『拳』のヒーローアカデミア! (岡の夢部)
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拳の序 暴れる拳

B組の『個性』も分かってきたので、書きたくなりました。
苗字がほぼ同じですが、ご容赦を。


「誰かの為になりたいって言う思いが、間違いの筈がない」

 

 昔、助けてもらった人に言われた言葉。

 もう顔も覚えてないし、名前も分からない。『ヒーロー』だったのかも分からない。

 調べたけど誰もピンと来なかった。

 

 しかし、その言葉と頭に置かれた手の温かさと力強さは今でもはっきりと覚えている。

 

 それだけで十分だった。

 

 いや……それだけは忘れてはいけない。

 

 だから、前に進めるのだ。

 

 

 

 

 

 千葉県、植蘭中学。

 

 下校前のHR。

 3年生の教室では教師が教壇に立って、生徒達を見回していた。

 

「え~、さて。これからお前達に進路希望のプリントを配るぞ~。まぁ……全員ヒーロー科だよな!!」

『イエーーーーイ!!』

 

 真面目な顔からお道化た笑顔になって、教師は肩を竦める。

 それに大多数の生徒達はハイテンションで叫ぶ。

 

「まぁ、でもどの高校に行くかは大事だからな!改めて考えろよ!」

 

 プリントを配りながら、教師が生徒達に声を掛ける。

 しかし、配り終えるとギン!と1人の生徒を睨みつける。

 

「拳暴!!この後、職員室に来い!話がある!」

 

 その言葉に生徒達が1人の生徒に注目する。

 

 ミディアムウルフカットの黒髪に190cm近くのやや細身の男。

 

 それだけならば普通の青年だが、彼には異質ともいえる特徴があった。

 

 顔の上半分を覆う赤い武骨なヴェネチアンマスク。

 

 クラスメイトは誰も彼の仮面をしている理由も、仮面の下の素顔を知らない。

 担任も理由は知っているが、素顔までは知らないらしい。

 

 名前は拳暴(けんぼう) 戦慈(せんじ)

 学校一の問題児とされている。

 

「またケンカ?」

「なんで謹慎にも退学にもならねぇの?」

「なんか警察や教育委員会に知り合いがいて、卒業させてくれって言われてるらしいぜ?」

「嘘ぉ!?ズルゥ!」

 

 ヒソヒソと会話をする生徒達。

 戦慈は頻繁にケンカ騒動を起こし、よく警察に厄介になってる。しかし、何故か退学どころか謹慎にもならず、反省文程度で終わっている。

 学校内でケンカは起こさないし授業もサボったことはないが、無口でほとんど誰とも話さず、仮面で表情なども分からないので誰も近寄らなかった。

 

「あいつ、卒業したら即行ヴィランになりそうじゃない?一佳」

「やめなよ」

「でも、実際そうじゃん。そうなったらこの中学の評判下がるし、一佳も大変だよ?雄英受けるんでしょ?」

「ケンカかどうかも分かんないし、その程度で雄英が問題視するわけないだろ?」

 

 戦慈の反対側の席で友人と話す茶髪のサイドテールの女生徒。

 拳藤一佳。

 クラス委員長で成績優秀。現3年生で絶対に雄英に受かると言われている才女である。心が広く、姉御肌で男女関係なく人気がある。

 

 そんな一佳でも、戦慈とはあまり話せていない。

 噂は聞いているが、何一つ確証はない。一度戦慈に問い詰めたこともあるが、戦慈は何も語らなかった。それ以降も時折声を掛けるが、まともに返事が返ってきたことはない。

 なので未だに戦慈は謎の男なのだ。

 

 教師陣は戦慈を退学にしたいというのは知っている。

 しかし校長が全く頭を縦に振らず、謹慎すらも認めないらしい。

 そのため、先ほどの警察や教育委員会の噂が出てきたのだ。

 

(ケンカばっかりしてるにしては学校では何もしないし、他の不良連中とは誰ともつるんでないんだよな……)

 

 一佳は学校での戦慈の様子を見る限りでは、噂通りとは思えなかった。

 しかし、本人に聞いても答えてくれるとは思えない。教師に聞いても分かるわけもない。

 一佳は妙にモヤモヤして、顔を顰めるのだった。

 

 

 

 

 夜。

 一佳は友人と共に予備校に通った帰りで、1人夜道を歩いていた。

 

「何とかA判定だな。そろそろ実技試験についても考えていかないとな」

 

 模試の結果を思い出しながら、グッ!と右手を握り締める。

 

「キャアアアアア!?」

「!!」

 

 突如女性の叫び声がして、一佳は衝動的に駆け出す。

 声の発生元は路地裏だった。

 

 そこでは4人の男がOLと思われる女性の服を脱がそうとしていた。

 

「お前ら!何してるんだ!」

「あぁ?」

 

 一佳が怒鳴ると、男達が顔を向ける。

 

「なんだ?ガキかよ」

「いや、でも可愛くね?」

「そうだなぁ。おっとぉ!危ないなぁ!」

「ひぃ!?」

 

 女性の服を掴んでいた男が服から手を放して、ニヤニヤしながら両手に棘を生やして女性の顔に突きつける。

 

「っ!」

「動くなよ?声も出すなよ?逃げるのはいいけどな。この女は諦めな」

「両手を上げな!携帯触られても困るからな!」

「くそ……!」

 

 一佳は顔を顰めながら両手を上げる。

 もう1人の男が一佳に近づきながら両手の爪を伸ばして尖らせる。

 

「ひひひ♪」

「っ!(どうすれば……!流石に『個性』使っても、あの人の所に行く前にやられる……!)」

 

 女性の所までは5m以上は離れている。その間には男が2人。どう考えても2人を倒して女性の元に行く前に、あの棘が女性の顔に刺さる。

 ヒーローが運良く通る可能性は低い。先ほどの悲鳴が他の人にも聞こえていることを祈るしかなかった。

 

 その時、路地裏の奥から猛スピードで人影が現れて、女性に棘を突き付けていた男を突き飛ばした。

 

「ぐぇ!?」

「え!?だ、誰だ!?」

 

 突き飛ばされた男の近くにいた男が慌てながら構える。

 現れた人影は左肩を突き出す形で立っており、姿勢を戻しながら女性を庇う様に立つ。

 その者は顔の上半分に赤い仮面をつけている長身の男だった。

 

「お、お前……!」

 

 一佳は戦慈の姿に目を見開いて驚く。

 戦慈は右肩に掛けていた学生鞄を下ろしながら、女性に声を掛ける。

 

「……反対側は誰もいねぇ。走れ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 女性は涙を流し、胸元を隠しながら走り出す。

 男達は女性の後姿を苦々しく見送りながら、戦慈を睨む。

 

「て、てめぇ……!」

「赤い仮面の男……っ!こいつ!?噂になってるヴィジランテだ!」

「こ、こいつが!?」

「学生じゃねぇかよ!」

「ヴィジランテ?あいつが?」

 

 一佳が男達の言葉に驚いていると、戦慈は一番近くにいた男の顔に目を向けたと思った瞬間、その男の左頬に右ストレートを叩き込んだ。

 

「ぶべ!?」

 

 殴られた男は吹き飛んで壁に激突して崩れ落ちる。

 

「や、野郎!」

「女だ!女を盾にしろ!」

「っ!」

 

 男達は後退りしながら一佳を捕らえようと動き出す。

 一佳が構えると、戦慈が飛び出して一佳に一番近い爪長男に向かう。その間にいる男達は慌てて避けてしまったため、止められることなく戦慈は爪長男に辿り着く。

 戦慈は後ろから右手で爪長男の襟を掴み、引っ張り上げる。爪長男は持ち上げられたことでパニックになり、抵抗が出来なかった。戦慈は左手で爪長男の左腕を掴み、背負い投げの如く爪長男をうつ伏せに地面に叩きつける。

 

「がぁ!?」

「は、速えぇ!?」

「け、拳暴……」

「邪魔だ。とっとと失せろ」

「けど……!」

 

 残った男達は戦慈の動きに慄く。

 戦慈は一佳に顔を向けることなく立ち去るように声を掛ける。しかし一佳はそんなことは出来なかった。

 

「チクショウが!!」

 

 棘男は腕全体に棘を生やし、残った1人はポケットからバタフライナイフを取り出して構える。

 一佳はそれに目を見開くが、戦慈はビビることなく拳を構えて飛び出す。

 戦慈の行動に逆に慌てる男達。棘男が両腕を振り上げて戦慈に殴りかかる。戦慈の顔を挟み込むように棘の両腕が迫り、一佳が声を上げる。

 

「危ない!!」

「死ねぇ!」

「ふん」

 

 戦慈は両腕を掲げて、棘の腕を防ぐ。棘が刺さり、両腕から血が噴き出す。それでも戦慈は止まらず、棘男の頭に頭突きを叩きつける。

 

「ごぉえ!?だぁ!?」

 

 棘男は衝撃にぐらついた隙を突かれて、腹部に膝蹴りを叩き込まれて、くの字で後ろに吹き飛んでゴロゴロと転がる。

 

「ひぃ!?」

「……なんて奴……」

「動くな!警察だ!」

「「!?」」

 

 残った男は完全に戦意を失って尻餅をつく。

 一佳は戦慈の無茶苦茶な戦い方に顔を引きつかせる。

 そこに警察達が駆けつけて、警棒を構える。戦慈がやって来た路地裏の奥からも警官達が現れて、男達を囲む。

 戦慈は警察を見て、構えを解く。

 すぐさま警察が男達を捕縛していく。戦慈と一佳も警察に事情聴取ということで声を掛けられる。

 

「拳暴。腕は大丈夫なのか?」

「ああ。問題ねぇ」

「問題あるだろ。血が出てるんだよ?」

「もう止まってる」

「こらぁ!!戦慈ぃ!!」

「!?」

 

 現れたのはスーツを着た40歳くらいの男と制服を着た30歳くらいの婦警。

 

「お前はまた1人で暴れよって!警察かヒーローを待てと何度言えば憶える!」

「……それじゃ遅ぇんだっていつも言ってんだろうが。それに通報もしただろ」

「それこそ声でも出して人を呼べと……!」

「まぁまぁ、鞘伏(さやふし)警部。今回は女性やそこの子が危なかったって分かってるじゃないですか」

「ぐぬぬ……!」

 

 婦警に宥められて、鞘伏は歯軋りをして唸る。

 その様子に婦警は苦笑して、一佳に顔を向ける。

 

「あら?その制服は戦慈君と同じ中学?」

「あ、はい。拳暴とは同じクラスです」

「あら!そうなの!だから戦慈君、飛び込んだの?」

「ちげぇ」

「す、すいません。私が通報もせずに飛び込んで、女の人を人質に取られてしまって……」

「そこに戦慈が割り込んできたのか?」

「そうです」

 

 頭を下げる一佳に鞘伏達はニヤニヤしながら戦慈を見る。

 戦慈は不機嫌そうに舌打ちをして歩き出す。

 

「あ、拳暴……」

「事情聴取は終わっただろ?もう帰るぞ」

「……まぁ、今回はいいだろう。だが戦慈!次はちゃんと周囲に助けを求めるんだぞ!!いいな!!」

「ふん」

 

 戦慈は鞘伏の言葉に返事をせずに歩き出す。

 一佳はその背中を心配そうに見送って、鞘伏達に顔を向ける。

 

「お2人は拳暴とはどんな関係なんですか?」

「ん?俺らか?……まぁ、あいつの監督者みてぇなもんだな」

 

 一佳の言葉に鞘伏は右手で顎を擦りながら答える。

 その答えに一佳は首を傾げ、それに婦警が眉尻を下げて続ける。

 

「戦慈君は両親がいないし、施設でも孤立してるらしくてね。しかも、今回みたいなことをよくしてるから、尚更ね」

「え……?」

「あいつの正義感や行動力はいいもんだけどなぁ。だからって中学生のガキがヴィジランテ活動してんのを褒めるわけにはいかねぇだろ?まぁ、悪いことはしてねぇから善意の行動としてるがな」

「……あいつはケンカをしてるんじゃなくて、ヒーロー活動をしてたんですか?」

「あ?」

 

 婦警の言葉に目を見開く一佳。

 それに気づかずにガリガリと後頭部を掻きながらボヤく鞘伏の言葉に、一佳は疑問をぶつける。

 その質問に鞘伏達は訝しむように一佳を見る。

 

「ケンカぁ?まぁ、あれだってケンカっちゃあケンカだけどな」

「あの子はさっきみたいに誰かを助けようとしない限り、ケンカなんてしたことないわよ。私達が知る限りわね」

「だな」

「……そんな……」

 

 鞘伏達の言葉に衝撃を受ける一佳。

 その様子に鞘伏は首を傾げる。

 

「知らなかったのか?校長には伝えてるはずだが……」

「……はい。校長先生があいつの処分を許さないってのは聞いてますけど、それは警察や教育委員の人が止めてるからだって」

「そりゃ止めるだろうよ。殴ったとはいえ人助けしたんだから。本来なら表彰されてるのに、あいつが拒否するし、こうやって先走るから今はある意味問題児ではあるがよ」

「でも、あの子が暴れるときは大抵警察やヒーローが間に合わないときですけどね」

「まぁな。だからある意味問題児だって言ってんだろ?」

「……学校では全部ケンカってことになってます。教師に目の敵にされて、周りからはヴィラン予備軍みたいな噂されて……」

 

 一佳の言葉に鞘伏達は目を見開く。

 

「んなわけあるか!俺達やあいつを知ってる警官やヒーローは、早くあいつにヒーローになって欲しいっていつも話してるくらいだ」

「オールマイトの後を継ぐ男だって言われてるわよ。あの子のおかげでこの街でどれだけ被害者が減ったことか」

「全くだ。あいつが傷つく度に、その何倍の人間が無傷でいられたことか」

「……」

 

 心外とばかりな鞘伏達の言葉に両手を握り締める一佳。

 ここまで言われるほど凄い事をしているのに、学校では何一つそんな事実は伝わらない。それどころか悪者扱いだ。

 何故言い返さないのかと思ったが、すぐにその理由に思い至る。

 本来ならば戦慈の行動は『違法』なのである。中学生で鞘伏達がおり、人助けしかしていないから逮捕されないだけ。

 それを戦慈は理解しているのだ。だから自慢もしないし、学校での悪評も受け入れているのだ。そして、誰も巻き込まないために1人でいるのだ。

 

「……なんで拳暴はそこまで?」

「さぁな。まぁ……そこは過去が関わってんだろうけどな」

「そこは私達じゃ話せないわね」

「ですよね」

 

 一佳は2人に改めて礼を言い、帰路に就く。

 

 自分の視野があまりにも狭かったことを思い知った一佳。

 今のままでは雄英に行ってもダメだと、もっと視野を広げようと決意したのだった。

 

 

 

 

 戦慈は自身の部屋に帰ってきた。

 施設の職員はもはや戦慈に目を向けもしないが、もう慣れっこなので戦慈も気にしない。高校に入れば施設を出る気であるというのもある。

 

「……また穴が開いたか」

 

 穴だらけになった制服の袖を見て、ため息を吐く。

 そして部屋についているシャワーを浴びる。

 傷がないことを確認すると、部屋着に着替えて浴室を出る。

 

「……何してんだ?」

「……裁縫」

 

 部屋の床で正座しているのは小柄な女子。前髪を揃えた黒髪ショートパーマで140cmの女の子。

 

 巻空(せんくう) 里琴(りこ)

 

 クラスは違うが戦慈や一佳と同級生だ。

 今は破れた戦慈の制服を縫って、穴を塞いでいる。

 

「……怪我」

「してねぇ」

「……この穴」

「見えんだろ?治ってる」

「……ならいい」

 

 裁縫をしながら目だけで戦慈の腕を見て頷く。

 里琴はいつも頼まれもせずに戦慈の破れた制服を縫っている。部屋の鍵をどうやって開けているのかは未だに謎だが。

 2人は小学1年の頃からこの施設で一緒に育ってきた。

 

「……届いた」

「ん?」

 

 里琴が机に目を向け、戦慈もそれに続くと机の上に大きめの封筒が置いてあった。

 そこには『雄英高校入試資料(出願書同封)』と書かれていた。

 

「すまん。で?なんで2つあんだ?」

「……里琴の」

「受けんのか?」

「……うん」

 

 手元を見ながら頷く里琴。

 戦慈はそれ以上何も言わず、椅子に座って封を開けて中を見る。

 

「……授業は土曜日までギッシリ。行事もガッツリだな」

「……いいこと」

「そうか?」

「……もう無理」

「……まぁな」

 

 里琴は「ヴィジランテ活動はもう無理」と言いたいのだ。長年の付き合いで言いたいことが分かった戦慈が腕を組んで少し顔を顰める。

 もちろん里琴も戦慈の活動を知っている。何故それを続けるのかも、何故それを始めたのかも知っている。

 

「……なればいい」

「……そうだな」

 

 ヒーローになればいい。

 

 戦慈はそう言われたことが分かった。

 それに頷きながらも、戦慈は資料を読み続ける。

 

 その後会話はなかったが、互いにいることに違和感を持たない戦慈と里琴。

 

 こうして戦慈達も雄英を目指して動き出した。

 

 

 



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拳の壱 寄り添う者

 翌日。

 一佳はモヤモヤしたものを抱えたまま、登校する。

 教室に入るとすでに戦慈も登校しており、席に座っている。

 その周りではヒソヒソとクラスメイト達が何やら噂話していた。

 

「おはよ。どうしたんだ?」

「あ、おはよ。一佳。拳暴、またケンカしたらしいよ」

「……いつ?」

「昨日の夜だって。先生達が「またか」って話してたらしいよ」

「それ、ケンカじゃないよ」

「へ?」

 

 顔を顰めている一佳の言葉に友人や周囲の者が目を向ける。

 

「知ってるの?」

「私も現場にいた。っていうか、関係者だよ」

「マジで!?」

 

 目を見開いて驚く友人。

 一佳は真剣な顔をして頷く。

 

「ゴロツキに襲われてる女の人がいてな。私も思わず駆けつけたけど、人質に取られちゃって動けなくなったところを拳暴が助けてくれたんだ。拳暴はケンカなんかしてないよ」

「……嘘ぉ」

「ついでに警察にも話を聞いた。拳暴は自分本位のケンカをしたことはないってさ。昨日みたいに誰かを助けるためばかりだって。だから謹慎にも退学にもならないんだよ。人助けしてただけなんだから」

『……』

「警察の人が言ってたよ。拳暴のおかげでこの街の事件被害者が少なくなったってな。早くヒーローになって欲しいって」

 

 一佳の言葉にクラスメイト達は口をあんぐりと開けて、戦慈に目を向ける。

 戦慈は頬杖を突きながら、我関せずと窓から外を眺めている。少し不機嫌なオーラを発しているように見えるが。

 一佳は鞄を置いて戦慈に近づく。

 

「昨日はありがとな。助かったよ」

「別にてめぇを助けたわけじゃねぇ」

「あの女の人だよな。分かってる」

「ふん」

 

 戦慈は一佳と目を合わせようともしない。それに周囲は顔を顰めるが、一佳は苦笑するだけで気分を害した様子はなかった。

 昨日の事でぶっきらぼうな態度を取る理由は、想像だが理解したつもりだ。巻き込まないために突き放す言い方をしているのだと、一佳は思っている。

 

 それ以上は声を掛けず、席に戻る一佳。

 戦慈は変わらずに外を眺めている。やはり周囲は一佳の言葉とは言え、すぐに信じることは出来なかった。

 

 予鈴が鳴り、担任が教室に入ってきた。

 

「おっし!じゃあ、まずは昨日の進路希望のプリントを回収するぞー」

 

 その言葉に生徒達はプリントを後ろから回して、教師に渡す。

 その後、簡潔に連絡事項を伝えると、再び担任は戦慈を睨む。

 

「拳暴!昨日もまた暴れたらしいな!この後、職員室に来い!」

「待ってください」

 

 一佳が手を上げる。

 それに担任が目を見開いて驚く。

 

「け、拳藤?どうした?」

「昨日の事はケンカではなく人助けですし、私も当事者の筈です。なんで拳暴だけ注意されるように呼び出されるんですか?」

「そ、それは……」

「警察から聞きました。あいつは警察から表彰されるくらい人助けしてるって。断ってるらしいですけど。でも、それは校長先生に伝えてるって。なんで先生方はまるでケンカしたように周囲に言うんですか?」

「っ……!」

「確かに暴力で解決したかもしれないけど、それは警察やヒーローに通報して駆けつけるまで間に合わないからだって言ってました。事実、昨日も通報が届いて警察が駆けつけるまで、拳暴が来なかったら襲われてた人も、そして私もこうしてここにいられませんでした。それを何でケンカで片付けるんですか?」

 

 一佳の言葉に冷や汗を流しながら後ずさる担任。

 

「け、拳暴の行動は違法行為だからだ!」

「それは人助けをケンカと言いふらしていることとは関係ありません」

「ぐぅ!」

「拳暴は注意されることはしてません。もし呼ぶなら私も呼んでください。私が不用意にゴロツキに声を掛けて、あいつが戦わないといけないようにしたんですから」

 

 一佳のまっすぐな目で見つめられ、担任は顔を顰めて何も言わずに足早に教室を出ていく。

 

「ふぅ」

「だ、大丈夫なの?あんなこと言ったら内申点に響くかもよ?雄英受けれなくなるよ?」

「間違ったことは言ってないし、別に雄英でなくてもヒーロー科はあるからさ。問題ないよ」

「一佳……」

 

 一佳はすっきりした顔で笑う。

 友人やクラスメイト達は一佳を心配そうに見つめる。

 戦慈も一佳を見ながら、仮面の下で眉を顰めるのであった。

 

 

 その後、教師達は何も言わなくなり、一佳の話が一気に校舎内に広まった。

 しかし、それで戦慈への風当たりが変わるわけではなかった。

 1人を除いて。

 

 

 放課後。

 

「……戦慈」

「あ?」

 

 帰り支度をしていた戦慈に声を掛ける者が1人。

 里琴である。

 その姿に一佳を始めとするクラスメイト達も目を見開いて驚く。

 

「あの子って……」

「隣のクラスの巻空さんだ」

「確か一佳にも負けないくらいの才女でしょ?」

「え?なんで拳暴に声かけてんの?」

 

 里琴は周囲の声など聞こえていないかのように戦慈に近づいて行く。

 

「……帰る」

「……声かけんなって言ってんだろうが」

 

 戦慈の言葉に里琴は一佳に目を向けて、すぐに戦慈に視線を戻す。

 

「……もういい」

 

 里琴は今まで戦慈から学校では近づくなと言われていた。もちろん、それは教師達に目を付けられないようにするためだった。

 一佳の話が広まったから、もう我慢しなくていい。

 そう里琴は言っているのだ。

 

「……ちっ。そうかよ」

「……帰る」

 

 戦慈が舌打ちするが、里琴はグ!と戦慈の裾を引っ張る。

 それに戦慈はため息を吐き、鞄を肩にかけて大人しく歩き始める。それに里琴も続いて行く。

 その姿を一佳達はポカンと見送った。

 

「……え?巻空さんって拳暴と仲いいの?」

「いや……初めて知った」

「だよな。今まで話したところすら見たことないぞ」

「どういう関係だ?」

「もしかして付き合ってんの?」

「まさかぁ」

 

 新しい話題にざわめくクラスメイト達。

 そこに更なる火種が投じられる。

 

「そう言えばさぁ……拳暴も雄英受ける気だって聞いた?」

『え!?』

「あ、巻空さんも受けるみたいよ?先生達の阿鼻叫喚だったわ。『天才児だけじゃなくて問題児まで受けるのか!?』って」

 

 戦慈と里琴が雄英を受験することに驚く一同。

 一佳もまさかのライバル出現に目を見開く。

 

「巻空さんはともかく拳暴は無理じゃね?」

「お前、知らねぇの?拳暴って頭いいぞ?この前の中間試験、クラス2位だぞ」

『マジで!?』

「何で知らねぇんだよ。内申点はともかく、あいつ下手したら拳藤より合格圏内にいるぜ?実技試験の内容によるけどな。だから先生達が慌ててんだよ。問題児……かどうかはもう分かんねぇけど、拳暴だけが受かったら先生達の面目丸潰れだぜ?」

 

 口をあんぐりと開けて固まるクラスメイト達。

 一佳は昨日の戦慈の戦いを見て、戦闘では厳しいと思い顔を顰める。

 

「そういえば拳暴と巻空さんの『個性』って何?」

「知らね。拳暴は身体強化じゃねぇの?」

「一佳は昨日見なかったの?」

「いや……普通に格闘戦だった。それでもすごかったけど」

「じゃあ、身体強化系か」

「巻空さんは聞いたことも見たこともねぇなぁ」

 

 2人の『個性』について話題になる。しかし、誰も知らなかった。

 植蘭中学では『個性』授業はあるが、選択授業だった。拳暴も巻空もその授業は出席していなかった。だから誰も2人の『個性』を知らないのだ。

 

「一佳も頑張らないと!!」

「うん!」

 

 一佳は友人の応援にグ!と両手を握って気合を入れる。

 

 

 

 

 そうして数日が過ぎ、3年生達は戦慈の噂よりも自身の受験に集中し始めていた。

 教師達も一佳の反撃から戦慈への敵意を潜めている。これには里琴が戦慈と行動を共にするようになったのもある。3年で最も有名な才女2人が戦慈を庇う立場にいるので、教師陣も強く出られなくなったのだ。

 もちろん今まで卒業生で数名雄英に進学した者もいる。今年は一佳と里琴が確実に受かると思われており、保護者内でも注目されている。

 戦慈に関しては教師陣はどうにか受験させないように出来ないかと模索していたが、里琴が「……一緒。……絶対」と『戦慈と一緒じゃなければ絶対雄英を受けない』と断言し、頭を抱えることになった。

 更にようやく校長が腰を上げて「彼の受験を君達の都合で邪魔することは許さん」と教員会議で宣告した。

 

 里琴は完全に戦慈とべったりになり、登校・昼休み・放課後は戦慈の傍に一目散にやってくるようになった。

 噂好きの学生達が後を付けて、2人が同じ施設で暮らしていることが判明し、納得するも揶揄い辛い話題となった。

 

 戦慈のヴィジランテ活動は頻度は減るも続いており、先日に地元新聞が戦慈の事を取り上げた。

 『違法かもしれないが、傷ついた人を助けようと動く姿は否定出来るものではない』『彼の行動で救われた人は多く、犯罪が減っている』『彼は自身の行動を決して自慢せずに、警察の表彰を断り続けている』『それが一部の大人達によって、捻じ曲げられている』など細かく記されていた。

 インタビューの中では一佳が巻き込まれた事件で助けた女性などの言葉もあった。

 

「拳暴。お前の事、記事になってるぞ?」

「あぁ?……誰だ?鞘伏の野郎も関わってやがんな」

「それにうちの生徒もインタビュー答えてるよな」

「余計なことしやがって……」

「いいじゃん。これで変な誤解も解けるしさ」

「……いいこと」

「うっせぇ」

 

 一佳が昼休みに新聞を見せると、盛大に顔を顰める戦慈。

 それに一佳は笑い、里琴も頷く。里琴は相変わらず無表情だが。

 

 これがトドメになり、教師陣は完全に戦慈への敵意を収めざるを得なくなったのだった。

 

 

 その数日後。

 その日は珍しく一佳も戦慈達と一緒に下校していた。

 

「なんで付いてくんだよ?」

「方向が一緒なんだよ」

「並ぶ必要性はねぇだろうが」

「クラスメイトだろ。冷たいこと言うなよ!それに一緒に雄英受ける仲だしさ」

「ライバルだろ?36人しか受からねぇんだぞ?」

「分かってるよ。当日はそうだけど、それまでずっといがみ合うのも面倒だろ?」

「……負け」

「うるせぇ」

 

 里琴の言葉に舌打ちする戦慈。

 一佳は何だかんだ里琴の歩くペースに合わせている戦慈に、改めて「本当にいい奴だな」と納得する。

 その時、戦慈達の前を塞ぐ集団が現れる。

 

「……なんだ?お前達」

「……復讐だろ。俺が殴り飛ばして捕まった連中の」

「っ!?」

「分かってんじゃねぇか!ガキがいい気になりやがってよぉ!!」

 

 両腕が岩のようにゴツイタンクトップの2m半ほどの大男が戦慈を見てニヤニヤとする。

 

「ちっ。だから嫌だったんだよ」

「……拳暴……」

 

 戦慈は舌打ちしながら、鞄を地面に投げ捨てる。

 それに一佳はどうするべきか考える。逃げるにしても、この人数相手には厳しいし、周囲に被害が拡大するだけの可能性が高い。

 

「どっか行け。邪魔だ」

「でも……!」

「……下がる」

「巻空!?」

 

 一佳の腕を引いて下がる里琴に目を見開く一佳。

 

「……通報」

「え?あ!わ、分かった!」

「……したら逃げる」

 

 里琴の端的な言葉に一瞬ポカンとするが、ハッとして携帯で通報する一佳。

 それを見て、ゴロツキ達は一佳達に攻撃しようとするが、

 

「おい。よそ見してんなよ」

「っ!?」

 

 戦慈が前に出て、注意を引く。

 

「はん!女を庇う騎士…いや、ヒーロー様ってかぁ?この人数相手に勝てると思ってんのか?」

「てめぇらこそ頭大丈夫か?」

「……あ?」

「雑魚を集めた所で雑魚だろうが。数が多いくらいで俺に勝てるとでも思ってんのか?」

「いい度胸だ!!クソガキィ!!」

 

 岩腕男がキレて腕を振り被ると、戦慈も右腕を振り被る。

 それに一佳は戦慈の拳が砕ける光景しか浮かばなかった。

 

「「おらぁ!!!」」

 

ガアァン!!

 

 2人の拳がぶつかり、里琴以外の誰もが戦慈が潰されたと思った。

 

「ぎゃああああ!?」

『!?』

 

 しかし腕を抱えて悲鳴を上げたのは岩腕男だった。男は拳の岩が完全に砕けて血が噴き出している。指もグニャグニャに曲がっており、明らかに折れていた。

 対して戦慈は少し血が流れる程度だった。

 

「流石に()()()()硬ぇな」

「はぁ!?」

「あいつ!硬化系の『個性』持ちか!?」

「はぁ!!」

「ごはぁ!?」

 

 戦慈が右脚を振り抜き、岩腕男の腹に蹴りを突き刺す。男はくの字に吹き飛んで、後ろにいた仲間数人巻き込んでいく。

 

「「「「ぎゃあ!?」」」」

「て、てめぇ!」

「だから言ってんだろうが。雑魚が集まろうが雑魚だってよ」

「かかれぇ!!」

 

 ピエロみたいな顔をした男がナイフを抜いて、号令を出す。それに周囲にいたゴロツキ達が戦慈に向かって突撃する。

 

「け、拳暴!」

「……通報は?」

「した!警察とヒーロー両方!だから私達も!」

「……いらない」

「なんで!?」

「……負けない」

「……巻空」

 

 全く表情が変わらないがはっきりと言葉にする里琴に、一佳は構えを解いて戦慈を見つめる。

 戦慈は近づいてくるゴロツキ達を殴る蹴るで倒していく。

 

「くらえやぁ!!」

 

 両腕が大砲に変わった男が戦慈に向かって砲撃する。戦慈は避けようとするが、背後の民家に気づいて両腕をクロスして砲撃を受ける。

 2発の砲弾は戦慈に直撃すると爆発を起こす。

 

「拳暴!!」

 

 流石に声を上げて戦慈の名前を呼び、駆け出そうとする一佳。

 それを里琴が一佳の制服の引っ張って止める。

 

「せ、巻空!?何で止めるんだ!?」

「……邪魔」

「邪魔ってやられてんだぞ!?」

「……大丈夫」

 

 フルフル首を横に振る里琴に訝しむ一佳。

 しかし、里琴はいつもと変わらぬ無表情で、まっすぐと戦慈がいるところを見る。

 

「……あの程度。……頑丈」

「あの程度って……」

「ぎゃあ!?」

「!?」

 

 言葉足らずな里琴の言葉に困惑していると、叫び声が聞こえる。

 慌てて戦慈に目を戻すと、一佳の視界に飛び込んできたのは、大砲男の顔を右手で掴み、右腕1本で体を持ち上げる服がボロボロの戦慈の姿だった。

 制服は破けているが、目立つ負傷はしていなかった。

 

「ま、マジ……!?」

「は、放ぜぇ!?」

「いいぜ。振り回しながらだけどなぁ!!」

「ぎゃ!?」

「ぐえ!?」

「ぶ!?」

 

 一佳は目を見開いて固まる。

 大砲男は顔の痛みに腕を戻して暴れる。戦慈はそのまま大砲男を振り投げて、近くにいた男達に叩きつける。

 そこに更に火の玉や棘、粘液のようなものが戦慈に浴びせられる。

 

「は、ははは!どうだ?流石に堪えただろ!?」

「何がだよ?」

「「「ひぃ!?」」」

 

 直撃した煙の中から戦慈が飛び出し、高速で拳の乱打を放ち、遠距離持ち達に浴びせる。

 

「しゃららららららぁ!!!」

「「「!!?!?」」」

 

 男達は悲鳴を上げることも出来ず、拳の壁と住宅の壁に挟まれて撃沈する。

 

「はあああぁぁ……!」

「ば、化け物……!?」

「拳暴……!?棘が!」

 

 男達は顔を真っ青にして後ずさる。

 しかし、戦慈の脇腹と左太ももに棘が刺さっており、上半身の服は原形を留めていないほどボロボロになっている。

 戦慈は棘を掴んで大雑把に抜く。抜くと同時に血が噴き出すが、戦慈は気にも留めずに男達を睨みながら一歩ずつ近づいて行く。

 

「……本当にどんな『個性』なんだ?」

「……《強靭》」

「え?」

「……戦慈の体」

「強靭?それだけ?」

「……他にもある」

「あるのかよ!?」

 

 もはやコントになっている2人の会話。

 その間にも戦慈はゴロツキ達を殴り飛ばしている。

 

「お、女だ!女共を狙え!」

「ちぃ!」

 

 戦慈は顔を顰めるが、他のゴロツキ達が突撃してくる。

 腕を蛇に変えた男がその隙に一佳達に向かって走り迫る。

 

「くそ!」

「しゃははははは!!」

 

 ズム!と両手を巨大化させた一佳。

 前に出ようとした一佳の裾を再び里琴が右手で引っ張る。

 

「巻空!?」

「……邪魔」

 

 一佳と代わるように前に出る里琴。

 

「……やー」

 

 そして抜けた掛け声を出しながら、左腕を振るう。

 すると2人の目の前に竜巻が発生し、蛇腕男に迫る。

 

「え!?」

「しゃ!?しゃあああああ!?」 

 

 蛇腕男は竜巻に巻き込まれて、吹き上げられた。

 そして戦慈の元に飛んでいく。

 

「ふん!」

「へびぃ!?」

 

 戦慈は後ろ回し蹴りを蛇腕男の脇腹に浴びせて壁に叩きつける。

 

「す、すごい……!」

「……ブイ」

「《竜巻》の『個性』なのか」

 

 一佳の言葉にコクリと頷く里琴。そして左手に小さな竜巻を生み出す。

 

「それで拳暴の援護を!」

「……いらない」

「はぁ!?」

「……出来上がった」

「出来上がった?」

 

 里琴の言葉に首を傾げながら、戦慈に目を向ける一佳。

 そして戦慈を見て、目を見開いて驚く。

 

「おおおおおぉぉぉ……!」

 

 戦慈の体は一回り膨れ上がり、髪が逆立っている。

 更に湯気か何かが体から湧き上がっており、少しだけ体が歪んで見える。

 

「な、なんだ?……あれ」

「……温まった」

「温まった?」

「……体」

「いや、温まったってレベルじゃないぞ」

 

 戦慈は右拳を握り、ゆっくりと振り被る。

 

「耐えろよ?」

『ひぃ!?』

 

 戦慈がニイィと口端を吊り上げる。

 それにゴロツキ達が顔を真っ青にして後ずさる。

 そして戦慈が腰を捻って右腕を振り抜いて突き出す。

 

ドッバアアアァァン!!

 

『ぎゃああああ!?』

 

 空気が爆発したように音を立てながら衝撃波が放たれて、ゴロツキ達を吹き飛ばす。

 道路に合わせて吹き飛ばしたので、建物に被害はなかった。

 

「……なんて奴……」

「……まだ来ない」

「え?あ、警察か」

 

 唖然としていた一佳は、里琴の言葉にハッとして「そういえば……」と通報したことを思い出す。

 しかし、

 

「ぐ……げ……」

「うぅ……」

「いってぇ……」

 

 もはや立っているゴロツキはいなかった。

 こうなるともはや戦慈が悪役である。

 

「……もう全員倒しちゃったな」

「はぁ……だから騒がれたくなかったんだよ」

「……おつ」

「ここか!」

「警察だ!」

「と!ヒーローだ!」

 

 上半身裸になっている戦慈が顔を顰めながら里琴達の元に歩み寄ると、ようやく警察やヒーローが駆けつける。

 警察達は倒れて呻いているゴロツキ達を見て唖然とする。しかし、すぐさま捕縛に動き出し、ヒーロー達も警戒に努める。

 戦慈達には鞘伏が近づいてきた。

 

「ひでぇナリだな」

「遅く来といて一言目がそれかよ」

「すまん。奴ら、他にも待ち伏せしてやがってよ。お前らの竜巻や衝撃波で気づいたんだよ」

「使えねぇ。って、そうだ。てめぇ、新聞に俺の事話しやがったな?そのせいだぞ」

「……すまん。取材に答えたのは俺の部下だ。俺も新聞見て知ったんだよ。やべぇと思って、動いた矢先にこれだ」

 

 鞘伏もうんざりしながらも頭を下げる。

 それに戦慈は「ふん」と鼻を鳴らし、腕を組む。

 

「怪我はしてねぇか?」

「そうだ!拳暴お前!棘が刺さったところは!?脇腹と左脚!」

「もう治ってんよ」

「なんでだ!?」

 

 鞘伏の言葉に一佳が思い出して慌てて戦慈の体を確認する。

 しかし、すでに傷口は塞がっており、一佳が目を見開く。

 

「本当にどんな『個性』なんだよ」

「ケンカに強えぇだけだよ」

 

 もはや呆れるしかない一佳に戦慈は肩を竦めるだけだった。

 

「はぁ……制服が跡形もねぇ。仮面が無事だったのが奇跡だぜ」

「……お前の体……」

「今更かよ」

「……にぶちん」

「うるさいな!」

 

 戦慈の上半身は傷だらけだった。ヒーローでもここまで傷だらけの体になることは少ないだろう。中学生が持つ体ではない。

 

「全部『個性』が弱かった時の古傷だ」

「……何をしたらそうなるんだよ……」

「さぁな」

 

 話す気はないという言葉にため息を吐く一佳。

 

「で?俺らはどうすりゃいいんだ?」

「パトカーで送る。戦慈は後日謝罪に……」

「いらねぇから仕事しやがれ。またこんなことあったら、殴り飛ばすぞ」

「……分かっとる。元々お前に頼ってたツケだからな」

「ならいい」

「ただ学校には謝罪させてもらうぞ?それとそこのお嬢ちゃんの家にもな」

「あぁ、うちもいいですよ。今回はしょうがないって分かってますし、私も雄英目指してるんで、これぐらいは慣れていかないと」

「申し訳ない」

 

 一佳の言葉に鞘伏が頭を下げる。

 

 その後、3人はパトカーで家に送ってもらい、今回の騒動について戦慈達の名前は一切公表されることはなかった。

 

 しかし、流石に現場付近で動画などが撮られており、ネットで戦慈の事が広まってしまう。動画を見た者達が『戦い方がもうオールマイトじゃん!』と騒がれ、一気に注目されることになっていった。

 

__________________

 

拳暴(けんぼう) 戦慈(せんじ)

 

 誕生日:8月1日 身長:192cm AB型

 好きなもの:コーヒー、チョコ、白米

 

 黒のミディアムウルフカット。

 赤いヴェネツィアンマスクで顔の上半分を隠している。非常に引き締まった体つきをしている。

 

 施設で暮らしている一匹狼。

 非常に誤解されやすい性格と見た目で、本人は諦めている。

 しかし授業はサボったこともないし、勉強も出来る。

 コーヒーが好きで、豆から挽くほどのこだわり。

 

 『個性』:《戦狂(いくさぐるい)

 《強靭》《自己治癒》《筋力増強》の複合型。

 体が非常に頑丈で、肩や股関節などが強く、アドレナリンが出れば出る程パワーが上がる。

 なので戦えば戦うほど、殴られれば殴られるほど、強くなっていく。パワーが一定以上溜まると、全身の筋肉が膨れ上がり、また強くなる。最大まで溜めると『某伝説のサイヤ人さん』並みの体格になり、動くだけでも衝撃波が飛び交う。

 全力で溜まったエネルギーを衝撃波として放つと、体とパワーは元に戻る。

 

 

 

巻空(せんくう) 里琴(りこ)

 

 誕生日:9月1日 身長:141cm O型

 好きなもの:裁縫、トマト、カフェオレ(戦慈が淹れたものだけ)

 

 おかっぱショートパーマの黒髪。Bカップ。

 基本無表情で短文で話すが、声には比較的感情が宿っている。

 

 施設で暮らしている不思議ちゃん。

 戦慈と小学1年から共に暮らしている。

 いつの間にか戦慈の部屋に入り込んで世話を焼いている。

 体は小さいが運動神経は良い。頭もいい。

 

 『個性』:《竜巻》

 全身から竜巻を生み出す。

 大小調整可能で、小さい竜巻であれば操ることも可能。そのため一定時間飛行することも可能である強個性。

 使い過ぎると酩酊状態になる。

 

 



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拳の弐 試験

 年を越して、いよいよ入試が迫ってきた。

  

 あれ以降ゴロツキに襲われることはなく、ネットで出回った戦慈の戦いが学校でも広まり、話題となった。怖がれる方にだが。

 学校外では「凄い奴!」と盛り上がっている。しかし、学内では今までの印象から「やっぱり暴れ者」という流れになって行った。

 それに一佳は顔を顰めたが、戦慈と里琴は全く気にしていなかった。

 

「戦ってる所しかねぇんだ。そんなもんだろ」

「そうだけど。なんか納得出来ないんだよ!」

「俺からすりゃあ今更すり寄ってきても気持ちわりぃけどな」

「……コバンザメ」

 

 今は昼休みで、食堂にいる。

 あの騒動から何気なく行動を共にするようになった3人。

 戦慈は初めは顔を顰めていたが、里琴と一佳が仲良くなったのでどうしようもないと諦めたようだった。

 一佳は2人が雄英を受けるというのもあるが、2人といると気が楽だというのが大きな理由だった。

 別に他の友人といるのが嫌というわけではないが、妙に持ち上げられたり、気を遣うのが面倒なタイミングもある。しかし、戦慈と里琴は一佳と同等以上に優秀で究極的にマイペースなので、一佳を持ち上げることもなければ、気を遣う必要もない。休みに遊んだりとかはないが、放課後に食べ歩きするくらいにはなった。

 

「雄英にいる先輩に話聞けたんだけどさ。入試はロボット相手のポイント稼ぎ方式らしいよ?いくつかの会場に分かれるみたいで、同じ学校で同じ会場になるのはあんまりないってさ」

「……変な試験だな」

「……偏る」

「そうか?」

「つまり、直接戦えねぇ奴はお呼びじゃねえってことだ。『個性』が《遠見》とかの奴は『個性』無しで乗り切れってことだ」

「……そう言われればそうだな」

「まぁ、俺らには関係ねえことだがな」

「……余裕」

 

 戦慈達は存分に暴れればいいだけだ。

 

「全国から集まるんだ。どんな奴がいるか分からないよ?」

「あの動画が騒がれるなら、その程度ってことだろ」

「まぁ、お前は異常な方だからな」

 

 戦慈と里琴の『個性』については簡単に説明してもらった。

 戦慈は《戦狂(いくさぐるい)》と呼んでいる。『強靭』な体を持ち、簡単な『自己治癒』が可能。体にアドレナリンが出れば出る程、パワーが上がっていき、筋肉が肥大化するらしい。まさしく戦うことに特化した『個性』だった。

 

 里琴は《竜巻》。体から竜巻を生み出すことが出来る。小さな竜巻ならばある程度操る事が可能で、それにより壁にしたり、少しの間だけ飛行することが出来る。かなり強力な『個性』だ。

 

 一佳は2人と一度戦ったが見事なほど完封された。

 

「まぁ……お前らと同じ会場で競うよりはいいか」

 

 里琴と一緒になった時にはほとんどのポイントを奪われるに決まっているし、戦慈もあの状態になったら自分ごと吹き飛ばされると思った一佳だった。

 手の内がある程度分かっているからこそ、一緒の会場になるのは遠慮したい。

 

「……弱虫」

「うっさいな!」

 

 弱気な一佳を里琴がからかう。戦慈は我関せずと食事を続ける。

 その光景はもはや見慣れたものとなり、今まで戦慈を馬鹿にして来た者達は複雑な視線を向けていたが、3人は一切気にしなくなっていた。

 

 

 

 

 そして実技試験当日。

 先日筆記試験があり、3人は自己採点では余裕で通過していた。

 なので、今日がまさに本番であった。

 

「いよいよかぁ~」

 

 3人は揃って雄英高校の校門をくぐっていた。

 

「やっぱりすごい人だな」

「雑魚はいくら集まろうと雑魚だろが」

「……一緒」

「あいつらと同じにしてやるなよ!?」

 

 戦慈と里琴は平常運転だった。それに一佳も引っ張られて必要以上に緊張せずにいれた。

 しかし周囲は戦慈を見て、目を見開いて驚く。

 

「おい!あの赤仮面って……!」

「動画のやべぇ奴!?」

「マジで?中3だったの?」

「あいつも受けるのかよ~」

 

 周囲の声に一佳が苦笑する。

 

「有名人だな」

「うっせぇよ」

 

 戦慈は不機嫌そうに歩く。里琴は少し自慢げに隣を歩いているように見える。

 一佳はふと横を見ると、ベージュ髪の爆発髪の男が目に入る。

 

「あ、あいつ」

「……誰?」

「ほら、ヘドロ事件だっけ?強力ヴィランに抵抗し続けたって奴」

「ふ~ん」

「興味ないんだな」

「倒したわけじゃねぇんだろ?」

「……普通」

「……お前らに話した私が馬鹿だったよ」

 

 ガク!と肩を落とす一佳。

 この2人相手に抵抗程度で盛り上がるわけがなかった。

 

 そして会場に入り、席に座って机に置かれているプリントを確認する。

 

「……ポイントがあるロボットは3体。やっぱりポイントが高いほどデカいな」

「……0ポイント」

「……ポイントにならねぇのがいる。……ただ倒せばいいってわけじゃあなさそうだな」

「会場は?」

「やっぱバラバラだな。まぁ、この試験で徒党を組むのは避けてぇよな」

「……不公平」

「だよな」

 

 やはり何だかんだで一筋縄ではいかなさそうな試験だと感じた3人だった。

 その後、プレゼント・マイクのプレゼンが行われた。

 

「うるせぇ」

「そういうヒーローなんだよ」

 

 喧しいプレゼンが終了し、戦慈は里琴達と別れて、与えられた控室で動きやすい服に着替える。

 と言ってもジャージだが。

 

 会場に向かうと、そこは広い市街地施設だった。

 

「流石にトップの学校だな」

 

 戦慈は体を冷やさないようにストレッチをしながら、周囲を見渡す。

 その時にあることに気づいた。

 

「……試験官がいねぇな」

 

 雄英関係者と思われる大人の姿が見えないのだ。

 するとガチャン!と入り口が開く。

 周囲の者達も「いよいよか」と待ち構えるが、やはり試験官らしき者は現れない。

 それに首を傾げて、再び緊張を解くために談笑したり、ウォーミングアップをする受験者達。

 戦慈は嫌な予感がして、入り口の近くで待機する。

 

『ハイスタートー!!』

 

 と、突然プレゼント・マイクの声が響く。

 それに受験者達は周囲を見渡す。

 

『どうしたあ!?実戦じゃあカウントなんざねぇんだよ!走れ走れぇ!!』

 

 その声に慌てて走り出す受験者達。

 その中で突出している者がいた。戦慈である。

 

「やっぱ試験からヒーローとしての行動を見てやがるのか」

 

 すると目の前に【1】と書かれた一輪車ロボットが出現する。

 

『標的捕捉!!ぶっころ゛!?』

「黙れや。雑魚」

 

 速度を落とす事なく、胴体にラリアットを叩き込んで破壊する戦慈。そのまま上半身を掴み、進行方向に出現している【2】と書かれているロボットに向かって投げつける。ロボットは避けることも出来ずに顔部分にぶつかって動きを止める。

 

「これで3ポイントってことか」

 

 戦慈は後ろを見て、走ってくる受験者達を確認する。中には上を移動し始める者もおり、それに向かってミサイルのようなものを発射するロボットがいる。

 戦慈は走りながら破壊したロボットの部品を拾い上げて、ミサイルに投げつけて爆発させる。そしてミサイルを放った【3】と書かれたロボットに駆け寄り、顔部分を殴って破壊する。そして前脚を掴んで、思いっきり振り回す。

 

「おおおおおお!!」

「うえ!?振り回した!?」

「どりゃあ!!」

 

 戦慈は3Pロボを投げて、同じく3Pロボに叩きつける。

 そのまま足を一切止めることなく走り続けて、ロボットを破壊しては投げていく。その速さは衰えるどころか速くなっていった。

 

「おらぁ!」

「きゃあ!?」

 

 3Pロボを殴り潰した時、近くで悲鳴が聞こえて目を向ける。

 受験者の1人が2Pロボに押し倒されていた。

 それを見た瞬間、全力で飛び出して、大砲玉の如く高速で2Pロボに迫り、殴り飛ばす。

 

「え!?きゃあ!?」

「戦えねぇなら消えやがれ!」

「す、すいません!?」

「うわぁ!?」

「っ!ちぃ!そういうことかよ!このクソ試験!!」

 

 突然助けられて驚いた受験者の襟を引っ張り上げて、無理矢理立たせる。

 怒鳴って離れるように言うと、また近くで倒される者が現れる。それを見て、ようやく試験のもう一つの狙いを理解して、吐き捨てながら近くに落ちていたロボットの残骸を拾って投げつけて、破壊する。

 

「ご、ごめんなさっ!?ひぃ!?」

 

 礼を言おうとした受験者が戦慈を見て、悲鳴を上げる。

 戦慈の体が明らかに膨れ上がり、髪が逆立ち、湯気のようなものが湧き上がっていた。

 

「厳しい奴はやられねぇようにチームでも組みやがれぇ!!他の奴らの足引っ張んなぁ!!」

「「「ひぃ!?」」」

 

 戦慈の怒号に肩を跳ね上げる近くにいた受験者達。

 その時、再び戦慈の近くで3Pロボに踏まれそうになっている受験者がいた。

 

「うわああ!?」

「ちぃ!(乱戦で衝撃波が出せねぇ!)」

 

 舌打ちをしながらバァン!と風を弾く音を響かせて飛び出し、3Pロボの元に向かう。

 そしてロボットの脚の下に潜り込み、受け止める。

 

「へ!?」

「さっさと立ちやがれっってんだっ!!!」

 

 叫びながらアッパーを放ってロボットを打ち上げる。ロボットは高く飛び上がり、会場を囲む壁に叩きつけられる。

 

『はああああ!?』

 

 その威力に目撃した受験者達は目を見開いて叫ぶ。

 

「ふぅー……もうポイントが分かんなくなっちまった。他にやられそうな奴はもういねぇだろうな?」

 

 更に体が膨れ上がったように見える戦慈。明らかにジャージがパツンパツンになっている。

 その時、

 

ズズウウゥゥン!!

 

『!?』

 

 現れたのは周囲のビルよりも巨大なロボット。

 ビルを壊しながら受験者の元に迫っていた。

 

「うわあああ!?」

「に、逃げろおお!!」

「あれが0Pなの!?」

「馬鹿じゃねぇのか!?」

 

 慌てて逃げ始める受験者達。

 

 それを見た戦慈は、ニイイィィと口を吊り上げる。

 

「いいじゃねぇか。どっかで()()しねぇといけなかったからな。丁度いいぜ」

 

 左手で右肩を抑えてグルグルと右肩を回しながら、巨大ロボに向かう戦慈。

 その途中で他のロボも襲い掛かってくるが、全て片腕で軽く吹き飛ばしていく。

 

「あ、あいつ、マジであれと戦う気か……?」

「マジかよ……!?」

「それに他のロボットなんて、もう片手間で倒してるわよ」

「体もデカくなってるし、なんでむしろパワー上がってんだよ!?」

 

 戦慈の姿に他の受験者達が戦々恐々と見つめる。

 

 戦慈は巨大ロボと向かい合う。

 左脚を前に出して、右腕を後ろに構える。そして腰を捻り、全ての力を右腕に伝えるように意識しながら、腕がブレる程の速さでアッパーのように右腕を振り上げる。

 

 

ドッッッパアアアァァァン!!!!

 

 

 空気が弾ける音と同時に巨大な衝撃波が巨大ロボの胴体に下から突き刺さり、巨大ロボの胴体を砕きながら打ち上げる。

 

 その光景に受験者達は顎が外れそうなほど口を開けて、目玉が飛び出しそうなほど目を見開いて驚く。

 

 巨大ロボはうつ伏せで地面に叩き落とされて、機能を停止する。

 戦慈は体が元に戻り、仁王立ちしている。右袖の先が少し破れた程度で、もちろん傷は一切ない。

 

「ちっ。引き千切るまではいかなかったか。まぁ、このデカさじゃ仕方ねぇか」

 

 結果に満足いかなかったのか、舌打ちをする戦慈。

 その姿に他の受験者達は心が折れて、合格を諦めた。

 

『あんな化け物に勝てるわけがない』

 

 そう受験者達は思った。

 

 そして終了が告げられて、今年の雄英入試は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 着替えて校門に向かうと、里琴と一佳が待っていた。

 

「おつかれ」

「……おつ」

「おう」

「聞くまでもないだろうけど、どうだった?」

「少なくとも、あの試験会場じゃあ負けてねぇな」

「……同じく」

「だよな」

 

 もはや呆れるしかない一佳。

 すると、周囲の者達の声が耳に入った。

 

「あいつ、あの巨大ロボ殴り飛ばしたんだぜ?しかも衝撃波だけで」

「マジで!?でも、あの隣のちびっこもさぁ、空飛んでたし、竜巻で巨大ロボに風穴開けてたぜ?」

「……バケモンは集まるんだな」

「やっぱ雄英って半端ないよね」

「あれが一般入試って推薦で受かった連中はどれだけバケモンなのかしらね?」

 

「……やっぱお前らおかしいよ」

 

 聞こえた内容にもはや完全にジト目を向ける一佳。

 流石に一佳はあの巨大ロボの相手は出来なかった。

 

「俺は里琴みてぇにいきなりは出来ねぇかんな?」

「……結果は同じ」

「うっせぇよ。もう少し早く出て来てやがったら、少し手間取ったな。あのゴロツキに放ったレベルじゃ駄目だっただろうしな」

「あの時よりも凄いのぶっ放したのか!?」

 

 ただでさえ恐ろしい衝撃波だったのに、あれを更に超えたものを放ったというのだ。

 一佳はまだ上があったことに驚き、同時に「だったら巨大ロボくらい打ち上げるよな」と納得した。

 

「……受かってるかなぁ?」

 

 2人とのあまりの差に不安になった一佳。

 

「周りがあれだけビビってんだ。他はそこまでじゃなかったんじゃねぇか?」

「まぁ、私の所はお前らほどヤバい奴はいなかったな」

「だったら36人の中には入ってんだろ。多分俺と里琴がいた試験場にいた連中は、他の試験場の連中よりポイント取れてねぇだろうしな」

「……安心」

「出来るか!」

 

 全く安心要素がない2人の言葉に一佳が突っ込みながら、3人は帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

 試験終了から1週間後。

 

 戦慈と里琴に雄英から結果通知が届いた。

 戦慈の自室で開けると投影機が転がり出て、ネズミ男が投影される。

 

『やぁ!皆大好き小型哺乳類の校長さ!』

 

「こんな奴なのかよ」

「……変」

 

『さて、さっそく結果発表なのさ!が、その前にあの試験での採点基準を改めて説明するのさ!あの試験で見ていたのはヴィランポイントだけではなかったのさ!これはヒーロー科!他の受験者が危険に晒された時にどう動くのかも見ていたのさ!!試験官による審査制人命救助(レスキュー)ポイント!!これも採点に含まれるのさ!!』

 

「やっぱな」

「……面倒」

 

『そして拳暴戦慈君!君は……ヴィランポイント51!レスキューポイント39!合計90ポイント!文句なしの合格さ!!ちなみに順位は2位!1位は君のお友達さ!』

 

「おめぇだな」

「……ブイ」

 

『おめでとう。これから君はヒーロー科雄英生だ。君の活躍は私の耳にも届いてるのさ。ぜひ、その志を雄英で更に高めてほしいのさ!ようこそ!!君のヒーローアカデミアへ!!』

 

 そして映像は終わる。

 里琴はもう分かったので投影機は起動しなかった。

 

 翌日、登校すると一佳が興奮して戦慈達に駆け寄ってきた。

 

「やったぞ!私も合格だ!!実技7位だってさ!」

「……おめ」

「まぁ、そんなもんか」

「で?お前らももちろん受かってるだろうけど、どうだったんだ?」

「俺が2位、里琴が1位だってよ」

「……やっぱ凄いな。お前ら」

「……ブイ」

「まぁ、いいや!雄英でもよろしくな!」

 

 ニカッ!と笑う一佳に2人は相槌を返すだけで終わらせる。

 

 もちろん雄英合格者3人出たことも、里琴と戦慈がワンツーフィニッシュしたことも学校全体にすぐに広がり、阿鼻叫喚の嵐になったのは言うまでもない。

 

 その後、戦慈と里琴は即行で施設を出る準備を始めた。

 学校の近くで部屋を探す。後見人には雄英と警察の鞘伏が名乗り出た。

 

「なんでてめぇが名乗り出てんだよ」

「うるせぇ。あの事件の尻拭いの一環だよ。文句あるなら、取材受けた奴にするか?」

「ぶん殴るぞ」

「だったら俺で我慢しやがれ。……嫌なら、さっさとヒーローになるんだな」

「ふん」

「……感謝」

 

 というやり取りがあったそうな。

 

 見つけた部屋は1DKのアパートで、里琴はその隣部屋だ。

 里琴は戦慈と一緒でいいと言ったが、

 

「馬鹿言うんじゃねぇよ」

「高校生で同棲なんてさせられるか!」

「……むぅ」

 

 と戦慈と鞘伏に怒られた。

 

 さっさと引っ越しもして、必要な家電などは鞘伏を筆頭に戦慈と里琴を日頃から気に掛けていた警官やヒーローが金を出し合ってくれた。

 その近くに一佳も引っ越して来ていた。

 

「偶然じゃねぇよな?」

「鞘伏さんに教えてもらった。別に同じアパートじゃないから問題ないだろ?」

「……まぁな」

 

 何か釈然としないが、確かに文句を言えることではないので黙るしかない戦慈だった。

 

 そして卒業式。

 一佳と里琴、そして何故か鞘伏に言われて渋々出席した戦慈。

 

 校長が卒業証書を配って行き、戦慈の番になると、

 

「ああ、拳暴君。少し待ってくれるかな」

「あぁ?」

 

 校長に呼び止められ、戦慈を含めて全員が首を傾げると、そこに警察署長が現れる。

 

「今日こそ、君に表彰させてもらおう」

「……断ってんだろうが」

「雄英に行くんだ。箔は付けさせてやりたいんだよ」

 

 校長と署長が苦笑して、その場で戦慈を無理矢理表彰し、表彰状を押し付ける。

 戦慈は盛大に顔を顰めるが、ここで拒否するのは難しいと渋々受け取る。

 

 式の終了後、どっさりと紙袋に詰められた表彰状を渡されて、更にゲンナリする戦慈。

 その後は他のクラスメイトと話すこともなく、さっさと帰ろうとする戦慈と里琴を一佳が捕まえて記念撮影する。写真を取ると、今度こそ学校を去り、鞘伏達に挨拶して新しい家に帰る。

 

 そして4月。

 

 3人は雄英の制服に袖を通して、校門をくぐった。

 

 



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拳の参 1年!B組!

 高校生活初日。

 戦慈、里琴、一佳は今まで同様3人で登校していた。

 制服は変わっているが、雰囲気は今まで通りだ。戦慈はネクタイを緩めて着用しており、里琴や一佳が注意しても直さなかった。

 

「2人もB組?」

「ああ」

「……ん」

 

 3人とも同じクラスだったようだ。

 

「腐れ縁だな」

「うるせぇよ」

 

 そして雄英の校門を潜り、教室を目指す。

 

「やっぱり広いし、大きいよなぁ」

「ここまでデケェ奴なんていんのか?」

「……『個性』許可」

「ああ、学内で『個性』使っていいのか」

 

 巨大化系の『個性』持ちの事を考えているのかと納得する一佳。

 戦慈は「それにしては逆に狭くねぇか?」と内心思っていたが、口には出さなかった。

 

 そして【1-B】と書かれた巨大な扉がある教室に着き、一佳が扉を開ける。

 中では骸骨のような顔をした男子、顔がカマキリみたいな男子、髪の毛が茨になっている女子など個性的な見た目の者達がいた。

 戦慈達は自分の席を確認する。

 

「一番後ろ端か」

「……隣」

「私は拳暴の前だな」

 

 戦慈は廊下側の一番後ろ、里琴はその隣、一佳は戦慈の前だった。

 席に着いた3人を周囲も注目していた。

 

「後ろの2人が入試実技TOP2か……」

「やっぱり雰囲気があるな」

 

「やっぱ注目されてるな」

「どうでもいいわ」

 

 一佳がニヤニヤしながら声を掛けると、戦慈は頬杖をついて顔を顰める。

 その後も続々と教室に生徒が集まり、予鈴が鳴る。

 

 その直後に入ってきたのは赤いコスチュームを身に纏う男。プロヒーローのブラドキングだ。

 

「ブ……ブラドキングだ……!」

「本当にプロヒーローが担任なのか」

 

 ブラドキングの登場に騒めく生徒達。

 戦慈と里琴は特に興味なさげに眺めていた。

 

「諸君。ようこそ雄英高校ヒーロー科へ!俺が君達B組の担任を務めることになったブラドキングだ。少し長いからな、ブラドと呼んでくれ」

 

 教壇に立ったブラドはさっそく自己紹介を始める。

 その後、簡単にガイダンスの説明を始めるが、その時隣の教室から人が大勢出ていく気配がする。

 

「え?まだ入学式の時間じゃ……」

「イレイザー……早速か」

「どういうことですか?」

 

 生徒の数名が首を傾げていると、ブラドが目を細めて腕を組んで唸る。

 それにバンダナを巻いた男子生徒が声を上げる。

 

「雄英は入学式やガイダンスなどは教師の判断で出る出ないが決められる。A組の担任のイレイザーヘッドは合理性の塊だからな。恐らく『個性』把握テストを行うつもりだな」

「『個性』把握テスト?」

 

 黒髪ロングの女子生徒が首を傾げる。

 

「『個性』を使用した体力テストのことだな。それで得意不得意を把握し、今後の改善点や伸ばすべきところを自身で把握することが出来る」

 

 ブラドの説明に理解して頷く生徒達。

 それに黒目が小さく灰色髪の男子生徒が手を上げる。

 

「先生!!俺達もすぐにやりましょう!!」

「落ち着け。確かに迅速に動くことは重要だが、焦って動くことは危険が伴う。俺はお前達には時間を有効に使い、されど堅実に成長してもらいたい」

「せ……先生……!!」

 

 ブラドの言葉に手を上げた男子は感動して目を潤ませる。

 

「……すでに暑苦しい空気が出来てやがる」

「……面倒」

 

 戦慈と里琴はその様子を呆れながら見つめる。その言葉に一佳も苦笑する。

 悪いわけではないが、初日からというのは勘弁してほしいというのが本音である。

 

 B組も入学式には出ず、カリキュラムの説明やヒーロー基礎学における注意事項を説明するブラド。一つ一つ質問を受け付けて、生徒達に今後の活動に明確なイメージを持たせる。

 

「お前達にとって、まずは明日から早速始まるヒーロー基礎学での各訓練。そして体育祭が大きな関門になるだろう」

「体育祭……!!」

「そうだ。ヒーロー科にとっては、ここでの成績が今後の学校生活にも大きく響くことになる。推薦だろうが入試実技1位だろうが関係ない!体育祭こそがヒーロー科にとって本当の順位付けとなると言ってもいいだろう!」

 

 ブラドの言葉に数人の生徒が気合を入れるように両手を握る。一佳も高揚してグッ!と両手を握る。

 

 こうして初日は終了し、明日に備えて下校となった。

 戦慈、里琴、一佳は校内の施設を見学しようと回ることにした。

 

「体育館だけで何個あんだよ」

「校内にバスがあるぞ?」

「……広すぎ」

「まぁ、普通科やサポート科とかまでカバーするとこうなるんだろうな。部活もあるらしいしさ」

「金掛けてやがんなぁ」

「だからこそ、倍率300以上で最も難しいって言われてるんだろうな。こんな施設を使わせてもらって鍛えられたら、そりゃあ有名にもなるよ」

「……食堂」

「食堂もプロヒーローがいるんだっけか?」

「本当に贅沢だよな」

 

 改めて雄英の凄さを確認して、帰宅する戦慈達。

 

 戦慈はすぐに着替えると、ガチャっとドアが開く。

 もちろん里琴である。

 里琴も制服から着替えて、黄色のTシャツに白のホットパンツと身軽な格好だった。右手には大根などが見えるバッグを持っていた。

 

「……だから鍵はどうやって開けたんだよ」

「……合鍵」

「いつの間に持っていきやがった!?」

「……初日」

「返せ!」

「……返した」

「複製したのかよ!?」

「……ブイ」

 

 無表情ながら得意げな雰囲気でピースをする里琴に、戦慈は仮面の額を右手で押さえてため息を吐く。

 里琴は勝手知ったるという感じで台所に向かい、バッグを置き、冷蔵庫から食材や調味料を取り出していく。ここに引っ越してからは何も言わずとも里琴が戦慈の部屋にやってきて手料理を振るまっていた。

 戦慈も当初は顔を顰めたが、作り始めたのをわざわざ止めるのももったいないし、作らなくていいと言っても無視されたのでもはや何も言わなくなった。

 

 晩御飯を食べて、のんびりしているとチャイムが鳴る。

 戦慈が立ち上がる前に里琴が立ち上がり扉に向かい、扉を開ける。

 そこにいたのは一佳だった。

 

「……やっぱりこっちにいたのか」

「……当然」

 

 呆れながら里琴を見下ろす一佳。里琴はそれを恥じることなく、堂々と頷く。

 戦慈が里琴の後ろからユラリと現れる。

 

「で?何しに来たんだよ?」

「晩御飯のおすそ分けだよ。今日、うちに親が来てたんだ」

 

 一佳はビニール袋に入れられたタッパーを掲げる。

 それを里琴が受け取り、中を確認して冷蔵庫に仕舞う。

 

「それにしても里琴は相変わらずだな」

「合鍵までいつの間にか複製してやがったからな」

「……そっか」

「……これ」

「「ん?」」

 

 戻ってきた里琴が一佳にタンブラーを渡す。

 一佳は首を傾げ、戦慈は顔を顰める。

 タンブラーを受け取った一佳は蓋を開けて、中を見る。

 

「コーヒーか?」

「……戦慈の」

「拳暴が淹れた?」

 

 一佳の言葉に頷く里琴。

 

「お前、コーヒーなんて淹れるのか?」

「わりぃか?」

「違う違う。私もコーヒー好きだからさ」

「てめぇの好みの豆や焙煎かは知らねぇけどな」

「けど、このタンブラーは?」

「予備の奴だろ?」

 

 戦慈の問いに里琴はコクリと頷く。

 

「予備?」

「俺は豆でタンブラー変えてんだよ。洗っても匂いが残ることが多いかんな。匂いが混ざったりするのが嫌なんだよ」

「こだわってんなぁ」

「料理と同じだ。うめぇもんにはこだわるべきだろうが」

「そりゃそうだ。サンキュ。頂くよ」

 

 一佳は笑顔を浮かべて、帰っていく。

 見送った戦慈は、里琴に顔を向ける。

 

「なんでいきなりコーヒーなんだよ?」

「……思い出した」

「コーヒーが好きだって?」

「……ん」

 

 里琴の答えに戦慈はため息を吐き、部屋に戻る。 

 里琴も部屋に戻り、いつ間にか持ってきていたクッションに座る。

 

 再びのんびりした空気が流れる部屋だった。

 

 

 

 翌日。

 1,2限は普通教科で、本日の3,4限は『個性』把握テストとなった。ヒーロー科は週2回3,4限は演習・実習が行われるとのこと。

 B組一同はジャージに着替えるために更衣室に向かう。

 

 戦慈はジャージに着替えていると、後ろから声を掛けられる。

 

「拳暴。お前、凄い体つきしてんな」

「あん?」

 

 声を掛けてきたのは、昨日ブラドの言葉に感動していた灰色髪の男子生徒だった。

 

「俺ぁ鉄哲徹鐵ってぇんだ。よろしくな!」

「おう」

 

 ニカ!と笑って自己紹介する鉄哲に戦慈は軽く相槌するだけで答える。

 そこに他の男子生徒達も近づいてくる。

 

「俺、骨抜柔造。よろしくな」

「回原だ」

「私は宍田獣郎太と申しますぞ」

 

 次々と自己紹介を始める男子達。

 それに少し鬱陶しさを感じ始めた戦慈だったが、

 

「あれれれれぇ!?入試2位さんは随分と余裕だねぇ。僕達は眼中になさそうだねぇ?」

 

 金髪の優男が嫌味全開で戦慈に声を掛けてきた。

 

「そう言えばヴィジランテ活動してたんだっけ?もうヒーロー気取りってわけぇ!?カッコいい仮面はその表れかな!?」

「なんだテメェは?」

「僕は物間寧人。眼中にないだろうけど、君のクラスメイトさ」

 

 物間の言い方に鉄哲達も顔を顰める。

 

「なんでお前はそんなにケンカ腰なんだ?」

「ケンカなんてとんでもない。僕はただ優秀な彼から話を聞きたいだけさ!」

「そんな風には聞こえねぇよ」

 

 なんだこいつ。と戦慈を除く全員が物間の言動に少し引いている。

 戦慈はもはや我関せずと着替え終えて、更衣室を後にしようとする。

 

「あれ?無視かい?ヒーローを目指しているのに人の声を無視するのかい?」

 

 戦慈はそれも一切無視して更衣室を後にする。

 それに物間は肩を竦めてため息を吐く。

 

「やれやれ。孤高の狼気取りかな?」

「本当に何だお前」

 

 鉄哲達も物間の言動に呆れて、移動を開始する。

 物間はそれを全く気にする様子もなく、後に続く。

 

 グラウンドにはブラドと四角い顔をしたセメントスというヒーロー教師が並んで立っている。

 

「全員集まったな。では、これから『個性』把握テストを開始する。50m走、ソフトボール投げ、握力、持久走、立ち幅跳び、反復横跳び、長座体前屈、上体起こしの8つだ。これら全てを己の『個性』を活かして記録を出してもらう」

「中学での『個性』禁止での結果と比べることで、通常と『個性』使用時の明確な差を把握してもらって、それによって自分の『個性』の特徴を理解するのが目的だよ。同時に中学の時と変わらない種目においては、そこをどうやってカバーするかを今後の訓練やコスチューム改良で創意工夫してもらいたいってことさ」

 

 ブラドとセメントスの説明に頷く一同。

 第1種目は50m走。

 

 出席番号順で行っていくことになり、一佳はカマキリ顔の者と走る。

 

「私、拳藤一佳。よろしくな」

「俺は鎌切尖だ」

 

 そして合図と共に走り出し、ゴールまで駆け抜ける。

 タイムは6秒71。中学よりは少し速くなっている。

 

「ふぅ。ぶっちゃけ、私の『個性』じゃなぁ」

 

 一佳の『個性』は両手を大きくすること。シンプルではある分、今回のようなテストのようにあまり活かせないことが多い。

 

「次!拳暴!小大!」

 

 次にスタート位置に着いたのは戦慈と黒髪ボブの女子生徒。

 2人は特に会話をすることなく、スタート準備をする。そして周囲は戦慈の記録を見ようと注目する。

 

 スタートの合図と同時に戦慈は両脚に力を入れて駆け出す。そのパワーにスターティングブロックが吹き飛ぶ。

 戦慈は低姿勢のまま両脚を高速で回して、一気に駆け抜ける。

 

「4秒01!」

「ちっ。体が温まってねぇとこれくらいか」

 

 戦慈は舌打ちをして不満を露わにする。

 周囲は戦慈の記録に腕を組んで唸る。

 

「身体強化にしても速いよな」

「速いし、あのパワーだろ?やべぇな」

「ふん。やるじゃないか。さて……誰のがいいかな?1位さんも気になるな」

 

 物間は余裕気に笑いながら、周囲の者を見渡している。

 戦慈はグルグルと右肩を回しながら下がる。

 

「流石だな」

「体が中々温まらねぇからな。あんなもんだ」

「あぁ~、お前の『個性』はなぁ。あ、唯もお疲れさん」

「ん」

 

 一佳は戦慈の言葉に納得するように頷いて、戦慈の後ろから近づいてきた女子生徒に声を掛ける。 

 小大唯。

 里琴同様表情が希薄で、基本的に「ん」しか話さない。

 一佳は先ほど更衣室で挨拶して、ある程度性格を把握している。なんとなく里琴に似ている部分もあって、すぐに仲良くなった。

 

 そして里琴の番になり、里琴がスタート位置に着く。

 里琴はスターティングブロックに足を掛けて、スタートの姿勢になる。

 

「あれ?あいつ、『個性』使わないのか?」

「使うに決まってんだろ」

 

 一佳が首を傾げる。

 スタートの合図と同時に里琴の足裏から竜巻が発生して、ロケットのように高速で前方に飛んでいく。そのまま低空飛行で一気にゴールまで飛行する。

 

「2秒26!」

 

 里琴の記録に騒めくクラスメイト達。

 里琴はそのまま飛んで戦慈の腕に掴まって着地する。

 

「……こんなもん?」

「だろうな」

「いやいやいや。速いよ十分」

「ん」

「……ん」

 

 首を傾げて戦慈を見上げる里琴に、戦慈は頷く。それに一佳が突っ込んで、唯も同意するように頷く。

 それに里琴が首を傾げて、唯の口癖を真似する。

 そこに物間が笑いながら近づいてくる。

 

「あははは!いやぁ凄いね!流石1位さんだよ!」

「なんだこいつ?」

「知らねぇ」

「……うざ」

「ん」

「僕は物間寧人。よろしく。巻空さん」

 

 訝しむ一佳達を無視して、里琴に右手を差し出す物間。どうやら握手を求めているようだ。

 それを里琴はジィーと見て、

 

「……きもい」

 

 と、手を握ることはなかった。

 

「あははは!手厳しいねぇ!」

「本当になんだこいつ」

「だから知らねぇって言ってんだろ」

「拳暴くん。君は巻空さんと仲が良いみたいだね」

「ガキの頃から一緒だかんな」

「幼馴染って奴かい?」

「違わねぇけど違ぇよ。施設が一緒って意味だ。俺らは親に捨てられた身だかんな」

 

 腕を組みながらめんどそうに答えた戦慈の言葉に、物間はまた嫌味を言おうとしたのか、楽し気に口を開こうとして固まる。一佳や唯、そして何気なく聞き耳を立てていた全員が目を見開いて固まる。

 物間はパクパクと口を開閉させるが、言葉が上手く出ないようだったが、徐に頭を下げる。

 

「デリカシーが足りなかったようだ。申し訳ない」

「気にすんな。別に隠してたつもりはねぇしな」

「……慣れてる」

 

 謝罪する物間に戦慈は肩を竦め、里琴も頷く。

 頭を上げた物間は真剣な顔で、また里琴に右手を伸ばす。

 

「ということで、今後とも仲良くやろう!」

「……帰れ」

「真面目な奴なのか、嫌味な奴なのかどっちなんだ?」

「嫌味に真面目な奴なんだろ」

「あぁ……」

「ん」

「本当に手厳しいな!」

「いい加減何を企んでるか話しやがれ」

「……本当に手厳しいね」

 

 なんとなく物間の性格を理解してきた一佳達。

 それでもまだ退く様子のない物間に、戦慈が目を鋭くして睨む。それに物間は肩を竦めて苦笑する。

 

「僕の『個性』は《コピー》。触れた相手の『個性』を5分間使うことが出来るんだ」

「……強い」

「なんでそんな『個性』なのに挑発的な言動なんだよ」

「ん」

「それで里琴の『個性』を使いてぇってことか」

「そうだね」

「……嫌」

「だそうだ。それとテメェの番だぞ」

「……仕方ないな」

 

 物間の残念な性格に呆れながら、不敵に笑いながらも明らかに気落ちしている物間の背中を見送る。

 嫌味さえ言わなければ、握手くらいは出来たかもしれない。

 凄いはずなのに残念な奴。

 物間の印象が確定した瞬間だった。

 

 続いて、握力。

 一佳は65Kg、戦慈は108Kg、里琴は32Kg。

 

「力も強いのか!怖いなぁ拳暴は。拳藤さんは僕を殴るのだけはやめてくれ」

「うるさい!」

「カフっ!」

「……お見事」

「ん」

 

 物間がさりげなくすり寄ってきて、一佳の記録を見て、また嫌味を言う。

 それに一佳が物間の首に手刀を叩き込み、物間はその場で崩れ落ちる。

 鮮やかな手刀に里琴と唯が称賛するように拍手をする。

 

 これが物間の最初のお仕置きだった。

 

「手はデカくしなかったのか?」

「……デカくしたら握れないんだよ」

「……ドンマイ」

 

 3種目は立ち幅跳び。

 一佳は2m35、戦慈が5m12、里琴が無限。

 

「飛べるのって、やっぱずるいよな」

「ん」

「……ブイ」

 

 4種目。反復横跳び。

 一佳は55点、戦慈が102点、里琴が62点。

 

「竜巻を反動に使うなんて……」

「……ブイ」

「ちっ。休み休みで力が上がらねぇ」

「十分な記録だ」

「ん」

 

 5種目。ソフトボール投げ。

 一佳が69m、戦慈が701m、里琴が2791m。

 

「本当にすごい『個性』だな」

「ん」

「……ブイ」

「ちっ」

 

 6種目。上体起こし。

 一佳が37回、戦慈が61回、里琴が32回。

 

「ここでも竜巻の反動が使えるなんて……」

「……ブイ」

「本当に器用な奴だな」

「ん」

 

 7種目。長座体前屈。

 一佳は47cm、戦慈が62cm、里琴が32cm。

 

「手の巨大化は駄目だったのか?」

「伸びるわけじゃないしな」

「……ドンマイ」

「ん」

 

 8種目。持久走。

 一佳は3分56秒、戦慈が2分46秒、里琴が1分22秒。

 

「里琴は飛んでるから当然として、拳暴も全然スピードが落ちないな」

「……ブイ」

「俺は走れば逆にパワーが上がるんだから当然だろうが」

「そりゃそうだ。やっぱりすごいよ、お前らは」

「ん」

 

 こうして全ての種目が終了。

 結果、里琴が1位で拳暴が2位。一佳は13位だった。

 

「やっぱあの2人が飛び抜けているな」

「拳暴くんは極端でもないが全体的に身体能力が高い。巻空さんは『個性』の微調整と使いどころが見事ですね。元々強力なのもありますが、それに胡坐を組んでいるわけでもない」

「拳暴は持久走を見ていると、かなりのスロースターターのようだな」

「そうですね。個性届では『アドレナリンが出れば出るほどパワーが上がる』とありましたね」

「ああ、恐らくそうなるとこの記録は全て塗り替えられるんだろうな。事実、入試ではロボットを吹き飛ばしたわけだしな」

 

 ブラド、セメントスが2人の結果を見ながら話す。

 

「午後の戦闘訓練が楽しみですな」

「怖くもあるがな」

 

 ブラド達は午後のヒーロー基礎学を思い浮かべて笑みを浮かべる。

 

 

 

 戦慈は制服に着替える。

 そこに鉄哲達が興奮しながら戦慈に話しかける。

 

「やっぱスゲェぜ!拳暴!」

「推薦入学したのに悲しくなるぜ」

「ってゆうか拳暴はなんで推薦受けなかったんだ?あと巻空も」

「俺は暴れまくってて内申点最悪だったかんな。里琴の奴は知らん」

 

 戦慈の言葉にバンダナを巻いた男子生徒の泡瀬が思い出したようにポン!と手を叩く。

 

「あぁ、そういえばネットに教師に目の敵にされて不良扱いされてたって書いてたな」

「ひでぇ教師だな!」

「そうでもねぇだろ。実際、俺がやってたのは犯罪なんだからよ。警察や他の連中が中学生ってことで見逃してくれてただけだ」

「人助けして不良っておかしいだろ!?」

 

 鉄哲が戦慈の中学教師の事で両手を握り締めて歯軋りまでして悔しがる。

 そこに物間が肩を竦めて悟ったように語る。

 

「暴力は暴力ってことだよ。ヒーローでもない奴が人助けしても誰もが褒めてくれるわけないさ」

「間違ってないけど、君が言うのは何か違う気がする」

 

 小太りの男子生徒、庄田が物間を呆れた目で見ながら、はっきりと告げる。

 その後ろで鎌切と頭部が液体チューブの形状の男子生徒、凡戸が頷いている。

 何だかんだで仲良くなっていく男子達だった。

 

 

 

 

 女子の方も人数が少ないのもあり、仲良くなっていた。

 

「巻空と拳藤って中学一緒?」

「そうだよ。あと、一佳でいいよ」

「……里琴」

「私も切奈でいいよ」

 

 着替えながら黒のロングヘアでややきつめの顔をしている女子生徒、取陰切奈が一佳達に話しかける。

 切奈の質問に頷いていると、頭に角が生えた女子生徒、角取ポニーが首を傾げる。

 

「拳暴サンもデースか?」

「施設一緒って言ってたんだし、そうじゃない?」

「ん」

「そうだね。私は同じクラスだったよ。里琴は隣」

「……ズル」

「何がだよ!?」

 

 そして髪の毛がツルになっている女子生徒、塩崎茨が胸の前で両手を組む。

 

「困難を乗り越えて、雄英に2人揃って入学。素晴らしい絆です」

「……ブイ」

「でも、なんで推薦受けなかったのさ?おかげで私は助かったけど」

 

 推薦入学の切奈が里琴に尋ねる。

 

「……嫌」

「は?」

「あ~っと……拳暴が一緒じゃないと嫌だった?」

「……ん」

「ん」

「ややこしい」

 

 里琴の言葉を一佳が通訳する。

 里琴と唯の頷きに片目を髪で隠している女子生徒、柳レイ子がツッコむ。

 

「拳暴も推薦行けたんじゃん?」

「いや、拳暴は教師達に嫌われてたからな。私だって拳暴の人助けの事知ったの、中3の春だったしな。学校ではケンカばかりの不良って言われてた」

「いつの世も真の正義は理解されない……悲しい事です」

「かわいそ」

「ん」

「あいつもそれが分かってたんだろうなぁ。里琴が学校で拳暴に近づかなかったのって、それが理由だろ?」

「……ん。……言われた」

 

 一佳の言葉に里琴は頷く。

 それに切奈達は悲しそうな顔を浮かべる。

 良い事をしているのに認めてもらえず、それによってずっと一緒にいた人に近づくなと言われるのは辛いことだと思ったのだ。

 

「仮面で表情分かんないし、ぶっきらぼうな感じだけどいい奴なんだな」

「ん」

 

 しかし、それは風評から里琴を守るためだったというのも分かる。

 そんな戦慈の優しさに尊敬の念を覚える切奈達。

 

「それで今雄英トップですネー!」

「……ブイ」

「一佳は大変だな」

「もう諦めた」

 

 切奈の言葉に一佳は苦笑する。

 その後もワイワイと話しながら教室に戻ると、里琴が早足で戦慈の元に向かっていく。その姿を一佳達は苦笑して見送る。

 

 そして昼食となり、戦慈、里琴、一佳、唯、柳の5人で食堂に向かう。

 

「……俺は外した方がいいんじゃねぇのか?」

「……嫌」

「ってことだ」

「ん」

「がんば」

「……そうかよ」

 

 小さくため息を吐く戦慈。それに一佳は少し申し訳なく思ったが、その時戦慈の左手にタンブラーが握られているのを見て、あ。と思い出す。

 

「拳暴。昨日のコーヒー、すっごく美味しかったぞ。タンブラーは帰りにでもいいか?」

「いつでもいい」

「……おかわりは?」

「え?」

 

 里琴が何故か一佳に次はどうするのかと質問する。

 それに一佳が首を傾げると、戦慈が里琴に顔を向ける。

 

「今日は豆がちげぇよ」

「……気にするの?」

「別にそこまで豆に拘ってないけど……」

「……じゃあ、おかわり」

「なんで里琴が決めてんだよ」

「……自慢」

「なんのだよ」

 

 戦慈は呆れながらツッコむが、里琴は相変わらずの無表情でスルーする。

 それに戦慈はため息を吐いて、それ以上口を開くことはなかった。

 

「……面白いかも?」

「ん」

「あはは……」

 

 柳が2人のやり取りの微笑ましさを面白がり、唯も同意するように頷く。

 一佳は苦笑するが、内心では柳の言葉に同意している。戦慈は里琴が絡むと途端に硬派なイメージが崩れて、まるで保護者のような雰囲気になるのが面白いのだ。

 

 5人は学食に入って、メニューを選ぶ。

 戦慈はビーフシチュー定食、里琴はカレー、一佳はアジフライ定食、唯はそば、柳はサバの味噌煮定食を注文した。

 

「今日からヒーロー基礎学かぁ」

「何するの?」

「んーん」

 

 一佳達は午後の授業について考える。

 入学して最初の授業。いよいよヒーロー目指して本格的に始動するのだ。

 緊張するのは当然である。

 

「頼んだコスチュームの試着じゃねぇのか?」

「ああ。それがあったな」

「ん」

 

 ヒーロー科は被服控除で入学前にコスチュームをデザインして依頼していた。

 頼んだコスチュームはまさしく己が描く己のヒーロー像そのものだ。だから楽しみなのである。

 

 食事を終えて、のんびりとお茶やコーヒーを飲んでいると、周囲から視線を感じた戦慈達。

 

「あの仮面の男とその隣の小さい女子が今年のヒーロー科トップ2らしいぜ?」

「それにあれでしょ?推薦でエンデヴァーの息子もいるんでしょ?」

「凄いわねぇ。今年の1年」

「あの人が……」

「緑谷くん。そろそろ行くぞ」

「あ、うん」

 

 周囲の視線と声に、口をへの字に歪めながらタンブラーに口を付けてコーヒーを飲む戦慈。里琴は相変わらずの無表情で無反応だった。

 

「大変だな」

「トップなんて毎年いるだろうが……」

「あのロボットを吹き飛ばしたのは久しぶりだってさ。それに知ってる?2年ヒーロー科、去年1クラス全員除籍されたらしいよ?だから今年の1年生って結構いろんな意味で注目されてるんだよ」

「めんどい」

「ん」

「それにさっきも聞こえたけど、エンデヴァーの息子がいたり、拳暴やヘドロ事件の奴がいたりと注目されてるからな」

「……自業自得」

「ん」

「……はぁ~」

 

 里琴と唯のトドメの言葉に戦慈は項垂れる。

 それに一佳は苦笑しながら、ヒラヒラと手を振る。

 

「いいじゃん。そう言う注目される奴は有名になるって言われてるしさ。ヒーローになったら嫌でも注目されるんだぜ?」

「俺はマスコミに興味はねぇよ」

「だろうな」

 

 戦慈はため息を吐きながら立ち上がる。

 一佳達もそれに続いて教室に戻る。

 

 階段を上がると、そこである男子生徒と対面する。

 戦慈は気にせず歩いていたが、相手は戦慈を見て足を止める。

 

「あ?……てめぇは」

「あ、お前。ヘドロ事件の」

 

 一佳はその逆立ったベージュ髪の男子生徒に見覚えがあった。

 

「黙れや、ザコ」

「いきなりケンカ腰過ぎるだろ!?」

「こわ」

「ん」

 

 いきなり罵倒される一佳。それに柳と唯もドン引きする。

 しかし、その男子生徒は戦慈を睨みつける。

 

「てめぇだよなぁ?……正義面した2番様はよ」

「人に尋ねるのかケンカ売ってんのか知らねぇが、せめて名乗れや。それに2番にケンカ売るなら、1番にまずケンカ売れよ」

「……こらぁ」

「うん、里琴。それはお前じゃ向いてないよ」

「ん」

「……残念」

 

 戦慈は足元にいる里琴を指差す。それに里琴がイキるが全く迫力もないし、イキっているのかも分かりづらい。それに一佳がツッコんで、何故か落ち込む里琴。

 それに男子生徒は顔を顰めて、イライラオーラを噴き出す。

 

「馬鹿にしてんのか。ぶっ殺すぞ」

「てめぇがケンカ売ってきたんだろうが。さっさと用があんなら言いやがれ」

「はっ!その余裕面……いつまでも出来ると思ってんじゃねぇぞ。すぐにその仮面剥いでやる……!」

「俺はてめぇなんざどうでもいいんだよ。順番が欲しけりゃやるよ。俺も里琴も別に目指してなったわけじゃねぇしな」

「……ん」

 

 戦慈はどうでも良さげに答えながら、男子生徒の横を通り過ぎる。里琴も戦慈の言葉に頷きながら後に続く。一佳達も一触即発な雰囲気に若干顔を引きつかせながら通り過ぎる。

 男子生徒は少し怒りに震えながらも振り返って戦慈達を睨みつけるが、それ以上は話しかけてはこなかった。

 

 

 

「はぁ~……まさかあんなにケンカ腰の奴だったなんて」

「拳暴の方がマシ」

「ん」

「……当然」

 

 一佳達は男子生徒の事を思い返しながら愚痴りながら教室に戻る。

 戦慈は席に座って、鞄から新しいタンブラーを出す。

 

「まだあったのかよ」

「予備だ。はぁ、しばらくは多めに持ってきとくか。ストレスが溜まりそうだ」

「ドンマイだな」

 

 苦笑して同情する一佳。1位は里琴だが、目立つ見た目やネットニュースのせいで戦慈の方が注目されてしまう。それにいきなりケンカ腰の宣戦布告をされればストレスも溜まるだろう。

 雄英では戦慈のことを怖がる者は少ない。中学と違い、戦慈を恐れず声を掛けてくる連中ばかりで、今までの学校生活と違うのもストレスの原因だったりする。

 

 そうして昼休みが終わり、いよいよ午後の授業。

 妙にソワソワするクラスメイト達。

 そこにブラドが教室に入ってきた。

 

「諸君!いよいよヒーロー科本番だ!ヒーロー基礎学!!単位数も最も多い!気を引き締めて臨むように!」

『はい!』

「それでは今日の授業は……【戦闘訓練】だ!」

 

 いきなり本格的な内容にざわつく一同。

 

「そしてそれに伴い、お前達にコスチュームに着替えてもらう!」

「来たぁ!!」

「待ってました!」

 

 ブラドが手元の機械を操作すると、教室前方の壁の一部がせり出す。

 

「出席番号のトランクの中にお前達が要望したコスチュームが入っている!それに着替えて、演習場γに集合だ!!」

 

 いよいよ初めての訓練が始まる。

 

 



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拳の四 戦闘訓練

 コスチュームを受け取った戦慈達は更衣室に向かう。

 ちなみに更衣室はA組とB組は別である。

 

 戦慈はトランクを開けて、中の物を取り出して着替える。

 アンダーシャツを脱いで上半身裸になると、周囲から息を呑む気配を感じた。

 

「……拳暴……お前、その体……」

「あん?あぁ……暴れりゃあ怪我くらいする。まぁ、これはガキの頃に『個性』を鍛えようとして付いた傷ばっかだけどな」

「いやいや、どんな鍛え方だよ」

「ガキだったからな。無茶苦茶なことばっかしてたんだよ。ケンカしたり、崖から飛び降りたり、車に飛び込んだりした」

「半端ねぇな!?」

「よく生きてたな……」

「体は頑丈なんだよ」

 

 戦慈は答えながら黒いタイツのアンダーシャツを着て、紅い長袖で体にフィットする短丈ジャケット。両手には黒の籠手を身に着ける。そして黒いズボンにブーツ、紅い腰マント。

 昔、自分を助けてくれた人の格好だった。赤の仮面と合うとも思ったのもある。

 

 手を離握手したり、肩を回して動きにくさを確認する戦慈。

 

「こんなもんか」

 

 着替え終えて演習場に向かう戦慈。

 他の男子も着替え終えて、ゾロゾロと後に続く。

 

「戦闘訓練かぁ。でも実技入試とは違うよな?」

「実技入試って何したんだ?」

「ロボットとの戦闘だよ」

「強かったのか?」

「そこまでではなかったな。ビルくらいデカいロボットが1体出たけど」

「拳暴と巻空はそれを吹っ飛ばしたんだろ?」

 

 円場が腕を組んで考えていると、骨抜が首を傾げる。それに泡瀬が答えて、骨抜が再度尋ねる。それに首を傾げながら泡瀬が答え、円場が後ろにいる戦慈を振り返って尋ねる。

 それに戦慈が頷く。

 

「まぁな」

「でも、他にも誰か殴り飛ばしたって聞いたよ?」

「ああ、A組にいるらしいぜ」

「あれを壊せるのが3人もいるのかよ」

「あの程度大したことねぇだろ。人間の方がたちが悪ぃ。あれがポイントあったら全員狙ってただろ?」

『もちろん!』

 

 戦慈の言葉に全員が頷く。

 

 そして演習場に入ると、女子陣はすでにやって来ていた。

 

「お!拳暴」

「……悪役」

「うるせぇよ。おめぇも人の事言えねぇだろうが」

 

 一佳は青いチャイナ風のコスチュームに黒のマスク。

 

 里琴は紅いフードコートに黒のミニワンピース、その下には黒のショートパンツ。腕と脚には黄色のプロテクターを身に着けている。そして戦慈とそっくりの黄色の仮面を着けている。

 

 互いのコスチュームで盛り上がっていると、ブラドとセメントスが現れる。

 

「さて!全員揃ったな!」

「皆、かっこいいじゃないか」

「先生!戦闘訓練って入試と同じロボット相手ですか?」

「そんなわけはない。すでに入試で行ったことを今更やることに意味はないだろう」

「今回の戦闘訓練は……対人戦闘訓練だよ」

「それも屋内での戦闘だ」

 

 ブラドとセメントスの説明に目を見開く一佳達。

 初めてにしてはかなり過激であると思ったのだ。基礎訓練もせずに、しかも屋内での戦闘は屋外での戦闘とは勝手が違う。それをいきなりやるのはかなり無茶ではないかと考えている。

 

「いきなりのように思えるが、屋外での戦闘については入試である程度感覚は掴んでいるだろう。しかし、屋内での戦闘はほとんど経験したことはないだろう?」

 

 ブラドの問いに頷く鉄哲達。

 セメントスが人差し指を立てて、説明を引き継ぐ。

 

「君達やメディアが多く目撃しているのは屋外での戦闘ばかりだと思う。けどね、一番大事なのは()()()()()()()()()()()()()ということなのさ。つまりヴィランの出現率は屋内の方が高いんだ」

「そして現在はヒーロー飽和社会と言われている。実際、街では常に多くのヒーローが巡回しているだろう?そんな中で暴れる奴は少ないだろう。つまり恐ろしいヴィラン程、闇に潜んでいるということになる。そうなると凶悪ヴィランの捕縛は屋内への突入・戦闘が絶対条件となるんだ」

「と、いうことでまずは君達に屋内での戦闘を実体験してもらい、その上で今後の課題や『個性』の活かし方を把握してもらうというわけさ」

「なるほど!」

 

 2人の説明に頷く一同。

 

「では!これからお前達には2人1組になってもらい、ヒーローチームとヴィランチームに分かれて戦ってもらう!」

「生徒同士での戦闘!?」

「そうだ!ここでクラスメイトの『個性』や戦い方も分かる!」

「なるほど」

「では、簡単に設定を伝えるよ。ヒーローチームにはヴィランチームのアジトに隠してある核兵器を処理するために乗り込んでもらう。あぁ、もちろん核兵器はハリボテだよ」

(((当たり前だろ!!)))

「勝敗条件は以下の通り!ヒーローチームは制限時間内に『核兵器を確保する』か『ヴィランチームを捕縛する』こと!ヴィランチームは制限時間までに『核兵器を守る』か『ヒーローチームを捕縛する』こと!」

 

 伝えられた設定と勝敗条件に戦略を考え込む一同。

 それに笑みを浮かべながらブラドは手元の箱を持ち上げる。

 

「チーム決めと対戦相手の決定はくじで決める!」

「……現場では誰と組むかは分からない…か」

「本格的だな」

「では、くじを引け!!」

 

 出席番号順にくじを引く戦慈達。

 戦慈はGチームで中国からの留学生、鱗飛竜とのコンビになった。鱗はキョンシーのようなコスチュームを着ている。

 

「よろしく」

「おう」

 

 里琴は鎌切と組んでAチーム。一佳は骨抜と組んでDチームになった。

 

「……よろ」

「おう」

「頑張ろうな!」

「お手柔らかに」

「では、最初の対決はこいつらだ!ヒーローはEチーム!ヴィランはGチーム!」

「他のチームはビルの地下のモニタールームで観戦だよ」

「よっしゃあ!!勝たせてもらうぜ!拳暴!鱗!」

「いきなり難敵ですな」

 

 Eチームは鉄哲と宍田。

 拳同士を打ち合わせて気合を入れて、戦慈達に宣戦布告する鉄哲。

 

「いきなり面白い組み合わせになったな」

「そうですね」

「では、ヴィランチームはビルに入って準備をしろ!ヒーローチームは5分後に外からスタートだ!」

 

 ブラドの言葉に移動を開始する一同。

 五階建てのビルに入って、戦慈達は作戦会議をする。

 

「あの2人は近接型だったな。鱗、てめぇは?」

「俺の《鱗》は飛ばすことも出来る。お前も近接型だよな?」

「基本はな」

「どうする?俺が先行するか?」

「それについて提案がある」

 

 戦慈は鱗に作戦を伝える。それに目を見開く鱗だが、すぐに頷いて笑みを浮かべる。

 そして2人は準備に入った。

 

 鉄哲と宍田はマップを覚えながら、作戦を練る。

 

「私が索敵ですな」

「ああ、けど俺らはどっちも近接タイプだ。2人で移動するべきだな」

「そうですな。問題はヴィランチームのどちらが前に出てくるか……」

「鱗の『個性』がはっきりとしてねぇからなぁ。でも実力を考えたら鱗が出てくるはずだ」

 

 そろそろ5分という時、

 

ドオォン!!

 

「「!?」」

 

ドオォン!!

 

 ビルの中から音が響いてきた。それも2回。

 

「……何か仕掛けたってことだよな?」

「でしょうな」

「……ああ!!考えても分かんねぇ!!どうせ突っ込むしかねぇんだ!!行くぜ!宍田!」

「おう!」

『では!!STARTだ!!』

 

 開始の合図が告げられる。

 鉄哲は迷うことなく扉に向かい、鍵がかかっている扉を殴って吹き飛ばす。

 

「っしゃあ!行くぜぇ!!」

「力押しですなー」

 

 宍田が少し呆れながら付いて行く。

 その様子をブラド達は地下で観戦していた。

 

「どっちも力押しだな」

「まぁ、『個性』的にはそうなるよな」

「それに力押しでも拳暴達のは結構いやらしいよな」

 

 骨抜達を筆頭に感想を語る。

 その横で一佳達もモニターを眺めていた。

 

「大半が近接タイプか~。ヴィランチームがどう出るかだよね」

「……決まってる」

「だよなぁ」

 

 切奈が腕を組んで呟くと、里琴がそれに答えて一佳は苦笑しながら頷いている。

 

「というと?」

「すぐに分かるよ」

「……ん」

「ん」

「だからややこしい」

 

 鉄哲と宍田は2階に上がり、階段を探す。

 2階はかなり入り組んだ間取りとなっており、死角が多い。

 

「……宍田、どうだ?」

「いますな!いますな!近づいてきてますなぁ!!」

 

 宍田の《ビースト》は獣化し、体格筋力聴力嗅力視力を大幅にアップさせる。しかし獣化中はとってもハイになる。

 そのため静かに声を掛けても、宍田は大声で返答してしまう。

 

「まぁバレてるからいいか!!で?誰が来てんだ!?」

「俺だよ」

「「!?」」

 

 戦慈が壁を蹴り跳ねながら、奥から現れた。

 

「あれだけ大声で吠えりゃ位置くらい分かるわ」

「お前か拳暴おおおお!!」

「ガアアアア!!」

 

 鉄哲と宍田が拳を構えて飛び掛かる。

 戦慈は鉄哲の額に右ストレートを叩き込む。

 

ガギィン!!

 

 鉄同士がぶつかった音が響き、鉄哲が反り返りながら後ろにたたらを踏む。

 その隙に宍田が爪を振るうが、戦慈はしゃがんで躱し、左拳をアッパー気味に宍田の胸に叩き込む。

 

「づぁ!?」

「ぐふぅ!?」

「……硬化……いや、《鉄》か。それに獣化」

 

 戦慈は冷静に分析して通路を遮るように立つ。

 鉄哲と宍田は体勢を立て直して、戦慈と向かい合う。

 

「痛くねぇ!!」

「まだまだですぞぉ!!」

「なら、行くぞ」

 

 ドン!と強く踏み込んで一瞬で2人に詰め寄る戦慈。それと同時に2人に拳の乱打を浴びせる。

 

「おらららららららららららららら!!!」

「があ!?ご!?ぎっ!?」

「ぬぅ!?おおおお!?ごぁ!?」

 

 高速で放たれる拳の連打に鉄哲と宍田は防ぐことで精一杯だった。

 戦慈の連打は止まるどころか、更に激しくなっているように感じる2人。

 

(とっ!止められねぇ!?)

(獣化しても……見切れないとは!)

「どうしたぁ!!この程度かよぉ!!」

「づあ!?」

「ぐぅ!?」

 

 遂に吹き飛ばされて後ろの壁に叩きつけられる鉄哲と宍田。

 戦慈は追撃せずに拳を構えて、2人を見据えている。

 

「2人がかりで情けねぇなぁ。サービスだ。教えてやるよ。4階と5階に上がる階段は砕いてある」

「「!?」」

「お前らは俺を倒して、登れねぇ階段を上がって、鱗を倒すか核を取らねぇといけねぇぞ?その体たらくでいいのか?」

「くっそぉ!!宍田ぁ!!先に行け!拳暴は俺が止める!!」

「承知ですぞおおおお!!」

 

 鉄哲が飛び出し、その後ろに宍田が続く。

 鉄哲が戦慈に殴りかかると同時に宍田が飛び上がって、先ほどの戦慈同様壁を蹴って飛び越えようとする。

 戦慈は宍田を止めようと上を見上げる。

 そこに鉄哲の右拳が戦慈の腹に突き刺さる。鉄哲はそれで油断せずに先ほどのお返しとばかりに連続で殴り続ける。

 

「おおおおお!!行っけえええ!!宍田あああ!!」

「おおおお!!」

「甘ぇよ」

 

 2人が意気込んだと同時に、戦慈が右手で鉄哲の横顔を掴んで壁に叩きつける。 

 

「ぐぅ!?」

 

 戦慈はすぐさま振り返って駆け出し、階段に迫っていた宍田の左横に猛スピードで迫る。

 その速度に宍田やモニターを見ていたブラド達は目を見開く。

 戦慈は走りながら腰を捻って左アッパーを宍田の腹に叩き込む。宍田は一瞬息が止まるが、腹筋に力を入れて耐え、なりふり構わず両腕を振るった。

 

「ごあああああ!!」

 

 まさに獣の如く叫びながら全力で振るわれる宍田の両腕。

 モニターで見ていたブラド達は吹き飛ばされる戦慈の姿を思い浮かべる。

 

 しかし、戦慈は右腕で右から迫る腕を防ぎ、左から迫る腕はガードもせずに左脇腹で受け止めた。

 

「な……!?」

「驚いてる場合か?」

 

 戦慈は右脚を振り上げて、宍田の顎を蹴り上げる。

 

「ぶぅ!」

 

 戦慈は右脚を勢いよく振り下ろし、そのまま右後ろ回し蹴りを宍田の胴体に叩き込む。宍田はくの字に体を曲げて吹き飛んで、鉄哲の横を通過して床に転がる。

 

「宍田!!」

「よそ見してる場合か?」

「っ!?」

 

ガガガガガガァン!!

 

 鉄哲は宍田を振り返るが、一瞬で戦慈が鉄哲に迫り、鉄哲の頭部に高速で拳の連打を叩き込む。

 鉄哲は鉄化を意識していたが、想像以上の衝撃で意識が飛びかけ、その場で膝をついてしまう。

 

「っ!?」

『拳暴!!状況はどうだ!?』

「おう。問題ねぇ。体も温まってきたしな。もう負けるこたぁねぇ」

「っ!ちっくしょぉ……!」

『……流石だな。油断はするなよ』

「おう」

 

 鱗からの通信を終えて、戦慈は未だ起き上がれない鉄哲達を見下ろす。

 戦慈の体は膨れ上がっており、湯気のようなものが噴き出している。

 

 モニタールームでは戦慈の姿を見ながら冷や汗を流していた骨抜達。

 

「……圧倒的すぎるだろ」

「何か体デカくなってない?」

「煙みたいのも出てるしな」

「……あそこまでパワーが上がるのか」

「拳暴ってどんな『個性』なんだ?」

 

 切奈が里琴と一佳に顔を向けて尋ねる。

 

「……《戦狂》」

「《戦狂》?」

「拳暴の『個性』だ。あいつは体が《強靭》で、ある程度《自己治癒》が出来て、アドレナリンが出る程《パワー》が上がるんだ。それで筋肉が膨れ上がるらしい」

「「「……」」」

「つまりあいつは動けば動くほど、攻撃を受ければ受けるほど力を増す。だから、ああなる前に勝たないとダメだったんだ」

「……無理ゲー」

「「「ホントだよ!?」」」

 

 里琴の言葉に頷いて叫ぶ骨抜達。

 

「まぁ、普段ならあそこから衝撃波ぶっ放して元に戻るんだけど……」

「……屋内……無理」

「ってことだな」

「しかし、その代わり恐ろしい筋肉の鎧とパワーは維持されるということだ」

「限界はないのか?」

「……後3倍」

「ん?」

「……あの3倍まではいけるってことだな?」

「……ん」

 

 一佳達の説明をブラドが補足する。

 泡瀬が里琴に尋ねて、里琴が答えるが意味が通じずに唯が首を傾げる。それを一佳が顔を引きつかせながら通訳して、里琴が頷く。

 その内容に骨抜達はもはや顔を引きつかせることしか出来なかった。

 

 その頃、モニター内では鉄哲がふらつきながら立ち上がっていた。

 

「まだ……負けねぇ……!」

「もう俺にはさっき程度の攻撃は効かねぇ。俺に勝つなら一撃で倒すしかねぇぞ?」

「くっ!っ!?」

 

 戦慈の言葉に歯軋りする鉄哲だが、気づくと目の前に巨大な手が迫っており、避けようとする前に顔を掴まれる。

 

「が!放せぇ!」

「いいぜ」

「!?」

 

 戦慈は右腕1本で軽々と鉄哲を持ち上げて、右横の通路に放り投げる。

 鉄哲は体に物凄くGを感じ、はっきりと状況が分かった時には体が浮いており、遠くに右手をこちらに伸ばしている戦慈の姿が見えた。直後、背中に衝撃を感じて意識が飛ぶ。

 

「が……あ……!?」

「ちっ!力が入りすぎた。まぁ、まずは宍田を抑えるか」

 

 戦慈は宍田に近寄り、捕獲テープを巻きつける。

 

「これで1人。後は鉄哲だな」

 

 戦慈は鉄哲に近寄る。

 すると、鉄哲が立ち上がろうと両腕に力を入れていた。

 

「……」

「ぐ……が……負…けねぇ……」

 

 意識は朦朧としているようで、戦慈が目の前にいるのも気づいていない。

 

「……その鉄みてぇな根性は認めてやるよ」

 

 戦慈は鉄哲の胸元を掴んで持ち上げる。

 それによって意識がはっきりと戻る鉄哲。

 

「ぐ……!」

「だから……歯ぁ食いしばれやぁ!!」

 

 振り返って右拳を握り、振り被る。

 そして鉄哲の左頬に右ストレートを叩き込む。

 

「ぶがぁ!!」

 

 鉄哲は無抵抗で殴られ、体を2回転ほど捻りながら吹き飛んでうつ伏せに床に倒れる。

 そして起き上がることはなかった。

 

『……もう無理だな。ヴィランチームの勝利だ!!』

「おう。終わったぞ」

『……お疲れ。……なんもしてねぇ~』

「まぁ、悪りぃとは思うがよ。わざと行かせるわけにいかねぇだろが」

『分かってるさ。お前と組んだことが幸運であり、不運だっただけだよな』

「ふん」

『拳暴、鱗。地下に降りてこい。鉄哲と宍田はハンソーロボで保健室に運ぶ』

 

 ブラドの声が響き、鉄哲と宍田に目をやると担架を作っている小型ロボに運ばれていく姿が目に入り、「金掛けすぎだろ」と呆れる戦慈。

 鱗も降りてきて、地下に降りようとした時、

 

「あぁ、いけね。先行っててくれ」

「拳暴?」

 

 戦慈は何かを思い出し、外に向かう。鱗は首を傾げて、何となく後をついて行く。

 外に出た戦慈は道路の真ん中に立つ。

 

「?」

 

 鱗は改めて首を傾げると、戦慈は左脚を前に出して、右腕を振り被る。そして全力で右アッパーを空振りする。

 

ドッッッパアアアァァァン!!!!

 

「ひぃ!?」

 

 恐ろしい音と共に、恐ろしいほど巨大な衝撃波が上空に向かって放たれる。

 鱗はビクゥ!と驚いて、尻餅をつく。

 そして戦慈に目を向けると、体が萎んで元に戻っていた。

 戦慈は右腕の籠手やコスチュームを確認する。ヒビや破れたりは一切していなかった。

 

「へぇ、本当に耐えやがった」

 

 戦慈は感心するように頷いて、ビルに戻る。

 座り込んでいる鱗を見て首を傾げる。

 

「何してんだよ?」

「いや……ちょっと驚いただけ」

『おい。何をしてるんだ?』

「ちょっと発散してただけだ」

『……ああ、そういうことか。終わったなら早く降りてこい』

「わかってんよ」

 

 そして地下のモニター室に降りる2人。

 戦慈の体が戻っているのを見て、一佳がジト目を向ける。

 

「なんか凄い音したと思ったら。拳暴、お前か?」

「力溜め込んだまま終わりまでいれるわけねぇだろ。力加減ムズイんだよ」

「それもそうか」

「……圧勝」

「相性が良かったからな」

 

 里琴の言葉に肩を竦める戦慈。

 そこにブラドが声を上げる。

 

「さて、鉄哲と宍田がいないが、一応講評するぞ」

「と言っても拳暴が暴れただけじゃ?」

 

 物間が首を傾げる。

 

「結果はそうだな。だが、それ以外では最初に階段を砕いたのが見事だ。それを踏まえて鱗が5階に残ったのもな」

「え?」

「鱗は鱗を飛ばすことも出来る。つまり崩れた階段の上で待機しておけば、登ってくる前に射撃で攻撃することが可能だった。だから拳暴が抜かれたとしても、足止めをする手段は十分に講じられていた。そうだな?」

「はい」

「鉄哲は身体能力が上がるわけじゃねぇからな。宍田に抜かれても、すぐに鉄哲を放置して追いかけて、挟み撃ちにする予定だった」

「ということだ」

 

 ブラドと戦慈の説明に得心したように頷く一同。

 戦慈の身体能力なら階段などなくても飛び上がれる高さだった。なので階段を砕いて一番厄介そうだったのが宍田だったのだ。

 

「鉄哲達も宍田を行かせようとする判断は間違っていなかった。拳暴の実力を測り損ねたのと、捕縛が意識から抜けていたのが大きな敗因だな」

「鱗君も活躍は出来なかったかもしれないが、役割に徹することも大事なことだよ。今回は2対2と分かっていたから、あそこから動いても問題はなかったかもしれないが、本番だったらいつ援軍が来るか分からないからね」

「ありがとうございます……!」

 

 セメントスのフォローに鱗は頷きながらホロリと涙を流す。

 

「MVPは文句なく拳暴だ。戦闘技術も見事だった」

「流石にあれ以上殴られてたらヤバかったけどな」

「え?里琴は後3倍はいけるって言ってたけど?」

 

 戦慈の言葉に切奈が首を傾げ、それに一佳達も頷く。

 

「力を溜めるだけならな。あれ以上だと力加減したつもりでも衝撃波が出て、壁吹き飛ばしちまう。鉄哲達の体も打撲とかじゃすまねぇ」

「……バケモンじゃん」

「パワーが上がるのもいい事ばかりじゃないのか」

「贅沢な悩みだねぇ」

 

 肩を竦めて話す戦慈に、切奈や一佳は苦笑し、物間が嫌味たっぷりに両手を広げる。

 

「そこらへんは考えねぇといけねぇな」

「だったら一度サポート科の工房にでも聞いてみなさい。コスチュームのライセンス持っている先生もいるから、相談に乗ってくれるよ」

「ああ……そんなんあったな。分かった」

「拳暴、敬語」

 

 セメントスのアドバイスに頷いていると、一佳がジト目で注意する。それに再び肩を竦める戦慈。

 

「よし!階段が壊れたこともあるし、2回戦はビルを変えて行う!移動するぞ!」

「その前に、次の対戦チームを決めましょうか」

「おっと、そうだな。では、くじ引きだ!」

 

 ブラドが箱に手を入れて、ボールを取り出す。

 

「ヒーローチームはFチーム!ヴィランチームはAチームだ!」

「巻空とか~」

「全力を尽くすのみです」

「……やる」

「ヒャヒャヒャ!斬り刻んでやるぜぇ!」

「……鎌切って、こんな奴だったっけ?」

「初めて知った」

「ん」

 

 Fチームは円場と塩崎だった。

 それに無表情ながら気合を入れる里琴に、突如ハイになり物騒な言葉を叫ぶ鎌切。

 

 やや不安になりながらも、次の戦いに向けて移動を開始する戦慈達であった。 

 

 



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拳の五 戦闘訓練:その2

 ビルを変えて、準備をする里琴達。

 

「俺が前に出るかぁ?」

「……行ける?」

「きひゃひゃ!塩崎のツルは斬りがいがあるぜ。円場の奴も砕けねぇわけじゃねぇ」

「……ん。……任せる」

 

 鎌切の『個性』は《刃鋭》。体から刃を生み出すことが出来る。

 円場は《空気凝固》。吹いた空気を固めることが出来る。そして茨は《ツル》。髪の毛をツルのように伸ばして、操作することが出来る。

 

 戦慈達はモニタールームで作戦を練っている里琴達を眺めながら、各チームの作戦を推測する。

 

「里琴達はどう出ると思う?」

「鎌切は塩崎……だったか?塩崎のツル相手には強いように見えるが量に制限がないなら、塩崎が有利だな。しかもツルや空気を固めて足場に出来るなら、いきなり5階に現れかねねぇ。相手が動かねぇ限り、作戦が決めれねぇだろうな」

「やっぱ、そうだよな。塩崎と円場もどちらかと言えば防衛向き。攻める以上正面突破か、奇策かのどっちかだよな」

「だから基本的には鎌切が前に出て、里琴が防衛だろうな」

 

 戦慈と一佳の推測に唯達も頷きながら聞いている。

 

 その頃、円場は茨との作戦会議で困惑していた。

 

「いや、だからさ。俺が足場固めて、塩崎のツルで一気に5階まで行けば、速攻じゃん?」

「そのような謀……穢れに通じます。裁きが下ります」

 

 茨は両手を胸の前で組んで祈りながら、円場の作戦を拒否する。それに円場は頭を抱える。

 

「作戦だぜ?相手は核兵器を持ってるんだ。正面から行っても危険だぜ?」

「私は裁かねばいけません。悪と同じ道は歩けません」

 

 聞く耳を持たない茨に、円場はどう説得したものかと必死に考える。

 しかし、無情にも開始の合図が告げられる。

 慌てる円場を横目に、茨は入り口の前に立ち、ツルを動かして扉を突き破って建物内に伸ばしていく。

 

「正面突破だな」

「なんか円場の奴、慌ててないか?」

「……まさか塩崎があそこまで頑固だったとは」

「意外というか何というか……」

 

 泡瀬が円場が妙に慌てている様子を見て、首を傾げる。その横では小型無線機で会話を聞いていたブラドとセメントスが茨の言動に呆れていた。

 ツルはドンドン伸びて、建物内を蹂躙していく。しかし、その途中でツルが何かに斬り裂かれた感触を感じ取った。

 

「見つけました。3階あたりでしょうか。恐らく鎌切さん」

「くそ!塩崎はそのまま鎌切を引きつけてくれ!俺が上から行く!」

 

 円場は息を吹いて足場を作り、それに乗って5階を目指し始める。そして3階まで登った時、5階の窓から影が飛び出してきた。

 

「はぁ!?」

「……やー」

 

 もちろん飛び出してきたのは里琴。

 目を見開いている円場を捉えた里琴は、左腕を振って竜巻を発生させて、円場に襲い掛かる。

 円場は真上の空気を固定して壁を作るが、里琴の竜巻の方が大きかった。竜巻は円場をすり抜けるように通り過ぎた。

 

「え!?って、しまった!」

 

 円場は一瞬唖然とするが、すぐ下にいる茨が狙いであることに気づいた。

 茨は上から迫る竜巻に気づいて、周囲を覆う様にツルを張る。それにより鎌切に伸ばしていたツルが切り離さぜるを得なくなってしまう。

 

「……成功。……3階窓」

『了解ぃ!』

 

 里琴は右手で細めの竜巻を放ち、円場の空気壁に叩きつけて円場の注意を引く。左手はクルクルと回して、茨への竜巻を維持しており、両足裏に竜巻を生み出して空中に浮かんでいる。

 

 その光景を骨抜達は腕を組んで唸りながら、見つめている。

 

「3つの竜巻をあそこまで細かく制御出来るのかよ」

「大きさまで変えられるのか」

「塩崎が入り口に入って、ツルを発動していれば円場だけで済んだのだろうが……」

「そうですね。少し油断したようですね」

 

 すると、里琴が左手でコントロールしていた竜巻を解除する。

 それに円場やブラド達は訝しむが、ビルの窓から鎌切が円場に向かって飛び出してくる。

 

「斬り刻むぜぇ!」

「げ!?」

 

 円場は慌てて壁を作り出して、鎌切の両腕の刃を防ぐ。

 その隙に茨が鎌切にツルを伸ばそうとしていたが、猛スピードで里琴が上空から円場達の横を通り過ぎて、茨に迫ってきた。

 

「!!」

「……ていやー」

 

 両腕を振って2本の竜巻を生み出し、茨を挟み込むように操作する里琴。茨はツルを地面に突き刺して、左右から壁のようにツルを生やす。さらにツルを束ねて里琴に伸ばす。竜巻はツルで防がれてしまい、里琴はツルを避けながら体をスピンさせ、自身の周囲に竜巻を生み出してツルを引き千切る。

 そして、そのまま茨の元へ突撃する。

 

「半端ねぇな!?」

「っていうか、もはや屋外戦闘になってますけど。いいんですか?」

「……よくはないが……そういう作戦を仕掛けたのがヒーローチームだからな」

「それに対応したヴィランチームを責めるのも、止めるのもお門違いだねぇ。よくはないけど」 

「あ、円場が捕まった」

 

 切奈の言葉にブラドとセメントスは顔を顰めるが、そうなった原因は茨と円場の作戦が原因なので今更注意するのもおかしな話だと判断する。

 その時、鎌切が円場の壁を破り、捕縛テープを巻きつける。

 

「ヤバイこと言ってたけど、なんだかんだしっかりしてんな」

「これで塩崎だけだな」

「里琴は大丈夫なのか?」

「問題ねぇだろ。鎌切が来たしな」

 

 鎌切が茨に斬りかかり、ツルを斬り裂いて行く。それを確認した里琴は、すぐさま竜巻で飛び上がり5階まで戻る。そして核を確認して、再び窓際に戻る。

 下では鎌切が全身から刃を生やして、ツルによる拘束を防いでいた。

 

「……入り口」

『了解!』

「……やー」

 

 上半身だけ窓から乗り出して、気の抜けた掛け声で竜巻を放つ里琴。それと同時に鎌切はビルの入り口まで下がる。

 茨は再び周囲をツルで覆い、竜巻を防ぐ。しかし、それを見た鎌切が再び飛び出して、ツルを斬り裂く。

 

「ひゃひゃ!斬られろぉ!」

「くぅ!」

 

 茨が鎌切にツルを伸ばそうと囲いを解除した瞬間、ズダン!と真後ろに里琴が降りてきた。

 

「っ!?」

「……ててぇい」

「くぅうう!?うあ!」

 

 ツルが伸びる前に里琴は両手からそれぞれ小さな竜巻を放ち、茨を吹き飛ばして壁に叩きつける。衝撃と痛みに呻いた茨は崩れ落ちて、膝をつく。その隙に鎌切が近寄り、捕獲テープを巻きつける。

 

『ヒーローチーム捕縛!ヴィランチームの勝利だ!』

「……ブイ」

「よっしゃあ!」

 

 勝者が告げられて、無表情でピースする里琴と叫ぶ鎌切。円場と茨はガックリと肩を落とす。

 

 地下に降りた里琴達は講評を受ける。鉄哲と宍田もリカバリーガールにより治療されて、戻って来ていた。

 

「塩崎は搦手が嫌なのは構わんが、状況に応じて我慢することも学べ。あれが本当に核兵器なら時間がかかる戦い方は相手を下手に刺激するだけだ。それに屋内に入らなかったのは油断したな。あれがなければ、間違いなく結果はもっと変わっていただろう」

「……はい」

「円場はフォローしようとしたのは見事だが、もう少し塩崎の暴走を活かすべきだったな。2人揃って外にいたのでは、的にしかならん。塩崎が駄目なら、お前が屋内に入って鎌切や巻空を引っ掻き回すべきだった」

「……はい」

「鎌切は言葉は荒っぽいが、よく巻空の意図を理解して動いていたぞ」

「はい」

「そして巻空。竜巻の使い方や飛び出すタイミングは見事という他ないな。2人を外にくぎ付けにして、注意を引いたのはリスクもあるが、あの場面ではベストタイミングだった」

「……ブイ」

「ただし……屋内訓練なのに、屋外になったのは授業の観点からは減点だ。ちゃんと授業の趣旨を理解して、動くように」

「「「「……はい」」」」

 

 ブラドの言葉に頷く里琴達。それを一佳達は苦笑しながら見つめている。

 

「ま、里琴は『個性』的には外で戦いたかっただろうけどな」

「だろうな。だから飛び出したんだろ。あのタイミングなら円場達の作戦のせいに出来るかんな」

「やっぱりか」

 

 ビルには一切損壊はないので、そのまま3回戦目へ。

 ヒーローチームは一佳と骨抜。ヴィランチームは回原と切奈となった。

 

「よし!行ってくる!」

「……行ってら」

「ま、頑張りな」

「ん!」

 

 一佳はパン!と手のひらに拳を合わせて、外へと向かう。それに戦慈達は軽い声援で送り出す。

 鉄哲は骨抜と回原に声を掛けて、切奈もポニーと柳に声を掛けられて外に向かう。

 

「さて、今度は推薦入学者同士の戦いだな」

「楽しみが多いですね」

 

 外に出た一佳と骨抜はさっそく作戦会議を始める。

 

「回原は《旋回》、切奈は《トカゲのしっぽ切り》。体力テストの様子からすると、やっぱり厄介なのは切奈だな」

「だな。俺の《柔化》じゃ取陰を押さえ切れないし、核の確保時には使えねぇ。っていうか、屋内ではあんまり使えない」

「あいつらは偵察に切奈を使うはず。厄介なのは手だけで捕獲テープを持っている場合だ。でも、それを切奈が理解してないとは思えない。だから、どこかで必ず回原が前に出てくるはずだ。切奈の部位の方が核を動かすには向いてるしな。……よし!拳暴の作戦をもらおう!」

「?」

 

 一佳の言葉に骨抜は首を傾げる。一佳から作戦を聞いた骨抜は、少し考え込んで頷く。

 そして開始が告げられる。

 

 一佳と骨抜はビルの壁を柔らかくして侵入する。

 

「ぷは!」

「行けるか?」

「問題ないよ。周囲は?」

「今の所、何も見えないな。やっぱ、1階は避けてるみたいだな」

「やっぱ床を柔らかくされるのは嫌だよな。まぁ、ここは地下があるから出来ないんだけど」

 

 本来なら1階では床を柔らかくするのに戸惑いは少ない。なので切奈達からすれば、1階で戦いを避けるのは当然の選択である。一佳達はそれは予測済みなので、特に落ち込んだりはしない。

 2人は2階に上がる。常に周囲を確認し、角を曲がるときも必ず上下左右を確認してから曲がる。

 3階に上がろうとしたところで、足を止める。

 上がった先に人の手だけがテープを持って、ふわふわと浮いていたのだ。

 一佳は骨抜に声を掛ける。

 

「どう思う?」

「罠だろうけど……あの先に回原がいるかどうかだな。まぁ、いるだろうけど」

「どっちを狙ってるかだよな」

「だな」

「……ここは力業で行くか。私が行くよ」

 

 一佳がダン!と走り出して階段を駆け上がり、両手を巨大化し突き出して階段一杯に手を広げる。重ねた手の隙間から前を見ながら、切奈の手を巻き込んで壁に叩きつける。壁は砕けて、穴が開く。

 そして、すぐさま両腕を広げて左右へ牽制する。

 

「うわ!?」

「回原!一気に行くよ!」

「おっけー」

 

 一佳は巨大な手のまま、回原に一気に殴りかかる。回原は腕を回転させるも、一佳のパワーの強さに耐え切れずに後ろに飛ばされる。

 

「でっ!?な、なんてパワーだよ!?トラックかぁ!?」

「骨抜!」

「了解!」

 

 回原が吹き飛ばされて転んだのを確認して、一佳は階段を目指して走り出し、骨抜が回原に近づく。

 回原は全身を回転させて跳ね起きる。しかし、直後に足場が沈む。

 

「!?」

「じゃあな」

 

 回原は何も出来ずに下の階に落ちる。

 

「いって!ちくしょう!」

 

 回原はすぐさま走り出して、階段に向かう。そして、階段に足を掛けた瞬間、また足が沈み込む。慌てて指を回して壁に突き立てようとしたが、壁も柔らかくて突き立てられず、下に落ちていく。

 

「うぇ!?」

「あ、悪い。階段とその壁も柔らかくしといた」

「なあああ!?」

 

 回原はどうすることも出来ず、1階まで落ちていった。

 

 鉄哲達がその光景を見て、唸っていた。

 

「床も壁も柔らかく出来るのか!」

「……俺達の時の真似か」

「それにしても拳藤のパワーすげぇな」

「あいつは手がデカくなった分、力も上がる。体力テストじゃ、計測器が小さくて発揮出来なかったみてぇだけどな。それが上手く作用したみてぇだな」

「それにしても骨抜も拳藤もお互い判断が早いな」

「ですね」

 

 一佳達は一気に駆け抜けて5階を目指す。

 

「時間も大分使った!一気に行く!」

「了解!」

 

 そして最後の階段を上り始めた瞬間、

 

「ハイ、しゅーりょー」

「「!?」」

 

 突如、上から大量の何かが降り落ちてくる。一佳達はそれを振り払おうとしたが、それは意志を持っているように躱した。そして一佳達に体当たりしてくる。

 

「くっ!」

「鬱陶しい!」

「悪いねー。一佳みたいなパワーなんてないからさ」

 

 切奈が階段の上で顔だけ浮かして、ニヤニヤしながら一佳達を見下ろしている。ただ、その顔には左目だけが無かった。

 そこに、

 

「悪ぃ!遅くなった!」

 

 回原が現れた。

 

「な!?どうやって?」

「私の体だよ。それを足場にさせたのさ。骨抜が階段を崩すのは予想してたからね。だから回原の近くに潜ませておいた」

「ちぃ!」

 

 一佳は右手を巨大化して、腕を振るう。そのパワーと起こされた風で切奈の部位が壁に叩きつけられる。

 

「おぉっと!想像以上のパワーだねぇ!」

「よし!」

「拳藤!足元!」

「っ!?」

 

 一気に距離を詰めようとした一佳だが、骨抜の声に下を見る。そこには捕獲テープを持った切奈の両手が浮かんでいた。

 すぐさま足を蹴り上げて、両手を払う。

 

「あらら。残念」

「厄介だな!」

 

 骨抜は回原の相手で精一杯だった。足元を崩しても、切奈の体を足場にして飛び上がってくる。

 

「いってぇ!」

「悪い!取陰!捕まえるまでは出来そうにない!」

「いいよいいよ。時間までもう少しだし」

「くそっ!……ん?」

 

 一佳は顔を顰めるが、ふと切奈の体に部位が戻っていくのを見つける。それに違和感を感じた一佳。

 

(確か切奈の体って再生するんじゃ……戻す意味はなんだ?……そうか!)

 

 違和感の正体に気づく一佳。すぐさま両手を巨大化して、腕を振るって切奈の体を叩き続ける。体に戻ろうとしていた部位にも手を伸ばして掴み取る。

 

「げ!?」

「体の再生なんて体力使うに決まってるよな!だから体に戻して再生を節約してる!」

 

 一佳は体の部位をどんどん掴み取りながら、切奈に走り迫る。すでにテープを持っていた手も掴み取っている。

 切奈は慌てて離れて一佳の拳を躱すが、手足もないので反撃が出来なかった。

 一佳は腕を振るうと同時に手に掴んでいた切奈の部位を、切奈に向けて投げつける。

 

「ひどっ!?ぎゃん!?」

 

 顔に当たり、よろける切奈。一佳はその隙に奥に行き、核兵器を探し出して駆け寄る。

 そして掴み取る。

 

「掴んだ!」

『そこまで!ヒーローチームの勝利だ!』

 

 ブラドの声が耳に響いて、戦いをやめる骨抜達。

 切奈はため息を吐いて、上半身を床に横たえる。

 

「はぁ~……負けた~。皆さ、私の体の扱い雑過ぎない?」

「ごめんごめん。でも、それくらいしないと勝てなかったんだよ」

「悪い!取陰!大丈夫か?」

「まぁ、あんまり痛みはないからね。いい気分ではなかったけど」

 

 話してる間にもポコポコと体が再生していく切奈。

 一佳が巨大化した手に乗せて、地下に降りていく。

 

「取陰。大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。もうすぐ全部再生しますから」

「そうか。では講評後、新しいビルに移動する。と言っても、今回はあまり注意することはないがな」

「そうですね」

 

 ブラドとセメントスの言葉に一佳達4人は笑みを浮かべる。

 

「拳藤と骨抜は、役割分担が見事だったな。ビルの倒壊を考えて柔化する範囲も限定的にしていたし、戦闘の見極めもうまく出来ていた。最後は少しごり押しだったが、取陰の『個性』を観察して攻め時を見極めていた。今回はまぁ、及第点だな」

「取陰さんも骨抜君達の作戦を見事に推測して、作戦を練りました。『個性』を晒し過ぎたかもしれませんが、あそこで姿を見せないと拳藤さん達に威圧は与えられないですからね。仕方がないことでしょう」

「それを少しでも目を逸らすために回原を呼び戻せる策を考えていたし、回原もその役割はしっかりと果たしていた。後は相手を抑えられるように精進することだな」

 

 教師陣の言葉に頷く4人。

 そして次のビルに移動する一同。

 

「……おつ」

「ん」

「ありがとな」

 

 一佳を労う里琴と唯。切奈も完全に再生を終えて、女子は女子で固まる。そこに戦慈が護衛のように立っている。里琴が隣にいることと一佳も里琴の所に近づくせいで、必然的に戦慈の近くは女子で溢れる構図である。

 

「拳暴の周りは華やかで羨ましいねぇ」

「俺が連れてるわけじゃねぇよ」

 

 物間が揶揄う様に声を掛けてきたが、戦慈は適当にあしらう。それでもしつこく揶揄っていたが、一佳の手刀で沈められる。

 

「なんでこいつはケンカを売るんだ?」

「……精神崩壊」

「怖」

「ん」

「醜き心は堕落を招きます」

「もう遅くない?」

「カワイソウな人デースね」

 

 女子全員から辛辣な言葉を掛けられる物間。そんな物間を何故か戦慈が抱えることになり、鉄哲達から不憫な目で見られる。

 

「物間に目ぇ付けられて、女子からは荷物持ち扱いされてんな」

「女子に囲まれるのもいいことばかりじゃないってことだな」

「雄英ヒーロー科にいる女子がお淑やかってのも珍しくねぇか?」

「次の試合を始めるぞ!気を引き締めろ!」

 

 ブラドの声でピン!と背筋を伸ばす一同。地下に降りて、物間はポイ!と壁際に捨てられる。

 

 その後もそれぞれの戦闘を観戦する戦慈達。

 こうして最初の戦闘訓練は無事に終了した。

 

 戦慈は更衣室で着替えていると、鉄哲に声を掛けられる。

 

「拳暴!」

「あん?」

「今日は負けたけどな!次は負けねぇぞ!」

「まぁ、頑張れや」

「おう!」

「余裕そうだねぇ。拳暴」

「……またかよ」

 

 物間が戦慈に声を掛けてきて、うんざりと顔を顰める戦慈。

 

「本当に周囲なんて眼中にないんだねぇ」

「物間!お前、いい加減にしとけよ!」

「僕は感じたことを言っているだけさ」

「だからって言い方ってもんがあるだろ!」

 

 物間に詰め寄る鉄哲。物間は両手を上げながらも、はっきりと言葉を続ける。

 

「やめろ。鉄哲」

「拳暴……!?でもよぉ!」

「事実だしな。周りがどうでもいいのは」

 

 戦慈の言葉に目を見開く鉄哲達。

 それに物間も一瞬目を見開くが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「へ、へぇ~。それはそれは……」

「ここで1番やら2番やら張り合えば、人を救えんのか?」

「え?」

 

 戦慈は立ち上がって、正面から物間と向き合って見下ろす。

 それに物間は一歩後ずさる。

 

「俺は人を救うために、ここに来た。周りと張り合えば誰かが救えんのか?ヴィランは現れねぇのか?」

「……っ!」

「……拳暴……」

「順位だなんてどうでもいい。ライバルなんてどうでもいい。俺は手の届く誰かを確実に救える力を得るためだけに雄英に来た。それだけだ」

 

 そう言って戦慈は更衣室を後にする。

 その背中を追える者は誰もいなかった。

 

 HRは妙に重苦しい雰囲気で終える。

 それにブラドや一佳達女性陣は首を傾げる。

 

「なぁ、拳暴。他の奴らはどうしたんだ?」

「俺のせいだろな」

「は?何したんだよ?」

「さぁな。俺は思ったことを言っただけだかんな」

 

 戦慈は鞄を担いで教室を出ていく。里琴もそれに続く。

 一佳はさらに首を傾げ、鎌切に声を掛ける。そして鎌切から更衣室での出来事を聞く。それが聞こえていた他の女性陣は顔を顰めて、物間を見る。ブラドも聞こえていたようで、腕を組んで物間を見る。

 それに物間は顔を引きつらせながら笑みを浮かべるが、流石にやらかしたと反省していた。

 

「あいつがそんなことを……」

 

 一佳は顔を俯かせて考え込む。

 結局の所、一佳は何故戦慈があのようなヴィジランテ活動をしていたのかは聞けていない。聞いてもはぐらかされてきた。なので戦慈がヒーローを目指す理由は知らない。

 それでも戦慈の普段のトレーニングなどを見ていると、生半可な理由ではないことは想像がついていた。だからこそ、戦慈のことを尊敬していた。

 

「……聞いても答えないだろうな。あいつ」

「まぁ、物間。明日、しっかりと謝罪するように。初日から仲間割れはしてほしくはない」

「……はい」

 

 一佳は考え込みながら、帰宅する。

 台所にタンブラーが置かれているのを見つける。

 

「……よし!私は度胸!」

 

 やや意味不明な言葉を叫んで、戦慈の家に向かう。そして部屋の前で深呼吸して、チャイムを鳴らす。

 扉を開けたのはもちろん里琴。

 

「……おかわり?」

「うん……まぁ……」

「……上がる」

「へ!?い、いいのか?」

「……ん」

 

 里琴に促されて、恐る恐る部屋に上がる一佳。

 中はシンプルな家具でまとめられており、娯楽物はなかった。

 戦慈はベッドの上で横になっており、寝転びながら教科書を読んでいた。

 

「あん?なんで拳藤がいんだよ」

「……コーヒー」

「ああ……なんか言ってやがったな」

「悪いな」

 

 里琴の言葉に思い出した戦慈は起き上がって、キッチンに向かう。

 一佳は里琴に促されてクッションに座る。

 

「……このクッションは」

「里琴が自分の部屋から持ってきたのと、あの警察の婦警が買ってきたもんだ」

「あぁ……そういえば警察の人とかが家具を工面してくれたって言ってたな」

 

 戦慈がクッションを買う性格とは思えなかったので、首を傾げるとキッチンから戦慈の声がする。

 それに鞘伏達のことを思い出して、納得する。

 キッチンからコーヒーの香りが届き、楽しみになる一佳。

 

「そういえば……物間が項垂れてたぞ。まぁ、自業自得っぽいけどさ」

「あ?あ~……まぁ、俺の言い方もケンカ売ってたしな」

「そうか?まぁ、お前の本気にビビっただけだろ?実際、下手に張り合ったって仕方ないんだしさ」

 

 競うのはいい事だが、張り合い過ぎるのは駄目だと一佳も思っている。

 いつかは共に人を救うために活動するのだ。張り合い続けて、それが卒業後も続けば、ただの足の引っ張り合いになる。そう考えていた。

 

 戦慈がタンブラーとコップを持って部屋に戻ってくる。

 一佳の前にタンブラーとコップを置く。

 それに首を傾げる一佳。

 

「ん?」

「部屋にあげといて、タンブラーだけ渡すのもな」

「それは私がっていうか、里琴だけど……」

「里琴のコーヒーがいいのか?濃いなんてレベルじゃねぇぞ?」

「悪かった」

「……むぅ」

「お前は何で料理は出来るのに、コーヒーや紅茶とかは駄目なんだよ」

「……秘密」

「「何がだ!?」」

 

 里琴の言葉にツッコむ2人。

 その後、一佳はコーヒーを飲んで、気分良く帰宅する。

 

「……あ。話聞くの忘れた。……まぁ、いいか」

 

 まだまだ時間はある。

 いずれ聞かせてもらえる機会もあるだろうと考える。

 

 夕食を食べ終えた一佳は、さっそくとばかりに戦慈のコーヒーを飲む。

 

「ふふ。やっぱり美味いな」

 

 笑みを浮かべて、味と香りを楽しむ。

 

 明日も頑張ろう。

 一佳はそう気合を入れるのだった。

 

 



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拳の六 委員長

 翌日。

 

 戦慈達はいつも通りの雰囲気で登校する。

 すると、校門前になにやらカメラやマイクを構えた集団が待ち構えていた。

 

「なんだ?マスコミ?」

「うざってぇ所に立ってやがる」

「……邪魔」

「でも、行かないと入れないな」

 

 一佳は首を掲げて、戦慈は仮面の下で顔を顰め、里琴はいつも通り無表情で校門に近づく。

 すると、マスコミ達も戦慈達に気づく。

 

「あ!生徒だ!」

「って、あの赤仮面は!?」

「例のヴィジランテ活動してた男!」

「ねぇねぇ!オールマイトの授業はどうですか!?」

 

 戦慈のことに気づいたマスコミ達は鼻息荒く、戦慈達に詰め寄る。

 そして今年から教師として赴任したNo.1ヒーロー、オールマイトについて質問してきた。

 

「俺らはまだ受けてねぇし、会ってもねぇ。だから知らん。どけ」

「じゃあ、どんな授業を期待していますか!?」

「どうでもいい。だから、どけ」

「その仮面は何でつけてるんですか!?」

「関係ねぇだろ。どけ」

「その2人はクラスメイト?それとも!?」

「黙れ独身ババア。どけ」

「だ、誰が独身ババアだ!?」

「あんただ。どけ」

 

 律儀なのか暴言なのか。なんだかんだ言葉を返しながら校門をくぐる戦慈達。

 流石に校門の中まではマスコミも追いかけてこなかった。

 

「サンキュ」

「……それとも?」

「うっせぇよ」

 

 一佳は戦慈に礼を言う。戦慈がああいう対応をしたのは里琴と一佳からマスコミを少しでも遠ざけるためだと分かったからだった。

 里琴は戦慈をからかい、そのことに一佳の礼と合わせて顔を顰めて少し不貞腐れたように答える戦慈。

 それに一佳と里琴は顔を見合わせて微笑む。里琴は無表情だが、瞳が少しだけ柔らかく思えた。

 

「それにしても、オールマイトの授業かぁ」

「授業なんざ誰でも同じだ。手本が派手か堅実かの違いだろうが」

「……真似できない」

「それもそうだな」

 

 オールマイトの活動の真似が出来れば誰も苦労しない。

 確かに手本を見せられても厳しそうだなと思う一佳だった。

 

 教室に入ると一瞬周囲の目が戦慈に集中するが、戦慈は特に気にせず。

 そこに物間が近づいてきた。

 

「拳暴」

「あん?」

「昨日はすまなかったね」

 

 物間が頭を軽く下げて謝罪する。

 それに戦慈はパタパタと右手を振る。

 

「気にすんな。気にしてねぇからよ。俺の態度も問題だって自覚はあるしな」

「あ、そうかい?じゃあ……」

「じゃあ、じゃない!」

「かふっ!?」

 

 戦慈の言葉にいつもの調子に戻ろうとした物間に、一佳が素早く手刀を叩き込んで倒す。

 そのまま引きずって席に座らせる。

 

「……恐ろしく手際が良いな」

「でも、静かになるから助かるわ」

 

 誰も物間の心配はしない。

 まだ2日しか経っていないのに、すでに扱いが決まった物間であった。

 

「今日は何するんだろうな?」

「昨日の戦闘訓練を受けての基本訓練じゃね?」

「でもさぁ、オールマイトの授業も受けたいよね。ドワァ!って感じな授業をババーン!ってやってくれるのはワクワクするよね!」

「わりぃ、吹出。分かんねぇ」

「シクシクだぁ!?」

 

 他の生徒達もオールマイトのことで盛り上がっていた。

 それだけオールマイトはヒーローを目指す者にとって憧れなのである。

 

「でもさぁ、なんだかんだでぇ普通の授業も大変だよねぇ」

「試験もあるしなー」

「ヒーロー基礎学にも座学あるんだもんな」

 

 今後の学生生活を思い浮かべながら話し合うクラスメイト達。

 戦慈と里琴は後ろでタンブラーを傾けながら、のんびりとしていた。

 唯、柳と話していた一佳がそれに気づいて首を傾げる。

 

「あれ?里琴もコーヒー好きなのか?」

「……んーん」

「ん」

「ややこしい」

「こいつのはカフェオレだ」

「……美味い」

「それも拳暴が淹れてるのか?」

「毎朝いつの間にか部屋に来てタンブラーを掲げて、ずっと横に立たれてたら仕方ねぇだろうが」

「……そっか」

「……ブイ」

「なんの?」

 

 得意げにピースする里琴。それに今日は柳が最初に突っ込んだ。

 

 そして予鈴が鳴り、クラスメイト達が席に座るとブラドが教室に入ってくる。

 

「さて、今日はさっそくだがお前達にあることを決めてもらう」

「あること?」

 

 切奈が首を傾げる。

 それに頷いたブラドは全員を見渡して頷く。

 

「お前達に……学級委員長を決めてもらう!」

『いいんちょーー!!』

 

 ブラドの言葉に盛り上がるクラスメイト達。

 戦慈と里琴は特に盛り上がらない。

 

「うむ!やる気があっていいな!では、決めてもらおうとは思うが……自分でやりたい奴ばかりだろうしな。他の者を推薦したい者はいるか?」

 

 ブラドの言葉に戦慈と里琴は手を上げて、一佳を指差す。

 

「拳暴と巻空は拳藤だな?」

「え!?」

 

 ブラドの言葉に一佳が勢いよく2人に振り返る。

 

「拳藤は中学でも委員長してたかんな。経験ある奴がやるべきだろ。ダルいし」

「……面倒」

「本音は隠せ!!」

 

 一佳が2人の言葉にツッコむ。

 しかし、それに他の者達も納得するように頷く。

 

「1位と2位にツッコめるしなぁ」

「戦闘訓練でもいい判断してたしな」

「なにより物間を黙らせることが出来る」

「おいおい」

「え?……皆?」

「俺は異議なし!」

 

 鉄哲が声を上げると、他の者達も頷いた。

 

「では、委員長は拳藤だな。いけるか?拳藤」

「……はぁ。分かりました。やります」

「では、副委員長も決めてほしい。これはどうだ?」

「普通な奴がいいです」

「じゃあ物間は駄目だな」

「おいおい」

 

 即行で選択肢から消える物間。

 

「副委員長は男子に頼みたい」

「じゃあ、やっぱり物間は駄目だな」

「そろそろ泣くよ?」

「拳暴は?」

「拳藤を生贄にした意味ねぇじゃねぇか。ダルいっつってんだろ」

「だから、もう少し言葉を選べ!!」

「普通な奴って言うか、物間を止めれる奴だろ?いなくね?」

 

 物間を止めれることを基準に決めようとされている副委員長。

 名前が挙がった戦慈は一切面倒くさい事は嫌であることを隠さず、一佳に怒鳴られる。

 そして最後に挙がったのは、庄田と骨抜の2人。

 そこに「戦闘訓練でペアだったし、骨抜で」と一佳が声を上げたことで、骨抜に決まった。

 

「よし。では、2人はこれからよろしく頼む」

「「はい」」

 

 その後は普通の授業が行われ、午前の授業は終了する。

 

 戦慈、里琴、一佳、唯、柳、茨の6人で食堂に向かう。

 

「……増えてんじゃねぇか」

「気にするなよ」

「ん」

「逆に残りの2人はどうしたんだよ?」

「ポニーと切奈は先生に質問に行ったよ」

「……流石に全員揃ったら、俺は離れるぞ」

「里琴が許せばな」

「……嫌」

 

 戦慈の裾を握る里琴。

 それに仮面越しでもわかるほど盛大に顔を顰める戦慈。10秒ほどそのまま歩き続けて、ゆっくりとため息を吐きながら肩を落とし、

 

「…………勝手にしろ」

「……ん」

 

 根負けした様子の戦慈に、後ろで歩いていた一佳達は笑う。

 

 そのまま食堂にて食事を摂る6人。

 戦慈は終始憮然としながら食べていたが、それを一佳は終始ニヤニヤしながらそれを眺めていた。茨は何やら天を仰いで感動していたが、誰も取り合わなかった。

 その時、

 

ウウゥーーーーー!!

 

『!?』

 

 校舎内に警報音が鳴り響く。

 

「なんだ!?」

「火事?」

「ん?」

「どうすればよいのでしょうか?」

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』

 

「セキュリティ3?」

「早く逃げろ!校舎内に侵入者だ!」

「マジかよ!?初めてだぞ!?」

 

 周囲の声が聞こえて状況を理解する戦慈達。

 入り口は人で溢れかえり、すし詰め状態だ。

 

「どうする!?」

「……緊急事態だ。許してもらえんだろ」

「拳暴?」

「里琴!そこの窓、割れ!」

「……ヤー」

 

 戦慈の指示に里琴は細めの竜巻を放ち、近くの窓ガラスを割る。

 

「拳暴!?」

「そこから出るぞ。ガラスと奇襲に気を付けろよ」

 

 戦慈が飛び出そうとすると、里琴がその背中に飛びついて張り付く。戦慈はそれを気にせずに飛び出して、窓から外に出る。

 一佳達は戸惑いながらも、それに続いて外に出る。それを見ていた他の生徒達も『個性』で窓を割って、外に出始める。

 一佳達は外に出ると、何故か立ち止まっている戦慈に駆け寄る。

 

「拳暴!どうしたんだ!?」

「……あれが侵入者みてぇだぜ」

「え?」

 

 戦慈が指差した方向を見ると、そこにいたのはマスコミだった。

 くたびれた格好の男とプレゼントマイクが対応しているが、全く出ていく気配がなかった。

 

「……焦らせるなよ」

「ん」

「全くだぜ」

「……馬鹿」

「逮捕じゃね?」

 

 一佳達も呆れて、脱力してしまう。

 マスコミの姿に他の生徒達も気づき、危険性はないのかと足を止める。

 

「ん?里琴?何してるんだ?」

「……撮影」

「はぁ?」

 

 里琴がスマホを構えて、カメラをマスコミに向けていた。

 

「……晒す」

「……お前」

 

 すると、周囲からもパシャパシャと音がし始める。

 目を向けると、他の生徒達もスマホを構えて、マスコミや壊された校門を撮り、実況を行っていた。

 

「……まぁ、気持ちは分からんでもないが……」

「ん」

「迷惑だったのも事実」

「……あの扉をマスコミが?」

「どうされたのですか?拳暴さん」

「あの扉。セキュリティが壊されてやがる。マスコミがやるか?完全に破壊行為だぞ」

 

 一佳達も校門を見る。

 校門には防護壁が発動していた形跡があり、それがボロボロに崩されていた。

 ここのセキュリティはIDカードを持っていない者が近づくと起動する。それはマスコミなら知っている者もいるはず。それを壊したということは、完全に不法侵入である。

 

「おい、里琴。連中の近くに竜巻出せ。当てるなよ」

「……ヤー」

「おい!?」

 

 一佳は慌てるが、里琴はマスコミの真横に竜巻を飛ばす。

 しかし、一瞬で竜巻が霧散する。

 

「「!?」」

 

 戦慈達は目を見開くが、マスコミの注意は十分に引きつけられたようで、戦慈達に目を向ける。

 

「なんだ!?」

「生徒!?」

「攻撃してきたぞ!?」

「撮れ!」

 

 戦慈は里琴を背中から降ろして、マスコミに歩み寄っていく。

 一佳達は慌てるが、里琴がそれを止める。

 

「いきなりなんだ君は!?」

「こっちのセリフだ。不法侵入者共。セキュリティを壊して入り込んで、犯罪者じゃないとでも言う気か?あんたらの行動はこっちも一部始終録画した。生徒達はあんたらのせいで大混乱を起こして、昼食放り出して、怪我人まで出てんだぞ?」

『!?』

「あの扉、壊した奴はどいつだよ?」

「待て」

 

 戦慈の言葉にマスコミは生徒達がスマホを構えていること、窓ガラスが割れている校舎、そして崩れた校門を見てようやく事態を把握する。

 そこにマスコミを抑えていた教師と思われるくたびれた黒髪の男が戦慈の前に立つ。

 

「1-A担任の相澤だ。マスコミは学校が対応する。悪いが、任せてもらう。生徒達は教室に戻れ!大丈夫!マスコミだけだ!ヴィランの侵入じゃない!」

 

 相澤は戦慈に声を掛け、後ろで事態を見守っていた生徒達にも声を掛けて、指示を出す。

 それを戦慈は黙って聞いていたが、相澤と視線をぶつけ合って、すぐに背を向けて里琴達の元に戻る。

 戦慈を見送った相澤は改めてマスコミに向き直る。

 

「さて、皆さんの記者魂は尊敬しますが……あの生徒の言う通り、このやり方は少々悪質だ。これ以上抵抗されるならば、こちらも生徒の安全のために対処せざるを得ない。お引き取りを」

「……くっ!」

「せ、先輩!編集長からです!」

『お前は何をしている!?ネットでお前らのことが出回ってるぞ!誰が不法侵入しろと言った!?俺達をヴィラン予備軍にしたいのか!!とっとと出て、帰ってこい!!!』

「っ!?か、帰るぞ!」

「あ、ま、待ってください!」

 

 スピーカーモードでもないのに周囲にもはっきりと聞こえた怒鳴り声とその内容に、ほぼ全員が顔を真っ青にする。直後、どんどん携帯が鳴り、同じ怒鳴り声があちこちで響く。

 それによってようやくマスコミは慌てて、外に出ていく。

 それを見送りながら相澤とプレゼントマイクはため息を吐く。

 

「ふぅ~、やれやれだぜ。オールマイトの人気もいいことばっかりじゃねぇな」

「だから反対だったんだ。俺は……」

「それにしても拳暴と巻空だったか?正直、助かったぜ」

「荒っぽいが……まぁ、セキュリティ3の事を考えたら、言い訳にはなるか」

「それと生徒達の動画で十分マスコミは牽制出来ると思うぜ?」

「……とりあえず、あれをやった奴には注意しねぇとな」

「だな」

 

 相澤とプレゼントマイクは壊されたセキュリティを見る。

 

「あの壊し方は尋常じゃあない。マスコミであれが出来る奴がいるなら、間違いなく要注意人物に挙げられてるはずだ」

「聞いたことねぇよなぁ。しかも、音もほぼ無しってか?これをやった奴、かなり手慣れてるぜ?」

「……厄介なことになりそうだな」

 

 相澤は顔を顰めて、対策を考える。

 

 

 

 

 戦慈達は教室へと向かっていた。

 

「はぁ~……拳暴。私がお前を止めるときは、手をデカくしてからでいいよな?」

「殴る前に掴めよ」

「だったら、無茶をするなよ」

 

 一佳はジト目で戦慈を睨む。

 それに戦慈は肩を竦める。

 

「先公共がさっさと抑え込めば動かなかった。けどよ、それだけじゃ引きそうになかったかんな。何よりあの扉壊した奴がいたら、厄介だと思ったからな。まぁ、必要なかったかもしれねぇが」

「……消された」

「そういえば……里琴の竜巻の消え方、普通じゃなかったよな?」

「多分、あの教師だろ。A組の担任……イレイザーヘッドって呼んでやがったな」

「『個性』を消す『個性』?」

「だろうな」

「強」

「ん」

 

 戦慈達は教室に入る。

 すると、鉄哲達が声を掛けてきた。

 

「拳暴!かっこよかったぜ!」

「ネットにまた上がってるぞ」

「……またかよ」

「あんな前に出て、目立たないわけないだろ?」

「それに窓もぶち破ったしな」

 

 ネットという話にうんざりする戦慈。

 しかし泡瀬達からすれば、当然の結果だった。

 

「今日は授業どうなるのかな?」

「あの程度じゃ、普通にやるだろ」

「だよねぇ」

 

 庄田が首を傾げると、鱗が腕を組んで普段通りだと推測し、凡戸もそれに頷く。

 他の者もそれに同意して、午後の予鈴と同時にブラドが入ってくる。

 

「えー……昼休みにマスコミによる強行突破があったが、すでに解決したので、午後は通常通り授業を行う」

 

 その言葉に「だよね」と思う一同。

 

「拳暴」

「あん?」

「今回は突然のことだったし、混乱状態にあった中でのあの行動は素晴らしいと個人的には思うが、基本的に生徒は戦闘行為は禁止だ。ああいう場合はまずは教師に任せるようにな」

「はいよ」

「食堂の窓に関してはもちろん緊急事態だったので不問だ。マスコミに請求するから大丈夫だ。さて、では今日のヒーロー基礎学は……【避難訓練】だ!」

 

 ブラドの言葉に首を傾げる一同。

 

「言っておくが、普通の避難訓練ではないぞ?今回は『工場地帯における避難誘導や救出の基礎訓練』だ!どのような危険があり、どのようなことに注意すべきか、その場合己の『個性』はどう活かせるかを現場で学んでいく」

「現場?」

「そうだ。全員、コスチュームに着替えて、運動場γに集合だ!」

 

 ブラドの言葉に首を傾げながらも更衣室に向かう一同。

 そしてコスチュームに着替え終えて、密集工業地帯を模した運動場γに集まる。

 今回は歯がむき出しで、義足にコートを羽織った教師、エクトプラズムが同席している。

 

「集まったな。では、中に入るぞ」

「今回ノ想定ハ工場火災ダ。ソレヲ頭ニ入レテ移動中モ考エルヨウニ」

 

 ブラド達に続いて、一佳達も後に続く。

 周囲を見渡しながら歩き続ける。

 

「私の『個性』じゃ避難者を運ぶか、瓦礫をどけるくらいだな……。拳暴もじゃないか?」

「……だろうな」

「……活躍」

「そうだな。里琴の竜巻なら火も足止めできるし、有毒ガスも払えるか」

「下手したら火事が悪化するがな。ガスに引火して火の竜巻とか冗談にならねぇぞ」

「……確かに」

「……むぅ」

「私らって工場火災に弱くない?茨も活躍しそうだけど、ツルが燃え広がるだけだろうし。私もパーツに分けた所でだし」

「劫火に焼かれて」

「駄目じゃん」

「ん」

 

 全員が悩まし気に顔を顰める。

 他の男子達も同じで顔を顰めていた。

 

「俺は鉄だから大丈夫だけど、それじゃあ怪我人も背負えねぇし、火も止められねぇな!」

「鉄哲の体が鉄板になるもんな」

「柔らかくしたところで、上から落ちてくるものの質量は変わらないし」

「円場、お前の空気凝固で火事の範囲囲めねぇの?」

「俺の肺を破裂させる気か」

「僕だったらザッバアァ!ってして、ビシャー!ってして、シュー!ってすれば行けるかも!」

「ゴメン。分からない」

「火は斬れねぇ!」

「そうだねぇ。接着剤じゃ固められないねぇ」

「結構、詰んでないか?俺達」

「あははは!僕に頼らないでくれよ。僕は基本無力だからね」

「おい」

 

 すでに絶望しか感じないB組だった。

 ブラドやエクトプラズムは前を歩きながら苦笑する。

 そして生徒達に話しかける。

 

「そう。どれだけヒーローが急いで駆けつけても、自分の『個性』だけでは限界がある。全てを行うことなど、まず無理だ」

「ダカラコソ大事ナノハ『自分ニ何ガ出来ルカ』ヲ把握シテ、ソノ役割ニ徹スルコトニアル」

「火は消せないかもしれないが、火が広がるのを防いだり、何より人を安全に避難させること。これも大事な役目だ。いや!そここそ我々ヒーローが求められていることだ!危険な火の中に飛び込んで、負傷者を安全に脱出させること!それが最優先事項だ!」

 

 ブラドとエクトプラズムの言葉に頷く鉄哲達。

 そして倉庫と思われる建物に入ると、

 

「ハーハッハッハッ!!」

 

 高らかな笑い声が響いた。

 それに鉄哲達は周囲を見渡す。

 

「わーたーしーがー!!」

「あ。あそこだ」

 

 切奈が指差した方を見ると、工場の2階部分で、金髪巨漢の男が腰に両手を当てて仁王立ちしていた。

 

「10分前から待ち構えていた!!」

 

 No.1ヒーロー、オールマイト。

 その登場に盛り上がる鉄哲達。

 

「本当に教師してんだな!」

「やっぱデケぇな」

「あのマスコミ騒動の原因だけどな」

「……謝れ」

「そこはしょうがないだろ」

 

 戦慈と里琴は昼休みの騒動のこともあって微妙な気持ちだった。

 それに一佳は苦笑して、宥める。

 

「お待たせしました。オールマイト」

「気にしないでいいよ!私もさっき着いたばっかりだからさ!」

「10分前って言ってたじゃん」

「デートか」

「さて!!じゃあ早速始めようかな!!」

「え?」

 

 オールマイトが濃い笑顔を浮かべながら、腰からなにやらスイッチを取り出す。

 それに首を傾げる一同。

 

「ポチっとな!!『バギッ!』あ」

 

 オールマイトはそれを押すと、スイッチのボタンがめり込んで壊れる。

 直後、

 

ドオォン!!

ドドドドドドドオオオンン!!!

 

『!?』

 

 周囲から爆発音と衝撃が轟き、更に妙に空気が熱くなってきた。

 

「……まさか」

「この野郎……!」

「……謝れ」

「ん」

「ハーハッハッハッ!!マジゴメン」

「……はぁ。仕方がない。お前達!周囲で工場火災が発生した!そこに倒れている負傷者達を連れて脱出しろ!!」

 

 ブラドがため息を吐いて、工場の端に倒れている人形を指差しながら指示を出した。

 それに全員が慌てて走り出す。エクトプラズムが《分身》を吐き出して、生徒達のフォローに就く。

 ブラドは生徒達を見守りながら、オールマイトに声を掛ける。

 

「……オールマイト。予定より規模が大きいのですが……」

「ああ……うん。スイッチ壊したからかな。全部一斉に起動したみたい」

「……オールマイト」

「どうしよう!?止められない!?」

「……はぁ~」

 

 完全にパニックに陥っているオールマイトを見て、頭を抱えて肩を落とすブラド。

 頼む人を間違えた。

 そう確信しながら。

 

 

 

 1時間後、一佳達は煤だらけで荒く息を吐きながら、外で座り込んでいた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……本気で焼け死ぬかと思った」

「遠回りしか出来ねぇとか、鬼畜過ぎるだろ」

「一部火を消そうにも勢いヤバいし、どんどん爆発してくんだもんな。もうガスがどうとか考えてる場合じゃねぇよ」

 

 一気に倒壊して、爆発と着火をしたせいで、想定以上に火の勢いが強くなったのだ。

 それにより道をこじ開けることも出来ず、走っている道を絶やさないことに従事するだけで手一杯だった。結局クラス全員一塊で走り続けたのだった。

 

「あ゛~……喉いだい」

「大丈夫か?円場」

「僕は?」

「大丈夫だろ?」

「あははは!冷たいな!」

「茨も大丈夫?」

「あぁ……不甲斐ない私への罰なのでしょうか」

「ただツルが乾燥してるだけ」

「ん」

 

 円場と物間は《空気凝固》を連発して、道が崩れたり、火を食い止めていた。そのため、喉や肺が熱されて呼吸をするたびにキリキリと痛んだ。

 茨は燃えるのも構わずにツルを壁のように伸ばし続けた。そして火事の熱でツルが乾燥して、少しげっそりとしていた。

 

「最後は拳暴の荒業だったな」

「まさか蹴りで衝撃波を飛ばして、出口までの道を吹き飛ばすとは……」

「仕方ねぇだろ。ああでもしなけりゃ、走るたびに衝撃波が飛んでたんだよ」

「ああ……そういうことか」

 

 戦慈の体は明らかに膨れ上がり始めており、もうすぐというところで突如戦慈が前に出て、思いっきり右脚を振り上げた。

 直後衝撃波が飛び、目の前のパイプや鉄骨を吹き飛ばした。それにより出口までの道が広がり、崩れたことで火も回らなくなったのだ。

 その時、戦慈はパワーが溜まってきていることを感じており、火事による熱もあり、そろそろヤバイと感じていた。しかし、火事に向かって放つのもヤバイと思ったので、むしろまだ無事な正面を選んだのだ。

 

 そこにブラド達が近づいてきた。

 

「皆、ご苦労だったな」

「うんうん!見事な連携だったぜ!」

「誰のせいだよ」

「……謝れ」

「マジゴメン」

 

 オールマイトは直角に頭を下げる。

 

「今回は少し……少しイレギュラーがあったが、全員良く動いていたぞ」

「あれを少しで収めたぞ」

「雄英だからな」

「では、教室で映像を見ながら反省点や基本を教える。着替えて教室に戻るんだ」

「『まずは実戦』方式はどうなんだ?」

「雄英だからな」

「納得出来る不思議」

 

 何か理不尽を感じながらも『雄英だから』で納得して、教室に戻る一同だった。

 

 こうしてB組ではオールマイトがいる授業は『ポカミス危険』と位置付けられたのだった。

 

 

 



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拳の七 奴らが来た

 水曜日。

 本日はマスコミはいなかった。

 

「流石にあれだけやらかしたらなぁ」

「静かでいいだろ」

「……気楽」

 

 校門をくぐって、教室に向かう戦慈達。

 

「……あ」

「どうした?」

「……これ」

「え?」

 

 何かを思い出した里琴。それに一佳が首を傾げると、里琴が鞄からタンブラーを取り出して、一佳に渡す。それにポカンとする一佳。

 

「……コーヒー」

「なんで?昨日の夜も貰ったぞ?」

「……お裾分け」

「いいのか?拳暴」

「良いも何もタンブラー用意したのは里琴だ。だから誰に渡そうが俺には関係ねぇよ」

 

 戦慈は言いながら肩を竦める。

 それに一佳は少し悩むが、里琴はずっとタンブラーを掲げている。

 

「里琴がそこまでするなんて、俺は初めて見るぜ?受け取ってやったらどうだ?」

「……分かったよ。ありがとな。里琴」

「……ん」

 

 一佳は苦笑しながらタンブラーを受け取る。それに里琴は無表情で頷く。

 タンブラー代を払う代わりに昼食を奢ることになった。

 

 そしていつも通り午前中は普通の授業を受けて、昼休みになる。

 ついにB組女子全員が揃った。

 

「……」

「……逃がさん」

 

 戦慈は顔を顰めてひっそりと先に行こうとしたが、里琴にズボンを掴まれる。

 それに戦慈は肩を落として諦める。

 その様子を切奈は苦笑しながら見ていた。

 

「毎回、あれなんだ?」

「まぁ、確かにあいつには悪いけどな」

「いいじゃんいいじゃん。女子独り占めじゃん。内心では嬉しいんじゃないの?」

「んなわけあるか」

「下心は人を堕落をさせます。いけませんよ」

「でも拳暴サンはガールズはべらせぇるタイプチガウと思いマス」

「ん」

 

 切奈がケラケラ笑いながら、戦慈の背中をペシペシ叩く。それに戦慈が機嫌悪げに答え、茨が手を組んで戦慈に向かって説教し、ポニーがそれを否定して、それに唯と柳が頷く。

 そして昼食を摂る。

 

「今日のヒーロー基礎学は何だと思う?」

「昨日みたいなのは嫌」

「ん」

「熱かったデース」

「流石にちょっと堅実な授業が良いよね。戦闘訓練の反省も覚えてる間に直したいし」

「……平和が一番」

「無理なこと望むんじゃねぇよ」

「この願いは神には届かないのですね」

 

 午後の授業のことで盛り上がる戦慈達。

 昨日の避難訓練は記憶に新しすぎるので、若干トラウマだった。特にオールマイトがやらかしたのも更に拍車をかけていた。

 

 食事を終え、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、

 

「あ、A組だ」

「コスチューム持ってるな。午後の授業にしては早くない?」

 

 A組の男子達がコスチュームが入ったトランクを持って、更衣室に向かっていた。

 向こうも戦慈達のことに気づく。

 

「あ。B組の……」

「入試トップ2じゃん」

「女に囲まれてやがるだとぉ!?」

「うるせぇよ、峰田」

「けっ……!」

 

 戦慈と里琴は特に反応することなく、横を通り過ぎようとする。

 

「女侍らせて優雅なイケメン生活かよ?仮面野郎」

「おい、爆豪……!?」

「昨日も随分と格好つけてたじゃねぇか?あぁ?」

 

 先日、ケンカを売ってきたベージュ髪の男、爆豪が戦慈を睨みながら声を掛ける。

 それに隣にいた赤い尖った髪の男子生徒が慌てて制止する。

 もちろん戦慈と里琴は一切反応しない。

 

「っ!無視すんなやぁ!」

 

 爆豪がキレて叫びながら、横を通ろうとした戦慈に腕を伸ばす。

 服が掴まれる直前に、爆豪の腕を戦慈が素早く掴む。そして爆豪は腕を捻られて、背中を向かされ関節を決められる。

 

『!?』

「づぅ!?」

 

 余りの早業に目を見開くA組の面々。

 爆豪は顔を顰めて、外そうと動こうとするが、その前に戦慈は腕を放す。

 

「っ!てんめぇ!!」

 

 爆豪は完全にキレて、振り返って再び殴りかかろうとする。

 しかし振り返った瞬間、爆豪の目の前で拳が寸止めされる。

 

「な……!?」

「……そこまでにしとけ。入学早々問題児扱いされてぇのか?」

「あぁ!?」

「やめなよ!かっちゃん!」

「そうだぜ!爆豪!」

 

 拳暴の言葉にハッとして、2人の男子生徒が爆豪の両腕を掴んで抑え込む。

 戦慈は拳を下ろして、ため息を吐く。

 

「ダルいことさせやがって……」

「……うざ」

「てめぇも抑えろ、里琴。この程度、いつものことだろうが」

「……ん」

 

 戦慈は里琴の頭に手を置いて、声を掛ける。

 それに里琴は小さく頷いて、左手に小さく生み出していた竜巻を消す。

 

「俺らはもう行くぜ」

「わ、悪かったな!女子達も!」

「私らは大丈夫だよ」

 

 爆豪を抑えている赤髪の男子生徒が戦慈や一佳達に頭を下げる。

 一佳は苦笑して、パタパタと手を振る。

 そして歩き始めた戦慈達に続く。

 

「……はぁ~……勘弁してくれよ。拳暴」

「俺のせいじゃねぇだろが」

「凄いケンカ腰の奴だったな」

「物間といい勝負」

「ん」

「荒れた心の持ち主のようですね」

「さ、流石に物間サンもあそこマァデじゃないと思いマス」

「なんで拳暴何だろうな?1位は里琴でしょ?」

「知るかよ」

「……うざ」

「ほら、里琴。戻ってカフェオレ飲も」

「……ん」

「ん」

「「だからややこしい」」

 

 すぐにいつも通りの雰囲気に戻る一佳達。

 

 

 

 その後ろ姿を見送るA組男子達。

 

「ふぅ~……焦らせんなよ。爆豪」

「……うっせぇんだよ!放せや!」

 

 掴まれてた腕を振り払う爆豪。そして戦慈に掴まれてた腕を見つめて、盛大に顔を顰める。

 

「……それにしても、爆豪を簡単に抑え込むなんてな」

「ああ。それに最後の拳。ほとんど見えなかった……」

「入試2位は伊達ではない…か」

「1位の奴も『個性』待機させてたの気づかなかったぜ」

「ガチになってたら、俺らじゃ止められなかったかもな」

 

 戦慈と里琴の動きに冷や汗を流す一同。

 それに眼鏡を掛けた男子生徒が悶えるように腕をカクカクブンブン!と振り回しながら、全員に向けて叫ぶ。

 

「ああ!全く!!言いたいことがたくさんあるが!!今は急いで着替えるぞ!皆!相澤先生を待たせてはいけない!」

「やっべぇ!」

「爆豪のせいだかんな!」

「うっせぇ!殺すぞ!」

「その前に相澤先生に殺されちまうだろ!」

「こら!廊下は走るな!」

「無茶言うなよ!?飯田!」

 

 その言葉に慌てて走り出すA組であった。

 

 

 

 そして昼休みが終わる。

 戦慈達はコスチュームに着替えて、住宅街エリアに集まっていた。

 ブラドとエクトプラズムが並んでいる。

 

「今回は住宅街に逃げ込んだヴィランの追跡・捕縛・逃走を学ぶ【捕縛訓練】だ!」

「戦闘訓練ノヨウニ逃走班ト捕縛班ニ分カレテ競争シテモラウ」

「では、今回もクジだ」

 

 ブラドが箱を出して、生徒達が動き出した時、少し離れた大きめの一戸建ての屋根の上に黒い靄のようなものが出現する。

 それに気づいたのは宍田だった。

 

「おや?あれは何ですかな?」

「え?」

 

 その言葉に全員が宍田の視線の先を見る。

 それと同時に靄の中から、たくさんの人が現れる。

 

「な!?」

「アレハ!?」

「え?チーム分けなんですよね?」

「全員動くな!あれは……ヴィランだ!!」

『!?』

 

 ブラドの言葉に泡瀬達は目を見開いて固まる。

 その間も靄からはどんどんヴィランが出現していた。

 

「……ここが雄英か?」

「住宅街のようですわね?」

「ここは雄英の訓練施設の1つですよ。では、私は本番の方へ行くので。ここはお任せしますよ」

 

 黒い靄が消える。

 大量に現れたヴィランの中で異質な気配を放つのは、最後に現れた3人。

 

 短く逆立った茶髪に髑髏が描かれた仮面を被り、灰色のラバースーツの上から黒のコートを着ており、下は紅い袴を履いている190cmほどの男。

 ロングストレートの金髪にサングラスを掛けた赤いゴシックドレスを着た160cmほどの女性。

 そして脳が露出している上半身裸の巨漢の黒い肌の男。

 

 最初に出て来ていたヴィラン達は下に降りて、ゆっくりとB組に近づいてくる。

 

「くそ……!数が多い!」

「生徒ガ逃ゲル時間クライナラバ稼ゲヨウ……!」

「逃げるって……!?」

「これは訓練じゃない!お前達を危険に晒せるか!」

「そこの赤仮面!!」

『!?』

 

 ブラドとエクトプラズムが生徒達を逃がす算段を相談していることに、鉄哲が目を見開く。

 それにブラドが怒鳴り、逃がそうとすると、髑髏仮面の男が突如戦慈を指名した。

 

「……なんだよ?」

「相手をしてもらうぞ。そこにいる奴らはお前目当てでな。捕まった連中の復讐がしたいそうだ」

「……まだいやがったのかよ」

「逃がしたければ逃がしてもいいぞ?教師共。ただし、間違いなくそいつらはその赤仮面を追いかけるがな」

「くそ!」

「で?てめぇらの目的は?」

 

 髑髏仮面の言葉に顔を顰める戦慈とブラド達。

 戦慈は髑髏仮面達に声を掛ける。

 

「俺はこいつのテストと時間稼ぎだ」

「わたくしは見学ですわ」

 

 髑髏仮面は脳男の腕をポンポンと叩き、サングラス女は首を傾げながら宣う。

 

「時間稼ぎだと……?」

「ああ。USJだったか?そこにオールマイトがいるんだろ?」

「!? 向こうにもヴィランが……!?」

「そういうことだ。ここで暴れれば救援の手が割かれるし、時間がかかるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 髑髏仮面の言葉に目を見開いて固まるブラド達。

 あまりにもサラリと出てきたとは思えない内容だった。しかし、だからこそ本気なのだとも理解する。

 これだけの事を仕掛けておいて、冗談だとは考えられない。

 

「ということだ。出来れば……頑張って足搔いて死んでくれ」

「かかれぇ!!」

「ひゃっはーー!!」

「死ねやァ!!!」

 

 ヴィラン達が叫び声を上げて、走り出す。

 それにブラドが構え、エクトプラズムが分身を吐き出す。

 

「逃げろお前達!今の話を他の教師に伝えてくれ!拳藤!骨抜!急げ!」

「は、はい!」

「あ!?け、拳暴!?」

「「!?」」

 

 戦慈は逃げ出すどころかブラド達よりも前に出て、ヴィランに右拳で殴りかかる。

 

「ふ!」

「べげ!?」

「兄貴の仇イイイイ!!」

「無理だ」

 

 殴り倒したヴィランの後ろからナイフを振り上げて飛び掛かってくるヴィラン。

 戦慈はそれに腰を捻って、左フックを脇腹に叩き込み、振り抜いた勢いで回転して右裏拳を他のヴィランに叩き込み、その向かい側のヴィランの顔に右ストレートを叩き込む。

 

「ごぇ!?」

「ぎゃふ!?」

「ぼ!?」

「しゃおらららららららら!!」

『ぎゃああああ!?』

 

 動きを止めずに高速で両拳の乱打をヴィラン集団に叩き込む戦慈。

 有象無象のヴィラン達は全く抵抗出来ずに一瞬で10人近くが倒される。

 

「ふううぅぅ……!」

「つ、強えぇ!?」

「雑魚がいくら集まろうが雑魚だ。俺が殴り倒した奴らより強くねぇなら、今すぐ諦めろ」

「拳暴!下がれ!」

 

 息を整える戦慈にヴィラン達は慄いて後ずさる。

 そこにブラドがヴィランを相手にしながら戦慈に声を掛けるが、戦慈は首を横に振る。

 

「俺が狙いなんだ。少なくとも、この雑魚共は倒さねぇと他の連中に迷惑がかかんだろうが」

「くっ……!」

「それに……暴れた方が俺には好都合だ……!」

 

 指名され、逃げれば追いかけると言われた以上、逃げることは出来ない戦慈。それに暴れた方がむしろ安全になる可能性もあるので、このままのほうがいいと判断する。

 それにブラド達は顔を顰める。

 

「しかしだな!」

「それに暴れる気なのは俺だけじゃなさそうだぜ?」

「は?」

「敗けるかあああ!!」

「斬り刻むぅ!!」

「仲間が戦っているのでは逃げられませんなああ!!」

「「!?」」

 

 鉄哲、鎌切、宍田がヴィランに飛び掛かる。ブラド達はそれに目を見開くが、その周囲ではさらに動く者達がいた。

 

「悪しき者達へ裁きを……!」

「気合入れてるねぇ!皆!あ、ポニー!2時と3時の方向!2人!」

「了解デース!」

「ああ、もう!!」

「ん!」

「がんばろ」

「……やー」

 

 茨がツルでヴィランを縛り、その隙を一佳と里琴が倒し、切奈は体を切り離して空から指示を出す。

 その反対側では庄田、回原、鱗が前に出て、吹出、凡戸、骨抜達が鉄哲達も含めてカバーする。

 

「お前達……!」

「全員でやりゃあ早く終わるぜ!」

「ですなぁ!!」

「ここで勝てば、先生達もオールマイトの方に行ける!そうですよね!」

 

 鉄哲と宍田がヴィランを殴りながら叫び、後ろでサポートをしていた泡瀬も叫ぶ。

 それにブラドは唸る様に顔を顰めて、諦めて顔を振って叫ぶ。

 

「……えぇい!!無茶はするなよ!!身を守ることが最優先だ!!」

『はい!!』

「……私ノ分身ガ連絡ニ行ッタ。私ハ生徒達ノフォローニ集中スル」

「すまない!」

「タダシ、携帯ガ使エヌ。センサーモ反応シナイ事カラ、時間ガカカルダロウ」

「ちぃ!拳暴は……」

 

 エクトプラズムの言葉に舌打ちしながらヴィランを倒すブラド。戦慈の様子を確認すると、体が膨れ上がり腕の一振りでヴィラン2人を吹き飛ばす姿があった。

 

「しゃ、射撃組!!う、撃て!早く次を撃てぇ!」

 

 もはやパニックになっているヴィランの男が、後ろにいる集団に怒鳴る。

 そして返事とばかりに炎や氷、鉄球、針、礫など様々なものが放たれて、戦慈に向かって飛び迫る。

 戦慈は避けようとしたが、近くにいた男が腕を伸ばして戦慈の脚を掴んだ。戦慈はそれを振り払うが、すでに目の前に攻撃が迫っており、避けることは出来ず直撃を浴び、爆煙が充満する。

 

「拳暴!?」

「いかん!」

「……モーマンタイ」

「だろうな」

 

 ブラドや鉄哲達が慌てるが、里琴と一佳は目を向けても心配はしていなかった。

 髑髏仮面やサングラスの女ヴィラン達は、爆煙に包まれた戦慈を見て、期待外れとばかりにため息を吐く。

 

「なんだ。聞いていたより弱いな」

「ですわねぇ。その脳無を出すまででもないのでは?」

「まぁ、そこのプロヒーロー相手でも少しはテストになるだろう」

 

 その時、煙の中から何かが高速で飛び出し、髑髏仮面に迫る。

 髑髏仮面は目を見開いて固まっていると、脳無が髑髏仮面の前に腕を伸ばして庇う。

 その隙に里琴が竜巻を飛ばして、煙を払う。

 煙が晴れたそこには戦慈が両腕で顔を庇って立っていた。その体はコスチュームが破れている程度で、ほぼ無傷だった。そして先ほどよりも体が膨れている。

 戦慈の姿に目を見開くヴィラン達。

 戦慈は地面を砕きながら飛び出し、ヴィラン達を殴り飛ばす。

 

『ぎゃああああ!?』 

「この程度でやられるなら、俺はここまでてめぇらに恨みを買わねぇよ」

「「「「ひぃ!?」」」」

 

 戦慈のパワーと姿に、ヴィラン達は完全に恐怖に飲まれて後ずさる。

 すると里琴が竜巻で飛び上がり、戦慈に迫る。

 

「里琴!?」

「……戦慈」

 

 一佳や切奈達が目を見開いて驚く。

 その声に戦慈は右脚を下げて半身になり、右腕を後ろに回して手のひらを上に向ける。

 里琴は足の裏に小さな竜巻を生み出したまま、戦慈の右手の上に降りて、しゃがんで体を捻る。

 そして戦慈は左脚を踏み出して、右腕に力を籠める。

 

「ま、まさか!?」

「おおおおおおおお!!」

 

 何をする気か理解したブラド達はさらに目を見開く。

 そして戦慈が吠えながら、里琴を砲丸のように投げる。

 里琴は投げられる瞬間、足裏の竜巻を強く吹き出しながら両足を押し出す。更に体を回転させて体の周りに竜巻を発生させながら、髑髏仮面達の元に高速で飛び迫る。

 

「「!?」」

「……マグナム・トルネード」

「ちぃ!」

「きゃあ!?」

 

 髑髏仮面は脳無に抱えられて、横に飛んで躱す。

 サングラス女は避けようとしたが、風に吹き飛ばされて上空に打ち上げられる。

 

 里琴は上空で竜巻を纏ったまま旋回し、再びサングラス女に襲い迫る。

 

「……やー」

「きゃあう!?」

 

ドォン!!

 

 サングラス女の上から竜巻を叩きつけて、サングラス女は一軒家の屋根に穴を開けて落下する。

 それを見届けた里琴は再び足元に竜巻を生み出して飛び、一佳の近くに降り立つ。

 

「……ブイ」

「ああ、うん。凄いよ」

 

 ピースをする里琴に、一佳は唖然としながら称賛する。仮面で分からないが、恐らくいつも通りの無表情だろう。

 髑髏仮面は他の家の屋根に降り立ちながら、里琴を唖然と見つめる。

 

「なんだ、あいつは……!?あんな奴がいるなんて聞いてないぞ……!?」

「あ、あんた!は、早く助けてく、ぶべあ!?」

「ごぼ!?」

「っ!下もほぼ全滅か……」

 

 気づけば戦慈の周囲にいたヴィラン達も立っているのは20人足らず。

 それに髑髏仮面はため息を吐く。 

 

「はぁ。予定よりだいぶ早いが……仕方がない」

 

 パチン!と髑髏仮面が指を鳴らした瞬間、髑髏仮面の真横にいたはずの脳無が腕を振り被った状態で戦慈の真横にいた。

 

「な!?」

 

 戦慈は目を見開きながらも対応しようとするが、その前に脳無の腕が戦慈の脇腹に突き刺さる。

 

「づぅ!?な、めんなぁ!!」

 

 戦慈は歯を食いしばりながら体を捻じり、脳無の顔面に左フックを叩き込む。

 しかし、脳無はケロリとしていた。

 

「効いてねぇ……!?」

 

 戦慈は手応えの無さに目を見開く。

 そこに脳無が高速で腕を振り、戦慈の腹部に拳を叩き込む。

 

「がぁ!」

 

 ズドン!と音を響かせながら、戦慈の体をくの字に曲げる。そして腕を振り抜いて、戦慈を殴り飛ばした。

 戦慈は住宅を破壊しながら20m近く吹き飛ばされる。

 

「拳暴!?!?」

「……っ!?」

 

 これには流石に一佳や里琴も目を見開いて固まる。

 他の者達も目を見開いて動きを止める。

 鉄哲が戦慈の元に走り出そうとするが、ブラドが止める。

 

「拳暴ぉ!」

「っ!?動くな!!」

「けど!?」

「気持ちは分かるが、奴はあまりにも脅威だ!目を離すな!他にもまだヴィランはいるんだぞ!」

「ちっくしょおおお!!」

 

 鉄哲が怒りに叫びながら、まだ周りにいるヴィランに顔を向ける。

 それを髑髏仮面は笑いながら見下ろす。

 

「ふははははは!いいぞ脳無!流石は対オールマイト用の改造人間だな!まぁ、お前は失敗作だが、それでもそこらへんの輩では手も足も出んか!」

「改造人間!?」

「対オールマイト!?」

「そうだ。そいつには《衝撃吸収》《筋力増加》の2つを組み込んである。残念ながら《超再生》は組み込めなかったがな。それでも十分そうだな。脳無。奴らも殺せ」

「っ!?いかん!!逃げろぉ!!」

  

 ブラドが生徒達を振り返って叫ぶ。

 その一瞬で脳無はブラドの真後ろまで迫っていた。

 

「っ!!おおおお!!」

 

 ブラドは血を放出して脳無に絡ませるが、脳無の動きは止まらない。

 脳無はブラドに拳を叩き込もうとしたが、その前に竜巻が襲い掛かり、後ろに吹き飛ぶ。

 

「巻空!すまん!助かった!」

「……足止め変わる」

 

 里琴は腕を何度も振り、大量の竜巻を放つ。大量の竜巻は脳無に襲い掛かり、脳無は風圧に耐えようと腰をかがめる。その間も里琴は次々と竜巻を放ち、威力を維持する。

 

「……うぷっ」

「里琴!大丈夫か!?」

「……ん」

「手伝います」

 

 茨がツルを伸ばして地面に潜らせる。そして脳無の足元からツルが飛び出し、脳無の体を縛っていく。

 さらに、

 

「失礼するよ」

 

 物間が里琴の肩にタッチをして、里琴同様竜巻を連続で放つ。

 

「交代だよ。少し休むんだ」

「……感謝」

「気にするなよ。ここで死ぬのは嫌だからね!それに5分が限度だよ!」

「……ん」

「けど、これじゃあ足止めしか……!」

「僕がやる!!」

「吹出!?」

「ゴンッ!バンッ!スドン!え~っと、ドガン!」

 

 物間と交代した里琴の横で一佳が顔を顰めて打開策を考えていると、吹出が『やる!!』と顔に表示しながら前に出て、擬音を叫ぶ。

 すると吹出の口元から叫んだ擬音が巨大な岩のように具現化して、竜巻を突き破って脳無に襲い掛かる。

 脳無は受け止めるも耐えられずに後ろに押し飛ばされる。

 

「すげぇぜ!吹出!」

「うん!ドワァってのが、ズババン!って出た!」

「やっぱ分からんけど、すげぇ!」

「今ノウチニ周リノヴィランヲ倒スンダ!!」

『はい!』

 

 吹出の攻撃に勢いを取り戻すB組一同。

 それに髑髏仮面は腕を組んで、仮面の下で顔を顰める。

 

「やはり入学したてでも雄英にいる卵か。厄介な……。しかし……その程度で脳無の足止めが出来たとでも思うのか?」

 

ドオオォン!!

 

 擬音を模った岩が突如砕かれる。

 その音に目を向けたブラド達の前に、脳無が上空から飛び降りてきた。

 

「な!?」

「あれでも無傷かよ!?」

 

 脳無が再び駆け出そうとした時、

 

ドオォン!!

 

 再び何かが吹き飛ぶ音が轟き、脳無の上に人影が現れる。

 

「オォラアァ!!」

 

ドッバアアアァァン!!

ドドオオォォン!!

 

 現れた人影は脳無の顔面を蹴り上げる。そして巨大な衝撃波を巻き上げて、住宅を壊しながら脳無を吹き飛ばした。

 

『!?』

 

 突如現れ、脳無を吹き飛ばした人影に一佳達や髑髏仮面すらも目を見開く。

 

 ズン!と音を立てて地面に降り立ったのは、赤と黒のコスチュームを着た赤仮面の巨漢だった。

 

「拳暴!?」

「無事だったのか!」

「け、けどあの体なんだよ……!?」

 

 戦慈と理解した一佳や鉄哲達は驚き、ホッとするもあまりの変貌に慄く。

 

 戦慈の体は、オールマイトや獣化中の宍田よりも大きく膨れ上がっており、髪も棘のように硬く鋭く逆立っていた。

 

「オオオオォォ……!」

 

 戦慈は一佳達に振り向くことなく、俯いてゆっくりと息を吐いている。

 

「け、拳暴……?」

 

 一佳は戦慈の様子に違和感を覚えて駆け寄ろうとするが、コスチュームが引っ張られて足を止める。

 振り向くと引っ張っていたのは里琴だった。

 

「里琴?」

「……危険」

「え?」

「……キレてる」

「え?」

 

 里琴の言葉に首を傾げ、キレているという言葉に目を見開きながら戦慈を見る。

 

「オオォ……オオオオオオオオオォォ!!!

 

 戦慈は顔を上に向けて、咆哮を上げる。

 

 その咆哮だけで周囲に衝撃波が飛び、戦慈の足元にヒビが入り、一佳達は吹き飛ばされないように腕で体を庇って踏ん張る。

 

「さ、叫んだだけで!?」

「なんてパワーだ……!?」

「……バーサーカー」

「え?バ、バーサーカー?」

「……最大まで力を溜めてキレた戦慈」

「それって大丈夫なのか!?」

「……駄目。……周りが分からなくなる」

「「「「はぁ!?」」」」

 

 里琴の言葉に一佳達は声を上げて顔を引きつらせる。

 

「……けど、もう負けない」

 

 しかし里琴は絶対の信頼を込めて、はっきりと言葉にする。

 その言葉に一佳達も不思議と安心感が湧き上がってきた。

 

「……やっちゃえ」

 

「オオオオオオォォ!!」

 

 狂戦士が、暴れ出す。

 

 




『某伝説のスーパーサイヤ人』in『某アインツベルンのバーサーカー』
最強の組み合わせではないでしょうか(笑)


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拳の八 倒せ敵!

 暴走した戦慈を見て、髑髏仮面も流石に顔を引きつかせる。

 

「な、なんて奴だ。あれが1年生だと?……冗談じゃない……!本当に奴だけは殺さないといかん!脳無!!全力で奴を殺せ!!」

 

 髑髏仮面の叫びに、脳無が応えるように吹き飛ばされた先から飛び出してくる。

 それを戦慈も視界に捉える。

 

「オオオオ!!」

 

ドバン!

 

 吠えて、地面にクレーターを作って脳無に飛びかかる戦慈。

 そして同時に腕を振り被って、拳をぶつけ合う。直後に2人の間に衝撃波が走り、地面に亀裂が走る。

 今度は互いに吹き飛ばされることはなかった。

 

 戦慈はすぐさま脳無の顎に左アッパーを振り上げる。脳無は仰け反ることなく顎で受け止め、戦慈の左脇腹に右フックを叩き込む。

 戦慈はそれに何のダメージを負うことはなく、脳無の右腕を左手で掴んで引き寄せながら左膝蹴りを腹に放つ。

 ズドン!と音がして脳無の体がくの字に曲がるも、今度は脳無が戦慈の右上腕を左手で掴んで、戦慈の腹に膝蹴りを叩き込む。

 

「ガアアア!!」

 

 戦慈は歯を食いしばって膝蹴りを耐えると、叫びながら脳無の首を右手で掴んで、脳無を振り回して背中から地面に叩きつける。

 その衝撃で更にクレーターが出来る。

 戦慈は左手を放して脳無の顔に殴りかかろうとするが、今度は脳無が戦慈の腕を掴んでいる左腕を引いて、戦慈を投げながらフリーになった右腕で再び戦慈の脇腹に拳を叩きつける。

 体勢が崩れていた戦慈は耐えることが出来ずに、殴り飛ばされて家に突っ込む。

 

 しかしすぐさま家を吹き飛ばしながら飛び出して、立ち上がった脳無に左ラリアットを叩き込んで、腕を振り抜く。

 今度は脳無が後ろに吹き飛んで、衝撃波の追撃で更に住宅街を突き抜けながら飛んでいく。

 

「っ!?まずい!!」

『ぎゃあああああ!?』

 

 髑髏仮面は慌ててその場を離れて避難する。直後、吹き飛ばされた脳無が立っていた家を崩壊させて、最初に戦慈達が戦っていた通りに飛び出す。

 そこには雑魚ヴィラン達が痛みに呻きながら倒れていた。しかし容赦なく飛んできた脳無と衝撃波が襲い掛かり、巻き込まれて悲鳴を上げる。

 

 

 

 

 その光景に鉄哲達に倒されて、捕縛されているヴィラン達が顔を真っ青にして引きつらせる。

 もちろん鉄哲達も顔を引きつかせて、唖然と戦いを見つめていた。

 

「ハンパねぇ……!」

「な、なぁ……里琴。あの状態って、いつまで保つんだ?」

「……もう限界過ぎてる」

『はぁ!?』

 

 里琴の言葉に全員が目を見開いて驚く。

 

「……あの衝撃波。……あれは抑えきれない力が漏れてるから」

「っ!?そうか!つまり拳暴の体の中ではとんでもないエネルギーが暴れまわっているのか!」

 

 里琴の言葉にブラドがハッとする。

 それに里琴は頷いて補足する。

 

「……ん。……それを《強靭》と《自己治癒》で無理矢理抑え込んでる」

「それってマズくない?」

「……ん。……でも、勝てるのは戦慈だけ」

 

 切奈が冷や汗を流しながら、戦慈を見る。

 里琴はそれに頷くが、それでも戦慈を信じて見つめ続ける。

 

 

 

 通りに出た脳無は両手足を地面に突き立てて地面を滑りながら止まり、立ち上がる。

 直後に戦慈が右肩を突き出してソニックブームを起こしながら、タックルを浴びせる。強大なパワーと、踏み込む度に足から放たれる衝撃波により恐ろしい速度になっていたため、まさしく人間砲弾と言えるほどの威力だった。

 しかし脳無はそれを腕を交えてガードし、足を踏ん張ることで5m程滑り下がったが、倒れることはなかった。

 

「オアアアア!!」

 

 戦慈は叫びながら右手を伸ばして、脳無の左腕を掴んで引き寄せながら飛び上がり、脳無の顔面に左拳を突き刺して地面に叩きつける。

 

「カアアアア!!」

 

 すぐさま戦慈は右拳を脳無の顔面に叩き込み、そして左拳も次いで叩き込む。

 それは徐々に速度が上がっていく。

 

ドォン!ドォン!ドン!ドン!ドドン!ドドドン!ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

 もはや地震と言えるほどの衝撃が地面に走る。

 脳無の顔面は確認できず、抵抗をしているようにも見えない。それどころか脳無は少し仰け反っているように見えた。そこから考えられるのは、顔面が地面にめり込みつつあるということだ。

 

 それでもまだ戦慈は殴り続ける。

 戦慈の周囲では衝撃波の嵐が吹き荒れる。

 

「も、もうよくないか!?」

「で、でもどうやって止めるんだよ!?暴走中なんだろ!?」

「それにあんな衝撃波の中、行けねぇよ!?」

「里琴!どうしたらいいんだ!?」

「……こう」

 

 鉄哲達がどうやって止めようかと慌て始める。

 一佳が里琴に尋ねる。

 すると里琴は唐突に竜巻を放ち、戦慈の背中に当てる。

 

 竜巻が当たった衝撃に戦慈は腕を止める。

 そしてギロリと里琴達を睨む。

 戦慈の殺意マックスの視線に一佳達は顔を引きつかせる。

 

「り、里琴?そ、それで?これからどうするんだ?」

「……こう」

 

 里琴は足裏に竜巻を生み出して、上空に飛び上がる。そして竜巻を放って、戦慈の注意を引く。

 戦慈は顔を上げて、里琴に視線を向ける。

 

「な、何する気だ?」

「あ!?まさか空に衝撃波を撃たせようと!?」

「はぁ!?」

「今の状態での衝撃波ってヤバくねぇか!?」

 

 切奈が里琴の狙いに気づく。

 それは流石に無茶だと全員が目を見開く。

 あの巨大ロボを吹き飛ばした衝撃波だけでも脅威であったのに、最大状態での衝撃波などもはや台風も吹き飛ばしそうである。

 

 しかし、上空に新しい影が現れる。

 

「……!?」

「やってくれましたわねぇ!!小娘ぇ!!」

 

 サングラス女が背中に蝙蝠のような黒い翼を広げて、飛んできていた。

 サングラスは完全に割れており、フレームだけが残っていた。

 

「わたくしの服を!わたくしの髪を!よくも汚してくれましたわねぇ!!殺してやりますわ!!この『エルジェベート』様が!!」

 

 赤い瞳の目を血走らせて、口から牙を伸ばして、叫びながら里琴に飛び掛かるエルジェベート。

 即座に竜巻を飛ばして牽制する里琴だが、空中を縦横無尽に飛び交うエルジェベートには効果がなかった。

 

「その血を吸い尽くしてやりますわ!」

「……邪魔」

「わたくしのセリフですわああ!!」

 

 その時、

 

オアアアアアアアアアァァ!!!

「……!!」

「な、なんですの!?」

 

 下から恐ろしい叫び声が轟く。

 エルジェベートはそれに動きを止める。

 

ドッッッパッアアアアアアアァァン

 

「ひぃ!?」

 

 戦慈が右腕を振り抜いて地面を砕きながら、上空にハリケーンかと思うほどの巨大な衝撃波が()()()()()()()()向かって放たれる。

 しかし巨大すぎるため、里琴も巻き込まれそうになり、予測していた里琴は慌てて竜巻を放ち急降下する。

 

「なんですの!?なんなんですのおおお!?」

 

 エルジェベートはもはや縦にも横にも逃げられず、叫びながら全力で翼をはためかせながら後ろに逃げる。しかし、もちろん衝撃波は容赦なくエルジェベートを追いかけてくる。

 

「い、いやああああ!?ぶっ!べごぶばああああ!?」

 

 そして衝撃波に飲み込まれて吹き飛ばされると思い、目を瞑った瞬間に全身にトラックが衝突したような衝撃を感じ、錐揉み状態で無様な悲鳴を上げながら上空に打ち上げられて行き、姿が見えなくなった。

 

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……はぁ!」 

 

 戦慈は荒く息を吐いて両膝をつく。

 衝撃波を放った戦慈の右腕はコスチュームや籠手が弾け飛んで破れており、体は元に戻っていた。

 里琴が横に着地し、一佳達が駆け寄ってくる。

 

「拳暴!!」

「大丈夫か!?」

「はぁ!……はぁ!……大……丈夫だ……はぁ!……奴ら……は……?」

 

 ブラドは倒れて動かない脳無に近づく。

 脳無は顔が地面にめり込んでおり、覗き込むと歯が全て砕かれており、白目で気絶していた。

 そして周囲にいた雑魚ヴィラン達も完全に気絶していた。

 

「大丈夫だ。塩崎。すまないがツルで縛ってくれないか?」

「お任せを。悪に裁きを」

 

 ブラドの言葉に茨が頷いてツルを伸ばして、脳無や雑魚ヴィラン達を縛っていく。

 戦慈は立ち上がろうとするが、脚に力が入らずに尻餅をついてしまう。

 それに一佳が慌てて背中を支える。

 

「拳暴!大丈夫か!?」

「力が上手く伝わらねぇだけだ。しばらくすりゃあ治る」

「他には?」

「あちこち痛むが、この程度ならすぐに治る」

「……本当に規格外だな」

「全くだな」

『!?』

 

 戦慈の言葉に一佳は苦笑しながら呟くと、聞きなれない声が聞こえ、戦慈を除く全員が素早く構える。

 一佳の視線の先には、服が所々汚れている髑髏仮面が家の屋根の上に立っていた。

 

「てめぇ……!」

「もう仲間はいない。大人しくしろ!」

「まさか脳無を完膚なきまで叩きのめすとは……。それにエルジェベートまで吹き飛ばされたか。完敗だな」

「余裕ぶってるけど、まだ何かあるの?」

 

 骨抜の言葉に髑髏仮面は肩を竦める。

 

「ないな。出来れば脳無は回収させてもらいたいところだが……」

「させると思ってんのかよぉ!」

「だよな。どうやら向こうはまだやり合ってるみたいだし。困ったもんだ」

 

 ガリガリと後頭部を掻く髑髏仮面。

 言葉のわりにどこか余裕を感じて、攻めあぐねる鉄哲達。

 すると、突如髑髏仮面の袴から地面に向かって火が噴き出す。袴の下にはブースターのような機械が両脚に取り付けられていた。

 

「な!?」

「壊れてなかったか。助かった。じゃあな、雄英」

 

 ゴォウ!と更に火の勢いを増して、空を飛んでいく髑髏仮面。

 里琴が追いかけようとするが、

 

「やめとけ、里琴。あいつ、徹底的に『個性』使わなかった。厄介な可能性がある」

「……ん」

「ふぅ~……乗り切ったぁ」

 

 戦慈が制止して、里琴も大人しく従う。

 すると緊張の糸が切れたのか、泡瀬も尻餅をつくように座り込む。それに他にも座り込む者が続出する。

 

「……よく頑張ったな」

「アア、見事ナ戦イダッタ」

 

 ブラドとエクトプラズムが労う様に声を掛けると、鉄哲達は満足げに笑みを浮かべる。

 すると座り込んでいた戦慈が仰向けに倒れる。

 

「拳暴!?」

「……ちっ。ちと暴れすぎたみてぇだな。痛みが引かねぇ」

「はぁ!?お、おい!?大丈夫か!?」

「……お馬鹿」

「うるせぇよ。そこのバケモン作った奴に言え。ってぇか、オールマイトの方行かなくていいのか?あっちにはここよりやべぇ奴がいるんだろ?」

「……そうだが……お前達やここのヴィラン達も放置出来ん。そろそろ誰か救援に来てもよさそうだが……」

 

 10分後、エクトプラズムの分身と数名の教師が駆けつける。

 戦慈はエクトプラズムが連れてきたハンソーロボに運ばれて保健室へと連れていかれる。里琴と一佳、怪我をしている他の生徒達も付いて行き、無事な生徒達は着替えて教室で待機となった。

 

 保健室でリカバリーガールに診察してもらう戦慈。

 

「まぁ、事情が事情だから仕方がないけどね。ボロボロじゃないか。右腕と肋骨は骨折。残りの手足もヒビが入ってるじゃないか。よく動けたもんだよ。それにどれだけ無茶をしたら、そんなに傷だらけになるんだい?」

 

 一佳や先に治療してもらった他の面々は目を見開いて、戦慈を見る。戦慈はコスチュームを脱いでおり、全身に包帯が巻かれていた。

 戦慈は肩を竦める。

 

「多分手足は暴れまくった反動だな。肋骨はあいつに殴られたからだと思うが。あの状態になると筋肉だけで動いてるもんだかんな」

「まぁ……かなり荒れてたしな。拳暴」

「あれ、荒れてたって言うの?」

 

 鉄哲が腕を組んで唸る。それに庄田が首を傾げる。

 

「さて、一気には無理だけど、歩けるくらいまでには治すよ」

「十分だ。体が落ち着きゃ夜には治ってる」

「ああ、あんた自己治癒出来るんだっけね。助かるよ」

 

 その後、歩けるまでに治癒してもらった戦慈。

 更衣室に向かい、制服に着替える。

 

「仮面が無事だったのが奇跡だな」

 

 戦慈は呟いて、誰も見ていない隙をついて仮面を予備の物と交換する。ちなみにロッカーや鞄に常に予備を入れている。この赤仮面はタングステンで出来ている。これはデザイン会社に依頼して多めに生産してもらったものだ。

 つけていた仮面を見ると、端が欠けており、目元にはヒビが入っていた。いつ割れてもおかしくはない状態だった。

 

 着替え終えて鉄哲達と教室に戻ると、他のクラスメイト達も揃っていた。

 

「お、拳暴。大丈夫なのか?」

「ああ、夜には治ってる」

「……改めて凄い『個性』だな」

「その分、昔は苦労したがな」

「あぁ、じゃあ体の傷って……」

「コントロール出来なくて暴走しまくったからな。焦って馬鹿な事試し続けたってことだ」

「……それで不気味がられた」

 

 泡瀬が怪我の状態を質問すると戦慈は肩を竦めながら答える。それに円場が感心するように呟く。

 戦慈はそれに苦笑しながら返すと、鱗が思い出したように声を上げる。それに戦慈は頷きながら説明し、さらに里琴が補足する。

 それに傷を知っている一佳や男子陣は納得の表情で頷いている。あの傷の量は高校生で出来るものではない。プロでもあそこまでの傷が刻まれている者はいないかもしれない。

 しかし逆に言えば、無茶苦茶なやり方だったしても、それだけ努力をしてきたということだ。

 あの化け物染みた戦い方は、化け物染みた努力による生まれたのだと実感した一佳達。

 

「それにしてもオールマイトや先生達は大丈夫かな?」

「あとさぁ、もしかして襲われたところってA組がいるところじゃない?」

「まだA組は誰も戻って来ていない。可能性はありそうだね」

 

 吹出が『大丈夫かな?』と表示して腕を組むと、切奈も腕を組んで首を傾げる。その言葉に一佳は早くに移動をしていたことを思い出す。

 それを裏付けるように庄田が話す。

 

「ヒーロー科1年が同時に襲われるってどんだけ」

「ん」

「A組の方にはオールマイトもいるけど、あの脳みそ野郎よりもヤバい奴が行ってるんだろ?」

 

 柳がうんざりしたように呟き、それに唯も同意するように頷く。

 鱗も腕を組んで呟き、戦慈と脳無の戦いを思い出して身震いする。それに鉄哲達も顔を顰めて呻く。

 

「オールマイトだけ戦ってるわけじゃねぇ。雄英にいるプロヒーローが揃えば、殴り倒さなくても抑えることも出来るだろ。雑魚だったらA組連中でも勝てる程度だろうしな」

「それにエンデヴァーの息子の轟って奴は氷を使えるし、拘束に適してる『個性』持ちも数人いるだろ」

 

 戦慈と骨抜が安心させるように声を掛ける。

 それに一佳達は笑みを浮かべて頷く。

 

 

 そしてしばらく待機していると、ブラドが教室に入ってきた。その後ろにはなんと鞘伏の姿があった。

 

「鞘伏さん!?」

「なんでてめぇが?」

「まぁ、待て」

 

 鞘伏の姿に一佳が目を見開いて、戦慈が訝しむ。

 それにブラドが手を上げて制止する。

 

「先ほど全てのヴィランの捕縛と撤退が確認された。残念ながら主犯格達には逃げられてしまったが……。それでもお前達の勇気と奮戦のおかげで、大きな被害なく乗り越えることが出来た!よく頑張ったな!俺はお前達の事を誇りに思う!」

「「「ブラド先生……!」」」

 

 ブラドの言葉に鉄哲を始めとする数人の生徒が感動する。

 それにブラドは力強く頷く。

 

「まずは今日の授業はもちろん中止だ。後程警察の護衛の下、帰宅してもらう。そして明日は調査とセキュリティ修理、そして強化のため、休校となる。明後日は登校してもらう予定だが、休校の必要性が出た場合は追って連絡する。気になることや不安は多いだろうが、まずはゆっくり休んでほしい」

「で?鞘伏がいる理由は?」

「拳暴のことだ」

「……俺を狙った連中か?」

 

 ブラドの言葉に頷く生徒達。それに戦慈が鞘伏のことを尋ね、ブラドの返答に理由を思い浮かべる。

 それに鞘伏は頷いて、申し訳なさそうに頭を掻きながら話を引き継ぐ。

 

「今回、戦慈、そしてB組の皆を襲った連中を俺達はマークしてた。お前に復讐にでも行かれたら、たまらんかったからな」

「出来てねぇじゃねぇか」

「おい、拳暴」

 

 鞘伏の話に戦慈が容赦なく突っ込む。それを一佳が注意する。

 戦慈の言葉に鞘伏は顔を顰めて、ため息を吐く。

 

「はぁ。……だから説明と謝罪に来たんだよ。まさかあんなワープ持ちがいる連中と組むなんて思わねぇだろ?路地裏から出れそうもねぇ小物連中だったんだぞ?」

「謝罪に来たんじゃねぇのかよ。その小物にてめぇら何回出し抜かれてんだよ。結局俺()が尻拭いじゃねぇか。俺は久々に全開で暴れたぞ?」

「……そこまでの奴がいたか?」

「ワープ持ちの仲間だろうがな。おかげで今も回復待ちだ」

「……お前がそこまで追い詰められたか」

「……狂戦慈(きょうせんじ)になった」

『ぶふぅ!?』

 

 重苦しい雰囲気で鞘伏と戦慈が話していたが、それを里琴がぶち壊す。

 狂戦士と戦慈を合わせた言い方に、直前までシリアスな雰囲気だったせいもあり、妙な破壊力を周囲に与えた。

 泡瀬、円場、切奈を筆頭に数名が噴き出して、腹を抱えて悶える。

 

「……おめぇは話の腰を壊すなよ。それに何だよ、その言い方は」

「……ブイ」

「なんの自慢だ!?」

「あははは……」

 

 戦慈と里琴のやり取りに苦笑いする一佳。

 ブラドも呆れて、鞘伏も苦笑いする。

 

「相変わらずで何よりだな。まぁ、ということで、連中が消えたということで慌てて俺が雄英に来た。そんで案の定だったってわけだ」

「で?まだ残ってんのか?」

「いや、署に連絡して、雄英に来た連中とかかわりがある奴らは根こそぎ逮捕した。もうほとんど残ってねぇはずだ」

「……ならいいか。ああ、そうだ」

「あん?」

「エルジェベート。それに髑髏の仮面に赤袴を履いた男は知らねぇか?逃げた主犯格だ」

「……エルジェベートは聞いたことがある。神出鬼没の殺人鬼だ。殺害方法は失血死。髑髏の方は知らん」

「そうかよ」

「失血死か。確かに吸血鬼っぽい感じだったよな」

「……ん」

 

 エルジェベートの情報に一佳は思い出しながら呟き、それに対峙した里琴が頷く。

 そこにブラドが口を開く。

 

「まぁ、これで拳暴関連は解決しただろう」

「もっと面倒な奴に睨まれた気もするけどね」

「ちょっと黙ってようぜ、物間」

 

 無理矢理に話を締めたブラドの言葉に、物間が水を差す。それに円場が突っ込んで黙らせる。

 

「確かに逃げた者達もいるが、ほぼ全員に手傷を負わせているし、手下もほとんど捕らえた。すぐにまた攻めてくることはないだろう。警察やヒーローも調査を始めてくれている。ここからはプロの仕事だ。諸君には今回の経験を糧にプロを目指すことに、また集中してほしい!」

 

 ブラドの言葉に頷く一同。

 こうして本日は解散となり、家が近い者同士でパトカーで送られる。

 戦慈、里琴、一佳は鞘伏の車で送られることになった。

 

 そして、何故か焼き肉屋にいた。

 

「……いいんですか?こんな所に」

「まぁ、お前さん達には特に迷惑かけたしな。謝罪と……まぁ、後見人として飯くらいはいいだろ。せっかく来たしな」

「ここで食べ放題じゃなけりゃあ、決まってるのにな」

「……残念」

「馬鹿言え!お前達2人相手に普通の焼き肉屋なんか行けるか!!破産するわ!」

 

 申し訳なさげに眉を顰める一佳に、鞘伏は苦笑してパタパタと手を振る。

 それを戦慈と里琴がメニューを開きながら茶化して、鞘伏が怒鳴り返す。

 鞘伏の言葉に一佳は首を傾げる。

 

「? 里琴もですか?」

「あ?ああ……お前さんもまだ知らんのか。俺が言えることは……お前さんは肉の注文はせんでいいってことだ」

「??」

 

 鞘伏の言葉に更に首を傾げる一佳だが、その答えはすぐに判明した。

 

 戦慈と里琴が頼んだ大量の肉がテーブルに所狭しと置かれる。1皿だけでも5人前はある。それが現在6皿ある。

 その肉を戦慈と里琴は黙々と焼き、黙々と…されど物凄いペースで平らげていく。

 一佳と鞘伏は2人が並べた肉を分けてもらいながら食べ、一佳は2人の食事風景を唖然と見つめる。

 

「……お前らってそんなに大食いだったんだ……」

「肉、というか奢りだった場合はな。最初に普通の焼き肉屋連れていって酷い目にあった」

「食堂ではそんなに食べないのに」

「そりゃあ金がかかるからなぁ」

 

 鞘伏は苦笑しながら、マイペースで肉を焼いていく。もはや見慣れた光景だからだ。

 一佳は戦慈はイメージ通りだと思うが、里琴までもとは思わなかった。

 里琴は今もリスのように頬を膨らませて、肉と白米を口に運んでいる。というか、頬がへこまない。ずっと膨らんでいる。

 あっという間に6皿食べ終える。

 そして新たに5皿注文する。

 

「まだ食べれるのか!?っていうか、拳暴は怪我してるのにそこまで食べて大丈夫なのか?」

「あん?もう治ってるに決まってるだろ」

「早いな!?」

「こんだけ食べりゃあ体力も戻る」

 

 一佳は呆れながらも戦慈の怪我を心配する。戦慈は白米を食べながら答える。すでに回復していることに目を見開く一佳。

 戦慈は肩を竦めて、再び食事に戻る。

 里琴はその隣で変わらずリス状態で食べ続けていた。

 

 2人のその姿を苦笑しながら見つめる一佳と鞘伏。

 

 こうして戦慈と里琴は2人で30人前近く平らげた。あまりにも日常的な雰囲気に、昼に襲われたことなどなかったかのように感じた一佳は思わず笑みが浮かんでしまう。

 鞘伏に送られて、家に帰る前に戦慈のコーヒーをもらい、それを飲みながら家に帰った一佳。

 

 大変だったはずなのに、怖い目にあったはずなのに、何故か……とても温かく、いつも通りの帰宅と変わらなかった。

 

 

 

 

 

 ヴィラン撤退後。

 どこかのビルのバーを思わせる一室。

 

 黒い靄が現れ、ズルリと吐き出されるように人が現れ、地面に横たわる。

 顔や体中に『手』を身に着けた男だった。

 

 その隣に黒い靄を体中に纏うバーテンダー服を着た男と思われる人物が立つ。

 

「ってぇ……」

「大丈夫ですか?死柄木」

 

 死柄木と呼ばれた男は手足から血を流して横たわっている。

 

「両腕両脚撃たれた……完敗だ……脳無もやられた。手下共も。子供も強かったし、平和の象徴は健在だった……!」

 

 死柄木は痛みに顔を顰めながら、独白するように喋る。

 

「話が違うぞ……!先生」

『違わないよ。ただ見通しが甘かったね』

『ウム。敵連合とか言うチープな団体名で良かったわい。ところで、ワシと先生の共作の脳無達は?回収してないのかい?黒霧』

「申し訳ありません。オールマイトの相手をさせた脳無は吹き飛ばされて、位置座標が把握できなければ回収は出来ません。そのような時間はなかった。もう片方も同様です。あちらは脳無どころか他の者達もどうなったのかさえ……」

 

 カウンターの端に置かれたテレビから2つの声が聞こえる。

 その内の老人のような声が脳無のことを尋ね、黒霧と呼ばれた黒靄の男が謝罪して、事情を説明する。

 その時、死柄木達の後ろの扉が開く。

 

「「!!」」

「あ~、いたな。全く……帰って来てるなら、回収に来てくれよ」

 

 現れたのは髑髏仮面だった。袴は脱ぎ捨てており、黒いズボンになっている。

 

『おかえり、ディスペ。おや?エルジェベートはどうした?』

「あの仮面のガキにぶっ飛ばされて、どっかに飛んでいった。まぁ、死んではいないだろ」

『脳無は?』

「やられた。同じく仮面のガキにフルボッコにされた。あいつはヤバいな。あのパワー……オールマイトにも負けてないんじゃないか?」

「パワー……そうだ。こっちにも1人、オールマイト並みの速さを持つ子供がいた」

『……へぇ』

 

 ディスペと死柄木の言葉に、テレビの向こうの者は一瞬考え込むような間を空けて反応する。

 ディスペはうんざりとしたように吐き捨てる。

 

「冗談だろ?オールマイトみたいな奴が2人も卵にいるのかよ。他のガキ共だって、かなりのやり手だったぜ?」

「そうですね。実際、子供達がいなければ勝てたでしょうからね。彼らは今後脅威となるでしょう」

 

 黒霧も同意するように頷く。

 

『不安がっても、悔しがっても仕方がない!今回だって決して無駄ではなかったハズだ!精鋭を集めよう!じっくり時間を掛けて!』

 

 テレビの向こうから威厳たっぷりに声が響く。 

 

『死柄木 弔!!次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!!』

 

 ヴィランの脅威は、まだ消えてはいない。

 

 それどころか、これこそが長い戦いの始まりであった。

 

 



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拳の九 体育祭があるらしい

 事件翌日。休校日。

 

 戦慈は遊びに行く気にもならず、とりあえず朝にランニングをした後は家でのんびりとしていた。

 もちろん里琴も戦慈の部屋にいる。

 しかし部屋着ではなく、外出を意識した服装だった。

 

「……ニュースになってる」

「そりゃ、なるだろ。襲撃を前に出せば、その前日のマスコミ騒動を掻き消せるとかもあるだろうしな。マスコミ共は」

「……うざ」

 

 戦慈の言う通り、マスコミは雄英襲撃事件を『雄英の防犯体制に問題あり?』というところに論点を当てて、報道している。

 ネットなどでは『前日のマスコミ騒動もヴィランのせいじゃね?』『じゃあ、マスコミが一番やらかしたんじゃない?』という声が上がっているが、ニュースや報道では一切語られていない。

 マスコミが出来る唯一の防衛策は、論点のすり替えによる責任転嫁だった。

 

ピンポーン

 

「あん?」

「……来た」

 

 チャイムが鳴り、それに戦慈が訝しんでいると、里琴が素早く立ち上がってドアへと向かう。

 里琴がドアを開けると、そこには一佳がいた。

 

「おはよ」

「……ん」

「拳藤?なんか用か?」

「え?聞いてないのか?3人で買い物に行くって、昨日里琴と話してたんだけど」

 

 一佳は戦慈の言葉に不思議そうに首を傾げる。

 戦慈は足元にいる里琴を見下ろす。

 

「……おい里琴」

「……準備」

 

 里琴は戦慈の言葉を無視して、スタスタと部屋の中に戻り、クローゼットから戦慈の服を取り出していく。

 その様子に右手で顔を覆う戦慈。一佳は眉尻を下げて、戦慈に声を掛ける。

 

「なんか……ごめんな。嫌なら別に……」

「あいつがああなったらめんどくせぇんだよ。だったら、諦めた方がまだ気が楽だ」

 

 服を出した里琴はジィーーっと戦慈を見つめ続けている。

 戦慈はため息を吐いて、渋々部屋に戻って並べられた服を手に取る。

 それを見た里琴は扉を閉めて、一佳の元に戻る。

 

「話してなかったのか?」

「……ん」

「怒らないか?」

「……いつものこと」

「……駄目だろ、それは」

「……こうでもしないと出かけない」

 

 里琴は特に気にした様子もなく、堂々としている。それに一佳は呆れるも、それ以上ツッコむことはなかった。

 

 一佳は白のブラウス、Gジャン、そして黒のキュロットパンツ。

 里琴は黄色のTシャツ、赤の半袖ジップパーカー、黒のホットパンツにニーソックスを履いている。

 

「まぁ……拳暴が遊びに出かけるイメージはないな」

「……だから付き合わせる」

「なるほどな」

 

 一佳は戦慈が買い物をしているイメージが出来なかった。里琴も同意して、今回のように無理矢理連れ出しているのだと説明し、それに一佳も納得する。

 そこに戦慈が面倒くさいオーラ全開で現れる。

 

 戦慈は赤いヘンリーネックのシャツに茶色のジャケット、ジーンズを身に着けていた。

 

「……なんか新鮮だな」

「あん?」

「いや、拳暴のそういう服を着てるの初めて見るなと思って。中学の時は大抵ジャージとかだっただろ?」

「そうだったか?」

「……ん」

 

 一佳は戦慈の私服姿に一瞬ポカンとして、苦笑する。中学の時は入試間近だったこともあり、会うといっても学校か一緒に特訓する時くらいだった。なので、制服かジャージくらいしか見たことがなかった。雄英に入った後も、基本的に部屋着姿ばかりだった。

 なので、戦慈の外出姿を見るのは初めてだった。

 

 3人は並んで歩いて、駅に向かう。

 

「で?何を買いに行くんだよ?」

「はっきりとは決めてないな。とりあえずショッピングモールでも行って、色々見ようって話だったしな」

「……ん」

「そうか」

「……豆補充」

「あん?あ~……確かにいくつか豆が残り少ねぇか」

 

 里琴の言葉に戦慈も買い物する必要があるものを思い出す。

 そして電車で移動してショッピングモールに着いた3人は、ウィンドウショッピングをしながら店を回る。

 

「……ここ寄る」

 

 里琴が気になった服を見つけて、店の中に入る。一佳もそれに続き、戦慈は店の外で待機しようとするが里琴に引っ張られて連れていかれる。

 

 数点の服を見つけては、戦慈に意見を聞く里琴。

 戦慈は面倒オーラを出してはいるが、何だかんだで感想を述べていく。

 一佳はそんな姿を苦笑して見つめていたが、一佳も気になるものを見つけては、無意識に戦慈に意見を聞いていた。それに気づいたのは会計時に『優しい彼氏さんですね。あの子は妹さんですか?』と店員に言われた時だった。

 少し顔を赤くした一佳は慌てて『雄英の同級生です!』と否定するが、それに店員が更にニヤニヤしたのを見て墓穴を掘ったことに気づく。 

 

 店を出た後、しばらく一佳は顔を赤くしていたが、戦慈はそれに気づくことはなかった。

 次に戦慈がコーヒー豆の店に行き、豆を選んでいる間に落ち着き、いつもの雰囲気に戻った。

 その後、里琴が再び店に入り、今度は戦慈の服を探し始めた。里琴は一佳にも意見を求めて、それに答えていくうちに一佳がバイク好きであることも判明して、戦慈にライダージャケットを着させて、似合っていたため再びドキッ!とする一佳だった。

 

 

 

 夕方になり、戦慈達と別れて帰宅した一佳は部屋着に着替えて、ベッドに倒れてハァ~っと息を吐く。

 

「……なんか凄い疲れた……」

 

 あの店員に言われて以降、妙にドギマギしてしまった一佳。

 戦慈達は特に反応してはいなかったが、様子がおかしかったことには気づかれただろう。

 

「彼氏……かぁ。考えた事もなかったなぁ。そんな場合じゃなかったし」

 

 しかし、言われて意識してしまった以上、どうにも考えてしまう。

 けれど、

 

「あいつはヒーローになるために頑張ってる。それどころじゃないのは、皆一緒だよな」

 

 ただでさえ昨日の襲撃事件があった。

 プロの世界を少しだけ味わったことから、まだまだ自分達が学ぶべきものは多い。特に戦慈は一歩も二歩も先に行っている。それに追いつかなければ、ヒーローになっても平凡で終わってしまう。

 

「あー!よし!今はそんなの無し!!私だってあいつに負けないヒーローになるんだ!」

 

 無理矢理、結論を出して湧き上がってきた気持ちを押し込む一佳。

 そして気持ちを落ち着かせるために、口にしたコーヒーは戦慈に淹れられたものだった。ここ最近一息つくときに飲むコーヒーは、戦慈の淹れたコーヒーばかりであることに、一佳はまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 学校に登校する生徒達。

 

「凄いな。本当に1日で色々終わらせたのか」

「まぁ、そうでもねぇとマスコミ共が騒ぎ続けるだろうしな」

「……うざ」

 

 今日は校門前にマスコミはいなかった。

 これは学校や警察が、先日のマスコミ騒動もヴィラン達の仕業による可能性があると考えたため自粛を要請したためだ。それに問題を起こした自覚もあるマスコミ陣はそれに従った。その代わり、報道などで雄英の警備体制をこき下ろしたが。

 

「そういえばニュース見たか?」

「あん?」

「襲ってきた奴ら、敵連合とか名乗ってたらしいよ」

「……しょぼ」

「連合って言うほどの連中か?9割近く捕まったのによ。まぁ、捨て駒みてぇだったが」

「だよなぁ。あの化け物も捕まったし」

 

 戦慈と里琴は敵連合という名前に呆れしか浮かばなかった。連合という割には、生徒にほぼ全滅させられる程度の小物ばかりだった。

 脳無達は異常だったが、それも捕らえることには成功した。あれほどの実力者が早々集まるわけはない。ほぼ活動不可能まで追い詰められたと考えるのが普通である。

 

「まぁ、あのバケモン作った奴が、あそこに来たとは思えねぇがな」

「……テストとか言ってたもんな」

「……面倒」

「次、現れる奴はもっと厄介だろうな。暴走状態にならなかったらヤバかったのによ。クソが……」

 

 うんざりとして吐き捨てる戦慈に、一佳も腕を組んで顔を顰める。

 教室に入ると、鉄哲が気づいて声を掛けてきた。

 

「おっす!拳暴!拳藤!巻空!」

「おう」

「おはよう」

「……おっす」

「拳暴。身体は大丈夫なんか?」

「全く問題ねぇな」

「良かったぜ!やっぱあれだけ派手だったからな!」

 

 鉄哲の言葉に他の者達も安心したように頷く。

 席について荷物を置いていると、切奈がスススと一佳に近づいてきた。

 

「ねぇねぇ、一佳」

「ん?何?」

「昨日、拳暴とデートしてたって本当?」

「してない!里琴もいた!」

「だよね。あー、安心した」

 

 小声で訪ねてきた切奈に、一佳は勢いよく否定する。それに切奈はケラケラと笑う。

 そこに唯や柳もやってくる。

 

「どしたの?」

「ん?」

「いや、昨日一佳達がショッピングモールにいたって友達から聞かされてさ」

 

 切奈の説明に唯と柳はもちろん、一佳も何故バレたのか納得する。

 確かに戦慈は目立つし、ネットでも騒がれていた。気づく者がいても、おかしくはなかった。

 

「妹さんといたとか言ってたから、多分里琴の事だろうな~とは思ってたんだけどさ。やっぱ気になるじゃん?女子として」

「おどかすなよ……」

「ごめんごめん」

 

 少しげっそりとする一佳に、切奈は舌を出しながら両手を合わせて謝る。

 そして予鈴が鳴り、ブラドがやってくる。

 

「おはよう諸君!少しは休めたか?」

『はい!』

「それはよし!しかし!!お前達にはまだ試練が迫っている!」

 

 ブラドの言葉に鉄哲達は目を見開いて、動揺する。

 まだ何か敵連合が仕掛けてきたのかと息を呑む。

 

「試練……それは……雄英体育祭だ!!」

 

 ブラドの言葉に全員が力が抜けて、机に突っ伏す。

 

「あ~……それがあったな~」

「ビビらせないで下さいよ。ブラド先生」

 

 骨抜が思い出したように呟き、泡瀬がげんなりした顔でブラドに抗議する。

 しかし、ブラドは鼻息荒く言葉を続ける。

 

「何を言っているんだ!!言っただろう!ヒーロー科にとって、雄英体育祭は最初にして最大の関門であると!!ここでお前達の将来が決まると言っても過言ではない!!」

 

 ブラドの勢いに、生徒達は背筋を伸ばして耳を傾ける。

 

「雄英体育祭は日本中が注目するビッグイベントの1つ!!日本にいるプロヒーロー達がスカウト目的でお前達を見る! 特に!!学生でありながら、ヴィランとの戦いを乗り越えた1年ヒーロー科はすでに目玉とされている!!つまり……今年の体育祭はお前達が主役だ!!」

『!!』

「ここで名のあるヒーローに見込まれれば、得られる経験値も世間からの注目も高まる。ヒーロー飽和社会においては、これは最大のチャンスだ!本来なら3年生にその目は集まるが、今年はお前達が話題を掻っ攫った!ここで気を抜くわけにはいかんのだ!」

 

 ブラドの言葉に鉄哲はやる気に燃える。

 他の者達もやる気を出して、手を握り締める。

 

「水を差すけど……ヴィランが来たばかりですけど?テレビでもかなり取り上げられてましたし」

 

 物間が盛り上がりに水を差す。しかし、その内容は無視出来るものではない。

 

「そうだよねぇ」

「批判とか出ません?」

 

 凡戸も頷き、円場がブラドに尋ねる。

 それにブラドも想定済みである。

 

「もちろん批判は出るだろう。なので、今回は警備を例年の5倍に増やすことが決まった。セキュリティも強化したこともある。しかし、ここで屈してはそれこそ雄英の名を貶める。それはあの戦いを乗り越えたお前達を否定する!それは許されん!屈することは出来ない!」

「先生……!」

 

 鉄哲が感動に震える。

 

「お前達は我々教師が必ず守る!!だからお前達は体育祭に向けて全力を注げ!!体育祭に限っては、A組はもちろん、普通科やサポート科!そしてB組の者同士もライバルとなる!!やるからには、トップを目指せ!!」

『はい!!』

 

 ブラドの熱い言葉に力強く返事をする一同。

 こうして雄英は体育祭に向けて動き出した。

 

 

 

 そして昼休み。

 

 もはや戦慈は文句も言う気力もなくなったようで、黙ってテーブルの端で食事をする。もちろん同じテーブルにいるのは女性陣である。

 

「体育祭か~。毎年、内容は違うんだよね?」

「ん」

「楽しみですネー!」

「決勝戦は大抵1対1」

「だから、問題は予選だな」

「……面倒」

「ああ……己のために他者を蹴落とさなければならないとは」

 

 もちろん話題は体育祭。

 切奈がカレーを食べながら首を傾げると、そばを食べている唯が頷き、ハンバーグを食べながらポニーが笑みを浮かべ、柳がボンゴレを食べながら補足し、シチューを食べていた一佳が悩まし気に眉尻を下げる。それにかつ丼を食べていた里琴が呟き、茨はスパゲティとパンセットを食べて何やら嘆いていた。

 戦慈は生姜焼き定食を食べながら、横で聞いていた。

 

「基本的には全員にチャンスがあるようにするだろうぜ。だから戦闘メインは少ねぇだろ。ヒーロー科だけじゃねぇんだし」

 

 戦慈の言葉に一佳達は納得して頷く。

 体育祭はヒーロー科、普通科、サポート科、経営科全てが参加する。戦闘ばかりではヒーロー科が勝つに決まっている。

 なので、少しでも全員がチャンスを掴めるような種目になるはずである。さらにあくまで体育祭。体育祭種目から連想できない内容は来ないと予想できる。

 

「それって油断したら、ヒーロー科でも危ないってことだよね」

「そうだろうな」

「ウラメシい」

「ん?」

「怖いなって」

「『ウラメシや』を怖いとかわかんないよ。レイ子」

 

 そして午後の授業も終わり放課後。

 それぞれが帰宅しようとすると、教室の前に大勢の生徒の姿があった。

 

「おお!?何だ!?」

「すげぇ人だな」

 

 泡瀬が目を見開いて驚き、鱗は廊下を埋め尽くす人の数に唖然とする。

 戦慈と里琴は特に気にすることなく教室を出ようとし、それに一佳や唯達女性陣も続こうとする。

 戦慈が扉を開けると、廊下がざわつく。中にはスマホなどを向ける者もいた。

 それを気にすることなく、戦慈は人垣に近づいて行く。

 近づいてくる戦慈に人垣が割れていく。その後ろを里琴達が付いて行く。

 

「便利」

「ん」

「しかし、これはいったい何でしょうか?」

「まぁ、敵情視察みたいなもんじゃない?」

「そのためにここまで?」

「……暇人」

「スゴイ人気デース!」

 

 柳は戦慈の一番槍に微妙な感想を述べるが、それに唯が同意する。茨が周囲を不思議そうに眺め、その理由を切奈が推測する。その言葉に一佳が呆れながら周りを見て、それに里琴も頷く。ポニーだけは嬉しそうに笑っていた。

 戦慈は人垣を掻き分けながら、その会話を聞いていた。

 

(マジで最近、こいつらの番犬みてぇになってねぇか?まぁ、結局掻き分けなきゃ帰れねぇけどよ)

 

 しかし、何か納得が出来ない戦慈だった。

 

 戦慈達は校門を出る。

 

「けど、思ったより普通科も気合入ってんな~」

 

 切奈は先程の人数を思い出す。

 

「そういえば……」

「拳藤サン?」

「普通科って体育祭の結果とかで、ヒーロー科に編入出来るって聞いたことある」

「なるほどなぁ。ヒーロー科受からなかった奴は、普通科にごまんといるだろうしなぁ」

「下剋上?」

「ん」

 

 一佳の言葉に切奈達はようやく理由に思い至る。

 戦慈と里琴は興味なさげに歩いて行く。

 そこに鉄哲が走ってくる。

 

「拳暴!」

「あん?」

「戦闘訓練のリベンジだ!今回こそ俺はお前に勝ぁつ!!じゃあな!!」

 

 一方的に宣戦布告して走り去っていく。

 

「……拳暴の答えは聞かないのか……」

「鉄哲は熱い男だけど、少し暴走気味だよねぇ」

 

 一佳と切奈は鉄哲の行動に苦笑する。

 

「けど、私も一佳にリベンジしたいね」

「私も巻空さんに私の成長をお見せしたいです」

「皆、元気」

「ん」

「私だって負けないよ」

「……頑張れ」

 

 鉄哲に感化されたのか。切奈と茨も一佳と里琴にリベンジ宣言をする。

 一佳は笑みを浮かべて頷き、里琴は他人事のように声を掛ける。

 それを戦慈は先頭で聞きながら、僅かに口角を上げるのだった。

 

 

 

 その後、体育祭までいつも通りで、どこか緊張感がある日常が続く。

 戦慈、里琴、一佳も特訓を始めていた。

 

 戦慈はベンチプレスやランニングなどの筋トレを、里琴は竜巻を長時間発生させて操作性の向上と酩酊に耐える特訓、一佳も手を巨大化させた状態で筋トレをする。

 

 そうしてあっという間に時間が過ぎ、体育祭当日となった。

 

 校門には入場検査を受けているマスコミが並んでおり、中では出店やそれに並ぶ人で盛り上がっている。

 戦慈達はすでにジャージに着替えて、控室で待機していた。

 

「おおお……!緊張してきたぁ……!」

「やってやるぜぇ!」

「せっかくだし、A組に一泡吹かせたいんだよね。話乗らない?」

「謀は悪。裁かねばなりません」

「めんどい」

「ん」

 

 泡瀬が武者震いしており、鉄哲は気合を入れるように叫ぶ。

 物間は周囲に打倒A組の作戦を話すが、茨達に切り捨てられる。それを一佳は呆れながら眺めており、壁際には戦慈と里琴が椅子に座っている。

 そして一佳が時計を見て、立ち上がる。

 

「皆!そろそろ時間だ!行くよ!」

「よっしゃ!」

「あ、誰か気合の掛け声出そうぜ?」

「ここは鉄哲一択っしょ」

「任せろ!!」

 

 立ち上がった骨抜がせっかくだからと提案し、円場が鉄哲を推薦する。

 それに鉄哲が頷いて、全員を見て、不敵に笑う。

 

「俺たちは仲間だけど、ライバルだ!!どんな結果になろうと、誰が勝とうと恨みっこ無し!!ただ全力でてっぺんを獲りに行くぞ!!1年B組!!気合入れろぉ!!」

『おう!!』

「行こうぜぇ!!」

 

 鉄哲の号令に応えて、会場に向かう一同。

 そして入り口に近づくと、大きな歓声とプレゼントマイクの声が響いてくる。

 

『群がれマスメディア!!目ん玉見開け大観衆!!雄・英・体育祭!!ヒーローの卵達が、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』

 

 プレゼントマイクの司会に更に歓声が高まり、マスコミはカメラを構える。

 

『どうせ、てめーらアレだろ!?こいつらだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神でそれを乗り越えた奇跡の新星!!』

 

 そして入り口から生徒達が現れる。

 

『1年!!ヒーロー科だろぉぉ!?』

 

 A組、B組が同時に入場する。

 それと同時に大歓声が起き、カメラのシャッター音が響き渡る。

 

 その雰囲気に泡瀬達は飲み込まれる。

 

「うおおお……!?すっげぇ人だ……!」

「うぅ~!いいとこ見せるぞ!」

「ドッキドキのワックワクだね!」

「それは分かる」

 

 円場が周囲を見渡し、回原が言い聞かせるように声を出し、吹出が『ドッキドキ!』と表示して、骨抜が同意する。

 その後ろでは里琴と戦慈は気だるげに歩く。

 

「……うるさい」

「だりぃ」

「相変わらずだな。ほんと」

「ん」

 

 2人の呟きに一佳が苦笑いし、唯が頷く。

 そして普通科、経営科、サポート科も整列する。

 

 壇上に立っているのは、露出が激しく見える女性教師。18禁ヒーロー、ミッドナイトだ。

 ミッドナイトは鞭を振って、音を響かせる。

 

ピシャン!!

 

「選手宣誓!!」

 

「あれはいいのかよ?」

「立ってるからいいんじゃないか?」

「……エロ」

「確かに」

 

 生徒達の声にミッドナイトは怒鳴りながら、鞭を鳴らす。

 

「うるさいわよ!!選手代表!!1-B 巻空里琴!!」

「「「え?」」」

「……何故」

「入試1位だからじゃねぇか?」

 

 ミッドナイトが告げた名前に、B組全員が目を見開いて里琴に目を向ける。

 里琴自身も驚いており、その理由を戦慈が推測する。

 

「巻空さん!出てらっしゃい!」 

「……むぅ」

 

 里琴は無表情ながらも不本意感全開の声を出して、前に出る。

 そして壇上にあるマイクの前に立つ。

 

「……せんせい?」

「そうよ!」

「……宣誓」

 

 ミッドナイトに確認して、里琴は改めてマイクに向かって声を出す。

 そしてB組は里琴の宣誓を固唾を飲んで見守る。ちなみにブラドも教員席で前のめりになっている。

 

「……戦慈が1位」

 

『おい!!?』

 

 全員がツッコむ。戦慈は怒鳴る気力もなく、ただ空を見上げる。

 まさかの他人の1位宣言だった。

 そしてほぼ全員の視線が呼ばれた戦慈に向く。

 もちろん戦慈は苛立つだけである。

 

「……あのバカが……!」

「まぁ……うん……頑張れな」

 

 流石に一佳もそう言うしかなかった。

 里琴は無表情のまま、戦慈の元に戻り、

 

「……ブイ」

「何がだテメェ!?」

 

 得意げにピースをした。

 

 こうして体育祭は波乱の幕開けを迎えた。

 

 

 



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拳の十 第一種目

昨日、いきなり『お気に入り』登録数が100件/日を超えて、「どした?急に」と思ったら、ありがたきことに日間ランキング18位でした!
ありがとうございます!
これからもビクビクしながら頑張ります!


 里琴が選手宣誓でやらかして、雰囲気がぶち壊されたが、ミッドナイトはお構いなく進行する。

 

「さーて!それじゃあ早速第一種目行きましょう!!」

 

 ミッドナイトの後ろにスクリーンが展開され、ドラムロールが鳴る。

 

「いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者がティアドリンク!!さて、運命の第一種目!!今年は……コレ!!」

 

 ミッドナイトがビシッ!とポーズを決めて、スクリーンを指す。

 そして表示されたのは、

 

「【障害物競争】よ!!」

 

 その内容に全員の顔が引き締まる。

 

「計11クラスの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周4km!わが校は自由さが売り文句!ウフフフ……コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」

 

 ミッドナイトの説明に戦慈達は顔を顰めながら、スタジアムの一角にあるスタートラインを目指して歩き始める。

 

「妨害もありってか」

「サポート科はなんかアイテム装備してるぞ?」

「……うらやま」

「ん」

 

 そしてスタートラインを見つめる戦慈は生徒を見渡して、あることに気づく。

 

「いきなりスタートから嫌がらせかよ……」

「え?」

「ん?」

 

 一佳と唯が首を傾げる。

 戦慈は腕を組んで、スタートラインを顎で示す。

 

「あのスタート直後の通路。あの狭さで200人以上同時に通れると思うか?」

「……無理」

「……そういうことか」

「さて……どうすっかねぇ」

 

 戦慈は対策を考え始める。

 そこに後ろから声を掛けてくる者がいた。

 

「お前……」

「あん?」

 

 戦慈達が振り返ると、そこには右髪が白く、左髪が赤い男子生徒が鋭い目つきで戦慈を見つめていた。

 

「誰だ?」

「……轟焦凍。1-Aだ」

 

 轟の名前に一佳は目を見開く。

 推薦入学者にして、エンデヴァーの息子である。かなりの実力者であるとも噂になっている。それは共に推薦入試試験を受けた骨抜も認めていた。

 

「なんのようだよ?」

「……お前には悪りぃが、勝たせてもらう」

「……だから、なんで俺なんだよ。里琴が入試1位だぞ?」

「その入試1位がお前を指名した」

 

 轟の宣戦布告に、戦慈はイラつきながら里琴を指差す。

 しかし轟はその里琴が原因だと答える。

 その答えに里琴は、

 

「……むふん」

 

 胸を張って得意気にする。

 それに戦慈はため息を吐いて、轟を見る。

 

「まぁ、勝手に頑張れや」

「っ……!」

「そろそろスタートよ!位置に着きまくりなさい!」

 

 戦慈の言葉に、轟は一瞬苛立ったように顔を顰めたが、ミッドナイトの合図にスタートラインに向かっていった。

 

 その光景を爆豪は少し離れた所から顔を顰めて眺めていた。

 

「っ……あの野郎ぉ……!」

 

 轟も戦慈も自分の事をまるで眼中にない。

 それがとてつもなく不愉快だった。

 背中を追いかけてくる存在の出現も相まって。

 

 もちろん戦慈達はそんなことなど知る由もない。

 

「厄介なことしやがって……!」

「……負けるの?」

 

 戦慈は里琴を睨むが、里琴は無表情で戦慈を見上げながら尋ねる。

 その質問に一佳や唯達は息を呑む。

 それに戦慈は「ふん!」と吐き捨てながら、

 

「順位には興味はねぇ。けど……負けんのはムカつくからな。勝つに決まってんだろ」

 

 戦慈の勝利宣言に里琴は頷き、一佳達も思わず笑みを浮かべる。

 なんだかんだで負けず嫌い。それを知っているからだ。 

 

「……なら同じ。……戦慈が1位」

「てめぇもちゃんとやれよ」

「……もち」

「さて……ふるいをかけてぇなら、蹴散らせてもらうか」

 

 戦慈はスタートラインに近づいて、軽くストレッチをする。

 それに里琴や一佳達は習い、準備運動をする。

 すると、里琴が一佳に近づく。

 

「里琴?」

「……戦慈の後ろに付く」

「え?」

「……すぐにわかる」

 

 一佳は首を傾げるが、スタートゲートにランプが点灯したのを見て、意識を切り替える。

 周囲の者達も準備をして、構える。

 

 そして最後のランプが点灯する。

 

『スターートーー!!!』

 

 一斉に走り出す生徒。

 すると、

 

「オラアアアアア!!!」

 

 戦慈が吠えながら、右肩を突き出して全力で突進して、進行方向の生徒達を吹き飛ばして薙ぎ倒していく。

 

「ひぃ!?」

「うわぁ!?」

「きゃあ!?」

「……楽ちん」

「……なんか申し訳ないな」

「ん」

「でも、確かに楽」

 

 戦慈の真後ろを里琴達が走る。一佳や唯は少し困惑するが、どっちにしろ押し合いながら進まなければならないので、結果は変わらないかとも思う。

 

「敗けねええ!!」

「どけぇ!斬り刻むぞ!」

「ですなああ!!」

 

 戦慈の姿を見て、鉄哲、鎌切、宍田を筆頭にB組も声を上げて突っ込んでいく。

 その姿を物間は苦笑しながら見つめていた。

 

「やれやれ、乱暴だねぇ。まだまだ先は長いのに」

「あいつらにそんな器用な真似出来るかねぇ」

 

 物間の横で切奈が呆れながら走る。切奈は物間の作戦に協力することにした。

 理由は面白そうだからである。

 他にも何人かは物間の作戦に参加している。近くには円場や回原などもいる。

 

「でも、どうして急にA組を?」

「ニュース見たかい?」

「そりゃね、それが?」

「中身のほとんどがオールマイトのことだ。それは当たり前。じゃあ、次は? A組なんだよね。オールマイトと同じ所にいただけなのに」

 

 切奈は物間に理由を尋ねる。

 物間は前を見ながら、襲撃事件の報道の内容について語る。

 

「おかしくない?僕達B組だって、拳暴だってボロボロになるまで戦ったのに。まるでA組のおまけ扱いだ」

 

 物間の言葉に切奈や円場達は少しだけ目を見開く。

 つまり物間はB組のために、この作戦を考えたということだ。普段の言動からはあまり想像が出来なかった。確かにあの襲撃以降、挑発的な言動は少なくなった。それでもズバズバと言いにくいことを発言して、呆れてはいるが。

 

「確かに僕達はクラス関係なくライバルさ。でもね、だからって共に苦難を乗り越えた人が、不当な評価を受けるのを見逃すのは納得が出来ないよね。それは僕だって不当な評価を受けていることになる。僕が在籍しているクラスがA組のおまけ?それは我慢出来ないのさ」

 

 だからA組や周囲に思い知らせる。

 B組の凄さを。

 物間はそう言いたいのだ。

 

 それに切奈達は物間の印象を少しだけ修正する。

 そして……その言葉には大いに同意する。 

 

「なら、気合入れないとね」

「俺、もう一回他の連中に声かけてくる」

「あ、俺も」

「頼む。でも、それに気を取られて予選落ちとかやめてね。全員突破。それは絶対条件だ」

「「もち!」」

 

 回原と円場は物間に感化されて、他のB組の元に行く。

 こうして物間の作戦は現実味を帯びてきたのであった。

 

 その間にも全員が通路出口を目指す。

 

 すると、出口付近に氷が張り始める。

 それに後ろにいた生徒達は足が凍り、動けなくなる。

 氷を生み出しているのは轟だった。

 

「足止めのつもりか?くだらねぇ」

「……とう」

 

 戦慈は構わず走り抜けようとすると、里琴が戦慈の背中に飛びつく。

 戦慈は凍り付いた足を無理矢理引き剥がしながら走る。一佳達はその後ろを走ることで氷結を防ぐ。

 

「大丈夫なのか?」

「皮膚が剥がれるくれぇ、すぐに治る」

「……相変わらずだなぁ」

「ん」

『さー実況していくぜ!!アーユーレディ!?ミイラマン!』

『無理矢理呼んだんだろが』

 

 他にも氷結を躱して、轟を追いかける生徒が続出する。

 戦慈は速度を落として、先頭グループの中盤辺りを維持する。

 一佳達とは少し距離が開く。

 

「まぁ、こればっかりは仕方ねぇか」

「……ん」

「お前は走れよ」

「……駄目じゃない」

 

 確かに誰かに掴まってはいけないとは言われてはいない。

 足扱いされている戦慈からすれば、全く納得できないが。

 ちなみに戦慈がゆっくり目に走っている理由は、『全力で走り続けるとパワーが溜まりすぎる』からである。発散できるかどうかわからないので、下手にパワーを溜められないのだ。

 

 そして走っていると、先頭集団が足を止める。

 その先には、入試で戦ったロボット集団が道を塞いでいた。しかも巨大ロボばかりが。

 

『さぁ!いきなり障害物だ!まずは手始め!第一関門!ロボ・インフェルノ!!』

 

 ロボットの姿に戦慈が顔を顰める。

 

「いきなりかよ……!」

「……どっする?」

「……足止めるのもだりぃ。やるか」

「……いえー」

 

 戦慈は足を止めるどころか、スピードを上げる。

 すると、轟がしゃがんで一気に氷結を放ってロボットを凍らせて、その下を進み始める。

 戦慈はそれを避けるように脇のロボット目掛けて走る。

 その横では轟が通った道を行こうとする生徒達が見られる。

 その中には鉄哲がいた。

 

「逃がさねぇぞ!」

「やめとけ。不安定な時に凍らしたから……倒れるぞ」

「うおおお!?」

 

 轟の言葉通り、凍ったロボットが傾き、轟音を響かせて倒れる。

 鉄哲はロボットの下敷きになってしまう。

 

『1-A 轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!』

 

 轟はそのまま先に進もうとするが、

 

「オオォラアアァァ!!!」

「……てやー」

 

 戦慈が左右のロボットの脚を殴り、脚を浮かしてロボット達のバランスを崩す。そこに里琴が大きめの竜巻を左右に放ち、ロボット達を吹き飛ばして道をこじ開ける。

 それに轟はもちろん、足を止めていた生徒達は目を見開く。

 

「ふ、吹き飛ばした!?」

「あの2人は入試でも吹き飛ばしてた奴らだ!当然だろ!」

「バケモンかよ!?」

「あれが……ヒーロー科……!?」

 

『1-B 拳暴!同じく巻空!!入試ツートップはものともしねぇー!!このコンビ反則だろぉ!?』

 

 戦慈は里琴を背負ったまま、轟を追いかけて走り出す。

 

 その後ろでは一佳達もロボット達と向き合っていた。

 

「拳暴の道!」

「ん!」

「ラッキー」

「行きマース!」

 

 一佳は手を巨大化して、小さいロボットを掴んで、迫ろうとしている巨大ロボットの顔面にぶん投げる。

 そして戦慈と里琴が開けた道へと走り込む。

 それと同時に鉄哲が押しつぶされたロボットを砕いて、飛び出す。

 

「A組の野郎!!俺じゃなかったら死んでたぞ!!」

「敗けるかー!」

 

 その横から赤髪の男子生徒も鉄哲同様飛び出してくる。

 

「「あ」」

『1-A 切島!1-B 鉄哲!揃って潰されてたー!出方も一緒ー!ウケる!!』

「「『個性』ダダ被りかよ!?」」

 

 鉄哲と切島は嘆きながら、同時に駆け出す。

 行動も似ている2人だった。

 

 その後ろでは他の生徒達も協力して動き出す。

 すると、爆豪が《爆破》でロボットを飛び越え、他にもそれに続く者達が続出する。

 茨はツルでロボットを縛って動きを止めたり、骨抜は地面を柔らかくしてロボットを沈めるなど、すぐさま動く。

 

『A組、B組ヒーロー科が飛び抜けていくぜ!その間に先頭は第二関門に到着してるぜ!』

 

 轟達は第二関門の攻略を開始しようとしていた。

 

『第二関門はコレ!落ちればアウト!それが嫌なら這いずりな!ザ・フォール!!』 

 

 地面に大きな穴が掘られており、その中に柱が乱立している。柱の間を縄で結んでおり、綱渡りしなければ反対側には行けない。

 戦慈と里琴は第一関門を突破してから、またスピードを落として走っている。その間に上空を爆豪が飛び越えていき、鉄哲や切島などが追い抜いて行く。

 

「本当に面倒だな」

「……どっする?」

「ご丁寧に縄を渡るのも面倒だな。それにもう半分は来ただろうしな。行くか」

「……いえー」

 

 戦慈は崖が迫っているが、さらに速度を上げる。

 そして縄を渡ろうとしている鉄哲達の横を通り過ぎる。

 

「拳暴!?」

「落ちるぞ!?」

「……1つ?2つ?」

「1つ。3m先」

 

 鉄哲達は目を見開くも、戦慈はお構いなく飛び出そうとする。

 そこに里琴が声を掛けて、戦慈が指示を出す。

 そして全力で右脚で踏み込んで、前に飛び出す。

 誰もが落ちていく光景を思い浮かべる。

 

「……てやー」

 

 すると、里琴が小さな竜巻を放ち、戦慈の足元に飛ばす。

 竜巻が小さいが、その回転はかなり強めである。

 

 その竜巻の上に、なんと戦慈は左足を乗せる。

 

 そしてまた踏み込んで、前に飛び出して柱に飛び移った。

 

「はぁ!?」

「マジかよ!?」

「なんて型破りな……!」

 

『おいおい!?拳暴・巻空コンビ!無理矢理にもほどがあんだろ!?』

『簡単に恐ろしい事やりやがる。一瞬でもタイミングや強さを間違えれば、真っ逆さまだぞ』

 

 里琴は竜巻の強さや大きさを間違えれば、戦慈が踏み抜く事は出来ない。そして戦慈は正確に竜巻を踏まなければ、見当違いな方向に吹き飛ばされるし、バランスを崩せば飛ぶどころではない。

 恐ろしく精密なコンビネーションが求められている。

 

 しかし、2人はそんなことを一切感じさせることはなかった。

 

「次、2つ。3mと5m」

「……ヤー」

 

 今度は2つ放ち、その上を飛び跳ねていく戦慈。

 それを続けて、ドンドンと先に進み、轟と爆豪に迫っていく。

 戦慈の後ろでは茨がツルで体を持ち上げて柱を移動したり、骨抜や鉄哲達は全力で走り渡る。

 

「ぬぅ!わ、私の重さで縄が揺れる!?」

 

 宍田は獣化して渡ろうとするが、体が大きくなったせいで縄が激しく揺れてしまい、スピードが出せなかった。

 一佳や物間達も大人しく縄を渡っていく。

 

「B組は機動力が低い奴が多いか」

「こればっかりは仕方がないっしょ」

「君が言うなよ」

「体力使うんだよ」

 

 切奈は足を切り離して浮かび、それを腕で抱えて柱を飛び交う。

 その横ではポニーが角に飛び乗って渡っている。

 

 そして轟達は第二関門を突破する。

 

『先頭が抜けて、下は団子状態!上位何名が通過するかは公表してないから、安心せずに突き進め!!』

 

 そして轟が次に入った関門は、

 

『そして早くも最終関門!その実態は……一面地雷原!!地雷の場所はよく見りゃ分かる仕様になってんぞ!目と脚を酷使しろ!ちなみに地雷は威力は大したことねえが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!?』

『人によるだろ』

 

 戦慈達も地雷原に近づいてきた。

 

「おい、里琴。てめぇ、いつまで張り付いてる気だ?」

「……心行くまで」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ」

「……じゃあ行く」

「さっさと行け」

 

 里琴は戦慈の背中から飛び降りる。

 そして前方を確認した。

 

 

 

 轟は下を注視しながら、地雷を避けて走っていく。

 

「氷を張れば後続に道を作っちまう。確かに先頭に不利な障害だな……」

 

 すると、

 

「はっはー!!俺には……関係ねぇー!!」

「!?」

 

 爆豪が両手を爆破させて飛び、ついに轟に追いついた。

 

「半分ヤロー!!てめぇ!宣戦布告する相手を間違ってんじゃねぇよ!!」

 

『ここで先頭が変わったー!!喜べマスメディア!おまえら好みの展開だ!ってぇ、おおお!?来たあああ!!』

 

 轟が爆豪の腕を掴み、それを爆豪が振り払うなど引っ張り合いを始めた直後、2人の真上を影が通り過ぎる。

 

「「!?」」

「……お先」

 

 里琴である。

 無表情のまま足裏に竜巻を生み出して空を飛んで、一気に轟達を抜いて行った。

 

『シー キャン フラーイ!!今まで人の背中に引っ付いておきながら、ここであざ笑うかのように飛び去ってトップに出たー!!この小悪魔め!拳暴フラれたざまあみろ!!』

『おい』

 

「ちっくしょ!」

「ちぃ!」

「……いえー」

 

 轟と爆豪は慌てて追いかけようとするが、里琴は両手から弱くも大きい竜巻を後ろに放つ。

 それにより轟や爆豪を始めとする、後続の生徒達は飛ばされないように、そして地雷を踏まないように足を止めてしまう。

 

 唯1人を除いて。

 

ドンドンドンドォン!!

 

 突如轟達の後ろ、地雷エリア中盤辺りにて連続で地雷が爆破する。

 前方からは突風、後方からの爆風に轟と爆豪は後ろに目を向ける。

 

「どうした?その程度で止まるのかよ?」

「拳暴……!」

「来やがったなああ!!」

 

『ここで更に拳暴おお!!風をものともせず!!爆破もものともせず!!轟達に追い迫るー!!恐えぇな!?フラれた怒りかぁ!?』

『いい加減にしろ』

 

 戦慈は爆破で周囲を牽制しながら、轟達の真後ろに迫る。その体は膨れ上がり、髪が逆立っていた。

 轟と爆豪は戦慈を攻撃しようと、手を向ける。

 そこに更に事態が動く。

 

ドオオオオオォォン!!!

 

「「「!?」」」

 

 戦慈が起こした爆破よりも、更に巨大な爆発が地雷エリア入り口で起こる。

 

『後方で大爆発!!なんだ!?』

 

 戦慈達は爆発に目を向ける。

 爆煙の上から何かが飛び出し、戦慈達に迫る。

 

 それは鉄板に乗った緑髪のモジャ毛の男子生徒だった。

 

『1-A 緑谷!!爆風で猛追ー!!』

 

 そして、緑谷は先ほどの里琴のように戦慈達の真上を越えていく。

 

『抜いたアアア!!』

 

「デクァ!!!!俺の前を行くんじゃねええ!!」

「緑谷……!!」

「無茶苦茶しやがんな……!?」

 

 爆豪と轟は戦慈から意識を外して、緑谷を追いかける。

 もちろん戦慈も追いかける。

 緑谷は失速してバランスが崩れ、前に投げ出される。

 

 その隙を逃さずに戦慈達は緑谷に迫る。

 すると緑谷は脚を振って、体を起こしてケーブルで繋がれた鉄板を地面に向かって振り下ろす。

 もちろんその下には地雷。

 

ドオオォン!!

 

 再び爆発が起こり、丁度追いついていた戦慈達はモロに爆破を浴びる。

 緑谷は再び爆風に乗って、前に出る。

 

『緑谷、間髪入れずに後続妨害!!更に地雷原即クリア!!』

 

 緑谷は数回地面を転がるが、すぐに起き上がって全力で走り出す。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!今のうちに!!駆け抜ける!!」

「そりゃあ、舐め過ぎだぜ」

「っ!?」

 

『クレイジー拳暴!!緑谷の爆破もものともしねぇー!!バケモノー!!』 

 

 戦慈は一切怯むことなく緑谷に追いつき、そして追い抜いて行く。

 

「そんな……!?っ!負けて…たまるかぁ!!」

 

 緑谷は愕然とするが、すぐに切り替えて力を振り絞って走る。

 その後ろからは再び轟と爆豪が迫って来ていた。

 しかし、戦慈は緑谷との差を広げていく。

 

 その時、スタジアムでは。

 

『さぁ、帰ってきたぁ!!』

 

 プレゼントマイクの言葉の直後、高速で飛行しながらゴールを通過する里琴の姿があった。

 

ワアアアアアア!!!!

 

『他人が1位になるとか言っておきながら、そいつを踏み台にする鬼畜!!後続を一切引き付けねぇ圧倒的1位ー!!小悪魔戦闘機!!巻空里琴ーー!!』

 

「……不本意」

 

 里琴は呟きながら真上に飛び上がる。

 

 そして、5分後。

 

『続いて第2位!!ロボットを殴り飛ばし!!谷を飛び越え!!地雷原を正面突破!!こっちは暴走戦車だな!!拳暴戦慈ーー!!』

 

 戦慈がゴールを駆け抜ける。

 

「ふぅ。ギリギリだったか」

 

 戦慈は緑谷の爆破に巻き込まれながら地雷原を駆け抜けた時、脚から衝撃波を放ち、スピードを上げていたのであった。

 それで1回溜まったパワーをリセットしたが、すぐにまたパワーが溜まってしまった。

 すると里琴が上空から、戦慈に肩車する形で落ちてきた。

 

「……てめぇ……」

「……おつ」

 

『そして第3位ー!!これは誰が予想できた!?序盤一度として輝くことはなかった地味男!!緑谷出久の存在をー!!』

 

 続いて緑谷が息を荒く乱しながらゴールする。

 その直後に轟、そして爆豪がゴールする。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!くそ……!3位……!」

 

 緑谷は悔し気に俯いて、両手を握る。

 

(1位はあの時すでに駄目だった……!だから2位!なのに……あそこまで圧倒的だなんて……!)

 

 緑谷は戦慈に目を向ける。

 自分と……オールマイトにも匹敵しそうな超パワーの持ち主。

 先日の襲撃でもオールマイトを追い詰めた脳無と似た奴を倒したとも聞いた。

 

「これじゃあ……!オールマイトに選んでもらったのに……!」

 

 緑谷は溢れそうになる涙と弱気を必死にこらえる。

 そして轟、爆豪は戦慈、里琴、緑谷の3人を悔し気に見つめる。

 

「くっ……!」

「また……くそ!……くそが……!」

 

 続々とゴールする生徒達。

 戦慈は相変わらず里琴を肩車しながら、体を休めていた。

 

「そろそろ降りろ」

「……疲れた」

「俺もだよ」

「……か弱い」

「てめぇ、最初の数m程度しか走ってねぇだろうが。何がか弱い女だよ」

 

 里琴は全く降りようとしない。

 それにため息を吐いて、ゴールしてくる者達を見る。

 すると鉄哲や骨抜、茨が近づいてきた。

 

「やりやがったな!」

「吹っ飛ばされちまった」

「荒々しくも猛々しかったですね」

「わりぃな」

「気にすんな!けど次は勝つ!!」

「おう」

 

 その後も続々とゴールしてくる。

 一佳達もゴールして、戦慈達の元に近づく。

 

「ふぅ。ギリギリかな?」

「さぁな」

「……おつ」

「ん」

「そのままゴール?」

「ちげぇよ」

「……捨てられた」

「おめぇが1位だろうが」

 

 一佳の言葉に戦慈は肩を竦める。

 里琴は戦慈の肩の上から、唯達を労う。柳は首を傾げて、2人に質問する。

 戦慈がそれを否定すると、里琴が誤解を招く言葉を呟いたので、すぐさま否定する。

 そこに切奈達もゴールした。

 

「いや~……思ったより順位低かったな」

「大丈夫なのか?切奈」

「40位には入ってるし、大丈夫だと思うよ」

「物間も?」

「ああ、B組は全員40位内に入ってるよ」

「ん」

 

 切奈は頭を掻いて苦笑いしながら、近づいてきた。

 一佳は心配そうに声を掛けるが、切奈は手をパタパタとしながら軽く答える。

 

「物間の作戦に付き合うこともないと思うけどなぁ」

「今回は結構真面目な理由だよ。だから他の連中も付き合ってる」

「というと?」

「ん?」

 

 切奈の言葉に首を傾げる柳と唯。

 切奈は物間の言葉を一佳達に伝えると、一佳達は目を見開いて物間を見る。

 

「どうしたんだ?あいつ」

「ん」

「一佳の手刀で壊れた?」

「そこまではしてない!」

「まぁ、言い方がへたくそってことなんだろうね。プライドが高いってのもあるんだろうけどさ。でも、今回は付き合ってもいいかなってね」

「なるほどなぁ」

「まぁ、第二種目が何かにもよるけど」

 

 切奈は肩を竦めて苦笑する。

 それに一佳達も少しだけ物間の評価を変える。

 

「さぁ!結果が出たわ!予選通過は上位42名よ!御覧なさい!!」

 

 ミッドナイトが壇上に立ち、スクリーンを示す。

 

1位:B組 巻空里琴

「……ブイ」

 

2位:B組 拳暴戦慈

「ふん」

 

3位:A組 緑谷出久

「次は……負けない!」

 

4位:A組 轟焦凍

「……」

 

5位:A組 爆豪勝己

「くそが!」

 

6位:B組 塩崎茨

「もっと己を顧みなくては……」

 

7位:B組 骨抜柔造

「こんなもんかね」

 

8位:A組 飯田天哉

「ここまで遅れを……!」

 

9位:A組 常闇踏陰

「奮励努力」

 

10位:A組 瀬呂範太

「ちくしょー」

 

11位:B組 鉄哲徹鐵

「まだまだぁ!!」

 

12位:A組 切島鋭児郎

「まだまだぁ!!」

 

13位:A組 尾白猿夫

「もっと頑張らないと」

 

14位:B組 泡瀬洋雪

「中途半端だなぁ」

 

15位:A組 蛙吹梅雨

「ケロ」

 

16位:A組 障子目蔵

「……」

 

17位:A組 砂藤力道

「拳暴やべぇな」

 

18位:A組 麗日お茶子

「次も頑張る!」

 

19位:A組 八百万百

「はぁ……」

 

20位:A組 峰田実

「いい尻だった」

 

21位:A組 芦戸三奈

「くやしー」

 

22位:A組 口田甲司

「……」

 

23位:A組 耳郎響香

「ちょっと不甲斐ないかな」

 

24位:B組 回原旋

「低すぎたか?」

 

25位:B組 円場硬成

「こんなもんじゃね?」

 

26位:A組 上鳴電気

「情けねー」

 

27位:B組 凡戸固次郎

「皆凄いねぇ」

 

28位:B組 柳レイ子

「ウラメシい」

 

29位:C組 心操人使

「やっぱヒーロー科はすげぇな」

 

30位:B組 拳藤一佳

「次は頑張らないとな」

 

31位:B組 宍田獣郎太

「不甲斐ないですな」

 

32位:B組 小大唯

「ん」

 

33位:B組 鱗飛竜

「くそ……!」

 

34位:B組 庄田二連撃

「やはり機動力が課題か……!」

 

35位:B組 鎌切尖

「次は斬ってやるぜぇ」

 

36位:B組 物間寧人

「ま、こんなところかな」

 

37位:B組 角取ポニー

「頑張るデス!」

 

38位:A組 葉隠透

「ギリギリだった……!」

 

39位:B組 取陰切奈

「次が本番だね」

 

40位:B組 吹出漫我

「くっそ~……」

 

41位:H組 発目明

「フフフ……!」

 

42位:A組 青山優雅

「輝……はうっ!?」

 

 以上、42名が突破。

 

 

 

 

 結果を見て、教師席はそこそこ盛り上がっている。

 

「ヒーロー科はやはり全員突破ですね」

「当然だな。あれくらいで負けては困るぞ」

 

 宇宙服を着たヒーロー、13号。そしてガンマンスタイルのヒーロー、スナイプが当然とばかりに頷く。

 13号の隣では金髪の骸骨のような男が座っていた。

 

「緑谷少年……」

 

 その男は悔しそうにしている緑谷を見て、心配そうにしていた。

 

「どうしたんですか?オールマイト。気になる生徒でも?」

「いや……何でもないよ、13号。それを言ったら皆、気になる生徒さ」

「やはり拳暴君は気になるのでは?あなたにそっくりな『個性』ですからね」

「……そうだね」

 

 骸骨の男、オールマイトは13号の問いかけに笑みを浮かべて首を振る。

 先ほどの表情を見ていなかった13号は戦慈の名前を上げる。

 それにオールマイトは戦慈に目を向けて、頷く。

 

(確かに私に……緑谷少年とほぼ同じ。いや……扱えている分、圧倒的に拳暴少年の方が、緑谷少年より上!彼と競うことは間違いなく君の糧になるはずだ。だからめげるなよ……緑谷少年!)

 

 オールマイトは心の中で緑谷を激励する。

 するとスナイプの横に座って、前のめりで観戦していたブラドが顎を擦りながら唸る。

 

「む~」

「どうした?ブラド」

「いや……やはりA組と比べると機動力が課題なのは事実だが……下位で通過した連中が妙に手を抜いているように見える」

「ふむ。まぁ、まだ予選は続くんだ。それを見越してじゃないのか?」

「かもしれんか……。裏目に出ないといいが」

 

 スナイプの言葉にブラドは頷くも、妙に嫌な予感がするのであった。

 

「それにしても巻空と拳暴の連携は凄まじいな」

「巻空は少し拳暴に依存気味なのがな。他の者と協力できないわけではないが……」

「まぁ、昔馴染みと言うのは大きいだろ。特にあの2人の場合は。それにそれで見事な結果が出せている。今すぐ問題があるわけでもないだろ」

「ああ」

 

 施設でずっと共に暮らしてきている。気心が知れている者と一緒にいるのは不思議なことではない。

 

「さて、ここからどう見せてくれるのか」

「楽しみだな」

 

 教師達も期待を膨らませて、第二種目の行く末を見守るのであった。

 

 

 




第一種目はこんな感じかなと。
ここからは変わっていくので、しっかりと考えていきたいと思います。

ただですね。早く唯、柳、庄田の『個性』を見たい!

と、思っているので、少々お時間くださいm(__)m


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拳の十一 騎馬戦・その1

 ミッドナイトはピシャン!と鞭を鳴らして、壇上で進行を継続する。

 

「予選通過は42名!ここで落ちちゃった人も安心なさい!まだ見せ場は用意されているわ!さぁ、第二種目行くわよ!!ここからは報道陣も更に加熱するわよ!!キバリなさい!!」

 

 予選を突破した生徒達は、気合を入れ直す。

 それに笑みを浮かべたミッドナイトは、スクリーンに顔を向ける。

 

「さーて、第二種目よ!私はもう知ってるけど~~…何かしら!?」

 

 ドラムロールが鳴り響き、数名がゴクリと唾を飲んでスクリーンを見つめる。

 

「言ってるそばからぁ!!これよ!!」

 

 ドン!と音と同時に、ミッドナイトがポーズを決めながらスクリーンを指差す。

 そこに表示されたのは、

 

「騎馬戦!!」

 

 その内容に全員が訝しみながら推測を立て始める。

 

「騎馬戦?」

「個人競技じゃないぞ?」

「……へぇ」

 

 泡瀬や円場が首を傾げる。

 物間は面白げに僅かに笑みを浮かべる。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで、騎馬を作ってもらうわ!基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが先ほどの順位に従って各自にポイントが振り分けられること!」

 

「ポイント奪取方式か」

「ということは、チームの組み方でポイントが違うのか」

「それによって狙う側か狙われる側か分かれるんだね」

「それは本当に楽しそうだね」

 

 鱗と庄田が腕を組んで唸り、それに切奈も頷く。

 それを聞いていた物間が更に笑みを深める。

 

「ええ、そうよ!そして与えられるポイントは下から5ポイントずつ!ただし!!!」

 

 ピシャァン!!と強く鞭を振り、生徒達の注意を引くミッドナイト。

 

「上を行く者には更なる受難を。雄英にいる以上何度でも、いかなる場所でも聞かされるよ!これぞPlus Ultra!!」

 

 ビシ!とミッドナイトは生徒達に向かって指をさす。

 その先にいるのは……戦慈の肩にいる里琴。

 

「予選通過1位の巻空里琴さん!!与えられるポイントは……1000万!!!」

『!!』

「……マジ卍」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 ミッドナイトの発表に戦慈以外の視線が里琴に集中する。

 その内容と視線に、里琴は相変わらずの無表情で謎の反応をして、戦慈にツッコまれる。

 それに一佳やB組の者達はガクッ!として、A組の数名も呆れる。

 

「相変わらずと言え……」

「大物過ぎる」

「ん」

「あははは……」

 

 一佳は右手で目元を覆い、柳がツッコみ、それに唯が頷く。

 切奈も流石に苦笑するしかなかった。

 鉄哲は右手を握り締めて、里琴を見つめる。

 

「巻空からポイントを獲れれば、勝利確実ってことかよ……!燃えるぜ!」

「どれくらいが通過するかだな」

「それにどのように組めばよいのでしょう?『個性』の使用や奪われた場合は?」

 

 骨抜は腕を組んで勝利条件を考え、茨も首を傾げてルールを質問をする。

 それにミッドナイトが頷いて、説明を続ける。

 

「制限時間は15分!振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示されたハチマキを装着!終了までにハチマキを奪い合い、ポイントの保持数を競うのよ!取ったハチマキは首から上に巻くこと!獲りまくれば獲りまくるほど管理が大変になるわよ!そして何より重要なのは……ポイントを獲られても、騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!」

 

 最後の言葉に全員が更に唸る。

 

「つまり制限時間中、ずっと動き続ける必要があるわけですな」

「ポイントが集まれば集まるほど、相手にするチームが多くなるんだねぇ」

「ベリーハード!」

「誰がポイントを集めているのかも把握しねぇとな」

 

 宍田、凡戸が要約し、それにポニーが悲鳴を上げる。鎌切も腕を組んでポイントを語る。

 

「『個性』ありの残虐ファイト!でも、あくまで騎馬戦!悪質な崩し目的での攻撃はレッドカード!一発退場とします!それと2人で組む場合は肩車は禁止!しっかりと背中に張り付く事!」

「……横暴」

「何がだよ」

「それじゃあ、これより15分!チーム決めの交渉開始よ!!」

 

 15分という時間に選手達はそれぞれ顔を見合わせて、行動を開始する。

 やはりまずは『個性』を把握している同じクラス同士で交渉が始まる。

 

「さて、どうするかな」

「『個性』を把握している者同士で組むのが定石と考える」

「問題は4人で組むと『個性』が活かせない奴もいるってところだな」

「俺はやんなら一番を狙う!そして逃げ回るのは趣味じゃねぇ!!」

「これこそA組に思い知らせるチャンスだね」

「だからこそ、メンバーはしっかりしないとね。物間」

 

 B組は一度クラスメイトで集まる。

 泡瀬が腕を組んで全員を見回す。庄田がB組内での騎馬作りが的確であると進言する。そこに骨抜が組み方の注意点を語り、鉄哲は両手を握り締めて叫ぶ。

 物間は笑みを浮かべて、チャンスであると改めて声を掛けるが、それに切奈も誰相手でも勝てるチーム作りをしなければと声を掛ける。

 そして戦慈と里琴はもちろん、

 

「……戦慈が馬」

「まぁ、俺のデカさだと馬にしか向いてねぇしな。里琴も騎手しか出来ねぇだろう」

 

 戦慈はB組内でも身長が突出しているし、動けば動くほど体が大きくなる。そのため騎手には向かない。

 逆に里琴は小さすぎる。馬にはとても向いてない。

 そして連携という点でも、2人が組まない理由はない。

 すると、未だ戦慈の肩から降りない里琴が、一佳に顔を向ける。

 

「……一佳。……組む」

「え?私か?」

「……手を大きくして、戦慈を掴む。……そこに私が足を乗せる」

「……う~ん。それだと4人で組んだ方が良くないか?」

「……4人だと戦慈が活きない。……戦慈のパワーは必須」

 

 里琴の言葉に一佳は腕を組んで悩む。

 言いたいことは分かるが、他のチームの状況も聞かないと何とも言えない。

 すると、戦慈達に近づく者がいた。

 

「私と組みましょ!1位と2位の人!」

「誰だテメェ?」

 

 声を掛けてきたのはピンク色の髪をし、体に様々なアイテムを装着をしている女子生徒だった。

 

「私はサポート科の発目明と申します!あなた方の事は知りませんが、利用させてください!」

「ストレートだな!?」

 

 発目の言葉に目を見開く一佳。

 それに発目は特にリアクションせず、早口で話し続ける。

 

「あなた方と組むと必然的に注目度No.1じゃないですか!そうなると必然的に私のドッ可愛いベイビー達がですね、大企業の目に留まるわけですよ!」

「ベイビー?」

「私が開発したアイテム達のことです!」

 

 発目は笑いながら持っているアイテムを見せる。

 それを眺めていた里琴は、戦慈の頭をポンポンと叩く。戦慈は顔を顰めて、発目に声を掛ける。

 

「……わりぃが、テメェのアイテムを活かすタイミングがねぇ。他を当たってくれ」

「もう少し私のドッ可愛いベイビーの説明を!?」

「俺じゃあ、そのアイテム共は壊しちまう。里琴には元々必要ねぇもんばっかに見える。他の連中に使って、俺らと戦わせた方が目立つんじゃねぇか?」

「はっ!!それもそうですね!!では、挑ませて頂きます!!」

「切り替え早いな!?」

 

 戦慈の言葉に発目はハッ!として、アイテムを抱えて他の者達の所へ走り出していく。

 その後ろ姿に一佳は唖然とする。

 

「で?拳藤はどうすんだよ?他の連中は決まり出してんぞ?」

「え!?」

 

 戦慈の言葉に一佳は慌ててクラスメイト達に目を向ける。

 切奈は唯、柳、ポニーに声を掛けており、それに3人も納得するように頷いている。どうやら作戦会議をしているようだった。

 物間は鉄哲や骨抜に声を掛けていた。

 

「どうだい?鉄哲、骨抜。一緒にA組を倒さないか?」

「わりぃな、物間!俺は全員と戦うつもりだぜ!もちろんB組で勝ち残りたいけどな!」

「俺もだな。やるならとことんやりてぇ」

「……そうか。仕方がないね」

「俺達B組なら堂々と戦ってもA組を倒せる!俺はそう信じてるぜ!!」

「分かったよ。けど、僕達が勝っても恨みっこ無しだよ?」

「たりめぇよぉ!!」

 

 鉄哲はニカ!と笑って、骨抜と去っていく。

 物間も笑みを浮かべて、円場や回原に声を掛ける。

 その様子を見て、一佳はもうほとんど余っている者はいないと理解した。

 

「……仕方ないな。こうなったら覚悟を決める!頼むぞ!拳暴!里琴!」

「テメェもな」

「……いえー」

 

 一佳は覚悟を決めて、戦慈達と組むことを決めた。

 

 そして15分が経過し、それぞれのチームで騎馬を作った。

 

『さぁ、起きろ。イレイザー!15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに11組の騎馬が集まった!』

『ん?……中々、面白ぇ組が揃ったな』

 

 

 

「A組は高得点ばかり。『個性』も見させてもらったし、2チーム奪えば十分だ。一番の狙いは……爆豪かな?」

「ちゃんと指示くれよ?」

「ドッキドキだね!」

「巻空達を狙う連中を狙うよ」

「任せろ」

 

 物間チーム:物間(騎手)、円場(前)、回原(左後ろ)、吹出(右後ろ)

 ポイント合計:235

 

「行きましょか」

「ん」

「ファイトデース!」

「疲れそ」

 

 取陰チーム:切奈(騎手)、唯、柳、ポニー

 ポイント合計:180

 

「勝ぁつ!!」

「拳暴達からどう奪うかだな」

「守りはお任せを」

「ハチマキは俺が固定してやるぜ!」

 

 鉄哲チーム:鉄哲(騎手)、骨抜、茨、泡瀬

 ポイント合計:670

 

「僕が前でいいのぉ?」

「凡戸氏の《セメダイン》は重要ですからな!」

「後ろからの敵は斬り殺すぜぇ!」

「……いけるんだろうか?」

 

 鱗チーム:鱗(騎手)、凡戸、宍田、鎌切

 ポイント合計:220

 

「……いえー」

「さて、気合入れるか」

「吹き飛ばさないでくれよ?」

 

 巻空チーム:里琴(騎手)、戦慈、一佳

 ポイント合計:1000万と270

 

「頑張るか」

「「「……」」」

 

 心操チーム:心操(騎手)、庄田、尾白、青山

 ポイント合計:270

 

「皆!よろしく!」

「うん!」

「フフフ!見てぇ!大企業!」

「ああ……」

 

 緑谷チーム:緑谷(騎手)、常闇、麗日、発目

 ポイント合計:505

 

「死ぬ気で走れよクソ共ぉ!!」

「チームメイトにクソとか言うなよ!?」

「不安だよー」

「頼むぜマジで」

 

 爆豪チーム:爆豪(騎手)、切島、瀬呂、芦戸

 ポイント合計:620

 

「まずは他のチームから奪って安全圏を確保する」

「分かった!」

「行きますわ!」

「頼むぜ!エリート達!」

 

 轟チーム:轟(騎手)、飯田、上鳴、八百万

 ポイント合計:575

 

「行けるかなぁ」

「行くしかないんだよ!響香ちゃん!!」

「なんで脱ぐんだよ?」

「腕が見えないじゃん!」

「……」

 

 葉隠チーム:葉隠(騎手)、耳郎、砂藤、口田

 ポイント合計:360

 

「ケロ」

「蹂躙だぁ……!」

「はぁ……やるだけはやろう」

 

 峰田チーム:峰田(騎手)、蛙吹、障子

 ポイント合計:390

 

 以上11チーム。

 

 

 

 各チームはフィールドを指定するラインの外に待機する。

 

 一佳は両手を巨大化させ、戦慈の胴体を後ろから掴んでいる。里琴はその手を足場にして立っている。

 一佳は緊張して、他のチームを見ている。

 

「特に危ないのは、やっぱりA組の轟か?」

「B組も厄介なのがいるだろが」

「え?」

「……切奈達」

「あ!?」

 

 一佳は里琴の言葉に目を見開いて、切奈達を見る。

 メンバーを改めて見て、戦慈達の言いたいことを理解する。

 

「里琴。奴らの接近には気を付けろよ」

「……もち」

「拳藤。お前もちゃんと動けよ」

「分かってる!」

 

『さぁ、上げてけ鬨の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今!!狼煙を上げる!!』 

 

『行くぜ!!残虐バトルのカウントダウン!!』

 

 プレゼントマイクの実況とカウントダウンに全員が顔を引き締めて、構える。

 ほぼ全員の視線が戦慈達に集まる。

 

 そして、遂に、

 

『START!!!!』

 

 同時に全チームが走り出して、フィールドに入る。

 そしてやはり複数のチームが戦慈達に迫る。

 

「実質それの争奪戦だ!!もらうぜぇ!!拳暴!!」

「行っくぞー!」

「常闇君!他のチームが襲った隙を!」

「承知!」

 

 鉄哲、葉隠が迫り、その後ろに緑谷がいる。

 それを確認した戦慈は、

 

「試すか。行くぞ!」

「……やー」

「ああ!」

 

 戦慈が背中を丸めると、一佳が飛び上がって戦慈の腰に足を乗せて跳び乗る。

 同時に里琴が目の前に小さいが強めに回転する竜巻を放ち、戦慈は2人を背中に乗せた状態で走り出して、竜巻を右脚で踏んで高く飛び上がる。

 

「ええ!?」

「2人も乗せてるのに!?」

「やんなぁ!拳暴!!」

「そういえば、あいつ体膨れてたな」

 

 葉隠、緑谷が目を見開いて上を見上げ、鉄哲は笑みを浮かべる。骨抜は戦慈の体が少し膨れていることを思い出した。

 しかし、

 

「響香ちゃん!」

「わってる!」

「行くよ!皆!」

「うん!」

「塩崎ぃ!!」

「束縛を」

 

 葉隠は先頭にいる耳郎に指示を出して、耳郎は両耳たぶのプラグを戦慈達に伸ばす。

 鉄哲達は振り返りながら、耳郎同様茨がツルを伸ばす。

 そして緑谷達は騎馬ごと飛び上がる。緑谷の背中には発目が背負っていたジェットパックが身に着けられていた。

 

「サポート科の!?」

「へぇ、マジでやるじゃねぇか。里琴!前と下だ!」

「……ぶっ飛び~」

 

 一佳は目を見開いて驚き、戦慈は感心するように呟いて里琴に指示を出す。

 里琴はよく分からないことを呟きながら、前方に次の足場となる竜巻を、下から迫る緑谷達やツルなどには少し大きめの竜巻を放ち、牽制する。

 

「くっ!」

「っ!黒影!下だ!」

「アイヨ!」

 

 緑谷は悔し気に顔を歪めると、常闇が《黒影》と呼ばれる黒い影を呼び出して、下から迫るツルとプラグを叩き落とす。

 

「緑谷!油断するな。俺達とて標的だ」

「ごめん!一度降りよう!」

「了解!」

 

 緑谷は戦慈達を無理に追わず、着地することにした。

 鉄哲達は引き続き戦慈達を追いかける。

 

「よし!私達も追うよ!」

「おう!って!?葉隠!?ハチマキがねぇぞ!?」

「はっ!?いつの間に~!?」

 

 葉隠達も追おうとするが、砂藤が葉隠の頭からハチマキが消えていることに気づく。

 葉隠はそれに驚いて、慌てて周囲を見渡すと、ハチマキが宙に浮きながら移動していた。

 

「どういうこと~!?」

「耳郎!急げ!」

「ああ、もう!!」

 

 砂藤の声に耳郎は焦りの表情を浮かべて、プラグを伸ばす。

 しかし、プラグがハチマキに届く前に何かが浮かんでいるハチマキを掴む。

 それは人の手の先だった。

 

「今度は何!?」

「悪いね。もらうよ」

 

 葉隠が混乱していると、ハチマキを掴んだ手が飛んでいく。

 その先にいたのは切奈達だった。手は切奈の右手に戻る。

 

「B組の!?」

「どんな『個性』!?」

「逃げるよ皆!」

 

『開始からまだ2分!地上どころか空中ですら混戦の混戦!!1000万だけじゃなく、2位~4位のハチマキを狙ったって十分勝てるぜぇ!!』

 

 切奈は奪ったハチマキを首にかけて、唯達に声を掛けて未だに混乱している葉隠から離れる。

 その先には、轟達がいた。轟達は切奈達ではなく、鱗達を目指して動いていた。

 

「あらま」

「どうする?」

「やるに決まってるでしょ。頼むよ!レイ子!ポニー!」

「はーい」

「イエーイ!行きマース!」

 

 切奈はいやらしげな笑みを浮かべて、指示を出す。

 ポニーの角が外れて、宙を舞う。更に切奈も右手、そして口元を切り離して飛ばす。

 

 轟達の死角に回り、切奈達がいる反対側に口元を飛ばす。

 そして叫ぶ。

 

「隙あり!!」

「っ!!」

「後ろです!!え!?」

「口だけぇ!?」

「っ!?しまった!」

 

 切奈の声に轟達は当然反応する。

 しかし、目を向けた先には謎の浮いている口だけ。

 それに目を見開いて固まる八百万や上鳴。轟は罠だと気づいて、慌てて周囲を見る。

 真横から角のようなものが2本、轟に迫っていた。

 

 それを轟は氷を放って防ぐ。

 すると、轟のハチマキが突如独りでに離れて、宙を舞う。

 

「な!?くそ!」

「ハイ、しゅーりょー」

 

 轟は目を見開きながらも、手を伸ばす。しかし、その前に手だけが飛んできて、ハチマキを掴んで持ち去ってしまう。

 もちろん手が戻る先には切奈。

 

「あいつは……!?」

「なんだよ今のぉ!?」

「『個性』か……!?しかし、どんな『個性』を……!?」

「やっぱ、強いねぇ。レイ子の《ポルターガイスト》」

「どうも」

 

 柳の『個性』《ポルターガイスト》は自分の周囲の物体を操ることが出来る。

 ポニーと切奈に意識を向けさせて、その隙に柳がハチマキを浮かせ、更に慌てている隙をついて切奈が回収するという作戦である。

 柳が失敗しても、切奈やポニーの『個性』でも十分ハチマキを奪う隙が出来るいやらしい策である。

 

「ポルターガイスト……。物を操る『個性』ですか!!」

「じゃね~、A組~」

「待て!」

 

 背を向ける切奈達を飯田が叫びながら、追いかけ始める。

 

 その様子を戦慈達は上空で飛び跳ねながら見ていた。

 

「……轟から奪った!?」

「遠隔操作系が揃ってやがるからな。あいつらが一番やべぇな」

「……こわ」

「調子乗ってんじゃねぇぞクソがぁ!!」

 

 突如爆豪が爆破を起こしながら、上空にいる戦慈達に迫ってきた。

 

「!! 里琴!!」

「……クソがー」

 

 戦慈は一瞬目を見開くが、すぐに里琴に声を掛け、即座に里琴は竜巻を放って牽制する。

 爆豪は竜巻に手を向けて、爆破を放つ。その隙に戦慈はその場を離れる。

 

「ちぃ!」

 

 爆豪は顔を顰める。

 すると爆豪の体にテープが張り付き、引っ張り下ろされる。その先には騎馬の切島達がおり、テープは瀬呂から伸ばされていた。

 

『おおおお!?なんかテクニカルなことが腐るほどあって、実況追いつかねぇぞ!?で?騎馬から離れたけどあり!?』

「ありよ!!地面に落ちてたらアウトだけど!」

 

 戦慈は地面に降り立つ。一佳も足を下ろす。

 そこに再び爆豪や鉄哲達が迫ってくる。

 

「逃がさねぇ!!」

「1位は俺だぁ!クソ仮面ヤロウ!!」

 

オオオオオオオオ!!!

 

『!?』

 

 突如戦慈が吠える。

 その圧に押されて切島や骨抜達は足を止めてしまう。

 

「な、なんて気迫だよ……!?」

「敗けるかぁ!!行くぞ!!」

「待て!鉄哲!拳暴をよく見ろ!」

「何ぃ!?……っ!?更に膨れてやがる……!」

「なにアレ!?」

 

 切島が慄くが、鉄哲は叫んで骨抜達に発破をかけるが、骨抜がそれを制止する。それに鉄哲は戦慈をよく見ると、先ほどより体が膨れ上がっていた。

 戦慈の変化に爆豪達は目を見開いて、足を止める。

 戦慈は両手を前に出して、掴みかかるような姿勢を取る。

 その両手が切島達はとても大きく見えた。

 

「来るなら来やがれ。俺は倒れねぇよ」

「っ!……上等だぁ!!」

「もう敗けねええぇ!!」

 

 爆豪と鉄哲は戦慈の挑発に叫んで構える。

 それに騎馬役達も気合を入れて走り出そうとすると、

 

「単純なんだよ。A組」

「!?」

 

 突如、背後から爆豪のハチマキが奪われる。

 鉄哲達は走り出しながら、後ろを振り返る。

 爆豪のハチマキを奪ったのは物間だった。

 

「んだテメェこら!!返せ殺すぞ!!」

「やられた!」

 

 爆豪は邪魔をされた怒りで物凄い形相で物間を睨んで叫ぶ。

 物間はそれを涼しい顔で躱して、鼻で笑う。

 

「ミッドナイトが第一種目と言った時点で、極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

「あ?」

「だからおおよその目安を仮定して、その順位以下にならないように走ってさ。後方からライバルになりそうな者達の『個性』や性格を観察させてもらった。その場限りの順位に執着したって仕方ないだろ?」

「っ!……クラスぐるみか!」

「全員ではないさ。拳暴達や鉄哲達は今も真っ向勝負してるだろ?でも、いい案だろ?人参ぶら下げた馬みたいに仮初の頂点を狙うよりはさ」

「……あ?」

「それに……僕達だってヴィランを倒してきたんだ。拳暴や君達A組だけが優れてるわけじゃないよ。舐めないでくれるかな?」

 

 薄く笑みを浮かべながら話す物間に、切島達はゾクリと怖気が走った。

 確かにB組だって襲われた。しかしニュースではA組ばかりが放送され、それに浮かれていた。

 『俺達はヴィラン襲撃を乗り越えた』。

 それはB組だってそうだ。その事実を切島達は甘く見ていた。

 

「あ、あとついでに君も有名人だよね?ヘドロ事件の被害者!今度話を聞かせてよ。どうやってヴィランから耐えていたのか。……あぁ、でも拳暴の方がいいかな?彼は退治していたんだし。耐えているだけだった君よりは参考になりそうだ」

 

 

ブチ

 

 

 切島達は上にいる男から何かがキレる音が聞こえた。

 

「切島ぁ……予定変更だぁ……!」

「ば、爆豪……?」

「仮面野郎の前に……こいつら全員殺そう……!!」

 

 ゴォウ!とドス黒い気迫と殺気が爆豪から噴き出す。

 それに切島達は慌てるが、もはや爆豪は止まりそうではなかった。

 

 

 

 

『さぁて!!7分が経過だ!現在のポイントを見てみようぜ!?』

 

 プレゼントマイクの実況と共に、観客席にあるモニターに現在の順位が表示される。

 

『……あら!!?』

 

 プレゼントマイク同様、それを見た観客席にはどよめきが走る。

 

1位:巻空チーム:10000270ポイント

 

2位:取陰チーム:1505ポイント

 

3位:物間チーム:1125ポイント

 

4位:鉄哲チーム:670ポイント

 

5位:心操チーム:505ポイント

 

6位:轟チーム:220ポイント

 

7位:峰田チーム:0ポイント

 

8位:緑谷チーム:0ポイント

 

9位:爆豪チーム:0ポイント

 

10位:葉隠チーム:0ポイント

 

11位:鱗チーム:0ポイント

 

 

『ちょっと待てコレ……!A組ほぼ全滅……ってか緑谷、あれ?』

 

 

 

 緑谷達は困惑して、相手を見つめていた。

 

「……なんだ?……何が起こったんだ?皆は?」

「わ、わかんない。気づいたら……!ていうかデク君!?指が!?」

「私もです!」

「……俺もだ。緑谷、行けるか?」

「大丈夫……左手の指だけだから……」

 

 緑谷達は気づいたらハチマキを取られていた。

 

 今、向かい合っている……緑谷達のハチマキを首に下げているのは、普通科C組 心操だった。

 心操は緑谷を見て、目を見開いている。

 

「……なんだよ、お前……!?なんで解けたんだ……!?」

「……っ」

 

 緑谷は歯を食いしばって指の激痛に耐えながら、状況を整理する。

 

(一体何が起こったんだ?気づいたらハチマキが消えてた。恐らく彼の『個性』。でもなんだ?転移?嫌、それが出来るなら全チームからすでに奪っているはずだ。じゃあ何だ?僕達全員が奪われた記憶がない。覚えてるのは声を掛けられた所と……変な景色…知らない人達が頭に浮かんだこと)

 

 緑谷は頭がぼんやりしたと思ったら、体が動かなくなった。それに混乱していたら、突如目の前に黒い人影が複数現れた。それを見た瞬間、頭がはっきりして指だけが動かすことが出来た。

 他の部位は動かなかったので、緑谷は無我夢中で指だけ『個性』を発動する。それにより衝撃波が放たれて、指に激痛が走って体が動くようになり、常闇達もハッ!としたようにキョロキョロしていた。

 

「……常闇君」

「なんだ?」

「君の黒影って、君の中にいても記憶はある?」

「……そういうことか。黒影」

「ナンダヨ?」

 

 緑谷の言葉に常闇は意図をすぐさま悟り、自身の『個性』に声を掛ける。

 すると常闇の体から影が飛び出す。

 

「俺達がどうなったか分かるか?」

「ハァ?何言ッテンダヨ?オマエラガ自分デ渡シタンダロ?アイツニ頼マレテヨ」

「「え!?」」

 

 黒影の言葉に緑谷達は目を見開く。

 そんな記憶はないからだ。

 しかし、それにより緑谷はある推測が思い浮かぶ。

 

「……操る『個性』」

「えぇ!?」

「多分……彼の言葉に答えると発動するんだ。……凄い『個性』だ。普通科にこんな人がいたなんて……!」

「くそ!もう一度……!」

「彼の声に応えちゃ駄目だ!常闇君!」

「おう!黒影!黙って奪え!」

「アイヨ!」

 

 黒影が飛び出して、心操に迫る。

 心操はそれを振り払うが、黒影の手が先頭の庄田と後ろにいた尾白に当たる。

 すると2人は先ほどの常闇達同様、ハッ!として周囲をキョロキョロして足を止めてしまう。

 それに心操は焦って声を荒らげる。

 

「何してんだ!?動けよ!」

「な、なんだこれ……!?」

「僕達は何を?」

「くそ!」

「今だ!黒影!」

「!?」

 

 動きが乱れた隙をついて、黒影が心操のハチマキを奪い返した。

 それと同時に心操達の騎馬が崩れる。

 地面に落ちた心操は四つん這いで歯軋りをする。

 

「イタイ!アレ?僕は何を……?」

「……くそ。……恵まれた奴らが……!俺だって……ヒーローを目指しちゃいけないのかよ……!」

「君は……」

「黙れ!恵まれた『個性』を持っただけで、望んだ場所に行ける奴らが!!」

 

 心操の叫びに緑谷達は何も言い返すことが出来なかった。

 特に緑谷はその気持ちがよく分かった。少し前までは同じ側の人間だったから。

 

「……緑谷。今は……競技に集中すべきだ」

「……うん。……まだ、終わってない。諦めちゃ…駄目だ」

「っ!!……くそ……!!」

 

 心操は顔を顰めて、四つん這いのまま動けなかった。

 尾白や青山は困惑した顔のまま、心操を見下ろしている。

 そこに庄田が片膝をついて、心操に声を掛ける。

 

「どうするんだい?本当にここでやめるか?それは僕達が困るのだが」

「……操られて組んだチームなのにか?」

「確かに不本意だが……それで諦めるのはもっと不本意だ。いつも望んだ相手と組めるわけではない。だから、まだ諦めたくはない」

「っ!」

「君の『個性』は把握した。それは間違いなく強い力だ。僕達がここから勝つには、君の力が必要だ。今度は……協力しよう」

 

 庄田の言葉に心操は両手を握り締めて、立ち上がる。

 庄田は尾白達に目を向けると、尾白達も頷いて騎馬を作る。

 

「さぁ、行こう!」

「……ああ」

「よくワカラないけど輝きたい☆」

「やるぞ!」

 

 庄田達は再び走り出す。

 心操は未だに複雑そうな表情をしていたが、それでもその瞳は力強く前を見つめていた。

 

『さぁ、残り5分だ!!ここからは更なる激闘!!期待しやがれマスメディア!』

 

 




ようやくB組全員の『個性』が分かったので、急いで編集。
恐らく今、原作で体育祭やったら、切奈と柳が大活躍な気がします。

組み合わせに関しては小森さんと黒色くんを不在にしてしまったので、少し無理矢理な感じですね(-_-;)
そして、心操君はユルシテクダサイ。どう考えても緑谷、轟、爆豪を戦慈達を戦わせるには心操君をここでリタイヤさせなければいけなかったのです(__)


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拳の十二 騎馬戦・その2

ポイント計算頑張ったんです(__)




 緑谷が心操からポイントを奪い返したのと、ほぼ同時刻。

 

 轟達は切奈達を追いかけていた。

 他にも障子や葉隠達も切奈達に迫っていた。

 

「残り6分弱……もう後は引かねぇ。一気に行くぞ」

「おうよ!」

「了解ですわ!」

「行くぞ!」

「飯田……飛ばせ」

「振り落とされるなよ!」

 

 ドン!と速度を上げて、飯田は切奈達に迫る。

 

「八百万!準備しろ!」

「はい!」

「上鳴!」

「わぁってんよ!しっかり防げよぉ!!」

 

 八百万は轟の声に頷いて、腕から棒を創造して、背中から大きなシートを創造する。

 その様子に切奈は嫌な予感を覚える。

 

「なんか仕掛けてくる気だよ!」

「どうする?」

「邪魔するしかないよね!ポニー!」

「了解デス!」

 

 切奈は両手を、ポニーは角を飛ばして轟を牽制する。

 しかし、その隙をついて障子の背中から蛙吹の舌が、そして耳郎のプラグが伸びてくる。

 

「ちぃ!」

 

 切奈は腕も複数に切り離して、対応する。しかし、蛙吹の舌の方が力強く、ポニーの角でなければ止められなかった。

 その結果、轟の妨害は間に合わず、反撃が始まってしまった。

 轟は八百万に作らせたシートを体に纏う。

 

「無差別放電!!130万Vォ!!」

 

 直後に上鳴が周囲に放電する。

 それに切奈達はもちろん障子達や耳郎達、鱗達、そして復活して走り出していた心操達も放電を浴びる。

 

『~~!!?』

 

 全員が声を出す余裕もなく痺れる。

 その隙に轟は棒を掴んで、地面に氷結を放つ。

 瞬く間に地面に氷結が走り、痺れていた騎馬達の脚が凍る。

 

「しまった!?」

「わりぃな」

「!?」

 

 轟は切奈に近づき、ハチマキを奪うと同時に切奈の上半身も凍りつける。

 

「悪いが我慢してくれ」

 

 そう声を掛けて、轟達は去っていく。

 ご丁寧に切奈達の周囲を氷の壁で囲んで。

 それを見た切奈は顔を引きつかせて、ため息を吐いて項垂れる。

 

「はぁ~……あれが同じ推薦入学ぅ?バケモンじゃん。……流石に取り戻すには時間が無さすぎるな~。ごめんな~、唯ぃ、レイ子ぉ、ポニー」

「んーん」

「あれは仕方ないよ」

「ナイスファイトでしぃた!」

 

 こうして切奈達は悔しがりながらも、どこかやり切った顔で笑い合うのだった。

 

 

 

 

 爆豪と物間の勝負も激しさを増していた。

 物間は、爆豪と切島の『個性』をコピーして抵抗する。

 

「くっそがぁ……!」

「中々だろ?僕の《コピー》も」

 

 物間は不敵に笑いながら、爆豪を見つめる。

 

「この程度で拳暴にケンカを売るなんてさ。3年は早そうだよね」

「リアルな数字だな」

「流石に僕は実力は認めてるよ?実力は、ね」

 

 それに爆豪は更に目を血走らせて、唸り始める。

 

「俺はぁ……1位になる……!完膚なきまでの1位になぁ!!」

 

 その時、

 

ゴオオォウ!!!

 

『!?』

 

 突如、巨大な竜巻がスタジアム内に出現する。

 

『な、なんだーー!?竜巻出現!!これは……巻空か!?』

『……残り時間は2分半ほど。守りに入ったな』

『これは流石に手を出せねぇ!!マジで卑怯だな!!』

 

 戦慈達は竜巻の中で踏ん張っていた。

 当然竜巻の中とて暴風に襲われている。

 

「だ、大丈夫なのか!?」

「問題ねぇよ」

「……がんば」

 

 戦慈は一佳の腕を掴んで、踏ん張っていた。

 里琴は一佳の手によって、戦慈の背中に押しつけられている。

 

 外では鉄哲達が顔を顰めていた。

 

「くっそぉ!!」

「流石に無理だ、鉄哲。地面を柔らかくしたところで、意味がねぇ」

「ツルを伸ばしても、ハチマキの場所が分からなければ……。力不足で申し訳ありません」

「いやいや、塩崎。これは無理だろ」

「鉄哲。時間がない。他の奴を狙おう!」

「っ!分かった!行くぞ!」

 

 鉄哲達は後ろを振り返って、物間達を見据える。

 それに物間達や爆豪達も気づき、三つ巴になる可能性に構える。

 

 鉄哲達は走り出し、物間に迫る。

 

「恨みっこ無しだよな!」

「そうだけどさ!」

「マジかよ!?」

 

 物間達は流石に顔を引きつかせる。

 それに切島が爆豪に声を掛ける。

 

「どうすんだよ!?」

「あぁ?……んなもん、決まってんだろうが……!」

 

 爆豪は目を見開いて物間や鉄哲を見据える。

 

「完膚なき1位だ!!あいつらのポイント全部奪って!!1000万に行く!!」

 

 その言葉に切島達も覚悟を決めて、笑みを浮かべる。

 そして切島達も走り出す。

 

「くそ!吹出!爆豪達だ!」

「任せて!ポヨンポヨン!!」

 

 吹出の口から『ポヨンポヨン』と柔らかい文字が出現し、爆豪達の前に出現する。

 

「邪魔だああ!!」

「ちょ!?爆豪!勝手すなあ!!」

 

 爆豪は1人飛び出して、文字に爆破を叩きつける。文字は消滅するが、同時に爆豪も大きくポヨ~ン!と跳ね返される。

 慌てて瀬呂がテープを伸ばして、爆豪を捕縛して騎馬に戻す。

 

「踏ん張れねぇ!!お前らも行くぞぉ!」

「勝手すぎんだろ!?」

「時間がねぇんだ!!醤油顔、テープ!黒目ぇ、前方に弱め溶解液!」

「瀬呂な!」

「あ・し・ど・み・な!」

 

 爆豪の怒号の指示に瀬呂と芦戸は呆れながらも行動に移す。

 物間の近くの地面にテープを伸ばして固定し、芦戸の溶解液が物間の途中の道に広がる。

 それに物間は訝しむが、鉄哲達に集中する。

 しかし、その直後、爆豪が両手で後ろに向かって爆破して、その推進力とテープの巻取りの力で一気に物間の横にまで移動する。

 

「な!?」

「死ねやあああ!!」

 

 物間は《硬化》をして、円場が爆豪の前に空気の壁を作る。

 しかし、爆豪は腕を振り抜いて爆破でその壁を砕き、物間の首に下げられていたハチマキを全て掴む。

 それを引っ張り、ハチマキを回収する。

 

「ぐぅ!?」

 

『爆豪!!!容赦なしー!!』

 

 物間は自分達のポイントのハチマキも首に下げていた。

 物間は爆豪の攻撃でバランスを崩して、騎馬から落ちそうになり、それを円場達がフォローしようとして、反撃に出れなかった。

 そこに鉄哲達が爆豪に迫る。

 

「お前にぃ!!勝ぁつ!!」

「なめんなぁ!!」

 

 切島達も迎え撃とうとするが、突如足元が沈み始める。

 

「な!?」

「沈んだ!?」

「ちぃ!っ!?」

 

 爆豪は顔を顰めて、鉄哲に空いた左手を伸ばそうとすると、爆豪の右手にツルが伸びて縛り、前方に引っ張る。

 もちろん茨である。

 

「申し訳ありませんが、勝たせて頂きます」

「おおおお!!」

 

 鉄哲は吠えながら爆豪に掴みかかり、左手でハチマキを数本掴む。

 爆豪は左手を鉄哲の顔に伸ばして掴み、爆破する。しかし、鉄哲は鉄化して耐えながら、右腕を振って爆豪の顔を殴る。

 

「づぅあ……!」

「ぐぅ……!こっの程度ぉ!!拳暴の攻撃に比べればああ!!」

 

 爆豪は仰け反り、鉄哲も一瞬仰け反るがすぐに体を起こす。

 鉄哲の左手には2本のハチマキが握られていた。

 しかし、

 

「て、鉄哲!ハチマキが!?」

「なぁ!?」

 

 鉄哲のハチマキがなくなっていた。

 すぐに爆豪に目を向けると、爆豪の左手にはハチマキが握られていた。

 

「っ!?あの状況で!?」

「ポイントは!?」

 

 鉄哲は目を見開いて驚くが、骨抜の声にハッ!として奪ったハチマキを確認する。

 そこには『270』と『235』と記されていた。

 

「駄目だ!俺達のより低い!」

「くそ!」

「またツルを伸ばします!!」

 

 再び茨がツルを伸ばす。

 しかし、そのツルに芦戸の溶解液がかけられて、ツルが溶ける。

 

「くっ!」

「奴らは動けねぇ!焦るな!」

 

 泡瀬が声を出して、落ち着かせる。

 爆豪達も気合を入れて、鉄哲達を睨みつける。

 

 

 

 鉄哲達が爆豪達とポイントを獲り合い始めた頃。

 

 戦慈達は竜巻を維持し続けている。

 

「そろそろ時間か?」

「……まだいける」

「外の状況が分からないからな」

 

 竜巻で視界は一切ない。

 その時、竜巻を突き破って、氷の波が押し寄せてきた。

 

「はあぁ!!」

 

 戦慈が腕を振るい、軽めに衝撃波を放って氷を砕く。

 その衝撃波で竜巻も吹き飛ばされる。

 氷結の先には轟達がいた。

 

「てめぇか」

「もらうぞ……拳暴」

「里琴」

「……ヤー」

 

 里琴が竜巻を轟に向かって放つ。

 轟は氷結を生み出して、相殺する。

 

「くっ……!」

「どうするんだ!?轟君!」

「……一気に行くしかねぇ……!」

「させねぇよ」

「「「「!?」」」」

「おおお!!つぁあ!!」

 

 戦慈が叫びながら右手を開いたままで力強く突き出す。 

 そこから衝撃波が広範囲で飛び出し、轟達に迫る。轟は氷の壁を作るが、それを吹き飛ばして轟達も後ろに押し飛ばす。

 手を開いて放ったのと氷の壁のおかげか、轟達は倒れることはなかった。

 

「くそ!」

「近づかせてもらえないなんて……!」

「流石にあの竜巻を走り抜けるのは無理だぞ!上鳴君もそろそろ限界だ!」

「う……うぇい……」

 

 轟達は戦慈と里琴の攻撃に二の足を踏む。

 

「これで牽制にはなったか?」

「……多分」

「けど、拳暴はもう無理だよな?」

「ああ、今ので出し切った」

 

 戦慈は今の衝撃波でパワーを出し切り、体が元に戻っている。

 そこにはまだ気づかれてはいないようなので、このまま里琴の竜巻で逃げ切る予定である。

 

「向こうもそろそろ限界か?」

「……金髪の奴はそう見えっけど、それ以外は分からねぇ」

「……牽制する」

 

 里琴は竜巻を3本ほど発生させて、轟達との間に障害物として維持する。

 それに轟達は顔を顰める。

 

 その時、

 

「っ!?後ろだ!里琴!」

「っ!拳藤!跳べ!里琴!」

「……てー」

 

 すぐさま一佳はジャンプする。それと同時に戦慈は振り返りながら、後ろに裏拳を振るって、攻撃しながら一佳と入れ替わる。

 弾かれたのは黒い影のようなものだった。

 弾いたと同時に里琴が周囲に竜巻を生み出して、再び壁にする。

 

「さっきのは飛んできたA組の奴か!」

「拳暴!挟まれてる!一度、上に!里琴!」

「……ヤー」

 

 緑谷達の攻撃であると気づいて、一佳はすかさず指示を出す。

 里琴と戦慈もそれに逆らわずに、最初同様に竜巻を踏んで高く飛び上がる。

 

「里琴!真横に出せ!」

「……てー」

 

 戦慈の指示にすぐさま里琴は戦慈の右真横に竜巻を生み出す。

 直後に戦慈は右腕を振り、竜巻に弾かれる形で真横に移動する。

 囲んでいた竜巻が解除されると、緑谷達が飛び上がって待ち構えていた。

 

「読まれた!?」

「上!?」

 

 緑谷は読まれたことを、轟は戦慈達が上空にいることに目を見開く。

 

 下に降りようとする戦慈を見て、緑谷は黒影を、轟は待ち構えるために移動を開始する。

 それを里琴が竜巻で牽制し、かいくぐってきた黒影を一佳が巨大な片手で弾く。

 地面に降り立った戦慈のすぐ目の前に、轟達がいた。

 

「拳藤!そのまま足を乗せてろ!」

「え!?」

「はあああ!!」

「な!?」

 

 戦慈は何と轟に猛スピードで飛び掛かった。

 轟達は目を見開いて、構える。

 

(っ!?左側から!)

 

 戦慈は轟の左側に寄って迫る。

 それにより轟は地面に氷結を放つことが出来なかった。更に八百万の創造でも自分が邪魔で盾が生み出せなかった。

 上鳴はもう限界。

 

「おおおお!!」

「っ!!」

 

 戦慈の気迫に、轟は一瞬気圧されて左手から炎を生み出す。

 それに戦慈は目を見開いて腕を止める。

 その瞬間、

 

「トルク・オーバー!レシプロ・バースト!」

『!?』

 

 飯田のふくらはぎから煙が噴き出した思った直後に、一気に加速をして前に飛び出して緑谷達の真横も走り抜ける。

 それに轟達はもちろん、戦慈達や緑谷達も反応できず、見送るしか出来なかった。

 

「飯田……!?」

「すまない……!勝手に危険と判断した!さらに申し訳ないが……俺はもう使い物にならん……!」

 

 飯田は悔し気に顔を顰めて、轟に謝罪する。

 しかし、轟は左手を見て、首を横に振る。

 

「いや、助かった」

 

『この終了目前で1位を狙って激しいバトルー!けど、流石の1位!そう簡単には奪えねー!そして、飯田速っ!?』

 

「何……!?今のは……!」

「トルクと回転数を無理矢理上げて、爆発的な加速を生む裏技さ。反動でしばらくエンストするがね。切り札に取っておこうと思ったんだが……」

 

 緑谷の呟きに、飯田が苦笑しながら説明する。

 その説明と速度に戦慈も流石に肝を冷やした。

 

「降りた時に使われてたら、獲られてたな……」

「……脅威」

「流石だな」

「全くだぜ」

 

 そして仕切り直しと互いに構える。

 

『タイムアーーップ!!!わりぃ!!凄すぎてカウントダウン忘れてた!!』

『おい』

 

 プレゼントマイクが競技終了と軽い謝罪をする。それに相澤がツッコむが、無視される。

 戦慈達は里琴を下ろして、ゆっくりと息を吐く。

 

「はぁ~、守り切ったな。お疲れ!」

「おう」

「……おつ」

 

『それじゃ!上位4チーム見てみよか!』

 

 プレゼントマイクの言葉に再びスクリーンが展開される。

 

 

1位:巻空チーム:10000270ポイント

 

「……ブイ」

「ふぅ」

「なんか私は申し訳ないな」

 

2位:轟チーム:1725ポイント

 

「……くそ」

「うぇい!!」

「乗り切ったか」

「……少し不甲斐ないですわね」

 

3位:爆豪チーム:1290ポイント

 

「くそがぁ!!」

「よく勝てたぜ……」

「何回、手を踏み抜かれたんだ?」

「手、イッタ~イ」

 

4位:緑谷チーム:505ポイント

4位:鉄哲チーム:505ポイント

 

『あれま!?4位が2チームいるじゃねぇか!!』

 

 結果とプレゼントマイクの言葉にざわつく観客席と選手達。

 それにミッドナイトも腕を組んで、顔を顰める。

 

「困ったわね。決勝は16名を選出する予定だったのだけど……。それにどっちのチームを選んでも結局1人足りないのよね」

 

 ミッドナイトは顎に指を当てて、考え込む。

 そして出した答えが、

 

「ジャンケンして?」

「「「「ジャンケーーン!?」」」」

 

 まさかのジャンケンだった。

 

「その2組だけで騎馬戦したって、1人余るのよ。だったら、もう運に任せましょ。それも大事よ」

「マジでか」

「更にスリルを追い求めるわ!まずはチーム内でジャンケンして、2人ずつ決めなさい!!」

「「「まさかの仲間内!?」」」

 

 鬼畜の所業に目を見開く選手や観客達。

 その内容に鉄哲や緑谷達は顔を見合わせる。

 すると泡瀬が鉄哲の肩に手を置いて、ニカ!と笑みを浮かべる。

 

「だったら俺は鉄哲に譲るわ!お前のおかげでここまで来たし、俺はあまり活躍できなかったしな」

「泡瀬ぇ……!」

「だったら俺も塩崎に譲るか。あの時、塩崎が爆豪の腕を縛らなかったら、駄目だったろうしな」

「骨抜さん……!」

「ミッドナイト。俺達は鉄哲と塩崎を選出します」

 

 泡瀬と骨抜の言葉に鉄哲は感動して涙を流し、茨は直角に頭を下げる。

 ちなみに観客席では、

 

「うおおお~!!泡瀬ぇ!!骨抜ぃ!!」

 

 と、ブラドも感動して涙を流していた。

 

 それにミッドナイトは少し考えて、

 

「そういう青臭い話はさぁ……好み!!」

 

 ピシャン!と鞭を鳴らして、ミッドナイトが声を上げる。

 

「泡瀬、骨抜の辞退を認めます!!」

(((((好みで決めた……!?))))

 

 その言葉に緑谷達も顔を見合わせる。

 

「僕も辞退するよ。ここは常闇君に譲るべきだと思う」

「緑谷……!」

「駄目だよ!デク君も行くべきだよ!そんな指になってまで頑張ったのに!!」

「私は行きたいです!」

「発目さん空気読も!?」

 

 緑谷の言葉に常闇が目を見開くと、麗日が叫ぶ。

 発目は空気を読まずに発言して、麗日にツッコまれる。

 そこにミッドナイトが鞭を振る。

 

「早く決めなさい!」

 

 その言葉に常闇が腕を組んで、緑谷を見る。

 

「麗日の言うとおりだ。この勝利はお前が俺を選び、お前が指を犠牲にして勝ち取ったものだ」

「でも……」

「正直なところ、このチームは全員が等しく活躍したと俺は思う。故に……ここでジャンケンで負けても、勝った者に気持ちよく託せるだろう」

「常闇君……!」

「故に俺達は正々堂々ジャンケンで決めるべきだと進言する」

 

 常闇の言葉に緑谷は麗日と発目を見る。

 麗日は笑顔で力強く頷く。発目を先ほどの発言がなかったかのように頷く。

 それを見て、緑谷も頷く。

 

「分かった……!じゃあ、ジャンケンで!」

 

 そしてジャンケンの結果、選ばれたのは緑谷と常闇だった。

 

「じゃあ、残った4人で最後の1人を決めるわよ!これも恨みっこ無しのジャンケン!!」

 

 これには骨抜と泡瀬も気合を入れて臨む。

 そして数回のあいこの末に決まったのは、

 

「麗日お茶子さん!!」

「……ごめんね」

「悔しいです!けど、ベイビーの改良点も見つかったので、我慢します!」

「ま、仕方ないよな」

「そういうことだな」

 

 麗日が勝ち残り、こうして16名が決定した。

 

『よっしゃー!!これで午前の部が終了!1時間ほど休憩をはさんで、午後の部だぜ!じゃあな!イレイザー、飯行こうぜ』

『寝る』

『ヒュー!!』

 

 プレゼントマイクの言葉に移動を開始する鉄哲達。

 

「骨抜!泡瀬!お前達の気持ち!ぜってぇ無駄にしねぇ!!」

「その思い、必ずや」

「頼むな」

「気張りすぎんなよ」

「一佳~。おめでと~」

「おめ」

「……私は拳暴達に引っ付いてただけだからなぁ。骨抜達の方が……」

「……一佳も頑張った」

「ん」

 

 食堂に向かいながら、鉄哲と茨は泡瀬と骨抜に改めて礼を言い、切奈達は一佳に声を掛ける。一佳は少し困ったような表情を浮かべるが、里琴と唯が十分頑張ったと労う。

 その後ろでは物間が少しだけ肩を落として歩いており、それを回原達が慰める。

 

「そう気を落とすなよ。やれるだけはやったんだぜ?」

「そうだよ!バックバクだったよ!」

「……そうだね。あの執念は少し予想外だった」

 

 ため息を吐きながら、物間はいつも通りの雰囲気に戻る。

 

「こうなったら拳暴にボコボコにしてもらうしかないね!!」

「切り替え早ぇし、人頼みかよ」

「まぁ、物間だしな」

 

 高笑いしながら、他人頼みを堂々と語る物間に苦笑しながらも少し安心する円場達。

 今回で物間が何だかんだでB組を大事にしていると思っていることが分かったからだ。

 半分以上は負けてしまったが、間違いなくA組や周囲にはB組の力を示すことは出来ただろう。

 後はまだ試合が残っている者達に頑張ってもらうだけだ。

 

 庄田は最後尾で歩いていると、そこに近づいてくる者がいた。

 

「……おい」

「君は……」

 

 声を掛けてきたのは心操だった。

 心操は少し居心地悪そうにしながらも、しっかりと庄田と目を合わせる。

 

「俺は……こんな『個性』だ。お前達みたいには輝けない」

「……」

「けど、憧れちまったんだ。仕方ないだろ?」

「そうだね」

「だから、諦めねぇ」

「!」

「今回は駄目だったとしても……俺は絶対にヒーロー科に入って、資格取って、お前らより立派なヒーローになってやる……!」

 

 心操は力強い目で庄田に宣言する。

 その力強い視線を庄田も正面から受け止めて、頷く。

 

「僕も負けない。君だけじゃない。他の者にだって負けない」

「……」

「けど、もし同じヒーローになれたら……君とは肩を並べて戦いたい。君のその『個性』は、僕達にだって負けない輝きがある。君の力は、誰にも血を流させないことが出来るのだから。それは僕には無い力だ。僕も、君のその力が羨ましいと思っている」

「っ……!!」

 

 心操は庄田の言葉に目を見開いて、涙が出そうになった。

 羨ましいとは何度も言われたことがある。しかし、それはいつも悪用出来るからだ。ヴィランのようだといつも間接的に言われていた。

 だが、今の言葉に込められた思いは違う。真逆だ。

 誰も血を流させない。ヒーローとして、これほど素晴らしい力はない。初めて言われた言葉だった。

 

「だから、待っているよ。君がヒーロー科に来るのを」

「……ああ、待ってろよ。すぐにそこまで追いついてやる……!」

 

 心操は背を向けて去って行った。

 庄田はそれを見送って、クラスメイト達の後を追う。

 

(ヒーロー科でない者が、あそこまでヒーローを目指して走り続けている。僕はそれを甘く見ていた。このままでは本当に追いつかれるだろう。僕ももっと精進しなければ!)

 

 庄田は自分が今いる場所の重さを改めて実感する。

 追われていることを自覚して、これからを臨まなければならない。

 そう心に決めながら、庄田は仲間と合流するのだった。

 

 

 

 昼休憩終了後。

 

 スタジアムに戻った戦慈達は、ある者達を呆れた目で眺めていた。

 

『どーしたA組女子!?』

 

 A組女子陣が何故かチア服を着て、並んでいた。

 

「何してるんだ?」

「俺が知るかよ」

「……応援?」

「でも、あいつらだって決勝出るでしょ?」

「謎」

「ん」

「けどキュートデス!」

「誰かを応援する。素晴らしい気持ちの表れですね」

 

 その後、八百万が峰田に叫び、肩を落とす姿が見られたが、誰もそれ以上ツッコむことはしなかった。

 

『最終種目発表の前に予選落ちした皆へ朗報だ!!これはあくまで体育祭!!ちゃんとレクリエーションも用意してるんだぜ!!』

 

「まぁ、そうでもなかったら暇でしかないよな」

「何やんだ?」

「流石に『個性』はもうナシだよな~」

 

 プレゼントマイクの言葉に鱗、円場、泡瀬が首を傾げる。

 

『けど、まずはその前に最終種目の発表だ!その後はレクリエーションを挟んで、お楽しみの最終種目だぜ!』

 

『今回は……16名からなるトーナメント形式!!1対1のガチンコバトルだ!!』 

 

 プレゼントマイクの発表に観客達が歓声を上げて盛り上がる。

 ちなみに昨年はスポーツチャンバラだった。

 

「それじゃあ、組み合わせを決めるくじを引いてもらうわ。レクに関しては進出16名は参加するもしないも、個別の判断に任せるわ。それじゃあ、1位だったチームから引いてちょうだい」

 

 ミッドナイトが箱を持って、説明する。

 その後、里琴から順番に引いて行き、全員が引き終える。

 

「それじゃあ!!まずは一回戦の発表よ!!」

 

 その言葉と同時に音楽が鳴り、スクリーンに火花のような映像が流れる。

 

 

『雄!英!体育祭!決勝トーナメント!!一・回・戦!!!』

 

 

 プレゼントマイクのナレーションが入ると観客や生徒達も盛り上がり始める。

 

 

 

『第一試合!!A組 緑谷出久 VS B組 拳暴戦慈!!!』

 

「あいつか……」

「拳暴君……!」

 

『第二試合!!A組 轟焦凍 VS A組 瀬呂範太!!!』

 

「……どっちかと…か」

「マジかよ~」

 

『第三試合!!B組 塩崎茨 VS A組 上鳴電気!!!』

 

「勝利を目指して……」

「ひゅう♪かわい子ちゃんとか!」

 

『第四試合!!A組 飯田天哉 VS B組 拳藤一佳!!!』

 

「見ててくれ、兄さん……!」

「よし!」

 

『第五試合!!A組 芦戸三奈 VS B組 巻空里琴!!!』

 

「いきなり1位となの!?」

「……ブイ」

 

『第六試合!!A組 八百万百 VS A組 常闇踏陰!!!』

 

「……勝たせて貰いますわ」

「盛者必衰の理……」

 

『第七試合!!B組 鉄哲徹鐵 VS A組 切島鋭児郎!!!』

 

「敗けねぇ!」

「敗けねぇ!」

 

『第八試合!!A組 麗日お茶子 VS A組 爆豪勝己!!!』

 

「ひぃいい!?」

「麗日?」

 

 

 発表された内容に周囲も盛り上がり、予想を立てるなど始める。

 

 その後、レクリエーションとなり、戦慈、里琴、一佳は参加せずに体を休めることにする。

 

「あの速い奴か。……あれは反動あるとか言ってたしな。普通であいつを捕まえられるかだな」

「手をいつデカくするかだろうな。後はあいつが直線的な動きしか出来ないのか」

「……闘牛士になれ」

「まぁ、気持ちはそうだよな」

 

 3人はのんびりジュースを飲みながら、それぞれの相手について話す。

 

「拳暴の相手の緑谷って、『個性』分からないんだよな?」

「まぁな。けど、他の連中を見てると、あいつが入試でロボット殴り飛ばした奴だろ。だったら、俺と同じタイプだな」

「……あいつが……。そうは見えなかったけどなぁ」

「そうだな。まぁ、俺は殴り飛ばすだけだ」

「里琴の相手は……酸を出す奴だっけか」

「……ん」

「里琴は問題ねぇだろ」

 

 ちなみに鉄哲はほうれん草を食べまくって鉄分補充中。

 茨は水を飲んで、日光浴をしながら腕を組んで跪いて、何かに祈りを捧げている。

 

「私は勝ち進んだら、茨や拳暴とか……」

「里琴とは決勝戦だな」

「……ん」

「難敵ばっかりだな」

「関係ねぇよ。俺とお前はぶん殴らなきゃ勝てねぇんだ。相手が誰だろうと、考えるのはどう殴り飛ばすかだろが」

「……うん。そうだな!!」

 

 不安そうにつぶやく一佳に、戦慈が呆れた様子で声を掛ける。

 それに一佳は一瞬ポカンとして、励ましてくれていると理解して、吹っ切れたように笑みを浮かべて頷く。

 戦慈は肩を竦め、里琴は無表情でジュースを飲む。

 

 

 こうして選手達は思い思いに時を過ごし、いよいよ決勝トーナメントが始まる時間となった。

 

 

 




最後のジャンケンは微妙だと自分も思っています。
しかし、鉄哲と茨をトーナメントに出させるには、こうするしか思い浮かばなかったのです(-_-;)力不足申し訳ありません(__)

そして、まさかの心操と庄田。でも、なんかこういう会話になりそうだなって思ってしまいました。
発目さんファンの方はゴメンナサイ。


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拳の十三 大きな差

 レクリエーションも終了し、スタジアム内ではいよいよトーナメントを始める準備が整う。

 

「オッケー。もうほぼ完成」

『センキュー!セメントス!』

 

 セメントスがコンクリートを操作して、リングを作り出していた。

 約10m四方のラインに囲まれ、リングの四隅では炎が上がっている。

 まさしく決戦の舞台だった。

 

『ヘイガイズ!!アーユーレディ!?色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 プレゼントマイクの声に歓声が増す。

 その歓声を生徒達はクラス毎に指定された観客席で聞いており、自身も盛り上がっていた。

 

「来た来た来たああ!!」

「出たかったなー」

「ですなー」

 

 鉄哲が前のめりで叫び、その横で骨抜がポロリと呟き、宍田がそれに頷く。

 

『頼れるのは己のみ!!ヒーローでなくともそんなことばっかりだ!分かるよな!心・技・体に知恵知識!総動員して駆けあがれ!!』

 

「初っ端から盛り上がりそうだな」

「相手次第じゃね?」

「緑谷って奴ぁよくわかんねぇからなぁ」

 

 泡瀬もワクワクした様子でリングを見つめ、隣で円場が首を傾げる。それに鎌切が頷きながら、戦慈の対戦相手の事を思い出す。

 それに他の者達も同意するように頷く。

 結局緑谷は『個性』を使ったところを見ることはなかった。そのため、戦闘スタイルがよく分からないのだ。

 

『ここで新しいゲストをお迎えするぜ!さっきまでA組担任イレイザーヘッドに解説してもらってたが、不公平じゃん!!ってリスナーからの苦情が来たので、この方を連行してきたぜ!1ねーん!B組ー!君らのブラドキングせんせーい!!』

『どんな紹介だよ』

『オッホン!よろしく頼む』

『ってぇことで!!ここからは両組担任に、解説を頼むぜぇ!気合入れろよ!生徒共!!』

 

 ブラドの解説参戦に鉄哲()()が気合を入れる。

 一佳は苦笑し、里琴と茨は特に変わらず。戦慈はもちろん一回戦なので、観客席にはいない。いても、リアクションはなかっただろうが。

 

 そして、それぞれの入り口から戦慈と緑谷が現れる。

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか、戦闘不能にする、降参させても勝ちのガチンコだ!!ケガ上等!こちとらリカバリーガールが待機してっから!道徳倫理は一旦捨てておけ!だが、まぁ命に関わるよーなのはクソだぜ!アウト!!ヒーローはヴィランを捕まえるために拳を使うのだ!!』

 

『おっと、もう一個!!場外を示すラインだがぁ、()()()()()()()()()!!むやみやたらに飛び回るんじゃねぇぞ!?』 

 

「……どんだけ~」

「まぁ、このルールだと、里琴が有利すぎるからなぁ」

 

 里琴が落ち込んだように声を上げると、切奈が苦笑しながら理由を推測する。

 その内容に全員が同意するように頷いているが。

 

『それじゃあ!!一回戦!!障害物競走終盤以外、あんまりパッとしてねぇな!A組 緑谷出久!!』

 

『バーサス!!スゲェ筈なのに巻空のアッシーイメージが強烈!!B組 拳暴戦慈!!』

 

 酷い紹介をされながら、2人はまっすぐ対戦相手を見つめている。

 戦慈はジャージの前を開けており、両手をズボンのポケットに入れて立っている。

 緑谷は手を解しながら、緊張した顔で戦慈を観察している。

 

(拳暴君……!『個性』でも、技術でも間違いなく僕より上。というか……僕が勝ってるところなんて全くない。それだけでも厳しいのに、僕は未だに《ワン・フォー・オール》を使いこなせない。……またお母さんやオールマイト、皆を心配させてしまうだろうけど……。100%で行くしかない!!なんとかその隙を作る!!)

 

 緑谷は覚悟を決めて構える。それを見た戦慈も手をポケットから出して、僅かに腰を据える。

 

 その様子を観客席でA組、B組も緊張が増しながら見つめていた。

 

「デク君……!」

「お互いに超パワーの使い手だが……」

「緑谷は反動で骨折してしまうハイリスクを抱えている」

「けど、その分1発でも当たればデケェはずだ……!」

「ケロ」

「……ふん」

 

 麗日と飯田は不安げに緑谷を見つめ、飯田の隣で常闇が腕を組んで、緑谷の不安要素を語る。

 それに切島が策とも言えない策を呟き、蛙吹が頷く。

 爆豪は顔を顰めて腕を組み、ふんぞり返りながら見つめている。

 

「障害物競争の結果を見れば、スピードでは拳暴が上だね」

「しかし、彼は騎馬戦で指だけでかなりの衝撃波を放ったそうだ。油断はできない」

「けど、その指は負傷しているみたいだな。反動がデカいか……」

「ならば拳暴氏の方に分がかなりありますな」

 

 物間が顎に手を当てて、思い出しながら呟く。それに騎馬戦で対峙した庄田が真剣な目でリングを見ながら答え、それを鱗が腕を組んで推測し、宍田がまとめる。

 一佳と里琴は特に問題なさげに見つめている。

 

『それじゃあいくぜぇ!!レディィィイイ!!』

 

 戦慈と緑谷は互いに腰を更に据える。

 そして観客全員が前のめりになる。

 

『START!!!』

 

 合図と同時に戦慈が飛び出し、一気に緑谷に迫りながら右腕を振り被る。

 緑谷は想像以上の速さに目を見開いて、慌てて左に飛び出す。直後に緑谷が立っていた場所に、戦慈の拳が突き刺さる。

 緑谷は前転して、すぐさま起き上がって後ろを振り返る。

 

 そこには左拳を振り被った戦慈がいた。

 

「っっ!?」

「おお!」

 

 緑谷は目を見開いて反射的に両腕をクロスして顔の前に掲げる。直後、そこに衝撃が走り、後ろに吹き飛ばされる。

 緑谷は痛みと衝撃に呻きながら両手で地面を掻き、場外を免れる。そして戦慈の姿も見ずに、すぐさま両足で踏み込んでただただ必死に右に飛ぶ。

 その真後ろを戦慈の右アッパーが通り過ぎる。

 緑谷はまた前転し、すぐさまリング中央を目指して横に飛ぶ。今度は前転せずに両腕を軸に滑るように振り返る。

 戦慈は足を止めており、ゆっくりと緑谷に振り返っていた。

 

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……はぁ!……」

 

 緑谷は僅か1分足らずで息が荒れ、両腕は痺れていた。

 

『拳!暴!圧倒おお!!』

『……やはり身体能力では拳暴が数枚上手だな』

『そのようだな。だが、本番はここからだ』

 

 ブラドの言葉の直後、戦慈の体が一回り膨れ、髪が逆立つ。

 それに緑谷やB組以外の観客達は目を見開く。

 

「いつまでも逃げれると思うなよ?」

「っ!?」

「早くしねぇと」

 

 戦慈は軽く踏み込んだだけで、先ほどよりも速度を上げて緑谷の目の前に迫った。

 

「!!?」

「終わっちまうぞ」

 

 戦慈は緑谷の顔を挟むように両拳を振るう。緑谷は両腕で防ごうとするが、当たる直前で拳が止まる。

 戦慈は右脚を振り、がら空きになっている緑谷の脇腹に蹴りを叩き込む。

 

「がぁ!?」

 

 もちろん緑谷は耐えることなど出来ずに横に吹き飛ばされて、地面を転がる。

 戦慈は飛び出して、一瞬で緑谷の真上に空中で逆立ちするように移動する。

 

 緑谷は慌てて這い蹲ってでも逃げようとするが、戦慈はなんと空中で逆立ちしたまま連続で拳を放つ。

 

ダダダダダダダダダ!!!

 

「だ!?ぐっ!?が!?」

 

 緑谷は体を丸めて耐える。

 戦慈は緑谷や地面を殴った勢いで空中での姿勢と高さを維持する。

 

『はああああ!!?何がどうなったらああなるんだよおおお!?』

 

 その光景を里琴を除く全員が唖然と見ていた。

 

「デク君!!」

「な、なんだよ!?あのバケモンは!?」

「スピードもパワーも上がっている……!緑谷くん……!」

「……っ!なにやってんだよ……!クソデク……!」

 

 麗日は泣きそうな顔で叫び、切島は目を見開いて思わず叫び、飯田が戦慈の力に慄き、爆豪は盛大に顔を顰めてリングを睨む。

 

 緑谷が入ってきたリングの入り口ではオールマイトも目を見開いて、戦いを見つめていた。

 

「あ、あそこまで拳暴少年と差があるとは……!?緑谷少年……!!」

 

 

 戦慈が攻撃をやめて、体が倒れ始める。

 

「づああああ!!」

「!!」

「スマーーッシュゥ!!!」

 

 その時、緑谷が叫びながら飛び起きて、左手を強く握り締めて力を込めて、戦慈の腹部に左アッパーを叩き込む。

 戦慈はくの字に体を曲げる。

 

『決まったぁ!!緑谷の反撃ぃ!!』

 

 緑谷の攻撃に観客が湧き上がる。

 しかし、突如戦慈が体を起こして、右脚を振り被る。

 

「オォラァ!!」

 

 そして右脚を振り抜く。緑谷は振り上げていた左腕で咄嗟にガードしたが、あまりのパワーにガードした腕ごと顔に叩きつけられて、後ろに吹き飛ぶ。

 

「ぶぁ!!」

 

 戦慈は脚を振り上げた勢いで、頭が上になり、そのまま何事もなかったかのように着地する。

 

『ピンピンしてるー!?そんでまたデカくなってるーー!?』

 

 緑谷は地面を転がって、ラインギリギリで何とか止まる。

 戦慈の体はまた一回り大きくなっていた。ゆっくりと緑谷に歩み寄っていく。

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!…はぁ!…ゴホッゴホッ!」

「……大した力だったぜ?けどよ、テメェ最後に力抜きやがったな?」

「っ!?」

 

 戦慈の言葉に蹲っている緑谷はビクッ!と体が跳ねる。

 その反応にそれが事実だと認識する戦慈。そして緑谷の包帯が巻かれた左指を見る。

 

「テメェ……力が制御出来てねぇんだな?」

「……ぐ」

 

 緑谷は顔を顰めてフラつきながら立ち上がる。

 その目はまだ死んでいない。

 

「……」

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……」

 

 戦慈は腕を組んで、緑谷を見下ろす。

 その姿に観客達は首を傾げる。

 

「なんで終わらせないんだ?」

「もう無理だろ」 

 

 戦慈は観客席から聞こえる騒めきを無視して、小さくため息を吐く。

 

「……てめぇは力を込めるとき、何を考えてやがる?」

「え……?」

「その使いきれねぇ力を使うとき、どんなイメージをしてんのかって聞いてんだよ」

「……で、電子レンジ。腕を卵に見立てて、割れないイメージを……」

「……よくそれでやって来れたなオイ」

 

 戦慈は緑谷の言葉に呆れる。

 緑谷や周囲は戦慈の突然の言葉に首を傾げる。

 

「そ、それが何?」

「てめぇは普通に走るとき、同じイメージをするか?」

「え?それは……しないけど……」

「なんでだ?同じ『力』だぜ?」

「っ!?」

「てめぇは特別に考えすぎなんだよ。『個性』を。何でかは知らねぇが。まぁ、その立ったばっかの赤ん坊みてぇな状況のせいかもしれねぇがな」

 

 戦慈の言葉に緑谷も試合であることを忘れて、思考の渦に飛び込む。

 

『もしもーし!試合中だぜー!』 

 

 プレゼントマイクの声に戦慈は腕を組んだまま、実況席を見る。

 

「力もろくに使えねぇ赤ん坊って分かった以上、殴る気がしねぇ。戦う以前の問題じゃねぇか。俺はガキを殴る趣味はねぇよ」

 

 戦慈はそう答えると、再び緑谷を見る。

 

「力を生み出しているのは『筋肉』だ。じゃあ、その筋肉を動かしているのは何だ?筋肉を強くするのは何だ?」

「……動かす?強くする?」

「まぁ、流石に答えが出るまで待つ気はねぇ。答えは『神経』と『血液』だ。その2つがなけりゃ、俺達はこの『力』を振るえねぇ」

 

 戦慈の言葉に緑谷はその言葉の意味を考える。

 戦慈はそれも無視して言葉を続ける。

 

「腕を使うとき、神経も血液もいきなり肩から動くのか?違う。脊髄や全身を巡ってるはずだ。『力』もそうだ。全身を巡って、使いたいところに集める。いきなり0から力を、しかも使いたいところから出すから壊れんだ。てめぇは俺と違って《強靭》さもなければ、《自己治癒》もねぇんだ。いきなり肩から力を爆発させて、腕が保つわけねぇだろ」

「……全身を……巡って」

 

『なんか急に師匠と弟子になっちまったぜ?お2人さんよ』

『……まぁ、緑谷は確かに『個性』のコントロールが課題だったが……』

『確かに拳暴程、的確にアドバイスできる者はいないだろうな』 

『緑谷は拳暴にヒーロー科にいることを遠回りに馬鹿にされたのに気づいてねぇのか?』

『気づいてないから、ああなってるんだろ』

 

 実況席の声に戦慈は肩を竦める。

 緑谷はそんな声は全く聞こえてなかった。

 

(全身を巡って……。でも、この力は明確に意識してから使ってる。だから、巡らせるにしたって……ん?待てよ。使()()()()?そうか!)

 

 緑谷はハッ!としたように目を見開く。

 その様子を見逃さなかった戦慈は、腕を解いて僅かに腰を据える。

 それに観客達も緑谷の様子に気づく。

 

(いきなりスイッチを入れて、箇所を限定してたから爆発して壊れる!だから……常に全身に巡らせる!!)

 

 突如、緑谷の全身からスパークのようなものが迸る。

 

 その様子に全員が目を見開く。

 

「全身……常時5%強化……!」

「……ふん。小学生くらいにはなったかよ。……行くぞ」

「!!」

 

 戦慈は僅かに笑みを浮かべながら、右ストレートを放つ。

 

 それを緑谷は、見事に躱して一気に戦慈の懐に潜り込んだ。

 

「はああ!!スマーーッシュ!!」

 

 そして再び戦慈の腹部に右ストレートを叩き込む。

 しかし、戦慈はそれを腹筋で受け止める。

 

「!?」

「残念だが、パワーが足りてねぇ」

 

 戦慈の右フックが、緑谷の脇腹に突き刺さる。

 緑谷はまた横に吹き飛ばされる。しかし、今度は空中で体勢を整えて、左手を戦慈に向けて突き出す。

 すでに緑谷に向かって駆け出していた戦慈は、僅かに目を見開く。緑谷は殴られる直前に横に飛び、わざと吹き飛ばされたのだ。それでもかなりのダメージが入ったが。

 

「あああ!!」

 

 緑谷は叫びながら包帯が巻かれた左人差し指を弾いて、衝撃波を飛ばした。それによりまた指が折れ曲がる。

 

「甘めぇ!!」

 

 戦慈は右腕を振るい、同じく衝撃波を放つ。緑谷の衝撃波は掻き消されて、今度は緑谷に襲い掛かる。

 

「っ!?づああああ!!!」

 

ドン!ドン!ドン!

 

 緑谷は左中指、薬指、小指を弾いて、連続で衝撃波を放ち、相殺する。しかし、弾いた指は全てグシャグシャになる。

 

「……馬鹿が」

 

 戦慈は吐き捨てながら緑谷に迫り、顔目掛けて右ストレートを放つ。

 

 それを左脚を引いて半身になり紙一重で躱した緑谷は、そのまま戦慈の右腕を抱えて、戦慈に背中を向ける。

 

「でああああ!!!」

「!?」

 

 そして、目を見開いて叫びながら、戦慈を背負い投げた。

 

『うおおお!?投げたああ!!』

 

 巨体になっている戦慈が投げられる光景に観客達は目を見開く。

 

 誰もが戦慈が背中から叩きつけられる光景が頭に浮かぶ。一佳でさえも。

 唯1人、里琴を除いて。 

 

 戦慈が空中で逆さまになった時、

 

「オオオオオ!!!」

 

 戦慈が吠えて、右手で緑谷のジャージを掴む。

 

「っ!?なぁ!?」

「オオオオ!!!」

 

 戦慈は吠えながら、腹筋と背筋に力を込めて、無理矢理()()()()()()()()()()()()

 その右腕には、緑谷が掴まれていた。

 

 何が起こったのか。

 ほとんどの観客は理解が出来なかった。

 

 先ほどまで投げられていたはずの戦慈が、いつまにか空中で緑谷を背負い投げていた。 

 

 戦慈はそのまま右腕を振り下ろし、緑谷を背中から叩きつける。

 

「がっはっ!?」

 

 

『何が起こったぁ!?投げたのは緑谷なのに、投げられたのも緑谷だぁ!?わけわかんねえええ!?』

『……緑谷の狙いは悪くはなかったが……』

『ああ、それを拳暴が力で無理矢理乗り越えただけだ。あの判断力と実行力は、やはり経験によるものだろうな』

 

「デク君!!」

「……マジかよ」

「あの背負い投げは完ぺきだったのに……!?」

「空中の……あの状況から……!?」

「どんだけだよ!?」

「もう……もう……あんなの……!!」

 

 麗日はもはや飛び出しそうな勢いで手すりに駆け寄り、切島はもはや顔が引きつるしかなかった。

 飯田や八百万もあの体勢から反撃できるとは思っておらず、衝撃を受ける。

 上鳴も叫び、峰田が震えながら声を上げ、そして叫ぶ。

 

「オールマイトじゃんかよおおお!?」

 

 その峰田の叫びは隣のB組にも届く。

 B組の面々ももはや顔を引きつらせるしかなかった。

 

「戦闘訓練なんて、もう参考にならねぇじゃん……」

「あははは……」

「……暴走してなくてもハンパねぇな」

「……あそこまでなんて」

「やばすぎ」

「ん」

 

 鱗は顔を青くして呟き、物間も顔を引きつかせながら笑い、鉄哲は改めて戦慈の実力を思い知る。

 一佳も顔を引きつかせ、柳の言葉に唯も頷く。

 里琴だけはいつもどおりの無表情。だが、その両脚は少しプラプラさせており、僅かに上機嫌であることが伺える。誰も気づいてはいないが。

 

「……戦慈が1位」

 

 小さく、宣誓の言葉を繰り返す。

 

「……戦慈が最強」

 

 そしてまた小さく呟く。 

 その視線は戦慈にくぎ付けで、瞳には熱が籠っていた。

 

 

 

 戦慈は緑谷を見下ろす。

 緑谷は荒く息を吐いて、未だに起き上がれない。

 

「教えとくぜ。俺はまだパワーが上がる」

「はぁ!……はぁ!……はぁ!…っ!?」

「これ以上になると、常に衝撃波が出ちまうんでな。出来れば、降参してほしいんだがな。てめぇじゃ、まだ俺には勝てねぇのは分かってんだろ?」

「くっ……!」

 

 緑谷は顔を顰めながら、力を振り絞って立ち上がる。

 ダメージで足が震えながらも、しっかりと戦慈を睨み返す。

 

「僕に……期待してくれてる人がいる……!」

 

 戦慈はそれを黙って聞いている。

 

「君にはまだまだ届かないかもしれない……!けど!!」

 

 緑谷は右手を握り締めて、戦慈に向かって叫ぶ。

 

「諦める理由には絶対にならない!!僕は……負けられないんだぁ!!」

「……そうかよ」

 

 戦慈はそれを聞いて背中を向けて歩き出す。

 そして緑谷の反対側に立つ。

 

「……?」

「これで最後だ。今から全力でてめぇを殴る」

「!!」

「てめぇは好きにしな」

 

 戦慈は右手を握り締めて腕を引き、左脚を前に出して体重を掛ける。

 それに緑谷も同じく左脚を踏み出して、右腕を引く。

 

 その瞬間、2人は確かに笑みを浮かべていた。

 

「「オオオオオオ!!!」」

 

 同時に叫び、足を踏み込む。

 2人の左脚ズボンの裾が弾け飛ぶ。

 

 そして同時に飛び出す。

 

バキッ

 

 緑谷の左脚から不穏な音がするが、緑谷は歯を食いしばって右手を握り締めて力を籠める。

 

 そして同時に腕を振り抜き、リングの真ん中で拳がぶつかり合う。

 

 

ドオオォン!!

 

 

 巨大な爆発音と衝撃波がスタジアム内に吹き荒れる。

 それにミッドナイトも吹き飛ばされる。

 

「いやあああ!?」

「おおおお!?」

「きゃあああ!?」

「殴り合いだろおお!?」

 

 観客席でも悲鳴が上がり、衝撃波に耐える。

 

『……拳合わせただけでコレかよ……』

『それだけのパワーだったんだろ』

『本当に末恐ろしいな』

『で!?生きてっか!?』

 

 プレゼントマイクの声に全員がリングに注目する。

 ミッドナイトも頭を擦りながら、起き上がる。

 

 その視線の先には、

 

 リングの端で緑谷の胸元を掴んで立っている戦慈の姿だった。

 

 2人がぶつかったと思われるリングの中央付近は大きくヒビ割れていた。

 

 緑谷は気絶しているようで、戦慈に無抵抗で捕まれており、顔を俯かせている。右腕はボロボロで赤く腫れあがっており、ぶら下がっている。

 

『……どういう状況だ?』

『足元見ろアホウ』

 

 その言葉に全員が目を向けると、緑谷と戦慈の間にラインが引かれていた。

 

 それを確認したミッドナイトは、ビシ!と鞭で戦慈を指す。

 

「緑谷君、場外!!拳暴君、二回戦進出!!」

 

 ミッドナイトの宣言と同時に大歓声が巻き起こる。

 

『なんか途中で色々あったけど!!拳暴!!終始圧倒ーー!!二回戦進出だああ!!』

『まぁ、緑谷には荷が重かったな』

 

 戦慈は緑谷を左肩に担ぐ。

 

「拳暴君?」

「リカバリーガールのとこに連れていく。構わねぇだろ?」

「いいの?」

「構わねぇよ」

 

 戦慈はミッドナイトに頷いて、足元を見る。

 ミッドナイトもそれにつられて足元を見る。

 

 そこには地面を抉った線があり、それはリングの中央付近から場外まで続いていた。それは緑谷が気絶していたと思われる場所だった。

 

「……これって」

「ああ、コイツ、右脚1本で最後まで踏ん張り続けやがった。左脚も折れて、右脚を折りながらな」

「!!」

 

 ミッドナイトは目を見開いて、緑谷の脚に目を向ける。

 その両脚は両方とも変な形に曲がっており、右靴に関しては底がすり減って破れていた。

 

「コイツも十分バケモンだ。かなり歪んでやがるがな」

 

 そう言って、戦慈はリングを降りて通路へと向かう。

 

『戦った相手を労う美しいフレンドシップ!!激闘を魅せた2人にもう一度クラップユアハンズ!!』

 

 プレゼントマイクの言葉に観客席から大きな拍手が巻き起こる。

 

 戦慈はそれに特に反応することなく、通路へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 リカバリーガール出張所。

 

 緑谷はベッドで寝ており、リカバリーガールの診察を受けていた。

 

「無茶するねぇ。やりすぎだよ。この子も、あんたも」

「ふん」

 

 戦慈は椅子に座っており、リカバリーガールの言葉に肩を竦める。

 

 すると、そこに麗日達や一佳達が駆けつけてきた。

 

「デク君!!」

「緑谷君!!」

 

 麗日、飯田、蛙吹、峰田、切島は緑谷に駆け寄る。

 そして戦慈には里琴、一佳、唯、柳、切奈、鱗、鉄哲が駆け寄る。

 

「なんだい。大勢だねぇ」

「リカバリーガール。緑谷君の容体は?」

「……左手指、右腕、左脚は粉砕骨折。右脚はそこまでではないが骨折はしてるね。全身ボロボロだよ。流石に今日で完治は無理だね」

「そんな……!?」

 

 リカバリーガールの言葉に戦慈と里琴以外の者達は目を見開く。

 一佳は眉尻を下げて、戦慈に目を向ける。

 

「拳暴は?大丈夫なのか?」

「問題ねぇよ」

「嘘つくんじゃないよ。右腕、折れてるんだろ?」

「「「「え!?」」」」

 

 リカバリーガールの言葉に再び全員が目を見開いて、戦慈の右腕に目を向ける。

 戦慈の右腕は確かに赤くなっており、ぶら下がっていた。

 戦慈は舌打ちをして、立ち上がる。

 

「ちっ。……問題ねぇよ。すぐに治る」

「何言ってんだい。この前よりも酷いじゃないかい。先にあんたの方を治療するよ。それだったら二回戦には動かせるようになるだろうさ」 

「治療は受けろ。拳暴」

「……はぁ」

「……お馬鹿」

 

 リカバリーガールの言葉に、一佳は目を鋭くして戦慈を睨みながら声を掛ける。

 戦慈はため息を吐いて、椅子に座り直す。

 それにホッと息を吐く一佳。

 

「ほら。上着脱ぎな」

「なんでだよ」

「一応全身診るからだよ」

「……だりぃ」

 

 戦慈は渋々ジャージとシャツを脱ぐ。

 唯達やA組の面々は、戦慈の上半身の傷を見て目を見開く。

 

「おいおい……なんだよ、その傷……!?」

「あん?別にガキの頃に無茶しただけだ。ソイツ見れば分かんだろ」

「あ……」

「ほら、治療するから一度出ていきな!」

 

 切島の言葉に戦慈は緑谷を指差す。

 それに麗日達もなんとなく納得すると、リカバリーガールに追い出される。

 

「全く。それで?腕以外は?」

「だから、問題ねぇ。さっさとやってくれ」

「やれやれ。まぁ、確かに他は軽い炎症程度だね。じゃあ行くよ。チユーーーー!!」

 

 リカバリーガールの治療?を受けて、戦慈は右腕を確かめる。特に違和感も痛みもなかった。

 戦慈はシャツを着て、ボロボロのジャージを羽織る。

 そこに緑谷が目を覚ました。

 

「う……あ……ここ…は?いっつ!?」

「動くんじゃないよ。救護室だよ。大人しくしな」

「……あ、拳暴…くん」

 

 リカバリーガールの言葉に緑谷は大人しくして、目だけで周囲を見る。

 そして戦慈の姿を見つけて、結果をなんとなく悟った。

 

「敗けた……」

「そりゃな。手足が砕けて戦える奴なんざ、俺は知らん」

「そっか……」

 

 戦慈の言葉に悔し気に目を閉じる緑谷。

 戦慈は緑谷に背を向けたまま、緑谷に声を掛ける。

 

「てめぇが本気でヒーロー目指す気なら、ちゃんと戦い方を考えろ」

「え?」

「本気で殴る度に毎回リカバリーガールに頼る気か?そんな奴はヒーローじゃねぇ。自殺志願者だ。気づいてるか、いないかの差だ。誰がそんな奴に助けを求めるんだよ。応援すると思ってんだよ。死ぬかもしれんヒーローなんざ、今の世界にはいらねぇよ」

「っ……!」

「てめぇは俺、そしてオールマイトとはちげぇ。俺だってオールマイトみてぇには戦えるなんて思っちゃいねぇ。自分に合った戦い方を探せ。今のままのてめぇが強くなっても、何度やったところで負ける気がしねぇよ」

「自分に……合った……」

「じゃあな」

 

 戦慈は言うだけ言って、そのまま部屋を出る。

 

 廊下には麗日達がいた。

 

「……終わった?」

「俺はな」

「それにしても拳暴の腕を折るなんてよぉ。あいつもスゲェ奴なんだな!」

「けど、ボロボロになるのは嫌」

「ん」

 

 鉄哲が緑谷を褒めるが、柳が首を横に振り、それに唯も同意する。

 それに戦慈は肩を竦める。

 

「今のままじゃ、プロになってもすぐに引退だろうぜ。怪我でな。リカバリーガールだって完璧じゃねぇんだ」

 

 その言葉に麗日達の顔が曇る。

 

「……きっかけはくれてやった。それでもまだオールマイトを追いかけてぇだけなら、てめぇらがちゃんと殴ってやれ。俺はガキを殴る気はねぇ」

「え?」

「……拳暴」

「着替えてくる」

 

 戦慈の言葉に麗日達が目を見開く。

 一佳は微笑んで戦慈を見る。戦慈が緑谷や麗日達を気遣った言葉であるのは間違いないからだ。

 戦慈はそれ以上は何も言わず、更衣室に向かう。それに里琴達も後を追う。

 

 麗日達はそれを見送る。

 

「……オールマイトを追いかけたいだけなら…か」

「確かに緑谷君はオールマイトを目標にしているからな。オールマイトに目を掛けてもらっているのもあるのだろうが」

「それに固執してはいけないってことね。確かに緑谷ちゃんとオールマイトは別人なんだもの」

「それを気づかせるのは仲間の俺達ってことだな!」

 

 戦慈の言葉を振り返り、自分達ももっと緑谷のために出来ることをすべきであると気づかされる。

 麗日達は切島の言葉に頷いて、再び救護室に入るのであった。

 

 

 

 戦慈は鉄哲達と別れて、更衣室で新しいジャージに着替える。

 着替え終えて、外に出ると里琴と一佳が待っていた。

 

「試合は大丈夫なのかよ?」

「まだ修繕中だよ」

「……暴れすぎ」

「うるせぇよ」

 

 観客席に向かう戦慈達。

 

「けど、腕を犠牲にしたとはいえ、拳暴の腕を砕くなんてなぁ」

「……あれは互いの衝撃波がぶつかり合ったせいだろうぜ。全力でぶっ放したもんが一瞬跳ね返ってくるんだ。そりゃ、折れるだろうよ」

「……お馬鹿」

「うるせぇよ」

 

 里琴の言葉に戦慈は顔を顰める。

 里琴の横を歩く一佳は苦笑する。

 

「お前がまさか指導するなんてなぁ」

「ふん。あんな弱ぇ状態で戦われるのがイライラしただけだ。『個性』持て余してるアホ共より質がわりぃ」

「……昔にそっくり」

「うるせぇよ」

「昔?」

「……その体の傷をつけまくったとき」

 

 里琴の言葉に一佳はようやく納得する。

 何故そんなことをしていたのかはまだ詳しくは知らないが、それでもかなり無茶をしたのだろうというのは良く分かる。

 戦慈の《自己治癒》でも消えなかった傷。

 それは先ほど緑谷にも負けないほどの重傷だったに違いない。

 里琴以外近くにいる者がいなくなるほどに苛烈だったようで、鞘伏達も深く関わったのはその後かららしい。

 

 それが緑谷と重なったということだろう。

 

「あいつからすりゃあ、余計なお世話だったかもしれねぇがな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 それに一佳は胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

(やっぱり、良い奴だよな) 

 

「良い事じゃないか」

「あん?」

 

「余計なお世話が出来るってのはさ。ヒーローにとって大事なことだよ、きっと」

 

「……ふん」

「……負け」

「うっせぇ」

 

 優しい笑みを浮かべている一佳の言葉に、戦慈は口をへの字にして、恥ずかしさを誤魔化すように前を見る。

 それを里琴にいじられて、顔を顰める戦慈。

 

 一佳は里琴と顔を見合わせて微笑む。

 

 その時、里琴も僅かに微笑んだように見えたのは、きっと見間違いではないと思う一佳だった。 

 

 




まだオールマイトと絡まない(-_-;)


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拳の十四 観戦と小さな変化

 リングの整備が終了し、第二試合が始まろうとしていた。

 

 戦慈はB組の観客席に座っていた。もちろん体がデカいので後方の席。隣にはもちろん里琴、その隣には一佳が座っている。

 

『さ~て!!初っ端からぶっ壊れるというド派手な展開でお送りしてるぜぇ!!これからも可能性があるから、飛んでくる瓦礫・突風などにご注意ください!!』

『ファールボールみたいに言うな』

 

 隣のA組の席には、緑谷が松葉杖をつきながらフラフラと現れる。 

 それに気づいた麗日がてててて!と緑谷に駆け寄る。 

 

「あ!デク君!!もう大丈夫……に見えないね!」

「あ、麗日さん。うん……歩けるまでにはしてもらえたよ」

 

 緑谷は一番後ろの席に座る。その横に麗日と飯田も座る。

 

「これから第二試合なんだね」

「ボッコボコになっとったからね」

「……次は轟君か」

 

 緑谷は控室で宣戦布告されたこと、そして騎馬戦終了後の身の上話を思い出す。

 轟の抱える闇を教えてもらい、自身も宣戦布告した。しかし、その前に呆気なく負けてしまった。

 申し訳なさと悔しさと……ほんの少しの怒りと悲しみ。

 これをどうするべきか、緑谷は頭の中でずっとグルグルと渦巻いていた。

 

『それじゃあ行くぜ!!』

 

『優秀!優秀なのに拭いきれない地味さはなんだ!?A組 瀬呂範太!!』

 

「ひでぇな」

 

『バーサス!!同じく優秀!!優秀で恐ろしくイケメン!!A組 轟焦凍!!』

 

「……」

 

 瀬呂は緊張した顔で手を解しており、轟は静かに立っている。

 

『START!!』

 

 開始の合図と同時に瀬呂が両肘からテープを射出して、轟の体を手足ごと拘束する。

 そして引っ張り、場外へと振り投げていく。

 その直後、

 

キイィン!! 

 

 巨大な氷がスタジアム内に出現する。

 A組、B組の観客席の目の前に氷の壁が出現する。

 それに戦慈や里琴も流石に少し目を見開き、それ以外の者は唖然と口を開けて驚く。

 

 もちろん対戦相手の瀬呂は顔以外が凍り付いて動けなくなる。

 

「瀬呂君 行動不能!!轟君 二回戦進出!!ハックシュン!!」

 

 ミッドナイトが震えながら宣言して、轟が左手で氷を溶かし始める。

 それに観客席からドンマイコールが沸き起こる。

 

「……やっぱり推薦入試は伊達じゃないか」

 

 一佳は冷や汗を流しながら轟の実力に慄く。

 

「氷を溶かせるって事は、やっぱ炎も使えんのか。騎馬戦で見えたのは気のせいじゃなかったんだな。……なんで使わねぇ?」

 

 戦慈は次の対戦相手でもあるため、轟の戦い方を推測する。

 しかし、もちろん理由なんて思いつかない。

 

 そこに、

 

「け、拳暴君」

「あん?」

 

 後ろを振り返ると、緑谷が顔を強張らせて立っていた。

 

「もう歩けるまでにはしてもらえたのかよ」

「うん。……少しいいかな?話したいことがあるんだ」

「……」

 

 戦慈は少し考え込むように黙るが、緑谷の顔を見て立ち上がる。

 

「他にはいねぇ方がいいか?」

「……うん。ありがとう」

「ってことだ。大人しくしてろよ」

「……ん」

 

 緑谷は戦慈に礼を言うが、その顔は物凄く思い詰めていた。

 その様子に里琴や一佳も頷く。

 

 戦慈と緑谷は少し離れた関係者用の通路で向かい合う。

 

「で?なんだよ?」

「……轟君のことなんだ」

 

 緑谷は未だに話していいかどうか悩んでいた。

 しかし先ほどの轟の様子を見て、頼めるのは戦慈しかいないとも思っていた。

 

 そして緑谷は顔を顰めたまま、捻り出すように語り出す。

 

 宣戦布告されたこと、轟が個性婚で生まれた事、エンデヴァーのオールマイトへの執着、それによって起きた母親との悲劇。

 そして轟はエンデヴァーを否定するために戦っており、戦いでは炎を使う気がないということ。

 

 それを戦慈は腕を組んで壁にもたれ掛かり、黙って聞いていた。

 聞き終えた戦慈はしばらく黙っていた。それを緑谷は固唾を呑んで見つめていた。

 

「……これを俺に伝えてどうしてほしいんだ?俺にはぶん殴ることしか出来ねぇぞ?」

「……分かってる。というか……そうしてほしいんだ」

「あ?」

 

 緑谷の言葉を戦慈は訝しむ。

 緑谷は自身の腕に巻かれているギプスを見つめる。

 

「……君が言ってたように僕はまだまだ『個性』もまともに使えないし、それ以外の所でも未熟なところしかない。けど、だからって期待してくれた人の声を無視することも僕には出来なかった。他の皆だって、それぞれの目標のために全力で戦ってる」

「……」

「けど、轟君は一度も全力を出していない。それも否定するために1番になろうとしてる。僕は……それがどうしようもなく悔しくて、悲しくて、納得できないんだ」

「……それはてめぇが弱ぇからか?」

 

 戦慈は違うとは思っているが、聞くことにした。

 緑谷はガバ!と顔を上げて、力強い目で戦慈を見つめる。

 

「違う!……例え嫌な思い出しかない力でも、それはエンデヴァーの力でも、お母さんの力でもない。轟君の『力』だ!それを……否定するために使い、否定するために使わないなんて……凄くもったいないって、思ったんだ。僕なんかよりもよっぽど凄いヒーローになれる力なのに……」

 

 緑谷は歯を食いしばって下を見る。

 緑谷の言葉に、戦慈は自分を助けてくれた人と先ほどの一佳の言葉を思い出していた。

 

『誰かの為になりたいっていう思いが、間違いの筈がない』

 

『余計なお世話が出来るってのはさ。ヒーローにとって大事なことだよ、きっと』 

 

「……なら、誰かのための『余計なお世話』を引き受けるのも、間違ってねぇよな」

「え?」

 

 戦慈の呟きを聞き取れなかった緑谷は首を傾げる。

 それに戦慈は肩を竦めて、緑谷に背を向けて歩き出す。

 

「あ……」

「ま、気には留めといてやるよ。けど、あいつが全力出す前に、俺が倒しちまったらそこは知らねぇ」

「……うん。ありがとう」

 

 緑谷の礼に戦慈は足を止めて、振り返らずに言葉を続ける。

 

「ふん。物好きなのはいいがよ。てめぇはまず自分のことに集中しろや。言ったはずだぜ?自分の事をないがしろにするヒーローに助けを求める奴は少ねぇってな。今度は人に頼らず、自分で言えるようにしろや」

「……分かってる」

 

 戦慈の言葉に力強く頷く緑谷。

 戦慈はそのまま歩き出して、観客席に戻っていく。

 緑谷はその背に改めて頭を下げるのだった。

 

 

 

 戦慈は観客席に戻る。

 里琴の横に一佳の姿はなく、茨が前の席に座っていた。

 

「塩崎はもう終わったのか?」

「……瞬殺」

「機会を無駄にせずに済みました」

 

 茨の対戦相手はA組の上鳴。放電する『個性』だったと戦慈は記憶している。

 なので茨が瞬殺する手段を考えるならば、

 

「ツルで相手を縛って覆ったか?」

「そこまでは。あの方を縛って、ツルを盾にして切り離すことで防がせて頂きました」

「なるほどな」

 

 どうやら上鳴の放電は指向性はないようだ。

 それならば茨のツルの方が優位だろう。

 

 ということで次は四回戦。

 一佳の試合である。

 

『さぁ四回戦だ!!今の所、意味不明なタコ殴りか、どんまいな瞬殺か、ウェイな瞬殺しかねぇ!!もう少し楽しめる戦いを期待するぜ!!』

『どんな注文だよ』

『生徒達の努力を否定するな』

 

 プレゼントマイクの言葉に担任2人がツッコむ。

 

 そしてリングに一佳と飯田が立つ。

 

『四回戦は委員長対決だ!! 大きな両手の姉御委員長!!B組 拳藤一佳!!』

 

『バーサス!! 厳正一直線ターボ委員長!!A組 飯田天哉!!』

 

 一佳は手のひらに拳を打ち付け、飯田はフシュー!と鼻から息を勢いよく噴き出す。

 

「……どう見る?」

「あん?……パワーは拳藤だが、スピードは飯田だな。だから拳藤はどう飯田を捕まえるか。飯田は拳藤の隙をどう突くか、だな」

 

 戦慈の言葉に頷くB組一同。

 

『START!!』

 

 開始の合図と同時に飯田が走り出す。

 一佳はそれに右手だけを巨大化して、手を広げた状態で薙ぎ払う。

 ブォン!!と音を立てて、勢いよく飯田に迫る。飯田はギリギリで足を止めて躱すが、直後に突風が襲い、止まろうと後ろに体重をかけていた飯田は後ろにバランスを崩す。

 

「ぐ!な、なんてパワーだ……!?」

 

 一佳はすぐさま手を戻して駆け出す。飯田に迫りながら両腕を広げて、両手を巨大化させながら飯田を挟み込むように腕を閉じる。

 飯田は後ろを向いて、ふくらはぎのエンジンを吹かして走る。

 直後、飯田の真後ろで一佳の両手がバヂィン!と閉じられる。

 

『ビッグハーンド!!』

『飯田の道を塞ぐように上手く巨大化を使ってるな』

『ああ。しかし、飯田のスピードには追いつけてはいない。そこをどう攻略するかだな』

 

 飯田はすぐさま横に向いて、一佳の周囲を旋回するように走る。

 それを見た一佳は飯田から目を離さず、後ろ向きに走る。

 

「拳藤……!?」

「何を狙ってんだ?」

 

 鉄哲は一佳の行動に驚き、鱗が首を傾げる。

 それに戦慈が答える。

 

「背後に回らせねぇためだ」

「背後?」

 

 戦慈の言葉に泡瀬が首を傾げる。

 

「基本的に背後は絶対の死角で、確実な隙だ。飯田のスピード相手じゃ背後に取られた瞬間に敗けだ。騎馬戦でのあのスピードを出されたら俺でも厳しい。だから……」

「場外ラインを利用して、それを盾代わりにするつもりなんだろうね」

 

 戦慈の説明を切奈が引き継ぐ。

 その言葉通り、一佳は場外ラインギリギリまで下がる。それに飯田は顔を顰めながら反転し、足を止めずに走り続ける。

 一佳は鋭い目で飯田を見つめ続け、飯田に合わせて両手の位置を動かす。いつでも対応できるように。

 

「これで飯田は奇策か、力押ししかねぇ」

「けど一佳からすれば、その奇策と力押しに警戒すれば隙は少ない。何より……一佳は時間をかければかける程、思いつく限りの奇策に対策を講じるだろうね。力押しなら一佳も前に出ればいい」

「拳藤の巨大化した手は間合いが広い。飯田の蹴りやら攻撃が届く前に対処できるだろうよ」

 

『やや膠着状態!!この2人をどう見る!?担任共!!』

『飯田は頭もいいし、判断力もあるが、少し頭が固いところが弱点だな。1つの事に固執して、周りが見えなくなることがある』

『拳藤はあまり目立たないかもしれんが、頭の回転は早いし、思考は柔軟で咄嗟の判断力もある。正直2人にあまり実力差はないだろうな』

 

 戦慈と切奈の解説に、他の全員が納得したように頷いてリングに目を戻す。

 飯田は力押しでいくことにしたのか、一佳の右斜め前から走り迫る。

 一佳は手を巨大化せずに腰を据えて、両腕を少し開いて待ち構える。

 

(力押しで来た。私の右後ろは場外。なら、考えられるのは直前での超加速か、左に移動してからの突撃の2つ!なら!!)

 

 一佳は左手だけ巨大化する。

 それを見た瞬間、飯田は左を向いた。

 

「トルク・オーバー!!レシプロ・バースト!!」

 

 ドバン!とふくらはぎから黒い煙を噴き出して、高速で前進する。

 

「真横に!?何を!?」

 

 一佳は突撃のアドバンテージを捨てた行動に目を見開いて、慌てて飯田を見失わないように左に体を向ける。

 すると、いつの間にか飯田が両手を突き出して、目の前にいた。

 一佳は更に目を見開いて、右手を巨大化して飯田を掴みかかろうと手を動かす。

 その前に飯田の手が一佳の肩を押す。

 一佳は両足で踏ん張り、後ろに仰け反りながらも飯田の体を掴む。そして、そのまま後ろにバックドロップするように両腕を持ち上げて、飯田を場外へと投げる。

 

「でやああああ!!」

「ぬおおおお!?」

 

 飯田は場外に投げ飛ばされてうつ伏せに落ちる。そして一佳もそのまま背中から倒れて仰向けになり、上半身が場外に出る。

 

『うおおお!?これはどっちだ!?』

『普通なら飯田だが……』

 

「拳藤さん 場外!!飯田君 二回戦進出!!」

 

「「えっ!?」」

 

 ミッドナイトの宣言に、飯田と一佳はもちろんほぼ全員が驚く。

 その宣言に鉄哲が立ち上がる。

 

「なんでだよぉ!?今のはどう見たって拳藤の投げ勝ちだろぉ!!」

「差別かな!?教員も差別するのかな!?」

 

 物間も嫌らしい笑みを浮かべて叫ぶ。

 A組の面々も複雑そうに顔を顰めて、リングを見つめていた。

 

「確かに今のは飯田の方が先だよな?」

「ああ。髪が場外に着いているようにも見えなかった」

 

 するとB組の席から声が響いた。

 

「仰け反ったときに、拳藤の頭が場外ラインを越えたんだろうよ。上空にも適用されんだろ?ラインは」

 

 その声は戦慈だった。

 その言葉に鉄哲達やA組の面々は「そう言えば……」とルールを思い出す。

 

「拳藤さんの頭が先にラインを越えていたわ!残念だけどルール上、先に場外に出たのは拳藤さんとなります!!」

 

 その言葉を後押しするようにミッドナイトの言葉とスクリーンに、判定シーンが表示される。

 確かに肩を押されて仰け反った際に、サイドテールと後頭部の一部がラインを越えていた。

 

 それに拳藤は右手で顔を覆い、ため息を吐く。

 

「わ、忘れてた……」

 

 そして飯田に顔を向ける。飯田も納得出来ていないのか、腕を組んで唸っている。

 

「これは私のミスだよ。ルール忘れてたしな。だから気にしないでくれよ」

「しかし……あれはどう考えても俺が……」

「あのラインが壁だったり、罠だったら、そうも言えないだろ?ルール内で負けた以上、負けは受け入れないとな」

「……分かった!!その気持ち、ありがたく受け取ろう!!」

 

 飯田は両腕をカクカクと振り、一佳に礼を言う。

 その動きに少し引く一佳だが、なんとか笑って頷く。

 

『複雑かもしれねぇがぁ!!ルールである以上、こういうこともある!!これから戦う奴らは、それを受け入れろよぉ!!いつでも納得出来る評価をしてもらえるわけじゃねぇぞ!?』

『そういうことだな』

『拳藤!!この敗北を次に活かせ!!お前なら出来る!!』

 

「はい!」

 

 ブラドの言葉に一佳は力強く頷く。

 

 一佳は観客席に戻る。

 そして苦笑して両手を合わせる。

 

「悪い。最初に負けちゃった」

「気にすんなよ! 俺は拳藤の勝ちだと思うぜ!」

「ルールだから仕方がないでしょ」

「ん」

「頑張った」

 

 鉄哲が右手を握り締めながら叫び、切奈は苦笑して慰める。それに唯や柳達も頷く。

 戦慈は肩を竦めて、里琴は無表情で親指を立てる。

 一佳は戦慈の横に座って、深く息を吐き、先ほどの試合を思い出す。

 

「ふぅ~……そういえば、飯田って最後どうやったんだ?」

「ああ、かなり無理矢理なことしてたぜ」

「というと?」

 

 戦慈の言葉に首を傾げる一佳。

 

「地面に左手を着いて、それを軸に無理矢理旋回しやがった」

「……なるほど」

「あのスピードじゃ、お前のデカい手が逆に目隠しになったな。まぁ、そうでなくても厳しかっただろうけどよ」

「そこまでか?」

「回転した遠心力もギリギリ利用してたかんな。スピードが下がるどころか上がってたぜ。見えてても、あれは不意を突かれたんじゃねぇか?」

 

 戦慈の説明に納得する一佳。

 確かにそんな方法ではすぐに対応できていたとは思えない。結果はあまり変わらなかったということだろう。

 

『さぁ!!次の試合だぁ!!』

 

「あれ?里琴?お前の番じゃないのか?」

 

 一佳が里琴に顔を向ける。

 それに里琴は頷くと、突如尻の下に竜巻を出して、その場でフワリと浮かぶ。

 

「……戦慈」

「そのまま行けよ」

「……行ってきますの投げ」

「意味分かんねぇよドアホ」

「……へたれ~」

 

 「行ってきますのキス」のような謎の発言をして、戦慈に切り捨てられる。

 それに里琴は無表情のまま言い返し、足裏に竜巻を生み出して、観客席からリングに飛び出る。

 リングに降りる直前に、再び小さく竜巻を生み出してゆっくりと着地する。

 

『ド派手な登場~!!流石1位!!』

 

 里琴の登場に会場が沸き、普通に出てきた芦戸の存在が掻き消される。

 芦戸は苦笑いしながらリングに上がる。

 

『第五回戦!!頑張れな!A組 芦戸三奈!!』

 

『バーサス!!予選1位!!騎馬戦1位!!スゲェ!!でも半分は拳暴の肩の上!!B組 巻空里琴!!』

 

 芦戸は腕をストレッチして構え、里琴は無表情で突っ立っている。

 芦戸は全く表情が変わらない里琴に内心では戸惑っている。しかし、その実力は本物である。空も飛べるし、壁も作れる。

 対して芦戸の『個性』は《酸》。竜巻は防げないし、空も飛べない。

 正直、勝てる策が思いつかない。

 

「それでもやるっきゃない!!」

 

『START!!』

 

 気合を入れて構え直す芦戸。

 

 そして開始の合図と同時に、芦戸が飛び出して里琴に酸を放つ。

 里琴は足裏から竜巻を放ち、高く飛び上がって躱す。それと同時に左腕を振り、蛇のように竜巻が放たれる。

 

 芦戸も足裏に酸を出して、スケートのように滑って躱そうとする。

 

「……てやー」

「げっ!?」

 

 そこに里琴が右腕からもう1本竜巻を放ち、芦戸に襲い掛かる。

 芦戸は慌てて竜巻に向かって酸を放つも、何も起こることはなく、芦戸はそのまま竜巻に飲み込まれる。

 

「いや~~~!!」

 

 芦戸は回転しながら吹き飛ばされて、尻から場外に落ちる。

 

「ぎゃん!?」

 

「芦戸さん 場外!!巻空さん 二回戦進出!!」

 

『圧勝おお!!これは仕方ねぇかぁ!?』

『まぁ、相性が悪かった』

 

 里琴は空中からそのまま飛び、観客席に戻る。

 そして空中で姿勢を整え、戦慈の肩に飛び降りる。

 

「……ブイ」

「うるせぇよ」

 

 里琴が戦慈の顔の前にピースした手を突き出す。それに戦慈は顔を顰めながら、肩の上の里琴を掴んで隣の席に降ろす。

 一佳達は苦笑して、里琴の勝利を祝う。

 それに里琴は無表情で再びピースで答える。

 

「よっしゃあ!!次は俺だな!!」

「気張れよ。鉄哲」

「おうよ!」

「ぶん殴って来い!」

「任せろぉ!」

「任せてはない」

 

 鉄哲は気合を入れながら胸を張って、控室を目指す。

 そしてリングでは次の試合が始まろうとしていた。

 

『第六回戦!!漆黒の使徒!!A組 常闇踏陰!!』

 

『バーサス!!ちょっと成績がパッとしてねぇな!A組 八百万百!!』

 

 常闇は鋭い目つきで立っており、八百万は少し顔を強張らせている。

 

「常闇はあの影の生き物で、八百万は物を作る『個性』だよな?」

「……ん」

「あの女の創造が早いかどうかで決まるだろうな」

 

 戦慈達の言葉にB組の面々は試合の動きに集中する。

 そして試合が始まる。

 

『START!!』

 

 開始直後に常闇が黒影を出現させ、八百万に突撃させる。八百万は腕に盾を作り出すも、後ろに弾かれる。

 その後も連続で黒影が攻撃を仕掛けて、八百万は防戦一方のまま押され、あっという間に場外に押し出される。

 

「八百万さん 場外!!常闇君 二回戦進出!!」

 

 八百万は茫然と立っており、常闇は涼しい顔で礼をして、リングを去っていく。

 

「あの黒影って結構厄介だよな」

「あれを封じる策がいるかもな」

「……面倒」

「まぁ、本体狙いが無難だな」

「八百万はなんか不調だったな」

「作るもんの選択が定まらなかったんだろうよ」

 

 続いては鉄哲と切島の似た者同士対決。

 

『第七回戦!!『個性』ダダ被り対決!!B組 鉄哲徹鐵 バーサス A組 切島鋭児郎!!』

 

 紹介が適当であるが、2人は気にせず、揃ってポキポキと指を鳴らして、不敵に笑いながら睨み合っている。

 

『『個性』がそっくりだが、どうみる!?両担任!』

『性格も似てるみたいだしな』

『僅かな『個性』の特性の違いが勝敗を分けるか、我慢比べだろうな』

 

 鉄哲と切島は揃って、拳を構える。

 

『START!!』

 

 開始の合図と同時に駆け出して、揃って右フックで顔面を殴り合う。

 

ガッキイィン!!

 

 殴り合いなのに金属音が響く。

 2人は倒れることなく、踏ん張って耐える。

 

「効かねええぇ!!」

「お前もなあぁ!!」

 

 鉄哲が再び右フックで切島の顔を殴る。切島はすぐさま顔を起こして、鉄哲の頭を上から殴る。

 鉄哲は下を向くが、顔を上げると同時に左アッパーで切島の顎を殴る。仰け反った切島は歯軋りをしながら、体を起こして右ストレートを鉄哲に叩き込む。

 

『壮絶な殴り合いーー!!』

『まぁ……』

『こうなるだろうな』

 

「どりゃあ!!」

 

 鉄哲は後ろにたたらを踏むが、すぐに前に駆け出して、右腕を振り被って飛び込みながら切島の額を殴る。

 

「ぐっ!んのおおお!!」

 

 切島は吠えながら左フックを、鉄哲の顔に叩き込む。

 

「「どりゃあああ!!!」」

 

ガン!ギィン!ガァン!

 

 2人は拳をぶつけ合ったり、クロスカウンターのように殴り合う。

 実力は互角のようで、やったらやり返す状態である。

 

 それに観客達は盛り上げる。

 

 泡瀬達も興奮して「そこだ!」「いけ!」と盛り上げる。

 

「「はぁ!……はぁ!……はぁ!……」」

 

 息を荒くして、鼻血を流しながら拳を構えて向かい合う鉄哲と切島。

 

「「おおおおお!!!」」

 

 そして互いに右腕を振り被り、同時に互いの左頬を殴る。

 たたらを踏んで、後ろに倒れそうになる2人。

 その時、

 

「敗ぁけぇるぅかよおおお!!!!」

 

 鉄哲が大きく叫びながら無理矢理体を起こして、フォームも何もなく、ただただ全力で切島に右拳を振り抜く。

 それは切島の左頬に再び当たり、切島は仰向けに大の字に倒れる。

 

「はぁ!……はぁ!……拳暴のぉ!……拳に比べりゃあ!……はぁ!……痛くねえええ!!」

 

 鉄哲はふらつきながらも、拳を構えながら叫ぶ。

 

 切島は倒れたまま起き上がらなかった。

 

「切島君 ダウン!!鉄哲君 二回戦進出!!」

 

『ダダ被り組殴り合い対決を制したのは!!B組 鉄哲だああ!!』

『最後は気合だったな』

『いい勝負だったぞ!!』

 

 鉄哲は少しふらつきながらも、B組の観客席を見上げる。

 そして右人差し指を指す。

 

「拳暴おおおおお!!!」

 

 鉄哲は全力で戦慈の名前を叫ぶ。

 

「俺はあぁ!!今度こそ、お前に勝あぁつ!!!」

 

『宣!戦!布告ー!! 気合の鉄男(てつお) 鉄哲!! 熱い咆哮だああ!!!』

 

 鉄哲の宣戦布告に更に沸きあがる観客。

 

 戦慈は特にリアクションはなかったが、近くにいた一佳や切奈達は戦慈から感じる圧が濃くなった気がした。

 

 そして戦慈に目を向けると、戦慈の口がゆっくりと歯をむき出して三日月形に変化していく。

 

 一佳達は戦慈の笑みと溢れる圧に目を見開く。

 戦慈がここまで感情を剥き出しにしたのは初めて見るからだ。

 

 ライバルなんてどうでもいい。

 

 そう言っていた戦慈が、明らかに鉄哲の宣戦布告に楽しんでいる。

 戦慈が笑っていることに気づいているのかどうかは分からない。

 

 それでもこの変化はきっといいことである。

 

 一佳はそう思った。

 里琴も何も言わずに、ただ足をプラプラさせる。少し嬉しそうだなと一佳は微笑むのだった。

 

 そして一回戦最後。

 

 戦慈は次の試合のため、控室に向かっていった。

 

 戦慈が去ったことで里琴以外の全員が「ふぅ」と息を吐く。

 

「驚いたぁ。食われるかと思った」

「ん」

「熊?」

「暴走してなくてもハンパねぇな……」

「けどまぁ、鉄哲の宣戦布告が受け入れられたのは結構デカくね?」

「それは同意」

 

 切奈がパタパタと手で顔を扇ぎながら呟き、それに唯が頷く。柳が戦慈を熊に例えて、切奈達が苦笑する。

 円場が少しげっそりとして呟き、泡瀬が戦慈の様子に笑みを浮かべて、物間も頷く。他の者達も少し嬉しそうに頷く。

 

「鉄哲に教えるか?」

「やめとこうぜ。もっと暑苦しくなる」

「それもそうだな」

 

 鱗が笑いながら鉄哲の事を上げると、骨抜が肩を竦めて内緒にしておこうと提案する。

 それに回原が頷いて笑う。

 

 そこに鉄哲が戻ってきて、全員が妙にニヤニヤしながら鉄哲を迎える。

 それに首を傾げる鉄哲だが、最後の試合が始まり、全員が集中する。

 

 少しずつ様々な関係が変化していくのを、内心で感じていく一佳達だった。

 

 




爆豪VS麗日戦が残ってしまいました(-_-;)
どうしましょうかね。
戦慈VS轟の試合を考えた文字数の結果で考えます(__)


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拳の十五 その傷の理由

10000字超えたので、爆豪対麗日戦は省略します(__)

そしてまさかの日間1位!?
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

が、頑張ります。


 戦慈は控室に向かって歩いていた。

 

 すると、目の前の曲がり角から炎を纏った男が現れた。

 No.2ヒーロー エンデヴァー。轟の父。

 先ほど緑谷から色々話を聞いた直後なので、内心で舌打ちをする戦慈。妙に高揚していたので尚更戦慈は機嫌が悪くなった。

 

「おっ。おぉ、いたいた」

「あん?」

 

 エンデヴァーは戦慈を視界に捉えて、近づいてくる。

 それに戦慈は訝しむ。

 

「君の活躍は見せてもらった。素晴らしい『個性』だね。あの風圧に、身体能力。オールマイトに匹敵する力だ」

「何が言いてぇんだよ」

「……うちの焦凍にはオールマイトを超える義務がある。君との試合はテストベッドとして、とても有益なものとなる。くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ」

「……くだらねぇ」

 

 エンデヴァーの異常としか言えない言葉に、戦慈は思わず本音が飛び出す。

 立ち去ろうとしていたエンデヴァーはその声を聞いて、足を止めて振り返る。

 

「なに?」

「くだらねぇって言ってんだよ。自分じゃオールマイトに敵わねぇって気づいたからって、自分のガキに押し付けるって情けなくねぇか?」

「……貴様に何が分かる……!」

「じゃあ、てめぇに轟のことが分かんのかよ?」

「っ!」

 

 エンデヴァーは顔を顰めて、戦慈を睨みつける。

 今度は戦慈がエンデヴァーに背中を向けて歩き出す。

 

「安心しな。あんたのくだらねぇ息子は、俺が叩き潰してやるよ。オールマイトに届く前にな」

 

 戦慈の背中をエンデヴァーは苦々しく睨みつける。

 戦慈は視線を感じていたが、それに一切取り合うことなく控室へと入って行った。

 

「……あれがヒーローがする顔かぁ?そりゃあ、息子も歪むわなぁ」

 

 緑谷の言葉と轟の様子を思い出して、ため息を吐く。

 あの執念とずっと共にいれば、母親とて壊れるだろう。轟には十分同情する思いはある。

 しかし、だからと言って今の轟の考え方を認めるわけにもいかない。

 

「はぁ……めんどくせぇこと聞いちまった」

 

 ため息を吐いて、顔を顰める戦慈。

 

 しばらく座っていると、突如扉が開く。

 入ってきたのは頬にガーゼを貼り、ボロボロになっている麗日だった。

 

「あ、ご、ゴメン!」

「構わねぇよ。お前が終わったんなら、次は俺だ。俺が出ていく」

 

 戦慈は椅子から立ち上がって、両手をポケットに入れて扉へと向かう。

 

「……ありがとう」

「礼を言われることじゃねぇ」

 

 戦慈は控室を出て、リングへと向かう。

 

 ゆっくりと入って行くと、反対側からも轟が現れる。

 

『お~っとぉ!早くも選手入場だ!けど、修繕完了までもう少し待ってくれな!』

 

 戦慈と轟はそれを無視してリングに上がる。

 

 そしてリングの中央付近で向かい合う。

 

「……ようやくお前と戦える」

「あ?そりゃあ、あれか?親父殿の期待に応えるためか?No.2の息子さんよ」

「っ!……親父は関係ない……!」

「あ?それにしちゃあ、さっき控室の前で親父殿に声を掛けられたぜ?オールマイトへのテストベッドだってな」

「……そんなことはどうでもいい……!」

「そうか?それにしちゃあ、随分と顔が険しくなってるぜ?それに随分と舐めた戦い方してるじゃねぇか。炎も使わずに勝つつもりか?」

「……ああ、勝つ」

「……はぁ、やっぱてめぇ、エンデヴァーの息子だな。よく似てるぜ。その他人を踏み台程度に見てる目つきがよ」

「っ!!!……おまえぇ……!!」

 

 戦慈の言葉に、轟は顔を歪め目を血走らせて睨みつける。

 戦慈もポケットから両手を出して、まっすぐに睨み返す。

 

『な……なんか物々しい雰囲気になってるぜ?どしたのお2人さん』

 

 轟と戦慈の間の雰囲気に、プレゼントマイクや観客席は戸惑いの顔を浮かべる。

 特に緑谷は冷や汗を流し、心臓がバクバクしているほど緊張して2人を見ている。 

 

「や……やっぱり話したのマズかったかな……!?」

「な、なんかヤバい事になっとるね……!?」

「あ、麗日さ……どうしたの!?その目!?」

 

 麗日の目が腫れ上がっていた。それに緑谷や飯田がパニックになるが、麗日は目を擦って笑みを浮かべる。

 

「大丈夫!もう何でもないから!」

「そ、そう?」

「うん。ところで……あの2人何かあったの?」

 

 麗日は誤魔化すように笑いながら緑谷の隣に座り、リングの2人を心配そうに見る。

 それに緑谷も頷いて、顔を強張らせてリングに視線を戻す。

 

「まだ何もない……はずなんだけど」

「なにか話していたからな。挑発するようなことでも言ったのだろうか?」

「でも、拳暴君ってあんまり挑発するイメージはないけどな……」

 

 一佳達も戦慈の様子に首を傾げる。

 

「なんか機嫌悪いの?さっきは機嫌よさそうに出ていったのにさ」

「分からない……機嫌は悪いんだろうけど……それだけじゃないような……」

「……わざとっぽい」

「わざと?あの轟をわざわざ試合前にキレさせなくてもいいだろうに……」

 

 切奈の言葉に一佳も戸惑いながら答え、それに里琴が呟く。その内容に鱗が呆れる。

 里琴も何があったのか分からないので、これ以上の推測のしようがない。

 しかし、

 

「……機嫌が悪いなら、それでいい」

「え?」

「……怒りはアドレナリンを出す」

 

 里琴の言葉に全員が戦慈に目を向ける。

 

 リングでは未だに2人は睨み合っていた。

 

「なんだよ?ムカついてんのか?けどよぉ……」

 

 戦慈が両手を握り締めると、戦慈の体が一回り膨れ上がり、髪が逆立つ。

 それに轟は目を見開く。

 

「それは俺もだって分かってんのかぁ?てめぇら親子の気晴らしのためによぉ……俺はここにいるわけじゃねぇんだよ……!」

「っ!」

 

『な、なんかヤバげだな!?じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃおう!!ある意味、決勝戦!?拳暴 バーサス 轟!!START!!』

『『おい』』

 

 プレゼントマイクの投げやりな開始に相澤達がツッコむが、戦慈と轟にはどうでもよかった。

 

 轟は開始と同時に氷結を放つ。

 戦慈は腕を振り抜いて、衝撃波を放って砕く。それと同時に飛び出して、轟に迫る。

 轟は風圧に耐えながら、すぐさま再度氷結を放つ。

 それを戦慈は右斜め前に飛び出し、足裏に衝撃波を放って、更に加速して氷結を躱しながら轟に迫る。

 

「っ!?」

「ふん!」

 

 轟は戦慈に氷結を広げようとしたが、戦慈は左手指を弾いて衝撃波を出して氷結を砕く。

 

「っ!?緑谷の!?」

「オラァ!!」

 

 戦慈は右腕を振り被って轟に右ストレートを放つ。

 轟は右に飛んで躱し、地面に手を突きながら氷結を発動して、戦慈の体を覆っていく。

 

「舐めんなあああ!!!」

 

バッキイイィン!!

 

 戦慈は力を振り絞って、全身の氷を砕く。ジャージも破れて、皮膚からも血が噴き出すが、すぐさま白い煙が噴き出して治っていく。

 そして轟に両手を伸ばして飛び掛かる。

 轟は右手で戦慈の腕に掴みかかろうとするが、その瞬間に戦慈は両腕を開いて轟の手を弾く。そして左前蹴りを轟の腹部に突き刺す。

 

「ごぉ!?」

 

『入ったあぁ!!本日、轟初ヒットおお!!』

 

 轟は後ろに吹き飛び、地面を転がる。氷結で体を止めることで場外を防ぐ。

 

「オオオオ!!」

「っ!?んのぉ!!!」

 

 起き上がろうとしていた轟に、戦慈が走り迫る。

 それに歯軋りをしながら轟は大規模の氷結を生み出して、戦慈を飲み込もうとする。

 戦慈は両腕を高速で動かし、氷結を連続で殴りかかる。

 

「オォララララララララララララ!!!」

 

 拳の壁を作る戦慈を氷結が覆い、リングに巨大な氷が生まれる。

 

『飲み込まれたああ!!これは決まったかぁ!?』

『……いや』

『は?』

『見ろ!氷が割れる!!』

 

 ブラドが叫んだ直後、巨大な氷が弾けるように砕けた。

 轟は目を見開いて驚いていると、目の前に巨人が現れ、左の脇腹に衝撃が走る。

 

「が!?」

 

 轟は右に吹き飛び、地面を転がる、意識が飛びそうになりながらも、再び氷の壁を生み出して場外を防ぐ。

 そしてふらつきながらも素早く体を起こし、戦慈を見る。

 

「ハアアアァァ……!」

「……っ!?」

 

 戦慈は体が更に膨れ上がっており、オールマイトやエンデヴァーよりも大きくなっている。全身から白い煙を立ち上げながら、仁王立ちして轟を見つめている。

 上半身は裸になっており、凄まじい筋肉と傷痕が露わになっている。

 しかし、轟や他の者達が一番注目しているのは、そこではなかった。

 

 全員が息を呑んで見ているのは、戦慈の顔。

 

 そこにはあったはずの赤い仮面がなくなっていた。

 

 誰もが気になっていたはずの仮面の下の素顔。

 

 それが露わになったはずなのに、誰もリアクションが出来なかった。

 

 何故なら

 

 そこには轟以上の火傷の痕があったから。 

 

 両目の周囲に額と広範囲に火傷の痕があり、眉毛はない。

 

「……お前……は……」

「あん?……ちっ。仮面が割れてんのか。ま、別に大したことじゃねぇだろ?テメェだって左目火傷してんじゃねぇか。まぁ、気味が悪いなら我慢してもらうしかねぇがな。とりあえず、続きやんぞ」

 

 戦慈は轟の視線で仮面がないことに気づいて、舌打ちする。

 しかし、気にするなと声を掛けて、拳を構える。

 それに轟は完全に唖然として、固まっていた。

 

『いやいや……流石に無理があんだろぉ……』

 

「……里琴……あれは……なんでだ?」

「……私からは言えない」

「里琴!!」

「……あれは私と会う前から。……私は話す資格がない」

「っ!!」

 

 一佳が両目に涙を溜めながら、里琴に詰め寄る。

 しかし、里琴はいつもの無表情のまま首を横に振る。

 それに一佳は悔し気に顔を顰めて、戦慈に目を向ける。

 

 轟は立ち上がりながら、困惑したように戦慈に問いかける。

 

「……その火傷は……戦いでか?」

 

 戦慈は僅かに顔を顰めるが、困惑している姿にため息を吐いて構えを解く。

 

「ちげぇ。これはな……親に油を掛けられて火をつけられたからだ。4歳くれぇの時だ」 

『っ!!?』

 

 戦慈の言葉に里琴以外の全員が目を見開いて固まる。

 

「俺の『個性』は突然変異型だ。両親のどちらとも違う」

「……」

「俺がこの力を発現したのは、生まれてすぐだったそうだ。なぁ、轟。この力を生まれたての赤ん坊がコントロール出来ると思うか?」

 

 戦慈は右手のひらを見下ろしながら、轟に問いかける。

 それに轟は答えられない。

 

「答えはもちろん『ノー』だ。俺はただ泣き叫び、ただ暴れた。俺の力は暴れれば暴れるほど強くなり、リセットするには力を振り絞って吐き出すしかねぇ。いくら赤ん坊とはいえ、溜めに溜めた力を放出すれば大人であろうとタダじゃあ済まなかったんだろうな」

 

 戦慈は右手を横に向けて、ピン!と指を弾く。それだけでバン!と衝撃波が飛ぶ。

 

「両親は暴れまくり、壊しまくる俺に限界だったんだろうよ。そしてある時、親父が叫びながら俺の顔に油を掛けて、お袋が火をつけた。俺は熱さと痛みに叫びながら暴れて、外に飛び出した。たまたま冬で、外に雪が積もってたからな。それでなんとか消火した。《自己治癒》が働いてたおかげでな、なんとか失明まではしなかったが、ご覧の痕が残った」

「……」

「もちろんそんなことして、騒ぎにならねぇはずはねぇ。両親は警察に捕まって、俺は病院で治療を受けた後は施設に入った。けど、俺の力が暴走し続ける限り、俺はまだまだ人を傷つけちまう。だから、俺はがむしゃらに鍛えた。崖から落ちたり、建物の屋根から落ちたり、ケンカに巻き込まれたりして毎日ボロボロになった。そのせいで、まぁ、周囲からは気味悪がられたがな」

 

 戦慈の話に全員が聞き入る。

 

「けど、そんな時にあるヒーローだと思われる人に救われた。そのヒーローに自分の事を相談した。このままじゃ、親父達に申し訳が無いってな」

「……両親に?……お前に火をつけたのにか?」

「それは俺が原因なんだ。当然だろうよ。だから、俺は両親を恨んじゃいねぇ。むしろ謝っても謝り切れねぇくらいの罪悪感がある」

「……」

「だから俺は、ヒーローを目指すことにした。両親を苦しめたこの『個性』でヒーローになって、両親が生んだ子供は化け物じゃねぇと証明することに決めた。ただ、これは不純な動機だ。それを助けてくれたヒーローに言ったら、こう言ってくれた。『誰かのためになりたいって思いが、間違いの筈がない』。だから、俺が両親のためにヒーローを目指すことは、間違っていないはずだってな。その後からは会ってねぇし、調べても分かんないままだがな。けど、それで十分だった。十分俺は救われた」

 

 戦慈はまっすぐ轟を見る。

 轟は思わず一歩後ずさる。

 

「なぁ、轟よぉ。てめぇは今、誰かに胸を張って『ヒーローになる』って言えるか?エンデヴァーを見返すためだけに力を振るって、そこに立ってるてめぇに。今日、てめぇが蹴落とした連中に言えるか?」

「っ……!?」

「本当にそっくりだぜ?オールマイトを追うエンデヴァーと、そのエンデヴァーを追うてめぇの顔はよ」

 

 戦慈の優しく諭すような声色に、轟は自分の中の何かを揺さぶられた。

 

「左を使えや、轟。教えてやるよ。左を使った程度で勝てる相手じゃねぇってことをよ」

 

 戦慈はそう言って、両腕を顔の前で交えて、少し腰を据える。

 そして、

 

オオオオオオオオオオ!!!

 

 腕を広げて、上を見上げながら叫ぶ。

 

 戦慈を中心にクレーターが出来、スタジアムに暴風が吹き荒れる。

 轟は背後に氷結を生み出して、風圧に耐える。

 戦慈は両腕を引き締めて、左脚を踏み出す。

 

「その震えて凍り始めた体でぇ!!止められるたぁ思うなよオ!!」

「っ!!」

 

ドォン!! 

 

 戦慈がいたクレーターが更に抉れ、一瞬で轟の目の前に右腕を振り被って現れた。

 轟は氷の壁を作ろうにも氷結の勢いは弱く、それに気づいて逃げようにも体の動きも鈍っていた。

 戦慈は右腕を振り、ラリアットのように轟に叩きつける。

 轟は左腕で防ぐも、全く勢いは弱まらず、更に衝撃波が飛び出して吹き飛ばされる。

 

ドォン!!

 

 そのまま場外かと思われたが、なんと戦慈は再び爆発音を轟かせて、一瞬で轟の背後に回り込んだ。

 

「カァ!!」

 

 今度は左蹴りを叩き込んで、轟が地面に叩きつけられて、更に跳ね上がりながら反対側に吹き飛ぶ。

 

『クレイジー!!轟、絶体絶命ー!!』 

『パワーもスピードも上がってる。轟の氷結じゃあ抑えられんな』

『あれが襲撃事件を乗り切ったパワーだ。まさしくオールマイトでもなければ勝てんだろうさ』

 

「キレてねぇだけマシってところか?」

「手加減は出来てるみたいだ」

「けど、あのパワーは変わらないよねぇ」

「流石に轟も勝てねぇか」

「あははは!!最強はB組さ!!」

 

 骨抜が唸りながら襲撃時と比べ、それに庄田が頷く。凡戸が戦慈のパワーに慄き、円場が腕を組んで改めて戦慈の実力に唸り、物間が高笑いする。

 物間の高笑いに周囲は呆れるが、確かに調子に乗っても仕方がない実力差だった。何故、物間が調子に乗るかは分からないが。

 

 A組にも衝撃が走っていた。

 

「あの轟が……」

「手も足も出ねぇ……!?」

「本当にオールマイトみたいじゃんかよおお!?」

「けど……なんか氷の勢いも弱くねぇか?」

 

 瀬呂が唖然として、上鳴が慄き、峰田が叫ぶ。

 しかし、切島が轟の異変に気づき、首を傾げる。

 そこに緑谷が声を上げる。

 

「……『個性』だって身体機能だ。轟君自身、冷気に耐えられる限度があるんだ。……そうか。だから左の炎……!!」

「どういうことだ?」

 

 緑谷の言葉に飯田が首を傾げる。

 

「エンデヴァーは炎を使い続けると、体に熱が溜まる。もし、それが轟君も同じなら……!熱が溜まれば、右の冷気で!身体が冷えれば、左の炎で!轟君はそれぞれのデメリットを自分で解決できるんだ!」

 

 緑谷の言葉に全員が目を見開く。

 

「なら、早く炎を使えよ!」

「いえ……轟さんは戦いでは左は使わないと……」

「言っていたな」

「なんで!?」

「……」

 

 瀬呂が轟に向かって叫ぶ。それに八百万が困惑したように声を上げて、飯田も頷く。芦戸が理解できないと目を見開き、その言葉に緑谷は顔を顰めて俯く。

 

(ここまで来ても……まだ君は……!)

 

 緑谷は轟に全力で戦ってほしい。ただそれだけだった。

 

 轟は何とか氷結で場外を免れる。

 しかし、もはや体は震え、まともに体が動かなかった。

 

「……どうすんだ?その体たらくでオールマイトに勝つ気か?」

「……っ!」

 

 戦慈の言葉に轟は何も言い返せなかった。

 

「……てめぇは何のためにエンデヴァーを見返すんだ?てめぇの母親のためか?」

「っ!?……なんで……!?」

「世話好きな奴から聞いた。わりぃとは思うがな。てめぇのその火傷は母親なんだろ?なんで母親じゃなくてエンデヴァーばっか恨んでんだ?」

 

 轟は怒りとも悔しさとも言えぬ歪んだ顔になる。

 

「……親父のせいで!お母さんは……!」

「だとしても、その傷は母親だろ?その母親はてめぇを守らなかったのか?」

「守ろうとしてくれてたに決まってる……!」

「その母親が今のてめぇを見て、喜んでくれるのかよ?復讐してくれとでも言ったのか?なんて言ってたんだよ。壊れる前は」

 

 戦慈の言葉に轟は限界まで目を見開いて固まる。

 

(お母さんは……!)

 

『嫌だよ、お母さん……僕、お父さんみたいになりたくない……!』

『……でも、ヒーローにはなりたいんでしょ?オールマイトみたいな』

『……うん』

『なら、いいのよ。お前は……』

 

「本当にてめぇの事が憎いならな。言わねぇんだよ。『左側が』なんてよ。てめぇは俺とは違げぇ。てめぇは……愛されてるはずだぜ?その『個性』も含めてな」

 

 その言葉でようやく思い出した。

 母の優しい笑顔と、頭を撫でてくれる手の温もりと、自分が頑張ってこれた言葉を。

 

『お前は、血に囚われることなんてない』

 

『なりたい自分に、なっていいんだよ』

 

 その瞬間、熱いものがこみ上げてきた。

 

「!?」

 

 戦慈は突如、周囲の空気が急激に熱くなっていくことに気づいて、飛び下がる。

 

 それと同時に轟からゴオ!!と炎が噴き荒れる。

 

『これはぁ!?』

 

「使った……!」

「轟君……!拳暴君……!」

 

 轟は左半身に炎を纏う。それにより右半身の霜が消えて、震えも止まる。

 その熱に戦慈は顔の火傷がピリつくのを感じる。

 

「……さっさと倒せばいいのに……何、敵に……塩送ってんだよ……!ちくしょう……」

 

 轟は泣き笑いの顔で、戦慈を見つめる。

 

「俺だって……ヒーローに……!」

「……はっ!だったら、俺を倒せや……!」

 

 戦慈も思わず笑みを浮かべる。

 

 その時、

 

「焦凍ォオオ!!」

 

 エンデヴァーが笑みを浮かべて叫びながら、観客席最前まで歩いてきた。 

 

「やっと己を受け入れたか!!そうだ!!いいぞ!!」

 

ドォン!!

 

 するとエンデヴァーに向かって衝撃波が襲い掛かる。

 

「!?」

 

 衝撃波はスタジアムの壁に当たり霧散する。

 放ったのはもちろん戦慈。戦慈は右手をエンデヴァーに向けていた。指を弾いたのだ。

 

「邪魔すんな外野。俺と轟の戦いだ!!すっこんでな!!」

「っ!?」

 

 戦慈はギロリとエンデヴァーを睨む。

 その気迫にエンデヴァーは一瞬飲まれてしまう。

 

「……わりぃ」

 

「気にすんな。ここで俺以外を見やがったら、その瞬間ぶっ飛ばすだけだ」

 

「……そうだな。……行くぞ。加減は知らねぇ。どうなっても知らねぇぞ」

 

「ハハァ!!上等だああ!!行くゾオオオオ!!!」

 

ドドオォン!!!  

 

 戦慈が緑谷との試合の時と同様、左脚を踏み出して、右腕を振り被る。

 違うのは踏み出した時と振り被った時に、衝撃波が走り、地面に亀裂が走る。

 

 轟も右脚を力強く踏み出して、氷結を放つ。

 

 戦慈が地面を吹き飛ばしながら飛び出す。それだけで周囲に衝撃波が走り、氷結を砕く。

 轟はそれを気にせず、左腕を突き出して炎を集めていく。

 

「轟ィイイイ!!!」

 

「拳暴ォオオオ!!!」

 

 轟が炎を放つ瞬間、戦慈も右腕を全力で振り抜く。

 

 

 

 それを見た里琴は観客席の前に全力で竜巻を放つ。

 

「里琴!?」

「……伏せる」

「え!?」

「っ!?円場!!あんたも壁出して!!物間もコピー!!爆発するよ!!」

『!!?』

 

 一佳が驚き、切奈が即座に行動の理由に気づいて、周囲に叫ぶ。

 それに全員が慌てて行動に移す。

 その直後、

 

 

 

ドオオオオオォォォン!!! 

 

 

 

 緑谷戦の時とは比べ物にならない爆発と爆風が吹き荒れる。

 再びミッドナイトは吹き飛ばされる。

 

「きゃああああ!?」

 

 観客席にも爆風が襲い掛かり、B組近辺は里琴の竜巻のおかげで被害が抑えられる。

 竜巻が消滅し、爆風が収まると、全員がリングに目を向ける。

 

 リングはほぼ完全に砕けており、未だ煙が立ち込める。

 

『何今の……今年の1年マジで何なの?』

『散々冷やされた空気が瞬間的に熱されて膨張したんだ』

『そこに拳暴のパワーが加われば、こうなるのは必然だな』

『マジかよ!?ったく、何にも見えねぇよ!!おい!コレ勝負はどうなって……!?』

 

 煙が晴れる。

 

 そこにあったのは、

 

 左半分の服が破れて唖然と立っている轟に、轟の胸に腕を振り被った姿勢で右拳を当てている戦慈の姿だった。

 

 戦慈の体は元に戻っていた。

 

『これは!?ってか、どっちも吹き飛ばされてねぇのかよ!?』

 

「……ちぃ。あれを相殺されんのかよ。ムカつく野郎だぜ、ホントによ」

「……すまねぇ」

「……緑谷からだ。『それはエンデヴァーの力でも、お母さんの力でもない。轟の力だ』『それを否定するために使い、否定するために使わないなんて、凄くもったいない』『それがどうしようもなく悔しくて、悲しくて、納得出来ない』……だとよ」

「っ!!」

 

 轟は顔を歪めて、両手を握り締める。

 戦慈は拳を離し、姿勢を正して轟を見る。

 

「どうすんだ?俺はまだやれるぜ?」

 

 戦慈の言葉に、轟は壁に叩きつけられて後頭部を擦るミッドナイトに顔を向ける。

 

「……ミッドナイト」

「イタタ……え?」

「……俺の負けだ。降参する」

「え!?」

 

 轟の降参にミッドナイトやエンデヴァー、観客達は驚く。

 

「いいの?」

「ああ。……この先に行くには、清算しなきゃならないものがまだある」

 

 轟は俯いているが、どこか迷いが晴れた顔をしていた。

 それを見たミッドナイトは、

 

「青!春!大好きよ!!轟君 降参!!拳暴君 三回戦進出!!」

 

 それと同時に大歓声が巻き起こる。

 

『マジでグレートフルなバトルだったぜ!!これが決勝じゃないなんて信じられるか!?』

 

 戦慈は腰に両手を当てて、大きくため息を吐く。

 

「はぁ~……ったく、やっぱ似合わねぇお節介はするもんじゃねぇなぁ。身の上話までしちまった」

「……わりぃ」

「気にすんな。てめぇに関しちゃ、緑谷から聞いちまった事もあるしな。この試合の苦情は緑谷に言えよ。俺はあいつに頼まれただけだ」

「……分かった」

 

 戦慈は轟に背を向けて、リングを出ていく。轟もそれを見送って、リングを後にする。

 

 戦慈は新しいジャージを受け取り、本日2回目の着替えを行うために更衣室に向かう。新しい仮面も取りに行かなければならない。

 すると更衣室前に里琴と、思い詰めたような顔をしている一佳が待っていた。

 

「……怪我」

「今回はねぇよ」

「……ん。……お腹は?」

「減ってるに決まってんだろ。流石にそろそろ厳しいな」

「……」

 

 里琴はいつも通り声を掛けて、戦慈もいつも通りに対応する。

 一佳はずっと顔を顰めて、戦慈を見つめていた。

 

「どうしたんだよ?」

「……いや……ちょっと自分が情けなくてな」

「はぁ?」

「……拳暴があそこまでの思いでヒーロー目指してるのに、私は何やってるんだろってな」

「馬鹿か。ヒーローになる理由なんざ人それぞれだろうが。そこに優劣なんて付けんなよ。結局ヒーローってのは、どれだけヴィラン倒して、人を助けるかが重要なんだからよ。志が高かろうが、何も出来なきゃ意味ねぇだろ。緑谷みてぇによ」

「……まぁ、あいつはあいつで良いところはあるだろ」

「分かってんじゃねぇか」

「え?」

「人によって良いところも悪いところもある。けど、それで人の価値は決まらねぇ。それと同じでヒーローになりたい理由程度で、ヒーローの価値は決まらねぇよ」

 

 戦慈の言葉に一佳は少しだけ救われた気持ちになる。

 戦慈は肩を竦めて、一佳を見る。

 

「ヒーローになるために雄英に来たんだ。もし駄目なら、この3年間で客観的に見せつけられるだろうよ。入学して半年も経ってねぇのに、決めつけるには早ぇよ」

「……それもそうだな」

「で、着替えていいか?仮面も着けてぇしよ」

「ああ!?わ、悪い!!」

 

 一佳は慌てて、戦慈を更衣室へと向かわせる。

 さっさと戦慈は着替えて、仮面を身に着けて、更衣室を出る。

 そして観客席に向かう。

 

「……何か食べる?」

「流石に時間がねぇだろ」

「何か買ってくるか?」

「お前は試合を見てやれよ。残りもB組出るんだぜ?」

 

 茨、里琴、鉄哲の試合が続く。流石に空腹だからと見ないのは問題だろう。

 とりあえず観客席に戻ろうとすると、A組の席にいる緑谷と目が合う。

 

「あ、拳暴君」

 

 緑谷の言葉に他のA組の者達も目を向ける。その視線の中に妙な同情的なものを感じて、少し顔を顰めるが、とりあえず緑谷に声を掛ける。

 

「とりあえず、てめぇからの話はこなしたぜ」

「あ、う、うん!ありがとう!……ごめん、お願いしちゃったから」

「顔の事は気にすんな。どうせ、どっかでバレることだ。それよりもてめぇらは轟を気にかけてやれや」

「……そうだね」

「あぁ、それと。てめぇが俺に話したってことは轟に伝えたかんな。ちゃんとてめぇも話付けろよ」

「ええ!?あ、うん。そうだよね……」

 

 緑谷は戦慈が口を開く度にコロコロオドオドと表情を変える。

 それに戦慈はため息を吐きながら、歩き出す。

 緑谷はその後ろ姿に頭を下げて、周囲から首を傾げられる。

 

 戦慈がB組の席に戻ると、

 

「拳暴おお!!」

 

 鉄哲が盛大に涙を流しながら、駆け寄ってきた。

 

「なんだよ。暑苦しい」

「お前があんな辛い過去があったなんてよぉ!!それなのに負けずにヒーローを目指すなんて……!!やっぱりお前はスゲェ奴だ!!お前が仲間であることが俺ぁ誇らしくてたまらねぇ!!これからは俺達もいるからなぁ!!何でも言ってくれぇ!!」

「だから暑苦しい」

 

 鉄哲の後ろに目をやると、他の者達も涙を流していた。

 それに戦慈はもはや呆れるしかなかった。

 

「はぁ。本当に似合わねぇことするんじゃなかったぜ」

「……似合ってる」

「あん?」

 

 戦慈のボヤキに里琴が反応する。

 戦慈は里琴に目を向けると、里琴はまっすぐに戦慈の顔を見上げていた。

 

「……戦慈はずっとヒーローだから」

「……そうかよ」

「……ん」

「あ!!そうだ!拳暴!さっき前に来た警察の人が来て、差し入れくれたぞ!!」

「ものすげぇ量だけどな」

 

 里琴の言葉に肩を竦めて答えると、鉄哲が席に積み上げられた大量の袋を指差す。

 その量に回原が呆れるが、それを見た一佳は苦笑する。

 中は屋台で売られているタコ焼きやお好み焼きだった。間違いなくクラスの人数分より多い。

 

「ちゃんと分かってくれてる人が他にもいるじゃないか」

「……ふん」

「……食う~」

「だな」

「皆にも分けろよ」

「分かってんよ」

 

 その後、差し入れの7割を戦慈と里琴でペロリと平らげて、クラスメイト達を唖然とさせることになるのだった。

 

 それを一佳はどこか嬉しそうに見つめながら、唯達とタコ焼きを分けて食べるのだった。

 

 




今後の悩み。

職場体験どうしよ(-_-;)

Q:戦慈と里琴が別々の所に行くと思いますか?
A:思いません

Q:この2人を受け入れてくれるヒーローがビルボードチャート10位以下ってありえる?
A:可能性は低いですよね

Q:じゃあ、誰だろう?
A:エンデヴァー、ホークス、ベストジーニストは駄目。エッジショット?合わなさそう。ギャングオルカ?……う~ん。リューキュウ?ねじれいるしなぁ。他の者たちも合わなさそう。

Q:じゃあ、どうする?
A:困ってる(-_-;)



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拳の十六 観戦と『鉄』の意地

 轟は顔を俯かせて、考えながら歩く。

 すると目の前から熱を感じて、顔を上げる。

 そこには腕を組んで顔を顰めながら仁王立ちをしているエンデヴァーがいた。

 

「……」

「焦凍。何故棄権した?お前ならば、まだ十分戦えたはずだ」

「……」

「……まぁいい。ようやくだ。左のコントロールはベタ踏みでまだまだ危なっかしいもんだが、子供じみた駄々を捨てて、お前はようやく完璧な俺の上位互換となった!」

「……捨てられるわけねぇだろう」

 

 笑みを浮かべて腕を広げて喜びに浸るエンデヴァー。

 それに轟は冷や水を浴びせる。

 

「そんな簡単に覆るわけねぇよ。ただ……あの最後の一瞬は、お前を忘れた」

「っ……!」

「……それが良いのか、わりぃのか、正しい事なのか……少し、考える。それに……てめぇより先に向き合わなきゃいけねぇ人がいる。そうじゃねぇと俺は……拳暴や緑谷達に、ヒーローになるって言えねぇ」

 

 轟はそう言ってエンデヴァーの隣を横切る。

 その後ろ姿にエンデヴァーは何も言えずに見送るしか出来なかったが、どこか息子の背中が遠く感じて、謎の喪失感に襲われるのであった。

 

 

 

 轟は新しいジャージに着替えると、A組の観客席へと足を向けた。

 トーナメント開始以降、1人で行動していた轟の出現にクラスメイト達は目を見開く。

 特に緑谷は緊張で冷や汗が流れ始める。轟がジィーっと緑谷を見ているのも緊張している理由でもあるが。

 ちなみに飯田は控室に移動している。

 

「と、とと、轟君……!?」

「……隣、いいか?」

「へ!?う、うん!どうぞどうぞ!!」

 

 緑谷は轟の言葉にキョドりながらも頷き、緑谷の隣に轟が座る。

 その光景に麗日を始め、全員が思わず固唾を呑んで緊張する。

 

「あ、あの……轟君……!」

「拳暴に話したことなら、気にしなくていい。むしろ……感謝してる」

「へ!?」

 

 謝ろうとした緑谷の言葉を遮って、逆に礼を言う轟。

 それに緑谷はパニックに陥ってしまう。

 轟は横目でそれを見ながらも、マイペースで話を続ける。

 

「お前の言う通り、俺は親父しか目に入ってなかった。お前らに勝つとか言っときながら、お前らと向き合ってなかった。親父の鼻を明かすことばかり考えて……一番向き合わなきゃいけねぇ人を忘れてた」

「……轟君」

「拳暴に言われた。母親が本当に俺を憎んでいるなら、『左側』なんて言わねぇって。……そうだよな。そんな簡単なことにも気づかなかった」

「……仕方がないと思うよ。それだけ追い詰められたお母さんを見てきたんだから。拳暴君だからこそ、気づいたんだと思う」

「……かもな。だから、俺はお前らに……お母さんに『ヒーローになる』って言えるように、まずは向き合って救けるって決めた。例え望まれなくても。……お前らみたいに」

「……うん。今の轟君ならきっと出来るよ。なんて、拳暴君に勝手にお願いした僕が言えることじゃないけどね」

 

 緑谷は苦笑いを浮かべる。それに轟は首を横に振る。

 いい感じの雰囲気の2人に麗日達はホッと息を吐く。

 その時、

 

「けっ!!」

 

 爆豪は勢いよく立ち上がり、顔を顰めながら歩き出す。

 切島が首を傾げて、声を掛ける。 

 

「どうしたんだよ?爆豪。まだお前の番には早いぞ?」

「うるせぇクソ髪。こんなクソったれな仲良しこよしなんざ聞いてられっかよ。胸糞わりぃ!」

「そ、そんな言い方すんなよ……!?事情が事情なんだからさ」

「黙れや!俺はトップになるためにここにいんだよ!無様に負けたクソナードも、やる気無くした舐めプ野郎もどうだっていいんだよ!!勝手に俺の周りで盛り上がりやがって……!!」

 

 爆豪は轟と緑谷を鋭く睨みつける。

 緑谷は今までの条件反射でビクついてしまい、轟はただ静かに爆豪を見返す。

 その反応に更に苛立つ爆豪。

 

「俺が仮面野郎を倒して、トップに立つ!!そうすりゃあ……俺が最強だ!!」

 

 爆豪はギラつきながら、歩き去っていく。

 それに切島や周囲の者はため息を吐く。

 

「イラついてんなぁ……」

「まぁ……拳暴とは因縁もあるしな」

「爆豪の一方的な奴だけどな」

「けどさ……確かに拳暴や巻空に轟に比べると、話題性では劣るよね。入試3位ではあるけど、障害物競争でも騎馬戦でも拳暴達には届かなかったし。トーナメントではあの戦いだもん」

「まぁなぁ」

 

 切島がどうしたものかと腕を組むと、瀬呂がイラつく原因を推測する。それに砂藤がツッコむが、耳郎が爆豪の状況から仕方がないと同情し、切島も頷く。

 特に爆豪は普段から緑谷を敵視し、轟とはA組のツートップとも言われているくらいだった。

 その2人がどっちも拳暴に敗北し、しかも何やら成長しているように見えるのは色々と複雑かもしれない。

 

「爆豪はこの後、勝ったら常闇か巻空だ。気も張るだろう」

「そういやぁ、そうだな」

「どっちも強敵だよねぇ……」

 

 障子が爆豪のフォローをすると、上鳴や耳郎も仕方がない事だと改めて頷く。

 

『待たせたな!!リングの修繕終了だ!!じゃ、次行くぜぇ!!』

 

「お、始まった!」

 

『今、気づいたけど!二回戦はA組 VS B組だ!!ある意味クラス対抗戦になってんな!!気合入れろぉ!!』

『余計な敵意を煽るな』

 

 リングに茨と飯田が上がる。

 

『二回戦第二試合!!A組 飯田 バーサス B組 塩崎!!START!!』

 

 飯田は開始と同時にふくらはぎから火を噴いて、猛スピードで駆け出す。

 茨は両手を組んで、ツルを背後に網のように展開する。 

 

「ぬ!!」

「拳藤さんの戦いを無駄にはしません」

 

 茨はツルを飯田の両側から手のように束ねて襲い掛かる。

 飯田は下がって避けるが、茨は追撃する。

 

 それにB組観客席は盛り上がる。

 一佳は右手を握り締める。

 

「いいぞ!茨!」

「いや……」

「え?」

「背中のツルの動きが鈍った」

 

 戦慈が茨のツルの動きに気が付くのと同時に、飯田が再び加速して一気に茨の後ろに回る。

 それに茨がツルを動かそうとしたが、その前に飯田が後ろから茨の肩を掴んで、一気に駆け抜ける。

 

「うぅ~!!」

「おおおおお!!」

 

 そして茨はリング外まで押し出される。

 

「塩崎さん 場外!!飯田君 三回戦進出!!」

 

 塩崎は悲し気に目を閉じて、両手を組んで空を見上げる。

 

「申し訳ありません。頂いたチャンスを活かせませんでした」

 

 一佳達は拍手をしながら眉尻を下げる。

 

「やっぱ速いな」

「背中を注意したのはいいけどな。ラインまで下がらなかったのは油断したな」

 

 戦慈の言葉に頷く一佳。

 

 その後、再び観客席から飛び出す里琴。

 

『さぁ、続いてはA組 常闇 バーサス B組 巻空!!START!!』

 

 開始と同時に常闇は黒影を出現させ、里琴は上空に飛ぶ。

 里琴は黒影に竜巻を蛇のように飛ばす。

 

「イデ!?」

 

 黒影は竜巻に弾かれて下がる。

 それを見た瞬間、里琴は常闇の真上に移動して3本の竜巻を放つ。

 

「くっ!」

 

 常闇は黒影を戻して、黒影で竜巻に殴りかかって弾いて行く。

 里琴は黒影の逆から常闇に襲い掛かるように、竜巻を放つ。

 常闇は横に飛び避けながら、なんとか黒影で防ぐ。

 

『流石の常闇も防戦イッポー!!』

『竜巻をある程度操れるのが大きいな』

『黒影も物理的に限界があるようだな』

 

 常闇は顔を顰めながら、里琴を睨みつける。

 

「くっ!(数が多い……!黒影だけでは抑えきれん!)」

「……頼り切り」

 

 里琴は竜巻を纏いながら、常闇に特攻を仕掛ける。

 それに常闇は目を見開くも、黒影を飛ばして里琴に殴りかかる。

 殴られる瞬間、里琴は纏っている竜巻を解き放って、黒影を弾く。その隙に常闇の目の前に降り立つ。

 

「ギャン!?」

「なっ!?」

「……てやー」

 

 里琴は下から掬い上げるように腕を振り、竜巻を放つ。

 もちろん足元で生まれた竜巻を常闇に防ぐ術はなく、上空に高く打ち上げられる。

 

「くっ!黒影!」

「……あまーい」

「ぬおおお!?」

 

 黒影を伸ばしてリングに戻ろうとすると、里琴が追撃の竜巻を放つ。

 常闇と黒影は吹き飛ばされて、場外へと飛ばされる。

 

「常闇君 場外!!巻空さん 三回戦進出!!」

 

 里琴は再び空を飛んで、戦慈の肩の上に飛び降りる。

 

「……ブイブイ」

「普通に戻って来れねぇのか」

「……これが普通」

「普通じゃねぇよ」

「ホントに相変わらずだな」

 

 里琴は両手をピースして、戦慈の顔の前に突き出す。それを戦慈は鬱陶し気に払う。

 一佳は2人のやり取りに苦笑する。

 里琴は戦慈の隣に飛び降りて座る。

 

「次は鉄哲だな」

「相手は爆豪か……」

「どうだろうな~」

 

 泡瀬や骨抜が腕を組んで、次の試合に思いを寄せる。

 他の者達も腕を組んで唸る。

 

「麗日戦の火力を考えると、あれを喰らえば鉄哲でも厳しいと考える」

「だねぇ。速攻メインかなぁ?」

「物間はコピーしたんでしょ?どんな感じだったの?」

 

 庄田が麗日戦で見せた大爆破を思い出して、僅かに眉を顰める。それに凡戸も頷いて、切奈が物間に声を掛ける。

 物間は不敵に笑みを浮かべながら答える。

 

「そうだね……彼の爆破は汗腺からだ。だから酷使すれば手に痛みが走る。恐らくは麗日戦で見せたのが最大火力だと思うよ?」

 

 物間の言葉に頷くB組一同。

 

「なら、ズバッ!と短期決戦だね!!ボッコボコにしちゃえ!!」

「けどよぉ、爆豪は普通の身体能力も高けぇぞ?」

「だな。爆破で体を浮かせて、そこから攻撃を仕掛けられんだ。かなり使い慣れてるぜ」

 

 吹出が両手を握り締めて叫び、鎌切が腕を組んで懸念を口にして、それに鱗も同意する。

 そして、全員が戦慈に目を向ける。

 それに戦慈は仮面の下で僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「……身体能力は爆豪の方が上だろうな。しかも汗腺から爆破を行うなら、時間が経てば汗が溜まって威力も上がりかねねぇ。だから鉄哲は速攻で行くしかねぇ。鉄哲は金属疲労が出る前に倒せれば勝ちだ」

「分は悪いですな」

「爆豪の戦い方は荒っぽく見えるが、かなり精密だぜ?手にダメージが行き過ぎねぇように、爆破の威力をコントロールしてやがる」

 

『さぁ!!次はぁ!A組 爆豪 バーサス B組 鉄哲の試合だぁ!!』 

 

 

 リングに爆豪と鉄哲が上がる。

 爆豪は顔を顰めており、鉄哲は歯を剥き出しにして睨みつけている。

 

「俺が勝ぁつ!」

「ねぇわボケ」

 

 爆豪の言葉にカチン!と来た鉄哲は、青筋を浮かべて爆豪を睨みつける。

 それに爆豪も睨み返す。

 

「俺は竜巻女も、仮面野郎も倒してトップに立つ!さっさと倒れろや、鉄モブ」

「やってみろよおお!!」

 

『START!!』

 

「オラアアァ!!」

 

 開始と同時に鉄哲が叫びながら駆け出して、爆豪に殴りかかる。

 爆豪は僅かに腰を据えて、右腕を振り被る。

 

「死ねやぁ!!」

 

 鉄哲が腕を振り抜こうとした瞬間に、右腕を振り強めの爆破を放つ爆豪。

 しかし、鉄哲は鉄化して左腕で庇いながら、爆煙から飛び出す。

 

「効かねぇなぁ!!」

「ちっ!」

 

 鉄哲の拳を上体を逸らして躱し、次は左手を鉄哲の脇腹に向けて爆破を放つ。

 鉄哲は歯を食いしばりながら耐え、よろけることもなく左フックを爆豪の脇腹に突き刺す。

 

「づぅ!?」

 

『カウンターのカウンター!!爆豪、これは効いたかあ!?』

 

 爆豪は僅かによろけるも両手で爆破を放ちながら、鉄哲から距離を取る。

 

「どりゃああ!!」

 

 鉄哲はそれに一切怯むこともなく、爆豪に迫り連続で拳を振る。爆豪は躱すのに専念して、爆破が放てなかった。

 

「ちぃ!(流石に固ぇだけじゃねぇな)」

「どうしたぁ!?そんな攻撃じゃあ、拳暴の拳にゃ届かねえぞぉ!!」

 

 顔を顰める爆豪に、鉄哲は猛攻を仕掛ける。

 

「行けえ!!鉄哲ぅ!顎だぁ!!」

「昨日の敵は今日の友ってか?」

「爆豪ぉ!!お前も気張れぇ!!」

「どっちかに決めろよ」

 

 切島が鉄哲と爆豪の両方に声援を送る。

 それに瀬呂と上鳴が呆れる。

 

 爆豪は両手で後ろに爆破を放ち、浮かびながら鉄哲に迫る。

 

「来いやあ!!」

 

 鉄哲は叫びながら右腕を振ると、爆豪は直前で爆破を起こして、更に僅かに浮き上がり鉄哲の上を飛び越える。

 爆破によって視界が光と爆煙で覆われたため、鉄哲は爆豪を見失ってしまった。

 そして鉄哲の背中に左手、その反対側に右手を伸ばし、同時に爆破を起こす。

 

「っでぇ!?」

 

 背後からの不意打ちに鉄哲は衝撃までは耐えられず、前にバランスを崩す。

 爆豪はすぐさま右腕を振り、鉄哲の右腕を掴む。直後にジャンプをして、左手で連続で爆破をして勢いを付けながら回転し、右手でも爆破を放ち鉄哲の腕にダメージを与える。そのまま勢いを利用して、右腕を振り被り、鉄哲を投げて地面に叩きつける。

 

「がっは!?」

 

『何だ今の動きー!?器用過ぎるだろバクゴー!!』

『今のは初回の戦闘訓練で見せた動きだな』

『爆破の調整からタイミング、それに合わせた体の動かし方も完璧だな』

 

「鉄哲ぅ!!」

「立てぇ!!」

「……センスの塊だな。こりゃ鉄哲は接近戦でも分が悪いな」

「物間。お前、とんでもない奴にケンカ売ったな」

「……いやいや」

 

 骨抜と泡瀬が叫び、戦慈が腕を組んで唸り、一佳がニヤつきながら物間に声を掛ける。

 それに物間は笑って手を振るが、少し顔色は悪かった。

 

 爆豪は地面に倒れている鉄哲に右手を叩きつける。鉄哲は横に転がって躱し、慌てて起き上がる。

 そして鉄哲は鉄化したまま、頭から爆豪に向けて突撃する。

 

「敗けねええ!!」

「くたばれやぁ!!」

 

 爆豪は両手を上から叩きつけながら爆破する。

 頭の上から衝撃を受けた鉄哲は歯を食いしばって足を踏ん張る。

 

「オラアア!!」

 

 そして叫びながら体を起こしながら、右アッパーを爆豪の顎に叩き込む。

 

「っ!?」

 

『決まったああ!!根性の鉄哲アッパー!!』

 

 爆豪は仰け反って後ろにたたらを踏む。

 鉄哲は更に拳を叩き込もうとすると、爆豪は仰け反りながら両手だけを突き出して大規模の爆破を放つ。

 

「ぬおおお!!敗けねえええ!!」

 

 鉄哲は後ろに吹き飛ばされながら、手足を地面に着けて転ばないように耐える。

 

ピキ

 

 鉄哲の耳に小さな音が届く。

 目を向けると、両手の指先がヒビ割れていた。

 

「っ!?金属疲労が……!?」

「終ぉわりだああ!!」

「!?」

 

 爆豪が爆破しながら猛スピードで、鉄哲に迫っていた。

 鉄哲は両腕を顔の前で交えて、腰を据える。

 

「づあああああ!!」

 

ボボボボボボボボボォン!!

 

 爆豪が両腕を振り、連続で鉄哲を爆破する。

 鉄哲は歯軋りしながら耐えるが、腕の皮膚にもヒビが入った。

 

「くぅたばれやぁ!!」

 

 そしてトドメとばかりに右腕を振り抜いて、強めの爆破を放つ。

 

「ぐぅ……!」

 

 鉄哲は鉄化が解除され、腕や手から血を流しながら、後ろに倒れていく。

 それに爆豪が笑みを浮かべて、構えを解こうとした時、

 

「オアアアアア!!」

「!?」

 

 鉄哲が叫びながら体全体で前に飛び込み、がむしゃらに爆豪に殴りかかる。

 

 爆豪は目を見開きながらも、横に飛んで躱す。

 鉄哲はそのままうつ伏せに倒れ込む。

 

 爆豪は鉄哲の横で、固まったように鉄哲を見下ろす。

 

 そこにミッドナイトが駆け寄り、鉄哲の状態を確認する。

 

「鉄哲君 気絶!!爆豪君 三回戦進出!!」

 

『鉄哲ううう!!お前の気合にクラップユアハーンズ!!』

『よく最後動いたぞおお!!』

『やかましい』

 

 観客から拍手が巻き上がり、鉄哲の健闘を称える。

 

「うおおおお!!鉄哲ぅ!!」

 

 切島が涙を流して感動する。

 それに他の者達は呆れるが、それでも確かに鉄哲の根性は見事なものだったと感じている。

 

 爆豪は両手を握り締めて、悔し気に顔を歪める。

 

「……くそがぁ……!」

 

 勝利を確信したのに、そこから反撃された。

 それは何よりも屈辱だった。

 爆豪は顔を顰めたまま、リングを後にする。

 

 

『これでベスト4が出揃ったぁ!!まだまだ目が離せねー!!小休憩挟んだら、早速行くぞぉ!!』

 

 

 骨抜、泡瀬、円場はリカバリーガールの所に鉄哲の様子を見に行った。

 鉄哲はすでに目覚めており、指や腕に包帯を巻いてもらっているところだった。

 

「お、もう起きてたのか」

「おしかったな」

「腕は大丈夫なのか?」

「おう!金属疲労で皮膚が少し割れただけだ!ありがとな!」

 

 鉄哲はニカッ!と笑って、骨抜達に礼を言う。

 その様子に骨抜達はホッとする。

 

「ちっくしょ~……!もう少しで巻空や拳暴と戦えたのによ~」

 

 鉄哲は治療を終えると悔し気に顔を顰める。

 

「こればっかりはな」

「爆豪、お前の最後の攻撃に驚いて唖然としてたぜ?」

「それだけでも一矢報いたろ」

 

 骨抜達は苦笑しながら鉄哲を慰める。

 それに渋い顔で鉄哲は頷いて、観客席に向かうことにした。

 

 切奈達は観客席で鉄哲達を待っていた。

 

「これでB組は拳暴と里琴だけか」

「ん」

「まぁ、これは順当じゃないか?」

「ここからだな!まずは拳暴!!ここまで派手にやったら優勝だぜ!」

「やるだけはやる。じゃ、行ってくる」

 

 切奈が戦慈達に顔を向け、鱗が頷く。

 回原が右手を握り締めて、それに戦慈は肩を竦めて立ち上がる。

 

 戦慈はリングに向かう途中、骨抜に支えられながら歩く鉄哲に会う。

 

「もう動けんのか?」

「ったりめぇよ!」

「無茶すんなよ」

「大丈夫だって!俺は拳暴達を応援してぇんだ!!」

 

 鉄哲はニカッ!と笑いながら、拳暴に拳を突き出す。

 

「頑張れよ!!お前なら優勝できるぜ!!」

「……まぁ、やるだけやってくるさ。次は勝ち残って来いよ」

「ったりめぇよぉ!!」

 

 戦慈は軽く拳を合わせて、横を通り過ぎる。

 鉄哲達はそれを見送って、観客席に戻る。

 

「鉄哲!もう大丈夫なのか?よかった」

「おう!ありがとうな!拳藤!そしてわりぃ!!敗けちまった!」

「鉄哲が全力を出し切ったのは見てたよ。誰も責めやしないさ」

「俺達はそれ以前だかんなぁ」

「物間に関しては策略して負けてるもんな~」

「おいおい」

 

 一佳がホッとしたように声を掛け、それに鉄哲が頭を下げる。

 切奈が苦笑しながら慰め、鎌切が頷きながら鉄哲に親指を立てる。鱗が物間をいじって、物間が苦笑しながら肩を竦める。

 温かく迎えてくれる仲間に、鉄哲は思わず涙が溢れそうになる。

 

「おまえらぁ……!」

「ブラド先生も褒めてましたぞ」

「ほれ、敗北者席に行くぞ。応援しねぇとな」

「おう!!」

 

 宍田が声を掛けて、骨抜が苦笑しながら席に連れていく。

 その様子に一佳は笑みを浮かべながら見守り、リングに目を向ける。

 

 

『さぁ、いよいよ準決勝だ!!盛り上がれよオーディエンスにマスメディア!!』

 

 

 こうして体育祭もいよいよ佳境に入っていく。

 

 

 



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拳の十七 地の決戦・空の決戦

メリークリスマス

先ほどブロリーを見てきました!クリスマスイブにw

見た感想。
凄すぎて、あの凄さを私は表現できない!
BGMといい、戦闘シーンといい、凄いですね!
見終わったときに「また見たい」と思いました。多分、行くと思いますw


 

『いよいよ準決勝!!早速行くぜぃ!!』

 

 リングに戦慈と飯田が入場する。

 

『怒涛なんて言葉すら砕くパワー!!拳暴戦慈! バーサス 速攻なんて言葉も置いて行くスピード!!飯田天哉!』

 

 飯田は戦慈を目の前にして、改めてその圧を感じる。

 

(緑谷君の超パワーに匹敵し、轟君の氷結にも耐えられる強靭さ。そして、そこから生み出されるスピード。特に彼の場合は時間が経てば経つほど、その全てが上がる……!つまり僕の選択は……!)

 

 飯田は覚悟を決めてクラウチングスタートの姿勢を取る。

 それを見た戦慈は左脚を後ろに引いて半身になり、腰を据えて構える。

 

 戦慈の構えを見た観客達は僅かに騒めく。

 A組の観客席でも、

 

「あの拳暴が開始前から構えた……!?」

「それに飯田も大胆な構えだな」

「あれじゃあ速攻仕掛けるって宣言してるようなもんだぜ」

「……デク君はどう思う?」

 

 瀬呂が目を見開いて驚き、切島が顔を顰めながら飯田について話し、それに上鳴が同意する。

 麗日は緑谷に2人の構えの意図を尋ねる。

 

「……拳暴君はパワーはもちろんスピードもある。特に動けば動くほど、それは桁違いに上がる。だから飯田君は速攻を仕掛けるしかないんだ。拳暴君の体が大きくなればなるほど、飯田君のレシプロが効かなくなる」

「それに加えて、パワーが上がれば衝撃波の嵐だ。近づくどころじゃなくなっちまう」

「それを拳暴君が気づいてないわけはない。だから、あの構えなんだ。あれで塩崎さんに使った背後からの押し出しは出来なくなった」

 

 緑谷とまさかの轟の解説に、麗日達は飯田の分の悪さに気づく。

 緑谷は飯田を見つめて、心の中で応援する。

 

「飯田君……頑張れ……!!」

 

『START!!』

 

 開始と同時に飯田が駆け出す。

 戦慈は構えたまま、飯田から目を離さない。

 飯田は戦慈の背中側に回ろうとするが、戦慈はすぐさま右脚を軸に回転して飯田に背中を見せない。

 

「くっ!」

 

『拳暴、今までとは真逆で全く動かねぇ!!』

『飯田の加速は脅威的だ。下手な飛び出しは隙しか作らないと分かってやがるな』

『それは飯田も同様だな。拳暴のパワーは脅威だ。下手に近づけば捕まると分かっている』

『ってことは?』

『『痺れを切らした方が捕まる』』

 

 相澤とブラドの意見が一致する。

 その解説に観客達もどう動くのか固唾を呑んで、リングを見つめる。

 

「里琴。どう動くと思う?」

「……そろそろ動く」

「どうやって?」

「……飯田の移動先」

「移動先?」

「……角が狙い目」

 

 一佳は里琴の言葉に首を傾げながら、リングに目を向ける。

 

 そして飯田が戦慈と場外ラインの角の直線上に差し掛かろうとした時、戦慈が両腕を広げて体を屈めた状態で走り出す。

 飯田はスピードを上げようと考えたが、

 

「っ!?(駄目だ!曲がった先で捕まる!?)」

 

 角に近いところなのでカーブするように移動しなければいけない。つまり、それは戦慈に近づくように移動しなければいけないということだ。

 飯田は足を止める。

 しかし、すぐに失策であると気づく。

 

「っ!しまった!?」

 

 戻ろうとしても結局カーブしなければいけないので、進むのと変わらないことに気づく。

 下がろうにも後ろはすぐに場外である。しかし、このまま止まっていては尚更逃げ道が消えていく。

 

「おおお!!」

 

 飯田は叫びながら戦慈に向かって走り出すかと思いきや、力強く踏み込んで飛び上がった。

 それと同時に左脚のエンジンを強制的に回して加速し、強烈な左蹴りを放つ。

 飯田の左脚が戦慈の顔に猛スピードで迫る。

 

 戦慈は右脚を大きく踏み出して、左膝を曲げてながら上半身を起こして、更に後ろに仰け反る。

 飯田の脚は戦慈の顔真上スレスレを通り過ぎる。

 

『イナバウアー!?』

 

 戦慈は右拳を握り締めて、体を起こしながら腰を強く捻り、飯田に殴りかかろうとする。

 飯田は右脚のエンジンも回して加速して、拳を躱す。

 

 戦慈は拳を振った勢いで振り向いて、すぐさま飯田に追い迫る。

 飯田は着地と同時に振り返りながら飛び上がり、右脚を振り上げて戦慈に迫る。

 

「おおお!!」

「はああ!!」

 

 戦慈は右腕を振り、飯田の脚に拳を叩きつける。

 2人は互いに弾かれて、後ろに下がる。

 直後、戦慈の体が一回り大きくなる。

 

 飯田がすぐさま横に走り出し、戦慈もそれを追う様に走り出す。

 踏み込んだ瞬間に足から小さな衝撃波を出して、スピードを上げる。

 

(残り3秒もない!!ここで決めなければ!!)

 

 飯田は戦慈に体を向け、全力で走り迫る。

 戦慈も右腕を振り被って、拳を握り締める。

 

「おおお!!レシプロ・エクステンドォ!!」

 

 叫びながら左脚を大きく踏み出して、体全体で捻り、全力で右脚を振り抜く。

 

(っ!?間に合わねぇ!!)

 

 戦慈は飯田の蹴りの速さに目を見開いて、左腕を掲げる。

 直後、飯田の蹴りが左腕に叩き込まれ、戦慈は体が押し飛ばされそうになる。

 

「っ! オラアアア!!」

 

バアァン!!

 

 戦慈は右腕に溜めていた力を左腕に流して、叫びながら衝撃波を放って左腕を振り払う。

 飯田は後ろに右脚を振り飛ばされ、後ろに下がるが左脚で何とか踏ん張って倒れないように耐える。

 戦慈も体が戻り、1歩下がる。

 

「ぬうううう!!」

「ちぃ!」

 

『飯田のスピードをパワーで打ち消したぁ!!けど、飯田も押してるぜええ!!』

『……いや』

『へ?』

 

 飯田の両足の排気筒からバフン!と煙が噴き出す。

 

「っ……!エンスト……!」

 

 苦々しく両足を見下ろす飯田。

 そこに戦慈が走り迫ってきた。戦慈は両手で正面から飯田の肩を掴んで、全力で押し走る。

 

「くっ!!」

「わりぃが、終わりだあああ!!」

 

 飯田は両足で踏ん張るが、やはり素の力では戦慈には敵わない。

 それでも諦めずに戦慈の腕を掴んで振り払おうとするが、その瞬間、戦慈の体が膨れ上がる。

 

「っ!?」

「オラアアア!!」

 

 さらに戦慈の力が強まり、遂に飯田の体が持ち上げられる。

 そして、そのまま場外へと押し飛ばした。

 

「飯田君 場外!!拳暴君 決勝戦進出!!」

 

『飯田、健闘も拳暴のパワーには届かなかったぁ!!そして拳暴は決勝戦進出!!巻空の宣誓通りになるのかぁ!?』

 

 飯田は無念そうに空を見上げる。 

 

「くっ……!兄さん……!」

 

 その様子を緑谷達は心配そうに見つめていた。

 

「飯田君……」

「くぅ~!ちょっと惜しかった~」

「やっぱ身体能力ハンパねぇな……」

「それに衝撃波を使うタイミングの判断も的確ですわね」

「あの飯田の蹴りに完璧に反応してたね」

 

 麗日が両手を上下に振りながら悔しがり、瀬呂が戦慈の動きに慄き、八百万が戦慈の判断力に唸り、耳郎も頷く。

 

 その隣では鉄哲達が盛り上がっていた。

 

「よっしゃあああ!!拳暴おおお!!」

「流石だよなー」

「あんな躱し方出来ねぇよ」

「斬り殺せば終わんだろぉ」

「別の意味で終わりますぞ」

「あははは!!ざまぁないね!A組ぃ!」

「うるさい」

「かふ!?」

 

 鉄哲が叫び、骨抜が頷き、円場が呆れる。後ろで鎌切が不穏な言葉を呟き、宍田がツッコむ。

 物間がA組の席に向かって高笑いを始めたが、一佳に手刀を叩き込まれて沈められる。

 

 その時、里琴が観客席から飛び出し、下がろうとしていた戦慈の隣に降り立つ。

 

「……おつ」

「おう」

「……追いかける」

「好きにしな」

 

 里琴は戦慈の脚をポンポンと軽く叩いて、戦慈は肩を竦めて通路へと去っていく。

 里琴は戦慈の背中を見送って、リングに体を向ける。

 

 

 

 飯田はA組の観客席に戻る。

 

「飯田君」

「緑谷君。すまない。負けてしまった」

「ううん!謝ることじゃないよ!飯田君が全力で戦ってたのは見てたから!」

『うんうん』

 

 緑谷は慌てて首を横に振り、飯田の奮闘を称える。

 それに他の者達も頷く。

 飯田が椅子に座ろうとすると、

 

ブブブブブ!

ガクガクガク!

 

 突如飯田が震え始める。

 

『うわああ!?なんだ!?』

「デンワダ」

『電話か……』

 

 緑谷達はもちろん轟も目を見開いており、飯田の言葉にホッとする。

 飯田は通路へと戻り、電話に行く。

 緑谷達はそれを見送る。

 

「ふぅ。びっくりした……」

「次はバクゴーだな」

「相手は1位の巻空か」

「ケロ。激しい戦いになりそうね」

「互いに空中戦が出来るもんな」

 

 次の試合について考える緑谷達。

 

「竜巻を突破できれば、かっちゃんに勝ち目はあると思うけど……」

「騎馬戦の竜巻を考えると厳しいだろうな」

 

 緑谷の懸念を轟が口にする。それに緑谷も頷く。

 

 里琴の竜巻は轟の氷同様、自由自在の域に達している。

 爆豪は両手からの放出であるのと、長距離放出は容量限界レベルなので余り使えない。

 つまり、どうにかして竜巻を突破しなければいけない。しかし、騎馬戦での大規模での竜巻を出現させられると厳しいどころではないと推測する。

 

「常闇君との試合を見る限り、そう簡単に限界容量は来ない。どうするんだろう?」

 

 すると、飯田が駆け足で戻ってくる。

 その様子に首を傾げる緑谷達。

 飯田は顔が強張っており、明らかに動揺していた。

 麗日が声を掛ける。

 

「飯田君。どうしたの?」

「……すまないが、早退することになった」

「え?」

「……兄が……ヴィランにやられた」

『!?』

「インゲニウムが……!?」

 

 飯田の言葉に全員が目を見開く。

 飯田の兄はプロヒーロー『インゲニウム』。東京に事務所を構える人気ヒーローである。飯田は兄を志して雄英に入学したのだ。

 その兄がヴィランに倒された。

 飯田の思いや目標を知っている緑谷は慌てて、飯田に声を掛ける。

 

「僕達は大丈夫だから……!早くインゲニウムの所に……!」

 

 その言葉に頷く麗日達。

 飯田はそれに頷いて、軽く頭を下げて、走り去って行った。

 

「あのインゲニウムが負けたなんて……」

「大丈夫かな?」

「うん。だといいけど……」

 

 飯田やインゲニウムも気になるが、次の試合も始まろうとしていた。

 

『次行くぜぇい!!これも注目の試合だな!!荒れ狂う男 爆豪!! バーサス 静かに舞う女 巻空!!』

 

 リングには里琴を睨みつける爆豪と無表情で立っている里琴の姿があった。

 

「ようやくだ。……ぶっ殺す!」

「……」

 

 極端な様子の2人に一佳達は不安の表情を浮かべる。 

 

「やっぱ爆豪荒れてんなぁ」

「無理するなよ。里琴」

「ん」

「そういえば拳暴は?」

「これが終われば決勝なんだ。控室にいるんじゃねぇか?」

 

 切奈が呆れながら爆豪を見て、一佳が祈るように呟いて、唯も頷く。

 鱗は戦慈の姿を探して、骨抜が答える。

 一佳も戦慈が来ないかと通路に顔を出す。

 すると、観客席に通じる入り口の所に戦慈が腕を組んで立っていた。

 一佳は席から立ち上がって、戦慈の横に立つ。

 

「どう思う?」

「あん?……まぁ、油断は出来ねぇわな。爆豪は何だかんだで相手をよく見てやがるし、頭も回る。下手な大技は首を絞めるだろうよ」

「騎馬戦の竜巻は使えない?」

「あれは期待出来ねぇ。騎馬戦のあれは里琴の最大規模だ。あれよりデカいのにすると、竜巻をコントロール出来なくなる」

「そうなのか……!?」

 

 戦慈の言葉に目を見開く一佳。

 

「ただ飛ばすだけなら、問題ねぇけどな。リングであの規模を飛ばすと、里琴自身も竜巻に飲み込まれちまう。だから使いどころは難しいだろうな。このスタジアムでの戦闘だと竜巻を消すことも考えねぇといけねぇからな。コントロールが出来なくなるようなのは出せねぇだろうな」

 

 竜巻を飛ばしたままだと観客に影響が出る。

 なので基本的に放った竜巻は消すことも考慮に入れなければならない。

 

 里琴の意外な制限に唖然としながら、一佳はリングに目を向ける。

 その直後、

 

『START!!』

 

 開始の合図が鳴らされる。

 

 里琴が上空に飛び上がると、同時に爆豪も爆破を下に放って飛び上がる。

 そして左右交互に爆破して、ジグザグに移動しながら里琴に迫る。

 里琴は両腕を振り、爆豪を挟み込むように竜巻を縦に飛ばす。

 

「ちぃ!」

 

 爆豪は再び両手で爆破して、真上に飛び上がる。

 里琴は逆に足裏の竜巻を解除して、リングに降りていく。

 

「……ひゅー」

 

 右腕を振り上げて竜巻を放ち、爆豪に襲い掛かる。

 

「くっそがぁ!」

 

 爆豪は真上に爆破を放ち、急制動で降下して竜巻を躱す。

 しかし、真下にもう1本竜巻が待ち受けていた。

 

「うっぜぇんだよぉ!!」

 

 竜巻に向けて強めの爆破を放ち、竜巻を崩す。

 その瞬間、爆豪の左横から里琴が飛び迫ってきた。

 

「!? づあああ!!」

「……とう」

 

 爆豪は反射的に左腕を振り、手を叩きつけようとする。

 その直前で里琴は真下に竜巻を放って軌道変更し、爆豪の真上に移動して頭が真下に向く。

 里琴が移動した直後、爆豪の左手から爆破が起こる。

 

「っ!?」

 

 里琴は爆豪の真上で前転して、両足を揃えて踏みつけるように爆豪に叩きつける。それと同時に竜巻を放つ。

 爆豪は右腕で足を防ぐが、竜巻には抵抗できずに地面に背中から叩きつけられる。

 

「がっ!!」

「……そいやー」

 

 里琴は両足を畳んだ姿勢で真下に急降下し、爆豪に迫る。

 爆豪は歯を食いしばって左に爆破を放ち、滑るように横に移動する。直後、里琴は両足から竜巻を放ち、脚を伸ばす。地面に竜巻が叩きつけられたことで、里琴の体は空中に押しとどめられる。竜巻を解除して、ストンと着地する里琴。

 

『巻空の凄まじい攻撃ぃ!!爆豪が防戦イッポー!!』

 

 爆豪は飛び起きて、すぐさま後ろに爆破を放って、一気に里琴に飛び掛かる。

 里琴は右腕を振ろうとすると、爆豪は右手を前に向けて爆破を放ち、急ブレーキをかける。それと同時に里琴は竜巻を放つが、爆破で相殺される。

 爆豪はすぐさま左手で真後ろに、右手を斜め後ろに向けて爆破を放ち、里琴の左横に急速で移動する。

 

ボボボボボボオォン!!

 

 左手で小さな爆破を連続で起こしながら左腕を振り、里琴に叩きつけるように最後に強めの爆破を放つ。

 それを里琴は一瞬だけ足裏に強力な竜巻を放って前に飛び、背中から竜巻を放って爆豪の爆破を霧散させながら加速する。

 しかし衝撃までは防げず、前に姿勢を崩し、前転して起き上がりながら振り返る。

 

「こんの……!(竜巻の強弱が正確で速ぇ。それにこいつ……身のこなしも思ったより出来やがる!)」

 

『爆豪の反撃も僅かに届かねぇ!!マジで強ぇな!?』

『……互いに判断が早い。単純に『個性』の差が出てるな』

『そうだな』

 

 再び睨み合う2人。と言っても里琴は相変わらず無表情だが。

 それが余裕そうに見えて、爆豪は少し苛立つ。

 

「くっそ……!」

「……スパイラル・ツイスター」

「!?」

 

 里琴は両腕を振り、2本の細い竜巻を横向きに放つ。

 2本の竜巻はぶつかり合った瞬間、螺旋を描いて重なり加速する。

 爆豪は目を見開いて、横に飛ぶ。螺旋の竜巻は爆豪の脇腹を掠めて横切り、スタジアムの壁に突き刺さる。そしてギャリリリリリ!と削るような音を立てて、壁を抉って消える。

 爆豪は掠ったことで、後ろに引っ張られて体勢を崩して後ろに倒れていくが、真下に爆破を放って上に飛び、体勢を立て直す。 

 そこに里琴が竜巻を放って追撃するが、爆豪は再び爆破で移動して躱す。

 

『壁が抉れたぁ!?おっそろしい技だなオイ!!』

 

「爆豪が攻め切れねぇ……!?」

「しかも今の技……やっぱ入試1位は伊達じゃないな」

 

 切島と障子が里琴の実力に慄く。

 

「やっぱり『個性』の使いどころが凄く上手い……!」

「ああ」

 

 緑谷も顔を顰めながら呻くと、それに轟も頷く。

 

 爆豪は両手の状態を確かめながら、里琴を睨みつける。

 

(何であのデケェ竜巻は使わねぇ……?使えねぇのか?コントロールが出来ねぇと考えんなら、あいつにもリスクがある)

 

 しかし、今はそれ以前の問題。

 普通の竜巻だけでも脅威である。先ほどの螺旋状の竜巻を乱発出来るなら、爆豪の爆破では防げない。避けるにしてもかなりリスクがある。

 

(舐めプ野郎だって、容量限界がある。あいつにだって限界があるはず……!が!)

 

「チマチマやってられっかぁ!!」

 

 爆豪は両腕を振り上げて、振り下ろしながら真下の爆破を放って飛び上がる。

 それを見た里琴も再び上空に飛び上がる。

 

 爆豪は両手で爆破を放ち、空中で横向きに回転を始める。

 里琴もその場で回転を始め、竜巻を纏う。

 

『互いに空中で回転!!何する気だぁ!?』

 

 互いに回転を速めていく。

 里琴は空中を移動し、大きく旋回して爆豪に迫る。

 爆豪も爆煙による竜巻が生まれていく。

 

「……マグナム・トルネード」

 

榴弾砲着弾(ハウザー・インパクト)!!!」

 

 爆豪は右腕を振り抜いて、最大火力で爆破を放ち、里琴も右腕を振り抜いて、最大威力で竜巻を放つ。

 

 

ドオオオオオォォォン!!

 

 

 空中で大爆発と爆風が起こる。

 

『回転と勢い、そして最大火力による人間榴弾と人間砲弾が大!!撃!!とーつ!!』

 

 そしてリングでは……互いに場外で倒れている里琴と爆豪の姿があった。

 里琴はうつ伏せで手足を投げ出しており、爆豪は仰向けで呻きながら起き上がっている。

 

『ダブルリングアウトー!!これどうなんの?』

 

「両者場外!!これよりビデオ判定を行い、先に場外になった方が敗北となります!!」

 

 プレゼントマイクの疑問に答えるように、ミッドナイトが声を張り上げる。

 

 するとスクリーンにリプレイが表示される。

 その結果、勝ったのは、

 

「巻空さん 場外!!爆豪君 決勝戦進出!!」

 

「……マジ卍」

「っ!……っそがぁ……!」

 

 里琴は無表情で呟き、爆豪は納得出来ずに顔を顰めて吐き捨てる。

 

『YEAHHHHH!!これで決勝は拳暴 対 爆豪に決定だああ!!』

 

「里琴、負けちゃったな」

「まぁ、体が軽かったのが敗因だな」

 

 一佳は残念そうに眉尻を下げ、戦慈は腕を組んで肩を竦める。

 すると、そこに里琴が猛スピードで飛んできて、戦慈の胸に激突するように飛び込む。

 戦慈は受け止めるも、流石に後ろに3m程押し下がる。

 

「……てめぇなぁ」

「……ちくせう」

「張り合うって決めた以上、受け入れろ。こうなることくらい想像してただろうが」

「……ん」

 

 里琴は降り立ち、素直に頷く。

 戦慈はため息を吐くと、上着のジャージを脱いで里琴に渡す。

 

「拳暴?」

「あいつとやり合えば破れるのは目に見えてるかんな。流石に何枚も新しいの貰えねぇだろ」

 

 一佳が首を傾げると、戦慈は理由を答えながら、通路へと足を進める。

 

「勝てよ!拳暴!」

「……殺せ~」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 里琴の物騒な言葉にツッコミながら、控室を目指す戦慈。

 その後ろ姿を見送った一佳と里琴は観客席に戻る。

 

「あ、里琴お帰り」 

「惜しかったな!!」

「ん」

「頑張った」

「……ん」

 

 切奈、鉄哲、唯、柳が労う。

 それに里琴も頷き返し、椅子に座る。

 そして決勝が始まるのを待つ。

 

 

 

 

「くっそがぁ!」

 

ガァン!

 

 爆豪は控室で机を蹴り飛ばす。

 その顔は全く余裕がなく、荒く息を吐いている。

 

「どいつも……こいつも……!俺は……トップになる。仮面野郎よりも、デクよりも、オールマイトよりも……!圧倒的で完膚なきまで1位だ。なのに……デクにも、舐めプ野郎にも、丸顔にも、鉄野郎にも、竜巻女にも……!!」

 

 余裕だと思っていた入試では、まさかの3位。

 入学して最初の戦闘訓練では緑谷に敗け、轟の実力にビビってしまい、USJ襲撃でもオールマイトとの差を知った。

 

 だから体育祭では絶対的にトップになろうと気合を入れていた。

 しかし、障害物競争では里琴、戦慈、轟どころか緑谷にも負けた。

 騎馬戦では物間と鉄哲の相手で緑谷、轟、里琴達に挑むことすら出来ず。

 このトーナメントでは、麗日には翻弄されて最後は自滅という形で勝ち、鉄哲には勝ったと思った瞬間に反撃され、里琴には偶然に等しい勝利。

 

 一度も自分が納得出来る勝利を掴んでいない。

 

 今まで自分が積み上げてきたものがドンドン壊されていく。

 そんな感覚を味わっている。

 

 そして決勝の相手は戦慈。

 

 今までの戦いを見てきて、やはり不安は抑えきれなかった。

 

 爆豪はかつてないほどに追い込まれていた。

 

 しかも一番イラついているのは、ライバル視してる者達のヒーローを目指す理由。

 

「そんなもん関係ねぇ!……関係ねぇ筈なのに……!」 

 

 自分にはそこまでの理由があるかと聞かれれば、否定せざるを得ない。

 しかし、理由があればヒーローになれるわけではない。

 やはり強くなければヒーローではない。それは間違っていないはず。

 

「勝つ……!俺は……絶対に勝つ!完膚なきまでに!」

 

 戦慈はまさしくオールマイトと同じ。

 パワーも、耐久性も、ただシンプルに強い。

 

「仮面野郎に勝てばぁ……オールマイトにも勝てる……!俺がNo.1ヒーローになる!」

 

 爆豪は自分に言い聞かせるように、不安を塗りつぶすように声を出す。

 

 

 

 

『さぁ来たぜ来たぜぇ!!いよいよラスト!!これで雄英1年の頂点が決まる!!決勝戦!!拳暴 バーサス 爆豪!!!』

 

 タンクトップ姿の拳暴と、歪んだ笑みを浮かべている爆豪がリング上で睨み合っている。

 

「ようやくお前と戦えんなぁ……!ぶっ殺してやる!」

「そうかよ」

「さっさと体デカくしやがれ!」

「わりぃな。まだ体が温まってねぇし、気分も昂ってねぇ」

「っ!……てんめぇ……!」

 

 戦慈の言葉に爆豪は歯軋りをしながら顔を歪めて睨みつける。

 

 戦慈は仮面の下で僅かに眉間を顰めながらも、特に声を掛けることなく構える。

 

 爆豪も僅かに腰を据える。

 

『盛り上がってるな!!それじゃあ、行くぜぇ!!レデイイイィィ……』

 

 プレゼントマイクの合図に、全員の緊張感が高まり、前のめりになる。

 

 そして、火花が上がる。

 

 

『START!!』 

 

 

 決勝戦が始まった。

 

 



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拳の十八 意地の爆発

クリスマスなんて知ったことではない



『START!!』

 

 開始の合図と同時に、爆豪が後ろを爆破して飛び出す。

 戦慈も両腕を構えて、前に出る。

 

「っらぁ!!」

 

 爆豪は右腕を振り、戦慈に叩きつけようとする。

 戦慈は避ける素振りも見せずに前に出る。そして、右拳で爆豪の顔に、次いで左拳で爆豪の右肩に、鋭くジャブを叩き込む。

 

「づっ!?」

 

 爆豪は顔と右肩が後ろに下がったことで、右腕が空振りする。

 戦慈は腰を捻ることもなく左脚を振り上げて、爆豪の右脇腹に蹴りを叩き込む。爆豪は左に僅かによろけて、バランスを崩す。

 そこに戦慈が拳の乱打を叩き込む。

 

「オララララララララララァ!!」

「ぐっ!ぶぁ!?ぎ!」

 

 そして、最後に左フックを爆豪の鳩尾に突き刺す。

 

「ごえっ!?」

 

 爆豪は嘔吐して、後ろに吹き飛ぶ。

 

『拳暴のラッシュウウ!!爆豪、防ぐことすら間に合わねええ!!』

『パワーばかりに目が行きがちだがな。一番重要なのは、なんでそのパワーが出ているかってことだ』

『というと?』

『拳暴の『個性』は《超パワー》ではなく、体の《強靭》が根幹にある。つまり、無理な体勢からでも鋭い攻撃が出来るし、ジャブも普通の人の数倍の速さと威力になる。その強靭さ故に、あのパワーが出せるんだ』

 

 相澤とブラドの説明に、観客達は戦慈の印象を変える。

 戦慈は爆豪に歩み寄りながら、声を掛ける。

 

「まぁ、そういうこった。俺は別に体がデカくなることに固執しちゃいねぇ。それどころか邪魔なことが多かった。だから、この状態でとっとと敵を倒せるように鍛錬することを一番大事にしてる。この状態で満足に戦えねぇ奴が、体がデカくなっても戦えるわけねぇしな」

 

 路地裏などで戦うことが多いため、下手に衝撃波を撃てなかったことも多かった。

 なので、基本的に筋肉が膨れる前に勝つことを常に意識してきたのだ。

 

 爆豪は吐き気を耐えながら蹲っている。それでも戦慈から目を離していない。

 

「俺がてめぇに興味を持ってねぇように思ってるように見えてるけどよ。仕方がねぇだろ?下手に張り合って気が高まれば、興奮してアドレナリンが出ちまう。だから俺は出来る限り、他に興味を持たねぇように意識してきたんだよ」

「っ……!」

「てめぇのことはスゲェと思ってるぜ?強いとも思ってる。だからこそ、てめぇのケンカを買うわけにはいかなかった」

 

 怒ったり、興奮すればアドレナリンが出る。

 そうなれば力の発散が大変になる。だから戦慈は今まで他人に興味を持とうとしなかった。ライバルなんてもっての外である。張り合い、競い合うのは嫌でもアドレナリンが出る。アドレナリンが出ないようにするなんて出来ないのだから。

 それが戦慈が人との関りが少なかった理由である。

 

 戦慈は爆豪の目の前に立つ。

 その瞬間、爆豪の両手から閃光が弾ける。

 

「閃光弾!!」

「!?」

 

 爆豪は飛び上がり、お返しとばかりに両腕を振り、連続で爆発を戦慈に叩き込む。

 

「オラオラオラオラ!!オオォラアアァ!!」

 

 その威力は徐々に上がっていく。

 戦慈の姿は爆煙で見えなくなる。

 

『爆豪の反撃ぃ!!ぶっちゃけ、やっちまえぇ!!』

『おい』

 

 その瞬間、爆煙から手が飛び出し、爆豪の顔を掴んだ。

 

「ぐむ!?」

「威力を上げるのが遅ぇ」

 

 さらにもう1本の手で爆豪の右腕を掴む。

 煙が晴れていくと、オールマイト並みの体に膨れている上半身裸の戦慈がいた。

 ところどころ火傷をしているようで、白い煙が立ち上がっている。

 

「うるっせえぇ!!」

 

 爆豪は体が持ち上げられた瞬間、叫びながらフリーの左腕を振り、最大火力で爆破を放つ。

 戦慈は目の前での最大火力に流石に堪えきれず、爆豪から手を放して後ろに飛ばされる。

 

「ちぃ!」

「俺はぁ!!てめぇがどれだけ強かろうが!!理由があろうが!!絶対に勝つんだよぉ!!」

 

 爆豪が叫びながら、即座に戦慈に飛び迫る。

 その顔は不敵な笑みを浮かべている。

 

「決勝なんだ。どれだけ手を痛めようが、もう関係ねええええ!!」

 

 今度は右手で最大火力を放つ。

 戦慈は耐えながら後ろに右腕を伸ばして、指を弾いて衝撃波を放ち、場外を防ぐ。

 リングに降り立った戦慈に、爆豪が再び迫ろうとすると、

 

 

オオオオオオオオオオ!!!

 

 

 戦慈が叫んで、地面にクレーターを作り、周囲に衝撃波を放つ。

 

「っ!!来やがったなぁ……!!」

 

 戦慈の体は更に膨れ上がっており、最大規模までパワーを上げていた。

 

『轟戦でも見せた超マッチョ形態だぁ!!』

 

ドォン!!

 

 戦慈が一瞬、前に傾いたと思った瞬間、爆音を響かせ、クレーターを大きくして、爆豪の腹に右ラリアットを叩き込んでいた。

 爆豪は再び口から胃液を吐き、くの字に体が曲がるも、戦慈の腕を右腕で抱えるように掴んで、左手で爆破をしながら勢いをつけて背負い投げの体勢になる。

 

「緑谷の……!」

「けど、それって……!」

「駄目だ!かっちゃん!!」

 

 観客席から緑谷が叫ぶ。

 

 戦慈が掴まれた腕で爆豪のジャージを掴む。そして腕を引き、爆豪を引き寄せる。

 爆豪はあまりの力に全く抵抗できず、引っ張られてしまい、直後背中に強烈な衝撃が叩き込まれる。

 戦慈の右膝である。戦慈は爆豪の背中に膝蹴りを叩き込んだのだ。

 

「ごぉ……!?」

 

 超パワー+衝撃波の威力に、爆豪は一瞬意識が飛び、腕を放して前に吹き飛ぶ。

 

「緑谷の時でさえ、今よりパワー低かったんだぜ?緑谷よりも非力なてめぇに、今の俺が投げれるわけねぇだろが」

 

 爆豪は数回跳ねるように地面を転がって、地面に爆破を叩き込むことで真上に飛び、場外を防ぐ。

 そして真横に爆破を放ち、リングの中ほどに戻る。

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!…はぁ!…はぁ!……」

 

 口元は吐物で汚れ、荒く息を吐く爆豪。それでも戦慈を鋭く睨みつけており、その目は全く諦めてはいなかった。

 

(パワーも、速さも、耐久力も、やっぱ桁違いだ……!オールマイトは……これ以上ってことかよ……!オールマイトを超えるには、こいつに余裕で勝たないといけねぇってこと……!)

 

「勝つ……!俺は……敗けねぇ!!」

 

 口元を拭い、胸を張って叫ぶ。

 それに戦慈は笑うこともなく、一切油断することもなく、再び地面を砕きながら飛び出す。

 爆豪は真横に爆破を放って、ギリギリで戦慈のタックルを躱す。戦慈が通り過ぎるとソニックブームのような衝撃波が飛び交う。

 その衝撃波を突き破るように後ろに爆破を放って、前に飛び出して戦慈の背後に回る。

 

「くたばれやぁ!!」

 

 戦慈の背中に両手を突き出し、再び最大火力での爆破を放つ。

 

「オオオオ!!」

 

 戦慈は振り返りながら、右裏拳を振り上げる。下から衝撃波が飛び、爆風を逸らす。

 

「っ!?」

 

 爆豪は目を見開いて、後ろに下がる。

 両手はすでにズキズキと痛みが走っている。

 

「そろそろ限界なんじゃねぇか?あんな火力、何度も出せるもんじゃねぇだろ」

「うるせぇよ。限界なんざ知るか!」

 

 爆豪は戦慈の言葉に笑みを浮かべて強気に言い返す。

 しかし、その両手は震えているように見える。

 

『爆豪ネバーギブアップ!!けど、実力差は絶望的かぁ!?』

 

「だからなんだぁ!!」

 

 プレゼントマイクの言葉に、爆豪は血走らせた目を見開きながら叫ぶ。

 

 

俺はぁ!!オールマイトを超えるヒーローになる!!!

 

 

 そして再び宙に高く舞い上がり、爆破をしながら回転を始める。

 

「だから俺は!!誰にも敗けねぇ!!敗けられねぇ!!自分にそう、誓ってんだよおおお!!!誰に何と言われようが、俺がそう決めたあああ!!!」

 

「……やっぱ強ぇな。てめぇは」

 

 俺はそんなこと言えねぇ。

 

 戦慈はそう思った。これは自分だけではないはず。

 

 多くの者が『オールマイトに憧れている』『オールマイトのようになる』とは言ってはいるが、『オールマイトを超える』と言う者は少ない。

 エンデヴァーも言ってはいるが、方向性は間違っていると思うので、爆豪と比べるのは失礼だろう。

 純粋に己の力のみで、目指している。

 それを口にした以上、簡単に諦められなくなったのだろう。もちろん、本当にそうなりたいと思っているからだ。けれど口にした以上、周囲の者達はオールマイトを超えようとしている者として、爆豪を見続ける。

 諦めれば『やっぱりな』と笑われるだけ、続けたら続けたで『もう諦めたら?』と言われたのだろう。周りの者達は最後には冗談のように聞いていたに違いない。

 

 それでも目指し続けている。

 襲撃事件でオールマイトの戦いを見ても、目指し続けている。

 どれだけの者が、それを為せるだろうか。

 

 爆豪が周囲にケンカ腰なのは、その思いが原因なのだろう。

 常に自分を追い込んでおり、常に他人と己を比べ続けている。

 No.1を目指すのだから、肩を並べる者などいてはいけない。故に全員が超える相手なのだ。踏み台にするつもりの相手と仲良くするのは、普通ならばおかしい。

 爆豪は常に示しているだけだった。

 

 お前ら全員が、俺のライバルで超えるべき相手だ、と。

 

 常にそう思っているから、協調性が出せない。

 No.1で不器用なだけだった。

 

「……俺が言えることじゃねぇか」

 

 戦慈とて不器用だ。他人を拒絶してきた。

 雄英に入ってからは、それを壊してくる連中が多すぎるが。

 

 けど、嫌な気分ではなかった。

 

 恐らく爆豪も、そう思っているはず。

 だからこそ、怖いのだろう。

 

 抱えている決意が鈍るのではないかと。

 

 

オオオオオオオオ!!!

 

 

 戦慈も叫んで、両腕を振り被って力を籠める。

 

 爆豪は里琴の時より回転を強めて、両手を戦慈に叩き込む。

 

 戦慈はそれと同時に両腕を全力で振り抜く。

 

 

「ハウザァ・インパクトォオ!!」

 

「ギガントォ・ブロォオ!!」

 

 

ドオオオオオォォォン!!! 

 

 

 本日、数回目の大爆発。

 爆風と爆煙がスタジアムに吹き荒れる。

 

 リングも粉々に割れていた。

 

『やっぱこうなるのね!?さぁ!!どっちに勝利の女神は微笑んだぁ!?』

 

「かっちゃん……!」

 

 緑谷達は固唾を呑んで、爆豪の勝利を祈り。

 

 その隣では一佳達が同じく固唾を呑んで、戦慈の勝利を祈る。

 

 そして土煙が晴れた先では、

 

 リングの上で片膝を着き、荒く息を吐いて両腕をダラリと下げている戦慈と、場外の壁にもたれ掛かって座り、顔を俯かせている爆豪の姿があった。

 

 それが示すものは、

 

「爆豪君 場外!!! 拳暴君の勝利!!!」

 

 ミッドナイトが鞭を持つ腕を力強く振り上げて、直後ビシィ!と戦慈を指した。

 

 

ワアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 その瞬間、大歓声が巻き起こる。

 

『YEAHHHHH!!たった今を持ってぇ、全ての競技が終了!!今年度、雄英体育祭1年!!優勝はぁ……巻空の宣誓通りぃ!!B組 拳暴戦慈!!!』

 

 戦慈は大きく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。

 視線の先では爆豪がハンソーロボで運ばれていく。どうやら気絶しているようだ。

 

「拳暴君も医務室に行ってきなさい。表彰式までしばらくあるから」

「ああ」

 

 戦慈はミッドナイトの言葉に頷いて、リカバリーガールの元に向かう。

 

「お前さんねぇ。何回、同じことすれば気が済むんだい?両腕が折れてるじゃないか」

「俺に言うな。相手が勝手に盛り上がって、全力ぶつけてくるんだからしょうがねぇだろが」

「まぁねぇ。簡単に治療しとくよ。後は勝手に治るだろ?」

「ああ、それでいい」

 

 小言をもらいながら、治療をしてもらう戦慈。

 医務室のベッドにはまだ爆豪が気絶して、横になっている。両手には包帯が巻かれていた。

 治療を終えて医務室から出ると、丁度B組とA組が仲良くやって来た。

 物間は宍田に担がれている。

 

「お!!拳暴!!やったな、この野郎!!」

「やっぱすげぇよ、お前!!」

「お見事でした」

「ん」

 

 鉄哲を皮切りにクラス関係なく、優勝を祝われる戦慈。

 

「……おつ」

「おう」

 

 里琴がジャージを渡してきたので受け取って、それを羽織る。

 

「怪我は大丈夫なのか?」

「俺の治療は終わった。爆豪は中でまだ寝てるぜ」

 

 戦慈は一佳の問いに頷き、A組の面々に声を掛ける。

 それに頷いた切島や上鳴などが中に入っていく。

 

 緑谷が戦慈に近づいてくる。

 

「おめでとう。拳暴君」

「おう」

「……かっちゃんはどうだった?」

 

 緑谷の質問に、その場にいた全員が戦慈に注目する。

 戦慈は腕を組んで、医務室の扉に目を向ける。

 

「強ぇ奴だな。『オールマイトを超える』って言うだけのことはある。そう言い続けられるように常に追い込んでんだろうな。口の悪さはそれが原因だろうよ。次、戦うときには、結果は分かんねぇ」

「……そっか」

「まぁ、少し勝つことだけに固執し過ぎてるがな。それが直れば……本当にNo.1ヒーローになるだろうな」

 

 戦慈の言葉に聞いていた里琴以外の全員が目を見開く。

 ここまで戦慈が人を褒めることなど見たことがないからだ。

 

「まぁ、あれは筋金入りみてぇだけどな」

「あははは……」

 

 戦慈の言葉に緑谷は苦笑するしかなかった。

 その後、爆豪も目が覚めたようで、医務室から怒鳴り声が聞こえた。

 

 それに緑谷達も顔を出しに行き、戦慈達は移動を開始する。

 

 

 

 

 そして、表彰式。

 

 スタジアム内には生徒達が集まり、その後ろにはマスコミがカメラを構えている。

 その生徒達の前には表彰台があり、そこには3人の生徒の姿があった。

 

「それではこれより!!表彰式に移ります!!」

 

 ミッドナイトの進行で進む。

 表彰台を見上げる生徒達は微妙な気持ちだった。

 

「誰1人、喜んでねぇな」

 

 誰かの声に内心で全員が頷く。

 

 3位の里琴は相変わらずの無表情で、戦慈を見上げている。飯田は早退のため欠席。

 

 2位の爆豪は顔を俯かせて、顔を歪ませている。試合中の叫びからすれば、仕方がないかもしれない。

 

 そして1位の戦慈は腕を組んで、静かに立っている。もちろん仮面で表情は分からない。

 

「まぁ、鬱陶し気だよな」

「ん」

「ぶっちゃけ似合わない」

「それね」

「アハハ……」

 

 一佳は苦笑して、唯がそれに同意する。柳は辛辣は言葉を放つも、切奈も頷いて、ポニーも苦笑するしかなかった。

 事実、戦慈は仮面の下で顔を顰めており、「早よ終わらせろ」と念じている。

 

「飯田君がこれほどいてほしいと思った時はないね」

「うん……。インゲニウム、無事だろうか……」

 

 麗日は早退した飯田の名前を上げて、緑谷は頷くもインゲニウムのことを思い浮かべて、眉を顰める。

 ネットではまだニュースにはなっていない。それが酷くもどかしい。

 

「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!!」

 

「ハーッハッハッハ!!」

 

 スタジアムの上から、どこかで聞いた笑い声が響く。

 屋根の上に人影が見える。

 その声と人影に観客達は盛り上がる。

 

 その人影は屋根から飛び出し、表彰台の前に降りてくる。

 

「私が!!メダルをもってき『我らがヒーロー!!オールマイトォ!!』」

 

 オールマイトの決め台詞とミッドナイトの紹介が被る。

 一瞬、全員がシーンとするが、2人揃って咳をして仕切り直す。

 

「巻空少女、おめでとう!君の言うとおりになったな!それに君も素晴らしい戦いだった!」

「……ブイ」

 

 里琴は無表情でピースをして、オールマイトにメダルを首にかけてもらう。

 

「これからも頑張ってくれよ!」

 

 そしてオールマイトが里琴の肩をポンポンとすると、

 

「……セクハラ親父」

「え……」

 

 と言われて、固まるのだった。

 その後、一瞬ガックリとするが、すぐに切り替えて爆豪の前に移動する。

 

「爆豪少年!!おめで『要らねぇ』え……」

 

 再び固まるオールマイト。

 爆豪は顔を俯かせたままだ。

 

「俺が欲しかったのは1位だけだ。そうじゃねぇならビリと変わらねぇ。だから要らねぇ」

「……爆豪少年。その志は物凄く尊いし、素晴らしい。そんな君に超えるべき壁と言ってもらえることに、私は誇りを感じるよ。だからこそ言おう。このメダルを受け取っとけよ。君の次へのスタートとなる『傷』として。この『傷』を忘れないようにな」

「要らねぇっつってんだろが!!」

「まぁまぁ」

 

 爆豪に無理矢理メダルを掛けるオールマイト。

 爆豪は顔を顰めるが、オールマイトの言葉もあり、外すことはなかった。

 

 そしてオールマイトは戦慈の前に立つ。

 

「さて、拳暴少年!!巻空少女、そしてクラスの仲間の期待に見事に応えたな!!おめでとう!!」

「別に応えてねぇ」

「ハッハッハッ!そう照れるなよ!」

「聞けよ」

「けど、緑谷少年や轟少年に掛けた言葉は、君の心からのものだろ?」

「……」

「他者を蹴落とすことばかりだった競技で、君は相手を気遣い、救いの手を差し伸べた。君のその姿は多くの人を勇気づけたと、私は思うぞ!」

「……ふん」

「ハッハッハッ!この照れ屋さんめ!!さぁ、受け取れ!これが君の金メダルだ!」

 

 オールマイトは高笑いしながら、戦慈にメダルを掛ける。

 

 それに頷くと、オールマイトは後ろを向く。

 

「さぁ、今回は彼らだった!しかし、皆さん!この場にいる誰もがここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ!!競い!高め合い!そして助け合い!さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 オールマイトの言葉に、鉄哲達は更なる成長とリベンジを誓う。

 そしてオールマイトは右手を上に掲げる。

 

「てな感じで、最後に一言!!皆さんご唱和ください!!せーの!!」

 

「プルスウ……!」

「プルスウルト……!」

「お疲れ様でした!!」

「プル…え!?」

「プルスウルぅ!?」

 

「そこはプルスウルトラでしょ!?オールマイト!!」

「ああ、いや……疲れたろうなと思って……」

「締まらねぇなオイ」

「……お馬鹿」

「あははは……」

 

 こうして体育祭は微妙な終わりを迎えたのであった。 

 

 

 

 その後、制服に着替えて、一度教室に戻る。

 

「皆、今日1日よく頑張ったな!!結果を残した者、残せなかった者といるだろうが、体育祭が終わった以上、その反省は明日からに活かすことに志向するようにな!!」

『はい!』

「明日、明後日は休校となる!この休みの間にお前達に指名が来ると思われるので、休み明けには伝えられるようにはしておく。まずはしっかりと休んでくれ!では、気をつけて帰るように!!」

 

 解散となり、それぞれが今日の事で盛り上がりながら、帰宅していく。

 

 戦慈、里琴、一佳達も帰路に就き、のんびりと歩いて行く。

 校門を出ようとしたところで、鞘伏が顔を出した。

 

「おう。お疲れ」

「鞘伏さん!差し入れありがとうございました!!」

「気にすんな。頑張ってる連中を労うのが大人の役目だ」

「休みか?」

「いんや。一応、お前らの警護」

「え?」

 

 鞘伏の言葉に首を傾げる一佳。

 今日は雄英にはプロヒーローがかなりの数、警備に入り、観客にもプロヒーローがいた。わざわざ警察の、それも管轄地域外の鞘伏が警備に出る理由が思い浮かばなかった。

 鞘伏は、苦笑しながら説明を続ける。

 

「一般客の方に潜んでる連中とかがいるかもしれねぇからな。で、何かあったときにはお前らの事を知っている俺がいた方が、お前らのフォローしやすいからだとよ。まぁ、結局休みと変わらんかったがな」

「なんか上から気を遣われてんのか?」

「あぁ~……最近、あのゴロツキ事件や雄英襲撃事件で休みなく動いてたかんな。それだろうな。お前らの後見引き受けてんのも知ってるだろうしよ」

「……おつ」

「ま、今日は気楽だった。オールマイトもいるしな。で、優勝祝いだ。焼き肉行くぞ。食い放題だけどな」

 

 クイッと親指で背後の車を指す鞘伏。

 

「そこは普通の焼き肉にしろよ」

「……ケチ」

「やかましい。ただでさえ動きまくったお前らに、普通の焼き肉なんざ無理に決まってんだろ。ほれ、さっさと行くぞ。マスコミに囲まれたくねぇだろ?」

「……いんのかよ」

「あれだけ派手にやれば当然だろうが。明日からは外出したら、どこでも言われるぞ?」

「だりぃ」

「……めんどー」

「勝った者の宿命だよ。諦めな」

 

 そして、再び4人で食い放題の焼き肉店へ。

 

 もちろん戦慈と里琴の大食いが発動し、前回以上の量を食べていく。今回は一佳も動いたので、一佳も食べる。

 すると、店員が戦慈達に気づいて、サービスで半額にしてくれるが、戦慈と里琴は元々奢りだったので、ひたすら食べ続ける。

 

「拳暴はともかく、里琴はいったいどこに消費されてるんだ?」

「さぁなぁ」

 

 里琴は相変わらずリス状態である。

 この時だけは無表情が崩れて見えるので、面白いと言えば面白いが。

 一佳と鞘伏はすでにデザートも食べ終えて、のんびりと2人を眺めている。

 

「いよいよお前らにもプロヒーローからの指名が来るのか。早いのやら長かったのやら……」

「拳暴と里琴は凄いことになるだろうなぁ」

「だろうな。けど、お前さんにも来るだろうよ。トーナメントまでは出てんだからな」

「けどなぁ、拳暴達におんぶに抱っこだったからなぁ」

「あの試合見て、運で来たわけじゃないって気づく奴はいるだろうさ。俺にだってわかったんだしな」

「だといいけど……」

 

 ただ指名をもらっても、それがいつ役に立つのかが分からないので、何とも言えない一佳だった。

 その10分後、「あの……そろそろ在庫が……」と店員に言われて、食事を切り上げる。

 鞘伏に家の近くまで送ってもらい、そこから歩いて帰る3人。

 

「しかし、本当に優勝するなんてな~」

「……だから言った」

「まぁ、俺に有利なルールだったしな。場外が無ければ、まだ分かんなかっただろうぜ」

「そうか?」

「……戦慈が1位」

 

 戦慈の言葉に結果は変わらないと思う里琴と一佳。

 それに戦慈は肩を竦めるだけで、それ以上は何も話さなかった。

 

 

 

 その後、戦慈の家でコーヒーを飲み、帰宅する一佳。

 

「ふぅ~……なんでだろ?襲撃事件よりも疲れてる気がする」

 

 着替えてベッドに座り、一息つく。

 

 そして思い出すは、戦慈の顔と過去の話。

 

「……何か出来ないかって、考えちゃうな」

 

 何も思い浮かばないが、それでも考えてしまう。

 いい奴であると分かった。ぶっきらぼうだが優しい男だと、今日だけでも十分に理解できた。

 一佳はもっと前から知っている。

 

「……そうか。だから里琴はあんな強引に……」

 

 戦慈が優しい人だと教えたい。

 戦慈が凄い人だと教えたい。

 戦慈にもっと楽しんでもらいたい。

 

 戦慈にもっと笑ってもらいたい。

 

 だから無理矢理に、無茶苦茶な理論で一佳達と関わらせてるのだ。

 体育祭でも無理矢理注目させた。 

 その結果、緑谷、轟、爆豪…は微妙であるが、今まで関わらなかった連中と深く関わっていった。

 

「けど……笑ったのは数回だ」

 

 思い出せば、普段笑ってる姿なんて見たことがない。

 それは……とても歪だと思った。

 

「笑ってほしいな」

 

 無意識にそうつぶやいた。

 しかし、その言葉で自分の思いに気づく。

 

「そうだな。あれだけ苦しんで、傷ついて、頑張ったあいつが笑えないなんて、絶対に間違ってるよ」

 

 それに、

 

「あいつを支えられないで、どうしてヒーローになれるんだ……!」

 

 一佳は決心する。

 

「私はあいつを支えたい。あいつに笑って生きてほしい」

 

 だから戦慈や里琴に置いて行かれないように、もっと努力をしなければ。

 

 一佳は「よし!」と気合を入れる。

 

 その後、入浴に向かった一佳の足取りは、とても軽やかだった。

 

 




……今の爆豪君を死柄木は狙うのだろうか?

と、思ってしまいましたw


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拳の十九 休日とヒーロー名

皆様から感想やメッセージ、また誤字脱字の報告を頂き、感謝しております。
己の未熟さを痛感している次第です。

ただ、いくつかの点をここで伝えさせていただきます(__)
・三点リーダーについて
小説において、常識として『……』が通例であることは、承知しております。ただし、私は間の表現によって『…』のみで終わらせている場合があります。これは知り合いの出版関係者にも尋ねており、出版するモノでないならば問題ない事を確認させて頂いております(__)

・柳について
「なんで柳だけ『レイ子』と書かないの?」という方がいらっしゃいますが、これは単純に『私が書きやすい』からです(__)ご了承いただきたいと思います。

拙作のためにご指摘して頂き、感謝の念は絶えません。
職場体験先について、多くの方が考えてくれました。

これからも努力を続けていきますので、よろしくお願いします。



 体育祭翌日。

 本日は休日である。

  

 一佳は戦慈の部屋を訪れていた。

 

「出かけるぞ~」

「……ゴー」

「……だから何でいきなりなんだよ」

 

 一佳と里琴はすでに外出準備を整えており、戦慈は顔を顰めながら渋々着替える。

 

「だって、前もって言うと逃げるだろ?それに決めたの今日の朝だしな」

「……ブイ」

「何がだよ」

「里琴を誘う以上、お前も来なきゃダメなんだよ」

「……はぁ~」

 

 一佳の開き直った言葉に、戦慈はため息を吐きながら準備を終える。

 

 家を出た戦慈達は駅に向かっていた。

 

「で?今日はどうするんだよ?」

「東京にでも行こうと思ってな」

「……観光」

 

 一佳と里琴の言葉に、気だるげに付いて行く戦慈。

 観光と言うにはいきなり過ぎないだろうか?と思っているが、2人が乗り気なので諦めることにした。

 そして電車に乗り、渋谷に移動した戦慈達。

 

「いきなり買いもんか?」

「いや、待ち合わせだ」

「……あん?」

「……いた」

「お!お~い!唯!皆!」

 

 一佳の待ち合わせ発言に一瞬固まる戦慈。

 すると、里琴が前方を指差し、一佳がその方向にいる集団に声を掛ける。

 そこにいたのは、B組女性陣だった。

 

「……マジかよ」

「……大マジ」

 

 戦慈は手で仮面を覆って足を止めるが、里琴が戦慈のズボンを引っ張る。

 戦慈は渋々と唯達に歩み寄る。

 

「お、やっぱ拳暴もいた」

「ん」

「昨日はお疲れさまでした」

「皆、元気だね」

「グッモーニン!!」

 

 戦慈に気づいた切奈達が、戦慈に思い思いの挨拶をする。

 戦慈は挨拶しながらも呆れるように声を掛ける。

 

「今日の朝に決まったんだろ?全員揃うってどんだけ暇なんだよ」

「体育祭の翌日だったからな~。連絡なかったらのんびりしてただけだよ」

「ん」

「癒し」

「けど、皆で集まるウレしいデス!!」

「ってことだな」

「人との豊かな交流は、心の疲れを癒します」

「……付き合え」

「……はぁ~」

 

 戦慈はもう抵抗する気を完全になくした。

 集まった以上、帰るのも面倒だし、帰ったら里琴が何をしでかすか分からないからだ。

 このテンションに付いて行けるかも分からないが。

 

「じゃ、まずは浅草から!」

「ん!」

「初」

「……同じく」

「イエーイ!!」

 

 切奈の言葉に唯、柳、里琴、ポニーが大きく頷いて歩き出す。

 戦慈は後ろから付いて行きながら、首を傾げる。

 

「浅草ぁ?」

「唯は島根、レイ子は愛知、ポニーはアメリカだしな。東京はほとんど初めてなんだよ。里琴や拳暴だって、余り来たことないんだろ?」

「まぁな」

「ってことで、浅草や日本橋、それに秋葉原とか回ることになったんだ」

「……よくそんな行程を今朝決めたなオイ」

 

 一佳達の行動力に呆れるしかない戦慈。

 その時、

 

「あ!?ねぇ、あの人!昨日、雄英体育祭で優勝した子じゃない!?」

「うそ!?わぁ!ホントだ!」

「周りにいるのも雄英の子達じゃん」

「マジで仮面してるぅ」

 

 戦慈に気づいて、視線がドンドンと集まり始める。

 それにより一佳達のことも気づいて、有名人を見つけたように盛り上がり始める。

 

「……だりぃ」

「あははは……思ったより凄いことになったな」

「流石雄英」

「デスネー」

「集まりすぎる前に移動しましょう」

「そうだね」

「ん」

「……戦慈、ゴー」

「また俺かよ……」

 

 想像以上の注目に戦慈は顔を顰め、一佳は苦笑する。

 柳とポニーも改めて雄英のネームバリューに驚き、茨と切奈、唯が急いで移動することに同意し、里琴が戦慈に突撃を命じる。

 それに戦慈はため息を吐くも、自分も移動したいのは事実なので、先頭に立って足を速める。

 

 昨日の戦いを見た者達は、戦慈の接近に道を開ける。

 そして電車に飛び乗り、浅草を目指す。

 

「ふぅ……やっぱ雄英体育祭って皆見てるんだなぁ」

「浅草大丈夫?」

「ん」

「まぁ、流石に道を塞ぐほどにはならないっしょ。困ったら拳暴を前に出そ」

「おい」

 

 完全に番犬扱いされることになった戦慈。

 抗議の声を上げるが、結局男1人ということで、引き受けるしかないのであった。

 

 とりあえず浅草に移動して、雷門を訪れる一同。

 

「でっか」

「ん」

「……ん」

 

 見上げる柳、唯と里琴。

 

「このブツゾーンは何ですカ?」

「風神と雷神だよ」 

「猛々しくも威厳が感じられますね」

「茨って仏教とかでもいいの?」

「はい。宗教の違いで排他するのは悪と考えます」

 

 ポニーは雷門の左右に立っている雷神風神を見上げて首を傾げ、それを一佳が説明する。

 その横で茨が両手を組んで風神雷神を見上げており、切奈が首を傾げる。茨の普段の言動やコスチュームから、どちらかと言えばキリスト教方面の宗派であると思っていたからだ。それに茨は特に差別はしないと答える。 

 

 その様子を戦慈は後ろから腕を組んで見守っていた。

 別に雷門に感動していないわけではないが、やはり周囲からの視線が妙に気になっているのである。

 もちろんほとんどが好奇心的なものだが、数人ほど悪意や粘着質的な視線を感じる。これは何人ものゴロツキと戦ってきたからこそ分かる感覚と言えるので、一佳達が気づかないのも仕方がないと思っている。

 

(結局、番犬役になるんだな……)

 

 戦慈は内心ため息をつきながらも、その視線の持ち主達に神経を研ぎらせていた。

 その後、浅草寺へと向かうために雷門をくぐる。

 嫌な視線のいくつかも一定の距離を保って、後を付けてくるのを感じた。

 

(厄介なのは、狙いが俺なのか、女子共なのか分からんってことだな……)

 

 一佳達は仲見世通りできびだんご、おかき、メンチカツなどを買い歩きながら浅草寺に入る。

 お参りをして、おみくじなどで盛り上がっていると、茨と唯がトイレへと向かった。

 その時、戦慈は視線の1つが自分から逸れるのを感じた。

 

「……はぁ」

「ん?どうしたんだ?」

「いや、ちょっと俺もトイレ行ってくるわ」

「ああ、分かったよ」

「変な奴に付いて行くなよ」

「私らは幼稚園児か!!」

 

 戦慈は一佳の叫びに肩を竦めながら、トイレへと向かう。

 戦慈の後姿を見送った一佳は子ども扱いされたことにやや不満な顔をし、それを切奈にからかわれる。それに一佳は顔を赤らめながら反論するが、更に切奈にからかわれるだけだった。

 

 

 唯と茨はトイレを終えて、外に出る。

 すると目の前に立ちはだかる人影が現れた。

 

「……君達、雄英生だろ?」

 

 立ちはだかったのは、無造作に金髪を伸ばして服がやや草臥れた中高生位の男子。

 

「いいよねぇ。雄英に入ったってだけでさ、チヤホヤされて、あんなお祭りで目立てばヒーローになれるんだろ?」

「……ん」

「……何か御用ですか?」

 

 男子の言動に不穏なものを感じて、唯を背中に庇う様に前に出る茨。

 その動きを見た男子は、さらに言葉を続ける。

 

「あれ?なに?声を掛けただけで、悪者扱い?もうヒーロー気取りなんだぁ、雄英生って。あんな襲撃、許したのにさ」

「御用は何かとお聞きしているのですが……」

「正しくないよねぇ。やっぱ君達みたいなのがチヤホヤされるなんてさぁ……!」

 

 男子は茨の質問に答えることなく、ヌゥっと茨に腕を伸ばそうとする。

 それに茨はツルの髪を蠢かす。

 

「いいの?『個性』で攻撃なんかしてさ?一般人だし、何もしてないのに」

「っ……!」

 

 茨は男子の言葉に僅かに眉を顰める。

 男子はそのまま茨に腕を伸ばす。そして、あと数cmというところまで近づいた時、突如真横から腕が伸びてきて、男子の腕を掴む。

 

「なぁ!?」

「そこまでにしとけ」

「拳暴さん……!」

「ん!」

 

 現れたのは戦慈だった。

 男子は振り解こうと抵抗するが、全く動かなかった。

 

「っ……!?……いいのかい?これって暴力じゃないの?」

「わりぃがくだらねぇ戯言聞く気はねぇよ。全部録画させてもらってるぜ」

「な!?」

 

 戦慈は空いている手で、胸ポケットに入っている携帯を指差す。

 それに目を見開く男子。

 

「な、なんで……!?」

「てめぇの気色わりぃ視線には気づいてた。ただ俺か、それとも他の連中か分かんなかったかんな。危害を加えねぇようなら、ほっとくつもりだったぜ?結局、こうなったけどな」

「っ!?……放せ!」

 

 男子は戦慈の言葉に顔を顰め、歯軋りをする。そして声を荒らげながら、再び振り解こうと暴れ出す。

 今度は手を放して、解放する戦慈。

 男子はたたらを踏んで後ろに下がり、掴まれた腕を庇いながら、戦慈を睨みつける。

 戦慈は腕を組んで、茨達を背中に庇うように移動する。

 

「くっそぉ……!」

「どっか行け。もう顔出さねぇなら、通報はしねぇ。それでもまだ喚くなら……覚悟決めろよ?」

「っ!?……ふん!」

 

 戦慈の気迫に男子は気圧されて、振り返って走り出す。

 周囲では流石に戦慈達の様子に気づいて、野次馬が出来始めていたが、その人垣を押し飛ばして走り去っていった。

 それにより誰が問題を起こしたのかを判断した野次馬達は、感心するように戦慈を見る。

 

 戦慈はそんな視線を無視して、茨達に振り向く。

 

「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございました」

「ん」

 

 茨は両手を組んで頭を下げ、唯も頷いて軽く頭を下げる。

 戦慈は肩を竦めて、携帯の録画を止める。

 

「気にすんな。俺も怪しい奴がいるって言わなかったしな」

「んーん」

「そうです。私達も気を付けていなければいけなかったのです」

「せっかく楽しんでんのに、周囲を警戒なんて出来るかよ。とりあえず、戻るぞ」

「はい」

「ん」

 

 戦慈達は一佳達の元に戻る。

 僅かに一佳の頬が赤いし、妙に興奮しているように見えるが、特に誰もツッコまなかった。

 

「お。おかえり。混んでたの?」

「いや、ちょっと阿呆が出ただけだ」

『え!?』

 

 切奈が苦笑しながら声を掛けると、まさかの返答があり、一佳達と目を見開いて驚く。

 戦慈が簡単に説明し、茨達も頷くと、一佳達は僅かに顔を顰める。

 

「やっぱ、変な奴もいるのか……」

「本当に何もされてないか?」

「ん」

「はい。拳暴さんのおかげで」

「……おつ」

「グッジョブ」

「ま、ケンカするタイプじゃなさそうだったしな。わざわざ離れた塩崎達を狙った時点で小物だかんな」

 

 里琴と柳が戦慈を労うと、戦慈は肩を竦めて答える。

 それに一佳は腕を組んで、戦慈をジト目で見つめる。

 

「拳暴も言えよ」

「言ったところでどうすんだよ?嫌な視線を向ける奴がいるってだけで、いちいち警戒しながら観光なんて出来ねぇだろが。俺が塩崎達に間に合ったのだって、偶々気になっただけだぜ?」

「……そうだけどさ」

 

 一佳は戦慈の言葉に反論は出来ないが、納得も出来なかった。

 そこに切奈が苦笑して、話を切り上げる。

 

「ほらほら!!無事だったんだから、この話はここまで!!楽しもうよ」

「ん」

「……次行ってみよー」

「どこ行く?」

「アキハバラ行きたいデース!!ジャパニーズアニメーション!!」

「そろそろお昼ですね」

 

 気分を切り替えるように唯達も観光に話を戻す。

 それに一佳はフゥっと息を吐いて、笑顔で会話に参加する。

 

「そうだな。この近くでなんか食べてからアキバに行こうか」

「そうだね」

「ん!」

「何が美味しいの?」

「浅草と言えば、天丼やうな重ですね」

「……天丼!」

「が、無難だわな」

 

 再び笑顔で歩き出す一佳達。

 戦慈は適度に会話に参加しながら、周囲に目を配る。

 それによって潜んでいた悪意的な視線を送っていた者達は、顔を背けて離れていく。

 先ほどの騒動の事も見ており、更に今の戦慈の行動で「気づいてるぞ」と言われたことに気づいたからだ。

 

 嫌な視線が減ったことに気づきながらも、引き続き警戒を続ける戦慈。

 そこに里琴が声を掛けてきた。

 

「……楽しめ」

「……わぁってんよ。確認してるだけだ」

「……真面目か」

「番犬扱いしたのはてめぇだろうが……」

 

 2人の会話を密かに聞いていた一佳達は、顔を見合わせて苦笑する。

 

「ホント、損してるよね」

「ギャップは惚れる?」

「ん」

「ああ、だから一佳も」

「違う!」

「しかし、先ほどの拳暴さんはとても頼もしかったです」

「ん!」

「ジェントルマンですネ!」

 

 その後は特に絡まれることなく、秋葉原や日本橋などを回る一佳達。

 

 秋葉原ではポニーはポスターやフィギュアを買い漁り、満足そうにニコニコしていた。

 戦慈は体育祭の影響か、メイド喫茶のキャッチに物凄く声を掛けられて鬱陶し気にしていたが。切奈達はそれをニヤニヤと見ており助け舟を出さず、里琴に至っては「……行く」とむしろ楽しそうに行こうとしていた。値段を見て、すぐに諦めたが。

 一佳はバイクのフィギュアで「1個くらいなら……」と悩んでいたが、今回は我慢したようだった。

 ちなみに茨は「ああ……人の喧騒の嵐」と秋葉原のアニメ好きのパワーに、両手を組みながら右往左往していたため、戦慈の状況に気づく余裕がなかった。

 

 日本橋では唯が人形やマトリョーシカを見て、目をキラキラさせていた。

 切奈や一佳は扇子や小物で盛り上がり、戦慈、里琴、柳、ポニーは人形焼きやたい焼き等を食べていた。

 茨は「ああ……涼やかな静寂」と日本橋の風情ある町並みと雰囲気に、両手を組んで何やら感動していた。もちろん一佳達と買い物で盛り上がってもいたが。

 

「ん」

「あん?」

「ん」

 

 唯が戦慈に近づき、紙袋を突き出してきた。戦慈は訝しむが、唯は再び紙袋を突き出す。

 戦慈は紙袋を受け取って開けると、中には赤いダルマが入っていた。

 

「……ダルマ?」

「んーん」

 

 唯がダルマを取り出して、胴体を持って捻るとパカッと開いて、中から黒いダルマが現れた。

 

「マトリョーシカか」

「ん!」

 

 唯は頷いて、ダルマを戻して袋に入れる。

 

「で?なんでだ?」

「……お礼」

「あん?」

「さっきレスキューしたことでは?」

「ん!」

 

 里琴とポニーの言葉に力強く頷く唯。

 それに戦慈は仮面の下で僅かに眉を顰めるが、頷いて紙袋を受け取る。

 

「まぁ、受け取っとく」

「ん!」

 

 唯は頷いて、小さく微笑む。

 その後、茨からもマグカップを渡されて、戦慈は顔を顰めるも渋々と受け取る。

 その様子を一佳や切奈は微笑ましく見つめていた。

 

「お礼をされるの慣れてないんだねぇ」

「多分、今まではお礼をされる前にいなくなってたんだろうな」

「なるほどね」

 

 そして夕食を食べてから解散となった。

 

「……明日はねぇよな?」

「流石にないな」

 

 戦慈の確認に、一佳は苦笑しながら頷く。

 

「今日は結構お金使ったし、明後日からの授業の予習やらもやらないといけないしな」

「……満足」

「拳暴は?」

「まぁまぁだな」

「そっか」

 

 それで十分という様に、一佳は微笑んで頷く。

 ちなみに戦慈は里琴が買った荷物を抱えている。もちろん里琴が押し付けた物である。

 

「茨と唯のこと、ありがとな」

「礼を言われることじゃねぇよ。あいつらからは礼もされたしな」

「言いたいんだから気にするなよ」

「……照れ屋」

「うっせぇよ」

 

 その後も里琴や一佳にからかわれながら、戦慈達は帰宅するのであった。

 

 

 

 唯も帰宅して、部屋着に着替える。

 そして買った物を整理していく。

 

「……ん」

 

 唯は1つの紙袋を開けて、中身を取り出す。そして部屋を見渡す。

 歩み寄ったのは勉強机。机に取り付けられた棚の一角を整理して、空いたスペースに取り出した物を置く。

 

「ん」

 

 よし!とばかりに頷いて、小さく微笑む。

 そして、それを優しく撫でる。

 

 唯の優しい手で撫でられているのは、座布団に乗せられた赤いダルマのマトリョーシカだった。

 

 

 

 

 2日間の休日を終えて、登校日。

 今日は雨が降っていた。

 

「雨か~」

「……嫌い」

 

 傘を差して歩く3人。

 その途中でもすれ違うサラリーマンなどに声を掛けられる。

 

「お!仮面の君!優勝おめでとう!!凄かったな!」

「ちっちゃい子も凄かったぜ!」

「茶髪の君は惜しかったな~」

 

 それに適当に対応しながら登校する。

 

 教室に入ると、鉄哲達も何やら盛り上がっていた。

 

「お!拳暴!おっす!」

「おう」

「拳藤達もおっす!」

「……おっす」

「おはよ。皆、どうしたんだ?」

 

 席に鞄を置きながら、周囲を見渡して首を傾げる。

 

「休みや登校するときに色んな人に声かけられてな!」

「思ったより見てくれてたよな」

「ちょっと嬉しかったな!」

 

 鉄哲がグッ!と両手を握り締めて、円場と吹出が嬉しそうに話す。

 体育祭の反響で盛り上がっていたようだ。

 それに一佳も納得したように頷いて、唯達に声を掛ける。

 

「唯達は大丈夫だった?また変な奴出なかったか?」

「大丈夫」

「ん」

「今日は温かい方々ばかりでした」

「ならよかった」

 

 一佳の言葉に問題なしと頷く唯達。

 それに一佳はホッとする。

 鉄哲達は一佳の言葉に首を傾げる。

 

「変な奴ってなんかあったのか?」

「まぁ、ちょっとね」

 

 一佳は休日に現れた男の話をする。

 話を聞いた鉄哲達は、目を見開く。

 

「そんな奴がいるのか……」

「雄英に受からなかったんじゃねぇの?」

「逆恨みにしては行動的じゃね?」

「僕達もある程度注意をするべきだね」

「斬り倒してもいいのかぁ?」

「駄目ですぞ」

「汚ぇ野郎だな!!」

 

 鱗が腕を組んで唸り、泡瀬と円場が狙った理由を推測し、庄田が自分達にも危険が及ぶ可能性を口にする。

 それに鎌切が物騒な言葉を吐き、宍田が注意する。

 鉄哲が怒りに震えて叫ぶ。

 

「まぁ、ヒーローが嫌いだって言う奴もいるしね。その教育機関として有名な雄英が間接的に恨まれることもあるだろうね。実際、襲撃されたばかりだし」

 

 物間が肩を竦めながら話す。

 その言葉に鉄哲達も反論できずに唸る。

 実際ヴィランになる者の多くは、今のヒーロー社会から弾かれた者だ。中にはヒーロー科に入って、資格を取れずに落ちぶれた者もいる。

 そういう者の相手は鉄哲達では中々止めることが出来ない。相手からすれば、恵まれた者でしかないからだ。

 

 その後もその話題で盛り上がるが、予鈴が鳴ったので席に着く。

 その直後にブラドが教室にやってくる。

 

「おはよう諸君!体は十分に休めたか!?」

『はい!』

「ならば良し!さて、早速本題に入ろう!1限目の『ヒーロー情報学』だが、君達にはあることを行ってもらう!」

 

 ブラドの言葉に騒めく生徒達。

 ブラドは生徒を見渡し、教壇に手を乗せて前のめりになる。

 

「それは……」

 

 生徒達は緊張でゴクリと唾を飲む。

 

「『コードネーム』!! つまり、ヒーロー名の考案だ!!」

『ヒーーローーめーーい!!』

 

 話を聞いた直後、鉄哲達がハイテンションで叫ぶ。

 ヒーロー名は、己のもう1つの名前。

 それを決めるのに盛り上がらないわけはない。

 

 ブラドは盛り上がっている生徒達を手で制する。

 それに従って、鉄哲達も声を出すのを止める。

 

「何故 今かと言うと、体育祭で貰えたプロヒーローからの指名が関係している。この指名が大きく意味を持つのは仮免許を得た後……つまり2,3年生からだがな。なのでこれはあくまで『興味故の予約』という感じだな」

「予約?」

「そうだ。つまりお前達の今後の活躍次第で、この指名は変わることもあるということだ。来年の体育祭で、今年以上の結果を出したりな」

「なるほど……今回、多く貰った奴は減らさないように。貰えなかった奴は、増やせるように気合を入れろということか」

「その通りだ、円場」

 

 ブラドの説明と、それを聞いた円場の言葉に、他の者達も理解したように頷く。

 

「そして、今回の指名集計は、こうなった」

 

 ブラドは後ろのブラックボードを示す。

 すると、ブラックボードに名前と横線グラフが表示される。

 

拳暴:6299

 

巻空:5222

 

塩崎:321

 

鉄哲:209

 

拳藤:62

 

取陰:21

 

物間:11

 

 

「例年はもう少しバラけるのだがな。やはり拳暴と巻空に集中したようだ」

「だよなぁ……」

「A組も爆豪や轟にもかなり指名が偏ったようでな。今年は仕方がないかもしれん」

 

 表示結果とブラドの言葉に、仕方がないとばかりに頷く骨抜達。

 

「そして、これを踏まえて!お前達にはプロヒーローの元で、職場体験を行ってもらう!!」

「職場体験……!?」

「だからヒーロー名を……!」

 

 職場体験という言葉に鉄哲達は目を見開き、同時に授業内容に納得する。

 それにブラドも頷く。

 

「そうだ。職場体験とはいえ、お前達は現場に出る。そのためのヒーロー名だ。仮ではあるが、多くのヒーローはここで決めた名前が広まるのが多い」

「ところで、指名が無い人はどうすればよろしいのですかな?」

「安心しろ。指名が来なかった者は、学校からオファーした事務所に行けるようになっている。後程、全員にリストを配る。まずはヒーロー名の考案からだ!!」

 

 宍田の質問にブラドが答え、突如ボードとペンを配り始める。

 それに首を傾げながらも、後ろに回していく生徒達。

 全員に行き渡ったのを確認したブラドは、頷いて説明を続ける。

 

「では、書けた者から発表してもらう!!」

『発表!?』

 

 ブラドの言葉に鉄哲達は驚く。

 

「当たり前だ!ここで堂々と言えない名前を、社会で名乗れると思うのか!?」

「ああ、そりゃそうだ」

 

 骨抜は言われてみればと頷く。

 他の者達も同意するように頷いている。

 

「では、考えろ」

 

 鉄哲達は唸りながら考える。

 

「難しく考えすぎるな。己のヒーローの在り方を名付ければいいだけだ。俺の『ブラドキング』『プレゼント・マイク』『オールマイト』『リカバリーガール』など先生達の名前も参考にすればいい」

 

 その言葉に頷いて、改めて考え始める生徒達。

 

 すると骨抜が手を上げる。

 

「出来ました」

「よし!発表してくれ!」

 

 骨抜は前に出て、教壇に立つ。

 そしてボードを見せる。

 

「『マッドマン』。最初だし、こんなもんだろ」

「マッドマン……。うむ!シンプルでいいじゃないか!」

「どうも」

「カッコいいぜ!マッドマン!!」

 

 ブラドが骨抜のヒーロー名に頷き、鉄哲が骨抜をヒーロー名で呼ぶ。

 そこからはドンドンとヒーロー名を発表する者達が続出する。

 

「次は私が!!『ジェボーダン』!!」

「ふむ。歴史に出る正体不明の獣の伝説か。いいじゃないか!」

 

「我が真名は『ヴァイン』」

「まぁ、ツルだからな」

 

「『コミックマン』!ズバッ!と行きます!!」

「ズバッ!とはよく分からんが、名前はいいぞ!」

 

「俺は『リアルスティール』だぁ!!」

「本物の鋼鉄…か」

「はい!!体は砕けず、心は折れず!!それが俺の目指すヒーローです!」

「うむ!素晴らしい!!」

 

「『ファントムシーフ』」

「ふむ。《コピー》から相手の『個性』を盗むことを意識したのか」

「それだとヴィランですし、コピーをそのまま使うのも不格好なので。ファントムを付けてみました」

「……まぁ、いいだろう!」

 

 他の者が発表するのを見て、一佳は悩まし気に唸る。

 

「う~ん……何がいいんだ?拳暴は?」

「……考えたことがねぇ」

「だよなぁ」

 

 戦慈も腕を組んでおり、里琴に至ってはボードを両手で持ったまま固まっている。

 一佳はそれに苦笑して、とりあえず自分の事に戻る。

 

「……私の『個性』から考えるか」

 

 一佳の『個性』は《大拳》。この『個性』を使って、闘っていく。

 

「闘う……。そうだな……!」

 

 一佳は思いついた言葉をボードに書いて、手を上げる。

 

「よし!拳藤!」

 

 一佳は前に出て、ボードを出す。

 

「『バトルフィスト』!」

「ほお!拳藤の『個性』を表した名前だな!いいぞ!」

「ありがとうございます」

 

 一佳は頭を下げて、席に戻る。

 

 そして、残ったのは戦慈と里琴の2人となった。

 

「思いつかんか?」

「……無理」

「考えたことがねぇ」

「じゃあ、俺達も考えてやろうぜ!」

 

 円場が何やら面白がって声を上げる。

 それに他の者達も盛り上がる。

 

「じゃあ……バーサーカー!」

「それはヒーローとしてはどうだろうか?」

「ん」

 

 円場が言い出しっぺとして、名前を上げるが庄田と唯が首を傾げる。

 

「ブロリー!!」

「ポニー、なにそれ?」

「アニメキャラクターのネームです!」

「頼む。やめてくれ」

 

 ポニーの提案に、戦慈が懇願してでも嫌だと告げる。

 

「ケンボー!!」

「「「ランボー!!」」」

「殴り飛ばすぞ」

 

 切奈が明らかに悪乗りして、ボードに書いて掲げる。

 それに数名が便乗して、戦慈がイラつく。

 

「『スサノオ』なんてどうだい?」

 

 そこに物間が声を上げる。

 

「日本神話の?」

「そうさ。戦の神としても有名だし、『スサ』って嵐や暴風雨の神って意味もあるらしいよ?一説によるとだけどね」

 

 泡瀬が首を傾げると、物間は理由を述べる。

 それに他の者達もしっくりきたようで、頷いている。

 

「……そこまで仰々しいか?」

「けどなぁ。すげぇしっくり来て、他のが思い浮かばねぇ」

「思いついてもヘラクレスとかマルスとかだな」

 

 戦慈が少しうんざりしたように声を上げるが、骨抜と泡瀬はもう神関連でしか思い浮かばない様だ。

 

「あくまで仮だ。とりあえず、それで行ってみたらどうだ?せっかく考えてもらったことだしな」

「……分かった」

「じゃあ、次は巻空だな!」

「拳暴の事を考えると、似た感じで行くべきだよね?」

「……よろ」

 

 ブラドの言葉に戦慈は渋々頷く。

 それに鉄哲が声を上げて、切奈が戦慈と繋がりがある名前がいいよねと確認して、里琴は頷く。

 

「日本神話で、竜巻に関連する名前かぁ」

「いたか?」

「『シナトベ』はどうだ?」

 

 凡戸と鱗が首を傾げると、今度は骨抜が声を上げる。

 

「シナトベ?」

「シナツヒコの別名だよ。確かシナトベは女神としての名前だったはずだぜ?」

「詳しいな」

「暇だった時に、なんかで見た記憶がある。風の神だったと思うぜ?」

「……じゃあ、それ」

「あんまり知らねぇから、拳暴よりは普通に聞こえるな」

 

 吹出が『?』を表示しながら首を傾げ、骨抜が説明する。

 それに里琴が頷くと、回原がボソッと呟き、それに泡瀬達が頷く。

 

「これで全員だな!……うむ。いい名前ばかりだな!」

 

 ブラドはヒーロー名をメモした一覧を眺めて、笑みを浮かべて頷く。

 

「付けた名前に恥じないように、気合を入れろ!!」

『はい!!』

 

 こうして戦慈達のヒーロー名が決まり、職場体験に向けて準備を進めていくのであった。

 

 




茨達に迫ったのは誰でしょうね?(笑)

ヒーロー名は悩みました(-_-;)
ヘラクレスが最有力候補でしたが、ありきたりで「なんか呼びにくい」と思ったので、スサノオになりました(__)。
里琴はそこから探した名前です。

ただし、これはとりあえずですので、今後の話の展開で変わるかも(-_-;)

そしてまだヒーロー名が分からないメンバーをどうしようかと悩み中。
唯とかの職場体験シーンを書きたい。


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拳の二十 職場体験へ向けて

 ヒーロー名を決めた戦慈達は、昼休みにブラドから配られた指名リストを眺めていた。

 

「……多すぎて見る気しねぇ」

「6000件だもんな。何枚あるんだ?」

「100枚だとよ」

「……それはなぁ」

 

 流石の一佳も、それは面倒だと思った。

 注目されるのは嬉しいが、多すぎても困るだけのようだ。

 一佳も自分のリストを見て、頭を悩ませる。

 

「う~ん。私もどうするべきか……」

 

 職場体験は1週間。

 事務所によって活動内容も違うし、活動地域でもまた違ってくるだろう。

 救助もしてみたいし、ヴィラン退治も体験したいとも思う。

 

「里琴は?」

「……多い」

「だろうな」

 

 里琴もリストの束を見て、面倒オーラを体から放出していた。

 それに一佳は苦笑しながら頷く。正直、里琴が戦慈と他の事務所に行くとは思えなかった。

 すると、

 

「……戦慈」

「あん?」

「……貸して」

「はぁ?」

 

 里琴がいきなり戦慈のリストを奪って、自身のリストと見比べ始めた。

 さらに何かチェックを始める。

 

「おい。何してやがる?」

「……探してる」

「だから何をだ」

「……一緒の指名」

「おい」

「あはは……やっぱり同じとこ行く気か」

「……もち」

 

 戦慈がツッコむが里琴は無視。それに一佳は予想が当たり、苦笑するしかなかった。

 その後も100枚近くのリストを見比べ続ける里琴。

 無表情ながらも物凄い気迫を感じる集中力で、それに一佳や切奈達は呆れるしかなかった。

 

「ホントに拳暴のことになると行動力半端ないな」

「まぁ、里琴らしいけどね」

「ん」

「で?切奈達は決めたのか?」

 

 一佳は切奈達に職場体験先について尋ねる。

 頷いたのは茨、切奈、ポニーの3人。

 

「私はシンリンカムイからの御指名を受けさせていただきます」

「私はくノ一ヒーロー『オボロちゃん』のところ」

「ワタシはバッファローヒーロー『ブルトン』デス!」

 

 茨は体育祭で警備をしていたシンリンカムイからの指名が来ており、似た『個性』でもあるため選んだ。

 

 切奈が選んだヒーロー『オボロちゃん』は、忍者服を着た身長130cmほどで少女のようなヒーローである。『個性』《土潜り》の使い手で、地中を水中のように泳ぐことが出来る索敵・諜報が得意分野である。

 

 ポニーが選んだ『ブルトン』は、『個性』《アメリカバイソン》のバイソンの顔をした巨漢のアメリカ出身のヒーローだ。ヴィラン退治や救助活動、時には英会話教室など幅広い活動をしている。

 

「唯とレイ子は?」

「んーん」

「もう少し調べてから」

 

 唯と柳は一度持ち帰って決めるようだ。

 それを聞いた一佳も、もう少し腰を据えて決めることにした。

 

「拳暴達はどうするんだ?救助とかなんか希望あるのか?」

「拳暴はやっぱ対・凶悪犯罪っしょ」

「まぁ、だろうな。見た感じバトルヒーロー系が多かったしな」

 

 戦慈は肩を竦めて、切奈の言葉に同意する。

 戦慈はやはり自分が救助活動するイメージが湧かなかった。諜報系も合わないのは分かり切っている。

 すると里琴がチェックを終えたのか、戦慈にリストを返す。

 

「あ、終わったのか?」

「……ん」

「いいところあったの?」

「……ん」

 

 一佳と切奈の言葉に、里琴はルーズリーフを戦慈の机の上に置く。

 それを覗き込んだ戦慈や一佳達。

 そこには事務所名が羅列されていた。

 

「これは……2人に指名が来た事務所か?」

「……これ」

 

 里琴は一佳の言葉に頷きながら、ある事務所を指差す。

 そこに書かれていたのは、

 

「『ミルコ・ヒーロー事務所』?」

「ミルコってNo.7ヒーローの?」

「……ん」

 

 ヒーロービルボードチャートJP、No.7。

 ラビットヒーロー『ミルコ』。褐色肌に白い髪と兎耳を持つ武闘派女性ヒーローである。

 

「……この中で一番高い」

「へぇ~、いいんじゃないの?」

 

 切奈は里琴の言葉に頷きながらも、里琴のリストの一番上を見る。

 

「え!?いやいや、里琴!?エッジショットから指名来てるじゃん!!No.5じゃん!」

「……別にどうでもいい」

 

 切奈の言葉に、一佳も思わず戦慈のリストに目をやる。

 そして一佳も見逃せない名前を見つける。

 

「おい拳暴!?お前もエンデヴァーから来てるじゃないか!?」

「ん!?」

「No.2の?」

「ワァオ!?」

 

 一佳の言葉に唯、柳、ポニーも驚く。

 その言葉に鉄哲や骨抜達も聞こえて、戦慈達の元に集まる。

 

「拳暴、エンデヴァーから来てんのか!?すげぇじゃねぇか!!」

「巻空はエッジショット?」

「ちょ~っとごめんよ。拳暴、里琴」

 

 切奈が里琴と戦慈のリストを回収して、パラパラと捲っていく。

 

「……うわぁ」

「どうだったんだ?」

「エンデヴァー、ホークス、ベストジーニスト、エッジショット、クラスト、ミルコ、リューキュウ、ギャングオルカ。ほとんどのトップヒーローから指名来てんじゃん」 

『マジで!?』 

 

 切奈はリストを見終えて、もはや呆れるしかなかった。

 その反応に骨抜が質問し、切奈は苦笑しながら答える。

 切奈が挙げた名前に目を見開く鉄哲達。

 

「トップ10中、8人から指名……!?」

「マジかよぉ……!やっぱスゲェな!」

「あははは!才能ってやっぱり不公平だよね」

「物間はちょっと黙ってようぜ」

「おいおい」

「拳暴にはエンデヴァー、ベストジーニスト、クラスト、ミルコ、ギャングオルカから。里琴にはホークス、エッジショット、ミルコ、リューキュウからだね。確かに2人一緒に指名してるのはミルコだけだけど……」

「勿体な」

「ん」

 

 泡瀬が顔を引きつかせて、鉄哲はまるで自分のことのようにテンションを上げている。

 物間はあまりの差に笑いながら嘆くが、回原に黙らせられる。

 物間の声を無視して、切奈は細かい振り分けを説明する。

 それに柳が本音を口にし、唯も頷く。

 

 戦慈は周囲の反応に肩を竦める。

 

「ありがてぇけどなぁ……」

「エンデヴァーだぜ?」

「轟の事考えるとな。あんまり良いイメージがねぇ」

『あぁ~……』

 

 体育祭での轟との試合を思い出して、納得してしまう一佳達。

 確かに何やら叫んでいたし、轟の雰囲気も怪し気だった。うっすら聞こえていた内容では、エンデヴァーの轟への接し方は確かによろしくなさそうだった。

 

「ちょっと色々と暑苦しそうだよなぁ」 

「巻空は……興味ないか」

「……ない」

 

 回原も顔を顰めて、それに鱗が里琴に話題を移すも、戦慈一筋であることを思い出した。

 それに里琴も力強く断言して頷く。

 

「断言するのはどうだろうか……?」

「……私のヒーローは戦慈」

 

 庄田が呆れるが、里琴の言葉に周囲は「ごちそうさま」という感じで苦笑する。

 

「で?拳暴はどうするんだ?里琴に付き合うのか?」

「……まぁ、職場体験だしな。トップヒーローならエンデヴァー以外どこでもいい」

「というか、指名って2人も出せるんだな?」

「……そう言えば」

 

 一佳の質問に戦慈は肩を竦めて答える。

 それに骨抜が今更ながらの疑問に辿り着いて、切奈達も首を傾げる。

 しかし、答えが出るわけでもないので、話題はすぐさまリストに誰がいるかに戻り、指名を貰えなかった者達は「次回は貰う!!」と内心気合を入れるのであった。

 

 

 

 放課後。

 

 戦慈達は帰宅の準備をしていると、里琴がどこかから戻ってきた。

 

「どこ行ってたんだ?」

「……職員室」

「何しに?」

「……希望先出してきた」

「あ?……てめぇ、俺の紙も持っていきやがったな?」

「……ブイ」

 

 里琴の言葉に戦慈は鞄を確認すると、希望先を記入する紙が無くなっていた。

 それに里琴は得意げにピースをする。

 

「持って行ったって……拳暴は記入してなかったよな?」

「ああ。どうやったんだ?」

「……?……戦慈の筆跡コピーは完璧」

「「何を目的に習得した!?」」

 

 里琴は無表情ながら首を傾げて「何言ってんの?」という感じで、衝撃発言をする。

 それに戦慈と一佳はシンクロしてツッコむ。

 流石に看過できなかったが、里琴は指でバツ印を作って黙秘した。

 戦慈は右手で仮面を覆って項垂れ、一佳は同情の目を戦慈に向ける。

 その周囲では鎌切や庄田、切奈達も戦慈を憐れんでいた。

 

「……どうせ一緒」

「だとしても、せめて言えよ。別に嫌がってねぇだろうが」

「……ん」

 

 里琴の開き直りに戦慈は呆れるが、それ以上は怒らなかった。

 諦めているだけかもしれないが。

 

「ある意味、里琴だけで他の事務所に行かせられないな……」

「それってそのままでいいのかぁ?」

「問題しかないように思える」

「ん」

「いつまでも2人で行動出来るわけではないしね」

 

 一佳も呆れて里琴の今後を心配し、鎌切がそれにツッコんで、庄田と唯も鎌切に同意する。

 切奈もいずれは別々に動く時が来ると里琴に伝える。

 

「……我慢する」

「ならいいけど……」

「……でも行けるなら一緒」

 

 里琴は堂々と言い放つ。

 それに切奈達は、もはや何も言うことが出来なかった。

 

 

 その後、一佳達は帰宅する。

 

 一佳は部屋着に着替えて、戦慈から分けてもらったコーヒーを飲みながら、改めてリストを見る。

 

「う~ん……武闘派から救助系、諜報系まで幅広いなぁ。諜報系が指名してくれた理由は分かんないけど……」

 

 選択肢が幅広く、どれも学びたい欲が出る。

 

「けど、1週間だけだしな。……よし、今回は救助や索敵を重視しよ!戦闘は学校でも学べる」

 

 一佳は方針を決めて、リストの中から武闘派ヒーローを消していく。

 そして、残った中から改めて選択する。

 

「少しは欲張りたいな。だから救助や索敵の両方が出来るヒーローはっと……」

 

 色々考えて調べた結果、選んだのは、

 

「スネークヒーロー『ウワバミ』。テレビでも見るヒーローだし、色んな体験が出来そうだ」

 

 書類に記入して、コーヒーを飲みながら一息つく。

 

「それにしてもトップヒーローからあんなに指名が来るなんてなぁ。体育祭で分かってはいたけど遠いなぁ」

 

 戦慈と里琴の事を思い出して、少しだけ項垂れる。

 実力差があることは中学の時から理解はしていた。だから、体育祭の結果はそんなに驚いてはいない。

 しかし、あそこまで多くのヒーローに注目されているのを目の当たりにすると、2人が遠い存在であると改めて思い知らされる。

 

 分かってはいた。

 しかし、だからと言って悔しくないわけではない。

 やはり置いて行かれるのは嬉しくない。

 

「けど、そう簡単に強くなれるわけはない。なら……戦い以外であいつらに追いつかないと……!」

 

 そのためにやれることはやる。

 そう決めた一佳だった。

 

 

 

 

 翌日。

 

 ブラドは職員室で預かった希望先の確認を行っていた。

 

「ブラド」

「ん?イレイザー、どうした?」

 

 A組担任の相澤が声を掛けてきた。

 その手にはブラドと同じく体験希望先の書類が握られていた。

 

「悪いが、分かってる分だけでも確認させてくれ。希望先が3人以上被っている生徒がいるかもしれんからな」

「ああ、構わんぞ」

 

 相澤の言葉に頷いて、互いの希望先を確認していく。職場体験は1つの事務所に2人まで指名及び受け入れ可となっている。

 そこにスナイプやプレゼントマイク、ミッドナイトが顔を覗かせる。

 

「お、職場体験か?」

「ああ、今年は結構盛り上がっていたからな」

「しっかり考えさせろよ?後悔するかもしれねぇかんな」

「分かっている」

「といっても、職場体験だものね。あまり押し付けても駄目よ?」

 

 そう言いながらも、それぞれの希望先を眺めていく。

 特に気になるのはやはり、

 

「あら?拳暴君と巻空さんは同じ所なの?ミルコのところか……。でも他にもトップヒーローから指名来てなかったかしら?」

「確か……エンデヴァーやホークス、ベストジーニストとかから来てたぜ?」

「……恐らく巻空だろう。トップヒーローの中で、拳暴と指名が被っているのがミルコの所だけで、これを拳暴のと一緒に持ってきたからな」

 

 ミッドナイトが首を傾げ、プレゼントマイクも腕を組んで思い出す。

 それにブラドが少し眉を顰めながら推測する。

 その言葉にミッドナイト達は「なるほど」と納得する。

 

「拳暴大好きだな!!リア充エクスプロージョン!!」

「拳暴君は文句を言わなかったの?」

「ああ……別にトップヒーローなら誰でも構わないそうだ」

「納得してるなら良いが……あまり共に行動させるのも考え物だぞ?」

「今日、本人達にも注意はしたがな。『今回は誰でもいいから』だそうだ」

「ここまで指名貰っといて、スゲェ言い分だなオイ!?」

 

 プレゼントマイクは上を向いて叫ぶが、ミッドナイトに無視される。

 ブラドもプレゼントマイクを無視して、ミッドナイトの質問に答える。それにスナイプは唸るように懸念を伝えるが、ブラドは少し疲れた顔で答え、プレゼントマイクが叫ぶ。

 騒がしさに相澤は少しイラつきながらも、話に参加する。

 

「まぁ、エンデヴァーには轟、ホークスは常闇、ベストジーニストには爆豪が希望を出している。特に轟と爆豪は、今の段階で拳暴と一緒にさせるのは、少し不安がある」

「確かにな」

「轟君は大丈夫じゃない?」

「エンデヴァーの所に行くとなると分かりません。親子の確執があるようですからね」

「あぁ~……」

 

 ミッドナイトは間近で戦慈と轟の話を聞いていたので、なんとなく納得出来てしまった。

 そして爆豪も決勝戦での様子に、まだ判断できるほどの材料がない。

 

「だったら、拳暴達はそれでいいだろ。他の連中はどうなんだ?」

 

 スナイプが話題を変える。

 それにブラドと相澤は書類を見下ろす。

 

「指名が無かった奴らも2人以内に収まってるな。問題はなさそうだ」

「ああ……ん?」

「どうした?イレイザー」

 

 相澤は書類の1枚を手に取る。それにプレゼントマイクが首を傾げる。

 

「飯田……確かもっと上からの指名があったはずだが……」

「飯田君?どこ?」

「ノーマルヒーロー『マニュアル』。……保須市に事務所があるな」

 

 飯田の希望先を聞いたミッドナイト達は眉を顰める。

 

「保須市……確かそこは……」

「ヒーロー殺しが出没したばかりの所だな……」

「おいおい……確か飯田のアニキって……」

「インゲニウム……ヒーロー殺しにやられて引退させられたばかりだ」

 

 これが偶然とは思えない。そう判断する相澤達。

 

「……どうするんだ?」

「……他の指名を書いてないし、マニュアルがヒーロー殺しと戦うのを認めるわけはないだろ。気にはなるが……」

「確証もないのに、行かせない理由はないわよねぇ。それにここで我慢出来れば、それはそれで成長だしね」

「まぁな。ちゃんとマニュアルに懸念として伝えとけよ」

「ああ」

 

 両クラスの確認を終えて、手続きに入る相澤とブラド。

 

 ブラドは改めて各生徒の希望先を見ていく。

 

「ふむ。……拳藤はウワバミを選んだのか。恐らくは救助系を意識したのだろうが……ウワバミはどうだろうか。まぁ、そこも経験か。……小大と柳は同じ事務所にしたのか。念動ヒーロー『キネシスレディ』か。確かに2人の『個性』との相性はいいか」

 

 ブラドはそれぞれの事務所に連絡を取り、受け入れの確認を行っていく。

 

「それにしてもミルコか。彼女は荒っぽいことで有名だからな。何もなければいいが。…………無理か」

 

 ブラドは戦慈と里琴、そして受け入れ先のミルコの事を思い浮かべる。そしてため息を吐き、色々と諦めながらミルコの事務所に連絡をする。

 

 こうして職場体験の準備は整えられて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるビルのバー。

 

「ヒーロー殺しぃ?」

 

 敵連合のリーダー、死柄木はカウンターの端に設置されたテレビに顔を向けて、声を上げる。

 

『そうだよ、弔。今、黒霧に迎えに行かせてる。彼を仲間に引き入れるんだ。しっかりと勧誘するんだよ』

「……面倒だな。役に立つのか?」

 

 テレビから音声が聞こえて、死柄木と会話する。

 会話の内容に死柄木は顔を顰めて、手元に置いてある写真を睨みつける。

 その写真は緑谷が写されていた。

 

『実力はかなりのものだ。彼を仲間に引き入れれば、かなりオールマイトの首に近づくはずさ』

「……はぁ、分かった。話すだけ話す。それでいいんだろ?先生」

『ああ。頼んだよ、弔』

「ちっ……」

 

 死柄木は舌打ちをして、バーを出ていく。

 ディスペはそれを壁にもたれ掛かって聞いており、そして死柄木を見送る。

 

「……苛立ってるな。本当にヒーロー殺しなんて呼びつけて大丈夫なのか?ボス」

『弔の成長のためだよ。それにヒーロー殺しが仲間になるとは、僕も期待してない』 

「はぁ?」

『言ったろ?成長を促すためさ。彼との会話は必ず弔と敵連合の糧になる』

「……ボスがそれでいいなら、俺は従うさ」

 

 テレビからの声に、ディスペは肩を竦める。

 

「で?俺に仕事ってなんだ?」

『エルジェベートの回収と新しい仲間のスカウトさ。それと……新しい脳無のテストも頼みたい』

「……ほぉ。これまた派手そうな。エルジェベートとスカウト先は近いのか?」

『そこそこね。すでに脳無は送り込んでる。まずはそこに向かってくれ。そこに残りの情報も置いてある』

「……黒霧は期待できないか。はぁ、人使い荒いねぇ」

『人手不足なんだよ。知ってるだろ?』

「嫌な上司だな。部下の傷を抉るなんて」

 

 ディスペはもう一度肩を竦めながら出口へと向かい、バーを後にする。

 

 そしてテレビも電源が切れ、バーには静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 ある倉庫内。

 

「ギャアアア!?」

「ヒィイ!?」

「オイオイオイオイ?なんだよ?もっと楽しもうぜ?なぁ、遊ぼうぜぇ!!」

 

 ゴロツキと思われる男が悲鳴を上げながら、地面を転がっていく。

 それを仲間と思われる男達は目を見開いて、転がる仲間を見つめて恐怖に震える。

 そして、悲鳴を上げさせた原因に目を向ける。

 

 そこにはタンクトップ姿の巨漢の男が、笑みを浮かべて立っていた。

 男の左顔は大きな傷痕があり、左目は義眼をしている。

 

「バ、バケモノ……!?」

「オイオイ。ひでぇこと言うなよ。立派な人間様だぜ?俺はよ」

 

 義眼の男は笑いながら、歩みを進める。

 ゴロツキ達は逃げだそうにも、足が震えて動かなかった。

 

「なんだぁ、逃げねぇのか?俺に殴り殺されてぇのか!?面白ぇ奴らだな!よぉし!!いいぜ!!じゃあ……!!」

 

 義眼の男は更に笑みを深めて、右腕を振り被る。

 直後、男の皮膚の下から筋肉のようなものが出現し、右腕を覆っていく。

 そして踏み込んで、一番近いゴロツキに飛び掛かる。

 

「血を見せろぉ!!!」

 

「ひぃやっ!?」

 

ボグジャア!!!

 

 義眼男が右腕を振り下ろすと、立っていたはずのゴロツキの姿が消え、不気味な音が倉庫に響く。

 地面に叩きつけられた義眼男の右腕の下には、真っ赤な水と人の腕のようなものが散々していた。

 

「ああ……あああああぁ!?」

「義眼に……増強型の『個性』……!ああ……!?ち、『血狂いマスキュラー』だぁ!?」

「た、助けてくれぇ!?」

「ひぃいいい!?」

 

 ようやく足が動いて、逃げ出すゴロツキ達。

 

「逃げんじゃねぇよ!!」

 

 マスキュラーの脚が膨らんだ瞬間、猛スピードで背中を見せるゴロツキ達を飛び越えて、先回りする。

 そして両腕に再び筋肉ようなものを纏い、全力で振るう。

 それだけで4人のゴロツキが殴り飛ばされて、壁に叩きつけられる。

 

「ひぃ!?」

「ほら!かかって来いよ!!もっと俺とぉ……!!」

 

 マスキュラーは両腕を振り上げて、飛び掛かる。

 

「遊ぼうぜええぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ある倉庫の前。

 パトカーが数台、ランプを回転させながら停まっており、その周囲を警察が慌ただしく動き回っている。

 

「かなり凶暴みたいね」

「こ、これも失血死事件と関係あるのでしょうか……?」

 

 倉庫の周囲にはヒーロー達が集まっており、周囲の警戒を行っていた。

 

 倉庫の目の前には2人の人影があった。

 

 黄色の瞳に鋭い目つき。白金のミディアムボブに猫耳を持つ女性。尾骨部には白金の上に黒の斑模様が散りばめられた尻尾が生えている。体は引き締まっておりながらも女性的なスタイルは維持されている。

 ヒョウ柄のレオタードにグローブ。黄色のニーハイソックスに、足爪先に猫足を模した装備を身に着けている。

 

 その隣にはやや垂れ目な少年。背中に大きめの甲羅のようなものを背負っており、頭には茶色のヘルメットを被っている。手足にも白のプロテクターを身に着けており、服は赤の蝶ネクタイ、白のシャツに、青の短パンにサスペンダー。

 

 女性は倉庫を鋭く見つめており、少年はその隣で不安そうにキョロキョロしている。

 

「おーい!!」

 

 そこに声が響き、直後ズダン!と2人の真横に人が飛び降りてきた。

 

「おかえりなさい、ミルコさん!」

「おかえり。駄目だったみたいね」

「ああ。それっぽい奴はいなかったぜ!ちくしょうが……」

 

 降りてきたのはNo.7ヒーローのミルコだった。

 2人はミルコのサイドキックである。

 ミルコは顔を顰めながら、周囲を見渡す。

 

「こっちも駄目そうだな」

「残念ながらね」

 

 ミルコの言葉に肩を竦める女性。

 それにミルコは更に機嫌を損ねて、舌打ちする。

 

「ちっ!『ヒョウドル』!『アルコロ』!帰っぞ!」

「いいの?」

「相手がいねぇなら意味ねぇだろ!」

「まぁ、そうね」

 

 ミルコはノシノシと苛立ちながら歩き出し、それに2人も付いて行く。

 

「あ、そうそう。例の雄英の職場体験だけど」

「あぁ?断られたか?」

「残念。指名した2人とも来てくれるそうよ」

「マジでか!?」

 

 ミルコはその言葉にグルン!と振り返り、満面の笑みでヒョウドルに詰め寄る。

 ヒョウドルは苦笑して手で押さえながら、話を続ける。

 

「雄英からメールが来てたわ。OK出したわよ」

「よっしゃ!!蹴っ飛ばせる!!」

「駄目に決まってるでしょうが」

「あはは……」

 

 ハイテンションで物騒なことを叫ぶミルコに、ヒョウドルが呆れ顔でツッコみ、アルコロは苦笑いする。

 

「そ、それにしても2人ともなんですか?」

「そうなのよねぇ。何でかしら?エンデヴァーやホークスが見逃すとは思えないのだけど……」

「いいじゃねぇか!ダメ元で2人とも指名させて良かったぜ!!」

 

 アルコロは驚いており、ヒョウドルは顎に指を当てて不思議そうに首を傾げる。

 ミルコは上機嫌にスキップしながら話す。スキップにしてはかなり高いが。

 ヒョウドルは呆れながらミルコを見る。

 

「言っとくけど、職場体験よ?ちゃんと教えなさいよね」

「そんなのお前がやればいいだろ?私は奴らを扱ければいいぜ!」

「……あんたの事務所でしょうに」

「お前の事務所でもあるだろ?私が教育なんて向いてると思うのかよ?」

「出来なさいよ」

「ヤダよ。私は蹴っ飛ばしたい!!」

「あんたねぇ……!」

「ま、まぁ、ミルコさんらしいじゃないですか……!」

 

 ヒョウドルは右手を握り締めて、後ろからミルコを睨む。それにアルコロは慌てながらヒョウドルを宥める。

 ミルコはそんなことも気づかずにスキップし続ける。

 

 そのミルコ達を、満月の光がスポットライトのように優しく照らしていた。

 

 

 

_______________________

人物紹介!!

 

・ヒョウドル(26歳)/豹川(ひょうかわ) ミク

 

 誕生日:7月1日 身長:162cm O型

 好きなもの:ローストビーフ

 

 黄色の瞳に鋭い目つきをしており、白金のミディアムボブに頭に猫耳、ヒョウ柄の尻尾が生えている。Cカップ。

 体は引き締まっているが、女性的なしなりも両立させているクール美人。

 

 コスチュームはミルコと同じデザインで、ヒョウ柄で足先の装備が猫爪になっている。

 

 ミルコのサイドキック。

 ミルコとは高校時代の同級生でクラスメイトだった。

 ミルコが飛び出して、ヒョウドルがサポートする形で活動している。ただし流石にミルコの全力には付いて行けてないので、ミルコの活動が目立っているので、人気が持っていかれているが、そこそこ人気はある。

 事務も出来る万能型だが、恋愛には肉食全開で失敗することが多い。

 

 『個性』:《アムールヒョウ》

 豹っぽいことは大体できる。ミルコほど跳躍力はないが、かなり身軽で走行速度はトップクラス。

 

 

 

・アルコロ(22)/甲原(こうはら) マル

 

 誕生日:5月11日 身長:123cm O型

 好きなもの:レタス

 

 茶色の瞳にやや垂れ目、茶色の短髪をした少年。

 

 コスチュームは背中に大きめの甲羅のようなものを背負っており、頭には茶色のヘルメットを被っている。手足にも白のプロテクターを身に着けており、服は赤の蝶ネクタイ、白のシャツに、青の短パンにサスペンダー。

 

 ミルコのサイドキック。

 半ば強引にヒョウドルに事務所に入れられた苦労人。

 ミルコはもちろん、我慢の限界を迎えたヒョウドルの八つ当たりと後始末を引き受ける苦労人。

 弱気な性格だが、ミルコとヒョウドルに引っ張られて活躍出来ていると思っているため、事務所を辞められない苦労人。

 完全草食系男子でショタ感全開のため、ミルコとヒョウドルに男として見られていない苦労人。

 本人も恋愛感情はないけど、周囲からは妬まれている苦労人。

 

 だから戦慈が来ることに内心ミルコ同様喜んでいる。

 戦慈と里琴の関係も知らずに。

 

 『個性』:《アルマジロ》

 アルマジロのように丸くなり、転がることが出来る。

 

 そのせいか大抵丸くなるとミルコ達に全力で蹴り飛ばされる

 怪我の理由の8割は『ミルコとヒョウドルに蹴られ投げられ、敵などにぶつけられたから』である。

 超可哀想な苦労人。

 けど、その後2人に撫でられながら褒められると、嬉しくなってしまい許してしまう。

 




ということで、やはりミルコになりました(__)
色々と提案してくださってありがとうございました!

ミルコのイメージを壊さないように、オリキャラも交えながら頑張って行きたいと思います!


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拳の二十一 蹴っ飛ばす!

今年はこれで最後となりそうです。
たくさんの方に見て頂けて、感謝しております!

新年もよろしくお願いいたします!

あと、ミルコは広島に拠点があるということにさせて頂きます。
理由は神野区に現れなかったことと、福岡には跳んで来たからです。

*「ドラゴンボール超ブロリー」を見られた方は、今話の後半から戦闘シーンBGMを頭に流しながらお読みいただければと思いますw


 いよいよ職場体験当日。

 コスチュームが入ったトランクと宿泊する荷物を持って、戦慈達は駅に集合していた。

 

「よし!!全員コスチュームは持っているな!」

『はい!』

「うむ。お前達の初陣だ。しっかりとアピールして来い!ただし、失礼はないようにな!!」

『はい!』

「では、行ってこい!!

 

 ブラドの言葉に頷いて、移動を開始する戦慈達。

 

「拳暴達は中国地方か」

「あぁ」

「……遠出」

「私は東京だから、あんまり変わらないな。まぁ、頑張ろうな!気を付けて行けよ!」

「お前も変な奴に付いて行くんじゃねぇぞ」

「だから私は幼稚園児じゃない!」

 

 一佳の抗議に肩を竦めて、戦慈は新幹線ホームに向けて歩き出す。里琴もそれに続く。

 一佳は目を吊り上げてフン!と鼻で息を吐くも、すぐに苦笑して移動を開始する。

 

「……考えたら1週間も拳暴達と会わないのは、仲良くなってからは初めてだな……」

 

 一佳はふと思い出したように呟く。

 逆にいえば仲良くなってからは、ずっと共に行動をしていたということだ。

 今になって思えば、里琴のことをあまり強く言えないかもしれないということに気づく一佳だった。

 

「あいつのコーヒーも飲めないのかぁ」

 

 リュックに入っているタンブラーの事を思い出す。もちろん今日の朝も戦慈からコーヒーを貰っている。

 しかし、明日からはない。

 

「……なんか嫌だな」

 

 コーヒーを貰えないと気づいた途端に妙な寂しさに襲われて、思わず呟く一佳。

 気合を入れていくべきはずなのに、寂しさでテンションを下げながら体験先に向かう一佳だった。

 

 

 

 

 戦慈と里琴は新幹線で数時間かけて移動し、広島県に到着した。

 

「……遠い」

「仕方ねぇだろ。お前が選んだんだぞ?」

「……むぅ」

 

 里琴は気だるげに文句を言うが、戦慈に反論されて無表情のまま唸る。

 それに呆れながら戦慈は地図を取り出して、ミルコの事務所を目指す。

 歩いていると、

 

「わ!あの子達、雄英の子じゃない!?」

「しかもあの仮面!体育祭で優勝した子だ!」

 

「……ここでも騒がれんのかよ」

「……有名人」

「お前もその1人だかんな」

 

 戦慈は顔を顰めながら歩く。里琴はその隣で両腕でトランクを抱えながら、上機嫌そうに歩いていた。

 20分ほど注目されながら歩いて行くと、5階建てのビルに辿り着く。

 ビルの上には『ミルコ・ヒーロー事務所』と看板が掲げられていた。

 

「やっぱデケェな」

「……金持ち」

 

 ビルを見上げながら、何故か2人はトップヒーローの羽振りの良さを感じ取る。

 すると、入り口から茶髪の少年が顔を出す。

 

「あ、あの~……もしかして雄英の生徒さんですか?」

「あん?ああ、そうだけど」

 

 戦慈は里琴よりも小さかったので、年下と判断してしまった。

 少年は戦慈の答えにパァ!と輝く笑顔を浮かべる。

 

「やっぱりだ!お待ちしてました!あ!?僕はアルコロと言います!ミルコさんのサイドキックをやらせて頂いています!」

「サイドキック?」

「……ヒーロー?」

「はい!!こんな小さくてゴメンナサイ!」

「いや、謝る必要はねぇけどよ」

 

 にこやかに自虐するアルコロに戸惑いながら会話する戦慈。

 その後、ビル内に招き入れて、なにやらハイテンションで事務所の説明をするアルコロ。

 

「1階はエントランスに倉庫。2階は応接間と会議室。3階が執務室。4階は簡単なトレーニング室。5階は宿直室に客室、更衣室になります!そして少し離れた所に戦闘も出来る広さがあるトレーニングジムがあるよ!もちろん体験中は使ってもらってもいいからね!」

 

 そして3階に上がり、執務室の扉をノックする。

 

「連れてきました!」

『お!来たか!入って来い!』

「失礼します!」

 

 アルコロが扉を開けて中に入り、戦慈達も続いて中に入る。

 執務室は20畳ほどの広さで、入って左側には事務机や書類などが収められた棚が並んでおり、右側には3つの大きなソファがコの字に置かれており、真ん中にテーブル、壁際にテレビが置かれていた。

 執務室と言われていたが、明らかに右側のスペースの方が多めに取られており、事務のスペースは仕方なく感が半端ない。

 しかも事務スペースに至っては4つ机が並んでいるが、1つは真っ新で、残りの3つは書類やパソコンなどが所狭しと積み重ねられていた。

 

 戦慈達は右側のスペースに目を向けると、テレビ正面のソファに褐色肌に兎耳の女性が背もたれに両腕を回して座っており、首だけ戦慈達に向けていた。その左側のソファにはヒョウ柄のコスチュームを着た女性が座っていた。

 

「おお!本当に仮面してやがんな!」

「ちょっとミルコ。挨拶しなさい」

「あぁ?別にいいだろ。私のこと知ってるから、希望出したんだし。お前らだけで充分だろ。なぁ、拳暴?」

「俺が知るわけねぇだろ」

「はははっ!そりゃそうだ!」

「はぁ~……全く……」

 

 ミルコは戦慈の言葉に上機嫌に笑い、それにヒョウ柄コスチュームの女性がため息を吐いて右手で顔を覆う。

 そして女性は立ち上がり、戦慈達に歩み寄る。

 

「あんなのが代表でごめんなさいね。私はヒョウドル。ミルコのサイドキックではあるけど、彼女とは同期なの。で、あれがミルコ」

「よっと!よろしくな!」

 

 ヒョウドルがミルコを指差すと、ミルコはバク転してソファの後ろに飛び、戦慈達に向き直ってニカッ!と笑いながら右手を上げる。

 それに戦慈と里琴は少し呆れながらも、自己紹介を返す。

 

「雄英1-B 拳暴戦慈。ヒーロー名はスサノオだ。世話になる」

「……巻空里琴。……シナトベ」

「スサノオにシナトベだな!スサノオたぁ気合入れてんじゃねぇか!」

「俺が付けたわけじゃねぇ。他の奴が考えた」

「似合ってそうだからいいじゃない。さて、今日から1週間、ここで職場体験をしてもらうわ。ミルコはこんな感じだから、普段は私があなた達の教育担当となるわ。よろしくね」

「言っとくけど、戦闘は私の言うことに従えよな!」

 

 終始上機嫌なミルコ。

 ヒョウドルは苦笑しながら、説明を続ける。

 

「今日は簡単な説明とパトロールをして終了よ。まずはあなた達の部屋に案内して、コスチュームに着替えてもらうわ。ミルコ、ちょっと待ってなさい」

「へいへい」

「アルコロも今のうちにさっきの書類終わらせなさい」

「あ!?ごめんなさい!」

 

 アルコロはハッ!として慌てて机に向かう。

 ヒョウドルは小さくため息をついて、戦慈達を連れて5階へ向かう。

 

「この事務所は3人で経営してるわ。アルコロが一番下。だから、あの子も後輩が出来て嬉しいんでしょうね。ミルコがあんな感じだから、あんまり職場体験やインターンは引き受けないのよ。今回はあなた達の試合を見て、興奮しながら『戦ってみてぇ!!指名出せ!!』って叫んでたわ」

 

 その説明に戦慈と里琴は内心「戦いたいってなんだ。そしてよく機能してるな、この事務所」と思っていた。

 恐らくヒョウドルが仕切っているのだろうと推測しているが。

 

 そして5階に上がり、ヒョウドルは戦慈達に鍵を渡す。

 

「ここがスサノオの部屋。隣がシナトベの部屋よ。部屋の造りはホテルのシングルルームと同じだから。ただし在室中は自分で掃除をしてね」

 

 ヒョウドルの言葉に頷く2人。

 

「コスチュームは部屋で着替えて頂戴。着替え終わったら、さっきの部屋に来てね」

 

 そう言って、ヒョウドルは下に降りていく。

 それぞれの部屋に入った戦慈達は、荷物を整理して、すぐにコスチュームに着替えて下に降りる。

 

「お!カッコいいじゃねぇか!って、シナトベは色違いの仮面かよ」

「……ブイ」

「体つきもアルコロと真逆ね」

「あ、あはは……スサノオ君と比べられるのは……」

 

 そして5人はソファに座る。

 ミルコは真ん中のソファを1人で、その左側のソファにヒョウドルとアルコロ、ミルコの右側のソファに戦慈と里琴が座る。

 

「で、まずは簡単にヒーローとしての活動について説明するわね」

 

 ヒョウドルが話し始めた瞬間、ミルコがテレビを点ける。

 

「……ちょっとミルコ」

「あん?いいだろ別に。聞いてるだけなんて暇なんだよ」

「……はぁ~……もういいわ」

「あはは……」

 

 ミルコの行動にため息を吐くが、諦めて戦慈と里琴を見るヒョウドル。それにアルコロも苦笑するしかなかった。

 

「ヒーローの活動は基本的に『犯罪の取り締まり』と『人命救助』の2つに大きく分類されるわ。基本的に事件発生時には該当地区のヒーロー事務所全てに一斉に連絡が来るわ。基本は警察からの応援要請だけど、一般人からの通報でも動くことがある。そして活動内容を報告書にまとめて、国の調査機関に報告。それで給料が支給されるわ。国家資格でもあるから、位置づけとしては公務員だけど、活動内容によって給料は変わるから歩合制ね」

 

 ヒョウドルの説明に頷く戦慈と里琴。

 

「ヒーロービルボードチャートは、それを形にしたものね。人気のヒーローはそれだけ活躍の場が増える。他の地域からの応援要請やチームアップも増えるから、その分貢献度も上がるわ。ただし、聞いたことはあると思うけど、最近はヒーロー飽和社会と言われるほどヒーローは多い。だから競争になるのだけど、そうなると事務所によっては貢献度が示せなくて、給料が不十分なこともあるの。だからヒーローは『副業』が認められているわ。まぁ、うちはありがたいことにヒーローだけで十分な収入があるけどね。代表が副業に向かないのもあるけど」

「私は蹴っ飛ばしたいから、ここにいるんだよ」

「って感じよ。もちろん救助活動もするわよ」

 

 ヒョウドルは肩を竦めて、説明を続ける。

 

「基本的にうちはヴィラン退治がメインよ。だから、基本活動は要請・通報待ちとパトロール。アルコロは待ちの時は、事務所周辺の清掃活動もしてるわ。これもヒーローとして立派な貢献よ」

「えへへ……」

 

 ヒョウドルの言葉にアルコロが照れ臭そうに笑う。

 それに戦慈はますます「本当に年上か?」と思い始める。

 

「じゃあ、早速パトロールに行きましょうか」

「よっしゃ!」

 

 ヒョウドルの言葉にミルコは再びバク転してソファの後ろに飛ぶ。

 

「行くぞ!スサノオ!悪い奴は蹴っ飛ばす!で、パトロール終わったら、私と蹴り合いするぞ!!」

「は?」

「私はお前らと1回戦いたかったんだよ!だから指名したんだ!だから決定事項だかんな!!」

「……はぁ」

 

 ミルコの言葉に一瞬唖然として、ため息を吐いて項垂れる戦慈。

 それに里琴がポンポンと戦慈の脚を叩いて、他人事のように慰める。

 

「……どんまい」

「お前も戦うんだよ。聞いてなかったのかよ。お前『ら』って言ってただろうが」

「……マジ卍」

「お前が選んだんだ。責任取りやがれ」

「……どんだけ~」

 

 戦慈の言葉に里琴は心外とばかりに呟く。

 その様子にヒョウドルとアルコロは、

 

「やっぱり仲いいわね」

「ですね」

 

 そして5人で街を歩く。

 

 もちろん物凄い注目を集めている。

 ただでさえ普段からミルコは人気があって目立っているのに、そこにデカい戦慈が加われば更に目立つ。

 

「……このメンバーを前に暴れる人なんているのでしょうか……?」

「馬鹿とヤバイ奴は出るでしょうねぇ。頭が切れる奴はミルコとスサノオを見れば隠れるでしょうけど」

 

 ミルコと戦慈が歩く姿を後ろから見ていたアルコロは、この集団の存在感に思わず呟く。

 ヒョウドルは苦笑しながら同意する。

 それにアルコロは、

 

(いやいや、ヒョウドルさんも十分凄いです)

 

 正直、ヒョウドルも自分の事務所を持てるだけの実力と人気もある。

 そして体育祭を見ただけだが、戦慈と里琴もすでに事務所を設立することは出来るだろう。

 自分だけが分不相応だと感じるアルコロだった。

 

「まぁ、パトロールなんて暇で終わることが多いけどな」

「やることに意味があるんだから、そんなこと言わないの」

「けど、お前らいい時に来たぜ?最近、この辺りは盛り上がってるからな」

 

 ミルコはニィ!と笑みを浮かべて戦慈達を見る。

 

「盛り上がってる?」

「……祭り?」

 

 戦慈と里琴は首を傾げる。

 それにヒョウドルは顔を鋭くして、首を横に振る。

 

「違うわ。今、この周辺では2つの連続殺人事件が起こってるのよ。1つは連続失血死事件。すでに10人の被害者が出てるわ。次に連続暴行殺人。今のところヴィラングループの抗争みたいだけど、それでもかなりの被害者を出してる。情けないことにどっちも犯人に繋がる情報がほとんどないのよ」

「……失血死…ねぇ」

「……あいつ?」

「え!?心当たりあるんですか!?」

 

 戦慈と里琴の言葉にアルコロが目を見開く。

 その言葉にミルコも足を止めて、戦慈達を振り返る。

 

「話せ」

「雄英に襲撃してきやがった連中の1人が、エルジェベートとか言う吸血鬼みてぇな『個性』の持ち主だった。知り合いの刑事から、失血死事件の容疑者らしいってのを聞いたことがある」

「……空を飛ぶ」

 

 戦慈達の言葉にミルコ達は顔を顰める。

 

「そいつっぽいな」

「そうね。被害者達には噛まれた痕があったらしいし。空を飛ぶなら痕跡が少ないのは頷けるわ」

「けど、何故ここにいるのでしょうか?」

「そうよねぇ」

「……戦慈が吹き飛ばした」

「ここまで飛ぶか?ってか、今は名前で呼ぶんじゃねぇよ」

「吹き飛ばしたって……」

 

 里琴と戦慈の会話にアルコロはもはや呆れるしか出来なかった。

 関東から広島までかなりの距離がある。どれだけのパワーで殴り飛ばしたのか、というか良く生きてたなと思わざるを得なかった。 

 

「で、パトロール中に事件が起こった場合は、その場で判断するわ。あんまり携帯なんか触ってる暇はないからね。基本的にはすぐに駆け出して、現場に行くわね」

「私は跳んで行くけどな!」

「はいはい」

 

 その時、

 

「ヴィランだー!!」

「ヴィラン同士のケンカだー!!」

 

「お!行くぜ!!お前ら!」

「了解!アルコロ!2人とも!」

「はい!」

「行くぞ」

「……ヤー」

 

 声が聞こえた瞬間、ミルコが高く跳び上がる。

 ヒョウドルはアルコロを抱えて走り出し、戦慈も里琴を背中に張り付けて走り出す。

 

 ミルコはすでにかなり先に進んでおり、ヒョウドルもどんどんと戦慈を突き放していく。

 

「流石のスピードだな……!!」

「……どっする?」

「上がって飛ぶ!」

「……ヤー」

 

 里琴が戦慈の肩越しに右腕を突き出して、小さいが回転が強めの竜巻を放つ。その竜巻の上に戦慈が跳び乗って、上に跳び上がる。もう一度同様に竜巻を踏んで跳び上がる。

 6mほど上がると、今度は前に向かって跳び、直後に里琴が後ろに竜巻を放って、戦慈を押しながら前に飛ぶ。

 一気にスピードが上がり、ヒョウドル達を抜き去る。

 

「そんな行き方!?」

「ヒュー♪ やるわねぇ」

 

 アルコロは目を見開き、ヒョウドルは口笛を吹いて感心する。

 戦慈の視界に、3m程のズボンを履いた恐竜と2mほどのロボットが向かい合っており、そのそれぞれの足元に複数の人影が見える。

 ミルコはロボットの方に向かっていた。

 

「シナトベ、投げるぞ」

「……ばっちこーい」

 

 戦慈は右腕を後ろに引き、その手の上に里琴が飛び乗る。

 

「オオォラアアァ!!!」

 

 空中で思いっきり振り被り、里琴を投げる。

 里琴はタイミングを合わせて体を捻りながら両足を踏み抜き、竜巻を纏いながら恐竜に向かって飛ぶ。

 

「……どっこーん」

「ギャオン!?」

「「ギャアアア!?」」

 

 

 里琴は顔の前に両腕を構えて、恐竜の横顔にタックルする。

 恐竜ヴィランは僅かに体が地面から浮き、仲間を巻き込みながら倒れる。

 

「はっはー!!やるじゃねぇか!!」

「ビゴン!?」

「「ギャアアア!?」」

 

 ミルコは戦慈達の行動に高笑いしながら、ロボットヴィランを同じく仲間を巻き込みながら蹴り倒す。

 戦慈は地面に降りて、駆け出す。

 すると、ヒョウドルがその横に並ぶ。

 

「アルコロ!!転がりなさい!」

「はい!!」

 

 ヒョウドルが抱えていたアルコロを前に放り投げると、アルコロは手足を畳んで丸まって地面を転がり出す。

 

「ミルコ!!行くわよぉ!!」

 

ドゴン!

 

「むぎゃ!?」

「は?」

 

 ヒョウドルは転がり出したアルコロに一瞬で詰め寄り、思いっきり蹴り飛ばした。

 それを戦慈は唖然と見送る。

 

 蹴られたアルコロはまっすぐミルコがいる場所に飛んでいく。

 

「うわぁ!?」

「あぶね!?」

 

 ミルコの近くにいたヴィラン達は慌てて避ける。

 それにミルコはステップで横に跳びながら振り返り、アルコロを確認する。

 そして、

 

「オゥラァ!!」

「ひぅ!?」

 

 アルコロが横に来た瞬間、左脚を振り抜いて更にアルコロを蹴り飛ばす。

 その先には未だ倒れているロボットヴィランがいた。

 

「ビギャアアン!?」

「うにゅう!?」

「「あぎゃああ!?」」

 

 アルコロはロボットヴィランの顔に勢いよくめり込み、ロボットヴィランを更に吹き飛ばす。それに巻き込まれて倒れていた仲間のヴィランも、再び巻き込まれて悲鳴を上げる。

 

「……あれはいいのか?」

「あの子はそこそこ頑丈だから大丈夫よ」

「……ならいいけどよ」

「シナトベの援護に行くわよ!!」

 

 戦慈は大丈夫そうには見えなかったが、とりあえずヒョウドルの言う通りに里琴の元へと走る。

 すでにヒョウドルは里琴の元に辿り着いて、ヴィランの1人を蹴り飛ばしていた。

 

「瞬発力では追いつけねぇな……!」

 

 その時、里琴が戦慈に向かって飛んできて、背中に回る。

 

「……ぶっ飛び~」

 

 戦慈の背中に竜巻を放ち、戦慈を押し飛ばす。それに追随するように里琴も飛んで行く。 

 

「男は飛ばされる事務所かよ……!」

「……働け」

「やかましい!!」

 

 戦慈は里琴に叫び返しながら、両腕を広げる。

 そして両足が地面に着いた瞬間、前のめりになって全力で駆け出して敵集団に突っ込み、ラリアットを叩き込む。

 

「「「ぎゃあ!?」」」

 

 ヴィラン達を薙ぎ倒しながら、戦慈は走り続けて恐竜ヴィランに詰め寄る。

 

「づぅああ!!!」

「ガゥグォ!?」

 

 戦慈は右腕を振り上げて、恐竜ヴィランの顎にアッパーを叩き込む。

 恐竜ヴィランはつま先立ちになって仰け反る。

 直後、戦慈の体が一回り膨れ上がり、髪が逆立つ。

 

「オォア!!」

 

 戦慈は両足を踏み込んで、足から衝撃波を出しながら勢いよく飛び上がり、恐竜ヴィランの喉元に掴みかかる。

 そして空中で振り返りながら、恐竜ヴィランに背負い投げを放ち、恐竜ヴィランは宙に浮く。

 

『えええええ!?』

 

 その光景に他のヴィラン達やアルコロ、そして野次馬や駆けつけた他のヒーロー達が驚愕に叫ぶ。

 恐竜ヴィランは背中から地面に叩きつけられ、他のヴィラン達を下敷きにする。

 戦慈は叩きつけた勢いで、前転しながら恐竜ヴィランの真上に移動し、右腕を振り抜いて衝撃波を叩きつける。

 

ドッパアアアァァン!!

 

「ギャガアオオ!?」

 

 恐竜ヴィランは嘔吐して、気絶する。

 

「ふぅー……」

「……おつ」

 

 戦慈は地面に降りて息を整えながら、周囲を見渡す。

 すでにヴィラン達は抑え込まれており、捕縛が始まっていた。

 

「はははは!!やっぱいいな!お前ら!」

「ホントね。もう現場出れるじゃない」

「……凄すぎます」

 

 ミルコは楽しそうに笑い、ヒョウドルも笑みを浮かべ、アルコロは乾いた笑みを浮かべる。

 

「まぁ、後は他のヒーローや警察に任せりゃいいだろ」

「警察に簡単な報告をして、状況検分は任せればいいわ。厄介そうな奴がいれば、移送されるまで監視するけどね。こいつらならそこまではいらないでしょ」

「……今回は無事でした」

「頑張ったわね、アルコロ。おかげで早く片付いたわ」

「そ、そうですか?えへへ……」

 

 割れたヘルメットを抱えているアルコロの頭をヒョウドルが撫でる。

 それにアルコロは嬉しそうに頬を赤く染めながら笑う。

 

「……それで許すのか」

「……不憫」

 

 戦慈と里琴はアルコロの扱いを憐れむ。

 しかし、幸せそうに笑っているアルコロを見て、もう何も言うまいと決めたのだった。

 

 

 

 その後は特に問題もなくパトロールを終えたミルコ達は、大きな体育館のような建物に足を踏み入れる。

 

「ここがもう1つのトレーニングジムよ。まぁ、ここまで大きいから私達だけじゃなくて、他のヒーローも使わせてるけどね」

 

 中はかなり広く、体育祭のリングよりも広い。今も数名のヒーローが訓練していた。

 すると、ミルコが前に出て、戦慈に振り返る。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「よし!!じゃあ、やるぞ!!」

「あん?」

「戦えって言ってんだよ!!私とな!!」

「……マジかよ」

 

 ビシィ!と親指で自身を指しながら、笑みを深めるミルコ。

 戦慈は右手で仮面を覆うことしか出来なかった。

 それにヒョウドルとアルコロは苦笑する。

 

「今日はスサノオとだ!!準備しろよ!」

 

 ミルコはピョン!ピョン!と強めに跳ねて、体を温めるように部屋の真ん中に移動する。

 戦慈はそれを腕を組んで見送る。

 

「スサノオ。嫌がっても後6日間迫られるわよ。諦めて一度は戦っときなさい」

「……はぁ~。分かったよ」

 

 戦慈はため息を吐いて、ミルコの元に向かう。

 里琴やヒョウドル、アルコロは2階の観戦席に向かう。そこは強化ガラスが張られており、戦いの衝撃や巻き込まれを防ぐ造りになっている。

 他のヒーロー達も訓練を中止して、観戦席にやってきた。

 

「ごめんなさいね」

「いえいえ!ところで、あの仮面の子って雄英の……?」

「そうよ。今日からそこの子と一緒に職場体験なの」

「……初日からミルコさんと試合ですか……」 

 

 ツインテールの女性ヒーローが汗を拭きながら、戦慈を憐れみの目で見つめる。

 その視線の先では、ミルコがステップを踏みながら戦慈を見つめており、戦慈は肩を回していた。

 

「思いっきり来いよな!!」

「……うっす」

 

 戦慈は未だに乗り気ではない。

 

(けど、向こうの方がスピードは上だ。あの蹴りはまともに受けたらヤベェな)

 

 戦慈は覚悟を決めて、構える。

 それを見て、ミルコは笑みを深める。

 

 

 そしてミルコが腰を軽めに落とす。

 

「行くぜぇ!!蹴っ飛ばす!!」

 

 

ドォン!!

 

 

 ミルコは軽やかに跳ねたように見えたのに、一瞬で右脚を振り被った状態で戦慈の左横に現れる。

 

「はぁ!」

 

 ミルコは右脚を振り抜く。

 その蹴りを戦慈は左腕で防ぐが、流石のパワーに左腕を後ろに弾かれて、体も後ろに滑っていく。戦慈は両足で踏ん張り、倒れないように耐える。

 ミルコはすぐに再び跳ねて、今度は左脚を鋭く突き出す。

 戦慈は左腕を後ろに弾かれた勢いで、腰を捻って右ストレートをミルコの左脚に合わせる。

 

 

ガアァン!!

 

 

 鋭い金属音が響き、ミルコと戦慈は互いに後ろに弾かれる。ミルコは空中に、戦慈は引き続き地面を滑る。

 

「ツアアア!!」

 

 戦慈は滑りながらも両脚で踏み込み、叫びながら前に飛び出す。

 戦慈は左腕を振り被り、ミルコに迫る。

 ミルコは笑みを深めながら、空中で宙返りをして右脚を振り被った体勢になる。

 

「ツァア!!」

「おらぁ!!」

 

 再び拳と足をぶつけ合う2人。

 戦慈は再び左腕を後ろに弾かれそうになるが、肩や腹筋に力を込めて耐え、右ストレートを放って無理矢理に前へ出る。

 そして拳の乱打を放ち、ミルコに追撃する。 

 

「ダァララララララララララララ!!」

「ちぃ!」

 

 ミルコは顔を顰めながらも、戦慈の拳に足を鋭く当てることで弾かれる勢いを利用して距離を取る。

 戦慈は拳を振りながら舌打ちするも、次の瞬間体が一回り膨れて、髪が逆立つ。

 

「オォラァ!!」

 

 戦慈は右腕を振り抜くが、ミルコはその腕を跳び箱のように足を開いて躱す。

 そして、戦慈の腕に両手を乗せて、開脚旋回の要領で回り、戦慈の顔に左脚を振る。

 

「らぁ!」

「シィ!」

 

 戦慈は顔を仰け反りながら、右腕を振り上げる。

 ミルコは両手で逆立ちして跳び上がり、戦慈はそのまま後転倒立の要領で両手で地面を押し出し、両足を揃えて飛び蹴りを放つ。

 ミルコは再び戦慈の足に、自分の足を合わせて踏み抜いて飛び上がる。戦慈はその勢いで宙返りをして、地面に降り立つ。

 

「はっはぁ!!やるじゃねぇかぁ!!燃えてきたぁ!!」

「やっぱ足技がハンパねぇな……!」 

 

 再び向き合って、呼吸を整える2人。

 

 観客席ではヒョウドルと里琴以外は、唖然と2人の戦いを見つめていた。

 

「ミ、ミルコさんと互角……?」

「マ、マジかよ……。い、いくら雄英体育祭優勝者だとしても、まだ1年生だろ……!?」

「やるわねぇ!私は流石にどっかで当たってるわ!」

「……これからが本番」

「「「え?」」」

 

 里琴の言葉の直後、戦慈の体が更に膨れ上がる。

 

「まだ上がんだろぉ!?もっと来いよ!」

 

 ミルコの挑発に応えるように、戦慈は飛び出す。

 先ほどより戦慈のスピードが上がっていることにミルコは少し目を見開くが、すぐさま飛び出して右脚を振り被る。

 戦慈は左指を弾いて、小さく衝撃波を放つ。

 

「ぐぅ!?」

「ヅゥアアア!!」

 

 ミルコは後ろに飛ばされ、戦慈は足から衝撃波を飛ばして加速する。

 一気にミルコに迫った戦慈は拳の乱打を放つ。

 

 ミルコは宙返りをして、両足を地面に叩きつけて跳び上がって躱す。

 戦慈もすかさず跳び上がり、両手を組んで振り上げる。

 

「なめんなぁ!!」

 

 ミルコは空中で体を捻り、左脚を振り抜いて戦慈の脇腹に叩き込む。

 戦慈は体が横にくの字に曲がるのを感じながらも、両腕を振り下ろす。

 

「ラアアアア!!」

「ぐぅ!?」

 

 ミルコは両腕を交えて防ぐが、背中から地面に叩きつけられ、戦慈は横に蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられて地面に落ちる。

 

「がっ!?ちぃ!」

「ぐぅ!?っそぉ!」

 

 2人はすぐさま起き上がり、駆け出す。

 戦慈が右フックを放つと、ミルコは右脚を大きく踏み出しながら、上半身を前に倒して体を低くすることで躱す。

 

「だらぁ!!」

 

 ミルコは右脚に力を込めて、上半身を起こしながら左脚を戦慈の腹部に鋭く突きさす。

 戦慈は体をくの字に曲げて、後ろに吹き飛びそうになるが、すぐさま後ろに右脚を出し踏ん張って耐える。

 

「ウオアアアア!!」

「!!」

 

 戦慈は体を更に膨れ上がらせながら体を起こし、左腕を振ってラリアットをミルコに叩き込もうとする。

 ミルコは目を見開きながらも、体を地面に横たわらせて腕を躱す。

 

ドバアァン!

 

 空振りした戦慈の腕から衝撃波が飛ぶ。

 戦慈はすぐさま右腕を振り被るが、ミルコは両足を揃えて振り上げて、先ほど戦慈同様両手で跳び上がって、戦慈の顎を蹴り上げる。

  

「ゴォ!?っ!オオオオオ!!」

 

 戦慈は顔を一瞬仰け反らせるも、途中で耐えてミルコの脚を押し戻しながら叫び、右腕を無理矢理振ってミルコの脇腹に拳を叩き込む。

 

「でぇ!?」

 

 ミルコは横に吹き飛び、地面を転がる。5mほど転がると跳び上がって、宙返りして地面に降り立つ。

 

「ってぇ~……!今のは効いたぜ……!」

「こっちのセリフだぜ……」

 

 ミルコは脇腹を押さえながら、僅かに顔を顰める。

 戦慈も顎を擦りながら、ペッ!と血混じりの唾を吐き出す。

 

「まだやんのか?これ以上は力を発散させるのも難しくなんだけどよ」

「う~ん。私としてはまだやりてぇな!」

『ミルコ。流石にこれ以上は駄目よ。お互いタダじゃすまないわ。ただでさえ初日からヴィラン退治手伝わせたのに』

「そうだよなぁ……はぁ、しゃあねぇか」

 

 ミルコは悩まし気に腕を組んで、ため息を吐いて構えを解く。

 戦慈は大きく息を吐くも、直後に後ろを振り返って右腕を振り抜く。

 

 

ドッッッパアアアアァァン!!!

 

 

 巨大な衝撃波が飛び、壁を震わせる。

 

「へぇ。流石に金掛けてるだけあんなぁ」

「てめぇ!そんなのブッ放せるのかよ!?なんで使わなかったんだ!?」

「見りゃ分かるだろ?体と力が元に戻るんだよ」

 

 ミルコは戦慈に詰め寄るが、戦慈は体を指差して肩を竦める。

 ミルコはそれにすぐに納得して引き下がる。

 

 ヒョウドル達も降りてくる。

 

「ミルコとあそこまでやり合えれば、もう十分プロでやれるわよ。本当に期待の新人ねぇ」

「……おつ」

「明日はシナトベと蹴り合うかんな!」

「……どんだけ~」

 

 里琴はミルコの言葉に声を上げる。

 それにヒョウドルは苦笑する。

 

「まぁ、今日はここまでにしましょ」

「よし!!じゃあ、飯だな!動いたから焼き肉行くぞ!!」

 

 ミルコは右腕を上げて、歩き出す。

 それに戦慈達も続き、こうして職場体験初日は終了したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どれだけ食べるのよ」

「……凄いですね。シナトベさんまで……」

「リスみたいになってるわね」

「くぞぅ!負げるが!」

「あんたまで張り合わなくていいの。太るわよ?」

「ぐむ……!?」

 

 その後、焼き肉屋にて戦慈と里琴の食いっぷりに、呆れたり張り合ったりするミルコ達の姿が見られたとかなんとか。

 

 




アルコロ頑張れ!!

雰囲気的にミルコは孫悟空みたいになってきてますねw
もうちょっと戦わせたかったですが、流石に職場体験の域を超えると思ってしまいました(__)

それでは皆様、良いお年を!!


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拳の二十二 それぞれの職場体験『ヒーローにとって忘れてはいけないこと』

謹賀新年。
今年もよろしくお願い致します(__)

新年1発目ですが、今回は主人公出ず(__)
内容もやや重め。しかし大切かな?と思ってしまったので。

*唯と柳のヒーローネームを修正しました


 一佳はやや沈んだ気持ちのまま、ウワバミの事務所を訪れた。

 すると、そこには、

 

「あれ?お前……」

「あ……拳藤さん……」

 

 A組の八百万が何やら思い詰めた顔をして、エントランスの椅子に座っていた。

 

「八百万もウワバミに指名貰ったのか。よろしくな!」

「はい。よろしくお願いしますわ」

 

 挨拶していると、事務員が声を掛けてきて、ウワバミの元に案内される。

 ウワバミは何やら衣装を眺めながら唸っていた。

 

「ウワバミさん。雄英生のお2人をお連れしました」

「あら!ありがとう!」

 

 声を掛けられたウワバミは、礼を言いながら一佳達に顔を向ける。

 

「指名を受けてくれてありがたいわ。私がウワバミよ」

「雄英高校1年A組 八百万百と申します!ヒーロー名は『クリエティ』です」

「同じく1年B組 拳藤一佳です!ヒーロー名はバトルフィストです」

「クリエティにバトルフィストね。まずはコスチュームに着替えてもらいましょうか。隣が更衣室よ」

「「はい」」

 

 隣の部屋へ行くと、そこは先ほどの部屋と同じ造りだった。

 

「そこのクローゼットが2つあるから、1つずつ使ってちょうだいね。宿泊する部屋は活動が終わってから案内するわね」

「「はい」」

「着替え終わったら、隣に来てね」

 

 一佳達はクローゼットに荷物を仕舞い、コスチュームに着替える。

 そして隣に行くと、ウワバミが2人の姿を見て微笑んで頷く。

 

「うん!いいじゃない!」

「これからどんな活動を?」

 

 八百万が早速、前のめりになって尋ねる。

 ウワバミは何やら化粧をしながら、簡単にヒーロー活動について説明する。

 

「私はパトロールもするけど、基本的には警察の応援要請待ちが多いわ。私は戦闘力は高くないし、『個性』としては索敵・追跡が得意だからね。それとヒーローには副業が許されているの。市民からの人気と需要に後押しされた名残ね」

「……というと?」

「これからCM撮影なの。付き合ってね」

「「……」」

 

 八百万と一佳はウワバミの言葉に一瞬唖然とする。

 

「もっとヒーロー的活動を……体験したいんだけどな」

 

 一佳が僅かに顔を引きつらせていると、八百万は何やら気合を入れ始めた。

 

「いえ!これもプロ入りすれば避けては通れぬ道ですわ!!それにいいとこなしだった私を見初めてくださった方ですもの……!たんと勉強させてもらいますわ!!!」

「気張ってんなぁ……」

「ふふ。体育祭を見て、あなた達は可愛くて見た目がいいと思ってたのよ~。2人とも指名を受けてくれるなんて嬉しいわ」

「見た目が良い……」

 

 一佳はウワバミが語った指名理由に絶句することしか出来なかった。

 一佳達はその後、車でテレビ局へと向かう。

 

「まぁ、納得いかないでしょうけどね。これも立派なヒーロー活動よ?一般人にヒーローを身近に感じてもらうことで、受け入れてもらえるのだから」

 

 突如、語り出すウワバミに、一佳達は背筋を伸ばす。 

 

「さっきも言ったけど、私は戦いが得意ではないわ。だから私はあまり前に出ても役に立たない。救助や索敵では前に出るけどね。でもね、私としてはこういう活動ばかりの方が嬉しいの。好きって言うのもあるけどね」

「「……」」

「なんでだと思う?」

「なんで……?」

「そうよ。ヒーローとして活躍するよりもCM出演の方が好きなんて、あなた達からすれば変に感じるでしょ?ヒーローになりたくて、ここに来てるのだものね」

 

 ウワバミの言葉に一佳と八百万は顔を顰めながら考え込む。

 それをウワバミは微笑ましそうに見つめる。

 

「ヒーローを目指す子達の多くは、オールマイトとかのイメージが大きいでしょうね。ヴィランを倒して、災害から人を助ける。それは間違ってないし、大事なことよ。それが出来ないヒーローは問題外」

 

 ウワバミの言葉に一佳達は頷く。

 

 

「いい?2人ともこれだけは憶えといてね。ヒーローはね……」

 

 

 

 

 

 

 静岡のあたり。

 

 茨はシンリンカムイと主にパトロールを行っていた。

 

「パトロールは犯罪の抑制につながる。それに我らの『個性』は束縛に適している。迅速に駆けつけることで、被害を押さえることが可能だ」

「はい」

「ここ最近は雄英にオールマイトが来たことで、活躍の場が奪われることもある。もちろん他のヒーローとの競争も重要だが、生きていくには他者を蹴落とすこともある」

「悲しい事です」

「そうだな」

 

 すると、

 

「あ、先輩。お疲れ様です。先輩も職場体験ですか?」

 

 現れたのは女性ヒーローの『Mt.レディ』。デビューしたばかりの新人ヒーローである。

 『個性』《巨大化》の使い手で、シンリンカムイとは同じ地区に事務所を構えているため、よく現場を共にする。

 マウントレディの後ろには、A組の峰田が何やら死んだ顔で立っていた。

 

「……何やら魂が抜けているようだが」

「さぁ?どうしたんでしょうね?」

「……」

 

 マウントレディは不思議そうに首を傾げて峰田を見る。

 

(大方、こ奴の事務所での姿を見てショックを受けたのだろう。見た目と違ってズボラのようだからな)

 

 シンリンカムイは峰田の様子の理由を推測する。

 何回か仕事を共にして、マウントレディの本性をある程度理解していた。

 マウントレディの事務所にサイドキックはいないし、よく器物損壊の保証金を払っているため、事務所が赤字であるとも聞いたことがある。

 その現実は憧れで来た者にはショックだろうなと内心同情するシンリンカムイであった。

 

「お?なんだ。お前らも職場体験か?」

 

 次いで現れたのは大柄の男、『デステゴロ』だった。

 その後ろにはA組の耳郎がいた。

 耳郎は峰田の様子を見て、首を傾げていた。

 

「デステゴロさんもですか」

「まぁな。マウントレディはちゃんと教えてんのか?小間使いにしてないだろうな」

「まっさかぁ!ちゃんと教えてますよぉ!……ね?」

「ハ、ハイ……」

「震えてんじゃねぇか」

 

 マウントレディの黒い笑みを向けられて震える峰田。その様子にデステゴロ達は呆れるが、「これも経験か」と誰もツッコまなかった。

 

「まぁ、いいけどよ。やりすぎて来年から雄英から断れるみたいなことになんなよ」

「分かってますよ。ちゃんと活躍する姿を見せます!」

「……そういうところだけじゃねぇだろ。はぁ、仕方ねぇなぁ」

 

 デステゴロはため息を吐いて、耳郎や茨達を並べて話しかける。

 

「こういう風に地区にはヒーローが溢れてる。けど、ヴィランは事件を起こして暴れる。俺達はそれを抑え込むのが仕事なわけだ」

 

 その言葉に頷く茨達。

 

 

「俺達はそれを周囲に見てもらって、支持率とかに繋げるわけだけどよ。けどよ、実はそれってヒーローにとってはよ……」 

 

 

 

 

 

 

 関西。

 

 唯と柳もパトロールを行っていた。

 

「パトロールはヒーローにとっては根幹とも言える地域貢献よ。副業に力を入れるのが悪いとは言わないけど、これをないがしろにするヒーローは大抵失業に追い込まれるわ。覚えておいてね?『ルール』『エミリー』」

「ん」

「なるほど」

 

 2人に説明しているのは、ショートウルフの赤髪、赤と紫のタイツコスチュームに顔の上半分のピエロマスクをしている女性ヒーローだった。

 念動ヒーロー『キネシスレディ』。『個性』《念手》の使い手である。

 

「あなた達の『個性』は、どちらかと言えば災害救助で活躍するわね。逆に言えばヴィラン退治をどうやって行うかが課題だわ」

「ん」

「難しい」

「でも、大事なのは被害を広げないこと。自分が『大事にしたい貢献』とは何かって事が重要よ」

 

 キネシスレディの言葉に頷く唯と柳。

 

「さて、ここで2人に質問よ」

「ん?」

「ヒーローとは『解決力』と『抑止力』。どっちを重要視すべき?」

 

 キネシスレディの質問に唯と柳は首を傾げて考え込む。

 しばらく考えるが、答えは出なかった。

 

「……分からないです。どっちも大事な気がします」

「ん」

「正解よ。だけど不正解でもあるわ」

「ん?」

「どういうことですか?」

「問題を解決出来なければ、人は救えない。そして私達がこうしてここにいると示すことで、犯罪者達は罪を犯すことを諦める。けど、力が弱ければ無意味。だからどっちも大事ではある」

 

 唯と柳はその話に頷く。

 

 

「けどね、私達ヒーローは……」

 

 

 

 

 

 

 鉄哲は不安を抱えながらも作業を行っていた。

 

「……こんなことしてて、俺は強くなれんのか?」

 

 鉄哲が今、行っているのは道や公園のゴミ拾いだった。

 コスチュームの上から青いベストを着て、ごみ袋を片手にゴミを拾っては入れていく。

 

 そして、その横でもう1人不満そうにゴミ拾いをしていた。

 

「はぁ~……もっと犯罪捜査とか検挙に関われるって思ってたのになぁ」

 

 A組の切島である。

 事務所で顔を合わせたときは嬉しさに握手をしたが、今は揃って顔を顰めていた。

 その2人の頭に拳骨が落とされる。

 

「「っ!?」」

「なにチンタラしてやがる!!もっとキビキビ動け!!もうすぐ子供やその家族が来る時間だぞ!!」

「「はい!!フォースカインドさん!!」

 

 2人を叱責しているのは4本腕の男ヒーロー『フォースカインド』である。

 黒いスーツを着た強面の男だが、今は青いベストを着て、ごみ袋を抱えてゴミを拾っていた。

 

「いいか!地域貢献も立派なヒーロー活動だ!俺達ヒーローを受け入れてもらえるように努めなければならん!」

「「はい!!」」

 

 その後も、せっせとゴミを拾っていき、公園のゴミは綺麗さっぱり無くなった。

 

「「はぁ~……」」

 

 2人は公園の端の方にあるベンチに座って、休憩していた。

 

 しかし、やはりその顔は思い詰めているようにしかめっ面である。

 

「犯罪が起こって欲しいだなんて言う気はねぇけどよぉ。やっぱりなんか物足りねぇな」

「ああ……こんなんで拳暴に追いつけんのか?俺は……」

「ホントな……焦っちまう」

 

 2人の『個性』は戦闘で最も発揮する。

 それもあってか本当に現場で活躍できるかどうかを確かめたくて、ここを選んだのだ。

 体育祭での情けない結果を少しで挽回出来るような目標やイメージを持ちたかった。

 まだ初日ではあるが、今の所その目的を達成するのは難しそうだと言わざるを得なかった。

 

 2人は顔を俯かせていると、突如後頭部に冷たく硬いものが乗せられる。

 

「「冷てぇ!?」」

「なに黄昏てやがる?」

「「フォ、フォースカインドさん……!?」」

「ほれ、飲め。喉乾いただろ?」

「「ありがとうございます!!」」

 

 フォースカインドから缶ジュースを受け取って、礼を言う2人。

 フォースカインドも自分の缶ジュースを開けながら、隣のベンチに座る。

 

「……イメージと違ったか?」

「「っ!?い、いえ!?」」

「くくく!嘘が下手だな、お前ら。まぁ、そう思うのも仕方がねぇよな。今までイメージでしかヒーローを知らねぇんだ。それに襲撃事件を経て、やっぱりヴィラン退治は達成感があっただろ?」

「「……はい」」

 

 フォースカインドの言葉に正直に頷く鉄哲と切島。

 

「それが普通だ。けどな、考えてみろ。365日、事件と向き合いたいか?365日、事件が起こって欲しいか?そうなったら、間違いなく俺達がヴィラン扱いされるぞ?」

「「……確かに」」

「まぁ、お前らの周りには拳暴とか轟に爆豪がいるからな。焦っちまうのも分かる」

「……フォースカインドさんはなんで俺達を指名したんですか?」

 

 鉄哲がフォースカインドに質問する。

 

「フォースカインドさんの得意分野からすれば、拳暴や爆豪とかの方が良かったんじゃ……」

「サイドキックにするなら、そうかもしれねぇがな。やっぱり教えるなら威勢がいい奴が良い。生意気が勝る奴はいらん」

 

 フォースカインドの言葉に切島は少し納得してしまった。

 爆豪がゴミ拾いを大人しくするとは思えなかったからだ。

 

「ただ、お前らに言っとくがな」

「「?」」

「このゴミ拾いだって、立派な対・凶悪犯罪活動だからな?」

「「え!?な、なんか犯罪に繋がるものでも!?」」

 

 フォースカインドの言葉に2人は目を見開く。

 フォースカインドは苦笑して、首を振る。

 

「そうじゃねぇ。これもパトロールと同じだって意味だ」

「「パトロールと?」」

「ちょっと想像してみろ。ゴミ拾いする前の公園とした後の公園、もしポイ捨てするならどっちがやりやすい?やるならだぞ?ヴィランの考え方になるのも大事だ」

 

 フォースカインドの言葉に2人は考える。

 もちろん答えはすぐに出る。

 

「そりゃあ、する前の公園っす」

「なんでだ?」

「なんでって……元々汚れてるなら、そこに俺らが捨てた位で変わらないじゃないっすか」

「そうだよな。で、全くゴミが無かったら捨てにくいよな」

「「はい」」

「犯罪も同じだ。こうして毎日ヒーローがパトロールして、毎日清掃されている町で犯罪しようなんて思うか?」

「でも、起こるときは起こりますよね」

「そりゃな。けど、しないよりはずっと起こりにくい。連中だってすぐに駆け付けられる場所にヒーローがいるって分かってんのに、わざわざ事件を起こすメリットはねぇだろ?」

 

 鉄哲達はフォースカインドの言葉に頷く。

 

「それに俺達は場合に応じて警察の指示がなくても、突入しなければならない時がある。その権力は間違えれば、住民の安心・安全を脅かすことになる。そんな間違いが起こらないようにするには、まず事件が起こる危険性を減らすことが重要だ」

 

 フォースカインドは立ち上がって、鉄哲達の正面に立つ。

 

「ヒーローはヴィランを倒すことが花形だって言われて、今はそこに多くの人が注目してる。俺達ヒーローもそこを意識しねぇと、ヒーロー社会じゃ生きられねぇことも事実だ」

 

 フォースカインドは2人の前にしゃがむ。

 

 

「けどな、いいか?本来ヒーローはな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴィラン事件が起こった時点で、敗北してるんだよ(のよ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウワバミ、デステゴロ、キネシスレディ、フォースカインドの言葉に、一佳達は目を見開いて固まる。

 

「そうでしょ?日々多くのヒーローがパトロールや活動しているのに、そんな中で事件が起こる。それってヒーローは抑止力足りえていないってことなのよ?」

 

「俺達ヒーローのヴィラン退治は、本来なら『ただの尻拭い』なんだよ」

 

「けど、住民の方々はそれを素晴らしい事と言ってくれる。それって本末転倒じゃないかしら?」

 

「だから俺達は小さなことでも、くだらないことでも、やれることはやる。社会の至る所にヒーローがいるって思わせる事で、少しでも犯罪を減らすんだ。そして本当は悔しがらないといけないんだ。自分がいる地域で犯罪が起きたことをな」

 

 

 ヒーロー達の言葉を、一佳達は胸に刻む。

 

「だから私は副業が多い方がいいと思ってるの。それって平和な証拠よね?」

 

「こうしてパトロールして、何事もなく終わることを何よりも喜びにしないといけねぇ」

 

「だから私達ヒーローは、まず何よりも『抑止力』でなければいけないのよ」

 

「そのためにはこの『個性』を戦うために使うんじゃない。どう使えば犯罪が予防出来るかを考えないといけないんだ」

 

 

 ヒーロー達の言葉に、一佳達は自分達が如何に上っ面ばかりを見ていたのかということを理解する。

 

「あなた達はヴィラン退治を経験しているし、救助活動も学校で習うでしょ?だから私はそれ以外の部分を体験させるつもりよ。私のヒーロー像を見て、自分達のヒーロー像を作り上げてみてね」

 

「そんで事件が起きていないときには、どうやって過ごすのかもしっかり考えてみろ」

 

「ヒーローになったからと言って、あなた達の戦いは終わりではないの」

 

「自分が出来ることを精一杯やれ」

 

 

『はい!!!』

 

 

 一佳達は力強く頷く。

 改めて気合を入れ直し、職場体験に臨むのであった。

 

「あ、今日のCMはヘアスプレーだから。着いたら私のヘアメイクに、2人の髪もセットしてもらうからね」

「「……」」

 

 けどCM撮影だけは、どうにも受け入れられそうにない一佳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 職場体験1日目の夜。

 

 ある路地裏。

 

「あ……あ……あぁ……」

「チュー、チュー、チュー」

 

 1人の男がビルの壁に押し付けられていた。

 その男の首元には金の長髪で黒いスーツを着た女が噛みついていた。そして何やら吸うような音が響いている。

 

 その状態で10分ほどすると、男は顔色が真っ白になっており全く動かなくなっていた。

 

「……」

「ぷはぁ……全く、ろくなエサがいませんわね」

 

 女はため息を吐きながら、男を無造作に投げ捨てる。男はゴドン!と頭から地面に倒れる。

 女はハンカチを取り出して口元を拭くと、倒れている男の首も無造作に拭き取る。

 そして背中から翼を生やして飛び上がり、ビルの屋上に降り立つ。

 

「ようやく翼が回復しましたわねぇ。……後2人くらい血を飲めば、あのガキ共を殺せる力は溜まるでしょう。このエルジェベートを虚仮にしたことを後悔させてやりますわ……!」

 

 エルジェベートは戦慈と里琴の事を思い出しながら、悔し気に顔を歪める。

 

 そこに、

 

「おぉ。いたいた」

「っ!!」

 

 バッ!と声がした方向に振り返り、構えるエルジェベート。

 

「俺だよ」

「あら、ディスペではありませんの」

 

 現れたのはディスペだった。

 エルジェベートは構えを解く。

 

「いつまでフラフラしてるんだよ。しかも広島で」

「居たくて居るわけではないですわ。長距離飛行出来るほど回復するのに、時間がかかったのですわ」

「そういうことか」

 

 エルジェベートはキレた戦慈の攻撃で、尾道市まで吹き飛ばされた。

 四肢は折れて翼も千切れていたため、ただただ呻いていたが、近づいてきた近隣住民の男性に噛みついて血を吸った。

 僅かに回復したので匍匐前進するように体を引きずり、更に近づいてきた男性の妻に噛みついて更に血を吸った。

 これでようやく立ち上がれるまでに回復した。

 

「回復した時は、まさかの小学生クラスの体でしたわ。翼もボロボロで浮かぶことすら無理でしたわ」

「そこまでやられてたか。生きてたのが奇跡だな」

 

 エルジェベートの『個性』は《吸血鬼》。

 血を吸うことでパワーを増し、再生することが出来る。生命力もまさしく吸血鬼並みにしぶとく、翼を生やすことで空を飛ぶことも出来る。

 カロリーを消費するように、動けば動くほど血を消費する。それによって体が小さくなっていくという欠点がある。

 

「あのガキ共を殺せる力はまだありませんわ。復讐しなければ気が済みませんわ!」

 

 怒りに顔を歪めて、右手を握り締めるエルジェベート。今は170cmほどのグラマラスな美女の姿になっている。

 それにディスペは頷くと、

 

「いい話を聞かせてやろう。だから、俺の話を聞け。ボスからの仕事でもある」

「……閣下の?」

「ああ、まずはいい話の方だ。そのターゲット2人は広島にいる」

「!!!」

 

 エルジェベートは大きく目を見開いて、ディスペを見る。

 それにディスペは大きく頷く。

 

「職場体験らしい」

「ふふ……ふはははははは!!女神はわたくしに微笑んだようですわね!!」

 

 エルジェベートは夜空を見上げて、高笑いをする。

 

「ただし、体験先はNo.7ヒーロー ミルコの所だ。油断は出来ん」

「知ったことではありませんわ!」

「そこでボスからの仕事だ」

「あぁ……それがありましたわね。閣下はなんと?」

「脳無の性能テスト。それとスカウトだ。相手は『血狂いマスキュラー』。そいつも広島にいる」

「……つまり全て広島に揃っている…と。ふふふ♪そういうことですか」

「ああ。明日マスキュラーと話を付けて、明後日に脳無と合わせて嗾ける。流石にマスキュラーと脳無相手では、ミルコもお前までは手が回るまい」

「いいでしょう!!閣下の命でもあるなら、否はありませんわ!!ところで、脳無はどのような?」

「ああ、前回より強化された奴だ。そうなるとあの赤仮面に嗾けたい。トドメはお前が刺せばいい」

「ならば尚良しですわ!!」

 

 エルジェベートは狂気的な笑みを浮かべて頷く。

 ディスペはエルジェベートに携帯を渡す。

 

 受け取ったエルジェベートは翼を広げて羽ばたかせて、夜空に浮かぶ。

 

「首を洗って待ってなさいな……!その血を吸い尽くしてやりますわぁ!!!」

 

 そしてエルジェベートは夜の街へと消えて行った。

 

 新たな獲物を探し求めて……。

 

 

_______________________

人物紹介!!

 

・キネシスレディ(33)

 

 誕生日:9月21日 身長:171cm A型

 好きなもの:マジック、ウイスキー

 

 ショートウルフの赤髪、赤と紫のタイツコスチュームに顔の上半分のピエロマスクをしている。Cカップ。

 

 念動ヒーロー。ベテランヒーロー。

 昔はマルチに活動していたが、現在は警護・災害救助をメインに活動しており、ヴィランとの戦闘時も避難誘導と防衛を優先している。

 しかし実力は未だ衰えずで、実はミルコやリューキュウを完封することが出来るほど。

 

 

 『個性』:《念手(ねんじゅ)

 不可視の手状のエネルギー体を操る。

 複数創造できるが、増やせば増やすほど手が小さくなる。現在は最大10個まで操ることが出来る。

 1つの時は『巨大化したマウントレディサイズ』。2つの時は『《大拳》発動時の一佳の両手サイズ』。10個の時は『自分の手と同じサイズ』。

 

 殴りかかったり、自分の体を掴んで空中で挙動を変えることも出来、敵を拘束も出来る。

 集中力も求められ、長時間発動し続けると握力が無くなり、念手も握れなくなる。

 

 





ちょっと一佳や鉄哲の意識向上を目指したら、なんかヒーロー達のキャラが変わった気もしますが、お許しを。
多くのヒーローモノって普段は正体を隠していたり、学生だったりなどしているので、事件が起こってから駆けつけてもあまり責められない気がしますがね。
ヒロアカ世界のヒーローは常にいる状態なので、こういうことが言えるかなと思い、書かせて頂きました。
難しいですよね。抑止力が成り立てば、廃業する可能性が高まるのですから。

改めまして、今年もよろしくお願いします!


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拳の二十三 職場体験2日目

切奈のヒーローネームを修正しました。


 職場体験2日目。

 

 朝7時。

 戦慈は給湯室を借りて、お湯を沸かしていた。

 給湯室には冷蔵庫もあり、飲み物などを入れることも出来た。

 

 もちろん今、お湯を沸かしている理由はコーヒーである。

 豆や道具一式は一応持ってきていた。

 昨晩ヒョウドルに確認して、使用許可は貰っていた。

 

 お湯が沸き、タンブラーにコーヒーを淹れようとすると、

 

「んお?スサノオ?」

「ん?」

「何してんだ?」

 

 私服のミルコが現れ、覗き込んでくる。

 

「コーヒーだよ」

「へぇ~。豆からかよ」

「ってか、早くねぇか。まだヒョウドル達来てねぇだろ?」

「ヒョウドルは来てるぞ。今日はアルコロは休みだ。私らは大抵この時間に来て、ここで朝飯食うんだよ」

「なに?って、スサノオ?あぁ、昨日コーヒーとか言ってたわね」

 

 ミルコと話していると、ヒョウドルも顔を覗かせる。ヒョウドルも私服で、右手には食材が入った袋を持っている。

 さらに寝ぼけ眼で寝ぐせ全開の里琴がタンブラーを両手で持って、フラフラとやって来た。

 ミルコとヒョウドルは物珍しそうに、里琴をジィ~っと見つめる。

 里琴はミルコとヒョウドルには気づいていないのか、挨拶もせずに横を通り過ぎて、戦慈の傍まで来てタンブラーを掲げる。

 

「……ん」

「はいよ」

 

 戦慈はいつもの事なので、特に何も言わずにタンブラーを受け取り、コーヒーを入れて更に牛乳を入れる。

 中を混ぜて、ふたを閉めて里琴に渡す。

 里琴は早速それを飲む。

 

「……んふ~」

 

 寝ぼけているせいか、妙に幸せそうに目を閉じて、口角を上げる里琴。

 それをミルコとヒョウドルはポカンと見つめる。

 

「……シナトベって笑うんだ」

「初めて見たな」

「寝起き位でしか見れねぇからな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 里琴は再びフラフラと部屋へと戻っていく。

 それを見送ったミルコ達は、戦慈に向き直り、

 

「スサノオ」

「あん?」

「「私達の分も頼むわ」」

「……わぁったよ」

 

 戦慈は仮面の下で呆れながらも、準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 秋葉原。

 

 今日も多くの観光客やオタク達で溢れており、賑わっている。

 その一角で、

 

「違う!!これじゃない!!」

「いいえ!!絶対これです!!」

 

 2人の男が向かい合って怒鳴り合っている。

 

「ここは『シュババッキーン!!』しかないだろ!!」

「いいえ!!『シュバカッキーン!!』です!!」

「それだけじゃない!!ここ!!『ダッダダン!!』だと言っただろ!!」

「微妙です!!そこは『ダン!ダダン!!』の方がいいです!!」

「なんだと!?コミックマン!!」

「なんですか!?『イラストール』!!」

 

 吹出と怒鳴り合っていたのは、体験先のヒーロー、イラストヒーロー『イラストール』だった。

 プロジェクターのような機械を頭に被っており、ロボットスーツを思わせるアーマーを着ている。左腕には機械が装着されており、機械から出るコードは頭のプロジェクターと繋がっている。

 

 2人は2枚のカードを巡って、言い合っていた。

 そこに近づく人影。

 

「なにやってんの?」

 

 吹出達に呆れながら声をかけてきたのは、赤いツインテールに赤いセーラー服を着た150cmくらいの女性。

 頭にはゴーグルが着いており、膝と肘にはプロテクターを装着している。

 

「聞いてくれ『アイドリン』!ここの効果音!!『シュババッキーン!!』が良いと思わないか!?」

「違いますよね!?『シュバガッキーン!!』ですよね!?」

「心底どうでもいいし、気持ち悪い」

「「ガガーン!!?」」

 

 アイドリンの言葉に、吹出とイラストールは揃ってショックを受ける。

 アイドリンはそれも無視して、話を進める。

 

「ヒーローが言い争ってんじゃないわよ。ただでさえ見た目変なのに」

「「ズガガーン!!?」」

 

 更なる衝撃を受ける2人。

 アイドリンはそれも無視して、歩き去っていく。

 

「通報なんてされないでよ?じゃあね」

「あ!?アイドリンさんだ!!」

「はぁ~い♡!!皆のアイドリングヒーロー!!アイドリンでーす♡!!」

 

 アイドリンは声を掛けられた瞬間、ニパァ!と笑顔になり愛想を振りまく。

 その変わりように吹出は『!?!?』と表示して、驚きで固まる。

 アイドリンの声を聞いた通行人達は、足を止めてアイドリンに近づいて行く。

 

「みっんな~!!いつもありがとぉ~!!今日も早速行っくよ~♪!!」

『アイドリーン!!』

 

 いきなり通行人達が観客になって、ゲリラライブが始まる。

 

「イラストールさん……あれは?」

「あいつは猫かぶりだからな。気にするな」

 

 その時、

 

「ひったくりだ!!」

「車で逃げたぞ!!」

 

 その声の直後、軽トラのような車がドリフトしながら、吹出達の前を通っていく。

 そして物凄いスピードで走り去っていく。

 すると、アイドリンが歌を中断して、観客に声を掛ける。

 

「みっんな~!!ちょっと悪い人出たから行ってくるね~!!道開けて~!!」

 

 その言葉と同時に観客は道路へと道を開ける。

 すると、アイドリンの両脚が変化して、それぞれの脚にタイヤと排気筒が出現する。

 

ドルルルルル!!

 

 それぞれの排気筒から煙が噴き出し、アイドリングが始まる。

 そして頭に装着してたゴーグルを目元に装着すると、

 

「オンラァ!!行くぞゴラァ!!カッ飛ばすZ!!」

 

 アイドリンは目つきが鋭くなり、ハイテンションでイキり叫ぶ。

 ギャリリ!と急速にタイヤが回転し、猛スピードで走り出す。

 

 それを見送ったイラストール達も、

 

「行くぞ!コミックマン!!エア・ジェットを出す!!」

「はい!!」

 

 すぐにコミカル感を消して、動き出す2人。

 イラストールは腰のホルダーからカードを1枚取り出す。そのカードには漫画やアニメで登場するような飛行機が描かれていた。

 イラストールは左腕の機械に触れると、カバー部分がスライドし、カードをセットする窪みの様なものがある。

 

「カード・インストール!!」

 

 イラストールはポーズを決めながら、窪みにカードをセットし、スライドを戻す。

 

「リアライズ!!」

 

 そして頭のプロジェクターに両手を添えると、プロジェクターのレンズから光が放射される。

 すると、空中にカードで描かれた飛行機が実体化する。

 

「とう!!」

「よっと!!」

 

 イラストールと吹出は飛行機に飛び乗る。

 

「あれ?コクピット吹き曝しですか!?」

「当然だ!!もしもの時、すぐ飛び出せるようにな!!行くぞ!!ゴー!!」

 

 ドバン!とエンジンが点火して前進する飛行機。

 吹出は物凄いGを感じながらも、必死にしがみつく。

 

「待ちやがれ!!ブッ飛ばすZ!!」

 

 エア・ジェットの下ではアイドリンが叫びながら、ひったくり犯を追いかけていた。

 

「くそ!?よりにもよって、あの2人かよ!?」

「駄目だ!この車じゃ追いつかれるぞ!?」

 

「行くぞ!!ネットランチャー、シュート!!」

 

 イラストールがハンドルの横にあるボタンを押す。

 すると、エア・ジェットの先端から銃器のようなものがせり出し、そこから巨大な網が発射される。網は軽トラに覆い被さってタイヤに絡まり、停止させる。

 

「もう時間だ!!飛び降りるぞ!」

「え!?」

「脱出!!」

「うわぁ!?」

 

 突如、座っているシートが飛び出し、2人を強制的に降ろす。直後、エア・ジェットは空気に溶けるように消え去った。

 

 イラストールの『個性』《イラスト》。

 自身で書いたイラストカードを実体化することが出来る。ただし最大5分間しか実体化出来ず、実体化したものによって更に短くなる。

 

「くそ!?」

 

 車から無理矢理外に出るひったくり犯2人。

 

「カチコチ!」

  

 吹出が『カチコチ』と擬音を出し、1人の足に当たると氷が出現して、脚を凍らせる。

 

「なぁ!?」

「よし!!ピシッと出来た!」

「いいぞ!!」

「ちくしょう!」

 

 吹出が両手を握り締めて喜び、イラストールが捕獲に向かう。

 残ったもう1人のひったくり犯は仲間を見捨てて走り出す。

 

「オンドリャー!!ブッ飛ばすZ!!」

「ぎゃほう!?」

 

 そこにアイドリンが猛スピードでタックルして、吹き飛ばした。

 ひったくり犯はまさに交通事故に遭ったかのように、地面を転がっていく。

 そしてすぐさま吹出が抑え込みにかかる。

 

「ふぅ。疲れたわ」

「……キャラが分かりません」

「アイドルなんてそんなもんよ」

「夢を壊さないで!?」

 

 個性的なヒーローに囲まれて、吹出の職場体験は続いて行くのであった。

 

 

 

 

 三重県伊賀市。

 

 切奈は少し緊張していた。

 

「これ、私が参加してもいい案件なんですか?」

「拙者と共に行動するのが条件でごじゃる」

 

 切奈の周囲には忍者服の集団と警察がいた。

 そして隣には茶色迷彩の忍者服を着た忍者少女がいた。褐色肌に赤茶のポニーテール、目にはサングラスゴーグルが取り付けられ、首元には小型酸素ボンベが吊り下げられている。

 くノ一ヒーロー『オボロちゃん』である。

 

 これからオボロちゃん達は指定敵団体の一斉検挙を行う予定だった。

 

「いいでごじゃるか、『リザーディ』。これから拙者とお主で先に拠点に忍び込んで、囮と入り口の鍵開けを行うでごじゃる。お主は腕と片目と口を切り離して、入り口を開けるでごじゃる。以降は拙者と一度拠点を離れて、お主はここで待機となるでごじゃる。後は拙者のサイドキック達と他のヒーロー達が暴れるでごじゃる」

「……頑張ります」

「うむ。それで良いでごじゃる。安心せよ。拙者が守るでごじゃる」

「はい……!」

「では、皆の者!所定の位置に!!ヒーローの卵に拙者達の戦いを見せつけるでごじゃる!!」

「「「「御意!お嬢!」」」」

「お頭でごじゃるー!!」

 

 切奈はオボロちゃんの言葉に力強く頷く。それにオボロちゃんは笑顔で頷いて、直後顔を鋭くしてサイドキック達に号令を出す。

 オボロちゃんの号令と同時に、サイドキック達が頷いて一斉に飛び出す。

 サイドキック達の呼び方にオボロちゃんが怒るが、すでに誰もいなかった。

 

「あはは……」

「全く!……さて、行くでごじゃる。リザーディ」

 

 オボロちゃんは腰のポーチから身に着けている物と同じゴーグルと酸素ボンベを取り出して、切奈に渡す。

 切奈も顔を真剣にして、それらを受け取り身に着ける。

 そしてオボロちゃんもボンベを口に装着し、切奈に自分の腰に腕を回させる。

 

「では、行くでごじゃる」

「はい!」

「忍法《土蛇》!」

 

 突如、2人の立っている地面が水のように変化して、ドプン!と沈み込む。

 切奈は周囲が全く見えなくなったが、オボロちゃんは迷うことなく泳ぎ始める。切奈は邪魔にならないように努めながら、離れないように必死にしがみつく。

 すると、オボロちゃんが上昇を始め、トプンと顔の上半分だけを覗かせる。

 周囲の状況を確認して、切奈も顔を覗かせる。

 

 覗いた先は倉庫の中のようだった。

 

「行けるでごじゃるか?」

「はい。行きます」

 

 オボロちゃんの言葉に頷いた切奈は、ポンプとゴーグルを外して、両腕と右目、口元を切り離す。

 そして再び体を沈ませる。

 

 切り離された切奈の体は、入り口を目指す。

 右目で周囲を確認しながら、腕を分離しながら進んでいく。

 途中、手下のような者が歩いてきて、何とか物陰に隠れてやり過ごしたりもしたが、何とか入り口を発見した。

 そして両手と右目だけで入り口に近づき、周囲に誰もいないことを確認して、スイッチを押す。

 その瞬間、

 

「大変だー!?裏口からヒーローだー!?」

 

 と、斬り離した口で、白々しく叫んで分離させた腕の一部で物を倒したり、音を出して注意を引く。

 

「なんだと!?」

「くそぉ!!」

「慌てんじゃねぇ!!やり返しちまえ!!」

 

 切奈の声に騙されたヴィラン達は、裏口へと飛び出していく。

 そこにはオボロちゃんのサイドキック達が待機している予定である。

 切奈の体が本体に戻って行くと、通路の物陰にオボロちゃんが浮き出していた。

 

「お見事でごじゃる」

「はい……!」

 

 部位を戻して、ゴーグルとボンベを装着して、再び潜地する2人。

 その直後、開いた入り口からも待機していたヒーロー達と警察が駆け込んでくる。

 

「はぁ!?なんで入り口から!?」

「ぶち破られた音なんてしてねぇぞ!?」

「や、やべぇ!?」

 

 ヴィラン達は慌てるが、もはやどうしようもなかった。

 

 作戦本部では、オボロちゃんと切奈が地面から浮かび上がっていた。

 

「ぷっはぁ!!」

「すぐに終わるでごじゃろう。今回一番のお手柄でごじゃるぞ、リザーディ」

「いやいや、オボロちゃんがいなかったら無理ですよ」

「拙者だけでも時間がかかったでごじゃる。お主の力が拙者達を助けてくれたでごじゃるよ」

 

 オボロちゃんは切奈の頭を撫でながら褒める。

 切奈はそれに困ったように笑いながらも、内心では凄く嬉しかった。

 

「覚えておくでごじゃるよ、リザーディ。ヒーローは目立つだけでは駄目でごじゃる。拙者達のような『個性』では、探偵や工作員のようなこともしなければならない時も多いでごじゃる。けど、そこが出来る者がいなければ作戦は行き当たりばったりでごじゃる。それでは被害を抑えるのにも限界があるでごじゃる」

「はい」

「お主の騎馬戦での動きのように、卑怯であってもリスクを減らせるならば、それを選ぶことが出来るのは大切なことでごじゃる。例え日陰ばかりな仕事であっても、それで傷つく者が減らせるならば喜んで引き受けるのも、ヒーローとして大事なことでごじゃる」

「はい……!」

「うむうむ」

 

 切奈の力強い返事に、オボロちゃんは嬉しそうに微笑んで頷く。

 その横では、

 

「うぅ……!お嬢……!立派になって……!」

「これならば兄上様も喜んでくださるに違いありませぬ!」

「そうね……!」

 

 サイドキック達が感動の涙を流していた。

 

「だからお頭と呼ばぬかー!!」

 

 顔を真っ赤にしたオボロちゃんが怒鳴りながら、サイドキック達に飛び掛かる。

 

 その様子を切奈は苦笑しながら眺めていたが、どこか心が温かくなるのを感じていた。

 

 

 

 

 大阪アメリカ村。

 

 ポニーは本日もパトロールをしていた。

 その前には巨漢の男が歩いていた。

 

「ハッハー!!元気デェスかー!?トゥデイもヘルシィで行きまショー!!」

 

 その姿はまさしくミノタウロス。

 牛顔に牛角、茶色の体毛に覆われた上半身はデニムベストと肩にプロテクターを装着しており、下はジーンズの上にオーバーズボンを身に着けているカウボーイスタイル。

 バッファローヒーロー『ブルトン』である。

 

 ブルトンの声に通行人達も笑顔で答える。

 それにポニーも手を振るなどしていた。

 

「いいデェスか?『ポニー』。ミー達ヒーローは何故ヒーローとしていられマァスか?」

「?……ライセンスを持ってるからデハ……?」

「ノォーウ!!」

 

 ポニーの返答にブルトンはオーバーリアクションで、首を横に振る。

 

「ピープルが許してくれるからデェース!!ミー達ヒーローはピープルがそう呼んでくれるから、こうしてアクション出来るのデェス!!ライセンス化してぇも、ディスはノットチェンジデェース!!」

 

 ブルトンの言葉にポニーは大きく頷く。

 

「ヒーローにはノットナショナルボーダー!!スピークして、タッチングすれば、仲良くなれマァス!」

「イエス!」

「そして、これはヴィランにも言えマァス!」

「??」

 

 ブルトンの言葉にポニーは首を傾げる。

 

「ヴィラン達だって、暴れるリーズンありマァス!ただノックアウトするだけじゃ、ノットヒーロー!!ヴィランもレスキューするのもヒーローの仕事デェス!!」

「っ!……イエェス!!」

 

 ポニーは一瞬目を見開くが、すぐに両手を握り締めて頷く。

 

 その後、ブルトンと訪れたのは多くの外国人が集まる店だった。

 

「ここに集まるピープル達もホームタウンは違いマァスが、ジャパンに暮らしているピープル達デェス。彼らの声を拾い上げるのも、大事なことデェス。カントゥリーが違うからこそ、困っていることもありマァス。それを助けるのもヒーローの仕事デェス。ポリスやシティオフィスなどでは出来ないことをミー達が、シティオフィスが出来ることなら仲介をしてあげマァス。そうすることによってヴィランになることをガードしマァス。ホームタウンが違うミー達だからこそ、彼らとジャパンを結び付けることが出来マァス」

「オゥ……」

 

 想像以上に幅広い活動をしていることに、ポニーはただ感嘆するだけだった。

 ブルトンは気軽に挨拶して、困っていることや住んでいる家の近くで危険そうな場所や人を見たことはないかなどを質問していく。

 時には日本の習慣を教えたり、電話で役所職員を呼んで援助の手続きが出来るように手配したりなどもしていた。

 

 店を出て、またパトロールを継続する。

 すると、今度は公園で子供達に青空英会話教室を行い始めた。

 ポニーはその様子を横で見学していた。

 

 ブルトンの行動はとても幅広く、やっているのは捕縛や救助とも違う。

 しかし、教えてもらった理由は納得出来るものばかりで、とても重要なことだと感じた。

 恐らく、この英会話教室はヒーローを身近な存在にして、さらに外国人という存在も身近なものにしようとしているのだ。

 確かにこれは外国出身のヒーローだからこそ出来ることだ。

 そしてポニーも同じことが出来る。

 

「強くなるだけでは駄目デス。もっと色んなことをスタディしないと。困ってる人を助けられナイ……!」

 

 ヒーローの事だけではない。社会の事、日本で外国人がどのように過ごしているのか、自分だったらどのように出来るのか。

 もっと勉強していかなければいけないのだと、ポニーは実感した。

 

「ファイトデス!!」

 

 フンス!と両手を握り締めて気合を入れるポニー。

 新たな目標を見つけて、更なる精進を誓うのであった。

 

 

 

 

 

 そして広島。

 

 戦慈達はパトロールを終えて、再びトレーニングジムに向かっていた。

 本日はパトロール中に事件は起こらなかったが、また失血死死体が発見された。

 もちろん犯人に繋がる情報はほとんどなく、分かっているのは首筋の噛み傷だけだった。

 

 調査に参加したが、特に情報は見つからなかった。

 というのも、

 

「私に探偵業なんて出来っかよ!」

 

 と、ミルコが放棄したからである。

 ヒョウドルは呆れたが、確かにミルコには不得手だと思ったので、それに従った。

 

 その後は事務所で待機したり、パトロールしたりといつも通りに活動したのであった。

 

「さぁ!今日はシナトベとだな!」

「……横暴である」

「諦めろって昨日言われたから諦めとけ」

「……マジ卍」

 

 ジムに着いて、早速とばかりに準備運動を始めるミルコ。

 里琴は少しめんどくさげな雰囲気を纏いながら、ゆっくりとミルコの元へと向かう。

 戦慈とヒョウドルは観客席に移動して、席に座る。

 今日は他のヒーローは見当たらなかった。

 

「さて、どうなるかしら?」

「流石に里琴が不利だな」

「そう?あの竜巻はかなり厄介だと思うけど?」

「ミルコの動きを妨害するほどの竜巻となると、範囲が狭くなるな。そうなるとミルコの速さに対応できるか怪しくなる。それにデカくて強力な竜巻だと、長時間維持出来ねぇ」

「なるほどね」

 

 里琴の竜巻は、風の勢いが強いと細くなる傾向にある。

 大きくて強い竜巻も生み出せないわけではないが、すぐに容量限界を迎えてしまう。

 

「行くぞ!蹴っ飛ばす!!」

「……イジメっ子~」

 

 ミルコが戦慈の時同様に勢いよく飛び出す。

 里琴もいつも通り宙に飛び、竜巻を放つ。

 ミルコは竜巻を地面一蹴りで躱し、すぐさま方向転換して里琴に跳び迫る。

 

「しゃあ!」

「……ぶっ飛び~」

 

 里琴はミルコの蹴りを飛んで躱し、2本の竜巻を縦に放つ。

 ミルコは蹴りの勢いで回転し、更に強めに蹴りを放つ。竜巻の1本を蹴り飛ばして霧散させ、後ろの壁まで下がる。

 すぐさま横に跳び出し、横の壁に足をかけて蹴り抜いて、里琴に飛び蹴りを放つ。

 

「こなくそっ!」

 

 里琴は更にもう1本竜巻を生み出して、ミルコの蹴りを止める。

 

「ちぃ!やっぱ厄介だな!」

「……えっへん」

「まだまだ行くぜぇ!!」

「……やめちくり」

 

 ミルコは地面に降り立つと、すぐさま大きく前に飛び跳ねて壁、天井、地面を縦横無尽に飛び跳ねる。

 里琴は竜巻を数本放ち、ミルコの動きを制限する。

 そして、移動先を予測することが出来た瞬間、

 

「……スパイラル・ツイスター」

 

 体育祭でも見せた螺旋の竜巻を放つ。

 高速で飛ぶ竜巻をミルコは強く地面を蹴り上げ、飛び越えて躱す。そして両足で地面を強く蹴り、猛スピードで里琴に跳び迫る。

 

「……チョベリバ」

 

 里琴は後ろに下がりながら竜巻を生み出すが、ミルコは右脚を振り抜いて竜巻を蹴り破る。

 そして体を回転しながら里琴に迫っていく。

 

「……むぅ」

「蹴り破ってやるぜぇ!!すぐに追いついてやっかんな!」

 

 里琴は一度地面に降りる。

 今度は飛び上がらずに竜巻を数本放つ。

 

「どうしたのかしら?」

「限界容量にならないようにだろうな。空中で竜巻に乗りながら、他の竜巻を放つのは結構神経使うしな」

 

 ミルコは竜巻を躱し、蹴り破り、里琴に迫っていく。

 ミルコが飛び掛かろうと両足で跳んだ瞬間、里琴は回転して自身を中心に大きく竜巻を生み出す。

 

 浮いている瞬間を狙われたため、ミルコは体が上に飛ばされ始める。

 

「ぐっ!んらぁ!!!」

 

 ミルコは体を捻り、右脚を全力で振り降ろす。その脚力に竜巻が吹き飛ばされる。

 里琴はそれと同時に竜巻を纏いながらミルコにタックルする。

 そしてミルコに近づいたところで竜巻を両手から放ち、ミルコをくの字に吹き飛ばした。

 

「なめんなぁ!!」

 

 ミルコは両脚を閉じて体を無理矢理起こし、更に仰け反ることで両脚を無理矢理振り上げて竜巻を蹴り上げる。

 そして両手足を地面に突いて、再び地面を力強く蹴って里琴に飛び掛かる。

 

「……むぅ」

 

 里琴は空中に飛び上がり、大きめの竜巻2本を壁のように生み出す。

 しかし、それもミルコの蹴りに吹き飛ばされる。

 

「流石のミルコだけど……毎回蹴り破るのも限界があるわよねぇ。結構跳ね回ってるし、体力的に厳しいかしらね?」

「それは里琴も同様だな。流石にそろそろ容量限界のはず。スパイラル・ツイスターはもう無理だろうし、竜巻で壁を作るにも限界がある」

「あの試合で使ってた強力な竜巻を纏った突撃技は?」

「あれには溜めと助走距離がいる。俺が投げるなら、すぐに突撃出来るがな。それが出来ねぇ今じゃ、使ってもミルコの蹴りとぶつかり合うだけだな。そうなると流石にパワー負けする可能性がデケェ。それに里琴の体がもたねえだろうな」

「なるほどねぇ」

 

 戦慈の言葉にヒョウドルは頷く。

 

 ミルコは竜巻を蹴り破りながら、里琴を目指していた。

 

「くっそ!やっぱ自然現象『個性』は卑怯だぜ!!」

「……むぅ……うぷ」

 

 ミルコは顔を顰め、里琴も唸り僅かに頬が膨らむ。

 それをミルコは見逃さなかった。

 

「っ!!行っくぜー!!」

「……!?」

 

 ミルコは再び笑みを浮かべながら、勢いよく飛び出す。

 それに里琴は腕を振って竜巻を放つが、当初と異なり竜巻の形がブレている。

 

「おら!どりゃあ!!」

 

 ミルコは回転蹴りで、それを容易く霧散させて里琴に迫る。

 里琴は飛ぼうとするがバランスを崩して、飛行に失敗して地面に転がる。

 

 そしてその隙にミルコが里琴に飛び付き、抑え込む。

 

「っしゃあ!!」

「……むぅ……うっぷ」

「ふぅ~……なるほどな。使い過ぎると気持ち悪くなんのか」

「……吐く」

「はぁ!?や、やめろよ!?」

 

 里琴はうつ伏せでグッタリとなる。

 それにミルコが慌てるが、里琴はグッタリとしたままだった。

 そこに戦慈とヒョウドルが歩み寄ってくる。

 

「逃げの一手に固執したのが敗因だな。まぁ、気持ちは分かるけどよ」

「……吐く」

「しばらくそうしてろ」

 

 ヒョウドルはそれを眺めながら、ニヤニヤしながらミルコに声を掛ける。

 

「結構ギリギリだったんじゃない?ミルコ」

「ちょっと、な!……ただ2人で組まれたらヤバイかもな」

「アララ。まぁ、気持ちは分かるけどね」

 

 ヒョウドルはミルコの言葉に僅かに目を見開く。

 しかし、先ほどの戦いを見れば仕方がないとも思った。

 少なくともヒョウドルは勝てないと思っていた。

 

「……私も鍛え直さないとねぇ」

「だな。まぁ、それは明日からでいいとして!!飯行くぞ!!」

「焼肉は駄目よ。そうねぇ、中華の食べ放題でも行きましょうか」

「よし!行くぞ!!」

「……吐きそう」

「スサノオ!運んでやれ!」

「はぁ……しゃあねぇな」

「……ぐふぅ」

 

 ミルコの号令に、戦慈はため息を吐いて、里琴の襟元を掴んで背中に回して掴まらせる。

 そして今日も大食い勝負が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 ミルコ達が大食いしている時。

 

 巨漢の男が路地裏を歩いていた。

 

「おぉ、いたな」

「あぁ?」

 

 男の前に髑髏仮面を被った男が立ち塞がる。

 

「なんだ?お前?」

「お前に楽しいお話を持ってきたんだよ。『血狂いマスキュラー』」

「はぁ?誰だよ、お前?」

「俺はディスペ。敵連合ってもんだ。知ってるか?あの雄英襲撃したモンだ」

 

 ディスペの自己紹介に、マスキュラーは笑みを浮かべる。

 

「はっはぁ!!お前らがあの楽しそうな事してた連中かよ!?あれ、俺も参加したかったんだよ!!悔しかったぜ?マジで!!」

「お~、それは嬉しいね。どうだ?俺らと来ねぇか?明日、面白いことやるんだよ」

「いいねぇ!!聞かせろよ!!面白そうだったら、乗ってやるよ!!」

 

 マスキュラーの言葉に、ディスペは仮面の下で笑みを浮かべる。 

 

「明日な、うちの連中が暴れる。ターゲットは、今ここで職場体験してる雄英のガキだ。あの雄英体育祭で優勝した奴だ」

「あぁ?ガキかよ?」

「そのガキはミルコのところにいるんだよ。No.7ヒーローだ。もちろんミルコを殺してもいいし、他の連中も好きにしていい。ターゲットの2人だけ譲ってくれりゃあな」

 

 ディスペの言葉にマスキュラーは更に笑みを深める。

 

「そりゃあ楽しく遊べそうだぜ!!いいぜ!入ってやるよ!敵連合!!暴れる場所をくれんなら、大歓迎だぜ!!」

「交渉成立だな。なら、来てくれ。顔見せさせたいし、ターゲットも教える。飯や寝床もある」

 

 ディスペは頷いて、歩き出す。マスキュラーは楽しそうな雰囲気を隠さずに付いて行く。

 

「あぁ……疼いてきたぜぇ。ワクワクが止まんねぇよ!!」

「これで駒は揃ったな。さて、リベンジ……させてもらうぜ?拳暴戦慈くん」

 

 

 悪意は走り出した。

 

 

_______________________

人物紹介!!

 

・イラストール(26歳)

 

 誕生日:5月11日 身長:188cm AB型

 好きなもの:漫画、アニメ

 

 プロジェクターのような機械を頭に被っており、ロボットスーツを思わせるアーマーを着ている。左腕には機械が装着されており、機械から出るコードは頭のプロジェクターと繋がっている。

 *実は頭は生まれつき

 

 イラストヒーロー。

 秋葉原でメインに活動しており、ヒーローショーなどにも引っ張りだこ。

 自身でもイラストを描いている。

 

 『個性』:《イラスト》 

 自身で描いたイラストカードを頭のプロジェクターで、最大5分間現実化する。

 設定も書き込むことでそれも現実化できる。

 ただし、現実離れな設定ほど制限時間が短くなる。

 一度使ったイラストは24~48時間のインターバルを要する。これは制限時間が長いものほど早い。また、同種のイラストも連続では使えない。

 人物や生物を現実化する場合、『自分の言うことを聞く』と設定すると人形のようになる。設定しないと自己判断で動いてしまうため、危険な場合がある。

 

 例

 車:5分

 レーザー銃:4分

 ドラゴン:3分

 仮面ライダーなど:1分

 ウルトラマン、ガンダム:30秒

 破壊神ビルス:0.5秒

 

 

 

・アイドリン(25歳)

 

 誕生日:10月9日 身長:151cm B型

 好きなもの:歌

 

 赤いツインテールに赤いセーラー服を着た150cmくらいの女性。Aカップ。

 頭にはゴーグルが着いており、膝と肘にはプロテクターを装着している。

 

 アイドリングヒーロー(アイドル活動と『個性』発動時のアイドリングをかけている)。

 アイドル活動もしているが、腹黒。

 『個性』発動すると性格が変わる。

 

 『個性』:《バイク》

 脚をタイヤと排気筒に変え、2輪駆動出来る。

 エンジンはメロンソーダ。

 最高時速100km(それ以上で走ると体への負荷が半端ないから)。

 

 

 

・オボロちゃん(24歳)

 

 誕生日:2月22日 身長:141cm O型

 好きなもの:みたらし団子、あんみつ

 

 褐色肌に赤茶のポニーテール、茶色迷彩の忍者服を着た忍者少女。Bカップ。

 目にはサングラスゴーグルが取り付けられ、首元には小型酸素ボンベが吊り下げられている。

 

 くノ一ヒーロー。

 デビューしたばかりの新人。サイドキックは同じくヒーローである兄の事務所から連れてきた者達。

 「ごじゃる」が語尾。これと見た目のせいで、多くの者から微笑ましく見られてしまう。

 指揮能力や実力は本物。潜入捜査や奇襲作戦を得意とする。

 

 『個性』:《土潜り》

 地面の中を水中のように潜れる。

 触れている人も1人までなら、共に潜れる。ヴィランは首や腰ほどまで沈ませて手を放すことで、地中に拘束する。

 潜った状態でも本人だけは、ある程度地上の様子が見える。

 

 

 

・ブルトン(29歳)

 

 誕生日:3月9日 身長:212cm O型

 好きなもの:ハンバーガー

 

 牛顔に牛角、茶色の体毛に覆われた上半身はデニムベストと肩にプロテクターを装着しており、下はジーンズの上にオーバーズボンを身に着けているカウボーイスタイル。

 THE・ミノタウロス。

 

 バッファローヒーロー。アメリカ出身。

 陽気な話し方で、意外と子供に人気。

 外国人との仲介役を務めているので、意外と重要人物。

 英会話教室なども開いており、マルチな活躍を見せる。

 

 『個性』:《アメリカバイソン》

 アメリカバイソンっぽいことは大抵できる。

 つまり力押しの戦闘が得意。

 

 



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拳の二十四 怒りに吠えろ!

前話のイラストールの設定で書き忘れがありました(__)

1:一度使用したイラストは24~48時間のインターバルを要する。これは実体化時間が長いほど、短くなる。更に同種のイラストは連続で使えない。

2:人物や生物を実体化する場合、『自分の言うことを聞く』と設定すると人形のようになる。設定しないと自己判断で動くため、イラストールの望んだとおりに動かない危険がある。

です。
反響が凄いなと思ったら、上記の2つが抜けてました。
すいません(__)


 職場体験3日目。

 

 本日はアルコロも出勤している。

 

「今朝も失血死の死体が出たわ」

「またかよ……!どうせ何も分かんなかったんだろ?」

「そうみたいね。事件現場が野外だからねぇ。髪の毛とかあっても犯人の物かどうかなんて分からないのよねぇ。抵抗した様子もなさそうよ」

「本当に厄介ですね……」

 

 ミルコ達は事務スペースに座って、コーヒーを飲みながら顔を顰める。ちなみにアルコロはカフェオレである。

 もちろん淹れたのは、戦慈である。

 戦慈と里琴はその後ろで呆れながら、話を聞いていた。

 

「……真っ新な机がミルコのなのかよ」

「……サボり」

 

 4つある事務机の内、一番真っ新な机はミルコの物だった。

 つまり残った3つの内1つは、ミルコが嫌がった書類の置き場だったようだ。

 

「うるせぇよ。チマチマしたのが嫌なんだよ」

「もっと言ってやりなさい。嫌ならもう少し人を雇えばいいのに、それも嫌だって言うんだから。アルコロが来なかったら、これ全部私の仕事よ?」

 

 ヒョウドルは書類やパソコンを見ながら愚痴る。その反対側ではアルコロも眉間に皺を寄せながら書類を眺めていた。

 

「スサノオ。コーヒーおかわり」

 

 ヒョウドルが書類を見ながら空になったコップを、戦慈に突き出す。

 戦慈はため息を吐くが、仕事がないのも事実なので、大人しくお茶入れ役に従事する。

 

「へいよ」

「あ、私の分のもな!」

「……へいよ」

「スサノオのコーヒーに慣れちゃうとインスタントに戻りたくはないわぁ。やっぱり豆からちゃんと淹れるのって違うのねぇ」

 

 戦慈がミルコのコップも受け取り、給湯室に向かう。

 それを見送りながらヒョウドルは少しうんざりしたように話す。

 

 昨日の朝にコーヒーを飲んでから、戦慈は事務所で待機している間はコーヒーを淹れる役に任命された。里琴はアルコロと共にマスコットキャラになっている。

 特にミルコは時々里琴の頬をムニムニと触って、笑わせようとしていた。今のところ、抵抗されてばかりだが。

 ちなみに普段はアルコロがお茶入れをしていた。

 

 午前中は事務作業をしながら事務所で待機して、夕方からパトロールとなった。

 

 そしてパトロールに出て1時間半ほど経ち、一度事務所に戻ろうかという話になった。

 

「今日は夜中もパトロールしましょう。他のヒーロー達も失血死事件の犯人を見つけられてないし。そろそろ総出で行かないとね」

「ま、しゃあねぇか」

 

「その必要はありませんわ」

 

『!?』

 

 上空から突如聞こえた声に、ミルコ達は目を鋭くして構えながら、上を見上げる。

 

 そこには黒いスーツを着た金髪ロングで180cmほどの女性が蝙蝠のような翼を広げて浮かんでいた。

 女性は豊かな胸の下で腕を組みながら不敵に笑い、紅い瞳で戦慈と里琴を見下ろしていた。

 

「なんだ、てめぇ?」

「あら、そこの子供達から聞いてませんの?」

「……あんたがエルジェベート?」

「えぇ」

「いきなり何の用だ?」

「ようやく復讐出来る準備が出来ましたので……殺しに来ましたわ♪」

 

 ミルコとヒョウドルの言葉に、物騒なことを言いながら微笑むエルジェベート。

 しかし戦慈と里琴はエルジェベートを見上げながら、首を傾げる。

 

「てめぇ、整形でもしたのか?」

「……老けた?」

 

 里琴の言葉にエルジェベートは微笑んだまま、額に青筋が浮かび上がる。

 

「……やはり憎たらしいクソガキですわねぇ」

「老けようが、整形だろうが構わねぇけどよ。とりあえず……」

 

 ミルコはトン!と軽やかに跳び、エルジェベートの目の前に移動する。

 

「蹴っ飛ばされろや!!」

 

 ミルコは右脚で蹴りを放つ。

 

 エルジェベートはその蹴りを左腕で受け止めた。

 

「!?」

「話を聞いてなかったようですわねぇ。言ったでしょう?あのクソガキ共を殺す準備が出来たとねぇ!!」

「ぐぅ!?」

 

 エルジェベートは右手でミルコの右脚を掴んで、声を荒らげながら真横に振り投げる。

 ミルコは戦慈達がいる歩道の反対側のビルの壁に叩きつけられる。

 

「ミルコ!?」

「ミルコさんが……!?」

「あなた達は他の者が相手をしますわ。そちらとお遊びなさいな」

 

 パチン!と指を鳴らすと、ヒョウドル達の真横のビルの屋上から2つの人影が飛び出し、ヒョウドル達の真上に落ちてくる。

 ヒョウドル達は後ろに飛び下がる。

 

 飛び降りてきたのはタンクトップを着た巨漢の男。黒い肌で脳が露出して、脳に両目が埋め込まれており、口が縫い合わせられている同じく巨漢の男。

 

「はっはぁ!!待ちくたびれたぜぇ!!さぁ、俺と遊ぼうぜぇ!!」

 

 タンクトップの男は狂気的な笑みを浮かべ、叫びながらヒョウドルに殴りかかる。

 ヒョウドルは飛び下がりながら、男の拳を躱す。

 戦慈が殴りかかろうとすると、脳が露出した男が殴りかかってきた。

 

「ちぃ!」

 

 戦慈も飛び下がると、男の拳が地面を砕く。

 

「左目の義眼と傷痕……!『血狂いマスキュラー』ね!!」

「こいつ!?あの脳無って奴か!」

 

 ヒョウドルと戦慈は相手の素性に気づく。

 エルジェベートが高みの見物をしていると、再びミルコが蹴りかかってくるが、それを躱して逆に蹴り返し、ミルコはヒョウドル達の元に蹴り飛ばされる。

 

「くっそ!」

「ミルコ!」

「問題ねぇ!!おい、スサノオ!そっちの脳みそ野郎は、どんなもんだ!?」

「俺が本気で暴れまくって、ようやく倒せた。複数の『個性』を持ってやがった」

「複数の!?」

「ほーほっほっ!!こいつはその時よりも更に強くなってますわ!!前みたいにはいきませんわよ!!脳無もわたくしも!!」

 

 戦慈の言葉にヒョウドルとアルコロが目を見開く。

 それにエルジェベートが高笑いしながら、ヒョウドル達を見下ろす。

 

「前の奴が持ってた『個性』はなんだ?」

「《ショック吸収》《筋力増加》だ」

「ちぃ!私とも相性がわりぃ!」

「おっとぉ!!お前の相手は俺だよ!ミルコォ!!血を見せろぉ!!」

 

 ミルコが顔を顰めると、マスキュラーが皮膚の下から筋肉のようなものを出現させ、腕に纏っていく。そして更にズボンも膨れ上がり、猛スピードでミルコに殴りかかる。

 ミルコは後ろに跳び、マスキュラーの拳を躱す。地面に叩きつけられた拳は、地面を大きく砕く。

 

「おらぁ!!」

 

 ミルコが左脚を振るが、マスキュラーは右腕で受け止める。

 

「ちぃ!」

「なんだぁそりゃあ?効かねぇぞぉ!!」

 

 マスキュラーは笑いながら右腕を振り、ミルコを振り払う。

 

「マスキュラーの『個性』は筋繊維を纏う《筋肉増強》よ!!生半可な攻撃は駄目!!」

「こいつもかよ!」

「アルコロ!!あなたは周囲の避難誘導を!!スサノオとシナトベも下がって!!」

「は、はい!!」

「わりぃが!!俺は!!無理そうだ!!」

「……ミートゥ」

 

 ミルコは顔を顰めながら道路に飛び出す。マスキュラーもミルコを追いかけて、道路に飛び出してくる。

 ヒョウドルは指示を出すが、脳無は戦慈を標的にしており、連続で拳や蹴りを放っている。戦慈はそれを躱し、里琴はそれをフォローしている。

 

「くっ!」

「わたくしもそろそろ遊ばせてもらいますわよ!!」

「っ!?シナトベ!!」

「……っ!!」

「まずはお前からですわぁ!!」

 

 エルジェベートが里琴に高速で飛び迫る。

 里琴は竜巻で飛び上がり竜巻を放つが、エルジェベートは軽々と躱して迫る。里琴は足裏の竜巻を強くしてスピードを上げるが、それに付かず離れずの距離を保ってエルジェベートが追いかけてくる。

 

「……むぅ」

「その程度で逃げられるとでも!?」

 

 2人は高速で縦横無尽に空を飛び回る。

 

「くっ!(空に飛ばれると手を出せない!仕方ないわ。今はスサノオのカバーを!!)」

 

 ヒョウドルは上空を見ながら顔を顰めるも、すぐさま戦慈の元に向かうことを決める。

 

 戦慈は脳無の攻撃を躱しながら、隙を見て反撃するが、やはり拳が沈み手応えが怪しかった。

 

「ちっ!やっぱ《ショック吸収》はそのままかよ!」

 

 脳無が右腕を振り被る。

 それに戦慈が構えた瞬間、脳無の背後を高速で影が通り過ぎ、脳無の後ろ首からキキィン!!と甲高い金属音が響いた。

 戦慈は目だけ動かして確認すると、ヒョウドルが両手の爪を構えて、目を見開きながら振り返る姿があった。

 

「何よ今の!?《ショック吸収》じゃなかったの!?」

「新しい『個性』ってことかっよぉ!!!」

 

 戦慈は顔を顰めながら右腕を振り、脳無の拳と合わせる。

 結果は戦慈が吹き飛ばされて、ビルの壁に背中から叩きつけられる。

 

「スサノオ!!」

「……問題ねぇ」

 

 戦慈はすぐに立ち上がる。周囲の一般人達はすでに避難していた。

 

「……奴の『個性』が分からねぇのが厄介だな。わざわざここに来たんだ。俺の『個性』対策はされてんだろうが……」

 

 戦慈は体が膨れ上がって、髪が逆立つ。

 そして飛び出して脳無に迫る。

 脳無の足元に潜り込むように迫り、脳無の右脚に右フックを叩き込む。しかし脳無の右脚は微動だにせず、それを見た戦慈はすぐさま飛び上がり脳無の顎に左アッパーを突き刺すが、それも僅かに仰け反っただけだった。

 

 戦慈は一度離れようとした瞬間、脳無の左脚が霞んで見えるほどの速度で振り上げられ、戦慈の横顔に叩きつけられる。

 

「ごっ!?」

「な!?くっ!」

 

 戦慈は真横に吹き飛び、地面を転がる。

 ヒョウドルは目を見開くが、すぐに一気に駆け出して脳無の背後に回り、爪を研ぎらせて飛び掛かる。

 すると、脳無が一瞬で後ろに振り返る。

 

「っ!?」

 

 ヒョウドルは両手を地面について、無理矢理横に方向転換する。直後、ヒョウドルが進んでいたであろう地面に、脳無の拳が突き刺さる。

 

「硬いし、速い……!それにパワーもある!オールマイトでも作る気!?」

「ヅアアア!!」

「!!」

「オラァ!!」

 

 ヒョウドルは脳無の力に慄くと、戦慈が吠えながら猛スピードで脳無の背中にタックルする。

 そして脳無の腰を抱えて仰け反り、バックドロップを叩き込む。

 脳無は頭から地面に突き刺さる。

 戦慈はすぐに腕を放して、ヒョウドルの横に移動する。

 

「体は?」

「問題ねぇ。流石に少し焦ったけどな。ただ、わりぃがこっからは俺だけでやらせてもらうぜ」

「何言ってるのよ!?」

「ここからは衝撃波が出ちまう。あんたも巻き込む」

 

 戦慈の体はオールマイト並みの大きさになっている。

 

「私の戦い方はヒット&アウェイだから行けるわ。流石にあいつは1人で戦わせられる相手じゃないわ」

「……巻き込まれても知らねぇからな」

「ええ、分かってるわ」

 

 ヒョウドルの頷きを見た戦慈は再び駆け出す。ヒョウドルもすぐさま脳無の背後に回るように移動を始める。

 戦いは更に激しくなっていく。

 

 

 

 

 マスキュラーとミルコは互いに笑みを浮かべて向かい合う。

 

「はっ!てめぇ、私に1人で挑む気か?」

「最高じゃねぇか!邪魔されずに殺せるなんてよぉ!!」

 

 マスキュラーは筋繊維を両腕に纏う。

 

「行くぜ!!楽しくやろうぜぇ!!」

「蹴っ飛ばしてやるぜ!!」

 

 マスキュラーが飛び出し、右腕を振るう。

 ミルコはそれを跳んで躱し、右脚でマスキュラーの腕に乗り、左脚でマスキュラーの顔面に蹴りを放つ。

 マスキュラーはミルコの脚が直撃する瞬間、筋繊維を増やして顔を防御する。

 

「そんなことも出来んのかよ!?」

「どうしたNo.7ヒーロー!?パワーが足んねぇぞぉ!!」

「ちぃ!」

 

 右腕を振り、ミルコを振り払う。ミルコは跳んで離れ、ビルの壁に乗りかかって、一気に踏み抜いて両足を揃えて飛び蹴りを放つ。

 マスキュラーは両腕で防ぐが、後ろに滑り下がる。

 ミルコは再び両脚で地面を強く蹴って、猛スピードでマスキュラーに詰め寄り右蹴りを放つ。

 マスキュラーは左腕でガードするが、僅かに両脚が浮いて吹き飛ばされる。

 

 マスキュラーは両手足を地面に突いて、倒れるのを耐える。

 

「はぁ!!やっぱ強ぇなぁ!!」

「さっさと倒れろ!!」

「嫌だね!!もっと楽しもうぜぇ!!」

 

 マスキュラーが立ち上がると、全身に筋繊維を纏い始める。

 そこに他のヒーロー達が駆けつける。

 

「ミルコさん!!そいつですか!?」

「デ、デケェ……!?」

「手ぇ出すな!!てめぇらじゃ敵わねぇ!!周囲の一般人の避難を優先しろ!!それかあっちで飛んでる蝙蝠女かヒョウドルの応援に行け!!」

 

 ミルコは叫びながら、勢いよくマスキュラーに蹴りかかる。

 それをマスキュラーは片腕で防ぎ、空いた方の腕でミルコに殴りかかる。

 ミルコは両脚を開いて跳び箱のように躱し、マスキュラーの頭の上を飛び越える。

 マスキュラーはすぐさま振り返り、ミルコに負けないほどの速さで殴りかかる。

 ミルコはバク転して躱し、マスキュラーの拳は地面に突き刺さってクレーターを作る。

 

「パワーもスピードも上がりやがった……!?」

「血ぃ見せろやああぁ!!」

「てめぇが見せろぉ!!」

 

 マスキュラーの拳とミルコの脚がぶつかり合う。

 その激しさに駆けつけたヒーロー達は手が出せないと理解し、他の戦場に目を向けるが、どっちも激しく足手まといだと痛感する。

 

「くそ!俺達は周囲のビルに取り残された人がいないか探すぞ!!」

「了解!」

 

 ヒーロー達は悔し気に顔を歪めて、出来ることをしようと走り出した。

  

 

 

 ヒーロー達が駆けつけた頃。

 

 脳無達が飛び降りたビルの屋上からは、ディスペが戦場を見下ろしていた。

 

「ふむ。脳無は今の所問題なし。《ショック吸収》《筋力増強》《鉄皮》《瞬動》の4つと聞いたが、使いこなしているな。思考回路の向上は確かに出来ているようだな。後は『個性』をもっと増やしても、それを維持出来るのかってことか」

 

 脳無の考察をしていると、目の前を里琴とエルジェベートが高速で飛び交っていく。

 

「ほらほら!どうしましたの!?追いついてしまいますわよ!?」

「……むぅ」

「竜巻は使いませんの?あら、もしかして使う余裕がありませんの?」

「……」

 

 エルジェベートの言葉に里琴は何も答えない。

 その反応に図星であると判断したエルジェベートは、徐にため息を吐く。

 

「なぁんだ」

 

 すると、エルジェベートは一瞬で里琴の真横に現れて、里琴の後頭部を右手で掴む。

 

「……!?」

「期待外れですわ…ねぇ!!!」

 

 グン!!と里琴を真下に押し飛ばす。里琴は顔から地面に落ちていくが、竜巻で体の向きをうつ伏せに変える。そして全力で真下へと竜巻を放ち、足裏からも竜巻を放って、地面スレスレを飛行して地面への激突を回避する。

 そこにエルジェベートが正面まで降りてきた。

 

「死になさい!!」

「……っ!スパイラル・ツイスター」

 

 里琴は竜巻を解除して、両腕を振って高速で螺旋の竜巻を放つ。

 エルジェベートは一瞬目を見開くが、すぐに口角を吊り上げると、なんと両手を突き出してスパイラル・ツイスターを受け止める。

 エルジェベートは吹き飛ばされることもなく、螺旋の竜巻を受け切った。

 

「……っ!?」

 

 流石に里琴もその光景を目にして、驚きに硬直する。

 エルジェベートの両手は斬り裂かれて血に塗れ、袖も肘近くまで破れていた。

 

「中々の技ですわね。雄英の時にこれを使われてたら、死んでいたかもしれませんわね」

 

 エルジェベートはポケットからハンカチを出して、両手を拭きながら話す。

 拭き終わってハンカチを投げ捨てると、その両手には傷1つ残っていなかった。

 

「……再生?」

「そうですわ。あまり使いたくないですがね。無限に出来るわけでもないですし」

 

 エルジェベートは肩を竦める。そして翼を羽ばたかせて、ゆっくりと上昇する。

 

「さて、今のが貴女の必殺技と考えれば、まだ問題ではありませんわね。そう何発も撃てるものではないと思いますわ。先ほどのように飛び回るならば、もう次は撃てないでしょう?貴女に勝ち目はなさそうですわねぇ。フフフ♪」

 

 エルジェベートは嗜虐的な笑みを浮かべて笑う。

 里琴は表情を変えずに両手を握り締める。

 

「フフフ……アハハハハハハ!!前のように愛しのヒーロー様は来なくてよ!!今も脳無に手一杯ですからね!!ミルコとやらもマスキュラーを倒し切れないようですし!!貴女を助ける者はいませんわよ!!」

「……勝てばいい」

「ならば、やってみなさいな!!」

 

 エルジェベートは里琴に飛び掛かろうと構える。

 それに里琴も構える。

 

ビッグバン・アタァック!!!

『!?』

 

 どこからか声が響き、動きを止めるエルジェベートと里琴。

 するとエルジェベートの後方上空から、巨大な光の玉が高速で飛んできて、エルジェベートの背中に直撃する。

 

ドオォン!!

 

「ああああああ!!?」

 

 エルジェベートは悲鳴を上げ、煙を上げながら墜落する。

 それに里琴はもちろん、ミルコ、マスキュラー、ヒョウドル、ディスペは空を見上げる。

 戦慈は脳無が止まらなかったので、相手を続ける。

 

 空にいたのは、全身ロボットスーツに包まれていた人物だった。

 両腕両脚は青く、頭部、胴体と手足は白い。全身に白く輝くラインが走っており、足裏と背中から白い炎のようなものが噴き出していた。

 

「お前は……『ブラスタ』!!」

 

 ミルコが僅かに目を見開いて、名前を呼ぶ。

 ブラスタは腕を組んで、戦場を見下ろす。

 

「何をグズグズやっている!馬鹿どもが……!!」

 

 ブラスタは怒りを滲ませた声で吐き捨てる。

 

 エルジェベートは翼を羽ばたかせて飛び上がり、ブラスタを睨みつける。

 

「よ、よくもやってくれましたわねぇ!!」

「ふん!」

 

 ブラスタは右手を広げて、エルジェベートに向ける。

 すると、右手から光の玉が飛び出し、エルジェベートに迫る。

 

「!?」

 

 エルジェベートは慌てて飛び上がって躱す。光弾はそのまま飛んでいき、戦慈と戦っている脳無の後頭部に直撃して爆発する。

 戦慈はその隙を逃さずに、全力で右アッパーを脳無の腹部に叩き込んで、脳無を目の前のビルに吹き飛ばす。

 脳無はビルの壁を突き破って、ビル内に突っ込んでいった。

 

「小娘!!貴様は邪魔だ!!こいつは俺がやる」 

 

 ブラスタは再び腕を組んで、エルジェベートを見ながら里琴に声を掛ける。

 里琴はそれに頷いて、戦慈の元に移動する。

 エルジェベートはそれを忌々し気に見つめて、ブラスタを睨み返す。

 

「どいつもこいつも邪魔ばかりぃ……!殺してやりますわぁ!!!」

「……そいつは俺のセリフだ」

 

 ブラスタが腕を解くと、ブラスタのラインの光が白色から黄色に変わり、足裏や背中の噴射も黄色に変わる。

 その変化にエルジェベートは目を見開く。

 

「好き勝手に暴れやがって!今の俺は気が立ってるんだ……!」

 

 ブラスタの光が更に強くなる。

 

「近づきすぎて……火傷するんじゃないぞぉ!!」

 

 ドバン!と勢いよく飛び出すブラスタ。

 エルジェベートは貫手にして飛び掛かろうとすると、ブラスタが右手を伸ばしてエルジェベートに光弾を放つ。

 

「ちぃ!」

 

 エルジェベートは体を捻って躱す。

 今度は左手を伸ばして光弾を放つブラスタ。

 それをエルジェベートは右腕で払い退ける。

 

「小賢しいですわ!」

「ふん!いい気になるなよ!」

 

 ブラスタは両手を連続で離握手して、連続で光弾を放つ。

 エルジェベートは光弾の雨を弾いたり、躱していく。

 

「だから、この程度で!!」

「ハアアア!!」

「!?」

 

 ブラスタが半身になり、左手のひらに右手の甲を重ねる。そこに光が溜まっていく。

 そして両手を力強く突き出す。

 

「ギャリック・キャノン!!」

 

 突き出した両手から太めのエネルギー波が猛スピードで放たれる。

 エルジェベートは目を見開いて、両手を突き出してエネルギー波を受け止める。

 

「うううううぅ!!?こ、こんなものおおぉ!!」

 

 先ほどの里琴の竜巻同様を受け切ろうとするが、体が後ろに下がって行き、ビルの壁に激突する。

 

「っ!?くああああぁ!!」

 

 エルジェベートは両腕を振り上げて、エネルギー波を真上に打ち上げる。

 

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……」

「どうした?俺を殺すんじゃなかったのか?」

「くっ!」

 

 エルジェベートは歯軋りをしてブラスタを睨みつける。

 

(こんな邪魔者が入るなんて……!マズイですわね……さっきの再生と今ので、かなりの血を使ってしまいましたわ……!このままではパワーが……!?)

 

「ところで貴様……体が少し萎んだんじゃないか?」

「っ!?」

 

 今のエルジェベートは170cm前後になっている。

 背中の再生で血を消費してしまったのだ。

 しかし、先ほど現れたブラスタに気づかれるとは考えてもいなかった。

 

「俺のこの『眼』は貴様を常に観測している。貴様の身長が4cm縮んだことも、両手の火傷が再生したのも見逃さんぞ?」

 

 ブラスタは得意げに、自身の眼を親指で指しながら語る。 

 エルジェベートは翼をはためかせて飛び出し、ブラスタに突撃する。

 ブラスタはそれを躱すが、エルジェベートはそのまままっすぐ飛んで行く。

 

「なに?」

 

(このままでは不利!血を吸わなければ!エサはどこですの!?)

 

 エルジェベートは一般人や弱いヒーローがいないかを探す。

 

「ブラスタ!!あいつは最近の失血死事件の犯人よ!!恐らく血を吸い取ることでパワーを上げるわ!!」

「そういうことか。ふん!下らん真似をしやがって!」

 

 ヒョウドルの声に、ブラスタは噴射を強めて猛スピードでエルジェベートを追いかける。

 1分もせずにエルジェベートに追いつき、エルジェベートの右脚を掴む。

 

「な!?」

「てやああああ!!」

 

 ブラスタは空中でジャイアントスイングしてエルジェベートを振り回す。

 エルジェベートは抵抗できずに振り回され、投げ飛ばされる。

 

「くぅううう!!ああ!!」

 

 エルジェベートは翼を広げて止まる。

 周囲を見ると、最初の場所まで投げ戻されていた。

 

「お……おのれぇ……!!」

 

 エルジェベートは目を血走らせ歯を剥き出しにして、怒りに顔を歪める。

 目の前にブラスタが戻ってくる。

 

「ん?どうした。顔が更にバケモノ染みて来てるぞ?」

「お黙りなさい!!この下等生物が!!」

「その下等生物にいいようにやられてる貴様は更に惨めだな」

 

 ブラスタはエルジェベートの言葉に余裕をもって言い返す。

 すると、ブラスタのラインが今度は赤く輝き始め、噴射の色も赤く変化する。

 

「っ!?」

「もういい。これで終わりだ」

 

 ブラスタは右手を突き出す。

 そして光弾が放たれた。

 

 

 

 

 

 戦慈はフルパワー状態でブラスタを見上げていた。

 

「かなりのパワーを持ってやがんな」

「と言っても、あのスーツありきだけどね。まぁ、今はありがたいわ。なんで岡山にいるブラスタが、ここにいるのかは分からないけど」

「……助かった」

「それはまだ分かんねぇぞ」

 

 そう言って戦慈は脳無が吹き飛んだ先に視線を移して構える。

 それと同時にドガァン!とビルの壁が吹き飛び、脳無が飛び出してくる。

 その体はやはり無傷だった。

 

「ちっ。やっぱ前よりも頑丈になってやがんな」

「前回はあれで倒れたの?」

「いや、この状態で一気に50発くらい頭に叩き込んだ」

「……良く生きてたわねぇ。まぁ、今のあいつを見れば納得も出来るけど」

「……厄介」

「だな。あと1人くらい俺と同じパワーを持ってる奴が欲しいぜ」

「流石にミルコはまだ手が放せないわね。私じゃ、マスキュラーに攻撃が効くとは思えないし」

「だから仕掛けてきたんだろうがな」

「よねぇ」

 

 すると脳無が構えたので、戦慈も構えて駆け出す。

 足裏から衝撃波を出し、一気に脳無に迫る。

 しかし、殴りかかろうとした瞬間、脳無の姿が消えた。

 

「な……!?」

「っ!?シナトベ!!右よ!!」

「!?」

 

 ヒョウドルの叫び声に、戦慈は慌てて振り返る。

 

 振り返って目にした光景は、脳無の拳が里琴の体に叩きつけられる瞬間だった。

 

 

ドガガアァン!!

 

 

 里琴は防御も出来ず、無抵抗で巨大な拳に顔や体を殴られて、後ろのビルを突き破りながら吹き飛んでいく。

 

「シナトベ!!!」

 

 ヒョウドルが全力で駆け出し、里琴の元へと向かおうとする。

 そこに脳無がまた一瞬で真横に現れて、右腕を振り被る。

 

「っ!?しまっ!?」

 

 ヒョウドルは目を見開くが、無情にも拳は高速でヒョウドルに迫る。

 

 

オオオオオオ!!!

 

 

 そこに戦慈が叫びながら、物凄い勢いで脳無にタックルして吹き飛ばす。

 戦慈の体から吹き荒れる衝撃波で、ヒョウドルも後ろに吹き飛ばされる。

 

「くあ!?」

 

 5mほど吹き飛んで、体勢を整えたヒョウドルが目撃したのは、歯を剥き出しにして体を震わせながら脳無を睨みつける戦慈の姿だった。

 

「ス、スサノオ……」

 

「ウウゥ……!ウウウウウウ!!!」

 

 戦慈は歯を食いしばりながら唸り、何かに耐えるように体を震わせている。

 

 戦慈が何に耐えているのか、ヒョウドルはすぐに理解する。

 

「……シナトベのところは私が行くわ!!だから……我慢せずに暴れなさい!!」

 

 ヒョウドルの声が届いたのかは分からない。

 しかし、それに応えるかのように、戦慈は耐えるのを止めた。

 

 

「ウウゥ!!ウゥルルルルァアアアアア!!!

 

 

 戦慈が顔を天に向けて吠える。

 

 同時に地面にクレーターが出来て、瓦礫を吹き飛ばす。

 更に戦慈のコスチュームの上半身が弾けるように破れ、戦慈の体が更に膨れ上がる。

 

 

「ウゥ!!ウゥ!!ウゥアアアアアアアアァ!!!

 

 

 更に地面が抉れ、風圧が吹き荒れる。

 すると戦慈の髪は血のように紅く、体は火傷したように赤く染まっていく。

 

「オオオオオォォ……!!」

 

 戦慈の変化にヒョウドルはもちろん、他の者達も目を見開いて動きを止める。

 

「や、やらかしたかしら……?」 

「な、なんですの……?」

「ほう?」

「……前のよりヤバそうだなオイ……」

「オイオイオイオイ!!なんだよ!?向こうも楽しそうじゃねぇか!!」

「あれがスサノオの本気か?」

 

 戦慈は歯を食いしばったまま、脳無に顔を向ける。

 

 そして僅かに腰を落とすと、

 

バァン!!

 

 戦慈の姿が消えて、クレーターが広がる。

 そして右腕を振り被った状態で、脳無の真横に現れたと思ったら、次の瞬間には腕を振り抜き、脳無は吹き飛んでいる光景に変わった。

 ヒョウドル達はまるでコマが抜けたように感じて、何が起こったのかよく分からなかった。

 

「はっ!?シナトベ!!」

 

 ヒョウドルは慌てて里琴の元に駆け出す。

 

 戦慈は衝撃波を吹き荒らしながら、脳無に猛スピードで迫る。

 脳無は地面に転がったと思ったら、体がブレて一瞬で立ち上がる。

 

 そして戦慈と脳無は同時に拳を合わせる。

 

 その結果、脳無は再び吹き飛ばされて、ビルに突っ込んでいった。

 

「馬鹿な!?奴の天敵とも言える4つの『個性』を合わせた脳無を!?」

 

 ディスペは目を見開く。

 

 戦慈は唸りながら、脳無が吹き飛んだ先を睨んでいた。

 

 

「ウゥ……ウルルルァアアアアァ!!!

 

 

 戦慈が衝撃波を吹き荒らしながら吠える。

 

 

 再び狂戦士が、暴れ出す。

 

 




ブラスタの紹介は次回で!


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拳の二十五 もういいの

 

「オオオォォ……!」

 

 戦慈が両手を握り締めて、腰を据える。

 それとほぼ同時に脳無が、戦慈の目の前に右腕を振り被った状態で現れる。

 

「ヅアァ!!」

 

 戦慈も右腕を振り被り、同時に互いの顔を殴り合う。

 

 バキン!と戦慈の仮面が割れるが、戦慈は仰け反ることもなく脳無の拳を受け止める。

 脳無も今回は吹き飛ぶこともなく、戦慈の拳を受け止める。

 

 直後、戦慈と脳無は下がることなく殴り合いを始める。

 

 戦慈の左アッパーが脳無の腹に突き刺さるが、脳無はものともせずに左フックを戦慈の横顔に叩き込む。

 戦慈は仰け反ることもなく、右フックを脳無の脇腹に叩き込む。

 脳無は僅かに横にくの字に曲がるが、すぐに右アッパーを戦慈の顎に放つ。戦慈は頭を仰け反るが、すぐに起こして脳無の胸に頭突きを浴びせる。

 

 脳無は左脚が1歩下がるが、直後左脚がブレて再び戦慈の顎を蹴り上げる。

 戦慈はそのまま体を仰け反らせて、バク転をしながら脳無の顎を両足で蹴り上げ返す。

 脳無は片足立ちだったため、完全に衝撃を打ち消せずに、頭が後ろに仰け反る。そのまま戦慈同様バク転して、距離を取る。

 

 互いに起き上がった瞬間に飛び出す。

 

「ウルルルァア!!」

 

 ぶつかり合う瞬間、戦慈が高速で拳の乱打を放つ。

 脳無の胴体や顔に、拳の雨が降り注ぐ。

 

 

ドドドドドドドドド!!!

 

 

 脳無の体が衝撃に震えるが、両腕がブレて、戦慈の拳に対抗するように高速で殴り合いを始める。

 

 その様子をディスペは冷や汗を流しながら、観察していた。

 

「……《ショック吸収》のおかげで耐えられているが、やはり思考回路の未熟さが響いているか……!《瞬動》をもっと上手く使えれば、もう少し余裕を持って戦えるものを……!」

 

 ディスペはビルの屋上から地上に降りて、唸りながら推測する。

 降りてきたのはブラスタの出現で、屋上にいては見つかる可能性があったからだ。地上であるならば、今は戦場周囲は人が避難していないので、逆に隠れやすかった。

 ディスペはもしもの可能性を考慮して、スマホを取り出して、ある人物にメールを送る。

 

「とりあえず、これでいいか。……くそっ!マスキュラーもエルジェベートもどうなるか分からんか。何故ブラスタがここにいる……?今はミルコ以外は有象無象しかいないはずだったのに……!」

 

 ディスペは仮面の下で顔を顰めて、吐き捨てるのだった。

 

 

 

 エルジェベートは戦慈と脳無の戦いに顔を引きつかせる。

 

「あ、あそこまでのパワーだなんて聞いてませんわよ……!?」

「あいつは体育祭で優勝した奴か。テレビで見たより、パワーがあるじゃないか。まぁ、正気ではなさそうだがな」

 

 ブラスタも戦慈の戦いを見て、面白そうに語る。

 すると、ブラスタのラインが今度は青く変化する。

 

「む。そろそろ限界が近いか」

「また色が……!?」

「これで終わりだ!!」

 

 ブラスタが高速で飛び出し、エルジェベートに迫る。

 エルジェベートは翼をはためかせて上昇し、ブラスタもそれを追う。

 

「えぇい!!小賢しいですわぁ!!」

 

 エルジェベートは急旋回し、ブラスタに貫手を放つ。ブラスタは右腕を振って払い退けるが、スーツにヒビが入る。

 

「あら、思ったより脆いですわねぇ!!」

「ちっ!臨界点が近いと、やはり脆くなるか……!」

 

 エルジェベートは弱点発見とばかりに口を三日月型に吊り上げる。

 ブラスタはヒビを見て、舌打ちする。

 しかしそれで退くこともなく、エルジェベートに詰め寄り、右足裏の噴射を強めてエルジェベートの脇腹に蹴りを叩き込む。

 

「ぐぅ!?」

 

 エルジェベートは横に吹き飛び、勢いよくビルの壁に叩きつけられる。

 

「かはっ!?」

 

 ブラスタはエルジェベートの真上に移動し、再び左手と右手を重ねる。すると、その両手に先ほどよりも大きな光が集まり始める。

 

「くっ!」

 

 エルジェベートは顔を顰めながら、両手を突き出して受け止める構えを取る。

 

「悪いが……さっきと同じだと思うなよぉ!!ギャリック・キャノン!!」

 

 ブラスタが両手を突き出して、エネルギー波を放つ。

 それは前に放ったモノより、2倍の太さがあった。

 その太さにエルジェベートは目を見開いて固まる。

 

「な!?そ、そんな!?ア、アアアアアアアアァァ!?」

 

 エルジェベートは大の字でエネルギー波に飲み込まれて、地面に叩きつけられる。

 そして爆発を起こして、地面を吹き飛ばしてクレーターが生まれる。

 

 ブラスタの両腕はエネルギー波を放った瞬間に爆発し、スーツが壊れてしまう。

 ブラスタはクレーターの傍に降り立つ。すると、両脚と背中のスーツからも爆発が起こり、ラインの光が消える。

 

「ちっ。やはり長時間飛行での戦闘は、そう長くは保たんか。くそっ!」

 

 ブラスタは片膝を着いて、舌打ちをする。

 ブラスタの『個性』は《エネルギー波》。体からエネルギー波を放出することが出来る。しかし、生身で放つと全身から放出するため、ただの爆弾にしかならない。それを抑えて、指向性を持たせたのがあのスーツだが、長時間内部よりエネルギー波を流すと出力に耐えられず、スーツがオーバーフローを起こすのである。

 毎回改良を行ってはいるが、使えば使うほど『個性』は強くなるので、エネルギー波のパワーも上がり、イタチごっこになってしまっているのだ。

 

「ふん……さて、奴は……」

 

 ブラスタは立ち上がり、クレーターの中を見下ろす。

 土煙が晴れていくと、そこには、

 

「あ……あぐ……ま……また……から…だが……」

 

 エルジェベートは呻きながら、地面を這って進んでいた。

 その体は小学生並みになっており、服も脱げてしまっていた。

 

「しぶとい奴だ。しかし、もう戦うことは出来まい?」

 

 ブラスタはゆっくりとエルジェベートに向かって歩き出す。

 すると、クレーターの外から物凄い勢いで、何かがブラスタに迫ってきた。

 

「!?」

 

 ブラスタは飛び下がって、飛んで来た何かを躱す。飛んで来た何かはクレーターの縁に激突する。

 ブラスタが目を向けると、そこには戦慈が仰向けで倒れていた。

 

「貴様……!?」

「ウルゥアアアア!!」

「ぐぅ!?」

 

 戦慈はすぐさま起き上がり、再び飛び出していく。

 動くことで吹き荒れる風圧を耐えながら、ブラスタは戦慈を見送る。

 すぐに戦慈が飛び出した方向で、激しい戦闘音が聞こえてくる。

 

「あの野郎を吹き飛ばしやがったのか……!?向こうの奴も十分バケモノということか……!」

 

 ブラスタはヘルメットの下で顔を顰める。

 そしてエルジェベートに目を向けると、そこにはエルジェベートの姿はなかった。

 

「なに!?どこに行きやがった!?まだ動けるはずはないはずだ!!」

 

 ブラスタは駆け出して路地裏や穴が空いているビルの中を見るが、どこにもエルジェベートの姿はなかった。

 

「くそ!!他に仲間がいやがったのか!?探せたとしても、今の俺では戦えん……!」

 

 壁に拳を叩きつけて悔しがるブラスタ。

 とりあえずブラスタは周囲を注意しながら、戦況を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ミルコとマスキュラーの戦いも佳境を迎えていた。

 

「おらぁ!!」

「ぐぅ!?」

 

 ミルコの蹴りを、マスキュラーが腕を交えて防ぐが、後ろに滑り下がる。

 マスキュラーの体を覆っていた筋繊維は解れて来ており、マスキュラーのパワーが下がって来ていたのだ。

 

「はぁ!……はぁ!……くそが……!」

「はん!どうやら体力切れみてぇだな!」

 

 マスキュラーは荒く息を吐きミルコを睨み、ミルコも息を荒らげながらも笑みを浮かべてマスキュラーを見つめる。

 

「それだけの筋繊維を使ってんだ!消費するエネルギーもハンパねぇよな!?」

「それがどうしたぁ!!」

 

 マスキュラーは苛立ちに顔を歪めながら、右腕に筋繊維を纏ってミルコに殴りかかる。

 しかしスピードはそこまでなかったため、ミルコは容易く躱す。そして体を捻りながら跳び、回転しながら全力で右脚をマスキュラーの顔を蹴り抜いた。

 

「があぁ!?」

 

 マスキュラーは吹き飛んで地面を転がる。

 するとミルコのすぐ前にカラン!と何かが落ちてきた。ミルコが目を向けると、それはマスキュラーが左目に着けていた義眼だった。

 

「ふぅー。これであいつは終わったか?」

 

 マスキュラーは仰向けに倒れており、体を震わせながら起き上がろうとしていた。

 

「く……そ…が……!」

「諦めな。もうここまでだぜ」

「ミルコさん!!」

「ミルコ!!」

 

 ミルコはマスキュラーを油断せずに見下ろす。

 戦闘が終わったのを確認して、ヒーローや警察達が駆けつけてくる。

 ミルコは振り返って捕縛を頼もうとした時、

 

 

ドドオオォォン!!!

 

 

 戦慈が戦っていた場所で、大きな音と衝撃が走る。

 ミルコはガバッ!と振り向くと、戦慈がくの字に体を曲げて、吹き飛んできていた。

 

「な!?下がれ!!」

『!?』

 

 ミルコの声にヒーロー達は慌てて足を止める。

 戦慈はマスキュラーの横を通り過ぎて、ミルコの横に転がりながら近づいてくる。

 そしてミルコの少し前で止まる。

 

「グ……ウゥグゥアア……!ハァー!……ハァー!……」

「スサノオ!!」

 

 戦慈は荒く息を吐き、口や鼻から血を流して片膝を着いている。

 戦慈の視線の先には脳無がいた。脳無は特に傷を負っている様子はなく、戦慈達に向かって歩み寄って来ていた。

 

「あのスサノオの攻撃を完全に耐えてやがんのか……!?」

「ウウウ……!ウルルァアアアアア!!」

「っ!!スサノオ!!」

 

 ミルコは脳無の姿に目を見開いて慄いていると、戦慈が吠えて脳無に向かって飛び出していく。

 

 戦慈は右肩を突き出して、脳無にタックルを仕掛けるが、脳無は両腕を広げて戦慈を待ち構える。

 猛烈な勢いで戦慈が脳無に突撃するが、脳無はそれを体で受け止めると、両腕で戦慈を掴んだ瞬間に一瞬でバックドロップを放ち、戦慈を頭から地面に叩きつける。

 そして一瞬で起き上がって、振り返りながら戦慈の体に右膝蹴りを叩き込む。

 

「グラァア!?」

 

 戦慈は頭を下にした状態で6mほど吹き飛び、頭から墜落して地面を転がっていく。

 

「っ!!ちっきしょうが!!!」

 

 ミルコは全力で踏み込んで、猛スピードで脳無の背後に詰め寄り、右脚を脳無の後頭部に向けて振り抜く。

 しかし、手応えはほとんどなかった。

 

「ちぃ!《ショック吸収》か!?」

 

「ヅゥルルルルアアァ!!!」

 

「っ!?ヤベッ!?」

 

 ミルコは顔を顰めるが、戦慈の叫び声を聞いて、慌てて飛び退く。

 

 直後、戦慈が猛スピードで脳無に詰め寄って殴りかかる。

 脳無は戦慈の右ストレートを再び体で受け止めるが、すぐさま戦慈は右脚を振り上げ脳無の顎を蹴り上げる。

 脳無は仰け反り、2歩後ろに下がる。

 戦慈は右脚を振り下ろす勢いで、左腕を振り抜いて脳無の腹部に突き刺す。脳無はくの字に体を曲げるが、それと同時に戦慈の背中に頭突きを叩き込む。

 戦慈は両手を地面に着いて倒れるのを耐えるが、続いて脳無の右脚が戦慈の顔に叩き込まれる。

 

 戦慈は大きく体を仰け反りながら立ち上がる。

 

「ヅゥルァアアアア!!!」

 

 吠えながら両手を握り締めて、両腕を振り被る。

 そしてすぐさま脳無の胸に両腕を叩き込む。

 

 

ドッッッパアアアアアァァン!!! 

 

 

 

 衝撃波が脳無の体内で吹き荒れる。脳無の体が大きく膨れ上がり、後ろに滑り下がっていく。

 そこに、

 

 

「ぶっ飛びやがれえええ!!」

 

 

 反対側からミルコが両脚を突き出して、脳無の背中に飛び蹴りを叩き込む。

 

 両側からの衝撃に、脳無の体内の衝撃波が逃げ場を失い、体内で荒れ狂う。

 脳無の体が衝撃を逃がそうと荒れ狂い、手足がバタバタと震える。

 

 ミルコは飛び下がり、脳無から距離を取る。

 

「っ!!……今ので私の脚も限界だな。スサノオの奴、どんだけのパワーぶっ放しやがったんだよ」

「ミルコ!!」

 

 足に鋭い痛みが走り、ミルコは顔を顰める。

 そこにヒョウドルが駆け寄ってくる。背中には里琴が背負われていた。

 

「おう。シナトベは大丈夫か?」

「右腕が骨折してるけど、それ以外は大丈夫そうよ」

「……なんとか」

「なら、下がってろ。後はあの脳みそ野郎だけだ」

 

 ミルコはヒョウドルと里琴の様子を確認すると、脳無と戦慈に目を向ける。

 

 脳無はうつ伏せに倒れており、戦慈は荒く息を吐き、両腕をダランとぶら下げて片膝を着いている。

 

「……勝ったの?」

「だといいがな。……嫌な予感がするぜ」

 

 ミルコの不安は的中し、脳無が勢いよく立ち上がる。

 

『!?』

 

 ヒョウドルやヒーロー達は目を見開いて固まる。

 ミルコは盛大に顔を顰めて、歯軋りをする。

 

「そんな!?ミルコとスサノオの攻撃を喰らって……!?」

「あれだけ殴って蹴られたのに、ピンピンしてやがんのか……!?」

 

 すると、脳無はフラついて片膝を突く。

 それを見たミルコとヒョウドルは、周囲に叫ぶ。

 

「今だぁ!!」

「捕縛出来るヒーロー!!」

 

 2人の声を聞いたヒーロー達は、ハッ!として駆け出す。

 

 

 

 すると、脳無の真横に黒い靄が現れる。

 

 

 

『!!?』

 

 ヒーロー達が足を止めて、構える。

 黒い靄は脳無を包み込んでいき、脳無の姿が見えなくなる。

 

「なんだ!?」

「黒い靄?……っ!!雄英襲撃犯の1人よ!!ワープ!!逃げる気だわ!!」

「な!?」

「くそ!!」

「逃がさない!!」

 

 ヒョウドルの声に、ヒーロー達は慌てて飛び掛かる。

 

 しかし、黒い靄は小さくなり、消えたときには脳無の姿は消えていた。

 

「くそ!!」

「っ!?他の連中もいないわ!!」

「何だって!?」

「探せ!!」

「待て!!まずは被害の確認だ!!他に負傷者がいないか探せ!!」

 

 ヒーロー達は周囲を駆け回り始める。特に被害が出たビルの内部やその周囲を確認していく。

 

「ウウウゥゥ……!!」

 

「お、おい?大丈夫か?」

「どうした!?しっかりしろ!」

 

 戦慈にもヒーローが駆けつけるが、戦慈は片膝を着いたまま歯を食いしばって唸っており、返事がない。

 それにヒーロー達は大怪我をしたのかと、更に声を掛ける。

 しかし、

 

「ヅゥルァアアアア!!!」

「うわぁ!?」

「おい!?落ち着けって!?」

 

 戦慈が叫びながら、立ち上がる。

 ヒーロー達は慌てて離れて声を掛けるが、戦慈の耳には届かない。

 歯軋りしながら唸る戦慈は周囲を見渡し、今にも飛び出しそうだった。

 

 そこにミルコや里琴を背負ったヒョウドル達が駆けつける。

 

「おい!?スサノオ!!もう終わったぞ!」

「もういいのよ!!落ち着きなさい!!」

 

「ヅゥウアアアアア!!」

 

「くそっ!」

「どうすれば!?」

 

 ミルコ達の声も届かず、戦慈は足を踏み出す。

 それにミルコ達は顔を顰めて、どう抑え込むかを考える。

 

「……戦慈」

 

 その時、里琴が声を上げる。

 

 それに戦慈はピクリと反応し、動きを止める。

 

「……終わった。……もういい」

 

「ウウゥ……グゥ…アァ……」

 

 里琴の声を理解したように、少し唸った戦慈は両膝を突く。そして体が元に戻り、ゆっくりと前に倒れる。

 

「スサノオ!」

 

 ミルコが近寄り、声を掛けながら状態を確認する。

 

「……気絶してやがるな」

「……そう、よかったわ。流石ね、シナトベ」

「……ん」

 

 ミルコの言葉に聞いていた全員がホッとする。

 ヒョウドルは里琴に声を掛けて、里琴は無表情のまま頷く。

 

「それにしても……厄介な相手だったわねぇ」

「全くだぜ。って、ブラスタの奴は何でいたんだよ」

「そういえば……」

 

 ミルコとヒョウドルはブラスタの存在を思い出し、周囲を見渡す。 

 すると、黒い短髪を逆立てた男がミルコ達に歩み寄ってくる。男の右脇にはブラスタのヘルメットが抱えられている。

 

「お、ブラスタ!って、なんだ?随分ボロボロだな」

「黙れ!助けに来てやった者への第一声がそれか!?」

「わりぃわりぃ。いや~、実際来てくれて助かったぜ!」

「それにしてもどうしてここに?」

 

 ミルコは後頭部を掻きながら、ブラスタに謝罪する。

 ヒョウドルは首を傾げて、ブラスタに質問すると、ブラスタは顔を顰める。

 

「……休暇だ。家族で偶々広島に来ていただけだ」

「相変わらず家族大好きね。それが何で?」

「黙れ!!息子に頼まれたから来てやっただけだ!!……まぁ、来て正解だったようだがな」

 

 ブラスタは僅かに顔を赤くして怒鳴り、最後は顔を鋭くして現場を見渡す。

 それにミルコとヒョウドルも真剣な表情で頷く。

 

「マジで助かった。お前が来なかったら、流石に誰か死んでたかもな」

「そうね」

「奴らが雄英を襲撃した敵連合とかいう連中か?」

「みたいね」

「ちっ!気に入らんな。結局、1人も捕らえられず暴れられただけではないか……!」

 

 ブラスタは顔を苦々しく顰めて、吐き捨てる。

 そこにアルコロが駆けつける。

 

「ミルコさん!!ヒョウドルさん!!スサノオ君とシナトベさんの救急車が来ました!!お2人も一度病院に!!」

「サンキュ、アルコロ」

「あなたもご苦労様。あなたも付き添ってちょうだい」

「はい!」

「ブラスタはどうすんだ?」

「ふん!俺は問題ない。家族と連絡を取って、勝手に帰らせてもらう」

「分かった。今回はマジで助かった。この借りは返すぜ」

「ふん……まぁ、覚えておこう」

 

 ブラスタはミルコ達に背を向けて歩き去っていく。

 

 

 

 ブラスタを見送ったミルコ達は、駆けつけた救急隊員に里琴を渡し、病院へと付き添い検査と治療を受ける。

 

 里琴は右腕の骨折と全身打撲。

 

 ミルコは両脚の疲労骨折。

 

 戦慈は両腕の粉砕骨折、肋骨の骨折、全身ヒビだらけ、全身打撲、筋肉と靭帯の酷使。 

 

 少なくとも数日は入院と診断された。

 

「とりあえず雄英に連絡して、リカバリーガールを呼んでもらったわ」

「おお!ありがてぇな」

「私は一度現場に戻るわ。被害状況を確認したいしね」

「おう」

「シナトベ。今日はスサノオの所には行かずに大人しくしてなさい。明日の朝には会えるから」

「……ん」

 

 ミルコと里琴は同室、戦慈は個室で絶対安静状態である。

 そしてヒョウドルは病室を後にする。外で待機していたアルコロも、ヒョウドルの隣に駆け寄る。

 

「はぁ~……全員逃がしたのは痛いわねぇ」

「そうですね。どこまで計画通りだったのかが分かりません」

「そうなのよねぇ。失血死事件がエルジェベート、暴行殺人は恐らくマスキュラーだわ。けど、そうなるとスサノオ達を狙ってたにしては、かなり前から広島で活動してたことになるわ」

「普通は身を隠しますよね?見つかる可能性もあるわけですし。そうなったらせっかくの計画が水の泡になっちゃいます」

 

 ヒョウドルはアルコロの言葉に頷く。

 

「正直、あの脳無って奴だけでも厄介だったのは変わらないけどねぇ。……脳無がどうだったのかってことよね。スサノオ狙いだったのか……」

「動き的にはそんな感じでしたね」

「だからマスキュラーは、ここで声を掛けた可能性があるわね。エルジェベートが偶々か、エルジェベートがいるところに脳無が来たのか…か。はぁ~……思ったより厄介な組織みたいねぇ。敵連合は……ん?」

 

 ヒョウドルは考察を続けていると、携帯が震えたことに気づく。

 携帯を取り出し、操作するとメールが届いており、メールを開く。

 その中身を読むと、

 

「なんですって!?」

「うわぁ!?」

 

 ヒョウドルが目を見開いて大声を上げる。

 それにアルコロが驚いて飛び上がる。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 アルコロが胸を押さえてヒョウドルに訊ねるが、ヒョウドルはもう一度確認するようにメールを見る。

 

「ヒョ、ヒョウドルさん?」

「……ミルコのところに戻るわよ!」

「え!?は、はい!」

 

 ヒョウドルは顔を険しくして、来た道を戻る。

 アルコロは訳が分からぬまま、それに追従する。

 

「あ、あの……ヒョウドルさん?」

「東京でも脳無の襲撃があったらしいわ。それも3体」

「え!?」

「でも、それ以上にヤバいことがあったわ」

「そ、それ以上……!?」

「ヒーロー殺しよ」

「……え?」

「脳無の出現と同時にヒーロー殺しも出たのよ!つまり敵連合とヒーロー殺しは手を組んでいた可能性がある!」

 

 ヒョウドルの追い詰められた表情と聞かされた内容に、アルコロは心臓が破裂しそうだった。

 

「オールマイトと雄英生に返り討ちにされた雑魚集団と思われていた連中が、捕縛されたとはいえヒーロー殺し、それにエルジェベート、マスキュラー、そして脳無とかいうバケモノを抱えている。この事実が広がれば……単独で動いていた凶悪ヴィランやずっと我慢していたヴィラン予備軍の奴らが動き出すわ!!そして、これはもう止められない!!あれだけ暴れたんだもの!!」

「……そ、そんな……!?」

「やられた……!連中の狙いはこれだったんだわ……!スサノオ達なんて、ついででしかなかったのよ!」

 

 ヒョウドルは歯が砕けそうなほど強く歯を食いしばる。

 自分達が戦った敵の想像以上の巨大さと狡猾さに、恐怖さえ感じ始めている。

 

「それどころか、雄英襲撃さえも……このための布石でしかなかったの?冗談じゃないわよ……!?そんなこと考えるなんて普通じゃないわ!そんな連中にヴィランが集まる?どんなことをしでかすか想像もしたくないわ……!!」

 

 ヒョウドルは自分達の失敗を痛感する。

 エルジェベートかマスキュラーのどちらかでも捕縛しておかなければいけなかった!と。

 もちろん、そんなことが出来る状況ではなかったとは分かっている。それでも、今回の逃走を許したのは、更なる大きな被害に繋がるかもしれなかった。

 

 これ以上被害を出さないように、早く対策を考えなければ!

 

 そう強く思い、ミルコの元へ向かうヒョウドル。

 

 しかし、その思いは無残にも、打ち砕かれることになるのだった。

 

 もちろん、そんなことは誰も知る由もない。

 

 

_______________________

人物紹介!!

 

・ブラスタ(30歳)/波豪(はごう) 才灼(さいや)

 

 誕生日:3月18日 身長:164cm AB型

 好きなもの:トレーニング、家族

 

 黒い逆立った短髪に鋭い目つきをした男性。

 

 コスチュームは、全身ロボットスーツ。

 両腕両脚は青く、頭部・胴体・手足は白い。全身に輝くラインが通っており、普段は白い。

 

 ブラストヒーロー。担当地区は岡山。ヒーロービルボードチャートJP:14位。

 エンデヴァーのように高圧的な態度を取ることが多く、好感度は両極端。

 強さは求めているが、別にオールマイトを意識しているわけではない。結婚してからは家族を守るために、強くなるようになったそうな。

 

 妻・息子・娘がおり、家族にはツンデレ。

 家族サービスも欠かさない。

 それを知っている者はブラスタに好意的だが、一般人は素顔を知らない者が多いので、家族サービス中のブラスタを見ても気づかない。なのでいまいち人気が伸びない。

 

 『個性』:《エネルギー波》

 全身からエネルギー波を放出する。しかし指向性を持たず、発動すると全身から全方位に放射する爆弾でしかない。

 

 スーツはそのエネルギー波を動力源としている。

 スーツ内部でエネルギー波を放出して、それを吸収することで、攻撃と飛行を可能にしている。そのためスーツには常時かなりの負荷が掛かっており、長時間使用するとオーバーフローで爆発する。そのため、肉弾戦が少し苦手。

 スーツ内で流れているエネルギー量とスーツ臨界点を示すように、ラインなどの色が変わる。

 白→黄色→赤→青→爆発。

 

 『ファイナル・フラッシュ』と言う必殺技があるが、ぶっ放した瞬間にどんな状態でもスーツが壊れるため、中々使えない。

 

 スーツが壊れると、自爆以外出来なくなる(そのため体も鍛えているが、『個性』無しでは限界があるため活かしきれない)。

 

 ブラスタの妻は、コスチューム開発会社の社長にして天才発明家。

 ブラスタのスーツはもちろん、飯田兄弟や庄田、青山、骨抜のコスチュームも手掛けている。

 つまり、夫婦そろって超金持ち。

 




『某サイヤ人の王子』+『某マーベルのアーマー』


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拳の二十六 私は度胸!

主人公達を暴れ終わらせたので、ここからは他のB組達を!
最初はやはりこの子でしょう!



 職場体験4日目。

 朝6時。

 

 当然の如く、世間は保須、広島の事件についてのニュースで持ち切りだった。

 

 一佳は昨晩から眠れなかった。

 

「……広島で凶悪ヴィラン。……ミルコ達の活躍で、短時間で退けることに成功」

 

 一佳は随時更新されるネットニュースを、常に確認していた。

 もちろん最も確認していたのは広島のニュース。

 

「……襲撃犯の中に雄英を襲撃した敵連合の一味と外見的特徴が似ている者が確認出来た。……職場体験に来ていた雄英生2人も、撃退に大いに貢献した。……広島、ミルコ、2人の雄英生……!拳暴……里琴……!!」

 

 一佳はニュースを見ると顔を歪めて、メールを起動する。

 そして里琴に安否確認のメールを送る。

 

 里琴にメールしたのは、一夜明けたとはいえ電話出来るか分からないからなのと、戦慈ならば里琴を必ず守っているはずだと思ったからである。

 

 そこまで頭が回るのに、時間について気が付かなかったのは、やはり動揺しているようである。

 しかし、里琴はすぐさま返信してきた。

 

「!!」

 

 一佳は食い入るように画面を見つめて、メールを開く。

 

『もうすぐ退院。リカバリーガールが来た。戦慈も回復してる。もーまんたい』

 

 簡単な文章ではあるが、要点を押さえており、最後に安心させるように平仮名で書かれた言葉。

 それに一佳は安堵して、大きく息を吐いてベッドに倒れ込む。

 

「……よかったぁ」

 

 すると、再びスマホが震える。

 急に襲ってきた眠気に耐えながら、画面を見る。

 メールのようで、送信元の名前は、

 

「っ!?拳暴!?」

 

 一佳は戦慈の名前に眠気が吹き飛んで、飛び起きる。

 慌ててメールを開くと、

 

『こっちは問題ない。今は自分の事に集中しろ。変な奴に付いて行くなよ』

 

 ぶっきらぼうではある。しかし、その言い方に一瞬で抱えていた不安が吹き飛んでいくのを感じた。

 

「……だから……幼稚園児じゃない……!」

 

 溢れそうになる涙を堪えて、届くはずもない文句を言う。

 

 一佳は立ち上がって、パァン!!と両手で頬を叩く。

 

「っ~!!……ふぅ……頑張る……!!」

 

 一佳は気合を入れて、さっぱりするためにシャワー室へと向かう。

 しかし、それでも目の下の隈と両頬の手形が消えず、集合した際に八百万は慌て、ウワバミがニヤニヤと一佳を見てきたときは失敗したと後悔したのであった。

 

 

 

 

 なんとか頬の腫れが引き、目の下の隈はウワバミに化粧をされて目立たなくされる。

 

「ウフフ♪広島のお友達のことかしら?」

「……仲間なので」

「そうよねぇ。仲良さそうだったもんねぇ」

「……」

 

 色々と含みを感じるウワバミの言葉に、苦笑いで誤魔化す一佳。

 このままではマズイと思い、一佳は八百万に話題を振る。

 

「そ、そういえばさ!保須の方はどうだったんだ!?た、確か飯田とか轟もいたんだろ!?」

「え、ええ。皆さん数日で退院出来るようですわ」

「ヒーロー殺しに良く無事だったわよねぇ。エンデヴァーが備えてて、正解だったわね」

「はい」

 

 一佳の露骨な話題変更に、八百万もウワバミも何も言わずに乗る。

 それに小さくホッと息を吐いた一佳は、八百万の言葉に頷いて笑みを浮かべる。

 

「無事ならよかったよ。飯田って、あれだろ?お兄さんがヒーロー殺しに引退させられたんだろ?」

「えぇ」

「無事だったならインゲニウムも一安心でしょうね」

「はい!それで……本日の予定はどのようなものでしょうか?」

 

 八百万は少し不安そうにウワバミに質問する。

 その言葉にウワバミは何かを思い出したように、テレビを点ける。

 

 そこに表示されたのは、初日撮影されたCMだった。

 

「仕事早いわよね~。これ、デモだから1か月後くらいにはCMで流れるわよ」

「……テレビ出ちゃったな」

「……ヒーロー……私達はヒーロー……」

 

 一佳はマスクを顔に巻きながら苦笑いし、八百万は顔を青くして、言い聞かせるように呟く。

 ウワバミが椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。

 

「じゃあ、パトロール行きましょうか」

「「は、はい!!」」

 

 ウワバミの言葉に一佳達は笑みを浮かべて後を追う。

 

 

 

 外に出たウワバミ達は街を練り歩く。ウワバミの頭の蛇達は絶えず、キョロキョロとしている。

 

(……あの蛇で索敵してるのか。そうなると……やっぱり私じゃ難しいなぁ)

  

 索敵のイロハを学ぼうにも、やはり『個性』由来の索敵だと一佳にはどうやっても真似出来ない。

 

「ウワバミさん」

「なに?」

「索敵とか諜報活動時に気を付けることって何かありますか?」

「気を付ける事?」

 

 一佳の質問にウワバミは首を傾げる。そして、顎に指を当てながら少し考える。

 

「そうねぇ。一番は標的にバレないことよ。そしてバレた場合の逃げ道も確保しておくことね。逃げ道って言うのは物理的なものと捕まった時の言い訳のことね」

「逃げ道……」

「索敵や諜報はね、あくまで前準備なのよ。やってる本人からすれば本番だけどね。作戦からすれば、突入と捕縛の成功率を高めるための前段階でしかないわ」

「……なるほど」

 

 ウワバミの言葉に頷く一佳と八百万。

 するとウワバミは何かに気づいたような声を上げる。

 

「ああ……もしかして拳暴君達を意識しちゃったの?」

「うぇ!?ち、違います!!」

 

 ウワバミの言葉を一佳は慌てて否定する。しかし、それが逆に図星であると教えてしまうことになった。

 ウワバミは楽し気に口に手を当てて笑う。

 

「若いわねぇ。確かに拳暴君達と比べちゃうとね。気持ちは分かるし、戦闘でダメならって感じかしら?」

「うっ……」

 

 完全に見抜かれて、顔を赤くする一佳。

 八百万は何やら目をキラキラさせて、2人の話を聞いていた。

 

「これが……恋バナ……!!」

 

 と、1人で盛り上がっていた。

 ウワバミは一佳に声を掛ける。

 

「確かにマルチに出来るのはいいことだけどねぇ。やっぱりせっかくの『個性』は活かさないとね」

「そうですけど……」 

 

 一佳はウワバミの言葉に理解を示すが、やはり納得はし難い思いがある。

 ただでさえ戦慈達は危険な目に遭ったばかりだ。やはり出来れば力になれるようになりたいと思う。

 

 なんの疑問も持たずに、戦慈達と共に戦うためにどうすればいいのかを意識していることには誰もツッコまなかった。

 

 すると、ウワバミのスマホから着信音が響く。

 

「はい、ウワバミ。……えぇ……えぇ……構わないのだけど……」

 

 チラリとウワバミは一佳達を見る。

 それに一佳達は「またCMか?」と内心怯える。

 

「雄英生が2人いるの。職場体験なの。それでもいいかしら?……えぇ……もちろん無理はさせないわよ……ありがとう。じゃあ、後で」 

 

 ウワバミは通話を終えて、一佳達に顔を向ける。

 それに2人は背筋を伸ばして、唾を飲んでウワバミの言葉を待つ。

 

「警察からの協力要請よ。内容は逃亡中のヴィランの索敵と捕縛。作戦会議は1時間後よ」

 

 ウワバミの言葉に一瞬目を見開くも、すぐに真剣な表情に変える一佳と八百万。

 

「2人も参加を許可されたわ。もちろん私と一緒に行動することが条件だけどね。行きたいでしょ?」

「「はい!!」」

 

 一佳と八百万は力強く頷く。

 それに笑みを浮かべたウワバミは事務所に連絡して、車を用意させる。それに乗り込んでウワバミ達は作戦会議の場となっている警察署に向かう。

 警察署の会議室に入った一佳達は案内された席に座る。他にもヒーローが何名か参加しており、椅子に座って待機していた。

 

 するとそこに、

 

「あ!骨抜!」

「お、拳藤か」

 

 骨抜が入ってきた。もちろんその前にはヒーローがいた。

 高跳びヒーロー『バネトビ』。

 緑の短髪で目元には鳥型のマスクをして、赤いタンクトップに黒の鳶ズボンを履いている。

 

「おう、ウワバミ。お前さんのとこは2人かい」

「えぇ、指名出してたからね」

「なるほどな」

 

 ウワバミの隣の席に案内されたバネトビが座りながら、声を掛ける。

 

「ここは公式の場だから、ちゃんとヒーロー名で呼び合ってね」

「す、すいません!」

「名前つけたばっかなんだろ?慣れていきゃあいい」

「はい」

 

 そして30分後に責任者と思われる警察官が数名入室してくる。

 一佳達の前に資料が配られ、室内が少しピリつく。

 

「本日は急な要請に集まって頂き感謝する!早速だが、本題に入らせて頂く!」

「あまり時間はなさそうな感じね」

「だな」

 

 簡単な挨拶だけで、本題に入る様子にウワバミとバネトビが目を鋭くして、資料に目を向ける。

 

「今回の相手は指定敵団体の下部組織の摘発だ!今回、警察の調査でその組織が、大量の武器とブースト薬をビルに運び込んだのが判明した!」

「武器にブースト薬……」

「ただでさえ監視されている指定敵団体が……厄介なことを企んでいるのは確かみたいね」

「そのビルに摘発に入り、武器と薬は押収出来たのだが……。数名の構成員に包囲網を突破されてしまった」

「おいおい……」

「逃げたと思われる場所は?」

「板羽区のビル街だ。そこは少なくとも6つの廃ビルがある。周囲には住宅街やオフィス街もあり、下手に逃すとそちらに逃げられる可能性がある」

「そういうことね」

 

 説明を受けたウワバミ達は呆れとも納得とも言えない表情を浮かべる。

 そこに呼ばれたヒーローの1人が、声を上げる。

 

「しかし、この人数で6つのビルを調べるのか?ウワバミがいるとは言え、人手が足りなくはないか?」

「君達にお願いしたいのは6つの内の2つだ。残りの4つは他の警察署とヒーローが担当する」

「分けたのか」

「ああ、地図を見てくれ」

 

 警察官の言葉に、全員が資料の中の地図を見る。

 そこには赤い印をつけられたビルが3グループに分かれていた。廃ビルは2つは集まっているが、残りの4つからは離れている。他の廃ビルも2つが集まっているが、他の4つからは離れており、三角形を描くように配置されている。

 

「このようにビルがそれぞれ離れている。なので、それぞれで作戦を立てて動くことになった」

「……大丈夫か?当たり外れがあるのなら、手柄の取り合いにならないか?」

「基本的に報酬は出る。そこに捕獲したチームに報酬が上乗せされる形だ」

「……それなら……」

 

 少し不安もあるが、決まっている以上やるだけやるしかないと諦めるヒーロー達。

 

 作戦会議が終わり、移動を始める一佳に骨抜が近づいてくる。

 

「広島の事、なんか知ってるか?拳暴と巻空のことだろ?あれ」

「ああ、2人とも戦ったけど無事だ。リカバリーガールが来てくれたらしい」

「そっか。なら、よかったぜ」

 

 一佳の言葉に骨抜は頷く。

 その後はそれぞれに分かれて、現場に移動する。

 

 一佳達は骨抜達や他のヒーローと共に6階建ての商業ビルを調べることになった。

 一度、ビルから見えない場所に集まり、ビルの見取り図を広げて、忍んでそうな場所を考える。

 

「入り口は表口と裏口が1つずつ。非常階段もビル内にあるタイプだな」

「裏口は目立たない場所にあるな。夜なら出入りもしやすいな」

「隠れやすいけど、逃げにくくもあるわね。裏口は窓からは見えないか」

「ウワバミは裏口から行け。バネトビもな。俺達が表から近づいて様子を見る」

「「了解」」

 

 すぐに分担して、遠回りして裏口に回る一佳達。

 

「あなた達は後から来てね」

「「「はい」」」

 

 バネトビを先頭にウワバミが続き、一佳達が後ろから付いて行く。

 

「どうだ?」

「……少なくとも2階まではいないわ」

「なら、ゆっくり2階まで上がるぞ。音は立てないようにな」

 

 バネトビの言葉に頷く一佳達。

 ゆっくりと階段を上り、2階に上がる。2階に人の気配はないが、部屋の鍵がどうなっているのかを調べることにした。

 一番近い部屋の扉に近づき、ドアノブを捻ると簡単に開いた。

 

「部屋は入り放題ね」

「なら、一応全部の部屋を確認しよう。荷物を隠している可能性もあるしな」

 

 バネトビの言葉に頷いて、2階の全部屋を確認する。

 特に何もなく、抜け穴も見つけられなかった。

 

 そして3階に上がり同じく部屋を確認するが、何もなかった。

 続いて4階に上がったところで、

 

「っ!!いたわ。5階よ」

 

 ウワバミの言葉に全員の緊張感が高まる。

 

「部屋は?」

「……ここ」

 

 バネトビが広げた地図を見て、ウワバミが指差したのは正面側から3番目の部屋だった。

 

「なるほど。非常階段から来れば正面から逃げて、正面から来ればこっちに逃げれるようにってか」

「っ!?騒いでるみたいだわ。多分、正面のヒーロー達に気づいたわ」

「ってことは、こっちに来るな。一気に上がる!!」

 

 バネトビが走り出す。

 それにウワバミ達も追従して駆け上がる。ウワバミはメールで正面にいるヒーロー達にも突入するように伝える。

 

 そして、5階に入った途端、

 

パァン!!パン!パン!

 

「!?止まれ!!」

「隠れなさい!!」

 

 発砲音と銃痕を確認して、慌てて角に隠れるバネトビ達。

 

「やっぱ銃は全部押収出来てねぇか!!」

「薬まで持ってたら厄介ね!」

 

「ちっくしょう!!もう来やがったのかよ!?」

「馬鹿野郎!無駄撃ちすんな!」

「どうすんだよ!?」

 

 ヴィラン達は興奮しているようで、怒鳴り合っているのが聞こえてくる。

 

「やおよ……クリエティ。デッカイ盾って作れるか?」

「え?けんど……バトルフィスト?」

「私が盾を構えて、突っ込みます。バネトビはその後ろから……」

「アホ言ってんじゃねぇ!!ガキを盾に出来ると思ってんのか!?」

「でも、このままじゃ!!」

 

 一佳の突然の提案に、残りの全員が目を見開く。バネトビがすぐさま怒鳴るが、一佳は引き下がらない。

 

「ここで捕らえないと、逃げられるかもしれない!!そうなったら周りに被害が出るかもしれません!!」

「落ち着きなさい!バトルフィスト!だからって、それは余りにも無謀よ!」

「そうですわ!相手の銃がどれくらいあるのかも分からないのに!!」

「けど、拳暴達なら……!!」

 

 ウワバミや八百万の制止にも耳を貸さない一佳。

 バネトビやウワバミは無理矢理撤退することを考え始めたとき、

 

「落ち着けよ、委員長」

 

 骨抜が一佳の頭に軽く拳骨を落とす。

 

「ほ、骨抜?」

「マッドマンだよ。って、それは今はいい。一度落ち着け。お前は拳暴や巻空じゃないし、あいつらは呼んでもここには来ない」

「そんなことは……!」

「分かってるなら、あいつらを参考にしても仕方がないだろ?()()()()()()()()()()()()()()()。俺は知ってる」

「……」

「戦闘訓練でペアを組んだ時のお前は、そんな作戦考えなかったぞ?周りを見ろよ。委員長」

「……」

 

 骨抜の諭すような言葉に、一佳は考え込むように俯かせる。

 その様子にバネトビ達は少し様子を見ることに決めた。

 

「なんで拳暴や巻空が委員長にお前を選んだと思ってんだ?」

「それは中学でも……」

「あいつらがその程度で推薦するかよ。それに俺達だって、あいつらが推薦したくらいじゃ認めねぇよ」

「え……?」

「お前には拳暴達にだって負けないモン持ってんだ。無理にあいつらを追うなよ。お前はお前にしかなれねぇんだぞ?」

「……骨抜」

「だからマッドマンだ」

 

 骨抜の顔はヘルメットで見えないが、親指をグッ!と立てる。

 それに一佳は一度大きく深呼吸をする。

 そして、

 

パァン!!

 

 と、頬を両手で叩く。

 八百万は目を見開くが、ウワバミやバネトビは小さく笑みを浮かべる。

 

「ありがとな。マッドマン」

「気にすんなよ。バトルフィスト」

 

 一佳は骨抜に笑みを浮かべて礼を言う。

 それに再び親指を立てる骨抜。

 一佳はもう一度、深呼吸をして、思考を開始する。

 

(聞こえた声は3人。十分捕らえられる人数差はある。けど、相手は拳銃を持っている) 

 

「ウワバミ。相手は3人ですか?」

「ん?いいえ、5人よ。全員、廊下に出てるわ。ちなみに拳銃持ちは2人」

「あいつらが出てきた部屋の扉は閉まってますか?」

「……ええ、閉まってるわ。それがどうしたの?」

 

 ウワバミは首を傾げて一佳を見る。

 一佳は再び思考に耽る。

 

(人数差はない。正面からのヒーロー達もゆっくりと上がってきているはず。けど相手もそれは分かってる。……そういえばさっき「無駄撃ちはするな」って言ってたな。つまり銃弾は多くはない)

 

 一佳は骨抜とバネトビに顔を向ける。

 

「いいですか?」

「なんだ?言っとくが変なこと言ったら、もう撤退するぞ」

「多分大丈夫ですよ、バネトビ」

「本当か?マッドマン」

「とりあえず聞きましょうよ」

「じゃあ……」

 

 一佳は2人に思いついた作戦を伝える。

 バネトビは腕を組んで唸り、マッドマンは納得したように頷く。

 一佳は八百万にも顔を向ける。

 

「やお……クリエティ。聞きたいことがある」

 

 一佳は八百万にある物を作れるかどうか質問する。

 その内容に八百万は目を見開きながらも頷く。

 

「え?は、はい」

「ウワバミ、正面側のヒーロー達は?」

「4階まで来てるわ」

「……なら、いける」

 

 一佳は勝利を確信する。

 一佳はもう一度考えた作戦を伝える。

 

「……いいんじゃない?今、考えられる中では十分だと思うわ」

「……確かにな。……仕方ねぇか。バレた以上、時間はかけれねぇしな」

「俺は問題ないです」

「私も」

「なら行くぞ」

「「「はい」」」

 

 こうして一佳の作戦が始まった。

 

 

 

 

 一佳は準備が整うまで、緊張を解そうと深呼吸をする。

 

(骨抜の言うとおりだな。拳暴や里琴のようには出来ない。だから他の分野で追いかけたくなったんじゃないか) 

 

 当たり前の事だ。

 だけど、それを忘れていた。

 それだけ2人の存在が一佳にとって大きかったのだ。

 

(分かってたことじゃないか。たった1週間しかない職場体験。それだけで得たモノなんて、所詮きっかけだ。すぐに実戦で使えるわけがない。私は視野を広げたかっただけの筈なのに……!)

 

 戦いでは届かないから、ウワバミを選んだはずなのに。 

 

(1人で出来る事なんて高が知れてる。それを体育祭で思い知ったばかりじゃないか。ホント……何やってるんだろうな)

 

 一佳は苦笑する。

 

(1人で出来ないなら皆で……!無いモノを強請ってもしょうがない!今あるモノで最善を考えるしかないじゃないか!!)

 

 一佳は両手を握り締める。

 

(常に考えろ!周囲を見て、味方を見て、相手を見て……私の手に何があるかを常に考えるんだ!!)

 

 ようやく一佳は自分がやるべきことを理解する。

 

(私は『バトルフィスト』!それは殴るためだけじゃない!!あらゆる『手』を探り、手繰り寄せ、掴むためにある!!)

 

 己が本当に込めたかった意味を見つけた。

  

 だから、もう迷わない。

 

 考えはしても、迷わない。

 

 

(私は度胸!!)

 

 

 いつか呟いた言葉を、もう一度思い起こす。

 

 

 

「バトルフィスト。用意が出来たわよ」

「……はい!」

 

 ウワバミの言葉に一佳は顔を鋭くして頷く。

 

(大丈夫。雄英の時よりもヒーローが多いし、ヴィランも少ないんだ。必要以上に怖がるな!)

 

 一佳は自分に言い聞かせて、作戦を開始する。

 

 八百万に創ってもらった『モノ』を手にして、ヴィラン達に向かって投げつける。

 

「っ!?なんだ!?」

「爆弾!?」

「アホ言え!ヒーローだぞ!?」

「早く逃げ……!!」

 

 ヴィラン達が慌てて逃げようとした瞬間、それは弾けて強力な閃光を生み出して、廊下を埋め尽くす。

 

「ぎゃあ!?せ、閃光弾!?」

「やべぇ、目が!?」

 

 ヴィラン達は間近で閃光を浴びて、視力を封じられる。

 

 その時、ヴィラン達が潜んでいた部屋の扉から、バネトビが勢いよく飛び出してきた。

 部屋の扉は粘土のように柔らかくなっており、下手に視界を遮ることなく奇襲に成功した。

 

 バネトビは目の前にいたヴィランを殴り、拳銃を持っているヴィラン達に跳び迫った。

 バネトビの『個性』は《バネ脚》。両脚をバネのように変化させて、勢いよく跳ぶことが出来る。 

 

「いいぞ!マッドマン!!」

「どうも」

 

「ヒーロー!?どこから!?」

「くそ!まだ目が!?」

「撃つなよ!?俺らに当たる!!」

 

 ヴィラン達は目を細めながら混乱していた。

 すると今度は正面玄関に繋がる階段から、待機していたヒーロー達が駆け上がってきた。

 

「ここまでだ!!」

「大人しくしやがれ!!」

 

 ヒーロー達がヴィラン達を押さえにかかる。

 

 一佳はそれを角から見つめていた。

 

(よし!いいぞ!これで押さえられるなら良し!もし駄目なら……)

 

「やべぇ!?ぎゃっ!?」

「くっそがぁ!!」

「こっちだ!!」

 

 すると3人のヴィランが倒れた仲間を見捨てて、一佳達がいる非常階段に向かって走り出す。

 

(そうだよな。逃げるならこっち。けど……()()()()()()()()()!!)

 

 ヴィラン達が一佳達の所まで2mと迫ろうとした時、突如廊下に足が沈んで床が粘土のように崩れ落ちて穴が開く。

 

「「なあああ!?」」

「んな!?っんだよぉ!?」

 

 先頭にいた2人は落ちたが、その後ろにいた1人は仲間を踏み台にして穴を飛び越えようとする。

 

 そこに一佳が拳を構えて、角から飛び出してヴィランの前に立ち塞がる。

 

「!?」

 

 ヴィランは目を見開くが、空中にいるのでどうしようもなかった。

 一佳は右拳を巨大化して、全力でヴィランを殴る。

 

「おりゃあああ!!!」

「ぶへりゃ!?」

 

 ヴィランは体をくの字にして後ろに吹き飛び、バネトビ達の間を抜けて反対側の壁に叩きつけられ気絶する。

 

「ふぅー」

「下はどうだ!?」

「完璧ですわ!!」

 

 一佳は息を吐くと、バネトビが穴に近寄り声を掛けると、下から八百万の声が響く。

 一佳も穴を覗き込むと、落ちたヴィラン2人が捕獲ネットに雁字搦めで締め付けられて吊り上げられている。

 

 一佳の作戦は以下の通り。

 

「クリエティに閃光弾を創ってもらって、私が投げます。連中が目をやられている間に、連中の部屋からバネトビが、正面階段からは待機してるヒーロー達が突撃してもらいます」

「連中の部屋からって、どうするのよ?」

「マッドマンの『個性』で4階から。柔らかくしてよじ登り、さらに扉を柔らかくすれば行けるはずです」

「なるほど」

「そりゃあ面白れぇな。けど、こっちが手薄になるぞ?」

「はい。なのでもう1つ、罠を仕掛けます。こっちに通じる通路の床をマッドマンに柔らかくしてもらって、クリエティには4階の天井に捕獲ネットを張ってもらいます」

「……なるほど。そうすれば、無理にバネトビ達が捕らえきれなくてもいけますわね」

「穴を跳び越えられたら?」

「相手は5人。バネトビ達から逃れられるのは、良くて銃を持ってない3人。で、いきなり床が抜け落ちたら、飛ぶ『個性』でもない限りそう簡単に対処は出来ない。穴を跳び越えられるのは良くても1人だろ?それくらいだったら、私が奇襲で殴りかかれば倒せる」

 

 であった。

 

 見事にヴィラン達は、一佳の作戦通りに動いたのであった。

 

「やれやれ、さっきまでは危なっかしいだけの小娘だったのによ。なんだよ。こんなに上手くいくなら、もっと早くマッドマンに怒らせればよかったぜ」

「本当ね」

「あははは……」

「勘弁してくださいよ」

 

 警察が駆けつけ、捕縛している様子を見ていたバネトビとウワバミが、一佳を見て揶揄う。

 一佳は苦笑するしかなく、骨抜は肩を竦める。

 

「まぁ、吹っ切れたみてぇならいいか」

「そうねぇ」

 

 移送準備も終了し、撤収となる。

 

「拳藤」

 

 事務所に戻ろうとしていたウワバミの後ろにいた一佳に、骨抜が声を掛けてきた。

 

「骨抜、さっきはありがとうな」

「しっかりしてくれよ委員長。俺はクラスの連中を纏められる気なんてしないからな」

「おい!」

「カッカッカッ!じゃあな。また学校で」

「ったく……ああ、学校で。頑張ろうな!」

「おう」

 

 コン!と拳を合わせて、骨抜はバネトビの所に戻って行った。

 

 一佳もウワバミ達の所に戻る。

 

「お疲れ様。どうだった?現場は」

「……情けないことばかりでした。皆にも迷惑をかけてしまいましたし」

「初陣なんてそんなものよ。けど、最後はそれを帳消しにしたじゃない」

「そうですわ。完璧なオペレーションでした!」

「ありがと。けど、おかげで色々気づけました。それだけで参加できてよかったです」

「そう。そう言えるなら良かったわ」

「はい!」

 

 一佳は清々しい笑みを浮かべて頷く。

 

(もう焦らない。今はただ学べるものを学んでいく!)

 

 一佳は両手を見下ろして、両手を握る。

 

(この手に集めるだけの知識と経験を集める。そして常に使えるモノを考えろ!)

 

 戦慈や里琴の隣に立てないならば、せめて2人が気兼ねなく暴れられる場を整えてやればいい。

 常に近くにいる事が『共に戦う』ということじゃない。

 そう気づいた一佳。

 

(頑張るぞ!!)

 

 一佳は新たな目標を得て、職場体験へ再度気合を入れ直すのであった。

 

 




こうして一佳は八百万に負けない作戦参謀になっていきます。

次回は忘れられかけている物間、次々回は鉄哲のメイン回です!


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拳の二十七 主人公は誰?

物間メイン。
ちょっとオリキャラ多数出ますが、お許しを。

*庄田、鎌切のヒーローネームを修正しました。
円場ドンマイ


 職場体験5日目。

 

 兵庫、参宮。

 

 物間はパトロールを行っていた。

 

「保須に広島。随分と物騒だけど、それに比べてここは平和でいいですねぇ」

「そういうことを言うと、厄介なことが起こるから気を付けるのだよ。ファントムシーフ」

「それはないでしょう。『ビショップ』」

 

 物間の前を歩くのは青いキャソックを着て、長柄のメイスを杖のように持つ茶髪ツーブロックの男。

 神父ヒーロー『ビショップ』。

 物間を指名したヒーローで、常に柔らかい笑みを浮かべている。

 

「それは何故だい?」

「僕程度にそんな主人公やトラブルメーカー的なことが起こるわけないですよ」

 

 物間は自虐を述べて肩を竦める。

 それにビショップは僅かに笑みを深めるだけだった。

 

「物語に出るヒーローならば、トラブルは新たな功績なのでしょうが……。今のヒーロー達にとっては唯の迷惑なトラブルメーカーでしかない」

「まぁ、そういう面もあるのは確かだね。されど、時に平和は人を未熟にするのも事実。物騒なことが起こった理由は、我々ヒーローが平和に慣れてしまい、悪を防げなくなったからかもしれない。そうなると、特定の人物を責めるような物言いは自分の首を絞めることになりかねないよ」

「……胸に刻んでおきますよ」

「それはありがたい」

 

 表向きは和やかな冗談を言い合っているように見えるが、物間は内心で舌打ちをしていた。

 

(相変わらず腹黒い。笑いながら密かに棘を刺してくるのだから質が悪いよね)

 

 ビショップは微笑みながら、物間の言い分や態度を痛烈に口撃してくる。それも周囲から聞けば、諭しているようにしか聞こえないのだから質が悪い。

 しかし、同類とも言える物間からすれば、微笑んでいるビショップの瞳の奥に嘲りの色が見えるのだ。

 さらに、

 

(未だに彼の『個性』の性質が分からない。本当に嫌らしいな)

 

 ビショップは一度として物間に己の『個性』の説明をしない。職場体験が始まってから、ヴィラン退治があまり起こらないのも原因ではあるが。

 正直、物間は何故ビショップが指名してきたのかが分からなかった。

 

 その時、ビショップの携帯が鳴る。

 

「おや……はい。えぇ、問題ありませんよ。……はい……はい。なるほど。では、これから向かいます」

 

 ビショップは通話を終え、携帯を仕舞って物間に目を向ける。

 

「京都に行くよ」

「はい?」

「警察からの要請でね。どうやらヴィランとの戦闘でもありそうだ。少しは有意義な職場体験にしてあげられそうだよ」

「……そうですか。僕のような未熟者が行ってもいいのですか?」

「構わないよ。未熟者を抱えて戦うなんてヒーローとして当たり前だし、君もヒーローを目指すなら良い経験になるさ。現場では未熟者なんて言い訳は出来ないからね」

「……そうですか」

 

 物間は眉間をピクピクとさせながら怒りを耐える。

 その様子をビショップは微笑みながら頷き、駅に向かって歩き出す。

 その後ろを付いて行きながら、物間は歯軋りをするのであった。

 

 

 

 

 京都。

 

 京都府警の会議室へとビショップと物間は訪れる。

 部屋に案内された先で、物間は見知った顔を見つけた。

 

「おや、円場…じゃなかったね。『エアロック』じゃないか」

「おう、お疲れ」

 

 円場は右手を上げて挨拶する。

 

 その隣には、右側だけノースリーブの赤茶の和服に黒の武者袴を身に着けた長身で黒いサムライヘアをした男がいた。背中には鍛冶槌を背負い、左手には和傘を持っている。口元には灰色の手拭いが巻かれている。

 製紙ヒーロー『タタラガミ』。

 円場の職場体験先である。

 

「どうも、タタラガミ」

「うむ。兵庫のお主も呼ばれたのか」

「京都勢で集め過ぎたら、手薄になりかねませんからねぇ」

「うむ」

 

 タタラガミは京都管轄のヒーローである。

 

 そこに新たに入室するものが現れる。

 その中にも物間達が見知った顔がいた。

 

「おいおい、まさか君もか?『マイン』」

「ああ、まさか2人も一緒とはね」

 

 庄田が頷きながら近づいてくる。

 ビショップ達にも近づく者がいた。

 

「なによ。ビショップまで呼ばれたの?」

 

 紫のショートパーマに、女子レスラーを思わせる赤紫のセパレートコスチュームと目元のマスクを身に着けた160cmほどの女性。

 露出した腹筋や二の腕は筋肉質でかなり鍛えられている。

 リングヒーロー『コンボレディ』。

 大阪管轄のヒーローで、庄田の職場体験先である。

 

「ええ、お呼ばれされました」

「随分と戦闘を意識してるわね。わざわざ県外から集めるなんて」

「そうだな」

 

 すると、扉がドバァン!!と吹き飛びかねない勢いで開く。

 全員が目を向けると、浅葱色の羽織を着た和服の集団が威圧するように入ってきた。

 そして、その中に鎌切がいた。

 

 その集団の先頭にいたのは、浅葱羽織に黒の短丈ベストに灰色袴を履いた180cmほど女性。目つきは鋭く、口には串を咥えている。茶髪ロングヘアを無造作に髪紐で束ねており、長めの木刀を左肩に担いでいた。

 武士ヒーロー『イサミ』。

 京都で活動するヒーローで、鎌切の職場体験先だ。

 

「あぁ?なんで他の地区の連中までいやがるんだ?それに雄英のガキ共ばっかりじゃねぇか」

「それは偶然ですよ」

「結構なドンパチがあるようねぇ」

 

 イサミが顔を顰めて、ビショップ達を見て、物間達にも目を向ける。

 それにビショップとコンボレディが肩を竦める。

 

 鎌切は物間達に声を掛ける。

 

「おう。元気そうだなぁ」

「君もね、『ジャックマンティス』。その羽織似合ってるよ」

「うるせぇ」

「そういや広島の話聞いたか?」

「拳暴達が巻き込まれたそうだね」

 

 物間が鎌切の浅葱羽織を揶揄い、円場が戦慈達の事を話題に挙げて、庄田が頷く。

 

「あいつらは無事なのかぁ?あのバケモンがまた出たんだろ?」

「昨日、骨抜が拳藤に会ったらしくてね。聞いたら、リカバリーガールが来て治療をしてもらったそうだよ」

「じゃあ、大丈夫か」

「しかし、リカバリーガールが来るだけの怪我はしたということだろう?脳無とやらも逃げたらしいし」

「それもそうか。保須もA組の連中が巻き込まれたんだろ?」

「そうらしいなぁ」

「全く……彼らは話題が尽きないよねぇ」

 

 物間は肩を竦める。

 庄田達はそれに特に反応はしないが、内心では同意してしまう。

 入学して僅か2か月足らずで2回も襲われれば、そう思われても仕方ないかもしれないが。

 

「それにしてもB組だけ集まるっているのもスゲェな」

「全国に散らばったのになぁ」

「勉強になったじゃないか。つまりはプロでも全国に飛び回るということさ」

「そうだな。そこで己の力を示せるかも、重要なアピールポイントということか」

 

 円場が少し安心したように笑いながら話し、それに鎌切が頷き、物間が腕を組みながら語り、庄田が頷く。

 そこにスーツ姿の警察が入ってきて、全員が椅子に座る。

 すると警察の後から、物間のような黒のタキシードを着て、黒のハットと右目にモノクルを付けたチョビ髭の男性が入って来た。

 

 その姿を見たビショップ達プロヒーローは僅かに顔を顰める。

 

「『モリアーティ』かよ」

「なるほど。これは厄介そうだね」

 

 黒幕ヒーロー『モリアーティ』。

 名前から想像出来る通り、後方支援型のヒーローである。

 

「だから戦闘系ヒーローばっかり集められてたのね……」

「ちっ。めんどくせぇな」

 

 コンボレディとイサミは顔を顰める。

 他のプロヒーロー達の反応に、物間達は首を傾げる。

 

「急な要請に応えて頂き感謝する!早速だが、今回の概要を説明させてもらう!」

 

 会議室正面のスクリーンに、屋敷のような建物が表示される。

 

「今回集まってもらったのは、海外のヴィラン団体と京都の指定ヴィラン団体の接触が確認されたからだ。海外のヴィラン団体は、残念ながらすでに出国してしまったがな」

「……だったら、なんで集められたんだよ?」

「武器の仕入れを確認したからだ。恐らく保須や広島の事件を利用して、暴れるつもりらしい。潜入捜査官から情報が上がった」

「なるほど」

「ここの蔵に武器が運ばれたのも確認済みだ!それを押さえて、構成員を捕縛する!ヒーローの皆さんには、構成員の中の危険人物の対処をお願いしたい!」

「……それでモリアーティか……」

「そういうことですなぁ」

 

 警察の話を聞いて、タタラガミがようやく納得し、モリアーティが髭を撫でながら頷く。

 

 モリアーティの『個性』は《GPS》。

 対象の顔と本名を知ることで、居場所を知ることが出来る。ただし、位置を知るには地図が必要で、更にモリアーティがその場所から半径5km以内にいなければならない。

 今回は潜入捜査官からの地図の提供があったため、モリアーティの力が発揮出来るのだ。

 

「では、早速現場へと向かう!!雄英生に関しては、そちらに任せるが……どうされる?」

 

 警察官の言葉にプロヒーロー達は顔を見合わせる。

 そこにイサミが声を上げる。

 

「はっ!職場体験に来てんだぞ?ここでのうのうと待機させるとかありえねぇだろ」

「けど、大丈夫なの?怪我でもしたら、問題になるかもよ?」

「雄英がその程度で問題視するかよ。あたしらの指示で動けばいいだろ。ジャックマンティス!お前は待機したいのか!?」

「冗談だろ局長ぅ……!ここで斬りに行かねぇとか、何しに来たのか分かんねぇよぉ」

「よく言った!じゃあ、うちは連れてくぜ!」

 

 コンボレディの言葉を、イサミは鼻で笑う。そして鎌切に声を掛けて、鎌切も気合を入れて答える。

 それにイサミは笑みを浮かべて、立ち上がる。

 

 イサミの言葉にビショップ達は苦笑し、物間達に顔を向ける。

 

「どうするんだい?ファントムシーフ。君はこのまま『お客』でいたいかい?」

「それを言われると、行くしかないですよねぇ。本当に腹黒い」

 

「エアロックは?」

「行きます!!自分くらいは守ってみせるっす!」

「なら、いいか」

 

「マインはどうする?」

「己も現場を見させて頂きたい」

「オッケー」

 

 物間達も参加することを決める。

 そして現場に向かう物間達。

 途中でイヤホン型通信機を渡されて、耳に装着する。

 

「これで諸君らを操らせてもらおう」

『操るとか言うんじゃないわよ』

 

 モリアーティが指令本部となっているトラックの中で、地図を広げてコーヒーを飲み始める。

 地図の上には黒と白のチェス駒が並べられており、黒の駒を地図内に配置していく。

 

 そして突入準備が整う。

 

「それではイッツショータイムだ。ターゲットは全員ステージ内にいる。キングも問題なし」

『了解。それでは令状を読んで突入する』

「そうか。ちなみに……扉の向こうに『ルーク』が待っているぞ?」

『な!?』

「では、始めようか。タタラガミが担当だ」

『承知した』

 

 モリアーティの言葉に現場の緊張感が高まる。

 タタラガミは腰のポーチから紙を丸めた玉を2,3個取り出す。

 円場はその後ろでゴクリと唾を飲んで、緊張に耐える。

 そこに物間が円場の肩に手を置く。

 

「落ち着きなよ、エアロック」

「ああ、サンキュって、今のは《コピー》のためだな!?」

「おやおや、バレたか」

「まぁ、いいけどよ」

「君の『個性』は優秀だからね。助かるよ」

「なら、いいけどな」

「行くぞ!!」

 

 警察官の号令に、物間もビショップの元に戻る。

 

「私達は入って左だよ。遅れないように」

「了解です」

 

 そして、警察官がインターホンを押して、すぐに玄関扉の向こうで発砲音が響いた。

 

「!!」

 

 タタラガミは左手に持っている和傘を開く。

 扉を貫通した弾丸が和傘に当たるが、キン!キィン!と金属音を響かせて弾かれる。

 

 タタラガミの『個性』は《鉄紙》。

 一度触れた紙を息を止めている間だけ、鉄の硬度に変えることが出来る。

 その後ろから円場が息を強く吹いて、空気の壁を作る。

 

「上から投げろ!!」

 

 武装した警官達が、塀を越えるように缶のようなものを投げ入れる。

 少しすると、中からプシューと煙が上がり始める。

 

「な!?ゴッホ!!ゴホッ!」

「目、目がぁ!?」

「さ、催涙弾!?」

 

 屋敷の中で咳込む声が響く。

 それにタタラガミが扉を蹴り壊して、屋敷に飛び込んで手に持つ紙玉を投げる。

 その横をイサミやビショップ達が駆け抜けていく。

 

「ごえ!?」

「ぎゃ!?」

「エアロックは自分の防御に集中してろ」

「は、はい!!」

 

 和傘を広げたまま、連続で紙玉を取り出して銃を持っている者達に投げつける。もちろん投げた瞬間に息を止めて、鉄に変える。

 するとタタラガミの前に、刀を構えたリーゼントの男が立ちはだかる。

 

「なんじゃあテメェごらぁ!!!」

「ヒーローに決まってるだろう。で、貴様が《ハンマー》の槌沼だな」

「それがなんじゃあ!!」

 

 槌沼が腕をハンマーに変えて振り被る。

 その時、

 

「フッ!」

 

ガァン!!

 

「なっ!?」

 

 円場が強く鋭く息を吹く。槌沼の腕が振り下ろされる直前に、空気の壁で攻撃を阻害する。

 それを見たタタラガミは和傘を捨てて、背中の槌を抜く。それは紙を束ねて作ったものだった。

 息を止めて、紙槌を両手で握って全力で振るう。そして槌沼の横顔に叩きつける。

 

「ぶへぇ!?」

 

 槌沼は横に倒れる。

 タタラガミはすぐさま和傘を拾い、広げた状態で上から抑え込む。

 そこに警官達が駆けつけて、槌沼を押さえ込む。

 その隙に盾を構えた警官やイサミのサイドキック達が銃を持っている男達を押さえ込む。

 

「ルークは押さえた」

『流石だね。武器庫の方に向かってくれるかい?イサミ達もそっちに向かってる。そっちには『ビショップ』がいるから、手助けしてやってくれ』

「了解だ。行くぞ、エアロック」

「はい!」

「あぁ、それと……さっきのサポートは見事だった」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 タタラガミの褒め言葉にテンションを上げる円場。

 その後も、空気の壁でタタラガミをサポートしていくのだった。

 

 

 

 コンボレディとビショップは屋敷内部を進んでいく。

 屋内では拳銃は使わないようで、特に問題もなく倒していく。

 

 ビショップはメイスで、コンボレディは殴蹴で、庄田と物間は《ツインインパクト》で倒していく。

 

「へぇ、そっちの子は人の『個性』を《コピー》出来るのね」

「まぁ、触る必要があるので、そう簡単ではないようだけどね」

「それに5分間だけですからね。そろそろエアロックとジャックマンティスの『個性』は時間切れになりそうです」

「じゃあ、私の『個性』貸してあげるわ。ツインインパクトとは相性いいでしょ?」

「助かりますねぇ」

『すぐ先の部屋に『ナイト』と『クイーン』がいるようだ。気を付けたまえ』

 

 モリアーティの声に私語を止める物間達。

 そして目の前の扉を蹴り破って、中に突入する。

 そこは大広間のようでかなりの広さがあった。

 

 そこに2人の男女が立っていた。

 

「ここから先は行き止まりだ」

「そやねぇ。お帰り願いますよって」

 

 丸坊主でスーツの男と、花魁の格好をした煙管を咥えている女性。

 

「……《竜爪》の爪野。それに《固煙》の煙河だね」

「こっちのことはバレてるか」

「せやろねぇ。これは厄介やなぁ」

 

 ビショップに名前を呼ばれたことで、爪野は両指を竜の爪のように巨大に変化させて構える。

 それと同時に煙河が口から煙を噴き出して、吹き矢のように飛ばしてきた。

 物間は強く息を吐いて、コンボレディ達の前に空気の壁を作る。

 煙はガン!と空気の壁に当たって床に落ち、また気体に戻る。

 

「どうもね!」

「これで打ち止めですけどね」

「おやまぁ。簡単に防がれてしもた」

 

 コンボレディの礼に、物間は肩を竦める。

 煙河は軽く目を見開く。

 それに爪野は舌打ちをして、駆け出そうとする。

 その時、

 

「あぁ、ところで」

 

 ビショップが声を掛ける。

 

「本当にその先は行き止まりなのかい?」

「そうだって言ってるだろぉ!?」

 

 ビショップの問いかけに、イキりながら答える爪野は急に体が重くなり、片膝を突く。

 それに煙河や物間達も目を見開く。

 

「おや?来ないのかい?それとも立ち上がれない?」

「あぁん!?舐めんなってぇ!?」

 

 ビショップの挑発に爪野は再び叫びながら立ち上がろうとしたが、更に体が重くなり四つん這いになる。

 

「立ち上がれないみたいだねぇ。もしかして訳が分からなくて、怖がってるかい?」

「んだとぉ!?ぐぅ!?」

 

 爪野がビショップを睨もうとすると、更に体が重くなり、遂にうつ伏せになる。

 

「な、なんやのん?」

「そっち気にしてる場合?」

「!?ぐぅ!?」

 

 煙河が爪野の様子に混乱していると、コンボレディが煙河の隙をついて殴りかかる。

 

「ほらほら!!行くよ!!」

「くっ!?あぅ!?」

 

 煙河が煙管を吸いこもうとするが、その前にコンボレディが張り手を連続で放ち、邪魔をする。

 

「あんたの煙は吹かないとダメなのよね!?そんな隙は与えないわよ!」

「だっ!?づぅ!?な、なんや!?強ぅなってだお!?」

「あら?知らないの?私、コンボレディの『個性』は《ヘビィコンボ》!連続で攻撃を当てれば当てる程、攻撃が重くなるのよ!!」

「なぁ!?」

 

 コンボレディの《ヘビィコンボ》は、自分以外の誰かに触れ続けることで、パワーを上げることが出来る。

 ただし一度攻撃を始めると、30秒以内に誰かに次の攻撃を当てないとパワーがリセットされる。

 最低でも掠ればいいので、スピード重視で攻撃することを意識している。パワーが上がれば掠るだけでも十分だからだ。

 

「終わりぃ!!マイン!!」

「了解。《ツインインパクト》、解放(ファイア)」 

「ぎゃふぉん!?」

 

 最後は顔面に張り手を突き刺す。それと同時に庄田が呟くと、コンボレディの張り手から衝撃が放たれて煙河の顔面を更に攻撃する。

 煙河は仰け反って鼻血を噴きながら倒れる。

 倒れた隙にコンボレディは煙管を踏み砕いて、煙河を抑え込む。

 

「ビショップ!!そっちは!?」

「もう終わるかな。頑張ってね、ファントムシーフ」

 

 コンボレディがビショップに目を向けると、爪野の頭を物間がトントンと軽く拳骨を落としており、ビショップはその後ろで悠々と微笑んで見守っていた。

 

「……何やってるの?」

「いや、せっかくだから手柄でもあげようかなってね。それに彼の方が今は倒すのに適してるから」

「適してる?って、私の『個性』コピーしてるんだっけ」

「それだけじゃないよ」

「え?」

「もういいんじゃないかい?」

「そうですねぇ」

 

 ビショップの言葉にコンボレディは首を傾げる。

 それにビショップは笑みを深めて、物間に声を掛ける。物間は呆れながら立ち上がり、爪野を見下ろす。

 そして、

 

「《ツインインパクト》解放(ファイア)

 

ドッパァン!!

バキャ!!

 

「ぐぼぉあ!?」

「うわぁ!?」

 

 物間が呟いた瞬間、爪野の後頭部に物凄い衝撃が走り、床を突き破って上半身が床に突き刺さる。

 それにコンボレディは驚いて声を上げる。

 

「ほう。やはり相性はいいようだね」

「そうですね」

「うわぁ……ここまで凄くなるの?」

「みたいですねぇ」

 

 《ヘビィコンボ》で通常打撃の威力を高め、最後の攻撃を《ツインインパクト》に設定する。それを解放すれば、設定した打撃の数倍の威力で衝撃が放たれる。

 

「エ、エグゥ……!」

「私の《懺悔》やメイスではトドメはさせませんからねぇ」

「トドメって……」

「まぁ、構いませんよ。それにしても《懺悔》ですか。怖い『個性』ですねぇ。腹黒いのも頷けますよ」

「褒め言葉として受け取っておこうかな」

 

 ビショップの『個性』《懺悔》。

 ビショップの問いかけに虚偽で答えると、体が重くなっていく。ただし、ビショップが触れるとリセットされてしまう。

 なので今も物間にトドメを刺させたのだ。

 

「こちらビショップ。『ナイト』と『クイーン』は貰いましたよ」

『了解だ。その先に『キング』がいる。気を付けたまえよ』

「まぁ、大丈夫でしょう」

『そうかね。まぁ、頑張ってくれたまえ』

 

 通信を終えたビショップは先へ進み始める。

 物間は肩を竦めて、それに続く。

 

「コンボレディはここで待機で」

「分かったわ」

「気を付けて。ファントムシーフ」

「君もね、マイン」

 

 ビショップ達を見送ったコンボレディと庄田は、警察が来るまで待つ。

 

「嫌らしい2人ねぇ」

「まぁ……」

「ファントムシーフだっけ?あの子、随分と歪んでるわねぇ。まぁ、あの『個性』じゃあ色々言われたんでしょうねぇ。1人じゃ無力だし、ヴィランに触れられても、使える『個性』か分からないし」

「……そうですね」

 

 庄田はコンボレディの言葉に、体育祭で出会った普通科の心操の事を思い出した。

 

(彼も『個性』の特性故に実技入試を突破出来なかった。それでも諦めずにヒーローを目指している。彼も少し屈折していたようだが……そうか、物間も同じなのか)

 

 心操と言う存在を通して、庄田はようやく物間と言う人間を少し理解出来た気がした。

 

(周囲への羨望と嫉妬。けれどもヒーローを目指すと決めた以上、それを見せるのは情けない。そんなヒーローはカッコ悪い。そんなところだろうか)

 

 それは自分も感じたことがある。いや、誰もが一度は感じることだろう。

 しかし、心操や物間はヒーローを目指し続ける限り、それと向き合い続けなければいけない。

 その辛さは想像を絶すると、庄田は思った。

 

(無力感を常に感じている。拳暴がいるから尚更感じるだろうな。彼のあの言動はその不安を隠すためか)

 

 物間と言う人間の強さと弱さを知った庄田。

 

 そこに芽生えた思いは尊敬と、

 

(だからって、あそこまで嫌味に特化しなくてもいいとは思うが)

 

 という呆れだった。

 

 

 

 

 

 その頃、鎌切は蔵を目指して、走っていた。

 

「あれだな!!」

 

 イサミが蔵を発見して、一目散に走り始める。

 すると、やはり構成員達が立ち塞がり始めた。

 

「行かせねぇ!」

「止まれヤァ!!」

 

「うっせぇ!!」

 

 イサミが木刀を振る。

 すると風が巻き起こり、構成員達を吹き飛ばす。

 

「「「ぎゃあああ!?」」」

 

 イサミの『個性』は《剣風》。

 棒状の物を振ることで、風を巻き起こすことが出来る。

 連続で振るって蔵までの道を開く。

 

 一気に駆け抜けると、蔵の前に十字槍を持った男が立っていた。

 

「あいつが《旋棒》の回槍(かいそう)だ!気を付けろよ!」

「了解ぃ!」

 

 回槍はイサミが近づくと構えて、握っている槍をギュルルル!と回転させる。

 

「ここは行かせへんでぇ!!」

「通らせてもらうに決まってんだろぉ!!」

 

 イサミが木刀を振って風を飛ばす。

 それを回槍は躱し、イサミに飛び掛かる。イサミも回槍の正面を避けるように動く。

 しかし、

 

「横に避ければ逃げれるとでも思たんかぁ!?ドアホがぁ!!」

 

 槍の回転を止めて、今度は頭の上に掲げてバトンのように回し始める。

 イサミは下がって躱すが、回槍はもちろん追いかける。

 

「往生せいやぁ!!」

「お前がな」

「あぁん!?」

「ヒャッハアア!!」

「!?」

 

 回槍が一気に勝負を決めようとした時、後ろから鎌切が迫り、左前腕から刃を生やして腕を振る。

 回槍は慌てて離れるが、鎌切も追い打ちをせずに下がる。

 

「はぁ?なんや、なんも切れてへんやんけ?」

「斬ったぜぇ?槍の方だけどなぁ」

「はぁ!?」

 

 鎌切の言葉に慌てて、槍に目を向けると切っ先が切り落とされていた。

 

「し、しもたぁ!?」

「じゃあな!天誅!!」

「ぎゃあああ!?」

 

 目を見開いて驚く回槍に、イサミが木刀を振って突風を叩きつけて、壁に吹き飛ばす。

 壁に頭から叩きつけられた回槍は、壁に突き刺さって気絶する。

 

「終わりだな。いい動きだったぜ、ジャックマンティス」

「そりゃあ、あんだけ扱かれたらなぁ」

 

 鎌切は今日までパトロールにも連れていかれずに、ひたすら鍛錬させられていたのだ。

 初めてのパトロールに出れたと思ったら、まさかの今回の要請が来て、連れてこられたのだった。

 正直、よく動けたなと思っている。

 

 その後、タタラガミと円場、イサミのサイドキックも駆けつけて、蔵の捜査を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ビショップと物間は一番奥の部屋に足を踏み入れていた。

 

 そこには60歳くらいの着物を着た男性が、刀を持って睨んでいた。

 

「あなたが組長ですか」

「そうや。ようやってくれよったなぁ。おちゃらけた偽善者連中が……!」

 

 組長は目を血走らせてビショップ達を睨みつけていた。

 

「おちゃらけた偽善者ですか」

「そうやろが。資格持っただけで、好き勝手暴れられるんやろ?実力があれば、性格が悪かろうが目を瞑ってもらえるんやろ?それでヒーローを名乗るとか偽善以外に何があんねん」

「そうですねぇ。好き勝手ではないですが、実力があれば目を瞑ってもらえることはありますねぇ」

「ほれ見ぃ!」

「それはあなた達も一緒ですがね。指定ヴィラン団体とはいえ、余計なことをしなければ目を瞑ってもらえていたのに。下手な夢を見るから、こうなるのですよ。自分が特別だとでも思ってましたか?」

「なんやとぉお!?」

 

 組長は激高して、斬りかかろうとした瞬間、体が重くなって膝を突く。

 

「な、なんや!?『個性』か!?」

 

 すると、持っていた刀が突如へし折られる。

 目を見開いた組長が、目だけで上を向くと、そこには右手の爪を巨大な爪に変えた物間が薄ら笑って立っていた。

 

「そ、そりゃあ爪野の……!?」

「よさそうだったので貰ったよ」

「な……!?」

 

 目を見開いた組長に、物間は右手を戻して問いかける。

 

「驚いたかい?」

「ふ、ふん!その程度ぉ!?」

 

 組長は物間の問いかけに強がると、更に体が重くなった。

 

「簡単に使いこなさないでくれないかい?」

「いいモノを見ると、つい……ね」

 

 物間はビショップの苦情を肩を竦めて躱す。

 

「僕は偽善者だけどさ。悪か偽善かなら、偽善でいいさ。だって、まだカッコいいだろ?子供の僕がこうして、貴方のような人を見下ろすことが出来るのだからねぇ」

 

 物間は組長を見下ろしながら語る。

 組長はそれを盛大に顔を顰めるだけで、口を開かなかった。

 ビショップはそれに苦笑し、通信を始める。

 

「こちらビショップ。組長は押さえましたよ」

『そろそろ他の者も着くよ。それにしても彼は『個性』は使わなかったのかい?』

「使いませんねぇ」

『ふむ。やはりか……』

「というと?」

『彼は《増殖》という『個性』持ちだったはずなのだが、数年前から使わなくなったらしいのだよ』

「ほう……」

 

 ビショップも気にはなったが、そこに警察官達が駆けつけたので、聞くことは出来なかった。

 聴取でも聞かれるだろうと思ったので、特に無理して聞かなかった。

 

 ビショップは屋敷を出ながら、物間に声を掛ける。

 

「どうだったかい?得られるものはあったかい?」

「そうですねぇ。まぁ、そこそこですかね」

「それはよかったよ。ところで……」

「はい?」

「君はヒーローになれると思ってるかい?」

「……もちろんぉ!?」

 

 ビショップの言葉に答えると、物間は体が重くなった。

 それはつまり、

 

「思ってないんだね。まぁ、君の『個性』は特殊だ。いろいろ言われてきたんだろうさ」

「……」

「僕も言われてきたからねぇ。どんなに体を重くしても、捕まえようとすればリセットされてしまう。結局は1人では何もできないってね」

「っ!」

 

 ビショップの言葉に下唇を噛む物間。ビショップは物間の肩に触れて、解除する。

 

「けど、僕はヒーローになった。なることが出来た」

「……だから僕もなれるとでも?」

「それは知らないよ。僕は君じゃないんだから。君がヒーローになれるのか、ヒーローにふさわしいかなんて知らないさ。分かったつもりにはなれても、分かることはない」

「……」

「君は言っていたね。主人公でもトラブルメーカーでもないと」

「それが何か?」

「じゃあ、君の人生は誰が主人公なんだろうね?」

「っ!?」

 

 ビショップの言葉に、物間は核心を突かれたように目を見開く。

 ビショップは相も変わらず胡散臭い微笑みを浮かべたままだ。

 

「君の主人公は『物間寧人』だ。ヒーローも、雄英生も、所詮はその時々の役柄でしかない。つまり君というヒーローは君しかなれない。他人が決めれることじゃない。所詮、僕や拳暴君、オールマイトは君の物語にちょっとだけ現れる脇役さ。決して君の物語の主役にはなれない」

「……」

「他者を妬み、羨んだなら、次は自身を磨かないとね。いいかい?輝かせるんじゃない。磨くんだ。そうすれば、光が当たれば勝手に輝いてくれる。強がる必要も怖がる必要もない」

「……簡単に言ってくれますね」

「脇役だからね。君に『ヒーローになれない』と言った奴と何も変わらない。たった1週間しか君の物語に参加しない僕に、何を求めているんだい?」

「……」

「けど、回想キャラとして僕を使うかは君のキャスティング次第だ。他人と言う脇役を、どうキャスティングするかを決めるのは君なんだ。それで君の物語がどう変わろうとも、その責任を取るのも君自身だ。劇の評価は、主役の評価。ただそれだけのこと。けど……人生一度の劇なら、好き勝手やった方がいいと思わないかい?」

 

 ビショップの言葉に、物間は顔を俯かせて考え込む。

 その様子にビショップは微笑んだまま、前を向いて歩き出す。

 

「この職場体験とて、有意義かどうか決めるのも君自身。今日という物語は、もう終わる。君はどう評価する?明日のキャスティングは決めてるかい?君は君が出来ないところを知っている。なら、君に出来ることと君に出来ないことが出来る脇役を見つけないとね」

「……結局は他人ですか」

「当然だよ。()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()。最低でも1人、助けるべき人が要る。助ける人がいないのに、ヒーローがいても仕方ないと思わないかい?」

 

 ビショップの言葉に、物間は目を見開いて固まる。

 

「だからこそ、言おう。君はヒーローになれる。君は周りに人がいればいる程、輝ける人間なのだからね」

「っ!……ありがとうございます

「ん?何か言ったかい?」

「……いいえ。クサイですねって、思っただけです」

「それは酷いな。早く帰って風呂にでも入って……そうだね。今日はステーキでも食べに行こうかな?」

「流石はヒーロー。太っ腹ですねぇ」

「何言ってるんだい?自分の分は自分で払っておくれよ。主役が奢られるって恥ずかしくないかい?」

「主役ですからね。脇役に奢らせるなんて最高じゃないですか」

「……捻くれてるねぇ」

「鏡でも出しますか?」

「遠慮しとこうかな」

 

 こうして、怪盗は神父に道を示されていく。

 

 怪盗が改心出来るかは、今後の物語次第である。

 

_______________________

人物紹介!(簡単バージョン)

 

・バネトビ(32歳)

 

 身長:175cm

 

 追跡や高所救助で活躍する。

 

 『個性』:《バネ脚》

 両脚をバネのように変化させることが出来る。

 

 

 

・ビショップ(27歳)

 

 身長:171cm

 

 制圧や捕縛で活躍する。

 常に微笑みを浮かべている腹黒。

 

 『個性』:《懺悔》

 ビショップの問いかけに、嘘で答えると体が重くなる。

 しかしビショップが触れると解除されてしまうため、物間のように『1人じゃ役に立たない』と言われてきた。

 

 

 

・コンボレディ(26歳)

 

 身長:164cm

 

 制圧で活躍する。複数相手が特に強い。

 

 『個性』:《ヘヴィコンボ》

 連続で他人に触れ続けることでパワーが上がる。無機物には効かない。

 30秒以内に次の攻撃を当てないとリセットされる。

 

 

 

・タタラガミ(36歳)

 

 身長:188cm

 

 制圧、救助、警護などマルチな活動をしている。

 副業で和紙職人をしている。

 

 『個性』:《鉄紙》

 一度触れた紙を、息を止めている間だけ鉄の硬さを持たせる。

 ポーチには折り紙の手裏剣や紙飛行機が入っている。

 

 

 

・イサミ(29歳)

 

 身長:186cm

 

 ヴィラン退治、警護をメインに活動している。

 新選組のファン。

 

 『個性』:《剣風》

 棒を振ると、風を巻き起こすことが出来る。

 棒の長さは最低でも30cmは必要である。

 

 

 

・モリアーティ(44歳)

 

 身長:173cm

 

 索敵、追跡、作戦指揮がメイン。

 というか、戦闘が出来ない。

 

 『個性』:《GPS》

 素顔と本名を知ることで居場所を知ることが出来る。ただし、対象の居場所から半径5km以内であること。そして、居場所の地図または見取り図が必要となる。

 

 




円場:エアロック:これが限界

次回は鉄哲。切島君も頑張ります!


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拳の二十八 俺の心よ鋼を超えろ!

 職場体験6日目。

 本日で職場体験は終わりを迎えるため、鉄哲と切島は気合を入れていた。

 

 もちろんフォースカインドから初日にヒーローとしての話を聞いたことも関係しているが、それ以上に2人に気合を入れているのは、やはり保須と広島の事件である。

 

「ぬおおおお!!」

「おりゃああ!!」

「「ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!」」

 

 2人は今、事務所待機中で揃って筋トレをしていた。

 普段は気が合う2人だが、こういう時になると自然と競争が始まる。

 今は腕立て伏せで、先に崩れ落ちた方が負けというのが自然と始まっていた。

 

 その様子をフォースカインドも筋トレをしながら、呆れて見ていた。

 

「あいつら……この後パトロールに出るって分かってんのか?まぁ、仕方がねぇのかもしれんが……」

 

 フォースカインドも保須と広島の事件についてはもちろん情報収集をしていた。

 今もヒーローネットワークを利用して、捜査状況などを確認している。

 雄英生が狙われた可能性がある以上、自分も他人事ではない可能性があるからだ。

 

「どうした切島ぁ……!もうヘバってんのかぁ……!?」

「へっ!馬鹿言うんじゃねぇよ鉄哲ぅ……!俺はこれからだぜぇ……!」

「俺もだよぉ……!!」

 

 2人は汗を滝のように流して、両腕をプルプルさせながら互いを挑発する。

 そして再びスピードを上げようとした瞬間、2人の後頭部に衝撃が走る。

 2人は腕を下げたときだったので、額を床に打ち付ける。

 

「「あでぇ!?」」

「馬鹿野郎。まだまだ業務があるんだ。適度で済ませろ」

「「フォ、フォースカインドさん……!?」」

 

 2人は顔を上に向けると、フォースカインドが水とタオルを持って仁王立ちしていた。

 鉄哲と切島は横に目を向けると、水のペットボトルが転がっていた。どうやら先ほどの衝撃は、ペットボトルを落とされたことによるものだったようだ。

 2人は体を起こして床に座り、ペットボトルを手に取る。

 

「友達が重大事件に巻き込まれて、気になるのは分かるがな。それで自分の業務が疎かになったら、本末転倒だろうが。こういうときこそ平常運転でいれるようになることも、ヒーローの資質として求められる」

「「……はい」」

「声が小さぁい!!」

「「押忍!!!フォースカインドさん!!!」」

 

 2人は一瞬で正座になり、背筋を伸ばして返事をする。

 そして、2人は言われた通り休憩を取ることにした。

 

「はぁ~……ちくしょ~。やっぱまだまだだなぁ、俺ら」

「だなぁ」

 

 2人は汗を拭いて、水を飲みながら項垂れる。

 やる気が空回りしていることを自覚しているが、どうにも落ち着かないのだ。

 

「拳暴達はもう大丈夫そうなのか?」

「おう。もう退院してるみてぇだ。ただコスチュームも壊れて、状況が状況だからトレーニングくらいしか出来ねぇそうだ」

「まぁ、そうだよな」

「そっちはどうなんだ?飯田とか緑谷とかはよ」

「緑谷は今日退院で、飯田と轟も昨日には退院したみてぇだ」

「とりあえず全員無事ってことか」

「そうだな」

「「……はぁ~」」

 

 仲間が無事なのは嬉しい。

 なのに、2人がそれを喜び切れないのは、

 

「情けねぇぜ……!拳暴や轟達が羨ましいと思っちまった……!」

「俺もだ……。置いてかれた感じがして悔しいって思っちまった」

 

 鉄哲が顔を顰めて、右手を握り締める。それに切島も顔を顰めて頷く。

 犠牲者も出て、仲間が傷ついた事件だと言うのに、命を懸けて戦っていたと言うのに、2人は一瞬その経験が羨ましいと思ってしまったのだ。 

 2人はそれに自己嫌悪しているのだ。それによって、必死に追いかけている戦慈達の背中が、更に遠のいたように感じてしまった。 

 

「これじゃあ、ヒーロー以前の問題だぜ……!」

 

 鉄哲は自身への苛立ちが抑えられなかった。

 それは切島も同じ思いなので、どう声を掛けていいのか分からなかった。

 

「お前ら!!シャワー浴びろ!!パトロールに行くぞ!!」

「「っ!?は、はい!!」」

 

 フォースカインドの声に、2人は慌てて駆け出す。

 その後ろ姿を見ていたフォースカインドは、腕を組んでため息を吐く。

 

「まぁ、若いからこその壁って奴か。初日の話も合わせて、変に追い込まれちまってるな。ああいうのは自分で乗り越えねぇと続かねぇんだよなぁ」

 

 雄英は特に生徒同士の競争を意識させられる。 

 体育祭で多くの者に注目されるし、今回の職場体験もその影響を受けている。

 ヒーロー飽和社会であり、競争が激しい中でヒーローとして生き残っていくには仕方がないとは思う。他者との比較は常にされている以上、いつかは羨望と嫉妬を乗り越えないといけない。

 しかし、それが高校に入ったばかりの鉄哲達に、すぐに乗り越えろというのも酷過ぎることも事実である。

 

「はぁ~……これも先達の役目ではあるが。どうしたもんか……」

 

 フォースカインドは顔を顰めて悩みながら、シャワーへと向かうのだった。

 

 

 

 

 コスチュームに着替えて、パトロールに出る鉄哲達。

 その顔はやはり険しく、雰囲気もピリピリしている。

 

 フォースカインドは2人を振り返る。

 

「おい、お前ら。もう少しその雰囲気どうにかしろ。そんな顔険しくしてたら、警戒態勢かと勘違いされるだろ。ただでさえ俺は強面で子供に評判悪いんだぞ」

「「……すいません」」

「……はぁ~……ちょっと休憩するぞ」

 

 フォースカインドは鉄哲達を連れて、コンビニに寄り飲み物を買う。

 そして駅前でベンチを見つけて座る。

 

「どうせ拳暴達が事件を経験して羨ましいとか思ってんだろ?」

「「っ!?」」

「安心しろ。俺も思ってる」

「「え!?」」

 

 フォースカインドの言葉に、鉄哲達は目を見開いて、フォースカインドを見る。

 

「当たり前だろ?まだ高校生のガキが、あんな大事件で活躍して称賛されてよ。『個性』だって、俺より半端なく強ぇ。羨ましいに決まってんだろ?」

「「……」」

「事件が起きるのは嫌だがな。やっぱ活躍出来るのは嬉しいもんさ。現場で働けば、尚更そう思っちまう」

「……けど」

「そんな自分がヒーローになれるかって?まだ仮免も取れてねぇ奴が決めつけんなよ。資格を取りに行くのはお前らだがな、お前らがヒーローにふさわしいか決めるのは教師や公安の連中で、資格を取った後にお前らがヒーローにふさわしいかを決めるのは一般人だ。それを待ってからでもいいだろ。本来ヒーローって言うのは、なりたくてなれるもんじゃねぇんだ」

「「……」」

 

 フォースカインドの言葉に、鉄哲達は考え込むように俯く。

 

「『個性』がありふれた社会で、その『個性』に依存し始めたからこそ、他人との差が明確になっちまった。運動能力や知識は時間がかかろうとも勉強すれば追いつけるかもしれねぇ。けど『個性』はそうはいかねぇ。俺達ヒーローは『個性』が最大の武器だからな。その差は嫌でも見せつけられる」

 

 フォースカインドの『個性』は《四本腕》。

 パワーが大きく上がるわけでもなく、炎や水を出せるわけではない。

 だからオールマイト、エンデヴァー、ホークスなどのトップヒーロー達の活躍が羨ましくなる。

 彼らのような活躍がしたくて、ヒーローになったのだから。

 

 だから鉄哲達の悩みもよく分かる。

 

「ただ覚えておけよ。ヒーローになったからには絶対に譲っちゃいけねぇもんがある」

「……譲ってはいけないもの?」

「それは自分で気づかねぇとな」

 

 フォースカインドの言葉に2人は再び考え始める。

 

「休憩は終わりだ!!パトロール再開するぞ!」

「「は、はい!!」」

 

 フォースカインドが立ち上がったのを見て、2人も慌てて水を飲み干して立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 鉄哲達がパトロールを再開して1時間ほど経った時。

 

キキイィイ!!

ドガァン!!

 

「きゃあああ!?」

「うわぁ!?」

「誰かああ!?」

 

 少し先で大きな音が響き渡り、直後に悲鳴が聞こえてきた。

 

「行くぞ!!」

「「はい!!」」

 

 鉄哲達は走り出し、現場へと向かう。

 向かった先では、車がビルの壁に突っ込んでおり、その周囲には覆面をした男達がなにやら慌てていた。

 

「何で事故ってるんだよ!?」

「うるせぇな!パンクするような車用意するからだろうが!!」

「ケンカしてる場合か!!早く逃げねぇとヒーローに追いつかれるぞ!」

「早く荷物出せ!」

「ちくしょうが!!」

 

 どうやら強盗して逃走中に事故を起こしたようだ。

 

「お前らは周囲の人の避難誘導をしろ!!」

「「は、はい!!」」

 

 フォースカインドの指示に従って、鉄哲と切島は周囲の人の避難を手伝う。

 すると鉄哲は事故った車のすぐ近く、覆面をした大柄な男の背後に妊婦が蹲っているのを見つけた。

 足を押さえており、どうやら事故から逃げようとして、足首を挫いたようだ。

 

 それを見た鉄哲は考える前に駆け出す。

 

「お、おい!?鉄哲って、あれは!?くそっ!?」

 

 切島も遅れて妊婦を確認して、鉄哲の後を追う。

 フォースカインドもその動きに気づいて、覆面連中の注意を自分に向けるようにする。

 

「おらぁ!!ヒーローだ!!大人しくしろぉ!!」

「げっ!?」

「もう来たのか!?」

「くそっ!近くに居やがったのか!」

「ついてねぇなぁ!!」

 

ガァン!

 

「きゃ!?」

「あん?」

 

 フォースカインドの登場に慌てる覆面達。 

 大柄の男が苛立って車の扉を殴ると、後ろで悲鳴が聞こえた。

 男は後ろを振り向くと、妊婦が震えながら蹲っているのを見つけた。

 

「はっはぁ!ラッキー!!」

 

 男は歓喜の声を上げながら、妊婦に手を伸ばそうとする。

 妊婦は足を痛めているのと恐怖で、震えながら近づいてくる手を見つめていることしか出来なかった。

 

「させるかよおお!!」

 

 そこに鉄哲が滑り込むように、妊婦の前に立ち塞がる。

 

「あぁ?なんだぁ?このガキィ!!」

 

 鉄哲の登場に顔を顰めた男は、右腕を振り被る。

 鉄哲は構えて耐えようとすると、突如男の肘先が膨れあがり、巨大な腕に変化する。

 

「な!?」

「おらぁ!!」

「ぐぅ!?」

 

 鉄哲は目を見開きながらも、両脚で踏ん張り全身を鉄に変えて、男の攻撃を耐える。

 

「っつぅ!(拳藤と似た『個性』!けど、そこまでパワーはねぇ!)」

「ってぇ!?こいつ、鉄みてぇな体してやがる!?」

 

 大柄の男は顔を顰めて、右手を振る。

 鉄哲はその隙に取り押さえようとしたが、大柄の男が両腕を巨大化させて構えるのを見て、動きを止める。

 

「ヒーロー気取りのクソガキがぁ!!」

「ちぃ!」

「おらぁ!!」

「っとぉ!んどりゃ!」

「でぇ!?」

「切島ぁ!?」

 

 男が右腕を振り被った時、横から切島が男に殴りかかった。

 しかし、男は紙一重で躱して、左腕を振り切島を殴る。

 切島は《硬化》で防ぎ、鉄哲の横まで下がってくる。

 

「こいつも硬ぇな!?」

「馬鹿野郎!!あいつ殴る前に後ろの人連れてけよ!」

「わりぃ!つい!」

 

 鉄哲は切島に怒鳴るが、切島も顔を顰めて自省する。

 男は再び両腕を振り被り、2人に殴りかかる。

 

「クソガキ共が!!」

 

 男は連続で2人に殴りつける。

 鉄哲と切島は両腕で頭部を守りながら、耐え続ける。

 

「でっ!?くっそぉ!?」

「ぐぅ!?」

 

 2人は体を硬くしたまま、ただただ耐える。

 

(ぜってぇに倒れねぇぞ!後ろの人には指1本触れさせねぇ!!)

 

 鉄哲は攻撃を耐え続けながら、男を睨み続ける。

 

「くそっ!」

 

 フォースカインドは鉄哲達の元に向かおうとしたが、今度は覆面男達がフォースカインドの邪魔をし始めた。

 そこにようやく他のヒーローも駆けつける。

 

「追いついたぞ!!」

「げっ!?」

「おい!!人質取るなら急げよ!」

「そのガキ共でもいいじゃねぇか!!」

「わぁってる!このガキ共は大人しくさせねぇといけねぇんだよ!!」

 

 男は仲間の声に攻勢を強める。

 鉄哲と切島は歯を食いしばって、男の巨大な拳を耐え続ける。

 

「へばんじゃねぇぞ切島ぁ!!」

「ったりめぇだ鉄哲ぅ!!」

「このガキ共がぁ!!いい加減うざいんだよぉ!!」

 

 男は苛立ちに叫びながら両腕を振り被り、大きく踏み込んで2人の顔に叩きつける。

 

「「ぐべ!?」」

 

 鉄哲と切島は後ろに仰け反り、倒れそうになる。

 

(くっそぉ……!こんな奴にまで……勝てねぇのかよ……!?) 

 

 己の情けなさに心の中で苛立ちながら、鉄哲は背後の妊婦に目を向ける。

 目にしたのは、涙を流して両手を組んで鉄哲達を見つめていた妊婦の姿。

 それを見た瞬間、鉄哲の中で何かが湧き上がる。

 

『俺は手の届く誰かを確実に救える力を得るためだけに雄英に来た』

 

『ヒーローになったからには絶対に譲っちゃいけねぇものがある』

 

 その言葉が何故か頭の中に響く。

 しかし、それで鉄哲はようやくフォースカインドが伝えたかった事を理解する。

 

(拳暴に敗けるのはいい。他の連中に敗けるのもいい。けど……ヴィランにだけは敗けられねぇ!!)

 

 仲間に敗けるのはもちろん悔しいが、それはまた勝てるように努力すればいい。

 

 けど、ヴィラン退治に『次』はない。

 

 ここで倒れれば、後ろに妊婦が傷つく。そしてその傷は、一生消えることはない。

 

 それだけは許してはいけない。

 

 弱き者を傷つけないために、ヒーローは体を張っているのだから。

 

(俺は拳暴みたいなパワーはねぇ。巻空みたいな竜巻も、拳藤みたいな頭の回転の早さも、骨抜や取陰みたいな器用さもねぇ!!)

 

 自分には足りないモノばかりだ。

 

 己が誇れるのは『鉄の体』と『気合』のみ。

 

 鉄の体には限界はある。だから雄英に来た。

 

 では気合は?気合は……心は己次第だ。

 

 ならば答えは決まってる。

 

 

 心は絶対折らせない。

 

 

 己の心は砕かせない。

 

 体は『鉄』。

 

 ならば心は『鋼』よりも硬くしろ!

 

(俺は……倒れねぇ!!)

 

 鉄哲は足を後ろに下げて、踏ん張る。

 ふと、横を見ると切島は今にも倒れそうだった。

 

(俺だけじゃ駄目だ!!仲間も支えろ!!雄英生は限界を超えていく!!)

 

 鉄哲は歯を食いしばって、体に力を籠める。

 そして、

 

 

 右腕を切島の背中に伸ばして、切島の右肩を掴んで倒れるのを防ぐ。

 

 

「ぬううう!!」

「て……つてつ……!?」

「いい加減、倒れろやぁ!!」

 

 切島は鉄哲の行動に、朦朧としていた意識が戻って目を見開く。

 そこに男がトドメとばかりに右腕を振り、鉄哲の顔を殴る。

 

「ぐぅ!?」

 

 今度は鉄哲は耐えきれずに後ろに体が傾き始める。

 

 そこに切島が左腕を伸ばして、鉄哲の背中に腕を回して、鉄哲の左肩を掴む。

 

 そして鉄哲の体を押し上げて、倒れるのを防ぐ。

 

「気張れ鉄哲ぅ!!」

「おうよ切島ぁ!!」

 

 2人は肩を組んだ状態で、1歩だけ足を踏み出して前のめる。

 それを見た男は、2人の気迫に慄き、恐怖を振り払う様に巨大化した両腕を振り被る。

 

「こ、このヤローー!!?」

 

 その時、

 

バララ!!バララ!!

 

 銃撃のような音が響き、男の背中に衝撃が走る。

 

「いっでえ!?」

 

 男は突然の衝撃に腕が縮み、僅かに仰け反る。

 

「今だ!!鉄哲!!切島!!」

 

 2人の耳に聞き覚えのある声が届く。

 しかし、今は目の前の事に集中すべきと、すぐに思考を切り替える。

 

 

「「オォラアアアア!!!」」

 

 

 鉄哲と切島が同時に叫んで、肩を組んだまま駆け出し、男の腹部に頭突きを浴びせる。

 

「ずぉ!?」

 

 男は一瞬息が詰まり、後ろに下がる。

 

 そこに鉄哲と切島は、互いの肩から腕を放して、今まで溜め込んだものを爆発させたように拳の乱打を浴びせる。

 

「「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!」」

「ぐえ!?が!?ぶ!?ご!?」

 

 《鉄》と《硬化》の拳の衝撃に、男はもはやされるがままとなる。

 

「レッドォライオットォ!!」

「リアルゥスティールゥ!!」

 

 互いのヒーロー名を叫んで、鉄哲は右腕を、切島は左腕を振り被る。

 そして同時に振り抜く。

 

「「オオォラアアァ!!!」」

 

 2人の渾身の拳が、男の鳩尾に突き刺さる。

 男はくの字に体を曲げて、そのまま呻きながら後ろに下がる。

 

「ごぉえ!?ご……おぉ……」

 

 そして男は背を丸めたまま前に倒れていき、尻を突き出した形で倒れ伏す。

 

「「よっっしゃあ!!!」」

 

 鉄哲と切島は大きく息を吐いて叫ぶ。  

 そしてガキィイン!!と音を響かせて、腕相撲をするように握手をする。

 

 しかし、そこにフォースカインドの怒責が飛ぶ。

 

「よっしゃあじゃねぇ!!先に男を取り押さえろ!!」

「「す、すいません!!」」

 

 2人は慌てて男の腕を捻り上げて、取り押さえる。

 そこにもう1人駆けつけてきて、男の捕縛を手伝い始める。

 鉄哲は駆けつけた者に目を見開く。

 

「鱗!?」

「おう!やったな、お前ら!!」

 

 現れたのは鱗だった。

 それで鉄哲達は先ほどの攻撃と声が誰なのかを理解する。

 

「さっきのはお前だったのか!すまねぇ!!助かったぜ!!」

「あんがとな!!」

「気にするなよ。間に合ってよかったぜ」

 

 鱗は2人の礼に笑いながら、男の捕縛を終える。

 鉄哲達は周囲を見ると、他の覆面男達もヒーロー達に押さえつけられていた。

 

 妊婦は大事を取って、救急車で病院に行くことになった。

 救急車に乗る直前まで、鉄哲と切島に何度も頭を下げて礼を言っていた。

 2人はそれがむず痒かったが、助けた人に礼を言われるのは達成感があって嬉しかった。 

 

 救急車を見送って、覆面男達も警察へ引き渡し終わる。

 鉄哲と切島は緊張が解けて、その場に座り込んでしまう。

 すると、2人の頭に拳骨が落ちてきた。

 

「「いでぇ!?」」

「馬鹿野郎共が!!無茶しやがって!!あそこは下手に耐えるより、離脱することを意識して動かねぇか!!」

「「は、はい!すいませんでした!!」」

 

 フォースカインドの叱責に2人は謝罪する。

 フォースカインドは大きくため息を吐いて、拳骨を解いて2人の頭をクシャリと撫でる。

 

「だがまぁ、よく耐えたじゃねぇか。立派なヒーローだったぜ。よくやったな」

「「っ!!お、押忍!!」」

 

 鉄哲と切島は思わず涙が流れそうになり、慌てて腕で目を拭う。

 その後、他のヒーローや警察からも褒められて、更に達成感を感じるのであった。

 

 

 

 その後、事務所に戻るために移動を開始する。

 鱗とは軽い挨拶をして、すぐに別れてしまったが、すぐに学校で会えるので特に気にならなかった。

 

「少しはすっきりしたか?」

「「はい!」」

 

 鉄哲と切島は清々しい表情で頷く。

 それにフォースカインドも笑みを浮かべて頷く。

 

「拳暴達を羨ましがっても、力が手に入るわけじゃねぇ。活躍を妬んでも、俺は馬鹿で弱ぇから、あいつらみてぇに活躍も出来ねぇっす」

「鉄哲……」

「……」

 

 鉄哲の言葉に切島は心配そうに見つめ、フォースカインドは黙って聞く。

 鉄哲は右手をグッ!と握り締める。

 

「だから、俺はまず絶対に譲れねぇことを決めて、それに対して出来ることを全力でやる!!」

 

 今回ならば妊婦を守ることだった。

 倒す力がないなら、体を張って守る。

 それが体が頑丈な自分に出来ることだった。

 

 今後もそうだ。

 敵を倒すために突入するなら、頑丈な自分が前に出る。

 誰かを守るためなら、頑丈な自分が体を張って壁になる。

 

 ただそれだけでよかったのだ。

 

「もちろん、これからもっと強くなって、勉強もする!!そんで出来ることをドンドン増やしていきゃあ、多くの人を守れる!!」

「そうだな!!頑張ろうぜ!!」

「おうよぉ!!」

 

 鉄哲の気合に、切島も右手を握り締める。

 2人の暑苦しさにフォースカインドは苦笑するが、内心では心地よく感じていた。

 

(現場に慣れちまうと、こういうのが一番羨ましくなっちまう。だから、若い奴に手を伸ばしたくなるんだろうなぁ)

 

 自分の限界を感じてしまったからこその羨望。

 才能とかではない。

 その元気さが羨ましくなるのだ。

 

「おら!まだ事件があるかもしれねぇ!!気を引き締めろ!!」

「「押忍!」」

 

 フォースカインドの言葉に鉄哲達は力強く頷く。

 

 こうして鉄哲は新たに気を引き締めて、ヒーローを志すのであった。

 

 



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拳の二十九 帰ってきました

少し遅れた初詣で「健康でいられますように」と願ったのに。
一週間も経たずにインフルになりました(-_-;)
私って毎年かかる(-_-;)
予防接種って何なんだろうか(笑)
皆さんもお気をつけてくださいね!



 職場体験最終日。

 

 戦慈と里琴はトレーニングジムで軽めのトレーニングをしていた。

 

 体は襲撃された日の夜にリカバリーガールが病院を訪れて、治癒してくれた。

 大事を取って、その日は病院に泊まったが、翌朝には戦慈も完全回復して退院した。

 

「あんまり無茶するんじゃないよ」

「襲ってきた連中に言ってくれよ。それに東京でもあったんだろ?」

「あんたほどじゃないよ」

 

 と、小言を言われたが。

 さらに、

 

「それとあんた達の職場体験だけどね」

「中止か?」

「それが一番なんだけどねぇ。敵連合の狙いがあんた達である以上、昨日の今日で襲撃はないとは思うけど、今帰宅させるのも危険な可能性がある。あんたとあの子、1人暮らしなんだろ?」

「ああ」

「そうなると今は下手に帰宅させるより、職場体験中はミルコのところで居させた方が安全だろうって話になったんだよ。ここは今、警戒が強化されてるしね。ミルコ達からも了承はもらってるよ」

「それでも体験が終わったら、帰らねぇといけねぇんだろ?」

「その間に警察や担当地区のヒーローにパトロール強化の要請を終わらせる予定だよ」

 

 随分と大きな話になってきたなと顔を顰める戦慈。

 その後、リカバリーガールはミルコ達の所に治療に向かった。

 それと入れ替わりにヒョウドルとアルコロが入室してきた。

 

「無事で何よりだわ。で、リカバリーガールから話は聞いたわね?」

「ああ」

「と言っても、流石に職場体験は出来ないわ。特にスサノオはコスチュームもボロボロだしね。あなた達が狙われた以上、パトロールとかはさせられないわね。悪いけど、事務所かジムでトレーニングくらいしか出来ないわ」

「分かってる」

「まぁ、ブラスタの報告ではエルジェベートはかなりボロボロらしいから、すぐには来ないでしょう。またあそこまで力を上げるにはかなりの血が必要みたいだしね」

 

 ヒョウドルはエルジェベートに関しては、1週間以上は回復にかかると考えている。雄英襲撃からかなりの時間と被害者を出したことからの推測である。

 マスキュラーも敵連合に回復系の『個性』持ちがいないのであれば、数日で襲ってくる可能性は低いと考えている。少なくともマスキュラーならばヒョウドルでも抑え込むことが出来るので、危険ではあるがエルジェベートと脳無に比べれば脅威度は下がる。

 問題は脳無である。

 

「脳無だけは、どういう意図でスサノオと戦ったのか分からないのよね」

「あいつは1人じゃ動けねぇ。誰か命令を出していた奴がいたはずだ」

「あの黒靄は保須にいたらしいしねぇ。確か雄英のときは、もう1人いたのよね?」

「髑髏仮面の奴だな」

「そいつでしょうか?」

「恐らくね。隠れてたんでしょ」

 

 ヒョウドルは腕を組んで、顔を顰める。

 やはり脳無を連れてきた目的がはっきりしないのだ。

 エルジェベートは空を飛べることを知った今では、まさか『迎えに来たついでの実験』とは考えられないヒョウドルだった。

 

「まぁ、考えても仕方ないわね。とりあえず明日退院したら、シナトベとミルコと一緒に行動してね。私とアルコロはもう少し調査をするわ」

「分かった」

 

 ということで、戦慈達はトレーニングと護衛される日々を過ごしていた。

 

 ミルコは護衛兼休暇である。

 戦慈と里琴と組み手したり、昼寝したりと好き勝手していた。

 

 戦慈と里琴はかなり真剣にトレーニングをしていた。

 里琴はやはりエルジェベートと脳無に手も足も出なかったのが悔しかったから。

 戦慈はあの暴走状態の姿を引き出そうと思ったからである。全く上手くいっていないが。

 

 そして最終日を迎えた。

 体験は昼までなので軽く汗を流す程度に終わらせる予定である。

 その横でヒョウドルが悔しそうに顔を歪めて座っていた。

 ミルコは横で水を飲みながら、それを見ていた。

 

「はぁ~」

「全部空振りか?」

「見事にね」

 

 敵連合や保須事件を担当した警察とも連絡を取り合って、広島で隠れ家になりそうなところを虱潰しに突入し、繋がりが考えられる闇ブローカー達もこじつけを作って強制捜査を行ったが、全て外れだった。

 ヒョウドルはこの3日間、ほぼ徹夜の勢いで捜査に参加していた。アルコロは2日目でダウンしたそうな。

 

「少なくとも中国地方には連中の拠点はないわね。やっぱり黒霧って奴の存在がデカいみたいね」

「他の地域でも敵連合の動きらしいものはねぇのか?」

「ないわね。……やっぱり連中、しばらくは様子見……というか仲間集めに集中する気ね。ヒーロー殺しの動画もイタチごっこだし」

「ちっ。お前の予想通り、想像以上に厄介な後ろ盾がいるみてぇだな」

 

 ミルコも顔を顰めて舌打ちする。

 ヒョウドルもそれに頷いて、戦慈達に目を向ける。

 

「スサノオ、というか雄英か。厄介なことが今後も起きそうね」

「オールマイトが教員になったから、か?」

「でしょうね。スサノオはオールマイトに『個性』が似てるから目立つのか…しら……ね……」

 

 ヒョウドルは苦笑しながら話していると、最後は目を見開いて尻すぼみになっていく。

 その変化にミルコも気づき、ヒョウドルに目を向ける。

 

「ん?どうした?」

「そうよ。スサノオはオールマイトのパワーにそっくりだわ。雄英を襲った脳無はオールマイトを殺すために用意されたって言っていた。……まさか……」

「おい。なんだよ?気づいたことがあるなら、はっきり言えよ」 

「今回の脳無は、対オールマイトの性能実験だった可能性があるわ。スサノオのあのパワーに耐えられるなら、オールマイトにも十分対抗できる……!」

「!!」

 

 ヒョウドルの言葉に、ミルコも目を鋭くする。

 

「けど、最後には崩れ落ちてたぜ?流石にオールマイトには勝てねぇだろ?」

「オールマイトには《再生》持ちが向けられるわ。保須で出たエンデヴァーが倒した脳無も《再生》を持ってたそうよ。ただし、戦闘能力はこっちが上。もし、あいつが《再生》を手にしたら……」

「おいおい!ただでさえ4つだぜ……!?まだ増やせるのかよ!」

「だから実験しているのよ。増やせる余地があるかどうかをね」

「マジかよ……!」

「スサノオは絶好のテストベッドよね。段階的にパワーが上がって、頑丈で、そこそこ戦闘経験もある」

 

 ミルコは歯軋りをする。

 あの化け物がまだまだ実験段階であるなどとは思いたくもないし、あんな化け物を使い捨てのように使える組織など想像もしたくなかった。

 しかし、実際に戦った以上、ヒョウドルの推測を否定出来るものがない。

 

「そんなところにヴィラン共が集まるわけかよ……」

「そういうことね」

 

 嫌な予感しかしないミルコ達だった。

 戦慈と里琴にも今後も狙われる可能性と、敵連合はかなり厄介な連中であるということは伝えている。

 

「仮免も取れてない子供に、そんなこと言わないといけないなんてねぇ。情けないわね」

「だな。けど、これ以上はどうにも出来ねぇしな」

「そうなのよねぇ。まだ敵連合には情報収集レベルでしか動けないし。私達も鍛えないと、手も足も出ないし」

「全くだな」

 

 ミルコとヒョウドルは発動型のように急激なパワーアップは望めない。

 地道に鍛えていかないといけないのだ。

 

 

 

 

 その後、ミルコとヒョウドルもトレーニングをして、戦慈と里琴と組み手をする。

 

 そしてシャワーを浴びて、その後アルコロも合流して昼食を摂った戦慈達は、ミルコ達に広島駅まで見送り兼護衛をしてもらっていた。

 

「職場体験ってレベルじゃなくなったけど、とりあえず1週間ご苦労様だったわね」

「半分以上はトレーニングで終わったけどな!」

「それを補うほど濃い前半だったわよ」

「あ、あはは……」

 

 ヒョウドルの言葉をミルコは笑い飛ばす。ヒョウドルはジト目でミルコを見て、アルコロは苦笑いしか出来なかった。

 戦慈は肩を竦めて、里琴はいつも通りの無表情だった。

 

「まぁ、貴重な経験はしたな」

「……痛かった」

 

 大いに痛みを伴った経験であった。

 貴重ではあるが、あまりしたくない経験であった。

 

「けど、スサノオはプロになったら、今回みたいな事件がメインになると思うぞ?」

「そうねぇ。あれだけの戦闘力だしね」

 

 戦慈は今回の事件で一番の功労者だ。もし戦慈が脳無に敗けていたら、被害は更に広がっていたと推測されている。

 高校生であれだけの戦闘が出来れば、間違いなくプロになってもヴィラン退治が求められることだろう。

 ミルコ達はそう思っていた。

 

「とりあえず帰路も気を付けなさいよ。今の所は敵連合に動きも目撃情報もないけどね」

「ああ」

「……ん」

「まぁ、帰っても適当に頑張れよ!」

「はぁ」

「あはは……」

 

 ミルコの軽い挨拶に、ヒョウドルはため息を吐き、アルコロは再び苦笑いする。

 戦慈と里琴も呆れるが、すぐに気を取り直して、改めて挨拶する。

 

「世話になった」

「……ども」

「また来いよ!」

「頑張ってプロになりなさいね」

「頑張ってください!」

 

 ミルコ達に見送られて、戦慈達は改札を通り、新幹線に乗り込む。

 里琴は駅弁を買い込んで、関東に着くまでひたすら食べ続けていた。それを戦慈は横目で呆れながら眺めていた。

 そして数時間かけて電車を乗り継いで、最寄り駅に着く。

 

 改札を出ると、そこには一佳が立っていた。

 

「お!おかえり!」

「……何やってんだ?」

「え?何って、里琴から連絡もらって待ってたんだ。晩御飯一緒に食べようってな」

「……おい、里琴。おめぇはなんでいつも黙ってんだよ?」

「……ブイ」

「だから何がだよ……」

 

 一佳の言葉に戦慈は顔を顰めて、里琴に顔を向けると、里琴は無表情で得意げにピースをする。

 戦慈は顔を押さえて項垂れる。

 一佳は2人の変わらないやり取りを、どこかホッとした表情で見つめていた。

 

「どうするんだ?一度、着替えに帰るか?」

「……面倒」

「別に構わねぇよ」

「そっか。じゃあ、行くか」

「店、決めてんのか?」

「鞘伏さんが予約してくれてる。鞘伏さんは仕事で来れなかったけどな」

 

 3人が向かったのは、個室のしゃぶしゃぶ食べ放題だった。

 もちろんお酒は飲まない。

 いつも通り戦慈と里琴が頼みまくって、スタートする。

 

「それにしても、大変だったな。無事で良かったよ」

「まぁ、プロもいたしな」

「……殴られた」

「リカバリーガールが来なかったら、今も入院してただろうな」

「そこまでだったのか!?」

 

 戦慈の言葉に一佳は目を見開く。

 メールでは具体的に負傷の状態を聞かず、リカバリーガールが来たとの言葉で安心していたので、そこまでとは思っていなかった。

 

「俺はまたキレて暴れたからな。それの反動がデカかったし、里琴も脳無に思いっきり殴られたからな」

「……キズモノにされた」

「……本当に無事で良かったよ」

「東京でも色々あったんだろ?」

「そっちは轟や緑谷、飯田らしいよ。ヒーロー殺しと戦ったって」

「よく知ってんな?」

「八百万と一緒だったんだよ」

「八百万?……あぁ、A組の物を創る奴か」

 

 戦慈は八百万を思い出すのに、一瞬タイムラグがあった。

 里琴はすでにしゃぶしゃぶに夢中になっており、頬が膨らみ始めていた。

 八百万の扱いに一佳は苦笑いするしか出来なかった。

 

「ウワバミも情報を集めてたしな。脳無はエンデヴァーやプロヒーロー達が倒したって。こっちは結構被害者が出てた」

「どっちも雄英生が関わってるかんな。まぁ、気にするよな」

「飯田に関しては因縁があったらしいし、大変だったんじゃないか?」

「因縁?」

「体育祭の時にさ、飯田のお兄さんがヒーロー殺しにやられて引退させられたらしいよ」

「……なるほどな。……巻き込まれたのも、案外飯田の奴が突っ込んだんじゃねぇのか?」

「それはないと思うけどなぁ。飯田ってかなり真面目だし」

 

 一佳は戦慈の言葉を首を傾げながら否定する。実は大正解であったのだが。

 その後は事件の話ではなく、普通に職場体験の話になった。

 

「CMに出たのか?」

「……来月には流れるってさ」

「……ふぉめ」

「『おめ』って言いたいのか?おめでたくはないからな」

「お前は話すなら口ん中飲み込め。それと肉ばっかり食ってんじゃねぇよ」

 

 リス里琴が一佳のCM出演を祝う。

 しかし、頬が膨れていたため言葉にならず、2人にツッコまれる。

 戦慈のツッコミに、里琴はモキュモキュと口の中の物を飲み込む。

 

「んぐ……女優?」

「なるか!」

 

 里琴の言葉に、一佳は顔を赤くして即座に否定する。

 

「俺はテレビ見ねぇからなぁ。ヒーローもCMとか出んのか……」

「ウワバミは少し特殊な気もするけどな……。パトロール中もサイン会や撮影会みたいなことになってたし」

「けど、事件にも関われたんだろ?」

「まぁな。それは嬉しかったし、色々気づくこともあったんだけど……」

 

 醜態も晒したが、それ故に得るモノも大きかったのは事実だ。

 しかし、それ以外ではやはり首を傾げざるを得ないことばかりだった。

 そのためか、どうにも力強く「良い職場体験だったな!」と言えないのだ。

 

 今回も店員から「そろそろお肉が……」と言われて、店を出る戦慈達。

 家に帰った戦慈と里琴は着替えて、のんびりしていると、再び一佳が戦慈の部屋を訪れる。

 

「まだ何かあんのか?」

「……いや……その……な?」

 

 一佳は何やら恥ずかしそうにタンブラーを取り出す。

 それに戦慈は思わずジト目を送り、一佳は更に顔を赤くする。

 そこに里琴も顔を出して、

 

「……餌付けされた?」

「……うるさいな」

「はぁ。上がって待ってろ」

「……悪いな」

 

 里琴のからかいにも、一佳は拗ねたように答えるくらいしか出来なかった。

 それに戦慈はため息を吐くも、一佳を部屋に入れて、コーヒーを淹れる用意をする。

 一佳は顔を赤くしたまま、里琴と共に部屋に上がってクッションに座る。

 

 一佳は職場体験中もコーヒーを買って飲んでいたが、やはりどこか物足りなかった。

 コーヒー好きと知ったウワバミが、有名なコーヒーショップを紹介してくれた。もちろん美味しく飲んだ時はテンションが上がったが、飲み終わるとやはり何かが違う気がしてきていた。

 ちなみに八百万は紅茶派らしく、互いにコーヒーと紅茶の魅力を語り合った。

 その時にサラッと戦慈のコーヒーを分けてもらっていることを話してしまい、顔を赤くしてしまう。それに八百万は「恋バナですわ……!」と目をキラキラさせていた。

 そして戦慈達の帰りを待っていたのは、戦慈のコーヒーが物凄く飲みたかったからである。

 

 キッチンからコーヒーの匂いが漂ってくると、妙にソワソワし始める一佳。

 それを里琴は無表情で眺めて、

 

「……餌付け」

「……里琴だって拳暴のカフェオレが好きなんだろ?」

「……もち」

「だったら別に良いだろ?私だって」

「……もち」

 

 里琴は無表情でグッ!と親指を立てる。

 それに一佳は更に気恥ずかしさが強まり、眉間に皺を寄せる。

 

 そして戦慈がコップとタンブラーを持って部屋に入ってきて、一佳の前に置く。

 一佳は戦慈に礼を言って、コップを手に取りコーヒーを飲む。

 

「ふぅ……やっぱ拳暴のコーヒーは美味いな」

「そりゃどうも」

 

 一佳の言葉に戦慈は礼を言いながら、里琴にもカフェオレを出す。

 

(……やっぱ拳暴のコーヒーが好きなんだな)

 

 改めて自身の心の内を思い知らされる。

 

 一佳はチラリとベッドに腰かけてコーヒーを飲んでいる戦慈を見る。

 

「……本当に無事で良かったよ」

「あん?どうした?いきなり」

「いや、やっぱりこのコーヒーが飲めないのは嫌だなぁって」

「なんだよそりゃ……」

「はは!そういえば、ミルコも拳暴のコーヒーを飲んだのか?器材とか持って行ってたろ?」

「……餌付けされた」

「ミルコにも好かれたのか。じゃあ、今頃ミルコも飲みたがってるかもな」

「朝に十分作ったから、まだ大丈夫だろ」

 

 一佳の返答に戦慈は呆れるが、一佳は何かを誤魔化すように話題を変える。

 それに里琴も乗り、戦慈も特にツッコむことなく話題に乗っかる。

 その後も里琴に時折揶揄われながらもコーヒーを楽しむ一佳であった。

 

 

 コーヒーを飲み終えた一佳は、タンブラーを持って帰宅する。

 

「……はぁ。なんか違う意味で情けないなぁ」

 

 部屋着に着替えて、ベッドに横になってため息を吐く一佳。

 

 しかし、すぐにタンブラーに手を伸ばし、コーヒーを口にする。

 悔しいことにコーヒーを飲むと、落ち着くように感じてしまう。

 

「本当に餌付けされてるなぁ。……何かお返ししないと駄目か?……あれ?」

 

 一佳は「お返し」と呟いた直後に、ある事を思い出す。

 

「……私って……拳暴や里琴に何か贈り物したことあったか?……ない……」

 

 タンブラーを片手に顔が引きつる一佳。

 ほぼ毎日コーヒーをもらっておきながら、まともなお礼をしていないことに気づいてしまった。

 

「……唯や茨もお礼してたのに……!私って馬鹿じゃないのか……!?」

 

 一佳は頭を抱える。

 

「駄目だ……!なんか考えないと……!」

 

 このままでは駄目女ではないか!

 

 その事実にようやく気付いて、一佳は慌ててスマホを起動してネットで何かないかを調べ始めるのであった。

 

 こうして戦慈達は一週間の職場体験を終えたのであった。

 

 



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拳の三十 期末を目指して

 職場体験から帰って、翌日。

 休みはなく、戦慈達はいつも通り登校していた。

 

 教室に入ると、クラスメイト達が声を掛けてきた。

 

「拳暴、巻空!!無事で何よりだぜ!!」

「大変だったな」

「ん」

「ミルコのところでよかったね」

 

 荷物を置いた戦慈は肩を竦めて、里琴は無表情で親指を立てる。

 

「今回は誰も捕まえられなかったがな」

「……無念」

「しょうがないだろ。動画見たけど、前に拳暴が倒した連中とは桁違いだったぜ?」

「動画出てんのかよ……」

「そりゃ、あれだけ派手だとな」

 

 動画を見たと言う円場の言葉に、戦慈は仮面の下で眉間に皺を寄せる。

 泡瀬も見たようで、円場の隣で肩を竦めている。

 そこに物間も近づいてくる。

 

「僕も動画見たけど、拳暴って前の時よりキレてたよね?なにかあったのかい?」

「それ、俺も聞きたかったんだよ」

「更に体デカくなって、真っ赤になってたよな?」

「……私が殴り飛ばされた」

『あぁ……』

 

 物間の質問に、骨抜や回原も戦慈に声を掛ける。

 それに里琴が答えて、全員が納得の声を上げる。戦慈は不服そうに腕を組むが、事実なので特に否定はしなかった。

 

「けど、それでも倒し切れなかったのかよぉ」

「それねぇ」

「対オールマイトの改造人間って言ってたか?冗談じゃなくなってきてるよな。轟達はヒーロー殺しまで出たらしいし」

 

 鎌切が脳無の脅威に顔を顰めて、凡戸も頷く。

 鱗も腕を組んで悩まし気に唸り、A組の騒動について話題を変える。

 

「飯田君と緑谷君もいたそうだけど、よく無事だったと思うよ」

「そうですな。しかし、そちらはエンデヴァーが捕まえたので、もう大丈夫ではないですかな?」

「ん」

「またニュースではA組の方が注目されてるよね。あぁ、憎たらしい!」

「どこが?」

 

 庄田と宍田の言葉に唯も頷き、A組の話題に物間が謎の敵対心を出して、それを柳が冷静にツッコむ。

 一佳も物間を呆れながら見ており、更に騒ぎそうだったので、いつも通り手刀で黙らせた。

 

「物間も職場体験では少しは活躍したのにな。そこは変わらなかったか」

「そう簡単に性格が変わるものではないと思うよ」

「そういえば、他の皆は職場体験どうだったの?私は他の皆とは会わなかったけど」

 

 円場と庄田が気絶して席まで引きずられていく物間を、見送りながら呆れる。

 活躍と言う言葉に、切奈が反応して、職場体験について尋ねる。

 そしてそれぞれの体験発表会が始まる。

 

「俺は物間、鎌切、庄田とヴィラン団体の拠点に突入したぜ!まぁ、俺はほとんど自衛してただけで、それ以外はパトロールとトレーニングばっかだったけど」

「俺もだなぁ」

「僕もだね」

「俺も似た感じだな。拳藤と一緒に逃亡したヴィラン連中を捕縛するのが山場だったな。拳藤が拳暴の事件のせいで、焦ってたのが面白かったけど」

「う、うるさいな!」

 

 骨抜の暴露に一佳は顔を赤くする。

 それに切奈があることを思い出して、質問する。

 

「一佳ってウワバミのところだったよね?CM撮影とかなかったの?」

「……」

「……女優デビュー」

『マジで!?』

「してない!!ウワバミの後ろで、ちょこっと出ただけだ!!八百万もいた!!」

「出てんじゃん」

「放送いつ?」

 

 切奈の質問に一佳は黙り込んで誤魔化そうとしたが、里琴がすかさず暴露する。

 円場や泡瀬などが目を見開いて驚き、一佳は慌てて否定するが、それもすかさず切奈がぶった切る。

 柳も一佳に放送日がいつか尋ね、更に一佳が顔を赤くする。

 

 互いの経験について盛り上がっていたが予鈴が鳴り、全員はすぐに席に着く。

 予鈴が鳴った瞬間、物間もケロリと何事もなかったかのように起き上がる。

 

 そして、ブラドが教室に入ってくる。

 

「おはよう諸君!!一週間の職場体験ご苦労だったな!」

『おはようございます!』

「拳暴、巻空は無事で何よりだった。雄英でも事件の詳細は把握している。警察とも随時情報交換をしていくことになっているし、学校と生徒達の家周辺の警備も依頼してある。なので、何かあればすぐにヒーローが駆けつける体制は整えているので、お前達は学業に集中してほしい!」

 

 ブラドの言葉に頷くクラスメイト達。

 

「さて、お前達の次の目標は試験だ!中間試験は筆記のみだったが、7月頭の期末試験には演習試験がある!ここで体育祭や職場体験での経験や反省が成果に表れるぞ!今後のヒーロー基礎学で、試験までに納得出来る形に仕上げるように!」

 

 その言葉に気合を入れる鉄哲達。

 こうして、いつも通りの学校生活が始まった。

 

 

 

 職場体験を終えて、1週間が経過した。

 戦慈達は期末試験に向けて、意識を向けていた。

 

 今は昼休みで戦慈と女性陣はいつも通り揃って、食堂で昼食を食べていた。

 

「演習試験が分からないんだよねぇ」

「ん」

「1学期にやったことの総合的内容だそうですね」

「多すぎ」

「……ん」

「筆記も難しいデスネー」

 

 切奈が顔を顰めながらカツ丼を食べ、向かいに座っている唯は頷いてキツネそばを食べている。唯の隣で茨がビーフシチューとパンを食べ、その隣で柳が鯖定食を、茨の向かいでポニーが悩まし気に顔を顰めてながらナポリタンを食べている。

 里琴はポニーの横でカレーを食べており、その横で戦慈は黙々とメンチカツ定食を食べており、戦慈の向かいで一佳はラーメンを食べていた。

 

「一佳って先輩いなかったっけ?」

「いるけど?」

「聞けない?」

「聞けるだろうけど、同じかどうか分からないよ?」

「何も情報が無いよりはマシっしょ」

 

 切奈の言葉に、一佳はスマホを取り出して先輩にメールを送る。

 返信を待ちながら、一佳達は期末試験の話を続ける。

 

「演習も気になるけど、筆記も結構ウラメシい」

「コブンがわかりまセーン」

「ん」

「ヒーロー情報学も難しいですね」

「法律もあるしなぁ」

「……面倒」

「トップ集団が何言ってやがる……」

「ん」

 

 切奈は中間クラス2位。里琴は3位で、茨が4位。一佳は5位。

 戦慈は9位で、唯が7位、柳が11位、ポニーが13位だった。

 

 ちなみに1位は骨抜である。流石の推薦入学組であった。

 ポニーは国語の分野が足を引っ張っており、それ以外では十分な成績を出している。

 

 その時、一佳のスマホが震える。

 

「あ、返信来た」

「お!なんてなんて?」

「……ロボットとの実戦演習だったって」

「……今更ロボットか?」

「だよなぁ」

「ん」

「……余裕」

 

 メールの内容に全員が首を傾げる。

 入試と同じことを今更させられても簡単に決まっている。

 

「救助者がいる設定?」

「……そこは人によって違うらしいけど」

「だったら尚更よく分かんねぇな。救助者がいてもロボを倒せば終わりだろ?」

「ロボットの量が半端ないとか?」

「逃げればオッケーな試験とかあるの?」

「……変」

「ん」

 

 柳が首を傾げたまま推測を語り、一佳はもう一度メールの内容を見て補足する。

 それに戦慈も仮面の下で眉間に皺を寄せる。切奈も推測するが、それを柳がツッコんで、里琴と唯も頷く。

 戦慈達はそれは試験と言えるのかどうかと悩み続けるも、答えは出ずに昼休みが終わる。

 

 戦慈達は襲撃や職場体験で実戦をかなり経験しているので余裕ムードであるが、例年通りであるならば、そこまで実戦経験がある生徒などクラスに5人もいればいい方である。

 そのため、ロボットでの演習試験でも十分な難易度に設定出来ていたのである。

 しかも、本来なら1年の1学期はそこまで厳しくしないのが、教師達の中では暗黙の了解として存在していた。

 

 それを知っているのは、もちろん教師陣のみ。

 そして特にストイックで合理性を求めるA組担任の相澤が、両クラスの状況を見て、例年通りで終わらせる気がないことに気づかないのは仕方がないことであった。

 

 

 放課後。会議室にて。

 

 会議室にはヒーロー科の教師と校長が勢ぞろいしていた。

 

「急に集まってもらってすまなかったね」

「また何かありましたか?」

「いや、今日は皆に期末試験について話がしたくて、集まってもらったのさ!」

 

 校長の言葉に首を傾げる教師一同。

 するとミッドナイトが、校長の話を引き継ぐ。

 

「すでにご存じの通り、先日の職場体験で生徒数名が敵連合と接触。そして戦闘があったわ」

「保須に広島だな」

 

 スナイプの言葉に他の教師陣も顔を顰める。

 

「今回はあまりマスコミは騒がなかったけど、それは警察や体験を引き受けてくれたヒーロー達が生徒達の事を出来る限り隠してくれたおかげさ。でも、今後もそれが出来るとは限らない」

「……確かにそうですね」

 

 校長の言葉に、13号も渋々同意する。

 

「そして、これは2年生、3年生にも当てはまるわ」

「むしろインターンを行っている2,3年の方が気を付けなければいかんな」

「その通り。けど、だからって1年生を今まで通りで過ごさせるのも、違うと思っているのさ」

「そこで今年の1年生には、仮免試験を受けさせることを決定した」 

「マジで!?」

 

 相澤の言葉にプレゼントマイクが目を見開き、他の教員も僅かに目を見開く。

 さらにブラドが説明を続ける。

 

「今後もヴィランの活性化が予測される。もちろん未然に防げれば最善だが、今回のように我々だけでは手が届かない可能性がある。特に拳暴や巻空は明確にターゲットとして襲撃を受けている。今後1年、何もないと思うのは日和見に過ぎる」

「……確かに」

「なので、彼らにも自衛出来る術を与えるべきだと、我々担任は判断した。後3か月という短い時間で、出来る限り叩き込まなければならないので、決して簡単ではない。生徒達にはかなり負担を強いることになる」

「しかし、少なからずこの数か月見てきた限りでは、それに耐えられる生徒達であるとも思ってる」

 

 ブラドと相澤の生徒を信頼する言葉に、他の教師陣も笑みを浮かべて頷く。

 

「それで?期末試験もそれに合わせて、ハイレベルにすんのか?」

「正確には『生徒達に合わせた』レベルにする。実戦経験がある連中に、今更ロボットと戦わせたところで的確な評価は出来ん」

「夏休みの林間合宿。それまでに自身の課題を明確にさせたいと考えている」

「林間合宿では『個性』伸ばしがメインとなる。なので、『個性』を使った戦闘と立ち回りを意識できる試験にしたい」

 

 相澤とブラドの言葉に、プレゼントマイク達は納得したように頷く。

 

「なので、今回の演習試験は『対人戦闘』!生徒には2人1組になって、我々教師と戦ってもらうのさ!」

『!!』

 

 校長の提案に教師陣は目を見開く。

 1年の1学期期末試験にしては、かなり踏み込んだ内容となっている。

 

「我々担任が生徒達の情報をまとめ、ペアと対する教師を決めさせていただく」

「各クラス10人の教師で行う。そのため、2,3年やサポート科の教師にも手を貸してもらうことになる」

「なるほどな」

「なので、今年はA組、B組は日をずらして行う」

「後日、改めて集まって頂く。その時に、ペアと試験内容を伝える」

「と、いうことなのさ!!」

『了解です』

 

 その後はその他の連絡事項を伝えて、解散となった。

 

 相澤とブラドは早速行動に移し、組み合わせを考えていく。

 

 

 

 

 そして、時は流れ、6月最終週。

 期末まで一週間となり、戦慈達は各々追い詰められていた。

 といっても戦慈、里琴、一佳は筆記については、そこまで追い詰められてはいないが。

 

「拳暴って勉強してんだな」

「どういう意味だよ」

「いやぁ毎日時間がある限りトレーニングしてるイメージがあって……」

 

 泡瀬の言葉に戦慈は呆れるが、円場や回原は内心では同意していた。

 

「昔はともかく、今は適切なトレーニングじゃねぇと体が鍛えられねぇんだよ。《自己治癒》でな」

「あぁ……なるほど」

 

 戦慈の言葉に鱗や骨抜は納得な表情を浮かべる。

 根詰め過ぎても、ただ筋肉を傷つけるだけであり、変な付き方をしてしまう恐れがあるのだ。

 

「……暇なときはずっと教科書」

「マジで!?」

「そういえば、テレビとかなかったなぁ」

 

 里琴の暴露に円場が目を見開き、一佳も戦慈の部屋を思い出して呟く。

 それを聞いた切奈は、

 

「私は『なんで拳暴の部屋のこと知ってんの?』ってツッコむべき?」

「微妙」

「ん」

 

 切奈達は一佳が戦慈達の近所に住んでいるのは知っており、コーヒーをもらっているのも知っている。

 だから一度くらい部屋に上がってもおかしくはないと思っている。

 里琴も戦慈の部屋に入り浸っているのは、言うまでもないという認識であり、里琴を尋ねるならば自動的に戦慈の家になるとも理解している。

 ということで、一佳の呟きはスルーされた。

 

 その後、食堂に移動する戦慈達。

 すると緑谷達を発見し、期末の演習試験について話しているのが聞こえた。

 そこに物間がゆらりと近づき、緑谷の頭を肘で小突いた。

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね。また注目を浴びる要素ばかり増えていくよね。ただ君達の注目って拳暴と違って、期待って言うよりトラブルメーカー的なものだよね」

「っ!」

 

 物間の言葉に緑谷の顔が少し強張る。

 それを見た一佳達はゆっくりと物間の背後に近づいて行く。

 

「あー怖い!いつか君達が呼ぶトラブルに僕達もまきこまれるかもしれなフッ!?」

「シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 

 調子を上げた物間が嫌らしい笑みを浮かべながら、まくし立て始める。

 そこに一佳が背後から手刀を叩き込んで、黙らせる。その時、物間が持っていたトレイもさりげなく回収して里琴に渡し、それを里琴は返却棚に持っていく。

 

「……そこまでしなくてもいいだろうが」

「……裁きを」

「なんの?」

「ん」

「もったいないよ」

 

 戦慈達が里琴の行動に呆れている。

 その後ろで物間を吊り下げたままの一佳が、緑谷達に謝罪する。

 

「ごめんなA組。こいつちょっと心がアレなんだよ」

「拳藤くん!それに拳暴くん達も!」

「あ、拳暴君」

「おう。無事みてぇだな」

「そっちも大変だったね」

「まぁな」

 

 戦慈は緑谷の言葉に肩を竦めて答える。

 

「あんたらさ、さっき期末の演習試験、不透明とか言ってたね」

「え?」

「入試と同じロボットとの実戦演習らしいよ」

「え?本当!?何で知ってるの!?」

「私、先輩いるからさ。聞いた。ちょっとズルだけど」 

 

 一佳の言葉に緑谷や飯田達は目を見開く。

 

「ズルじゃないよ。……そうだ、きっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれていたんだ。何で気づかなかったんだろう?……」

 

 緑谷は突如、ぶつぶつと独り言を呟きながら思考に耽る。

 その異様さに一佳は後退るが、そこに戦慈が緑谷の頭に張り手を浴びせる。

 

「怖ぇよ」

「アイタ!?ご、ごめん……」

「飯田達の様子を見る感じだと、コイツよくこうなんのか?」

『なる』

「……癖で」

 

 戦慈の質問に飯田や麗日は力強く頷く。

 それに緑谷は顔を赤くしながら俯き、戦慈や切奈は呆れたように緑谷を見る。

 

「せめて人前でやんなよ」

「無意識だから無理だと思うわ」

「気味悪いのは物間だけでいいんだよ」

『そうそう』

「頷かれてる!?」

 

 戦慈のツッコミに蛙吹が答え、それに戦慈は物間を見下ろしながら更にツッコむ。

 戦慈の物間を蹴落とす発言に同意する里琴、切奈、唯、柳。

 それに緑谷は戦慄し、同類扱いされることに少しだけショックを受ける。

 

 戦慈は一佳から物間を渡されながら、緑谷を見る。

 

「力の使い方は少しは馴染んだかよ」

「え!?あ、うん。けど、ヒーロー殺し相手でもパワーが足りなくて、最後は少しコントロールがブレちゃったけど……」

「まぁ、体育祭の最後の攻撃の感じだと、半分も引き出せてなさそうだったしな」

 

 半分どころか5%程度しか引き出せないのだが。

 緑谷の『個性』を把握していない戦慈には、そこまでは分からない。

 それに緑谷は誤魔化すように笑う。『個性』の詳細を話せないので、こうするしか思い浮かばなかった。

 

 その間、轟は我関せずと蕎麦を啜っていたが、誰もツッコむことはなかった。

 

 その後、戦慈は物間を食堂の外に放置して、昼食を摂る。

 

「なんで物間はあそこまで煽るんだ?」

「知るかよ」

「……面倒」

「ん」

「あそこまで心が荒んでしまっては、私の愛では救えないかもしれません。無力な己が情けないです」

「いやいや、茨。あれは物間が凄すぎるだけだよ」

「ウラメシい」

「ケンカはだめデス!」

 

 放置してきた物間の話題になる。

 一佳は委員長ということもあって、物間がA組にケンカを売るのをやめさせたいという思いもある。

 もちろん戦慈達に答えられるわけはない。茨が何故か手を組んで無力感に打ちのめされていたが。

 

「A組がトラブルメーカーって、拳暴も十分トラブルメーカーじゃない?」

「俺って言うか、オールマイトだろ?オールマイトを倒すために、連中は動いてんだからよ」

「……面倒」

「ん」

「まぁ、里琴が一番とばっちりだよな」

 

 戦慈は切奈の言葉に顔を顰めながら、とんかつ定食を頬張る。

 その隣で里琴も無表情で不機嫌オーラを噴き出しながらボヤき、それに唯と一佳が同情する。

 戦慈と里琴は襲われているだけなので、実際トラブルメーカーと言われても不本意である。

 特に里琴は戦慈と共にいるから、巻き込まれただけである。

 

 その後、午後の授業では筋トレメインで終わり、下校となる。

 

 鉄哲や骨抜達は勉強会をするそうで、ファミレスに行くらしい。

 戦慈も誘われたが、里琴と一佳に女性側の勉強会に連れていかれた。

 

「お前らは別に勉強会なんざいらねぇだろ」

「分かんないところだってあるんだ」

「……教えろ」

 

 戦慈は顔を顰めながら、食堂に顔を出す。

 女性陣は食堂で勉強会をするようだ。

 

「拳暴って物理得意だっけ?」

「まぁ、文系よりかは出来る」

「誰かコブンリッスンプリーズ!」

「私が教えるよ」

 

 なんだかんだで互いに教え合う戦慈達。

 ポニーは国語で悪戦苦闘しており、唸りながら教科書とにらめっこしている。それを一佳や茨が丁寧に教えていく。

 しかし英語になれば、ポニーが教師となってイキイキとしながら、滑らかな発音で教える。

 下校時間になるころには、互いの苦手なところは教え終わっていた。

 

「今頃、骨抜は四苦八苦してそうだね」

「宍田や鱗もいるし、大丈夫だろ」

「鉄哲や円場は追い込まれてるみてぇだな」

「鉄哲はトレーニングに力入れすぎ。円場は単純に気を抜きすぎ」

「ん」

「筆記でも赤点出せば補習なんだけどねぇ」

「あいつらなら気合でなんとかするだろうさ」

「……気合だー」

 

 下校しながら、男子陣のことを考える。

 鉄哲は演習試験に気合を入れすぎて、気づいた時には筆記で周囲より遅れていることに気づいた。円場は単純にギリギリでも間に合うだろと思っていたら、もう時間が無かったので今更ながらに焦っていた。

 そこに骨抜や宍田が手を伸ばしたのだ。他にも泡瀬や鎌切が地味に追い込まれていたようで、それに便乗した。

 

「林間合宿か。何するんだろうな?」

「想像しても無駄だろ。プルスウルトラとか言って、恐ろしい事無茶振りするに決まってる」

「……苦痛」

「ありそう」

「ん」

「てか、そうなるよね。もはや」

 

 一佳は夏休みの林間合宿について思いを寄せ、それに戦慈が思いっきり冷や水を浴びせる。

 それに里琴も無表情で唸り、柳と唯、切奈も同意する。

 その反応に一佳も顔を歪め、茨やポニーも不安な表情を浮かべる。

 

「まず林間合宿の目的がはっきりしてねぇしな」

「だよね。合宿って言うからには、演習的なものもあるんだろうけどさ」

 

 未だに何も詳細を伝えられていない。

 それがただただ不安を煽るのである。

 

「まぁ、まずは期末をクリアしないとな!」

「……頑張れない」

「赤点取っても取らなくても地獄が待ってそう」

「ん」

 

 一佳が無理矢理気合を入れるが、今度は里琴、柳、唯が冷や水を浴びせる。

 それに一佳はガクリと肩を落とす。

 切奈やポニーが苦笑しながら、一佳を慰める。

 戦慈は集団の先頭で、我関せずと歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 会議室。

 

「以上が俺が考えたペアと対戦教師です」

 

 ブラドが会議室にいる教師達に、説明を終える。

 

「いいんじゃないかな」

 

 校長が頷き、他の教師陣も頷く。

 

「では、お願いします」

 

 そして解散となり、会議室を出ていく教師達。

 

 その中に金髪で骸骨のような顔をした男がいた。

 

 男は渡された資料を見て、僅かに顔を顰める。

 

「……緑谷少年と爆豪少年。この2人が組まされるとはね。本当に相澤君は生徒をよく見てるよ」

 

 オールマイトは相澤の観察眼に呆れ笑いしか出来なかった。

 そしてもう1枚の資料も取り出す。

 

「……そして、彼もか。彼とは結局深く話したことはないな……。広島の事件についても塚内君から聞いてはいるけど。実際、彼の実力を肌で感じたことはないからな」

 

 オールマイトは、少し高揚感を感じていた。

 僅かに笑みを浮かべて、相手を思い浮かべる。

 

 

「楽しみにさせてもらうよ。拳暴少年……!」

 

 

 そして戦慈達は期末試験を迎える。 

 

 




ここを逃すとオールマイトが引退してしまう(-_-;)
まさか、ここまでオールマイトと関わらないとは。


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拳の三十一 いざ、期末

期末試験はアニメ設定で進めていきます。



 いよいよ期末試験が始まった。

 

 まずは筆記試験。

 

 戦慈達は特に躓くことなく解き終わる。

 

「骨抜!!ありがとな!!教えてもらって助かったぜ!」

「本当に助かったぜ~」

 

 鉄哲と円場が骨抜に礼を言う。

 どうやらピンポイントで出題されたようだ。

 

 一佳達は、その様子をどこかホッとしながら見ていた。

 

「筆記は大丈夫そうだな」

「だね。それにしても演習試験ってさ、2日かけてやるって初めてじゃない?1日目がA組。2日目がうちらってさ」

「ロボ相手にしては大掛かり」

「ん」

「……ん」

 

 切奈と柳の言葉に、里琴と唯も頷く。もはや2人の頷きには誰もツッコまない。

 切奈達の不安は一佳も感じており、先輩からも2日に分けて行うのは聞いたことがないと言われた。

 更には、

 

「A組とは連絡禁止だってね。まぁ、2日に分かれる以上仕方がないことだけどさ」

「そうだね」

「まぁ、私はA組の連絡先なんて知らないんだけどさ。一佳は八百万とは交換したでしょ?」

「してるけど、八百万が教えてくれるわけないしな」

「だろうね」

「ん」

「……嫌な予感するなぁ」

 

 色々と不安を抱えるも、試験が無くなることはなく、戦慈達は帰宅する。

 

「明日はA組の試験で休みだけど、落ち着かないよなぁ」

「今更特訓しても本番じゃまともに使えねぇんだ。焦ったところでどうしようもねぇだろ。それに試験内容も変わった可能性もあんだしな」

「……無駄な努力」

「に、なりそうだよな」

 

 もはや当たり前のように戦慈の部屋に上がって、コーヒーを淹れてもらうまで待つ一佳。

 戦慈ももはやツッコむのは諦めている。里琴は引き入れた本人なので、元々文句はない。それどころか地味に「……一佳の」と専用クッションを用意したほどである。もちろん置いてあるのは戦慈の部屋である。

 

「実際、ロボットなんざ俺と里琴が一番デカい奴吹き飛ばしてんだ。そうなると公平性が無くなったんだろうよ。轟に八百万だって、楽に倒せるんだぜ?」

「轟と里琴は簡単に殲滅できるもんなぁ。それもそうか……」

「……むふん」

 

 戦慈と一佳の言葉に、里琴は無表情で胸を張る。顔以外では表情が豊かであるためか、ここまでくると逆に無表情であるのが器用に思えてきた一佳であった。

 ちなみに戦慈も仮面を着けてはいるが、最近では仮面の下の表情が容易に想像できるようになっている。

 中学ではよく分からない2人とされてきたが、今ではむしろ分かりやすい2人になってきている。

 

(まぁ、ここまで一緒にいるからだろうけどな)

 

 学校生活だけではなく、遊びに行ったり、ヴィランと戦ったからこその結果だろう。

 そう一佳は思う。事実、唯や切奈達も、戦慈と里琴の会話を通訳なしで理解出来るようになってきている。

 

「とりあえず、明日はジョギングと簡単な筋トレくらいかな」

「……筋肉レディ」

「な!?そ、そこまで筋肉質じゃないぞ!!」

「……二の腕は?」

「う……」

 

 里琴のからかいに言葉に詰まる一佳。

 両手を巨大化する『個性』のため、腕の力を使う。なので、やはり同年代の女子と比べると、筋肉はあるほうである。

 ヒーローを目指す以上仕方がない事ではあるが、やはり女としては付きすぎるのも嫌である。

 

「アホなこと話してんじゃねぇよ」

 

 そこに戦慈が呆れながら、コーヒーを持って現れる。

 

「アホなことじゃないぞ」

「お前で筋肉付きすぎとか言ってたら、ミルコやヒョウドルはどうすんだよ」

「……筋肉レディズ」

「ヒョウドルにかじられるぞ」

「……むぅ」

 

 里琴は戦慈の言葉に大人しくなる。

 それに一佳はため息を吐くが、ミルコとヒョウドルを比べられても困ると内心眉を顰める。

 しかし、女性ヒーローでトップヒーローになるには、あそこまで鍛えないといけないのかとも思わせられる。

 

「はぁ~」

 

 少し憂鬱になる一佳。

 それを誤魔化すために手を伸ばすのは、やはり戦慈のコーヒーであった。

 

 

 

 

 

 そして、演習試験当日。

 戦慈達はコスチュームに着替えて、演習試験会場前に集合する。

 その戦慈達の目の前には、ブラドを始めとする教師陣が並んでいた。

 

「……先生多くないか?」

「だよな。評価するだけなら、別にここに集まらなくてもいいと思うんだけど……」

「それだけ危険な試験なのか?」

 

 泡瀬と回原、鱗が首を傾げる。

 それに一佳達も内心同意する。

 

「やっぱりロボとの戦闘ってわけじゃなさそうだな」

「ああ」

「……面倒」

「ん」

 

 ブラドは全員が揃ったのを確認して頷く。

 

「おはよう諸君!!それでは演習試験を始めていく!!」

 

 ブラドの声に生徒達は背筋を伸ばす。

 

「お前達の事だ。先輩などから試験内容は事前に仕入れたことだろう」

 

 ブラドの言葉に一佳達は首を傾げる。

 

「あれ?じゃあ、やっぱりロボとの戦闘なんですか?」

 

 円場が代表して質問する。

 すると、13号の背中から校長がヒョコッ!と顔を出す。

 

「残念!!今回から試験内容を変更しちゃうのさ!!」

「校長先生……!?」

「変更?」

 

 切奈が校長の登場に目を見開き、物間が首を傾げる。

 ミッドナイトに抱えられて、13号の背中から降ろされる校長。そして一佳達の前に出て、説明を続ける。

 

「ヴィランの活性化という背景を考えて、これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 

 それに円場や泡瀬は緊張でごくりと唾を飲む。

 

「というわけで、これから諸君には二人一組(チームアップ)で、ここにいる教師一人と戦ってもらう!!」

『!!』

 

 校長の言葉に一佳達は目を見開いて驚く。

 

「先生達と……!?」

「プロヒーロー達との戦闘……!」

「マジかよ……!」

 

 鉄哲は右手を握り締めて武者震いする。

 戦慈は腕を組んで、仮面の下で僅かに眉間を顰める。

 

「……チームと対戦教師はクジか?」

「いや、それはこちらですでに決めさせてもらっている。選考理由は訓練や職場体験での動き、成績、親密度などで決めさせてもらった」

 

 戦慈の質問にブラドが答える。

 それに戦慈は更に眉間の皺を深める。

 

(ってことは、一筋縄じゃいかねぇだろうな)

 

 嫌な予感が強まる戦慈。

 チームにもよるが、それが必ずしも相性がいいか分からないし、教師も苦手なタイプを割り振られていると考えられる。

 

「試験は1組ずつ行っていく!これから発表する順番で行っていく!よく覚えておくように!!」

 

 ブラドの言葉に緊張感が高まる一同。

 

「1組目!! 鱗と角取がチーム!!」

「いきなりか」

「イエス!」

 

 留学生同士のチームアップ。

 鱗は腕を伸ばして、ポニーは両手を握って気合を入れる。

 

「2人の相手は……」

「私ガ務メル」

 

 前に出たのはエクトプラズム。

 それに鱗とポニーは僅かに緊張で顔を強張らせる。

 

「2組目!! 宍田と円場がチームだ!!」

「頼むぜ!宍田!」

「頼りにしてますぞ」

 

 宍田と円場は拳を合わせて、笑い合う。

 

「相手はプレゼントマイクだ!」

「イエー!!」

 

 前に出たのはプレゼントマイク。

 

「プレゼントマイク氏ですか……」

「こりゃあ厄介だな」

 

 宍田と円場は顔を顰めて唸る。

 

「3組目!! 骨抜・庄田チーム!!」

「よろしく」

「こちらこそ」

 

 ガシ!と握手をする骨抜と庄田。

 

「相手は俺だよ」

 

 前に出たのはセメントス。

 それに2人は唸り声をあげる。

 

「こりゃあ……」

「ああ。厳しいね」

 

 2人はすぐさまこの試験の選考理由に思い至る。

 骨抜は腕を組んで、頭の中で作戦を考え始める。

 

「4組目!! 拳藤・鎌切でチーム!!」

「よろしくな!」

「頼むぜぇ委員長」

 

 一佳と鎌切も拳を合わせる。

 

「相手はパワーローダーだ!」

「くけけ……」

 

 前に出たのは上半身裸で、頭にショベルカーを模したヘルメットを身に着けている小柄な男。

 サポート科の担当もしている重工ヒーローである。

 

「地中も行けるパワータイプ……!」

「そう言う感じかよぉ」

 

 一佳は僅かに顔を顰めて呟き、それに鎌切も相性の悪さを理解する。

 

「続いて5組目!! 巻空・物間チーム!!」

「おや!よろしくね」

「……マジ卍」

「あはは!!手厳しいね!」

 

 物間は握手を求めるが、里琴はそれを無視して呟く。

 その様子を一佳達は心配そうに見つめる。

 

「相手は……」

「俺だ」

 

 里琴達の前に出たのは、A組担任の相澤だった。

 抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。『個性』を消す『個性』の使い手である。

 

「……厄介」

「……これはこれは」

 

 物間もすぐに顔を顰める。

 戦慈や一佳も顔を顰めて唸る。

 

「相澤先生か……」

「本当によく考えて決めてやがる……」

「そうだな」

 

 里琴と物間の性格での相性の悪さと『個性』の相性。それを見極めた上でのチームと対戦相手だった。

 

「6組目!! 泡瀬と小大でチーム!!」

「よろしくな」

「ん」

 

 泡瀬が親指を立て、唯も頷いて親指を立てる。

 

「相手は……俺だ!」

 

 ブラドは親指で自分を指差す。

 それに泡瀬と唯は顔を顰める。

 

「なるほど。近づかれたら危ないな」

「ん」

「どう動いたもんか……」

 

 泡瀬は腕を組んで、作戦を考える。

 

「続いて7組目!! 鉄哲・凡戸でチーム!!」

「よっしゃあ!よろしくな!凡戸!」

「こちらこそ」

 

 鉄哲は気合の大声であいさつし、それに凡戸はマイペースに返す。

 

「相手は私なのさ!」

 

 前に出たのは校長である。

 それに鉄哲達は目を見開く。

 

「こ、校長先生っすか!?」

「……戦えるんですか?」

「やってみたら分かるのさ!」

 

 校長は自信満々に笑う。

 

「8組目!! 回原・取陰チーム!!」

「頼むぜ推薦」

「やれるだけはやるよ」

 

 回原の言葉に肩を竦めて苦笑する切奈。

 すると、ミッドナイトが前に出る。

 

「相手はわ・た・し♪ウフフ♪」

 

 ミッドナイトはピシャン!と鞭を鳴らして、嗜虐的に笑う。

 

「なんか……」

「違う意味で怖いね……」

 

 回原と切奈は顔を引きつかせる。

 

「9組目!! 吹出と柳がチーム!!」

「ガンガン行こうぜ!」

「頑張る」

 

 吹出が『行こうぜ!』と表示して気合を入れて、柳は頷く。

 

「お2人は僕が相手を務めます」

 

 前に出たのは13号だ。

 吹出は『!!?』と表示して、後ずさる。

 

「13号先生!?ゴォウゴォウと吸い込まれちゃうよ!?」

「ウラメシい」

 

 柳も顔を顰める。

 そして残ったのは2人。

 

「そして最後は拳暴・塩崎で組んでもらう!!」

「よろしくお願いします」

「ああ」

 

 茨が両手を組んで、戦慈に頭を下げる。

 

「あの2人って最強じゃねぇか?」

「それな。前衛後衛揃ってんじゃん」

「ってか、先生誰?もう今いる人、全員呼ばれたよ?」

「それにあの2人に勝てる先生とかいるのか?相澤先生や13号先生はもう呼ばれたし……」

「……まさか……!?」

 

 鎌切が戦慈と茨の2人を見て、首を傾げる。

 それに円場も頷き、切奈が教師陣を見て首を傾げる。

 骨抜も教師陣に目を向けて、首を捻る。

 切奈と骨抜の言葉に、一佳はある人物を想像して目を見開く。

 

 戦慈も教師陣を見て、首を傾げる。

 

「俺らの相手が見当たらねぇが?」

「今来る。お前達の相手は……」

 

 その時、建物の屋上から人影が飛び降りてきて、戦慈と茨の前にズシン!!と着地する。

 その者はV字の金の前髪に、筋骨隆々の男。

 

「私が、する!!」

 

 オールマイトは立ち上がって宣言する。

 それに戦慈と茨はもちろん、一佳達も目を見開く。

 

「オールマイト……!?」

「ん!?」

「……やっぱり……!」

「……これは面白いねぇ」

「マジかよ!!」

 

 泡瀬と唯が驚き、一佳は予想が当たるも顔を顰め、物間は興味深げに笑みを浮かべるが、僅かに顔が引きつっていた。

 そして鉄哲は最終組の対戦カードに興奮する。

 

「……No.1ヒーローが相手ですか」

「……やっぱ簡単にはいかねぇか」

「協力して勝ちに来いよ。お2人さん」

 

 ニィ!と笑って、戦慈と茨に声を掛けるオールマイト。

 

「制限時間は30分!君達の目的は『ハンドカフスを先生の体のどこかに掛ける』or『どちらか一人が所定のゲートから脱出する』ことさ!」

 

 校長がハンドカフスを掲げて、説明する。

 

「今回は極めて実戦に近い状況下での試験だよ」

「僕達をヴィランそのものだと考えてください」

「会敵したと仮定して、その場で捕らえられるなら良し。実力差が大きすぎるなら、逃げて応援を呼んだ方が賢明ってこともある」

 

 セメントス、13号、相澤が説明を引き継ぐ。

 

「戦闘訓練みたいだな」

「だね」

 

 一佳が呟き、切奈が同意する。

 

「ただし、普通の戦闘訓練とはわけが違うからな!相手はチョー格上!」

「戦って勝つか、逃げて勝つか。あなた達の判断が試されるわ」

 

 プレゼントマイクがポーズを決めながら忠告し、ミッドナイトもポーズを決めて試験のポイントを説明する。

 

「けど、こんなルール逃げの一択じゃね?って思っちゃいますよねー。そこで私達、サポート科に頼んで、こんなの造ってもらいました!!」

 

 オールマイトが腰からウェイトバングルのようなものを取り出す。

 

「超圧縮おーもーりー!!」

 

 どこかの秘密道具を出すキャラクターのように、オールマイトが声を出す。

 それに呆れる戦慈達。

 

「装着者の体重の約半分の重さを装着するハンデって奴さ!結構重くて動きにくいし、体力も削られる!」

 

 戦慈達の目の前で重りの装着する教師陣。

 

「それではこの後、1組目から試験を始める!それ以外の者達は作戦会議をしたり、モニタールームで観戦して構わない!では、解散!」

 

 ブラドが解散を宣言すると、教師陣は建物の中に入っていく。

 それを見送った戦慈達は、それぞれのペアで動き始める。

 

 鱗とポニーは一番手なので、真剣な表情で作戦を考える。

 

「《分身》にも重りが適用されるのかは結構大きいよな」

「デスね。増やせる数もはっきりと分からないデース」

「それに戦闘能力もはっきりと知らないんだよなぁ」

 

 2人は顔を顰めながら、会場へと足を向ける。

 

 それを見送りながら、一佳達もペア同士で作戦会議を始める。

 

「私達はパワーローダー先生か」

「捕まえるのはキツそうだなぁ」

「かと言って、逃げるのもなぁ。ステージも向こうに有利だと思うし」

 

 正直なところステージも見ないと、なんとも言えないのである。

 どちらにも有利なのか、相手に有利なのかで、判断が変わる。

 

「障害物が多いなら捕獲も考慮しよう。そうでないなら、基本は逃げる」

「分かった」

「最初の15分は出来る限り、一緒に行動して情報収集。それで別れるか、そのまま動くか判断しよう」

「いいぜぇ」

 

 一佳の提案に頷く鎌切。

 

 その後、一佳はモニタールームに向かう。

 

 中に入ると、そこには戦慈、里琴、切奈、茨、唯、柳、鉄哲、泡瀬がいた。

 そしてリカバリーガールが椅子に座っていた。

 

「皆はもう大丈夫なのか?」

「私はもう少し情報が欲しくてね。ステージの傾向と先生達がどれくらいガチで来るのか」

「ん」

「まだ時間がある」

「私達はただ全力で挑むのみです」

「ってことで!皆の応援もしてぇ!!」

 

 切奈は肩を竦め、唯と柳も頷き、茨は両手を組む。

 そして鉄哲は右手を握り締めて叫ぶ。

 一佳は壁にもたれ掛かっている戦慈と里琴に目を向ける。

 

「拳暴と里琴は?」

「……まぁ、情報がもう少し欲しいってのもあるがな」

「ん?」

「提案しても受け入れてもらえなかったんだよ」

「……あぁ」

 

 戦慈は少し疲れた雰囲気で腕を組みながらもたれ掛かっている。

 それに一佳は茨を見て、苦笑する。

 

「茨は搦手とか嫌いだからなぁ」

「それは分かってたが、相手を考えてほしいぜ」

「どんな提案したんだ?」

「俺が相手している間に、隠れて縛り上げるか。ゲートに行くか」

「……それでもだめなのか?」

「隠れるのは卑怯。俺だけ置いて行くのも卑劣だそうだ」

「……そこまでか……」

 

 一佳も流石に呆れてしまう。

 しかし、茨はこうなると中々聞き入れない。

 なので、戦慈はもう少し情報を集めてから、改めて作戦会議を開くつもりでいる。

 戦慈達は最終戦なので、まだ時間はある。

 それに一佳は納得すると、里琴に顔を向ける。

 

「物間は?」

「……旅立った」

「おい」

「……簡単に決めた」

「大丈夫なのか?相澤先生はそう簡単じゃないと思うぞ?」

「……ブイ」

 

 里琴はピースをする。

 それに一佳は不安を覚えるも、茨同様言ってもあまり響かないと分かっているので、それ以上は言わなかった。

 

「で、拳暴はどう思う?今回の試験」

 

 一佳は改めて戦慈に訊ねる。

 その言葉に切奈達も顔を向ける。

 モニターには会場に入る鱗とポニーの姿があった。

 鱗とポニーのステージは、吹き抜けのあるビル内部だった。

 

「……基本的に対戦する教師は、チームの苦手な戦略が出来る奴に見える。それをチームワークや『個性』の組み合わせでどうクリアするかが評価の決め手だろうな」

「鱗とポニーの場合は?」

「鱗は遠近対応はできるが、手数に限界がある。角取は角が操れる数に限界があるし、角取本人は近接戦闘が得意じゃねぇ。それに対して、エクトプラズムは手数だけは圧倒的だ。しかも分身は自己判断で動ける。だから連携も鱗達よりも上だろうな。分身は耐久力が弱いとはいえ、厄介なことには変わりはねぇ」

「……なるほど」

 

 戦慈の言葉に一佳達は納得するように頷く。

 

「ってことは、ステージもそれぞれ違いそうだなぁ」

「当然だよ。壊れたりしたら使い辛いしね」

 

 リカバリーガールが切奈の言葉に答える。

 その答えで、戦慈の推測も正しいのだと理解する切奈達。

 

「校長ってどう戦うんだ?」

「流石にそこまでは教えられないよ」

 

 鉄哲が腕を組んで顔を顰める。

 流石にリカバリーガールは答えなかったが、切奈達も気にはなる。

 

 

『角取・鱗チーム。演習試験レディ、ゴー!』

 

 

 その時、アナウンスが響き、鱗達の演習試験が始まった。

 一佳達もモニターに注目する。

 

 すると、鱗とポニーの周囲に大量のエクトプラズムが出現して2人を囲う。

 

「「!!」」

 

「「「「言イ忘レタガ、我々教師陣モ諸君ラヲ……本気デ叩キ潰ス所存!!」」」」

 

 そして一斉に襲い掛かるエクトプラズム。

 

 こうしてB組の演習試験が始まった。 

 

 




チームと教師を選んだ理由は、それぞれの試験の時に(__)


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拳の三十二 演習試験その1

 試験の2日前。

 演習試験の会議にて、ブラドは資料を見ながら説明をする。

 

「鱗は近距離と遠距離対応が可能で、状況判断も出来る。しかし、多対一になった場合では、攻撃が一歩遅れる傾向がある」

「四方八方に飛ばせるわけではないものね」

「その通り。それに加えて鱗の銃撃に頼る傾向にあり、近接戦闘がやや疎かになりつつある」

「飛び道具に頼りたくなるのは仕方ないですね」

 

 ブラドの言葉にミッドナイトと13号は納得するように頷く。

 

「そして、角取は現在自在に操れる角は2本。4本以上になると大きく精度が下がる。更に『個性』の発動中は集中して、無防備になりやすい」

「ツマリ、私ガ分身デ囲イ込ンデ、嫌デモ接近戦ニナルヨウニスレバイイノダナ?」

「ああ。それによって、ペアのフォローもしつつ、自身の弱いところをどうカバーしてもらうかが、試験攻略のポイントになると考える」

「承知シタ」

 

 

 

 そして試験本番。

 

「サァ、オ前達ノ力ヲ見セテモラオウ!!」

 

 鱗とポニーを囲むように、20人近くのエクトプラズムが現れる。

 

 鱗は即座に両腕を広げながら、籠手から鱗を連射する。

 それにエクトプラズムは分身同士を盾にするように躱し、分身を減らしながら鱗に蹴りかかる。

 

「くっ!」

 

 鱗は全身を鱗で覆い、エクトプラズムの蹴りを防ぎながら下がり、再び鱗銃を発射する。

 ポニーは角2本を自身の周囲に飛ばして、エクトプラズムの蹴りを何とか躱しながら、1人ずつ角を刺して倒していく。

 しかし、すぐに新しく分身が出現していく。

 

「このままジャ、ココでストップデス!」

「だな!!ポニー!!飛べるか!?」

「イエス!」

 

 ポニーは角に飛び乗って、飛行する。

 両手で鱗の襟を掴んで、一気に上昇して2階に上がる。

 

「ホウ?思ッタヨリ、パワーガアルナ」

 

 エクトプラズムは、ポニーの角の力に感心しながら分身を解除する。

 ポニーは角に乗ったままで、鱗を下ろして通路へと向かう。

 

「やっぱ、あの数は脅威だな」

「デスネ!」

「狭い場所で囲まれるのはヤバイ……!」

 

 急いで移動しようと鱗が駆け出した瞬間、目の前にエクトプラズムが2人出現する。

 鱗は目を見開くと、2人のエクトプラズムは挟み込むように蹴りを同時に振るう。鱗はそれをギリギリで鱗を纏いながら両腕でガードする。

 

「ぐっ!がっ!?」

 

 しかし、直後に後頭部に衝撃が走って、前のめる。

 鱗の後ろにはもう1人のエクトプラズムが出現しており、右脚を振り上げていた。

 

「悪イガ……分身ハ任意ノ位置デ出現出来ルゾ」

 

 ポニーは鱗の援護に行きたかったが、ポニーの周囲にもエクトプラズムが出現して、駆けつける事が困難だった。

 

「シィット……!」

「ドウシタ?ソノ程度ナノカ?」

 

 ポニーは顔を顰めて、エクトプラズムの蹴りを躱して反撃する。

 鱗もすぐさま起き上がって、鱗銃を発射したり鱗を纏った拳で殴りかかって反撃を開始する。

 

 

 その様子を一佳達は、モニタールームで手に汗握って応援していた。

 

「頑張れ!鱗!!ポニー!!」

「遠くからでも出せるなんて……!」

「それに分身はやっぱり重り付けてねぇな」

「……反則」

「ん」

「正直、ハンデがハンデになりきってないんじゃ……?」

「ハンデを利用するように動けってことだろうよ」

「ウラメシい」

 

 鉄哲が叫び、一佳はエクトプラズムの『個性』に顔を顰める。

 その横で戦慈が腕を組んで、分身のエクトプラズムの脚に重りがないことを見抜き、里琴と唯も頷く。

 それに切奈が首を傾げるが、それに戦慈が反論して、柳が顔を顰める。

 

「囲まれた状況をどうにか出来れば……!」

「それでも厳しくねぇか?」

「いや……囲いを抜ければポニーなら一気に行けるはず!」

 

 一佳と切奈の言葉に、鉄哲や泡瀬は首を傾げる。

 ちなみに戦慈も内心「なんかあったか?」と首を傾げていた。

 

 

 

 なんとか鱗と合流出来たポニー。

 

「いけマァスか!?」

「なんとかな……!」

「なら、ちょっとガマァンデス!」

「は?うぉ!?」

 

 鱗の背中に張り付くポニー。

 そして自身の両脇に角を挟むように差し込んで、前に鱗ごと押し飛ぶ。

 鱗は一瞬慌てるも、すぐに意図を理解して前方に鱗銃を乱射する。

 エクトプラズムの分身を倒しながら、前に飛び進む2人は一気に囲みを抜ける。

 

「助かったぜ!!」

「イエェイ!!」

 

 ポニーは鱗を下ろして、後ろを振り返る。

 そして両手を角の横に添えて、エクトプラズムに向けて、更に2本の角を飛ばす。

 

「何してるんだ?まだ4本以上は上手く操れないんだろ?」

「ハイ。バット……ストレートショットなら関係ありまセーン!!」

 

 直後、ポニーは連続で角を飛ばして、エクトプラズムに向けて、高速でまっすぐに飛ばす。

 10本近くの角が、エクトプラズム集団に襲い掛かる。

 

「ナニ!?」

「ヌゥ!?」

 

 エクトプラズム達は角が突き刺さり、消滅していく。

 それに鱗も目を見開いて驚く。

 

「あそこまで飛ばせるのか……!」

「今のうちィデス!」

「おう!」

 

 エクトプラズムを全滅させた鱗とポニーは、一気に進む。

 途中で再び囲まれそうになったが、2人は背中合わせになり、ポニーが前方に角を乱射し、鱗は後ろに鱗銃を連射する。

 

「まだ行けるか!?」

「イエス!鱗はァ!?」

「大丈夫だ!」

 

 そして通路を抜けると、再び吹き抜けになっているエリアに出た。

 その1階にエクトプラズムが立っており、後ろに校長の絵が描かれたゲートがある。

 

「あれが本体か!」

「一気に行きマァスか!?」

「ああ!!ポニーはそこから角を連射してくれ!俺が前に出る!」

「ハイ!」

 

 ポニーは2階から角を飛ばす。

 それをエクトプラズムは躱し、その隙に鱗が下に飛び降りる。

 

「マサカ、彼女ノ角ガアソコマデ連射出来ルトハ……」

「はあああ!!」

「クッ!」

 

 鱗が鱗銃を連射しながら突っ込んでくる。

 

(ココマデ近ヅカレテシマッテハ、『ジャイアントバイツ』ハ使エヌ!!)

 

 エクトプラズムは口から煙のようなものを吐き出して、鱗を囲むように分身を10体ほど生み出す。

 分身達は一斉に鱗へと走り迫る。

 

「くそっ……!!」

 

 鱗は腕を広げて鱗銃を撃ち続ける。

 エクトプラズム本体は2階に目を向けるが、そこにはポニーはいなかった。

 

「ヌ!?ドコニ……!!」

 

 ポニーを探そうと右を向いた瞬間、目の前に2本の角が飛んできていた。

 エクトプラズムは右脚を振り上げて、1本は蹴り飛ばすも、もう1本は止められずに左肩に角が当たって後ろに押し飛ばされる。

 

 エクトプラズムの視界には、2階から飛び降りるポニーの姿があった。

 ポニーはすかさずエクトプラズムに飛ばした角のコントロールを放棄して、新しく2本の角を飛ばして足の裏に移動させて乗る。

 そして一気にスピードを上げて、ゲートへと向かう。

 

「これで……フィニッシュ!!」

 

 ポニーは高速でゲートに飛び込む。

 それと同時にサイレンが鳴る。

 

 

『角取・鱗チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが響いたのと同時に、エクトプラズムの分身が消える。

 鱗はポニーの元に駆けつける。

 

「やったな!」

「コングラチュレーション!!」

 

 2人はハイタッチする。

 そこにエクトプラズムも近寄ってくる。

 

「見事ナ連携ダッタ。最初ノ方ハ少シ反省点ハアルガ、最後ハ互イノ強ミヲ良ク考エテ動イテイタ」

「ありがとうございます!」

「ありがとござァいマァス!」

 

 エクトプラズムの言葉に、鱗とポニーは笑顔で頭を下げる。

 

 

 モニタールームでも喝采が上がっていた。

 

「よっしゃあ!!」

「やったねポニー!!」

「あそこまで連射出来たのか」

「ああ。普段の訓練では、あそこまで連射するほどの場面が無かったそうでさ」

「まぁ、確かに訓練では被害出さないようにしないといけないことが多いもんな」

 

 鉄哲と切奈が右手を握って喜ぶ。

 戦慈はポニーの連射に感心し、それに一佳が今まで見せなかった理由を話して、泡瀬も納得するように頷く。

 

「さて、ちょっと行ってくるかね」

 

 リカバリーガールが椅子から降りて、モニタールームを後にする。

 

「次は宍田と円場か……」

「相手はプレゼントマイク先生」

「ん」

「戦闘が出来るタイプじゃねぇからな!宍田なら行けるぜ!!」

「だね」

 

 泡瀬が次のチームの名前を上げて、柳が対戦教師を言う。

 鉄哲は右手を握り締めて、切奈もそれに同意する。

 

 しかし、戦慈は首を傾げる。

 

「それはどうだろうな」

「……楽観」

 

 里琴も戦慈の言葉に同意するように頷く。

 それに一佳達は顔を向ける。

 

「なんでだ?プレゼントマイク先生は、近接戦闘出来るタイプでも攻撃型の『個性』でもないぜ?」

「そうだぜ!!大声上げる『個性』じゃねぇか!!」

 

 泡瀬が首を傾げて、鉄哲が叫ぶ。

 

「別に攻撃する必要はねぇ。宍田達に攻撃させなければいいだけだかんな」

「「「「え?」」」」

「ん?」

 

 戦慈は腕を組んだまま答える。

 それに一佳達は更に首を傾げる。

 

「まぁ、見てりゃ分かるだろうさ」

 

 戦慈は肩を竦めるだけで、答えを言わなかった。

 

 そこにリカバリーガールが戻ってきて、直後にポニーもモニタールームにやって来た。

 一佳達はポニーを褒め称え、ポニーは照れ臭そうに笑って礼を言う。

 

 そしてモニターには宍田と円場が、ステージに足を踏み入れていた。

 ステージは『森』である。

 

「ステージは宍田に有利だな」

「だな!」

 

 泡瀬と鉄哲はやはり楽勝ムードで、モニターを見つめる。

 

 

『宍田・円場チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 そして開始が告げられる。

 宍田はすぐさまビースト化して、その背中に円場が飛び乗る。

 宍田は森の中を猛スピードで走り出す。

 

「行きますぞォオオオ!!」

「先生は!?」

「ゲート付近だと思いますぞォオオオ!!」

 

 宍田はハイテンションで叫びながら、円場の質問に答える。

 それに円場は「なら、宍田が攻めてる間に、俺が飛び込めばいいか」と考える。

 その時、

 

 

YEAHHHHHHHHHHHHH!!!

 

 

 プレゼントマイクの大声が、2人に襲い掛かる。

 円場はとっさに耳を塞ぐが、それでも鼓膜が破れそうだと思わされた。

 

「こ、ここでもこの大きさかよ!?うおっ!?」

 

 円場がぼやくと、突如宍田の体が元に戻って、円場は地面に投げ出される。

 宍田は円場を気にする様子もなく、その場に崩れ落ちる。

 

「宍田!?」

「……ご……が……」

 

 円場が慌てて、宍田に駆け寄る。

 宍田は耳から血を流して、意識が朦朧としていた。

 

「っ!?獣化中は聴覚も上がってる!俺でもヤバかったのに、強化されてる耳で耐えられるわけがねぇ……!」

 

 円場は顔を顰めて、宍田を抱え上げる。

 とりあえず少しでも遮蔽物が多い場所を探す。

 

「俺の『個性』じゃ、音までは防げねぇ。くそっ!こういうことかよ!」

 

 円場の《空気凝固》は目の前に壁を作るだけ。

 それだけでも少しはマシになるかもしれないが、ビースト化した宍田にはどれだけ効果があるかは疑問だった。

 さらに、

 

「近づけば近づくほど、音量はさらに上がる……!どうにかしねぇと、宍田が攻められねぇ……!」

「もうし……わけ…ない……」

「気にすんなよ」

 

 宍田は気絶しないように、何とか気合を振り絞る。

 それに円場は笑って答えながら、移動を続ける。

 

 その様子を鉄哲達は顔を顰めながら、見つめていた。

 

「マジかよぉ……!?」

「確かに攻撃するどころじゃないな……」

「宍田の強化が仇になるなんて……」

 

 鉄哲、一佳、泡瀬は宍田の様子に呻くしか出来なかった。

 

「本当に嫌らしい選び方してやがる」

「……最低」

「ん」

 

 戦慈も顔を顰め、里琴と唯も頷く。

 

「これ、どうすればいいの?」

 

 柳が首を傾げる。

 

「俺は流石に思い浮かばねぇな。どうにかして、耳を塞ぐしかねぇが……」

「だね。けど、草や土で耳を塞ぐわけにもいかないし……」

「上から行けばどうだ!?」

「流石にそこも読まれてるだろ」

「だな。それに空は目立つし、遮蔽物がない。音を防ぐ術がないと、自滅するだけだ」

「ん」

「二手に別れても、プレゼントマイク先生の声が防げなければ共倒れですね」

 

 戦慈は肩を竦めて、切奈も顔を顰める。

 それに鉄哲が意見を出すが、泡瀬や一佳が否定的に答えて、唯も頷く。

 茨も祈るように両手を組みながらも、顔は少し険しかった。

 

 

 

 

 試験前。会議室にて。 

 

「宍田の身体能力は高く、脅威的ではある。しかし獣化するとハイテンションになり、力押しになる傾向がある」

「そこで俺が力押しをさせないように立ち回ればいいんだな?まぁ、叫ぶだけだけどな!」

「それで十分だ。宍田は普段は頭もいいし、判断力もある。それを獣化中でも意識させるようにしてほしい」

「任せな!!」

「そして円場。あいつの『個性』は攻撃性はないため、サポートメインの活動になるのは仕方がない。しかし、円場の『個性』はまだまだ伸ばし所があり、それを意識させたい。円場が冷静に判断できれば、宍田の攻撃の幅はかなり広がるはずだ」

「ただの壁や足場だけじゃ、俺の声は止められねぇしな」

「ああ、円場の『個性』は様々な災害やヴィランの捕縛も可能に出来ると思っている」

 

 ブラドの言葉に、プレゼントマイクは頷く。

 

 

 

 

 プレゼントマイクはゲート前で、仁王立ちしている。

 

「ったく。昨日に続いて今日も森モリかよ。まぁ、昨日みてぇな虫を操ることはないだろうが……」

 

 プレゼントマイクは昨日のA組との試験での内容を思い出して、顔を青くして身震いする。

 

「うぅ!!思い出しちまったじゃねぇか!!」

 

 

チクショオオオオオオオオ!!!

 

 

 プレゼントマイクは八つ当たり気味に叫ぶ。

 森にプレゼントマイクの声が響き渡る。

 

「さぁて、どうする?このまま時間切れまで隠れる気か?それとも上から来るか?」

 

 プレゼントマイクは空を見上げる。

 

「ん?」

 

 その時、空に黒い点のようなものが現れ、徐々に大きくなってきていた。

 

「なんだぁ?」

 

 プレゼントマイクは右手を目の上に当てて、目を凝らす。

 その間にもドンドン大きくなっており、その正体はすぐに判明した。

 

「岩ぁ!?」

 

 バスケットボール大の岩が、剛速球で飛んできていた。

 僅かに左に逸れているようだが、それでも十分脅威だった。

 プレゼントマイクは慌てて、右に駆け出す。

 

ズドォン!!

 

 直後、岩が地面に墜落する。

 岩は地面にめり込んでおり、それは先ほどまでプレゼントマイクが立っていた場所の少し左だった。

 

「おいおい!?殺す気かよ!?」

 

 顔を引きつかせながら、プレゼントマイクは空を見上げる。

 すると、また黒い点が空にあるのを発見した。

 もちろんそれはドンドン大きくなっている。

 

「ノォオオオオウ!?」

 

ズドォン!

 

 再びプレゼントマイクの左側に墜落する岩。

 プレゼントマイクは走り出して、森に逃げ込む。

 更に、

 

バキバキィ!

ズウゥン!

 

 森の中から樹が倒れる音が響く。

 

「何する気だ!?」

 

 するとプレゼントマイクを追う様に、岩が降ってくる。

 

「場所がバレてんな!ってことは、俺をゲートから引き離して、その間に円場の奴が飛び込む気だなぁ!?」

 

 プレゼントマイクは足を止めて、ゲートの方に体を向ける。

 

 

行かせるかあああああ!!!おおわぁ!?

 

 

 指向性スピーカーに乗せて、声を響かせるプレゼントマイク。

 そこに再び岩が左側に落ちてくる。

 プレゼントマイクは叫びながら、再び駆け出す。

 

「シィット!まずは宍田の方が先かぁ!?俺を捕捉して、岩を投げるなんて獣化してんだろ!?」

 

 プレゼントマイクは岩が飛んで来た方向を思い出して、体を向けようとすると、

 

「ブベア!?」

 

 突如、壁のようなものにぶつかる。

 プレゼントマイクは呻いて、壁のようなものに手を触れる。

 

「こ、こりゃあ……円場の?な、なんでこんなところに……?」

「ここにいるからっすよぉ!!」

「!?」

 

 茂みから円場が飛び出してきて、プレゼントマイクの背後に現れる。

 プレゼントマイクは目を見開く。

 

「フゥウ!!」

「ギャオゥ!?」

 

 円場はすぐさま強く息を吹き、プレゼントマイクを挟み込むように空気を凝固する。

 プレゼントマイクは空気の壁に強く挟まれて、身動き取れなくなる。

 

「よっし!!騙されてくれたぜ!!」

 

 円場はガッツポーズをして、笑みを浮かべる。

 プレゼントマイクは壁を砕こうにもまともに動けず、重りのせいで手足が動かしにくい。

 

「こ、この程度……声で割ればぁ……!」

「宍田ぁ!!」

「!!?」

 

 プレゼントマイクが息を吸い込もうとした瞬間、円場が叫ぶ。

 すると、プレゼントマイクの正面に勢いよく宍田が飛び出してきた。

 もちろん体は大きくなっている。

 

「フッ!フッ!フッ!」

 

 円場は連続で息を吹いて、プレゼントマイクの背中側の壁を重ねる。

 それと同時に、宍田は右腕を振り被りながらプレゼントマイクに飛び掛かる。

 

「ガアアアアアアア!!」

 

「ノォオオオオオオベブシィ!?」

 

 宍田は叫びながら拳を振り抜いて、空気の壁を砕きながらプレゼントマイクの左頬を殴り飛ばす。

 プレゼントマイクは背中の空気の壁も砕いて、後ろに吹き飛んでいく。

 サングラスも割れて、錐揉み状態で円場の真横を飛んで行き、木の幹に背中から激突する。

 そして、ズルズルとずり落ちる。

 

 プレゼントマイクは白目を剥いて、ピクピクと震えて気絶している。

 

 それに円場は駆け寄って、ハンドカフスを掛ける。

 

 

『宍田・円場チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが流れ、宍田と円場はその場に座り込む。

 

「ふぅー……」

「なんとか……なりましたな……」

「耳は大丈夫か?」

「少し聞こえにくいくらいですな」

 

 宍田はビースト化して、プレゼントマイクの居場所を嗅覚で確認して、岩を投げていた。

 投げた直後、すぐに人モードに戻り、樹や岩陰に身を隠してプレゼントマイクの声から逃れようとしていた。

 それを繰り返して、プレゼントマイクをゲートから離して、円場の元へと誘導することが狙いだった。

 円場は誘導先に先回りして、プレゼントマイクの姿を確認しながら、空気の壁を数か所設置して身を隠していたのだ。

 

「はぁ、こういう『個性』相手には、俺らは弱いってことか……」

「ですな……」

「ま、今はとりあえず……」

「む?」

「やったな!!」

 

 円場がニカッと笑って、拳を突き出す。

 それに宍田も笑みを浮かべて拳を合わせる。

 

 

 一佳達はモニタールームでホッとしていた。

 

「ギリギリだったな……」

「円場の作戦が上手くハマったね」

「ん」

「一歩間違えれば、ヤバかったけどな」

 

 一佳と切奈の言葉に唯が頷き、戦慈はかなり強引な作戦に呆れている。

 宍田が少しでもコントロールをミスれば、プレゼントマイクは大怪我をしていた。

 そして、プレゼントマイクが反撃を、先に宍田にしていれば結果は変わっていたかもしれない。

 かなり綱渡りな作戦だった。

 

「プロヒーロー相手なんだから、それくらいはしないと厳しいよ」

「だな!!」

「拳暴達だってオールマイト相手なんだし、綱渡りになるんじゃないか?」

「なるだろうな」

 

 切奈は肩を竦めて、鉄哲は力強く頷く。

 それに一佳は揶揄う様に声を掛ければ、戦慈は肩を竦めて素直に同意する。

 

「No.1ヒーローにハンデありとは言え、少し作戦練ったくらいで勝てるなら、あんな化け物現れねぇよ」

「……殴られた」

「それもそうだよなぁ」

「だから、もう少し作戦を詰めてぇんだが……」

「まぁ、それは頑張れとしか言えないな」

「ん」

「がんば」

 

 戦慈はため息を吐く。

 それに一佳達は苦笑するしかなかった。

 

「さて、骨抜の次は私か。行ってくるよ」

「……殴り飛ばせ」

「頑張れよ!!」

「行ってら」

「ん!」

「気張りすぎんなよ」

 

 一佳は戦慈達に見送られて、モニタールームを後にする。

 

 期末試験はまだまだ続いていく。

 

 



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拳の三十三 演習試験その2

 試験3組目。

 骨抜と庄田はステージに入り、所定位置を目指していた。

 

「僕はどう動くべきかな?」

「そうだなぁ。セメントス先生の対処は俺じゃないと無理だもんな。けど、俺1人だと完璧には抑え切れないから……」

「確保が流れになるかな?」

「そうだな。問題はどうセメントス先生に近づくかってことなんだよなぁ」

 

 位置に着いた2人は腕を組んで唸る。

 その時、

 

 

『庄田・骨抜チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 試験がスタートしてしまう。

 それに骨抜はしゃがみ込んで、地面を一部柔らかくして拳大の団子状に固め直して、庄田に渡す。

 

「骨抜?」

「投げるだけでも牽制にはなるだろ。それに《ツインインパクト》を合わせれば、隠れて投げたりすれば撹乱にもなるだろうしな」

「分かった」

 

 庄田は固め直されたコンクリートを受け取って、腰のポーチに仕舞う。

 

「どうする?二手に別れるかい?」

「……いや、先生を見つけるまでは一緒に動こうぜ。多分、ゲート近くの見渡せる場所にいるはずだしな」

「了解」

 

 2人は駆け出してゲートを目指す。

 

 

 

 

 試験前。

 

「庄田は身体能力もあるし、判断力もある。しかし『個性』の性質上、やはり遠距離戦闘では一歩劣ってしまう。特に骨抜や塩崎のように拘束も出来る『個性』相手にどう動くか、どう役割を見つけるかが課題となる」

「それで俺ですか」

「そうだ。そして骨抜。推薦入学と言うこともあり、頭の回転も早く、『個性』の使い方もよく考えられている。『個性』も強力で、コントロールもよく出来ている。なので、骨抜も己の『個性』と相性が悪い相手に対してどう動くか、同じく相手と相性が悪いペアとどう動くかが課題となる」

 

 ブラドの言葉にセメントスは頷く。

 

 

 

  

 骨抜と庄田は大通りを走る。

 

「路地には入らなくていいかな?」

「先に見つけられたら、一瞬で周りの建物が向こうの武器だ。そうなると俺の『個性』じゃ防ぎきれないかもしれない。相性は悪いしな」

 

 骨抜の『個性』《柔化》は柔らかくするだけだ。

 セメントを操るセメントスの『個性』には一歩及ばない。柔らかくしても、また操られたら意味はないからだ。更に柔らかくされた物を柔らかくしても意味はない。

 

「まずは見つけないと駄目だな。じゃないと二手に別れても、各個撃破されちまう。向こうはヴィランなんだ。被害なんて気にしない」

 

 骨抜の言葉に庄田は納得するように頷く。

 

 そして、大通りを進むと、

 

「っ!!いた!」

「堂々と立ってやがるな」

 

 セメントスは大通りのど真ん中に立って、2人を見つめていた。

 

「来たね。二手に別れるかと思っていたけど、やはり俺の『個性』を警戒したか」

 

 セメントスはしゃがんで地面に手を付ける。

 それを見た骨抜は、

 

「先手必勝!!」

 

 一気にセメントスの足場までを柔らかくして、セメントスを地面に沈みこませる。

 

「上手くいってくれよ!」

 

 そこに庄田が骨抜から渡されたセメントの塊を取り出し、軽く殴りつけてからセメントスに向かって投げつける。

 セメントスは沈み込んだ両手で『個性』を発動して、真下のセメントを固めて柱のようにして、せり出させて地面から抜け出す。それと同時に骨抜と庄田の周囲に壁を生やし始める。

 庄田が投げた玉は、セメントスの左側を抜けようとしていた。

 

「頼むぞ!《ツインインパクト》ファイア!!」

 

 パァン!と音を立てて、玉は左後ろ斜めに弾かれるように軌道を変え、セメントスの目の前を飛んでいく。

 それを見た庄田は壁の隙間から連続でセメントスに向かってコンクリートの玉を投げる。

 

「それは少しギャンブルが過ぎないかい?」

 

 セメントスは自分の目の前に壁を生み出して、玉を防ぐ。

 その隙に骨抜は周囲の壁に触れて回り、柔らかくして崩していく。更に崩した小さな塊に触れて硬くして、庄田の玉をドンドン補給する。

 

「セメントスの周囲に投げ続けてくれ!!『個性』は発動せず、スタンバイで!!」

「分かった!!」

 

 庄田は殴りつけては投げ、殴りつけては投げるを繰り返す。

 セメントスは場所を変わりながら地面を操り、庄田と骨抜を取り囲んで飲み込もうとする。

 骨抜はせり上がった壁を崩し続けて、常に逃げ道を確保する。

 

(キリがねぇな!やっぱり俺が一歩遅れる!けど、こうしていれば先生は壁を作り続けるしかねぇ!それに先生は俺が崩したセメントまでは、すぐには利用できないはず!流石に見えねぇところまでは操れねぇだろ!だから……!)

 

 骨抜は壁を崩しながらも、地面を柔らかくしてセメントスを沈め込ませようと狙う。

 そして庄田が10個近く投げつけたのを確認したところで叫ぶ。

 

「解放!!」

「《ツインインパクト》ファイア!!」

 

 庄田が発動した瞬間、セメントスの周囲に転がっていた玉が四方八方に弾き飛ぶ。

 無規則に飛び舞うコンクリートの塊の幾つがセメントスに迫り、流石に回避と防御に集中せざるを得ない。その間にも上から玉が降って来ていて、セメントスは地面から手を放して動いて回避する。

 

「くっ!これが狙いですか!」

 

 セメントスは顔を顰めて、すぐに両手を地面に着けて『個性』を発動する。

 そして再び2人がいた場所を取り囲むようにドーム状の壁を作る。しかし、今度は全く反撃が無かった。

 

「っ!?さっきの庄田君の乱射のときか!!」

 

 セメントスは左右の路地に壁を作り出して塞ぎ、奇襲に備える。

 その時、再びセメントスの足元が柔らかくなり体が沈む。

 

「ぐ!?」

 

 セメントスはすぐに柱を作って逃げ出そうとするが、すぐに柔らかくなって、また体が沈む。

  

「まさか地面の中に!?」

 

 骨抜のコスチュームには酸素ボンベが備え付けられている。

 と言っても、地面の中なので全く前は見えない。そのため、ハンドカフスを付ける余裕もなく、ただただ『個性』を使いまくって、セメントスの行動を阻害し続ける。

 

 セメントスは全力で『個性』を発動して、一帯の地面を盛り上げる。

 すると、骨抜も押し流されるように地面の中から姿を現す。

 

「やっぱ向こうが上か……!」

「そう簡単には敗けられないよ」

「けど……十分稼いだだろ」

「なんだって?」

 

『庄田・骨抜チーム 条件達成!』

 

 

 セメントスが骨抜の言葉に眉を顰めていると、アナウンスが響く。

 

「……庄田君か。なるほど。あの隙にゲートに向かわせていたのか」

「そう言うことですね」

 

 セメントスの言葉に骨抜が頷く。

 庄田は路地裏を走り抜けて、ゲートを目指していたのだ。

 

「少し力技だったけど、達成は達成だ。それに俺も止めきれなかったしね」

「どうもっす」

 

 こうして骨抜と庄田は無事に合格した。

 

 

 

 モニタールームでも鉄哲と泡瀬が盛り上がっていた。

 

「よっしゃあ!!」

「流石だぜ、骨抜!!」

 

 切奈は少し呆れるように苦笑する。

 

「少し危なっかしかったねぇ」

「まぁ、相手がセメントスなら仕方がねぇだろ。硬くするのも柔らかくするのも出来んだしな。セメントがある限り、制限がねぇみてぇだしな」

「……卑怯」

「ん」

「さて、次は一佳だね」

 

 戦慈が肩を竦めて、里琴と唯も同意する。

 そして、切奈が一佳の名前を上げると、里琴が翻して出口へ向かう。

 一佳達の次はいよいよ里琴の試験である。

 

「里琴、ちゃんと物間の奴と連携しろよ」

「……ん」

 

 戦慈が声を掛けると、里琴は頷いて部屋を後にする。

 

「不安だねぇ」

「ん」

「絶対ケンカすると思う」

「流石ァにテストでそこまァでは……」

「あの2人だよ?」

 

 切奈達も里琴と物間のチームに不安を覚える。

 

「まぁ、赤点になった方がいい薬になるかもな」

 

 戦慈は肩を竦める。それに切奈達も内心同意するが、流石に頷いたりはしなかった。

 

 モニターには一佳と鎌切がステージに現れていた。

 ステージは工事現場。土の地面でゲートまでは見通すことが出来る。しかし、パワーローダーの姿はどこにもなかった。

 

「これはちょっと厳しそうだね」

「遮蔽物も何もないね」

「しかし、パワーローダー先生はどこにいるのでしょうか?」

 

 切奈、柳は一佳達の苦戦を予想する。そして茨はパワーローダーの姿が見えないことに首を傾げる。

 戦慈は予想は付いていたが、試験が始まればすぐに分かるだろうと思って、特に声を上げなかった。

 

 

『鎌切・拳藤チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 そして、一佳の試験が始まった。

 

 

 一佳と鎌切はステージを眺めて、眉間に皺を寄せていた。

 

「確実に地面の中だよなぁ?」

「だろうな。問題は地中からでも場所が分かるのかってことだけど……」

 

 一佳は話しながら足元に転がっている石を手に取って、ステージの真ん中目掛けて投げる。

 石が地面に落ちた瞬間、土埃が高く舞い上がり、地面に穴が開く。

 

「音もバッチリ把握している、か」

「けど、今の見えなかったぜ?」

「だなぁ。かなりの速さとパワーみたいだ。それにパワーローダー先生はサポート科も兼任してる。もしかしたら何かアイテムを使用してるかもな。この学校の建築関係もパワーローダー先生が担当しているし」

 

 一佳は顎に手を当てて、作戦を考える。

 

 パワーローダーの『個性』は《鉄爪》。

 それだけであそこまでのパワーは出ないと考える。なので、やはり何かしらサポートアイテムを使用している可能性が高い。

 恐らく地面の上の音を察知しているのも、そのアイテムによるものだろう。

 あと把握したいのは、地中での移動速度と音の判別精度。方法は思いついているが、成功しても失敗しても使えるのは一度きりと考えるべき程度のものだと一佳は考える。 

 更に嫌な予感がするのは。

 

「普通に見える地面でも、実際は下が空洞の可能性があるんだよな」

「落とし穴ってことか?」

「ああ。穴を掘れるんだ。それくらいお手の物だろうな。だから迂闊に進めない」

「それじゃあ、どうするんだよ?」

「時間をかけても捕獲をメインに動くべきだね。もちろん隙が見つかれば、ゲートに飛び込むけどな!」

 

 一佳はニィ!と笑いながら、方針を語る。それに鎌切をニィ!と笑って頷く。

 

 そして2人は行動を始める。

 2人は大量の石をかき集めて、その石を一佳が両手を巨大化して乗せる。

 一佳はまず右手に乗せた石達をステージに向かって、全力で撒き散らすように投げる。直後、左手の石達も投げる。

 

 地面に落ちた石に反応して、また土埃が舞い上がり、また別の場所で土埃が舞い上がる。土埃が舞い上がった場所の地面は陥没して、穴が開く。

 直後、穴が開いた間の地面も所々崩れていく。

 

「やっぱり地下は穴だらけみたいだな!鎌切、次の石と一緒に投げるよ!」

「了解ぃ!!」

 

 一佳は再び左手に石を乗せて、右手には鎌切を乗せる。

 

「穴が開いた場所に!!そこなら落とし穴はない!!でも、攻撃には気を付けろ!」

「わぁってんよ!!」

 

 一佳は左手の石を投げて、少し間を開けてから鎌切を放り投げる。

 

 今度は石が落ちた場所に穴が開くことはなかった。

 鎌切はすでに穴が開いた場所に落ちたが、そっちにも攻撃はなかった。

 

「流石に気付かれたよな。……ちょっと仕掛けるか」

 

 一佳は駆け出して、まだ無事な地面に足を踏み入れる。

 すると一佳の足元が崩れて、穴が開く。

 一佳は右手を巨大化して、縁に捕まって体を引き上げる。

 

「穴ばっかりか。ゲート前で待ち伏せしてるかもしれないな……」

 

 一佳は鎌切に目を向けると、壁に刃を突き刺して登り始めていた。

 背後の穴に目を向けると、深さは5m近くあった。

 

「私は落ちたら登れそうにないな。けど、進まないと鎌切のフォローも出来ない。一度合流するか?」

 

 一佳は壁をよじ登った鎌切に手を振って、進んだ先に置かれている重機を指差す。

 頷いた鎌切は重機を目指して走り出した。

 一佳も合流を目指して、移動を開始する。

 

 ある程度進む度に一佳は巨大化した手で地面を叩いて、落とし穴がないかを確認する。地面が揺れていないかも確認しながら、出来る限り音を出さずに進み続ける。時々、大きめの石を穴が開いていない地面に投げて、撹乱することも忘れない。あまり効果はないと思うが。

 

(今までの試験から考えれば……地面に潜った、つまり手が出せない相手に対して、どう対処するかってのが課題のはず)

 

 どのように引っ張り出すか、どのように攻撃するか、どのように逃げるか。

 恐らく一佳に求められてるのは『少ない手段でどう戦略を組み立てるか』と『地中への敵の対処』というところだろう。鎌切は『不安定な足場での戦闘』と『地中への敵への対処』が課題だと一佳は予測する。 

 

(『個性』を考えると、私より鎌切の方がパワーローダー先生に攻撃が届く可能性がある。けど、時間もあと半分くらいだ。逃走も考えないとな)

 

 自分の役目を確認した一佳は、作戦を考えながら重機に到着する。

 重機は丁度ステージの真ん中にある。その横に大きめの岩があり、その上に鎌切がしゃがんでいた。

 

「襲われなかったみたいだな」

「ああ。やっぱ待ち伏せてやがるなぁ」

「だな」

 

 一佳は腕を組んで、周囲を見渡す。

 

「拳藤。この重機を押したり、投げたり出来ねぇのか?」

「押すことは出来るかもだけど……落ちたら終わりだぞ」

「だよなぁ。これならパワーローダーでも、そう簡単には砕けねぇと思ったんだけどなぁ」

 

 鎌切の言葉に、一佳はふとあることを思い浮かんで、もう一度周囲を見渡す。

 そして、目的の物を複数確認できた一佳は、顎に手を当てて考え込む。

 

「これなら行けるか……?」

「何かあるなら試そうぜ。時間もねぇ」

「……そうだな。やろう」

 

 一佳は頷いて、作戦を説明する。

 それを聞いた鎌切はニイィ!と悪人にしか見えない笑みを浮かべる。

 

「面白れぇじゃねぇか。それなら俺もパワーローダーを斬れるぅ」

「斬るなよ」

 

 冗談を交わしながら準備をする2人。

 

 

 モニタールームでは切奈達がハラハラしながら見ていた。

 

「もう後10分もないよ……!?」

「ハリィアー!!」

「諦めてはいけません……!」

「けんどー!!鎌切ー!!」

 

 切奈がソワソワと焦り、ポニーが叫び、茨も両手を組んで応援する。

 その横で鉄哲が両腕を掲げて叫ぶ。

 戦慈は腕を組んだまま、モニターを見つめる。

 

「……問題なさそうだな」

「ん?」

「そう?」

 

 戦慈の言葉に唯と柳が首を傾げる。

 戦慈は肩を竦めて、唯達に顔を向ける。

 

「動きに迷いがないしな」

「迷いがないって言っても、デカい岩を2つも重機の上に置いただけだぞ?」

 

 泡瀬が首を傾げながら、モニターを見る。

 

 モニターには一佳が背丈と同じくらい大きな岩を両手で抱えて、重機の上に2つ並べていた。

 それに切奈達も首を傾げる。

 

「あれが全てだろ」

『え?』

 

 戦慈は一佳達の作戦内容に気付いているようだ。

 それに切奈達も改めて考えるが、やはり思いつかなかった。

 

 しかし、すぐに目に映った光景に唖然とすることになるのだった。

 

 

 

 

 一佳は重機の上に並べた岩2つを眺めて頷く。

 

「よし!!行くぞ!!」

「おうよぉ!!」

 

 一佳は巨大化した両手で岩の1つを掴んで、思いっきり腕を振り上げて、ゲートに体を向ける。

 

「おぉりゃあああ!!!」

 

 そして全力で岩を投げる。

 直後、もう1つの岩を掴んで、同じく振り被る。それになんと鎌切が飛びついて手足から刃を生やして岩に突き刺して固定する。

 

「おおぉりゃああああ!!!」

 

 一佳は身体を投げ出す勢いで両腕を振り、鎌切ごと岩を投げる。

 鎌切が乗った岩はまっすぐにゲートへと向かって飛んでいく。

 

 その時、ゲート前の地面からパワーローダーが飛び出して、1つ目の岩を砕いた。

 

「くけ!?岩だけ!?」

 

 目を見開いたパワーローダーは、もう1つ岩が迫ってくることに気づき、それに鎌切が乗っているのを目にする。

 鎌切は両手を岩から離して、手首から刃を生やす。

 

「けひゃひゃひゃ!!斬り刻んでやるぜぇ!!」

 

 ハイテンションで叫びながら、鎌切が構える。

 パワーローダーは一度地面に降りて、もう一度跳び上がる。

 

 鎌切は踏み込んで、岩をパワーローダーに向けて蹴り落とす。

 パワーローダーは岩を背中のマシンで砕くが、その瞬間に鎌切が腕を振り、マシンの腕を斬り飛ばす。

 

「ひゃっはぁ!!」

 

 鎌切は体を回転させながら勢いを維持して、そのままゲートに飛び込んだ。

 

 

『鎌切・拳藤チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが響き、一佳は大きく息を吐く。

 

「ふぅ~。何とかなったか」

「くけけ!まぁ、少し強引だけど、手段が少ない中でよくやったよ」

「ありがとうございます」

 

 一佳はパワーローダーにゲートまで運ばれながら、内心では顔を顰めていた。

 

(もう少し手がなかったのか……。確かに力技過ぎたよなぁ)

 

 制限時間がある中ではアレが精一杯だったとは思う。

 しかし、合格したからと満足は出来なかった。

 

「やっぱり、もっと色々考えないとな」

「次でようやく半分だなぁ」

「あ!?里琴!!」

 

 鎌切の言葉で、次は里琴の試合であることを思い出した一佳は、走ってモニタールームに向かう。鎌切も試験を終えたのと里琴の試験が気になり、一佳の後ろに付いていくことにした。

 

 期末試験はようやく折り返しを迎えようとしていた。

 

 



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拳の三十四 演習試験その3

 里琴と物間の試験が始まる直前、一佳と鎌切が息を切らせてモニタールームに飛び込んできた。 

 

「はぁ!はぁ!もう始まってるか!?」

「あ、お帰り一佳。お疲れ」

「お見事でした」

 

 切奈と茨が一佳を労う。

 唯と泡瀬は里琴達の次であるため、モニタールームを後にしている。

 一佳は肩で息をしながら、切奈やポニー達とハイタッチをして、鎌切は鉄哲と拳を合わせる。

 すると、骨抜と庄田も現れた。

 

「なんで俺達の後だった拳藤達の方が早いんだよ?」

「走って来てたからね」

「必死だな」

「まぁ、あの2人の試合だからね」

 

 骨抜が首を傾げ、切奈が答える。それに骨抜は呆れて、庄田も苦笑して頷く。

 一佳は汗を拭いながら、モニターを見る。

 モニターにはステージに入ってくる里琴と物間に姿があった。

 

「……特に険悪にはなってないようだな」

「物間は知らねぇが、里琴に関しては無視はしてもケンカは売らねぇだろ」

「無視はすでにケンカを売ってると思う」

 

 一佳がホッとしていると、戦慈が肩を竦めながら全く安心できないことを言い、柳がツッコむ。

 それに切奈達も頷き、余計に不安になってモニターの2人を見る。

 

「相澤先生か……。見るだけで『個性』を封じるなんて反則だよね」

「肉弾戦か武器を使うしかないもんな」

 

 切奈と骨抜が顔を顰めて呻く。

 一佳は戦慈に顔を向けて、いつも通りどう戦いが展開すると思うか質問する。

 

「里琴達はどう動くと思う?」

「……まぁ、物間が前に出るのかどうかと、A組担任の『個性』の性質次第だな」

「というと?」

 

 戦慈の言葉に柳が首を傾げる。

 

「物間の《コピー》は触れることが条件だ。だから相手からすれば、物間に近づかれるのは避けてぇはずだ」

「そりゃあな」

「問題は相手の『個性』を消せる力がどこまで作用するかってことだ。触れても《コピー》出来なくさせんのか、コピーした『個性』の発動を封じるのか。

後者なら積極的に詰め寄って、相手の『個性』が切れた瞬間に、やり返しゃあいい。けど、前者なら……」

「相手にやられる可能性を高めるだけ、か」

「だから物間が前に出るなら、物間に集中している隙に里琴が速攻を仕掛けりゃいい。物間が出ねぇなら、相手の視界に映らないように竜巻を撃ちまくるしかねぇな」

 

 戦慈の予想に唸って考え込む一佳達。

 どちらを選んでも戦闘不能に追い込まれるか、時間切れのリスクがある。

 

「けどよ!逆に言えば、物間が相澤先生に触れられれば、ほぼ勝ち確定だろぉ!!」

 

 そこに鉄哲が右手を握り締めて叫ぶ。

 骨抜や庄田が苦笑するも、それに同意して物間を応援する。

 しかし、戦慈は腕を組んで鋭い目でモニターを見つめながら小さく呟く。

 

「……そう上手くいくかねぇ」

「ん?」

「いや……」

 

 僅かに声が聞こえたようで、一佳が首を傾げながら戦慈を見る。それに戦慈は首を横に振る。

 その様子に一佳は更に不安を募らせるのであった。

 

 

 

 

 里琴と物間はスタート地点で足を止める。

 

 ステージは地下のようで大量の太い柱が並んでいる。

 

「どうやら空を飛んでゲートに飛び込むのは無理そうだね」

「……ん。……どうせ待ち構え。……墜落する」

 

 天井があろうとなかろうと、空を飛べば目立つ。見られれば『個性』を消されるので、下手に飛ぶのは地面に落ちて大怪我するだけである。

 

「それもそうか。さて、イレイザーヘッド先生の『個性』がスカでないことを祈ろうかな」

 

 物間の《コピー》の弱点は、必ずしも全ての『個性』をコピー出来るわけではないことにある。

 特に『異形型』に属する『個性』は、ほぼ無理である。理由は物間の体を大きく作り変えることは出来ないからである。

 物間は試したことはないが、戦慈の『個性』も《コピー》出来ないだろうと思っている。

 

「……見た感じ出来る」

「だといいけどね。さて、とりあえずゲートを目指すとしようか。先に見つけないとね」

 

 物間の《コピー》は5分間のみ。

 時間切れ直前に相澤に見つかって、封じられれば目も当てられない。

 

『巻空・物間チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 試験開始が告げられて、2人は揃って左側の柱の陰に隠れながらも素早く進む。

 相澤を見つけるまでは共に動くことにしたのだ。

 

「まぁ、君の力を考えればゲート付近で待ち構えだろうね」

「……ん。……あの包帯?が厄介」

「確かに……」

 

 相澤の首に巻かれている捕縛布。『個性』を消した間に捕縛するためなのだろうが、消されなくても捕まれば厄介である。

 少なくとも里琴と物間は、捕まった際に逃げる術は持ち合わせていない。

 

「それに他にも何か隠し持ってるかもね」

「……ん」

 

 里琴と物間は周囲に注意しながら進む。

 半分ほど進んだところで、里琴が唐突に物間の腕を人差し指でチョンとする。

 

「普通に声を掛けてくれないかなぁ!」

「……嫌」

「辛辣だね!!……で?なんだい?」

「……牽制する。……《コピー》して突っ込んで」

「……なるほど。では、失礼するよ」

 

 物間は里琴の作戦を理解して、頷くと里琴の肩に手を伸ばす。

 それを里琴はパァン!と腕で弾く。

 

「あははは!本当に嫌ってるねぇ!!」

「……疾く行け」

 

 里琴は不機嫌オーラ全開で竜巻を縦に放って、ゲート正面から向かわせる。

 それに物間は肩を竦めて、柱から飛び出して里琴の真似をして足裏に竜巻を生み出して飛んでいく。

 そして、里琴が放った竜巻のすぐ後ろに付く。

 直後、里琴は自分達がいる左側から迂回するように竜巻を縦に放つ。

 

「さて、吉と出るか凶と出るか」

 

 ありがたいことに竜巻は土埃を巻き上げているので、反対側からは物間の姿は見えない。

 その代わり、物間も相澤がどこにいるのか分からないが。なので、柱の陰に注意しながら進む。

 

「まぁ、駄目ならそのままゲートに行けばいいか!!A組担任を堂々と叩きのめす機会なんてないからねぇ!!」

 

 物間はニィッと笑みを浮かべて、両腕を振って竜巻をさらに放つ。

 しかし、その瞬間足裏の竜巻のコントロールが出来なくなり、バランスを崩してしまう。

 

「おっと!」

 

 物間は下に弱くて小さい竜巻を放って体勢を立て直そうとする。

 その時、物間が放っていた全ての竜巻が消滅し、新しい竜巻も出せなくなった。

 

「!?」

 

 物間は目を見開いて、地面に前転しながら受け身を取って片膝立ちになる。

 歯軋りをして周囲に目を向けると、上から相澤が飛び降りてきた。

 

「上!?」

「それくらい想定しとけ」

 

 髪が逆立った相澤は驚く物間に冷たく言い放ちながら、右脚を振り抜いて物間の足を払う。

 物間は倒れながら右手を相澤の足に伸ばす。相澤は素早く下がり、物間の手を躱す。

 その隙に物間は立ち上がり、すぐに相澤に攻めかかる。

 

「目で見なければいけないということはぁ!!まばたきでもすれば、解除されるんですよねぇ!!」

「そうだが、いくらなんでもそれは悪手だろ」

 

 相澤は呆れたように話しながら、首元の捕縛布を操って物間に飛ばす。

 物間は横に跳んで躱し、右手を前に出して更に迫る。相澤は飛ばした捕縛布を横に振って、物間を捕縛しようとする。

 その時、ニィッと物間が笑みを深めて、左手を掲げる。そこにはハンドカフスが握られていた。

 

「どこにでもかかればいいんですよねぇ!!」

「だったら見せるんじゃない」

 

 相澤は飛ばした捕縛布から手を放す。他の捕縛布を飛ばし、ハンドカフスを縛って物間の手から取り上げる。

 

「な!?」

 

 そして相澤はすぐさま物間の右腕を掴んで、背負い投げを放って物間を柱に投げ飛ばす。

 物間は逆さまになって背中からぶつかり、頭から地面に落ちる。

 しかし、すぐさま両足首を縛られて、振り上げられる。

 

「うわぁ!?」

 

 物間は全く抵抗出来ず、更に上半身を縛られて、うつ伏せに地面に押さえつけられる。

 そこに相澤が物間の両手を背中に回してハンドカフスを掛ける。

 

「お前は相手に対する想定が甘い。拘束・捕縛に強い相手に先手を取られんなら、回避を優先すべきだったな」

 

 相澤はゴーグルを外して、目薬をさす。髪はいつも通りに垂れ下がっていた。

 物間は歯軋りをして身を捩るが、全く拘束は緩まない。

 

「こっちはお前達の『個性』も人数も性格も把握してる。対策は当然バッチリしてる。ハンデがあるとは言え、甘く見過ぎだ」

 

 相澤は周囲を確認して、里琴の姿を探す。流石にこの状況をどこかで見ているはずだからだ。

 

「甘いですよ。僕を相手にしている隙に、彼女はとっくにゲートに向かってますからねぇ」

 

 物間は相澤を鼻で笑う。

 しかし、相澤はそれを即座に否定する。

 

「言っただろ。対策はバッチリしてるってな。あいつが飛びそうな所には罠を仕掛けさせてもらった」

「っ!?……意地汚いですねぇ。それがヒーローで教師のやることですか?」

「悪いが今はヴィランだからな。それくらいはやるさ」

 

 見事に物間の挑発を躱す相澤。

 ちなみに相澤が仕掛けた罠は、大量の捕縛布をゲート周囲の柱や壁の間に、天井近くまで網のように仕掛けただけである。

 普通に引っ張ればズレるが、ずらすと音が鳴る仕掛けを施している。それが鳴らないということは、まだ里琴はゲートを目指していないということである。

 そこから考えられることは、

 

(試験の概要を理解しているか。仲間が捕らえられた状態で救出も試さずに脱出しても、ヒーローとしては失格だ)

 

 その時、ゲート方面から竜巻が1本相澤に近づいてくる。

 

「さっき飛ばしてた奴か!」

 

 相澤は捕縛布を構えて竜巻に体を向ける。

 その時、右側の柱から里琴が右腕を構えた状態で飛んできて、相澤の背後に現れる。

 

「!!」

「……ヤー」

 

 里琴は相澤の背中に竜巻を放つ。

 髪を逆立てた相澤は竜巻で押されながらも、顔だけ素早く背後を見て里琴を視界に捉える。

 その瞬間、全ての竜巻が消滅する。

 

「……むぅ」

「物間と戦ってる間に、反対側に回っていやがったのか」

 

 相澤は振り返って、里琴と物間を視界に完全に捉える。

 里琴は地味に右足で倒れている物間の背中を踏みつけながら、顔は相澤に向けていた。

 

「……馬鹿」

 

 里琴は右足をグリグリしながら物間を罵倒する。

 

「き、君ねぇ……!」

 

 物間は頬を引きつかせながら里琴を見上げる。

 

「……捕縛はもっと隙を見つけてからって決めた」

「……そうだったかなぁ……」

 

 物間は里琴の言葉に、別の意味で顔を引きつかせて顔を逸らす。

 それに里琴から不機嫌オーラが噴き出す。

 相澤は呆れたように物間を見る。話し合っていなかったなら仕方がないが、話し合っていたなら完全に物間のミスである。

 相澤はため息を吐いた瞬間、髪が垂れ下がる。

 

 その瞬間、里琴が相澤に向かって、竜巻を横向きに放つ。

 

「っ!!」

 

 相澤は横に跳んで躱し、再び里琴を鋭く睨みつける。

 里琴は腕を振るが、竜巻は出なかった。

 

「……むぅ」

「もう見抜かれたか。B組にはほとんど見せた事ないはずなんだがな」

 

 相澤は『個性』発動中は髪が逆立つ。

 あまりB組の授業を担当しない相澤は、今までB組の前で『個性』を使ったことはほぼない。緑谷ほどのヒーローマニアならば知っている可能性があるが、里琴や物間にはそんな性格ではないと聞いている。

 つまり先ほどの物間との戦いで、見抜いたということだ。

 

「油断は出来んか」

 

 相澤は捕縛布を操りながら、里琴に走り迫る。

 捕縛布を鞭のようにうねらせて、里琴に襲い掛からせる。

 

 里琴は後ろに下がりながら、バク転したり身を屈めて躱す。一度も足を止めず、まるで新体操のように軽やかに躱していく。

 相澤は里琴の動きに僅かに目を見開きながらも、高速で迫り拳を振るう。

 里琴は相澤の拳を左腕で逸らして、右腕でアッパーを放つ。

 

「!!」

 

 まさかの反撃に相澤は顔を大きく逸らして躱す。

 その瞬間、里琴は前後に大きく足を開いて、身を屈める。それによって相澤の視界から里琴の姿が消える。

 

「……ジェット・ナックル」

 

 左肘から後方に向けて、竜巻を放つ里琴。竜巻に押されることで、左拳は猛スピードでアッパーとして振り抜かれる。

 アッパーは相澤の腹部に突き刺さり、腹部に当たると同時に竜巻を放って相澤を吹き飛ばす。

 

「ぐぅ!?」

 

 相澤はくの字に吹き飛ぶが、目を見開いて里琴を見据えて竜巻を解除する。地面を転がって飛び上がることで、柱に直撃することは回避する相澤。

 すぐさま里琴を見て、『個性』を発動しようとするが、すでに里琴の姿はなかった。

 

「くっ!ゲートに向かったか!」

 

 周囲を見ると物間の姿もなかった。

 相澤は駆け出してゲートへと向かう。そしてブラドの話を思い出していた。

 

 

 

 試験前。会議室にて。

 

「巻空は轟と同じで『個性』での力押しが目立つ。広島でも、そこを突かれて負傷した。それにやはり制空権を取りたがる傾向にある。間違ってはいないが、それが出来ないときの対処が課題だろうな」

「まぁ、強『個性』ではあるからな」

「ああ、そして物間も同様だな。強力な『個性』ではあるが、イレイザーの『個性』の前にどう動くか。巻空のコントロールが難しい『個性』をどう扱うか。そして、イレイザーの『個性』をどう《コピー》するか」

「あいつの『個性』は特殊だからな。仲間と敵の『個性』によっては、一般人と何も変わらん」

「ああ」

 

 相澤は資料を読みながら頷く。ブラドも相槌を打ちながら、説明を続ける。

 

「それと、巻空はやや言葉足らずで独断で行動する傾向にあり、物間は敵味方に挑発的な言動をして場を乱すことがある。それにこの2人は緑谷と爆豪ほどではないが、仲が悪い」

「理由はなんだ?別に同じ中学とかじゃなかっただろ?」

「入学してすぐに物間が拳暴に対して挑発したのが原因だろう」

「……なるほど」

 

 2人揃って呆れ顔になる。

 

「ということで、コミュニケーションも課題だな」

「課題多すぎるだろ」

「まぁ、今回はあくまできっかけにすぎん。そこを気づかせるように突いてくれればいい」

「わかった」

 

 

 

 相澤は内容を思い出して、眉間に皺を寄せる。

 

「物間はともかく……巻空は全然『個性』使わなくても動けるぞ。コミュニケーションに関しちゃ、物間の暴走のせいで突く暇もなかったな」

 

ピー!ピー!ピー!

 

 その時、ゲート方向から音が聞こえてくる。相澤が仕掛けたトラップの警告音である。

 相澤はスピードを上げようとすると、巨大な竜巻が2本出現し、相澤に迫って来ていた。

 

「っ!?」

 

 相澤はすぐに柱の陰に飛び込んで竜巻を躱す。

 更に竜巻が増えて、ステージ中を動き回る。それに相澤は顔を顰めて、隙を窺っていると、

 

 

『巻空・物間チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが鳴り、竜巻が消える。

 相澤が頭を掻きながら、ゲートに向かうと、

 

「……何してんだ?」

「イジメられてるんですよ」

 

 物間が罠の一部に縛られて吊るされていた。

 どうやら先ほどの竜巻は、物間が出していたようだった。すでに里琴の姿はなかった。

 

「巻空はどうした?」

「僕をここに吊るして《竜巻》を使わせ始めると、さっさと出て行きましたよ……」

 

 物間はやさぐれた様子で遠くを見ながら答える。この扱いに文句を言いたいが、何も出来なかったので言われるがまま吊るされているのだ。

 それを相澤は哀れに思うも、やらかした原因は物間なので特にそれ以上何も言わずに拘束を解くのであった。

 そして拘束を解いた直後に、物間の反省点を30分以上かけて話し始めるのだった。

 

 

 

 

 モニタールームでも戦慈と一佳、切奈達が呆れた様子で見ており、鉄哲や骨抜達は意外そうに見ていた。

 

「まぁ、物間が圧倒的に駄目だったんだけどさ……」

「最後のはちょっとかわいそうだよね~」

 

 一佳と切奈が苦笑いしながら、少しだけ物間を憐れむ。

 

「けど、巻空って接近戦出来るんだな」

「爆豪との試合でもいい動きしてたけど、『個性』ありきだと思ってたぜ」

 

 骨抜と鉄哲の言葉に、庄田と鎌切も頷く。

 骨抜は切奈達を見て、首を傾げる。

 

「取陰達は余り驚いてないのは何でだ?拳暴や拳藤が驚かないのは納得出来るけどよ」

「里琴の体つき見てるからね。あれくらい出来てもおかしくないかなってさ」

「体つき?」

 

 切奈の言葉に柳、ポニー、茨も頷く。

 それに骨抜達は首を傾げる。

 

「里琴ね、かなり体鍛えられてるんだよ。一佳にも敗けてないんじゃない?」

 

 切奈の言葉に骨抜達は目を見開く。

 そこに一佳と戦慈が話に加わる。

 

「竜巻で飛ぶイメージが強いし、体育祭や訓練では拳暴を頼るイメージもあるけどな。まず、あの竜巻に乗ったりするには、かなり体幹やバランスがいるんだ。そりゃああの程度の動き出来るに決まってるよ」

「接近戦に関しちゃ、昔から俺と組み手やってるしな。最近じゃ拳藤も加わってるから、そう簡単には敗けねぇだろ」

「拳暴と組み手って死ぬだろ」

「手加減してるに決まってんだろ。ただ『個性』ありで、体が二段階膨れた俺とある程度張り合えるんだ。あの程度なら問題ねぇよ」

 

 一佳と戦慈の言葉に、ようやく納得する鉄哲達。

 

「『個性』が使えなくなった時の対処が課題だったんだろうけどな。あいつは俺と戦って、『個性』が通じねぇ相手がいるなんて嫌でも理解してる。まぁ、サボり癖もついたがな」

 

 戦慈が肩を竦めながら語る。

 その時、扉が開いて里琴が飛んで入ってきた。

 そして案の定、戦慈の肩の上に止まる。

 

「……ブイ」

「まだ分かんねぇだろが。物間の失態をどう扱われるか分からねぇんだぞ」

「……奴のミスは奴だけのミス」

「気持ちは分かるが、チームだろうが」

「……ちゃんとカバーした」

「せめてゲートはくぐらせてやれよ」

「……嫌」

「なんでだよ」

 

 意地でも物間のミスを庇う気はない里琴。

 それに戦慈はため息をつき、一佳達は苦笑するだけだった。

 

「っとぉ!!俺も行かねぇとな!!」

「頑張れよ鉄哲!!」

「おうよぉ!!」

 

 鉄哲は右腕を掲げながらモニタールームを後にする。

 それを見送った戦慈達は、モニターに目を向けてステージに入る唯と泡瀬を見つめる。

 

 残りは5チーム。

 

 No.1ヒーローとクラスNo.1との戦いまで、あと少し。

 

 



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拳の三十五 演習試験その4

新刊で切奈と鎌切の正式ヒーロー名が発表されました。

切奈:【リザーディ】
鎌切:【ジャックマンティス】

だそうです!
切奈はちょっと惜しかったw
次回からはこちらに変更します!



 試験前。会議室。

 

「泡瀬と小大は揃ってサポートタイプ。撹乱と捕縛が基本スタイルとなるが、アタッカーがいない中でどのように動くかが課題となる」

「で、戦闘と捕縛も出来るブラドが相手をすると」

「ああ。捕縛は時に自身も危険にする。それをどう回避するか、回避した上でどのように捕縛や撹乱に動くか。そこを見させてもらおう」

 

 ブラドはニィッと凶暴的な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 泡瀬と唯は住宅街ステージを歩く。

 

「ここってあんまりいいイメージないんだよなぁ」

「ん」

 

 ここは敵連合に襲撃された場所である。

 トラウマになったわけではないが、やはり意識はしてしまう。

 

「さて、ブラド先生も俺と同じく拘束を得意とするヒーローだ。しかも血液だから捕まるまでは液体だ。だから俺じゃあ分が悪い」

「ん」

「だから小大の《サイズ》をどう使うかってことだけど……。問題はサイズを変える材料がどれだけあるかってことだな」

「ん」

 

 泡瀬の言葉に、唯も力強く頷く。

 ステージは住宅街。物がないわけではないと思われるが、手当たり次第に使うわけにはいかない。何故なら大抵の物が、住民の物と言う設定になっているはずだからだ。

 ヒーローとして動く以上、弁償することになるような戦い方は避けるべきである。

 

「俺の鉄塊もそんなにあるわけじゃないし……。何か作戦あるか?」

 

 泡瀬は腕を組んで唸り、唯に顔を向ける。

 唯も少し首を傾げて考える素振りをして、すぐに頷く。

 

「ん」

「お!どんな?」

 

 泡瀬は唯から作戦を聞く。

 そして2人は準備を始める。

 

 

 

 モニタールームでも唯達がどう動くかを予想する。

 

「小大が隙を作って、泡瀬が捕縛だよな」

「問題は唯がどうやって隙を作るかだよね」

「唯の《サイズ》は小さくするか大きくするかのどっちかだけだからなぁ」

 

 骨抜の言葉に切奈と一佳が悩まし気に眉を顰める。

 唯の《サイズ》は触れたものを小さくも出来るし大きくも出来るが、小さくしたものを元のサイズより大きくするには一度解除して、もう一度触れる必要がある。

 なので、小さくするなら出来る限り大きいものを選択するのが有利である。

 

「住宅街じゃ難しいかもな」

「むやみに壊したり、家の敷地に入るわけにもいかないからね」

 

 鎌切と庄田も考え込むように腕を組む。

 

「そうでもねぇだろ」

「……ん」

 

 相変わらず里琴を肩に乗せたままの戦慈が、モニターを見上げながら声を上げる。

 

「どういうことだ?」

「捕縛するなら決め手は1つだけだ。小大なら分かってんだろ」

 

 戦慈の言葉に一佳達は腕を組んで考える。

 しかし、全く思い浮かばなかった。

 

「まぁ、俺が考えてる通りなら見てりゃ分かるし、違ったなら説明するさ」

 

 戦慈は肩を竦めて、もったいぶる。一佳達は里琴に目を向けるが、里琴も答えることなく戦慈の頭頂部に顎を乗せてリラックスするだけだった。

 

「てめぇはそろそろ降りろ」

 

 戦慈も流石にイラついて里琴を掴んで一佳に放り投げる。

 一佳は里琴をキャッチして、里琴も地面に降ろす。

 

「……ケチ」

「肩車を諦めてるだけ感謝しやがれ」

 

 2人のやり取りに一佳達はガクッと肩を落とす。

 

「思わせぶりなこと言っておいて……」

「じゃあ、大人しく見てようか」

 

 

 

 

『泡瀬・小大チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 泡瀬と唯は開始と同時に、道路の端にある側溝の蓋のコンクリートをどんどん外していく。

 次に泡瀬が重ねたり、壁のように並べたりして《溶接》していく。それを唯が触れて小さくしていく。

 

 同じ工程を何度も繰り返しながら、移動する2人。

 

「ふぅ」

「ん」

 

 十分と思われる数を作り上げた2人は、息を整えてゲートへと向かうことにした。

 もちろん周囲の警戒をしながらなので、速度は遅い。

 

「懐に入られたら負けだ」

「ん」

「ならばどうする!?」

「「!!」」

 

 突如聞こえたブラドの声に、2人は即座に背中合わせになる。

 すると屋根の上からブラドが飛び出してきて、泡瀬の前に降り立つ。それと同時に右手から血液を噴き出して網のようになって、泡瀬に飛ばす。

 

「頼んだぜ!小大!」

「ん!!」

 

 泡瀬は腰のポーチから円柱状の鉄塊を数個取り出す。

 

「【早着鉄棒】!」

 

 鉄塊を繋ぎ合わせて棒状にして、血網を薙ぎ払う泡瀬。

 

「む!」

 

 ブラドは両手に血を纏いながら泡瀬に突撃する。

 そこに唯が何かを投げる。

 

「解除」

 

 呟きと共に出現したのは、先ほど泡瀬と作った側溝の蓋を重ねて正方形に固めたコンクリートだった。

 ブラドは跳び下がって躱し、唯に標的を変える。

 その隙に泡瀬は、唯が投げたコンクリートの塊と鉄棒を繋ぎ合わせて即席のハンマーを作る。

 

「おりゃあ!!」

「くっ!!」

 

 泡瀬はハンマーを横振りして、ブラドの注意を自分に向けさせる。

 

「甘い!!」

 

 振り抜いた直後を狙って、ブラドが血液を伸ばしてハンマーに絡ませる。

 ブラドは腕を引いて、ハンマーを引っ張る。

 

「おっとぉ!」

 

 泡瀬はすぐに手を放す。そしてすぐさまポーチから鉄塊を取り出して、再び鉄棒を作り出す。

 

「同じ手は何度も効かんぞ!」

 

 ブラドはハンマーを右手に持って、泡瀬に殴りかかる。

 そこに再び唯が何かを投げつける。

 

「またブロックか!?」

「解除」

 

 ブラドは左手を唯に向ける。

 直後に現れたのは2m四方の壁だった。

 

「っ!?」

 

 ブラドは目を見開いて、再び後ろに下がる。

 その時、周囲が暗くなった。

 

「な!?」

 

 上を見上げると、そこには巨大な箱が降り落ちて来ていた。

 ブラドはハンマーを捨てて、両手から血を噴き出して落ちてくる箱を破壊する。

 

「先ほどの壁を繋いで、即席の牢獄を作っていたのか!」

 

 唯と泡瀬は作った壁同士を繋ぎ合わせてコンクリートの箱を作っていた。

 1面だけ空けておくことで、真上で元のサイズに戻して奇襲で閉じ込める作戦だった。

 

「やっぱそう簡単には捕まらねぇか!」

 

 泡瀬は顔を顰めながらも壊された瓦礫を鉄棒に溶接して、ブラドに攻撃を仕掛ける。

 唯もすぐさま地面に転がった瓦礫を掴んで、左手でブラドに投げる。

 

「大」

 

 ボン!と巨大化したコンクリート塊がブラドに襲い掛かる。

 ブラドはそれを躱し、近づいてくる泡瀬に血の鞭を伸ばす。

 

「大」

 

 すぐさま唯が右手に掴んでいる瓦礫を投げて呟く。

 すると、泡瀬とブラドの間に再び巨大なコンクリート塊が出現して壁となる。

 

「くっ!(壁を砕いたのが裏目に出たか!)」

 

 ブラドは一度距離を取ろうと考えた時、目の前のコンクリート塊を乗り越えた泡瀬が鉄棒を振り上げて飛び出してきた。

 上を取られたブラドは後ろに下がろうとしたが、真後ろにまた巨大な塊が出現して塞がれる。

 

「っしゃあ!!」

「それは悪手だぞ!」

 

 ブラドは両手で鉄棒を掴んで受け止める。

 泡瀬は目を見開いて慌てて手を放そうとするが、その前にブラドの血が泡瀬の両手を包み込んで固まる。

 

「やべっ!」

 

 ブラドが泡瀬を捕まえようと左腕を伸ばすと、唯がブラドが捨てたハンマーを突き出すように構えて突撃してきた。

 

「大」

 

 ハンマーを巨大化して抱えるように持ち直しながら突っ込む唯。

 ブラドは口を吊り上げて、泡瀬から離れる。

 

「いいぞ!」

「すまねぇ!」

「ん」

 

 泡瀬が巨大化した塊に手を叩きつけて固まった血を砕く。

 唯は頷いて、ハンマーや塊を元の大きさに戻して、泡瀬とハンマーと鉄棒を交換する。

 

「なるほど。確かに側溝の蓋ならば武器にも壁にも出来る。それに弁償するにしても役所でいいからな」

 

 ブラドは感心するように頷く。

 その余裕ぶりに泡瀬は顔を顰める。

 

「やっぱ下手に攻められねぇな。けど、そうしないと先生の動きを止められねぇし」

「ん」

「壁も砕かれちまったし、どうにかして動き止めねぇと!」

「ん!」

 

 気合を入れ直して構える2人。

 ブラドも構え直し両手に血を纏わせながら、唯に向かって走り迫る。

 

「ん!」

 

 唯は握っている鉄棒を突き出す形で再び巨大化する。少し斜めに構えて巨大化することで、唯とブラドの間を塞ぐように設置する。

 泡瀬も入れ替わるように飛び出して、ハンマーを構える。

 唯が鉄棒から手を放して、瓦礫が転がっている所に走り出す。 

 

「だぁ!!」

「甘いと言っているぞ!」

 

 ブラドは振り下ろされたハンマーを軽やかに躱し、右手に纏う血を手甲のように固めて、ハンマーのコンクリート塊を殴り砕く。

 そして左手の血を網のように伸ばし、泡瀬を捕まえにかかる。

 泡瀬は殴られてひしゃげた鉄棒を振り回して、網を振り払おうとしたが、血の網が鈎爪のように変化して泡瀬に掴みかかってくる。

 

「げっ!?」

 

 泡瀬は慌てて逃げようとするが、もちろん間に合いそうになかった。

 その時、泡瀬の右横から巨大なコンクリート塊が飛んできて、血の爪を砕く。

 

「ぬ!」

「上!」

 

 ブラドと泡瀬が上を向くと、大きくなったコンクリート塊が数個降ってきていた。

 泡瀬は慌てて後ろに走り出して、振ってくる脅威から逃げる。

 

「ちぃ!!」

 

 ブラドは舌打ちをして左に向かって駆け出す。

 

 その時、巨大な輪っかが落ちてきて、ブラドの周囲を囲む。

 

「これは……!?」

 

「解除」

 

 ブラドはそれが何かに気づいて飛び上がろうとするが、その前に唯の呟きが聞こえる。

 

 ブラドを囲んだ輪っかは一気に小さくなり、飛び上がり始めていたブラドの右足にかかる。

 それはまさしくハンドカフスだった。

 

 

『泡瀬・小大チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスを聞いた泡瀬と唯はハイタッチをする。

 

「よっしゃ!」

「ん!」

 

 ブラドはため息を吐いて、2人を見る。

 

「やや強引で危険なやり方ではあったが……側溝の蓋を使ったことと今のハンドカフスの掛け方は見事だった」

「はい!」

「ん」

「反省は全ての試験が終わってから行う。今はゆっくり休め」

 

 ブラドの言葉に頷いて、2人はステージを後にするのだった。

 

 

 

 モニタールームでは一佳達が感心するように頷いていた。

 

「なるほどねぇ。ハンドカフスを大きくすれば捕まえやすくなるのか」

「唯だからこそのやり方だな」

「まぁ、そう言うことだな。檻が小さくて捕まらねぇなら、檻を大きくすればいいってことだ。ま、ハンドカフスをどこにかけてもいいってルールだからこその荒技だけどな」

「……ズル」

 

 戦慈が肩を竦めて、里琴も頷く。

 一佳達も確かにと頷き、それでも無事にクリアしたことを喜ぶ。

 

「さぁて!私も行きますか!」

 

 切奈が伸びをして扉へと向かう。

 

「頑張れよ!切奈!」

「ファイトデス!」

「ま、やるだけやってくるさ」

 

 切奈はヒラヒラと手を振って、モニタールームを後にする。

 

「次は鉄哲と凡戸だな」

「相手が校長ってのがなぁ」

「戦法が読めないからね」

「それでも校長先生はプロヒーロー。油断は出来ません」

 

 骨抜、鎌切、庄田が腕を組んで眉を顰める。茨も両手を組んで一筋縄ではいかないことを予感する。

 

 モニターには気合を入れて大股で歩く鉄哲と、それにゆったりとした歩みで付きそう凡戸が映っていた。

 

「どう考えても校長先生は正面から戦うタイプじゃないよな」

「だろうな。それに対して単細胞の鉄哲とマイペースな凡戸じゃ、搦手じゃ絶対勝てねぇ」

「つまりは自分の戦いが出来ない中で無鉄砲に動かないことと、互いの意見を出し合い尊重できるかが大事だね」

 

 一佳、骨抜、庄田の言葉に全員が頷く。

 しかし、全員の胸にそこはかとない不安が押し寄せていた。

 

 

 

 ステージは工場地帯。

 

 しかし、鉄哲と凡戸はやはり深く考えてはいなかった。

 

「校長先生は戦闘タイプじゃねぇ!近づいちまえば、こっちのもんだろ!」

「そうだねぇ。けど、どうやって見つけようか?校長先生は小さいよぉ?」

 

 意気揚々と所定の位置に着く2人。

 

「搦手しよぉったって、こっちを見つけなけりゃ話にならねぇんだ!いくら校長先生が頭が良くて元動物だろうと、近づかなけりゃ見つけられねぇぜ!」

「それもそうかぁ」

 

 鉄哲の言葉に頷く凡戸。

 

 

『鉄哲・凡戸チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 開始のアナウンスが聞こえて、鉄哲は走り出す。

 

「ゲートに向かえば嫌でも出てくんだろぉ!そんでぶん殴る!」

「それもそうだねぇ」

 

 凡戸も鉄哲に続いて走り出す。

 

 その時、

 

ドギャァン!!

 

「「!!」」

 

 突如響いた音に2人は足を止める。

 

ドオォン!

ギイィィ!

ガッガーン!!

ズウゥン!

ドオォン!

 

「なんだぁ!?」

「なんか近づいてくる?」

 

 2人は音が聞こえる方を向いて構える。

 

 すると、少し先のタンクが倒れ始めて、更に倒れた先に建っていた鉄塔に当たって鉄哲達に向かって倒れてきた。

 

「なああ!?」

「ええ~!?」

 

 2人は驚きながら慌てて走り出す。

 倒れてきた鉄塔は周囲のパイプや鉄骨をなぎ倒しながら、2人が先ほどまでいた場所に盛大に音を立てて倒れる。

 

「な、なんだよ!?」

「もしかして校長先生?」

「あのちっこい先生がどうやって建物を倒してんだよぉ!?」

 

 鉄哲はパニックに陥っているが、再び遠くから何かが崩れる音が響いてくる。

 

 どんどん音が近づいてきて、再び巨大なパイプが上から崩れてくる。

 

「マジかああ!!」

「完璧に位置バレてるねー」

 

 2人は方向も考えずに走り出し、潰されるのを避ける。

 

「建物に逃げるか!?」

「う~ん。でもぉさっきみたいにタンクとか転がされたら、逆に逃げ場ないかもぉ」

「凡戸の接着剤で止めれねぇのか!?」

「あんな大きいの止めれないよぉ。止められても乾く前に転がされたら逆に厄介だよ」

「ちっくしょう!!」

「落ち着く暇もないねぇ」

 

 鉄哲は顔を顰めながら走り、凡戸も慌てているのか分からない雰囲気を醸し出しながら走る。

 

 

 その様子を戦慈達も顔を顰めて見つめていた。

 

「こういう手でくるか……」

「こりゃあ鉄哲には最悪な相手だな」

「だな」

 

 モニターでは重機に乗った校長が高笑いしながら操作していた。

 

「完璧に倒れ方計算出来てやがるなぁ」

「それに倒し方もゲートまでの道を塞ぐようにしてるな」

「けど、それを鉄哲達が気づく余裕はないよね」

「……魔王」

「流石の鉄哲もあの鉄の塊を受け止める事は出来ねぇだろうし、凡戸も落ちてくるのに接着剤かけても意味ねぇしな」

 

 骨抜、一佳、柳、里琴、戦慈が呻くように呟く。

 

「2人は機動力もない。校長先生の計算を超えた動きは難しいだろうな」

 

 庄田も顎に手を当てて、勝つ手段を考える。

 しかし、答えは思いつかず、ただ逃げ続ける鉄哲達を見続けるだけだった。

 

 

 

 鉄哲は走りながら、少しずつ怒りが湧き上がってきた。

 

(くそぉ……早速俺が苦手なところを突いてきやがる!どうすればいいんだ!?)

 

「凡戸ぉ!なんか手はねぇか!?」

「ちょっと無理かなぁ。でも、校長先生はゲートの方だよねぇ。崩れてくるのはそっちの方だし」

 

 凡戸は頬を掻きながら崩れてきた方向を見る。

 鉄哲は歯軋りをして、ゲートの方向を見る。

 

「くっそぉ!!こうなったら先に俺が周りを壊して進むか!」

「それは駄目じゃないかなぁ。ヒーローが被害増やしてどうするのぉ?」

「ぐぅ……!」

 

 鉄哲はすぐ傍の鉄骨に殴りかかろうとしたが、凡戸の言葉に動きを止める。

 その直後に鉄哲達の進行方向の道が崩れて塞がれる。

 

「あぁ~、崩されちゃった。危なかったねぇ」 

「くっそぉ……。このままじゃあ、全部の道が塞がれちまう……!」

「けどさぁ、もう進むも戻るも瓦礫だよ?」

「そうだな。……ん?」

 

 鉄哲は凡戸の言葉に何かが引っかかった。

 

(前も後ろも確か崩された。けど、俺達が被害を拡大させるわけにはいかねぇ。……なら、()()()()()()()()()()?)

 

「なぁ凡戸!!」

「どうしたの?」

「これって駄目なのか!?」

 

 鉄哲は崩れたステージを指差して、凡戸に声を掛ける。

 それ凡戸は首を傾げて、もう少し詳しく質問する。

 

 

 

 校長は重機の操縦席で紅茶を飲んでいる。

 

「さて、これでここから崩せるところは、ほぼ崩したのさ。後はもう1つの重機の方に移動して、高みの見物といくかな?」

 

 一応ゲートに行くことが出来る道は残してある。

 今の所、これ以上崩す気はないが、備えとして移動を始めようとする校長。

 

 その時、崩れた瓦礫が何かに弾かれるように吹き飛んだ。

 

「ん?」

 

 校長は動きを止めて確認する。

 そこには、

 

「崩れた所を俺が崩してもよぉ!!それはヴィランが悪いよなぁ!!」

 

 鉄哲が両腕を振り回し、瓦礫を砕いて殴り飛ばしながら進んでいた。

 その後ろで凡戸が接着剤を周囲に撒いて、道が崩れるのを防いでいた。

 

「瓦礫は出来る限り崩れた所に飛ばしてね」

「わぁってんよぉ!!」

「怪しいよねぇ」

「邪魔だああ!!」

 

 鉄哲は先ほどまでとは打って変わって、輝く笑顔で両腕を振り回している。

 今までの鬱憤を瓦礫に叩き込んでいるのだ。

 

 それを見た校長は、

 

「わぁおぅ。無鉄砲さがまさかの答えを導いたみたいだね。塞がれてない道を探すのではなく、塞がれた道を利用するか。中々出来る判断じゃないのさ」

 

 校長は重機の操作レバーを握って、計算を始める。

 

「う~ん。ここからだと一か所しか崩せないね。それに倒してしまうと、残していたルートも崩れてしまう。……仕方がない。それが彼らの選んだ道さ!」

 

 校長はレバーを倒して、重機を動かす。重機に取り付けられた鉄球が大きく振られて、近くの建物に当たって崩れていく。

 すると、ドミノ倒しのように建物やタンクが崩れていき、迂回するように鉄哲達の元に向かっていく。

 しかし、鉄哲達も崩れたことで開けた視界の先で、動いた重機を目撃した。

 

「あそこかアアァ!!」

「みたいだねぇ。まだちょっと遠いなぁ。それに鉄哲ぅ、また来そうだよぉ」

「どっちだぁ!?」

「左~」

 

 鉄哲は凡戸の言葉に、足を止めて左を向く。

 

「どうする?」

「このままだと、崩れてくるんだよな!?」

「うん」

「だったらよぉ!!今、俺が崩しても変わらねぇよな!?」

「うん?」

「よっしゃアアァ!!」

 

 凡戸は鉄哲の言葉に首を傾げただけだが、鉄哲はそれを肯定と捉えて叫びながら左側に駆け出す。

 

 そして、まだ無事なステージを殴り壊し始める。

 

「えぇ~……」

「どうせ壊されるなら、先に壊して邪魔してやるぜエエェ!!」

「いいのかなぁ?」

 

 凡戸は呆れながらも鉄哲の周囲に接着剤をかけてサポートする。

 出来る限り早く乾いて固定されるモノにしているため、強度は少し不安だが少しは崩れにくくなるだろう。

 

 

 その様子を一佳達は呆れて見るしか出来なかった。

 

「何を考えて、あんなことし始めたのかは想像できるけど……」

「単細胞すぎるだろ……」

「まぁ、鉄哲らしいけどな。無茶苦茶ではあるが、ありっちゃありだ。無理に防いでも壊されるなら、先に壊しちまえってのはな」

 

 骨抜と一佳が手で目を覆う。それに戦慈も苦笑しながらではあるが、作戦としては有効であると鉄哲をフォローする。

 

 

 校長は笑いながら移動を開始する。

 

「ははは!無茶をするね!ちょっと厄介だなって感じているのさ!」

 

 まさか自分から壊しに行くとは思わなかった。

 しかし、どうせ崩れるのだから確かに遅いか早いかである。ならば、活動を妨げないように障害を排除するのは大切なことではある。

 校長が相手だからこそ、まだ許される作戦ではあるが。

 

「さて、急いで移動しないとね!」

 

 ティーセットが入った鞄を抱えて走り出す校長。

 その時、足元に大きな衝撃が走る。

 

「!?」

 

 校長は身を屈めて確認すると、鉄哲が右腕を振り被った状態でこっちを向いていた。

 鉄哲はすぐさま足元の鉄骨を手に取って構える。そして全力で投げた。

 

「オォリャアアアァ!!」

 

 投げられた鉄骨は重機を支える鉄骨に当たり、大きく揺さぶる。

 

「逃がすかアアア!!」

 

 今度は大きめの鉄パイプを両手で掲げて、ぶん投げる。

 それも鉄骨に当たり、重機を振るわせる。

 

「無茶をするね!けど、私だってプロヒーローさ!この程度で簡単には止まらないのさ!」

 

 校長は駆け出して、下を目指して降りていく。

 その間も鉄哲が鉄材を投げ続ける。

 そして、下に降りて校長は近くの重機を目指そうとすると、目の前に液体が撒き散らされる。

 

「!!」

「間に合ったぁ」

 

 現れたのは凡戸だった。

 鉄哲が投げて注意を引いている間に、凡戸は少し遠回りになっても瓦礫が少ない道を見つけて重機の下に向かっていたのだ。

 

「いつ鉄哲のがこっちに飛んでくるかと思ったよねぇ」

 

 凡戸は一度大きくため息を吐くと、顔を大きく振って接着剤を校長に振りかける。

 校長は躱し切れずに足元に接着剤を浴びてしまい、少しすると動けなくなる。

 

「う~ん。これはやられちゃったね」

「では、失礼しますねぇ」

 

 凡戸がハンドカフスを校長の両手に掛ける。

 

 

『鉄哲・凡戸チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが響き、凡戸はフゥ~と息を吐く。

 

「危なかったなぁ」

「凡戸ぉ!やったなぁ!!」

 

 鉄哲が瓦礫を吹き飛ばしながら、凡戸の元に駆け寄る。

 

「ちょっと見せてもらいたかったのとは違うけど、クリアはクリアだからね。おめでとう」

「あざっす!!」

「ありがとうございます」

「ただ、褒められたやり方ってわけでもないのさ。ちゃんと反省点を後で洗い出すからね」

 

 校長の言葉に2人は頷いて、凡戸が校長を抱きかかえてステージを後にするのだった。

 

 

 

 一佳達は凡戸がハンドカフスをかけた瞬間に、緊張を解くようにフゥ~と息を吐いた。

 

「無茶苦茶だけどクリアはしたな」

「まぁ、良かったよ。無茶苦茶だったけど」

「あの壊すの大丈夫なの?無茶苦茶だったし」

 

 骨抜と一佳が呆れながらもホッとすると、柳が首を傾げる。

 

「校長先生次第だろうね。一応、壊される可能性が高いところだけを壊していたし」

「まぁ、最初にやらかしたのは校長だしな。校長が壊さなけりゃ鉄哲も出来なかったんだ。敵の行動を利用したのを否定は出来ねぇだろ」

 

 庄田と戦慈は恐らく問題ないだろうと推測する。

 その理由に一佳達も頷き、再びホッと息を吐く。

 

「次は切奈だし、安心して見れるな」

「だな」

「じゃ、私も行ってくる」

「……がんば」

「頑張れよ!」

「勝利をお祈りしております」

 

 一佳の言葉に戦慈も頷く。

 すると柳がユラ~と動き出す。

 里琴と一佳、そして茨達も声を掛けて、柳を見送る。

 

 演習試験も残り3戦。

 

 いよいよ佳境に入る。

 

 




切奈のコスチュームは再生するそうです。凄いですよね。

唯の《サイズ》は解除すると全て解除されるのか、意識したものだけなのかが分からなかったので、今作は『意識したものを解除できる』とさせていただきます。

原作では解除後も小さくして持ち運んでいる様子があったので、出来るんだとは思うのですがね。

ちなみに
凡戸は【プラモ】、泡瀬は【ウェルダー】だそうです。
唯達も次巻で書かれることを願います。


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拳の三十六 演習試験その5

 切奈達の試験が始まろうとしていたところに、唯と泡瀬がモニタールームに入ってきた。

 その後ろからは宍田に円場、鱗も現れる。

 

「お、宍田。耳は大丈夫なのか?」

「リカバリーガールに治療してもらったので大丈夫ですぞ」

「よかったぜ」

 

 骨抜の言葉に宍田が頷き、鎌切も安心したように頷く。

 その横では一佳とポニーが唯とハイタッチをしていた。

 

「お疲れ、唯!凄かったよ!」

「ん」

「……ん」

 

 唯と里琴はグッ!と親指を立てる。

 そして唯は戦慈にも顔を向ける。

 

「ん」

「あ?……まぁ、今の実力からすれば、いい戦い方は出来たんじゃねぇか?瓦礫もうまく利用できてたしな」

「ん」

 

 戦慈の言葉に頷く唯。そしてモニターに顔を向けるが、その顔はいつもの無表情っぽかったが、小さく満足感のようなものが浮かんでいた。

 それに誰も気づくことはなく、他の者達もモニターに顔を向けていた。

 

 そこには、採掘現場とみられるステージに切奈と回原が足を踏み入れている姿が映っていた。

 

「相手はミッドナイト先生か……」

「ん」

「《眠り香》だっけか。近接タイプの回原には不利だよな」

「取陰が遠距離からの攻撃で隙を作って、回原がゲートに飛び込むのが理想か」

 

 一佳が腕を組んで眉を顰めて、唯が頷く。

 その横で泡瀬も腕を組みながら唸り、骨抜が作戦を推測する。

 

「けど、取陰が体をバラバラにして、一気に行けるんじゃないか?」

「流石に体のパーツだけゲートを抜けても駄目だろ。少なくとも上半身が抜けないと脱出したとは言えなくね?」

「そうなると流石にミッドナイトも妨害してくるだろ。《眠り香》の範囲が分からねぇから、何とも言えねぇが」

 

 鱗が首を傾げながら疑問を呈する。それに骨抜と戦慈が否定的な意見を出す。

 

「取陰さんは空中に浮かぶことが出来るし、口と鼻を分離させることも出来る。ステージ的には取陰さんが有利だな」

「っていうか、取陰に不利なフィールドが逆に少ない。最初の戦闘訓練みたいに狭い屋内でもない限り、取陰を押さえ切るのは難しいだろ」

 

 庄田の言葉に再び骨抜が声を上げる。

 

「あの2人の場合は、回原がどう動くか、取陰がどうサポートするかってことだな」

 

 戦慈の纏める言葉に一佳達も頷く。

 

 

『回原・取陰チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 そして試験がスタートした。

 

 

 切奈と回原はとりあえずゲートに向かって走り出す。

 

「見渡しがいいかと思ったけど、思ったより隠れる場所あるな」

「だね。これじゃあ逆に体切り離しても目立っちゃうな」

 

 周囲は荒野のように開けているが、所々に人一人が隠れられそうな岩がある。

 ミッドナイトの場合は先に見つけないと、香りを放出されたら一瞬で全滅する可能性がある。

 

「隠れてそうな場所は迂回してでも避けるべきだね」

「だな。可能性が高いのはゲート前だけど……」

「それは間違いないと思う。けど、風の流れによっては出向いてくるかも」

 

 今は風上にいる。

 なのでそう簡単には切奈達まで香りが飛んでくることはないが、一瞬でも風の流れが変わればどうなるか分からない。

 

「ミッドナイト先生の効果範囲が分からないのがなぁ。分かってるのは肌が露出すればするほど効果が上がることと、女より男の方が効くってことだけ」

「俺が息を止めて殴りかかっても危険か?」

「回原の《旋回》は気を付けるべきかも。その指とか体に巻いてる奴って硬いから抉れるんでしょ?」

「そうだな」

「だから下手すると、ミッドナイト先生のタイツ破りまくりそうなんだよね。そうなると『個性』もヤバくなるし、回原がセクハラで捕まっちゃう」

「……マジか」

「まぁ、ミッドナイト先生の裸見たいならいいかもだけどね。元々露出狂っぽいから訴えられることはなさそうだし」

 

 切奈はケラケラと笑いながら回原を見る。

 回原は顔を赤くしながら否定する。

 

「勘弁してくれ!そうなると今後の学生生活が終わる」

「だろうね。だから回原のアタックはギリギリまで我慢して貰うしかない」

 

 切奈は苦笑しながら、方針を決めていく。

 回原も頷いて、周囲を警戒しながら進んでいく。

 

 そして、ゲートが見え始めたところで切奈が足を止める。

 

「どうしたんだ?」

「流石にそろそろ迂回するにも限界だしね。居場所を把握したいなって」

 

 切奈は回原に説明しながら体を切り離していく。

 そして両目だけを上空に飛ばして、観察に向かう。口元以外の肉片も地面を滑るように移動を始めて、あっという間にステージに散っていく。

 それを見送った回原は、

 

「本当にトカゲみたいな動きするなぁ……」

「どっこかな~♪どっこかな~♪」

「……口だけ浮いて、しかも話すって怖いな。って言うか、どうやって声出るんだ?肺とかもバラバラなのに」

 

 回原は陽気に歌う切奈の口元や這うように動くパーツを見つめながら、首を傾げる。

 そのまま身体の神秘に首を傾げながら色々と考えていると、

 

「お!みっけ!」

「!!」

「ゲート正面の岩場の陰だね。なんか鞭持ってるけど。私のパーツには気づいてるけど、目は見つけられてないね。上向いてキョロキョロしてる」

 

 切奈からの情報を聞いて腕を組んで、どう動くかを考える回原。

 そこに切奈の左目と左耳だけが戻ってきて、口元と合体する。

 

「俺が隠れながら近づくことは出来そうか?」

「う~ん……出来なくはない。けど、私のパーツが暴れれば警戒されると思うから、あんまり意味ないかもね」

「そうか……」

「とりあえず、一度仕掛けてみるよ」

「分かった」

 

 回原が頷いたのを確認した直後、地面を這いまわっていた切奈のパーツが、一斉にミッドナイトが隠れていた岩場に飛び掛かる。

 

「!!やっぱりバレてるわね!」

 

 ミッドナイトは岩場から躍り出て、切奈のパーツに鞭を振るって叩き落とす。

 

「取陰さんの《しっぽ切り》って厄介よね!正直、私じゃない気がするのだけどっ!」

 

 ミッドナイトはボヤキながら鞭を振るって、パーツを弾いて行く。

 

「パーツは30個ほどで、5分くらいが限界だったわね。今までの傾向からすれば、必ずいくつかのパーツは時間切れ前に体に戻しているはず」

 

 ミッドナイトは近づいてくるパーツではなく、離れていくパーツを探す。

 踊るように鞭を振るい、手や足も振ってパーツを弾く。すると、いくつかのパーツがある方向に向かって地面を這うように移動する。

 

「あった!ってことは取陰さんはあっちにいるのね!」

 

 パーツが戻る方向から切奈が潜んでいるおおよその位置を把握し、次に回原の動きを推測する。

 

「一番やられる可能性があるのは回原君。だから息を止めるとしても、私の不意を突かない限り仕掛けてはこないはずよね」

 

 ミッドナイトはパーツを追いかけることはせず、その場で回原の不意打ちとパーツがゲートに向かわないかに集中する。

 動きながら《眠り香》を発動し、周囲に展開する。

 特に反応はない。

 

「まだ近くにはいないようね。となると、取陰さんがハンドカフスでも手に持たせて飛んでくるかしら?」

 

 考えられる手段を一つずつ上げながら、未だに突撃するパーツをいなしていく。

 

「なんか私の方が耐久試験受けてるみたいじゃないの!」

 

 ミッドナイトは不満を叫びながら鞭を力いっぱい打ち付ける。

 

 その時、近くの岩の陰から回原が飛び出してくる。

 

「んん!!」

 

 息を止めている回原は、右腕を回転させながらミッドナイトに殴りかかる。

 

「いくら何でも甘く見過ぎじゃないかしら!?」

 

 ミッドナイトは軽やかに躱し、《眠り香》を放ちながら鞭を振るう。

 回原は全身で回転しながら鞭を弾くと、そのまま走り去っていく。

 

「まぁ、離脱しないと息出来ないものね!」

 

 ミッドナイトは嗜虐的な笑みを浮かべながらも追撃はしない。

 

「私をここから引き剥がしたいのかしら?取陰さんなら、そうしたいわよね!」

 

 ミッドナイトが上を見上げると、そこには首元から上だけで浮いている切奈がいた。

 

「確かに顔だけでは脱出は認められないわ!けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものね!あなたならそこを突いてくると思ったわ!」

「ちぃ!バレた!」

 

 切奈は顔を顰めて悔しがるが、直後ニヤァといやらし気な笑みを浮かべる。

 

「な~んてね♪」

「!!」

 

 切奈の言葉に訝しむように目を細めるミッドナイト。

 直後、ミッドナイトの眼鏡が弾かれて、視界が何かに覆われる。

 

「な!?」

「ハイ、しゅーりょー」

「これは……手!?」

「そ、私の手~」

 

 切奈の両手がミッドナイトの両目を覆っている。

 

「くっ!この隙に回原君がゲートを抜けるかハンドカフスを掛ける気ね!だったら……!」

 

 ミッドナイトは両腕のタイツを破って、《眠り香》を全力で放つ。

 ミッドナイトを中心に半径10mの範囲に《眠り香》が充満する。

 

「これで……!」

 

 

『回原・取陰チーム 条件達成!』

 

 

「え!?」

 

 ミッドナイトが驚くと、切奈の手が離れる。そして、ゲートに目を向けると、そこには回原の姿があった。

 

「どういうこと!?《眠り香》は確かにゲートまでを覆っていたはず……!」

「これですね~」

 

 切奈の声に上を見上げると、そこには切奈の体がアーチ状の橋のように浮かんでいた。

 

「取陰さんの体を足場に上を……!」

「そ、回原は最初の戦闘訓練で同じことやらせましたからね~。すぐに分かってくれました」

「気が引けたけどな」

 

 回原は切奈の手がミッドナイトの視界を封じた直後に橋のように並んだ切奈のパーツを見て、すぐに意味を理解した。

 出来る限り息を止めて飛び移っていき、息がきつくなった時はパーツが集まって回原の体を押し上げて《眠り香》の範囲外まで運び、そこから一気に飛び降りたのだ。

 

「……これって俺は合格になるのか?」

「ミスはしてないし、大丈夫っしょ」

 

 不安に首を傾げる回原の横で、パーツを回収して足りない部分を再生しながら肩を竦める切奈。

 

「回原があそこで飛び出したことで、ミッドナイトは地上を意識されてたからね。あれがなかったら空中にまで《眠り香》が来てたと思うよ?」

「なら、いいけどさ……」

「大丈夫だって!回原が脱出したのは事実だし!」

 

 不安が解消されずに眉を顰めている回原の肩を、ポンポンと叩いて安心させるように笑みを浮かべる切奈。

 ミッドナイトも近づいてきて、回原に声を掛ける。

 

「チームワークは出来てたし、私の《眠り香》に引っかからなかったんだから問題ないわよ。あまり活躍出来なかったってだけで赤点にはしないわよ。どっちかって言うと評価される方よ」

「そうなんですか?」

「活躍したくて無理に前に出て、迷惑かけるヒーローもいるんだもの。いくら生活が懸かってても、それで被害を増やすなんて論外よ。だから不得手な相手に対して、無謀な突撃をせずに役割に徹するのは大事なことなの。あなたはそれが出来てたんだから、不安に思うことはないわ」

「はい!」

 

 ミッドナイトの言葉に回原は笑みを浮かべて頷く。

 それにミッドナイトは内心「青!春!」と悶えていたが、表には出さなかった。

 

 

 

 モニタールームで、一佳達は安堵の笑みを浮かべる。

 

「安定の切奈だな……」

「まぁ、回原もあれが限界だろ。ずっと口を塞ぐわけにはいかないし」

「ん」

 

 一佳と骨抜の言葉に唯や庄田達も頷く。

 すると戦慈が茨に顔を向ける。

 

「そろそろ俺達も行くぞ」

「はい」

 

 戦慈が扉に向かい、その後ろに茨が続く。

 

「頑張れよ!2人とも!」

「ん!」

「……殺せー」

「ファイトデス!」

「オールマイト相手なんだから無理すんなよ」

 

 一佳、唯、里琴、ポニー、骨抜の言葉に戦慈は右手を上げるだけで応え、茨は振り返って頭を下げる。

 そして戦慈達はモニタールームを後にする。

 

「……負けるなよ」

「ハンデがあって手加減してくれるだろうけど……やっぱオールマイトだからなぁ」

「っていうか、ハンデがあっても絶望的だけどな」

 

 一佳が祈るように呟く。

 それに泡瀬と骨抜も顔を顰めて、戦慈達の難易度の高さに呻く。

 他のクラスメイト達も不安げに眉を顰める。

 

「塩崎も厄介だからなぁ」

「正々堂々に拘るときがあるからな」

「悪いわけではないけど、オールマイト相手には無謀でしかないね」

 

 鱗が腕を組んで唸り、それに泡瀬と庄田も同意するように頷く。

 一佳も茨の性格を知っているので、恐らく正面から挑むつもりだろうと推測する。

 

「拳暴が上手く説得できればいいけど……」

「今までの感じだと無理そうだよな」

「それにそれどころじゃなくね?オールマイト抑えるのは、拳暴じゃなきゃ無理だろ」

「敵連合のバケモン以上だからなぁ。自分がやられねぇようにするだけで精一杯だろぉ」

 

 一佳の言葉に骨抜、円場、鎌切が否定的な言葉を告げる。

 戦慈が強いのは分かっているが、相手はヒーローの頂点にいる男。分が悪いという言葉すら生ぬるいだろう。

 

「オールマイトは拳暴氏の完全上位互換ですからなぁ」

「フルパワー状態でやっとハンデ状態のオールマイトと五分に届くかどうかって感じだもんな」

 

 宍田の言葉に泡瀬も頷く。

 それにやはり全員が顔を顰める。

 その中で里琴はいつも通りの雰囲気だった。今は仮面をしているので表情は分からないが、どうせいつも通りの無表情だろう。

 

「里琴は心配じゃないのか?」

「……何を心配?」

 

 一佳の質問に首を傾げる里琴。

 

「何ってオールマイトに勝てるかどうかってことに決まってるだろ?」

「……負けない」

「え?」

「……戦慈が最強」

 

 一切の迷いもなく言い切る里琴に、一佳達は唖然とするしかなかった。

 里琴はモニターに顔を向けて、柳と吹出の姿を見つめる。

 

「……戦慈は倒れない」

 

 確信している言い方に、本当にそう思えてきた一佳達。

 

「……本当に拳暴の事になると凄いなぁ。里琴は」

「ん」

 

 一佳は感心とも呆れとも言えない表情で苦笑する。それに唯も頷き、周囲の者達ももはやなにもツッコめなかった。

 

「まぁ、まずはレイ子達の応援だな」

「ん」

「あ、忘れてた」

「おい」

 

 一佳と唯もモニターに顔を向ける。泡瀬は完全に吹出達の事を忘れており、鱗が呆れる。

 

 その後、鉄哲に凡戸、そして何やらげっそりしている物間も合流し、何だかんだでモニタールームに全員が揃いつつあった。

 

 

 

 

 柳と吹出のステージはウソの災害や事故ルーム(USJ)

 ステージの中央に向かう柳と吹出の周囲には、火災ゾーンや水害ゾーンなど様々な災害を模した演習場が存在する。

 

「13号先生の《ブラックホール》は厳しいよね。ゴウゴウ吸い込まれちゃうよ」

「なんでも吸い込むからね。それは吹出の《コミック》の擬音も吸い込まれちゃう」

 

 吹出は『厳しいよね』と表示しながら腕を組む。

 

「遠距離技も効かない。けど、近づくのも危険」

「だから、どうにかしてスパッ!と逃げるしかないか」

「問題はどう逃げるか。ぶっちゃけ2人で一緒に動くのもウラメシい」

 

 2人は物理遠距離攻撃型だが、13号には最も防ぎやすいタイプである。

 そして、その吸引力で捕縛を得意とするヒーローでもある。

 

「私の《ポルターガイスト》は人の重さは無理」

「ってことは?僕がゲートにドピュンする感じ?」

「ん~、13号先生がどっちに来るか分からないから。来た方が全力で足止めする感じで」

「了解!任せろ!」

 

 『任せろ!』と表示して吹出が頷く。

 そして、ステージ中央に立つ。

 

 

『吹出・柳チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 開始と同時に2人はバラバラに駆け出す。

 柳は土砂崩れゾーンと倒壊ゾーンがある方に、吹出は水害ゾーンと大雨ゾーンのある方に向かう。

 

 柳はゲートを目指す前に土砂崩れゾーンを目指す。

 

「とりあえず武器ほしい」

 

 柳が現在浮かせられるのは50Kgほどが限界である。なので岩や瓦礫はそこまで大きなものは無理だが、ないよりはマシである。

 

「重さを選択するべきか、数を選択するべきか」

 

 大きいものを選べば脅威は増すが、数が少なくなるので13号相手には牽制になりえない。しかし、数を増やせば一つ一つが小さくなるので、威力はない。

 柳は土砂崩れゾーンに入り、岩陰に隠れながら両手で抱えるくらいの大きさの石を選んで浮かせていく。

 

 10個ほど浮かせた柳は、周囲を確認して13号の姿を探す。

 

 見える範囲では13号の姿は確認出来なかった。

 

「やっぱ、ゲート前だよね。13号先生足遅いし」

 

 柳はうんざりとした表情を浮かべる。

 このステージのもう1つの関門はゲートまでの道である。ゲート前は階段になっており、階段の周囲は森になっている。高さもあるため、柳はどうやっても真正面から階段を上るしかない。

 しかし、階段の上に13号がいたら、お手上げでしかない。迂回が出来ない以上、柳の攻撃手段が無くなったら終わりである。

 

「吹出が隙を突いてくれればいいけど……」

 

 柳はため息を吐いて、階段を目指して走り出す。

 

 反対側に目を向けるも吹出の姿は見えなかった。

 

「なら……!」

 

 柳は浮かせた石群の半分をゲート付近に向けて飛ばす。

 すると階段の上から13号が現れる。13号は右人差し指を伸ばし、指先部分をパカッと開く。直後、飛んでいた石が13号に向けて吸い込まれていき、塵になって指の中に消えていく。

 柳はそれを見た瞬間、残りの石を13号の全方向から襲う様に飛ばして襲い掛からせようとする。

 しかし、13号の背後に回らせようとした石は、その前に13号の吸引力に負けて吸い込まれていく。

 

「っ!やっぱ近づかせると負ける……!」

「この程度じゃ僕の吸引力には勝てないぞ!」

 

 柳の《ポルターガイスト》は自身から離れるとコントロールが落ちる。近づけば近づくほど威力が増す13号相手には不利である。

 

 柳は走り出して、弾の補充のために倒壊ゾーンに向かう。

 しかし、突如体が後ろに引っ張られる感覚に襲われて、実際に前に進めなくなった。

 

「!?」

「残念だけど、その距離でも捕まえることが出来るんだ!」

 

 13号を見ると、親指以外の4本の指先が開いており、そこに向けて風が吸い込まれていく。

 柳は顔を顰めて足を踏ん張るが、少しずつ吸い寄せられて行く。足を前に出そうにも、力を抜けば一瞬で後ろに体が浮きそうだった。

 

「マズイ……!」

「さぁ、どうする?」

 

「『ゴロゴロ』!!」

 

「「!!」」

 

 『ゴロゴロ』と形作られた巨大な岩が、勢いよく転がりながら階段を上っていく。

 13号は柳から転がってくる擬音に右手を向ける。擬音は13号に当たる直前に塵になって吸い込まれていく。

 

「柳!大丈夫!?」

「ありがと吹出!もう一回出せる!?」

「任せて!『ゴロゴロ』!」

 

 駆け寄ってくる吹出に、柳は礼を言ってすぐに問いかける。

 それに吹出も頷いて、再び擬音を飛ばす。

 

「次に小さいのなんか出せない!?出来ればたくさん!」

「うえぇ!?う~んと……う~んと……コ、『コロコロ』!」

 

 柳の無茶振りに吹出は慌てて考えて、思いついた擬音を具現化する。

 吹出の口元から『コロコロ』と小さい石のような擬音が転がり出る。

 

「これでいい!もっと出して!」

「頑張る!」

 

 「コロコロコロ……」と経を唱えるように擬音を吐き出す吹出。柳はそれらをすぐさま操って13号に向かって飛ばしていく。

 

「それと!」

「まだあるの!?」

 

 吹出は柳の無茶振りに慄く。

 しかし柳はお構いなしに作戦を説明する。

 

「行ける!?」

「た、多分!」

「急いで!こっちに吸引が向いたらキツイ!」

 

 話している間にも『ゴロゴロ』の擬音はすでに吸い込まれており、柳が飛ばす『コロコロ』の擬音もドンドン吸い込まれていく。

 

 吹出は息を吸い込んで、顔を真上に向けて最初の言葉を叫ぶ。

 

「『ピッカーン』!!」

 

 叫んだ直後、USJの天井付近に『ピッカーン』と太陽の如く光り輝く擬音が飛び出す。

 

「うぅ!?」

 

 13号の《ブラック》は光も吸い込むとはいえ、流石に一瞬視界は光に覆われる。

 柳は瞼を力一杯閉じて下を向き、眩しさを躱す。

 その一瞬の隙に、吹出は次の言葉を叫ぶ。

 

「『ドッカァン』!」

 

 続いて吹出の口から『ドッカァン』という擬音が13号に向かって飛んで行く。

 13号は右手を向けるが、吸い込まれる直前に『コロコロ』の小石が『ドッカァン』に当たる。

 

 その瞬間、爆発が起こった。

 

「うわぁ!?」

 

 爆発の衝撃も煙もほとんど吸い込んだが、目の前で爆発が起こって驚かないのは難しい。

 

「い、一体何を……!?」

 

 柳と吹出は一向に階段を上ってくるわけでもなく、距離を取るわけでもない。

 

「光も爆発も注意を逸らせるためじゃないのか?……っ!?しまった!」

 

 13号は一瞬首を傾げると、すぐさま2人の作戦に気づいて周囲を見渡す。

 そのとき、ガシャン!と右足首に何かが掛かる。

 慌てて下を見ると、ハンドカフスが右足首に嵌められていた。

 

 

『吹出・柳チーム 条件達成!』

 

 

「やっぱり、あれは柳さんのハンドカフスを隠すためか……。ブラド先輩に注意しろって言われてたのにな~」

 

 13号は『個性』を止めて、項垂れる。

 

 13号の推測通り、柳は最初の『ピッカーン』の時にハンドカフスを操って、階段横の森を通して回り込むように飛ばしていたのだ。

 そして『ドッカァン』の爆発と同時に、13号の真後ろに移動させて一気に足に掛けたのだ。

 

 階段の下では、柳が大きく息を吐いていた。

 

「……なんとかうまくいった」

「やったね!柳!」

「運が良かった」

 

 ぶっちゃけ柳はハンドカフスが13号の後ろにちゃんと飛ばせたか分からなかった。

 なので右足首にかかったのは、まさしく運任せだったのだ。

 

「吹出の擬音が完璧で助かった」

「本当にね!僕自身ドッキドキだったよ!上手くいってタッタラーだね!」

 

 伝わるようで伝わらない吹出の表現に、柳もとりあえず頷く。

 

 

 

 モニタールームでは一佳達も安堵の息を吐く。

 

「ふぅ~。ちょっと焦ったな」

「ん」

「……無理矢理」

「ちょっと行き当たりばったりだったな」

「まぁ、上手くいったんだから結果オーライだろぉ!!」

「だな」

「コングラチュレーション!」

 

 一佳が両手を腰に手を当てて苦笑し、唯が頷き、里琴は呆れたような雰囲気を醸し出す。

 骨抜も同意するが、鉄哲が右手を握り締めてとりあえず2人のクリアを称える。それに円場が頷き、ポニーが両手を上げて笑顔で叫ぶ。

 

 そこに切奈と回原がやってきた。

 

「あらら。皆いるじゃん」

「だな」

「まぁ、次はいよいよだからね」

「だな!もちろん皆のも気になってたけどよ!こればっかりはな!」

 

 切奈と回原が苦笑すると、物間が肩を竦めて、鉄哲が右手を更に握り締めて物間に同意する。

 

 他のクラスメイト達も苦笑して、モニターを見上げる。

 

 そこに映っているのは、ゆっくりとした歩みでステージに足を踏み入れる戦慈と茨。

 

「……いよいよだ」 

「だな」

 

 里琴を除く全員の緊張感が増す。

 

「B組……いや、1年ヒーロー科最強の拳暴と、ヒーロー最強のオールマイト。ハンデありとはいえ、この対戦カードが気にならない奴なんていないさ」

「だな!」

「問題は塩崎だな」

「だねぇ。普通に考えるなら、拳暴が戦っている隙に茨は身を隠しての拘束か、ゲートに向かうかだけど……」

「嫌がるだろうな。茨は」

「けど、塩崎の《ツル》でオールマイトを拘束できるなんて楽観的すぎるよな?」

「ああ。身を隠しての不意打ちでも怪しいだろ」

「それを真正面からなんて厳しいってレベルじゃないよなぁ」

 

 物間が両手を広げてカッコつけて、鉄哲がそれに反応する。鉄哲は両手を握り締めて、まるで自分が戦うかのような気合の入りようである。

 その横で円場が腕を組んで不安そうに呟き、切奈が眉を顰めながら一般論を語るが、一佳がそれを否定する。

 そこに泡瀬が更なる不安要素を言い、それに回原と鎌切も頷く。

 

「つまり全ては拳暴次第、というわけだね。拳暴がオールマイトを抑え込めれば良し。駄目ならば……語るまでもないね」

 

 物間が肩を竦めて結論を語る。

 それに骨抜達も頷き、固唾を呑んでモニターを見つめる。

 

 そして、

 

 

『拳暴・塩崎チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 ついにゴングが鳴らされた。

 

 




正直、切奈の相手が違う気がしてならない(-_-;)けど、クラスメイトとの組み合わせ的にはこうなってしまう。
A組で言う梅雨ちゃん的立ち位置と思うしかない。梅雨ちゃんも「課題らしい課題がない優等生」と言われてましたし。なのでお許しを(__)

長らくお待たせしました!
次回、いよいよです!


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拳の三十七 演習試験その6(前)『大きすぎる力』

 戦慈と茨のステージは、入試でも使った市街地だった。

 

 2人はスタート地点のステージ中央に向かって歩いていた。

 

(相手はオールマイト。どう考えてもヒット&アウェイで行くべきなんだがなぁ)

 

 戦慈は仮面の下で眉間に皺を寄せながら、隣を歩く茨を横目で見る。

 茨は胸の前で両手を組んで、まっすぐに前を見つめていた。その歩みは堂々としており、不安は感じられない。

 

 戦慈は盛大にため息を吐きたくなるのを必死に耐える。

 

 理由はステージに入る直前のやり取り。

 戦慈は再び作戦を考えようと声を掛けたのだった。

 

 相手はあのNo.1ヒーロー。

 正面から戦うのは得策ではない。だから、戦慈が前面に出て注意を引いている間に、茨が身を隠して地中からツルを伸ばして拘束するか、ゲートを目指す。これが最も安全策だと。

 しかし、

 

「悪を倒すためとはいえ、謀るのは悪に通じます。故に正義は正々堂々裁かねばなりません」

 

 両手を組み、まっすぐな瞳を戦慈に向けて断言された。

 

 その言葉を戦慈は思い出して、再び眉間に皺を寄せる。

 

(厄介ではあるが……まぁ、俺のやることは変わらねぇか) 

 

 茨が堂々としていようと、隠れてくれようと、戦慈はオールマイトの前に出るしかない。

 なので、戦慈は切り替えて気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 モニタールームでは一佳達の間に緊張感が漂っていた。

 

 そこに突如、扉が開く。

 目を向けると、柳と吹出が息を乱して駆け込んできていた。

 

「はぁ……はぁ……間に合った?」

「お疲れレイ子。ギリギリだね」

「間に合ったぁ。これを見逃すのはガッカリだもんね!」

 

 切奈が苦笑しながら声を掛け、他の者達も簡単に2人を労う。

 柳と吹出もそれに文句もなく、すぐに観戦の輪に入る。

 

「勝てると思う?」

「ま、厳しいでしょ」

「拳暴がどこまでオールマイトに食い下がれるか、だな」

 

 柳が首を傾げて尋ねると、切奈は肩を竦める。

 そして骨抜が頷きながらポイントを語り、一佳や鉄哲達も頷いていると、

 

「それは難しいかもね」

 

 椅子に座っているリカバリーガールが声を上げる。

 一佳が代表して質問する。

 

「どういうことですか?」

()()()()()さ。それをあの子が自覚しているかどうか、それに対応できるかだね」

「「「弱点?」」」

 

 戦慈の弱点という言葉に、里琴を除く全員が首を傾げる。

 

「おや、気づいてなかったのかい?」

「なんかありましたっけ?」

「あるもなにも、()()()()()()()()よ」

「「「え!?」」」

 

 目を見開いてモニターを見つめる一佳達。

 しかし、モニターに映る戦慈は特に異変はなさそうだった。

 首を捻る一同だったが、一佳はすぐに思い至ったのか声を上げる。

 

「あっ!?」

「何、一佳?分かったの?」

「確かお前さんは中学から一緒なんだっけね。だったら聞いたことがあるかもね」

「何だよ拳藤!?拳暴の弱点ってよぉ!」

「見てればすぐに分かるさね」

 

 リカバリーガールの言葉に、鉄哲は渋々と引き下がるも、すぐにモニターを食い入るように見つめる。

 他の者達も鉄哲に倣い、一佳は不安を隠せずにモニターを見て、そして里琴を見る。

 

「り、里琴……」

「……モーマンタイ」

「本当か?」

「……言った。……戦慈が最強」

 

 いつも通りの里琴の言葉に、一佳は頷いてモニターに目を移す。

 しかし、不安が消える事はなかった。

 

 

『拳藤・塩崎チーム 演習試験レディ・ゴー!』

 

 

 開始が告げられて、戦慈と茨は歩き出す。

 

 その反対側ではオールマイトがゲート前で仁王立ちしていた。

 

「さて……いよいよだね。拳暴少年」

 

 顔にはいつも通りの笑みを浮かべているが、纏う雰囲気はとてつもなく鋭い。

 

「さぁ……」

 

 オールマイトはゆっくりと左腕を構える。

 

 

脅威()が……行く!!」

 

 

 言葉と同時に腕を振り抜く。

 

 

ズゥドオオオォォン!!

 

 

 衝撃波が放たれて、目の前の道路や周囲のビルが吹き飛んでいく。

 その衝撃波は戦慈と茨の目の前まで迫り、2人の周囲のビルも吹き飛んでいく。

 

「「!!?」」

 

 2人は腰を据えて風圧に耐える。

 戦慈はすぐさま茨の前に出て、構えながら茨に叫ぶ。

 

「一度、路地裏に飛び込め!!」

 

 茨は戦慈の指示の意図を尋ねようとすると、

 

「正面から来るなんて随分と余裕じゃないか。拳暴少年、塩崎少女」

 

 戦慈の右横、そして茨の正面に、突如オールマイトが腰を屈めて現れる。

 

「くっ…そが!!」

 

 茨は目を見開いて固まってしまうが、戦慈はすぐさま左拳を握り、オールマイトに殴りかかる。

 オールマイトは戦慈の左フックを容易く右手で受け止める。

 すかさず戦慈は右脚を振り上げるが、それも左手で受け止められる。

 

「軽いな!」

 

 オールマイトは右膝蹴りを戦慈の腹に向けて放つ。

 戦慈は右腕で受け止めようとするが、まったく意味をなさなかった。

 

「ぐふ!?」

「拳暴さん!」

 

 ようやく再起動した茨がツルを伸ばして、オールマイトを拘束しようとするが、オールマイトは戦慈を掴んだまま前に飛び出して躱す。

 それでもツルの一部が追いつき、オールマイトの両腕にツルが巻き付く。それにより戦慈を放してしまうが、すぐさま左拳を握り振り被るオールマイト。

 

「デトロイトォ・スマァッシュ!!」

 

 しかし、オールマイトはツルの拘束など、気にも留めずに腕を振り抜く。

 オールマイトの豪速左ストレートが戦慈の腹部に突き刺さる。それと同時に巻き付いていたツルが弾け飛ぶ。

 

「ごぉえっ!!」

 

 戦慈はくの字に体を曲げて後ろに吹き飛び、ビルに突っ込む。直後、突っ込んだビルは完全に崩れてしまう。

 

「拳暴さん!?」

「人の心配をしている場合かい?」

「っ!?」

 

 一瞬戦慈の方に顔を向けた茨のすぐ近くで声が響く。

 目を向けると、目の前でオールマイトが仁王立ちしていた。

 普段なら嬉しさなどが込み上がる状況だが、今のオールマイトの瞳は恐ろしく鋭い。逆に笑みを浮かべていることが、更に恐怖を煽る。

 そして何より、今にも押し潰されそうな威圧感。

 

 茨は無意識に後ろに下がりながら、ツルを伸ばす。

 オールマイトは避ける素振りすら見せずに、体をツルが締め付けていくが、

 

「緩いな」

 

 バァン!と両腕を広げて、簡単にツルを引き千切る。

 茨はすかさず再びツルを伸ばすが、オールマイトの姿が消える。

 

「!?」

 

 茨は目を見開く。すると背後から怖気が走る気配を感じて、とっさに背後にツルを伸ばす。

 

「遅いな!」

 

 しかし、伸ばしたツルが全て掴まれて引っ張られる。

 茨は無我夢中でツルを切り離して、前に駆け出す。そして背後を振り返る。

 

「いい反応だ。けど、私の前では数歩遅い。特に初動が見える時点で、予測するのは容易い」

「……っ!」

 

 茨はオールマイトの挙動を見逃すまいと、鋭く睨みつける。

 

「拳暴少年は言わなかったかい?正面戦闘は避けるべきだと。彼は自分の弱点を理解しているようだしね」

「……拳暴さんの弱点?」

「そうさ。彼の弱点。それは……『速攻に弱いこと』さ。彼は素の状態が最も非力だ。つまり開始直後に全力で必殺技を浴びれば耐えきれないのさ!しかも相手が格上であるほど、致命的だ」

 

 オールマイトの言葉に茨は目を見開く。

 

 普通ならば戦えば戦うほど、人は消耗してパワーが落ちる。

 戦慈の『個性』《戦狂》はその真逆。戦えば戦うほどパワーが上がる。

 

 しかし、それは同時に言えば初っ端に叩き込まれれば、《強靭》の耐久力を超える攻撃を、《自己治癒》を上回るほどの攻撃を一気に叩き込まれれば戦慈はあまりにも無力なのである。

 

 戦慈が素の状態での戦闘力の向上を意識している最大の理由がこれである。

 初っ端の猛攻に耐えるため。

 そのため、戦慈は周囲から引かれるほどの猛特訓を続けてきた。

 

「もし雄英襲撃の時に、最初から脳無が投入され、脳無が全力で攻撃を仕掛けていたら、拳暴少年は敗けていただろう。体育祭での轟少年との試合でも、怒りで体が膨れていたから氷結に対抗できた。しかし、私はそう甘くはないぞ!」

 

 脳無はディスペが出し惜しみ、更には脳無が人形同然の思考回路しかなかったから。

 轟との試合は、轟やエンデヴァーへの怒り、それまでの試合でアドレナリンが出ていたから。

 だからこそ、戦い抜けた。

 

 実は素の戦慈の戦闘力は、ビースト化した宍田に一歩劣る。

 最初の戦闘訓練では鉄哲を最初に狙って、2人に仕掛けるまでに無駄に動き回っていたから宍田を圧倒出来た。

 

 しかし、オールマイトは全てが規格外。

 

 素の状態であろうと、フルパワー状態であろうと、戦慈のパワー、スピード、耐久力の全てがオールマイトに届いていない。

 速攻を仕掛けられれば、絶対に勝てないのだ。

 

「そして、塩崎少女。君の『個性』は確かに強い。しかし、拳暴少年同様、大きすぎる力の前には無力となってしまう」

 

 ズン!とオールマイトが一歩踏み出すと、茨は一歩下がる。

 

「何より!《ツル》を操るのは君自身だ。しかし、君の肉体が強くなるわけじゃない。私の速さについて来れなかった時点で、君はもう敗けているのさ」

 

 さっきはハンデの重りのおかげで、ギリギリ反応が間に合っただけ。

 ハンデが無ければ何が起こったのか分からないまま、気絶していただろう。

 

「だが、一番重要なのは、君の正々堂々という信念に隠れている『慢心』さ!」

「っ!?そ、そのようなことは……!」

 

 オールマイトに突きつけられた言葉に、茨は大きく動揺して、すぐさま否定しようとする。

 

「ならば何故、この状況に陥っているんだい?」

 

 オールマイトは両腕を広げて、周囲を示す。

 

「たった一撃でこの被害だぜ?これ以上被害を出さないためにも、なりふり構わず迅速に捕縛するか、応援を呼びに行くべきじゃなかったのかい?」

 

 茨はオールマイトの言葉に反論できなかった。

 

「正々堂々が悪いわけじゃない。むしろ尊いものだ。しかし!それは全ての被害が自分だけに振りかかるならな!他に傷つく者が出るのであれば、それは唯の足枷でしかないんだ」

 

「そうでもねぇだろ」

 

「!!」

 

 オールマイトの左横に、体が二回りほど膨れ上がり左腕を振り被っている戦慈が現れる。

 

「ヅゥアアア!!」

「ぬぅ!」

 

ドッパアアアァン!!

 

 戦慈は叫びながら左ラリアットを放つ。

 オールマイトは両腕を交えてガードするが、直後衝撃波が放たれて吹き飛ばされて、戦慈が突っ込んで崩れたビルに叩き込まれる。

 

 戦慈の体は戻り、オールマイトを確認することなく、すぐに茨に駆け寄って茨の腕を引いて、反対側の路地裏に駆け込む。

 

 茨は困惑した表情で戦慈に為されるがまま付いて行く。 

 

 戦慈の仮面はひび割れており、口元からは血が流れている。さらに左手の籠手は砕けており、腹部は破れている。

 その姿を見て、オールマイトに言われた言葉が胸に突き刺さるのだった。

 

 

 

 

 戦慈と茨が路地裏に駆け込んだ直後、崩れたビルからオールマイトが飛び出す。

 

「ふぅ!少し話し込み過ぎてしまったかな!それにしても、むやみに飛び出さずに見事に隙を突いてきたね」

 

 ポンポン!とコスチュームの汚れを払いながら、先ほどの戦慈の攻撃を振り返る。

 

「結構本気で殴ったんだけどな。ツルのせいかな」

 

 オールマイトはゲートの方を向く。

 戦慈達の姿は見つからない。

 

「少なくとも拳暴少年はもうさっきのようにはいかないな。塩崎少女は……拳暴少年次第、か。期待したいものだ」

 

 笑みを深めて、ゲートに向かって駆け出す。 

 

「それにしても……拳暴少年は誰かに似ているな。誰だ?緑谷少年と比べても現実的で突発的に飛び出さないし、爆豪少年ほどギラギラしてないしな」

 

 どこか既視感を感じるオールマイト。

 しばし考えるも答えは出ず、今は試験だと気を切り替えるのだった。

 

 

 

 モニタールームの空気はもはや通夜のようだった。

 

「拳暴が一瞬で殴り飛ばされて……茨のツルも全く効果がないなんて……」

 

 一佳が唖然とモニターを見つめて呟く。

 

「あれが拳暴の弱点か……」

「確かに衝撃波も出せないなら、抑えようはあるよな。まぁ、俺らだと戦闘技術で敗けるから厳しいんだろうけど」

「だからこそ気づかなかったんだろうね」

 

 切奈、骨抜が腕を組んで呻き、物間も顎に手を当てて頷く。その顔は真剣でいつもの人を嘲笑うものではなかった。

 

「塩崎は大丈夫か?オールマイトに結構ストレートに言われてたけど」

「なんか今もオロオロしてる感じだもんな」

 

 モニターには明らかに混乱しかけている茨に、戦慈が声を掛けている様子が映っていた。

 オールマイトの最初の攻撃でカメラがいくつか壊れ、映像が映っていてもマイクが壊れているものもあった。

 今はカメラは無事だが、声は聞こえない状態だ。

 

「あの子にとっちゃ、ここが分岐点かもね」

 

 リカバリーガールの言葉に、一佳達は心配そうにモニターを見つめるしか出来なかった。

 

 

 

 戦慈と茨は路地裏で息を整えていた。

 

「はぁ……はぁ……塩崎、怪我は?」

「私は大丈夫です。しかし、拳暴さんは……」

「安心しな。ほとんど治ってる。けど、治ったところでオールマイトに勝てるわけじゃねぇ。それはもう嫌でも実感した」

「……はい」

 

 茨は組んでいる両手に力を籠めて俯く。

 

「私のツルでは……止められません」

「まぁ、俺はそのおかげで助かったがな。問題なのはヒット&アウェイじゃ、オールマイトを縛るだけの隙が作れねぇってことだ」

「では?」

「俺が全力でオールマイトを抑える。その隙に塩崎が動いてくれ。拘束するでもいいし、ゲートに向かうでもいい」

 

 戦慈の言葉に茨は目を見開く。

 

「それでは拳暴さんだけ負担が大きすぎます!私が間違ったばかりに、こうなったのですから……!」

 

 茨は今にも泣き出しそうな程に顔を歪める。

 それに戦慈は小さくため息を吐いて、茨の肩に手を置く。

 

「俺は正々堂々が間違ってるとは思ってねぇ。それに塩崎が慢心してたとも思わねぇ」

「……しかし……」

「ヒーローが正々堂々で戦うなんて当然だろ。あれだけ観客がいんだ。下手な戦い方してたら、変なこと言われちまう。俺は気にしねぇけどな」

 

 正直、戦っている所を録画したり、避難しないのがおかしい。それだけヒーローを信頼しているのかもしれないが、戦う側からすれば気が気でない。

 

「ただな、それが常に一番前に出んのは違うとは思う」

「常に一番前に……?」

「ああ、ヒーローが戦う状況ってぇのは、毎回違う。今回は周囲に誰もいないが、本来は一般人がいる。そんな中で正々堂々を唱っても意味は少ねぇ」

 

 茨はその言葉に顔を俯かせる。

 

「だから、それは根っこにするもんだ」

「……根っこに?」

「正々堂々と戦いてぇなら、そうなるようにまずはどうするのかってことだ。お前の『個性』みてぇなもんだ」

「私の?」

「塩崎っていう根っこがあって、そこからツルが動く。けど、そのツルの形は決まってねぇだろ?時には一般人を救けて、時には敵を捕縛して、時には敵を打ちのめし、時には盾になる。お前の思いを叶えるために、ツルの形はその時々で変わる。けど、塩崎って言う根っこは変わらねぇ」

「……」

 

 戦慈の言葉を聞いて、茨は両手を強く握り締める。

 

「それとな、塩崎……」

 

 

 

 

 

 オールマイトはゲート前で再び仁王立ちしていた。

 

「時間はあと半分しかないぞ?ヒーロー達」

 

 そう呟いた時、少し先の路地裏から影が飛び出してきた。

 影はオールマイトの正面で止まり、オールマイトと向かい合う。

 

「……まさか正面から戦うつもりかい?拳暴少年」

 

 オールマイトは目を鋭くして、戦慈を睨みつける。

 周囲に目配せするが、茨の姿はなかった。

 

「なるほどな。君が戦っている間に、塩崎少女が隙を突くつもりか。けど……さっきやられたことを忘れたとは言わせないぞ?」

「わぁってんよ。正直、俺が一番慢心してたぜ。ハンデがあるとはいえ、あんた相手に何もせずにぶつかろうとしてたんだからな」

「……なに?」

 

 オールマイトは僅かに口角が下がり、訝し気に声を上げる。

 戦慈は両手を握り締めて、両腕を広げる。

 

「正直、あんまり好きじゃねぇんだ。けどよ、()()()()()()()()()()()、俺が出し惜しみするのも違ぇよな」

 

 戦慈はグッと胸を張る。

 オールマイトが僅かに腰を据えて構えた直後、

 

 

「【ドラミング・ドープ】」

 

 

 ズドォン!と両拳を()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 その行為にオールマイトやモニタールームで見ていた一佳達は目を見開く。

 

 戦慈はその後も連続で胸を殴り続ける。

 

 

「ウオオオオオオオオ!!!」

 

 

 叫びながら胸を殴り続ける。交互に、時には同時に。

 その行為はまさしく、

 

「ゴリラかよ!?」

「なにしてんだ!?」

 

 円場と泡瀬がツッコむが、その答えはすぐに出る。

 

 戦慈の体が膨れ、髪が逆立った。

 

 それでも叩き続ける戦慈。

 

 さらに体は膨れ上がる。

 

「まさか……!」

「自分で殴ることでアドレナリンを無理矢理出してんのか!?」

「まさしくゴリラだね。無茶をする子さね」

 

 戦慈の胸からは白い煙が立ち上がる。《自己治癒》が発動しているのだ。

 

「ウオオオオオオオオ!!ヅアアアアア!!」

 

 戦慈は叫び、更に強く殴りつける。

 

 その体は更に膨れ上がる。

 

「……全く君って奴は……」

 

 オールマイトは呆れとも感嘆ともとれる声を出す。

 

 そして、

 

 

オオオオオオ!!!

 

 

 フルパワーまで高めた戦慈がドラミングを止めて、叫ぶ。

 地面が砕け、周囲に風が吹き荒れる。

 

「フルパワー来たぁ!!」

「やり返せええ!!拳暴おお!!」

 

 回原と鉄哲も勢いにつられて叫ぶ。

 

 オールマイトは笑みを深めて、暴風を体で受け止める。

 

「ここからが本番ってわけだ!」

 

 吹き荒れる風をものともせず、戦慈に向かって歩き出す。

 

 戦慈もオールマイトをまっすぐに見据える。

 

「行くぞ!ヒーロー!」

「後悔すんなよ」

 

 2人は同時に飛び出し、5m以上あった距離を一瞬で縮めて両手を組み合う。

 

 2人の足元が砕けてクレーターが出来る。 

 

「ぬぅ!想像以上だな!」

「てめぇ、脳無に少し手古摺ったんだろ?そう簡単には押し負けねぇよぉ!」

 

 互いに一歩も引かない。

 

「負けんなよぉ!!」

「頑張れ!」

「ファイトデェス!」

「ん!」

「ってか、茨は?」

「あ。あそこ!」

 

 鉄哲、一佳、ポニー、唯達は前のめりになって応援する。

 その横で切奈が冷静に首を傾げ、庄田がモニターを指差す。

 

 そこには路地裏から様子を伺っている茨の姿があった。

 

「茨……!」

「……ここは拳暴に任せてゲートに行くところだけど」

 

 切奈と骨抜は不安げに茨を見つめる。

 その時、

 

 茨が身を翻して、路地裏の奥に走り出す。

 

「茨……!!」

「塩崎が……我慢した!!」

「走れ!!塩崎!!」

 

 茨の行動に全員が一瞬目を見開いて驚き、すぐに笑みを浮かべて応援する。

 茨の顔は今にも不安で押し潰されそうな程歪んでいる。それでも脚は止めない。

 

「茨……頑張れ!!」

「……走れ」

 

 一佳と里琴も茨を応援する。

 

 茨は今も悩んでいる。

 

「それでも……!」

 

 茨は戦慈に告げられた言葉を思い出す。

 

 

『それとな、塩崎。俺も間違ってた』

『え?』

『俺とお前はチームだ。なのに、俺も自分のことばっかだった』

 

 戦慈は右手のひらを見つめていた。

 

『チームを組んだ以上、互いの失敗も成功も一緒だ。今の俺達は2()()()1()()()()()()()だ』

『……』

『お前の正々堂々は、俺がやる。俺は絶対にオールマイトを止め続ける。だから、お前はゲートを目指してくれ。そうすれば、お前も正々堂々勝ったって言えるんだ。仲間で勝ったんだからな』

 

 戦慈の言葉を胸に刻むように、茨は目を閉じる。

 ただでさえボロボロの戦慈を、再び戦わせる。なのに、己は自分が望む戦いをすることに拘っている場合なのか。

 元はと言えば、己の力が未熟だったからこうなった。自分でオールマイトを押さえ込める力があればよかったのだ。

 それが出来なかった自分に、未熟な自分に、己の意志を突き通す資格はないと考える。

 

 だから、今は己を優先するべきではない。

 

 戦慈が止めると言って、使いたくない技を使って戦っている。

 

 ならば、己は意地を押し殺して、仲間のために走るのみ!

 

「未熟な私に鞭を……!この罪を償うために……!」

 

 茨は全力で走る。

 

 戦いの音と衝撃は、小さくなるどころか激しくなっている。

 

 茨は歯を食いしばって、ゲートへと向かう。

 

 



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拳の三十八 演習試験その6(後)『人の事言えねぇな』

やっと唯達のヒーローネームが判明。

唯:【ルール】:恐らく『定規』っていう意味から?
柳:【エミリー】:恐らくホラー映画の題名から?
庄田:【マイン】:これは分かりやすい。

全く当たりませんでしたw次回からはこちらに変更します。
ただ……ポニーは?


 手を組み合っている戦慈とオールマイト。

 

「塩崎少女を説得できたみたいだね!」

「してねぇよ。互いに反省しただけだっよ!」

 

 戦慈は右脚を振り上げる。オールマイトは顔を仰け反らせて躱す。

 しかし、衝撃波が襲い掛かり、手を放して後ろに下がる。

 

「くっ!凄まじいな!」

「てめぇに言われたくねぇよ」

 

 戦慈はすかさず距離を詰める。それにオールマイトが左ストレートを放つ。

 戦慈は左ストレートを半身になって躱し、両腕で掴む。

 

「オラァ!」

 

 そして一本背負いを仕掛ける。

 オールマイトの両足が地面から離れる瞬間、

 

「オクラホマ・……」

「!?」

 

 オールマイトが体を捻り、戦慈は引っ張り上げられる。そのままオールマイトは高速で回転し、戦慈を振り回す。

 

「スマッシュ!!」

 

 戦慈は地面に背中から勢いよく叩きつけられる。

 

「がっ!?カアッ!!」

「!?」

 

 くの字に叩きつけられた戦慈は、すかさず両腕を広げて背中を仰け反らせる。背中から衝撃波を放ち、勢いよく飛び跳ねる。

 そのままオールマイトに掴みかかり、仕返しとばかりに全力で体を捻ってオールマイトを背中から叩きつける。

 

「ぬぅ!?はあ!!」

 

 しかし、オールマイトも叩きつけられた直後に、腹筋に力を入れて戦慈に掴まれたまま起き上がる。

 戦慈は手を放して、一度後ろに下がり、右腕を振り被って殴りかかる。

 オールマイトも素早く立ち上がり、同じく右ストレートを放って拳を合わせる。

 

 拳がぶつかり合った瞬間、地面が吹き飛びクレーターが出来る。

 

「ちぃ!」

 

 戦慈は舌打ちをし、腰を捻って左アッパーを放つ。オールマイトは顔を背けて躱そうとするが、いきなり左アッパーが止まり、右ミドルキックが飛んでくる。

 

「ぬぅ!」

 

 オールマイトは素早く腰を屈めて左腕でガードする。その瞬間、戦慈は高速で両肩を回転させて、拳の乱打を放つ。

 

「ヅララララララララララァ!!」

「ハハハハハハハハ!!!」

 

 オールマイトは笑いながら、戦慈の拳を全て両拳で弾く。衝撃波が襲い掛かっているはずだが、オールマイトもインパクトの瞬間に同じく衝撃波を放ち相殺していた。

 それを感じた戦慈は歯軋りして、目の前にいる男の強大さを知る。

 オールマイトは余裕そうに笑みを浮かべて高笑いしているが、戦慈を見つめる目は冷静で恐ろしく鋭い。隙を一切感じさせない力強さに、戦慈は茨が上手く動けているか気にする余裕など持てなかった。

 

 ここで手を抜けば、一瞬でやられる。

 

 そう確信していた。

 

「ツァ!!」

 

 戦慈は鋭い左前蹴りを放つ。

 オールマイトは半身になって躱し、一瞬で戦慈の懐に潜り込んで腹部に右アッパーを突き刺す。

 

「ガハァ!?」

 

 戦慈はくの字になって動きが止まる。

 オールマイトは更に左フックを戦慈の脇腹に叩き込む。

 

「ヅウゥ…アアアア!!」

 

 横に吹き飛びそうになるが、叫びながら全身に力込めて耐え、無理矢理腰を捻って左フックを放つ。

 オールマイトは右手で弾こうとするが、直前に拳が開かれて右手首を掴まれる。

 

「!!」

「カア!!」

 

 戦慈は左腕を引いてオールマイトの右腕を引っ張りながら、左ミドルキックを振り抜いてオールマイトの背中に叩きつける。

 オールマイトは体勢を崩されていたのと、蹴りが当たった瞬間の衝撃波に吹き飛ばされてしまう。

 

「ぬうう!!ニューハンプシャー・スマッシュ!!」

 

 オールマイトは前方に向かって右腕を振り抜いて衝撃波を放つ。その勢いで背後に飛び戻り、振り返りながら一気に戦慈へと迫る。

 

「くっそがぁ!!」

 

 戦慈は吐き捨てながら、両腕を振り被る。そしてオールマイトが近づくと、再び拳の乱打を放つ。

 オールマイトも拳の乱打を放ち、全ての拳を突き合わせてくる。

 

 絨毯爆撃でもされたかのような衝撃音が響き、地面や近くのビルが崩壊する。

 

「世紀末かよ!?」

「殴り合いだよな!?」

「フルパワーの拳暴の攻撃を全部潰してるよ……」

「あれがNo.1ヒーローかよぉ……」

「負けんな拳暴オオオ!!」

「あれでハンデありなの?」

「これはこれは……」

 

 泡瀬と円場が余りの苛烈さに目を見開き、凡戸と鎌切がオールマイトの実力に慄き、鉄哲が叫ぶ。

 その横で切奈と物間は顔を引きつかせるしか出来なかった。

 

「オールマイト……ちょっと張り切り過ぎだよ。昨日の反省はしてないのかね」

 

 リカバリーガールも呆れて戦いを見ていた。

 

「けど、まだ耐えれる!」

「ん」

「……もち」

「後は茨……!」

 

 一佳、唯、里琴はまだ戦慈が負ける事はないと思い、茨がどうしているのかをモニターで探す。

 

 そして、モニターにはゲートに最も近い路地裏から、茨が飛び出す姿を捉えた。

 

「行ける!」

「ゴー!」

 

 一佳とポニーは勝利を確信して、笑みを浮かべる。

 

 その時、

 

「そうはさせないぞ!」

 

 茨の姿を確認したオールマイトは戦慈との殴り合いを止めて、猛スピードで茨に向かって走り出す。

 戦慈は一瞬見失ってしまい、出遅れてしまう。

 

「くそ!!」

 

 茨はゲートに走っていると背筋に悪寒が走り、後ろを向く。

 そこにはオールマイトが両腕を広げて迫っており、その距離は3mもなかった。

 

「っ!!」

「そこまでだ!!」

「横に跳べえええ!!」

「「!!」」

 

 茨はツルを伸ばして防ごうとした時、戦慈の声が響く。

 茨はほぼ反射的に右に飛び込むように体を投げ出す。

 

 直後、戦慈が猛スピードでオールマイトに突撃し、オールマイトを掴んで押し飛ばす。

 

「ヅアアア!!」

「くっ!」

 

 戦慈が通り過ぎるとソニックブームが如く衝撃波が吹き荒れて、茨も5mほど飛ばされる。

 

 戦慈とオールマイトは揉み合いになりながら地面を転がる。

 オールマイトが戦慈を投げ飛ばして、壁に叩きつける。戦慈は背中から叩きつけられるが、すぐさま壁を蹴ってオールマイトに殴りかかる。

 

「ラァ!」

「ぬぅ!」

 

 オールマイトも素早く立ち上がり、戦慈の右ストレートを横に跳んで躱し、左腕を振り被る。

 戦慈は空中で無理矢理左脚を振り抜いて、オールマイトの左ストレートとぶつけ合う。

 2人は互いに弾かれて、大きく後ろに下がる。

 

 オールマイトは地面を滑り、戦慈は空中を回転しながら下がる。

 互いに倒れる事はなく、オールマイトはゲートのほぼ正面で止まり、戦慈は茨の目の前に着地して片膝をつく。

 戦慈の体は2段階目まで縮んでおり、全身から白い煙を噴き出していた。

 

 戦慈は全力で両脚から衝撃波を出して、弾丸のように飛び出したのだ。猛スピードで迫りながら【ドラミング・ドープ】と体に叩きつけられる風圧で体を膨らませながらオールマイトに飛び掛かったのである。

 

「はぁ!……はぁ!……バケモンにもほどがあんだろ。敵連合はよくこんな奴殺そうと考えるぜ」

「拳暴さん……!」

「無事か?」

「はい……!しかし、拳暴さんが!」

「まだ大丈夫だ」

 

 戦慈は息を整えながら立ち上がり、オールマイトを見る。

 オールマイトは全く消耗を感じさせずに、仁王立ちしていた。

 

「本当に恐れ入ったよ。拳暴少年。凄いな、君は!」

「余裕そうな顔で言われても嬉しくねぇよ」

「ハーハッハッ!すまないな!ヴィラン役とはいえ、戦う時は笑みを絶やさないって決めてるんだ。ヒーローが不安な顔を見せるのは、人を不安にさせるからね!」

「そうかよ」

 

 戦慈はオールマイトの言葉に呆れるように返事しながら、再び胸を殴り始める。

 

「ヅアアアア!!」

 

 そして一気に最大まで体を膨らませる。

 

「……その姿は力の制御が出来ておらず、負担が大きいと聞いてるよ」

「ああ、今も《自己治癒》で治しては骨にひびが入ってるぜ。正直、俺も緑谷に偉そうなことはもう言えねぇと思ってるさ」

「……そうだね。私も身を滅ぼすような戦い方は、少しトラウマだよ。昨日も見せつけられたしね」

「そりゃ、てめぇが試験官に向いてねぇだけだろ。No.1ヒーローがガキの相手してんだ。身を滅ぼす覚悟でもなけりゃ届かねぇだろ」

「ぐはぁ!?」

 

 戦慈の言葉がグサリ!!と胸に突き刺さるオールマイト。

 

「それに、ヒーローは身を滅ぼす戦い方するもんだろ。てめぇだって、必要に迫られれば自分の怪我なんざ気にしねぇだろ。え?No.1ヒーロー様よ」

「……そうだね。けど、ここは必要な場かな?」

「ああ。必要だ」

「……」

 

 戦慈はオールマイトの問いかけに、力強く即答する。

 その力強さにオールマイトも一瞬気圧される。

 

「俺はな、あんたみてぇに一瞬で長距離を跳ぶことも出来ねぇ。それに塩崎みてぇに自在に相手を縛れる術も、里琴みてぇに空を飛ぶ術も、鉄哲みてぇに怪我をしねぇ体にする術も、宍田みてぇに匂いや音で人の居場所を把握する術もねぇ。俺に出来るのは、ただただ体を張って、傷を作って、誰かの壁になるか、相手を倒すだけだ」

 

 戦慈は両手を強く握り締める。

 

「だから俺はあんたや他の連中みてぇに多くの人を救けたいとは思わねぇ。出来ねぇからな」

「……そんなことはないさ。君は多くの、たくさんの人を救うことが出来る」

「出来ねぇよ。自分の親を傷つけて、犯罪者に堕とした俺が、そんな大層なこと望めるわけがねぇ」

「……拳暴少年」

「だから、俺はヒーローとして戦うと決めた以上、絶対に目に映る人を救けるって誓った。この手が届くだけの、この背中に背負えるだけの人は絶対に傷つかせねぇと誓ってんだ。それがヒーローであっても、俺はそいつの前に出て、体を張る」

 

 ゆっくりと腰を屈めて構え、オールマイトを見据える。

 

「ヒーローは誰よりも前に立ち、誰よりも傷つき、しかし最後まで立ってないといけねぇ。そんなこたぁ分かってる。けど、今の俺は1人じゃねぇ。俺が倒れても、塩崎がいる」

 

 茨は戦慈の言葉に目を見開いて、両手を強く握り締める。

 すると、戦慈の体が僅かに膨れ上がり、露出している腹や皮膚が赤くなっていく。

 その変化にオールマイトや一佳達は目を見開く。

 

「だから、俺はこの体が動く限り殴りかかってやるぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが《戦狂(いくさぐるい)》に込めた俺の信念だ」

 

 力強く己に再び誓う様に宣言する戦慈。

 

 それを聞いたオールマイトは不意に、戦慈の横に緑谷と爆豪の顔が思い浮かんだ。

 

(っ!!……そうか。彼は……どちらかではなく、両方に似ていたのか……)

 

 己がどれだけ傷つこうとも、救けたい人を救けるために動く緑谷。

 それが彼が追いかけたいヒーローだから。

 

 己がどれだけ傷つこうとも、勝ちたい人に勝つために戦う爆豪。

 それが彼が追い抜きたいヒーローだから。

 

 戦慈は別に多くを救けたいとは望んでいない。それに最強になりたいとも思っていない。

 ただひたすらに、自分の背中にいる人を救けるために、目の前の敵に敗けないようにしたいだけ。

 けど、そこに込める思いは2人にも劣らない。今の所はむしろ勝っている。

 

「あんたがNo.1ヒーローだろうが、正直どうでもいい。俺は……目の前の敵を倒す。ただ、それだけだ。だから……」

 

 戦慈が一瞬深く屈んだと思った瞬間、ドパン!!と音がして地面を砕いて姿が消える。

 

 そして右腕を振り抜いた状態で、オールマイトの目の前に現れる。

 

 オールマイトは目を見開いて、両腕を顔の前で交えて腰を据える。

 

 

てめぇをブッ飛ばす!!!

 

 

 叫びながら右腕を振り抜き、オールマイトの両腕に拳を叩きつける。

 オールマイトは堪えることが出来ずに、後ろに吹き飛ぶ。

 

「ぬおおお!!」

 

 オールマイトは地面を数回跳ねて、手足を地面に突いて堪える。

 そして顔を上げると、すぐ目の前に両手を組んで振り上げている戦慈の姿があった。

 

「っ!?」

「ヅゥルルァアアアア!!!」

 

 獣の如く叫びながら腕を振り下ろす戦慈。

 オールマイトは片膝立ちになり、頭の上で両腕を組んで受け止める。

 

 スドォン!!と地面が1m近く沈んでクレーターを作る。

 

「くっ!オオオオオ!!」

 

 オールマイトは雄叫びを上げて、全力で両腕を振り上げながら立ち上がる。

 戦慈は両腕が上がり、腹部をがら空きにしてしまう。

 

「デトロイトォ・スマッシュ!!!」

 

 戦慈の腹部にオールマイト渾身の右ストレートが突き刺さる。

 

(っ!しまった!?)

 

 オールマイトは力を籠め過ぎたことに内心焦る。

 戦慈はくの字に体を曲げて、吹き飛ぶかと思われた時、

 

 オールマイトの右腕を戦慈の両手が掴む。

 

「!? なっ!!」

「ヅゥルアアアア!!」

 

 戦慈は吹き飛びながら、体を仰け反りながら両腕を振り上げて、オールマイトを上空へと投げ飛ばした。

 

 戦慈は体勢を整えて、すぐさま地面に手足を突いて滑りながらゲートの前で止まる。

 そのすぐ後ろに、茨が走っていた。 

 

「走り込め塩崎ぃ!!!」

「はい!!」

 

 茨は戦慈の変化や戦いに一瞬気を取られていたが、すぐさま駆け出してゲートを目指していたのだ。

 

「飛び込め!!」

「もう2分もねぇぞ!!」

「頑張れー!!」

「いっけー!!」

「ん!!」

 

 モニタールームでも全員心臓が爆発しそうな程興奮して叫んでいた。

 

 上空に投げられたオールマイトも体勢を整えて、ゲートを見据える。

 

「ここまでとはな!!だが、ここまで来たら、そう簡単には行かせないぞ!!ヒーロー共!!」

 

 オールマイトは体を回転させて、後ろに左腕を振り抜いて衝撃波を出して、一気にゲートへと飛ぶ。

 

 戦慈はそれを見て、右腕を構えて両足に力を籠めて飛び上がる。

 

 最後となろう戦慈とオールマイトの衝突に、一佳達は息を止めて見届ける。

 

 その時、唯1人、徹頭徹尾戦慈の勝利を疑わなかった者の声が響く。

 

「……やっちゃえ、戦慈」

 

 その声が聞こえたかのように、戦慈が右腕を振り抜きながら轟き叫ぶ。

 

 

ヅゥアアアアアアア!!!

 

 

ドッッッッパァアアアアアアン!!!! 

 

 

 右腕のコスチュームと籠手を弾き飛ばして、巨大な衝撃波が放たれる。

 

 

テキサスゥ・スマァッシュ!!!

 

 

 オールマイトも右腕を全力で振り抜いて、衝撃波を放つ。

 2つの巨大な衝撃波が激突し、周囲に台風が如き暴風が吹き荒れる。

 

「ぐぅ!」

「ぬぅ!」

 

 空中にいた戦慈とオールマイトは流石に堪えようもなく吹き飛ばされる。

 

 戦慈は衝撃波を放ったのもあり、後ろに勢いよく飛ばされる。

 後ろを振り返ると、ゲートをくぐろうとしていた茨の背中があった。

 

「塩崎!!」

「はい?っ!?」

 

 茨は振り返ろうとした瞬間、体に何かがぶつかり、何かに包まれながら転がる感覚に襲われるのであった。

 

 

 

 暴風に巻き込まれたオールマイトは再び腕を振り抜いて、衝撃波を出そうとしたら、

 

バキン!

 

「え?」

 

 右腕から音がして目を向ける。

 

 そこにはヒビが入ったり、完全に砕けている重りが目に入った。

 

「……あ~……ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……」

 

 オールマイトは冷や汗を流して、壊れた重りを眺める。

 そのまま背中からビルの壁に叩きつけられる。

 

「イダイ!?」

 

 ビルに突っ込んで仰向けに倒れるオールマイト。

 その時、

 

 

『拳暴・塩崎チーム 条件達成!』

 

 

 アナウンスが流れて、試験終了が告げられた。

 

 

 

 茨は転がる感覚が収まり、目を開けると目の前に戦慈の顔があった。

 

「拳暴……さん?……っ!?」

 

 目を見開いて周囲を見渡すと、包まれていたのは戦慈の腕で、今も倒れている戦慈の上に乗っていた。

 茨は慌てて戦慈の上から降りて、戦慈に声を掛ける。

 

「拳暴さん!拳暴さん!」

「……聞こえてんよ」

 

 戦慈は呻くように声を出す。

 それに茨はホッと息を吐くと、改めて周囲を見る。

 どうやらゲートの外のようだった。

 

「私達は……」

「ま、なんとかクリアしたみてぇだな」

 

 戦慈は寝転んだまま、茨に頷く。

 茨はポカンとして、未だに実感がなかった。戦慈に巻き込まれながらゲートをくぐったので仕方がない事かもしれないが。

 そのためか、茨は戦慈の体の方に気を取られる。 

 

「拳暴さん?体の方は……」

「無茶し過ぎたみてぇだ。力が入らねぇ。最後はいつも以上に力が出たから、その反動だろうがな。俺はどうなってた?」

「体が僅かにですが更に膨れて、顔が赤くなってましたが……」

「そうか」

 

 どうやら広島での力を少しは引き出せたようだ。正直無意識だったので、今はもう使える気はしないが。 

 戦慈はどうやったのか思い出そうとしていると、突如茨が戦慈の頭を抱えて膝枕をする。

 

「……何してんだよ」

「ハンソーロボが来るまで、そのままというのも」

「別に構わねぇよ。なんだったらお前のツルで運んでくれればいい」

「それはいけません。あれだけの貢献をした拳暴さんに、そのような所業……。鞭で打たねばなりません。ただでさえ、すでに私は鞭を打たれるべきだというのに……」

「過激すぎるわ。それに言っただろうが。どっちかが勝てば、両方の勝ちだってな。どっちが貢献したとかじゃねぇよ」

「……はい」

 

 茨は小さく微笑んで頷く。それでも膝枕はやめなかったが。

 結局ハンソーロボが来るまで、茨に膝枕される戦慈だった。

 唯一の救いはハンソーロボは膝枕など気にせず、モニタールームはカメラが壊れて映らなかったことであった。

 

 茨は戦慈がハンソーロボに運ばれる間も傍に付き添い、治療中も両手を組んで見守っていたのであった。

 

 

 

 そして、オールマイトは突っ込んだビルの中でアナウンスを聞いていた。

 

「……これは完敗だね。最後の方は重りがあったとはいえ、少し本気を出さざるを得なかったし。ゴホッゴホッ!」

 

 オールマイトは立ち上がり、咳込む。

 口元を押さえた手には血が付いていた。

 

「……緑谷少年といい、爆豪少年といい、そして拳暴少年といい、本当に素晴らしい卵が現れてくれたよ。それに……倒れても仲間がいる、か」

 

 オールマイトは血を見下ろしながら呟く。

 先ほどの戦慈の言葉が、色々と胸に突き刺さっていた。

 

「そうだね。私も……彼らの事を叱れない。今まさに身を滅ぼすことをしているのだから」

 

 少しずつ戦える時間が短くなっている。

 なのに世間では敵連合の脅威が高まっている。

 普通に考えれば、もしもの時に備えて力を温存するのがベストである。ただでさえ《ワン・フォー・オール》は緑谷に渡したのだから。

 もう回復することはない。ただ衰えていくのみである。

 

 それでもオールマイトはNo.1ヒーローとして立ち続けている。

 

「……緑谷少年が無茶する原因は、私への憧れ…か」

 

 あらゆる敵を倒し、多くの人を救うNo.1ヒーローだからではない。

 

 血を吐くほどボロボロの体で、それでも笑って平和の象徴としていようとするNo.1ヒーローに憧れている。

 

「……本当の私を知るからこそ、彼は無茶をする。ボロボロの自分になることを厭わない」

 

 けど、己とて今更止まれない。

 ボロボロであろうと、ボロボロになろうと、戦えるなら戦いたい。

 そう思ってしまう。

 

「しかし、この背中を追わせるのは違う。緑谷少年や拳暴少年に同じ道を進ませるわけにはいかない……!」

 

 ボロボロになってまで戦うのは、自分だけで十分だ。

 彼らには仲間がいる。必要以上に泣かせるわけにはいかない。

 そう誓う。

 

「っと、拳暴少年達は大丈夫かな!?」

 

 あれだけボコボコにしといて忘れていた。

 慌ててゲートに向かうが、ハンソーロボが迎えに来ており、丁度運ばれるところだった。

 そこにミッドナイトがやってきて、治療終了後に反省会となった。

 

 オールマイトはトゥルーフォームに戻って、控室に入る。

 そこには恐ろしく目を鋭くして睨みつける相澤がいた。

 

「あ……相澤君……?」

「……やりすぎでしょう。ステージ半壊に、重りまで壊して。それに最後の方、本気だったでしょ?拳暴は体を壊さないような戦いを意識させるのも課題だったのに、初っ端の一撃はともかく、後半は何おもいっきり殴ってんですか」

「うぐっ!?」

「拳暴は、また、右腕の骨折に左腕にヒビ。肋骨も2本折れて、腹部は強い打撲。広島ほどではないですが、筋肉酷使。昨日の緑谷よりボロボロにしてどうするんです?」

「うぅ!?」

 

 相澤の言葉に冷や汗を流して、後ずさる。

 それにミッドナイトやセメントス達は苦笑する。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ」

「拳暴君に関しては、彼自身が仕掛けたのもあります。それにあの猛攻では、オールマイトとて抑えきるのは容易ではなかったでしょう」

「……はぁ」

 

 ミッドナイトとセメントスの言葉に、相澤は顔を顰めてため息を吐く。

 

「まぁ、もっと叱らないといけない奴もいるんで、これくらいにしときます」

「マイクの事ね」

「まぁ……2日連続で気絶させられてますからね」

「騒ぐばっかでトレーニングサボってるからこうなるんだ」

 

 ミッドナイトと13号が呆れながらプレゼントマイクの事を思い出す。

 ちなみにプレゼントマイクは現在、校長とエクトプラズムの2人がかりで反省会をさせられている。流石にハンデありとは言え、プロヒーローが撃退させられるのは少し問題だった。

 この試験の条件達成は『ゲートからの脱出』か『ハンドカフスを掛ける』こと。教師は気絶させられないこと前提である。それが2日連続で気絶しているのだ。説教にもなるだろう。ただでさえ有利な相手と戦っているのだから。

 

「ちゃんと感想戦で、拳暴には注意しといてくださいよ。拳暴がボロボロになられると、緑谷への説得力が無くなる」

「……はい」

「まぁ、林間合宿でもそこを課題にするつもりですが」

 

 相澤の全く信用されていない視線を向けられて、肩を落としながら頷くオールマイト。

 それに続く相澤の言葉にミッドナイトは首を傾げながら尋ねる。

 

「いけるの?広島で見せた暴走状態の力も少し使え始めてるみたいだけど」

「しないよりはマシです。せめて今行ける範囲は負担を無くしたいところですね」

「衝撃波が入り乱れるのだけでも何とかしたいですね」

「そうだな」

 

 13号の言葉に相澤も頷く。

 ブラドは現在、生徒達に労いと今後の予定を伝えに行っている。と言っても今日は解散だが。

 

 こうして期末試験は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 校舎内の保健室には、B組全員が戦慈の見舞いに来ていた。

 

「全員で来るなよ……」  

「そう言わないでよ。それだけ心配したし、興奮したんだよ」

「そうだぜ!!あのオールマイトにあそこまで粘ったんだからな!!」

「ハンデありだったけどね」

「物間は黙ってようぜ。1人だけ捕まったじゃん」

「あははは!言うなよぉ!」

 

 戦慈は包帯を巻かれながら呆れて全員を見る。

 切奈が手をパタパタしながら笑って、鉄哲が右手を握り締めて未だに興奮している。

 そこに物間がいつも通り水を差そうとするが、泡瀬にツッコまれて笑って誤魔化すことになる。

 

「ほい、終わったよ。それにしてもお前さん、本当に《自己治癒》してんのかい?緑谷より回数多いね」

「言われなくても自覚してる。けど、それだったらオールマイトにも苦情出しといてくれ」

「当たり前さ。あのバカは本気で一回ぶん殴らないといけないね」

「やっといてくれ」

「お前さんも殴ってやりたいよ。全く」

「……お馬鹿」

「あはは……」

 

 リカバリーガールと戦慈のやり取りに、里琴がツッコみ、一佳も苦笑いしか出なかった。

 そこに茨が前に出て、改めて戦慈に頭を下げる。

 

「申し訳ありません。私が未熟なばかりに……」

「お前さんが謝る必要はないよ。前半はともかく、後半の殴り合いはこの子とオールマイトの自業自得さね」

「しかし……」

「やめてくれ、塩崎。リカバリーガールの言う通り、最後の方は俺の意地だっただけだ。お前に偉そうなこと言っときながらな」

「そんなことはありません。私の意地で拳暴さんがそうなったのですから」

  

 互いに責任を引き受け合う戦慈と茨。

 そこに切奈が声を上げる。

 

「あー、やめやめ!2人で戦ったんだから、どっちも良くて、どっちも悪かったってことでいいじゃん」

「そうだよ。互いに反省する点があるなら、これから直していけばいいさ」

「物間も見習えば?」

「あははは!」

 

 切奈の言葉に一佳も頷き、それにかこつけて柳が物間に標的を移す。

 物間は全く言い逃れ出来なかったので、笑うしか出来ない。

 

「……はい」

「まぁ、もうオールマイトみてぇな奴と戦いたかねぇけどな」

「そりゃそうだ」

「俺らも嫌だわ」

「っていうか、あの戦い見てただけでも死ぬかと思った」

「そうだよね!ドドンって感じで、ドガガガーンって凄かったもん!」

「分かりづらいですぞ」

 

 茨はまだ納得しきれていない様子で頷き、戦慈は肩を竦める。

 それに円場と回原、鱗、吹出が同意し、吹出の表現に宍田が首を捻る。

 

「ほら!終わったから、もう帰った帰った!明日も学校はあるんだよ!」

 

 リカバリーガールの言葉に全員で保健室を後にし、更衣室に向かう。

 制服に着替えて、その後下校する。

 

 未だに試験の興奮は冷めず、各々試験の感想を語り合いながら下校していく。

 

 もちろん戦慈はいつも通り、女性陣に囲まれて下校する。

 

「それにしても、やっぱプロヒーローって強いね~」

「ハンデありとは思えなかった」

「ん」

「それにあんまり動いてなかったしな」

 

 切奈が試験でプロヒーローとの差を実感して、しみじみと話す。

 それに柳と唯も頷き、一佳も眉間に皺を寄せながら頷く。

 

「けど、皆さんクリアしたデス!」

「そういや、そうだね。赤点ってどうなるんだろ?」

「物間が一番怪しい」

「捕まったからなぁ」

「ってなると、里琴も怪しいがな」

「……マジ殺す」

「「物騒になった!?」」

 

 ポニーが嬉しそうに語ると、切奈が首を傾げ、柳が物間の名前を出す。

 一佳も悩まし気に頷くと、戦慈が隣を歩く里琴を見下ろす。

 すると里琴が無表情ながら黒いオーラを出して、物騒な言葉を呟き、一佳と切奈が驚く。

 

 その間も茨は両手を組んで、深刻そうな表情を浮かべていた。

 それを一佳達は心配そうに横目で見ながら、戦慈に目を向ける。

 

「……俺にこれ以上どうしろってんだよ」

「分かってるけどさ。一番元気づけられるのはお前だと思うんだよ」

「そうそう」

「ん」

「……男を出せ」

 

 気持ち小声で戦慈が呟くと、一佳も小声で答える。

 切奈や唯達も頷き、里琴も謎の言葉をかけてくる。

 それに戦慈はため息を吐いて、茨に顔を向ける。

 

「塩崎、まだ悩んでんのか?」

「……はい。結局、私はどうすればいいのでしょうか?」

 

 間違ってないとも言われたが、間違っていたとも言われた。

 そして、戦っていないし、最後は拳暴のおかげとも言えるので、戦わずにゲートを目指すという行動が正しかったのか分からないのだ。

 だから、これから自分が何を目指していけばいいかが分からなくなってしまった。

 

「今まで通りでいいだろ、別に」

「……え?」

「正々堂々と戦うことを目指して何が悪いんだよ」

 

 戦慈はあっけらかんと言い放つ。

 それに茨は眉間に皺を寄せながら俯く。

 

「しかし……」

「オールマイトが言いたかったのは、正々堂々と戦うための優先順位を間違うなってことだ」

「優先順位……」

「救けるべき人を放置するなってことさ。気兼ねなく正々堂々と戦いたいなら、一般人や怪我人をさっさと逃がしたり、火事やら爆弾やらをどうにかして、相手に嫌でも自分と戦わせるように仕向ければいい。ただし、相手が自分より強かったら、どうするのかってのも考えておくべきだがな。今回はそこを考えずに前に出たから言われただけだ」

 

 戦慈の言葉に顔を上げる茨。

  

「だから、お前が……俺らがやることは強くなることだ。強くなれば自然と出来ることは増えて、人も救けられるし、その上でヴィランを倒せる。弱いままでどんだけ悩んだって、答えは出ねぇよ。出来ねぇんだからな」

「……」

「迷うことなんてねぇよ。目指すところも変える必要もねぇ。ただ、その時々でヒーローとしてやるべきことを、まずは考えれるようになればいい。それだけだ。難しいことか?」

「……いいえ」

 

 茨は首を横に振る。

 何故なら、そのために雄英にいるからだ。嫌でも学んでいくことになる。

 

「お前は間違ってねぇよ。これからも頑張っていけばいい」

 

 ヒーローとして学び出して半年も経っていない。

 自分の考えが間違っているなんて、簡単には決められない。

 少なくとも戦慈は『正々堂々と戦って悪を倒す』と言う信念が、間違っているとは思わない。

 だから大事なのは、その信念をどう貫くかである。

 今回はその信念()()が先走り過ぎただけのこと。ならば、努力して『また先走った』と言われないようにすればいいだけだ。

 戦慈はそう思っている。

 

「……はい」

 

 茨はようやく笑みを浮かべて頷く。

 一佳達も笑みを浮かべて、戦慈は肩を竦めて背を向けて歩き出す。

 茨は戦慈の背中に頭を下げる。

 

「ありがとうございます。拳暴さん」

「気にすんな。お前ならいずれ自分で気づいただろうよ」

「……照れ屋」

「ん」

「何がだよ」

「あははは!」

 

 いつも通りの雰囲気に戻る戦慈達。

 茨は頬笑みを浮かべて、戦慈の背中を見つめる。

 

「もし、次があるのなら……」

 

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「貴方の背中ではなく、貴方の隣で戦いたい。この願いも……間違っていませんよね?」

 

 もちろん答えは返ってこない。

 返って来てほしいとも思っていない。

 

 自分を支えてくれた人を、支えたい。

 

 その思いが間違っているかどうかなんて、聞くまでもないことだろう。

 

 茨は新しく芽生えた願いを両手で包んで、胸元に添えるのだった。

 

 




高校一年生に対して本当にスパルタですよね。
雄英高校って。まぁ、倍率考えれば仕方がない事なのかもしれませんがw

さて、次回からはちょっと頑張って、ほのぼの日常と林間合宿までの夏休みを描いて行きたいと思います!



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拳の三十九 また1人

バレンタインデー?
チョコなんて知らない。だって、本来はチョコじゃないんだから。

なので、この話が私からのバレンタインデーw



 期末試験を終えた翌日の土曜日。

 

 戦慈の傷も一晩で治っていた。

 

「戦いが終わると《自己治癒》は凄いって思うな。終わった後だけど」

「……お馬鹿」

「うるせぇよ。別にリカバリーガールほど強いわけじゃねぇんだよ」

 

 一佳は呆れながら戦慈を見る。里琴も無表情で頷いている。

 それに戦慈は顔を顰めながら歩く。

 

「今日赤点かどうか分かるんだよな?」

「だろうな」

「……モーマンタイ」

「お前はどうだかな」

「……モーマンタイ」

 

 根拠が謎の自信を見せる里琴に、戦慈と一佳はジト目を向けるのみであった。

 

 教室に入り、鉄哲や唯達に挨拶して、いつも通り和やかな時間を過ごす。

 もちろん各々「赤点かも?」という不安はあったが、やるべきことはやったという思いもあるので、特に話題に上がることはなかった。

 

 そして予鈴が鳴り、全員が席に座るとブラドが入ってきた。

 

「おはよう、諸君!昨日はよく頑張ったな!」

『おはようございます!』

「早速だが、今回の期末試験についてだが……」

 

 いきなり本題を話し始めるブラドに、全員が背筋を伸ばして唾を飲む。

 

「筆記は赤点はいなかった。そして演習試験に関しては……惜しいことに1人、赤点が出た」 

 

 1人と言う言葉に、全員が物間に注目する。

 すると、物間は顔を引きつかせながら、周囲に顔を向ける。

 

「あれれれれぇ!?なんで僕を見るのかなぁ!?先生は僕だなんて言ったぁ!?言ってないよねぇ!なのに、決めつけるって酷くないかなぁ!!これで違ったら、どうしてくれるんだい!?」

「赤点は物間、お前だ。だから、大人しくしろ」

「あははは!!……はい」

 

 物間は揚げ足取りをしたように笑って、周囲を煽る。

 しかし、すぐさま呆れ顔のブラドから自身の名前を告げられたことで、物間はやけくそ気味に笑うとガックリと肩を落とす。

 

 その姿に一佳達は流石に憐れみの目を向ける。

 しかし、1人だけ違う反応を示す。

 

「……むふん」

 

 里琴が無表情ながら得意げに胸を張って、戦慈を見る。

 それに戦慈はため息を吐いて、呆れ顔を向ける。

 

「てめぇのパートナーが赤点出したのに、誇ってんじゃねぇよ」

「……奴のミスは奴だけのミス」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 相変わらずの暴論にすかさずツッコむ戦慈。

 それに一佳達も思わず頷いて、呆れる。

 その時、円場があることを思い出す。

 

「あれ?ってことは、林間合宿は物間だけ行けないってことか?」

「え」

 

 流石の物間も素で固まる。

 それにはブラドが首を横に振る。

 

「それは嘘だ。お前達の気を引き締めるためのな」

 

 その言葉に物間はホッと息を吐く。

 それ故に、

 

「えええぇぇ!?学校がそんな嘘をついていいんですかああ!?」

 

 と、反撃に出るが、

 

「だが、補習は嘘じゃない。赤点の者は食事に風呂、睡眠時間以外の自由時間は補習の時間に費やすからな。ぶっちゃけ学校に残った方が楽だと思うが、頑張るように」

「……」

 

 一瞬で撃沈されるのであった。

 物間は高笑いの顔で固まり、周囲から再び呆れられるのであった。

 

「って、俺達もかなりきついってことじゃん」

 

 泡瀬がうんざりしたように眉を顰める。

 

「当たり前だ!!元々、林間合宿は強化合宿!!更なる成長を促すためのものだ!優しく楽しいだけなわけがないだろう!!そのために、演習試験ではお前達に苦難を強いたのだ!!」

 

 ブラドが叱責するように声を荒らげる。

 それに一佳達は背筋を伸ばし直す。

 

「今日の午後は、昨日の演習試験の感想戦を行う!!そこで告げられたこと!!そして試験を受けて、自身で感じた反省点を受け、林間合宿で徹底的に鍛える!!1学期で味わった屈辱を2学期に持ち込ませるな!!そのために俺達雄英教師は、お前達に最高の環境を作り上げるつもりだ!!」

「先生……!!」

 

 ブラドの言葉に鉄哲が感動する。

 

「それでは林間合宿のしおりを配っておく。足りないモノは早めに購入して準備をしておくように。それともう1つ、夏休みについてだ」

「夏休みについて?」

 

 切奈が首を傾げる。

 その言葉に頷いたブラドは腕を組んで、少しだけ申し訳なさそうに眉間に皺を寄せる。

 

「あまり、こういうことは言いたくなかったのだがな。お前達は敵連合に狙われた。もちろん、我々とて何もしていないわけではないが、それでも危険が取り除けたわけではない。なので……出来る限り長期の外出は控えてもらいたいんだ。あくまで要請だがな」

「あぁ~……」

「なるほどですなぁ……」

 

 鱗と宍田が納得の表情を浮かべる。

 そして、今度は戦慈と里琴に視線が集まる。

 

 戦慈は肩を竦める。

 

「まぁ、俺らは遠出するところがねぇしな。帰省するところもねぇし、そんな金もねぇよ」

「……同情するなら金をくれ」

 

 クラスメイトだからこそ、今の里琴の言葉が冗談だと分かるが、それでも戦慈の言葉と相まって笑いにくい。

 

「おっほぉん!まぁ、強制ではない。ただし、今お前達の家周辺を警護してくれている警察やヒーロー達は、県外までは警護は出来ない。それを理解してほしい。流石に家族旅行で制服を着ていくわけにもいかないだろうし、わざわざ旅行先にいるヒーローに警護を頼むのも難しいと思われる」

「そりゃそうですよね」

「ポニーとか大丈夫なの?」

「ノープロブレム!グランパ達はジャパンに来てくれる予定デス!」

 

 ブラドがわざとらしく咳をして、理由を補足する。

 それに骨抜が頷き、切奈が留学生のポニーに声を掛けるが、ポニーは笑顔で頷く。

 ちなみに同じく留学生の鱗は、小学生の頃から家族ごと日本に住んでいるので何も問題はない。

 

「では、今日も頑張って行くぞ!」

『はい!』

 

 そして、今日も授業が始まった。

 雄英に試験休みはない。何故なら来週から夏休みだから。

 

 

 

 

 放課後。

 授業を終えて、それぞれ帰宅の準備をしている。

 一佳は林間合宿のしおりを開いて、買うべきものを確認する。

 

「結構大荷物になりそうだ」 

「そりゃあ、一週間だもんね」

「ん」

「着替えとか多い方がいいかも」

「……足りん」

「いくつか買いに行かねばいけませんね」

「けど楽シみデェス!」

 

 女性陣が話している中で、戦慈は鞄を肩に担いで教室を出ようとする。

 すかさず里琴がベルトを掴んで引き止める。

 

「……待て」

「犬じゃねんだよ……」

「そだ!ねぇねぇ!また皆で買い物行こ!明日休みじゃん!東京観光の続き!」

「いいな!」

「ん!」

「どこ行く?」

「買い物もあるし……お台場とか行く?」

 

 戦慈が顔を顰めて苦情を言った直後、切奈が両手を合わせて提案する。

 それに一佳と唯が笑顔で同意し、柳が行き先を尋ねて、切奈が提案する。

 唯や柳は文句はなく、一佳達も問題なしと頷く。

 ということで、

 

「じゃ、拳暴もそれでよろ~」

「……なんで俺まで……」

「そりゃあ里琴の付き添いと……番犬?」

「……守れ」

「いいじゃないか。どうせ、いつか買い物には行かなきゃいけないんだしさ」

「ん」

 

 切奈が戦慈の背中を軽く叩きながら、参加を決める。

 戦慈は顔を顰めるが、冗談交じりに返され、里琴がベルトを強く引く。

 それに一佳と唯も微笑んで誘う。その横で茨や柳、ポニーも頷いている。

 

「………………はぁ」

 

 戦慈は大きく間を開けて、諦めたのかため息を吐いて小さく頷く。

 それに一佳達はすぐさま予定を立て始め、その様子を戦慈は右手で仮面を覆って肩を落とす。

 

 男性陣はその様子を見ていた。

 

「最初は羨ましかったけどさ。あそこまで周りを固められると、逆に不憫に感じるな」

「まぁ、巻空がいるからしょうがねぇのかもな」

「前、絡まれたんだろ?今回も絶対絡まれるだろ」 

「拳暴にケンカ売るか?俺は逃げるぞ」

「俺も」

 

 回原、骨抜、円場、泡瀬、鱗が小声気味に会話する。

 最初は女性陣に囲まれて羨ましいと内心で思っていたが、女性陣の性格が分かってきた最近では逆に可哀想に思えてきた男性陣だった。

 

「ヒーロー科に来るだけあって我が強いというか、強気な面があるからなぁ」

「2、3人だけならともかく、7人全員は無理だな」

「しかも巻空がべったりだからな」

 

 戦慈の状況を自分に置き換えると、耐えられる気がしなかった。

 なので、最近ではむしろ尊敬し始めてさえいる。

 

「じゃ、俺らは俺らで。むさ苦しく行こうぜ」

「だな」

「鉄哲とかも呼ぶべ」

「むしろ男子集めようぜ。拳暴は無理だろうけど」

 

 こうして骨抜達は男子は男子で遊ぶことにするのだった。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 戦慈は既に諦めて、自分から外出用の服装に着替えていた。

 

「……ゴー」

「……はぁ」

「まぁ、ここまで来たら楽しもうって。昼ご飯くらいは奢るしさ」

 

 一佳は戦慈の背中をポンポンと叩きながら励ます。

 そして新宿駅で全員と合流する。

 

「もう少し、人が少ねぇところで集まらねぇのか?」

「ここが一番集まりやすかったんだよ」

「現地集合だとそれはそれでねぇ」

「ん」

 

 本日は夏日であることもあり、タンクトップやキャミソールなど夏服の女性陣に囲まれる戦慈。

 ちなみに戦慈は白のタンクトップの上に茶色の薄手ジャケットに茶色のロールアップズボンである。

 

「拳暴ってワイルド系なのに、服は結構カジュアル系だよね。ギャップ狙い?」

「仮面に合わせてんだよ。それにジャケットは里琴が渡してきたんだよ」

「……ジャージで来る気だった」

「そこまで里琴に尻に敷かれてんの?」

「拳藤も不満げだったな」

「……流石になぁ」

 

 2人揃って「違う方がいい」と言われれば、グチグチ言われないように着替えるしかない。

 結果、いじられているが。

 

 里琴は黄色のシャツの上に白のシャツワンピースにショートジーンズ。

 

 一佳は青のTシャツに白のGジャンと黒のホットパンツ。

 

 唯は白のブラウスに赤茶のリボン付きのギャザースカート。

 

 柳は黒のタンクトップの上に紫の半袖パーカー、茶色のカーゴパンツ。

 

 茨は黄緑の七分袖Tシャツに、緑のジャンパースカート。

 

 切奈は迷彩と白のタンクトップを重ね着して、水色のショートパンツとサングラス。

 

 ポニーはオレンジのキャミソールのへそ出しに、ロールアップジーンズにサングラス。

 

 切奈とポニーは似た服装だが、日本人と外国人で見事に印象が違った。

 

「じゃ、行こか」

「イエー!」

「……イエー」

「いえー」

 

 切奈の号令にポニー、里琴、柳が右腕を上げる。

 そして、やはり戦慈を先頭に歩き出す一同。

 

「……流石に今日はそこまで番犬しねぇぞ」

「分かってるさ」

「何度も変な奴に捕まる気はない」

「ん」

「今回は皆さん一緒に見て回ろうと話し合いました」

「なら、助かるがよ」

「もちろん拳暴の買い物にも皆で付き合うよ?皆でね」

「……はぁ」

「……戦慈は適当に選ぶ」

 

 完全に切奈におもちゃにされ始めているが、里琴達も乗ってくるので戦慈は早々に抵抗を諦めた。

 今回は特に騒がれることなく移動出来たが、それでも明らかに雄英生だと気づいて目を向けてくる者もいた。

 

 電車に乗った一佳は戦慈に顔を向ける。

 

「前みたいに変な視線はないのか?」

「あるに決まってんだろ。てめぇ、自分が何したのか忘れてんのか?」

「え?」

「……シュシュっと一吹き」

「あ……」

 

 立っている戦慈が呆れながら隣に立っている一佳に目を向け、一佳は首を傾げる。

 それに里琴がフレーズを呟き、一佳は思い出して顔を引きつかせる。

 

 今のフレーズは職場体験で出演したCMのものだった。

 

「ぶっちゃけ、拳暴よりも一佳の方が有名になってるかもね~」

「一佳はテレビだもんね」

 

 切奈がニヤニヤしながら、柳がスマホを見ながら揶揄う。

 一佳は顔を赤くして右手で顔を覆う。

 

「……忘れてた」

 

 というより、思い出さないように心掛けていた。

 それをある意味最悪のタイミングで教えられた。

 

「ってことは、一佳のファン?視線の主は」

「半分はそうだろうな。拳藤と視線が行き来してる感じだ」 

「残りの半分はなんでしょうか?」

「前と同じ雄英嫌いの連中か……女に囲まれていることへの嫉妬だろうな」

 

 切奈と茨の言葉に、戦慈はもはや諦観の雰囲気を醸し出しながら話す。

 それに一佳達は流石に戦慈に対して申し訳なさを感じた。

 戦慈は肩を竦める。

 

「今更気にすんなよ。どうせ、ヒーローになればもっと注目されんだろうが。睨まれるのは慣れてるしな」

「……むしろケンカ売られてた」

「うるせぇな」

 

 戦慈と里琴のやり取りに一佳達は苦笑して、切り替えて楽しむことに決めた。

 

 お台場に着いた戦慈達は、最初に昼食を摂ることにした。

 ショッピングモールの飲食街に向かった一佳は、バイキングにすることを提案する。 

 

「それなら拳暴達も満足するまで食べられるだろ」

「で、バイキングなら私らでも奢れるね」

「ん」

 

 ということで、店を決めて入る。

 そして、一佳にとってはよく見た、切奈達にとっては初めて見る光景を目にすることになる。

 

「……ここまで食べるんだ」

「凄」

「ん」

「巻空さんまで凄いですね」

 

 戦慈と里琴は2人で別テーブルを占拠して、大量の料理が盛られた皿を大量に並べられている。

 周囲の客や店員は唖然と2人を見つめている。

 切奈達は体育祭で戦慈と里琴が大食いであるとは知っていたが、ここまで食べるとは思っていなかった。

 一佳はもはや慣れたもので、切奈達と同じテーブルでマイペースに食べている。

 

「ねぇ、一佳。2人っていつまで食べるの?」

「ん?ん~……多分、今出てる分は食べきれるんじゃないか?いつも焼き肉とかの食べ放題だと肉がないからって止められてたし」

「……ワァオ」

「里琴が意外過ぎる」

「ん」

 

 戦慈は数回料理を盛りに行き、その料理を里琴が掻っ攫う。

 相変わらず里琴はリスのように頬を膨らませ続けている。

 

「……おかしいなぁ。里琴に奢ったつもりはないんだけど……」

「一番食べてるのは巻空さんですね」

「ん」

「てか、私達の分が無くなる」

「あ、やば!?」

 

 切奈達も料理に舌鼓を打つ。

 そのまま15分もすると、

 

「……申し訳ありません。誠に、誠に申し訳ないのですが……そろそろ勘弁してくださいぃ」

 

 最後の方は涙目になりながら、戦慈と里琴に頭を下げる店長。

 会計の際、店長に小さく頭を下げる一佳達だった。

 

 ということで、店を後にする戦慈達。

 

「逆によく普段我慢出来るね?」

「慣れてるからな」

「里琴はどこに食べてる分消えてるの?」

「……美貌」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 色々と身体の神秘を見た切奈達は、買い物前に海を見に行くことにした。

 

「やっぱ暑いなぁ」

「オーシャンで泳ぎたいデスねぇ!」

「旅行じゃないなら、海とか行っていいんじゃない?」

「行く?」

「ん」

 

 流石に海に足を入れたりはしなかったが、海岸沿いの手すりにもたれ掛かってのんびりする一佳達。

 そうなるとやはり海水浴が話題に挙がる。

 切奈達は乗り気だが、一佳は眉間に皺を寄せ、戦慈はあからさまに面倒オーラを出している。

 

「正直なぁ……今の感じだと行ったら面倒な気しかしないな。今でも少し視線が……」

「まぁ、一佳は確実に絡まれるよね」

 

 一佳も流石に視線を集めていることに気づき始めた。買い物に来ただけで、この状況ならば、海水浴などに行けば変な奴に絡まれる気しかしない。

 それに切奈達も同意して苦笑する。

 

「流石にそこまでは付き合わねぇぞ」

「海嫌いなの?」

「ん?」

「あんな人目がある中でわざわざ傷晒す気はねぇ」

「あ」

 

 柳と唯が首を傾げるが、続いた言葉に戦慈の顔や体の傷の事を思い出した一佳達。

 確かにあの傷は海水浴などでは悪目立ちしかしないだろう。

 

「……戦慈は泳ぐのが苦手」

「へ?泳げないの?」

「泳げるわ。ただ『個性』の関係か体脂肪が低くてな。沈むんだよ」

「なるほど……」

 

 里琴の暴露に切奈が意外そうに戦慈を見るが、戦慈は顔を顰めて反論する。

 その理由に一佳達も納得する。

 その時、一佳があること思い出す。

 

「そういえば……」

「どうしましたか?」

「八百万が学校のプールの使用許可を申請してたんだよ」

「学校の?」

 

 一佳はたまたま学校で八百万とすれ違った時に、挨拶しながら簡単に会話したのを思い出した。

 それに切奈と柳が首を傾げる。

 

「何で学校?」

「確か……遠出出来ないから、学校のプールで女子で集まろうってなったとか……」

「なるほど」

「私達モ、それやりマしょう!」

「そうだね。海じゃないけど、それなら変な奴に絡まれることないし。まぁ、水着は学校指定のだろうけど」

「泳げるなら別にいいよ。お金かからないし」

「ん」

 

 一佳の理由を聞いたポニーが両手を上げて提案し、切奈も乗っかる。

 水着に関して頓着がない柳と唯はスクール水着で問題ないと頷く。

 話がまとまりそうなところで、里琴が戦慈のズボンを握る。 

 

「……ってことで」

「学校だったらお前らだけで行けよ」

「けど、学校だったら別に水着になってもいいじゃん。私達は傷の事知ってるし」

「そうだな」

「別に俺はプールに興味ねぇんだよ……」

 

 何故か自分も行く前提であることに必死で抵抗する戦慈。

 買い物や観光なら、まだ我慢出来るが、行き慣れている学校のプールまで付き添う理由が戦慈にはない。

 別に泳ぎたいとも思っていない。

 

 しかし、女性陣は逃がさない。

 

「プールって筋トレにもなるしさ。いいじゃないか」

「そーそー。別にプールバレーに参加しろとか言わないし、似合うとか思ってないし」

「……抵抗は無駄」

「……なんでだよ……」

「里琴がいるから?」

「ん」

 

 戦慈は心の底から抵抗を諦めて、肩を落とす。

 それに一佳達は苦笑するも、すぐに日程を決め始める。

 その様子を横目で見ながら小さくため息を吐く戦慈なのであった。

 

 

 

 1時間ほど海岸沿いで話し合った一佳達は、ようやく本来の目的に戻る。

 

「さて!!じゃ、色々見て回ろうか!」

「靴見たい」

「ん」

「私はスポーツウェアを」

「ミートゥー」

 

 それぞれ買うべきものを上げていき、目に留まった店に入って探していく。

 戦慈はやはり里琴に引っ張られて、付き合わされている。

 

「でもさ、水着ってあったけど。学校のじゃ足りない?」

「どうなんだろうな?……う~ん、ちょっと高いな」

「1週間だよ?そんな連日使う?あ、これ良くない?」

「予備はあってもいいかもしれませんが……。露出が多くて破廉恥です」

「ん」

「……ビキニ?」

「それは駄目っしょ。あ~、部屋着とかもいるかぁ」

「これキュートです!」

 

 ワイワイとTシャツやら動きやすいズボンなどを手にしながら、会話する女性陣。

 もちろん女物売り場に集まっているため、戦慈が手にするものなどなく、気だるげに横に立っている。

 しかし、暇かと聞かれればそうでもなかった。

 

「……ん」

「あん?……おめぇとは合わねぇんじゃねぇか?」

 

 里琴がピンクのホルターネックキャミソールを見せてきて、

 

「なぁなぁ拳暴。これ、どう思う?」

「あん?……合宿で体動かすんだろうから、ブラウスとか要らねぇだろ」

 

 一佳が黄色のブラウスを見せてきて、

 

「ん」

「あん?……まぁ、部屋着にはいいかもしんねぇが、男子や教師がいることも考えとけよ」

 

 唯が白のショートパンツを見せてきて、

 

「拳暴さん。これは運動に適しているでしょうか?」

「あん?……まぁ、汗は吸収するだろうけど、おめぇの髪で穴が開きそうだな」

 

 茨がスポーツTシャツを持ってきて、

 

「これ、どう思う?」

「あん?……悪くはねぇが、暑くなった時邪魔にならねぇか?」

 

 柳が黒のパーカーを掲げ、

 

「ねぇねぇ、これどう?」

「あん?……痴女の汚名被りたいならいいんじゃねぇか?」

 

 切奈がニヤニヤしながら、ネグリジェを持ってきて、

 

「キュートデス!!」

「あん?……そうかもしれねぇが、合宿にはどうだ?」

 

 ポニーが笑顔で白いレース付きのオフショルダーブラウスを持ってきた。

 

 戦慈は何故か女性陣に次々と意見を求められ、めんどくさそうにしながらも何だかんだで答えていた。

 

「ああいうところが、地味にポイント高いって気づかないのかね?」

「里琴のせいでマヒしてるんじゃないか?」

「ああ、なるほど」

 

 切奈と一佳が小声で話す。

 その間にも里琴や唯が戦慈の声を掛けては、意見を求めている。

 その光景から何時も里琴がああしていることは、すぐに理解出来た。

 

「なるほど。里琴にいつも聞かれてるからか」

「多分、里琴以外の女子と買い物行ったことなんてなかったろうしな」

「6人増えてるのにねぇ」 

「まぁ、悪い気はしないからさ」

「そりゃあねぇ」

 

 2人は苦笑しながら服を選んでいく。

 

 その後も靴やら小物やら買っていき、ようやく戦慈の服を見に行く。

 しかし、そこでも女性陣で戦慈の服を選んでいく。しかも、明らかに合宿に関係ない服まで手を伸ばしている。

 

「……これ」

「お、いいな」

「けど、体が大きくなったら破れそうじゃない?」

「ん」

「ノースリーブパーカーは合わないと思う」

「これはクールデス!」

「髑髏なんて……いけません」

「……俺は動きやすくて破れてもいいシャツだけでいいんだよ……」

 

 しかし、戦慈の声は届かない。

 その後も着せ替え人形にされながらも、目的の物を購入する戦慈。

 目的の物を買って、そこそこ手荷物が多くなった戦慈達は、サービスカウンターで荷物を送ることにした。

 

 その後は普通に買い物を楽しみ、喫茶店で休憩することにした。

 

「いや~拳暴って着せ替えがいがあるね」

「喜ぶとでも思うか」

「……思え」

「ざけんな」

「まぁ、似合うんだからいいじゃないか」

「ん」

 

 やや不貞腐れてコーヒーを飲む戦慈に一佳達は苦笑する。

 その時、ネットを見ていた柳が声を上げる。

 

「あ」

「どうしたんだ?」

「……木椰区のショッピングモールに敵連合の1人が出たって。しかも、雄英生が接触した」

『!!』

 

 柳の言葉に一佳達は目を見開き、戦慈は目を鋭くする。

 

「……これ……緑谷?A組が遭遇したっぽい」

 

 柳は野次馬が撮った写真を漁って、緑谷の姿を見つけた。

 

「……あいつもよく遭遇すんなぁ……」

「保須市に続いて3回目ですか……」

「被害はないのか?」

「なさそう。遭遇しただけ」

「……偶然?」

「だろうね」

「雄英襲撃犯の主犯だって」

「ってことは、USJにいた奴か」

「オゥ……」

 

 顔を顰める一同。

 

「けど、偶然ってことなら、連中の拠点は近くにあるのかもな」

「確かにね」

「まぁ、警察も動いてんだし、大丈夫だろ」

「私らも早めに解散しとこうか」

「それがよさそうですね」

「残念」

「ん」

「また来ればいいじゃん」

 

 一佳が腕を組んで推測し、切奈も頷く。それに戦慈が肩を竦めて、切奈が大事を取って早めに解散することに決める。

 

 その後、どうしても気になった店だけ見て回り、夕暮れ前に解散となった。

 

 戦慈、里琴、一佳の3人は寄り道せずに家に帰る。

 

「拳暴」

「あん?」

「これ」

 

 すると、一佳が手に持っていた袋を渡す。

 それを受け取った戦慈は中を覗く。

 

 入っていたのは手引きのコーヒーミルにマグカップだった。

 

「何だよ急に?」

「いや……あの……毎日コーヒー貰ってるのに、まともにお礼したことないなぁって思ってさ……」

 

 頬を掻いて恥ずかしそうに理由を語る一佳。

 それに戦慈は納得する。

 

「……今更」

「うぐ……分かってるよ。けど、だからって礼をしないわけにもいかないだろ?」

「……ん」

 

 里琴が揶揄うが、事実なので一佳は顔を赤くしたまま顔を逸らす。

 

「まぁ、よく使うもんだから、ありがたく貰っとくぜ」

「ああ」

 

 そして、今日も戦慈の部屋でコーヒーを飲んでから帰る一佳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。とあるビル。

 

「それで?お前さんも敵連合に参加したいって?」

「ああ、敵連合は雄英も標的にしてるんでしょ?」

 

 人気のない事務所にて、ソファで向かい合っているのは2つの人影。

 

 1人はスーツを着て、丸眼鏡をかけた中年の男性。煙草を咥えており、前歯が1つ欠けている。

 

 その反対側にはガスマスクを被った学生服を着た少年。

 

「『マスタード』。《有毒ガス》を操る『個性』だったな」

「流石は闇ブローカー。よくご存じで」

「そりゃあな。で、雄英の名前を出したってことは、お前さんの狙いは雄英か?」

 

 闇ブローカーの問いかけに、マスタードは頷いて背もたれにもたれて天井を見上げる。

 

「やっぱさぁ、納得出来ないんだよねぇ。大したこともないのに学歴だけでヒーローになれてさぁ、チヤホヤされてるのって」

「まぁなぁ」

「だからさぁ、ちゃんと教えてあげないとね。この社会は間違ってるって。それを知らしめるのに年齢も学歴も関係ないってさ」

 

 マスタードの言葉に闇ブローカーは共感するように頷く。

 

「息苦しいよなぁ。今の社会はさ、俺達もそうだよ」

「でしょ?別に雄英だけしかやらないなんて言わないさ。ボスの命令には従うよ」

「だったら、紹介はしてやる。流石に向こうの方が決定権あるしな」

「しょうがないね。だったらさ、1つ伝えてくれない?」

「なんだ?」

 

 マスタードはポケットから写真を取り出して、闇ブローカーに見せる。

 

「こいつは……」

「もし雄英を狙うなら、こいつは僕にやらせてほしいな。無理なら……せめて死ぬとこが見たい。それが条件」

「ふぅん。なんか因縁でもあんのかい?」

「ちょっとね。ま、向こうは忘れてるだろうけどさ」

「いいだろ。伝えといてやるよ。向こうが興味を持ったら、また連絡する」

「よろしく」

 

 マスタードはソファから立ち上がり、事務所を後にする。

 

 闇ブローカーの目の前に置かれたままの写真には、戦慈が写されていた。

 

 敵もまた1人、また1人と動き出している。

 

 




服のイメージって書き辛い(-_-;)そして、B組女性陣の私服イメージが難しい。冬服っぽいのはコミックでも描かれてましたけどね。夏服は書いてなかった。切奈と柳が特に難しい。

マスタードと戦慈の因縁は、体育祭直後あたりを思い出していただければw


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拳の四十 招待状とプール日和

 翌日。

 本日は終業式である。

 しかし、朝のHRでは少しばかりの緊張感が張り詰めていた。

 

 昨日のA組緑谷の敵連合リーダー格との遭遇である。

 

 教壇に立っているブラドは眉間に皺を寄せている。

 

「昨日のニュースについては既に知っていることと思う。それで敵連合は未だにオールマイトを標的にしている言動が確認されたそうだ」

「まぁ……だよね」

「そうじゃなかったら広島とか保須は何だったんだって話だもんな」

 

 切奈と回原が眉を顰めて、苦々しく言う。

 それに他の者達も同意するように頷く。

 

「そのことを考慮して、危険性を少しでも減らすために、林間合宿は場所を変更することが決まった。場所は情報漏洩を防ぐために当日まで秘匿することにもなった」

「大掛かりになってきたなぁ」

「しかし、ここで中止にするわけにもいきませんからな」

「その気になれば、どこでも特訓出来るだろ!」

「無茶言うなって」

 

 泡瀬が頬を掻きながら呟き、宍田が学校側の考えを口にし、それに鉄哲が叫ぶが、骨抜にツッコまれる。

 

「日程が変わることもないし、すでに配ったしおりに記されている用意するべき物品も変わる予定はない。なので、お前達は従来通りの準備をしてくれれば問題ない」

「それは助かるね」

「昨日、色々買ったからねぇ」

 

 庄田と切奈がホッと息を吐き、それに他の者達も頷く。

 その後も夏休みについて簡単な話をして、終業式に向かう一佳達。

 

 そして、放課後となり、夏休みが開始となる。

 

「拳暴、拳藤。少し職員室までいいか?」

「あ?」

「はい?」

 

 ブラドに声を掛けられて、戦慈と一佳は首を傾げる。

 唯達も首を傾げるが、とりあえず戦慈と一佳はブラドに続いて職員室に向かう。その更に後ろを当たり前のように里琴も付いて行く。

 

 職員室に入ったブラドは、里琴の姿を見て一瞬固まったが、ため息を吐いて話を進めることにした。

 ブラドは机の引き出しを開けて、エアメールと思われる封筒を取り出した。

 それを戦慈に渡す。

 

「……あん?」

「『I・アイランド』は知ってるか?」

「……確か世界中の科学者が集まる移動人工島だったか?」

「そうだ。そこで来週エキスポが開催される。その招待状だ」

「はぁ?」

 

 ブラドの言葉に戦慈はもちろん、一佳と里琴も首を傾げる。

 

「なんで俺なんだよ?」

「体育祭の優勝者だからだ。もちろん2、3年生の優勝者も行くぞ」

「……意味が分からん」

「恐らくは有望な者との顔合わせだな。『個性』やサポートアイテムの研究も有名だからな。プロになった際に契約を結びたいのだろう」

「……だりぃな」

「そう言うな。衝撃波の指向性やコスチュームの強度強化についても相談すればいいと思うぞ」

 

 戦慈はブラドの言葉に一理あると思って、とりあえずは受け取ることにした。

 しかし、そこである疑問が頭に浮かぶ。

 

「これって俺だけか?」

「いや、招待状一枚に付き、同伴者1人が許されるらしい」

 

 その瞬間、里琴が背後から飛び掛かり、戦慈の首に腕を回してぶら下がる。

 地味に力を籠めており、戦慈は顔を顰める。

 

「……おめぇなぁ」

「……連れてけ」

「まぁ……拳暴は家族はいないから、巻空を連れていっても問題はないだろう」

 

 ブラドは右手で顔を覆って呆れながら説明する。

 一佳はただ苦笑するだけだった。

 

「で、拳藤」

「はい」

「お前にもこれを渡しておく」

 

 ブラドは一佳にも封筒を渡す。

 一佳は首を傾げながら、中を見ると同じくI・アイランドの招待状だった。

 それを理解した一佳は目を見開いて固まる。

 

「え?」

「それは校長に届いた分だ」

「え!?」

「校長も最初は行く予定だったが、今回の騒動の対応があるのとオールマイトが別口だが招待をされたことで、今回は取りやめになった。で、先方に問い合わせをして、生徒でも構わないことになった」

「な、何で私なんですか?」

「拳暴と巻空の引率だ」

「……」

「……よろ」

 

 ブラドの説明に一佳は色んな意味で唖然とする。

 ブラドは申し訳なさそうな顔をする。

 

「本来なら俺が行くべきなのだが……悪いが、俺は林間合宿の調整を行わなければいかん。そこで2人の扱いを一番理解しており、委員長である拳藤に任せようと校長と決めたんだ」

「……なる……ほど?」

 

 一佳は納得出来るような納得出来ないような複雑な表情を浮かべる。

 

「これに関しても同伴者を連れて行ける。もちろん他のB組の者でも問題はない」

「はぁ……」

「それだけではなく、A組の八百万や飯田も実家の関係で招待されてるそうだ。八百万たちと行動を共にすれば問題ないだろう。それにI・アイランドならば敵連合も迂闊に手を出せないだろうから、生徒だけでも大丈夫だろう」

「それなら……」

 

 挙げられた名前に一佳はホッと息を吐く。

 しかし、次の言葉に戦慈も含めて固まる。

 

「夜にはパーティーがあるそうだ。なので、正装の準備をするようにな。それとプレ・オープンではコスチュームを着るように。これが申請書だ」

「「は?」」

「……美味い飯食い放題?」

「そこまでは知らん」

 

 ブラドから書類を渡されながらポカンとする戦慈と一佳。

 里琴は何故か平常運転である。

 一佳はすぐさま再起動してブラドに訊ねる。

 

「せ、制服じゃ駄目なんですか?」

「恐らくそぐわないだろうな。流石にパーティーではコスチュームを着ていくわけにもいかん」

「……俺と里琴が持ってると思うのか?」

「そこは……後見人の鞘伏殿か、八百万に聞いてみればどうだ?」

「……マジかよ」

 

 戦慈は天井を仰ぎ見る。

 正直、欠席したい。

 

「いい機会だ。行ってこい。どうせトレーニングして過ごす気だったのだろう?」

「そうだけどよ……」

「ヒーローになれば、そう言う場にも出る機会はある。練習して来い」

「……はぁ」

 

 戦慈は大きくため息を吐く。

 一佳もため息を吐いて、小さく頷く。

 

「分かりました……」

「すまんな」

「ついでにいいですか?」

「なんだ?」

「プールの使用許可を頂きたくて」

「空いていれば問題ないぞ」

 

 空いている日を聞いて、一佳は使用申請を出す。

 ブラドの用事はそれだけだったようで、戦慈達は職員室を後にする。

 

「鞘伏に連絡してみるか……」

「私と里琴は八百万に相談してみる。あいつなら必要な物分かりそうだし」

「そうしろ」

「拳暴のも聞いとこうか?普通のスーツってのも浮きそうじゃないか?」

「普通のスーツで浮くパーティーなんか行きたくねぇよ」

「そりゃそうか……」

「……美味い飯」

「なんでお前は楽しみにしてんだよ。それといい加減降りろ」

「……私はただの付き添い」

「ざけんな」

 

 うんざりとしながら正装をどうするか話し合う戦慈と一佳。

 里琴は相変わらず戦慈の背中に張り付いて、何故か楽しみにしていた。

 戦慈にツッコまれるも、里琴は関係者ではないとでもばかりに嘯き、戦慈に振り落とされる。

 

 ややうんざりしながら教室に戻ると、切奈達が待ってくれていた。

 

「お。お帰り~」

「なんだったの?」

「ん?」

 

 一佳はI・アイランドの招待状の事とプールの使用許可を取って来たことを説明する。

 切奈達は目を見開いて、一佳は引率係ということに苦笑する。

 

「まぁ、拳暴と里琴だからねぇ。一佳が一番適任だよね~」

「ん」

「だよね」

「でさぁ、あと1人来れるんだけどさ。誰か行きたい人、いる?」

 

 それに切奈達は顔を見合わせて眉を顰める。

 

「そりゃあ、皆行きたいよ。まぁ、次の日がオープンだから、我慢すればいいかもだけど」

「ん」

「だよなぁ」

「じゃ、ジャンケンで決める?」

「それがベストでぇす!」

「異論ありません」

「ん」

 

 切奈の言葉に唯と一佳も頷き、そこに柳が決め方を提案する。

 茨達も異論なしと頷き、ジャンケンをする。

 数回あいこが続き、その結果勝ち取ったのは、

 

「よろしくな」

「ん」

 

 唯だった。

 ここまで戦慈すらも他の男子を誘うという選択肢が思い浮かぶことはなかった。

 一佳の同伴者と言うこともあっては仕方がないかもしれないが。

 しかし、一佳の同伴者を里琴にすれば、戦慈が男子を誘うことが出来たかもしれないことは最後まで誰も思いつくことはなかった。

 

 

 

 戦慈達はプールについて集合時間を決めて、帰宅する。

 戦慈は家の扉の前に立つと、ポストに封筒が挟まれているのを見つけた。

 

「手紙か?」

「……誰?」

 

 当たり前のようにいる里琴と一佳も首を傾げる。

 戦慈は封筒を取り出し、送り主を見る。

 そこに書かれていたのはヒョウドルの名前だった。

 

「ヒョウドル?」

 

 戦慈は眉を顰めながらも、とりあえず家の中に入る。

 里琴と一佳も当然のように部屋に上がり、当然のようにクッションに座る。

 

「敵連合の調査が進んだのか?」

「俺に連絡する必要はねぇだろ。教師も何も言わなかったしな」

「それもそうか」

 

 一佳が推測を語るが、すぐに戦慈に反論される。

 戦慈は封筒を開けて、中を出すと出てきたのは、何かのチケットのようだった。

 そして戦慈達はそれに見覚えがある。

 

「……I・アイランドの招待状か?」

「招待状だな」

「……何故?」

 

 何故か招待状が2枚入っていた。

 手紙も同封されており、戦慈は中を読む。

 

『久しぶり。元気にしてるかしら?こっちは変わらず、元気過ぎて困ってるわ。

 入ってる招待状は見たかしら?

 それはミルコと私達に届いたのだけど、ミルコは『んなもん、興味ねぇよ』って言って欠席する気だし、私やアルコロも同じで興味ないし、あってもミルコが行かないのに行ってもしょうがないからね。欠席することにしたの。

 で、もったいないから、2人に送ることにしたわ。特にスサノオはあの暴走状態のコントロールする方法とかヒントが手に入るんじゃない?

 ということで、I・アイランドにはオッケー貰ってるから、シナトベや友達と行ってきなさいな。

 

 また広島に来ることがあったら、連絡頂戴ね♪

 

 ヒョウドル』

 

 戦慈は読み終えると、ため息を吐いて一佳達の前に手紙を投げる。

 一佳と里琴は手紙を一緒に読む。

 

「へぇ。ミルコの所に来てたのか。まぁ、トップヒーローだし、当然か」

「……ん」

「だからって俺に送るなよ……」

「もうあるしなぁ。……ん?これって……」

「どうしたんだ?」

「これなら切奈達も全員呼べるなってさ」

「……あぁ」

「……カモ~ン」

 

 この招待状も同伴者を認められている。つまり4人呼べるのだ。

 これならばジャンケンで負けた切奈、茨、柳、ポニーもプレ・オープンに参加できる。

 

「拳暴。これ、もらっていいか?」

「……もう好きにしろ」

 

 戦慈はいまさら他の者を探す気にもなれなかった。

 一佳は苦笑して、早速とばかりにスマホを取り出してメールを送る。

 すぐさま4人から返信があり、こうしていつものメンバーで行くことになったのであった。

 

 

 

 

 そして、夏休みに入った。

 

 戦慈、里琴、一佳は変わらず一緒にトレーニングしたり、部屋でのんびりして過ごしていた。

 

 夏休みに入って3日目。

 プールの日を迎えた。

 

「だりぃ……」

「もう諦めろって」

「……来いや」

 

 戦慈は気だるげに歩く。その左右を一佳と里琴が歩いている。

 学校に着く少し前に切奈達とも合流し、職員室に顔を出してプールへと向かう。

 ちなみにこの時に招待状が他にも届いたことをブラドに説明し、切奈達もコスチューム使用申請を出した。

 

 そして、それぞれの更衣室に別れて着替えてプールへと向かう。

 

 今回使うプールは、一般的な屋外50mプールである。

 戦慈は上半身にパーカーを羽織って、足を踏み入れた。

 まだ女性陣は来ておらず、戦慈は日陰に座って待つことにした。

 

 10分ほどすると入り口が開き、戦慈は一佳達が来たと思って目を向ける。

 しかし、そこにいたのは、

 

「あ?」

「あれ?拳暴君?」

 

 麗日や八百万を始めとするA組女性陣だった。

 麗日達も戦慈を見て、目を見開いている。

 

「拳暴さんもプールに?」

「俺って言うか里琴達が、だな。俺は付き添いのつもりだ」

「巻空さん?ということは……」

「拳藤達ももうすぐ来るだろ」

 

 麗日達は戦慈の言葉に頷くと、耳郎が呆れたように見てくる。

 

「相変わらず巻空とセットなんだ……」

「他に男子いないの?」

「いるように見えるか?」

 

 芦戸が首を傾げながら尋ねてきて、戦慈の呆れたように目を向ける。

 それに麗日達も苦笑していると、一佳達がやって来た。

 

「あれ?八百万達じゃないか」

「やっほー!」

「B組女子もプールに来たんだね!」

「まぁね」

 

 一佳が目を見開くと、芦戸と葉隠が手を上げて挨拶する。葉隠は水着だけが浮いているようにしか見えないが。

 切奈が偶然の鉢合わせに苦笑しながら頷く。

 

 もちろん全員スパッツのスクール水着である。

 それでもヒーロー科1年女子全員が水着姿で集まっている光景は、まさにパラダイスである。

 その光景を独り占めをしている戦慈は、女子が増えたことにうんざりしていたが。

 

 ちなみに一佳、茨、切奈、ポニーは後ろで髪を纏めており、普段とは違う色気を感じさせる。

 

「そっちは今日だったか?先生からは誰も申請してないって聞いたんだけど……」

「予定が変わったのよ。来週だったんだけど、ヤオモモちゃん達が無理になっちゃったの」

「ああ……I・アイランドか」

「ええ、確か拳藤さんや拳暴さん達も行かれるのですよね?」

「え!?2人も?」

 

 プールサイドに移動しながら、一佳が首を傾げてA組陣に質問すると、蛙吹が理由を答える。

 それに一佳が思い出したように呟き、それに八百万も尋ね返して、葉隠が驚く。

 

 戦慈も一応後ろを気だるげに付いてきていた。

 

「あ~……2人って言うか、ここにいる全員だな」

「え!?なんで!?」

 

 一佳が頬を掻きながら答えると、芦戸がなにやら前のめりになって声を荒らげる。

 その反応に首を傾げながらも一佳は、戦慈にミルコ達からも招待状が届いたことを説明する。

 理由を聞いた芦戸や葉隠は羨まし気に声を上げる。

 

「いいなぁ~」

「私達はヤオモモと響香ちゃんにお茶子ちゃんだけだもんね~」

「八百万は聞いてたけど、耳郎と麗日も?」

「ヤオモモちゃんの家に届いた招待状の余りよ。じゃんけんで決めたの」

「え?でも、招待状3枚あるなら、同伴者で行けばいいんじゃないの?うちらみたいにさ」

 

 一佳の言葉に蛙吹が答えると、切奈が首を傾げる。

 すると芦戸と葉隠がバッ!と八百万を見る。

 八百万は申し訳なさそうに顔を歪める。

 

「申し訳ありませんが……。私の招待状は流石に血縁でなければ難しいですわ。耳郎さんと麗日さんにお渡ししたのも個人用ですので……」

 

 ガックリと肩を落とす芦戸と葉隠。

 それに蛙吹が慰めるように声を掛けて、耳郎達は苦笑する。

 

「……そろそろ泳ぐ」

「ん」

「暑い」

 

 里琴、唯、柳が声を上げて、意識はプールに戻る。

 女性陣は準備体操を始め、戦慈は壁にもたれて眺めていた。

 

「拳暴は泳がないのか?」

「気が向いたらな」

「まぁ、ここまで女子だけ集まると泳ぎにくいよね」

「そうね。緑谷ちゃんとかにでも声かければよかったかしら?」

「うん……」

 

 流石に同情の目を向ける一佳達。

 その時、再び扉が開いて、複数の人影が現れる。

 その者達を見た一佳達は目を見開く。

 

「飯田君!?それに皆も!?」

 

 現れたのはA組男子陣だった。

 ぴっちり水泳帽と水中眼鏡を装着した飯田は、八百万達や戦慈達に顔を向ける。

 

「麗日くん達じゃないか!それに拳暴くんに拳藤くん達も!」

「お、ホントだ」

「おお!ヒーロー科女子勢ぞろいじゃん!」

 

 飯田の声に砂藤や瀬呂が声を上げ、常闇や尾白、轟達も顔を向ける。

 

「飯田さん達もとは……」

「ああ!緑谷くんからメールが来てね!体力強化だそうだ!もうすぐ緑谷くんや上鳴くんに峰田くんも来るだろう!」

「ケロ。夏休みでも頑張ってるのね」

 

 八百万達は飯田達に近寄り、一佳達はプールに入る。

 

「これなら拳暴も楽しめるかもね」

「ん」

「良かったです」

「そうだな」

 

 一佳達は戦慈に目を向けると、轟が歩み寄っていた。

 

「他にB組男子はいねぇのか?」

「いるように見えるか?」

「いいや……」

「それにしても、前も食堂で飯田達といたが、随分と距離が縮まったみてぇだな。保須か?」

「……それもある」

「ま、いいことだな」

 

 未だ他人との距離の取り方に慣れていない様だが、随分と雰囲気が和らいでいる轟。

 それに戦慈は肩を竦めて、言葉を交わす。

 周りは体育祭の事から、少し緊張感があったが、2人の会話を聞いてホッとしていた。

 その後、八百万達もプールに入り、軽く泳ぎ始める。

 

 A組男子陣も準備運動を始めていると、上鳴と峰田が勢いよく扉から飛び出してきた。

 

「「新しい水着ーー!!!」」

「遅かったじゃないか!」

「「ぶへええええ!?」」

 

 何故か水中眼鏡を目に着けた飯田が、爽やかな笑みを浮かべて右手を上げる。

 峰田と上鳴は思いっきりずっこけて、地面を滑っていく。

 

「な、なんでお前らまでいるんだよぉ!?」

 

 峰田が顔を押さえながら叫ぶと、後から付いてきていた緑谷が笑みを浮かべながら答える。

 

「体力強化って聞いたから、皆にもメールしておいたんだ!」

「そういうことか……。真面目かよ緑谷……!」

「落ち着け上鳴。ここには確かに女子もいるんだ!」

 

 上鳴がなにやら悔し気に右手を握り締め、峰田が囁く。

 

 ちなみに男子陣のプール使用許可を出したのは峰田である。

 提出理由は『体力強化』であったが、一番の目的は『女性陣の新しい水着』を見るためだった。

 峰田は終業式の日に女性陣がプールに集まろうと話していたのを盗み聞きしていた。その時に、新しい水着を買ったのにと嘆いていたことも聞いており、それを見るために上鳴を誘って、今回の作戦を立てた。

 しかし、峰田と上鳴の2人で出しても相澤に疑われるのは間違いない。だから、真面目な緑谷を誘った。それが知らぬ間に拡大していたのだ。

 

 思わぬ事態になったが、2人は諦めず目的を思い出す。

 そして、ガバァ!と目を血走らせて女性陣に目を向ける。

 

「あら、来たのね」

「なんでずっこけてんの?」

 

 しかし、女性陣はスクール水着だった。

 それに2人は一瞬がっかりするが、B組女性陣の姿も見つけて興奮する。

 

「おおお!?B組女子まで!?最高なのに……なんでスク水なんだよ……!!」

 

 上鳴は何故ここまで揃ってビキニではないのかと小声で悔しがる。

 しかし峰田は、

 

「スク水もええですなぁ。それにより取り見取り……」

 

 なにやら悟ったように鼻の下を伸ばす。

 

 それを聞き逃す耳郎ではなかった。

 

「あいつら……」

「スケベな目で見てるわね」

「……成敗」

 

 蛙吹はもちろん他の者達も峰田の視線に気づき、ジト目を向ける。

 そこに里琴が右手を振り、小さい竜巻を横向きに放ち、峰田の顔に当てる。

 

「ごはぁ!?」

「峰田ああああ!!」

 

 峰田は後ろに壁に頭から叩きつけられ、上鳴が叫ぶ。

 もちろん女性陣は同情などせず、男子陣は呆れた目を向ける。

 

「峰田くん!上鳴くん!失礼な視線を向けるのは紳士の風上にも置けないぞ!」

 

 飯田は怒りながら、峰田達に迫る。

 飯田の言葉に峰田はガバッ!と体を起こし、

 

「水着の女がいたら、視姦するのが礼儀だああ!!」

「そんなわけがないだろう!さぁ、早速訓練を始めるぞ!」

「「いやあああああ!?」」 

 

 謎の理論を高らかに叫び、飯田が再び怒鳴り返しながら、峰田と上鳴を抱えて男子の輪の中に連れていく。

 

 その様子を八百万達は呆れながら見送る。

 

「こりへんなぁ」

「峰田ちゃんだもの」

「B組の皆さんにまで……申し訳ありませんわ」

「いやぁ、こっちも物間がいるしなぁ」

「ん」

 

 麗日が苦笑いして、蛙吹が冷たく言い捨てる。八百万が頭を下げるが、一佳達も大して怒れない存在を思い浮かべて苦笑するしかなかった。

 それに一佳達は先日のお台場で似たような視線を感じてきたので、慣れてしまっていた。

 

 戦慈は呆れながら峰田達を見ていると、緑谷が近づいてきた。

 

「拳暴君」

「あん?」

「あ、そ、そのぉ……よ、よかったら一緒にどうかなって」

 

 緑谷は頬を掻き、少しキョドりながら戦慈を誘う。

 戦慈は拒否しようとしたが、視線を感じて目を向けると、里琴と一佳がジィっと戦慈を見つめていた。

 その視線の意味をなんとなく悟った戦慈は、小さくため息を吐いて頷く。

 

「まぁ、程々にやらせてもらう」

「うん……!」

 

 緑谷は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 戦慈は再び小さくため息を吐きながら、パーカーを脱ぐ。

 その下から露わになる傷痕に数名が息を呑む。

 

「体育祭で遠くからは見てたけど……」

「間近で見ると凄まじいな……」

「覇気がある……」

 

 瀬呂、障子、常闇が唸るように呟き、口田も頷く。

 

「飯田や緑谷の傷もすげぇと思ってたけど、まだマシだよな」

 

 上鳴も顔を引きつかせる。

 飯田は左肩に傷痕があり、緑谷も右手に傷が出来ている。しかし、戦慈は全身である。比較にもならない。

 戦慈も緑谷の右手の傷に気づく。

 

「その傷はヒーロー殺しか?」

「こ、これは……ちょっと期末で……」

「演習試験でか。……オールマイトか?」

「え!?う、うん……よくわかったね」

「お前がそこまで無茶する相手なんて、あいつくらいしかいねぇだろ。リカバリーガールも怒ってたしな」

「あぁ……」

 

 緑谷はオールマイトから演習試験で戦慈と戦ったことを聞いていた。

 だから、戦慈もリカバリーガールに治療を受けたのは、すぐに推測できた。

 

「緑谷くん!拳暴くん!始めよう!」

「うん!」

 

 飯田に声を掛けられて、緑谷と戦慈は飯田の元に向かう。

 そして、男子は順番に飛び込み、泳ぎ始めるのだった。

 

 その様子を一佳達は八百万達とビーチバレーで遊びながら眺めていた。

 

「飯田達が来てくれて助かったな」

「だね」

「ん」

「ってかさー。なんで拳暴だけ誘ってんの?」

 

 一佳達はホッとしていると、芦戸が爆弾を投下する。

 しかし、それは麗日達も思っていたようで、頷きながら一佳達を見る。

 一佳達は今更な疑問に首を傾げる。

 

「何でって言われてもなぁ……」

「巻空とセットのイメージはあるけど、プールまでってのは思ってなかったな」

「私達からすると、もう里琴が来るなら拳暴も来るしかないって感覚だからさ」

「ん」

「この前ェもお台場行きましィた!」

「……普通」

「そこまでなんや……」

 

 切奈の言葉に唯も頷き、ポニーが更に燃料を注ぎ、里琴も頷く。

 それに麗日は慄き、蛙吹が指を顎に当てながら思い出す。

 

「そう言えば、学食でもよく見かけるわ」

「そーそー。学食もそうだし、体育祭の休みとかには東京観光で遊んだしね」

「違和感ない」

「先ほどのように卑猥な視線を向けませんし、悪漢から守ってくださいました」

「ん」

「……番犬」

 

 切奈がボールを上げながら答え、柳、茨、里琴も頷く。

 それに芦戸達は思った以上に仲が良い事を理解した。

 

「思ったより女性受けがいいんだね~」

「なんか轟や爆豪みたいに付き合い悪そうだと思ってたけどね」

「里琴と一佳のせいかな。無理矢理連れ出して、拳暴はもう諦めた感じ」

「「「なるほど!!」」」

 

 葉隠と芦戸の言葉に切奈が苦笑しながら答え、それに納得する芦戸達。

 一佳は苦笑して、里琴は胸を張る。

 

「仮面してるし、確かにぶっきらぼうだけどな。いい奴なんだよ。中学同じってのもあるし」

「職場体験では拳暴さんのことで焦ってましたしね」

「そ、それは言うなよ!八百万!」

「まぁ、広島の事件は仕方ないっしょ。ウチらだって保須のニュースで焦ったし」

 

 意図してか天然か、八百万に揶揄われて少し顔を赤くする一佳。

 それに耳郎がフォローして、麗日達も確かにと頷く。

 

「そういえば緑谷なんでしょ?この前、遭遇したの」

 

 そこに柳がショッピングモールでの事件を話題に挙げる。

 八百万達は顔を顰めて頷く。

 

「まさかね~。あんなところに現れるなんてね」

「本当に負傷者がいなくてよかったですわ……」

「ああいう時の緑谷ちゃんの判断力と行動力は凄いと思うわ」

「うん……」

 

 蛙吹はその場にいなかったので、聞いただけだが緑谷は本当によく耐えたと思っている。

 それを間近で見た麗日は不安そうに眉尻を下げながらも頷く。

 

 視線を男子に向けると、丁度緑谷が飛び込んだところだった。

 麗日はその姿を複雑そうに見つめるのだった。

 

 すると、戦慈が途中で泳ぐのを止めて、女性陣のすぐそばのレーンに移ってきた。

 立ち上がった戦慈の体は二回りほど大きくなっていた。

 

「どうしたんだ?」

「あん?ああ、体がまたデカくなりそうだったんでな」

「なるほど」

 

 一佳が声を掛けると、戦慈は髪を掻き上げながら答える。仮面も少しだけ外して顔を拭う。

 それに切奈も頷くと、首を傾げる。

 

「仮面外せば?」

「そこまで晒す気はねぇよ」

 

 戦慈はゆっくりと歩いて、プールサイドを目指していく。

 プールから上がると緑谷が心配そうに声を掛けてきたが、戦慈は頷くと人気のない方に体を向ける。

 緑谷や他の者達が首を傾げると、戦慈は右手を握り締め、右脚を踏み出してアッパーを放つ。

 

 

ドッッッパアアアアアアァン!!!

 

 

 上空に向かって巨大な衝撃波が放たれ、近くにいた緑谷は飛び跳ねて驚き、他のA組の者達も目を見開く。

 もちろん一佳達はすぐに何をする気なのか分かったので、驚くことはなかった。

 

「あぁ~、そっか。拳暴ってあれがあったね」

「確かに海とか普通のプールで、あれをやるわけにはいかないね」

「ん」

「そりゃ行く気にならないよな」

 

 切奈と柳が戦慈が渋っていた理由を理解し、唯と一佳達も頷く。

 泳ぐ以上アドレナリンが増え、体が膨れるに決まっている。しかし、一般では基本的に『個性』の使用は禁じられており、被害が無ければ見逃して貰えるが、戦慈の場合は確実に問題視される。

 被害が出ないように発散するのに、その行為が問題になるのだ。

 戦慈からすれば学校であろうと、面倒に決まっている。

 

「わりぃな。発散しねぇと水が吹き荒れちまうんだ」

「ううん!だ、大丈夫だよ!」

 

 体が元に戻った戦慈は緑谷に振り返りながら謝る。

 緑谷は首が千切れそうな勢いで横に振る。

 

「少し休ませてもらうぜ。体を落ち着かせねぇと、すぐに膨れ上がっちまう」

「う、うん」

「丁度いい!!皆!一度休憩しよう!!」

 

 いつの間にか近くにいた飯田が、男性陣に声を掛けて休憩する。

 その声に峰田や上鳴はぐったりと仰向けに倒れ、他の者も持ってきていたタオルなどで体を拭いて休憩を始める。

 戦慈もタオルで体を拭いて、プールサイドに座る。

 すると、

 

「「ぶわぁ!?」」

「ケロ!?」

「きゃあ!?」

「ちょっ!?」

「ん!?」

「ワオゥ!?」

 

 里琴が水の中で竜巻を生み出して、プールから飛び上がる。

 近くにいた女子陣は水飛沫と竜巻により発生した渦潮に悲鳴を上げて、飲み込まれる。

 切奈だけは首から上を切り離して、溺れるのを逃れる。

 里琴はそのまま戦慈の傍に降り立つ。

 

「……何してんだよ」

「……アトラクション?」

「俺が知るかよ。ってか、俺のタオル使うんじゃねぇ」

 

 戦慈は呆れながら里琴を見る。里琴は戦慈が使ったタオルで体を拭きながら、首を傾げる。

 そして里琴は戦慈の隣に座る。

 そこに切奈の首が飛んできて、里琴の頭頂部に頭突きする。里琴は流石に無表情のまま涙目になって、頭を押さえる。

 

「……うぅ」

「っつぅ~……流石に危ないよ」

 

 切奈も顔を顰めながら、里琴に注意する。

 プールサイドには女性陣が息も絶え絶えで乗り上がっており、プール内では蛙吹が救助活動していた。

 一佳がガバァ!と体を起こして、里琴に叫ぶ。

 

「いきなりはやめろよ!?」

「……むぅ」

「……死ぬかと思った」

「ケロ。私もちょっと焦ったわ」

 

 里琴は頭を押さえながら唸り、葉隠が仰向けに倒れながら呻く。

 それに他の女性陣や水中が得意な蛙吹も頷く。

 切奈も首を体に戻して、茨達の介抱を始める。

 

 その様子を男子陣も呆れながら見ていた。

 

「相変わらず破天荒な2人だな」

「ってか、巻空の竜巻って水の中でも使えるのかよ」

「ブツブツ……凄いな。巻空さんの『個性』はかっちゃんと同じ空中戦や撹乱戦に特化してると思ってたけど、水中だとスクリューみたいな役割を果たしたり、渦潮を生み出せるのか。しかも竜巻を強くすれば、水を巻き込んだ竜巻も作れそうだ。それって物理的にも脅威だし、火災とかにも威力を発揮するんじゃ……ブツブツ」

「怖ぇぞ緑谷」

 

 障子と砂藤が唸っていると、緑谷が顎に手を当ててブツブツと呟きながら推察を始めて、轟にツッコまれる。

 ということで、女性陣も休憩となる。

 もちろんB組女子は自然と戦慈(正確には里琴)の隣に集まる。それにつられてA組女子も一佳の近くに集まる。

 すると飯田が差し入れにオレンジジュースを持ってきて、男性陣に配り始める。流石に女性陣までの分は用意していなかったが、一佳達は当然だと思っているので不満はない。

 

「なんでオレンジジュース?」

「飯田さんの『個性』《エンジン》のガソリンはオレンジジュースなのです」

「へぇ~」

 

 柳が疑問を口にすると八百万が答え、一佳達は納得するように頷く。

 すると、戦慈の横に再び轟がやってきて隣に座る。

 

「どうした?」

「お前には礼を言っとかねぇとと思って」

「あ?」

「母のことだ」

 

 轟はジュースを飲みながら、前を向いて話しだす。

 

「体育祭の後、会いに行った」

「そうか。来るのが遅ぇって怒られたか?」

「いや。……いや」

「どっちだよ」

「言われなかった。それどころか笑って喜んでくれた。許してくれた。だからこそ、会いに行くのが遅かったと思い知った。もっと早く会いに行っておけばってな」

「まぁ、俺はあんなことしなくてすんだな」

「……けど、そのおかげで少しは周りを見れるようになった。親父の事も少しは客観的に見れるようになった……と思う」

 

 轟と戦慈は前を向いたまま話す。

 その話に里琴や一佳達は黙って耳を傾けている。

 

「だから、お前に礼を言いたいって思ってた」

「いらん。言っただろうが。あれはそこでビクビク盗み聞きしてる奴に頼まれたからしただけだ」

「えっ!?け、拳暴君!?」

 

 戦慈は肩を竦めて、話の矛先を緑谷に向ける。

 それに緑谷は肩を跳ね上げて、慌てて振り返る。

 

「てめぇが代わりにぶん殴れって言ったんだろうが」

「そ、それは……!そうだけど……でも、そうじゃないって言うか!?」

「落ち着くんだ!緑谷くん!」

 

 緑谷は完全に目を回してパニックになっていた。飯田が肩を揺さぶって、正気に戻す。

 話を聞いていた一佳達は、ようやく体育祭で見せた戦慈の言動の理由を知る。

 妙に轟に挑発的だったし、戦いが終わると緑谷に声を掛けたりしていたのを思い出す一佳。

 

「なるほどなぁ」

「……お人好し」

「うるせぇよ」

 

 その時、

 

「おいクソデクゥ!!」

「うわぁ!?か、かっちゃん!」

「てめぇ、クソナードの分際で俺を呼び出すたぁ、いい度胸じゃねぇか!!アァン!?」

「えぇ!?」

「やめろよ爆豪!わりぃ!緑谷!爆豪連れだすのに時間かかっちまって!」

 

 爆豪がイキりながら緑谷に詰め寄ろうとするが、それを切島が抑えながら右手を上げて謝罪する。

 爆豪は戦慈の姿も見つけると、更に目を吊り上げる。

 

「あぁ!?なんで仮面野郎までいやがるぅ!?」

「やめないか爆豪くん!拳暴くん達のところに僕達が割り込んだんだ!」

「うっせぇ!!知るか、んなことぉ!!」

 

 飯田も制止するが、もちろん爆豪が止まるわけがなかった。

 変わらずの爆豪に一佳達も呆れるしかなかった。

 

「相変わらずケンカ売るなぁ」

「ん」

「どうしてあの方は、あそこまで荒れ狂っているのでしょうか?あぁ……手を伸ばすべきなのでしょうが、未熟な私では癒せないかもしれません」

「いやいや、茨。あれは誰でも無理だと思うよ?ねぇ」

「「「「うんうん」」」」

 

 茨が両手を組んで嘆き始めるが、切奈が慰めながら芦戸達にも声を掛け、芦戸達は力強く頷く。

 茨で止まるなら、A組一同誰も苦労していない。正直、切島が凄いと思えるくらいである。

 

「仮面野郎!!いい機会だ!ここで決着つけてやる!!」

「こんなところで戦うわけねぇだろうが」

「あぁん!?ビビってんのかぁ?」

「最近、脳無やらオールマイトやらで体を壊しまくってんだ。必要ねぇなら戦わねぇに決まってんだろ」

「……オールマイトだぁ?」

 

 両手で小さな爆破を炸裂させながら、挑発する爆豪。

 戦慈はもちろん断るが、オールマイトの名前に爆豪はピタリと止まって、目を細める。

 

「……期末か?」

「ああ」

 

 爆豪の反応から、戦慈達は爆豪も期末でオールマイトと戦ったのだと推測する。

 

「……ってこたぁ、お前と緑谷で組んだのか?」

「っ!!うるっせぇんだよ!!んなもん関係ねぇだろがぁ!!」

 

 図星か、と戦慈だけでなく一佳達も見抜けるほどの反応だった。

 試合内容を知っている緑谷や麗日達は、地雷を踏んだと気づいた。

 

「なるほどな。そりゃあ、オールマイトも派手にやるわな」

「そう言うテメェはどうだったんだよ!!無様でも晒したか!?」

 

 爆豪の言葉に里琴はもちろん、一佳達も苛立ちを露わにした。

 八百万や飯田達が止めようとしたが、それより先に戦慈が里琴の頭に手を置いて抑える。

 

「当たり前だろが。手も足も出なかったな」 

 

 戦慈は事実そう思っていたので、正直に答える。

 ハンデありで、余裕で会話をしていたのだ。しかもドラミング・ドープを使うのを眺めていた。なので、本来なら手も足も出なかったというのが戦慈の捉え方である。

 

 しかし、納得出来ない者達がいた。

 

「馬鹿言うな。あの戦いを見て、手も足も出なかったなんて認める奴なんていないぞ!」

「そうだよ。ステージ半壊するほど殴り合って、オールマイトに重り壊させるほど本気にさせて、それでも倒れずにクリアしたんだよ?あんなの拳暴以外に誰が出来るのさ」

「ん」

「それも背後に私を庇いながらです」

「そう言う爆豪は、オールマイトに2回思いっきりお腹殴られても戦えるの?」

「最後はカウンター決めてまぁシタ!」

「……くたばれ」

 

 一佳、切奈、唯、茨、柳、ポニー、里琴の順で戦慈を庇う。最後の1人はただの罵倒だったが。

 

 それでも、その内容は爆豪はもちろん飯田達にも衝撃を与えた。

 

「っ!!」

「オールマイトに本気を……!?」

「そんな……!」

「マジで!?」

 

 爆豪は目を見開いて固まり、飯田や麗日、轟達も目を見開く。

 緑谷はオールマイトから話を聞いていたので、驚くことはなかった。

 

「聞いたよ。デトロイト・スマッシュを2回当てたのに、反撃してきたって。しかも2回目はかなり本気だったって」

「なっ……!?」

 

 爆豪は盛大に顔を顰める。

 爆豪はデトロイト・スマッシュどころか単純な腹パンで崩れ落ち、最後は押さえ込まれて気絶した。

 しかし、戦慈はそれ以上の攻撃を浴びて立っていた。戦っていた。

 それは間違いなく自分では出来ないことだと理解させられた。

 

「まぁ、結局その後骨折やらなんやらでボロボロだ。あれじゃあ駄目だろ」

 

 戦慈は肩を竦めて、一佳達を抑えるように手を振る。

 一佳達は納得してはいなかったが、それ以上は何も言わなかった。

 

「でだ。どんな形で戦うにしても、俺が全力を出すとプールが崩壊する。だから本気で戦うわけにはいかねぇ。お前はそれで納得すんのか?」

「っ!……くっそがぁ!!」

 

 爆豪は盛大に顔を顰めて歯軋りをして、翻して去っていく。

 それに緑谷達はホッと息を吐き、八百万と飯田が戦慈達に頭を下げる。

 

「本当にすまない!」

「本当に申し訳ありません!」

 

 戦慈や一佳は苦笑しながら首を横に振る。

 

「あいつが丸くなるのも変な気分だしな」

「私達もちょっと意地になったし」

「とりあえず爆豪のガス抜きしてあげれば?」

 

 切奈の言葉に飯田が顎に手を当てて考え込む。

 

「そうだな。……よし!皆!誰が一番泳ぐのが速いか、競争しないか!」

 

 飯田の提案に男子陣は乗り気になる。

 

「『個性』は使っていいの?」

「学校内だから問題はないだろう!」

 

 尾白が質問すると、飯田は笑みを浮かべて頷く。

 そして戦慈に顔を向ける。

 

「拳暴くんはどうするんだ?」

「俺はパスだな。プールを壊しそうだ」

 

 戦慈は肩を竦めて、参加を拒否する。事実、本気で泳ぐとゴールに着くころには飛び込み台を壊しそうである。

 飯田は頷いて、A組男子にルール説明と順番を決めていく。

 八百万達も手伝いを申し出る。

 

「盛り上がってきたねぇ」

「泳ご」

「ん」

「……がし」

「「は?」」

 

 切奈達が泳ごうと立ち上がると、里琴が左右にいる戦慈と一佳の腕を抱える。

 戦慈と一佳は里琴の行動に唖然とするが、直後里琴が背中から竜巻を放つと、2人を抱えたままプールへと飛ぶ。

 

「うわぁ!?」

「てめぇ!!」

「……いえー」

 

 ドッボォン!と水柱を立てて、3人はプールに落ちる。

 切奈達は苦笑して、追いかけるように飛び込む。

 

「ちきしょおおおお……!水着女子に腕を抱えられるダトオオオオ……!」

「諦めろ峰田」

「男として許せるかあああ!!ごはぁ!?」

「峰田ああああ!?ぶへぇ!?」

 

 峰田がいよいよ嫉妬に耐えられず、叫び始める。

 それを障子が冷静に声を掛けるが、峰田は収まらず叫び続ける。しかし、再び里琴の竜巻が襲い掛かり壁に叩きつけられる。

 崩れ落ちる峰田に上鳴が駆け寄るが、追撃に放たれた竜巻を浴びて、同じく壁に叩きつけられる。

 

「……悪は死すべし」

「おめぇもだよ」

「……ブグブグブグ」

 

 里琴は両腕を突き出して、決め言葉のように呟くが、直後に戦慈が頭を押さえ込んでプールに沈める。

 一佳は呆れながら泳ぎ始め、唯達もその周囲を泳ぐ。

 

 そして、A組男子の競泳自由形(『個性』あり)がスタートした。

 すると、やはり爆豪や轟が圧倒する。

 

「泳いでないじゃん」

「まぁ、『個性』ありだとこうなるよな」

「……ズル」

 

 ゆったりと泳ぎながら切奈達は呆れて見学する。

 その後も、ゆったりと泳ぎながら見ており、決勝戦は轟、爆豪、緑谷の3人となった。

 そして、熱気が最高潮になり、スタートの合図が鳴らされ飛び込んだ瞬間、3人の『個性』が消えた。

 

「なんだ!?」

「『個性』が消えた!?」

「17時。終わりだ」

 

 瀬呂達が慌てていると、髪を逆立てた相澤が現れる。

 

「そんなぁ!?」

「せっかくいいとこなのに!」

 

 切島達がブーイングすると、ギン!!と相澤は目を鋭くして、

 

「何か言ったか?」

『なんでもありません!!!』

「なら、とっとと帰れ」

 

 こうして、プールは終了した。

 

 戦慈達も引き上げ始め、更衣室に向かう。

 峰田が後ろに回り、一佳達の尻を見て鼻を伸ばそうとすると、

 

「……くたばれ外道」

「うぎゃああああぁ!!」

 

 里琴が強めの竜巻を放ち、峰田はプールの外へと飛ばされていった。

 流石に上鳴も同情できず、誰一人助けにはいかなかった。水着で校舎の外を歩くわけにもいかないのもある。

 

 ちなみに峰田はその後、警備ロボに連行され、相澤から説教を受けることになるのだが、ほぼ全員が着替え終わるころには峰田の存在を忘れていた。

 

 

 

 戦慈達は学校近くで夕食を食べることにした。

 

「ってことで、八百万にドレスをお願いすることになった」

「……金払えんのか?」

「レンタルだから多分大丈夫だろ」

「ついでに拳暴の分も頼んどいたよ」

「……なんでだよ。それに寸法はどうすんだよ?」

 

 一佳と切奈の言葉に、戦慈は呆れる。

 そこに柳が爆弾を放り込む。

 

「里琴が教えてた」

「ん」

「……ブイ」

「……俺はてめぇに教えた事も測られた記憶もねぇよ……」

「まぁ、もう里琴じゃん?」

 

 切奈の言葉に全てが集約されていると一佳達は納得する。

 正直、声真似をしても驚かない自信がある。

 

「とりあえず、来週まで節約だね」

「楽しみデェス!」

「ん!」

 

 こうして切奈達は、次の楽しみに心を躍らせるのであった。

 

 




と、いうことで。
感想でも聞かれまして悩んでましたが、劇場版DVDと小説を読み込みまして、せっかくなので劇場版も書いちまえとなりました。
そして、とことんハーレムを連れていきます!

理由?
スク水まで書いたら、ドレス姿も書いてあげたいじゃないじゃないですか!

今作では緑谷の右手は体育祭でボロボロになってないので、期末で無茶をしたことにしました(__)
そして、流石にプールで男一人も可哀想と思ったので、A組を参加させました。まぁ、これは劇場版の話で、絡ませやすくするためです(__)

ちなみにもう1つの理由は、神野区騒動にどう戦慈達を絡ませるべきかとまだ悩んでいます(-_-;)職場体験のように別の場所でも、とも考えてますが、流石にヒロアカの世界で神野区は無視できない。って感じですので、少し時間稼ぎをさせてください(__)申し訳ないです(__)


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拳の四十一 I・アイランドへGO!

劇場版編です。
戦慈達も活躍させますが、クライマックスが緑谷とオールマイトであることは変わりありません(__)


物間の『スカ』の意味が分かりましたが、それ以上に衝撃なのが、スカだったとしてもエリちゃんと同じ角が生えていたこと。
もしかして【異形系】もほとんどコピー出来るのだろうか?(-_-;)もうちょっと知りたい!



 戦慈達は雲の上にいた。

 

「もうすぐだな」

「コスチュームはどこで着替えるの?」

「ホテルで良くない?」

「いや、入国時に着替えないとダメみたいだ」

「じゃあ、空港に着いたら更衣室探さないとね」

「ん」

 

 もちろん飛行機の中である。

 制服を着ている戦慈達はいつも通り揃って乗っており、ワイワイと楽しみながらI・アイランドを目指していた。

 ちなみに里琴は窓に額をくっつけて、ずぅ~っと外を眺めていた。

 戦慈はその隣で腕を組んで目を瞑っており、一佳達はその隣や後ろに座っている。

 

「……見えた」

「ん」

 

 里琴と唯の言葉に、一佳達は見える範囲で窓を覗き込む。

 海の上に巨大な丸い形の人工島があった。

 

 I・アイランドは独自の移動機能も備えており、警備システムは凶悪犯収容監獄『タルタロス』にすら匹敵すると言われている。

 島内では『個性』使用が認められており、『個性』の研究やサポートアイテムの研究・開発が行われている。独自のアカデミーも存在する。

 

『長旅お疲れ様でございました。当機は間もなく着陸態勢に入ります』

 

 放送が鳴り、一佳達は席に座ってシートベルトを締める。

 

 いよいよ戦慈達はI・エキスポの会場に到着したのであった。

 

 

 

 

 空港に到着した戦慈達は、職員に声を掛けて更衣室の場所を聞き、コスチュームに着替える。

 

 コスチュームに着替え終えた戦慈達は、搭乗口を目指して動く歩道に乗る。

 すると、目の前のシャッターが開いて、体のスキャンを開始する。

 

『ただいまより入国審査を始めます』

 

 何度も体にレーザーのようなものが当てられる。

 そして戦慈達の目の前にモニターが出現し、パーソナルデータが表示される。

 

「ほえ~……やっぱ厳重だね~」

「それにハイテク」

「ん」

「これくらいしないとヴィランから守れないからだろうな」

 

 切奈達はキョロキョロと周囲を見渡す。

 戦慈と里琴は一番後ろで立っているが、戦慈は僅かに苛立ちが噴出している。

 

「てめぇの荷物くらい、てめぇで持てよ」

「……か弱い」

「どの口が言ってやがる」

 

 里琴は戦慈に自分の鞄やコスチュームが入っていたトランクを持たせていた。

 戦慈は両手が塞がっており、歩きにくそうであった。

 

『入国審査が完了しました。現在I・アイランドでは様々な研究・開発の成果を展示した博覧会、I・エキスポのプレ・オープン中です。招待状をお持ちの方は、ぜひお立ち寄りください』

 

 入国審査が終了したと同時に、目の前のゲートが開き、動く歩道が終了する。

 ゲートを通った一佳達は目に入った光景に目を見開いて感嘆の声を出す。

 

「「「「お~……!」」」」

 

 少し先がエキスポ会場のようで、いくつものパビリオンが建ち並んでいる。

 水飛沫が上がったり、なにやら爆発音が響いたり、コスチュームを着た者達がサインやデモンストレーションを行っていた。

 そのどれもが見たこともない最先端技術で造られていた。

 

「雄英も結構凄いと思ってたけど……」

「比べられませんね」

「ファンタスティ~ック!!」

 

 戦慈と里琴も流石に興味深そうに周囲を見渡していた。

 

「とりあえず、まずは荷物を置きに行くか」

「ホテルは……」

 

 一佳達はホテルを目指そうと携帯で地図を確認しようとすると、コンパニオンの女性が近づいてきた。

 

「I・エキスポへようこそ!!ヒーローの方でしょうか?ご案内いたしましょうか?」

「あ、ゆ、雄英の者です。招待状をもらっているのですが……」

「ああ!雄英高校の方ですね!でしたら、まずはホテルですね。では、ご案内させて頂きます!」

 

 頷いたコンパニオンは腰のポケットからパンフレットを取り出して、一佳達に渡す。

 そしてパンフレットを開いて、ホテルの場所を示す。

 

「こちらが招待客の皆様がご宿泊されるホテルになります。現在地はここですので、ここを進んで、ここを左に曲がればすぐでございます。エキスポ会場にはホテルから入ることも可能ですので、招待状と貴重品をお持ちになってください」

「ありがとうございます」

 

 礼を言って、一佳達は移動を開始する。

 歩き始めてすぐに、後方から『キャー!』『わー!』と声が響き、振り返ると先ほどまでいた場所に物凄い人混みが出来始めていた。

 

「なに?」

「ん?」

「あ~……オールマイトだね」

「そう言えば、来るとか言ってたな」

 

 柳と唯が首を傾げると、切奈が首を切り離して浮かす。その切奈の視界に、見慣れた金髪の巨漢が目に入る。

 一佳はブラドの言葉を思い出して、納得するように頷く。

 No.1ヒーローが来れば仕方がないかもしれない。オールマイトは世界的に有名であり、世界的にもNo.1ヒーローとして認められているのだから。外国に来ればマスコミや観光客が騒ぐのは自明に理である。

 

「おい、早く行くぞ。巻き込まれたらたまらねぇ」

「……吹き飛ばしてやる」

「それは悪の発想ですよ」

「今更じゃね?」

「ん」

 

 戦慈と里琴は関わり合いになる前に逃げることを提案する。

 それに一佳達も同意し、駆け足気味に離れる。

 

 それでも人混みの端が離れた気にならない。それどころか更に近づいている気がする。

 それもそのはずで、今も一佳達と反対方向に大勢の人が走っていっている。目当てはやはりオールマイトである。

 

「どこで曲がるんだっけ?」

「あそこだよ!」

 

 切奈は首を浮かせたままで一佳達を誘導する。切奈の体は唯が手を引いている。

 そして里琴は既に戦慈の背中に張り付いている。

 一佳達は流石にトランクなどの荷物を引いているので、思ったよりスピードが出ない。

 それでも何とか走り続けて、ホテルに飛び込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「やっぱ凄いんだね~」

「加減を知らねぇから困る。だから、いまいち尊敬できねぇんだよ」

「……ん」

「ん」

「頷いちゃうんだ」

 

 切奈が呆れたように呟き、戦慈が迷惑だと吐き捨てる。それに里琴だけでなく唯すらも頷いてしまい、柳がツッコむ。

 

 一佳達はホテルのカウンターでチェックインをして、荷物を預ける。

 そして、そのままエキスポ会場に足を踏み入れるのだった。

 プレ・オープンで、招待状をもらった人のみしかいないはずだが、それでもかなりの人が会場を歩き回っていた。

 

「色々あり過ぎて、どれから回ればいいか分からないね」

「とりあえず、外から色々見て回ろうよ。で、気になったパビリオンを見て回ればいいんじゃない?」

「それが良さそうですね」

「レッツゴー!!」

「ん!」

「……ゴー」

 

 ポニーが右手を上げて歩き出す。

 それに一佳達も笑みを浮かべて歩き出す。戦慈もその後ろを付いて行く。

 

「凄い会場数だ。こりゃ、今日だけじゃ回り切れないな」

「明日は正式オープン。この数倍は来ると思う」

「そうなると余計に回れないよねぇ」

「ん」

「しかし、これだけあると、私達にとって勉強になる会場はどれなのか判断できません」

「……アイテム?」

「そんな都合よく見つかると思わねぇしなぁ」

 

 戦慈はとりあえずブラドの言葉通り、衝撃波の指向性やコスチュームの強化のヒントを探すつもりではあるが、そう簡単に見つかるとは思えなかった。

 

 色々と見て回ったり、外国のヒーローの姿を見て、戦い方を考察したり、屋台でアイスなどを食べながらエキスポを回る。

 

 その時、戦慈達の真上を牛が曳く戦車が走り抜ける。

 

「オーララララララァイ!!!」

 

 戦車には赤髪の巨漢の男が叫びながら手綱を叩いていた。

 

「あれもヒーロー?」

「だろうな」

「飛んでるのはアイテムなのでしょうか?」

「けどカウは本物みたぁいデス!」

「じゃあ、『個性』か」

「……不思議」

「ん」

 

 首を傾げて戦車を見送る一佳達。

 

 ちなみに彼はチャリオットヒーロー『イスカウダル』。《飛行牛車(フライング・チャリオット)》と呼ばれる『個性』の使い手で、自身が手綱を持つ牛と牛車を空中で走らせることが出来る。ギリシャで活動するヒーローである。

 災害時の空中からの捜索や物資運搬、避難誘導。さらには車や飛行機で逃げるヴィランの追跡なども出来、意外と幅広い活躍をしている。

 今回のエキスポでは乗っている牛車が新開発されたアイテムで、その技術は車や飛行機などにも今後導入される予定となっている。

 

 ということを、柳がネットで調べた。

 

 戦慈達は試しにとパビリオンの1つに足を踏み入れる。

 そこは自立型マシンの展示、実演をしているようだった。

 

「イッツァクール!」

「雄英のロボとは、また一味違うな」

「……硬そう」

「雄英のはあえて壊しやすくしてるんだろ」

「ああ、そういえば怪我しないように配慮してるって聞いたことあるね」

「ミサイル撃ってるのに?」

「ん」

「ここのロボットは見ただけでも強そうですね」

 

 並んでいるのは学校のカクカクしたロボットではなく、滑らかなフォルムをしているロボットばかりだ。

 液体金属を思わせるように腕を剣に変えたり、背中から翼が生えたり、タイヤもついていないのに地面を滑るように移動するロボットなどがあちこちで動いている。

 

「本当にハイテク」

「明らかに収納できる大きさじゃない物が出て来てるよね?」

「なんか六角形の粒子的なものが形作ってたな」

「もう変形ってレベルじゃねぇな」

「ん」

「この技術なら本当に拳暴のアイテム出来るんじゃない?一佳とかも手甲とか出来そうだよ」

「……確かになぁ」

 

 全く原理が分からない変形や構成を目の当たりにして、首を傾げるしか出来ない一佳達。

 しかし、それが逆に戦慈が望む装備を用意出来そうだと期待させる。

 質量の法則すらも凌駕し始めている技術に、一佳も素手で戦わなくても済むアイテムがあるかもしれないと期待してしまう。

 

「……銃欲しい」

「なんでだよ」

「……竜巻ストックできる奴」

「ああ、そういうことね」

「私もツルの先に装備できるものなどが欲しいですね」

 

 理解出来ない新技術を見れば、夢が膨らむのは当然の事で。

 一佳達は欲しいと思う武器や機能を語り始める。

 それによって、一佳達は次にサポートアイテムやコスチュームを展示しているパビリオンを目指して移動を始めるのであった。

 

 

 移動しているとカイジュウヒーロー『ゴジロ』が周囲にピースなど巨体に似合わぬ愛想を見せながら、歩いて行く。

 

「ワァオ!!ゴッジィロ!!」

「本当にデッカイ」

「ん」

「マウントレディよりも大きそう」

「でも、小さくなれるわけじゃねぇんだろ?」

「そうらしいな」

「……腹減りそう」

「確かに食事が大変そうですね」

 

 ポニーがハイテンションで手を振り、柳達はポケーと見上げながら思い思いに呟く。

 ここでも多くのヒーローがおり、サインをしたり、『個性』を披露したり、模擬戦を行っていた。

 すると、戦慈達に近づいてくる人影があった。

 

「おい、貴様」

「あん?」

 

 戦慈達は声がした方向に顔を向ける。

 そこにいたのは広島の事件で会ったブラスタだった。本日もコスチュームをフル装備している。

 

「あんたは……ブラスタだったか?」

「ふん。随分とボロボロだったように見えたが、もう大丈夫そうだな」

「……お久」

「貴様もいたのか」

「ブラスタって……」

「岡山にいるトップヒーロー。広島の事件でもいたって聞いた」

「ん」

 

 ぶっきらぼうに対応するブラスタ。

 一佳達は戦慈達との関係で思い出して、大人しく待機する。

 

「あの時は礼を言えなかったな。助かったぜ」

「ふん!礼を言われることじゃない。結局奴らには逃げられ、お前達ガキ共は入院だ。これで褒められたところで屈辱でしかない」

「……この2人、なんか似てない?」

「ん」

 

 戦慈とブラスタの会話に、柳が思わず呟き、唯や一佳達も頷く。

 それが聞こえたのか、ブラスタは一佳達に顔を向ける。

 

「それにしてもガキの貴様らが何故ここにいる?それに随分と賑やかではないか」

「俺は体育祭の優勝者ってことで、招待された。他の連中はミルコ達が招待状を譲ってくれてな」

「なるほどな」

「あんたもか?」

「俺は……」

「私達のお付きよ」

 

 ブラスタが戦慈の言葉に答えようとすると、その後ろから女性の声がする。

 声の主に目を向けると、青いショートヘアの女性が腕を組んで立っていた。

 

「貴方がスサノオ、拳暴戦慈ね?」

「あんたは?」

「私は波豪 ヒロミ。ブラスタの妻で、コスチュームデザインやアイテム開発の会社を経営しているの。今回は共同開発したアイテムなどがあるから、その関係で参加しているのよ。夫のこのコスチュームも私の作品でね」

「ふん」

 

 ヒロミはブラスタを指差しながら、自己紹介をする。それにブラスタはそっぽを向くが、険悪な雰囲気ではないので照れているのだろうと、戦慈で慣れている一佳達は見抜いた。

 ヒロミは戦慈に近づき、上から下まで視線を巡らせる。

 

「なんだよ?」

「夫から話を聞いてね。体育祭や広島での戦いの映像を見てたのよ。ふ~ん……確かにこのコスチュームじゃ、あなたの『個性』の制御は難しいかもしれないわね」

「……あんたならどうにか出来るか?」

 

 戦慈はせっかくなので尋ねてみることにした。

 しかし、ヒロミは首を横に振る。

 

「悪いけど、私の会社とは別分野ね。うちは夫を見たら分かると思うけど、機械的なところが前面に出るから。雄英の1年だと……骨抜って子や飯田って子のコスチュームを担当してるわ」

「……なるほど」

 

 まさかのクラスメイトのコスチュームをデザイン・製造した会社の社長だったことに戦慈や一佳達は驚く。

 しかし、それなら同時に確かに戦慈のコスチューム改良は難しいだろうと理解も出来る。

 

「貴方の『個性』はパワーによって体つきが変わるから、私の会社では多分耐久面で限界があると思うわ」

「そうか……」

「コスチュームの強度自体は日本の会社でも改良出来るだろうけど……。問題である溢れだす衝撃波や意識的に放つ衝撃波の指向性や制御は、少し厳しいかもしれないわね。手だけならあり得るけど、貴方の場合腕だけじゃなくて全身だものね」

「だろうな。分かった。それだけ聞かせてもらえば十分だ」

「けど、それは日本に限ればよ。ここなら可能性は十分にあるわ。問題はここの開発者は守秘義務の関係で、島の外には出れないってこと。だから、開発者だけでなく、企業も見つけないとダメね」

「……学生の俺じゃ無理だな」

「そういうことになるわね。まぁ、繋がりだけでも作るのはありだと思うわよ。目当ての開発者の名前を知るだけでもね。もしかしたら特許を取って、日本でも扱えるようになるかもしれないわ」

 

 丁寧に教えてくれるヒロミに、戦慈は頷いて礼を言う。

 その後、ヒロミとブラスタは自身の会社のブースに戻っていった。

 

「別の意味で凄いコネ貰ったんじゃないか?」

「かもな」

「まさか骨抜のコスチュームの社長さんとはね~」

「しかし、コスチュームも展示しているので、いてもおかしくはありませんね」

「ってか、いないとダメじゃね?」

「ん」

 

 今回は新開発のオンパレードである。つまり、ここで共同開発やスポンサーとして参加していないと、それは技術的な面でI・アイランドとの繋がりが希薄であると証明することになる。

 つまり、今後の改良や開発面で大きく劣る可能性があるのだ。それは自分のコスチュームをデザインしてくれている会社であるならば、かなり死活問題である。

 

 それに気づいた一佳達。

 すると、切奈が右手を上げる。

 

「はい、ていあ~ん。自分のコスチュームの会社のブースも探して行かない?」

「だな」

「ん」

「……ん」

「行く」

 

 一佳達も頷いて、新しい目的地を設定する。

 そして、一佳達は新技術が使われたコスチュームを展示しているパビリオンを訪れた。

 

 様々なコスチュームが展示されており、多くのヒーロー達も唸りながら見ていたり、スタッフに声を掛けたりしていた。

 一佳達も早速見て回り、機能の説明を見ながら考察をする。

 

「振れば鉄板になるマント」

「穴が開いても修復するコスチューム。ただし、直るのは5cm大の穴まで」

「頑丈だけど水にも浮かぶアーマー」

 

「……凄い?」

「ん?」

「多分、私達の誰にも合わないからじゃないか?」

「穴が修復すんのはいいけど、まだサイズが微妙だしな」

「水に浮かぶのも良し悪しだしねぇ」

 

 凄いはずなのに、一佳達が求めている機能ではないので、いまいち盛り上がれない。

 

 そもそもの話、戦慈以外コスチュームに特別な機能を付ける必要性があまりないのだ。

 切奈はすでに必要な機能を持たせているので、これ以上改造しようがないのもある。

 

「思ったんだけどさ」

「どしたの?」

「拳暴のコスチュームって、オールマイトのコスチューム作ってる会社と同じじゃダメなの?」

 

 切奈の言葉に一佳や唯達は「言われてみれば……」と頷く。

 しかし、それに柳が声を上げる。

 

「多分、無理」

「え?」

「オールマイトのコスチュームを作ったのは、デヴィット・シールド博士って人。ノーベル個性賞を受賞した天才発明家。だから、一般のデザイン会社じゃ発明されてないはず」

「レイ子、詳しいね」

「ん」

「ネットで調べたことがある」

 

 柳はネットサーフィンが趣味なので、何かの拍子でたまたま見たことがある。

 柳の説明に切奈達が頷いて、同時に首を傾げる。

 

「そんな人だったら、ここにいそうじゃない?」

「いたとしても、どうやってコスチュームを頼むんだよ?プロでもないガキに。それが出来るなら、もう会社設立してるだろ」

「それもそうですね」

「ん」

 

 戦慈の言葉に茨と唯が頷いて、一佳達も納得する。

 

「中々うまくいかないなぁ」

「……まだ2割程度」

「そうですね。まだ見てない技術がたくさんあります」

「ん」

「どこかァに拳暴サンにフィットするのありまァすヨ!」

 

 一佳が悔し気に腕を組んで、里琴や茨がまだ見るところはあると励ます。

 それに唯が頷いて、ポニーも右手を上げて歩き出す。

 

 こうして、なんだかんだでエキスポを満喫していく一佳達であった。 

 

 



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拳の四十二 アトラクション!

 戦慈達はエキスポ会場を歩き回った。

 

「ちょっと休憩したいね」

「そうですね」

「カフェでも行こうか」

「ティータイム!」

 

 ということで、一佳達はカフェを目指すことにした。

 ちなみに里琴は途中から戦慈の肩に乗っていた。どれだけ戦慈が投げ捨てても、すぐに肩に戻ってくるので諦めた。

 里琴が戦慈の肩に乗ったので、戦慈の隣が空いたところにさり気なく唯が立つようになっていたが、誰もツッコまなかった。

 

 戦慈達がカフェを見つけて近づいて行くと、オープンスペースの席に見慣れた姿と意外な姿を見つけた。

 近づいて行くと、向こうも一佳達に気づいて、笑みを向けてくる。

 

「あ、拳藤さん!」

「よ。八百万」

「け、拳暴君にB組の……!」

「緑谷も来てたんだ」

「う、うん」

 

 いたのはコスチューム姿の八百万、耳郎、麗日、そして初めて見る眼鏡に金髪の女性。その隣のテーブルに同じくコスチューム姿の緑谷が1人で座っていた。

 緑谷は目を見開いて、戦慈達の姿に驚いていた。

 金髪の女性は八百万に声を掛ける。

 

「この子達も雄英生?」

「はい。隣のクラスの方達です。拳藤さん、彼女はメリッサさん。ここのアカデミーに在籍されている方で、今回のエキスポにも作品を展示している素晴らしい方ですわ」

「メリッサ・シールドです。アカデミー3年生よ。よろしくね」

 

 頭を下げるメリッサに一佳達も自己紹介をしていく。もちろん、里琴は戦慈の肩の上からである。

 一佳達は呆れて注意するが、メリッサは楽しそうに笑って許してくれた。

 そんな中で柳が首を傾げる。

 

「シールド……?デヴィット・シールドの関係者?」

「ええ、デヴィット・シールドは私の父よ」

 

 メリッサの答えに一佳達は目を見開いて驚く。

 デヴィット・シールドの話をしていたこともあって、まさかの人物の登場には驚くしかなかった。

 その反応に緑谷が首を傾げる。

 

「拳藤さん達もデヴィット博士のことを知ってるの?」

「さっき、拳暴のコスチューム改良で博士の名前が出てたんだ」

「拳暴君の?」

「オールマイトのパワーに耐えられるコスチュームなら、拳暴のコスチュームもそう簡単に壊れないんじゃないかってさ」

「ああ……なるほど」

 

 一佳と切奈の説明に、緑谷や八百万達は納得したように頷く。

 メリッサは首を傾げて、戦慈に顔を向ける。

 

「彼のコスチューム?」

「拳暴はパワータイプの『個性』で、オールマイトみたいに衝撃波を放てるんです。ただ、最大威力で放つとコスチュームが耐えられないんですよ。だからオールマイトのコスチュームと同じ作りなら、耐えられるかなって」

「……なるほどね」

 

 メリッサが頷いて、なにやら考え込むように顎に指を当てる。

 その間に戦慈と里琴は緑谷と同じテーブルに、一佳達は他のテーブルに分かれて座る。

 

「お待たせしました」

「あ、どうも。って、その声……」

 

 すると、緑谷の前に飲み物が置かれる。

 緑谷は聞き覚えがある声に顔を上げると、そこにはウェイター姿の上鳴と峰田がいた。

 

「上鳴君!」

「と、峰田君!?」

「あんたら何してんの?」

 

 驚く耳郎達に上鳴と峰田はサムズアップをする。

 

「エキスポの間だけ臨時のバイトを募集してたから応募したんだよ」

「休憩中にエキスポ見学出来るし、給料もらえるし、可愛い女の子と素敵な出会いがあるかもしれないからな!!」

「不純ですね」

 

 胸を張って答える峰田に、茨が両手を組んで切り捨てる。

 しかし、2人はそんなことを一切に気にせず、メリッサに目を向ける。

 そして緑谷に絡んで、メリッサとの関係を質問し始めるが、そこにコスチューム姿の飯田が猛烈な勢いで迫ってきた。

 

「なにを油を売っているんだ!?バイトを引き受けた以上、労働に励みたまえーーー!!!」

「「いぎゃああああ!?」」

 

 飯田の余りの勢いに上鳴と峰田は悲鳴を上げながら飛び退き、飯田は風を巻き起こしながら戦慈達の間を駆け抜けて、2人に喉チンコが見えるまで迫る。

 

「飯田君!?」

「来てたん?」

 

 緑谷と麗日が目を見開きながら、飯田に声を掛ける。

 飯田は振り返って、カクカクブンブン!と腕を振りながら答える。

 

「うちはヒーロー一家だからね。招待状が届いたんだ。家族は予定があって、来たのは俺1人だが」

 

 その答えに納得した緑谷達は和やかに会話を続ける。

 メリッサが翌日の一般オープンでも案内役を買って出ると、八百万達は喜び、上鳴と峰田が「俺達もぉ!!」と詰め寄って飯田が怒鳴りつけたりしていると、

 

ズドン!!

 

 と、大きな破壊音が響いた。

 緑谷達が慌てて立ち上がって、音がした方向を振り返ると、近くの会場から大きな土煙が上がっていた。

 飯田と緑谷が駆け出して、会場に向かう。

 

「あれは!?」

「確かあそこは……『ヴィラン・アタック』アトラクションだったかしら?」

 

 八百万達やメリッサも2人を追う。

 一佳達も付いて行こうと立ち上がり、戦慈と里琴もとりあえず付いて行く。

 

「あそこってアトラクションだったよね?」

「ああ、確かタイムアタックが出来るところだ」

「ん」

「じゃあ、安全?」

「誰かが暴れただけだろ」

「……人騒がせ」

 

 危険性はないと判断した一佳達は、小走りで追いかけることにした。

 

 

 

 緑谷達が慌てて駆けつけたのは、オープン会場になっている観客席だった。

 

 そこで目にしたのは土煙が巻き上がっている大きな岩山で、所々でロボットが壊れて倒れている。

 ここはヴィランを模したロボットを倒していくタイムアタック・アトラクション『ヴィラン・アタック』。

 

 会場に立っているMCと思われる女性が、笑顔で声を上げる。

 

「クリアタイム33秒!!第8位です!!」

 

 その言葉と同時にモニターに映し出されたのは、コスチューム姿の切島だった。

 

「切島君!?」

「え?デク君。あの人も?」

「はい、クラスメイトです」

 

 驚く緑谷に、メリッサが首を傾げながら声を掛ける。それに緑谷は頷き返すも、未だ衝撃から回復出来なかった。

 飯田や麗日達も目を見開いている。

 しかし、更に驚かされる出来事が起きる。

 

「さぁ、次なるチャレンジャーは……!?」

 

 MCの女性は盛り上げながら、ある方向を手で指す。

 その方向には通路の入り口があり、そこから新しい人影が現れる。

 

「っ!!?か……かっちゃん……!?」

 

 現れたのは爆豪だった。もちろんコスチューム姿である。

 悠々とスタート地点に歩いて行く爆豪の姿に、緑谷達は唖然と見ていると、戦慈達も横に現れる。

 そして切奈達も爆豪の姿に首を傾げる。

 

「あれ?爆豪じゃん」

「なんで?」

「……くたばれ」

「里琴。まだ何も言われてないから」

 

 里琴は未だにプールでの言葉を根に持っていた。一佳も内心まだ許せてはいないが、とりあえず里琴を宥める。

 もちろん里琴は相変わらず戦慈の肩に乗っている。

 

「それではぁヴィラン・アタック!レディ……ゴー!!」

「はっはぁ!!」

 

 スタートの合図と同時に勝気な笑みを浮かべながら、両手で爆破を放ち、一気に上昇する。

 連続で爆破を放ちながら、次々とロボットを爆砕していく。

 

「死ねぇ!!」

 

 そして、最後のロボットに向かって、生き生きした笑みを浮かべて叫びながら爆破を放つ。 

 

(死ね?)

 

 物騒なはずなのに余りにも清々しい笑顔で叫ばれた言葉に、緑谷は言葉の意味が一瞬あやふやになった。

 麗日達や戦慈達も呆れた顔で、爆豪を見つめる。

 

「相変わらず過激な奴だな」

「あそこまで行くと、もう清々しいね」

「ん」

 

「これはすご~い!!クリアタイム15秒!トップです!!」

 

 MCから称賛の言葉がかけられるも、爆豪はつまらなさそうな顔でスタート地点に戻り、少し離れた先にいる切島の元に向かう。

 その時、切島が緑谷達に気づく。

 

「あれ?あそこにいるの緑谷達じゃね?」

「あぁん?」

 

 切島が指差した方向に顔を向けると、頬を引きつかせながら乾いた笑みを浮かべる緑谷を見つける。

 その瞬間、再び爆破して観客席の手すりまで一気に飛び、緑谷の目の前に迫った。

 

「ひぃ!?」

「なぁんでテメーがここにいるんだぁ!!」

 

 引きつった悲鳴を上げながら後退る緑谷だが、爆豪はお構いなしに叫ぶ。

 

「や、やめなよ、かっちゃん。人がいるし……」

「だからなんだっつーんだ!!」

 

 緑谷がビビりながらも宥めようとするが、もちろん逆効果でしかなく、更に叫ぶ爆豪。

 今更人の目を気にする自分ではなく、それ以上に何故緑谷がここにいるのかが重要だった。

 そこに飯田が間に割って入る。

 

「やめたまえ爆豪くん!!」

「テメーに用はねぇんだよ!!こんなところでまで委員長ヅラすんじゃねぇ!!」

「委員長はどこであろうと委員長だ!!」

 

 飯田にも噛みつく爆豪。

 その姿にメリッサは首を傾げる。

 

「あの子、どうして怒ってるの?」

「いつものことです」

「男のインネンってやつです」

 

 呆れた耳郎と悟った顔の麗日が答える。

 話にならないと、八百万は下にいる切島に声を掛ける。

 

「切島さん達も招待されたんですの?」

「いや、招待されたのは爆豪。体育祭優勝したB組の拳暴が行くから、A組からは準優勝した爆豪を行かせることになったんだってよ。で、俺はその付き添い。なに?皆もこれから挑戦すんの?」

 

 切島は八百万や戦慈達を見ながら言ったつもりだったが、その言葉が聞こえた爆豪は緑谷を睨んで吠える。

 

「やるだけ無駄だ!俺が上に決まってんだからな!」

「うん、そうだね、うん」

 

 緑谷は波風を立てないように顔を引きつかせながらも、挑発を受け流そうとする。

 しかし、

 

「でも、やってみないとわからないんじゃないかな?」

 

 と、麗日が独り言のように呟いた。

 それが緑谷の耳に届いたのか、

 

「うん、そうだね、って……」

 

 と、相槌を打ってしまった緑谷。

 失敗に気づいた時には、もう遅かった。

 爆豪が更に目を吊り上げながら、柵を乗り越えて緑谷に詰め寄る。

 

「だったら、早よ出て惨めな結果出してこいや!!クソナードがぁ!!」

「は、はい!!」

 

 緑谷は顔を引きつかせて頷くしか出来なかった。

 更に戦慈に目を向ける爆豪。

 その顔は緑谷に対するのと違って、鋭かった。

 

「テメーはどうすんだ?ここなら、まだやれんだろ。また逃げんのか?」

「……はぁ。タイムアタックはなぁ……」

「……戦慈が1位」

 

 戦慈は挑発を受け流してため息を吐くと、頭の上から以前にも聞いたフレーズが聞こえてきた。

 もちろん里琴である。

 全員が里琴に目を向ける。

 

「……戦慈が勝つに決まってる」

「……上等だぁ。だったら見せてもらおうじゃねぇか!!あぁん!!」

「……なんで俺が……」

「まぁ、諦めろって。ここでやっておけば、しばらくは絡まれないだろうしさ」

 

 ケンカを買ったのは里琴の筈なのに、何故か自分が出場することになり納得出来ない戦慈。一佳が苦笑しながら、戦慈を納得させるように声を掛ける。

 ここまでなると、結果はともかく一度でも受けて立つ方が穏便に終わると思ったからだ。

 戦慈は大きくため息を吐いて、歩き出す。

 

「おい、里琴。てめぇもやれよ。てめぇもケンカ買ったんだからな」

「……ヤー」

 

 里琴も頷いて、肩車されたまま連れていかれる。

 

 そして、緑谷がスタート地点に立つ。

 

「さて!飛び入りで参加したチャレンジャー!一体どんな記録を出してくれるのでしょうか!?」

 

 緑谷は顔を強張らせていたが、覚悟を決めて腰を落とす。

 

(ワン・フォー・オール……フルカウル!)

 

 全身に力込めて、エネルギーを全身に巡らせる。体から緑のスパークが走り、軽く腕を振ると軽い衝撃波が飛び、風が舞う。

 

「それでは!!ヴィラン・アタック!レディ……ゴー!!」

 

 合図と同時に勢いよく飛び出し、猛スピードで岩山を駆け上がっていく。

 あっという間に頂上近くまで登り、ロボットを破壊していく。

 その光景にメリッサや一佳達は目を見開いて驚く。

 

「あそこまで速くなったのか……!」

「瞬発力ならフルパワーの拳暴に敗けてないよ?」

「ん」

「ウラメシ」

「凄まじい成長ですね」

「グレイト!!」

 

 そして瞬く間にロボットを次々と粉砕し、その結果にMCが叫ぶ。

 

「これも凄い!!16秒!第2位です!!」

 

 結果は爆豪と1秒差。

 観客も緑谷の動きにどよめき、メリッサも目を見開いたままMCに褒められて照れている緑谷を見つめる。

 

(凄い瞬発力と破壊力……。まるでマイトおじさまみたい……。でも……)

 

 メリッサは緑谷の戦いを見て、何かが引っかかり僅かに眉間に皺を寄せる。

 その横で麗日や八百万達が盛り上がり、爆豪はほぼ変わらない結果に顔を顰めて歯軋りをする。

 

 そして、緑谷と入れ替わるように戦慈がスタート地点に向かう。

 どうやら待機している間に体を動かしていたようで、体が二回り膨れ上がり、髪が逆立っている。

 

「あれ?彼ってあんなに大きかったっけ?」

「あれがあいつの『個性』なんです。パワーが上がるごとに体が大きくなるんですよ」

「へ~……体つきはマイトおじさまそっくり」

「あれで驚いてちゃ駄目ですよ」

「え?」

「すぐにわかります」

 

 一佳と切奈の説明にメリッサは首を傾げて、戦慈に目を向ける。

 すると戦慈はスタート地点に着く直前で足を止める。

 MCや観客が首を傾げると、突如戦慈が両拳で胸を乱打し始める。

 

 いきなりの行動にMCはもちろん、メリッサやA組の面々も目を見開く。

 

「なに!?」

「いきなり何を……!?」

「あぁ、大丈夫だから」

 

 一佳が問題ないと声を掛ける。

 その直後、戦慈の体が更に膨れ上がる。それでも殴り続けて、一気にフルパワーまで力を溜める。

 

 

オオオオオオ!!

 

 

 緑谷以上の衝撃波と風が巻き起こり、地面がひび割れる。クレーターが出来ないのは、流石の最先端技術である。

 

「ひぃ!?」

 

 戦慈の変貌と衝撃波に、MCが尻餅をつく。

 メリッサも思いっきり目を見開いて、口も開けて唖然としている。

 

 戦慈はゆっくりとスタート位置に着き、MCに声を掛ける。

 

「わりぃな。少し離れてから始めてくれ」

「ふぇ!?あ、は、はいっ!!」

 

 MCはハッ!として返事をしながら、急いで戦慈から距離を取る。

 

「そ、それでは!ヴィラン・アタック!レディ……ゴー!!」

 

 戦慈は合図の直前に一瞬腰を屈め、スタートと同時にドパン!!と大砲のように飛び出していく。

 ドン!ドン!と連続で足を踏み抜きながら、衝撃波を出して岩山を登っていき、緑谷同様一瞬で頂上まで登った戦慈。

 すぐさま背後に衝撃波を出して、方向転換してロボットに迫り粉砕する。その後も砲弾のように跳び回り、殴ったり、衝撃波を飛ばしてロボットを粉砕していく。

 そして、最後のロボットに対しては、真上から両手を組んで振り下ろして叩き潰す。

 

 ロボットは鉄板と呼べるほどペシャンコになり、地震かと思わせる程地面が揺れて、土煙が盛大に巻き上がる。

 

「ひぃええ~!?」

 

 MCも悲鳴を上げ、八百万達も手すりを掴んで転ばないように堪える。

 

「相変わらず半端ないな……!」

「なんてパワーなの!?」

 

 戦慈はスタート地点に降り立つ。

 

「れ、連続で凄い記録です……!クリアタイム15秒!!1位タイです!!」

 

 戦慈の記録に再び観客席がどよめく。

 一佳達は満足げに頷き、爆豪は盛大に顔を顰める。

 

「わりぃ。もう一回離れてくれ」

「え?」

 

 戦慈がMCに声を掛けて、それにMCは首を傾げる。

 右手を握り締めて、足を踏み出して真上に右アッパーを振り抜く。

 

 

ドッッッパアアアアアアァン!!!

 

 

 戦慈の腕から竜巻のような衝撃波が噴き上がり、空に吸い込まれていく。

 それにMCは再び尻餅をつき、観客達は悲鳴を上げる。

 

「ふぅ……」

 

 体が元に戻った戦慈は、右腕を確認する。コスチュームは破れてはいなかったが、籠手は僅かにひびが入っていた。

 

「ちっ」

 

 戦慈は舌打ちをして、出入り口へと足を進める。

 その入れ替わりで里琴が出てきて、スタート地点に立つ。

 里琴の姿を見たMCは小さく安堵の息を吐いて、すぐに笑みを浮かべて進行する。

 

「さぁ!次は可愛らしいチャレンジャーです!!」

「……むふん」

 

 里琴は腰に手を当てて胸を張るが、仮面のせいで表情は一切分からない。仮面が無くても無表情なのだが。

 

「それではヴィラン・アタック!レディ……ゴー!!」

 

 里琴も開始と同時に空を飛び、一気に岩山の真上に飛ぶ。

 そして見える範囲のロボット達に向けて、両腕を振り竜巻を連続で放つ。結果を確認せずに移動を開始して、隠れていたロボットに竜巻を放つ。

 ロボットは全て竜巻に貫かれて破壊された。

 

「な、なんとぉ!!すごい、すごいです!!クリアタイム14秒!トップに躍り出ましたーー!!!」

「……いえー」

 

 空中でピースをした里琴は、そのまま観客席に降りて、観客席に戻っていた戦慈の肩に降りる。

 

「……ブイブイ」

「……いい加減にしろよな」

 

 体育祭同様戦慈の顔の前にピースサインを出す里琴。戦慈は流石に苛立ち、体を震わせ始める。

 里琴は宥めるように戦慈の頭をポンポンと叩くが、その瞬間戦慈が里琴を掴んで放り投げる。

 しかし、やはりすぐに里琴は戦慈の肩に戻る。その動きは超人的としか思えないほど、素早かった。

 

「てめぇなぁ……!」

「……勝者を称えろ」

「どうどう!拳暴、落ち着けって!」

 

 一佳が戦慈を宥めて、唯達も戦慈の腕や背中を宥めるように撫でる。

 

 その横で緑谷達は苦笑するしかなかった。

 

「凄いのになぁ……」

「まぁ、爆豪もそうだしなぁ……」

 

 そう呟く切島の横で、爆豪は歯軋りをして戦慈と里琴を睨みつけていた。

 

「くっそがぁ!!クソデクとも1秒差なのもありえねぇのに!!俺が負けるなんて我慢出来るかぁ!!もう1回だぁ!!」

 

 爆豪が我慢の限界を迎えて、再び吠える。

 そして、再度挑戦をしようとした時、会場からガガガ!と音がして、肌寒さを感じた。

 目を向けると、岩山に巨大な氷が出現しており、その氷の始点には白い息を吐きながら地面に手を触れている轟の姿があった。

 

「すごい!さっきからこればっかりですが、すごーーい!!クリアタイム14秒!!再びトップタイ!!」

 

 MCはやけっぱちになったのか、興奮して飛び跳ねながら叫んでいる。

 

「轟君!?」

「え?彼もクラスメイトなの?」

「はい」

 

 驚きの声を上げる緑谷に、メリッサが聞く。

 それに八百万が答える。

 

「本当に皆すごいわね!流石ヒーローの卵!!」

 

 メリッサは素直に感心する。もはや驚きすぎて、そういう反応しか出来なかった。

 それに八百万達が嬉しくも恥ずかしそうに頬を赤く染めて、顔を見合わせて微笑み合う。

 その時、爆豪が爆破を行い飛び出し、轟に詰め寄っていく。

 

「てめぇ!!この半分野郎!!」

「来てたのか、爆豪」

 

 いきなり爆ギレして現れた爆豪に全く動じることもなく、声を掛ける轟。

 その余裕の対応にストレスがマッハで溜まり、一瞬で噴火した爆豪は更に詰め寄る。

 

「いきなり出てきて、俺スゲーアピールかコラァ!!あぁ!?」

「緑谷に拳暴達も来てんのか」

 

 それでも轟は特に反応することもなく、観客席に目を向ける。

 

「無視すんな!!大体、なんでテメーがここにいんだよ!?」

「してねぇ。親父の代理だ」

 

 サラリと返事を返す轟。

 険悪なムードだが、それでもMCは頑張って、されどおずおずと声を掛けた。

 

「あ、あの……次の方が待って……」

「うっせぇ!!次はもう一度俺だぁ!!」

 

 もはや怒りが止まらない爆豪はMCにも吠えかかる。

 それに飯田も流石に我慢出来ず、観客席から飛び降りて爆豪に走っていく。

 

「皆!!止めるんだ!!雄英の恥部が晒されてしまうぞ!!」

「う、うん!」

「お、おう!」

 

 緑谷と切島も飛び降りて、爆豪を押さえにかかる。

 

「だー!!なんだ、てめぇら!!放せ!!燃やすぞ!!」

「かっちゃん、落ち着いて!」

「これ以上、恥を晒すのはやめたまえ!」

「誰が恥だぁ!!」

「ここは悟ろうぜ、爆豪」

 

 未だに暴れる爆豪に一佳達も呆れるようにため息を吐く。

 

「流石に物間でもここまでじゃないぞ……」

「あいつは口だけだからね」

「……どっする?」

「……はぁ、塩崎」

「はい」

 

 戦慈は隣で両手を組んで憐れみの目を爆豪に向けていた茨に声を掛ける。

 茨は戦慈に顔を向けて、僅かに首を傾げる。

 

「お前のツルで纏めて引っ張り上げちまえ」

「分かりました。周囲の迷惑になっている彼らに裁きを」

「いや、そこは爆豪だけにしてやれ」

 

 戦慈の言葉に真剣な表情で頷く茨。流石に飯田達を爆豪と同じ括りにするのは可哀想だと思った戦慈。

 しかし、茨は聞こえていないようで、目を鋭くして髪のツルを蠢かす。

 そして、一気に伸ばして飯田達ごと爆豪を縛って、包んでいく。

 

「えぇ!?」

「な!?」

「あぁん!?」

「うお!?」

 

 爆豪達は突然の事に目を見開いて、ツルに呑み込まれる。

 茨は一気にツルを引き戻して、観客席の空いているところに放り投げる。

 

「うわあ!?」

「ぬぅ!」

「ちぃ!」

「おわぁ!」

 

 4人とも上手く着地する。

 

「なにしやがる!ツル女ぁ!!」

「塩崎茨です。ツル女ではありません」

「うっせぇ!!んなこと聞いてねぇんだよ!!」

「名前を正しく呼ぶのは大切なことです。正しく名前を呼ぶことから、信頼が生まれるのです」

 

 爆豪はすぐさま茨に怒鳴るが、茨は言い返すポイントが違っていた。

 それを馬鹿にされたと思った爆豪は再び噛みつくが、大真面目に返されたことで話が合わないとすぐに悟って黙り込む。

 

 八百万達は恥ずかしそうに手すりにもたれ掛かって俯き、それを一佳や切奈が慰めていた。

 さきほどメリッサが褒めてくれたばかりなので、ダメージが大きかった。

 そのメリッサは手で口を押さえて肩を震わせていた。

 

「雄英高校って、楽しそうね」

 

 本当に楽しそうに言うメリッサに、八百万達は考え込むように唸って、未だに言い合っている爆豪と飯田達を見て、

 

「少なくとも、退屈はしてないですわね……」

「「タシカニ」」

「ん」

「「あははは……」」

 

 良くも悪くも目まぐるしく日々が過ぎていく。

 それは傍から見れば確かに楽しいかもしれない。傍から見れば……。

 

 

 

 

 戦慈達がヴィラン・アタックにいた頃。

 

 エキスポのメイン通りから離れた埠頭にある倉庫で、顔に傷がある男とその部下と思われる男達が船舶で運ばれた荷物を受け取っていた。

 それを確認した顔に傷がある男は、携帯を取り出して通話の相手に仕事の1つが終わったことを伝える。

 

「……ブツは予定通り受け取った」

 

 男の近くには不自然に曲がった鉄の棒で拘束された警備員が数名倒れていた。

 気絶はしていないようで、拘束を外そうともがいているが、鉄ではビクともしない。

 

 その時、通話の相手から聞き逃せない情報が届いた。

 

「……なに?オールマイトが……。うろたえるな。それはこちらで対応する。問題はない」

 

 電話の相手は動揺しているようで、男は安心させるように声を掛ける。

 そして通話を切る。

 

「このタイミングでオールマイトが……。まぁ、可能性はあったか」

 

 男は小さく呟いて、すぐに行動を開始した。

 

 少しずつ、I・アイランドを影が侵食し始めていた。

 

 



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拳の四十三 馬子にも衣裳?

本当に服の描写って難しいです(-_-;)


 I・アイランドの中心に大きくそびえ立つ建物がある。

 

 セントラルタワー。

 

 I・アイランドの警備システムのコントロールルームがあり、研究施設、研究データ、開発アイテムなどが集められている正にI・アイランドの要である。

 その中にある診察室に2人の人影があった。

 

 1人は眼鏡をかけた壮年の男性で、モニターを眺めながらコンピューターを操作している。

 彼の名はデヴィット・シールド。天才発明家にして、メリッサの父。そして何より、オールマイトのアメリカ留学時代からの相棒にして親友である。

 

 そして、もう1人はその近くのカプセル型診察機に、パンツ一丁で横になっている金髪で骸骨のような顔をした男。

 オールマイトである。

 

 オールマイトはメリッサに招待状をもらって、緑谷と共にI・アイランドにやってきたのだ。

 着いて早々デヴィットと再会して、メリッサと緑谷をエキスポに送り出したのだが、その直後にマッスルフォームを維持出来なくなった。それを心配したデヴィットは、オールマイトの状態を調べるために診察室に来ていたのだ。

 

 ちなみにデヴィットは、トゥルーフォームの事は知っていても《ワン・フォー・オール》の事は知らない。

 オール・フォー・ワンとの戦いやその時に負った傷の事も知っているが、『個性』の因縁は知らない。再び戦いに巻き込みたくないからだ。

 

 今、オールマイトが入っているカプセルは『個性』の力を数値で表すことが出来る。

 

 ピーッと音がして、デヴィットは表示されたモニターに目を向けると、その結果に衝撃を受けて愕然とする。

 天才と呼ばれた発明家であっても、その結果は受け入れがたいものであり、何より理由が分からなかった。

 デヴィットは今にも叫びたい気持ちを抑えて、困惑しながらもゆっくりと起き上がるオールマイトに顔を向ける。

 

「ど、どういうことだ……トシ。何故、ここまで『個性』値が急激に下がっているんだ?」

 

 映し出されたグラフは途中まで緩やかに下がっていたが、途中からガクンと下がっている。それが今回の計測結果を反映させたものだった。

 今では全盛期の1/10以下まで下がっている。《ワン・フォー・オール》を知らないデヴィットは原因が分からず、ただただ困惑するしかなかった。

 

「オール・フォー・ワンとの戦いで大怪我をしたとはいえ、この数値は異常すぎる。一体、君に何があったと言うんだ……!?」

 

 長年研究してきたデヴィットでさえ、ここまで急激に数値が下がって事例は見たことが無かった。

 オールマイトの親友であり、相棒であったデヴィットは、余りにも信じられない事実に焦りにも似た感情を表出してしまう。

 

 その親友の姿にオールマイトは咳込みながら、気軽に答える。

 

「ゴホッ……長年ヒーローをしていれば、あちこちガタも出るさ」

 

 デヴィットは、オールマイトが自分に心配かけまいとしているのだと気づいた。俯いてただただ衝撃的な事実を受け入れようとする。

 その姿にオールマイトは胸が痛む。

 

 理由ははっきりしている。

 緑谷に《ワン・フォー・オール》を継承したから。もう自分には『個性』が残っていないからだ。残った『名残の炎』でオールマイトは戦っている。この炎は二度と燃え上がることはない。

 親友には伝えるべきかもしれない。

 しかし、オール・フォー・ワンの影がまた見えてきた今、守るべき家族がいるデヴィットを巻き込みたくなかった。

 

 親友を守るために、親友を苦しめてしまう。

 

 どうすればいいのか悩むオールマイトに、デヴィットは呻くように俯いたまま話し始める。

 

「このままでは……平和の象徴が失われてしまう。日本がヴィラン犯罪発生率を6%で維持出来ているのは、ひとえに君がいるからだ。他の国では軒並み20%を超えているというのに……。君がアメリカの残ってくれればと何度思ったことか……」

 

 未だに自分と同じ思いを持ってくれている親友の思わぬ本音に、オールマイトは驚くと同時に嬉しさも込み上げてくる。

 オールマイトは立ち上がって、デヴィットに近づいて声を掛ける。

 

「……それほど悲観することはないさ。優秀なプロヒーロー達がいるし、君のようにサポートをしてくれる方達もいる!それに私だって、まだ一日数時間はオールマイトとしてかつや……」

「しかし!オール・フォー・ワンのようなヴィランが、どこかにまた現れる可能性も……」

「デイブ」

 

 オールマイトの言葉を遮って、懸念を吐露するデヴィットの言葉を再びオールマイトが遮る。

 そして、力強い目でデヴィットを見る。

 

「そのときのためにも、私は平和の象徴を降りるつもりはないよ」

 

 そして、内心で緑谷のことを思い浮かべる。

 自分の力と想いを引き継いでくれた愛弟子であり、新たな平和の象徴を。

 

「ヒーローだって同じさ。私のようなヒーローが、きっとまた現れるさ」

「……オールマイト……」

 

 確信しているかのように、優しい笑みを浮かべるオールマイトに、デヴィットも微笑みを返すのだった。

 

 

 

 

 その頃、戦慈達は引き続き、緑谷やメリッサ達と行動をしていた。

 やはりI・アイランド関係者が案内してくれるのは、捨てがたい魅力だった。

 ちなみに爆豪、切島、轟は途中で別れた。轟はエンデヴァーの代理ということで顔を出す場所があるらしい。

 

「まぁ、お父さんの代理を引き受けるだけ、マシになったってことだね」

「だな」

 

 と、一佳達は「良かった良かった」と頷く。

 爆豪に関しては一緒に行動するわけがないと理解しているので、特に何も思わない。

 むしろ色々と精神的に落ち着くので、ぶっちゃけありがたかった。

 

「う~ん。拳暴君の『個性』を制御するには、コスチュームを全面的に変えないとダメかも……」

「そうなんですか……」

「ええ、難しいのは君の場合、デク君と違ってパワーのコントロールが完璧に出来ないってところね。抑えようとしても抑えられるものじゃないでしょ?」

「そうだな。まぁ、パワーをさっさと吐き出せばいいのかもしれねぇが」

「今の所はそれが最善だと思うけど、それじゃあ解決になってないわ。中途半端にアイテムを使うくらいなら、思い切って全部変えるか、拳暴君自身が耐えられる体を作るかね」

「……やっぱそうなるか……」

 

 パビリオンを回りながら、メリッサにコスチュームやアイテムについて尋ねる戦慈と一佳達。

 しかし、メリッサの回答はあまり芳しくなかった。

 

「けど、これは私が知る限りってことだから。流石に全部の研究や開発アイテムを把握してるわけじゃないから、今回展示されてないだけとか、どこかにお目当てのものがあるかもしれないわ」

 

 励ますようなメリッサの言葉に、戦慈や一佳達は頷いて礼を言う。

 メリッサと戦慈達の会話を聞いていた八百万は首を傾げて、戦慈に訊ねる。

 

「蓄積されたパワーというのは、衝撃波でなければ発散出来ないのですか?」

「2,3時間ほっとけば消えるけどな。ただ、段階的には減らねぇんだ。だから待つ位なら、さっさと放出するほうがいいんだよ。アドレナリンで決まるからな。暴れるの止めても、下手したら体が膨れる可能性がある」

「なるほど……」

「けど、それって今まで大変じゃなかったの?中学とか、遊びに行ったときとかさ」

 

 戦慈の言葉に八百万は顎に指を当てて考え込むように頷き、今度は耳郎が質問してくる。

 

「中学は体育とかは手を抜いてたな。『個性』の授業は選択だったから選んでねぇ。遊びに行くほどの場所も金もなかったしな。まぁ、遊ぶって言っても相手は、こいつくらいだったってのもある」

 

 戦慈は未だに肩車をして、自分の頭の上でだらけている里琴を指差す。

 里琴は顎を戦慈の頭に乗せて、もたれ掛かっている。

 それを耳郎や麗日が呆れて見ていたが、そこに一佳が思い出すように言う。

 

「拳暴は体の傷もあるしなぁ。実際、私も中3の仲良くなった後に知ったし、結局卒業まで里琴と私以外拳暴に近づく奴はいなかったなぁ」

「まぁ、事情を知らなかったら、あの傷は怖がる人多いかもね」

「ん」

「仮面もしてるしね」

「え?その仮面、いつもしてるの?それに体の傷って……」

 

 柳と唯が一佳の言葉に頷き、切奈も肩を竦めながら戦慈の仮面を見る。

 メリッサも戦慈の仮面を見て首を傾げ、それに切奈達は僅かに顔を強張らせる。

 顔を向けられた戦慈は肩を竦めて、答える。

 

「顔は酷い火傷しててな。体の傷はガキの頃に『個性』の特訓で、無茶しまくっただけだ」

「……そう。ごめんね」

「もう慣れてる。どっかの奴のせいで、テレビカメラが回ってるところで晒したからな」

「うぐっ!?」

 

 メリッサが軽く頭を下げるが、戦慈は何でもないように首を横に振り、緑谷を見て揶揄う様に答える。

 正確には轟だが、緑谷も確かに原因の1人なので、戦慈の言葉と視線に罪悪感を覚えて胸を押さえる。

 麗日達も苦笑いするしかなく、里琴は揶揄う様に戦慈の頬をペチペチと叩く。

 

「うぜぇよ」

「……照れんな」

「何がだテメェ」

 

 2人の様子に一佳達は顔を見合わせて笑うのであった。

 

 その後もあちこちのパビリオンを見て回る。

 その途中、切奈があることを思い出して、飯田に顔を向ける。

 

「そう言えば、飯田達に会う前に、飯田のコスチュームをデザインした会社の社長さんに会ったよ」

「そうなのかい?」

「拳暴と里琴が、社長さんの旦那と知り合いでさ。挨拶してくれてた」

 

 切奈の言葉に麗日が驚く。

 

「拳暴君、社長さんと知り合いなん!?」

「だから、その旦那だ。ブラスタっていうヒーローやってんだよ。広島で助けてもらったんだ」

「えぇ!?ブラスタと会ったの!?」

 

 ブラスタの名前を上げた途端、緑谷が興奮したように声を上げる。

 その様子に麗日達A組陣は「あぁ、またか……」と生温かい視線を向ける。

 ブラスタのことを知らないメリッサは緑谷に質問する。

 

「デク君知ってるの?」

「はい!!ブラストヒーロー、ブラスタ!!ヒーロービルボードチャート14位のトップヒーロー!!強力な光線を使い、空も飛べるベテランヒーローです!!強力な『個性』故にコスチュームに依存してしまうのが難点だけど、それを克服すればエンデヴァーやホークスにも匹敵する実力者と言われてるんです!!」

 

 鼻息荒く、目をキラキラさせながら解説する緑谷。

 その様子に一佳達は、若干引いてしまう。

 

「なぁ、八百万。緑谷って……」

「超が付くほどのヒーローオタクですわ」

「もちろん一番好きなのはオールマイト」

「けど、他のヒーローの事もめっちゃ詳しいんよ。それにA組や拳暴君達のこともノートにメモしてたよ」

 

 一佳が小声で八百万に緑谷の事を尋ねると、八百万は少し恥ずかしそうに答える。

 それに耳郎が呆れながら補足し、更に麗日が未だに興奮しながらメリッサに力説する様子をどこか平坦な笑顔で眺めながら付け加える。

 自分達の事もメモをしているということに切奈達は首を傾げて訝しむ。

 

「はぁ?私達のメモ?」

「なんで?」

「緑谷くんは知識欲が旺盛でね。人の『個性』と戦い方、そして特徴を考察することで、対策を練ったり、自分に取り入れられる動き方や戦い方を習得したりしているんだ」

「結構戦闘訓練とか体育祭でも活かされてるから、地味に油断出来ないんよね。で、体育祭の騎馬戦とかトーナメントで見れた人のことはノートに書いてたの。多分、拳暴君はもちろん、巻空さん、拳藤さん、塩崎さんはガッツリ書かれとるんやないかなぁ」

「え~……」

 

 飯田と麗日の説明に、一佳達は凄いと思うより引いてしまう。

 

「……ストーカー?」

「そこまでではない……と、思いますわ……多分」

「凄いんだろうけど、その時の様子が不気味だからなぁ」

「独り言が怖いんだよね」

「「「あぁ……」」」

 

 里琴の呟きに、八百万は否定しようとするが断言はできなかった。その理由を耳郎と麗日が答えると、以前食堂で会った時の事を思い出して、納得する一佳達。

 

「なるほどな。それで似た『個性』のオールマイトの戦い方に固執してやがんのか」

「それは大きいだろうな」

「最近は拳暴君も参考にしとるよ。動画を探して、ブツブツ分析してたから」

「……まぁ……体育祭で忠告しちまったからな……」

 

 戦慈も流石に少し嫌だったが、体育祭で「自分なりの戦い方を探せ」と言ってしまった手前、何も言えなかった。

 その後、ようやく落ち着いた緑谷は、一佳達から少し距離を置かれる。それに何かやらかしたのかと困惑して、大いにキョドるのであった。

 八百万達は一佳達の気持ちも分かるし、出来ればあの独り言をやめてほしかったので特にフォローはしなかった。しかし、そこは委員長の義務が発動した飯田が声を掛ける。

 

「緑谷くん。今度から人の事をメモするときは、許可を貰ってからにするんだぞ!」

「えぇ!?」

「間違ってもねぇけど、そこじゃねぇよ」

「許可を貰いに来られても困るけどな」

「……やっぱストーカー?」

「否定出来ない気がしてきましたわ」

 

 若干ズレた指摘をする飯田に戦慈が思わずツッコミ、一佳も呆れる。

 里琴はやはり変態ではないかと首を傾げ、八百万も否定の言葉を言えなかった。

 

 

 

 日も暮れ始めたエキスポ会場に、アナウンスが響く。

 

『本日は18時にて閉園となります。ご来園ありがとうございました』

 

 出口へと向かう来場者を横目に、閉店したカフェの入り口で上鳴と峰田はドッと座り込んだ。

 息も絶え絶えで動く気力も出なかった。

 結局戦慈達と別れた後も次々とお客が来て、余りの忙しさに休憩時にエキスポ見学に行く余裕も、女性を物色する余裕もなかった。

 疲れ切った峰田が呆然と言う。

 

「プレオープンでこの忙しさってことは……明日からの本番はどうなるんだ……?」

「やめろぉ!!考えたくもない!!」

 

 上鳴は頭を抱えて、明日からの悪夢を振り払う。

 今日は入場者数は制限されているはずなのに、かなりの客数だった。では、明日からの一般公開は一体何倍に膨れ上がるのだろう?

 それを考えると、ただただ恐怖でしかない。

 

「上鳴君!峰田君!お疲れ様!」

 

 そこに明るい声が2人に届く。

 上鳴と峰田はノロノロと顔を上げると、緑谷達が手を上げて近づいてきた。

 戦慈達は少し離れた所で待っていた。この後、八百万から正装を借り受けることになっているからだ。

 

「2人とも!労働、よくがんばったな!」

 

 上鳴達に労いの声を掛けた飯田は、唐突にカードのようなものを差し出した。

 

「なにこれ?」

 

 峰田は首を傾げて、差し出された物を見る。

 

「レセプションパーティーへの招待状ですわ」

 

 八百万が答える。

 それに峰田と上鳴は震えながら招待状を受け取る。

 

「パ、パーティー……?」

「俺達に……?」

 

 感動している2人に麗日と耳郎が苦笑しながら補足する。

 

「メリッサさんが用意してくれたの」

「せめて今日くらいはってね」

「余ってたから……よかったら使って」

 

 メリッサは控えめに笑いながら、上鳴達に声を掛ける。

 それに上鳴と峰田は目を潤ませてお互いに抱き合う。

 

「「俺達の労働は報われたぁ!!」」

 

 上鳴と峰田が感動をしている姿に飯田は腕を組んで頷くと、一歩前に出て緑谷達に振り返る。

 

「パーティーにはプロヒーローも多数参加すると聞いている。雄英の名に恥じないためにも正装に着替え、団体行動でパーティーに参加しよう!18時30分にセントラルタワーの7番ロビーに集合しよう!時間厳守だ!!」

 

 飯田の号令に緑谷達は頷いているが、少し離れた所で聞いていた切奈達は首を傾げる。

 

「これって私らも含まれてる?」

「この後、八百万と動かないといけないんだし、結局一緒になるんじゃないか?」

「ん」

「てか、雄英生多くない?」

「……元々戦慈だけ」

「私達はそうですね」

「もう俺ら行かなくてもよくねぇか?」

「パーティー出たいデェス!」

「正装用意してもらってるしなぁ……」

 

 何故かポニーがやる気を出しており、一佳はわざわざ正装を持ってきてくれた八百万に申し訳ないと思っているので、流石にパーティーに出ないわけにはいかない。

 そんな話をしていると、飯田は「では、解散!」と叫んで颯爽と走り去っていった。

 その後ろ姿に緑谷は何故かサムズアップして、

 

「飯田君、フルスロットル!!」

 

 と、叫ぶのであった。

 

 

 

 その後、戦慈達は八百万達の泊まっているホテルに行き、正装を渡される。

 

「拳暴さんはこちらですわ」

「……すまねぇ」

 

 トランクケースを受け取る戦慈は、気乗りはしないが用意してもらったことには礼を言う。

 

「じゃあ、後でな」

「楽しみにしてなよ~」

「しねぇよ」

 

 戦慈は切奈の揶揄いに取り合わず、先に1人でホテルに戻る。

 フロントで鍵を貰い、部屋に行く。

 

「……ガキを相手に豪華だな」

 

 部屋はシングルルームだが、ミルコの事務所の客室よりも広く豪華だった。

 荷物は既に運び込んでくれており、戦慈はコスチュームを脱いで、正装が入ったトランクを開ける。

 目に入った正装を目にして戦慈は固まる。

 

「……俺はどんなイメージを持たれてんだ?」

 

 八百万達に問い詰めたくなり、あまり袖を通したくはないが、これしかないので着るしかない。 

 戦慈はため息を吐いて、正装を身に着ける。

 

 黒いシャツに黒のネクタイ。その上にグレーのベスト、そしてワインレッドタキシードとパンツを身に着ける。

 

 鏡を見て、またため息を吐く。

 仮面に合わしてくれたのだろうと予想するが。

 

「……どこのマフィアだ……」

 

 どう見ても、マフィアの若頭的な何かである。とてもではないが、高校生には見えない。

 これでパーティーに行っても、避けられるだけではないのだろうか?と、戦慈は思う。

 

 色々と諦めて、時計を確認する。

 時刻は18時27分を示していた。

 飯田が叫んでいた集合時間まで、後3分。

 

「……まぁ、いいか。あいつらの連絡先なんざ知らねぇし。女子共も絶対間に合わねぇだろ」

 

 戦慈は特に急ぐこともなく、移動を開始する。

 再び招待状を見せて、エキスポ会場を通ってセントラルタワーへと向かう。

 

「あ!!拳暴君!」

 

 セントラルタワーに向かっていると、後ろから正装に着替えた緑谷が走って来た。

 

「あれ?拳藤さん達は?」

「八百万達と来ると思うぜ」

「あ、そうなんだ」

 

 緑谷は戦慈の言葉に頷いて、右手で頬を掻く。

 その右手首に赤いブレスレットが巻かれているのが目に入った。

 

「時計にしちゃあ独特なデザインしてんな」

「へ?」

「右手首だよ。時計じゃねぇのか?」

「え?あ……」

 

 緑谷は自分の右手首を見て、今気づいたかのように声を上げる。

 外そうとブレスレットに触れて、すぐに気付いた。

 

「……どうやって外すんだろ?」

「はぁ?なんで、んなもん付けてんだよ」

「こ、これはさっきメリッサさんから貰ったんだけど……。付けてくれたのもメリッサさんだから……」

 

 困った表情でブレスレットを見下ろす緑谷。

 

「なんだ?恋人にでもなったのか?」

「うええぇ!?ち、違うよ!?こ、これ、サポートアイテムだから!!」

 

 戦慈の言葉に緑谷は顔を真っ赤にして、慌てながら必死な表情で弁解する。

 

「サポートアイテム?」

「う、うん。メリッサさんが開発したもので、全力で殴っても腕が壊れないようにしてくれるらしいんだ。と言っても、数回で壊れるらしいんだけど」

「なるほどな」

「あ、拳暴君も使ってみる?」

「いや、いい。俺は全力で殴れねぇわけじゃねぇし。それに俺の課題は衝撃波っつうか体に溜まったパワーをどう発散するかってことだからな」

 

 戦慈の言葉に、納得するように頷く緑谷。

 セントラルタワーが近づいてきたところで、戦慈はさりげなく気になっていたことを質問することにした。

 

「ところでよ」

「え?」

「てめぇはどうやって招待状を手に入れたんだ?飯田や八百万とは別口で来たんだろ?」

「え!?えっと……そ、そのぉ……」

「それにあの女とどうやって知り合ったんだ?あのデヴィット・シールドの娘とよ」

「うぅ……!」

 

 戦慈の質問に大汗を掻いて、しどろもどろになる緑谷。

 その様子を見つめていた戦慈は、ため息を吐いて前を向く。

 

「言えねぇならいい。ただ、言い訳は考えとけよ」

「……う、うん。あ、ありがとう……」

 

 緑谷はホッとするも、申し訳なさそうな顔をして軽く頭を下げる。

 戦慈は肩を竦めるだけで応え、集合場所のゲートへと向かう。

 

「7番ゲートって言ってたか?」

「うん。え~っと……あ。あそこだね」

 

 戦慈と緑谷はゲートを通って、中に入る。

 中には正装に着替えた飯田と轟、そしてウェイター姿の上鳴と峰田がいた。

 

「ごめん!遅くなって!」

 

 緑谷は慌てて謝罪しながら飯田達の元に駆け寄る。

 周囲を見渡すと、他の者達はやはりまだ来ていなかった。

 

「あれ?他の皆は?」

「まだ来てない。団体行動を何だと思ってるんだ!!」

 

 飯田は腕を組んで憤慨し始め、緑谷が慌てて声を掛けて宥める。

 戦慈は若干呆れながら飯田を見ていると、ゲートが開く音がした。

 

「ごめ~ん!遅刻してもぉ~たぁ」

「「おお~っ!」」

 

 入ってきたのは、ピンクと白の可愛らしくも大胆なドレスを着た麗日だった。

 麗日の姿に上鳴と峰田が歓声を上げると、続いて八百万とその後ろに隠れる耳郎。そして一佳達が入ってきた。

 

「「うぉっひょおおおおお!!」」

 

 上鳴と峰田の興奮が一気に最高潮まで達する。

 

 八百万は黄緑のホルタードレスで胸元が大胆に開かれており、耳郎は上は黒のジャケットにピンクスカートのフレアドレスを着ている。

 

「おぉ!!拳暴、かっこいいじゃん!」

「ん」

「似合ってるな!」

「……マフィア?」

「うっせぇ」

 

 戦慈のタキシード姿を見て、興奮気味に近づいてくる一佳達も普段とは雰囲気が違っていた。

 

 里琴は黄色と白のフレアドレスで、胸元に赤い薔薇のコサージュが付いている。

 

 一佳は青のワンショルダーのエンパイアラインドレスで、髪型はいつものサイドテールだが青薔薇が飾り付けられたヘアゴムで纏めている。

 

 唯は薄い赤色のホルターネックマキシドレスで、右腰に花を模したリボンが装飾されており、髪は右前髪を上げて紫色の蝶のバレッタで留められている。

 

 茨は緑のAラインロングドレスで、大胆にもストラップレスだ。腹部に花のレースが装飾されており、その上から白のショールを羽織っている。

 

 柳は薄い紫のフリルラップロングドレスに首に黒のチョーカーリボンをしている。いつも通り左目は前髪で隠しているが、右側の髪を後ろに流して青薔薇のバレッタで留めている。

 

 切奈は紺色のホルターネックマーメイドドレスで、背中を大胆に開き、スリットも入っている。髪型も普段下ろしている前髪を斜めポンパドールにセットしており、ウェーブしている髪と相まって妙な色気を出している。

 

 ポニーは上はオレンジ、スカートは白のフレアドレス。ウェスト部分にオレンジのリボン、右サイドに花が装飾されたカチューシャを身に着けており、首には真珠のネックレスをしている。

 

 華やかだが、色気のある服装をした女性陣に囲まれた戦慈。

 

「で、私達に言うことは?」

 

 切奈がニヤニヤしながら尋ねてくる。

 戦慈は腕を組んで肩を竦める。

 

「似合ってると思うぜ。取陰は少し背伸びし過ぎな気もするがな」

 

 意外にも素直に褒められて、少し顔を赤らめる一佳達。

 切奈だけは腰に手を当てて、僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「……私だって、こんなドレスだと思ってなかったよ。八百万は私にどんなイメージを持っているのか、とことん追求したかった」

「ああ、そりゃあ1着しかねぇよな」

「そういうこと。準備してくれたのに、文句なんて言えないっしょ?」

「まぁな。俺も八百万にどんなイメージを持ってんのか、聞きたくなったしな」

「どう見たって、マフィアか大企業の若様だよ」

「ん」

「仮面が変に引き立ててる」

「だなぁ……」

「……ヘイ、ボス」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

「けど、カッコいいデス!」

 

 各々思うことはあれど、借りているので文句を言える立場ではなかった。

 

 その様子を少し離れた所から耳郎や八百万は見ていた。

 

「なんかさ……」

「はい?」

「取陰と並ぶと本当に女を侍らせてるマフィアの若だよね」

「……まぁ、そう見えなくもないですわね」

「あの服選んだのってヤオモモ?」

「……お母さまです」

「あぁ……」

 

 耳郎は期末の時に、八百万の豪邸で勉強会をしてもらった際に、八百万の母に会っている。

 少し天然が入っており、気合が空回りするタイプなのだ。

 そんな人が選んだのならば、マフィアをイメージさせたのだろうと納得出来る。絶対に八百万の母は、単純に似合うと思って選んだだけなのだ。それが着る人物の性格と年齢を完全に無視していても。

 

「高校生が着るタキシードじゃないよねぇ」

「しかし……拳暴さんではどれを選んでも、あの雰囲気になると思いますわ」

「……そういや、そうか」

 

 ちなみに2人の後ろでは上鳴と峰田が倒れ伏してピクピクと震えていた。

 耳郎のドレス姿を見たときに、

 

「馬子にも衣裳って奴だな!」

「女の殺し屋みてー」

 

 と、言い放って耳郎の《イヤホンジャック》にやられたのだった。

 ちなみに麗日は緑谷に褒められて、顔を赤くして両手をブンブンと振り、飯田と緑谷を慌てさせていた。

 戦慈はため息を吐いて、八百万達の方に顔を向ける。

 

「で?行かねぇのか?もう始まってんじゃねぇのか?」

「そうですわね」

「待ってくれないか!まだ切島くんと爆豪くんが来てない」

「来るの?爆豪が?」

 

 飯田の言葉に耳郎が訝しみ、それに他の者達も同意する。

 

「切島くんから連れていくと返信があったんだ。だから、来るはずなんだが……」

「あれ?デク君達、まだここにいたの?もう始まってるわよ?」

 

 飯田が顔を顰めると、ゲートから新しい声が響く。

 顔を向けると、そこには眼鏡を外して、華やかで大胆なドレスを着たメリッサがいた。

 

「「ヒョー!!!」」

 

 上鳴と峰田が起き上がって、興奮しながら歓声を上げる。

 緑谷や耳郎達も見惚れていた。

 

「やべーよ、峰田。俺、もうどうにかなっちまうよ……」

「どうにでもなれ」

 

 上鳴の呟きに、耳郎が呆れながらツッコむが上鳴と峰田の耳には届かなかった。

 

 一佳は上鳴と峰田の様子に呆れて、その後チラリと横目で隣の戦慈を見る。

 戦慈は特にメリッサのドレス姿に反応していなかった。と言っても、戦慈が誰かに鼻の下を伸ばすとは思っていないが。

 

「……やっぱ似合ってるなぁ」

 

 一佳は戦慈の正装姿に見惚れて、僅かに顔を赤くする。

 

 並んで立っている姿は、周りからはどう見えるのだろう?

 

 知りたいが、知るのも怖い。

 そう思いながら、一佳は高鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸する。

 そして、いつも通りを意識して、戦慈達に声を掛ける。

 

「さて、パーティーはどう動く?」

「私達はあくまで拳暴さんの付き添いですからね」

「ん」

「気にしなくてもいいだろ?」

「あんまり拳暴の周りで固まってると、それはそれで拳暴にプレイボーイのイメージが定着しちゃうかもしれないしねぇ」

「そう?」

「……どうせ高校生に見られない」

「うっせぇよ」

 

 切島と爆豪を待ちながら、記念撮影などを始める切奈達。

 

 八百万と戦慈の組み合わせに、耳郎や麗日が「……お似合いかも」と呟いて八百万が顔を真っ赤にしたり、峰田や上鳴が鼻の下を長くして一佳達にタッチしようとして里琴に吹き飛ばされ、耳郎に爆音を叩き込まれるなど、どこか浮かれながら盛り上がるのだった。

 

 




今回ほど絵の才能が欲しいと思ったことはない!
一佳達のドレス姿を、私の文才では伝えられない!!申し訳ないです!



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拳の四十四 縛られるNo.1

 戦慈と緑谷がセントラルタワーに入った頃。

 

 セントラルタワーの地下にて。

 

「警備システムはどうだ?」

 

 顔に傷が入った男が耳に着けたトランシーバーで部下達に声を掛ける。

 

『順調です』

 

 返答した部下の男は、セントラルタワー内の警備システムを統括しているコントロールルームでコンピューターを操作していた。

 その周囲には警備員と思われる者達が拘束されており、フルフェイスのメットを被った男達が銃を突き付けていた。

 部下の男の前には警備システムを示すモニターが表示されており、それが少しずつ緑から赤に変わっていく。

 

 部下からの報告に、傷の男は満足げに頷く。

 

「よし。警備員は殺すなよ。システムに引っかかると厄介だからな」

『了解です』

 

 通信を終えた傷の男は、顔に武骨な仮面を着け、拳銃を握る。

 近くにいる部下達もメットを被って、銃を持つ。

 

「ようやく本番だ。せいぜい演じようじゃないか」

 

 傷の男の言葉に部下達も頷き、嘲るような笑い声を上げる。

 傷の男も声を出さずに笑い、振り返る。

 それと同時に扉が開いて行き、男達は笑うのを止める。

 そして、傷の男は前を向いたまま、部下に言い放つ。

 

「こちらも動くぞ」

 

 

 

 

 セントラルタワー2階。

 パーティー会場では来賓客やプロヒーロー、そして関係者で賑わっていた。

 正装に着替えたデヴィットやコスチューム姿のオールマイトもおり、それぞれ人に囲まれて談笑していた。

 

 会場にはバイキング形式の豪華な料理が並べられており、会場奥のステージは大きなモニターがある。

 さらにステージ前方の天井は、ガラスを張られた円状の吹き抜けになっており、タワーの高さを感じさせる造りになっている。

 

「ご来場の皆様、I・エキスポのレセプションパーティーにようこそおいでいただきました」

 

 司会者と思われる男性の声が会場に響く。

 

「乾杯の音頭と挨拶は、来賓でお越しくださいましたNo.1ヒーロー、オールマイトさんにお願いしたいと思います。皆様、盛大なる拍手を」

 

 直後、周囲から温かい拍手が起こり、オールマイトは笑顔に僅かな困惑が浮かぶ。

 

「デイブ、聞いてないぞ……」

 

 近くにいたデヴィットに小声で助けを求めるが、デヴィットは苦笑して首を横に振る。

 

「オールマイトが来たとなったらそうなるさ。諦めろ」

「やれやれ……」

 

 オールマイトは小さくため息を吐くも、すぐさまいつもの笑みを浮かべてステージ向かって歩き出すのだった。

 

 

 

 その頃、飯田はまだ来ない切島と爆豪に連絡を取ろうと携帯で電話をしていたが、

 

「……だめだ。2人とも電話に出ない。メールも既読にならない」

 

 飯田は心配そうに眉を寄せる。

 

「とりあえず、先に行くしかないんじゃない?全員が遅れるのもマズいっしょ」

 

 切奈が腕を組んで、提案する。

 飯田も悩まし気に腕を組んで唸る。

 そこに八百万が声を上げる。

 

「そうですわね。B組の皆さんは先に行って頂いても問題はないかと」

「八百万も来てくれないか?本来呼ばれてるのは拳暴だけだし、それに私達誰もパーティーとか出たことないし……」

 

 一佳は苦笑いを浮かべ頬を掻きながら、八百万に頼み込む。

 正直、失敗したときにフォロー出来る自信がない。しかもメンバー的に自分か切奈しか前面に出れそうにない。戦慈も対応できるだろうが、確実にケンカに発展する気がする。見た目がマフィアっぽいので尚更威圧感がある。

 

 一佳の言葉に八百万は笑顔で頷く。

 

「分かりましたわ。では、B組の皆さんと私達女性陣で先に行きましょう」

 

 快く了承してくれたことに一佳はホッとして、両手を合わせる。

 

「ごめんな。助かるよ」

「いえ、拳藤さんには職場体験でお世話になりましたので」

 

 ということで、耳郎と麗日、そしてメリッサも一緒に行くことになった。

 

 ちなみにその頃、爆豪と切島は何故かセントラルタワー内で迷っていた。

 携帯が通じなかったのは、2人揃ってホテルの部屋に携帯を置いてきたからであった。爆豪はいらないと思っていたからだが、切島は単純に忘れてきただけである。しかもセントラルタワー内はエキスポ中で、ほぼすべての職員がパーティーに出るか休みになっているので、尋ねようにも人に会わないし、案内板もない。

 おかげで2人は同じ場所をグルグル回っていたのであった。

 

 そんなことになっているとは、もちろん知らない飯田達は八百万達を見送ろうとしていた。

 八百万達がエレベーターのボタンを押そうとしたその時、

 

 セントラルタワー、そしてI・アイランド中にサイレンが響き渡った。

 

 

 

 

 オールマイトはステージに上がり、マイクの前に立つ。

 

「ご紹介に預かりました、オールマイトです。堅苦しい挨拶は」

 

 挨拶を始めた直後、遮るようにサイレンが響き渡る。

 何事かと周囲を見渡すオールマイトや参加者達。

 さらにオールマイトの背後のモニターが赤く変わり、エマージェンシーを知らせるマークが表示される。続いて、島内全域にアナウンスが響き渡る。

 

『I・アイランド管理システムよりお知らせします。警備システムにより、I・エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手しました』

 

 一般開放されている商業エリアやホテルエリア、そして島内で暮らしている居住エリアにもアナウンスが届く。

 『爆発物』と言うワードに観光客や住民達は、顔を見合わせて不安を露わにする。

 その不安を更に後押しするように、警察のように赤いランプを光らせながら、警備マシンが列を成して走り抜けていく。

 

『I・アイランドは現時刻をもって厳重警戒態勢に移行します。島内に住んでいる方は自宅または宿泊施設に。遠方からお越しの方は近くの指定避難施設に入り、待機してください』

 

 アナウンスが流れる横で、どんどん警備マシンの数が増えていく。

 周囲のデパートなどもシャッターが下り始め、足早に移動を始める人で溢れていた。

 

『今から10分後以降の外出者は、警告無く身柄を拘束されます。くれぐれも外出は控えてください』

 

 10分という言葉に公園や駅にいた人達は、慌てて移動を始める。

 しかし、その動きを監視するように大量の警備マシンが周りを囲い始めて、逆に動き辛くなるのだった。

 

『また、主な主要施設は警備システムによって、強制的に封鎖します』

 

 そのアナウンスの直後、戦慈達がいたセントラルタワーロビーのゲートや窓に重厚なシャッターが下りて入り口が封鎖されたのだった。

 

 会場にいたオールマイト達も動くに動けず、困惑して経過を見守っていた。

 その時、会場の左右と正面の扉が開いた。避難誘導の警備員かと誰もが思ったが、入ってきたのはフルフェイスのメットを被りライフル銃を構えた者達だった。

 悲鳴が上がり、会場内のプロヒーロー達も動こうとするが銃を構えた襲撃者に二の足を踏む。

 そして正面の扉から、仮面を被った白コートの男がステージに歩み寄る。

 

「聞いた通りだ。警備システムは俺達が掌握した。反抗しようと思うなよ、ヒーロー共。そんなことすれば……」

 

 ステージに上がり、オールマイトの横に立った仮面の男は、モニターに手を上げて向ける。

 すると、モニターの映像が変わり、街中の映像が映される。

 公園の入り口に警備マシンの集団が待ち構えており、出るに出れなくなった人達が不安そうに立ち尽くしており、駅の様子が映されると電車も止まってしまい、ホームで立ち尽くしていた人達が警備マシンに囲まれている光景がオールマイト達の目に入る。

 

「警備マシンがこの島にいる善良な人々に牙を剥くことになる」

 

 男は仮面から覗く口が、遠くから見ても三日月形に歪む。

 

「そう、人質は……この島にいる全ての人間だ。当然お前らもな」

 

 警備マシンは島中にいる。警備システムを掌握されてしまっているということは、島にいる人をヴィランと認識させることも出来るということだ。

 しかも警備システムは厳重警戒態勢になると交通機関を止め、主要な道路なども壁が出現し封鎖されている。さらにネットなども使えなくなり、登録していない通信機器は使えなくなる。

 そのため、外部に救援を求めることも出来ないのだ。

 

「やれ」

 

 仮面の男が耳に手を当てて、どこかに指示を出す。

 直後、会場の床に穴が開き、そこから機械がせり出る。そして、機械から光の帯のようなものが射出されて、プロヒーローのみを拘束していく。

 拘束用のセキュリティ装置のようで、オールマイトにも光の帯が巻き付く。

 

「いかん!」

 

 オールマイトは力を振り絞り、引き千切ろうとする。

 流石に警備システムもオールマイトのパワーを想定して作られてはいなかったのか、徐々に腕が広がっていく。

 

パァン!

 

 その時、銃声が轟く。

 オールマイトと同じくステージ上にいた仮面の男が威嚇発砲したのだ。

 

「動くな!それ以上抵抗すれば、即座に住民共を殺すぞ」

 

 仮面の男はオールマイトに近づきながら銃口を向ける。

 オールマイトは顔を歪めて抵抗を止める。

 この会場だけならば、まだ被害なく押さえ込める可能性があったが、島中の全ての警備マシンを止める事は無理だ。

 抵抗を止めたオールマイトを見た仮面の男は、笑みを浮かべてオールマイトを蹴飛ばしてステージに倒す。

 

「いい子だ。そのまま大人しくしとけよ?」

 

 オールマイトを見下ろしながら、笑って告げる。

 そして他の会場にいる者達に顔を向ける。

 

「全員オールマイトを見習って、無駄な抵抗はやめるんだな」

 

 オールマイト同様倒れているプロヒーローに駆け寄っていた者達が動きを止める。

 

「お前達は……何者だ?何が目的なんだ……!?」

 

 オールマイトが呻くように仮面の男に声を掛ける。

 仮面の男はオールマイトを見下ろしながら、愉快そうに肩を震わせる。

 

「お前達が大好きなヴィランだよ。しかし、そうだな……。名前くらいは教えてやるよ。『ウォルフラム』。No.1ヒーローを転がした男の名だ」

 

 

 

 

 セントラルタワーの7番ロビーに閉じ込められた緑谷や戦慈達は、薄暗い中、各々状況を確認し合っていた。

 

「駄目だな。こりゃあ壊すにゃ手間がかかるし、そうなると他にも被害が出そうだ」

 

 戦慈は入ってきたゲートのシャッターを拳で軽く殴りながら、首を横に振る。

 コンコン!とシャッターから響く音は、分厚さを感じさせる。もはや防壁と言えるだろう。

 戦慈の言葉に一佳達も顔を顰める。 

 

「う~ん……窓も駄目だね。内側と外側にシャッターが下りてると思う」

「携帯も圏外だ。情報関係は全て遮断されちまったらしい」

 

 切奈は首と手を切り離して、ゲートの上のシャッターを叩いて同じく音で厚さを確認する。

 轟も耳に当てていたスマホを下ろして、首を横に振る。

 さらにエレベーターのスイッチを押した耳郎が、首を横に振る。

 

「エレベーターも反応ないよ」

「マジかよおおおお!?」

 

 ビビった峰田が頭を抱えて叫ぶ。隣で上鳴も僅かに顔を青褪めている。

 

「それにしても、爆発物があったって情報が入っただけで、ここまで厳重になるの?」

「見つかったわけでもないし、逆に情報が入るタイミングも変」

「ん」

 

 首と手を戻した切奈が、飯田達に顔を向けながら疑問を口にする。

 柳も切奈の隣で同じく疑問を呈し、唯も頷く。

 その言葉を聞いてか、メリッサが顎に手を当てて考え込む。

 

「確かに爆発物が設置されただけで、警備システムが厳戒モードになるなんて……」

 

 メリッサまで疑問を口にしたことで、嫌な予感が強くなっていく緑谷達。

 戦慈達もメリッサの近くに集まり、疑問を口にする。

 

「しかも場所はエキスポだろ?ただでさえヒーローも多いし、研究者も多い中で仕掛けたってのか?持ち込むだけでも無茶だろ。それこそ内部犯を疑わねぇと筋が通らねぇ」

「確かにな……」

 

 戦慈の言葉に飯田も頷く。

 すると、真剣な表情をしていた緑谷が顔を上げる。

 

「……パーティー会場に行こう」

「何故だ?」

「パーティー会場にはオールマイトが来てるんだ」

 

 緑谷の言葉に飯田や麗日達は目を見開く。

 戦慈、一佳、里琴はブラドから聞いていたので、驚いていない。切奈達も一佳から聞いていたので驚かない。

 それどころか戦慈はここに来る前に話した時の緑谷の反応から、緑谷はオールマイトと来たのだと思っていた。

 

「メリッサさん。どうにか会場まで行けませんか?」

「非常階段を使えば、会場の近くまで行けると思うけど」

 

 緑谷の問いに、メリッサはロビーの隅を指差して答える。

 ロビーの隅には重厚感がある扉がポツンとあった。

 

「案内、お願いします!」

 

 そして、緑谷達は行動を開始した。

 

 

 

 パーティー会場は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 客や拘束されたプロヒーロー達は床に座り込んでおり、その周囲をウォルフラムの部下達がライフルを向けて囲んでいる。

 ウォルフラムは会場を歩き回って、変な動きをしている者がいないかを警戒していた。

 

 その時、トランシーバーに部下から通信が入る。

 

『ボス。例の部屋のロックが開きました』

「……そうか。分かった」

 

 部下の報告を聞いたウォルフラムは近くにいる者を確認して、1人の男に声を掛ける。

 

「お前、ここの研究者だな?」

「は、はい……」

 

 声を掛けられたのはデヴィットの助手をしているサムという小太りの男だった。サム達、I・アイランドの研究者は胸にプレートを付けていたのだ。

 

「来い」

「い、いったい何を……」

「連れていけ」

 

 ウォルフラムはサムの質問に答える事はなく、近くにいた部下に指示を出す。

 その時、デヴィットが立ち上がり、ウォルフラムに声を掛ける。

 

「やめろ!」

 

 ウォルフラムは銃を向けてデヴィットを見る。

 

「あ?」

「彼は私の助手だ。どうするつもりだ?」

「それは……ん?……デヴィット・シールドじゃねぇか。お前も来い」

「……断ったら?」

「この島のどこかで誰かの悲鳴が響くことになる」

 

 デヴィットの問いに淡々と答えるウォルフラム。

 それが逆に恐ろしく聞こえたデヴィットは、怯みながらも頷く。

 

「……分かった。……行こう」

 

 デヴィットとサムは、部下の1人に銃を突き付けられながら会場を後にする。

 その時、デヴィットはチラリとオールマイトに顔を向けて、頷く。

 それを見たオールマイトは己の不甲斐なさに顔を更に歪め、どうにかして打開策を見つけようと考えていると、視界の端で何かが光るのを感じた。

 

「ん?」

 

 ウォルフラムに悟られないように気を付けながら天井を見上げると、吹き抜けの天井の上階から緑谷がスマホをオールマイトに向けて光らせていた。

 緑谷の姿に目を見開いていると、その隣に耳郎がしゃがみこんで床にプラグを差し込む。

 更にその周囲に目玉のようなものが浮かんでいる。切奈の両目である。

 

 オールマイトと目が合ったのを確信した緑谷は、耳郎に目を向ける。

 耳郎が頷いたのを確認すると、オールマイトに向かって手を口に見立ててパクパクさせ、耳に手を当てる。

 その動作を見たオールマイトは、小声で話し出す。

 

「聞こえるか?ヴィランがタワーを占拠、警備システムを掌握。この島の人々が人質にされている。会場内のプロヒーロー達も全員拘束されている。危険だ。すぐにここから逃げなさい」

 

 オールマイトの声を聞いた耳郎は、顔を強張らせて緑谷に顔を向ける。

 

「大変だよ、緑谷……!」

 

 その言葉と様子に緑谷はすぐさま戦慈達の所に引き返す。

 非常階段の踊り場で待機していた戦慈達は耳郎の話を聞いて、顔を顰めたり、顔を青くしてうろたえる。

 

「銃を持った奴らがうじゃうじゃいた。下手に暴れても誰かが撃たれると思う。『個性』も分かんないし」

 

 目だけ切り離していた切奈の言葉も、更に恐怖を煽ることになった。

 そこに飯田が声を上げる。

 

「オールマイトのメッセージは受け取った。俺は雄英校教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」

 

 八百万も悔しさに顔を歪めながらも、飯田の提案に同意する。

 

「私も賛成ですわ。私達はまだ学生。ヒーロー免許もないのに、ヴィランと戦うわけには……」

 

 その言葉に緑谷や一佳達も顔を歪める。

 しかし、そこに戦慈が声を上げる。

 

「脱出って簡単に言うけどよ。どうやって出るんだよ?さっきのロビーからだと、確実に気付かれるし、警備システムに引っかかるぜ」

「そうね。難しいと思う。ここは日本にもあるタルタロスと同じ防災設計で建てられてるから」

 

 戦慈の言葉にメリッサも頷く。

 その言葉に飯田や八百万は再び考え込む。

 戦慈はメリッサに顔を向けて、質問する。

 

「ここの警備システムはタワーの中にあるんだよな?」

「え、ええ。タワーの最上階にあるわ」

 

 メリッサは少し困惑しながらも頷く。

 

 すると戦慈はジャケットとベスト、ネクタイを脱ぎ始める。

 一佳は困惑しながら、声を掛ける。

 

「お、おい。拳暴?」

「おめぇらはここにいろ。俺は上を目指す」

 

 シャツの袖のボタンを外しながら答える。

 それに里琴以外の全員が目を見開く。

 

「待ちたまえ!!」

「そうですわ!いくら非常事態でも、私達はヒーロー活動は出来ません!」

 

 飯田と八百万が声を荒らげて止めさせようとする。

 

「わりぃな。俺はそんな説教聞き飽きてんだ。それで止まるなら、あんな動画流れてねぇし、敵連合なんざに狙われてねぇ」

 

 しかし、戦慈には通じない。

 ずっと怒られてきたことだからだ。今更止まる理由にはならない。

 その言葉に一佳が一番最初に説得を諦めて、上を見上げる。

 

「あ~……駄目だ。本当に拳暴には今更だ……」

「拳藤さん……!?」

「おいおい、オールマイトまで捕まってんだぞ!?おいら達だけで救けに行くなんて無理だっての!」

 

 一佳の言葉に八百万が目を見開いて、峰田が震えながら叫ぶ。

 

「別にてめぇも動けなんて言わねぇよ。ここにいれば警備システムにも引っかからねぇだろ。俺が暴れた隙に、緑谷や轟が壁を壊して外にでも出ろ」

 

 戦慈が歩き出そうとすると、轟が戦慈の前に立つ。

 飯田や八百万は止めてくれるのと思ったが、

 

「……俺も行く」

「轟くん!?」

「轟さん!?」

「……ミートゥー」

「里琴!?」

 

 里琴も戦慈の背中に飛びついて同行を名乗り出る。

 轟はチラッと飯田達に目を向けるが、すぐに戦慈に目を戻す。

 そして、左手を握り締め、

 

「余計なことかもしれねぇ。けど、何もしないのも納得出来ねぇ」

「……別にリーダーを張るつもりはねぇ。付いてきたけりゃ勝手に来い」

「ああ」

 

 轟は力強く頷き、そしてずっと黙っている緑谷に顔を向ける。

 それに飯田や麗日達も緑谷に顔を向ける。

 緑谷は真剣な表情でずっと俯いていたが、ゆっくりと顔を上げる。

 

「……やっぱり、救けたい」

 

 小さく呟き、そして戦慈達に顔を向けて、今度ははっきりと力強く言葉にする。

 

「救けに行きたい」

「緑谷さん!?」

「ヴィランと戦う気か!?USJの時で懲りてないのかよ!?」

 

 八百万が驚き、峰田が震えながら叫ぶ。

 しかし、緑谷は首を横に振る。

 

「違うよ!僕は考えてるんだ。ヴィランと戦わずに、オールマイト達を、皆を救う方法を……」

 

 今までの印象とは違う緑谷の言葉に、一佳達も目を見開く。

 しかし、流石にそれは都合がよすぎると誰もが思う。

 

「無理だろうと、探さないと見つからないんだ。今の僕達に出来る最善の方法を」

「デク君」

 

 緑谷の言葉に麗日が胸の前で手を握る。

 その時、メリッサが前に出て、声を上げる。

 

「ヴィランが警備システムを掌握してるなら、認証プロテクトやパスワードは解除されてるはず。私達でも再認証が出来るわ。ヴィランの監視の目を逃れて最上階まで行ければ……皆を救けることが出来るかもしれない」

 

 体は震えながらも力強いメリッサの言葉に、少しずつ可能性を感じ始める緑谷達。

 

「けど、監視を逃れるって言っても……」

 

 切奈が一番の問題点を指摘する。

 

「現時点で私達に実害はないわ。ヴィランはまだ警備システムの扱いに慣れていないと思う」

「戦いを避けてシステムを元に戻すか……なるほどな」

 

 メリッサの言葉に轟が納得する。

 

「で、どうすんだ?そうなると、ここで悩んでる時間はねぇぞ」

「ヴィランがシステムの扱いに慣れちゃうかもね」

「ん」

 

 戦慈が腕を組んで結論を促す。柳がその理由を口にして、唯も頷く。

 

「しかし、流石に最上階にはヴィランが待ち構えてますわ」

「戦う必要はないんだ」

 

 八百万が最後の懸念を口にすると、緑谷が答える。

 

「システムを元に戻せば、オールマイト達も解放される。そうなれば一気に形勢は逆転するはず……」

「それは甘すぎるだろ」

 

 戦慈が緑谷の言葉を楽観的だと否定する。

 

「こんなことが出来た連中だ。そう簡単にコントロールルームを空にするわけがねぇ」

「でも……!」

「だから俺が連中を引きつける。その間にお前らはシステムを戻しに行け」

「拳暴君……!?」

「拳暴!?」

「まさか連中もガキが二手に別れて暴れるなんて思わねぇだろ。元々、俺の図体で隠密なんて向いてねぇんだ」

「だからって!」

「もちろん、出来る限りはバレねぇように動く。どうやってもバレるって時の話だ。俺なら多少やられても、すぐに回復する。俺ほど囮に適してる奴はいねぇ。最悪を想定して動け。そんで、それでもやりきるって覚悟を決めろや」

 

 戦慈はまっすぐに緑谷を見て、言い放つ。

 緑谷や飯田は流石に顔を顰めるが、今度は里琴が声を上げる。

 

「……戦慈は1人で戦わせない」

 

 戦慈の肩越しに、そして無表情だが力強く告げる里琴。

 それに一佳はため息を吐いて、切奈達を見る。

 顔を向けられた切奈は苦笑して肩を竦めて、唯と柳、茨も力強く頷き、ポニーは両手を握り締めてフンス!と鼻を鳴らす。

 一佳も苦笑して、すぐに顔を引き締めて頷く。

 そして八百万達に顔を向ける。

 

「里琴の言う通りだ。拳暴が暴れるときは私達もサポートする」

「ま、拳暴の近くにいれば、安心だしね」

「ん」

「オールマイトと殴り合えるからね」

「私も力になれるでしょう」

「頑張りマァス!!」

「……ん」

 

 一佳達の言葉に里琴も頷く。

 八百万や飯田はまさかの一佳の言葉に目を見開く。

 

「拳藤くん!?」

「悪いな。委員長としては間違ってるんだろうけど……。ここで()()心配しながら待たされる位なら、近くにいる方がマシだからさ。それに、私達だってヒーローになりたいんだ。ここで怖がってちゃ、何にもできないよ」

 

 苦笑しながらも力強く言う一佳。それに切奈達も頷く。

 それに感化されたのか、麗日と耳郎も立ち上がる。

 

「私も行く!!」

「うちも!」

 

 どんどん風向きが変わり始める状況に飯田、八百万は葛藤するように考え込み、上鳴、峰田は未だにオロオロしている。

 

「麗日さん……!」

「轟君の言う通りだよ。出来ることがあるのに、何もしないでいるのはイヤだ。そんなのヒーローになるならない以前の問題だと思う」

 

 麗日は力強く緑谷に言う。

 それに緑谷も勇気をもらったかのように、笑顔で頷く。

 

「うん!困ってる人達を救けよう。人として当たり前の事をしよう!」

 

 その様子を見ていた飯田は、緑谷達に毅然と言う。

 

「これ以上駄目だと判断したら引き返す。その条件が飲めるなら、俺も行こう」

 

 飯田とて皆を救けたかった。

 しかし、その思いは時に無謀にしかならず、最悪の事態を招く。保須市での経験は、兄が倒れたことと同じくらいの傷になっている。

 

 緑谷や戦慈のように心赴くままに動きたい。

 

 されど、己は委員長。そして、緑谷の友である。

 自分を止めてくれた緑谷に、同じ思いをさせるわけにはいかない。

 だからこそ、自分が止める。

 

「飯田君……」

 

 緑谷は飯田の覚悟をしている顔を見て、決して無謀なことはしないと心で誓う様に頷く。

 それを感じ取ったのか、八百万も覚悟を決めた顔で前に出る。

 

「そう言うことであれば、私も」

「なら、俺も!!」

 

 そこにちゃっかりと上鳴も参加する。

 上鳴の裏切りによって、遂に峰田だけが流れに取り残されてしまい、恐怖で顔面蒼白になっていた。

 USJの緑谷の横でのヴィランとの戦いへの恐怖を覚えている。それは当然の事であり、何より峰田の『個性』は戦闘向きではない。

 なので、自分の身を守る最大の術は、『自分から危険の中に飛び込まない』ことである。

 

 しかし、今の流れではどうやっても逃げれそうにない。このままでは、ここに1人で待つことになる。

 そんな時の解決策は唯一つ。

 

「あーもー!!分かったよ!行けばいいんだろ!行けば!!」

 

 強い者達の傍にいることである。

 峰田はやけっぱちで泣き叫び、上鳴や麗日が慰めるように元気づける。

 それを横目に緑谷はメリッサに声を掛ける。

 

「メリッサさんはここで待っていてください」

「ううん。私も行くわ」

 

 真剣な顔で首を横に振り、同行を名乗り出るメリッサ。

 その言葉に緑谷はもちろん、他の者達も目を見開く。

 

「で、でもメリッサさんは……」

「この中で警備システムの設定変更できる人いる?」

「あ……」

 

 緑谷や戦慈達を見渡しながらのメリッサの言葉に、緑谷はポカンと声を上げる。

 

「私はアカデミーの学生。役に立つと思う」

「でも……」

「連れていくぞ、緑谷」

「拳暴君……!?」

「拳暴?」

 

 緑谷は流石に危険だと思ったが、戦慈が声を上げる。

 緑谷は目を見開いて振り返り、一佳も首を傾げる。

 

「戦いを避けるなら連れていっても問題ねぇだろ。これだけいれば1人くらい守る余裕はあるはずだ。それに俺達じゃタワーの地理もねぇんだ。中に詳しい奴を連れていくのは、戦いを避けるならむしろ必要不可欠だ」

「そうだね。それに携帯も通じないんだから、ここで待たせてコントロールルームに着いても意味ないよ」

「これで誰もシステム扱えなかったら、目も当てられねぇ。だったら多少時間かかって、無理をしても連れていく方がいい」

 

 戦慈と切奈の言葉に、緑谷は考え込むように俯く。

 

「そもそも無茶しようとしてる俺らが、決めれることじゃねぇよ。本人が覚悟決めてんだぞ。出来ることをやるっつったのは、てめぇだろうが」

「……全員無免許」

 

 ヒーローを目指している緑谷達とはいえ、本来はメリッサ同様大人しくしていなければいけない。

 

「ヒーロー科じゃねぇからって遠ざけんな。体育祭でも普通科でヒーロー目指してる奴いただろ。それにサポート科の奴もな」

「あ……」

「そいつと俺らは何も変わらねぇだろ。何よりさっき言ってたじゃねぇか。人として当たり前の事をしようってな」

「あ~、言ってたな」

「麗日もヒーローになるならない以前の問題って言っちゃってた」

「えぇ!?」

 

 戦慈の言葉に、緑谷は心操や発目の事を思い出し、更には先ほど麗日との言葉を持ち出されて何も言えなくなってしまった。

 一佳と柳も追撃を放ち、麗日が顔を引きつかせる。ぶっちゃけ勢いで言っただけだからだ。もちろん救けたい気持ちは本当だが。

 

「体力がヤバいなら俺が背負うし、拳藤のデカい手で運べばいいだろ」

「……まぁ、それくらいしか手伝えそうにないし、文句ないけどさ」

「いいじゃんいいじゃん。私なんてまともに『個性』使えないんだよ?」

 

 文句はないが、他人から言われるのは何か釈然としない一佳。

 眉間に皺を寄せている一佳を切奈が自虐を言って宥める。ドレス姿では体を切り離すにも限界がある。下手をすると全裸になってしまうからだ。

 

「だから、メリッサさんの護衛は私や唯達で請け負うよ」

「出来ることが少ない」

「ん」

 

 柳は浮かすものがなければ何も出来ないし、唯も同様である。

 八百万の《創造》があるが、限界容量があるので使いどころを考えないといけない。だから、無理に武器を頼めない。

 切奈達の言葉に、緑谷も覚悟を決める。

 

「……分かりました。行きましょう!皆を救けに!」

「ええ!」

 

 互いに真剣な顔で頷き合う緑谷とメリッサ。

 

 その後、緑谷が再度オールマイトの様子を見に行って、オールマイトに自分達で動くことをどうにかして伝える。

 

 そして、改めて全員で顔を見合わせて、飯田が声を上げる。

 

「行くぞ!!」

 

『おう!』

 

  




I・アイランド編4,5話くらいかな?と思っていましたが、ようやく事態が動き出しました(-_-;)

そして8人追加って隠密出来るんか?って、ツッコみたくなってしまいましたが、後悔はしていません。ハーレム連れてきた時点で、こうなる運命だったんだから(笑)


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拳の四十五 いざ!最上階へ!

 ヴィランに連れ出されたデヴィットとサムは、タワー最上階のコントロールルームに連れてこられていた。

 

 中には数名のヴィランがおり、変わった眼鏡をした男がコントロールパネルを凝視して操作していた。

 

「連れて来てやったぜ」

 

 2人を連行してきたヴィランが声を掛けると、眼鏡の男はコントロールパネルから目を離すことなく、

 

「早く保管室のプロテクトを」

 

 と、無愛想に答える。

 それに連行してきたヴィランは舌打ちしながらメットを外し、左手を刃物に変えてデヴィットの首に添える。

 

「だとよ。死にたくなければ急いでやんな」

 

 デヴィット何故か怪訝そうに顔を歪めるが、すぐに頷く。

 

「わ、分かった……」

「連れていけ」

 

 刃物の男は近くにいたライフルを持つ部下に命令する。

 命令された部下がデヴィットとサムにライフルを向けて、再び2人をコントロールルームから連れ出すのだった。

 

 

 

 

 戦慈達は非常階段を駆け上がっていた。

 エレベーターは止まっているし、他の階段では監視カメラが設置されているので、この階段が一番安全に上を目指すことが出来るのだ。

 

「これで30階……!」

 

 飯田と戦慈が先頭で駆け上がり、適時後ろを確認する。

 飯田の声が聞こえた緑谷は、最後尾にいるメリッサに声を掛ける。

 

「メリッサさん。最上階は?」

「はっ……はっ……200階よ……」

「「ゲッ!?」」

 

 息を切らしながら切奈や唯と共に階段を上っていたメリッサが答えると、上鳴と峰田が顔を引きつかせる。

 

「そんなにあんのかよぉ……!?」

「ヴィランと出くわすよりマシですわ」

「っていうか、ヒール脱いでいい?」

「確かに少し走りにくいですね」

「ん」

「このビルなら裸足でも傷つくことないだろうから、いいんじゃない?それに裸足の方が音も響かないし」

 

 八百万が窘めるように上鳴と峰田に声を掛ける。

 そこに柳が足をプラプラしながら、八百万に訊ねる。女性陣はパンプスのヒールを履いており、長時間走るには向いていなかった。

 柳の意見に茨や唯も同意し、切奈も問題ないと判断する。

 

 ちなみに里琴は戦慈の背中にぶら下がっており、もう誰もツッコまなかった。

 峰田が目を血走らして覗こうとしていたが、里琴はさりげなくスパッツを履いてパンチラを防いでいた。

 それでも峰田は興奮していたが、耳郎に再度お仕置きされて諦めた。

 

「八百万。悪いけど……」

「かまいませんわ。非常事態ですから」

「サンキュ」

 

 一佳が貸主の八百万に申し訳なさげに声を掛けると、八百万は笑みを浮かべて頷く。

 一佳は両手を合わせて礼を言い、ヒールを脱ぐ。柳達もヒールを脱ぎ、それを見たメリッサもヒールを脱ぎ捨てる。

 

「メリッサさん。まだ行ける?」

「一佳でも拳暴でもいいよ?」

「だ、大丈夫!皆の力はいざというときまで温存しておかないと……!」

 

 メリッサは柳と切奈の問いかけに笑みを浮かべて頷くと、また力強く駆け上がり始める。

 その後は一度も休むことなく駆け上がり続け、80階にさし掛かった時、

 

「っ!!シャッターが!?」

「ちっ……!」

 

 飯田が先に進む階段に防壁が下りて、道を塞いでいた。

 戦慈は舌打ちして周囲を確認するが、非常用ドアしか見当たらなかった。

 追いついた緑谷やメリッサ達が息を整えながら、上に上がる方法を考える。

 

「壊すか?」

 

 轟が防壁を見ながら提案するが、未だ肩で息をするメリッサが首を横に振る。

 

「そんなことをしたら、警備システムが反応してヴィランに気づかれるわ」

 

 緑谷達が息を整えながら防壁を見上げていると、後ろから疲れ切った峰田の声が聞こえてくる。

 

「なら、こっちから行けばいいんじゃねぇの?」

 

 全員がその声に振り向くと、峰田が非常用ドアのハンドルに手を伸ばしていた。

 それに緑谷や一佳達は目を見開いて驚く。

 

「ちょっ!?」

「バカッ!」

「峰田君!!」

「駄目!!」

 

 一佳と切奈、緑谷、メリッサが慌てて止めようと声を荒らげる。

 しかし、それが峰田に届いたのは、ハンドルを引いたのと同時だった。

 ハンドルからピー!と音がして、すぐ横にある赤のランプが緑のランプに変わる。どう見ても機械で管理されていることが窺えた。そして、このタワーで非常用ドアを管理しているとすれば。

 

「どっちにしろバレたな」

「……ドアホ」

「う、うるせぇな!仕方ねぇだろ!?」

「俺でも触っちゃ駄目だって思ってたぞ?」

「どうすんだよ?壊すか?フロアに出るか?」

 

 轟が眉間に皺を寄せ、里琴が峰田を罵倒する。

 峰田は慌てて反論するが、同類と思われた上鳴さえ呆れていて、それ以上何も言い返せなかった。

 戦慈が急かす様に声を掛ける。

 メリッサや八百万が考えていると、一佳が声を上げる。

 

「フロアに出よう。このままじゃ、どっちにしろヴィランが来る。非常階段だと隠れる場所がないし、シャッターを壊せば警備システムが私達を危険人物と判定する可能性がある。だったらフロアに出て、別ルートか一度隠れる場所を探す方が安全だ」

「拳藤さんの言う通りですわ」

「じゃあ、出るぞ。フロアでの防犯システムはなんだ?」

「監視カメラと隔壁ね。警備マシンはまだ動かさないと思う」

 

 一佳の言葉に八百万も頷き、戦慈がメリッサに注意事項を尋ねる。

 メリッサがすぐさま答え、それに頷いた緑谷達は非常用ドアを出る。

 

「飯田、先頭を頼む。俺は殿につく」

「分かった!行くぞ!」

 

 飯田が先頭で走り出し、それに轟と緑谷が続く。戦慈は最後尾を走り、背後からの襲撃に備える。

 一気に緊張感が増した緑谷達だった。

 

 

 

 峰田がハンドルを引いた直後、コントロールルームのモニターの1つから警告音が響く。

 それに眼鏡の男も作業を一時中断し、近くでタバコを吸っていた刃物の男も近寄ってくる。

 

「どうした?」

「……80階の扉が開いた?」

 

 眼鏡の男が訝しみながら呟く。

 

「はぁ?お前、各フロアのスキャニング、ミスったのかよ!?」

「開いたのは非常用ドアだ!」

 

 刃物の男が大げさに責めると、眼鏡の男は振り返ることもなく反論する。

 すぐさまパネルを操作して、80階の監視カメラの映像をモニターに表示する。

 何か所かのカメラの映像を見て回ると、廊下を駆けている緑谷達を見つけた。

 

「なんだよ、ガキじゃねぇか……」

「とりあえず、ボスに連絡だ」

 

 刃物の男は拍子抜けとばかりに再びタバコを咥え、眼鏡の男は耳のトランシーバーに手を当てて、ウォルフラムに連絡する。

 

 パーティー会場にいたウォルフラムは連絡を聞いて、すぐさま指示を出す。

 

「80階の隔壁を全て下ろせ。おい、お前ら。ガキどもを逃がすな」

『了解』

 

 ウォルフラムの指示にノッポ、普通、チビの3人の部下が頷いて、会場を後にする。

 

 それをオールマイトは体から薄く煙を上げ、体が戻らないように歯を食いしばって耐えながら見つめていた。

 先ほど緑谷が覚悟を決めた顔を見せたときに、止めるべきだが信じたくなってしまい、今も戻りそうな体に気合で喝を入れていた。

 しかし、今の指示で緑谷達が見つかったのだと分かってしまった。

 

(気を付けろ、皆……ヴィランは狡猾だぞ……)

 

 

 

 緑谷達はフロアの廊下を慎重に、かつ迅速に走っていく。

 

「他に上に行く方法は?」

「反対側に同じ構造の非常階段があるわ」

 

 轟の問いにメリッサが答える。

 その時、廊下の先からガガー!バシン!と音が響いてくる。

 戦慈も後ろから何やら音が聞こえてくるのを耳にした。

 

「シャッターが!」

 

 隔壁が奥から次々と閉じられていく。

 

「閉じ込められるよ!」

「抜け道は!?」

「くっ!……っ!」

 

 切奈が声を上げ、一佳が周囲を見渡すがもちろん逃げ道はない。

 飯田も歯軋りをするが、少し先に扉が見えた。

 

「轟くん!隔壁を!!」

「っ!分かった!!」

 

 轟もすぐに扉の存在に気づき、飯田の意図に気づく。

 右脚を踏み出して、巨大な氷結を生み出して閉じかけた隔壁を止める。

 飯田がエンジンを吹かせて、ふくらはぎ当たりのズボンを破りながら猛スピードで隔壁の隙間を通り、扉を蹴り破る。

 その間に轟が氷の階段を作って、隔壁の隙間を通り抜ける。

 

「ここを突っきろう!」

 

 飯田に促されて足を踏み入れた先は、公園のように緑豊かな光景だった。

 様々な植物が高く広い空間に、所狭しと植えられている。

 緑谷達は興味深げに周囲を見渡しながら、走り抜けていく。

 

「ビルの中に公園まであるの……!?」

「素晴らしいですね」

「ファンタスティック!」

「植物プラントよ。『個性』の影響を受けた植物を研究……」

「待って!!」

 

 一佳が目を見開いて、茨とポニーは何やら喜んでいる。

 それにメリッサが説明しようとすると、耳郎が手を横に伸ばして全員を制止する。

 

「あれ見て!」

 

 耳郎が耳のプラグで示したのは、中央にあるエレベーター。

 表示されている数字が増えていっており、上に上がってきていることが窺える。

 

「ヴィランかも!ここにいるのは、もうバレてるんだし!」

「茂みに隠れよう!」

「俺が……」

「駄目だ、拳暴!人数も分からないのに……!」

「ちっ!」

 

 耳郎の言葉に緑谷が声を掛けて、飯田達はすぐ近くの茂みに飛び込む。

 戦慈が囮になろうとするが、一佳が腕を掴んで制止し、一佳の正論に舌打ちをして大人しく茂みに隠れる。

 二手に別れてくれればいいのに、何故か全員一纏めに隠れるのだった。

 

「この人数は厳しくねぇか?」

「最悪、茨のツルで覆えばいいよ」

「あのエレベーター使って、最上階まで行けねぇかな?」

「無理よ。エレベーターは認証式だし、シェルター並みに頑丈に作られているから破壊も出来ない」

「使わせろよ。文明の利器!」

 

 一番デカい戦慈が顔を顰めながら身を伏せ、切奈が苦笑しながら軽口を言う。

 里琴は意地でも戦慈の背中から離れない。里琴の小ささならば、戦慈の背中に張り付いていても特に問題はなかった。

 

 その近くで上鳴がエレベーターを恨めしそうに睨みながら小声で言う。

 メリッサがそれに首を横に振り、峰田が悔し気に震えているとエレベーターからポーン!と音がする。

 

「ひっ!?」

「来た……!」

 

 エレベーターがこの階で止まり、扉が開いて行く。

 峰田が体を縮こまらせ、一佳も緊張で体を固くする。

 

 降りてきたのはチビの男、赤いドレッドへアの男、ノッポの男。メットは外しており、冷静な表情や苛立ちの表情をそれぞれに浮かべていた。

 

「っ!?あいつら……」

「うん、会場にいたヴィランだね」

 

 緑谷の気づきに、切奈も頷く。

 3人の男は緑谷達が隠れている茂みの方へと歩いてきた。

 

「ガキはこの中にいるらしい」

「メンドーなところに入りやがって」

「どうやって探す?」

 

 チビが冷静に周囲を見ながら言い、ノッポの男は苛立ちながら吐き捨てる。しかし、その視線は油断なく動き回っている。ドレッドヘアの男も面倒そうに腕を組みながら周囲を見渡している。

 エレベーターと入り口の間にある茂みに隠れてしまったので、近づいてくるヴィラン達に緊張感が増していく緑谷達。

 手で口を押さえて、必死に息を潜める。

 戦慈は背中の里琴に降りるように手で指示して、里琴も大人しく音が出ないように気を付けながら横に降りる。

 その時、

 

「見つけたぞ、クソガキ共!」

 

 聞こえてきたノッポの声に、緑谷達は硬直する。

 戦慈が飛び出そうと体に力を籠めると、

 

「あぁ?今、なんつったテメー!」

『!!』

 

 聞こえるはずのない苛立ちを込められた声が、耳に届いた。

 緑谷達は気づかれないように顔を覗かせる。

 そこには苛立ちで顔を引きつかせながらヴィランを睨む爆豪と、慌てながら爆豪を押さえている切島がいた。

 

「お前ら、ここでなにをしている?」

「あぁ?そんなの俺が聞きてぇくらい……」

「ここは俺に任せろ、な!?」

 

 チビの質問に突っかかろうとする爆豪を切島が宥めて、前に出る。

 

「あの~俺ら道に迷ってしまって……レセプション会場ってどこに行けば……」

 

 切島が申し訳なさそうにヴィランに声を掛ける。

 その様子を緑谷達は慌て、そして呆れていた。

 

「道に迷って、なんで80階までくるんだよ……!?」

「……馬鹿?」

「しかも、放送も聞いてないみたい?」

「ん」

 

 峰田が小声でツッコみ、里琴達も疑問を口にする。

 切島の態度に、苛立っていたノッポの男が水掻きが付いた右手を大きくする。

 

「見え透いた嘘ついてんじゃねぇぞ!!」

 

 そして右手を振り、ガラスのような波動が放たれる。

 爆豪は反射的に前に飛び出すが、切島は未だに唖然と目の前に迫る攻撃に立ち尽くしている。

 緑谷が立ち上がり、戦慈が飛び出す。

 しかし、戦慈の横を氷が走り、切島の目の前で巨大な氷の壁を作って攻撃を防いだ。

 

 切島は突如目の前に現れた氷壁に驚いて尻餅をつき、その隣に爆豪が近寄る。

 

「この『個性』は……」

「轟!?と、拳暴!?」

 

 飛び出してきた戦慈と、冷気の靄の向こうに見えた轟の姿に切島が驚く。

 その時、氷壁が振動で揺れ始め、ドレッドへアの男が氷壁を飛び越えて、轟に迫ってきた。

 戦慈がすかさず殴りかかり、ドレッドへアの男は戦慈の右ストレートに右蹴りを合わせて再び飛び上がる。

 

「ちっ!この壁も保たねぇぞ!」

「ああ!緑谷!俺達で時間を稼ぐ!上に行く道を探せ!」

 

 戦慈の言葉に轟は頷いて、しゃがんで右手を地面につけて冷気を放ち、前に出てきた緑谷達の足元に広がる。

 そして、足元から氷がせり出し、氷柱を作り出して緑谷達を上へと持ち上げていく。

 

「轟君!?拳暴君!?」

「君達!」

「拳暴!」

 

 緑谷、飯田、一佳が叫ぶ。

 

「いいから行け!」

「目的を忘れんじゃねぇ!!」

「でも!」

「轟さん!」

 

 轟と戦慈は叫び返す。

 それに一佳と八百万がまた叫ぶ。

 

「ここを片付けたら、すぐに追いかける」

「あの程度に敗けると思ってんのか?てめぇらこそ、自分の心配しやがれ!変な奴に付いて行くんじゃねぇぞ!!」

「だから幼稚園児じゃない!!」

「だったら、とっとと行け」

「……分かった」

 

 迷いもなく、自信たっぷりな轟と戦慈の言葉に、一佳と八百万は不安を押し込む。

 しかし、そこにドレッドへアの男が高く飛び上がって、一佳達に迫る。

 

「逃がすかぁ!」

「くっ!」

「……つあー」

「里琴!?」

 

 一佳が右手を巨大化し、茨がツルを蠢かすと、里琴が腑抜けた声を出しながら飛び出し、竜巻を放つ。

 ドレッドへアの男は竜巻に押し飛ばされて下に落ち、里琴も戦慈の横まで降りる。

 そして、一佳達を見上げて、無表情のままピースサインをする。

 

「里琴……」

「そろそろ降りるよ、一佳。大丈夫だって。戦慈と里琴だよ?それに爆豪に轟もいる。四天王みたいなもんじゃん。そう簡単に負けないよ」

「ん」

「むしろ、こっちの戦力ガタ落ちだから」

「気合ボンバーデス!!」

「拳暴さんの期待に応えなければ」

 

 心配そうに見下ろす一佳に、切奈達が声を掛ける。

 それに一佳も小さく息を吐いて、すぐに笑みを浮かべて頷く。

 

「そうだな!」

「俺達も行こう!八百万くん!柳くんの言う通り、俺達のほうもこれまで以上に気を付けねば!」

「……はい!」

 

 そして通路に着いた緑谷達は、飛び降りてすぐに駆け出した。

 

 氷柱を操作している轟とその傍で氷壁を睨んでいる戦慈と里琴に切島達が駆け寄る。

 

「皆もここに?どういうことだよ!?」

「放送聞いてねぇのか?」

「タワーがヴィラン共に占拠されたんだよ。オールマイトも人質を取られて動けねぇ」

「ええ!?」

「んだとぉ……!?」

 

 轟と戦慈の説明に、切島と爆豪が目を見開く。

 氷柱が上まで届いて緑谷達が飛び移ったのを見た轟は立ち上がる。

 その直後、

 

「来るぞ!!」

 

 氷壁の向こうに人影が見えた戦慈は叫んで、後ろに飛び下がる。

 轟達もそれに従い距離を取ると、氷壁に拳大の穴が空いて、ノッポとチビが現れる。

 

「なんだ!?あの『個性』?」

 

 爆豪は今の現象を訝しんでいると、ノッポの横にドレッド男が降り立った。

 ドレッド男は戦慈と里琴を睨みつけながら、唾を吐く。

 

「ぺっ!クソガキがぁ……!」

「ノッポ野郎は穴を空けてんのか?それに赤ドレッドは跳ねてんのか、飛んでんのか分かんねぇな」

「油断すんなよ」

「ウッセ!わーっとるわ!!」

「ガキ共が……つけあがってんじゃねぇぞぉ!!」

 

 チビが叫ぶと同時に体が膨れ上がり服が破れる。体が紫色になり、獣のように胸や腕が毛に覆われる。

 腕は戦慈よりも太くなり、里琴がすっぽり入りそうなほどになる。

 

 轟が変化を見た瞬間、氷結を放つ。

 獣男は腕を振るって簡単に氷結を砕きながら、轟に飛び掛かる。轟は舌打ちをして突進を躱し、戦慈と里琴も離れる。

 それと同時に爆豪が爆破を放って飛び上がり、通り過ぎて背中ががら空きになった獣男に爆破を叩きつける。

 

「死ねええ!!」

 

 爆煙で獣男の姿が消え、爆豪はその近くに降り立つ。

 すると、獣男が何事もなかったかのように腕を振り被って、煙の中から飛び出してきて爆豪に殴りかかる。

 完全に油断した爆豪は唖然と迫る拳を見ていたが、切島が硬化しながら爆豪を押し飛ばして入れ替わる。

 切島は両腕を交えて拳を受け止めるが、堪え切れずに吹き飛ばされて、そのまま氷壁を突き抜けて壁に叩きつけられる。

 

「切島!?」

「避けろ!」

「!!」

 

 爆豪は慌てて切島を振り返るが、轟の声にハッとして爆破を放って飛び上がる。

 直後、何かが通り過ぎて爆煙に穴が空き、その先の樹の幹も円形に吹き飛ぶ。

 轟が氷結を、里琴が竜巻を放つが、ノッポは両腕を振って氷と竜巻に穴が空く。

 

 戦慈はドレッド男に殴りかかっているが、ドレッド男は大きく跳ねながら軽やかに躱す。

 

「へっ!のれぇなぁ!」

「跳ねる『個性』か!」

 

 すると、ドレッド男は腰からナイフを2本抜いて構える。

 そして勢いよく跳び迫ってきたドレッド男の攻撃を、戦慈も素早く躱して殴り返しながら後ろに下がる。

 すると、轟、爆豪、里琴も背中合わせになる形で集まり、その周囲を3人のヴィランに囲まれる。

 

「お前ら、ただのガキじゃねぇな?」

「何者だ!?」

「答えたら、命は助けてやるぜ?」

 

「答えるか、くそヴィランが!!」

「名乗るほどの者じゃねぇ」

「叩きのめす奴に教える趣味はねぇ」

「……馬鹿嫌い」

 

 ヴィランの問いに、1年最強の4人は構えながら答える。

 

 そして、反撃を開始するのであった。

 

 




何故だろう?
本当に劇場版みたいなレアな組み合わせが出来上がりましたw


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拳の四十六 80階の戦い

 植物プラントの最上部にある通路に上った緑谷達は、外周通路への扉を壊して外に出るが、そこも隔壁が下りていた。

 

「くっ!こっちも駄目か……」

「まぁ、そりゃそうだよね」

「おいら達、完全に袋のネズミじゃねぇか!」

 

 飯田が顔を顰めて悔しがると、切奈が肩を竦める。

 峰田が今にも泣きそうな顔で叫び、他の者達は周囲を見渡している。

 

「他に道が何もないってのはないと思う。もし誤作動や今回みたいなことがあった場合、逃げ出せなくなるし」

「そうですわね」

「ただ問題はその道がどこにあるかってことだけど……」

 

 一佳が細かく周囲を確認しながら呟き、八百万もそれに同意する。メリッサもそう思ってはいるが、どこに何があるか全てを把握していない。

 その時、緑谷が何かに気づき、天井の一角を指差しながら声を上げる。

 

「メリッサさん!あの天井、何か扉みたいなものが見えませんか?」

 

 全員が注目すると、天井の隅に小さなハッチがあった。

 

「日照システムのメンテナンスルーム……」

「あの構造なら非常用の梯子があるのでは!?」

 

 メリッサも知らなかったようで唖然と見上げていると、飯田が身を乗り出して声を上げる。

 確かにハッチの下には足場がなく、上がるにしても下りるにしても梯子が無ければどうにもならない。

 

「梯子は中からじゃないと下ろせないわ」

 

 しかし、メリッサが残念そうに俯きながら答える。

 それに他の者達も顔を顰めて悔しがる。

 

「まだ何かある」

 

 一佳の声に、全員が一佳に目を向ける。一佳は顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「少なくとも、上階に行く道があるのは分かったんだ。だから、どうやってあそこの梯子を下ろせばいいのかってことを探せばいいんだ」

「それがねぇから悔しがってんだろ!?」

 

 峰田が怒鳴る様に反論するが、一佳は顔を上げて首を横に振る。

 

「さっきとは違う。あれを下ろすだけなら全員が行く必要はないんだ。ここにいる誰かがあそこまで行ける道を探せばいい。それなら抜け道はあるはず」

「……確かに」

「見つけましたわ」

 

 緑谷も一佳の言葉に頷いて、再び何かないか探し始める。

 すると、外周通路の天井を見上げている八百万が声を上げる。

 全員が八百万の近くに駆け寄ると、視線の先に外周通路の天井にハッチのような蓋がある。

 八百万が胸元に手を当て、《創造》で何かを作り出すとハッチに向けて投げつける。

 

 すると磁石か何かでハッチにくっついた創造物は爆発して、ハッチの蓋を吹き飛ばす。どうやら爆弾だったようだ。

 蓋が外れたハッチの奥には通気口と思われるダクトが見える。

 

「通風口を通って中から、もしくは外壁から上の階に行ければ……」

「そうか!上にも同じものがあれば!」

「中に入れるわ!」

 

 八百万の言葉に麗日、メリッサに耳郎が顔を見合わせて笑う。

 

「狭い通風口を通って、外壁を伝っていくには……」

 

 緑谷が考え込んで、ある人に目を向ける。

 それに麗日達もつられて目を向ける。

 

「え?」

 

 峰田が急に注目されて、ビクッとする。そして顔を青くして後退る。

 もちろん何故注目されたのかは、すぐに思い至る。

 

「も、もしかしてオイラが……!?」

「お願い、峰田君!」

「あんたにしか出来ないんだよ!」

「じゃ、私が行くよ」

『え?』

 

 麗日と耳郎が峰田に詰め寄って発破をかけた直後、後ろから声が聞こえて唖然と後ろを振り返る。

 切奈がプラプラと右手を上げて、通気口の下に歩み寄る。

 

「え?で、でも取陰さんじゃあ、流石に狭いんじゃ……」

「まぁ、なんとかなるでしょ」

 

 緑谷が戸惑いながら声を掛けると、切奈は入り口を見上げながら肩を竦める。

 直後、首が切り離されて手足も切り離されて浮かび上がる。

 

「ひぃ!?」

 

 ホラー系が苦手な耳郎が、生首が浮かんでいる光景に思わず悲鳴を上げる。

 

「じゃ、行ってくるよ」

「気を付けろよ」

「無茶はしないでください」

「ん」

 

 生首と共に、シュルリとドレスと切り離された手足がダクトの中に消えていく。

 一佳達は眉尻を下げて見送り、緑谷やメリッサ達は唖然と見送っていく。

 

「そうか……。取陰さんは切り離したパーツで浮かぶことが出来るのか。偵察や撹乱に向いてると思ったけど、ここまで隠密性があるなんて……」

「すごいわね……」

 

 その後ろで上鳴がそっと峰田に近寄る。

 

「残念だったな、峰田。せっかくの見せ場が無くなってよ……」

「い、いいよ。別に……」

「けどよ……活躍出来ればメリッサさんに褒められて、ヴィランを倒した後女性達から大人気間違いなかったのになぁ……」

「……」

 

 メリッサに関してはともかく、後半は絶対にありえないのだが峰田にとっては十分あり得る妄想だった。

 多くの女性に囲まれて『峰田君のおかげで解決したの?すご~い!』と褒められる光景が容易に峰田の頭に浮かぶ。

 すると、先ほどまで怖がっていた峰田は、悔し涙を流して崩れ落ちる。

 峰田の背中を同じく全く活躍していない上鳴が慰めるように撫でる。

 その様子を耳郎と麗日が呆れながら見つめていた。

 

「よくこの状況でアホなことばっか考えられるな……」

「うん……」

 

 その時、ドン!!とプラント内から大きな爆発音が響く。

 緑谷達が慌てて様子を窺うと、ヴィランと激しく戦う爆豪達の姿があった。

 

 

 爆豪はドレッド男の周囲を、爆破を繰り返しながら高速で飛び回って攻めかかる。

 ドレッド男も素早く飛び跳ねて躱し、ナイフを振るう。ドレッド男の厄介なのは、蹴りと同時に『個性』を発動し、蹴りの威力を正に跳ね上げていることである。一瞬で距離を取ったかと思えば、一瞬で距離を詰めてくる。両手でナイフを操り、鋭い蹴りを放ってくる。意外と隙が無く、爆豪は攻めきれずにいた。

 

「ちょこまかとウゼェんだよ!!」

「てめぇが言うなぁ!!」

 

 爆豪が顔を顰めて叫ぶ。それにドレッド男も怒鳴り返す。

 

 その近くで轟がノッポに氷結を放つが、やはり丸く抉られる。それに舌打ちをしながらも続けて氷結を放つ轟。

 

「両手の範囲だけとはいえ……!」

 

 両手の動きを見極めるのは神経を削る。

 ノッポが両手を振ったのを見て、走り出す轟。直後、轟がいた場所の地面に穴が空く。

  

 更にその近くで体が二回りほど膨らんだ戦慈と獣男が激しく殴り合っている。その周囲を里琴が飛び回っている。

 

「このっ!ガキがぁ!」

「図体に振り回されてんじゃねぇよ!」

 

 大振りで迫る獣男の拳を、ボクシングスタイルで構えている戦慈は紙一重で躱して、すぐさま鋭くジャブを数発放つ。

 ほぼダメージはないが、鬱陶し気に顔を顰めて右腕を振る獣男。戦慈は素早くしゃがんで躱し、右脚で足払いを放つ。

 獣男は転びかけた所を両腕で地面を押して逆立ちしながら跳び上がる。

 そこに里琴が飛んできて竜巻を叩きつける。

 

「ウザってぇ!!」

 

 獣男は吹き飛ばされながらも両腕を振り回して、竜巻を霧散させる。地面に降りた獣男は、すぐさま里琴に向かって突進する。

 里琴は足元に竜巻を生み出して、飛び上がり獣男を躱す。

 その隙を戦慈がすかさず詰め寄り、ラッシュを浴びせる。

 

「ダラララララララララァ!!」

「ガァ!!」

 

 両腕を交えてガードした獣男は舌打ちをして、弾くように両腕を広げる。そして、右腕で殴りかかる。

 戦慈も両腕を交えてガードするが、5mほど滑り下がる。直後、体がまた膨れ上がる。

 

「宍田ほど速さはねぇが、パワーは上か……!」

 

 戦慈は小さく舌打ちをして、再び殴りかかる。

 

 

 

 その様子を緑谷達は、不安げに見つめていた。

 

「かっちゃん……!」

「轟さん……」

「拳暴、里琴……!」

 

 負けそうには見えないが、そう簡単に勝てそうでもない。

 出来れば参戦したいが、今は託された思いと期待に応えることがやるべきことである。

 

「ハッチが開いたぞ!」

 

 その時、飯田の声が聞こえ、緑谷達は振り返る。

 天井隅のハッチが開いており、梯子が下りてきた。さらに切奈の首と右手だけハッチから出てきて、やり切った笑みを浮かべてヒラヒラと手を振る。

 

「お待たせ~。上がっておいで~」

 

 緑谷達は梯子を上り、全員がメンテナンスルームに入ることが出来た。

 一佳達は切奈に駆け寄り、ハイタッチする。

 

「やったな!」

「ん」

「お疲れ」

「コングラチュレーション!」

「いや~、頭が吹き飛ばされるかと思った」

 

 ケラケラと笑う切奈。

 全員上ったのを確認した飯田が、右手を握り締めて声を上げる。

  

「よし!上を目指そう!」

「「「「おー!!」」」」

 

 

 

 最上階でのコントロールルームでは、眼鏡の男が下唇を噛みながらパネルを叩く。

 モニターには次々と監視カメラの映像が表示されるが、次々と暗くなっていく。

 

「くそ!」

「おい、まだ見つからねぇのか!?」

「見て分からないのか!?くそ!!壊すにしても、どうやって……!」

 

 刃物の男が苛立って怒鳴りつけてくる。

 それに反論しながら、眼鏡の男は対策を考える。

 

 ちなみにカメラを壊しているのはポニーである。切奈が片目を飛ばしてカメラの位置を確認して、ポニーが角を飛ばしてカメラに突き刺しているのだ。

 

 しかし、壊れている以上、緑谷達はその階にいるということである。

 それは同時に80階に行った部下達は何をしているのかという疑問が出る。

  

 刃物の男が壁を殴って、通信を行う。

 

「おい!!80階!ガキ共が逃げてるぞ!何してるんだ!?」

 

 その怒鳴り声を背中で聞きながら、眼鏡の男は別の作業も開始する。

 

「さっきまでの映像を……島のデータバンクにあるパーソナルデータと照らし合わせれば……」

 

 眼鏡の男は緑谷達の正体を調べ始めた。

 

 

 

 プラントでは未だに戦いが続いていた。

 獣男達の耳に、刃物男の通信が届く。

 

「うるせぇ!黙ってろ!!」

「ツゥア!!」

「がっ!?」

 

 獣男が叫んだ瞬間、真横から拳が迫る。

 右腕でガードするも、数m滑って腕の痺れに顔を顰める。

 

「おおおお!!」

 

 フルパワーの戦慈は叫びながら、獣男に詰め寄り連続で殴りつける。

 シャツは完全に破けており、下に着こんでいた黒のアンダーシャツになっている。

 

「このガキィ……どこまでパワーが上がりやがる……!?」

 

 獣男が左腕でアッパー気味に殴りかかる。戦慈は仰け反り、そのままバク転して脚を振り上げる。獣男は顔を傾けることで躱すと、戦慈はカポエラのように、逆立ちになった瞬間に脚を広げて腰を捻り、蹴りを放つ。獣男は左腕でガードするが衝撃波が襲い掛かり、横に吹き飛ばされる。

 

 吹き飛んだ先には、爆豪とドレッド男が戦っていた。

 爆豪とドレッド男は飛んでくる獣男に気づいて、同時に後ろに下がる。獣男は2人の間を転がる。

 

「何して……!?」

「死ねやあ!!」

「!?」

 

 ドレッド男が舌打ちすると、爆豪がすかさず突進してヴィラン2人に爆破を放つ。

 獣男は爆破を浴びるが、ドレッド男は後ろに飛び跳ねて躱す。しかし、その背後に巨大な影が出現する。

 

「っ!?」

「オオ!!」

「ちぃ!」

 

 もちろん迫ってきたのは戦慈で、両手を組んで振り上げており、叩きつけるように振り下ろす。

 ドレッド男は舌打ちをして、ナイフを振って戦慈の両腕を斬りつけるのと同時に戦慈を蹴り押して離れる。戦慈の両腕から血が噴き出す。

 

「ちっ!」

「ハハァ!これで両腕は使えねぇだろ!」

「んなわけねぇだろ」

「な!?」

 

 ドレッド男はようやく切り裂いたことに笑みを浮かべるが、戦慈の両腕は白い煙を上げてすでにほぼ自己治癒しており、ドレッド男に猛スピードで迫る。

 ドレッド男は目を見開いて、慌てて横に跳ぶ。直後、戦慈の左ストレートが通り過ぎるが、ドレッド男の左手のナイフの刃に拳が当たり、砕かれてしまう。

 

「てっめぇ!!」

「俺の腕を止めたきゃ斬り落としてみろやぁ!!」

 

 歯軋りしながら後ろに下がるドレッド男を追いかける戦慈。

 

 爆豪も追撃をしようとすると、爆煙の中から獣男が飛び出してきた。

 

「鬱陶しぃんだよぉ!!」

 

 両腕を振り下ろす獣男に怒鳴りながら、爆破で飛び上がって躱す爆豪。すかさず爆破により獣男の背後に飛び、腕を振り爆破を叩きつける。

 それでも獣男は腕を振りながら振り返り、再び爆豪は高速で飛び動いてカウンターの如く爆破を放つ。

 

「ちぃ!小出しじゃキリがねぇ!決めるならデカいので一撃じゃねぇと……!」

 

 爆豪は顔を顰めて、右手を見下ろす。

 

 その近くでは、轟が氷結で地面を滑るように移動しており、その周囲に次々と穴が空く。

 里琴が上空から垂直落下し、竜巻を真下に放つ。それに続くように、轟も相手に氷結を放つ。

 迫る竜巻と氷を、ノッポも高速で移動しながら躱し、両手を振って竜巻を消し、氷を丸く削って轟と里琴に投げつける。

 それを見た轟はようやくノッポの『個性』を理解する。

 

「あいつ、空間に穴を空けてんじゃねぇ。抉ってやがる!」

「……メンドー」

「そういうことか……」

 

 爆豪は顔だけで後ろを向き、丸く削られた氷を見て顔を顰める。

 すると、爆煙から再び獣男が現れる。

 

「キリがねぇ……。いつまでもテメェらに構ってられねぇんだよ!!」

 

 爆豪が叫びながら下に爆破を放って飛び上がる。

 そして腕をクロスさせながら爆破して、急速回転する。

 直後、

 

「竜巻女ぁ!!竜巻寄こせぇ!!」

「……むぅ」

 

 里琴は嫌そうな声を上げるが、爆豪の後ろに飛んで細めで回転が強い竜巻を放つ。

 すっぽりと竜巻が爆豪を包み、回転を更に強めながら獣男に迫っていく。竜巻も一気に爆煙に染まっていく。

 爆豪は爆破と竜巻の勢いを乗せて右手を獣男に叩きつけながら、最大火力を放つ。

 

「ハウザー・インパクトォ!!!」

 

 体育祭以上の大爆発が起こり、直撃した獣男は悲鳴を上げる暇もなく、体中から煙を上げて体を戻しながら崩れ落ちる。 

 

「よくも!!」

 

 ノッポが歯軋りをして爆豪めがけて腕を振る。

 それに轟は体が冷えて、動きが鈍ってしまい対応できなかった。

 

「爆豪!」

「っ!」

 

 轟の声に爆豪は振り向くが、横から竜巻が襲い掛かって横に吹き飛ぶ。直後、竜巻に丸く穴が空き、霧散する。

 

「ちぃ!」

「巻空……!」

 

 ノッポは舌打ちして、轟は竜巻を放った里琴に目を向ける。

 そして、その里琴は、爆豪同様竜巻を纏って回転しながらノッポの上に迫っていた。

 

「!?」

 

 ノッポが気づいた時には、もう目の前だった。

 里琴はぶつかる直前に竜巻を解除して、構えた右肘から後方に竜巻を放って勢いを更につける。

 

「……ジェット・ナックル」

 

 里琴の高速右フックが、ノッポの左頬に突き刺さり、更に拳から竜巻を放ってノッポを地面に叩きつける。

 

「ぶぅえ!?」

 

 轟がすかさず氷結を放ち、地面に拘束する。

 一息ついた轟は、戦慈の方に顔を向ける。

 

「拳暴は!?」

「……もう終わる」

 

 里琴の視線の先では、ドレッド男を追い込んでいる戦慈の姿があった。

 

「くっそおおお!!」

 

 ドレッド男の両手にはすでにナイフはなく、ただ逃げ回っているだけだった。しかし、まったく離れることが出来ない。

 後ろに飛んでも、上に飛んでも、すぐに追いついてくる。

 ドレッド男は戦慈に背を向けて速度を上げようとするが、その直後に左肩を掴まれる。

 

「!?」

「終わりだ」

「うおおおお!!」

 

 ドレッド男は『個性』を使いながら後ろ蹴りを戦慈の腹部に叩き込む。

 しかし、戦慈は一切怯むことはなかった。

 

「わりぃが、ミルコの足元にも届いてねぇっよ!!!」

 

 戦慈は右腕を振り上げて、右ストレートをドレッド男の背中に叩き込む。

 ドレッド男は地面にうつ伏せで叩きつけられ、クレーターを作って白目を剥いて気絶する。

 

 戦慈は小さく息を吐いて、起き上がる。

 里琴が隣に歩み寄ってくる。

 

「他の連中は?」

「……あっち」

 

 里琴が指差した方向を見ると、轟と爆豪は壁に叩きつけられていた切島に声を掛けていた。

 切島もどうやら問題ないようで、笑みを浮かべて2人の声に答えていた。

 

「さて、どう追いかけるか」

「……梯子下りてる」

「あん?……あれは俺じゃあ、ちとキツイな」

 

 戦慈は里琴が指している梯子とハッチの入り口を見て、顔を顰める。

 爆豪と切島がなにやらじゃれ合いながら、戦慈達に歩み寄ってくると、どこかから機械音が響いてきた。

 音がした方向を見ると、壁から赤いランプを光らせた警備マシンが大量に降りて来ていた。

 

「奴ら、本気になったようだな」

「上の連中にも向かってると考えるべきだな」

「じゃあ、急いでブッ倒して緑谷達追いかけねぇとな!」

「いや、俺1人で相手する。お前ら先に行け」

 

 戦慈が前に出ながら、轟達に声を掛ける。

 切島が目を見開いて、爆豪と轟が顔を顰める。

 

「流石に1人じゃ危険だろ!」

「俺が暴れるのにむしろ邪魔なんだよ。それにまだ上でも戦うかもしんねぇのに、ここで無駄に戦って限界になれば意味ねぇだろ」

 

 戦慈は切島の言葉に答えながら、轟と爆豪に目を向ける。

 爆豪は右手を見下ろして、轟も僅かに震える右腕を見る。

 

「とっとと行け。里琴、お前も拳藤達のフォローに行け」

「……ん」

 

 里琴は戦慈の言葉に素直に頷く。

 それを見た戦慈は駆け出して、先頭にいた警備マシンを殴り飛ばす。吹き飛んだ警備マシンは後ろにいた警備マシン達を巻き込んでいく。

 

「……さっさと行く」

「けど!」

「とっとと行くぞ。切島」

「爆豪!?」

 

 里琴が爆豪達に声を掛ける。

 切島は未だに迷っていたが、爆豪が促したことに目を見開く。

 そこに轟が声を掛ける。

 

「拳暴の言うとおり、ここで全員戦っても無駄に力も時間も消耗するだけだ。その間に緑谷達が警備マシンに襲われて全滅してたら、本当に終わりだぞ」

「っ!!そ、そうか!」

「……早よせい」

「お、おう!!」

 

 轟の言葉に頷き、里琴に急かされて走り出す切島。

 里琴や轟、爆豪も走り出し、緑谷達を追いかけ始める。

 

 

 戦慈は里琴達が走り出すのを感じながら、警備マシンを潰していた。

 

「ふん!」

 

 右拳骨を叩き込んで半分近くの高さまで潰し、踏み込んで身を低くしながら左ラリアットを警備マシン数体に叩き込んで、衝撃波と共に更に10体近く巻き込んで吹き飛ばす。

 そのまま流れるように右後ろ回し蹴りを放ち、衝撃波を波のように吹き荒らして警備マシンを数十m離れた壁にめり込ませ、左脚を蹴り上げて、衝撃波を鎌鼬のように飛ばし、地面を抉りながら警備マシンを破壊する。

 

「想像以上に硬ぇ……!雄英ロボと比べられねぇか……!」

 

 機械故に手加減はしていない。

 なのに、吹き飛びはしても跡形もなく砕けた警備マシンは見当たらない。先ほど拳骨で叩きつけた警備マシンとて、ペシャンコにするつもりだったし雄英ロボなら間違いなくペシャンコだった。

 しかし、ここの警備マシンは壊れるどころか、まだ動いているものすらある。

 

「殺傷能力がなさそうなのが救いか」

 

 どうやら拘束性能のみで銃などは装備されていない様だ。

 なので、いきなり殺されることはないと判断する戦慈。しかし、この頑丈さは厄介だった。

 

「緑谷と拳藤以外は壊せねぇかもな。数で押されれば負けそうだな。くそっ!警備マシンに会わずに上まで行ってほしいが……」

 

 その時、後方に控えていた警備マシン達が引き返していくのが目に入る。

 

「上に行く気か!?クソが!!」

 

 戦慈は舌打ちをし、全力で突進して引き返し始めた警備マシンに殴りかかる。

 軽く飛び上がり、拳骨のラッシュを警備マシン達に叩き込んで潰していく。

 引き続き、警備マシンを殴り壊していると、

 

「ガアアアア!!」

「っ!!もう回復しやがったか!!」

 

 爆豪にやられたチビが、再び獣のようになりながら吠える。

 そして、猛スピードで戦慈に迫り、覆い被さる様に両腕を広げて飛び掛かってくる。

 どうやら意識は朦朧としており、ただがむしゃらに攻めてきたようだ。

 

「グゾガギィイイイ!!」

「オラァ!」

 

 戦慈は両脚で飛び出し、一瞬で獣男の鳩尾に右ストレートを突き刺す。

 

「ゴバァ!?」

 

 獣男は体をくの字に曲げ、肺の空気と胃の中のものを全て吐き出しながら吹き飛び、地面を転がる。

 それでも、よろけながら立ち上がる獣男。 

 戦慈はすぐさま目の前まで詰め寄り、両肩を全力で回転させて猛烈なラッシュを叩き込む。

 

 

「ヅゥラララララララララララララララララ!!!!」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

 

「ララララララララララララララララ!!」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

 

 両肩から自己治癒を示す白い煙を出しながらも、全く勢いを落とすことなく殴り続ける。

 獣男はただ大の字で拳の壁を受け止めることしか出来ず、ただただ殴られた衝撃で体が揺れるだけだった。

 そして気絶したようで獣男の体が、元のチビに戻る。

 

「ツゥア!!」

 

 その瞬間、両手を組んで振り上げて叩きつける。

 チビは背中から叩きつけられて、地面にクレーターを作って更にめり込む。

 

 戦慈は息を整えながら周囲を確認すると、まだ無事だった警備マシンの姿はもうなかった。

 

「……未だヴィラン連中の戦力も分からねぇし、それに加えて警備システムと警備マシン。向こうもこっちの戦力は分からねぇだろうが、こっちの目的もバレてるだろうしな。やっぱ、まだこっちが圧倒的に不利だな」

 

 戦慈はため息を吐くが、すぐに切り替えて一佳達や里琴達を追いかけるために走り出すのだった。

 

 

 

 

 警備マシンが動き出した直後、ウォルフラムの耳に通信が入った。

 

『ボス!あいつらはただの子供じゃありません!雄英高校ヒーロー科……ヒーロー予備軍です!』

 

 眼鏡の男は緑谷達のパーソナルデータを見つけていた。

 そして、慌ててウォルフラムに報告したが、ウォルフラムは全く慌てることなく冷静に問いかける。

 

「ガキ共の目的は恐らく警備システムの復旧だ。80階の警備マシンは起動させたな?」

『はい』

「なら、100階から130階までの隔壁を全て上げろ」

『え?』

「言う通りにしろ」

『了解』

 

 ウォルフラムは冷静に指示を出していく。

 その様子をオールマイトは体から薄っすらと煙を出しながら、焦燥に耐えていた。

 

 



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拳の四十七 どんどん進め!

 一佳達は走り続けて、120階の通路を走っていた。

 何故か途中から隔壁が下りておらず、障害もなく進むことが出来ていた。

 

「なんかラッキーじゃね?100階からずっとシャッター開きっぱなしなんて」

「うちらのこと見失ったとか?」

 

 上鳴と麗日の言葉に、一佳や八百万達は首を横に振る。

 

「正確な位置は分かってないだろうけど、多分違う」

「誘いこまれてますわね」

 

 飯田や緑谷も頷き、それでもしっかりと前を見据えて走り続ける。

 

「たとえ罠でも、少しでも上に行くために向こうの誘いに乗る」

 

 緑谷の言葉に飯田や麗日も頷いて、先に進む。

 

 罠を警戒しながらも、足を止めない緑谷達は130階に到達する。

 最上階への通り道であるフロアの扉に着き、窓があったので中を覗き込む緑谷と飯田。

 実験場らしいフロアの中には、警備マシンが大量に待ち構えていた。

 

「やはり相手は閉じ込めるのではなく、捕縛する方針に変えたか」

「きっと僕達が雄英生であることに気づいたんだ」

「それにあれだけ監視カメラを壊したしねぇ」

「いつの間にか上の階に上がってるし」

「……後は拳暴達の戦いで、あいつらにとって想定外の事が起きたんだろうな」

「ん」

 

 飯田と緑谷の言葉に、切奈、柳が肩を竦める。

 そして一佳が顎に手を当てて、戦慈達が勝ったのだろうと推測して微笑む。一佳の言葉に唯も頷いて、他の者達も安堵するように笑みを浮かべる。

 しかし、すぐに顔を引き締める。

 

「ということは、ヴィランも本気で襲ってくるということですね」

「だね。警備マシンもってなると、数で攻めてくるはずだよ」

 

 茨と切奈の言葉に全員が頷く。

 

「でも、そうなることは予想済みですわ」

 

 八百万が強気に微笑みながら屈み、背中から巨大なシートのようなものを創造する。

 それを耳郎や飯田が掴んだ時、サイレンのような音が廊下の先から響いてきた。

 

「!!」

「っ!大量に何か来る!!多分、警備マシン!まずいよ!挟み撃ちにされる!」

 

 耳郎がプラグを床に刺して、顔を強張らせる。

 それに峰田が震え始め、緑谷達も顔を強張らせる。

 その間にも音はドンドンと大きくなってくる。

 その時、

 

「……八百万。悪い!後で弁償する!」

「え?」

 

ビリィ!!

 

 一佳が突如八百万に謝罪すると、屈んでスカートを縦に裂く。スリットのように太ももあたりまで露出する。

 目を見開いた八百万達が声を掛けようとすると、一佳は走り出し、迫って来ていた警備マシンの群れに飛び込んでいく。

 

「拳藤さん!?」

「はあああ!!」

 

 八百万が呼び止めるが、一佳は構わず右手を巨大化しなら突き出して、警備マシンを押し飛ばす。続いて左腕を横に振り、同じく巨大化して薙ぎ払う。

 

「拳藤くん!」

「飯田達は先に行って!!ここは食い止める!!」

「けど、1人じゃ!?」

「1人ではありません」

 

 飯田が駆け出そうと構えるが、一佳は警備マシンを殴り飛ばしながら叫ぶ。

 麗日も1人で戦わせるわけにはいかないと声を上げるが、そこに力強い茨の声が届く。

 声の方向に目を向けると、茨は反対側から迫る警備マシンを見つめていた。

 

 胸の前で両手を組んでいる茨は目を鋭くすると、ツルが蠢いて通路一杯に広がりながら警備ロボット達を絡めていく。

 

「拳藤サン!バック!!」

 

 ポニーが一佳に呼びかけながら《角砲》を放ち、警備マシンに突き刺す。

 

「ここはB組が引き受けるよ。だから、先に行って」

「ん」

 

 切奈が飯田達に声を掛け、唯も頷くと柳と共に一佳の元へ駆け寄る。

 

「一佳、疲れちゃうよ」

「助かる!」

「ん!」

 

 柳が声を掛けながら両手を前に出して《ポルターガイスト》を発動する。すると、壁に叩きつけられたり、角砲で壊された警備マシンが浮かび上がり、迫ってくる警備マシンに突っ込んでいく。

 そして唯も近くの警備マシンを次々と触れ、《サイズ》によってミニチュアサイズまで小さくする。そして、踏みつけて壊していく。

 

「ほら!急いで!時間ないよ!中にも警備マシンいるんだよ!」

「っ!……ごめん!ありがとう!」

「気を付けて!」

 

 切奈が緑谷達を急かす様に声を掛け、緑谷は一瞬顔を顰めるもすぐに力強く頷いて礼を言い、扉の中に入っていく。

 八百万が眉を顰めて後ろ髪を引かれながらも続いて、中に入っていく。

 

「オッケー!行った!」

「じゃあ、さっさと倒して追いかけるぞ!」

「ん」

「茨、そっちは!?」

「ツルも乗り越えて来てますね。少し……厳しいです」

「私が行きマース!」

 

 切奈の声に一佳は警備マシンを殴り飛ばしながら呼びかける。

 それに全員が頷き、一佳は反対側で孤軍奮闘している茨に声を掛ける。

 茨は次々とツルを伸ばすが、警備マシンは飛び上がってツルの地面の上を走る。流石に全ての警備マシンを縛り付けることは難しく、一纏めにしようにも次々と現れるので、間に合わない。

 そこにポニーが駆けつけて角を次々と発射する。切奈も両腕を数個のパーツに切り離して警備マシンにぶつけて動きを鈍らせる。

 

「ああ、もう!私って殲滅戦、本当に役立たず!機械も嫌い!」

 

 切奈が顔を顰めながら、自分にも警備マシンにも怒りをぶつける。

 今は警備マシンがそこまで大きくないため、そこそこの嫌がらせになっているが、もう少し大きくなると全く意味をなさないだろう。そうなると出来ることは偵察ぐらいしかない。

 しかし、こんな見通しがよく、かつ密室空間であるため偵察の意味もないし、隠密も出来ない。

 苦手な分野にはとことん弱くなる切奈だった。

 

 すると扉の向こうで、ドォン!!と音が響く。

 

「随分と派手だね!」

「もう少し粘れるか!?」

 

 切奈が苦笑する。

 一佳は緑谷達がまだ中で警備マシンに足止めされていることを理解して、茨や唯達に声を掛ける。

 

「大丈夫です」

「ファイトデス!」

「ん!」

「むしろ一佳が体力もつ?」

「頑張るさ!!」

 

 茨達は問題なさそうに頷き、柳が警備マシンを飛ばしながら一佳に訊ねる。

 確かにこの中では一佳が一番動き回っていた。

 一佳は笑みを浮かべて答えて、再び警備マシンに殴りかかる。

 

 その後もなだれ込んでくる警備マシンを倒していく一佳達。

 

「もう十分じゃない!?緑谷達も進んだし、中にも警備マシンが現れてきてるよ!」

「分かった!」

「ん!」

 

 切奈の声に一佳達は頷いて、扉の中に走り込んでいく。

 最後に唯が扉近くに転がっている警備マシンに触れる。

 

「大」

 

 ズガン!と警備マシンが巨大化して通路を塞ぐ。

 中の警備ロボは茨と柳が行動不能にしていく。

 

「左からいっぱい来るね!なら、右!」

 

 切奈が右側に走り、一佳達も後に続く。

 通路に入った後に再び唯が警備マシンを巨大化して、通路を塞ぐ。

 

「唯、一佳。手伝ってほしい」

「ん?」

「え?」

 

 柳が走りながら声を掛ける。

 唯と一佳は首を傾げて、柳から話を聞く。

 その内容に2人はすぐさま頷いて、行動を開始する。

 

 

 

 先に進んでいた緑谷達は非常階段を駆け上がっていた。

 

「拳藤さん達、大丈夫かな?」

「大丈夫ですわ!拳藤さん達なら……!」

「ウェイ!」

「お前は黙れ!」

「……ウェイ」

 

 麗日が一佳達を心配しながら階段を上がり、八百万が自分にも言い聞かせるように頷く。

 それに上鳴が飯田の背中でアホの顔をしてサムズアップし、耳郎に怒鳴られて項垂れる。

 

 上鳴は実験場で最大放電をしてアホの子になってしまっていた。

 警備マシンはそれでも全く止まらなかった。

 そこで緑谷が殴りかかって、吹き飛ばしたのだ。さらに八百万が通信干渉が出来る発煙筒を創造して、警備マシンの動きを鈍らせてコントロールルームへの通信を鈍らせた。

 

 そのおかげで今の所、警備マシンは緑谷達を見失っていた。

 耳郎が適時、音を確認して警備が薄い所を確認して移動する。

 

 そして移動した先は、大型コンピューターが何十台も設置されている巨大なサーバールームだった。

 このサーバールームにI・アイランドの叡智が集められている。

 

 しかし、それどころではない緑谷達は駆け抜けようとする。

 

 その時、奥の扉が勝手に開いた。

 

『!!?』

 

 警戒して足を止めた緑谷達の目に入ったのは、待機状態で佇んでいる大量の警備マシンだった。

 

 警備マシンの大群は一斉に起動して、赤いランプを点灯させる。

 そして、緑谷達に向かって動き始める。

 

「くっ……罠か!」

「耳郎さんの『個性』に気づかれたんですわ!」

 

 上鳴を背負った飯田が顔を顰め、八百万も顔を顰めてウォルフラムが耳郎の存在に気づいて罠を張っていたことに思い至る。

 緑谷が右手にメリッサが作ったフルガントレットを装備して、構える。

 

「飯田君!突破しよう!」

 

 体に力を籠めて緑谷が叫ぶ。

 そこにメリッサが慌てて緑谷を制止する。

 

「待って!ここのサーバーに被害が出たら、警備システムにも影響が出るかも……!」

 

 警備システムのサーバーもこの部屋にある。

 もし下手に壊せば、再設定が出来なかったり、暴走する可能性があった。

 その事実に緑谷が歯軋りすると、上からもガシャン!と音がした。

 

 上を見上げると、吹き抜けになっている上階からも警備マシンの大群が次々と飛び降りて来ていた。

 

「どんだけいんだよおおぉ!?」

 

 峰田が目を見開いて絶叫する。

 峰田だけでなく飯田達も顔を強張らせるが、八百万が屈んで背中から創造を開始する。

 

「警備マシンは私達が食い止めますわ」

 

 それを見た飯田も背中の上鳴を降ろし、構える。

 

「緑谷くん!メリッサさんを連れて、別のルートを探すんだ!」

 

 少しでも早くメリッサを最上階に連れていく。そうすれば、少なくとも警備マシンは敵ではなくなる。

 覚悟を決めた飯田の顔を見て、緑谷は力強く頷く。

 

「飯田君……うん!メリッサさん、お願いします!」

 

 緑谷が駆け出し、メリッサも後に続こうとして、ふと何かを思いついたのか麗日に顔を向ける。

 

「お茶子さんもお願い!」

「え!?でも!」

 

 突然の指名に麗日は飯田達に顔を向ける。

 上鳴も戦えない今、足止めの戦力は多い方がいいと考えていた。

 しかし、飯田が麗日に声を掛ける。

 

「頼む!麗日くん!」

 

 タワーの構造を知っているメリッサが声を掛けた以上、必要な人材であるということだ。

 ならば、ここはメリッサの判断を尊重するべきである。

 飯田の言葉に麗日も覚悟を決めて頷き、メリッサと共に走り始める。

 

 それを見届けた飯田は腰を据えて、ふくらはぎのエンジンの回転を上げる。

 ふくらはぎのエンジンから唸る音が響き、マフラーから火が噴き出す。

 それと同時に飯田は高速で飛び出し、警備マシンに飛び掛かる。

 

「トルク・オーバー!レシプロォバーストォ!!!」

 

 飛び出して勢いを利用して、強力な蹴りを警備マシンの集団に叩きつける。

 警備マシンたちは後ろに大きく吹き飛んで壁に激突する。

 飯田はそのまま高速で動き、連続で蹴りを放つ。

 

 その背後では峰田が頭のもぎもぎをドンドンと投げて、八百万は息を乱しながら大砲を作り上げる。

 

「砲手は任せます。私は弾を……」

 

 八百万はよろけながら耳郎に声をかける。

 《創造》は脂質とエネルギーを使うので、限界があるのだ。それは大きな物を創造すれば当然早まる。

 耳郎は心配そうに八百万を見つめるが、状況が状況なので言われた通り大砲に近づく。

 

 耳郎は大砲の照準を定めて発射する。

 撃ち出されたのは白いトリモチで、警備マシンを包み込むように覆って動けなくする。

 その横で八百万がどんどんと弾を生み出していく。

 直接戦えるのは飯田だけで、残りは足止めするので精一杯だった。

 

 しかし、まだまだ警備マシンは出現する。

 少しでも足止めしないとあっという間に緑谷達に追いついてしまう。

 きつくても耐えるしかない飯田達だった。

 

 しかし、現実は容赦がなかった。

 

バフン!!

 

 飯田のふくらはぎのマフラーから煙が出て、エンジンが止まる。

 

「っ!エンスト!?」

 

 限界を迎えた飯田は顔を顰め、警備ロボは容赦なく飯田に飛び掛かる。

 

「飯田!」

 

 耳郎は大砲を撃ちながら叫ぶ。

 飯田を救けようと弾に手を伸ばすが、すでに尽きていた。

 

「ヤオモモ、弾を!……ヤオモモ!?」

 

 八百万もすでに限界を迎えており、創造が不可能だった。

 ふらつく八百万に耳郎が慌てて近寄り抱き留める。

 その近くにいた峰田も頭から血を流して、ふらついていた。

 

「おいらも頭皮が限界だ……」

 

 そして耳郎達にも警備マシンが迫る。

 無念そうに顔を俯かせる耳郎と八百万。

 

 その時、後ろから大量のツルが伸びてきて警備マシンを払い退ける。

 

「これは……!」

「大丈夫か!?」

「拳藤!!」

 

 駆けつけたのは一佳達だった。

 一佳は両手を巨大化して、何かを包むように抱えていた。

 茨がツルを操って、飯田を引っ張り出す。ポニーが角を飛ばして、飯田をワイヤーで拘束している警備マシンを壊していく。

 

「すまない!」

「メリッサさんは!?」

「先に行った!ここで警備マシンを足止めしている!」

「周りのサーバーを破壊しないように戦わないと駄目だよ!」

「ここも厄介だね!」

「ん」

 

 飯田は礼を言い、一佳が頷きながら尋ねる。

 それに飯田と耳郎が答えて、切奈が顔を顰める。

 

「けど、やらないとね!行くよ、レイ子!唯!」

「ん!」

「ほい来た」

 

 一佳が柳と唯に声を掛けると、両手を上に振り上げて抱えていたものを空中にばらまく。

 それは大量の小さいフィギュアのようなものだった。

 

「《ポルターガイスト》」

 

 それに柳が両手を伸ばして『個性』を発動する。

 大量のフィギュアは空中に浮かんで制止する。

 バッ!と柳が両手を警備マシンたちに向けると、フィギュアたちが勢いよく飛び出す。

 直後に唯が両手を合わせて呟く。

 

「解除」

 

 その瞬間、フィギュアが大きくなる。

 大きくなったのは警備マシンだった。

 

 一佳達は道中で襲い掛かってきた警備マシンを壊しては小さくして回収していたのだ。

 こんな時のために。

 

 頑丈な警備マシン同士がぶつかって、壊れたり倒れて動きを止めていく。

 茨がツルを伸ばして、サーバーに被害が出ないように壁を作っていた。

 

 一佳が抱えていた全ての警備マシンを飛ばし終えると、目の前には警備マシンの小さい山が生まれていた。

 

「これなら、そう簡単に飛び越えられないだろ」

「茨、ポニー。悪いけど、少し頼むよ」

「お任せください」

「イエー!」

 

 一佳は柳や唯とハイタッチをして一息つく。

 切奈が茨とポニーに声を掛けて、警備マシンが飛び越えてきたときに備える。茨とポニーは頷いて、警備マシンの山に目を向けて警戒する。

 

「飯田はどうなんだ?」

「……すまない。しばらくは……」

「了解。なら、私達もここで足止めするしかないな」

 

 悔しそうな飯田に笑いかけて、一佳達も足止めのためにこのまま留まることにした。

 

「問題はここに警備マシンが全体のどれだけ来てるかだねぇ」

「……流石に全部がここには来ないだろうな。自分達の護衛にもなるんだし」

「ん」

「轟や拳暴達にも警備マシンが行ってると思うけど……」

「あいつらなら大丈夫だろ」

「問題は緑谷達の方」

「ですわね……」

 

 切奈が腕を組んで警備マシンの方に目を向けて、一佳も不安げに眉を顰める。

 唯も頷いて、耳郎が戦慈達のことも心配する。それに一佳は苦笑して問題ないと断言し、柳が一番心配すべき名前を上げ、八百万も苦しそうに頷く。

 

「っ!来ます!」

 

 その時、茨が声を上げてツルを蠢かす。

 一佳も構えて茨の隣に立つ。

 

「とりあえず、全力で耐えるぞ!!」

『おう!』

 

 一佳の号令に全員が頷いて、飛び出してきた警備マシンに攻撃を開始するのだった。

 

 

 

 その様子を刃物男や眼鏡男は苦々しく眺めていた。

 

「クソッ!ガキ共が……!」

 

 刃物男は眼鏡男に目を向ける。

 

「逃げた3人は?」

「今、探してる」

「ちっ。イライラさせやがるぜ」

 

 刃物男は爪を噛みながら、抵抗して逃げ回る緑谷達に苛立ちを募らせていった。

 

 

 

 

 緑谷達は非常階段で一気に駆け上がり、180階まで来た。

 メリッサに案内された扉を緑谷が壊すと、猛烈な風が吹き込んできた。

 

「こ、ここは……?」

「風力発電システムよ」

 

 タワーの空洞部分に造られた大量のプロペラ。

 中央にはエレベーターが通る柱があり、その周囲を囲むように設置されている。

 真上にはヘリポートもある最上階エリアがある。

 

 メリッサはその最上階をエリアを指差す。

 

「タワーの中を行けば、警備マシンやヴィランが待ち構えているはず。だから、ここから一気に上層部に向かうの。あそこの非常口まで行ければ……」

 

 メリッサが指差したのは、天井の辛うじて見えるほど小さい非常口だった。

 そこまでの高さはおよそ20階分ほど。

 麗日は唖然と見上げる。

 

「あんなところまで……」

「お茶子さんの触れたモノを無重力にする『個性』なら、それが出来る……」

 

 毅然として話すメリッサだが、胸元に当てた手が震えているのが目に入った。

 いくら無重力とはいえ、20階分飛ぶのだ。怖くないわけはない。しかも、ここは180階。一歩間違えば200階近く落ちる。

 それでも麗日を信じて、必死に恐怖を抑え込んでいるメリッサに麗日は力強く頷く。

 

「任せて!!」

 

 そして、緑谷がメリッサを背負う。

 麗日が緑谷とメリッサに触れて、無重力にする。

 浮かび始める体に緑谷は深く屈んで一気に跳び上がる。それと同時に麗日もメリッサの腰を押し上げて2人は真上に飛んでいく。

 

 麗日はそれを見上げながら、2人が非常口に入ったらすぐに解除できるように備える。

 

 その時、背後から扉が開く音がした。

 麗日が振り返ると、少し離れた扉から警備マシンたちがぞろぞろと現れていた。

 

「麗日さん!」

「お茶子さん!逃げて!」

 

 緑谷とメリッサも警備マシンに気づいて叫ぶ。

 

「出来ひん!そんなことしたら、皆を救けられなくなる!」

 

 麗日は逃げずに警備マシンと向かい合う。

 麗日の《無重力》は使えば使うほど吐き気が強まり、強制解除されかねない。

 なので、これ以上無駄に『個性』を使えない。

 

「お茶子さん!!」

 

 メリッサが悲痛に叫ぶが、麗日の姿は小さくなるだけだ。

 緑谷は救けに行きたい気持ちと、ここで止まれない気持ちがぶつかり合い、胸が締め付けられる。

 急ぎたくても、下手なことをして非常口から離れてしまえば、それこそ麗日の覚悟が無駄になる。

 ゆっくりと近づく非常口を緑谷はただ見上げることしかできない。

 

 そして麗日に警備マシンたちが迫り、ジャンプをして飛び掛かる。

 麗日が顔を顰めて眺めていると、

 

「死ねぇ!!」

「……どっせい」

 

 爆豪と里琴が横から飛び出してきて、警備マシンを爆破して竜巻で吹き飛ばす。

 さらに氷の波が警備マシンたちを飲み込んでいく。

 

「かっちゃん!」

「巻空さん!轟君に切島君も!」

 

 緑谷や麗日は目を見開いて驚く。

 爆豪と里琴はそのまま飛び上がり、警備マシンに攻撃を開始して切島も体を硬化して殴りかかる。

 轟は麗日の前に庇う様に立って、声を掛ける。

 

「怪我はねぇか?麗日」

「うん、大丈夫。今、デクくんとメリッサさんが最上階に向かってる」

「ああ、見えてた。ここでこいつらを足止めするぞ!」

 

 麗日の言葉に頷きながら、轟は氷結を放って警備マシンを飲み込んでいく。

 爆豪と里琴、切島も警備マシンを次々と薙ぎ倒していく。

 

 里琴達の参戦に緑谷とメリッサがホッとする。

 

「ありがとう、みんなああああぁぁぁ……!?」

「きゃあああ!?」

 

 緑谷とメリッサは突風に襲われて、タワーの外に吹き飛ばされていく。

 

「デクくん!メリッサさん!」

「……ヒィアウィゴー」

 

 麗日が叫ぶと、里琴が意味不明な言葉を呟いて飛び上がる。

 そして一気に緑谷達の元に飛んで、メリッサ越しに緑谷のズボンのベルトを掴む。

 

「せ、巻空さん……!」

「……どちらまで?」

「ありがとう!あそこよ!」

「……飛ばすぜベイベー」

「うわぁ!?」

 

 メリッサが非常口を示すと、里琴はスピードを上げて飛ぶ。

 猛スピードで迫る非常口。

 

「……突撃よーい」

「え!?あ、はい!!」

 

 里琴の言葉に一瞬驚くが、すぐに顔を引き締めて拳を構える。

 そして、非常口が目の前に来た瞬間、緑谷が腕を振り抜く。

 

「スマーッシュ!!」

 

 ドゴォン!と非常口を殴り壊して中に入る。

 それを確認した麗日は『個性』を解除するのだった。そして、警備マシンに目を向けた。

 

 

 

 

 

 コントロールルームからの通信を聞いたウォルフラムは、僅かに顔を顰める。

 

「ソキル達を向かわせろ。俺が行くまでコントロールルームは死守しろ」

 

 指示を出しながら、レセプション会場を後にするウォルフラム。

 

 その後ろ姿をオールマイトは体から蒸気を出しながら歯を食いしばって耐えていた。

 

(耐えろ……耐えるんだ、オールマイト!子供たちが必ずやってくれる……!)

 

 緑谷達を信じてひたすら耐えるオールマイトなのであった。

 

 




よ、ようやく、次回からクライマックスです(-_-;)


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拳の四十八 衝撃の事実

今回は映画のストーリーほぼそのままとなります。
映画をまだ見ていない方はネタバレとなるので、ご注意ください。


 メリッサと緑谷は最上階に続く非常階段で重なるように倒れていた。

 

 もちろん緑谷が下である。落ちる際にメリッサを庇ったのだ。

 メリッサは慌てて体を起こして、緑谷の上から降りる。

 

「デク君、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。メリッサさんは?」

「うん、大丈夫。かすり傷程度」

 

 後頭部を擦りながら起き上がり、メリッサを心配する緑谷に、メリッサも笑みを浮かべて頷く。

 そして、周囲を確認するとあることに気づく。

 

「あら?里琴さんは?」

「え?」

 

 緑谷も当たりを見渡すが、里琴の姿が見当たらなかった。

 突撃する前に離れた記憶はない。

 共に突っ込んだはずだ。

 すると、階段を上がった先から、

 

「ちぃ!!クソガキがぁ!」

「……くそジジイ」

 

 ビュン!ビュン!と鋭く風を切り裂く音と共に、里琴と男の声が聞こえて来た。

 緑谷とメリッサは顔を強張らせて、すぐさま階段に向かう。

 

 階段を上がった先では、里琴と両腕を刃物にした男、ソキルが戦っていた。

 里琴はアクロバットのようにバク転や三角跳びと《竜巻》を組み合わせながら、軽やかに躱している。反撃したいが、やはり80階のヴィラン同様、あまり隙が無く、反撃が容易ではなかった。しかも狭い通路では下手に竜巻を使うことは出来なかった。

 そして、ソキルは苛立ちで顔を顰めながら腕を振るっている。

 

「巻空さん!!」

「……遅い」

「ちぃ!」

 

 緑谷が構えて参戦する。

 ソキルは舌打ちをして緑谷に斬りかかるが、背中を見せた隙を見逃さずに里琴が細い竜巻を放つ。

 

「ぐっ!」

 

 ソキルは体を捻り仰け反る様に躱す。

 その瞬間、緑谷は壁に飛び掛かって壁を蹴り、三角跳びの要領でソキルに殴りかかる。

 

「スマーッシュ!!」

 

 ソキルは体勢を崩していたため避けれずに、左頬に緑谷の拳がクリーンヒットする。

 

「ぐはぁ!?」

 

 フルガントレットのおかげで普段以上に力を出すことが出来る。

 ソキルは錐揉み状態になり、吹っ飛ぶ。

 そこに更に里琴が天井近くまで飛び上がって、両手で天井を押して勢いよく落ちて、両足を合わせて伸ばして吹き飛んできたソキルの顔に叩きつける。

 

「……そいや」 

「ぶぺぁ!?」

 

 顔から床に叩きつけられたソキルは変な声を上げて、白目を剥いて気絶する。

 里琴は更に蹴り飛ばして、ソキルを壁際に追いやる。

 

「……え、えげつない……」

 

 緑谷は里琴の仕打ちに顔を引きつかせて、メリッサは苦笑いしか出来なかった。

 すると、緑谷は里琴の右上腕に切り傷が出来ていることに気づいた。

 

「巻空さん……!傷が……」

「……かすり傷。……さっさと行く」

「う、うん!」

 

 里琴は何でもないように答えて走り出す。

 緑谷とメリッサもすぐに顔を引き締めて、後に続いた。

 階段を上がると、2人のヴィランがライフルを構えて待ち構えていた。

 

「来たぞ!!」

 

 ヴィランは里琴達を目にした瞬間、ライフルを連射する。

 緑谷はメリッサを庇って下がり、里琴は飛び上がって竜巻を高速で放ってヴィラン達を壁に叩きつける。

 

「……突撃」

「うん!」

 

 緑谷は壁を跳び跳ねて、一瞬でヴィラン達の目の前に移動して殴り飛ばす。

 ヴィラン達は壁にクレーターを作って叩きつけられて気絶する。

 

 そして、ようやく緑谷達は最上階の200階に到達する。

 通路に出た3人は、敵の姿に細心の注意を払いながら移動する。

 ここはヴィランも絶対に守りきりたい場所であり、下手に被害を出せない場所だ。それは緑谷達も同様であり、出来る限り戦闘は避けたい。

 

「メリッサさん。コントロールルームは?」

「中央エレベーターの前よ」

 

 3人は一気に角まで走り、周囲を確認する。

 すると、コントロールルームとは反対方向にある通路の先に開いた扉があり、その中に人影が見えた。

 

「誰かいる」

 

 緑谷の言葉に出来る限り身を顰めるメリッサだが、部屋の中の人影にハッとする。

 

「パパ……?」

「……本当だ!」

 

 部屋の中にいたのはデヴィットだった。

 真剣な顔でコンソールを操作しており、他に人影は見当たらなかった。

 

「どうして最上階に……?」

「……あの部屋は何があるの?」

 

 メリッサが訝しむと、里琴が声を掛ける。

 

「え?あそこは保管室よ。貴重な物質や危険な発明品を管理しているの」

「ヴィラン達の狙いは保管室にあるもの?それを博士に取り出させてる?」

 

 メリッサの答えに緑谷が顎に手を当てて考え込む。

 それにメリッサが心配で顔を歪める。

 

「救けないと……!」

「はい」

 

 メリッサの懇願のような声に緑谷も頷き、慎重に動き出す。

 

 

 

 部屋の壁がブロックのようなボックスになっており、それは天井まで敷き詰められている。

 デヴィットはヴィランに連れて来られてから、ずっと作業を続けていた。そして、遂にプロテクトの解除が出来、顔に笑みを浮かべる。

 

「コードを解除出来た。1147ブロックへ」

 

 デヴィットの嬉しそうな声に、助手のサムが急いで短い階段を駆け上がり、壁のボックスに向かう。

 すると、サムが近づいたボックス壁の一角から何かが動く音がして、サムの目の前にボックスが飛び出してくる。

 サムは飛び出してきたボックスを開けると、中にアタッシュケースが置かれていた。それを取り出して、デヴィットに向き直る。

 

「やりましたね!博士!」

 

 デヴィットはサムに駆け寄る。

 サムはアタッシュケースを開けて、中を見せる。

 中にはデータが入ったケースと小さめの丸いものにフックがついている装置が入っていた。

 

「全て揃っています」

「……ああ、遂に取り戻した。この装置と研究データだけは、誰にも渡さない。渡すものか……」

 

 デヴィットは装置を見つめて、覚悟を決めた顔で拳を握り締める。

 サムは一瞬複雑な顔をしたが、すぐに表情を戻してデヴィットに語りかける。

 

「プラン通りですね。ヴィラン達も上手くやっているようです」

「……ありがとう。彼らを手配してくれた君のおかげだ、サム……」

 

 サムの声にハッとして、デヴィットは礼を言う。

 その時、

 

「……パパ……?」

 

 強張っているが、聞き間違えようのないここで聞こえるはずがない声にデヴィットとサムは驚いて、声の方に振り返る。

 そこには目を見開いて顔を強張らせているメリッサ、その後ろには同じく驚いて戸惑っている緑谷と無表情の里琴がいた。

 

「メ……メリッサ……!」

「お嬢さん、何故ここに?」

 

 デヴィットとサムの声にメリッサは答えることなく、ふらつきながら足を進める。

 

「手配したって……なに?」

「……」

「もしかしてこの事件、パパが仕組んだの?」

「……」

「その装置を手に入れるために?」

 

 メリッサの問いに、デヴィットも答えられない。

 しかし、メリッサはその反応で自身の問いが真実であると理解してしまう。

 それでも父からはっきりと答えてもらわなければ納得出来なかった。

 

「……そうだ」

 

 デヴィットはきつく目を閉じて、両手を握り締めながら呻くように答えた。

 否定してほしかったメリッサは、完全に身を強張らせてしまう。

 オールマイトや島の全員、そして自身より年下の緑谷達に命がけで戦わせた原因が、自分の父でありオールマイトの親友であるデヴィットだった事実はメリッサに深く突き刺さった。

 

「博士は奪われた物を取り返しただけです。機械的に『個性』を増幅させる、この画期的な発明を……!」

 

 デヴィットを擁護しようと声を上げたサムの言葉に、メリッサと緑谷は眉を顰める。

 

「『個性』を増幅……!?」

「ええ、まだ試作段階ですがこの装置を使えば薬品などとは違い、人体に影響を与えずに『個性』を増幅させることが出来ます。しかし、この発明と研究データはスポンサーにより没収。研究そのものを凍結させられた。これが公表されれば、超人社会の構造が激変する……。それを恐れた各国政府が圧力をかけてきたのです。だから博士は……」

 

 サムは顔を顰めながら、理由を語る。

 

 確かに画期的な発明だが、未だに超人社会となったことによる弊害、つまりヴィランと言う存在がひしめく中では更に混乱が増す可能性が否定できない。

 しかし、デヴィットはそれでもこの研究は有益なものだと訴えても、各国政府は耳を貸さなかった。

 結局、研究は奪われてしまった。

 再び研究を始めようにも、各国の圧力でスポンサーも団体も見つからなかった。ヴィラン団体でさえも。

 その結果、デヴィットのラボから人はどんどんいなくなり、残ったのはサムだけだった。

 

 絶望と諦観に襲われたデヴィット。

 そこにサムが今回の計画を提案し、デヴィットもある思いを胸に頷いたのだ。

 

「なんで……なんで!?私が知ってるパパは絶対にこんなことしない!どうして……どうして……?」

 

 メリッサは取り乱したように叫び、顔を俯かせる。

 その姿にデヴィットは秘めていた覚悟が揺るぎそうになる。苦し気に顔を歪め、絞り出すように声を出す。

 

「……オールマイトのためだ……」

 

 デヴィットが上げた名前に緑谷は目を見開いて驚く。

 

「お前達は知らないだろうが、彼の『個性』は消えかかっている……」

 

 衝撃の事実にメリッサは唖然と立ち尽くし、里琴も僅かに目を見開く。

 その横で緑谷は今にも崩れ落ちそうな感覚に襲われる。

 

「だが、私の装置があれば元に戻せる。いや、それ以上の能力を彼に与えることが出来る。No.1ヒーローが……平和の象徴が……再び光を取り戻すことが出来る!また多くの人達を救うことが出来るんだ!」

 

 オールマイトの思いを知っている。その覚悟の重さを隣で見てきた。

 自分の親友で憧れであるオールマイトのためならば、平和の象徴が再び立ち上がるためならば、喜んで汚名を被る。

 デヴィットはそう決めたのだ。

 

 その覚悟と想いに、緑谷は改めて《ワン・フォー・オール》を受け継いだ重さを思い知る。

 オールマイトは『無個性』だったと聞いた。そして、もうまともに戦える体ではないことも。それは自分が《ワン・フォー・オール》を受け継いでから、更に顕著になった。

 それがデヴィット博士の絶望を深め、今回の事件の原因となったことに緑谷は両手を強く握り締める。

 

 緑谷の様子に気づかず、デヴィットはアタッシュケースを抱えてメリッサに叫ぶ。

 

「頼む!!これをオールマイトに渡させてくれ!もう作り直している時間はないんだ!その後でなら、私はどんな罰でも受ける覚悟が……」

「命がけだった……!」

 

 デヴィットの言葉を遮って、メリッサは緑谷や里琴を手で指して叫ぶ。

 

「捕らわれた人を救けようと、デク君や里琴さん、クラスメイトの皆が、ここに来るまでどんな目に遭ったと思ってるの!?」

 

 デヴィットはその叫びに、ようやくメリッサや緑谷、里琴の姿を冷静に見ることが出来た。

 メリッサも所々汚れており裸足で、緑谷も右袖が破れており、里琴も裸足で所々傷があった。

 デヴィットは困惑する。

 

「ど、どういうことだ……?ヴィランは偽物、全ては芝居のはず……」

 

 デヴィットは困惑したまま、サムを見る。

 サムは気まずげにサッ!とデヴィットから顔を逸らす。

 その直後、デヴィットや里琴達の耳に高圧的な声が届く。

 

「もちろん芝居をしてたぜ。偽物ヴィランという芝居をな」

 

 バッ!と全員が声がした方向を見る。

 保管室の入り口には、ニヤリと笑いながら保管室の扉に触れているウォルフラムと眼鏡の男が立っていた。

 

「あいつは……!」

 

 会場にいたヴィランだと気づいた緑谷はすぐさま殴りかかろうと、全身に《ワン・フォー・オール》を巡らせる。

 里琴も足裏から竜巻を放って、飛び上がる。

 しかし、それより先に、扉に触れていたウォルフラムの手が光る。

 直後、保管室の手すりがメキメキと外れ、生き物のように動き出す。そして緑谷と里琴に襲い掛かる。

 

 緑谷は躱そうとするが手すりの方が速く、体を絡めとられ壁に叩きつけられて、さらに縫い付けられる。

 

「デク君!」

 

 メリッサが緑谷に駆け寄る。

 

 里琴は空中を飛び回って、襲い掛かってくる手すりを回避する。

 

「……くたばれ」

 

 里琴は回転して飛びながら、ウォルフラム達に竜巻を数本放つ。

 

「ちっ」

 

 ウォルフラムは舌打ちして、更に『個性』を発動する。

 今度は床から鉄壁がせり出てきて竜巻を防ぐ。さらに鉄柱が数本飛び出し、手すりのように里琴に襲い掛かる。

 

 里琴は更にスピードを上げて飛ぶ。

 竜巻を放って鉄柱を壊していくが、次々と鉄柱が襲い掛かってくる。

 

「……っ!」

「さて、いつまで耐えられるかな?」

 

 里琴は僅かに眉間に皺を寄せ、ウォルフラムはニヤリと笑って里琴を狙い続ける。

 緑谷が拘束を解こうともがくが、全く外れない。口も塞がれているので、声も出せなかった。

 

(金属を操る『個性』……!マズイ!限界容量がない種類だ!)

 

 緑谷はウォルフラムの『個性』を見抜きながら、里琴を見る。

 里琴はまだ躱せているが、明らかに紙一重になりつつある。

 

「……邪魔が多い」

 

 里琴はメリッサやデヴィット達がいるため、全力で竜巻を放てない。そのため、躱すのと僅かに砕くので精一杯だった。

 そして、どんどん逃げ道がなくなっていく。

 

「これで終わりだぁ!!」

 

 ウォルフラムが叫ぶと、全方向から鉄柱が飛び出す。

 里琴は回転しながら竜巻を纏って防ごうとするが、防ぎきれずに鉄柱が竜巻を突き破って里琴に直撃する。

 

「……っ!?」

 

 里琴はそのまま壁に叩きつけられて、鉄柱と挟まれる。

 

「里琴さん!!」

 

 メリッサが叫び、デヴィットや緑谷が目を見開く。

 里琴は背中から床に落ちて、そのまま倒れ伏す。気絶したのか、そのまま起き上がらなかった。

 

「ようやく静かになったな」

 

 ウォルフラムは立ち上がり、デヴィットに顔を向ける。

 すると、サムがデヴィットからアタッシュケースを奪い取り、ウォルフラムに駆け寄る。

 

「こ、これです!」

「よくやった、サム」

「……サム?」

 

 サムとウォルフラムの会話にデヴィットは唖然として、少しずつ事態を把握する。

 

「……ま、まさか……最初から装置をヴィランに渡すつもりで?」

 

 デヴィットの声にサムは振り返る。

 

「だ、騙したのはあなたですよ。長年、あなたに仕えてきたというのに、あっさりと研究は凍結。手に入る栄誉、名声……全てなくなってしまった。せめてお金くらい貰わないと割りに合いません……!」

 

 サムは今まで塞き止めていたものを吐き出すかのように言った。

 その両目には涙が浮かんでおり、あまりにも弱々しかった。

 その姿にデヴィットは苦しんでいたのは自分だけではなかったことに気づいた。研究に心血注いでいたのは自分だけではなかったのに。

 そして、サムをあそこまで堕としたのは、間違いなく自分である。今回の作戦に乗らなければ、違う形で苦しめていたかもしれないが少なくとも今のような事態にはならなかっただろう。

 全て自分の弱さが原因だったのだ。

 

「じゃあ、これが謝礼だ」

 

 ウォルフラムの声にサムが振り返ると、目に入ったのは銃口だった。

 直後、なんの戸惑いもなく発砲され、サムの肩に命中する。

 

「あ、がぁ!?」

 

 血を噴き出して倒れるサム。

 それにデヴィットやメリッサが目を見開いて驚く。

 

「な、何故……約束が違う……」

「約束ぅ?ヴィランに何言ってんだ、お前」

 

 肩を押さえて痛みに耐えながら、ウォルフラムに目を向ける。

 ウォルフラムは愉快そうに銃口を向けたまま言い放つ。

 

「お前は装置を守るためにヴィランに立ち向かうも、反撃されて殺される勇敢で哀れな研究員だよ。よかったなぁ、名誉を手に入れられて。ただし……名誉の死って奴だがな」

 

 そう言い放ったウォルフラムは躊躇なく引き金を引く。

 パァン!と銃声が響き、血が撒き散る。

 目に入った光景に緑谷とメリッサは目を見開く。

 

 撃たれたのはデヴィットだった。サムを庇って胸から血を流しながら倒れる。

 サムは呆然と血を流すデヴィットを見つめ、メリッサがデヴィットに駆け寄ろうと走り出す。

 

「パパ!ああっ!?」 

 

 しかし、その前でウォルフラムがメリッサを容赦なく殴り飛ばす。

 床を転がるメリッサにデヴィットが痛みも忘れて起き上がろうとするが、ウォルフラムが背中を踏みつける。緑谷は相変わらずもがいているが、一向に拘束は外れない。

 デヴィットは痛みに呻き、ウォルフラムは終始ニヤニヤしてデヴィットを見下ろす。

 

「諦めろ。どんな理由があろうと、あんたは悪事に手を染めた。俺達が偽物だろうと、本物だろうと、あんたの悪事は消えない。俺達と同類さ。あんたはもう科学者でいることも、研究を続けることも出来ない」

 

 ウォルフラムの言葉に、デヴィットは後悔の念に押し潰されそうになる。

 

「今のあんたに出来ることは俺の元で装置を量産するか、そのまま命で償うことくらいだ」

 

 ウォルフラムはそう言いながら、デヴィットの襟首を掴み上げて持ち上げ、銃のグリップを首に叩きつけて気絶させる。

 そして、眼鏡の男に「連れていけ」と指示を出す。

 

「パパを……返して……!」

 

 その時、メリッサが這いずりながら呻くように叫ぶ。

 ウォルフラムは振り返り、ニヤリと笑みを浮かべて銃口を向ける。

 

「そうだな。博士の未練は……断ち切っておかないとなぁ……!」

「や゛め゛ろ゛ぉ~!!」

 

 緑谷は渾身の力を籠めて、叫びながら鉄の拘束を振り解く。

 そのまま壁を蹴って飛び出し、ウォルフラムに殴りかかる。

 

「スマーッシュ!」

 

 ウォルフラムは素早くしゃがんで床に手を触れる。

 そして、緑谷の目の前に鉄の壁が出現し、緑谷の拳をクレーターを作りながらも受け止める。

 緑谷は眉を顰めると、メリッサに目を向ける。

 メリッサは力強い緑谷の目を見て、何を伝えたいのか理解する。

 

「……!」

 

 メリッサは涙を拭って、足をもつれさせながら立ち上がって走り出す。

 

「逃がすな!」

 

 ウォルフラムが叫ぶと、眼鏡の男が走り出してメリッサを追いかける。

 緑谷はすぐさま眼鏡の男を追いかけようとすると、次々と鉄の壁が出現する。それを緑谷は壁から壁を高速で跳ねて一気に飛び越えて、眼鏡の男の前に降り立つ。

 

「行かせない!」

「調子に乗るなぁ!!」

 

 ウォルフラムが苛立ちながら叫ぶと、鉄柱が襲い掛かる。

 緑谷は腕で受け止めるが、あまりの威力に背中から壁に叩きつけられる。歯軋りをして必死に耐えるが、どんどん重量が増えていき、じりじりと押されていく。

 

 その間にメリッサはコントロールルームに駆け込む。

 コンソールの前に座ったメリッサは素早く、正確に設定を変更していく。

 少しすると、非常事態を示していた赤い表示が元の緑色に戻っていく。そして、タワー内の明かりが戻り、隔壁が上がっていく。さらに警備マシンも機能を停止して待機モードに戻る。

 

 

 それにサーバールームで戦っていた一佳達は一瞬唖然とする。

 

「止まった……?」

「ということは……」

「緑谷くん達、やってくれたか!」

 

 切奈が首を傾げ、一佳は肩で息をしながら見渡し、警備マシンが止まったことに飯田が笑みを浮かべる。

 それに八百万達も一佳達も笑みを浮かべて座り込んで一息つく。

 

「大丈夫ですか?」

「何とかね」

「ん」

「息を整えたら、上を目指そう!まだヴィランもいるから、気を抜かないように!」

 

 飯田の号令に頷く一佳達。

 そして、10分ほど休憩して、すぐに駆け出すのだった。

 

 

 

 レセプション会場でも突如照明がつき、プロヒーロー達の拘束が解除された。

 それにヴィランの部下達が慌てるが、一瞬でプロヒーロー達が詰め寄り撃退される。

 あっという間に拘束されたヴィラン達の姿に、パーティー参加者達が歓声を上げる。

 

「やってくれたか皆……!」

 

 オールマイトも立ち上がり、僅かに咳込みながら笑みを浮かべる。

 そして、すぐさまウォルフラムを探しに駆け出すのであった。

 すると、携帯が鳴り、相手を確認するとメリッサからだった。

 

「どうした、メリッサ!」

『マイトおじさま!パパがヴィランに連れていかれて、デク君が後を追って……!』

 

 泣きそうで切羽詰まったメリッサの声に、オールマイトは体に力を籠める。

 

「大丈夫!私が行く!!」

 

 メリッサを励ますオールマイトの顔はいつもの笑みだが、その目は冷たく鋭かった。

 

 

 

 

 手足を縛られたデヴィットを肩に抱え、片手にアタッシュケースを持ったウォルフラムは眼鏡の男を従えて屋上ヘリポートへと上がる。

 ヘリポートにはすでにヘリコプターが止まっており、ウォルフラムはヘリコプターに近づく。

 

「警備システムが再起動しきる前に出るぞ」

 

 ウォルフラムは部下に指示を出しながら、後部のドアを開けてデヴィットとアタッシュケースを放り込む。

 操縦席には待機していた部下と眼鏡の男が乗り込み、エンジンを急いで起動する。

 そして、ウォルフラムも乗り込もうとした時、

 

「待て!!」

 

 顔だけで後ろを振り向くと、入り口のところに息を荒くしながら緑谷がウォルフラムを睨んでいた。

 緑谷はウォルフラムを鋭く睨みながら叫ぶ。

 

「博士を返せ!」

 

 デヴィットは運ばれている途中で意識を取り戻しており、緑谷の姿を見て目を見開く。

 ウォルフラムは馬鹿にするような顔を緑谷に向ける。

 

「なるほど。悪事を犯したこの男を捕えに来たのか?」

「違う!!僕は博士を救けに来たんだ!!」

 

 緑谷は叫びながら、《ワン・フォー・オール》を全身に巡らせて飛び出す。

 ウォルフラムも地面に手をついて『個性』を発動する。

 

「犯罪者を!?」

 

 鉄柱を生み出して緑谷に襲い掛からせる。

 緑谷は鉄柱を跳んで躱しながら、ウォルフラムに向かう。

 

「僕は皆を救ける!!ぐぅ!!博士も救ける!!」

「お前、何言ってんだぁ!?」

「うるせぇ!ヒーローはそうするんだ!困ってる人を救けるんだ!」

 

 緑谷は激情のまま叫びながら、次々と襲い掛かってくる鉄柱を躱したり、殴り壊していく。

 しかし、ウォルフラムはその様子を嘲るように笑いながら拳銃をデヴィットに向ける。

 

 緑谷は目を見開いて動きを止めて、悔し気に顔を歪めて降り立つ。

 両手を握り締めてウォルフラムを睨む緑谷の姿に、ウォルフラムはふてぶてしく笑う。

 

「まったくヒーローってのは不自由だよなぁ!たったこれだけで身動きが取れなくなる」

 

 そして緑谷の正面から鉄柱をぶつける。まともに受け止めた緑谷の上からも鉄柱が襲い掛かる。緑谷はギリギリで躱すが、直後真下から鉄柱が飛び出し、空中に押し上げられる。緑谷はジャンプして逃げようとしたが、左右から鉄柱が襲い掛かってきて挟まれる。トドメとばかりにまた真下から鉄柱が突き上げてきて、空中に放り投げ出される。

 

「がはっ!」

 

 口から血を吐き出し、背中から地面に叩きつけられる。

 

「どっちにしろ、利口な生き方じゃない。出せ」

 

 ウォルフラムが吐き捨てながらヘリに飛び乗る。

 直後にヘリが浮き上がり、飛び立っていく。

 緑谷はすぐさま起き上がり、全力で駆け出す。そして、空へ伸びている鉄柱を駆けのぼり、ヘリに向かって思い切りジャンプする。

 ヘリの車輪にしがみつく。それにガクンと揺れて、操縦席でパイロット達もむち打ちになる。

 緑谷は揺れるヘリに必死にしがみついて、振り落とされまいとする。そして、必死に腕を伸ばして後部へとよじ登る。

 

「……君は……!」

 

 デヴィットは緑谷の姿に目を疑うことしか出来なかった。

 その頃、メリッサがヘリポートにやってきて、ヘリにしがみつく緑谷の姿を見つける。

 

「デク君……!」

 

 緑谷はデヴィットに手を伸ばす。

 

「もういい。逃げろ、ミドリヤ君……!」

「メリッサさんが……メリッサさんが待ってます!」

 

 必死にデヴィットに呼びかける緑谷。

 愛する娘の名前と緑谷の姿に熱いものが込み上げてきた。

 その時、

 

「確かにお前はヒーローだ。馬鹿だけどな」

「「!!」」

 

 ウォルフラムが銃を緑谷に向ける。

 ハッとしたデヴィットが縛られた脚を振り上げて銃を蹴り、直後に発砲される。狙いがズレた銃弾はフルガントレットに当たり、弾かれるがその衝撃でヘリの外に飛ばされてしまう。

 

「ああ!?」

 

 ヘリから手を放して落ちてくる緑谷の姿にメリッサが叫ぶ。

 緑谷は必死に手を伸ばすも、もちろんヘリは離れていく。頭の中で考えるも、無情にも距離は開いて行くばかりだった。

 その時、緑谷の横を高速で何かが通り過ぎる。

 

 通り過ぎた何かはヘリの前に移動して、竜巻を発生させて壁を作る。

 再びヘリが大きく揺れる。

 必死に操縦桿を握るパイロットの目には、無表情で空中に浮かぶ少女の姿が映る。しかし、少女の体からは明らかに怒りのオーラが噴き出していた。

 

「里琴さん……!」

 

 メリッサは里琴の姿にホッとする。保管室では怪我の状況を確認する余裕がなかったからだ。

 その時、ズドオォン!と音を立てて、クレーターを作って緑谷がヘリポートに叩きつけられて、メリッサは慌てて駆け出す。

 

 里琴はヘリが方向を変えようとした瞬間、高速で移動して竜巻の壁を生み出す。

 そのままヘリの周囲を飛び、ウォルフラムの姿を確認する。

 ウォルフラムは顔を顰めて、銃を里琴に向けて発砲する。

 里琴は素早く避けて、ヘリの真下に移動する。そして、ヘリを囲う様に竜巻を放つ。

 

「……っ!」

 

 里琴はヘリの中にデヴィットがいるのを確認していた。そのせいで再び攻撃したくても出来なかった。

 里琴は下を見て、緑谷の姿を確認する。

 緑谷は座り込んで、悔し気にこっちを見上げていた。

 

「……やるなら助けろ」

 

 里琴は苛立たし気に呟いて、竜巻を維持する。

 

 

「くっそおおおおぉぉ!!!」

 

 

 緑谷の叫び声が聞こえてくる。

 それに里琴は一か八か被弾覚悟でヘリに突っ込んでデヴィットを救出しようと足裏の竜巻を強めようとした時、

 

 

「こういう時こそ笑え!緑谷少年!」

 

 

 世界で一番頼りになる声。聞くだけで安心感が湧き上がってくる声が聞こえた。

 直後、タワーの中腹から何かが飛び出してきて、タワーの壁を捲り上げながら弾丸のように急上昇してヘリの上空で止まる。

 衝撃波が吹き荒れ、里琴は竜巻を解除する。そして、ヴィラン達も唖然として、それを見上げる。

 

 

「もう大丈夫。何故って!?」

 

 

 筋骨隆々とした巨体で、威風堂々としたNo.1ヒーローが現れた。

 

 

「私が来たぁ!!!」

 

 

 



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拳の四十九 集まれ仲間達!

今回も映画のネタバレが含まれます。



 ようやく駆けつけたNo.1ヒーロー、オールマイトの姿に緑谷やメリッサは自然と笑みが浮かぶ。

 その横に里琴が降り立ち、無表情でオールマイトを見上げる。

 

 オールマイトは体が落ちるのを感じて、体を丸めて力を籠める。

 

「親友を返してもらうぞ!ヴィランよ!」

 

 叫びながら体を大の字に開くと、後ろに衝撃波が飛び、その勢いでヘリに向かって飛び出す。

 オールマイトは拳を突き出しながらヘリを猛スピードで貫通する。

 直後、ヘリが爆発して火に包まれる。炎上しながら墜落を始めると、更に大爆発を起こす。

 

 緑谷とメリッサは唖然と炎を見つめていると、炎の中からデヴィットを抱えたオールマイトが降り立った。

 オールマイトはデヴィットをゆっくりヘリポートの床に降ろし、手足の拘束を壊していく。

 メリッサはデヴィットに駆け寄り、声を掛ける。

 

「パパ……パパ……!」

「う……メリッ……サ……」

 

 デヴィットは出血と痛みで顔を歪ませながらもメリッサの呼びかけに答えようとする。

 それにオールマイトは笑みを浮かべて力強くメリッサに言う。

 

「もう大丈夫だ」

 

 その言葉にメリッサは微笑み、緑谷は左肩を押さえながら近づきホッとする。

 里琴はその更に後ろで入り口を眺めていた。

 オールマイトがデヴィットに声を掛けようとして口を開こうとした時、

 

 ヘリが墜落した炎の中から1本の鉄柱が飛び出してきて、オールマイトを吹き飛ばした。

 オールマイトは吹き飛ばされる直前にデヴィットを放していたので、デヴィットは無事だった。

 

「オールマイト!!!」

 

 転がっていくオールマイトを見て、緑谷が叫ぶ。

 すると、地面から鉄のコードが飛び出してデヴィットの体に巻きついて行く。そして、炎に向かって吸い寄せるように引っ張っていく。

 

「がぁっ!」

「パパ!」

「博士!」

「……っ!!」

 

 メリッサと緑谷が叫び、里琴が再び足裏から勢いよく竜巻を放出してデヴィットを追う。

 しかし、更に地面が割れて鉄板や鉄パイプ、鉄の瓦礫が浮かび上がり、里琴の飛行を阻害してくる。鉄柱も出現し、里琴はデヴィットを追いかける事が出来なかった。

 

「……浮かぶ鉄?」

 

 里琴は先ほどまでのウォルフラムの力と比べ物にならないことを訝しむ。

 先ほどまでは触れている金属だけを操っていた。しかし、今は明らかに空中に浮いている金属までも操っているし、その量も異常なほど多い。

 

 浮かび上がった金属は炎の中に飛び込んでいき、凄まじい勢いで山のように大きくなっていく。それによって炎も掻き消される。

 デヴィットも山の中に呑み込まれて姿が見えなくなる。

 そして、その金属の怪物とも言える山の頂点にいたのは、ウォルフラムだった。

 

「サムめ……。オールマイトは『個性』が減退して、往年の力はなくなったとか言ってたくせに……!」

 

 ウォルフラムは仮面が外れており、頭にはフックのような機械が取り付けられている。更に目つきもまるで何かに憑かれたようになっていた。

 緑谷はその姿を見て、歯軋りをする。

 

「あいつ、博士の……!」

 

 ウォルフラムはオールマイトの姿を確認してすぐにデヴィットの発明した装置を身に着けたのだ。

 

 緑谷はウォルフラムを睨みつける。

 メリッサは地面に座り込んで、デヴィットが捕まっているであろう場所を見つめていた。

 里琴は接近を諦めて、メリッサの横に降りる。

 

「……離れる」

「でも……!」

 

 メリッサは涙目で里琴を睨みつけるように見上げる。

 しかし、里琴は一切表情を変えずに言い切る。

 

「……これ以上は私達じゃあなたを守れない。……そこの馬鹿もボロボロ」

「っ……!」

「巻空さん……」

 

 里琴の言葉は真実だった。

 ウォルフラムは80階にいたヴィランとは違う。しかも、今はデヴィットの発明を使っている。オールマイトにすら匹敵しかねない強大な敵である。

 

 緑谷はすでにボロボロだ。飛んでいるヘリからクレーターが出来る程の衝撃で落ちたのだ。しかも、保管室での戦いもある。

 里琴も同じく80階での戦闘、保管室でのダメージ、そして先ほどのヘリを止めるための戦いで限界に近い。

 ただでさえ普通のウォルフラムにすら勝てなかったのに。

 

 オールマイトがいるとはいえ、メリッサを守って、デヴィットを救って、ウォルフラムを倒すのは今の里琴達ではほぼ不可能だ。

 それでも戦うならば、メリッサをここから遠ざけることが絶対条件なのだ。

 自分を守るので精一杯なのだから。

 

 メリッサもそれを理解して、ただただ悔しさに唇を噛む。

 緑谷も両手を握り締めて、オールマイトを見る。

 

 オールマイトは咳込みながら立ち上がる。口元を押さえた手の甲には血が付いていた。

 更には体から蒸気が立ち上がる。

 

「シィット……!時間が……!」

 

 ただでさえ今日はマッスルフォームを何度も使用している。しかも、先ほどの解放されるまででもかなりの時間と体力を使った。

 オールマイトはすぐにいつもの笑みを浮かべて、拳を構えて飛び出す。

 

「往生際が悪いな!テキサス・スマーッシュ!!」

 

 気迫を込めて、渾身の力で拳を振り抜くオールマイト。

 しかし、その拳はウォルフラムに届くことはなく、一瞬で鉄壁が出現して防がれてしまう。

 しかも鉄壁は壊れることなく、小さいクレーターが出来るだけでオールマイトの攻撃を受け止めてしまった。

 

「なに!?」

 

 驚き、目を見開くオールマイト。

 緑谷達も目を見開いて驚く。鉄壁は特別なもののようには見えない。オールマイトならば簡単に砕けるはずだ。

 しかし、それが出来なかった。

 

「なんだぁそりゃ!?」

 

 ウォルフラムは鼻で笑いながら手を振る。

 鉄壁のクレーターから鉄柱が突き出し、オールマイトを押し飛ばす。吹き飛ばされたオールマイトは、ヘリポートの床に叩きつけられて、床が砕けてタワー上部の壁に亀裂が入る。

 すると、砕けた瓦礫を吸収したり鉄板をめくって取り込んでいく。

 ウォルフラムがいる金属の塊の下から青い静脈のようなものがタワー上部に広がっていく。風力発電のプロペラや壁の鉄板、停止していた警備マシン達も吸い上げていく。ドンドンとウォルフラムの金属の塊が大きくなっていく。

 

「流石、デヴィット・シールドの発明。『個性』が活性化していくのが分かる。ははは!いいぞ、これは!いい装置だ!」

 

 ウォルフラムは満足げに笑いながら、次々と金属を取り込んでいく。

 その様子を体から蒸気を出しながら立ち上がったオールマイトは、唖然と見上げている。

 

「これがデイヴの……」

「さぁて、装置の価値を吊り上げるためにも、オールマイトをブッ倒すデモンストレーションといこうか!」

 

 ウォルフラムは高慢に言い放ちながら手を振り、金属を操り始める。

 勢いよく飛び出して、オールマイトに襲い掛かる鉄塊やプロペラ。それを紙一重で躱しながら、オールマイトはウォルフラムに殴りかかる。

 ウォルフラムは笑みを浮かべたまま軽く手を振る。直後、高速で鉄柱がウォルフラムの根元から飛び出して真正面から食らわせる。

 オールマイトは両腕で受け止めるも圧し負けて、床に叩きつけられる。それでも鉄柱は止まらずに圧し続ける。

 

 その衝撃で周囲の床も割れて波のように隆起していく。

 メリッサや緑谷達のところにも襲い掛かり、里琴はすかさずメリッサを抱えて飛び上がる。緑谷もそれに続いてジャンプして、オールマイトを振り返る。

 オールマイトは両腕で必死に鉄柱を押さえ込んでいた。その体からは蒸気が上がっており、顔を俯かせて咳込んでいた。

 

(オールマイト……!やっぱりそうだ。活動限界なんだ!)

 

 緑谷はオールマイトの様子に焦るが、周囲の状況から中々手が出せそうになかった。

 しかも、鉄柱が緑谷達にも襲い掛かり始めた。

 

「くっ!」

「……抱えるの代われ」

「え?え!?わぁ!」

「きゃあ!?」

 

 緑谷が顔を顰めると、里琴が突如緑谷にメリッサを投げる。メリッサは悲鳴を上げ、緑谷は慌てながらも受け止める。

 直後、里琴は高速で飛び出し、オールマイトに襲い掛かっている鉄柱に竜巻を放つ。

 しかし、鉄壁が何枚もせり出し、竜巻を防いでいく。

 

「……っ!」

 

 里琴は連続で竜巻を放つが、それも防がれる。さらに鉄のチューブや鉄柱が里琴に向かって襲い掛かる。

 紙一重で躱して、オールマイトを救ける隙を狙う里琴だが、周囲から次々と鉄柱や鉄チューブが飛び出してくる。

 

「……うぷっ」

 

 しかし、遂に限界が訪れる。強烈な吐き気に襲われて、足裏の竜巻のコントロールが崩れる。

 その隙を逃さずに鉄柱が真横から襲い掛かり、里琴を突き飛ばす。

 里琴は床に叩きつけられる。

 

「……うぷっ!」

 

 里琴は痛みと酔いで起き上がることが出来ず、口元を押さえて呻く。

 

「巻空さん!」

「マイトおじさま……!」

 

 緑谷はメリッサを抱えたまま鉄柱を躱しながら叫ぶ。

 メリッサは今も必死に鉄柱を耐えているオールマイトを見つめている。

 

「ぐっ……がはっ!」

 

 オールマイトは血を吐きながらも必死に耐え続ける。

 それに苛立ちを覚えたウォルフラムはトドメを刺そうと大量の鉄柱を出現させて、オールマイトに向ける。

 

「さっさと潰れちまえ!!」

 

 そして勢いよく飛び出し、オールマイトへと向かう。

 

「オールマイト!!」

「マイトおじさま!!」

 

 緑谷やメリッサが叫ぶ。

 その時、空気が妙に冷たくなったのを感じた。

 直後、オールマイトに向かっていた鉄柱が一気に凍り付く。

 

「なに……!?」

 

 突然の氷結に目を見開くウォルフラムの耳に、小さな爆発音が聞こえてきた。

 その方向に目を向けると、ウォルフラムに手の平を向けて飛び上がっている爆豪の姿があった。

 

「くたばりやがれ!」

 

 爆豪の連続爆破に、ウォルフラムは舌打ちしながら手を振って鉄壁を生み出して攻撃を防ぐ。

 両手に鋭い痛みが走り、顔を顰める爆豪。爆豪も里琴同様ヴィランや警備マシンとの戦闘で限界を迎えていた。

 

「ちぃ!……あんなクソだせぇラスボスに、何やられてんだよ!えぇ!?オールマイトォ!!」

 

 それでも爆豪は不敵な笑みを浮かべてオールマイトに叫ぶ。

 

「爆豪少年……!」

 

 そしてヘリポートの入り口に目を向けると、肩で息をした体におりた霜を炎で溶かしている轟がいた。轟もすでに体温調節をしても限界が近かった。

 

「今のうちに……ヴィランを……!」

 

 その後ろから飯田達や一佳達も駆けつける。

 

「轟君!みんな!」

 

 緑谷は頼もしい仲間の登場に顔を輝かせる。

 一佳は周囲を見渡す。

 

「拳暴と里琴は……!?」

「里琴いた!!あそこ!!」

「拳暴さんはいませんね……」

「里琴!」

 

 一佳達は里琴の元に走ろうとするが、鉄柱が出現する。

 

「くっ!」

「私にお任せを!」

 

 一佳が顔を顰めると、茨がツルを伸ばして里琴を包み込んで引き寄せる。

 

「里琴!大丈夫か!?」

「……骨は拾って」

「冗談は言えるみたいだね」

「でも、顔色悪い」

「ん」

 

 里琴は一佳の腕の中でぐったりとして、なんとか呟く。切奈達はホッとするも、明らかに顔色は悪くてもう戦えそうになかった。

 その横で切島と飯田が前に出る。

 

「金属の塊は俺達が引き受けます!」

「八百万くん!ここを頼む!」

「はい!」

 

 両腕を硬化した切島とエンジンを吹かした飯田が駆け出し、伸びてくる鉄柱を砕く。

 それを見た一佳は切奈に里琴を渡す。

 

「私も行く!里琴を頼んだ!」

「了解!」

 

 一佳は両手を巨大化して鉄柱を殴り砕き、瓦礫を投げつける。

 ポニーも角砲を発射して援護する。

 

「我が正義の鉄槌を……!」

 

 茨が両手を上げて、ツルの全てを真上に伸ばして纏めていく。

 まるでツルの巨大樹のようになり、鉄柱にも太さは負けていない。

 

「はあああああ!!」

 

 上半身ごと振り回して、ツルの樹を薙ぎ払う様に振る。

 爆豪や轟も爆破や氷結を放って、鉄柱を砕いていく。

 

 その限界を超えても戦おうとする生徒達の姿にオールマイトは再び体に喝を入れる。

 

「教え子達にこうも発破をかけられては……」

 

 体からあがる蒸気が消え、筋肉が再び膨れ上がっていく。

 

「限界だのなんだの言ってられないな。限界を超えて、さらに向こうへ……!」

 

 オールマイトを押さえ込んでいた鉄柱にビキィ!と亀裂が入る。

 そして力強く踏み込むと、鉄柱は容易く砕けてウォルフラムに向かって飛び出す。

 

「そう!プルスウルトラだ!!!」

 

 ウォルフラムは手を振り、更に鉄柱を出現させ、さらに凍り付いていた鉄柱も氷を砕いてオールマイトに向かわせる。

 それをまとめて砕き、次々と襲い掛かってくる鉄柱を砕きながらオールマイトは猛烈な勢いで突き進む。

 どれだけ押し飛ばされても、回り込んで砕きながら、鉄柱を足場にしながらウォルフラムに迫っていく。

 

 ウォルフラムは腕を振り、3方向から鉄柱を伸ばして襲い掛かる。

 オールマイトは両腕をクロスさせて力を溜めて、当たる直前で開放する。

 

「カロライナァ・スマーッシュ!!」

 

 激しい音と衝撃波が飛んで鉄柱が砕け、爆風が吹き荒れる。

 

「観念しろ!ヴィランよぉ!」

 

 勢い衰えずウォルフラムに突撃するオールマイト。

 

 しかし、拳を振り上げて殴りかかろうとした瞬間、周囲から金属のワイヤーが伸びてきてオールマイトの四肢を拘束してウォルフラムの目の前で止まってしまう。

 

「この程度……!」

 

 オールマイトはすぐさま振り解こうとするが、その前にウォルフラムの左手がオールマイトの首を掴む。

 するとウォルフラムの腕が膨れ上がり、さらにウォルフラムの筋肉が服を破って膨れ上がる。熱を帯びたように肌が赤くなり、更に力が増す。

 

「観念しろ……?そりゃお前だ。オールマイト」

 

 不敵に不気味に笑みを浮かべるウォルフラム。

 

(な、なんだ……このパワーは……!?)

 

 オールマイトが戸惑っていると、ウォルフラムは右手でオールマイトの脇を掴む。そこにはオールマイトの古傷があり、ウォルフラムはそれを的確に抉っていた。

 

「ぐっ!ぐうううがああああああ!!!」

 

 オールマイトは吐血しながら叫び、体から再び蒸気が上がり始める。

 それに緑谷が駆け出すが、左肩の激痛で膝をついてしまう。

 爆豪や轟達もオールマイトの状況には気づいたが、鉄柱の対処で精一杯だった。まるで生き物のように襲ってくる鉄柱に限界が近い、限界を迎えている爆豪達は悔しさに顔を歪ませることしか出来なかった。

 

「くそがああ!!」

 

 爆豪が悔しさに叫ぶ。

 その時、爆豪の脇を鉄柱がすり抜けて、八百万や切奈達がいる場所に迫る。

 更に他の方向からも鉄柱が襲い掛かる。

 

「っ!?しまっ!!」

 

 八百万は出来る限りの《創造》でバリケードを創るも到底防げる気はせず、轟や一佳達も破壊するが次々と鉄柱が向かっていき間に合わない。

 ポニーと茨は別方向の鉄柱を壊した直後の為、残りの鉄柱の破壊に動けない。

 誰もが直撃を覚悟した。

 

「逃げろぉ!!」

 

 一佳が叫ぶ。

 里琴が切奈の腕の中で両腕を振ろうとすると、真上を影が飛び越え、暴風が舞う。

 

「オォラァ!!」

 

 飛び出した影はまるでオールマイトのように鉄柱を軽々と砕いて行く。

 次々と襲い掛かる鉄柱を高速で移動して砕いていく。殴り壊す度に衝撃波が飛び、周囲の鉄柱や床を砕く。

 もちろんそんなことが出来るのは、現状唯1人。

 

 里琴や八百万達の前に守る様に降り立ったのは、傷だらけの大きな背中。

 それに一佳や切奈達は笑みを浮かべる。

 

「拳暴!!」

「わりぃな。遅くなった」

 

 戦慈はウォルフラムや鉄柱の群れを睨みながら、軽く謝る。

 一佳や飯田達は戦慈の元に駆け寄り、一度息を整える。

 

「……おそ…すぎ」

 

 里琴が切奈に抱えられたまま、辛そうにしながらも戦慈に文句を言う。

 戦慈は顔だけ里琴に向ける。

 

「だから、わりぃって言ってんだろ。警備マシンが邪魔で、壁や施設を壊さねぇようにしてたから全力で動けなかったんだよ。1回警備マシンごと非常階段砕いて、落ちちまったしな」

「……おばか」

「うっせぇよ。……随分と暴れたみてぇだな」

「……ん」

 

 戦慈は一佳や爆豪達、少し離れたところにいる緑谷にメリッサ。そしてオールマイトを見る。

 

「……ホントに大遅刻しちまったみてぇだな」

 

 戦慈はゆっくりと前に出る。

 

「俺が少し変わる。テメェらは少し体を休めてろ」

「拳暴……!」

「しかし!」

「っ!来ますわ!」

 

 戦慈の言葉に一佳と飯田が言い返そうとすると、八百万が叫ぶ。

 鉄柱の群れが再び戦慈達に向かってきていた。

 それに飯田と切島が構えるが、

 

 

オオオオォララララララララララララララララァ!!!

 

 

 戦慈が叫びながら拳の乱打を放ち、その拳全てから衝撃波が飛び、衝撃波の壁となって鉄柱の群れを砕いて土煙をあげる。

 戦慈の両腕と肩からは白い煙が上がり始めるが、それでも鉄柱の全てを砕くことは出来ず、まだまだ鉄柱が飛び出してくる。

 それを戦慈は勢いよく駆け出し、鉄柱を殴り壊していく。

 

「ちっ!キリがねぇ。オールマイトは何してやがる……!」

 

 戦慈は舌打ちして顔を顰めながら鉄柱を砕いて行く。

 オールマイトにも救けが必要のようだが、流石に今の里琴や一佳達を放置するわけにもいかない。

 

 オールマイトは後ろで激しくなる戦闘音を、激痛と首を絞められた苦しさで意識が遠のきそうな中で聞いていた。

 

(この力は《筋力増強》……『個性』の複数持ち……!)

 

 金属を操る『個性』と力を増す『個性』。複合型としても絶対にかみ合わない『個性』だった。

 つまりウォルフラムは2つの『個性』を持っていることになり、その事実に嫌な予感がするオールマイト。

 そして、その嫌な予感は1つの答えしか導き出さない。

 

「ま、まさか……!」

「ああ……この計画を練っている時、あの方から連絡が来た。是非とも協力したいと言った。何故かと聞いたら、あの方はこう言ったよ」

 

『オールマイトの親友が悪に手を染めるというのなら、是が非でもそれを手伝いたい。その事実を知ったオールマイトの苦痛に歪んだ顔を見られないのが残念だけどね……』

 

 ウォルフラム、そしてオールマイトの頭に、穏やかだが不気味な声が響く。

 オールマイトの、《ワン・フォー・オール》の宿敵の言葉に、オールマイトは愕然とする。

 

「オール・フォー・ワン……!」

「ようやくニヤケ面がとれたか」

「ノォオオオオオ!!」

 

 怒りと苦しみに叫び、ワイヤーを引き千切ろうとするオールマイト。

 ウォルフラムはそれを愉快そうに見下ろしながら手を放して、正面から鉄柱を叩き込む。

 ワイヤーに四肢を引っ張られてもがくオールマイトの左右から、四角い大きな鉄の塊が勢いよく挟み込む。

 

「……!!」

 

 緑谷とメリッサが愕然と目を見開く。

 さらにウォルフラムが鉄の塊を生み出し、それらは磁石のようにオールマイトを挟み込んだ鉄の塊に次々と勢いよく突っ込む。

 

「オールマイト!!」

 

 八百万や一佳達も目を見開いて叫ぶ。

 戦慈も歯軋りをして鉄柱を砕きながらウォルフラムを睨む。

 

「さらばだ!オールマイトォ!」

 

 ウォルフラムが叫びながら腕を振り上げる。

 床から先が尖った鉄柱が何本も飛び出し、オールマイトが閉じ込められた鉄の塊を貫く。

 

「マイトおじさまぁ!!!」

 

 メリッサが悲痛に叫んだ直後、鉄の塊に向かって2つの影が飛び出した。

 

 緑谷と戦慈である。

 

 緑谷は《ワン・フォー・オール》の力を全身に漲らせて、ただただオールマイトを救けたい一心で拳を振るい、戦慈も力を左腕に籠めて振り抜く。

 

(デトロイトォ・スマーッシュ!!)

「オォラァ!!」

 

 2つの巨大な力が、巨大な鉄の塊を打ち砕く。力を出し切ってしまった緑谷は飛んで来た鉄の破片にぶつかり落下する。それを追いかけるようにボロボロになったオールマイトが飛び出す。

 戦慈は体がリセットされたが、飛んでくる鉄片を両腕で殴り壊しながらウォルフラムの隙を探る。

 

「ガキ共がぁ……ぐぅ!?」

 

 ウォルフラムは忌々しそうに吐き捨てるが、2人が砕いた鉄片がウォルフラムや足元の金属の塔に叩き込まれていく。

 ウォルフラムが痛みに顔を顰めると、コントロールが乱れたのか塔が更に崩れて、中にいたデヴィットの姿が露わになる。

 

「あれは……!」

 

 戦慈はそれを見逃さなかった。

 そしてオールマイトがてこずっていた理由を悟る。それは戦慈にとっても厄介なことだった。

 

「あいつがいたんじゃ、吹き飛ばすわけにはいかねぇか……!くそ!」

 

 戦慈は舌打ちする。そして、まだ飛んでくる鉄片を砕いて、躱しながら一佳達の近くに戻る。

 一佳達の前に降り立つと同時に、また体がフルパワーまで膨れ上がる。

 

「拳暴!大丈夫か!?」

「他の2人に比べりゃな」

 

 戦慈は軽く答えるが、全身から自己治癒を示す白い煙が上がっている。

 明らかに戦慈も限界に近づいていることに、一佳や唯達は顔を顰める。

 

「どうすれば……!」

「でも、オールマイト達なら思いっきりぶん殴れば壊せるんじゃねぇのか!?」

 

 一佳が歯軋りし、切島が叫ぶ。それは爆豪や轟達も内心思っていたことだった。

 

「あの中に人質がいる。下手すりゃ、そっちが先に死んじまう」

「そんな……!?」

 

 戦慈の言葉に八百屋や一佳達が目を見開く。

 戦慈は爆豪と轟に目を向ける。

 

「まだいけるかよ?」

「あぁん?誰に言ってんだ。殺すぞ!!」

「出来るかどうかじゃねぇ。やってやるさ」

 

 爆豪は顔を顰めてイキり、轟は力強い眼差しを戦慈に向けて答える。

 それに戦慈は僅かに口を吊り上げると、仮面を外して一佳に投げ渡す。

 

「え!?け、拳暴?」

「暴れる。壊れると面倒だから持っててくれや」

「……戦慈」

 

 一佳に背中を向けたままで答えると、里琴がふらつきながら前に出てくる。

 

「これ以上やると吐くぞ?」

「……それでもやり返す」

 

 そうじゃないと気が済まない。

 

 真っ白な顔かつ無表情で死人にすら見えそうな里琴だが、その声と瞳にはかなりの怒りが込められていた。

 

「……なら、好きにしな」

「……ん」

 

 戦慈は里琴に言うと前に出ながら爆豪と轟に言う。

 

「あいつを倒すにはピンポイントで倒さねぇといけねぇ。それには周りが邪魔だ。少しでもこっちで引き付けるぞ」

「俺に指図すんじゃねぇ……!」

「オールマイトも緑谷も限界だ。これで決めさせる」

「そういうこった」

「……殺す」

 

 再び戦慈、里琴、爆豪、轟の4人が前に出る。

 

 戦慈は両手を握り締めて脇を締める。そして両足を開いて腰を屈める。

 

「おおおおおぉ……!」

 

 そして体に力を籠めていく。

 

 これが最後。

 

 ならば、今までの鬱憤を全てここで吐き出して叩き込む。

 

 

 ボロボロになった里琴や一佳達、そしてメリッサの姿を思い浮かべる。

 

 

 自分が最初に行くと言っておきながら、この体たらくである。

 もちろん誰も無傷でいるとは思っていなかったが、ここまでボロボロにさせるつもりはなかった。

 その役目は自分だったはずなのに。

 その自分が一番最後に来たという事実に、戦慈は自分にすらも苛立っていた。

 

 その怒りも力に変える。

 

「ううううぅルルルルルラァ……!!」

 

 戦慈の唸り声が変わる。

 それに気づいた一佳達は声を掛けようとするが、戦慈は更に変化する。

 

 皮膚が赤くなり、体が更に一回り膨れ上がる。

 髪も更に硬く鋭く逆立ち、紅黒く染まっていく。

 

「あ、あれが……!」

「広島で見せた力……!」

 

 一佳達は目を見開いて、その変化を見守る。

 爆豪や轟も僅かに目を見開く。

 

 そして、戦慈は空に向かって吠える。

 

 

ヅゥウルルルルルルルラアアアアァ!!!

 

 

 戦慈から衝撃波が吹き荒れる。

 

「拳暴……!」

「なんてパワーだ……!」

「体育祭よりもすげぇ……!」

「……でも、あれって暴走するんじゃ?」

 

 切奈が首を傾げて不安を呟く。

 それに一佳達も「そう言えば」と改めて戦慈に目を向ける。

 

 戦慈はズン!と右足を踏み出して、ウォルフラムを睨みつける。

 

「……標的は1つ。……それ以外興味ない」

 

 里琴が安心させるように言う。あんまり安心出来ないが。

 

「それでもいい!奴の邪魔が出来るならな!」

 

 轟が左手を構えながらウォルフラムを睨む。

 爆豪も「ふん!」と言いながら、右手で小さく爆破をしながらウォルフラムを睨む。

 里琴も目だけはウォルフラムを鋭く見つめている。

 

「俺達もやれることをやろう!」

「だな!」

「里琴!無理するな!援護は任せろ!」

 

 飯田達も気合を入れ直す。

 

「行くぞ!雄英ヒーロー科!」

『おう!』

 

 

 最後の戦いが始まった。

 

 



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拳の五十 輝きは受け継がれる

 戦慈と共にオールマイトを助けた緑谷は、鉄片に当たり地面に落ちた。

 そこに更に大きな鉄片が緑谷の上に迫る。

 押し潰されるかと思った時に、影が飛び込んできて鉄片を受け止める。

 

 それはボロボロで体から蒸気を出すオールマイトだった。

 

 オールマイトは背中に乗った鉄片をのけて、緑谷の前にしゃがみこむ。

 

「緑谷少年!そんな体で……なんて無茶な!」

 

 自分同様満身創痍なのに飛び出してきた緑谷に、オールマイトは叫ぶように声を掛ける。

 緑谷は少しふらつきながら顔を上げて、痛みに耐えながらもぎこちない笑みを浮かべる。

 

「だって、困った人を救けるのがヒーローだから……」

 

 自分の行動に一切疑問を感じていない緑谷の言葉と力強い瞳に、オールマイトは一瞬胸をつかれた。

 相手が誰であろうと救けが必要な人がいるならば、迷わず飛び出す少年。

 ボロボロで今にも倒れそうだが、それでも安心させようと笑みを浮かべるその姿はまさしくヒーローだった。

 オールマイト自身、心掛けているヒーローとしての在り方だった。

 その姿にオールマイトは再び力が湧き上がるのを感じた。

 

「……ハッハッハッ!ありがとう。確かに、今の私はほんの少しだけ困っている」

 

 オールマイトは笑い、そして緑谷に手を差し伸べる。

 

「手を貸してくれ。緑谷少年」

「……はい!」

 

 オールマイトの手をしっかりと握り返して頷く。

 そして、オールマイトは緑谷を引き上げるように起こして、ウォルフラムを見上げる。

 その時、

 

 

ヅゥウルルルルルルルラアアアアァ!!!

 

 

 背後から雄叫びが轟き、さらに猛烈な風が吹き荒れる。

 

「あれは……!」

「拳暴少年のようだ。……彼にも救けられてしまったな」

 

 自分達の後ろにはまだ心強い仲間がいる。

 それだけで緑谷とオールマイトは力が湧いてくる気がした。

 

 そして緑谷は右手のフルガントレットを見つめる。もう何度も普段以上の力を籠めた。

 もうこれも限界が近いだろう。どうか最後まで保ってくれと願いながら、緑谷は正面を見据える。

 

「……行くぞ!」

「はい!」

 

 気合を込めて、2人はウォルフラムを目指して駆け出す。

 それを痛みに耐えながら見ていたウォルフラムは怒りで叫びながら両腕を振り上げる。

 

「くたばりぞこないとガキがぁ……!ゴミの分際で往生際が悪いんだよぉ!!」

 

 宙に浮いていた小さな鉄片が集まって無数の塊になり、2人に飛び掛かる。

 

「そりゃ、てめぇだろうがぁ!!」

「ヅゥラアアアァ!!」

 

 爆豪と戦慈が飛び上がり、爆豪は両手を突き出して激痛に耐えながら最大火力の爆破を放つ。

 戦慈も叫びながら、両腕を振り回して衝撃波を吹き荒らす。

 爆炎と暴風に一掃される鉄の塊。

 戦慈はまだ残っている鉄の塊に突っ込んで、ピンポン玉のように次々と鉄の塊へと飛び跳ねながら破壊していく。

 

 その中をオールマイトと緑谷は一切足を止めずに走り続ける。その速度はドンドン上がっていく。

 

 今度は鉄柱の群れが矢のように飛び掛かる。

 

「させねぇ!!」

 

 轟が叫びながら右手を地面につけて、すくい上げるように振り抜きながら氷結を全力で放つ。

 鉄柱の前に巨大な氷壁が出現し、ぶつかり合って砕け合う。

 その隙にオールマイトと緑谷は更に突き進む。

 氷結で壊せなかった鉄柱は、戦慈が猛烈な勢いで飛び掛かって殴り壊していく。

 

「ヅゥルルルルァ!!!」

 

 戦慈は右腕を振り、そのまま流れるように左脚を振り上げる。

 衝撃波が飛び、また集まろうとしていた鉄の破片を吹き飛ばす。

 

 止まらないオールマイトと緑谷、そして邪魔をする戦慈達に苛立つウォルフラムは、さらに激昂しながら両腕を振る。

 

「邪魔だあぁ!!」

 

 地面のあちこちから鉄柱が飛び出し、八百万達や一佳達がいる地面の近くがめくり上がる。

 

「きゃあ!?」

「うわっ!?」

「ん!?」

 

 地面ごとひっくり返りそうになった八百万を、茨がツルを伸ばして受け止める。

 

「下がりましょう!」

「メリッサさんは!?」

 

 茨が八百万を降ろしながら叫び、切奈がメリッサを探そうとするが、さらに地面が割れて足場が崩れる。

 

「里琴!!」

「……」

 

 一佳が里琴に呼びかけるが、里琴は顔を俯かせて突っ立っている。

 直後、里琴のすぐ横で鉄柱が飛び出す。

 一佳は慌てて片手を巨大化して掴もうとするが、里琴は突如足裏から竜巻を放出して飛び出す。

 

 里琴は炎を出して体の霜を溶かす轟の後ろに飛ぶ。

 

「……火ぃ貸せ」

「あぁ!?……分かった!!」

 

 轟は一瞬意味を考えるも、すぐに理解して左の炎を強めて前に放出する。

 

「……スパイラル・ツイスター」

 

 里琴は残っている力を全て乗せて両腕を交えるように振り、炎にスパイラル・ツイスターを放つ。

 螺旋の竜巻は炎を巻き込んで、さらに炎の勢いと竜巻の威力を高める。威力と速度を上げた炎の竜巻は、鉄柱や鉄の塊を容易く抉りながら突き進み、ウォルフラムの少し下の金属の塔を抉る。

 

「……外れた。……うぷ」

 

 里琴は無表情ながら悔し気に呟き、頬を膨らませて口を押さえながら後ろに倒れる。

 一佳が慌てて駆け寄り、里琴を抱き上げる。

 さらに顔が真っ白になった里琴は口を両手で押さえたまま、大人しく一佳に抱っこされる。

 

「里琴はもう駄目だな……」

 

 一佳はため息を吐いて、まだ氷結を放っている轟に目を向ける。

 その先では戦慈が激しく動き回って鉄柱を砕いていた。

 

「ヅゥルルアアアアアアアァ!!」

 

 叫びながらラリアットで鉄柱をへし折り、他の鉄柱を踏み砕きながら跳び上がって鉄の塊を蹴り砕き、腕を振り抜いて衝撃波を飛ばして鉄柱や鉄の塊を砕き散らす。そして、さらに暴れまわる。

 しかし、その間にも背中から鉄柱が叩き込まれて地面に勢いよく落ちたり、左右から鉄の塊が襲い掛かり挟まれるなど攻撃を浴びている。

 それでも獣の如く叫んで、再び飛び出していく。もはや体から出ている白い煙は汗の蒸気なのか、自己治癒のものなのか判断できない。

 

「拳暴……!」

 

 間違いなく無理をしている。でも、それを制御できるわけではない。

 助けに行きたいが里琴も限界で、一佳も鉄柱を殴り続けて、両手の甲側の指の付け根に血が滲んでいる。

 茨もポニーも体力的に厳しくなっている。

 飯田や切島は麗日や八百万のカバーで手一杯だ。

 

「オールマイト、緑谷……!」

 

 一佳は1本の鉄柱の上を猛烈な勢いで共に駆け上がっていくオールマイトと緑谷の背中を見つめる。

 2人も全力で走りながら鉄柱や鉄塊を躱したり砕いたりして突き進んでいる。その背中は力強いも余裕はない。

 

 それでも願わないわけにはいかない。

 勝ってくれと、倒してくれと。

 

 オールマイトと緑谷の姿に希望を感じながら、一佳は願う。

 

 しかし、ウォルフラムも全力で抵抗する。

 

「ぐぐぐおおおお!!」

 

 ウォルフラムは戦慈同様獣のように叫びながら両腕を高く上げる。

 もはやその姿からは当初の理知的な印象は消え失せている。

 

 ウォルフラムの真上に大量の鉄片や鉄塊が猛スピードで舞い上がり、1つに集まっていく。

 それはどんどん大きくなっていき、先ほどまで襲い掛かってきた鉄塊すらも豆つぶのように見える程の大きさになる。

 巨大な鉄の塊はもはやタワーすらも潰せそうな大きさになる。それでもまだ大きくなっていく。

 

「ててて……。え……なに、あれ……?」

「……あれ、落とす気?」

 

 崩れた鉄の破片の中から体を起こした麗日と柳が唖然とそれを見上げる。

 飯田や爆豪達も顔を顰めて、巨大な鉄塊を見上げることしか出来なかった。

 例え全快状態であっても、あれを壊すのは至難であると感じてしまったからだ。

 

 しかし、その巨大な鉄塊に怯まず突き進む者達がいた。

 

 オールマイトと緑谷だ。

 

 オールマイトは左拳を、緑谷はフルガントレットの右拳を構える。

 

「目の前にあるピンチを!」

「全力で乗り越え!」

「人々を全力で!」

「救ける!」 

 

「「それこそがヒーロー!!!」」

 

 2人は叫びながら全ての想いと力を拳に籠める。

 

 その姿を集まった一佳や八百万、爆豪達が固唾を呑んで見つめる。

 

「タワーごとぉ!!潰れちまえぇ!!」

 

 ウォルフラムが怒号と共に両腕を振り下ろす。

 巨大な鉄塊が2人に向かって落ち始める。

 

 オールマイトと緑谷はそれをしっかりと見据えて、全力で拳を叩き込む。

 

 

「「ダブルデトロイトォォ!!スマーッシュ!!」」

 

 

 凄まじいパワーが宿った2つの拳が、巨大な鉄塊の落下を止めた。

 

 それどころか押し返され始めるのをウォルフラムは感じた。

 

「ぐ!?ぐぐ、ぐ……!」

 

 ウォルフラムは僅かに目を見開くも、押し返そうと力を籠める。

 

 

「「ぉぉおおおお!!」」

 

 

 オールマイトは吐血しながらも、緑谷はフルガントレットにヒビが入りながらも、力を緩めずに拳を押し込んでいく。

 ウォルフラムはさらに力を籠めようとした時、

 

 

ヅゥルルルルルラアアァ!!

 

 

「「「!!」」」

 

 獣如き叫び声と共に、オールマイトと緑谷の背後に新しい影が現れる。

 2人は目だけを後ろに向ける。

 そこには、両腕を振り被った戦慈がいた。

 

 その姿に一佳や唯達は目を見開く。

 

「拳暴!!」

「いつの間に……!」

「ん!」

 

 その時、一佳の腕の中から声がする。

 

「……やっちゃえ、戦慈」

 

 里琴は掠れた声だが力強く呟く。

 それが聞こえた一佳は、里琴の言葉に自然と笑みが浮かんだ。

 そして、思わず叫ぶ。

 

「拳暴ーー!!ブッ飛ばせーー!!!」

「ん!!」

「信じています!!」

「やっちゃえー!」

「行けー!!」

「スマーッシュ!!」

 

 唯、茨、切奈、柳、ポニーも戦慈に向かって叫ぶ。

 

 それに応えるように、戦慈は全てのパワーを両腕に流して、オールマイトと緑谷の拳の真上に両拳を全力で叩き込む。

 

 

ヅゥラアアアアアア!!!

 

 

 オールマイトと緑谷と遜色ないパワーが巨大な鉄塊に叩き込まれる。

 鉄塊にエネルギーの波が走ったように見え、それはウォルフラムにフィードバックする。

 

「ぐぉお!?ガハッ!」

 

 耐えようとした瞬間、後頭部に装着していた『個性』増幅装置がオーバーワークで異常をきたす。

 それによって抑える事が出来なくなり、ウォルフラムの両腕が大きく弾かれる。

 

 直後、巨大な鉄塊に亀裂が一気に走り、轟音と土煙を巻き上げて爆発するように崩壊する。

 

「……さっさと……決めてこいや」

 

 戦慈は体が元に戻り、苦し気に顔を歪めながらオールマイトと緑谷に言い、そのまま下に落ちていく。

 

 オールマイトと緑谷は目だけで頷き、一気にウォルフラムへと迫る。

 

 その姿に麗日が叫ぶ。

 

「いけぇええ!!」

 

「「オールマイト!!」」

 

「「緑谷!!」」

 

「緑谷くん!!」

 

「「ぶちかませぇ!!」」

 

 八百万と耳郎も、切島と峰田に飯田も、そして轟と爆豪も叫ぶ。

 

 緑谷とオールマイトは体からパワーを漲らせて、再び拳を構える。

 

「さらにぃ!!」

「向こうへぇ!!」

 

 

「「プルスゥウルトラァ!!!」」

 

 

 2人に魂の叫びが合わさり、限界という概念を超えた拳が放たれる。

 

 ウォルフラムは無我夢中で鉄壁を出して自分を囲む。

 

 2人の拳はウォルフラムの真下に突き刺さり、金属の塔に衝撃波が走る。

 

 連続での限界突破の拳にフルガントレットが遂に砕け散る。

 しかし、それでも緑谷はただただ歯を食いしばり力を振り絞って拳を突き出す。

 

「うううううう!!」

「おおおおおお!!」

 

 そして2人の拳はウォルフラムの鉄壁を吹き飛ばす。同時に装置から閃光が漏れて爆発する。

 ウォルフラムは声にもならぬ絶叫を上げて衝撃波に呑み込まれる。

 

 それと同時に金属の塔全体が砂のように崩れ始める。

 

 デヴィットは拘束していたコードのおかげで鉄片から身を守られていた。

 朦朧とする意識の中でデヴィットは眩しさを感じて、薄っすらと目を開ける。

 感じた光の中に、若き日のオールマイトが見えた気がした。

 

 思わず目を見開くと、オールマイトの姿は消え、目に映ったのは拳を振り上げた少年。

 

 親友と共に来た少年。

 

(……あぁ……ヒーローだ……)

 

 かつて自分と共に駆け抜けていたヒーローと同じ者が、そこにいた。

 

 その姿を目に焼き付けたデヴィットは、どこか心も救われたように感じたのだった。

 

 

 

 崩れていく塔を見ながら、飯田は呆然と呟く。

 

「やったのか……」

「やったんだ……ヴィランをやっつけたんだぁ!」

 

 峰田が拳を振り上げて歓声を上げる。

 その声に八百万達に笑顔が浮かび始める。

 轟もその横で小さく笑みを浮かべる。爆豪に目を向けると、爆豪も笑みを浮かべていた。轟に見られているのに気づいた爆豪は「ケッ」とそっぽを向く。

 しかし、一佳達はそれどころではなかった。

 

「拳暴は!?」

「ここからじゃ見当たらない!」

「ん!」

 

 戦慈が瓦礫の山の中に埋もれた可能性があったからだ。

 特に戦慈は暴走状態になっていたので、動けなくなっている可能性が高い。

 一佳達は慌てて瓦礫を掘り返し始める。

 喜んでいた麗日達も駆けつけて手伝い始める。

 その頃、里琴は少し離れた所でぐったりと仰向けに寝転んでいた。ちなみにすでに1回盛大に吐いている。

 

 すると、一佳と唯が掘っているところから少し離れた瓦礫の山が盛り上がる。

 一佳と唯はヴィランの可能性も考えて警戒する。

 そして、ボゴッ!と瓦礫から頭を出したのは、戦慈だった。

 

「拳暴!」

「ん!」

「……おう。……終わったみてぇだな」

 

 胸から下がまだ埋まっていた戦慈は、気だるげに一佳達に答える。

 一佳達を確認した戦慈は、気が抜けたように体から力を抜く。

 一佳達の声に切奈や飯田達が駆けつけて、掘るのを手伝ってくれる。

 

 掘り出されて瓦礫の座り込んだ戦慈は、全身から白い煙が出ている。

 

「体はどうだ?」

「やっぱ上手く力が入らねぇな。まぁ、少し休めば歩くのは問題ねぇだろ」

「それは良かった」

 

 一佳の質問に戦慈は肩を竦める。

 それに飯田も笑みを浮かべて安心したように頷く。

 

「オールマイト達は?」

「確かめに行きたいけど、鉄柱と瓦礫のせいで向こうに行けないんだ」

 

 一佳達はオールマイト達がいると思われる方向に目を向ける。

 地面が大きく捲り上がって壁のようになっており、瓦礫も積もり積もってとても登れそうになかった。

 

「里琴の奴は?」

「あっちでぐったりしてる」

「ん」

「そうかよ。はぁ~……ただの観光だったはずなのに、なんでボロボロになってんだよ……」

「あはは……」

 

 戦慈のボヤキに一佳達は苦笑する。

 空は薄っすらと明るくなり、夜明けを迎えていた。

 

「あ!!デクくん!!」

「メリッサさんもいる!」

 

 麗日と耳郎の声が響いた。

 2人が指差している方向を見ると、瓦礫の山の上に同じく上半身裸の緑谷とボロボロだが怪我はなさそうに見えるメリッサがいた。

 

「デクくーん!!メリッサさーん!!」

「怪我はないか!?」

「やったな!緑谷!」

 

 麗日が両手を振り、駆けつけた飯田と切島が声を張り上げる。

 それに緑谷も笑顔で手を振り返す。

 

「大丈夫ー!オールマイトも博士も無事だよ!」

「皆は大丈夫ー!?」

 

 メリッサが笑顔で麗日達に向かって声を張り上げる。

 緑谷達の少し離れた所では、オールマイトがデヴィットの応急処置をしていた。その姿はトゥルーフォームに戻っていた。

 

「メリッサから大体の話は聞いたよ」

「……私は……君と言う光を失うのが、築き上げた平和が崩れていくのが怖かったんだ」

 

 デヴィットは傷の痛みと自身の後悔に眉を顰めながら話す。

 静かに聞いてくれているオールマイトに、デヴィットは目を向ける。

 

 やせ細り、今にも倒れそうな姿。

 

 デヴィットはその姿が夜明けで消えていく星の輝きのように見えていた。

 

 太陽のように眩しかったオールマイトが、星のように消えていく。その先に訪れるであろう深い闇が、デヴィットはとてつもなく怖かったのだ。

 だから、今回の過ちを犯した。正しい事なのだと信じて。

 しかし、ようやく目が覚めた。

 

「だが私の考えも、装置も、所詮は現状維持の産物でしかない。永遠に輝く炎などない。未来が、希望が、すぐそこにあると言うのに、私はそれに気づかなかった……」

 

 デヴィットは顔を動かして、緑谷とメリッサを瞳に映す。

 オールマイトも2人を捉えて、僅かに微笑む。

 

「メリッサが私の後を継ごうとしているように……ミドリヤ・イズク。彼が……君の後を継ぐ者なんだな」

 

 デヴィットの言葉にオールマイトは小さく頷き、想いを正直に語る。

 

「まだまだ未熟さ。しかし、彼は誰よりもヒーローとして輝ける可能性を秘めている。それに……彼には多くの仲間がいる。彼らもまた多くの可能性を秘めている。だから……恐れることばかりじゃないのさ」

「……そうだな。ようやく私にも見えたよ、トシ……。君と同じ光が……」

 

 デヴィットはもう一度緑谷の姿を焼き付ける。

 決して忘れないように。もう怖がらなくてもよくなるように。

 

 

 

 緑谷とメリッサが麗日達の元に駆けつける。

 

 それを眺めながら、戦慈は寝転んでいる里琴の頭元に座る。

 

「生きてるか?」

「……ギリ」

「だから、大人しくしとけって言っただろうが」

「……むぅ」

 

 里琴は真っ白から真っ青に顔色が戻ってきていた。それでも未だに苦しいのは変わらないが。

 

「……オールマイトに……謝罪させる」

「まぁ、程々にしとけよ」

 

 そこに一佳が歩み寄る。

 

「拳暴。仮面」

「おう、わりぃな」

 

 一佳から仮面を受け取って着ける。

 そして、改めて戦慈は一佳や唯達を見る。

 

「せっかくのドレスがボロボロだな」

「……言うなよ。弁償が怖いんだからさ」

「それに拳暴ほどじゃないよ」

「ん」

 

 一佳と切奈はため息を吐き、唯も頷く。

 戦慈は肩を竦める。

 

「俺はジャケットとかは脱いでるからな?シャツとズボンと靴くらいだ」

「そういえば……」

「ってか、ヒール探しに行かなきゃ……」

 

 切奈は自分達が脱いだヒールの事を思い出して、うんざりする。

 

 その後、I・アイランドの警官が駆けつけて、全員一度病院に行くことになった。

 オールマイトとデヴィットはヘリで病院に向かうことになった。これはデヴィットの護衛とオールマイトの姿を隠すためである。

 

 ウォルフラムは警察に捕縛されたが、まるでオールマイトのトゥルーフォームのようにガリガリになっていた。

 意識も朦朧としており、回復には時間がかかると考えられている。ちなみにヘリに乗っていた眼鏡の男と操縦をしていた部下も無事だった。どうやらウォルフラムの足元で匿われていたらしい。

 

 戦慈は入院が必要と言われたが、

 

「飯食えば治る」

 

 と言い放って無理矢理退院した。

 里琴も少し休んで、すぐに復活した。

 

 そして、戦慈達が戦ったことはオールマイト、デヴィットがI・アイランドの責任者に頭を下げて、公表されないことになった。

 功績ではあるが、無免許である以上は何かしら処罰を受けなければならない。なので、将来に配慮して貰えることになったのだ。

 戦慈達が暴れたことが、限られた者達しか知らないことが功を奏した形である。

 

 こうして事件の後始末から戦慈達は解放されたのであった。

 

 

 

 戦慈と里琴は病院を出て、ホテルに向かう。

 一佳達はヒールの回収と八百万達が泊まってる部屋にコスチュームを取りに行っている。

 里琴は戦慈の背に背負われている。

 戦慈も今回は特に不満は言わず、大人しく背負っている。

 

「……戦慈」

「あん?」

「……オールマイトのこと」

「あ?」

 

 突然オールマイトの名前を上げた里琴に、戦慈は思わず顔を向ける。

 里琴はまっすぐ戦慈と目を合わせる。

 一切冗談を感じさせない里琴の目に、戦慈は更に訝しむように顔を顰める。

 

「……なんだよ?」

「……オールマイトの『個性』は消えかけてる。……博士が言ってた」

 

 里琴の衝撃的な言葉に、戦慈は足を止める。

 

「『個性』が消えかけてる、だと?弱まってるとかじゃなくてか?」

「……ん。……時間がないとも言ってた。……だから、あの装置を取り戻したかったって」

 

 顔を顰めて言葉の意味を推測する戦慈。

 さりげなく聞き逃せないことも言ったが、それよりもオールマイトの方が重要だった。

 

「……妙にやられてたのはそのせいか?」

「……途中明らかにパワーが落ちてた」

 

 戦慈はその言葉に盛大に顔を顰める。

 

(つまり戦える時間に制限があるってことか……?それなら授業や学校で見かける機会が妙に少ないことに納得がいく)

 

 それと同時にある事実にも思い至る。

 

「敵連合はその事実を知ってる可能性があるな。だから、オールマイトを標的にし始めた……」

「……面倒」

「里琴。今のは拳藤達には黙ってろよ。敵連合に狙われちまう。オールマイトの人質にでもされたら面倒だ」

「……ん」

「オールマイトに聞きてぇところだが……あいつは言わねぇだろうな」

 

 戦慈はため息を吐いて、ホテルへと向かう。

 

 戦いが終わったばかりなのに、憂鬱な気分にさせられるのだった。

 

 

 

 ホテルに戻って、しばし里琴の面倒を見ていると、チャイムが鳴る。

 ドアを開けると、私服に着替えた一佳達がいた。

 

「里琴はどうだ?」

「もうほとんど回復してる」

「……ん」

 

 戦慈の後ろから里琴が現れる。

 ちなみに里琴はまだドレス姿である。

 

「で、やっぱりだけど一般公開は延期だって」

「そりゃな」

「そこでオールマイトがお詫びってことでバーベキューを開催してくれるってさ。良ければ来てくれって」

「そこらへんは任せる。俺はどっちでもいい」

「……食べ放題?」

「そこは分からないけど」

「まぁ、この事件でほとんどの店が閉まってるからいいんじゃない?」

 

 里琴の言葉に一佳が首を傾げ、切奈が苦笑して肩を竦める。

 

「……じゃあ行く」

 

 ということで戦慈達もバーベキューに行くことになった。

 

 そして里琴を一佳に渡して、少しでも仮眠をとることにした戦慈。

 

 こうして、戦慈達の長い夜の戦いは幕を閉じたのであった。

 

 




本当に戦闘描写って難しいですね(-_-;)
映画のクライマックスシーンを言葉で表現するのは限界でした(__)

次回で劇場版編終了です。


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拳の五十一 さぁ、帰ろう

 夜が明けて、事件は収束を迎えた。

 

 当然のことながら、本日のエキスポ一般公開は延期とされた。

 

 デヴィットとサムは現在入院中である。

 デヴィットは駆けつけた警察に全てを話した。

 しかし、今は治療のため病院に見張り付きで入院となった。面会はメリッサとオールマイトのみ認められており、今はメリッサが付きっきりで看病をしていた。

 サムも同じく入院中だが、面会は許されていない。サムはデヴィットも騙し、ウォルフラム達が本物のヴィランであることを知っていたからだ。当然、その罪は重い。しかし、サムも警察には協力的で、デヴィットやメリッサに対して謝罪の言葉を繰り返しているそうだ。

 

 そして、オールマイトや緑谷達が何をしているのかと言うと。

 

 I・アイランドの中にある湖のそばのテラスで、バーベキューをしていた。

 美味しそうな肉や野菜が鉄板グリルで焼かれ、ソーセージやパエリアなどもある。

 

「さぁ!!食べなさい!」

『いっただきまーす!!』 

 

 マッスルフォームで私服のオールマイトが周囲にいる生徒達に声を張り上げ、今か今かと我慢していたA組の生徒達は飛び上がる様に叫んで食べ始める。

 

 オールマイトは戦闘の労いと一般公開延期の代わりにと、バーベキューを開催したのだ。

 そこには戦った緑谷達はもちろん、一般公開を待っていた他のA組陣も参加していた。

 

「肉だ肉ー!!」

 

 切島と上鳴が串にささった肉を手に取り、齧り付く。

 

「はーはっはっ!たくさんあるからね!」

 

 オールマイトは笑いながら肉をドンドン焼いていく。

 

 その集団に近づく影があった。

 近づいてくる者に気づいた緑谷は、誰かを確認して笑みを浮かべる。

 

「あ!拳暴君!拳藤さん達も!」

 

 現れたのは戦慈達だった。

 オールマイトも戦慈達に気づいて、声を掛ける。

 

「来たねぇ、少年少女!さぁ!君達も遠慮しないでタップリ食べなさい!」

「はい!」

 

 一佳達は頷いて、テーブルに近づく。

 戦慈と里琴はさっそく皿にてんこ盛りに焼けた肉やら野菜やらを乗せる。

 その様子に飯田がビシ!と腕を伸ばして声を張り上げる。

 

「拳暴くん!巻空くん!そんなに一度に取っては他の人に肉が行き渡らないだろう!それにそんなに一度にとっては肉が冷めてしまうぞ!」

「このくらいならすぐ食い終わる」

「……食う」

 

 戦慈と里琴はあの後からあまり食べていなかった。深夜であり、事件があったので店が開いていなかったのだ。

 そのため、2人はかなり腹ペコだった。

 

 そして、2人は猛烈な勢いで食べ始める。

 その様子にA組の者達は唖然とし、一佳達は苦笑して自分達の肉を食べ始める。

 一佳は見渡して、残りの肉の量を確認する。その結果、ある確信を持ち、オールマイトに声を掛ける。

 

「オールマイト」

「なんだい?拳藤少女。いやーあの2人の食いっぷりは凄いなぁ!はーはっはっ!」

「肉ってまだ追加あります?」

「ん?まだ注文できるが、これだけあれば十分じゃないかい?」

 

 オールマイトは肉を鉄板グリルに追加しながら、首を傾げる。

 それに一佳は首を横に振る。

 

「足りないです」

「……え?」

「拳暴と里琴だけで、今ある肉や料理の倍は食べられます。しかも暴れ回った後なんで、もっと食べると思います」

「……え?」

 

 オールマイトはいつもの笑みのまま固まり、ギギギ!と戦慈達に顔を向ける。

 それと同時に戦慈と里琴は皿に盛っていた肉と野菜を全て食べ終わった。

 

「ん」

「どうぞ」

 

 そこに唯と茨が再びてんこ盛りの皿を2人の前に置く。

 

「わりぃな」

「……ファンフフ(サンクス)

「ん」

「いえ、お2人は頑張られたので」

 

 唯と茨に礼を言って、2人は再び猛烈な勢いで食べ始める。

 その光景にオールマイトは未だ固まっており、一佳は真剣な顔をオールマイトに向ける。

 

「ということで、もっと肉の注文をお願いします」

「……はーはっはっ!分かったよ!ちょっと待ってなさい!…………はぁ~」

 

 オールマイトは笑いながら肉の追加注文に向かう。少し離れた所で財布を開けて、残金を確認してため息を吐くのだった。

 

 戦慈達の食べっぷりを見たA組の面々は呆れながらも肉に舌鼓を打つ。

 

「すっげぇな!?」

「巻空まで食えるのかよ……」

「俺達も負けてられねぇ!」

「いや、勝たなくていいよ」

 

 瀬呂が目を見開き、上鳴が顔を引きつかせ、切島が謎の対抗心を出して肉を食べ始めて、尾白が冷静にツッコむ。

 ちなみに他のテーブルでは八百万も大食いを披露していた。

 常闇が「……無限」と唖然としながら見つめ、轟はマイペースに食べながら口を開く。

 

「そんなに腹へってたのか」

「ええ、昨日随分と脂質を使い果たしてしまいましたので補給しないと!あっ、このラムもいけますわ!ソーセージも頂かないと!」

 

 さらにテラスの端で爆豪が不貞腐れたように座りながら肉を頬張っており、切島や上鳴が突撃してキレさせる。

 

 戦慈達の近くで一佳達もマイペースで肉を焼いて、食べながら盛り上がる。

 

「それにしてもA組は全員来てたんだな」

「B組って来てないの?」

「骨抜とか泡瀬は好きそうだけどね」

「ん」

 

 切奈が不意にスマホを見ると、メールが届いていたことに気づく。

 

「あ、骨抜からだ。やっぱりあいつも来てたみたい」

「ん?」

「なんて?」

「『巻き込まれたんじゃないか?』ってさ。それに骨抜や他のB組連中はもう帰りの飛行機らしいよ」

「まぁ、公開延期だから長々といる理由はないしな」

「残念デース」

 

 他のB組の者達もやはり来ていたようだと頷きながら、肉を食べて戦慈達の肉を皿に盛って持っていく一佳達。

 戦慈と里琴の前には、それぞれ10枚以上の皿が積まれている。

 肉の注文を終えたオールマイトはひたすら肉を焼いていた。

 

「オールマイト~。拳暴達の肉が無くなりそうなんですけど、まだあります?」

「え!?は、はーはっはっ!じゃ、じゃあこの肉達を持っていくといいよ!」

「あざま~す」

 

 切奈がヒョイヒョイと皿に盛って持っていく。

 それを見送ったオールマイトは小さくため息を吐きながら、新しく肉を焼き始める。

 

 戦慈と里琴は未だにガツガツと食べ続けていた。

 

「……まだ食べれるのか?」

 

 障子は複製腕で肉を焼き、食べたりしながら、戦慈達を呆れるように見ていた。

 蛙吹や麗日達も頷きながら肉を食べていた。

 あまりの食べっぷりに自分達の方がお腹いっぱいになりそうだった。

 それに一佳は苦笑する。

 

「食べ放題やバイキングだと、これくらいは普通だな。大抵店の人に頭を下げられるくらい食べるぞ」

「……わぁ」

「それは凄いわね」

「しかも昨日は暴れたからな。腹も空いてただろうし」

 

 そんな会話がされている間も、戦慈と里琴はひたすら肉を食べている。

 相変わらず里琴はリス状態である。

 今日は一佳達が世話をしてくれているので、戦慈もひたすら食う側である。

 

「ここまでの食べっぷりだと逆に感心するね……」

「っていうか、巻空さんは一体どこに消えてるんだ?そんなに食べてて、よく太らないな」

 

 耳郎と尾白も肉をかじりながら呆れる。

 

「毎日ここまで食べてるわけじゃないよ。学食だと私達と同じくらいの量しか食べてないしね」

「あくまで制限がないときだけ」

「ん」

 

 切奈は苦笑して答え、柳と唯も頷く。

 すると一佳が八百万に近づく。

 

「八百万」

「はい?」

「ドレスとスーツの弁償のことなんだけど……」

「それなら大丈夫ですわ。I・アイランドの方が払ってくださることになりましたの」

「え?」

「事件解決のお礼だそうですわ。と言っても、公には言えないので事件に巻き込んだ謝礼と言う名目になるそうですが……」

 

 I・アイランドの責任者は真相を公表しないことで、ただの被害者になった緑谷達へのせめてものお礼にと、戦いでボロボロになったドレスやスーツの弁償をすることにしたのだ。

 それにホッとした一佳は改めて礼を言い、談笑を始めた。

 その間にも戦慈と里琴はどんどんと空の皿を積み上げていく。

 そこに肉串を手にした轟が近寄ってくる。

 

「もう体は大丈夫なのか?」

「あん?……これだけ食べれば体力も回復する。今日の夜には完全に回復してるだろうよ」

「そうか。あの最後の力はもう使いこなせるのか?」

 

 轟のその言葉が聞こえたのか、少し離れた所にいた爆豪がピクッとして目を戦慈達に向ける。

 

「いや、まだまだだな。記憶は薄っすらあるが、結局暴れてただけだ。反動もデケェしな」

「でも、広島の時よりはマシなんじゃないの?」

「……ん」

 

 ソーセージを食べていた切奈が首を傾げながら里琴に顔を向け、里琴もリス頬のまま頷く。

 緑谷は考え込むように腕を組む。

 

「使えば使うほどってことなのかな?」

「それもあるだろうけどな。多分、その前から長い間フルパワーでいたからかもしれねぇ」

「……なるほど」

「ブツブツすんのはやめろよ」

「ご、ごめんなさい!?」

「グッジョブ!」

 

 戦慈の推測に緑谷がまた考え込み始めた瞬間、戦慈がツッコむ。

 緑谷は反射的に謝り、芦戸が親指を立てて戦慈を褒める。

 

 その後も戦慈と里琴はひたすら食べ続ける。

 緑谷はオールマイトに顔を向ける。

 

「……大丈夫なんですか?オールマイト」

「は、はーはっはっ!なぁに!これくらいはノープロブレムさ!」

 

 明らかに強がりだと分かってしまった緑谷。

 その時、里琴がモキュモキュしながらオールマイトに顔を向ける。

 

「……ふぉへふぁひひゃろふ(これは慰謝料)

「巻空くん!口に食べ物を詰めたまま話すのは行儀が悪いぞ!」

「里琴。食べながらはやめろ」

「……ん」

 

 ダブル委員長に同時に怒られて、大人しく頷く里琴。

 それに芦戸が首を傾げる。

 

「で、なんて言ってたの?」

「これは慰謝料、らしいぜ」

 

 戦慈が答える。

 それにオールマイトは顔を引き締めて頷く。

 

「……そうだね。君達には危険な目に遭わせてしまったからね」

「と言っても、私達は自分から首を突っ込んだんですけどね」

 

 切奈が茶化す様に肩を竦めながら言う。

 それに一佳達も若干申し訳なさそうに頷く。

 オールマイトは逃げるように忠告してくれていた。今回は単純に緑谷や戦慈達の目論見が間違っていただけだ。

 と言っても、デヴィットとサムが共犯でなければ、そしてヴィランの狙いが増幅装置でなければ、すぐに鎮圧出来ていただろうが。

 

「里琴は今回だけじゃなくて、敵連合のことも合わせて言ってんだよ」

「……んぐ。……よく巻き込まれる」

 

 オールマイトがいたおかげで事態は最悪を免れたが、オールマイトのせいで事態は悪化したとも言える。

 里琴は敵連合の事も含めて、そこを根に持っているのである。

 それに関しては一佳達も何も言えずに、オールマイトを見る事しか出来ない。

 

「……本当にね。君達には色々と迷惑かけてしまったと思うよ」

「まぁ、もうオールマイトのこと関係なく、俺は恨みを買ったみてぇだけどな」

 

 オールマイトは神妙に頷いて、謝罪する。

 それに戦慈は肉を食べながら肩を竦める。

 

「ところでオールマイト。デヴィット博士は大丈夫なんですか?」

 

 一佳は話題を変えようとオールマイトに質問する。

 オールマイトは1回咳をして頷く。

 

「治療も問題なく終わったよ。今はメリッサが看病してくれている」

「そうですか。良かった」

「……けど、博士はもう……」

「……そうだね。もう研究に携わることは出来ないだろうね」

 

 オールマイトの言葉に一佳はホッとするが、柳が眉尻を下げる。

 オールマイトも柳の懸念に頷き、それに緑谷達も少し顔を俯かせる。

 しかし、戦慈が声を上げる。

 

「でも、メリッサにはお咎めはねぇんだろ?」

「それは当然さ!」

「だったら博士のアイデアをメリッサが実現すればいいだけだろ。あいつなら作ったものを正しく使えるように考えるだろうしな」

「……そうだね。拳暴少年の言うとおりだ!はーはっはっはっ!」

 

 戦慈のメリッサを信頼する発言にオールマイトや一佳達は笑みを浮かべて頷く。

 

「拳暴……」

「『無個性』で最後まで戦い抜いたんだ。博士にも説教したって里琴から聞いたしな」

「……あ」

 

 一佳が何やら感動しており、戦慈は肉を食べながら理由を答える。

 その内容に緑谷は、里琴もオールマイトの『個性』が消えかかってることを聞いていたことを思い出して固まる。

 緑谷の声に轟が気が付き、首を傾げる。

 

「どうした?緑谷」

「う、ううん!な、何でもないよ!?」

 

 緑谷は明らかに動揺していたが、轟はそれ以上ツッコまなかった。

 すると、戦慈が突然歩き出す。

 

「拳暴?」

「トイレだよ。肉も焼けるまで時間かかるみてぇだしな」

 

 焼いた肉を全て食べて、今は新しく焼いているところだった。

 その事実にオールマイトは「もう!?」と内心で驚いていた。

 

 トイレを済ませ外に出ると、少し腹を整えようとテラス近くの公園に足を進める。

 そこには緑谷と誰かがセントラルタワーを眺めながら立っていた。

 緑谷の隣にいるのは金髪で骸骨のような男。しかし、戦慈はその男を何度か見かけたことがあった。

 

 雄英高校で。

 

 そして、その男が今、来ている服に見覚えがあった。

 

 さっきまでNo.1ヒーローが着ていたからだ。

 

 その2つの事実と、里琴から聞いた話からその男の正体に辿り着くのは容易だった。

 戦慈はその2人に歩み寄る。

 

 すると緑谷と男も戦慈に気づいて、誰が見ても分かるほどに慌て出す。

 

「け、拳暴君……!?」

「どうしたんだよ?」

「い、いや!な、なんでもないよ!?」

 

 ダラダラと冷や汗を掻いている緑谷が両手をバタバタしてパニックになっていると、男はそろりと背を向けて去ろうとする。

 

「どこ行くんだよ?オールマイト」

「っ!?!?だ、誰のことですか?わ、私はオールマイトなどと言う者では……」

「雄英にもいて、さっきまでのオールマイトと全く同じ服装しといてか?馬鹿にしてんじゃねぇよ」

「うぅ!?」

 

 戦慈の追及に、トゥルーフォームのオールマイトも冷や汗ダラダラで後退る。

 緑谷も必死に言い訳を考える。

 

「け、拳暴君!こ、これはね!?」

「わりぃが里琴から博士の話は聞いてる。オールマイトの『個性』が消えかけてるってな」

「「!!」」

 

 オールマイトと緑谷は顔を強張らせて固まる。

 戦慈は両手をポケットに入れたまま、2人を見据える。

 

「安心しな。俺以外は聞いてねぇし、里琴にも口止めしてある。言いふらしたところで面倒でしかねぇからな」

 

 戦慈の言葉に少しだけホッとする2人。

 

「バレたくねぇなら、もう少し注意しろ。どこで誰が見てるか分からねぇんだぞ」

「「ご、ごめんなさい……!」」

「それにしても、思った以上に貧相な見た目してやがんな。そりゃあ博士が焦るのも仕方ねぇか」

「っ……!」

 

 戦慈の言葉にオールマイトは言葉に詰まり、悔し気に顔を俯かせる。

 戦慈は緑谷に目を向ける。

 

「お前はどこまで知ってんだ?」

「えっ!?そ、それは……」

 

 緑谷は目を逸らして、またオドオドする。

 それに戦慈はため息を吐く。

 

「隠し事下手だな、お前ら……」

「「うっ……」」

「まぁ、そこまで聞く気はねぇ。ただ……それは博士にまで黙ってねぇといけなかったことなのか?」

「「!!?」」

 

 オールマイトと緑谷は目を見開いて固まる。

 

「深い関係がある様に見えねぇ緑谷が知ってるのに、あんたの相棒だった博士が知らねぇってのには違和感がある。まぁ、『個性』に関係することなんだろうがよ」

 

 更に目を見開くオールマイトと緑谷。

 

「どんな秘密かは知らねぇが、それは相棒だった奴にまで黙ってねぇとダメなのか?そのせいで今回の事件が起きたんだろ?」

「それは違うよ!」

 

 戦慈の言葉に緑谷が即座に叫んで否定する。

 

「オールマイトは博士達を巻き込みたくなかっただけなんだ」

「……何に巻き込まれるのかは知らねぇが、だったら余計に話しておくべきだったんじゃねぇか?博士ほどの奴なら対策を講じられただろ。アメリカでは相棒と呼ぶまで一緒に戦ってたのに、なんで急にそこだけ突き放してんだよ」

 

 戦慈は妙に苛立ちを感じながら反論する。

 今度はオールマイトが声を上げる。

 

「とても危険なんだ。私の恩師も命を落としてしまったからね。だから、メリッサという守るべき者がいたデイヴを巻き込むわけにはいかなかったんだ……」

「……だったら緑谷が知ってることが余計におかしいだろ」

 

 しかし、戦慈は逆に違和感が強まるだけだった。

 特に緑谷という存在が。

 

「まだヒーローじゃねぇ、しかもまともに全力を出せねぇガキが、巻き込まれて死ぬ危険性があっても知ってて、ヒーローじゃねぇけど戦闘以外で緑谷を上回ってる博士が知らねぇのは筋が通らねぇ。本当に巻き込みたくなかったなら、そもそも博士を相棒にすること自体が矛盾してるぜ。相手がオールマイトを狙ってるなら、相棒だった人間をほっとくわけがねぇ」

「ぐぅ……!?」

「敵連合だって、その相手のもんなんだろ?脳無みてぇなバケモン生み出す連中なら、あんたの巻き込みたくねぇって想いも理解出来る」

「ぐぅ……!?」

 

 戦慈の鋭い指摘にオールマイトはドンドン追い詰められていく。

 緑谷もフォローしたいが、自分のせいで説得力を失わせてしまっているので下手に口を開けない。

 《ワン・フォー・オール》のことは話せない。だから、どうにかして乗り切るしかない。

 

「けどよ、『個性』が消えかかってる今、むしろ信頼できる奴は積極的に頼るべきだ。なのにあんたはむしろ遠ざけてる。その結果が雄英襲撃に保須と広島じゃねぇのか?……俺はもうあんたらだけの問題じゃなくなってる気がするんだがな」

「……それは……」

「……なぁ、オールマイト。あんたは本当に周りを信頼してんのか?俺にはどうにもあんたから『自分より弱い奴と戦う力がない奴はお呼びじゃない』って言われてるように感じる」

 

 オールマイトは頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われる。

 《ワン・フォー・オール》の秘密を話さなかったことでデヴィットを追い込んでしまった。

 その事実が戦慈の言葉と共に重くのしかかる。

 しかし、それでも話せない。話すわけにはいかない。それだけは譲れない。

 

「確かにあんたの力に並べる奴なんていねぇ。そんなあんたが危険に感じる奴なら、確かに大抵の奴は力不足かもしれねぇがよ」

「そんなつもりはない!」

 

 オールマイトは慌てて否定する。

 戦慈はまっすぐオールマイトを見据える。

 

「……そう思ってんなら、それでいいけどよ。けど、俺はやっぱ納得出来ねぇ」

 

 戦慈はそう言って、2人に背を向ける。

 

「け、拳暴君……!こ、このことは……!」

「話さねぇっつってんだろ。……最後に1つ……いや、2つ聞かせろ。オールマイト」

「……何かな?」

 

 戦慈は顔だけオールマイトに向ける。

 

「全力で戦える時間はどれくらいだ?」

「……あの姿を保つだけなら数時間は大丈夫。ただ戦うとなると1時間もないだろう」

「ちっ。……それを敵連合も知ってんだよな?あんたが弱ってんのはよ」

「……ああ」

「……ちっ」

 

 オールマイトの答えに再び舌打ちをする戦慈。

 想像以上に深刻な状況だった。

 ならば必ずまた敵連合は来るとも確信した。脳無は更に強くなっているだろう。

 今回の勝利に喜んでいる場合ではない。

 

 戦慈は今度こそオールマイト達の前から去る。

 テラスに戻ると、里琴が再び頬をリスにしていた。

 

「あ、拳暴。遅かったな」

「ちょっと散歩しててな」

「散歩ぉ?お前が?」

「うるせぇよ」

「残念だけど、焼けた肉はもう里琴の口と胃の中」

「ん」

 

 一佳が首を傾げて、それに戦慈がぶっきらぼうに返事する。

 そこに柳が呆れて里琴を見ながら言い、唯もやや呆れながら頷く。

 戦慈は鉄板グリルに目を向けると、綺麗に肉が消えていた。

 戦慈はため息を吐いて、一佳達を見る。

 

「この後はどうすんだ?」

「どうするって……もういいのか?」

「十分食ったしな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 それに一佳達は顔を見合わせて、眉を顰めて考え始める。

 

「エキスポはもちろん行けないし……」

「ホテルは明日まで」

「ん」

「ショッピングしたいデース!」

「お土産買ってないしね」

「しかし、お店は開いてるのでしょうか?」

 

 ここに来るときはやはりシャッターが目立っていた。

 そこに八百万が声をかける。

 

「ショッピングセンターは今日の夕方から再開するそうですわ。警備システムの点検が必要だそうで」

「なるほど」

「じゃあ、一回ホテルでゆっくりしてから、また出かけようか」

「ん」

 

 切奈の提案に唯達が頷いていると、上鳴と峰田がすぐさま反応して一佳達に詰め寄る。

 

「「俺達もいいですか!?」」

「やだ」

「ん」

「……くたばれ」

「「ぶへぇああああ!?」」

 

ドッボオオオォン!!

 

 柳と唯に一瞬で拒否され、里琴に竜巻で吹き飛ばされて湖に落とされる。

 一佳達はただ呆れるしかなかった。

 

「こりないな、あいつら……。それに里琴もやりすぎだぞ」

「……変態は死すべし」

「うん。あいつらにはこれくらいでいいよ」

「「「うんうん」」」

 

 里琴の言葉に耳郎も同意し、麗日達A組女性陣も頷く。

 ちなみに水面で必死にもがいている上鳴と峰田は、瀬呂と障子達によって救助中である。

 

「とりあえず一度ホテルに帰るんでいいんだな?」

「だな」

「じゃあ、オールマイトに挨拶して戻ろ~」

 

 その後、戦慈達は少し雰囲気が暗いオールマイトに挨拶して、テラスを後にする。

 ホテルに戻って少しのんびりすることにした一佳達。

 

「……ん。……すぅ……すぅ」

 

 里琴はベッドに寝転んで数秒で寝息を立てる。

 

「早いな……」

「ん」

 

 同室の一佳と唯は呆れるしかなかった。

 事件後休んだ時もそうだったのだが、里琴は横になるとすぐに寝る。

 互いの部屋で寝泊まりしたこともなかったので、一佳もここまで寝つきがいいのは初めて知った。

 

 そうして、しばらくのんびりした一佳達は、テレビでショッピングモールが再開したのを見て里琴を起こして外出する。

 もちろん戦慈も連れていかれて、付き合わされる。外はすでに夜になっていた。

 一佳達はショッピングを楽しみ、その後ろを面倒そうだが戦慈が付いて行く。 

 

 途中、峰田と上鳴が偶然を装って近づいてきたが、一佳達は予約していた料理屋に入って2人を躱す。

 店で食事をしている間に、八百万に連絡して回収をお願いした。

 

 その後も買い物を楽しみ、ホテルに帰るころには戦慈の両腕には紙袋が大量にぶら下がっていた。

 戦慈は今回の事件に一佳達を巻き込んだと思っているので、不満も言わず大人しく荷物持ちに徹していた。仮面の下の眉間に皺はずっと寄っていたが。

 

 それを感じ取っていたのか、一佳達は最後にコーヒーショップに行き、戦慈に好きなだけコーヒー豆や機材を見させる。

 その間、一佳達は備え付けの喫茶で休憩していたのだが。

 それでも戦慈の機嫌は回復し、一佳達も満足してホテルに戻る。

 

 翌日は特に買い物はせず、チェックアウトまでのんびりすることにした。

 しかし、その朝に一佳と唯は驚きの光景を目にする。

 一佳と唯はすでに起きており、お茶を飲んでのんびりしていた。

 

「……ん~」

 

 そこに里琴がフラリと起き上がる。

 無表情の里琴に珍しい寝ぼけ眼の顔である。

 

「おはよ、里琴」

「ん」

 

 一佳と唯が挨拶するも、里琴はフラリとベッドを降りて冷蔵庫に向かう。

 そこには里琴が入れていた戦慈のカフェオレがあった。里琴はちゃんと多めに用意させて持ってきていたのだ。

 一佳は流石にそこまではお願いできなかった。

 里琴はカフェオレを一口飲む。

 

「……んふ~」

 

 そして、満足げに目を閉じて笑みを浮かべる。

 

 里琴の初めて見る笑みに一佳と唯は目を見開いて唖然とする。

 

「……今、笑った……?」

「……ん」

 

 里琴は冷蔵庫にカフェオレを戻して、再び布団に戻ろうとする。

 

 その衝撃から戻った一佳は里琴を抱えて部屋を飛び出して、切奈達がいる部屋に走る。

 チャイムを連打して、少しすると困惑の表情を浮かべた切奈が扉を開ける。

 

「どうしたのさ?」

「里琴が……里琴が笑ったんだよ!ほら!」

「……なんじゃい」

 

 一佳は切奈の目の前に里琴を持ち上げる。

 里琴はすでに目が覚めて、いつも通りの無表情に戻っていた。

 

「いつもの里琴じゃん」

「でも、さっきは笑ってたんだよ!な、唯!」

「ん」

 

 切奈は首を傾げるが、一佳は唯に顔を向けて、唯も力強く頷く。

 その後もカフェオレをもう一度飲ませてみたり、色々試したが笑わなかった。

 

 一佳と唯はまだ納得していなかったが、朝食の時間になったのでとりあえず着替えて店に下りる。

 戦慈も合流したので、朝食を食べながら里琴の笑顔について話した。

 

「里琴は起きた直後なら笑うぜ。まぁ、すぐにいつも通りの顔になるがな」

「……スケベ」

「何がだよ」

 

 その内容に一佳達も納得して、里琴笑顔騒動は幕を閉じた。

 

 そして戦慈達はチェックアウトをして、空港へと向かう。

 

「ん~!……終わったねぇ。あれ?何しに来たんだっけ?」

「あはは……結局最初だけだったなぁ」

「何にも見つからなかったね」

「ん」

 

 切奈が伸びをして、感慨深げに思い出に浸ろうとしたが本来ここに来た理由を思い出せず首を傾げる。

 それに一佳が頬を掻いて苦笑して、柳が戦慈に顔を向けながら首を傾げ、唯も頷く。

 戦慈は肩を竦めて、

 

「まぁ、仕方ねぇだろうよ。次、開催されるときはまた新しいアイテムが出来てるかもしれねぇしな」

「……メリッサに期待」

「そうですね。あの方なら必ずや素晴らしい発明をしてくれるでしょう」

「私達もファイトデス!」

「帰ったら、今度はすぐに林間合宿だもんねぇ」

 

 切奈は少しうんざりし、それに一佳達も頷く。

 今回の戦いは一佳達にとって雄英襲撃以上の経験だった。戦慈と里琴はそこまででもないらしいが。

 なので、もう少しゆっくりしたいと思うのは当たり前のことである。

 

「でも、今回あんまり活躍出来なかったし、頑張らないと」

「ん」

「だよねぇ」

 

 柳の言葉に唯と切奈が頷く。

 そして、一佳達は少しうんざりしながらも飛行機に乗り込む。

 

 空へ飛び立って、離れていくI・アイランドを戦慈以外の全員で眺める。

 思い浮かぶのは結局あの夜以降会えなかったメリッサの姿。

 

「……メリッサさん、大丈夫だと思うか?」

 

 一佳が戦慈にボソリと尋ねる。

 

「あん?……まぁ、しばらくは風当たりは強いだろうな」

「だよな……」

 

 戦慈は腕を組んだまま答える。

 一佳は僅かに顔を曇らせ、切奈達も眉尻を下げる。

 

「でも、あのヴィランと戦うよりは楽だろ。あの戦いを『無個性』で最後まで現場で乗り切ったんだしな。俺らよりよっぽど肝が据わってる」

「……だよな……!」

 

 励ますような戦慈の言葉に、パァ!と笑みを浮かべて頷く一佳。

 

 メリッサならば、きっと乗り越えていく。

 

 そう信じて、自分達も更なる成長を誓う。

 

 こうして、戦慈達の初めての旅行は終わりを迎えたのであった。 

 

 




これにて劇場版編は終了です。
思ったより長くなってしまいました(-_-;)

次回は申し訳ありませんが、もう1話夏休み日常編を書かせてください!
次々回から、いよいよ林間合宿編です!


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拳の五十二 暑苦しい日

 I・アイランドから帰って2日。

 ちなみに林間合宿まで後2日である。

 

 戦慈や里琴はI・アイランドの疲労も消え、林間合宿の準備も終えてのんびりしていた。

 一佳は林間合宿前ということで実家に戻っており、今日はいない。

 と言っても、戦慈と里琴はいつも通りに過ごしていた。

 

 すると、部屋のチャイムが鳴る。

 2人は首を傾げて、戦慈が立ち上がってドアへと向かう。

 そしてドアを開ける。

 

「オッス、拳暴おお!!特訓行くぞおお!!」

「は?」

 

 開けた瞬間、鉄哲が両拳を構えて叫んだ。

 突然の鉄哲の登場と叫びに戦慈は唖然として、部屋にいてウトウトしていた里琴はビクゥ!と驚いて体が跳ねる。

 すると鉄哲の後ろから骨抜が顔を出す。

 

「鉄哲、いきなり叫ぶなよ」

「いきなりなんだよ……」

「いやな、今日これから男子で集まって、学校で特訓しようってなったんだよ。それで誘いに来た」

「林間合宿前に気合を入れようぜ!」

 

 骨抜の説明と鉄哲の気合に、戦慈は呆れながらも訪問理由には納得した。

 

「特訓って何すんだよ?」

「んなもん筋トレと殴り合いに決まってんだろ!!」

「林間合宿前だろうが」

「殴り合いはともかく、筋トレや『個性』の特訓を皆でやろうってことだよ。1人でやるよりは色んなインスピレーションを貰えそうだってな」

「なるほどな」

 

 鉄哲は論外だが、骨抜の言葉には説得力があった。

 

「それに今まではあんまり男子で集まるってなかったしな」

「あん?買いもんとか行ったんじゃないのかよ?」

「全員集まらなかったんだよ。今回は全員集まれそうでさ。だから誘いに来た。もちろん巻空も一緒でもいいぜ」

「……まぁ、俺は今日暇だから構わねぇがな」 

「……構わない」

 

 戦慈が振り返ると、里琴の声が聞こえてくる。

 

 ということで、戦慈と里琴は仕度をして学校に向かうことになった。

 

 

 

 学校へと向かう戦慈達4人。

 

「I・アイランドは大変だったみたいだな」

「まぁな」 

 

 骨抜の言葉に戦慈は肩を竦める。

 ちなみにジャージは破れたら困るので、破れても構わないスポーツウェアを持っていくことになった。

 鉄哲は戦慈達の少し前を大股で歩いている。

 出会い頭の叫びと言い、いつも以上に気合が入っているように見える。

 

「……鉄哲の奴はどうしたんだ?」

「あ~……なんかI・アイランドの事件から、あんな感じなんだよ。……オールマイトだけで解決した感じに報道されてるけど、ぶっちゃけお前らも戦ったんだろ?爆豪や轟に切島もいたって聞いたしな。鉄哲もそれに感づいてんだよ」

「……なるほどな」

 

 骨抜は言いにくそうに眉間に皺を寄せながら理由を話す。

 鉄哲や骨抜達は当時、ホテルにいた。

 警備マシンのこともあって大人しくしていたが、鉄哲は今にも飛び出しそうだった。

 特にセントラルタワー屋上から轟音が聞こえた際は、鉄哲は走り出して骨抜や泡瀬達に羽交い絞めにされて止められたのだ。

 

 事件解決を聞いた時、鉄哲は「また何も出来なかった……!」と顔を顰めて悔しがっていた。

 それを骨抜達は心配そうに見つめていた。

 その帰りの飛行機で骨抜が今日の特訓を提案したのだ。

 

「まぁ、人一倍仲間思いだし、熱い奴だしな。期末試験でも思ったように動けなかったみたいだし、お前らやA組の奴らが活躍して焦ってるんだろうな」

「……俺らが異常だと思うけどな」

「俺もそう言ったんだけどよ。悔しいもんは悔しいんだろ」

 

 特に鉄哲は戦慈をライバル視していた。

 最初の戦闘訓練から期末試験まで、ずっと戦慈は最前線で戦い続けていた。敵連合の戦いも2度退けて、しかも期末ではハンデありとは言え、オールマイトと互角に戦っていた。

 それに比べて、自分は何も成長した気がしていない。それが鉄哲の不安を煽っているのだ。

 職場体験で一度は戦慈との差を受け入れたが、やはり悔しいものは悔しい。

 

「ってわけで、付き合ってくれ」

「分かったよ」

「……がんば」

 

 そして戦慈達は学校に着いて、更衣室で着替える。

 更衣室には泡瀬達も来ていた。

 

「おう。なんかお久」

「全員、暇なのか?」

「拳暴もだろ。まぁ、来週から林間合宿だしな。あんまり変なことして失敗したくなかったんだよな」

 

 回原が手を上げて挨拶し、戦慈が着替えながら言うと円場が肩を竦めて答える。

 

「凡戸はI・アイランドに行かなかったのか」

「うん。溜まってたプラモ作ってたんだぁ」

「回原とかおニューのカメラ持ってたのに、見れなかったもんな」

「ホントな……。はぁ~、溜めてた小遣いほぼ使ったってのになぁ」

 

 それぞれ夏休みの過ごし方で話が盛り上がる。

 もちろん一番話題に上るのはI・アイランドだ。

 

「ところでI・アイランドで何かいいアイテムは見つけたのですかな?」

「いや。俺らに合うもんはなかったな。と言っても全部見て回れたわけじゃねぇけど」

「まぁ、そうだよな。俺らも2日くらいかけて回るつもりだったし」

 

 宍田の言葉に首を横に振り、その答えに鱗も腕を組んで頷く。

 そこに物間が肩を竦めて声を掛ける。

 

「それにしても、まさかまたヴィランに襲われるなんてね。パーティー会場にはオールマイトや爆豪達A組もいたんだろう?保須市の面々もいたらしいし、本当に彼らはトラブルを引き寄せるねぇ」

「拳暴もいたけどね」

「別に爆豪達だって巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃねぇだろぉ」

 

 庄田と鎌切が呆れたように言う。

 実際のところ、一番初めに首を突っ込んだのは戦慈なのだが。

 物間の気を逸らそうとしたのか、円場が戦慈に声をかける。

 

「そう言えばパーティーにも出たんだろ?巻空や拳藤達も」

「会場のロビーに集まったところで事件が起きたから、会場には結局は入れてねぇな」

「そうなのか……。でも拳藤達のドレス姿とか見たんだろ?」

「まぁな」

「あ、マジで!?どうだった!?」

 

 一佳達のドレス姿を見たという戦慈の言葉に、回原が興奮気味に声を上げる。

 

「まぁ、綺麗だったぜ」

「あの拳藤や巻空がドレスねぇ。馬子にも衣装って奴かな」

「伝えといてやるぜ」

「あははは!やめてくれ。手刀や竜巻じゃすまなさそうだ」

「写真とかないのか?」

「里琴なら持ってると思うぜ」

 

 物間が肩を竦めながら言い、戦慈が里琴に伝えると言う。

 物間は冷や汗を掻きながら、すぐさま降参とばかりに両手を上げる。

 そこに骨抜が首を傾げて尋ねるが、戦慈は肩を竦める。

 

 その後も戦慈達は他愛無い話をしながら、体育館γに向かった。

 戦慈達が体育館に入って、準備運動をしていると里琴もやってきた。

 

「で、どうするんだ?」

 

 泡瀬が骨抜に訊ねる。

 

「とりあえず、全員で筋トレしようぜ。走り込みとか腕立てとか」

「よっしゃあ!競争だな!」

「鉄哲。ここで無理すると林間合宿に響くよ」

 

 骨抜の提案に鉄哲が吠えるが、物間が抑えようとする。

 しかし、

 

「なら、腕立てに腹筋と走り込みの4セットで勝負だ!腕立て30回、腹筋50回、体育館10周を4セット!」

「一番遅い奴は全員にアイスな!」

「あ、『個性』無しな。拳暴はパワー溜め過ぎないように」

「まぁ、注意はする」

 

 何故か泡瀬と回原も乗り気になっている。

 骨抜が注意点を上げて、戦慈に声を掛ける。

 戦慈は『個性』をコントロールは出来ないので、パワーの調整が難しい。戦慈は肩を竦めて答える。

 物間は小さくため息を吐いて首を横に振るが、他の者達は意外にも気合を入れていた。

 

 最初は腕立て伏せからだ。

 里琴が審判を務めることになった。しかし、里琴は何故か戦慈の背中の上にいた。

 

「おい」

「……ハンデ」

「なんでだよ」

「……よ~い、スタート」

「てめぇ……!」

 

 戦慈の苦情をスルーして、スタートの合図をする里琴。

 周囲も戦慈の境遇を無視して、猛烈な勢いで腕立てを始める。

 戦慈も顔を顰めながら、渋々始める。

 

「ぬぅおりゃアアアアアア!!」

「ビリだけは御免だぜ!」

「同じく!」

 

 鉄哲はどう見ても後を考えていないペースで腕立てをしており、その勢いに引っ張られるように回原や骨抜達もハイペースで腕立てをする。

 

「僕は、あまり、こういう、体育会系、じゃない、んだけどな!」

「ヤバ、もう、腕、プルプル、してきたかも!」

「それは早すぎじゃないかい?」

「よいしょー、よいしょー」

 

 物間は文句を言いながらも付き合い、吹出はもうすでに限界を感じ始めており、庄田が呆れていた。

 凡戸はその隣でマイペースに腕立てをしていた。

 

 そして腹筋へと移行する者が出始める。

 腹筋は太ももを床と直角に曲げて、足は床に並行に伸ばすやり方である。

 これも鉄哲は尻が飛び上がりそうな勢いで行う。

 

「負けねぇええ!」

 

 戦慈も腹筋に移行していたが、マイペースに進めていた。

 ちなみに里琴は戦慈の足に座っていた。

 

「……負けてる」

「筋トレで競争しても意味ねぇだろうが。早けりゃいいってもんじゃねぇ」

 

 ハイペースに行ったところで、それはただエネルギーを消費するだけで筋肉にはならない場合が多い。

 戦慈の場合はパワーが溜まり、自己治癒されるだけだ。なので戦慈はしっかりと筋トレ効果がある範囲で早く行っていた。

 そんなことに気づきもせず、鉄哲は腹筋を終えて立ち上がり、全力で走り出す。

 鉄哲から少し遅れて泡瀬や回原も走り出し、宍田、円場、鎌切、骨抜、戦慈の順で走り出す。

 里琴はそのまま戦慈の首にぶら下がっており、もはや審判の意味を成してはいない。もちろん誰もツッコまない。

 

 鉄哲は全力疾走を続けている。

 泡瀬達も全力で走って追いかけていた。

 走り込みを始めた物間は近くにいた庄田や吹出、凡戸に声を掛ける。

 

「ちょっといいかい?」

「ん?」

「なに?」

 

 そして物間はある提案を行う。

 庄田は僅かに顔を顰めるが、吹出と凡戸は同意したので物間は提案を実行に移した。

 

 その後も鉄哲を先頭に筋トレ競争は続いていた。

 しかし、最初から全力で走り続けていたので鉄哲、泡瀬、回原は汗だくで明らかにペースが落ちていた。

 戦慈は途中溜まったパワーを放出しながら、ジワジワと鉄哲達に追いついて行く。宍田や鎌切、骨抜、鱗、円場も少しずつペースを上げて鉄哲達に迫っていた。

 

「負けねぇええ!!」

 

 それでも鉄哲は叫んでペースを上げようとする。

 

「あ、相変わらずの気迫だな……!」

「まぁ、鉄哲だしな……!」

 

 泡瀬と回原は汗だくで鉄哲を追いかけていた。

 今は最後の走り込みである。

 泡瀬と回原はすでに宍田と鎌切、鱗に追い抜かれており、真後ろに骨抜と戦慈、円場がいる。

 

「ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!」

 

 鉄哲は歯を食いしばって全力で走り続ける。

 後ろから近づいてくる気配を感じる。

 

「負けねぇ……!ここで負けられるかああ!!」

 

 鉄哲はいつの間にかゴール場所を示すように立っている里琴を目指して、必死に脚を動かす。

 

「さらに……向こうへーー!!」

 

 鉄哲は叫びながら飛び込むように里琴の横を通り過ぎる。

 その直後に宍田と鱗がゴールする。

 

「ぜぇ!はぁ!ぜぇ!ぜぇ!」

「鉄哲氏。その気迫はお見事ですが、その状態でこの後保ちますかな?」

「も……保たせる……!」

「もう少し後を考えようぜぇ」

 

 鉄哲はうつ伏せのまま荒く息を吐き、息も絶え絶えに宍田の問いに答える。

 宍田と鎌切が呆れながら、鉄哲を運んで道を開ける。

 戦慈達もゴールして、ビリになる者を見ようと待つ。

 

 そして、最後にゴールしたのは物間、吹出、凡戸だった。

 3人は息を合わせたように同時にゴールした。

 

「おやおや、ビリが3人になってしまったね。いや、それ以前にこれってビリって言えるのかい?ってことは、ビリはなし?あれれれ?これってアイスを奢る必要はないよねぇ!!」

 

 物間は「あははは!」と笑いながら、屁理屈を叫ぶ。

 それに戦慈や骨抜達は呆れるのみで、あくまでも競争心を煽るためのものなので無理に奢らせる気はないから問題ないと言えばない。

 納得出来るかと言えば微妙だが。

 

 しかし、そこに正義の裁きが下る。

 

「……主犯は?」

 

 里琴が吹出と凡戸に訊ねる。

 もちろん2人は物間に顔を向ける。

 物間は堂々と立って、腕を組んで不敵に笑っている。

 

「……じゃ、物間がアイス」

「あれれれぇ!?なぁんで僕が奢ることになるんだい!?僕は別にビリじゃないよね!?」

「……3人がビリ。……で、お前が主犯。……だからお前の奢り」

「えぇ~!?それって不公平じゃないかい!?僕が主犯だって言う証拠はどこだい?まさか2人の証言だけで決めるのかい!?」

「……私は審判。状況証拠で十分。……故にお前が奢り」

 

 飾りの審判が判決を下す。

 もちろん里琴はただ嫌がらせがしたいだけである。

 そして、物間も受けて立つとばかりに挑発するように答える。

 

「あれれれぇ!?ヒーローを目指す者がそんなことでいいのかな!?」

「物間。それ、ブーメランになるぞ」

 

 骨抜が冷静にツッコむ。

 物間は一瞬固まったが、すぐに再起動する。

 

「それでもこんな決め方していいのかなぁ!?それに吹出と凡戸だって、この作戦に乗ったんだよ!?なぁんで僕だけなのかな!?」

「……だから主犯。……主犯の罪が一番重いのは当然」

「そうだな。じゃ、奢りは物間で」

「「「異議なし」」」

 

 里琴の審判に泡瀬が乗り、他の男子達も頷く。

 戦慈は呆れて眺めており、鉄哲は未だに復活出来ず話に参加出来ない。

 結果、物間が巻き込んだ吹出と凡戸、トップの鉄哲にアイスを奢ることで話がまとまった。

 物間はそれが落としどころと思って諦めた。

 

「で、次はどうするんだ?」

「『個性』の練習しようぜ。それが一番の目的だろ?」

 

 円場が骨抜に訊ねると、鱗が提案する。

 それに他の者達も頷くも、回原が声を上げる。

 

「でも、個々にやるのか?」

「それじゃあ、つまらないだろ。だから、似た系統の奴同士で練習したり、簡単な模擬戦でもどうかと思ってたんだ」

 

 骨抜の言葉に宍田達は頷く。

 その言葉に鉄哲がガバ!と起き上がる。

 

「じゃあ、拳暴、宍田!俺と戦おうぜ!」

「あん?」

「それは構いませんが……怪我で済みますかな?」

「リカバリーガールがいるか分からないぜ?いても診てもらえるかどうか……」

「大丈夫だって!程々にすっからよ!」

「さっきの筋トレ見てて、そう思えると思うか?」

 

 泡瀬と回原が呆れたように鉄哲を見ていたが、そこは制限時間を設定して、あまりにも危険と判断された場合、里琴と周囲が止める事で納得した。

 ということで、戦慈、鉄哲、宍田、回原、鱗、物間の6人で組み手をすることになった。

 鎌切は『個性』《刃鋭》の関係上、やめておくことにした。その代わり円場と吹出と練習するらしい。

 骨抜、泡瀬、凡戸、庄田は観戦しながら『個性』の練習や筋トレをすることになった。

 

 最初の組み合わせは戦慈と宍田である。

 

「胸をお借りしますぞ!拳暴氏イイイ!!」

 

 さっそくビースト化してハイテンションになった宍田が叫ぶ。

 それに戦慈は拳を構えることで応える。

 鉄哲達は壁際に下がって観戦することになった。

 

「やっちまえ宍田ぁ!気張れよ拳暴ぉ!」

 

 鉄哲が叫ぶと、審判役の里琴が右手を上げる。

 戦慈は僅かに腰を屈め、宍田も構える。

 そして里琴の右手が降ろされる。

 

「ガアアアア!!」

 

 宍田が速攻とばかりに飛び出し、戦慈は迎え撃とうと脇を締めて構える。

 宍田は右腕を振り被って、全力で振り下ろす。

 戦慈は半身になって躱し、すかさず宍田の右腕を掴んで後ろに放り投げる。

 

「ヌウウ!!」

 

 宍田はすぐに体勢を立て直して、再び突撃する。

 戦慈も前に出て、拳の乱打を放つ。宍田は両腕を交えてガードしながら、無理矢理突破する。

 

「ちっ!」

「拳暴氏は速攻が有効ですなアアア!!」

 

 期末試験で露呈した戦慈の弱点を容赦なく攻める宍田。

 宍田は左拳で殴りかかる。しかし、戦慈は屈みながら右脚を振り抜いて足払いを放つ。宍田は姿勢を崩しながらも片足で跳び上がる。

 宍田は両手を組んで叩きつけるように振り下ろす。戦慈はバク転して躱し、宍田の両手が床に叩きつけられた瞬間を狙って、宍田に殴りかかる。

 戦慈の拳は宍田の顔に当たり、吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 

「グゥ!?」

「速攻を意識するなら、もう少し攻撃の手数を増やすか、俺の隙を作ることだな」

 

 戦慈は体が一回り大きくしながら構える。

 宍田は立ち上がって顔を顰める。

 

「宍田ああ!!動き回れぇ!!」

 

 そこに鉄哲が叫ぶ。

 その声に宍田はなにやらハッとして、すぐさま思いっきり飛び上がる。

 天井までほぼ一瞬で飛び上がった宍田は、天井を蹴って戦慈の背後に降り立つ。戦慈は後ろ回し蹴りを放つが、宍田はすぐさま横に跳んで躱し、また壁を蹴り上げて天井まで飛ぶ。

 今度は壁に向かって飛び、また壁に向かって飛び移る。

 

「撹乱のつもりか?」

 

 戦慈は宍田の動きを先読みして、壁に取り付いた瞬間の隙が出来た宍田を狙って飛び上がる。宍田は戦慈から視線を外しており、その宍田の背中目掛けて右拳を振り抜く。

 しかし、宍田は見えているかのように真上に飛び上がって躱す。

 

「っ!」

「がはは!吾輩は耳と鼻が利くのですなアア!!」

 

 宍田は強化された聴覚と嗅覚で、戦慈の動きを把握していたのだ。そして、天井を蹴って勢いよく戦慈に向かって突撃する。

 戦慈は空中にいたため動きに制限があった。

 

「オラァ!!」

 

 しかし、戦慈は壁に向かって衝撃波を放って方向を変えて飛ぶ。

 宍田はその直後に突撃し、躱されてしまう。

 

「ぬぅ!」

「期末でオールマイトがやってた方法だね」

「空中でも隙減ったのかよ」

 

 宍田は顔を顰めて、物間が顎に手を当てて戦慈が使った躱し方を推測し、鱗が腕を組んで唸る。

 

「……そこまで~」

 

 そこに里琴が終了を告げる。

 戦慈は構えを解いて、宍田も体を戻す。

 

「最後は少し焦ったぜ」

「いやいや。やはりまだまだですな」

「けど、方向性は見えたんじゃねぇか?」

「そうですな」

 

 何か手応えを感じたようで満足げに頷く宍田。

 次は鉄哲と回原の番となった。

 

「やったるぜぇ!!」

「骨を折らないでくれよ~」

 

 ガン!と拳を合わせる鉄哲に、回原は少し呆れながらストレッチをする。

 

「いくら《旋回》でも鉄哲の体にはそう簡単にはダメージが入らないな。サポートアイテムもないし」

「だな」

 

 骨抜の言葉に泡瀬が頷く。

 いくらドリルのように回転できると言っても、生身のままだ。鉄の体を持つ鉄哲にはやや不利である。

 

「……始め」

「行くぜエエエエ!!」

 

 開始の合図と同時に鉄哲は駆け出して、体を鉄化しながら回原に殴りかかる。

 

「相変わらず真っ向勝負だな!」

「それが俺だあああ!!」

 

 全力で右ストレートを放つ鉄哲。

 その拳が回原に当たる直前、

 

「甘いぜ、鉄哲ぅ!!」

 

 回原は首から下を回転させて、鉄哲の拳を受け流す。

 

「!?」

 

 鉄哲は目を見開くが、回原はさらにそのまま鉄哲の腕を滑る様に移動する。

 背後に回る直前に回転を止めて、鉄哲の右腕を両手で掴む。

 そして、今度は上半身だけ回転させて、鉄哲を振り回す。

 

「うおりゃああ!!」

「なああ!?」

 

 ジャイアントスイングのように振り回される鉄哲。

 回原は上半身を傾けて、鉄哲を背中から床に叩きつける。

 

「がぁ!!」

 

 鉄哲は衝撃に呻く。

 しかし、回原は手を緩めない。すかさず鉄哲の両脚を脇に抱えて、また上半身だけを回転させて今度こそジャンアイントスイングを放つ。

 回原はそのまま壁に向かって走り、鉄哲を壁に叩きつける。

 

「ぐぅ!?」

「どうだ?鉄哲!」

 

 回原は脚を放して、距離を取る。

 鉄哲は回転と叩きつけられた衝撃で、ふらつきながら起き上がる。

 

「やるな。当たり所を見極めることが出来れば、ほぼ攻撃をいなすことが出来るのか」

「首が回らないから、回原は目を回さねぇのが強みだな」

「しかも、移動も出来るんだもんな」

 

 戦慈が感心したように呟き、鱗と泡瀬も回原の戦い方に感心する。

 

 回原は両腕を回転させながら、ふらついている鉄哲に走り迫る。

 鉄哲はふらつきながら構える。拳を振り被った回原を見て、防御しようと両腕を交えようとするが、回原はまた上半身を回転させて拳のスピードを上げる。

 回転した拳は鉄哲の防御をすり抜けて顔面にヒットする。鉄哲は僅かにたじろぐが、そこに再び回転した腕が薙ぐように叩きつけられ、さらに再び回転した拳が鉄哲の肩に当たる。

 

 回原は上半身を回転させることによって、ラッシュを放つことが出来るのだ。しかも回転しているので、まさにドリルのようにストレートパンチはガードをこじ開け、ラリアットや裏拳は防ごうにも弾かれてしまう。

 意外と隙が無い攻防が出来る回原であった。

 

「移動にスピードがねぇのが隙ではあるか」

「それに宍田や拳暴のように拳が大きいといなすにも限度があるし、パワーもあると無理矢理押し通されて弾けないしね。後は遠距離攻撃を始めるわけでもない」

「しかし、鉄哲氏は思ったより相性が悪いですな」

「鉄哲は硬さを活かせないと、厳しいからなぁ」

 

 戦慈の推測に、物間も付け加える。

 宍田が唸りながら顎に手を当て、鱗も腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

 鉄哲は想像以上の回原の実力に顔を顰める。

 

(くっそぉ……!フォースカインドさんと同じだ。『個性』はシンプルだけど、使い方で厄介なんてレベルじゃなくなる!)

 

 特に鉄哲のように接近戦タイプの『個性』相手に発揮することが多いのだ。

 鉄哲も同じタイプだが、鉄哲の『個性』《スティール》は工夫し辛いので攻撃パターンが増えない。なので自分の攻撃を一度攻略されると、一気に有効打が出し辛くなるのだ。

 

「でも、負けねぇエエエ!!」

 

 それでも鉄哲は拳を握って走り出す。

 回原は両腕を回転させて迎え撃つ。

 鉄哲は右ストレートを放つ。回原は両腕を交えて防御しようと構える。

 しかし、鉄哲の拳は当たる直前に、手を開いて回転している左腕に掴みかかった。

 

「はぁ!?」

 

 ギャリリリリリ!!と鉄哲の右手から音が響く。それでも手を放さない。

 

「アッチィイイ!けど、捕まえたああ!!」

 

 摩擦熱に叫びながら、鉄哲は左拳を構える。

 

「それはこっちも同じだ!」

 

 回原は空いている手で鉄哲の右腕を掴み、また上半身を回転させようとする。

 

「オラアアア!!」

 

 その瞬間、鉄哲が前に飛び出して回原の顔を目掛けて頭突きを放つ。

 回原は避けれずにズガン!と顔面に鉄の頭突きを浴びる。

 

「へぶっ!?」

 

 衝撃とダメージで回転が止まり、掴んでいた手を放して後ろに倒れ込んでいく回原。

 そこに鉄哲が構えていた左拳を回原の胸元に叩き込む。それと同時に鉄哲も手を放す。

 回原は後ろに吹き飛んで床を転がる。

 

「……そこまで。……鉄哲の勝ち」

「よっしゃああ!!」

 

 里琴がこれ以上は危険と判断し、一番有効打を与えた鉄哲の勝利を宣言する。

 鉄哲が雄たけびを上げて、回原は鼻を押さえて立ち上がる。

 

「っつぅ~……気合で乗り越え過ぎだぜ」

「大丈夫かい?」

 

 回原がやや涙目になって痛みに耐えていると、物間が近づいてくる。

 

「ああ、鼻血は出てねぇ」

「それはよかった。それにしても相変わらず無茶をするねぇ。鉄哲は」

「模擬戦だからこそ無茶をしねぇと、本番でも出来ねぇ!」

 

 物間は近づいてきた鉄哲に呆れたように言う。

 鉄哲は拳を握って、力強く答える。

 正論のような暴論に、回原と物間はもはや苦笑しか出来なかった。

 

「まぁ、お疲れ様。少し休みなよ」

 

 物間は鉄哲と回原の肩をポンとして、ストレッチをしている鱗に顔を向ける。

 次は物間と鱗の模擬戦である。

 

「頑張れよ!」

「負けたらアイス奢れよ」

「おや、じゃあ勝つしかないね」

 

 物間は肩を竦めて、鱗と向かい合う。

 

「……始め」

 

 里琴が開始の合図をする。

 それと同時に鱗が両腕にウロコを纏って、物間に向かって飛ばす。コスチューム無しでも発射できるが、指向性と威力は低くなる。

 

「ふっ」

 

 物間は迫るウロコを見つめながら不敵に笑う。

 すると物間の体が鉄色に変わり、ウロコがキキキキキン!と体に当たって弾かれる。

 

「げっ!いつの間に!?」

「さっきだよ。ああ、ところで上に気を付けてね」

「上?」

 

 鱗が顔を顰めると、物間は上を指差す。

 鱗は素直に訝しみながら上を向くと、突如足元がグニャリと柔らかくなる。

 

「うえ!?なんだ!?」

「あ?俺の《柔化》か?」

「そ、回原達に近づくときにね」

「あ~、肩叩かれたな」

 

 鱗が慌てると、骨抜が首を傾げる。それに物間が鱗に歩み寄りながら言う。

 鱗は抜け出そうともがくが、もちろん抜け出せるわけはない。

 物間はその様子をニヤつきながら眺めており、鱗の目の前まで来る。

 

「さて、どうする?」

「……降参だな。流石にこの状況で勝てる手がねぇ」

 

 鱗はため息を吐いて降参を告げる。

 無理に抜け出すことは可能だが、それを物間が大人しく見てるわけないし、《スティール》を破るだけの攻撃となると流石に怪我をしそうだった。

 物間は床を柔らかくしてから鱗を引っ張り上げる。

 

 その後は相手を変えながら模擬戦をしたり、骨抜達の『個性』の特訓を手伝ったりして過ごす。

 鎌切は円場がドンドン作っていく空気の壁を切り裂くことで、自身の刃の強度を上げて、円場の《空気凝固》の硬度も上げる特訓。

 吹出は岩のような擬音を飛ばして、骨抜が柔らかくしたり、鉄哲が受け止める。

 泡瀬と凡戸は吹出や骨抜、物間が作った瓦礫を接合して、それを戦慈や鉄哲が壊して、またくっつけていく。

 庄田は拳大の瓦礫に衝撃を加え、それを宍田が投げて《ツインインパクト》を発動する。そして、無作為に軌道を変える瓦礫を鱗がウロコを飛ばしたり、殴って壊す。

 里琴も竜巻を放って、鉄哲や宍田達が耐える訓練などを手伝っていた。

 

 鉄哲は全員の特訓に何かしら参加して、動き続けていた。

 

 するとそこにブラドが現れる。

 

「お前達!もう終了の時間だぞ!」

「えっ!?もうっすか!?」

 

 鉄哲が目を見開いて驚く。時計を見ると17時を回っていた。

 しかし、鉄哲はまだ動き足りなかった。

 

「その意気込みは嬉しいが、林間合宿にその疲れを持ち込むんじゃないぞ。林間合宿はもっと辛いんだからな。泣き言は受け付けん」

「……うっす」

 

 ブラドの言葉に鉄哲は渋々頷く。

 それにブラドは僅かに眉間に皺を寄せて、鉄哲に声を掛ける。

 

「鉄哲」

「はい?」

「必ずしもピンチを経験すれば強くなるわけじゃない。そこを間違えるな」

 

 ブラドの言葉に鉄哲は顔を上げる。

 

「確かにピンチは力を引き出すきっかけにはなるだろう。しかし、俺達ヒーローは()()()()()()()()()()()()()()()()が最も重要だ。ピンチをピンチと思えないようになることが大切なんだ」

「ピンチをピンチと思わない……」

「そうだ。そのためにはピンチを味わうことで伸ばすんじゃない。今までの授業のように、今日のように、地道な日々の鍛錬こそが近道だ」

「先生……!」

「鉄哲。お前の力は【鉄】だ!鉄はいきなり硬くはならん!何度も火に当てられ、槌で叩かれることで強くなり硬くなる!今抱えている焦りも悔しさも、努力を続けていれば、必ずお前の強さとなる!」

 

 ブラドの言葉に鉄哲は両手を握り締めて更なる努力を誓う。

 その様子に骨抜達も少しホッとする。

 その後、シャワーを浴びて、帰り支度をする一同。

 

「じゃ、次は林間合宿だな」

「頑張ろうぜ!」

「ですな!」

 

 気合を入れ直して、解散する一同。

 鉄哲は骨抜や泡瀬達と帰路に就く。戦慈と里琴はすでに帰っていた。

 そこに物間が近づいてくる。

 

「鉄哲」

「ん?」

「はい、これ」

 

 物間は鉄哲にアイスを手渡す。学校の購買で購入したのだ。

 

「筋トレで1番になった景品」

「サンキュ!」

「おお、ホントに買ってきたのか」

「あの頑張りには報いるべきだと思ってね」

 

 骨抜が思わず驚くと、物間は肩を竦めて答える。

 そして、鉄哲に声を掛ける。

 

「鉄哲」

「ん?」

 

 早速アイスをかじっていた鉄哲は首を傾げる。

 

「林間合宿、頑張ってA組を見返してやろう。君なら出来るさ」

「物間……おう!お前も頑張れよ!」

「1人赤点だしな」

「あははは!そこは言わない約束じゃないかなぁ!」

 

 鉄哲が頷き返すと、骨抜が茶化して物間がやけくそ気味に笑う。

 そして物間はそのまま去っていった。

 

「あいつももう少し素直になればいいのにな」

「仲間想いなのにな」

 

 骨抜達は物間に呆れながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。

 そして鉄哲に顔を向ける。

 

「まぁ、物間の言う通り、俺らも見返してやろうぜ。俺達だって雄英生だってな」

「おうよぉ!頑張ろうぜ!」

 

 鉄哲はニィ!と笑みを浮かべる。

 

 その顔にはもう焦りは浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 とあるビルにて。

 

「ウォルフラムは捕まったか。残念なことだ」

「オールマイトが現れては仕方あるまいよ。運が無かったのぅ」

 

 薄暗い部屋の中に響く声。

 

「いやいや、ドクター。僕が残念だって言ってるのは、真実を知ったオールマイトの絶望した顔が見られなかったことさ」

 

 椅子に座って、体に様々なチューブが取り付けられている男。

 

 オール・フォー・ワン。

 

 《ワン・フォー・オール》の生みの親にして、《ワン・フォー・オール》の宿敵。

 オールマイトに倒されて、オールマイトに致命傷と言える怪我を与えた男である。

 

「かつての相棒であり、親友のデヴィット・シールドが自分のために犯罪に手を染め、そしてそれを自分の手で叩き潰す。さぞ、心が痛んだだろうねぇ。あの笑みはどう歪んだのか、本当に見れなくて残念だよ」

「やれやれ。そのためにあの男を使い潰したのか。中々に強いヴィランだったと思ったのだが」

「確かに彼は強いし、頭も回る。けど、今の僕達にはまだ要らないよ。弔が従えるには、()()早い。そして、弔がふさわしくなった時には、ウォルフラム程度のヴィランなら十分いる。彼に固執する理由はないさ」

 

 オール・フォー・ワンはウォルフラムの逮捕を一切悔やむことはなかった。

 『個性』を分け与えたのは、ただのオールマイトへの嫌がらせに過ぎないからだ。

 

「で?俺をわざわざここに呼んだ理由をそろそろ教えてくれよ。ボス」

 

 今まで壁際で大人しくしていたディスペが気だるげに声を上げる。

 

「ああ、悪いね。君にお願いしたいことがあってね」

「お願い?」

 

 ディスペは首を傾げる。頼み事ならわざわざ呼び出す必要はないと考えたからだ。

 

「ここに呼んだのは、弔達にはまだ内緒にしといてほしいからさ。電話だと誰が聞いてるか分からないからね」

「……厄介事か?」

「いやいや、むしろ簡単さ。1人、港まで迎えに行ってほしいのさ。そろそろ着くはずだからね」

「迎え?」

 

 ディスペは更に訝しむ。

 迎えなら黒霧の方が向いているからだ。

 自分に頼む理由が思い浮かばない。

 

「黒霧は例の準備で動いててね」

「……分かったよ。で?どんな奴だ?」

「『アイアン・メイデン』。聞いたことあるだろ?」

「……本気か?」

 

 ディスペは告げられた名前に固まる。ドクターも僅かに目を見開く。

 

「昔、少し世話をしたことがあってね。今回、少し手伝ってもらえることになったんだ。これが写真だよ」

 

 オール・フォー・ワンは写真を投げる。

 ディスペは投げられた写真を手に取り、写っている人物を見る。

 

「……こんなに若い奴だったのか」

「まぁね。密航で来てるから、早めに迎えに行ってもらえるかい?」

「まぁ、下手したら騒ぎになるな。了解した」

 

 ディスペは小さくため息を吐いて、部屋を後にしようとする。

 

「そういえば、弔と新しい仲間達は仲良く出来そうかい?」

「あ?……まだ微妙だな。まぁ、新参連中も作戦が近いから、今は大人しくしてるぜ」

「そうか……。ようやく弔が考えて動き出したんだ。悪いけど黒霧と共にサポートしてやってくれ」

「無茶言うぜ。こちとらエルジェベートとマスキュラーだけで精一杯だよ」

 

 肩を竦めながら答えたディスペは、扉を開けて去っていく。

 

「……アイアン・メイデンまで呼びつけるとはな。過剰戦力ではないか?」

「別に構わないよ。別に死人が増えるなんて僕達が気にすることじゃない。気にすることはオールマイトが苦しむことさ」

 

 オール・フォー・ワンはむしろ楽しそうに言う。

 これから起こる騒動によって苦しむオールマイトの顔を思い浮かべて。

 ヴィラン達もまた力を増していく。

 

 

 

 こうして戦慈達は波乱の林間合宿を迎えるのであった。

 

 



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拳の五十三 林間合宿!

 いよいよ、林間合宿当日。

 戦慈達は校内にあるバス停に集まっていた。

 近くにはA組もいた。

 

「諸君!いよいよ林間合宿当日だ!ヒーローを目指すお前達に悠長な夏休みなど過ごす暇はない!この林間合宿も、もちろんPlus Ultraの精神で臨んでもらいたい!」

『はい!』

 

 ブラドの言葉に力強く頷く鉄哲達。

 

「いよいよだな」

「ん」

「どんな無茶振りされるんだろうね。ウラメシい」

「でも、あのバトルを乗り越えた私達ナラ、きっとノープロブレムです!」

「私達ならば必ずや乗り越えられるでしょう」

「まぁ、I・アイランドより怖い事はそうそうない……よね?」

「俺に聞くな」

 

 一佳も気合を入れるように拳を握り、唯も頷く。柳が少し不安そうに首を傾げ、ポニーがI・アイランドの戦いと比べて励まし、茨も両手を組んで頷く。

 それに切奈も苦笑しながら頷こうとして、戦慈に顔を向けて尋ねて切り捨てられる。

 

「けど、本当にどこ行くのか、まだ教えてもらえないんだね」

「それなぁ。流石に不安だよな」

「引率も今のところ担任の先生方だけですな」

「その気になりゃ、どこでも修行は出来るぜ!」

「無茶言うなって。この人数だぞ?」

 

 庄田が不安そうに顔を歪め、回原も同意する。宍田が周囲を見渡して、相澤とブラド以外の姿が見えないことを確認する。

 鉄哲が拳を握り締めて気合に燃えているが、骨抜が冷静にツッコむ。

 

 結局、当日になっても目的地や詳しい日程などは伝えられていない。

 しかも教師も最低限のみということで、流石に不安を感じずにはいられない。

 

「お前達ばかりに人員を割くわけにはいかん。2、3年にもヒーロー科はいるからな」

「まぁ、それもそうですよね」

「安心しろ。すぐにそんな不安を感じる余裕はなくなる」

(((何をする気なのブラド先生……!?)))

 

 ブラドの言葉が聞こえた全員が戦慄するが、もう逃げ場はない。

 

 すると、物間がA組に近づいて、

 

「ええ!?A組にも補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?」

 

 と、何やら揶揄い出す。

 

「これで物間も赤点じゃなかったら、まだカッコつくのにな」

「B組唯一の赤点だから尚更滑稽だよな」

 

 骨抜や泡瀬が呆れながら、物間を見つめる。

 そして、そこに一佳が近づいて、素早く手刀を叩き込む。

 

「ごめんな」

 

 A組の者達に謝って物間と物間のトランクを引きずりながらバスに向かう。

 その様子をA組の者達もただ苦笑して眺めることしか出来なかった。

 たた、1人だけ違う反応をしている者がいた。

 

 峰田である。

 

 峰田はジュルリと涎を腕で拭いながら、唯達B組女性陣を眺めていた。

 隠す気もない欲望の視線に、唯と柳は戦慈を壁にして、ポニーと切奈は呆れて、茨は顔を顰めている。

 そして、里琴は、

 

「……成敗」

 

 細めの竜巻を飛ばして、峰田を吹き飛ばしてバスに叩き込んだ。

 

「ぐっはぁ!?」

 

 吹き飛んだ峰田にA組の者達も誰も駆け寄らず、ため息を吐くばかりである。

 そして八百万が心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「本当に申し訳ありません!」

「……ん」

「まぁ、こっちも物間ッてのがいるからね」

「ん」

「ただ、あれを成敗する人がA組内に欲しい」

「バス内で議題にさせてもらいますわ」

 

 里琴も八百万の謝罪を素直に受け入れ、切奈も物間がいるため苦笑するのみで、唯も頷く。

 そして柳が一佳的存在を作ることを進言する。

 八百万は真剣な顔で頷く。

 

「皆~、バス乗るよ~」

『は~い』

 

 物間をバスに放り込んだ一佳が、クラスメイトに呼びかける。

 切奈や骨抜達は子供のように返事して、ゾロゾロとバスの下に荷物を入れて乗り込んでいく。

 

「席は?」

「自由でいいだろ。酔う奴は前に座るようにね」

 

 回原が一佳に訊ねて、一佳が肩を竦めて答える。

 その答えに回原達は特に戸惑うことなく、席に座っていく。

 戦慈はもちろん里琴に引っ張られて、隣に座る。里琴は窓側に座り、戦慈が通路側に座る。

 その反対の席に一佳と唯が座り、一佳達の後ろに柳と切奈。戦慈達の後ろに茨とポニーが座る。

 

 そして、バスが走り出す。

 

「なんかB組全員で遠出って新鮮だな」

「それな~」

「ポテチ食べる?」

「もらうぜぇ」

「回原、またカメラ持ってきたのか?」

「いいだろ別に。I・アイランドで使えなかった分、ここで使うんだ!」

「だからって気絶してる物間でいいのか?」

 

 泡瀬が前の席に乗り出して周囲を見渡してワクワクしており、それに隣の骨抜が頷く。

 凡戸が隣の鎌切とポテチを食べたり、回原が買ったばかりのカメラを取り出して隣で気絶している物間を撮り、反対の列にいる円場が呆れる。

 鉄哲は「ぐが~」といびきをかいて寝ている。

 

「寝るの早っ!」

「楽しみで寝れなかったから、夜通し筋トレしてたんだと」

「この漫画面白いよ!こうズバッ!としてガガガン!って手に汗握るんだ!」

「全く伝わらないですぞ」

 

 吹出はお勧めの漫画を宍田に紹介していたが、吹出の表現のせいで全く伝わっていなかった。鱗と庄田はボクシング試合の動画で盛り上がっていた。

 里琴は相変わらず窓にへばりついて外の景色を眺め、戦慈は腕を組んで目を閉じている。

 一佳と唯は談笑し、柳と切奈はスマホのネットニュースで盛り上がり、茨とポニーはイヤホンを共有して洋楽を聞いていた。

 

 すると、一佳は戦慈に顔を向ける。

 

「そういえば、拳暴は今回はコーヒーとか持ってきてないのか?」

 

 もちろん朝には作ってもらっている。

 そして、職場体験の時は器材や豆を持って行っていた。

 今回も一週間なので持ってきている可能性が高いと考えていた。

 戦慈は肩を竦めて、

 

「一応鞄には入れてるぜ。まぁ、流石に使えねぇと思うけどな。朝は大分早いみたいだし」

「そうかぁ」

 

 流石のコーヒー好きではあるが、確かに今回は難しいかもしれない。 

 スケジュールも夜明け直後から活動するのもあったので、毎朝作るのは厳しいかもしれない。冷蔵庫まで借りるのは流石に厳しいとは思っているので、作り置きすればいいというのも無理だ。

 一佳は悩まし気に唸る。

 

「……そこまで悩むことか?」

「いやぁ実はさぁ……」

 

 一佳は苦笑いしながら、隣を指差す。

 戦慈が目を向けると、そこにはタンブラーを顔の前に掲げる唯がいた。

 

「ん」

「……お前もかよ」

「ん」

 

 戦慈は呆れるが、唯は堂々と頷く。

 すると、戦慈の後ろから茨が声を掛けてきた。

 

「私も拳暴さんのコーヒーを飲んでみたいです」

「……」

 

 意外な茨の要望に一佳達は僅かに驚き、戦慈もまさかの茨からの言葉に唸るしか出来なかった。

 その話が聞こえていた骨抜達は顔を見合わせる。

 

「拳暴のコーヒーってそんなに美味いのか?」

「拳藤も毎日貰ってるくらいなんだし、美味いんじゃねぇの?」

「塩崎が欲しがるって珍しいよな」

 

 そして、その声はもちろんブラドにも届いていた。

 ブラドはやや呆れた表情で戦慈に顔を向ける。

 

「宿泊場所は雄英で貸し切りだから、今回お世話になる方々の許可が出れば構わんぞ」

「……いいのか?」

「まぁ、もちろんスケジュールに影響が出ない範囲での話だぞ。毎日その余裕があるかどうかは分からんしな」

「まぁ、そりゃあな」

 

 ブラドからお許しを得て、一佳は内心ガッツポーズをする。もちろん自分も飲みたかったからだ。

 ふと里琴に目を向けると、里琴が窓から一佳に顔を向けて、グッ!と親指を立てる。

 もちろん里琴も戦慈のカフェオレが飲めるからである。

 

「さて、ついでに伝えておくか。お前達!1時間後、一度バスを止める!着いたら速やかに降りられるように準備しておけ!荷物はバスにそのままでいい!」

 

 一佳達はブラドの連絡事項に頷くも、すぐに首を傾げる。

 

「休憩ってことか?」

「それにしちゃあ、わざわざ荷物はいらないなんて細かくない?」

「ん」

 

 後ろの席にいる切奈の声に唯も頷く。

 しかし、いくら悩んでも答えなんて出るわけもなく、一佳達はすぐにまた談笑を始める。

 そこに鉄哲と物間が起きた。

 

「お、起きたか。もう少しで一度バス降りるってよ」

「了解だぜ!サンキュな!」

「ありがとう。あ~……首が痛いなぁ」

 

 鉄哲は起きてすぐにいつものハイテンションで礼を言い、物間は礼を言いながらも首を揉みながら一佳に聞こえるように言う。

 それに一佳は呆れるだけで特に反論はしなかった。

 どうせ、反省しないのだから。もう一佳は諦めていた。

 

「それにしても、今どこら辺なんだい?」

「そういや、そうだな。え~っと……長野あたりだな」

「結構移動しましたな」

 

 物間の質問に泡瀬がスマホで位置情報を確認する。

 長野と聞いて宍田が思ったより遠出していることに内心驚き、他の者も同意する。

 すでに窓の外は広大な森と山しかない。

 

「……もしかして、かなり山奥での合宿なのか?」

「……ありえるな」

「A組も合わせてだしね。しかも『個性』を使えるところとなると場所は限られる」

 

 円場の疑問に鱗と庄田も同意する。

 

 すると、先を走っていたA組のバスが突如、道を逸れて何もない場所に停まった。

 

「あれ?A組のバスが……」

「ん?」

「どうしたんだ?」

 

 切奈と唯、泡瀬が首を傾げる。

 他の者達も不思議そうに首を傾げるが、その間にもB組のバスは進み続けてあっという間に見えなくなる。

 

「ブラド先生。A組のバスは一体……」

「安心しろ。トラブルじゃない。すぐにわかるさ」

 

 ブラドの答えにますます不安が大きくなる一佳達。

 一佳達は顔を見合わせるが、答えが出るわけもなくバスの中は重苦しい雰囲気に変わっていく。

 

 ブラドは背中で生徒達の戸惑いを感じていた。

 

(甘いぞ、お前達。もう合宿は始まっている。いつ事件や事故が起こるか分からないヒーローは不安を覚えても、ドンと構えられるようにならなければな!)

 

 そう思いながら、ブラドはこの後の予定を考える。

 

(かなりハードだが、もう仮免試験までは時間がない。I・アイランドの事件の事もある。やはり今回の仮免試験を逃すわけにはいかん)

 

 I・アイランドの事件のこともある程度は伝えられていた。

 ただし、戦慈達が思いっきり戦ったことまでは伝わっていない。オールマイトと校長でそこは伝えないことにしたのだ。

 相澤とブラドは「あいつらが戦わないわけがない」と見抜いていたが。それでもI・アイランドの責任者やオールマイト達の配慮を無駄にしないようにと、黙っていることにした。

 しかし、それ故に生徒達の仮免試験合格は急務であると確信もした。

 そのため、相澤達は少しでも時間を有意義に使うことを心掛けた。

 

 そして、B組のバスも道を逸れて停車する。

 

「着いたぞ!全員、速やかに降車しろ!」

 

 ブラドはそう言ってさっさとバスを降りる。

 一佳達も不安を顔に表出したまま、速やかに降りる。

 

 バスを降りた先はやはりパーキングなどはなく、建物もない。

 少し先に見えるのは森と山だ。

 

「……トイレ休憩って感じじゃないよな、やっぱ」

「何するんだぁ?」

「怖ぇ~」

 

 回原が顔を顰め、鎌切は周囲を見渡しながら訝しみ、円場は不安に耐えきれなくなってきた。

 戦慈はズボンのポケットに手を突っ込んで、バスの傍に立っていた。里琴はその横で無表情で立っている。

 一佳達もその近くで他のクラスメイト同様、不安げに周囲を見渡す。

 

「なんでここなんだろうな?」

「ん」

「この先に何かあるのでしょうか?」

「この先って……崖と森と山しかないけど……」

 

 茨の言葉に切奈は眉尻を下げて、眼下に広がる森と遠くに見える山に目を向ける。

 降りる場所もなく、ただ車を停めるだけの場所。

 こんなところで何をするというのかという疑問が絶えない一同。

 

 しかし、何よりも気になるのは、

 

「このタイミングで停まってる車ってことは……」

「まぁ、林間合宿の関係者だろうね」

 

 ポツンと端っこに停まっている1台の乗用車。

 このタイミングで停まっているなんて怪しさしかない。

 すると、それを証明するかのようにドアがバタン!と開く。

 

「あははは!!やっと来たー!!」

 

 明るく笑う声にブラドは頭を下げる。

 

「お待たせした。よろしく頼む」

「うむ!」

 

 ブラドの言葉にザッ!と前に出ながら野太い声が返ってくる。

 

「じゃ、自己紹介!」

 

 すると現れた2人は突如ポーズを取り始める。

 

「猫の手手助けやって来る!!」

「どこからともなくぅやって来るぅ……!!」

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 猫耳を思わせるヘッドセットと猫の手形グローブ、さらに尻尾を付けたコスチュームを付けた2人組。

 大きな目をして常に笑っている黄色のコスチュームを着た女性と、筋骨隆々でスカートコスチュームを身に着けた男性。

 

 見た目とポージングのインパクトに唖然とすることしか出来なかった一佳達。

 特にスカート姿の男のインパクトは強烈だった。

 

「彼女達が今回お世話になるプロヒーロー【プッシーキャッツ】の『ラグドール』と『虎』だ」

「あははは!あちきがラグドールだよ~!よろしくね、キティ達!」

「我が虎だ」

『よ、よろしくお願いします』

 

 なんとか挨拶を返す一佳達。

 

「プッシーキャッツって確か……」

「ヒーロービルボードチャートJP、32位の4人で連盟事務所を構えるヒーロー集団だね」

「結構なベテランだよな、確か」

 

 吹出が思い出そうと首を傾げると柳が答えて、骨抜が腕を組んで補足する。

 

 ラグドールは崖縁の柵まで近づいて、B組一同を手招きする。

 それに従い、一佳達は柵に近づく。

 

「今回キティ達が合宿するのはここだよ!」

 

 ラグドールが森と山を手で示す。

 

「え!?ここから見える森と山がですか……!?」

「そうだ。ここら一帯は我らの所有地なのだ」

「マジかよ……!」

「はは……流石プロヒーロー」

 

 泡瀬が目を見開いて驚き、虎の説明に鉄哲が何やら感動しており、物間はスケールのデカさに笑うしかなかった。

 

「そして、貴様らが使う宿泊場はあの山の麓だ!」

 

 虎がビシ!と指差したのは、数キロ先の山の麓。もちろん建物なんて見えない。

 

「え?……あそこ?」

「遠っ!?」

「全然見えないデス!」

 

 一佳が唖然として、鱗が目を見開き、ポニーも目を凝らせながら驚く。

 そして、この状況にますます不安が強まってくる。

 というか、もはや一同はある確信を抱いていた。

 

「ブ、ブラド先生?ま、まさか……」

 

 円場が顔を引きつかせながら、ブラドに顔を向ける。

 すると、ブラドとラグドール達がいつの間にか柵から遠ざかっていた。

 

「……え」

「あははは!ポチッとな!」

 

 円場が固まっていると、ラグドールが笑いながら手元のスイッチを押す。

 すると、戦慈達が立っている地面が崖側に向かって跳ね上がって、戦慈達は投げ出される。

 

『はああああっ!?』

 

 突然のことに円場達はただただ叫ぶ。

 戦慈はすぐ再起動して、隣で飛んでいた里琴に叫ぶ。

 

「っ!里琴!骨抜を掴んで下に先に降りろ!」

「……アイアイサー」

 

 里琴は竜巻を生み出して飛び出し、骨抜を背中から脇を掴んで地面に急降下する。

 

「おおっ!?なんだよ!?」

「……地面を柔らかくせい」

「そういうことか!」

 

 里琴の言葉に頷いて、骨抜は地面に手を触れる。

 それを見ていた戦慈は近くにいた一佳と茨に手を伸ばして両脇に抱える。

 

「け、拳暴!?」

「拳藤は手をデカくして届く奴掴め!塩崎はツルを伸ばせ!」

「わ、分かった!」

「はい!」

 

 戦慈の指示に2人はすぐさま動いて、一佳は唯と柳をキャッチする。

 茨もツルを蠢かして、吹出や庄田、鎌切、凡戸を絡めていく。

 

 円場は近くにいた宍田に呼びかける。

 

「宍田!背中貸せ!」

「了解ですぞ!」

 

 宍田はビースト化して上着を弾き破る。その背中に飛び乗った円場は強く息を吐いて、下に斜めの足場を作る。

 宍田はそれを使って勢いを殺さずに横に跳ぶ。さらに円場が空気を固めて、また宍田がジャンプする。

 その先には回原がいた。

 宍田は回原をキャッチして、また円場が空気を固めていく。

 物間は途中で円場に触れて、自分で足場を作っていた。

 ポニーは自分の角で飛び、切奈は手足を切り離して浮かぶ。

 鱗は両手をウロコで覆い、茨のツルを掴んでぶら下がる。

 

 そして、鉄哲は、

 

「うおおおおおお!?」

 

 鉄化したことで重くなり、猛スピードで柔らかくなった地面に落ちる。

 そして、戦慈達は、

 

「塩崎!拳藤もツルで縛れ!他の連中もしっかり持ち上げろよ!」

「は、はい!」

「里琴!!塩崎を抱えろ!」

 

 戦慈は茨と里琴に指示を叫ぶと、一佳と茨を上に放り投げる。

 

「え!?」

「拳暴さん!?」

 

 一佳と茨はもちろん慌てるが、すかさず里琴が茨に飛びついてお姫様抱っこして茨を抱えた状態で浮かぶ。

 そのまま戦慈は鉄哲同様柔らかくなった地面に落ちる。

 茨はツルで抱えている者達を怪我がない高さから降ろし、里琴と共に地面に降りる。

 宍田達や物間も問題なく地面に降り立つ。

 

「拳暴!」

「鉄哲~大丈夫か~」

 

 一佳や茨、骨抜は柔らかくなった地面に潜り込んだ戦慈と鉄哲に声を掛ける。

 すると、戦慈の腕が地面から飛び出す。

 それを見た茨がツルを伸ばして、戦慈の腕に絡めて引っ張り上げる。

 

「ふぅ……」

 

 小さく息を吐いて、茨の横に降り立つ戦慈。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ。助かったぜ」

「いえ、私も助けて頂きありがとうございました」

「あんまり無茶するなよ」

「してねぇだろ。ちゃんと骨抜に地面柔らかくさせたから、出来たことだぞ」

 

 戦慈は茨に礼を言い、茨も戦慈に礼を言う。

 一佳は腰に両手を当てて文句を言うが、戦慈は肩を竦めて反論する。

 

「ぶっはぁあ!!」

「お、出てきた」

「大丈夫か~?」

「おう!俺は頑丈だからな!助かったぜ、骨抜!」

「おう」

 

 鉄哲が地面から土を吐き出しながら飛び出してきて、骨抜や泡瀬が引っ張り上げる。

 骨抜は地面を戻して、全員が無事か改めて確認する。

 すると、上からラグドールと虎の声がする。

 

「おーい!ここからは私有地だから『個性』使っていいよ~!もう使ってたけどね!あははは!」

「今は午前9:45!12:45までに施設に辿り着け!来なければ昼飯は抜きだ!」

 

 虎の内容に戦慈達は顔を顰める。

 

「……3時間で着けってか」

「微妙な距離だぜぇ?」

「それに本当にただ目指すだけなのかって感じだよな」

 

 回原の言葉に頷く一同。

 それを後押しするように上から再び声がする。

 

「もたもたするな!のんびりできる程甘くはないぞ!この【絡繰りの森】はな!」

 

『絡繰りの森……?』

 

 不穏で、ゲーム染みた名称に戦慈達は改めて森に目を向ける。

 今の所、見える範囲内では普通の森だ。

 

「絡繰りってことは……罠とかがあるって考えるべきだよね?」

「そうですな。先ほど落とされたようなものがあると考えるべきでしょうな」

「ってことはポニーや里琴みたいに飛んで進めばいいってのも怪しいね」

「……むぅ」

「まぁ、流石に山の麓まで飛び続ける体力なんざねぇだろ」

「……むぅ」

 

 吹出が腕を組んで不安そうに言い、宍田も頷く。

 切奈が里琴達に顔を向けて顔を顰めて、里琴も唸る。しかも、戦慈にそもそもずっと飛べるほど容量もないとツッコまれて、また里琴は唸るしかなかった。

 そこに鉄哲がネクタイを緩めて、大股で森へと足を踏み入れる。

 

「行くしかねぇんだ!このままじゃ昼飯抜きだぜ!」

 

 鉄哲の言葉に一佳達も頷いて、森に足を踏み入れようとした直後、

 

 鉄哲の姿が一瞬で消えた。

 

「え!?」

「鉄哲!?」

 

 全員が鉄哲が消えた場所に駆け寄ると、地面に穴が空いていた。

 

「落とし穴かよ!」

「鉄哲ー!!」

「……お、おう……」

 

 回原が顔を顰めて、泡瀬が穴に向かって叫ぶ。

 鉄哲は穴の底でうつ伏せで倒れていた。穴は思ったより深く、5mほどの高さがあった。

 茨がツルで引っ張り上げて、鉄哲は顔を押さえて立ち上がる。

 

「いっつ~……!流石に『個性』使う暇がなかったぜ……!」

「……なるほどな。体育祭で露呈した機動力の低さを想定してるのか」

 

 一佳の言葉に全員が納得の表情を浮かべる。

 しかも今回は視界が悪く、罠が見えない状況だ。さらに進む速度は遅くなる。

 

「これじゃあ3時間はますます厳しいね」

 

 庄田の言葉に一佳も頷く。

 

「そうだな。気を付けて進もおおおおお!?」

「一佳!?」

「ん!?」

 

 一佳が注意を促しながら一歩踏み出した瞬間、右足首に何かが絡まって逆さまに引っ張り上げられる。

 近くにいた柳と唯が驚き、骨抜達も声に目を向ける。しかし、すぐさま目を背けた。

 理由はもちろん一佳のスカートが捲れかけているからだ。一佳はギリギリでスカートを押さえ込んだが、もちろん完璧に隠し切れるものではない。

 

「茨、ツルで壁作って!ポニーと私で解く!」

「はい!」

「イエス!」

 

 切奈がすかさず指示を出して、茨達も迅速に動く。

 一佳はすぐに降ろされるが、顔を真っ赤にして荒く息を吐く。

 骨抜達はどう声を掛けるべきか悩んでいたが、戦慈が呆れて声を掛ける。

 

「注意促すなら、ちゃんと足元見とけよ」

「う、うるさいな!!」

「……恥ずかしがるな」

「恥ずかしいだろ!里琴は見られてもいいのか!?」

「……私は問題ない」

 

 一佳は顔を真っ赤にしたまま戦慈に叫び、里琴の言葉にも全力で反論する。

 しかし、里琴は首を横に振り、スカートを捲る。

 それに一佳達は慌てるが、里琴のスカートの下にスパッツが見えたことから、すぐに脱力して呆れる。

 

「……そうか。そうじゃなきゃ拳暴に飛びつけないもんな」

「……イエイ」

「イエイじゃねぇよ」

 

 一佳はすぐさま理由を悟り、里琴は無表情のままピースして、戦慈にツッコまれる。

 それに骨抜が露骨な咳払いをして、話を切り替える。

 

「とりあえず、どこに罠があるか分からねぇから、バラけずに進もうぜ」

「だな。男子が先に行って、女子はその後に進めば、拳藤みてぇなことにはならねぇだろ」

「……悪い」

「感謝」

「ん」

 

 骨抜の提案に戦慈が追加して、鉄哲達はそれに頷く。

 流石に毎回女子のパンチラを見ないようにするのは手間だ。

 一佳は顔を赤くしたまま、男子の心遣いに謝罪して、柳が礼を言う。

 もちろん女性陣とて、状況が状況なので見られても文句を言う気はないが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「宍田。匂いとかで分からねぇか?」

「全部は無理ですなぁ。罠が多いからなのでしょうが、匂いの区別が……」

「分かるのがあるだけで十分っしょ。とりあえず宍田と拳暴先頭で行くか。宍田は罠検知、拳暴は漢解除」

「しゃあねぇな」

「了解ですぞ!」

 

 嗅覚や視覚などが強化され身体能力も高い宍田と、多少の怪我ならば全く問題にならない戦慈を前に出すことを提案する骨抜。

 それに2人は頷き、その後に鎌切や鉄哲、円場、物間が続くことになった。

 里琴も出来る範囲で飛んで偵察を行うことになった。

 

「じゃ、行くか。鉄哲、気合頼んだ」

 

「おっしゃあ!!力を合わせて昼飯までに着くぞ!ヒーロー科B組ぃ!!」

 

『おう!!』

 

 骨抜が軽い感じに鉄哲に気合入れを頼む。

 すぐさま叫んだ鉄哲の掛け声に、一佳達も力強く答える。

 

 こうして林間合宿は波乱の幕開けを迎えた。

 

 




実際原作では何してたんでしょうね?結構気になってるんですよ。ピクシーボブはA組でしたしね。


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拳の五十四 絡繰りの森

 【絡繰りの森】に放り込まれた戦慈達は、移動を開始しようとしていた。

 しかし、切奈が周囲を見渡しながら声を掛ける。

 

「ところで宿泊施設ってあっちでいいの?」

 

 進もうとしている方向を指差しながら首を傾げる。

 切奈の言葉に円場や回原が腕を組んで顔を顰める。

 

「言われてみれば……」

「上からでも見えなかったもんな」

「けど、崖の方向とラグドールの指差した方向からすれば、とりあえずこの方向だよ」

 

 一佳が先ほどまでいた崖の上を見上げながら、方向を確かめていた。

 

「問題は『本当にラグドールは施設の場所を指差していたのか』ってことだけどね」

 

 そこに物間が肩を竦めながら言う。

 しかし、それには一佳や骨抜は否定的だった。

 

「それはないと思う」

「だな。いくら何でも、それだと遭難するリスクが高くなっちまう」

「……見てくる」

 

 里琴が竜巻を生み出して飛び上がり、空から確認しようとする。

 すると、樹の半ばからドバン!と網が発射されて、里琴は捕獲されてしまう。

 

「……マジ卍」

 

 竜巻を放っても千切ることが出来ず、里琴はブラブラと戦慈達の上で吊るされる。

 その様子を戦慈達は呆れながら眺めていた。

 

「まぁ、やっぱ空への対策はされてるよな」

「鎌切、悪ぃが頼む」

「いいぜぇ。円場、足場作ってくれぇ」

「あいよ」

 

 円場と鎌切が協力して、里琴の元まで跳ぶ。

 そして鎌切が素早く両腕を振り、里琴を捕らえている網を切り裂く。

 里琴は素早く体勢を立て直して、着地する。そして、不服そうな雰囲気を醸し出して戦慈の元に戻る。

 

「……むぅ」

「まぁ、大人しく地上にいろってことらしいぜ」

 

 戦慈の言葉に里琴は無表情、無言で頷く。

 

「つまり、どうにかして方向を確認しながら進むしかないってことか」

「とりあえず進もうぜ。慎重かつ迅速にな」

 

 物間が顎に手を当てて呟き、骨抜がそれに頷きながら先を促す。

 

 そして、戦慈とビースト化した宍田を先頭に走り出す。

 

「出来る限り、人が通った場所を通るようにな!」

 

 骨抜が叫び、それに全員が頷く。

 直後、宍田の足元が崩れ、戦慈を挟み込むように地面から壁が飛び出してくる。

 

「ぬぅ!」

「ちぃ!」

 

 宍田が落ちる前に穴の縁に手を掛けて飛び上がり、戦慈も壁を蹴って飛び上がって回避する。

 

「いや、後ろにいても危ねぇな!?」

「見えるだけまだマシだろぉ」

 

 円場が慌てて落とし穴に『個性』で蓋をする。

 それでも背後の回原達は落とし穴を避けて進む。

 すると、物間の足元でカチッと音がした。

 

「え?」

 

 物間が足元を確認すると、ボタンのようなものが見えた。

 直後、近くの樹の間から鉄球が振り飛んできて、物間の後ろを走っていた庄田に向かう。

 

「なっ!?」

「……おんどれー」

「束縛を!」

 

 里琴が鉄球に竜巻を当てて勢いを殺し、茨がツルを地面に突き刺して鉄球の真下から包み込むように伸ばす。

 

「必ずしも押した人に罠が襲い掛かるとも限らないってことか……」

「くっそ~……隊列が難しいな」

 

 鱗が冷や汗を掻きながら止められた鉄球を見つめ、骨抜が顔を顰めて腕を組む。

 罠の起動スイッチと起動場所が異なるとなると、後方の危険度が段違いに高まる。

 かといって、戦慈と宍田のどちらかを後ろに下げるのも厳しい。

 

「後ろは里琴と茨で何とか出来ると思う。私やポニーもあれなら力づくで止められると思うし」

「イエス!」

 

 そこに一佳が骨抜に声を掛けて、ポニーがフンス!と頷く。

 その言葉を信じて、とりあえず現状維持で進むことにした骨抜達。

 

「宍田。匂いはどうなんだ?」

「まずいですな!もはや辺り一面、鉄の匂いですぞ!今のように埋められているスイッチまで見分けるのは厳しいですぞ!」

 

 戦慈に声を掛けられた宍田は顔を顰めて大声で答える。

 ビースト化中はハイテンションになるので大声になるのは、もう全員受け入れている。

 ハイテンションの宍田の言葉に、腕を組んでため息を吐く戦慈達。

 

「これ以上はどう注意しても無理だな」

「進むしかねぇなら進むだけだぜ!」

 

 再び鉄哲が飛び出す。

 目の前の茂みを突っ切ると、また足元からカチッと音がした。

 その音に戦慈達が構える。

 

ボオォン!

 

 今度は鉄哲の足元で爆発が起こり、鉄哲が爆煙に包まれた。

 

「ぐへぇ!?」

「鉄哲ぅ!!」

 

 円場が慌てて駆け寄るが再びカチッと足元で音がした。

 そして地面の下から網が飛び出して円場を捕まえて吊り上げる。

 

「おおお!?」

「何個あるの!?」

「救けにも行き辛いねぇ」

 

 吊り上げられる円場を見て、吹出が慌てて、凡戸がため息を吐く。

 鎌切が再び網を切り裂いて円場を救けだし、戦慈と宍田で鉄哲の元に向かう。

 鉄哲は爆煙で汚れてはいたが、怪我はしていなかった。

 

「イツツ……!」

「無事か?」

「おう!どうやらこけおどしみてぇだ!」

 

 鉄哲はすぐに起き上がって笑みを浮かべて無事を伝える。

 そこに一佳も近づいて地面を確認する。

 

「……地面もそこまで吹き飛んでないな。これ、体育祭で使われた地雷だな」

「ああ、確か音と見た目が派手な奴か」

「ん」

 

 一佳の言葉に切奈と唯が思い出したように頷く。

 

「……進まん」

「そうだね。もうそろそろ1時間になるけど、2km来たかどうかだよ」

「歩くのより遅ぇ~」

「あと2時間弱で施設に着けってかぁ?」

「流石にもう無理じゃない?」

 

 里琴が中々進まない状況に不満オーラを噴き出し、庄田も同意するように頷く。

 泡瀬が項垂れるように顔を下に向けてため息を吐き、鎌切も顔を顰めて唸る。

 それに柳がもはや諦めモードに移行する。

 

「実際どうすればいいの?森を壊してまで突破するのはあんまり良くなさそうだよね」

「それはなぁ……」

 

 切奈の言葉に一佳が腕を組む。

 流石に環境破壊は問題だと考える。それに森を壊すように進んだところで、どうにかなるとは思えない。

 

「とりあえず進むぞ。悩んだところで速くなるわけじゃねぇ」

 

 一回り体が膨れ上がった戦慈の言葉に頷いて、再び走り始める一同。

 すると戦慈が更に前に出て、前方の開けた地面に向かって右手の指を弾いて軽く衝撃波を叩き込む。

 直後、地面に穴が空いて落とし穴が出現して、更に爆発や網が飛び出してくる。

 

「これで出来る限り罠は減らせるだろ」

「問題はスイッチですな!」

「それはどうにかするしかねぇだろ」

 

 戦慈がそう答えた途端、足元でまた何かを踏んだ感触と音がした。

 戦慈は両腕で顔を庇うが、爆発は起こらなかった。

 すると、背後からドパパパ!と何かが発射される音がした。

 

「わぁ!?」

「ん!?」

「きゃ!?」

「ワァオ!?」

 

 さらに一佳達の悲鳴が聞こえた。

 後ろを振り返ると、青いペイントを顔や体にこびり付けて、げんなりしている一佳達がいた。

 

「……悪ぃ」

「……いや、これは仕方ないだろ」

「ん」

「避けられなかったです……」

「ノォ~ウ……」

 

 戦慈は謝罪するが、一佳達は苦笑して追及はしなかった。

 ちなみに里琴は飛んでいたので躱すことが出来、切奈は手足を切り離して浮かんで躱した。

 柳は一佳と茨のおかげで当たらなかった。

 

 一佳は右額と左脇腹。唯は胸元と左足。茨は頭頂部と腹部。ポニーは右角と右腕にペイントを浴びている。

 ハンカチで拭うも完全には取り切れずに諦めた。

 

「うおおおお!!イライラするぅ!!」

 

 鉄哲がイラつきが限界を迎えて、上を向いて叫ぶ。

 

「けどなぁ……俺の《柔化》で柔らかくしても落とし穴は防げないし、スイッチや地雷が沈むわけじゃねぇしな」

「俺の《空気凝固》も毎回毎回地面を覆うわけにはいかねぇしな」

「茨のツルでも全部覆うのは無理だしな」

 

 骨抜達がまた顔を顰めて考え込む。

 

「ここの罠は基本的なものばかり……。これが突破出来ないと本番でも足止めされる」

 

 顎に手を当てていた一佳がこの訓練の目的を理解して考え込む。

 基本的に今までの罠は、その気になれば誰にでも設置することが出来る。

 それはつまりヴィラン達でも真似が出来るということだ。

 これが楽に突破出来なければ、本番でも完全に足止めされてしまう。

 

「ここまでの罠の数はおかしいでしょ」

「『個性』次第だろ?八百万とかいるじゃないか」

「あ~……それもそうだね」

 

 切奈が呆れながら言うが、一佳は八百万の名前を出してすぐさま反論する。

 八百万の《創造》は脂質の補充が出来れば、かなりの数を作れることがI・アイランド事件で分かっている。

 複製する『個性』などがあれば、今の状況は作ることが出来る。

 そうなると20人もいて全く対処出来ていないこの状況はかなり問題である。

 

「さっきの拳暴のやり方でいいだろ。その数を増やして、全員のスピードを上げて罠を振り切ろうぜ」

 

 骨抜が提案して、鱗と吹出に顔を向ける。

 

「鱗と吹出も前に出て地面に向かって撃ちまくってくれ。物間は鱗を《コピー》、巻空も余裕があれば、っていうか拳暴の背中から竜巻撃ってくれ。円場と宍田は後ろに下がって飛んでくる罠を対処してほしい」

「了解ですぞ!」

「鉄哲と鎌切は出来る限り一緒に動いてくれ。鉄哲が捕まったら頼むな」

「おうよ!」

「任せなぁ!」

「じゃ、行くか」

 

 そして再び動き出す。

 茨はツルを伸ばして対処が難しいメンバーを囲い、ポニーは角に乗って飛んで移動する。

 戦慈は再び先を走り、開けた地面に向けて衝撃波を放ち、鱗と物間、里琴がウロコと竜巻で細い場所の地面を攻撃する。

 吹出も『ドパン!』や『ゴロゴロ!』と擬音を出して、地面を所々攻撃する。

 

 どんどん罠が発動して、後方にも罠が襲い掛かる。

 先ほどのペイント弾や鉄球、丸太などが飛んでくるが、スピードを上げたことで何とかギリギリ躱せていた。確実に当たるものは宍田が鉄球や丸太が繋がれている鎖を千切って止め、ペイント弾はもう顔でなければ諦めることにした。

 

 上手くいってはいるが、新たな問題が浮上した。

 

「これさ!着くまでこのペースで走り続けるのか!?」

「その覚悟はしとくべきじゃないかな!」

 

 回原が走りながら叫び、庄田もうんざりしながら答える。

 ただ走るだけなら問題ないが、森でしかも足元に罠があることがいつも以上に体力を奪っていく。

 それはつまり戦慈や宍田達、罠に対応しているメンバーは更に消耗が激しいということである。

 

「これさぁ!始めから昼食までに着くなんて無理だよねぇ!」

「元々3時間程度で着くっていう情報の根拠がねぇからな」

「……普通に走ってもギリ」

「プルスウルトラってか!」

 

 物間がウロコを撃ちながら叫び、戦慈と里琴もラグドールの言葉を疑い始め、鱗は教師陣が何を考えているのかを悟る。

 

 そして崖から落とされて2時間半が経過した。もちろん周りは依然として森である。

 しかし、ようやくある変化が訪れた。

 

「ん?」

「はぁ!はぁ!どうした!?拳暴」

 

 フルパワーまで大きくなった戦慈の衝撃波を浴びた地面から一切罠が出現しなくなった。

 それに気づいた戦慈の様子に息を切らせた鱗が声を掛ける。

 ちなみに里琴はフルパワーになって制服が破れている戦慈から離れて一佳達の傍にいる。

 

「罠が出なくなった」

「本当か!?少し休もうぜ!そろそろキツイ!」

 

 戦慈の言葉に鱗が笑みを浮かべて、休憩を呼びかける。

 全員がそれに同意して、罠が出なかった場所で足を止める。

 

「ふぅ。里琴、行けるなら飛んで場所を確認してくれ」

「……りょ」

「私も行く~」

 

 座り込んだ一同を横目に戦慈が里琴に呼びかける。

 頷いた里琴は飛び上がり、切奈も首だけを切り離して浮かび上がる。

 

 森の上空に出た里琴と切奈は周囲を見渡す。

 すると、だいぶ先に建物が見えた。後ろを振り返ると、スタート地点と思われる崖と道路が薄っすら見える。

 

「……半分?」

「みたいだね。昼ご飯は確実に無理。今の皆の感じだと、また2時間はかかりそうだね。罠とかが無ければ、だけど」

「……それフラグ」

「あ、やっぱり?」

 

 切奈の言葉に里琴がツッコむ。切奈も言った直後にフラグだと思って、内心呆れていた。

 すると、そのフラグはすぐに回収された。

 

「ん?」

 

 切奈の耳に何やらブーン!という音が聞こえる。

 音のする方向に目を向けると、

 

「げ!」

「……チョベリバ」

 

『ターゲット発見!ラリホー!』

 

 そこにいたのは飛行ロボだった。

 雄英の一輪ロボにプロペラを付けただけに見えるが、それでも近づいてくる脅威に切奈と里琴は急いで下に戻る。

 

「皆!ロボが来るよ!」

「「「は?」」」

 

 慌てて胴体と合体する切奈の言葉に休んでいた全員が唖然とする。

 すると、上空から音がして見上げると、ロボットが上空から猛スピードで降りてきていた。

 

「ロボォ!?」

「今度は戦闘かよ!?」

「喉乾いてるのにぃ!イガイガしてるよぉ!」

「カルシウムとコラーゲンが……!」

 

 泡瀬と回原が叫んで、吹出は喉を押さえて立ち上がり、鱗も顔を顰めながらウロコを展開する。

 すると、

 

『ピー!ピー!ピー!』

 

 と、ロボから甲高い音が鳴る。

 その音に訝しむ一同だったが、すぐ後のロボの音声に目を見開く。

 

『ターゲット共発見!場所を送信!ハンティングスタート!』

 

 場所を送信。

 その言葉が意味することはただ1つ。

 

「集団で来る!?」

「そういうことだろうよ!」

「……おんどれー」

 

 里琴が八つ当たり気味に竜巻を放ってロボを破壊する。

 ロボは地面に落ちて機能を停止する。

 しかし、問題は全く解決されていない。

 

 先を見ると、明らかに高速で迫ってくる大量の影が見え、空からもプロペラの音がする。

 

「森にロボって……いいの?」

「向こうが用意したんだ。いいんじゃないか?」

「だからって樹を折るなよ?」

「向こうが折らなけりゃな」

 

 柳が呆れ気味に首を傾げ、円場も呆れながら肩を竦める。

 一佳が戦慈に注意して、戦慈も肩を竦める。

 

「やっぱこれが一番分かりやすいぜ!!ぶん殴ってやる!」

「一番の目的は施設に行くことだからなー」

 

 鉄哲がガィン!と拳を合わせて、ニィ!と笑う。

 骨抜が声を掛けるが、あまり聞こえていなさそうだった。

 その後ろでは唯がロボの残骸に歩み寄り、ロボを小さくしていた。

 

「唯?」

「環境保護」

 

 一佳が首を傾げていると、唯が珍しくはっきりと言葉にして小さくしたロボをブレザーのポケットに仕舞う。

 さらには柳が細かい残骸を《ポルターガイスト》で浮かせる。

 

「武器ゲット」

「ん」

「なるほど」

「じゃあ、悪いけど柳と小大はロボの残骸出来るだけ処理してくれ」

「ん」

 

 一佳は2人の行動に感心するように頷き、それを見ていた骨抜が指示を出して2人も頷く。

 

「それにしてもロボも絡繰りと言えばそうなのかもしれないけどさ。わざわざここまで運んでこなくてもいいと思わない?」

「だよねぇ。面倒だよねぇ」

 

 吹出の言葉に凡戸も頷く。

 それに他の者達も頷きながら、体を解す。特に回原と庄田は今まであまり役に立ってないので張り切っている。

 

 そして、遂に目の前にロボの集団が迫り、上空からも下りてきた。

 

「ふっ!」

 

 戦慈が出来る限り衝撃波を巻き散らさないよう意識しながら一気に距離を詰めて、コンパクトに右ジャブをロボの顔面に放つ。

 ロボの頭部は一撃で粉砕されて倒れる。

 それに続くように回原と鉄哲、鱗がロボに殴りかかる。

 

「オラァ!!」

「そらよっ!」

 

 鉄哲の拳はロボの腹部を突き抜け、回原は回転させた腕をラリアット気味に放ってロボの腹部を千切る。鱗もウロコを逆に生やした腕で削る様にロボの腕を斬り落とす。

 宍田と鎌切は樹を利用して上に飛び上がり、プロペラロボに攻撃を仕掛ける。

 

「ガアアア!!」

「ヒャア!」

 

 宍田はロボの頭部を掴んで引き千切り、鎌切は両腕から刃を生やして振るい、頭部とプロペラを斬り落とす。

 

「吹出ぃ!」

「うん!ポヨン!」

 

 鎌切に声を掛けられて、吹出は『ポヨン』という擬音を生み出す。

 鎌切はそれを踏み、トランポリンのように跳ねてまた斬りかかる。

 

 茨がツルを伸ばして、ロボの動きを阻害しながら残骸を回収し、泡瀬が固めて、唯が小さくして、柳が残骸を飛ばしてロボに攻撃を仕掛ける。

 一佳、ポニー、庄田は茨や骨抜、凡戸、切奈が動きを止めたロボに攻撃を仕掛けて破壊する。

 ちなみに切奈は両腕と両脚を切り離して、ロボに当てて注意を逸らしている。

 円場は上空から迫るロボに向かって壁を作り、激突させる。その隙を宍田が狙う。

 

 里琴と物間は竜巻で飛びながらロボを破壊していく。

 

「もろさはそのままか!」

「助かるけど!数は多い!」

「体力的に厳しいね!」

 

 鱗が肩で息をしながらロボの残骸を見下ろして言い、回原はロボの上に飛び乗って頭部を掴み体を回転させて捻り千切りながら愚痴り、庄田もロボに右ストレートを叩き込み《ツインインパクト》を発動してロボを吹き飛ばしながら顔を顰める。

 

「オラァ!どりゃあ!」

 

 鉄哲は息を乱しながらもロボを殴り壊していく。

 しかし、殴り倒した直後に右手に鋭い痛みが走る。

 

「っ!?金属疲労か……!」

 

 顔を顰めて右手を見ると、指の付け根と手の甲の一部にヒビが入っていた。

 鉄分を補充したくても、食事が出来ない。

 

「くっそぉ……!」

 

 鉄哲は歯軋りをして左手で殴りかかる。しかし、左手もすぐにヒビが入ってしまう。

 まだ戦えないわけではないが、これ以上ヒビを大きくすれば《スティール》を解除すれば大量に血が流れるかもしれない。

 だが、鉄哲はすぐに「んなもん関係ねぇ!!」とばかりにまた殴りかかる。

 その時、

 

「鉄哲。1人で突っ走るなよ」

 

 骨抜が割り込んでロボの腹部に触れる。

 更に鉄哲の目の前にロボの残骸で造られた鉄球棒が投げ落とされる。

 

「それで殴れ!」

「っ!?おっしゃあ!!」

 

 鉄哲はすぐに掴んで、ロボの腹部に叩き込む。ロボの腹部は粘土のように柔らかくて簡単に上下に分断される。

 

「泡瀬と小大に礼を言っとけよ」

 

 骨抜の言葉に鉄哲は泡瀬と唯に目を向ける。

 泡瀬と唯は親指を立てる。

 

「おまえらぁ……!」

「俺が柔らかくしていくから、トドメは頼むぜ」

 

 鉄哲が感動して涙を浮かべて、骨抜が苦笑しながら声を掛ける。

 それに鉄哲は笑みを浮かべて頷き、鉄球棒を構えてまた殴りかかっていった。

 

 協力してロボを撃退しながら進んでいくB組。

 

「拳暴は……?」

 

 ロボを殴り飛ばした一佳が先頭で戦っている戦慈に目を向ける。

 

 戦慈は大きな体を縮こませるように脇を締めてボクシングスタイルで構えていた。

 そのままドパン!と砲弾のように飛び出して、ロボに詰め寄って頭部を狙ってジャブを叩き込んでいく。背後に回ったロボには素早く反転して前蹴りを突き刺す。

 さらに樹の幹に両足を乗せて、大きく揺らせながら飛び出してピンボールのように移動する。

 飛び蹴りでロボを粉砕し、ロボの間に着地して両腕を広げて左右のロボの頭を掴んで引き寄せ、挟み込むように叩きつけて潰す。そして、頭部が潰れたロボ達を両手でそれぞれ掴み、盾のように構えてロボの集団に突っ込む。重ねるようにロボ達を押し倒すと、勢いのままその上に逆立ちして、腕に力を籠めて飛び上がる。その際に衝撃波が出て、押し倒していたロボ達を圧し潰す。

 飛び上がった勢いで頭を上にした戦慈は、真上の太めの枝を掴んで脚を振り、前に飛ぶ。そして、落下地点にいるロボに掴みかかって、そのまま地面に叩きつけて破壊する。

 

「フゥー……!」

 

 ロボの残骸を踏みつけながらゆっくり立ち上がる戦慈。

 その様子を一佳達は呆れるやら感心するやらの表情で見つめる。

 

「相変わらず半端ないな」

「ん」

「あいつに疲れるって言葉はねぇのか?」

 

 円場の言葉に一佳達は頷いていたが、ふと一佳が戦慈の様子に違和感を覚えた。

 

「……拳暴?」

「ん?」

「どうされましたか?」

「いや……拳暴の様子が少し……」

 

 一佳が訝しむように見つめ、唯と茨も戦慈に目を向ける。

 

「……つぅ……!」

 

 戦慈は僅かに体から白い煙を立ち上げて、歯を食いしばって何かに耐えているように見えた。

 動き続けているとはいえ、ダメージも受けてないのにあそこまで苦しそうにしている戦慈は初めて見る。

 

「どうしたんだ!?」

「拳暴さん!?」

 

 その様子に一佳達は駆け寄ろうとするが、戦慈は手を上げて制止する。

 

「来んな。問題ねぇよ」

「嘘つくなよ!」

「ん」

 

 一佳達は明らかに嘘をついていると見抜いた。

 そこに里琴が一佳達の目の前に降り立ち、一佳達を制止する。

 

「……ストップ」

「里琴。なんでだ!?」

「……危険。……パワーが溜まり過ぎてる」

「パワーが……?」

「……森に被害が出ないように抑え込んでるから、消費が間に合ってない」

 

 つまり戦慈の体には普段以上にパワーが荒れ狂っている状態なのだ。それを抑え込んでいるため、体にダメージが入っている。

 放出しようにも木々が生い茂っていて、被害が出ないように衝撃波を出すのはかなり難しい。

 それを聞いた一佳は円場に顔を向ける。

 

「円場。悪いけど樹の上まで足場を作ってくれないか?」

「おう、任せとけ」

 

 円場は足場を作っては登り、作っては登りを繰り返して、樹の上まで道を作る。

 

「ほら、拳暴。これ登って発散して来い。ロボなら大丈夫だから」

「……悪ぃ」

 

 一佳の有無を言わせぬ雰囲気に戦慈は小さく謝罪して、大人しく登っていく。

 それを見送った一佳はため息を吐く。

 

「全く……。あいつももう少し人に頼ればいいのに」

「戦闘とかでの指示はすぐ出せるのにね」

「おーい!ロボはまだいるぞー!」

「おっと、悪い!」

 

 切奈も呆れていると、泡瀬が叫ぶ。

 それに一佳達は慌てて戦闘に戻る。直後、上空で爆音と嵐のような衝撃波が飛び、元に戻った戦慈が飛び降りてくる。

 再び全員で協力しながら進む戦慈達だった。

 

 

 

 そして、空が完全にオレンジ色になった頃。

 

 施設の近くではブラドとラグドール、虎が立っていた。

 少し離れた場所には相澤とラグドール達と同じコスチュームを着た者達もいた。

 

「……5時、か」

「そろそろ来るよ!」

 

 ブラドが時計を確認する。丁度17時を示したところだった。

 するとラグドールが腰に手を当てて言う。

 その言葉にブラドは森に目を向ける。すると、森の奥から人影が見えた。

 

「はぁ!……はぁ!……」

「つ、着いた?」

「みたいだな……」

 

 森から出てきたのは今にも倒れそうな様子の鉄哲達だった。

 鉄哲が振り回していた鉄球棒は、すでにただの鉄の棒と化しており、杖代わりにしていた。

 戦慈も草臥れた様子で、その右脇には里琴を抱えている。もちろん里琴もとっくの昔に限界を迎えており、顔が真っ青になっている。

 一佳は柳のように両手をブラブラさせており、他の者達も手を押さえていた。

 

「まぁ、及第点ってところだな。赤点ギリギリであるが」

「あははは!ボロボロだね!」

「まだまだ弱いがな!」

 

 ブラドが苦笑しながら鉄哲達を眺め、ラグドールは笑い、虎は腰に手を当てて叫ぶ。

 鉄哲達は地面に座り込む。

 

「あ、あれを3時間とか無理過ぎじゃ?」

「俺達ならば、それくらいで着けるからな」

「……プロヒーロー基準にされても……」

「まぁ、正直あそこまでロボと戦うとは思っていなかったがな」

「へ……?」

 

 回原は息を乱しながら言うと、ブラドがあっけらかんと言い放つ。

 それに切奈が顔を顰めながら文句を言うと、ブラドが少し呆れ気味に言い、それに吹出が首を傾げる。

 

「お前達に課したのは『ここに着くこと』だ。別にロボなど壊さなくても足止めして、さっさと進めばよかっただろう?それを全滅させる勢いで戦い始めるのだからな」

「……い、言われてみれば」

 

 一佳はその言葉に呆れるしかなかった。確かに全部戦う必要性は全くなかったのだから。

 

「とりあえず、よく頑張ったな。これで今日は終了だ。バスから荷物を下ろして部屋に運んだら、A組が到着次第食堂で夕食だ。ペイントで汚れている者達は濡れたタオルを用意しているから、それで拭くように。夕食後はA組の後に入浴。そして今日は就寝となる。明日の朝は早いからな。夜更かしはやめとけ」

「えぇ!?A組はまだなんですかぁ!?あれれれぇ!ってことは僕達の方が優秀ってことですかねぇ!?」

「A組とは内容が違う。だから比べるだけ無駄だ」

 

 ブラドの言葉に頷いた一佳達だが、A組の事を聞いた物間が無理矢理高笑いを上げる。

 ブラドは呆れ全開で注意し、一佳は流石に手刀を叩き込む元気はなかった。

 なので、全員で物間の言葉を無視して、バスに荷物を取りに行った。

 

「ほれ、里琴。自分で荷物持て」

「……薄情者」

「ここまで運んだだけでも感謝しやがれ」

「荷物は持ったか?では、部屋に案内する」

 

 ふらつきながら荷物を背負う里琴。

 他の者もボロボロなので、手助けする余裕はない。

 

 そして、ブラドの案内でそれぞれの部屋に荷物を置き、B組一同は体を休めるのであった。

 

 



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拳の五十五 飯!風呂!寝る!

 A組も戦慈達が部屋に入った頃に到着したらしく、すぐに夕飯になるとのこと。

 戦慈達は制服が破れた者達が多かったため、先にジャージに着替えることにした。

 

 そして、食堂に降りると、

 

「「「おお~!!」」」

 

 テーブルには大量の料理が並んでいた。

 それを見て、腹が減っている鉄哲達は目を輝かせて、涎が流れそうになる。

 戦慈と里琴も空腹なので、いつもの大食い時の目つきになってきていた。

 それを見逃さなかった一佳はブラドと配膳をしていた赤いコスチュームを着ている『マンダレイ』に声を掛ける。

 

「すいません」

「ん?」

「どうしたんだい?ご飯はもう少し待ってね」

「それなんですけど、この食事ってどれくらいおかわりとか出来るんですか?うちのクラス、2人ほど異常な大食いがいるんですけど……」

「「異常な大食い?」」

 

 一佳は戦慈と里琴に目を向ける。

 それにブラドとマンダレイは首を傾げる。

 

「巻空もか?」

「男子の方はイメージできるけどね」

「どっちかって言うと里琴の方が食べます。……今並んでいる料理なら2人で楽に食べ切れます。焼き肉食べ放題やバイキングでも、いつも店の人に頭下げられるほど食べるので……」

 

 ブラドとマンダレイは唖然とテーブルに並んでいる大量の料理を見る。どう見ても2人で食べ切れる量ではない。

 ただでさえ全員昼飯抜きで空腹状態。全員がいつも以上に食べるだろう。

 それを予測しての量だが、それを2人で食べ切れると言う。

 

「……白飯はともかく、おかずは限界があるね……」

「分かりました。拳暴!里琴!バイキングじゃないからな!2人で食べ過ぎるなよ!」

「……分かったよ」

「……むぅ」

 

 戦慈と里琴は明らかに不満オーラを噴き出す。仮面と無表情だが、全員が2人の不満オーラを感じ取った。

 2人の大食いを知っている切奈達は2人の様子に苦笑して、鉄哲達は2人の大食い度合いを知らないので首を傾げる。

 

「え?拳暴達ってそんなに食べれんの?」

「今並んでる分なら食べ切るよ。全部のテーブルの料理をね」

「「「マジで!?」」」

「巻空も?」

「今の所、里琴の方が食べるね」

「凄まじいですな~」

 

 切奈の言葉に男子陣が感心するやら呆れるやらだった。

 そこにA組も下りてきて、全員が席に着く。

 A組陣は目の前の料理に喉を鳴らす。

 

「うまそー!」

「お腹減ったよー!」

 

 その時、ふと八百万が戦慈と里琴を視界に捉える。

 

「……拳暴さんと巻空さんにはこの量は少ないのでは?」

「え?あ、確かに」

 

 麗日がそれに気づいて、A組の者達も戦慈と里琴に目を向ける。

 その様子に切島の背中側にいた鉄哲が切島に声を掛ける。

 

「なんだ、切島?お前らも拳暴達の大食い知ってんのか?」

「おお、I・アイランドでな。オールマイトが事件でエキスポ中止になったお詫びでバーベキュー奢ってくれてよ。そこに拳暴達も来てたんだ」

「オールマイトの奢りで!?」

「えええ!?それって不公平じゃないかい!?僕達だって諦めて帰ったのにさぁ!」

「物間、それ以上騒ぐなら止めるぞ。飯抜きになるかもな」

「あははは!」

 

 切島の言葉に円場が驚いて、聞こえていた物間が騒ぐ。しかし、一佳が手刀を構えて注意すると、高笑いをしたまま顔を背けた。

 

「で?そこで拳暴と巻空はどれくらい食べたんだ?」

「お、おう。あ~……少なくとも2人で50人前は食べたんじゃないか?オールマイトが最後の方、財布を眺めて顔真っ青だったしな」

「あ~、だっただった。明らかに顔引きつってたよな」

 

 円場が平然と切島に続きを促して、切島もすぐに思い出しながら答える。

 上鳴も思い出したように頷き、他のA組の者達も頷いていた。

 一佳はオールマイトに内心謝罪しながら、戦慈達を呆れたように見る。

 その話を聞いていたブラドやマンダレイも、呆れながら戦慈と里琴に声を掛ける。

 

「ここの料理はプッシーキャッツが調理してくれたものだ。あまり迷惑はかけるなよ」

「材料も無限じゃないから、我慢しておくれ。まだ後6日もあるんだからね」

「分かってんよ」

「……むぅ」

 

 戦慈は少し苛立ちながら頷き、里琴は未だに不満げだった。

 それを見たブラドはため息を吐く。

 

「……コーヒーについては許可を貰った。それで我慢しろ」

「だから分かってる」

「……仕方ない」

 

 そもそも足りないとも我慢出来ないとも言ってないと戦慈は思っていたが。

 そして、何故か里琴はそれで納得した。自分がコーヒーを淹れるわけでもないのに。

 

 なんやかんやあったが、戦慈達は食事を開始した。

 

「うめぇ!胃に染み渡る!」

「米うめぇ~!」

「肉も野菜もうめぇ!」

「全部美味しい!」

 

 全員が勢いよく料理を掻き込んでいく。

 その勢いは戦慈と里琴にも負けておらず、今の所2人の異常さが目立つことはなかった。

 

 それでも30分もすると……。

 

「拳暴!巻空さん!食べるの速いよ!?もうおかず無くなるじゃないか!?」

「噛んでんのかぁ?」

「多分……」

 

 庄田達の声に鉄哲達が顔を向けると、里琴と戦慈の前の山のように盛り付けてあったはずのから揚げや肉団子にサラダなどの皿が、ほぼ空になりかけていた。

 それはつまり出席番号順のため隣に座っていた庄田や一佳達のおかずもほぼ消えたということだ。

 里琴はいつも通りリス頬になって、苦情を無視してひたすら白米を口に運んでいる。

 戦慈は特に頬が膨らんではいないが、明らかに食べるペースは速い。

 

「もう!?」

「相変わらずだねぇ……」

「負けるかぁ!!」

「鉄哲、張り合わないでくれ。俺らは食いてぇ!」

「モリモリだね!」

 

 戦慈と里琴のペースにマンダレイ達はため息を吐きながら、新しいおかずを置く。

 

「ここまで速いとはねぇ……」

「……すいません」

「あんたが謝ることじゃないよ。それにしても彼女は一体どこに消化されてるんだい?」

「私達も分かってないです」

「……むふん」

 

 マンダレイに一佳が謝るが、マンダレイは苦笑しながら里琴に目を向けて首を捻る。

 里琴については一佳も未だに分からず、首を横に振る。

 それに何故か里琴が胸を張る。頬を膨らませたまま。

 

「里琴。だから食べながらはやめろ」

「……ん」

 

 一佳がジト目で注意する。里琴は頷いて、また猛スピードで食事を再開する。

 その後も2人は食べ続け、最後には他のテーブルで残された料理も完食して、テーブルの上には綺麗な空の皿が並んでいた。

 

「……最終的にはありがたかったかな?」

「皿洗い的にはね」

 

 綺麗に食べ尽くされた料理を見て、マンダレイと青いコスチュームを着た『ピクシーボブ』が呆れながら頷く。

 

「……ケプッ」

「ふぅ」

「……まぁ、満足したならいいけど」

「食べ過ぎ」

「ん」

 

 里琴が無表情ながら満足げに腹を擦っており、戦慈も満足げに息を吐く。

 その様子に一佳達ももう呆れるしかなかった。

 鉄哲達やA組の者達は唖然と2人の食べっぷりを眺めていた。

 

「一体何人分食べたの?」

「さぁなぁ」

「食べ物を無駄にしないのは素晴らしい事です」

「それはそうですがな」

 

 凡戸と鎌切が首を傾げ、茨が微笑ましそうに戦慈と里琴を見つめて食べ切ったことを褒める。それに宍田が呆れる。

 

 そして、食事が終了し、A組が入浴となった。

 その間に戦慈達は私服に着替えて待機する。

 正直、寝転びたいがまだ汚れている体で布団に寝れないと思い、なんとなく全員で食堂にて待機していた。

 トランプで遊んだり、スマホで遊んだり、もはや眠気に負けてコックリしている者など様々に時間をつぶす。

 

 戦慈はタンブラーのコーヒーを飲みながらのんびり座っており、里琴は戦慈の隣で背中を預けてボケーっと座っている。おそらく眠いのだろう。

 その隣で一佳達はトランプをしており、隣のテーブルでは鉄哲と宍田が腕相撲をしていたり、泡瀬や円場などはスマホゲームで盛り上がって、凡戸や鎌切、骨抜などはウトウトしていた。

 

「明日、朝早いって言ってたな」

「夜明けには始めるって言ってたね」

「起きれる自信ねぇ~」

「誰かが起きるだろぉ」

「何するんだろうねぇ」

「そりゃプルスウルトラだろ」

「「早朝からはキツイって!!」」

 

 ぼんやりと会話する骨抜達。

 

「そういえば寝相悪いとか、いびきヤバイ奴とかいる?」

「僕はスヤスヤだよ!」

「今日は自信ねぇ」

「疲れ切ってるしね」

「寝相もなぁ……布団でなんてめったに寝ないし」

「今日は蹴られても起きない自信はある」

「俺は斬り返すかもしれねぇなぁ」

「よし、鎌切。お前は廊下だ」

「ざけんなぁ」

 

 一緒の部屋で寝るので、それぞれの寝方が気になるのは仕方がないことだろう。

 しかし、今日は疲れ切っており、全員が爆睡する自信があったため、注意しようがない。

 

 話を聞いていた一佳が戦慈に顔を向ける。

 

「拳暴って寝相はどうなんだ?」

「……知ってどうすんだよ」

「いや、お前の寝相が悪いと結構被害出そうだなって」

「寝てるときは体はデカくなんねぇよ」

「それもそうか」

 

 寝ている時にアドレナリンが増えるなんて普通ではない。

 一佳はそう言えばと思い出して頷く。

 一佳達はI・アイランドである程度それぞれの寝方は理解しているので、特に話題にならない。

 

 すると、緑谷が腰にタオル1枚巻いた姿で、誰かを抱えて廊下を走っていった。

 

「緑谷?」

「どうしたんだろ?」

「危ねぇ格好で走っていったな」

「あと誰か抱えてましたな」

 

 円場達が首を傾げる。

 一佳達はトランプに集中していて、足音に振り向いた時はもう緑谷の姿はなかった。

 

 そして、A組が出たとのことなので、B組一同も風呂に向かう。

 

 

カポーーン

 

 

 風呂は露天風呂だった。

 戦慈達は体を洗って、ゆったりと湯船に浸かる。

 

「あ゛~……生き返るわ~」

「露天風呂ってのがいいよな~」

「宍田って毛が濡れると、細く見えるな」

「それに体ザブザブ洗うの大変そうだよね」

「さっき体が泡で覆われてたぜぇ」

「そうですな。だからボディソープの消費が酷くてですなぁ」

「吹出も頭どうあって洗ってるんだい?」

 

 戦慈も湯に浸かっていた。ちなみに仮面はしたままである。

 

「なんで仮面外さねぇんだ?」

「痕がピリピリすんだよ。湯気のせいかどうか知らねぇがな」

「あ~……」

 

 戦慈の言葉に骨抜が納得の声を上げる。

 すると、物間が小声で話し始める。

 

「で、誰が女子風呂を覗きに行く?」

 

 もちろん冗談ではあるが、様式美として言い出したようだ。

 それにほぼ全員が女子風呂方面の壁に目を向ける。

 数人が想像したのか顔を赤くする。

 しかし、それと同時にバレたときのことも思い浮かべる。

 

「……俺は拳藤に殴り飛ばされたくないな」

「俺も」

「塩崎のツルとかポニーの角も来そうだしな」

 

 ヒーロー科にいる女子が悲鳴を上げて、恥ずかしがるだけではないはず。

 どう考えても反撃を喰らうイメージしか浮かばない。

 

「そもそも覗きなんて情けねぇ真似出来るかよ!」

「しぃー!鉄哲、声デカい!」

「お、おう」

 

 鉄哲が正義感を燃やして思わず大声を出してしまい、泡瀬が慌てて咎める。

 戦慈や骨抜は呆れたように、それを眺めていた。

 物間は肩を竦める。

 

「そう言われちゃ仕方ないね」

「こういうのって言い出しっぺが行くべきじゃね?」

「え」

 

 骨抜がここで悪ノリを始めた。

 物間は笑みを浮かべたまま固まる。

 

「そうだよな。言い出した奴が手本を見せるべきだよな」

「骨は拾ってやるぜぇ、物間ぁ」

「その後、埋めるけどな」

 

 円場、鎌切、泡瀬が乗っかって、ニヤニヤと物間を見る。

 物間は口端をピクピクと引きつかせる。

 その時、

 

「言っとくけどさ~」

 

『!!?』

 

 聞こえるはずのない女性の声が男子風呂に響く。

 その声に物間達は弾かれたように、声がした方向を見る。

 

「聞こえてっかんね~」

 

 女子風呂側の壁の上に、笑みを浮かべている口が浮いていた。

 

 間違いなく切奈の口である。

 更にその周囲にポニーの角と風呂桶が何個か浮いていた。

 しかも風呂桶の2つほどは明らかに船に出来そうな程大きい。柳と唯の『個性』だと考えられる。

 

「「「「……」」」」

 

 明らかに攻撃態勢が整っている光景に、物間達は顔を青くして固まっていた。

 

「冗談だとは思ってるけど~……ホントに来たら分かってるよね?」

 

「「「「イエス!リザーディ!!」」」」

 

 最後の笑みが消えた口と抑揚のない声に、物間や泡瀬達が軍隊のようにビシッ!と返事をする。

 そして切奈の口や角やらが壁の向こうへ消えていく。

 

 それを見送った物間達は体の力が抜けて、口元までブクブクと温泉に体を沈める。

 

「……元気だな」

 

 徹頭徹尾、他人事のように眺めていた戦慈は呆れていた。

 その横でさり気なく避難していた庄田や吹出、宍田も頷いていた。

 

 

 

 そして女子風呂では、一佳達が小さくため息を吐いて湯に浸かっていた。

 

「全く……」

「まぁ、あれだけ脅せば大丈夫っしょ」

「ん」

「なんと罪深き所業でしょう……!鞭で打たねばなりません」

 

 髪をいつものサイドテールではなく後ろで束ねている一佳は腕を組んで呆れており、同じく髪を上げてタオルで包んでいる切奈が苦笑しながら宥める。

 唯は折り畳んだタオルを頭の上に乗せて切奈の言葉に頷き、切奈同様タオルで髪を包んでいる茨が目を閉じながら嘆いている。

 その隣でポニーは一佳のように後ろで結って温泉を堪能しており、里琴と柳は唯と同じように頭にタオルを乗せて、目を閉じてポケ~としている。

 

「A組だと峰田がマジで覗こうとしてたんでしょ?それに比べれば、うちらはマシマシ」

「ん」

「……そりゃあなぁ」

 

 風呂に入るときに八百万が頭を抱えていたのを思い出すと、確かに遥かにマシかもしれないが、それでもマシであるだけで頭が痛いのは変わらない。

 

「あ~……それにしても、露天風呂に入れるってだけで頑張れる気がするね~」

「ん」

「……ごくらく」

「溺れるなよ」

「ジャパニーズ温泉!気持ちいいデス!」

 

 全員でポケ~と温泉を味わう。

 時間一杯まで温泉を堪能した一佳達は、頬を赤らめて部屋へと向かう。ちなみに一佳は髪を下ろしたままである。

 しかし、食堂の前を通った時に、嗅ぎ慣れた香りが届いた。

 

「これは……」

「コーヒーだね」

 

 その瞬間、里琴が物凄いスピードで食堂に飛び込んでいく。

 一佳達も後に続くと、

 

「やっぱり拳暴か……」

「あん?」

「って、ブラド先生?それにプッシーキャッツの皆さんも……」

「おう」

 

 戦慈がコーヒーを淹れており、テーブルにはブラドに相澤、虎、ラグドールがコーヒーを飲んでいた。

 

「先生達まで……」

「最初に俺達が飲んでおけば、拳暴も淹れやすいだろ」

「しかし、思ってたより美味いな」

「私はカフェオレだけどね!」

「飲みたいならば、そこのコップを使うといい」

 

 相澤が呆れている切奈に答えていると、ブラドが感心しており、ラグドールは笑いながらコップに口をつける。そして虎がキッチンに並んでいるコップを指差す。

 里琴は戦慈の横に立っており、何かを待っている。

 

「里琴?」

「……待ち」

「ん?」

「こいつは最初から自分のタンブラーを俺に渡してたんだよ」

「……当然」

 

 一佳と唯が首を傾げると、戦慈が呆れながらタンブラーを里琴に渡す。

 里琴は自信満々に頷き、一佳達に振り向いて自慢するように掲げる。

 それを見た瞬間、一佳と唯が駆け出す。

 どうやら部屋にタンブラーを取りに行ったようだ。

 そして、茨達はコップを持って、キッチンカウンターの前に並ぶ。

 

「……はぁ」

 

 戦慈はため息を吐いて、コップを受け取る。

 

「ブラックでいいのか?」

「……カフェオレ」

「お前はタンブラーのがあんだろうが」

「……それはそれ、これはこれ」

「……はぁ」

 

 なんだかんだでカフェオレを作る戦慈に切奈達は苦笑する。

 その間に一佳と唯も戻ってきて、タンブラーを渡す。

 

「……あいつら、いつもコーヒーをもらってるのか?」

「みたいだな」

 

 相澤が少し呆れたように戦慈達の様子を見て呟き、ブラドも少し呆れながら頷く。

 

「それにしても、拳暴準備早くない?」

「お前らが物間達に忠告して、すぐだな」

「早いね」

「長湯は好きじゃねぇんだ」

 

 ようやく全員のコーヒーとタンブラーを淹れ終えて、一息つく戦慈。

 一佳や里琴以外は初めての戦慈のコーヒーである。

 

「おぉ、ホントに美味しい」

「ん」

「香りも素晴らしいですね」

「飲みやす」

「グッドテイストデース!」

 

 切奈達は想像以上の味わいに自然と笑みを浮かぶ。

 

「コップは自分達で洗えよ。明日も早いし、さっさと寝ろ」

「コーヒー飲んだけどね!あははは!」

 

 教師陣はさっさと引き上げていった。

 戦慈もさっさと飲んで、器材を洗い出す。

 一佳達もコップを洗って、満足気に部屋に戻る。

 

 女子部屋は和室で布団と荷物でほとんど埋まっていた。

 一佳達はすぐに明日の着替えと寝る準備を始める。

 茨は温泉同様頭をタオルで覆う。これは枕などに穴を空けないようにするためである。

 ポニーも角に布のカバーを付けて、刺さらないようにする。

 

「じゃ、寝よっか」

「……ぐぅ」

「はやっ」

「ん」

 

 そして、一佳達は眠りにつく。

 

 戦慈達もすぐに眠りにつき、周囲のいびきや寝相など気にならないほど熟睡したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 とある倉庫にて。

 

「集まり悪いねぇ。これだけ?」

「いや。何人かは現地集合だとよ」

「まぁ、でも子供を狙うなら十分な気もするがね」

 

 木箱の上に座っているマスタードが他の者達を見渡して首を傾げる。

 その言葉に黒髪で顔や手がツギハギだらけの男が気だるげに答え、天井に張り巡らされた鉄骨の上に座っている黒いハットに仮面を着けた男が肩を竦めて答える。

 

「早く行きてぇなぁ……!あの仮面野郎をぶっ殺したいぜぇ!」

「どんな子がいるのでしょうか?お友達になりたいです!」

 

 地面に横たわる鉄骨に腰かけているマスキュラーは戦慈を思い浮かべて笑みを浮かべて、セーラー服を着た女子も楽しそうに笑っている。

 

 ここにいるのは敵連合の新メンバーだ。

 

 ツギハギ男が『荼毘』。

 ハットの男が『Mr.コンプレス』。

 女子高生は『トガヒミコ』。

 

 ステインが捕縛された保須事件をきっかけに、敵連合と接触した闇ブローカーの『義爛』の紹介で集まった者達だ。

 他にもいるようだが、これから行おうとしている計画の現場で落ち合う予定らしい。

 

 すると倉庫の扉が開き、複数の人影が入ってくる。

 先頭にいたのはディスペだった。その横には広島と同じくらいのグラマラス美女になっているエルジェベートもいた。

 

「ずっと待たせてて悪いな。もう少しで装備が届く。それを受け取ったら現場に向かってくれ」

「……その後ろの連中が残りの奴らか?」

 

 荼毘が目を細めて品定めするように初めて見る者達に目を向ける。

 

「いや、他にもいる」

「エルさーん!!」

 

 ディスペが首を横に振ると、トガがエルジェベートに飛びつく。

 

「ああ、もう!!なれなれしく触るんじゃありませんわ!小娘!」

「い~や~!!」

 

 エルジェベートは顔を顰めて振り払おうとするが、トガは意地でも離さなかった。

 エルジェベートもトガが戦力の1人であるため、全力で振り払うことが出来ない。

 

「血が好きな者同士仲良くしましょう!」

「喧しいですわ!」

「はぁ。話を進めるぞ。で、荼毘。リーダーがお前さんにだとよ」

「あ?」

 

 ディスペが親指で示したのは灰色の皮膚に頭部がヘルメットで覆われている男。頭頂部からは脳みそが見えており、上半身は裸だった。

 

「……保須や広島で暴れてた脳無って奴か?」

「そうだ。で、これはお前さんの指示に従う様に調整してるそうだ。好きに使ってくれ」

「俺の指示に?」

「ほれ。これがこいつのコントロールキーだ」

 

 ディスペが荼毘に小型の機械を渡す。

 それを受け取った荼毘は脳無を見て、肩を竦める。

 

「ま、適当に暴れさせる」

「それで構わんさ。で、最後にこいつだ」

 

 ディスペが最後に示したのは、全身鎧を身に着けた者だった。腰が細いことから女性と推測できる。

 

「こいつの名は『アイアン・メイデン』。荼毘やコンプレスなら聞いたことあるか?」

「……こいつが?」

 

 メイデンの名前に荼毘は首を傾げるが、コンプレスは唖然とした。

 

「有名なのか?」

「日本では噂程度だけどな。外国では超有名な傭兵さ」

「ふぅん。なんでそんな傭兵が敵連合なんかに?」

 

 荼毘の質問にコンプレスが答え、傭兵と言う言葉にマスタードが首を傾げる。

 それにディスペが答えた。

 

「こいつはゲストだ。死柄木の後ろ盾との関係による参加だ」

「……」

 

 メイデンは一切話に参加もせず、反応も見せない。

 

「……そいつも脳無みたいだな」

「まぁ、あんまり喋るタイプじゃないみたいだな。けど、実力は確かだ」

「どんな『個性』なんだ?」

「金属を操る『個性』だ」

「……現場は山だろ?どうすっ!?」

 

 荼毘は本当に戦えるのか疑問を言おうとしたが、突如地面から剣が生えてきて荼毘を囲む。

 

「……っ!」

「どうやら地面に含まれてる鉄分も操れるみたいでな」

「……なるほどな」

 

 荼毘が納得すると、剣が地面に消える。

 

「じゃあ、俺らはもう一度作戦を確認したら直接現場に向かう。お前さん達は装備を受け取って、脳無の性能を確認したら現場に向かってくれ」

 

 ディスペはそう言って、エルジェベートとメイデンを連れて倉庫を出ていった。

 

「……脳無にアイアン・メイデン。思ってたより闇が深いねぇ。敵連合って」

 

 マスタードがお道化たように言う。

 

「全くだ。まぁ……そのくらいじゃなきゃ……」

 

 荼毘はユラリと脳無に近づいて行く。

 

「虚ろに塗れた英雄達とこの社会を崩すなんて、夢のまた夢だろうがな」

 

 荼毘は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

 闇はゆっくりと忍び寄って来ていた。

 

 



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拳の五十六 『個性』を伸ばせ

『個性』伸ばしの特訓紹介の文章は、アニメ時をイメージしてます。プレゼントマイクさんの声ですね。

名前。

特訓内容と目標。

という部分です。



 翌朝、午前5時過ぎ。

 

 一佳達は寝ぼけ眼で布団から起き上がり、顔を洗って体操服に着替えていく。

 同じくポケ~っと起き上がった里琴が部屋の備え付けの冷蔵庫からタンブラーを出して、作ってもらったカフェオレを飲む。

 

「……んふ~」

 

 そして、幸せそうな笑みを浮かべる。

 その顔を女性陣全員が目撃した。

 

「……笑った?」

「これ!これだよ!この顔!」

「ん!」

「幸せそうですね」

「本当に笑うんだねぇ」

 

 柳が首を傾げて、一佳達に顔を向ける。一佳と唯はテンションを上げてI・アイランドでの騒動のことを言い、茨はマイペースに微笑ましく里琴を見つめ、切奈が未だに信じられないのか目を見開いて見つめている。

 しかし、里琴はすぐに顔を無表情に戻して、準備を始める。

 その後も切奈が笑わそうと揶揄うが、全く里琴の表情は変わらなかった。

 

 

 

 男子陣もちらほらと起きて、着替えなどを始めていた。

 戦慈、骨抜、宍田、庄田はすぐに起きて、素早く準備を済ませていた。

 その時、

 

「鉄哲ぅパァンチ!!」

「ごっふ!!!」

 

 まだ寝ていて爆睡していた鉄哲が腕を鉄化して、準備を終えて隣で寝転んでいた物間の脇腹に拳を突き刺した。

 物間はもちろん完全に油断していたので、2mほど布団ごと横に滑り、脇腹を押さえて痛みに悶える。

 

「おおぉおおおぉ……!!」

「……今のはマジでドンマイだな」

「よく夜は誰も被害なかったな」

「早く起こそうぜ。遅れちまう」

「……殴られないよな?」

 

 鱗が憐れみの目で物間を見下ろし、回原が歯磨きしながら鉄哲に呆れ、骨抜が時間を見て注意する。

 泡瀬が起こそうとするが、さきほどのパンチがまた飛んでこないかとビクビクする。

 その時、鉄哲の顔に勢いよく枕が叩きつけられる。

 

「わぁ!?」

「ぶべ!?な、なんだ!?」

「遅れるぞ。とっとと準備しやがれ」

「マジか!?ありがとな、拳暴!」

 

 泡瀬が驚いて、鉄哲も流石に目を覚ます。

 枕を投げたのは戦慈だった。

 鉄哲は枕を当てられたことは一切気にせず、礼を言って起き上がる。

 

「流石ですな」

「俺は先に行くぞ」

「物間~、そろそろ行くぞ~」

「ぐぅ……も、もう少し優しくしてくれても良くないかなぁ……」

 

 宍田が称賛し、戦慈は肩を竦めて先に部屋を出る。それに宍田や庄田達も続き、円場が物間に声を掛けながら部屋を出ていく。

 物間はまだ痛みに呻きながらも薄笑いを浮かべて、自分を放置していくクラスメイト達に苦情を言う。

 

「ん?……物間!なにしてんだ!?早く行こうぜ!」

「……君のせいなんだけどねぇ……!」

「何か言ったか?先に行くぜ!」

 

 鉄哲にも苦情は届かず、物間は理不尽に顔を顰めながらも立ち上がって部屋を出るのだった。

 

 

 

 なんだかんだあり、集合するまで時間がかかった。

 

「全員揃ったな。よし!おはよう、諸君!」

『おはようございます』

「いよいよ林間合宿を本格的に始めていく!この合宿の目的は、お前達の強化及び仮免許の取得だ!激しくなりつつある脅威に備えるためのものだ。心して臨むように!」

 

 ブラドの言葉に一佳達は頷く。

 ブラドは説明を続ける。

 

「入学から約3か月。お前達は様々な経験を経て、間違いなく成長している。しかし!!それは精神面や技術面での話であって、『個性』自体はあまり成長していない!!故に、これからお前達の『個性』を伸ばす!!」

 

 ブラドの説明に一佳達は目を見開いたり、首を傾げる。

 

「『個性』を伸ばす……!?」

「そうだ。A組はもう始めている。俺たちも行くぞ」

 

 ブラドは背を向けて歩き出し、一佳達も後に続く。

 

「でも、突然『個性』を伸ばすと言っても……20名20通りの『個性』があるし、何をどう伸ばせばいいか分かんないんスけど……」

「具体性が欲しいな」

 

 切奈が訝しみながら質問し、鱗もその横で腕を組んで頷いている。

 

「筋繊維は酷使することで壊れ、強く太くなる。『個性』も同じだ。使い続ければ強くなり、でなければ衰える。すなわち!やることは1つ!」

 

 ブラドは説明を続けながら足を止める。

 そして、前方を指差して叫ぶ。

 

「限界突破ぁ!!」

『!!』

 

 一佳達は目の前に現れた光景に目を見開く。

 

 そこではA組の者達が、悲鳴や雄叫びを上げながら『個性』を使っていた。

 爆豪はお湯が入ったドラム缶に両手を入れて、しばらくすると手を出して上空に向かって爆破し、そしてまた手をお湯に入れる。

 硬化している切島を尾白が尻尾で思いっきり叩きつけたり、上鳴が発電機に繋がれ、電流を流されて痺れている。

 洞窟からは「ギャアアア!!ダークシャドオオ!!」と謎の叫び声が聞こえ、砂藤がお菓子を食べながら筋トレをして、八百万がその隣でお菓子を食べながら物を創り続けている。

 

 見た目に違いはあれど、全員の顔は苦痛に歪んでいた。

 

「なんだ……この地獄絵図は……!?」

「もはや可愛がりですな……」

 

 鱗と宍田が慄き、他の者達も顔を引きつかせている。

 

「許容上限のある発動型は上限の底上げ。異形型、その他複合型は『個性』に由来する器官、部位の更なる鍛錬。通常であれば、肉体の成長に合わせて行うが……」

「まぁ、時間がないんでな。B組も早くしろ」

 

 相澤が近づいてきて促す。

 それに一佳は唯達と顔を見合わせる。

 

「でも、私達も入れると40人だよ。そんな人数の『個性』、たった6人で管理できるの?」

「だから彼女達だ」

「そうなの!!あちきら四身一体!!」

 

 一佳の疑問に相澤が答えると、相澤の後ろから声が聞こえてきた。

 

「煌めく眼でぇロックオン!!」

「猫の手、手助けやってくる!!」

「どこからともなく~やってくるぅ~……!!」

「キュートにキャットにスティンガー!!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!フルver.!!」

 

 プッシーキャッツの4人が決めポーズを決めて、現れる。

 

「あちきの『個性』《サーチ》!この目で見た人の情報100人まで丸わかり!居場所も弱点も!」

「私の《土流》で各々の鍛錬に見合う場を形成!」

「そして私の《テレパス》で一度に複数の人間へアドバイス!」

「そこを我が殴る蹴るの暴行よ……!」

「最後の『個性』関係ねぇじゃねぇか」

 

 プッシーキャッツの説明で明らかにおかしい虎に、戦慈がツッコむ。

 しかし、虎はそれを無視してビシィ!と一佳達を指差す。

 

「単純な増強型の者!我の元へ来い!」

 

 虎は少し離れた場所を指差す。

 目を向けると、そこには緑谷が必死な顔で不思議な踊りをしていた。

 

「我ーズブートキャンプはもう始まっている!」

((((古!!))))

 

 恐らく当てはまるであろう戦慈や宍田が頬を引きつかせる。

 

「雄英も忙しい。ヒーロー科1年だけに人員を割くことは難しい。この4名の実績と広域カバーが可能な『個性』は全体で底上げするのに最も合理的だ」

「よし!A組に後れを取るな!B組、行くぞ!」

『はい!!』

 

 相澤の言葉とブラドの号令に、一佳達は表情を鋭くして力強く返事をする。

 

「それじゃあ、それぞれの特訓内容を指示する!必要以上のケガをしないように、しっかりと聞いておくように!」

 

 そして、相澤達も加わって、それぞれの特訓が始まった。

 

 

 

「ヒャヒャヒャ!!」

 

 鎌切は森を背中に、岩壁に絶えず腕や足から生やした刃で斬りつけている。さらに背後の森から野球ボールが複数発射され、それを背中や体中から生やした刃で斬り落としていく。

 

 鎌切 尖。

 

 岩壁を刃で斬りつけながら、周囲からランダムで発射される野球ボールを全て斬り落とすことで『刃の硬度向上』と『刃を生み出す速度を高める』特訓!!

  

「ヒャヒャ!斬るぅ……!俺は斬るぞぉ!ヒャッヒャッヒャ!」

 

 休みなく斬り続けているため、テンションがおかしくなっていた。

  

 

 里琴は竜巻に乗って浮かびながら回転している。さらに無重力の麗日も竜巻で浮かして回している。

 

「「……うっぷ!」」

 

 巻空 里琴。

 

 吐き気を催しながらも『個性』を持続して酩酊に慣れることで『発動時間の延長』、さらに無重力の麗日を吹き飛ばされないように操ることで『竜巻のコントロール向上』を目指す特訓!!

 

「「っ!!……オロロロ……!」」

 

 2人揃って、近くに置いてある蓋付きバケツに駆け寄って同時に吐く。

 

 

 

「ふぅ!ふぅ!ふぅ!ふぅーーー!!!」

 

 円場は顔を真っ赤にしながら必死に息を吹いて、空気の壁を作っていく。

 目の前には円場と同じ高さの岩が迫っていた。円場がいるところは僅かに坂になっており、もちろん円場が下である。

 

 円場 硬成。

 

 連続で発動し続けることで『肺活量アップ』と『壁の硬さ向上』を目指す特訓!!

 

「はぁ!はぁ!シュー、シュー。はぁ……ふぅー!ふぅー!」

 

 円場の手には酸素ボンベがあり、酸欠にも備えていた。それが地獄を招いていたが。

 

 

 

「う~……う~……う~……う~……」

 

 凡戸はただただドラム缶に接着剤を垂れ流している。

 

 凡戸 固次郎。

 

 接着剤を出し続けることで『噴出量の向上』を目指す特訓!!

 

「う~……う~……」

 

 特訓中はずっと目が見えないので動けず、非常に地味である。

 

 

 

「ああ……これは自然を乱すことにならないのでしょうか……」

 

 茨は地面に跪いて両手を組みながら、背後にツルを伸ばし続けている。

 

 塩崎 茨。

 

 ツルを伸ばし続けることで『一度に操れる量の向上』、さらに伸ばしたツルを操り何があるのかを把握することで『ツルのコントロールと感応力の向上』を目指す特訓!!

 

「ああ……いいのでしょうか……」

 

 ちなみに目の前には大量の水とコップが置かれている。

 

 

 

「ふん!」

「っ!はぁ!」

「つぅ!ふぅ!」

「った!」

 

 鱗と物間は互いに両腕に鱗を展開しながら殴り合っていた。

 

 鱗 飛竜。

 

 ウロコを常に展開した状態で《コピー》した物間と殴り合うことで『ウロコの硬度向上』、『ウロコの展開時間延長』を目指す特訓!!

 

 物間 寧人。

 

 鱗の『個性』を連続で《コピー》することで『使用時間の延長』を目指す特訓!!

 これによって容量が増えて《コピー》出来る数も増え、同時発動も出来るようになるかも!

 

「づぅ!ああ、時間切れだね……!」

「じゃあ、今のうちにカルシウムとコラーゲンを……」

 

 2人の近くにはカルシウムとコラーゲンが含まれたゼリーが置かれており、鱗と物間はそれを随時補給しながら特訓を続ける。

 

「……腹はやめてくれよ?」

「……お互いにな」

 

 

 

「ん……ん……ん……ん……」

 

 唯は無表情で黙々と目の前に積まれている大量の石を小さくしていく。

 

 小大 唯。

 

 ひたすら《サイズ》を変え続けることで『限界サイズの向上』『サイズ変化時間延長』『サイズ変化数容量アップ』を目指す特訓!!

 もちろん大きくする特訓もするぞ!

 

「ん……ん……ん……ん……」

 

 無表情で続けるその姿は美人故にやや恐怖を与える。延々と石のサイズを変える作業に、唯の目も心なしか光が消えており、まるで人形が作業をしているように見える。

 

 

 

ドッカン!!ドッカン!!ドッカーン!!

 

 吹出はA組の口田の近くで全力で叫んで、擬音を飛ばしていた。

 

 吹出 漫我。

 

 大声で発動し続けることで『擬音実体化サイズ向上』『声量アップ』そして『喉を鍛える』特訓!!

 

ドッカン!!ドッカン!!ドッカン!!

 

 その足元にはのど飴が置かれている。

 

 

 

「っ!おりゃああああ!!」

 

 泡瀬は猛スピードで机の上に並べられているいくつものブロックを固めていく。

 ブロックは様々な形をしており、決まったブロック同士でないと上手く組み合わない作りになっている。そして、その泡瀬の様子をカメラが見つめており、その下にはストップウォッチモニターが付いており、時間は徐々に少なくなっている。

 

 泡瀬 洋雪。

 

 短い時間で物の形を把握してくっつけていくことで『早く正確な《溶接》』を可能にする特訓!!

 

「ギャアアアアア!?」

 

 さらに時間内に作れなかったり、組み合わせを間違えたら電流が走る仕掛けになっている謎の鬼畜仕様になっている。

 

 

 

「シュート!シュート!」

 

 ポニーは岩壁に描かれたターゲットポイントに向かって連続で角砲を発射している。

 ただし、ポニーは頭を固定されており、様々な場所にあるターゲットに向けることはできない。

 さらにポニーの周囲には常に6つの角が浮かんでいる。

 

 角取 ポニー。

 

 『角のコントロール向上』と『操る数を増やす』特訓!!

 

「シュート!シュート!あ!?」

 

 意識していると頭の角の方が発射され、周囲に浮いていた角のコントロールが乱れて地面に落ちる。

 

 

 

「……なんか私、一番地味じゃない?」

 

 切奈はテントで周囲を見えないようにされた中で、全身をバラバラにしていた。

 今の独り言も浮いている口が呟いたものだ。テントの床には切奈の体操服と下着が転がっている。

 

 取陰 切奈。

 

 分割と再生を繰り返すことで『限界時間の延長』『分割数の増加』『分割したパーツのコントロール向上』の特訓!!

 

「……アッツイ」

 

 周囲から裸やシルエットが見えないように暗い色のテントの為、熱が籠っていく。

 ゆっくりと人型に戻る切奈は暑さに項垂れながら、水分補給を行う。

 

 

 

「やっ!はっ!ぐぅ!?」

 

 庄田はサンドバックに拳を叩きつけて、殴るのと同時に《ツインインパクト》を発動する。

 サンドバックは大きく弾かれて、元の場所に戻ろうと庄田に迫る。それをさらに殴ったり、受け止める。

 

 庄田 二連撃。

 

 殴る瞬間に発動したり、連続で殴ってから発動したりすることで『威力増加』『タイムラグ短縮』『設置数増加』の特訓!!

 

「くっ……痩せないとダメかな?」

 

 と、『個性』伸ばしとは違うところで悩むのだった。

 

 

 

「む……ぐ……!」

 

 柳は唇をきつく閉じて、体に力を籠めていた。

 柳の周囲にはドラム缶が3つフラフラと浮いている。ドラム缶の中には砂が入っており、1つ20Kgほどである。

 さらに目の前の小石を見つめて、浮かせようとしている。

 

 柳 レイ子。

 

 『限界重量アップ』と『コントロールアップ』を目指す特訓。

 

「せめて……人を2人は持ち上げられる余裕はないと……ね!」

 

 

 

「……俺も地味だなぁ……」

 

 骨抜は広い所に突っ立っており、その周囲では岩が地面にゆったりと沈んでは止まり、沈んでは止まりを繰り返している。

 

 骨抜 柔造。

 

 《柔化》を1秒で出来る限りの範囲で発動・解除を繰り返すことで『発動時間の短縮』『発動範囲の拡大』を目指す特訓!!

 

 誰も近づけないので、1人寂しく行っている。

 

「……寂しー」

 

 

 

「ふっ!はっ!」

「ふん!はぁ!」

 

 回原と宍田は涙を浮かべながら体を動かしていた。

 

「よし、今だ!貴様!打って来い!!」

「っ!!ガアアア!!」

 

 宍田は虎に声を掛けられて、《ビースト》化して殴りかかる。虎は後ろに大きく仰け反って躱す。

 

「いいぃ動きじゃないかぁ!!まだまだ筋繊維が切れてない証拠だよ!」

「グハァ!?」

「違ぁう!」

「イ、イエッサ!」

 

 宍田は思いっきり顔を殴られる。

 

「もっとぉ……!プルスウルトラしろよぉ……!」

 

 宍田 獣郎太。回原 旋。

 

 我ーズブートキャンプによる『身体機能向上』『体幹強化』の特訓。

 ……頑張れ!

 

「伸ばせぇ!!へぼ『個性』を!!」

「「「イエッサー!!!」」」

 

 緑谷も含めた3人は全力で叫ぶ。

 彼らだけ違う世界にいるようだ。

 

 

 

「ふん!……はぁ!はぁ!ふん!……はぁ!はぁ!」

 

 一佳は汗をダラダラ流していた。

 台の上に上り、両手を最大化してそれぞれ巨大な鉄球を掴んで、持ち上げてはゆっくり下げる筋トレをしている。

 

 拳藤 一佳。

 

 両手最大化時に筋トレをすることで『握力と腕力強化』『最大サイズアップ』を目指す特訓!!

 

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 

 頑張ってはいるが、頭の隅っこでは『筋肉が付きすぎるのは嫌だなぁ』と思っている。

 

 

 

「ぬぅおりゃあああ!!」

 

 鉄哲はガァイン!という音と叫び声を響かせる。

 その周囲は炎が包んでいる。

 上半身裸の鉄哲が今いるのは竈の中である。天井は穴が空いているので一酸化中毒は避けられている。竈の中には鉄球が振り乱れており、鉄哲の体に打ちつける。

 

 鉄哲 徹鐵。

 

 竈の炎の中で鉄の体を熱し、鉄球で体を叩き鍛えることで『硬度アップ』と『発動時間延長』を目指す特訓!!

 

「ぶっはぁ!!」

 

 鉄哲は視界が歪んだ瞬間、竈を出て大きく息を吐く。そして、すぐ横に置かれている水が入っているバケツをひっくり返して体に掛ける。

 ジュー!!と水が蒸発して体を冷ます。そして、更に鉄分が含まれているドリンクを一気飲みする。

 

「ぷはぁ!!よっしゃ!まだまだぁ!!」

 

 体から蒸気を上げながら鉄哲は不敵な笑みを浮かべて、また竈の中に戻る。

 彼の気合は竈の炎より燃え上がっていた。

 

 

 

 そして、戦慈は1人森の中にいた。

 

「ふっ!はぁ!」

 

 戦慈の身体はフルパワーまで大きくなっていた。しかし、その体には昔の野球漫画で見たようなバネと鉄で造られたギプスを装着していた。

 その状態でシャドーを行っており、その度に衝撃波が吹き荒れる。

 

「くっ……!ホントにこれで上手く行くのかよ……!」

 

 戦慈は顔を顰めながら、ブラドの説明を思い出す。

 

 

 

 戦慈はブラドに連れられて森の中に来ていた。

 

「……俺は宍田と一緒じゃねぇのか?」

 

 あれも嫌だが、それでも戦慈は間違いなく増強型に属しているはずだ。

 なのに、自分は違う特訓をするという。

 ブラドは頷く。

 

「そうだ。教師陣で話し合った結果、お前が今すべきことは『個性』を伸ばす事ではなく、『個性』をコントロールすることだと結論に至った」

「……簡単に言いやがる」

 

 戦慈の『個性』はアドレナリンが関わる。ホルモンをコントロール出来るわけがなく、それが出来ればとっくの昔にコントロール出来ている。

 ブラドは首を横に振る。

 

「俺達が言っているのは、衝撃波のことだ」

「衝撃波?」

「正直なところ、お前の『個性』は十分強い。パワーもスピードもプロ並みで、戦闘技術も仮免試験では十分過ぎるほどだ。だが、その副作用である衝撃波の改善をしないと共闘が難しい状況はヒーローとしては致命的扱いされる可能性がある。それに衝撃波のせいで、かなり戦える場所が制限されるのもどうにかしたい」

 

 ブラドの言葉に戦慈は一応納得するが、それでもそう簡単に衝撃波をコントロールできるとは思えなかった。

 

「というわけで、これを身に着けろ」

 

 そして、ブラドが渡してきたのが例のギプスだった。

 

「……なんだよ、これ」

「ギプスだ。お前の体が大きくなるにつれて締め付けて動き辛くなるように設計してある。これで体が大きくなった状態での体の動かし方、力の流し方を身に着けるんだ」

「……」

 

 理屈は分かるが、上手く行く気はあまりしなかった。

 

「これはオールマイトでも実験している。そう簡単には壊れないだろう」

「……分かった」

 

 あの我ーズブートキャンプよりマシだろうと考えた戦慈は、渋々受け取って身に着けていく。

 

「フルパワーで衝撃波のエネルギーを完璧に抑え込めれば、あの広島で見せた力も扱えるかもしれんぞ。それに体の負担も減るかもしれん」

 

 ブラドの言葉に頷いて、戦慈は体を動かしていく。

 

 こうして、戦慈達の特訓が始まった。

 

 




今回は導入で終わりです。次回はそれぞれの特訓をもう少し細かく書いて行きます。


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拳の五十七 鍛えてます

 『個性』伸ばしの特訓を始めた戦慈達。

 

 昼休憩を迎えて、おにぎりを貰って疲れている体に無理矢理胃に流し込む一佳達。

 

「う、腕が上がらん……」

 

 一佳は腕をプルプルさせながらおにぎりを食べるのに苦労する。

 

「ん……」

 

 唯はもはやどこか遠くを眺めて黄昏ながらハムハムとおにぎりを食べている。もはや人形にしか見えない。

 そして、里琴は顔を真っ白にしてピクリともせずに横たわっている。もはや人形にしか見えない。

 

 切奈、茨、柳、ポニーはそんな3人を憐れみの目で見つめていた。

 

「唯はともかく一佳と里琴は大変そうだねぇ」

「特に里琴の場合は食べるのが勧められない」

「とりあえず水分は摂らないと脱水症状になってしまいますよ?」

 

 その近くでは男子陣もボロボロの姿で呆然と食事をしていた。

 特に男子陣で比較的元気なのは凡戸と骨抜だけで、残りの男子陣の世話をしていた。

 

「お~い、大丈夫か~」

「……し……ぬぅ……」

「シュー……シュー……」

 

 泡瀬は手足をピクピク震わせながら呻いており、円場は酸素ボンベが口から離せない。

 その隣で鎌切も項垂れており、庄田もチョビチョビとおにぎりを食べている。

 吹出はもう声が枯れて出ない。しかし、吹出は顔でコミュニケーションできるので、そこまで意思疎通に困らない。

 宍田、回原、鱗、物間は単純に体力の限界だった。

 そして、鉄哲は、

 

「あぐ!はぐ!ゴクゴク!あぐ!はぐ!んぐ!」

 

 次々とおにぎりを口に放り込んでは、鉄分込みのドリンクを豪快に飲んでおにぎりを流し込んでいる。

 

「……よくそこまで食べれるな」

「んぐ……ぷはぁ!食わねぇと力が出ねぇ!この後もまだまだ特訓は続くんだ!強くなるためには食わねぇとなぁ!」

 

 回原の言葉に鉄哲はいつも通りのテンションで答える。

 

「こいつ、確か竈に放り込まれてたよな?」

「竈の熱で気合に火が点いたんだろ」

「流石鉄の男」

 

 誰よりも酷い特訓をしていた鉄哲が一番元気に食事をしていることに回原は呆れ、骨抜も食事をしながら肩を竦める。

 そこにようやく食事を始めた鱗が苦笑しながら言う。

 その時、宍田が周囲を見渡して首を傾げる。

 

「拳暴氏の姿が見えませんな」

「ああ、あいつなら特訓してた場所で食べるってよ」

「そうなのか?」

「見に行ったら、漫画みたいなギプスを体中に着けててよ。しかもフルパワー状態で。発散しようにもギプスのせいで出し切れなくて、ギプスを外そうにも体がデカくなったせいで外しにくくなったらしいぜ」

「……哀れですな」

 

 骨抜の言葉に宍田や回原達は戦慈を同情する。

 しかし、宍田は直後「もしや、そのギプス。我らまで着けるように言われないだろうか?」と不吉なことを思い浮かべてしまった。

 

 

 

 戦慈はギプスをしたまま食事をしていた。

 

「……普通に動く分には問題ねぇが……これで本当に上手く行くのか?」

 

 動かす度にギシギシ鳴るギプスを見下ろしながらため息を吐く。

 

「まぁ、やらねぇよりはいいか。それに1人でゆっくり考えたいこともあったしな」

 

 ペットボトルの水を飲みながら、考え事を始める戦慈。

 その考えたいこととは「オールマイトと自分の差」である。

 

「『個性』も出来ることも似てる。しかもオールマイトは弱って来てる。なのに、全く勝てる気がしねぇ……」

 

 経験の差が大きいというのが一番だろう。

 それにオールマイトのパワーが元々とてつもなく大きかったのもある。

 しかし、それを除いてもオールマイトに勝てるイメージが浮かばないのだ。

 

「緑谷だって体が壊れるのを度外視すりゃあ、あのI・アイランドみてぇな力が出せる。けど、緑谷にはそこまで怖さを感じねぇ」

 

 パワーだけを見れば、緑谷も十分脅威だ。

 もし『個性』を使いこなせれば、オールマイトにも匹敵する実力になると戦慈は考えている。

 しかし、例えそうなっても緑谷と向かい合うことに怖さはない。

 

 一度勝っているからか?

 いや。だとしても『個性』を使いこなせる緑谷との戦いなら、体育祭の試合はもはや参考にもならないだろう。

 なのに、オールマイトと向かい合うような恐怖や緊張は湧かない。

 

 そして、それは戦慈にも当てはまる。

 戦慈の戦い方は「オールマイトみたい」と言われることが多い。もちろん、実際は程遠いが。

 しかし、実際に戦慈は敵連合に『仮想オールマイト』とされている。

 

 オールマイトを狙わずに、自分を狙う理由は何か。

 

 そこに答えがある気がした。

 オールマイトに勝ちたいなら、例え負けると分かっていてもオールマイトに脳無を嗾け続ければいいだけだ。

 黒霧がいるのだから、ギリギリで回収するには苦労しないはず。『個性』を発動した黒霧には攻撃が通じないのだから。

 もちろんオールマイトのスピードなら、一瞬で《ワープゲート》に飛び込めるかもしれないが。

 しかし、脳無は最悪損切出来る様子も見られているため、脳無を必ず回収しなければいけないわけではないはずだ。大事なのは戦闘データであるはずだからだ。

 

 だから戦慈には狙われるだけの何かがなく、オールマイトには敵連合すらギリギリまで避けたくなる何かがあるのだ。

 

「まぁ、そう簡単に分かるもんじゃねぇか……」

 

 やはり答えなど出るわけもなく、小さくため息を吐く戦慈。

 

『休憩終了!さぁ、特訓再開だよ!』 

 

 不意打ちの如く、頭にマンダレイの声が響く。

 戦慈はペットボトルを置いて、立ち上がる。

 そしてまた体の動きを意識しながら、シャドーを再開するのだった。

 

 

 

 一佳達もフラフラと立ち上がる。

 そこにブラドがやってくる。

 

「拳藤、腕はどうだ?」

「……ちょっと力が入れづらいです」

「そうか。じゃあ、内容を変える」

 

 ブラドの言葉に一佳は首を傾げる。

 すると、ブラドが岩壁を指差す。

 

「壁を殴りつける瞬間に発動して、腕を引くときに解除する特訓だ。これで発動時間の短縮とヒット&アウェイをしやすくなるはずだ」

「……はい」

 

 納得はしたが、この疲れた腕でやるのは流石に鬼畜だと思ってしまった一佳。

 顔に出ていたのかブラドが腕を組んで、

 

「腕が疲れているからこそ、殴り方が効率的になる。最初はゆっくりでいいから、発動と解除のタイミングに慣れていけ」

「はい」

 

 ここまで言われたら、やるしかない。

 一佳は顔を真剣な表情に変えて頷く。

 ブラドは続いて里琴に顔を向ける。

 里琴は未だに顔が白く、ややふらついている。

 

「巻空は駄目そうだな。よし、巻空。お前は飯田と同じで走り込みだ。凸凹の道を走って体力と体幹を鍛えるのと、その状態でも最低限動けるようにするぞ。拳暴や拳藤に毎回おんぶにだっこではいかん」

「……鬼教官」

 

 里琴は苦情を言いながらも、ゆったりと走り出す。

 それを見送った一佳は自分も特訓のために岩壁に向かうのであった。

 

 唯の特訓は変わらず。

 しかし、唯は八百万が大量に創造した『ヤオリョーシカ』を使っての特訓に変わってやる気を出している。

 

「ん!ん!ん!ん!ん!」

 

 今やっているのはヤオリョーシカのサイズを変えて、出来る限りマトリョーシカを再現することである。

 ピッタリ収まるようにしなければならないので細かな調整が求められるのだが、唯は午前とは違い目を輝かせて凄まじい集中力で進めていく。

 

 柳、切奈は変わらず。

 ポニーは今度は6本以上浮かせた状態で、並べられた高さが違う輪っかに角を通してコントロールを上げる練習に切り替えた。

 操れる角が2本が限界のポニーは、顔に汗を浮かばせるほど集中して操っていく。

 

 

 鉄哲は変わらず竈の中で踏ん張っている。

 それどころか、今では向かってくる鉄球を殴り返し始めていた。

 

「オラァ!」

 

 しかし、鉄球もまた竈の熱で高温になっており、殴り飛ばした鉄球からの熱で拳は痛みと熱さのダブルパンチを浴びる。

 それでも鉄哲は殴り続ける。

 

「ぐぅ……!」

 

 鉄哲は視界が歪み、足元がふらつくのを感じた。

 限界だ。出なければいけない。

 しかし、

 

「ま……だまだぁ!俺は限界を超えるぅ!!」

 

 鉄哲は気合で継続しようとする。

 

 その時、鉄球が背中に直撃する。

 

「ごぁ!?」

 

 鉄哲は堪え切れずに倒れる。地面に倒れたことで熱量が上がる。

 

「ぐ……くっそぉ……!」

 

 鉄哲は起き上がろうとするが、体の熱がどんどん上がっていき、息もし辛くなって意識が遠のいて行く。

 

(や……ば……!『個性』が……解け……!)

 

 意識を失うと『個性』が解ける。

 気合で意識を保とうとするが、流石にどうにもならない。

 その時、扉が開き、赤い鞭のようなものが伸びてきて鉄哲の体に巻きつく。

 鉄哲は勢いよく引っ張り出されて、地面を転がる。

 更に体に水を掛けられて、全身からジュー!!と蒸気が上がって体が冷やされる。

 

「ぶっはぁ!!」

 

 水ときれいな空気で一気に呼吸と意識が回復する。

 視界も戻ってきた鉄哲は周囲を見渡すと、すぐ傍に顔を顰めてバケツを抱えているブラドが立っていた。

 

「せ……んせい……」

「鉄哲。この特訓を指示したとき、俺がお前に注意したことを覚えているか?」

「……」

「言ったはずだ。命を懸ける心意気で臨むのは構わんが、それは無茶をすることとは違うとな」

「……はい」

 

 鉄哲は起き上がりながら頷く。

 

「特訓で全力を出せない奴は本番でも出せないというのは事実だ。しかし、だからと言って特訓で必要以上にボロボロになっては意味がない。この『個性』伸ばしは()()()()()()()()()特訓だ。無茶をして伸ばせるものじゃない」

「……はい」

「お前の『個性』は容量があるタイプだ。だからこそ、気合だけではなく見極めも必要となる。強くなりたいなら、しっかりとそこも伸ばしていけ」

「……はい!!」

 

 ブラドの言葉を改めて心に刻んで頷く鉄哲。

 それにブラドも笑みを浮かべて頷く。

 少し休んだ鉄哲は、再び竈の中に入っていく。その後は中で倒れる事はなかった。

 

 

 宍田と回原は引き続き、我ーズブートキャンプ中だった。

 

「よぉし!次は『個性』を発動した状態で続けるのだぁ!!」

「こ、『個性』を発動した状態で?」

「そうだ!伸ばせぇ!へぼ『個性』を!」

 

 虎の言葉に緑谷達は戸惑いながらも『個性』を発動する。

 

「では、更にスピードを上げろぉ!!」

「「「え」」」

「疲れ切った程度で暴走、解除される『個性』に存在価値などない!!『個性』を使った状態での最高のパフォーマンスを常に自覚し、意識のギャップを埋めろ!」

 

 普通時と『個性』発動時では体の動かし方も、動き方も違う。

 そのギャップを無意識で切り替えられるようにしろということである。

 特に緑谷と宍田は身体能力が格段に上がるので、地味に重要である。

 回原は手足を回転させたことでのバランス感覚などを鍛えるためだ。

 

「どうしたぁ!?それでヴィランを倒すなど片腹痛ぁい!!プルスウルトラしろぉ!!」

「「「イエッサー!!!」」」

 

 バシン!と拳を合わせながら虎が叫ぶのを見て、3人は力強く返事をする。

 3人に関しては、虎はず~っと監督役をしているので他の生徒達とは完全に別世界になっていたのだが、誰も助ける事はなかった。

 

 

 戦慈は汗を大量に流しながら、シャドーのスピードを上げていた。

 しかし、

 

バァン!

 

「くっ!」

 

 少しでも力強く腕を振ると、衝撃波が飛ぶ。

 戦慈は顔を顰めるも焦らずに体を動かし続ける。

 しかし、上手く行ってる気もしないので、苛立ちが溜まる。

 そこに、

 

「拳暴」

 

 相澤とピクシーボブが現れる。

 戦慈は動きを止めて、顔を向ける。

 

「なんだ?」

「少し趣向を変える」

「あん?」

 

 戦慈が訝しんでいると、ピクシーボブが土の壁を数枚生み出す。その土の壁には所々円形の色が違う箇所がある。

 

「この壁を殴れ。ただし、あの色が違う部分だけ壊すつもりでな」

「……なるほどな」

 

 今までよりは分かりやすいので、戦慈はすぐさま土の壁に近づく。

 そして、とりあえずまずは全力で殴ってみる。

 

「ふっ!」

 

 色が違う部分を殴った瞬間、殴った土の壁だけでなく、その周囲の壁も数枚吹き飛ぶ。

 

「……はぁ」

「大量に出してやってください。多分すぐになくなるんで」

「りょ~かい!」

 

 そして戦慈は次からは先ほどまでのシャドーのようにゆっくりと腕を動かして壁を殴る。

 しかし、ちょっと加減を間違えると簡単に色が付いた場所どころか壁そのものが崩れてしまう。

 

「……なんかこのままだと殴り方変わりそうだぜって殴り方から考えればいいのか。もっと腰や肩にパワーを込めればいけるか?」

 

 戦慈は殴るときのインパクトではなく、足や腰からもっと力を籠めれば動きは鋭くなり、放たれるパワーは減るのではと考える。

 しかし、結局パワーは大して変わらず壁を吹き飛ばすだけだった。

 

 確かに放たれる衝撃波は小さくなったが、足や腰、肩の回転を速めたことで結局速くなった分のパワーが乗るので意味はなかった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐き、また最初から始める戦慈。

 

 こうして、それぞれに特訓を続けて行くのだった。

 

 



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拳の五十八 夕食とお肉騒動

お待たせしました。

GWのせいで業務が恐ろしいことになりましてね(-_-;)
私の職場は祝日など関係ないのですがね……。
職場と関係がある企業のほとんどがGWに入るので、終わらせなければならない手続きやら注文を取ったり、取られて休み前に届けたりと仕事が増える増える(-_-;)
しかし、私は今日もいつも通り出勤。
祝日があまり関係ない職種にとって10連休って地獄ですよね。

愚痴ってしまい、申し訳ないです。



 夕方4時。

 

 地獄の特訓を終えた生徒達は、グッタリとした姿で宿泊施設横の炊事場に集まっていた。

 

「あ~……疲れた~」

 

 切奈が項垂れながらぼやき、柳や唯もコクコクと頷いている。もう声を出すのも億劫なのだ。

 里琴はもちろん戦慈の肩の上である。顔は変わらず白い。

 戦慈は比較的周囲より元気そうだが、流石に疲れているようで全力でもたれ掛かってくる里琴に文句を言う気力はない。

 

「腹減った……。けど、横になりてぇ……」

 

 泡瀬が腹を両手で押さえてふらつきながら言う。

 その両隣にいる円場や吹出も頷く。2人は喉が限界なのだ。

 鱗と物間はゼリーを食べ続けたせいで、そもそも空腹を感じていない。空腹ではないが、体のあちこちが痛くて動きたくない。

 宍田、鎌切は互いに支え合って立っており、回原は庄田と肩を組んでいる。

 鉄哲、骨抜、凡戸は草臥れてはいるが、しっかりと立っている。

 

 そして、生徒達の前にはジャガイモに人参などの食材、そしてカレールー。鍋や飯盒が並べられていた。

 

「さぁ、昨日言ったね!世話を焼くのは今日だけだって!」

「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!」

 

 ピクシーボブとラグドールが意気揚々と生徒達に言う。

 一佳達はぐったりしたまま何とか「イエッサ……」と答える。

 その様子を見たラグドールは手足をバタバタさせて大笑いする。

 

「アハハハハハ!!全員全身ブッチブチ!だからって雑なネコマンマは作っちゃ駄目ね!」

「はっ!確かに……災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……!」

 

 ラグドールの言葉に飯田がハッとして自炊の意義を考え出す。

 

「流石雄英、無駄がない!世界一美味いカレーを作ろう、皆!!」

 

 そして勝手に納得して、全員に叫ぶ飯田。

 緑谷や上鳴達が「オォ~……」と気の抜けた声で答える。

 

「……間違っちゃいねぇとは思うが、そんな高尚な理由でもねぇと思うがな」

「……食えれば何でもいい」

「災害救助中にヒーローが料理する余裕があるとも思えないしねぇ」

 

 戦慈、里琴、切奈が飯田の言葉に呆れていた。

 しかし、それに感化される者がB組にもいた。

 

「おっしゃあ!!俺らも美味いカレー作っぞぉ!!」

 

 鉄哲である。

 かなり過酷な特訓をしていたのに、叫ぶ元気があるのは流石としか言いようがない。

 

 

 その後、私服に着替えて、クラスに分かれて調理を始める。

 クラスメイトとの初めての調理ということで、意外な姿が多数目撃される。

 

「鎌切って料理出来るんだな」

 

 人参の皮むきをしていた泡瀬が、隣にいる鎌切の包丁捌きを見て感心する。

 鎌切は並べられた人参をズダダダダダ!と猛スピードでブツ切りにしていた。

 

「斬ることに関しちゃ誰にも敗けねぇぜぇ!!ただ……斬るだけだけどなぁ!!」

「ああ、うん。それは納得出来るわ」

 

 どうやら包丁だけが得意で、その後の調理は人並みらしい。包丁が得意なだけでも十分な気もするが。

 その向かい側では里琴がジャガイモを切り、隣では戦慈がジャガイモの皮むきをしていた。

 戦慈もリンゴの皮むきのようにスルスルと鮮やかに包丁を扱う。

 

「拳暴も料理出来るんだ?」

「1人暮らししてんだ。ある程度、料理くらいするだろ」

「あんまりイメージがないんだよねぇ」

「ん」

 

 肉を切っていた切奈が意外そうに戦慈を見て、戦慈は手を止めることなく答える。

 しかし、コーヒーと大食いのイメージが強すぎるせいで、戦慈が料理をしている姿が全く思い浮かばない。

 それには唯も頷いている。

 

「里琴が料理してるのは一佳から聞いたことがあったから、そこまで意外でもないんだけどさ」

「……交代制」

 

 里琴の言葉に切奈達は納得したように頷く。

 

「まぁ、そういうこった。外食なんてする余裕ないし、別々に料理すれば意外と金がかかるかんな」

「あぁ~、確かにねぇ」

 

 戦慈が肩を竦めながら言い、それに切奈が再び納得の声を上げる。

 同じ料理を多く作るのと、別々の料理を多く作るのでは前者の方が安上がりなことが多い。

 しかも里琴は戦慈の部屋に入り浸っている。なら、一緒に作った方がいいというのは、戦慈と里琴にとっては当然の結論である。

 

「拳暴って意外と多才だよな」

「多才にならねぇと施設を出てから生き辛いんだよ。戻るってわけにゃいかねぇからな」

「……這い蹲って生きる」

 

 戦慈と里琴の言葉に切奈達は2人が施設出身ということを思い出す。

 確かに施設は一度出て行くと、戻りたくなってもそう簡単には戻れないことが多い。

 しかも戦慈と里琴は職員から疎まれていたのもあって、確実に断られると考えている。

 

「……うん。帰ったら皆でどっか食い放題行こうぜ!」

「それ、いいなぁ」

「店貸し切りにでもしないと、また頭下げられそうだねぇ」

「ん」

 

 泡瀬が親指を立てて言うと、鎌切達も乗っかる。

 不器用な気の遣い方に戦慈は呆れるも、

 

「まぁ、美味い店なら行くぜ」

「……食う」

 

 と答えるのだった。

 

 

 飯盒を炊いている鉄哲は、何故か鋼質化して火が着いた薪に顔を近づけて息を吹きかけていた。

 

「ふぅー!!ふぅー!!ふぅー!!」

「いや、鉄哲。そこまでしなくていいから。もう火も十分だし、むしろこれ以上強くなったら米が焦げちまう」

 

 骨抜が呆れながら鉄哲の背中を叩く。

 

「お、そうか?」

「火傷すんなよ」

「特訓の方が熱かったから大丈夫だ!」

「全然安心できねぇよ」

 

 骨抜にツッコまれながら鉄哲はじぃ~っと火を見つめている。

 気合に燃える男、鉄哲は火が好きだったようだ。

 

 その横では宍田や円場が同じく飯盒で米を炊いていた。

 

「ふむ。このくらいで大丈夫ですかな?」

「十分十分。飯盒ってのは赤外線で炊き上げるもんなんだよ」

 

 宍田は実家が金持ちであるためか、キャンプ的なものは初めてだった。

 もちろん料理もあまりしたことがない。

 ちなみに飯盒班になったのは「毛が入りそう」という、ちょっとかわいそうな理由だった。

 

 カレーの仕上げを担当しているのは一佳、茨、回原の班と柳、ポニー、庄田の班である。

 

「やっぱ女子って料理上手いよな」

「関係ないだろ。私は1人暮らしだから料理する機会が多いから慣れてきただけだしな」

「私も好みの味を自分で作れるようになりたかっただけですので」

 

 回原の言葉に一佳は苦笑し、茨は困ったような顔をする。

 茨は一度手を出すと納得するまでしないと気が済まない性格なので、その影響が大きいだけだ。

 

「それにカレーなんて、そうそう失敗するもんじゃないだろ?スパイスから作るなら分かるけど、今回はルーを入れるだけだし」

「そうか?俺、ルーを入れるのは火を止めてからなんて初めて知ったぜ」

「……箱に書いてあるよ?まぁ、別に止めなくても、そんなに問題ないけどね」

 

 一佳は鍋を混ぜながら苦笑する。

 柳達の方は何やら騒がしい。

 

「レイ子!ショーユ、ソース、どっち入れるのデスか!?」

「入れないから」

「ホワイ!?ジャパニーズ、入れる人多いって聞いてマス!」

「それは家庭によるから。今回は駄目」

「そーデスか……。なら、シュガーを入れてみましょう!」

「ストップ、角取さん。それは皆の好みを聞いてからにしようね。だから砂糖を取りに行かなくていいよ!?」

 

 暴走気味のポニーを柳と庄田が全力で抑え込んでいる。

 凡戸と吹出はテーブルを拭いて回ったり、皿を空拭きしている。

 物間は、

 

「おやおや?A組のカレーは普通なのかい?えぇ!?それで救助者の心は満たされるのかなぁ!?」

 

 と、A組にちょっかいを掛けていた。

  

「物間~、働かざる者食うべからずって言葉知ってる~?」

「あははは!やだな、取陰。僕はA組のテーブルや皿を拭いているだけだよ」

「嘘つくなら、せめて布巾持ってからにしなね~。それにあんたは玉ねぎ係でしょ。鱗1人でやらせてるんじゃないよ」

「……」

 

 物間は完璧に論破されて、ぐうの音も出ずにクラスの元に戻っていき、その背中をA組の面々が呆れて見送るのだった。

 

 

 

 そして、カレーが完成した。

 

『いただきまーす!!』

 

 いただきますと同時に全員が一斉にカレーにがっつく。

 空腹に耐えながら作ってきたのだ。我慢はとっくの昔に限界だった。

 

「うおおお!うめーー!!」

「いい匂いを我慢してた甲斐があったー!!」

「ガツガツでウマウマだね!」

 

 戦慈と里琴もがっついている。

 里琴はもはや流し込んでいるというべきかもしれないが。

 

「お~い、おかわりも限界あるからね~」

「……ひゃうにむおうおう」

「だから、食べながら話すな。で?」

「弱肉強食だとよ。つまり早いもん勝ちって言いたいんだろ」

「……ん」

 

 切奈が呆れながら戦慈達に言うと、里琴がリス頬のまま話し、一佳にジト目でツッコまれる。

 戦慈が通訳して、里琴が頷く。

 

「今日は俺も腹減りまくってんだ!カレーのおかわりは渡さねぇ!」

「俺も!」

 

 鉄哲と回原など男子達も里琴に負けじとカレーを掻き込んでいく。

 戦慈もがっついてはいるが、おかわりするような雰囲気はなかった。

 それに一佳が首を傾げる。

 

「ん?おかわりしないのか?」

「今日はそこまで体力は使わなかったしな。他の連中に譲るさ」

「そっか。それにしても今日みたいな特訓が後4日も続くのか……」

「ん」

「ちょっと地獄」

 

 一佳はカレーを口に運びながら、うんざりする。

 それに唯や柳も少しうんざりした表情で頷く。

 一佳に関しては筋肉痛が治る気がしない。

 

「明日まず起きれる気がしないねぇ」

「これもまた特訓なのでしょうね」

 

 切奈と茨も不安そうに顔を歪める。

 昨日の疲れも取れたとは言い難い。そこに今日の地獄の特訓だ。疲れが取れる気がしない。

 今日が大変だったからと言って、明日の特訓が楽になることは決してないだろう。

 流石に少し憂鬱になる。

 しかし、それでも食欲は衰えず、カレーは美味かった。そして、着替えに行ったついでに持ってきたタンブラーでコーヒーを飲む。

 それだけでちょっと疲れが取れた気がする一佳であった。

 

 

 

 鍋と飯盒が空っぽになるまで食べて、一息つく。

 そこにブラドが立ち上がって、生徒達に声を掛ける。

 

「よし!全員食べ終わったな。では、この後の予定を簡単に説明する!まずはもちろん皿や鍋の片づけだ。その後、入浴となるが……」

「昨日、女子風呂を覗こうとした阿呆が出たんでな。男子と女子で風呂の時間をずらす」

 

 気だるげに座ったままの相澤の言葉にA組の全員が峰田を見る。

 それでB組の面々もその阿呆が誰かを理解する。

 

「本当に覗こうとしたのか……」

「懲りない奴だね」

「ん」

「物間みたい」

「流石に覗き魔と一緒にしてやんなよ」

 

「もちろん先に男子からだ。A組、B組の順で入って、男子が出たら次にA組女子って感じでいく」

「それで男子の風呂の時間が早まることになったから、男子の補習組は補習開始時間もその分早める。遅刻厳禁だぞ」

「「「「嘘だろ!?ふざけんな、峰田ー!!」」」」

「そこはオイラと関係ねーだろ!!赤点取ったお前らが悪いんだろぉ!」

 

 補習時間が早まったことに補習組だった上鳴、砂藤、瀬呂、切島が峰田に向かって叫ぶが、峰田も流石に反論する。

 地味に物間も巻き込まれたのが哀れである。

 次にマンダレイが声を上げる。

 

「じゃ、次は私からだね。明日の夕飯だけど、肉じゃがね」

「「「うおー!!」」」

 

 マンダレイの発表に歓声が上がる。

 おふくろの味の大定番と言われる肉じゃがに盛り上がる。

 しかし、

 

「お肉は豚肉と牛肉だから。A組、B組でどっちがいいか選んどいてね」

 

 という言葉に全員が顔を見合わせる。

 肉じゃがの『お肉問題』。地方はもちろん、家庭によってどっちか分かれるので、クラスの中でも意見が分かれる。

 すると飯田が腕をグルグル回しながら立ち上がる。

 

「それでは、今決めてしまおう!いいかい、拳藤くん!!」

「ああ、いいよ。じゃあ、ジャンケンで勝った方が選ぶってことで」

「異論はない。では……」

「ちょっと待った!」

 

 飯田の言葉に一佳も立ち上がって提案する。

 それに飯田も頷くと、物間が立ち上がって止める。

 

「ジャンケンなんかで決めるのつまらないだろ?ここはきっちり勝負して決めた方がいいんじゃない?」

「はぁ?別にジャンケンでいいだろ」

 

 一佳が眉を顰めて反論する。

 しかし、物間はハッと鼻で笑う。

 

「何言ってるんだい、拳藤。憎きA組と直接対決出来るせっかくのチャンスなんだよ?そんなジャンケンごときで決めるなんて馬鹿なのかい?」

「だから憎くはないっつーの」

 

 一佳はジト目で言い返す。

 そして、周囲の者達も「どっちでもいい」と言い、別にジャンケンで異論はなかった。

 

「ハァ?どっちでもいいわけないだろ。肉じゃがは豚肉に決まってるんだよ。……ああ、でもA組がどっちでもいいって言うなら、ジャンケンもしないでこっちで決めさせてもらうよ。A組はどっちでもいいなら構わないだろ?ねぇ、爆豪君」

「あぁん?」

 

 何故か自分に声を掛けてきた物間を苛立たしく睨み返す爆豪。しかし、物間は厭味ったらしい笑みを浮かべ、座っている爆豪を見下す。

 

「君は牛肉でもいいんだろ?勝負を放棄したA組を差し置いて選んだ豚肉はきっと美味しいだろうなぁ!」

「あぁん!?っざけんな、ものまね野郎!こっちだって豚肉だ!!」

 

 見事に挑発に乗った爆豪。

 物間はしてやったりとニヤリと笑う。

 

「じゃあ勝負して決めるしかないね」

「上等だぜ。クソB組なんか蹴散らかして豚肉奪い取ったるわ!」

 

 爆豪の言い方にB組男子数名もカチンときた。

 

「んだとぉ!クソB組ってどういうこったよ!」

「クソはクソだろうが!クソ鉄野郎!」

「また言いやがったなぁ!!」

 

 鉄哲も完全に火が着き、骨抜や泡瀬達も顔を顰めて爆豪を睨んでいる。

 この瞬間にお肉問題から争点がズレたが、当人達は気づいていない。

 不穏な雰囲気になったことに飯田は驚き、腕を振り回しながら叫ぶ。

 

「爆豪くん!君はまた勝手なことを……!今は神聖な合宿中なのだぞ!?それを勝負とは……」

「うっせぇ!!売られたケンカは買うしかねぇーだろが!」

「ケンカ売ってんのはそっちだろうが!」

 

 遂に骨抜も参戦する。

 普段はクールだが、仲間を馬鹿にされるのは我慢出来なかったようだ。

 戦慈は完全に呆れており、里琴は興味なしとばかりに欠伸をしている。

 

「お前ら、疲れてたんじゃねぇのかよ」

「……眠い」

「ん」

「元気だねぇ」

「一佳、どうするの?」

「……めんどくさい……」

 

 まさか副委員長の骨抜まで参戦するとは思わなかった。

 確かに爆豪の言い方にはイラっとしているが、それでも結局豚肉か牛肉かを決めるだけで、ここまでヒートアップする必要もない。

 

「訓練時間以外は自由だ。周囲に迷惑を掛けるなら論外だが」

「はっ!確か自由時間は各自の自由……。だが、そのなかで自主性を重んじつつ、生徒同士で切磋琢磨するのもヒーローとして闘争心を養う特別な時間……。そういうことですね、先生!」

「……そういうことだ」

 

 再び思考が暴走した飯田が相澤の言葉を自己解釈する。

 戦慈や一佳達から見れば、どう見ても相澤はめんどくさかっただけにしか見えなかったが。

 

「……よくあれだけで、あの理論が出てきやがんな」

「ん」

「ああ、争いはよくありません」

「やめときなよ、茨。流石に殴り合いまではいかないだろうからさ」

 

 飯田は爆豪達に顔を向けて、

 

「それでは諸君!腕相撲で勝負を決めるのはどうだろう!」

「構わねぇよ!何だろうが俺らが勝ぁつ!!」

「はっ!ねぇわ、クソ鉄。俺らが勝つに決まってんだろが!!」

 

 鉄哲と爆豪の間で火花が散る。

 挑発をしたのは物間のはずだったのに、完全に鉄哲が大将になっている。

 それはそれで、物間の人望の無さの表れかもしれないが。

 

 ということで、風呂後にA組男子 VS B組男子による腕相撲大会の開催が決定したのだった。

 

 



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拳の五十九 男達の戦い

 突如決まったクラス男子対抗腕相撲勝負。

 

 目的がもはや不鮮明だが、それでも勝負となった以上は全力で戦うだけである。

 ということで、鉄哲達B組男子一同は風呂を早々に済ませて、やる気に満ちた顔でA組男子の大部屋へと向かう。

 戦慈は一番後ろで気だるげに歩いていた。

 

「……だりぃ」

 

 正直、肉もどっちでもいいし、プライドを賭ける気もない戦慈はただただ面倒だった。

 それでも1人だけ行かないのも後からグダグダ言われそうだった。主に爆豪や物間にであるが。

 

 ちなみに女性陣はこれから風呂である。と言っても、女性陣は腕相撲大会など全く興味がないようだったが。

 

 そして、鉄哲が勢いよくA組の大部屋の襖を開ける。

 

「たのもう!!」

 

 スパーーン!!と開け放たれた襖の先にはA組男子陣が並んで立っていた。

 向かい合う様にB組陣も中に入る。

 両陣営の間には高めの簡易テーブルが置かれていた。

 

「よお、来たな」

「待たせたな!」

 

 切島が手のひらに拳を叩きつけながら、ニッ!と笑い鉄哲に声を掛け、鉄哲も腕を組んでニッ!と笑い答える。

 次いで爆豪が物間に向かって、不敵な笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「はっ!ものまね野郎。よく逃げなかったな」

「今こそA組を叩き潰せるこのチャンスに逃げるわけないだろ?」

 

 物間も不敵に笑い返し、ビシッ!と指差しながら高らかに叫ぶ。

 

「勝利の豚肉を食べるのは僕達B組さ!君達A組が明日、羨ましそうに豚肉を見ている姿が目に浮かぶよ!負け犬の君達の姿がねぇ!!」

 

 もはやヴィランの抗争のようにしか見えなくなってきた爆豪と物間の挑発合戦。

 

 その様子に戦慈や鱗は呆れており、小さくため息を吐く。

 そこに飯田が両陣営の間に立つ。

 飯田はその性格上と委員長と言うことで審判役に任命された。

 物間がいつも通り「A組に有利じゃないのぉ!?」と言いがかりをつけたが、誰も同意する者はおらず無視された。

 

「では、さっそく腕相撲を始めよう。代表者は前に!!」

 

 飯田の進行に従って、両陣営からそれぞれ5人の男子が前に出る。

 『個性』使用不可の真剣勝負。5回戦行い、勝利数が多い方が勝ちのガチンコである。

 

 B組からは庄田、骨抜、宍田、泡瀬、鉄哲。

 A組からは尾白、障子、口田、切島、爆豪である。

 

 戦慈は「『個性』使えねぇなら、コントロール出来ねぇ俺が出ると反則になりかねねぇ」と言って辞退した。もちろん、面倒くさいのが一番の理由だが。それに体が膨れたら発散するのも面倒だった。

 戦慈が後ろで欠伸をしている姿を見た爆豪は眉間に皺を寄せるが、それ以上に納得出来ないことがあった。

 

「クソものまね野郎っ!!てめぇ、あれだけ煽っといて出て来ねぇのかよ!?」

 

 この騒動の発起人である物間がしれっと後ろで高みの見物的な視線で堂々と立っていた。

 物間は爆豪の当然の叫びにハッと鼻で笑い、

 

「僕が力自慢に見える?僕は戦略担当なんだよね」

 

 とことん挑発的に返す物間に、爆豪は更に怒りのボルテージを上げていく。

 ここまで来ると、爆豪以外のA組の面々も物間の肝の太さに呆れるを通り越して尊敬の念を抱き始めていた。

 しかし、その時、飯田がハッと時計を見て、あることに気づく。

 

「しまった!?切島くん、君達はそろそろ補習の時間ではないのかい!?」

「「「「あっ」」」」

 

 飯田の言葉に上鳴、砂藤、切島、瀬呂が声を上げる。

 そして、B組陣は物間に顔を向ける。

 

「まじかよ~!これからがいいところなんだぜ~!?」

「相澤先生に怒られたくねぇだろ?ほら、行くぞ」

「頑張れよ!」

 

 上鳴が名残惜しそうに頭を抱えるが、瀬呂に引っ張られて部屋を出る。砂藤はガッツポーズをして応援して、後に続く。

 問題は切島である。

 

「おい、クソ髪。どうすんだ?」

「だ、大丈夫!隙見て抜け出してくっから!」

「切島くん!補習はきちんと受けねば!」

「トイレの隙にちょこっと寄るだけなら大丈夫だろ!?」

 

 切島はそう答えながらバタバタと部屋を出て行く。

 その様子に物間が、

 

「あれれれれぇ!?こぉんなに補習がいるなんて!そして、代表者が1人不在なんて大丈夫なのかなぁ!?これはもう勝負は貰ったようなものだねぇ!!」

 

 と高笑いする。

 こればかりは爆豪でも反論できず、歯軋りをして物間を睨みつける。

 すると、物間はくるりと背を向ける。

 

「じゃ、そういうことで僕も補習に行ってくる。あとで抜け出してくるから」

 

 そう言って部屋を出て行く物間の後姿を、全員が微妙な眼差しで見送った。

 部屋が微妙な空気に包まれるが、そこに戦慈が口を開く。

 

「始めねぇのか?こっちだって時間は限られてんぞ」 

「そうだな!それでは早速始めよう!1回戦、尾白くん対庄田くん!」

 

 進行役の飯田が頷いて、最初の代表者の名前を上げる。

 戦慈は少し離れた場所に座って観戦することにした。

 

 庄田と尾白がテーブルの前に進み出る。

 

「よろしくね、尾白君」

「こちらこそ」

 

 2人は体育祭の騎馬戦で心操に操られながらも共に戦った仲である。

 互いに見た目は地味だが、スポーツマンシップに則る爽やかな2人だ。

 挨拶を終えた2人はテーブルに肘をついて手を合わせる。

 飯田が問題ないか確認して、組んだ手の上に手を乗せる。

 いよいよ始まる勝負に否が応でも緊張感が高まってきた両陣営。

 

「レディ……ゴーッ!!」

 

 飯田が合図と同時に手を上げる。

 その直後、勝負は一瞬で決着した。

 

「っ!?勝者、庄田くん!!」

「よっしゃあ!!」

「やったぜ、庄田!」

 

 勝ったのは庄田。

 尾白はあまりにも一瞬過ぎて唖然としており、庄田は少し照れ臭そうに、けど誇らし気に笑みを浮かべる。

 A組の面々もまさかの尾白の敗北に驚いていた。

 尾白は武術を嗜んでおり、素での戦闘能力はA組随一である。その尾白が負けるとは全く考えていなかったのだ。

 

「……まぁ、見た目からすれば仕方がねぇのかもしれねぇがな」

 

 戦慈はA組の表情からそう推測した。

 庄田は見た目は少しポッチャリしているが、『個性』の性質とボクシング好きなことから、ジャブを放つときのように素早く力を乗せるのが上手いのだ。恐らく尾白はその虚を突かれたことが敗因だ。

 

「次ぃ!!早くしろや!!」

 

 鉄哲達の盛り上がりにイラついた爆豪が叫ぶ。

 それに飯田が顔を顰めるも、進行を続ける。

 

「2回戦は障子くん対骨抜くんだ!」

「やっちまえ、骨抜!」

「このままストレート勝ちだぜ!」

「いや~、流石に障子は厳しいだろ」

 

 鉄哲や回原が叫ぶが、骨抜は障子相手に少し気遅れ気味だった。体格差があるので仕方がないことかもしれないが。

 すると、そこに緑谷がさりげなく近づいてくる。

 

「あ、あの……隣、いいかな?」

「好きにしろ」

「うん……」

 

 緑谷が戦慈の隣に座る。

 テーブルでは骨抜と障子の腕相撲が始まり、数秒腕をプルプルさせながら押し合っていたが、障子が勢いよくテーブルに骨抜の手を叩きつけて勝負を決める。

 今度はA組が盛り上がり、鉄哲達が悔しがる。

 爆豪が鉄哲達を見下すように鼻で笑い、鉄哲達の怒りにまた火を点ける。

 

「……ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」

「あん?」

「洸汰君のことなんだけどさ」

「……洸汰?」

「ほら、マンダレイの従甥の……。小さな男の子」

「ああ、あのとんがり坊主か」

 

 洸汰とはマンダレイの従甥の5歳の男児だ。しかし、どうやらヒーローが嫌いのようで『ヒーローになる連中とつるむ気はねぇよ!』と刺々しい態度で雄英生に接している。

 ここにいるのも仕方がなくという感じで、マンダレイ達の言葉にも嫌々従ってる感じである。

 ヒーローを毛嫌いしているのにマンダレイといて、しかも従甥という微妙な関係から戦慈は何かしら事情があるのだろうと思って、無理に関わることはしなかった。

 しかし、どうやら緑谷はそれが気になるようだ。

 

「……洸汰君はさ、ヒーローだけでなく『個性』ありきの超人社会そのものを嫌っててさ。僕は何も洸汰君のためになるような事を言えなかったんだ」

「……」

「拳暴君なら、なんて声を掛けるのかなと思ってさ……」

「なんてってお前な……。なんで嫌ってんのかも分からねぇのに言えるわけねぇだろうが。ガキがあそこまで嫌うなんて相当な理由のはずだ。事情も知らねぇ無関係な人間が言って、変わるならプッシーキャッツがどうにかしてんだろ」

「……それも、そうだね……」

「お前はその理由知ってんだろ?だから、気になってる。違うか?」

「っ!!」

 

 緑谷は顔を強張らせて、俯いて小さく頷く。

 

 テーブルでは宍田と口田の対戦が始まろうとしていた。

 獣の体を持つのにインテリ風な宍田。そして、岩のような体を持っているのに引っ込み思案の口田の戦い。

 それでも見た目通り、力はある。

 

 それを眺めながら、緑谷はゆっくりと口を開く。

 

「実は……洸汰君の両親はヒーローで、2年くらい前にヴィランに殺されてるんだ」

「……」

 

 それだけで戦慈は理解出来た。

 しかし、それでも、

 

「俺やお前がそいつに掛けられる言葉はねぇよ。親の事なら尚更だろうが」

「……やっぱり、そう……だよね……」

 

 緑谷は項垂れるように、また顔を俯かせる。

 そして、俯いたまま捻り出すように続ける。

 

「……『個性』や社会に対して色々な考えがあって、僕の考えが正しいわけじゃないのは分かってる。けどさ……あそこまで否定すると洸汰君が辛いだけのような気がするんだ……」

 

 戦慈は腕を組んで、仮面の下から緑谷に目を向ける。

 そして、小さくため息を吐いて、

 

「死の受容のプロセスって知ってるか?」

「え?」

「人間が『死』に直面したときの精神面の過程の話だ」

 

 【キューブラー・ロスの死の受容過程】という医療界で注目されている一説である。

 いわく、人間は『死』を宣告されると5つの過程を辿るとされている。

 

 第1段階・【否認と孤立】:死が近い事実を受け入れられずに否定する。それにより他者から距離を置くことが多くなる。

 

 第2段階・【怒り】:何度も死の事実を突きつけられた結果、事実は受け入れても『なんで俺が!?』と怒りを感じる。

 

 第3段階・【取引】:どうにかして死を避けようと模索し、医者はもちろん果てには神にすら取引をする。

 

 第4段階・【抑うつ】:取引をしても死は避けられないと突きつけられ、絶望して無気力になってしまう。

 

 第5段階・【受容】:ようやく死を受け入れて、心に平穏が訪れて死を迎える準備を始める。

 

 これが医療界では余命の告知などで重要視されている。

 セカンドオピニオンなども良くも悪くも後押しするためのものだ。少しでも早く【受容】出来るようにと。

 もちろんこれは死や告知に関するだけではなく、一般的な病気の場合でも重要視されている。

 そして、これは患者本人だけではなく、その家族や親しい人物達にも当てはまる。

 

「そいつは1つ目と2つ目を行き来してる感じだな」

「【否認】と【怒り】……」

「で、普通なら3つ目の【取引】に行くんだろうが……。5歳のガキにそんなこと出来ると思うか?」

「……」

 

 答えは言うまでもなく、無理である。

 大人でさえそう簡単に受け入れられないのに、5歳の男児が理解して受け入れられるわけがない。

 

 戦慈は洸汰の言動は当然だと思った。

 【否認】と【怒り】を繰り返す。しかし、毎回同じ繰り返しはしないだろう。

 ならば、どうなるか。

 

 少しずつ【怒り】を向ける範囲が大きくなる、と考える。

 

 最初は『親を殺した犯人』。次は『犯人を生み出したヴィラン』という存在。そして『ヴィランを止められず、両親を助けてくれなかったヒーロー』。更に『ヴィランとヒーローを生み出した『個性』という力』。最後に『『個性』を認めている超人社会と人々』。

 

 最初から5歳児には【取引】するには重すぎる事実ばかりだ。

 しかし、それ故に【怒り】の矛先が大きくなりすぎてしまい、大人でも【取引】出来ないところまで苦しんでしまう。

 それを打ち砕くのは、簡単なことではない。

 ちょっと考えただけで出る答えなはずがない。 

 

「そいつにとっちゃあ、マンダレイ達や俺らは『命を捨てに行ってる大馬鹿野郎』にしか見えないんだろうな。だから、マンダレイ達にも心を開かねぇ。『近いうちに殺されていなくなるかもしれない』って思うとな。怖くて無理だろうよ」

「っ……!!」

 

 緑谷は洸汰の抱える苦しみが想像以上であることをようやく理解する。

 

 また失うかもしれない恐怖。

 

 それを克服するのは『個性』では無理だ。

 己の心でしか乗り越えられない。それもまた5歳児に求めるのは酷過ぎる。

 

「だから、俺らが言えることはねぇ」

「……」

 

 戦慈はそう言うしかない。

 全ての命を救えるヒーローがいないのと同じように、全ての心を救えるヒーローもいるわけがないのだから。

 

 緑谷は顔を顰めて、俯いたまま黙り込む。

 もう話すことはないと思った戦慈は腕相撲に意識を戻す。

 思ってた以上に宍田と口田は接戦のようだった。

 

「ヌゥガアアアアア!!」

「ウウウゥゥ……!!」

 

 宍田が雄たけびを上げながら力を籠めて、口田は呻きながらも懸命に耐えている。

 

「宍田ァアア!!押し切れエエエ!!」

「獣の本能見せてやれ!!」

「グンッ!て行って、ガン!てやっちゃえ!!」

 

 2人の気迫に引っ張られて鉄哲達の応援にも熱が入る。

 それはもちろんA組も同じだ。

 

「口田、蹂躙せよ!」

「耐えろー!」

「そっからぶっ殺せぇ!!」

 

 すると、宍田がスタミナ切れを起こしたのか、少しずつ口田が巻き返してきた。

 

「まだ行けるぞ、宍田!!負けんなー!」

「一気に行くんだ、口田!!」 

「輝いてるね☆」

 

 思ったより盛り上がっている試合に戦慈が感心していると、視界の端に気配を殺して部屋に入ってくる存在があった。

 それはすぅ~っとテーブルに近づくと、

 

「あ、虫だ」

「キャアアアアアア!!?」

 

 口田が突然に強烈な悲鳴を上げて飛び上がる。

 その瞬間、力を籠めていた宍田が一気に巻き消し、口田に勝利した。

 

「はああ!?て、てめぇ!!ものまね野郎!!」

「何かな?僕がどうしたんだい?」

 

 補習を抜け出してきた物間は爆豪の追及をまた躱す。

 口田は飯田の背中に隠れて、涙目でガタガタと震える。

 

「落ち着くんだ、口田くん!虫など見当たらないぞ?」

「あれれぇ?いたと思ったんだけど、見間違いだったかなぁ?」

「てめぇ、妨害だろーが!!」

 

 白々しい物間に再び爆豪が噛みつく。

 しかし、物間は道化のように両腕を広げる。

 

「おいおい、言いがかりはやめてくれよ。虫がいなかったって証拠もないし、それに彼の足元にいるなんてことも言ってないんだぜ?しかも、彼が虫嫌いだなんて知らなかったなぁ。それにしても、負けたらこっちのせいだなんて、まるで質の悪い輩みたいじゃないか。ああ、怖い怖い!!……じゃ、僕は補習に戻るから」

 

 もはや詐欺師にしか見えない答え方をして、物間は再び部屋を去っていく。

 爆豪の額にはピクピクと青筋が浮かんでおり、今にも爆発しそうだった。

 

「あぁ!?なんなんだ、あいつはぁ!!」

 

 その爆豪の言葉に答える者はいない。

 何故なら鉄哲達ですら『あいつは何がしたいんだ?』と思っているからだ。

 自分で煽っておきながら参戦せず、サラッと来ては応援ではなく反則行為をしてカッコつけて去っていく。

 意味が分からなかったが、あんな奴でもクラスメイトだ。爆豪に堂々と同意するわけにはいかない。

 間違いなく物間はB組だからこそ、まだ受け入れられている存在だろう。

 

 これで勝負は1対2で、B組優勢である。

 なんだかんだで口田の負けを受け入れるのだから、爆豪も根は真面目である。

 そして、4回戦なのだが。

 

「切島の奴、来ねぇな」

 

 鉄哲が心配そうに襖に目を向ける。

 

「……物間が抜け出したからじゃね?」

 

 そこに骨抜がボソッと言う。

 その言葉に庄田や鱗達も納得する。

 

「ああ……2人同時に抜け出すのは目立つだろうね」

「物間の奴……。まさかそれも狙ってやったんじゃ……」

 

 教師陣も今、ここで腕相撲大会をしているのを知っている。

 物間が言い出しっぺなのも知っているので、尚更抜け出しにくいのだろう。

 物間ならありうる。骨抜達はそう思った。

 

「どうする?」

 

 代表の泡瀬が飯田に訊ねる。

 

「そうだな……。抜け出すとは言っていたが、そうままならないだろう。そうすると先に爆豪くんと鉄哲くんの勝負をするか、もしくは新たな代表者を決めるかだな」

「俺は先にやってもいいぜ!」

 

 鉄哲が飯田とまだ来れない切島を気遣って、ニカッ!と男前に笑いながら声を掛ける。

 しかし、爆豪が、

 

「ざけんな。大将戦は一番最後だろうが」

「はぁ?なんでお前は自分の事ばっかなんだよ!!」

「うるせぇ」

 

 不遜な態度で言い張る爆豪に、鉄哲が再び食って掛かる。

 その直後に切島が飛び込んできた。

 

「わりぃ!遅くなった!」

「ちょうどこれからだぞ、切島くん!」

「勝敗は!?」

「こっちが負けてるな」

「マジか!?よし、さっさとやろうぜ!」

 

 障子の言葉に切島が気合を入れてテーブルに構える。

 泡瀬も気合を入れ直して、切島と手を組む。

 爆豪と鉄哲も黙って試合を見守る。

 

「レディ……ゴー!!」

 

 開始と同時に泡瀬が一気に切島の手をテーブル間近まで追い込む。

 

「っ!くっ……!」

「も、ら、う、ぜぇ!!」

 

 切島が歯を食いしばって全力で耐える。泡瀬も歯を食いしばりながら笑みを浮かべて力を入れていく。

 

「これで決めろ、泡瀬ー!!」

「行けー!」

 

 勝利が見えて盛り上がるB組。

 A組も負けじと応援する。

 

「切島、耐えて!」

 

 その時、

 

「切島!敗けたら死ね!」

『は?』 

 

 切島以外の全員が爆豪の一喝に一瞬気を取られた。もちろん泡瀬も。

 そのせいで力が緩んでしまい、一気に逆転負けしてしまう。

 

「げっ!?」

「ふぅ……応援ありがとな!」

 

 切島がやり切った顔で爆豪に礼を言う。

 応援と言う言葉に切島と爆豪以外の全員が「あれで応援なのか……?」と首を傾げるが。

 そして、いよいよ大将戦。

 

 気合に満ちた爆豪と鉄哲が不敵に笑いながらテーブルに進み出て、手を組む。

 

「瞬殺したるわ!」

「勝つのは俺達だぁ!」

「き、君達!まだ始まっていないぞ!少し力を抜きたまえ!」

 

 互いの手を握り潰すかのように力を籠めており、飯田が一度組み直させる。

 そして仕切り直して、飯田が2人の手の上に手を置く。

 最終決戦に両組は息を呑む。

 

「レディ……ゴー!!」

 

 出だしのスピードが勝ったのはやはり爆豪だ。

 先ほどの泡瀬のように鉄哲の手を一気にテーブルギリギリまで追い込む。

 鉄哲も切島のように耐え、少しずつ持ち直していく。

 

 その感触に爆豪は体育祭の試合を思い出す。

 

「今度はぁ……完璧に負かすぅ!!!」

「負けねぇよおおおお!!」

 

 叫びながら渾身の力を振り絞る爆豪と、それに呼応するように鉄哲も力を増していく。

 

「そのまま行けー!!爆豪!!」

「負けるな鉄哲ー!!」

 

 2人は腕や額に血管を浮かばせながら全力を出し続ける。

 ギシギシ!とテーブルも悲鳴を上げ始める。

 すると少しずつ爆豪が鉄哲を押していく。鉄哲の呼吸を完璧に見切って力が抜ける瞬間を狙っているのだ。

 

「っ……!」

 

 もはや鉄哲は声を出す余裕もない。

 

「まだ行ける!!鉄哲、頑張れ!!」

「負けんな!!」

「根性出せぇ!!」

 

「そのまま行け!」

「いっけぇ、爆豪!!」

 

 骨抜達は汗を出しながら全力で檄を飛ばし、切島達も興奮しながら応援する。

 鉄哲は全く押し返せない事実に悔し気に顔を歪めるが、それでも最後まで諦めない。

 爆豪が勝利を確信して、ヴィランも逃げ出すような笑みを浮かべて、最後の一押しを決めようとした時。

 

 突如、畳が揺らぎ爆豪の足が沈んで、バランスが崩れる。

 

「んなっ……!?」

「オオオッシャア!!」

 

 爆豪の異変に気づかなかった鉄哲は一気に爆豪の手をテーブルに叩きつける。

 その勢いを利用して、畳から足を引き抜く爆豪。

 

「っんだ、これ!!」

 

 爆豪の異変に気づいた飯田やA組陣が、歪んだ畳を見る。

 

「これは……《柔化》か!!」

 

 飯田の声に全員が骨抜を見る。

 しかし、骨抜は慌てて両手を上げて、ブンブン!と首を横に振る。

 

「お、俺じゃねぇよ!」

「って、ことは……」

「ぐぇっ!?」

 

 爆豪が何かに気づくと、入り口の方でカエルが潰されたような声がした。

 全員が目を向けると、そこには戦慈に後ろ襟を掴まれて持ち上げられている物間がいた。

 

「物間……!」

「やっぱ今のはテメェか、ものまね野郎!!」

「な、なんのことがぇ!?」

「いい加減にしやがれ」

 

 この期に及んで言い逃れしようとする物間の首を更に絞めつける戦慈。

 戦慈は物間が息を潜めて入ってきて、骨抜の肩にそっと触れて『個性』を使ったところまで全て見ていたのだ。

 

「てめぇなぁ……自分で勝負煽って、飯田が審判することに贔屓だなんだ言っときながら一番姑息なことしてんじゃねぇよ。これで勝って喜ぶ鉄哲達だとでも思ってんのか?反則で勝った豚肉食って喜んでたら、本当にクソじゃねぇか。しかも骨抜に疑いが向くように逃げようとしやがって」

「……」

 

 戦慈の言葉に目を逸らすしか出来なかった物間。

 鉄哲達も流石に容認できなかったのか、顔を顰めて頷いている。

 

「別に戦闘訓練とかだったら騙そうが何しようが構わねぇけどよ。『個性』禁止の真剣勝負って全員で決めたことに茶々入れんじゃねぇよ」

 

 そう言いながら、腕を回して背中側に物間を担ぐ。

 

「ぐぇ!?」

 

 物間は両手で襟を引っ張り窒息を防ぐ。

 

「こいつを補習室に叩き込んでくる。俺はそのまま抜けさせてもらうぜ。コーヒー淹れてぇしな」

「あっ!俺も戻らねぇと!」

 

 戦慈の言葉に切島も慌てて大部屋を飛び出していく。

 それに続いて戦慈も物間を担いだまま部屋を出て行く。

 

 戦慈は補習室に足を踏み入れて、ブラドに物間を渡す。

 

「やはり抜け出してたか……」

「……切島、お前もか?」

「え!?」

 

 相澤がギロリと切島を睨み、切島は冷や汗を流し始めて固まる。

 それに相澤は戦慈に顔を向ける。

 

「そこに切島はいたか?」

「さぁな。俺はこいつに気を取られたからな。あの人数の中に誰がいたかまで憶えてねぇよ」

「……そうか」

 

 あっけらかんと嘘をつく戦慈。

 それは相澤も見抜いたが、嘘だという証拠もないのでそれ以上追及はしなかった。

 

「じゃあ、俺はまた下でコーヒーでも淹れさせてもらうぜ」

「……分かった。片づけをしっかりな」

「分かってんよ」

 

 戦慈は補習室を後にして、器材と豆を持って食堂に向かった。その背中に切島が両手を合わせてペコペコしており、上鳴や芦戸達は意外そうな顔をして見送る。

 そして、物間は相澤の捕縛布で椅子に縛り付けられて、抜け出すことは出来なくなるのだった。

 

 ちなみに戦慈が抜けた後の鉄哲達は、仕切り直しということで枕投げを行うことにしたらしい。

 もちろん『個性』無しということだったが、全く勝負がつかず、苛立ちが限界を迎えた一同は「うっかり!」と称して『個性』をフル発動して戦い始める。

 飯田が声を枯らすまで注意していたが、ヒートアップしていた一同には届かず、枕と『個性』が部屋を飛び交う。鉄哲や庄田も注意していたが、残念ながら届かなかった。

 

 そこにあまりに騒ぎ過ぎだと判断した相澤とブラドが大部屋に入ると、2人の顔に勢いよく枕が当たり、全員が顔を真っ青にして固まることになる。

 しかもそこに虎がグルグル巻きにされて白目を剥いた峰田(誰もいないことに気づかなかった)が運ばれてきて、性懲りもなく女子風呂を覗こうとしていたと告げられる。しかもピッキングや電動ドリルなどの工具まで用意していたらしい。

 

 そのダブルパンチに相澤とブラドがブチギレする。

 

「何やってんだ、お前ら!!!俺は情けないぞ!!『個性』を使って勝負とは……!お前達は何のためにここに来たのか忘れたのか!?バカヤロー共が!!」

「自由時間は好きにしろって言ったがな、何をやってもいいってことじゃねぇぞ……?随分体力が余ってるみたいじゃないか?」

 

 額に青筋を浮かべて怒号を飛ばすブラドと、髪を逆立て目を赤く輝かせて睨みながら底冷えするような声で淡々と言う相澤。

 両極端の怒気に鉄哲達B組は泣きながら謝り、爆豪達A組は直立不動で顔を真っ青にしたまま硬直して震えていた。

 

「そんなに体力が余ってんのなら、明日のトレーニングメニューはお前らだけ倍だ。なぁ、ブラド」

「そうだな……!」

 

 もはやブラドは情けなさすぎて涙を流していた。

 

「そ、そんなぁ……!?」

 

 そこに思わず生徒の誰かが声を上げる。上げてしまった。

 相澤は声が聞こえた辺りをギロリと睨んで、

 

「まだ声を上げられるみたいだな。3倍だ」

「っ……!!」

 

 閻魔の判決に生徒達は涙と共に声を飲み込む。

 しかし、閻魔(相澤)はまだまだ止まらない。

 

「確か発端は明日の肉だったな?そんな争いのネタになるようなものがあるからいけない……。よって、お前達は明日の肉は抜き!!」

 

 トレーニング量は増えて、肉も抜き。

 まさに地獄に落とす判決である。

 

「そんなぁ!?」

「肉じゃがに肉がないなんて!?」

 

 流石に声を上げる生徒達だが、相澤とブラドには届かなかった。

 もちろん、物間も同じことが言い渡され、補習室から連行されて説教が始まる。

 そこに切島が「先生!俺も抜け出しました!!」と自白して、爆豪達と一緒に説教と罰を受けると言い放つ。

 

 一番哀れなのは審判の飯田と真面目に戦っていた鉄哲と庄田、そしてずっと観戦していたB組男子達だろう。

 しかし、止められなかったのも事実なので、大人しく説教を受ける。

 

 その様子をタンブラーを傾ける戦慈や上鳴、瀬呂、砂藤、そしてAB女性陣が呆れていたり、同情の目で見つめていた。

 

「馬鹿だねぇ……」

「説教と罰は免れたけどよぉ。補習は説教終わっても続くんだろ?喜べねぇなぁ」

「それな……」

「しばらく終わりそうにねぇな……」

「最悪~……」

「ドンマイ、三奈ちゃん」 

『ドンマイ(ですわ)』

「拳暴はちゃっかり免れてるんだな」

「ん」

「……カフェオレ」

「コーヒーは下にあるぞ」

「「「行く」」」

「あぁ、皆さん。しっかりと罰を受けて反省してください」

 

 切奈が呆れて、上鳴、瀬呂、砂藤が複雑な表情で怒られている面々を見つめる。

 完全に巻き込まれて補習が伸びたことに項垂れている芦戸に、A組女性陣が本気で憐れむ。

 一佳や唯達はちゃっかり免れている戦慈にジト目を向けていたが、コーヒーがあると聞くと怒られている面々の事をすぐに忘れる。

 茨は両手を組んで嘆いていたが、一佳達がコーヒーを飲みに食堂に向かうと聞くと、すぐに後に続くのだった。

 

 結局、勝負は強制的に幕を閉じ、何も得られないという結果に終わる男子達だった。

 

 何のためにあそこまで熱くなって戦っていたのか分からなくなった鉄哲達。

 

 しかし、ある意味高校生らしい思い出が出来たとも言える。

 

 

 この後に起こる悲劇が終わった時には、誰もがそう思うことになるだろう。

 

 世界の変革の狼煙が上がるまで、24時間を切っていた。

 




洸太君をようやく話題に出せました(-_-;)
ちょっと重い話ではありますがね。
次回は女子会編です。


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拳の六十 女子会

お待たせしました(__)
ようやく振替連休をちょっと貰えたので、少し遊んでました。


 時は少し戻り、男子達が腕相撲で盛り上がっていた頃。

 一佳達は入浴の時間となり、脱衣所を訪れる。

 しかし、そこには、

 

「あれ?A組?」

「どうしたの?」

 

 八百万を始めとするA組女性陣が揃い踏みだった。

 風呂上がりの湯気を体から立ち上げながら、どこか真剣な表情で露天風呂の方を見ていた。

 特に耳郎は床にプラグを刺している。

 

「すいません、拳藤さん」

「いや、いいけどさ。どうしたんだ?」

「峰田ちゃんよ」

 

 蛙吹がどこか呆れた表情で答える。

 一佳達は首を傾げる。

 

「峰田って……昨日怒られたばっかだろ?それにもう男子の風呂の時間は終わってるし……」

「峰田がそれくらいで諦めるとは思えないんだよね」

「けど、私達は警戒してる事は分かってるだろうからね!だったらB組女子の方に来るって思ったんだ!」

「この時間は男子の方は誰もおらんしね。忍び寄るのが簡単やと思うんよ」

「峰田ちゃんが大人しく腕相撲を見学するなんて思えないもの」

 

 芦戸、葉隠、麗日、蛙吹が確信しているかのように力強く言う。

 それに一佳達は呆れるやら感心するやらだ。

 その時、

 

「……来たっぽい」

「準備しますわ」

 

 八百万と麗日が箱を抱えて内湯に入っていく。

 他の者達も後に続き、露天風呂に続く引き戸の前で集まる。

 

「これ……ドリル?」

「そこまで!?」

 

 耳郎は露天風呂の方からギュルルルと削るような音が聞こえてきた。

 峰田の用意周到さに流石の麗日も驚く。

 

「この中にはドライアイスが入ってますわ。この後は煙をうちわで扇いで視界を塞ぎます。申し訳ありませんが拳藤さん達は気づいていないふりをしていただけないでしょうか?その間に私達で穴を見つけて成敗しますので」

「分かった」

「ん」

「……殺す」

「里琴。お仕置きはあぶり出してからだよ」

 

 ここまでくれば誰も戸惑いはしない。

 峰田が一番学ばないところは、相手が自分よりも秀才であることと、この施設は『個性』が使える場所であるということだ。

 

 八百万が音を立てないように半分ほど引き戸を開けて、ドライアイスが大量に入っている箱を開ける。

 白い煙が立ち上がり、切奈、柳、ポニー、蛙吹がうちわでゆっくり、されど大きくうちわを扇いで壁周囲を白い煙で覆っていく。

 そして、一佳、唯、茨が今度は音を立てて引き戸を開けて、演技を始める。

 

「あー、やっぱ露天っていいな」

「疲れがとれますね」

「ん」

 

 白々しいかもしれないが、流石に演技の練習はしていないので仕方がない。

 すると、壁を覆う白い煙の一部が勢いよく流れた。

 それを確認した耳郎と芦戸がゆっくりと近づいていく。

 

「あー……こんなところに穴が……塞がなきゃ」

「その前にお仕置きでしょ」

 

 芦戸がわざとらしく声を上げると、耳郎がプラグを操って穴に差し込み、その奥にある不埒者の目に突き刺す。

 そして、直後に

 

ドックン!!!

 

「ぎゃああああああ!?」

 

 不埒者の体の中に爆音が流れ込まれる。

 露天風呂に悲鳴が轟くが、芦戸は手を緩めずに穴に《酸》を流し込んで壁を溶かす。

 爆音に呻いていた不埒者に更に《酸》が降りかかる。

 

「うぎゃああああ!?」

 

 不埒者こと峰田はたまらず広がった穴から飛び出す。

 そこには女性陣が全員峰田を蔑んだ目で見下ろしていた。

 

「警戒しておいてよかったですわ」

「助かったよ、ありがとな」

 

 八百万が頭痛に耐えるように顔に手を当てながら嘆く。

 その肩を一佳がポンポンと叩いて、礼を言うことで慰める。

 

「峰田くん、覗きはあかん!」

「いつか捕まるわよ」

「あ、本当にドリル持ってきてるよ!」

「あと、あのポケットに入ってるのってピッキング道具じゃない?」

「クレイジーですネー」

「……成敗」

「ぎゃあああ!」

 

 里琴が竜巻を生み出して、峰田を真上に打ち上げる。

 さらに里琴は竜巻で飛び上がって峰田の上に回り込み、両手を組んで振り上げ、峰田の腹に叩き込む。

 

「……くたばれ」

「ぶごえっ!!……ごばっ!?」

 

 更に竜巻を放って追撃し、峰田はくの字に体を曲げて地面に叩きつけられて気絶する。

 里琴は峰田の横に降り立って、腹に足を乗せてグリグリする。

 

「……悪は死すべし」

「里琴、そこまで」

「今のうちに縛ってしまいましょう」

 

 八百万が縄を創造して素早く体を縛り、目隠しをする。

 

「私達は峰田さんをプッシーキャッツのところに運んで、事情を伝えてきますわ。拳藤さん達は時間もないので入浴してくださいまし」

「頼むよ。ホントにありがとな」

「ん」

「いやいや、うちのバカが迷惑かけてごめんよ」

「じゃ、ごゆっくり~」

 

 麗日が無重力にして峰田を運び、八百万達は去っていく。

 一佳達は悪を撃退したことでホッとして残った時間で温泉を味わうのだった。

 

 

 

 

 風呂からあがった一佳達は、八百万達にお礼を言いに行こうということで、お菓子を集めてA組女子の部屋へと向かう。

 お礼を言われた八百万は原因が原因なので丁重に断ったが、芦戸と蛙吹がせっかく持ってきてくれたのに失礼だと言い、受け取ろうとするが八百万はそれでもためらう。

 そこに葉隠が、

 

「だったら皆で食べようよ!女子会しよー!女子会!」

 

 と提案し、男子も男子で集まってるからということで、一佳達も頷いた。

 女子の部屋はそこまで広くはないが、入れないわけではないので、全員で布団を動かして場所を作る。

 車座に座り、お菓子を広げてジュースで乾杯をする。

 合宿というシチュエーションもあり、気分は盛り上がる。

 八百万は何やらソワソワして周囲を見渡している。

 

「実は私、女子会は初めてなんですけど……どういうことをするのが女子会なんでしょうか?」

「女子が集まって、食べながら何か話すのが女子会じゃないの?」

 

 芦戸が首を傾げながら答える。

 そこに葉隠が意気揚々と声を上げる。

 

「女子会と言えば……恋バナでしょうがー!!」

 

 葉隠の姿は見えないが、雰囲気的に腕を振り上げて叫んでいるように感じた。

 恋バナと言うキーワードに他の女性陣もそれぞれ反応を示す。

 

「恋バナー!」

「うわぁ~」

「恋ねぇ」

「えー……」

「こ、恋!?そんなっ、結婚前ですのに……!」

 

 芦戸も盛り上がり、麗日と蛙吹が頬を赤くして、耳郎は戸惑うような声を上げて、八百万は戸惑いながらもまんざらでもない感じだった。

 

「いやいや結婚前だから恋なんでしょ?」

「結婚というのは神の御前での約束で……」

「あー、そう言うノリか」

「鯉バナナ?」

「んーん」

「楽しそうデース」

「……お菓子くれ」

 

 切奈は呆れながら八百万に声を掛けて、茨は両手を組んで言い、一佳は苦笑するが文句は言わない。

 柳はとぼけたように首を傾げ、それに唯が首を振りポニーも盛り上がる。そして、里琴は興味なさげに菓子に手を伸ばす。

 

「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」

 

 先ほどから言い出しっぺの葉隠が見えない腕を上げて、音頭を取る。

 里琴を除いた全員が少し楽し気に周囲を見渡すが、誰も名乗り出ない。10秒ほどして全員が困惑を顔に浮かべ、そして全員が無意識に里琴を見る。

 里琴は相変わらずモキュモキュとお菓子を頬張っている。

 

「……誰もいないの!?」

「ねぇ、巻空って結局拳暴とはどうなの?」

 

 葉隠が驚愕の声を上げて、芦戸が思い切って質問する。

 里琴に再び視線が集中する。

 里琴はゴクンとお菓子を飲み込んで、口を開く。

 

「……別に付き合ってない」

「そうなん?」

「でも、大事にされてそうだけど?」

「……10年近く一緒にいれば普通はそうなる」

 

 あっけらかんと言うが、全員は懐疑的だった。何故ならA組に十数年いがみ合っている幼馴染コンビがいるからだ。いがみ合っていると言って、ほぼ一方的にであるが。

 切奈が一佳に顔を向ける。

 

「一佳は拳暴の家によく行ってるんでしょ?里琴と拳暴って普段どんなふうに過ごしてんの?」

「どうって……学校と変わらないぞ?拳暴がコーヒーを出してくれるくらいで、話しながらも好き勝手してる感じだな」

 

 戦慈の家に娯楽は一切ないので、里琴や一佳が持ち込んでのんびりとしているだけだ。戦慈は基本的にコーヒーを淹れるか、教科書や小説を読んでいる。

 それに芦戸が頬を膨らませる。

 

「え~。つまんない!」

「でも、拳暴の事は好きなんでしょ?」

「……ん」

「「「おお!!」」」

 

 切奈の質問にはっきりと頷く里琴。

 それに芦戸や葉隠達は色めき立つ。

 

「どこ!?どこが好きなの!?」

「……全部」

「ありきたり!」

「何がきっかけで惚れたの!?」

「……助けてもらったから」

 

 芦戸と葉隠の質問になんだかんだ答えていく里琴。

 助けてもらったという言葉に一佳達も前のめる。

 

「助けてもらったというのは?」

「……秘密」

「え~!ここまで来て、それはないでしょ!」

「……戦慈の昔話と同じように盛り上がる話じゃない。だから止めといた方がいい」

 

 戦慈の昔話と言うと顔面の火傷痕と両親の話である。

 流石に今のテンションで話せる内容ではないと里琴は判断した。

 それに芦戸達も納得して追及を止め、葉隠が気分を変えて新しい質問をする。

 

「じゃあ、好きな人がいる人ー!!」

 

 今度こそと期待を込めた目が右往左往する。

 しかし、誰も手を上げない。

 すると麗日が顔を赤くしていく。

 

「あら。どうしたの?お茶子ちゃん」

「その反応はいるな!!」

 

 蛙吹が首を傾げると、葉隠も見逃さずに追及する。ちなみにB組女性陣は一佳に目を向けていた。

 麗日は更に顔を真っ赤にして、ブンブン!と首を横に振る。

 

「お、おらんよ!?おるわけないしっ!」

「その焦り方は怪しいな~」

「ねぇ、誰!?誰!?ここだけの秘密にしとくから!」

 

 しかし、芦戸と葉隠は逃さんとばかりに詰め寄る。

 麗日の肩を掴んで顔を近づける2人。

 麗日はさらに両手をブンブンと振って、必死に否定する。

 

「いやっ、これはそういうんと違くて!」

「ほらほら~吐いちゃいなよ~。別に悪い事じゃないんだからさって、わぁ!?」

「きゃあ!?」

「あ、ご、ごめん!!」

 

 麗日が振り回してた両手が芦戸と葉隠に当たり、《無重力》が発動してしまう。

 2人は浮かび上がり、それを見た麗日は慌てて解除する。2人は布団の上にポスンと落ちる。 

 

「でもほんまそういうんと違うから!これは……そ、そういう話が久しぶり過ぎて動悸がしたというかっ」

「どんだけ久しぶりなんだ」

「久しぶりで動悸って……」

 

 麗日の無理がある言い訳に耳郎と切奈が呆れる。

 芦戸と葉隠もそれ以上の追及を止めて、新しい標的に目を向ける。

 

「じゃあ、次は拳藤だ!」

「え、わ、私か!?」

 

 一佳はいきなりの名指しに目を見開いて肩を跳ね上がる。

 すると、切奈の首と両手だけが一佳の背後から現れ、一佳の肩を掴む。

 

「そーそー。もういい加減に白状しようよ、一佳。拳暴の事どう思ってるのかをさ」

「せ、切奈!?」

「そうですわね。職場体験でも随分気にしてらっしゃいましたし、拳暴さんの家にもよくお邪魔しているようですし……」

「八百万!?」

 

 切奈と八百万の裏切り?に顔を赤くして慌てる一佳。

 お菓子に夢中な里琴と、クールダウンに必死な麗日を除く全員の視線が一佳に集中する。

 特にポニーと八百万の目がキラキラと輝いているように見える。

 

「男子達は気づいているかどうかは知らないけどさ、もう私らはある程度察してるんだよ?ここで白状しといた方が、楽になるよ」

「……そうかぁ?」

 

 一佳は顔を赤くしたまま眉間に皺を寄せる。

 どう考えても乗せられてる気しかしない。しかし、麗日のように逃れられる気もしない。

 

「里琴はもう当然としてさ。それにしても一佳の拳暴への関わり方は同級生ってだけには見えないよ」

「ん」

 

 切奈は苦笑しながら首を戻す。しかし、両手は一佳の肩を軽く揉みながら緊張をほぐしている。

 一佳はしばらく黙っていたが、小さくため息を吐く。

 

「……そりゃあ、好きか嫌いかって言われれば好きだけどさ」

「お!」

「けど……う~ん……今は恋愛って言うよりかは……あいつが普通に笑うところを見てみたいってのが一番、だな」

 

 正直に話し始めた一佳に切奈達は麗日も加わってテンションが上がるが、続いた言葉に全員が戦慈の顔を思い浮かべる。

 

「……確かに戦闘に関わること以外で笑ったところ見たことないかもねぇ」

「ん」

「里琴の方が無表情だから、気づかなかったかも」

「そうですね。それに戦いに関しても体育祭の時のイメージが大きいですね」

「一緒に遊んだ時モ、笑ってなかったと思いマス」

「確かに笑うイメージはないわね。拳暴ちゃんは」

「「「け、拳暴ちゃん……」」」

 

 切奈達も、戦慈が里琴と同じくらい笑わないことに今更ながらに気づいた。

 クラスが違う蛙吹も顎に指を当てながら言い、一佳達は戦慈の呼ばれ方に戸惑う。蛙吹は基本同級生などはちゃん付けで呼ぶことを教えてもらいすぐに納得したが。

 

「けど、A組も轟とか障子とかあんまり笑わないメンバーも多いけどね」

「障子君は口元覆ってるし」

「轟君は……最近は表情柔らかくなったと思うよ?」

 

 耳郎が他の者達の名前を上げると、葉隠と麗日が首を傾げて戦慈とは違うのでは?と口にする。

 そこに芦戸が口を開く。

 

「実際、拳暴ってどんな奴なの?女子といつも一緒にいるし、遊びにも行ってるんでしょ?まぁ、プールの時も少し聞いたけどさ。巻空や拳藤はともかく、他のメンバーも受け入れてるじゃん」

 

 芦戸の質問にB組メンバーは再び考え込む。

 

「う~ん……ぶっきらぼうな感じだけど、なんだかんだで人付き合いはいいんだよね」

「悪漢から守ってくれますし、嫌な視線を向けてくる人から遠ざけようともしてくださいます」

「ん」

「面倒見はいい」

「ショッピングも付いてきてくれマース!」

「そうだな。似合うか?とか聞くと、しっかり答えてくれるんだよ。それに常に同じ雰囲気だから付き合いやすいんだよな」

「ん」

 

 正直、悪目立ちすることくらいしか文句はない。

 しかし、付き合って何か変わるのかという期待もあまり湧かない。

 

「彼氏っていうのが嫌なわけではないけど、早く告白しなきゃっていう焦りも湧かないねぇ」

「そうだな。付き合っても、今まで通りな感じもする。まぁ、今私達はヒーローになるのが一番だからってのもあるんだろうけどな。あいつもヒーローになるまで誰かと付き合うなんて考えないだろうし」

「後はやっぱり里琴が今後どうするかってのもある。やっぱり拳暴と里琴はセットってのが当たり前だから」

「ん」

 

 切奈、一佳、柳の言葉に唯達も頷く。

 地味にB組女子全員が、里琴次第で戦慈を狙う可能性があると自白したのだが、B組女子陣は誰も気づいていない。

 一佳達の言葉に八百万を除くA組女子達は、

 

「「「「「ごちそうさまです」」」」」

 

 と、言ったのだった。

 

 

 

 意外なB組陣の甘~い話を聞いたところで、芦戸が話題を変える。

 

「じゃあ、妄想でキュンキュンしよ!A組とB組男子で付き合うなら誰!?みたいな。あ、拳暴はなしね」

「それ、面白そう!」

 

 結局恋バナからは離れない。

 それに葉隠が飛びついたことで、話題は決定した。

 しかし、

 

「……いざ彼氏って考えると、誰もピンと来ないねぇ……」

 

 と、言い出しっぺの芦戸が眉間に皺を寄せて唸り、他の者達も同じように唸る。

 買い物する気で行ったのに、いざ商品を見ると微妙に違って、欲しいと思えない。そんな感じだ。

 

「そもそも、そう言う気持ちで今まで見たことないしなぁ」

 

 一佳が同意する様に言う。ただし一佳の場合は、雄英入学前から戦慈を意識していたというのもある。

 

「つーかさぁ……彼氏にしたい男がいないっていうのが一番大きいんじゃ?」

「それを言ったらおしまいよ、響香ちゃん」

「……そういえば」

「どしたの、ヤオモモ」

「耳郎さんなんですが……」

「は?ウチ?」

 

 耳郎が目を見開く。

 八百万はどこか照れて、かつ戸惑ったような雰囲気を纏いながら続ける。

 

「耳郎さんは、よく上鳴さんと仲良くお話しているなと思い出しまして……。上鳴さんはいかがですの?」

「ちょ、やめて!まぁ、そりゃああいつは話しやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気するって」

 

 耳郎はまさか自分が話題に上がるとは思わず、恥ずかし気に顔を顰めて否定する。

 そこに蛙吹が首を傾げて、

 

「そうかしら?上鳴ちゃんって付き合ったら意外と一筋になりそうよ」

「え!?梅雨ちゃん、上鳴君がタイプなん!?」

「いいえ、全然。でも上鳴ちゃんは基本女の子には優しいでしょ?」

「う~ん?ただの女好きってだけじゃない?」

「だねぇ。付き合えるかもって思ってたら優しくするでしょ」

 

 耳郎と切奈の言葉に全員の頭にふと不埒者の顔が浮かび上がる。

 

「……まぁ、峰田に比べればマシか……」

「ん」

「流石に峰田さんと比べるのは可哀想では……」

 

 全員が苦笑する。

 芦戸が一佳に顔を向ける。

 

「B組には峰田みたいなのいるの?」

「いないいない。うちの男達はわりと硬派だよ。まぁ、物間みたいなのはいるけど」

「うちは拳暴が私らに連れ回されてるし、物間が一佳の手刀で倒されるの見てるからねぇ。私らの前では盛り上がりにくいかもね」

「ん」

「物間はなー……物間だなー……」

「ん」

「それに男性方の中心にいる鉄哲さんがあまりその手の話をされませんから」

「鉄哲、バンチョーみたいデス!」

「なるほど」

 

 戦慈と鉄哲はB組では硬派男子トップ2と言え、クラスの中心人物になっている。

 その2人がいると自然とその手の話はしなくなるのがB組男子の暗黙の了解のようになっている。一番の理由は『鉄哲は基本声がデカい』かつ『戦慈と話して、もし女子に伝わったら恥ずい』からである。

 

「物間君って顔はイケメンなのに、心がちょっとアレって言うのが残念だね!」

 

 葉隠があっけらかんとトドメを刺す。

 イケメンと言うキーワードに芦戸が「そう言えば……」とある人物を思い出す。

 

「イケメンと言えば、轟は?」

 

 その言葉に全員が轟の存在を思い出す。

 ややマイペースで黄昏ている雰囲気はあるが、間違いなくイケメンだ。

 マイナスポイントはあまり思いつかないが、

 

「I・アイランドでも頼りになったしねぇ」

「体育祭の時は近寄りがたかったけどね」

「でも、拳暴とは仲直りしたみたいだしなぁ」

「ん」

「……エンデヴァー()嫌」

『…………確かに……』

 

 お菓子に夢中だった里琴がポロッと放り投げた言葉に、盛り上がっていた全員が思考停止する。

 全員の脳裏に体育祭で妙に興奮しながら叫んで、戦慈に黙らされたシーンが思い浮かぶ。

 そして、プールで聞いた轟の家庭環境を思い出して、

 

「……無理!」

「だねぇ」

「ん」

 

 強面で、歪んだ親バカは彼女受けしない。

 とてもではないが、仲良く出来る気がしなかった。

 その時、茨が両手を組んで、

 

「ああいう気性の激しい方こそ、心が傷ついているかもしれません。そんな傷を癒して差し上げたい……」

「え!?茨ってエンデヴァー!?」

「いえ。癒して差し上げたいだけでタイプではありません。全ての生き物は、皆愛される資格を持つのです」

「びっくりさせんな」

「ん」

 

 切奈達が目を見開いて驚くが、茨は冷静に首を横に振って意図を説明する。

 柳が少しげっそりしてツッコみ、唯も心持ちジト目で頷く。

 

「けど、エンデヴァーって拳暴に似てない?」

「「「「似てない」」」」

「……ごめん」

 

 耳郎がふと口にして、一佳、切奈、柳、そしてなんと唯がすかさず否定する。

 あまりの力強さに耳郎は若干引きながら謝罪する。

 

「飯田ちゃんは真面目ね」

「お~、委員長君ね」

「飯田さんは間違いなく浮気はしないでしょうし、真面目にお付き合いしてくださると思いますが……」

 

 八百万は頷きながらも徐々に眉尻が下がっていく。

 一佳達も飯田のことを思い浮かべるが、

 

「なんか……付き合うイコール結婚になりそう」

「あ~……確かにね」

 

 柳の言葉に切奈が同意し、他の者達も頷く。もちろんA組のメンバーも。

 

「純粋ハイパー真面目はちょっときついね」

 

 芦戸の言葉に全てが集約されて飯田の選択肢も消える。

 

「骨抜とか回原はどう?」

 

 今度は切奈がB組男子の名前を上げるも、

 

「骨抜ってあの骸骨顔の?う~ん……ちょっと夜に会うのが怖い」

「回原って……どの子?」

 

 と、悲しい結果に終わって、切奈は心の中で「ごめん2人とも。頑張りなね」と呟いた。

 その後も何人かの名前が上げるが、結果は言わずもがな。

 あまり交流がなかったからこそ、お互いに印象がないのだ。

 

「鉄哲は?」

「うちの切島と同じ感じじゃない?う~ん……あの暑苦しさは友達でいいや」

 

 B組一番の硬派、鉄哲は芦戸に切島と共に切り捨てられる。

 もしその場にいたら、2人で暑苦しく慰め始めるのが簡単に想像できたので、誰も同情しなかった。

 

「じゃあ……緑谷は?」

 

 緑谷の名前に麗日が一瞬体が強張るも、周りは考え込んでいて気づくことはなかった。

 一佳が困惑の表情を浮かべて首を傾げる。

 

「緑谷って、いまいちよく分からないんだけどさ……」

「というと?」

「学校とかI・アイランドのエキスポやバーベキューの時はさ、おっとりしてたり、キョドってたり、ブツブツ言ってたり、どっちかって言うと引っ込み思案なイメージなのにさ。体育祭とかI・アイランドでの事件の時とかじゃ、ボロボロになっても先頭で突っ込んでいくだろ?なんか両極端でなぁ……。いい奴なのはもう分かってるんだけどさ」

「ん」

 

 唯や切奈達B組陣も同意するように頷く。

 戦慈との絡みもあって、一佳達の緑谷に対するイメージは非常にあやふやなのだ。

 その言葉に八百万や耳郎も頷く。

 

「そうですわね。私達でさえ、時々驚かされてますから」

「スイッチが入ると凄いんだよね。妙に目が離せないし、引っ張られるんだけどさ」

「そうねぇ、緑谷ちゃんは凄く努力家だと思うわ」

「うん。デクくん見てると私も頑張ろうって思えるんだ」

「そこは鉄哲に似てるかもだね」

「ん」

 

 蛙吹と麗日の言葉に切奈と唯が納得するように頷く。

 そこに再び里琴がポツリと、

 

「……あのブツブツするのは嫌」

『……確かに……』

 

 これには麗日も同意する。

 怖いものは怖いのだ。

 

「あ、そんですんごいオールマイトオタク」

 

 芦戸が思い出したように付け加える。

 それに八百万達も頷く。

 

「デートとオールマイトの握手会だったら握手会選びそう!」

「容易に想像できますわね」

「……そこまでなのか?学校で会えるだろ?」

 

 一佳が首を傾げる。

 

「それが緑谷と言う男」

「というか、デートでオールマイトの握手会に行きそう」

「ですわね。ああ、エキスポでブラスタのことを聞いた時の3倍のテンションを思い浮かべて頂けたら」

「ああ、うん。ないな」

「ん」

 

 これで緑谷も消える。

 麗日は少し仕方ないような納得出来なような複雑な気持ちに襲われるが、自分も時々引くこともあるので黙っていた。

 

「じゃあ、爆ご」

「「「「「「ない(デス!/ですね)」」」」」」

「……くたばれ」

「ごめん」

「嫌われてますわね……」

「まぁ、仕方がない気もするけどね」

 

 葉隠が爆豪の名前を言おうとしたが、一佳達が被せ気味に切り捨てる。

 そして、里琴が全く表情が変わらないのに雰囲気だけが剣呑になり、葉隠が即座に謝罪する。

 あまりの嫌われっぷりに八百万と耳郎は呆れるしかなかった。

 

 そして、遂に男子達(戦慈除く)は全滅を迎えた。

 

「うぅ~!不完全ねんしょー!このまま補習に行くなんて嫌だー!!」

 

 芦戸が頭を抱えてうつ伏せに寝転んで足をバタバタする。

 その姿に周囲は呆れたり、同情したりする。

 

「それにしてもA組は恋には程遠いねぇ」

 

 耳郎が背中の布団にもたれ込んで言う。

 

「私達だって遠いと思う」

「キュンキュンしてる時点で差があるんだよ!」

 

 柳の言葉に芦戸が叫ぶ。

 

「と言っても、もう恋バナのネタは思いつかないよ」

「タイプの話でもする?」

「B組は拳暴じゃん」

「だったら芦戸は?」

 

 切奈が苦笑しながら、芦戸に振る。

 

「う~ん……まず強そう!でもね、たまに子供っぽい一面があるといいなー。やんちゃな感じで~、それでずっと傍にいてくれるの!」

「……うん?」

 

 聞いていた耳郎が首を傾げる。

 他にも蛙吹や麗日達、A組メンバーも首を傾げる。

 

「どうしましたか?」

「いや……誰かいたような……」

「……それって黒影ちゃんみたいね」

「「「それだ!」」」

 

 耳郎、麗日、葉隠が納得の声を上げる。

 一佳達はキョトンとして首を傾げる。

 

「黒影って……確か常闇の『個性』の?」

「そうそう!って、人じゃないじゃん!!」

 

 芦戸も思わず納得していたが、ノリツッコミのように声を荒らげる。

 

「あら、でも黒影ちゃん強いわよ。お昼に常闇ちゃんが訓練してた洞窟覗いたのだけど、暗闇だと黒影ちゃん、とっても勇ましいの。常闇ちゃんもすっごく苦労してたわ」

「でも、明るいときは可愛いよね。アイヨ!とか返事するし」

「それに期末の時もエクトプラズム先生のことを常闇ちゃんが万能『個性』って言ったら、『俺もダヨ!』って拗ねてたの」

 

 麗日もほんわかて頬を緩ませる。

 蛙吹も笑みを浮かべながら、更に続ける。

 

「かわい」

「ん!」

 

 柳と唯も思わずほっこりする。

 一佳も頷きながら芦戸に顔を向ける。

 

「いいじゃん、黒影」

「……アリ……かも?」

 

 あまりにも褒めるので、芦戸も受け入れ始めてしまう。

 

「で、『個性』だからいつも一緒」

「ちょい待ち!いつも一緒なのは常闇じゃん!」

「じゃあ、黒影を抱える常闇君がタイプってことで!」

「ってことでじゃない!!」

 

 耳郎と葉隠の言葉に芦戸が正気に戻ってツッコむ。

 そのままの勢いで、現役のヒーローや芸能人のタイプに話が変わって盛り上がる。

 

 そして、芦戸が補習の時間になり、お開きにしようとなったが、その時ブラドの怒号が響く。

 なんだなんだと全員で部屋を出て、声がした男子の部屋へと向かい、説教されてる男子達の姿を見つける。

 切島や戦慈達から事情を聴いた一佳達は呆れていたが、戦慈の「コーヒーは下」発言にB組女子は食堂に向かう。

 その後ろ姿を見送った八百万達は、

 

「……恋、してますわね」

「「「うんうん」」」

 

 そして、せっかくなので八百万達もコーヒーをもらうことにして、食堂で女子会の続きをすることにした。

 途中でマンダレイ達も合流して、戦慈はずっと給仕係になっていた。

 コーヒーだからか、文句も言わずに給仕している戦慈を見て、八百万達は「確かになんだかんだで面倒見がいい」と実感したのだった。

 

 ちなみにブラド達の説教は就寝前まで続き、巻き込まれ芦戸の泣く声が聞こえたのだが、誰も助けることは出来なかった。

 

 こうして合宿2日目も波乱の終わりを迎えたのだった。

 

 

 




里琴と戦慈の出会いの話は、もう少し先で。


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拳の六十一 合宿3日目

少し遅くなりました(__)


 合宿3日目。

 本日も『個性』伸ばし訓練である。

 

 そして、昨晩の相澤の『お前らは倍』発言は有言実行されたのだった。

 

「うらああああ!!」

 

 泡瀬は昨日より制限時間が短くなり、組み合わせのパーツが増えた。

 

「ぎゃあああぎゃぎゃああああ!?」

 

 そして、電流の威力も2倍にされたのだった。

 

 鎌切はボールが発射される感覚がランダムになり、発射される球数が増えた。

 

「ヒャヒャヒャ!ぶげぇ!?がふ!?デデデデデッ!」

 

 もちろん切り落とし切れずに顔や腹部に直撃して、その後は全弾命中して悶えるだけとなった。

 

 物間、鱗も引き続き殴り合いなのだが、鬼ごっこ要素が追加された。

 背中にボタンがあり、制限時間内に相手のボタンを押さなければ電流が流れる。

 そのため逃げ回って良い事はないので、2人は殴り合い、掴み合いでボタンを押そうとする。

 ちなみに同時に押したり、押される間隔が短いと本気でやっていないと判断されて、両者に電流が流れる。

 

「くっ!ちょこまかと!」

「じゃあ、諦めなよ。ヒーローを目指してるんだろぉ!?仲間を助けると思って、ボタンを押させてくれよ!」

「ふざけんな!もとはと言えば、お前のせいでこうなってんだろ!」

「えええ!?人のせいにするのぉ!?」

『時間デス。電流ヲ流シマス』

「「え。ぎゃあああああ!?」」

 

 醜く言い合って掴み合っているところに無慈悲にアナウンスが流れて、2人に電流が流される。

 掴み合ったまま痺れて、揃って倒れてピクつくのだった。

 

 他の男子達もそれぞれ昨日より内容が凶悪になっている。

 もはや命の危機を感じながら頑張って、夕飯の肉じゃがは肉無しなのだから今からもう涙目だ。

 

 女性陣も倍にはなっていないが、過酷であることは変わらない。

 すでに里琴は顔を真っ青にして竜巻の上に浮かんでおり、一佳も腕をプルプルさせながら重りを持ち上げている。

 それでも周囲から聞こえてくる悲鳴を考えればまだマシだと思えるので、彼らに敗けないように全力で取り組む。

 

 補習組を除けば唯一難を逃れた男子である戦慈は、今日もギプスを着けた状態で壁を殴る特訓をしていた。

 もちろん全く上手くいっていないが。

 

「……ちっ。どうにも中途半端だな」

 

 顔を顰めて完全に崩れた壁の残骸を見下ろす。

 力を抜けば意味はないし、全力で振るえば簡単に壁が吹き飛ぶ。

 殴る寸前に力を籠めればいいかと思ったが、あまり意味はなかった。

 

「どうにも手詰まってんな……」

 

 戦慈はため息を吐いて、再び壁に向かって拳を構える。

 手詰まってはいるが、ここは愚直に続けるしかない。力のコントロールなど使い続けるしか扱えるようになる術はないのだ。

 戦慈はまずはジャブから改めて始めることにした。

 

「ふっ!」

 

ドバン!ドバン!

 

 標的に目掛けて鋭くジャブを2発叩き込むも、やはり壁には大穴が空いて崩れていく。

 そのまま他の壁に殴りかかるも、やはり一撃で壁は吹き飛ぶ。

 ならばとミドルキックを放つも、やはり粉々に吹き飛ぶ。

 

「……本当に扱える様になんのか?」

 

 戦慈は全て砕けた壁を見下ろして、もう一度ため息を吐く。

 休憩がてらにピクシーボブに声を掛けて、壁を作り直してもらう。

 そこに相澤とブラドが近づいてきた。

 

「調子はどうだ?」

「あん?やっぱダメだな。全力で振るえばジャブでも吹っ飛ぶ」

「そうか……しかし、強化系タイプは日々の鍛錬以外に近道がないからな……。お前の場合はサポートアイテムにも限界があるし」

 

 ブラドも眉間に皺を寄せて腕を組み、今度は相澤が訪ねてくる。

 

「ギプスによる体の負担はどうだ?」

「もう動く分には全く問題ねぇな。殴るときは流石に動きづらくなるがな」

「……衝撃波の前に体が鍛えられただけか……」

 

 相澤は頭を掻いて小さくため息を吐く。

 そして、すぐに顔を引き締めて戦慈に顔を向ける。

 

「拳暴、ギプスは外していい。その後は素の状態で今の特訓を続けろ」

「イレイザー?」

「いいのかよ?」

「下手に拘束を強めると体が鍛えられるかもしれんが、衝撃波をコントロールする前にフルパワーの上限が増えるだけの可能性もある。だったら、素の状態で体に負荷をかける方がまだ可能性がある」

「……なるほどな」

「ただし、そうなるとお前の《自己治癒》に頼る形になる。だから、あまり無茶はするなよ」

「やろうとしてることがすでに無茶なんだから、無茶言うな」

「最大出力で放つなよ。あくまでフルパワー状態での攻撃だからな」

「分かってんよ」

 

 戦慈はギプスを外しながら頷く。

 相澤とブラドは背を向けて、他の生徒の所に行こうとしたところであることを思い出す。

 

「ああ、そうだ。拳暴」

「あん?」

「今日の夜はオリエンテーションとして、クラス対抗肝試しがある。だから参加できないような怪我を負うなよ」

「……分かった」

 

 戦慈はブラドの言葉にため息を吐きながら頷く。

 ブラドが去っていくと、さっそく特訓を再開する戦慈。

 

 右ストレートを放つ。

 

ドッバァン!

 

 やはり衝撃波が飛び、壁が数枚一気に吹き飛ぶ。

 しかし、戦慈は僅かに違和感を感じた。

 

「……なんだ?」

 

 別に威力が下がっているわけではない。いや、むしろ上がっていた。

 しかし、どうにも目に映る結果が今までと違う様に感じる。

 戦慈は拳を見下ろして、周囲にも目を向ける。

 そして、ようやく気付いた。

 

 周囲や地面に衝撃が流れていないことに。

 

 今までは腕を引いた時にも背後に僅かばかりに衝撃波が飛び、足元にも踏み込んだ時に衝撃が走って亀裂が入っていた。

 しかし、今のは背後に衝撃が飛んだ感覚がなかった気がする。さらに足元も僅かに凹んではいるが、亀裂は入っていない。

 

「……」

 

 戦慈は訝しみながらも、もう一度右ストレートを放つ。

 今度は周囲にも意識を向けながら。

 

 すると、前方に衝撃波が飛んでも、背後には飛ばず、足元にも今までほどの衝撃が流れていないことがはっきりと分かった。

 

「……どうやら、間違ってはなかったみてぇだな」

 

 しかし、小さな変化すぎて本当に特訓によるものかは分からなかったが。

 それでも前に進んではいるようだ。

 戦慈は僅かに笑みを浮かべて、体を動かし始めた。

 

 まずはどれだけ変わったのかの確認だ。

 

 そう考えながらシャドーを始めるのだった。

 

 

 

 

 昼休憩となり、一佳達は体を休める。

 ちなみに男子達は鉄哲、骨抜、凡戸を除く全員が岩壁に並んで座って真っ白になっている。

 

「大丈夫かねぇ、あいつら」

「昨日の倍メニューらしいね」

「ん」

 

 切奈達は少し離れたところで呆れながら見つめている。

 可哀想だとは思うが、やらかした理由が理由なので手助けの使用がない。

 ちなみに今日は里琴と一佳はぐったりしており、茨とポニーが介抱中である。

 

「そういえば、今日も拳暴は1人飯?」

「ん?」

「私は何も聞いてないよ」

 

 柳の言葉に唯は首を傾げ、切奈も首を横に振る。

 その時、

 

 

ドッッッッバアアアアアァァァン!!!

 

 

 と、離れたところから轟音と竜巻のような暴風が上空に向かって飛んで行った。

 

「お~。なんか久しぶりだねぇ」

「ん」

「相変わらず凄まじい」

 

 A組が慌てているが、切奈達や鉄哲達はすぐに戦慈であることに気づいたので全く驚かなかった。

 すると、唯が、

 

「ん?」

「どしたの?」

「ん~……」

 

 戦慈が起こした衝撃波を見て首を傾げる。

 柳が声をかけるが、唯は首を捻ったまま唸るだけだった。

 唯は何かが気になったが、何に気になったかがはっきりとしなかった。

 なので、結局答えは出ず、気のせいだと首を横に振る。

 

「ん~ん」

「そっか」

 

 柳も特に追求せずに頷いて、おにぎりを口にする。

 少しすると、ジャージを着た戦慈が戻ってきた。

 

「お、今日はこっちで食べるみたいだね」

「ん」

 

 戦慈はマンダレイから昼食のおにぎりと飲み物を受け取って、適当な場所に座ろうとするが、

 

「お~い、拳暴~」

 

 と、切奈に呼び込まれて、いつも通り女性陣の近くに座る。

 

 それを眺めていたA組陣は、

 

「ホントに拳暴って女子と仲いいよな」

「あれだろ?食堂で拳暴が淹れたコーヒーとか飲んでたんだろ?」

「昨日はヤオモモ達もいたらしいじゃん」

「ああ、うん。美味かったよ」

「補習だった三奈ちゃん以外は皆飲ませてもらったわね。お店の味に負けてないと思うわ」

「ブラック苦手な人にはカフェオレ作ってくれたしね」

 

 瀬呂、上鳴、芦戸が耳郎達に目を向けると、耳郎は思い出したように頷き、蛙吹と麗日も顎に指を当てながら答える。

 結構手間だと思うが、一度も文句を言わなかった。

 女子会での話もあり、思ってた以上に人当たりはいいようだと改めて実感した。

 

「なんか轟や爆豪みたいな奴かと思ってたけどな~」

「爆豪だって何だかんだで付き合いいいぜ?期末は勉強教えてくれたしな」

「轟だって最近は柔らかくなったと思うぞ?」

 

 瀬呂の言葉に、切島と障子が言い返す。

 それに爆豪は顔を顰め、轟は無反応だった。

 

「まぁ、巻空がべったりだからね。そこが大きいんじゃない?」

「巻空も無表情でよく分かんねぇんだよな」

「巻空さんは表情に出ないだけで、雰囲気や言動によく現れてますわ」

「そうね。結構分かりやすいと思うわ」

 

 耳郎がなんとなく理由を言うと切島が首を傾げ、八百万と蛙吹がI・アイランドや昨日の女子会から感じた印象を述べる。

 

「そういえば、拳暴は昨日の騒動にはいなかったの?」

「途中で抜けたんだよ。まぁ、参加はしてなかったけどな」

「ああ、なんか物間持ってきたな」

「あ!……しまった。俺、拳暴に助けてもらったのに、ふいにしたんだった……」

「あ、それなら気にしなくていいって言ってたよ。鉄哲君も同じことしただろうからってさ」

「そっか……。でも、後で謝っとくわ。相澤先生達に嘘つかせちまったし」

 

 耳郎が切島に訊ねて、切島は首を横に振る。

 それに瀬呂が補習室でのやり取りを思い出しながら呟くと、切島は戦慈が庇ってくれたことを思い出した。しかし、説教された時に自分も抜け出していたことを自白して、鉄哲達と共に説教を受けたのだ。

 つまり戦慈は相澤達に嘘を言ったことがバレたのだが、それについて切島は謝罪していなかった。

 もちろん戦慈は葉隠の言う通り、全く気にしていなかったのだが、切島はだからと言ってそれに甘えるわけにはいかないと思ったのだった。

 

 その後昼休憩が終わった時に、切島は戦慈に駆け寄って頭を下げたのだが、やはり戦慈は「気にすんな」の一言だけで終わらせた。

 切島はそれを超ポジティブに受け取って鉄哲そっくりな笑みを浮かべて「サンキュな!」と言うのだが、戦慈はただ本当に被害がなかったからどうでもよかっただけだった。

 

 それでも切島効果なのか、ほぼ全員に好印象で受け止められて、居心地が悪くなる戦慈なのであった。

 

 

 

 戦慈は午後も引き続き、シャドーを継続していた。

 

 嵐のように衝撃波が乱れ飛んでおり、周囲の森や岩は吹き飛ばされて更地になっていた。

 もはやピクシーボブの壁は無駄でしかなかったので、午後からは断っていた。

 

 その様子を相澤、ブラド、ラグドール、マンダレイは少し離れた高台の上から観察していた。

 

「綺麗な空き地になったねぇ」

「あっはははは!すんごいね!」

「……ふむ。完璧とは言えんが……」

「ああ。抑えられてきてるな」

「あれで?」

「前はもっと吹き荒れていて、地面もクレーターだらけだったので」

「……なるほど。それなら確かに」

「けど、体バッキバキだよ?すぐに治っていくけどね!」

「まぁ、そこは今後の課題ですね」

「オールマイトはアドバイス出来ないの?」

「あの人は感覚派だから、ああいう訓練には役に立ちません」

「ああ……」

 

 戦慈は誰かを想定してシャドーをしているようだが、それでも地面のクレーターはほぼなくヒビ割れ程度で、衝撃波も基本的に攻撃方向にしか飛んでいないように見える。

 しかし、突進すれば周囲に撒き散らすし、攻撃方向の衝撃波に関しては広範囲だ。

 まだまだ制御しているとは言い難いが、確かに最初よりは抑えることが出来ている。

 

 始めて2日でここまで出来れば、正直上出来だと相澤とブラドは考える。

 

「問題は……体を鍛えたときにフルパワー状態の最大規模が増えるのか、それとも例の赤い肌の状態になるのか、だな」

「あれは変化の原因が分からんからな……」

 

 ブラドと相澤の言葉にマンダレイが首を傾げる。

 

「怒りじゃないの?」

「いえ、そういう原因ではなくて、身体的な原因です。アドレナリンが異常なほど出ているのか、それとも別の事が原因なのかということです」

「……なるほどね」

 

 髪と皮膚の色が変わるのが、単純にアドレナリンの量がフルパワー時以上に放出されているだけならば体を鍛えても意味はない。

 しかし、アドレナリンの量だと期末試験での変化の説明が出来ない。となると、他の要因があるはずなのだが、それが全く分からない。

 なので、体を鍛えた場合どう変化するかが予想できないのだ。

 戦慈の場合は、その変化によって今後の特訓にかなり影響が出るだろうとブラド達は考えている。

 

「緑谷といい、オールマイトに似た『個性』は厄介だな」

「シンプル故の障害か。しかし、緑谷と違って拳暴は確実にその力の片鱗をモノにしてきている。もうしばらく様子を見よう」

「ああ……」

 

 ブラドの言葉に相澤は頷いて、他の生徒の所に向かうのであった。

 

 

 

 

 3日目の特訓も終えて、夕飯作りとなった。

 

「そういえば、結局肉ってどうなったんだ?」

「言うなよ。俺らは食えないんだからよ」

 

 回原が首を傾げ、泡瀬が悲壮感全開で項垂れる。

 それに他の者達も頷き、戦慈や女性陣を羨ましそうに見る。もちろんA組陣も。

 

 そこにマンダレイが前に出る。

 

「さて、今日は肉じゃがだよ!けど、その前に、昨日のお肉問題だけど……」

 

 マンダレイの言葉に男子陣は悲壮感があふれ出る。

 それにマンダレイは苦笑しながら、両手を腰に当てる。

 

「A組の八百万さんとB組の拳藤さんで話し合って、豚肉と牛肉を半分ずつ分けることにしたよ」

「へ?」

「おお!その手があったか」

「いや、でも俺ら食えないじゃん」

 

 泡瀬が首を傾げ、切島がポンと手を叩くが、円場がため息を吐きながら項垂れる。

 すると相澤とブラドが前に出て、

 

「それだが、ある者から食べられない男子達にありがたい提案があった」

「はぁ。……牛肉と豚肉でそれぞれ肉じゃがを作ると、鍋が足りなくなるから男子達の肉無し肉じゃがを作れない。ただでさえお前達のせいでプッシーキャッツの皆さんに迷惑をかけてるのに、これ以上手間をかけさせるわけにはいかん」

「え……。ってことは……?」

 

 苦笑しながらブラドが言い、相澤はため息を吐いて続ける。

 それに骨抜が2人が言いたいことに気づいて首を傾げる。

 ブラドは頷いて、

 

「物間と峰田以外は肉を食べて良し!」

『よっしゃあああああ!!!』

 

 お許しを得た者達は歓喜の雄たけびを上げる。

 そして、許されなかった2人は悲鳴を上げる。

 

「いいんですかぁ!?ええ!?いいんですかぁ!?それって差別じゃないんですかぁ!?」

「なんで、オイラだけダメなんだよぉ!?」

 

 物間と峰田はもちろん抗議をしたが、ブラドと相澤の手が2人の頭の上に置かれる。

 

「ほう?皆を煽っておきながら、卑怯な手段で勝ちを狙い、更には補習を抜け出しておいて……昨日の騒動の根源であるのに許されると?面白い。いいだろう。お前も食っていいぞ、物間。ただし…………食べ終わってから寝ずに朝まで補習となるがな」

 

「文句があるなら食べてもいいが…………昨日の覗き未遂については校長とご両親に連絡していいんだな?俺は除名を進言するぞ?」

 

「「ハイ!オニク、イリマセン!!スイマセン!!」」

 

 頭からミシミシと音が響き、ギン!!と目の前で睨みつけられた2人は顔を真っ青にして即座に罰を受け入れる。

 共に目つき最悪の教師のマジ睨みは、流石に怖かったようだ。

 

「それにしても、誰が相澤先生達を説得してくれたんだ?」

「八百万か?」

「いえ、私ではありませんわ」

「ちなみに私達でもないわ」

 

 尾白が首を傾げて、砂藤が八百万に訊ねるが八百万と蛙吹達女性陣は首を横に振る。

 それを聞いていた骨抜達は一佳達に顔を向ける。

 

「拳藤達は?」

「私は言ってないぞ?」

「じゃあ、私らは誰も言わないよね」

「ん」

「言うなら一佳に伝えてる」

「それはそれで悲しいかな!?」

 

 一佳も首を傾げ、切奈達は一佳が知らないなら自分達も知らないと男子陣にとって悲しい現実を叩きつける。

 しかし、一佳達でもないとなると、残ったのは仮面の男ただ1人。

 

 全員(物間と峰田を除く)が戦慈に視線を向ける。

 戦慈は腕を組んで我関せずと無視している。

 すると、苦笑しながらマンダレイが、

 

「コーヒーを飲みながら、そんな話になったってだけだよ」

 

 コーヒーと言うキーワードに全員がやはり戦慈であると理解する。

 そしてマンダレイの言い方からすると、あくまで戦慈は言ってみただけなのだろうということも理解した。

 つまり、受け入れたのはあくまで教師陣、ということだ。

 それも戦慈の照れ隠しなのかどうかは分からないが。

 

「け、拳暴……!」

「お前って奴は……!」

「マジヒーロー!」

「俺じゃねぇって言ってんだろうが」

 

 鉄哲、泡瀬、円場が感動して目を潤ませる。

 それに戦慈は顔を顰めて否定するが、照れ隠しにしか聞こえなかった。

 

「……照れ屋」

「知るかよ」

「あはは!」

「ん」

「はいはい!というわけで、さっそく料理開始だよ!!」

『イエッサー!!』

 

 ピクシーボブの号令に、元気よく返事をして動き出す一同。

 肉が食えるとなったので、男子達は気合を入れている。

 一佳は戦慈に近づいて、

 

「で?結局のところどうなんだ?」

「あん?……コーヒー淹れてた時にマンダレイや先公共が話してんの聞こえてただけだ。まぁ、なんか聞かれた気もするが覚えてねぇ」

「照れ屋だな」

「……素直になれ」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 バレバレな言い訳に一佳達は笑う。

 A組からも感謝されて、物間と峰田の分の肉を戦慈に分けることで両クラス同意して、その日は両クラス混じり合って楽しい時間が過ぎて行く。

 

 そして、生徒達はこの後の肝試しの話題で盛り上がる。

 

 

 待ち受けるのは楽しい肝試しではなく、真逆の肝試しであることは、まだ誰も知らない。

 

 

 世界の変革の始まりまで、あと数時間。

 

 

 



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拳の六十二 肝試しと狼煙

少し遅くなりました(__)
ちょっと今後は週1ペースになると思います。
 
理由は仕事もあるのですが。
一番は神野区編以降、つまり入寮編、仮免試験編、インターン編の構成が間に合わないかもしれないからです。入寮編からは完全に私のオリジナルの構想になりますので、原作の魅力を破壊しないように考えていきたいと思っています。
入寮編も細かく書きたいですし、仮免試験についても必殺技特訓などの描写も書きたいです。発目との絡みとかもw

そして何より!

仮免試験で考えないといけないオリキャラの数が多すぎて、設定やB組との絡みが混乱しそうなんです!
ライバル校の生徒やギャングオルカの立ち位置のヒーローなど、中々に難しい(-_-;)

という感じですので、ちょっとペースが落ちます。
ごめんなさい(__)



 肉じゃがも食べ終えて、後片付けも終えた一同は森にやってきていた。

 

「さっ!いよいよ肝試しの時間だよ!」

 

 ピクシーボブの言葉にB組達は盛り上がったり、メンドそうだったりと様々な反応を見せる。

 骨抜は周囲を見渡して、首を傾げる。

 

「A組は?」

 

 A組の姿が見えない。それに他の者達も頷く。

 ピクシーボブは腰に両手を当てて、説明を続ける。

 

「脅かす側先行はB組だからね。どうやって脅かすかの話し合いしないといけないでしょ。だから、A組は後から来るよ」

「なるほど」

 

 一佳達は納得したように頷く。

 

「じゃあ、説明するよ!A組は2人1組で3分置きに回ってくるからね!君達はルート周辺に隠れて脅かしてもらうよ!」

「直接触るのは禁止だよ。『個性』を使って脅かすのはアリだけどね」

 

 ルートは約15分で1周出来る距離で、ルート中間に名前が書かれているお札があるとのこと。

 B組はその前後でA組を脅かしていくことになる。

 虎がビシッ!と指を指して、

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!!」

「「「嫌だよ」」」

 

 一佳、切奈、柳が同時にツッコむ。

 誰が好き好んで同級生の失禁シーンを見なければいけないのか。しかもヒーローを目指している者達の。

 勝ったところで申し訳なさしかないし、明日からどんな顔をして会えばいいのか分からない。

 一佳達が呆れている横で物間がニヤニヤしながら、どう驚かせるか考えていると物間の体を赤い液体が縛り付ける。

 

「え」

「物間、お前はこれから補習だ」

「ええ!?」

「日中の特訓が疎かになっていたからな。このままでは昨日と同じ時間になりそうだから、これを削る。まぁ、学校に残らされるよりマシだろ。さぁ、行くぞ」

「そ、そんなああ!?み、皆ああぁ!!絶対、絶対にA組を失禁させてくれよおおおぉ!!」

 

 叫びながらブラドに担がれて運ばれていく物間を、全員が呆れた目で見送る。

 しかし、すぐに物間の存在を頭の隅に追いやって、話し合いを始める。

 

「誰がどう組む?」

「つってもなぁ、飛び出して驚かせるとかしか思い浮かばねぇぞ?」

「だよな」

 

 悩まし気に腕を組む円場達。

 すると、上から何かが落ちてきたのでふと目を向けると、

 

 そこには生首が転がっていた。

 

「「「「うおおおおお!?」」」」

 

 突然の生首に泡瀬達が悲鳴を上げる。

 すると、生首が突如起き上がって、笑い始める。

 

「あははは!これなら十分驚かせそうだねぇ」

「と、取陰か……。脅かすなよ……」

「くくく!実験実験♪」

 

 切奈はケラケラ笑いながら首を戻す。

 未だに動悸が収まらない泡瀬達は呆れた目を向ける。

 

「破壊力抜群だな……」

「あの髪型とかも怖いよな」

「まぁ、1つは出来たから良しとしよう」

 

 その後も話し合って、チームを作って配置に着くB組一同であった。

 

 

 そして、A組もペアを決めて肝試しが開始となった。

 

 一番最初の仕掛け役には唯、一佳、骨抜の3人。

 

「いくぜ」

「ん」

 

 骨抜がルートの一部を柔らかくして、唯がその中に潜り込む。

 一佳は唯を引っ張り上げる役である。

 

 そして、A組が近づいてきたとき、唯が首だけを地面から出す。

 

「ん」

 

「「KEEEEEEE!!!」」

 

 葉隠と耳郎が悲鳴を上げる。

 

 

 その次に待ち構えるのは鉄哲、茨、泡瀬の3人。

 茨はツルを伸ばして切り離し、それを鋼質化した鉄哲に巻きつける。そして頑丈な枝に登り、泡瀬がツルを鉄哲の体や枝に固定する。

 

 そして、A組が近づいてきたときに、鉄哲が枝から飛び降りて振り子のように襲い掛かる。

 

「悪い子はいねぇーがー!!」

 

「「KEEEEEEE!!!」」

 

「なんでなまはげなんだよ」

「ああ……人を脅かして怖がらせるなんて……。なんと罪深い。後で鞭で打たねば……」

「やめて、死んじゃう」

 

 再び葉隠と耳郎が悲鳴を上げる。

 

 

 3番目は戦慈、里琴、宍田の3人。

 まずは里琴が小さく竜巻を起こして葉っぱを巻き上げてA組に襲い掛からせる。

 

「「っ!?」」

 

 突然の風に足を止めて、腕で顔を庇うことで視界を狭めた所で、

 

ドン!

 

「「!?」」

 

 戦慈がすぐ横の木の幹を殴って大きく震わせて注意を引いたところで、

 

「ガオオオオオオ!!」

 

「「KEEEEEEE!!!」」

 

 宍田が反対側からビースト化して飛び出して咆哮を上げる。

 再び葉隠と耳郎の悲鳴が木霊する。

 

 

 そして、中間地点を越えた所には切奈、回原、凡戸の3人。

 凡戸の接着剤を地面に散布し、そこに踏み入れると足が地面から離れにくくなって驚かせる。

 

「っ!」

「あ?」

 

 そこに回原が茂みを揺らし、音を立てて注意を引くと、今度は前方に何かがボトリと落ちてくる。

 もちろん切奈の頭部である。

 

「「っっ!!」」

 

 轟と爆豪は声こそ上げなかったものの、目を見開いて体を強張らせる。

 そこにトドメとばかりに切奈は2人の肩に片手を落とす。

 

「「っっっ!!!」」

 

 2人の肩が跳ね上がって反射的に振り払う。

 

「くけけけ♪」

 

 最後に首を浮かして不気味に笑いながら、茂みに戻っていく。

 爆豪と轟は切奈だと分かっても、流石にすぐには動けず固まるのだった。

 

 

 その次にいたのは鎌切、吹出、鱗の3人。

 鎌切が枝の上に登り、吹出はサポート。

 鱗は近づいてきたときに両腕にウロコを生やしてギャリギャリと擦り合わせて音を出す。

 それに足を止めた瞬間、両腕に刃を生やした鎌切が背後に飛び降りて叫ぶ。

 

「キヒャヒャヒャヒャ!!」

 

「っ!このくっそがぁ……!」

 

 爆豪が一瞬肩を跳ね上げて愚痴る。

 

 

 その次は円場。

 1人悲しい円場である。

 

「……サビシー」

 

 円場の役割は単純。

 

「ふっ!ふっ!」

 

 近づいてきたA組の前に薄い空気の壁を作り、ぶつからせるだけである。

 

「っ!」

「ってぇ!」

 

 顔に衝撃を受けてたたらを踏む爆豪と轟の姿を見て、1人でほくそ笑む悲しい円場だった。

 

 

 最後はポニー、柳、庄田の3人だったのだが、彼らが人を驚かせることは出来なかった。

 

「なんか……焦げ臭い?」

「……ホントだね」

「……山火事?」

「見てきマァス!!」

 

 急に漂ってきた焦げ臭さにポニーが角に飛び乗って空へと飛ぶ。

 

「っ!!山火事デェス!!拳藤さん達がいる方角!」

「「!!」」

「それと……変なガスみたいなのも見えマァス!」

「ガス……?」

「地下から何か噴き出したのか?とりあえず、皆の所に――」

 

 柳がガスと言う言葉に訝しみ、庄田はクラスメイトの救援に向かおうとした時、

 

『皆!!!』

 

「「「!!」」」

 

 突如、頭の中に声が響く。

 マンダレイの《テレパス》だ。

 

『ヴィラン2名襲来!!他にも複数いる可能性あり!!動ける者は直ちに施設へ!会敵しても決して交戦せずに撤退を!!』

 

 ヴィラン襲来と言う言葉に庄田達は目を見開いて固まる。

 

「ど、どうしまショウ……!?」

「マンダレイが数を言ったということは、ゴール地点もすでに戦場の可能性がある。恐らく山火事とガスもヴィランの『個性』だと考える」

「迂回して施設に向かう?」

「……手薄なのが逆にヴィランがいる危険性もある。もうしばらくここで待機していよう。誰か来るかもしれない」

 

 庄田の提案に柳とポニーも頷いて、茂みの中に身を顰める。

 しかし何分待っても、激しい戦闘音が増えるばかりで、誰も現れることはなかった。

 

 

 

 マンダレイ達の前にヴィランが現れる少し前。

 戦慈と宍田は妙な匂いを感じた。

 

「おい、宍田。なんか匂わねぇか?」

「ええ、焦げ臭い匂いと妙にガスのようなも……の……が……」

「宍田!?っ!毒か!!」

 

 スンスンと鼻を鳴らして答えていた宍田が突如ゆっくりと倒れて行き、体が元に戻る。

 戦慈は有毒ガスであることを悟り、口元を押さえ極力呼吸を我慢する。

 そして、里琴に吹き飛ばさせようと思い、里琴がいる場所に顔を向ける。

 

 しかし、そこに里琴の姿はなかった。

 

(っ!?どこ行きやがった!?)

 

 戦慈は里琴がいたはずの場所に駆け寄るも里琴の姿はどこにもなかった。上を見上げても飛んでいる気配はなく、忽然と姿を消した。

 

(どういうことだ……?)

 

「悪いねぇ、拳暴君」

「!!」

 

 声がした方向に顔を向けると、枝の上に羽根つきハットに仮面を被った男が悠々と立っていた。仮面のヴィラン、コンプレスは左手でコロコロとビー玉のようなものを転がしている。

 

「彼女さんは預からせてもらうぞ。竜巻で吹き飛ばされたら困るからな」

「っ!てめぇ!!」

「おっと、戦う気はないぜ。それに、後ろのお友達はいいのかな?彼もガスで死んじゃうぜ?」

「っ……!」

「あばよ!」

「待っ――!!」

 

 宍田に意識が向いた瞬間、コンプレスは飛び出して森の中へと消えていった。

 戦慈は追いかけようとしたが、ガスが充満していき口を押さえて宍田の元に戻る。

 

(くそっ!!)

 

「拳暴!!」

「!」

 

 とりあえず宍田を抱えて、ガスの範囲から離れようとすると、ガスマスクを被った泡瀬と八百万が現れた。

 

「これを!」

 

 八百万が腕からガスマスクを作り出し、戦慈は仮面を外してガスマスクを装着して息を整える。

 

「すまねぇ」

「いえ、この事態ですから!

「宍田!しっかりしろ!」

「他にB組の方は?」

「里琴がヴィランに攫われた」

「「な!?」」

 

 戦慈の言葉に泡瀬と八百万が目を見開いた直後、マンダレイの《テレパス》が頭に響く。

 そして他にもヴィラン襲撃を知った戦慈は舌打ちをして、宍田を木の陰に移動させる。

 

「拳暴?」

「お前らは他の奴らにマスクを配れ。俺は里琴を攫った奴とこのガスの使い手を探す」

「危険ですわ!」

「このガスがあり続ける方が危険だろうが。ガスマスクには時間制限がある。全員を運んで逃げるには、このガスが邪魔だ」

「でも、どれだけのてヴィランがいるのか分からねぇんだぞ!?」

「それは他の連中を運んでても変わらねぇ。俺が暴れて注意を引く。その間に無事な奴らを集めて逃げろ」

 

「見つけましたわぁ!!クソガキィ!!」

 

「「「!!」」」

 

 押し問答をしていると、上空から声が響く。

 上を見上げるとエルジェベートが猛スピードで飛び迫っており、戦慈は舌打ちして八百万を突き飛ばして茂みに押し込み、道へと出る。

 エルジェベートは八百万達のことなど気づいていないように戦慈へと迫り、右腕と胸倉に掴みかかる。

 戦慈は素の状態なので、その力に耐えきれずに空へと持ち上げられる。

 

「くっ!」

「今度こそ殺してやりますわ!今回はあの小娘やヒーローの救けは期待できませんわよぉ!!」

「うるっせぇ!!」

 

 戦慈は左腕を振るい、エルジェベートの脇腹に拳を叩き込む。

 しかし、エルジェベートは全く怯まずに戦慈を振り回して、放り投げる。

 

「ぐぅ!」

 

 戦慈は下を確認して、着地に備える。しかし、エルジェベートが横から突進してきて、更に吹き飛ばされる。

 そして、戦慈は特訓場まで吹き飛ばされてしまい、背中から地面に転がり落ちる。

 

「がっ!くっそがっ!!」

 

 戦慈は跳ねるように立ち上がって、地面を滑って勢いを殺す。

 既に戦慈の体は2段階ほど膨れ上がっており、着ていたパーカーが弾け飛び、タンクトップ姿で体から白い煙を上げる。 

 ガスマスクを脱ぎ捨てた戦慈は構え、上空に腕を組んで浮かんでいるエルジェベートを見据える。

 

「敵連合……。どうやってここを突き止めやがった……!」

「そんなこと知ったところでどうしますの?どうせ、ここで死ぬのだから!!」

 

 エルジェベートが不敵に笑いながら、戦慈に飛び掛かる。

 戦慈は後ろに下がりながら右フックを繰り出すも、エルジェベートは左腕で受け止める。戦慈の顔に貫手が放たれ、戦慈は首を傾けて躱すが頬に掠って血が流れる。

 

「ちっ!」

「今のわたくしは広島の時より力は上ですわ!今のお前が敵うわけないでしょう!」

「つあ!!」

 

 戦慈は右脚を振り上げて、エルジェベートは軽やかに躱す。

 

「てめぇ……何が目的だ?里琴をどこにやった!?」

「……決まってるでしょう?お前達を苦しめるためですわ!あの小娘は……どうせもうすぐ死ぬでしょう。わたくしが殺したかったですが、仕方ありませんわね」

「……てめぇら……!」

 

 戦慈は怒りで拳を握り締め、額に青筋を浮かべる。怒りで更に体が膨れ上がる。

 その時、背後から風を切る音が聞こえて、全力で横に跳ぶ。

 直後、戦慈がいた場所に4,5本の剣が突き刺さる。

 

「剣……!っ!」

 

 ゾクリと背筋に悪寒が走り、足元から何かがせり上がってくるのを感じて慌てて跳び上がる。

 地面から巨大な刃が3,4本生えてきて、戦慈の足を浅く斬りつける。すぐに治癒するが、戦慈は歯軋りして剣が飛んで来た方向を見る。

 

「中々の反応を見せる」

 

 森から現れたのは全身西洋鎧を身に着けている女性と思われるヴィラン、アイアン・メイデンだった。

 メイデンはフワリと浮かび上がり、ゆっくりと戦慈の目の前に下り立つ。

 

(柳と同じ『個性』か?いや、だったら今の地面から剣が生えてきたのはおかしい……。なんの『個性』だ?)

 

 戦慈は必死にメイデンの『個性』を推測するが、エルジェベートが横から迫って来て中断せざるを得なくなる。

 

「くっ!ヅゥアアアアア!!」

 

 戦慈は吠えながら右腕を振り抜いて、衝撃波を放つ。

 エルジェベートは避け切れずに両腕で防ぎながら後ろに吹き飛ぶ。戦慈は横目でメイデンを見て、目に入った光景に目を見開く。

 剣や地面から生えた刃が浮き上がってグニャリと形を変えながら分裂し、数十本のナイフが出現する。

 メイデンが右手を戦慈に向け、ナイフが一斉に戦慈に襲い掛かる。

 

 戦慈は左腕を横に振り抜き、衝撃波を放ってナイフを吹き飛ばすが、メイデンが右手を振ると再び戦慈に襲い掛かる。

 舌打ちをした戦慈は躱せるものは躱して、当たりそうなものは殴り落として防いでいくも、すぐに視界一杯にナイフが迫ってくるのが見えた。

 

 

オオオオオオオ!!!

 

 

 戦慈は咆哮を上げて全身から衝撃波を放ち、体が最大まで膨れ上がりタンクトップも弾け飛ぶ。

 ナイフが全て吹き飛ばされ、メイデンは襲い掛かる衝撃波に庇う素振りも見せず、よろめくことなく立っている。

 エルジェベートも飛んで離れて、戦慈の隙を伺う。

 再びナイフの切っ先を戦慈に向く。

 その時、戦慈がメイデン目掛けて右腕を振り、衝撃波を放つ。

 

「ぬ」

 

 メイデンは左手を上げて、地面から金属の壁を生み出して衝撃波を防ぐ。すると、ナイフは力を失ったように地面に落ちて、衝撃波に吹き飛ばされる。

 

(金属を操る『個性』か!I・アイランドの奴が装置を使った時よりは弱ぇが、土の中の金属も操れるのは厄介だな。けど、同時に操れる金属の量には限界もある……!)

 

 戦慈はエルジェベートと組んで現れた理由を見抜いて、冷静に相手を観察する。

 

「……ふん」

 

 メイデンはゆっくりと浮かび上がり、両手を肩の高さまで上げる。

 地面に散らばっていたナイフが再び浮かび上がり、壁だった金属もまた形を変えて5本の剣となる。

 

「我が名はアイアン・メイデン。オール・フォー・ワンの剣なり。小僧、貴様に恨みはないが、情もない。故に、疾く散れ」

 

 メイデンが両手を振り下ろすと、無数のナイフと剣が戦慈に降り注ぐ。

 戦慈はギリィ!と歯を食いしばり、全力で肩を回転させてラッシュを繰り出して衝撃波の乱弾を放つ。

 

「オォララララララララララララララァ!!!」

 

 ナイフと剣が砕けながら吹き飛び、メイデンは飛翔して衝撃波の範囲から脱出する。

 そこに戦慈の背後からエルジェベートが高速で攻めかかる。

 戦慈は右腕を引いた勢いを利用して、後ろを向きながら右回し蹴りを放つ。エルジェベートは直前で真上に上がり躱すも、戦慈が左脚だけで跳び上がって左後ろ回し蹴りを繰り出す。

 

「なっ!ごぉっ!?」

 

 左脚はエルジェベートの腹部に叩き込まれ、くの字に吹き飛ばす。さらに、その反動を利用して左脚を前に振り抜き、メイデンに衝撃波を放つ。

 メイデンは舌打ちをして地面に下りて躱し、右手を振り上げる。

 戦慈は体を丸め、すぐに両腕を開いて背中から衝撃波を放ち、弾かれたように前方に飛ぶ。

 直後、地面から刃が生えるが空振りに終わる。

 

「それで避けたつもりか」

 

 地面が続く限り、戦慈の下には刃が隠れている。

 そう暗に伝えると、戦慈は右ストレートを地面に叩き込んで、地面を吹き飛ばしてクレーターを作り出す。

 

「なに?」

「ヅゥラアアアアァ!!」

 

 今度は両脚を踏み抜いて、砲弾のようにスピードを上げてメイデンに迫る。

 そして左拳を構えるが、メイデンの胸甲から数枚の刃が生えてきた。

 

「っ!?」

「我の鎧も金属であることを見て分からんか、戯けめ」

 

 メイデンの右手甲から刃が生え、戦慈の顔目掛けて突き出す。

 戦慈は左腕を更に後ろに引いて半身になって刃を紙一重で躱し、右手を弾くように開いて衝撃波を放ってメイデンを僅かに後ろに下がらせて、戦慈も後ろに下がって距離を取る。

 その真上からエルジェベートが飛び掛かってきて、戦慈の顔面を殴る。

 戦慈は仰向けに吹き飛び、メイデンが左手を振ろうとすると、戦慈はバク転して体勢を整えて地面を踏み抜いて地面にクレーターを作りながら跳び上がる。

 エルジェベートが上昇して追撃を仕掛ける。

 戦慈は右腕を振り抜いて、衝撃波を放つ。エルジェベートは素早く方向転換して躱し、再び攻めかかろうとした時、戦慈が衝撃波を利用して飛び、先ほどまでいた森に向かい始めた。

 

「っ!しまった!?」

「ちっ。思ったより冷静な奴だったか」

「追いかけますわよ!」

「我に指図をするな」

「そんなこと言ってる場合ですの!?」

 

 エルジェベートは顔を顰めて上空に舞い上がり、メイデンも浮かび上がって戦慈が飛び込んだ森に入る。

 メイデンは両手でそれぞれ木に触れる。すると、触れた所から光沢がある金属に変わっていく。

 枝や葉など全てが金属に変わると、グニャリと形を変えて巨大な丸鋸に変形する。

 ゆっくりと回転し始めて、フィイイイィンと風を切るような音がするほど回転数を上げると、それを森に向かって飛ばして森を切り倒しながら戦慈を狙う。

 

 後ろの木々が倒れていくのに気づいた戦慈は足を止める。

 背後から巨大な丸鋸が飛んできているのを見て、舌打ちをして丸鋸を上から殴って止める。

 

「くそっ!」

 

(あんなもん使われ続けたら倒れてる連中に当たっちまう……!)

 

 意識を失ったのが宍田だけとは思えない。

 もし無意識に茂みの中に倒れて、戦慈でも気づけなかった場合、最悪の可能性が起こりうる。

 戦慈は先にメイデンを倒さなければならないと覚悟を決めて、丸鋸が飛んで来た方向に戻るのだった。

 

 

 

 

 その頃、一佳と唯は鉄哲と合流していた。

 鉄哲からガスマスクを分けてもらって身に着ける。骨抜はガスで完全に意識を失い、鉄哲もまた意識を失った茨を抱えていた。

 そして、早く施設に戻ろうと言うと、

 

「俺は戦うぞ。拳藤は塩崎や骨抜達を頼む」

「は!?交戦は駄目だって……!」

「このガスだけでも止めねぇと、更に被害は広がっちまう!それに、拳暴だってきっとヴィラン達を倒そうと動いてるはずだ!」

 

 鉄哲のその言葉を一佳は否定できなかった。

 そして、その言葉である事実に気づく。

 

「……里琴はどうしたんだ?」

「は?」

「里琴なら竜巻でこんなガスなんて吹き飛ばせるはずだ!なのに、全く風が吹いてる気配がない!」

「あ!?」

「ん!?」

 

 一佳の指摘に鉄哲と唯も目を見開く。

 あの里琴がこの状況で動かないはずがない。戦慈が里琴に指示を出さないはずがない。

 なのに、未だに竜巻が出現した様子はない。

 

「まさか……巻空もガスにやられちまったのか!?ってことは拳暴も!?」

「くっ!?」

 

(けど、里琴達は竜巻を使う予定だったはず。私達よりガスにやられる可能性はずっと低いのに……。それでも何もしないってことは……!)

 

「里琴がヴィランに襲われてやられたのかもしれない!このままじゃ拳暴や宍田も危ない!」

「くそっ!俺は行くぜ、拳藤!」

「待て、鉄哲!」

「っ!なんでだよ!?仲間が危ないんだぜ!?」

「違う!!……私も行く」

 

 一佳も立ち上がって鉄哲に歩み寄る。

 まさかの一佳の参戦に鉄哲や唯は目を見開く。

 

「お前だけじゃ心配だ。ガスマスクは濃くなればなるほど使える時間が減る。里琴が負けたかもしれない奴に1人で立ち向かうなんて無茶だ」

「拳藤……」

「時間は限られてる。だから、2人で一気にガスの発生源まで行って、ヴィランをぶん殴る!!」

「……おうよ!!」

「唯、悪いけど茂みに隠れて待っててくれ。絶対戻ってくる」

「ん!」

 

 唯に茨と骨抜を任せて、鉄哲と一佳は走り出す。

 目指すはガスの発生源。

 すると遠くから轟音が聞こえてきた。

 

「今のは拳暴か!?」

「その可能性はある。けど、拳暴達がいたはずの位置からかなり遠い。……ってことは、この襲撃はやっぱり周到に計画されたもの……!拳暴や里琴の『個性』に対策されてる可能性が高い!」

「ガスを撒き散らすために巻空を無力化して、拳暴をここから引き離したってことか!?」

「そうだ。この作戦なら絶対にあの2人をどうにかしないと成立しない。厄介なヴィランかもしれない。……脳無みたいな」

「っ!!くっそぉ!!早く行かねぇと!!」

「ああ!」

 

 2人はスピードを上げて、ガスの中を突っ切っていく。

 

「教えてやるぜ……!ヒーロー科B組は拳暴と巻空だけじゃないってなぁ!!」

「そうだな……。この時のために、ずっと頑張ってきたんだ」

「そうだ!ここで立たねば、いつ立てる!!いつまでも拳暴達ばっか傷つけさせるか!」

 

 誰よりも戦慈と里琴を追いかけてきた一佳と鉄哲。

 

 雄英襲撃から3か月。

 

 2人はようやく、戦慈達と同じ戦場に立った。

 

 



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拳の六十三 夜の森の激闘

 戦慈は必死に動き回っていた。

 周囲には丸鋸やナイフ、剣が飛び交い、油断すれば地面からも刃が生えてくる。

 更に厄介なのが、メイデンが触れる木々が金属に変わっていき、武器が尽きないことだった。

 

「てめぇ!脳無の同類か!?」

「戯け。我があのようなでくの坊と同類なわけなかろう」

 

 メイデンが右手を振るい、ナイフの群れが襲い掛かってくる。

 戦慈が左腕を振って衝撃波でナイフを吹き飛ばすも、そこにエルジェベートが上空から高速で滑空してきて戦慈に蹴りを繰り出す。

 右腕で何とか防ぐも戦慈は後ろに大きく滑り下がる。

 

「くっ!」

「いくらお前でも、串刺しにされればくたばるでしょう!さっさと死になさいな!」

「ざっけんなぁ!!」

 

 戦慈がエルジェベートに殴りかかろうとするも、足元から刃が生えてきて慌てて下がる。

 

「くっそ……!(身動きがとれねぇ!どっちも無視出来る攻撃じゃねぇぞ、くそ!)」

 

 無数の鋭利な刃物を操るメイデンと、空を飛びながら恐ろしいパワーで攻めてくるエルジェベートのコンビに戦慈は手を焼いていた。

 どっちも下手に逃がすと、他の者達の命が奪われかねない。

 しかし、倒すにしても、どうにも力が足りない。

 

「オラァ!」

 

 右腕を振り、メイデンに向かって衝撃波を飛ばす。

 金属の壁で簡単に防がれてしまう。

 

「くっ!(無理をすれば死にかねねぇ……!今はこいつらをここにくぎ付けにするしかねぇか。相澤が動いてくれてりゃあいいが……)」

 

 その時、

 

『A組B組総員、戦闘を許可する!!』

 

 マンダレイの《テレパス》が再び頭の中に響く。

 許可は出たものの正直今更感しかないので、気にせず戦闘を続ける。

 しかし、その後に続いた内容には流石に耳を疑った。

 

『ヴィランの狙いの1つ判明!生徒の「かっちゃん」!!「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて!単独では動かないこと!!』

 

 かっちゃんと言う名称に聞き覚えがあり、思い出すのは緑谷だった。そこから連想出来たのは、爆豪の顔だった。

 

「……テメェら……。何で爆豪を狙ってんだ?」

「む……何故そのことを……?」

「確かヒーローの1人がテレパシー系の『個性』を持っていましたわね。それで知ったということは、どうやらこっちの者がバラした上にやられたみたいですわね。全く役立たずな……」

「さっさと答えやがれ」

「知らん」

「知りませんわ。死柄木が何を考えているのかなど」

 

 2人の答えに戦慈は訝しむ。

 

「……テメェら、死柄木の仲間じゃないのか?」

「我は違う。オール・フォー・ワンより手伝えと言われただけだ」

「わたくしもですわ。あのような子供の手下など冗談ではありませんわ」

 

 即座に否定する2人に戦慈は必死に頭の中で情報を整理する。

 

(……確かにあの蝙蝠女は一度として死柄木といたのを見たことはねぇ。ってことは、オール・フォー・ワンって奴……そいつが脳無を作って敵連合に流してた死柄木の背後にいる黒幕か?だったら、鎧女や蝙蝠女がここにいる理由も説明はつく)

 

 そうなると、この2人の異常性はオール・フォー・ワンによるものである可能性が高い。

 脳無という『個性』複数持ちの化け物を作り出せるなら、意思をしっかりと持ったまま複数の『個性』を手にすることも出来てもおかしくはない。

 同じような輩が他にもいる可能性が出てきたことに、歯を食いしばる。

 しかも、この2人からはこれ以上大した情報は得られそうもない。

 

 その時、再びメイデン達は猛攻を再開した。

 戦慈は舌打ちをして、反撃を始めるがやはり倒すのは時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 鉄哲と一佳は戦闘許可が出たことで更に気合を入れてガスの中を進む。

 

「よっしゃあ!ぶん殴り許可が出た!」

「かっちゃんって誰だろうな?」

「B組じゃねぇだろ。そんな呼ばれ方してる奴なんて知らねぇぞ」

「だよな」

 

 一佳達はかっちゃんと言う名前に心当たりはなかった。

 なので、A組の誰かということはすぐに考え付いたのだが、誰かは分からない。

 

「けど、なんで生徒なんだ?しかも特定の……。身代金を狙うならヒーロー科を狙う必要はないし、特定の人間を狙う理由はない」

 

 一佳は走りながらヴィランの狙いを考える。

 しかし、情報が少なくて確信できるほどの答えに辿り着かない。

 

「拳藤、今はこのガス使いだ!情報ならそいつをブッ飛ばして聞き出せばいい!!」

「……そうだな!」

「ところで、俺らはどこに向かってんだ!?」

「気づいてなかったのか!?」

 

 一佳は先頭を走っていた鉄哲にツッコむ。

 そして、ため息を吐いて、足を止める。

 

「いいか?マンダレイの《テレパス》にこのガスの話は出てなかったし、ガスにやられている気配もない。つまり、マンダレイ達のいる広場から、このガスは見えてないんだ」

「それがなんだよ?」

「おかしいだろ?風だって吹いてるのに、広場までガスが広がる気配がないんだ。けど、常に一定方向には流れてて、進むほどにガスが濃くなってる」

「つまり……なんだ!?」

「発生源を中心に渦を巻いてると思う。台風みたいにさ。つまり、この中心にいる奴がガスの発生源で、操ってる奴ってことだ」

 

 一佳の完璧な推理に、鉄哲は目を見開いて感心する。

 

「おお!スゲェな、拳藤!!」

「……どうも。けど、問題もある。ガスマスクのフィルターってのは、ガスの濃度が濃くなればなるほど限界が早まるんだよ。だから――」

「濃い方に全力で走って、全力でぶん殴ってさっさと倒せばいいんだな!!」

「んん……まぁ……そだけど……」

 

 短絡的に結論を出して駆け出す鉄哲に、呆れながらも一佳はそれに続く。

 

(なんちう単細胞ぶり……)

 

「塩崎や骨抜達、皆がこのガスで苦しい目に遭ってる!嫌なんだよ、腹立つんだよ!こういうの!!拳暴だって必死に戦ってる!!俺らも頑張るぞ!拳藤!!」

「……うん!」

 

 一佳は笑みを浮かべて頷く。

 そして、2人はスピードを上げる。

 

 倒すべき敵を目指して。

 

 

 

 

 ガスの中心にいるのはマスタードだった。

 

(……まっすぐにこっちに来る奴がいる……。やっぱ気づく奴も切り抜ける奴もいるんだねぇ)

 

 近づいて行く存在を感知して、懐に手を入れる。

 

「まぁ、どれだけ優秀な『個性』があっても……」

 

 取り出したのはリボルバー式の拳銃。

 それをゆっくりと右に向ける。

 直後、

 

「いいぃたああああぁ!!!」

 

 鉄哲が拳を構えてガスから飛び出してきた。

 

「人間なんだよね」

 

 そう言いながら引き金を引く。

 

バァン!! 

ガァン!!

 

 銃弾が発射され、鉄哲の頭が跳ね上がって仰け反り、ガスマスクが砕ける。

 弾かれるような音が響いたのを聞いて、マスタードは鉄哲の『個性』に気づく。

 

「ああ、いたね。硬くなる奴。銃は効果ないか……。まぁ、いいか。後は息が続くかどうかの問題だしね」

 

 ガスマスクが壊された鉄哲は息を止めて、口元を手で押さえる。

 

(拳銃とかマジかよ……!?それにしてもコイツ。学ラン!?中学かタメくらいじゃねぇか!?いや、今はそんなことどうでもいい!!)

 

 鉄哲は拳を構えてマスタードに殴りかかる。 

 しかし、マスタードは冷静に発砲して、鉄哲の脇腹に当てる。

 全身鋼質化していたので貫通はしなかったが、衝撃に動きが止まってしまう。

 

「硬化出来るって言ったってさぁ……。突進はないでしょ。名門校でしょ?高学歴でしょ?考えてくんない?じゃないとさぁ……」

 

 マスタードは鉄哲を嘲笑いながら拳銃をあらぬ方向へ向ける。

 その方向の意味を気づいた鉄哲は痛みを無視して駆け出す。

 

「殺りがいがない」

 

 銃口が向けられた先には拳を構えていた一佳がいた。

 発砲された直後、鉄哲が一佳の前に飛び出して銃弾から庇う。

 

「鉄哲!?」

「駄目だ……退いてろ!」

 

 銃弾を弾けない一佳では一方的に殺される。

 なので、鉄哲は一佳を後ろに下がらせようとした。

 

「アッハハハ!2対1で1人は身を隠して不意打ち?浅っ!あっさいよ、底が!このガスはさぁ、僕が出して、操ってる!君達の動きなんて揺らぎで感じるんだよ!」

 

 マスタードは高笑いをしながら、自慢げに語る。

 

「なぁんでそういうこと考えらんないかなぁ。雄英生でしょ?夢見させてよ。前は女の子を助けるためにかっこよく止めてたじゃないか」

「前……?」

「つまらないなぁ。あの拳暴って奴は他に取られたみたいだしさぁ」

 

 マスタードは後ろに下がってガスの中に姿を消す。

 一佳は戦慈の名前が出たことと『前』という言葉に、マスタードの正体をなんとなく思い至る。

 

(もしかして、浅草で茨達を襲おうとした奴か?確か中高生くらいで雄英生であることに嫌味を言ってきたって、茨が……)

 

 すると鉄哲が走り出してマスタードが消えた場所を目指す。

 

「んむぅ!!」

「鉄哲!ちょっ!」

 

 鉄哲を制止しようとしたが、その前に鉄哲の横から拳銃が現れて、側頭部に発砲を受ける。

 

「バァカ」

「ぐっ!?」

「さっきより柔らかくなってない?血も出てるし、金属疲労って奴?息も続かなくなってきた?踏ん張り効いてないね?」

 

 マスタードは鉄哲の頭部から流れる血を見て、鉄哲の《スティール》の性質を推測する。

 銃弾をリロードして、連続で発砲する。

 

「硬化やら筋力強化やらの単純な連中って、得てして体力勝負なところがあるもんねぇ。ねぇ……君らは将来ヒーローになるんだろ?僕、おかしいと思うんだよねぇ。君達みたいな単細胞な奴らがさぁ!学歴だけで!チヤホヤされる世の中って!!」

 

 鉄哲は体を丸めて必死に耐える。

 そして、マスタードは鉄哲に近づいて足を振り被る。

 

「正しくないよねぇ!!」

 

 不満をぶちまけながら鉄哲の脇腹を蹴ろうとした瞬間、鉄哲がマスタードの脚を掴んで止める。

 

「!?」

「んんぬうううううう!!」

「こっ!!」

 

 鉄哲は目を大きく見開いて起き上がり、無我夢中で左ストレートを繰り出した。

 マスタードは発砲して止めようとしたが、鉄哲は僅かに仰け反っただけで鉄の拳はマスタードの腹に叩き込まれる。

 

「ぐぅ!?」

 

(拳銃如きにビビるな、俺!!俺は鋼鉄!!拳暴の拳に比べれば、爆豪の爆破に比べれば、全然痛くねぇ!!)

 

 鉄哲は気合を入れ直す。

 しかし、今ので息が限界を迎え、視界が揺らぐ。

 

「ぐぅ……!」

「つぅ……!この……単細胞バカがぁ!!」

 

 マスタードが叫びながら銃口を鉄哲に向ける。

 その時、背後から一佳が飛び出て、腕を伸ばす。

 

「このっ!」

「ふん!だから、その挙動も全て筒抜けだって」

 

 ギリギリのところでガスの揺らぎを感じ取ったマスタードが冷静なふりをして、一佳の攻撃を躱す。

 しかし、一佳が《大拳》を発動して、巨大化した右手がマスタードの顔を叩く。

 

「っだ!?」

「動きだけ分かっても意味ねぇんだよ……!」

 

 マスタードは仰け反った勢いを利用して後ろに下がってガスに紛れようとする。

 

「ふん……!そんなしょぼい『個性』でドヤ顔されてもなぁ!!強がったところで、今度は拳暴は救けに来ないよ!?」

 

 一佳はガスに紛れたマスタードを見届けると、左手も巨大化して近くにある樹を掴む。

 

「しょぼいかどうかは……使い方次第だぁ!!!」

 

 一佳は一気に樹を引っこ抜いて、棍棒のように振り回す。

 葉の付いた樹が風を起こし、ガスを乱す。

 マスタードは銃を構えていたが、樹の攻撃範囲から慌てて離れる。

 

「ガ、ガスが乱れる……!?なんてパワーしてんだ、あの手……!」

 

 樹をバットのように振り回す一佳に慄くマスタード。

 

「馬鹿はお前だ、学ラン。拳銃なんか持ってよ。それじゃあケンカに自信がないって言ってるようなもんだ」

「このっ……!」

「何より……雄英の単細胞を舐めるなよ!」

 

 その時。

 

 

ドオオオォォン!!

 

 

 轟音が響き、暴風が森に吹き荒れてガスを更に吹き散らされる。

 

「なっ!?」

「あいつはな、拳暴は離れていても仲間のためなら絶対に手を尽くしてくれる凄い奴なんだよ」

 

 一佳はこれが戦慈の仕業だと直感で分かり、樹を投げ捨てて両手を戻してマスタードに迫る。

 

「それと鉄哲はな……」

 

 マスタードは暴風を堪えながら、一佳に拳銃を向けようとして、視界の端に動く鉄色の存在に気づいた。

 

「っ!?しまっ!?」

「普通なら『もう駄目だ』って思うようなとこを、更に一歩越えてくるんだよっ!!」

「んぬぅおオオオ!!」

 

 鉄哲は右手を握り締めて振り被り、一佳も左手を握り締めて振り被る。

 マスタードはどちらに対応すればいいか判断できずに、ただただ迫る拳を見つめることしか出来なかった。

 

「「オォラアァ!!」」

 

 2人揃って、叫びながらマスタードの顔面に拳を叩き込む。

 マスタードのガスマスクを粉々に砕き、頭から地面に勢いよく叩きつける。

 

「っっっ!!?」

 

 マスタードは頭が潰れたのではないかと思うような衝撃を感じて、耐えきれずに意識を失う。

 大の字で倒れたマスタードを見下ろした鉄哲は大きく息を吐き出す。

 

「ブッハァ!……ガス使いが……はぁ!……ガスマスクしてりゃあ……そりゃ壊すわな……」

 

 そして、鉄哲も横に転がって大の字になる。

 周囲からガスが霧散していくのを一佳が確認して、ホッと息を吐く。

 

「俺達の合宿潰した罪……ふはああぁ……償ってもらうぜ、ガキんちょ」

「鉄哲、大丈夫か?」

「当たり前だろ……。まぁ、流石にちょっと苦しいけどな」

 

 頭や腕から血を流しており、ずっと息を止めていたので意識も朦朧としている。

 

「とりあえず、これでガスは消えたな。これでまだ無事な皆も動きやすくなるだろ」

「ああ……!後は……拳暴の手助けを……ぐぅ!」

「もう無理だよ、鉄哲!」

 

 鉄哲は起き上がろうとするが、力が入らずにうつ伏せに倒れる。

 一佳は慌てて制止する。

 すでに鋼質化も限界を迎えており、怪我もしている。

 そして、何より。

 

「このヴィランを捕まえないと駄目だし、その怪我で拳暴の所に行っても邪魔になるかもしれないし、最悪人質にされるかもしれない。ただでさえヴィランの狙いは生徒の可能性があるんだ」

「ぐ……」

 

 鉄哲は一佳の言葉に顔を顰めて唸る。

 マスタードが目を覚ませば再びガスを振り撒く可能性がある。なので、迅速に拘束する必要があると一佳は考えている。

 そうなると、鉄哲を1人で行かせることになってしまうが、今の状態ではとてもではないが行かせられない。

 なので、一佳と鉄哲はここで前線から下がるしかない。

 

「くそっ……!」

「一番厄介なガスを消したんだ。他の皆だって、そう簡単にはやられる連中じゃないさ」

「……それは分かってるけどよ。やっぱ……情けねぇのは変わらねぇぜ。こんなガキんちょ1人で限界なんてよぉ……!」

 

 鉄哲はそれでも悔しさが込み上げる。

 一佳が片手を大きくしてマスタードを掴み上げる。

 鉄哲は自分で起き上がることが出来ず、一佳がもう片方の手で服を掴んで引っ張ることにした。

 一佳は背中で戦慈の衝撃波であろう轟音を聞き、鉄哲同様悔しさに耐えながら教師陣がいる場所を目指すのであった。

 

 

 

 戦慈はガスが消えていくのを空中で眺めていた。 

 ガスが充満する方向から銃声が聞こえたことで、メイデンとエルジェベートを横目に衝撃波をガスだまりに向かって飛ばしたのだ。

 

「こいつ!この状況で他のガキの心配ですの!」

 

 エルジェベートとメイデンが飛び迫って来て、戦慈はラッシュを放ち衝撃波を連射する。

 

「ヅゥララララララ!!」

「ちぃ!」

 

 エルジェベート達は舌打ちしながら回避する。

 エルジェベート達も戦慈の衝撃波に手を焼いていた。

 

「こ奴は衝撃波を使い過ぎれば、体が限界を迎えるのではなかったのか?」

「そのはずですが……」

 

 戦慈は地面に下りて、息を整える。先ほどからずっと体から白い煙を上げている。

 自己治癒が間に合う範囲で衝撃波を放っていたが、流石に体の負担は大きくなってきていた。

 

(それでも前よりは戦える時間が長くなってやがる。なんだかんだであの特訓は効果があったってことか)

 

 しかし、やはり決め手に欠けているのは問題であった。

 このままではずっとあの2人の相手をしなければならない。そろそろ面倒になってきていた。

 里琴の事もそうだが、先ほどの銃声も気になる。

 

「……一か八か、仕掛けるか」

 

 戦慈はメイデンに目を向けて、拳を構える。

 そして、地面を吹き飛ばしながら全力で飛び出し、メイデンに突進する。

 

「ふん」

 

 メイデンは右手を上げて、足元から戦慈に向かって刃を波のように出現させる。

 すると、戦慈の体が僅かに膨れ上がり、体が赤くなる。

 

 

ヅゥルアアアアアアアアアア!!!

 

 

 叫びながら右手を握り締め、力を振り絞ってアッパーのように右腕を振り上げる。

 

 

ドッッッパアアアァァン!!!!

 

 

 巨大な竜巻のような衝撃波が放たれる。

 地面と刃を抉りながら進み、メイデンへと迫る。

 

「まずっ!」

「ぬぅ!」

 

 エルジェベートは全力で飛翔して避難し、メイデンは金属の壁を生み出すも地面ごと吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐぅううううう!!」

 

 メイデンは両腕を交えた状態で森を抉りながら飛んでいく。

 戦慈は体がリセットされ、右腕に鋭い痛みが走るが、気にすることなくクラスメイト達がいる方向に全力で走り出す。

 エルジェベートは直撃こそは避けたものの、余波でバランスが保てずに吹き飛ばされてしまう。

 戦慈は森を全速力で走り、体がどんどん膨らんでいく。右腕からは蒸気のように煙が上がり、フルパワーまで体が膨れた時にはある程度は振るえるほどまで回復していた。

 

 戦慈は大きくジャンプをして、森の上に出る。

 すると、進行方向から巨大な氷塊が出現する。

 

「轟……!っ!!」

 

 轟の氷結であるとすぐに悟り、目を凝らすとすぐ近くの木の上に里琴を攫ったコンプレスを発見した。

 

「轟は爆豪といたな……!まさか!?」

 

 肝試し時の轟と爆豪のコンビを思い出して、最悪を想像する。

 直後、一気に両脚から衝撃波を放って飛び出し、コンプレスに勢いよく飛び迫る。

 そして、コンプレスが気付いた時には、もう戦慈が拳を構えた状態で目の前にいた。

 

「なっ!?」

「オラァ!!」

「ぐぼぉ!?」

 

 戦慈はコンプレスの顔面に拳を叩きつけ、地面に叩き落とした。

 戦慈も地面へと降りて、倒れているコンプレスを睨みつけるように見下ろす。

 

 

「さぁ……里琴を返してもらうぜ……!」

 

 

 



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拳の六十四 届かぬ手

「拳暴……!!」

 

 コンプレスを見下ろす戦慈の耳に声が届く。

 目を向けると、そこには円場を背負った轟、ボロボロの緑谷を背負った障子、麗日、蛙吹がいた。

 

 戦慈が声を掛けようと口を開いた時、倒れているコンプレスが飛び起きて、戦慈に右手を伸ばす。

 戦慈は素早く後ろに下がり、指を弾いて衝撃波を放つ。

 

「ぐぅ……!」

 

 一瞬、衝撃波の一部が掻き消されてビー玉のようなものが出現したが、全て掻き消せずにコンプレスは後ろに吹き飛ばされて樹に背中から叩きつけられる。

 その隙を戦慈は逃さずにコンプレスに詰め寄って、仮面の顔に右ストレートを鋭く叩き込んだ。

 

「っっ!!」

 

 仮面は粉々に吹き飛び、コンプレスは鼻血を流し白目を剥いて気絶して崩れ落ちる。

 直後、コンプレスの周囲の爆豪、常闇、そして里琴とラグドールが現れる。

 

 爆豪と常闇は周囲を見渡して戸惑っており、里琴は地面に倒れ、ラグドールも頭から血を流して倒れる。

 

「かっちゃん!常闇君!」

「巻空に、ラグドール……!?」

「ラグドール!血が!!」

 

 戦慈が里琴に歩み寄り、麗日と蛙吹がラグドールに近づく。

 

「……怪我はしてねぇか」

 

 戦慈は里琴の体を素早く確認して出血などがないか確認した。怪我などは見当たらないが、里琴の顔色は明らかに悪く、ぐったりとしている。

 

「……あのガスごと閉じ込められたせいか。くそっ!」

 

 戦慈は宍田達と同様に里琴もガスで意識を失っていると考えて舌打ちをする。

 麗日と蛙吹もラグドールの状態を確認して、慌てて声を上げる。

 

「あかん、傷が深い!」

「急いで手当てをしないと危険だわ!」

「怪我人が多すぎる!全員取り戻したんだ!急いで施設まで戻るぞ!!」

 

 轟が円場を背負い直して叫ぶ。

 それに全員が頷く。緑谷を常闇が背負い、ラグドールを障子が、また襲われた時のことを考えて里琴を麗日が背負うことにした。

 そして、走り出そうとした時、障子の耳に風を切り裂く音が聞こえた。

 

「っ!?何か来る!!」

「どけ!!」

「きゃあ!?」

「ケロッ!?」

「上だ!!避けろ!!」

『!?』

 

 障子が叫んだ直後、戦慈が麗日と蛙吹を押し飛ばして障子達に叫ぶ。

 

 次の瞬間、上空から剣が降り注ぎ、戦慈達に襲い掛かる。

 轟は慌てて、氷の壁を生み出して常闇達を守り、戦慈は拳を振って衝撃波を放ち、里琴、麗日、蛙吹を庇う。

 しかし、最初の数本が弾き切れず、右腕や左脚、そして脇腹に突き刺さる。

 

「ぐぅ!!」

「拳暴君!?」

「いいからとっとと逃げろ!!」

 

「逃がさん」

 

 戦慈が麗日達を逃がそうとすると、上空から声が響く。

 上を見上げると、メイデンが明らかに怒気を纏って空中に浮かんでおり、戦慈達を見下ろしていた。その周囲には大量の剣が浮かんでおり、切っ先が戦慈達に向けられていた。

 

「な……!?」

「ちっ!まだピンピンしてやがんのか……!」

「流石に少し驚かされたぞ。それでもあの程度で我が負けるわけなかろう……!!」

 

 戦慈は剣を引き抜いて、傷を癒していく。流石に今回は傷が深く、治癒に時間がかかる。

 その時、障子が背後の森に勢いよく振り返る。

 

「後ろにも誰かいるぞ!!」

「遅いですわ!」

「ぐあっ!」

「障子!?」 

 

 現れたのはエルジェベートだった。猛スピードで森から飛び出して、障子を殴り飛ばしてラグドールを脇に抱えて飛び上がる。

 

「ちぃ!」

「こっちを見ていていいのかしら?」

「なに……!?」

「かっちゃん!!後ろだ!!」

『!?』

 

 緑谷の声に戦慈達は弾かれるように爆豪のいる方向に顔を向ける。

 視界に飛び込んできたのは、倒したはずのコンプレスが爆豪を再びビー玉に閉じ込める瞬間だった。

 仮面も何故か元通りになっており、怪我もない。

 しかし、それ以上に戦慈達が混乱したのは、

 

 コンプレスが2人いることだった。

 

 爆豪を閉じ込めたコンプレスの近くに、気絶したコンプレスがいたのだ。

 

「2人……!?双子か!?」

「種明かしはしないぜ。()()()()()()()()からな」

「くそっ!!」

 

 戦慈が新しく現れたコンプレスに向かおうとすると、メイデンが再び剣を飛ばしてきたため、足を止めて剣に向かって衝撃波を放つ。

 蛙吹がコンプレスに舌を伸ばすが、コンプレスは軽やかに躱し、気絶しているコンプレスもビー玉に閉じ込める。

 

「悔しいが、この俺は無理出来ないからな。とっととトンズラだ!!」

「待てっ!!」

 

 コンプレスはそう言うと森の奥へと走り出す。

 障子達が追いかけようとするが、

 

「行かせん」

「オラァ!!」

 

 メイデンが再び剣を飛ばそうとした時、戦慈が先んじて衝撃波を飛ばして牽制する。

 

「やらせるかよぉ!!」

「ちっ……鬱陶しい奴だ」

「わたくしはコレを運びますわ。コレは閣下がご所望したモノですので」

「ああ」

 

 エルジェベートがラグドールを抱えたまま飛び出して、コンプレスが逃げだした方向に飛ぶ。

 戦慈は衝撃波を飛ばそうとするが、ラグドールに当たる危険性があることに一瞬躊躇し、その隙をメイデンに突かれて飛んでくる剣の対応に追われることになった。

 エルジェベートが森の上空に移動すると、コンプレスが飛び上がってきて、ラグドールを再び閉じ込める。そのままコンプレスはエルジェベートに抱えられて移動していく。

 

「奴らを追え!!あいつは俺が抑える!!」

「拳暴君……!」

「麗日!里琴を頼む!」

「わ、わかった!」

「無駄だ。その小娘はじきに死ぬ」

「……あ?」

 

 メイデンの言葉に戦慈がピクリとして動きを止める。

 メイデンは腕を組んで、戦慈を見下ろす。

 

「その小娘は鹵獲された時に一緒に入り込んだガスを吸い込み過ぎた。もはや助かるまい」

「そんな……!」

 

 麗日が背中でぐったりとしている里琴に目を向ける。その呼吸は確かに弱々しいものだった。

 

「その小娘が大事なら、共に死んだらどうだ?介錯は我が手伝ってやる」

「てめぇ……!っ!?」

 

 轟も顔に怒りを浮かべてメイデンを睨みつける。

 その時、

 

ブチッ。

 

 何かが切れるような音が緑谷達の耳に届く。

 直後、戦慈の体が震え始める。

 

「拳暴君……!」

 

 緑谷が声を掛けるも戦慈は一切反応を示さない。

 もう一度声を掛けようとした時、戦慈の体が一瞬一回り膨らんで肌が真っ赤に染まる。しかし、体はすぐに一回り縮む。髪は更に逆立って赤黒く染まる。

 

「け、拳暴君……!?」

「あれは……I・アイランドの……!」

「……例の暴走状態か」

 

 メイデンも戦慈の変化に雰囲気を変える。

 しかし、緑谷や轟は違和感を感じていた。

 

「?……前と……違う?」

 

 I・アイランドの時は体は更に大きくなっていた。それにもっと衝撃波が吹き荒れていた。

 だが、今の戦慈は体の色は変わったが、大きくもなっていないし、衝撃波も全く吹き荒れていない。それに以前よりも威圧感が強くなっている気がした。

 

「……」

 

 戦慈の変化が収まったと感じた直後、戦時が一瞬腰を屈めたかと思うと、その姿が消える。

 

「え?」

 

ガアアァン!!

 

「がぁっ!?」

 

「え!?」

 

 緑谷達が唖然とすると、上空から轟音が響いて悲鳴が聞こえる。

 上を見上げると、戦慈が上空に拳を振り抜いた体勢でおり、メイデンが勢いよく吹き飛ばされていた。

 それに目を見開くと、ドパン!という音と共に戦慈の姿がまた掻き消える。

 

 ドパン!ドパバン!!と連続で何かが弾ける音が響き、直後再び何かが殴られる音が響く。

 

「ぐあああ!?」

 

 メイデンがくの字になりながら緑谷達の上空に戻ってきた。

 直後、戦慈がメイデンの真上に両手を組んで振り上げた状態で現れて、メイデンを地面に叩きつける。

 

「きゃあ!?」

「凄い……!」

「っ!今の内だ!!早く奴らを追うぞ!」

「しかし、奴らは空を飛んでいるぞ!?」

「麗日さん!僕らを浮かして!」

「え!?」

「蛙吹さんは浮かした僕らを下で思いっきりぶん投げて!そしたら障子君は腕で軌道を修正しつつ僕らをけん引して!轟君は炎で推進力を!常闇君は轟君の炎を利用して《黒影》でヴィランを捕まえて!!」

「緑谷。お前はもう残ってろ。その怪我じゃもう……」

「怪我なんて、今は知らない。倒れてる皆に比べれば、これくらい……!」

 

 緑谷の決意の固い言葉に轟達も言葉を飲む。

 

「時間がない……!早く……!」

 

 その言葉に轟達も覚悟を決めて、準備を始める。

 麗日が浮かして轟、緑谷、障子、常闇の4人を蛙吹の舌で締め上げる。そして、蛙吹が勢いよく舌を振り上げて、4人を一気に投げ飛ばす。

 

「おおおおお!?」

 

 障子は轟と緑谷を脇に抱え、常闇が首元に抱き着いている。

 エルジェベートの姿を捉えた障子は声を張り上げる。

 

「いたぞ!!」

「っ!!行くぞ、常闇!」

「応!」

 

 轟が炎を放って、スピードを上げる。

 そして、常闇が黒影に呼びかける。

 

「黒影。まだ暴れ足りんのだろう?」

「当タリ前ダロ」

「奴らならば遠慮はいらぬ。暴れろ!!」

「ヨッシャーー!!俺ノ獲物ダーー!!」

 

 常闇の背中から巨大な黒影が飛び出す。

 常闇の《黒影》は闇が深いほど凶暴性と力が増す。先ほども暴走してしまったのだが、爆豪と轟のおかげで抑える事が出来た。

 それを今度は自ら解き放つ。といっても背後で轟の炎の明かりがあるので、それほどパワーは上がらないが。

 

 それでも黒影は猛スピードでエルジェベートとコンプレスに襲い掛かる。

 

「クライヤガレーー!!」

「っ!もう追いつかれましたの!?」

「来るぞ!」

「分かってますわ!!あなたはやられないでくださいましね!!」

 

 エルジェベートの体はすでに160cmほどまで縮んでいる。流石に戦慈の衝撃波の余波を何度も受けて、エネルギーの消耗は激しかった。

 そのため、思ったよりスピードが出ず、障子達の速度に目を見張る。

 伸びてきた黒影の腕を躱し、急旋回するも黒影はしつこく追ってくる。

 

「くっ!合流地点はわかりますわね!?」

「ああ!」

「森に降ろしますわ!一気に行きなさい!」

「仕方ねぇ!」

 

 エルジェベートは急降下して、コンプレスを森の中に降ろす。そして、迫ってきた黒影の腕を蹴り弾き、コンプレスが逃げる時間を稼ぐ。

 

「仮面のクソガキと言い……!ムカつくガキ共ですわねぇ!!」

「ドキヤガレーー!!」

「ぐぅ!?」

 

 黒影が両腕を突き出し、エルジェベートはそれを躱し切れずに受け止めようとするが想像以上のパワーに押し飛ばされる。

 そして、そのまま森が少し開けた場所の地面に叩きつけられる。

 

「がっ!?」

「なんだ?」

「長い腕だな!短ぇよ!」

 

 開けた場所にいたのは荼毘、全身タイツコスチュームの『トゥワイス』、ディスペ、そしてトガだった。

 黒影が叩きつけた場所が幸運にも敵連合の集合場所だったのだ。

 

 エルジェベートが叩きつけられた直後にコンプレスも合流した。

 

「ちっ!時間はまだか!?」

「もうすぐだが……どうやらそう簡単に帰してくれそうにないか」

 

 荼毘がコンプレスの言葉に答えながら、上を見上げる。

 そこには障子達の姿があり、障子達は勢いよく地面に着地する。

 

「どんぴしゃだ!」

 

 麗日は自分も浮かして、常闇がエルジェベートを叩きつけた瞬間に《無重力》を解除したのだ。

 見事追いついた障子達はコンプレスに向かって、飛び掛かる。

 その目の前を青い炎が出現して行く手を遮る。

 

「ミスターを守るぞ。コピーがやられちまったら、『個性』が解けちまう」

「そりゃヤバいな!問題ねぇよ!」

「きゃー!出久くん!」

「やれやれ……」

 

 荼毘の命令にトゥワイス達も動き出す。

 それを見た轟が氷結を放って、妨害しようとする。

 

「熱っつ!」

「冷たっ!」

「どっちだよお前ら……。割るぞ」

 

 真逆のリアクションをするトゥワイスとトガに呆れながら、ディスペが氷結に触れる。

 すると、氷結がガラスのようにバキン!と砕け散る。

 

「なんっ……!?」

「悪いな、エンデヴァーのガキ」

「くそっ!」

 

 轟は今度は炎を放つ。ディスペが炎に飲まれ、トゥワイスとトガは横に跳んで躱す。

 

「おい、ディスペ!?」

「問題ない」

「っ!!?がっ!」

 

 トゥワイスが呼びかけると、ディスペは全くの無傷で炎から顔を覗かせて拳を振るう。

 轟は目を見開いて固まり、頬を殴られて後ろに倒れる。

 

「轟!」

 

 常闇が黒影を操って、ディスペに攻撃を仕掛けるも黒影の攻撃はディスペの体をすり抜けた。

 

「なっ!?」

「悪いが、俺にお前らの『個性』は効かないんだよ」

「ぐっ!」

「障子、緑谷!」

「駄目だ!近づけん!」

「くそっ!」

 

 障子と緑谷は荼毘とトガに妨害され、轟と常闇の傍まで戻ってくる。

 緑谷達は荼毘達に囲まれて、身動きが取れなくなってしまう。

 

 エルジェベートも頭を押さえながら立ち上がり、緑谷達を睨みつける。

 

「このっ……!」

「メイデンはどうした?」

「あの仮面のガキを殺してるはずですわ」

「そうか」

「……そう上手くはいかねぇぞ」

「あ?」

 

 轟が注意を引くように口を開く。

 

「お前らが逃げた後、拳暴は広島で見せた力を出した。そう簡単に殺せると思うか?」

「広島の……?はっ!嘘ならもっとマシなものにしとけ。あいつが暴れて、こんなに静かなわけねぇだろ」

 

 ディスペは轟の言葉を一蹴する。

 しかし、それは直後に否定された。

 

 

ドッッッパアアアアアァァン!!!

 

 

「なぁ!?」

 

 巨大な轟音がして、驚くディスペ達。

 その直後、森から何かが吹っ飛んできて、エルジェベートとディスペの間を猛スピードで通り過ぎて地面を転がる。さらに森が吹き飛んで、全員が衝撃波に煽られる。

 

「ミスター!自分も閉じ込めろ!」

「すまねぇ!」

 

 荼毘が吹き飛びながら、コンプレスに声を掛ける。コンプレスは自分自身をビー玉に閉じ込めて身を守り、それを荼毘が回収する。

 トガはトゥワイスに助けられ、ディスペとエルジェベートも飛び下がって体勢を立て直す。

 轟や緑谷、常闇は黒影と障子に庇われて地面に伏せていた。

 

「なんだ……!?」

「今の攻撃は……!」

 

 衝撃波の嵐が収まって、顔を上げる緑谷達。

 森は完全に地面から抉られ、樹が薙ぎ倒されて散乱している。

 

「おいおい、なんだこれ!?大したことねぇな!」

「降ろしてください~」

 

 トゥワイスはトガを抱えたまま、惨状に慄く。

 その時、その造られた道を、物凄いスピードで何かが飛んできて、緑谷達の横で止まる。

 

「拳暴……君……」

 

 現れたのは戦慈。

 体から()()()()をあげている。目は完全に白目になっており、それでもまっすぐに敵連合を睨みつけている。

 その様子から、緑谷はやはり今までのように暴走しているようには見えなかった。

 

 ディスペ達も戦慈の登場に顔を顰める。

 

「ちっ。またコイツが一番の障害になるのか……!」

「メイデンは一体何を……!」

 

「ごふっ……!」

 

 ディスペ達の背後から咳き込んだ声が聞こえ、振り向く。

 そこにはメイデンがうつ伏せに倒れており、兜や鎧は砕けて素顔が露わになっている。

 

 毛先が銀で根元は黒のストレートヘアで褐色の肌をした女性。兜が完全に脱げると、左目が紫で、右眼が金のオッドアイが晒される。

 メイデンは口から血を吐き出し、立ち上がろうとしていた。

 

「メイデン……!?」

「あいつがあそこまで……!」

「おいおい、マズくねぇ?問題ねぇよ!」

「ちっ」

 

 荼毘が舌打ちして右手を戦慈に向ける。

 すると、戦慈が一瞬で荼毘の目の前に移動して、荼毘の鳩尾に拳を叩き込む。

 

「ごぇ!?」

 

 荼毘は一撃で崩れ落ちる。

 その動きにディスペ達は目を見開く。

 

「速っ!?遅ぇよ!」

「なんだ、こいつ……!」

「前と動きが違いますわよ!?」

 

 戦慈はディスペ達に顔を向ける。

 

「っ!がっ!?」

「ぎゃっ!?」

 

 戦慈の拳がディスペの頬に叩きつけられて、ディスペは地面に倒れる。続けて、エルジェベートの脇腹に拳を叩きつけて、エルジェベートは吹き飛んで樹に叩きつけられる。

 その動きも緑谷達はほとんど捕らえられなかった。

 

「あいつ……。一体どれだけのパワーを隠し持って……」

「……多分、違う……」

「何?」

 

 緑谷の言葉に轟達が緑谷を見る。

 

「拳暴君のあの紅い蒸気みたいなの……」

「あれがどうかしたのか?」

「拳暴君は今まで白い蒸気が出てたはずなんだ」

「あの力のせいか?」

「あの蒸気は《自己治癒》してるからだって聞いたことがある。だから、パワーが上がったところであんな色が出るのはおかしいと思うんだ」

 

 しかし、実際には紅い蒸気が出ている。

 そこから考えられることはなんだ?と緑谷は必死に考える。

 今の戦慈の状態はどう見ても普通じゃない。前の暴走の時もかなり体に負担がかかっていたと、緑谷はオールマイトから聞いたことがある。

 

「……もしかして……血?」

「なに?」

「あの色は血なのかもしれない。さっきから衝撃波が出てない。拳暴君の衝撃波は体に溜まったパワーが溢れ出していたもの。もし、それを完全にキレたことで無理矢理抑え込んでいるとしたら?そのパワーはどうなる?」

「っ!体の中でパワーが暴れて、体の内部を傷つけている……!?」

「それでその血が体の熱で蒸発して、あの蒸気として噴き出しているのだとしたら……!」

「止めないとあいつの体がヤバイってわけか……!」

 

 轟が結論を言い、歯を食いしばる。

 止めようにも、今の状況で止めればヴィランに殺されかねない。

 

 しかし、状況はさらに悪化する。

 森から灰色の肌をした脳無が現れたのだ。

 さらに、

 

「この……狂犬があああ!!!」

 

 メイデンが叫びながら立ち上がり、地面から大量の剣を作り出す。

 

「このアイアン・メイデンが……!オール・フォー・ワンの剣たる我が、貴様のような小僧に敗けるなど許されるものかあああ!!」

 

 メイデンの足元の地面が金属に変わっていく。半径5mの円状に広がり、そこから更に剣を生み出していく。さらに足元の金属が浮かび上がり、メイデンは宙に浮かんでいく。

 

「我は負けられぬ!負けられぬのだ!!」

 

 足元の金属がグニャグニャと歪み始めて、体に纏っていき再び鎧を身に纏う。

 

「【串刺し刑(インペィルメント)】!!」

 

 100を超える剣が一斉に戦慈に襲い掛かる。

 トゥワイスが慌てて荼毘を引きずって飛び退き、ディスペも戦慈から離れる。

 轟が氷結を放ち、戦慈を助けようとした時、

 

 戦慈の両腕がブレて、衝撃波の嵐が吹き荒れる。

 しかし、纏めて吹き飛ぶのではなく、1本1本物凄いスピードで弾かれていく。

 戦慈の腕はブレ続けており、そこから戦慈の両腕が高速で振るわれ続けているのが見て取れる。

 

「衝撃波を完全にコントロールしてる……!?」

「なんて奴だ……!」

 

 緑谷達は戦慈の技術に驚き、メイデンは小馬鹿にされているようで兜の下で歯軋りする。

 

「おのれぇ……!この――!」

 

 メイデンが再び怒りを口にしようとした時、メイデンの右胸と左脇腹に衝撃が突き刺さる。

 

「がっ!?」

 

 衝撃を受けた個所の鎧が砕け、メイデンは呻きながら地面に下り立つ。剣は動きを止めて、地面に落ちる。

 戦慈は表情を一切変えることもなく、両腕と両肩から紅い蒸気を更に噴き出して仁王立ちしている。

 

「が……あ、あの中を……ここまで正確に……衝撃波を……!?」

 

 メイデンはふらつきながら、戦慈の攻撃に慄く。

 その時、

 

バッキィイン!!

 

 メイデンの鎧が完全に砕け、地面に転がっている剣全てが砕け散った。

 

「っ!?が……!!」

 

 メイデンは目を見開いて、片膝をつく。

 

「なんだ?」

「容量限界かも……!今のうちにかっちゃんとラグドールを!!」

「分かった!!」

 

 常闇がメイデンの異変に眉を顰め、緑谷が叫ぶ。

 それに轟と障子が走り出し、緑谷達も後に続く。

 

 しかし、その前にディスペが立ち塞がり、戦慈には脳無が襲い掛かる。

 

「悪いが行かせねぇよ」

「邪魔だ!」

 

 轟が氷結を放つが、ディスペの体に触れた瞬間に砕ける。障子が《複製腕》を伸ばすも、これまたディスペの体に触れた瞬間『個性』が解除される。

 緑谷が《ワン・フォー・オール》を発動して突っ込み、蹴りを放つも軽々と腕で防がれてしまい、《黒影》もディスペの体をすり抜ける。

 

「なんだ、こいつは!?」

「言ったろ?俺に『個性』は効かねぇ」

「まさか……相澤先生と同じタイプの『個性』!?『個性』を無効にする『個性』!!」

 

 緑谷が目を見開いて、行きついた答えを言う。

 

「ほぉ、流石だな。俺の『個性』は《無効》。俺の体に『個性』由来の攻撃は通じねぇんだ」

 

 ディスペの言葉に緑谷達は目を見開く。

 

「さぁ、どうする?ヒーロー志望。ご自慢の武器が通じない俺に相手にどう戦う?」

 

 ディスペは挑発するように腕を広げる。

 それに緑谷達は悔し気に歯を食いしばる。

 

 その時、広間の中心に黒い靄が出現する。

 

「っ!?……ワープの……」

「合図から5分経ちました。行きますよ、皆さん」

「気を付けろよ、黒霧。アイツが更にヤバくなってやがるからな」

「ええ、少し見させていただきました。荼毘やエルジェベートはすでに回収しています」

「そうか。じゃあ、さっさと引き上げるか」

 

 トゥワイスやトガ、メイデンの近くにも黒い靄が出現する。

 

「とう!」

「ゴメンね。出久君、またね!」

 

 トゥワイスとトガは靄に飛び込んで消えていく。

 メイデンは立ち上がろうにも、すぐに崩れ落ちてしまう。

 

「っ!お……のれぇ……!」

「大丈夫ですか?アイアン・メイデン」

「……時間……切れ、だ……。情けないが……閣下のところに飛ばしてくれ……」

「分かりました。エルジェベートもそちらにいますので」

「覚えて……おけよ、小僧……!」

 

 メイデンは戦慈を睨みつけながら靄に包まれて消えていく。

 脳無を殴り飛ばし、トドメを刺そうとした戦慈の目の前にも黒い靄が立ち塞がる。

 戦慈はとっさに後ろに跳び下がる。

 

「っ!」

「ほぉ……。思ったより冷静ですね。以前は獣のようでしたが……」

 

 黒霧は戦慈を視ながら脳無を回収する。

 それを見た戦慈はディスペの目の前に移動する。

 

「げ!」

 

 ディスペはとっさに顔を両腕で庇う。直後、ディスペの上半身に高速のラッシュが叩きつけられる。

 ディスペは後ろに仰け反って、2mほど下がる。

 

「っつぅ~……!あっぶねぇな……!」

「拳暴の攻撃まで……!?」

「……今のって……」

 

 障子が目を見開いて驚くが、緑谷は今のを見て訝しむ。

 そして、すぐに先ほどのディスペの言葉を思い出して、ある推測を立てる。

 

「拳暴君!!そのまま殴り続けて!そいつは通常攻撃までは無効化できない!!」

「げ!っ!!ぐおおおお!?」

 

 緑谷が叫んだ内容にディスペが声を上げた直後、戦慈が再び猛攻を仕掛ける。

 

 緑谷の推測通り、ディスペの《無効》は『個性』因子由来の攻撃を無効化する。つまり、戦慈の衝撃波や《筋力増強》のパワーは無効化出来ても、戦慈本来のパワーは無効化できない。

 なので直接攻撃の場合、普通に殴られた分のダメージは入るのだ。

 

 そして、あくまでもディスペへのダメージが無効になるだけなので、戦慈の異常な身体能力を消せるわけではない。

 つまり、ダメージが弱まっても、一気に数十発も叩き込まれれば大ダメージである。

 

「ぐぇ……!」

 

 ディスペは数十発殴られて、後ろに大の字で倒れる。

 その時、

 

「いい加減にしやがれ、筋肉野郎」

 

 荼毘が再び黒靄から現れて、青い炎を放ってきた。

 その隙にディスペを回収する黒霧。そして、靄が小さくなり消えていく。

 

「くそっ!」

「かっちゃん!」

「もう無理だ。諦めな」

 

 青い炎を躱した轟達は悔しがる。

 荼毘が鼻で笑いながら言うと、戦慈が荼毘の後ろに回り込んで、荼毘の側頭部に拳を叩き込む。

 真横に吹き飛んだ荼毘は地面を転がり、仰向けで大の字に倒れる。

 

「ってぇ……。ははっ!こりゃスゲェパワーだな」

「何笑ってやがる……。もう逃げられねぇぞ」

 

 近くにいた轟が、笑う荼毘を見下ろしながら言う。

 荼毘はその言葉に再び鼻で笑う。

 

「まさか俺が本物だと思ってんのか?」

「……なんだと?」

「お前ら、ミスターが2人いたことに何も考えなかったのか?本気で双子だとでも思ってたのか?」

「っ!やっぱり、誰かの『個性』……!」

「そういうことだ」

 

 緑谷が顔を顰めながら言うと、荼毘の体がドロリと溶け始める。

 

「くくっ。哀しいなぁ、轟 焦凍」

 

「っ!」

 

「お前らの負けだよ。ヒーロー科。お前らの手は、もう爆豪には届かない」

 

 荼毘の体が完全に溶けて消える。

 

 残ったのは、勇敢に戦い抜くも無様に負けたヒーローの卵達のみ。

 

 その事実をようやく緑谷達は実感する。

 

「あ……ああ……」

 

 緑谷は膝から崩れ落ち、途端に今まで忘れていた腕の痛みが襲い掛かる。

 さらに一度取り戻した爆豪を再び連れ去られた屈辱に、心も締め付けられる。

 

「ああああああ!!!」

 

 緑谷は地面に額を着けて、痛みに叫ぶ。

 その姿に同じく悔しさを感じていた轟達は、その背中を見つめることしか出来なかった。

 

 そして、もう1人。

 

 戦慈は呆然と荒く息を吐いて立っていた。

 体も元に戻っており、全身から白い煙が立ち上がっている。

 

 意識は先ほどまでとは違う形でクリアになっていた。

 全身に痛みが走っているが、むしろ今はその痛みのおかげで冷静でいることが出来ている。

 

「……結局、肝心なところでまた暴走してただけかよ。広島でも、雄英の時も……」

 

 そして、何より戦慈の胸に突き刺さる緑谷と同じ事実。

 

「また俺は……守り切れなかった……」

 

 手が届いたはずの者達を、救けられなかった。

 

 里琴も、ラグドールも、そして爆豪も……。

 

「本当に……情けねぇ……」

 

 

 誰かを守るための力を身に着けるはずだった林間合宿は、自分達の無力さを最悪の形で見せつけられて、終わりを迎えたのだった。

 

 

 



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拳の六十五 全員の敗北

昨夜の新潟地震。被災地の皆様の無事をお祈りしております。
余震や倒壊、土砂崩れにはくれぐれもお気をつけて。

そんな中で殺伐とした話を投稿するのはやや忍びないですね(-_-;)
申し訳ありません。

キリがいいところまでなので、少し短めです。



 雄英高校・最大の失態。

 

 ニュースや新聞では、その一色に染まっていた。

 

 ただでさえ襲撃された過去がある雄英ヒーロー科1年の合宿地に、再び敵連合の襲撃を許してしまった。

 しかも今回の被害は今までの比ではない。

 

 

 生徒40名の内、ヴィラン『マスタード』の《ガス》による意識不明の重体の者が13名。

 

 重軽傷者が11名。

 

 無傷だった者は15名だった。

 

 そして……行方不明者、1名。

 

 更に6名のプロヒーローの内、1名が頭を強く打たれ意識不明の重体。1名が大量の血痕を残し、行方不明となった。

 

 

 情報が漏れないように必要最低限の人員に絞ったことが、完全に裏目に出た形となった。

 爆豪とラグドールにおいては、敵連合に攫われたことも世間の知るところとなり、雄英とプロヒーローの対応の拙さが全面に非難される形となり、世間を騒がせている。

 

 

 

「……はぁ」

 

 一佳はネットニュースを見ながらため息を吐く。

 

 襲撃から2日。

 

 一佳達はあれから東京の病院へと移されていた。

 B組は意識不明の者が多い事もあり、現場から離れていてプロヒーローが集まっている東京に移送されたのだ。

 

 鉄哲は軽傷ではあるがガスの中心部で戦っていたこともあり大事を取って入院。

 戦慈も《自己治癒》である程度回復していたが、それでも鉄哲よりは重傷だったので入院となった。

 一佳、唯、ポニー、柳、物間、庄田はほぼ無傷のため、簡単に診察を受けて帰宅を許された。

 

 しかし、庄田以外は全員1人暮らしをしていることもあり、ヒーローの護衛の下、病院近くのホテルに宿泊していた。

 一佳達は時間が許す限り病院に通い、未だ意識が戻らないクラスメイト達を見舞っていた。

 

「……酷いもんだね。皆、雄英とプッシーキャッツを責めてる」

 

 柳もニュースを見ていたようで、顔を顰めている。

 一佳も眉間に皺を寄せて頷き、これ以上見る気もなくなりスマホを仕舞う。

 

 一佳の横には、目を閉じて酸素マスクを付けて寝ている里琴の姿があった。

 里琴の隣のベッドには茨が、その隣には切奈が、里琴同様酸素マスクを付けて横たわっている。

 唯、柳、ポニーもそれぞれのベッドの横に座り、3人の手を擦ったり、汗を拭いたりと出来る限りのお世話をしていた。

 

 他の部屋には男子達も同じように入院している。

 庄田や物間、そして昨日退院を許された鉄哲が、部屋を行き来して見舞っている。

 

 戦慈は何故か今回は回復が遅く、昨日はまだベッドから降りれなかった。

 

「よう」

「鉄哲……」

 

 鉄哲が神妙な顔で病室に顔を出す。

 そして、未だに眠り続けている里琴達を見て、顔を顰める。

 

「塩崎達もまだ、か……」

「ああ……。そっちも?」

「まだ誰も起きねぇ。……くそっ!俺がもっと早くあのガキを倒しておけば……!」

 

 鉄哲が悔し気に右手を握り締める。

 一佳は「馬鹿なこと言うな!」と叫ぼうとしたが、出来なかった。それが慰めにもならないことが分かったからだ。

 一佳とて同じ思いを抱いているのだから。

 

 その時、

 

「こ~ら。そんなこと言わないの」

 

 声がして、一佳達が顔を向けると、そこにはヒョウ柄のコスチュームを着た女性がいた。

 

「あなたは……」

「ヒョウドルよ。スサノオとシナトベの職場体験先のサイドキック」

「ミルコの……。なんでここに?」

 

 一佳の疑問にヒョウドルは眉尻を下げながら、里琴のベッドに足を進める。

 

「広島の事件の後、私は敵連合を追ってたの。と言っても、全然見つけられなかったけどね。それでもスサノオ達にこれ以上敵連合の手が伸びないようにしようと思ってたんだけど、ね」

 

 ヒョウドルはため息を吐いて、里琴の頭を軽く撫でる。

 

「結局、何も出来ずにこの結果。だから、少しでも埋め合わせをしようと思ってね。ミルコを連れてあなた達の護衛に来たの」

「ミルコも、ですか?」

「ええ。ミルコは今、スサノオに会ってるわ。リカバリーガールも来てくれてるから、スサノオはすぐに回復するはずよ」

「……そうですか」

 

 一佳はホッと息を吐く。

 ヒョウドルは優しく笑みを浮かべ、そして鉄哲に顔を向ける。

 

「で、あなた」

「は、はい……」

「さっきの『俺が』って言うのはやめときなさい。今回は『誰が』じゃない。『全員』が失敗したのよ」

 

 ヒョウドルの言葉に一佳達も耳を傾ける。

 

「あの場にいた皆があなたと同じ思いをしているはずよ。中には戦うことすら出来なかった子達もいる。……友達が血を流して倒れ、攫われたっていうのにね」

「っ……!!」

「それに今、ガスで倒れている子達も起きたらあなたと同じこと言うんじゃない?あなただってこの子達のようなことになって、起きた後に事情を聞いたらそう思うでしょ?」

「……絶対に言います」

「でしょ?だから、今回は全員が何かしら出来なかった事がある。全員が悔しい想いをしているわ。だから、厳しい事を言うけど、あなただけが力が及ばなかったなんて言うのはやめなさい。あなた達は全員で戦った。今回の負けは全員の負けで、全員が力及ばなかったのよ」

「……はい」

 

 鉄哲は項垂れるように頷く。

 ヒョウドルは鉄哲の肩をポンポンと叩く。

 そこに柳が声を掛ける。

 

「あの……」

「ん?」

「攫われた2人のことは……何か分かったんですか?」

 

 柳の言葉に全員に緊張が走る。

 ヒョウドルはまっすぐに柳を見る。

 

「……悪いけど、その情報は話せないわ」

「え?」

「あなた達の中にその情報を聞くと飛び出しそうな奴がいるでしょ? 暴走しやすい奴が」

「……拳暴」

 

 一佳が里琴を見つめながら戦慈の名前を挙げる。

 それにヒョウドルが苦笑しながら頷く。

 

「他の子達もそうだけどね。だから、あなた達には話せない。ただ、オールマイトはもちろんエンデヴァーやベストジーニストに声がかけられてるわ。警察も総動員して動いてる。きっと助け出せるわ」

「オールマイトに、エンデヴァー達が……!」

 

 少しでも安心させるために作戦に参加するヒーローの名前を挙げるヒョウドル。

 トップ2のオールマイトとエンデヴァー、そしてNo.4ヒーローのベストジーニストの名前を聞いて、一佳達の心に希望と安堵が湧き上がる。

 さらにここにはNo.7ヒーローのミルコもいる。

 

 日本で最高のヒーロー達が集まって来ている。

 その事実はそれだけ大事件ということでもあるが、それでも「きっと大丈夫」という思いが湧き上がる。

 

「それじゃあ病院を離れる時は言ってね」

「おーっす!」

「ここは病院だよ、お馬鹿」

「いでっ!?」

 

 ヒョウドルが病室を出ようとすると、ミルコが勢いよくドアを開けて登場し、リカバリーガールに杖で背中を突かれて悶える。

 その後ろから呆れた顔で戦慈も現れる。

 

「拳暴!もう大丈夫なのか?」

「ああ」

 

 戦慈は病衣ではあるが、体に巻かれていた包帯は全て解かれており、特にふらつきも見られない。

 

「さて、私はこれで失礼するよ」

「リカバリーガール……。やっぱり里琴や茨達は……」

「私は治せるのは怪我だけさね。それに体力も使うから、この子達には逆に危険だよ」

「ですよね……」

「安心しな。さっき担当医に話を聞いてね。命の心配も体への後遺症の可能性もないそうだ。目が覚めれば、すぐに日常生活には戻れるだろう」

「……よかった……」

 

 一佳達はリカバリーガールの話にホッとする。

 戦慈が腕を組んで、リカバリーガールを見る。

 

「A組の連中はどうなんだ?」

「ガスで倒れた2人はこの子達と同じだね。八百万は昨日意識が回復して、今日には退院出来るよ。緑谷もね」

「緑谷はかなりヤバそうだったが。もうか?」

「強めに治癒したからね。まぁ、それでもボロボロだ。同じような怪我が続けば、腕が使いものにならなくなるね」

「……」

「言っとくけど、あんたもだよ」

 

 リカバリーガールが杖で戦慈の足を軽く叩く。

 

「今回《自己治癒》が弱かったそうじゃないか。またかなり無茶したって聞いたけど、そのせいなんだろ?《自己治癒》がなかったら、お前さんの方が先に戦えない体になってたさね」

 

 リカバリーガールの言葉に、一佳達は改めて戦慈がどれだけ無茶をしてきているのかを理解する。

 

「まぁ、もうこの事件においては、お前さん達に出来る事はないよ。今はしっかりと体と心を休めな」

「そういうことね。スサノオ、無茶しちゃ駄目よ。シナトベを泣かさないように」

「元気になったら、あたしが憂さ晴らしでも付き合ってやるよ」

「やめなさい、お馬鹿」

 

 リカバリーガール達が部屋を後にして、部屋には戦慈達が残される。

 戦慈はベッドに寝ている里琴の姿を見て、背を向ける。

 

「拳暴?」

「着替えてくる。俺も退院だからな」

「着替えって……」

「さっき鞘伏が持ってきた。すぐに帰っちまったけどな」

「そっか……。鞘伏さんも?」

「ああ、爆豪の捜索に参加してるそうだ。情報は貰えなかったがな」

 

 戦慈はそう言って病室を後にする。

 その背中を見送った一佳達は、

 

「これで後は里琴達だけか」

「ん」

「A組の皆さんも大丈夫そうでよかったデェス!」

「今はみんなの回復を待つだけだね」

 

 ひとまず全員の回復が見込めたことにホッとする。

 

「俺も物間達の所に戻るぜ」

「ああ」

「ん」

 

 鉄哲も男子陣のところに戻り、面会時間終了まで里琴達の傍にいるのだった。

 

 

 

 戦慈は病室に戻り、服を着替える。

 その時、

 

「横浜の神野区?そこに敵連合がいんのか?」

「声がデカいわよ!」

「おお、わりぃ」

「ったく……。エッジショットやギャングオルカも召集されたらしいわ」

「マジか。あたしも行くか?」

「駄目よ。まだスサノオとシナトベを狙ってるかもしれないんだから」

「ちぇっ」

 

 ミルコとヒョウドルの話が聞こえた戦慈。

  

「……横浜の神野区」

 

 聞こえた地名を呟いて、戦慈はスマホを弄る。

 位置を確認した戦慈は覚悟をした顔をして、荷物を纏める。

 

 その夜。

 戦慈の姿が病院から消え、一佳達はパニックに陥る。ヒョウドルとミルコは話が聞かれていた可能性に気づき、防犯カメラを確認させてもらい、1時間ほど前に戦慈が病院から出て行くのが確認できた。

 すぐさまヒョウドルは警察や神野区近くにいるヒーローに連絡を取り、戦慈の捜索を依頼するが爆豪救出作戦もあり、敵連合を刺激する可能性があったため、大々的に捜索は難しいと言われてしまい、歯噛みする。

 

「あたしが行くか?」

「駄目よ!ミルコじゃ目立ちすぎる。……スサノオが敵連合の拠点を見つけるのはほぼ不可能よ。問題は作戦が始まったときに参戦する可能性があることだけど……。流石にオールマイト達にそこまで対応させるのは無理よね」

「スサノオならむしろ戦力になるだろ?」

「馬鹿!!あの子はまだ仮免も持ってないの!!襲われたならともかく、自分から飛び込んだらアウトよ!!」

「あ、そっか」

 

 ヒョウドルは対応の難しさに頭を抱える。

 とりあえず、今は一佳達まで飛び出さないようにすることに注意を払うことにした。

 一応作戦本部にも連絡は入れ、見つかり次第保護をお願いしたのだった。

 

 

 

 

 ある場所にて。

 

「可哀想に。随分と責められてるねぇ、雄英は」

「まぁ、生徒とヒーローを攫われて、意識不明者まで出れば教育機関としては致命的じゃろうて。仕方なかろう」

 

 暗いビルにてオール・フォー・ワンとドクターが会話していた。

 

「オールマイトは怒ってるだろうねぇ。その表情が見られないのが残念だよ」

「しかし、どうするんじゃ?オールマイトが動き出せば、少々厄介じゃと思うが?」

「そうだね。けど、そう簡単に見つけるのは難しいだろう。平和に溺れた彼らじゃね」

 

 オール・フォー・ワンの目の前にモニターには、隠れ家バーで爆豪と話している死柄木達の姿が映っている。

 

「そういえば、メイデン達はどうだい?」

「メイデンとエルジェベートはまだ厳しいのぉ。ディスペは一応回復して送り返したが、戦闘はまだ無理じゃろ」

「そうか……。メイデンはマキアほど『個性』が埋め込めなかったからな。回復系も持ってないしね」

「《金属操作》に《金属変換》、それに《膂力増強》じゃったな。十分強力な『個性』を揃えたんじゃがな」

「そうだね。まさか容量限界で『金属アレルギー』を発症するとは、流石に予想外だった」

 

 アイアン・メイデンは脳無とは異なり、改造なしで『個性』の複数持ちに成功した数少ない例である。

 しかし、1つだけ副作用が発生してしまった。

 

 容量限界を迎えると、金属アレルギーを発症するようになってしまったのだ。

 服越しであろうと金属に触ることが出来なくなり、『個性』の発動も難しくなる。

 改造を施そうとしたが、その場合脳無と同じように思考能力を奪いかねないことが分かり、断念せざるを得なかった。

 

「エルジェベートも回復と力を溜める血がな。お主の分も考えると厳しい」

「彼女も厄介な『個性』だからねぇ」

「もう、そろそろ願いを叶えてやったらどうじゃ?」

「……確かにそろそろ潮時かな。今回の損害を補填出来たら、叶えてあげようか」

 

 オール・フォー・ワンは両手を組んで、笑みを浮かべる。

 

「可哀想な子だよ。『()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()なんてね」

「戦わせたのはお前さんじゃろうに」

「違うよ。オールマイトのせいさ」

 

 オール・フォー・ワンは力強く言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼女の力なんて借りずに済んだのだから。オールマイトのせいで彼女は苦しみ続けている。酷い奴だよ、正義の味方ってのは」

 

 オール・フォー・ワンはオールマイトの姿を思い浮かべる。

 

「正義は人を救わない。……いや、正義では救える人が限られている、が正しいかな。それに気づかずに我が物顔で闊歩するのだから、あまりにも滑稽で……腹立たしいことこの上ないよ」

 

 モニターに映る死柄木を見つめる。

 

 

「思い知るがいいよ、オールマイト。君の言う『希望』こそが、この世界に『絶望』を呼び込んでいることを……」

 

 

 



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拳の六十六 神野区の戦い

 戦慈が姿を消して、数時間。

 

 神野区ではオールマイト達が爆豪・ラグドール奪還作戦の準備を整えていた。

 警察はもちろんのこと、日本トップクラスのヒーロー達が呼び集められていた。

 

 炎を纏う巨漢。

 No.2ヒーロー、エンデヴァー。

 

 上下全てデニム生地の服で統一されている長身の男。

 No.4ヒーロー、ベストジーニスト。

 

 忍者スタイルの男。

 No.5ヒーロー、エッジショット。

 

 シャチ顔に白スーツを着た巨漢。

 No.10ヒーロー、ギャングオルカ。

 

 そして、世界に名を轟かせる平和の象徴。

 No.1ヒーロー、オールマイト。

 

 日本トップ10ヒーローの半分が集結していた。

 その他にもシンリンカムイ、Mt.レディ、虎、そしてマントを羽織った小柄な古豪『グラントリノ』などが集結していた。

 

 それだけ警察も今回の事件を重く捉えており、戦力で早期解決に力を入れていることが窺える。

 

 オールマイト達は現在2か所に分かれて集結しており、警察の敵連合対策本部所属の塚内が無線を使って、最終確認を行う。

 

「雄英生徒の機転と我々の調べで、拉致被害者が今いる場所は分かっている。主戦力はそちらへ投入し、被害者奪還を最優先とする。同時にアジトと思われる場所を制圧し、完全に退路を断ち一網打尽とする!」

 

 塚内の言葉に気合を入れるヒーローと警官達。

 

「それと、これはあくまで頭の片隅に入れといて欲しい。敵連合のターゲットとされていたであろう雄英生徒の拳暴戦慈が病院とホテルから姿を消したそうだ」

「なっ!?」

 

 オールマイトが目を見開いて驚く。

 

「拳暴……」

『あの仮面の少年か』

『少年って言えます?あの子』

 

 エンデヴァーは体育祭での事を思い出して顔を顰め、ベストジーニストが思い出しながら呟き、Mt.レディがそれにツッコむ。

 虎も腕を組んで顔を顰めている。

 

「襲われた形跡はないようなので、ここを目指していると考えられる。詳しい場所までは分からないだろうが、戦闘が始まれば介入してくる可能性は高い。今までの経歴からすれば、そう簡単に遅れは取らないだろうが、それでも彼は仮免すら持っていない。見かけた場合、彼も最優先で保護してくれ」

「面倒な……。オールマイト!貴様、自分の学校の生徒くらい、しっかりと言い聞かせんか!」

 

 エンデヴァーがオールマイトに八つ当たりをする。

 

「……彼は自分の正義というものを明確にしている少年だ。今回の襲撃で倒れたクラスメイト達を目の当たりにして、我慢出来なかったのだろう。彼と特に仲のいい巻空少女もガスで倒れているしな」

『ふむ……。大人びていると言っても、まだ高校1年だ。抑えきれなくても仕方がないかもしれんな』

 

 オールマイトの言葉に、ギャングオルカは戦慈の心境に同情の念を覚える。褒められたことではないが。

 オールマイトはその言葉を聞きながら、別の事を考える。

 

(……比較的冷静な拳暴少年が動き出したということは、もしや緑谷少年も?……その可能性は大いにあり得る)

 

 幼馴染の爆豪を目の前で連れ去られた悔しさは、戦慈と比べられるものではない。

 そして、それは緑谷だけではなく他のA組の者達もだ。

 

 はたして彼らが爆豪を攫われているこの状況で大人に任せて大人しく出来るだろうか?

 

 オールマイトは一抹の不安に襲われる。

 

(……私が知っている緑谷少年なら……必ず来るだろう。飯田少年や麗日少女が止めてくれることを願おう……)

 

 オールマイトは緑谷と仲が良い2人を思い浮かべて、そう願う。

 しかし、その願いはすでに届かない。

 

 何故なら、緑谷や飯田はすでに神野区にいるのだから。

 

 

 

 

 

 緑谷、飯田、轟、切島、八百万の5人は、すでに神野区にいた。

 

 あの襲撃の最中に八百万は泡瀬と協力して脳無に発信機を仕掛けていたのだ。

 それを頼りに緑谷達は神野区までやってきた。

 

 正直なところ飯田と八百万は今すぐにでも引き返したかったが、緑谷、轟、切島はそれでも助けに行くだろうことも理解出来たので、ストッパー役として同行することにした。

 5人は神野区に着いて、まずは変装をすることにした。

 

 神野区は夜の繁華街でもあるため、クラブのホステスやその関係者を意識させる格好に着替えた一同は発信機の元へと向かう。

 

 そして、辿り着いたのは古びた廃倉庫だった。

 正面から入るのは目立つので、塀とビルの隙間に入り込んで中を窺うことにした。

 そして、覗けそうな窓を見つけて、切島が持ってきた暗視鏡で中を覗き込み、無造作に並べられた脳無を発見する。

 

 どうやって戦闘にならないように潜入するか相談していると、表が騒がしくなる。

 首を傾げていると、突如廃倉庫の正面が衝撃と共に崩れる。

 

 身を屈めて衝撃をやり過ごし、収まったところで中を覗き込んだ緑谷達の目には、脳無達を捕縛するベストジーニスト、虎、Mt.レディ、そしてラグドールを抱えた虎の姿があった。

 

「ヒーロー達だ……!」

「No.4ヒーローのベストジーニストに、ギャングオルカまで……!」

「虎さんもいますわ」

「ヒーロー達は俺達よりもずっと早く動いていたんだ!」

「……スゲェ」

「さぁ、すぐに去ろう。ここで俺達がすべきことはもうない」

「かっちゃんは……」

「話が聞こえましたわ。オールマイトも動いていると。恐らく爆豪さんはオールマイトの方にいるはず。オールマイトがいるなら尚更安心です。さぁ、早く――」 

 

 

ドオオォン!!!

 

 

 飯田と八百万が緑谷達を急かして、この場を去ろうとした時、先ほどよりも数倍の衝撃が廃倉庫から発生し、廃倉庫どころか周辺のビルをも吹き飛ばした。

 運よく、緑谷達が隠れていた場所は僅かに塀が崩れた程度の被害で済んだため無傷だった。

 

 しかし、それを喜ぶ余裕は一切ない。

 

「せっかく弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。出来れば邪魔はよして欲しかったな……」

 

 その声が聞こえた瞬間、緑谷達の脳裏に死が過ぎる。

 緑谷達は金縛りあったように動くことが出来なくなり、冷や汗と吐き気を必死に耐える。

 

 逃げなくてはいけない。

 

 しかし……バレた瞬間に殺される。

 

 その恐怖が5人の脚を縛り付ける。

 一瞬で全てがひっくり返された。そして、合宿地でのヴィラン達とは比べる気にもならない圧倒的存在感。

 声の主は怒っているわけでも、興奮しているわけでもない。

 淡々と語り、No.4ヒーローとNo.10ヒーローをまるで虫けらのように吹き飛ばした。

 

 その事実が緑谷達の心に重くのしかかる。

 

(なんだよ、これ……!冗談だろ、オールマイト……!まさか、あれが……オール・フォー・ワン……!?) 

 

 緑谷は『弔』という名前とオールマイトにも匹敵する存在感から、声の主がオール・フォー・ワンであることに気づく。

 

 《ワン・フォー・オール》の所有者が戦い続けてきた巨悪。

 《ワン・フォー・オール》を生み出したオリジンの1人。

 

 宿命の相手が、今そこにいた。

 

 すると、オール・フォー・ワンが突如拍手を始める。

 

「流石No.4!ベストジーニスト!!僕は全員を消し飛ばしたつもりだったんだ!!」

 

 相手を褒めながら、さらりと恐ろしいこと言う巨悪。

 

「皆の衣服を操り、瞬時に端へ寄せた!判断力、技術力……並みの神経じゃない!!」

 

 オール・フォー・ワンの目の前には、仰向けに倒れて荒く息を吐くベストジーニスト。

 その周囲にはボロボロで倒れているギャングオルカやMt.レディ達の姿があった。

 

「はっ…はっ…はっ……こいつ……!」

 

 敵連合の背後には強大なブレーンがいる。

 

 それは聞いていた。

 しかし、同時に狡猾で用心深いとも聞いていた。己の安全が確保できない限り姿は現さない。さらにはオールマイトと戦って深い傷を負っている可能性が高いとも。

 

 話が違う!

 

 堂々と表に出て来ている!傷を負っているようにも見えない!

 何をされたのかも分からなかった。

 

 しかし、今はそんなことなどどうでもいい。

 

 ベストジーニストは『個性』《ファイバーマスター》で体を起こし、オール・フォー・ワンを捕縛しようとする。

 

(異常事態などヒーローの常! 一流はそんなもの失敗の理由――!!)

 

 気迫と共にオール・フォー・ワンに繊維を伸ばした瞬間、ベストジーニストの鳩尾に小さな衝撃と風穴が開く。

 

「相当な練習量と実務経験故の強さだ。君のは……いらないな。弔とは性に合わない『個性』だ」

 

 その言葉を塀越しに聞く緑谷達は、何が起きているのかは分からないが、それでも最悪の状況が更新されたのは本能的に理解した。

 恐怖で体が震えて動けず。どうすればいいのか思考が麻痺してきていた。

 

 その時、

 

バシャア!

 

「ゲッホ!!くっせぇ……!んっじゃこりゃあ……!」

 

 緑谷達の耳に探し求めていた声が届く。

 

「悪いね、爆豪君」

「あ!!?」

 

 オール・フォー・ワンが爆豪に優しく声を掛ける。

 爆豪がオール・フォー・ワンを訝しみながら睨みつけると、背後からバシャバシャと音が聞こえてきた。

 

 背後を振り返ると、黒い液体から死柄木やディスペ、敵連合の面々が姿を現した。黒霧と荼毘は気絶しているようで、そのまま地面に倒れる。

 

「また失敗したね、弔」

 

「……」

 

「でも、決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り戻した。この子もね……君が『大切なコマ』だと考え、判断したからだ。いくらでもやり直せ。そのために僕はいる」

 

 オール・フォー・ワンは優しく言い聞かせるように言いながら、死柄木に右手を差し伸ばす。

 

「全ては君の為にある」

 

 あまりに異様な光景に爆豪は背中に怖気が走る。

 

 その時、

 

「……やはり……来てるな」

 

『!?』

 

 緑谷達の背筋が凍る。

 しかし、それは緑谷達に向けられたものではなく、

 

 上空から現れたオールマイトに向けたものだった。

 

 オールマイトが両拳で殴りかかり、それをオール・フォー・ワンは両手で受け止める。

 

「全て返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!」

 

「また僕を殺すか。オールマイト!」

 

 2人の足元が衝撃で弾け飛び、オール・フォー・ワンがオールマイトの両手を弾いた瞬間、クレーターが出来て周囲に衝撃波を吹き荒らす。

 

「うおお!?」

 

 近くにいた爆豪や敵連合の面々が吹き飛ばされる。

 

「随分と遅かったじゃないか。バーからここまで5kmあまり……。僕が脳無を送り、優に30秒は経過しての到着。衰えたね、オールマイト」

「貴様こそ、なんだその工業地帯のようなマスクは?随分と無理してるんじゃあないか!?」

 

 オールマイトは準備体操をするように軽く跳び跳ねて、拳を構える。

 

「5年前と同じ過ちは犯さん。爆豪少年を取り返す!そして、今度こそ貴様を刑務所にぶち込む!貴様の操る敵連合と共に!!」

 

 オールマイトが勢いよく飛び掛かる。

 

「それは……やることが多くて大変だな。……お互いに」

 

 オール・フォー・ワンが左腕を上げる。すると、左腕が歪に膨れ上がり、オールマイトに左手を向ける。

 

「!」

 

 直後、オール・フォー・ワンの左手から空気の塊が発射されて、オールマイトはくの字に吹き飛ばされる。

 オールマイトは数百mほど吹き飛ばされ、その間にあるビル群を薙ぎ倒し崩していく。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』『瞬発力』×4『膂力増強』×3。この組み合わせは楽しいな。もう少し増強系を足すか」

「オールマイトォ!!」

「心配しなくてあの程度じゃ死なないよ。だから……」

 

 爆豪が叫び、オール・フォー・ワンが冷静に言い放つ。

 オール・フォー・ワンは右手を掲げると、右手の指先から赤黒い枝のようなものが伸びる。

 

「ここは逃げろ、弔。その子を連れて」

 

 赤黒い枝はずっと地面に倒れている黒霧の胴体に刺さる。

 

「皆を逃がすんだ、黒霧」

「ちょ!?あなた!彼、やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけどワープ持ってるなら、あなたが逃がしてちょうだいよ!」

「僕のはまだ出来立てでね、『マグネ』。転送距離は酷く短い上、黒霧の座標移動と違い、僕の元へ持ってくるか、僕の元から送り出すしか出来ないのさ。ついでに、送り先は人。僕となじみ深い人物でないと機能しない」

 

 すると、黒霧の頭の靄が大きく膨れ上がる。

 

「《個性』強制発動》。さぁ、行け」

「先生は……」

 

 死柄木が子供のように縋る声を出す。

 その時、遠くから何かが飛び出すのを視界の端で捉える。

 

 オールマイトが瓦礫を砕きながら、オール・フォー・ワンのすぐ傍に下り立つ。

 

「逃がさん!!」

「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長出来るんだ」

 

 オール・フォー・ワンはそう言いながら、オールマイトの拳を片腕で受け止める。

 その様子を唖然と眺めるしか出来ない死柄木。

 

「行こう、死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれている間に!」

 

 コンプレスが地面に倒れている荼毘に手を触れて、ビー玉に封じ込める。

 そして、爆豪に目を向ける。

 

「コマ、持ってよ」

「……めんっ…ドクセー」

 

 爆豪は状況が切迫したことを感じ取り、冷や汗を流す。

 コンプレス達が爆豪に飛び掛かり、攻撃を仕掛けてくる。

 爆豪はコンプレスに特に注意して、《爆破》で応戦する。しかし、7対1の状況では逃げる隙が中々見つけられなかった。

 

「爆豪少年!今行くぞ!」

「させないさ。そのために僕がいる」

 

 爆豪の救出に向かおうとするオールマイトを、オール・フォー・ワンが赤黒い爪で妨害する。

 オールマイトは爆豪がいるから全力で戦えず、爆豪はそれに気づいているが逃げ出す隙が見つからない。

 

 緑谷はその状況に気づいて必死に打開策を考える。

 

(どうすればいい!?戦わずにかっちゃんを助けられる方法は……!?)

 

 この状況で緑谷達が出て行ってもオールマイトの足を引っ張るだけだ。緑谷は満足に戦う力はないし、爆豪を逃がせても自分達が捕まれば意味はない。

 必死に何か策がないか考える。

 その時、

 

 

ドパアアァン!!!

 

 

 どこか離れた所から、何かが弾ける音がした。

 その音に爆豪や死柄木達も思わず動きを止める。

 

 直後、死柄木達の真上に影が現れる。

 

「「「「!?」」」」

 

「オォラァ!!!」

 

 現れた影は雄叫びを上げながら、コンプレスに殴りかかる。

 コンプレスは躱すことも防ぐことも出来ず、仮面に拳が突き刺さり、後頭部から地面に叩きつけられる。

 

「Mr.!!」

 

 トカゲ顔の『スピナー』が目を見開いて叫ぶ。

 コンプレスを倒した影は、爆豪のすぐ傍に下り立つ。

 

「ふぅー……。随分と派手にやってるじゃねぇか。探す手間は省けたが、来るまで時間がかかっちまった」

 

「てめぇは……!?」

「な、なんでここにこいつが!?」

 

 現れたのは、赤いヴェネチアンマスクを付けた巨漢。

 髪が硬く逆立ち、着ているタンクトップが今にもはち切れそうになっている。

 

「拳暴戦慈……!」

 

 フルパワー状態の戦慈は周囲を見渡し、オールマイト、オール・フォー・ワンを見る。

 

「……オールマイトとやり合ってんなら、脳無みてぇに『個性』複数持ちか?」

 

 そして、死柄木に目を向ける。

 

「ってこたぁ……てめぇが死柄木って奴か」

「……」

 

 死柄木は戦慈の登場に頭が混乱して口を開けない。状況の変化に頭が追いついていないのだ。

 

「随分好き勝手やってくれたじゃねぇか。えぇ?」

 

 戦慈はゴキゴキと拳を鳴らす。

 

「拳暴少年……!やはり来てしまったか!」

「へぇ……」

 

 オールマイトはオール・フォー・ワンと殴り合いながら、戦慈の姿を見て顔を顰める。

 

 戦慈は爆豪に顔を向ける。

 

「おい、怪我はねぇか?」

「……あぁ?どこに目ぇ付いてやがるクソ赤仮面!こんな連中相手に怪我なんざするわけねぇだろ!」

「ならいい。これから暴れる。隙を見て離れろ」

「あ?」

 

 戦慈の言葉に訝しむ爆豪。

 

「いかん!!逃げるんだ、2人とも!!」

 

 オールマイトが叫ぶ。

 

「逃げるために暴れんだよ。まぁ、全員ブッ倒してから逃げるつもりだけどな」

 

 戦慈はまっすぐ死柄木を睨みつける。

 

「てめぇらの相手をすんのも、もううんざりでよ。これ以上あいつらに手を出される前に――!」

 

 戦慈が一瞬屈んだかと思った次の瞬間、立っていた地面を吹き飛ばしてスピナーの前に拳を構えて現れる。

 

「ここで叩き潰す!!」

 

「なっ!?がほっ!?」

 

 スピナーの頭頂部に拳骨を叩き込んで沈める。 

 

「てんめっ!」

 

 トゥワイスが手首からメジャーのようなものを伸ばし、戦慈に飛び掛かる。

 戦慈は指を弾いて衝撃波を放ち、トゥワイスを吹き飛ばす。

 

「マズイ!マグネ、トガ!コンプレス達をワープの中に放り込め!!」

「あの子供は!?」

「諦めろ!!あいつのパワーを抑え込める奴がいない!このままじゃマジで全滅だぞ!?」

「あぁん、もうっ!!」

 

 ディスペの言葉にマグネは舌打ちをしながら、スピナーとコンプレスを抱え上げる。

 トガはトゥワイスに駆け寄り、ディスペと死柄木が前に出る。

 

 戦慈は再び指を弾いて衝撃波を放つも、ディスペが《無効》で死柄木を庇う。

 

「ちっ!」

 

(確か『個性』由来の攻撃が効かねぇんだったな。そして、死柄木の奴は触られたらアウト!厄介だな!)

 

 戦慈は顔を顰めながら、連続で拳を振るい衝撃波を放つ。

 

 ディスペは死柄木を背中に庇い、衝撃波を《無効》にしていく。しかし、それにより足止めされてしまう。

 

「今のうちにさっさと離れろ!!」

「っ!!くっそがぁ!」

 

 戦慈の叫びに爆豪は顔を顰めて、脱出経路を確認する。

 

 その時、突如塀の一部が吹き飛び、巨大な氷塊が出現する。

 

『!!?』

 

 その氷塊の上から何かが飛び出してくるのを確認する戦慈達。

 それは切島を抱えて、猛スピードで飛び上がる緑谷と飯田だった。

 

「あいつら……!?」

 

 緑谷達は戦慈達の真上を飛び越えて行く。

 

 その時、切島が爆豪を見て手を伸ばす。

 

 

来い!!

 

 

 切島の叫びに、戦慈が爆豪の襟首を掴んで思いっきりぶん投げる。

 

「っ!?て……めぇ……!!」

「とっとと逃げろ」

 

 爆豪は歯を食いしばりながら、爆破で体勢を立て直して切島に手を伸ばす。

 切島の手を掴んだ爆豪は、そのまま勢いよく反対側のビルに向かって飛んでいく。

 

(あの氷!まだ轟がいる!)

 

 戦慈は氷結を生み出したのが轟であることに、すぐに思い至り敵連合の注意を引くために再び暴れ出す。

 

「オォラアアアァ!!」

「っ!ちぃ!」

 

 衝撃波を放って、ディスペ達の足止めをする。

 

「拳暴君!!」

 

 緑谷の呼ぶ声が聞こえる。

 それを無視して、戦慈は拳を振る。

 

「くっ!やっぱ厳しいか!もう限界だ!行くぜ、死柄木!」

「なっ!?おい!?」

 

 ディスペが死柄木を抱えて走り出し、黒霧のワープへと向かう。

 

「逃がすかよ!!」

「いや……こっちも逃がさせてもらうよ」

「拳暴少年!!」

「!!」

 

 逃がすまいと駆け出した戦慈だが、オール・フォー・ワンとオールマイトの声がして目を向ける。

 すると、オール・フォー・ワンの腕から空気の塊が発射され、戦慈の目の前に飛んで来た。

 

 戦慈は両腕を交えて空気の塊を受け止めるが、耐えきれずに大きく吹き飛ばされる。

 最初にオールマイトが吹き飛ばされたビル群に再び戦慈が突っ込む。

 

「拳暴少年!!」

「全く……一気に形勢逆転だな……。ディスペ、悪いけどしばらく頼むよ」

 

 オール・フォー・ワンはワープに飛び込む直前のディスペに声を掛ける。

 ディスペは頷くだけで答え、死柄木は両手をオール・フォー・ワンに伸ばす。

 

「駄目だ……!先生、その身体じゃ……!」

 

「弔、君は闘いを続けろ。大丈夫、君は1人じゃない」

 

「先せ――!!」

 

 ディスペと死柄木がワープに飛び込むのと同時にワープが閉じる。

 黒霧の姿もなく、他の敵連合の者達も先にワープに飛び込んでいた。

 

「悪い!遅くなった!!」

「グラントリノ!」

「……志村の友人か……」

 

 ワープが閉じるのと同時にグラントリノが現れる。

 

「さっき吹き飛んだのは例の小僧か!?」

「はい……!」

「ったく!!それと、あいつ!!緑谷!!っとに、益々お前に似てきとる!!悪い方向に!!」

「ぐっ……!もしやと思ってはいたが。保須の経験を経ても、本当に来ているとは……十代……!!しかし……情けないことにこれで……」

 

 オールマイトは緑谷や戦慈達に色々と思うところはあるが、それでも今はやるべきことがある。

 

 

「心置きなくお前を倒せる!!オール・フォー・ワン!!」 

 

 

 

 

 

 一方、吹き飛ばされた戦慈は、瓦礫を押しのけて立ち上がっていた。

 

「くそ……!あの状況で俺を狙えるのかよ……!?」

 

 体から白い煙を上げて歯を食いしばる。

 所々痛むが、それでも戦闘に支障はないと判断する戦慈。

 

「爆豪達は離れただろうし、敵連合も逃げられたと考えるべきか……。結局、誰も捕まえられなかったか……!」

 

 戦慈は顔を顰める。

 再び戦場に戻ろうかと考えたが、

 

「……これ以上は俺も邪魔になっちまうか。だが、オールマイトにも活動限界がある……。あれだけの相手にそう長く保つのか?」

 

 ウォルフラムや脳無とは桁が違う。

 そんな相手に短期決着は難しいだろうと戦慈は推測する。

 

 とりあえず、少し離れた所から様子を窺おうと決めたその時。

 

 

「きゃああああああ!!」

 

 

「!!」

 

 悲鳴が聞こえ、顔を向ける。

 そこには15,6人ほどの一般人が集まっており、頭上から大きな瓦礫が落ちて来ていた。

 

 戦慈は反射的に走り出す。

 

 その集団はどうやら逃げようにも倒れているケガ人が多くて、すぐには動けないようだった。

 それを無意識に確認した戦慈は、

 

(まだ周囲に人がいやがるのか!?)

 

 直感的に瓦礫を吹き飛ばすのは悪手だと判断する。

 

「全員、伏せろおおおお!!」

 

『!!』

 

 戦慈が叫び、立っている一般人達はすぐさま屈み、知り合いであろうケガ人の上に被さる。

 戦慈はギリギリのところで巨大な瓦礫の下に滑り込み、両手を掲げる。

 

 そして、巨大な瓦礫を受け止める。

 しかし、その重さと勢いは簡単に受け止め切れずに、腰を屈めながら瓦礫を背中で受け止める。

 

 その時に後頭部に衝撃を感じ、一瞬意識が飛ぶ。

 

「ぐっ……!?」

 

 それでも戦慈は耐え、巨大な瓦礫は止まる。

 

 しかし、その上から更に大量の瓦礫が落ちてきていた。

 

 そのまま戦慈と負傷者達は瓦礫に呑み込まれ、その姿は消えてしまうのだった。

 

 



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拳の六十七 伝説の終わり

 爆豪を救出した緑谷達は安全な場所まで一気に駆け抜ける。

 

「ここまでくれば大丈夫かな!?」

「そのはずだ。衝撃波もここまでは飛んでこないらしい」

「轟達は逃げ切れたかな?」

「電話してみる」

「……けっ」

 

 緑谷は轟に電話をする。轟は八百万と共に逃げているはずだからだ。

 

「あ、轟君?」

『緑谷、そっちは無事か?』

「うん!轟君の方は?逃げられた?」

『多分な。奴の背面方向に逃げてる。プロ達が誘導してくれてる』

「よかった!僕達は駅前にいるよ!衝撃波も圏外っぽい。奪還は成功だよ!ところで、そっちに拳暴君いる!?」

『いや、いない。そっちにいるんじゃないのか?』

「……いや、僕達が逃げる時もまだ戦ってた……」

 

 戦慈はまだあの現場にいる。

 その事実に緑谷は顔を顰める。

 

「……拳暴君なら大丈夫だと思うけど……」

「あいつの連絡先知らねぇのか?」

「うん……。どうしよう……」

「拳暴なら自力で逃げて、自分で帰れるんじゃねぇか?」

「だといいけど……」

 

 無事に脱出していることを願う緑谷。

 その頃既に戦慈は瓦礫の下にいることなど、緑谷達は知る由もない。

 

 

 

 時は少し戻って、オールマイトとオール・フォー・ワンは闘いを再開した。

 

 オールマイトが飛び掛かって殴りかかるが、オール・フォー・ワンが『個性』を発動して、グラントリノの口から黒い液体が噴き出して体を覆う。

 そして、オール・フォー・ワンの目の前に《転送》される。

 さらに、オールマイトの構えている拳に《衝撃反転》を発動する。

 

 オールマイトは目の前に現れたグラントリノに気づいたが、拳を止めることは出来なかった。

 グラントリノの頬に拳が突き刺さり、《衝撃反転》で自分のパワーが拳に跳ね返り、大きく弾かれる。

 

「すいませんっ!」

「僕は弔を救いに来ただけだが、戦うと言うなら受けて立つよ。なにせ僕はお前が憎い」

 

 オール・フォー・ワンはゆっくりと左腕を上げる。

 

「かつて、その拳で僕の仲間達を次々と潰して回り、お前は平和の象徴と謳われた」

 

 グラントリノの背後でオール・フォー・ワンの左腕が膨れ上がる。

 それに気づいたオールマイトは、グラントリノを引っ張り出して入れ替わる様に右拳を全力で振るう。

 

「僕らの犠牲の上に立つその景色。さぞやいい眺めだろう?」

「DETROIT SMASH!!」

 

 そう言った直後、オール・フォー・ワンの左腕から衝撃波が放たれ、それをオールマイトが拳で強引に打ち消す。

 それでもオールマイトの体には衝撃が走り、口から血を吐く。

 

「心置きなく戦わせないよ。ヒーローは多いよなぁ。守るものが」

 

 オールマイトの背後には崩れたビル群。そして、そこにはまだ逃げ惑い、救助を待つ人々がいる。

 オール・フォー・ワンはそこを狙うと言っているのだ。

 

「黙れ」

「!!」

 

 オールマイトが凄みながら、右手でオール・フォー・ワンの左腕を掴む。

 

「貴様はそうやって人を弄ぶ!壊し!奪い!人につけ入り支配する!日々暮らす方々を!理不尽が嘲り嗤う!!私はそれが――」

 

 左手で掴んでいたグラントリノを放り投げて、左拳をオール・フォー・ワンの仮面に叩きつける。

 

「許せない!!!」

 

 オール・フォー・ワンは仮面を砕きながら、地面に押し倒される。

 

 オールマイトは荒く息を吐きながら、オール・フォー・ワンを見下ろす。

 オールマイトの体からは白い蒸気が上がり始め、顔の半分がトゥルーフォームに戻り始める。活動限界だ。

 

「いやに感情的じゃないか。オールマイト」

「!!」

 

 オール・フォー・ワンは淡々と口を開く。

 オールマイトが目を見開き、そこでようやく手応えがおかしいことに気づく。

 

「同じようなセリフを前にも聞いたな。《ワン・フォー・オール》先代継承者、志村菜奈から」

 

 オール・フォー・ワンの肌がブニュリとスライムのように柔らかかった。

 USJで戦った脳無の《衝撃吸収》だ。

 

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった……。《ワン・フォー・オール》の生みの親として恥ずかしくなったよ。実にみっともない死に様だった。……どこから話そうか……」

「Enough!!」

 

 オールマイトは動揺して黙らせようと拳を振り上げる。

 しかし、その隙を狙ってオール・フォー・ワンは素早く衝撃波を放ち、オールマイトを空高く吹き飛ばす。

 

 上空には報道ヘリが飛んでおり、ぶつかりそうになったところをグラントリノが救出する。

 

「落ち着け!そうやって挑発に乗って、奴を捕り損ねた!腹に穴を空けられた!」

「……すみません!」

「前とは戦法も使う『個性』もまるで違うぞ!正面からは有効打にならん!虚を突くしかねぇ!まだ動けるな!?限界を越えろ!ここが正念場だぞ!!」

「……はい!」

 

 オールマイトは口元の血を拭って立ち上がる。

 オール・フォー・ワンもふらつきながら立ち上がり、オールマイトを見る。

 

『悪夢のような光景です!神野区が突如として半壊滅状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶となるヴィランと戦闘中です!信じられません!ヴィランはたった1人!街を壊し、平和の象徴と互角以上に渡り合っています!!』

 

 ようやく報道のヘリが神野区の惨状を捉える。

 

 その光景はテレビで伝えられ、ホテルでも一佳、唯、柳、ポニーは部屋に集まって、そのニュースを見ていた。

 

「……これ、爆豪救出作戦……だよな……」

「……ん」

「ってことは……」

「拳暴サン。ここにいるデスか?」

 

 ヒョウドルからオールマイトは爆豪救出作戦に参加していると聞いていた。

 そのオールマイトが戦っているということは、あのヴィランは敵連合ということだ。

 そして、戦慈は神野区にいるはず。

 

「……くそ。映像が遠すぎて、オールマイト以外に誰がいるのか分からない……!」

 

 一佳達は必死に目を凝らして、戦慈の姿を探す。

 しかし、余りにも遠く、動いているオールマイト達以外の姿はよく分からなかった。

 

 戦慈のスマホは電源が切られており、一切連絡がつかない。

 

「頼む……。無事でいてくれよ……!」

「ん」

 

 もし、これで戦慈に何かあったら、里琴にどんな顔で会えばいいのか分からない。

 戦いも気になるが、今はただただ戦慈の無事を願う一佳達だった。

 

 

 

 戦場ではオール・フォー・ワンが両腕を広げて語り出す。

 

「弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。決定打を僕が打ってしまってよいものか」

 

 オールマイトは咳込みながら、オール・フォー・ワンを睨みつける。

 

「でもね、オールマイト。君が僕を憎むように、僕も君が憎いんだぜ?僕は君の師を殺したが、君も僕の築き上げたものを奪っただろう?だから君には可能な限り醜く惨たらしく死んでほしいんだ!」

 

 オール・フォー・ワンの左腕がまた膨れ上がる。

 それを見た瞬間、グラントリノが飛び上がる。

 

「デケェのが来るぞ!避けて反撃を――」

「避けていいのか?」

 

 グラントリノの後に続こうとしたオールマイトの耳に、背後からガラリと物音がする。

 目を向けると、瓦礫の隙間に人影が見え、オールマイトは足を止める。

 

「おい!?」

 

 グラントリノが慌てて戻ろうとするが、その前にオール・フォー・ワンが今まで以上の衝撃波を放ち、オールマイトを呑み込む。

 

「君が守ってきたモノを奪う」

 

 グラントリノは暴風に煽られて、吹き飛ばされる。

 

「まずは怪我をおして、通し続けたその矜持。惨めな姿を世間に晒せ。平和の象徴」

 

 オール・フォー・ワンの目の前には、体が完全にしぼんだトゥルーフォームのオールマイトの姿があった。

 

 オールマイトは左腕を突き出して、血を流しながら立っている。

 

 変わり果てたオールマイトの姿に、報道ヘリのカメラを通した戦いを見ていた全員が唖然とその姿を見る。

 

『え……あ?な、何が?み、皆さん、見えますでしょうか?オールマイトが……萎んでしまっています……』 

 

 一佳達も目を見開いて固まる。 

 

「……オールマイト……?」

「……ん」

「……この人……雄英にいた……」

 

 一佳は雄英で今テレビに映っている男を見た覚えがあった。

 緑谷によく声をかけていて、ヒーロー科の教師と会話している姿を何度も見た。逆にオールマイトの姿を授業以外で見た覚えはない。

 ずっと不思議に思ってはいた。わざわざ口には出さなかったが。

 その疑問がようやく解けたが、喜ぶことなど出来はしない。

 

「これ……ヤバイ……よね?」

「……ん」

 

 柳の言葉に唯は頷き、ポニーは両目に涙を溜めて見つめている。

 その時、一佳がハッとする。

 

「……拳暴。そうだ。……あいつが今のオールマイトの姿を見て、我慢出来るわけない……!」

 

 一佳の言葉に柳達も目を見開く。

 一佳は再び電話を掛けるも、やはり電源が切られていて通じない。

 

「くそ!もし、ここで飛び出れば、もう誰も庇えないぞ!?どうすれば……!どうすればいい……!?」

 

 必死に考えるも、ここから出られない自分に出来ることなどありはしない。

 飛び出したいが、ミルコ達にこれ以上迷惑はかけられない。

 その時、

 

ダァン!!

 

『ちょっとミルコ!?』

 

 外から聞こえた轟音とヒョウドルの声。

 慌てて窓に駆け寄ると、表にヒョウドルが立っていた。

 その目の前の地面は亀裂が入っており、先ほどのヒョウドルの言葉から推測すると……。

 

「ミルコが跳び出していった……?」

「いいの?それに……間に合うの?」

「ん」

「でも、No.7ヒーローデス!」

 

 一佳達はミルコが跳んで行ったであろう夜空を見つめ、身勝手だと分かっていても「戦慈のことを頼む」と願ってしまう。

 そして、テレビの前に戻り、オールマイトの戦いをまた見つめる。

 

 画面の向こうでは、オールマイトの右腕が再び膨れ上がって拳を握り締める姿が映っていた。

 

「オールマイト……!」

「頑張れ……!」

「ん!」

「ファイトデス!!」

 

 姿が変わろうと、彼はNo.1ヒーロー。

 

 姿が変わる程度で、その事実と、彼の心意気まで変わるわけではない。

 

 一佳達はそれを、身近な同級生でよく知っている。

 

「勝ってくれ……!」

 

 

 

 オールマイトは右腕に力を籠めながら、再び笑みを浮かべる。

 

「ああ……!多いよ、ヒーローは……!守るものが多いんだよ、オール・フォー・ワン!!」

 

 衝撃的な事実を聞かされた。

 心が折れかけた。

 体も上手く力が入らない。

 

 それが何だ。

 

 自分は何だ。

 

 何のためにここにいる。

 

「だから……負けないんだよ!」

 

 自分は『平和の象徴』。

 全ての人が笑って暮らせる世の中にするために。

 

『どんだけ怖くても、自分は大丈夫だって笑うんだ。世の中、笑ってる奴が一番強いからな』

 

 己の平和の象徴としての原点をくれた人の言葉。

 

(私の限界など知ったことか!今、私の後ろに苦しんでいる人が、恐怖と戦っている人達がいる!!私は……その人達のために『希望の力』を引き継ぎ、そして託した!!!こんなところで負けて、死ぬわけにはいかんのだ!!)

 

 ギン!!とオール・フォー・ワンを睨みつける。

 

「渾身。それが最後の一振りだね、オールマイト」

 

 オール・フォー・ワンはフワリと浮かび上がる。

 

「手負いのヒーローが最も恐ろしい。はらわたを撒き散らし、迫ってくる君の顔。今でも夢に見る。後、二、三振りは見といた方がいいな」

 

 その右腕がまた膨れ上がる。

 

 その時、オール・フォー・ワンに向かって、炎が襲い掛かる。

 オール・フォー・ワンは右腕から衝撃波を放って炎を吹き飛ばし、炎が飛んで来た方向を見る。

 

「なんだ貴様……。その姿は何だ、オールマイトォ!!!」

「エンデヴァー……」

 

 現れたエンデヴァーとエッジショット。

 

「全て中位とは言え……。あの量の脳無をもう制圧したか。流石はNo.2に上り詰めた男」

 

 オール・フォー・ワンはエンデヴァーを称賛するが、エンデヴァーはオールマイトの姿を受け止めるのに精一杯だった。

 エッジショットが体を細くしながら飛び上がり、オール・フォー・ワンに迫るも躱される。

 

「大人しくしててくれないか?」

「抜かせ破壊者!俺達は救けに来たんだ!」

 

 エッジショットが言い放ちながら、オール・フォー・ワンに攻めかかる。

 戦場の端では、シンリンカムイがベストジーニストやMt.レディ達を救助していた。

 更にオールマイトの背後の瓦礫にいた女性を虎が救助に向かう。

 

「虎……!」

「我々には……これくらいしか出来ぬ。あなたの背負うものを少しでも……」

 

 エンデヴァーとエッジショットがオール・フォー・ワンに攻撃を続けているが、オール・フォー・ワンは軽やかに躱す。

 

「皆、貴方の勝利を、願っている」

 

 その時、報道ヘリの横を猛スピードで何かが飛び抜ける。

 その何かは猛スピードでオール・フォー・ワンに迫っていった。

 

「!!」

 

 

ぶっ飛べやあああああ!!!

 

 

 ミルコが叫びながらドロップキックを繰り出す。

 オール・フォー・ワンは上半身を大きく反らして紙一重で躱す。

 

「ミルコ!?お前、東京で雄英生の護衛だったはずじゃ……!?」

「はっ!この状況テレビで見てて、我慢出来るわきゃねぇだろうがっ!!全力で跳んで来たんだよ!!」

「はぁ!?」

「それに一番護衛しなきゃいけねぇ奴が、この辺にいんだよ!そいつを探しに来たってことにしてくれ!!そのついでに、あいつを蹴っ飛ばしに来たってことで!!」

 

 エッジショットはミルコの無茶苦茶な言い分に唖然とするしかなかった。

 ミルコはオールマイトに目を向ける。

 

「ボロボロだな、オールマイト!」

「……ミルコ」

「もちろんまだやれんだろうなぁ!?スサノオだったら、ぜってぇまだ諦めねぇぞ!!あいつの教師してるテメェが、その程度で諦めたりしねぇよなぁ!?」

「……ああ、もちろんさ」

「はっはぁ!!なら、とっととブッ飛ばすぞ!!じゃねぇと……!!」

 

 ダン!とミルコが跳び上がって、足を振り被る。

 

「スサノオが『だらしねぇ』って殴り込んでくるぜ!!」

 

「……またうるさいのが来たね」

「うっせぇ!!蹴っ飛ばす!!」

 

 オール・フォー・ワンは両腕を交えて、ミルコの蹴りを受け止める。

 ミルコはそのまま弾け飛ばされ、オールマイトのすぐ傍に下り立つ。

 

「ちっ!」

「ミルコ、拳暴少年は……」

「ああ!?まだ見つかってねぇよ!けど、あいつがここに来ねぇはずがねぇ!」

 

 そうではなく、すでに来た後なのだ。

 そう伝えたかったのだが、ミルコは興奮状態のようで聞く耳を持たない。

 

「ミスについては、後でいくらでも罰は受けるがよ!けど今は、そんなことよりこれ以上スサノオに手ぇ出させねぇように、大人がさっさと終わらせねぇといけねぇだろうが!!」

「……」

「いくら強かろうがあいつはガキだ!!広島みてぇに情けねぇカッコ出来るかってんだ!!」

 

「ああ……その通りだ。私達が、彼らを守り、叱り、導かなければいけないんだ……!」

 

「さっさとブッ飛ばすぞ!!それに私だってなぁ……あいつら傷ついてんの見てムカついてんだよおおお!!よくも私の可愛い後輩殺そうとしやがったな、目無し野郎おおお!!!」

 

 目を血走らせ、額に青筋を浮かべ、両太ももに血管が浮かぶ程の力を籠めて、叫びながら跳び上がるミルコ。

 

 

「煩わしい」

 

 

ドオオォォン!!!

 

 

 オール・フォー・ワンが真下に衝撃波を放ち、地面に叩きつけられた衝撃波が巻き上がって周囲に暴風が吹き荒れる。

 跳び上がっていたミルコやエッジショットは堪え切れずに吹き飛ばされ、エンデヴァーも炎が掻き消されて後ろに吹き飛ばされる。

 オールマイトは必死に踏ん張って耐える。

 

「精神の話はよして、現実の話をしよう」

 

 無感情に言うオール・フォー・ワンの右腕が歪に膨れ上がり始める。

 

「《筋骨発条化》《瞬発力》×4《膂力増強》×3《増殖》《肥大化》《鋲》《エアウォーク》《槍骨》。今までのような衝撃波では体力を削るだけで、確実性が無い。確実に殺すために、今の僕が掛け合わせられる最高・最適の『個性』達で――」

 

 右腕が膨れ上がり、何本もの腕が重なり、そこに突起や石のようなものが散りばめられていた。

 

「君を殴る」

 

 そう言って、勢いよくオールマイトに向かって右腕を振り被って飛び出す。

 オールマイトも右腕を構えて、オール・フォー・ワンを見据える。

 

「緑谷出久。譲渡先は彼だろう?」

 

 オールマイトにだけ聞こえるように告げる。

 

「資格も無しに来てしまって、まるで制御出来てないじゃないか。存分に悔いて死ぬといいよ、オールマイト。先生としても君の負けだ」

 

 オールマイトはその言葉に答えず、左脚を大きく振り上げながら踏み込み、右腕を振り被る。

 

 そして、2つの拳がぶつかる。

 

 直後、噴火したかのように土煙と衝撃が巻き上がる。

 その中心ではオールマイトとオール・フォー・ワンが拳を突き合わせていた。

 

「《衝撃反転》。君の放った力は、全て君に跳ね返――」 

 

「そうだよ」

 

 オールマイトの右腕から血が噴き出し、骨が砕ける音がする。

 更には煙も噴き出す。

 

「!」

 

「先生として……叱らなきゃ……いかんのだよ!私が叱らなきゃいかんのだよ!!」

 

「……成る程。醜い……」

 

 オール・フォー・ワンが右腕に力を籠めて、オールマイトを押す。

 その時、オールマイトが左手を握り締めて、右腕と入れ替わる様に膨れ上がる。

 

「そこまで醜く抗っていたとは……誤算だった」

 

 オールマイトは右腕を弾き飛ばされる勢いを利用して、左クロスカウンターをオール・フォー・ワンの右頬に叩き込む。

 オール・フォー・ワンの口元に付いていたマスクが吹き飛び、顔を背ける。

 

 しかし、

 

「らしくない小細工だ。誰の影響かな?」

 

 オール・フォー・ワンは何でもないように口を開き、左腕を上げて膨れ上がらせる。

 

「浅い」

 

「そりゃあ……!!」

 

 その時、オールマイトの左腕が萎み、ボロボロのになった右腕が再び膨れ上がり、右手を握り締める。

 

「腰が!!入ってなかったからなあああ!!!」

 

 歯を食いしばり、全力で腰を捻って右腕を振り抜く。

 

「おおおおおお!!」

 

 拳をオール・フォー・ワンの左頬に叩き込みながら叫び、地面に叩きつけるように振り抜いていく。

 

 

「UNITED STATE OF SMASH!!!

 

 

 地面にクレーターが出来、再び衝撃と土煙が巻き上がる。

 報道ヘリが必死に吹き飛ばされないように耐え、カメラを向け続ける。

 

 全員が息を呑んで、画面を見つめる。

 ミルコやエッジショット達も衝撃を堪えながら、結末を見届けようと目を凝らす。

 

 クレーターの中心にいたオールマイトがゆっくりと体を起こす。

 

 体を震わせながら左拳を天へと突きあげる。

 

 そして、全身を膨らませて、No.1ヒーローの勝利を表現する。

 

 

『オールマイトオォ!!!』

 

 

 思わず報道記者も感情のままに叫ぶ。しかし、見届けていたほとんどの者達も同じく叫んでいたので気にする者は誰もいなかった。

 

『ヴィランは……倒れたまま動かずぅ!!勝利!!オールマイト!!勝利のスタンディングです!!!』

 

 オールマイトはよろけながらも、必死にスタンディングを続ける。

 その後、ミルコ達が駆けつけ、オール・フォー・ワンの捕縛に取り掛かる。

 

 その間も日本中から歓声が上がっていた。

 

 この日、正義と悪、2つの伝説が終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 一佳達もオールマイトの勝利を見届けて、全員が体から力が抜けてへたり込む。

 

「か、勝った~……」

「ん……」

「……やっぱ凄いな、No.1ヒーローは……」

「グレイトデェス!」

 

『うおおおおお!!オールマイトオオオオ!!!』

 

 鉄哲の雄叫びがホテル中に轟く。

 それに一佳達は顔を見合わせて、苦笑する。

 

「まぁ……しょうがないよな」

「こればっかりはね……」

「ん」

「今なら拳暴サン、テレフォン繋がるのでは?」

「あ、そうだな」

 

 ポニーに言われて、一佳は改めて戦慈に電話を掛ける。

 しかし、やはりまだ電源は切られたままだ。 

 

「やっぱり駄目か……。メールだけでも入れとこ」

「ん」

「あ、一佳。ウワバミだよ」

 

 テレビには必死に救助作業を行っているウワバミやヒーロー達の姿が映されていた。

 戦闘が終了し、本格的な救助活動が始まっていたのだ。

 ウワバミは汗を流し、汚れる事も気にせずに感知した負傷者の存在を周囲のヒーロー達に伝えていた。

 その顔には一切余裕はなく、職場体験で見せていた顔とは違うものだった。

 

「……私達も、いつかあんな現場に立つのかな?」

 

 柳が独り言のようにテレビを見つめたまま呟いた。

 その言葉に一佳達もテレビを食い入るように見つめる。

 

 ぐったりとしてヒーロー達に抱えられて運ばれる負傷者達。

 アナウンサーも言っているが、死者だってかなり出ているはずだ。

 

「……立たなきゃいけないんだよ」

「ん……」

「林間合宿のような現場も、神野区みたいな現場も、ヒーローになったら逃げちゃいけないんだ」

 

 そこに救けなければいけない人がいる限り、ヒーローは決して見捨ててはいけない。

 

「もちろん怖いけど。でも……やっぱり里琴達のあの姿を見たらさ、何もしない、何も出来ないのが……一番辛いよ」

「ん……」

「……だね」

「仲間が倒れてるのに、何も出来ないのはもう嫌デス!」

 

 自分が無事でも、仲間が無事じゃないなら意味はない。

 むしろ、自分が傷ついた時より心が苦しい。

 

 だから、ここで逃げたくない。

 

 次は誰かを救えるようになりたい。

 

 一佳達はそう思っていた。

 

 その時、オールマイトがカメラに向かって指を差す。

 

『次は……君だ』

 

 短く告げられた言葉。

 

 それは一見、まだ見ぬ敵への警鐘。例え、どんな姿になっても平和のために戦うという強固な意志の表明。

 

 しかし、一佳はオールマイトの姿と言葉に妙な寂しさを覚えた。

 

 そして、その姿が何故か戦慈と重なった。

 

 一佳は涙が溢れそうになる。

 

『あそこ!!あの下!!かなりの人が閉じ込められてるわ!!』

 

 その時、ウワバミの声が聞こえる。

 

『どうやら生き埋めになっている負傷者が発見されたようです!!』

 

 カメラがオールマイトから瓦礫の山に向く。

 ウワバミやヒーロー達が必死に瓦礫をどける。

 カメラが救助現場に近づき、一佳達も改めて注目する。

 

『聞こえる!?無事なら返事をして!!』

ヒ、ヒーローですか!?

 

 瓦礫の向こうから小さくだが声が聞こえた。

 声が聞こえたことでヒーロー達の瓦礫撤去速度が上がる。

 

『全員無事なの!?』

 

『お、男の人が!()()()()()()()()()()1人で瓦礫を支えてるんです!!』

 

「え?」

 

 聞こえた内容に、一佳は目を見開いて体が硬直する。

 唯、柳、ポニーも目を見開いてテレビを食い入るように見る。

 

『こ、この瓦礫を1人で!?』

 

 ヒーロー達の目の前にある瓦礫の山は、高さ3mは楽に超えている。

 それをたった1人で支えているというのだ。一体どれくらいの間、そうしていたのだろう。

 

『まだ支えてくれているけど……全然返事がないんです!!急いで!!彼を早く!!』

 

『分かったわ!まずは脱出できる人を出すわ!!とりあえず、出口を作って!!それともっと応援を!!』

『分かった!!』

『頑張れ!!すぐに救けてやるからな!!』

 

「……拳暴?……返事が……ない?」

 

 呆然と呟く一佳。

 

 戦慈は未だに連絡がつかない。

 居場所も分からない。

 

 もし……ずっと瓦礫を支えていたのであれば?

 

 戦慈ならばありえる。

 しかし、返事がないとは何だ?

 

 剣に刺されても、骨が折れてもすぐに治っていた戦慈が、返事が出来なくなる状態とは何だ?

 

 一佳達は状況が理解出来ずに、ただただ呆然とテレビ画面を見入る。

 

『必死の救出作業が続いています!果たして中の人達は無事なのでしょうか!?』

『開くぞ!崩れないように注意しろ!』

『分かってる!』

『おい!!担架、大量に持ってこい!!』

『おーい!こっちだ!動ける人は悪いが重傷者からこっちに渡してくれ!!』

『あ!!どうやら道が開いたようです!!』

 

 瓦礫の山に人一人通れるくらいの穴が出来上がった。

 すぐに救急隊が担架を抱えて、穴から引っ張り出された負傷者を乗せて運んでいく。

 

『どれくらいいるんだ!?』

『う、動けない人は後6人で!自力で動ける人が11人です!それと瓦礫を支えてくれてる人!』

『雄英の子だ!体育祭で優勝した1年生!!』

 

「っ!!拳暴!!!」

 

 やはり戦慈だった。

 一佳は思わずテレビにしがみつき、唯達もテレビに詰め寄る。

 

『まさか、拳暴戦慈君!?』

『な、なんと!今、この瓦礫の山を支えているのは、雄英ヒーロー科1年の拳暴戦慈とのことです!!』

『なっ!?拳暴少年!?』

『スサノオ!?』

 

 アナウンサーの声はオールマイトやミルコにも聞こえたようで、ミルコは猛スピードで瓦礫の山に駆け寄り、オールマイトはふらつきながらも近づいてくる。

 

『ミルコ、待って!無理に動かしたら、一気に崩れるかもしれないわ!』

『この程度、全部蹴っ飛ばせる!』

『馬鹿言わないで!まだ周りに人がいるかもしれないのよ!?』

『ぐっ!?くっそぉ!!おい、スサノオォ!!聞こえるか!?返事しろ!!』

『重傷者は出したぞ!さぁ、出て来てくれ!!』

 

 重傷者を全員運びだし、続いて自力で動ける者達が次々と救出される。

 

 一佳達は早く!と心の中で叫ぶ。

 電話が鳴っている気がするが、全員がそれどころではない。

 

『お、俺で最後です!』

『よく頑張ったな!さぁ、あっちへ!』

『おし!おい!!スサノオ!!』

『拳暴少年!!』

『急いで周りの瓦礫退けるぞ!ウワバミは周囲にまだいないか探してくれ!』

『分かってるわ!!』

 

 オールマイトは怪我してるからと遠ざけられ、ミルコやヒーロー達は全力で、かつ細心の注意を払って瓦礫をどけて行く。

 

 そして、遂に戦慈の姿がカメラに捉えられた。

 

 戦慈は直径7mはある巨大な瓦礫を、両腕、後頭部、背中で背負う様に支えていた。

 

 今にも倒れ込みそうなのに、それでも両足を前後に広げて立っていた。

 

「拳暴!!」

「ん!!」

 

『スサノオ!!』

『拳暴少年!!』

『なんて子だ……!このデカさと量の瓦礫をたった1人で……!』

『み、見えますでしょうか、皆さん!あ、あの巨大な瓦礫をたった1人で、ずっと支えていたのです!!あの瓦礫を埋め尽くすほどの瓦礫を上に乗せても、それでも彼は耐えていたのです!!』

 

 ミルコが駆け寄り、戦慈が支える瓦礫を蹴り砕く。

 戦慈はそれでも立ち続けており、リアクションはない。

 

『おい!スサノオ!』

『拳暴少年!!』

 

 オールマイトも戦慈に駆け寄る。

 そして、ミルコとオールマイトは目を見開いて足を止める。

 

『……気絶、してやがる』

『君と……いう子は……!』

 

 戦慈は気を失っていた。

 

 身体も元に戻っていた。

 

 それでも瓦礫を支え続け、瓦礫を失っても、未だしっかりと立ち続けている。

 

『気絶!?気絶したまま、あの瓦礫を支えていたのか!?』 

『な、なんと!彼は……気を失いながらも、瓦礫の山を支えていたようです!』 

 

「……拳暴……」

「……ホント、凄いね……」

「ん……」

 

 ミルコとオールマイトが戦慈をゆっくりと横にする。 

 

 一佳はテレビから手を放して、ぺたりと座り込む。

 唯や柳が一佳を支えるように肩に手を乗せる。

 

『担架です!』

 

 戦慈が担架に乗せられて、運ばれていく。

 

 オールマイトも救急隊に声を掛けられて、連れて行かれる。

 

「大丈夫だよ、一佳。すぐに手当てして貰える。拳暴ならすぐに元気になるよ」

「ん」

「拳暴さんはとっても強いデス!」

「……ああ、そうだよな……。きっと……大丈夫だよな」

 

 一佳は小さく笑みを浮かべるが、どう見ても無理をしている。

 唯達はここまで弱っている一佳を初めて見た。

 

 というより、こんな時は必ず戦慈か里琴がいて、いつも通りの雰囲気で一佳に声を掛けてくれていた。

 けど、その2人が今はいない。

 一佳の支えがいないのだ。

 

 それだけ戦慈と里琴の存在は、一佳にとって大きいものだった。

 唯達は「しっかりしろ」と言ってやりたいが、流石にこの状況でそれを言うのは酷だと思ってしまい、ただ見守ることしか出来ない。

 自分達も戦慈や一佳に頼り過ぎていたことに気づいたからだ。

 

 困った時も、大変な時も、辛い時も、戦慈や一佳が引っ張ってくれていた。安心させてくれることを言ってくれていた。

 

 それに甘えていたことに気づかされた。

 そんな自分達が一佳に何が出来るのか、分からないのだ。

 

「……今は少し休もう、一佳。里琴達もまだ守ってあげないと。拳暴もミルコもいないから、私達で守らなきゃ」

「私達が頑張る」

「イエス!」

「……レイ子、唯、ポニー」

 

 一佳は3人を見渡して、ポロポロと涙があふれ始める。

 

 唯が一佳の顔を胸元に抱き寄せる。

 

「大丈夫」

 

「っ!……う……うああ……!ああああぁ!」

 

 一佳は完全に感情が決壊して、涙が堪え切れなくなった。

 唯は一佳の頭を優しく撫でて、柳やポニーも一佳の背中を擦る。

 

 

 2つの伝説の終焉は、世界はもちろん、一佳達にも大きな影響を与えることになるのだった。

 

 



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拳の六十八 それぞれの思い

 世界を震撼させた一夜が明け、もちろん世界は表も裏も『神野区事件』一色に染まっている。

 

 ヒーローも、ヴィランも、一般人も、全ての人が世界の変革から目や耳を背けることは出来なかった。

 

 平和の象徴の引退。

 

 日本の平和を守り続けた抑止力の引退は、やはり衝撃をもたらした。

 

 喜べることではないが、嬉しい誤算として『雄英大失態』のニュースはほとんど触れられなくなった。

 

 理由はオール・フォー・ワンの存在である。

 エンデヴァーやベストジーニストが全く歯が立たず、オールマイトと互角に戦ったヴィラン。

 そんな者が敵連合のバックにいたと判明したことで、「じゃあ、雄英高校が後手に回っても仕方がないことなのではないか?」と言う意見が出るようになり、更に4月の雄英襲撃事件で一部から「マスコミもオール・フォー・ワンの手助けしたってことになるんじゃね?」とネットなどで呟かれるようになった。

 そのため、マスコミも雄英叩きを抑えて、神野区の戦いの事や今後のことについて特集することに力を入れた。

 

 そこを根津校長と警察の塚内が手を回して、戦慈に関する報道を控えてほしいと通達して受け入れさせた。

 もちろん、爆豪や他の生徒達への取材も。

 

 そのおかげか、今のところ雄英生達は表面上穏やかに過ごせている。

 

 

 

 緑谷達は数時間かけて、家路に就くことになった。

 爆豪も警察に一時保護してもらい、事情聴取を終え次第家に戻ることになるだろう。

 

「……爆豪の奴、大丈夫かな?静かだったけど」

「……仕方ありませんわよ。あれだけの大事になってしまったのですから」

「……そうだな」

 

 爆豪は闘いが終わった直後から一切口を開かず、静かに警察に保護された。

 切島や緑谷達は心配そうに見つめ、何か声を掛けようとしたが、自分達も衝撃を受け入れ切れていないのでどう声を掛けていいのかが分からなかった。

 

 爆豪が捕まったせいでオールマイトが引退をすることになり、ベストジーニストや多くの人が重傷を負った。

 

 このような声がいつ膨れ上がってもおかしくはない。

 多くの者が爆豪が悪いわけではないと分かっている。しかし、もしオールマイトが引退したことで何か事件に巻き込まれたら、そんな言葉が出てくる可能性は大いにある。

 

「それに拳暴君も大丈夫かな?……怪我もそうだけど」

「自分から飛び出して、戦ってしまったからな」

 

 緑谷と飯田が眉を顰める。

 

「けど、戦ってたところはカメラには映ってねぇし……」

「しかし、何故あそこにいたのかという疑問は当然出てくるでしょう。そうなれば、流石に誤魔化し切れるものではありませんわ」

「……そうだよね……」

「警察や学校がどこまであいつを庇ってくれるかだな。流石に何もお咎めなし……とはいかねぇかもな」

「それは俺達もだぞ。オールマイトが相澤先生や校長先生に報告しないとは思えない」

「だよなぁ……。まぁ、でも……。爆豪を救えたんだ!俺は後悔しねぇ!」

 

 切島はニッ!と笑みを浮かべる。

 やれることはやり切った。それで怒られるなら、仕方がない事だ。

 切島はそう受け入れていた。

 

 それに緑谷達も頷いて、とりあえず家路に就くことにした。

 胸の内にそれぞれの思いを秘めたまま。

 

 

 

 更にその2日後。

 

 里琴達のいる病院では待ち望んだ瞬間が訪れた。

 

「ん……」

 

 切奈が顔を顰めて、小さく声を上げる。

 それを聞いた一佳達が切奈のベッドに駆け寄る。

 

「切奈?切奈?」

 

 軽く肩を叩きながら、大声にならないように注意しながら声を掛ける一佳。

 すると、ゆっくりと切奈の目が開き、少しぼんやりとした様子で視線が右往左往して、一佳達を捉えてようやく意識がはっきりしてくる。

 

「あ……一…佳?」

「切奈!」

「ん!」

「よかったぁ~」

「切奈サーン!」

「皆……え?ここ……は?」

「病院だよ。東京の」

「病院?なんでって……あ、そうか……。私、合宿で……」 

 

 切奈は体を起こしながら、状況を把握する。

 数日振りに起きたせいで軽くめまいがして、慌ててポニーが背中を支える。

 

「無理だめデス!」

「そうだよ。もうちょっと横になってなよ」

「あはは……あんがと」

 

 切奈は言われた通りにベッドにまた横になる。

 横に目を向けると、まだ眠っている茨や里琴の姿が目に入る。

 

「まだ……茨達は……」

「……うん。でも、切奈が目覚めたんだ。きっともうすぐ起きるよ」

「ん」

「男子達も起き始めてるしね」

「男子達も……?……悪いけど……何がどうなったのか。聞いてもいい?」

「もちろん話すけど、まずは医者に診てもらって、切奈の家族に連絡して貰わないとな。それからでも遅くはないよ」

「……あんがと」

 

 一佳は病室を飛び出して、医者を呼びに行く。

 その後、改めて検査を受けて、特に異常がない事を確認される。

 もちろん、数日間昏睡状態だったので、もう少し入院しなければいけないが。

 

「良かった……」

「心配かけたね」

「いいよ。元気になってくれたんだし」

「でさ、話。聞いていい?」

「そんな焦らなくても……」

「……はぁ。あのねぇ一佳」

「ん?」

「顔、酷いよ。隈も出来てるし」

「え……」

「一佳ほどじゃないけど、唯達もやつれてるし……。私達のことだけじゃないでしょ?」

 

 回復したばかりの切奈に逆に心配されてしまう一佳達。

 特に一佳はこの数日、碌に寝れていない。戦慈のことはヒョウドルから「無事だけど、まだ連絡は許されてないの」と聞いており、無事であることはホッとするも、やはり心配でどうしても気になってしまう。

 里琴がまだ起きていないことも大きい。

 

「そんな顔の人達に心配されても休めないよ。だから話して」

「……うん」

 

 苦笑しながら言う切奈に、一佳は観念したように頷く。

 一佳や唯達は合宿の襲撃から話し始める。

 神野区についてはネットで流れている動画を見せて、所々補足していく形になり、最後の戦慈の所で一佳がまた涙ぐみ始める。

 

 全部聞き終えた切奈は眉間に全力で皺を寄せていた。

 

「……う~ん……どこからどう言ったらいいのか……」

 

 色々と感想が頭に浮かんでくる。

 しかし、とりあえず今は目の前の頑張り過ぎ屋に言うことにした。

 

 切奈は左手を切り離して、一佳の頭にチョップを叩き落とす。

 

「いたぁ!?」

「このバカチン。全く普段は勇ましいのに、惚れた男のことには女々しくなるとか乙女かっての」

「……乙女で悪いか」

「なに?一佳は拳暴のお嫁さんになりたくなったの?ヒーローじゃなくて?」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「だったら、泣いてる場合じゃないでしょ?拳暴が返ってきた時に一発ぶん殴るくらいでいなよ。っていうか、一佳だけだよ。今回、拳暴の事をぶん殴って怒鳴っていいのはさ」

「え……?」

 

 一佳はきょとんと首を傾げる。

 切奈はチョップした左手で、一佳の頭をナデナデしながら優しく微笑む。

 

「私達の中で、里琴を除けば拳暴と一番過ごしてきたのは一佳でしょ?私は今回情けなく倒れてただけだし、唯達もちょっと弱い。オールマイトやブラド先生だって怒る立場だけど、拳暴に一番本気で怒っていいのは一佳だけだと私は思うよ?」

「ん」

「確かに」

「里琴をほったらかしにして、あんなところで格好つけてたけどさ。一佳は納得出来てるの?私も確かに凄いとは思うけど、全っ然納得出来てないよ?」

「……してない」

「でしょ?それを真正面から言えるのは、一佳だけだって言ってんの」

 

 トントントントンと左人差し指で一佳の額を軽く突く。

 一佳は大人しく切奈の指に突かれて、小さく頷く。

 

「……うん」

「言っとくけど……」

 

 切奈は首を浮かして、一佳の顔に詰め寄る。

 

「な、なに?」

「下手に日和ったりしたら……私は我慢しないよ?」

「……え?」

「里琴はともかく、一佳に遠慮しないって言ってんの。拳暴の隣、貰うかんね?」 

「えぇ!?!?」

「ん!?」

「あれま」

「ワァオ!」

 

 切奈の突然のライバル(?)宣言に、一佳と唯は大きく目を開いて固まる。

 

「林間合宿の女子会で、拳暴への気持ちに気づいたの一佳だけだと思ってんの?私達誰一人拳暴と付き合う気がないなんて言ってないかんね。里琴や一佳がいるから一歩下がってるだけ」

「え……」

「もうここまで来たら、中学からの付き合い程度なんてアドバンテージにならないよ。私達だって、拳暴のいいところ見てきたんだから。ここで日和られるなら拳暴を支えたいなんて言われても、任せられるわけないじゃん」

「うぅ……」

 

 畳みかけるように言う切奈の圧に、一佳は顔を赤くして唸りながら体を小さくする。

 まさかの人物からの、まさかの内容の口撃に一佳は防御するだけで精一杯だった。

 

「嫌だったら、分かってるよね?」

「……分かってる」

「なら、いいけど」

 

 切奈は首を戻す。

 一佳はふぅと息を吐いて、動悸を抑える。

 

 そこに看護師が声を掛けてきて、切奈の両親がやってきたことを伝えられる。

 切奈はここだと茨達の迷惑になるかもしれないので、談話室に行くことにした。

 点滴台を杖代わりにして、病室を出る。

 

「……はぁ……」

「……損な性格だね」

「ん?レイ子……」

 

 小さくため息を吐くと、柳が後ろから付いてきて声を掛けてくる。

 

「別に~。本当の事言っただけだしね~」

「ああ言えば、一佳は本気でやるって分かってるくせに。発破をかけるために、色々ぶっちゃけたんでしょ?」

「……まぁ、ねぇ……」

 

 切奈は苦笑しながらも少し泣きそうな顔を浮かべる。

 柳は優しく切奈の背中を撫でる。

 

「皆が大変な時に寝てた私が出来る事って、これくらいじゃん?」

「それされたら、私達の立場ないな~」

「今まで一佳元気づけてたんでしょ?十分十分!」

 

 仲間が命がけで戦ってるときに何も出来ずに倒れて足を引っ張り、世界が大変な時もベッドの上でただ寝ているだけ。

 無力を嘆くどころか、その無力を実感する機会さえなかった。

 戦場に立つことさえ出来なかった悔しさは、相当なものだった。

 

 戦慈のあの偉業や里琴、一佳のあそこまで弱っている姿を見て、その思いはさらに強まっていった。

 だから切奈は、せめて一佳だけでもと、自分の思いを曝け出して一佳の背中を押したのだ。

 

「やっぱさ……一佳じゃなきゃ拳暴には届かないよ」

「……だね」

「だから、一佳には頑張ってもらわないといけないの。……好きな人にこれ以上無茶してほしくないのは、私だって同じだよ。そのためなら、恋敵だって利用するよ。私はね」

 

 切奈は苦笑しながらはっきりと言う。

 柳は僅かに目を細めて、切奈の強さを心の底から尊敬する。

 

「皆が元気になったら、また皆で遊びに行こう。拳暴を荷物持ちにしてさ」

「くくっ!いいねぇ、それ。とことん買い物に付き合わせようかね」

 

 柳の提案に、切奈は心底楽しそうに笑って頷く。

 そして、柳は切奈を談話室まで送り届けて、病室に戻るのだった。

 

 

 切奈が目覚めて、数時間後に茨も目覚めた。

 切奈同様話を聞いて、涙を流して自分の無力さを嘆く茨を一佳達は必死に慰めて、共に強くなろうと声を掛ける。

 途中、顔を覗かせた泡瀬から男子は全員目覚めたことを伝えられ、残るは里琴だけとなった。

 

「里琴……」

「ヴィランの『個性』に閉じ込められてたからかな?」

「ん」

「かもねぇ」

 

 切奈や茨の家族は先ほど帰宅して、明日着替えを持ってきてくれることになった。

 退院後は一佳達同様、ホテルで過ごすことになった。

 

「何でも校長先生が今回の件で謝罪と今後について話があるんだって。なんか各家に手紙を送ったらしいよ?」

「話って……仮免試験のことかな?」

「しかし、ここで止めるのも、それはそれで危険なのでは?」

「ん」

「ヴィランズ逃げた人多いデス」

「だよな」

 

 オール・フォー・ワンを逮捕出来たとはいえ、実行部隊だった死柄木達は逃げ延びてしまった。

 特に死柄木と黒霧を逃がしたのは大きいだろう。

 オールマイトが引退したとはいえ、これで雄英から手を引くとは限らない。なので、仮免があった方がいい状況であることは変わりない。

 

「けど、間に合うのかな?」

「合宿も途中だったしねぇ」

「『個性』が伸びた気がしないデース」

「それ以前に心構えや緊急時の動き方なども学び直したいですね。……何も出来なかったので」

「ああ、もう。気にするなって」

 

 柳が首を傾げ、切奈とポニーも不安げに顔を顰めて、茨が『個性』以外にも学びたいことを挙げて合宿の事を思い出して落ち込み、一佳が苦笑しながら慰める。

 その時、病室のドアが開く。

 

「失礼するわよ」

「あ、ヒョウドル」

 

 入ってきたのはヒョウドル。

 ヒョウドルはまだ眠っている里琴の様子を窺って、小さくため息を吐く。

 

「後はこの子だけなのにねぇ。全く……一番早く目覚めてほしい子が一番最後って言うのが残酷よねぇ」

「あの……ヒョウドル。拳暴は……」

「もう退院しても全く問題なんだけどね。やらかしたことがやらかしたことだから。明日、雄英の校長やオールマイト達が顔を出して話をするらしいわ。その内容次第って感じね」

「そうですか……」

「安心なさい。退学とかにはならないわよ。今のあの子放り出せば、ホントに止める人がいないし、この子も飛び出しちゃいそうだしね」

 

 ヒョウドルは里琴の髪を撫でて、苦笑する。

 

「それにオールマイトや爆豪君……だっけ?2人が「スサノオがいなかったら逃げ出せなかった」って証言してるし、タイミングはベストジーニスト達がやられた後だから、緊急事態だったと言えるわ。その後も戦ってないしね。あのヴィラン相手だったら仕方がないって流れにはなってるわ。かなりのお説教は確実だけど、ね」

 

 ヒョウドルの言葉を聞いて、除籍の可能性が低いと分かってホッとする一佳達。

 そして柳がもう1つ気になっていることを質問する。

 

「あの……ミルコは?」

「あ~……あのバカね」

 

 ヒョウドルが思いっきりため息を吐く。

 それに一佳達は僅かに緊張するが、

 

「大丈夫。半年間の減俸で済んだわ。それと半年間の教育権剥奪ね」

「……それはいいんですか?」

「ん」

 

 一佳達は軽いのか重いのか分からずに首を傾げる。

 ヒョウドルは苦笑して、

 

「軽い方よ。今回はスサノオの脱走を許した事への処分だけ。神野区に行ったことは状況を鑑みて、お咎めなしよ」

 

 神野区の被害状況+オール・フォー・ワンの存在。さらに戦慈が現場にいた事を考慮して、ミルコが現場に訪れたことはむしろ称賛ものだったとされている。

 しかし、その前の戦慈を見失ったことに関しては、結果オーライだっただけなので処分を科すべきだとなった。

 なので、戦慈に関係する依頼だったため、教育権剥奪もプラスされたのだった。

 

「なるほど……」

「まぁ、本人は全く反省してないけどね。今は神野区の瓦礫撤去作業をさせてるわ」

 

 ヒョウドルの言葉に一佳達は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

「この子が起きたら、私達は一応仕事終了。オールマイトが引退した今、ヴィランの動きが活発になる可能性があるから早く事務所に戻って体勢を整えないとね」

「……やっぱりこれから荒れますか?」

「荒れるわね。オールマイトが引退、ベストジーニストも長期療養、プッシーキャッツのラグドールは『個性』が使えなくなってチームは活動停止。その他のメンバーは問題ないけど、やっぱりたった1人のヴィランにいいようにやられた事実はかなり大きいわ」

「「「……」」」

「しかも敵連合は逃げ切り、脳無も大量に確保したけどもう製造できないのかどうかはまだ不明。ここで指定敵団体や新しい勢力が出てくる可能性は十分にありえるわ。ここからはヒーローの真価を問われるでしょうね」

 

 本来なら不安を煽るようなことを言うべきではないが、目の前の少女達の立ち位置、そして共にいる者達の事を考えて、正直に考えを述べるヒョウドル。

 一佳達はこれからのヒーロー界を引っ張る存在だ。

 特に敵連合との関係で今後も注目はされ続けることだろう。一佳達が歩む道はかなり困難なものになるはずだ。雄英はただでさえ厳しいことで有名なのだから。

 

 今回の事件のこともある。

 一佳達にはむしろ厳しい現実を教えた方が、今後のためになると考えたヒョウドルだった。

 

 ヒョウドルは一佳に小さいメモ用紙を渡す。

 

「これは?」

「私の連絡先よ。悩み事や聞きたいことがあったら遠慮なく連絡して頂戴。私もスサノオ達のこと、時々聞きたいしね」

 

 雰囲気を柔らかくするように、ウインクをしながら言うヒョウドル。

 それに一佳達も笑みを浮かべて、お礼を言う。

 

 その時、

 

「ん……うぅ……?」

 

 里琴が声を上げて、薄っすらと目を開ける。

 その瞬間、全員が里琴のベッドに詰め寄る。

 

「「「里琴!!」」」

「ん!!」

「……ど、こ?」

「病院だよ」

 

 一佳の言葉に里琴は虚ろな表情で視線を周囲に動かす。

 1分ほどすると意識と記憶がはっきりしてきたのか、目を見開いて勢いよく飛び起きる。

 

「……っ!!」

「大丈夫だ、里琴!!もう大丈夫だから!!」

「落ち着いてください!」

「シナトベ!分かる?ヒョウドルよ!私達が来てるから大丈夫よ!」

 

 一佳や茨が肩を抱き抱えるように押さえて落ち着かせる。

 ヒョウドルも里琴の頬に手を当てて、声を掛ける。

 ヒョウドルの姿を捉えた里琴は、落ち着きを取り戻して力が抜けたのか、ポフッとベッドに倒れる。

 

「……どれくらい?」

「え?あ、あぁ……6日くらいだよ」

「……そんなに?」

「ヴィランの有毒性ガスを大量に吸ったんだ。むしろ早い方だよ」

「シナトベ。体はどう?違和感ある?」

 

 ヒョウドルの質問に里琴は手足を軽く動かして、問題がないことを確かめる。

 

「……ん」

「そう、よかったわ。私は医者を呼んでくるついでに、ブラドキングに連絡してくるわ。あまり無理させないようにね」

「はい」

 

 ヒョウドルは早足に病室を後にする。

 里琴は周囲を見渡して、当然の質問をする。

 

「……戦慈は?」

 

 里琴の質問に一佳達は困ったように顔を見合わせる。

 それを見た瞬間、里琴は体を起こしてベッドを降りようとする。

 茨と切奈が慌てて止める。 

 

「まだ駄目です、巻空さん!安静にしていなければ!」

「それに拳暴はこの病院にはいないよ!」

「……どこ?」

「ちゃんと話すから。まずは診察を受けよ。な?」

「…………ん」

 

 里琴は渋々頷いて、大人しくベッドに座る。

 すぐに医師がやってきて、診察をしていく。

 バイタルサインは安定しており、後は食事を摂れるようになれば問題ないだろうとのことで、一佳達はホッと息を吐いて椅子やベッドに座り込む。

 

「……はよ」

 

 医師達が退出した途端、里琴が布団をポンポンと叩いて催促する。

 一佳達は顔を見合わせるも、すぐに覚悟を決めて頷き合う。

 

「じゃあ、最初から話すよ。落ち着いて最後まで聞くんだよ」

「……ん」

 

 真剣な表情の一佳の言葉に、里琴も大人しく頷く。

 そして、切奈達にしたような説明を丁寧にしていく。神野区事件やヒョウドルから聞いた話も補足して全て話した。

 

 話を聞き終えた里琴は表情に変化はなかったが、両目を大きく見開いて、明らかに瞳が震えていた。

 一佳達は里琴が言葉を発するまでは、無理に声を掛けず背中や両手を擦る。

 

 すると、里琴の右手を擦っていた一佳の手の甲に水滴が落ちてきた。

 

「え?……里琴?」

「……」

 

 俯いている里琴の顔を覗き込む一佳。

 すると、里琴の両目から大粒の涙が溢れ出していた。

 

「里琴……」

「う……うぅ……うあぁ……」

 

 徐々に涙の勢いは強くなり、里琴から声が溢れ出す。

 

「わ……私が……つ、捕まっ…たか、ら……ひっく!……私は……戦慈のっ……あぁ……力に…ならない……ど、いげ……ながっだのに゛……!」

 

「里琴、落ち着いて。里琴……!」

 

「私はぁ……!何も……で、でぎながっ……あぁ……ぅあああぁあぁ!!」

 

 里琴は両手で目元を覆って、感情を爆発させる。

 一佳や唯が慌てて左右から抱きしめ、茨や切奈達も背中や頭を撫でる。

 

「里琴!!」

「ん!!」

「大丈夫だよ。大丈夫だから」

「貴女は悪くありません。何も悪くないのです」

「責めちゃ駄目」

「巻空サン……!」

 

 一佳達も涙を浮かべて、必死に里琴を宥める。

 言葉でもなく、雰囲気でもなく、ここまで感情も声も爆発させた里琴を初めて見た。

 しかし、その理由を一佳達は容易に想像できる。

 むしろ、話す前にこうなる可能性を何故予想していなかったのかと自責の念に駆られる。

 

 里琴が一番感情を出すのは戦慈の事ばかりだったではないか。

 

 里琴が戦慈のために生きていることは分かっていたことではないか。

 

 なのに、何故この事態が予想できなかったのか。

 

「あああぁああぁ……!!」

 

 里琴の涙は止まらない。

 一佳達はただただ涙を堪えながら、必死に里琴を宥める。

 

 病室のドアにはヒョウドルがおり、ヒョウドルはドアを静かに閉めて誰も入れないように番をする。

 

「……全く。あんないい子達をあそこまで悲しませるなんて……。スサノオ、生半可な反省じゃ許さないわよ……!」

 

 その日、ヒョウドルは病院に頼み込んで一佳達を病室に泊めさせてもらうように手配する。

 一佳達は3つのベッドを繋がる様に並べて、6人で一緒に寝ることにした。

 里琴は泣き疲れて、すでに眠り込んでいたが、それでもまだ涙を流していた。

 一佳は里琴の涙を拭いながら、ある決心をする。

 

「拳暴……!今回ばっかりは、許さないからな……!」

 

 

 

 その翌日。

 戦慈は病院に監禁されたままだった。

 怪我は既に完治しており、ある程度事情聴取も終えているが、家に帰すわけにもいかず、里琴達のいる病院やホテルに連れて行くのも少し問題があるので、ここで監視の下過ごすことになっていた。

 

 携帯なども取り上げられ、テレビも見せてもらえないので、警官や医師から聞く以外に知る術はなかった。 

 

「失礼するぞ」

 

 個室の病室のドアが開けられて、入ってきたのはブラド、相澤、根津、未だ包帯を巻いているオールマイト、塚内、そして鞘伏だった。

 戦慈はベッドから立ち上がって、ブラド達と向かい合う。

 

「元気そうだな」

「まぁ、オールマイトよりはな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 

「それで……俺の処分は決まったのか?」

「それについて君の話を直接聞きたいと思ったのさ」

 

 根津が穏やかな口調で、戦慈に話しかける。

 

「拳暴君。君は一体何故、あの現場へ行ったのかな?」

「決まってんだろ。敵連合を叩き潰すためだ」

「……警察やヒーローが動いているのは聞いてただろ。なんでわざわざお前が動く必要があった」

「イレイザー」

 

 相澤が戦慈を鋭く睨みつけながら言い放つ。

 ブラドが咎めるように名を呼ぶが、相澤は構わず睨みつけている。

 戦慈もそれをまっすぐに睨み返して、

 

「……自己満足さ。ただ、言っとくが俺はヒーローが問題なく終わらせてたら、大人しく帰るつもりだったぜ」

「それを信用しろと?」

「しなくていい。俺もあんたらを信用なんざしてなかったからな」

『!!』

 

 戦慈の言葉にブラド達は目を見開く。

 戦慈は腕を組んで、オールマイトを睨みつける。

 

「あんたらはオールマイトのその姿を知ってたんだろ?」

「……」

「言っとくが、俺や緑谷はその姿の事を林間合宿の前から知ってる。俺はI・アイランドで初めて知ったがな」

「……オールマイト……」

「……申し訳ない」

 

 塚内が呆れたようにオールマイトを見て、オールマイトは俯いて縮こまる。

 

「その時にオールマイトから戦える時間が1時間もない事も聞いた。だから、なんか嫌な予感がしたんだよ」

「他にもヒーローや警察がいたんだ。お前が出なければならん理由にはならんだろ」

「は?よく言うぜ。あの黒い脳無も出てたら、勝てたのかよ?あれを倒せたのは、ヒーローじゃオールマイトにエンデヴァーだけだ。そこに敵連合とあの黒幕野郎も加わってても勝てたのかよ?」

「それは……」

「神野区にはエルジェベートとあの鎧女もいなかった。もし、いたら爆豪どころか緑谷達だってヤバかったぜ?だから、俺はあの倉庫が吹っ飛ばされたから参戦したんだ。俺なら少しくらいやられようが、まだ戦えるからな。爆豪を逃がす時間くらいは稼げると判断した。少し巻き込まれて、体をデカくするのに時間かかったがな」

 

 戦慈の反論に全員が黙り込む。

 

「……俺は本気であんたらが上手くやれば何もしないつもりだったさ……」

 

 戦慈はゆっくりとオールマイト達に近づく。

 

「けどよぉ……いつもだ。いつもあんたらは俺の期待を裏切った……!」

 

 オールマイトの胸倉を掴んで、引き寄せる。

 

「おい!けんぼ――」

 

「俺に戦うなと言いながら、いつも来るのが遅い警察にヒーロー!! 雄英襲撃でも、広島でも、ヒーローは脳無に手も足も出ない! それどころかマスキュラー、エルジェベートにすら満足に勝てねぇ!! I・アイランドでもヒーロー共は無様に捕まり、緑谷や俺達が戦ってオールマイトの手助けをした!! そして、林間合宿でも!! 守ると言ったテメェらは何をしてやがった!! 宍田達がガスで倒れ、鉄哲や緑谷達が血を流しながら命がけで戦ってボロボロになって、里琴や爆豪が敵に攫われようとしてる間、あの鎧女に剣を突きつけられて刺されている時に、テメェらヒーローは何をしてやがったぁ!!!」

 

「……拳暴、少年……」

 

「言ったよな、オールマイト。俺は『この目に映る範囲の人だけは絶対に救けるって誓った』ってな」

 

「ああ……」

 

「俺は誰一人救けられなかったんだよ……!しかもだ、エルジェベートと鎧女は俺を殺しに来ていた。この事実が何を示すか分かるか?」

 

「……」

 

「俺を狙った連中のせいで!!里琴や骨抜達は俺のせいでああなった!!!」

 

「それは違う!!」

 

「じゃあ、なんで雄英でも、広島でも、林間合宿でも、俺は狙われた!?お前に似てるからか!?関係ねぇよ!!似てようが似てなかろうが、俺の力のせいであいつらは命の危険に晒された!!それはつまり、()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ!!違うか!!?」

 

「それ……は……」

 

「だから、ここで片を付けるべきだと思った!!これで例え雄英を追い出されようが、俺は敵連合を叩き潰したかった!!それで拳藤や鉄哲、緑谷達がこれ以上襲われることなくヒーローを目指せるなら、俺は構わないと思ってたんだよぉ!!!」

 

 戦慈の叫びにオールマイトはもちろん、根津やブラド達は何も言えなかった。

 

 言う資格はなかった。

 

 戦慈をここまで追い詰められるようなことになったのは、自分達大人が全て後手に回り、力が及ばなかったからだ。

 戦慈の強さや『個性』ばかりに目を向けていて、戦慈の心に目を向けていなかった。

 

 あの悲痛な過去を知っておきながら、それを乗り越えているように見ていた。

 しかし、今の姿と叫びを聞いて、ようやく気付いた。

 

 

 戦慈が誰かに弱音を吐いたことはあっただろうか。

 

 戦慈が強がることなく、本心を曝け出せる相手はいただろうか。

 

 ……誰も知らない。

 

 

 里琴は違う。もちろん、まだ他の者達よりは曝け出すことが出来ただろうが、全てではない。

 そうなれば一佳達も違うだろう。

 では、誰だ?

 

 両親はいない。

 施設に入っても、人に避けられていた。

 中学では鞘伏達がいたのだろうが、それでも弱音など言ったことはないだろう。

 では……いないではないか。

 

 戦慈を守るべき存在がいない。

 

 支える存在はいても、守ってくれる存在はいない。

 

 その事実を、大人はようやく知った。

 

「……すまない。私は、私達は、君を強く見過ぎていたようだ。強いヒーローになれるという期待を、押し付けていた」

 

 オールマイトが胸倉を掴む戦慈の手に、自分の手を重ねながら言う。

 

「すまない……」

 

 オールマイトは涙を流しながら、謝罪の言葉を述べる。

 戦慈は乱暴に手を放して、ベッドに座り込む。

 

「停学だろうが、謹慎だろうが好きにしろ。文句を言う気はねぇよ」

「……いや、その必要はないのさ。その資格が今の私達にはないのさ」

「……」

「君にはむしろ仮免を取得してほしい。いや、君達には、だね」

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「1つは君の口から聞けたのさ。もう1つは、これからの事を伝えに来たのさ」

「これから?」

「今回の事件と、これまでの反省を持って、全寮制を導入することを決めたのさ」

「それで?」

「お前はもちろん、後見人である鞘伏さんにも同意がいるからな。まずはお前の話を聞いてからではないと、鞘伏さんは決められないだろ?」

 

 鞘伏はあくまで後見人。

 戦慈と里琴の行動全てに口出すことは難しい。

 そして、里琴は戦慈が行く所に行く。

 なので、戦慈に最初に決めさせる必要があるのだ。

 

「……どうせ帰るところはねぇし、このままずっと俺らの家を警察やヒーローに見回すわけにもいかねぇだろ」

「助かる」

「あ?」

「お前がもし学校を辞めるとなったら、巻空だけじゃない。他の連中にも少なくない影響が出る恐れがある」

 

 相澤の言葉を聞いて、戦慈はようやく相澤も付いてきた理由を理解した。

 

「爆豪、それと緑谷達が必要以上の責任を感じかねない。そうなれば、流石に仮免どころじゃないからな」

「B組はほぼ全員が集中できないだろうな。だから俺達はお前を説得に来たんだ。まぁ、お前への処罰も考える必要もあると思ってはいたが……」

「……今の話を聞いた限りでは、俺達の責任はかなり大きい。いますぐに決められることじゃない。それに仮免を取らせたいのは教師全員の意見だ。少なくともお前への処罰は仮免試験終了後になる」

「……好きにしな」

「塚内君。そういうことだから……」

「分かっているさ。彼の言う通り、今回の一連の事件は我々警察側のミスだ。彼の処罰は学校に一任しますよ。そもそも彼が戦った記録はないですしね」

「感謝します」

 

 ブラドが塚内に頭を下げる。

 

「ただ、君は連合の標的になっている可能性が高い。申し訳ないが、寮に入るまで家に帰すのは難しいかもしれない」

「構わねぇよ。これ以上迷惑をかけるつもりはねぇ」

「すまない」

「ああ、里琴の奴は昨日目覚めたぞ。他の子達もな」 

「……そうか」

「里琴の奴はここに連れてきても?」

「構いません。ただし、申し訳ないですが他の子達は控えさせてください。他の子達も寮生活に向けて準備もありますしね」

「分かりました」

 

 鞘伏と塚内が確認をし合う。

 そして、オールマイト達は病室を後にする。

 

 こうして、戦慈達はそれぞれの思いを胸に先に進む準備を始めるのだった。

 

 



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拳の六十九 家族面談

 里琴が目覚め、戦慈の叫びを聞いた翌日。

 

 雄英教師陣はさっそく行動を開始した。

 

「全寮制か……」

「まぁ、仕方ないんじゃねぇか?拳暴に、爆豪が狙われて、俺達も襲われたんだし」

「だよなぁ」

 

 泡瀬が難し気に顔を顰め、骨抜が雄英の行動に理解を示し、円場も頷く。

 

 戦慈、里琴を除くB組一同はホテルの宴会場に集められていた。

 幸運なことに毒ガスにやられた全員が翌日には退院許可を出してもらえた。

 もちろん、まだ体力が戻りきってはいないが、家で療養しても問題ないだろうと判断されたのだ。今は精神面での療養の方が重要視されたのもある。

 

「里琴、拳暴にちゃんと会えたかな?」

「鞘伏さんが大丈夫って言ってるし、大丈夫だよ」

「ん」

 

 柳が少し不安げに呟き、一佳が元気づけるように言い、唯も頷く。

 里琴は昼過ぎに鞘伏に連れられて、戦慈がいる病院へと向かった。

 一佳達も行きたかったが、

 

「お前さん達には悪いが……流石に状況的に里琴の面会が限界だ。俺も今後は面会に制限がかかるからな。それにお前さん達にも今後について、色々考えなきゃいけないことがあるしな」

 

「考える事?」

 

「すぐに分かるさ」

 

 鞘伏は肩を竦めて、里琴を連れて病院を去っていった。

 そして、その後すぐに一佳達の家族がやって来て、ホテルで『全寮制についての説明会がある』と告げられる。

 一佳達はホテルに戻って、説明会が行われる宴会場に集まっていた。

 

「この説明会が終われば、家に帰れるらしいね」

「まぁ、寮に入る準備もあるしな」

「ん」

 

 時間になり、それぞれの家族で席に座る生徒達。

 そこにスーツ姿の根津校長とブラドが現れて、正面の席の前に立つ。

 

 根津がマイクを持ち、

 

「今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。本題についてお話しする前に……我々の慢心・怠慢でお預かりした子供達を危険に晒してしまったことを、改めて心よりお詫び申し上げます」

 

 根津とブラドが腰を直角に曲げて、謝罪する。

 それに鉄哲が立ち上がって止めようとするが、鉄哲そっくりの父親が押さえ込んで黙らせる。

 

「我々も痛感した未熟さを承知した上で全力で見直しを行い、今度こそやれること全てをやっていきたいと思っております。その一つが、今回の全寮制の導入であります」

 

「ちょっといいかよ?」

 

 根津が本題に入ろうとしたところで、鉄哲の父親が手を上げる。

 

「はい」

「あんたらの反省や全寮制どうのこうのはともかくよ。まず先に聞きてぇことがある。拳暴戦慈の処遇についてだ」

 

 鉄哲パパの言葉に、隣に座っていた鉄哲や一佳達が目を見開く。

 ブラドも僅かに目を見開いている。

 

「拳暴については息子から色々とよぉ~く聞いてる。俺だって体育祭や広島の事件、そして林間合宿や神野区でのニュースも見た。その上で聞きてぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、あんたらはどんな処罰を考えてんだ?」

 

 腕を組み、鉄哲そっくりの目つきでギン!と教師陣を睨みつける鉄哲パパ。

 その迫力はブラドにも負けていない。

 

 しかし、戦慈を庇うような言葉に、生徒はもちろん親も教師陣を注視する。

 事実、今回の事件では戦慈のおかげで助かった部分が大きいというのを、無事だった者達から聞いている。

 親達もそれを子供達から聞かされている。

 

 悔しい思いをしたことも。

 

 鉄哲パパは息子の頭に手を置いて、言葉を続ける。

 

「正直、俺は徹鐵がやる気なら、全寮制だろうがなんだろうが雄英に行かせてやるつもりだ」

「……親父ぃ……!」

「けどよぉ、こいつが雄英に行っても、拳暴がいなかったら納得出来ねぇだろ?こいつはずっと拳暴を尊敬して、必死に追いかけて、今回も仲間が倒れた姿を見て、悔し涙を流して俺に言ったんだよ。悔しいってなぁ……!」

「……」

「だから、俺はこいつを拳暴と一緒にヒーローを目指さしてやりてぇんだよ。けど、神野区に行ったことは問題なんだろ?それに……拳暴は少なからず暴れたんじゃねぇのか?だから、今も警察に保護されてんだろ?それにあんたら雄英はどうする気なんだ?」

 

 根津が答えようとすると、ブラドが手で制止して、代わりにマイクを握った。

 そして、一歩前に出て、口を開く。

 

「今からする話はここだけのことにしていただきたい」

 

 ブラドの言葉に、全員が耳を傾ける。

 

「我々は昨日、拳暴に会いに行きました。何故、抜け出したのか。そして……何故敵連合達の前に姿を見せて、戦ったのかを聞くためです」

 

 予想はしていたが、やはり交戦したと聞くと動揺せずにはいられなかった一佳達。

 それでも声を荒げず、必死にブラドの言葉を待つ。

 

「彼は我々に向かって、こう言いました。『俺はあんた達を信頼していない』『戦うなと、守ると言っておきながら、林間合宿で友が倒れている時に、ヒーローは何をしていたのか』『敵連合が自分を狙ったせいで、友を巻き込んだ』『だから、例え雄英を除籍にされようとも、友がこれ以上襲われることなく雄英でヒーローを目指せるなら、それで構わないと思っていた』と……。『俺は誰一人救けられなかった』と……」

 

 一佳や鉄哲達は両手を握り締めて、湧き上がる激情に耐える。

 悔しさ、悲しさ、怒り、様々な感情が一気に溢れそうになった。

 

「それを聞いた我々は……私は……己が如何に愚かで、怠慢で、彼を見ていなかったことを、ようやく気付きました」

「……先生」

「彼の強さばかりに目を捕らわれていた。彼の強さに無意識のうちに頼ってしまっていた。彼を支えるつもりが、私こそが彼に教師として支えてもらっていた……!彼の言う通り、私は生徒達のために血を流さねばいけなかったはずなのに!!私は……救けに行かなかった!!」

 

 ブラドは今にもマイクを握り潰しそうなほど手に力が籠り、歯が砕けそうなほど歯を食いしばっている。

 

「今回の彼の行動は……我々教師の未熟さと怠慢が原因と判断しております。故に……現段階では拳暴については除籍や停学、謹慎などの処罰を課すつもりはありません!今回は厳重注意に留め、今後我々を含めて、同じ轍を踏まないように努力していく所存です……!!」

 

 そして、ブラドはその場に膝をついて土下座をする。

 

「なので、今一度!!もう一度だけ、我々に任せていただけないでしょうか!!子供達の後悔を、苦しみを、我々と共に乗り越える機会をいただきたい!!」

 

 マイクを通さずとも全員に伝わる声。

 根津もその隣で再び深く頭を下げる。

 

「私の心血全てを注いで、立派なヒーローへと育ててみせます!!その結果、子供達には今まで以上に厳しい訓練を課すことになるやもしれません!!それでも子供達が強く、戦い抜き、人々を守れるヒーローになれるよう、出来る限りの全てのことをしてやりたいと思っています!!」

 

「よぉく言ったぁ!!」

 

 ブラドの宣言に鉄哲パパが同じくらい声を張り上げて言う。

 

「そこまで言い切るなら、俺に文句はねぇ!!このバカ息子を徹底的に叩っ鍛えてやってくれや!!」

「親父ぃ……!!」

「いいダチと先生に恵まれたなぁ、徹鐵!!羨ましいくらいだぜ、ガハハハハ!!」

 

「……鉄哲の親父さんだなぁ」

「すっげぇ似てる」

 

 豪快で暑苦しいが、どこか心地いい。

 まさしく『この親にして、この子あり』であった。

 クラスでの鉄哲同様、重苦しい雰囲気を一瞬にして変えた。

 

 ブラドは立ち上がって、また頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

「おう。だが、他の家までは知らねぇぞ?息子はまだ意識不明じゃなかったから、俺はそう言えるってだけだ」

「それについてですが。この後、一度各ご家族ごとに面談をさせていただきたいと思っております。また、今日に回答をしていただく必要もありません。ご家族でしっかりと話し合って、結論を出していただきたいと思っています」

 

 ということで、全寮制について説明を受けた生徒とその家族達は、出席番号順に面談を行うことになった。

 

 

 泡瀬の場合。

 

「洋雪。お前はどうしたいんだ?」

 

 ブラドと根津、そして泡瀬と父母がホテルの一室で向かい合っており、父親が泡瀬に訊ねる。

 

「俺は……雄英に行きたい」

 

 泡瀬は覚悟を決めた顔で両親に向かって言う。

 

「俺……情けなかったんだよ。八百万…A組の女の子が頭を殴られて、出来たのは抱えて逃げるだけだったんだよ」

「何を言ってるんだ、泡瀬。お前がヴィランに発信機をつけなかったら、爆豪は救えなかったんだ。お前は情けなくない」

「情けないっすよ……!俺、逃げるので精一杯で……!」

「それが当然なんだ。誰だって襲われれば怖い。それをお前は八百万を決して見捨てず、咄嗟に渡された発信機をしっかりと付けた。それは凄い事なんだぞ」

 

 泡瀬は俯いて、後悔を口にする。

 ブラドの言う通り、泡瀬の功績は八百万と同じくらい大きい。しかし、泡瀬はそれ以外はずっと逃げ回っていただけで、結局仲間を救うどころではなかった。

 それが泡瀬の心に重くのしかかっていた。

 

「ここで逃げたら、俺もう駄目になっちまう。もうあいつらの友達って言えない。それだけは……絶対に嫌だ」

「洋雪……」

「拳暴に戦って勝てるようになるとまでは言わない。でも、救ける事が出来る人は救けれるようになりたい。拳暴や鉄哲が安心して戦えるようになりたい!」

 

 B組の仲間に『救けられなくて悪い』と言われることほど、辛いことはない。

 同じヒーローを目指す仲間の足手纏いになるのだけは、絶対に嫌だ。

 隣で戦えなくても、背中を守れるようになりたい。

 

「……分かった。なら、もう弱音は言えないぞ?」

「分かってる」

「……なら、私達はお前と先生達を信じるだけだ」

「そうね」

「ありがとう!」

「感謝致します」

 

 

 

 回原の場合。

 

「もちろん、まだ通います。ここで辞めたら、無茶した拳暴に悪いじゃないですか。俺が成績悪かったり、自分のミスで除籍されるなら受け入れますけど。拳暴や鉄哲達が命かけて戦ったのに、救けられた俺が『怖いから辞めます』なんて言えないですよ」

 

 回原も覚悟を決めた顔ではっきりと言う。

 両親は少しまだ不安そうだったが、回原が説得したのだろう。何も言うことはなかった。

 

「だから、お願いします。俺をもっと鍛えてください」

「……ああ。一緒に頑張ろう」

「はい!!」

 

 

 

 鎌切の場合。

 

「俺はヒーローを目指すぜぇ。それに敵連合の連中もこのまま逃がす気はねぇ」

「鎌切。それは……」

「もちろん、拳暴みてぇに飛び出す気はねぇよ。ヒーローになったらって話だ。あんな連中みたいなヴィランを許すわけにはいかねぇ。こんな目に遭うのは俺らで最後にしてやるってことだよぉ」

「……そうか」

「俺だって前衛だぁ。拳暴や鉄哲ばっか切り込み隊長させてたまるかよぉ……!」

 

 目をギラギラさせて己に言い聞かせる様に言う鎌切。

 自分もあの2人と同じ戦場に立つ。

 そうすれば、戦慈達が無茶をする機会も減るし、無茶しても自分も共に戦える。

 斬ることしかできない鎌切には、意志を貫く覚悟を固めるのだった。

 

 

 

 一佳の場合。

 

「今まで済まなかった」

「え?せ、先生?」

 

 ブラドがいきなり一佳に謝罪をした。

 

「お前に拳暴や巻空のことを押し付け過ぎていた。もっと俺達大人があいつらを支えてやるべきだった」

「……私も同じです。私も……あいつらに甘えていたんです」

「……甘えていた?」

「あいつらの傍にいれるのが嬉しかった。あいつらを支えようと頑張ってると思ってました。でも、結局私はあいつらにここぞという時には頼っていてばかりで……支えられているのは私の方でした。今回、里琴が倒れて、そして神野区での拳暴の姿を見て、いとも簡単に心がやられて……唯や切奈達に励まされて……。拳暴と里琴がいなくなっただけで、私は凄く弱いことが分かりました」

 

 普段、どこか抜けている戦慈と里琴の面倒を見ていると思っていたから。

 最初は一緒の戦場にいる事も出来なかったから。

 少しずつ自分も成長していると思っていた。

 けど、この数日で自分があまりにも脆いことを実感させられた。

 

「だから……そんな自分とは決別したいです」

「拳藤……」

「強くなりたいです。本当の意味であいつらを支えて、無茶しそうになったらちゃんと止められるように。それでも駄目なら……あいつらがもう入院しなくて済むように、一緒に戦うために。中学が同じだからとか言う理由じゃなく、あいつらと対等になりたい。だから……私は雄英でヒーローになりたい」

 

 里琴の思いも、戦慈の思いも、受け止めたからこそ、もう間違えたくはない。

 置いて行かれたくはない。

 もう里琴にあんな顔をさせたくない。

 

「拳暴達は……やめないんですよね?」

「ああ。もう寮に入ることは返事をもらっている」

「じゃあ、私もやめません。不純かもしれないですけど、私はまずあの2人を救けられるヒーローになりたいです」

「……不純じゃない。十分立派だ」

 

 一佳は母親に顔を向ける。父親は仕事で来られなかった。

 

「いいよね?」

「ええ。あなたが決めたなら、私は何も言わないわ。お父さんも許してくれると思うわよ」

「ありがと」

「頑張るのは貴女だもの。……大変よ?最後まで頑張れる?」 

「……うん!」

 

 力強く頷く一佳。

 

 そして、ブラド達が退室した後、突如一佳ママが、

 

「で?拳暴君に告白するの?」

「うえっ!?あ、へ!?はぁ!?」

 

 一佳は顔を真っ赤にして、慌てふためく。

 一佳ママはクスクスと右手を口に当てて笑う。

 

「な、なに言うんだよ!?」

「だって、気になるんだもの」

 

 もちろん一佳ママは、一佳の恋心にとっくに気づいていた。

 なので、あのニュースを見て、一佳ママも娘が大丈夫か不安になっていたのだ。

 その結果がさっきの言葉だった。

 

「す、するわけないだろ。そんな場合じゃないし……」

「里琴ちゃんもいるしねぇ」

「……」

「まぁ、焦らなくてもいいとも思うけど。あんまりのんびりしすぎると、あっという間に周りを埋め尽くされちゃうわよ?」

「う……」

「あら……。もうライバルは多いのね。クラスの女の子達?」

「……うぅ」

 

 一佳は顔を真っ赤にして、顔を背ける。

 一佳ママは優しく笑みを浮かべて、一佳の頭を撫でる。

 

「今は大変な時だからね。彼も大変みたいだし」

「……そうだよ」

「けど、本当に大事なら、時には思い切るのも大事よ。今回は里琴ちゃんについてかしら?」

「……なんで分かるのさ……」

「貴女の母親だからね~」

「うぅ……」

「周りに敗けちゃ駄目よ!ファイト!」

 

 両手を握り締めて、フンス!と応援してくる一佳ママ。

 それに一佳は右手で顔を覆って項垂れるのであった。

 

 

 

 唯の場合。

 

「では、小大も引き続き雄英に通うのだな?」

「ん」

「ご家族もそれでよろしいですか?」

「はい」

「ええ」

 

 無表情親子が並んで座っている。

 両親も唯に敗けず、言葉少なめだった。

 

「お前が一番理解しているだろうが、小大の『個性』は戦闘向きじゃない。訓練は大変だぞ?」

「ん」

 

 唯は一切の迷いなく頷く。

 そして、

 

「ヒロインは嫌」

「……そうか。そうだな。お前も拳藤と想いは一緒か」

「ん」

 

 ただ後ろにいるのは嫌だ。

 

 ならば、ブラド達に否はない。

 

 

 

 茨の場合。

 

「私は期末で拳暴さんにヒーローとして目指すべき目標を教えてもらいました。そして、林間合宿やI・アイランドでも助けてもらいました。その恩も返さずに、逃げるなど許されません。鞭で打たねば」

「いや。そこまで思い詰める事はないと思うが」

「いえ、これだけは許されてはいけないのです」

「ということでして……」

「この子はこうなると、私達の言葉でも譲らないので……」

「分かりました……」

 

 茨の両親はすでに諦めていたのだった。

 

 

 

 宍田の場合。

 

 ライオンかと思えるほどの鬣を持つ高級スーツを着た宍田の父が、腕を組んでブラドと向かい合う。

 

「吾輩は心配なのですよ」

「その思いはごもっともです。しかし――」

「寮の設備は我が屋敷に匹敵するのかと!」

「は?」

「メイドや執事は何人まで許されるのですかな?シェフは?サロンやサウナなどは?」

 

 宍田が右手で顔を覆って、天を仰ぐ。

 

「流石に学生の領分を越えているかと。一般家庭の子もいるわけですし、自立を目的としていますので……」

 

 根津が何とか返答するも、宍田パパは渋い顔をする。

 

「むぅ!それでは――」

「父上!!私はヒーローになりに行くのですぞ!別荘に行くわけではないのです!!」

「しかし、それでは宍田家として――」

「大事なのは私の気概です!!ここで宍田家の力に頼れば、それこそ宍田家の息子は親の力がなければヒーローになれないと言われてしまいますぞ!!」

「おぉ!!それは確かに!!」

「はぁ~……。というわけですので、先生。私も粉骨砕身、仲間達と共に頑張らせていただきます」

「わかった」

 

 

 

 庄田の場合。

 

 庄田の両親もまた、息子と同じくふくよかだった。

 

「うちの子は幸運にも被害はなかったので、今後気を付けて頂けるのであれば特に息子を引き留める気はありません」

「ありがとうございます!」

「それに息子も仲間が倒れて、何も出来なかったことを悔いていました。ここで辞めさせれば傷は癒えることはなく、二度とリングに上がることは出来ないでしょう」

 

 庄田パパもボクシング好きだった。

 

「先生。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

 

 

 

 円場の場合。

 

「うちの子も鍛えてやってください」

「お願いします」

「……あれ?俺が言うことじゃないのか?」

 

 両親の方がブラド達に息子のことを頼み、円場は首を傾げる。

 

「このまま辞めさせたところで、どうせ後悔するに決まってます」

「しっかりと守って頂けるなら、このまま雄英で頑張ってもらった方がまだ安心できます。頼もしい友達もいるようですからね」

 

 ということで、円場は特に決意表明することなく終わった。

 

 

 

 ポニーの場合。

 

「一人暮らしを続けサセールよりぃ、安心出来マァス!」

「是非お願いしマース!!」

「ダディ!マミィ!」

「ポニー、ファイトですヨ!!」

「イエス!!」

 

 となった。

 

 

 

 鉄哲の場合。

 

 鉄哲パパがニカッ!と笑みを浮かべて、

 

「さっきも言ったが、俺はこいつがやる気でいる限り、あんたらを応援するぜ!」

「感謝いたします」

「よせよ、水くせぇ!元々ヒーロー目指すって言った時点で、ある程度覚悟なんざ決まってる!こいつの性格と『個性』なら尚更な!!」

「親父……!」

「こいつは馬鹿で単細胞だが、筋は意地でも通す奴だ!!そんなこいつに拳暴や切島っつぅ友人が出来て、俺ぁ感謝こそすれ文句を言う気はねぇ!!」

 

 本当に似た者親子に、ブラドは感動すら覚え始めていた。

 

 ガシィ!と鉄哲パパの右手を握り、

 

「お任せください!!必ずや息子さんを最高のヒーローに育て上げてみせます!!」

「おう!!期待してるぜ、先生!!」

「これからもお願いします、ブラド先生!!」

「ああ、任せろ!!」

(う~ん。暑苦しい3人なのさ)

 

 似た者が揃い過ぎていた。

 

 

 

 切奈の場合。

 

「もちろん、私も残りますよ」

「ご両親は……」

「大丈夫大丈夫!説得します」

「切奈、お前な……」

「せっかく推薦で雄英入ったのに、ここで辞めるなんてもったいないっしょ。それに、今のメンバーも気に入ってるしねぇ」

「……はぁ。お転婆娘が……」

「お転婆じゃなきゃヒーローなんて目指さないよ」

 

 ケラケラと笑う切奈に、切奈パパは頭を抱える。

 

「拳暴もそうだけど、里琴や一佳も結構心配なんで。今の状況で一抜けするのは嫌なんですよ」

「……すまんな」

「いいんですよ!女友達だからこそ出来る事ってのがありますからね。私がやりたいんですから。それに一佳は委員長だし、鉄哲や物間の制御もしないといけないですからね~。拳暴や里琴に手一杯にさせるわけにもいかないですし。戦闘ではあまり手伝えない分、サポートで頑張りますよ」

 

 あっけらかんと言うが、その言葉と滲み出る雰囲気は慈愛そのものだ。

 

「その意気込みは嬉しいが、無理をするんじゃないぞ?ミッドナイトにでも構わないから、相談できることは相談するようにな」

「もちろん」

 

 

 

 吹出の場合。 

 

「僕も頑張ります!グワァッと燃えてるんです!!ガガガッと頑張りたいと思います!!」

「……そうか」

「頑張れ漫我!お前の成長を俺はいつか漫画にする!!」

 

 吹出パパは漫画家だった。

 

 

 

 骨抜の場合。

 

「まぁ、ここで辞めれないですよね。他の連中だって辞める気ないでしょ?」

「ああ。だが、仲間に流れされずに――」

「俺って推薦入学で、副委員長なんですよね」

「……」

「今まではあんまり拘ってなかったですけど。でも、結局拳暴や鉄哲、拳藤に面倒なこと押し付けてただけなんだなぁって。いっつも大事なところで役に立ってないって。それでヒーロー目指してたとか、ちょっと情けないですよね」

 

 別に今もオールマイトや戦慈のように、前に出て目立ちたいわけじゃない。

 それでも、ヒーローとして負けたいわけじゃない。

 

「いきなり前には出れると思わないですけど。せめて拳藤の代わりくらい務められるようになって、鉄哲や男子達のサポートを出来るようにはなりたいです。拳藤は、拳暴や巻空達で精一杯だと思いますし。鉄哲の隣にいるのは、嫌じゃないんで。ここであいつらを見捨てられるほど、柔軟にはいられないです」

「……そうか。分かった。だが、無理はするなよ。困ったことがあったら、遠慮なく俺に言え」

「はい」

 

 骨抜は静かに決意を固め、やる気に燃えていた。

 

 

 

 凡戸の場合。

 

「確かに怖かったですけどぉ。それがヒーローの世界ですしぃ。これで辞めたら、何のためにみんなと一緒に頑張ってきたのか分からなくなるんでぇ。やっぱりもうちょっと頑張りたいですねぇ」

「のんびりした子ですが。言ったことを途中で投げ出す子でもありません」

「この子が頑張りたいというのならば、私達も覚悟を決めて応援しなければ。それがヒーローの親になる、ということなのでしょう」

「ありがとうございます!全身全霊でその覚悟を無駄にしないよう、指導させていただきます……!」

 

 親の子に対する信頼。

 それを感じてきたブラドは、自分は本当に生徒に恵まれていると実感した。

 

 

 

 物間の場合。

 

「辞めませんよ。ええ、辞めてなんかやりませんよ。だって、理由がないですからね」

「理由がない?」

「そうじゃないですか。だって、僕は……戦ってもいないし、傷ついてすらいないのですから。ヴィランは偽物でしたけど、先生方が守ってくれましたし。B組で唯一、僕だけが安全圏にいた。そんな僕が何に怖がって、雄英を辞めなきゃいけないんですか?」

 

 飄々と語る物間だが、ブラドにはそれが唯一何も出来なかった自分を責めているように見えた。

 

「僕は1人ではヒーローになれないですから。ここで雄英を辞めても、どこのヒーロー科に行こうとも同じですよ。だったら、気心知れた友達といたいじゃないですか」

「……そうだな。仲間が倒れた時、自分に何が出来るのか。一緒に考えよう、物間」

「嫌ですね、先生」

 

 物間は肩を竦める。

 

「そんなこと……あの日からずっと考えているに決まってるじゃありませんか」

 

 

 

 柳の場合。

 

「私は戦う力は弱いですけど、もっと『個性』が伸びていれば、あの時誰か1人でも運べたかもしれません。何かできる事があったかもしれません」

「レイ子……」

「拳暴君が倒れるのを何度も見ました。里琴や一佳が泣くのを初めて見ました。切奈が、唯が、皆がそれを励まそうとして、自分も辛いのに必死に我慢してる姿を見ました。ここで逃げたら、もう友達を作る資格なんてないです。せめて友達だけでも助けられる力が欲しいです」

「……分かった。一緒に頑張ろう」

「はい」

 

 大事な友のために、柳も覚悟を決める。

 

 

 

 鱗の場合。

 

「もちろん俺も残ります。ヴィランにやられたから辞めますなんて言うなら、最初からヒーロー目指してません。最初に雄英で襲われた時から、自分もやられるかもしれないって覚悟はしてました。俺は拳暴みたいに派手で強い『個性』じゃないですから」

「馬鹿を言うな。鱗の『個性』は十分強い。活かせる場所が違うだけだ」

「はい。だから、そこでちゃんと力を発揮できるように、もっと力をつけたいと思います」

「分かった!これからもよろしく頼む」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 これで全員が雄英に残ることになったのだった。

 ブラドは全ての面談を終えて、生徒達の強さに涙するのであった。

 

 だからこそ、今度こそしっかりと向き合い、出来ること全てをしてやろうと改めて誓うのであった。

 

 

 そして、八月中旬。

 

 入寮日を迎えたのだった。

 




家族の姿は皆様のご想像にお任せしますw


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拳の七十 思いを新たに。新たな家へ

京都アニメーション第一スタジオ放火事件。

被害に遭われた方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます。

そして、悲しくも亡くられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

クラナド、けいおん、ハルヒなど多くの名作を生み出し、巡り合わせて頂いたこと、ただただ感謝しかありません。
今後の作品など気になることはありますが、今はただただ被害に遭われた方々の回復をお祈り致します。

頑張れ!


 8月中旬。

 

 雄英敷地内、校舎から徒歩5分。築3日。

 

 『ハイツアライアンス』。

 

 【1-B】と大きく玄関の上に描かれた建物。

 玄関横にはベンチが置かれており、周囲は生垣が囲まれている。

 

 同じ外観の建物が周囲にいくつもあり、他のクラスも今日入寮予定となっている。

 

 一佳達B組の者達も、寮の前で集合していた。

 しかし、その中に戦慈と里琴の姿はない。

 

「拳暴達はまだ警察にいるのか?」

「流石に今日は来るんじゃないか?」

「ブラド先生が連れてきてるんじゃないか?」

 

 骨抜達が首を傾げる。

 一佳達も少し不安そうに顔を見合わせている。

 物間が一佳達に訊ねる。

 

「拳藤達も何も聞いてないのかい?入寮に関する荷物だってあったはずだろ?」

「里琴とは一回だけメールできたけど、それ以降は連絡が取れてないんだ……。拳暴も携帯を没収されたままみたいだし……。2人の荷物に関しては、鞘伏さんや非番だった警察の人やヒーローが2人の部屋に来てて片付けてたよ」

「そうか……」

「じゃあ、やっぱりブラド先生が連れてくる感じか」

「ん」

「多分な」

 

 その時、ブラドが現れ、その背後に戦慈と里琴が付いてきていた。

 

「あ!!いた!!」

「おー!!久しぶりだな!」

「元気だったか!?」

「……おう」

「……ん」

 

 妙にハイテンションな泡瀬達に、戦慈は僅かに首を傾げながらも頷き、里琴はいつも通りの無表情で頷く。

 一佳達も戦慈と里琴の下に歩み寄る。

 

「もう体は大丈夫なのか?」

「ああ」

「……もち」

「よかった」

「ん」

「……超ヒマだった」

「携帯も外出も駄目だったんだって?」

「……ん」

 

 それぞれに2人に声を掛けていくB組の面々。

 しばし、ブラドはそれを微笑ましく見つめていたが、5分ほど経過した頃に声を掛ける。

 

「よし!久々に全員が揃って、色々と話したいこともあるだろうが、とりあえず寮と今後の予定について説明するぞ!」

 

 ブラドの言葉に全員が私語を止めて、ブラドに顔を向ける。

 しかし、

 

「先生」

 

 そこに一佳が真剣な表情で手を上げる。

 

「どうした?」

「その前にちょっとだけ時間貰っていいですか?」

「……まぁ、構わんが……」

「ありがとうございます。それと先に謝っときます。すいません」

「なに?」

「茨!」

「はい」

 

 突然の一佳の行動に女子陣以外の全員が訝しむが、その反応を無視して一佳は茨に声を掛ける。

 茨は特に疑問を呈さずに頷き、ツルの髪をうねらせ始める。

 そして、

 

「拳暴さん、失礼します」

「あ?っ!?おい!?」

 

 突如、戦慈に絡みついて、戦慈を持ち上げる。

 そして、すぐ横の芝生側に体を運ばれる。

 その行動にブラドや男性陣が目を見開いていると、さらに驚きの光景が目に入る。

 

 一佳が戦慈の前に移動して、

 

「拳暴」

「……なんだよ?」

「歯ぁ食いしばれ!!」

 

 一佳が右腕を振り被って、右拳を巨大化する。

 そして、全力で振り抜き、戦慈をぶん殴った。茨のツルは殴られる直前に解かれて、戦慈は後ろに吹き飛んで芝生を転がる。

 

「おお!?」

「け、拳藤……さん?」

「おやおや……」

「どうした!?」

「取陰達は何か知ってんのか?」

「まぁね。大丈夫だから、ちょっと見守ってあげて。ああ、先生ももうちょっとだけ待ってくださいよ。里琴もね」

 

 泡瀬や回原がややパニックになり、物間も一佳の行動に純粋に驚いていた。

 鉄哲も目を見開き、骨抜が切奈達に声を掛ける。

 尋ねられた切奈は苦笑しながら、ブラドや里琴を抑える。

 里琴は首を傾げ、ブラドは何となく察したので眉間に皺を寄せながらも頷いた。

 

 ブラドもヒョウドルから里琴が泣いたことは聞いていたのだ。それに一佳達が必死に慰めていたことも。恐らくその事だろうと推測する。

 ヒョウドルからも「その時は見守ってあげてくれない?スサノオとこの子達が今後も一緒に頑張るなら必要なことだと思うから」とも言われており、事情を聴いたブラドも教師としては間違っているかもしれないが、確かに必要かもしれないと納得していたのだ。

 なので、知らないところでやられるくらいなら、今自分の前で行われる方がまだいいと判断した。

 

 戦慈はゆっくりと起き上がる。

 その前に一佳がズンズン!と歩み寄って、戦慈の前に仁王立ちして睨みながら見下ろす。

 

「なんで私が怒ってるか分かるか?」

「……1人で飛び出したことだろ……」

「それもある。けど、一番はな。……お前の行動で里琴を泣かしたからだ!!」

 

 一佳は両手で戦慈の胸倉を掴み上げる。

 

「先生から聞いたよ。お前が何で飛び出して、何で戦ったのか」

「……」

「凄いと思ったよ。神野でだって人を救けて、本当に凄いと思ったよ。けどさ……けどさ!!それはまだ意識が戻らない里琴を放っておいて、里琴を泣かすことになってまで、お前がやらなきゃいけないことだったのか!?お前1人が戦って傷ついて敵連合を倒したとしても、それで雄英を除籍されたら、里琴や私達が良かったって喜ぶとでも思ったのか!?一番傷ついて私達を守ってくれたお前が雄英を辞めて、私達が納得出来ると思ってたのか!?」

「……」

「それは……それは絶対に違う!!絶対にお前は間違ってる!!自己犠牲だけのヒーローなんて絶対に間違ってるんだよ!!!」

 

 一佳は両目に涙を溜めながらも力強く叫ぶ。

 戦慈は抵抗せず、黙って一佳の叫びを聞いていた。

 

「里琴がお前を最強のヒーローだって言ってるのは知ってるだろ?……頼むよ、拳暴……!里琴だけは、里琴だけは裏切らないでくれよ……!私達だって頑張るからさ……。もっと……もっと頼ってくれよ……!」

「……」

「拳暴」

 

 一佳が言葉に詰まって顔を俯かせると、今度はブラドが戦慈に声を掛ける。

 

「入寮に当たって、皆と面談をした時。全員がお前を1人で戦わせたことを悔い、お前を救けられるように強くなりたいと言ったんだ」

 

 ブラドの言葉に鉄哲や泡瀬達が頷く。

 

「お前は1人じゃない。俺達教師を信じられないのなら、せめて仲間だけは信じて、頼れるようになってくれ」

「……」

 

 一佳は涙を拭って、真剣な顔で戦慈を見つめる。

 戦慈は数分座り込んだまま黙り、唐突に座り込んだまま頭を下げる。

 

「すまなかった……」

 

 戦慈の謝罪に、一佳は里琴に顔を向ける。

 里琴は一佳の視線を受けて、グ!っと親指を立てる。

 それに苦笑した一佳は、戦慈の後頭部をポンポンと軽く叩く。

 

「一緒に頑張ろうな」

「……ああ」

 

 戦慈は立ち上がって、皆がいる場所に戻る。

 

「……照れ屋」

「……うるせぇよ」

 

 里琴が揶揄い、戦慈は不本意そうに言い返すがその声に力はなかった。

 その様子に切奈達が声を出さずに顔を見合わせて笑う。

 

 そこにブラドがパンパンと両手を叩いて、注意を引く。

 

「よし!では、改めて、全員揃ったな!明日改めて詳しく説明するが、とりあえず簡単に今後の予定を伝える」

 

 ブラドの言葉に全員が私語を止める。

 

「教師内で会議を行った結果、明日からは引き続き仮免許取得を目指す。林間合宿の続きということになる」

「あれからもう2週間くらいかぁ……」

「やべ……。特訓した分覚えてっかな?」

 

 泡瀬が呟き、円場が林間合宿の地獄の特訓の事を思い出す。入院して意識が戻ってからは入寮の準備ばかりに気を取られていたので、『個性』伸ばしのことなどすっかり忘れていた。

 他の者達も不安を顔に浮かべる。

 

「今後の訓練については明日詳しく説明する。不安になるのは分かるが、今日はまずこの寮で安心して休める空間を作ることに集中してくれ。今日からはここがお前達の家になるのだからな。それじゃあ、中に入るぞ!」

 

 ブラドが意気揚々と中に入り、一佳達もそれに続く。

 

 中に入ると、テレビやソファー、テーブル、台所などが設置されている広い空間が目に入る。

 

「すっげー!」

「ホテルみたいだな!」

「ソファあるぜ」

「中庭もあるよ」

「広」

「ん」

「エレベーターまであるよ」

「凄いな」

「……豪華にするなら金をくれ」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 泡瀬と円場が興奮し、骨抜と庄田が家具や中庭を見て言い、切奈がエレベーターを見つけて目を見開く。

 一佳も感心しながら内装を見渡し、里琴が冗談か本気か分からないことを言って、戦慈がツッコむ。

 

「1階は共有スペースだ。奥には風呂と洗濯室、洗面所などもある。もちろん洗濯室も男女別だから安心してくれ。食事も基本はここだ。ランチラッシュが朝食も夕食も手配してくれる」

「ランチラッシュが3食!?ウハウハだね!」

「流石雄英って感じだね」

「キッチンについては自由に使ってもらって構わん。が、使ったなら掃除、片づけはしっかりとな。備品も丁寧に使うこと」

「お。ってことは拳暴のコーヒーもここで作ってもらえばいいねぇ」

 

 ブラドの説明に吹出が驚き、物間が至れり尽くせり感に肩を竦める。

 そして、キッチンも使っていことに切奈が戦慈のコーヒーの事を言い、女性陣が嬉しそうにする。

 

「そういえば……買い物とかってどうなんですか?」

「休日ならば届け出を出してくれれば特に制限はない。実家に帰って泊まる場合も同じだな」

「ってことはぁ買い溜めが重要だねぇ」

「ん」

 

 回原がブラドに外出について質問し、ブラドが答える。

 流石に授業がある時は終業時間が遅いので、外出は認められなかった。

 それに凡戸が顎に指を当てながら言い、唯が頷く。

 

「正面右側が女子棟、左側が男子棟だ。特に誰の部屋に行こうが問題はないが……巻空、あまり拳暴の部屋に入り浸らないように」

「……マジ卍」

「まぁまぁ、拳暴をここに引っ張り出せばいいじゃん」

「ん」

「……出てこいや」

「だからアホ言ってんじゃねぇよ」

 

「さて、お前達が気になっているであろう部屋割りがこれだ」

 

 ブラドがプリントを配り、全員が目を通す。

 

「1フロア4部屋。それが2~5階まである。部屋にはエアコン、冷蔵庫、トイレ、クローゼットが付いている」

「冷蔵庫まで!」

「トイレが部屋にってありがてぇな」

「女子棟はやっぱスッカスカだねぇ」

「まぁ、7人しかいないしね」

「ん」

 

 部屋割は以下の通りとなった。

 

男子棟2階:回原、鎌切、吹出、庄田

   3階:骨抜、泡瀬、  、戦慈

   4階:物間、鱗 、宍田、

   5階:  、凡戸、円場、鉄哲

 

女子棟2階:  、  、  、 

   3階:唯 、  、  、茨

   4階:一佳、  、里琴、柳

   5階:切奈、  、  、ポニー

 

「荷物や家具はすでに各部屋に運び込んである。では、この後は各自部屋を作るように。今日はこれにて解散!!」

 

『はい!!』

 

 こうして、各自の部屋作りが始まった。

 

 

 

 生徒達はジャージに着替えて、部屋の片づけを開始する。

 戦慈も部屋に置いてある段ボールを開けて、中身を取り出していく。

 と言っても、戦慈は元々娯楽的なものはほとんど持っていないので、カラーボックス2つに教科書やお気に入りの小説を詰めて、カラーボックスの上に唯からもらったマトリョーシカを飾る。

 次にクローゼットに服や制服、下着などを入れた衣装ケースを仕舞う。そして、ベッドやカーテンを整えて、空になった段ボールを片付けて部屋の真ん中に2畳分ほどのカーペットを敷いて折り畳み式テーブルを置く。

 2時間も経たずに、片づけが終了する。

 

 残ったのはサイフォン、コーヒーメーカー一式、コーヒーポット、タンブラーにコップに洗い物用具一式。そして、里琴や一佳が使ってたクッションだ。

 

「……はぁ」

 

 戦慈はため息を吐いて、クッションを抱えて部屋を出る。

 そして、女子棟の4階に行き、一佳の部屋をノックする。

 

「はい?」

 

 Tシャツとジャージ姿に着替えた一佳が扉を開ける。

 

「拳暴?」

「ほれ」

 

 戦慈は一佳にクッションを渡す。

 

「あ。わ、悪い……」

「構わねぇよ。じゃあな」

 

 戦慈はそのまま里琴の部屋に向かう。

 

「……ん」

「ほれ」

 

 里琴は戦慈からクッションを受け取る。

 

「……カーテン手伝え」

「……まぁ、いいけどよ」

 

 戦慈はため息を吐いて、頼まれるがままに里琴の部屋のカーテンを取り付ける。

 そこから更に棚や机の模様替えを手伝わされるも、里琴の体の小ささからよく手伝っていたので、戦慈は特に文句も言わずに手伝う。

 

「もういいか?」

「……ん」

 

 戦慈は里琴の部屋を後にして、1階に下りてキッチンに足を進める。

 コンロや棚、調理器具などを確認して回る。

 

「……そこまで物を置けるスペースはねぇか……」

「少し動かせば結構スペース出来るんじゃねぇか?」

「あん?」

 

 声がして振り向くと、骨抜と鱗が覗き込んでいた。

 

「終わったのか?」

「まぁな」

「そこまで荷物ないからな」

「で、この皿とかコップとか重ねたりして位置を変えれば、サイフォンとか豆くらいなら置けるだろ」

「鍋とかも使わねぇだろうし、纏めちまおう」

 

 骨抜や鱗が皿や鍋を一度取り出して、スペースを作ろうと手伝いを始める。

 戦慈も棚の中の物を取り出して、整理を手伝うのだった。

 

 

 その頃の唯。

 

「ん」

 

 部屋の片づけはほぼ終わったのだが、あるものの位置が決まらない。

 

 赤いダルマのマトリョーシカだ。

 

「ん~……。ん」

 

 衣装棚の上から、ベッドの頭元に移動する。

 

「ん~……」

 

 しかし、しっくりこないのか、眉間に皺を寄せて首を傾げる。

 そして、今度は机の上に移動させる。

 

「ん~……」

 

 しっくりこない。

 もう一度衣装棚の上に移動させる。

 

「……ん~……」

 

 やはりしっくりこないようだ。

 

 その後、約2時間。

 マトリョーシカの位置で悩み続ける唯であった。

 

 

 骨抜や鱗と共にキッチンを整理した戦慈は、部屋からサイフォン一式と豆を持ってきて棚へと仕舞う。

 

「コーヒー豆って冷蔵庫とかで保存しなくてもいいのか?」

「十分に密閉すりゃあ構わねぇがな。俺はあんまりしねぇ。しっかり空気を抜いて密閉すれば常温でも問題ねぇし、長期間保存するなら冷凍庫の方がいい」

「へぇ~」

「それにしても何種類あるんだ?」

 

 鱗の前には豆が保存されている容器は10個ほどあった。

 

「今、使ってるのは4種類だな」

「ってことは、ブレンドしてるのか?」

「ああ。そのままだったり、2種混ぜたり、3種混ぜたりしてる」

「本格的だな~」

「まぁ、趣味ってそんなもんだろ」

 

 想像以上のこだわりに鱗は感心やら呆れやらを浮かべ、骨抜は一定の理解を示す。

 すると、戦慈は2人に顔を向けて、

 

「どれか飲むか?手伝わせたしな」

「お、マジか。飲む飲む」

「じゃあ、コップ持ってくるわ」

「ああ」

 

 骨抜と鱗は一度部屋に戻る。

 戦慈はその間に準備を進めていく。今回はブレンドではなくストレートで作ることにして豆を挽き、サイフォンの準備を始めていく。

 

 2人がコップを持ってきて、すぐ近くのテーブルに座る。

 

「他の皆はまだ時間かかってるのか?」

「他の奴の部屋でも見に行ってんじゃないか?」

 

 鱗と骨抜はコーヒーを待ちながら、他の仲間達の姿が見えないことに首を傾げる。

 すでに日も暮れて来ており、もうすぐ夕食の時間である。

 しかし、誰も1階に下りて来ない。

 

 すると、

 

トトトトト!!

 

 と、里琴が猛烈な勢いでキッチンに飛び込んできた。

 その手にはタンブラーが握られていた。

 

「おお!?」

「無表情で来ると怖ぇな」

 

 鱗が驚き、骨抜が自分の顔を棚に上げて言う。

 

「……ん」

「今、あいつらの分作ってるから、そこに置いとけ」

「……ん」

 

 里琴は頷いて、タンブラーをキッチンカウンターの上に置く。

 すると、一佳達女性陣が呆れながら共同スペースに顔を出す。

 

「よくエレベーターの中から匂いに気づいたな……」

「まぁ、里琴だしねぇ」

「ん」

 

 里琴はエレベーター内で1階に着く直前にドア前に陣取って、空いた瞬間に飛び出していったのだ。

 それだけで戦慈がこの先にいるのだと、一佳達も理解した。

 切奈は周囲を見渡して骨抜達に訊ねる。

 

「他の男子は?」

「まだ下りて来ねぇな」

「誰かの部屋で盛り上がってるんじゃないか?」

「ふぅん。ってかサイフォン、ここに置くことにしたんだ」

「上の部屋に置いててもお湯沸かせねぇしな。いちいち持って下りてくるのもだりぃ」

「まぁ、そうだよな」

「それに壊さなきゃ、別に他の奴が使ってもらっても構わねぇよ」

「もっと使いやすいの無い?」

「拳藤がくれたコーヒーメーカーなら、まだ簡単だと思うぜ」

 

 骨抜が首を横に振り、鱗が首を傾げながら答える。

 切奈はそれに頷きながら、コーヒーを淹れている戦慈に声を掛ける。

 戦慈は頷いて答え、一佳が苦笑する。

 そして、戦慈の使ってもいいという言葉に、柳が訊ねる。

 流石に本格的なサイフォンをいきなり触る勇気はなかった。

 それに戦慈は棚から以前に一佳に貰ったサイフォン型コーヒーメーカーを取り出す。

 

「そっちは使わないのか?」

「使ってるぜ」

「え?そうなのか?」

 

 鱗が質問し、戦慈が答え、一佳が僅かに目を見開く。

 その反応に戦慈が呆れながら顔を向ける。

 

「お前のコーヒー作るときに使ってんだよ」

「え!?」

「お前の好みの豆は何となくわかったかんな。里琴のカフェオレとの豆とは違うし、別々に作るのに使ってたぜ」

 

 戦慈の言葉に一佳は思わず顔を赤くする。

 

「ほぉ~」

 

 切奈はニヤニヤとする。

 戦慈はその様子を見て更に呆れながら、

 

「あんだけ作って目の前で飲む姿を見りゃあ、バカでも好みくらい分かる」

「うぅ……」

 

 1人暮らしを始めた3月末から林間合宿で襲われるまで。

 ほぼ毎日コーヒーを作って、感想を言ってもらえ、飲む姿やその時の反応を見ていればある程度分かるに決まっている。

 特に近くに無表情な里琴がいるのだから。ある程度、相手の感情の変化には敏感になっている。

 一佳は里琴の次によく一緒にいるのだから、飲んだ時の反応を何度も見れば、どの豆のどのブレンドが好みなのかくらいは分かる。

 自分が好きなコーヒーに関わることならば尚更である。

 

「ほれ」

 

 戦慈が鱗と骨抜の前にコーヒーを置く。

 

「お!」

「サンキュー」

「砂糖と牛乳は自分で出せよ」

「おうって……あったか?」

「砂糖はあったぞ。牛乳は知らん」

「冷蔵庫の中にないの?」

 

 柳はキッチンに備え付けられている冷蔵庫を指差す。

 一佳が冷蔵庫を開ける。

 

「あ。あるよ。ん?紙?」

 

 牛乳を取り出して隣に来た唯に渡し、冷蔵庫内に置かれていた紙を取り出す。

 

「えっと……『牛乳や調味料などは担任教師に申請するように』だって」

「ここの冷蔵庫やキッチンにあるものは学校で用意してくれるってわけか」

「お~。マヨネーズとかドレッシングとか結構揃ってるねぇ」

「グレイト!」

 

 一佳の言葉に鱗が納得するように頷きながら、コーヒーに少量の牛乳を入れる。

 切奈とポニーが冷蔵庫を覗き込んで、充実している中身に感動の声を上げる。

 

「おお。マジで店の味だな」

「美味っ。確かにこのレベルが毎日飲めるなら、タンブラー渡すわ」

 

 骨抜と鱗が戦慈のコーヒーで感動する。

 それに何故か里琴が「……むふん」と胸を張る。

 

 その時、雄英ロボが「メシだ、コゾウ共!」と夕食を運んで来た。

 

 女性陣がそれを受け取って、配膳の準備をする。

 戦慈や骨抜達も手伝い、鱗が他の男性陣を呼びに行く。

 初めての寮での夕食は、生姜焼き定食だった。

 

「メシ~メシ~」

「タベオワッタラ、ソトニオイトケ」

「オノコシスンナヨ!」

 

 デッカイ炊飯器2つとみそ汁が入ったデッカイ鍋を運んできて、雄英ロボ達は去っていく。

 

「なんか斬新」

「ん」

「可愛いデス!」

「朝が大変そうですね」

「私達がね」

 

 去っていくロボ達を見送る柳達。

 朝は誰が起きれるのか分からないので、少し面倒だと思ったのだ。

 

「うおー!!飯だー!」

「腹減った~」

「3食ランチラッシュって豪華だな」

「全くですな」

 

 全員下りてきて、それぞれに座って食べ始める。

 テーブルは6人が限界なので、女性陣は里琴が戦慈と共に隣のテーブルに座る。

 

「なにかコーヒーの匂いもしますな」

「ああ、さっき俺と鱗が拳暴のコーヒー飲んでた」

「マジか」

「まだあんの?」

「今、作ったのはあと1人分だ」

「まだ作れるのかい?」

「……出来るが……流石に全員は時間かかるぞ」

 

 宍田がコーヒーの匂いに気づき、骨抜が答える。

 それを聞いた円場と回原が、戦慈に顔を向けて訊ねる。

 食べながら戦慈が答え、物間もまだあるのか訊ねて、戦慈は呆れながら答える。

 

 林間合宿の時のようにワイワイと盛り上がりながら食事を進めていくB組一同。

 戦慈と里琴のおかげで、食事が残ることはなく、キレイに炊飯器と鍋が空になる。

 

「うちはお残しは無縁そうだな」

「だね」

「ん」

「……あと10杯」

「まだいけるっしょ」

 

 一佳達は食器を片付けながら、苦笑する。

 ちなみに戦慈は早速コーヒーの追加を作り始めていた。

 

 もう一個のコーヒーメーカーと、職場体験や林間合宿で使っていた持ち運び用のコーヒーメーカーも持ち出してフル稼働でコーヒーを作っていた。

 

「流石にちょっと作らせ過ぎじゃないかい?」

「ん」

 

 切奈と唯が流石に戦慈に頼み過ぎではと思い、眉間に皺を寄せる。

 

「あれ?鉄哲は?」

「流石に拳暴に悪いって言って、骨抜や鱗達と一緒に風呂に行った」

「こういう時は空気読むの凄いよな。鉄哲って」 

 

 鉄哲、骨抜、鱗、庄田、吹出、凡戸は先に風呂に行ったようだった。

 残りのメンバーは鉄哲達が出てくるのを待ちながら、コーヒーを味わうことにしたようだ。

 

 順次、戦慈がコーヒーを淹れていく。

 

「美味~」

「だな」

「俺、缶コーヒーのブラックで苦手だったけど、コレ普通に飲めるな」

「缶コーヒーと一緒にすんなよぉ」

「香りも見事ですな」

「これは素晴らしいね」

 

 回原と泡瀬が美味そうに飲み、円場が少し驚いたように飲みながら言い、鎌切が呆れる。

 お坊ちゃまの宍田と見た目は似合う物間は優雅に飲み、コーヒーを味わう。

 

 一佳達はその様子を見つめながら、少しソワソワする。

 すると、

 

「ほれ」

 

 戦慈がトレーを一佳達の前に置く。トレーの上にはコーヒーカップが6つ並べられていた。

 

「え?」

「寮に備え付けられてたコップだ。自分らで洗って仕舞えよ。里琴、ほれ」

「……あざっす」

 

 一佳達が驚いていると、戦慈が肩を竦めながら答え、里琴にタンブラーを渡す。

 

「わ、悪い。ありがとな」

「サンキュー!」

「ん」

 

 戦慈は肩を竦めて、キッチンに戻る。

 一佳達は早速コーヒーを飲む。

 

「……あ」

 

 一口飲んで、一佳は僅かに目を見開く。

 

「ん?どしたの?」

「ん?」

「……いや、何でもないよ。やっぱ美味いなってさ……」

「一佳も久々だもんね」

「ん」

「やはり美味しいですね」

 

 切奈と唯が首を傾げるが、一佳は首を横に振ってコーヒーを味わう。

 

(……いつものコーヒーだ)

 

 一佳が一番好きな味。

 男子達が飲んでいるのはストレートだと言っていた。そして、里琴のカフェオレも作っていた。

 一佳が一番好きな味はブレンドだったはずだと、前に戦慈が出してくれた時に説明してくれたのを思い出す。

 

(わざわざ作ってくれたのか……)

 

 かなり手間なはずなのに、一切文句も言わずに、当たり前のように出してくれた。

 その事実だけで、心がポカッとするのを感じる一佳。

 

(やっぱり、このコーヒーが一番だな)

 

 そう感じた一佳は自然と笑みを浮かべる。

 

 明日からもまた頑張れる。

 

 そう思った一佳は、これからの寮生活や学校生活への不安が消えていくのを感じたのだった。

 

 




それぞれの部屋は今後少しずつ書いていきますので。


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拳の七十一 仮免試験に向けて・その1

遅くなりました(__)


 翌朝。

 

 寮での初めての夜を過ごしたB組の反応は様々だった。

 

「ふわぁ~」

「でっけぇアクビだな」

「やっぱ違和感あって中々寝付けなかったんだよ」

 

 円場が大きく欠伸して、骨抜が呆れながら朝食の味噌汁を傾ける。

 それに対する円場の答えに、鱗や宍田も頷く。

 

「まぁ、初日だからな」

「一人暮らしとはまた違うのでしょうな」

「おっす!」

 

 鉄哲がドカドカといつもの元気さで現れる。

 

「おっす」

「朝から元気だな」

「おうよ!今日からまた訓練だからな!」

「あぁ……気合に燃えていたのですな」

「おう!で、朝飯なんだ!?」

「ご飯とパン選べるみたいだぜ」

「漢は白米だぜー!」

「だよなー」

 

 朝から気合爆発の鉄哲を見送って、骨抜達は苦笑しながら朝食を食べる。

 ちなみに一佳達女性陣はすでに制服に着替えて朝食を食べていた。……里琴以外は、だが。

 里琴は上下黄色のパジャマだった。髪も所々寝ぐせが出来ている。

 

「拳藤達着替えるの早くねぇ?」

「初日だから着替えるタイミングが分からなくてさ」

「朝食もいつ来るか分からないし、油断して遅刻とか嫌じゃん?」

「ん」

「けど、ちょっと早すぎたかもね」

 

 回原の質問に一佳と切奈が苦笑しながら答える。

 唯も頷くが、柳が時計を見て小さくため息を吐く。

 現在は7時10分。

 まだ一時間以上余裕があった。

 

「巻空だけ着替えてないのは?」

「さっきまで寝てたから」

「……ブイ」

 

 里琴だけ余裕たっぷりに朝食が届くまで爆睡していたのだ。

 一佳達は別に示し合わせることなく、それぞれが制服に着替えていたが、1階に下りる時にパジャマ姿の里琴を見て、少し気持ちが逸っていたことに気づいた。

 

「学校まで10分もかからないの忘れてたねぇ」

「ん」

「まぁ、ソファでのんびりしてようよ」

 

 一佳が苦笑しながら言う。

 里琴は朝食を食べ終えて、キッチンへと向かう。

 キッチンではシャツとスウェット姿の戦慈がコーヒーを淹れていた。

 

「ほれ」

「……ん」

 

 戦慈が里琴にタンブラーを渡す。

 里琴は受け取って、早速一口飲む。

 

 戦慈は一佳達に顔を向けて、

 

「お前らの分はここに置いとくぞ」

「あ、悪い。サンキュ」

「ん」

「ほ~い」

「ありがとうございます」

 

 一佳、唯、切奈、茨がキッチンに向かい、タンブラーを受け取りに行く。

 さりげなく切奈も参加していたが、戦慈はもうツッコまない。

 一佳達は病院での宣言もあるので、文句は言わない。

 

「朝から大変だなぁ」

「まぁ、実際かなり美味いしな」

 

 庄田が少し憐れみながら戦慈を見つめ、泡瀬が味噌汁を飲みながら言う。

 その後、男子や里琴達も自室に戻り、登校の準備をする。

 

 8時を過ぎた頃からぞろぞろと学校に向かい始める。

 10分後には全員が教室へと入る。

 

「いや~、久しぶりだな~」

「ちょっと落ち着くな。教室にいると」

「教室で皆集まるのが一番いつも通りだもんね」

 

 回原が席に着きながら教室を見渡し、泡瀬と吹出も同意する。

 

「今日から何をするのでしょうな?」

「林間合宿の続きって言ってたがなぁ」

「それで間に合うのかな?」

「そもそも仮免試験の中身が分からないからね。『個性』を伸ばすだけでいいのかは怪しいよね」

 

 宍田が首を傾げ、鎌切や庄田も不安そうに眉を顰め、物間が肩を竦める。

 仮免試験の内容はもちろん毎年違う。

 その上、戦慈達は合宿も中断しており、ヒーローとして学び始めてまだ半年も経っていない。

 実戦経験は半端ないかもしれないが、それでもヒーローとしてやっていけるとは思わない。

 

「A組も一緒に受けるのがねぇ」

「正直、今回は雄英全員で受かりたいよな」

「俺達なら問題ねぇよ!!」

「鉄哲、油断は禁物だぜ」

 

 凡戸が顎に指を当てながら言い、鱗も頷く。

 流石に今回の林間合宿では、色々と共に頑張って乗り越えたのだ。

 あの襲撃があったとはいえ、いや、あったからこそクラス関係なく受かりたいという気持ちがある。

 それに鉄哲が自信満々で言うが、流石に骨抜が窘める。

 

 一佳達も少し不安そうに顔を見合わせる。

 戦慈と里琴は自分の席でいつもどおりの雰囲気で座っている。仮面と無表情が標準装備なので、内心は不明だが。

 

 予鈴が鳴り、全員が席に着く。

 2分もせずに、ブラドが教室に入ってくる。

 

「おはよう、諸君!」

『おはようございます!』

「寮生活は慣れそうか?しばらくは生活リズムとか大変かもしれんが、焦らずに慣れていってくれ」

 

 ブラドの言葉に頷く鉄哲達。

 

「さて!昨日話した通り、今日から仮免取得を目指していく!」

『はい!』

「仮免と言えど、人命救助に直接かかわる責任重大な資格だ。そのため、試験はとても厳しく、その合格率は例年5割を切る。雄英生と言えど、その合格は容易ではない」

 

 ブラドの重苦しい言葉に円場や泡瀬達はゴクリと唾をのむ。

 

「そこでお前達には……必殺技を作ってもらう!!」

 

『必殺技キターー!!』

 

 泡瀬、円場、回原、鉄哲、吹出などが興奮して叫ぶ。

 もちろん一佳達も興奮しており、戦慈と里琴だけがいつも通りだった。

 

「しかぁし!!」

 

 しかし、ブラドが右手を上げて、生徒達の興奮を抑え込む。

 鉄哲達は興奮したポーズのまま、首を傾げる。

 

「俺はお前達や親御さん達と約束した!!お前達をこれまで以上に鍛えて、立派なヒーローにすると!そのために厳しい訓練を課すことになると!!」

 

 その言葉に鉄哲達は姿勢を正す。

 

「先ほど言った通り、仮免試験はかなり厳しい。しかも、お前達はヒーロー科に入って、まだ半年足らず。対して、他の学校では2年生で受験するところがほとんどだ。この意味が分かるか?」

「……俺達よりヒーローとして学んでいることは圧倒的に多い……」

 

 骨抜が僅かに顔を顰めて言い、ブラドが大きく頷く。

 

「その通りだ。確かにお前達がこの半年間経験したことは、他の学校より圧倒的に濃い。しかし、濃くはあっても、それを力に変えれているわけではない」

 

 林間合宿開始時にも言われたことだ。

 精神面での成長や経験は増えても、身体面や『個性』の成長につなげられてはいない。

 

「そこを成長させるための林間合宿だったのだが……。あの事件で中断されてしまった。そして、オールマイトの引退と神野区の悲劇は間違いなく今回の仮免試験に影響を与えているはずだ」

 

 No.1ヒーローの引退。そして、神野区での人命救助。

 これは人々の記憶に深く刻まれているのは間違いない。

 

「ヒーローは事件、人災、天災など様々な場面で人を救ける。仮免試験では当然、そこの適性を見られることになる。戦闘力は当然のこと、情報力、判断力、統率力、コミュニケーション能力、機動力、連携など……多くの適性を毎年違う試験内容で試される」

「……それを1年も学んでいる先輩達相手に競うわけか……」

「どれもまだまだだって思い知らされたばっかだもんねぇ」

 

 鱗と切奈が顔を顰めて唸る。

 

「だから、俺はお前達に……A組以上の至難を強いる!!」

「A組以上のって……」

「どういうことですかな?」

「はっきり言わせてもらえば、A組はB組と比べれば突出した『個性』が多い。もちろん、拳暴や巻空、塩崎などもいるが、やはりA組と比べれば一歩劣る。これは受け入れなければならない」

「まぁ、確かに……」

 

 泡瀬が腕を組んで唸る。

 ここで対抗心を燃やしても、『個性』が変化するわけでもない。

 

「しかし、お前達の団結力!!ここはA組よりも遥かに強固だと、俺はこの半年間で確信を持っている!故に俺は今日から仮免試験までの10日弱、必殺技だけでなく、お前達の連携、コミュニケーション能力、判断力を徹底的に鍛え抜く!!」

「……それはつまり……」

「林間合宿よりも半端ない辛さ……ってことですか?」

「そうだ!半端なく厳しい!しかし、お前達が抱える後悔を乗り越えた上で、試験に臨むにはそれだけのことをしなければならない!!それともお前達は、後悔を抱えたまま挑みたいか!?それで良しとしたいか!?後悔を抱えたまま、他校の先輩達と渡り合えるのか!?」

 

 ブラドの叫びに鉄哲達は顔を引き締める。

 それが嫌だから、後悔を乗り越えたいから、再び雄英に来る決意をしたのだ。

 

 やれることやらずにあの後悔と苦しみを味わうのは、もう絶対に嫌だ。

 

「この後、コスチュームに着替えて、運動場γに集合だ!!」

『はい!!』

 

 力強く返事するB組生徒の顔に迷いは一切なかった。

 

 

 

 そして、その勢いのまま、コスチュームに着替えた戦慈達は運動場γに集合していた。

 教師陣はブラド、ハウンドドッグ、13号が並んでいた。

 

「さて、現在A組が必殺技の特訓を行っている。なので、A組が行っている間は、我々はそれ以外の訓練を行っていく」

「皆さん、気合十分のようですが、久しぶりで、しかも病み上がりの人もいるので、今日は体の調子を確認することを重視してくださいね」

「初日から怪我するなよ!」

「しかし、もし試したい技があるなら、積極的に試していけ。それと、必殺技の構想や期末試験や林間合宿での経験を通して、コスチュームの改良案がある者はサポート科の開発工房で相談するようにな」

 

 ブラド、13号、ハウンドドッグの順に言う。

 泡瀬と切奈が悩まし気に顔を顰める。

 

「必殺技か~」

「私らって攻撃系の『個性』じゃないからねぇ」

「必殺技は必ずしも攻撃である必要はない。例えば角取。角に乗って空中を移動するのも立派な技と言える。それと、小大が期末試験で俺を確保する時に使った方法とて、必殺技になりえる」

「必殺技とはいかなる状況でも自分に有利な状況へとすることが出来る技と考えてください」

「なるほど……」

「ん」

 

 ブラドと13号の説明に、一佳と唯は納得するように頷く。

 鉄哲はやる気に燃えており、その横で回原が呆れながら見ている。

 

「それでは午前の訓練内容を説明する!それは……『追いかけっこ』だ!」

 

 全員が首を傾げる。

 ブラドは全員の反応に頷いて、説明を続ける。

 

「これから2チームに分かれてもらう!その後、先攻が先にフィールド内に入り、その5分後に後攻チームに入る!」

「10対10……!?」

「そうだ。1ラウンド45分!先攻チームの勝利条件は『指定された出口から5人脱出すること』!後攻チームの勝利条件は『5人捕えて、指定の檻に投獄すること』!」

「半分か……」

「出口は先攻チームにのみ伝えられます。そして、注意してほしいのは『捕らえられた者は、仲間が救出すること』が出来ます」

 

 ブラドと13号の説明に一佳達は顔を顰める。

 

「後攻チームはどこが出口かを先攻チームの動きから推測して、しかも捕まえた奴を逃がさないように警戒もしなきゃいけないのか……」

「厳し」

「ん」

「しかも半分逃げられれば負けってのもな」

「……面倒」

「それではクジでチームを決める!」

 

 出席番号順にクジを引いて行く。

 

 先攻チーム:鉄哲、宍田、鎌切、唯、里琴、物間、泡瀬、庄田、回原、鱗

 

 後攻チーム:一佳、戦慈、柳、円場、骨抜、吹出、切奈、茨、ポニー、凡戸

 

 となった。

 

「先攻厳しくね?」

「拳藤、骨抜、取陰の参謀組に、拳暴に塩崎もいるしな」

「頑張れば、なんとかなる!!」

「無茶言うなって鉄哲。ちゃんと作戦考えるぞ」

「下手したら10分もせずに負けますぞ」

「ん」

 

 回原と泡瀬が腕を組んで顔を顰め、鉄哲が元気づけるように叫ぶが、鱗と宍田が危機感を露わにする。

 そこに物間が肩を竦めながら、

 

「全員逃げるのは諦めるべきかもね。拳暴と塩崎を抑え込まないと、どうにも厳しいだろう」

「……戦慈は速攻で止めないと面倒」

「ん」

「しかし、拳暴と塩崎さんを止めるには、それこそ5人以上で挑まないと厳しいと考える」

「けどよぉ、拳暴達に気を取られてたら、拳藤や骨抜にだってやられかねねぇぞぉ?」

 

 庄田と鎌切の言葉に、宍田や鱗達も顔を顰める。

 戦慈で目立ってはないが、一佳のパワーとてかなりの脅威だ。骨抜の《軟化》も見た目では判断出来ないので、一度嵌まればそう簡単には抜け出せない。

 もちろん、他の者達だって脅威である。

 

「まさに必殺技が欲しい時だね」

「今回は同意だな」

 

 物間の言葉に回原も頷く。

 

 その頃、戦慈達も作戦会議を進めていた。

 

「拳暴は巻空を何とか見つけてくれねぇか?巻空を抑えられれば、ポニーや取陰が上空に上がりやすくなる」

「物間も抑えねぇと《コピー》されれば、厄介だぞ?」

「そうだけど、あいつの《コピー》は5分が限界だからな。逆に言えば、物間は無視して他の連中を捕まえれば、あいつは無効化できる」

 

 骨抜が戦慈に作戦を説明し、質問に答えていく。

 

「後は宍田だな」

「あいつの鼻は厄介だからねぇ」

「それは取陰と吹出でいけると思ってる」

「私が体をバラバラにして、匂いを分散させるってこと?」

「そ。で、吹出は匂いが出せる《擬音》とか出せねぇか?」

「う~ん……頑張ってみるけど、皆も被害出ちゃうかもよ?」

「まぁ、そこは頑張るしかねぇな」

「けど、それには誰がどこにいるか素早く把握しないと厳しいぞ?」

 

 一佳が首を傾げる。

 

「今回は小型無線アリだし、頑張って連絡を密にするしかないな」

「じゃあ、ある程度それぞれ動く範囲をある程度決めておくか」

「だな」

「檻はどうするんだ?」

「逃げられたら厄介だよねぇ」

「向こうも小型無線持ってるし、気絶でもさせないとバレちゃうよ」

 

 骨抜、切奈、一佳の頭いい集団の作戦会議に、なんとか円場、凡戸、柳も参加する。

 

「3人捕まえたら、防衛に力を入れよう。それまでは全員で出口を探ることが最優先だ」

「だな。多分向こうは拳暴と塩崎を一番警戒してるだろうから、2人は逆に目立って注意を引いてほしい」

「要は拳暴と茨は正面から暴れてくれってことだね」

 

 一佳、骨抜、切奈の言葉に全員が頷く。

 

 

 

 そして、訓練が始まり、鉄哲達が先にフィールドに入っていく。

 出口は『フィールド右角端の鉄塔の下』。

 檻は『フィールド左中央』に設置されていた。

 

『それでは……START!!』

 

 耳からブラドの声が響き、全員が動き出す。

 

 ポニーや切奈が早速空に浮かび、周囲の探索を始める。

 すると、

 

ドドドオォン!!

 

 突如、フィールドの一角が崩れ始める。

 

「オラアアア!!」

 

 鉄哲の声が響き渡る。

 

「やっぱ鉄哲だね。どう思う?」

『微妙だな~。出口から目を逸らす囮かもしれないし、誘いかもしれねぇし。俺が行ってみる』

『大丈夫か?』

『潜っていけば、宍田の鼻にも引っかからないだろ』

 

 切奈が体をバラバラにしながら、片目だけを動かして鉄哲の姿を確信して骨抜達に無線を送る。

 骨抜が宍田を警戒して、地面に潜って鉄哲の偵察を引き受ける。

 

「じゃあ、こっちは引き続き他の連中を探そうかね!」

『俺も騒いで注意を引く。巻き込まれるなよ』

 

 切奈は引き続き、周囲の探索をしようとしたところに、戦慈の声が無線機から届く。

 直後、切奈の眼に工場地帯から何かが勢いよく飛び出してきた。

 

 

オオオオオオオォォ!!!

 

 

 フルパワーまで体を膨らませた戦慈が空中で雄たけびを上げる。

 周囲に衝撃波を放出して、周囲に自分の存在を示す。

 

「ひゃ~……!相変わらず凄いねぇ」

『あ!!里琴サンが出てきまぁシタ!』

「!! 里琴が拳暴を抑える?まぁ、それが一番か!」

『おい!どうすんだ!?』

 

 円場が参戦するかどうか訊ねてきた。

 

「しばらく2人でやらせたら?あの2人の戦いは派手だろうし。それよりもその周囲を注意しといた方がいいよ」

『分かった!』

『拳暴!無理するなよ!』 

『分かってる。あいつの厄介さは誰より知ってんよ』

「そりゃそうだ」

 

 一佳の忠告に冷静な声で返す戦慈。

 切奈はそれにケラケラと笑い、引き続き周囲の観察を続ける。

 

 

 戦慈は地上に下りながら、迫ってくる里琴を見据える。

 

「里琴だって1人で俺を抑え切れるとは思ってねぇはず……。向こうもこっちと同じように他の連中をもっと引き付けたいってところか?」

 

 戦慈は里琴の行動理由を推測していると、里琴が右腕を振り竜巻を放ってきた。

 

「……てぇい」

 

 戦慈を呑み込んで囲い込むように迫ってくる竜巻に、戦慈は勢いよく前方に飛び出して、砲弾のように鉄筋を砕きながら猛スピードで竜巻の範囲から脱出する。

 もちろん里琴がそれを読んでいないわけもなく、連続で竜巻を放ってくる。

 

ドパン!ドパン!ドパン!ドパン!

 

 しかし、戦慈は足から衝撃波を放ってスピードを上げ、跳ねるように組み敷かれた鉄筋や鉄パイプを蹴って、スピードをほぼ落とさずに移動していく。

 戦慈が蹴った鉄筋や鉄パイプは砕けるが、その周囲にはほとんど衝撃波が飛んでおらず、被害が出ていなかった。

 

「……!!」

 

 里琴は仮面の下で僅かに目を見開く。

 モニターで見ていたブラド達も僅かに目を見開いていた。

 

「拳暴の奴……!」

「衝撃波がほとんど出てませんよ!」

「林間合宿での戦いで見せたって奴か?」

「いや……あれは違う。が……それがきっかけで何かを掴んでいたのかもしれん……!」

 

 戦慈の体から紅い蒸気は出ていないし、皮膚も赤くなっていない。

 だから、今は通常状態の筈だ。

 しかし、緑谷達が見たという姿がきっかけで、衝撃波のコントロール方法を掴んだのかもしれないとブラドは考えた。

 

 ちなみに戦慈は、

 

(……うまく力が乗る様になったな)

 

 と、本人も驚いていた。

 神野区ではそこまで感じる余裕もなかったし、むしろ衝撃波を広範囲に放つことを意識していたので、全く気づいていなかった。

 それ以降は暴れていないので、自分がどれだけ変化したのか試す機会がなかったのだ。

 

(なら……次は……)

 

 戦慈は上空にいる里琴の姿を確認し、右拳を握り締める。

 そして、両脚で踏み込んで、地面を砕きながら真上に跳び上がる。

 

 ロケットのように空高く跳び上がった戦慈。

 里琴は一瞬にして上を取られ、急ブレーキをかけて両腕を振るい、2本の竜巻を放つ。

 

「オオォラァ!!!」

 

ドッパアアァン!!

 

 叫びながら右腕を捻って突き出すように振り抜いて、衝撃波を放つ。

 放たれた衝撃波は、砲弾のようにうなりながら竜巻を抉りながら里琴へと迫る。

 

 里琴は足裏の竜巻を強めて躱す。

 衝撃波は4mほどの穴を作りながら、地面へと突き刺さる。

 

「……!!」

 

(まだ捻りはいるが、全力じゃなければかなり収束できる!次は……!)

 

 戦慈は地面に下りながら、素早くジャブを2発放つ。

 すると、バスケットボール大ほどの衝撃波が、里琴に向かって飛ぶ。その際、肘や体から衝撃波が出るも、今までのように周囲に被害を出すようなものではなかった。

 里琴は衝撃波を避けながら、地上へと下りていく。

 

 里琴は体を回転させながら、両手を大きく広げて両腕を伸ばした状態で勢いよく体を捻る。

 

 指と指の間からそれぞれ竜巻を生み出し、計8本の竜巻を放つ。

 

「!!」

「……八岐竜巻(ヤマタノオロチ)

 

 8本の竜巻がうねりながら戦慈に迫る。

 戦慈が両腕を構えて再び衝撃波を放とうとした時、

 

 里琴の背後から大量のツルが襲い掛かった。

 

「!!」

磔刑(クルセフィクション)

 

 ツルが纏まりながら里琴を覆い隠そうとする。

 

 里琴は隙間から逃げ出そうとするが、突如何かに掴まれたように体が動かなくなった。

 

「……っ!!」

「《ポルターガイスト》インビジブルロック」

 

 茨の隣に、柳が立っており両腕を里琴に突き出していた。

 里琴は体が動かせなくなり、そのままツルに包まれながら縛られていった。

 

「里琴さんを確保しました」

『ナイス!』

「拳暴は他の所に行って」

『ああ。助かった』

『拳暴!そこから東に100mのところに鎌切と回原!私と円場で対応してるけど、ちょっと厳しいかも!』

『おう』

『こっちも鉄哲と鱗を固定した。誰か来てくんね?』

「里琴さんを檻に入れたら、向かいます」

『すまん。頼む』

 

 茨と柳は連絡を入れて、一佳や骨抜達と素早く互いに指示を出し合う。

 方針を決めた茨達はすぐに行動を開始する。

 ツルの大玉の中では里琴が暴れている。

 

「急ぎましょう。同じ方法が里琴さんに使えるとは思えません」

「だね」

「……出せやー」

「諦めて」

 

 茨と柳は駆け足で里琴を檻へと運ぶ。

 

 

 一佳は両手を巨大化させた状態でドラム缶を投げたり、拳を振るう。

 円場はその背後から《空気凝固》で一佳を援護する。

 

「わりぃ……!足引っ張ってるな!」

「それは言いっこなし!援護も十分助かってる!」

 

 一佳と円場は攻めきれず、その場に留めることだけで精一杯だった。

 ちなみに回原と鎌切は、

 

『ぬおおお!抜けろおおお!』

『だから、いきなり暴れるなって言っただろ!?』

『……捕まった』

『あははは!……ごめん。凡戸に捕まった』

『どうする、宍田!?』

『いやはや……少し対応する事案が多すぎますな』

『ん』

「どうすんだぁ!?」

「離脱するぞ!この状況はヤバイ!援軍もないし、出口も分かってないんだ!」

 

 完全に混乱状態に陥っていた。

 すでに4人捕まったようで、しかもその場所もバラバラで助けに行こうにもいけない。

 しかし、出口も見つかってないので、逃げようにも逃げる方向も決められない。

 

「それにこれ以上戦ってると、拳暴か塩崎が来る!」

「もう遅ぇよ」

「「!!?」」

 

 戦慈が2人の真横から現れる。

 鎌切と回原は目を見開いて対応しようとするが、戦慈は一瞬で両肩を全力で回転させて猛ラッシュを繰り出す。

 

 鎌切は腕に刃を生やし、回原は腕や体を旋回させて防ごうとする。

 しかし、戦慈は拳が直撃する直前で引っ込ませて、衝撃波を繰り出す。

 

 回原と鎌切は、全身に衝撃を浴びて吹き飛ばされる。

 2人は背後の鉄柱に体を叩きつけられて崩れ落ちる。

 

 戦慈は着地して、肩から白い蒸気を出しながら油断なく2人を見下ろす。

 一佳と円場が駆け寄る。

 

「ふぅ……」

「助かったよ、拳暴」

「これで5人は越えたか?」

「多分ね。って言うか、拳暴。いつの間に衝撃波を抑えられるようになったんだ?」

「今日知った。林間合宿でのブチ切れが原因かもな」

「マジかよ……。もう強くなったのかよ……」

 

 円場が呆れて、戦慈を見つめる。

 

 その後、戦慈が気絶した回原と鎌切を運んで檻へと叩き込む。

 そして、鉄哲、鱗も茨に運ばれてきて、檻へと入れられる。

 

 宍田、唯、庄田が脱出し、泡瀬は迷い続けていた。

 物間は凡戸の接着剤で固定されたまま放置されて、戦慈達の勝利となった。

 

 あまりにも一方的だったので、もう一度チーム編成を行い、第2戦を行うことになったのだった。

 

 



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拳の七十二 必殺技を考えろ!

遅くなり申し訳ございません!


 午後。

 戦慈達は昼食を終えて、体育館γに集まっていた。

 

 ブラド、エクトプラズム、ミッドナイト、セメントスが並んでおり、体育館の中は山のようなものが作り上げられていた。

 

「お~……すっげぇ~……」

「ここは俺が考案した施設でね。俺の『個性』で生徒達に合わせた地形や物を用意できる」

「ソシテ、私ノ『個性』デ生徒達1人1人ニ専属デ指導スル」

「私はその手伝いよ」

 

 セメントス、エクトプラズム、ミッドナイトの順番に言う。

 それに頷いた一佳達に、ブラドが改めて説明を開始する。

 

「必殺技の必要性は午前に話した通りだ。ここでは林間合宿の続きである『個性』伸ばしつつ、更に必殺技を完成させる圧縮訓練となる!」

「技の構想がある人は積極的に試しなさい。私達がそれを評価して、改善点を指摘するわ」

「僅カ10日足ラズダガ……少シデモ完成度ヲ高メヨウ」

「午前の反省も含めて、考えていけ!それじゃあ、準備運動を終えた者から始めていけ!」

『はい!!』

 

 一佳達は力強く返事をして、各々準備運動を始める。

 

「里琴は午前中も新しい技使ってたよな」

「っていうか、入学前からもう作ってたよね」

「……頑張った」

「拳暴も体育祭でなんか使ってなかった?」

「あれは両腕へのダメージがデケェから、あんまり使う気はねぇな」

 

 体育祭で使った『ギガント・ブロー』は両腕に衝撃波が襲い掛かるので、ダメージが大きい。

 

「衝撃波が抑え込めるようになった今ならいけるんじゃないか?」

「あれは全力で撃つ技だからな。あんま意味ねぇよ」

 

 戦慈は肩を竦めて、歩き出す。

 一佳達もそれぞれの位置について、特訓を始めるのだった。

 

 

 

 里琴は林間合宿同様、『個性』伸ばしに力を注ぐことにした。

 すでに必殺技を一定数持っているので、『個性』の向上をメインとすることにしたのだ。

 【八岐竜巻】の威力、操作性を上げるのが一番の目的である。

 

 切奈、柳、唯、ポニー、茨も『個性』伸ばしに集中していた。

 

 切奈は分裂、再生速度の向上。

 柳は操る重量の向上。

 唯は小さくした物を状況に応じて、素早く選択する特訓をしている。

 ポニーは角に乗った状態での攻撃練習。

 茨もツル1本1本の操作性の向上を目指していた。

 

 一佳は必殺技の構想を試していた。

 

「はっ!!」

 

 手を巨大化させて壁を殴りつける。

 壁は抉れて、亀裂が入る。

 

「ふぅ~」

「ウム。マダタイミングガズレテイルナ」

「ですよね……」

 

 一佳は手をプラプラさせながら、小さくため息を吐く。

 一佳はインパクトの瞬間に手を巨大化させて攻撃する技を考えていたが、全力で腕を振ると中々タイミングが難しかった。

 

「タイミングガ完璧ニナレバ、攻撃ノ幅ガ広ガルダロウ。練習アルノミダ」

「はい!!はっ!!」

 

 一佳は頷いて、再び壁に向かって拳を振るう。

 

 

 鉄哲はやはり竈での修行だった。

 

「アヂイイイイィ!!」

「君ノ『個性』ハ切島君同様、シンプル故ニ『個性』ソノモノガ必殺技ト言エル。下手ナ技ヲ考エルヨリモ、『個性』ト体術ノ向上ヲ目指ス方ガイイ」

「オイッスウウウウゥ!!アッチイイイィ!!」

 

 前回よりも温度が上がっている。

 鉄哲は体に熱が籠るのを感じながら、周囲に設置された鉄製のサンドバッグに殴る蹴るを繰り返す。

 外ではエクトプラズムが倒れないように監視をしながら、声を掛けていた。

 

 物間と鱗も林間合宿と同じく互いに殴り合いを行っていた。

 しかし今回、物間は《ウロコ》《ツインインパクト》《旋回》をコピーした状態での殴り合いだった。

 

「このっ!」

「あははは!!そらそら行くよ!!」

 

 物間は高笑いを上げながら、腕を回転させて鱗に殴りかかる。

 鱗はウロコを展開してガードするが、ウロコが弾かれる。

 物間は回転させたり、普通に殴ったり、ウロコを展開させて、鱗を殴り続ける。

 

「あははは!解放(ファイア)ー!!」

「ぐぅ!!」

 

 キーワードを言って、鱗の両腕に衝撃が走って後ろに吹き飛ばされる。

 後ろに転がって、鱗はすぐさま立ち上がる。

 

「っつぅ~!」

「ウロコデノガードニ頼リ過ギテイルナ。受ケ流ス方ガ、ウロコヲ逆立テタ時ニ効果ガ上ガル」

「はい」

「物間君ハ今ノ調子ヲ継続スルヨウニ」

「分かってます」

「タダシ、アマリ調子ニ乗ルナ」

「あははは!」

 

 物間はコピーした『個性』を使い、同時発動や発動時間延長を目指し、更に様々な『個性』をコピーした場合の動き方を考えていく特訓をしていた。

 今回は直接攻撃系の『個性』だったが、唯や柳の『個性』をコピーした場合など、コピーした『個性』で戦略を考えなければいけない。

 

「恐ラク試験デハ相手ノ『個性』ヲ《コピー》スル事モアルダロウ。相手ノ『個性』ヲ分析スル余裕モ持タナケレバナラナイ。課題ハ多イゾ」

「分かってますよ」

 

 物間は肩を竦めて頷く。

 

 泡瀬は引き続き素早い『個性』の発動の特訓。

 宍田と回原、庄田は体術、体力向上の特訓。

 凡戸も『個性』の分泌量の向上を目指していた。

 

 そして、鎌切はエクトプラズムとの模擬戦をしていた。

 

「ちぃ!」

「動キガ腕ヤ足ノ延長線デ読ミヤスイナ。モット周リヲ見テ、『個性』ヲ活カセ」

「やってやんよぉ!!」

 

 鎌切は跳び上がって、壁に向かう。

 手のひらと足裏に刃を生やして体を固定し、トカゲや蛙のように壁を移動する。

 そして、飛び出して上からエクトプラズムに迫る。

 

「マダ甘イゾ!」

「まだだぁ!!」

 

 エクトプラズムは蹴りを放とうとした時、鎌切は背中から刃を伸ばして壁に突き刺してブレーキを掛ける。

 

「!!」

 

 更に両足裏から刃を生やして、地面に突き刺し、竹馬のように移動してエクトプラズムに迫る。

 

「ヒャッハァ!!」

 

 鎌切はエクトプラズムに斬りかかり、エクトプラズムは後ろに下がって躱す。

 

「フム。今ノハ良カッタナ」

「けど、これじゃあ壁とかがねぇと使い辛ぇ」

「ソコハ特訓アルノミダ。普通ノ地面デモ、先ホドノヨウニ足裏カラ刃ヲ出シテ跳ビ上ガレバ、相手ノ虚ヲ突ケルダロウ」

 

 鎌切はエクトプラズムの言葉に頷いて、特訓を続けるのであった。

 

 骨抜は壁を大量に作ってもらい、素早く《軟化》ですり抜け、体が抜けると同時に解除する特訓をしていた。

 少しでも早く仲間のところに移動するため、そして敵を撹乱するための特訓である。

 

 円場は《空気凝固》をもっと戦闘に活かせないかを考えていた。

 

「う~ん……ただの壁だとあんま意味ないっすよねぇ」

「ソウダナ。狭イ場所ナラバ有効ダロウガ、開ケタ場所デハ向コウガ突ッ込ンデ来ナイ限リ、アマリ障害ニハナラナイナ。特ニ仮免試験ハ多数トノ戦闘ガ予想サレル。ソウナレバ、四方ヲ囲マレレバ厳シイモノガアル」

「ですよね~……ん~」

「君ノ『個性』ハ固メルタイミングハ決メラレルノカ?」

「え?はい。ある程度の距離なら……」

「フム……。デハ、私ヲ覆ウ様ニ固メルコトハ出来ルカ?」

「へ?……ああ、なるほど!」

 

 円場はエクトプラズムの意図を理解して、早速試すことにした。

 エクトプラズムに向かって、勢いよく息を吹きかける。

 エクトプラズムを覆う様に空気が固まっていくが、背中までは固まらなかった。

 

「駄目か~……」

「イヤ、イイ線ハ行ッテイタト思ウゾ?アプローチヲ変エテミヨウ」

「アプローチ?」

「ソウダ。君ノ『個性』ハ放出スルタイプト言エル。ツマリ、手ヤ指デ噴出口ヲ作レバ勢イガ上ガリ、囲エルヤモシレン」

「なるほど……」

 

 円場は頷いて、何度も試行錯誤を行い、手を四角にして息を強く吹き出すことで相手を閉じ込めることに成功するのだった。

 

 吹出は引き続き発声練習と作りだせる《擬音》の確認する特訓。

 

 そして、戦慈はフルパワー状態まで体を膨らませた後、静か突っ立ったまま考え込んでいた。

 

「……拳暴はどうしたんだ?」

 

 離れた所で見守っていたエクトプラズムに、ブラドとミッドナイトが声を掛ける。

 

「彼ノ場合、アノ状態ガスデニ必殺技ト言エル。ソレニ午前中デハ、衝撃波ハカナリ抑エラレルヨウニナッタノダロウ?」

「ああ」

「ダカラ技ヲ考エタリ、『個性』ヲ伸バスヨリモ、広島ヤ林間合宿デ見セタトイウ姿ヲ引キ出セナイカ試シタイソウダ」

「なるほどね。確かにあの力がきっかけで衝撃波が抑えられるようになったみたいだしね」

「広島や期末で見せたパワーが数分でも引き出せれば、更に衝撃波を抑えられる可能性はあるか……。問題は暴走する可能性もあるということだが……」

「けど、期末試験では少しだけでも引き出せてたわよね。まぁ、オールマイト相手で極限状態だったからかもだけど」

 

 ブラドは悩まし気に腕を組んで戦慈を見つめ、ミッドナイトも首を傾げながら戦慈を見る。

 

 戦慈は目を閉じて、自分の中に漲っているパワーを感じ取り、まだ引き出せるものがないかを必死に探る。

 

(……やっぱはっきりとは感じ取れねぇか)

 

 しかし、あまり上手く行っていなかった。

 

(そもそも俺の《戦狂》はアドレナリンの量に影響されてる。広島でも林間合宿でも、怒りがきっかけだったのは間違いねぇ)

 

 しかし、毎回怒るわけにもいかない。

 それに怒りでアドレナリンを出せば、暴走するわけにもいかない。

 なので、今の状態でどうにかあの力を引き出せるようにならないといけない。

 

(……とりあえず、やれるだけやってみるか)

 

 戦慈はI・アイランドの時のように、林間合宿での里琴や一佳達の様子を思い出す。

 

(怒りを向ける相手は俺自身……!!)

 

 自分の未熟さに対して怒りを向けろ。

 

 ギリ!と歯軋りをして、両手を握り締める。

 力が溢れるのを感じ、その奔流に意識が呑み込まれないように必死に耐える。

 

『!!』

 

 ブラド達も戦慈の様子が変わったことに気づく。

 戦慈の体が一回り膨れ上がり、目に見える素肌が赤くなっていく。髪も硬く逆立ち、赤黒くなる。

 

「っ!!ヅゥ……!!ガァ……!!」

 

 ズン!と戦慈の体から軽い衝撃波が飛ぶ。

 戦慈は脚を広げて、僅かに腰を屈め、更に両脇を締めて必死に抑えこもうとする様子が見られていた。

 

 セメントスも駆けつけ、ミッドナイトももしもの時のために腕のタイツを掴む。

 里琴や一佳達も衝撃波を感じ、戦慈の様子を見に来た。

 

「拳暴……!」

「おいおい……あれって暴走するんじゃなかったのか?」

「大丈夫か?かなり苦しそうだぞ?」

 

 回原や鱗が心配そうに戦慈を見つめる。

 ブラドは集まって来ている生徒達を見て、

 

「お前達、もし拳暴が暴走した時はすぐさま避難出来るように備えておけ!」

「けど……!!」

「駄目だ!!ここでお前達が手を出して、それで怪我をしたら拳暴が傷つくだけだ!!」

「う……!!」

 

 一佳や唯達は顔を顰める。

 里琴は無表情で戦慈を見つめている。

 

 戦慈は歯を食いしばって耐え続ける。

 

「ヅゥア……!ヅゥウルアアアアァ!!」

 

 しかし、意識が呑み込まれそうになった瞬間に、右腕を振り被って全力で振り抜く。

 巨大な衝撃波が放たれ、体育館γの窓ガラスや壁が吹き飛んだ。

 

「おおお!?」

「相変わらずハンパねぇな~」

「って、大丈夫なのか?」

 

 円場が慌てて、泡瀬が呆れ、骨抜が戦慈に目を向ける。

 

 戦慈は体が元に戻り、片膝をついて息を荒げていた。

 

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……くそっ……!」

 

 右腕に目を向けると、手甲が砕けていた。

 続いて体の調子を確認すると、気だるさはあるものの痛みなどはなかった。

 

「時間が短かったからか……?」

「拳暴、大丈夫か!?」

 

 ブラドが駆けつけ、セメントスは被害状況を確認しに行った。

 戦慈はゆっくりと立ち上がって、

 

「俺は問題ねぇ。悪い。壊した」

「それは構わん。セメントスの『個性』ですぐに穴は塞げる。修復も明日までには終わる」

「体は問題ないの?」

 

 呆れた表情を浮かべたミッドナイトが戦慈に訊ねる。

 戦慈は頷いて、

 

「暴れてねぇしな。まぁ、コスチュームが壊れたくらいだ」

「なら、いいけど……。あの状態を会得するのは時間がかかりそうねぇ。それと被害もハンパなさそうね……」

「言われなくても、しばらくこれについては止めておく。とてもじゃねぇが、まだ抑えられる気がしねぇ」

「ふむ……期末試験や林間合宿からすれば、行けそうだと思ったのだがな」

「他にもやり方があるのかもしれねぇがな。それでも被害は出る可能性はデケェ。俺の『個性』はオールマイトや緑谷みてぇにコントロール出来るもんじゃねぇしな」

「アドレナリンだものねぇ。鉄哲君や鱗君みたいに、栄養素とかで決まるわけじゃないし」

 

 ホルモンをコントロールするのは無茶な話である。

 なので、別の方法を見つけない限り、あの状態の特訓は控えるべきだと戦慈は判断する。

 

「とりあえず……先にあの姿に名前つけない?そろそろ呼び辛いわ。間違いなくあの姿は必殺技になるしね」

「……名づけは苦手だ」

「まぁ、ゆっくり考えろ。時間はある」

 

 戦慈はミッドナイトの言葉に顔を顰めて、ブラドが苦笑しながら言う。

 そして、ブラドは一佳達に訓練に戻る様に告げる。

 

「拳暴、お前は一度衝撃波がどれだけコントロール出来るようになったのか確認しろ。ただし、全力で放つときはセメントスに声を掛けて、一度空けた穴の方に放つように」

「……分かった」

 

 戦慈は頷いて、【ドラミング・ドープ】で再びフルパワーまで体を膨れさせる。

 

「セメントス。悪ぃが、壁を大量に入り乱れるように作ってくれねぇか?」

「構わないよ」

 

 セメントスは戦慈の希望通りに大量の壁を造り出す。

 迷路のように見える並んだ壁から、少し離れた場所に戦慈は立つ。

 エクトプラズムとセメントスはすぐにフォローできるように、近くで控える。

 

「ふぅー……」

 

 戦慈は両腕を構えて、壁を睨みつける。

 そして、両肩を勢いよく回転させて、壁に向かってラッシュを放つ。

 

「オォララララララララララァ!!!」

 

 拳から衝撃波が放たれ、ショットガンのように壁を砕いて行き、背後にあった数枚の壁も砕けるが広範囲に衝撃波が飛ぶことはなかった。

 

 両肩から白い煙を上げた戦慈は、息を整えながら結果を見る。

 

「……肩の回転に力を入れれば、連打はそこまで被害は出なさそうだな」

 

 同じく結果を見ていたエクトプラズムとセメントスも頷いていた。

 

「フム。確カニ衝撃波ニ指向性ガ出テキテイル」

「そうですね。彼の場合、普段の状態から衝撃波が放出されるのが問題でしたから、これはかなり進歩したと言えるでしょう」

 

 全力で放ったものが広範囲に被害が出るのは、当然のことだ。

 オールマイトやエンデヴァーとて、完全にコントロールできているわけではない。

 

 戦慈の課題はあくまで、普通に移動するだけでも衝撃波を振り撒くことだ。

 

 なので、ある意味最大の課題は達成したと言えるだろう。

 

「次は……」

 

 戦慈は僅かに腰を屈めて、直後勢いよく飛び出す。

 ドパン!!と音を響かせ、地面が少し抉れる。しかし、依然と違い、クレーターが生まれて強い衝撃波が周囲に吹き荒れることはなかった。

 

 戦慈は猛烈な勢いで前方に飛び出るが、両足を踏み込んで右に方向転換する。

 そして、壁の間をすり抜けるように移動し、壁を蹴って方向転換する。それを何度も繰り返し、まさに迷路のように壁と壁の間を移動し続ける。

 

 流石に蹴り飛ばした壁は砕けるが、横を通り過ぎただけ壁は触れなければ砕ける事はなく、最悪でヒビが入る程度だった。

 30cm以上離れていれば、砕ける事はなさそうだとエクトプラズムとセメントスは推測した。

 

「あの速度であれならば、問題はないでしょう」

「ソウダナ。アレナラバ、オールマイトト大シテ変ワラナイダロウ」

 

 戦慈は真上に跳び上がって、真下に向かって右ストレートを振るう。

 午前の訓練のように衝撃波は大砲のように飛び、壁を数枚抉り壊す。

 そこから更に左脚を振り抜く。

 衝撃波は刃のように飛び、地面を縦に抉る。

 

 それを見ていた宍田や回原、庄田は頬を引きつらせる。

 

「マジでハンパねぇな……」

「あれでも直撃すれば大ダメージですぞ……」

「しかも直接殴られて、衝撃波の追撃……。大ダメージの2連撃かよ。オールマイトが規格外だった理由がよく分かったぜ……」

「僕の《ツインインパクト》の存在意義が……」

「やめろよ、庄田!お前だけじゃねぇんだからよ」

「ですなぁ。私のスピードとパワーも拳暴氏の前では……」

 

 庄田と宍田がため息を吐いて、肩を落とす。

 普通に殴られるだけでも半端ないのに、そこから衝撃波で吹き飛ばされるなど、卑怯にもほどがある。

 庄田の《ツインインパクト》はタイムラグや物にも加えられる利点があるが、一番ダメージを当たえられる使い方は戦慈と同じである。

 宍田も人並み外れた身体能力を駆使しての強襲が最もいい戦闘スタイルだ。嗅覚や聴覚は宍田の方が上なので、使いどころが違うが、それでもパワーやスピードも自慢だったので、落ち込むのも仕方がないだろう。

 

「本当に一撃一撃が必殺技だよね」

「普通のパンチでも何枚壁いるんだろうなぁ」

「そこらへん確認しといたほうがよくね?俺も確かめたいことあるし」

 

 吹出が感心するように言い、円場と骨抜は戦慈のようなパワータイプの『個性』との戦闘を想定するために、戦慈に声を掛けに行く。

 

「拳暴」

「あん?」

「俺の《空気凝固》で壁を重ねて作るからさ。壊してみてくれねぇか?何枚いるのか知っときたい」

「構わねぇよ」

 

 戦慈は頷いて、円場は素早く4枚ほど壁を重ねるように生み出す。

 円場が頷いたことを確認して、戦慈は空気の壁を思いっきり殴りつける。

 

バッキャアアァン!!

 

 4枚の壁は簡単に砕けてしまった。

 円場は肩を落として、

 

「……倍重ねても駄目そうだな」

「最後の1枚は衝撃波だと思うぜ。まぁ、衝撃波がなくても怪しかったけどな」

「だよなぁ~」

 

 骨抜は円場の肩を軽く叩いて、慰めながらもトドメを刺す。

 円場はため息を吐いて、戦慈に声を掛ける。

 

「どんな感じに壁置いたら、嫌がらせになるんだ?」

「……やっぱ振り抜く前に止められたら、流石にすぐには砕けねぇだろうな」

「なるほど。けど、振り抜かれる前に何枚も壁を造れっかな~」

「次は俺もいいか?お前ほどパワーの奴をどれくらい沈めればいいのか、知っときたい」

「……まぁ、いいけどよ」

「じゃあ、まず両脚からな。膝下まで沈めるぜ」

 

 骨抜が言い終わると、戦慈の地面が柔らかくなり、膝下まで沈む。

 地面が完全に固まるのを確認した戦慈は、右脚に力を入れると簡単に砕いて引っこ抜くことが出来た。

 

「全然駄目だな。腰まで埋めてもいけそうか?」

「まぁ、腕が動くなら行けると思うぜ。二の腕辺りまで沈んだら、少し手こずるだろうな」

「……少しか?」

「姿勢次第だがな。力が入れやすいなら、行ける可能性がある」

「……そうか。姿勢か……」

「上に力を出しやすいなら、地面を吹き飛ばせるだろうぜ。顔も完全に埋めるなら別だがな」

「流石にそれは無理だな。サンキュ。参考になった」

「ああ」

 

 骨抜と円場は礼を言って、自分の特訓に戻る。

 戦慈も2人を見送って、自分の特訓に戻る。

 

「ちょっと試してみるか……」

 

 戦慈は体を捻り、勢いよく回転しながら壁に飛び掛かる。

 そして、右フック気味に拳を繰り出して、壁に叩き込む。

 

 衝撃波が螺旋状に放たれ、壁がドリルに抉られたように砕けた瞬間竜巻のように風が吹き荒れる。

 

「……まぁ、牽制にはなるか」

「……凄まじいですね」

「貫通力マデ付加出来ルノカ……」

 

 セメントスとエクトプラズムは唸る様に言う。

 今の技を見ていた一佳や切奈達も呆れるしかなかった。

 

「半端ないねぇ」

「どこまで凄くなるんだ……」

「ん」

 

 そして、その日の訓練は終了し、戦慈達は着替えて寮に戻る。

 

 一佳達女性陣はソファに座ってくつろぎ、もちろん戦慈も無理矢理参加させられる。

 テーブルの方には骨抜達もおり、今日の反省点やらを話し合っていた。

 

「それでは!!拳暴の必殺技名を考えてあげようのコーナー!!」

「わー」

「……わー」

「イエーイ!」

 

 切奈が声高らかに叫び、柳と里琴がノリで拍手し、ポニーはノリノリで両手を上げる。

 唯と茨も拍手し、一佳と戦慈は呆れていた。

 テーブルにいた骨抜、回原、物間、鎌切、円場も顔を向ける。

 

「なんでそんなノリなんだよ……」

「普通に決めてもつまらないから」

「……はぁ」

「拳暴が自分で決められないって言ったんじゃん。誰かに適当に決められるよりいいっしょ?」

「……まぁな」

「じゃあ、1つずつ行ってみよっか~」

 

 切奈に言いくるめられて、戦慈はため息を吐いて諦めた。

 切奈は意気揚々と進行していく。

 

「最初はどれから行く?っていうか、まず必殺技っぽいの何?」

「そこからかよ」

「うっさい回原!」

「まぁ、あの恐ろしいラッシュに、恐ろしいタックルみたいな移動、あのパンチと蹴りの衝撃波、回転しながらのパンチ……。で、あの姿か?」

「パンチと蹴りの衝撃波はいいんじゃねぇかぁ?」

「だな。3つもあれば十分だろ」

 

 骨抜が候補を上げ、鎌切と円場が意見を出す。

 

「じゃあ、あの衝撃波付きの乱打!!思いついた人から!!」

「ん~……【殲滅連撃】」

「【キリング・ラッシュ】はどうだぁ?」

「【地獄連突き】」

「【クラッシュ・ラッシュ】、かな?」

 

 回原、鎌切、円場、物間が思いつくままに名前を出す。

 

「……【空破連拳】」

「【ラッシュガン】は?」

「【バーストフィスト】デース!!」

 

 引き続いて里琴と柳、ポニーが名前を言う。

 すると一佳と唯がポニーの挙げた名前に反応する。

 

「ポニーの奴いいな。言いやすそうだし、拳暴っぽい」

「ん」

「他の皆は~?と、拳暴は~?」

「……ここまで来たらお前らの決めた名前でいい」

「回原達のは流石になぁ。俺も角取か柳のがいいな」

 

 戦慈はもう『なる様になれ』精神になっていた。

 骨抜は流石に男子の殺伐とした技名に呆れ、ポニーと柳の案に一票を入れる。

 

「じゃあ、ポニーの【バーストフィスト】で決定!!」

「イエーーイ!!」

 

 ポニーは両手を上げて喜ぶ。

 

「じゃ、次はあのタックルみたいなダッシュ!」

「……【バスターチャージ】」

「あ、それいいね」

「砲撃のような突進って感じか」

「しっくりくんなぁ」

「……駄目だ。もうそれよりいいの思い浮かばねぇや」

 

 里琴の挙げた名前に全員がすぐにしっくり来てしまい、【バスターチャージ】で決定した。

 

「じゃあ、あの回転パンチ!」

「……【昇竜け――」

「そらだめだ」

 

 回原が思いついた名前を言おうとして、骨抜が止める。

 一佳が戦慈に顔を向けて、

 

「っていうか、あれって別に蹴りでも出来るんだよな?」

「多分な」

「じゃあ、パンチに拘らない方がいいってことだね」

「ん」

 

 切奈の言葉に唯が頷く。

 一佳は腕を組んで唸る。

 

「ん~……難しいな」

「単純でもよろしいのでは?」

「というと?」

「ん?」

 

 茨の言葉に柳と唯が首を傾げる。

 

「純粋に【トルネイヴ】などはいかがでしょうか?」

「おお!アリだな!ってか、俺が欲しい!!」

「言いやすいし、パンチでも蹴りでも使えるな」

「だな」

 

 回原が自分の《旋回》にも合いそうということで悔しがり、円場と骨抜は納得するように頷く。

 里琴は親指を立てて、両足をパタパタしていた。自分の《竜巻》と同じ名前が嬉しかったようだ。

 ということで、【トルネイヴ】で決定した。

 

「じゃあ、最後!!」

「あははは!!僕の出番だね!!」

「「「は?」」」

 

 物間が高笑いしながら立ち上がり、一佳達女性陣が訝しむような目を向ける。

 物間はそれに全く怯むことなく続ける。

 

「ふっ!忘れたのかい?拳暴のヒーロー名は僕が考えたということを!!」

「……ああ、そういえば……」

「あの姿は『スサノオ』に合わせるべきだと思うんだよね」

「まぁ、攻撃技じゃあねぇしなぁ」

 

 骨抜がそう言えばと思い出し、鎌切も物間の言葉に頷く。

 

「僕の提案は【(たける)スサノオ】さ!!」

 

 物間はビシィ!と戦慈を指差しながら告げる。

 意外とまともな名前に一佳達は眉間に皺を寄せて考え込む。

 

「バーサーカーとかよりもいいだろ?コントロール出来るようになれば、失礼な話だしね」

「名前とも合ってるっちゃあ合ってるなぁ」

「思ったよりカッケェな」

「ってゆうか似合ってるんだよね」

「ん」

 

 鎌切と円場は思ったよりしっくり来て、切奈と唯も意外と似合っていることに頷く。

 一佳は里琴を見て、里琴が特に文句も言わずに頷いたのを見て苦笑する。

 

「里琴もオッケーみたいだよ」

「じゃあ、決定だね!覚えた?拳暴」

「流石に考えてもらって、適当に流す気はねぇよ」

 

 戦慈は肩を竦めながら言う。

 

 こうして、戦慈の必殺技の名前が決まったのだった。

 



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拳の七十三 仮免試験に向けて・その2

遅くなりました。そして、ちょっと短いです(__)
出張してまして、まだもう少し出張が残ってるので、もう少し亀更新かもしれません(__)


 特訓2日目。

 

 午前中は昨日同様、運動場γでチーム戦をすることになった。

 

「今日は5人チームでの戦闘訓練だ!チームはすでにこっちで決めているので、これから発表する!」

 

 ブラドがボードを取り出して、名前を呼びあげていく。

 

「Aチーム!回原、鎌切、拳暴、庄田、鉄哲!!」

「え!?マジか!?」

「おいおいぃ」

「……そう来るかよ」

「よっしゃあああ!!」

「拳暴以外は近接戦闘タイプ。拳暴も含めると搦手一切なしチームってことだね……」

「ああ。でもこれ、私達も一筋縄じゃ行かないかもな」

「ん」

 

 告げられたメンバーに、回原、鎌切、戦慈は顔を顰め、鉄哲は気合に叫ぶ。

 それに切奈と一佳も眉間に皺を寄せて、今回のコンセプトを推測する。

 

「Bチーム!泡瀬、円場、取陰、骨抜、凡戸!!」

「うお~……マジか~……!」

「今度は逆に搦手のみチームか……」

「まぁ、これならこれで」

「やりようはあるかねぇ」

「骨抜と取陰がいるのはありがてぇな」

 

 泡瀬が慄き、一佳が腕を組んで考え込む。

 しかし、骨抜と切奈は特に驚かずに、すでに作戦を考え始めていた。

 その様子に円場は心強さを感じていた。

 

「Cチーム!拳藤、小大、宍田、角取、吹出!!」

「よろしくな」

「ん」

「頑張りましょうぞ!」

「イエーイ!」

「ガンガン行こうぜ!」

「バランスはいいけど……」

「嵌まらなかったら、一気に崩れる感じもあるな」

 

 一佳達は心地いい挨拶をする。

 切奈と骨抜はすかさず分析する。

 

「Dチーム!塩崎、巻空、物間、柳、鱗!!」

「よろしくお願いします」

「……ん」

「このチームもこのチームで癖があるな~」

「誰を軸にするかしっかり決めないとね」

「茨か里琴か、だね」

「まずはAチーム対Bチームから始める!一試合30分!制限時間内に全員捕縛、または戦闘不能にすること!そして、終了時に多く残っているチームの勝ちだ!10分後に始める!AチームとBチームは所定位置に移動しろ!」

 

 ブラドが説明し、戦慈達はそれぞれに動き始める。

 

 戦慈達は歩きながら作戦会議を行っていた。

 

「理想は骨抜と取陰をほぼ同時に捕まえることだよな」

「けどよぉ、取陰は体を分裂させてるよなぁ」

「ならば、最優先は骨抜君だね」

「よっしゃあ!速攻で行くぜ!!」

「行くな。骨抜は待ち構えてるに決まってんだろ。しかも、泡瀬、円場、凡戸までいる。トラップ仕掛け放題だ」

「だよなぁ。どうするべ?」

「……突っ込んだら罠。だが、待ち構えても骨抜が出てくるだけだ。あいつは地面に潜って移動できるしな」

 

 戦慈は腕を組んで顔を顰める。

 

 骨抜の厄介なところは踏むまで、どこが柔らかいのか分からないことだ。

 更に範囲をある程度選ぶことも出来る。

 

「……俺が骨抜に速攻を仕掛けるしかねぇか……。お前らは全員上に登れ。地面にいたら、骨抜の餌食になりかねねぇ」

「だな」

「任せろぉ」

「やってやろうぜぇ!!」

 

 鉄哲の気合の言葉に、回原達が頷く。

 戦慈はそれを横目で見ながら、

 

(問題は……骨抜と取陰が俺が思いつくことを考えてないわけねぇってことだな……)

 

 戦慈は一抹の不安を抱えながら、開始位置に向かうのだった。

 

 

 

 一佳達はモニターがある控え場所で試合が始まるのを眺めていた。

 

「正面戦闘チーム対搦手戦闘チーム。メンバーがメンバーだけにちょっと想像出来ないな……」

「拳暴氏がどう動くかでしょうな」

「いや、骨抜がどう動くかだと思う」

 

 鱗が悩まし気に腕を組みながら言い、宍田が戦慈の名前を挙げる。

 しかし、それを一佳が否定する。

 吹出が顔に『?』を浮かべて、

 

「骨抜の方なの?」

「拳暴は骨抜を狙うしかないんだよ。骨抜の『個性』を力づくで突破できるのは拳暴だけだからね」

「そうだね。骨抜を最初に倒さないと、鉄哲達がまともに動けないのさ」

「けど、それを切奈と骨抜が考えてないわけがない。だから、骨抜がどう動くかで拳暴達の動きは変わらざるを得ない」

 

 一佳と物間の説明に、周りの者達は納得するように頷く。

 

「拳暴は今、迷ってるだろうな。速攻を仕掛けても、無視されたら鉄哲達が一気にやられるかもしれないし」

「かと言って、待ち構えていても同じですな。全員をカバーするのは、いくら拳暴氏でも難しいでしょうからな」

「ん」

「そして、後は……鉄哲が作戦を立てても、その通りに動くかどうかかなぁ!!」

『あ~……』

 

 最後の物間の言葉に、その場にいた全員が納得の声を上げてしまう。

 鉄哲が熱くなれば飛び出していくだろうことは想像に難くない。

 

「拳暴のチームは索敵能力もない。それに……拳暴は頭は悪くないし、咄嗟の判断力とか、人を引っ張る力はあるけどさ。けどぶっちゃけ、参謀としては骨抜、拳藤、取陰ほどじゃあない。回原達も言わずもがな。鉄哲を抑えるだけで精一杯かもね」

「そうなれば、骨抜達の思うつぼってわけか……」

 

 鱗は腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

『そろそろ始めるぞ!』

 

 ブラドがマイクを握り、ステージに声が響き渡る。

 それに一佳達も話を止めて、モニターに注目する。

 

『それでは……START!!』

 

 開始が告げられて、戦慈はさっそく【ドラミング・ドープ】を使って、体をフルパワーまで膨れ上がらせる。

 

「ふぅー……!」

「お~。ホントに衝撃波出ねぇな」

「おい回原ぁ。とりあえず、上に上がんぞぉ」

「おっと、いけね」

 

 回原、鎌切、庄田、鉄哲は鉄パイプを登って、地面から離れる。

 戦慈は地面に立ったまま、周囲を見渡す。

 

「……ちっ。悪手かもしれねぇが……」

 

 戦慈は小さく舌打ちをすると、衝撃波と共に勢いよくジャンプして、一気に上空へと跳び上がる。

 跳び上がった戦慈は周囲を見渡す。

 

 見える範囲で、切奈と思われる体のパーツは見えなかった。

 

「流石に隠れてやがるか……。巻き込まれても、恨むなよぉ!!」

 

 戦慈は右拳を握り締めて、振り被る。

 それを鉄パイプに隠れて見ていた切奈は、

 

「げっ!?やばっ!?」

 

 慌ててパーツを集めて、避難する。

 

「オォラアアアァ!!!」

 

 戦慈は腕を振り抜いて、フィールド中央に向けて衝撃波を放つ。

 嵐が吹いたように工場が吹き飛び、周囲に鉄の瓦礫が吹き荒れる。

 

 戦慈は地面を下り立って、吹き飛ばした個所の中心に一気に移動する。

 

「……流石にこれ以上は破壊できねぇな……」

 

 今のは一般人がいないと分かっているからこそ、吹き飛ばすのに躊躇しなかった。

 しかし、これ以上は不必要な破壊と言われる可能性が高い。

 

 戦慈は周囲を見渡して、骨抜達の姿を探す。

 

「……これでも誰も出て来ねぇか……。やっぱ鉄哲の方か?」

 

 一度鉄哲達の元に戻ろうと考えた時、突如足元が柔らかくなって沈み始める。

 

「っ!?地中か!」

 

 戦慈は左拳を握って、地面に向かって振り被ろうとする。

 その直後、円場が戦慈の背後から現れて、両手で四角を形作って思いっきり息を吹く。

 すると、戦慈の体を透明の箱が覆った。

 

「!!」

「よっしゃ!出来たぜ、新技【エアプリズン】!」

 

 戦慈の拳は力が乗る前に壁に阻まれる。

 円場がガッツポーズをして、すぐに背を向けて走り出す。

 

 戦慈は更に体が沈み、腰まで浸かる。

 

「くっ!オラァ!」

 

 戦慈は真上に向かって拳を振り、空気の箱を壊す。

 そして、すぐに脚を振り抜いて地面を吹き飛ばそうとしたが、力を入れようとした瞬間に地面が固まって脚が動かせなくなった。

 

「くそっ!」

 

 戦慈は顔を顰めて、地面を砕こうと拳を握る。

 すると今度は白い液体が戦慈の体に降りかかる。

 

 凡戸の《セメダイン》だ。

 接着剤はすぐに乾燥して、戦慈の両手は拳状態で固定されて、地面に埋まっている腰部分が動かし辛くなった。

 

「この……!!」

「まだまだ行くよぉ」

 

 凡戸は更に接着剤を戦慈に降りかけていく。

 接着剤はすぐに固まっていき、戦慈の動きを阻害していく。

 しかも、仮面にも接着剤が付着して、視界も塞がれてしまう。

 

「ぐっ……!?」

「まだまだ行くぜ!」

「!?」

 

 泡瀬と円場が大きい鉄パイプを転がしながら現れ、戦慈の右腕にぶつける。すぐさま泡瀬が戦慈の右腕を巨大鉄パイプを接着させ、更に鉄パイプと地面も接着する。

 更に反対側から骨抜と凡戸も巨大な鉄パイプを転がして、右腕同様に戦慈の左腕と地面を固定されてしまう。

 そして、トドメとばかりに凡戸が接着剤を上から降りかけて行く。

 

「お……まえ…らぁ……!!」

「まだまだ行くぞぉ!!」

 

 円場は空中に足場を作って、戦慈の真上に移動する。

 それと同時に骨抜は地面に潜って移動し、泡瀬も走り出す。

 

 円場は戦慈の両腕と真上に、5重の空気の壁を生み出して障害物を造る。

 そこに更に凡戸が接着剤をかけて、戦慈の動きをとことん阻害する。

 

 

 

「容赦ないな~」

「ん」

「まぁ、確かにこれくらいしないと拳暴は止められないよな……」

 

 柳、唯、一佳は骨抜達の徹底ぶりに苦笑するしかなかった。

 既に戦慈の姿は見えず、不気味なオブジェがそこにあった。

 

「拳暴氏は衝撃波をあの状態から出せるのですかな?」

「いや……流石に無理じゃないか?」

「……ん。……無理」

 

 宍田の疑問に、一佳は首を傾げながら里琴を見て、里琴も頷く。

 

 流石に体を動かせない状態では、あれだけの拘束を吹き飛ばす衝撃波は放てない。

 指を弾こうにも接着剤で固定されており、関節も接着剤で動かし辛くなっている。

 

「そういえば鉄哲達は?」

「切奈サンが必死に足止めしてマース!」

 

 モニターには切奈の30にも上るパーツが飛び乱れて、鉄哲達に襲い掛かっていた。

 鉄哲達は的が小さいため、対応しようにも攻撃が当たらなかった。

 

「くっそぉ!!」

「鉄哲!飛び出すなよ!」

「けどよ、回原ぁ!このままじゃあ、状況が変わらねぇぞぉ!」

「拳暴の状況も分からない!戦闘音も聞こえないのは少し不自然と考える!」

「拳暴がやられたってのか!?くそぉ!!助けに行かねぇとぉ!!」

「無茶言うな、鉄哲!この状況じゃ俺達だって危険だぞ!?って、待てってぇ!!」

「うおおおおおお!!!」

 

 鉄哲は無理矢理突っ込んで、切奈の包囲網を突破して地面へと飛び降りる。

 回原達がそれを止めようとしたが、

 

「ハイ、しゅーりょー」

 

 切奈の声が聞こえた直後、鋼質化した鉄哲は飛び降りた勢いもあり、一気に胸元まで地面に体が沈む。

 

「がぼぼっ!?」

「鉄哲!?」

「マズイ!!骨抜だ!!」

「逃げるぞぉお!?」

 

 鎌切が逃げようとした瞬間、地面が柔らかくなったことで足場が傾いて、バランスを崩した。

 

「くっ!」

「このっ!」

 

 鎌切達はすぐにジャンプして移動をするが、そこに再び切奈のパーツが飛び掛かってきた。

 回原は体を回転させ、鎌切は刃を生やして抵抗するが、庄田は耐えきれずに押し飛ばされて地面に落とされる。

 

「うわっ!?」

 

 庄田はどうにか大勢を立て直したが、両足から地面に落ちて鉄哲同様、地面に埋まってしまう。

 

「やべぇな!!どうするよ!?」

「今は逃げるしかねぇだろぉ!!」

「そうはさせねぇよ!」

「げっ!?」

 

 回原の目の前に、泡瀬が鉄塊を携えて跳び出してきた。

 回原は目を見開き、泡瀬は回原に詰め寄りながら素早く両腕を動かす。

 

「新技!!早業着工【ウェルドクラフト】!!」

 

 回原の四肢と脇腹に鉄塊が《溶接》されて、更に周囲の鉄骨などに接着されて体を固定されてしまう。

 

「マジかよ!?」

「これで後1人!!」

 

 回原は体を完全に固定されてしまい、体を《旋回》しようとすると、皮膚が引っ張られる感覚がして発動を慌てて止めた。

 

 鎌切は歯軋りをしながら逃げ回るが、ジャンプして鉄骨を跳び移ろうとした瞬間、空気の箱に閉じ込められて顔を壁にぶつける。

 

「ぐべ!?な、なんだぁ!?」

「解除!」

「うおぉ!?」

 

 驚いていると、突然解除されて地面へと落ちて行く鎌切。

 急いですぐ近くの鉄骨に刃を伸ばして突き刺し、地面に落ちないように堪えようとする。

 

 しかし、そこに白い液体が降り注いで、鎌切の体に直撃する。

 

「ぶへぇ!?こりゃあ、凡戸か!」

「上手く行ったねぇ」

「ああ?っ!?刃が抜けねぇ!?」

 

 鉄骨に刺した刃が、接着剤で固められて抜けなくなったのだ。

 鎌切は鉄骨を切って逃げようとしたが、真上から泡瀬と円場が飛び降りてきて、思いっきり飛び蹴りを浴びせられる。

 

「げふぁ!?」

 

 鎌切は勢いよく地面に落ちて、やはり柔らかくされた地面に埋まる。

 直後、地面が硬くなり、鎌切は顔と両脚だけ飛び出した形で地面に固定された。

 

『……もうAチームは誰も動けんようだな。そこまで、勝者Bチーム!!』

 

「よっしゃあああ!!」

「拳暴に勝ったアアア!!」

 

 円場と泡瀬がガッツポーズをして叫ぶ。

 骨抜と凡戸は鎌切達を救出しており、切奈は体を戻して戦慈の下へと向かう。

 

「お~い。拳暴~、大丈夫か~い?」

「……何とかな」

「いやぁ、悪いね。あんたを押さえ込むにはこれくらいしか思い浮かばなくてさ」

 

 切奈はケラケラと笑う。

 戦慈は顔を顰めて、

 

「……俺がああやんの読んでやがったんだろ?」

「可能性の1つとしてね。私達相手に視界が悪いのは嫌だろうからね。どこかで仕掛け来るとは思ってたよ」

「だよな……。くそっ」

「まぁ、やらないならやらないで、鉄哲を挑発し続ければいいだけだしね。私達相手に孤立するのは出来る限り避けたかっただろうし」

「はぁ……。やっぱ俺の考えた作戦じゃあ限界があったか……」

 

 その後、戦慈は骨抜によって救出される。

 鉄哲達と合流し、待機場所へと向かう。

 

「拳暴、すまねぇ……!!」

「いや、俺も目論見が甘かったし、過信してた部分もある。作戦を立て直すぞ」

「そうだね。他のチームは搦手も攻撃も出来るチームだ。今のままじゃ、また一方的だよ」

「このメンバーで考えられるコンビネーション作らねぇとなぁ」

「だなぁ。これで仮免試験になったらヤバいぞ」

 

 戦慈達はすぐに反省会を始め、残りのチームとの戦闘に備えるのであった。

 



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拳の七十四 異端児と『仮面』

遅くなりました(__)


 午後からは昨日同様『個性』伸ばしと必殺技開発に従事した戦慈達。

 

「よし!!今日はここまでだ!!」

「ふぅ~……」

 

 特訓を終えた戦慈は、大きく息を吐く。

 そして、コスチュームの状態を確認する。

 

 やはり手甲には大きなヒビが入っており、ブーツも底が欠けたり穴が空いていた。

 

「ちっ……。やっぱコスチュームの問題は残ってやがるか……」

 

 衝撃波をコントロール出来るようになったことで、大きく破れる事は無くなったものの、逆に一部分に負荷が集中するようになったのだ。

 特に一番衝撃波を放つことが多い手足の装備の損壊は、前以上に早くなったのだ。

 

「……手甲とブーツくらいなら、サポート科に相談すりゃなんとかなるか?」

「どうしたんだ?」

「あん?」

「あ。また手甲割れたんだねぇ」

「ブーツもボロボロデェス」

「まぁ、前から壊れやすかったもんね」

「ん」

 

 サポート科の事を思い出していると、一佳達が顔を覗き込んできた。

 すぐに戦慈の手足の装備の状態を見て、それぞれコメントする。

 そこに里琴が戦慈の肩の上に座り、

 

「……サポート科行く」

「降りろよ」

「……私も頼みたいことがある」

「聞けよ」

「なに頼むんだ?」

 

 戦慈の苦情をサラッと無視する里琴と一佳達。

 戦慈は仮面の下で青筋を浮かべながら、腕を組んで黙り込む。それをさりげなく唯がポンポンと戦慈の腰を叩いて宥める。

 

「……マスク。……毒防いだり、高速飛行しても息苦しくならないように」

 

 里琴の言葉に一佳達は顔を引き締める。

 それは間違いなく林間合宿でのことを指していたからだ。

 そして、それは一佳達にとっても他人事ではない。

 

「……そうだな。私達もちょっと相談してみるか」

「ん」

「じゃあ、サポート科の工房行こうか」

 

 ということで、結局全員で工房に向かうことになった。

 もちろん里琴は戦慈の肩の上に乗ったままである。

 

「……工房ってこの人数入れんのか?」

「まぁまぁ。無理だったら、順番でいけばいいよ。それに私らは里琴と同じでガスマスクだし」

「と言っても、切奈さんの場合は少し難しいのでは?」

 

 切奈が苦笑しながら言い、茨が首を傾げる。

 ガスで倒れた切奈や茨にとっても、対策は必須である。

 難しいのは切奈の『個性』の場合、ただマスクを作ればいいわけではない。分裂・再生しても機能を維持できるようにしなければならないので、中々に手間がかかる開発になる可能性があるのだ。

 

「まぁ、駄目なら駄目で、考えるしかないね」 

 

 そして、校舎内にあるパワーローダーの工房にもうすぐ着くというところで、

 

 

ドオオォォン!!

 

 

 突如、工房と思われる扉が爆発して吹き飛んた。

 運よく戦慈達は誰も巻き込まれなかったが、全員が足を止めて唖然とする。

 煙が廊下を覆っていき、里琴が弱めの竜巻を放って、煙を吹き飛ばしていく。

 

 すると、廊下に2人の人物が倒れていた。

 1人はパワーローダー。もう1人はピンク色の髪をした女性。

 

 一佳達は恐る恐る近づいて、声を掛ける。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「……フフフ、大丈夫ですよ。発明に爆発はつきものですから」

「そんなわけないだろオォ。昨日と言い、いい加減にしなよ。発目!!」

 

 2人は何事もなかったかのようにムクリと起き上がる。

 そして、パワーローダーはピンク髪の女性に怒鳴るが、女性は全く堪えた様子もなく、笑みを浮かべていた。

 女性は一佳達に顔を向けて、

 

「突然の爆発失礼しましたぁ!おや?あなた方は体育祭で……え~っと……全員、お名前忘れましたぁ!」

「……うん、まぁ自己紹介したことないからな」

「では!私、ベイビーの開発がありますので!!」

 

 グリンと工房に戻っていく発目に、一佳達は唖然とするしかなかった。

 

「発目!!先に片づけからするように!!本当に出禁にするよ!!」

「ごめんなさい!!」

「なんか……凄い奴だな」

「それでも体育祭では随分スゴイアイテム使ってたよね」

「空飛んでたもんね。緑谷達」

 

 パワーローダーに怒鳴られて、元気よく謝る発目。

 それに一佳達は苦笑しながらも、体育祭で使っていたアイテムを思い出していた。

 

 体育祭では本人が開発したアイテムしか使用できないので、騎馬戦で使っていたアイテムは全て発目が開発したものだ。

 麗日の『個性』を使っていたとはいえ、戦慈達も想像以上に追い詰められた。

 

 パワーローダーは一佳達に顔を向けて、

 

「で、君達はコス変の話かな?」

「はい。まずは時間かかりそうな拳暴か――」

「興味あります!!」

「うわぁ!?」

「ん」

 

 片づけをしていた発目が勢いよく一佳に詰め寄る。

 一佳は驚いて、隣にいた唯に思わず抱き着く。

 

「発目!そうやって昨日もA組の連中に迷惑をかけただろう!先に片づけを済ませなさい!」

「ごめんなさい!」

 

 発目は拳を振り上げたパワーローダーを見た瞬間、ダッシュで片づけに戻る。

 パワーローダーはため息を吐いて、戦慈達に向き直る。

 

「すまないね。で、拳暴君はどこを変えたいんだい?小さい改良なら、こっちでやって後でデザイン会社に報告するだけだけど、大きな改良となるとこっちで申請書を書いて会社に依頼する形になる。その場合、大体3日くらいかかるよ」

「俺はガントレットとブーツだ。衝撃波で壊れちまうんだ。取陰のコスチュームみたいに再生するか、もう少し強度を上げてほしい」

 

 戦慈の言葉にパワーローダーは顎に手を当てて考え込む。

 

「ふむ……。君はそういえば、以前からコスチュームの強度に悩んでいるとブラドキングから聞いたことがあるね。君の『個性』はパワーも強いし、体の大きさも変わるからね」

「I・アイランドで会った波豪って言うデザイン会社の社長にも、難しいとは言われた。だから、無理なら無理でそれでもいい」

「いや、実はね。君のコスチュームに関しては、デザイン会社から連絡が来てるんだよ」

「あ?」

「デザイン会社から?」

 

 パワーローダーの言葉に、戦慈や一佳達は首を傾げる。

 

「もし君がコス変を希望するならば、『いっそ全部改良させてもらいたい』とね。もちろん、今のデザインは出来る限り維持するとのことだ」

「なんでまた?」

「この半年間で君の『個性』は随分と成長しただろ?ニュースにもなっていたしね。それで『今のコスチュームでは耐えきれないのではないか?』と議論になっていたらしいよ」

「へぇ~」

「それでまだ公表されてはいないが、I・アイランドのエキスポで発表予定だった技術がいくつか世界のデザイン会社でも利用を認められたそうなんだ。それを使えば、君のコスチュームの問題もある程度改善できるかもしれない」

「おぉ!!」

 

 一佳や切奈達は、戦慈のコスチューム問題が解決するかもしれない可能性に喜ぶ。

 戦慈は腕を組んで、

 

「ってことは、それが出来るまで待ってればいいんだな?」

「そうだね」

「分かった。じゃあ、俺の用事は終わりだな」

 

 戦慈は頷いて、肩の上にいた里琴を無理矢理下ろす。

 そして、一佳達の後ろに下がる。

 

 すると、後ろから誰かに抱き着かれた。

 

「あ?」

「ふむふむ。なるほど……」

 

 戦慈はもちろん、里琴達も聞こえた声に振り返る。

 

 そこには発目が戦慈に抱き着いて、体のあちこちに触れていた。

 

「な、なにしてるん…だ?」

「フフフ。体に触れてるんですよ」

「……辞世の句を読めると思うな」

「ん」

「へいへい、ストップ。落ち着きなよ、里琴」

「唯と一佳も」

 

 里琴が右手を発目に向けて、切奈が慌てて後ろから抱き着いて宥め、同じく瞳から光を消している一佳と唯を柳や茨が宥める。

 戦慈は頬を引きつかせているが、流石に振り払うことなど出来なかった。

 

「素晴らしく引き締まってますねぇ。そんなあなたには……」

 

 発目は素早く戦慈の両腕になにかを取り付ける。

 

「このベイビー!『ブラストアーム』!!」

 

 戦慈の両前腕に真っ白なガントレット型の機械が取りつけられる。

 手の甲の部分には発射口のような3つの穴が空いていた。

 

「腕をカバーして、更に振り抜いた勢いで手の甲の穴から空気砲を放つハイテクっ子です!第54子です!」

「自前で衝撃波を出せるからいらん。しかも、手がデカくなりゃ壊れるぞ」

「しかし、これならば大振りしなくても空気砲を出せますよ!」

「それはそれでありがてぇが、今はいらん」

「そうですか……」

 

 発目はややしょんぼりして、戦慈の腕からアイテムを外す。

 それをパワーローダーは小さくホッと息を吐いて、里琴達を見る。

 

「で、次は?」

「里琴」

「……ん。……マスクが欲しい。……ガス防いだり、高速飛行しても息苦しくならない奴」

「なるほど……。林間合宿でのことか……」

「で、私達も欲しいなって。ただ、それぞれのコスチュームや『個性』に合わせないといけないので」

「もちろん。とりあえず、まずコスチュームの説明書出して。それでコンセプトを確認して、こっちで出来るかどうか判断するよ」

「……ん」

 

 里琴や一佳達はコスチュームの説明書を取り出して、パワーローダーに渡す。

 すると、

 

「ならば、これはどうでしょう!?」

 

 と、発目が何かを持って里琴の前に現れた。

 手には機械仕掛けのマスクが握られていた。

 

「このベイビー!常時空気清浄機付きガスマスク!」

 

 あっという間に里琴の口元にマスクが装着される。

 

「常にマスク内の空気を清浄に保ち続けてくれる電動ガスマスクです!第61子です!どっ可愛いでしょう!」

「これは……うん」

「いいんじゃない?」

「それではスイッチオン!!」

「なんで外部からの起動?」

 

 発目がマスクのスイッチを入れる。何故かそのスイッチが発目の右手に握られており、柳がそれをツッコむも無視される。

 

 キュイィンとマスクから音がして、マスクの中に風を感じ始める。

 里琴も最初はいい感じだと思っていたが、

 

キュイイイイイイィン!!!

 

「……なぁ。なんか音が強くなってないか?」

「ん」

「大丈夫なのですか?」

 

 徐々にマスクの機械音が大きく、勢いを増していくことに一佳達は不安そうに眉を顰める。

 里琴も嫌な予感がしてマスクを外そうと、手でつかんだ時、

 

 

ギュイイイイイイイイイン!!!

 

 

 と、明らかに異常な音を発し始めて、里琴は口の中が掃除機に吸われたように圧を感じた。

 慌てて外そうにも吸引力が強すぎて全く口から離れなかった。

 

「……!?!?!?」

「「里琴!?」」

「ん!?」

 

 里琴はマスクを掴んだまま、床を転がり足をバタバタさせる。

 一佳達が慌てて、近寄ってマスクを外そうとするがビクともしなかった。

 戦慈が手を伸ばしてマスクを掴み、一気に引っ張ってマスクを引き剥がした。

 

「里琴!大丈夫か!?」

「……奴の辞世の句を聞かせろ」

「どうやら空気清浄機の吸引回路をミスったようです!ごめんなさい!!」

「もうその謝罪はただの口癖だよね?」

「ごめんなさい!!」

 

 ぐったりと一佳に抱かれながら里琴は発目に恨み言を言う。

 発目は謝罪するも、あまりにも明るく言うので、切奈はもはや発目の謝罪が勢いだけであることを見抜いた。

 

「発想はいいみたいだけど、失敗も半端ないね」

「デンジャラース……」

「失敗は成功の元と言いますが……」

「んーん」

「周りに被害が出たら流石にそんなこと言ってらんねぇだろ」

 

 柳達も発目に呆れる。

 しかし、本人は全く堪えておらず、マスクを手にして、そのまま作業台に向かった。

 パワーローダーは大きくため息を吐く。

 

「はぁ……あの子は恐ろしいまでに自分本位なんだ。失敗も次の進歩への糧としか思っていないんだよ。君達への被害も、完成への協力としか思ってないだろうね」

「それは駄目だろ」

「けど、だからこそ彼女には多くの発想が生まれ、発明が出来る。彼女は常に『良い物を作りたい』。それだけで動いている。それは……きっといつか何かを引き起こす。かのエジソンやアインシュタインのようにね」

「……けど、巻き込まれるのはなぁ」

「確かにそれは私も頭を悩ませてはいるけどね。……けど、仕方ないのさ。本当に使えるかどうかは、彼女には分からないのだから」

 

 発目はヒーローでもなければ、ヒーローを目指す者ではない。

 なので、どれだけアイテムを発明しようにも、活かせるかどうかは必要とする者でなければ分からないのだ。

 失敗かどうかも試さなければ分からない。

 しかし、発目では試すにも限界がある。

 

 結果、誰かに生贄になってもらうしかない。

 

「君達だって、本当に必要なアイテムなら協力するだろ?例えば必殺技の開発で誰かに協力してもらうだろ?それと同じさ。まぁ、彼女はその事前の許可を言わないから問題なのだけどね」

「そう言われれば……納得は出来るけど……」

「しっくりは来ないねぇ」

「ん」

 

 パワーローダーの言葉に頷けるようで頷けない一佳達。

 

「とりあえず、残りの子達の要望も聞こうか」

「あ、はい」

 

 ようやく一佳達の話も進み、数日待つことになったのだった。

 その時、

 

「あ」

 

プシューーーー!!!

 

 発目の手元から黒い煙が勢いよく噴き出す。

 

「「え!?」」

「ちょっ!?」

「ワッツ!?」

「ん!?」

「バッ!発目ぇ!!お前、また――!!」

 

ドオオオォォン!!

 

 一佳達は慌てるも一瞬で煙に呑み込まれる。

 一佳達は急に誰かに引っ張られたかと思ったら、直後爆発する。

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

「だ、大丈夫か!?」

「ん」

「思ったより衝撃が来なかったねぇって、拳暴!?」

「え!?」

 

 煙に咳込みながら、各自の無事を確認する。

 切奈は音の大きさのわりに衝撃も痛みもないことに首を傾げていると、目の前に戦慈が腕を広げて背中で庇ってくれていたことに気づく。

 

「問題ねぇよ」

 

 戦慈は背中から白い煙を上げながら、一佳達から離れる。

 一佳達は慌てて戦慈の背中を確認し、コスチュームが破れており、火傷したように皮膚が赤くなっているのを確認した。

 

「拳暴……!」

「だから、問題ねぇ。この程度ならすぐに治る。それより、あの女の方が生きてるか?」

「あ!」

「……生きてる。……ちっ」

「舌打ちしない」

「怪我は……していないようです」

「なんで?」

 

 床に倒れている発目は汚れてはいたが、怪我は一切していなかった。

 それが不思議でたまらない一佳達だった。

 

 その直後、物陰に隠れていたパワーローダーの雷が落ちて、一佳達は工房を後にするしかないのであった。

 

 

 

 着替えて、寮に戻った一佳達はソファに座り込む。

 

「はぁ~……疲れた……」

「特訓より疲れたね」

「ん」

 

 戦慈は先にシャワーを浴びに行っている。

 一佳達は共有スペースにある冷蔵庫から、戦慈が作り置きしているコーヒーをコップに注いで思い思いに飲む。

 里琴は自室からカフェオレを持ってきている。

 

「しばらくは……工房に行かなくていいかな」

『うんうん』

 

 一佳の言葉に全員が頷く。

 それをテーブル側で聞いていた骨抜、回原、宍田、吹出、鉄哲は首を傾げる。

 

「そんなに大変だったのか?コス変の相談」

「いやぁ~、そこじゃなくてねぇ」

 

 切奈はソファのもたれかかってだらけたままで、発目の事を話す。

 それを聞いた回原達は顔を顰める。

 

「俺……行くの止めようかな」

「俺も」

「私や鉄哲氏はコス変しようがないですから無縁ですな」

「だな」

「僕もあまり関係ないな」

 

 宍田、鉄哲、吹出はコスチュームと『個性』はほとんどかかわりがないので、変える理由がない。

 今の所、困ったことはないというのもある。

 

 骨抜は酸素ボンベが付いているので、場合によっては工房に厄介になることがあり、回原は体に巻くサポートアイテムで相談したいことがあった。

 しかし、今の話を聞いて不安を覚える2人だった。

 

「まぁ、パワーローダー先生がいるから、勝手に改造することはないと思うよ?そこらへんはしっかりしてるって言ってたし」

「マッドサイエンティストではないね」

「しっかりと要望を言えば、考えてはくれてる」

「ん」

「素晴らしい奉仕の心と向上心をお持ちの方でした」

 

 一応誤解されないように発目をフォローする一佳達。

 先にしっかりと要望を全て伝えれば下手な暴走はしないし、未完成品を押し付ける事もしないらしい。

 そこだけが唯一の救いだとパワーローダーが言っていた。

 

 そこに戦慈が首にタオルをかけた姿で戻ってくる。

 

「あ、拳暴。背中はもう大丈夫なの?」

「問題ねぇ」

「さっすが」

「……カフェオレ無くなる」

「……はぁ。わぁったよ」

 

 タンブラーを差し出す里琴に、戦慈はため息を吐いてタンブラーを受け取る。

 その時、ふと一佳が、

 

「なぁ、拳暴」

「あん?」

「寮の中まで仮面しなくてもよくないか?ここにいる全員はもう知ってるし、ぶっちゃけ見慣れてるしさ」

 

 一佳の言葉に、そこにいる全員が戦慈の仮面に視線を向ける。

 戦慈は仮面の下で眉を顰める。

 そこに里琴が、

 

「……外せ外せー」

「……お前なぁ……」

 

 戦慈は呆れるが、里琴はフワリとソファから浮かび上がって戦慈の肩に下りる。

 そして、戦慈の仮面を奪って、肩から飛び降りる。

 

「テメ……!」

「……家でくらい外せ」

 

 里琴は仮面をポケットに仕舞って、ソファに戻る。

 戦慈は額に青筋を浮かべるが、すぐにため息を吐いて項垂れる。

 

 一佳達はその姿に笑い、

 

「まぁ、いいじゃないか」

「そーそー。別に知らない人が来るわけでもないしさ」

「ん」

「寮の中だけだったら、別にいいんじゃね?」

「確かに見慣れちまったしな!」

「そもそも、そこまで怖くねぇだろ。轟だって片目だけど火傷してるし、緑谷の手だって傷だらけだしな」

「……はぁ」

 

 戦慈は再びため息を吐いて、諦めたのかキッチンに向かう。

 

 その後ろ姿を見送った一佳達は、顔を見合わせて微笑む。

 里琴もポケットから仮面を取り出して、大事そうに撫でながら機嫌がよさそうに両足をブラブラとさせている。

 

 荒療治かもしれない。

 しかし、やはり仮面越しはどこか寂しい。

 

 もちろん、それで戦慈の印象が今更変わることはない。

 それは裏を返せば、仮面がなくても印象が変わることはないということに他ならない。

 

 ならば、無い方がいい。

 

 大好きな人の素顔を見て、過ごしたい。

 

 その想いは、当然のことではないだろうか。

 

 傷痕がある。

 

 それがどうした?

 

 その程度で、この想いが消えることは絶対にありえない。

 

 それだけは自信を持って言える。

 

 

 彼女達は、それを口にすることはなくとも、同じ想いを抱いていた。

 

 



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拳の七十五 A組寮へ

お待たせしました。


 寮内で戦慈の仮面を外すことに、もちろん誰一人不満が出ることはなく受け入れられた。

 

 夕食も終わり、男子達が交代で風呂に入りながら寝るまでのんびりしていると、

 

「物間がA組の寮に行ったぁ?」

「ハイ。物間クン、突然飛び出して行きマァシタ」

 

 ポニーからの報告に一佳は顔を顰める。

 一佳、里琴、唯、切奈は風呂から上がって、洗濯物などを片付けてから1階に下りてきたのだが、そこで困惑した表情で玄関に立っているポニーや泡瀬達、そして呆れた表情で腕を組んでいる戦慈を見つけて声をかけたのだった。

 

「なんでまた?」

「俺らが分かるかよ……」

「訓練の話してて、たまたま話の流れでA組の名前が出たんだよ。そしたら『ああ!そうだ!ちょっと偵察に行ってくるよ!』とか言って、あっという間に出て行ったんだよ」

 

 切奈の問いかけに、泡瀬と骨抜が呆れた表情を浮かべながら答える。

 一佳は大きくため息を吐いて、

 

「嫌な予感しかしないな……」

「まぁ、煽りまくってるだろうね」

「ん」

「……面倒」

「けど、ほっとくのもA組に申し訳ないな……。連れ戻してくる」

「ワタシも行きマァス!」

 

 一佳は眉間に皺を寄せながら、ポケットからヘアゴムを取り出して下ろしていた髪を纏める。

 それを見た切奈は戦慈に顔を向けて、

 

「じゃあ、拳暴も付いて行ってやりなよ」

「なんでだよ」

「いくら校内とはいえ、もう夜だしさ。一佳とポニーだけに行かせるわけにいかないじゃん?」

「……はぁ。わぁったよ……」

 

 ヒーロー科に在籍していて、それはそれでどうかと戦慈は思ったが、切奈の言い分は間違ってないので小さくため息を吐いて抵抗を諦めた戦慈。

 そこに里琴が先ほど奪った仮面を取り出して、戦慈の肩に飛び乗って顔に付けてやる。

 

「いいのか?」

「どうせ力づくで連れ帰るんなら、俺の方がいいだろ」

「あんまり大人数で行ったら迷惑だろうし、私達は寮でダラけてるよ」

「ん」

「まぁ、いいけどさ……」

 

 一佳は切奈の言葉に苦笑して、ポニー、戦慈、里琴を引き連れてA組の寮へと向かう。

 里琴は戦慈の肩に乗った時点で、付いて行くのだろうと誰も疑問に思うことはなかった。

 

 A組の寮は隣なので、3分もかからずに到着する。

 チャイムはないので、一佳はドアをノックしてから不作法だが扉を開けて隙間から顔を覗かせる。

 

 すると、玄関に歩み寄ろうとしていた八百万がいた。

 

「あら?拳藤さん?」

「こんな時間にごめんよ、八百万。物間の奴がこっちに来てるって聞いたんだけどさ……」

「あぁ……いらっしゃってますわ。今は男子のお部屋を見て回ってます」

「はぁ……ホントにゴメン。ちょっとお邪魔させてもらっていいか?」

「ええ、もちろんですわ」

 

 八百万は快く頷いて、ドアを開けて正式に招いてくれる。

 一佳は申し訳なさそうに頭を下げて、戦慈達も後に続く。

 

「エレベーターは4階に上がったので、恐らく今は4階にいらっしゃるかと」

「なんで、この時間に部屋を見て回ってるんだ……?」

「視察とか言ってたよ?」

 

 面白そうなので付いてきた芦戸の言葉に、一佳達は呆れるしかなかった。

 ちなみに戦慈の肩に乗っている里琴についてツッコむ者は誰もいない。もはやA組ですら当たり前の光景と受け入れられていた。

 

 まっすぐエレベーターに乗り、4階へと上がると、

 

「B組はねぇ、陰でそう言う努力をしてるわけ!調子乗っちゃってるA組はどうせ部屋で寛ぐことしか考えてないんじゃないのぉ!?そういうとこだよ、そういうとこ!やっぱり見に来てよかった!遠慮なく自堕落な生活をして、僕らB組の元に跪い――」

「跪くのはお前だ」

 

 なにやら高笑いをしながら、切島を指差して大声で話している物間の首に、一佳は迷うことなく鋭い手刀を叩き込む。

 一佳は呆れながら、膝から崩れ落ちた物間を掴んで戦慈に無造作に渡し、戦慈も呆れた表情で物間の襟を掴んで持ち上げる。

 

「あ、拳藤さん。それに拳暴君達も……」

 

 緑谷や飯田達が一佳達の登場に僅かに目を見開く。

 ポニーは真剣な表情で物間を心配そうに見つけており、里琴はいつも通り戦慈の頭の上に顎を乗せてダラけていた。

 

「悪かったな。すぐに連れて帰るから」

「拳藤さん。わざわざ来ていただいたわけですし、とりあえず一度談話スペースでゆっくりしていってください」

「それにぶっちゃけそのまま連れ戻されても、また来る気しかしねぇ」

「……悪い」

 

 ニコニコと提案してくる八百万とメンドそうな顔を浮かべている上鳴の言葉に、一佳は項垂れるしかなかった。

 とりあえず、物間からも謝らせるべきだと思った一佳は八百万の言葉に甘えて、談話スペースへと下りる。

 

 ソファを勧められたので、物間、一佳、ポニーの順でソファに座らせ、戦慈はソファではなくテーブル側の椅子に座り、里琴はず~っと戦慈の肩の上にいる。

 その様子に轟が首を傾げ、

 

「……ずっとそこにいるのか?」

「放っても戻ってくんだよ。だから、もう諦めた」

「……定位置」

「あははは……」

 

 戦慈と里琴の返答に緑谷も苦笑いするしかなかった。

 そこに飯田が、

 

「しかし、拳暴くんも巻空くんも無事に回復したようで何よりだ」

「ホントだぜ」

 

 切島も飯田の言葉に頷き、緑谷や他の者達も頷く。

 戦慈は神野区での映像で、里琴は毒ガスからの回復が一番遅かったことを聞いていたのだ。2人とも林間合宿での戦いにおいても中心にいたので、それもあってA組でも心配の声が上がっていた。

 

 しかし、戦慈は仮面の下で呆れた表情を浮かべ、

 

「お前らだって、神野区で爆豪助けようと無茶したって聞いたぞ。人の事言えねぇだろ」

「え!?そ、それは……」

「まぁ、無茶したけど、俺達は無傷だったしな!」

「切島。多分、拳暴が言いたいのはそういうことじゃねぇと思うぞ」

「と言っても、拳暴が一番人のこと言えないけどな」

 

 緑谷がキョドり、切島がニカッと笑いながら胸を張ると、砂藤が呆れながらツッコむ。

 更に一佳が参戦して、ジト目で戦慈を見ながらツッコむ。

 それに里琴とポニーが力強く頷き、戦慈は腕を組んでそっぽを向く。

 

「拳暴君が言い包められてる……」

「毎回ボロボロになって、最後には1人で抜け出して、入院したんだから当然だ」

 

 緑谷が思わず感心していると、一佳が顔を顰めながら言い放ち、再び里琴とポニーが頷く。

 その言葉にA組陣は緑谷に目を向け、緑谷は他人事ではないと理解したのか胸を押させる。

 

「うぅ……!」

「超パワー系の『個性』持ちは似た者同士なのかもね!」

「硬化系の切島と鉄哲もそっくりだしね」

 

 葉隠と芦戸の言葉に、当人達以外が頷く。さりげなく復活した物間も頷いている。

 

「で、本当に毎度毎度、物間がごめんな」

 

 物間の頭を掴んで、無理矢理頭を下げさせながら謝る一佳。

 物間は眉間に皺を寄せながら、

 

「……邪魔しないでくれるかな、拳藤。せっかくボロが出ないか偵察してたのに」

「視察じゃなかったのかよ」

 

 ポロッと本音が出た物間の言葉に、上鳴がすかさずツッコむ。

 偵察は『敵の内情を探ること』だ。視察とは似ているようで意味が違う。

 

 うっかり本音を言ってしまった物間は開き直って一佳の手を振り払って、胸を張る。

 

「フン!せっかくB組代表として遊びに来たのに、お茶も出ないのかなぁ!?」

「おいおい、遊びに来たことにしやがったぞ」

「鋼のメンタル……」

「ああ!そうですわね!少しお持ちくださいまし!」

「俺も」

 

 上鳴が呆れ、緑谷が謎に感心すると、八百万と砂藤が食堂のキッチンへと向かう。

 

「おい、緑谷」

「え!?ど、どうしたの?」

「お前、右腕どうしたんだ?」

「あ……」

 

 戦慈は緑谷の右上腕部の皮膚が変色しているのが目に入った。内側にも大きな傷跡が残っている。

 

「林間合宿で少し無茶し過ぎちゃって……」

「……左腕もか?」

「うん……。後2,3度同じ壊し方をしたら、腕が二度と使えなくなるって言われちゃって……。だから、今飯田君に蹴りを教えて貰ってるんだ」

 

 困ったような笑みを浮かべ、明るくなるように努めながら話す緑谷。

 一佳や物間達、そして詳しく聞いていなかったらしい轟や芦戸達は目を見開いて、緑谷を見つめていた。

 

 戦慈は腕を組んだまま、緑谷を見つめる。

 

「……あんまり焦らねぇことだな。お前の『個性』は身体の強度にある程度依存するんだろ?身体なんて、そんな1,2か月で一気に変わるもんじゃねぇしな。無理を続けると、()()()()ぞ」

 

 戦慈は自分の身体を指差しながら言う。

 

 その言葉に全員が戦慈の身体に刻まれた傷痕と戦慈の過去を思い出す。

 自分の『個性』をコントロールしようと周囲から引かれるほどに無茶を続けた成れの果て。

 《自己治癒》があっても、どのヒーローよりも傷付いた体となった。

 

 似た『個性』を持っており、しかし《自己治癒》は出来ない緑谷が同じ真似をすれば腕どころか歩くことすら出来なくなるだろう。

 

「うん……気を付けるよ。……ありがとう」

 

 礼を言う緑谷に、戦慈は肩を竦めるだけで答える。

 それに里琴が戦慈の頬に腕を伸ばしてペチペチと叩いて揶揄う。

 

「ウゼェよ」

「……照れ屋」

「照れてねぇ」

「お待たせしました!」

 

 八百万がティーカップを、砂藤がケーキをトレイに乗せて運び、戦慈達の前に置いて行く。

 流石に里琴も戦慈の肩から降りて、隣の椅子に座る。

 

「今日のケーキはレモンシフォンケーキだぜ。ホイップクリームは蜂蜜を入れてみたんだ」

「紅茶は私がブレンドしたものなので、お口に合うといいですけど……」

「いやいや、十分過ぎるから」

「とってもオイシソウデース!!」

「拳暴さんはコーヒーがなくて申し訳ないのですが……」

「別にコーヒーしか飲まねぇわけじゃねぇから気にすんな。人が淹れてくれたモンに文句言う気はねぇよ」

「……美味」

 

 里琴は早速食べ始めており、一佳達も砂藤のケーキを食べて美味しさに目を輝かせる。

 

「……うまっ!」

「紅茶もピッタリデース!」

「よかったですわ!」

「……ちゃんとしたおもてなししないでくれる……」

 

 物間は完璧なケーキセットを憎々し気に睨みながらも、食べる手は止まらない。

 

「B組ではお菓子作れる人とかいないの?」

「飲み物の方は林間合宿からして、拳暴君のコーヒーなんだろうけど」

 

 芦戸と葉隠がケーキを頬張りながら訊ねる。

 

「コーヒーはそうだけど……。お菓子はなぁ……」

「今度クッキングしたいデース!」

「まぁ、確かに拳暴ばっかに作らせるのは悪いか」

「今更だろ」

「って言うか、拳藤って料理できるのかい?」

「うるさいな!出来るよ!一人暮らししてたんだから!」

「かふっ!」

 

 失礼な事を言う物間に手刀を叩き込んで抗議する一佳。

 それにケーキを食べ終えた切島が戦慈に顔を向けて、

 

「けど、拳暴のコーヒーって興味あるな」

「……流石にお前らの分まで作る気はねぇ。機材も豆も足りん。ただでさえ、毎日10人分以上淹れて、もう豆が無くなりそうなんだかんな」

「毎日……」

「朝と帰寮時、そんで寝る前に毎回淹れれば、俺の小遣いで買える豆なんざあっという間になくなるに決まってんだろ」

『あ~……』

 

 しかも、里琴達の好みのブレンドを個別に作っているので、更に消費が激しいのだが、そこは黙っていた。

 それに一佳は申し訳なさそうな顔を浮かべて、

 

「ちゃんとそこは皆で話し合ったよ。今度の休みの時に、頼みたい奴は個別に豆を買おうってなった。だから、今度豆の種類教えてくれよ」

「いつの間に……。まぁ、それならいいけどよ」

「マジで大人気だな。拳暴のコーヒー」

「俺達も砂藤のケーキの材料代出すべきじゃね?」

「あれれれぇ!?君達、人にケーキを作らせておいて材料費も出してないのかい!?」

「お前もまだ出してねぇだろうが!っていうか、なんだかんだで完食してんじゃねぇか!砂藤のケーキの前じゃ、お前も完敗だな!」

「ふっ。あんな部屋の君に言われても、何も悔しくないね」

 

 上鳴の言葉を鼻で笑って言い返す。

 上鳴はカチンときて、再び物間に喧嘩を売る。

 

「そんなに言うんだから、お前の部屋はさぞかしセンスがいいんだろうな!?これでだっせぇ部屋だったら大笑いしてやる!」

「ダサくなかったら?」

「電気で茶を沸かして……いや、B組の風呂を沸かしてやるよ!」

 

 それを聞いた物間は不敵な笑みを浮かべながらスマホを取り出して操作し、ある写真を見せる。

 

 その写真は白いアンティーク家具を絶妙な配置で置いてあるフレンチスタイルの洒落た部屋だった。

 

「これ、僕の部屋」

「っ……!?」

「なにこれ超おしゃれ!」

「まぁ!こういう部屋もいいですわね」

 

 葉隠と八百万が素直に称賛し、上鳴はイチャモンが付けられない部屋に打ちひしがれる。

 

「で、いつ沸かしに来てくれるのかなぁ!?」

「いいかげんにしろ」

「うっ」

「お前、さっき上で寛ぐだけの部屋を貶してた癖に……。人のこと言えないだろ」

 

 一佳はソファに崩れ落ちる物間を見下ろしながら呆れる。

 そこに葉隠が、

 

「ねぇねぇ!拳藤さんの部屋は!?」

「私?」

 

 きょとんとする一佳。

 すると、里琴がフワ~と飛んで葉隠の前に移動して、

 

「……ん」

 

 と、スマホの画面を見せる。

 

 一佳の部屋はアメリカンスタイルで、ユーズド感がある木と黒いフレームで造られたテーブルや棚が置かれてる。

 バイクの写真や模型も並べられており、ライダー趣味なのが良く分かる部屋になっている。

 

「おお、かっこいい!!」

「拳藤さんらしいですわ」

「これ、俺らより男らしくね?」

「……悪かったね。可愛らしいのは落ち着かないんだよ」

「いやいや!いいなってことだよ!」

 

 上鳴が慌てて否定するが、一佳は恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

「け、拳暴の部屋はどうなんだ?」

「……これ」

 

 話題を逸らそうと上鳴がキョドりながら言うと、里琴が再びスマホを操作して写真を見せる。

 戦慈の部屋は娯楽的なものはない普通の部屋だ。

 

「普通だな」

「普通だね」

「当たり前だろが」

「巻空さんは?」

「……ん」

 

 里琴の部屋は、黄色の家具や薄い赤のシーツやカーペットで彩られている。

 それでも物間と比べたら普通の部屋である。

 

「なんかもっと拳暴カラーかと思った」

 

 と、芦戸が正直に思った事を言う。

 それに戦慈が、

 

「俺と里琴の部屋の家具は、知り合いに買ってもらったもんなんだよ」

「あ、そっか。2人は施設出身だから……」

「暴れてた頃に世話になった警察やヒーローが金を出してくれたんだ」

 

 だから、洒落た物などねだれなかったし、買って貰った物は大事に使う。

 雑に使うことは出来なかったので、必然的に家具を買い替える機会はほとんどなかったのだ。

 

「じゃ、次は角取さん!」

 

 ポニーの部屋はアニメのポスターやフィギュアが所狭しと飾られている部屋だった。

 

 葉隠が見知ったアニメのポスターを見つけて盛り上がり、更に緑谷が日本未発売のオールマイトフィギュアを目敏く見つけて感動していた。

 

 仲良く交流していた一同だが、完全に放置された物間が苦い顔をして立ち上がって帰ろうとする。

 しかし、部屋を馬鹿にされた上鳴と地味にずっといた尾白が立ちはだかる。

 

「ちょっと待てよ。いきなり勝手に来て、人の部屋貶して、ケーキ食って帰るってやりたい放題にもほどがあるじゃねぇか。なぁ、尾白」

「うん。言われっぱなしって言うのは、ちょっとね……」

「いやいや。僕は貶したんじゃないさ。見たままを言っただけだけど?」

「もっと質が悪いだろうが!」

「普通の何が悪いんだ……!」

 

 珍しくA組側が物間に突っかかる状況に、物間は底意地悪い笑みを浮かべて即座に乗っかる。

 

「えええ!?それじゃあどうするの!?帰さないって言うからには何かあるんだろうねぇ!?勝負かい!?勝負する!?どっちが上か決めちゃううぅ!?」

 

 興奮気味に挑発する物間。

 妙な成り行きに一佳が物間を諫めるが、物間には聞こえなかった。

 

「勝負してやろうじゃねぇか!逃げんじゃねぇぞ!?」

「こっちが勝つのに逃げるわけないだろう!?」

「君達、いい加減にしないか!寮内で勝負なんて許されるわけがないだろう!?」

「何を言ってるのかなぁ!?A組委員長!ここは雄英だよ!?どこであろうとプルスウルトラさ!それに殴り合わない勝負にすればいいだけだろ!?」

「むぅ!?つまり日常生活の中でも、常に競い合って高めていかなければならないということか!」

「んなわけねぇだろ」

「……お馬鹿?」

「いや、真面目過ぎて勝手に良いように解釈してるだけだ」

「あははは……」

 

 簡単に丸め込まれた飯田に、戦慈と里琴がツッコみ、轟がズレた説明をして緑谷が苦笑いする。

 八百万が顔を手で覆ってため息を吐き、他の者達も呆れて見ているだけだった。

 

 そして、勢いそのままに勝負方法を決めるが、3人揃って何も考えていなかった。

 3人でアレは駄目だ、ソレも駄目だ、とヒートアップしながらも話し合いを進めて行く。

 一佳達は口を挟む余裕がなく、唖然とその結末を見守るしか出来ず、戦慈は速く帰りたいと思っており、里琴は戦慈の背中にもたれ掛かってコクリコクリと船を漕ぎ始めている。

 

 その時、

 

「あ」

「ん?どうしたの?轟君」

「勝負が決まりゃいいんなら、いいもんがある」

 

 その言葉に物間達も轟に顔を向ける。

 

 そして、一度部屋に戻った轟が持ってきたのは、樽を模した玩具『海賊危機一髪』だった。

 

 



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