やっぱり怖い...」

「えぇい、そこの犬吠埼妹も怖がるな。なんで俺は勇者部に振り回されてんだ」

「別に日替わりでもよくない?東郷さんが恥ずかしくないなら大丈夫だよゆうくん!」

「俺が駄目なの!」

「駄目、なの?」

 

 東郷が不安そうに聞いてくる。

 今までそういう素振り見せなかった癖になんだこいつ。夢に中のお前とは大違いだよ!俺的にはあれぐらいの方が良かった!パイセンもニヤニヤしながら見てくるし姉に至っては俺が背負う事前提で「早く行こ?」という顔をしている。

 

 いや駄目だろ。背負うとなると、その、東郷の胸が、だなぁ!当たるだろどう考えても!あのでっかいのが!俺に!

 健全な男子なら全員恥ずかしがるだろ。俺は特にだぞ。耐性ないからな。えっちな本もまともに見れんのだからな。いや待て背負わんかったらいいのでは?よくない.............いや、いい!そうしよう。

 

「東郷」

「なにかしら勇祐くん」

「後でぼた餅な。それと首に手回せ」

「えっと、こうでいいかしら」

 

 東郷の側面に近寄って左手を俺の首に回させる。

 

「ちょい揺れるからな」

「えっもしかしてこの体勢って...きゃあ!」

「ヒュー!勇祐やるぅ!」

「はわわ...」

「いいなぁ東郷さん!ゆうくん後で私も!」

「うるせぇやらんわ!」

 

 後ろで背負いたくないなら、前に持てばいい。

 そういう思考で俺は東郷の背中と膝に手を回してその場から一気に持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこの形だ。どんなもんだ、こうすれば恥ずかしい事に変わりはないが背中に柔らかいのが当たらずに済む。ふははは完璧だ。

 

「よっ、と。姉貴、車椅子展開して」

「はーい。うわっすごい。東郷さんの顔真っ赤!」

「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「だって、まさかこんな事になるなんて...破廉恥だわ.......」

「自分から頼んどいてこの言い分は酷いな」

「これ、ドレスとか着てたら様になってたと思う...」

「あっ樹が東郷にトドメ刺したわ!」

 

 階下に降りて東郷を車椅子に乗せる。

 真っ赤な顔の東郷は顔を両手で隠しながらぷるぷると震えている。なんでお前頼んだんだよ。俺も恥ずかしかったんだぞ。

 

 

 ♦︎

 

 

 放課後。家の裏庭でジャージ姿になった俺と姉貴は互いに拳を構えて対峙していた。

 これは必要なことだ。

 

「行くぜ姉貴。恨むなよ」

「いいよゆうくん。気にせず来て!」

 

 あの夢のあと、姉に対する態度に妙にシコりが残っていた。それを知ってか知らずか。姉は久しぶりに俺と立ち合いしてくれと頼んで来た。

 俺も断る必要もないので二つ返事で了承。こうして姉と拳を交えるに至ったのだ。

 

 まず手始めに姉の顔に向けて右腕を突き出す。姉もそれを軽くいなし、カウンターを打ち込んでくるが顔を避ける事で回避。

 これで一手。互いに笑い合って距離を取る。小6まではこうやって親の監督下で拳を打ち合ってたっけな。最近は事情があってやっていなかったが、姉が勇者になったというなら話は別だ。俺も軽く齧った程度の格闘技の覚えと喧嘩殺法しか得ていないが、無駄ということもあるまい。

 

「はああああ!」

 

 声を張り上げて姉貴が迫ってくる。容赦なく急所を狙う拳を最小限の動きで躱していく。

 時々こちらから手を出す事も忘れない。姉の動きは単調だが鋭い。試合であれば十分強いともいえる。だが試合に限った事なのだ。

 なのでわざとボディを守るようにして顔の防御を疎かにしてみる。するとあら不思議。顔に姉の拳が狙いすましたかのように飛んでくる。なので、あとは簡単。

 

「わひゃあ!?」

「そいっ...とぉ!」

 

 その拳を腕ごと左手で掴み、引き寄せる。同時に半身を滑らせるように横に向ければ勢いよく放たれた拳と引き寄せられた勢いで姉が前につんのめるように体勢を崩した。その勢いのまま姉の胸元を掴んで反転するように引き倒す。もちろん姉を怪我させないように左手は引いておく。

 これで一本。な、簡単だろ?

 

「んぐぐ...まさかこうなるなんて」

「残念だったな姉貴。俺の勝ちだ」

「もいっかい!もういっかい!」

「しゃーねぇな。いいぜ姉貴」

 

 これは試合ではないが練習であり鍛錬だ。殺しあう必要はどこにも無い。

 でもあの時の感情はまだ俺の心の中に燻り続けていた。

 

『この------!』

『よくも、よくも---を!』

 

 懐かしい、何処かで聞いた俺を責める声が微かに聞こえた気がした。

 

 

 ♦︎

 

 

「私よ。元気にしてた?」

 

「そう、良かった。あの子は...そう、よね」

 

「うん、流石ね。よく分かったわね。ようやく見つけたわ。最初に出て来なかったから少し焦ったけれど今日、出て来た」

 

「でも、まだ駄目。............。その気持ちは分かるわ。私も同じ気持ち。でも、まだしっかりと調べなきゃいけない」

 

「あの案、使わせてもらうわ。うん。これで確信が持てるから。えぇ、じゃあまた今度」

 

「......。信じたくない。認めたくない。この2年間が無駄であってほしい............。駄目かしら......」

 

「銀......」

 




勇祐さん
夢?現実?どちらであっても欲しくない。殺したいという感情に吐き気。でも姉と勇者部を見たら和んだ。たぶん顔は緩んでる。東郷のお姫様抱っこは凄く恥ずかしい。囃し立てたパイセンは後で叩いておいた。姉貴との立ち会いは全勝。ふはは、姉に劣る弟などいないのだ!変な記憶を思い出した。少なくとも気分の良いものではない

友奈さん
今回はやってやったぜ!という顔で戻ってきた。バーテックスなんかには負けない。ぅゎぉとぅとっょぃ。次は勝つ!また明日ね!バイタリティは弟以上。

東郷さん
友奈ちゃんはしっかり守った。番犬美森。勇祐くんも友奈ちゃん並みに好きなのでおんぶして欲しかったけど蓋を開ければお姫様抱っこ。すっごい恥ずかしい。顔は真っ赤。でもとても嬉しかったらしい。

風さん
姉弟愛にほんわか。東郷さんと勇祐くんの一幕を囃し立ててた。後でふざけた報いは受けたらしい。

樹ちゃん
勇祐がやっぱり怖い。けど案外怖くないかも?不器用なだけ?うーんよくわかんないや!だから次は話しかけて、まず呼び名を変えてもらおうと思った。

最後の謎の話し声さん
大体わかってると思うんですけど、その想像通りだと思う。話し相手も、たぶん、そういうこと。


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第5話 それは料理教室の話

プロットが仕事してないの......。

それはそうとお気に入り、評価共にありがとうございます。励みにして完結まで頑張りたいです。これからもよろしくお願いします。


「邪魔しまっす」

「邪魔するなら帰ってもいいわよー」

 

 何百年前のお笑い番組だよ。俺もなぜ知ってるのか分からんけどパイセンもなんで知ってんだ?

 

 今、俺はパイセンの家にやって来ている。理由は簡単。料理を習いに来ているだけだ。

 そもそもの話、我が家には現在俺と姉の2人しか居ない。両親は事故......で死んだ。

 一応、後見人として隣の東郷家の夫婦に面倒を見てもらっていたのだが、東郷夫婦に苦労をかけない為にも俺と姉貴は家事を学んだ。最初は酷いものだったが、パイセンの元に修行しに来るようになって今では俺の料理はパイセンと東郷夫婦と姉のお墨付きだ。ちなみに俺は洋食しか基本作らないので東郷は食べない。

 

「もう私から習う事ないんじゃないのー?」

「いやパイセンの料理、結構リスペクトするとこあるんで助かるんすよ」

「そう言われると悪い気はしないわね!私の女子力に任せなさい!」

「うっすおなしゃっす」

 

 女子力については、スルーが安定だ。男の俺からしてよく分からんし。そもそも飯を2、3人前は軽く食べる女に女子力があるとはあまり思えない。それを言ったら睨まれるので口は噤んでおく。

 

 今日のメニューはうどんだ。なぜうどんかといえばパイセンが食いたかっただけらしい。それだけの為に態々出汁から丁寧に作っている。お揚げも家で漬けてきた自家製だ。流石に麺は製麺所で買ってきたものだが、評判が良い製麺所なので美味い。茹で時間も完璧に把握済みである。黄金に輝く汁、そこを彩る白い麺、黄金色のお揚げ、そして刻みネギと天かす。最高の布陣だ。フハハハ!きつねうどんこそうどんの至高!

 

「んで、味はどうっすかパイセン」

「ズズズーッズズッ、ズーッ!」

「あぁ、美味いんすね。そのヘドバンのような首の縦振りで分かったっすから」

 

 どうやら好評のようだ。やったぜ。まぁパイセンに出汁の味を見てもらってアドバイスを貰った上でのきつねうどんだから美味いのは当然であるのだが、出汁すらまともに取れなかった頃を思えばずいぶん成長したものである。今日の晩飯はうどんだな。姉も喜ぶだろう。

 

「そういえば犬吠埼妹はどうしたんすか?見かけないっすけど」

「んー?まだ寝てるわよ」

 

 えっまだ寝てんの?もう12時だぞ。いくら今日が休みの日でもだらけ過ぎだろ。流石に呆れるわ。あの後輩そこまでだらしなかったんだな。

 

「これ食べたら起こすわ。今日は料理教室やってて起こすの忘れちゃってた」

「ていうか俺が家に来る度にいっつも部屋に篭ってたっすよね。そろそろ慣れてくれねぇかなぁ」

「まぁ大丈夫よ。その内慣れてくれるわ」

 

 んじゃあお代わりお願いねーと言ってパイセンは犬吠埼妹を起こしに行った。

 

『くぉらぁ!そろそろ起きなさい樹ぃ!』

『んぅ〜...あと5分......』

『それで起きた試しないでしょ!とっとと顔洗って起きる!ご飯もう出来てるわよ!』

 

 いやー、微笑ましい。

 扉の向こうで聞こえてくる声は俺と姉貴で当てはめられる。小6の終わり頃にあった『あの事件』以降、一切無くなってしまった一連の流れだが、当時は俺がパイセンで、姉が犬吠埼妹だった。懐かしい......が、心は酷く痛む。

 

 

『大橋の惨事』

 あの事件は、直接的な原因こそ覚えていないが『俺が引き起こした事』だとは覚えている。

 そして、俺の両親、犬吠埼姉妹の両親はそこで犠牲となった。

 

 それを知ったのは2人に出会ってすぐだ。

 偶々パイセンと出会って、勇者部に勧誘されて、俺は断って。それから噂話として聞いた。それからというもの、俺は償おうと思いながらもどうすれば良いか分からず、ただの先輩と後輩の関係が続いている。恐らく、2人も俺たちの両親が同じ事故で死んだのを悟っているのだろうが......それを聞いてくることは無かった。

 

 俺は、いったい2人にどうしたいのだろうか。両親を亡くした2人は、もう自立して過去から未来へ歩いている。

 俺の自己満足、なのだろう。何も出来ない俺自身だからこそ、こうしてこの環境に甘える事で自己の贖罪という欲求を解消しているのだろう。

 酷く、醜く、浅ましい限りだ。自己嫌悪で吐きそうだよほんと。

 

 そこまで考えて、無意識のうちに茹でていたうどんの茹で時間を図るタイマーの音で意識が戻る。素早くうどんをお湯から引き上げ、軽く湯切りして替え玉の形でパイセンの器に盛る。

 

「パイセーン、茹で上がりましたよー」

『ありがとー!すぐ行くからー!樹!布団に潜るな!着替えてる最中でしょ!』

 

 もしかして俺、邪魔だったかなぁ...なんて。そう、軽く考えて辞めた。あの夢以来、どんどんネガティブになってる気がするな。

 

「むにゃ...んんぅ〜」

 

 犬吠埼妹が眠い目を擦りながら部屋から出てきた。寝巻きから着替えたであろう部屋着もヨレている。だらしねぇなおい。ていうか俺が居ること気付いてないだろこいつ。

 

「んんっ?......誰ですか.............?」

「犬吠埼料理教室の生徒」

「そうですか......」

 

 いつもだったら怖がるのに、だらしない顔で全く俺を気にせずに洗面所へと向かう犬吠埼妹。

 俺が居る事に気付いてないどころか、俺が俺だと認識してないな?ふざけた回答したのもあるんだろうけど。

 ふらふらと洗面所に入っていく犬吠埼妹、いやほんと大丈夫か?

 

「いやぁーごめんねうちの樹が」

「邪魔してるのは自分なんで俺は大丈夫っすよ」

「そう言ってくれると助かるわ」

 

 犬吠埼妹のだらしない姿を見て恥ずかしいよりだらしないな、という感想が先に来る辺り、俺には年下趣味はないようだ。

 パイセンは用意したうどんを啜っている。犬吠埼妹の分もそろそろ茹でるべきかと思っていたら洗面所から叫び声が聞こえた。

 

「ひゃああああ!」

「どうしたの樹!?」

「ゴッ、ゴキッ...ゴゴッ......」

 

 言葉になってないぞ。一体何が...?

 洗面所から飛び出して来て洗面所方向を震える手で指差す妹くん。

「ひゃああ!来たぁああ」というこれまた情けない叫び声を上げて姉に抱きつく妹くん。それに気付いたのか姉の方もどんどん顔を青くしていく。だからなんなんだ...?

 

 手を拭いて洗面所の方を見ると床を這う奇妙な黒い物体。あの生理的に嫌なヤツである。二本の触覚を持つ、あの例の昆虫だ。成る程、やっぱ女子は苦手なんだなゴキって。俺も好きか嫌いかと言われれば当然嫌いだが。

 怯える2人を他所に俺はパイセンが大事に残しているスーパーのビニール袋を取り出す。

 が、一手遅かった。

 怯える2人に黒い昆虫がその羽根を羽ばたかせて襲い掛かっていったのだ。

 

「「わあああああああ!!??」」

 

 この距離では間に合わんなぁ。んー、トラウマ残させるのも悪いし、本気出すか。

 意識を加速。なんてことはない、集中すれば人間はバレットタイムとかクロックアップとか一刀修羅とかそんな類の超思考と超加速ぐらい出来るようになる。

 

 足に力を入れ、飛び上がる。

 

 間髪入れず、キッチンカウンターを飛び越えるように両手をつき、腕に力を込めて全身を押し出す。

 

 キッチンカウンターを飛び越え、その先にいる黒い飛翔体に狙いをつけてスーパーのビニール袋を被せた右手でそれを掴み取る。

 

 2人にぶつかりそうになる自分の体の事まで考えてなかった事に気付き、止まったような時間の感覚の中で考えを巡らせる。

 目を必死に瞑って姉妹仲良く抱き合う姿を見て、怪我させられねぇなぁとぼんやりと思考。なので姉妹の目の前で自分の体が落ちるように、まだカウンターの端に残っていた自分の足でブレーキを無理やり掛ける。いってぇ。足の爪割れそう。けどいける。後は落ちるだけ......。

 

「へゔっ!」

 

 情けない声を出しながら俺は落下。勿論、右手は離していない。もぞもぞと抵抗するように動く中身が非常に気持ち悪いが必要経費だ。握り潰されないだけマシと思え。

 

「あ、あれ......?」

 

 気付いたパイセンが恐る恐る目を開ける。

 ビビり過ぎだろ、たかだか昆虫程度に。汚いから少なくとも素手では触りたくないけどさ。

 

「獲った」

「えっ」

「獲った」

「そ、その右手......?」

「うっす」

「ひぇっ...」

 

 パイセンの顔がさらに引き攣る。妹に関しては必死に目を閉じてガタガタと震えてる。本当に怖いんだな。

 別に反応を求めてた訳じゃないんで、とっとと袋を縛ってゴミ箱に......?

 

「ちょっちょちょ、ちょっとまって!そのままゴミ箱にシュートするつもり!?」

「えっ?あぁ、中に洗剤入れて殺してからの方がいいっすか?」

「いやそういう訳じゃなくて!存在自体が!嫌なのよ!」

「どうしろと......」

「どうにかして!」

「無理難題かな?んじゃあ洗剤で殺してトイレに流すか......」

 

 そういうことになった。

 

 

 ♦︎

 

 

 パイセンはゴキブリ退治用の殺虫剤やら罠を買いに急いで出掛けていった。流石に勇者というお役目を担う存在であっても、ゴキブリには勝てなかったか。その辺は女子らしい。

 さて、家に残ったのは俺と犬吠埼妹。どうやら朝ご飯(もうお昼だが)を食べる気力はないらしい。流石に目の前に飛んで来たのを見たら食欲失せるよな。あの後腰抜かしてたし。ちなみにパイセンはうどんの残りをひと啜りで平らげてから出て行った。本当に食に関しては人外だなあの人。

 

「......」

「......」

 

 特に話す事が無いので俺は食器を洗いながら犬吠埼妹の動向を疑う。どうやら俺に話したい事でもあるのか体をもじもじとさせている。いや、というかすまんな。苦手な男と一緒に居させる事になって。恐らく気まずさもあるんだろう。

 

「あ、あの......」

「ん、なんだ?」

 

 犬吠埼妹に声を掛けられる。まだ食器洗いの最中なのでながら作業になるが応える。

 

「すいません、いつも...怖がったりして」

「あぁ、そりゃあこっちのセリフだ。誰だってこんな不良男、怖がるわな。こうやって家に上がり込んで料理習ってんのも意味わかんねーだろうし、だからすまない」

「あっ謝らないでください!その、怖いのは噂...とか色々聞いちゃってこっちが勝手に怯えて、勝手に距離を取って、勇祐さんの事を知ろうとしなかったのが悪いんですから」

 

 良い子だ。あのパイセンが溺愛するのも、よく分かる程に良い子だ。

 自分の間違いを認めて、それを正そうと前を向いて進めるだけの勇気を彼女は持ち合わせている。それがとても眩しく、同時に羨ましい。そんな犬吠埼姉妹だからこそ両親の死から立ち直り前を向けているのだろう。俺たち姉弟とは、正反対だ。

 

「その...私も怖がらないよう、頑張りますから......犬吠埼妹ではなく、名前で呼んで頂けませんか?」

「えっいいのか?」

「むしろお願いします。言うのとか大変そうですし...」

「あっ分かっちゃってた?たしかに面倒臭かったんだよな」

「えぇ...」

「そういう訳でこれからもよろしく頼む、樹」

「はい!よろしくお願いしますね!」

 

 洗い物を終えて手を拭いた俺は樹に握手を求め、樹も返してきてくれた。

 

 その後、俺がこの後にカラオケでも行って一人で練習しようと思っていたギターで樹と話が盛り上がり、一曲引いて欲しいというので十八番の曲を引いてやった。

 

 そのうちにパイセンが帰って来て「うちの樹がとられた!!」という意味の分からない濡れ衣を着せられたり、楽しい1日を過ごしたのだった。

 

 ---その胸の内に、黒い感情を燻らせながら。

 

 

 ♦︎

 

 

「ただいまー」

「おかえり姉貴。今日はうどんだぞ」

 

 夕方、家に帰った姉を俺は出迎えた。既に晩飯であるうどんと、それだけでは寂しかったのでコロッケやハムカツ、メンチカツなんかの揚げ物の盛り合わせも付けている。俺は王道のきつねうどん。姉は肉うどんだ。

 

「おーっ!うどんだー!」

「手洗えよー」

「わかってるよーゆうくん。それにしてもお母さんみたいだね...ってアレ?お母さんって......」

 

 ---不味い。

 

「ッ......。つまり俺の事が東郷みたいって、言いたいんだろ?」

 

 必死に、拙い誤魔化し方だが言葉には出来た。

 冷や汗が止まらない。

 

「あー、うん。そうかな?」

「そうだろ?」

「そうかも!」

 

 なんとかなった。

 じゃあ手を洗ってくるね、と言い洗面所に向かう姉を見送り、溜め込んでいた息を吐き出す。姉にとって、親の話題は厳禁だ。

 思い出せば、姉の精神は崩壊して、姉はまた姉では無くなる。もうあんな姿は見たくない。

 

「話さないといけない。パイセンの事も、姉貴の事も。でも......」

 

 大事なものが壊れると知っていて、破壊する為のスイッチを喜んで押す人間はいない。

 だから俺は話せない。

 そんな俺の苦悩は姉が手洗いから戻ってくるまで続いた。

 

 

 ♦︎

 

 

「おぇっ...うおぇっ......おえぇぇ.........」

 

 少女は、その顔を苦痛に歪ませながら、洗面所で胃の中を空にさせる勢いで中身を吐き出していた。

 

「はぁ......!はぁ......!」

 

 記憶が混濁する。頭痛が激しい。鼓動も止まらない。なにかを考えても、雁字搦めになった思考が全てを拒否して嘔吐感を増させた。

 ただ、「思い出したら自分が壊れそう」だという事だけが分かる。

 

 少女は目の前の鑑を見た。

 酷く歪んだ顔。シワが寄っている眉間。少なくとも彼女の弟の前に出せる顔ではない。

 口元には吐瀉物の一部が張り付き、流してもいない洗面台からは異臭が漂っている。この異臭が、今この瞬間を現実だと再確認させていた。

 

「情け、ないなぁ......私」

 

 ぽつりと呟きながら蛇口を捻り水を出す。記憶と思考を洗い流すかのように吐瀉物ごと排水溝へ流れていく水。

 顔も洗い、タオルで顔を拭った時には歪んだ顔もだいぶマシになっていた。

 

 記憶は戻らない。

 生まれてからの記憶の一部に、齟齬がある事を少女は知っていた。

 それが悪い事ではない事も知っている。弟が私を助ける為に記憶を消してくれた、と少女は気付いていた。

 結局、それを弟に聞くことは無かった。

 つい先程でさえ、弟は顔を悲壮に歪めて誤魔化そうとしていたのを少女は知っている。

 だから聞けなかった。弟が私の為にしてくれたんだ、と。私が思い出せば、酷い結末が待っている筈だ、と。そう姉である少女は理解出来たから。

 

「ゆうくん、私...頑張るから」

 

 姉、結城友奈は皆の為、そしてたった一人の家族の為、自分と同じ時間に生まれた半身の弟である結城勇祐の為に、勇者になった。彼が生きる日常を守れ、と。心が、失くしたはずの記憶がそう言っている気がしたから。

 もちろん、勇祐が居なくとも友奈は勇者になったであろう。友奈は一人で抱える性質だが、諦めない強い心を持っていた。

 

 最近の勇祐の顔が暗い事も、友奈は知っている。

 何か隠し事がある事も知っている。

 バーテックスとの戦いで出て来たあの白い仮面を被った存在が勇祐に近い存在、いや勇祐本人である事も、勇者部の女子会と称した作戦会議で話すうちに友奈だけが気付いた。

 いつか話してくれる。友奈はそう確信していた。だから他の誰かに話していない。

 

 結城友奈は勇者である。

 だから、悩み苦しむ双子の弟を救う事だって出来るはずだと確信している。

 

「私は、勇者だから。だから待っていてね、ゆうくん」

 

 記憶が消えても、姉として弟を守る。その想いだけは消えない。

 




結城勇祐
色々とやらかした過去。罪悪感で押しつぶされそうだけど日々をなんとか生きている。

結城友奈
弟の悩みはお見通し。お姉ちゃんは強いんだから。更に覚悟を決める。超ワルな弟の為にがんばるぞい!

犬吠埼パイセン
もう私が教えるこたぁ何もねぇ!だからうどん作って!勇祐が作るうどん美味しいから!でも樹はまだ嫁には出さねーぞコラァ!喰らえ!錐揉み回転キック!!

犬吠埼後輩
やっと仲良くなれた。良かったね。それはそうとギター弾いてもらってる時に無意識だが鼻歌を歌っていた。勇祐曰く「可愛い」らしい。


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第6話 それはもう1人の勇者の話

地獄の釜「やっほ^^」
既に友奈ちゃんが吐いたりしていますがここからが一応本番です。タイトル通り夏凜ちゃんがようやくお目見え。

そして感想と誤字報告、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。



あれから一月。そう、あの夢から一月も経った。

あれからというもの、夢は見ていないし姉達の出番はなかった。

良い事だ。平和はいい。何も考えなくていい。あの夢の事も、少しずつ蘇ってくる消したはずの過去の記憶の事も。向き合うべきなのだろうが、踏ん切りはつかない。

 

でも最近東郷の目がおかしい。あのお姫様抱っこ以来、よく俺を見てくる。やめて欲しいんだけどそれだけなので言うに言えず、結局知らんぷりの日々。もう一度して、と言われずに済むだけマシか。あとはパイセンによく勇者部に呼ばれるようになった。東郷のぼた餅も食べられるので構わないのだが、入部届も書いていないのに入り浸るのもよくない気がする。あとどんどん勇者部に染まってきた気がする。なんだこの外堀を埋められているような感覚。

 

「というわけでその辺きっちりするべきだと思うからこれからは勇者部に来ないからな」

「えっ今更...?これだけ入り浸っといて......?」

 

勇者部の部室に来ての開口一番の俺の発言はパイセンに正論を吐かれた。

うん、これだけ入り浸っといて今更なのは当然だ。なし崩しにボランティアとかに参加させられたりしたけど、あれだって姉が言わなきゃやってないからな。やりたかねぇんだよ。恥ずかしいし。

 

「勇祐さん、もう来ないんですか?」

 

最近仲良くなった樹にもそう言われる。いやそうは言うがな、入部届出してないし...。

 

「入部届を出せばいいのでは」

 

その手があったか東郷...いやいやそうじゃねぇ。嫌だからな、勇者部。俺には合わんからな。むしろ俺、勇者ですらないからな。おいやめろ東郷、俺にぼた餅を近づけるな、やめろ。ぼた餅で俺を釣ろうとするな。

 

「ふっふっふー。ゆうくんも東郷さんのぼた餅には逆らえないのだ。大人しくお縄につけーっ!」

 

「ええい離せ姉貴!俺にぼた餅を近付け...やめろ!ちょ、パイセンも参加すんな!やめろ!おい!やめっ............むぐーーっ!」

 

俺はその場からの逃走を図ったが姉に回り込まれて肩を捕まれ、東郷のぼた餅には勝てなかった。最近、外堀が埋められていっている気がする。何故だ。勇者部がたまに女子会と称して何やら話し込んでいるのも気になる。何を話しているか気にはなるが墓穴を掘る気がするので止めている。俺は命知らずではない。

 

それよりも俺が勇者部に入部しない理由はただ一つ。「恥ずかしいから」だ。女4人に男1人?冗談もほどほどにしてくれ。これでも俺は思春期だぞ。

 

「というか勇者部って勇者の適性があるのを集める為に作った部活なんじゃねぇんすか?」

「確かに最初はそうだったわ。けどお役目に選ばれた今、とっくにそんな事関係なくなったでしょ?選ばれた以上、逃げられないんだから。それに、勇者部の活動はぶっちゃボランティアなんだし、男手の一つでもあったら助かるから入部してくれたら嬉しいのよねぇ」

 

結局はコキ使いたいから俺を入部させたいってだけかよ。余計に入部する気が無くなったぞ。おい、東郷。視界の端でぼた餅をチラつかせるな。やめろ。おい。天丼はつまらんぞ。

 

「それに......いや、なんでもない。とにかく、勇祐の力が割と必要なのよ」

 

依頼の幅も広がるし。と続けるパイセン。おう、取り敢えず前半の言い淀んだのは今は置いておこうか。それなら俺でなくとも他の連中でいいだろ、俺である必要がない。

 

「というか俺の意思を尊重して欲しいんだがな。俺が勇者なら入部理由もわかるが、勇者でないし乗り気じゃない男一人入れるぐらいなら乗り気で誠実な奴を見繕えばいいだろうが」

「だってゆうくんと一緒にやった方が私楽しいもん!」

「やっぱり私達と一番親しいのは勇祐君ですから」

「私も、勇祐さんとせっかく仲良くなれたので......」

「ほら!皆こう言ってるんだし!」

「そうやってにじり寄るから余計に反抗心が生まれるんだぞ。散れ散れ!」

「というか、逆にゆうくんが入りたくない理由を知りたいな、って思うんだけど......」

「言ってんだろ!恥ずかしいって!」

「私は恥ずかしくないよ!」

「俺が恥ずかしいの!」

「なんで?」

「ぐっ...」

 

この場合の姉の言う「なんで?」は確実に俺の心を読みに来ている時の口調だ。俺が恥ずかしい、と言うのはただの口実。いや割と本気なのだが、その奥に別の理由があるだろうということを疑ってきているのだ。恐らく、夢を見る前の俺であれば、姉もここで食い下がっただろうが、それをしない。他の面子もそうだ。確実に俺を探ろうとしている。『俺が勇者部に負い目を感じている』というその点を、恐らく勘付き始めている。

 

厄介だ。非常に、厄介だ。

恐らく、いやほぼ確実に『俺が悩んでいるから力になりたい』と思っているのだろう。

嫌になる。助けを求めたところで、こんな事をどうやって助けてくれると言うんだ。

夢の中で姉を殺したいと思った?パイセンや樹、東郷を邪魔だと、暴力を振るおうとした?そんな夢の話でぐちぐちと悩んでいる事すら恥ずかしいのに、こんな事を口に出せるものかよ。クソ、なんでこうもイラつくんだ。

 

「俺にだって触れられたくない時とか部分だってあるんだよ。んじゃな」

 

「あっ、待ってゆうくん!」

 

姉の制止の声を聞かずに俺は部室から逃げるように出て行く。まるで負け犬だ。どうやら姉達は俺が勇者部に対してどこか一線を引いているのを察していたのだろう。勇者部に入ってしまえば、俺が悩みを吐き出さざるを得なくなると知っているんだろう。

 

「それが出来れば苦労しねぇよな」

 

溜息をつきながら流れるように校舎の外、そして外柵を軽く乗り越えて外に出るいつものコース。

昼休みだと言うのに学校から外に出て来た俺は近場の公園のベンチに座り、一息つく。

少し頭を冷やしてから戻ろう。

そう思いながら目を閉じて、妙な浮遊感を味わった。

たった数秒。それだけの時間の後、違和感を感じて目を開ければ、そこは------

 

「クソッタレ......」

 

 

 

あの夢の世界だ。

 

 

 

 

♦︎

 

 

あぁ、クソ。分かっていたさ。この1ヶ月が平和だったから悪い頭で色々と考えたさ。考えればすぐ分かる事だ。だが俺はそこに気付くまでに1ヶ月掛かり、やっと「そうかもしれない」と思いついたのは公園に着いた時だ。いや、言い訳は止そう。とっくにその答えを気付いて、俺はその答えが正しいと考えたくなかっただけの話。そこに正答を見せるかのように夢の世界だと思っていた場所に連れて来られれば否が応でも認めざるを得ないんだ。

 

「夢、じゃない。これは現実だ」

 

答えを自分に言い聞かせるように呟く。

この黒い空と色取り取りの木の根っこに覆われた世界は、正しく姉達勇者部がお役目を果たす為の神樹が作った結界の世界なんだろう。

 

「1ヶ月、俺は記憶を追った。なぜ大橋の惨事が引き起こされて、そこに俺が関わっているという記憶があるのか」

 

中途半端に過ぎる記憶。ただの子供が引き起こせる筈のない大惨事。その鍵は俺の、この世界での姿。姉達とは違う衣装。溢れ出そうになる力。そして姉達に対する殺戮衝動。

間違いなく勇者に値するだけの力が俺にはある。そこから弾き出される答え。考えたくは無いが、そういうことだろう。『俺がこの力を持って惨事を引き起こした』。ヘドが出る。今すぐにでも自殺したい気分だ。

 

「俺は勇者じゃない。勇者なら、お役目に呼ばれている筈だ。ならこの力の源、この衝動、間違いなく......」

 

天を睨む。現実世界とは違う、黒く暗い空。恐らくその先で見ているであろう存在。神樹ではなく、その世界の敵とされている存在。勇者達の敵。

 

「天の神......ッ!」

 

歯軋りするように睨みつけ、手に力を込めて握りしめた。

ふざけんなよ。俺は、俺の意思で動く。テメェなんぞの指図は受けない。

 

 

 

............。あれ、俺はなんで天の神なんて存在を知っているんだ......?

俺は......、あー。そうか。そうか。ほーーん。

 

「クソッタレ!」

 

白い仮面を引きちぎるように顔から外して地面に叩きつける。クソ、おかしいと思った!『思考や記憶からして誘導があったって事』かよ!

これじゃあ尚更姉達に会えないじゃないか。いやどの道、身体が勝手に動くだろうから俺がここでテコのように動かなくなっても無駄って事か。クソ、悪態しか出てこねぇ。どうすっか......。

待てよ?どうするもねぇじゃん。バーテックスってのは勇者を殺すんだろ?なら姉も殺すって事だ。なら......。

 

「姉貴を殺すのは、俺だ。誰にも邪魔させねぇ」

 

つまり後の事は後で考える作戦。我ながらアホだな。姉を殺すのは俺しかいないんだから他の奴には渡さん。だから殺そうとしてるヤツらを俺がぶっ殺す。ついでに「まだお前を殺すべき時じゃない」とかいう謎のムーブもする!うん、姉も守れるし俺の衝動にも従える!万事解決!俺、もしかして天才じゃね?

投げつけた白仮面を拾って被り直し、気合いを入れる。

 

「んじゃあ、行くか。天に歯向かうたった一人の戦いの始まりだ」

 

神に反逆するって、なんか男の子だもんな。

 

 

♦︎

 

 

「みーつけ...たぁ!からの速攻バンカアァアア!!」

 

真っ先に目をつけたバーテックスとかいうバケモノに右手に付けたパイルバンカーを叩き込んだ。激しい衝撃が右腕を襲うが男の意地で反動を抑えつける。貫かれたバケモノはその一撃を受けて地面に倒れていきながら霧散した。弱いな。こんなもんなのか?いや、違うな。あいつ割とダメージを受けてたっぽい。周りに姉達は居ないから......誰だ?

 

「なぁ......!!?アンタ!」

 

一月ほど前に聞いたことのある声が聞こえてきた。いやいや待て待て。名前を聞き忘れた木刀暴力女、なんでこの世界にいるんだお前。

俺の目の前には赤い装束に身を包んだ勇者ツインテールがよく似合う少女、あの木刀暴力女が突っ立っていた。どうやらコイツがあのバケモノを倒そうとしていた瞬間らしい。道理で動きが無かったわけだ。

 

「その白い仮面......あんたが例の白面か!」

 

おっとその仇名は初めてだな。勇者部でないこの女がここに居てバケモノと戦ってたのはつまり大赦が援軍でも寄越したか?へぇ......。

 

「だとすれば?」

「喋った......!?まぁどうでもいいわ!完成型勇者の実力、見せてあげる!」

 

完成型勇者だと。笑えるな。中二病でも引っさげてきたか?どうでもいいか。俺に向かうなら対処は決まってる。殴るのみ、だ。お前にはちょーっち恨みがあるし。拳骨一発分ぐらいは返させてもらおう。

 

「はぁ!」

 

木刀暴力勇者が俺に突っ込んで両の手に持った刀を振るう。動き方は暴れてたあの時と同じだな。成る程、対人相手の剣技じゃないって訳か。身体を後ろに下げながら両腕で刀をいなしていく。籠手があって良かった。素手だと刀相手は流石に厳しい。

 

「こん...のぉ!」

 

上段斬りからの下段。上段は刀を弾き飛ばし、下段斬りはバク転の要領で避けながら木刀暴力勇者の顎に蹴りをぶち込む。

 

「ぐぁっ!?」

 

こんなもんか?完成型勇者ってのは?これなら1ヶ月俺と組手した姉の方がよっぽど強い。

地面から浮き上がる程のダメージを受けた木刀暴力勇者に態勢を戻した俺は飛び上がるように足に力を込めて腰から力を込めた渾身の正拳突き擬きを食らわせてやる。

 

が、その拳は見えない壁のようなモノに阻まれて届かない。代わりに木刀暴力勇者は吹き飛んでいく。

あー、知識が降りてきた。気持ち悪いな。死ねよ天の神。勇者バリアだかなんだか知らんが決定打は素手では入れられねーんだろ?見りゃあ分かるわ。五月蝿いから外野は黙ってろボケ。

どうやら右手のパイルバンカーを使えって事らしい。たぶん、勘だけどこれはバリアを貫く気がする。ほー、つまりあいつを殺せ、と。

 

---嫌だね。誰が従うかよ。

 

そこに2体目のバケモノがやってくる。なんなんだ。勇者達を殺す気か?面倒だな。死ね。

 

 

♦︎

 

 

 

「......どういうこと?」

「わかんないよぉ......」

「白め......白仮面が、バーテックスを倒している?」

「......」

 

おっと、勇者部の到着か。ずいぶん遅かったな............。これで5体目だ。死んどけや。

パイルバンカーが唸り、5体目のバケモノを貫く。

あれ、死んでねぇな。まぁいいや。こいつ死んだらこの世界終わるだろうし、姉達に挨拶とかしとくか。

 

「先手必勝!」

 

うおぁ!?東郷が有無を言わさず撃って来やがった!あぶねぇなあいつ!!

 

「東郷さん!?」

「避けたか!しかし危険分子はここで断つ!二二六事件は引き起こさせない!」

「意味わかんないよ東郷さん!?」

 

誰が青年将校だ。東郷の滅茶苦茶な乱射を避けていてだいぶ意識がハッキリしてきた。俺、だいぶ思考誘導されてたな。ただの危険な野郎じゃねぇか。挨拶とか言いながら姉達に殴りかかろうとしてたぞ。危ねぇ......。

 

「貴様あああああ!」

 

うわっ木刀暴力勇者も来やがった!?流石に避けられん!

 

「くっ!」

 

左肩の盾を展開。盾で東郷の弾を防ぎながら刀をパイルバンカーで打ち砕く。

 

「なっ!?」

「遅せぇ!」

 

完成型勇者さんの胸元を掴んで東郷の方にぶん投げる。流石に味方の勇者っぽいのは撃てないのか、射撃が止まる。ここまでは予想通り。

 

「樹ちゃん!!」

「えっ!?あっ、はい!」

 

樹の武器、糸っぽいのが俺に絡みつく。くそ、射撃で足止めして忍ばせた糸で俺を拘束するつもりか。すまねぇ樹。ちょっと乱暴するぞ。

 

「って...きゃあああ!」

「樹!?」

 

俺の搦め捕ったはずの糸を両手で掴んで本体である樹を引っ張って投げ飛ばす。それをパイセンがナイスキャッチ。姉妹の良いコンビネーションを見せてもらった。

 

「白面!」

 

東郷が叫び、狙撃の一発が俺を襲う。立ち直り早いな。その一発を手甲で弾くと嫌な音がする。液体が飛び散るような音だ。液体?なんだこれ、ペイント弾か?

 

「このぉぉ!」

「しつこいな!」

 

木刀暴力勇者が手に持った刀をこちらに投げつけ突進してきた。中々に根性がある。けどな......頭に血が上ってんのが丸わかりなんだよデコ助野郎ッ!

刀の間をすり抜けるように避けつつ、バンカーをパージして地面に捨てる。こいつは対勇者では威力が高すぎて危険過ぎる。万が一でも怪我させたら目も当てられない!

 

「はぁああああ!」

 

籠手で刀を防ぐ。籠手からミシリ...と軋む音がする。どうか砕けないでくれよ...!

そのまま剣戟が始まり、俺はリーチの差から防戦に追い込まれる。上段、中段、下段。逆袈裟、袈裟、唐竹。多彩な太刀筋で斬り込んで来る様は正にあの夜と同じ......いや、それ以上のものだ。殺意と怒りが込められている事がよく分かる。その想いは俺じゃなくてバケモノ共に向けて欲しい。

 

------今は俺もバケモノのうちの1人か。

 

 

だからといって負ける気は更々ないがな。

勇者バリアって言ったか?確かに致命傷は避けられるんだろう。だけど衝撃は逃がせないと見た。天の神に不本意ながら、大変、非常に、不本意ながら与えられたこの力があれば、行動不能まで持ち込める。

 

「駄目!逃げて!」

 

姉の叫びにも聞こえる悲鳴が耳に届いた。恐らく、気付いたのだろう。当の本人である目の前の木刀暴力勇者に退避を促しているが、全く聴こえていないようで、剣戟を続けようと両手の刀で斜め十時に斬り裂こうとしてくる。

俺はそれを待っていた。わざと態勢を崩すように足を開いた状態で足を広げたんだ。避けることは難しい。両手で刀を防ぐ以外の選択肢が削られているんだからな。

そして今からやる行為は、今までお前にはみせてないもんな。そりゃあ対策のしようがない。

 

思考を加速。筋肉のリミッターを解除。

犬吠埼家で黒い物体を右手で掴んだ時と同じ力。特に名前を付けていないが、そうだな。『流星』なんかどうだろう。うん、俺の心をくすぐるカッコいい名前だ。完璧。

 

------じゃあ、本気だ。

 

地面、いや木の根か。それを軽く凹ませるほどに脚に力を込める。所謂、震脚......だったか。狙うは目の前の赤装束の勇者の腹。両の手を頭の上から振り被っている為に無防備な腹を、思い切り殴りつける。

が、バリアに弾かれる。大凡100分の1秒の間での加速状態で弾くとかやっぱ神の力ってすげぇな。だが、『殺されない程度の衝撃』は防げんのだろ?だから『バリアの中に衝撃を通してやればいい』。

 

殴り込み、衝撃波を与えると同時に『流星』終了。

唐突に吹き飛んでいく木刀暴力勇者。というかこれやると疲れるんだよな。身体の力を抜いて溜息を一つ。

 

「勇者ぁぁぁああ!」

「やべっ...!?」

 

流星終了直後の一瞬の油断。そこに飛びながら右拳を振り被る姉が俺に飛び掛かってきた。

駄目だ、そんな眼をする姉は見たくない。

そんな悲しい顔をしないでくれ。あぁ、クソ。

 

「パアアアンチ!」

 

頃合いだな......。今回はここで終いだ。

姉に殴られる直前、俺は意識を強制的に閉じる。世界がブラックアウトして、妙な浮遊感が俺の身体を支配した。

そして眼が覚めると、あの世界に行く前に居た公園。

 

「あーーーやらかしたーーー」

 

顔を両手で覆い、天を仰ぐ。何一つ上手くいってねぇ......。何が『まだお前を殺すべき時ではないムーブ』だよ。ボコられる直前に逃げて余計に三下ムーブしただけじゃねぇか。情けねぇ。

しかし木刀暴力女、完成型勇者とか言っといてクッソ弱かったな。いや、アレは対人戦に慣れてないだけか。それにしてもどっかで似たような装束見た気がする。どこだっけ?まぁいいか。

遠くから午後の始業チャイムの音がする。うん、今日はサボろう。ゲーセンでも行くか。




白面とか白仮面とかの人
かっこいいところなし。現実でも樹海でも負け犬のように逃げ出す。わんわんお。でも戦闘面は魔王の四天王ムーブ。木刀暴力女を蹴ってぶん殴って投げ飛ばし、樹ちゃんを投げ飛ばす。字面としては最低である。

勇者パンチさん
突然バーテックスが爆発して唖然。見たら推定ゆうくんがそこに居た。嫌な雰囲気を持っていて困惑。殴って止めようと思ったらまた突然消えた。消化不良。

逆賊絶対殺すウーマン
出たな白面!国防のためにピストルカラテ(銃弾の雨)を食らえ!でも避けられ防がれてペイント弾しか当たらない。

投げ飛ばされた子
東郷の声に咄嗟に反応。1月ぶりの戦闘だけどなんとか頑張れると思ったら投げられた。可哀想。ちょっと男子ー。樹ちゃんに酷いことしないでよー。

ナイスキャッチした人
どうするか迷ってたら妹が投げられたのでスライディングキャッチ。姉妹共々無事。ところであの味方っぽい赤い人誰?

完成型勇者(笑)さん
決して弱いわけじゃ無いけど駄目だった。対人戦は本来強い。今回は良いとこなし。可哀想。


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第7話 それは完成型勇者と疑いの話

話のストックがなくなってきました......もう2、3話上げたら毎日更新は止めるかもしれません


 放課後、ゲーセンで時間を潰した後はそのまま家に帰る予定だったが先生に電話で呼び出され、職員室で説教を食らった。最近はサボらないようになってきたと思ったらどういう事だ、とかなんとか言われたけど全部右から左へ受け流した。俺の聞く態度がなってないから親に相談するとか口から溢して勝手に青ざめたりして俺は解放された。気にしちゃいないんだが早く解放されるならなんでもいい。取り敢えず親の話は姉にはしないでくれと念は押しておいた。

 でも素直に行く俺も俺だな。まぁどの道明日も登校するんだから同じことか。

 

 で、俺は今勇者部の部室にいる。来る気はなかったが姉に職員室で出待ちされていてお説教&お昼の謝罪を受けた後に部室に連行されたのだ。決してぼた餅に誘われたわけじゃない。姉に逆らえる弟はいないんだ。

 

 

 

 ......ほんとだぞ?

 

 

 

 口がモゴモゴ動いてるのは気にしないでくれタマえ。だからタマってなんだ。

 

 

 

 

「ごめんねゆうくん。私達言い過ぎちゃったみたいで......」

「ほれほそふぉめんな。おふぉなふぇないほとしふぉ」

「ぼた餅食べながら喋らないでよ。汚いし何言ってるか分からないわよ......」

「『俺こそごめんな。大人気ないことした』って言ってるよ?」

「なんで友奈は分かるのよ......」

「お姉ちゃんだから!」

「おほぉうふぉはからな」

「『弟だからな』って言ってるよ」

「だから飲み込めつってんの!」

「......なんでアンタが勇者部に居るわけ?」

 

 

 おっ、そこに居るのは木刀暴力女さん。木刀暴力女さんじゃないか。お前こそなんでここに居るんだ?

 

 

「この結城友奈の弟だから?」

「私の双子の弟だから!」

 

 

 たぶんそういうことを聞きたいんじゃないんだろうな、と思いながらぼた餅を飲み込んで答える。東郷、ご馳走さまでした。

 

 

「双子の弟であったとしてもアンタ勇者じゃないでしょ?」

「そうだけど」

「なら邪魔。どっか行きなさい」

「なんで?」

「邪魔だから!」

「そんなんだから木刀振り回して大の男相手に...」

「ちょーっとこっち来なさい!」

 

 

 首根っこを掴まれて一旦部室の外に出される俺。力強いなコイツ。木刀暴力ゴリラに改名させるか?

 

 

「というかお前この学校の生徒だったの?」

「昨日付けで転校してきたの!しかもなんであの時のアンタがここに......!」

「説明したじゃん」

「部外者は邪魔なの!」

「強情だな。そこまで言われると入部届出したくなってきたぞ」

「アンタねぇ......!」

「あっ、そうか。俺が巻き込まれるかもって心配してんのか。大丈夫だって俺はただの一般人......おっ?」

 

 

 木刀暴力ゴリラに胸ぐらを掴まれる。なんだ?俺なんかしたか?

 

 

「あん時の事を誰にも話されたくないから言ってんのよ......!」

 

 

 おっと、そういう事か。だったらあんな暴力事案起こさなきゃよかったのに。よく分からんなこいつ。

 

 

「話されると恥ずかしいってか。笑えるなそりゃあ。傑作だわ」

 

 

 はははは、と笑っていると夏凜の顔がどんどん赤くなっていく。

 

 

「じゃあ、アンタがした事も話していいって訳ね?」

 

 

 あっ墓穴。俺の顔から血の気が引いていくのが分かる。いや、でも、あれごめんなさいしたじゃん!?許してくれないの!?

 

 

「いやいやいや。ちょっと待て。アレはあの場で解決した話で...」

「私は一言も許したとは言ってないけど」

「許せよ!そこは!」

「誰が許すかこのクソ変態野郎!今すぐにあの時の決着つけてやろうか!」

 

 

 ヒートアップしていく俺と夏凜の会話を止めたのは、通りがかった先生だった。うるさい!と一喝された俺たちは「すいませんでした!」と謝ってすごすごと部室に戻る。

 

 

「へぇ、にぼっしーと勇祐って知り合いだった訳ねぇ」

「にぼっしー言うな!」

「色々あったんだよ......」

「色々......色々ねぇ。ゆうくん、どういう事か家に帰ったらじっくり話してもらえるかなぁ?」

 

 

 姉貴!笑ってるけど目が笑ってない!濁ってる!濁ってるぞ!!クッソ、なんでこうも今日は墓穴掘るんだよ!?

 

 

「ていうか俺まだ聞いてないんだけど、このぼくと...いやそんなに睨むなよ。こいつがなんでこの勇者部に居るんだ?」

 

 

 まぁ大体、というか理由は分かっている。あの世界でボコボコにしたのこいつだもん。

 

 

「私の名前は三好夏凜!完成型勇者よ!私が来たからには勇者部は私の指示に従ってもらうわ」

「あっそ。俺勇者部じゃないからお前の指示は聞かねーわ」

「じゃあ部室から出て行きなさいよ!」

「とのことですが、どうなんすかパイセン?」

「居てもいいに決まってるじゃない。むしろ入部届書きなさいよ。三好だって書いたんだし」

 

 

 書いたのか。おい、目逸らすなよ三好夏凜。お前絶対何かに釣られたか騙されたかで書いただろ。

 

 

「私のぼた餅には誰にも逆らえない...敗北が知りたいわ......」

「うっわぼた餅で釣られてやんの」

「ゆうくんもじゃない?」

 

 

 本日三度目の墓穴。えぇい、笑うな三好夏凜。シバくぞ。俺はまだ入部届書いてな......やめろ東郷、笑いながらぼた餅を近づけるな!やめろ!あっ......。

 

 

 

 

 もち......うま............。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 何度目かのぼた餅ネタを披露したところで話を進める。要は三好夏凜は大赦から派遣されてきた5人目の勇者であり、これからは自分が仕切る、と気合いを入れて(駄々を捏ねて)いるようだ。ぼた餅で釣られた癖に生意気だな。

 そこに部外者たる俺が以前の痴態を知っていたもんだから大騒動になったというわけで。

 あの暴力事案に関しては、俺も知られたくない部分があるから後で今後一切蒸し返さない事を条件に協定を結んだりした。

 

 

「でも、そういえばあの白い仮面を被った人は本当になんなんでしょうか......」

 

 

 樹がふと、そんな事を口にする。俺の事なのでドキリとするが平常心を保つびぃくーる...びぃくーる......。少なくとも姉はすぐに俺の心を見抜くのでせめて表情を出さないようにしないと疑われてからの姉弟特有の読心コンボで俺が死ぬ。

 

 

「三好?アンタは何か大赦から聞いてないわけ?」

「私も、というか大赦も敵か味方か図りかねてるってぐらいしか情報は持ってない。大赦の識別名称は白面。バーテックスを封印の儀なしに一撃で仕留める程の攻撃力を持ち、勇者にも襲いかかる。人なのか、それともバーテックスなのか、それすら不明。分かるのは神樹様の力を授かった勇者ではない......ということぐらいね」

 

 

 わお、俺白面とか名付けされてんのね。そういえば顔合わせたときに言ってたっけ。

 というか俺、まだ襲いかかるのは未遂なんだけど。そも1回目はやる前に逃げたし、2回目はそれこそ三好夏凜が先に攻撃してきたからだ。本来はもう少し悪役ロールプレイをする予定だったんだけどな。

 今思えば、1回目に比べてだいぶ思考誘導......はあったけど、操られている感覚はあんまりなかったのは救いか。意識していれば逃れられるって事か?そうとしても油断は禁物だ。

 また姉を殺そうとしてしまうのは勘弁願いたい。

 

 

「大変だなぁ......」

「そりゃあ、部外者のアンタからすればそうでしょうね。ま、安心なさいな。アンタの姉も含めて私が守ってやるわよ」

 

 

 いや不安だなぁおい。あれだけ俺にボコられといてそんな事言えるのかお前。

 

 

「でも夏凜ちゃん、あのしろ...はくめん?にボコボコにされてたよね?」

「ちょっと!折角こいつ知らないのに言わないでよ!」

 

 

 知ってるけど。

 

 

「私の事、チンチクリンとか言ってたの、気にしてないけどあの時鼻血出てたよ!」

「えっ嘘!?合流する前に拭いたはずなのに!」

「嘘だよ?」

「あんたねぇ!」

 

 

 その顔は気にしている顔だぞ姉。

 流石に笑うわこんなの。なんで白面の話からコント始まってんだよ。

 

 

「あんたも笑うなぁ!」

「無茶言うなよこんなの笑うだろうが。あまり強い言葉を使ってたら弱く見えるぞ」

「まぁまぁ、落ち着いてください。話の要点がズレてますよ」

 

 

 そうだよ。流石は東郷、話を戻してくれたな。取り敢えず白々しく話でも振っとくか。

 

 

「その白面って奴は強いのか?大赦から派遣されてきた完成型勇者とか名乗ってる奴がそう易々とやられるとは思えないんだが」

「強かったわ、それも、『非常に』という言葉付きよ。私の射撃が見事に避けられたもの」

「私もです。捕縛したと思ったら投げられて...」

「私もだよー。殴ろうとしたら突然消えちゃってビックリ!」

 

 

 こういう形で俺の行動を聞くとやはり現実だったんだな、と再認識させられるな。ナイフを首元に突き付けられてるようで本当に嫌なんだが、どうして俺はこんな事になってるんだろうな。ちょっと気になるけど考えるのは今は止めとくか。ここで碌でもない事を考えたら姉に察知されそうで怖い。

 

 

「で、完成型勇者さんはボコボコにされたと」

「うっさいわね。次は逆にボコボコにしてやるんだから!」

 

 

 あっそ。絶対お前には負けてやんねーわ。

 変な闘争心を燃やしながら姉達の会話に耳を傾ける。次に白面に会った時の対処法を話し合っているようだ。こういう話題には混ざれないから少しだけ疎外感がある。でも一緒に戦う事は出来ずとも、手助けする事は出来るだろうしな。焦る必要はないか。

 

 

 ふと、東郷が視線を俺に向けて来た。複雑そうな顔だが何かあったか?

 

 

「どうした東郷?」

「うぅん、なんでもないんだけれど、服、ちょっと汚れてないかしら?」

 

 

 服?まさかあの時東郷に撃たれたペイント弾か?そう思って右袖を見るが何も汚れてはいない。じゃあ別のとこか、と見える範囲で探ってはみても何処も汚れていなかった。

 

 

「どこも汚れてねぇぞ?」

「ご、ごめんなさい。汚れてるように見えたから」

「そんな動揺すんなって。怒ってるわけじゃないからさ」

「そ、そう...よね。ごめんなさい勇祐くん」

 

 

 なーんか様子がおかしいな東郷。姉もどこか感じが暗い。いつもなら能天気に天然ボケをかましたり東郷とわちゃわちゃする筈なのにどこか引け気味だ。

 

 

「.......。あっ、もうこんな時間か。んじゃあ俺はそろそろ帰るわ」

「んー?なんか用事あるの?ちょっと手伝って欲しいことがあったんだけど」

「洗濯物取り込み忘れててな。今週末は雨の予報だろ?だから晴れの予報だった今日に布団も干したんだよ」

 

 

 ならしょうがないわねー、とパイセンが仕方なしに言う。姉も姉で「そうだ!忘れてた!」と思い出したようだ。部員でもないのだからパイセンの許可を得なくてもいいのだが、この雰囲気から帰ろうとするなら一言ぐらい言った方がいい。

 

 

「あっ、勇祐くん。帰るのなら私も連れて帰ってもらってもいいかしら?」

「んん?いいけど、ヘルパーさん今日いねぇの?」

「急に用事が出来て家に帰る事になったのよ。それヘルパーさんを呼んでいたら遅くなるから......良い、かしら?」

 

 

 東郷が俺に帰宅の手伝いを頼んで来た。本来ならヘルパーさんが専用の車を出して東郷の送り迎えをしたりするのだが、東郷本人が部活で遅くなる帰り以外はあまり使われない。姉が東郷を連れて一緒に歩いて登校したい、という希望と東郷自身がヘルパーさんに手伝ってもらうのをあまり好まないからだ。

 俺としても断る理由はない。東郷に苦手意識はあるが、ただそれだけだ。ぼた餅の礼もあるし引き受けるべきだな。

 

 

「いいぜ。どうせ帰り道は同じなんだしな」

「ありがとう勇祐くん」

「いーなーゆうくん。私も一緒に帰りたかったー」

「友奈は今度の幼稚園でのレクリエーションの準備があるでしょ?わがまま言わないの」

 

 

 パイセンが文句を言う姉に仕事が残っていると伝えるとぶーぶー言いながら次のレクリエーションで使うのだろう折り紙を折り始めた。

 

 

「ほら、三好も座って作業手伝いなさいな」

「なんで私が......」

「入部届書いたんだから部長の私には従ってもらうわよ?」

「分かったわよ!」

 

 

 そこで素直に聞き入れるだけ、三好夏凜という存在の根の善性が見てとれるな。あれだけ口を悪く勇者部のメンバーをごっこ遊びだとか言っているのも、危険だから注意を促しているんだろうな、とふと思い当たった。それにしてはなんとも雑で逆に怒らせる言い方だけど。もしかして友達いないんじゃねぇか......?俺も勇者部以外、友達と言えるような連中居ないけどさ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 昼から夕方に変わろうとする時間帯。ちょっと長く洗濯物を干し過ぎたなと考えて、午後の授業をサボってゲーセンに行くぐらいなら洗濯物を取り込んだ方が良かったと軽く後悔した。

 東郷とは特に会話もなく、俺が歩く単調な音と聞き慣れた車椅子の車輪の音が静かに聞こえるぐらいだ。車椅子の東郷に為に車通りの多い道は歩かず、少し遠回りだが歩道がしっかりとある道を選んでいる。流石に鉄の塊の車には勝てない。

 

 

「ねぇ、勇祐くん?」

「なんだ?東郷」

「えぇっとね......」

 

 

 言い淀む東郷。なんだ、やっぱり今日はおかしいな......。大体の理由は、察せるけど言うべきか言わないべきかで悩む。そう思っていたら先に東郷が意を決した顔持ちで後ろから車椅子を押す俺に振り向いて来た。

 

 

「勇祐くんは......私達の味方?それとも敵?」

「藪から棒だな。急にどうしたんだ?」

「その、今回の戦いで少し...不安になっちゃって......」

「成る程なぁ。でもそう言われると難しいな。俺だって生きてる人間だ。対立する事もあれば支持する事だってあるさ。例えば、姉貴と東郷が喧嘩して、どちらも同じくらい悪いって状況になったら間違いなく俺は姉貴の立場で立つだろうよ」

 

 

 嘘偽りない、本音の言葉。俺にとって姉とは『全て』だ。あえて声に出して言わないけど姉が天の神側について、世界の滅亡を望んだのであれば間違いなく俺はそちら側につく。

 

 

「でも俺は、姉貴...いや、勇者部の味方でありたい。こんな役目を背負わされたんだ、例えお前達が世界を守らない選択肢を選んでも、俺はお前達の味方だよ」

 

 

 ま、そんな選択は最初からないだろうけど、と付け加える。

 

 

 ------『こんな役目を背負わされた』とは勇者部と俺、いったいどちらの事を言っているんだろうな自分は。

 

 

「こんな答えで大丈夫か?」

「ありがとうね......ごめんなさい、急にこんなこと聞いちゃって」

「いいよ別に。不安になるのもしょうがないさ」

 

 

 意味のわからない人型の敵と戦っているんだ。こういう不安にも陥るだろうさ。下手をすれば、勇者部以外が敵にすら見えるかもしれない疑心暗鬼も生まれるだろうに。

 

 

「東郷達は強いよ。だから大丈夫だ」

「......私達の戦い方の事かしら?」

 

 

 それもある。けど声にも顔にも出さんぞ。態々こういう事も聞いてくるって事はつまり、そういうことだろう。

 

 

「精神的な話だよ。だってそうだろ?唐突に勇者にさせられて、バーテックスと戦って。なのにお前達は笑顔になれるし、普通に生活してる。十分強いじゃねぇか」

「そうかしら」

「そうだよ」

「......ふふ、今の声、友奈ちゃんそっくり」

「そうか?でもまだ声変わりしてないから似てるっちゃ似てる...のか?」

 

 

 東郷の顔に笑顔が戻ったところで、一旦止まっていた歩を進め始めた。

 やはり東郷は、俺が白仮面を被っている事に気付いているのかもしれない。こういうところには聡いから、俺は東郷の事が苦手なんだ。

 もしかしたら勇者部がたまに開く女子会とやらは、あの世界での俺と、こちらの世界での俺との関連性とか、そういうのを話しているのかもしれない。

 

 

「私はもし勇祐くんが敵になったとしても、必ず助けて正しい道に引き戻してあげるから」

「そうか、そりゃあ期待しとかないとな」

「もう、それは敵になるって事?」

「ぼた餅が人質じゃなかったら敵かもなぁ?東郷のぼた餅は美味いから俺にぼた餅を献上する限りは味方で居てやろうぞ?」

「調子に乗らないの!」

 

 

 二人揃って笑い出す。

 あの世界で会う時は、立場で言えば敵同士かもしれない。でも俺は勇者部の味方であり続けたいと思う。

 でも俺はあの世界に呼ばれる事を自分から止める事は出来ない。

 拒否すれば、『あの時』のようになる。

 俺は、それがとてつもなく恐ろしい。

 

 

 

 あれ、『あの時』って......まさ【記憶を消去】

 

【叛逆の意思を認める】

【対処開始】

 

 

【------------】

 

 

【終了】

 

【征け】



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第8話 それは風邪とサボりの話


にぼっしーとの絡みばかりになってしまってますね......

お気に入り、感想、評価。ありがとうございます。


 その日は体調が悪く、普通に学校を休んだ。「ゆうくん、あれだけ暴れてたのにテストの成績だけはいいから、馬鹿だけど馬鹿じゃないって判定なのかな?」とは俺が体温計で測った40度近い体温を見た姉の言葉だ。どういう意味だそれ。俺を貶してるのか慰めてるのかどちらだおい。「お布団被って寝てるんだよ?スポドリはここ!お粥も作ってあるからお昼に温めて食べてね!授業終わったらすぐ帰ってくるから!家の外に出ちゃダメだよ!」と姉は足早に学校に行った。殆ど俺の耳に入ってはいなかったが。

 

 

 昨日、東郷と別れてから非常に身体が重い。何故か痛みには鈍い体質だからか風邪による身体の節々の痛みはあまり感じないが、特に頭が昨日は割れるように痛かった。

 

 

「何か、忘れてるな......」

 

 

 頭がぼーっとして何も考えられない。身体の何処かが、思い出せ!と叫んでいる気がする。

 

 

「駄目だ、寝よう」

 

 

 辛さに耐えきれず、俺は目を閉じる。あの世界に行くかのような浮遊感に包まれながら、俺はすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

『なぁ。おーい』

 

 

 煩いな。俺は風邪引いて寝てんだぞ。

 

 

『あれだけ(雑音)を受けて風邪で済むのかお前......』

 

 

 誰だよ。どっかで聞いた事ある声なのは分かるけど。

 

 

『やっぱ忘れてんだなぁ。私、いつでも起きれるから早く迎えに来いよな』

 

 

 おい、待てよ。何のこと言ってんだよ。それよりお前は誰だ?

 

 

『どうせ言っても忘れるさ。私が干渉出来るのもお前が(雑音)を受けた時だけだし』

 

 

 おい、雑音が酷いぞ。誰か分からん奴。

 

 

『お前のお目覚めの時間だ。さぁ、思い出せ。さもなきゃお前どころか大切なモノまで死ぬぞ』

 

 

 おい、おい!待て!

 

 

『んじゃ、またな』

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「......。死ぬ、か。俺と、何かが」

 

 

 そう言われても困る。さっきの夢を見て、起きた直後の俺の感想だ。

 死ぬと言われても実感が湧かない。そもそも雑音が多くて聞き取れないところもあった。というか誰だアレ。女の声だったけど、聞いた覚えがないのに聞いたことがあるような声だった。

 

 

「んんー?」

 

 

 少しはマシになった頭で思い出そうとしてみるが、どうも記憶が抜け落ちたように思い出せない。気持ち悪い感覚だ。ここ最近にもあった気がするぞこれ。

 

 

「ヤバい、ヤバいぞこの感覚は......」

 

 

 感覚的な話だが、絶対に碌でもない。思い出しても思い出さなくても命に危険が迫る気がする。どうすりゃいいんだ。なんていう事に気付かせてくれたんだよあの声。くそ、どっかで笑われてる気がする。

 とにかく、思い出せないなら仕方がない。どうせ天の神の仕業だろ。気にしたところでどうにもならん。なら寝た方がマシだ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 放課後の讃州中学、勇者部。

 風邪を引いた勇祐の為に友奈は部活を休んだ為、今居るのは新入部員の夏凜を含め4人だ。

 

 

「さて、今日も勇者部女子会、始めましょうか」

 

 

 風が声をあげ、女子会の開催を宣言する。そして夏凜が怪訝な顔をして風に問う。

 

 

「女子会って、なにするのよ?」

「まぁ外部にはあまり漏らせない話を、ね。今日は友奈が居ないから、しっかり話しておこうと思って」

「友奈が居ないから......?一体何の話よ」

「......白面について」

 

 

 夏凜の怪訝な顔はそのままで、空気は重くなる。誰もこの会話をしたくない、と言うかのようだ。夏凜だけがその空気をよく分からずに、ひとまず流した。

 

 

「友奈と白面の関係性が良く分からないんだけど」

「気付かなかった?白面の背格好、髪の毛。友奈...いいえ、勇祐にそっくりなのよ」

「まさか......いや、言われてみれば............」

「誰も、勇祐さんの事だと言いたくは無いんですけれど......でもそう言われたら、そうとしか思えなくて......」

 

 

 険しい顔で仮定ではあるが、ある種の核心を持って話す風。

 俯き、震える手を握りしめる樹の顔は前髪に隠れて見えない。それでも、彼女の顔は安易に想像が出来る。

 風も、東郷も、誰も良い顔をしていない。何か得体の知れない妄執に囚われているかのように彼女たちの脳内には、勇祐=白面という式がこびりついていた。

 

 

 

 だが、たった1人だけそこに反論出来る存在が居る。

 

 

「あんた達、実は馬鹿でしょ」

「は?」

「いや、ただの一般人がどうやって樹海に入るのよ」

「それは.......勇祐にも勇者適性があったから......」

「あったからってなんなのよ。男に勇者適性があるなんて前代未聞だけど、選ばれなかったじゃない。それに勇者アプリも持ってないのよ?仮に樹海に入れるとしても、どうやって変身するのよ」

 

 

 その言葉に風達は反論出来ない。

 勇祐には男性で唯一、勇者適性があった。適正値の順位で言えば中の上。讃州中学勇者部全員の適正が上位であることから多少見劣りはするが、それでも十分にあると言える。だからこそ、勇祐に白面説が出てきたのだが、それすらも夏凜はバッサリと切る。白面は少なくともバーテックスを一撃で屠る武器と東郷の射撃を何発も防ぐ盾を持ち合わせている。服装はともかく、一般人の勇祐には到底用意できない武器だ。

 

 

 ため息をつき、やれやれと首を振る夏凜。勇祐が夢を介して樹海に入っているなど、誰も想像すら出来ていない。それどころか、彼女達はまだ天の神の存在すら知らないのだ。

 天の神という神樹に対を成すものが存在して、それが勇祐を樹海に侵入させるように仕向けているなど、誰が想像出来ようか。

 

 

「否定出来る点なら幾らでもあるわよ。敵対理由もそうだし、そもそも敵なのに勇者部になんで来て皆と仲良くしてる訳?スパイ行為とかしてる訳でもないのに?」

 

 

 実際、勇祐が彼女達に『勇者として何をしているのか』と聞くことは無い。勇祐自身も部外者である自分が関わるのも気がひけるのだろう、と彼女達は考えていた。実際は自分が白面である、とボロが出るのを防ぐ為なのだが。

 

 夏凜にとって、結城勇祐という存在は目の上のたんこぶとも言える。自分の黒歴史とも言える事件を知っている上に『あのような』行為までしたからだ。好きか嫌いかで言えば嫌いであるし、出来れば関わりたくない存在だ。

 しかしそれとこれとは話は別。勇者である夏凜にとって彼もまた守るべき一般人のうちの1人。神樹様が守るこの世界に生きる者の1人だ。だから夏凜は彼を信じたいし、疑う事をしない。それは勇者として訓練を続けてきた上での彼女の仁義だ。

 

 

「疑う事を止めろとは言わないわ。けど、本人と友奈の前では止めなさいよ。特に友奈。家族の事を悪く言うもんじゃないわよ」

「そう、ですよね...」

 

 

 樹が顔をあげる。風も、今まで黙っていた東郷も少しだけ顔を明るくする。

 

 

「はい、湿っぽい話は終わり!んじゃあ私は帰るわよ」

「なんで帰ろうとしてんのよ。まだ部活はあるわよ」

「待ちなさいよ、もしかしてあんな話した後に何かしようとしてたの?後々の空気とか考えなかったわけ!?」

 

 

 正論である。

 風としても考えなかった訳ではないが、この話も重要だった上に丁度この話を嫌う友奈が居なかったが為に話を始めたのだ。それに夏凜からの情報も得たかったという理由もある。

 

 

「これには深い訳がね...」

「ないでしょうに」

 

 

 一刀両断。夏凜としては勇者システムの補足説明と『満開』の仕様についてあらかた話終わった後である為、早く帰りたいという気持ちしかない。勇者部の部活に夏凜は興味はあるが勇者としての役目の方が優先だと考えている為に乗り気ではない。

 端的に言えば、彼女は素直ではないのだ。

 今日は夏凜引き留め役の友奈も居なければ、煽ってやる気にさせる勇祐も居ない。しかも完全に論破された手前、風達にも夏凜を止める術はなかった。

 

 

「んじゃあそういう事だから。ちゃんと渡した勇者システムの説明プリント読んでよね!」

 

 

 そう言って足早に出て行く夏凜を止められるのは誰も居なかった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 寝たらスッキリした。睡眠は偉大だな。学校に行かずに寝てる方がいいんじゃないか?テストなんて教科書見て問題解けばいいんだし。あっ作文は駄目だな。

 体温も平熱に戻ったし......あれ、スマホにメッセージ来てるわ。パイセンに樹に、東郷も。心配してくれていたようだ。優しさが心に染みる。ありがとうと返信しておいた。

 

 

「んんー、元気になったし、ちょっとギターでも弾いてくるかなぁ」

 

 

 ベッドの上で背伸び。それから壁に雑に立て掛けられた愛用のギターを見る。

 俺の唯一の趣味とも言えるアコースティックギター。奏でられるメロディは俺を虜にして止まない。

 折角だし海岸にでも行って弾いてくるか。あっ、その前にお粥食べないとな、姉貴が作ってくれたものを無下にする訳には行かないし。

 

 姉貴で思い出したけど何か言ってたっけ?寝とけだっけ?まぁいいや。今日の俺はワルだぜ。ふへへ、風邪の後でなんかテンションおかしくなってんな。

 

 ギターケースを背負って、普段は使わない自転車に乗ってお気に入りの海岸まで突っ走る。体が一気に解放されたように軽い。気分も良い。最高だ。今日は天気も良いからさらに良い。良い事尽くしだ。たまんないね。

 

 

 

 そうしてやって来た海岸。

 自転車飛ばして思ったけど、まだ体調悪かったわ。どう考えても体が普段通りじゃないもん。段々と自分がアホな事してるんじゃないかと思えてきたし、姉貴が怒りそうな気がしてきた。震えてきやがったぜ......。たぶんこの震えは風邪、だといいな。

 

 砂浜へと降りる階段に座ってギターケースから相棒を取り出す。一度弦の様子を確かめてからお気に入りの曲を弾き始めた。

 

 心地良い音色が俺の気分を高揚させてくれる。気分が乗って来て、静かな曲から少し激しい曲へと流れるように変えていき、曲調に合わせて忙しなく両手を弦に沿わせ、指を別の生き物のように動かす。

 この瞬間、この時だけは何者にも邪魔をされないような気分になれる。

 

 

 

「.........。アンタ、風邪ひいて休んでるはずなのにこんなとこで何してんの?」

 

 

 誰だ俺の至福の時間を邪魔するヤツは...と思って後ろから掛けられた声に振り返ると、そこには三好夏凜が身軽な服装で立っていた。

 

 

「お前こそ何してんの?」

「ランニング。アンタこそ何してんのよ」

「見て分からんか?」

「アホ。そういう事聞いてんじゃないわよ。最初に聞いたでしょうが」

「ギター弾きたかっただけ?」

「疑問形になるな。そもそも具合はどうなのよ。友奈の奴、真っ先にすっ飛んで帰ったわよ」

「平気だけど?」

「アンタねぇ...」

 

 

 まるで『そういう事を言いたいんじゃない』という顔で溜息をつかれても困る。何が言いたいのかハッキリしない奴は嫌われるぞ。言いたい事は分かるけど。

 

 

「もしかして三好って友達居なかっただろ?」

「はぁ!?な、なななんで今そういう話になるのよ!!?」

「たぶん、姉貴が俺の事心配してるのに当の本人がこんなところで油売ってないでとっとと帰れって言いたいんだろうけどさ。もうちょい遠回しに言わずに素直に言った方がいいぜ?」

「そっ、そうよ!でもそれと友達居なかったは関係ないでしょ!!?」

「部室でも思ってたけど態度がきついんだもんお前。あの夜に会った時は単純にイラついてるかなんかだと思ってたらこれだもんな。どうせコミュ障拗らせて部活もサボってきたんだろお前」

 

 

 あの夜と同じような顔で口をパクパクとさせる三好夏凜。明るいところで見ると更に面白いなその顔。わなわなと震えてるのも面白ポイントが高い。芸人を目指せそうだぞ。

 

 

「図星なんだな」

「うぅ...そうよ!何か悪い!?」

「いや別に」

「なっ......」

「部活サボるのも、サボって鍛錬の時間に充てようとも、自由にしたらいいだろ。部長のパイセンからすれば責めるべき事だろうけど、それを甘んじて受け入れるのは自由の代償だ。あと、俺も人の事言えるような行動をしてる訳じゃねぇからさ」

 

 

 自分で責任が負える範囲なら自由にすべきだ、というのは持論だ。最近は手に負えない案件が山ほど出てるし、以前は「そんな事知ったこっちゃねぇ!ロックンロール!」とか言ってたりしたから今更な持論なのだが、それでも俺はこの持論が正しいと思っている。

 

 

「なぁ、三好」

「なによ」

「俺が敵だったらどうする?」

「殺す」

「おっと直球」

「私は勇者よ?そりゃあ殺すでしょ」

「人類と世界の敵になるんだもんなぁ。そら殺されるよなぁ」

「アンタが敵かどうかなんて今はどうでもいいのよ。それより鍛錬に付き合いなさい」

「俺ギター弾いてるし風邪ひいた後なんだけど」

「家で弾けばいいし仮に倒れても連れて帰ったげるから平気よ」

 

 

 やべぇこの女マジでヤル気だぞ。待て待て待て。木刀出すなおい。背中に背負ってた長細い袋は一体なんだ?って思ってたら木刀かよ。それも二本。止めろ。マジでヤベー女じゃねぇか!仮にも俺は一般市民で喧嘩慣れしてるだけだぞおい!

 

 

「ギター置いといた方がいいわよ」

「......一先ずケースに仕舞わせてくれ」

「しょうがないわね。さっさとしなさいよ」

「おう、ちょっと待ってろ............、先手必勝ッ!」

「うわっぷ!?貴様ァ!」

 

 

 秘技砂かけ!ここが海岸に降りる階段で良かった!細かい砂が山程あるからなぁ!小石とかあったら怪我するからな!

 あの時は先頭回避出来なかったが今は違うぜ!木刀持った狂人に正攻法で挑んでられるかボケ!逃げるが勝ち!

 

 

「逃すかァァ!」

「っ!?そこは逃がしてくれよ!!」

「断る!」

「何がお前をそう奮起させてんだよ!?」

「あの時の恨みィ!」

「それは俺が悪いな!でも逃げるわ!」

 

 

 相変わらずの縦横無尽に走る剣戟を、素手で受ける訳にもいかないので避け続ける。片目にしか砂が入らなかったのが悪かったか。状況判断力が凄い上に、砂浜に逃げ出そうとしたら追いつかれたし身体能力も半端ない。完成型勇者の名は伊達ではないと思い知らされる。面倒だし厄介だな!これ絶対仮面被った俺に良いようにやられたの根に持ってて、推定白面である俺に八つ当たりしてんだろ!?八つ当たりじゃないけどさ!

 

 

「ワンモアセッ!!」

「二度目!?」

 

 

 二度目の砂かけだ!今度は最小限の蹴りで顔面にぶっかけてやったぜ。予備動作がほぼほぼないから予測も出来なかっただろう。砂浜である以上、足場は悪いが砂はかけ放題だ。流木やポイ捨てされたであろうゴミもあったりするから投げるものには困らない。投石とは人類が編み出した最高の武器だ。

 

 

「しゃらくさい!」

「うわっ!?テメェ!俺の手を真似やがったな!」

 

 

 二度目の砂かけを左手でガードする事によって被害を最小限に抑えた三好が、俺に砂かけの逆襲をしてきやがった。適応が早いな。しかし付け焼き刃での砂かけなんぞ俺には通用しねぇ!

 

 しかしどうしたものか。

 

 逃げられない以上、相手しないとどうしようもねぇ。殺す気は無いのだろうが、本気で鳩尾とか首とかを狙って来ているので洒落にならない。

 あと『流星』は使わない。あれを使うと非常に疲れるのと、思考が汚染されていく気がするからだ。使うときは慎重にしなきゃいけない。しょうもない使い方はしたけど。

 

 対長物相手のやり方も多少は心得ている。ただ相手が実は達人級の相手でなければ、だが。この三好もどうやらそういう相手だったようだ。姉より弱いと思ってたんだけどな。どういうことだ?攻め手に欠ける程度には強い。というか防戦一方だ。

 ここはいっその事腕の一本ぐらい覚悟すべきだろうか?そうすれば、三好を気絶させる事ぐらいは出来る。いや、姉を心配させる訳にはいかない。たぶん姉のことだ、怪我をして、更にその相手が知り合いであったらどういう反応をするか想像も出来ない。きっとよくない事になる。

 

 そして、俺が三好を怪我をさせるのもまた同じ。叱られるどころではなく、失望されるだろう。そこに如何なる理由があろうとも、だ。

 

 

「なんで攻撃しないの!?」

「うるせぇ、な!出来る訳ねぇだろ!アホかてめぇ!」

 

 

 ただ、それらの理由なんて、全部後付けだ。最初から逃げに走ったのも、ちっこい意地があるからだ。

 こっ恥ずかしくて言うに言えない。けど、東郷には言った。『俺はお前らの味方であり続けたい』って。

 そう言った翌日に掌を返すのも良くない。

 コイツも、狂人のように今は木刀を振るっていても、勇者部の部員だ。

 だから、だからこそ。

 

 

「いっ...づぅッ!捕まえたァ!」

「アンタ!?」

 

 

 あの夜と同じように、木刀を素手で捕まえる。今度はとてつもなく痛い。グローブもないし、そもそも完全にこちらを害する程の力が乗っているのでしょうがない。これも必要経費。自由の代償だ。

 

 

「よぉ、木刀暴力狂人女......ご自慢の木刀を両方掴まれた気分はどうだよ?」

「離しなさいッ!」

「嫌だね。離したらまた殴りかかってくるだろうが......?」

「なによッ!?」

「いや、お前......何にビビってんだ?」

「ッ!?」

 

 

 図星か。目がちょっと震えてたからカマかけてみたけどその通りなのかよ。分かってきた。分かってきたぞ?大赦だな?それか白面の事だろ。

 いや、両方か。さぞかし面倒な話なんだろうな。

 

 

「あの夜の恨みってのも、あるんだろうけどさ」

 

 

 

 一呼吸開けて、本題を話す。

 

 

「回りくどいのはナシだ。何があった?俺に話せないはナシだぞ。なんつったって、俺にこうして殴りかかって来てんだからな」

「だから、それは......」

「前置きはいい。本題を話せ。話さないなら無理矢理にでも聞いてやるからな」

 

 

 姉達は無理矢理にでも話を聞く事を嫌う。でも俺は違う。今回は俺に何かあるようだから余計にだ。

 

 仮に俺以外の全てが俺を勇者の敵にさせようとしても、俺は味方であり続けたいから。

 俺が『結城勇祐』である限り。

 俺が、『人間』である限り.............。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 結論から言うと、既に状況は切羽詰まっているらしい。大赦が、俺という存在を白面に結びつけたのだ。確かに勇者部にすら疑われるレベルなので遅かれ早かれ大赦に認識されるだろうと思ってはいたが、あまりにも早い、と思ったが考えればむしろ遅い方であるだろう。

 三好から俺の現状を聞いた俺は「そうか...」としか言えなかった。俺が本当に白面だと言うつもりはない。言ったら最後、俺は三好夏凜に殺されてしまうからだ。

 

 

 

 ------それは駄目だ。

 

 

 

 姉が悲しむからだ。だから言えない。

 

 

「つっても、私はアンタが白面だなんて信じちゃいないけど」

「そうなのか?」

「当たり前でしょ。確かに髪の毛の色とか身長とか似てたけど、バーテックスがアンタの身体を真似て造形したって言われた方が信じやすいわよ。戦い方も似てた。ただ俊敏さが足りなさすぎる。足捌きも下手。喧嘩慣れはしてるっていう動き方ね。白面の戦い方の方が洗練されてる」

 

 

 あれ、そんなに戦い方違うか?と思ったが、あの姿でいる時は体が異常に軽いので当然か、と思う。思考も呪縛から解き放たれたように明瞭になるからあの姿の俺の方が強いのだろう。

 

 

「ま、急に殺す気で向かって悪かったわね。本気で殺す気は半分なかったけど、大赦からアンタを調べろって言われたからしょうがなかったのよ。はぁーー、肩の荷が降りたわ。これで白面と同じ動きされたら殺すしかなかったもの。大赦から指示されてすぐにアンタを見つけられてよかったわ。呼び出すのも面倒だし」

「半分.....ってお前さぁ」

「あの夜の事忘れたか?」

「すんませんっした。というか俺が木刀止めなきゃどうしてたんだお前は」

「ん?そのまま殴ってたわよ?」

 

 

 その、さも当たり前でしょ?っていう顔やめろてめぇ。マジでヤる気だったのかよ。人としてどうかと思うぞそれ

 

 

「アンタならどうにかすると思ったのよ。じゃ、大赦への報告は任せときなさい」

「......なぁ。三好。なんでお前は」

「結城勇祐13歳。結城友奈の双子の弟。クラスメイトからは不良と呼ばれていて素行は悪い。中学1年生後半までは授業をサボることも警察のお世話になることもしばしば」

 

 

 俺の言葉を遮るように喋り出した三好。

 そして、でも......と三好は言葉を続ける。

 

 

「1年生の後半からは以前の凶暴性の形は無くなった。授業も受けるようになり、行事も不満気な顔ながら参加。生徒達からのレッテルは未だ晴れないが、正義感もあり、イジメの現場を見て止めに入ったりもした。姉想いで姉妹仲はとても良い。2年生からは勇者部の活動も助っ人という形でこなす事も多くなり、笑顔も増えた......。こんな存在、人間でなくてなんだって言うのよ」

 

 

 確かに話はその通りだ。でもお前それどっから聞いたんだよ。恥ずかしいだろやめろよ。

 

 

「だから、よ。あと、友奈のあんな楽しそうにアンタの事を話す顔を見たら疑う気も無くなった。だから大赦には『問題なし。姉想いの彼は人間である』って伝えてあげる。感謝しなさい」

 

 

 そう言うなり、三好は木刀を袋に閉まった。

 正しく、勇者なのだろう。三好夏凜という存在は。おそらくこの短期間で俺を調査して、俺が敵ではないと結論付けたのだろう。そして戦闘力という不審点があったからこうして殴りこんだ、というところか。

 

 

「ところで、アンタのスマホ、さっきから凄い勢いで鳴ってるけど出なくていいの?」

「...........。あっ」

 

 

 今気付いた。ギターケースの側で、心なしか怒気が籠っている着信音が俺のスマホから流れている。急いで駆け寄り、画面を見ていると『友奈』の2文字。

 

 ヤバい、嫌な予感しかしない。履歴も30件ぐらいある。もしかして三好から逃げている間ずっと鳴ってたのか.....?

 

 

「もしもし......?」

「......何処にいるの?」

 

 

 ヒェッ......これは怒ってる声だ。

 

 

「あの、姉貴......?」

「言い訳は後で聞きます。帰ってきて」

「はぃ......」

 

 

 いつもとは違う口調と雰囲気の姉の声。怖い。

 姉に勝てる弟は、幻想なんだなぁ......。

 

 

 




弱い弟
家に帰ってフローリングの上で正座。
姉に勝てる弟は居なかったよ......。

強い姉
弟が部屋に居なくてガチ焦りしたけどギターとケースが無くなっている事に気付いて目のハイライトが無くなった。
ビクビクしながら帰ってきた弟を正座させて小1時間説教。その後、一緒にご飯を食べて罰と称して一緒のお布団で寝た。

風先輩
勇祐が敵と信じたくないけどそうとしか何故か思えない。でも夏凜に諭されて、それもそうだなと思えるようになった。

樹ちゃん
せっかく仲良くなったのに敵なんて信じたくなかった。夏凜先輩に諭されてお姉ちゃんと同じ状態に。勇祐さんのギターをもう一度聞きたい。

東郷さん
そう、ですよね。普通は......そうですものね。


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第9話 それは彼女の誕生日の話


今更ですが、アニメ本編と同じ展開になる部分は、必要がある部分以外は基本省いて描写しています。小説説明欄に『視聴前提』とあるのはそういう事です。本当に今更で申し訳ありません。



 あれから数日。

 俺は今までの記憶をまとめて、今出せるだけの想定をノートにまとめて整理していた。

 まず、2年前の俺の中途半端な記憶。少なくとも俺が関係している大橋の事故。そして天の神から与えられた勇者すら『殺せる力』。

 恐らく俺は覚えていないところで活動していて、大橋の事故を起こしたのだろう。

 そして何者かと戦っている。それがバーテックスなのか、大赦が用意した戦力なのかは分からない。

 白面としての力と、『流星』もそうだ。これも2年前の時点であったとしたら、色々と説明がつく。『流星』に関しては記憶が曖昧になった前は割と使っていたし、その後は1度使ったきりで、犬吠埼家でしょうもない事に使ったことで2度目になったぐらいだ。

 そして前回、白面になった時に思い出した記憶。なぜ天の神を知っていて、勇者を殺しえる知識が流れ込んできたのか。これも2年前に行っていたであろう覚えていない俺の行動を裏付ける事になる。

 

 俺を酷く責める声も思い出した。それは何か大きな事をやらかしている事を連想させる。それも大橋の事故が霞むレベルの事を。そうとしか思えない。身体の奥底から何かがそう訴えているようだ。

 あと、あの熱にうなされていた時に見たあの夢も気になる。一体あれは何処の誰で、何を言っていたのだろうか。

 それらの気になる事柄を纏めた上で、2年という長い時間も大赦はなぜ俺を見逃していたのか。

『結城勇祐は人類の敵である』と恐らく結論付けておきながら、見逃したのだ。

 不可解だ。なぜさっさと俺を殺さなかった?中学入学前に何度か浮浪者っぽい大人からの襲撃は受けた事があるが、それぐらいしかなかった。まさか、アレが俺を殺そうとしていた......?いや、そうであるなら中学に入学した後に一切襲撃が無くなったんだ?

 分からない。一体、大赦に何があった?

 

 

「んんーーっ。わかんねぇなぁ」

 

 

 背伸びをして、一息つく。休日、自分の部屋でノートにメモ書きのように纏めていた俺は時計を見ると纏め始めてから1時間は経っている事に気付いた。そろそろ休憩するか。

 

 姉と東郷は、今日は幼稚園の行事か何かで朝早くから出掛けている。三好にサプライズパーティをすると言っていたが、あいつ行くのか?ここ数日、姉の笑顔に逆らえずに不器用な折り紙を折っていたのは部室で見かけたが......。勇者部の活動に参加したところはまだ見たことがない。その代わりとしてか、俺は相変わらず強制参加させられている。

 今日は本気で断った。目つきが悪くて園児には泣かれるからだ。これにはパイセンも不承ながらも頷いた。

「勇祐さんは慣れたらいい人ですから!」とは樹の言葉だ。慣れるまでが大変だったろうが。お前が良い例だぞ。

 そういう訳で俺は今日一日暇だったのでノートに近状を纏めるに至ったのだった。

 

 というかマジで三好行ってんのかな?心配になってきた。あいつの家に押しかけてパーティした方が良かったんじゃないか?気になったのでスマホで姉に連絡する。

 

 

『三好、来てる?』

『来てないんだよー』

 

 

 姉にチャットを送ると、一瞬の間をおいて涙目のスタンプが付いた返事が返ってきた。予想通りの事態だ。やっぱあいつら三好の善性を信用してたんだな。俺ならサボるもんなぁ。三好って割と俺と似てるとこあるし。サプライズがあると知っていたら流石に行くだろうが、知っていては意味がないしな。

 

 

『どうせサボってんじゃね?連絡は?』

『連絡先教えてくれなくて連絡のしようがないんだよね...どうしよう』

 

 

 俺が聞きたい。というか誰も連絡先知らんのかよ。あいつぼっち拗らせ過ぎだろ。孤独死待った無しだな。

 

 

『三好の事探してこようか?』

『ほんと!?ありがとうゆうくん!』

 

 

 文末にスマイルマークも付いた返信が帰ってきた。可愛い。流石は姉だ。可愛い姉に為にも人肌脱ぐか。...........。流石に実の姉に恋愛感情はないぞ?

 

 さて、探すと言っても単純だ。

 あの三好の事だ。行くか行かないか迷いに迷って、結局集合時間に間に合わなくなって行かなかったか、行ったはいいけど場所を間違えたかのどちらかだろう。

 ならば家か、部室かのどちらかだろう。集合時間はとっくに過ぎているので高確率で家に帰っているとみた。そこがゴールだ。

 あの夜の日に三好を家にまで連れ帰った俺は三好の家の場所を知っている。恐らく勇者部は誰も家を知らないんじゃないか?存在を確認したら住所付きで連絡するか。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

『結城勇祐に関するレポート』

 先日も報告したように、結城勇祐は人間であると愚考する。白面と直接戦闘を実行した私であるが、現実世界で結城勇祐に本気で襲い掛かった際はいなされはしたが、戦闘力は白面との比にならない程であった。具体的には先日のレポートで報告した箇所を参考して頂きたい。

 

 

「なんで私はこんなモノ書いてんだかねぇ...」

 

 

 レポート用紙に手書きで書かれた大赦への報告書の序文を書いていた夏凜は、ボールペンを放り投げて机に項垂れかかる。

 唐突に求められた結城勇祐のレポートの再提出。今日中に、と言うのだからたまったものではなかった。

 本来であれば今日は勇者部の部活があった日だ。だがこんな事があってはそれどころではなかった。夏凜は行くつもり、ではあったのだ。勇者部の部活が楽しいと思えていたからだ。それも大赦によって潰されてしまったが。

 どうやら大赦は勇祐が白面であると、どうにかして証明したいようだ。実にはた迷惑だろう。勇祐自身もたまったものではない、と夏凜は思っていた。

 

 三好夏凜はその気質からして勇者そのものであった。他人を見捨てず、人々の希望となり全てを背負えるだけの器があった。本人自身は不器用で、友人付き合いというものを碌にこなかった人生を送ってきたので勇者部との付き合い方もぶっきらぼうになる程であるが。

 だから、勇祐という本来であれば護るべき人間の1人である存在を見捨てる事など以ての外だった。確かに夏凜は勇祐を疑った。彼の身辺を調査し、聞き込みも行った。その結果が数日前の勇祐との会話であり、大赦に提出したレポートだったのだ。

 その上で、夏凜は勇祐を人間だとした。もし勇祐が本当に敵となる存在であってもすぐさま斬れる、と襲い掛かった時に理解したからだ。

 

 

「風とか、怒ってるかなぁ...」

 

 

 好物である煮干しを齧りながら、夏凜は独りごちる。「必ず来なさい」と念も押されていた行事だったのだ。怒られる事だろう。そう思うと憂鬱である。あの男の味方なぞしない方が良かったかもしれない、という考えが頭を過ってしまう程に。

 

 

『ピンポーン』

 

 

 聞き慣れないチャイムの音。夏凜がこの家に引っ越して来てから一度も鳴ったことがないはずのチャイムが漸く出番を得たと言わんばかりに部屋に鳴り響いた。何か通販を頼んだ記憶もない。誰かがこの家に来るという予定もないし来る者もいない。勇者部はそもその連絡先すら教えていないので当然除外対象だ。

 

 

(怪しい.........)

 

 

 怪しむ事はあるだろう。いらないセールスだとか、怪しい新興宗教の勧誘だとか。後者は神樹様という存在がある限り出てくることが稀なのだが。

 大赦の人間、という線もない。あの組織の人間は気軽にやってこないからだ。

 だから夏凜玄関の覗き窓を覗きに行ったのだ。

 

 

 

 それも木刀を持ってだ。

 

 

 

 こんな事をしているから勇祐に木刀暴力女だのゴリラだの言われるのだが悲しい哉、夏凜はそう呼ばれている事すら知らない。知っていたところでこの行動が変わったかと言えば、そうではないのだろうが......。

 

 

 

 そして覗き窓から見えた顔が今一番出会いたくない存在である結城勇祐だったのだからたまったものではない。そっと覗き窓から離れた夏凜は居留守を決め込むと決意した。

 

 

『ピンポンピンポンピンポンピンポン』

 

 

 そう決めて振り返れば、『居るのは分かってんだぞ』と言わんばかりのチャイム連打。それは止まることを知らず、永遠に鳴り続ける。恐らく夏凜が出るまで永遠にだ。

 更に扉をドンドンと強く叩く音まで加わるとなれば夏凜の怒りゲージもぐんぐんと上昇していく。

 そこに悪ノリに乗り切った勇祐のとどめの一撃が入る。

 

 

『三好ィ!貸した金の利息溜まってんだけどォ!?』

 

 

 借りた記憶もないお金の話まで勇祐の口から出て来たのだ。流石に怒りゲージも吹き飛ぶというものだ。

 

 

「誰の借金だクソボケ!テメェの髪の毛を刈り取ってやる!!」

「おっ、やっぱ居るんじゃん。居留守なんて使うなよな」

「うるさい!近所迷惑なのよこのクソ野郎!」

「お前の今の大声の方が迷惑だろうけどな」

「うるさい、黙れ。本気で殴り飛ばしてやろうか」

 

 

 あははは、と笑う勇祐に怒りを通り越して呆れる夏凜。夏凜はこれだからこの野郎を疑う気になれないのだ。

 

 

「で、アンタ何の用よ」

「お前が部活サボったから心配になった勇者部に代って様子見に来た。お前さー、勇者部と連絡先すら交換してないみてぇじゃねぇか。交換しとけよな。だからこういうことになるんだぞ」

「......嫌よ。面倒臭いし、煩そうだし」

「あっそ。どうでもいいけど姉貴が悲しんでたからたぶん次会ったら無理矢理にでも交換されるんじゃね?......そう嫌な顔すんなって。お前もそのうち楽しめるようになるさ」

 

 

 その言葉に夏凜は答えない。本当にそうなるのか、夏凜は分からなかったからだ。今までにこういった交友の経験が一切ないからだ。

 だから答えられない。「そうなったらいいね」とも言えない。勇祐はまるで夏凜がどう思っているか分かっていると言わんばかりにニカッと微笑む。

 

 

「怖がんなって。姉貴に付いていきゃ、間違いねぇよ。パイセンも樹も、東郷......はたまにおかしくなるけどさ。皆良い奴だし、お前だって仲良くなれるさ」

「......アンタ、笑うと友奈そっくりね」

「そうか?比べるのも烏滸がましいとは思ってんだけど。それよか今日はもう家に居るのか?」

「そのつもりだけど......何?まさか居座るつもり?」

「そういうつもりはないぜ?俺も様子だけ見とけって言われただけだからさ。もう帰るよ、んじゃな。楽しみにしとけよ。あいつら、しつこいからさ」

 

 

 そう言うなり足早に去っていく勇祐。その後ろ姿を見ながら、夏凜は何を言っているのかと首を傾げていた。当然、夏凜が自分の誕生日が今日だとは気付いておらず、更に言えば友奈達勇者部が知っているとも思っていない。

 

 

 数度のチャイムの後、夏凜が「またあのクソ野郎が来たのか!」と今度こそ木刀を突き付けながら玄関を開け放ち、目の前に居た友奈に「ゆうくんと一緒のことしてちゃダメだよ?」と突きつけられた木刀に動揺もせず言い放ち、「誕生日おめでとう!夏凜ちゃん!」と夏凜すら忘れていた夏凜自身の誕生日を満面の笑みで祝ってくる1時間前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「あーもしもし姉貴?おう、三好は家に居たぞ。住所はチャットで送ったから......あぁ、風邪とかひいてる様子はなかったし、行きたそうにしてたけど......ま、大赦から用事でも入ったんじゃねぇかな」

 

 

 三好の家からの帰り道、姉に三好の家の住所を報告しながら俺は歩いていた。時刻は夕方になろうとしている頃だろうか。勇者部の今日の活動も終わったらしく、今から三好宅に突撃するのだそうだ。後は家に帰ってギターでも弾きながら姉の帰りを待つだけ、だった。

 

 

「あー、俺?俺かぁ、行っても良かったんだけどさ......」

 

 

 

 目の前に、神官服を着て大赦の面を被った存在さえ居なければ。

 

 

 

「ちょっと用事出来たしさ。おう、じゃ家で待ってるよ」

 

 

 電話を切り、スマホをポケットに閉まってから大赦の神官を睨みつける。

 

 

「何の用だ」

「貴方の抹殺......の、予定でしたが。少々事情が変わりましてね」

「は?」

「私は大赦の人間です。ですが、勇者の言葉は信じたい。それが勇者となる為に幼き頃から鍛錬を積んできた家族であるなら、尚更」

 

「ちょっと待て、その声......まさか」

「単刀直入に言いましょう結城勇祐。大赦は先程、君をバーテックス以上の脅威がある敵であると声明を出しました。私もこの声明に異を唱える気はありません。しかしながら、君を殺してしまうのは惜しいと考えました」

 

 

 

 俺の声を聞かずに喋り上げた神官は、その大赦の面をゆっくりと外していく。その裏から見えた顔は、あのおっさん巡査長そのものだった。

 

 

「おっさん!?」

「よう、勇祐。久し振りだな。こういう訳、さ」

「まさか最初から俺の監視の為に?」

「そういう事だ。色々理由はあったけどね」

 

 

 ひらひらと手を振りながら苦々しく笑うおっさん。巡査長としての姿は本当におっさん、という風貌だったが髭を剃り身なりを整えたおっさんの姿はどちらかといえばお兄さんと言った方が良い気がする。

 

 

「そういえば本名を名乗ってなかったね。私の名前は三好春信。君が知っている三好夏凜の兄だ」

「マジかよ......」

「マジだよ。さて、急で悪いが答えを貰おうか。生憎と時間が全くないものでな」

「その前に聞きたい。あんたにとって、三好夏凜とはなんだ?」

「大赦を敵に回してでも守りたい家族、かな」

「............。その言葉、信用するぞ」

「あぁ、構わない。私は夏凜の助けになりたい。君は友奈君の助けになりたい。そして私は、その為の手段がある。どうだい?『白面』くん?」

 

 

 

 俺は......その手を見つめ、意を決した。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 四国、某所。

 薄暗い部屋に満遍なく張り付けられたお札、そしてまるで『崇め奉る』かのように祭壇になったベッドがあった。

 

 

「ねぇ、なんで。なんでさ!わっしーも、大赦も!なんで私の味方をしてくれないの!!?」

 

 

 そのベッドの上で、全身を包帯でぐるぐる巻きにした少女がヒステリックに叫ぶ。

 

 

「奴はみのさんを殺したんだ!わっしーの足だって奪った!大橋の惨事を引き起こして、たくさんの人を殺した!それなのになんで誰も分かってくれないの!!」

 

 

 その声に反応する者は居ない。側に控えて居るはずの大赦の人間も、最近の彼女に怯えて姿を見せていない。

 

 

「敵に認定させた。でも出した声明は保守的な一派に外に出回る前に取り押さえられた。約束していたわっしーも、殺す事には反対だって言う。こちらから派遣した三好家の彼女も同じ。ふざけないでよ!」

 

 

 かつて勇者であった少女は吼える。世界を守る為に戦った少女も、今では私怨に取り憑かれた存在へと成り下がっていた。今では見る影もない。少女が『わっしー』と呼ぶ大親友とも呼べる存在の言葉にすら耳を貸さなくなった。

 

 

「殺してやる......。必ず、必ず殺してやる」

 

 

 感覚のない両掌を血を滲ませる程に握りしめ、顔の包帯の隙間からは憎悪を隠さない。この世の全てを敵に回してでも結城勇祐を殺したい......それほどの憎しみが彼女には存在していた。

 

 

「まっててね、みのさん......。必ず、仇は取るから」

 

 

 空虚な瞳は愛する親友の顔を幻視するが、その先に映るものは身を焼き尽くす程の私怨と憎悪と殺意のみ。

 少女は、世界を敵に回してでも復讐すると、再度誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 そして、『わっしー』と呼ばれた少女もまた、1つの覚悟を胸に、決意を新たにする。

 

 

「確かに、白面は銀を殺したのかもしれない。いや、『確実に殺した』。けど銀の死体はどこにも無い」

 

 

 少女の目の前で、腹にパイルバンカーを突き刺されたて銀は死んだはずだ。

 しかし、あの戦いの後、見つかったのは銀の武器と画面がひび割れたスマホだけ。

 

 

「私は、『銀が何処かに囚われている』と信じる」

 

 

 仮定も何もない、ただの願望。それでも少女はその願望に縋る他に無かった。

 

 

「そのっちは妄嫉に囚われている......私も、銀が生きているという妄執に囚われていて、同じかもしれない。けど、私は私が正しいと信じているから......この2年間が無駄であったと思いたく無いから............」

 

 

「だから私は、道を違えてでも大切な友達を守りたい」

 

 

 少女は、今や復讐という狂気に堕ちた大切な友達のために悪役になる事を決めた。

 それは誰もを悲しませない為に......。

 

 

 





勇祐
世界を敵に回してでも姉を守りたい。
けど姉はそれを望まないだろうから、せめて勇者部の味方でありたい。
夏凜に対しては容赦なくふざける。ふざけてたらご家族の方が現れた。真意は不明だけど心意気は伝わった。それはそれとしてどうやって変装していたのか聞きたいご様子。彼も中学2年生の男の子なのだ。


友奈
弟と友達を守りたい。出来るなら世界も守りたい。
勇祐の用事=不良達との付き合いだろうなぁと勝手に思っている。もう悪いことはしないと約束しているので疑ってもいない。木刀を突き付けられても「夏凜ちゃんなら当てたりしないよ!」と重い信頼を置いているので避けない。全方向に信頼重力負荷ガール。

夏凜
勇祐被害者の会を立ち上げても許されると思う。勇者部で1番、素行は勇者らしくなく、心は勇者らしい少女。自分の誕生日すら忘れていたのも、大赦ってヤツのせいなんだ。


あれだけ緻密な誕生日サプライズしてたのにーと少し泣いていたらしい。けど夏凜宅での誕生日パーティーで笑っていた夏凜を見て「まぁいっか」と思える優しさを持っていた。


夏凜宅での誕生日パーティーにおいて、一曲歌えと風に無茶振りされて焦った挙句全く声が出なかった。今度カラオケに行って練習しようね!と容赦ない友奈節が襲い掛かる。
なお依頼として姉に頼まれる模様。

東郷
なんで君だけ東郷表記なのかって?なんでだろうね?
誕生日パーティーには特製ぼた餅を振る舞った。その顔の奥に、暗い影を落としながら。


三好春信
おっさん巡査長からお兄さん大赦マンに変身を遂げた図。それどころか夏凜の実の兄で2度ビックリ。実は当初はおっさん巡査長だったという設定はなかった。


ヒステリック少女
彼女は狂っている。
世界を敵に回してでも復讐したい。


わっしー
彼女もまた狂っている。
友達と道を違えてでも、大切な友達を守りたい。



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第10話 それは樹の歌の話

話のストックが無くなりました。
なので、次回以降は不定期に更新になるかと思います。




 

 

 2度目の戦いが終わった後、もしかして...と真っ先に気付いたのは私だった。

 当然かもしれない。だって、ゆうくんのお姉ちゃんは私だから。

 それから何度目かの『勇者部女子会』で、急に東郷さんが言い出したんだ。「もしかして、あの白仮面は勇祐くんじゃないのか」って。思わず否定しちゃった。「そんな筈ない」って。でも皆、答えを得たかのようにもしかして、って思い始めたみたいで......。

 

 

 今だから......認める。そう、ゆうくんは白仮面を被って、何故か樹海に居るんだ。

 

 

 私はその事実から逃れようとしていた。嫌な予感しかしなかったから。頭の奥底でまるで金槌で打ち付けられるかのような痛みを伴った予感が拭えなかった。

 

 

 ゆうくんに聞こうとも思った。

 けど、聞けなかった。怖かったんだ。私は、きっと............。

 

 

 

 ------世界を敵に回してでも、ゆうくんと一緒になろうとするだろうから。

 

 

 

 

 でもでも!良い事もあったんだ!

 新しい勇者として、夏凜ちゃんが来たの。私が居ない間に、ゆうくんは白面じゃないって皆を説得してくれたみたいで、以前の勇者部のように戻ったんだ。夏凜ちゃんには感謝しかないよ。

 

 

 うん、これは家族の問題だから。だから皆は悩まなくてもいいんだ。

 私が解決すればそれで済むんだから......。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「ゆうくんおはよー!」

「おはよ、姉貴......ふぁーっ眠い......」

「寝不足?駄目だよ夜更かししてちゃ!」

「色々あるんだよ......」

 

 

 朝。

 つい数日前に姉と一緒の布団で寝る罰を受けてから、姉のスキンシップが過激になってきたので昨日から姉に起こされる前に起きる事にした。

 具体的に言えば、朝は布団に潜ってきて俺の顔をじっと見つめてくるし、起きたら起きたで抱きしめてくるし、俺の後ろを笑顔でついて来るようになった。更に風呂に入れば「一緒に入ろ!」だし、耳掃除をしようとすれば自分の膝をポンポンして『早く寝転がって?』と無言の圧力もかけてくる。

 なお寝不足に関してはこれらとは一切関係がない。むしろ疲れた体を癒してくれるまである。

 だからといって恥ずかしさは消えないので全力で断っているのだが。素直に受け入れた方が楽な気がしてきたな.......。

 

 

「ねぇゆうくん」

「ん、なんだ姉貴?」

「今度のお休み、暇だよね?」

「暇だけど......?」

「じゃあ今度のお休みはお出かけしよ!久し振りにゆうくんとお出かけしたかったんだ!」

 

 

 そういえば暫く姉とは一緒に出掛けてないな。ちょうど俺も買いたいものがあったからいいだろう。

 姉と休日の約束をした俺たちは東郷を迎えに行って学校に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 放課後。

 逃げようとしたら案の定、勇者部まで連行されてきた俺は諦めてぼた餅をもっちゃもっちゃと食べていた。もう入部届書こうかなぁ、と段々と抵抗する意思も弱くなってきたな。姉どころか東郷にまで腕を掴まれたら振り解く事も出来ないんだよ。最近、クラスメイト達の目も生暖かくなってきたし。だが最後の砦は破られんからな。絶対だぞ。絶対だ。

 

 

「じゃ、今日の部会を始めるわよー」

「「「「はーい」」」」

「三好、お前素直になったなぁ。こうやって素直に部会に参加するなんて数日前じゃ考えられなかったな?」

「煩いわよ。いいでしょ別に」

「はいそこ、痴話喧嘩しないの」

「「痴話喧嘩じゃない(じゃねぇよ)!」」

「うわっ声ピッタリ。ゆうくん、いつの間にそんなに夏凜ちゃんと仲良くなったの!?私もやりたい!」

「まさか不純異性交遊......!?いけないわ夏凜ちゃん!男は狼よ!?」

 

 

 俺をなんだと思ってるんだ東郷は?俺が見境なく襲い掛かる男とでも思ってんのか?

 すごい剣幕で唸る東郷。番犬か何かか?なぜ俺は風評被害を受けているのだろうか。

 

 

「勇祐さん、夏凜さんの家を知っていたと思えばまさか......」

「おい言いがかりは止せ樹。やめろ!タロットで占うな!」

「そうよ!なんで私がこのクソ野郎とこ、ここ交際とかしなきゃいけないのよ!?」

「お前もそうやって顔真っ赤にするからパイセンが囃し立てるんだぞ!」

 

 

 既に囃し立ててるけどな!パイセンはそろそろ殴らんと駄目かな。

 

 

「友奈ちゃんという存在が居ながら浮気する気なのね勇祐くん!?」

「だから交際もクソもしてねぇよ!」

「ゆうくん浮気なの?」

「そもそも姉貴と付き合ってすらいねぇよ!」

「誰がクソよ誰が!!?」

「あーもー!三好は黙ってろマジで!ややこしくなるから!」

 

「痴情の縺れ......刀傷沙汰......ナイスボート......あっ吊し人の逆位置」

「一応聞いとくけど、どういう意味だそれ?」

「やることなす事裏目に出る、です。ついでに浮気占いもやっておきますか?」

 

 

 聞いておきながら俺の返事を待たずにさっさと準備するのは止めるんだ樹くん。絶対おもしろがってんだろ。おい、やめろってだから!お前ら姉妹揃って悪ノリしてんじゃねぇぞ!

 

 

「あー愉快愉快。ほんと勇祐って面白いわねぇ」

「殆どパイセンのせいでしょうが......マジで敬う必要ないんじゃねぇのかこれ」

「敬いなさいよ。私は女子力の王女よ!」

「あっそ」

「酷い!?」

 

 

 酷くない。『残念ながら当然』と言うやつである。もうどうでもいいから部会を始めてくれよ。

 姉には「私も声ピッタリのやつやりたい!」とせがまれ、東郷には「浮気は切腹ものよ。腹を切りなさい勇祐くん。白装束と小刀は用意しておいたわ」とかほざいているし。なんで小刀と白装束を学校に持ってきてんだよ。ツッコんで欲しいのか?

 樹に至ってはタロットで浮気占いをし始めて「皇帝の逆位置......。『身体だけの関係は浮気じゃない』.........うわぁ」と心底冷たい目でこちらを見てきている。そろそろ頭を叩くぞ。もう滅茶苦茶だ。勘弁してくれ。

 

 

「アンタ達いい加減にしなさいよ!風も悪ノリしない!アンタは部長でしょうが!こんなことやってるからこの男は入部届出さないのよ!友奈も落ち着きなさい!あとで家でたっぷりやればいいでしょ!東郷は.....早くそれ仕舞いなさい。見なかったことにするから。樹もタロットカードを仕舞いなさい。はい!これで終わり。風、部会を再開させなさい」

 

 

 有無を言わさぬ三好の仕切りに部員全員がしぶしぶと従う。風に至っては「そんな...部長の仕事が......」と嘆いているが身から出た錆だ。精々悲しんでくれ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 で、今日の部会というのは近々樹のクラスで行われる歌のテストにおいて、樹が緊張して全く人前で歌えなく、このままでは不合格の危機なので歌えるようにしよう!というものらしい。俺がギター弾いてるとよく一緒に歌ってるんだけどな。どうやら人が大勢になると恥ずかしくなってくるらしい。

 

 

「そういうわけでして......」

「うちの妹の由々しき問題を是非解決してほしいのよ!」

「まずはこの人数でも歌えるようにするべきだろ。カラオケでもいくか?」

「賛成!ゆうくん頭いいね!」

「勇祐くんにしては中々いい発想ね」

「お前ら俺を褒めてるのか貶してるのかどっちだよ」

「勇祐から良い案も出たし、早速カラオケに行くわよー!勇者部しゅっぱーつ!」

 

 

 早速カラオケに来た俺たちはまずは樹の歌唱力を見る事にしたのだが......。

 

 

 

「うーん、控えめに言っても下手、かな?」

 

 

 天然毒舌な姉の第一声から始まり。

 

 

「緊張してガチガチになっているわ。もっとリラックスよ樹ちゃん。人目が気になるなら、目を瞑って歌ってもいいかもしれないわ」

 

 

 そこに東郷の割と的確なアドバイスが飛び。

 

 

「ファイトー!頑張れ樹!頑張れ樹ー!」

 

 

 妹バカになったアホパイセンが無駄に応援して更に樹の緊張度を上げさせ。(流石に煩いので頭を叩いた)

 

 

「緊張は誰しもするものよ。ほら、このサプリを飲みなさい。緊張が解れてテンションが上がるわ」

 

 

 三好はサプリで気持ちを落ち付けようと......って待て。それは危なやつじゃねぇのかおい!お前なんてもんを出してんだよ!

 

 

「やめろテメェ!樹に何飲ませる気だ!?」

「失礼ね!ちゃんとしたサプリよ!私も愛用してるのよ?」

「お前のようなゴリラ女と樹を一緒にするんじゃねぇ!中毒になったらどうする気だ!?」

 

「もしかしてそれはヒロポン.....!?ヒロポンなのね夏凜ちゃん!」

「お前も反応するな!姉貴!」

「イエッサーゆうくん2等兵!友奈吶喊しまーす!」

 

 双子の利点はこういう時に利用できる。目配せだけで姉を東郷に下に向かわせてくすぐりの刑に処させる。余計なノリで突っ込んでくるのがいけないんだ。

 

「ひゃひゃひゃ!ゆっゆゆ友奈ちゃ...やめっひっひっ......!」

「ここがいいのかなぁ〜?うりゃりゃりゃあー!」

「我々の勝利だ...」

 

 

 虚しい勝利だが面倒は避けておきたい。姉も東郷も、今の樹には早すぎるからな。

 

 

「サプリは凄いのよ。ほら、1回だけでいいから......」

「あ、あの...流石にちょっと......」

「1回だけ!1回だけでいいから!」

「お前も何やってんだよアホ。完全にヤク中のそれだぞ。ちょい貸せ」

 

 

 三好のアホからサプリと宣うプラスチック製の容器に入った錠剤を取り上げて中身を確認する。うん、俺は薬剤師でもないから分からん。三好のアホの返せ!という声は取り敢えず無視する。

 

 

「それっ」

「あーっ!私のサプリー!」

「ちょ...勇祐さん!?」

 

 

 取り敢えず分からないので飲んだ。

 

 

「んーー?」

「何勝手に飲んでるのよ!?しかも噛んで飲んだわね!?」

「勇祐がうちの妹のために毒味をかって出るとは......」

 

 

 噛んだのは味をみる為だ。不審点はあったものの、この薬自体には問題はないようだ。ジュースを飲んで取り敢えず薬ごと飲み込む。

 

 

「樹も気をつけろよ。こうやって覚せい剤を渡してくるやつもいるんだから。これはただのカフェイン剤だったっぽいけどさ」

「味で分かったのあんた?」

「これでも不良やってたんだ。薬の味を見分けるぐらいなぁ......」

 

 

 まぁ『半分冗談』だ。容器を見ればカフェイン剤と書いてあるし。ただ三好のアホが尋常じゃないような薬物中毒者のような雰囲気を出していたから気になって奪っただけだ。実際、カフェイン剤と言われて覚せい剤を渡される事もあるんだからな。

 

 

「ということは勇祐って危ないお薬を.....?」

「流石にやってねぇわ」

「でもゆうくん、2年ぐらい前はふらふらーっとどこか行ってたりしてたよね......ハッまさか!」

「......!勇祐くん!今すぐ病院に行って検査しましょう!?」

「私検査する!」

「いい案よ友奈ちゃん!私たち2人でやりましょう!」

 

 

 なんでいつもこう話が脱線するんだ。三好も俺に縋り付くな。それだけこのサプリ返して欲しいのかよ。......返すから擦り付くな鬱陶しい!

 お前はカフェイン中毒者かよ。カフェイン剤を飲む中毒者とか相当末期だぞ。

 

 姉と東郷もこっちににじり寄って来ないで欲しい。俺は健全だぞ。流石に当時小学生が薬物に手を出す筈がないだろう。

 

 

「ゆうくんはその辺信用ならないんだよね」

「どストレートに弟を信用してない発言やめて?」

「こういう悪い事になると、ね?」

「友奈ちゃんの言う通りだわ。最近はまともだけど、1年生の時は怖かったもの」

「あー、あの時の勇祐ってキレたナイフ!って感じだったわよねぇ......」

 

 

 半分黒歴史を俺の過去を知る姉と東郷とパイセンが話し始める。もう樹のカラオケなどそっちのけだ。樹も樹でその話に聞き入っているので始末がつかない。

 

 

「んで、三好。お前それどこで買ったんだ」

「通販だけど?アンタも私の事疑い過ぎじゃない?」

「カフェイン中毒なのは疑ってねぇよ」

「エナドリはそこまで飲んでないんだけど。日に4本ぐらい...?」

「十分飲んでるんだよなぁ......。程々にしとけよ?マジで死ぬからな?」

 

 

 俺の黒歴史が掘り起こされ、三好のカフェイン中毒者という新事実が発掘されて、樹の緊張を無くすどころかカラオケですら無くなってしまった。

 

 

「んんっ?......っと悪いわね、ちょっとお花摘んで来るわ」

 

 

 スマホを確認したパイセンがトイレに行った。どうやらあまり良くない内容だったようだが......。

 

 

「三好は行かなくていいのか?」

「そうね、私のところには来てないけど......。ちょっとおかわり取りにドリンクバー行くついでに行ってくるわ」

「俺のおかわりも頼むわ」

「自分で行きなさいよ......しょうがないわね」

 

 

 そう言いながらも俺のコップも引ったくりつつ持っていくのを見ると優しい奴だな、と思う。

 さて、どんな内容なのか......。胃に優しけりゃあいいんだが。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「で、どういう内容のメールだった訳?」

「......言っても私に怒らないでよ?」

「怒らないわよ。で、内容は?」

 

 

 一瞬迷った風だったが、自分の言葉よりもメールの本文をそのまま見せた方が良いと判断したのか、無言でスマホを夏凜に見せた。

 

 

「結城勇祐とあまり関わるな、か。まぁ、大赦の立場からしたらそうなるわね」

「疑った私達もあまり大きな声では言えないけど、大赦もまた疑ってる訳ねぇ」

「その後も気になるわね。次の戦いに備えろ......。何か来るの?」

「私も分からないわ。私には大赦からの連絡なんて何一つないし」

 

 

 夏凜には2度目のレポートを提出してから一切の連絡がなかった。勇祐の扱いで大赦が紛糾しているのかどうなのか、定かではないが揉めているのは確かであろう。『あまり関わるな』という文字も、言葉を選んだ上での発言にも見えていた。

 

 

「ま、どうでもいいわ。来るなら来い、よ」

「そうね、やってやりましょう。あの白面の事は気になるけど。恐らくこちらから手を出さなければバーテックスと勝手に戦ってくれるだろうし」

「そうね......私も最初は斬りかかったけど、風達がやらないっていうなら従うわ」

「そうしてちょうだい。奴の本当の動向を調べない事には、バーテックスとも戦えないんだから」

 

 

 風と夏凜は頷き合い、お互いの意思を確認する。白面が背中とは言わずとも、ある程度戦闘を任せられるだけの確証が無ければバーテックスとはまともに戦えない。常に横槍を気にしながらの戦闘は非常に厄介だからだ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 結局のところ、樹がまともに歌える事は無く、そのままカラオケは終了となった。

 

 

「結局緊張して歌えませんでした......」

「要練習だね、樹ちゃん」

「そうですね...もっと頑張らないと」

「あまり肩に力を入れても駄目よ?」

 

 

 そういうアドバイスはカラオケやってる最中に言うべきじゃないんだろうか。いや止めておこう。俺の不用意な発言でまた混乱の渦に巻き込まれたくはない。

 

 

「樹がちゃんと歌えたら勇祐のギターとのデュエットも聴きたいのよねぇ」

「いいですね風先輩!ゆうくんと樹ちゃんのコラボ!」

「勇祐くんのギターも中々のものですし、歌のテストが終わったらやってみるのも良いのでは?」

「えっ、えっと......」

 

 

 困った表情でこちらを見る樹。以前に犬吠埼家で料理教室をした時にギターを弾いてから、樹には度々弾いてくれとせがまれるようになっていた。こちらを見るということは俺が嫌がらないか、と思っているのだろう。俺も弾く事に関しては好きだし頑張ったご褒美、と言うにはおこがましいがそういう事なら吝かではない。

 

 

「いいぜ?歌のテスト頑張ったらな」

「ほ、ほんとですか!?」

「おう、というか俺のギターなんかでいいのか?」

「はい!勇祐さんの弾くギターってなんだか音色が優しくて......」

 

 

 そう言われると嬉しいもんだ。今まで観客といえば死んだ親と姉ぐらいだったものだが、こうして増えていくのは有り難い。自分が好きで弾いているだけだけど、やはり承認欲求はあるからな。

 樹もやる気が増したみたいだし、たまにはこういうのも良いもんだな......。

 

 




ゆうすけ
勇者部に連行されボーイ。連行された挙句玩具にされるのはもはや風物詩。入部すればこれが卒業まで恐らく続くけど別に入部しなくても同じだぞ!がんばれ勇祐!負けるな勇祐!男は弄られる運命にある!


ゆうな
ねんがんの ゆうくんと きゅうじつでーとを やくそくしたぞ !!
東郷さんに対するアルティメットウェポン。彼女が歩けば東郷さんの顔が笑顔になる。


とうごう
銃刀法違反ガール。だが神世紀に銃刀法などあるのだろうか......。
友奈の番犬。でも勇祐には甘える。たぶん尻尾はぶんぶん振ってる。


ふう
妹の為にえーんやこーら。でも役には立たない。囃し立てるのポンコツっぷりを曝け出した。勇者部のメンバーは「いつものこと」と総スルー。


いつき
歌のテストを頑張ったら勇祐がギターを弾いてくれると聞いて更にやる気が出てきた。


かりん
このユニバースではカフェイン中毒になってしまった。本当に勝手に一人歩きするな君は。書いてる作者としたら、書いてて一番楽しい存在。でも出番が多くなってしまったのが悩み。






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番外編 結城姉弟の休日

平和な回です。友奈と勇祐の姉弟関係の掘り下げ回、といった感じです。




 そろそろ7月にでも入ろうとしている今日この頃。梅雨から開けようか、開けまいかで天気が悩んでいるようで、焦れったくも湿っぽい空気のどんより曇りな毎日だったが、ここに来て姉のてるてる坊主と神樹様への礼拝より想いがこもっていそうな「晴れますように」という祈りが通じたのか雲一つない快晴を記録した。そこまで楽しみだったのか。少し恥ずかしいぞ。

 

「楽しみだね、ゆうくん!」

「たかが商店街行くだけだろ?なんでそこまで楽しみに出来るんだよ」

「だってゆうくんとお出かけするの久々だもん。そりゃあ嬉しいよ!」

「ん、そっか」

 

 そんなに純粋な好意の笑顔で言われてしまうと、恥ずかしくなってぶっきらぼうに答えてしまう。そんな俺に気付いたのか更に笑顔を満開させる姉。やめろ、恥ずかしがってるのを楽しまないでくれよお願いだからさぁ......。

 

「あんまり人の事を揶揄ってると朝メシ抜きだぞ」

「わー!ごめんゆうくん!」

「まったく......」

 

 そう言いながらもとっくの昔に姉の分の朝メシの準備はしてある。俺も甘いな。姉だし、しょうがないか。

 今日のメニューはトースト、目玉焼き、ウィンナーとベーコンだ。トーストはトースターに突っ込んだし、ウィンナーとベーコンはすでに出来上がっている。

 

「おっ?」

 

 目玉焼きを焼いている俺の頭の上に急に重量がかかる。まぁこういう唐突に頭の上に現れる存在は1匹しか居ない。

 

「お前も朝飯が欲しいみてぇだな牛鬼?」

 

 俺の頭に乗っていた存在を指でつまみ上げて目の前に持ってくる。ピンク色をしたつぶらな瞳の牛......牛?に角と羽根を生やしたかのような存在だ。よく分からんけど勇者システムについて来た式神らしい。この牛鬼に限っては姉の指示なしにこうして飛び出てくるのだ。

 

「ゆうくんごめんね、牛鬼が迷惑掛けちゃって」

「いいよ、こいつにもメシ食わせる予定だったし。よし、お座り」

 

 こいつとの生活も2ヶ月も経てば「ただのペットだな」となるもので、今では牛鬼に対して『お座り』と『待て』の芸は仕込んだ。仕込むのには苦労したが、一切のおやつと餌を与えなければ流石に言うことを聞くようになった。姉には「犬や猫じゃないんだよ!牛鬼は、こう......凄いんだよ!」と言われたけど説明があまりにも下手で雑だったのでスルーした。俺にとってはただのペットなんだよな。

 

「よーし、いい子だ。待てよ、まだだぞ」

 

 お座り、というより寝転がった牛鬼に、牛鬼用に別に焼いていたベーコンを山盛り乗せてやる。こいつ大食いだからベーコン1枚だけだと俺の指まで食べようとしてくるからな。食い意地だけはパイセンみたいだ。

 

「よし、いいぞ」

 

 10秒間の待てが出来たので食べていいぞと牛鬼の待てを解く。そうすると異様なまでの機敏さでベーコンの山に食らいつく牛鬼。美味いようで何よりだ。さて、俺たちも朝メシとしようか。

 

「お待ちどうさま姉貴」

「わーい!いただきまーす!」

 

 テーブルに待ち構えていた姉の前に作った朝メシを置くと、待ってましたと言わんばかりに焼き立てあつあつのトーストにマーガリンを塗っていく姉貴。俺も自分の分を席において食べ始める。ちなみに俺はジャム派。今日は気分的にマーマレードにした。目玉焼きは半熟。姉は固めだ。食の好物に関しては姉弟で割と違いがあったりする。二卵性双生児だからかどうかまでは知らないが。

 

「ゆうくん、 ブラックコーヒーなんてよく飲めるよね。私は苦くて無理だよー」

「んー。確かに苦いけど個人的には朝には飲まないと1日が始まらない気がしてなぁ...」

 

 コーヒーを飲めるか否かも姉と俺で違いがある。飲めるから、飲めないからで言い合いはしないのだが、姉としては俺が食べる、飲める物は食べてみたいし飲んでみたいらしい。今まで幾度となくブラックコーヒーに挑戦している姉だが、全戦全敗である。こういうところは頑固なので、諦めようとはしないのが姉らしい。

 

「飲めなくてもいいと思うけどなぁ」

「私は飲みたいんだよ!というわけでゆうくん!」

「ハイハイ......」

 

「というわけで」とは「ブラックコーヒー淹れて!」の意である。なので俺は溜息を零しながらキッチンにあるコーヒーポットから先程淹れたコーヒーを姉のマグカップに注いでやり、姉に持って行ってやった。

 

 まぁ、結果は見えていたのだがやっぱり「苦くて飲めないよー......」ということで俺が姉の分も飲むことになったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 暑くなって来た空気の中、俺たちは商店街を歩いていた。休日の午前中ということもあり、商店街は割と人が居た。

 

「おーう、結城さんとこの姉弟じゃねぇか!2人揃って歩いてんのは珍しいなァ!」

 

 

 そんな俺たちに声をかけるのは商店街の人達だ。話しかけて来る人達と時に立ち止まりり、俺たちは世間話をしながら商店街を歩く。

 

 

「おう勇祐坊主!今日は良い魚入ってんぞ!」

「買い物はするけど食材は後で買いに来るわ。今日のメインは姉貴の買い物なんだよ」

 

 魚屋のおっちゃんにオススメの魚を教えられるがまだ先に買い物があるから後だ。

 

 

「友奈ちゃん!こないだありがとうなぁ、勇者部の皆にもお礼言っといてくれや。ほい、コロッケ」

「こらあんた!こんなあっちぃのにコロッケ渡す奴があるかい!ほれ2人とも、アイスあげるから食っていきな!」

「わーい!ありがとうございます!」

 

 肉屋の夫婦にはコロッケとアイスを貰って店先の椅子に座って食べさせてもらったりした。

 

 

「おう仲良し姉弟じゃねぇか!揃うのは久々だな!」

「皆からそう言われるんだけど、そんなに久々だったっけ?」

「なに言ってんだよ坊主、中学に入学してからは覚えてる限りだとねぇぞ?」

 

 八百屋のおっさんにそう言われてそうだったっけ、と考える。姉が「ゆうくん忘れっぽいよね。この間も宿題をやってあるのに家に忘れたりするし」と言われてやはり忘れているだけなんだな、と思うことにした。というか後半は言わなくても良かっただろ。俺を辱めるつもりか、この不特定多数がいる商店街で。八百屋のおっさんにも笑われたじゃねぇか。

 

 

 

「ったく...勘弁してくれよな......」

「あはは、ごめんごめん。つい楽しくって」

 

 当初の目的地である服屋に向かいながら俺はげっそりとしていた。あの後も結局他の商店街の人たちからもからかわれて散々な目にあった。いつのまにか俺は弄られキャラになっていたらしい。まぁ、今更だなと一瞬でも考えてしまったのがなんとも負けたような気持ちになる。

 

「いらっしゃい......おや、友奈ちゃんに勇祐君じゃないか。珍しいね」

「あ〜お店の中涼しい〜」

 

 商店街にある服屋さんは、以前から俺と姉の洋服を買う際に重宝している店だ。こじんまりとしているが、カジュアルな服装で俺と姉の好みをグッと抑えてくれている。デザインはこの店の店長のお兄さんらしい。

 

「今日はよく晴れてて暑いからね。服を見ていくんだろう?麦茶でも出すよ」

「すんません店長。気を使わせちゃって」

「ははは、いいさこれぐらい。私も暇だったしね」

 

 店内の冷房で涼を取っている姉を見て店長さんが俺たち2人分の麦茶を入れてくれた。商店街に来てから貰ってばかりだな。それもこれも姉の人望と無敵コミュ力故か。有難がっておこう。

 

「店長さん、ありがとうございます。ん〜冷たくて美味しい〜」

「いつもみたいに自由に見て回ってくれてもいいんだけど、実は君達向けに1着作っちゃったんだ。見てみるかい?」

 

 とんでもない発言が店長の口から飛んできた。俺達向けってつまり俺と姉の為に作ったって言ってるようなもんだろ......?正気か店長。

 

「ついつい手が滑ってね。ほら、友奈ちゃんにはこれ。半袖パーカーだけど服の下の方を桜色で染色したんだ」

 

 店長が広げたパーカー。桜色に染色された涼しげな生地。さらに、背中には白く桜の花が模られていた。確かに、姉向けの服だろう。

 

「勇祐くんも、ほら。素材は同じパーカーだけど、こっちは藍染めで、春の夜をイメージしたよ」

 

 対して俺のパーカーは姉のパーカーと同じ素材だが、全体的に濃い藍色で星空のように白い桜の花びらが模られている。

 

「おぉ〜......すっごい......」

 

 確かに姉のように「すごい」の一言しか出てこないだろう。これを俺たちのために作ったというのだから凄まじいの一言だ。

 

「押し売りみたいになっちゃったから材料費だけでいいよ。どうだい?」

「おっ...お安い......。本当にこのお値段でいいんですか......?」

「あぁ、いいとも」

 

 値段も、どう考えても安い。更にデザインもいい。そうとなれば、あとは決まったようなものなのだが......。

 

「ゆうくん......買っても、いい?」

 

 姉の懇願する瞳。別に決定権が俺にあるわけではないので、この場合は「お揃いの服を一緒に着たいから買ってもいいか?」だろう。店長がここまで作ってくれたのだから、俺としては買わないという選択肢はないんだけどな。

 

「いいよ姉貴」

「やったー!ゆうくんありがとう!じゃあ店長さん、包んでください!」

「まいどあり。悪いね、買ってもらっちゃって」

 

 俺と姉貴、2人で気に入ったから買ったんだ。不満はどこにもない。

 俺たちは折り畳まれたパーカーが入った紙袋を手に店を後にした。

 

 

 

 店を出て、商店街をウィンドウショッピングしていればそろそろ昼時。

 俺の行きつけの喫茶店があるので昼メシはそこで食べる事にした。

 ここの喫茶店のマスターは口が少ない。いつも競馬新聞を読んでいる。店内も暗いし外のショーウィンドウに至っては埃が積もっていたりする。しかしコーヒーと料理が格別に美味いのだ。

 

「おっちゃん、ランチAセット。ドリンクはアイスコーヒーで」

「私はナポリタンとオレンジジュースで!」

 

 俺はいわゆる「いつもの」を頼む。半年ほど前からこの喫茶店で食事をする時はいつもこれだ。マスターはこちらをチラリと見て、仏頂面でキッチンに消えていく。

 

「そういえば、ゆうくんの買い物残念だったね...」

「ギターの弦をそろそろ買おうかと思ってたら臨時休業だもんなぁ。夏だしサーフィン行ってくる!つって」

「お休みは必要だからしょうがないよ」

「どうせ平日は暇なんだろうし、平日に行きゃあいいのになぁ」

 

 俺はといえば目当てのギター用の替え弦を売っている店が臨時休業で買えず仕舞いだった。

 今すぐ必要ではないのだが、目的が達成できないとモヤモヤしてしまう。

 

「じゃあこの後どうする?」

「メシ食ったらとっとと買い物済ませちまおう。暑くて外を出歩く気になれんし」

「あはは、そうだね。じゃあご飯食べたらここでちょっと休憩しよっか」

「賛成。そうしよう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「楽しかったねゆうくん!」

「あぁ、そうだな」

「また来ようね!」

「うん、また...だな。今度は出来れば涼しくなってから行こう。暑いのは苦手だ」

「あはは、そうだね。でも、普段の買い物なら一緒に行ってもいいでしょ?」

「そうは言っても姉貴は勇者部の活動があるだろ?いつ行くんだよ」

 

 午後3時。ちょうど太陽の照りつけが一番強くなる頃に俺たちは家に帰ってきた。まだ夏本番ではないとはいえ、ジメジメした暑さは耐え難い。家の中はヒンヤリとしていて助かった。そろそろエアコンの準備もしないとなぁ。

 

「あ、合間を縫えば!」

「そこまでして行くもんでもないだろうに」

 

 そこまで言うと涙目で机に突っ伏す姉。一々表現が大袈裟だ。ただ買い物に行くだけだろうに。牛鬼もなにか言ってやれ、と思ったがペットが喋れる筈もない。取り敢えずビーフジャーキーをおやつ代わりに与えておいた。

 

「今度絶対に一緒に買い物行くからさ、それで勘弁してくれよ」

 

 姉の目の前に氷を入れた麦茶のコップを差し出す。ひとまずはこの約束でどうにか満足してもらおう。

 

「絶対!ぜーったいだからね!」

「おう、忘れねぇって」

「指切りしよ指切り!」

「子供かっての...しょうがねぇなぁ」

 

 俺の顔が半分ぐらい笑っているな、と感じながら姉と指切りをする。

 

「ゆーびきりげーんまん。嘘ついたら正拳突きで百発なーぐる!」

「いや物騒だな」

「これぐらいしなきゃゆうくん忘れそうだから!ゆーびきった!」

 

 

 こうも幸せそうな姉の顔を見たら、忘れようとしても忘れられねぇよなぁ。

 

「指切りもしたし、ゆうくん!ギター弾いて!」

「ちょっと休ませてくれよなぁ」

「じゃあ一休みしてからね!」

「はいはい、分かった分かった」

 

 俺のギターのファン第1号様からのご依頼だ。無下に断る事も出来ない。俺の分の麦茶を飲んで、一休みしたら一曲、弾くかな。

 

 

 

 



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第11話 それは彼女と彼の夢の話

これがやりたくて勇祐にギターを持たせました。
まだもう暫く不定期更新が続くかと思います。


 

 樹の歌のテスト本番の壇上。彼女は僅かに震えていた。それは皆の前で歌うという行為への恐怖心の表れだったが、彼女はそれを抑えられるだけの覚悟を決めていた。

 

(勇者部に入って.....。ううん、それまでもお姉ちゃんにお世話になりっぱなしだった)

 

 樹が思い出す事は、両親が死んだと伝えられた2年前のあの日。その日から風の顔つきはそれ以前より遥かに頼りになる姉としての顔つきに変わっていった。

 樹は、その原因が自分にあると気付いていた。自分が頼りなく、おどおどしていたから姉はそうせざる得ない状況に追い込まれたのだと。

 

 だから、姉として、唯一の家族としての責務を果たそうとして勇者の事を、大赦から与えられたお役目の事を黙っていたのだと樹は考えた。

 

(私はお姉ちゃんのようにはなれないけれど......)

 

 樹の手には、いつの間にかノートに挟まれていた1枚の手紙が握られていた。

 それは勇者部の彼女達がサプライズとして挟んだであろう手紙で、樹を応援する言葉が各人から贈られていた。

 その中に、見慣れぬ筆跡で書かれた名前のない「ガンバれよ。お前なら出来る」の文字。

 風、東郷、友奈、夏凜の言葉は名前付きである。夏凜の名前については、恐らくその見慣れぬ筆跡の筆者が書いたのだろう同じような文字で書かれていた。

 

(夏凜さんは、恥ずかしくて名前書けなくて......たぶん勇祐さんが書いたんだろうなぁ)

 

 樹は易々とその光景が脳裏に浮かぶ。夏凜が名前を書かなかった理由を察しておきながら勇祐が「名前が無かったから書いておいてやったぞ」と笑顔で言っている姿を想像して、思わず笑った。

 

(こんな人達に囲まれて、応援されて、励まされて)

 

 ------だから、お姉ちゃんの隣で歩ける、私になりたい。これが、その第一歩だ。

 

 

 自然と、震えは止まった。

 

「犬吠埼さん?」

 

 歌の先生が、樹に心配そうな声を掛ける。一瞬目を閉じた彼女はゆっくりと目を開け、元気よく「大丈夫です!」と答えた。

 

 

 歌のテストの課題曲が、歌の先生のピアノの伴奏によって奏でられていく。樹は鍵盤が弾き出すメロディに不思議な高揚感を得ていた。

 そして歌い始めた彼女の歌声は、今までの緊張して音程が酷く外れていたモノとは全く違うものだった。

 

 テストの結果に関しては......何も言うことはないだろう。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「樹のテスト、上手くいったかな」

 

 とある場所からの帰り道。放課後からずっと作業をしていた俺は漸く樹の歌のテストがどうなったのかと心配出来るだけの余力が出て来た。

 それだけ大変な作業だったのだ。文字通り、身を削るような作業だった。正直、二度とやりたかない。

 

 先日、遂に俺は勇者部専用のグループチャットに突っ込まれてしまった。本当に嫌だったのに。これで「そんな部活の連絡なんて聞いてない」とは言い出せなくなってしまった。今までは休日の度に逃げてきたというのに、これでは本当に勇者部に所属しているようなものじゃないか。実質的な仮入部だぞこれ。

 

『仮部員見てるー?』

 

 そんな時に限ってこういうチャットを飛ばしてくるパイセン。一体何の用だ?

 

「何の用?」

『特になし!』

『仮部員で反応するなんて律儀ねアンタ』

 

 うっせぇよ木刀暴力にぼしゴリラ。というか用はないのかよ。なんで呼んだんだ?

 

『律儀なのはゆうくんの良いところだよ!』

『勇祐くん、ぼた餅あるからこの入部届にサインを』

「ぼた餅は欲しいけど入部届は書かないからな」

『そろそろその意地っ張りも止めたらどう?』

『こっちは楽しいよ〜?』

『ぼた餅』

『楽しいですよー』

『ぼた餅』

 

 ぼた餅ぼた餅うるせぇな東郷。ぼた餅星人か何かかお前は。『ぼた餅大明神』......おい誰だ今の。

 

「ところで、樹」

『はい、なんでしょうか?』

「歌のテストってどうだったんだ?」

『はい!皆さんのお陰でバッチリです!』

 

 おお、そうかそうか。そりゃあ良かった。自分のことのように嬉しいな。よく頑張ったなぁ。

 

「良かった良かった。頑張ったんだな樹」

『えへへー...』

『ちょっとうちの妹を誑かさないでくれる!?』

『不純よ!』

『あんた......最低ね』

『ゆうくん!駄目だよそういうのは!』

 

 なんでそうなるんだよ。おかしいだろ色々と!褒めただけでなぜこうも弄られるんだ。だから嫌だったんだよこのチャットグループに入るの!殆ど集団暴行じゃねぇか!

 ったく......。まぁいいけど......ん?樹から個別チャットが?

 

『勇祐さんごめんなさい!私のせいで...』

「いや、いいんだよ気にすんな」

 

 律儀な子だ。こう思うのもたぶん2回目ぐらい、だったか?

 

 

 ------むしろ、謝りたいのは俺なんだけどな。

 

 

 こうやって黒い感情を出そうとする癖は止めた方が良いよな。どう考えても精神面的に悪影響しかない。

 

『頑張ったので、ご褒美のギターを弾いて貰いに、カラオケにでも行きませんか?ちょっと手伝って欲しいこともあって......』

 

 そういえばそんな約束もしてたな。手伝って欲しいこと.....ってなんだ?

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「歌手のオーディション用のバックミュージック......ねぇ」

「その......どうでしょうか?」

 

 樹と合流したカラオケ店。室内に入ると樹は真っ先にノートパソコンの画面を俺に見せてきた。そこには歌手デビューのオーディション案内と書かれたホームページが映し出されていた。どうやら樹は、そのオーディションの課題曲に配布されているサウンドを使うのではなく、俺のギターの音を録って使いたいらしい。

 

「実を言うと、バンドのオーディションもあってですね......」

「ほうほう、成る程なぁ」

 

 ページを下にスクロールしていくと、確かにバンドオーディションの項目がある。樹が言うには、俺とどうやらバンドを組んで1度お試しで応募してみたいらしい。

 

「面白そうだな」

「ほ、ほんとですか!」

 

 今までそうやって自分を売り出そうとは思ってもみなかった。自分の趣味で、自分が楽しくて、それでいいと思ってた。恐らく、今までの樹も同じだったんじゃないだろうか。

 でも樹は、最初の一歩目を踏み出した。勇気を出して未来をより良くしようと頑張っているんだ。例え、この挑戦がお遊びで終わったとしても、得難い経験になると確信して。

 

 それがとても面白そうだった。

 

「いいじゃん!やろうやろう!」

「やったぁ!勇祐さんとやってみたかったんですよ!」

 

 な、なんかすっごい喜んでるな......。取り敢えず楽譜見て練習してみるか.......。

 

 

 

「......これなら行けそうだな」

「なら1度、通しで演奏してみませんか?」

「おう、いいぜ」

 

 楽譜を見ると、そこまで難しそうな曲調ではなく、静かに弾き語るかのような楽譜だった。要は1音符毎にどれだけ想いを乗せて響かせることが出来るかが勝負所なのだろう。

 

 だが実際、樹が歌い始めるとそれが間違っている事に気付いた。樹が奏でる歌の音色。その音色を更に引き立てさせる事がギターの役目なのだ、と。ギターは想いを込めるのは確かに必要だ。だがボーカルの邪魔をしてはいけない。ただ裏方に徹してボーカルの援護をする。今までソロで弾いてきたから、この感覚が分からなかった。でも今なら分かる。

 

 ------楽しい......!

 

 思わず主張してしまいそうになる自分を抑えて、弦を弾き続ける。目の前で楽しそうに歌う樹を見ると微笑み返してきた。その笑顔が微笑ましくて、俺も思わず笑顔になる。そうか、これが誰かとセッションするって事か。

 

 そうして1度目の演奏が終わり、俺と樹は目を合わせる。

 

「すごい、最高ですよ勇祐さん!」

「あぁ、楽しいな。とっても」

 

 そうしてある程度練習を重ねた俺達はたった数時間ではあるが出来の良い曲が出来上がり、それを応募作品としてオーディションに送る事にした。

 

 

「ところで......バンド名って、どうしましょう?」

 

 オーディションの応募フォームを入力していた樹がバンド名の入力の欄で止まった。確かにそうだ。その辺全く考えてなかったな。どうすっか。

 暫く悩んだ後、思いついたと言わんばかりに樹が言い出した。

 

「えっと『勇樹』とか、どうでしょう」

「『勇樹』...。なるほど俺と樹の名前を勇気と掛けたのか。いいじゃんいいじゃん。それで行こう!」

「じゃあ勇樹でいきますね!」

 

 キーボードを叩き、必要事項を入力した樹は送信ボタンを押すところで止まった。

 

「どうした?」

「いえ、その...緊張して......ほ、ほんとうに送っちゃっていいのかなぁって」

 

 今まで乗りとテンションで来ちゃった系か。分かるぞ、その気持ち。ボタンを押すところで正気にでも戻ったか?だがしかし。もう遅いんだよ樹くん。なにせ俺が乗り気なんだからなぁ......!

 

「残念だが樹、俺は......」

「は、はい......」

「悩んでる奴の背中を蹴り飛ばすのは大好きなんだよッ!送信!!」

「あーっ!!」

 

 樹の右手が添えられているマウスの上に俺の手を重ねて左クリックをする簡単な作業だ。ふははは、悩むからいけないんだ樹。俺はこういうの大好きだからなぁ......!

 

「ゆっ、ゆゆゆ勇祐さん!?」

「樹から言い出したんだ。悪く思うなよ」

「凄い悪役っぽい顔してますけどやってる事がみみっちい......」

「そりゃあ、たかが中学生のやる悪戯なんてこんなもんだよ」

 

 可愛い後輩に大それた事なんて出来ない、とも言う。

 

 

 思わず樹の右手を握ってしまったことは、その......黙っておこう。恥ずかしいし。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 カラオケからの帰り道、時間は既に夕飯の頃を過ぎていた。いくら夏前で日が暮れる時刻が遅いとはいえ、これから暗くなる事を予想すれば、勇祐は樹を一人で家に帰すという選択肢はなかった。

 

「すいません...家まで送ってもらって」

「気にすんなよ。最近何かと物騒だしさ」

 

 確かに勇祐の言う通り、ここ最近ケンカや強盗などの暴力事案が増えているとニュース番組が伝えている。神樹への信仰を軸とした教育により、モラルや治安は悪い筈がないのだが、『何故か』その教育や教えに反発する子供が育ちつつあった。勇祐もその内の1人なのだが、だからと言って見知らぬ誰かに暴力を振るう事はない。彼が暴力を振るう存在は『既に暴力を振るった者だけ』であるのだから。

 

 実際、不良グループの抗争などが活発化しつつあるというのは勇祐は自分の不良情報網から仕入れていた。そういう事情もあって、勇祐は樹の帰り道を送っている。事情がなくても彼なら送っていくであろう。

 

「流石に勇者システムを一般人相手に起動する訳にもいかないしなぁ」

「私も、使いたくないですもん」

 

 勇者システムはバーテックスに対して使用するものであり、ましてや人に使うものではない。もし使ってしまったら、と考えた樹は一瞬で背筋が寒くなる感覚を感じて急いでその悪い思考を止めた。

 

「......どうした?」

「いえ、なんでもないです」

「そっか。まぁ、大変だよなお前らも。いつ呼ばれるか分からないお役目を意識しながら毎日を過ごさなきゃいけないんだろ。俺だったら嫌だね」

 

「実際、姉貴や樹達が呼ばれると生きた心地がしないしな」と勇祐は続ける。その顔はどこかばつが悪そうにしながらも、眼だけは悲しそうに緩んでいた。勇祐は口が裂けても「俺も嫌だ」とは言えないだけであるが。

 

「勇祐さんは、よく喧嘩とかされてたんですよね?」

「ん?まぁ、そうだな。最近はやってないけど」

「不躾だとは思うんですけど......その、喧嘩の心得とかはあったりするんですか?」

「ビビったら負け。あと、売られた喧嘩は必ず買う、かな」

「ビビったら負け......」

「後者はまぁ置いとくとして、ビビったその瞬間って体が大なり小なり硬直するんだわ。んで、その一瞬を突かれると一気に負けに追い込まれる。だから相手の目を睨んでやるんだ。『俺はビビってねぇ!お前が動いたら俺はお前をぶん殴る!』ってな」

「ちょっと乱暴のような......」

「そうか?んでもさ、バーテックス相手ならそれぐらいがいいと思うぜ?」

 

 そう言われるとそうかもしれないと考え込む樹。割と正論かと思われる事を言われると信じやすいのだろう。勇祐は樹に何処か危なげさを感じた。何か、ひょこひょこと何かに付いて行って騙されたりしてしまいそうな、そんな感覚だ。

 

「あとあんまりやろうって躍起になるのも......ん?」

 

 

 勇祐と樹の進路を塞ぐように数人の不良高校生らしき男たちが立ちはだかった。

 

「おい中坊くん?ちょっと財布だけ置いてってくんない?」

「ゆっ、ゆゆゆ勇祐さん!どうしましょう、これって所謂カツアゲですよね?」

 

 突然の出来事に慌てふためく樹。だが勇祐は心底驚いた顔をしていた。なにせこの辺りで自分に絡んでくる存在は既に全員殴り飛ばしたと思っていたからだ。

 

「いや、本当に居たんだな、カツアゲする高校生。弱い者イジメして恥ずかしくないのか......?」

 

 勇祐の純粋な疑問である。立場で考えれば、高校生からすれば中学生は弱者の立場だ。それを狙っての犯行なのだろうから、よほど芯根が腐っていると言えよう。

 

「アホくさ。付き合ってられんわ。行こうぜ樹」

「い、いいんですか?」

「いーんだよ。どうせ俺の知り合いがシメるから」

「てめぇ調子に乗ってんじゃねぇ!」

 

 遂にキレた短気な高校生が勇祐に殴りかかる。腰に力も乗っていなければ、腕の振り方も微妙な殴り方。それを一瞥した勇祐は冷めた目で、殴りかかる腕を弾いた。

 

「!?」

「アウト。シバき回すわお前ら」

 

 目には目を。暴力には暴力を。勇祐の持論である。

 宣言した勇祐は重いボディブローを殴りかかった高校生の腹に打ち込む。そして痛みに下がった頭を側面から蹴り飛ばした。頭を蹴られた高校生は地面を転がっていき、側溝に落ちてピクリとも動かずに止まった。

 

「勧善懲悪の時間だオラァ。テメェら可愛い後輩の前で舐めた報い、存分に払ってもらおうかァ?」

 

 勇祐の声は完全にキレている。そのピリッとした空気に思わず樹は後退った。そして、格好良い、とも思ったのだ。まるで漫画や映画の中でしか見れない不良たちのバトルが見られるのだ、と興奮した。

 

「やっちゃえ勇祐さん!」

「お前そんなキャラだっけ......?まぁいいや。ギター持ってて樹」

「はい!」

「テンション高すぎて俺心配だよ......」

 

 数人がかりで勇祐に殴り掛かろうと走ってくる高校生達。だがその拳は宙を殴り、勇祐に手玉に取られるように1人、また1人と勇祐にボコられて撃沈していく。最後の1人が破れかぶれの拳を放ち、それを受け止められ、背負い投げされた彼は勇祐渾身のサッカーボール蹴りで意識を失った。

 

「俺に手出すからだボケ」

「おぉ〜......凄かった、ですね......」

 

 パンパンと手を払いながら樹の元に戻っていく勇祐。その顔は少し恥ずかしそうだ。

 

「すまんな樹。カッコ悪いとこ見せちまって。怖くなかったか?」

「怖くなかったけどカッコ良かったですよ!こう、映画の中の殺陣シーン!って感じで!」

 

 興奮した様子で話しかけてくる樹。成る程、要は普段の現実とはかけ離れ過ぎていて、映画のワンシーンのように見えたから怖がるどころか興奮してるのか、と勇祐は思い至った。

 

「真似は、するなよ?」

「さ、流石にしませんよ......」

「ならいいんだけどさ」

 

 これには流石の勇祐も心配になってくる。だがバーテックスと戦う以上、こういうのも大事かな...?と思考を放棄した勇祐はそのまま樹を家にまで送っていくのだった。

 

 




暴力少年勇祐
誰かと秘密の作業をしている。えっちな事ではない。たぶん。実は友奈が自分の曲に合わせて歌うことは今までなかったのでこれがセッション。すごく楽しかったらしい。不良スレイヤー。ドーモ、サンシタコウコウセイ=サン。不良スレイヤーです。

夢見る少女樹
勇祐のギターがすごく好きで、思わずバンドに誘ってしまった。恥ずかしさは押し殺して夢に向かって歩め、ミライモンスター!
勇祐の喧嘩はどこか画面の中の出来事っぽくて凄かったらしい。

三下不良高校生
神樹様信仰のこの世界なのになぜか湧いてくる不良達の一部。湧いて出てきては勇祐と元勇祐の愉快な仲間達にシバき倒されて更生させられている。実はその背後には春信さんが居る。





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第12話 それは決断の時

苦しくても味方であり続けるか、辛くても敵であり続けるか。
それを選ぶということは即ち......。

次回はクリスマスに短編を挟む形で投稿します。よろしくお願いします。


「4度目ともなると、随分と慣れたもんだなぁ」

 

 唐突に訪れた4度目の戦い。

 俺も例外なくそこに呼ばれていた。

 相変わらずの暗い空に、虹色に輝く木の根が張り巡らされた世界。個人的には苦手な世界だ。ここには戦いしか待っていないんだから。

 嫌でも戦わなければ、身体を操られて姉達を殺さなくてはいけなくなる。

 嫌だ、嫌だ。なぜバーテックスとかいう化け物どころか姉達とまで戦わなくてはいけないのか。一体俺が何をしたと言うんだ。姉を殺せと神に命じられる程に俺はバチが当たる事でもしたのか?

 

『早く殺せ』と身体のどこかが衝動として俺に訴えかける。それを煩いと一蹴して溜息をつく。従わないと不味い気がするが、従ったらこの戦いが終わったあとでもう2度と勇者部とは会えないだろう。

 その時こそ大赦の敵として討伐される訳だ。やってられない。

 

「はぁーっ」

 

 どう足掻いても勇者部との戦闘は避けられないだろう。そして今回辺りで勇者部には完全に姿が露呈してしまうだろうという予感がある。覚悟している事だが、やはり知られる恐怖はあるというもので、ため息ばかりが出ていく。

 

 

 やるしかない。

 

 そう思っていてもこの理不尽さには辟易とする。勇者達の敵でありながら、勇者の為に戦う。なんて矛盾した行動なんだろう。思わずこの首を掻き切って死んでしまいたい。

 

「死ねば楽に......は、なれないんだろうなぁ」

 

 死にたくないし生きたい。でも死んだ方が楽になれるとは思う。しかし、その先に待っているのは天の神が存在する限り永遠に傀儡に成り下がるだけの人生だ。

 まるで俺自身が人質みたいだな、と苦笑する。我が身可愛さに、人類に敵対行動をしているのだ。愚かさが身に染みる。

 

「っし...!」

 

 そこまで考えて。両頬を両手で強めに叩く。ちょっと白面が邪魔だったが関係ない。

 

 ------やるか。

 

 気合いを入れ、空高く飛び上がる。その先に、5体のバーテックスを見つけて口の端を自分でも気付かない内に歪めていた。

 

「皆殺しだ......!」

 

 その声に、憎しみを孕ませて。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 一方その頃、樹海に召喚された勇者部一同は困惑していた。彼女達が勇祐を招待したチャットアプリ『NARUKO』。勇祐のそれには勇者システムに搭載されている位置情報確認機能が隠して搭載されていた。勇者部部長の風の許可の下、東郷が密かに開発していたのだ。

「元々は友奈ちゃんの追跡用だった」との発言は風はスルーしたが、勇祐が白面である、という疑念が晴れない以上はやるしかないと思ったのだ。

 

 端的に言えば、この思惑は成功した。最も、彼女達全員はその『成功した場合の結果』を信じたくなかったのだが。

 戦いの前に、酷く沈黙してしまう勇者部一同。部長である風はその沈黙に発破を掛けた。

 

「暗い顔しない!たしかにこの樹海に勇祐が居て、バーテックスに向かって飛び出して行ってるわ。けど勇祐が敵だと決め付けは良くない。まだスマホを持っているのが本当に勇祐なのか、勇祐が白面なのかもまだ確定していない」

「だから、確かめに行きましょう!」

 

 風の理論は的を得ているようで、本質は答えの先延ばしだ。解決策ではない。だがそれでも前に進まなければいけない。そうでなければこの世界が終わってしまうのだから。

 

「仮に、ゆうくんだとしても大丈夫だよ」

「友奈ちゃん......」

「あの子は、優しい子だから。お姉ちゃんである私が1番良く分かってる。だから分かるんだ。きっとゆうくんは私達の為に戦ってる筈だよ」

 

 笑顔の友奈が勇者部にそう語る。その声は期待や願望が混じったものではなく、確信をもった言葉だ。

 

「それに、白面を敵と決めつけるのも良くないと思うんだ。夏凜ちゃんから聞いたけど、お話は出来るんでしょ?なら、分かってくれるよ!」

 

 だから私はやるよ。と友奈は告げる。その言葉を、勇者部の彼女達は信じた。風、樹、夏凜、東郷が頷いた。

 

「もし話を聞かなくても叩けば言う事聞くわよね」

「海軍懲罰棒ならありますよ風先輩」

「なんであるんですか......」

「ぼ、暴力は駄目だよ!えっと......勇者部に入部させるとか?」

「なんで勇者部に入部させる事が罰ゲームみたいになってるのよ」

 

 もし反抗期だった場合を話す4人。夏凜だけがスマホを触って何かをしていた。

 

「何してるの夏凜ちゃん?」

「ん?勇祐に電話」

「「「「えぇ!?」」」」」

 

 唐突になんていうことをやらかしてるんだ、と言わんばかりに4人が夏凜に詰め寄る。

 

「ちょっと夏凜!何勝手にやってんのよ!?」

「勝手も何もないわよ。確かめればいいでしょ?」

「それは、そうだけど......」

 

 実際、彼女達も思わなかった訳ではないのだ。『スマホがあるんだから電話すればいいんじゃないか』と。しかしながら彼女達はその勇気がなかった。深淵への扉を開いてしまう気がしてしまったからだ。

 

「私はあいつが白面だと信じちゃいないけど、こうも状況証拠があるなら疑わざるを得ないのよね。だから、勇者として看過出来ないから電話する」

 

 相手へのコールが始まり、そして終わる。その間の数秒間がとてつもなく長い時間に思えた。

 

『.........誰だ?』

「通りすがりの不良勇者よ」

 

 夏凜の口から出た言葉は、勇祐と夏凜の2人しか知らない意趣返しの言葉だった。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 いやいやちょっと待て。なんで俺はスマホを持ってんだ。夏凜から電話が来なかったら気付かなかったぞ。ていうかなんで今電話が来てるんだちょっと待てってほんと。今電話来るって確信犯だろ。もうモロバレじゃねぇか。ほんと待ってくれよ。

 

 控えめに言っても俺は焦っていた。その内バレるだろうなぁと思っていたのがまさか唐突に今バレるとは思ってもいなかったのだ。本当に心臓に悪い。

 

「出るしかない、だろうなぁ」

 

 バーテックスに向かっていた体をその場に止めて意を決して電話に出る。こういう電話には出たくない。一応知らん人っていう体で出てみるか......。仮面を被ってると声が篭って聞こえるし、少し声のトーンを落としたらバレない、と思う。そうだったらいいなぁ。

 

「......誰だ?」

『通りすがりの不良勇者よ』

 

 あいつ......あの夜の俺の真似してやがる......!

 

『あんたそこで何してんの?こちとらあんたの位置は分かってんのよ。無駄な努力は止めて降伏しなさい。ぼた餅が悲しんでるわよ』

 

 そこは姉が悲しんでる、とか言わないんかい。思わず突っ込みそうになったぞ。

 

『......あら、もしかして家に知られると不味い系?御愁傷様。こっちは知った事じゃないのよね。勇者部に仮入部したのに『悩んだらすぐ相談』しないあんたが悪い。というわけで』

「......!?」

 

『勇者部の最終兵器、友奈と東郷を送り込んだから仲良くしなさい』

 

 笑いを堪えられないという様子の夏凜。そして言うだけ言って電話は切れた。ははは、やりやがったな。あのにぼし女。

 

「ゆうくん!」

「勇祐くん!」

 

 俺が今この場に一番居て欲しくない奴を2人も寄越しやがって......。ぜってぇ許さねぇ。

 勇者の姿で飛んで来た姉と東郷。東郷に至っては銃をこちらに構えている。今の俺の状態だと、銃弾も『見てから避けられる』とは言え、流石にキツい。逃げるという選択肢は無くなる。あの銃弾の雨を避けながら逃げられるとは思えない。

 

 いや待て、なんでナチュラルに『逃げる』と『戦う』で悩んでるんだ俺は......いやしかし、どう説明するんだ。「天の神に操られてて偶に暴れ出したり殺しそうになったりするけど味方だよ!」とでも言えばいいのか。無理だろ。俺なら信じないぞ。

 

「なんで、って聞かないよ。ここに居る理由も、事情も。でも、教えて。貴方は、私の知ってるゆうくんなの?」

 

 そうだ、の3文字が口から出てこない。肯定出来ない。その行為がとてつもなく恐ろしく感じる。

 もし、俺が話したら......。

 

『この人殺し!』

『よくも、よくも銀を......!』

 

 

 唐突に脳裏に響き渡る、いつの日か聞いた俺を罵倒する声が、今度こそ鮮明に再生される。されてしまった。俺が抑えていた、忘れ去っていた、思い出したくなかった記憶が吐き気と共に蘇る。

 

 

『言っては駄目だ』

 

 何処かから、そんな声が聞こえた気がした。俺に、まだ抱え込めって言うのか。

 

『言ってしまえば、須美はお前を殺さざるを得なくなる。それが約束。だから駄目だ』

 

 須美、須美......?お前、は.............。

 

 

 

「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 そして、俺の脳が熱く燃え上がるように痛みを発して叫び声を上げながら俺は意識を失った

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「AAAAAaaaaaaaaaaaaa !!!!!」

 

 絶叫。慟哭。嗚咽。

 

 最早どう言い表せばいいのか分からない叫びに、友奈と東郷は思わず後退る。その咆哮に心の底から呼び起こされる恐怖に顔を歪ませる他無かった。

 

「ゆうくん!!」

 

 友奈が叫び、勇祐に触れようとする。だがその瞬間。勇祐に雷が落ちた。

 唐突に重ね合わせるように起きた出来事に、流石の友奈も東郷も手を出す事が出来ずに事を見守るしかなかった。

 

 

 そして、雷が晴れた時。勇祐が居た場所には勇祐は居らず。『勇祐であったモノ』が立っていた。

 

「バーテックス......!」

「そん...な......」

 

 二足で立ち、人の面影を残しながらもその姿は正しくバーテックスそのもの。新たに被ったフードの奥からは白面と同化した顔が覗き、禍々しい口が開いている。赤と白の装束もボロボロになり、そして真白に染まっていた。

 

「やはり銀を殺したのは......ッ」

「待って東郷さん!ゆうくんの様子がおかしいよ!」

 

 

 東郷が二丁拳銃を構えるが、友奈はそれを止めた。

 見ると、勇祐だったモノは頭を抑えながら苦しそうに呻き声を上げていた。まるで何かに抗うように。

 

「AAAaaaaa.........!!」

「ゆうくん!」

「ク、るなァァ!!」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとした友奈に、勇祐がパイルバンカーを射出。友奈に接触する寸前で釘は止まったが、勇者バリアは発動することがなかった。

 

「どうしたのゆうくん......。怖くないから、ね?私、お姉ちゃんだよ?」

 

 それでも、友奈は歩みを止めなかった。寸んでのところで止まったものの、あと数センチ先にいたのであれば貫かれていたにも関わらず、彼女は弟の為に両手を広げて敵意がない、安心してとゆっくり声を掛けながら近づいて行く。

 

「大丈夫だよ。私が側に居るから」

「グ......グゥッ......!」

 

 ゆっくりと近付いて行く友奈。だがそこにその場に居た2人ではない何者かの干渉を受けた。

 

「きゃあ!」

「友奈ちゃん!?くっ、邪魔よバーテックス!」

 

 バーテックスだ。まるで勇祐を守るかのように攻撃を仕掛けて来たのだ。友奈はその攻撃に反応出来ず吹き飛ばされ、東郷は友奈を追いかけながら応戦を開始した。

 

 そして勇祐は、その光景を見て、動きを止めた。

 

 吹き飛んで行った友奈。

 交戦しながらも攻撃を受けて痛みの声を上げる東郷。

 彼を愛し、そして彼に優しくした2人。その光景を見て失った意識を呼び戻す事は容易かった。

 

 

 ------だが、正気までは元に戻らない。

 

 憎悪。

 そう、憎悪だ。姉に攻撃をしたバーテックスを憎んだ。だがその憎悪は、姉や勇者部に対する狂気とも言える憎しみへと変換されていく。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」

 

 まるで獣のような咆哮。勇祐はもはや人ではなくなっていた。

 

「くっ......勇祐、くん!」

 

 痛みに耐えながら東郷が起き上がる。東郷はまだ此の期に及んでも、勇祐を信じたかった。例え白面であったとしても、勇祐は私達の味方であってくれる、と。

 

 だが足が動かず、勇者システムの補助で動けるものの、他の勇者と比べて移動速度が遅い東郷は格好の的であった。

 そこにバーテックスの攻撃が飛んで来る。

 駄目だ、避けられない、と目を閉じた東郷。だがそこに攻撃が飛んで来ることは無かった。

 

「ゆう...すけ、くん......?」

「............」

「どう、して......?」

 

 東郷を守るように盾を展開してバーテックスからの攻撃から防御した勇祐。東郷の言葉には答えないが、まだ少なからず理性が残っている事が伺えた。

 

 

「とう、ごう...。オレは、味方で...味方に......なりたい............ッ!!」

 

 勇祐はそのまま盾を構えてバーテックスに向かって突撃した。

 

「アアアアアアァァァ!」

 

 バーテックスの攻撃を避け、バーテックスを御霊ごとパイルバンカーで打ち抜こうとした。しかし御霊を露出させる事だけに留まってしまった。

 

「勇者ァァパアアアンチ!」

 

 そこに吹き飛ばしから復帰した友奈が合流して、御霊に強烈な一撃を食らわせた。友奈の勇者パンチを食らった御霊は崩れ去り、いくつもの光となって天に導かれていった。今まで勇祐が潰してきた御霊とは違う現象であった。

 

「ゆうくん!」

 

 バーテックスを倒した2人が今ここに結城姉弟が至近距離で対峙した。一方はバーテックスを倒す勇者で、一方はバーテックスそのもの。

 

「私、分かってる。ゆうくんが何か言えない事情があるんだ、って。言っちゃったら駄目って約束をしてるんだ、って。だからね、ゆうくん。また、お家でうどん食べよう?」

 

 2人は立場上は敵同士。だがそれ以前に彼女と彼は姉弟なのだ。同じ日に、同じ場所で生まれた双子の姉弟。結城友奈は勇者であるが、姉であり、結城勇祐は弟であるのだ。

 だから友奈は先ほどのように勇祐を抱きしめようとせず、1人の勇者として敵でも味方でもない存在という体にしたのだ。勇祐がこうする事を望んでいるのが分かるから、心は今も繋がっていると理解出来たからこその行動だった。

 

 勇祐も最初はその意図が分からなかったが、少ない理性で理解した。「姉は強いんだよ」と、微笑む友奈を見て。

 友奈も、その言葉に反応は示したが答えない勇祐に不満も抱かず、ただ問い掛けた。

 

「ゆうくんは、どうしたい?出来るなら私も手伝うから」

 

 意見を押し付ける事なく、友奈はただ勇祐が『どうしたいのか』を聞いた。

 勇祐は友奈の言葉に応える事なく、空を睨む。

 

「......たたかう」

「そっか。分かったよゆうくん」

 

 ただそれだけを交わした勇祐は友奈の元から飛び去る。友奈はただその飛び去る勇祐の背中を見ていた。

 

「友奈ちゃん......」

「大丈夫だよ東郷さん。ゆうくんは強いから、大丈夫」

 

 不安がる東郷に微笑みかけ、友奈と東郷は先に他のバーテックスと交戦している風達に合流する為に動き出した。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 移動している最中、東郷は不審がっていた。友奈の言動は盲信に近いものがあったからだ。東郷にも兄弟が居れば、ああなるのだろうか。確かに、傍目からは以心伝心の姉弟としか見えない。だが東郷は知っているのだ。友奈は勇祐の表情から心を察知することはあれど、心自体は読めない事を。

 そして、白面からバーテックスに変わってしまった勇祐。この樹海の世界で初めて出会った時と同じ雰囲気を醸し出していた。つまり、『勇者を殺す』という雰囲気だ。

 

(友奈ちゃん......)

 

 恐らく、友奈は弟と敵対したくがない為にあのような行為に走ったのだろう。結果的にそれは成功したが、もし、正気を失ったままであればと考えると怖気が止まらなくなる。

 

 東郷は勇祐を助けたいし、信じたい。しかし、親友との約束で白面は殺さなくてはいけない。だから『もう一度』勇者システムを起動したのだ。

 

「これは私の罪。もし、勇祐君が完全に敵対したのであれば......」

 

 とっておきを、使わざるを得ないだろう。あの時、使えなかった必殺の銃弾を......。

 

 



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短編 クリスマス

たぶん、おそらく、きっと、もしかしたら。
全てのしがらみから解き放たれた彼と彼女達の話、かもしれない。
勇者も、天の神も、神樹も。全てがなかった世界の話、かもしれない。
これはそういう『もしかしたら』の話。
ただ、一つ言える事は、今の彼と彼女の関係ではあり得ないIFの世界なのだ。





「ゆーっきー!」

「うるせぇぞ乃木。なんの用だよ?」

 

 12月24日。そろそろ雪でも降るんじゃないかと思いきや、今年はどうやらホワイトクリスマスはないようだ、と天気予報のお姉さんが伝える今日この頃。放課後のチャイムが鳴り、生徒が帰っていく教室でスマホを触っていたら『乃木園子』が俺に後ろから抱きついて来た。面倒くさい。それも非常に。

 

「暑苦しい、離れろ」

「いいんよ~細かいことは~少なくともゆーゆの許可は得てるからー」

「よかねぇ。離れろ」

 

 クラスメイトのヒソヒソ声が聞こえてくるんだよなぁ......。顔には出してないけど恥ずかしいんだぞ。窓側の席にいる姉は微笑ましい顔してるし、その後ろの東郷は......動画撮ってやがんなあいつ。後でシバくか。

 

「乃木、そろそろ離れろ。次はないぞ」

「もぉ~。ゆっきーは強情だなぁ」

「で、何の用だ。お前がこうやって来るのは譲りたくない用事があるんだろ?」

「......。そういう勘の良いところは嫌いだよ?」

「勘じゃねぇよ。何年の付き合いだと思ってんだ.........。わーったよ。話は歩きながら聞くわ。行くぞ」

「さっすがー!ゆっきーは話が分かるねぇー」

 

 帰る準備はしているからとっとと鞄を持って教室から出よう。姉にはチラリと顔を見れば「わかってるよ」という顔つきで微笑まれる。双子特有の以心伝心......とでも言えばいいか?まぁ、そんなところだ。

 

「おい乃木、行くぞ」

「待ってよゆっきー!早いよー!」

「お前が行くって言ったんだろうが......ったく」

 

 後で追いつくだろう、と勝手に決め付けて昇降口まで降りていく。下駄箱に着いた頃には息を切らした乃木が俺に追いついていた。

 

「もう!ゆっきーのイジワル!」

「知らねぇよ。普段運動してねぇのが悪いんだろ?」

「ゆっきーは不良相手に毎日喧嘩してるのが運動だって言うの?」

「運動だよ。軽い、な」

 

 ほぼ毎日居るのだ。俺に絡んでくる他所の中学生だったり、高校生だったり、果ては無職のチンピラだったり。そういう存在が俺を付け狙って来る。姉や、認めたくないが...『大切な存在である』乃木なんかを狙って来るアホも居たりしたのだが、俺を狙って来た時以上の恐怖を与えてやった。大事な存在が居ない人間など居やしないんだから。

 そういった連中を毎日シバき回しているのが今の俺の日常だ。

 

「危ないのは駄目なんだよー?」

「向こうから手出してくるんだから仕方ねぇもんな。んで、今日はどうすんだ?ゲーセンか?」

 

 ゲーセンに行った事がないという箱入りお嬢様っ娘の乃木を以前連れて行ったらここ最近ずっとハマっているようで俺をボディーガードに「連れて行け」とせがんでくるのだ。今回もその類かと思ったのだが.......。

 

「違うよー!今日は何の日か知ってる?」

「......クリスマス」

「そう!だいせーかい!ゆっきーにはさんちょスタンプを贈呈しよう!」

「いらねぇって......」

「そうテンション下がらないで欲しいなぁ。こうして可愛い可愛い『彼女』さんがクリスマスのデートに誘ってるんだよ?」

「なら最初からそう言えよ。俺はお前みたいに頭の回転は早くないんだぞ」

 

 そう、何の因果か。どういう訳か。乃木園子は俺の彼女で、俺たちの関係は【恋人】なのだ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「でね、私は我が家の権力をちょこーっと使ってお高いお店でディナー!......とか憧れてはいたんだけどね?ゆっきー、そういうの苦手でしょ?」

「苦手っつーか作法を知らないだけだ。ドレスコードもよく分からんしな」

「そういうところ、律儀だよねぇゆっきーは」

 

 学校の近くの公園。そこには学生相手にたい焼きを焼いている移動販売の軽トラックがやって来ていた。俺と乃木はそこでたい焼きを一つずつ買ってベンチに座って食べていた。

 

「だふぁらふぇー?」

「飲み込んでから言え。何言ってるか分かんねぇから」

「んぐっ......。だからね、ちょっとオシャレだけど学生服でも行けるお店がいいなぁって思って調べたんだー」

 

 そう言ってサンチョの口から付箋がびっしり挟まったグルメガイドを取り出した乃木。お前のサンチョの中身はどうなってんだ?

 

「そんなに楽しみだったのか、俺と過ごすクリスマス」

「当たり前だよー。だって私はゆっきーの事大好きなんだもん」

「さよけ」

「もー冷たいんだから!」

「別にさ、家とかじゃダメだったのかよ」

「うちの両親にご挨拶したいなら、いいけど?」

「やっぱなし」

「ゆっきーの家でもいいんだよ?」

「うちは親は居なくても姉貴が居るっつの」

 

 乃木に態々気を遣わせまいという発想だったけど最初からその選択肢はなかったか。

 

「もしかして、気を遣わせて悪いとか思ってるの?」

「多少はな」

「ゆっきー可愛い!もー、別に気にしなくていいんだよ?私がやりたくてやってるだけだからー」

 

 心底ウザい。目をしいたけみたいに輝かせてくるのは本当に鬱陶しい。俺はなんでこんな奴と付き合ってんだろうな。

 まぁ、たぶん.....腐れ縁なんだ、と思う。

 小6の春頃に、金目当てのアホがこのアホを攫おうとした事件があった。その時、偶々俺がそれを見かけていて、アホ共をぶん殴って乃木を助けた。

 それ以来、乃木は俺の事を「白馬の王子様」だなんて言っている。更に小学校を卒業したら、俺を追いかけるように讃州中学に転校して来た乃木と一緒に学校生活を過ごし早2年。俺たちは中学2年生になっていた。

 

 なんとも早い3年間だったと自分でも思う。それもこれも、目の前にいるこの乃木園子の影響だろう。

 

「ねぇ、ゆっきーは私達が付き合い始めた時のこと、覚えてる?」

「......。まぁ、それなりに」

「ゆっきーのそれなりって基本的に全部だよね。............。私、嬉しかったんだ。まさかゆっきーから告白されると思ってなくて」

「しゃあねぇだろ。お前、いやがってたからああやるしかねぇだろうが」

「『手を出すな俺の園子だー!』って。カッコ良かったよー?」

 

 3年来の付き合いだが、恋人という関係になった日は浅い。今年の春からだ。乃木の実家がコイツを連れ戻そうとした出来事があった。

 嫌がる乃木を見て、俺は咄嗟に叫んでしまった。これが恐らく最善手であると信じて。

 

 今となっては計算高い乃木の自作自演ではなかったのだろうかと疑うレベルだ。こいつの両親は「結婚はせめて高校を卒業してからにしなさい。あと成人するまで避妊はしっかりと」なんてほざきやがる。乃木の親じゃなかったら顔面を殴ってんぞ。

 

「今ではそう言ったのを軽く後悔してる」

「えーっ。酷いよゆっきー!」

 

 酷くない。

 

「んで、その様子だと店を調べたはいいものの、どこも空いてなかったって感じか?」

「ぎくぅっ!」

「色々悩んで、その権力とやらを使ってお高い店に割り込もうとしたけど俺が嫌がるだろうから止めた」

「うっ...」

「結局決まらず仕舞い。流れに任せようってとこか」

「......ほんと、ゆっきーのそういう感の良いところ嫌いだよー......」

「はぁー.....全くお前は」

 

 よよよ、と落ち込む乃木の頭をガシガシと乱暴気味に撫でてやる。

 

「気にしなくて良いつったろうが。俺はお前と一緒ならどこでもいいんだよ。それに...」

「それに?」

「中学生らしく、身の丈にあった場所に行かないと、な?」

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

「お、お、おぉ〜!」

「まぁクリスマスにどうかとは思ったんだけどな、このショッピングモールならカフェもあるし、クリスマスイベントもある。あんまお前はこういうとこ来ないし、楽しめるだろ?」

 

 俺たちがやってきたのは最近出来たショッピングモールだ。クリスマスという事もあって客が多く賑わっている。

 

「私、ここ気になってたんだけど中々来れなかったんだよねぇ〜」

「だろうな」

「んん〜、ゆっきー優しくなった?」

「なってねぇよ。んで、ここまではお前の予想通りか?」

「どうだろうね〜。でも私はすっごーく嬉しいよ?」

 

 相変わらずのらりくらりと交わすなこいつ。にへらと笑う顔からして俺がこうして連れてくるのは予想外だったようだが。口に出すと拗ねるし、その癖を治すだろうから言わない。幸せな予想外だとこういう癖を出してくる。

 

「ったく......」

「にへへ〜、照れてるゆっきーも可愛いよ?」

「照れてねぇ。ほら、行くぞ」

 

 まぁ照れているのだが、言わぬが花。言ったら揶揄われるのが目に見えてる。自分から墓穴に入るわけにはいかん。顔には出ていないと思うが照れ隠しついでに乃木の前を歩き、左手で乃木の手を掴んで歩き出す。

 

 ......。

 うわっ乃木の奴め、恋人繋ぎに変えやがった。くっそ、これ恥ずかしいんだぞ。

 

「やめろとは言わないんだね〜」

「言っても止めねぇし、そも仮にも恋人なのに振り払うのも気が引ける」

「んへへ〜サンチョ〜、恋人だってぇ〜」

『仮にも恋人なのに』

「んへへ〜」

「おい待て乃木。おい、サンチョに録音機仕込んだな!?てめぇなんてことしてんだ!」

「気のせいじゃない〜?」

『俺と乃木は恋人』

 

 こいつ、録音どころかこの一瞬で今までの俺の発言を組み合わせて編集して再生してやがんな。これは東郷の入れ知恵の匂いがするぞ、あいつ本当に一発シバかんと駄目だな。

 

「再生してもいいけど、こういう公共の場でやるなよ......」

「はぁ〜い」

 

 本当は再生すらしてほしくないが、まぁ家で1人で聞く分にはいいだろう。そこまで口を出すのも気が引ける。

 

「ま、いいや。もうすぐお目当てのイベントも始まるし、カフェでホットコーヒーでもテイクアウトしていくか」

「いいねぇ〜!私カフェモカクリームマシマシで!」

「甘いの好きだよな。俺も好きだけど今はブラックの気分だ」

 

 俺たちは所謂コーヒースタンドのカフェに赴き、俺はホットコーヒーを。乃木はカフェモカの生クリームチョコチップチョコソースキャラメルソーストッピングを頼んでいた。聞くだけで口の中が甘くなりそうだ。

 

「クリスマスって事でトッピングが無料だったんよ〜」

「だからって盛り過ぎだろ、太るぞ」

「女の子に体重の話はいけないんだよ?まぁ私は太らないんだけどねぇ〜」

 

 それは羨ましい話だ。姉が羨むのも分かる、が。それでも一部が寂しいのがなぁ。

 

「何?その目は?」

「なんでもありません」

 

 知らぬが仏。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 コーヒーを買った俺たちはショッピングモールの4階、ちょうどモールの中心部にある広めの中庭に来ていた。そこには丁度中央にどこから運んできたかわからない高さ10m程のクリスマスツリーが周りから照らされるライトで神々しいその姿を照らしていた。

 

「もうすぐクリスマスツリーの点灯式。そのあとは聖歌隊の聖歌斉唱だってよ」

「ゆっきー、ここまで調べてたの?」

「いや、ここに来てから始めて知った。ま、そうでなくともお前の案が空振りだって聞いた時にゃあこのショッピングモールに来る予定だったけどな」

 

 どうせ乃木が色々裏でやってるだろうとは思っていたがまさか空振りとは思ってもいなかったので足りない頭の回転をフルに使った結果がこのショッピングモール行きであった。まぁ何かしらイベントがあるだろうな、という希望的観測も実を結んでくれたので万々歳だ。

 

「あ、あとさ」

「なになにー?」

「クリスマスプレゼント。ほれ」

 

 渡すタイミングが適当過ぎる気がするが、こんなもんでいいだろ。ムードなんて知ったこっちゃねぇ。

 

「えっうそ!?ゆっきーが!??」

「......んだよ」

「えっ、いや、その......。私、プレゼントのこと何も考えてなくて......」

「園子らしくねぇな。その焦ってるのも、プレゼントを忘れてたってのも」

「ごめんね、ゆっきー......。楽しみにしてた?」

「楽しみにしてなかった、って言えば嘘だけどさ。いいさ。気にすんなよ」

「うぅ......今日の私はダメダメだよ〜......」

「だーかーらー!気にすんなってこの!」

 

 本日2度目の頭ガシガシ。この娘っ子はこうも気にし過ぎだから駄目だ。そんなもんで嫌いになる訳もないだろうが。

 

「開けても......いい?」

「いいぜ」

「ありがとね......。わっ、綺麗......。勾玉?」

「そ、勾玉。八尺瓊勾玉つって、三種の神器の一つって言われてるやつの...レプリカのレプリカ」

「聞いたことはあるけど......。どうしてこれを?」

「俺の『大事な』モノだからな。生まれて間もない頃、何処から持ってきたのか何時の間にか持ってたんだとさ。俺の心臓みてぇなもんだ」

「心臓......」

「ただの比喩だからな?」

「そっかぁ......そんな大事な物を............」

「ん、どうした?」

「いや!なんでもないよ!それよりもほら、点灯式が始まるって!」

 

 乃木にそう言われると、司会のアナウンスが広場に広がる。今からカウントダウンをするようだ。10から始まったカウントダウンが、一つずつ減っていく。

 

「ね、ゆっきー?」

「ん?なんだ?」

「なんで私、あまーいカフェモカを買ったと思う?」

「気分だろ?」

「んー、30点。最初はそうだったんだけどね。今は丁度いいかな、って」

「なんで......!?」

 

 カウントがゼロとなると共に、クリスマスツリーの電飾が下から順番に灯っていき、最後にはツリーの天辺にある星が凛々と輝き、周囲まら歓声が湧いた。

 

 もっとも。俺はその光景を目の当たりに出来ず、ただ頬を朱に染めた園子の顔だけが見えていた。

 

「なっ...おまっ......」

「コーヒーの苦味もいいけど、やっぱり甘い方がいいでしょ?甘々なぐらいが、ね?」

 

 俺は確かに感触が残る唇にただ赤面するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢が、醒めた。

 目が覚めるのは見慣れた天井、薄暗い部屋。

 あぁ、あれは夢だったんだ、と悟ると一気に無いはずの胃から嘔吐感が溢れ出してくる。

 

「うぅっ......!」

 

 ベッドから転げ落ちるように、片足しか動かない足で洗面台へ向かう。吐き気を抑えきれずに、吐瀉物を吐こうとするが、何も出ない。そりゃあそうだ。

 

「はーっ...はーっ......」

 

 嘔吐感に喘ぎ、洗面台に備え付けられた鏡を見た。酷くやつれた顔、濁った片目。昔の『私』からすれば考えられない程醜い。

 

「う......うぅぅぅ......あああああああ!!」

 

 我慢できずに鏡を拳で殴りつけて叩き割る。拳に破片が突き刺さって痛いが、そんなことはどうでもいい。

 

「あんな夢、あるはずがないんだ!!」

 

 あるはずなんてない。あってはならない。あの憎き相手と私が恋人同士?ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。

 

「うわあああああ!!!」

 

 暴れに暴れる。

 部屋にあるもの全てを壊すかのように。

 私を祀り上げているモノを蹂躙するかのように。

 全て、全てが憎かった。

 

「私は、お前を許さない!結城勇祐!!!」

 

「私から全てを奪ったお前を、一生許さない!!」

 

「例え全てを返して貰ったとしても、絶対、絶対に許してやるものか!!!!」

 

 大好きだったサンチョも、もはやズタボロになっていた。それを見て、私は酷く顔を歪めながら部屋の隅にサンチョを放り投げた。

 

「お前の爪を剥がし、指を切り落とし四肢を折り、割き、そして最後は内臓を引きづり出して殺してやる」

 

 ミノさんを殺した恨み、忘れるはずがない。だから、殺す。

 

「あは......あははは!バーテックスが来たんだねぇ。なら、もうわっしーには頼らないよ。私が、この手で決着をつける。つけてやる......。あはははははは!!!!」

 

 神樹様が、私の正気も、散華の供物として持っていったのであれば......どれだけ良かったのだろうかと、考える時がある。そうすれば、廃人になって、それで終わったのに

 

 

 

 

 きっと私は、誰かに助けて欲しいんだ。

 

 

 

 




この短編の勇祐
夢の中の彼は不良なのは変わっていないし本編の勇祐からすれば口調も荒い。その他の面は変わらず、本編と同じ設定の勇祐君です。勾玉を生まれて間もない頃から持っていたらしい。それを恋人にプレゼントするって変わってるね。


この短編の園子
全部園子の夢でした。話の視点は勇祐君だけどたぶん園子は園子視点で見てると思う。夢から覚めた園子は本編の園子。園子がゲシュタルト崩壊しそう。正気を僅かに保ちながら狂っちゃった。


この短編の友奈と東郷
実はカップル。作者はゆうみも推しです。


この短編の銀
いや、普通に出すの忘れてた。ごめんね。
夢の中だと幸せに生きてると思う。


この短編書いた作者こと白桜太郎
クリスマスに他のゆゆゆ二次作者様達は幸せな話を書いて投稿するだろうに、ここまでやる奴ほかに居る?と思いながら書いてました。夢オチなんてサイテー!
でも夢から覚めた後は書いてて凄く楽しかったので後悔も反省もありません。
夢から覚めるまでは砂糖吐きまくってしんどかったです。




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第13話 それは舞い散る花弁

今更ながら、ゆゆゆメモリアルブック買ったんですけど、エモエモ過ぎて最高以外の語彙が無くなりました。

感想、お気に入り、閲覧、誤字報告。共にありがとうございます。今まで色々とエタったりエタらなかったりしてきたんですけどここまで評価とか感想をもらえる事が無くてですね、どう言えばいいのか分からないのですが、本当にありがとうございます。


 やっと頭が冷えてきた。今の俺の体は間違いなくバーテックスだ。否定しようにも無理だ。あの天の神の『天罰』の影響だろう。俺が姉に俺の状況を話そうとしたから『天罰』を俺に下したんだ。そのお陰で、思い出さなければいけない思い出も、思い出せたのだが。

 クッソ許せねぇ天の神。俺が熱出して寝込んだのも天の神の影響か。しかも俺の体をこんな風にしやがって。姉が俺を信じてくれなかったら不味かったぞ。東郷だってずっと俺に銃向けてたもん。向こうの世界に戻ったら取り敢えず謝らないとな......。

 

(その前にバーテックスだ)

 

 遠くにバーテックスと戦う勇者部の3人が見える。どうやら様子がおかしいが......。

 

(不味いッ!)

 

 レオバーテックスが他のバーテックスを取り込み始めている。単体でさえ俺と同等の強さなんだぞ。悪い予感しかしない。

 だが白面の時ならまだしも、今の俺はバーテックスで、まともに喋れない。姉や東郷となんとか意思疎通が取れたのが奇跡だ。さっきから喋ろうとしているが、声帯がそもそもおかしいのか喋れる雰囲気がない。全部唸るだけになる。

 だから、危険を知らせる声を出せない。咆哮をただ上げても駄目だ。伝わらない。もどかしい。

 だから、とにかくやるしかない。

 

「オオオオオォォッ!」

 

『流星』発動ッ!今は後の事を考えてる場合じゃねぇ。俺のパイルバンカーなら届くッッッ!!

 

(届けッ!!)

 

 

 だが、届かない。

 唐突に爆風が俺を包み込んだ。痛みは、痛覚の鈍さで誤魔化せるレベルだ。だが暴風にも似た風が俺の勢いを弱らせてしまった。これでは届かない。

 それどころかこの爆風は、目の前の合体したバーテックスから放たれた炎弾のモノ。俺は、また一歩遅かった。

 

 やめろ......。

 

 風が爆炎に包まれる。

 

 やめろ......!

 

 樹が悲鳴を上げながら同じように爆煙に包まれる。

 

 やめろ!

 

 三好が爆炎に包まれる。

 その姿が、過去に見た別の誰かと重なる。

 

「あ......アァ............」

 

 勇者バリアは機能しているだろう。だがアレは衝撃と命を失わない程度のダメージは防げない。それは俺が実際に証明した事だ。だがアレがあれば死なない。死なないのは分かっているんだ。だけど、俺の心に隙間を作るのは容易だった。

 

「グ...ァ............」

 

 少なくとも俺は、こんな俺でも仲良くしてくれる彼女達が好きだ。例え、そこに姉という存在がある上での付き合いだったり、俺が犬吠埼姉妹に罪を感じていたり、俺を白面だと疑っての行動だったとしても。俺は少なくとも、彼女達を友達だと思っている。

 

 味方になると言った。そして自分自身に、やれるだけやると誓った。なのにこの体たらく。

 

 

【身を委ねよ】

 

 

 心の奥底から、黒い声が囁く。なんと甘美な声だろうか。言葉に従えば、楽になるのだろう。だがその先は暗闇。よくある話だ。こうやって心が折れ掛けている時に囁く声は地獄への道だと。もっとも、おれはそうでなくても地獄に行くだろうから。

 

 

 

 ------クソ喰らえだ。

 

 

 

 天罰の雷がまた俺に落ちる。

 天罰を落とせば、俺が靡くとでも思ってんのか?面白いジョークだ。エイプリルフールはとっくの昔に終わったぜ?クソ喰らえだ。

 

 そうだよな。クソ喰らえだ。姉も、勇者部も、今は関係ねぇ。これは俺と天の神の喧嘩だ。思い出せよ俺。2年前、天に向かって中指を突き立ててやったことを。

 

 勇者を殺せ?姉を殺せ?うるせぇ。

 体が勝手に動こうとする?根性で止めろ。

 思考がおかしい?根性だ。

 俺の体がバーテックスになってる?知らん。どうでもいい。

 パイセンも樹も夏凜も、怪我はしたが生きている。夏凜以外は身動きをしている。夏凜は......まぁ完成型勇者とか言ってたし生きてるだろ、バリアもあるし。生きているなら、いい。

 

 

「オオオオォォォッ!」

 

 これはただの咆哮じゃない。天の神への反逆の印だ。

 俺は人でありたい。

 勇者部の味方でありたい。

 姉の弟でありたい。

 だからこのバーテックスは殺す。

 

 飛び上がる。狙うはもちろんバーテックスだ。こいつを始末しなきゃ樹海は結界を解かないしそもそも世界が終わってしまう。

 俺としては世界はどうでもいいんだが、姉が居る限りそうもいかない。

 

(だが、まともに近づけんか......)

 

 弾幕とも言える炎弾が俺にいくつも迫ってくる。盾で防げるから今はいいが......。

 

「グァっ......!!?」

 

 炎弾が俺の背中に直撃する。追尾性能を使った軌道修正で俺の背中に当ててきたのか......!しかもこの痛み方......『タタリ』付きか!厄介だな畜生!

 だがな、この痛みももうとっくの昔に慣れてんだよ!俺が痛みに鈍いのもタタリのおかげだもんでなぁ!

 

「オオオオオァァァァァ!!」

 

 パイルバンカーを構え、合体したバーテックスに突き立てる。そして釘を打ち出した。いつも以上に強い衝撃が右腕を襲うがどうってことはない。問題はこのパイルバンカーでさえ、バーテックスを貫く事が出来なかったという点だ。

 

(硬いッ!)

 

 今までのバーテックスが柔かったのか......いや、逆だ。こいつが硬いんだ。特に御霊がある俺が打ち抜こうとした部分が強烈な硬度を持っている。

 

(ガッ!?)

 

 左側面から強烈な一撃を食らった俺はそのままの勢いで吹き飛び、地面にぶつかった。

 流石に痛い。脳も揺れているのか視界が歪む。

 

「勇祐!」

「セン......パ......」

 

 俺が吹き飛ぶのが見えたのか、倒れていた筈のパイセンが俺の元までやってきた。そっちも怪我してる癖に人の事心配してる場合かよ.......!

 

「喋らなくていい!あんた、そんな姿になってまで戦うのね?」

 

 小さく、頷く。

 

「私の声が聞こえてるし、理解出来るのね。なら良かった。勇祐とは敵対したくないもの。どういう事情があるかなんて知らないけど、ちょっとそこで休んでなさい。流石に、私も頭に来た」

 

 バーテックスを睨みつけ、パイセンが叫ぶ。

 

「私の可愛い後輩部員達を痛めつけて、ただで済むと思ってんじゃないわよォォォ!!」

 

 途端に、パイセンの体に根っこのような光が集まっていく。そして集まったかと思えば大きな黄色い花...オキザリスがパイセンの背中に咲いた。

 

「勇者部!あのデカブツを倒すわよ!さっさと起きなさい!」

 

 パイセンの一括に、樹がなんとかその身を起き上がらせようとする。パイセンは起き上がるまでの時間を稼ぐ為に合体したバーテックスに突撃した。衝撃波が伝わる程の突進に、流石のバーテックスも蹌踉めき、その場に倒れ落ちた。

 

(凄い......!)

 

 話には聞いていたがこれが満開か。溜めた力を一気に解放する機能と聞いてはいるが、ここまでとは予想外だ。

 

「お姉ちゃん!」

「樹!」

 

 樹も、背後に鳴子百合を花開かせながら満開を行う。二人並び立つ姿は、神々しささえある。俺もどうせならこんな醜い姿じゃなくてあっちの方が良かった。今からでも神樹の子になりたい。

 

「行くわよ樹!あのバーテックスを抑えて!」

「分かった!」

 

 犬吠埼姉妹がバーテックスに対して攻撃を開始する。満開により本数が増えたワイヤーがバーテックスを包み、そこをパイセンが大剣でなぎ払おうとする。が、バーテックスは炎弾を次々に吐き出していく。いやいや、待て、元気玉どころか太陽だぞあれ。

 

「硬ぁぁぁ!?」

 

 丁度大剣がバーテックスにヒットしたパイセンが硬さに悲鳴をあげる。そりゃあ俺も貫けなかったんだ。そうもなるだろう。ったくしゃあねぇなぁ!あのままじゃああの元気玉にパイセンと樹が呑まれる!

 

「オオオオオオオォォォッ!!」

「勇祐!?」

「勇祐さん!」

 

 炎弾に向かって左の盾を最大展開、あとは殴るようにバンカーを突き出す!吹っ飛べ元気玉か太陽か分からん炎弾!

 

「バンカアアアアアアァァァァァァァ!!」

 

 これは言えるんだな俺!身体全身が火傷しそうな熱さだけど盾のお陰で何とかなる!なんとか迫り来る元気玉はパイセンと樹へ向かう軌道からは外らせた!

 

「勇祐!ナイス!」

「勇祐さん!お姉ちゃん!危ない!!」

 

 外れせた筈の元気玉が軌道を変えてこちらに突っ込んでくる。そりゃあ、炎弾が追尾してきたぐらいなんだからこのデカいのも追尾してくるよなぁ!

 

「勇祐!?」

 

 悪いパイセン。話せないから無理矢理庇った。後は俺の盾がこの熱に耐え切れることを......ッ!!?

 

「きゃあああ!?」

 

 物凄い爆音が鳴り響き、身体が吹き飛ぶ。元気玉が爆発したと気付いたのは俺が地面に無様に転がった時だった。

 

「ゴフッ.....ゴッ」

 

 口から血が出てきた。量も尋常じゃない。内臓もやられたんだろうか血の色も黒い。体全体も痛い。痛いだらけだな。とにかく、パイセン、は......?

 

「ガッ、はっ......。いったぁい......」

 

 大丈夫なようだ。やっぱバリアの有無は違うか。どうやらタタリを受けた様子もない。一安心、か。

 

「勇祐、大丈夫......?」

「ゴフッ......アァ......」

「大丈夫には見えないけどね......ありがと」

 

 どういたしまして、だ。身体は痛いが、死んでないならそれでいい。

 

「お姉ちゃん!勇祐さ......うわあああ!オバケ!!」

 

 誰がオバケだ。この緊迫した時に冗談を言ってる場合じゃないだろ。

 

「実際.....間近で見るとオバケそのものよね......」

 

 解せん。俺だって好きでこの姿になった訳じゃねぇぞ。

 

 

「ゆうくん!」

「ねェ......サ.........!」

「無理しないで!アイツが、風先輩とゆうくんを傷付けたんだね?」

 

 姉と東郷が俺たちに合流する。......なんか東郷はデカい船に乗ってるんだけど、あれなに?満開であんなの出てくんの?すげぇな。

 姉は強くバーテックスを睨み付けている。あんまり憎しみで戦わないで欲しいんだけどな。

 

「向こうに行ってたバーテックス二体は倒したから、残りはこの大っきいのだけだよ!」

「なら......後は、こいつだけ.......!」

「風先輩は休んでいてください。後は私たちが!樹ちゃん!」

「はい、友奈さん!いつでも行けます!」

 

「私も忘れないでくれない?」

「夏凜ちゃん!」

 

 

 やっと目が覚めたのか三好。お寝坊にも程があるぞ。

 

「なんでオバケみたいになってんのあんた」

 

 知らん。俺が聞きたいぐらいだ。むしろよく俺だって判ったな。でも刀を呼び出して一瞬斬り掛かろうとしてたのは見逃さないからな。

 

「い、色々あったんだよ!こう、雷がバーンしたり!」

「友奈は説明下手くそね、相変わらず。まぁいいわ。正気があるってんなら今はどうでもいい。けど、無くなったらその瞬間叩き斬るから。後で説明もしなさいよね」

 

 正気をずっと保っている自身はないけどな。今も身体中の痛みとタタリで意識が飛びそうだし。だが、やるしかない。正気を失わず、理性を保ち続ける為にも、な。

 

「げほっげほっ......じゃあ封印、頼んだわよ皆。勇祐!あんたは封印の儀が始まって御霊が露わになるまで待機!出てきたらあんた自慢のその釘打ちで貫きなさい!」

 

 そうして、風を除く勇者部がバーテックスを封印する為に散っていく。

 

「ねぇ、勇祐。あんた一体、何を抱えてる訳?そんなバーテックスになってまで、何をしようとしてるのよ。私には、それが分からない」

 

 今、俺が話せない状態で良かった。話せてたら、たぶん口を滑らせていただろう。俺が今回思い出したほぼ全ての『2年前の記憶』。そして恐らく、『俺を殺した方がいい』って結論に至るはずだ。実行するしないは別としてだが。

 そもそも俺はパイセンの親の仇だ。

 

「ごめん。答えられないって分かって聞いてる。でも覚悟して。勇祐は大赦に敵として認定されてる。向こうに戻ったら、酷いことになるわ」

 

 

 ......あっ、そうだ。話せないならスマホがある。

 懐からスマホを取り出して、パイセンにチャットを送る。

 

『俺はパイセン達の味方でありたい。例えこの身が敵であって化け物であっても』

「勇祐......」

『向こうに戻ったら、たぶん学校にも勇者部にも戻れない。俺はもう化け物ってバレたし。それどころか姉貴にも会えないだろうから、ごめんパイセン。姉貴の事ちょっと頼むわ』

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

『じゃ、またな』

「勇祐、待ちなさい!勇祐!!」

 

 すまんけど、もう封印の儀が始まったんでな。待てないんだわ。

 もうちょっと仮部員で居たかったが、しょうがない。人間、素直になっとくべきだな。俺はもうバケモノだろうけど。ははは、笑えてきた。

 

 

 

 やるか......これは、俺の喧嘩だからな。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

「嘘、でしょう?」

「何ですかあの大きさ!?」

「しかもアレ、宇宙にあるんじゃないの!?畜生!あんなもんどうすればいいのよ!」

 

 勇者部達は、封印したバーテックスの御霊があまりにも巨大すぎるどころか、事もあろうに宇宙に出現した事に絶望を隠せずにいた。

 

「大丈夫。いつものように壊せばいいんだよ。東郷さん!」

「えぇ、私のこの船で、友奈ちゃんを連れて行きます」

 

 まるで自分が破壊してくると言わんばかりに言う友奈。そしてその意図を把握した上で友奈に船の使用を提案した。

 

 が、そうなる事を事前に予測し、動く存在が居た。もっとも、風以外の勇者部の彼女たちはその時、その存在に気付いていなかった。

 

「あれっ、風先輩から電話が?」

『友奈!ごめん、止められなかった!!!』

「どういう......まさか!」

 

 友奈は、自身のスマホに掛かってきた風からの『止められなかった』の一言に一瞬の戸惑いを見せたがすぐに理解した。そして、やはり自分の弟なのだ、と。他者のために容赦なく自分の身を犠牲に出来る子なのだと改めて理解した。

 

(ゆうくんは、1人で戦う気なんだ!)

 

 何のために、かは分からない。1人で行く理由も。だがその行為はきっと、誰かの為を想っての行動なのだろう、と友奈は考えた。

 

「東郷さん!急ごう!」

「......えぇ!友奈ちゃん!」

 

 だからこそ友奈は東郷の船に乗り、最大船速で宇宙にあるバーテックスの御霊へと向かう。少なくとも1人で戦う意味はないと思うからこその行動だった。

 

「東郷さん、ごめんね。さっきも守ってもらっちゃって」

「いいのよ友奈ちゃん。私は友奈ちゃんの為ならなんだって出来るもの」

 

 そうやって笑う東郷の表情は硬い。なにせ2体のバーテックスを実質的に彼女は1人で倒していた。不意を突かれた友奈と、遠くで見えた合体したバーテックス、落とされた他の3人と勇祐。その状況からの巻き返しを図った彼女は必然的に『満開』を使わざるを得なかったのだ。彼女がもっとも恐れる、満開を。

 その為、肉体的疲労と精神的疲労は従来の戦闘では考えられないほどのモノになっていた。

 

 だがそれでいいと東郷は考えていた。使わざるを得ない状況だったからこそ、選択肢がなかったからこそしょうがないのだと。

 それは勇祐という例外を除き、幼き少女である東郷には凡そ似つかぬ覚悟だった。

 

(謝る方は、こっちなのに......)

 

 彼女は風や夏凜と同じく、大赦から派遣されてきた。とある密命を帯びてこの勇者部にやって来ていた。その密命を知るのは彼女と、その親友である少女の1人のみ。その重さ故に、彼女は尋常らしからぬ覚悟と決意を胸に秘めていた。

 

(もし、この戦いが終わったら、謝ろう......。許してもらえるか、分からないけれど。『散華』の事も......)

 

「東郷さん!アレ!」

「御霊が攻撃を.....!迎撃を......!?」

 

 東郷が主砲を発射する前に、前方が爆発する。一体何事かと思えば、遠くに白い人型の存在が見えた。

 

「ゆうくん!」

「援護するわ!友奈ちゃん捕まってて!」

 

 最大船速のまま、東郷は主砲を乱れ打つ。あの人型は先行したと思われる勇祐だろう。なら攻撃を加える訳にはいかない。

 

「乱れ打ちます!」

 

 本来であれば主砲の一点集中射撃で全てが屠れる密度。だがその選択肢は東郷には取れない。

 

「東郷さん!ゆうくんごと撃って!」

「友奈ちゃん!?」

「ゆうくんなら大丈夫だから!撃って!」

「ッ......。分かったわ。主砲、目標正面。全砲門......てぇーっ!」

 

 友奈の意図が分からぬまま主砲を勇祐に向けて放つ東郷。そして着弾と同時に爆発した。そして勇祐の事を案じていると、船体が小さく揺れた。

 

「勇祐くん!」

「確かにさ、撃ってくれてありがたかったけど俺を直で狙うのはやめろよ!俺はバリアなんてないから流石に死ぬぞ!」

 

 バーテックスの顔ではなく、通常の白面に戻った勇祐が非難の声を東郷に捲したてるように叫ぶ。どうやらなんとか避けて東郷の船に乗り込んできたようだ。

 

「ゆうくんなら大丈夫だと思って私が頼んだんだよ!」

「そ、そうなのか......すまん東郷。疑っちまって」

「い...いいのよ......。それより、戻ったのね勇祐くん」

「おう、まだ安心は出来んけどな。たぶんすぐに天罰でも食らうさ」

「天罰......」

「そーいうことさ、『須美』」

「えっ......!?」

「あれ、ゆうくんが東郷さんの名前呼ぶの珍しいね。どうしたの?」

「いやまぁ、色々とな。それよか姉貴、行けるか?」

 

 もちろん!と答える友奈と今の状況が把握できない東郷。2人の顔は正反対だった。

 

「ちょ、ちょっと勇祐くん!?」

「わりぃ、あと......頼むわ。姉貴」

「うん!行こうゆうくん!」

 

 東郷を置いて、勇祐と友奈は船から飛び出した。

 

「満開!」

 

 そして友奈が満開を発動。彼女の背に桜の花が咲き誇ると、そこには巨大な両腕を抱えた友奈が居た。そして頷きあった2人は声を荒らげながら御霊に向かって吶喊した。

 

「おおおおおおおっ!」

「私は、みんなを守って!」

 

 勇祐がパイルバンカーで御霊の外殻にヒビを入れる。そこに、東郷の援護砲撃が突き刺さりそのヒビを更に広げた。

 

「姉さん!!」

「勇者になああああある!!」

 

 そのヒビを友奈の拳が破壊していく。2人が広げた穴が、友奈によって掘り進められていく。

 だが暫く殴って掘り進めたところで、唐突に御霊が硬くなった。

 

「硬い!?」

「任せろ!!」

 

 友奈の後ろからついて来ていた勇祐が友奈と位置を変え、渾身のパイルバンカーを振りかぶった。

 

「勇者部五箇条、ひとおおおおつ!」

 

 勇祐がが、大声で勇者部五箇条を歌い、息を揃えた姉弟は祝詞のように叫んだ。

 

「「なるべく!諦めない!!!」」

 

 勇祐の叫びと共にパイルバンカーが御霊に突き刺さり、盛大な衝撃波と共に硬かった御霊が瓦解していく。

 

「さらに勇者部五箇条、ひとおおおつ!成せば大抵!!」

 

 友奈が勇祐と位置を交代し、今度は友奈が五箇条を詠み上げる。

 

「「なんとかなああある!!」」

 

 そして御霊の中心部にたどり着いた2人は、そのまま揃って右腕を振りかぶって、御霊を殴り飛ばした。すると、友奈によって浄化されたのか御霊はいくつもの光となって消え去っていった。

 

「やった、な。姉貴」

「うん......やったね............」

「あとは帰るだけ、だけど......」

「うん、分かってるよゆうくん。暫く、帰ってこれないんだね?」

「ったく......。最初っから分かってたんだな姉貴」

「当然。私はゆうくんのお姉ちゃんだから」

 

 その言葉を受けて、もう顔を隠す意味もなくなった白面を勇祐は顔から取る。そこには本来の勇祐の顔があった。

 

「だよなぁ。姉貴には、叶わねぇわ」

「でしょ?だから、遅くならないうちに帰って来てね。『また』、探しに行っちゃうよ?」

「そりゃあ勘弁だ。......家に帰ったら、全部話すよ。姉貴にとっても辛いかもしれない。よくないことが起こるかもしれない、けど......無理矢理にでも、聞くんだろ?」

「うん」

「しゃあねぇな......んじゃ」

「うん、気を付けてね」

 

 そうして勇祐は唐突にその場から姿を消したのだった。

 

 

 




勇祐
白面になったり天罰を受けたりバーテックスになったりタタリを受けたり天罰を受けたり血を吐いたり白面になったり勇祐になったりと忙しかった子。お家に帰ると約束した。

友奈
弟が変なのになったり雷がどかーんしたり凄かった。けど家に帰って来ると約束したから信じてる。健気な子。

東郷須美
漸く名前が出た子。美森じゃなく、須美。勇祐を攻撃しないでという部長の決定を何度も無視しかけた悪い子。でも良い子。苦悩の子。頑張って。あの後友奈と一緒に帰還した。


勇者部のために頑張ってた。殆ど場面外だったけど。白面が勇祐で最悪を予想したけど案外なんとかなっちゃった。勇祐に友奈を託される。止められなかったけど君は悪くないよ。


勇祐見るなりオバケ呼ばわり。彼も好きでオバケになった訳じゃないんだよ。それはそうと文化祭はオバケ屋敷でもいいかもしれないとかふと考えちゃった子。空から落ちて来た友奈と東郷をワイヤーで助けた。

夏凜
気絶して封印を手伝っただけ。あんまり活躍できなかった完成型勇者。友奈と東郷をワイヤーで受け止めていた樹を応援して、現実に帰ったら大赦に報告したり色々した。勇祐の事をどう報告しようかと悩んでたら報告不要って言われたらしい。なんでだろうね。


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第14話 それは清算できない過去に囚われる話

お気に入り100件超えました。本当にありがとうございます。


 

「ここ、は......?」

 

 目が醒める。体の痛みはない。喋れる。顔を触る。白面はないし、手の感触通りだと人間の顔だ。手も人のものだし、服装も樹海に召喚される前の服装だ。

 

 だけど場所が分からない。ここは樹海に召喚される前にいた場所じゃなかった。

 

「......。あぁ、そういうことか」

 

 ふと視線を変えると見える大きな何かの残骸。

 いや、何かじゃないな。あれは瀬戸大橋。俺が破壊した、建造物。その橋の袂、ここに呼び出されたって事は、居るんだろうな。彼女が。

 

「待ってたよ。結城勇祐」

「乃木、園子............」

 

 後ろから声がして振り返る。そこにはよろよろと、まるで幽鬼の如く身体中に巻いた包帯を引き摺り、ボロボロになった勇者装束を纏った乃木園子が槍を杖代わりに立っていた。

 

「生きてたんだな」

「当たり前だよ。勇者は死なない。それに、お前も殺さなきゃいけないから死んでなんていられない」

「俺を殺す、か。執念って訳だ。東郷を送り込んだのもお前って訳か」

「東郷......あぁ、わっしーか。そうだよ、私がお前を殺す為に送り込んだ。でも、役に立ってくれなくて残念なんよ」

 

 正気か......?お前、『須美』の事を親友だ、とかズッ友だ、とか言ってたのに、その言い方はない、だろ。

 

「お前、東郷を駒としか思ってねぇのか」

「駒だし、親友だよ。お前とお前のお姉さんに毒された可哀想な可哀想な私の親友。もう壊れちゃったから要らない、言う事を聞いてくれない私の親友だよ」

 

 よし、良く分かった。もう知らねぇ。容赦しねぇ。てめぇがどういう視点で俺らを見てたのかは知らん。だが東郷と姉を......お前...ッ!俺をキレさせるには十分だぞ。

 

「おい」

「何?辞世の俳句でも読む?」

「読んでも良かったが、気が変わった。お前になら別に殺されてもいいか、って思ってたんだけどな」

「素直に殺してはあげないけどね」

「殺される気はなくなった」

「......は?」

「俺が原因だ。お前は俺を殺す権利がある。だがこのままじゃあ、残された東郷があんまりにも可哀想なんでな」

 

 何時の間にか手の中に白面があった。正確に言うと、創り出した。これは所謂俺のスイッチだ。白面たるバーテックスの俺と、結城勇祐たる人間の俺。それを切り替える為のスイッチ。なにも今初めて使う訳じゃない。夢だと思っていた樹海では勿論、最近は春信さんの手伝いでよく使っていた。

 

「ははは、やる気?」

「おうよ。周りが見えてねぇ悪い子にはおしおきしねぇとな」

 

 軽口を叩く。本当は腹わたの奥が煮え繰り返るように怒ってはいるけど、どうもこいつを怒鳴る事が出来ない。なんでだろうな、どっかの世界線だと付き合ってたりしたのかも。

 

 ......なんてな。そんなの絶対ありえない。目の前にいるズタボロの女の子は俺の被害者だ。もっとも、元凶は天のクソ神だが人質を取られていたとはいえやったのは俺だ。だから俺は乃木園子に殺されても構わない。だがその前にやらなきゃいけないことがある。

 ......はは、長い道のりだ。その前に俺が死ぬな。死ぬ気は無いけどさ、死ぬ時は死ぬんだし。

 

「来いよクソガキ。『頂点』の意味、教えてやるぜ」

「あは、あはははは!」

 

 白面を被ると力が湧いてくる...事はない。だが樹海での装束に今の制服から切り替わる。変身ヒーローの漫画みたいだな。俺自身は敵役だけどさ。力が湧いてこないのは、天の神に今のところは捨てられているからだろう。以前、白面になった時はそうでもなかったし。

 

 乃木園子が俺に迫る。その姿も、迫り方もまるで亡霊だ。色々要因はあれど、俺が彼女をここまでしたのか。やっぱさっさと死ぬべきだったな。だけどもう死ねない理由出来たしな。

 

「オラァ!」

 

 流星を発動せず、素の腕力で殴りかかる。が、避けられる。ここまでは予想済み。以前は天の神からのバックアップと流星マシマシの徒手での攻撃だけだったんだからそりゃあ俺の攻撃パターンも基本的に読まれてる筈だ。

 

「あれ~?弱くなった?」

「だとしたら?」

「好都合ッ!」

 

 だろうな。というか槍を杖代わりにしてたのもブラフか。神樹のサポートで以前と謙遜がないどころか動きにキレが増してる。

 

「くっ......」

「あはははは」

 

 一手一手で確実に追い詰められる。籠手と盾が無かったら下手すると負けてたかもしれない。こいつが、態々俺を樹海での戦闘が終わった後に無理矢理召喚させたのは『俺の戦闘後の疲弊具合』と『天の神からのバックアップの喪失』が判っていたからなのかもしれない。いや、確実にそうだ。俺が弱くなって確殺出来る絶好のタイミングを見計らって来やがった。

 

 正直、乃木園子を舐めて掛かっていた気がしなくもないが、こいつがやることは基本計算尽くだとはとっくの昔から知っていた事だ。それなのに俺はこいつの挑発に乗った。我ながらアホだな。アレが計算尽くの発言だったとは思えないが。

 

 だから、やるしかない。

 

 俺は一旦距離を取る。少なくとも一瞬で槍の矛先が俺に飛んでこないまでのところまで。手持ちの手札は少ない。殴る、蹴る、パイルバンカーに盾。それだけだ。なら数少ない山札から1枚手札に加えればいい。こっからは俺のターンだ。

 

 流星を発動しながら突っ込む。乃木園子は待ってましたと言わんばかりに口の端を鋭利に吊り上げている。どうせ「これで詰みだ」とでも思ってるんだろ。まぁその考えは間違っちゃいないがな。

 

「そこだよ!」

 

 乃木園子の槍が鋭く突き出される。それを籠手で弾けば、逆に籠手が嫌な音を発し、それと共に亀裂が入る。どうやらこの一戦で酷使し過ぎたらしい。どうも三好との戦闘の時といい、この籠手は強度がないな。強度を測りきれてなかったのは失態だ。不味いな。『槍を弾いて、無防備になったところをパイルバンカーの釘を弾丸代わりに撃ち出して遠距離武器にする作戦』の手札がもう切れないな。

 

 そうだ。この白面って顔に沿って湾曲してるし、割と硬いから防具になる、よな?なら、そうすっか。

 

「死ねぇ!」

 

 槍が、顔面に迫る。

 俺はそれを避けない。

 スロー再生されているような感覚の中で、槍の矛先が仮面に触れると同時に、視界に亀裂が走る。やっぱ駄目かぁ、とぼんやり考えながら、仮面を突き破り、槍は俺の左目を突き刺す。

 だが半分は俺の目標は達成したようで、5cm程眼球に突き刺さったところで槍が止まる。どうやら神樹からバックアップを得ていてもここまでしか突き刺せないらしい。俺の眼玉が硬かったのか、それとも仮面が硬かったのか。まぁ後者であろう。

 

 一瞬でも止まったのなら、あとはそこに普段使う出力の5、6倍のほぼ全力の流星を左手に込めて裏拳を枝に叩き込むだけ。

 視界は半分無くなるし、左腕は力の込め過ぎで筋肉が破裂するかのように籠手ごと弾け飛ぶがそれでいい。無傷で乃木園子を止められるとは思っていないし、左腕から飛び出た大量の血飛沫が、乃木園子の視界を奪ってくれる。

 そして俺の裏拳を叩き込まれた槍は真ん中からへし折れた。ざまぁみろ、あとは態勢を崩したこいつを押し倒すだけだ。

 

「がっ!?」

「捕まえたぜ?ワルガキ。お仕置きに来たぜ?」

 

 乃木園子を押し倒した俺は、乃木園子のスマホを奪い取って海に投げ捨てた。

 スマホが無くなり、変身が解けた乃木園子が包帯だらけの姿になる。こうなってしまえばもう何も怖くない。

 

「なっ...あっ......」

「流石に負ける予想はしてなかったようだな、乃木?............。おっと大赦の連中!見学はいいがこっちに手を出して来たら神樹サマがこいつを治しても意味がないぐらいにしてやるからな。近寄ってくんなよ!」

 

 半分本気の脅しを言うと、周りに寄ってきていた大赦仮面を付けた神官たちが下がっていく。乃木園子が俺に押し倒された時点で出てきてはいたが、自分の命は惜しいらしい。臆病者だな。そりゃあ、大赦も腐るか。良い人はいるんだけどなぁ。

 

「さて、臆病者はここにも居るな」

「私は臆病じゃない!」

「ならなんですぐに俺を殺しに来なかったんだよ。言ってみろよホラ。東郷がウチの隣に引っ越してきた時には俺はもう監視対象だったんだろ?なんでお前は、自分の足で俺を殺しに来なかった?」

 

 俺の2年前の記憶が鮮明になり、東郷も記憶を失ったのは嘘だった事を考えると今のこいつの状態を見てそこが良く分からなかった。

 

「わっしーが止めなきゃ、すぐにでも殺しに行ってた!」

「今も止めてたんじゃねぇの?でもそれを無視した。今の俺が殺しやすい状況にあったとはいえ、理由には乏しいだろ。となれば態々俺を殺したくても殺せなかった」

「違う!」

「何が違うんだよ。お前は怖かったんだ。銀を殺し、東郷を倒し、そして自分すらも殺されかけた。その死の恐怖からお前は逃げ出したんだ!」

「違う!!」

「だったらなんで東郷に態々暗殺させるような指示を出した!!」

「ッ!?」

 

 半分ブラフだったが、当たりか。どうもそんな気がしていた。あのよく分からない助言?の声といい、俺を殺す気で見つめながらもトリガーに掛ける指が震えていた事といい、どう考えても東郷は最初こそ俺を殺すがあったのかもしれないが、最後はもう無くなっていたのが推測出来る。

 なら、あの声の『約束』とやらは乃木園子と東郷須美の間で交わされていた、「結城勇祐を殺す」という約束か何かだろう。

 

「お前はこうして俺を殺せそうになるぐらいの力がある!なのにお前はしなかった!何故だ!」

「それは...!」

「怖かったからだ!俺が天の神の尖兵で、もしかしたら死ぬかもしれない。死ぬのは嫌だ。だから東郷に任せた!」

「違う、違う!」

「東郷は壊れた?違う!お前が!東郷を!壊した!!あいつは覚悟を決めてもう一度勇者になって世界を守ろうとしていたのに、両足が使えないのに精一杯やろうとしていたのに、お前は何もせずただベッドの上で憎しみの呻きを垂れ流すだけ!」

 

 殆どその場から出たなんの根拠もない言葉だ。しかもどれも結局は元凶の俺が悪いということになる言葉ばかり。それでもまぁ、捲し立てれば詭弁も通るって訳だ。相手が動揺してるなら特に効く。

 

「殺したい癖に憎い、復讐したい、言うだけ言って暴れるだけか。そりゃあそんな口だけの奴なんて東郷も見限るってもんだわ」

「ッ!わっしーは私の親友だ!わっしーは私を裏切らない!」

「その親友を最初に裏切ったのはどこのどいつだよ。えぇ?裏切っといて友達だ?親友だ?笑わせるぜ。自分の言動をよーく思い出しな」

「ち......違う!私は、裏切ってなんて......」

「ならなぜ東郷に任せた。なぜ2年間も俺を放置した。記憶が戻ってない俺なら不意を突かなくても殺せた。なのに俺を殺したいほど憎むお前は俺を殺さなかった。チャンスは山程あった。お前はそれを全て取りこぼして、こうして押し倒されて抵抗出来ずにいる。どうだ?今の気分は?」

「殺す!殺してやる!お前は絶対に殺してやる!!」

 

 なんだったら今の俺は殺生権を握っているわけだ。立場が逆転してるな。さっきまで俺が殺されそうだったのに。

 しかし、どうも乃木園子の言動に矛盾を感じる。

『東郷は駒だけど親友』

『親友だから裏切られることはないし裏切ったつもりはない』

『ずっと親友だが壊れたからいらない』

 なんだ......これは、なんなんだ。どう考えてもこれは俺への恨みや憎しみが積み重なっただけの結果じゃないだろう。2年という月日が乃木園子を狂わせたものとばかり思い込んでいた。

 どうして最初に違和感を感じながら疑問に思わなかったんだ俺は。

 

「お前さえ!お前さえ居なければ!ミノさんは死ななかったんだ!!」

 

 俺の体の下で乃木園子がもがいて騒ぐ。鬱陶しいが放置だ。東郷は俺を殺す事を覚悟していた。だが乃木園子の様子がおかしくなって止めた。でも止められなかった。何故だ?

 

「そろそろうるせぇぞ。殺されたいか?」

「ッ......!」

「ん?」

 

 あっれ。殺されたいの反応が恐怖じゃなくて安堵だったぞこいつ......?えっ?なんで?死にたくないんじゃ......?

 

 いや、待て。『死にたくない』っていうのは俺の仮説だ。こいつ......もしかして。

 

「お前、まさか死にたい......のか?」

「......そんなわけ、ない!」

 

 うっわ。ビンゴ。大当たり。ジャックポット。目に一瞬正気が戻りやがったぞ。

 ふざけんな、ただの死にたがりかよ。ふざけんな、ふざけんなよ!

 

「ふざけんなてめぇ。俺を殺したいんだろ。俺のせいでお前の親友が死んで、憎くて恨めしくて、復讐したいんじゃねぇのか?それすらも自分が死ぬ為の材料でしかないのかよ!心が復讐で狂ってもお前は......」

「違う!私はお前を殺したいだけだ!!」

「じゃあ殺した後はどうすんだよ!答えてみろよ!なぁ!!」

 

 乃木園子が言葉に詰まる。まるでそんなこと考えていなかったと言わんばかりに。まるで言動と心情が一致していないように感じる。なんだ......この違和感は。まるでピースが足りていないようだ......。

 

 いや、確かに足りないんだ。なら思い出せ、俺は体と思考がついていかなくなった時があった筈だ。それは2年前とつい最近にもあった話だ。

 

「天の神......。タタリ、か。それも俺と同じ類」

「なにを......!」

「良かったじゃねぇか。お前も立派に天の神の尖兵、バーテックスの一員だ。はははは、畜生め。まさかご同輩が出来るなんてなぁ?」

 

『思考誘導』。それしかない。狂った方が『正常』で、死にたい方が『異常』というわけだ。元来、タタリは殺す呪いだ。勇者として神樹に愛されて生き長らえているからこそ狂い、そして『神に愛された存在が狂ったから』こそ、天の神によって殺されそうになった。

 あとはそのループでドンドン狂っていったか。成る程、俺に天の神が接触してきた『あの春の日の夢』からこいつも同じような目にあっていたわけだ。

 

「白けた」

「は?」

「憐れむ気もない。要は本当に俺と同類だった訳だ。死にたいのに死にたくない。その感覚がグルグル回ってヘドロになって、それに沈んだお前は狂気に飲まれ東郷に辛く当たった。そんな奴相手にもう煽る気も怒鳴る気もなくなった」

 

 乃木園子の上から立ち上がり、仮面を脱ぎ捨てる。同時に変身も解けて、俺は人間に戻った。

 憐れむ気は無い、とは言ったが実際哀れみの他になんと言える。だが助ける事も何も出来ない。自分のタタリでさえどうにも出来ないのにどうしろと言うんだ。

 

「ふざけるな......ふざけるなあああああ!」

 

 情けを掛けた相手に殴られるのは予想していたが、勇者システムのバックアップさえない少女の力はここまで弱々しいのか。俺の頬にぺちり、と当たっただけに終わった。

 

「お前が私を殺せば、大赦は、他の勇者はお前を殺さざるを得なくなっていた!私はお前を殺そうとしたのに、何故殺さない!!」

「白けたつったろうがボケ。お前なんか殺しても俺になーんも得がないだろうがよ」

 

 言動の前後も一致しなくなったな。益々可哀想になってきた。あと女の子相手に手を上げるのとか嫌いなんだよな。今更だけど。

 

「じゃあな。精々苦しんどけ」

「止めろ!行くなぁぁ!...あぐっ!?」

 

 立ち去ろうとした俺を追いかけようとして、乃木園子が足を縺れさせて倒れた。そりゃあ片足動いてないっぽいからそうもなる。憐れみの目線を送ったら遂に泣き出した。

 

「うぁ......あぁ......ああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 あーあ、俺しーらね......って言えれば良かったなぁ。流石に心が痛い。こいつも俺の被害者なんだし、救ってやりたいけど天の神が絡んでいる以上何も出来やしない。思考誘導の類も、俺みたいに『解っていたら』対処は出来る。俺が人に話せない以上、これ以上何も出来ないんだ。せめてさっき呟いた内容でどっかで気付いてくれることを願うか。

 

「くそっ......」

「愚痴りたいのは私の方なんだけどね」

「春信さんか。やっほ」

「やっほじゃない!舐めてんのか君は!一体何をしたか分かっているのか!?」

 

 周りを囲んでいた大赦の神官達を押し退ける形で逃げてきた俺は唐突に前に現れた春信さんに声を掛けられて怒鳴られた。悪い事をした覚えはないけどな。

 

「あっ、スマホを海に投げ捨てたやつ?」

「それもそうだが......はぁ、まぁいいよ。だが君がああも暴れてくれたお陰で計画もしっちゃかめっちゃかだ。大赦の上層部も、もう黙っておけないだろう」

「いいっすよ別に。うちの姉貴達に手はだせないんですし」

「それよりも君の左腕と左目、痛くないのかい?すっごい血が出てるけど」

 

 えっ?あー。そういえばそうだった。ちくちく痛むぐらいだったから普通に無視してたわ。今思うとやっべーなこれ。左手なんてほぼ筋肉と骨になってるし左目はたぶんもう視えないな。いやーどうすっかな。

 

「取り敢えず信用出来る病院に連れて行くよ。話はそれからだ」

「すんません、助かります」

「謝るなら園子様にして欲しいんだがね?」

「いやぁもう無理っすよ。どうあがいても関係改善は出来ないんで」

 

 春信さんが用意したのだろう黒塗りの高級車の後部座席に乗った俺は、なぜか隣席に乗っていた、確か防人隊付きだったかの神官に手当てをして貰いながら俺は病院に向かったのだった。

 

 そしてその途中、痛みはなくても血がなければやっぱり駄目だったようで、俺は貧血でぶっ倒れてしまったのだ。

 

 

 

 




勇祐くん
天の神に見捨てられた挙句、唐突に乃木園子に召喚されて殺されかけた。意趣返しに煽ったけど全く相手にされず、最終的にはイラつくどころか憐れむレベルになった。左眼と実質左手を消失。この後の病院での精密検査では「なんで生きてんの?」ってレベルだったらしい。


乃木園子
漸く仇に出会えたと思ったら槍を折られてスマホは海に捨てられ、馬乗りでマウント取られた挙句に憐れみの目で情けを掛けられた。何事にも報いを、とは言うけど余りにも酷い仕打ちで俺でなくとも見逃さないね......。最後は泣き喚いてフィニッシュ。


春信のお兄さん
えっ園子様が消えた!?どこ行った!?大橋の袂!?結城勇祐と戦ってる!?嘘でしょ!?ほんとでした。兄妹揃って勇祐に振り回される可哀想な三好兄。場面外でもそれなりに振り回されてる。


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第15話 それは散華と過去と無知の話

歪な知識は時に騒ぎを起こす例。

感想などいつもありがとうございます。御指摘等もありましたら合わせてお願いいたします。


「ねぇ春信さん」

「なんだい?」

「なんで俺、東郷の隣なんすか」

「なんでだろうねぇ」

「いや普通に個室とかさ」

「空いてなかったんじゃない?」

「それなら仕方ないけどなんで女の子と2人部屋なの?」

「なんでだろうねぇ?」

「てっめぇ、俺が暴れたからって意趣返しのつもりか!?」

「病院では騒がない」

「くそ、退院したらぶん殴るからな......」

 

 さて、そんな事は置いておいて、あの後、3日間丸々寝込んだ俺は酷い事になっていた。まず外傷としてまず左眼の欠損。当然ながら治らない。左手の大怪我はなんとか治るようだ。ただ痺れは取れないし動かしにくいだろう、という事らしい。更に身体中の骨折が5箇所に内臓の損傷。そして既に死んでいるレベルの貧血。生きているのがおかしいレベルだったらしい。

 そこは持ち前のバーテックス回復力で補えているようだ。笑い事じゃあないけど。

 

 そして俺は今病院のベッド上で春信さんと、検査中の東郷が居ない内に話を進めていた。

 

「ていうか聞かせられない話もあるし、そもそも俺は大赦の敵だぜ?東郷の隣でいいのかよ」

「この病院は表向きは普通の病院だからね。大赦が経営してるとはいえ、仮にも勇者様の隣に居る君を連れ去ったりは出来ないさ。一応、私の部下が監視してるからね。それに......」

「それに?」

「対勇者用としての切り札であった園子様も遂に勇者システムを起動出来なくなったとあれば、一応は手を出さなきゃ無害の君に構っている暇はないさ」

 

 ただ殺せるタイミングがあるならやってくるだろうさ、と春信さんが言葉を続ける。だとしてもだ。だとしても姉以外の女の子と1週間は一緒なんだぞ?ちょっと、ちょっとさ、東郷のプライバシーとかもあるじゃん?俺は放っといてくれていいけど、東郷がさ?ね?

 

「別にそこまで嫌がるほどのものはないと思うけど、何があったんだい?」

「......全部思い出した。2年前の事、全部」

「だから気不味い訳か。ま、そこは頑張ってくれたまえ」

「............今はそれは置いとくわ。それで聞きたいことがある。なんで乃木園子は、あんな包帯塗れだったんだ。あと、東郷の足もだ」

「だいたい想像が付いてるんだろう?」

「だから、聞いてんだよ」

 

 春信さんは押し黙る。黙ってくれるのはいいけど喋って貰わなきゃ困るんだよ。

 

「......花は、咲けば散る。咲く事を満開と呼び、散る事を散華と呼ぶ。そして散った花は............一生、戻らない」

 

 戻ら、ない............。だろうとは、思っていた。いた、けど...それって.........。

 

「まず、園子様は過去に11回の満開を行った。その度に、神樹様は彼女の体の一部を供物として持って行く。左足、右目、右耳。外的箇所はその3つだけだが、後は全て内臓だ。彼女は胃もなければ心臓もない。そして、子宮も。合計で11箇所だ」

 

 聞きたくなかった。ある程度覚悟はしていた。だが、これは...あまりにも......あんまりじゃないか。

 戦って、戦って、その果てが体の機能を11箇所も奪われる?なんだ、それは。じゃあ、あの時、乃木園子は......。

 

 

 俺は、なんて酷い事を言ったんだ。

 

 

「事実を知らなかった君を責める訳じゃないけどね。須美様も同じ。ただ彼女の満開の回数は1度だけ。それで両足の機能が失われた」

「は、はは......冗談であって欲しかったけどさ、そうか......『勇者は死なない』ってそういうことかよ」

「残念ながら。そして、今代の勇者様達も同じだ、君のお姉さんは...」

「待て、今は聞きたくねぇ。それより勇者部はこの事実を知ってんすか?」

「伝えていない。2年前の戦いを知る須美様以外、ね」

 

 東郷、お前は全部隠して来たのか。それでいて、また満開を使ったのか。お前はどんな気持ちで満開を使ったんだ......?

 

「ところで勇祐くん。記憶を取り戻したと言っていたけど?」

「あぁ...。2年前、白面になった理由も、戦った理由も全部」

「そりゃあ重畳。だがタタリでその辺は伝えられない、と」

「そういうこと。死にたいなら話は別だけど?」

「生憎と夏凜の為に死ぬわけにはいかなくてね。それに君のことだ。言わなくても理解できるさ。これでも君のお姉さんに対する気持ちはよく理解しているとも」

 

 伊達に何度も俺を家にまで送り届けては姉貴と話し込んだりしてないわな。よく2人でお茶しながら俺の事を話してたって言うしさぁ。恥ずかしいったらありゃしねぇ。

 

「ただやっぱり君の身体の件、やはり難しくなったよ」

「だろうな。まぁそれは良いっすよ、俺もあんまり期待してなかったし。それよか、防人隊に頼みたいことがあってですね」

「んん?なにをだい?」

 

 防人隊。詳しいことは知らないが大赦が人類反撃の為に量産型勇者システムを作り、それを纏う32人の少女達の総称。俺は春信さんにあの三好の家からの帰り道に契約を交わし、防人隊を結界の外への護衛及び訓練のアグレッサーとしての仕事を任されていた。後は軽い人体実験も行なったがそこは省略。

 そんなこんなで俺は防人隊とは顔見知りである訳だ。訓練では酷く恨まれているが。

 何はともあれ、俺の頼みは彼女達の任務のついでにちょっと周りを見渡してもらうだけだ。双眼鏡でも持って、な。

 

 

「人探しを、ちょっと頼みたい」

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「......」

 

 東郷が検査から戻ってきてすげー気不味い。だから嫌だったんだよ東郷との相部屋って。あんな別れ方して唐突に消えて、更に園子にあんな事したんだぞ。俺が寝てた3日間で粗方の話は聞いてるだろうし、どうすんだよ。謝ればいいのかすら分からんのに。

 あと姉達だよなぁ。NARUKO見たら凄かったし、言い訳と説明考えとかないと。

 

「......ねぇ、勇祐くん。記憶、戻ったのよね?」

「おう......」

「私たち3人との出会い、覚えてる?」

「......イネス、だったな。迷子の子供が泣いてて、俺と銀が同時に助けに行って」

「それを私達が影から見てるのがバレて、一緒に迷子センターに連れて行こうとして」

「迷子センターに連れて行く前にお母さんが来て、連れて来てくれたお礼にって俺たちにアイス奢ってくれたっけな」

「そこから銀と勇祐くんが意気投合して、遊ぶようになったのよね」

「そう、だな…」

 

 東郷によって唐突に始まった会話は、俺の言葉で静かになる。

 

「なんで、銀を殺したの?」

 

 振り絞るように、東郷が怒りを込めた口調で俺に問う。俺は隣のベッドの東郷を見ずに、言葉を選び、答えた。

 

「そうするしかなかった。それだけしか言えない」

「なぜよ......?」

「こればかりは言えない」

「言って」

「無理だよ須美。こればっかりは......」

「言え!白面!答えろ!!」

 

 勇者システムを起動した東郷が俺に飛びかかる。胸ぐらを掴まれ、右手には拳銃。驚きはしたが抵抗する気は、起きなかった。

 

「なぜ銀は死ななければいけなかった!なぜ銀を殺した!なぜ白面であると黙って私達に近付いた!なぜ貴方が白面なんかになった!」

「............」

「答えろ!」

 

 こめかみに拳銃を突き付けられても、答えられない。答えられるはずがない。答えてしまえばこの立場が逆転して、俺が東郷を殺さなきゃいけなくなる。

 

「なぁ、東郷。俺を殺さなきゃいけないんだろ?」

「......!?」

「俺を殺したら、銀と園子の仇が取れる。銀を殺したのは間違いなく俺だ。それに、約束があるんだろ?だったら、遠慮なく俺を殺せよ。俺はお前を恨みなんてしねぇしさ」

 

 東郷の右手を握り、拳銃を俺のこめかみに当てる。まぁ、死にたくはないが東郷だしな。園子には殺されたくなかったっていうか、あれはただの意地だし。こいつらに殺されるなら......まぁ、いいかな。

 

「どうした?仮面被ってた方がやりやすいなら被るけど?」

「なんで......?死にたいの?」

「いいや、死にたくないさ。だから生きてんだよ俺は。でもお前になら殺されてもいい」

 

 なんか園子と言ってること同じじゃないか?まぁなんでもいいか。

 

「どうして、どうしてそこまで死を受け入れられるの?私と、そのっちだって...生きたいから全てを背負って生きてきたのに......」

「そんな事言われてもなぁ。俺は生きてる方が罪だし、死んだ方が皆が幸せになるんだぜ?もっとも、やる事あるから死んでなかっただけでさ。もし......ぶっ!?」

「そうやって勝手な事を言って!貴方が死ねば皆が悲しむのよ!風先輩だって!樹ちゃんだって!夏凜ちゃんだって!友奈ちゃんも!皆悲しむのよ!それを貴方は......!」

 

 急に涙目になった東郷が、拳銃のグリップの底で俺の頭を思い切り殴ってきた。俺これでも怪我人なんだけどなぁ。痛みに鈍くてよかった。

 東郷の言いたい事も、よく分かる。たぶん勇者部の面子は......悲しむだろう。東郷の両親とか、商店街のおっちゃんおばちゃん達とか。あと不良仲間もか。

 

 俺は、生きるべきなのか。誰かの敵である事を背負って、皆に迷惑を掛けながら、生きなければいけないのか。

 ......辛い、な。でも、やるべき...いや、やるしかない。

 

「すまん......言葉に配慮がなかったな」

「そのっちも、今年になって急にああなってしまったわ。白面がもう一度現れたと報告した翌日からは特にそうよ。......もう1度聞くわ。なぜ銀を殺さなければいけなかったの?」

「今は、話せないんだ」

「いつになったら話せるの?」

「......分からん」

「............」

「そんなに睨まれてもな、須美にも確実に危害が加わるもんなんだよ。詳しい事は俺のとこに偶に来る大赦の神官でも脅して聞いてくれ。推理、推測は自由だ。だが俺はそれに肯定も否定も出来ない。須美が俺の事を殺したいなら俺はそれでを受け入れ......へぶっ!?」

 

 2度目のグリップ殴り。なんだよ、俺なんか悪い事したか?

 

「殺す殺さないの話を次したら、ガス室に入った方がマシな状態にするわよ?」

「......うっす」

「はぁ......私も私で、頭に血が上ってごめんなさい。本当は折り合いを付けていて、ゆっくり話すつもりだったのだけれど......」

「園子は......まぁ俺もタイミングが悪かった。割とイラついてたところだったからさ。あいつにしたら待ち望んだ絶好のタイミングだったんだろうけどな......」

「その...その左目も、もしかして?」

「園子とやり合った時にな。流石に治らんっぽいけどしゃあねぇわ。自分で蒔いた種だからな」

 

 左目を右手でトントンと叩く。眼帯で覆われた左目を外す事は流石にグロテスクなのでやらない。

 

「というか、いつまで俺の上に乗ってんの?」

「えっ......あっ!?」

「気付いてなかったのかよ」

「ご、ごめんなさい!」

『ゆうくーん、起きたって聞いたけど大丈夫?』

 

 病室のドアの向こうから姉の声がして、俺たちの動きがピタリと止まる。お見舞いのタイミングが悪い、いや悪過ぎるだろぉ!!?なんでこう俺の心の準備が出来てないどころか東郷が上に乗ってるタイミングで!?

 

「ちょ!?須美早く降りろ!」

「須美って呼ばないで!?」

「今更かよ!さっきまでずっと言ってたろ!というか降りろってマジで!俺骨折で身体固定されてんだって!!」

「あっ勇者システム解いちゃったから足が......」

「ああああああ!何してんだ!!?」

「どうしたのゆうくん!騒がしい、け......あれ......」

「どうしたのよ友奈.....ヒューッ!」

「病室の前で止まんないでよ2人と......もッ!?」

 

 見られた。俺の上に、ワタワタしていたがために病院着が少し肌蹴た東郷が乗って、顔を赤らめているところを。姉と、パイセンと、夏凜が。その後ろからは『3人が止まると私が入れない』と描かれたフリップがピョンピョン跳ねていた。

 固まる俺たち。凍る時間。フリップだけがピョンピョンと跳ねる空間。そこを姉が崩しにかかる。

 

「えっと......避妊は、しっかり...?」

「違う、違うのよ友奈ちゃん!」

「おいクソ野郎!お前遂に!」

「くっ...先を越されてしまった......!」

「パイセンあんた分かってんだろ!!三好はとにかく黙ってろ!」

「何を!?東郷を...あ、あんなことやこんなこととかしたりしたんでしょ!?」

「してねぇよ!」

 

 わいわいがやがや。いつもの部室のようなボケとツッコミの嵐。俺はこいつらと割と悲壮な感じで別れたはずなのにどうしてこうなるのか。そして俺たちはやって来た看護婦さんに「うるさい」と叱られるまでこの喧騒は続いたのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「つーわけで俺が記憶を思い出してな。逆にまだ思い出してない東郷の小学生時代の恥ずかしい過去をバラしたら勇者システム起動されて、それで馬乗りになってたわけだ」

「勇祐、あんた昔の東郷を知ってたのね。まぁあの勇祐と東郷が病室でそんなことやる勇気も元気もないのは分かってたからどうでもいいんだけどね」

「ゆうくんふらふらーっと何処かに家出する時期あったし、その時じゃないかな」

「そういうこと。あとパイセンほんと覚えとけよ。ところで姉貴達も検査してたんだろ?体とか大丈夫だったのか?」

 

 一通り先ほどまでのあらましをでっち上げて説明した俺。流石に須美が先代勇者だった、とかは話せん。

 

「私は平気...だったんだけど樹ちゃんが声が出なくなっちゃって」

『暫くすれば治るという事だったのでそれまでの辛抱ですね』

「そ、そっか」

 

 顔に出すな。耐えろ俺。今は後の事を考えるな......ッ!

 

「三好......は頑丈そうだしいいか」

「ちょっとどういう意味よ」

「パイセンは?」

「無視すんな!」

「私は...ちょっと......ね?」

 

 待って、そういうの駄目だって。もしかして心臓とか持っていかれたの......か?

 

「えっとね、ゆうくん。風先輩は......」

『口に出すのが憚られるというか...』

「そ、そういう事だから...ね?」

 

 暗くなる勇者部一同ときょとんとする夏凜。ちょっと待てよ。一体どこを散華したんだよ?おい?

 

 

 

「何恥ずかしがってんのよ。生理がちょっと不順になるだけでしょ?」

「ちょ、夏凜あんたね!?」

 

 えっ生理不順?ん?生理って......なに?

 

「あっ、これはゆうくん分かってない顔だ」

『教えるべき、なんでしょうか?』

「そういえば、勇祐くん保健体育の授業出てなかったわよね?」

「出る訳ないじゃん。恥ずかしいし」

「まさかのそういう時点の話?じゃあ子供の作り方は?」

「夏凜、ちょっとあんたの物怖じずに聞く姿勢流石に止めなさいよ」

「えっ、神樹様が授けるんじゃないの?」

「勇祐くん...もしかしてそれ、絵本の話?」

「そうだけど?」

 

 全員が全員、「あちゃ〜」って顔をしてる。ん?なんだ?なんかわかってないの俺だけっていう雰囲気なんだけど?違うの?え?

 

「ちょっとどうすんのよこれ。流石にここまで無知って知らないわよ私。というかあんた、あの時の行為、まさか何を意味してるか知らなかったわけ?」

「いや、あれとこれとはまた別だろ?あれってただ快楽を得る為のやつなんじゃ......?」

「まさかのそういうパターン?流石に拗らせ過ぎてて勘弁してほしいんだけど」

「えっ、ちょっと待てよ。今の話の流れからすると......えっ?」

 

 んんんん?もしかしてアレって快楽を感じたり、人を辱めたりする行為じゃないのか!?だって不良グループの連中とか「気持ちいい」とか言ってたぞ。どういうことだ?頭がこんがらがって来た。

 

「あんた達一体どこでナニやってたのよ......。あー、勇祐?一先ず子供の作り方は置いといて。まぁ、その。女子は月に1回ぐらい体調が悪い日があるのよ。私の場合はその体調不良も軽いからいいんだけどね、その日が今なくなっちゃってるのよ」

「えっと......つまり良いこと?」

「その場で見ればね。長い目で見るとヤバイけど。ま、お医者さんが言うには過度な戦闘で身体が不調になってるだけって話だからいいのよ。あの時、勇祐が庇ってくれなきゃヤバかったかもなんだから。だから、ありがとね」

 

 そう言う事ならいいんだが......。パイセンが嘘ついてるようには見えないしな。だけどちょっと違和感を感じるし、春信さんに1度聞いておくべきか。

 

「東郷は左耳、が聞こえないんだろ?」

「えぇ......そうね」

「姉貴は......本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 その口調、その顔は『嘘』だな。というかこっちには散華っていう情報を持ってるんだからそうでなくとも嘘だと分かる。ただ、今言うべき話じゃない。姉貴とは後で2人きりで話すことがあるし、その時でいいか。

 

 

 

「ところで子供ってどう作るんだ?」

『後にしてください』

 

 樹に真顔で叱られた。なんでだ。

 

 

 




勇祐くん
死にたがりボーイ。なお先代勇者の3人に対してだけの模様。散華の内容を聞いて泣きそうだった。
子供の作り方を知らないシリアスブレイク無知ウブボーイ。これが薄い本ならこのままえんやこーらな展開待った無しだった。段階を飛ばして性行為は『快楽を得るため』としか知らないし、ゴムはエチケットとしての使い方しか知らない。

友奈ちゃん
しっかりと性教育を行なっていなかった事を後悔。でもこれって私の役目ではないのでは......?でもゆうくんが誰かと付き合ったりしたら......どうしよう?あっ風先輩がやってくれるんですか?じゃあお願いします!

パイセン
めっちゃくちゃ恥ずかしい。どうしてこうも辱められなければいけないのよ!でも勇祐の性教育......これって私がするべきなの?年上として、部長として......?嘘でしょ?

樹ちゃん
勇祐と違って全部知ってる実はムッツリガール。流石に口に出すのは憚られた。声が出ない。早く教えた方がいいよお姉ちゃん。

かりんりん
生理ぐらいどうでもいいでしょ。って思ってたらまさかのぴゅあぴゅあな少年で心底ビビる。抉れないうちに治すべきだと思うしここは風の役目でしょ。部長なんだし?

須美ちゃん
シリアスブレイク食らってぽかーんな人。最初は勇祐を殺す勢いだったのにしっかり教育されてない勇祐を見てさらに困惑。私が教えるべきなのかしら......いやでも、ここはやはり風先輩がですね......!


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第16話 それは彼が言えない事と溜めていた事

次回以降、また少し投稿が遅れると思います。
あと温泉回が待っているのですが、どう表現したらいいものか悩みますね。ToLOVEる全開で行ってもいいのですが.......。


「話を変えるわ」

 

 パイセンがそう言うと空気が一気に引き締まる。というよりも最初からこの話をする予定だったのだ。それがちょっとイレギュラーがあっただけで。

 

「まず勇祐、あんたの今のスタンス...立場の話よ」

 

 パイセンの言葉に、全員の視線が俺に集まる。こうなれば腹を括って、タタリが起きない程度に答えていくしかないな。

 

「始めに、俺が白面だった事を謝るよ。言えなかったのはまぁ、色々とあるんだけど三好をボコった時は正直な話するとまだ夢だと思ってた。思いたかったんだ。結局は現実だった訳だけど」

「......続けて?」

「立場としては敵...バーテックス側、だった。今のところ見捨てられてる感じ。いつ拾われるかも分からないし、このままかもしれない。心情としては最初からパイセン達の味方。ただ思考誘導されて何度か危うかったけど、今は多分大丈夫」

「見捨てられる......ってどういうことよ?」

「例えば神樹から力が与えられていない状況...って感じかなぁ。今もまだ白面に変身は出来るけど、力の残滓を使ってるだけだからただ白面の姿になるってだけ、だし」

 

 何もないところから白面を取り出した。それだけでどよめかれたのが面白くて被ろうと思ったら全員に止められた。やっぱダメか。

 

「一応人類の敵じゃん、バーテックスって。だから大赦にも命狙われててな」

「ゆうくんそれ初耳」

「いや流石に言える訳ないだろそんなもん。まぁ色々あってそこのにぼっしーのお兄さんに助けてもらってな」

「兄貴に?てかにぼっしー言うな」

「そ、色々役立つからって便宜図ってもらって、こっちが色々出す代わりに大赦から討伐命令を出すのを下げてもらってたんだよ」

 

 嘘は言っていない。嘘は。深い部分は隠しているけども。

 

「なるほどね......あと勇祐。最後のあの意味深な言葉なんだったのよ?」

「俺、あの時普通に死ぬ予定だったんだよな」

 

 実は天の神に向かって死ぬ気で殴り込みに行ったらあの御霊に邪魔された挙句に何も出来なくて力まで失ったとは言えない。少なくともダサすぎる。

 

 そういえば、俺の『流星』って白面本来の力がなくても使えたよな?なんでだ?

 

「「「えっ!?」」」

『えぇぇ!?』

「やっぱ驚くよなぁ。と言うか俺もバーテックスに自意識を飲み込まれるか否かの瀬戸際だったんだぜ?バーテックスに堕ちて意識のないままに姉貴達を攻撃するぐらいなら死を選ぶだろ」

「ちょっと突拍子がなくて...」

『勇祐さん死ぬ気だったんですか!?』

「だって嫌だろ樹だって。パイセンの事を殺したくなるとか」

『そりゃあ...嫌ですけど』

 

 そこはもう選択肢がなかったから仕方がない、と納得してもらうしかない。俺は今生きてんだし。

 

「ゆうくん......」

「ごめん、姉貴」

「いいよ、ゆうくんは今生きてるんだから」

 

 やっぱ須美の言う通りだな。俺が死ぬ事で皆が悲しむんだ、って再確認出来た。バカだなぁ俺。

 

「......勇祐、ちょっといい?」

「三好が俺の名前を呼んだ......?部長、これは一体......!?」

「これは...来るわよ勇祐!」

『な、なにが来るんですか?」

「樹、このあんぽんたん共に付き合わなくていいのよ。人が心配してやってんのにこいつはほんと...」

「反省してまーす」

「退院したら覚えてろクソ野郎。それで?誰も触らなかったけどあんたのその左目、どうしたのよ」

 

 腕を組み、ぶっきらぼうに三好がそう言う。やっぱ優しい奴だなこいつ。照れ隠しにムスッとした表情なのは所謂ツンデレってやつか。流石に次こそ怒られそうだし言わないでおく。

 

「最後、消える瞬間にはなかったんだもん。私も心配だよ」

「......治らないんだ、これ」

 

 そう言い切って左目に眼帯を軽く剥がす。治り掛けのその傷の奥には何もなく、ただ永久の闇のような空洞が広がっている。見て良い気分がするものじゃないだろうが、俺の状況は知ってもらうべきだろう。

 

「ッ......」

「ゆ...ゆうくん......」

「すまん、嫌なものを見せたな。目に鋭利なのが刺さって、な。あんまり話せるような傷じゃねぇんだわ」

 

 改めて眼帯をつけ直す。一応、義眼は入れる予定だが視力は戻らない。一生、このままだ。

 

「片目があるんだからいいさ。どうせもう戦いはないんだろパイセン?」

「......そうね。アレで終わり。大赦もそう言ってたしね。だからスマホも返したんだし」

「す...東郷は持ってたけど、もしかして俺用に、って事か?」

「そう聞かされているわ。暴れるようなら制圧しろ、と。勇祐くんの隣のベッドな訳だから余計よ?」

 

 暴れたのはそっちなんだよなぁ。まぁそういう理由があるならしょうがない。俺もいつまた拾われるか分からんしなぁ...。

 

「ゆうくんなら大丈夫だよ。たぶん!」

「そこで折れないでくれよ姉貴......余計信用なくなるじゃんか」

「もうないでしょ」

「うるせぇぞ木刀暴力女」

「なんですって!?」

「仲良くするのはいいけど煩くするのはやめなさいな2人共」

「「仲良くない」」

『そういうところですよ』

 

 何がそういうところなのか。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「まだ目が覚めたばかりだし、そろそろ日が暮れるから今日はここまでよ。尋問はまた明日ね」というパイセンの一言で取り敢えず俺は解放された。最後の言葉が怖いが、聞かれれば答えられるところはドンと来いだ。と虚勢を張ってみる。あいつら容赦ないからな......。姉に事情説明するのも退院してから、ということになった。

 

 しかし、散華......か。三好は満開をまだしていないので省くが姉とパイセンが考えるだけで恐ろしくなる。姉もパイセンも外見に異常がない事が異常なのだから。パイセンは、恐らく子宮......なのだろう。さっきスマホで子供の作り方を調べて、生理についても知った。生理が起こらないということは、そうなのだろう。春信さんに問い合わせて確証を得なければ信じられないが......。恐らくパイセンは真実を知らせていないのだろう。

 

「樹......声、か............」

 

 樹は健気にも「治るから大丈夫です」と言っていたが治らないと知ったらどうなるだろうか。バンドのオーディションの結果発表を樹はとても楽しみにしていた。俺とバンドを組めて嬉しいと言っていた。将来の夢を俺にだけ語ってくれた。俺が、満開について春信さんに聞いていれば。俺がもっと頑張れていれば、あのバーテックスを倒していれば。

 

 ------『たられば』は止まらない。

 

 ぐるぐると、俺の脳内が「俺がもっと出来ていれば」に支配されていく。俺は、俺は......ッ!何のために戦っていた!俺の喧嘩だと周りを見ずに、1人突っ込んで!もっと早く打ち明ければよかったんだ!怖がらずに、俺が白面なんだと!そうすれば連携が取れていた!少なくとも満開を使わずにいれたはずだ!俺がバーテックスに堕ちなければ!!

 

 

 

 ------やはり死ぬべきなのか俺は。

 

 

 あぁ、そうだな。死ぬべきだ。生きてちゃいけないんだ。

 

「勇祐くん!!」

「......ッ!?」

 

 東郷の叫び声で、現実に引き戻された。俺は今何処に居る......?病院の屋上?鉄柵を登って......『落ちようとしていた?』

 

「うわっ!?」

 

 状況を一気に把握して、心の底から恐怖を感じた俺は手を滑らせた。片手だけで鉄柵を登っていた俺は鉄柵から滑り落ちた。だが俺は地面に落ちることはなく、後頭部が柔らかいという感触を伝えて来た。

 

「勇祐くん!一体何をしようとしてたのよ!」

「お、俺は......な、に...を?」

「まさか、そのっちと同じ......!?」

 

 東郷はゆっくりと俺を地面に座らせてくれた。体がガタガタと震えて言うことを聞かない。おかしいな、今は夏にはずなのに、なんで...震えてるんだ、俺。

 俺は、死ななきゃいけないんだ。だ、から......?

 

「死ななきゃ、駄目......だから」

「ゆっきー!」

「す、須美......?」

 

 須美が、俺を必死に抱きしめる。どうやら勇者システムを起動しているようだ。俺を探す為に必要だったからだろう。

 それにしても、懐かしい呼び方だ。そういえば、園子と須美にはそう呼ばれてたなぁ......。

 

「大丈夫、大丈夫だから。安心して。ゆっきーは、死なないわ。私がついているもの」

「す、み...俺は......死ぬのが...怖い、のか?」

「そう、だと思うわ。そうでなければこう震えないもの......」

 

 そう、なのか。俺はまた思考を誘導されて......。いや、これは俺の心奥底にあった気持ちだ。それを偶々表層に持ってきただけに過ぎないのだろう。

 

 でも、俺は。怖いんだ。

 

 

「怖い......。俺は。俺は死ななきゃいけないのに、死ぬのが怖い......!」

 

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 

 あれだけイキって、死にたい、死ななきゃいけないとほざいていたのに。

 俺は今、死にたくないと強く思っていた。

 その想いが、涙となって、まだ存在する右目からボロボロといくつも零れ落ちる。

 

「死ななくていいのよ。ゆっきーは死ななくても、いいのよ」

「だって...だって......。俺は敵で、皆に迷惑掛けて......!園子だって、あんなに苦しんで!父さんも母さんも!殺したのは俺なんだ!姉さんだって、壊れかけたから俺が無理矢理治したんだ!」

 

 罪の告白。する気もなかった。一生抱え込んでいくつもりだった。けど、須美に抱き締められて、まるで心が剥がれ落ちるように俺の口が動いていく。

 

「苦しかった、辛かった。何度も何度も痛めつけられて、何度も心が折れそうになって、勇者を殺せって言われて......歯向かったらまた痛めつけられて......!」

「......うん」

「生きたかった......生きたかったんだ!姉さんと一緒に、生きたくて......俺は......俺、は......!!」

 

 もう、何を話しているのかも分からない。自分が心に思った事を話している気がする。

 

「全部、吐き出していいのよ。私しか、聞いていないもの......」

 

 だから俺は、須美に抱きつきながら思いのままに全てを吐き出した。その優しさに甘えながら、手を引かれていくように。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「疲れて、眠っちゃったのね......よかった」

 

 東郷が勇祐の異常に気付いたのは深夜の事だった。部屋からゆっくりと出て行く勇祐に気付いた彼女であったが、トイレだろうと思って再度眠りに就こうとした。だが勇祐は全身の骨折と「白面」であったという事実の為に腕と頭以外はベッドに固定されているのだ。

 寝惚けた頭でそれに気付いた東郷は飛び起きて勇者システムを起動し、急いで勇祐を探した。

 そして探し回った最後の場所である病院の屋上で勇祐を見つけたのだった。

 

 そして今、病院の屋上で東郷は泣き疲れて寝てしまった勇祐を膝枕で寝かせていた。小一時間ほど、心の奥底で溜め込んでいた鬱憤を彼は吐き出し尽くしてしまっていた。

 だがそこに、勇祐が白面になった理由や、三ノ輪銀が本当に死んだのか、という情報はない。勇祐が『タタリ』を恐れ、東郷を守る為に無意識にボカしたのだろう。だからこそ、まだ東郷はタタリにその身を侵されていない。

 

 東郷はまだ『タタリ』という呪いの存在を知らない。元凶である天の神の存在も、神樹が作った四国を囲む結界の外に何があるのかも彼女は知らなかったし、知ろうともしなかった。

 だが今、勇祐は「姉を守る為に姉を壊した」と言った。両親の死で狂いかけた精神を、両親を忘れさせることによって姉を治した、と。

 だがそれは記憶の破壊であり、友奈は壊れたのだと言う。東郷自身、そうは見えなかった。だが友奈は勇祐と同じく、抱え込む質だ。勇祐がそう言うのなら、友奈も何か抱えているのだろう、と東郷は結論付ける。

 

 そして一連の勇祐の話を聞いた東郷は、自身に違和感を感じた。園子は外の世界を見たと言った。その内容こそ知らされなかったがなぜ自分は『知ろうと思わなかったのか』。

 そもそも最後の戦いの場で自分が何をしていたのかも東郷は曖昧だった。

 だから東郷は気付けたのだ。自分も、園子によって『記憶を破壊されたのではないか』と。

 

「でも、もしそうならその方が良かったのかもしれない...だって、私は......」

 

 東郷は『散華』を実際に味わっておきながら、勇者部にそれを伝えられなかった。むしろ夏凜が説明するまで満開の存在すら話さなかった。それは自分が記憶喪失であると偽る為の行為であったが、東郷はその事に一切の『罪と責任を感じていない』のだ。東郷は今、それがおかしいと初めて気付いた。

 もし、初めから責任を感じていたのであればそもそも勇者部に戦わせる事はなく、自分自身がいくらでも満開を使って戦っていただろう。それすらもしていないこの現状。『何かあった』と悟るには十分すぎる状況であった。

 

「そのっちに確かめなきゃ、いけないわね」

「須美様」

「ッ!誰ですか!」

 

 東郷は背後から突如として投げられた言葉に反応して、拳銃を構える。その先では大赦の仮面をつけた男性神官がお辞儀をしながら立っていた。

 

「勇祐くんを回収しに来ました」

「そう、ですか」

 

 東郷は拳銃を降ろし、勇祐をだき抱えてその場に立った。

 

「ところで、いつもの方とは違いますね?」

「はい、彼とは交代で勇祐くんを見張っていたものですから」

「......では勇祐くんが自殺しかけるところも見ていただけ、と?」

「我らでは触れる事も許されておりませんので」

「嘘はない、ようですね。ですが......」

 

 東郷が一歩下がる。神官は一歩前に出た。

 

「回収するという言葉、頂けません。せめて彼付きの神官を寄越しなさい」

「彼は休んでおりますので」

「出す気はない、と。まさか昨日の今日でこうなるとは......。夏凜ちゃん」

「はいよっとォ!」

 

 突如夏凜が屋上の出入り口の上に現れて飛び降りた彼女は、大赦の神官に飛び蹴りをかました。その一撃で神官の意識は刈り取られ、地面に倒れ伏した。

 

「全く、油断も隙もないわね」

「ごめんなさい夏凜ちゃん、夜中に呼び出して」

「いーわよ別に。友達の頼みぐらい聞かないとね」

 

 実は勇祐が居なくなった時点で東郷は夏凜に連絡していた。勇祐の面倒を見ているのは夏凜の兄。なので真っ先に連絡しようとしたが連絡先が分からない。そして彼の部下達が常に監視しているという話だったがそれらしき人物も見えなかった為に、夏凜に連絡を飛ばしたのだ。

「今すぐ行くから兎に角病院内を探して」と頼もしいことを言った夏凜は、こうして後からやってきて、少しだけ勇祐の泣き言を聞いていたのだった。

 ちなみに、友奈に連絡しなかったのは単純に彼女を余計に心配させないつもりだったからだ。

 

「全く。いくら大赦が命を狙ってるとはいえ、ここまで強硬手段に出るなんて」

「そうね。でも夏凜ちゃんのお兄さん達は大丈夫かしら......」

「さっき見てきたら睡眠薬か何かで全員眠らされてたわ。監視するならもうちょっとまともにしなさいよね。こうして私の仕事も増えたんだし」

「ごめんなさい夏凜ちゃん」

「だからいいって。東郷が悪いわけじゃないんだし......。それにしてもムカつく顔で寝てるわね。起こしてやろうかしら」

「流石にやめてあげて......?」

 

 冗談よ、と夏凜。流石にあんな事を聞いた後に叩いて起こすなど外道な真似も出来ない。

 

「......こいつも、抱え込んでたってワケね......。くそっ、あんなもっともらしい事言ったってのに気付いてやれなかったなんて!」

 

 倒れ臥した神官の顔面を蹴り飛ばす夏凜。流石にちょっと可哀想だな、と東郷は苦笑いした。

 

「勇祐は私が背負うから、とにかく病室に戻りましょ。でも勇者システムは起動させたままでね。病室に戻ったら兄貴達を叩き起こしてくるから」

「ありがとう夏凜ちゃん。勇祐くんを、お願いね」

「完成型勇者の私に任せなさい。もっとも、今は勇者システム持ってないけど......っと。案外軽いわねこいつ」

 

 夏凜が勇祐を背負って歩き出す。東郷も警戒しながらそれに続いていったが、結局朝まで大赦による襲撃もなく、夏凜にボコボコにされた様子の春信達が東郷と夏凜に深々と謝罪したのだった。

 

 なお当の本人の勇祐は恥ずかしさのあまり「いっそ殺してくれ」とその日は一日中布団を被りっぱなしだった。

 

 

 




勇祐
全部まるっと根掘り葉掘り聞かれると思ったらそうでもなかった。一安心。だが何を話したのかきっちり覚えている上に泣き喚いて東郷に抱きしめられた挙句、膝枕で眠った事まで覚えているので東郷に合わす顔がなかった。ただタタリの事は喋っていないようで一安心した。

東郷
トイレかな?いやあいつ今動ける状態じゃねぇ!監視役何やってんの!?夏凜ちゃん助けて!あの子屋上から飛び降りようとしてた!!
初めて見る勇祐の泣き顔に驚きながらも優しく包み込んだ。母性が凄い。胸の母性で勇祐を受け止めるほど。

夏凜
うっわその目グロっ......。たまに名前を呼んでやったら煽られた。可哀想。さらに夜中に電話で叩き起こされて自転車で急いで病院に向かった。可哀想。駄目兄貴は木刀でシバき起こしてストレス発散。

友奈
色々と勇祐の話を聞いて頭がパンパン。もう少しいっしょに居たかったけど仕方なしに帰った。なお夜に何があったかは聞かされていない模様


奥さん、あのにぼしっ娘デレましてよ!それにしても目グロっ...吐きそう。でも我慢。


夏凜さんと勇祐さん、最初はどうなるかと思ってたけど仲違いしなくてよかった。『そういうところですよ』は風がやめなさいと言った時点でフリップに書き始めていた。ニュータイプの素質があるかも。目は怖くて見れなかった。

春信さんとその部下
良いとこなし。眠らされてとある計画に必要な勇祐が連れ去られるところだった。なお全員夏凜にボコボコにされたらしい。可哀想だけど残当。

大赦の神官
勇祐連れ去ろうと画策していたが、ここぞとばかりに勇祐が自殺し掛けていたので死ぬまで見守ろうとしていたが東郷のインターセプト。なので予定を元に戻して連れ去ろうとしたがそうは問屋が卸さない。先代勇者の勘を舐めるんじゃないと言わんばかりに拒絶され、夏凜の飛び蹴りを食らって轟沈。さらに追い討ちの顔面蹴りを食らって歯が何本か折れた。


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第17話 それは入院生活の話

全然話が進まない!なんでだ。
防人達の活動時期ってメモリアルブック見たら秋頃からってなってた事に気付いて焦ったのですが、まぁ原作との齟齬は今更だよなって事で開き直りました。




 あの夜の自殺未遂事件から3日。何故か俺が起こす事件って基本的に夜だよなとか考えてたらすぐに過ぎていった......。いや、過ぎていったことにしてくれ。恥ずかしくて東郷の顔を見れないどころの話じゃなかったんだ。三好にも生暖かい目で見られるし。お前どこで聞いてたんだよ。助けてくれたっていうのは知ってるけどさ!「ありがとう」ってちょっと吃りながら言ったら「お、おう...」って反応されたんだぞ畜生。姉や犬吠埼姉妹には知られていないのが唯一の救いなのだが、東郷もなんだか優しくなったし......。俺はどうすりゃあいいんだ。

 

「ゆうくん、ほんとに大丈夫?」

「大丈夫じゃないかもだけど大丈夫......」

「うーん、これは大丈夫っぽいけど大丈夫じゃなさそうな答え方。お姉ちゃんちょっと悩んじゃうな」

 

 布団を頭から被る悩み多き俺に、姉がツンツンと布団をついてくる。事情を知らないからって好き放題やりやがって。このっこのっ!

 

「布団から手だけ出てきた!」

「まるで猫みたいな反撃ね......。猫祐?」

 

 誰が猫だ。人の気持ちも知らないで。

 

「そういえば東郷さんって、やっぱりゆうくんが家出してた時に出会ったのかな?...........わっ、これ結構面白い。猫じゃらし持ってくればよかったなぁ」

「そう、らしいわ。あまり覚えていないのだけれど......」

「そういえば記憶が......ごめんね東郷さん!」

「謝らないで友奈ちゃん。私は大丈夫だから。それよりも凄い勢いね......」

 

 片手で俺と姉は高速手取り勝負をしていた。なんの勝負で、何で勝ち負けが決まるのかは分からないがまぁいずれ決着はつく、と思う。

 

「でもなんでねこくんは東郷さんと出会った事を忘れてたのかな?」

「誰がねこくんだ、誰が。......俺もそこは分からねぇんだよ。なんで忘れたのかいつ忘れたのか、さっぱりだ。あのて......雷で忘れた記憶は思い出せたんだけどなぁ」

「あの雷凄かったもんねぇ。ピシャーン!っていうかドーン!って感じだったし!電気ショック?」

「かもなぁ」

 

 猫と呼ばれた俺はチラリと顔を出して姉に反論した。すると、東郷が視界の端で微妙な顔をしていた。

 

「なんでそんな顔してんの?」

「むしろ姉弟の微笑ましい戯れ合いだと思っていたら拳の激しい攻防を見せられて困惑しない方がおかしいと思うわ」

「えー!普通だよ!」

「普通だと思うけどな」

「普通の家庭ではそんな高速片手殴り合い受け止めた方が勝ちみたいなのはやりません!」

 

 えっやらないの?こう、暇な時の組手みたいな感じで。「暇だなー、じゃあ拳当たったら負けゲームしようぜ」みたいなのとか。

 

「これはむしろ東郷がおかしいだけでは?」

「なるほど......一理あるかも」

「ありません!」

「あっ東郷さん一人っ子だもんね。じゃあ風先輩達はやるんじゃないかな!」

「樹がやるようには見えんけど......もしかして実は凄いのか?」

「かもしれないよゆうくん。きっと本気出したらユーアーショック!だよ。きっと!」

 

 どうやら姉の中では、樹は服をビリビリに引き裂くほどの筋肉ムキムキになって百裂拳とかやってしまうらしい。想像しただけでも強い。

 

「俺勝てそうにないなぁ」

「大丈夫だよゆうくん!私がいるよ!」

「姉貴と2人なら割といけるか......!?」

 

 実際シミュレーションしてみるものの、どうもそこに三下臭のするモヒカンパイセンが出てきて邪魔をしてきて苦戦するという姿が出てくる。北斗の樹攻略は難しそうだな。なんか空が落ちてきそうな気がする。

 

「なんでそうも真剣に悩めるのかしら......私にはちょっと理解できないわ」

「考えるな、感じろ!だよ東郷さん」

「その難易度が高過ぎるのよ友奈ちゃん......。2人が合わさるとこんなにほんわか空間なるなんて......」

「困惑するどころか恍惚な表情になってんぞ東郷」

 

 東郷への呼び方も今は東郷呼びで統一している。東郷の要望もあるのだが、理由としては俺を以前の呼び方である「ゆっきー」と呼んでしまいそうだからだそうだ。

 なにせ東郷の記憶喪失が殆ど嘘なのを知っているのは俺だけだ。更に今は勇者部にその真実を話すには時間が悪すぎる。『散華』の事など以ての外。勇者である事を隠せばまだ話せるのだろうが、以前の学校から元勇者である、という線を辿られる可能性も無きにしも非ずだ。

 

 散華の事を話せなかった事を非常に気に病んでいる東郷だが、俺には...何も出来ない。「触れないでくれ」とまで言われたんだ。こうして元気な様子を見せる東郷だが、心に抱えた闇は深い。

 姉も東郷も、犬吠埼姉妹も...あと園子も、俺が元凶の地雷が埋まっているのを何とかしなければいけないとは思うのだが......。

 

「入るわよー。風達は後で来るって言ってたけど......何してんのそこの姉弟」

「今は高速片手アルプス一万尺やってる」

「よく手元見ないでやれるわね。それも白面の力とやら?」

「いや、姉貴の動きに合わせてるだけだから違うけど......ちょっと姉貴、緩急つけるのやめろ」

 

 病室に木刀を担いだ夏凜がやってくる。なんで病院で木刀担いでんだ。いくら大赦から許されてるからって木刀を抜き身で持つのは駄目だろ。せめて布袋に入れとけって。

 

「だって緩急つけないと面白くないもん!」

「あんた達本当に仲がいいわね。あと勇祐、うちの兄貴が呼んでたわよ。話があるって」

「春信さんが?というか三好、春信さんと仲悪くなかったっけ?」

 

 春信さんからは一方的に嫌われているんだよね、と苦笑混じりで語られた事を思い出す。どうやら実家でのコンプレックス故に、だそうだが三好本人が語らないので定かではない。

 

「なんかボコったらスッキリしたわ。その辺は、まぁ間接的にもあんたのおかげかもね」

「お前最近優しくて怖いんだけど.....。まぁいいや。んじゃあ行ってくるか」

「ゆうくん、大丈夫?」

 

 布団からガバリと起き上がって背伸びをする。高速片手じゃんけんあいこ縛りも結局決着がつかなかったが勝負はお預けだ。姉の心配そうな顔を見て、俺は笑顔で姉の頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ姉貴。怪我も殆ど治ったしな」

 

 医者が「ちょっと流石に意味わかんないですね」と匙を投げた回復力で、俺は昨日の内に骨折などの怪我を全て完治させていた。要は『流星』の応用だ。細胞を活性化させて治癒力を驚異的に高めた。そのお陰で寿命は縮んだが、『元々あってないようなもの』だからしょうがない。ただ、左目だけは治せなかった。流石に回復力が足りなかったようだ。

 

 俺は三好の後に続きながら病室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「私さ。あんたの事を人間って言ったわよね?」

 

 目的の場所への道中。三好は藪から棒にこんな事を言い出した。

 

「言ってたけど、それが?」

「......今も、答えは出てないんだけど...私はあんたの事、人間だと思ってるから。あんたほど人間臭い奴は居ないわよ」

「あんな姿を見ても、そう言うのか三好は」

 

 俺が言うあんな姿とは、人の姿でありながらも人から逸脱した風貌の俺のバーテックス体の話だ。勇者部に話に聞くと人型のバーテックスらしいが、俺も鏡を見たわけじゃないからなんとも言えない。話せなくて、体がほぼ真っ白だったのは覚えている。

 

「一時的な話でしょ。というかいろんな人がいるんだからあんな姿の人だって居てもいいでしょ?」

「いや...化け物だぞ?どう見ても」

「中身は勇祐じゃない?ならいいでしょ」

「よくないだろ。俺だっていつ暴れるか分からないんだぞ。だから俺を抑えられる勇者システムを持った東郷と、木刀持ったお前が俺の監視役についてんだろ?」

 

 東郷は初日から。三好は俺が拉致されかけた3日前の日から俺の監視役として、学校以外は俺の病室か隣の個室病室で過ごしている。本人曰く「しゃーなしよ」という事らしい。三好が勇者システムを持たない理由は恐らく今後はバーテックスの進行がないから、だろう。

 

「因みに真剣もあるわよ」

「すっごい聞きたくなかったぞその情報」

「あるだけよ。あんたが暴走してもやりたくないし。知り合いを私に斬らせるつもり?」

「そうさせないように、出来るなら自分で死ぬつもりだけどっ!?おい待てって話はまだ途中だぞ!?」

 

 俺が「死ぬわ」と言ったら鬼の形相で木刀振るのやめない!?今髪の毛掠ったぞ!!?

 

「まだ死にたいとか言うのか。ならこの場で殺してやるわ」

「そうならないように努力するって話だっつの!早とちりすんなよこの木刀暴力ゴリラ女勇者!」

「なんですってこの野郎!あんたが怪我が治ると同時にどっか行こうとしてたことぐらい東郷から全部聞いてんのよ!」

「だって東郷に泣きついてたの思い出したら居た堪れなくなったんだよ!もう俺が死ぬ死なないは吹っ切れたっつの!」

「紛らわしいのよ!そうならそうと言いなさいよ!」

「言えるかそんなもん!」

 

 わいわいギャーギャーと、三好といつもの口喧嘩。だがそれも三好側が落ち着きを取り戻してすぐに沈静化した。

 

「これからは相談でもなんなり、話を通しなさいよね。勇者部って案外そういうとこねちっこいのよ?仮部員?」

 

 そう言うなり三好が立ち止まる。どうやらこの談話室で春信さんが待っているらしい。

 

「覚えときなさい。あんたは勇者部の味方でありたいみたいだけど、私たち勇者部もあんたの味方だからね。風も、たぶん同じ事を言うわ」

 

 言うだけ言って、三好はその場から立ち去っていく。少し顔を赤らめていたので、言っていて恥ずかしかったんだろうか。

 

「なにやらうちの夏凜と仲がよろしいようだねぇ?」

「あれで仲良く見える...みたいですね。勇者部のみんなもそう言ってますし」

「......少しズレてるよね勇祐くんは。彼女達も色々と困ってそうだね」

「どういう意味なんすかそれ...」

「そこは自分で考えて欲しいところだね。ま、中に入って話そうか」

 

 青筋浮かべて談話室から出てきたと思えば困惑したような疲れたような顔で先に談話室に入っていく。なんだったんだ?

 

 

「さて、ここからは実務的な話だ」

 

 談話室に入ると缶コーヒーを投げ渡される。片目がなくて距離感掴みにくいからやめて欲しいんだけどな。まぁそこはいいや。

 ......甘っ、これマックスコーヒーかよ。

 

「君の探し人の件で防人隊が君の要請から1度外に出たんだけど、やはり人型の誰かさんは居ないようだ。あと芽吹くんからの伝言で「次は殺す」だってさ。愛されてるねぇ君も」

「今なら本気で殺されそうな気がするんだよなぁ......」

 

 防人隊を危険に晒してまで探しに行ってもらったんだ。サンドバッグぐらい甘んじて受け入れよう。ただそれだと訓練にならんから抵抗はするけど。それとこれとはまた別の話だ。

 

「ま、32人もの少女達に想われているんだ。受け入れるのも男の本懐だよ?」

「流石に32人はなぁ...そもそも俺って怖がられてる方だろうし」

「つれないなぁ。もう少し乗ってくれてもいいんだよ?」

「そういうの嫌いなんすよね。というか、防人隊には白面で出会ってて、素顔を晒してない訳ですしそういう感情のかけらもないでしょ?」

「うん、本題はそこさ、勇祐くん。防人隊、行ってみないかい?」

「えっ?」

「実を言うと君を大赦の手から遠ざけるのも限界があってね......。君を排除しようという勢力が園子様襲撃から一気に増えてしまったんだ。具体的に言えば僕と僕の部下以外全員が敵さ」

 

 わお、三好が俺を止める為に真剣持ってる以上に聞きたくなかったなそれ。本格的に俺が敵って訳か。はははウケる。全然笑えないけど。

 

「そこで、大赦の施設でありながら僅かな存在しか立ち入りが許可されていないゴールデンタワーに一時的に避難してもらう事になった。これは我々の計画の為にも必要でね。丁度タイミングが良かったんだ」

「............『反抗作戦』。その為ってことすか」

「そう、天の神に対し人類が遂にその切っ先を向ける、作戦名『天穿ち』。2年前、天の神に一撃を与えて、2年の猶予を与えてくれた君だからこそ成せる作戦だと私は信じているからね」

 

 そう、これが春信さんが俺に接触してきた理由だ。32人の防人、そして乃木園子を含めた6人の勇者からなる決死隊を用いて天の神に一矢でも報いる。そしてその援護の元、俺がその身を犠牲にしてでも天の神を滅ぼすという算段。

 ぶっちゃけた話、出来るわけが無いと思う。あの2年前の時でさえ、まぐれのような結果だった。だが春信さんは神樹の寿命を試算し、その結果から計画を発案したのだそうだ。『少しでも人類の繁栄を長引かせたい』。その想いの為に同志を募った。

 結果は見ての通りだが、元凶は俺とはいえ、園子の暴走の件に関しては俺はあまり悪くない気がする。

 

「もし、僕が暗殺とかされたりして計画がパーになっても、この計画に意味があるようにはしてるからね。その時は君を守れなくなるけど」

 

 要は俺自身が春信さんに人質にされているのだ。勇者部と仲良くなった俺が大赦によって処刑されてしまえば、最低でも姉は『使い物』にならなくなる。下手をすれば勇者部が大赦に襲撃をかけて、滅茶苦茶になるだろう。俺はそれを許せないが為に死ぬわけにはいかない。なんとも複雑な関係だ。表面は柔かな春信さんだが、裏の顔は手段を選ばない。

 

「俺が生きてりゃ姉貴が苦しみ、俺が死ねば姉貴が苦しむ。なんともまぁ、やりきれない人生だな」

「うん、君には悪い事をしてると思ってるよ」

「そんな笑顔で言われてもな。まぁ、いいよ。俺に選択肢はねぇんだから」

「あるにはあるけどね。それを君が選ばないだけで」

「いい死に方しないぜあんた。俺も人のこと言えんけどさ」

「百も承知さ。死んだら、地獄で会おう」

 

 

 地獄で済めばいいけどな。

 

 




猫祐くん
高速片手ナントカを友奈と一緒にやる。勝ち負けは基本なく、どちらかが飽きるまで行われる。だが一旦勝ち負けが決まってしまうとくすぐりが待っているという闇のゲームなのだ......!ちなみに猫ではない。

友奈ちゃん
組手も高速手遊びもどこの家庭でもやっていると思っている。やってませんよ結城さん。猫じゃらしが欲しい。

東郷さん
勇祐と友奈が絡む姿が尊くてマジ無理.........。あとで隠しカメラ確認しなきゃ......!

夏凜
やっぱり木刀暴力ゴリラ勇者だった。なお被害者は主に勇祐。いつも迷惑を掛けられているので所謂インガオホーである。ショギョムッジョ。

春信さん
実は腹黒い。目的の為なら手段を選ばないけど直接的な人質を取らない辺りはまだ理性がうかがえる。やっぱり大赦仮面の一員には変わりないのだ。



新年明けましておめでとうございます。
まだまだこの作品は続いていきますのでご愛顧のほど宜しくお願いします。お年玉(感想とお気に入り)をください!



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第18話 それは防人たちとの一幕

あけましておめでとうございます。
感想、お気に入り等、お年玉ありがとうございました。
皆さんの今年1年が良い年であることをお祈り申し上げます。


余談ですが、3話ぐらい防人達との絡みを書いたら温泉回やります(揺るがぬ想い)




「護盾隊構えて!来るわよ!」

「怖い怖い怖い!!メブゥゥゥ!!!」

「一発ぐらい耐えなさい雀!銃剣隊は一斉射撃用意!避ける隙間を与えないで!」

 

 とある場所のとある地下。入り口は一見ただの洞窟であるこの場所は、昔にとある家が何とかの実験場か訓練場として作った場所なのだと言う。

 そこは今、従来の訓練場では出来ない大規模な実戦形式の戦闘訓練を行う場となっていた。

 

「一斉射、撃て!続いて防御......各自自由射撃!弾幕をバラ撒いて!」

 

 訓練用の銃弾が、素早く動く赤と黒の閃光を捉える。が、それはスルリと銃弾を避け、32人の少女達に迫った。前列に立つ少女達は懸命にその閃光を手に持つ巨大な盾で防ぐ。大きな金属音が広大な地下施設に響いた。

 前線の少女達の足が数センチずり下がるが、耐え切ってみせた。少女達の中心に居た隊長の紀章を付けた少女、楠芽吹はその成果に心の中で褒め称える。

 

 だが次の瞬間に考えを改めた。自分たちが防いだ訳ではなく、相手の攻撃の威力が以前と比べて落ちているのだと。ならば攻めるだけの余裕がある。その為にまず相手に足を止めなければならない。あの高速移動だけは速度が変わっていないように芽吹には思えた。

 

「二番から八番は突撃用意!雀以外は2段陣形及び一斉射撃態勢!今日こそあのクソッタレの仮面野郎を仕留めに行くわよ!」

「「「おぉぉぉ!!」」」

「ちょっとメブ!?本気でやるの!!?」

「本気でやるのよ!さぁ準備しなさい!」

 

 芽吹の発破の声に、30人が声を張り上げて応え、1人だけが拒否の反応を示した。その少女は足を震わせながら嫌だ嫌だと首を振る。この一月程で少女達にとってもう見慣れた光景であった。

 

「動きが止まった...?」

「ヤバいよメブ!嫌な予感しかしないよ!」

 

 閃光のように移動して弾丸を避けていた存在が止まる。その閃光は人型で、まるで大赦の神官を思わせる白無地の仮面を被った濃いショートヘアの赤髪が揺れる、『赤と黒』の装束を身に纏っていた。その憎き存在を少女達は仮面野郎と呼んでいた。

 白面に一切銃撃が当たった様子はなく、飄々と腰から流れる裾を揺らしていた。流石にこうも当たらないとイライラが募ってくるだろう。

 

 だが彼女達はこの1ヶ月、彼との戦闘訓練で鍛えられてきただけあり、誰かが突出するということもない。

 彼女達はその目をギラつかせ、獲物を見るように彼を睨む。奴は憎き宿敵。彼女達を苦しめてきた元凶を今日こそは討ち取る為にと、盾を握る手に、銃を握る手に力を入れる。

 

 その中でただ1人だけ、盾を持つ少女。その右胸に付く「32」という番号を持つ少女、人一倍ネガティブで人一倍危機感に強い加賀城雀だけが怯えていた。

 

 ------こいつは、ヤバい。死ぬ。

 

 野生の第六感とでも言おうか、彼女は人一倍臆病で『危険に鋭い』。危機感に関して彼女は天賦の才があった。

 その雀の様子を見て、芽吹は決断を即座に出した。何かする前にやってやるのだ。主導権を握るのはこちらだ、と言わんばかりに声を張り上げる。

 

「吶喊!」

 

 まず、二番から八番と呼ばれた少女達が銃剣の切っ先を白面向けて突撃を敢行する。続いて芽吹が雀の肩を掴んで連れて行きながら突撃する。残った少女達は指示通りに前衛に盾を置き、その盾の隙間から銃剣を構えた。

 

 芽吹はその残りの少女達を信頼していないわけではない。彼女達はいわば本命。自分たちが囮。実戦では出来ないからこその作戦。この作戦のきっかけを与えた存在が目の前の憎ったらしい存在なのだからさらに憤りを覚えるというものだ。

 

『訓練なんだから思い切りふざけたような作戦でもいいだろ?そこから得られないものがない訳でもないんだし?』とはあの仮面野郎の言葉だ。確かに彼女達にはない発想だった。だからこそ、この作戦を選ぶ事が出来たのだ。

 

「メブっ!」

「うっ!?」

 

 盾を持つ雀に押し退けられ、芽吹は尻餅をつく。何事かと思い、視線を上げれば先に突撃した7人をすり抜けた白面が、自分に向かって蹴りを放とうとしていたのを彼女が手に持つ盾を持って防いでいた。

 

「ありがとう雀!」

「痛い痛い痛い!痛いよメブ!仮面野郎の蹴りすっごい手に響いた!」

「痛いなら生きてるわ!大丈夫よ!」

 

 すかさず銃剣で反撃するが、それも避けられる。

 

「包囲!!」

 

 その声に反応する前に白面を周りに散っていたと『思わせていた』少女達で包囲させた。ここまでが作戦の第一段階。ここで仕留められれば何事もなし...なのだがそうも行かないだろう。白面がそこまで甘い存在でないとは32人が全員知っていることだ。

 

 そして白面を7人の少女が囲み、銃剣で勢い良く白面を突いた。白面はそれすらも軽々と上に飛び上がる事で回避する。だがこの瞬間を彼女達は待っていたのだ。

 

「一斉射、撃てええええ!」

 

 下からは7人が、芽吹達の後方から残る少女達が空中に飛び上がった白面に『そこに飛ぶ事は分かっていた』と言わんばかりに照準を付けていて、芽吹の合図と共に射撃した。

 

 流石に予想していなかったのか、白面も焦るように左肩の盾を展開しようとしたが諦めるようにまるで『どうにでもなーれ』と言わんばかりに両手を広げて、銃弾の雨霰をその身全身に受けたのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「すっげぇ痛い......」

 

 訓練後。俺は痛む身体を起こして、ストローでお茶を飲んでいた。白面を外す事が春信さんによって禁止されているので基本飲み物はストローだ。なお食事の事は考えていない。どうにかなるとは言われているが食事全部ゼリー飲料にする気か?

 

「そりゃあ痛いでしょうね。そうする為に態々貴方専用の作戦を夜鍋して練ったんですから」

 

 訓練資材なんかを片付け終わった防人達が俺の側までやってくる。話しかけてきたのは先頭にいた楠芽吹だ。

 模擬弾と言えど、とてつもなく痛い。元々は勇者システムを起動した防人が痛がるレベルの強さを持っているものを何十発も身体全身に受けたどころか、地面に落ちた後も「今までの恨み!」「我らの痛みを思い知れ!」と追撃まで入れられたわけである。痛みに鈍くても、流石に痛くないわけがなかった。

 

「喋るし飲むし食べるし、痛がるぞ。俺は基本的に人と変わらんからな?」

「今まであんなに容赦なく私達をボコボコにしてた貴方が言う?異常な速度で駆け回って1人ずつ容赦なく腹や顔に拳や足をブチ込んでおいて?」

「いやあれ、容赦なくやってくれって言われただけだからさ」

「容赦がなさすぎ、というか人間的な動きじゃなかったですからね。だから化け物とか言われるんですよ」

 

 あっやっぱり言われてたんだ。俺も「これは流石にどうなんだろう」とか思ってたぐらいだったからな。そう言われてても仕方ないというか、むしろ言っててくれないと逆に怖いというか。

 

「やっと一撃入れてやりましたわ!これで弥勒家再興も近いですわー!」

「ひぃぃぃ...ごめんなさいごめんなさい!仮面野郎とか言ってごめんなさい許してください!!」

「あの仮面の下どうなってるんだろ?」

「ゾンビみたいになってたり......?」

「実はめっちゃくちゃイケメンだったり!」

 

 流石に32人も女子が居ると姦しい、というか煩い。それぞれが思い思いに俺と芽吹の周りで話をしながら休憩している。先ほどまでの殺意に満ちた顔つきとは全然違う、年頃の少女達の顔だ。

 

「おい誰だゾンビとか言った奴。俺はゾンビじゃねぇぞ」

「でも仮面脱がないし...」

「煽るし」

「クソ野郎だしにゃ〜」

「思い切り盾を殴ってきて吹き飛ばされたの、一生恨みますから」

「射撃訓練で一切当たらなかったの本当にムカついた。やっと当たっても一発だけだったし他のみんなと同じように追撃すればよかった」

 

 非難轟々。今まで俺がやらかしてきた事実がドンドンと積み上げられていく。確かに俺が悪いんだけどさぁ、ちょっと言い過ぎじゃない?凹むぞ俺。

 

「私たちの目標は打倒、仮面野郎!だった訳だけどもう倒しちゃってそうも言えないから次は専用の作戦を考えずとも倒せる事を目標にするわよ」

 

 おぉー!と一致団結する防人達。

 彼女達と出会って早2週間程度。俺は今、昨日退院した直後から学校と勇者部から離れ、彼女達、防人と行動を共にしていた。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 俺は大赦からの追撃を免れる為に昨日から防人達と生活を共にすることになった。

 防人の32人の彼女達とは春信さんの反抗作戦への参加を決めた時からの付き合いだ。出会った頃もまだ防人の結成当初で、本来の主任務である結界外調査も始まる以前の話だった。

 後から聞いた話だが、俺がやらかした影響で防人達の結成も早まったのだと言う。

 彼女達と面を合わせた俺は、まず手始めにバーテックスの恐ろしさを遠慮なく教えてやってくれと言われた訳だ。

 

 なので遠慮なくその時に出せる全力でやったらあっさりと壊滅させてしまったのは本当に申し訳ないと思う。春信さんからもやり過ぎだ、と怒られた。

 元々は春信さんが俺の実力を過小評価していたのが悪い気がするが、途中で気付きながらも止めなかった俺も悪いので何も言わなかった。

 

 翌日、勇者部のような鋼メンタルが多い訳じゃないんだから何人か脱落したかな...と思っていたら欠員する事もなく、俺を目の敵としてほぼ全員が「打倒仮面野郎!」と声を張り上げていたのも記憶に新しい。その中で弱々しく楠に泣きついている加賀城は全く変わっていないが。

 

 そうして俺は勇者部の部活の後だったり、休日だったり、空き時間を利用してゴールドタワーに訪れては訓練と称して防人達を千切っては投げ、千切っては投げと繰り返していたのだ。まぁ恨まれても仕方ないと思う。向こうもあらゆる戦術を持って俺を倒そうとしてきたことが、不良として暴れていた頃を思い出して楽しくなってしまったのだ。ちょっとは反省している。

 

 さて、問題は防人達との生活についてだ。防人とその巫女(まだ会っていない)は全員女の子。更に加賀城雀に関しては、なんと俺と面識があったりするのだ。加賀城は以前、なぜか勇者部に来ていたところを俺が驚かせてしまったことがある。その時は泣かれてしまって俺が勇者部全員に大いに怒られたという事があった。その他にも事件はあったが割愛する。

 

 俺がこの仮面を外せない理由の1つであるのだがこの際はどうでもいい。問題は女子の中に男が1人侵入するという点だ。

 そもそも俺は男どころか天の神側の存在だ。そんな奴がこんなところに居ていいのか、という話だ。俺も反対したのだが「同じアパートに男女が住むぐらい同じだろう?」と言われて何も言えなくなった。

 そうして俺はなし崩しのように、ゴールドタワーの居住区の最上階の空き部屋を与えられたのだった。

 

 これで俺がヨコシマな奴であれば大いに喜んだのだろうが、勇者部以外の女子との接触すら苦手だ。せめて違うところに部屋が欲しいと言ったが「それでは君を態々ゴールドタワーに送る意味がない」と一蹴された訳だ。もう諦めてしまった方が良いと考えて流れに身を任せることにした。

 せめてシャワーが部屋にあることが唯一の救いか。

 

 

『結城勇祐仮部員、状況報告せよ』

 

 今後、およそ1ヶ月はここで過ごす事になると言われて思わず頭を抱えてしまい、部屋のベッドの上で悶えていたところに、パイセンから勇者部チャットでの連絡が来た。

 

「異常なく与えられた部屋で休んでる。あと1ヶ月はここだってさ」

『何か変な事されてない?脳みそ弄られたりとか!』

「流石にねぇよ。大赦もそこまではやらねぇだろ」

 

 実際、血は抜かれたし髪の毛も採取されたのは内緒だ。

 俺は自分に異常がないかどうかをパイセンによって義務付けられていた。そうでなくとも姉には一応連絡は毎日しようと思っていたんだ。流石に今どこにいるのかとか、何をしているのかは言えないが。

 

『いわゆる捕虜の状態......尋問、拷問、非人道的な扱い......』

「怖い事言うなよ東郷。こっちではよくしてもらってるよ」

『ゆうくん!辛かったらいつでも電話してきてね?お姉ちゃん飛んでいくから!』

 

 本当にやりそうだから止めてくれ。

 

「大丈夫だって。毎日連絡はするからさ」

『でもゆうくん、狙われてるんでしょ?心配だよ......』

 

 あえて命を、と言わないのは本当にそうだと信じたくないからか......姉には本当に心配を掛けるな。

 

『また勇祐さんのギター聴きたいので元気に帰ってきてくださいね?』

「おう、待っとけよ樹」

 

 樹と話すと、筋肉ムキムキの樹が頭に浮かんでくるのは姉のせいだと思いたい。

 

『ま、うちの兄貴が居るんだから少なくともアホ面下げて帰ってくるでしょ』

「シバくぞテメェ」

『ゆうくんはアホ面じゃないよ!どちらかと言うと......キレ面?』

「訂正する意味あったそれ?」

 

 少しだけ目がキツいのは気にしてるんだからな?

 

『とにかく元気なようで何より。こっちもお役目は終わったし、何も心配しなくていいから五体満足で帰ってきなさいよねー』

 

 適当に相槌をして、一旦の生存報告を終わる。

 

 もうそこそこに夜の時間だ。ギターも持ってきてはいるが騒音問題になりかねない以上弾くことも叶わない。なのでとっとと寝てしまおう......と考えていたその時だ。

 

「失礼します。楠です。今、大丈夫ですか?」

 

 ドアがノックされて外から楠の声がする。なぜ今なのかは分からないが、聞きたいことでもあるのだろうか。

 どうぞ、と言い掛けて仮面を着けていない事を思い出して急いで装着した。顔バレに気をつけなきゃいけないのがしんどいなこれ。

 

「どうぞ」

「なぜ疑問形なのかは置いておいて......部屋でもその格好なのですね?」

「仮面付けると自動的にこれでな。勇者システムみたいなもんだよ」

 

 まぁジャージの上に仮面というのも格好がつかないからこれでもいい。むしろ汚れないから普段からも常用したい。

 立ち話もなんだから楠は椅子に座らせて本題に入る。

 

「んで、要件は?」

「今日の訓練、なぜ手を抜いたのですか?」

「それか......。抜いた訳じゃないんだぜ?あれが今の俺の全力だよ」

 

 最後に飛び上がってから諦めたこともあるが、あれはサンドバッグになっておくべきだなぁ、という判断からだ。避けようと思えば避けられた。ただ一発でも当たれば防人側の勝利という条件だったからそれならいっそ全部当たっておくべきかなって。我ながらアホだ。

 

「あなた自身が弱くなった、と」

「そうだ。いや、防人達も強くなってるよ。大抵のバーテックスの攻撃は今の護盾隊で踏ん張れば3回は防げると思うけど」

「3回......3回ですか」

「実際問題、バーテックスの攻撃は人の体で防げるもんじゃねぇよ。俺も、今の身体じゃあギリギリ踏ん張れるぐらいだ」

 

 以前の、天の神から力を与えられていた時の俺ならバーテックスの攻撃を弾き返すぐらいは朝飯前だった。今の弱った身体では盾で防ぐのがやっとだ。命のやり取りが発生するならまた別だが、流星がなければ、防人達に全敗だろう。

 

 

 そうして俺と楠は遅い時間まで話を続けた。俺も防人達の課題点や苦手な点の洗い出しを頼まれたからだ。

 あまり上手く伝えられないが、対バーテックスについての戦法も教えた。バーテックスの行動に関しては天の神から与えられた知識がある。それに何匹かとは実際に戦った経験がある。殆どはパイルバンカーで御霊ごとぶち抜いただけだが、まぁないよりかマシだろう。

 

「あら、もうこんな時間ね。ごめんなさいこんな時間まで付き合わせて」

「いいよ別に。これも仕事のうちだ。しかし楠も真面目だな」

「えぇ、私にも目標があるので、その為には手段を選ばないつもりです。もっとも、貴方のお陰でだいぶ変わってしまいましたが」

 

 仏頂面で言う楠。端的に言えば初日の訓練の後、突っかかってきたので文字通り投げ飛ばしただけだ。三好と知り合いだと言うので三好の話を出して煽った事もあるのだが。

 その影響で悩みも吹き飛んだようだ。俺以外にも要因はあるのだろうけども。

 

「あぁ、あと......聞こうか聞かまいか悩んでいたのですが............」

「ん?なんだよ」

「失礼な話なんですが......貴方は、人ですか?」

 

 あぁ、その話か。俺も悩むんだよなそれ。身体の構造は人のそれらしいけどDNAがおかしい?らしい。まぁ限りなく人に近いバーテックスって訳だ。専門的な事を春信さんから言われたけどよく分からん。

 

「俺はそうは思わないけど、友人達からしたら、人間らしい」

「そうですか...私も、貴方は人だと思いますよ。中身は悪辣な外道ですけど」

 

「酷くない?」

「ご自分の今までの行いを振り返っても、そう言えるのなら訂正しましょう」

 

 

 グゥの音も出ねぇ......。

 

 

 

 

 

 




芽吹さん
原作とは違い、実戦前に勇祐と出会ったのが運の尽き。ボコボコにされる。1人では勝てないと悟ったのか防人達を扇動、野郎ぶっ殺してやる!と言わんばかりに防人達をキラーマシンに1日で仕立て上げた。時代が違えば革命家にでもなれていただろう。


雀ちゃん
臆病だが彼女は優秀な護盾隊員。勇祐の攻撃を全てさばけるのは防人と勇者含めて彼女だけである。


防人ちゃんたち
勇祐被害者の会の大多数を占める。勇祐に煽りに煽られて反骨心で全員脱落する事なく頑張っている。


悪辣外道ガチ煽り仮面野郎
防人達を団体で対勇者(勇祐)キラーに仕立て上げやがった野郎。強くなっている事には間違いないので春信さんも強く言えない。今回はほぼ無言の訓練だったが、初日から漫画に影響された煽り方で防人達を煽り、何人か泣かせた。不良達に対する煽りと同じ事をしてしまったのが敗因。


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第19話 それは防人たちの生存競争

「白面様ー?起きてくださいませー」

 

 

 翌日、見知らぬ声とドアのノックの音で目を覚ました俺は寝ぼけ眼で仮面を付けた。寝間着のジャージが一瞬で装束に変わる。

 眠気が覚めるかと思っていたがそうでもないみたいだ。残念。

 

 

「どちら様ですか......?いやほんとにどちら様だ?」

 

 

 待たせるわけにもいかないのでとっととベッドから出てドアを開けた。知らない声だなぁと寝ぼけた頭で考えながらドアを開けると、本当に知らない巫女装束の女の子が笑顔で立っていた。

 

 

「申し遅れました。私、国土亜耶と申します。朝食の準備が出来ておりますので食堂までお越しください」

「お、おう。分かった」

「では、お待ちしておりますので」

 

 

 ペコリと頭を下げて去っていく巫女にしどろもどろに返事をしてただ呆然と背中を見守る俺。今まで見た事がなかったどころか紹介すらされなかった子だ。

 と、なればそもそも俺との接触が控えられていた存在ではないのか?と勘繰る。

 

 

「......そんな子がなんで俺を起こしにきたんだ?」

 

 

 取り敢えず今の俺には判断できない事案だっただけに、思考を放棄して俺はひとまず食堂へと降りる事にした。

 

 

 

 

 

「今回の作戦は結界外の調査です。主に地形と土壌を調査をしてもらいます」

 

 食堂でマジで出てきたゼリー飲料を文句を言いながら食った後、俺たちは展望台に集められた。どうやら遂に結界外調査を開始するようだ。作戦の決行を伝えられた俺たちは、防人達のまとめ役である女性神官から作戦の説明を受けていた。

 

 ......もしかして、これから全部ゼリー飲料はないよな?贅沢言えない身分とはいえしんどいぞ。

 くっそ、春信さんに文句言ってやる。

 

 

「ねぇ、聞いているのですか白面さん?」

 

 

 壁に背中を預けて考え事をしていたら近くにいた弥勒夕海子に話しかけられた。確か、楠をライバル視してるエセお嬢様だったか?加賀城曰く設定らしくていつも揶揄っているらしいが......。まぁ、大目に見て仕草は鷲尾時代の東郷っぽいとは言っておく。

 

「ん...あぁ。一応聞いてるよ。ただ俺はオブザーバーだぜ?」

「それでも作戦はしっかりと聞くべきですのよ?」

「.......そうだな。弥勒の言う通りだ」

 

 押し問答が始まりそうなので先にこちらが折れておいた。プライドが高いのは知っているから、変に話が続いてキレられたらたまったもんじゃないし。

 こういうところも、俺ってここ数ヶ月で丸くなったよなぁ。

 

「......では、続いてこの作戦の副次目標について、白面様からの御説明があります」

 

 女性神官が俺を促す。お前の用事なんだからお前が説明しろ、という事なのだろう。言葉の端に少し怒気が篭っていた気もするが......十中八九、園子達の件だろう。大赦の人間なら俺を恨んでいてもおかしくはないし。

 

「んじゃあ、俺から説明する。といっても簡単だ。周りをよく観察してくれ。で、人型の存在を探して欲しい。索敵ついで、でいいから探してみてくれ。あくまで副次目標であって必ず達成しなきゃいけないもんでもない。これについては気楽にやってくれ。主任務と自分たちの命が最優先だからな」

 

 前に出た俺は一先ず概要を説明した。タタリに触れない範囲だとこの程度しか話せない。そもそも俺も詳細を思い出さないようにしてるんだからあまり話せない、というのもあるのだが。

 そればかりを気にして怪我をしたり命を落としたりしても困る。

 

「質問、良いですか?」

「いいぞ楠」

「人型の存在の詳細があれば教えていただけますか?」

「現状では不明。人型、としか分かっていない」

「二足歩行のバーテックスも、ですか?」

「現在はジェミニバーテックスしか確認されていないが、ジェミニを含めて全て俺に報告してくれ。通信機は俺も持って行くから離れていても報告出来るからな」

 

 ありがとうございます、と楠の質問が終わり、続いて弥勒が手を挙げた。

 

「オブザーバー、という事ですが実際に戦わないという事でよろしくて?」

「弥勒は俺に手伝って欲しいのか?いいぜ、お前らの仕事全部掻っ攫うけど?」

「むしろ邪魔になるから聞いたのですわ?」

 

 ほぉ、言うじゃん。まぁ最初っから手伝う気も無かったけど。だけど「言い返してやったぜ!ドヤ!」って顔はムカつく。楠に言いつけてキツイ訓練でもやらせるか。

 

「と、いうわけだ。お前達の仕事は基本的に手伝わない。俺は俺のやる事があるからな」

 

 そこまで言って、一呼吸置く。今まで訓練で出していたような雰囲気をガラッと変えて真面目に話す。

 

 

「だが助けを呼ぶことを戸惑うな。俺も揶揄いやしねぇよ。先ずは自分の命だ。それをしっかり肝に銘じとけ」

 

 俺の嘘偽りない本音。誰一人として天の神に関わって死んで欲しくないという願いと、32人全員を助けられるという自負。

 そして今までの訓練で見せてきた、衰えはしたが防人達を圧倒出来る力。

 それらがあるからこそ言える言葉だ。伊達に訓練で無理矢理に流星を使いまくってトイレに血反吐を吐いていない。

 

 俺もこいつらに死んでほしくないから言う。一歩一歩、俺が勇者部の味方でありたいという想いを叶える為に、まずは楠が掲げる「全員生還」の目標を俺も手伝いたい。だからこそ要請がなくとも助けに行くつもりだ。

 

「他に質問がなければ、あとは楠に任せる。良いか?」

 

 俺の説明も済んだのであとは楠の任せる。偉ぶるのも大概にしとかないと後で痛い目を見るのは既に東郷の一件で実証済みだからな。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「白面様。少々よろしいでしょうか?」

 

 作戦会議が終わり、防人たちが出撃の準備を進めている中、朝に俺を起こしてくれた巫女の少女が声を掛けてきた。

 

「......確か、国土亜耶さん...だったか?」

「さん付けなど要りませんよ。亜耶とでもお呼びください」

「随分と下手に出るな......大赦から俺の事どう聞いているんだ?」

「世界すら滅ぼせるだけの力がある、恐ろしい方...と」

「流石にそこまではないんだよなぁ......」

 

 事実に尾鰭が付いてるなぁ、と思ったが勇者バリアすら貫けるパイルバンカーを右手に吊り下げている以上それもそうか、と納得してしまう。実際に貫いた事はないし、やる気もさらさらない。

 

「そうなのですか......?」

「怯えなくてもいいぞ、と言いたいけどいっつもこの仮面でのっぺらぼうだもんなぁ。俺も偶に鏡見てビビるよ」

「えっと......」

「そうじゃないってか?安心しろとも言えないけど俺は楠たちの敵じゃねぇよ。大赦は俺を敵認定してるみたいだけどな。って、それが問題か。悪いな、敵がこんなとこに居て」

 

 巫女は神樹の神託を受けることが出来る存在。その為、徹底的に大赦によって管理され、教育されているのだろう。そして彼女は防人たちと共に暮らす特別な巫女だ。そんな彼女だからこそ俺が防人たちに何かしないか、と心配なのだろう。

 

「その...すみません。芽吹先輩たちから話は伺っていたのですが......」

「ん......。神官か何かに『警戒しろ』とでも言われたか?」

「はい......」

 

 あっこの娘、嘘をつけないんだな。表情にも出てるわ。しゅん...と気落ちしてる姿が樹を彷彿とさせて保護欲を駆り立てる。

 この娘はからかえない。優しくしよう。

 

「実は、その...白面様宛に神託が下りまして......内容の意味は私にも分かりかねるのですが....大赦からは教えるな、と言われまして」

「神樹が俺に?嫌な予感しかしないけど...国土が言いたくないなら言わなくていいんだぞ?」

「いえ、そういう訳にはまいりませんので......。えっと、よろしいですか?」

「おう、いいぞ」

「それでは......『思い出せ』......と、いうことでした」

 

 

『思い出せ』?俺にこれ以上何を思い出せって言うんだ?

 よく分からない。

 俺が過去何をしてきたのか、なぜこんな仮面を被っているのか。全部思い出した。俺が探そうとしている人物も俺がわざと『思い出そうとしていない』だけで......。

 

 ん?何か...違和感がある......?

 

「あの、何か分かりましたか?」

「あ、あぁ............まぁ...少しだけ。ありがとな」

 

 違和感を感じたけど特に必要ないと判断して切り替える。不安げな国土にお礼を言うと彼女の顔も少しは笑顔に染まる。やっぱ笑ってる方がいいな。

 

「白面様も、聞いていたよりお優しい方なのですね」

「様付けはいらないぜ?なんかムズムズするし。......どう聞いてたのか大体想像付くけど......酷い言われようだったんだろうな」

 

 大赦にしろ防人にしろ、碌な言われ方していないとは判っている。判ってはいるが...なんというかモニョるというか。

 

「大丈夫ですよ。白面さ...んはお優しい方ですから分かってもらえます」

「うーん、ちょっと惜しい。ま、せめて防人の評判は上げてくるとするよ」

「皆さんの御無事を祈願しております。どうかお怪我などされぬように......」

 

 国土が祈るように手を前に組む姿を見送り、防人たちの元へ向かう。

 出撃準備が整った防人たちが揃っていた。

 俺も遅れないようにその集団に着いていく。

 

「行きましょう。今回も全員生還するわよ!」

 

 楠の号令に合わせ、防人達が出撃していく。

 その後ろから俺が付いていき、そのまま一気に結界の外へと飛び出た。

 

 

 ------そして、そこは地獄に相応しい場所だった。

 

 

俺自身、初めて見た筈だが天の神からの知識があったからかあまり驚くことはなかった。だが防人達は違うようで、この炎に包まれた地面と空に無数に浮かぶ星屑たちに圧倒されていた。

 

「岡山と呼ばれた場所まで移動する!全員、全周警戒陣!」

 

 防人たちは訓練通りに陣形を組み、予定通りに進んでいく。俺も予定通りの行動を開始する。

 

「楠!俺は予定通りお前達の周囲で索敵する。誤射はやめて欲しいが遠慮するな。俺にはどうせ当たらん!」

「言ったわね!全員、白面を狙ってもいいわよ!当てたらスイーツを奢るわ!」

 

 もちろん、防人の視界が届く範囲かつ、銃剣が放つ弾丸の射程外で俺は行動する予定なので攻撃は当たるはずがない。の、だが......スイーツの単語に目を煌めかせる防人たちを見ると本気で俺に当てて来そうで怖い。

 

 止めろよ?冗談でも下手なとこに一発でも当たれば俺は恐らく死ぬからな?

 

「冗談はそこまでだ!前方から星屑の大群が来るぞ!」

「メブ!来た来た来たよぉぉ!!」

「まだ目標地点の半分も到達していませんわ!?」

「慌てないで!速度を落としながら星屑を迎撃!あのクソッタレの仮面野郎にやられ続けた訓練の日々を思い出すのよ!」

「「「おおおおおぉぉ!!」」」

 

 元気があって何より。士気も旺盛だから星屑相手なら助けも要らないな。

 本来の反抗作戦での役割を考えれば、防人たちは星屑の迎撃はおろか、バーテックスをある程度撃退出来なきゃいけない。その為にはもっと強くなってもらって、更に装備の質も底上げする必要がある。

 もっとも、裏の役目は恐らく捨て駒なのだろうが......。

 

 

「そんなこと、させる気などない」

 

 それは俺と楠の共通の想い。

 本当なら防人も勇者も、そして他の人達も巻き込む気なんてなかった。

 でも俺には力がない。天の神に抗う力が。

 だから、銀を殺してしまった。

 だから、東郷と園子の人生を滅茶苦茶にしてしまった。

 だから、姉達に満開を使わせてしまった。

 

 これ以上、犠牲を増やしたくない。

 その為には助けが必要だ。

 春信さん然り、防人たち然り。

 これが俺の新たな第一歩。天の神に反逆する、最初のダイスロール。出た目は分からないが、進む先にあるマスは単純だ。『生』か『死』。

 もちろん、『死』のマスに止まる気など毛頭ない。

 

 楠たち防人は、この戦いを生存競争と呼んでいた。自分が誰よりも勇者として相応しい存在になる為に、他の防人たちと競い合うのだと。

 そして、この戦いは神と人の生存権を賭けた競争であると。

 

「邪魔ァ!」

 

 向かってきた星屑を殴り飛ばし、周囲にいた数十体の星屑を衝撃波で巻き込みながら屠る。俺にとって星屑なんて相手にならない。だが今の防人達では十分な脅威となる。少しでも数を減らせば、その分彼女達の生存率も上がる。

 俺が身を削るだけでいいんだ。安いもんだ。

 

「もうちょい減らすか。いくらほぼ無尽蔵に湧いて出てくるとはいえ、俺にとっても鬱陶しい訳だし」

 

 なんといっても、索敵に邪魔なんだ。本当に邪魔。俺にとっては蝿以下の強さしかない星屑共でも数が揃って蠢くと気持ち悪さしかない。

 

「とにかくさっさと掃除しないと」

 

 うだうだとしている時間もない。防人たちが岡山に辿り着けばタイムアップで、防人達と共に帰らねばならない。

 理由は色々あるが、相互監視が一番の理由だ。俺は防人たちを観察して、課題点を洗い出す。防人たちは俺が逃げ出さないかを監視するのだ。ちなみに逃げ出したら姉が不幸な事故に遭う...らしい。

 ふざけんなよ大赦。

 と、言いたいのだが...それを春信さんに言い出したの姉なんだよなぁ......怒るに怒れない。なんでわざわざ自分から人質になるんだよほんとに...。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「つ、疲れたぁ〜!」

「みんなお疲れ!重傷者の報告は聞いていないけどもし痛みが出てきたのなら速やかに報告すること!」

「くっ......流石は私の好敵手ですわね.........!」

「はいはい、弥勒さんも頬に擦り傷があるから洗って消毒するように。各人はバイタルチェックが終わり次第報告して!」

 

 

 結局俺の収穫は何もなく、タイムアップで帰ってきた。まぁ、俺の用事は1回や2回どころで見つかるとは思っていないのであまり焦ってはいないが......。さっさとそれなりの情報でも掴むか何かしないとな。園子のやつが勇者システムを使えなくなった今、大赦に不要処分を下されても面白くない。

 別に俺には園子に良い思い出はないが、それでも須美と銀の親友だったんだ。須美にごめんなさいさせるまで、死なせる訳にはいかない。

 

「どうすっかなぁ......」

「どうかされましたか?」

「ん......国土か。いや、なんでもないよ」

 

 流石に人に愚痴る訳にもいかん。

 

「そうですか......お役に立てそうであれば、是非仰ってくださいね?」

「......おう、その時は頼むわ」

 

 俺の問題...だからな。勇者部どころか全く関係ない国土は巻き込めない。

 

「相談事があれば、芽吹先輩も乗ってくださいますからね?」

「なんですの?貴方も悩むなんて事があるのですわね?」

「弥勒か......。そりゃあ、俺だってつい最近まで普通の生活してたんだぜ?悩みの1つや2つはあるさ」

 

 怪我でもしたのか、頬に絆創膏を貼った弥勒がやってくる。

 

「もしかしてその悩みの憂さ晴らしを私達にしていませんこと?」

「......ノーコメント」

「......だから鬼畜だの鬼だの言われるんですのよ?」

「いいんだよ別に。元より言われるつもりなんだし、それより怪我したのか弥勒?」

「破片が頬を掠めただけですわ。他に怪我など、弥勒家の末裔たる私にとってありえませんわ!」

 

 そう......。と無関心な回答しか出来ない。弥勒家って言われても一般人には馴染みが無さすぎる。園子の実家でさえ「大赦のお偉いさんなんだ。へーっ」っていう感想だったんだぞ当時。

 

「というか弥勒家ってどんな家なんだよ。庶民にはよく分からんのだが」

「よくぞ聞いてくれましたわ!!我が弥勒家の歴史は古くは西暦の時代から!私が出版したこの本に全てが載っておりますわ!」

 

 何処からともなく辞書ぐらいの厚さの本をドン、と手渡される。なんだこれ。須美が俺に投げて寄越した堅っ苦しい論文口調の小説並みの重量感だぞ。どこに仕舞ってたんだお前。

 

「さぁ!その本を教科書にして弥勒家の話をしてあげますわ!」

 

 おい、引っ張るな!俺をどこに連れて行くんだよ!待てって、おい!楠、助けて!こいつ結構力が強いんだ!目を逸らすな!見捨てないで!ねぇ!他の奴らも......助けてくれねぇよな!畜生!

 

 






勇祐
見覚えのない子に起こされ、怯えられ、距離を測りかねる。防人に対しては割とサバサバしている。食事はゼリー飲料。ストローぶっ刺してちゅーちゅー吸う様はまるで昆虫。学名ユウスケムシモドキ。
この後5時間ほど弥勒家について解説された。物覚えは良い方なので粗方のあらましは覚えてしまったらしい。明日、弥勒夕海子にしか使えない無駄知識を会得した。

亜耶ちゃん
大天使アヤエル。でもユウスケムシモドキは少し怖い。たぶんそのうち慣れる。連れて行かれる勇祐を笑顔で見送った彼女も、弥勒家講座の被害者。なお本人は喜んで聞いていた。

芽吹
全員生還させる為に日々努力。使えるものは得体の知れない仮面野郎でも使う。勇祐の素顔はちょっと見てみたい。弥勒家講座は雀と共に受講して途中で寝た。


ちゅんちゅんとは鳴かず、今日もメブゥ!と元気良く泣く。誤字ではない。勇祐には殆ど近寄らないし関わらない。それが彼女流。でも訓練で逃げ出すともっと怖いのは実体験済みなのでガタガタ震えながらも訓練に参加する。



プロットを大幅に修正していて投稿が遅れました。年度末に差し掛かっているので暫く投稿が滞る場合もありますが決して最近ゆずソフトにハマりだしたとかそういう訳ではなくてですね(以下略)


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第20話 それは彼らの一時の話

UA10000超えました。ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます。皆さんのおかげで自分も書き進められます。これからもよろしくお願いいたします。





「あづいよぉ〜」

「暑いわねぇ......」

『書く気力がないので暫く無言になります』

「あっ樹ちゃんが溶けてスケッチブックすら持てなくなってる......」

「やる事ないしコンビニに涼みに行ってもいいかもねぇ...」

 

 ゆうくんが夏凜ちゃんのお兄さんに連れて行かれて2日が経ちました。

 東郷さんはまだ入院中。夏凜ちゃんも「やる事ないなら鍛錬する。用事があったら呼んで」とNARUKOで連絡があって部活を休んでいます。

 勇者のお役目も終わったけど、夏凜ちゃんは以前からの習慣は抜けないみたい。

 

「アイス!食べたいですよねぇ......!」

「んじゃ、今日の部活はもう休みにしてコンビニ行きましょ。今日は東郷も検査でお見舞いは出来ないみたいだしね」

『アイス!!?』

「溶けた樹ちゃんが凄い勢いで元に戻った......!」

「樹も元どおりになったし、今日は私が奢ったげるわよ!」

「いえーい!」

『いえーい!(≧∀≦)』

 

 

 そんな訳で、今日も勇者部は平和なのでした!

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「あっつい......」

「そらお前、この炎天下の中で完全装備の模擬戦やったら暑いだろ」

「なんで...テメェはバテてないんだ.....?」

「悪いな、暑さには強いんだよ」

 

 太陽が容赦無く熱気を放つ今日この頃、俺は芝生に寝転がって息も途絶え途絶えな山伏しずくを見下ろしていた。俺は暑くないのかって?暑くないんだよなこれが。

 具体的に言えば暑さを感じる感覚すら鈍くなってきた感じだ。どうも最近無茶し過ぎてるからだろうな。

 

 炎天下の中、山伏が「一発ヤらせろ!」と年頃の女子が明らかに口にしてはいけない、勘違いしてしまう言葉ランキング上位に食い込む発言をしてきたのがきっかけで唐突に完全装備の模擬戦を行なっていた。

 といっても俺はパイルバンカーと大楯なしだ。

 アレがあったら殺してしまうし、攻撃も俺に通じなくなる。なのでいつもの仮面と装束。楠から借りた銃剣の装備だった。

 

「これで通算10戦10勝。ついに2桁の大台だぞ山伏?」

「納得いかねぇ!なんで芽吹みてぇな技巧がねぇのに負けんだよ!」

「なんでだろうなぁ?」

「むっかつくぅ!」

 

 結果はご覧の通り。1時間及ぶ終始俺が優勢な模擬戦は俺の勝利で終わった。判定はスタミナ勝ちだ。

 ギリギリで山伏が勝てそうに動きつつ決して負けないように立ち回っているんだからそうなるよな。

 でも喜べ山伏。この10戦で最初に比べて3割ぐらい強くなってるぞ。この調子でいけば秋頃には俺に勝てるんじゃねぇかな。

 

「ところでお前、いつもは静かなのになんで俺に突っかかる時はそんなに凶暴なんだ?」

「いつもはしずく。今の俺はシズクだ!見りゃ分かるだろうが!」

 

 分かんなかったから聞いたんだよ。悪かったな察しが悪くて。つまりお前は二重人格者か何かって訳か。へー。

 

「どうでもいい」

「んっだとテメェ!この俺がどうでもいいってか!!?」

「俺にとっちゃ山伏は山伏だしなぁ。二重人格だろうが変わらんっていうか...」

 

 出会って1ヶ月も経ってない訳で山伏自身に何か思い入れがある訳でもなく、俺が人間じゃない何かっぽいから二重人格程度では驚けないんだよなぁって。

 

「んだよそれ...意味わかんねぇ!」

「お前はお前って話。んで、まだやるか?」

「やってやるに決まってんだろ!」

「はいアウト。楠ー。この熱中症寸前のアホ娘連れてってー」

 

 顔は赤いし汗もあんまり出てないように見える。寸前というか熱中症そのものだろこいつ。

 自覚してるかどうか試しに聞いてみたがしてないなら怖い人を呼ぶしかない。

 途中から観戦していた何名かの防人の中から楠を呼び出す。暴れる山伏を抑えられるのは防人にはこいつしか居ない。

 

「寸前になるまでに、模擬戦は止めて頂きたいものですね。ほらシズク、行くわよ」

「はーなーせー!まだやるんだー!」

 

 抵抗できない山伏を脇に抱える楠だったが、気に食わない山伏が暴れ始めた。素直に体冷やして午後からでも俺のとこに来ればやってやるのに。

 

「はぁ...全く」

 

 山伏を抱えた楠の顔が変わる。ここ最近見慣れた光景が始まりそうだ。武士の情けで耳を塞いで後ろを向いてやろう。

 

「あー、いつものが始まるにゃ〜」

「メブのいつものだねぇ...」

「シズクさんも懲りませんわねぇ...」

 

 見学に来ていた防人たちも暗黙の了解と言わんばかりに耳と目を塞ぎ始める。俺も最初は面食らったもんだが慣れるのも早いもんだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!おい芽吹!その顔は...ひぃっ!?パンツを下げるな!みんな見て......お前ら!顔を逸らして耳塞いでんじゃねぇ!助けろ!おい!聞こえてんだろ!?仮面野郎助けろよ!芽吹、やめろ!謝る!謝るから!お尻ペンペンだけは......いっだぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 山伏の抗議はどうやら全員からスルーされたらしく、夏模様の青空にパシーンという軽快な尻叩きの音がこだましていった。

 

 

 

「うぅ......痛い」

「静かな方の山伏か。お前にとっちゃ災難だったな。煩い方はどうしたんだ?」

「............私の中でお尻抑えながら、泣いてる」

 

 随分とダメージを受けたようだ。楠もまぁ容赦がない。

 

「体調管理出来るようになったらいくらでも付き合ってやるって言っといてくれ。機嫌の足しにならないとは思うが」

「......次は、殺す......ってさ」

「へいへい。やれるもんならどうぞ」

 

 防人の俺に対する殺すという言葉は最早挨拶に等しい。俺としてもやれるもんならやってみろである。そうやって向かって来てくれれば少しでも強くなるために俺も手伝えるんだからな。

 

「俺もシャワー浴びて昼寝でもするかなぁ」

「あ......えっと......」

「ん?なんだ?」

「その...ありがとう」

「......?なにが?」

 

 もじもじと、何かを言い出そうとしながら中々言い出せない山伏。なんだ、何を言いたいんだ?訓練のお礼とか?いやまっさかぁ。静かな状態の山伏も割と容赦無くボコったからそれはないだろ。

 

「その、シズクを認めてくれて......」

「あぁ、それか。気にすんなよ。1つの家に2人住んでるだけってことだろ?悪い事も何もないんだから堂々としてればいいじゃん。出来ないんなら今後の課題だな」

「う...ん......」

「楠も加賀城も弥勒も、他の連中も良い奴なんだから1回話してみたらどうだ?悩んだら相談、だ」

 

 国土からの受け売りだ。

 なお俺の場合、厄過ぎて話せない内容だから相談はしていない。やれるもんならとっくにやっている。

 というか、どいつもこいつも心に闇を抱え過ぎてて俺も困るんだよな。

 楠は勇者に対する強いコンプレックス。これは俺が投げ倒してたらいつの間にか防人を戦闘狂集団に塗り替えやがった。

 加賀城は殴りまくって多少の自信は付けさせた。代わりに俺から逃げるようになった。

 

 弥勒は...不器用ながらにお家再興の為に1人で孤軍奮闘している姿は涙を誘う。特にイマジナリー執事のアルフレッドをマジ顔で呼ぶ時は完全に心が壊れている。加賀城はよくその事でからかっているようだがあの姿は、ちょっと姉の姿と、な。重なるんだよな。

 

「頑張って、みるね......?」

「おう、まぁ山伏も無理すんな。無理に相談しての良い事はねぇし」

 

 そう言ってシャワーを浴びる為にその場から立ち去った。これで何か変わるのかは知らないが、まぁ、やらないよりマシだろう。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 三好夏凜は悩んでいた。

 今後、自分は讃州中学の勇者部員として過ごして行くことに、彼女は最早悩みも後悔もない。

 勇者としてのお役目がこんなにも早く終わり、それどころか満開すら経験しなかった現実にとてつもない喪失感を感じていたからだ。

 

 本当にこれで良かったのか。

 そう考えない日は、最後の戦いの日からなかった。

 夏凜以外が負った傷。風は生理不順。樹は声。東郷は左耳。友奈は不明だが、東郷の様子を見るに、恐らく不調があるのだと夏凜は感じていた。

 

 

 

 ------何かある。

 

 

 

 夏凜も、あの戦いでダメージは受けていた。なのに自分だけが戦いの後に疲労以外の異常がなかった事に夏凜は違和感を感じ、その事を勇者部に話そうか悩んでいたのだ。

 

「そうなると、満開が......?いや、まさかそんな............」

 

 大赦は問題ない、と言っていた。だが本当にそうなのかと疑ってしまう勇祐の一件もある。大赦は、勇祐が人の心を持った存在だと夏凜には教えなかった。『先代勇者の1人を殺した史上最悪の悪魔』と大赦は言ったのだ。

 だが蓋を開けてみれば、そこに居るのはただ必死に白面というもう1人の自分に抗う、ただの1人の人間ではないか。物事は1つの視点で見るべきではないといえ、夏凜にとって『先代勇者を勇祐が殺した』という話は信じられない話であった。

 

「どうなのかしらねぇ......」

 

 本日3本目のエナドリを飲みながら夏凜はいつも鍛錬で使っている海岸に座り込んだ。

 

「あの馬鹿も、人殺しするような馬鹿じゃないだろうし......」

 

 どちらかといえば人を殺さねばいけない状況に陥ったら自分の命を断つような存在なのが勇祐である、と夏凜は限りなく正解に近い答えを既に持っていた。

 

「なら、聞いてみるのが一番か」

 

 空になったエナドリの空き缶を背面スローで投げて立ち上がる。今日は東郷とは面会できない。夜に忍び込む選択は後で取るとして、まずは友奈に聞いてみるべきかと思い立ったのだ。

 

「思い立ったがなんとやらね。さて、鬼と出るか蛇と出るか......」

 

 夏凜に投げられた空き缶は綺麗な放物線を描き、綺麗に空き缶用のゴミ箱にシュートされたのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「お待ちなさいアルフレッド!お茶の淹れ方を教えて差し上げるだけですわ!!」

「うるせぇ!誰がアルフレッドだ!俺は白面だっつの!」

「本当の名前を教えてくださらないではないですか!だから貴方は今日からアルフレッドですのよ!」

 

 ドタバタとゴールドタワーの中の廊下を勇祐と夕海子が走り回る。事の発端は勇祐がコーヒーしか淹れられない事に夕海子が憤怒した事なのだが、どうやら真摯に接して弥勒家を馬鹿にしなかった勇祐を執事に仕立て上げようとしているようだ。

 

「うるさいわよ貴方達!廊下を走るな!」

 

 そこに怒り心頭の顔でプラモデルのランナーとニッパーを握った芽吹が自室のドアを勢いよく開け放つ。

 

「楠!この似非名家のお嬢様をなんとかしてくれ!お前隊長だろ!?」

「貴方が執事になってくださったら似非ではなくなります!さぁ!この執事服に袖を通してくださいませ!サイズはピッタリの筈ですわ!」

「こえーよ!なんで俺のサイズ分かったんだよ!?」

「そんなことより私を盾にしないでいただけますか!?」

 

 勇祐はこれ幸いとばかりに、現れた芽吹の後ろに隠れ夕海子を牽制する。

 

「先っちょだけ!先っちょだけでいいのですわ!?」

「よかねーよ!お前どうせ最後まで執事やらせる気だろ!?」

「そっ、そそそ、そんなことありませんわ!ただ執事服を着て紅茶を淹れて頂くだけで立派な終身アルフレッドの完成ですもの!」

「結局は同じじゃねぇか!」

「ちょっと、貴方達...いい加減に.....!」

 

 鼻息荒く迫る夕海子、その夕海子からなんとか逃げようと芽吹を盾にする勇祐、そしてそんな2人に挟まれ、もみくちゃにされる芽吹。

 そんな芽吹の堪忍袋の緒が切れるのも遅くはなかった。まず芽吹を盾にしていた勇祐を背負い投げして吹き飛ばした後に、突然の出来事に驚いた夕海子の顔をアイアンクローでひっ摑んだ。

 

「あだだだだだ!!?」

「いい加減にしろって言ってるのよ......!弥勒さんも晩御飯をゼリー飲料にされたいかしら?」

「そ、それは御勘弁を!?」

 

 アイアンクローを受け、半分ほど靴が床から浮いている夕海子は必死に芽吹に謝罪する。こういう時、本当にやるのが芽吹なのは彼女はよく知っていた。

 

「なぁ......なんで俺、投げられたんだ?」

「......。自業自得......?」

 

 廊下で大の字で寝転がっている勇祐をいつの間にかやってきていたしずくが勇祐の仮面をツンツンと突いていた。

 

「......触ってもいいけど取ろうとはすんなよ」

「......っ」

「流石に顔見られたら殺すしかなくなるんだわ。すまんな」

「その......ごめんなさい」

「驚かせすぎたか。ごめんごめん。その内見せられると思うから気になるんならその時な」

 

 勇祐は寝転がったまま、しずくの頭を撫でる。

 

「えっ......あっ、う......?」

「あれ...?」

 

 頭を撫でられたしずくは時が止まったように動かなくなった。

 

 

「う...うぉぉぉぉああああああ!テメェ!何してやがんだこの野郎!女子の頭をそう簡単に撫でんじゃねぇ!!」

「ちょっ、待て山伏!今腕の関節をキメようとするな......あああああああああ!!」

 

 唐突に目つきが変わり、顔を真っ赤に染めたシズクに人格が変わった途端に勇祐の腕の関節を極め始めた。どうやら相当恥ずかしかったらしく、しずくは半分気絶しているようだ。

 

「うるせぇぇ!しずくを虐めたお前は許さねぇ!」

「いだだだだだだあああ!謝る!謝るから!勘弁してくれ!!」

 

 そうして煩くなった廊下での騒動は亜耶が止めに入るまで続き、結局4人共『私達は廊下で騒ぎました』のと書かれた札を首から下げられ食堂の入り口で正座させられる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「はっ!今ゆうくんがナデポしてるような電波が......!」

「おーい友奈。戻ってこーい。その電波は絶対気のせいよー?」

「気のせいじゃないよきっと!たぶん、半分ぐらい当たってる......はず!」

「勇祐じゃないから本当に当たってるのか判断しづらいわね......」

 

 夜。宅配便も頼んでいないのに家のチャイムが鳴ったと思ったら、なんと夏凜ちゃんでした。立ち話もなんなのでリビングに招きます。不思議そうに周りを見渡した後、夏凜ちゃんはいつもより凛とした表情になりました。

 取り敢えず麦茶を出して、夏凜ちゃんと机を挟んで座り合います。

 

「ねぇ、友奈。なんで勇祐は白面なんかになったと思う?」

「えっ......?」

「私、不思議なのよ。あいつは乱暴で言葉遣いも悪い、不良のレッテルを貼られてもおかしくない行動ばかり。でも、あいつは世界を敵に回すなんて事は絶対にしない。それは友奈、あんたが居るから」

 

 私の顔をじっと見て、夏凜ちゃんは言葉を続けた。

 

「ま、全部私の仮定の話だけどね。大赦からはなーんにも返事がない訳だし、一方的に話を振られるだけだし?それは今いいわ。友奈。私は戦う事しか出来ないから、戦いたいの。だから教えて、勇祐こと。友奈が知りうる全部を」

 

 

「えーっと、もしかしてゆうくんの事好きなの?」

 

 一瞬の静寂。私の言葉の後、夏凜ちゃんの顔が固まっちゃった。

 

「は?」

「だってそれだけゆうくんの事が気になるなんて、好きって事なんだよね?」

「いや、いやいやいや。どうしてそうなるのよどうして」

「違うの!?」

「違うわよ!」

「いっつもゆうくんと一緒に騒いだり喧嘩してるのに?」

「むしろ仲悪く見えるでしょ!?」

「喧嘩するほど仲がいいって言うし!」

 

「あーもう、違う!」と言う夏凜ちゃんにが容赦無く言葉を浴びせていきます。ゆうくんの全てを教えるのはいいけど、ゆうくんが恐れてる何かが起こってからじゃ遅いし......。ごめんね夏凜ちゃん。

 

 夏凜ちゃんをからかいながら、ゆうくんの顔を思い出します。あの頃の優しい顔のゆうくんはもう居ない。私にすらどこか遠慮がちなあの子は......もう壊れちゃったんだなって。

 

「もう!友奈聞いてるの!?」

「うん、聞いてるよ?」

 

 ゆうくん、私......。全部思い出したよ?

 だから......早く一緒に話して、また一緒に笑おう?

 

 

 







「は、はははは......」

俺にとって2回目の結界外調査。そこで俺は目的の存在を見つけた。
こんなに早く見つかると思っていなかったし、正直見つからないかもと思っていた。

「そ、っかぁ......。早く思い出せって、そういうことか」

目の前にあるのは大きな結晶体。その中は濁っていて見にくいが1人の『半身が焼け爛れた』女の子が眠るように浮かんでいた。

「全部、じゃなかった。俺はわざと、記憶に蓋をしてたんだ......!」

溶岩のような地面の上に膝から崩れ落ちる。
俺は自分の命を半分、こいつにあげる筈だった。でも、今の俺の命は『1週間も持たない』。こいつに分け与えたところで......結局は、死ぬ運命にある。

「俺は生きたいのに、死ななきゃいけなくなって......罪を重ねて...俺、は。俺は......」

もう訳が分からない。でも1つ言えることは、俺が死ななければこいつは......『三ノ輪銀』は助からない。

「あはは...ははははははは......」

乾いた笑いが、虚空に漂う。
触覚すら無くした身体から、一部分が砂として崩れていく感触だけが、俺を支配していた。



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第21話 それは彼がたじろぐ話

書いていたら1万文字超えたので途中で分割しました。
あともう1話だけ防人たちの話やって、水着回です。


 

 

「なぜ、俺は海に来てるんだ」

 

「楽しいからね!」

 

「アーソウダネ。というかくっつくな姉貴、暑い」

 

「そうよ!楽しみなさい勇祐!」

 

『楽しみましょう勇祐さん!』

 

「折角逃げ出してきたんだし、楽しまないとねぇ?」

 

「誰のせいだと思ってんだよ...ったく。しゃーねぇなぁ」

 

 暑い夏、白い砂浜、青い海。そして水着美女と片目を眼帯で隠した身体中傷だらけの俺。似つかわしくない俺がどうして隔離されてる筈の勇者部と合流しているのか、話は昨日まで遡る......。

 

 

 

 

 世間はもう夏休み。防人達も例外ではなく、一部を除いた者達は実家へ帰省していた。

 俺も帰りたいけど...まぁ当然、そんなことが出来るわけもなく。

 やる事のない俺は普通に暇をしていた。

 本来の俺はは天の神を迎撃する基点となる役目を帯びていたが、園子の1件でパーになったわけで......。俺があーだこーだと防人たちに寿命削ってまで訓練するのも、俺の代わりに防人たちが天の神を迎撃する役割を担う事になったからだ。

 その訓練相手も殆ど居らず、居残り組の楠達も今日は出かけているのでゴールドタワーには俺1人だけ。

 

 いいのか、俺を1人にして。確かダメだと思うんだけど......まぁ、いいか。

 

 そうやって暇を潰していると、パイセンから勇者部のチャットが飛んできたのだった。

 

 

「は?海水浴?」

 

『そう!海水浴!お役目が終わったからちょっとぐらいいいでしょ?って大赦に言ったら用意してくれたのよねぇ』

 

 

 大赦も随分と気前がいい。まぁ、大事な大事な勇者様だからそりゃそうか。そう考えると随分安い対価だな。衣食住今後タダとか、そういうのしてくれてもいいと思うんだけど。

 

 

「ほーん、じゃあ楽しんでこいよ」

 

『あんたも来るのよ』

 

 

 ん......?今明らかに今の俺の状況と合致してない文字が流れてきたな?パイセンには説明したよな俺?

 

 

「パイセンさ、俺って勇者部から隔離されてんの知ってるよな?」

 

『知ってるわよ?』

 

「じゃあ俺がそっちに行けないの知ってるよな?」

 

『抜け出して来なさいよそんなもん』

 

 

 

 ばーーっかじゃねぇの!?

 出来るわけねーじゃん!姉さんが人質なんだっつの!流石に他の奴らには伝えてないけど!おいそれと外に出たら大赦から抹殺されるか、姉が拉致られるから俺はゴールドタワーで生活してんだっつの!

 なんつー軽い考えでモノ言ってんだよこのパイセンは!?

 

 

「出来る訳ないだろ!?」

 

『えっ、出来ないの?』

 

『兄貴が連れていくなら別にいいよ、って言ってたわよ?』

 

『私もゆうくん連れて行っていいか聞いたら許可もらったよ〜?』

 

 

 いいのかよ。それでいいのか春信さん。どうせ三好から強請られて許可したんだろ?というか姉も姉で人質っていう自覚あんのか?お前が言い出したんだぞ?『もしゆうくんが逃げ出したりしたら私が人質になります』って。

 

 

 本当に、いいのか......?

 

 

 

 ...........いや駄目だろ。俺はまだ大赦に敵認定されてる筈だぞ?

 そんなことないと思うが、あいつらが適当ぶっこいてる可能性が微粒子レベルで存在している。春信さんにも確かめるべきだ。

 

 

 

 

 

『ごめん、なんとかバレずに抜け出して?』

 

「アンタ人類救いたいのか破滅させたいのかどっちだよ?」

 

 

 春信さんに即電話したらこの有様。うーんこの。怒りと呆れを通り越してもうため息しか出てこない。

 

 

『実を言うと、今回宿周りを手配してるのが僕なんだよね。というか夏凜から頼まれたから無理矢理ねじ込んだんだけどさ。だから一旦抜け出して集合場所まで来たらなんとか『計画』通りになるように言いくるめ出来るんだよね』

 

「いいのかそれ......」

 

 つまり来たら安全は保証するけど、来る前はどうにも出来ないから自力で出てこいって訳だ。泣けるね。

 

 

『とは言っても、君の2回目の壁外調査の話と残り寿命の話を全面的に信用すると、最後の晩餐として後のこと考えずに楽しんでおいで、としか僕は言えないんだよね』

 

「言うよなぁ、それ」

 

『言うさ。本当なら君の命も救いたい。だが、どうしようもないからね......。君のような子供にこんな事は言いたくないんだが......』

 

「いいんすよ、もう。俺だってもう諦めてるから。だけど、銀の身体の事は頼んだぜ?」

 

 

 諦めてる、なんて嘘だ。本当なら、もっと生きたい。けど寿命もなけりゃあ、俺が死ななきゃ銀は目覚めない。と、くればあとはもう『やるしかないんだ』。

 

 

『任せてくれ。本来は君の受け皿用に改造していた人工精霊だが、彼女の幽体にも適用出来るように急ピッチで作業中さ。おかげで暫くの徹夜は確定だけどね』

 

 

 今は頼もしく思えるんだよな春信さん。こういう仕事はキチっとやってくれるから後の事は任せられる。

 

 

『集合は明日夜中3時。駅前に来てくれ。そうしたら黒塗りの車が君を拉致って行くから』

 

「もうちょい良い言い方ない?」

 

 

 前言撤回したくなるのも、また春信さんらしいというか......。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 夜1時。防人たちの消灯時間は23時だから朝の早い防人たちは既に寝入っている頃だ。

 ちなみに最近の俺は眠気すら無くなってきたのでこんな時間でも余裕で起きていられる。こういうのは不良やってた時に欲しかったわ。眠いもんなこういう時間帯って。

 

 

「着替えとか水着は姉貴に持ってきてもらう手筈だし...特に持ち物ないな?」

 

 

 一応手荷物を確認。財布にスマホ。あとは着の身着のまま。特にこれといった持ち物はない。学生証も身バレ防止の為に家に置いて来てあるし。

 

 

「ここ使うのも、もう最後だなぁ......」

 

 

 元から最低限の荷物しかなかった小さな部屋。特に感傷に浸るような思い出はないが、それでも二度とここに来る事はないだろうということを考えると少しばかり眺めたくもなる。

 

 

「......先に別れの挨拶でもしに行くか」

 

 

 集合時間までには余裕があった。挨拶の1つや2つ、していくのも悪くない。仮面を被り、装束に着替えてから俺は窓から降りた。

 

 

 

 

「............というわけで俺の部屋の真下にある楠の部屋に来たわけだが...」

 

 地上何十階か忘れたけど落ちたら普通に死ぬような高さを、俺はロープを伝って降りていた。なんで態々ゴールドタワーの外からロープ降りてるのかって?本来の出入り口には監視カメラとセンサーがこの時間は動いてるからだよ。2階までの窓もセンサー付き。だからこうして自分の部屋の窓から出るしかなかったわけだ。

 

 なけなしの身体能力で飛び降りても良かったんだけど、これ以上寿命を縮める訳にもいかない。

 

 

「......楠の奴、こんな時間なのにまだ起きてんのか。まぁ、好都合と言えば好都合だ」

 

 

 窓の向こうのカーテンの隙間から、消灯時間は過ぎているにも関わらず少しだけ灯りが見える。話し声も微かに聞こえてくるから、電話中か、それとも誰か一緒に居るのか?まぁいいや、窓叩いてみよ。

 

 

 おっ、部屋の中の反応が変わった。おもしれーな。悪戯してるみたいだ。

 もう一回叩いてみる。今度はヒソヒソとした話し声。これ、楠の部屋に何人か居るな?

 

 そう思えばカーテンが少し動く。誰か覗きに来たか?ここまで来ればオバケに徹してもいいな。面白いし。

 

 そーっと開いていくカーテン。開けていたのは加賀城だ。

 なんで楠の部屋に居るかは置いておこう。

 思い切りからかってやろう。

 頭が地面に向くように逆さ吊り状態になって上体を持ち上げる。これで窓から見ただけでは俺の姿は確認できない寸法だ。

 

 

「あ、あれ......なにもない.........?」

 

「よう、元気か?」

 

 違和感を感じて窓を開けただろう加賀城の目の前にょきっと顔を出す。案外距離が近かった。大体10cmぐらいの顔の近さだ。

 

 

「ヒッ......」

 

 

 

 あっ気絶した。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「えっと......ごめん?」

 

「ごめんで済んだら勇者システムはいらないんですよ」

 

 

 バタンと倒れた加賀城を見ながら窓に足を掛けて室内に入ると、そこには勇者システムを起動した楠、弥勒、それに山伏が臨戦態勢で立っていたのだ。向こうも緊迫していたのは明白なんだけど、こっちもこっちでビビったので10秒ぐらい向き合った状態だったのだ。

 

 俺は銃剣の刺突で軽く即死しかねない耐久力しかないから、慌てて誤解を解いた。まぁ許してもらう代わりに今は仮面を脱いで正座させられている訳だが。

 

 

「深夜1時、それも女子の部屋に窓から侵入してくるのは流石に不味いですわよ?」

 

 

 うっす、反省してます。

 

 

「というかあの姿はなんだったんですか?遂に我々を殺しに来たのかと思いましたよ」

 

「......正直、怖かった」

 

 

 それについては不可抗力だ。

 どうやら先程まで、いつぞやのバーテックスのような姿になっていたらしい。知ってたら流石に窓から突入しない。

 

 

「俺もあの姿になる気は無かったんだ。気付いてたら流石に仮面取って入るぞ」

 

「...まぁ、最初に会話が通じた時点で悪戯しに来たか何かだと思ってはいましたけど、いや本当に何しに来たんですか?」

 

「もしかして......夜這い!?いけませんわアルフレッド!主従関係でそういうことはよくある事ですけど......駄目ですわ!?」

 

「えっなにその満更じゃないような顔......というかアルフレッドって存在したの......?」

 

「いや、してないからな加賀城。弥勒が勝手に言ってるだけだぞ」

 

 

 勇者部といい防人といい、なんでこうも話が変な方向にズレて拗れるんだろう。一々突っ込むのも面倒だ。ほれみろ、楠の顔がイラっとしたように歪んでるぞ。

 

 

「まず、要件を聞きましょう。態々窓からやってきたのも、何か並々ならぬ理由がありそうですし?」

 

 

 無いとは言わせないと言わんばかりの雰囲気だなおい。いや、あるんだけどさ。それも結構重要なのが。

 

 

「その前に1つ聞きたいんだけど......もしかして讃州中学に居なかった?」

 

 

 加賀城の当然の疑問。うん、お前は俺の顔知ってるもんな。だから仮面を被ってた訳なんだが。

 

 

「居たよ。俺も覚えてるよ、加賀城がウチに忍び込んで、勇者部をつけてたのがバレて三好にフォーク投げられてたのは面白かったな」

 

「うわっ...本当だったんだ......。出来れば忘れて欲しいんだけど、名前は言ってもいい系なの?」

 

「んー、まぁいいよ。どうせ俺あと1週間で死ぬし」

 

「「「「は?」」」」

 

 

 何言ってんだこいつって顔で声を上げる。いやぁ、やっぱこういう反応になるよなぁ。やっぱ勇者部には寿命は言わないでおこう。たぶん酷いことになる。想像したくねぇなぁ......。あとで知った方が酷いことになりそうだけど......。

 大赦にカチコミしに行くとかないよな?

 

 

「んー、いっつもなんか高速でシュバっと動いたりするじゃん?あれって俺の命削ってやってんだよね。で、死ぬ前にちょっと小旅行してこようかなって」

 

「いや、ちょっと待って。情報量が多過ぎて理解が追いつかないんだけど......」

 

「言葉足りなさ過ぎませんこと?訳わかんないんですわ?」

 

「ちょっと弥勒さんのお嬢様口調が崩れてるんだけど......厄っぽいから部屋に帰っていい?」

 

「......流石に、予想外......」

 

「最初の内は負担になってなかったんだよ。ただ体が酷く疲れるっていうぐらいでさ。命が削れるようになったのはここ最近、俺がゴールドタワーで暮らし始めてからでさ。あの力を使わないと日常生活にも支障が出始めててなぁ...」

 

「なぜ......何故なんですか。何故、命を削ってまで訓練をされていたのですか?」

 

 

 それぞれが困惑した顔でざわつく中、震えながら楠が俺に聞いてくる。俯き加減の楠の顔の表情は見えないが、たぶん...きっと、怒っているんだろうな。

 俺が態々命を削らなきゃいけない程に自分達は弱かったのか、とか。自分達はそこまで信用されてなかったのか、とか。なぜ言わなかったのか、とか。なぜ気づかなかったのか、とか。

 俺を真っ先に怒れないのは、自分に自責の念があるからだろう。気にしなくてもいいだろうに、楠芽吹という存在は三好夏凜のようにそれはそれ、では済ませられないらしい。

 

 

「楠、先に言っとく。俺がここまでしたのは俺のエゴだ。大赦にとって、俺はイレギュラーな存在だった。俺をここに置いてくれた人は、自分に処刑されてもおかしくない程の高いリスクがありながらも俺を守ってくれた。それに応えるためにやったのが理由の1つ。でも1番大きい理由はお前達に生きて欲しいっていう俺のエゴからだ」

 

 

 思い出すのは出会った頃の思い出。自分の残り少ない命をここで使おうと決めたのは様々な理由があるが、本来の勇者システムから酷く劣る性能のシステムを使わされて、使い捨ての駒のように死地に送り込まれる防人たちを見て憤りを覚えたからだ。

 彼女たちは逃げられたのに逃げなかった人達だ。だから俺は最初に、強く当たった。

 唆されたから残った、なんて言わせないように、自分の意思で防人を続けようとする存在だけを残そうとした。

 

 結果としては、俺の力なんて必要なかった。何人かは脱落したかもしれないが、防人たちは自分の意思で立ち上がり、この理不尽な世界に挑んだ筈だ。つまり、俺は『居ても居なくても同じ』だった訳だ。

 

 それを知りながらも命を削り続けたのは、たぶん罪悪感と焦燥感からだと思う。

 俺が今までやってきた罪。

 もう長く生きられないという焦り。

 俺はきっと...防人たちが眩しくて、八つ当たりをしてたんだと思う。

 

 

「お前達は十分強いよ。お前達が勇者に選ばれなかったのはただ間が悪かっただけだと、俺は思うよ。だから......」

 

「ふざけるな!!」

 

「ちょ、メブ!?」

 

 

 楠が叫び、俺の胸倉を掴んで声を張り上げた。加賀城も咄嗟に割って入ろうとするが、楠の剣幕に押されて一歩後退る。

 

 

「貴方が命を削る程の事じゃないでしょうが!お人好しにも程があるじゃない!自己犠牲で私達を強くすれば私達が喜ぶとでも思ったのか!私達は、私達は!貴方がお人好しで、傲慢で、優しい存在だというのは知ってる!けどそこまでする必要なんてどこにもなかったじゃない!」

 

「確かに、なかった。だから俺のエゴなんだよ。いくら理由を重ねようと、俺がしたかったからしたんだ」

 

 

 楠の顔が、酷く歪む。言い様のない怒りが感情を支配しているが、上手く言葉に出せないようだ。そして遂に楠の手が出るか、という時に今まで黙っていた山伏が口を開いた。

 

 

「あーもう!情けねぇな芽吹!男がこうと決めたんだ!やらせてやればいいじゃねぇか!テメェの人生をどう使おうが俺達にゃあ関係ねぇ!命を削って俺達を強くしてくれたんだぜ?逆にありがたい事じゃねぇか」

 

「シズク......」

 

 

 しずくからシズクに代わった山伏が俺から楠を引き剥がした。

 

「おう、白仮面野郎。本当の名前は?」

 

「勇祐。結城勇祐だ」

 

「勇祐、いいね......。よく覚えとく、ぜ!」

 

「ぶっ!?」

 

 

 頬っぺた殴られた!?唐突過ぎない!!?えっ、ちょ......状況がよく理解出来ないんだけど!?

 

 

「これでいいだろ。心配掛けさせやがってこの馬鹿っていう怒りはこのパンチ1発で許してやる」

 

「ち、ちょっとシズク!?」

 

「芽吹もたぶん1発じゃ収まらなかっただろ?だから俺が代わりにやってやったんだよ」

 

「それ...自分がやりたかっただけじゃ?」

 

「あ?なんか言ったか雀?」

 

「ヒィッ!?なっななななんでもありませんよ!」

 

「まぁなんでもいいけどよ。勇祐、お前死ぬ前の小旅行...つってたか?その前にイッパツ付き合えよ」

 

 

 えっ。

 

 

 

 

 えっ?

 





勇祐
夏休みだし寿命ないしお家帰りたい。実際適当なとこで帰るつもりではあったが黒塗りの車に拉致られることで抜け出す事に。遂にズッコケ防人4人組に顔バレ。胸倉掴まれて怒鳴られた彼の目は濁っていた。シズクパンチは度肝を抜く。

メブ
部屋で女子会してたらバーテックスみたいなのが窓から侵入してきて無意識に勇者システムを起動した常在戦場ウーマン。勇祐の態度に激怒。今までにない怒りを見せた。

すずめ
窓を開けたらバーテックス。そりゃ気絶する。ちなみに彼女の第六感は一切警笛を鳴らしていなかった。たぶん第六感くんも気絶してたんだと思う。

しずく&シズク
防人パンチ(物理)。相変わらず誤解されそうな言動が止まらない。

みろくさん
相変わらず勇祐をアルフレッドにする事を諦めていない。芸人。



パイセン
そんなもんどうでもいいから帰ってこい。

おねえちゃん
帰ってきていいって言ってたよ?言質はしっかり取ったようだ。

夏凜
兄貴に頼んでみたら二つ返事で良いよって言われて逆に困惑。

夏凜のお兄さん
勇祐被害者の会の1人。色々聞かされて胃に穴が開きそうになってるけどそれはタタリ関係ないよ。ただのストレスだよ。
それはそうとタタリに関してはギリギリを見極めてなんとか避けている模様。


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第22話 それは防人の覚悟の話

どうしてこうなったんですか?
どうして...どうしてですかね?
芽吹さん達は勝手に動いたんです...。いつのまにかこんなことになっていたんです......。




 

「まさか出る前に模擬戦に付き合う事になるとは......」

 

「いーじゃねーか。俺はまだお前に勝ててねーんだよ。お前が死ぬ前に勝ち星の1つは上げとかねぇとな」

 

 

 そういう事だろうと思った。

 なぜか監視システムの誤魔化し方を知っていた山伏について行くと、そこは普段から使っている訓練場だった。

 つまり、最後に俺と模擬戦がしたいそうだ。俺としては断るのは悪いかなと思って引き受けたが、今はちょっと後悔してる。

 

 ......なんで山伏以外に楠と弥勒と加賀城までもが勇者システム起動させてんだ。ちょっとそれは聞いてないぞ俺。

 

 

「アルフレッドがどうしても行くと仰るなら、止めるのもまた主人の役目かと思いますわ」

 

 

 思わんでくれ。てかアルフレッド言うな、主従関係も結んでない。というか期待が重い。未練が残ったらどうすんだよ。

 

 

「いや私は本当は参加したくないしできればもう帰って寝たいけど...私以外盾持ち居ないし、誰も防げなくなるから...仕方なく!仕方なく参加する!!」

 

 

 加賀城、お前は帰ってもいいんだぞ。お前は普通に俺の攻撃に反応してくるからお前が居ると長引くんだよ。そういうとこで勇気見せるのはほんと加賀城って感じがするけどさ。

 

 

「一応、言っておきますけど私は貴方の事、割と好きでしたよ」

 

「お前はなんでこういう時にそういうこと言うんだ!?」

 

「へっ...?あっ!?ちがっ......!そ、そうじゃなくて!!」

 

 

 思わず吹き出したじゃんか!俺ら出会ってそう長い時間経ってねぇぞ!?

 

 

「勘違いしないで頂きたいんですけど私は人として貴方が好きというだけで異性としては別に好きじゃありませんよ今日夜中まで集まっていたのも貴方との今後の付き合い方をどうするかという話が長引いただけですし」

 

 

 おーい、めっちゃくちゃ早口になってんぞー楠ー。

 

 

「とか言いながら勇祐さんの顔割と好みってさっき歩きながら......ヒッ!」

 

「余計な事をいう口はそれかしら?えぇ?」

 

 

 あー、うん......聞かなかった事にしたい。

 

 

「あっ恥ずかしがって顔を背けましたわ!?」

 

「うわっ、メブやるじゃん。これは有効打だよ。やっぱり愛は...あだだだだだ!?メブ!ヘッドロックは駄目!ギブ!ギブ!メブ!」

 

「雀!あんたは今日は許さないわよ!」

 

「おい勇祐。芽吹はどうやら腐ってた自分を叱り飛ばしてくれたのが嬉しかったみてーだぜ?勇者の座に固執し過ぎて肉盾作戦した時あったろ?そん後に怒鳴られてボコボコにされた時が---」

 

「ちょっとシズク!それ以上言うと本気で撃つわよ!?」

 

「わおっ怖い怖い。ってー訳だが......どーした?」

 

 

 はぁーーー。

 もーーー。

 思わずため息を零しながら天を仰ぐ。

 なんでこう、死ぬのに未練が残るようなこと言うかなぁ、もう。未練残すのは勇者部と姉だけで良かったのにさー。ちくしょう。

 

 

「ゴホン!......まぁ、その...あれだけ真摯に向き合ってもらったのも、初めてだから。ウチは放任主義で、あまり怒られた事も無かったから......その............あー、もう!いいわ!さっさと模擬戦しましょう!模擬戦!」

 

「まぁ、芽吹さんがこうも取り乱すのは稀ですわね。では私も......。貴方を執事にしようとしているのは本気ですからね?勇祐さん?貴方なら、良く似合いますわ?」

 

 

 やめてくれ.....。どうしてそう、決心を鈍らせるんだ。

 俺はもう、死ぬって決めてんのに...お前ら。

 

 

「どーせその小旅行とやらに行っても決心鈍るって。んじゃ、やろうぜ仮面野郎、いや...結城勇祐!」

 

 

 山伏の声に、全員が顔を変える。

 いつもの、戦闘時の顔。もう見慣れた体勢。そして銃剣と盾を構える。

 

 

「行くわよ。あの野郎に八つ当たりしてやるんだから!」

 

 

 俺も仮面を取り出して装着する。あとはもう、野となれ山となれ。なるようになるしかない。

 俺は彼女たちの訓練相手。ただそれだけだ。

 今は...それだけでいい。何も考えないでおこう。ちょっと...いや、凄く恥ずかしいし。

 

 

「行くぞ......!」

 

「来るわよ、初撃耐えて!シズク!やっちゃいなさい!」

 

 籠手が盾にぶつかり、大きな金属音を奏でた。

 行動を読まれてたか。軽く吹き飛ばせるかと思ったけど、どうやら加賀城の盾を楠と弥勒が後ろから支えてるな。

 

 

「オラァ!」

 

 

 盾の傍から姿勢低く飛び出した山伏が銃剣の切っ先で刺突を試みてみたのを、体を曲げながら避ける。そのまま飛び上がって楠達から距離を取った。

 まず先に山伏を沈めた方がいいか。

 超接近戦だと、盾は割り込む隙間がなくなる。俺の攻撃の殆どを加賀城が防げるのなら、最後に相手をすればいい。

 

 流星を瞬間的に使いながら距離を詰めて山伏に殴りかかる。が、これも防がれる。戦闘センスだけで言えば、山伏は防人の中でも飛び抜けている。いわば防人版結城友奈だ。こいつを真っ先に沈めないと、俺が負ける。

 

 

「ハッハァ!どうしたオラァ!今更寿命使うのがビビってんのかァ!?」

 

「うっせぇな...!」

 

「つい模擬戦挑んで、態々寿命使わせて悪かったな勇祐!でも拒まなかったテメェが悪いんだぜ!」

 

 

 銃剣と無手のリーチ差をなんとか埋めようと山伏に食いつくが、低燃費を意識してる今はそれも厳しい。まるで命が燃える音がするように身体中が悲鳴を上げている。

 

 

「そういうお人好しなとこが割と好きだったんだけどなぁ!俺もしずくも!けどよォ!俺としずくはそーいうのからっきしだから良くわかんねぇ!だから俺は、せめてお前が安心して死ねるようにお膳立てしてやる!」

 

「ごめんあそばせ!」

 

 

 一瞬の隙間。そこに意識外だった弥勒の攻撃が加わる。だがそれだけじゃないだろう。

 弥勒の刺突からの斬り上げ。山伏と入れ替わるように攻撃を続けてくる。次に来るのはどっちだ。楠か、山伏か......!?

 

 

「うわあああああああ!やっぱ怖いいいいい!!!」

 

 

 加賀城かよ!

 泣き叫びながら盾を構えて突っ込んで来る様はほんと情けないな!

 

 ......いや、それこそ狙いか!

 

 

「メブウウゥゥゥ!!」

 

「はぁぁあああ!」

 

 

 正直ヒヤリとした。このまま加賀城と接触していたら、後ろに隠れていた楠の銃剣の餌食だった訳だ。俺の動きが止まったとみるや、楠が予想通り加賀城の背後から飛び出してくる。

 

 

「俺たちも!」

 

「いますわよ!」

 

 

 そこからは楠、弥勒、山伏の連携攻撃の嵐だ。伊達に俺と何度も戦ってきた訳じゃない。彼女達にとって、俺はもうそびえ立つ壁ではなく、乗り越えられるハードルになっているんだ。

 

 

 3つの剣先を捌き、3つの銃口から放たれる銃弾を避ける。中には爆発弾も混ざっているだけに、触れて弾けば最悪、爆発してダメージを負う。そのリスクはとても重い。

 

 

 

 ------知った事かよ。

 

 今更、寿命を削る事に戸惑うな。

 今までと同じだ。それに折角の戦いだ。

 命ぐらい燃やせ。俺はどうせ死ななきゃいけない存在なんだから。

 

 

「爆発弾を......ガッ!?」

 

「1つ......!」

 

 

 爆発弾をわざと殴って爆発させた。その爆煙に身を包み、仮面を取り外してその外に放り投げる。

 隙が出来たのは弥勒。思わず投げられた仮面を目で追ったんだろう。爆煙から伸びた俺の手が摑みかかるのを止める事が出来ない。

 そのまま掌底を顎に叩き込み、左手を引きながら弥勒を後方へ押し倒した。

 

 

「意識は刈らせてもらうぞ」

 

 

 押し倒した弥勒の側頭部に拳を叩き込んでその場から離れる。悪いな、弥勒。俺は執事には向いてない。どちらかと言えば用心棒向きだな。俺が万が一死ななかったら考えといてくれ。

 

 

「次は、どいつだ?」

 

 

 もう一度仮面を呼び出して装着した。特に身体能力が向上する訳じゃない。今はバーテックス体になっているから、ただの人間相手よりかはあいつらもやりやすい筈だ。要らない気遣いかもしれないが。

 

 一瞬の間を置いて急加速。踏み込んだ右足が悲鳴を上げながら骨が折れる。それを流星の効果を使いながら急速に修復した。

 さながら、本当の流星のようだ。大気圏で燃え尽きかけている星のように、俺の命も激しく燃えている。

 

 

「速いぞ!?」

 

「落ち着いてシズク!攻撃する瞬間を見極めなさい!」

 

 

 そんな分かりやすい行動、する訳ねぇだろうが!次はお前だ加賀城!

 

 

「ヒッ!?」

 

 

 俺の意図に真っ先に気付いた加賀城は盾を構える。

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬううううぅぅぅ!」

 

「雀!」

 

「野郎!俺たちの壁をすり抜けやがった!?」

 

 

 盾の側面に回し蹴りを叩き込む。足の骨が折れて折れた骨が外に飛び出す。それも構わず、盾を弾き飛ばした。

 顔を真っ青に染めた加賀城がもう駄目!と叫び終える前に右腕を掴んで、背負い投げの要領で投げる。吹き飛んだ加賀城の腹に容赦なく蹴りをぶち込んでやった。壁に激突したが、まぁ怪我しても打ち身ぐらいだろう。これで2つだ。

 

 やり過ぎた感が拭えないが、盾持ちが重要である防人たちの戦いにおいて盾持ちの防人自身の耐久力も重要になってくる。加賀城が生存を諦め掛けた分の蹴りだ。

 

 

「次はどっちだァ!?」

 

「シズク行くわよ!攻めなきゃ勝てない!」

 

「おうよ!」

 

 

 当初の予想通りとはいかないが、相手が少なくなればその分戦いやすくなる。

 

 

「勇祐てめぇ!今まで手加減してやがったのか!?」

 

「違う。今は寿命度外視でやってるだけだ......!」

 

 

 今までは手を抜いていた訳じゃない。こんな身体が全壊し掛けているのを無理矢理治しながら常に戦うなんて不可能だ。この模擬戦が防人とする最後の模擬戦だからこそ、こんな事してんだよ、俺は。

 

 痛みに鈍い筈の身体が痛む。

 身体全体が悲鳴を上げて、デッドラインはもうとっくに過ぎ去ったと警告する。

 それを知った事か、と振り払う。流星で壊れていく身体をギリギリの場所で繫ぎ止める。

 

 

「ごぶっ......」

 

「勇祐さん!?」

 

「俺は敵だぞ、止まってんじゃねぇ!」

 

 

 思わず吐血してしまった。その姿を見た楠がたじろぐが、容赦するなと蹴りを打ち込んで吹き飛ばす。咄嗟に避けたのか当たりが弱かった。あとで起き上がってくるだろうな。

 

 

「山伏ィィ!!」

 

「うるっせぇぞ勇祐!今度こそ仕留めてやる!」

 

 

 山伏の攻撃はスマートさに欠ける。完全に自分のセンスと勘と動体視力で連撃を続けてくるタイプで、楠とは正反対。つまり俺と似たような戦い方だ。俺も多少格闘技は齧っているが、基本的に姉のスパー相手の為の知識ばかり。

 俺が山伏相手にスタミナ勝ちばかり狙うのも、山伏の技量向上もあるが『攻めきれない』のも理由の一端にある。

 それだけ山伏の戦闘センスは飛び抜けている。流星というチートを使わないと、天の神からの祝福を受けていたあの時の俺でさえ今、はもう勝てなくなっている。

 

 

「どうしたどうしたァ!?さっきまで良かった威勢はどこに行ったァァ!?」

 

 

 だから体全体を加速させる。流星の使用でしか勝てないのなら、使うしかない。燃えちまえ、俺の命なんて。俺が死ななきゃ、銀は帰ってこれないんだ。

 だからこいつらに命を使い切る寸前まで使って、あとは勇者部に別れを言うだけの時間だけあればいいと思ってる。

 

 

「オラァ!」

 

「てめぇ!俺の武器を!?」

 

 

 山伏の武器を半ばから手刀で叩き折った。籠手が壊れたけど気にしない。今は邪魔だ。

 そのままの勢いで山伏の胸倉を掴んで頭突きする。仮面にヒビが入って視界も割れたように写ったが、気にせずに腹に膝蹴り食らわせる。

 

 

「ぐっ...!?」

 

「オッ、ラァ!」

 

 

 そのまま山伏を地面に叩き伏せる。山伏も動かなくなったし...たぶん、これで沈んだだろ。

 

 

「ごぶっ...ごほっ、ごほっ!」

 

 

 一安心したら口から血が出てきた。思わず仮面を脱ぎ放って荒く息を吐く。

 これで3日ほど寿命削れたかな......。まぁ、いいや。

 気絶した山伏の隣に、俺は力が無くなったように座り込んだ。

 

 

「やっぱり、止まらなかったし、止められなかったわけね......」

 

「楠......?」

 

「砂...。やっぱ勇祐さんのだったんですね。どおりでタワーを掃除してる亜耶ちゃんが砂が多いって嘆いてた訳、か」

 

「......おう。もう、限界だからなぁ......」

 

 

 銃剣を杖代わりに歩いてきた楠が俺の隣に座って俺の真下にパラパラと落ちる砂粒を指で摘まみ上げる。

 

 

「砂になるなんて...本当にバーテックスみたい」

 

「怖い、か?」

 

「まさか。不思議だな、って思っただけですよ。貴方は、味方だから。そんな身体になってまで......私達を............」

 

 

 俺に触れようとした楠の手が止まり、自分の元へと帰っていく。俺はただ何も言わず、楠から目を外した。

 

 

「実は、亜耶ちゃんから聞いていました。貴方の寿命の話を。神樹様は『あと3ヶ月ほど』と聞いたと言っていました。じゃあ夏休みが終わってからみんなで、貴方が安心して死んでいけるように、と強くなった私達を見せる為の模擬戦を計画していたんです」

 

「そ、っかぁ...」

 

「ですが貴方の強さの秘密が命を代償にしたモノとは知りませんでした。だから、もう頭の中もぐしゃぐしゃになって、それで......」

 

 

 それがあの時、俺の胸倉を掴んだ真相か。そんな模擬戦も企画してたなんてなぁ...。

 

 

「ごめんな楠。全部、無駄にしちゃったな......」

 

「謝らないでください。私達が勝手にしたことですから。......でも私達4人じゃ、まだまだ勝てませんね」

 

「いや、十分だよ。というか俺に勝てなくともいいだろ。お前達の敵はバーテックスで、天の神だ」

 

「......勝ちたい、ですよ。やっぱり。必要がない勝利だとしても、負けっぱなしは悔しいですから」

 

「......もう一回、やるか?」

 

「遠慮しておきます。ただでさえ死にそうなのに、もうこれ以上寿命を削られても困ります」

 

「もう山程減ってんだ。今更だぜ?」

 

 

 肩を竦めながら楠に向かって笑う。楠は苦い顔をしてそっぽを向いた。

 

 

「どうかしたか......?」

 

「いえ、なんでも...ないです」

 

「そっか......んじゃ、俺はもう行くよ。達者でな。......死ぬなよ?」

 

「当たり前です。私達は誰1人として、死にませんから。あと、サヨナラは言いませんからね」

 

 

 そっぽを向いたままの楠の隣から立ち上がって、別れを告げた。何か言いたそうだけど、これ以上未練を残してもしょうがない。死ななきゃいけないのに死にたくなくなってしまう。

 

 

「あ、あの!勇祐さん!」

 

「ん......?なんだ?」

 

「貴方も...どうか生きてください。生きるのを、どうか...諦めないでください」

 

 

 

 

 ......。おう、まぁ...出来たら、いいよな。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 勇祐が去った後の訓練場。

 芽吹はその場に寝転がってただ天井を見ていた。

 

 

「行ったか、あの馬鹿」

 

「シズク、起きてたの?」

 

「そりゃあな。あの程度で気を失うシズク様じゃないぜ。というか良かったのか?」

 

「何がよ?」

 

「あいつに告白しなくて」

 

「......いいのよ。というかしたも同然でしょあんなの。これから死ぬって人に重りを被せるのも、ね......」

 

「それぐらいしてもいいと思うけどなぁ......」

 

「それぐらいじゃ、勇祐さんは止まらないわよ。あの目はもう覚悟を決めた人の目だった」

 

 

 楠が思い出すのは、勇祐のあの笑顔だ。痛々しいあの顔を見て、思わず顔を背けてしまった事が悔しいのだ。

 勇祐は気付いてはいなかったが、あの時の彼の頬は砂となって少し砕けていたのだ。

 

 

「私には勿体無い人...だったわね」

 

「ふーん。ま、本当にくたばりやがったら墓参りでもしてやろうぜ。墓が出来るか知らねーけど」

 

「......そうね。そうしましょうか」

 

 

 今はただ、勇祐の無事を祈りたい芽吹は、ボソリと「答えは聞いておけばよかったかな」と呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ところでこの訓練場の惨状、どうすんだ?」

 

「......知らぬ存ぜぬじゃ、ダメかしら」

 

「いやぁ......駄目だろうなぁ......」

 

 

 どうやら勇祐との模擬戦でほぼ半壊した訓練場だけは、どうにもならないようだ。

 





勇祐くん
唐突に告白されて驚く。たぶんお姉ちゃんは「ゆうくんがニコポしてる感じがする!」とでもニュータイプの如くテロリンとしていたことでしょう。素の戦闘力は今はほぼ皆無なので身体に強烈な負担を掛けまくって無理矢理治して無理矢理動いた結果、寿命が3日ほど縮まって残り寿命約4日。勇祐がそこまで命を削って鍛え上げた彼女達はとても強かった。


めぶきちゃん
今回のやらかし。恋心は隠して勇祐を送り出そうとしたが自爆、爆散。からのニトロを投げ付けられ大炎上。訓練場は勇祐のせいにした模様。やっぱり勝ちたかった。



数少ないメブを煽るチャンスなんだ!やってみる価値はあるよ!と言わんばかりにニトロを投げ付けた張本人。なおヘッドロックされて轟沈。勝ちたかったけど殆ど痛みなく気絶出来て良かった。けど筋肉痛が酷くて暫く寝込む。


弥勒夕海子さん
アルフレッドは諦めていない。絶対に勇祐を執事に仕立て上げたかったけど結局叶わず。4人の中で1番技量が低い彼女だが、根性だけは誰にも負けない。用心棒ならいいってさ。だったら執事も兼任しろと言いそうなのが彼女。勝ちたかったけどしょうがない。


山伏しずく&シズク
恋心?それより模擬戦しようぜ!なんだよ、好きって言ったら模擬戦してくれんのか?じゃあ好きだ!さぁヤろうぜ!と言わんばかりのバトルジャンキー。最後は空気を読んで寝てた。すごく勝ちたかった。


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第23話 それは姉が甘える海水浴の話

 春信さんに黒塗りの車で拉致されてきた後、俺は久し振りに勇者部に再会した。みんな元気そうで良かった。東郷も退院して、色々あったんだろうけど笑顔だ。あとで園子の事後も聞いとかないとな。

 

 

「ういっす。みんな久し振り」

 

「よく帰ってきたわね勇祐仮部員!」

 

『おかえりなさい!』

 

「勇祐くんも久し振り」

 

「あんた、一体どこで何してたかは知らないけど、迷惑掛けてきてないでしょうね?」

 

「してねぇよ。......というか姉貴、どうしたんだよ」

 

 

 勇者部と合流するなり、姉は俺の胸に無言で抱きついてきて未だに動いていないのだ。

 

 おい、モゾモゾすんな、くすぐったいだろ。

 

 

「友奈ちゃんも寂しかったのよ」

 

「それは分かるけどさぁ...。反応ぐらいしてくれよ姉貴」

 

「んー......」

 

「珍しいわね。友奈がここまで勇祐に甘えるなんて」

 

 

 パイセンが物珍しそうに姉を見ながら呟く。確かにそれには同意する。

 まぁ家ではもっと擦り寄って来るけどな。それも猫みたいに。流石に外では恥ずかしいのか、そういうことも少ない。けどまぁ、今日のは異常だ。完全に3泊4日の旅行から帰った後、玄関から飛び出してきた犬といった感じだ。寂しかったんだろうなぁ、とは思う。

 

 

「おい姉貴、そろそろ行くぞ」

 

「ん〜......」

 

「駄目だ。こりゃ完全に暫くは駄目なやつだな。おい、姉貴」

 

 

 声は聞こえているようで、俺の首に手を回してきた。そのまま手を背中と膝に添えて姉を持ち上げる。お姫様抱っこの形だ。春ごろに東郷にやって以来だな。埒が明かないからこのまま車の中まで連行だ。

 

 

「なんか、介護してるみたいね」

 

「あながち間違ってな.....いてっ。抓るなよ姉貴。悪かったからさ」

 

 

 首を指で抓られた。話はしっかり聞いてんじゃねぇか。というかやるなら言い出したパイセンにやってくれ。

 

 

「まぁ、今日は1日、友奈に優しくしてやんなさいよ。今日を楽しみにしてたみたいなんだから」

 

『昨日の夜は眠れなかったみたいですよ』

 

「おぉう...そこまでか。結構家空けたし悪いことしたなぁ...」

 

 

 自分の口から罪悪感が出る辺り、俺も相当に参ってたのかもしれない。まぁ...これから死んでいく事に後悔はないけどさ。やるしか、ないんだし。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「結城友奈、ふっかーっつ!」

 

「勇祐成分を得て顔ツヤツヤの友奈ちゃん...可愛い......」

 

「可愛いのは分かったから写真連写はやめなさいよ...ちょっと勇祐、あんた大丈夫?」

 

「これが大丈夫に見えるなら大丈夫だろうよ......くっそメチャクチャにやりやがって......」

 

 

 服は乱れ、髪型は崩れ、一体どこでナニをしてきたのかと言わんばかりの状態の勇祐だが、大型犬が飼い主に激しく戯れ付くが如くの友奈にやられるままにされていただけなので特に卑猥なことはないのだ。

 

 そんな姉弟を横目に、勇者部一行は目的地である旅館に到着していた。大きく背伸びをして、滅茶苦茶な状態の勇祐には我関せずな犬吠埼姉妹と兎のように跳ね回る友奈。その様子を激写し続ける東郷。

 なんともカオスな状態であり、それを止める役割を担うはずの夏凜も、車の中の後部座席で友奈からの強烈な勇祐成分吸引行為によって酷く疲弊した勇祐を介護していた。

 

 

「友奈が要介護かと思えば次はあんたか。いい加減にしなさいよ」

 

「暫く離れてたから元凶は俺だけど、この場合悪いのは姉貴だろ......なんで俺が怒られるんだよ.......」

 

「車の中でチラッと見たけどあんたも喜んでたでしょうが。大型犬を可愛がる姿にしか見えなかったわよ」

 

「......くそ、否定できない」

 

 

 実を言うと、勇祐も勇祐で全力で友奈を甘やかしていた。だから後部座席は結城姉弟が独占していたのだが、夏凜はチラチラと2人を見ていたし、東郷に至ってはカメラのビデオ機能で撮影までしていた。

 

 

「んで、なんで部屋割りが俺と姉貴の部屋とお前らの部屋で別れてんの」

 

 

 東郷が作ったのであろう分厚い『勇者部夏合宿のしおり』と達筆な筆字で書かれたしおりを捲りながら、勇祐は部屋割りが載っているページを見て夏凜に問う。

 

 

「本来はあんたの1人部屋よ。友奈がそっち行きたいって言ったからこうなったのよ」

 

「止めろよ」

 

「なんでよ。止める必要ある?」

 

「あるだろ......」

 

「俺が嫌だから、とかはナシよ。あんたに拒否権はそもそもないから」

 

「ぐぬっ......」

 

 

 そう言われて勇祐は押し黙る。勇者部において彼に決定権がないのは仮部員となった時からである。これが男1人が他の部員全員が女子という部活に入る意味でもあろう。勇祐が仮部員となって色々と命令できる立場にある彼女らからすれば、勇祐の部内ヒエラルキーが最下位なのも残念ながら当然だろう。

 

 

「ゆうくーん!早く部屋に荷物置きに行こー!」

 

「はいはい。ちょっと待ってくれ姉貴」

 

 

 車から姉が用意した荷物を引っ張り出した勇祐は自分を呼ぶ姉に元へと走っていった。

 その姿を見ながら東郷は夏凜に話しかける。

 

 

「ねぇ、夏凜ちゃん。どう...見える?」

 

「なーんか隠してるわねあの馬鹿。それもかなりヤバい奴。隠すの下手になってない?」

 

「そうよね...。よっぽど知られたくないことか、マズい事かも......」

 

「はいはい、アンタらも探るの止めなさい。そんなもん後でたっぷり出来るでしょ。さっさと荷物置いて海行くわよ海!」

 

 

 険しい顔をしながら話す夏凜の背中を風が叩く。今日の夜には、友奈が勇祐を問い詰める予定だ。その為に結城姉弟部屋を頼んだ、という理由も少なからずある。

 夏凜と東郷も、これ以上仮説で話しても意味はないと思ったのか素直に風に従ったのだった。

 

 

 

 

「ね、ゆうくん」

 

「ん......なんだ?」

 

「ありがと、ね?」

 

「......なにが」

 

「私を、助けてくれた事。ごめんね。不甲斐ないお姉ちゃんで。本当なら、私がもっと頑張らなきゃいけないのに」

 

「.........。全部思い出したのか。あの、葬式の日の事も」

 

「うん...ゆうくんが私を抱きしめてくれたことも......」

 

 

 

 そこで会話が途切れる。途切れたまま歩く2人は何時の間にか用意された部屋に到着していた。

 そのまま荷物を置き、周りを見渡す。海沿いであるこの部屋は、窓側にある広縁から眺めの良い気色が観れるのだ。

 

 なんとなしに広縁に設置されていた椅子に座り、同じ動作で机を挟み、対面同士で座り合う姉弟。実に息の合った行動であるが、実際のところ、彼らの頭の中は混乱の極みの真っ最中であった。

 

 

((気まずい......何から話せばいいか分からない......!))

 

 

 ちなみにこの姉弟、2人きりになると実は会話が少ない方である。

 それはなぜか。何を言わずとも、双子である2人はなんとなくで言いたい事を理解出来るからである。

 それ故に...友奈は、恐らく勇祐が話したくないことを急に打ち明けてしまって、どう話せばいいのか分からなくなっているのだろうと察した。

 逆に勇祐は今まで黙っていた事を思い出した姉にどう接していいか分からなくなっている。

 

 つまるところ、2人は混乱しているのだ。

 さっさと話し合えばいいものを、今まで話し合わなくとも理解出来てきたが故に話を切り出せなくなっているのだ。

 

 外部からすれば、阿吽の呼吸で理解し合う2人を見ている為に『すぐに話し合う事が出来るだろう』と思われがちだ。しかし一旦どちらかが遠慮すると『気を遣わせてしまったからこっちも気を遣おう』などとなり、一気に遠慮の負のスパイラルに陥ってしまうのが結城姉弟だ。

 

 それを理解しているのは勇者部において東郷のみであり、事あるごとに東郷はその場面に介入しているのだが、今回は話があまりにもデリケート過ぎるために東郷自身が介入を避けているのだ。

 

 

((こんな時、東郷さんが居てくれれば......))

 

 

 なお当の本人達はこれである。むしろ東郷の介入を待っているのだ。

 流石に情けないという域まで到達している。

 

 

(言っていいのか...?タタリに触れるところも、全部......姉貴に............?)

 

(聞いてもいいのかな...?たぶん、私が知ったらいけないことまで......)

 

 

 姉にそこまでの覚悟があるのか。弟が嫌がらないか。各人その1点のみを探り合っているが故に、今2人の表情も百面相どころの話では無くなっていた。唸りながら互いの顔を睨み合うというなんとも間の抜けた雰囲気になっている。

 

 

「あのね、ゆうくん。私ね。思い出したんだ。お父さんとお母さんが死んだ事...私が忘れてたのは、ゆうくんが私を傷つけない為に、私を守ってくれたんだよね?」

 

「......」

 

 

 何か言おうとしたした勇祐だったが、先に話を切り出された事で勇祐は押し黙る。

 その後に続く言葉は、勇祐も予想していた答えだ。今まで前兆があったのだ。いつ思い出してもおかしくないと思っていた。それが今来ただけだ、と鼓動が速くなる心臓をなんとか抑えようとする。

 

 

「それでね、えっと...ゆうくんは、覚えてる?あの時のこと」

 

「......あの時、って...俺が姉貴の記憶を忘れさせた時の......?」

 

「そうだけど、もう少し前かな。勇祐くんが病室に来た時の事。私驚いちゃって...一気に目が覚めたんだよ?だってゆうくん、髪の毛が伸びて私みたいになってたんだもん」

 

「ん......んんん!?ちょ、ちょっと待て姉貴。何だそれ。初耳。というか記憶にない」

 

「あれ?だって、へなへなって私が寝てたベッドによろよろーって来たと思ったらバターン!だったんだもん!私が忘れるはずないもん!」

 

「力尽きるように姉貴が寝てたベッドに足を引きづりながらやってきて、そのまま倒れたって訳か。大体辻褄は合うけど...そもそも気絶した記憶がないぞ......?」

 

「んー、ゆうくん凄く疲れてたから覚えてないだけじゃないかな?倒れたんだし」

 

「えぇ...そんな馬鹿な......」

 

 

 緊迫していた空気が一気にしおらしく萎む。友奈と勇祐の記憶が合致していない。どちらかが間違えて覚えているのだろうが、どちらが間違っているかを証明できる存在が居ないのでどうしようもなかった。

 

 

「もしかして、ゆうくんって女の子だったりするの?」

 

「しねぇよ。小5まで一緒に風呂入ってたんだから知ってんだろ」

 

「じゃあアレは......白面の影響か、何か?」

 

「......分からない、けど否定出来る要素はない、な」

 

 

 そこまで言って勇祐は考え込む。勇祐自身、身体も精神もボロボロだった上に自分が間接的に両親を殺した事実を受けて更に酷い精神状態だった。あの場で天の神が何かしらちょっかいを掛けて来ていてもおかしくはなかった。

 

 

「ね、ゆうくん。私、怒ってもないし悲しくもないよ。だから自分を責めないで?私は何があってもゆうくんの味方だから......」

 

『ちょっと2人ともー?いつまで準備してんのよ早く行くわよー?』

 

「「はッ...はい!!?」」

 

 

 そんな2人に風からの声が掛かる。2人も声を合わせて急に部屋の外から掛かった声にドキリとしたのか上擦った情けない声を上げた。

 

 

「......ま、まぁ...後にするか。今はとりあえず」

 

「海、だね」

 

 

 そういうことになったようだ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 さっきはなんとか誤魔化せて良かった。あのままいくと本当に言ってしまいそうだった。タタリだけはなんとかして避けなきゃいけないからな。

 

 かくして、俺は海に至る。

 ご大層な事を言っているが、ただの海水浴場だ。客は疎ら。多い訳でもなければ少ない訳でもなく、そんな海水浴場に年頃の男性グループなど居る訳もないのにパイセンが「ナンパされたらどうしよう!?」などと戯言を言っていたので「ありえん」と素直に言ったら飛び蹴りを食らった。

 解せぬ。左目の眼帯がズレただろうが。

 

 

「あんたってデリカシーない訳!?」

 

「いやデリカシーもクソもナンパするような男居ないじゃん。何処にいるんだよ」

 

 

 ズレた眼帯を直しながら抗議する。デリカシーないからって蹴られる筋合いはないぞ。

 

「いるかもしれないじゃない!私だって今日結構水着選ぶのに時間だって掛けたのよ!?」

 

「......確かに気合入ってるなぁ、とは思ったけどさ......」

 

 

 ちなみにパイセンの後ろには『朝5時からずっと2着のうちどちらにするか悩んでました』というフリップを掲げた樹がなんとも言えない表情でパイセンと俺を見ている。あの表情は諦めてる感じっぽいな。もしかして朝5時から水着選びに樹を付き合わせてたのかこの人。酷い姉だな。うちの姉を見習って欲しい。

 

 

「でしょ!これが女子力ってヤツよ!」

 

 

 そーなのか。へー。棒読み気味で言うのは止めといてやろう。次は回し蹴りが飛んで来そうだ。

 

 

「それよか貴方達姉弟はそのパーカーどうしたのよ。姉弟でお揃いなんて珍しいわね」

 

「あぁ、前に姉貴と一緒に買い物した時に買ってな。よく行く服屋の店長が思わず作っちまったっていうんで買ったんだけど、まぁ姉貴が一緒に着たいって言うからさ。俺のボロボロの身体晒すのもアレだし丁度いいだろ?」

 

 

 腕は隠れてないから下にはアンダーシャツをつけているが、俺が今着ているのは少し前に姉と一緒に買い物をした時に買った半袖のパーカーだ。流石に海に入るときには脱ぐ予定だ。

 

 

「あー...ごめんね勇祐。ちょっと無遠慮だったわね」

 

「むしろ謝るのは俺の方だ。何の説明もしないでパイセン達と敵対して、その結果の怪我だからさ。むしろ俺に土下座しろって言ってもいいんだぜ?」

 

「でも勇祐って私達に危害加えたっけ?夏凜ぐらいじゃないの殴ったの」

 

「樹は投げたぞ?」

 

「......正当防衛でしょアレ。というか明確な敵対意識はなかったでしょ?あの時の勇祐って」

 

 

 まぁそうなんだけど......投げた事は投げたんだし......

 

 

『私は気にしてませんよ!むしろごめんなさい!><』

 

 

 樹が申し訳なさそうにフリップで口元を隠しながら伝えてくる。

 可愛い。小動物か。

 

 

「そう言ってくれるなら、全部水に流す感じでいいのか、な?」

 

「いいんじゃない?私も樹が怪我しなかったし気にしてないからね。そーれーよーりーも!」

 

 

 なんだ、俺に人差し指なんて突き刺してきて。何するんだよ。

 

 

「こんなとこで油売ってないで泳ぐわよ!」

 

「眼帯濡れるんだけど」

 

「はい、これ。水にも強い防水眼帯」

 

「何であるんだ......?」

 

「前に劇で使ったのよね。それが残ってたから丁度いいし勇祐にあげようと思って」

 

「身体の傷とか」

 

「気にしないわよ。そうよね樹?」

 

 

 うんうんと何度も首を縦に振る樹。うーん逃げ場がない。俺の身体が傷だらけなのは入院した頃から知ってんだから気にするんなら海なんかには呼ばねぇよな。

 

 

「しょうがねぇなぁ。んじゃ、沖まで競争でもすっか?」

 

「良いわね!望むところよ!」

 

『頑張ってください!』

 

 

 樹に応援されながらパーカーとアンダーシャツを脱いで海まで走る。

 

 

「あっ、コラ!先走ったわね!」

 

「早いもの勝ちだぜ!お先に!」

 

 

 ふははは!勝てばよかろうなんだよ!勝ったところでなにもねぇけどな!だが勝った時は凄く気持ちいいし気分がいい!例えそれがパイセン相手だろうと容赦はしない!

 

 

「あっゆうくん達ズルい!私も競争する!」

 

「何面白そうなことやってんのよ!私も混ぜなさい!」

 

 

 そこに姉と三好までやってきた。いいぜ...俺が1番速いってところを見せてやる!

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 駄目でした。

 いやー普通に忘れてたよね、俺って今死にかけだって。流星使わなきゃ100mもまともに走れないんだったわ。

 沖まではなんとか頑張ったけど体力が尽きて溺れかけた。東郷を介助してた人がライフセーバーじゃなきゃほんと死んでたかも。

 

 

「ゆうくん大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないかなぁ......。ちょっとしんどい」

 

「勇祐くん、体力あったわよね......?ハッ、大赦から拷問を.....!?自白剤を!?」

 

 

 されてない。打たれてない。割と洒落になんないからそういうこと言うのやめろ。

 

 

「えっ!?ゆうくん何を自白したの?もしかして小学5年生まで一緒に寝てたとか?」

 

「おい、馬鹿、やめろ。なんで急にそういうこと言い出すんだ姉貴」

 

 

 黒歴史を唐突に言いだすのはやめろ。東郷の顔が...あぁ、恍惚な表情になってる。こいつはなんで俺ら姉弟の事となるとこうもポンコツになるんだ。俺単体だと殺しかけたりしてくるのに。

 

 

「その間に挟んで欲しかったわ......」

 

「嫌だけど......」

 

「2人の間がいいの!友奈勇祐から放たれる結城磁界が私の足を治すかもしれないのよ!最高のパワースポット、もしかしたら神樹様より御利益があるかもしれないわ!1回だけ!1回だけでいいから!」

 

「......何を息巻いて熱弁してんだ、お前は。若干引くぞ」

 

 

 姉も「一緒に寝るぐらいはいいよ?」って顔で首を傾げるのやめなさい。東郷はそういうの勘違いして性的な方向に持って行くから。

 

 俺も入院生活の時に調べなきゃ、ここまで気付かなかったんだろうなぁ......なんだか汚れた気分だ。ちょっとげんなりする。

 

 

「ほら、スポドリ。疲れてるフリならぶん殴るわよ」

 

 

 そんなツッコミを心の中でしつつも苦しそうに、いや実際苦しいんだが。荒い息をする俺に三好がスポドリを買ってきてくれた。

 

 

「サンキュ三好。この姿見て疲れてるフリだったら、俺は俳優になれるぜ......」

 

「......確かに、今のアンタは瀕死ね。あんま無茶したら...駄目だから」

 

「まぁ......善処する」

 

 

 出来ないんだよ、とはもう言えないな。こりゃあ寿命の話したら真剣で叩き斬られるどころじゃなさそうだ。しかし言っとかないとなぁ。

 

 

「じゃ、この馬鹿は放っといて遊びに行きましょ友奈、東郷」

 

「でも勇祐くんの看病は...」

 

「俺はいいから遊んで来いよ。折角海に来たんだしさ」

 

 

 申し訳なさそうな東郷と姉を三好と一緒に追いやる。まぁあの三好の事だ。明らかに様子がおかしい俺を見て、色々察しているのかもしれない。

 

 

 いやだがしかし、このまま遊ばなくてもいいのだろうか。

 どうせ死ぬ命だ。そのうち大赦に俺は拉致られて生贄か何かにされえるようだ。死ななきゃならない命を有効活用する為に俺が『使えよ』と言った結果だった。

 だから、もう少しぐらい身体に負担を掛けてもいいかな。

 

 そう思って立ち上がったら三好に木刀を投げられた。俺の足元、右足の親指から1cm先の砂浜に突き刺さる木刀と三好からの「それ以上動いたら殺す寸前までボコボコにするから休んでろ」というドスの効いた声を受けて、俺は叱られた子犬のようにパラソルの下で体育座りするしかなくなったのだった。

 

 

 



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第24話 それは夏の思い出になるはずだった話

年度末なんて消えて無くなってしまえ......(疲労困憊)
また暫く更新が遅くなると思いますがゆっくり待っていてください......


 

「東郷、なに作ってんだそれ」

 

「琵琶湖よ」

 

「......どこにあるんだよそれ」

 

「滋賀県」

 

「......いや、ほんとにどこだよ......」

 

 

 東郷が砂浜に作っていた長細い水溜りはどうやら湖らしい。

 後に聞いた話だが、滋賀県とは今はもう炎に包まれた外の世界にあった土地の名前らしい。

 日本で1番大きな湖だったんだとか。

 

 

「けどなんで急に作り始めたんだ?」

 

「お城とか作り飽きちゃって...。それで次は何を作ろうかと思ってピンと来たのをね」

 

「そういえば幼稚園児相手に砂場で城作ってたもんなぁ。園児達も凄いけど違いが分からないって言ってたっけ」

 

 

 それにしてもピンと来たから湖って、どういう感性してんだ。中々ないぞ、城を作り飽きたから湖って。

 

 

「山の方が良かったかしら?」

 

「そう言うんじゃないけどさ...お前なら最初に戦艦って言うと思ってたんだけど......」

 

「......戦艦はね、凝り過ぎるのよ...。作り始めたら3徹は確定するわ」

 

「あぁ......なるほど」

 

 東郷は凝り性だもんなぁ。城だってそうだし、もっと好きな物になったら凝り過ぎるのも分かる。

 

 

「......そろそろお昼時だし、何かメシ買ってくるよ。何か食いたいものあるか?」

 

「......焼きそば、かしらね。お願い出来るかしら?」

 

「ん、分かった。んじゃ、姉貴達にもなにがいいか聞いてくる。東郷はちょっと待っててくれ」

 

「分かったわ。よろしくね勇祐くん」

 

 

 流石に園子の事を聞く雰囲気じゃなかったから後にしよう。

 さて姉達は...と。

 

 

「おーい姉貴。そろそろ昼飯にしようぜ」

 

「はーい!」

 

 

 砂山崩しをしていた姉が元気良く声を出す。相手は三好だったようだが、三好が頭を抱えて蹲っている辺り、姉に何度も負けたようだ。

 三好は聞こえてるか知らんが、まぁエナドリさえあればいいだろ。煮干しとサプリで適当に代用するだろうし。

 

 

「勇祐ー。私焼きそばパン、10秒ねー」

 

「パイセンには黒焦げのやつ買ってきてやるよ」

 

「それ買ってきたら承知しないわよ?」

 

「だったら余計な事言わねーこった。樹はどうする?」

 

『焼きとうもろこしとイカ焼きで!』

 

「おっ、いいわねそれ。じゃ私も樹と同じの追加でー」

 

 

 姉と三好の砂場崩しをゲラゲラと笑いながら観戦しているパイセンとその戦況に若干引き気味の樹の注文も受け取る。

 というかパイセン、既にうどん食ってんのにまだ食うのか。空き皿の数を確認するとなんと今食べている分で5皿目。その割にお腹は表面上は膨れていない。どこに行ってんだ食べたものは......ブラックホールか?ははは、あの場所思い出して笑えねぇ。

 

 

「ん、了解。んじゃあ買ってくるわ」

 

「ゆうくん待って!もう少しで終わるから!......夏凜ちゃん、もう諦めた方がいいよ?もう次触ったら崩れるようにしてあるし......」

 

 

 砂場崩しも中々にエグい戦況になってるな......真ん中に刺さっていたであろう棒の周りにはほぼ砂が無くなって、少しでも振動が加われば棒が倒れるぐらいの砂の量しか残っていない。

 もう少しぐらい手加減してやれよ姉。昔から勝負事には全力なのは知ってるけどさ。

 

 

「ま...負けました......」

 

 

 結局、三好が少し触っただけで棒が倒れたところで三好は涙目で負けを認めたのだった。

 一体何回勝負して何回負けたんだろうか。ちょっと怖いから聞きたくない。

 

 

「よし、おーわり!ゆうくん一緒に行こ!」

 

「特に悪意もなくやってのけるんだから凄いよな姉貴......」

 

 

 姉の勝負事で1番質が悪いのは、良くも悪くも相手を選んで勝負する事だ。たぶん樹相手だったらここまでボロ負けさせる事はないだろう。三好だからこそ『心が折れてもまぁ大丈夫』という匙加減になる訳だ。

 ちなみに俺相手だと接戦をしたがる。俺が出来ない事だと出来るまで付き添うという看護付きでだ。

 

 

「ねぇねぇ、ゆうくんは何食べるの?」

 

「んー、悩んでんだよなぁ。何がいいかな」

 

 

 海の家の販売口まで来た俺は、未だ決められていない自分の分の昼飯で悩んでいた。砂浜側に設置された鉄板の上では焼きそばが踊り、すぐ近くの金網には肉串と焼きとうもろこし、焼きイカが香ばしい匂いを放って鼻孔を擽ぐる。

 

 

「いらっしゃっ......って勇祐さんじゃねぇっすか!お久しぶりっす!」

 

「ん......?あぁ、お前か。久し振りだな。どうやら元気にしてたっぽいな」

 

 

 店番をしていた金髪の日焼け少年は以前俺が居た不良グループに居た奴だった。こんなところで出会うとは。

 

 

「友奈さんもお久しぶりっす!あの時はお手数お掛けしてすいませんっした!」

 

「あっ!あの時のゆうくんに絡んでた不良くんだね!ごめんねあの時殴っちゃって」

 

 

 そういえばそんな事もあったな。理由は忘れたけどワンパンKOされたんだっけ。あれ以来姉が不良達から尊敬の眼差しで見られるようになってグループの解散もスムーズに出来たんだったな。やはり姉は女神か何かかもしれない。

 

 

「チーム解散してからは、勇祐さんの助言通り親孝行してますよ!たまーに嫌になることはあるっすけど、店番も中々楽しいっす!」

 

「んだからアレはチームじゃ...まぁいいけど、店番ってことは両親がやってる店ってことか?」

 

「そうっす!なんで勇祐さんでも多少量はオマケ出来ても安くは出来ないっすよ!」

 

「別に安くしてもらう気はねぇよ。それより、なんかオススメある?」

 

「んー、1番人気はうどんっすねぇ。さっきも可愛い女の子が山ほど買っていったっす」

 

 

 あぁ、パイセンだな。名前出されずとも分かる。あの人ほんとこういう時は目立つな。大食い大会に出てもいいんじゃないか?

 

 

「でもおススメならコイツっすね。ウチの親父が徳島出身で、これがまた美味いんすよ!どうっすか?」

 

 

 そう言いながら指差すメニュー名がデカデカと書かれた看板には、普段見慣れない文字が踊っていた。

 

 

 

 

「うどんじゃない麺類は邪道よ」

 

「美味けりゃ食べ物に下賤なしだぜパイセン。実際、初めて食べるけど美味いぞ?徳島ラーメン」

 

「くっ...正論......!だがしかし、女子力たるうどんを手放すわけにはッ!」

 

「別に食えって要求してるわけじゃないんだしさ......」

 

 

 がるるる、と唸るパイセンを横目にオススメされた徳島ラーメンを啜っていた。濃厚なスープが麺に絡んで凄く美味しい。ここまで濃い麺類を食べたのは初めてだ。カップラーメンぐらいしかラーメンという食べ物を食べたことなかったが、中々に良いものだな。リピート確定だ。

 

 

「そういえばしずくもいっつも徳島ラーメン食ってたっけ」

 

 

 しずくが食堂の昼飯には徳島ラーメンを食べていた事を思い出した。あの時はずっと栄養ドリンクとゼリー飲料を啜る生活だったから割と羨ましかったんだよな。オススメされたのとは別に、これが徳島ラーメンを昼飯に選んだ理由だったりする。

 

 昼飯と言えば、楠の食べ合わせだけは顔を顰めた。なんだあの栄養ドリンクと牛乳と野菜ジュースを混ぜた飲み物にヤサイマシ肉マシうどんって。あんなに天高く盛られたもやしとキャベツは初めて見た。

 

 そして目の前にも偏食気味の三好が居る。似た者同士だな三好と楠は。今もエナドリと煮干しとサプリをポテチ感覚で貪ってるし。

 

 

「何よ?」

 

「いーや、別に。何もない」

 

 

 うん。何もない。そういうことにしといてくれ。お前が楠の事を知ると色々面倒だから。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「待て、なんで家族風呂なんて予約取ってあるんだ」

 

「だって私達家族だよ?」

 

「そういう事を言いたいわけじゃない姉貴、一体誰の差し金......東郷、貴様か」

 

「ふふふ、私は友奈ちゃんと勇祐くんが仲良くイチャイチャしているところが三度の飯より好きな女の子。さぁ、楽しんでくるといいわ!」

 

「お前さ、俺が中1の頃に避けてたのそういうとこだぞ」

 

 

 ちょっと攻めっ気のあるあの眼も良かったわ!とか言ってんじゃねぇ。なんで急にお前が攻めて来てるんだ。ど変態にも程があるだろうが。

 

 

「まーまー。勇祐も暫く居なかったんだから2人仲良く入って来なさいよ」

 

「待て、待って。お願い。引っ張らないで、頼むから。樹もパイセンも俺の両腕を掴んで引っ張るな。おい三好、お前は何しようと......」

 

「アンタ、こんなに力弱かったっけ?まぁ抵抗しないってんなら話が早いわ。とっとと友奈とお風呂入って来なさい!」

 

 

 いってぇ!!俺が抵抗出来ないからって背中蹴り飛ばす奴があるかよ!クッソ痛ぇじゃねぇか!

 

 

 

 

「くそ...三好のやつ本気で蹴り飛ばしやがって」

 

「あはは...夏凜ちゃんも中々に容赦ないもんね」

 

 

 背中を擦りながら、俺と姉は正面同士になりながら少しだけ広い湯船に浸かっていた。

 夕方、海で散々遊んだ俺たちは真っ先に風呂に入りに来た訳だが、どういう訳か家族風呂が予約してあった。しかも結城家という名前付きで。

 正直馬鹿なんじゃないかと思ったし、実行犯である東郷の正気を疑った。

 全力で拒否した俺だったが、ボロボロになってまともに力を出せない身体では女子の腕力にしら勝てず、あえなく蹴り込まれたと言う訳だ。

 

 

「えっと...そんなに嫌、だった?」

 

「嫌じゃねぇけどさ、やっぱり思春期の男には恥ずかしいもんなんだよ」

 

 

 実を言うと防人たちの風呂に突入してしまったりされてしまったりの話があったりして、その事で余計に考えてしまったりしている影響もある。

 いくら姉弟だろうと、恥ずかしいものは恥ずかしいのが1番なのだけど。

 

 

「久しぶりだもんねぇ」

 

「そうだな」

 

「ね、ゆうくん...体の調子はどう?」

 

「ん......最悪。正直生きてるのが不思議なぐらい」

 

「そっか...」

 

 

 ちゃぷん、と姉の身動ぎに合わせて水音が鳴る。

 近くの海岸から聞こえる波打ち際の音と湯船に湯が流れるだけの静かな時間が家族風呂に流れる。

 

 

「正直さ、何を話していいか分かんないんだ。俺らの悪い癖だな。話さなくても大体分かるからって肝心な事は話さず、察してくれってなる。そうして悪い方に進んでいって......」

 

「大体のことが言わずとも大体上手くいっちゃうから余計にね...。私もそうだなぁ、ゆうくんや皆に迷惑かけたくないからって抱えちゃうもん」

 

「だな...俺もだ。やっぱ双子ってこういうところが似るのかもな」

 

「あはは、そうかもね。でも、ゆうくんはやっぱり話してくれないの?」

 

「やっぱり、話せない。ごめん、姉貴。俺は...悪い弟だよ」

 

「いいよ、謝らなくても。悩んだら相談......って言いたいけど、悩んでなそうだもんね今のゆうくんって。昔は泣き虫だったのになぁ」

 

 

 悩んだら相談、の段階などとっくの昔に過ぎている。今更相談したところで状況が良くなるはずもない。だから俺は結局自分の寿命だとかその辺の話を一切しないことに決めた。

 

 そして俺は、まるで逃げるように死んでいく訳だ。姉の言う、泣き虫だった頃の俺と何も変わらないそのままの成長していない結城勇祐のままで。

 

 

「泣いて帰ってきて、でも次の日にはケロっとしてて、次は傷だらけになって泣きながら帰ってきて。そうやって昔から、私には話してくれなくて......」

 

「ごめん」

 

「責めてるわけじゃないよ。私だって、誰かに話してどうしようもないなら、自分だけで済むのなら自分で抱え込んじゃうし......」

 

 

 結局、俺たちは似たもの同士......いや、双子なんだから当然か。俺も姉も、同じように抱え込むタチだ。

 たぶん姉も、俺と同じように誰かに話せばタタリが感染する状況に陥れば、俺と同じように誰にも言わず、1人で抱えていくのだろう。

 

 

「だから約束。ちゃんと、無事に、帰ってきて?」

 

 

 姉が指切りをするように、右手の小指を出してきた。

 2度目の約束。前回はともかく、今度は絶対に守れそうにない約束。その小指に、自分の小指を重ねるのか。嘘を、つくのか。

 今まで姉に対してしたことのない嘘を。

 

 

「あぁ......約束、する」

 

「うん!ゆーびきーりげーんまん!」

 

 

 分かってるだろ、言わなくても。

 俺は今酷い顔をしてんだぞ。くしゃくしゃになって、声だって強張ってんのに。

 なのに、なんで......。

 

 

「うーそついたら針千本のーます!」

 

 

 そんなに、笑顔で......約束出来るんだよ。

 

 

「ゆーびきった!」

 

 

 その言葉と共に離れていく姉の小指はまるで俺に俺を案じる祈りという名の呪いを植え付けられたかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 お風呂から上がった勇者部一行は用意された豪華な食事に舌鼓を打ち、会話に華を咲かせた。終始、勇祐のテンションが低かったが「疲れている」だけらしい。食事を済ませた彼はそそくさと自分の部屋に戻ろうとしたが、風の「疲れてるんならここで寝ちゃいなさいよ」という鶴の一声で全員一緒に寝ることになったのだった。

 

 

「いや、なってない、なってないぞ」

 

『どこに向かって言ってるんですか......?」

 

「つべこべ言わずに寝るわよ?」

 

「どうしてこうも俺の人権は否定されるんだ......!俺はただゆっくり寝たいだけなのに!」

 

「寝させたげるわよ〜?」

 

「嘘つけ!その顔してるパイセンに今までどれだけの無茶ブリされてきたと思ってんだ!」

 

 

 やんのやんのと騒ぐ犬吠埼姉妹と勇祐。本当に疲れているのか、勇祐の対応も少しだけイライラが混ざっているようだ。

 

 

「うっさいわよ勇祐。もう素直に諦めなさいよ」

 

「煩くさせてんのは誰だよ......」

 

 

 夏凜の言葉に溜息を吐きながら答えた勇祐は頭をガシガシと掻きながら立ち上がった。

 

 

「どこ行くのよ」

 

「トイレだよ」

 

「部屋の使いなさいよ」

 

 

 夏凜が指差すのは旅館の部屋には大抵入口脇に設置されているトイレだ。例に漏れずこの部屋も設置してあるが、勇祐はその提案にしぶい顔をする。

 

 

「......流石に、嫌だろ」

 

「あー、ごめん。私の配慮が足りなかったわ......」

 

 

 お腹を摩りながら苦虫を噛み潰したような顔をする勇祐見て、流石に察したのかバツが悪そうに謝る夏凜。

 何がどう駄目なのか不思議がる樹と友奈のふわふわコンビが居たが、あまりシモの話をするのも悪いと思ったのか勇祐もそのまま廊下へと出て行った。

 

 

「あー...やっべ......流石に、きついわこれ」

 

 

 部屋を出るなり、顔に玉のような汗を流し始めた勇祐。よろよろと壁伝いに廊下を歩いて行き、たった数十メートルの距離を歩いただけで体力を使い果たしたかのように荒く息をしていた。

 

「おぶぇ...おえぇ......!」

 

 

 トイレに着くなり、彼は洗面台に向かい、食道で押し留めていた血を吐血した。

 びしゃびしゃと洗面台が赤黒い液体で染まっていく。ガクガクと震える足を気力で抑えながら、勇祐は吐き続ける。

 診断では、内臓は焼け爛れていると言う。骨も筋肉もボロボロで生命維持など以ての外な状態で、生きているのも不思議なほどらしい。息をする事すら本来は苦痛であるはずだが、痛みを感じなくなっているが故に勇祐は生きていられる。

 

 肌に異変が現れていないのは不幸中の幸いか。それとも無意識に流星を使って治しているからか。『自分自身すら信じられなくなっている』勇祐には、それを確かめる術はもうどこにもない。

 

 

「ハァ......ハァ......!」

 

 

 荒く息をしながら心臓を鷲掴むように胸を掴む勇祐。体力はもはや限界だった。立っているだけでも目眩がする程に辛い。痛みはないが故に、体全体が重く息苦しい。常に全力でマラソンした後のような気怠さが全身にのしかかるようだ。

 

 

「姉貴......やっぱ呪いだぜ、さっきの......」

 

 

 この旅行が終わってしまえば、勇祐はさっさと死んでしまい予定だった。それが今となって「まだ死ねない」という想いが強くなってしまっていた。

 勿論、芽吹達の防人との交流。更に勇者部と過ごした今日1日。それら全てが勇祐の悔いとなって心の中に残ってしまっていた。

 

 最初から、やり残した事は山程あると自覚していて、『楽には死ねそうにない』と理解していた勇祐だったが事ここに至って、姉で半身とも言える友奈から『無事に帰ってきて』という呪いと言う名の祈りを受けた影響で、寿命を引き延ばそうと身体が無意識に流星を使い続け、体力を激しく消耗しているのだ。

 

 出来る限り、1秒でも長く生きるために。

 勇祐の体力がなくなり、身体を巣食うタタリから受けるダメージも治せない。勇祐はそこまで衰弱している状況なのだ。勇者部や姉の前では気高に振舞ってはいるが、それこそやせ我慢なのである。

 

 

「くっそ...ここまでしんどいのは想定外だな......」

 

 

 汚した洗面台を洗いながら独りごちる。最早自分の目的意識すら揺らぎ、もはや彼はただ死を待つだけの存在と成り果てている。

 思考する力すら失いかけている勇祐は、最早『何時の間にか思考が誘導されている事』にすら抵抗出来なくなっていることにすら気付いていないのだ。

 

 いつからだろうか。彼が『死にたい』と思い始めたのは。

 恐らく、最初は大橋の惨事後。両親が死に、友奈が入院したと知った瞬間であろう。

 それまで、ただ生きたいと思う少年だった。理不尽な運命に飲み込まれながらも姉である友奈と、家族と一緒に暮らしたいと思う少年だったのだ。『精神的に揺さ振られた大橋の惨事という事件』さえ無ければ、彼は「死にたい」と思うことすら無かっただろう。

 

 

「とにかく、部屋に戻ろ......ん?」

 

 

 勇祐のスマホから着信音が鳴る。画面を見れば『非通知』の3文字。今の彼のスマホに電話を掛ける存在など少ない。勇者部はNARUKOを使っているし、クラスメイトの連絡先など交換すらしていない。あとは不良グループか大赦関係からだが...どちらにせよ、非通知で着信が来ている以上は良い話ではないだろうと勇祐は確信していた。

 

 

「......もしもし?」

 

『あは...やっと出たね、ゆっきー?』

 

 

 訝しみながら電話に出てみれば、低い、ねっとりとした狂気を滲ませる声。そして今や呼ばれる筈もない昔の愛称。最早、愛称で呼び合う事も出来やしない関係であるにも関わらず、そうやって呼んでくる事に悪意を感じつつ、勇祐も反撃した。

 

 

「そのっちも、アレだけ泣き叫んでた癖に元気じゃねぇか」

 

『............チッ。やっぱりムカつくよ。お前は』

 

 

 本来の性格からは似合わぬ舌打ちをする園子。それに対して勇祐の対応は酷く冷たく白いものだ。

 

 

「自分から喧嘩売っといて何言ってんだ。俺も暇じゃねぇんだ。煽りたいだけなら切るぞ」

 

『ふーん、いいんだー?明日には連れて行くから最期にお姉さんに挨拶しときなよって忠告してあげようと思ってたのになぁ?』

 

「......言ってんじゃねぇか。まぁ、いいけどさ。連れてけよ。どうせそっちが圧力掛けて早まったんだろ、俺の生贄の儀式、いや......処刑の方が正しいか?」

 

 

 本来であれば1月以上先に行なわれるはずだった儀式の為に明日には連行されるという衝撃の事実だっただろうが、勇祐にとっては都合の良い展開でしかなかった。

 

 

「......なに、その反応は......?」

 

「大赦はもちろん、春信さんにも言ってなかったけど、今のままだと明日明後日には死ぬぜ俺。どうせ神樹から受けた神託で俺の寿命は3ヶ月っていう情報で止まってんだろ?それで態々俺の電話番号調べて、態々非通知で煽りに来た訳か。はははは、笑えるな。大赦が勝手に進めるものを意気揚々としゃしゃり出てきたのか?良かったじゃねぇか。さっさと俺を殺せるぜ?」

 

「お前......!」

 

 

 ケラケラと笑う勇祐に、電話越しからでも伝わる鋭い殺意を隠さない園子。

 

 

「まぁ...いいけどね。そういう事ならこっちも都合良いから。............お別れなんて、させてやるものか。お前の唯一の家族も、私と同じ気持ちを味わえばいいんだ」

 

 

 園子の恨み節の後、電話は即座に切れた。

 

 

「......。なんだったんだ?」

 

 

 電話が切れ、ホーム画面に戻ったスマホを手に、勇祐は首を傾げた。

 その直後、後頭部に鈍い感触が走り、そこで意識が途絶えたのだった。

 

 




※録音開始※

※発信音※


「勇者様には、病院で治療する為に緊急搬送した...と伝えました。えぇ、つつがなく。勇者様も、ヤツの体調不良を察していらっしゃったようで疑いもあまりなく確保出来ました。ただ、東郷様のみ疑い深く......はい、そうです。はい...はい。私ではとても......。承知致しました。全ては人類存続の為に」


※通話終了※

※録音終了※




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第25話 それは300年戦い続けた者の残滓

案外早めに書けました。心配してくださった方々には感謝しかありません。UAもお気に入りもどんどん伸びていっているのも読者の皆様のお陰であります。これからもどうぞお付き合いくださいませ。


 

「護盾隊構え!国土亜耶を中心に展開!銃剣隊は銃撃に暇を作らないで!」

 

 

 壁の外。そこは防人達32人と巫女である亜耶がとある任務の為に、バーテックスとの生存競争の真っ最中であった。

 

 

「目的地に到着ですわ!」

 

「皆!ここからが正念場よ!調査が完了するまで国土亜耶を命を掛けて守りきるわ!全員、気合いを入れて!」

 

 

 芽吹の声に31人の防人が声を張り上げて答える。

 

 

「しかし本当に花が咲いてやがったなァ...」

 

「ゆう......いえ、白面が調査の時に付けていたカメラ映像を分析したら花が画面端に写っていたと聞いたときは疑ったけど、まさか本当だったとはね......」

 

 

 シズクの言葉に、芽吹が答えた。

 彼女達は今、この地獄とも言える大地に咲いた一輪の花の調査に来ていた。普通ではあり得ない事態に、彼女たち防人が急遽駆り出されたというわけだ。

 

 

「亜耶ちゃん、何か分かった?」

 

「......もう少しお待ちください......」

 

 

 ただの調査であれば亜耶の出番はなかった。しかしこの花が一体何なのかその場で調べる必要があったのだ。

 芽吹達のバイザーに搭載されたカメラから送られる情報を大赦職員が精査するだけでは解読は出来ないとの判断だった。

 かといって芽吹達にはその『謎の花』を調べられるだけの知識も技術もない。そこで、少なくとも神樹の花かどうかを判断出来る亜耶が選抜された訳である。

 

 当然、芽吹達は猛反対したが、自分達が知識を学び、技術を会得する時間もないという説明があった。そう説明されれば不承不承ながらでも従う他がなく、命を掛けてでも亜耶を守ると誓い、こうして円形陣を組んで亜耶を守っている。

 

 

「......神樹様のお力...?いえ、これは似てはいますが、どちらかといえば天の神側に近い性質が......」

 

 

 亜耶も芽吹達の努力を無駄にしないように必死になってその花について調べる。

 まるで桜の花でありながら、『4つ』の花びらの一つ一つが別の花のものであるという歪さは、まるで神樹が勇者たちに力を与えているという縮図のようにも見える。

 そして地面には、抜け落ちたかのように枯れ掛けの桜の花びらが1つ落ちていて、灼熱の大地に焼かれていた。

 

 だが亜耶が感じ取った神聖さは真逆そのもの、天の神のものであった。

 灼熱の大地から伸びる枝は黒く染まり、今にも花を侵食しそうに見える。

 

 

「この歪さ......どこかで......」

 

 

 亜耶はこの花に、白面の面影を感じた。

 だが仮に彼だとしても、少なくとも彼にはこの花を埋めるだけの力はない事を亜耶は知っていた。

 この花びらが勇者であるというのならなぜ桜の花のようで、そうでないのか。桜の花びらだけ抜け落ちて、枯れかけているのかが分からない。

 

 曖昧に咲く花だが、1つだけ亜耶も分かることがあった。まるでこの花が訴えかけているように亜耶は思えたのだ。

 

 

「不味いよメブ!あれを見て!」

 

「バーテックス!?」

 

 

 その訴えかけている言葉が少し聞こえてきた時、叫び声に近い唐突な雀の声が耳に届き、飲み込まれ掛けていた意識を取り戻したのだった。

 

 

(いま...の、は......?)

 

 

 灼熱の大地の上に立ちながらも、亜耶は背筋に冷たい汗が流れる感覚を味わった。

『何を言いたいのか気になる』という意識を『誘導』し、意識を奪おうとする。まるで捕食しようとする食虫植物そのものだ。

 だが亜耶は恐怖を感じつつも、その花に脅威を覚える事はなかった。むしろ......。

 

 

「シズク!新兵器の出番よ!亜耶ちゃん!」

 

「は、はい!!」

 

「調査中止!撤退するわ!」

 

「ま、待ってください!この花を...持ち帰ります!」

 

 

 亜耶はこの花を助けたくなった。

 こんなに黒く染まっているのも、攻撃的なのも全てはこの大地に根付いているから、と考えたからだ。

 そして、憐れみを感じたのだ。

 この花はきっと誰かに救って欲しいのだと、亜耶は感じ取ったからだ。

 

 その亜耶の言葉を聞き、今すぐにでも撤退しようと考えていた芽吹は、一瞬否定しようと考えたが見つめてくる亜耶の目を見て瞬時に考えを改めた。

 

 

「回収まで何分掛かる?」

 

「5分、いえ...3分ください!まずこの茎と根を浄化しなければいけません!」

 

「よし、全員聞いたわね!3分間国土亜耶を死守するわ!2番は指揮を受け継いで!3番から6番及び弥勒夕海子は陣の外側で星屑と戦闘を許可!私と山伏シズクでバーテックスを引き受ける!その他は陣を維持して国土亜耶の死守よ!」

 

 

 的確に指示を飛ばしていく芽吹を見て、亜耶も気合いを入れるように自分の頬をピシャリと叩き、花に向かって祝詞を唱え始めた。

 

 

「いい!?全員生き残り、尚且つ国土亜耶の死守!指一本触れさせないで!全員、行動開始!」

 

 

 最後の言葉と共に、2番の番号を持つ指揮型防人の少女が芽吹と流れるように指揮を代わり受ける。伊達に芽吹に続く番号を持つ少女ではないのだ。的確な指示と狙い撃つ銃撃は芽吹に勝るとも劣らない。

 指揮官型防人の番号3番から6番の4人が盾の周りに飛び出し、星屑を攻撃していく。

 

 そして芽吹とシズクも円形陣から飛び出し、近付いてくるバーテックスと対峙する。形からしてあの悪名高いスコーピオンバーテックスだと判別出来た。

 

 

「復活にしては早い...急場凌ぎの未完成バーテックスのようね。シズク、準備はいい?本当ならもっと連携を訓練すべきだったけど時間がないわ。なんとしても5分以上は持たせるわよ」

 

 

 だが復活があまりにも早い。ならば御霊を備えていない未完成のバーテックスだろう、と芽吹は事前に聞かされていた知識から推測を立てた。

 

 

「へへっ、5分と言わずにこんなヤツぶっ殺しちまってもいいんだろ?あの仮面野郎に比べりゃあ、威圧感もクソもないぜ」

 

「倒す気で行かないとやられるけど、体力を消耗し過ぎたら撤退時が怖いわ。万全を期すには訓練通り、『守りの形』で凌ぐ。その為の貴女用の盾と『大型射撃槍』よ」

 

 

 亜耶は3分と言ったが、時間がそれ以上に掛かる可能性もある。それ以上に撤退するにしてもこのバーテックスから本隊を離さなければいけない。

 全員生還。それが大原則だが最悪は避けなければいけない。その最悪の可能性を出来る限りゼロにする為の『5分間』だ。

 

 そしてただ1人、山伏シズクのみ装備を許された武装があった。

 それはまさしく、白面が使う武装である『大楯』と『パイルバンカー』そのものである。それを防人が使えるようにある程度パワーダウンした物がこの試作型の武装であった。

 左手には護盾型防人が扱う盾を小さく加工した『個人用大楯』に、パイルバンカーを研究して開発された防人用杭打ち機『大型射撃槍』。

 しずくとシズクの性格の入れ替えが、シズクが負けじと勇祐に何十回も挑みにいった影響で容易になったお陰で使用許可が降りた代物だった。

 

 芽吹も扱う事は出来るが、手数を武器とする彼女にとって一撃必殺の武装はシズクより不得手であった。なので、試験において1番扱えた防人であるシズクが選ばれたのだ。

 

 

「本来は攻める武器なんだけどなァ」

 

「今回は初の実戦での試験運用も兼ねてるの。我慢しなさい......さぁ行くわよ!」

 

 

 

 芽吹とシズクがバーテックスとの戦闘を始めた頃、亜耶もまた戦っていた。

 

 

(祝詞を詠み上げても言う事を聞いてくれない......!)

 

 

 浄化の祝詞を詠み上げる亜耶だが、花自体が祝詞を嫌がるようにその身を震わせているのだ。そして、まるで子供が駄駄を捏ねるかのように、花の無邪気で黒い感情が亜耶に襲いかかる。

 

 

(大丈夫ですよ......私は、貴方の味方です。だから......貴女を私に救わせてください......!)

 

 

 亜耶はそれを避けず、必死に受け止める。言葉が通じると信じている。『彼女』が心を開いてくれると信じている。

 だから必死に自分は味方だ、と伝え続ける。

 

 

(貴女の名前は分かりません。貴女の過去も、何も、私は知りません。ですが、貴女は幸せになっていいのです。人は誰しも祝福されて生まれてきて、神樹様に祝福されて死んでゆきます。もし貴女が祝福されずにその命を落とされるなら...私はそれを救いたい!)

 

 

 亜耶の言葉は、花には伝わらない。彼女の死生観、理論は全て神樹あってこそのもの。なら神樹を信じていない者にならどうか。信用が無い者が話す言葉など誰が信じるものか。

 

 だが言葉は伝わらずとも、亜耶の心は伝わる。

 悪意にも似た感情に包まれながらも、膝を地面につき、その足を地獄の業火のような熱に焼かれようとも、彼女は必死にその花の為に祈り囁き続ける。

 心に直接訴えかけるのがこの花の会話方法だとすれば、国土亜耶の全てを愛する無償の愛、全てを肯定し、全てを受け入れる心に触れたら彼女の献身を知らぬ存ぜぬで済ませられる筈がなかった。

 

 

(お願いです...名も知らぬ貴女......。貴女に、幸せを......!)

 

 

 そしてこの献身に似た行為を、花は知っていた。懐かしい、300年前の記憶。

 決して思い出せないと思っていた、ほんの僅かながらの楽しかったという想いの記憶。

 

 

 

 花にとっては、それだけでよかった。

 

 

「くっ...5分経ったわ!亜耶ちゃんまだ!?もう持たないわ!」

 

 

 本来の制限時間3分を経過しても亜耶は祝詞を唱え続けていた。周りの喧騒すら聞こえないほどに。だから防人達は必死に守るしかなかったが、花を抱えた亜耶がその場に立ち上がり、息を吐き出した。

 

 

「......。申し訳ありません皆さん、今......回収が終わりました!」

 

「よし!総員撤退開始!信号弾、赤と白を装填!撃て!」

 

 

 芽吹から指揮を受け継いだ防人が信号弾を打ち上げさせる。赤と白は『撤退開始』の合図だ。これでバーテックスを遠く引き離した芽吹とシズクにも伝わる。

 

 

「弥勒さん!貴女は亜耶ちゃんを背負って!雀!貴女は2人の護衛を!一切の攻撃から守りなさい!」

 

 

 亜耶は灼熱の地面に膝をついたことで軽い火傷を負っていた。それでなくとも精神力を酷く消耗したのか顔色が悪く、息が荒い。彼女はそれを瞬時に見抜き、芽吹達の元へ飛び出して行きそうな夕海子と雀を指名したのだ。

 

 

「了解ですわ!」

 

「わ、分かったけど!やらなきゃヤバいっていうのは分かるけど!メブ達の方がヤバいよ!絶対に!」

 

「承知の上です!ここからでは援護に行くにしても遠すぎます。助けに行ったのに途中で救助を待つ事になれば本末転倒です!だから撤退します!」

 

 

 彼女も歯痒いのだ。いくら心配で自らの脚が今すぐにでも助けに行こうとしていても、指揮を任された以上は感情で動く事は出来ない。

 彼女が今執るべき行動は芽吹とシズクを除く防人たちと亜耶に一切の犠牲を出さずに壁まで撤退する事なのだ。

 

 

「私は隊長を信じています。無事にシズクさんと共に帰ってくると。だから、我々は撤退します!」

 

 

 まるで自分に言い聞かせるように少女は叫ぶ。雀はもし飛び出したら恐らく辿り着く前に死ぬと予感し、そしてそこまで言われては従う他なかった。

 

 そうして撤退を開始した防人達はその場から離れていく。

 一輪の花から落ちた、桜の花びらが淡く光っている事に気づかずに......。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「芽吹!そろそろ5分だ!ちょいとヤバいぞ!」

 

「分かってる!けど撤退信号が......!」

 

 

 スコーピオンバーテックスとの戦闘中の芽吹とシズクだったが、やはり苦戦を強いられていた。芽吹が扱う銃剣では痛手を与えられず、かといってシズクの大型射撃槍も当たりはするが決定打に至らない。

 

 

「攻めたらいけそうなんだけどなァ!」

 

「堪えてシズク!これ以上攻めたら不味いわ、帰る体力が無くなる!」

 

「つってもよ、こいつは中々逃してくれそうにない、ぜ!」

 

 

 突き刺さんばかりに伸ばしてきたスコーピオンバーテックスの尾をシズクは盾で弾き距離を取る。

 スコーピオンバーテックスの猛威は止まらず、星屑の攻撃も止まない。まるで芽吹達を『ここで殺してしまおう』と考えているかのようだ。

 それでも攻撃を凌ぎきり、未だ無傷であるのはやはり勇祐が行った訓練の賜物だろう。

 その2人の背面の空から光が登った。色は赤と白。防人本隊の『撤退開始』の合図だ。

 

 

「芽吹!」

 

「撤退するわ!もう十二分に距離は稼いだ!」

 

「やっとか!倒せねぇんならとっととケツ捲くって逃げるぜ!」

 

 

 その信号弾の光を見た2人の行動は早い。一刻も早く壁まで逃げなければ命はないからだ。

 だが、行動するには既に遅い。

 

 

「囲まれてんぞ!?」

 

「何時の間に...!?それだけは避けていたのに!」

 

 

 芽吹達を星屑が囲んだ。その奥にはスコーピオンバーテックスが居る。

 囲まれないように動いていた筈であった。それでも囲まれた。その事実に2人の焦りはさらに高まる。

 

 

「畜生!連携してやがる!今までは突っ込んでくるだけだったのに!?」

 

「落ち着いてシズク!なんとか一点に集中して突破するわ!」

 

「芽吹!前だ!!」

 

 

 シズクが気付くのは一瞬遅く、芽吹の視野の外、更には認識が薄れる後方、中距離からの狙い澄ました一撃。スコーピオンバーテックスの尾の攻撃。

 今まで最大級の警戒対象だったが、星屑に囲まれるという本来であれば有り得ない事態への焦り、そして連戦による疲労と集中力の欠如が重なった結果、致命の一撃となる攻撃を接触する数瞬前にしか察知出来なかったのだ

 

 

(あ......まず......)

 

 

 少しの感傷と思考すら吹き飛ばす、尾の薙ぎ払う攻撃。その攻撃をもろに腹に食らった芽吹は、囲んでいた星屑の輪からも吹き飛ばされる。

 骨が折れる嫌な音、内臓が潰れる音。吹き飛ぶ自分の耳に届く風切り音。

 全てを他人事のように感じながら、地面に強く叩きつけられた芽吹は強い痛みを感じ、口から血を吐きながら意識を失った。

 

 

「芽吹ぃぃぃぃ!!?」

 

 

 シズクは吹き飛ばされる芽吹をただ見ることしか出来なかった。今でさえ、星屑はシズクを食わんと襲いかかって来ていた。

 

 

「クソ、クソ!テメェら!全員ブッ殺してやる!!」

 

 

 完全に頭に血が登ったシズクが『個人用大楯』を星屑に向かって投げ捨て、『大型射撃槍』を背中に背負い、地面に落ちていた芽吹の銃剣を手に取る。

『大型射撃槍』は元々対バーテックス用であり、星屑のような多対戦には非常に向かない。

 その選択を瞬時にこなしたシズクは銃剣の握把を強く握り締める。

 

 

「芽吹を...優先......仲間が、1番ッ!」

 

 

 怒り狂いそうになる思考を抑えながら、シズクは身体の中でそう伝えるしずくの声を口に出して反復する。

 1人では生き残れない。それはシズクにも分かっていた。それでも、大切な仲間の1人である芽吹が死んだかもしれない......そう思うだけで頭の血管が破裂しそうだった。

 

 

「待ってろ芽吹。今、助けに行くからな!」

 

 

 銃剣に弾丸を装填し、シズクは駆け出した。

 相対距離などを瞬時に換算し、シズクは撃破する優先度を試算する。そして優先度の高い順から的確に1撃で、更に最小限の動作で星屑を屠っていく。

 

 1つ、2つ。10、20。数えきれない程の星屑を倒していくシズク。だが、星屑を捌いてもスコーピオンバーテックスの存在もある。星屑と違い、要所要所で的確に攻撃してくるバーテックスは非常に厄介で、シズクの身体に傷を増やしていく。

 

 

「く、そォォォ!」

 

 

 悔しさのあまり、シズクは吠えた。今の自分では芽吹に辿り着けないと悟ってしまったからだ。

 そもそも防人にバーテックスを倒しきるだけの力はない。大型射撃槍も、試作段階故にバーテックスを倒せるかと言われれば1人では不可能であるのだ。更に言えば勇祐が扱うパイルバンカーも勇者バリアごと勇者を貫く為の武器であり、彼がそれを応用してバーテックスの御霊を正確に撃ち抜いているだけだ。

 つまり、御霊のない未完成バーテックスには一撃必殺が通用せず、分が悪いのだ。

 

 だがそれでも、シズクは前に進む事を止めない。諦める選択など最初からない。芽吹はしずくとシズクにとって大切な仲間だ。見捨てるなど出来やしない。

 だから、身体中が傷つき、血だらけになって防人の白い装束が赤く染まろうと歩みを止める事は出来ない。

 

 

「諦める...かァァァァ!!!」

 

 

 しずく達は勇者に憧れて防人になった訳ではない。しずく達には居場所がなかった事もあるし、主人格のしずくが流される形で防人になったというのも理由の1つだ。

 

 

 勇者へ昇格する?大赦を見返す?んなことやっても意味がねぇと思うし、必要性を感じねぇ。俺は正直、芽吹は嫌いだ。堅っ苦しい、不器用な奴。無愛想でコミュ障。隊長としてどうなんだ?って思う。けど、芽吹は良い奴だ。俺を認めてくれて、俺達に居場所をくれた。人としては極めて不器用な奴だと思う。けど、防人として、勇者を目指すアイツを見て、俺もほんの少し、ほんのちょっちだけ芽吹の在り方に憧れた。

 助ける理由は......それだけでいい...から。

 

 

「負ける訳にはいかない......お前らみたいな、私達を......ゴミのように扱う神様なんかに」

 

「そうだ。俺たちを...人間を......舐めんじゃねぇ!」

 

 

 幾人もの勇者を苦しめてきたスコーピオンバーテックスの尾が無慈悲にももはやその場から動く事も叶わないシズクに迫る。

 

 だが、その尾がシズクを貫くことはなかった。

 

 

「よく吠えた。よく諦めなかった。貴女のバトンは確かに手渡されたよ」

 

「......白面!?」

 

 

 満身創痍のシズクの前に、勇祐と同じのっぺらぼうの白い仮面を付けた、『濃い桜色の髪の毛と白と桜色のボロボロの装束』を身に付けた人と同じ形をした存在が立っていた。

 

 



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第26話 それは春を信じる者と信じた者の話

お気に入りが200を超え、いつの間にかUAも16000。感謝感激雨霰であります。星2付いちゃいましたけど私の文章力がナメクジだという表れだと思うので精進していきます......。
読者の皆様、本当にありがとうございます。


 

 

 大赦施設の、小さな事務室。そこには数名のスーツを着た職員が作業を行なっていた。

 その部屋の1番奥に座りながらも1番若い風貌の男、三好春信の元に部下と思わしき人物が近付いていき、春信に書類を手渡した。

 

 

「なに!?勇祐くんが回収されただって!そんな馬鹿な!」

 

「大赦本部の決定です。つい先程、その決裁書類が回ってきました」

 

 

 驚きを隠せない怒鳴り声を聞きながらも、極めて冷静な声かつ苦虫を噛み潰したような顔をしている部下は答え、手に持つ書類を春信に渡した。

 

 

「約束の期限までまだある筈だ!それまでは家族と友人と過ごす手筈ではなかったのか!?」

 

「その筈、でした。しかし乃木家が上里家に圧力を掛ける形で改定案を出した模様です。今すぐに処刑すべきだ、と。流石は乃木家ですね。我々が察知する前に回収して、気付かれる頃に改訂された書類を回すとは......」

 

 

 乃木家と上里家は大赦設立後間も無くから大赦のツートップとして君臨してきた名家だ。だが上里家の今代当主は歴代当主に比べて出来が悪く、更に言えば巫女や勇者となれる女性が生まれていなかった。

 乃木家当主は、その弱みにつけ込んだのだ。『我らは苦しんでいるというのに...』という同調圧力を持って。

 

 だがそれだけでは場は動かない。いくらツートップが声を上げても、他の大赦幹部達が首をすぐに縦には振らない。

 既に春信が手を回し、『期限まで勇祐の処刑を行わない』と決議を引き出しているからだ。

 だから乃木家は強行手段に出た。勇祐の拉致だ。

 そして事態は更に乃木家にとって良い方向に転がってしまったのだ。

 

 

「関心している場合か!今すぐにでも彼を...!」

 

「いえ......彼は、望んでいるようです。自らの死が誰かの鬱憤を晴らす為になるのなら、この先短い命ぐらい投げ渡してやる、と......」

 

「......大馬鹿野郎が!!」

 

 

 春信は机に両手を叩きつける。その音に作業していた他の職員たちも驚き、作業の手が止まる。

 

 

「俺は確かに犠牲になれと言った!分の悪い賭けで、恐らくそう遠くない未来に死ぬだろうと!お姉さんや友人達と別れる事になっても君を利用し続けると!だが...だが、こんなのはただのリンチじゃないか......!ただの被害者である年端もいかない少年を虐め殺しているだけではないか......!」

 

 

 爪が手のひらに食い込む程両手を握り締める春信。この部屋に居る誰しもが、彼をなんとか生き延びさせながら世界を救おうと考えて東奔西走していた。

 だがその努力も水の泡となったのも久しい。全ては乃木園子が彼を呼び出した時から始まったのだから。

 アレさえなければ、と春信は悔やむ。だが勇祐が天の神から捨てられた事実は覆らない。何もかもの間が悪過ぎたのだ。

 

 乃木園子が暴走した事も。

 結城勇祐が乃木園子を降し、その心をへし折った事も。

 結城勇祐が天の神から見捨てられたことも。

 そして、その白面としての力も変身以外を無くした事も、寿命があと僅かだという事も、彼は黙っていたのだ。防人隊の練成訓練において無茶をしている事、自分の寿命を削っていることすら彼は春信に対して黙り込んでいたのだ。

 

 そしてもう1つ。彼が春信どころか彼に関わる全員に黙っていた事があった。

 

 

「処刑決行日は3日後......。クソ、時間が足りなさ過ぎる」

 

 

 現状、春信達に打つ手はなかった。決定が覆された以上、それを更に覆して元に戻せる程のカードを春信達は所持していないのだ。

 

 

「大体、彼も自分の寿命ぐらい分かると言いながら割と曖昧じゃないか。増えたり減ったり、何となくで決めているように思える...。先月の神託では寿命は『今のままで過ごせば』3ヶ月と下されていたじゃないか。それなのに彼はもっと短い寿命を言い放った。この差異は何だと言うんだ......!」

 

 

 春信は知らない。勇祐が寿命を削っている事も、そして寿命とは少なからず彼の『心臓が止まる瞬間』という意味は含んでいるものの、大部分では違った意味であるという事を。

 

 もっとも、それを勇祐本人が詳細に理解しているのかと問われれば、否と答えるべきである。

 もはや彼自身、自分を信じていないのだから。

 

 

「......。いや、私らしくないな。彼は神に呪われた身、常識の埒外の何かが起こっているのかもしれない。彼から、もっと詳しく話を聞くべきだったようだ......。今更、だろうがね」

 

 

 そう言いながら春信は目頭を抑える。

 彼は既に3徹目。彼の部下達はまだ毎日寝る時間はあるが、それでもハードワーク。

 

 彼らの仕事は主に結城勇祐から得られる情報などの精査。そして大赦本部にすら秘密にしてある人工精霊の技術を用いた義体の開発など、一般の大赦職員が知れば確実に記憶処理はされるであろう事ばかり。

 それだけ機密性が高いのにも理由がある。そう、結城勇祐から伝播する『タタリ』の影響だ。

 

 春信率いる数名の部下は自らの命を人類の存亡に役立てるために惜しまない。例えそこにタタリという不可避の死が待っていようともだ。

 勇祐自身は知らないが、既に1人が勇祐を元とするタタリによってその身を落としている。だがその命と引き換えに得難い情報を得たのもまた事実。

 

(彼自身、消された記憶が本当に正しいか疑っていた。消されもするんだから、齟齬がないように繋ぎ直すぐらいは神樹様にだって出来る......)

 

「......春信さん?」

 

「すまない。もう起きてしまった事象にケチを付けてもしょうがない。問題はこれからどうするか、だが......」

 

 

 勇祐は天の神が思考誘導を行い自分を尖兵として扱っていた、と言う。だが尖兵となった当初から大橋の惨事までの記憶を消した事は本当に天の神が行ったのであろうか。

 神樹が記憶消去を行ったという仮説も春信はあながち否定出来ないでいる。

 否定する根拠の1つさえあればこんな事にはならなかった。だが神樹は勇祐を嫌っている。その1つ事実が邪魔なのだ。

 

 

「し、失礼します春信さん!たった今神樹様のお告げがあり、バーテックスが再び現れたと!」

 

 

 そこに、春信にとって起死回生とも言え、万事休すとも言える速報が舞い込んで来たのだった。

 

 

「最後のチャンス、か......。彼女達、勇者様達であれば......奇跡は成せるかもしれない」

 

「春信さん、何をなさるおつもりですか!?」

 

「毒を食らわば皿まで、だ。我々が事を為さずとも勇者システムは勇者様達に渡る。あとは真実を、伝えるだけでいい。例えば、大橋の惨事の真実。そして壁の外、散華。暴走させる事は容易い」

 

「ですが!今更彼を救い出したところで何も変わりません!それどころかこの世界が終わる可能性だってあるんです!」

 

「そうだ。だから言っているだろう。毒を食らわば、と。起死回生を図るにはもうそれしかない。いいか、私はいつだって人類の存続を願っている。だがそれは人々が幸せでなくては意味がない。例え私の願う未来が、サイコロを100回振って100回とも6の目を出さなければ到達出来ない未来だとしても」

 

 

 春信にもはや絶望的な確率の未来以外を選ぶ選択肢は存在していない。

 

 

「子供に責任を負わせる法など無ければ道理も無い。大人が責任を負い、選択する義務がある。だが子供にも当然、選択する権利はある。だが私達は否が応でも子供に過酷な選択をさせ過ぎた。だから、この選択肢は私が選び、背負おう。その結果、子供達がどう感じてどう選ぼうとも。その尊き選択を支持し、責任までも背負わせない為に」

 

 

 その辛い選択を、勇者達と勇祐にさせない為に。

 

 

「私達が、罪を背負おう」

 

 

 辛く厳しい冬の後に、春が訪れると信じる者が決意を新たに机から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「......白面!?」

 

 

 満身創痍のシズクの前に、勇祐と同じのっぺらぼうの白い仮面を付けた、『濃い桜色の髪の毛と白と桜色のボロボロの装束』を身に付けた人と同じ形をした存在が立っていた。

 

 

「......」

 

 

 その存在にも、星屑は襲い掛かる。星屑には一瞥もくれず、右足で地面に強く踏んだ。

 シズクから見れば、地面が割れるほど強く踏んだようには見えなかった。だが、次の瞬間には動きに似合わない衝撃波がシズクに襲い掛かった。

 

 

「うわっ!?」

 

「......落ちたな。やっぱり残り滓ではこんなもんかな」

 

 

 なんとか衝撃波で吹き飛ばされず、その場で持ちこたえたシズク。

 思わず顔を抑えたシズクの耳にぼそりと聞こえてくる中性的な声。その声は勇祐に似ている気がした。少なくとも、姿形から勇祐でないと判断は出来るが......。

 

 

「は......?」

 

 

 それよりもシズクは絶句していた。あれほど周りを囲んでいた星屑共が、あの衝撃波の影響で消え去っていたのだ。

 

 

「あっ!パイルバンカーだ!うわーっ、懐かしいなぁ。この300年は触ってなかったもんねぇ」

 

「お、おい!勝手に触んな!」

 

 

 唖然としていたシズクの後ろに何時の間にか回り込んでいた。それどころか、背中に背負っていた大型射撃槍を弄ってすらいた。

 

「というかお前は誰だ!返答次第じゃ......!」

 

 

 その奇妙な桜色と白色の存在を威嚇しながらシズクは振り払う。

 

 

「あぁごめんごめん。私は人類の敵じゃないよ。そうだなぁ......優しい想いに釣られて出て来た、謎の白面X......とでも呼んでくれたらいいよ」

 

「な、なんだよそれ......お前も、白面.....?」

 

「んー、結城勇祐とは似て非なる白面、かな。ま、えっと......ごめん、『名前忘れちゃった』けど貴方の知る必要がないところだよ。さ、私があのクソサソリをボコるから早く吹き飛ばされた子を助けに行きなよ」

 

「意味わかんねぇ...けど、信じるしかねぇか。俺じゃお前に勝てねぇ」

 

「うん、理由はどうあれそうしてくれるのは嬉しいよ。さ、行って」

 

 

  謎の存在の言葉を怪しみながらも、今すぐ助けに行かないと芽吹の命に関わると判断したシズクは急いでその場から離脱した。

 その姿を見送りながら、謎の白面Xはぼそりと小さく呟く。

 

 

「......一回こっきりのお助け装置的な役割とは言え、実質的に『2回』死んだっていうのにまた起こされて......いや、起きるはずじゃなかったし、でもあんな優しい声で思いの丈をぶつけられたらなぁ...参っちゃうよ」

 

 

 愚痴を溢しながら、白面と名乗った存在は大型射撃槍の具合を確かめながらスコーピオンバーテックスに『歩いて』近づいていく。

 その間に、一切の攻撃はない。まるでそこに居る白面を被る存在を、頂点よりも上に居る『怪物』と怯えるかのように。

 

 

「ちょっと遊ぼうか。なぁに、300年の内楽しんだのは10年もなかったんだから......おい、天のクソ神野郎。どうせ見てるし聞こえてんだろ。『私は』お前に届かなかった。だが『僕は』届いた。次こそは、『俺が』お前をブチ殺してやる」

 

 

 天を指差しながら、目も鼻も口もない真っ白な仮面は睨みつける。

 ひとしきり睨みつけた後、大型射撃槍を構えてスコーピオンバーテックスと対峙した。

 

 

「オオオオオオォォォォァァァアアア!!」

 

 

 咆哮。まるで獣のような、そしてバーテックスに成りかけた時の勇祐のように吼える。

 姿形はバーテックスにはならず、地面から濁った木の根が伸び、光となってボロボロになった装束を綺麗に治していく。まるで勇者が満開をするかのように、新品のような装束に様変わりした。

 そして1つ息を吐く。先ほどまでと打って変り、冷静に、落ち着いた様子でぽつりと呟く。

 

 

「何事にも報いを。これは若葉ちゃんの言葉だったっけ。やっぱり残花状態だと記憶もちぐはぐで殆ど忘れてるのが辛いなぁ」

 

 

 既に花びらは地に墜ち、かつての武勇も、想い出も。記憶すら抜け落ち、ただの白い仮面を被る者として心に残った唯一の残滓。

 それらを掻き集めて燃料とする。

 

 

「必要最低限、あればいいかな。あとは、要らない。私は、ただの『バトン』......でも」

 

 

 その残滓の燃料、自らの記憶を必要最低限だけ残して燃やす。それは自分が、まだ走り続けようとする『結城勇祐』にバトンを繋ぐ為だけの存在だからだ。

 

 だが、それでも。自分という存在があった事を、『彼女』は残したかった。自分から望んで捨てて、消し去った『----』という自分自身を。我儘である事は十分承知しておきながら。

 

 

「私は、私の名前は『----』。身体は既に滅び、魂だけで在り続ける者。記録にも記憶にも残らなくても、私は......私が生きていた証を残したい。だからお前は、ここで死ね」

 

 

 燃やした記憶は『彼女』の力となり、バーテックスが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「おい芽吹!しっかりしろ!おい!」

 

 

 シズクがなんとか芽吹の元にたどり着いた時、芽吹は意識がない状態で倒れていた。

 防人の装束のお陰で身体が地面に焼かれてはいなかったが素肌が見えている箇所に火傷のような傷があるのが確認出来た。

 

 

「クソ、返事しろよ、おい!」

 

 

 芽吹の息はあるし、心臓も動いているが返事はなく、ぐったりしたままだ。医療知識皆無のシズクでさえ、これは不味いと判断した。

 とにかく連れ帰らなければ話にならない。治療するにしてもこの場で勇者システムを解除する訳にもいかず、そもそもシズクにも応急処置の知識程度しかない。

 

 

「あっ、不味いねこれ」

 

「うおわっ!?テメェ何時の間に!」

 

 

 突然現れた謎の白面Xが芽吹の顔を覗き込む。

 うーん...と唸りながら「どうしようかなぁ」と悩み始める。

 

 

「うーん...まぁいっか。取り敢えず、貴女達の仲間のところへ連れてってあげるよ」

 

 

 謎の白面Xに肩を掴まれると、シズクの目の前が一瞬にしてぐにゃりと歪む。一瞬の出来事の後、シズクの目の前にはなんと先に壁に辿り着いていた防人たちが居た。

 

 

「うわあああああああ!?めめめめめ目の前に、うわあああああ!!?」

 

「へ、あ......?なんで急にここに!?」

 

 

 ちょうど現れた目の前に居た雀が唐突に現れたシズク達に驚き腰を抜かした。地面に尻餅をついた雀だったが高温に驚き、「あっづぅい!」という声と共に即座に飛び上がった。

 

 

「シズクさん!?なんで急に......いえ、それよりも隊長の容態は!?」

 

「内臓と骨がヤバいかもしれねぇ。早く病院に連れて行ってくれ!」

 

 

 唐突に現れたシズクに驚く防人たちだったが、ボロボロになったシズクと肩を担がれてぐったりとしている芽吹に驚き、数名が血相を変えて芽吹を壁の中へと連れて行った。

 

 

「よし、総員撤収......の前に、そこの貴方は一体誰かしら?」

 

 

 芽吹の代わりに隊長を代行していた2番の防人が銃剣のグリップを握り、いつでも銃剣を向けて射撃出来るように態勢を取りながら謎の白面Xに問う。

 

 

「いや、こいつは警戒しなくて大丈夫だ。むしろこいつが居なきゃ俺と芽吹は死んでた」

 

 

 シズクが2番の防人に事情を説明する。その説明に、謎の白面Xはバツが悪そうに頬の仮面を人差し指で掻く。

 

 

「まぁあれだけ星屑が湧いたのもほぼ私のせいだからお礼を言われるほどじゃないんだよなぁ...むしろあの巫女服の子にお礼言って謝罪したいんだけど...」

 

「ん?なんでだ?」

 

「寝惚けて...悪いことしちゃったからね」

 

「寝ぼけて......?」

 

「ま、細かいことはいいんだよ。君もさっさと治療しに行きな。私もそろそろ帰るから」

 

「何処に帰るんだよ!?」

 

「......さぁてね。天国もなけりゃ地獄もない世界だし、多分その辺漂う魂にでもなるさ」

 

 

 謎の白面Xは、体から砂をパラパラと落としながら、壁に背を向けて歩き去っていく。

 

 

「結城勇祐と勇者達によろしく。そして、君達防人に幸多からん事を」

 

 

 言うだけ言って、ひらひらと手を振りながら謎の白面Xは先程防人達の目の前に現れた時と同じようにシズク達の前から、謎のままに消えたのだった。

 

 

 




春信さん
頑張っている。けど勇祐に振り回され続けている苦労人。タタリの前に過労で死にそう。労基に駆け込もうにも大赦職員は国家公務員的なアレなのでそんな事ができるはずもなく、労働環境改善するためではないが勇祐の事を勇者にチクる模様。

芽吹
ボロボロ。火傷っぽいのはいつのまにか治っていたようだ。出番は殆どシズク行き。何か持たされている。

シズク
圧倒的な力を前に、唖然としたりよくわからない生物(?)に絡まれて対応に困ったり。身体中ボロボロなのにツッコミ役という文字通り身体を張った一芸を見せた。なお本人は必死なだけである。

謎の白面Xさん
FGO的に言えばXXさん的立ち位置な存在だが稼働時間はウルトラマン。何か持たせた。
満足気に消えたようだけど本来の性格は割とノリと勢いがあればエンジョイ&エキサイティング。そういうこと、忘れちゃダメだよ。


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第27話 それは会話が足りずに進む話

極度のゴア表現があります。注意してください。
それはそうと前回投稿日が結城姉弟の誕生日でしたね...取り敢えずひと段落するまで誕生日回はやらないつもりだったんですが惜しい事をした気分です。




 俺の目が醒めると、そこは牢屋の中だった。久方振りに感じる痛みは身体全体を走り抜け、起き上がろうとした俺をその場に崩れ落ちさせた。

 

 痛い。

 

 久方振りに感じる痛み、身体の怠さ。

 以前風邪を引いた時のようだ。そのせいで身体を動かす事が出来なくなってる。

 手足は恐らく鎖で繋がれている。俺が脱走しないようにだろう。そんな事をしなくとも俺は既に動けるような体力を残していなかった。

 

 苦しい。

 

 これはきっと罰なのだろう。

 この世界に対して、姉に為に反逆して、罪を償わずに逃げ続けた結果の報いなのだろう。

 

 どうして。

 

 俺が、悪いのだろうか。

 生まれてきた時から神に呪われている俺と同じような運命を、たった1人の姉が背負わない為に戦って来ただけのに、『なぜ』。

 

 なぜ、父さんと母さんはあの場に居たんだ。

 なぜ、風先輩と樹の両親が巻き込まれたんだ。

 なぜ、銀を1度でも殺さなきゃいけなかったんだ。

 なぜ、園子までもが、天の神のタタリに冒されているんだ。

 ぐるぐるぐるぐると、「なぜ」が反復する。理由も分からずただ戦っていただけなのに、悪い方向へとばかり転がっていく。

 

 そうして考えている内に俺はまた気絶した。

 身体を延命させようと無意識に流星が『必要最低限の出力で命を延命させる』ように働いて、今まで感じなかったタタリによる身体の痛みをまともに感じるようになったからだ。起きていられるのもたった数分。その数分もまともに動ける訳ではない。地に倒れ伏して、なぜと問い続け、気絶するだけの時間。

 意味もないその時間がただただ、俺にとっての罰なのだと、この時はそう思っていた。

 だが、俺の罰はまだ始まってすらいなかったのだ。

 

 

「ゆっきー......あーそーびーまーしょー?」

 

 

 薄れゆく意識の中で、狂気に満ちた園子の声が聞こえてきた。

 あぁ、そうか。これが罰なのか。

 なら甘んじて受け入れよう。俺の命がまだ使えるのなら、もう...それでいい。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「あの馬鹿、私達に一言も言わずに苦しんでたって訳ね。ねぇ友奈。勇祐って何か持病があったの?」

 

 

 勇者部一行は、勇祐が体調を崩し病院に緊急搬送されたと大赦から『虚偽の報告』を受けていた。

 その後、勇祐の容態を気にした一行はお見舞いに搬送されたという病院にやって来たが、治療中の為に面会謝絶と告げられたのだった。

 

 

「ううん、風邪だって滅多にひかなくて健康そのものだったんだよ。それにあの最後の戦いの後に入院した時の診断は外傷以外何もないって......」

 

「家族である友奈ですら面会出来ないなんて...おかしいわよね。勇祐が大赦に敵と見られてた件もあるし、ちょっと兄貴に連絡取ってみる」

 

「何か......嫌な予感がするわ」

 

「どうしたの、東郷さん?」

 

「友奈ちゃん...もしかしたら......ううん、きっと勇祐くんは......」

 

 

 東郷は現在、園子に絶交を言い渡されている。それは勇祐が春信に保護された直後の話だ。明らかにおかしい様子である園子に直談判をしに行ったら、遂に園子が親友である東郷に槍の矛先を向けてしまったのだ。

 それからというもの、東郷は園子に一切会えないどころか連絡の取れない日々を送っていた。そこに、勇祐が緊急搬送されるという『強引に拉致した』と言わんばかりの事件が起きたのだ。

 銀の仇であり、園子が狂った原因でもあり、その園子が今1番執着している存在が連れ去られた。その過程に園子が絡んでいてもなんらおかしくはなく、今の園子なら絶対にやる。東郷はその確信を持って勇祐は誘拐されたと断言できるのだ。

 

 だがバーテックスは、彼女達を待ってくれはしなかった。

 

 

「みんな......少し、いい?」

 

 

 別室に呼ばれていた風が、神妙な面持ちで彼女たちが待っていた控え室にやってきた。その手には重そうなアルミニウム製だろうトランクケースを持っている。

 

 

「風先輩...それって......」

 

「ごめん、みんな。また、お役目が戻ってきたわ」

 

 

 トランクケースを開けば、中には4人分のスマートフォンが入っていた。1つ足りないのは既に東郷が持っている分だろう。お役目、スマホ...と言えばもう分かりきった話だ。勇者部に緊張が走る。

 

 

『もうバーテックスは全部倒した筈じゃ!?』

 

「あと1体残っていた、らしいわ。そいつを倒せば今度こそ終わりだって......」

 

「そんな......今は、それどころじゃないのに......」

 

 

 友奈が狼狽える。無理もない。彼女は勇祐の異常を既に悟っていて、尚且つ『この病院に勇祐は居ない』事に薄々勘付いている。

 友奈は、東郷のスマホが勇祐のスマホの位置情報を追える事を知っている。

 その東郷が、勇祐が一時的に春信の元に避難していた時から様子がおかしくなった。元気がなくなっていたいたのだ。

 それに気付いていた友奈は、なんとなく...勇祐が何か途轍もない事に巻き込まれているのだと気付けたのだ。

 

 

「でも...やるしかないのなら......」

 

「友奈、ちゃん............」

 

 

 友奈はこの運命からは逃れられないと知っていた。勇者システム入りのスマホを取らなくても結局は樹海に導かれるのだと。

 自分は勇者だ。身体に不調があろうと、戦わなければならない。その不調が、勇者システムを介して発生するのであれば尚更だ。

 友奈以外も薄々勘付いているが、口に出さないだけだ。恐らく、満開という機能が体の不調を招いているのだ、と。

 

 

「やるよ、私。だって、私は勇者だから」

 

 

 決して選択肢がないからとは言わない。

 

 

「パパッと終わらせて、ゆうくんに会いに行くんだ!ね、風先輩。これっきりなんでしょ?」

 

「えぇ......そう、そうよね。ウジウジしてたってしょうがないわ!さっさと終わらせてうどん食べに行きましょう!」

 

 

 まるで自分に言い聞かせるように。

 

 

「しょうがないわね。ま、今度こそ完成型勇者の実力を見せてやるんだから」

 

『私も、微力ながら頑張ります!』

 

 

 周りに同調させるように。

 

 

「じゃあ、今度こそお役目なんて終わらせるわよ!」

 

(私は......悪い子、だな......)

 

 

 表面上は笑いながらも、友奈は痛む胸を服の上から少しだけ押さえつける。

 

 風はホッとしたようにトランクケースのスマホを取る。他の彼女達もそれに倣うようにスマホを手に取った。

 ただ1人......『東郷須美』だけは、その輪から少し外れて画面に写る『結城勇祐』と名前の振られた位置情報を見て、スマホを握り締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 私、東郷須美は大きな罪を背負っている。

 1つは、私が先代の勇者であったということ。

 私がもっとバーテックスに対する対抗手段を話していれば、皆が傷つく事はなくもっと円滑にお役目を進められていたかもしれない。

 もう1つは、散華の事。

 咲き誇った花はいずれ枯れる。その身の何処かを対価にして。

 話せば、良かった。話していたならこんな事態にはならなかった。

 風先輩は子宮を供物として取られ、2度と子供が産めない身体になる筈なんてなかった。

 樹ちゃんは喉を供物にされ、2度と大好きな歌を歌えなくなるようなこともなかった。

 友奈ちゃんは味覚を供物にされて私が作る、大好きなぼた餅の味が分からなくなる事もなかった。

 

 なかった、筈だった。なのに私は皆から嫌われるのを、迫害されるのを恐れて話さなかったから、こんな事になってしまった。

 取り返しのつかない事をしてしまった。

 

 最後の1つは、そのっちを怒らせてしまった事。

 

 

『わっしーは何も知らないから、そういうことが言えるんだ!』

 

 

 あの絶交を言い渡されてしまった日のそのっちの声が頭を反復する。

 そのっちも、辛い筈なのに...私が頼りないから......謝らなきゃって思っているのに、電話にも出てくれない。会いに行っても追い返される。

 私は、本当にひとりぼっちになってしまった。

 

 

「何も、知らない...から」

 

 

 せめて、私が何を知らなければいけないのか確かめなければいけない。

 

 

「私が知らない事、それは...たぶん......」

 

 

 壁の外......だと思う。

 あの青空の向こう、壁の向こう側に、何かが待っている。それを確かめなくてはいけない。

 たぶんきっと、知らなきゃよかったと思ってしまうような事なんだろうけど、知らなくちゃいけない筈。だから、

 

 

「樹海警報......!」

 

 

 渡されてから1日と経たず、酷く耳にこびり付いた聞き慣れた音声がスマホから流れ始める。

 

 

「やはり、待ってはくれないのね......」

 

 

 そう呟き、スマホを握りしめた東郷は、迫り来る花びらの壁をじぃっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「んー。面白くないなぁ......」

 

 

 暗い地下牢の中。腹部に走った僅かな痛みで俺は目を覚ました。

 

 

「......気付いたかな?水ぶっかける手間が省けて良かったよ〜。今の状況分かるかな?それとも、タタリが全身に回って、もう喋れないのかな?」

 

 

 答えられない。

 声を出そうとしても、倦怠感が勇祐の邪魔をする。

 

 

「そうだと思ったから、無理矢理治してあげるね?」

 

 

 俯いていた頭を、髪の毛を引っ張って無理矢理に上げ、勇祐の生気のない目と園子の暗く淀んだ目が至近距離で合った。

 一体何をするのか、そうぼんやりとした頭で考えていた勇祐の腹にずぶり、と冷たい鋭利なモノが突き刺さる感触が真っ先に伝わり、そして。

 

 

「あ、がッ......!」

 

「やっと声が出たねぇ。でも、腹を割いて腸を引き摺りだしたのにそれだけの反応だとつまらないよ〜。もっと私を楽しませて?その為にゆっきーをここに連れてきたんだから、さッ!」

 

 

 ずるっずるっと、まるでうどんを啜る時のように、勇祐の腹から腸が引っ張られて溢れ出していく。

 

 

「あはは、どうかな?どうかなゆっきー?」

 

 

 だが、叫び声をあげるような痛みはない。痛覚などとっくに麻痺している。更に言えば内臓どころか身体機能もその機能を殆ど無くしている。言わば今の勇祐は死体同然。例えるなら、大気圏に落ちてくる流れ星がその身を摩擦熱で溶かし尽くす直前であろう。

 勇祐も腹から引き摺り出される腸や内臓を見てようやく自分がほぼ死んでいると気付けていた。

 

 

「そ...の.....こ......」

 

「......なに、かな?命乞い?それとも遺言かなぁ?なに?ねぇ...」

 

 

 だから、死ぬ前に一言だけ。

 ただの自己満足。ただの我儘。

 そうだとしても、これだけは言いたかった。最後に命を使い尽くしてここで死んだとしても、『今まで生きたいと願った理由』が終わるとしても。

 

 

「ごめ...んな......」

 

「今更、何を!」

 

 

 ただ、謝りたいだけではないのだ。

 

 

「俺が...痛がれなくて......。お前の鬱憤、晴らしてやれなくて......さ.........ごめん、な」

 

 

 もっと前に、本当は言うべきだった筈の言葉だ。

 どうしようも出来なかった。結局、東郷と園子を仲直りさせる事は出来なかったどころか、犬吠埼姉妹に謝れていない。友奈に話すら出来ていない。何も出来ていないのだ。

 だから今ここで、『やるしかなかった』。

 

 こうなるのなら園子に召喚されたあの日に素直に殺されておけば良かったのだ。

 だが過去に戻ることなど出来やしない。

 だから勇祐は、命の使い道を決めた。防人達の時のように。苦しむのが自分で、園子が救えるのなら、と。

 

 しかしそれも既に遅く。

 ここで勇祐が痛みに悶え、泣き叫び、許しを乞いながら死んで行くことは出来なくなっていた。

 最早動く箇所は心臓ぐらいだ。もう口も動かない。先程の言葉で、舌は役目を終えたと言わんばかりに砂となった。

 

 

「どう、して...どうして!ここまでされてるんだよ!?暴力を振るって、腹を掻っ捌いて!腸まで引き摺り出して!なのに、私の心配?冗談じゃない!私がお前に心配される事なんて1つもありはしないんだ!お前が、お前が!全部壊した癖に!今更......今更ァァァァ!!!」

 

 

 何度も、何度も突き刺す。倒れ臥す勇祐に馬乗りになり、勇祐の腹を割いた『古ぼけた日本刀』で、何度も。何度も。

『三ノ輪銀を殺された恨み』を込めて、なのか。

 それとも、『私を救ってはくれずに蹴り落とした恨み』なのか。

 それらを含んだ上で天の神に操られ、止める事の出来ない殺戮衝動に任せるしか出来ないのか。

 

 

「なんで、どうして!どうして!」

 

 

 問い掛けに勇祐は反応しない。涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった園子の眼には一抹の正気が滲んでいた。

 だがもう、この2人の関係は最早何があろうと修復出来ない場所まで来ていた。こんな結果になったのもきっと...言葉が足りなかっただけなのだろう。

 

 それだけで済ませられる事ではもう......なくなっている。

 

 

「......バーテックス、来るんだね。じゃあ...『とっておき』を用意しておかなきゃ......。ゆっきーを殺して......ふふ、そうすれば、こんなくそったれな世界なんて......滅べば、ね。そうでしょ......?こうすれば、死んだミノさんとまた会えるんだよね......?」

 

 

 ------天の神。

 

 そう呟いた園子の声は、誰にも届かず。未だ小さく息をしている体の半分以上が砂と化した勇祐にも最後まで届きはしなかった。

 

 



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第28話 それは最後の願いと想い

実はエイプリルフール用に短編を書いていたのですが間に合わなかったのでボツりました。機会があれば書き直した物を投稿します。

それはそうとケムリクサ、面白かったですね。

※タイトルつけ忘れてました...やらかしたぁ。


「樹!無事!?」

 

「合流完了っと」

 

 

 樹海。スマホを手に取って半日も立っていない風、樹、夏凜。そして東郷は苦もなく合流した。

 一時的に風と離れ離れになっていた樹であったが安堵したように一息ついた。

 

 

「あとは友奈だけね...。東郷、ちなみに聞いとくけど勇祐は?」

 

「......来ていない、ですね。良かったと言えば...いいのでしょうか......」

 

「いいのよ。ぶっ倒れた奴が来てもしょうがないわ。それにアイツはバーテックスみたいなもんよ。来ない方がいいに決まってるわ」

 

「夏凜も心配してるのねぇ」

 

「......そりゃ、ね。......来ない方が、良いもの」

 

 

 刀を握りしめる夏凜。表情には出ていないがやはり敵として勇祐を斬る事に戸惑いがあるのだろう。

 

 

「ところで友奈は......!?」

 

 

 友奈の現在地を探す為にスマホを取り出した夏凜が愕然とする。高速移動するバーテックスを追いかけるように友奈の反応が動いているのだ。

 それに気付いた東郷が血相を変えながらその場から飛び出した。

 

 

「友奈ちゃん!」

 

「ちょっと東郷!?くそッ!風、樹!追いかけないと!」

 

「え、えぇ...。そこまで焦ってるのかしら、友奈も夏凜も、東郷も......」

 

 

 楽観。そう言えればどれほど良かったことか。風は知らない。咲き誇った花はいずれどうなるのかを。それは自身には特に散華によるダメージが表立って見られないからだ。

 彼女が散華により失った箇所は『子宮』。そして風は子宮を無くした、とは医者から説明されてすらいないのだ。そもそも「無くなりました」など言ってしまえば大赦が秘匿したがっている散華の存在が露呈してしまう。

 女性が女性たる象徴とも言える場所だが、身体の中に位置するモノを医療知識もなければ、医者からも「生理不順が暫く続く」としか言われていないただの中学生が疑え、というのも酷な話なのだ。

 

 だから風は『満開には恐らく後遺症がある』という認識ではいるものの、自分のようにやはり力を使いすぎただけで身体が異常に疲労しているという考えなだけなのだ。

 こうなったのも、『話す気まずさ』を真っ先に考え、誰も言葉にしなかった勇者部全体の落ち度と言えるが、被害者たる彼女達が悪いとは言えないだろう。黙っている大赦が元凶なのだ。

 

 なお、東郷が知ったのは春信経由である。先代の勇者として戦い、自身も散華を行なっている彼女になら、という判断の下だった。それが良いのか悪いのかは別として。

 

 

 

「行くわよ樹。兎に角、友奈達を追いかけなきゃ」

 

 

 風の言葉に、樹も頷く。樹も風と同じような認識だ。ただ、樹は自分の声が治らないとしても自分を表現する方法を知っている。だから満開が危険な行為だとしても、それは勇者として神樹から力を与えられた以上しょうがない事だと思っていた。それ以上のモノを樹は貰ったと感じているからだ。

 

 

「友奈!待ちなさい!」

「友奈ちゃん!」

 

 

 一方、真っ先に動き出した東郷と夏凜は、友奈に追い付きかけていた。

 だが友奈は2人の呼び掛けに気付いていながらもバーテックスに向かう足を止めない。

 今の友奈の思考は単純だ。早く終わらせて早く勇祐を探しに行きたい。この一言に尽きる。

 そしてその過程において、満開ゲージを貯めるという行為を自分が担う。皆に負担を掛けさせない為にだ。

 

 

「見つけた......けど、早い...!」

 

 

 友奈の眼前に、地面を高速で移動する人型のバーテックスが見える。その速度は尋常ではなく、勇者システムを起動している彼女達よりは遅いが追いつくには時間が掛かる。

 

 

「クソ、このままじゃ埒が明かないどころか、神樹にまで到達しちゃうじゃない!」

 

「なら、私が足止めをするわ......!」

 

 

 東郷が友奈を射線から外す為に高く飛び上がりながら、呼び出したライフルを構える。上空からの不安定な狙撃。スコープ越しでも豆粒程しか見えない動標が相手。条件は最悪に近いが、彼女は先代勇者『鷲尾須美』の時代から今まで鍛え続けて来た勇者だ。この程度は造作も無い。狙い澄ました2連射はバーテックスの細い両足を正確に撃ち抜き、吹き飛ばした。

 

 

「東郷さん!」

 

「友奈ちゃん!1人で行かないで!協力しないと倒せないわ!」

 

「でも...!」

 

「でもじゃないって、の!」

 

 

 東郷に撃ち抜かれた足を即座に回復したバーテックスを夏凜が手元の刀を投げ付け、手足を地面に縫い付ける。

 

 

「ほんと、勇祐と友奈は双子っていうのがよく分かるわ。話を聞かないったらありゃしない。1人で突っ込んで勝てるんなら、とっくの昔に私がバーテックスを全部倒してるってのよ」

 

「夏凜ちゃん...」

 

「私は完成型勇者よ?私が無理って言うんだから素直に聞けばいいのよ」

 

 

 ほれ、さっさとやるわよ、と夏凜は友奈の肩を小突く。夏凜の顔に戸惑いの色はなかった。

 

 

「夏凜ちゃん、優しいんだね」

 

「当たり前の事を当たり前にするだけよ。もうすぐ風逹も来るから、気を引き締めて掛かるわよ」

 

 

 夏凜が両手に刀を呼び出して構える。

 そこにちょうどやってきた風と樹が加わり、今までのバーテックスとの戦いが拍子抜けのように一瞬で終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「あれ......ここは?」

 

 

 友奈が樹海から戻ると、そこは見たこともない場所。いつもの学校の屋上にある社の前ではなかった。

 周りには誰も居ない。風も樹も、夏凜も東郷も。彼女が待ち望む勇祐の姿も。

 

 

「あれは......大橋?」

 

 

 その場所から見える、大きな何かの建造物の残骸。

 友奈はその残骸に見覚えがあった。

 鮮烈に覚えている。ここは、友奈の両親が亡くなった場所だ。

 

 

「どう...して......」

 

 

 なぜここにやってきたのか、友奈にはさっぱりその理由が分からない。

 分からないだけに、余計に恐怖を感じる。

 いつの日か、勇祐と共にこの場所に訪れるつもりであった。それこそ、気持ちの整理をしっかりしてからの予定だったのだ。

 

 途端に、友奈は嘔吐感を感じてしまう。視界がグラグラと歪む。足が震える。強烈なストレスが友奈に襲い掛かっていた。

 

 

「......待ってたよ.........?」

 

「え......?」

 

 

 その友奈に、背後から声をかける存在が居た。友奈が口を押さえながら振り返ると、全身に包帯を巻き、長い着物を引き摺る、松葉杖で歩きながら近づいてくる少女が居た。

 

 

「貴女は......誰?」

 

「乃木、園子。貴女を、ここに呼んだのが私。なんでか、分かる?」

 

 

 ふるふる、と友奈は首を横に振る。

 園子は包帯で半分隠れた顔で、口元だけ少し笑いながら話を続ける。

 

 

「結城勇祐はここに居るよ」

 

「えっ......?」

 

「その前に話しておくことがあるの。結城勇祐という存在について」

 

 

 友奈の困惑を余所に、園子は口を開き、淡々と言葉を続けていく。

 

 

「彼は、本当に貴女の弟なの?」

 

「なに、を......?」

 

「白面という得体の知れない力を手にして、自らをバーテックスと呼ぶ存在が本当に、正真正銘の自分の弟だ、ってどうやって証明出来るの?」

 

「ゆ、ゆうくんは私の弟だよ!だって、一緒に、同じ日に生まれたんだから!」

 

「同じ母親から生まれてきた証明こそ一体どこの誰がしてくれるのかな?よしんば同じ母体から生まれたと仮定してもアイツは人間じゃない。天の神から祝福(呪詛)された存在だよ。天使、とでも言えばいいかな?」

 

 

 その中身は天使なんてもんじゃないけどね、と園子は笑う。

 

 

「天の神...?天使......?」

 

「あぁそっか。天の神も知らないんだね。まぁ、私も勇者やってた時は知らなかったから当然かな。大赦からも知らされてなかったんだね、可哀想に。わっしーも居たのに、結局教えてもらえなかったんだ?」

 

「ちょっとまって!何がなんだか......勇者だったの?それに、わっしーって......」

 

 

 混乱する友奈。そんな友奈を見て園子の笑みはさらに増していく。

 

 

「わっしー......今は名前を変えて東郷須美だったかな?貴女の隣の家に住む、あの車椅子の女の子。私と同じ、2年前に勇者として白面と戦ったんだよ?」

 

「そん...な......。じゃあ東郷さんは、ゆうくんを知ってたの......?」

 

「大正解だよ〜。わっしーは私が結城勇祐を監視する為に送り込んだの。いわゆるスパイってやつかな?あわよくば危険因子の結城勇祐を殺すように、ってね。わっしーは、そういう下心があって貴女達に近づいたんだよ?」

 

「嘘...だ。だって東郷さんは......」

 

 

 友奈の家の隣に住む東郷家の夫婦が大赦の職員である事は友奈自身良く知っており、亡き両親とも仲が良かった。だから両親が亡くなった後に自分達を援助してくれているのだと、そう聞いて信じきっていたのだ。

 もっとも、東郷夫妻も東郷自身が園子からそういった密命を受けているなど知るはずもない。本当に結城夫妻と仲が良く、大橋の惨事で結城夫妻が亡くなった事で結城姉弟の身元を引受けたのは真っ当な善意である。大赦の指示もあったが、その指示でさえ犠牲者遺族に対する善意であったのだ。

 

 園子と東郷にとって、そんな状況がとてつもなく都合が良かっただけに過ぎない。鷲尾家との養子縁組を解除して東郷性に戻り、隣家に引っ越すだけでいいのだ。これ以上破格な状況がある訳もない。

 

 

「その様子だと勇者については一切聞いてなかったようだね。てっきり、散華の話とかも話してると思ったけどね。分かるかな、咲き誇った花が最後にどうなるのか。正解はね、散るんだよ。散った花は一生戻らない。機能しなくなった体の一部と同じく、ね」

 

 

 私も11回も満開してこの有様だよ。お陰で子供も出来やしないんだ。と園子が自傷気味に言う。

 友奈も当然覚えがある。自身の味覚がこの1ヶ月治っておらず、他に満開した夏凜以外のほぼ全員の体に不調が現れている。不審に思わなかった、など口が裂けても言えない。

 

 

「でも風先輩は殆どなにも......」

 

「彼女は子宮だよ。私と同じ箇所だね。生理不順とか、言ってなかった?」

 

「それは......」

 

「......話が逸れたね。私達は白面と戦った。人類の敵とね。その結果、人類は大きなモノを失った。さぁそれはなんだと思う?」

 

「ッ!?嘘、嘘だよ!そんなこと!」

 

「それこそ幻想だよ。貴女の後ろ。一体誰のせいであんな姿になったでしょうか?」

 

 

 今の友奈の後ろには、大破した大橋がある。友奈は決して大橋に振り返らなかったが、既に分かってしまっていた。

 

 

「あそこで私の親友。彼女も勇者だったんだけどね、殺されたんだよ。お前の弟に」

 

「...やめて......」

 

「お前の弟にせいで私達も少なからずダメージを受けた。そして人類も、貴女の両親も......」

 

「やめてぇ!それ以上言わないで!!」

 

「貴女の先輩の両親も、お前の弟が起こした大橋の惨事で死んだ!これが真実で現実だよ!お前の弟は殺人者、いや...悪魔かな?人じゃないもんねぇ」

 

 

 衝撃の真実の連続。見たくなかった現実の押し付け、精神攻撃。不安、焦燥、驚愕、苦しみ、悲しみ、そして恐怖。

 様々な感情が友奈の胸中を渦巻き、そして口から零れ落ちた。

 

 

「う、うぷ...おええええ!」

 

 

 ビシャビシャと友奈の口から吐瀉物が吐き出される。園子は優越感に浸るような顔で、最後の言葉を友奈に告げる。

 

 

「貴女に罪はないよね。けど許す訳にはいかないんだ。結城勇祐は人類の敵。バーテックスや天の神と同じく人類に仇なす存在。だから生かしておく訳にはいかない。......結城勇祐はここに居る。さぁ、吐いてる暇なんてあるのかな?」

 

 

 その言葉に、友奈は目を見開き、焦りながら立ち上がって走り去っていく。その後ろ姿を、園子は空虚な目で冷ややかに見送った。

 とっくに正気を失った園子の目は先程から一切変わっていなかった。友奈はそれにすら気付けていなかったのだ。

 

 

「言ったでしょ?『許す訳にはいかない』って。だから、貴女共々に......。これが、ミノさんに会える最後のチャンスなんだから......」

 

 

 園子はふらふらと、また松葉杖をついて歩きながら友奈の後を追った。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「ゆうくん...ゆうくん!どこにいるの!?」

 

 

 大赦施設の中を友奈は駆ける。西暦の時代、大橋の記念館として機能したその場所は今では展示物も一切がなくなり、がらんとしている。展示通路だった場所を駆け抜けて、友奈は地下への入り口を見つけた。暗い階段の先には、鉄製の扉。その奥からは陰湿で言葉にし難い嫌な雰囲気を醸し出していた。

 

 ------恐らく、ここだ。

 

 友奈の直感がそう告げる。彼女の直感はいつだって勇祐を見つけた。2年前、あの大橋の近くで泣いていた勇祐を見つけた時も直感に従って見つけたのだ。

 ならば、と友奈は地下へと降りていく。

 その先の扉は、友奈を待っていたかのように扉は鍵が掛かっておらず、友奈の手で開いた。

 

 

「ゆうくん!」

 

 

 叫びにも近い声を出しながら扉に先へと友奈は進んだ。

 

 進んでしまった。

 

 

「ゆう......くん?」

 

 

 半乾きの血溜まりの中、半身が砂になり、今も砂山が崩れるようにゆっくりと砂になっていく途中の勇祐が、両手を壁から伸びる鎖に繋がれて放置されていた。

 

 

「ゆうくん!!」

 

 

 勇者システムを起動して勇祐を助けようとした友奈だったが、その手を止められる。振り返れば、大赦の仮面を被った神官が居た。

 

 

「離して!離してよ!ゆうくんが!」

 

「そのまま抑えててね。そうすれば何もできないから」

 

 

 園子の声だ。その声に従って神官は友奈の両手を抑える。そして友奈の目の前に日本刀を携えた園子がやってきた。

 

 

「こいつしぶとくてね。殺しても殺しても死んでくれないんだ。心臓もないのにね。だから、首を刎ねようと思って。貴女の、目の前でね」

 

「やめて...お願い!やめてよ!殺すなら私にしてよ!なんで、なんでゆうくんが!」

 

「人類にとって毒でしかないからだよ。こんなタタリを撒き散らす存在は居てはいけない」

 

「わかんないよ!天の神だとか天使だとかタタリだとか!そんなのわかんないよ!私の、たった1人の家族なんだよ!」

 

「私もこいつに親友を殺されたんだ!私の目の前で!だから、貴女の目の前で殺してやるんだ!こいつが死ねば、ミノさんは生き返るんだ!」

 

 

 錯乱したかのような声色で園子が叫ぶ。そして日本刀を引き抜き、勇祐の首に向かって振りかぶった。

 

 

「そこまでよそのっち!勇祐君は殺させない!」

 

「東郷、さん?」

 

「......なに、わっしー。今更何の用?」

 

 

 扉を蹴り破り、勇者システムを起動してライフルを構えた東郷が乗り込んできた。その顔は怒りと悲しみに包まれている。

 

 

「2度は言わないわ。友奈ちゃんを離して下がりなさい」

 

 

 東郷が神官を睨み付ける。その声には殺意が籠っている。一瞬狼狽えた神官は友奈から手を離して逃げるようにその場から去っていった。

 

 

「友奈ちゃんごめんなさい。たぶん、全部そのっちから聞かされたと思う。言い訳はしないわ。勇祐君を殺す為に、私は友奈ちゃん達に接触したの」

 

「ほらね、わっしーもこう...」

 

「でも!私は勇祐君を殺したくなんてなかった!普段は優しかった勇祐君がそんな事をするなんて信じたくなかったから!そのっち、私は言ったわ。何らかの『やるしかない』理由を作られて、白面なんてやってるんじゃないか、って。私達はその答えにたどり着いた筈じゃない!」

 

 

 園子の声を遮るように東郷が叫ぶ。その行為に、園子は不快さを隠さない。

 

 

「なのに、今年の春から人が変わったように...一体何があったのよそのっち!」

 

「言ったよねわっしー。こいつはタタリを振り撒く存在だ、って。だから殺さなきゃいけないんだ。こいつを放置しておけば人類は鼠算式に絶滅するんだよ」

 

「2年間一緒に過ごしてきて、私も友奈ちゃんもなんともないわ。これが安全の証明よ!」

 

「でもいつ爆発するか分からない爆弾を手元に置いておくつもりなの?こいつは本気を出せば勇者なんて軽く殺せるんだ。そんなのが天の神に操られるのを想像したことがあるの?実際、こいつは操られていた筈だよ、わっしー達と戦った時に」

 

「そう、だけれど!それでも!」

 

「はぁ、駄目だね。どう言おうが結論は変わらないよ。時期にこいつは死ぬ。なら、私が殺してしまえば復讐も出来るし、それにミノさんも蘇るんだよ?」

 

「銀、が...どういうことよそのっち!」

 

「天からね、声が降りてきたんだ。結城勇祐を殺せば三ノ輪銀は蘇るって、だからこうして強硬手段に出た。わっしーが、頼りないから」

 

 

 園子が笑う。その顔を見て、東郷は背中に冷たい雫が落ちる感覚を味わった。

 

 

(なに......なんなのこの違和感は......!?)

 

 

 園子の声色は絶交を言い渡されたあの時よりも優しいものだ。それが東郷には心底恐怖を感じてしまった。

 東郷は知らない。勇祐しか見抜けなかった真実に。園子の言葉の裏には本音が眠っている事も。

 

 想いは、ここに至ってもすれ違ったままだ。

 

 

「もういいよ、殺すね」

 

「待ちなさいそのっち!」

 

「そこにいるお姉さんと一緒に黙ってみておけばいいのに......」

 

 

 嫌な顔を隠さない園子に東郷はライフルを構える。

 

 

「本気で、撃つわよ......勇祐君を殺したら、そのっちはもう後戻り出来なくなる!」

 

「私はそれを望んでるんだよ。どうせミノさんも居ない、私も...死なない。一生供物として生きていくぐらいなら復讐の1つぐらいやらなきゃ...」

 

 

 園子が日本刀を勇祐に向けて構える。

 東郷も、顔を歪ませ、震える手で引き金に手を掛ける。

 

 

「駄目よ......そのっ......」

 

 

 

「ゆうく...おねがい......おき............てよぉ......」

 

 

 

 

 

 うる、さいな......ようやく、死ぬって...時に。

 

 

 なんだって言うんだ......。さっさと死なせてくれよ......。

 

 

 

「ゆ......く......!」

 

 

 

 姉、さん...の、声......。あぁ、まだ耳が生きてたとは驚きだ。全身の感覚がないからてっきり......幻聴だと、思ってた。

 

 でも、なんで焦ってるんだ......。『僕』は、そんな声聞きたくないのに......。

 

 目を開ける。

 無くしたはずの左目が、何故か復活していた。

 そういえば右目も園子に抉られたっけ。

 目の前に、園子が見える。

 その奥にライフルを構える須美と口を押さえながら泣いている姉さん。

 

 一体、何がどうなっているんだよ。

 なんで姉さんは、そんな顔して...。

 あぁ、僕か。弱ったな。こんな姿見られたくなかったんだけど......。

 

 でも、なんで須美はライフルを園子に向けてるんだ。

 

 

「勇祐君を殺すなら!本気で撃つわよ!」

 

「ふふ、やってみればいいんじゃないかな。私はそれでも止まらないよ」

 

 

 声が、鮮明に聞こえた。

 

 不味い。

 

 不味い不味い不味い不味い。

 

 東郷は知らないんだ、園子にはもう勇者システムを使えないって事を。それはつまり精霊バリアすら張れなくなっているという事で、園子は今、普通に死ねる体な訳だ。

 

 つまり、このまま行けば東郷は園子を殺してしまう......!

 

 ヤバい、ヤバい!

 おい起きろ俺!こんなところでくたばってる暇はねぇ!東郷が園子を殺しなんてしたら!こいつらは一生仲直り出来るどころの話じゃなくなる!

 

 俺が死ねば銀はなんとかこっちに帰ってこれる!でも東郷が園子を殺したら、春信さんが銀の器を用意しても無意味だ!全員が幸せじゃなきゃ、駄目だ!

 

 分かってた事じゃねぇか!俺が、銀に俺の『御霊』を埋め込んだのだって、銀を生かして、また3人で笑って欲しかったからだ!

 もう天の神なんか構ってられるか!天の神が銀の生存に気付くのが怖くて、考えないようにしてたのが仇になり過ぎた!!

 

 俺は、みんなに幸せになって欲しかったんだろうが!!動け...!俺!

 

 

「ゆう、くん......?」

 

「じゃあね、ゆっきー」

 

 

 今動かないで、どこで動くってんだよ!!

 

 

「そのっちいいいい!」

 

「東郷さん駄目ええええ!」

 

「えッ!?」

 

 

 姉さんが俺の様子に気付いて制止を東郷に掛けたが、それより一瞬先に引き金が引かれた。クソ、俺はいつだって一歩遅いんだ。園子の顔が笑顔になっている。やっぱりこいつ、この一撃を待っていたんだ。あの時から変わらない、園子は死にたかったんだ......!

 

 ごめんな姉さん。こればっかりは俺の我儘だ。もう1度家に帰る約束果たせそうになさそうだけど、どうか許してくれ。

 

 

 最後の流星だ。全感覚を集中しろ。

 たった一瞬だけでいい。

 俺のこの体が園子に届きさえすればいい!やってやる!

 

 両手の鎖を引きちぎれず、俺の両腕が捥げる。構うもんか。

 僅かに残っていた両太ももの出力を上げる。血を吹き出して崩れる。構うもんか。

 ほんの少し先までライフルから放たれた光の弾丸が園子に迫っていた。構うもんか。

 園子に体当たりしてその場から押しのける。強化した感覚が俺の腹部を光の弾丸が焼いていくのゆっくりと伝えていく。構うもんか!

 

 

 流星の効果が切れる。

 宙に浮いた達磨状態の俺は、重力と慣性に従って、その場に落ちた。

 

 

「い、い...いやあああああああああ!?」

 

 

 姉さんの叫び声が、俺の鼓膜を刺激して、それを合図に、俺の...

 

 意識、

 

 

 が......。

 

 

 

 

 ......くそ。

 

 

 






【計画、完了】



【征け、そして滅ぼせ】




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第29話 それは今まで話さなかった罰

拡張少女系トライナリー二周年おめでとうございます。もっと早くに出会いたかった。

それはそうとようやく原作9話の部分ですね...。ここまで長かった。まだまだ続きます(鬱展開も)。もう暫くお付き合いください。


 

 勇祐が、床に落ちる。

 バーテックスの御霊を破壊する勇者の武器。当然、必殺の一撃足り得る攻撃であり、結城勇祐にとっても例外ではないのだ。

 

 

「ゆうくん!!」

 

 

 友奈が床に落ちて動かない達磨状態の勇祐に駆け寄る。勇祐の腹には、東郷が放った弾丸によって大きな穴が空いていた。人間であれば即死しているような傷。恐らく、万全な状態であれば、勇祐が天の神によって力を与えられていた当初であれば、致命傷にすら至らなかったかもしれない。

 

 だが今の彼の身体に四肢はなく、冷たい状態で半身が砂になっていた。呼吸もない。心臓もないので鼓動もない。まさに、死体そのものだ。

 

 

「う...そ......」

 

 

 東郷がライフルを地面に落とす、そして力が抜けたかのように地面に膝をついた。

 

 

「なんで......どうして、庇うなんて......」

 

 

 園子も、今の状況が理解できないかのようにへたり込みながらぶつぶつと呟く。

 

 

「ねぇ...ゆうくん......起きてよう......ねぇ......家に帰ろう?私、ゆうくんが淹れてくれるコーヒー、飲みたい...から......おね、が、い......」

 

 

 友奈が身体を揺らしても、勇祐は反応しない。

 ただの骸となった彼はもう、その目が醒めることもないだろう。

 

 

「なんで、なんでなの...だって、あのまま行けば......私は、死ねていたのに......」

 

 

 3人共通して勇祐の死、という受け入れ難い現実を直視出来ずにいる。彼女達は勇者であって、バーテックスという強大な敵と戦ってきた戦士である。だがそれ以前に彼女達は中学2年生の少女なのだ。1人は家族、1人は親友、1人は自分を殺してくれるかもしれなかった唯一の存在。そんな方向性は違えど大事だった存在が目の前で死んだのだ。信じたくない、という想いで現実を見れなくなるのも当然と言えよう。

 

 

 そう、誰もこんな結末は望んでいなかった。

 

 

「くそ、遅かったか......!」

 

 

 そして、もう手の施しようがなく何もかもが手遅れな状態になった時に春信と、勇者システムを起動した夏凜がやってきた。

 

「ちょっとこれ......どういうことよ!?ねぇ、東郷!東郷ってば!」

 

「夏凜、ちゃん......わたし、撃っちゃった......撃って、しまったの......」

 

「撃った、って......もしかして......!?」

 

 

 震える東郷の目線の先。そこには勇祐であった亡骸を抱える、友奈の姿。

 最悪の状況がありありと夏凜の脳裏を走る。夏凜も、東郷が突然居なくなったと思えば春信に呼ばれて、急いで来てみればこの状態だ。

 

 

「嘘でしょ...何が、どうなって......!?」

 

「夏凜、詳しい説明は後だ!私は結城姉弟と園子様をなんとかする!東郷様を連れ帰ってくれ!」

 

「はぁ!?ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私だって状況が......!」

 

「......友人の死体と、その姉が壊れた姿を、見せ続ける訳にもいかないんだ。分かってくれ夏凜。説明は、あとでしっかりとする......」

 

 

 苦々しい春信の声と苦しそうな顔に夏凜はそれ以上の異を唱えることが出来なかった。

 

 

「チッ!分かった!分かったわよ!東郷、立ちなさい、行くわよ」

 

「わ、私...謝ら、なきゃ......」

 

「東郷、あんた......」

 

 

 東郷の目は虚で、一雫の涙がぽつり、と頬を伝っていた。親友を射殺してしまったという極限状態のストレスで、おかしくなってしまっているのだろう。

 

 

「ああもう!とにかくアンタは眠りなさい!」

 

「謝、ら...あぐっ.....」

 

 

 夏凜の手刀が東郷の首を打ち付ける。手刀を受けた東郷は、ゆっくりと地面に倒れていき、夏凜の腕の中に収まったのだった。頭を撫でて、一息ついた夏凜は東郷を肩に背負い、その場に立ち上がった。

 

 

「わ、っしー......?」

 

「そこの...誰か知らない、けど...覚えてなさい、友奈も東郷も治らなかったりしたら、死ぬ方がマシな目に合わせてやる。如何なる事情があれど、私は許す気はない......それだけ」

 

「あ...あ......」

 

 

 園子の方を向かずに言い放った夏凜は走って牢獄から出て行く。園子は手を伸ばしたが、当然届かずその手は宙を切った。

 

 

「......園子様?」

 

 

 春信が園子の様子がおかしいと気付いた時、園子は既に気絶して倒れていた。

 

 

「......くそ...........」

 

 

 園子が気絶した事で、まだマシにはなった。もはや園子は大赦に軟禁でもされるだろう、と春信は考えていた。

 

 本来、勇祐は生贄としてその身を焼かれる筈であった。これは勇祐が拉致されてくるまでの話だった。そこから、園子が1人で暴れて勇祐に意味のない拷問をした結果が今の状況であり、大赦本部どころか乃木家当主ですら知らない事だった。

 今回の暴走で、流石に乃木家ですら園子を見限るだろう。儀式の邪魔であればまだマシであったが、

 

 

「ゆうくん...ねぇ、ゆうくん......」

 

 

 今回で恐らく最低1人...結城友奈は再起不能となるだろう。本人が勇者システムを起動出来ないのに、更に勇者が減るのだ。大赦本部も見過ごす訳にはいかない。

 

 

「神樹様......貴方は、これを望まれたのですか......」

 

 

 春信の悲痛な声に神樹は何も答えない。

 

 ただ......友奈の、勇祐を呼び続ける壊れた声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

『風、今すぐ東郷の家に来て』

 

 

 そのチャットがあったのは数十分前の話だ。夏凜から唐突に東郷の家に呼び出された風は訝しみながらも東郷の家にやってきていた。

 

 

「夏凜、どういうことよ...勇祐が、死んだって」

 

 

 事のあらましを聞いた風は愕然としていた。あの殺しても死ななさそうな勇祐が死んだ。それも人としての尊厳を失ったかのような状況、状態で。風にはとても信じ難かった。

 

 

「私だって分かんないわよ...!兄さんから勇祐が閉じ込められてる場所が分かった、今すぐに処刑されるかもしれないって聞いて急いで行ったら......東郷が撃ったとか、友奈が酷い事になってたりとか...もう滅茶苦茶で......」

 

 

 夏凜が頭を抱えながら答える。彼女も先程の凄惨な場所から出てきたショックと混乱が消えないでいた。

 

 

「たちの悪い冗談...よね?」

 

「......東郷の目が覚めたら、東郷本人に聞いてよ。私だって、これが悪質な悪戯だったら、って信じたいのよ......」

 

 

 少なくとも、樹に聞かせられる話ではない。この場に樹を連れて来なくて良かったと風は心の底からそう思った。

 そして東郷が目覚めるまで、2人は黙ったまま待ち続けそして、

 

 

「こ、こは......」

 

「東郷、目が覚めたのね」

 

 

 東郷が目を覚ました。

 そしてすぐに状況を把握したのか血相を変えて飛び起き、スマホに手を掛けようとする。が、

 

 

「悪いけど、何をしでかすか分からないから預からせて貰ったわ」

 

 

 東郷のスマホは夏凜の手の中にあった。その事に気づいた東郷は諦めたとばかりにベッドに身を投げ出し、顔を手で覆った。

 

 

「私がここに居るということは...全てが終わったのね......」

 

「まだ、分からない。何か手立てがあるかもしれない。だから話して東郷。その為に私と、風が居るんだから」

 

 

 夏凜の言葉に、険しい顔ながらも風が頷く。

 少しの時間をおいて、東郷は全てを話し始めた。

 

 

 自分は先代の勇者であったこと。

 記憶を失った、というのは嘘であること。

 勇祐が白面だということに、最初は半信半疑だったが一度戦ってからは気付いていたということ。

 勇祐を監視する為に讃州中学、それも隣家に引っ越して来たこと。

 何度も勇祐を殺そうと思い、実際に行動に移したが結局出来なかった事。

 満開について知っていた事。

 そして......。

 

 

「う...そ......よね、東郷?散華で失った部位は戻らない、って」

 

「私の、この足が証拠です。それでも信じられないようであれば大赦に問い合わせてみてください......。恐らく、回答は以前と同じ筈です」

 

「じゃあ...私は何処を散華したっていうのよ!?私の身体に異常な...ん、て......」

 

 

 風の顔が次第に青くなっていく。

 気付いてしまったのだ。自分が失った部位を。

 

 

「風先輩の散華の箇所は、子宮。おかしいと思った私が直接、大赦の職員から聞いた事です」

 

「え......へ.......?」

 

 

 風は戸惑いを隠せず、床にへたり込んでしまった。子宮がない、つまりは......犬吠埼風はもう1度たりとて子供を産めなくなってしまった。

 

 ------否......されて、しまったのだ。

 

 

「話を...続けます......」

 

「東郷、今は......」

 

「私は、先程。狂気に身を堕とした友達...先代勇者の兇行を止める為に、引き金を引きました。そして...勇祐くんが、友達を庇い...」

 

 

 

 

 

「死にました。私が、殺したんです」

 

 

 

 

 

 その言葉に、思わず風が東郷に殴りかかった。

 

 

「ぐぅっ......!」

 

 

 頬に鋭く走った痛みに、東郷が呻いた。

 

 

「東郷!なんで、なんで黙ってのよ!私だけなら良かった!なのに、樹の声はもう2度と戻らないっていうの!!?」

 

「そう、です......」

 

「ふざけるなぁぁ!」

 

「風、止めなさい!」

 

 

 夏凜が風を後ろから羽交い締めにして、2度目の暴力を止めた。

 東郷はまるで『殴られる責任がある』と言わんばかりに静かに目を閉じているだけだった。

 

 

「私の散華も、どうして黙ってた!」

 

「話せば、友達との約束が守れないから......です」

 

「ふざけるのもいい加減にしろ!夏凜が満開を説明する前から、勇者部に入る前から知っていた!勇者部の設立の理由も知っておきながら私たちに黙っていたんだ!こんな副作用があるのを知っておきながら!勇祐の事も!東郷が話していればもっとやりようはあった!」

 

「散華の事は申し訳ありません。ですが、あの時の勇祐くんは確実に私達の敵でした。いえ、勇祐くんのもう1つの顔。裏の人格、『白面』という存在が...ですね」

 

 

 あの時の選択は間違っていません、という掠れながらも、なんとか絞り出したかのような東郷の言葉に風の怒りも増す。

 風は許せない。満開の事も散華の事も何もかもを黙っていた事ではない。確かにそれも絶対に許せるものではない。彼女がもっとも許せないのは別の事だ。

 

 

「勇祐を、あの子を殺す事を肯定するつもりか!」

 

「その、通り......です」

 

「東郷ォォ!!」

 

「風!落ち着いて!東郷も!アンタ何言ってるのか分かってるの!?」

 

 

「分かってます!分かってますよ間違っていることぐらい!でも、風先輩も!白面とまともに戦った事がないからそう言えるんです!いくら勇祐君がまともであろうと、白面は...!敵なんですよ!白面さえいなければ私達は3人で居られた!そのっちがあんな狂気で狂ってしまう事なんてなかった!それを分からないから、そんな事が言えるんです!見てください!!」

 

 

 風も東郷も、最早正常な判断ができる状態ではない。

 東郷は枕元に隠していた短刀を取り出し、鞘を投げ捨てた。その一連の流れに、夏凜はいち早く気付いた。

 

 

「東郷!やめなさ......!?」

 

 

 そして夏凜が止める前に、短刀の切っ先を首筋に突き立てた東郷だが、その刃を東郷の精霊が寸でのところで受け止めていた。

 

 

「私達は勇者に選ばれた瞬間からもう死ねなくなっているんです!ありとあらゆる死に方を試しても精霊が生き永らえさせるんです!これさえなければ、私だって責任を取って切腹でもなんでもしていました!けど、出来ないんですよ!」

 

 

 悲痛な叫びと共に東郷は手に持った短刀を投げ捨てた。溢れ出る負の感情が、今まで抑えに抑えていた言葉を濁流のように吐き出させてしまう。

 

 

「皆を騙して!勇祐君を殺して!友奈ちゃんまでも巻き込んでしまった!これが正しいと思い込んで行動した結果なんです!責任を取れるものならとっくにしています!でも、私が死んだところで、他に責任を取ったところで、散華の後遺症はなくならない!勇祐くんも生き返らない!私が皆に黙っていた事実も覆らない!そのっち......友達との仲も、もう2度と......治らないんです.......」

 

 

 ボロボロと東郷の目から涙が零れだす。その姿に、風も段々と落ち着いていった。

 

 

「気付いた時にはもう遅かった......。もう後戻り出来ない場所まで来ていて、それでもなんとかしようと思ったけど駄目だったんです...。あの時、勇者のお役目に選ばれたあの時から既に間違っていた事に気づけなかったんです」

 

「東郷......」

 

「だからって、だからって!そんなので納得出来るワケが......!」

 

 

 納得できる筈がない。東郷が一言、話してくれればこうはならなかったと風は思っていた。東郷もそれを理解している。だが言ったところでどうにもならない。勇者に選ばれたその瞬間から逃れようのない運命が待っていたのだから。

 

 だから、あれだけの敵を満開なしに、そして1人で対処出来たと思うほど風も東郷も、そして夏凜も自分を驕ってはいない。

 

 

「風、今日は一度帰って頭を冷やしましょ?もう夕方だし、樹も心配する筈だから......」

 

 

 項垂れて身体を預ける風の頭を夏凜は優しく撫でた。風からの返答はないが、今日はこれ以上話し合ってもなにもならない。夏凜は少なくともそう判断した。

 

 

「東郷...」

 

「ごめんなさい、夏凜ちゃん......」

 

「詳しく話を聞かないと、あることないこと悪い方向に想像して話が拗れちゃうから...時間を置くっていうのも大事なのよね。私も兄さんとの関係で思い知ったから......」

 

 

 ズキリ、と東郷の胸が痛む。溢れ出る涙がさらに溢れる。あの時、園子と言い合った時、もっと時間を置けばこうならなかったのだろうかと今更にして考えてしまった。

 

 そうして、夏凜は部屋から風を連れて出て行く。彼女も色々と、東郷に聞きたい事が山程あった。勇祐の事。友奈の事。結局何がどうして勇祐があんな『人の死に方ではない死に方』をしていたのか、なぜあの場に友奈が居たのかを聞けずに居た。

 

 

(とにかく、風を家に送り届けて、それから大赦に殴り込みにでもいかないと)

 

 

 もっとも、今の夏凜の怒りは東郷ではなく、大赦にへと注がれていた。

 確かに経験者である東郷が黙っていたのは罪と言えよう。だが黙っていた云々より以前に、なぜ大赦は教えなかったのか。どうして健康診断後に、そのうち治るなどと嘘をついたのか。それが悪意であれ善意であれ、実際に勇者として戦う義務があるのだからデメリットについても教えるべきだったのだ。

 

 勇者に選ばれれば否が応でも樹海に呼ばれて、バーテックスと戦わなくてはいけない。ならばそうなった時点。遅くとも夏凜自身が満開の説明をする時にでも教えてくれれば良かったのだ。

 

 

(って、これ...兄さんも黙ってたって事よね。ふざけんなよ。マジで前歯2、3本折ってやらなきゃね......)

 

 

 夏凜は静かに、実の兄をボコボコにする事を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 夕方、風達犬吠埼姉妹が住む家に帰ってきた風は、ゆっくりと玄関の戸を開けた。

 玄関には樹の靴はなく、風も今の酷い顔を見られずに済んだ、と思わずため息が出た。

 その後ろから、やや無遠慮に夏凜が玄関に入ってきた。風に遠慮させない為にわざとしているようだが今回は正解だった。

 

 

「お邪魔するわ...樹はまだ帰ってないみたいね」

 

「そう、ね。ありがとね、夏凜。態々送ってもらって。お茶でも出すわ」

 

「樹が帰ってくるまで居たげる。しょうがないからね」

 

 

 風の事が心配なのだろう、夏凜はそっぽを向きながら暫くは一緒に居ると言い出した。

 心細くなっている風には、それがとても心強かった。

 

 

「ごめんね、夏凜」

 

「いいから。ほら、私も...その。喉乾いたから!早く!」

 

 

 恥ずかしがる夏凜に、軽く笑いながらリビングへと向かう風。その顔は東郷の家にいた時よりだいぶマシになっていた。

 

 

(それでも要注意って感じね。全く。バーテックスとの戦いが終わったかと思えばこれだもの)

 

 

 真逆、勇者のメンタルヘルスもやらなきゃなんてね、と夏凜はぼそりと吐き出すが嫌な顔は1つもしていない。だがその内面は自らの完成型勇者としての責務の延長線上と考えてなんとか落ち着けているだけだ。

 

 夏凜がリビングに入ると、キッチンに居た風は冷蔵庫から麦茶を出して2人分のコップに入れていた。先に座ってて、と言われた夏凜は言われた通りにテーブル脇に鞄を置いて席に着いた。それから少しして、風が麦茶の入ったコップをお盆に乗せてやってきた。

 

 

「......ありがと。そういえば大赦からメールは帰ってきた?」

 

「まだ、ね。期待出来たものじゃないけど......あら?」

 

 

 電話が、鳴った。

 家に置いてある、固定式の電話だ。スマホがある今、滅多に鳴る事のない電話機。

 どうせセールスか何かだろう、と思っていた風が、テーブルに麦茶を置いて受話器を取りに行った。

 そこまでは夏凜も何も心配していなかった。どうせ些細な電話だろう、と。今の風なら対処出来るだろうと高を括っていたのだ。

 

 

 

 ------それが間違いだった。

 

 

 

「はい、犬吠埼ですが......は?オーディション?樹、と勇祐......の?」

 

 

 タイミングが悪いとは、この事なのだろう。

 風が取った電話の相手は、以前に樹と勇祐が応募したバンドのオーディションをしていた音楽プロダクションからだったのだ。

 そのオーディションの一次審査合格通知。それが今、この瞬間に風の耳に入ってしまった。

 

 

「う、そ......」

 

「風......?」

 

 

 受話器を手から零した風の異常に、夏凜がようやく気付いた。フラフラと隣の部屋に入っていく風を見て、思わず風を追いかけた。

 

 

「風!何があったのよ!」

 

「樹...樹が.......」

 

「さっき勇祐の名前も......ってこれ.......」

 

 

 リビングの隣の部屋。そこは樹の部屋らしかった。樹の私物が並び、机の上には喉や声の関する医療本。ボイストレーニングやバンドに関する練習本、教科書などが散らかっていた。

 それらは付箋がビッシリと貼られており、ノートにはそれらの内容が綺麗にまとめられていた。

 

 

『えーっと、これでいいの...かな?」

 

 

 不意に、夏凜の背後から暫く聞いていない樹の声がした。

 振り向くと、小さなテーブルの上に乗せられたノートパソコンから再生された音声だ。その前にへたり込むように座る風。再生したのは彼女だ。

 

 

『設定はあってるし大丈夫だろ。さっき俺のアコギも録音されてたからな』

 

『なら大丈夫そうですね......えっと...それでは、私達のバンド名は「勇樹」です。勇者の勇に、神樹の樹で勇樹。私達の名前を取った形でもあります。私達は讃州中学の先輩と後輩という関係で、私、犬吠埼樹が先輩である結城勇祐さんを誘う形で、今回のバンドを結成するにあたりました』

 

 

 続いて勇祐の声が流れ、樹はバンドの紹介をしていく。風は、その音声を魂が抜けたように呆然と聞いていた。

 

 

『私たちは、同じ勇者部という部活に所属し...』

 

『俺、仮部員なんだけどな』

 

『茶々入れないでくださいよ......。えっとですね、私たちにはそれぞれ、お姉ちゃんが居ます。私の大好きなお姉ちゃんは、強くてしっかり者で、いつもみんなの前に立って歩いていける人です』

 

『俺の姉...んんっ、姉...さんはいつも俺の事を心配してて、迷惑ばっか掛けても優しく諭してくれる、優しい姉、です』

 

 

 饒舌に、風の事を話す樹と対照的に勇祐の声は恥ずかしそうで弱々しかった。

 

 

『そんなお姉ちゃんの隣を歩きたくて、自分の力で頑張りたくて歌手を目指しています。そんな時に、このバンドオーディションを見つけて、応募しました!......最近まで歌うのが苦手で、好きじゃなかった私ですが、勇祐さんや勇者部のみんなのお陰で歌えるようになって、今は歌を歌うのが本当に好きです。えっと、だから......』

 

『そんな皆への感謝の気持ちも込めて歌います、だろ?』

 

『そ、そうでした!えっ、と...では、歌います!』

 

 

 そして、勇祐のギターがイントロを弾き始め、樹の声の綺麗で透き通るような歌がノートパソコンから流れ始める。

 

 それだけでも風の心を強く揺さぶるのに、十分であったのに追い討ちを掛けるように、風のスマホにメールが着信した。

 家に帰ってくる前に、夏凜と相談して送ったメールの返信だった。

 内容は...想像の通りだった。

 

 結城勇祐は死亡しておらず、まだ入院中。

 身体に異常はなく、そのうち治る。

 

 全部。嘘の内容だった。

 

 

「うぅぅぅ...あぁぁぁぁぁぁああああ!」

 

「風!落ち着いて!今怒ったって何も......」

 

「うるさい!黙れぇぇぇ!」

 

 

 怒り狂った風が夏凜を突き飛ばす。

 

 

「何するのよ!」

 

「アンタも分かってたんじゃないのか!大赦に兄妹が居て、大赦から派遣されてきたのもアンタだ!夏凜も黙ってたんじゃないの!?嘘ついてたんじゃないの!!?」

 

「知らないわよ!私だって、何も知らされてなかったわよ!風、あんた今疑心暗鬼になってる!だから少し落ち着きなさい!」

 

「うるさいうるさいうるさい!もういい!全部壊してやる!大赦も、神樹も!全部!!」

 

 

 風が勇者システムを起動する。溢れかえるような怒りの奔流が風となって花びらを撒き散らす。

 夏凜も風を止める為に止むを得ず勇者システムを起動した。

 

 

「ああもうこの分からず屋!この世界を破壊したらアンタも死ぬのよ!?」

 

「そんなの知ったことかァ!」

 

 

 部屋の中で大剣を振り回す風に、夏凜は刀で受け止めながら、なんとか避ける。

 部屋中のありとあらゆるものが、暴れる風によって滅茶苦茶になっていく。

 

 夏凜にとって、絶望的ともいえる攻防戦が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 一方、壁の外。炎の海の中、人1人を包み込む、大きな結晶体にヒビが入っていた。

 その前に佇む1人の存在。砂と化していく身体を気にも止めず、ただ『再誕』のその時を待っていた。

 

 そしてヒビが入りきった結晶体が遂に割れる。

 割れた結晶体がガラガラと崩れていく中から、赤い勇者装束に身を包んだ少女が目を覚ました。

 

「ここ、は......?」

 

「やぁ。待ってたよ。勇者さん」

 

「お前...は?」

 

「ただのバトン。覚えなくていいよ、もう時間もないからさ。これ、結城勇祐に渡してくれないかな?」

 

 

 白仮面を被った存在が赤装束の少女に勾玉を手渡した。

 手のひらサイズの少し大きな勾玉は、まるで重量がないかのように軽い。彼女には、この勾玉はとても身に覚えがあった。

 

 

「なんで、これが......」

 

「私の使い古し。殆ど力は残ってないけど結城勇祐の分はある。だから、彼に渡して?」

 

「使い古し...ってお前、まさか......」

 

「私は、白面。この真っ白で真っさらな仮面を被る、もはや何者でもない者。結城勇祐によろしくね。更に過酷な運命が、待っているから」

 

 

 そう言うなり、役目を終えたかのように白面の身体が砂となってどんどんと崩れていく。

 

 

「300年...戦った意味はあったよ......。やっと、休め、るん...だ......」

 

 

 その小さな呟きは砂と共に宙に消えていく。少女は、地面に落ちた砂山の中に残った白仮面を拾い上げ、パンパン、とついていた砂を払った。

 

 

「お前の願い。この三ノ輪銀がしかと受け止めたぜ......。んじゃあ。帰るか」

 

 

 白面と勾玉を懐に仕舞いながら、三ノ輪銀は神樹に守られる四国の地を見たのだった。

 

 



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第30話 それは【世界を滅ぼす言葉】

2万UA、ありがとうございます。ついにここまで来たかぁ、というゆるゆるな感覚です。現実味がないというか、なんというか......。

さて実を言うとあらすじをちょっと変えたりしてます。まぁあんまり意味は変わらなかったりするんですが、こちらの方がわかりやすいかな、と思いまして。
ところで......すっっっごい今更なんですけどアンチ・ヘイトタグ要りますかねこれ......。(主に園子を見ながら)




 

 

 私は、何時の間にか家のベッドで寝ていた。

 気付いたら目が覚めていて、ぼーっとする頭でただ天井を見ていた。

 いつから寝ていたのか、いつ起きたのかも分からない。

 回転がいやに遅い頭で何があったか思い出そうとして、唐突に頭が割れるように痛くなった。

 

 

「っ......!!」

 

 

 頭を抑えても痛みは止まらない。でも、思い出さなきゃ。この痛みは、身に覚えがある、から。前にも、これより酷い痛みと戦ったんだから、大丈夫。また、思い出せる。

 

 

「ぐううぅぅ...ああああぁぁ!」

 

 

 痛みでベッドの上をのたうち回るけど、必死に頭痛に耐える。耐える。耐える。

 何分...何十分?もしかしたら数時間、かもしれない。時間感覚なんて分からなくなるぐらいの痛みを抑えながらなんとか記憶を掘り起こそうとした。

 

 そして......思い出した。

 

『その前に話しておくことがあるの。結城勇祐という存在について』

 

『白面という得体の知れない力を手にして、自らをバーテックスと呼ぶ存在が本当に、正真正銘の自分の弟だ、ってどうやって証明出来るの?』

 

『あぁそっか。天の神も知らないんだね。まぁ、私も勇者やってた時は知らなかったから当然かな。大赦から知らされてなかったんだね。わっしーも居たのに、結局教えてもらえなかったんだ?』

 

 

 言葉が反復する。間欠泉のように記憶が溢れかえってくる。

 あの時の感情が掘り起こされて心を引き裂いていく。

 それ以上は嫌だ!聞きたくない、聞きたくない。聞きたくない!

 

 

『あそこで私の親友。彼女も勇者だったんだけどね、殺されたんだよ。お前の弟に』

 

 

 

『彼は、本当に貴女の弟なの?』

 

 

 

 

 

「オエエェェェ!うぷっ...おえぇぇぇ.......!」

 

 

 思わずトイレに駆け込んだ私は、溢れ出た記憶と感情ごと、胃液しかない胃の中身を全部吐き出してしまった。

 

 戦いが終わってから、今までの全てを思い出した。きっと私が......ゆうくんの事を何も分かっていなかったからこうなったんだ。

 もっと話していれば良かったんだ。

 けど、もうそれも遅い。だってゆうくんは...もう、死んじゃったんだ。

 

 

「ゆう、くん......」

 

 

 私は1人になった。

 今度こそ、1人だ。

 2年前のあの大橋の惨事の時ですら孤独を味わったのに、これ以上の孤独を私は味合わなければいけないの?

 

 これから、一生?

 

 風先輩や樹ちゃん。夏凜ちゃん......それに、東郷さんも居るけれど、ゆうくんが居ない世界なんて、耐えられる筈がないんだ。

 だって、今まで戦ってきた理由は『ゆうくんと一緒に生きたい』からなのに。

 やっと手に入れた平穏が、こんな結果だなんて.......

 

 

「そんなの......あんまりだよ.......」

 

 

 ボロボロと零れ落ちる涙と共に、膝から崩れ落ちた。なんて情けなくて、なんて惨めなんだろう。

 這い出るように、トイレから出る。後始末をする余裕なんて今の私には無かった。ボロボロと零れ落ちる涙と止まらない吃逆を抱えたまま、自分の部屋に戻ろうとしたら.......

 

 なぜか、『開けてもいない』のにゆうくんの部屋のドアが半開きになっていた。

 それだけなのに、それがやけに怖くて、恐ろしくて、私は怖いもの見たさでゆうくんの部屋の中に入ってしまった。

 

 この時点で、私は間違えてしまった。

 

 

「やぁ、『姉さん』。ただいま」

 

 

 そこに居たのは、紛れもなく、私の知るゆうくんだった。

 

 

「ゆうくん...どうして!?だって、ゆうくんはあの時に...!?」

 

「やだなぁ姉さん。『僕』は『バーテックス』だよ?御霊がある限り何度でも蘇るんだ。あの包帯の子も言ってたでしょ、心臓がないって」

 

「でも、それじゃあ何であの時は死んでたの......?」

 

「簡単な話さ。大赦を騙す為だよ。だって僕はバーテックス、人類の敵だよ?アレだけ人類の味方になろうと頑張ってたのに殺されそうになったからね。だから僕が生きてるって今バレちゃったら不味いんだ」

 

 

 てへ、と小学生時代のゆうくんと同じ笑顔で目の前のゆうくんが笑う。久し振りに見る、両目のあるゆうくんはなんだか別人のようだ。

 

 中学生になってから一切見せてくれなかったゆうくんの笑顔......。何か、変だな。ずっと見てなかったから違和感を感じてるのかな?

 

 

「でね、姉さん。僕は、死にたくないんだ」

 

 

 そして...ようやく、私が見たかったゆうくんの本当の笑顔から、放たれた言葉はまるで......ゆうくんでないような、悪意に満ちた言葉だった。

 

 

「だから......この世界をさ、滅ぼそうよ」

 

「...へっ......?」

 

 

 身体が、震えた。

 

 

「姉さんも僕が殺された時にそう思った筈だよ。『こんな世界なんていらない』って」

 

「そ、そんなこと......」

 

 

 否定......出来なかった。

 心の何処かで一瞬でも、そう考えてしまったかもしれないと考えてしまった私に否定なんて出来るわけがなかった。

 一瞬怯えた私の心の隙間に入ってくるように、ゆうくんが私を抱き締めながら優しくも恐ろしい...ような、聞いたこともない声色で私に囁いてきた。

 

 

「姉さんだって知った筈だ。東郷は先代勇者で僕達を監視する為に隣の家に帰ってきた。いつだって俺達を殺すタイミングを疑ってたのさ。樹海でも俺を真っ先に殺そうとしてきたのは東郷の筈だよ?それに風先輩も、夏凜も......アイツらは大赦と繋がってる。僕をどうにかしようと、アイツらだけで話し合ってた筈だよ。アイツらは、敵だ。敵なんだよ姉さん」

 

「そんなことないよ!皆だって分かってくれて......」

 

「分かってくれてたら俺は死ななかった。僕はもう、二度と死にたくないんだよ姉さん。僕は姉さんと一緒に生きたいんだ。だから、邪魔をする神樹と、この世界を壊して...姉さんと生きたいんだ」

 

「でも......」

 

 

 違う...。ゆうくんはこんな事......!

 

 

「大丈夫。僕に任せて......」

 

 

 あれ......身体に......力、が......。

 

 

「姉さんなら、僕の言う事聞いてくれるもんね?さぁ...姉さん......」

 

 

 違う......こんな事、ゆうくんは言わない......のに。駄目だ...思考......が.......。

 

 

【------】

 

 

 .............でも、ゆうくんはこの世界ではもう生きていけないんだ。

 そう、そうだよ。私は何より、ゆうくんと過ごす日常が欲しかったんだよ。それ以外は、【なにも要らない】。

 

 

「俺も姉さんと過ごせない日常なんていらない。どうせ全部駄目になるなら」

 

「【うん、壊しちゃおう】」

 

 

【それが、私とゆうくんの願いなのだから】

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「この分からず屋!神樹様を壊したって、なにも変わらない!終わらないのよ!」

 

 

 夏凜が複数本の刀を投げ飛ばし、風が大剣で弾き返す。

 彼女達は風のマンションで掴み合いになった後、窓から飛び出した風を追い掛けるように夏凜も飛び出していた。

 

 

「それでも!【報いは受けさせてやる】!散華の事を黙って、勇祐を殺した大赦なんて信じられるか!」

 

「えぇ、そうよ!私だって実の兄ですらもう信じられないわよ!」

 

「だったら!」

 

 

 風の大振りの大剣が夏凜に襲い掛かるが、夏凜は刀の峰で軌道を逸らし、空いた風の脇腹に蹴りを叩き込んだ。

 致命傷足り得ない夏凜の攻撃は風の精霊バリアを発動させずに脇腹にめり込んだ。

 

 その反動で、風は吹き飛んでいくがなんとか地面に着地して夏凜を両の目で睨んだ。

 

 

「いい?風、私はそれでも......勇祐が守ろうと、味方になろうとした勇者部を潰させるような真似は許さない。でも極論、世界なんてどうでもいいのよ。けど......」

 

 

 両の手に刀を呼び出した夏凜がその右手の刀の切っ先を風にゆっくりと向ける。

 

 

「私は勇者なの。仲間が誤った道に進もうとしてるなら止めるのも義務。風が今、心の中でどう思ってるかなんて分からない。だから、私は声を大にして言ってやるんだから。アンタのやろうとしてる事は間違ってる、ってね!」

 

「だとしても......!」

 

「えぇ、平行線よね。分かってるわよそんなの」

 

 

 夏凜はわざと風を煽っていた。風の今の行動はただの癇癪で、イライラしている感情をスッキリさせてやれば多少はマシになると踏んでいるのだ。

 大赦にケジメを付けさせるのはその後でいい。失ったモノは戻ってはこないのだろうが、時は元に戻せない。だからといって一時の感情で世界を滅ぼす結果になろう等、夏凜にとって許せるわけがなかった。

 

 だが風を落ち着かせるのは自分では無理だとも夏凜は気付いていた。

 

 

(さて、樹がどうにか気付いてくれるといいんだけど......)

 

 

 風が1番怒っているのは樹の声が治らず、夢を諦めなければいけないような状況に追い込まれている事だ。こればかりは大赦がどうケジメを付けようが償えることではない。樹本人がどういう意思を示すか。それによって対応が変わってくる事だ。

 唯一の懸念事項と言えば、樹も風に同調して大赦と神樹を滅ぼす事だが、夏凜はあまり心配していなかった。樹なら止めてくれると信じているからこそだった。

 

 

「ここからは私と風の意地のぶつかり合いって事。さぁ来なさいよ、風先輩?完成型勇者であるこの三好夏凜が一手教示してあげるわ!」

 

「舐めた真似を......押し通ってやる......!」

 

 

 風が地を抉る程に力を込めて夏凜に向かって突撃する。その勢いのままに大剣を横薙ぎで振るうが、夏凜には当たらない。

 我武者羅に大剣を振るう風を、夏凜は最小限の動作でするり、するりと避けていく。

 

 もし今暴走しているのが友奈と東郷であれば、夏凜は押し切られていたかもしれない。友奈はフィジカルに天才的な才能があり、武術も勇祐の影響で習い始めていた。瞬発的な動作であれば夏凜を上回るだろう。東郷の場合は長年蓄えてきた知識と経験。更にアウトレンジからの射撃でそもそも夏凜を寄せ付けない。

 

 だが風は勇者システムを除けばただの中学生。特別、何かしらの訓練をしているわけでもない。対バーテックスであれば彼女は無類の強さを誇るが、対人であれば訓練を積んだ夏凜のような存在には容赦なくあしらわれる程度の実力しか持っていないのだ。

 

 

「こんのォ!」

 

「武器の相性もあるけど、力があるだけの素人相手ならこんなものよねぇ」

 

「く......っ!」

 

「まぁまぁ、そう慌てない慌てない、っと!」

 

 

 雑に煽る呟きを放ちながら夏凜は刀の峰を容赦なく風の横っ面に叩き込む。精霊バリアが発動してバリアに物が干渉する時に発する眩い光放つ。それを利用して夏凜は風から距離を取った。

 

 

 風と夏凜が戦い始めてから凡そ10分以上は経過している。ジリジリと大赦方面へと場所が移動している事もあり、夏凜は少しだけ焦り始めていた。

 戦闘能力で言えば夏凜の方が圧倒的に格上だが、フィジカル面で言えば風に軍配が上がる。今に風を取り抑えようにも、勇者システムの加護を受けた風を抑えることは難しい。致命的なダメージが入らないということは、つまり気絶させにくいという事だ。

 

 

(あんまりダメージ入れようにも、それは気分悪いし...あぁもう。さっさと諦めればいいのに意固地になってるわね。私も風も......あぁ!カルシウムとカフェインが足りない!イライラする!風に攻撃したくて堪らないってどういう事よ!)

 

 

 舌打ちをしながら夏凜は、突っ込んできた風の攻撃を刀でいなしてなんとか時間を稼いでいく。

 

 

「どけぇ!」

 

 

 息を切らしながらも攻撃の手を緩めない風に内心、少しだけ関心しながらも攻撃を防ぐ事は止めない。

 風の目を見れば分かる事だが怒りで完全に我を忘れている。収集がつかずどうするかと悩み始めた頃だった。風と夏凜の行動が、急に糸に絡められるように出来なくなったのだ。

 

 

「これ、は...!?」

 

「ふぅ、やっと来てくれたわね」

 

 

 2人の近くで、誰かが空から降りて着地する音が聞こえてくる。

 それは夏凜が待ち望んだ風の妹、犬吠埼樹本人だった......。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 少し時間を巻き戻る。数十分前、声が出せない代わりに勇祐とどうやってバンドをやっていこうかと考えながら帰宅した樹は、自分の家に入って愕然としていた。

 家具はしっちゃかめっちゃか。窓ガラスは割れ、壁はボコボコ、床もフローリングがめくれたり割れたりの大惨事。部屋という体を成していなかったのだ。

 極め付けはご近所さんが通報したのか警察に事情まで聴取される始末。話を聞きたいのは樹の方だった。

 

 

(どうしてこんなことになってるの!?)

 

 

 樹は急いで風にチャットを飛ばすが何も帰ってこない。勇者部のグループに『私の家がめちゃくちゃに壊れてたんですが誰か理由を知りませんか?』と投げても誰も返事を返してくれない。

 

 

(なんでーー!?)

 

 

 半泣きで目をぐるぐるさせながら関係のありそうな場所全てに連絡するが全て不通。

 更に不幸な事に、勇祐は死に、風は暴れているという滅茶苦茶な状況だからこそ誰も返信出来る存在がいないのだ。もっとも、樹にとってまだ知らない方が幸せなのかもしれないが...。今の樹にとってはそれが1番の不幸なのだ。

 

 

(今日のタロット占いではこんな事なかったのに〜!)

 

 

 可愛らしくひんひんと泣く樹だったが、樹を助けてくれる存在、もとい助けられる存在は今この場に居ない。

 さて、どうしようか。今日の寝床、ご飯、家の修理代。お姉ちゃんはどこに行ったのか。そもそもの原因は何なのか。そういえば私の私物はどうなったのか......エトセトラ。ぐるぐると色んな考えが飛び出て来た樹は頭を抱えていると、唐突に思い出したのだ。自分たちの生活費が大赦から出ている事に。

 

 大橋の惨事で両親を亡くしてから、姉を通して大赦から被害者家族への救済として支援を受けている事を樹は思い出した。

 そしてどう考えても超常な力で滅茶苦茶にされた部屋だ。こういう場合に聞くのであれば大赦に聞くべきだ、と樹はピカーンと思いつき思わず手を叩いた。

 

 我ながら良い手だ、と思ったのも束の間。次に出て来たのは連絡手段の皆無という点。樹は大赦への連絡先を知らないのだ。

 勿論、調べれば出て来るのだろうが、喋れない時点で電話は使えない。メールでのやり取りとなると恐らく時間がかかる。ならばもう、自分の足で大赦に赴くしかないのだが、それもそれで時間が掛かる。

 そこで樹は考えた。

 

【なら勇者になっちゃえばいいんじゃないか】、と。

 そこからの樹の行動は早かった。

 家の人だかりからするりと抜け、誰にも見えないところで勇者システムを起動する樹。

 

 

(なんだか悪い事してるみたい......)

 

 

 悪い事と言えば樹の脳内に真っ先に思い浮かぶのは勇祐だ。悪い先輩で、樹が勇祐に慣れてからというもの、何かと法律には引っかからない程度の悪い事を教えてもらったりもしていた。

 そんな勇祐が未だに敵だとは信じられない樹は、早く勇祐が治るように、と願っていた。

 

 樹は誰にも見つからないように飛び上がり、大赦へと向かう。

 そしてその道中において風と夏凜の戦闘を目撃するのだが、樹はそこに至るまでの情報がなかったので、ここで斜め上の発想に至ってしまったのだ。

 

 

(お姉ちゃんと夏凜さんが喧嘩してる!と、ととと止めなきゃ!)

 

 

 樹には2人がただ喧嘩しているように見えたらしく、あわあわと焦りながら止めようと考えるが方法が分からない。

 

 

(それにしても、なんで喧嘩を.....?お姉ちゃんの顔凄い怖いし......あ、もしかして......!?)

 

 

 樹の脳内にはボロボロにされた我が家が浮かんでいた。既に勇者システムを起動して喧嘩している2人が居る時点で犯人はこの2人だ、と樹は確信してしまったのだ。真相からすると間違ってはいない。

 

 なので樹は怒った。家を滅茶苦茶にしても飽き足らず、夏凜と喧嘩に明け暮れている姉に怒ったのだ。

 

 

「これ...は!?」

 

「ふぅ、やっと来てくれたわね」

 

 

 そして先程の場面へと戻る。

 

 

「樹!離して!私にはやる事が......!」

 

『家、めちゃくちゃ』

 

「......えっ?」

 

『お姉ちゃんでしょ?家をあんなにぼっこぼこのめっためたにしたの』

 

「そうだけど、今はそれどころじゃ......」

 

『それどころ!?今日のお布団もないんだよ!1人で滅茶苦茶にしておいてそれどころじゃないでしょ!?』

 

 

 樹は今までにない程の怒り顔でフリップに怒りを書き連ねていく。そして全く反省の色を見せない風を見て更に字に怒りを込めながらヒートアップしていった。

 

 

「えーっと、樹?止めてくれたのは嬉しいんだけど、こうじゃなかったというか......」

 

『こうじゃなかった!?どうだったら私の家と部屋は壊れなかったんですか!?』

 

「今回は仕方ないと言うか...行き違いと言うか......ま、まぁやってる事は悪いけど風はあんまり悪くないから...ね?」

 

 

 夏凜は樹が異常にキレている事をひしひしと感じていた。しかも今、風と夏凜は樹の糸によって四肢を絡め取られ、身動きが出来なくなっている。つまり殺生権を樹に握られている状態である。それにしたっておかしいのだ。何故『人を殺しそう』な程に憎しみを込めた顔になっているのか。

 

 よく見てみれば、風も同じ顔をしている事に夏凜は気付いた。正に今も、樹に向かって殺してやると叫んでいる。

 いくら怒りで我を失っていても、血の繋がった大の仲良しである家族同士が喧嘩をして殺し合うまで発展するだろうか。

 

 

(なんかムカつくわね...【殺してやりたい】ぐ、ら......あっ............)

 

 

 そして、気付いた。気付けてしまった。

 勇祐と1番関わった日数が少なく、表面上は警戒を一切緩めなかった三好夏凜だからこそ気付けた。

 そして何よりも、完成型勇者として大赦に教育されてきた夏凜は、先代勇者の3人からの情報もあり『思考誘導に対する防衛術』を多少なりとも学んでいた。

 それらの理由が重なり、夏凜は勇祐と同じ天の神からの思考誘導を看破出来たのだ。

 

 

(なにこれ!?自分の言葉じゃないのに頭に湧いて出て来る......!)

 

 

 本人に気付かせないように自然と沸き起こってくる言葉と感情。感情はなんとか制御出来る。だが頭に沸き起こってくる言葉は考えないようにしても無駄であり、次から次へと負の言葉が出て来るので始末におけない。

 

 

「あぁもう!面倒臭い!イライラする!何よこの感情は!あんた達もいい加減に目を覚ましなさいよ!家族を殺したいなんて正気!?」

 

「は?夏凜、そんなことある訳、が......あれ......?」

 

「風!これは何かしらの攻撃よ!私があんた達を殺したいなんて有り得ないし、あんた達がそんな憎しみを込めた顔で罵り合うなんてもっとおかしいのよ!今までの感情を思い出しなさいよ!!」

 

 

 そこまで言われて、風と樹はようやく自分達がおかしい事に気付いた。

 自分たちの今まで放ってしまった言葉に戸惑いを隠せない樹に夏凜は取り敢えず糸を解くように指示を出した。風と夏凜は漸く糸から解放されたのだった。

 

 

「糸が肌に食い込んで痛かったのよねぇ。まぁいいわ。2人ともカルシウムが足りないのよカルシウムが。サプリ飲んで煮干し食べなさい」

 

「わ、わた、私...怒りのあまり.......樹に、ひどいこと......」

 

 

 なんとか2人を宥めようとする夏凜だが、情緒不安定な2人はなんてことをしてしまったんだ、と顔面蒼白になって震えていた。

 

 

「あーもう、素直に謝ればいいじゃない」

 

「で、でも...」

 

「でもも何もないでしょ。あんた達は姉妹で家族でしょ?たった1回の喧嘩で口が滑って殺すだの言っただけじゃない。そんなに不安がるような事じゃないでしょ...ね、樹?」

 

 

 樹の方も、おそらく声に出していないだけだが同じ事を考えていたのだろう。顔をただ横にふるふると振るだけだった。

 

 

「あー、もう。辛気臭いわね!」

 

 

 今にも泣きそうな2人を、夏凜は胸に抱きしめた。突然の事で驚く2人。

 

 

「2人が許せないなら、私が許すわよ......。大丈夫。2人は何も悪くない。風が暴れたのも、樹が怒ったのも、なにも悪くないもの」

 

 

 2人の頭を撫でながら、夏凜は優しく囁く。

 

 

「2人がこんな事になっちゃった原因は他にあるもの。だからもうそんな顔しないで笑いなさいな」

 

「夏凜...私......」

 

「今は黙って私に抱かれてなさい」

 

 

 ぶっきらぼうに答える夏凜がとても優しく感じた風は、緩んだ涙腺から涙を流した。

 そして風に釣られて樹も、涙を流し始めた。

 

 

「泣きたいなら泣きなさい。その方がスッキリするでしょうしね」

 

 

 夏凜の言葉に甘えるように風は声を出して泣き始める。その泣き声は今までの苦しみを代弁しているような気がした。まるで樹と、もう居ない勇祐の分まで泣いているかのようだ。

 

 

(辛い、わよね。姉妹であんな事言い合うなんて。だからまぁ、今だけは甘えさせてあげようかな)

 

 

 夏凜は黄昏時の空を見上げる。空には既に星が輝き始め、まるで世界が平和であるかのような幻想を形作っていた。

 もうすぐ夜になる。まだまだやらなければいけない事は山程あるが、今はこの2人を慰めよう、と思ったその時。

 

 

 唐突に世界が揺れ、3人のスマホから樹海化警報の、あの耳に残る音声がまるで3人に休息を与えないかのように鳴り響いたのだった......。

 

 

 

 



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第31話 それは反撃の狼煙

 世界が揺れる数分前。東郷須美は四国を囲む神樹が作り出した壁の上に立っていた。

 彼女がここに居る理由はただ1つ。この一歩先にある、彼女にとって未知なる先の大地を見るためだ。

 

 目の前に見えるのはは、ただ広い大地だけ。だが園子は壁の外に何かあると言っていた。それだけを頼りに、東郷は覚束ない頭のままで、自分が覚えていないうちに無意識に壁の上にまでやってきていた。

 

 

「この先に、何かがある......」

 

 

 ふらふらと、神樹によって補助されながら一歩を踏み出した東郷の目の前が赤と黒の世界に変わる。

 

 

「...えっ......?」

 

 

 そこは地獄だった。

 全てが灼熱の大地となり、全ての生命が生き絶え、人類の捕食者たるバーテックスが蔓延る死の世界だった。

 想像を絶する光景を見て、東郷はただ呆然とする。そして園子の言葉の意味をようやく理解した。

 

 

「私は、守られていたのね......」

 

 

 園子はこの世界の真実を真っ先に知っていた。そして園子は優しいからこそ、東郷に真実を黙り込んで、遠ざけたのだろう。自分だけが犠牲になればいいのだと。そうやって園子は、この2年間を過ごして来たのだろうと東郷は理解した。

 

 なんて不義理な女なのだろう。

 親友の尊い行いに気付かず、自分はのうのうと幸せな平穏を楽しんでいたのか。

 気付いてしまったら、より一層自殺の欲が出て来るのね、と東郷は自傷気味に笑った。

 だがそれでは勇祐に面目が立たない。だからこそなんとか罪を償うしかない、と思っていたその時だ。

 東郷のスマホに、友奈の勇者システムが起動したというアラームが鳴った。

 

 

「友奈ちゃん......壁に向かって......どうするつもり?」

 

 

 この2年で結城姉弟に対するちょっとしたストーカー気質を発芽させていた東郷は、勇祐の位置情報を取得する特別製のアプリを作る過程で、友奈のスマホの位置情報も取得できるように友奈本人にすら内緒でアプリを作成したのだ。

 

 そのアプリ上で、友奈は東郷から1km程離れた壁にまで向かっていた。

 淀みなく一直線に壁まで向かう友奈。何かがおかしいと異変に気付いた東郷は、一旦壁の内側にまで戻り、友奈がやってくる方向を睨む。

 そして十数秒後、東郷の視界に友奈が見えた。あれは確かに友奈だ。しかしそれだけではない。人影はもう1つ分あった。

 

 

「あれは......?」

 

 

 スマホの位置情報には、友奈以外の存在は表示されていない。なら、勇者システムを起動した勇者に追いつくあの存在は一体誰だ?

 悪い予感がする......そう思った東郷は近付いて確認する前にスナイパーライフルを呼び出した。

 何故なら、あの影が自分が殺してしまった筈の『結城勇祐』に見えたからだ。

 

 

(ありえない......は、ありえない。そもそも彼はバーテックスに近しい存在だから、復活もありえる...けど......)

 

 

 ならば何かしらの連絡が大赦から東郷に入らないのはおかしい。

 勇祐を1番調べていた春信からの連絡すらないのだ。真っ先に疑うのは当然だろう。

 

 東郷はライフルのスコープを立射の姿勢で覗く。見たい距離を適切な焦点に自動で合わせてくれるスコープの先に見えた存在は、白面そのものだった。

 

 そして白面の存在に気付いた瞬間、東郷は真っ先に友奈に向かって飛んで行った。飛びながらライフルを構える。そして引き金を引く。今度の東郷に躊躇はない。すぐさま槓桿を引き、空薬莢を排出。逆動作で槓桿を戻し、2発目の射撃。

 真っ直ぐ飛ぶ弾丸は、白面の顔面に突き刺さり、2発目は白面の持つパイルバンカーを叩き落とした。

 

 

「ゆうくん!?」

 

 

 突然の出来事に、友奈の足が止まる。既に壁の上に到達していた友奈は、着地しながら弾丸が来た方向を凝視した。

 

 

「友奈ちゃん!そいつから離れて!」

 

「東郷さん!?やっぱりゆうくんを殺しに来たんだね、私...信じてたのに!」

 

「勇祐くん!?友奈ちゃんはアレが勇祐くん本人に見えるの!?アレは勇祐くんじゃないのよ!」

 

「そうやって私達の仲を引き裂こうとするんだ。私はもう騙されない!東郷さんの言う事なんて、信じられるもんか!」

 

 

 東郷は自分の迂闊さを呪った。最初から自分の立場を打ち明けていられれば、こうはならなかったかもしれないのに。

 

 

「嘘じゃないわ!友奈ちゃんには見えないの!?その勇祐くんは人間じゃないのよ!」

 

「そうだよ、ゆうくんはバーテックスだもん!だから殺しに来たんでしょ!?そうすれば世界を守れるからって!」

 

「世界を...?何を言って......」

 

「......痛いじゃないか須美。僕だって死ぬ時は死ぬんだよ?」

 

 

 会話に割り込みむように白面が起き上がり、友奈と東郷の間に入った。

 

 

「ゆうくん!怪我はない?大丈夫?」

 

「平気だよ姉さん。これぐらい大した事ないさ」

 

 

 左目の部分だけ割れた白仮面の内から、濁りきった左目を覗かせる白面。姿形は確かに人間で、勇祐だ。だが、圧倒的に違う部分がある。

 

 

「その姿で喋るな、バーテックス!」

 

「ん?なんでだよ須美。僕は勇祐なんだから当然だろ?」

 

「しらばっくれないで!貴方が勇祐くんなら、そんな邪悪な雰囲気を出したりなんてしないし、姿形が2年前のままの筈がない!」

 

 

 今までの、特に中学生になってから戦ってきた白面状態の勇祐とは全てが違っていた。身長は縮み、髪の毛も少し伸びている。その姿は2年前に東郷達3人の先代勇者と戦った時の白面に酷似していた。恐らく顔つきも変わっているのだろうが、白仮面が邪魔で見えない。極め付けは雰囲気そのものだ。目の前の存在が結城勇祐であるのなら、絶対に醸し出さない邪悪なオーラとも言えるそれは、東郷にとって目の前の存在が勇祐ではないとそれだけで確信出来た。伊達に2年間も勇祐を監視してきてはいないのだ。

 

 だからこそ不思議であった。友奈であれば見抜ける筈の嘘をなぜ信じているのか、それが東郷には分からなかった。

 

 

「もしや......友奈ちゃんに何かしたのね!?」

 

「......僕は、何もしてないよ。ただ姉さんと生きる為にこの世界を壊すだけさ」

 

「世界を壊す......?」

 

「そうさ。僕は姉さんさえ居ればいい。もうこんな敵しか居ない世界なんて懲り懲りなんだ。だから、この世界を滅ぼすんだ」

 

「......貴方が本当の勇祐くんなら、止めなかった。私には止める権利はないもの......。でも貴方が偽物で、友奈ちゃんを誑かしているのなら話は別よ!それにね、私の知る勇祐くんは友奈ちゃんの為だろうと世界を滅ぼすなんて言わないのよ!」

 

 

 怒りを露わにしながら、目の前の勇祐を否定する。ずっと勇祐と戦い続けてきた東郷は知っている。勇祐は、如何なる理由があろうと自分の幸せを追求しないような『人間』なのだ。口では自分勝手な事を口走るが、結局は他人の為に体が動いてしまうような根っこからの善人だと東郷は充分知っていた。

 それらは以前、勇祐と2人きりで学校からの家路についていた東郷が再度確信した事だ。

 アレが無ければ、東郷はとっくに勇祐を殺していたのだから。

 

 

「どうしても、邪魔するんだね須美は」

 

「えぇ。私達の味方になってくれると言ってくれた勇祐くんを裏切る訳にはいかないもの」

 

 

 ライフルの槓桿を引き、2人に向けて構える。2人を撃つという覚悟を決めた顔だった。

 

 

「だ、そうだよ姉さん?」

 

「うん、東郷さん...私はこの世界を壊すよ。ゆうくんと、一緒に行きたいから」

 

「絶対に止めてみせるわ友奈ちゃん。それだけは、絶対に間違っているもの」

 

 

 友奈と東郷は覚悟を決め、白面はただその様子を待っていたと言わんばかりに受け入れる。この場において彼の意図は東郷には分からないが、友奈を誑かして世界を滅ぼそうという厭らしい魂胆は見えていた。

 

 

 ------奴は勇祐ではない。

 

 戦う理由はそれだけで良い。

 

 

「はあああああっ!」

 

「くっ...!」

 

 

 勇祐より真っ先に友奈が東郷に突っ込んで来る。友奈の右腕が東郷に迫るが、構えたライフルの銃床で右腕を弾き距離を取る。

 

 

(接近戦はいくら神樹様の補助があれど圧倒的不利......)

 

 

 伊達に戦闘訓練を欠かしていない東郷だ。両足の機能を散華し、神樹の補助を受けて漸く行動出来る状態でも友奈の直線的な攻撃なら、自分が不得手だろうと対応は軽々とこなせる。

 友奈も勿論、東郷は遠距離主体の攻撃だと理解している。自分にその距離を補う攻撃方法がない事もしかり、当然東郷のアドバンテージを奪いに掛かる。

 

 だが東郷は距離という武器を使わない。

 むしろ自分からライフルを持って突っ込んだ。

 

(その不得手をいつまでも残しておく程、私は怠けてはいない!)

 

「ッ!?」

 

 

 友奈は当然驚く。今まで見せたことのなかった戦い方だからだ。東郷のライフルにはいつの間にか銃剣が銃口に取り付けられていた。

 それは防人が扱う銃剣と酷似していた。

 

 

「せやぁあ!」

 

「こ、のぉ!」

 

 

 長尺対素手では、長尺側が素人で素手側がその道の達人だとしても、死を覚悟すると言う。それだけ長さという長所は単純に強い。

 

 なら、2年間銃剣術を鍛え続けた者と、天才的な才能はあれど、この半年程勇祐と組手をしただけの素人の戦いではどうか。

 

 

「友奈ちゃん!目を覚まして!」

 

「くぅっ...まだまだぁ!」

 

 

 勿論、東郷に軍配が上がる。

 東郷の銃剣術に、友奈は懐に飛び込む事が出来ないでいた。飛び込む事が出来たとしても巧みな銃捌きに翻弄されて拳の距離から離される。

 

 東郷がなぜ銃剣術を扱うようになったのか。それは勇祐が原因で、彼が格闘主体の戦闘スタイルだったからだ。

 なので勇祐のスタイルとよく似ている友奈が手玉に取られるのも当然なのだ。

 彼女はただ2年間。勇祐を殺す為に鍛えてきたのだから。

 

 

 精霊バリアの反射音が甲高く鳴る。友奈と東郷の戦いは、一方的に東郷有利のまま進んでいた。

 

 

「姉さんが不利か...。案外役に立たないんだな」

 

 

 2人の戦いを見ながら誰にも聞こえないような声量で、白面が呟いた。

 そして動こうとしたその瞬間、舞うように振り回される東郷のライフルの射線が白面に向いた。

 バンッと、強烈な破裂音。友奈の肩口付近から見えた銃口から唐突に射出される、白面を殺すために作られた、『必殺の弾丸』が白面に向かって音速を超えて迫る。

 東郷は最初からこれを狙っていた。自然な形で白面に銃口が向き、理想の射撃体勢で狙いをつけられる瞬間を。

 

 

「甘い」

 

「ッ!?」

 

 

 今までのどんな弾丸よりも早いそれを真横から弾くだけで白面は避けて見せた。

 避けられる事は想定内だった。だが焦りもせずに弾き飛ばすと言う事は、白面は弾丸を追えるだけの動体視力があり弾き飛ばすだけの反射神経があるという事に他ならない。

 

 最初に撃った2発が命中したことで『当たる』と思い込んでしまった結果だった。

 

 

「姉さん、どいて」

 

「えっ!?」

 

 

 白面の声に、咄嗟に反応した友奈が横に飛ぶ。その友奈と入れ替わるように、かなり距離が離れていた筈の白面が東郷の目の前に現れた。

 

 

(この距離を一瞬で詰め寄った!?)

 

「じゃあな、須美」

 

 

 ガシュッ、と機械音のような音が鳴り東郷の腹に衝撃を与えた。

 途端に腹部が熱された鉄棒に貫かれたように熱くなり、声に出せない程の痛みが東郷に襲いかかった。

 震えながら首だけ下を向いた東郷は、自分の腹部に、白面のパイルバンカーが突き刺さっている事に気付いた。

 

 

「う、そ......ごふっ」

 

 

 信じられないように呟いた途端に、口から血を吐き出した。

 白面は黙ってパイルバンカーを東郷から引き抜いた。寄りかかるように倒れてくる東郷を白面は邪魔だと言わんばかりに横に半歩避けて、東郷を地面に倒れさせる。

 

 

「知らなかったよな、こいつは精霊バリアを貫くんだよ?」

 

「こん、な......」

 

「前の僕は優しいかったからわざと使わなかったんだろうね。ま、今の僕には関係ない事だけどさ」

 

 

 倒れ臥しながら他人事に話す白面を止めようと東郷は白面に足を掴んだ。

 だが掴んだ足を振り払われ、顔面に蹴りを入れられた。

 

 

「がっ!?」

 

「鬱陶しいんだよ。もう立つ力もない癖に、抗うなよ。もうちょっとぐらい楽しめると思ったのにさ」

 

 

 わざとらしく溜息を吐きながら白面は東郷の元から離れていく。

 

 

「行こう姉さん。姉さんが壁を破壊しないと。僕じゃ力が足りないから」

 

「う、うん......」

 

「......須美のことが気になるの?僕たちを殺そうとしてたのに、姉さんは甘いんだね」

 

「......」

 

 

 友奈は否定出来ずに白面に手を引かれてその場を後にする。倒れて血の海を広げながらピクリとも動かない東郷に、一度だけ申し訳なさそうに振り返った。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました。三ノ輪様」

 

「お、おう......なんで私が帰ってくるって知ってたんだ?」

 

 

 銀は真っ先に大赦本部へとやってきていた。

 家族と会いたい気持ちに後ろ髪を引かれたが、真っ先に出会っておかないといけない存在が居たのだ。

 そして大赦にやってきた銀の目の前には、大赦の仮面を被った神官が平伏しながら出迎えた。まるで到着を知っていたようだが、その理由はすぐに分かった。

 

 

「結城勇祐より、断片的ながら話は伺っておりました故...」

 

「そっか......園子は居るか?」

 

「......はい。いらっしゃいます。今は地下で軟禁状態、ですが」

 

「......ならそこまで連れてってくれ」

 

 

 ある程度想像していた言葉に神官は顔を上げる。

 

 

「......分かりました。こちらへ」

 

 

 神官が銀を案内するように奥へと促す。銀も黙って神官の後について行った。

 行き先は大赦の地下。その更に最奥。

 厳重に封印処置をされた場所を何度も通る。

 

 

「流石にここまで厳重処置されてると...引くわ......」

 

「申し訳ありません。場所が場所、ですので」

 

「......本来は勇祐の監禁場所か。こんな御大層なもんを作るぐらいなら、とっとと殺してやりゃあ良かったんだ。ならあんなに苦しむ必要は無かった筈なんだけどな」

 

「......」

 

 

 神官には耳の痛い話だった。本来、勇祐の討伐令を取り下げるように裏から手を回したのは神官本人......そう、三好春信なのだから。

 

 

「あんたを非難する訳じゃないさ。結局悪いのはあの馬鹿勇祐なんだし。ここか?」

 

「はい、この奥にいらっしゃいます」

 

 

 廊下の最奥にあった、鋼鉄製の禍々しい扉。電子ロックされた扉を春信が開けると、真っ暗だった部屋に電気がついた。

 

 

「誰......?」

 

 

 胸までが砂化した、人の形をした『ナニか』の隣で三角座りをして顔を膝に埋めていた園子が、急に点灯した光に目を細めながら顔を上げた。

 

 

「おっ......?園子...だな。なんて酷い顔してんだよ」

 

「ミノ......さん?」

 

「そうだ。三ノ輪銀、今戻ったぜ、園子」

 

 

 信じられない、という顔をする園子にゆっくりと近づいていく銀。だが園子はそれを拒絶した。

 

 

「こ、来ないで!」

 

「......園子?」

 

「私を、また騙そうとしてるんだ!ミノさんはもう死んだんだ!あ、あな、貴女...お前は!偽物だ!」

 

「.......」

 

「来るなぁ!」

 

 

 怯える園子は壁にまで後退りながら銀を拒絶する。その様子を見ながらも、銀は近づく事を止めない。

 

 

「天の神が見せる幻覚なんだ...私が、こんな事をしたから......」

 

 

 壁まで追い詰められた園子の目の前に、銀は迫った。そして膝をつき、震える園子をぎゅっと抱きしめた。

 

 

「園子」

 

「ミノ...さん.......」

 

「言わなくても、全部分かってるさ。この世界を守ろうとしてたんだろ?その為に勇祐を斬り捨てようとして、出来なかったんだな」

 

「わ、私...」

 

「辛かっただろうに。天の神のタタリに抗ってさ。2年も、頑張ったんだろ?」

 

 

 抱き締めながら囁く。ゆっくりと頭を撫でて、赤子をあやすように優しく。

 

 

「う...うあ......あああぁぁ......ああああああああ!」

 

「おう、泣けよ。全部私が受け止めてやる。あとは、私達がなんとかしてやる」

 

「私...たち?」

 

「そうだ。私達、だ」

 

 

 銀が園子を身体から放すと、2人に近付く足音が聞こえてくる。

 

 

「よぉ園子。なんて酷い顔してんだよ?」

 

 

 園子が顔を上げるとそこには、いつの日かと同じように、眠そうな顔で体の様子を確かめながら、園子に目を合わせる勇祐が居た。

 

 

 



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第32話 それは帰ってきた勇祐の話

GW中に投稿したかったんですが1万文字ぐらい書き直してこんなにずれ込みました。是非もないネ。

評価、お気に入り、感想。いつもありがとうございます。
本編の話数で言えば、原作で「結城友奈の章」にあたる部分はあと少しで終わります。投稿が終わり次第、「鷲尾須美の章」へと移っていく予定です。その後は未定ですが、暫く続いていきますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。


 

 

「よぉ園子。なんて酷い顔してんだよ」

 

 

 俺が目を覚ますと、知らない天井だった。懐かしい銀の声と、園子の泣き声が聞こえてきた。

 体を起こしたら、無くした筈の両腕と両足が復活してて、抉られた腹の傷も飛び出ていた腸も綺麗さっぱり無くなっていた。

 なんでだ?という疑問もすぐに無くなった。胸の奥から湧き上がる力。感じなくなっていた痛覚の復活。俺の中に、御霊が蘇った証拠だ。

 

 

「なん、で......?」

 

「なんで俺が生きてるかって顔だな。俺も詳しくは分かんねぇ。けど、銀がなんかしたんだろ?」

 

 

 俺も割と拍子抜けしてるんだよな。てっきりこのまま死ぬと思ってた。まさか生き返るなんて想定外だ。

 銀は生き返って、器を入れ替えたらどうにかなると思ってたし、園子も銀さえ戻ってくればある程度はタタリを跳ね除けられると信じてた。だから俺はあんなに強硬的に命を削ってたんだから。

 

 

「もちろん!......と言いたいところだけど、私も渡されただけだし良く分からないんだよなぁ」

 

「渡された......?誰に?」

 

「自分の使い古しだって、白仮面被った変な奴に勾玉っぽいのを渡されたんだよ。そいつは砂になったけどな。で、さっきお前の上に置いといたんだ。デカイし邪魔だったからな。てっきり何か儀式でも必要だと思ってたんだけど、置いとくだけで復活するもんなんだな」

 

「勾玉...そうか、御霊の代わり......。だからか、力が湧いてくるのは......」

 

 

 大体分かった。その白仮面被ったやつは誰か知らないけど、天の神の影響外の存在の筈だ。そうでなかったら今俺の身体がタタリに侵されていない訳がないからな。

 正体は気になるけど...今は置いておこう。砂になったみたいだしな。

 

 

「さて、園子?」

 

「ひっ...」

 

 

 さっきから俺を見て小刻みに震えていた園子に顔を寄せる。俺が呼びかけてやると小さな悲鳴を出して後ずさった。あんまり虐める趣味はないから、軽くにしておいてやるか。

 

 

「痛かったぞ、本当に。内臓まで引きづり出しやがって。で?満足出来たかよ」

 

「あ、あ......」

 

「滅茶苦茶、痛かった」

 

「ご、ごめ......ごめんなさい...ごめんなさい......私......」

 

 

 泣いちゃった。

 あいてっ!?なんで脇腹殴るんだよ銀!?

 確かに痛みは個人的にはあんまり無かったから、誇張してる部分はあるけど精神的にはクソしんどかったんだぞ?これぐらいの茶目っ気ぐらい許してくれよ。

 ったく、しょうがねぇな。

 

 

「ていっ」

 

 

 園子の頭を軽くチョップして、ガシガシと頭を撫でる。ケアもしてないのか、髪の毛はゴワゴワだ。あとちょっと臭う。俺をズタボロにしてから風呂に入ってないんだろうな。そこまで精神状態がおかしかったわけか。

 

 

「許す。というか、俺がそもそも悪いんだからお前が謝る必要はねぇよ。謝るなら東郷と姉貴にしてくれ......。あと、お前のタタリ、貰っていくぞ?」

 

「えっ......?むぐっ!?」

 

「うわっ、ちょ!?勇祐!!?」

 

 

 うるさいな。これしかないんだよ。タタリを相手の身体から吸い出すには、『唇をくっ付けて吸い出す』のが1番てっとり早いんだ。

 

 

「うわ、うわぁ......すご、すっごいこれ......私の時もあんな事されてたのか......吸ってる...吸ってるよアレ......」

 

 

 恥ずかしいのか顔を両手で隠す銀。

 銀の時は初めてだったしもっと貪るような感じだった、と訂正したかったけど口が塞がってるから無理だな。というか訂正しなくていい。言わぬが何とやらだ。

 

 というか離れようとするな園子。中途半端が1番駄目なんだぞ。

 

 

「むぅ〜!むぅぅ〜!!」

 

「うっわぁ〜。完全に抱き締めて頭押さえつけてらぁ......」

 

 

 胸をドンドンと叩かれるけど、もうちょい我慢してくれ園子。

 

 ......よし、終わり!

 

 

「ぷぁっ......何するのさ馬鹿ァァ!!」

 

「ぶっ!?おい!顔面殴ることはねぇだろ!」

 

 

 顔面を殴られた。なんでだ。

 

 

「うるさい!乙女の唇勝手に奪っておいて何さ!私!初めて!だったんだよ!ファーストキスをこんな、こんな......!」

 

「知るか!そもそもさっきまでのお前にやる前に言ったら絶対拒否するだろうが!唐突にやるしかねぇんだよ!」

 

「それは...そうだけど......そうだけどさ!あるんだよ!?色々と女の子には!!」

 

「あーだこうだ言ってる暇もなかっただろ!?」

 

「あの...三ノ輪様、乃木様と勇祐君はあのように仲がよろしかったのですか......?」

 

「あそこまで口喧嘩してたのは2回目ぐらいかなぁ。1回目は、なんだったか。ほんとにしょうもないことで言い合ってたと思う」

 

 

 わーわーぎゃーぎゃー。

 俺らが言い合ってる間に困惑気味の仮面被った春信さんと、染み染みと語る銀の声が聞こえてくる。

 アレはしょうもなくも...駄目だ。言ったら墓穴掘るな。とにかく、今は急がなきゃいけない理由があるんだ。

 

 

「分かった!分かったから、後でいくらでも俺を攻めてくれていい。今は急がなきゃならない。銀が起きた時点...いや、俺が死んだ時点だな。そこで既に天の神が強硬策に出ててもおかしくないんだ」

 

「どういうことだ勇祐くん!?」

 

「俺は人間のようなバーテックスもどきになった時に、俺の魂の代わりに天の神に御霊を与えられた。そして俺の魂は人質として、今も生きている。もう1人の結城勇祐としてな」

 

「どういう、こと?」

 

「その魂の目的はただ1つ。『姉と一緒に生きたい』だ。例え世界を滅ぼしてでも、だな」

 

「今の勇祐も......ってことか?」

 

「......今は違う。姉貴と同じように大切な存在が山程出来たしな。それに俺にとって、姉貴の意思が絶対だ。これは今も昔も変わらない。そして姉貴は......絶対に、自分だけが生きる選択肢を選ばない」

 

 

 断言する。

 春信さんも若干引いてるけどその反応は想像通り。俺の意思決定が姉頼りな事がおかしいということぐらい自覚してる。

 大切な存在...それは勇者部であり、防人であり、銀と、そして園子だ。彼女達が居なければ俺は恐らく、姉だけの世界を求めていただろう。だからこそ、俺は自分の最終的な意思決定を他人の意思に任せている。

 姉は絶対に世界を滅ぼしたいと言わない。

 誰かを殺したいとも言わない。

 あの自己犠牲の塊が、言う筈がない。

 自分よりも誰かの幸せを願い、出来れば皆と一緒に笑って過ごしたいと願う俺の双子で自慢の姉が、そんな願いを言うなんてありえない。

 

 だからこそ俺は安心して決定権を姉に渡す事が出来る。姉が姉である限り、俺は人間で居られる。姉の意思を無視した時点で、俺はバーテックスになり、そこが俺の最終ラインだ。どちらにもなれる危うさがあるからこそ、その引き金には絶対的な安全装置が欲しかった訳だ。

 

 だがあの魂に、安全装置なんて存在しない。俺がこういう風に変質した時には既に俺の体には魂がなかったんだからな。

 

 

「俺の魂は天の神に歪められてる。その歪んだ俺の魂は、恐らく...とっくに結界内に入ってきてる。俺の姿をして、もう1人の結城勇祐として」

 

「つまり、今悪者の勇祐が来てるって事か?」

 

「そーいうことだ銀。とびっきりに悪い俺が来てんだ」

 

 

 成る程なぁ、と頷く銀に対し、春信さんの「なんでそういう大事な事黙ってたんだ」っていう雰囲気だ。黙ってなきゃタタリで春信さん死んでたけどな?

 園子に至ってはなんとも言えない顔をしている。俺を殺そうとすれば、殺してもらえると思ってたみたいだし、複雑な気分なんだろう。

 

 

「......あのね、ゆっきー...」

 

「なんだ園......うおっ!?」

 

 

 園子の話を遮るように、地面が大きく揺れる。悪い予感が、どうやら的中したようだ。

 

 

「春信さん!」

 

「樹海化が始まるようだ...一体何が!」

 

 

 春信さんがスマホを取り出して何やら確認している。樹海化、つまりはそういうことだ。

 

 

「魂の方の俺が遂にやらかしたって事だ!銀!」

 

「おう!行くぜ!......って言いたいけど、私って今スマホ持ってないんだよな」

 

 

 銀の服装はボロボロであるものの勇者の装束だ。だが肝心のスマホがなく、自慢の一対の斧という武器がない。

 

 

「ミノさん、これを使って!」

 

「園子、これって......」

 

「私のスマホだよ。私は使えないけど、ミノさんなら......」

 

 

 画面の端がひび割れたスマホを、園子が銀に手渡した。取り上げられてなかったのか?

 

 

「勇者システムが存在するなら、コピーぐらい簡単なんだよ」

 

「コピーしたけど使えなかったって訳か。お前ほんと恐ろしいな」

 

 

 あの日本刀どころか、勇者システムも実は用意してたのか...。使えてたら本当に死んでたなこれ。ヤバかった......。

 

「サンキュー園子!これで私も戦えるってもんだ!」

 

「ごめんね、私、戦えなくて......」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。園子は休んでないとな。帰ってきたら須美と一緒に、またイネスに行こうぜ」

 

「うん...うん!待ってる、待ってるから!」

 

 

 泣きそうな園子の頭をぽんぽんと撫でる銀を横目に見ながら、俺は春信さんに近寄って耳打ちする。

 

 

「春信さん、例の件...頼んだ。戦いが終われば有無を言わさずに始めて欲しい」

 

「......分かった。君は、本当に......それでいいんだな?」

 

「勿論。......今まで、お世話になりました」

 

「こちらこそ。では、頼んだよ勇祐くん」

 

 

 そして樹海化警報が銀のスマホから鳴り響き、世界が止まる。

 止まった世界の中で、春信さんの顔は仮面越しで分からなかったが、園子は笑顔のままだった。久し振りに見る園子の笑顔だ。

 

 

「さて...銀、言うの遅くなったけど、ありがとうな」

 

「許す。ま、お互い様ってやつだ。私も勇祐に助けられたんだしな」

 

「......んじゃ、やるかぁ!」

 

 

 今度は夢を介してではなく、銀と同じく花吹雪に飲まれながら樹海の中へと誘われていく。

 準備はそこそこ。状況は最悪を免れたけど、もう1人の俺は恐らく姉に接触して行動を起こした。

 ここが正念場。そして、俺の最期の戦いになる筈だ。天の神がどう動くかは分からないから、それだけが不安要素。後はもうやるしかない。

 

 ......やるしかない?いいや、違う。

 

 

 やってやるんだ。

 

 

 今までのように、やるしかないんじゃない。

 俺は俺だからこそ、魂如きに姉を持っていかれる訳にはいかないんだ。

 

 

 

 

「随分と樹海も様変わりしたもんだな」

 

「そりゃ、大橋と違ってこっちは四国全域っぽいからな」

 

 

 樹海へと誘われた後、雑談はそれなりに、俺はさっきからずっと気になっている事を銀に聞いてみた。

 

 

「銀、身体の状態はどうだ?身体の半分が焼け爛れてた筈だけど...」

 

「正直辛い。見てくれはいつの間にか良くなってたけど、体力の消耗が激しいな。さっきは園子の前だったし、痩せ我慢してた」

 

 

 壁の外で銀を見つけた時、銀の半身は焼け爛れていた。今は焼け爛れた箇所は殆どマシになってはいるが、やはり体力は辛いようだ。直接的な戦闘は避けた方がいいかもしれない。

 まぁ銀の性格上、止まる訳がないんだが。

 

 

「なら俺が...」

 

「止めとけ。勇祐だって、園子のタタリを吸ってしんどい筈だろ?私の時だって中々ヤバかっただろうに」

 

 

 今の銀には、俺の御霊が胸に埋め込まれている。それを元に、俺が流星を使えば銀の身体を治す事は出来る。既に実証済みだから確実に出来るが他人の身体という事もあって疲労感は激しい。今の俺の状態だと身体の維持が出来るかが不安だ。

 

 

「......分かった。けど、無茶すんなよ?」

 

「無茶して勝てるんなら幾らでもやるさ。けど、それだけで勝てる程甘い相手でもないってのは身に染みてるからな......。あと、それはお前もだぞ?」

 

「......分かってるよ。一応、な......」

 

「なんだよそれ...ま、いいや。急ぐぞ勇祐」

 

 

 俺の言わんとしてる事が分かっているのか、一瞬だけ険しい顔をした銀は、俺を置いてさっさと勇者システムを起動した。一瞬の変身シークエンスの後には、紫色の装束を着た銀が槍を持って立っていた。

 

 

「園子の武器と服だな。まぁ使えない事は無いけどさ...」

 

「ないよりかマシだろ。さて...」

 

 

 白仮面を呼び出して、顔に被る。力が漲るように感じるのは、魂が近くにあるからだろう。御霊と魂、実質2つだからな。天の神からの力の受け渡しがなくても、魂の方から漏れ出てる力と銀の体から御霊を通して神樹の力も少しばかり流れ込んできてる形だ。

 本来の力とは程遠いけど、なんとかなりそうだな。

 

 俺たちは顔を見合わせて1度だけ頷いてその場から飛び立った。

 まず目指すのは先程の揺れの震源である壁だ。恐らくそこに、姉と...魂の俺がいるであろうから......。

 

 

 

 

 



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第33話 それは傷つく花達の話

 

 

「力づくでも連れてってやる。あの時の、俺のような二の舞だけは絶対にさせてやらねぇ!」

 

 

 脱いだ仮面を被り直し、姉に対して『片方しかない』拳を向けて構える。

 顔面ぶん殴って、マウント取っても殴ってやる。それぐらいしないと姉は諦めないだろう。タタリでそう歪まされているのだから。

 

 

「行くぞ姉貴。目ぇ覚まさせてやる......!」

 

 

 

 

 ———時間は少し巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「おい須美!しっかりしろ!」

 

「クソ、バリアを貫きやがったのか......!」

 

 

 壁に向かっていた俺と銀は、血溜まりの中で蹲る東郷を見つけた。

 既に大量の血が流れ出ていた。

 

 

「げふっ......ぎ...ん......ゆうすけ...くん.........?」

 

 

 朦朧としているが意識はある。勇者システムと神樹の加護の影響だろう。本当に良かった...。流石に死んでたらどうしようもなかった。

 だが一刻の猶予もないような状況だ。生きさせるか、死なせるか。今の俺たちに選択肢が委ねられているが、選んでいる暇はないし、そもそも選択肢など無い。ある訳がない。

 

 

「銀!」

 

「なんだ!?」

 

「......もしお前が東郷なら、半分人の道を外れる事になっても...生きたいか?」

 

 

 東郷を助ける為の準備をしながら、銀に問う。

 もし東郷が生存を望んでいなかったら、なんてのは考えない。

 それに銀の事だ。たぶん...言ってくれるはずだから。

 

「お前の御霊を体に埋め込んでる私に言うなよ。ただ、自分本位の身勝手な意見を言うなら、例えバーテックスだろうと、私は須美と一緒に居たい。生きたい...!」

 

 

 いつかに聞いた、『生きたい』という言葉。

 

 

「言ってくれると思ってたぜ銀。んじゃあ、俺たちは共犯者だな。怒られる時は、一緒に怒られるぞ」

 

「既に一心同体みたいなもんだし、今更だろ?やってくれ、勇祐!」

 

「おう!」

 

 

 望んだ答えが帰ってきた事に内心喜びながら、俺は右の手のひらの皮を剥いだ。強烈な痛みが電流のように流れて、思わず声に出してしまった。体に痛みが走る感覚は久々だ。

 手のひらの皮を剥いだのは、東郷のお腹に開いた穴を塞ぐ為だ。東郷の肉体を、自分の肉体だと俺の自己強化能力、『流星』を勘違いさせる。そうすれば、能力の応用で手のひらの血肉と東郷のお腹の血肉の部分で肉体が繋がって、抜け技的に治療する事が出来る。

 

 だが他人の肉体の治療は、非常に負担が掛かる。既に銀と姉という2人をこの方法で治療した俺だが、銀は御霊を埋め込んだ上での治療であったし、姉はそもそも血は繋がっている双子だ。だからこそ負担が少なかった。

 今回のように全くの他人だとそうはいかないだろう。下手をすれば負荷に耐えきれず死んでしまう事も考えられる。

 

 そして、結果的に東郷の身体に俺の血が混ざってしまうという副作用もある。今、謎の存在から渡された勾玉で生きている俺は、本当に人間ではなくなっているだろう。そんな俺の血が混ざった東郷に、どんな異常が出るか分かったものではない。

 もしかしたら...今後、東郷は呪縛に囚われ続けるかもしれない。

 

 それでも。例えこれが俺たちのエゴだとしても。

 俺は、誰も失いたくない。これは俺の意思だ。

 

 

 

 ———だから躊躇なんてなかった。

 

 

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い。いてぇ!!

 

 クソ痛い!戸惑いも躊躇もなかったんだけどさぁ!痛いもんは痛い!そりゃそうだ、本来の手のひらにはない箇所を造っては移植してるような作業なんだからクソ痛いに決まってるし、負担がキツいのは知ってたさ!

 

 今までは俺の痛覚が死んでたから痛みがなかったのか、これは予想外だなぁ!

 

 

「勇祐......!お前そこまでして......!」

 

「お“......う”!!」

 

 

 身体中の穴という穴から血が噴き出す。どういうわけか、手のひらだけじゃなくて身体中が痛かった。身体中のエネルギーを使って他人の身体を治しているから痛いようだった。銀の時は痛覚が死んでたから身体の疲労感と血が噴き出す違和感しかなかったけど、これは、きっついな......!

 

 

「あぁもう!やれ勇祐!でも死ぬなよ!」

 

 

 ぐじゅぐじゅ、と。肉が再生していく耳に残る嫌な音が聞こえてくる。少しずつ、身体を治していく。

 そして内臓も殆どが治ったところで、俺の左腕が砂となって崩れた。やっぱ駄目か...。でもこのペースなら、東郷は治せる。

 痛いを通り越して最早死にそうだ。でもここで踏ん張らないと意味がない。今までそうやってあと少しと言い聞かせて頑張って来たんだ。

 

 

「おわ、り......!カハッ...!ぜぇ...ぜぇ......!」

 

「勇祐、終わったんだな...お疲れ様......!」

 

 

 手のひらの分の薄皮一枚だけ残して治療を終えた。流石にそこまで治すことは出来ない。手がお腹とくっ付いてしまうからだ。こればかりはしょうがなかった。

 

 治療を開始して何分経ったのか、時間の感覚さえ失っていた。体感で言えば1時間以上だ。

 酸素を求める肺の為に息をする事すら辛い。なんとかボロボロになった身体を修復していくが、やはり限度があった。左腕を治すには何もかもが足りない状態だ。とにかく、我慢できる程度まで身体を治して息を整える。

 

 

「東郷はこれで...大丈夫な筈だ...。けど、身体を修復したばかりで体力の消耗も激しいだろうから暫く動けないかも、しれない」

 

「それだけで十分だ。とにかく、東郷は見つからないところに避難させよう。勇祐は動けるか?」

 

「動く、さ。左腕がなくて平衡感覚が掴みにくいのはどうにかする」

 

 

 現状、やらなきゃいけないと強制されるような状況というか、想定外で俺の都合とか計画を滅茶苦茶にしてくる事象が多過ぎる。今にしたってそうだ。どうしてこうも俺の運命というものは都合良く巡ってくれないのだろうか。

 ただまぁ、動けるのだからまだマシか。最低基準が本当に低い気がしなくもないが。

 

 

「......銀。東郷は頼んだ」

 

「どうしたんだよ勇祐」

 

「姉貴と、魂の方の俺だ。神樹に向かってる」

 

 

 魂の反応が離れていくような感覚。その方向は神樹の方だ。つまりそこに姉もいる。なら俺が向かう方向はそっちだ。

 

 

「すまん、勇者部の方を頼めるか?」

 

「元よりそのつもりだよ。後輩達も見てみたかったしな!」

 

「だからって油断するなよ。.......んじゃ、行ってくる。......またな」

 

「......おう。いってこい」

 

 

 拳をコツンと突き合わせて踵を返した俺はそのままその場所から離れた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 その場から離れていく勇祐を見送った銀は、表情に少しばかり影を落としながら呟いた。

 

 

「思えば、須美達も私の時はこんな気持ちだったのかなぁ」

 

 

 たぶんきっとそうだ、と銀は考える。

 勇祐は意図して言った訳ではなかったが、先程の『またな』という言葉は銀が覚悟を決めて戦いに望んだ時に東郷と園子の2人に掛けた最後の言葉だった。

 勇祐もきっと、心の何処かで帰って来れないと気付いているからこそ出た言葉なのだろう。

 

 

「私に背負わすなっての...。ま、頼られるのは悪い気はしないけどさ」

 

 

 それにしたって重いもんだな、人の覚悟ってやつは......そう呟きながら、樹海の根の影に隠した東郷の前髪をさらりと撫でた。

 勇祐が治癒した箇所は勇祐の服の裾で包帯がわりに巻いてある。どうやら痛みはないようで安らかな寝顔だった。

 

 銀は勇祐が恐らく、銀が助かるように手を回している事は勘づいていた。勇祐と銀目線ではただの大赦職員である春信との会話が聴こえていた訳ではない。ただなんとなく、あの勇祐が何も考えていない訳がないと信じていた。

 それは嬉しい。また東郷と園子と一緒に暮らせるのだから。紛う事ない、銀の本心だった。ただ、勇祐は自分をもっと大事にしろとも思っていた。

 言い出そうにも、銀には説得力がなかった。生きて帰るという信念を持っていても、結局は2年も帰れず死んだと思われていたのだからだ。どの口が自分を気遣えと言えるものか。

 

 

「難しいよなぁ。生きるのも死ぬのも。理由ばっか付いて回るんだもんなぁ」

 

 

 今の銀も勇祐も、生きる為には生きる理由が居るし、更に死のうにも死ぬ為の理由が必要だ。煩わしい事この上なかった。

 これがもっと単純に、あれがしたいから、とか。あの人と生きたい、だったらよかったのだ。それなら、こんなに悩まずに済んだ。今の銀には、しがらみが多過ぎるのだ。

 

 

「まぁそんな道理、全部ぶっ壊してやるだけだけどな」

 

 

 伊達に2年間、彼女は勇祐の目線を辿ってきたわけではない。実は眠っていながらも、勇祐の御霊を持つ銀は勇祐の意識と繋がっていたのだ。だから高熱を出して寝込んでいた勇祐に話し掛ける事が出来た。

 勇祐の視線で、勇祐の意識と繋がっていたからこそ、銀は勇者部と勇祐の問題点を見抜いていた。

 それらも含めて、銀はこの戦いで全てを精算するつもりなのだ。

 

 

「待ってろ、今度こそ全員生還のハッピーエンドに仕立て上げてやるからな!」

 

 

 2年前に出来なかった事を、今ここでやろう。その覚悟と共に、銀は東郷の側から離れて勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「だぁーもう鬱陶しい!このちっこいヤツなによ!風!そっちは!?」

 

「ちょっと数が多くて対処しきれてない!状況は最悪かも!取り零す数が増えてきてる!」

 

 

 夏凜、風、樹の3人は、壁に開いた穴から湧き出し神樹へと向かう星屑の相手をしていた。星屑を知らず、遂に群体のバーテックスでもやってきたかと身構えていた3人だったが、斬ってみれば簡単に倒せたので拍子抜けしていたのも束の間。前衛に風、夏凜。そして討ち漏らした生き残りを後衛の樹が糸をもって処理するという布陣であるが、圧倒的な数の暴力の前にじりじりと押され始めていた。

 

 

「満開を使えば...クソ、鍛え方が足りなかったか!」

 

 

 夏凜は自分を恥じた。もっとトレーニングに時間を割くべきだったと思ったのだ。

 もっとも、彼女は休日はトレーニング漬けであるし、勇者部の部活後も翌日にギリギリ残らない程度に鍛えていた。

 それでも足りない。

 この現状を見て、努力が足りていたとは思えない。

 自らが完成型勇者を名乗る事が烏滸がましいと思えるほどに、夏凜は自分の無力にハラワタが煮えきるほどに怒っていた。

 

 夏凜はその怒りを嚙み殺しながら、取りたくはなかった選択を選んだ。

 

 

「夏凜、何する気なの!?」

 

「満開を使うわ!これなら一気にコイツらを一掃出来る筈!」

 

「!!駄目よ夏凜!満開は...!」

 

 

 風が思わず夏凜の肩を掴んで止める。が、夏凜はその手を振り払ってその場から飛び上がる。

 

 

「勇者は死なないんでしょ!死ななきゃ安いってもんよ!それに、私はねぇ!」

 

 

 絶叫にも似た夏凜の声。その声に絶望などという負の感情はなく、ただ友達と、友達が生きる世界を護りたいが為に。

 

 

「あんた達を守る為に、今は勇者やってんのよ!!満開!!!」

 

 

 満開という強大でありながら酷い後遺症を残す力を躊躇なく使った夏凜の背後に、『ヤマツツジ』が咲き誇った。

 4本の巨大な腕とその手に真っ赤な日本刀を携え、特徴的な赤色の装束から白を基調とした装束に変身した夏凜が悠然と空に浮いていた。

 夏凜は、何故かこの4本の腕の使い方が満開すると同時に理解出来ていた。不思議な感覚だな、と他人事のように思いながら、押し寄せる星屑の大群を一閃の元に全て斬り落とした。鞘が無いものの、それは正しく居合術と酷似していた。

 夏凜自身、意識していた訳では無かったが、身体が自然と『そういう風に』動いたのだった。

 

 

「あぁ、あれ?どこもわる...く?」

 

 

 その後、自然と満開が解除され樹海の根に降り立った夏凜は、自身の体のどこにも異常がない事に困惑していた。

 嫌な予感がして胸に手を置くと成る程、ようやく散華の供物として持っていかれた箇所が分かった。

 

 

「......そうか。成る程ね」

 

「夏凜、あんた大丈夫なの!?」

 

「たぶん心臓が無くなったわ。まぁ生きてるから大丈夫でしょ。内臓なら行動に支障も出ないし、それに」

 

「馬鹿!そういうこと言ってるんじゃ...えっなに、樹?」

 

 

 ピシャリと夏凜の言葉を遮り、怒鳴ろうとした風の袖を樹が焦るように引っ張った。樹の方に振り返ってみればピョンピョン跳ねながら必死にとある方向を指差している。

 訝しみながら指の方向を見てみれば、そこには神樹の方へと向かう友奈の姿。そして、

 

「友奈...それにアレって!?」

 

「白面!?なんで勇祐が!」

 

 

 死んだはずの勇祐...白面の姿があった。それだけであれば生き返ったのか?と思うところであるが、何故自分たちと合流しないどころか、満開して状態で神樹に一直線で向かっているのかが分からない。

 そして3人は同じ考えに至った。信じたくはないが、あれは本当に勇祐ではなく、白面の勇祐の形をしたバーテックスではないのか、と。

 

 

「様子がおかしい...!夏凜!友奈のところに行かなきゃ!」

 

「......そうね、先に行ってて」

 

「なんで!?夏凜はどうするのよ!」

 

 

 夏凜は黙って壁の方に顔を向ける。開いた穴から、バーテックスが複数体現れていた。どれも今まで相手して、御霊を封印したり勇祐が消滅させたものばかりだ。

 

 

「あれは......!」

 

「どうやらバーテックスもこの機会に乗じて神樹様を破壊しようとしてるようね。あいつらの相手は私がやるから、あんた達は友奈を追って」

 

「でも...」

 

「早く行け!たぶんあっちの方が厄介だろうから!あれはきっと白面であっても勇祐じゃない!勇祐は死んだ!死んだのよ!」

 

 

 狼狽える風と樹に、夏凜が怒鳴る。その顔は怒りに染まっていた。あまりの気迫に、2人はたじろいでしまう。

 

 

「臓腑から怒りが湧いてくる気分よ!私達の世界を滅ぼそうとするどころか死者を弄ぶなんて!」

 

 

 だがその怒りは2人に向けられたものではない。全てはバーテックスに向けられたものだった。両手に握られた刀の柄がミシミシと夏凜の握力で悲鳴をあげていた。それ程までに、あのバーテックスの白面が許せなかったのだ。

 無念だっただろう。心残りがあっただろう。それだけでも悲しいのに、なんという仕打ちだろうか。これが勇祐に課せられた運命とでもいうのだろうかと、夏凜は憤っているのだ。

 そして一息つくと、複雑かつ悲しげな表情で2人に頼み込んだのだった。

 

 

「だからお願い。友奈はきっと何かされてると思う。けど2人なら止められる。不器用な私は、友奈を止める言葉が思い付かないから...」

 

「......分かった。その代わり、絶対に無茶しないこと!約束出来る?」

 

「...えぇ、約束するわよ。だからお願い。友奈を頼んだわよ」

 

「任せなさい!樹、行くわよ!」

 

 

 風と樹が離脱したのを確認した夏凜は、見通しの良い高台となっている根まで飛んで行った。

 高台に立ちながら、鼓動の無くなった自分の体に溜息をつく。

 心臓が無くなったというのに、疲れはあるし生きている。それだけで勇者という存在がいかに異質かを表していた。

 

 

「ま、四肢が動かなくなったり五感がなくなるよかマシよね...」

 

 

 まぁ今からその部分も無くなるかもだけど。そう呟きながら、夏凜はスマホを取り出し、自分の誕生日パーティの写真を開く。懐かしみながら見た後にもう1枚、夏凜が大事にしていた写真を見た。

 そこには怒り顔の夏凜が勇祐に向かって木刀を振り下ろし、勇祐が焦った顔で白刃取りしているという写真だった。

 勇祐が入院する前に風が面白がって撮影した1枚だ。勇祐がまともに写っている写真はこの1枚しかない。

 

 

「撮られるのが嫌いだなんてほんと子供っぽいんだから」

 

 

 微かに笑いながら、スマホを仕舞った夏凜はバーテックスに相対した。

 

 

「さぁさぁここからが大見せ場。遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ......。讃州中学2年、勇者部部員...三好夏凜......いざ、参る!」

 

 

 静かに、自分に言い聞かせるように。そして自分の余裕を表すかのような口上を紡いだ。そしてバーテックスを睨みつけ、勢いを貯めてバネのごとく跳躍する。

 

 

「さぁ、持っていけえええ!!」

 

 

 叫び、満開。

 体の一部を供物として捧げる代わりに強大な力を得た夏凜。

 咲き誇るヤマツツジを背景に、飛び出した勢いのまま、1匹目の目標に向かう。

 

 

「勇者部五箇条、ひとぉつ!挨拶はぁ!きちんとぉぉ!!」

 

 

 勇者部五箇条。夏凜にとって『しょうもない』と切り捨てていた文言を、讃州中学勇者部の勇者ここにありと見せつけんばかりに唱えた。

 

 ヴァルゴバーテックスに肉薄し、すれ違い様に斬り伏せる。

 

 

(柔い...変色しているところを見るに、もしかして再生途中?)

 

 

 斬り伏せた感触がおかしいことに夏凜は気付いた。

 倒したはずのバーテックスが蘇った。

 そして死んだ勇祐が白面として蘇った。その認識である夏凜はふと『バーテックスは殺しきれないのではないか』という考えに至るが、今考える事ではないと思考を振り切った。

 

 

「勇者部五箇条、ひとぉつ!」

 

 

 キャンサーバーテックスに突撃して、4本の刀を振り下ろした夏凜だったが、強固な盾に阻まれてしまった。

 

 

「なるべく、諦めなぁぁい!」

 

 

 —————そんな盾を、知った事かと蹴り飛ばし粉微塵にした。

 

 

 そのままキャンサーバーテックスを一刀両断。構えに戻ろうとしていた夏凜の一瞬の隙を突くようにサジタリウスバーテックスが無数の矢を放ってきた。

 

 

「見えてんのよ!!」

 

 

 放たれた矢を見切っていた夏凜は、矢に対抗して無数の小刀を投げつける。放たれた小刀は正確に矢を撃ち落としていく。

 

 

「どんなもんよ!」

 

 

 思わずガッツポーズした夏凜に、スコーピオンバーテックスの尾が横薙ぎで迫り、回避出来ないと悟り4本の腕で防ぐ。

 空中という踏ん張る場所もない所では耐え切ることが出来ず、満開を強制解除されながら夏凜は吹き飛んで行く。

 

 

「チィ...!勇者部五箇条、ひとおおおつ!」

 

 

 散華の代償は右腕。白い帯が現れて、動かなくなった右腕を庇うように巻き付いた。

 吹き飛ばされた方向がサジタリウスバーテックスの方向であった夏凜は、瞬時に満開を発動。4本の腕を盾にし、サジタリウスバーテックスが放つ矢の雨をくぐり抜ける。

 

 

「よく寝てェ!」

 

 

 矢の雨を抜けて満開を解除した夏凜はサジタリウスバーテックスを斬り飛ばし、そのまますれ違う。

 

 

「よく、食べぇぇる!!」

 

 

 露わになった御霊まで斬れなかった事に気付き、自由落下しながら御霊に向けて刀をぶん投げた。

 突き刺さった刀はサジタリウスバーテックスの御霊を消滅させた。

 そのまま地面に着地したものの、右足に力が入らずその場で転んでしまった。何事かと思えば、右足に巻き付く白い帯が目に入った。

 次なる散華の供物は右足という訳だ。これで右半身を失ったことになる。

 次は右足か、と盛大に舌打ちをした夏凜だが、知ったことかと左足に力を入れて飛び出す。

 散華してすぐだからだろうか、右足には東郷のように神樹による補助足のようなものはなかった。つまり機動力が大幅に下がった状態で1人でバーテックスと対峙するには、満開という道しか残されていなかった。

 

 ———歯痒い。

 

 自分は力がない未熟者である。だから満開という力を用いて、散華するのは当然の回帰であろう。力がないから自分の身体を支払い力を得るだけの話。だがそれで話が終わるわけではない。

 

 

「勇者五箇条、ひとおおおつ!!」

 

 

 満開した夏凜が次なる目標、スコーピオンバーテックスに向けて突撃する。

 彼女の脳裏に、勇者部の4人と勇祐の顔が浮かんだ。

 きっと散華でボロボロになった私を責めるだろう。以前であれば他者の感情なんて鑑みなかったのに。力がないから満開を何度も使った自分をどうか許して欲しいと願った。

 

 

「悩んだら、相談!!!」

 

 

 厄介極まりない尻尾を斬り飛ばすどころか微塵切りにした夏凜は4本の刀でスコーピオンバーテックスの胴体を串刺しにした。ちょうどそこに御霊もあったらしく、スコーピオンバーテックスは消滅していく。

 

 

「次は...ぐぁっ!?」

 

 

 次なる目標を索敵しようとした夏凜の背中に突如地面から現れたピスケスバーテックスの攻撃が命中してしまい吹き飛ばされてしまった。それと同時に満開の変身も解けてしまった。

 

 

「満開の定着が浅い...!?おさがりの勇者システムじゃ駄目って事かしら、ね!」

 

 

 返す刀でピスケスバーテックスに向けて左手に持った刀を投げつける夏凜。そして、散華の内容を知った。

 

 

「うぅっ...!勇者部五箇条、ひとおおおつ!!」

 

 

 夏凜は、世界から伝わってくる音の振動を聞き取れなくなっていた。つまり彼女が散華で供物とされたのは『聴覚』。彼女には、もう音は聞こえない。

 

 それでも、不安に押し潰されそうになる心を必死に繋ぎ止めるように、彼女はまたツツジを満開する。

 

 

「なるべく!!!」

 

 

 地面に潜ったピスケスバーテックスが居る場所に向け、落下速度プラス満開の出力で思い切り突っ込み、地面を割る勢いの威力で両足で蹴り込んだ。

 

 

「諦めなああああい!!!」

 

 

 堪らず飛び出してきたピスケスバーテックスを容赦なく一刀両断。

 

 

「見たか!これが勇者部の力よ!!」

 

 

 神樹に向けて、夏凜は言い放つ。どうだ見たか、未熟者だろうがこれだけ出来るんだぞと。張り裂けんばかりの声量で見せつけた夏凜だったが、彼女の背後には新たに現れたバーテックスで埋め尽くされていた。

 

 

「おかわり...って訳ね。いいわ、全部平らげてやるんだか、ら......ッ」

 

 

 疲労が溜まった夏凜の体から強制的に満開が解除された。

 

 

「嘘...こんな、ところで......!」

 

 

 満開はその性質上、散華によって体の一部を失うが、それと同時に体力も精神力も尋常ではない程に消耗する。

 夏凜は勇者になる為に訓練を積み、讃州中学にやって来るまでにも意図は伏せられていたが満開使用時の消耗に対する訓練を行っていた。それでもなお、連続5回の満開の使用は夏凜の身体に極大な負荷を与えていた。

 

 

「ふざけ、るなぁ...認められるか、こんな...ところで立てないなんて.....!」

 

 

 そして無慈悲にも、散華によって彼女の体の一部は供物とされる。次なる供物は、右目であった。

 

 

「まだ、やれる.....!まだ、立てる......!」

 

 

 力を入れようにも、今でさえ鍛え上げた精神力で意識を保つだけで精一杯な状態の夏凜には、上半身を起こすだけしか出来ない。

 

 そして、無慈悲にも復活したサジタリウスバーテックスの矢が夏凜に降り注ごうとしていた。

 

 

「悪いが、折角私の後輩を見つけたんだ。やらせるわけにはいかないな」

 

 

 夏凜の目の前に人影が立ち、甲高い金属音と共に矢が全て防がれていく。

 ボロボロの紫色の装束。そして紫色の傘を開いた槍。

 見たことがない。だが恐らくきっと、目の前の存在を知っている気がした。

 

 

「あん、たは......?」

 

「私の名前は、三ノ輪銀。あんたが持つ勇者システムの前所有者さ、後輩ちゃん?」

 

 

 にっこりと、向日葵のように笑う、見慣れぬ少女は夏凜の言葉にそう答えたのだった。

 

 

 

 




現在の散華による供物の箇所

・友奈(味覚)

・東郷(両足、左耳)

・風(子宮)

・樹(声帯)

・夏凜(心臓、右腕、右足、聴覚、右目)

・園子(左足、右目、右耳、心臓、子宮、両肺、胃、小腸、大腸、腎臓、膵臓)


なお勇祐に関しては物理的に失っているのでカウントせず。1度死んでいるので実質的に体全体散華しているとも言えなくはない。


次回以降もかなり投稿が遅れる事が予想されますが気長にお待ちください。バッドエンドを本編にする予定はないので、分岐点をいくつか設けてそこのバッドエンドを書いてみるかもしれません。
感想、評価、閲覧。共にありがとうございます。


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第34話 それは必ず帰ってくると誓う話

必ず約束を守る為に勇祐は戦います。





「全く、私に良く似た無茶の仕方するなぁ。いくら死なないっても、自分の体を犠牲にしちゃ意味がないだろうに」

 

「......?」

 

「......耳が聞こえないのか。なら、ちょっとそこで待ってな。あれぐらいの数なら私1人でどうとでもなる」

 

 

そう言うなり、銀は傘を解除してその場から飛び上がった。そして槍を投げる体制を取り、思い切りぶん投げた。

放物線を書くこともなく、一直線で飛んでいった槍はサジタリウスバーテックスを貫いた。

 

 

「ホームラン!いや、ホールインワンか?どっちでもいいか!」

 

 

槍は意思があるように銀の手元へと戻ってくる。そのままの勢いで銀は鎧袖一触でバーテックスを屠っていく。

 

 

「へへーん、どんなもんよ!」

 

 

そのまま夏凜の目の前に着地した銀は。自慢げに腰に手を当てて自慢する。夏凜は口をパクパクとさせて信じられないという顔で見つめていた。

 

 

「御霊がなかったっぽいからな。あのぐらいは余裕さ...それを含めて、お前のお陰だよ。よく、頑張ったな」

 

 

銀は夏凜が頑張ったからあの数のバーテックスでも楽に倒せたと言い、優しく夏凜を抱きしめて優しく頭を撫でる。銀の声を含め、一切の音が聞こえなくなった夏凜だが、優しく囁く声が聞こえて来る気がした。

 

 

「あり、がとう...」

 

 

夏凜にとってそれは救いであり、安堵であった。だがその安寧に浸るほど彼女は柔でないし、なにより三好夏凜は勇者であり、今では動かなかった体にも力が入るようになっている。だから、彼女は立ち上がろうとするのだ。自分の体に鞭を打ってでも——

 

 

「耳が聞こえなくても、右半身が動かなくてもまだなんとかなる。だから、あんたがどこの誰か知らないけど、私を皆のところまで連れて行ってくれない?」

 

「おい...お前」

 

「いいから!死ななきゃ安い!後のことは後で考える!

 

 

銀が言い終える前に夏凜は言い放つ。自分の口から、本当に思った通りの言葉が出ているのか音が聞こえなくなったので怪しかったが、苦い顔で頷いた銀を見てどうやら伝わったようだと感じていた。

 

 

「なんで勇者に選ばれた奴ってのはこうも己の身を鑑みないかなぁ...」

 

 

銀はそう言いながらも夏凜を背負う。どうせここで捨てていっても夏凜という人種は這い蹲ってでも戦おうとするものだ。なら連れていって近くに置いておいた方がまだマシだろう、という考えからだった。

溜息を1つ吐きながら、夏凜を背負った銀は神樹の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「友奈!止まりなさい!」

 

 

風と樹が、友奈を追いかける。だが友奈はまるで声が聞こえていないかのように振り向く事もせずただ黙々と2人から逃げ続ける。

埒が明かない事に気付いた風は樹に目配せをする。樹のワイヤーであれば、友奈の行動を阻害する事が出来るからだ。

 

 

「...!!」

 

 

だがそのワイヤーは、白面によって阻止される。友奈の前に覆ったワイヤーを両手で搦め捕ったのだ。

 

 

「オイタはいけないなぁ?」

 

「どの口が言ってんの、よぉ!」

 

 

そのまま振り回されそうになる樹のワイヤーを風が大剣で斬り落とす。先程から黙って友奈の隣居ただけの白面であったが、こちらが実力行使に出ると見ると遂に行動を開始したのだ。

 

 

「僕は姉さんと一緒に生きたいんだ。邪魔をするな」

 

 

有無を言わせない速度で迫る拳を避ける。樹が風に向かって何かを言いたげに叫ぼうとしていたが、喋れない樹の音なき声は風には届かない。

 

 

「オォォ!」

 

「そんな大振り!」

 

 

大剣を地面に刺し、それを軸にスピードが乗った回し蹴りを白面に食らわせようとしたが風の足は空振る。

 

 

「まだまだぁ!」

 

 

勇者システムを起動させた状態でしか出来ないような空中での姿勢変更で、地面に刺した大剣を引き抜き、そのまま白面に向かって振り下ろした。

が、唐突に走った刀部の側面からの衝撃に、風の態勢が崩れた。

 

 

「ゆうくんは、やらせない!」

 

「友奈!?」

 

 

衝撃の元の右拳は友奈のモノだ。その瞳を黒く濁しきって、まるで何かに取り憑かれたようだと風は気付く。一体何があったのか。今の風にそれを推察するにはなにもかも足りなかった。

 

 

「友奈、あんたおかしいわよ!勇祐がおかしい事に気付いてないの!?」

 

「ゆうくんはおかしくなんかない!口調だって、昔のように戻ったんだよ、今までがおかしかったんだよ!だから、邪魔しないでください!」

 

 

友奈の攻撃。手加減などなく、明らかに風を害そうとする威力だ。たじろぐ風にすかさず樹の援護が入るが、白面によって止められる。

 

 

「樹下がって!」

 

「いや、ここで仕留める」

 

「させる、かあああああ!」

 

 

戦い慣れていない樹は、白面の攻撃に反応出来ず硬直したままだ。咄嗟に風が樹を庇うように突き飛ばさなければ樹は白面に殴り飛ばされていただろう。

その代わりに、身代わりとなった風が白面に殴り飛ばされた。バリアが発生しているが、負傷は免れないだろう。

 

 

「やっぱり、拳じゃあ駄目だな...だから、使わせてもらうよ」

 

 

ゆっくりと樹に振り返る白面の右手には、パイルバンカーが握られていた。その姿に樹は本能的な恐怖を感じてしまう。

一歩後退る。だが動けたのはそれまでで、子鹿のように足が震えて言う事を聞いてくれない。視線は白面の真っ白な仮面が割れた目元、勇祐と思わしき存在が放つ、赤いとも黒いとも区別が難しいどろりとした瞳に吸い込まれていく。

 

叫びたくても叫べない。助けなんて求められない。ただ刻一刻と迫る死刑執行の時を待つ囚人のような感覚を樹は味わう。

下腹部からじんわりと温かい感触が伝わる。普段なら恥ずかしい事この上なく、その場から逃げ出して3日間は部屋に籠るであろう——

 

だが体は動いてくれやしない。

 

 

「樹ぃ!逃げてええええ!」

 

 

姉に叫び声に反応すら出来ない。

振りかぶられたパイルバンカーが樹に迫る。目の前の白仮面の奥底にある口の端が釣り上がっているように思えた。

 

もうだめだ、目をギュと瞑る。来るべき衝撃に備えて体が強張る。

 

 

だが、いつまで経っても衝撃が樹を襲う事は無かった。

 

 

「俺の後輩に手ぇ出してんじゃねぇぞクソ野郎!」

 

 

聞いた事がある、とても頼もしい存在の声が聞こえてきて目を見開く。そこには、腕を切り落とされた白面と、日本刀よりも大きく長い太刀と呼ばれる武器を構える隻腕で赤髪の少年、白仮面を被らない、結城勇祐が居た。

 

 

「......!!」

 

「樹、暫くぶりだな。ちょっと待っててくれ」

 

「傷が、治らな...!?」

 

「黙ってろクソボケ。テメェを殺すのは後だ」

 

 

何かを言いかけた白面は、顔面に腰の入ったフルスイングの右ストレートを叩き込まれ吹き飛んでいった————

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「おい姉貴、迎えに来たぞ」

 

アイツを殴り飛ばした後。姉が驚いた顔で俺を見る。大方、なんでもう1人居るんだ?って事だろう。説明するのは面倒臭いし省く。どっちも俺だからなぁ。説明しにくい。あと、刀を背負った鞘に戻した。

何処からやってきたのか分からないが、まるで俺に使えと言わんばかりに樹海に刺さっていた、園子が俺の腹を搔っ捌く為に使った日本刀のそれだ。ほんと、なんであったんだろうなこれ。というか俺が使ってもいいのか?

 

これが最初から使えてたら......いや、それは考えるだけ無粋か。有り難く使わせて貰う、それだけでいい。

 

 

「ゆう、くん......?」

 

「......帰るぞ。一緒に、俺たちの家に」

 

「帰れ、ないよ。私は、ゆうくんと2人で生きるって決めたんだから」

 

「アホ抜かせ。そんな事、望んでないだろうが。大方あの偽物に言い包められたんだろ」

 

 

どういうやり方だったかぐらい眼に浮かぶ。どうせ心の隙間に入り込んで思考誘導でもしたんだろ。

それにもう、姉は騙されていた事に気付いている筈だ。俺がぶん殴った方が、間違っている方の俺だとも気付いている筈だ。

 

 

「そんなこと、ない...」

 

 

姉の瞳が動揺で揺れる。そらみたことか。アイツは俺自身なんだから、やり方ぐらい予想出来る。

むしろ、その方法で俺は姉の記憶をぶっ壊したんだからな。まさか自力で記憶を紡ぎ直してくるとは思いもしなかったが。

 

 

「言い訳はいい。長くなりそうだし、そもそも俺たちは誤解を解かなきゃいけない。話し合わなきゃいけない。だから、帰るぞ。勇者部の皆も待ってるんだからな」

 

「嫌だ」

 

「やだじゃねぇ」

 

「やだ!」

 

「やだじゃねぇつってんだろこのアンポンタン!脳みそあっぱらぱー!国語のテスト25点!!」

 

 

これはその場でパッと思いついた俺なりの罵倒集だ。こんな小学校低学年レベルの悪口しか出てこない辺り、俺の語彙力の低さと姉の性格の良さを自覚してしまうな。

 

 

「なっ...!?」

 

 

だけど姉の顔は真っ赤だ。案外悪口言われるとムキになるタイプだからな。

 

 

「何が嫌だ、だ!嫌がるって事は、帰る方が正しいって分かってんじゃねぇか!」

 

「ッ......!」

 

「それらしい理屈捏ねてみろよ!なんで嫌なのか言ってくれよ!言葉は、伝えなきゃ理解できないんだよ!」

 

 

これは自戒でもある。一言でもあれば、ここまで拗れなかったんだから。

 

 

「力づくでも連れてってやる。あの時の、俺のような二の舞だけは絶対にさせてやらねぇ!」

 

 

脱いだ仮面を被り直す。そして片方しかない拳を構える。

顔面ぶん殴って、マウント取っても殴ってやる。それぐらいしないと姉は諦めないだろう。タタリで、思考誘導で、そう歪まされている。

 

 

 

「行くぞ姉貴。目ぇ覚まさせてやる......!」

 

 

動揺する姉、だが十全に戦える体力。そして満開という切り札。対する俺は片手なし、復活した左目も視力はほぼゼロ。頭のてっぺんから爪先まで、身体中には激痛が走っていて、正直痛みを顔に出さないだけで精一杯の状態。立っているのでさえ怪しいぐらいだ。たぶん、真後ろにいる樹は、俺の足が震えてる事に気付いてるだろう。

 

 

「やらせる、かよ......姉さんは、僕と一緒に生きるんだ。生きる事を諦めたお前に、やらせるもんか!」

 

 

白面が姉の側につく。もう復活したか。だが右手はもう使えないみたいだな。なら、イーブンだ。

 

 

「こっちが本物の勇祐、よね?」

 

「どっちも本物って言えるけど、パイセン...大丈夫か?」

 

 

そして俺の両隣に、風と樹の犬吠埼姉妹がやってくる。2人とも体が痛そうだが......。

 

 

「私は平気よ......。それとありがとね、樹を助けてくれて」

 

「当然の事をしたまでだよ。後輩は守らないとな。それに、もう1人の俺と家族の不始末だ。なら、ケツぐらい俺が拭かねぇと。というか、俺の側についていいのか?2人とも......?」

 

「何言ってんのよ、あんたは私達が知ってる勇祐、でしょ?向こうは頭あっぱらぱーになった友奈に...というかアレもほんとに勇祐なの?なんで2人も居るのよ。忍者か何かなの?」

 

 

忍者ではないが。

 

 

「.......色々あったんだよ。詳細は省くけどあっちの俺を止めないと世界が終わる」

 

「うぇ、ほんと?なら、有無を言わせず勇祐の側につくわよ。樹もそれでいいわよね?」

 

 

樹もコクコクと首を縦に振って頷く。俺を信じてくれて、嬉しさが込み上げる。1人で孤独な戦いばかりだったから、余計に。でも心の何処かで罪悪感を感じるのは、俺がまだ2人に謝れてないからだろうか。

 

 

「俺は2人に、謝らなきゃいけないのに...」

 

「......大橋、のこと?」

 

「......聞いた...のか...?」

 

 

ぼそっと口から出てしまった言葉にパイセンが反応してしまった。

まさか......だけど、姉がいつの間にか言っていてもおかしくはない。

 

 

「いーえ全然。半分想定半分カマかけ。......当たって欲しくなんか無かったけどね」

 

 

覚悟はしてた、とパイセンは言う。俺が白面で、過去に何かやらかしていて、それに自分達に対して余所余所しさを隠さないし、1番の理由は苦手意識すらあったであろう自分に料理を習いに来たから...というものらしい。

 

後に聞いた話だが、薄々『なんかこいつおかしいな』と思っていたのが大赦に拉致されて一気に疑いから確信に至ったそうな。

まぁ確かに料理を態々パイセンに習いに行ったのは完全に悪手だったとは行ってから気付いて、辞めるのもどうかと思って結局続けてたんだよな...。

どうやら樹もパイセンから話は聞いていたようだ。

 

 

「勇祐が、何がどうなって大橋の惨事を起こしたかは今は聞かない。けどどうあっても、私達の結論は勇祐を『赦す』。だから...」

 

 

———もう、怯えなくてもいいのよ。

 

———もう、怯えなくてもいいんですよ。

 

 

パイセンがそう言って、樹もそう言っている気がした。

 

 

「......ありがとう。2人とも」

 

 

——————その一言で、俺はどれだけ救われたのだろうか。

 

 

 

 

「どういたしまして。んじゃ、あとは目の前のあんぽんたんの目を覚まして、あの勇祐をぶん殴るだけってことね!」

 

 

パイセンが大剣を肩に担ぎ、樹も構える。

 

 

「赦されたところで僕の罪は変わらない」

 

「それがどうした」

 

 

俺も拳を再度構える。

 

 

「消えない罪を背負ったままでも、俺を許してくれる人が居る。それだけでこの世界を壊す千の理由にも勝る。だから、姉貴は連れて行くしお前は倒す。例え俺の身が即座に砕け散ったとしてもな」

 

「少なくとも私達勇者部は勇祐を許す!これは部長命令だからね。ま、大赦は絶対許さないけど、それはそれよね!勇祐、あっちのよく分かんない方は任せなさい!」

 

 

そして俺達は激突した。

まず連携させないようにパイセン達が白面と姉を切り離していく。「心置きなく殴り合え」と樹の目が言っている気がした。君、やっぱり何時の間にかダーティな性格になってるよね。

 

 

「私は、私は!こんな世界なんていらないんだ!ゆうくんが認められない世界なんて!」

 

 

姉の拳と俺の拳がぶつかり合う。

 

 

「俺は、姉貴に幸せに暮らして欲しくてこんな化け物に成り下がったんだ!最初から死ぬような結末になることぐらい予想してたさ!」

 

 

蹴り飛ばされる。右腕で防ぐが反動で数歩後退する。右腕の骨が折れたけどすぐに治した。体の激痛が増える。

 

 

「じゃあなんで話してくれなかったの!?一言でも言ってくれれば...!」

 

「言った結果が今の姉貴だ!身を以て分かってんだろ!思考がメチャクチャにされてる筈だ!」

 

 

殴打の応酬を喰らわないようになんとか食らいつく。体に激痛が増えていく。負荷に耐えきれない

 

 

「それ、でも...!」

 

「姉貴が勇者になる事を避けられなかったように、俺だって同じだったんだ。でも逃げたら姉貴どころか皆死んでた!だから、俺は!自分で抱えて、なんとかしようとして、結局出来なかったんだ!その結果がこれなんだよ!」

 

 

吐きそうになった血反吐を飲み込む。

命の灯火が燃え尽きそうだ。何度目だろうな、こうして命を燃やし続ける愚行を犯すのは。

けど、俺にはこれしかない。勉強は出来ても賢くはないから、自分の想いを伝えるにはこれしかない。

 

 

「死は避けられなかった。俺が白面になってしまった時点で、近々死ぬ事は確定していたんだ。でも俺は未練たらしく生きようとしてた。生きてる事自体迷惑なのに、見ないフリをしてたんだ」

 

 

『迷惑』という言葉に反応して姉の拳が弱くなり、俺の顔面狙いから微妙に逸れた。

 

 

「お、ォォ!」

 

「ぐっ...!?」

 

 

その一瞬を逃さずに、姉の右頬を殴り飛ばす。

 

............本当は殴りたくなんてない。けど、

 

 

「いい加減、目を覚ませ!」

 

 

俺の現状を伝える為には、これしか思いつかなかった。

 

 

「...見ろよ」

 

「ゆう...くん......!?」

 

 

殴った自分の右手が、逆に半分ほど吹き飛んでいるのを姉に見せつける。

 

 

「俺はもうとっくに死んでるんだ。さっきまで確かに死んでたし、この体だって一時的に命を拾えただけに過ぎない。それに俺が姉貴と生きようとしても、天の神は全人類の生存を赦さないし、俺も姉貴も例外じゃない。天の神にとっての俺はただの駒だ。姉貴も、俺も、生きながらえるなんて出来やしない。意志も何もかも剥奪されて終わりだよ」

 

 

親指以外が吹き飛んだ右手をだらりと下げる。血は流れず、代わりに砂が零れ落ちる。もう、限界だった。

虚勢(やせ我慢)を張り続ける白仮面も地面に落ちてしまったし、意地を保つ余裕もなくなった

不器用な俺は結局のところ、姉を倒す程の力も残っていなかった。『死にかけた自分を見せることで現実を認識させる手段』でしか姉の目を覚まさせられると思わなかったのだ。

 

 

「だから、もうやめよう。姉貴...こんな事は......」

 

「でも、ゆうくんが...ゆうくんがぁ......!」

 

「いいんだ、もう。だ、から...」

 

 

 

 

———家に帰ろう。

 

 

たった一言、その一言を口から紡ぎ出す前に足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。

体全体から力が抜けていく。

 

 

「ゆうくん!!!」

 

 

姉が半泣きになりながら俺に駆け寄ってくる。その場に座らされて顔をぐいっと上げさせられるのは、恐らく洗練されたいつもの問答(説教)の延長線にある、無意識下での行動なんだろう。

薄らぼんやりとした視界に映る姉の左頬には血と砂がべっとりとついていた。

 

 

「だい、じょうぶ...だから......」

 

「そんな訳ないよ!そんな体で、どうしてそんなことが言えるの!?」

 

「心配、掛けたく、なかった...だけ、だから......」

 

「するよ!してるよ!馬鹿!ずっとしてたもん!ずっとずっとずっと!心配ばかりかけて!小学校の時も、中学生になってからも!お巡りさんに何度もお世話になるし、怪我して帰ってくるし!夜遅くまでぶらつくし!怖い高校生を舎弟?にするし!姉弟なんだよ!?心配するに決まってるよ!」

 

「...ご、ごめん......」

 

「やっぱりゆうくんは馬鹿だよね!そうやって謝れば済むと思って!いつもそうだよ!ごめんなさいだけは上手いんだから!結局はその場限りであとで繰り返す癖に!」

 

 

何時の間にか説教モードの姉。

こうなると止まらない。いつもより勢いが逆に強いのはそれだけ精神的に揺さぶられているからか?

 

 

「だから!もう心配掛けさせないでよ!お願いだから、一緒に生きようよ!」

 

「それは、無理だ」

 

「お願いだから!もうワガママも言わないしゆうくんが悪い事しても怒らないから、ゆうくんが幸せになれるように私なんでもするから...だから......だか、ら......」

 

 

その言葉に俺は答えられない。

代わりに、残った右手で姉を出しうる限りの力で強く抱き締める。強く、強く。

 

 

 

 

 

———そして、姉の身体から心臓の鼓動がしてこない事を知った。

 

 

 

 

「ごめんね...壁を破壊したときに満開を使って......もう、ないんだ。これでゆうくんと一緒だ、って思っちゃったんだ。ゆうくんにも、心臓がないのは、知ってたから...ね。馬鹿だなぁ...勇者は死ねないから、神樹様さえ破壊してしまえば勇者も無くなって、ゆうくんと一緒になれるなんて考えちゃうなんて......」

 

 

愕然とする。だが確かに考えればそうだ。

俺には壁の破壊は出来ない。例え今の魂のように万全の状態であってもそれは覆らない。

なら壁を破壊出来る(破壊した)のは満開をした状態の姉ということになる。そして今の姉は満開していない。少し考えれば、既に散華していると判ることだった。

 

 

「そっか...」

 

「うん......」

 

「俺も、謝らなきゃいけない事はいっぱい、いっぱいある」

 

「うん...」

 

「今は時間がないから、謝れないけど、約束する。約束も、ちゃんと守る。ちょっと遅くなるかもだけど、必ず帰る。だから、この世界が壊れるのを、暴れている白面を止めよう」

 

「......うん!」

 

 

ボロボロの身体に鞭を入れて立ち上がる。

迷いはある。

後悔もある。

やり残した事もある。

けど、この先死ぬしかない運命だとしても。必ず、ここに。

 

姉の隣に帰ってくる。

 

 

「やるぞ......!」

 

「やろう!ゆうくん!」

 

 

もう、俺の顔に仮面は要らなかった。

 

 

 

 



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第35話 それは力を振り絞り勝ち取る勝利の話

次回の第36話までを『勇祐の章』とし、それ以降を『白面の章』として投稿致します。よろしくお願いいたします。

なお、幕間として日常風景を投稿するかもしれませんが、その際は時系列が近い方の章にまとめさせていただきます。





「やっぱ駄目か。使えないなほんと」

 

 

 白面は離れた場所でまともに攻撃出来ていない友奈を見て舌打ちした。白面の言いなりになって動いていた友奈だが、心の隙間に無理矢理入り込んで従わせていたようなものであり、白面としても壁を破壊させれば御の字と思っていた程に友奈へ施した隷属のタタリとも言えるモノは脆かったのだ。

 そこに勇祐本人が来てしまえば脆く崩れさるだけである。

 

 だからこそ白面は面白くなかった。

 自分が本当の結城勇祐になれた筈だった。友奈を自分が思い描く、自分にとって都合の良い結城友奈に出来る筈だった。しかし邪魔をされてしまった。

 消し去りたい。もう1人の自分を。あいつは僕の汚点だ。そう思い強く憎む程に白面は結城勇祐に対する殺意を黒く黒く煮詰めていた。

 

 

「余所見してる暇があるのか!」

 

「あるから...してんだよ」

 

 

 片手間に風をあしらいながら、白面は切り札を今切るかを悩んでいた。さっさと決着をつけなければ、自分に天罰が下る。それだけは嫌だった。死んでもいいが、あの天罰だけは受けたくなかった。白面にとって天の神が下す天罰とは死ぬ事よりも恐ろしい恐怖だった。

 勇祐は既に乗り越えたものであるが白面は未だ乗り越えられていないのだ。それは白面の精神が幼く、『誰かの為に立つ』ことを経験していないからだった。

 

 

(なんで、なんでなんだ。本物の勇祐であるのは僕なのに!アイツの方が偽物だ!あんなに粗暴で姉さんの幸せも考えていないアイツが偽物なんだ。姉さんは、友奈は僕のものだ!)

 

 

 白仮面の奥で、白面は怒り狂っていた。あれだけ利用して、悪態をついているが、当人にとっては物事が上手く進んでいないのだから当然面白くもなんともない。ただ身勝手に自分の都合通りに行かない事に憤怒していた。

 自分を見てくれない友奈。そして姉を独り占めするもう1人の自分。煮え滾るような怒りと憎しみは更に白面を狂わせていく。それはまるで、犬吠埼姉妹や園子が患った『タタリ』のようであった。

 

 

 そうしているうちに、どす黒い感情の奔流は、ほんの一欠片だけ残っていた『生きたい』という理性までもを飲み込んだ。

 

 

「待って樹!偽物勇祐の様子がおかしいわ!」

 

 

 急に立ち止まった白面に異常を感じた風は攻撃の手を止めた。風に従い、樹も警戒を緩めずに白面の動向を見極めようとする。

 

 白面の体がうねり始めたのも、2人が警戒を強めた時だった。

 それはまるで、ホラー映画で人間が怪物に成り果てる時のように、メキメキと人間が鳴らす筈がないような不気味な音と共に肉体が歪に膨れ上がっていく。

 その姿に怯えて、樹は風に縋り付く。先程までの死の恐怖とは違う、純粋な恐怖からだった。

 

 

「まさか、バーテックスに変身してるの!?」

 

「GUAAAAA!!」

 

 

 咆哮。獣のような叫び声。完全に人間性を捨て去り、本能の塊となった白面はその姿をどんどん膨らませていく。それを止める術を2人は持ち合わせておらず、ただただ、その場で変形していく白面を見守るしかなかった。

 

 

「偽者...偽者ト言ッタカ!コノ僕ヲ!!」

 

「えっちょっと何...?もしかして勘違い系か何かかしら......?」

 

 

 思わず風も困惑する。彼女は目の前の白面が勇祐の偽物だという思い込みに近い知識しか持ち合わせていないのだ。風は自分が何か気に障るような事を言ったのか、と頬をヒクつかせながら苦虫を口に中で潰したような顔をする。

 言葉を伝える手段のない樹は『どうするの!?』という表情で風に訴えかけているが、風もそれどころではなかった。自分と樹だけでは、勝てないと悟ったのだ。それこそ、満開を使わねば勝機が見えない程に。

 

 

「反則、でしょうが......!」

 

 

 大きくなっていく白面は、10mを優に超えるバーテックスになっていた。歪ながらも、以前勇者部と相対した、あの巨大な御霊を吐き出したバーテックスに似ていた。

 それが2体目。さらに知性もある。今まで戦ったどのバーテックスよりも重圧感を醸し出し、勝利の2文字を考えさせない程だった。そう羅列するだけで風は冷や汗が背中に流れる感覚を覚えた。

 風の懸念は樹そのものだ。自分はまだしも、樹をこれ以上満開させたくない。だからこそ躊躇した。恐らく、自分がやろうと言えば樹もまた同じように満開すると風は確信を持っていたからだ。

 

 樹は何も迷ってはいなかった。

 

 

「......樹?」

 

 

 風の袖が樹によって引かれた。見れば、コクコクと頷く樹の顔は決意に染まっていた。『心配しないで』と言っているようだった。『私もお姉ちゃんの隣に立つよ』と言っているようだった。

 彼女は散華の代償を鑑みずに、姉である風と共に戦う覚悟を決めていた。

 その覚悟の元は、姉である風の為であるのと、自分を助けてくれた勇祐の為である。

 またみんなで幸せになれるように......。その願いは樹の意思を極度に強くしていた。

 

 

「...分かったわ。じゃあ、一緒に行くわよ!」

 

 

 そんな樹にちょっとだけ溜息を吐きながらも、風は笑って承諾した。

 大切な友達を守る為に。大切な部員を守る為に。

 

 

「『満開!』」

 

 

 2つの花が、咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「風先輩と樹ちゃんが...ゆうくん!」

 

「おう、行くか!」

 

 

 

 白面が巨大なバーテックスとなる姿を見つめていた友奈と勇祐は、風と樹が満開したのを見てお互いに決意を新たにしていた。

 スッと、友奈は勇祐から離れる。その目には光が灯り、顔色も良くなっている。いつもの友奈に戻っていた。

 

 

「ゆうくん...ほんとは待ってて欲しいんだけど、行く、よ!」

 

 

 言外に『自分がした事は自分でケジメを必ずつける』と言っているのだろう。責任感の強い友奈らしい言葉だ。けれど共に行くと言った手前、勇祐を振り切るつもりもないようだ。

 勇祐は太刀を引き抜き、頷いて答える。白面は勇祐自身でもある。友奈の問題だけではなく、勇祐自身の問題でもあるからだ。

 

 

「来ルカ!偽物メ!!」

 

 

 白面のバーテックスは力を溜め始め、その頭上に巨大な火の玉を作り出す。

 

 

「マズい!勇祐!友奈!逃げなさい!」

 

 

 白面の攻撃に気付いた風は危険を知らせる為に叫びながら樹と共に白面を攻撃する。だが満開をしても白面にダメージを負わせる事は叶わない。

 

 

「なんて硬さよコイツ...!」

 

「無駄ダ!死ネ勇祐!友奈ト共ニナアアアア!!」

 

「ッ!させないッ!!ゆうくん!!」

 

「やるぞ姉貴!」

 

 

 火の玉が発射されると同時に、目線すら合わせず友奈と勇祐は隣同士に並び立ち拳を強く握る。阿吽の呼吸を魅せる2人は息を大きく吸い込み、そして向かってくる火の玉を文字通り殴った。

 

 

(......今の俺じゃあ足りないか!?)

 

 

 激しい熱量と押し戻されそうになる力の前に勇祐は自身の力の無さを悟った。パイルバンカーさえあれば、1発で火の玉を消滅させることも出来ただろうが、今の彼は持ち合わせていなかった。

 

 

「大丈夫だよ!」

 

 

 駄目か、と思った勇祐だったが並び立つ姉の言葉にハッとする。その横顔は何も諦めていなかった。

 

 そうだ。あの結城友奈がこれしきのことで諦める訳がない。今の友奈は、無敵だ。

 

 

「満開!!」

 

 

 勇ましく、頼り甲斐のある、勇祐の姉たる友奈の力強い声が響く。

 その声と同時に火の玉が破裂する。凄まじい程の熱気が勇祐に襲いかかったが、目を閉じる事なく、友奈の勇姿を見つめていた。

 

 

「貴方は、結城勇祐であって、ゆうくんじゃない!ゆうくんなら、こんなことはしないから!だから、私は貴方を倒す!倒して、世界を...皆を守る!」

 

 

 満開した友奈はその背に2本の巨大な腕を携えながら、過去を振り払うかのように、白面を否定するように、声高らかに宣言する。

 

 

「フザケルナアアアアア!フザケルナフザケルナフザケルナ!!!」

 

 

 友奈の言葉に激怒した白面が、その巨体から悲鳴に近い叫び声を上げる。強く響くその声は、タウラスバーテックスの怪音波に似ているが、その怪音波ほど煩くない。

 

 

「...お前は俺だ。歪に歪みきって、道を踏み外したのに気付かない、哀れな結城勇祐本人だよ。お前にもう少し、勇気と根性があれば違ったんだろうな」

 

 

 友奈に続くように、勇祐は一歩前に出て白面に声を掛けた。

 

 

「オオオオオオオオオオッッッ!!」

 

「......もう言葉も解さないか。悲しいよな。お前は、本来俺が至る筈だった『もしも』の俺なんだろうな」

 

 

 もし全ての記憶を思い出したあの戦いでバーテックスに変化した時に理性が無かったなら。もし園子に会うのがもう少し早くて、園子の異常に気付かなかった自分が怒り狂う事があったなら。

 その結果が目の前に居る白面だ。世界に絶望して、皆を信じる事が出来ずに全てを捨てた結城勇祐こそが、このバーテックスに成り果てた存在だった。

 一歩間違えれば、勇祐もこうなっていたのだ。

 

 だから、勇祐は太刀を構える。この太刀は勇祐の腹を切り裂くどころか、300年前、幾度となくバーテックスを屠って来た霊刀とも妖刀とも言えるほどに神聖な力を持ったものである。勇祐パイルバンカーと同じく対神特効兵器と言え、白面にも当然のように通用する。

 

 

 ——————だから。せめてもの慈悲で安らかになれるように、もう1人の自分を殺す。例えそれが自殺となんら変わりない行為であったとしても。

 

 

「姉貴、パイセン、樹!こいつをとっととぶっ飛ばして帰って、うどん食いに行こうぜ!」

 

 

 結城勇祐の、最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「あー、くそ!こんなバーテックス聞いてないぞ!?」

 

「片目も見えなくて耳も聞こえない中で戦えないのは辛いわね!紫の!なんとか抑えられないの!?」

 

「色で呼ぶな!私の声が聞こえないからって言いたい放題言いやがって!聞こえるようになったらシバき回してやるからなぁ!」

 

「何言ってんのか聞こえないっての!くそッ!封印しようにもこれじゃあ封印が維持出来ない!」

 

 

 勇祐達から離れた場所においても、戦闘が発生していた。遠くで唐突に発生した歪なバーテックス...2人は知らない事だが白面が変異したソレに合流させないように必死に戦っているが、攻め手に欠けていた。

 

 それもそのはず。

 レオバーテックスと呼ばれるこの個体は、大赦によって最強格のバーテックスとして認識されている程だ。

 他人の勇者システムで尚且つコピー品の為に出力が悪く、2年ぶりの運動で体力が切れかかっている銀と、既に半身が散華し疲労も限界に近い息切れ状態の夏凜、という満身創痍の2人では分が悪かった。

 それでもなんとか戦況が拮抗しているのは2人の経験値と戦闘センスが成せる技だろう。

 

 だがその状態も永遠に続ける事は出来ない。そもそも封印に割く余力が2人には残されていないのだ。とてもではないが勝てる見込みはこのままではかなり薄かった。

 

 

「負ける気がしないのに勝てる気もしないってのは不思議な気分だな!」

 

 

 疲労に顔を歪ませながらも銀は不敵に笑ってみせた。声が聞こえていない夏凜であったが、その姿が頼もしく思えたのだった。

 

 

「紫の!満開は使える!?」

 

 

 再度の「紫の」呼ばわりにムッとした顔をする銀。確かに銀が今着ている勇者装束は園子のもので紫色を気色としている。夏凜は耳が聞こえないし銀の事を知らないのだからそう呼ばれても仕方ないのだが。何故かイラッとしてしまうのだ。

 

 ただ満開に関しては勇祐からの知識はあれど、この勇者システムには搭載されている様子がなかった。それを伝えようにも言葉が聞こえないので、銀は黙って首を振る。園子が意図的に満開機能を省いたのか、それともコピー品である為に省いたのかどうかは与り知らぬところである。

 

 夏凜は舌打ちしながら打開の一手を考える。

 夏凜1人だけ満開しても、恐らくレオバーテックスには届かない。継続戦闘は出来ないと今までの戦闘で判明しているが故に強気に出たら負ける可能性の方が高いのだ。

 

 どうすれば勝てるのか。あの見たこともない、推定勇者の「紫の」は強い。まるで今までにバーテックスとの戦闘経験があるかのようにだ。

 野良から突然生えてきた訳でもないだろう。

 そうであったとしても『勇者システム』の数には限りがあるからだ。

 そして大赦から派遣された勇者は『先代勇者が遺した勇者システム』を扱う夏凜だけ。

 

 

 そこでふと思い至る。

 先代勇者は白面によって殺害された。

 だがその白面らしき存在は蘇るか何かして、バーテックスとして存在している。

 なら先代勇者がなんらかの理由で蘇ってもおかしくはないのでは?と。

 普段なら『何を妄言を吐いているのか』と一蹴するところであるが、今は縋れるものがあれば藁でも縋りたい状況なのだ。

 

 

「紫の!御託はいいから、スマホを交換して!」

 

「なんでだよ!それはお前のだろう!?」

 

「手で押しのけようとするな!いいから使いな...さい!」

 

 

 銀のスマホを無理矢理奪い取り、代わりに自分のスマホを握らせた夏凜は、強制的に勇者システムを起動させた。

 

 

「ちょ、お前ーッ!?」

 

 

 勇者に変身する光に巻き込まれる銀であったが、その光がなくなると以前の銀の武器である大斧と、新品同然になった赤色の勇者装束を着込んでいた。

 

 

「やっぱり予想通り...まさか英霊になられた先代勇者様が蘇りになられるとは............」

 

 

 今までの態度を棚に上げて手の平を返すように一変させた夏凜は急に丁寧に銀に接し始める。夏凜にとって、銀達先代勇者は英雄に近い存在なのだ。敬わない訳はない。

 

 もっとも、彼女は知らなかったが故に園子の心をへし折っているのだが、今は無粋な話題であろう。

 

 

「急に丁寧語になんなよ!気持ち悪いなぁ!」

 

「貴方のような勇者が居れば百人力です。さぁ、あのバーテックスを倒しましょう!」

 

 

 キリッとした表情で、銀が使っていたスマホで勇者システムの起動を終え、服装も武器も本来の夏凜のままであった夏凜が言う。

 お前今までの高圧的な態度とか態度とか態度とか、あれは一体なんだったんだとガーッと問い質したくなる程に清々しいまでの切り替えの早さである。思わず文句を言いそうになった銀だが、今までの不調が消し飛ぶように快調になったお陰でその気分さえも霧散した。

 

 

「......ハハッ!これなら行けるな!」

 

 

 神樹によるドーピングとも言える恩恵が銀の体の隅々にまで渡っていた。銀が最後に勇者システムを起動してから約2年間、大赦が白面に対抗する為にアップデートを続けてきた結果だった。新たに神樹と力のパスが接続された銀は一時的に負担を神樹に肩代わりされているだけではあるのだが今は銀にとって渡りに船であった。

 

 

「三ノ輪銀様の一世一代の大舞台だ!悪役はとっとと舞台から降りてもらうぜ!」

 

「その場所からとっとと消えて貰うわよ!」

 

 

 

 

「「満開!!!」」

 

 

 

 

 赤の装束を身に纏った新旧の勇者が地を蹴り、その身に咲く花を満開させる。

 そしてレオバーテックスの肉体を次々に削ぎ落としていく。

 銀の背中には2本の巨大な腕に、同じく巨大な大斧と、大盾であった。

 

 

「うおおおおりゃああああ!!」

 

「てやああああああ!」

 

 

 2人はまるで赤い閃光にように踊り、戦っていく。時に交差しながら、時に1つの閃光になりながら、2人はレオバーテックスに攻撃を続ける。

 遂にはレオバーテックスも耐えかねたのか、自ら距離を取ると、その身体を火の球体へと変貌させていく。

 

 

「ッ!?不味い!」

 

 

 ふと威圧感を背後から感じた夏凜が背後を見れば背景で同じく火の球体が出現していた。白面の姿が見えないところを見れば、あの火の球体に白面が変貌したのだろう。

 もしや白面の変貌に合わせてこちらも火の球体になったのだろうか。そこまで考えて夏凜は刀を真正面に構えて火の球体に正対した。

 

 

「まぁ待てって。この舞台の主役はこの三ノ輪銀だぜ!」

 

 

 銀は夏凜の肩に手を置いて向日葵のようにニカッと笑ってみせる。

 

 

「それに援護もあるみたいだしな...。ちょっと離れててくれ!」

 

 

 耳の聞こえない夏凜の背中を押した銀は、背中の巨腕が持つ大盾と大斧を合体させた。機械的な金属音と、金属同士が火花を散らし合体していき完成したモノは、あまりにも無骨で巨大な斧であった。

 

 

「行っくぜぇ!合わせろおおおおおおおお!!!」

 

 

 巨大な斧を巨腕で横薙ぎに力一杯に振るった銀。半分程削り取られた火の球体は、中に存在した御霊を露出させた。

 

 

「須美ィィィィィィ!!!今だああああああ!!!!」

 

 

 銀が声をあらん限りに叫び、体を捻って射線ギリギリまでなんとか身体を曲げる。その一瞬の後、銀の鼻先を一筋の光線が過ぎ去り御霊を撃ち抜いた。

 これは正に、両者同士の信用がなければ出来ない神業と言える攻撃であった。

 御霊を撃ち抜かれたレオバーテックスは、砂と化していく。その光景を見ながら夏凜は唖然として射撃をしてきた方向を片目しかない視界で見る。ぼんやり、ポツンと。ほんの小さな影が今立ち上がっていた。見間違えようもない。アレは『東郷須美』の姿だ。

 

 そう、銀は遠く離れた場所に置いてきた東郷の目が覚めていて、こちらを援護しようとしているのが見えていたのだ。だから銀や夏凜では届かせようとすれば火に焼かれてしまう場所を、東郷に撃たせようとしていたのだ。

 ここ一連の連携には一切の連絡もなければジェスチャーもない。

 銀は「たぶん須美なら撃ってくれる」と確信していたし、東郷も「銀なら私の存在に気付いていて、上手く扱ってくれる」と確信していたのだ。

 

 まるで勇祐と友奈のような阿吽の呼吸であるが、これは今までの訓練の成果と両者の性格を良く知り、強く深く信頼しているから出来た芸当である。

 

 

「さて、急ぐぞ!向こうもちょいとヤバそうだ!」

 

「えぇ、銀。後でゆっくり話しましょう」

 

「ねぇ東郷。私今、耳が聞こえないから仲間外れ感が凄いんだけど、あんた今大丈夫なの?大丈夫なら頷いてちょうだい」

 

 

 さっと合流を済ませた夏凜と銀と東郷。夏凜は東郷と銀の仲の良さに『声聞こえないけど東郷も先代勇者だったって言うし感動的なシーンなんだろう』と思いながらも、気になっていたことを聞いてみた。

 東郷は笑いながら「大丈夫よ夏凜ちゃん。迷惑を掛けてごめんなさい」と謝りつつ頷いた。その姿に、夏凜は満足げに頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 戦況は勇者たちに有利に進んでいた。

 何故だ、と白面は自問する。

 ここまでは順調だった。友奈の洗脳が解ける事も、勇祐が立ち上がる事も白仮面を脱ぐ事も想定済みだった。

 だが...なぜ自分は負けているのか。

 左右から襲い掛かるワイヤーと大剣。

 真正面から殴りかかってくる2つの拳。

 たったそれだけ。なのに、この有り様だ。

 

 

 

【強制介入】

 

 

 

 

 ————声が聞こえた。

 

 

 無情にもタイムオーバーを告げる声だ。

 やめろ、やめてくれ。やめてください。もう痛いのは嫌だ。苦しいのも辛いのも嫌だ。お願いしますお願いします。天罰だけはもうやめて下さい。

 ちゃんとします。

 世界だって壊します。

 だから、お願いします。天罰だけはやめて下さい。

 

 まるで体罰に恐怖する子供のように、白面は怯える声で訴える。だが神様というものはそれで許す程そんな生易しいものなんかじゃない。

 

 神様はいつだって、人間の都合など考えないのだ。

 

 

 雷が落ちた。

 

 雷が落ちた。

 

 雷が、白面に落ち続ける。

 

 

 

 

「があああああああ!!?!?」

 

「ゆうくん!!!」

 

 

 その雷は魂を通して、勇祐自身にも伝わっていた。

 勇祐の体に、電流が走り続ける。久しく忘れた天罰による激痛が身体中を襲い掛かる。

 

 

「勇祐!!」

 

「馬鹿!近づくな!」

 

 

 風と樹が駆け寄るが、勇祐は声で制した。

 その2人の前に天罰の余波が寸でのところで通過した。

 その余波ですら風と樹の膝を付かせるほどの激痛を与えた。

 

 

「ガッ......!?な、によこの痛み......!?」

 

 

 触れてすらいない余波を一瞬だけ浴びただけでこの痛み。これだけでショック死しかねない。それを勇祐は今まで耐え続けてきた。そして今も。風は血の気が引いた。まだ勇祐は隠れて傷ついていたんだと知ってしまったからだ。

 

 

 容赦なく降り注ぐ天罰の雷は白面にも浴びせられていた。

 強烈な痛み。

 人間が一生に味わう痛みと苦痛を何度も何度も何度も、食い続けている。

 白面は天の神に服従を誓った結城勇祐であり、この天罰が嫌で従っていた。この天罰は人を変える。良くも悪くもだ。これに耐え切れる人間など存在しない。仮に耐えられたとして、この状態が1週間も続けば、簡単に狂ってしまう。

 

 結城勇祐の魂は、膝をついた。

 だが結城勇祐の身体は、膝をついても諦めなかった。それが結城勇祐の魂である白面と、結城勇祐の身体であり御霊である勇祐の違いだ。

 

 心の折れた状態の白面は簡単に意識を手放した。

 この痛みが続くぐらいなら、大切な姉、結城友奈ですらどうでも良かったのだ。

 

 

 天罰が止み、白面がその姿を現わす。不完全だった巨体がそれぞれに特徴がハッキリとする、いくつかのバーテックスと融合したかのような姿へと変貌した。

 

 

「風先輩!樹ちゃん!ゆうくん!大丈夫!?」

 

「げほっ、ごふっ...大丈夫だ!それよりもアイツを止めろ!」

 

「ゆうくん......!?」

 

「アイツは、直接神樹を攻撃するつもりだ!神樹が死ねばこの世界も終わっちまう!」

 

 

 その言葉と同時に、白面だったバーテックスは唐突にその身を火の球体へと変貌させていく。そして、射出されるかのようの飛び出した。

 

 

「くそッ!姉貴行ってくれ!アイツを、止めてくれ!!!」

 

「......ッ!分かったよ、行ってくるね!!」

 

「すぐに...追いつく、から......!」

 

 

 火の球体となったバーテックスを追いかけるように友奈が飛んで行く。

 そのままバーテックスの正面に来た友奈は背中の両腕で止めにかかる。

 

 

「止まれえええええええ!」

 

 

 気合いと根性でなんとか押しとどめようとする友奈だが、速度が少し遅くなった程度で依然として神樹との距離が縮まるばかりだ。

 

 

「お待たせ友奈!」

 

「風先輩!樹ちゃん!」

 

 

 友奈の左右に、風と樹がやってきて同じように止めに掛かるが、まだ力が足りない。バーテックスを止めるにはまだ、足りない。

 

 

 そこに、赤い勇者の2人が加わった。

 

 

「いっくぜええええええ!」

 

「はああああああ!」

 

「夏凜!それに...誰!?」

 

「細かい事は気にすんな!今はこれを止める方が先だ!」

 

 

 風が突然現れた赤い少女である銀に驚く。夏凜も聴こえて居ないながらも、「こうなるのは当然よね」と呆れた顔であった。

 

 

「みんな......!」

 

「友奈ちゃん!」

 

「東郷さん!?」

 

 

 最後の1人。東郷が乗ってきた船から飛び出して友奈の隣に並び立つ。

 

 

「ごめんなさい友奈ちゃん。こんな言葉だけじゃ足りないけれど、どうかこの戦いが終わったら謝らせて欲しいの」

 

「私もごめんなさい...。東郷さんに酷い事しちゃった......」

 

「えぇ...だから早く終わらせて、勇祐くんと一緒に話しましょう?」

 

「うん!」

 

「よし!守り切るわよ全員、行くわよ!」

 

 

 友奈の笑顔を皮切りに、勇者部全員の表情が良くなる。誰も負けるなんて一片も思っていない。

 ただ、勝つ。勝って、家に帰ってごめんなさいをする。

 

 —————その為に。

 

 

「勇者部ぅぅぅ!」

 

『「「「「ファイトオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」」」」』

 

「あれっ!?そういう流れなのか!?えぇっと、勇者はぁぁ!根性ォォォォォォウウ!!」

 

 

 勇者部の掛け声と、乗り切れずにイマイチ締まらなかった銀の声と共に勇者達の背後に大きな花が火の球体を包み込むように出現し、球体が止まった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「動け...ッ!俺は、動けるだろう!」

 

 

 風と樹達が離れた後、勇祐は砂となって崩れ落ちた右足を庇いながらなんとか立ち上がろうとしていた。

 とっくの昔に限界は超えている。

 友奈と殴り合っていた時点が限界だったのだ。それからはなぜ戦えているかも分からなかった程だ。

 

 

「おい、神樹!俺に力を貸せよ!姉貴達が危ないんだ!」

 

 

 縋れるなら、もうなんでもいい。神様なんて頼るものかと思っていた勇祐であったが、ここで、生まれて初めての神頼みをした。

 

 

「俺はもう、誰かが犠牲になるなんて嫌なんだ!誰にも戦って欲しくない!皆が、幸せに暮らせる世界が来るなら、何百年だって戦ってもいい!」

 

 

 叫ぶ。声のあらん限り、自らの寿命を削る程に。そして勇祐は胸に手を突き刺して、自身の血に塗れた勾玉...勇祐の御霊を取り出した。

 

 

「俺の御霊だ!もう空っぽのこいつでもお前の力になるはずだ!こいつをくれてやる!10秒でいい!だから、だから!!」

 

 

 9割賭けであった。

 これでダメなら、勇祐は次こそ砂の山となるだけだった。

 何処かから呆れたような声が聞こえた気がしたが、勇祐は叫び続けた!

 

 

「俺に、力を貸してくれええええええええ!!!」

 

 

 勇祐にとっては賭けであっても、神樹にとっては『元よりそのつもり』であったように勇祐に向かって光の根が集まっていく。

 これなら、出来る。勇祐にはそんな確信があった。

 

 

『行って来い、馬鹿者』

 

「オオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 

 呆れきりながらも優しく背中を押してくれるような声と共に、勇祐は飛び出す。

 ボロボロだった赤と黒色の装束が、剥がれ落ちるように、生まれ変わるように変わっていく。赤色が薄い桜色に。黒色が真白色に。

 

 

「俺はァァァァ!讃州中学2年ッ!勇者部仮部員、結城勇祐ッッッ!!!」

 

「ゆうくん!行こう!!」

 

 

 勇祐の気配を感じ取った友奈が助走をつける為に少し後方に下がり、火の球体を思いきり殴りつける。

 

 

「俺は、勇者に...なってやる!!」

 

 

 勇祐の右手に握られていた太刀が、真っ白に染められたパイルバンカーに変形する。

 勇祐はパイルバンカーを大きく構えて息を吸い込む。

 

 

「「勇者ァァァアアア!」」

 

「友奈ちゃん!」

 

「やっちゃえ友奈!」

 

「やりなさい友奈、勇祐!」

 

「いけぇぇ!勇祐!ぶっ飛ばせええええ!」

 

 

 勇者達の応援の中、友奈と勇祐の攻撃が、同時に球体に突き刺さる。

 

 

「パアアアアアンチ!!」

「バンカアアアアア!!」

 

 

 友奈と勇祐はその身を焦がしながら球体の中を突き進んでいく。

 

 

「見えた!」

 

 

 2人の眼前に、角錐型の御霊が見えた。

 友奈は満開が解除されるどころか、勇者システムまで強制終了するほどのダメージを受けながらも前に進み続ける。

 勇祐はパイルバンカーの先から砂となって崩れていく。

 

 

 —————それでも、2人は止まらない。

 

 

「「届けええええええ!!」」

 

 

 2人の指先が御霊に触れた瞬間、眩く目を開けていられないほどの閃光が2人を包んだ。

 その閃光は爆発となり、勇者全員を吹き飛ばす程の威力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ここ、は?」

 

 

 東郷が目を覚ます。

 周りにはどうやら勇者達全員が円形に寝かされていたようで、まだ誰も目を覚ましていなかったが、東郷の声に反応するように1人、1人と目を覚まし始める。

 

 

「終わった、のね...?」

 

 

 風がボヤくように呟く。

 

 

『私も勇者部ファイト!って言いたかった...』

 

 

 樹がスマホのメモ帳に言葉を書いて皆に見せた。どうも緊張感のない文面だ。

 

 

「あー、もう眠い。寝るわ」

 

 

 唯一声の聞こえていない夏凜は手をヒラヒラと振って疲れをアピールする。

 

 

「私もつっかれたぁぁ......帰ったら醤油豆アイス食べにいくぅ......」

 

 

 心底疲れた声で銀が呟く。流石に今、「お前は誰だ」と聞ける元気のある者は居なかった。

 

 

「ねぇ、友奈ちゃん...友奈ちゃん?」

 

 

 東郷が隣で寝ていた友奈に声を掛ける。

 だが友奈は声に反応せず寝たままだった。

 東郷の背筋に悪い予感と共に冷たい汗が垂れた。

 

 

「ねぇ、友奈ちゃん、起きて...?友奈ちゃん!」

 

 

 東郷の声が虚しく響く。だが友奈は目を覚まさず、樹海が解除される瞬間がやってきていた。

 

 

「そういえば勇祐は!?」

 

「勇祐が居ないの!!?」

 

 

 銀が勇祐が居ないことに気付き、その声で風が気付いた。

 

 そして友奈は目を覚まさず、勇祐はどこかに消えたまま、勇者達は花吹雪に包まれていった......。

 

 




・白面
結城勇祐の魂を元にしたバーテックス。天の神の天罰に屈して天の神側についた。最後には天罰に負け、天の神に自らの全てを奉った。

・勇祐
結城勇祐の身体に御霊を封入したバーテックスのような人間とも言えないどちら付かずな存在。
勇者になってやる。多分なれたと思う。
勇者バンカーはずっとやりたかった。

・友奈
白面が結局何なのか分からなかったけど敵だと認識して殴った。
眼を覚まさないまま次の話へ。



次回、勇祐の章エピローグ。

と思いきや筆が乗って七夕の短編を書いてしまったので次回は七夕の話になります...ごめんなさい......。


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番外編 七夕に願いを

七夕でした(過去形)7月中なら七夕でしょとかいう謎理論で七夕の短編です。エピローグ前に何書いてんだって話ですが、急に書きたくなったのでどうか許していただきたい...。
7月となれば、勇祐が勇者部に居るのはちょっと時間的におかしい気もしますが、居たという事で気にしないでください......。

なおメタ設定的には勇祐はまだ自分が白面であると勇者部に話していません。話数で言えば、11話と12話の間辺りになります。


「さぁ!明日は七夕よ!」

 

 

 それは唐突な一言から始まった。

 

 

「そうだな」

 

「七夕といえば笹よね笹!笹に短冊!」

 

「そうだな」

 

「というわけで作るわよ!」

 

「嫌だが」

 

「ちょっと勇祐!ノリが悪いわよ!乗りなさいよ!ノリに!」

 

 

 なんで乗らなきゃいけないんだ。しかも雨だぞ今日。こんな日にまさか笹を切りに行かせるつもりかこの先輩様は。

 

 

「天気を考えろよ。こんな日だから本来あったボランティアも中止で、遅れて来た俺以外全員帰ったんだろう?」

 

 

 本当は来る気なかったんだけどなぁと思いながら煎餅を貪る。やる気なんて皆無だ。

 元より今日は日直で、無理矢理やらされてる図書委員の委員会があったから休むと事前に連絡していたのにパイセンに「暇だから来い」と半強制的に来させられた形なのだから余計である。ここで言う事聞いておかないと後の方が面倒なのだ。

 

 

「しかも今はもう夕方。明日は土曜日で学校は休みだぜ?俺達がまだ部室でたむろしてる理由を忘れたか?雨が強くなったからだろ?」

 

 

 窓の外を見れば大雨。傘を差していても足元とかずぶ濡れになりそうな大雨だ。そろそろ学校の閉門時間が近付いているのにぐだぐだと部室に居る1番の理由だった。

 

 

「ぐぬぬ......」

 

「何がぐぬぬだ。どうせ思い付きかなんかだろ。勇者部でやらないのか不思議に思ってたけど、普通に忘れてたんだな?」

 

「ち、違うのよ。明日は明日で七夕のイベントを手伝うからそれでいいかなーって思ってたのよ...」

 

「なら、それでいいじゃん。明日は俺も参加する予定だったし」

 

「勇者部でやりたいじゃない!手伝いじゃなくて、部室で!」

 

 

 なんかクッソ面倒くさいスイッチ入ったなぁこの人...。この部長様はこういうスイッチ入ると止まらないんだよな。樹でもいれば止まったんだろうけど、無い物ねだりか。

 

 

「仮に笹取りに行くとして、まさか俺にだけ行かせようとしないだろうな?」

 

「ぎくぅっ!?いやいやいや、そんな訳でありませんことよオホホホホ......」

 

「おう、最初の擬音とよく分からん口調のせいで説得力ねぇぞ。あと、せめてこっち見て言えよそーいうの...」

 

 

 呆れた。どうせそんなこったろうと思ったら案の定だったわ。

 

 

「計画性なさ過ぎだろ...」

 

「う、うるさいわね!」

 

「......ったく」

 

 

 笹はなかったが、確か『アレ』が体育倉庫かどっかにあった筈だ。アレなら、代用になるか?この先輩のお眼鏡に叶うかは分からんけども。

 

 

「ちょ、ちょっと勇祐、どこに行くのよ」

 

「ん、代用品に心当たりがあるから取りに行こうと思ってな」

 

「やるじゃない!流石勇祐部員よ!」(怒って帰っちゃうかと思った......)

 

 

 ボソッと俺に聞こえないように言ったのかもしれないけど聞こえてるからなパイセン。あえて口に出すような無粋な真似はしないけどさ。流石に見捨てるような薄情者ではないんだけど、その辺は信用が無いって事だよなぁ。

 

 取り敢えずホッとしているパイセンを連れて部室から出た俺は体育倉庫へと急ぐ。下校を促す校内放送が流れるにはまだ時間はあるが、例のアレは体育倉庫の奥まった場所にあった筈だ。探すのも手間取りそうだし、さっさと行くに限る。

 

 

「ねぇ勇祐、ほんとに怒ってない?」

 

「ん?怒ってねぇけど......?」

 

「だ、だって歩くのとか凄い早いし...」

 

「早くしないと下校時間なのに校舎内に残ってて、先生に怒られるだろ?」

 

「あ、なるほど......」

 

 

 納得してもらえたようで何よりだ。さっさと急ごうか。

 

 

 

 

「さて、この辺にあったと思うんだけど...」

 

「うわ、埃っぽいわねぇここ......」

 

「あんまり使われて無い方の倉庫だからなぁ...。ほら、普通は運動部の部室長屋の隣にある体育倉庫使うだろ?この体育館裏の倉庫はあんまり使われてねぇのよ。体育館の中にも倉庫はあるしな。しかも扉の建て付けも悪いとくれば使う奴はさらに少なくなるって事だ」

 

「そーいう事知ってるのはホント不良って感じよねぇ勇祐は」

 

 

 そんなジト目で見ないでくれ。ここでは何も悪い事してないんだから。

 ここを知ったのは勇者部への依頼で演劇部の手伝いで来させられた時だったんだがな。

 だけどこの倉庫は教師もあまり来ない事もあって不良共...というよりは恋人同士の愛瀬の場所だった筈だ。

 埃っぽいのは最近は使われてないという事だろう。いつ何処で聞いたんだったかな、この情報は...。

 

 

「ところで代用品ってなんなの?」

 

「ん?クリスマスツリーだけど?アレなら短冊も吊るせそうじゃないか?」

 

「クリスマスツリー...確かに短冊ぐらいなら吊るせそうだけど、風情が無いわよ流石に......」

 

「いいだろ別に。ヘンテコなのは勇者部っぽくていいじゃねぇか...おっ、あったあった」

 

 

 ボロボロになったクリスマスツリーの箱が見つかった。随分と使い込まれているのは長年何処かの部活のクリスマスパーティにでも使われて来たからだろう。箱を開けてみたがそれなりにボロくなってはいるが十分使えるクリスマスツリーが出てきた。高さも俺の身長ぐらいだしちょうどいいな。

 

 

「あら、案外良いものじゃない。使ってないなら今年のクリスマスにも引っ張り出そうかしら」

 

「それでもいいと思うぜ。たぶんここ数年は使われて無いレベルの埃の被りっぷりだしな」

 

 

 箱を指で擦ってみれば、積層した埃が指にこびりついた。数年レベルで済むのかこれは?

 

 

「さて、お目当てのものも見つかったし帰るか」

 

 

 箱に積もった埃を落とした後に、俺達は出口へと向かっ......あれ、なんか扉閉まってんだけど......?

 

 

「なぁパイセン、扉閉めた?」

 

「えっ?閉めてないわよ?」

 

 

 建てつけが悪いのと、埃っぽいからの理由で扉は開けっ放しだった筈だった。なのに、閉まっている。

 

 

「閉まってんだけど?」

 

「そう、ね......」

 

 

 ちょっとだけパイセンの顔が青くなる。心霊現象と結び付けたのだろうか。そんな訳はないと思うんだけどな。

 だけど嫌な予感するぞ。この扉、中から開けようとすると何故か開けにくいのだ。

 だからこの倉庫は、正しくは『くっ付きそうだけどくっ付かない焦ったい友達以上恋人未満同士を閉じ込めて恋人にさせる』という割と悪どい方法で使用される事の方が多かったりする。

 

 そして案の定、俺達の場合も開かなかった。

 

 

「これ、偶々先生が見に来て、中を確認せずに閉めた疑惑があるぞ」

 

 

 開け方のコツは知っている俺は開けようと試してみたが、少し開いた扉の隙間から鍵が施錠されている事が見えた。悪戯するような生徒はとっくに下校しているだろうし、運悪く見回りに来た先生が埃っぽい倉庫内に入るのを嫌がってしまった結果だろう。

 

 

「そ、そんな...じゃあ私達明日までここに閉じ込められたままだったりしないわよね!?」

 

「流石にないだろ。取り敢えずパイセン、スマホ持ってる?俺は部室に置いてきぼりにしてきたんだけど」

 

「持ってないから聞いてるのよぉ!」

 

「うっそだろオイ......」

 

 

 連絡手段が無くなった。一瞬にして脱出手段を失った訳だ。嫌になるなぁ。

 開けようと思えば、流星を使って1発なんだがパイセンの前でやるのもなぁ...。

 

 

「「............」」

 

 

 倉庫のトタン屋根に雨粒が強く打ち付ける音を聞きながら、俺は壊れているであろう大型のスピーカーの上に座って、パイセンはボロボロになって放置されている体育マットの上で、やることがないのでただボーっとしていた。最悪は明日の朝までこのままだ。

 

 

「暇ね、勇祐」

 

「そーだな」

 

「ねぇ、なにか暇つぶしの話題か何かないの?」

 

「ない」

 

「そこは何か用意しなさいよ」

 

「無茶言うなよ...パイセンこそ何かないの......おわっと...」

 

 

 大きな雷鳴。光と音の差がほとんど無かったから割と近いところに落ちたんだろう。

 雷は嫌いなんだよなぁ...あの天罰を思い出すから。

 

 

「結構近かった...パイセン?」

 

「ひゅいっ!?な、ななななんでもないわよ!?」

 

 

 思い切り放心してたじゃん。なんにもなかった訳ないだろ。

 

 

「ん、もしかして雷が怖いのか?」

 

「そんな訳ないでしょ!?わ、私はお姉ちゃんなのよ!雷程度で怖がるわけが...きゃあ!」

 

 

 再度の雷鳴。パイセンの口から可愛い悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「な、なにニヤついてんのよぉう!」

 

「いやいや、パイセンの可愛い姿が見られたなと思ってな?」

 

「か、かわい...ちょっとこんな時に冗談は、ひゃああ!」

 

 

 冗談じゃないんだけどなぁ。それにしても、パイセンの弱点がまさか幽霊の他に雷もあったとは。普段は樹が居るから強ぶってるんだろうなぁ、と思うと微笑ましい。

 こう見ると怯え方が樹と良く似てるなぁ。あっ、なんか嗜虐欲に駆られてきた。すっごい悪戯したい気分だ。

 

 

「勇祐ぇ〜!なんとかしなさいよ〜!」

 

「勇者やってんだからむしろパイセンの方がどうにか出来る方だろうに......。なぁパイセン、ちょっと右側見てみ?」

 

「なによぉ...なんな、の...」

 

 

 滅茶苦茶にタイミングよく、パイセンが右を見た瞬間に雷が近くに落ちて、天井付近の小窓から雷光が倉庫内を照らした。

 その雷光はパイセンの右隣にある棚に丁度パイセンの目線に飾られていた、般若の仮面をピンポイントで照らしたのだ。まるでドラマみたいなタイミングだなおい。俺も『そうなったら面白いだろうな』って考えてたけど実際こうなると逆に驚くっていうか......。

 

 

「ぎゃああああああああ!!!???」

 

「女子力もへったくれもない叫び方だな......っておい!抱き着いてくんな!?」

 

「勇祐勇祐勇祐ぇぇぇ!!あ、ああああそこにゆ、勇祐が!」

 

「『勇祐』じゃなくて『幽霊』だろうが!あとアレはただの仮面だ!俺が悪かったから離れてくれ!!」

 

 

 怯えながら俺に抱きついて右手をぶんぶん振りながら般若の仮面を指差すパイセン。半泣きなのは俺の計画通りだけど...パイセンの髪の毛から良い匂いがするし、む、胸が俺の胸板に当たってる......!

 

 お、落ち着け俺!こういう時焦ったら碌でもない事になるのは経験上分かってるんだ...!

 .......やばっ夏凜のあの姿思い出して、うわ...くっそ恥ずかしんだが......!?

 

 

「ゆ゛う゛す゛け゛な゛ん゛と゛か゛し゛て゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛!!」

 

「マジで抱き着くなって!なんとかしようにも出来ないから!早く落ち着けええええ!!」

 

 

 ドォン!と爆発音のような雷鳴が轟く。こりゃあすぐ近くに落ち...

 

 

「びゃあぁぁぁああああ!?!?も゛う゛や゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 ちょ!?俺を押し倒そうとするんじゃ...おわぁぁ!?

 いってぇ!背中に棚が当たったどころか床に激突したんだが!?

 あーもう滅茶苦茶だ!パイセンは泣き叫んでるし、もう何が何だか分かってないレベルだろ!?

 

 あっ今の衝撃で棚が落ちて...くそ!パイセンに怪我させる訳にはいかねぇ!

 

 

「パイセン、ごめん!」

 

「ゆ゛う゛す゛......きゃあ!?」

 

 

 上下をパイセンと入れ替わって、棚の間に俺の体を入れて腕で踏ん張る。

 強い衝撃が背中と頭に襲い掛かってきた。痛覚が麻痺しててほんとよかった。

 ただ、余りの棚の重さに支えきれなくなりそうだったけど、なんとか耐えた。耐え切ってみせた。男の意地ってやつだ。

 

 

「勇祐!?」

 

「...お、う。泣き止んだか?」

 

「そりゃ泣き止むわよ!怪我は!?」

 

「たぶん、ないかなぁ...」

 

 

 痛いところが分からないから、どこが怪我してるかとかさっぱりだ。骨とか折れてないといいけど。

 

 

「......えっと、その...勇祐、さん?」

 

「なんで急にさん付けしたんだよ...?」

 

「今気付いたんだけど、顔が...近いというか......」

 

「......ごめん、今...支えるだけで精一杯だから意識させないでくれると...助かり、ます」

 

 

 20cm先には、整った顔をして如何にも美少女だと個人的に思う犬吠埼風ことパイセンの顔がある。言われてから気付いたが、流石にこの距離は...近過ぎるな......!

 

 カァーッと熱くなる顔をなんとか誤魔化そうとするが、この顔と顔の距離では無理だ。口調もなにかおかしくなってしまう。

 

 

「......水滴?違う、これって...勇祐!頭から血が出てるわよ!?」

 

「えっ...?あぁ、ほんとだ。ごめんな先輩。ちょっと頬っぺたに血が落ちて、汚しちゃったみたいで...」

 

 

 パイセンの右頬にポタポタと落ちる水滴は暗くて分かりにくかったがどうやら俺の頭から流れ落ちた血だったらしい。パイセンには悪いことをしたな。

 

 

「汚れなんてどうでもいいのよ!早く手当しないと!」

 

「頭の怪我は派手に見えるだけだよ。手当もいいけど、さっさとこの重たい棚をどうにかしないと、な!」

 

 

 流星を発動させて、身体に行き渡らせる。さっきは咄嗟のことで使う事をすっかり忘れてたけど、今なら十分使える。

 背中で棚を押し上げて、なんとかパイセンが這い出られるだけの隙間を作り出すと、パイセンが急いで抜け出した。

 後はこの棚を適当に横に置いておけばいいだけ。

 

 

「いやぁ、案外なんとかなってよかった」

 

「よかったよかった、じゃないのよ。そんな怪我までして...」

 

「面白がって意地悪した俺の自業自得だよ。パイセンは何も悪くない」

 

 

 パイセンのハンカチで血を拭ってもらう。これぐらいやらせろ、とはパイセンの言葉だ。別にいいんだけど、好意を無碍にするわけにはいかないしやってもらうことにした。

 

 

「そうであったとしても庇ってもらったのとか、その......。あと、恥ずかしい姿も見せちゃったし...」

 

「いやぁ、アレは...俺も忘れるからさ......」

 

 

 忘れないと、あの感触を思い出して......恥ずかしいんだよ!

 

 その後、近くの木に落ちたらしい落雷の影響を見に来た先生に扉を開けてもらった俺たちはなんとか外に出る事が出来たのだが、多分俺は...一生あの間近で見たパイセンの顔と、あの香りを忘れる事はないんだろうなぁ、と顔を少しだけ熱くしながら思うのだった、まる。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 翌週。見事な晴天の下、七夕のイベントの手伝いが終わった勇者部一行は、部室に置いてあったクリスマスツリーに驚き、更にこれが七夕の笹代わりだというので2度おどろいていた。

 

 

「笹がなかったからクリスマスツリーに短冊って訳?適当にも程があるでしょうに」

 

 

 ご丁寧にクリスマスの飾り付けまでされたクリスマスツリー七夕風味を見ながら、夏凜は呆れた口調で言う。

 

 

「い、色々あったのよ...ねぇ、勇祐?」

 

「そう、だな......。色々あったんだ。色々と......」

 

 

 2人揃って顔を赤らめ、頬を掻きながらそっぽを向く風と勇祐の姿は、初めてのキスを終えた初々しいカップルのようだった。

 

 

「ねぇ東郷さん。風先輩とゆうくん。なんだか余所余所しくないかな?」

 

「そうね友奈ちゃん...これは『ナニ』かあったに違いないわ...。どうする友奈ちゃん?処す?処す?」

 

 

 友奈と東郷はわざとらしくヒソヒソと噂するように話し合う。それが返って、風と勇祐の顔を赤く染め上げた。

 

 

「怖い事言うのやめて下さいよ...アレ?もう誰か短冊括り付けたんですか?」

 

 

 ふと樹がクリスマスツリーを見てみれば、古びた短冊が『8枚』吊り下げられていた。

 

 

「あぁ、箱から引っ張り出したら、前に同じ事考えてた連中のが引っ付いててな。そのままにしてあるんだ。湿気で滲んで、もうなんて書いてあるのか読めないけどな」

 

 

 友奈が桜色の短冊を手にとってみれば、『皆が———ませんように』と掠れてかなり読み難く、名前に至っては一切解読出来ないレベルの文字が書いてある事に気付いた。

 

 

「なんて書いてあったんだろうね、これ」

 

「よく読めませんねこれ...。他のも似た感じですね」

 

 

 樹がいくつかを手に取ってみるが、同じように掠れたものばかりだ。相当昔に書かれた代物だと推測出来た。

 

 

「ま、後で仕舞う時にでも一緒に片付けるさ」

 

 

 次こそは誰も連れて行かずにこれを片付けに行こう、と勇祐は心の中で誓ったのだった。

 

 

 

 

 




・勇祐
しょーがねーなー、と思い腰をあげたら案の定トラブルに巻き込まれToLOVEるしちゃう系男の子。パイセンの胸は東郷程じゃないが柔らかかったらしいし、フレグランスな香りがしたらしい。良い匂い。
改めてパイセンって美少女の系統だよな。と思ったり、なのになんでモテないんだ?と思ったりしたそうな。
ちなみに短冊には「皆が幸せでありますように』と適当に書いた。


・風パイセン
思いつきで七夕がしたくなった系女子。雷にびびって般若にビビった。そりゃあ、隣に般若の仮面が照らされてたら叫び声上げるよね。
勇祐に庇われてドギマギしたりした。あの友奈の双子の弟なので顔は普通にイケメンである。ただ怪我に無頓着なのはマイナス点らしい。
短冊には「無事に御役目が終わりますように」と書いた。


・友奈
ゆうくんがオスの顔してる!そういえば血の付いた風先輩のハンカチを洗ってたけどもしかして!?ただこれは友奈なりの冗談である。
まぁ大体の今回の出来事は予想していて、それは9割方当たっている。外れているのは発端が勇祐であると予測したことだけ。
短冊には「ゆうくんとずっと一緒に居られますように」と書いた。


・東郷
風先輩が勇祐君に『堕』とされた!これは事件よ友奈ちゃん!なお殆ど悪ノリである。
短冊には「無事に年を越せますように」と書いた。


・樹
お姉ちゃん、なにやらかしたんだろ...?勇祐さんに迷惑かけてないかな?7割は勇祐が迷惑を掛けた。イマイチ姉を信用していない妹である。
短冊には「夢が叶いますように」と書いた。


・夏凜
流石にクリスマスツリーはないでしょ...。電飾とかもなんで付けたの?
などと言いながらも楽しみながら短冊は書いたようだ。
短冊には「勇者部が健康でありますように」と書いた。


※古びた短冊は合計で8枚でした。こっそりと修正しておきましたが本編にはあまり関わらないのでスルーしてくだしあ......



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第36話 それは全てが終わった後の話

ここまでの合計36話プラス番外編2話と短編、この後に投稿する「勇祐の章のあとがき」を勇祐の章とし、以降は宣言通り、原作で言うところの『鷲尾須美の章』に当たる話を投稿して、物語を続けていきます。
以降も是非、お付き合い下さい。
よろしくお願いいたします。


「...そんでまぁ、殺されたと思われてた私は実は勇祐に助けられて、壁の外でよく分からん結晶の中で眠ってたわけさ。本当は2、3日で眼を覚ます予定が、2年も掛かっちまった」

 

 

 そのお陰で逆に身体中がボロボロ。それどころか人間じゃなくなったしなぁ。と銀はぶっきらぼうに言って上半身をベッドに放り投げた。

 つい先程、銀は大赦の手によって人口精霊を改造した『現し身』と呼ばれる器に魂を入れ替えたばかりであった。

 今の彼女は人形、とでも言うべき存在である。姿形こそ三ノ輪銀そのものであるが、彼女はこれから、肉体に成長は一切しなくなった。本人は別段、その部分は覚悟していたようで悲しんではいなかった。

 

 

「私は戦いの後、勇祐君を監視する為に苗字を変え、名前で反応を見る為に『須美』のまま東郷家に戻りました。監視していた2年の間、勇祐君はただの不良で、ただの監視対象のままでした」

 

 

 ですが戦いがまた始まり、2度目の戦いで私達は出会ってしまいました...。と東郷は暗い顔で俯く。彼女が座る椅子の隣には彼女の物である松葉杖が鎮座していた。

 彼女もまた、精密検査の結果、半分人ではなくなっていたようだが、寿命が多少伸びて筋肉の質が常人の2、3倍になっただけだという。原因は勇祐の治療の影響だった。

 なっただけ、とは簡単に言うが実際はとんでもない事だ。しかし勇者という力を手に入れた彼女なのだ。「そんな程度でよかった」とすぐに受け入れた。

 

 

「まぁある程度話は聞いちゃいたけど、東郷達の行動にも筋が通ってるわね。そりゃあ、勇祐を危険視して、最悪は排除も視野に入れるのも当然よねぇ。色々と黙ってた部分も、今だからこそ心情は別として、理解は出来るし」

 

 

 それはそれとして話を通さなかった大赦はムカつく、と腕を組みながら風は唸る。

 確かに東郷は、手段や言動が常軌を逸する所もあったかもしれない——実際には逸していたが——が、それこそタタリの思考誘導があったかもしれない状況だったのだ。そうであったか否かが最早明確に分からない以上、東郷を責めるのはお門違いというものだ。ただし大赦は別。

 

 

「そうよね、やっぱ問題は大赦ね。信用を失った後のことは考えてたのかしら?」

 

 

 そうか、私達から信用を失うことすら想定外か。控えめに言って阿呆の所業ね、と補聴器、眼帯、ギプスと全身包帯塗れの夏凜が納得するように相槌を打った。

 因みに全てを聞いた夏凜は実の兄である春信を『それはそれ、これはこれ』として溜まった鬱憤を吐き出す目的8割でぶん殴っていた。

 

 

『まだ声は出しにくいので、あとでノートに纏めた話でも大丈夫ですか?』

 

 

 ごめんなさい、と消え入るようなか細い声で苦笑いしながら、樹がフリップを掲げる。

 この場にいる勇者部のメンバーの中で東郷を真っ先に許したのは樹だった。「結局声も戻って来てるから、怒る必要はどこにもない」と樹は言った。そもそも東郷も散華で足の機能を失っており、説明責任があったのは大赦の方だ。

 

 

「まぁ今は全員揃ってないから深く話そうにも出来ないし、1番詳しそうな園子って子もまだ面会出来ない状況らしいし......」

 

 

 あの戦いから1週間。友奈を除く勇者部の全員は、散華で失った体の部位と機能を徐々にではあるが、取り戻しつつあった。

 大赦が言うには、神樹の計らいで...という話ではあるが、それがどこまで本当なのかはさっぱり分からない。

 

 そもそも、彼女達は一部の職員を除いて大赦を一切信用も信頼もしていなかった。大赦が言った事など、端から信じてなどいない。

 しかし現状として、散華した体が元に戻りつつあるのは喜ばしい事であった。

 

 

 だがそれは———友奈の意識が戻っていれば、の話であるのだ。

 友奈は依然として、まるで抜け殻になって魂が入っていないかのような状態になっていた。呼び掛けてもなにも反応がなく、ただ生きているだけ...という状況であった。

 

 さて...もう1人、勇者部にとって大切な存在が居る。そう、結城友奈の双子の弟、結城勇祐だ。勇祐はあの戦い以降、姿を消した状態であった。

 死んだのか、消えたのか。それとも隠れているのか、存在しているが見えないだけなのか。それを確認する手立てを大赦はおろか、勇者部達も持ち合わせていなかった。

 

「勇祐は1度、確かに死んでるんだ。それがあの戦いの前にHP1で復活しただけの状態だっただけで、今は燃え尽きて死んでてもおかしくないんだよなぁ。ま、アイツならそのうち帰ってくるさ」とは、勇祐視点で2年過ごした銀の言葉である。

 友奈以上に勇祐が隠していた裏事情に詳しい銀がこう言って特に心配する素振りすら見せないのだ。

 なら...と、勇者部の面々も、その言葉に重ね同意していた。「勇祐だし、そのうち戻ってくる」、と。

 つまり良い意味で、誰も勇祐の心配をしていなかったのだ。

 

 

「とりあえず、今日のところは解散ね。三ノ輪さんも手術が終わったばかりだし」

 

「さん付けやめてくれないかなぁ...むず痒いんだけど」

 

「様付けしなくなっただけ有難いと思ってください。本来なら、もっと敬うべきなんですから」

 

 

 妙に堅苦しい夏凜であるがその姿は実に真面目だ。普段、勇祐とトムとジェリーしている夏凜とは正反対。勇者部の面々にとって、これ程気持ち悪いものはなかった。

 

 

「サブイボ立つわ...」

 

「なんですって?」

 

「ほれ見ろ、風さんもそう言ってんだしさ...それに須美に対する態度は変わってないのに、なんで私だけそんなに畏まってるんだよ」

 

「東郷は東郷ですもの。もう友達だし、敬うのはおかしいと思うのです。三ノ輪さんは私が勇者になった理由でもある訳ですから、敬うのは当然でしょう?」

 

「その発言に私は喜べばいいのか、悲しめばいいのか......」

 

 

 銀が扱っていた勇者システムは、銀の失踪後に回収されたモノであった。夏凜はその勇者システムを扱う勇者として厳しい選抜試験を経て勇者になったのだ。更に銀の最後に、勇者としての矜持を見出していたのだから余計である。

 

 わちゃわちゃといつも通りの雰囲気になった勇者部であったが、銀の診察の時間が近づいた事もあり、銀の病室から退散したのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 銀の病室から出て来た夏凜は1人、病院の自販機コーナーでエナドリを飲んでいた。

 とある理由で1人になる為に、全員で一緒に帰るのを避けたかったのだ。

 

 勇祐は一体どこへ行ったのか。

 なぜ神樹は散華した箇所を返したのか。

 

 まだまだ謎は多く、そして解明は出来ていない。考えることは多い。

 春信曰く、勇祐が居なくなり、タタリも減少傾向にあるが未だ予断は許さない状況らしい。園子が面会謝絶しているのもその影響からだった。今の園子は言わばタタリという病の保菌者だ。迂闊に外に出ようものなら園子を媒介に何が起きるか分かったものではない。

 

 だが彼女はそんなことで悩んで、今頭を抱えているわけでは無かった。

 

 

 

 

『そう言う訳なんよ〜』

 

「何が『そういう訳なんよ〜』なんですか...ほんとにもう......」

 

 

 そう...面会謝絶、外出厳禁と言われても誰かと話す事が禁止な訳ではなかった。

 夏凜が持つスマホの先。スマホカメラを通した先には包帯グルグル巻きで微笑む園子の姿があった。つまり、園子は『スマホで話せばいいじゃん』を本気でやってしまったのだ。

 そのお相手がなぜ銀ではなく夏凜かと言えば、春信が連絡先を知る唯一の勇者であったから、という簡単な理由であった。夏凜からすればたまったものではなかったのだが。

 

 

(どうして私が先代様のお相手をしなきゃいけないのよ......!恨むわよ兄貴......!)

 

『ごめんね〜。貴方にも色々謝りたくて......』

 

 

 画面先の園子の顔が曇る。恐らく、あの時チラリと出会った瞬間の話をしているのだろう。溜息を吐きそうになった口を押さえながら言葉を紡ぎ出した。

 

 

「......謝りたいのはこちらの方です。あの時、園子様の身に異常があると察しながらあのような言葉を向けてしまいました。申し訳ございませんでした」

 

『うん、許すよ......って言わないと、貴方も落ち着かないでしょ?』

 

 

 随分と人の心を読んでくるな、と夏凜は思った。なんとか顔に出さずには済んだが、直感的に、この人は頭の回転が早いと悟った。ならば思考を巡らせて言葉を考えるのは無駄だろうと結論付ける。

 

 

「では私も、園子様を許します。元よりあの馬鹿...いえ、勇祐が如何なる事情があれど話さなかったのが悪いのですから」

 

『私は許されないよ。私さえ居なければ、ここまで話が拗れる事もなかったからね』

 

「......。詳しい事情は、他の勇者達が居る場でお聞きします。その際に全てを話されてください」

 

『うん、そのつもりだよ。ごめんね、手間かけさせちゃって』

 

「いえ、手間などと思ってもおりません......。失礼、誰か来たようです。後でお話しする時間について連絡を差し上げますので...では」

 

『うん、お願いします。ばいばい』

 

 

 通話を切り、エナドリを一気飲みしてゴミ箱に投げ入れた夏凜は、足早に自販機コーナーから立ち去ろうとした。誰かに出会うのも面倒だったからだ。しかし廊下の先から、病院という場所に配慮した声量の声がいくつも聞こえてくる。どうやら団体様のようであった。

 

 

「メブも元気になって良かったよー。目を覚まさないかと思ったもんね...あれ?」

 

「そうですわね。特に後遺症もなかったようで...あら、ごめんなさい。皆さん、廊下を開けてくださいませ。患者様が通られますわ」

 

 

 自販機コーナーから廊下に出た夏凜は、ばったりと団体様の少女達に出会ってしまった。数で言えば30人前後。友人か誰かのお見舞いだろうか、と思っていれば、先頭には見覚えのあるパッツン髪の少女が居た。

 

 

「あ、貴方って確か......」

 

「みっみみみみ三好夏凜様ぁぁ!?ど、どどどうしてこんなところにいらっしゃるのですか!?」

 

 

 加賀城雀が焦りながら弥勒夕海子の後ろに隠れる。顔だけチラリと出してる様はなんとも情け無い。

 彼女達『31』人は防人として戦う、あの勇祐がキチガイ染みた訓練で鍛え上げて来た少女達であった。

 彼女達に驚愕の声が走る。鬼で無表情で防人の中で1番の強さを誇る頼れる隊長こと、あの楠芽吹が敗北した相手であり、勇者として活躍している...と聞かされている三好夏凜とばったり出会ったからだ。

 

 

「あー、やっぱり。屋上から勇祐と友奈と一緒に落ちた子じゃない。どう?アレから勇気持てるようになった?」

 

「それは...えっと......そ、それよりも!なんでそんなボロボロのお姿なんですか!??」

 

 

 雀が指差す夏凜は眼帯に補聴器、更に包帯に松葉杖と明らかに普通ではない状態に見えるのだ。無双と名高い勇者がこんな姿であれば、どのような戦いをしていたのか、防人の少女達はその激しさを悟った。

 

 

「色々あってね。貴方達も誰かのお見舞いに?」

 

「え、えっと...」

 

「そうですわ。私達の親友のお見舞いに。......申し遅れました。私は弥勒夕海子と申します。三好様の噂は兼ね兼ね......。随分と激しい戦いをなさったのだとお察し致します」

 

 

 口籠る雀の代わりに、夕海子が答える。

 

 

「私を...いや、勇者を知ってるの?」

 

 

 夏凜の片目が鋭くなる。

 どこの誰かは知らないが、勇者という存在は大赦ですら極秘扱い。夏凜達のクラスメイトも、神樹様から御役目を受けた...としか知らされていないのだ。それすら口外禁止である。

 そんな極秘情報を知っているのは、明らかに普通じゃない立場にいる人間でしかない。少なくともこの31人は、勇者という存在と三好夏凜という人物を知っているのだから、夏凜が警戒するのも当然であった。

 

 

「まぁそう警戒なさらないでください。楠芽吹、という方をご存知ですわね?」

 

「楠.....?知ってるもなにも......」

 

 

 夏凜の顔が一気に困惑した顔へと変わる。楠芽吹は夏凜にとって勇者の座を争った1人だ。いずれ勇者のお役目が終われば会いに行こうと思っていた人物の名がここで出てきた事は流石に想定外であった。

 

 そして、夕海子の口から次に紡がれた言葉もまた、夏凜にとって予想外で...同時に目的の1つが果たされる言葉だった。

 

 

「彼女は今、この病院に入院しています。命に別状はありませんが......1度、お会いになられてみては?」

 

 

 夕海子の笑顔はまるで、唐突に現れた天使のようであった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「......ここ、ね」

 

 

 夏凜は夕海子に言われた通りに、『楠芽吹』という表札のある個室の病室の前まで来ていた。いざ会うとなれば勇気が要るものであるが、ここで躊躇しても話にならない。だから夏凜は迷わず戸を叩いた。

 

 

『......はい、どうぞ』

 

 

 若干困惑した声が室内から聞こえて来た。誰が来たのか、検討がついていないのだろう。入っていいと言われたのだから、遠慮なく夏凜は戸を開けた。

 

 

「......三好、さん?」

 

「久しぶりね楠。元気、では無さそうね」

 

「それは...三好さんもでしょう?そんな大怪我をして......」

 

「動かないだけよ、痛くはないわ。色々あって、ね......座って話しても、いい?」

 

 

 どうぞ、という声で壁に立て掛けてあったパイプ椅子を芽吹が横たわるベッドの横に片腕と片足で器用に展開した夏凜はこれまた遠慮なくズカッと座った。

 

 

「どうして私がここに居ると?」

 

「楠のご友人に会ってね、教えてもらったのよ......。その様子だと、勇者以外の御役目に就いているようね?」

 

「えぇ...防人、言わば大赦の雑用係として主に壁の外の調査をしているわ」

 

 

 そこからは、2人の現状確認の話だった。

 防人の任務、勇者としての戦いについて、1週間前に何があり、自分はどうしてここで寝ているのか、包帯グルグル巻きで右半身が動かないのか......そして、

 

 

「白面......?もしかしてその赤と白の戦闘装束来た奴って、結城勇祐とか言ってなかった?」

 

「赤と白...?いえ、私が知る白面は赤と黒の装束だったけれど......でも確かに、結城勇祐と名乗ったわ。......そういえば、彼は三好さん達と一緒に居たのだったわね」

 

 

 話題は次第に白面の話になり、当然のように勇祐の話になった。

 

 

「勇祐さんは、元気なの?」

 

「......まぁ、色々あってね。私も会ってないのよ。死んだ訳じゃないとは思うけど......」

 

 

 苦く、笑う。

 その顔には色々な感情がごった煮されたように苦い、と芽吹は思った。

 本当に...簡単には言えないような、色々があったのだ。

 

 

「......そう、ですか...彼には色々と言いたい事が山程...えぇ、それはもう大量にあるので。恨み辛みに怒り呆れ......それに...色々。色々、あるので」

 

「そっちも随分と濃い接触をしてきたみたいね」

 

 

 2人して優しく笑いあった。

 この場では語りつくせない程、出会って数ヶ月であるのに勇祐との思い出は非常に多かったのだ。

 

 

「濁ってた精神も叩き治されるほどにね。もう1度、彼に会ったら次こそは...と思ったんだけれど、そうもいかなさそうね」

 

「次こそ?なにやろうとしてたのよ」

 

「後悔しないように、好きですって伝えようと思って。ほら...私も彼も、いつ死ぬか分かったものじゃないじゃない?だから次に会えたら告白しちゃおうと......」

 

「ん、んんん?ちょっとまって。待ちなさい。告白?誰が??」

 

「私が」

 

「誰を?」

 

「勇祐さんを」

 

「告白?」

 

「告白する」

 

 

 数秒、ピタリと夏凜の動きが止まる。まるで夏凜だけ時間が止まったようだ。

 

 次の瞬間、夏凜の驚愕の声が病院中に響き渡った。

 堅物、無口でクール。更に復讐鬼のように夏凜をライバル視していたあの楠芽吹が、何がどうあってこうなったのか夏凜にはさっっっぱり分からないほどに乙女チックな発言を、いつもの無表情な顔でしたのだ。それはもう驚くのもしょうがないだろう。

 

 

「嘘、でしょ?」

 

「嘘じゃないわよ。三好さんに嘘つく必要なんかないでしょう?」

 

「いや、うーん...確かに?いやいや、なんであんな馬鹿の事を好きになるのよ!?」

 

「顔とか性格とか...ほら、彼って割と周りを見てるし、自分を犠牲にしてでも助けようとするでしょう?そういうところに惹かれちゃって......」

 

 

 思わず顔を赤らめる楠の顔を見て、夏凜は対照的に、この世の終わりかのような顔をしていた。

 

 

「そ、そんな顔しなくても......」

 

「いや、断言するわ。男の趣味悪いわよあんた......」

 

「そう...かしら。良い人だと思うけれど......もしかして...」

 

「言っとくけど、私は勇祐のことは友人として好きであって、LoveじゃなくてLikeだから」

 

 

 芽吹が言い終わる前に、ジト目で夏凜が被せるように否定する。そういう言い方をするから勘違いされるのだが、身に覚えのないとばっちりで、酷い目に会うのは帰ってきてからの勇祐である。南無。

 

 

「そう...」

 

 

 ほんとに?という顔をする芽吹だが、夏凜の表情は変わらない。

 

 

「......気になってたんだけど、その窓側に飾られてる歪な花はなに?造花?」

 

 

 夏凜が指差す方、窓際にぽつんと置かれた小さな花瓶に活けられている、あの1枚ずつ花弁が違う一輪の花があった。

 急な話の変え方だなぁ、と思いながらも芽吹は律儀に答えた。

 

 

「壁の外で見つけたんだけど、大赦ですら特定不明だった花よ。ただ一つだけ分かったことは、恐らく勇祐さんと同じ性質を持つという事だけ」

 

「勇祐と同じ性質?どういうことよ」

 

「さぁ......?調査に加わってた巫女の子がそう言ってただけだから......。詳しい事は、なにも...。あとは、これね」

 

 

 芽吹は胸元からネックレスになった、チェーンで繋げられている小瓶を取り出した。その中には1枚の焦げ付いた桜の花弁が入っている。

 

 

「私を助けてくれた花びらなの。これには神聖な力が宿っていて、私の命を繋いでくれたらしいわ。白い仮面を被った女の子が助けてくれた...とは聞いたのだけれど、私は気絶してて覚えてないのよ」

 

「......で?その白い仮面を付けた子が白馬が似合う騎士様に見える、勇祐だって言うの?」

 

 

 ジト目で睨む夏凜。まさか、と芽吹は言葉を続ける。彼に白馬は似合わないし、どう考えて騎士なんて正確じゃないと前置きをした。

 

 

「それに、勇祐さんは男でしょう?」

 

「白い仮面付けて壁の外に居る時点でほぼほぼアイツじゃない」

 

「私が見たわけじゃないからなんとも言えないのだけれど、似てたけど勇祐さんじゃない......そんな人だったらしいわ」

 

 

 つまり、事情を聞くなら防人達に...という話だった。それを理解した夏凜は、脳内の『面倒臭いけど後で話しに行くリスト』に加え入れた。

 

 

「これ、貴女に渡すわ」

 

「ん?なんでよ?」

 

「たぶん貴女達勇者が持っていた方が良いと思うの。これと言った根拠はないのだけれど...」

 

 

 そう言いながら芽吹は首にかけてあった小瓶をネックレスのチェーンごと夏凜に渡した。

 

 

「いいの?お守りみたいなもんなんでしょ?」

 

「いいんです。大赦ですら役立てられなかったモノだから、三好さん達が持っているのが1番だと思う」

 

「......ほんと、変わったわね、楠」

 

 

 誰かさんのお陰でね、と芽吹はにこやかな笑顔で笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

『...皆さんには、私...乃木園子と三ノ輪銀、東郷須美の3人の、2年前に起こった全ての話を、結城勇祐が残した日記を元に話していこうと思います』

 

「皆、ずっと知りたかっただろうから...。きっと、友奈ちゃんも......」

 

 

 数日後、勇者部は友奈の病室にやってきていた。理由は1つ。勇祐がなぜ、あんなことになっているか...と言う話だ。

 テレビには、スマホを通じたビデオ会話アプリで現在隔離されている園子と繋がっていた。

 

 友奈はまだ意識を取り戻しておらず、火のない瞳で、虚空を見つめたまま。あまりの痛々しさに目を背けそうになった東郷は、勇祐の部屋から拝借してきた1冊のノートを取り出した。

 これは勇祐が現状確認の為に思い出した事を書いていたノートだ。そこには勇祐目線で書かれた、2年前の全てが記されていた。

 

 

「私達が出会ったのは...春先。樹海となった瀬戸大橋でした」

 

 

 

 そこから、園子の口から全てを紡がれていった。

 これから始まるのは、本当の「最初の1ページ目」の話だ。

 

 

「これは誰もが天の神の犠牲者であり、誰もが加害者であった話」

 

 

 ———白面がなぜ、現れたのか。

 

 ———なぜ結城勇祐が白面になったのか。

 

 ———なぜ結城勇祐は記憶を失ったのか。

 

 

「全てが始まった話」

 

 

 この物語に題名を付けるなら......

 

 

 

 

 

 ———『白面の章』

 

 

 

 

 

 




勇祐の章のあとがきについては、また後日に投稿致します。


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勇祐の章のあとがき

裏話も含め、今更だけど入れておきたかったネタなんかもを各話ごとに書きたいだけ補足していきます。

なお各話毎、基本的にその投稿が終わった直後辺りに書いたものになっています。
なので途中で設定が変わったりとか色々あった分、変な事言ってると思いますがご了承ください。本編に出てない設定は、基本的に今後も出すことはないと思うので......。
なので、()書きになっている中身は追記及びこのあとがきを書いている時に「何で私はこんな事書いたんだ?」と自分に突っ込みを入れている箇所を設けてみました。


ご質問等ありましたら遠慮なく感想欄までよろしくお願いいたします。



・勇祐の章を通して

第1章たる『勇祐の章』は、物語のエピローグ後の話、というのが1つのコンセプトになっています。原作は、鷲尾須美の章が所謂『前日譚』であった訳ですが、結城友奈の章たる、この勇祐の章は『後日譚』である訳です。言っててよくわかんないけどそういうことです。

なぜ後日譚から書いていったのか、と言いますと完全に趣味です。エピローグ後の話が好きだったので、こう書きました。素直にわすゆから書いときゃよかったなぁ...とは思いますが反省はしません。たぶん、こうしてわすゆを後回しにしたのは正解だったと思うのです。

こうでなければ、ただ原作をなぞるだけ。

それだけはなんとなく嫌でした。ただもう少しやりようはあったんじゃないかと思う所も多々あります。

 

と言うのも、実は大まかな起承転結しかプロットとして書いていなかったせいです。『大体こんなことしたいなぁ』という部分は大まかに設定を書いていましたが、各話の内容なんてその場その場で思いついたものばかりです。今までの自分のモチベの傾向で考えると、プロットを最後まで書いてしまうとそれだけで満足してしまう可能性があったので、どうしてもこの『7割即興劇』をやらざるを得ませんでした。

 

白面の章に関しては話数までキッチリと、各話1万文字程度の文量にして10話以内で書く予定であります。そこはもうなんというか、完全に試験的な試みです。やってみて、良い感じだったら白面の章以降もそうして書いていきますし、駄目なら7割即興劇に戻ります。

 

なお、リメイクするにしろ、手直しするにしろ、一先ずこの結城勇祐は弟であるを完結させねば途中でダレてしまってエター...なんてこともありえるというか10割そうなってしまうので、全てが終わってからどうするか考えたいと思います。

 

 

 

 

 

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第1話

友奈の双子の弟が主人公!とだけ考えて書いた話。プロットもクソもなかったので勇祐の性格自体がガバガバ。理由付けには色々と苦労した。この時点で色々と伏線を張ってるつもり。ちなみに5話までは伏線回の予定で書いてます。

(伏線もクソもなにも殆ど投げっぱなしになりましたがね......)

 

 

第2話

実際に戦わせようか悩んで止めたパターン。夢と思い込む事によって精神を安定させようとしてる勇祐君が書きたかった。

東郷さんは既に覚悟決めてるので特にパイセンとの言い争いはなし。友奈ちゃん?勇者になる前から覚悟ガン極めしてる。理由は後述。姉は強いんだよ。

 

 

第3話

勇祐君の話を書きたかった。根は凄く善人で良い子。なんで不良やってるかは後程。

夏凜は何故か出てきた。

三人称視点の理由ですが三人称視点で書きたかっただけだったりします。

 

 

第4話

さぁ、地獄の始まり。ここで勇者部が白面と初遭遇。場面外では勇祐に勇者適性があったことがパイセンの口から語られて、白面ってもしかして、と思い始める。でも誰もその答えを望んでいない。彼は守るべき人たちの一人であるが故に。

なお友奈は完全に勇祐だと分かっていますが、認めたくないので半信半疑状態。

勇祐視点ではそんな事は露知らず、そのまま話が進んでいき、謎の人の話し声シーン。

完全にモロバレさせる為に差し込んだもので、東郷の記憶が忘却されていないことを一応、暗に説明してこれで勇祐が完全に先代勇者達と一悶着あった事もついでに暗喩してます。

 

 

第5話

勇祐によって起こされた事故。原作を知っていれば彼がわすゆ時空に存在していたことが分かりますが、第4話でやってるのでアレ。

更に友奈に対する勇祐の行為。決して悪いものではないと友奈が名言しているが、事故を起こした張本人である、という事実から疑問点が生まれたはず。

ちなみにこの時点から地の文が堅っ苦しい話が出て来てます。理由に関しては説明してありますが、実際のところ何も考えずに書いてたら勇祐のアホっぽい思考をトレースせずに書いてしまっています。その反動が第6話と第7話。

 

なお勇祐くんの超思考の初登場。白面としての力を現実世界で久々に使った感じの描写。(実際は白面の力とはまた別だけれど)

実はここで神樹に補足されました。アホだね。

 

 

第6話

書き方迷走パート1。

もうちょい話進める予定だった。

流星という名称に関しては使用の都度に説明を省くための処置。勇祐、中2だぜ?そういうかっこいい名前とか好きそうじゃん?そういうことで。(5秒で考えましたが、今思うと別の名称の方が設定的によかったかなって思います)

勇祐が少し吹っ切れる話。でもお姉ちゃんには勝てない。負け犬。

夏凜はもう少し善戦させる予定だった。というか芽吹とか他の勇者候補と切磋琢磨しといて対人戦が弱いわけないじゃん。(白面の事が大赦に伝わってるんだから対白面の訓練もしていたでしょうし)でも慢心の塊だったからしょうがない部分はある。そこは第7話で説明。

 

 

第7話

書き方迷走パート2。本当にここで迷いに迷ってます。

何回やるんだぼた餅ネタ。(でもやめない)

勇祐はここで夏凜には白面だとバレる予定だったけど展開を緩くしたいからキャンセル。今後のネタ的にほぼ敵対状態だとなんで東郷は友好関係なのか、という説明に齟齬が発生する為。後でバラすけど。

ちなみにこの話までに勇祐がいる場面ではワザと勇者部たちは白面に関しては話していません。というより最初の説明以外、お役目の話はしていません。一般人に戦いの話をしても心配させるだけだろうから、という優しさ故にです。

そして物語が加速していきます。

味方であるという宣言。必ず助けるという想い。全て砕いて、絶望への糧に。

 

第8話

どうしてこうなった......。どうしてこうなった!?特に戦わせるつもりはさらさらなかった。なのに戦ってる。なぜだ。

しかも文字数が9000を超えるという事態に。なんだこれ。

夢の中の声の主は銀。どっかで生きてる。君がファクターだぞ。

夏凜は勇者という存在は、人を信じるものだと思ってるから勇祐を信じたい。でも確かめたかったから襲い掛かった。結果は暫定白。

なお1話投稿時点でここまでは書き溜めてました。

 

第9話

今回はプロット通りに進んでくれた。春信さんが居ないと勇者の章ラストまで辿り着けません。ここで手を取るか取らないかで彼の今後は大きく変わってきます。春信さんの一世一代の大勝負は勝利に終わる訳です。(なお、手を取らなかったら完全に敵対して人類の敵エンド)

 

個人的に、この『結城勇祐は弟である』においての真の勇者とは夏凜にしよう、と思って作っています。

家族からの愛を知らず、友人との友情も知らなかった夏凜が、最初から人々の為ならその身を捧げる事も厭わないと思っているからです。この話までで勇祐、友奈、園子、東郷の4人が『なにかを犠牲にしてでも成し遂げたい大切な事』を抱えている訳で、風と樹も後々に決意を新たにする訳ですが、夏凜だけ、そういった描写が一切ありません。(病院でのシーンとか見ると、勇祐の件で覚悟を新たにしているっぽいですが、アレは夏凜にとっては状況の再確認のようなもので、元々の覚悟をもう一度確かめているようなものだったりします)

覚悟などせずとも、彼女は全てを救う気でいるのです。『それが勇者だから』と、そう笑って落ちる実が落ちきる前に掴もうとするのです。それが彼女が目指した勇者なのですから。

 

 

第10話

勇祐にギターを持たせた理由はただ一つ。樹ちゃんの祈りの歌のギターソロを弾いていたのは勇祐、という設定を使いたかったが為です。

次回以降それをやったりします。

樹が歌のテストで頑張れる理由に、もう少し理由付けが欲しかったのと、勇祐のギターを聞く話の為の繋ぎが欲しかったのでこういう流れにしました。

東郷が「白面=勇祐じゃないか」と『言い始めた』。これは意識外の伏線でした。なので有効活用していきました。

 

 

番外編 友奈と勇祐の休日

友奈との絡み少ないな?と思って急遽書いた話。時系列は特に気にしない。

商店街の人も今後出す予定はありません。番外編だもの。ちなみにブラックコーヒーは伏線です。(友奈の散華後に、砂糖が入っていないコーヒーを飲ませて...という話を考えていましたが、結局入れる隙間がなかったのでやめました)

 

この話は凄い難産でした。なんでかと言うと意図して闇成分を入れていないからです。後々登場する小道具が闇を噴出させたとしても、ただそれだけなのでひたすらに日常過ぎて発狂しそうでした。

次の話も闇成分少ないんだよなぁ......後々に闇になるけど。

 

第11話

第10話でやろうと思ってた大部分がこれ。なんでこんなに長くなったんだろうねってぐらいになったので伏線挟んで分割アンド再構成。

樹ちゃんの恋の芽生えの音を入れる予定だったけどなくなった。なぜだ。

 

 

第12話

勇祐も勇者部が自分の事を気付いているのも薄々勘付いているんだから、素直に「自分が白面でなぜか俺は姉を殺そうとしてる」とでも言い出せば良かったんだよね。言えないからこんなことになったんだけど。勇者の章の友奈状態って感じです。言ったらタタリで全員死ぬ。

全員死ぬ世界線も考えてますがその場合勇祐は女の子になります。私の趣味です。機会があれば書くかも。

 

ちなみに勇祐のバーテックス化、実はプロットに存在してませんでした。可哀想な勇祐君は作者の唐突な思いつきにより更に苦しむことになるのでしたまる。

しかも今の段階ではただの劣化です。パイルバンカーが通じなくなったのも一時的に同族になったからですし。

その辺は後々説明していますが。(してませんでしたね、はい......)

 

 

第13話

満開。うん。ただそれだけ。それだけじゃないけど。

勇祐くんの覚悟の話。みんなのためだとか色々理由つけてたけど結局は自分が気にくわないから戦うんだ、って自分で自分を決め付けてる感じですね。控えめに言って視野が前方およそ30度ぐらいしかなさそう。書いてて普通にイラっとしましたよ。バーテックスかもしれないし白面だけど勇祐だから、ってみんな言ってるのにこの男は「自分は化け物だから化け物らしく1人になるべきだ」ですからね。アホですよアホ。でもよくよく考えればこいつ13歳やで。こんな主人公書いたの誰だよ。私だよ、畜生。

 

ただこんなことになった理由も結局は天の神の天罰とタタリなのでやはり神は殺すべきだよね。

 

 

短編 クリスマス

前書きの通りの世界です。天の神も神樹も存在せず。勇者として、白面としての役目もない。幼い頃に暴漢から救った少女が自分を追いかけて転校してくる。そんなギャルゲのような世界線で、そのエンディング後のアフターストーリーのような世界線です。本当は高校生にでもしようと思ってたんですがなんとなく中学生に。

カフェモカキスのシーンは普段買わないカフェモカをドトールで飲んでる時に思いつきました。甘い。

 

 

第14話

本来はもっと園子の狂い方はストレートにしようと思いましたがあの園子がここまで狂うのに、そんな復讐心だけで動くのか?っていう風に思いまして。原作もある程度冷静だった訳ですから。

なので勇祐に二度目の思考誘導が開始された時に園子も誘導され始めた、というふうに進めることにしました。天の神ってやっぱクソだわ

 

 

第15話~第17話

ここまで伸ばすつもりはなかったんですが説明とか省く訳にはいかないのでまとめた結果が入院編とでも言える分量のこの3話です。夏凜の唯我独尊勇者っぷりが出てたり、東郷さんの母性が炸裂したり。私も東郷さんに抱き締めてもらいてぇなぁ......。

春信さんはクズでも悪人でもなんでもなく、ただ彼を利用出来るまで利用しようとする過程で子供に悪役をさせるわけにはいかないから悪役を買って出て、何かあっても自分が罪を被れるようにしているんですよ。便利な男ですよね彼。

ちなみにここから暫くプロットはありませんでした。(これまでもないようなもんでしたが)

 

 

第18話

防人編スタート。といっても2、3話やって終わりの予定。

ちょろっと言及してますけど、訓練中は流星をバカスカ使ってます。それも今までのバーテックス戦以上に。この辺は勇祐の覚悟の表れですね。もう寿命がないのが分かっているので燃え尽きてもいいぐらいに自分の命を使っています。

 

 

第19話

『早く思い出せ』は実質『早く死ね』と同義ですね。神樹にとって今の彼はただの敵なので。

ただ亜耶ちゃんにどストレートに伝える訳にもいかないのでオブラートに包んだ形。うーんこれは畜生。

 

 

第20話

やはり設定をもう少し練るべきだったのでは???と思うほどの行き当たりばったり感が凄い。ほんとひで。もうちょいマシに出来たやろ......。という焦燥にも似た嫌悪感でエタってしまいそうになった話。色々試験的な事はしてるんですけどもう1話付け足してしまうのもどうかな、と思ってこうなりました。もっと精進せねば。

 

 

第21話

なんでもっと時系列整理しなかったの???お陰で9月末まで勇祐の命延ばさせてしまったじゃんか。本来はあと1週間の命だった勇祐くん。ここで命が延びることに。その代わりにもっと地獄を見ることになった。

ところで戦闘シーン、君たちなんでそんなに踊るの?って感じで全然決着が着かない。もう1万字超えてんだけど?とか思いながら書いてました。

 

 

第22話

結局分割した話。ここまで文字数が伸びるつもりはなかったし、芽吹が勇祐を好きになるのも想定外。勝手に動いた感じ。なんで勝手に動くんだ。抵抗するんじゃない!やめろ!

 

 

芽吹達に死にたくなくなる足枷をプレゼントされて、寿命が延びた(なお心臓が動いているだけで必要最低限の生命活動しか出来なくなる期間が延びたと言うのが正しい)

 

 

第23話

ようやく水着回。描写殆どなかったけど。(もうちょっと描写してよかったよね。なんでしなかったんだ私は)

初っ端から何かを察した友奈が勇祐に甘え攻撃。勇祐は死ぬ。

結局色々を話せずじまい。話したところでどうにもならないけども。

 

 

第24話

なんで琵琶湖?私が元滋賀県民だからです。元不良のモブくんはたぶんあと1回ぐらい出番あると思います。ちなみにあの結城姉弟のお風呂シーン、2人とも全裸です。全裸。血を分けた半身の裸なんぞ見慣れてるから特に羞恥心とかない。たぶん。まぁ知らんけど。

たった1日で体力を殆ど消耗した勇祐。まぁここから更に苦しむんだよね。

オリ主は苦しみを背負わせないといけない風潮。苦しんでないゆゆゆ二次創作のオリ主居る......?居ないよね......?

有名どころ、基本的にすごい事なってるもんね。若武者君とか、不死身みたいな人とか、銀の魂が体に入ってた人とか、おじいちゃんとか、ぬいぐるみさんとか、ハゲさんとか他に色々。

なんでみんなオリ主を苦しめてるんですかね...趣味ですか?私は趣味と性癖です。

なら苦しめって感じでインスタントな苦痛をプレゼント。

 

 

第25話

唐突に始まる防人視点。結構重要な話が次回まで続く。亜耶ちゃんの想いでインスタントお助け装置が作動。ちなみにここで作動しないとバッドエンド直行。膝を焼いた甲斐はあるよ、ほんとにね。

 

 

第26話

焦る春信さん視点。だからって上手いこと行く筈もなく、やろうと思った瞬間にはバーテックスからの友奈ちゃんお呼び出し。これは次回だけど。

謎の白面Xさんは人類、というよりは結城姉弟の味方。なので結果的に人類の味方になるという回りくどいツンデレ。

『やるしかない』と言い続けた■■の成れの果てがアレ。なんとも救いのない■■の姿だけど謎の白面Xは既に幸せなのです。

あ、伏せ字のところはご想像にお任せします。

 

 

第27話

天の神の影響で狂いに狂った園子が遂にヤンデレのようにぐっちょねっちょな回。いやほんと、タタリについて話せていればこうはならなかったし、勇祐の記憶が残っていればとっくの昔に和解できてたんだよね。

ただタタリの影響を死ぬほど知っているので何も出来なかったのが今の状況。最悪だネ。是非もないね。

会話が足りないんだよ会話が。

そして勇祐の献身性についての話。今まででも割とあったけど、流星の効果も切れ、死ぬ間際でようやく本来の勇祐に戻れてあの台詞。結局彼は姉と同じく自分を犠牲に人の未来を掴むような男なのだ。

驚いた園子が正気に戻る程だったけど今更正気に戻っても取り返しがつかない事に気付き、自ら最期の一線を破って雲泥に沈んだ。

 

 

第28話

初期プロット見てたら園子は割と正気保ってた事に気付いた回。

ちなみに勇祐君は自殺する予定でしたが前述の通り、割と正気があった園子があってこその展開だったので没。

タイトルつけ忘れてたり整合性取る為に投稿してから治したりまぁやらかし放題なのがこの回。酷いネ。

園子の心臓がない発言。勇祐の御霊を銀に埋め込んだ発言。全部伏線なのはご承知の通りだと思いますがここまで長かった。

ぶっちゃけ勇祐を殺すために結城勇祐は弟であるを書いてたので大満足です。達磨にしちゃったのはその場の流れです。

友奈のゲロ吐きは愉悦ものですなぁ^~。我ながらエグいし酷い。

 

 

第29話

もう一度友奈の叫び声が書きたかった。まぁ書けなかったんですが。

地の文でクソ悩んでます。情景描写クソ苦手なのでなんかもう酷いです。でも仕上げなきゃなので頭を抱える始末。

 

 

第30話

意図せずNTRみたいになってしまった冒頭。NTR大嫌い人間なのにどうしてこうなったの......(嘔吐)

そろそろ日常が書きたい。シリアスしかなさ過ぎて辛い。その反動が樹のシーンなのですが如何せんゆるゆる過ぎてどうやって夏凜と風に絡ませに行くか非常に悩みました。

なのでタタリを進行させました。プロット崩壊。どうすんだこれ。

なお夏凜が居なければ大赦はアウト。そのまま友奈の勇者パンチでぶっ壊された壁も修復出来ず世界全滅。夏凜は救世主。すごい(小並感)

あとどう考えても夏凜が風を圧倒出来ないのはおかしいと思うんですよね原作って。初めて知らされた真実とか、友達を攻撃できないとか、色々要因はあったと思うんですけど、そもそも彼女って数多の候補を蹴散らして死ぬ程努力して勇者の座を勝ち取った筈なんですよ。無傷で捕らえようと思ったら出来た筈なんですよね。

ただ原作夏凜はメンタルげきよわ(勇者部基準)かつ友達居なかったからしょうがなかったのかもしれない。なおこの作品の夏凜はメンタルげきつよかつ白面に対処する為に対人戦闘も強い設定なのでヤバい。

 

 

第31話

友奈、やってしまうの回。ギリギリ正気を保てた東郷が止めに行くけど無慈悲の腹パン......の予定がパイルバンカーでお腹ズドン。めっちゃ痛そう。たぶんすごい顔しながら貫かれたお腹見てたと思う。

偽勇祐は実は偽じゃなくてこれも本物。それは32話で説明。後々凄い事になる予定。

友奈は弟の存在さえなければ原作のように強い子になれる。弟さえ居なければなぁ?

 

 

第32話

これのあとがき書いてるの、だいたい3日後ぐらいなんですけど普通にこのあとがきの存在忘れてましたよね。どうすんだ。書くことがない。あるんだけどさ(支離滅裂)

勇祐くんがヨイショー!する話。あとちゅっちゅ。蜂に刺されたりしたところを吸い出すようなイメージ。吸ったタタリは勇祐くんが濾過。実はタタリがないと流星が使えなかったりする。たぶん。実を言うと設定的にもプロット的にもタタリは吸えるものなんていうものはなかったが、脳内の園子がピッカーンと閃いた影響でこうなった。そういうことするから後から矛盾が出てくるんだぞ分かってんのか私は。

 

 

第33話

そういえば描写面倒臭くて番外編に牛鬼出した以外に精霊出してないっすね。ここで弁慶出すのもアレだったんで存在スルーしました。

全部書き直したい欲が凄い。

夏凜無双の話。当代無双は伊達じゃない。

無双すぎてもっとこう、苦しんで欲しいと思ってたんですけどそうはならず。

 

 

第34話

お漏らしさせたかった(確固たる意志)

なお勇祐くんは31話で目が覚めた時点で既に死に掛け。あの勾玉型の御霊は本当に勇祐が目覚める程しか生命力が残っていなかったが根性で立っている状況。魂勇祐が居なければとっくに体が崩壊している。

 

あと、だからプロット組んでるつもりでもどうせ後から崩壊するんだから前文入れて時間遡るのやめとけって言ったんだっていう話。聞いてんのか32話の冒頭でここの話を先取りした私。たしかにその方が面白そうとか思ってたけど結局私自身が苦しんでんだよなぁ。結城姉弟が殴り合ってるとこ、描き直しまくってます。

 

 

第35話

2回目の姉弟共同作業。このシーンは以前から書きたかったのでやっと書けたという感じです。更に赤コンビのダブル満開。仮面ライダーで言うと新旧ライダーが最終フォームに同時変身って感じですね。銀の満開装備は完全オリジナル。武器はモンハンのチャージアックスのイメージです。

 

コピーの勇者システムで夏凜が戦えた理由は元々神樹とパスが繋がってるからっていうことでお願いします。

べ、別に描写忘れてたとか面倒だったとかそんなことないんだからね!

勇祐の慟哭の部分はゼノブレイド2のホムラとヒカリにレックスが愛の限り(語弊)を叫ぶシーンをリスペクトしてます。あのシーン大好きなんですよね。

 

なんと一万文字も超えてしまい、駆け足ながらもようやく終われたなぁという気分です。いやほんと。あとはエピローグって思うとよくもまぁここまで書いてきたなと思います。まだまだ結城勇祐は弟であるは続きますけどね。

というか誤字脱字多くない?駆け足で書いたのもあるけど、これは酷いでしょ。よく投稿できたなってレベルであったのでやばい。

 

 

番外編 七夕に願いを

七夕とは一体...半分以上即興で書いた話。書きたかったんや...許しちくり......。

なんかもっとこう、いやーんばかーんな雰囲気にしたかったんですけど「本編あんななのに、今更そんなことするの?」っていう話になったのでお茶を濁しました。なので結局何をやりたかったのかさっぱりな話になりました。仕事に追われながら何書いてんだろうね。これ書いてる時、翌日出しの仕事を無視して書いてます。これから徹夜で終わらせる予定です。かしこ。

 

 

第36話

エピローグ。うん、ここまでよく書いたね。ばんざーい、ばんざーい。

取り敢えず白面の章はプロットマシマシで書いていこうと思って全話分のプロットを作りました。たぶんこれで大丈夫なははず!!

 

次回、「プロット死亡!」にならないように気をつけます。

 

さて、ちょっとした説明回染みてますね。繋ぎの回でもあるのでしょうがないのですが。

 

夏凜が防人と出会い、遂に芽吹と再会。が、芽吹は恋する乙女に変わってしまっていた!恋は盲目と言うが、芽吹が見てきた勇祐は記憶が全て戻った後の割と真面目になった勇祐なのでさもありなん。ダメンズ、というわけでもない男に引っかかった芽吹ちゃんでした。

 

原作と違い、春信との縁が戻っている為こき使われる夏凜。たぶん春信の顔はボコボコ。

 

 

 

 

・あとがき

これ、出す必要あるかなぁと思いつつ誤字修正した後にこの文章を書いてます。

特に書くこともないので、ここまで『結城勇祐は弟である』を応援してくださった方々へ謝辞を述べたいと思います。

 

感想を書いて頂いた皆様...特にデビルハンター様、毎話ごとの感想ありがとうございます。マジでいつも作品を作り上げる糧になってました。本当にありがとうございます。良かったらこれからもどうぞお付き合いください。

 

お気に入りに登録してくださった皆様。日々増えていくお気に入り数がこれほどモチベを維持させてくれるとは思いもしませんでした。

 

評価をして頂いた皆様。大小様々な評価は一喜一憂しながらも「こんなに評価してくれる人居るんだし頑張ろう」となりました。この作品をこんなに評価していただき誠にありがとうございます。

 

最後にここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

もう少し、結城勇祐の物語は続きます。どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 





追伸。白面の章に関しては暫く時間を頂いてから投稿を開始します。


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白面の章
第1話 白仮面


お待たせいたしました。
第2章、白面の章のスタートになります。
勇祐がなぜ、勇者部の敵になり白面を手に取ったのか、という回答編っぽい何かです。

お気に入り、しおり、感想、評価。皆さん大変ありがとうございます。
これからも投稿は続けていきますのでどうかよろしくお願いいたします。



 僕の名前は、結城勇祐。年齢は11歳。遅生まれの僕はこの春から双子の姉と共に小学6年生になった。

 姉さんは僕の自慢の姉だ。顔つきはちょっと違うけれど、姉さんよりちょっと色の濃いこの赤髪は密かに僕のお気に入りだ。

 姉さんに譲って貰った桜柄の手鏡で、姉さんと同じくらいまで伸ばそうと頑張っている後ろ髪を確認していると、勢い良く僕の部屋の扉が開け放たれた。

 

 

「準備できた?今日もいい天気だよゆうくん!」

 

「だね、姉さん。おはよう」

 

 

 ポニーテールを揺らしながら入って来たのは向日葵のように笑う双子の姉である、『結城友奈』。僕の大好きな姉さんだ。今まで一緒に過ごして来たし、たぶんこれからもずっと一緒なんだろうなと思うと思わず顔が綻んだ。

 

 

「朝ご飯出来たって!行こ!」

 

「うん、行こっか」

 

 

 この頃はそう思っていた。姉さんがいて、父さんと母さんがいて。みんなで笑って幸せな日々を過ごして行くんだと。本気で思っていたんだ。

 

 

 

 

 これは僕、結城勇祐が白仮面を手に取る話であり、世界の敵となる話であり、僕が永遠に悔やみ続ける1年にも満たない時間の話であり、そして誰もが被害者であった『誰も悪くない話』だ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 僕は生まれる前の記憶というものがある。お腹の中に居る時に親に話しかけられたりだとか、音が聞こえて来たとか、そういう記憶を持って産まれて来る人はたまにいるらしい。自分もそのうちの1人だったようだ。

 けど、僕の場合はさらに特殊で、僕の記憶の始まりは僕と姉さんをお腹に宿したお母さんは病弱で、僕達を死産させてしまうかもしれない、という声からだ。

 

 その後僕は、姉さんとなる命と、お母さんを助けるため自ら命を絶った筈…だった。僕は姉さんに吸収されるような形で死んだ筈だったんだ。

 けど、僕は何故か無事に産まれて今に至っている。

 死んでから生まれて物心つくまでの記憶がないから、たぶん勘違いかも…?まぁこんな記憶がある方がおかしいんだし……。

 お母さん達は、「神樹様がくださった奇跡だ」って言っていた。時折、僕に呼びかけて来る声が本当に神樹様のモノであれば僕は手放しで喜んだんだろうけど……。

 

 

【友奈を殺せ】

 

 

 こんな声が神樹様の訳があるか。事あるごとに僕の体を操って、姉さんを殺そうとするこの声が、お母さん達が毎日神棚に向かって拝んでいる神樹様の筈がない!

 

 でもその声に【なぜか】逆らう事が出来ない。何度も何度も、何度も。嫌なのに、姉さんを殺そうとした。

 結局は何かの力が働くように毎回失敗する。その度に良かったと安堵して、心が凄く痛む。それが辛くて悲しいのに、姉さんはその度に僕の心配をした。

 怪我をしかけているのは姉さんの方なのに、姉さんは僕の心配しかしない。

 父さんも母さんも、僕の心配をしてくれる。

 

 

【悪いのは、僕の方なのに】。

 

 

 

 

 

「ゆうくん、大丈夫?」

 

 

 意識が姉さんの声に引き摺られて戻る。暗かった目の前が一気に視界が明るくなった。春先の桜の香りが通学路から漂って、鼻孔を擽って僕の気分を朗らかに、優しく紐解いてくれる。そうして冷静になった頭で状況を確認してみる。

 そうか、今の僕は姉さんと一緒で学校からの帰り道の途中だ……。

 

 

「あ、うん…大丈夫だよ、姉さん」

 

「お姉ちゃん、でもいいんだよ?」

 

 

 ぷくーっと片方のほっぺたを膨らませる姉さん。可愛らしい仕草だけど、その期待に応えられそうにはない。

 

 実を言うと、この春から『脱お姉ちゃん宣言』を掲げた僕は手始めにお姉ちゃんの事を姉さん、と呼ぶようにしたのだ。呼び方を変えるだけで随分と大人びた気もする。僕的には満足なんだけど、姉さんからすればそうでもないみたいだ。

 

 

「嫌だよ…もう決めた事だし」

 

「がーーん!そんなぁ……」

 

 

 姉さん、という呼び方は可愛くないから嫌らしい。僕としてはそう呼ぶのも恥ずかしいから、あんまりお姉ちゃん呼びをしたくない……というのが実にところ6割ぐらいの理由だったりする。やっぱり、見栄は張りたいから誰にも言ってはいないけれど。

 

 

 大好きな姉さんの為に。僕は、頑張らなきゃいけないんだ。この呪いに似た言葉に負けない為に……。

 

 

 

 

 そしてその日の夜。夢の中。

 僕は、【運命】(呪い)に出会った。

 単純な話だった。僕は何処ぞの誰とも知らぬ神様に【選ばれた】と伝えられた。

 まず、おかしいと思った。優しい口調だけど、あの姉さんを殺そうとする声に酷く似ていたからだ。

 だから、真っ先に「嫌だ」と言ってやった。

 

 それから神様は話を続けたが、どうやら僕が拒むことは出来る……らしい。だけどそれは他に居る代用品とやらを選び直すだけ、らしい。らしいだらけだ。だってこの神様の言う事はあんまり信じられないんだからこうもなるよね。

 

 手を取れば、僕は家族を守るだけの力を得られる。世界を守る英雄になれる。僕の頑張り次第で謎のウィルスで滅んだ壁の外をなんとかできるかもしれない。

 1番目は兎も角。他の利点はどうでも良かった。英雄願望なんてない。物語のヒーローに憧れる事があっても、僕はそこまで力もないし資格もないし、壁の外の話なんて話が大き過ぎてとてもではないけど考えられない。

 

 

 決め手は、次の話だった。僕が選ばなければ僕が与り知らぬところで僕や家族や友達が死ぬのだそうだ。そんな理不尽から皆を守りたいなら力を受け取れと神様が言った。

【受け取らなきゃいけない気がした】。だって、皆が死んでしまうのを見てるだけなのは嫌だったから。

 

 結論として…僕は、力を受け取って契約を果たした。

 力の代わりに受けた代償は幾つか。

 1つ、僕の御役目は誰にも知られてはいけない。

 1つ、3匹の神に仇なす悪魔を殺さない限り僕の役目は終わらない。

 1つ、神様は僕が契約を履行しなければ罰を与える。

 

 

 そうして僕は、【代行者】という御役目を与えられた。1枚の、真っ新な仮面と共に。

 そして、身体から何かが抜き取られた感覚が僕に襲いかかり、夢が終わった。

 

 

 

 この一連の夢が、夢でないと知ったのはその日の朝の話だった。

 

 

「……なに、これ」

 

 

 ベッドから起き上がって、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされる白い仮面を見つめて手に取る。羽根のように軽い仮面は、表面に一切の装飾も空気穴の1つも空いていない。

 裏を見ると夜の闇のように真っ暗な色。あんまり被りたくなるようなデザインではないかな…。

 

 

「えっと、夢では、なかったんだよ…ね?」

 

 

 しょうがなくが半分、興味が半分で取り敢えず被ってみる。すると視界は一切変わらないどころか視力が倍ぐらい良くなってる気がする。凄い。そんな言葉では表せないけど…凄い。どれぐらい凄いかって言うと、今僕の部屋の前に姉さんが僕を起こそうと今か今かと待っているのが透視出来るかのように分か……あっ。

 

 

【知られるな】

 

 

 そんな声がふと聞こえてきた気がした。

 ……やっばい!この仮面も見つかっちゃいけないんだ!待って姉さん!今隠すからもうちょっとだけ入ってこないで!

 

 

「ゆうくーん!朝だよー!あれ?」

 

「お、おはよう……」

 

 

 いつも通りに勢いよく僕の部屋の扉が開け放たれると、僕の異変に気付いた姉さんが首を傾げた。

 

 

「ゆ、ゆうくんが起きてる!凄い!凄いよゆうくん!今まで私が起こさなきゃ起きなかったゆうくんが遂に!こ、これが姉離れって奴かな!?」

 

「……朝から、テンション高いね」

 

「当たり前だよ!ゆうくんが起きてたんだもん!おかーさーん!ゆうくん起きてたー!」

 

 

 ドタバタと元来た廊下を走って1階のリビングへ駆けていく姉さんを見ながら、苦い顔を隠せない僕は、なんとか布団の中に隠す事が間に合った白い仮面を取り出した。

 やっぱり無くなってはいなかった。タチの悪い夢ならどれ程良かっただろう。

 兎に角、今はバレずに済んで良かったと、そう思う事にしよう。

 

 

「母さんも父さんも、姉さんも。誰も巻き込めないからね……」

 

 

 だから今は、朝ごはんを食べて学校に行くべきだ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「おはよう、母さん」

 

 

 リビングに降りると、ちょうど母さんが僕の朝食も配膳してくれたところだった。

 

 

「…おはよう、勇祐。今日は…友奈に起こされずに起きられたのね?」

 

 

 母さんは静かな人だ。友達が言うには大和撫子らしいけど、僕にはよく分からない。

 黒髪で、さらりとした長い前髪が特徴的な人だ。

 ちなみに父さんは赤髪で、姉さんの性格は父さん似で僕は母さん似だ。

 

 

「うん。『脱お姉ちゃん宣言』したからね」

 

「今からでも撤回していいんだよ!?」

 

「男に二言はないんだよ、姉さん」

 

 

 ケチー!と言う姉さんを無視して、食卓に着く。朝食はトースト、目玉焼き、ウィンナーとベーコンだ。そこに僕にはコーヒー。姉さんは牛乳が追加される。僕らのいつもの朝ごはんがこのメニューだ。

 

 

「お母さん!私もコーヒー飲みたい!」

 

 

 僕が熱々のコーヒーを飲んでると、自分の牛乳と僕のコーヒーに視点を行ったり来たりさせてムムム、と唸った後牛乳を一気飲みした姉さんはマグカップを掲げた。

 

「……いいけれど、飲めるの…?」

 

「だってゆうくんみたいに、私もお姉ちゃんになりたいんだもん!」

 

 

 また始まった、と溜息をつく母さんをもろともせず、姉さんは飲みたいとせがみ始めた。そういうところだよ、とは口が裂けても言えない。

 

 

「心配しなくても、僕の姉さんは姉さんだよ」

 

「違うんだよ!お姉ちゃんになりたいの!」

 

 

 何がどう違うのか。僕より感覚派の姉の言葉にはさっぱりだった。僕の姉さんは、姉さんだけなんだけど、姉さんにしたら何か違うらしい。

 

 

「…まぁ、そこまで言うなら……」

 

 

 母さんも諦めたように、コーヒーポットから姉さん専用の桜柄のマグカップにコーヒーを注ぎ始めた。

 マグカップに注がれるコーヒーを上機嫌で眺める姉さんを見ながら、また駄目なんだろうなぁ、と思いながらコーヒーを一口飲む。

 レギュラーコーヒーの粉をただ沸かしただけのコーヒーだけど、僕は母さんが淹れてくれるコーヒーが好きだった。

 

 

「…お砂糖は、いいの?」

 

「いいの!ブラァァックでっ!」

 

 

『ブラック』の部分を本人なりに渋く言ったような声で言う姉さんに、母さんはついに諦めたように溜息と共に姉さんの前に置いた。

 そのまま、いつでも入れられるように砂糖と牛乳が机の端っこにスッと置かれた。母さんの気苦労が窺い知れたよ…。

 

 

「頂きます!」

 

 

 ふぅーふぅーと口で冷ましてから、一口コーヒーを口に含んだ姉さん。まぁ、この後に起こるのは分かりきってるんだけれどね……。

 

 

「…………」

 

 

 案の定。死んだ魚のような目になり、端に置かれた砂糖と牛乳をドバッと入れた。

 言わんこっちゃない。

 ……そもそも口に残ったコーヒー、飲めるの?

 

 

「んー、んー!」

 

「なに?口移し?……冗談じゃないよ。ちゃんと飲んでよ」

 

「んんんー!」

 

「薄情者?……知らないよ、飲むって言ったの姉さんじゃん。吐き出したくないなら飲みなよ、それだけだよ?」

 

 

 母さんも流石に「口移しはやめなさい……」って顔してるじゃん。僕も流石にどうかと思うんだけど……あっ、飲んだ。

 

 

「に″か″い″!」

 

「言わんこっちゃない……」

 

 

 うえぇ〜と心底苦そうに顔を顰める姉さん。

 これが、僕の守る日常になるんだなぁとぼんやり考えながら僕はトーストにマーガリンを塗って一口食べた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 遂にこの時がやってきた、と言われた。この時ってなんだ?と思っていると急に世界が止まった。遠くから、鈴の音が遠くの方で聞こえてきたけど、その音すら無視して世界が暗転する。

 

 暗転が終わり、目が覚めた先は虹色の根に覆われた異世界のような大橋の上だった。

 

 

「なんだ……ここ……?」

 

 

 橋の両側は真っ暗。ずっと先に続いている橋の向こう側は暗くてよく見えないけど、背後には壁がある。

 壁……?なんで、ここに僕は居るんだ?もしかしてこの向こう側から敵が?

 

 あ、声が聞こえてきた。味方を派遣するから一緒に戦え…だ、そうだけど。

 

 

「こいつが…?」

 

 

 味方?確かに変なでっかい存在は居るけどさ……。

 

 

「……どっちかっていうと敵っぽいデザインだよね?なんか禍々しいし……?」

 

 

 気のせい……?そっか、【ならそういうもんなんだね】。

 取り敢えず白い仮面を被ったらいいのかな?

 

 

「うわっ!?」

 

 

 変身した!?すげぇ!変身ヒーローみたいだ!赤を基調として基本的に白色の配色で、装飾っぽい部分は黒色の衣装に何時の間にか着替えてる。顔が真っ白な仮面に覆われてる事を除けば凄いカッコいいな!のっぺらぼうな事だけ除けば!

 あと、明らかにSAN値削ってきそうな風格のデカブツも無かったらもっとヒーローっぽいと思う。神様の美的センスを疑うね。

 まぁそれでも男の子なら、流石にこういう事に興奮しない筈がないと思うんだ。

 だって僕は、今から世界を守る為に戦うんだ!

 

 

「んじゃあ、やってみるか…!」

 

 

 力の使い方は何となくわかる。どうやら神様が補助してくれるようだ。そうじゃなかったら流石に素人のままじゃ戦えないしなぁ。

 いくら父さんと一緒に、格闘技を習う為に月に道場に通っていても僕は素人の域を出ない。強くなる為にやっているわけではないんだから。

 

 身体を慣らすように跳躍を繰り返しながら大橋の先へと進む。段々と視界が開けるように明るくなってきたし、地面を這う虹色の木の根も太くなってきたように思えた。あのデカブツも僕に追従するようについて来ている。犬みたいでなんだか可愛げがある気がする。姿形は酷いけど。

 なにか納得出来ないんだよなあ。こう、騙されてる気がしなくもないんだけど……。

 

 うぅーん。【気のせい】かなぁ。

 

 

「……あれは?」

 

 

 そうして前に進んで行くうちに、人影が前方に見えた。その数は3。神様曰く、アレが敵だそうだけど……。

 

 

「人型、なのか……」

 

 

 戦い難い。真っ先に出た感想がソレだった。とりあえず視認できる距離で止まって、様子を確認する。人型ではあるものの、まるで影のように揺らめいていた。どうやら【人ではないみたい】だけど……。

 

 大きな斧のような武器を持った赤い影。

 長い槍を持った紫色の影。

 弓を持った水色の影。

 

 お化けか何かかな?何か喋ってるように聞こえるけど、逆再生したかのようで、何を言っているか分からない。

 

 —————兎に角、あれは敵だ。敵だから、倒さないといけない。

 

 

「行くぞッ……!」

 

 

 デカブツを橋の向こう側まで連れて行けば勝利。だけどあの影が邪魔だから排除しなきゃいけない。デカブツの援護はあるけど、アテには出来ない。だから僕が呼ばれた。

 

 

「------!」

 

「何言ってるか分かんないけどッ!」

 

 

 動きが鈍い3つの影に向かって殴りかかる。取り敢えず、弓持ちの水色だ。僕に対応出来ないようで、僕のパンチで吹き飛んで行った。自分の事ながら、あり得ない威力に凄く驚いた。

 

 

「———!」

 

「------!」

 

 

 影達が何かを叫んでいるけど、デカブツの援護が来ると神様から言われた僕はすぐさまその場所から飛び退く。そのタイミングを見計らったように、台風のような激しい水流と、水の弾が2つの影に襲いかかっていた。

 

 

「あの槍、盾にもなるのか……」

 

 

 見れば、水流に争うように、紫色が槍の穂先を傘のように広げて何とか防いでいた。普通なら吹き飛んでいくような威力の中耐え切っているのは敵も中々に強いということかもしれない。

 でも赤色は水の弾に苦戦しているようだし、水色は吹き飛んだままだ。割とどうにかなりそう。

 

 もしかしたら僕はいらなかったかもしれないなぁと思っていると、水色を吹き飛ばした方向から矢が降って来た。もう回復したのか!

 

 

「猪口才なぁ!」

 

「------!」

 

「そんなへぼっちょろい矢が当たるもんか!お前はそこでぶっ倒れてろ!」

 

 

 殴りかかるけど、弓で防がれた。反応は中々良い感じだと思う。でも僕が対応出来ない程じゃない。遠距離武器は真っ先に潰しとくに限る!後からチクチク撃たれるのも鬱陶しいし!

 

 

「————!」

 

「赤いのが来たっ!?」

 

 

 水色を助けに来た赤色が邪魔をして来た。振り回される斧は的確に僕を狙ってくる。神様が僕を強化してくれてなかったら、一瞬で負けてたかもしれない。

 

 

「こなくそっ!」

 

 

 反撃してみるけど、全部防がれてカウンターが帰ってくる。左腕に斧が掠ってピリッとした痛みが走った。不味い、一旦デカブツと合流して体制を立て直さないとこのままじゃ押し切られる。

 

 大きく飛び退いて、今は逃げに走る事を選択した。デカブツは僕を無視してさっさと前に進んでるみたいだ。もうちょっと援護してくれても良かったんじゃないかな……。アテに出来ないってこういうことかぁ。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「何とか、って感じかな。向こうは連携が取れてないけど、個々は強い。今の僕じゃ敵わなさそうだ……」

 

 

 正直悔しいけど、一度戦ってみて分かった。アイツらは強い。初っ端の奇襲で1人倒せたと思ったのが間違いだった。紫色とはまだ戦ってないけど、赤色の事もある、たぶん紫色も強い筈だ。

 水色は、どうだろう。近接戦は苦手のようだったけど、僕のパンチを防いでみせた事を考えるに十分強いと思う。

 

 普段は感じない切り傷の痛みが思考を泥濘へと誘ってくる。どろりとした倦怠感が体を包み込んで、諦めを促してくるのがわかる。

 

 

「……無理ゲーじゃないかなぁ、これ」

 

 

 思わず溜息をついた。こっちはやる気のないデカブツを守りつつ、ほぼ3対1で、相手には遠距離武器がある。こっちは気まぐれに攻撃する、ゲームの出来の悪いNPCのようなデカブツを守りつつ戦わなきゃいけない。勝ち目はない、とは思わないけどどうしても勝機が薄い気がする。

 神様も僕が訓練とかする時間をくれたら良かったのに……。

 

 その時、衝撃音と共にデカブツの背面に矢が突き刺さった。あの水色の攻撃だ。

 然程ダメージを食らってないようだけど、デカブツの動きが止まった。そのまま動いてりゃあいいものを、どうして止まるのかな……。

 

 

「何にせよ迎撃しないと……!?」

 

 

 見れば、3つの影が上空から迫ってくるのが見えた。アイツら、僕が近接攻撃しか出来ないと見て、上からの攻撃に切り替えたのか!

 紫色の盾が水の弾を弾いてるし、これは不味い。

 

 状況判断を捨て置いて、とにかく影共を迎撃する為に跳躍する。盾の後ろから水色の矢が降って来た。狙いは水の弾っぽいけど、こっちにも牽制目的であろう矢が何本か飛んで来た。

 甲高い金属音と共に全力で振るった籠手付きの両腕で弾き飛ばしたが、大凡本命であろう一射が眼前に迫っていた。恐らく、他の矢は全て、この本命たる一撃必殺を狙い澄ました矢を隠す為の迷彩に過ぎなかった訳だ。

 

 鈍い音と共に反動で頭が大きく仰け反る。衝撃と共に痛みが襲い掛かるが、仮面のお陰で即死は免れた。けど目の前がチカチカするし、思考が定まらないし、頭の中で鐘が鳴り続けるようで音も聞こえにくい。

 

 

「————!!」

 

「しまっ…!」

 

 

 僕のその隙を突くように何かを叫ぶ赤色が僕の横を弾丸のように通り抜けた。今までの攻撃が全て陽動だったってことか。この赤色の突撃こそ本命のようだ。やられた!流石に自由落下を始めた今、あの赤色を止めるのは不可能だった。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 落下しながら、僕はデカブツが赤色の閃光に解体されていく様をただ見ていた。全くなんてザマだ。僕にはあの影に対抗する全てが足りなかった。力を過信して考える事を止めたら、ただの間抜けに過ぎないと父さんにも言われたはずだったのに。僕は最初の一撃で調子に乗り過ぎたんだ。

 

 

 神様は、今回は負けたけど、まだ次があると言った。たぶん慰めてもくれてるのかな。

 

 ……。あれ?次が、あるのか?

 じゃあそれでいいかと気楽に言える事態でない事に気付いて、僕の背中に冷や汗が垂れた。

 

 

 ————次があるなら、『その次』は?

 

 

 あるのか、ないのか。いや、絶対にある。もしかしたらあの影達を倒してデカブツを橋の向こうにまで渡らせない限り、永遠に終わらないのかもしれない。

 僕が中学生になって、高校生になって、その先に行く歳になったとしても……。

 僕は永遠に戦い続けるのか?

 あの影の他に敵が居ない筈もない。

 そんなよく分からない存在相手に。さっきみたいに学習して、対処してくるような敵に。

 

 恐らく死ぬまで、この身体が燃え尽きるまで、僕は戦い続けるのだろう。

 

 その疑問に神様は答えてくれず、視界が花びらの嵐に包まれていく僕の思考は、ブツリと切れた……。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「ゆうくん、調子悪いの?保健室行く?」

 

「……うぅん、たぶん大丈夫。でもお腹痛いからトイレ行ってくるね」

 

 

 あの戦いから戻ると、朝のホームルームが始まった直後だった。

 どうやら僕はあの戦いの間、眠っていたか、気を失っていたようだ。といっても数秒あるかないかの時間、目を瞑って言葉に反応しなかっただけのようだけど。どうにもしっくり来ない。

 一瞬で俺の不調を察した隣の席の姉さんが心配して声をかけてきてくれた。なのでその好意に甘えて、取り敢えず腹痛を装ってトイレに来た訳だけど。

 

 

「やっぱり、傷はあるみたいだ」

 

 

 トイレの個室の中でピリピリと痛む左腕を確かめる為に袖を捲ると、そこには確かに切傷が存在した。

 ここから分かることは、僕はあの奇妙な大橋の上に確かに存在していて、確実にあの3つの影と戦ったということだ。

 

 そういえば頭に思いっきり矢が刺さり掛けた筈だけど、やっぱり仮面のお陰だったのか痛みはあんまりない。それだけは幸いだった。兎に角、血が服に滲まないように取り敢えずトイレットペーパーで血を拭き取ってみたら既に傷は塞がってた。

 その代わりに傷口から砂がポロポロと落ちる。

 

 

「……なんで砂が?」

 

 

 運動場で転んだ訳でもないし、あの世界だって砂なんて落ちてなかった筈だ。

 じゃあこの砂は一体全体どこで付いたんだ?神様はなにも答えてくれないし、取り敢えず放っておこう。問題はたぶんないだろうし。

 

 

「あとは……大橋、だよなぁ」

 

 

 あの世界は大橋を基準とした世界だった。とすれば、現実世界の大橋まで行けば何か分かるかもしれない。例えば、そう。敵に関する何かとか。

 これは決して僕が大橋まで遠出したい、という遊び心からじゃない。そう、僕は崇高な使命があって行くだけなんだ。

 

 

「明日は休みだし、行くっきゃないよなぁ!父さんと母さんと、姉ちゃんには黙って遠出するなんて、なんだか冒険してるみたいだ……!」

 

 

 僕はどこまで行っても、多分まだ子供なんだろう。この時はただ純粋に、こうして楽しんでいただけなんだから。

 

 

 

 

 




そういえば創作用にツイッターアカウント作りました。
かなり自分の趣味に走っているのでフォローされる方がいらっしゃればお気をつけください。進捗とかは特に呟かないと思います。

@WB_Tarou

追記:アカウント凍結されました(半泣き)


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第2話 出会い

「……来ちゃったなぁ。大橋に……」

 

 

 週末。僕は朝早くから家を出て電車に乗り、丸亀市まで来た。

 駅でレンタルの自転車を借りた僕は、そのまま大橋へと向かった。自転車でも遠く感じるほどの距離があったが、代行人としての訓練だと思えば苦痛ではなかった。

 大橋へと続く道は当然塞がれていた。まぁそうだよね、と思いながら僕は高架下を自転車で進む。周りの工場は稼働しているようで機械の騒音も聞こえて来た。

 

 

「でも、ここから先はフェンスで塞がれてるなぁ」

 

 

 暫く進むと、僕の目の前に僕の身の丈の倍の高さがあるフェンスが立ち入り禁止と書かれた看板と共に現れた。ご丁寧に外側に向けて返しが付いているからよじ登り対策なのだろう。けど、今の僕には無意味だ。

 僕は仮面を呼び出して被り、道端に自転車を隠して何の躊躇もなしにフェンスを飛び越えた。

 神様が代行人としての力を使っていい、と言ったのでこうしたまでだ。ちなみにここに来るまでにも力を使ってひとっ飛びしたかったけどそれは駄目だって言われた。確かに空を飛び回る姿なんて普通は見せられたものじゃないし当然だろう。

 

 フェンスを飛び越えた後も草が生え、10年どころで済まない程に整備されていない道路を道なりに進んで行くと、瀬戸大橋記念公園という看板のある場所に着いた。来るまでの道は整備されていなかったのに、この広い公園は綺麗に掃除されている。それも不自然なほどに落ち葉の1つもありはしない。ある意味で不気味だった。

 

 

「運動場に大きい建物か。僕が通ってる道場と作りは似てるけど、規模は段違いだ」

 

 

 大きな建物が存在したので中に入ってみれば、弓道場のような場所に板張りの体育館をくっつけたような施設だった。他にも様々な施設がこの巨大な建物に集約されているようで、この建物が巨大な訓練施設なのだとわかる。

 さて、問題はなぜ隠すように訓練施設が存在しているのか。あの影達は訓練なんてしないだろうけど……。むしろ出来るの?

 

 

「あ、誰か来る……?」

 

 

 気配を感じた僕は咄嗟に天井に張り付いた。まるで親愛なる隣人の蜘蛛男だ。蜘蛛に噛まれてこの力を得た訳ではないんだけど。

 

 少しすると道場に神官服を着た眼鏡の女性がやって来た。何かをキョロキョロと探しているようで、もしかしたら僕の存在がバレたのかもしれない。

 まずいなぁ、ここで見つかったら怒られそうだし……。というかなんで分かったんだろう。何処かに監視カメラでもあったのかな?

 

 周りの様子もおかしいし十中八九、僕を探してるんだろう。僕は天井伝いで屋根の上に出た。屋根の上から見渡せば、来た時には居なかった警備員のような格好をした人達があの女性と同じように誰かを探していた。

 見つかったら、不味い。神様がそう言うので、僕はそのまま跳躍して謎の訓練施設から逃げたのだった。

 

 

 

 

「……あー、ほんとどうしようかな。アレは流石に予想外だよ…。父さんにバレて怒られなきゃいいけど」

 

 

 街中まで逃げ出した後、僕は公園のベンチに座りながら遠くに見える丸亀城を見つつ思考に耽っていた。

 あの神官服の女性も、施設の周りで僕を探していたであろう人達も、恐らく、というよりは確実に大赦の職員だ。

 何故大赦があの場所に、あんな無駄に広い訓練場を?とか、なんで僕の存在が分かったのか?とか。色々と疑問点はあるけど神様は何も答えてくれないから僕には確かめようが無い。

 大赦で警備の仕事をしているはずの父さんに聞いてもいいんだけど、聞いたらその瞬間に全部がバレちゃうから聞くに聞けないし、どうしたもんかなぁ。

 

 

「…。今は考えても無駄かな。取り敢えず、何処かで珈琲でも飲みたい気分だ……」

 

 

 酷く疲れた気分だった。大赦については詳しい事は知らないけれど、あの仰々しさは異常を感じてしまう。

 自転車も結局置いて来てしまったし、後で回収に行こうにも飛んでいる最中に見えたけど、既に大赦の警備員に回収されてしまっていた。

 唯一の救いは自転車を借りる時に名前の記入が無かった事かな。名前を書いてたら凄く怒られた筈だ。もっとも、監視カメラで僕という存在が見えていたとしても『結城勇祐』だという確証はどこにも見つけられない筈だ。

 

 

 

 まぁ、たぶん。きっと。そうだと願おう。

 

 

 

 希望的観測で現実から目を逸らした僕は公園に来るまでに見つけたイネスに向かった。今はとにかく腰を下ろして休みたい気分だったから。

 あの公園でも良かったけれど、休日の朝から公園で1人ぼーっとしてる小学生はどう考えても補導対象だ。お巡りさんのお世話になるつもりは一切ないからね。

 

 

「それにしても、公民館まであるのかここのイネスって」

 

 

 入口の案内板で喫茶店を探していた僕の目に、公民館という三文字が飛び込んできた。ここまで一緒くたにする必要あるのかな。いや、単純にそのスペースに入るテナントがなかっただけかもしれない。僕の勝手な予想で云々。

 探していたら、どうやらフードコートにドーナツショップがあるようだ。コーヒーおかわり無料のこのお店は、僕の地元である観音寺にはあるにはあるのだけどあんまり利用した事がなかったからこのお店に行く事に決めた。

 

 そうしてフードコートを目指していると、1人の幼稚園児ぐらいの女の子が通路の端で今にも泣き出しそうにしていたのを見つけた。

 周りにご両親も居ないようだし、もしかしたら迷子かもしれない。そうなると放っておけないのだ、僕という人間は。

 

 

「「どうかしたの……あっ」」

 

 

 見事に重なった声と手。

 見れば、僕と同い年ぐらいの黒髪の女の子が、僕と同じように、迷子の女の子に手を差し伸べていた……。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、あの時はびっくりしたよなぁ。自分以外の誰かが同じタイミングで迷子の女の子に駆け寄るなんて」

 

 

 銀が当時を思い出しながら「あれが最初の出会いだと思ってたんだもんなぁ」と感慨深く呟く。先代勇者の3人にとって勇祐との出会いは良くも悪くも忘れられないものである。

 勇祐が遺したノートの内容と当時の記憶を交えながら当時を語る3人の顔は其々だが、1番話やすい立場にある銀が中心となって話すようになっていた。

 そんな話を聞いた夏凜は、勇祐が女の子を助けに行ったという事実が信じられないようだ。

 

 

「あの勇祐がねぇ……。まぁ私達も昔の勇祐を知らないからね。でも今の勇祐から考えると、想像できないわよ」

 

「そうかな……勇祐さんって結構優しいですよ?」

 

 

 ようやく小さな声で喋れるようにはなった樹が、夏凜の言葉に首を傾げた。

 実は勇祐は、樹とこっそりとバンドの練習をしていた時などは樹にかなり気を使っていたりするのだ。後輩であるから先輩ヅラするのは当然だろう、というのが勇祐の建前である。なお、今まで怖がられていたのが割とトラウマだったのが本音であり、樹に優しくする7割ほどの理由を占めている。

 

 

「勇祐くんは、そうね。普通に出会っていればどれだけ良かったか……って今は思えるぐらいに良い子だったわ」

 

『そうだね。あの頃は、本当にそう思っていたよ』

 

 

 東郷と園子が、相変わらずの暗い顔で呟く。2人は勇祐と友奈、それに勇者部に対して重く暗い感情を抱いているのはどうしても治らない。

 それこそ、勇祐と友奈が目覚めない限りはどうしようもないだろう。喪に服す、という訳ではないが似たようなものだった。

 

 そして今まで一言も話さずに、勇者部の部長たる風は3人の話を聞いていた。

 静かに黙っていたのは、事は既に手に負えない範疇まで広がっていて、勇者の力がある事以外は園子のように権力もないただの中学生には手も足も出ない話になっていたからが半分。残りは『恐怖』からだった。

 

『代行者』、『白面』、当時の勇祐が『神様』と呼んでいた天の神。

 どれもこれも、自らの予想を遥かに超えた対処のしようのない話であり、自分は最年長として話を聞きいる他にないと風は思ったからだ。

 

 偽物の情報を無垢な少年に信じ込ませて意のままに操るかのような呪いとも取れる手腕……。それがとてつもなく凶悪な行為で恐ろしいと風は考えていた。

 

 

(自分を操って友奈を殺そうとした声と似ていた…って書いてたのに、次の瞬間にはじわじわと信じ込むようになっているわ……。こんな下手なホラーより恐ろしい体験を実際に勇祐が受けていたなんて……)

 

 

 まるで自分が『樹を殺そうとした時』の話のようだ、と風は小さく身体を震わせた。

 絶対に、確実に、100%正しい…と信じ込んで思い込んでしまい、あの場で夏凜が声を掛けてくれなかったら『恐ろしい事』になっていたと確信を持って言える程に恐怖を覚える『催眠体験』。

 いや…それよりもさらに酷い。

 

 恐らく、白仮面を手にする夢を見た時点で勇祐の思考は誘導されきっていて催眠状態にあったのだろう、と気付いた風は、泣きそうになる程の悪寒を抑えながら黙りこくるしかなかった。

 

 

(あの、天罰と勇祐が呼んでいたらしい雷撃の一瞬の余波ですら…私、は……)

 

 

 風が感じたあのトラウマにもなっている痛みを、まともに食らって正気で居られる自信が全くなかった。

 

 だから、怖いのだ。

 

 もし次の瞬間にあの天罰が自分に降って来たとしたら、と考えると……。

 

 

 

 

「……。それで、その後はどうなったの?」

 

 

 そして振り絞るように出した声は酷く冷酷のように周りに聞こえてしまった。

 だが今の風にそんな事を気にしていられる余裕はない。

 今この場にいる勇者部や先代勇者の3人、そして実の妹である樹ですら、今の風の不安と恐怖は取り除けないのだから…。

 

 

「……勇祐のノートに書かれてる通りさ。私達は迷子の女の子のお母さんを探しに一緒に迷子センターまで行くんだけど……」

 

 

 そして、勇祐のノートを捲りながら、銀は再度語り始めた。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「えっと……」

 

「あー、君もこの子を助けに来たのか?」

 

 

 なんというか…良いのか悪いのか、同じタイミングで僕と彼女は女の子に手を差し伸べてしまったようだ。

 微妙に気まずい雰囲気が流れ始めたよ、どうするのこれ……。

 

 

「まぁいいや!一緒にこの子のお母さん探そうぜ!」

 

 

 そんな雰囲気を、黒髪の女の子が思わずドキッとしてしまうような笑顔でうち壊してしまった彼女は、自らを『三ノ輪銀』と名乗った。

 三ノ輪……。はて、どこかで聞いた事のある苗字だけど…。

 

 

「それでえっと…君の名前は?」

 

 

 そうして思考の底に沈む前に、三ノ輪さんに名前を聞かれた僕はとっさに勇祐、と名乗ろうとして止めてしまった。なぜか、心のどこかが「言ってはいけない相手」だと言っている気がしたんだ。だから、僕は偽名だけどあながち間違ってない名前を言う事にした。

 

 

「……。僕の名前は、郡…郡ユウキだよ。宜しくね三ノ輪さん」

 

「郡ユウキ…成る程!じゃ、暫く宜しくなユウキ!」

 

 

 ず、随分と距離が近いんだね……。急に名前を呼び捨てとは…。僕の友達は慣れてしまってるから比較対象には出来ないけれど、三ノ輪さんみたいにグイグイ来る人は居な……いや、姉さんが居たね。うん。

 

 ちなみに『郡』という性は、母さんの実家の苗字だ。だから咄嗟にその苗字と名前にしても違和感のない結城を名前にしてしまった。

 まぁ、あながち嘘じゃないから…。この胸の痛みさえ無視すれば、突き通せるだけのチグハグな本当だから、この三ノ輪さんには悪いけど……。

 

 

「お母さんどこだろうなぁ?」

 

「わかんない……」

 

「だよなぁ。特徴とかは?」

 

 

 三ノ輪さんは手際よく迷子の女の子からお母さんの情報を聞き出していってる。手慣れているから、たぶん今までに何度も経験があるんだろうなぁ。

 僕としてはこのまま三ノ輪さんに任せるのも悪いと思うし、取り敢えず2人と周りに見られないように白仮面を呼び出して被った。

 

 なんで被ったかって?

 これ、【知りたい情報を得られる機能】があるらしくて、人探しに持ってこいなんだよね。今回はあくまで僕の考えが合ってるかの確認に使うだけだけど。

 

 さて目的のお母さんは、っと……。やっぱり向こうの総合カウンターか。迷子センターも兼ねてるから、迷子を探すなら取り敢えずそっちに行くよね。やっぱ便利だこの仮面。良い物を貰ったよ。

 

 

「三ノ輪さん、ちょっといいかな」

 

「ん?なんだ?」

 

「たぶんお母さんも探してるだろうし、総合カウンターに連れて行って、迷子の放送をしてもらうのが一番だと思うんだ」

 

「なるほど、天才だな!?」

 

「いや普通に思いつくよ……」

 

 

 もしかして、この割と広いイネスの中を探し回る予定だったのこの子……。流石に時間が掛かり過ぎると思うんだけどね…。まぁ親身になるっていう優しさからだろうし何も悪い事はないか。

 

 

「まぁそれでいいとして、もう一つ聞きたい事があるんだけどね?」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 さっき仮面被った時に、こっちを観察してる二人組が見えたんだよねぇ……。敵意はないようだけれど。

 

 

「あそこにいる2人って、もしかして知り合い?」

 

「え?あ、須美と園子じゃん。何してんだあいつら」

 

「…やっぱり知り合いだったんだ」

 

 

 マネキンの裏に隠れながらこちらを見ていた二人組がビクりと肩を跳ねさせて、どうしようか相談してる。なんでそんなに警戒してんだろう?さっきの仮面は見えてないはずだけど……。

 

 

「なーんか勘違いしてやがんなあの2人。取り敢えずあいつらも連れて総合カウンターに行ってもいいか?」

 

「うん、僕は構わないよ」

 

 

 成り行きだけど、まぁ…いっか。

 僕は三ノ輪さんに、複雑ながらもそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「ミノさんが知らない男の子とデートだ〜」

 

「銀…不純異性交遊は駄目よ?私達は小学生なんだからね?」

 

 

 無事に女の子をお母さんに引き渡した後、僕たちはなんとお礼としてアイスクリームを奢って貰えることになったのだ。

 しかも行くまでに合流した、三ノ輪さんの友達らしい2人分もプラスで。まぁ僕達は見つけた、という付加価値が付くだけであって実際に総合カウンターに連れて行ったのは4人揃ってなんだし、そもそも奢るのはあのお母さんなのだ。

 

 それにしても、なぜ僕は一瞬でもこの2人に怒りを覚えたのだろうか。

 

 

「そんなんじゃないって言ってるだろー?ユウキも何とか言ってやってくれよ」

 

 

 そんな思考を妨げるように三ノ輪さんが僕に助けを求めてきたんだけど…。初めて会う僕にそういうの求められても困るというか…。僕は姉さんと違って顔を合わせてすぐに友達になれるような性格はしてないんだから。

 

 

「えっと、僕と三ノ輪さんは偶々迷子の女の子を助けようとして……」

 

「そうそう。というかウチの学校にユウキは居ないだろー?初めて知り合ったのにデートなんあるかよ」

 

「SNSで出会って今日初めて会ってデート〜なんてのもあるんだよミノさん?」

 

「流石に疑り深過ぎるでしょ……本当にそんなんじゃないんだって、僕と三ノ輪さんは」

 

「あ〜。ごめんなんよ〜。ちょっとからかい過ぎたね〜」

 

 

 そもそもからかうのはやめて欲しいんだけどなぁ…。まぁいいや。あっこのバニラジェラート美味しい。

 

 

「なんかムキになっちゃったみたいでごめんね。初めて会う人だから緊張しちゃったみたいで」

 

 

 流石に空気をこれ以上悪くするわけにいかないし、今の僕はどこかおかしいという事が分かるから気分を無理やり変えていこう。うん、神様は黙ってて。何喚いてるか知らないけどさ。煩い。

 

 

「他の学校の子と話す事なんてあんまり無くてはしゃいじゃった…ねぇねぇ。貴方の名前、教えてもらってもいいかな?」

 

「えっと、郡ユウキ。君の名前は?」

 

「私は乃木園子。よろしくなんよユッキー」

 

「ゆ、ユッキー…?」

 

 

 この子も距離感が近いのか……!文化が違うのか!?

 

 

「えっと……なんだかごめんなさい…?」

 

「君は、その…距離感が正当そうで安心したよ……」

 

 

 1人だけ、僕の今の感情に気付いたであろう子が気遣ってくれることだけがとにかく有難い。

 

 

「私の自己紹介はまだだったわね。私は鷲尾須美。よろしくね、郡さん」

 

 

 和かに話しかけてくれる鷲尾さんは、キッチリとした性格なんだろうなぁ、と漠然に思っていた。

 いやだってあの2人、今もあーだこーだと笑いあってるんだよ?さっきまでのデート——絶対に僕は認めたくない——のことで。

 僕と鷲尾さんが放っておいたら永遠に戯れてそうな勢いだ。

 

 

「ねぇねぇ!ユッキーはどこから来たの?この辺りでは見ない子なんだけど…」

 

 

 まぁ来るよねぇ、この質問。

 基本的に県外に出る事はおろか、市外に出るのも案外珍しかったりするんだ。引っ越してくるなんてのは更に希少だ。

 県外ではないとはいえ、名前も偽ってるような現状で素直に自分の出身地まで言ってしまうのは…。

 いやいや。なんで罪悪感を感じてるんだ僕は。別に素直に言えばいいじゃあないか。

 言ってはいけない相手だなんて、そんな失礼な事……。

 

 

「【色々事情があって、従兄弟の家で居候してるんだけど、中々ソリが合わなくてね……それでここまでブラブラと来ちゃって】」

 

 

 あれ…。なんで、勝手に口から言葉が出るんだ。

 

 

「そっか〜。じゃあ友達とかもこっちには居ないの?」

 

「【うん、こっちに来てそんなに時間経ってないしね】」

 

 

 待てよ、どういうつもりだよ神様。なんで僕を勝手に好き勝手に喋らせてんだよ。

 

 

「じゃあさじゃあさ!友達になっちゃおうよ!」

 

「えっ?もう友達じゃなかったのか?」

 

「少し話しただけで友達っていうのも銀特有の感覚かしら…」

 

「そうでもないだろー?な、ユウキ」

 

「【うん】、そうだね。たぶんもう僕らは友達だよ」

 

 

 わーいやったー、と無邪気に喜ぶ乃木さん。

 あぁ、なんでそんなに無邪気に言えるんだろうなぁ。結局、最後の言葉は僕の言葉になっちゃったけど、仕方ないなぁ、もう……。

 

 

「郡さん、無理しなくてもいいのよ?」

 

「ううん、大丈夫だよ。僕だって願ってもなかった事だったから。3人とも、これからよろしくね?」

 

 

 チクチクと痛む胸の奥を抱えながらこの日、僕は三ノ輪銀、乃木園子、鷲尾須美の3人と意図せずに友達になってしまったのだった。

 

 

 

 僕はこの日を消して忘れないだろう。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 僕の最初の分岐点は、少なくともここだったのだから……。

 

 

 

 




・ユッキー
某野球アイドルの愛称ではない。おーおー!おおおおー!きゃっつーきゃっつー!
大赦の施設に忍び込む。
そのまま逃げ出す。
挙句に母方の実家の苗字と自分の苗字で名前とその他を偽って、偽りの友達として3人と近づくというスリーアウトチェンジなレベルで悪い事をしちゃった小学6年生。
これも全部神様ってヤツが悪いんだ。いや冗談抜きに。
ちなみに神様の声は勇祐以外には一切聞こえていません。それは読者たる皆様も同じく。


・そのっち
新しい友達が出来たよ!やったねそのっち!
その友達は破滅を呼ぶ存在だったなんて、私はその時に知る由なんてなかった。と勇者御記に書いてそうな感じ。実際、第1部で破滅を呼び掛けたので間違ってはいない。


・ミノさん
タイミングが良いのか悪いのか、勇祐と出会ってしまった。でも出会ってなきゃ第1部まで世界が残ってるか分からないレベルで混沌と化すので、ファインプレーと言える。


・わっしー
今回は割と空気。でもドが付く真面目なので常識的。なので勇祐を唯一気遣えた。
これから目を曇らせていく筆頭。現代に勇祐が戻ってきたら真っ先に土下座するべきだと思う。




投稿までクッッソ時間かけて申し訳ありませんでした。
言い訳は辞めときます。次回以降頑張ります。

ところで前話のあとがきに上げてたツイッターのアカウントですが凍結されました。どうしてだろうね…(目逸らし)


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第3話 懐疑と脅迫と逃亡

 

 あのイネスでの出会いから数日後。

 僕は二度目の戦いの最中……いや、敗退間近まで追い込まれていた。

 咄嗟に放った土煙で、僕とアイツらの周囲が酷い視界不良になる。これで少しは時間が稼げた。今の内にこの戦いを振り返りつつ次の一手を導き出さなければ僕は死んでしまうかもしれない。

 

 今回の戦いも酷く惨敗だ。こちらはボロボロ、相手にも幾らかダメージは入れられたが、それだけ。神様が用意したあのデカブツは役には立つけれど僕との連携は皆無。

 なんだって言うんだ。まるで僕を無いものとして進んでいくじゃないか。あの3色の影と戦う姿を見ればそんな悪態が出てくるというものだ。

 挙句は影に容易く刈り取られる始末。

 で、連携のとれない僕はデカブツの横合いからチマチマ殴り掛かるだけ。僕に遠距離武器があればまだしも、あるのは徒手空拳のみ。ふざけるのも大概にして欲しいものだ。

 けれど、あのイネスで出会った3人の笑顔が僕の脳裏にチラついて、僕は悪態を振り払った。あの3人の笑顔を守る為、そして大好きな家族を守る為に僕はどうしてもあの影達を倒さなきゃならない。やるしかないんだ。

 

 

 そして今。舞い散る土煙の中、僕は足元の木の根を掴んで、思い切り引っ張り上げ始めた。ミシミシと木の根が悲鳴を奏で、徐々に剥がれ始めていく。白仮面を被って変身している時じゃないと木の根を引っ剥がすなんて不可能だ。

 さて、少しは意表を突けるといいんだけど、ね!

 

 木の根を放り投げ、一瞬の間を置いてから僕は土煙のカーテンから飛び出す。

 アレはあくまで目眩しで囮。ただし、本気でアイツらに当てに行ってるけども。

 当たるとは思わないけど、当たってくれたらラッキーだなぁ程度だ。期待はしていない。

 

 影達は、僕が投げた木の根を避ける為に3つバラバラの方向へ逃げて行く。そうだよ、この瞬間を僕は待っていたんだ。

 

 

「————ッ!?」

 

「今更気付いたところで遅ぇんだよ!」

 

 

 赤色の影が丁度僕の進行方向へ逃げてきたので、コイツを目標にして飛び掛かる。

 この至近距離なら、この斧は振り回せない。組み付いてしまえばそれこそこちらのものだ。

 

 地面に押し倒すように赤色の影を叩きつける。衝撃で肺から空気を押し出されたかのような悲鳴をあげる赤色の影を、僕は容赦なくストンプしてやった。

 胸がすくような気持ちだ。なにかを殴るのは、ここまで気持ちいいものなのだろうか?

 

 

「ははは、いい気味だ!」

 

 

 僕の事を散々ボロボロにしておいて、一度地面に叩きつけられて顔面を踏まれただけでこれか!攻撃だけは強くて防御力はないなんて、呆れるよ!姉さんだって僕と組手をする時はいい勝負するのに!

 

 

「……次は?」

 

 

 背後から飛んできた影の矢を振り返りながらキャッチしてへし折る。散々僕を苛めてきた礼をすべきは今だ。……こういうのは御礼参りって言うんだっけ?

 相手は世界の敵だ。容赦はしない。

 

 

「紫か!」

 

「------ッ!!」

 

「無駄に突っ込んで来たところで!」

 

 

 槍の矛先が3つに分かれるのだって知っている。さっきはそれのせいで横腹を斬られたんだ。イライラが、さらに僕の脳内を蝕んでいく感触がした。【こんな思いをさせてるのは一体誰だ?】

 決まってる。目の前の影だ!コイツらが全部悪いんだ。僕たちの生活を脅かす、コイツらが……憎い。

 

 

 槍の矛先を寸でのところで避けて、柄左手で掴み、引き寄せる。ようやく捕まえてやった。

 

 

「捕まえたッ!」

 

「------ッ---!」

 

 

 何かを叫ぶ紫色の影を殴り飛ばそうとして、ふと気が付く。

 

 

(本当に、殴っていいのか…?)

 

 

 身体のどこかが、警鐘を鳴らしている気がした。目の前の敵は本当に敵なのか、と。

 

 

 

 考えてもみろ、相手は僕が攻撃するまで、攻撃してこなかったじゃないか。前回だってそうだ。理性があるような行動も見えた。ならこちら側にいる、あのデカブツのような無機質な存在じゃあないだろ、この影共は。

 じゃあなんだと言うんだ、という僕自身への問いかけをしながら、青い影の矢を避ける為に紫の影を蹴り飛ばしつつその場から離れた。

 こいつらは、本当に敵なのか?

 神様が言う事を本当に信じきってもいいのか?

 そんな問いかけがふつふつと湧いて出てきて僕の覚悟を弱らせていく。

 先程までの怒りの熱が、まるで存在しなかったかのように冷えていく。

 2つの影が、赤色の影に駆け寄って行く姿を見ながら僕は明らかな矛盾を胸に抱えてしまっていた。

 

 あんなのは、怪我した友達を心配する僕ら人間と同じじゃないか……!

 

 最早、今の僕に戦えるだけの気力はもう残されていなかった。

 戦える訳ないじゃないか、あんな…あんな、この間出会ったばかりの3人のような姿を見せられたら。ただの小学生の僕が、戦えるはずが無い。

 

 だから僕は、黙って撤退する事に決めた。

 戦意が無くなったのだから当然だろう。自分の体が、霧のように消えていくのをぼんやりと眺めながら僕は樹海の世界から消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 それが、駄目だったんだ。

 気付いたのは元の世界に戻ったその時だった。

 

 

「あ、がッ……!!?」

 

 

 元の世界に戻ってくるなり、僕の体に雷が落ちたような鈍い衝撃が数秒に渡って走った。

 痛くて、苦しい。それ以上に形容する言葉が無い程に痛かった。

 これが数秒という瞬間的なものであったからこそ耐え切れたけど、もう少し続いたら泣き叫んでたかもしれない。

 

 

「どう、して……?」

 

 

 自然と出た僕の問い掛けは、姿は見えないが確実に僕の近くに居るであろう僕に力と白仮面を与えた神様に宛てたものだ。

 この痛みの正体は神様によるものだと直感的にわかったからだ。そして僕の問いの答えは、酷く単純だった。

 曰く、僕が神様の意思に逆らったから。

 曰く、勝手に逃げ出したから。

 

 つまり僕は、神様に従わなかったから天罰を与えられたのだそうだ。

 

 

「ふざ、け……!」

 

 

 あんな影達を見せておいて戦えって…。無理に決まってるだろう。なんて都合の良い事ばかり言うんだ。

 

 

「あぎっ!?かひゅっ……」

 

 

 もう一度、僕の体に雷のような痛みが落ちた。

 僕の考えなんて見え透いている。やれと言ったらやれ。さもなければお前の家族が死ぬ事になる。そんな言葉がぼくの脳内にこびりつくように聞こえてきた。

 

 そして、次はよく考えて行動しろという言葉と共に、僕は神様から解放されたのだった。

 

 

「ぜぇ…ぜぇ……」

 

 

 息も途絶え途絶えになりながら、僕は僕の部屋の床から起き上がった。

 放課後、急に呼び出されたと思ったらあの戦いが始まって、帰ってきたと思ったらこの天罰染みた拷問だ。反吐が出る。

 

 

「しかもどう考えても途中から最後あたりまでの思考がおかしくなかった…?」

 

 

 思い起こすのは粉塵の中から木の根をぶん投げつつ飛び出した時だ。

 僕はあんなに乱暴な性格はしてないし、そもそも殺しをやるだけの勇気も覚悟もない。

 世界は救いたいしヒーローにもなりたいと思った。けど自分の性格が裏返ったかのような思考と衝動を鑑みるに、あの時の僕が内に秘めたる本来の自分と言うのだろうか。

 それにしたって唐突過ぎるし、むしろあんな僕は嫌いだ。あんな僕になるのなら戦いたくもない。

 

 けれどあの最後の捨て台詞めいた言葉が非常に気になる。

 つまり「従わなきゃテメェの家族がどうなるか分からねぇなぁ?」と今時珍しい西暦時代のヤクザ映画のような脅しを神様がしてきたのだ。しかも僕に天罰を与えているという前例を提げて。

 

 

「勘弁してくれよ……」

 

 

 酷く重くなったように感じる身体をなんとか起こした僕の足は、まるで産まれたての子鹿と呼ぶに相応しい程に震えていた。

 なんとか床からベッドに移ることが出来た僕は、天井を眺めながら震える両手で顔を覆った。

 痛みと恐怖。そして人質。人を無理矢理従わせるのにこれ程簡単かつ効果が高いものはない。

 

 僕は痛みを忘れるように、恐怖にこれ以上怯えないように目を瞑って必死に寝ようとした。結局暫く痛くて寝れなかったけれど、僕の思考は微睡んで、闇に落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「姉さん、大丈夫?最近怪我が多いけど……」

 

「大丈夫、へっちゃらだよ!これぐらいの怪我なんて痛くないよ!」

 

 

 あの日からまた1週間程経って、家族…特に姉さんが何らかが原因で怪我をする事が多くなった。

 その原因のどれもが、相手が意図していなかったりだとか偶然であったりとか。そんな怪我ばかりだ。だから僕は余計に怖くなった。日に日に酷くなる姉さん達の怪我が正に神様の言う通りになっているからだ。

 

 

(僕が、戦わなかったから、なのか……?)

 

 

 頬に切り傷、両腕両足に擦り傷、背中に打撲。僕が知っているだけでそれだけの怪我が姉さんの体に刻まれている。母さんや父さんは紙で手を切ったりとか、そんな些細な怪我だけだけど……。

 

 

「…勇祐も、気を付けなさいね。友奈はお父さんに似てお転婆なんだから……」

 

「もう!最近はあんまりはしゃいでないんだよお母さん!ちょっとその…運が悪い、とか?」

 

「尚更よ、友奈。あんまり怪我が増えるとお家に閉じ込めなくちゃいけなくなるかもしれないのよ?」

 

 

 そんなぁ、とブー垂れる姉であるが、それって所謂監禁というやつなのでは……?僕には何も言う権利がないので今は黙っておく。姉さん達の怪我は間接的に僕の所為なんだから……。

 

 

「まぁまぁ母さん。子供は腕白なぐらいがいいのさ。なぁ友奈?」

 

「そうだよー!お父さんの言う通りだよー!」

 

「…もう、あまり調子に乗ってると今晩のビールはなしですよ義景さん」

 

 

 ガハハハと豪快に笑いつつも「それだけは勘弁だ!」と謝るのは筋肉達磨な父、義景。ザ・大和撫子な母さんとザ・体育会系の父さんは本当に感性やら価値観やらがトコトン噛み合っていないのだが、結婚して10年以上経っているのに新婚のように若々しく僕らの前でみイチャイチャを止めない。まぁ僕らは慣れてるからいいんだけどね。仲が悪いよりよっぽどいいよ。

 

 

「ごちそーさまでした!お母さんお風呂入ってくるねー!」

 

「お粗末様でした。お風呂で転ばないように、ね?」

 

「はーい!」

 

 

 先に晩御飯を食べ終わった姉さんが笑顔で風呂場へと歩いていく。いつもながらウキウキな足取りで、後ろめたいことなんてなにもないかのように。

 羨ましいなぁ、と思う。

 僕と違って姉さんは何も知らない。何も背負っていない。でも、それが普通。僕だけが違う。父さんも母さんも、学校の友達も。みんな……僕だけが異常なんだ。

 

 だからこの胸の奥で沸き起こっている怒りのような感情は的外れなんだ。そのはずなんだ。だから今は心の奥底に閉じ込めよう。

 

 

「勇祐、どうしたんだ箸が止まっているぞ?」

 

「え、あっ……うぅん。なんでもないよ」

 

 

 流石に雰囲気が暗過ぎたかな……。反省反省。気分を変えよう。

 

 

「体調が悪いならすぐに言わんと駄目だぞ? 勇祐は友奈みたいに身体が強いほうじゃないんだからな?」

 

「分かってるよ、父さん」

 

 

 嘘だ。

 家族皆が、僕のせいで怪我をしてる事で気分が優れないのは当然だ。それにあの天罰を受けた日以来、僕の身体全体に鈍痛が常に走るようになっている。

 身体を蝕み続ける痛みで、最近笑顔が少なくなってきたようにも思う。

 

 

「最近、疲れやすいんだ。それだけだから、大丈夫だよ」

 

 

 無理矢理笑う。出来る限り自然なように。父さんと母さんの2人に心配を掛けないように。

 

 僕が笑うと、父さんも母さんも微笑んでくれた。またいつも通りの夕食が始まった。

 そうだ。僕はこの風景を守るんだ。その為にあの影を倒さなきゃいけない。

 僕は勇者に、ならなくちゃいけないんだ。痛いのも、辛いのも、苦しいのも我慢して。

 守る為に。僕だけで。

 

 

「お母さんパンツ忘れた!」

 

「こら友奈。だからって裸でお風呂から飛び出して来ないの!」

 

「ごめんなさーい!」

 

「はははは!いいじゃあないか、元気があって!」

 

「はははは……」

 

 

 ずっと、ずぅっと。この家族が、そして僕が。今みたいに笑顔で居られる為に。

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

「……本当、ですか?」

 

 

 深夜、トイレに行く為に起きた僕は、リビングから母さんと父さんの声に漏れ聞こえてきた。

 

 

「あぁ。さっき電話があった。友奈と勇祐が、なんらかの影響で『タタリ』を受けた…そうだ」

 

「そんな…あの子は何もしていないのに……」

 

「だが日に日に増えていく怪我を見ていてはもう看過は出来ん。明日の朝1番に友奈を大赦に連れて行く」

 

 

 タタリ……聞き覚えはないけれど、どこか引っかかるように感じた。

 僕はリビングの扉まで近付いて、聞き耳を立てた。

 

 

「勇祐は、どうなんですか?あの子は…辛そうな顔が増えていますけど……」

 

「まだ、確定ではない。ないが、恐らくな。勇祐は頑固な子だ。意地を張っているんだろう」

 

「そんな、どうして…私達の子が……!」

 

「母さん。まだ友奈と勇祐が死ぬと決まった訳じゃない。媒介元が特定出来れば、隔離してしまえば半年程で良くなるらしい」

 

 

 死ぬ……?姉さん、が?

 

 

「俺達にも少なからずタタリの影響があるらしい。一応は大赦の職員だからか、進行は2人に比べて遅いが…兎に角友奈と勇祐だけでも大赦に保護して貰おう」

 

 

 駄目だ。それじゃあ姉さんは良くならない。どう考えても、僕が原因だ。僕が神様の言う事を聞かなかったからこうなったんだ。

 姉さんと一緒のところに居たら、駄目なんだ。

 でも父さんと母さんのところにも居られない。人の居るところには居られない。

 

 

 僕は、どうすればいいんだ。

 僕は……僕は………。

 

 逃げ、なきゃ。

 

 逃げるんだ。

 

 兎に角、この家から離れるんだ。僕1人だけで。

 

 

 僕は1人で部屋に戻って、パジャマから着替えて準備した。

 出来る限りのお小遣いと、いくつかの着替えをリュックに詰め込んで。

 どうなるか分からない。どうするかも何も考えていない。

 でもこの家から逃げなきゃいけない。

 家族皆から離れなきゃいけない。

 父さんは「隔離すれば助かる」と言ってた。これが本当に正しいかどうかは分からないけど、少なくとも僕は明日、姉さんと一緒に大赦に連れていかれる。

 そうしたらもう逃げ出せない。その後のことを考えれば、体の震えは止まらなくなる。

 

 

「ごめんなさい、父さん、母さん。姉さん」

 

 

 父さん達の優しさを無碍にしてごめんなさい。こんな親不孝者な僕で、ごめんなさい。

 別れも告げず、書き置きも残さず、僕は家を飛び出した。

 満月の春の夜は少し肌寒かったけど、僕は無我夢中で走っていた。

 

 

「どう、して……こんなこと、に…!」

 

 

 走って、走って。息が切れて走れなくなるまで走った僕は、息も途切れ途切れに、いつの間にか呟いていた。訳の分からないぐちゃぐちゃになった感情が僕の心に中に渦巻いている。

 どうすればいいのか、分からなかった。

 火照った身体に、酸素の足りない脳ではこの感情を制御出来そうになかった。

 

 

「やぁ。どうしたんだい?」

 

 

 ふと声を掛けられた。知らない人の声で良かった。僕が家から飛び出したことがもうバレたのかと思った。

 けど小学生がこんな夜中に息を切らしてるんだ。偶々散歩してた人が僕を見つけて声を掛けてもおかしくない。

 

 声の主を見るために、僕は顔を上げた。そこには深めに白いパーカーのフードを被って、口元をマスクで隠した人だった。声からしてたぶん男の人。明かに不審者だ。

 

 

「不審者に話す言葉はないよ」

 

 

 僕は強く出た。不審者にしか見れないのもあるし、舐められたくないという気持ちがあったからだ。

 

 

「それは弱った。君を助けたいんだけど…君は今、理不尽に巻き込まれているね?」

 

「なんなんですか…貴方は?」

 

 

 僕の全てを見透かしたように淡々と言葉を紡ぎ出していく。

 

 

「月のように明るい存在さ。太陽程ではないが、まぁそこはいいだろう。私はただのお節介焼きだよ。君にお節介を焼く理由かい?理不尽に飲まれても家族に会いたいが為に踠く姿に見惚れてしまってね……。君なら、輝く星々よりも強い光を示してくれると思ったのだよ。だがそんな君が真実を知る前に、輝く原石にもならない内に潰れてしまうなど了承できる筈もない!【アイツ】は人の輝きを忘れてしまった!尊さを忘れてしまった!許せる筈がない!私はいつだって人の可能性を信じてきたと言うのに!」

 

 

 何を、何を言っているんだこいつは。気でも狂っているのか?

 

 

「我々は少なくともそういう存在だ少年よ。傲慢なのだよ。ふふふふ。安心したまえ。私の気が狂れていたとしても私は君の味方だ。『今も戦い続ける君』の、ね」

 

 

 唐突に詰め寄ってきた男が、僕の顔を掴んだ。夜の闇より深いすぐそこにあるというのに、見えないフードの奥の顔は歪んだ笑顔な気がした。

 

 

「何すんだよ!」

 

「私は太陽みたいに『冷たいことはしない』さ。だからメリットもデメリットも話そう。メリットは人を超えた身体強化を施せる。やろうと思えば体が捥げる程に力も出せるだろう。細胞の活性化も出来て傷も早く治る。つまり負けにくくなって死ににくくなったわけだが、デメリットは寿命だ。使用の度に加速度的に縮むだろう」

 

 

 分からない。怖い。なんなんだ、なんなんだよ。こいつは僕に一体何をしようとしてるんだ!?

 

 

「絶対に必要になる力だ。さて、君のこれからを考えての忠告だ。『躊躇するな』。絶対に。すれば君は永遠に後悔する事になる」

 

「あっ、がっ!?」

 

 

 頭が電流が走るように痛み始める。

 

 

「そして逃げ続けたまえ。願わくば、君の未来に救いが訪れん事を。君の人としての輝き、尊さが失われん事を願い続けよう」

 

 

 

 そして僕の思考は一瞬にして闇に落ちた。

 何がなんだか分からない内に、僕は気絶してしまったのだ。

 

 

「私に、どうか人間賛歌を歌わせてくれたまえ、結城勇祐少年、白面の君よ———」

 

 



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第4話 生きるために

 あぁ夢だなぁ、と思えるような明晰夢を見る事は今まで生きてきた中では覚えがない。

 もしかしたら毎日のように見ていて、忘れているだけかもしれないけれど。

 今日の夢は姉さんが知らない誰か達と仲良く遊んでいる夢だ。僕はそこに居ないけれど、皆楽しそうに海岸沿いを歩いている。

 何故だか無性に姉さんを呼び止めたくなった。けれど呼んでしまえば夢が終わる事もなんとなく分かっていた。

 この夢を終わらせたくない。姉さんが幸せな姿をずっと見ていたい。

 けど僕は後ろを向いて、現実を見なきゃいけない。夢の中で幸せな姉さんを、僕は邪魔したくないから。

 だから、僕は姉さん達から振り返って夢から目覚める為に目を閉じようとした。

 

 

「……ゆうくん?」

 

「えっ?」

 

 

 姉さんの声がして、思わず振り返ろうとした瞬間…僕の夢は途切れた。

 

 

「……寒いなぁ」

 

 

 古ぼけた空き家の床で僕は目を覚ました。

 梅雨の時期でジメジメと蒸し暑いはずなのに部屋の中は肌寒かった。

 朝のはずなのに締め切ったボロボロのカーテンの向こうは暗い。ざぁざぁという雨音からして雨が降っているようだった。

 

 

「あれから、一月……かぁ」

 

 

 僕はあの夜から変わってしまった。

 生活も、人格も、何もかも。

 あの不審者から得た物は確かに今の僕にとって有用なモノだったけれど。僕は余計に家に帰れなくなっていた。元々帰るつもりもないんだけれど。

 未だに力と素の状態の違いに苦しむし、無意識に使ってしまって怪我をしてしまう事も多い。けどその怪我もこの力ですぐに治ってしまう。

 その度に僕はもう家族の元に帰れないんじゃないかという錯覚に陥るのだ。

 全く持って反吐が出る。こんな力は要らないのに押し付けられた。アイツは絶対に必要になると言っていた。確かに、あの世界で影共に対抗するならこの力は必要になる筈。けど現実世界でこんな力は要らない。要らないんだ。

 有用なのは分かる。この力がなかったらとっくには家に突き返されているのは分かるし、この力を失ったら僕は本当に死んでしまうことも分かる。

 それでも僕は、僕が僕でなくなるような感覚を拭えないままだ。いつの日か化け物に落ちてしまいそうに思えて仕方がなかった。それだけは……嫌だ。そうなってしまえばいっその事……。

 

 

 

「…やめよう。力を手に入れてしまったのももう過ぎた事だし、今はどうやって今日を生きるかが大事だよね……」

 

 

 側に投げたままだった朝食を手元に持って来て「いただきます」と、手を合わせて食べ始めた。

 今日のメニューは能力を使って万引きしてきた菓子パンと、ペットボトルに入った温くなったコーヒーだ。

 母さんが作った朝食が恋しい。温いコーヒーは家で飲むコーヒーよりも不味く感じるし、何よりパンも含めて味が薄く感じた。

 やっぱり家で食べるのが一番なんだなぁ、とぽつりと呟きながらパンをコーヒーで流し込む。食べ終わった僕はリュックにゴミを詰めて背中に背負う。この家に僕が居た痕跡はあまり残せない。だからコンビニのゴミ箱にでもゴミは捨てておかなきゃならない。

 衣料品店から同じく万引きしてきたパーカーのフードを深めに被って、この空き家に捨て置かれていた傘を持って、窓から飛び出した。

 

 

「…お世話に、なりました」

 

 

 持ち主が誰かもわからない家で、僕が無断で侵入して使っていただけだ。数日毎に空き家を転々としていて、寝る時以外は使わないようにしていてもお礼を言わなければいけない気がした。

 

 雨の住宅街をとぼとぼと歩く。

 ただ僕が結城勇祐であるとバレないように、隠れて動くだけで、目的は何もない。

 最初の1週間は警察のパトロールとかが多くて、僕は神社とかで風雨を凌ぐしか無かった。その頃はあの不審者から渡されたよく分からない力に振り回されていてまともに寝れる日も少なかったから、動く体力もなかったが正しいけれど。

 途中何回かあの世界にも呼ばれてあの影達と戦ったけど、僕自身の不調でその度に負けた。

 一応戦う意思は示しているからなのか、神様は次に備えろ、としか言われなかったのは僥倖だ。僕は良くても、これ以上家族を苦しませる訳にはいかないのだから。

 

 

「…というか、万引きとかスリとかしなきゃ生きていけないのもな……」

 

 

 正直、ここまでして生きていかなきゃいけない理由が分からない。

 僕がしていることは犯罪だ。小学校でも家でも、習ってきた事だ。僕はそれを反故している。なんて様だ。世界を守る為とか言っておきながら、世界に仇なしている。これ程滑稽なものがあるか。

 

 でも、止められない。止めるわけにはいかない。家族が人質だ。僕は今、家族が苦しまない為に家出しているけど、もし僕が戦うのをこれ以上拒否すれば僕が受けたあの天罰が家族に降り注いでしまうかもしれない。

 

 

 ———だから、戦うのを止めてはいけない。生きる事を止められない。例え僕が、戦いに支配されたとしても……。

 

 

「ユウキじゃん。なにしてんの?」

 

 

 ふと真正面から声を掛けられた。俯き加減で歩いていたから気が付かなかったけど、その顔には見覚えがあった。

 

 

「……三ノ輪、さん?」

 

 

 あんまり出会いたくない人の1人に出会ってしまった。そうか、歩き続けていつの間にか坂出市の方まで来ちゃったか。以前見たような制服の姿ではなく、今日は私服だ。

 

 

「フード被ってるから誰か分かりにくかったじゃん。なーんか元気なさそうだなぁ」

 

「…そう、見える?」

 

「一度出会っただけの私が分かるんだぜ?須美も園子も、今のユウキを見たら心配するよきっと。さては従兄弟さん家でなにかあったか?」

 

 

 そういえばそういう設定してたなぁ。アレは神様が僕に言わせたセリフだ。特に言い訳が思いつかなかった僕にとってはあの時だけは有り難かった訳だけどすっかり忘れてた。

 そう…今の僕は郡ユウキであり、ソリの合わない従兄弟の家に居候する小学生だ。自分自身にそう言い聞かせてしまわないとボロが出そうだ。

 

 

「まぁ、うん。色々とね」

 

「そっかぁ。大変だなぁ、なんとかしてあげたいけどこればっかりはなぁ」

 

 頭を掻きながら悩む三ノ輪さん。嘘の事で悩ませるのは罪悪感があるけど仕方ないよね。

 

 

「んー?」

 

「えっあっ、な……なに?」

 

 

 ずいっと、三ノ輪さんの顔が僕の顔に近寄って来た。近い、近いよ三ノ輪さん!?なんでそんなに顔を近付けるの!??何かしたっけ僕!何も予想してないというかいやほんとにちょっと待って本当に待って恥ずかしいよこれキスすると子供とか出来ちゃうんじゃなかったっけ神樹様が遣わせるコウノトリが運んで来るとか聞いたことがあるけど本当なのかないやいやそれどころじゃないというか……!

 

 

「……ぷはっ、はははは!なんだよその顔!悲しそうな顔してると思ったら百面相してさ!睨めっこしてるんじゃないのに、はははは!」

 

「…………へっ?」

 

「顔を見ただけって事だよ。そんな百面相されるのは予想外だったんだ」

 

 

 ぼ、僕の一人相撲だった訳か…滅茶苦茶恥ずかしいやつじゃんこれ……。

 

 

「どうしたんだぁ〜顔真っ赤にしてぇ〜?」

 

「か、からかわないでよ!」

 

 

 もう勘弁してよ。ニヨニヨと笑いながら僕の脇腹を肘で小突かないでよ…恥ずかしいんだから……。

 

 

「そうそう、そっちの顔がいいよユウキは。もっといいのは笑ってる方だけどさ」

 

 

 行動と言動が一々男前過ぎる……。僕はなよっとしてるし、野球してる友達よりもそりゃあ弱々しいけど、なんでかなぁ三ノ輪さんにはずっと勝てないような気がしてくる。

 

 

「んじゃ行くか」

 

「えっ、ど…どこに?」

 

 

 僕の手を引いた三ノ輪さんが、事情が掴めていない僕の声にきょとんとした。

 

 

「どこって、決まってるだろ?イネスだよ、イネス」

 

 

 それ、三ノ輪さんだけの常識なんじゃあないかなぁ……。流石にこれは口に出せないけれど。

 言うだけ言った三ノ輪さんはご機嫌な様子で僕の手を引いて歩き始めた。

 

 

 1時間後。

 

 

 要は今日は鷲尾さんと乃木さんが居ないから暇だったそうだ。そこでたまたま僕と出会った訳で、これ幸いと僕を引き摺ってでもイネスに連れて行こうとしたらしい。

 

 

「そこのおばあちゃん!私がその荷物を持つよ!」

 

「え、道が分からない?えーっと…あぁ!商店街にこのお店はあるからあっちを曲がって……」

 

「おっと、そこのおっちゃん!財布落としたよ!ちゃんと気を付けておかなきゃ後で困るのはおっちゃんだよ?」

 

 

 まぁ未だにそのイネスに辿り着かず、1時間以上もこうして人助けをしているんだけれど。

 というかここまで困ってる人に出会うのは最早才能じゃあないかなぁ。僕達との出会いも迷子の子を助けようとしたのがキッカケなんだし。

 

 

「いやぁ〜ごめんなユウキ。色々と手伝わせてさ」

 

「いいんだよ、僕も人助け好きだしね」

 

 

 偽りのない本音だ。三ノ輪さん程ではないけど、姉さんと僕は困っている人を見かけたらすぐに助けに行くような人種だった。

 僕はどちらかと言えば姉さんについて行く方なので、今のように人助けする時には力仕事だとか補助をする事が多い。僕にはその位置がちょうど良かったんだ。

 

 

「んじゃ気を取り直してイネスに行こうぜ。園子はともかく、須美が居ると中々ゲーセンに行けなくてさぁ」

 

「僕もあんまりゲーセンには行かないなぁ。近くになかったからね」

 

「じゃあ色々教えてやるよ!メダルゲームとかな!」

 

 

 僕は三ノ輪さんに手を引かれて、イネスへと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 夕方になって、買い物があるらしい三ノ輪さんと僕は別れた。

 しかし楽しかったなぁ。ここ1ヶ月まともに笑ったことがなくて、頬が吊りそうになっちゃったぐらいに三ノ輪さんとゲーセンで楽しんでた。

 途中でタタリの事を思い出した——1ヶ月もこの為に人と接触を絶っておきながら!——ので、トイレに行くフリをして仮面を被って三ノ輪さんを覗いてみたらタタリの兆候は一切見え無かった。神様は何も言ってこないし、僕が戦う意思を見せているから許してもらっているんだろうと思うことにした。

 兎に角、ほぼ無理矢理にだけどこれからも三ノ輪さんと会う約束をしてしまった。だから三ノ輪さんと、今日来ていない2人の様子もよく観察して、僕と一緒に居る影響を確かめなければいけなくなるだろう。

 もし、彼女達にもタタリの兆候が見られたら僕は本気で人を絶って山の中で生活する事になる。そうならないように今はただ祈り、次の戦いに備えるしかない。

 

 

「とは言っても、言ってみれば僕って爆弾だからなぁ…」

 

 

 いつ爆発するか分からないのに、友達と一緒に居るなんておかしいよね。でもなぜか三ノ輪さんの事は避けられないんだよ。もしかしたら僕は案外寂しがり屋で、人肌恋しいのかもしれない。

 1ヶ月以上人との接触が無かったことなんてなかったし、家族と離れた事もなかった。ホームシックなのは、まぁ…あるんだけども。

 あの3人にタタリの影響がないなら…これぐらいいいよね……?

 

 そんな事をイネスの屋上で柵に体を預けながら、ぼんやりと考えて居た。雨上がりのジメジメとした空気を変えるように、夜を運ぶ少し冷たい風が何故か火照っていた頬を撫でた。そろそろ空き家を見つけて、寝る準備をしなきゃいけない時間だ。

 

 

「めぼしい場所は見つけているから、あとはそこに侵入するだけなんだけど……ぐぁっ!くそ、耳が……!」

 

 

 唐突に聴覚が敏感になった。

 色んな音が僕の耳に飛び込んでくる。人の喋り声、歩く音、車の走行音、電車の走る音。色んな音が痛い程に聴こえてくる。

 あの力を渡されてから、偶にこうして力が暴走するんだ。だから、この力は嫌なんだ…!

 

 

「……して!」

 

 

 声が聞こえた。偶然だった。偶々、力を抑えようとした時に飛び込んでくるように聞こえて来た声だ。

 一度しか出会った事はなくとも、その出会いは衝撃的だったからこそ、よく覚えているあの子の声。

 

 

「…乃木、さん?」

 

 

 何気なしに、乃木さんの声が聞こえて来た方角に耳を澄ませた。何を言っているかまでは聞き取れなかったからだ。

 だから、この時の僕は事態の深刻さに気付いてはいなかった。

 

 

「離してよ!!なんでこんな事をするの!?」

 

「我らの教祖様の命だ。従わなければ痛い目を見ることになる」

 

 

 耳を澄ますと聞こえて来る、数百メートル離れた先からの声。それは乃木さんと、知らない男数人の声だった。明らかに様子がおかしい。それに痛い目に合わせるなんて、この平和な四国で聞こえるはずがない、ドラマやゲームの中でしか聞かない言葉だ。

 何故乃木さんが?と考えているうちに僕の身体は自然と動き出していた。

 

 警察に電話?それとも誰か近くの人に助けを求める?駄目だ。それだと遅過ぎる。間に合わない。奴は、乃木さんを拐うつもりだ!今ここで僕が行かなかったら乃木さんは連れて行かれる。

 

 じゃあ助けるのか?心の何処かから、そんな疑問が湧き起こった。あの力を使わなければ助けられないからだ。代行者としての力は使えない。仮面を被るだけならまだしも、代行者として行動してしまえば神様の怒りに触れるかもしれない。だから、渡されたあの力しか使えない。

 でもあの力は忌避すべきものだと思う。使えば寿命が短くなると言っていたから、それは嫌だし、今でさえ力が突然に暴走した結果なんだから余計に使いたくない。

 

 でも、見てるだけはもっと嫌だ。

 僕は家族や友達を守る為に戦っているんだ。たった一度だけしか会っていない乃木さんだろうと、もはや僕に見捨てるという選択肢はなかった。

 

 

「やるぞ……!」

 

 

 僕は意を決して、仮面を被らずにフードだけを被る。そして軽く後ろに下がって、助走を付けてからあの力を使用した。

 視界が一気に夕焼けに染まる大空に、流星の如く飛び出した。

 

 この1ヶ月で分かった事は、この力は身体能力を極端に増加させるものらしいという事。使う時は、力を身体に巡らせるイメージを膨らませると、自然と力を使う事が出来ること。ただし、まだ制御が半端にしか使えないからその時に必要なだけの力は使えない。つまり使用の度に思った通りの出力がある力を使えないという事。あとは使えば使う程に制御が正確になってくる事だ。

 

 ランダム性があるとも言える力のお陰で僕はあの影達に負け通しだった。そして今も、同じように僕は安定しない力に四苦八苦していた。

 

 

(今回は力が強すぎるなぁぁぁ!)

 

 

 夕焼け空に飛び出した僕は、思いの外に跳躍してしまった事に悔いていた。

 いやでも、一階まで降りて走って乃木さんのところまでなんて間に合うわけがなかったしこうするしかなかったんだけどさ、ほんとに流れ星になるってこれ!うおおお早い早い!やばっ車にぶつかる…!?いや、この勢いのまま車の屋根を跳び箱の要領で飛べばッ!

 

 

「ウオオオオオッ!スーパーイナヅマキーック!!」

 

 

 車を飛び越えた僕は、以前聞いた覚えのあるカッコいい言葉を叫んだ。そしてそのまま、乃木さんを羽交い締めしてる男の顎に飛び蹴りをブチかましたのだった……。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 乃木園子にとって、郡ユウキと名乗った少年はパッとしない子というのが第一印象であった。

 迷子の子供を助けようとした姿や、自分やミノさんに振り回されても困ったように笑みを浮かべる姿を見て、変な子という印象は自分を前に出せない少し内気な子なんだ、という印象に変わった。

 

 そんなよくある出会い。恐らくもう殆ど出会う事もないかも……と思っていたような、悪い言い方をすれば薄い思い出。

 流石に忘れはしないけど、今は自らのお役目と共に戦う友人達の方が大事だった。だから彼女にとって郡ユウキという少年は有象無象と同じ立ち位置でしかなかったのだ。

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 そんな彼が、絶体絶命だと思っていた瞬間に、まるで『勇者』のように駆け付けてくれたのだ。この一瞬で、乃木園子にとっての郡ユウキの立ち位置がガラリと変わったのだ。

 

 

「えっ、えっ!?ゆ、ユッキー!?」

 

「あっ、やっぱり分かっちゃった?まぁフードを被ってるだけだし……まぁいいや。おい!お前ら僕の友達になにしてんだよ!」

 

 

 このよく分からない少し気が触れていそうな男達を前に、彼は大見得を切ってみせたではないか。園子には出来なかった事だ。今は力のないただの少女である園子はただ震えて、なんとかなりようにと祈るしかなかったのに、ユウキは違ったのだ。

 

 

「おぉ、予言通りだ……」

 

「まさに、彼こそ…真の……!」

 

 

 男たちは口々にボソボソと意味の分からない事を呟き始める。狂人、という言葉が1番当てはまる例えだろう。それ程までに彼らは得体の知れない恐怖を身に纏っているのだ。

 

 

「なに訳分かんない事ごちゃごちゃ言ってんだよ!乃木さんは連れて行くぞ!」

 

「…それは困る。我らの悲願の為にゆ……乃木園子は連れて行く」

 

「あぁそうかい!」

 

 

 そんな男達に、ユウキは立ち向かっている。恐れは何もないかのように、だ。園子が見たユウキの背中は大きく見えた。頼りになる、と思ってしまったのだ。

 無表情で語る、顔に生気を宿していない男達が、ユウキに襲い掛かろうとした。

 

 

「乃木さんは下がれ!」

 

「…ッ!でもっ!」

 

「いいから!」

 

 

 園子を突き飛ばすように下がらせたユウキの眼前に男の拳が迫ってくるが、彼は異常な程の反射神経で男の拳を掴み、そのまま肩に背負ったかと思えば脚を刈って背負い投げをして男を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた男は狭い路地の両側にあるビルの側面に激突し、気絶したようにそのまま崩れ落ちた。

 

 

「すごい……!」

 

「まだやるかコラァ!やるんなら容赦しねぇぞ!」

 

 

 ビクリ、と園子の身体が彼の声を受けて震えた。あんな優しそうな顔と声だったユウキが、チンピラの如き声で男達を威圧したからだ。

 想像だにしていなかった彼の姿に園子は思わず唾を飲んだ。彼なら、あと4人いる大人の男でも圧倒するかもしれない、と。

 

 

 そしてそれは現実となった。

 

 男達は負けたのだ。それも完膚なきまでに、まだ小学生の少年に、だ。

 

 

 園子から見て、大人の男達は戦いの素人だった。もし彼女の得手たる槍が手元に有れば、園子が持つ力を使わずとも圧倒出来ていただろうと思える程に。

 だが実際、人間を相手に、しかも害を持ってやってくる存在をこうして怪我もなく叩きのめせるとは園子は思わない。そもそも対人であの槍と力が使える訳がないのだから。

 

 そしてユウキの戦いは、荒削りでありながらも、喧嘩殺法染みた我流の戦い方だ。大人と力の差が分かっているからこその受け流すような戦い方。そして周りの状況を瞬時に判断する化け物並みの観察眼。

 彼はそれらを十二分に使って見せて、ものの数十秒で大人4人をノックアウトさせたのだ。

 

 

「す、すごい……!」

 

「まぁ、こんなもんだろ。ほら乃木さん。さっさとここから逃げんぞ」

 

「えっ、でも……」

 

「追加でこいつらの仲間が現れたら面倒だ。この場から離れるのが1番だと思う。こいつらは…なんか変だ。行くぞ」

 

 

 チラリと倒れ伏す男達を見ながら、ユウキは園子の手を引っ張って路地から走り出す。

 夕陽が差し込まない、薄暗い路地裏から。

 まるで勇者が囚われしお姫様を救い出すときのように。

 そして乃木園子にとって、目の前ので自らの手を引いて暗がりから救い出してくれる少年こそがカッコいい物語に搭乗する勇者様で、白馬に乗った王子様そのものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ〜。ここまで来れば大丈夫だろ」

 

 

 あの路地から逃げ続けていたユウキと園子は海沿いまで来ていた。

 海へ転落を防止する柵に身体を預けながら2人は荒くなった呼吸をなんとか整えようとしていた。

 

 

「…ねぇ、ユッキー?」

 

「ん?なにかな乃木さん?」

 

 

 ようやく息も整え終わった頃に、園子はユウキに話を切り出した。彼はきょとん、としている。園子がなにを聞いてくるのかが想像出来ていないのだ。

 

 

「もしかして二重人格だったりする?」

 

「僕が?まさかぁ。そんな特殊な事情は持ってないよ」

 

「でもさっきまで、『うがーっ!』って感じだったし?」

 

 

 園子は頭に両手の指を一本立てて、先程までのユウキが鬼のようだった、と言わんばかりに表現してみせた。

 

 

「あー……。できれば忘れてくれると嬉しいなぁって…」

 

「……なんで?」

 

 

 先程までの自分の言動を思い出したユウキが、頬をぽりぽりと掻きながら園子から目線を外した。園子はそんなユウキを見て疑いを深くした。

 彼がいくら白馬に乗った王子様であれ、聡い子供である園子はいくつかの不審点が思いついた。言動であるとか、戦い方であるとか、だ。だからユウキの反応を訝しんだ。

 

 

「いや、若気の至りというか…いや十分に若いとかそんなんは置いといて……その、調子に乗りすぎたというか……素直には、恥ずかしいんだよ……!」

 

 

 しかし園子は恥ずかしそうに頬を朱に染める彼がこんな回答をするとは思っていなかったのだ。

 

 

「へっ?」

 

「だからさ、その。三ノ輪さんとかには黙っといて貰えると嬉しいかなぁって。あぁぁぁ、思い出すだけで憤死しそうだよ……」

 

 

 あぁ。そうか。そういうお年頃なんだなぁ、と園子は気付いた。そして自然と笑ってしまうのだ。こんなに可愛らしい少年を愛おしく思うように。

 

 

「ふふふっ……」

 

「わ、笑わないでよ!?」

 

「だって、ユッキーおかしいんだもん。あれだけの大立ち回りしたんだよ?もっと天狗になっててもいいのに…」

 

「出来る訳ないじゃん……そこまで偉い人にはなれないし、悪ぶれるのも出来ないんだから……」

 

 

 柵に体を預けて項垂れるユウキの姿を見て、園子は先ほどの疑いを取り消した。そもそもこんなただ強いだけの中二病を患っていそうな少年が、憎しみや殺意を持って殺しに来るような存在ではないだろう、と結論付けたからだ。もっとも、園子にとって深い意味は他にあるのだがそれは別の話だろう。

 

 

「まぁ、その。乃木さんに怪我無くてよかったよ」

 

「そのっち」

 

「えっ?」

 

「そのっちでいいんよ〜ユッキー?」

 

 

 ———だからきっと。この感情は吊り橋効果のそれで。

 

 

「え、えっと……。そ、そのっち?」

 

「そうそう!その調子なんよユッキー。私達、友達だもん、ね?」

 

「か、からかうのはやめてよぉ!」

 

 

 これはきっと、こんな彼を虐めたくなる、嗜虐的な感情で。彼の困った顔が見たい、ただそれだけの想い。

 この時は、ただそれだけの話だった。

 もし彼が白仮面を被っていなければ。

 彼女が特別な立場に居なければ。

 そして、彼に恋をしていなければ。

 

 

 

 ———もっと単純な話で終わっていたのだから。

 

 

 

 

 




皆様、新年あけましておめでとうございます。

別に毎回樹海で戦うシーンは書かなくてもいいしなんならキンクリしてもいいのではないかと思う白桜太郎であった……。原作と剥離しまくってるから戦闘回数もマシマシしてもその戦闘省いてもいいよねって思った次第です。

さておき、いつの間にか35000UAにお気に入りも300突破していました。更に投稿を続けて1年が経っていました。時が経つのは早いですね。
皆さまいつも閲覧して頂き、本当にありがとうございます。こんなクソ重いゆゆゆ二次創作を楽しんで頂けていれば幸いです。
これからも『結城勇祐が勇者である』をどうぞよろしくお願い致します。


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第5話 彼と彼女らの平穏



最後の平穏とも言う。


 

「「「さーいしょーはグー! じゃーんけーん……ポン!」」」

 

「ねぇ……それってなんのジャンケン?」

 

「さぁ…?」

 

「ジャンケンはジャンケンなんよ〜」

 

「決まってるだろ? ユウキに着せる服を選ぶ順番だよ」

 

「あっ! 逃げたよ!」

 

「おいコラ待てユウキ!」

 

「うおおおおお!? 誰が女の子の服を着るかあああああ!」

 

 

 僕は激怒した。

 かの邪智暴虐——僕に女の子の服を着せようとしてくる! ——な園子さんと銀を除かねばならぬと決意した。

 僕はファッションが判らない。けれども母に姉が着るような女の子らしい洋服で着せ替え人形にされてヘトヘトになった事があるから、そういう事には人一倍敏感であった。

 

 あの、ごめんなさい。特に激怒とかしてないです。だから助けて。特にそこで困惑気味な顔しつつもカメラ構えてる鷲尾さんとか! 助けて! 

 

 

「郡さんが困ってる…いやでも郡さんなら歌舞伎の女方もやれるような素質が……。見たい、でも……ッ!」

 

「暗黒面に落ちないで! ほんとに! 助けて鷲尾さん! 君が最後の良心だから!」

 

「須美! 手伝ってくれたら最初は須美の選んだ服からでいいぞ!」

 

「手伝うわ、銀!」

 

「畜生! 即落ちしてんじゃん! 味方が居なくなった!」

 

「あはははー。待て待てー」

 

「ああああああ!」

 

 

 最初から捕まるのは分かってた。分かっていても、やっぱり一筋の淡い期待を逃げ切れるという勝利条件に賭けてみたいのだ。

 だから、今も僕が先延ばしにしている問題も。今3人の魔の手から逃げているように。

 きっと逃げ切れる筈だ、きっとうまく行く筈だ、きっと丸く収まる筈だ、と。

 今はそう信じるしかないのだ。

 

 

「捕まえたぞ!」

 

「離してええええ! 後生だからああああ!」

 

 

 とまぁ、こういう状況になっちゃったのは、今から数時間前の事だ。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「ユッキーってさ。女の子のお洋服が似合いそうだよね」

 

「ごめん、ちょっと意味わかんないかなって」

 

 

 僕が園子さん——そのっち呼びは流石に恥ずかしい——を助けて早1週間が経過した頃、唐突にこんな事を言われれば逃げ出したくもなるだろう。ちなみに速攻で銀に肩を掴まれて逃げられなくなったので僕の運命は決められてしまった。

 

 なお、助けた事を黙ってくれるのかと思ったら、次の日にはバラされた。すでに逃げ出したいのに三ノ輪さんに肩を叩かれながら生暖かい目で見られて「私はそういうのもカッコいいと思うぞ。ユウキは男の子だからな」って同情されたからもういっそ殺して欲しい。

 それになんだよ、スーパーイナヅマキックって。ごっこ遊びじゃないんだぞ。折角姉離れを決行したというのにこれじゃあまだまだ子供じゃないか…! 実際は滅茶苦茶内心で焦りながらなんとか力を制御しつつ、無傷で勝つ事が出来たっていう薄氷の勝利だったのに。

 

 

「そうだなぁ。確かにユウキは中性的な顔つきだし…」

 

「それなら三ノ輪さんもでしょ…」

 

「あー! また『三ノ輪さん』って言ったなー? 銀で良いって言ってんだろー?」

 

「いひゃいいひゃいほひょをひっはらないれ!」

 

 

 頬っぺをぐいーっと、みの…銀に引っ張られた。あんまり痛くないけど、痛いのは痛いんだよね。あー園子さんいけませんじりじりと僕に近寄って来てはあー園子さん目をしいたけみたいに光らせてはあーいけませんいけません、あーっあーっ。

 

 

「おぉ〜。伸びるね〜。お餅みたいだぁ〜」

 

 

 びよーんびよよーん、という効果音が似合うぐらいに伸びる僕の頬っぺた。姉さんにも同じように伸ばされてたよなぁ…。

 

 

「ちょっと2人とも。郡さんが困ってるじゃない!」

 

「あーん、お餅〜!」

 

「僕の頬っぺたはお餅じゃないってば…ありがとう鷲尾さん」

 

 

 鷲尾さんが僕の頬っぺたから園子さんと銀を引き離してくれた。もう疲れたんだけどさ、本題はまだ終わってないんだよね。

 

 

「でも郡くん。嫌なら嫌って言わなきゃ駄目よ? この2人は距離感もおかしければ悪戯好きでもあるんだから」

 

「嫌ではないんだけどねぇ…」

 

 うーん、なんていうか。罪悪感? があるんだよね、この3人には。なんで罪悪感を感じてるのかはさっぱりだけど、3人を否定するのが怖いんだ。それに弄られる立場だとしてもこの3人なら嫌じゃないからね。だからといって女装しても良い訳じゃないけど。

 

 

「ミノさーん…わっしーが辛辣だよぉ〜」

 

「須美は私達の崇高なる理念を理解出来ないのさ」

 

「そんな御大層な理念があったの…?」

 

「ないけど?」

 

 

 ないんかい。

 思わずツッコミそうになった。

 

 

「まーまー。似合いそうだしいいじゃんいいじゃん!」

 

「ちょっと銀。悪ノリは……えっなに?」

 

「園子さーん? 何かを思いついたように鷲尾さんに耳打ちしてるのはなんでかなー?」

 

 

 また目をしいたけみたいにキラーンと光らせた園子さんが鷲尾さんにこそこそと耳打ちし始める。嫌な予感しかしねぇ。

 

 

「ははぁ……。成る程。そのっち、お主も悪よのぉ……」

 

「いえいえ、お代官様ほどでは……」

 

「どこの時代劇かな? なんだか嫌な予感しかしないけど……?」

 

「そんな事全然ないんよ〜。あとユッキーはそのっち、って呼んでね?」

 

 

 わぁお、笑顔が怖いよ園子さん。意地でもそのっち呼びされたいんだね。別に『園子さん』でもいいと思うんだけれど、園子さんはそうでもないらしい。まぁ実際は『そのっち』呼びが恥ずかしいだけなんだけど。

 銀はいいのかって? うーん、銀はいいんだよね。なんでか分かんないけど。男の子っぽいからかな。たぶん本人に言ったら殺されそうだけど。

 

 

「ごめんなさい郡くん。貴方には犠牲になってもらうわ」

 

「ひどい! 鷲尾さんだけは味方だと思ってたのに!」

 

「くぅ…罪悪感が……! でもっ! 私にも引けない理由があるのよッ……!」

 

「なに!? 一体何を言われたの!?」

 

 

 怖すぎる…。一体何を吹き込まれたんだ鷲尾さん!? 

 

 

「安心して欲しいんよ〜。ね、わっしー?」

 

「ね〜?」

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、こういう理由があった僕は拉致されるように乃木さんの家——大豪邸! どうやら乃木さんは大赦のお偉い様の娘さんらしい——にやってきたのだ。

 

 で、その結果がこれなんですよ。

 

 

「おぉ〜。これは中々の美人さんなんよ〜」

 

「これは…なるほどぉ……」

 

「…」

 

 

 3人とも関心しながら僕をまじまじと舐めるように見てる。鷲尾さんに至っては真顔で高そうなカメラを連写してるし……ほんと、やめて…お願いだから……! 

 

 

「赤色のショートヘアのストレート。それが似合うように主張し過ぎない簪。顔は素材がいいからほんのりと薄化粧。これだけで既に可愛いのにこの桜色の生地に白色をグラデーションしたような着物が良く似合っている……! 最高よ、郡さん!」

 

「はは、すっごい…早口だね、鷲尾さん……」

 

 

 ちょっとドン引きしちゃうなその表情とカメラ連写はさ……変態さん、なのかな? 

 僕の周りを残像が付くほどに回りながら様々な角度で写真を撮っていく鷲尾さんは、なんだか今までの真面目委員長的なイメージが瓦解していくような感じがする。それもすごい速度で。

 

 

「いやぁ、惚れ惚れするんよ〜」

 

「素材が良過ぎるんだよなぁ。と、くればだ。次行ってみよう! 次は私の番だからな!」

 

 

 すっごい笑顔の園子さん…いや、さん付けいらないなこれ。あとぜってーそのっち呼びはやってやんねー! これは僕のささやかなる反抗だ! 

 

 

 

 そう思っていた時期が、僕にもありました。

 

 

「覚えてなよ3人とも……ッ!」

 

「いやいやいや、そりゃあ覚えてるって。いやほんとにこうすれば普通に美少女だな…」

 

 

 2回目のお着替え。今度は白いワンピースと麦わら帽子。というかこの服とか一体誰のなの? 

 誰の趣味なの!? えっ、似合う? かわいい? ちょっと待ってよ! 

 

 

「僕は男だよ!」

 

「いやいや、男には見えないってその格好だと」

 

「……!」

 

 

 鷲尾さんとかもう無言でカメラ連射してるし。僕の周りを残像を残す勢いで飛び回って写真撮るのやめてくれない!? 

 

 

「辱めを受けてる気分だよ…」

 

「泣きそうな顔もいいわね!」

 

「ほんと台無しだよ鷲尾さん!」

 

「この一瞬が抑えられるなら私は如何なる犠牲も払う所存よ!」

 

「あの真面目ぶってたあの姿はなんだったのさぁ!」

 

「それでお外に出るのはどうかな?」

 

「流石に怒るよ園子」

 

「ゆ、ユッキーが怒った……!」

 

 

 そりゃあ怒るよ。僕だって人間なんだよ? 僕は着せ替え人形の立場に甘んじても、そんな変態的な趣味に落ちぶれる気はさらさら無いんだから。

 

 

「み、ミノさん! ユッキーに呼び捨てで呼ばれた!」

 

「流石に外はやり過ぎだって園子」

 

「ミノさんまで!?」

 

「調子ぶっこきすぎた結果よそのっち」

 

「わっしーも!?」

 

 

 皆から責められてぷるぷるしてる園子。うーん今にも泣きそうだけれど残念ながら助ける気はない。

 

 

「いいもん! 次はミノさんのお着替えタイムだから!」

 

 

 わお、矛先が銀に向かった。

 

 

「ちょ、ちょっと待てって。私はいいからさ! 勇祐がいるだろ! いい玩具が!」

 

「銀、その発言で今助けない事が確定したよ」

 

「薄情者ぉ!」

 

「へっへっへぇ……よいではないかよいではないかぁ!」

 

 

 すっかり元気を取り戻した園子が銀に襲い掛かり、どこからともなく現れたお手伝いさん——僕の時にも現れて僕を連れて行った——と共に銀を奥の座敷へと連れて行った。銀の「やめろぉぉぉ!」という悲鳴とズルズルと引きづられていく様は、先程までの僕を幻視させる。南無、銀。僕の代わりに犠牲になってくれ。

 

 

「…さて、僕も着替えてくるか」

 

「え、もう!?」

 

「なにその心底不思議で理解できないと言わんばかりの顔と声。僕の方が理解出来ないよ鷲尾さん。もう銀のターンなんだから僕はよくない?」

 

「も、もう少し……」

 

「そんな事言うと鷲尾さんもあっちになるよ」

 

 

『あっち』と呼んで、ぐいっと僕が指差す方角はまさに今銀が「うわっやめろって! 下まで脱がすな!」と悲鳴を上げているふすまの向こうだ。あんな風にしてもいいんだぞ、という脅しを掛けると流石に嫌なのかちょっと引き攣った顔で冷や汗を流し始めた。

 

 

「まぁ鷲尾さんに矛先が向かないようにするからさ」

 

「そ、そういう事なら……」

 

「あ、撮った写真を変な事に使うなら1日ファッションショーだからね?」

 

「し、しないわよ!?」

 

 

 どうだか。鼻血垂らしながら撮ってたんだよ? 信用出来るのこの言葉。僕には無理だね。

 とまぁ仕返しに揶揄ってはみたけど、鷲尾さんが見せた変態さんっぷりはあんまり信用出来ない。ただ思い出として残すんならいいんだけど、コンテストとか、変なオーディションとかに悪ノリで送られてはたまったもんじゃないからね。口に出したらマジで送られそうだなぁ。

 

 

「じゃあ僕着替えてくるからね」

 

「ごゆっくり…」

 

 

 ようやく諦めたのか、半分苦笑いで僕を送り出した鷲尾さんにヒラヒラと手を振って、僕は別室へと着替えに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

(確かに傷はあった。でもまだ断定は出来ないし、したくもないかな……)

 

 

 随分としおらしくなりながら、遂には抵抗を諦めた銀の着替えを見つつ園子は思考する。

 今回、こんなはちゃめちゃなファッションショーをやると言い出したのは伊達酔狂ではなく、勇祐の身体におかしな部分はないか確かめる為であった。園子はこの1週間で勇祐という人となりをよく観察して、更に惚れていったのであるが……本来の目的は勇祐が敵かそれとも何か別の存在か否かの確認である。決して、本当に決して勇祐の体を見たかったとか、恥ずかしがる姿を見たかったとかそんな事でやった訳ではない。ましてや勇祐の園子に対する心象がすごい勢いで下落しているなど想像もしていない。

 閑話休題。

 結果としては『少なからず傷はあるけど殺し合いをしているにしては少なすぎる』という敵ではなさそうだ、という結論に至ったのだった。

 

 

(今は考えてても仕方ないよねぇ。それよりも……)

 

「ユッキー、怒っちゃったかなぁ……?」

 

「だーいじょうぶだって。本気で怒ってるならもうとっくに帰ってるよ」

 

 

 ボソリと呟いたぐでっとちゃぶ台に体を預ける園子の声に銀が反応した。聞こえないぐらいに小さな声で呟いた園子だったが、銀はこういう時こそ聞き逃さない。そういうところが好ましいのであるが、こういう時ばかりは恨むしかない。とは言っても呟いてしまった園子が悪いのだが。

 

 

「そうかなぁ…」

 

「そうだよ……って、随分と心配性だな園子は」

 

「だって初めての男の子の友達だもん。心配になるんよ〜」

 

「聞いてみればいいじゃん。『私の事嫌いになった?』って」

 

「聞ける訳ないよ〜。そんな勇気ないんよ〜……」

 

「いっつも『アイツら』相手に斬った張ったしてるのになんでそこは屁っ放り腰なんだ」

 

 

 未だに着替えさせられている銀が呆れたように言う銀に、「そうだけど〜」とちゃぶ台に園子は突っ伏した。いつものお役目の時の園子は、まさに勇者と言えるだけの勇気と強さを持っている。だが今の彼女は好きな男の子との距離感と接し方が分からない乙女そのものだ。年相応の話で言えば、お役目に就いているよりは小学生らしいと言えよう。

 もっとも、それだけ(小学生という身分)で済まないので彼女はこうして悩んでいるのだが。

 というのは彼女の家柄、そして彼女が今就いてはいる『お役目』があるからだ。これが平時であったなら事は簡単に済んでいただろう。だが今は世界の存亡を賭けた一大事の真っ最中。そんな時に大赦のツートップの一つである乃木家の長女、ましてや神樹に選ばれたお役目に就く者が、対外的に見れば良くはない家庭環境で半ば家出状態の少年への恋に現を抜かしていればどうなるか。聡い子である園子はよく解っている。現状ですらあまり良くはない関係なのだ。

 

 お役目を終えるまでは彼がせめてこうして遊んでいる時だけは家庭の事も忘れられるように、という事を願うしかない。自分の気持ちを全て押し殺した上で、だ。

 

 

「なんでそんなに悩んでんのか分かんないけどさ、全部楽しめばいいじゃんか」

 

「全部……?」

 

「そ、全部。お役目がなくたって、いつこの幸せが崩れるかなん分かんないだろ? だからこの日、この時、この一瞬を楽しむのさ。後に後悔しない為にな!」

 

 

 これでもかというイケメンな笑顔で答える銀。

 刹那主義とも言える銀の発言に、園子は同意しかねていた。全力で楽しんで、息切れしてしまっては元も子もないからだ。園子は穏やかでも長い楽しみの方が好きなタイプであるが故にその考えには乗れなかった。

 

 

「んー。そこまで刹那主義的な考えは…あ、着替え終わったみたいだね〜ミノさーん?」

 

「げっ!? いつの間に!?」

 

「んじゃあいっくよー! ごかいちょーう!」

 

 

 その場の空気を変える意味も込めて、何時の間にかお手伝いさんに着替えさせられていた銀のお披露目が唐突に始まった。勢い良く開け放たれた襖の先には既に自分の服に着替え終えた勇祐と、カメラを構えた須美が居た。

 

 

「あぁ〜! いい! 良いわよ銀! 最高よ銀!!」

 

「だぁー! もう! 勇祐の時以上に興奮してんな!?」

 

 

 今の銀の服装はフリフリのフリルが満遍なく、かつ自然なように配置されたメイド服だ。これを初手で選んできた園子はやはり天才的と言えるだろう。スカートの端を押さえて顔を真っ赤に染める銀の姿に、須美のボルテージは上がっていく。

 そんな中、ユウキはぽけーっと恥ずかしがる銀を見惚れるように眺めていた。

 言葉を発する余裕もないように、その瞬間を全て網膜に焼き付けるように。

 

 

「おーい、ユッキー?」

 

「えっ、はっ。そ、園子!?」

 

「ねぇねぇ、そんなに見惚れるぐらいミノさんが可愛かったの〜?」

 

 

 そんな様子が気に食わなかったのが園子だ。「そのっちと呼んで」と訂正する余裕もない。まさか、自分が楽しむ為にやった事が墓穴を掘るとは信じたくなかった。だからこそ、少しでもいいから『ユウキが銀に惚れている』という可能性を無くすために、真実を確かめる為に園子は笑顔でユウキに問い質した。

 

 そしてその反応は、園子にとっては胸に傷を残す事になる。

 

 

「いや、その……そりゃあ、可愛、い…でしょ……うん」

 

 

 最後は消え入るように、恥ずかしがりながら答えたユウキの言葉に、自分が恐らくきっとこれからもユウキを自分の方向に振り向かせる事が出来ないのだと、悟ることになった。

 略奪愛、という言葉が園子の脳裏を水星のように過ぎる。だがそれは悲しみしか産まない結果しか見えない。だからといって振り向いてもらえるように努力をしようが彼の目は銀の方にしか向かない。そんな絶対的とも言える確信が、園子の中に生まれてしまった。

 

 

「そ、っかぁ。そうだよね〜。ミノさんは素材が良いからねぇ〜」

 

 

 そして園子は、そんな片想いを漸く自分で認めてそれが儚く散ったことを自覚した。

 そしてこれからは、この片想いをしていた少年の恋を応援しようと賢い乃木園子は決意したのだった。

 その胸の内が痛む、傷を両手で覆い隠して……。

 

 

 

 

 

 





ユウキちゃんくん
顔が良いので女の子にさせられる男の子。中2の勇祐に比べて顔はまだ中性的で友奈に近い。つまり顔が良くて可愛い。ガンダム0083のGP-01に乗る前のウラキ少尉とデンドロビウムに乗った後のウラキ中尉ぐらい違うので、こんなに可愛くてもいずれは樹ちゃんに怖がられるぐらい顔が怖くなる。なんでだろうね(すっとぼけ)
本人の描写はなかったけど少しだけ銀に対する恋心を自覚してしまった。

色々な服着せられて女の子3人と一緒に遊べて楽しかったか?


園子さん
皆知っての通り、あんな狂気に塗れたことになる筆頭。というかただ1人。良い夢は見れたかい?まぁその夢も一瞬で目覚めたんだけど。この失恋が無ければあそこまで暴れる事もなかったかもしれない。どうしてこんなことになったのか作者にすら分からない。マジで勝手に動いて勝手にこうなった。プロットにこんなのないんだよなぁ



調子に乗ってたら自分も玩具にされた子。うーん残当!でも可愛いくてカッコよくて性格がイケメンで気配りも余裕なので許される始末。手に負えない!けどイケメンなので許される。つよい。でも理不尽に巻き込まれていく筆頭。かわいそう。


わっしーちゃん
君なんでこんな変態じみてるの?というレベルでおかしくなっているけど原作考えるとまだまだ甘いというのが恐ろしいところ。たぶん勇祐と友奈の盗撮写真を部屋中に貼り付ける未来でもあるんじゃないかな。たぶんきっとメイビー。



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第6話 真実

感謝祭、行きたかったなぁ(CD優先に外れた時の顔)

ところで全く話が変わりますがメイドインアビス、良いですね。映画観に行く前に一気見したらハマっちゃいましてね。映画も最高でしたよ。ナナチは可愛いですね……。
この小説に内容が反映されるかどうかは分かりませんが、悲鳴とかカートリッジとか祝福とかは凄く参考になったとだけ伝えておきます。




 園子を助けたあの日から1ヶ月が経った頃、俺は白仮面を被ることも、流星を使う事も忌避感がなくなっていたように思う。流星はほぼ完璧に使えるようになってきたし、万引きやスリも順調。家族の事も、忘れるぐらいに楽しんでいた。たぶん、意図的に思い出させないように天の神が弄ったんだと思う。忌避感にしてもそうだ。今だって反吐が出る。俺は死んでしまえばよかったんだ。くそっ。

 

 丁度この頃に、俺は些細なことで園子と口喧嘩をした。

 本当に些細な事だ。髪の毛を切った事に気付かなかった俺に対して、園子が文句を言ったんだ。俺も頭に来て、酷い言葉で言い返してしまった。それがいけなかったんだ。だから口喧嘩が始まってしまった。

 今思えば、アレも『クソ神』の思考誘導だったのかもしれない。クソッタレ。

 

 園子は賢くて、罵倒のボギャブラリーも多い。

 俺は何度も言い返したけど最後には言い返えせなくなった。流石に今はもう言われた事は覚えてねぇけど、半泣きだったと思う。

 そんな俺を情けなく思ったのかどうなのかはわからないが、園子はプンスカ怒って帰ってしまった。どうやら用事があるらしかった。

 

 しばらくして、俺は漸く自分が悪いと認めた。あそこであんな酷い事を言うだなんて、どうかしてたってな。冷静になりゃあこんなもんだ。

 その時の俺は凄く後悔してた。俺は喧嘩をふっかけるどころか、ボロボロにやられた上に謝る事もしなかったんだ。これでは代行者としてどころか、人としても恥ずかしいじゃないか。そう思ってた。

 んで、俺は園子に謝りに行く事にしたんだ。どんな罰を受けてもいいと思った。そのっち呼びを強制されようが、仕方がないと思ってた。

 

 でも結局、俺は2年経った今も謝る事が出来ずに居るなんてその時の俺は思いもしなかったんだ。

 またきっと、笑い合える日が来ると……そう信じてたんだ。

 

 

 ———結城勇祐のノートより抜粋

 

 

 

 

 

『私もね、ずっとユッキーに謝りたかったんだ。そんな些細な事なんて、出会ってそんなに日が経ってないし、なにより毎日会ってる訳でもなかったから気付かなくて当然なのに、私は酷い事言っちゃったの』

 

「この天の神の影響、園子にもあったのかもね…」

 

『そうかもしれないけど、それを理由に自分がやったことを正当化なんてわたしにはできないから…』

 

 

 友奈の病室にて、勇者部は園子達の話を聞いていた。物語はいよいよ佳境に入ろうとしている。全員がこれから起こるであろう悲惨な結末に、顔を曇らせていた。自分達が経験してきた事だからか、先代勇者組の3人の顔色は明るい。だが他の3人、特に犬吠埼姉妹の顔色は特に悪かった。

 

 

「……一旦休憩にしよう。あんまり根を詰めて話すような事じゃないしな」

 

 

 銀が全員の顔を見渡してそう言った。

 

 

「えぇ、そうですね、三ノ輪様…風、樹、大丈夫?」

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら、大丈夫じゃないわね……。だって、酷過ぎるもの……」

 

 

 まだこういったドロドロとした話に耐性のある夏凜が犬吠埼姉妹を心配して声を掛ける。風はまだ喋れたが、樹は頷くしか出来ていない。よっぽど疲れたのだろう。疲れてもしょうがない。この話はどういう流れになったとしても絶望しかないのだから。

 

 

「ちょっと2人を談話室までまで連れていって休憩してくるわ」

 

「お願いね、夏凜ちゃん」

 

 

 夏凜が犬吠埼姉妹を連れて病室から出て行った。園子は画面越しにそれを確認した後、誰にもバレないように顔を悲痛に歪めた。

 

 

(あの時に私は、この気持ちがなんなのか認めたくなかった。向こうが気付いてくれればって何度も考えた。でもユッキーの目はミノさんの方に向いていた。それが悔しくて、悔しくて……)

 

 

 あの口喧嘩の元々の原因、それは園子の嫉妬であった。勇祐に見てもらいたいと思いながら前髪を切って新しく整えたのに、勇祐は気付かなかった。その時、心の中にどろりとした【ナニか】が流れ込んできたような感覚は、今でも忘れられない。

 

 

(天の神のせいだって、どうして言えるんだろう。言えるわけが無い。私は嫉妬して、恨んで、目の前に見える何もかもが羨ましくて狂った自分が嫌で仕方がなくて、殺してもらうためにユッキーを殺そうとした。そんな卑しい女なのに、私はまだユッキーに恋をしている。止めようって思っても、止められない。早くユッキーの顔が見たいって、思ってしまう)

 

 

 園子が思い出すのは、勇祐が蘇ったあの時だ。タタリを吸い取るためにファーストキスを奪い、タタリで辛いはずなのにそんな顔は一切見せず、園子の心配ばかりしていた彼の顔が鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

 ファーストキスの後、アレが2度目の口喧嘩だった。しかしあの口喧嘩は怒りも憎しみも存在していなかった。それだけで園子は嬉しかった。

 

 

(もう1度、ユッキー達と笑い合う為に。今私が出来ることは、罪の告白と過去の開示、そして…この想いを押さえつける事……)

 

 

 ギュッと、溢れそうになる想いを押さえつけるように旨を抑える。

 恋や愛情。後ろめたさや自虐。憎悪とも悲しみとも言えず、白にも黒にもならない灰色の感情。それが表に出ないように、誰にも悟られないように。

 目を瞑って息を整える。次に話を再開する時に、声と一緒に出ないようにと。

 

 そんな園子の姿を、東郷はカメラ越しで悲しそうに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 謝りに行こうと決めた後、僕はそういえば園子の連絡先も知らなければ、行った先がどこなのかすら知らないというなんともお粗末な結果に即陥ってしまっていた。

 

 

「うーん。園子は用事があるって言ってたから、家には帰らないだろうし…むしろ僕あの家に入りたくないし……」

 

 

 なーんか嫌な感じするんだよねあの家。誰かに見られているというか……悪い視線じゃないんだけど、気味が悪いんだよね。

 後、よくよく考えたら大赦の、それもトップとも言える家に上がり込むのは僕の立場的にどう考えても駄目だろう。ファッションショーの時は拉致みたいなもんだったからしょうがないとして、いつ家族にバレるか分かったもんじゃない。

 

 

「しょーがない。これ使うか」

 

 

 白仮面を手の中に呼び出す。この動作も数十回に及ぶ代行者としての役目の中で手慣れたものだ。違和感無く使える様になったし、最近は使う時の嫌悪感も無くなってきた。便利だもんなぁこれ。でも日常で使う事はないんだよね、僕には流星——あの変な奴に貰った力の名前。カッコ良さそうだし名付けた——があるから。流星さえあればスリも万引きもし放題だしね。

 

 

「しかし罪の意識がなくなってきてるのは慣れてしまったからかな……嫌だなぁ、ほんと」

 

 

 悩むことも少なくなった。楽観的? というか。つい一ヶ月前はもっと悩んでたと思うんだけどね。慣れって怖いなぁ。

 

 ん? 慣れで済ませて良かったっけ……【まぁ、いいか】

 

 

「ここなら見渡してもバレなさそうだ」

 

 

 近くのビルの屋上に上がってから白仮面を被って辺りを見渡す。すると、大橋の方向に向かっていく、リムジンに乗った園子の姿が見えた。

 すっげぇ。流石大赦のお嬢様だ。あんなん乗れるんだな。

 

 

「っと、それよりもあっちは大橋の方向……」

 

 

 そういえば大橋の近くには大赦の施設があった。あの訓練施設に行くのかもしれない。でもなんでだ? やっぱり家がお偉いさんだから色々あるのかな。

 

 

「考えててもしょうがない。自転車でも借りて行くか」

 

 

 勿論、駅の貸し自転車なんて借りない。駅前に置いてる自転車を少しばかり拝借するだけだ。流星を使えばどうとでもなる。

 

 

「……随分と力を使いこなしたように見えるね、結城勇祐少年」

 

「ッ! お前は!」

 

 

 唐突に背後から声を掛けられて、慌てて振り返ってみれば、あの月の夜、僕に流星を渡した白いパーカーを着てフードで顔を隠した不審者が立っていた。僕の白仮面にも反応しなかった。こいつは本当に、一体何者なんだ…!? 

 

 

「まぁ待ってくれ少年。君と争いに来た訳じゃないんだ。ただ、最後の助言にね」

 

「助言だって……?」

 

「私が渡した力も扱いこなせるようになった君に、ね。戦い続けている君も好きだったが、ここ暫くは『おかしな花』にようになっていてね。観察対象が少なくなって……おっと、これは余計だったね。まぁとにかく、最後の助言だ。よく聞いてくれたまえ」

 

 

 パチン! と不審者が指を鳴らしたかと思えば、世界が停止した。

 音も聞こえず、風が頬を撫でる事もない。全てが止まった世界だ。

 

 

「なっ!?」

 

「聞かれたくない相手が居てね。これで私も奴に存在がバレるが、要はそれだけ重要なんだよ、結城勇祐少年」

 

 

 フードの奥で、見えない顔が嗤う。そして僕を迎え入れるかにようにゆっくりと両手を広げた不審者は、赤子をあやすかのような声で言った。

 

 

「決して逃げるな。決して迷うな。決して躊躇するな。結果に嘆くな。そして奴に打ち勝て、少年。勇者でもない、操られるだけの愚者たる少年よ。諦める事なく前に進み、貫け」

 

「……全部抽象的過ぎるんだよ。意味わからねぇよ」

 

「なに、その時になれば分かる。あぁそれと、次に奴に渡される武器はよく考えて使いたまえ。アレは殺傷能力が強過ぎるからね」

 

 

 くつくつと嗤う不審者はそのまま言葉を続けようとしたがその時、世界が地震のように唐突に揺れ始めた。

 

 

「おや、奴が気付いたな。ここまでのようだ結城勇祐少年。出来れば、と思っていたが流石に厳しいようだ。……忘れるなよ少年。天や地だけではなく、月も君を見ていると。さらばだ少年。また会える日を夢見ているよ」

 

 

 世界の揺れが大きくなり、不審者を中心に世界が崩れ始める。その崩落に、僕も巻き込まれた。恐怖はなかった。段々と強くなる眠気が、僕をあの戦いの世界に連れて行こうとしているのが分かったから。

 そして全てが崩れ去り、黒い闇の世界が訪れた後に僕は眠るようにあの世界にへと誘われるのであった。

 

 

「……向こうに戻ったら、園子を追いかけないとな」

 

 

 目が覚めて、僕は白仮面を付けながら起き上がった。

 こんな時に呼び止めた不審者も、恐らく呼び止められなくてもこの世界に連れて来たであろう神様に内心腹を立てながら、自分の体を見渡す。

 

 

「…言われた通りかよ」

 

 

 右手には見た事もない、杭打ち機のような武器が備わっていた。左肩には空気のように軽い大楯が取り付けられていた。

 杭打ち機は、恐らくパイルバンカーだと思う。いやそのままだけど、武器としての杭打ち機だ。神様がそう言ってる。

 ガシャン、と杭を突き出してみれば勢い良く射出された。凄い勢いだ。たぶん、あの影にまともに当てられれば一撃で仕留められるだろう。

 大楯は小さく格納する事も出来た。展開すれば僕1人は余裕で隠せる程に大きい。

 

 

「これさえあれば、奴らに勝てる……」

 

 

 ゴクリ、と唾を飲み込む。遂に終わらせられる。そう思うと気分が高揚した。この戦いも、全部!終わらせられる!と。

 

 

「終われば、姉さんのところにも戻れる!」

 

 

 いやっほう! そうと決まれば早速影達を倒しに……えっ? 今回は見せただけ? なんだよもう! ぬか喜びさせんなよな! 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 現実に戻ってきた。目が覚めると、そこはあの不審者と話していたビルの屋上だった。

 さて、次がいつになるのかは教えられなかったけど、決戦の日は近そうだ。ようやく暖かい家に帰れるんだと思えば、気分も軽くなる。さっさと園子に謝って、僕の本当に名前で3人と遊べるようにするんだ。そうすれば3人に対する変な罪悪感も無くなるはずだしね。

 

 

「よし、面倒だし白仮面を被ってひとっ飛びするか」

 

 

 前は神様に止められた気もするけど、なにも言われないし使ってもいいか。

 白仮面を被ると、パイルバンカーと大楯は出て来なかった。どうやら好きに呼び出したり出来るみたい。便利だなぁ。ま、今はあっても邪魔だしどうでもいっか。

 

 

「んじゃあ、行こう!」

 

 

 僕は勢い良くビルの屋上から飛び出した。高く高く飛び上がって、優に1km以上は飛んで、近くの建物に着地してまた飛び上がる。やっぱりこの移動は楽だ。

 

 

「んーでもどうやって謝ろうかな。まぁどうとでもなるか。ごめんねって言えばいいだけだし」

 

 

 そうこうと悩んで1人で解決している内に大赦の施設前にまで着いた。今回は監視カメラとかセンサーとかを掻い潜って中に潜入する。流石に素の僕でも見つかっちゃえば相当不味いしね。

 

 

「園子は……あれ?」

 

 

 さっきまで白仮面に映ってた園子の姿がなくなった。んー? なんでだろう。まぁさっきまで映ってたとこに行けばいいかなぁ。

 

 大赦の職員を天井に張り付いて避けたり、監視カメラに映らないように動いたり。本当に大変だよ、一言謝るだけなのにさ。

 

 

「ここだな……っと」

 

 

 訓練施設。以前忍び込んであの大赦の女性職員さんに見つかりかけた場所だ。耳を済ませてみれば、園子の掛け声が聞こえて来る。武芸の習い事でもやってるんだろうか。

 

 

「邪魔しちゃ悪いけど、ちょっと覗いてみよう」

 

 

 弓道場っぽい方の茂みに飛び込んで、そっと園子の声がする方を見る。

 どんな事をしてるんだろう。そんな好奇心だけで、見た先には———

 

 

「えっ……?」

 

 

 紫色の、影が居た。

 

 心臓が飛び跳ねる。

 

 なんでここに居るのか、とか。園子はどこ行ったんだ、とか。目の前の光景が信じられなくて、僕はただ呆然としていた。

 

 影は僕に気付いていないようで、あの槍を振るっている。まるで稽古をしているようだ。

 その側にはあの眼鏡を掛けた女性の大赦職員が見守るように座っていた。

 

 じゃあ、なんだ。僕は今まで大赦と戦っていたのか? この世界を神樹様と一緒に守っている、大赦と? あり得ない、あり得ない! そんな馬鹿な話があってたまるか! 本当にそうなら、僕は園子、と……。

 

 今、僕は…なんて恐ろしい発想に至ったんだ。いやまさか、そんなはずは。だって、もしそうだとしたら、僕は……僕はッ! 

 

 呼吸が荒い。心臓が破裂しそうなほどにバクバクと動いている。意識が朦朧とする。汗が止まらない。僕の思考が、仮定を全否定する。

 

 僕はゆっくりと、白仮面に手を掛けた。嫌だ、見たくない。見ればたぶん、僕は酷いことになる。僕の今までが全部否定される事になる。でも、確認しないと駄目だ。やらなきゃいけないんだ。だから、ゆっくりと、息を整えながら外すんだ。

 

 そうだ、そんな事ある訳がない。仮に大赦が敵だとしても、それは大赦が間違ってるに決まってる。

 

 そうだ。そうに決まってるんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安芸先生! 遅れてすいません!」

 

「すいません、先生。銀が人助けをしていて遅れてしまって……」

 

「もう、皆遅いんよ〜」

 

 

 見た。見てしまった。

 

 影が、紫の影が紫色の装束と、特長的なあの槍を持った園子に変わるその瞬間を。

 

 この道場に遅れてきた銀と鷲尾さんがやってきた事を。

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃあ、私らもやるか〜」

 

「えぇ、銀」

 

 

 銀と鷲尾さんが仲良くストレッチをして、スマホを触ったかと思えば銀は赤色、鷲尾さんは青色の装束に変身し、その手にそれぞれ二刀の斧と、白い弓を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、嘘…だ……」

 

 

 手が震える。

 

 視点が定まらない。

 

 だって、だってアレは…あの、武器は……。

 

 

「そん、な……」

 

 

 もう一度、白仮面を被る。信じたくない、嘘であって欲しい願いを叶えるために。だがそこには、紫と、赤と、青色のあの影達がそれぞれ3人が居た場所に立っていた。

 

 願いは儚く散って、僕はこの世界の真実と僕の罪を知ってしまった。

 

 

 そして全ての信実に気付いた僕は、叫びそうになる口を両手で押さえながら茂みから飛び出して、訳もわからず逃げ出したのだった。

 

 

 

 





ようやく、書きたかったところを書けました。

感想、UA、お気に入り、ありがとうございます。
これからもこの作品を楽しんでいってください。


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第7話 絶望

最近RTA風ノベルが流行ってるので私も書きたいなぁとか思ってゆゆゆRTAを題材に1万文字とか書いて結局没にしたりしてました。
友奈ちゃんの誕生日に何かやろうとか思ってたのに結局なにも出来ず仕舞い。来年こそは…!と思ってはいますがどうなることやら。

なお投稿が遅れた理由は転職だのなんだのでモチベが死んでらからです。


 

「俺が悪で、3人が正義。永遠に続いて欲しかった幸せがブチ壊れた俺に、抗う術はなかった。もう3人を殺す以外に、道はないと思っていたんだ。でも姉さんの言葉で、俺は更に地獄を歩む事になった。姉さんを生かして、3人も助ける。そんな夢を、現実にする為に。希望なんて、どこにもなかったのにな」

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「ゲホッ、ゲホッ、うっ…嘘だ、嘘だ…嘘だ……。なんで、なんであの3人が影なんだ……」

 

 

 地面に広がる吐瀉物の水溜り。口一杯に広がる苦さと酸っぱさが、それが僕の口から出たものだ、現実だ、と執拗に責め立てるように教えてくる。

 止まらない唾液が、まるで僕の正気のように零れ落ちていく。

 

 あの大赦の施設で見たものは、いずれも信じがたい現実で真実だった。神様が……いや、神様かすら分からないあの存在が見せた幻覚かもしれない。でも、分かることはある。アレは敵だ。僕の神様にとっての敵だ。

 何を思って影を一撃で殺せる武器を見せた後で3人の正体を見せたのかは分からないけど…どうせ碌でもない理由なんだろう。

 

 もし、もし、だ。認めたくないから、千に1つか万に1つの確率で、銀達が本当に影で、僕の敵だとしたら。

 あの施設でやっていた訓練のような運動。そして背後に居た指導する先生らしい眼鏡を掛けた女性。どう考えても大赦が、この世界の守護者である神樹様を奉る組織が敵だったという事になる。

 

 

 

 

 

 じゃあ大赦と銀達3人から見た敵である僕は、本当の意味で世界の敵なんじゃないのか?

 

 

 

 

「……うっ…うげぇぇ!おぇっ、げぇえええ!!」

 

 

 急に気持ち悪くなって、また嘔吐する。お昼ご飯に食べたうどんも、胃の中を空にする勢いで全てを吐き出した。

 

 いい加減に現実を見て、認めるしかないだろう。

 おかしいと思ってたんだ。あんな歪な味方に、壁の方から進行してた僕。敵の癖に人間臭い仕草をする影。姉さん達を人質に取るようにタタリを与えたのも…全部、全部騙してたんだ。なんで……どうして!

 

 何がヒーローだ。何を浮かれてたんだ。酷すぎる。醜すぎる。僕はなんて馬鹿な事をしていたんだ。

 僕は今まで人類の味方だと思っていた。家族だけでも守るために戦っていたのに、その根底から全てを覆された。

 もう嫌だ。こんな事になるなんて思いもしなかった。家に帰りたい。姉さんに会いたい。

 でも、僕はまだ代行者だ。辞める事なんて出来ない。今は神様からの視線を感じないからいいけど、もし仮にそんな事をあの神が僕を見ている時に言ってみろ。姉さん達は死ぬかもしれないんだぞ。

 

 でも……だからって、3人を、殺すのか?

 

 無理だ…出来る訳がない。憎くもない、僕の大切な友達を。世界を守る為に戦ってるはずの3人を殺すなんて、出来やしない。

 

 でも、でも!3人を殺さなきゃ姉さんと、父さんと母さんが死ぬんだ。

 

 

「……殺さなきゃ、いけないのか?」

 

 

 手が震える。膝も震える。恐ろしさに身震いが止まらない。3人を殺してしまうのが、とても怖い。あんな出会いさえなければこんなに苦しまなかったかもしれない。僕が舐めた事をしなければ、彼女達と遊ぼうとしなければこんな思いはしなかった。

 人を殺したという罪は一生背負うことになるだろうけど、それは仕方がない。僕は生きて、姉さんと一緒に生きたいんだ。

 

 だから……だから、あの3人を…銀を、鷲尾さんを……園子を、僕は…………。

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうくん!」

 

 

 僕を呼ぶ声。

 ずっと聞きたかった、僕が求めていた声が背後から聞こえて来る。

 

 その、声……は?でも、なんで……ここに姉さんが……?

 

 

「ゆうくん……!ゆうくん!ゆうくん!」

 

 

 振り返る。

 そこには汗だくで、涙も流していて、酷い顔をしている僕の双子の姉である、結城友奈が居た。

 赤い髪の毛。鼻腔を擽る汗の匂い。僕が、今1番欲しかった存在。あぁ、これは間違いはない。この人は、本物だ。夢でも、幻覚でもない。僕の、理由の人だ。

 

 姉さんは僕の顔を確認すると、僕を押し倒す程の勢いで僕の胸に飛び込んで来た。咄嗟に抱き止めたけど、勢いに負けて僕は公園の芝生の上に倒れ込んだ。

 

 

「ゆうくん!ゆう、くん……うわあああああん!」

 

 

 大声で泣き叫ぶ姉さんに戸惑い何も言うことができず、ただ僕の胸元で泣く姉さんを抱き締めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「えっ?勇祐と喧嘩したのか?」

 

「うん……」

 

 

 訓練の後、園子達は装束を脱いでアイスを食べながら休憩していた。

 須美と銀は、珍しく訓練に身が入っていなかった園子を心配して声を掛けてみたが、その理由は勇祐と些細なことで喧嘩したのが原因と知るのだった。

 

 

「髪の毛を切ったって……私達でも気付くのが遅れたのに、勇祐くんが分かる訳がないじゃない」

 

 

 少し呆れ気味で須美が言う。確かに須美と銀も、来て早々から訓練に入っていた事もあるが、こうして休憩に入る直前でようやく気付いた程しか髪の毛を切っていなかったのだ。

 

 

「そうなんだけど……そうなんだけどね?なんだかこう……胸の奥から怒っちゃって…今はなんであんなに怒ったのかわかんないんよ……」

 

「んー。なんか変な気持ちだったのか?あ!もしかしてせい……ぐへっ!」

 

「銀、デリカシーが無いわよ」

 

 

 何かを言いかけた銀の頭を、須美が何処から取り出したか分からない「精神注入ハリセン」と達筆な筆字で書かれた大きなハリセンで銀の頭を叩いた。

 盛大にバシーンという音と共にしばかれた銀は頭を摩りながら次は真面目に答えた。

 

 

「いてて…まぁ本当にその時の気分とかもあるからさ…偶々そうなっただけだろ?で、ユウキもカチンと来ちまって喧嘩になった。だろ?」

 

「そうかなぁ……」

 

「そうよそのっち。気にする必要はないわ。ちゃんと謝れば、郡さんも分かってくれるわ」

 

 

 2人が口にする慰めの言葉も今の園子にはどうにもしっくり来ない。それもその筈だ。あの時、胸の内に流れ込んで来たように湧き出した、あのドロリとしたコールタールのような感情がどうしても胸に突っ掛かってしまうのだ。

 アレは自分の感情だったのか?仮にアレが嫉妬だったとして、あそこまで喧嘩腰になるのか?

 そもそも園子はあそこまで怒った事など人生で一度もなかった。だから不思議で不思議で仕方がなかったのだ。いつもなら心の奥に仕舞っておけることが、今日に限っては出来なかった。

 

 

「ま、とにかく次会ったときにしっかり謝ればいいだろ?私達も着いてってやるからさ!んじゃ、訓練の続きやろうか。のっぺら坊野郎を次こそギタギタにしてやんねぇとな!」

 

「そうね。あの白面をどうにかしないと、私達のお役目も終わらなさそうだもの」

 

 

 よし!と気合を入れて立ち上がる銀と須美。そんな2人を見て、園子も頬をぺちりと叩いて気合を入れた。

 

 

「そうだよね。白面をやっつけないとユッキーとちゃんと遊べないもんね!」

 

 

 白面。突如バーテックスと共に現れた、人型の敵性存在を、その顔につけた真っ白な仮面から大赦はそう呼んでいた。バーテックスよりも強く、賢い。だが最近は園子達への攻撃を躊躇しているように見えていた。

 だから園子は、偶然知り合った『郡ユウキ』を疑った。もしかしたら、を重ね続けた。しかし結局のところ『怪しい少年以外の情報』は出なかった。

 そう、『家庭の複雑な事情を抱える少年の個人情報』という情報も得られなかったどころか、本来なら結び付いてもおかしくない筈の『タタリの媒介元と予想される少年が行方を晦ませた』という情報が一切噛み合う事がなかったのだ。

 園子が『郡ユウキ』イコール『結城勇祐』と知ることになるのは全てが終わった後の数ヶ月先の話になるのだが、何故気付けなかったのかはその時になってもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 姉さんをどうにか泣き止ませた後、僕らは公園のベンチに座っていた。木陰と海風が心地良い公園で、何を話すこともなくただ蒸し暑い空気を風邪の合間に感じながら泣き始めた蝉の声だけが耳に届いていた。

 

 

「……」

「……」

 

 

 互いに無言。何を話せばいいのかも分からない。僕は怒られると思っていたし、これ以上姉さんを悲しませたくないと思ってた。だから言葉が出なかった。何も聞けなかった。

 

 

「……ねぇ、ゆうくん。今はね、何も言わないよ。たぶんいっぱい色んなことがあったんだと思う。家から飛び出したのも、今まで連絡の一つもなかったのも、何か理由があったんだと思うの。ゆうくんを見つけるまでは、いっぱいいっぱい…怒ろうと思ってた。今まで何してたんだーって。でもね、ゆうくんの顔を見たらそんな気が吹っ飛んじゃった」

 

 

 ポツリポツリと、姉さんが言葉を紡ぐ。色々な思いを押し留めるように、努めて普通を装って。それがひしひしと僕に伝わってきて、とても痛々しかった。

 

 

「ねぇ、ゆうくん。お父さんもお母さんも元気だよ。みんな病気になってたらしいけど、病院に行ったらみんな治ったんだよ?私は、まだ病院に居て今日はちょっと抜け出して来たんだけどね、あははは…」

 

 

 違う。それは僕が側に居ないからだ。僕が媒介者なんだから、元凶が居なければ呪いが薄まるのも当然だ。

 

 

「急にね、ゆうくんがこっちに居るって気がしたの。でね、頑張って走ってきたらここに辿り着いて、そしたらゆうくんが居るんだもん。本当に驚いて、嬉しくなって、お姉ちゃん泣いちゃった」

 

 

 えへへ、と恥ずかしそうに笑う姉さんは僕のささくれたった心を癒していく気がした。あぁ、この手を取れたら、どれだけいいだろう。でもそれは、それだけは出来ない。僕はこれから、人を殺しに行くんだから。

 

 

「ねぇゆうくん。私に、話してほしいな。ゆうくんが一体何を背負ってるのか。

 

「姉さん……それは……」

 

 

 話せない。

 それだけは…話せない。

 

 

「大丈夫だよ!私はお姉ちゃんだから!悩んだら相談!成せば大抵なんとかなるよ!ほら、お父さんも言ってたから!」

 

 

 でも、姉さんの言う事は間違っていない。

 そう……絶対にだ。

 絶対に姉さんの意見や考えは正しいんだ。

 今までだってそうだ。僕がやる事は基本的に痛い目に会って、姉さんがやる事は全て良い方向に向いていた。

 でも、僕でもなんとかやろうと思って姉離れを始めた結果がこれだ。やはり僕が間違っていたんだと思うと心が揺らぐ。

 僕の決意が、萎んでいく。

 

 

 だから僕は意を決して聞いた。姉さんに、僕はどうすればいいのかを。

 

 

 

「……例えば…さ、僕が姉さんの為に誰かを犠牲にするなんて言ったら、怒る……よね?」

 

 

 精一杯濁して僕は姉さんに聞いた。

 

 

「怒らないよ。怒らないけど、たぶんゆうくんはいっぱい考えて、聞いてくれたんだと思う。でも私はね、誰かを犠牲にした上で生きたくなんてないかな。私は、誰かを助ける方が良いよ」

 

「つまり姉さんは、自分を犠牲にされた方が良いって……言ってるの?」

 

「うん。だって、私が我慢すればいいんだよね?だったら、私は我慢するよ?私は、ゆうくんのお姉ちゃんだから!平気、へっちゃらだよ!」

 

 

 ————断言。

 

 

 自分は絶対に間違っていない、と言わんばかりに僕は突き放された。

 我慢なんて出来るはずがない。死ぬ方がマシの痛みか、死ぬかのどちらかを選ばなければいけないんだ。でも姉さんはそれを知らない。知れる筈もない。知ればその時点で天罰が落ちてくるからこんな事を言えるんだ。

 

 姉さんに、理不尽な怒りの感情を抱いた。

 

 

 何かがプツリと切れた音がした。

 音を聞いた途端に、僕の身体が勝手に動き出した。その行動を止められない。目の前を認識出来ない。何をしているか、何もかもが分からない。目は正確に物事を写しているのに、脳がそれを異常だと認識してくれない。

 

 

「ぅ…ぐっ……」

 

 

 声が聞こえた。苦しそうな声。踠き苦しんでいるようだ。誰の声か分からない。けど僕のじゃない。

 今まで目の前に誰が居た?僕の名前を呼べる人なんて…誰だ?

 そもそも僕の名前はなんだっけ……。

 全部、全部が消えていく気がする。ドロドロに溶けていく気がする。

 

 

「ゆ……ゆうく、ん……」

 

 

 振り絞ったような声が僕の耳に届く。その声が何を意味しているのか、そして誰の声なのかに気付くのにそう時間は掛からなかった。

 ボヤけた意識と視界を正常な感覚に取り戻した時、僕は姉さんの首を絞めている事をようやく理解した。

 

 

「う、うわああああああ!?」

 

 

 咄嗟に飛び退いた。姉さんに馬乗りになりながら、僕は姉さんの首を絞めていたんだとやけに冷めた脳が理解した。

 

 

「ち、違うんだ……僕は……!」

 

「げほっ、げほっ。だい、じょうぶだよ……。怖がら、ないで……ゆう、くん……」

 

 

 苦しそうな顔、でも僕を怖がらせないためか笑顔を保とうとしながら、姉さんが僕に近づいてくる。両手を広げて、ゆっくりと。

 

 

「怖く……ないよ…」

 

 

 怖くない訳がない。弟に殺されそうになって苦しんだのに。自分の心を押し込んでいるのが見え見えだ。僕を必死に守ろうとしているんだろう。

 

 

「僕は……僕は……!」

 

「ね、ゆうくん。一緒に帰ろう……?2人でまた、一緒に暮らそう?」

 

 

 姉さんの提案に心が揺らぎそうになる。明らかにおかしくなってる僕なのに、繋ぎ止めるようとする姉さんの必死に、思わず手が伸び————

 

 その胸に、仄かに光る得たいの知れない痣がある事に気付いた。

 

 

「———ッ!?」

 

「ゆうくん……?」

 

「なんで…!どうして!何も話してないのに!なにも言ってないのに!!」

 

「ゆうくんどうしたの!?ゆうくん!」

 

「触るな!!」

 

 

 触れようとしてくる姉さんに怒鳴るように声を荒らげて僕は咄嗟に飛び退いた。その一瞬の出来事に姉さんは理解が及ばないようで困惑した。僕を抱き締めようとした両手を、自分の胸元を掻き抱くようにして困惑を絶望へと移し替えた。

 

 

「どう、して……」

 

 

 その言葉に、僕は説明が出来なかった。嘘を吐きたくはなかった。それは、死んでも御免だ。だけど姉さんを危険に晒すわけにはいかない。

 

 僕は、不器用だ。

 だから黙って家族の前から消えた。

 悪手だと気付きながら、僕は自分だけでなんとかしようとした。その結果が姉さんの、させたくなかった顔であり、胸に仄めく痣だ。

 本当に、僕は不器用だ。

 今の僕には姉さんをただ拒絶する以外の方法が思い浮かばなかった。

 

 

「もう、放っておいてくれ!」

 

「待って!待ってよゆうくん!!」

 

 

 拒絶して、また逃げ出す以外に。

 僕は選択を思い付かなかったのだ。

 そしてそれも、間違いだと、誤りだと。なんでこんなに間が悪いのかと。僕は僕自身を殺したい程に恨む事になった。

 

 

 

 

 

「おい、ユウキじゃないか。なにしてんだそんなとこで」

 

「ぎ……ん………?」

 

 

 その瞬間、世界が止まった。静かな風鈴の音と共に僕も銀も、自分の正体を、バラすことになったのだ。後戻りの出来ない、最悪な形で。

 

 

 

 

 



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第8話 敵対

 

 生まれる前の記憶。

 それを持っている子供なんかは、案外居たりするらしい。

 例えば、暗闇の中に居ただとか。母親らしい人の声が聞こえてきただとか。そんな感じの思い出を持ったまま生まれてきて、ある程度歳を取っても覚えていたりするらしい。

 だがその記憶なんてある程度体が出来てからの話だ。体が出来上がる前、つまりは魂だけの状態だった時の記憶を持っているなんて、僕ぐらいの話。

 何故こんなことを言われるのか、命令されるのかなんて考えたこともなかった。それが普通で、当然なのだと。偶々、偶然…ただそれだけの話だと漠然と思い込んでいた。

 よく考えれば分かる話だった。僕の産まれる前の記憶というものは本当にあった事で、僕はその時に一度死んでいる。なのに僕はこうして生きている。それは何故か。

 

【結城友奈を殺せ】

 

 この命令。姉を殺せという、僕が、仮面を手にするその時まで続いていた避けられない強制力があった命令。そんな強制力のある命令を今までやらされていたのは何故か。あの白い仮面を渡され、代行者として契約させられたのは何故か。そして僕は死んだ筈なのに生きているのは何故なのか。

 姉さんを死産という運命から助ける為に自分の意志で死を選んだ後、僕はあの神と契約したんだろう。記憶はないけれど、そうとしか考えられない。僕はそこで、自殺なんてしておきながら、生きたいと願ってしまったんだろう。その願いを聞き入れたあの神が、僕の願いと引き換えにあの命令を下した。何故姉さんを殺させようとしたのか、それはよく分からないけれど。

 そして僕は姉さんを殺せなかった。僕が殺そうとしてもその度に邪魔が入っていたから、僕が原因でないから天罰は落ちなかった。その内に悪魔とやらが現れた。そいつらは神にとって不都合な存在だから、ちょうど命令を成せずに居た僕に新たに契約を持ち掛けてそいつらを殺そうとした。僕が、最初の契約の時の記憶がないことを良い事に、だ。

 

 

 こう考えると、全てに辻褄が合う。そして出てきた答えは、あの神は僕らに対して害を成そうとしているということだった。

 

 全くもってふざけている。世界の為だとか、友人、家族、姉さんの為だとか。そんな事は全て嘘だった。よくよく考えてみれば、僕自身はなんであんな甘言に乗ってしまったのだろうか。沸々と湧いてくる謎は、やがて違和感となって表れた。

 そうだ、そうとしか考えられない。僕はあの神に、本当に操られて居たんじゃないのか?だってそうだろう。強制力のある命令に、体が言うことを聞かなくなるのが普通だったんだ。僕の体を操るどころか、僕が何をするのかとか考えてることも操っていてもおかしくはない。神と名乗るよく分からない存在だ、それぐらいの事はやってのけるはず。

 

 気味が悪い。気色悪い。

 さっき姉さんの首を絞めてしまったのだって、まるで自分が自分でなくなるような感覚だった。あれは完全に僕の意識を乗っ取ろうとしていたんじゃないのか?

 だとすると、僕の体は本当にまずいのかもしれない。今まではあんな感覚はなかった。もしかすると、あの神は僕の体を乗っ取るだけの算段を付けたのかもしれない。

 

 もし、もしだ。

 

 僕が、僕でなくなった時……僕という存在は一体どうなってしまって、僕の体は一体どうなるんだろう。

 もし姉さんのあの痣が、完全な形になってしまったら、姉さんはどうなるんだろう。

 そう考えると、悪寒が止まらなかった。

 

 

「たぶん……今この場で、僕は死を選択した方がいいのか?」

 

 

 したくない。してたまるものか。僕が死んで、それで全てが終わるのか?そんな訳がない。あの怪物達は銀達を殺そうと攻撃し続ける。姉さんの痣がなくなる訳でもない。僕が受けたあの天罰が、別の誰かに降りかかるかもしれない。なのに、逃げるように死ぬのか?

 だからといって死ななければ、僕は恐らくあの怪物達と同じようになってしまうのだろう。存在するだけで深く関わった人たちにタタリを刻む。この世界に悪い物しか残さないだろう。そして、銀達を傷つける。姉さんを殺してしまう。僕じゃないのに、僕の姿をした怪物が、皆を殺してしまうんだ。

 

 生きたい。

 でも、死ななきゃいけない。

 そんな矛盾が、僕の精神をゴリゴリと削っていく。

 

 

「おい、ユウキじゃないか。なにしてんだそんなとこで」

 

 

 今、一番聞きたかった声であり、聞きたくなかった声が僕の耳に届く。

 ようやく僕は目の前を見れた。夕日に照らされる世界と夏の始まりの生温い風の匂い。見たくもない現実に、否が応でも引き戻されていく。

 風が吹いていた。本来なら、気持ちの良い筈の風が、今だけは酷い状態の僕の感情を揺さぶってくる。

 

 

「ぎ……ん………?」

 

 

 なんて間が悪いんだろう。三ノ輪銀が、僕の真正面に居た。

 なんで、なんで今なんだ。せめて、顔さえ合わせなければ……!

 ……顔を合わせなければ、なんだって言うんだ?僕は今、酷いことを考えていなかったか?『顔を見なければ、素直に殺せるかもしれない』だとか、そんな事を考えなかったか?

 

 

「なんて酷い顔してんだよ!一体何が……」

 

「来るな!」

 

「ッ……!」

 

 

 僕の酷い顔色を見た銀が咄嗟にこちらに駆け寄ってくるのを怒鳴り声で押し留めた。

 今は、何を考えていたのかなんて認めない暇はない。僕に近寄れば、銀は僕からタタリを貰うかもしれない。もっとも、既にタタリを受けていてそれが表に出ていないだけかもしれないが。

 それにもし、銀が僕に触れたり、同情したりなんてすれば、僕は姉さんを助けられないかもしれないんだ。

 

 

「どうしたんだよユウキ……そんな、そんな顔して………」

 

「ごめん、銀。僕は…知らなかったんだ」

 

「な、なにが……?なんの話だよ?」

 

 

 こちらの言うことがわかっていなくて、狼狽する銀を尻目に、僕は銀を背後にするように振り返った。覚悟は、まだ決めていない。でも、もう時間がない。やるなら……全てを明かすなら、今だ。

 

 

「先に、謝っておく事があった。僕の名前は、『郡ユウキ』じゃないんだ。本当の名前は、『結城勇佑』なんだよ、銀」

 

「な……!」

 

「家庭の事情とかも、全部嘘なんだ。僕はただ家出してただけ。色々な理由があるのは、本当なんだけど」

 

 

 僕は決めなきゃいけない。銀達を殺すか、僕が殺されるか。僕はどうしても、それが選べそうにない。姉さんは誰も犠牲にしたくないと言った。でも誰かを犠牲にしないと、僕達は生きられそうにない。ならどうする。どうすればいい。答えは出ないまま、僕は今までの罪を打ち明けるかのように、銀に全てを話していく。

 

 

「僕は、ずっと銀達の敵だったんだ。僕自身も、全く知らなかった。銀達が敵だなんて思いもしなかった。あの時…出会わなければよかったって…何度思ったかわからない」

 

 

 だらりと下げた右手に仮面を呼び出す。音もなく現れた仮面に、銀が息を飲む声が聞こえた。

 僕は、決めた。決めたんだ。もう……後戻り出来ない。そのタイミングはとっくに過ぎた。分岐点は、銀と出会ってしまったあの瞬間だったんだ。

 だからここからは、愚直に進み続けるしかない。

 

 

「そ……れ、は!」

 

「そう、そうだよ銀。これを見たことがあるはず。もっとも、僕の姿が影の形になってなかったら、だけどさ」

 

「嘘……だろ。なぁ、ユウキ……」

 

 

 その時、ちりん、ちりん…と風鈴の鳴る音がこだまする。いつの日か聞いたことのある音色だった。

 

 

「苗字呼びは、余所余所しいよ銀。まぁ、でも、当然だよね。今まで僕は銀達を騙していたんだから」

 

 

 これは僕の意志だ。操られたものじゃない。

 仮面を被って、振り返る。世界は、いつの間にか静止していた。それに構わず、僕は仮面を被った。

 

 

「ほら、僕は敵なんだよ……三ノ輪銀」

 

「ゆ、う……!」

 

 

 変身。いつもの衣装に僕の姿が変わる。僕は銀に自分の姿を見せた。白い仮面を被る、この世界の敵。彼女たちの敵の姿を。

 

 

「なんで……なんでだよ!なんでお前が……そんな!」

 

「なんでだろうね。本当に、そう思うよ。なんで俺が、って。でももう後戻り出来ないとこまで来たんだよ、銀。俺は、もう止まれない」

 

 

 殺したくない。けど、殺さなきゃいけない。矛盾を重ねてぐるぐる巻きにしたような感覚が、僕の……いや、俺の感情を殺していく。

 でも、これでいい。今だけは感情なんてないほうがいい。ない方が、僕の決意を鈍らせないから。

 

 

「だから、ごめんね……銀。僕、君を殺さなきゃいけないんだ」

 

 

 武器を呼び出す。パイルバンカーに、大きな盾。恐らく銀達を一撃で殺せるだろう武器と、彼女たちの如何なる攻撃も防ぐだろう盾だ。その武器と盾を僕はただ強く握り締めた。

 止まった世界の中で、僕と銀は相対する。敵として。遂に道は分け隔たれた。あとはもう、進むしかない。殺すか、殺されるかの殺し合いをしなきゃいけない。

 世界が花びらに包まれていく。俺があの世界に行く時とは違って、随分とファンシーで綺麗だ。流石は神樹様だ。うちのクソ神と変わってほしいぐらいだ。

 

 

 そして世界が、あの木の根が張り巡らされている大橋へと変わった。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 三ノ輪銀は、ユウキと初めて出会った時は優しい子だなぁ、と単に考えていた。

 自分と同じく、困っている人を見過ごせない、そんな善の心を持つ少年だと。だが少年の家庭は難しいらしく、人に手を差し伸べる事が当然と思っている銀でも解決出来ないような闇を抱えていることを知った。

 銀はそれにヤキモキとしながら、自分は自分の出来る事でユウキを救おうと考えて行動した。彼は銀に気を使ってか、下手っぴな作り笑いをしていた。

 

 

 それから暫くして、この少年が不思議な少年だということがわかった。物を無くしたというおじさんを助けた時、ユウキは何処かに居なくなるとすぐに探し当ててみせた。迷子の犬を探した時もそうだ。2人で遊んでいた時、隠れて見ていた園子と須美をすぐに見つけ出した事もあった。

 勘が良いなどでは済ませられず、かといって預言者のように未来が見えているわけでもない。その内に起こった、園子が拉致されかけたという事件を経て、銀はユウキが身の丈に合わない程の力を持っている事を察した。

 園子が勇祐を意識していることも察していたし、銀はそれを陰ながら応援していた。彼の目が自身に向けられている事は理解出来ていなかったが。

 

 

「そりゃあ、強いさ。だってあの白仮面がユウキ……いや、勇祐だったんだもんな」

 

 

 世界が変わり、樹海となった大橋の上で悲しげに呟いた。

 今まで自分達が苦戦させられてきた敵。なら大人を数秒で気絶させられる程の力を持っていてもおかしくはない。今まで色々と不思議に思うことがあったのも、全て辻褄が合う。

 銀は今の状況をようやく飲み込んで、天を仰いだ。

 なぜ言ってくれなかったのか。なぜ黙っていたのか。相談さえ、一言「助けてくれ」と言ってくれれば、銀はおろか、園子も須美も絶対に勇佑を助けるだろう。

 だが言えなかった。世界の敵として在るなんて、誰にも告げられる筈がない。もし銀がそうだったならと考えたとき、銀は自分が言い出せるかなんて分からなかった。もしかしたら、今の勇佑と同じになっていただろうと思うと身震いがした。

 

 たった1人で戦っていた勇祐を、銀は不憫に思った。そんな彼の事情に気付くことが出来なかった自分を、銀は許せなくなった。

 

 

「この選択が間違っていてもいい」

 

 

 だから、銀はこれが正しいと思って行動する。

 それは善意の行動だ。

 銀は勇者システムを起動して、自身の赤い装束に着替えた。

 

 

「私は、勇祐を助ける。それが、私の…三ノ輪銀の使命だからだ!」

 

 

 だから、銀は決意した。

 それは勇者の願いだ。

 結城勇祐を救いたい。ただそれだけの――――激情とも言える想いだ。

 

 

「待ってろ勇祐。お前が何者だろうと……!」

 

 

 これは、少女が友達を助けようと必死になる、既に確定した変えられぬ過去の話だ。

 結果は同じだ。銀は勇佑を助けることはできない。銀は一度死に、勇佑は記憶を失う。

 

 

「私は、お前を助ける!!」

 

 

 その決意は、崩れ去るものだ。しかし今を生きている彼女はそれを理解する事は決して、ない。

 誰もが被害者で、誰も悪くない、そんな物語だとしても。

 それが当たり前だからだ。機械仕掛けの神様(デウスエクスマキナ)なんて、そんな都合の良い存在は居ない。

 居るのは理不尽を強いてくる天の神と、人類を守ろうと四苦八苦している地の神しかいない。

 少年と少女の決意なんて、ちっぽけだと言わんばかりに。世界はこんなにも、厳しく、残酷だ。

 だから……だからこそ……

 

 

 

 

 

 

 ――――勇者は、少年を救えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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